浅蜊に食らいつく溝鼠 (悪魔さん)
しおりを挟む

キャラ設定 主人公及び溝鼠(どぶねずみ)(ぐみ)

大変長らくお待たせしました、本作の大まかなキャラ設定です。
まずは原作キャラ編。

不明な点がございましたら感想欄でご指摘お願いします。話の進行次第、随時更新する所存です。



(どろ)(みず)次郎長(じろちょう)

 

【プロフィール】

本名:(よし)()(たつ)()

異名:大侠客の泥水次郎長、ならず者の王、並盛の王者

肩書き:溝鼠組 組長

年齢:34歳(沢田奈々と同い年)

誕生日:2月14日(清水次郎長の誕生日)

身長:177㎝

体重:70㎏

一人称:オイラ、俺

最終学歴:高卒

武器:日本刀

イメージCV:志村知幸

 

【概要】

本作の主人公兼転生者で、並盛町一帯の裏社会を牛耳る極道組織「溝鼠組」の組長であり、自らも裏の世界にその名を轟かせる並盛最強の男。子分達からはオヤジではなく「オジキ」と呼ばれている。

浅黒い肌と白に近い銀髪、右頬にある十字の刀傷が特徴。普段は彼岸花があしらわれた黒地の着流し姿で赤い襟巻きを巻いているが、股旅衣装を着ることもある。

 

【人物】

義侠心の強い昔気質の極道であり、仁義を重んじた統治を敷いて町の裏社会の頂点に君臨する無頼漢。一度家族として受け入れた子分は絶対に裏切らない生粋の親分肌であり、愛郷心も深いため並盛町とその住人に手を出す者には一切容赦せず徹底的に跳ね除ける。その人柄と腕っ節から子分達と親戚縁組からは絶大な信頼を寄せており、敵味方問わず惹きつけ好感を抱かれやすい。

ツナの母・奈々とは同級生の関係で、友達やクラスとの付き合い方を教えてもらっており、彼女を「大侠客の生みの親」として恩義を抱いて接している。その縁でツナとも深い関係を築いており、ツナからは父親よりも信頼されている。

 

【戦闘能力】

戦闘勘という喧嘩の才能を生まれつき持っており、極道として名を上げ始めて間もない頃から一度戦闘に身を晒せば常識外れな無双ぶりを発揮する猛者の中の猛者。マフィア界トップクラスの実力者であるリボーンですら「化け物」と言わしめ、若き日の家光に「強いなんてもんじゃない」と言わせる圧倒的な強さを誇っている。

得物を一太刀で粉砕し抜刀の瞬間が視認できない程の居合術を誇り、素手の喧嘩でも相手をブロック塀やコンクリートの壁を突き破りながら吹き飛ばすというデタラメぶり。また重傷を負っても次々に敵を薙ぎ倒せる程に生命力も強く、洞察力や度胸も一級品。

自らに挑む並中最強の雲雀恭弥を幾度となく返り討ちにし、初代霧の守護者の(デイモン)・スペードを深手を負いつつも一度は退け、復讐者(ヴィンディチェ)ともギリギリで渡り合うなど、戦歴と戦績も優秀。おそらく未来編になったら一人でミルフィオーレの半数を潰し、虹の呪い編になったら全勢力を相手取って渡り合っちゃうかもしれない。

なお、本人は一騎打ちも一対多数も得意という二刀流だったりする。

 

 

 

 

黒駒勝男

 

【プロフィール】

本名:(いし)(づか)(たかし)

異名:並盛町の暴君

肩書き:溝鼠組 若頭

年齢:31歳

誕生日:4月10日

身長:178cm

体重:68kg

一人称:わし

最終学歴:高校中退

武器:長ドス

イメージCV:石塚堅

 

【概要】

〝並盛町の暴君〟の異名で恐れられている溝鼠組の若頭であり、子分達からは「アニキ」と呼ばれている次郎長の右腕。

赤い襟巻きに青い着物、七三分けの髪型、くわえ楊枝、左の額から右頬に掛けての斜線状の切り傷が特徴。雀荘「七三」の経営者でもある。

 

【人物】

関西弁で喋る、次郎長と同じ昔気質の極道。

7対3を「黄金比」と称えるこだわりがあり、モットーもそれになぞらえて「三借りたら七返す」というもの。暴君と恐れられつつも愛犬のメルちゃんにメロメロの愛犬家としての一面もある、ヤクザながらもどこか憎めない人物。

若頭としてのリーダーシップと経営手腕も申し分なく、次郎長からも組を任されることがある程に厚く信頼されている。

 

【戦闘能力】

素手の喧嘩は滅法強く、拳や蹴りの一撃で人間を軽々と吹き飛ばし、散歩中に絡んできたチンピラ達を無傷で全員秒殺するなど、並盛町最大の極道組織の若頭に相応しい戦闘能力と高い身体能力を有している。

かつてランチアと戦った際には鉄球の不意打ちを防ぎ、得物の長ドスを盾にしてダメージを軽減するなどを披露している。

 

 

 

 

椿(ちん)(ぴら)()

 

【プロフィール】

本名:()(なか)(ぴら)()

異名:人斬りピラコ

肩書き:溝鼠組 若頭補佐

年齢:18歳

身長:165cm

体重:45kg

誕生日:6月8日

武器:日本刀

イメージCV:野中藍

 

【概要】

マフィアの騙し討ちで全滅した極道組織「植木蜂一家」の組長の一人娘で、現在は溝鼠組の特攻隊長にして〝人斬りピラコ〟の異名を持つ筋金入り。

オレンジ色の髪の毛の前髪の一部をチョンマゲの如く結わえた特徴的な髪型をしている。

 

【人物】

普段は純粋で可愛らしく、華奢な容姿で年相応の振る舞いをしている美少女だが、物心ついてから極道の世界にいたためその世界しか知らず、発言が全て物騒。その胆力は相当なもので、格上相手にも怯まないどころか殺気を向けられても笑顔を崩さない程。

見た目とは裏腹に組内きっての切れ者でもあり、頭の回転も速く抜け目がない一面を見せる。

 

【戦闘能力】

次郎長に戦闘と剣術を叩き込まれており、その実力は折り紙付き。次郎長やランチアと違って豪腕の持ち主ではないが、スピードを生かした剣術で歴戦のマフィアとも互角以上に渡り合う技量を有している。

 

 

 

 

(ゆき)(ひら)(のぼる)

 

【プロフィール】

肩書き:溝鼠組 若衆

年齢:19歳

身長:170cm

体重:58kg

武器:マカロフPM

イメージCV:堀田勝

 

【概要】

本作のオリキャラ。

溝鼠組の若衆の一人で、新入りの世話係や事務・家事全般を担う。レオナルド・リッピ(グイド・グレコ)に酷似した容姿で、極道の世界とは程遠い雰囲気を纏っている。化け物揃いの本作の中では屈指の常識人枠。

 

【人物】

性格は極めて温厚。争いを好まないタイプなので、ツナや炎真とよく波長が合う。一方で裏社会の過酷さや自らが属する溝鼠組が暴力団であることを自覚しており、社会の日陰者である現実を真摯に受け止めている。

見かけによらず次郎長も舌を巻く鋭い勘と洞察力の持ち主であり、デイモンに操られたランチアの元来の性格も一発で見抜いている。

 

【戦闘能力】

射撃を得意としており、拳銃の腕はかなりのもの。上述の洞察力の高さと勘の鋭さも相まって、抗争でも戦力として活躍できる程。身体能力もそこそこあり、次郎長よりも華奢な体格だがそれなりに鍛えている。

 

 

 

 

ランチア

 

【プロフィール】

所属:某イタリア系マフィアグループ→溝鼠組

肩書き:某イタリア系マフィアグループ構成員→溝鼠組 若衆

年齢:25歳

血液型:O型

身長:194cm

体重:81kg

好きな物:ビリヤード、ラザニア

嫌いな食べ物:梅干し

 

【概要】

原作のVS黒曜編で初登場した北イタリアのマフィアの最強の用心棒。

本作では溝鼠組の構成員として登場。

 

【人物】

凶悪な顔立ちとは裏腹に好青年で心優しく、また面倒見も良い為に子供から好かれやすい。

原作では六道骸によってマインドコントロールを施されてしまい影武者として動いていたが、本作ではパイナップルよりさらに質の悪いヌフフのナス太郎こと(デイモン)・スペードに操られてナス奴隷と化した。

ヌフフのナス太郎の策略で溝鼠組の屋敷に襲撃して次郎長を殺そうとするが、一番得意とする肉弾戦での一騎討ちでこれといった傷を付けられず一蹴され惨敗。以後、登の嘆願と次郎長の責任(ケジメ)として溝鼠組の組員に入門する。

 

【戦闘能力】

北イタリア最強と称された戦闘力と怪力は健在で、一番の得意分野が肉弾戦であることも変わらない。

ただし原作以上の人外魔境と化した並盛における最強の怪物・次郎長には手も足も出なかった。

 

 

 

 

(かげ)()(だい)(すけ)

本作のオリキャラ。

溝鼠組の最古参メンバーその1で、剃髪が特徴の大柄な男。

 

 

 

 

(すぎ)(むら)(けん)()

本作のオリキャラ。

溝鼠組の最古参メンバーその2で、パンチパーマが特徴の男。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キャラ設定:その他

大変長らくお待たせしました、本作の大まかなキャラ設定です。
今度というか最後ですが、その他オリキャラを含めた準レギュラー編。

不明な点がございましたら感想欄でご指摘お願いします。話の進行次第、随時更新する所存です。


雲雀(ひばり)(なお)()

 

【概要】

本作のオリキャラ。原作に出なかった雲雀恭弥の実父であり、町内最大の権力者として風紀委員会を率いて君臨している。通称〝鬼雲雀〟。顔立ちはアラウディ寄り

 

【プロフィール】

肩書き:並盛町風紀委員会 委員長

年齢:36歳

誕生日:5月1日

血液型:B型

身長:179cm

体重:68kg

一人称:僕

好きな言葉:咬み砕く

最終学歴:某有名国立大学卒。

武器:鎖分銅を仕込んだ鋼鉄製の十手

イメージCV:近藤隆

 

【人物】

冷静沈着である一方、見かけによらずドがつく程の親バカ。息子の恭弥を果てしなく甘やかし仕事中でも恭弥に関する用事を最優先するため、周囲から呆れられることも多い。それゆえに恭弥を傷つけられた際の激昂ぶりは凄まじく、次郎長をもってして「キレたら手に負えない」と言わしめている程。

また、自由気ままに振る舞い戦闘中に満面の笑みを浮かべるなど、息子と似ている部分がある。

 

【戦闘能力】

喧嘩すれば敵無しの次郎長と唯一互角に渡り合える男であり、戦闘能力の高さは作中屈指。鎖分銅を仕込んだ鋼鉄製の十手による十手術の腕前は超一流で、コンクリートの壁を一突きで粉砕したり次郎長の居合を受け止めカウンターを食らわせるなど、恐ろしい程の技の切れ味と破壊力を誇る。その実力は全てにおいて並盛最強の不良である息子の恭弥を遥かに上回っている。

 

 

 

 

(くろ)()(らん)(まる)

 

【プロフィール】

肩書き:雲雀家使用人、並盛町風紀委員会 副委員長

年齢:28歳

誕生日:7月2日

血液型:A型

身長:181cm

体重:70 kg

一人称:私

最終学歴:大卒

武器:日本刀

イメージCV:細見大輔

 

【概要】

本作のオリキャラ。雲雀家に仕えている袴姿の使用人で、次郎長と尚弥の後輩。

顔立ちは幻騎士そっくりだが、毛先が白く鼻の上に横一文字の傷がある。

 

【人物】

尚弥と恭弥を「様」と付けて敬慕し、忠誠心が厚く雲雀家に従順な忠臣。

それゆえに尚弥や恭弥に敵対する意志を見せる者には容赦しないが、尚弥が好意や興味を持つ人間には協力を惜しまない一面もあり、次郎長やリボーンに見返り無しで手を貸したりする。

 

【戦闘能力】

一刀流の剣士であり、実は戦国の時代に生み出された殺しの剣技〝時雨蒼燕流〟の使い手。技は一の型から五の型までしか習得していないが非常に高い練度を誇り、スクアーロですら完全に見切ることができない程。

 

 

 

 

(ひら)()(げん)(がい)

 

【プロフィール】

本名:(むろ)(たけし)

誕生日:12月18日

身長:159cm

体重:55kg

イメージCV:島田敏

 

【概要】

並盛で花火師や電気屋という名の工場などを営む自称「並盛一のマルチ人間」の初老の男性。無骨なメカを愛する機械オタクでもあり、技術力は高い。

後々にマフィア関係の事件で大きく関与することになる。

 

 

 

 

(なか)(むら)京次郎《きょうじろう》

 

【プロフィール】

異名:狛犬の京次郎

肩書き:()()()()(ぐみ) 若頭→魔死呂威組 二代目組長

年齢:27歳

誕生日:9月9日

身長:177cm

体重:64kg

一人称:わし

武器:日本刀、コルト・トルーパーMkⅢ

イメージCV:松風雅也

 

【概要】

極道組織「魔死呂威組」の若頭で、周囲から〝狛犬〟の異名で恐れられているヤクザ。本作では初代組長・魔死呂威下愚蔵の死後、二代目魔死呂威組組長として次郎長と深く関わる。

 

【戦闘能力】

刀と拳銃を用いて戦い、その戦闘力は並盛最強の次郎長も認める程。

 

 

 

 

()(らい)()

 

【プロフィール】

本名:(とび)()(だん)(ぞう)

年齢:38歳

誕生日:3月12日

身長:180cm

体重:68kg

一人称:俺

武器:クナイ、小刀、ワイヤー

最終学歴:不明

イメージCV:屋良有作

 

【概要】

通称〝()()()の地雷亜〟。

本作ではフィクサーとしても裏社会で暗躍する伝説の殺し屋で、裏の世界においてリボーンと肩を並べる程に恐れられている殺し屋として登場。

 

