この心が死にかけの少年にも祝福を! (ドッグクロノス)
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プロローグ

 一人宙を自由落下する学生服を着た一人の少年、三崎(みさき) (しゅう)は今までの人生を振り返る。

 平成の日本。平和が成ると書かれた年号も自分にとっては生き地獄だった。

 母親は幼い頃に亡くし、父は無職の酒浸り。母親の保険金のおかげでなんとか今まで学校には通えていたものの、中学を出たら働けと父親に暴力で首を縦に振らされる。

 そんな社会の底辺とも言える家庭事情はクラスの中でも浮いていて、好奇の目で見られ、入学して瞬く間にイジメの標的となる。

 初めはただの陰口だったそれは秋の所持品の破壊へと変わり、やがて秋自身への暴行へとエスカレートした。

 学校でも家でも受ける暴力の雨の中、当然彼は特殊な力など何も持たない普通の少年である。日に日に顔は腫れ、身体中が痣だらけになり担任もその異変に気付き、事態は好転……することはなかった。

 

『ーー君に事情を聞きました。貴方をイジメていたなんて事実はない、少しじゃれあっていただけだと彼は言っていたわ。

……アンタなんかそうなっても当然だと思うけど」

 

 自分にしか聞こえない小さな声で担任にそう言われた事を忘れる事はないだろう。

 理解者が一人もいない絶望的な状況の中、だれかがシュウの文字はは本当は秋ではなくて終わりのシュウ、それか醜いのシュウだとまで言われた。それでも彼は生きる事を諦めなかった。

 生きていれば必ず良い事はあると、父親の言うように働いてやる。それでも少しの移動費が貯まればすぐにこの地を去って自分はこの先を生きて行くと僅かな希望を夢見ていたからだ。

 されど人の夢と書いて儚い、彼が一体何をしたのかそれは今日、つい先ほど握り潰されてしまった。

 いつものように複数人による暴行を受けていた秋は突然血を吐いて動けなくなってしまう。薄っすらと意識はあったものの声も出せずにいた中で、暴行を行なっていた連中は殺してしまったのだと錯覚した。

 

「ヤベエ……」

 

「俺じゃない!お前のせいだからな」

 

「ふざけんなやったのはお前だろ!」

 

 暴行を働いていた五人のだれ一人として、秋の安否を心配する者はいなかったばかりか皆、自分の保身に走る者たちばかりであった。

 そんな中、不安と焦燥感に駆られた主犯格の少年は閃いた。

 

「コイツ……ココから落とせば自殺に見せかけられるんじゃないか!?」

 

「ハァ!?そんなもんすぐバレるに決まってんだろ!?」

 

「じゃあ他に方法があんのか!!あったら言ってみろよ!!幸いココは4階だ、屋上は閉鎖されてるから次に高いココのベランダから飛び降りた事に出来るだろ!」

 

 穴だらけの犯行計画、それでも人間の集団心理は恐ろしいもので一人、また一人と計画に賛同し、やがて秋の体は宙へと投げ出されて今に至る。

 これで自分の人生が終わり、良い事など何も無く、只管耐えに耐えた結果がこれである。

 自分を痛めつけて殺害したこの屑共が憎い、見て見ぬフリをした担任が憎い、このような境遇を作った父親が憎い、そして若くして死んだ自分をこの世に産んだ母親さえも憎み、この世の全てを恨んで秋の身体は冷たく硬いコンクリートに激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと秋は椅子に座っていた。だがその空間は異様で床は四角い白と黒のタイルが敷き詰められて天井は無く星空が広がる。そして、目の前には自分と相対するように置かれた、自らが座る簡素な物に比べて豪華な椅子と上に一冊の本が置かれた引き出しだ。

 

「……俺は……死……」

 

「三崎 秋さん、貴方は不幸にも亡くなりました。

……短い、苦難の多い人生でしたね」

 

 背後から声が聞こえ、振り返るとそこには背中から羽を生やしたやや胸元が開いた服を身につけた美女がこちらへと近づき、隣を通り抜けると豪華な椅子に座った。

 

「……誰だ」

 

 秋は某国の工業地帯の汚染された川のように濁りきった目をその異質な存在へと向ける。

 そして、何故か分からないが彼女の言葉をアッサリと信じて、自分の死を受け入れていた。

 

「私はある女神様の代理で死者の魂を導いている者……そうですね、天使といったところでしょうか。

秋さん、貴方にはこれから三つの選択をして頂きます。

一つは……」

 

「待て……あの後はどうなった……予想では……奴らは大したお咎めを受ける事無く……俺は事故死……学校はクソ親父に金を握らせて……奴は下卑た顔を浮かべ……誰も気にすることは無く……日常へと……すぐに戻ったんじゃないか?」

 

 どこか縋るような目をして秋は天使へと問う。それに対して天使は言い澱み言葉を詰まらせる。

 どうやら彼女は秋が関わってきたどの人間よりも情は持っていたようだが無言、それが自分の予想を肯定する答えだった。

 

「……もう良い……それで……俺はどうなる?」

 

「……ごめんなさい」

 

 その言葉が何に対する謝罪だったのかは分からないが、彼女は続けた。

 