【人物】

基本的には冷静かつ冷徹。己を捨てた先に真の強さ・真の美しさがあるという独自の美学・価値観を持ち、滅私奉公の精神で人を見るため他者との関係はかなり極端。一方で滅私奉公の信条に反しているのにもかかわらず自身に拮抗する強者には興味を示している。

現在はフリーの殺し屋だが、若い頃は雇い主の為ならばどんな危険な任務や汚れ仕事も請け負い、その身を捨てるように働く盲目的な忠誠心の持ち主として知られていた。その当時からの意識は根強く残っており、クーデターを起こした暗殺部隊・ヴァリアーを「現実を受け入れない弱者共」と罵っている。

 

【戦闘能力】

偸盗術・暗殺術の技量は常軌を逸しており、細いワイヤーを蜘蛛糸のように張り巡らせて自在に操り敵を蹂躙し、すれ違いざまに小刀で多数の敵を一太刀で沈め、クナイの命中精度が正確無比を誇るなど、人の域を超えている。

その驚異の戦闘能力はリボーンやビアンキ、シャマルをもってして「化け物」と言わしめており、過去にはヴァリアーやトマゾファミリーの先代ボスから直々にスカウトを受けたこともある程。

 

 

 

 

(つく)()

 

【プロフィール】

年齢:20代後半

誕生日:2月9日

身長:170cm

体重:52kg

一人称:わっち

武器:クナイと小刀

最終学歴:不明

イメージCV:甲斐田裕子

 

【概要】

裏社会で〝(しに)(がみ)()(ゆう)〟の異名で恐れられる美女。

本作では地雷亜の弟子兼パートナーという立ち位置で、関係は良好。

 

【人物】

原作同様、口数の少ない、いわゆる「クールビューティ」。素顔は優しく真面目な性格だが、殺し屋としての冷徹な一面も持ち合わせている。

酒の弱さは健在。

 

【戦闘能力】

地雷亜の弟子として戦闘術を徹底的に叩き込まれており、手練れの殺し屋が束になって襲ってきても軽く一蹴してしまう強さを持つ。特にクナイの扱いに関しては師匠譲りの精妙さが際立っている。

 

 

 

 

(もも)()(らっ)()

 

【概要】

マーガレットを愛読しているメイド姿の女性。

原作では伊賀三大上忍の一角・百地家の頭首だったが、本作では伊賀流忍術の祖とされる百地丹波の子孫で、百地利奈という本名で登場。並盛町で唯一のメイド喫茶を営んでいるが、実際は次郎長や尚弥と引けを取らない並盛町屈指の有力者であり、しかも古より日本を護ってきた秘密結社「八咫烏陰陽道」の三人の指導者「(きん)()」の一人でもある。イメージCVは佐藤利奈。

 

【戦闘能力】

傀儡術の達人で、地雷亜には及ばないが偸盗術・暗殺術のプロでもあり、女だてら一騎当千。

 

 

 

 

(おぼろ)

 

【概要】

人体の経絡を熟知した戦闘の達人。

原作では天照院奈落の首領格だったが、本作では八咫烏陰陽道の三人の指導者「金鵄」の一人として登場。日本の裏でマフィア勢力の干渉と闘っている。

イメージCVは井上和彦。

 

 

 

 

(ひつぎ)

 

【概要】

屈強な体格をした武人。

原作では朧に並ぶ天照院奈落の首領格だったが、本作では八咫烏陰陽道の三人の指導者「金鵄」の一人として登場。

イメージCVは菅生隆之。

 

 

 

 

(うつろ)

 

【概要】

被り笠と烏の仮面で素顔を隠している美丈夫。原作では天照院奈落先代首領だったが、本作では八咫烏陰陽道の先代首領であり、性別が男性であることを除き一切が謎に包まれている存在とされている。イメージCVは山寺宏一。

 

【人物】

物静かで丁寧な紳士のような口調で話すが、相対する全ての者達を畏怖させる威圧感を有する。

また、国を護るためなら命をいくらでも奪う冷徹さと無慈悲さを持っているが、頭領としての器と手腕も兼ね備えている。

 

【戦闘能力】

リボーンキャラも銀魂キャラもオリキャラも含めて、本作最強の男。

話数を重ねるごとに人外ぶりに拍車をかける次郎長ですら一騎打ちでは勝てない、文字通りの規格外である猛者。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

創世記
標的1:Twenty Years Ago


銀魂の極道がリボーンのマフィアに関わったら面白いだろうなァと思って書き始めやした。極道を主人公にしたリボーンの小説って、中々見ないので。

一応は銀魂の溝鼠組メンバーを中心としますが、リクエスト次第で他のキャラも少し混ぜてみようと思います。


 ここは緑豊かな地方都市・並盛(なみもり)(ちょう)

 その町にある並盛中学校において、一人の男子が屋上で弁当を食べていた。

「あーあー……ったく、どいつもこいつも見た目で人を判断しやがって」

 そう愚痴りながら、おにぎりを頬張る。

 彼の第一印象は、一言で言えば「ヤンチャ坊主」または「不良」だろう。浅黒い肌、銀髪に近い白髪、吊り上がった灰色の瞳、学ラン姿、何より醸し出される威圧的な雰囲気。本人としては真面目に振る舞っていても、外見だけで何かと判断されがち――というより、すでに不良である。現にそれを証明すると言わんばかりに、彼の周囲には血塗れになったガラの悪い学生達が無残に倒れていた。

 そして驚くべきことに、この地獄絵図を作りだしたのが彼一人であるのだ。彼の名は(よし)()(たつ)()――並盛中学校一年生の素行不良生徒だ。

(これじゃあどっかの師匠になっちまうな……)

 周囲から「友達がいない」と言われ続けてネタにされている某落語家を思い出しつつ最後のおにぎりを食い終える。

 すると、その光景から振り撒かれる異様なオーラに、果敢にも一人の女子が近づいて声を上げた。

「あっ! タッ君、また暴れたの!?」

「……奈々(なな)かい」

 頬を膨らませて怒る少女・奈々が現れたことに反応する辰巳。

 彼女は辰巳のクラスメイトであり、何かと自分に関わってくる変わった女子だ。

「もう、いっつも喧嘩ばかりして! そんなんじゃ友達できないわよ?」

「バカ言ってんじゃねーよ奈々、この数を相手に無抵抗でいろってんのが無理な話でェ。(なぶ)られて身ぐるみ剥されパンツ一丁にされちまうぜい」

 呆れた表情を浮かべる辰巳に、奈々は問答無用と言わんばかりに叱る。

 クラスメイトの彼女は明るく朗らかな性格でありクラスでも人気者なのだが、喧嘩に明け暮れ誰とも関わろうとしない辰巳が心配になって来たのか、一方的に話しかけて友達との付き合い方を教えていた。辰巳自身としてはどうでもいいのだが、わざわざ腹を括って――というよりもただ普通に接しているだけだろうが――暴れん坊とコミュニケーションを取ろうとしているので、無下にするのはさすがに男としてどうなんだと考えて接している。

 挨拶のように拳を振るう辰巳と、笑顔を振りまく奈々。最初はうっとうしがっていた辰巳だが、次第に彼女の話に耳を傾けるようになり、いつしかこうして中学生らしく会話をするようにもなった。

「……ったく、人が何かする度に横からギャーギャーと。俺ァ小言はうんざりなんだよ」

「でも、タッ君は私を追い払ったりしないじゃない」

「喧嘩売ってない女に手を上げるのはマズイだろ」

「売ったら手を出すの?」

「………時と場合による」

 奈々の満面の笑みに、返答次第じゃビンタが来る気がしたのか目を逸らす辰巳。それに合わせるかのように、予鈴が鳴り響いた。

「……ちっ、もうそんな時間か。しっかも根津の不愉快極まりない理科じゃねーか……」

「タッ君、早く!」

「ヘイヘイ」

 全てを包み込むような優しい笑みを浮かべる奈々に、辰巳は少しだけ口角を上げた。

(……この世界の日本って、前世の時より面白い奴ばっかだな)

 楽し気な笑みを浮かべ、屋上へ繋がる階段を下りて理科室へと向かう。

 実は彼――吉田辰巳は、前世の記憶を持つ転生者なのである。

 

 

           *

 

 

 さて……なぜこうなったのかを一から説明しよう。

 吉田辰巳は不慮の事故で若くして死に、輪廻転生によって異世界の日本へと転生した。前世の記憶を持って生まれ落ちた場所は、並盛町という田舎と言う程ではないが平穏な町。当然異世界の日本なので現実世界には存在しない「架空の町」といえばそれまでだが、どこかで聞いたことがあるような名前の町だった。

 何はともあれ、こうして辰巳は異世界の日本で平穏に暮らす第二の人生を歩むことになる……のだったが、この並盛町が色々と凄まじい地方都市でもあった。どう見てもカタギじゃない人が平然と街を歩き、ガラの悪そうな学生がグループで行動している。どっかの東京23区も顔負けの色んな意味でヤバイ町だったのだ。後々調べたところ、殺人や放火などの凶悪事件が異常に少ないらしいので、ある意味で治安がいい町である。

 そんな町に生まれ落ちた辰巳だが、これがまた波乱のスタートだった。父親も母親も当然のごとく日本人であるが、父親が地黒であったためか辰巳は生まれつき浅黒い肌をもっていた。さらに髪の毛も生まれつき白髪に近い銀髪――医者からは尋常性(はく)(はん)の症状が頭髪部分にのみ発症したとのこと――であり、周囲から目に見える程に浮いていた。とはいえ、目つきの鋭さはすでに幼児期から顕著になっていたため喧嘩を売られることはなかった。

 だが小学生になると話は別だ。周囲から浮かれた状態で義務教育を受けることになる。サボリなどはせず真面目に受けていたが、その見た目のせいか疎まれやすく、ある意味では想定内だったが日本人じゃないという疑惑も浮上する事になった。当然上級生からはいじられるハメになり、小学校2年生になってついに喧嘩を売られてしまう。

 だが、それが全ての始まりだった。初めて喧嘩を売られた際、辰巳一人に対して相手は五人……普通に考えれば一斉にリンチされて終了だ。しかし辰巳は上級生から暴力を受けて痛い目に遭うことへの恐怖よりも「大ケガをして親を心配させたくない」という気持ちが圧倒的に強かったため、真っ向から受けて立った。相手が戦意を失うまでありったけの力を込めて攻撃し、何も考えず力任せで暴れ、ついに襲い掛かった上級生を全員のしてしまった。喧嘩の才能が開花したのだ。

 それ以来辰巳は有名となり、望んでもいないのに喧嘩を売られ、その度に勝ち続け、並盛町一の暴れん坊として他校の悪ガキや年上の不良達からも恐れられるようになり始めた。進級しても敵を作り、進学しても敵を作り、歳を重ねる度に喧嘩沙汰を起こした。ヤンチャの域を超えたドが付く程の問題児(バラガキ)を恐れるゆえに男女問わず友達など誰一人いなかった。授業態度や成績面では一切問題が無かったが、やはり喧嘩沙汰のせいか学校の教師すら辰巳に関わるのを避けている程だった。

 そしてある日、辰巳はふと自らの容貌を鏡でよく見て気づいた。

 

 ――あり? これ「銀魂」の(どろ)(みず)()()(ちょう)じゃ……。

 

 前世はマンガ好きの辰巳は、「銀魂」というマンガのファンであり、好んで読んでいた。SF時代劇の体裁をとった人情コメディストーリー漫画は数々の過激かつマニアックなネタで読者の爆笑を誘った長寿作品であり、辰巳はすぐに虜になった。

 中でも気に入ったキャラが、泥水次郎長というキャラだ。主人公・坂田銀時が住むかぶき(ちょう)の最大のヤクザ勢力「(どぶ)(ねずみ)(ぐみ)」の組長である次郎長は独特の雰囲気を醸し出しており、作中トップクラスの戦闘力に加え、亡き親友である岡っ引き・(てら)()(たつ)()(ろう)との約束の為にヤクザとして活動しつつかぶき町と幼馴染のお登勢を守ろうとする信念を大層気に入っていたのだ。

 その泥水次郎長に、自分が成っているのだ。というか、完全に成り代わりである。道理で喧嘩が強いわけである。それはそれでありがたいが――辰巳自身はどうでもよく思っていても――転生した世界が「銀魂の世界」じゃないのでやはり浮いてしまう。

 

 そんな中だった。両親がふとこの世を去ったのは。

 死因は交通事故。買い物帰りに暴走車の追突によって横転し、そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。よりにもよって、その日は辰巳の誕生日だった。

 さすがの辰巳も失意のどん底へと落ちた。とんでもない暴れん坊を息子に持ちながらも常に気遣い理解してくれていた最愛の存在を失ったのは、心に堪えた。怒りや憎しみをぶつけようにも、ぶつけるべき対象は事故で即死しているためもういない。

 やり場のない怒りと、家族を失った悲しみ。それを忘れられたのは、皮肉にも喧嘩だった。

 ガラの悪い生徒に喧嘩を売り、喧嘩に興じた。朝から晩まで喧嘩をし、傷つきながらも暴れ回った。それが悲しみから逃れられる、唯一の手段だと言わんばかりに。

 

 

           *

 

 

 ――という波乱万丈の経歴を経て、辰巳は中学一年生に進級し、ガキ大将から不良へと昇格。喧嘩と勉学を両立させた奇妙な学生生活を送っている。

 昼休みの後の授業は理科。しかしこの担当の教師・根津(ねづ)銅八郎(どうはちろう)が嫌らしく、非常に不愉快な対応をするだけでなく授業もつまらない。退屈な時間であり、真面目に受けてる生徒としてもある種の苦痛として機能していた。

(……つまんねー授業だな)

「それではテストを返す。番号順に呼ぶので、取りに来るように」

 根津が生徒の名前を呼び、テストを返却する。

 そして自分の番になり――

「吉田辰巳」

「うっす」

 欠伸をしながらテストを受け取る辰巳。解答欄の右上には赤く65点と書かれていた。

 辰巳は「まずまずか」と呑気に呟くと、根津が辰巳を睨みながら口を開いた。

「お前、カンニングしたんじゃないだろうな?」

「――はい? 何ですかい、藪から棒に」

「今回の問題は平均点が67.4点とはいえ、難易度を高くしてある。不良のお前がこんなに取れるわけが無いだろう!」

「難易度高い割には平均点が67.4点なら、結構解きやすい問題があったってことだろ? 俺でも平均よりギリギリ下だけど65点取れてるのはおかしくねー話だろ?」

 そのやり取りを見た一部の生徒が、笑いを堪える。

 この学年ではある種の恒例行事ともいえる、不良生徒・辰巳と教師の言い争いが始まった。テスト後という言い争うにはピッタリなベストコンディションに、期待の眼差しを向ける生徒もちらほら。

「ほれ、周りの連中のテスト見てみな。ほとんどが後半で引っ掛かってらァ……俺もその内の一人なだけだいそれに俺が本当にカンニングしてたらその日の内に呼び出し食らうぜ? その日の担当は………確か八木原先生だったか? どうしても気になるんなら、訊いてみればいいんじゃねーか?」

「じゃあお前以外に誰がいるんだっ!?」

「むしろなぜ俺だって決めつけるんだよ」

「ぐうっ……!」

 段々とヒートアップする根津に対し、冷静を貫く辰巳。

 辰巳は最後の畳み掛けと言わんばかりに、一気に言葉を並べた。

「そもそも学校で学んだことなんざ、最低限覚えておきゃ生活できらァ。数学なら四則演算(けいさん)さえできれば生計は立てられるし、理科なんざ理系大学への進学や科学者にでもならねェ限りは役に立たねーし、古文漢文に至っては歴史学者にでもならない限りは読む機会もねェ。無駄な勉学は苦痛を与えるだけで勉強嫌いを生むだけなんだよ。人間が生きる上で必要なのは〝コミュニケーション能力〟と〝考える力〟、そして〝創造力〟。他は自分の学びたいものを好きに学べばいい……まァ、あくまでも個人の感想(・・・・・・・・・・)だ。気にするこたァねーぜ〝五流大先生〟」

「なっ――」

 そう言い放ち、呆然とする根津など意にも介さず席に戻る辰巳。

 喋らせる隙を与えず、反論が生まれるよりも先に叩き潰し、それでいて個人の感想だと適当に丸め込む。それが辰巳の言葉の喧嘩だ。

 根津は舌打ちしつつも黒板に体を向けて授業を始めた。

「……タッ君、いつもすごいね」

「俺ァ言いたいことを言っただけでい」

 奈々と小声で会話しつつ、辰巳はペンを取った。

 

 

           *

 

 

 夕方。

 学校が終わると、帰宅部の辰巳は早々にスーパーへ買い物に行くのが日課だ。晩飯の材料を買うのも当然あるが、今日一日頑張った自分への褒美を買うためでもある。普段は並盛町で買い物をするが、今日は隣町の黒曜のスーパーがバーゲンセールの日なので少し遠出だ。

「次のバイトは来週か……」

 そんなことを呟きながら、飲料水コーナーでブドウジュースを手にする。

 両親亡き後は否が応でも自立しなければならず、それこそ〝死ぬ気〟で生きて行かねばならない。収入は真面目な方では新聞配達、ヤンチャな方では他校の不良や上級生と喧嘩してからのカツアゲ。他に方法を知らない辰巳は、労働と喧嘩で必死に生きるのだ。生活保護があるだろうと他人は言うが、辰巳はそれを拒み続ける。たとえ知っていても、自身のプライドが許さないからだ。

 妙なところが頑固な転生者は、周りから恐れられ避けられても必死に生きるのだ。

「さてと、レジに並ぶか……」

 大きなあくびをしながら、レジへと向かう。

 すると――

「大人しくしろ!! 死にたくなけりゃ金を出せ!!」

 レジの前で男が拳銃を取り出し、銃口を店員に突き付けた。それと共に悲鳴が響き、パニック状態になる。

 強盗事件だ。どうやら一人だけらしく、仲間はいないようだ。

「……ったく」

 面倒臭そうに頭を掻いてフラッと強盗に近づく。

 そして強盗の背後に――並んだ(・・・)

「……は?」

「あのさァ、スーパーに用事があるなら商品取って財布から金出して出てくれや」

(えええええ!?)

 カゴを片手に言い放つ辰巳に、その場にいる者全てがポカンとした顔になる。

 強盗が現れたという今の状況を全く理解していない斜め上にも程がある発言に、呆気に取られる。

「う、撃つぞてめ――」

「消えな、野良犬(ワンコロ)

 

 ドゴッ!

 

「ぐえっ!?」

 強盗が銃口を向けた瞬間、辰巳は額に拳骨(ゲンコツ)を叩き込んで殴り飛ばした。

 今まで多くの不良共を薙ぎ倒してきた辰巳の拳骨を額に食らった強盗は、2メートル程吹き飛んでから気絶した。そんな強盗など意にも介さず、辰巳はそのまま会計員の前でカゴを置く。

「会計頼む」

「は、はい……」

 

 

 20分後。

 強盗を殴り飛ばした辰巳はそのまま会計を済ませて帰宅する。警察から事情聴取を受けたが、殴ったのは一発だけであることや店員の証言などから過剰な行為でないと認められ、強盗は現行犯逮捕されて一件落着となった。

「……これからどうしようかねェ」

 そんなことを小声で呟く。

 喧嘩に明け暮れ、生傷が絶えない日々が当たり前となった自分。自分の悪名は周囲に知れ渡り、恐らく卒業してからは今以上に生きづらくなるだろう。奈々がいつまで自分に構ってくれるかわからないし、進学しようが就職しようが「暴れん坊の〝業〟」は付き纏う。それがどう影響するのか、皆目見当もつかない。

 全うな仕事はもしかしたら就けないのかもしれない。生きるのに精一杯で、やりたいように生きるのは困難だろう。それに――

(この町の人への恩、返したいよなァ………)

 こんな暴れん坊であることを承知の上で、生計を立てるために新聞配達をさせてもらっている。こんなクソガキと接してくれる人もいる。その人達にとっては些細な親切心や同情かもしれないが、一人で生きる辰巳にとっては一生の恩と言っても過言ではなく、どんな形であれ必ず返したいと思っている。

 恩をどう返すか……その答えも導き出していた。

(裏社会の人間として、並盛を護る……喧嘩屋同然の俺にできるのはそれ以外にねェ)

 辰巳はすでに覚悟していた。表での仕事はキツイと。

 実を言うと辰巳の喧嘩沙汰は、当初こそ町内の悪ガキや不良が多かったが最近は町外の人間がほとんどだ。昼間の喧嘩は並盛中学校の不良達であり、最近の喧嘩では珍しくなりつつあるケースだ。恐らく、自分を倒して名を上げようとするバカが増えてきたのだろう。

 このまま表の仕事をすれば、自分を雇ってくれた雇い主にも迷惑がかかるし雇用先の被害も予想される。それを防ぐには、自分が裏社会の人間となることで表社会の無関係な人間を巻き込まないようにするしか考えられなかった。

「まァ……なるようになればいいか」

 段々と深く考えるのが面倒になった辰巳はそう結論づけ、帰路に着くのだった。

 

 

 吉田辰巳――彼は後に名を成り代わったキャラと同じ「泥水次郎長」を名乗るようになり、日本の裏社会最強の極道として君臨することとなる。

 そして極道の人生を歩む中で、彼はマフィアの頂点とも言える「ボンゴレファミリー」に関わるようになるのだが、この時点で彼は知る由も無かった。

 いや、すでに奈々という少女に関わった時点で決まっていたのかもしれない。




奈々のことは大体わかりますよね。はい、ツッ君のマミーです。

原作との違いは、根津が二十年前から並中の教師である点と、主人公と奈々が同級生であることぐらいですかね?
一応奈々は並中の生徒という設定で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的2:Scarface

不定期更新の可能性がありますが、一番終わりが近いヒロアカの方が終わり次第トントンと進めたいと思ってます。


 3年後――生活そのものが喧嘩三昧の暴れん坊・辰巳は、並盛中学校をどうにか卒業して並盛高校へ進学した。

 義務教育を脱した以上、その後の学生生活は自己責任が原則だ。喧嘩も勉学もバイトも、何もかもが自己責任。ドがつく問題児(クソガキ)を庇う程、高校教師は甘くない。

 そんなことなど意にも介さず高校に進学した辰巳でも、さすがに中学のような荒れた生活が少しは矯正しただろうと思われるが、結果だけ言うとそんなに変わらない。むしろ喧嘩の面では相手が凶器を用いるようになったので悪質化している。現実は非情である。

「いでで……ったく、こっちは丸腰なんでい。ちったァ気を遣ってほしいモンだぜ」

 木刀や金属バットを得物に襲い掛かった不良十数人を血祭りに上げ、殴られた頬を押さえるように擦る。

 辰巳は基本、自分から喧嘩を売ることはあまりしない。売らなくとも自然と寄ってくることが多いからだ。クラスこそ別になったが共に進学した奈々からは笑顔で「ごきぶりホイホイみたいね」と太陽のような笑みで言われたのは、地味にショックを受けて忘れられない。

「しっかし、奈々には申し訳ねェな……これじゃあいつまで経っても友達作れねェぞ。それに……」

 辰巳はポケットから財布を取りだし、中身を確認する。財布の中には、一万円札が一枚と百円玉が五枚、十円玉と一円玉がそれぞれ二十枚入っている。

「今、俺金欠なんだよなァ……」

 盛大に溜め息を吐く。

 バイトや喧嘩後のカツアゲで生計を立てている辰巳だが、近頃の価格高騰やカツアゲ対象の不良の低所得化が進行し、じわじわと辰巳を追い詰め始めていた。恩情があってまだ新聞配達のバイトをしているが、それでも貰える額は一日1100円程度。

 こんなに家計的に厳しい状況では、友人関係の方に金を回すなど到底できない。やはり学生生活はぼっちで過ごすしかなさそうだ。

「まァ、別にいいか――」

「吉田辰巳!!」

「……うげっ」

 その場を去ろうとした瞬間、何者かに呼び止められる。

 振り向くと、そこには学ラン姿でガラの悪そうな男子生徒が十人程立っていた。

「貴様、また風紀を乱してるな!」

「いや、だから俺が売った喧嘩じゃねーっての。毎回毎回、何度同じこと言えば理解してくれんでい」

「貴様こそ毎回毎回喧嘩して風紀を乱してるだろうが!!」

 ――おめーらにだけは言われたくねーよ、その言葉は。

 心の中で呟きつつ、辰巳はその場から逃走した。当然後ろの連中が逃がす気など毛頭なく、追跡してくる。

 実を言うと、辰巳は高校生になってから風紀委員会のブラックリストに登録されてしまっている。理由は喧嘩沙汰の多発であり、自分から喧嘩を売って暴れてなくとも学校内の風紀を乱しているとして並盛高校における要注意人物として名が挙がっているのだ。

 中学時代も風紀委員会に監視対象となってはいたが、当時の委員長が穏健派であったことと自分から風紀を乱すマネはしないことを承知していたため、指導とは名ばかりの粛正をするのは避けていた。だが高校の方の風紀委員会は根っからの武闘派であり、その上一発ぶん殴ってから話を聞くという傍若無人ぶりだ。喧嘩常勝の辰巳も勝てないわけではないが、手を出すと色々と面倒事になるので逃げ回って済ましている。

(ったく、肩身の狭い高校生活だよう……)

 取り締まる側どころか取り締まられる側のような風貌の男子生徒の追跡を振り回しつつ、今日も辰巳は波乱の学校生活を送る。

 

 

           *

 

 

 帰り道。

 ジャージ姿で夕飯のメニューを考えながら、のんびりとした足取りで自宅へ向かう。

「……ん?」

 ふと、背後から聞こえてくる多数の足音。

 ゆっくりと振り返ってみると、そこにはバットや鉄パイプ、木刀を手にした不良達がガンを飛ばしていた。

「昼間の連中じゃねーな……どちらさんで?」

「俺達を覚えていないのか? 辰巳ィ……てめェにぶん殴られまくってからずっと復讐を思い続けてきた」

「ようやくその日が来たって訳だ!!」

「……ピンと()ねーや。俺にぶん殴られた人間は多いし、そもそも喧嘩売っといて負けた奴がいけねーじゃねーか」

「て、てめェ……!!」

 一々殴った人間の顔を覚える暇があったら、家事やバイトの一つや二つ覚えた方がまだいいだろう。辰巳は生計を維持するのに精一杯であるし、人間は忘れる生き物だから全員の顔――それも名乗りもしないどこの馬の骨か知れない連中――を覚えられる程万能ではない。

「……で、随分と物騒なナリしてるけど」

「いや、だからさっき言っただろ! 復讐っつったろ!!」

「並盛にずっといる俺を2年がかりで復讐かよ。まだ一話分しか経ってないとはいえ、今更すぎねーかい?」

「コラァァァァ!! しょっぱなから何言ってくれとんじゃあお前!!」

「まァ、んなこたァどうでもいいが……結局兵隊集めて共に死にに来たのと変わりねーじゃねーか」

 辰巳は微笑んだ瞬間、目を見据えて告げた。

「――徒党を組めば勝てるとでも思ってんのかドグサレ共」

『!?』

 ドスの利いた声と共に、殺気を放って睨みつける辰巳。

 肌がピリピリと痛むような殺気を浴び、半端な不良は腰を抜かし震える。だが、殺気を放ってもなお屈さずに得物を構える。

「おいおい……正気かてめーら? 上等じゃねーか、せいぜい俺よりも先に倒れねーように気をつけるこったな」

「や、やっちまえェェェェ!!」

 雄叫びと共に、不良達が襲い掛かってくる。

 辰巳はやれやれといった呆れた表情を浮かべつつ、拳を握り締める。

 自らが丸腰である分、相手は得物を持っているため当たれば無事では済まないだろう――だが、それだけだ。要は得物の間合い、すなわち射程範囲さえ掴めれば一撃一撃を躱して一発叩き込めばそれでOKなのだ。

「らァッ!」

 

 ドゴッ!