「一つは先程までの人生の記憶を消して、新しい人間となって元の世界に生まれ変わってもらう事。

もう一つは所謂天国へ行ってもらう事なのですが……精神だけの存在となり日向ぼっこくらいしかやる事がありません。そして、その……貴方が憎む人達も何人かはいずれは訪れる可能性が」

 

「信じてはなかったけど……天国とやらは……善人しか行けないところでは……」

 

 言葉を遮り秋は天使を睨みつける。

 

「……死は誰にでも平等に訪れます。天界規定によりどんな人でも死後はその何れかを選んでもらう事になっているのです」

 

「平等……?……俺に不条理を押し付けてきた……奴らと……平等だと……。

……俺は……あんな奴らのいない……来ることの無い場所に行きたい……」

 

「……最後の選択は生前の記憶と身体、それと何か一つ、特殊な能力や武器や防具を持って貴方が生きてきた世界とは違うへと行ってもらう事です」

 

 思いもよらない天使の発言に秋は濁った目を丸くする。そして正気かと問うが天使はそっと微笑んで続けた。

 

「その世界は少し前に魔王が出現してしまい、人類の平和が脅かされています。そんな世の中ですから、亡くなった方もその世界に生まれ変わりたくないという方々がとても多く……そこで別の世界で亡くなった方がその世界へと転生していただければ人口も増えますし魔王も討伐されるかもしれないという意図でご案内をさせていただいてるのですが……やはり私たちの自分勝手ですよね……」

 

 どこか罪の意識でもあるかのように天使は語る。だが秋にはそんな事はどうでも良かった。

 

「俺が憎む奴らが死んでその世界に行く事もあるんだろう?それなら俺はどの選択肢も選ばない」

 

「……貴方は生前辛い人生の中で悪行を積む事はありませんでした。ですのでこの三つの中から選んで頂くのです。天国があると言ったように地獄もまた、そして悪行を積んだ者は……という事です。

それに、貴方が異世界へと言っていただけるのなら、私の権限で貴方に関わった人達がその世界へは行かないよう善処します」

 

 秋は考える。天国へ行っても、当分は今ものうのうと生きている自分をこんな目に合わせた奴らに会う事はもう無いのだとしても、天国にはおそらく母親がいるだろう。思わず死に際に憎んでしまった母親が。

 合わす顔が無い、そう考えた秋に残った選択は一つだった。

 

「……良いだろう……異世界に行ってやる……だが言語はどうなる……俺は日本語以外は話せない……読み書きもできない」

 

「その辺は私が貴方にその世界の言語の知識を授けます。元々その世界で過ごしていたかのように言語を理解した状態で転生してもらいます。

それでは、この中から好きな特典を選んでください」

 

 そう言って天使は紙の束を秋は受け取ると、一枚一枚中身を確認する。あらゆる物を切り裂く剣やリロードの必要が無い銃、望んだ物を生み出す能力などがあったがどれも秋にはピンと来なかった。

 そうして紙をめくり続けてあるところで手を止めた。

 

「……コレを選んだら……俺にも使えるのか……?」

 

「ええ、もちろんです。貴方がそれを望むのであればきっと」

 

 秋は手に持った紙をまじまじと見つめる。

 幼い頃、母がまだ存命していた頃の思い出。母と最後に見たヒーロー物の映画、そのヒーローが変身に使うベルトと道具がそこには描かれていた。

 

「……コレにしよう……俺には使いこなせないだろうが……コレが良い」

 

 秋がそう言うと、手に持っていた紙の束は自分が選んだ物を除いて消失した。そして、足元には青い魔法陣が現れる。

 

「三崎 秋さん、貴方の望んだ特典は貴方が念じればその手に現れます。願わくば貴方が魔王を打ち倒す事を祈っています。さすれば神々からの贈り物としてどんな願いでも叶えて差し上げましょう。

貴方の転生先での人生が幸福でありますように」

 

 秋の体が強い光を放つ。

 誰もが目を覆うであろう程の強い光が薄れて無くなると、その空間には天使以外は存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、秋は人通りの多い街中に立っていた。

 しかしその街並みは現代の日本では無く、中世のヨーロッパを思わせる木や石で出来たの家や簡素な出店、馬車が行き交う妙な光景だった。

 ふと自分の服装に目をやるが、服装は死んだ時と同じ黒い学生服。その中を見ると肌は多くの痣だらけで、顔に指を這わすと痛みが走る。どうやら死んだ時と同じ状況でこの街に降り立ったらしい。

 

「……ここが……異世界……そういえば……特典とやらは……」

 

 秋が確かめるように力を欲して強く念じる。

 すると、何も無いはずだったその手には一つの物体が現れる。蛍光グリーンの本体にピンク色のレバーが付いた物が。

 秋は再度強く念じる。

 すると空いていた手には一つの透明な板に持ち手が着いた物が現れた。

 幼い頃に見たヒーローが変身に使っていた道具、ゲーマドライバーにライダーガシャット。

 かつて憧れていた力を手に入れた秋は濁った目に少しばかりの光を宿し、この世界の情報を知るために歩き出した。



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