 

「「「ぐはァッ!!」」」

 無造作に放たれた強烈な拳骨。

 それは木刀を持った男の鳩尾に直撃し、衝撃で3人程巻き込みながら殴り飛ばされる。それと共に、男が落とした木刀が足元に転がる。

「……借りるぞ」

 転がった木刀を拾う。

 その時――

 

 ドクンッ

 

「!?」

 心臓が大きく脈打った気がした。まるで、木刀を手にした瞬間に封印されていた何かが覚醒したような気分だった。

 しかし、その間にも不良達は襲い掛かる。

「死ねやァァ!!」

「死ぬかよ!」

 

 ガォン!

 

 辰巳は豪快に振るって強烈な一撃を見舞った。

 男は胃の中の物を吐き出しつつ飛ばされ、そのまま意識を失った。

(何だこの感覚……初めて手にしたってのに、まるで使い慣れた相棒みたいに扱える! ってことは……)

 それを皮切りに辰巳は不良の群れに突撃し、猛攻を仕掛けた。走る木刀が真っ赤な血を浴びていき、褐色の修羅(おに)が薙ぎ払っていく。不良が一人、また一人と倒れていき、その光景に気圧され始めたのか残りの不良達は一歩ずつ後ろに下がっていく。

 喧嘩は素手だけではなく、得物も使う場合もある。金属バット然り、木刀然り、ナイフ然り――五体満足で生き残るには、相手を超える技量が求められる。その技量を辰巳は「不良特有の勘の鋭さ」と「開花した〝喧嘩の才能〟」で補い、死ぬ気で一人一人を確実に叩きのめしていく。

(これが「泥水次郎長」か……全盛期は銀さん以上とネット上で言われるだけあるな……)

 原作では戦闘の描写が少ない部類であるが、泥水次郎長の素質に戦慄すら覚える。

 すると――

「うらァァァァァ!!」

「っ!」

 

 ――ザシュッ

 

 ナイフの刃が襲い掛かり、右頰に熱が走ってその後に痛みが襲う。

 しかしその痛みに耐え、辰巳は拳を振るって殴り飛ばす。

「いっつ……!! やってくれるじゃねーの……!!」

 木刀を逆手に持ち替え、脇腹に衝撃を叩き込む。

 しかし、その隙に別の男がナイフで一閃。右頬に十字傷ができた。

「くっ……るおおおおっ!!」

 木刀で薙ぎ、不良を蹴散らす。

 実力的には辰巳が圧倒的だが、数でじわじわ押され始める。半数以上倒しても、まだ相手は残っているため疲労も蓄積されていく。

 当然、ここで嬲られるわけにもいかないし病院送りで欠席するのも嫌である。妙に律儀な辰巳は、負けるわけにはいかないのだ。

 歯を食いしばり、痛みを堪え、辰巳は木刀を振るった。

 

 

「ヤベェ……さすがに動けねェ」

 ついに不良全員を撃退することに成功した辰巳。

 さすがに得物を持った不良50人を相手取ったのは相当の疲労とケガを負うこととなり、喧嘩常勝の辰巳も動けなくなる。

 暫く休めばいいだろうと、呑気に思ったその時――

「タッ君!!!」

「奈々、か……!?」

 悲鳴に近い声を上げ、駆け寄ってくる奈々。

 頬から血を流し疲弊した同級生を前に焦るのも無理は無いだろうが、辰巳としては奈々にも迷惑を掛けるのが申し訳ないのかいつものように追いかえそうとする。

「別にこんぐれー平気だい。死ぬようなケガじゃねーし、そもそもこの程度でくたばるような(タマ)なんざ持ち合わせちゃいねーよ。それに俺は不良で奈々は女学生だ、下手に関わると――」

 

 バチンッ!

 

「……!?」

 奈々が次郎長の頬――それもナイフで斬られた右頬――を引っ叩いた。ズキズキとした切り傷の痛みと平手打ちのヒリヒリとした痛みのダブルパンチで、さすがの辰巳も困惑した。

「そう言っていつも傷ついて……何で頼ろうとしないの!? 私や皆がいるのに!!」

「………奈々、おめェ……」

「タッ君の悪いところよ! 自分一人で全部背負って……そんなに私や皆が信用できない人なの!?」

 その言葉に、辰巳は察した。

 自分がよかれと思っていたことが、周りを困らせていたことに。不良の自分と関わると他の連中に目をつけられ危害を加えられてしまうと思ったから他人と距離を置いていたのに、それが逆に「自分以外の人間は信用しない」という誤った印象を与えていたと。

「――ケッ……女だてらに一丁(いっちょ)(めェ)の啖呵切ってくれるじゃねェかい」

「友達だもの、心配して当然でしょ?」

(友達、か……いつの間に俺とおめーは……)

 辰巳はそう言って意識を失った。

 

 

           *

 

 

 ふと、辰巳は目を覚ました。

 視界は白い天井であり、医療ベッドで横になっていたことから並盛にある中央病院へ搬送されたことを瞬時に理解した。

「……病院か」

「気づいたの?」

「……明日ァ確か土曜のくせに授業あったよな」

「先生には言っておいたわ。それとお医者さんは2日は安静にしていてくれって」

「ちっ、あそこでぶっ倒れなきゃあよかった……」

 ムクリと起き上がり、頭を掻く。

 包帯や絆創膏まみれの体を確認し、溜め息を吐く。

「そういやあ俺の頬の湿布って、絶対奈々のだよな」

「え? ウソ! ごめんなさい……」

「ビンタはいいけどよ……普通さ、傷負ってない反対側をやるだろ普通は……」

 顔をヒクヒクと引きつらせる辰巳。

 さすがの奈々も困った顔をしているが、悪気はないようなので許すことにした。

「じゃあ、私はもう帰るね」

「そうかよ」

「んもう! 不器用ね」

 プンプンと言いながら踵を返し、病室のドアノブに手をかける。

「…………奈々」

 ふと、辰巳が口を開いて呼びかけた。

 奈々はゆっくりと振り返る。

「………世話んなったな」

「! ――どういたしまして♪」

 

 

 翌週、相も変わらず絡んできた不良をシバきつつ辰巳は登校した。

 しかしその日は、いつもと違って一人ではなかった。

「残りわずかだが、賭けてみるとするよ……奈々」

「?」

「人といっぱい関わるって言ってんでい」

「♪」

(一言も喋ってねェのに何か伝わるな……)

 辰巳は呆れた笑みを浮かべ、奈々と共に校門を通るのだった。




原作との相違は……奈々の気の強さかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的3:もう一つの名

感想・評価、お待ちしてます。


追記(2019年1月)
後々調べたら着物の花が紅花のようなので、訂正しました。


 高校をギリギリで卒業した辰巳は、進学することなく働く道を選んだ。

 とはいえ、辰巳はその腕っ節の強さから他校の不良が名を上げるために絡んでくることが多く、3年次に至っては極道関係者に目をつけられてしまう始末。そんな輩を雇ってくれる就職先など無く、やはり喧嘩三昧の日々である。

「ハァ……腹ァ括って成り代わったキャラ通りの極道になるっきゃねーか」

 右頬の十字傷がトレードマークの一部と化し、完全に泥水次郎長として成り立った顔を鏡で見ながら呟く。

 侠客でありながら町の顔役になる程の人気者となった彼のように、並盛の顔役として町を荒らすドグサレ共を追い払って生きる。その選択肢もいいのかもしれない……というか、それ以外に選択肢は無さそうだ。

「……ってなると、準備が必要だな」

 辰巳が準備すべきなのは、ある程度の人数と資金力。

 人数は喧嘩三昧の日常で自ずと入ってくるだろう。資金に関しては地道にコツコツ貯めるしかないし、バイトも新聞配達から土方や解体屋に変更し金の集め方も改善しなければならない。

 そして要らない物も売り払い、両親との想い出との決別もしなければならない。極道として生きるには、心のわだかまりや過去の清算も必要だ。

「世話になったな……」

 辰巳は住み慣れた我が家との決別を決意し、ベッドで横になった。

 

 

 後日、辰巳は自らを「泥水次郎長」と名乗るようになり、近所の川平不動産を頼って家を売り払って築30年のアパートで質素な暮らしをするようになる。

 その売り払った家が、後に奈々の手に渡ると知らずに。

 

 

           *

 

 

 月日は流れ、桜が咲く時期になる。

 冬の寒さが和らぐ穏やかなこの時期は、テレビ・ラジオの改編、法律・制度の実施や政令指定都市・中核市などの移行、合併などが多く行われ、卒業式や入学・入社式といった出会いと別れが行われ、年度替わりとして様々な区切りとなる。

 その頃から、並盛ではある青年の話が有名となっていた。泥水次郎長に名を変えた吉田辰巳のことである。

 辰巳――いや、次郎長は見た目も何もかも変わっていた。年中洋服のこのご時世に、赤い紅花があしらわれた黒地の着流し姿。赤く長い襟巻は白髪に近い銀髪と共に風になびき、二十歳未満とは到底思えぬ気迫に満ちている。

 〝吉田辰巳〟を捨てた彼は、全てを変えて第二の人生を送っている――のだが……。

(う~わ、スゲェ浮いてる……)

 やはり周囲の目は若干気にしているようだ。

 そもそもガングロかつ白髪に近い銀髪の端正な顔立ちの青年など、どんな理由であれ人目を引くに決まってる。しかも生まれつきなのだから、今更にも程がある。

(……やめた。んなこと考えるの面倒! とりあえずシノギと部下をどうするか考えねーと)

 ヤクザのシノギは色々あるが、大抵の場合はショバ代や用心棒代といったみかじめ料、闇カジノのような違法賭博、出資法に違反する高金利を取る闇金融、公営競技などを利用して私設の投票所を開設するノミ屋、転売屋の一種でチケット類を買えなかった人や買いたい人に売り捌くダフ屋などがある。中には売春の斡旋(あっせん)、覚醒剤や麻薬などの薬物取引も資金源としているケースも多い。

 当然のことだが、次郎長は法に背いてもクスリや人身売買で儲けをする外道な商売など真っ平御免だ。(きょう)(ふう)に富んだ「侠客(おとこ)」として畏敬を持って迎えられる顔役になるには、ヤクザ者ながらもその道に反した行為をせずに生きるのが重要だ。

(ってェなると、(テキ)()運営とかいいかもな)

 的屋は、縁日や盛り場などの人通りの多いところで露店や興行を営む。わかりやすく言えば焼きそばやたこ焼きを売ったり射的やくじ引を運営する屋台だ。

 的屋もまたヤクザのシノギであり、現実世界においても的屋系の極道組織も存在する。もっとも、的屋だけで食っていける程世の中甘くないのだが。

(そうとすりゃあ、シノギは的屋運営とみかじめ料、ケツ持ち辺りか? 請負業もよさそうだし……敵対勢力なら資産強奪してもいいよな、俺やってたし)

 そんなことを考えたからか、前方不注意で誰かと肩をぶつけてしまった。

 絡まれたらそれまでだが、詫びの一つくらい入れた方が良いと思い口を開く。

「おっと、すまねェ……」

「オイ待てコラ! 人にぶつかっといてたったそれだけか!?」

(あらら、絡まれちったい……)

 一言謝ったが、どうやら相手はゴロツキだったようだ。

 運が無いなと思いつつも振り返ると……。

(え……ええ!? 勝男ォ!?)

 次郎長の眼前に立つのは、成り代わったキャラの部下である「銀魂」のキャラ・(くろ)(ごま)(かつ)()と瓜二つだった。

 黒駒勝男は〝かぶき町の暴君〟の異名を持つ、泥水次郎長率いる溝鼠組の若頭。かぶき町を牛耳る有力者「かぶき町四天王」の内の二人、次郎長に加え元攘夷志士の豪傑・西(さい)(ごう)(とく)(もり)が一線を退いていることから現役では――銀時に匹敵する強さではないが――かぶき町最強と目され、かぶき町四天王篇以降は隠居した次郎長に代わって組を取り仕切っている。

 その勝男と瓜二つの人間と、肩がぶつかったことでいざこざが起きるという形で邂逅を果たした。思わず笑ってしまいそうになる。

(……こんな偶然、あるんだな)

「オイ! 聞いとんのかワレ!!」

「あん? 一言詫びたからいいじゃねーか、そんなんでイライラしちゃあ器の大きさが知れちまうぜい」

「なっ……!」

 次郎長の言葉が癪に障ったのか、青筋を浮かべる勝男似の男。

 すると彼の取り巻きであるゴロツキ達が声を上げた。

「おんどりゃあ! 何様のつもりじゃあ!?」

「泣く子も黙る(いし)(づか)(たかし)の兄貴を何だと思ってやがる!?」

(あ、そういう名前なのね……)

 どうやら目の前の勝男似の男の名は、石塚隆というようだ。

 部下を引き連れているあたり、それなりの人望はあるのだろう。

「オイラは一言謝ったろ。それでこの件はシメーだ、悪かったな」

 そう言ってその場を去ろうとする次郎長。

 しかし勝男似の男――石塚はそれを許してないのか、ドスの利いた声と共に拳を振り上げた。

「わしに喧嘩売るとどうなるか、思い知れやァァァ!!」

 思いっきり殴りかかる石塚。

 だが次郎長は、その拳を片手で平然と受け止めた。

「……は?」

「「え……」」

「――いい拳だが、喧嘩の仕方(・・・・・)をまだ理解できてねェようだな。ただ顔狙って殴りゃあいいってもんじゃねェ、てめーの拳に耐え切る奴が現れたら通じねェぞ……もっとも、素で強い場合(やつ)はどうしようもねーけどな!」

 次郎長はそう言って、お返しとばかりに拳骨を放った。

 顔面にモロに食らった石塚は成す術もなく殴り飛ばされ、それに唖然としていた取り巻きも次郎長の拳骨によって一撃で倒される。

「これでシメーだ」

 次郎長は石塚達を圧倒し、そこから離れようとした。

 その時、石塚が起き上がって血を流しながらも口を開いた。

「し、信じられん……手も足も出んかった……! アンタ、一体何者なんや……?」

「…………(あん)ちゃん、オイラは他人の生き方に水を差す気はねーが忠告はするぜ。辺りに咬みつき回るのは結構だが、咬みつく相手はちゃんと選んだ方がいい」

 そう言い残し、次郎長は嵐のように去っていった。

 しかし石塚にとっては、今まで出会った男達の中で最も印象に残った男だった。

 

 

           *

 

 

 並盛町のとある喫茶店。

 奈々は高校を卒業後、この喫茶店でウェイトレスとして勤め始めた。どんな人物でも優しく迎え入れる朗らかな性格が接客で大いに役立ち、彼女との面会を求めて来る常連も増えてきている。喫茶店にとっては願ったり叶ったりだ。

 さて、そんな喫茶店の休憩中に奈々は店長からある話を聞いていた。

「奈々ちゃん、知らないの? 最近並盛で噂のゴロツキの話」

「え?」

 店長曰く、近頃並盛に色黒の青年が現れチンピラ達をのしているという。その青年は彼岸花があしらわれた黒地の着流し姿で赤い襟巻きを巻いており、見かけによらず大した伊達男だという。

 名前は知らないが、かなりのイケメンということで主婦の間ではレアキャラ認定されてるとのことだ。

「そんな人、並盛にいたんですね」

「まるで一昔前の映画の極道みたいな雰囲気の人よ。でも悪い評判は聞かないわ、つい最近にも石塚ってゴロツキを秒殺したのよ! 清々したわ、この町の人達は石塚を怖がってたからねェ」

 その時だった。

 ふと、二人の視界に件の青年が入って来た。

 鋭い眼差しは戦場の真っ只中にいるかのようで、若さとは裏腹に醸し出す風格は歴戦の大物のようだ。カタギと言うにはあまりにも遠く、かと言ってゴロツキと言うには威厳に満ちている、不思議な男だ。

 しかしその正体を、奈々は知っていた。忘れもしない、色黒の同級生だ。

「……タッ君!?」

「? ……何でい、誰かと思ったら奈々じゃねーか」

 その呼び方に反応する、件の青年。

 店長はその光景を見て、驚愕した。

「な、奈々ちゃん!? 彼がそうなんだけど……ええ!? 知り合いなのォ!?」

「はい、中学・高校の同級生なんです。高校はクラスこそ違いましたが。それでタッ君、今は何やってるの? あと喋り方変わった?」

「この町で流れる噂通りのことを仕事にやってらァ、それと今は〝泥水次郎長〟って名ァ通してんでい……喋り方は色々あって(なま)っちまった」

「そうなの? じゃあジロちゃんって呼んだ方がいいかしら?」

「オイラとしちゃあタッ君の方が良い。ちゃん呼びは嫌だし、タッ君の方が親しみがあるからな」

 ウェイトレスとゴロツキの親しそうな雰囲気に、戸惑いを隠せない店長。

 奈々の意外な一面を垣間見た瞬間でもあった。

「……ここで働いてるのかい? (わり)ィ男に絡まれんなよ、おめーさんは良くも悪くも人が良すぎらァ」

「……店長、せっかくだしタッ君に()()()の相談しない?」

「え? あの件を!? でも……」

「何でい、何か揉め事か?」

 次郎長の問いに、店長は俯きながらも口を開いた。

 実はここ最近、隣町の黒曜からチンピラが恐喝しに来ていて金を取られているのだ。被害総額は15万であり、警察に言えばタダでは済まさないと強く言われ中々言えないという。かと言って、このまま放置すれば店の経営が傾きかねないし金を取れなくなったチンピラ達がどんな行動をするかもわからない。

 話を聞いた次郎長は、二人に背を向けた。

「話はわかった……ここは民主主義で行こう、オイラがちょちょいと話してくらァ」

「え!?」

「無茶よ! 相手は――」

「大丈夫だ、さすがにすぐ手ェ出さねーだろうよ。その辺の()は弁えてるはずでい」

 

 

           *

 

 

 翌日。

 黒曜町のとあるビルの一階にある事務所の前には木刀を持った次郎長がいた。

(ここが黒曜に根を張る(そう)(りゅう)(ぐみ)か……)

 蒼竜組。

 暴力・傷害沙汰をよく起こしカタギに手を出すこともある、極道の風上に置けないチンピラの集まり。ここらで一度成敗する必要があるだろう。

「あ~らよっとォ!!」

 

 ドガァァ!

 

『――あ゙あ゙っ?』

 事務所のドアを破壊し、殴り込む次郎長。

 殴り込みに遭った男達は、怒りを露わにして一斉に立ち上がる。

「何でい、一体(いってェ)……!!」

「てめェ、ここをどこだと思ってやがる!?」

 一斉に刃物(ドス)を向けられるも、色黒の少年は一切臆さずに笑った。

「てめェ……どこの組のモンだ!? おお!?」

「名乗る程の野郎じゃねーよ。ただ、女を騙し金をせしめたクソ野郎とのケジメをつけに来ただけでい」

 数々の修羅場を潜り抜けてきた根っからの暴れん坊と言える次郎長に、ドスを見せつけられても怯えることは無い。むしろ間合いが測りやすいため安心する始末だ。

「組長さんに話がある。――並盛町の喫茶店からぶん取った金、返してくれねェか」

「なっ……」

「何だてめェ、何様のつもりじゃあ!!」

 すると、一人の男がドスを構えて襲い掛かった。

「筋者ナメるんじゃ――」

 

 ドゴッ!

 

「ぶべェッ!?」

 

 ドドォン!

 

「……今話してる最中だ、言い終わってから来い。行儀の(わり)(あん)ちゃんだな」

 ドスを抜いた組員が襲い掛かったが、辰巳は左ストレートを見舞って殴り飛ばした。組員は事務所の窓ガラスを突き破って道路を越えてコンクリートの壁に叩きつけられ、そのまま意識を失った。

 それを目の前で見た組長は腰を抜かし、組員達も唖然とする。

「………ってな訳で組長さん、ここは器のデケーところを見せてシノギとして手に入れた金を返しちゃくれねーかい」

「イッ!?」

「ガキ一人のせいで組員総崩れの恥を晒すのは御免だろ? 俺も疲れるし……」

 殺気を放って威圧する次郎長。

 その気迫に強い恐怖を感じた組長は、無言で首を縦に振った。

「わ……わかった、勝手に持っていきな……おい、てめーら!」

「へ、へい!」

 組長の慌てた声に反応し、組員達が動き金を用意する。

 暫くすると組員の一人が金を持って現れ、次郎長に渡した。

「ひーふーみー……きっちり丁度だ、無理を言って済まなかったな」

「あ、ああ…………」

 次郎長は手にしていた木刀を腰に差し、札の数を数える。

 数え終えると、組長と組員達に背を向けて事務所を後にした。

「や、野郎! よくも――」

「よせ!! 構うんじゃねェ!!」

 その叫びに、一斉に組員達は振り向く。

 組長の顔は汗だくで、青ざめて震えていた。

「あ、ありゃあ〝獣〟の目だ……!! そんじょそこらのチンピラやドグサレなんぞとは桁どころじゃねェ、格が違う……!! 今時あんな目をした野郎(ガキ)が、(すぐ)(そば)に潜んでいるなんてよォ……」

『っ……!!』

「下手に怒らせて相手取ったら本当に組を潰されちまうかもしれねェ……金返すだけで事が丸く収まるなら安いモンよ……」

 

 

 次の日。

 次郎長は奈々が働く喫茶店を訪れていた。

「う~い、返してもらったぞ」

「タッ君、ホントに!?」

「おうよ」

 テラス席に座り、懐から封筒を取り出し奈々に渡す。

 次郎長がパクられた金を取り戻したことを聞きつけたのか、店長も駆けつけた。

「ありがとう! 何て礼を言えばいいか……でも、本当に話し合いをしてくれたのね」

「ああ、一人ぶん殴っ……じゃなくて、話し合って粘り強く交渉して折らせたんでい」

「ちょっと待って、今「一人ぶん殴って」って言いかけたわよね? 言いかけたわよね!? 一昨日言ってた民主主義はどこ行ったの!? 思いっきり拳で語ってるじゃない!!」

 店長のキレのいいツッコミが炸裂する中、次郎長は語る。

「隣町の連中から取り戻した金の件はこれでシメーだが、奴らは諦めちゃいねーはずだ………俺は()()()()()()で名を上げて町の顔役として護ってやんよ」

「え? タッ君、警察官になるの?」

「奈々ちゃん、話の流れわかって言ってんの!? 彼は極道になるっつってんだけどォ!?」

 奈々の天然ボケまで発動する中、次郎長は笑みを浮かべる。

「オイラはこの町と町の人達に恩義がある……それもただの親切だとか気遣いなんてレベルじゃねェ、一生の恩だ。だがその恩を返すには、俺はヤンチャが過ぎた……だからそのヤンチャさで恩を返すって決めたのさ」

 成り代わったキャラのように、ヤクザとしての活動の一方で次他所のドグサレ共から並盛を護る――それが彼ができる唯一の恩返しだ。

 喧嘩三昧の日々を過ごしたがゆえに、ロクな生き方はもうできないし悪名が広がってしまい働く場所もほとんどない。ならば裏社会の人間としてこの町を護るために生きるのも手だろう。

「吉田辰巳の名を語るのもこれで最後かもしれねーな……じゃあ、また今度なァ」

 次郎長は小さく呟いてから席から立ちあがると、髪と襟巻を揺らして喫茶店から離れていく。

「タッ君……」

 段々と離れていく元同級生の暴れん坊の背中を見続けながら、奈々はその名を小さく呟くのだった。




原作との相違は、オリジナル展開である点……というか、この話そのものです。(笑)
この話以降、辰巳は次郎長に表記を変えますのでご了承ください。

次回から、例の男がついに……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的4:誕生、(どぶ)(ねずみ)(ぐみ)

今年もあと一ヶ月ちょっとか……。


 喫茶店での一件から数日が経過した。

 学生時代の悪名も含めて次郎長は少しずつ極道社会で認知されるようになり、自分の元に地元のヤクザ勢力「(もも)(きょ)(かい)」や日本有数の一大勢力「関東集英会」、北関東の「芳文(ほうぶん)連合」の組員が接触し始めた。

 理由は至って簡単。スカウトである。

 ヤクザのスカウトで一番多いケースは中学・高校時代とかに不良をやっていて、その後暴走族や()(れん)(たい)――繁華街で違法行為や暴力行為を働く不良青少年集団――に入り、そこか引っ張られてヤクザになるというパターン。他にも少年院・刑務所などで組員と知り合いになってスカウトされることもある。次郎長は中学・高校時代の悪名と先日の蒼竜組との一件で噂が裏社会に広まり、それに興味を持った連中が組員にすべくスカウトしに来たという感じだ。

 しかし、次郎長はそのスカウトを丁重に断っている。そもそも次郎長の行動原理は並盛の住民への恩義にあり、極道組織を立ち上げるのは並盛の住民と町を他の勢力から守るためである。もしここで別のヤクザ勢力の組員になれば、それが後回しになってしまうのだ。ゆえに次郎長はどれ程食い下がられても首を縦に振らないのだ。

 さて、そんな日々を過ごす中、次郎長は土方のバイトをするようになった。重い物を運び足場を組みあげるといった体を酷使するハードな作業が多い上に、現場のルールを守ってコミュニケーションを積極的にするなど、身体的にも精神的にも鍛えられる。次郎長にぴったりの職場である。

「お~い、こっち頼む!」

「うっす」

 次郎長は鉄筋を組み立てる作業をしている。

 若者が少なくなっている昨今、バイトとはいえこういう力仕事をこなせる男は重宝されるのだろう。

「あとどれくらいにしますか?」

「あ~、もう10本ぐれー持ってきてくれ!」

 次郎長は棟梁にそう言われ、もう一度鉄筋を持ってこようとした。

 その時――

「お、おい! 待ってくれ!!」

「?」

 自分を呼び止める声。

 後ろを振り向くと、何と先日絡んできた石塚達がいた。

「……あん時の(あん)ちゃん達じゃねーか。どうしてェ?」

「と、とりあえずここじゃあ迷惑だから場所移すで!」

「………おい、じじい! 少し前に返り討ちにしたチンピラの相手するんで一旦休みます!」

「誰がじじいだ、コラ!! いてもうたろか!? わーったよ、早く済まさねーとぼてくりこかすかんな!!」

(喧嘩は止めへんのかい!?)

 器がデカイのか絡まれるのが嫌なのか、棟梁(じじい)の言葉に唖然とする石塚達。

 すると次郎長が寄って来て、肩を組んで凄んだ。

「……どやされたかねーんでな。早く済ませようや」

「あ、ああ…………」

 

 

 建設現場から少し離れた路地裏で、次郎長は石塚達と対峙していた。

「……で、何しに来たんでい」

 石塚達は次郎長の前で土下座した。

「わ、わしらを子分にしてくれ!」

 その申し出に、目を見開く次郎長。

 先日ボコられたチンピラ共が、一体どういう風の吹き回しなのか――次郎長は石塚達に問う。

「……どういうこった」

「じ、実はのう――」

 石塚達は次郎長に返り討ちにあって以来、リベンジマッチを望んでいて再会したら派手に喧嘩をしようと画策していた。あの時は感情任せで殴りかかっており、冷静さを欠いていたために殴り返されてしまったので、次は冷静かつ堂々と勝負を挑もうとしたのだ。

 そんな中、「蒼竜組が色黒の若者に襲撃され、シノギを奪われた」という情報が流れた。石塚達が色黒の若者は誰かと言われて真っ先に思い浮かぶのが次郎長……彼が関わっているのではと疑い、事の次第を調べることにしたのだ。

 そして情報は本当のことであり、そのきっかけになったのが元同級生の職場で起こった事件だったこともわかったという。

「木刀一振りで単身殴り込み、生きて帰るどころか元同級生の店の問題も解決しおった……しかも何の見返りも求めずに!! それを見てわしらはその(おとこ)()に惚れたんじゃ!!」

「おめーさん達……」

 ――()()()()()って、見てたのかよ。

 何気に暴露された衝撃の事実に、頭を抱える次郎長。

 つまり、石塚達は先日の次郎長と奈々のやり取りを影で見ていたということでもある。

「最悪だ……よりにもよって俺と奈々の関係も知られちまった……」

「あの女、奈々って言うんですか! 可愛いでんな!!」

「フザけたこと言ってんじゃねーぞ、オイラがわざわざ極道社会に首突っ込まないよう配慮したってェのに台無しじゃねーか」

 次郎長は奈々の身の安全を考慮して、彼女との関係を他の連中に決して知られたくないのが本心だが、どうやら手遅れのようだ。見られた以上は、手を打つしかないだろう。

「……わかった。おめーさん達を子分に迎えてやらァ」

「ホ、ホンマでっか――」

「ただし条件がある」

『!』

 次郎長が石塚達を子分にする条件として、「奈々との関係は敵対勢力に絶対に知られないようにすること」と「次郎長への忠誠心・仁義を絶対とすること」の二つを挙げた。

「……ちょっと待ってくだせェ! 敵対勢力って……一体どういう訳で?」 

「それぐれーわかれよ。裏社会に関わんだ、カタギの同級生を人質にとられたらたまったもんじゃねーだろ」

 奈々という存在が、次郎長の弱点になる。

 それが裏社会で万が一にも流れたら、今後の次郎長の生活どころか並盛の治安にも関わってくる。奈々を人質に次郎長を意のままに操ろうと考える奴などいないという保証は無く、むしろ未だにスカウトを諦めていない連中が奈々を狙うかもしれないのだ。

「まァ、これで次郎長一家の出発点ってことにならァ。ケツの青いままのスタートだぜ……まずは資金集めでい、人なんざ後からいくらでも寄って来らァ。おめーらも早くシノギを稼いでこいよ、合法的(・・・)にな」

『――へ、へい!!』

 

 

           *

 

 

 その夜。

 石塚達は次郎長に呼ばれ、彼が住むアパートを訪れていた。

「こ、これは……?」

「もつ鍋。せっかくてめーらの為に作ったってェのに、食わねーのかい?」

『い、いただきます!!』

 石塚達は皿に盛りつけ、食べ始める。

 久しぶりに食べるのもあるが、次郎長特製のもつ鍋は美味しいのかガッツリと頬張っていく。

「改めて自己紹介でい……オイラは吉田辰巳だ、今は泥水次郎長っつー()(せい)(めい)で通ってる」

『ブーーーーーッ!!!』

 次郎長が本名を口にした瞬間、石塚達は盛大に噴き出し咳き込んだ。

 そして震えながら口を開いた。

「よ、よよよよ……吉田辰巳ィ!? ホンマでっか!?」

「吉田辰巳って言えば……並盛で大暴れした伝説の不良の名じゃねェですけ!!」

「ってこたァ、俺達は伝説に喧嘩吹っ掛けたってことか……負けて当然だ……!!」

 どうやら中学・高校時代の暴れっぷりは後輩達に伝説として語り継がれているようだ。

 次郎長は内心そこまで神格化されてることに戸惑ったが、もつ鍋を食べながら気を取り直して石塚達に訊いた。

「オイラは石塚以外は名前知らねェんだが、残り二人は?」

「お、おれは(かげ)()(だい)(すけ)です!」

「す、(すぎ)(むら)(けん)()です!」

「ツルッパゲの方が景谷で、パンチパーマの方が杉村か。覚えた」

 もつ鍋二杯目に突入する次郎長は、三人に今後の動きを伝えた。

「どうせカタギとしてろくに飯食っていけねェだろうし、俺は極道社会に身を投じる。ヤクザとしてこの町を護るって訳だ」

「極道ですかい。そりゃあ血が滾りますなァ」

「組の名は決まってるんで?」

「組の名は溝鼠組だ。ドブネズミはしぶとく図太ェ生き物だが、一方で強かでしなやかさもある。しぶとさ・図太さ・強かさ・しなやかさ……それら全てを併せ持つ極道になるって意味合いを込めている」

「お……うおおお!! 何ちゅーカッコええ組の由来じゃ!!」

(つっても、ただ成り代わったキャラが率いた組なんだけどね~……)

 遠い目をする次郎長。

 すると、石塚が三杯目に突入しつつ次郎長に訊いた。

「そんで……これからはどうすんで?」

「――今の状況だと、ドンパチやるのはオススメできねーな」

 これからたった四人で裏社会に殴り込み、名を上げることになる。

 少しずつ組は成長するだろうが、いずれにしろ喧嘩の才能に恵まれた次郎長や並盛の住民から恐れられた石塚達でも命を落としかねない状況に見舞われることだろう。

 つまり、武力であれ財力であれ、今は力を蓄える時期であると次郎長は言っているのだ。

「………とりあえず、昼間はバイトで夜は悪タレ共をしばいて治安でも護るか。俺に恨みがあるバカもいる上に他の極道(れんちゅう)のスカウトも諦めてねーだろうし。俺は組の掟でも考えるとすらァ」

 次郎長はそう言って最後の一杯を食べ終えるのだった。

 

 

           *

 

 

 次郎長率いる溝鼠組は、たった四人でのスタートだった。

 次郎長や石塚達は資金集めの為にバイトを何件か掛け持ちし、恨みを買われた連中を返り討ちにしたり極道組織によるスカウトを――物理的に――蹴ったり、町の住民にちょっかい出してくるチンピラをのしたりする毎日だ。

 石塚も自らの名を石塚隆から「黒駒勝男」に変えて名乗るようになり、次郎長をオジキと呼んで子分として行動するようになった。人に従うようには見えない男であると言われていた彼の態度が影響してか、周囲から「次郎長が石塚を改心させた」という噂が出回り、ヤクザ者・次郎長の評判は日に日に広まっていく。

 そんな中、事件は起こった。

「杉村が攫われた?」

「何でも、桃巨会の連中が攫ったようで……!!」

(成程、そういうことかい……)

 焦りまくる景谷の言葉に、次郎長は桃巨会の思惑を察した。

 学生時代の暴れっぷりから目をつけられていた次郎長を組織に入れようとしたが、次郎長は頑なに拒み続け使いの組員をボコボコにしてきた。それに痺れを切らした桃巨会が、杉村を攫い人質にしたということだろう。

(大方、人質である杉村の命を助ける代わりに子分になれと言い出すだろうな。人質ってのァ生かしとくからこそ意味がある……すぐには殺さねェだろうが、手を出すのも時間の問題か)

「オジキ、どうすんで?」

「行くに決まってる。子分が危険な目に遭ってるってのに何もしねェ親分がいるか」

「じゃあ、殴り込みでっか!」

「得物があるなら一応持ってけ。できる限り穏便に済ませてーが、戦闘になるかもしれねェ」

 

 

 桃巨会事務所にて。

 会長である西(にし)(かわ)(さとし)は、杉村を踏みつけながら笑みを浮かべていた。

「次郎長ってガキも、子分が酷い目に遭えば来るだろ」

「ぐっ……!!」

 西川の目論見は、次郎長の予想通りだった。

 彼自身、次郎長の学生時代の逸話を知っている。喧嘩の強さだけでなく度胸や性格の面でも申し分なく、子分として従えられれば並盛を頂点だけでなく日本の裏社会の頂点も狙える。

 そんな夢を描いているのだ。

「さて、野郎はいつ現れるんだろうな――」

「今でしょ」

『……は?』

 声が響いた途端、西川の体が吹き飛び壁に叩きつけられた。

 余程の衝撃だったのか、壁には亀裂が生じている。

「待たせてすまねェな、邪魔者の登場だ」

「オジキィッ!!」

 次郎長達の乱入で、その場は騒然となる。

 拳骨一発で戦闘不能になった西川に、数秒程経ってから組員達が激昂した。

「て、てめェ! よくも会長を!」

「ぶっ殺してやる!」

()っちまえェェ!!」

 組員達は得物を手にして襲い掛かり、次郎長達も得物を手にして正面から立ち向かった。

 数としては圧倒的に桃巨会が多いが、個々の腕っ節ならば次郎長達が上。30は超えていたであろう組員は5分足らずで壊滅――しかも組員の内の7割近くは次郎長が倒している――させられてしまった。

 

 

「……これでこの町のゴミ掃除は終わりでっか? オジキ」

「そりゃあどうだか……だが今回の件でこの溝鼠組が――次郎長一家こそが並盛(このまち)の頂点として君臨できる土台は作れただろーな」

 桃巨会を潰した帰り道、次郎長は景谷の問いに答える。

 この並盛における最大の有力者の一つとも言える桃巨会を潰したことにより、並盛はおろか日本の裏社会でも次郎長の名は知れ渡るだろう。

「で、ですがオジキ……この町にはもっとエライのがいますぜ……」

「何?」

 助けられた杉村曰く、この町には雲雀家という桃巨会以上に恐ろしい有力者があるという。

 その影響力は凄まじいもので、町の公共機関も雲雀家の息がかかっているという噂もある程だという。

「雲雀家……〝表の頂点〟か。だがオイラ達は裏社会だぜ? たとえ裏の連中も恐れる有力者といえど、極道がカタギに手ェ出したら(おとこ)失格だろ」

「っ……!!」

「その辺は様子見だな。オイラ達も雲雀家も並盛の為っつー点は気が合うはずだ……今は抗争の時じゃねェ。じゃあ今日はこの辺でお開きだ、また明日な」

『お、おっす!!』

 

 この桃巨会の一件により、溝鼠組は一気に勢力を拡大することになるが、日本どころかマフィア界をも巻き込む程になる。

 当然、次郎長はこの時点で気づくはずなどなかった。




原作との相違は、桃巨会が原作開始以前に壊滅しちゃってる点と雲雀家のことですかね。

ちなみにこちらの次郎長は銀魂と同様、親分でありながらオヤジではなくオジキと呼ばれてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的5:ベビーカステラ

 桃巨会の壊滅後、並盛に変化が訪れた。

 まず次郎長率いる溝鼠組が幅を利かせるようになり、彼の下に続々とゴロツキ達が集い始めた。今では溝鼠組の構成員は組長たる次郎長を含め20人近くに上り、並盛の裏社会を牛耳るようになりつつあった。現時点ではそれぞれアパート暮らしであるが、近い内に大きな日本家屋を建てて本格的にヤクザとしての活動を始める予定だ。

 組に入ったゴロツキ達は次郎長の侠気(おとこぎ)と愛郷心に惚れ、勝男達のように忠誠を誓った。収入がバイト代メインであるとはいえ、一人一人に気遣いを見せる次郎長に文句一つ言わずにコツコツと地道に金を稼いでいく。しかし稼げるお金などバイトでは高が知れるので、もっと多く稼げるような活動をする必要があるのも事実だ。

 そこで次郎長は子分達を並盛神社に召集させ、こう宣言した。

「的屋やるぜ、てめーら」

『極道らしいのキターーーー!!!』

 次郎長の言葉に、子分達は盛り上がった。

 的屋運営は古くからヤクザのシノギとして存在しており、警察も的屋をヤクザ勢力の起源の一つと定義している。そもそもヤクザというものは博徒集団と的屋集団との二つが主体となっており、その歴史も古い。

「この間の桃巨会を潰した件で連中が稼いだシノギをどさくさ紛れにパクったが、その金で屋台とかの商用品買って並盛神社(ここ)でやることにした」

「えげつないなァ、オジキ……」

「じゃが、やっと筋者らしい仕事ですな、オジキ!」

「そこでなんだがよう………てめェら、売りてーモンはあるか?」

 次郎長は勝男達に意見を求める。

 すると多くの子分達が串焼きや焼きそば、豚汁、もつ煮などのネタを上げていく。中にはケバブやポンポン焼きといったマイナーなネタも出てきたが、次郎長は子分一人一人の意見を聞いていく。

「成程……やりてーこたァ腐る程あるってのはよくわかった。だがコストって面を考えると、ケチ臭くなる」

「やるなら準備費をなるべく抑えられるモンがええっちゅーことで?」

「そーいうこった」

 次郎長曰く、見込み違いによって売れ残りが生じた時の大損に備え、準備費の時点でなるべく出費を抑えたいとのこと。そう考えると、手っ取り早くて安く作れる商品がいいだろう。

「そうなると……ベビーカステラがいいかと」

「ベビーカステラ……ああ、あの丸っこいのか」

 ベビーカステラ。

 いわゆる「粉もの」の一種で、祭りの的屋や縁日でよく売られるお菓子だ。卵・砂糖・牛乳・小麦粉・ベーキングパウダーを混ぜて焼くだけであるので材料費が安く済む上、子供達を中心にバカ売れする人気商品だからハズレが無いのだ。

「機械は高いですが、すぐ元は取れますぜ!」

「それはいい情報だ……それで行ってみるか。次の縁日まで時間があるから、試食会でも開くとするか」

 次郎長は手を叩いて集会をお開きにした。

 子分達が帰宅する中、神社の境内に残るのは次郎長と勝男だけとなる。

「オジキ……ちょっとええか?」

「勝男、どうしてェ」

「実はのう……」

 

 

「俺の名を騙るバカが増えてる?」

「桃巨会の壊滅で勢力図が変わり、ドグサレ共がオジキの名で悪さしとるようなんじゃ」

「まァ、そういうロクデナシが出てくるのは当然だろうな」

 若頭となった勝男の言葉に、次郎長はそう呟く。

 日本のヤクザは通常、親分に対して弟分と子分が絶対的に服従する家父長制を模した序列的・擬制的血縁関係を構築することを特徴としている、いわば疑似家族組織だ。通常は組長を「オヤジ」あるいは「親分」と呼ぶのが通常だが、溝鼠組の組員は必ず次郎長のことを「オジキ」と呼ぶ。

 これは次郎長の「自分(てめー)を今まで育てた実の父親こそ〝オヤジ〟だ」という彼なりの生みの親・育ての親に対する配慮が理由なのだが、実際は「自らの子分と偽の子分を区別するため」というもう一つの理由がある。泥水次郎長と溝鼠組という巨大な名で金品を騙し取ったり信頼や威厳を損なうリスクを負わせる者は、必ずどこかで現れるのが常というもの。そんな偽者連中を炙り出してケジメをつけ、組の内外からの信頼を確実なものにするという次郎長の狙いがあるのだ。もっとも、次郎長自身も子分全員の顔を覚えるよう努めてもいるのだが。

「今んトコはこれといった騒ぎは起こしちゃいねーようだが、近い内にふざけた連中にケジメつけさせる必要があるようだな」

「初期対応は大事やで、オジキ……」

「次の縁日でどう出るかだな……ボーナスチャンスかもしれねェ、気ィ抜くなよ」

(オジキに刃向かう連中、出棺やなァ……)

 次郎長が獰猛な笑みを浮かべながらその場を去り、彼の背中を見ながら勝男は思わず手を合わせるのだった。

 

 

           *

 

 

 数週間後。

 並盛神社ではお祭りが開かれ、溝鼠組はベビーカステラを運営していた。機材で大分出費をしたが、やはり子供ウケがいいのかどんどん売れていき、うまくいけば黒字になれそうだ。

「売り上げはまずまず……地道に金を稼ぐとすっか」

『うっす!!』

「……ラーメン売ってくれるなら、おじさんは何円でも出すけどね」

 次郎長達が札を数えている横でラーメンを啜る、緑の着物を着て眼鏡をかけた白髪の男性。彼は自らを「川平(かわひら)のおじさん」と呼称しており、不動産屋を母と営んでいる。

 この町の住民は本名こそ知らないが、ラーメン好きのイケメンとして認知されているらしい。どうやら屋台のラーメンを求めて並盛神社を訪れたようである。

「……おめーさん、相変わらずラーメンばっかだな。うどんやそばも食ったらどうだ?」

「口に合わない料理は食べないのでね。君こそラーメンは好きかい?」

「麺類は基本イケる口だってのァ事実だねい」

 次郎長の返答に、川平のおじさんは「そうかい」と呟く。

 すると、勝男が次郎長の耳に口を近づけ囁いた。

「オジキ……知り合いなんか?」

「ああ……前に家売る時に一度世話になってな」

「あの小池さんの上位互換みたいなのに世話んなったんかいな?」

「誰だ、今「小池さんの上位互換」って言ったのは」

 こめかみをひくつかせる川平のおじさん。

 その直後、今度は唐揚げ屋の屋台から怒号が響き渡った。

「何だと!? もういっぺん言ってみやがれガキ共!!」

「だからショバ代払えっつってんのが聞こえねェのかじじい!!」

「さっき払ったんだよバカ野郎!! これ以上取るなら花火打ってやんねェぞ次の夏祭り!!」

 髭を蓄え、作業着に身を包んだ壮年の男性が柄の悪い男三人と揉めている。

 相手はチンピラらしく、恐喝しているようだが相手も気が強いため水掛け論状態になっているようだ。

「何や? あの唐揚げやっとるじいさん……」

「ああ、(むろ)(たけし)っておじいさんだよ。江戸時代の天才・平賀源内をモジってるのか、今は(ひら)()(げん)(がい)って名乗ってるんだ」

 川平のおじさん曰く、頑固親父であるが手先が器用なマルチ人間でもあり、花火師や屋台、機械の修理とかもできるという。その上昔は並盛中学校の理科教師として働いていたらしく、随分と評判のいい先生だったそうだ。

(う~わ、まんま源外のじじいじゃねェか……)

 次郎長は遠い目で源外を見る。

 まさか銀魂のキャラがこうも出てくるとは思わなかったのか、顔を引きつらせている。その内もっと濃いキャラ(・・・・・)が出てきそうである。

(出るなら俺の手に負える範囲のキャラであってほしいんだがなァ……)

 次郎長がそんなことを呑気に思っている間にも、チンピラ達と源外の口論は激しさを増す。

「ここは泥水次郎長親分のシマだ!! 次郎長親分に喧嘩売ってタダで済むと思ってんのか!?」

「何が泥水次郎長だァ! そんなに金取りたきゃあてめェの親分連れて来やがれ!!」

 チンピラの言葉を聞き、眉間にしわを寄せる次郎長。

 数週間前、彼は勝男から次郎長の名を騙るバカが増えてることを聞いていた。まさかその張本人が現れたのは想定外である。

「オジキ?」

「……ちょっくらシバいてくらァ」

 次郎長は源外の屋台へ向かい、チンピラ達に近づくと……。

「おい、てめーら」

『?』

 

 ガカァッ!

 

「ひでぶっ!?」

「ぼへっ!?」

「ごぼァ!?」

 次郎長は拳を振るい、三人を殴り飛ばす。

 目にも止まらぬ速さで振るわれた拳をモロに浴び、三人は10m以上飛んでいく。

「――じいさんやい、安心しな。オイラはアンタからシノギを取る気はねェよ」

「おめェが次郎長か……意外と華奢な野郎じゃねェか」

「クク……まァこうして顔合わせんのァ初めてだしな」

「ありゃあ、おめーの子分じゃねェのか?」

「オイラはオヤジじゃなくオジキって呼ばれてんだ。呼び方の時点で本物(シロ)偽物(クロ)かはっきりしてらァ」

 そう言いながら、次郎長は懐から財布を取り出す。

 財布から一万円札を一枚抜くと、それを源外に渡した。

「迷惑料だ……受け取んな」

「ほう……ヤクザ者の割には懐が広いじゃねェか。もうちょっとケチ(くせ)ェ野郎だと思ってたが」

「この並盛町(まち)の王になるんだからな、ケチな王様に護られるのは嫌だろ」

 次郎長は不敵な笑みを浮かべ、自らの組が運営する屋台へ戻っていく。

 その背中を見ながら、源外はゴーグルに目を細めた。

(あのガキは、この町の守護者になるのか? 何とも不思議な空気を持った若造だ……)

 

 

           *

 

 

 結論から言おう。初めての的屋運営は、大成功を収めた。

 機材こそ100万近くかかったが、材料費が安く済んだ上に子供連れからのまとめ買いによりすぐ元が取れ、見事に黒字経営となった。今後はある程度稼げたら屋台を増やし、縁日・お祭りにおける的屋運営をほぼ独占状態にする方針である。

 さて、勝男達が屋台を撤去していく中、次郎長は川平のおじさんと二人っきりで対峙して懐から書類を取り出していた。

「おめーさんだろ、桃巨会に土地売ったのは。この町の不動産屋は川平不動産だけだからな」

 実を言うと、次郎長は桃巨会を潰した後に事務所から「ある土地」に関する書類を押収したのだ。その「ある土地」は並盛山の麓にあり、人の出入りが少ない土地であるため格安である。不動産業を営む彼はヤクザ相手に土地を売るのはさすがに嫌であったが、相手が土下座をしてまで乞うて「ラーメンを奢る」とまで言ったので渋々「ある土地」を売った。

 だが、売ってから思わぬ落とし穴――とんでもない事実が発覚した。それは、その「ある土地」にはケシの花が自生していたということだ。ケシの花は世界で最も古い麻薬であるあのアヘンの原料であり、モルヒネやヘロインの素でもある。そんな代物が自生している土地を、彼はよりにもよって反社会的勢力に売ってしまったのだ。

「あの土地にケシの花が自生していることを知った以上、桃巨会のクスリの捌きに加担することになる。そうなると厄介事になるのは明白……おめーさんは一刻も早く後始末をつけたかった」

「……」

「だが全部一人でやると時間がかかり、万が一にも誰かに見られたら違法栽培だと思われる。だから最近極道になったオイラを利用して桃巨会を潰し、その隙にあの土地のケシも処分するつもりだった……雑だが筋書は大方こんなところだろう?」

「………大したものだ、そこまで読めてたなんてね」

「やっぱり溝鼠組(オイラたち)を駒にしようとしたってのは事実だったかい……まだ処分してねェならその土地の場所教えろよ。オイラ達が代わりにおめーさんのケツ拭いてやるよ」

「――成程、ここへきて商談かい」

 川平のおじさんは、頭を掻きながら呆れた笑みを浮かべる。

 次郎長は桃巨会を潰した礼金代わりに、桃巨会が手に入れようとしていた「ある土地」に自生しているケシを摘み取り焼却するための〝処分金〟を要求したのだ。

「口止め料と手数料、人件費もろもろで150万で手を打ってやらァ」

「……いいよ。あの土地のケシを私一人で処分することはできなくもないけど面倒だからね」

「商談成立だ、間抜け業者」

「誰が間抜けだ。ラーメンがマズくなるような言葉は慎みたまえ」

 

 後日、次郎長は子分達を引き連れて「ある土地」のケシを全て摘み取り焼いたという。

 仕事を終えてから川平のおじさんから大金を得た次郎長は、「請負もいいシノギになりそうだ」とご満悦だったとか。




川平のおじさんに加え、源外のじじいを出しました。
一話限定のキャラじゃないので、ご安心を。

リクエストあったら、銀魂キャラをもうちょっと出します。
ちなみに今、オリキャラで雲雀の親父を出そうかどうか検討中です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的6:次郎長親分の相談事情

12月最初の投稿です。


 半年後、川平不動産。

 その日次郎長は、川平のおじさんと交渉していた。

「屋敷建ててェんだがよう、何かいい土地ねェ?」

「今度は金を払う側かい、親分……しかも母さんがいない時に」

 頬杖をつく次郎長に、呆れ気味にラーメンを啜る川平のおじさん。

 次郎長が彼の元を尋ねた理由はただ一つ。そろそろ大きな屋敷でも建てて住みたいので良い土地を探しに来たのだ。

 次郎長が溝鼠組を立ち上げてから半年が経過したが、当然その間に子分の人数も増えればシノギを得るのに必要な物資も自然と増える。築30年のアパート暮らしだと限度があるため、ここらで大きな買い物をしようという訳なのだ。

「土地ね……まァこの町は急に開発することは無いから、広い土地なら探せばすぐ見つかるとは思うよ。ただ、屋敷建てるからにはお金は用意できてるよね?」

「人をバカにした言い方しやがって。この次郎長がそんな初歩的なミスを侵すかよう。的屋利権の独占に成功したんだ、金が足りねェ方がおかしいさ」

 クク、と笑う次郎長。

 並盛の的屋の多くは桃巨会が関わっていたため、運営している業者の大半が桃巨会の構成員であり、カタギからショバ代を搾り取っていた。しかし次郎長が仲間の救出のついでに潰した挙句町から追い出したため、次郎長の傘下に就きたくないことを理由に並盛から今までの売上金を持って撤退した。

 当然次郎長がその隙を見逃すはずなど無く、自らが持っている資産の七割を削って屋台を増やした。途中で次郎長の子分になりたいと申し出た中卒・高校中退のヤンチャ坊主を受け入れ、的屋運営の基礎を叩き込んだことでさらに人員増加と屋台増加を実施。ついには縁日・お祭りで行われる的屋は溝鼠組に独占されることになったのだ。

「しかし的屋利権の独占など、よくできたものだね」

「向こうも向こうで色々大変だったらしいからな、そこに付け込めば容易いもんよ。交渉で利益を得るのがヤクザ者さ」

 次郎長は自らより先に的屋運営していた業者達と直談判したのだが、長くなるであろう交渉は思いの外早く進み,溝鼠組の的屋利権の独占もあっさりと認めてくれた。その理由は業者の方にも実は複雑な事情にあった。

 並盛で的屋を運営している業者の多くは露天商組合に属しているのだが、組合費という名の出店の際のショバ代が高額ゆえに困っていた。縁日・お祭りなどで実際に店を出している人達は各地の露天商組合に入っており、カタギも多くいるがヤクザ勢力である組合も多い。並盛の業者は後者――ヤクザ勢力の組合だった。

 ヤクザ勢力に金を納めることが嫌だと何度も抜けたいと申し出ても聞いてもらえず、むしろ抜けたらタダでは済まさないと恐喝される始末。抜けようにも抜けられないこの状況をどうしようかと悩んでいた時に、次郎長が並盛における的屋利権を独占するべく現れたのだ。

「組合を脱退できるよう働きかけてもらうことと引き換えに、溝鼠組の並盛での的屋利権の独占を認める。業者は組合から抜けられてオイラは利権を独占できるWin-Win(ウィンウィン)の関係っつー訳よ」

「成程……ちなみに、その組合は?」

「勝男達に任せてらァ。俺が出張るまでもねェよ」

 どうやら業者の人々を組合から脱退させるどころか、組合を潰すという選択肢を選んだようだ。ヤクザ勢力同士だからこその手段とも言えよう。

「そんじゃ、また来るぜ。いい土地は早めに見つけとけよ」

 次郎長はそう言って立ち上がり、不動産の引き戸に手をかける。

 すると、川平のおじさんは忠告した。

「……次郎長、あまりヤンチャは過ぎないようにね。雲雀(ひばり)(なお)()に目をつけられるよ」

「雲雀尚弥? 何者だ」

 雲雀尚弥。

 並盛で最も大きな影響力を持つ風紀委員会の会長である男で、喧嘩に滅法強い上に病院や学校などの公共機関に口利き・裏回しができる程の権力もあるため、この並盛の表の秩序の頂点と言える人物だ。彼を恐れる者は多く、この町の行政機関ですら彼の意向に逆らうことはできないとされている。

「成程……溝鼠組(オイラたち)を目障りに思って()しに来るかもしれねェってかい」

「おや……随分と余裕じゃないか。君が潰した桃巨会ですら恐れた相手だよ?」

「手間が省けていいじゃねェか。並盛(この)(まち)の王が誰なのかはっきりさせるって意味じゃあ喧嘩売られても悪かねェ、買う価値があらァ」

「全面衝突する気なのかい……」

 これだから近頃の若者は、と頭を抱える川平のおじさん。

「まァ、喧嘩に滅法強いのはオイラも同じでい。千人でも万人でも受けて立つぜ」

 口角を最大限に上げて、次郎長は川平不動産を後にした。

 

 

 川平不動産を後にした次郎長は、喫茶店でアイスカフェオレを飲んでいた。

 純粋に寛ぎたいのもあるが、久しぶりに奈々と話をしに来たのだ。

「うめェな、ここのカフェオレ……」

「そう? それはよかった!」

 明るい笑顔をする奈々。

 しかし、それは一瞬のこと。すぐに複雑そうな表情に変わった。

「タッ君、実は相談があるんだけど……」

「俺に……?」

 目を細める次郎長。

 自分が今どこで何をしてるのかは、前に出会った際にほぼ極道だとバレている。それを承知の上で相談に乗ってほしいということは、中学・高校の同期のよしみもあるだろうがヤクザ者の次郎長でないと解決できない問題である可能性もある。

 彼女の相談に、次郎長は応じることにした。

「この次郎長にできる範囲のことなら、請け負ってやるぜ……んで、相談内容は?」

「実は――私、告白されたの!」

「……は?」

 ヤクザやチンピラ絡みの問題かと思えば、まさかの恋愛の相談に思わず次郎長はきょとんとした顔になる。

 彼女曰く、喫茶店でいつも通り働いていたところを一目惚れされたらしい。年齢は二十過ぎでイタリアで働いているようなのだが、中々の強面であり積極的に話しかけてくるが関わりづらいとのことだ。

 一先ず彼女の相談内容を聞いた次郎長は――

「奈々、断れ」

「!」

「オイラはヤクザ者だから(・・・・・・・)手ェ引いた。んなどこの馬の骨とも知れねェ野郎と付き合うのはやめておけ、ましてやどこで金稼いでるのかわからない奴なんざ信用できるかよう」

 相手がいくら好意的に接してきても、どれだけ惚れていても、何者であるのかわからない以上は下手に関わり続けるとロクな目に遭わない。万が一にも裏社会、それこそマフィアやギャングの関係者であれば、奈々への実害も容易に想定できる。

 次郎長は奈々に対しては好意を抱いてはいるが、そこから先を超えることはしない。裏社会に関わることがどれ程のリスクを背負うのかを承知しているからだ。ましてや奈々のようなお人好しは、敵対勢力に利用されたり騙されて手を掛けられる可能性が高い。それを危惧したがゆえに同期としての友人関係以上にはならずにいるのだ。

「そいつ何かヤバそうな気がすんだけどよ……名前はわかってんのか?」

「名前はまだ聞いてないわ……海外のお仕事で忙しいからってすぐ行っちゃうもの」

 奈々の言葉を聞き入れる次郎長は、内心焦っていた。

(え……何これ? まさか近藤!? 勘弁してくれよ、変態ゴリラは呼んじゃいねェんだよ!!)

 成り代わったキャラの世界にいた近藤勲(ゴリラ)が脳裏に浮かび、嫌な汗が流れる。

 室武(げんがい)も然り、石塚隆(かつお)も然り、この転生先の世界には知っているキャラが出てきている。この流れだと近藤(ゴリラ)が何の前兆も無しに現れてもおかしくはない。

「……何とも言えねーが、とりあえず何かトラブル起こったら俺に言ってくれ。週一で通ってやっから」

「本当!? ありがとう!!」

「同期のよしみだからな。だが勘違いすんなよ、俺はヤクザ者であって相談所の職員じゃねェぞ……」

 キラキラとした笑みを向ける奈々に、次郎長は深く溜め息を吐くのだった。

 

 

 一方、勝男達は――

「ガハハハ! 見たか、これが溝鼠組の力じゃあ! どうせその辺のお上りさんやと思うとるからこうなるんじゃあ!!」

 ヤクザまみれの露天商組合を壊滅させた勝男は、組合長の頭を踏んづけて高笑いする。

 ちなみに今の彼は青い着物姿で赤い襟巻を首元に巻き、七三分けで楊枝を咥えている。

「アニキ! こいつらどうしやすか?」

「ほっときほっとき、ここまでボロボロになればどうしようもできん。体制を整えて報復しに来たところでオジキに叩き潰されるのがオチじゃ」

 必要以上の追撃は止めるよう、未だ血気盛んな子分達を諫める勝男。

 しかし、組合員達は立ち上がって得物を手にする。

「……まだやるんかいな? ええ加減にしときィ、これ以上のケガ負ったら死ぬかもしれへんで?」

「う、うるせェんだよ青二才が……!!」

「てめーらに潰されてたまるか……!!」

 勝男は呆れた表情で袖をまくる。

「……しゃあないのう。ほな、次郎長一家の若頭であるこの黒駒勝男に喧嘩売るとどうなるか教えたるで」

「その必要はないよ」

『――は?』

 突如響く、男の声。

 声がした方向に顔を向けると、そこには黒い着流しを着て十手を手にした青年がいた。

「後は僕に任せなよ、君達のおかげで手間も省けたし」

「何だてめー、やるってのか!?」

「いてもうたらァァァ!!」

 組員達は勝男達ではなく、十手の青年に狙いを変えて一斉に襲い掛かった。

 だが、次の瞬間――

 

 ドゥッ!!

 

『!?』

 十手でたった一薙ぎ。それだけで、真っ正面から襲い掛かった男達を吹き飛ばした。

 男達は勝男率いる溝鼠組との戦闘で、ほとんどが疲弊して半数近くが戦闘不能であった。それでも束になって掛かれば男一人屠れる程度の力は残っていたはず。だが青年は満身創痍ながらも全力で向かってきた彼らを一撃でノックアウトしたのだ。

「……咬み砕き甲斐が無いね、つまらない」

 獰猛な笑みを浮かべ、青年はそう呟く。

 青年の圧倒的な実力に、勝男達は驚愕する。それこそ、まるで自分達の主である次郎長(オジキ)の暴れっぷりを彷彿させる光景であった。

「な、何だあいつ……!?」

「滅茶苦茶(つえ)ェじゃねェか……!!」

「オジキと一対一(サシ)でやり合えるんじゃ……」

 溝鼠組の組員達は、思わず感嘆の声を漏らす。

 そして青年が現れて一分と経たない内に、男達は皆虫の息となった。

「カタギにしちゃあ随分とヤンチャやないかい。お前、何者や?」

 勝男の問いかけに、青年は微笑んで口を開く。

「僕は雲雀尚弥……並盛の秩序そのものさ」

「っ! ――〝ヒバリ〟って、お前が雲雀家の……噂以上やな……」

 そう呟いた勝男の前に、十手の先端が向けられる。

 尚弥は返り血を浴びた顔で獰猛な笑みを浮かべ、勝男に声を掛けた。

「そこの君」

「な、何やいきなり……」

「君達の主に……泥水次郎長に伝えてくれないかい? 「並盛の王は何人もいらない」って」

「……あ、ああ……」

 勝男は頷くと、尚弥は十手の先端を下げて鼻歌を歌いながら去って行った。

 

 

           *

 

 

「……ってことじゃ、オジキ」

「並盛の王は何人もいらない、ねェ……オイラへの宣戦布告かい?」

 翌日、並盛神社にて勝男は尚弥からの伝言を次郎長に伝えた。

 次郎長は尚弥の言葉が挑発的に感じ、ある種の宣戦布告と受け取った。

「これからどないしはるんで?」

「おめーの伝言聞いてると、どうやら向こうから喧嘩吹っ掛ける可能性が高そうだ。わざわざ俺から吹っ掛ける必要はあるめェ。それに今は〝土台〟が完成してねーんでい、買うのは完成してからだな」

 次郎長の言葉に、勝男はホッとする。

 耳にした途端に怒って次郎長が戦闘モードにでもなったら手に負えない。下手に刺激させずに済み、心から安堵した。

「まァ、向こうとはいずれ相対するだろう。否が応でもな……っつー訳だ勝男、また高い買い物しに行ってくるから子分達の面倒よろしくな」

「か、買い物? どこへ行くんで?」

「東京」

「東京!? また何を買いに……」

「ドスだよ」

 次郎長は大きく欠伸をしながら、一人東京へ向かうべくその場を後にする。

 勝男もまた、子分達とシノギを稼ぐべく屋台の運営の準備を始めるのだった。




我らの風紀委員長・雲雀恭弥の親父が登場しました。
詳しい設定はまたいつかですが、容姿は十年後の雲雀をイメージしてくれれば。一応戦闘力は恭弥以上です。なぜ十手なのかは……ご想像にお任せします。

ちょっとばかり家光に触れましたが、現在まさかの変質者扱いです。(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的7:襲撃、(ざん)(ねん)()

外、寒っ!!
ってなわけで、第7話です。

皆さん、インフルに気をつけましょう。


 数日後、並盛神社。

 東京から戻った次郎長は、日本刀を購入して戻って来た。

「おお……モノホンのドスや……」

「初めて見た……」

「ドスは経済的事情により多く買えなかったんでな、オイラと勝男が腰に差すことにすらァ」

 次郎長は日本刀を左腰に差しながらそう言う。

 屋敷と土地の方にお金を回している以上、揃えられる得物は限られてくる。自前は次郎長と勝男の分で精一杯のようだ。

「今は屋敷の件で頭一杯でな。暫くの間は――」

 その時、次郎長の懐から携帯の着信音が鳴った。

 川平のおじさんからだった。

「こちら次郎長」

《次郎長かい、ちょうどいい土地が見つかったよ》

「そうか、一体どこでい?」

《並盛町の三丁目。今は誰も使われてない広い土地があってね……そこなら大きな屋敷を建てても大丈夫そうだ》

(わり)ィな、助かるぜ」

 次郎長は口角を上げる。

 溝鼠組はこのままだと構成員が三桁を超えることになるだろうし、シノギを得るための資材も管理する必要もある。その上では広い土地は欠かせない。

「じゃあ、それを買わせてもらうぜ。金は今週中には払う」

《わかった。詳細はメールで送るよ》

「おう」

 次郎長は川平のおじさんとの通話を終えると、携帯を懐に仕舞う。

「まァ、そういう訳で今は我慢の時だ。後でお前らの分のドスも買ってやるよ」

 その時だった。

「オジキィィィィ!! アニキィィィィ!!」

『!』

 突如大きな声を上げ、景谷が慌てて駆けつけた。

 肩で息をしながら、汗だくで彼は次郎長に告げた。

「た、大変ですぜオジキ!! 「関東集英会」の傘下勢力である「(ざん)(ねん)()組」の連中がこっちに向かってきます!!」

 景谷の報告に、一同は息を呑む。

 斬念眉組は東京都のある区に根を張る日本有数の一大勢力・関東集英会の二次団体だ。巨大な勢力であるわけではないが、武闘派揃いの構成員で他勢力との暴力・傷害沙汰が絶えない危ない連中である。

「オイラを傘下に取り入れるために、ついに実力行使に出たか」

「そらァあんだけ蹴ってりゃあしびれ切らしますわ……」

 次郎長は今まで格上の他勢力からの勧誘をことごとく――物理的な意味で――蹴ってきた。ある時はラリアット、またある時はジャイアントスイング、またある時はジャーマン・スープレックス……勧誘の度に様々なプロレス技(へんじ)で応えてきた。

 しかしあまりにも頑固な次郎長についに我慢の限界が来たのか、実力行使で屈服させようという考えに至ったようだ。

「待ってください、何でプロレス技!?」

「あ? だってホラ、ただ蹴るだけじゃあ食い下がってくるから面倒だろ?」

「食い下がるどころか命落としかねませんけどォ!? アンタ勧誘の度に止め刺しに行ってるじゃねーか!!」

 次郎長の勧誘の蹴り方にツッコミを炸裂させる子分達。

 しかし当の本人は意にも介しておらず、後悔もしていないようだ。

「さてと……武闘派の連中が総出で来ている以上は住民への手出しもあり得る。連中は俺と勝男が引き受けよう、それ以外は陰で監視していろ」

「む、無茶ですぜ!! いくら何でも……ならば俺達も行きます!!」

「ダメだ、下手に大人数でやると周囲への被害が甚大なものになる。それに少人数で挑んだ方が相手も油断しやすい」

 景谷達は次郎長の助太刀をしようとするが、次郎長に止められる。

 大多数対大多数の抗争になれば、自分達だけでなく並盛の住民(カタギ)にも被害が生じかねない。溝鼠組は並盛を他勢力の支配を跳ね除け護るためにある……ゆえに守護者が護るべき存在を傷つけては面目丸潰れであるのだ。

「ここは俺達二人に任せな。来い、勝男」

「ええ、やったるでオジキ!」

 斬念眉組を迎撃するために動く次郎長と、その後を追う勝男。

 残された子分達は心配そうに二人の背中を見つめつつも、自らの主とその右腕を信じて次郎長の命に従って行動するのだった。

 

 

 十分後――並盛の三丁目の住宅街で、次郎長は勝男と共に斬念眉組と対峙していた。

 二人の前にはガラの悪い男達が50人近くおり、その前にはリーダー格であろうパンチパーマの男が立っている。

「俺達は斬念眉組……俺が総長の崎田だ。お前が溝鼠組の泥水次郎長で、その隣の七三が黒駒勝男だな?」

「ああ、その通りだ」

 上から目線の物言いである崎田の問いに、あっさりと答える次郎長。

「何や連中! 誰に向かって――」

「勝男。……ここは穏便に行くぞ」

 崎田の舐め腐った態度に腹を立てる勝男だが、次郎長の覇気がこもった言葉を聞き押し黙る。その気迫は斬念眉組の連中にも伝わったのか、崎田も気圧されて彼の部下にも汗を流す者も多々いる。

 極道組織とは組長である親分――会長、総長、総裁も同様――を中心に動く「完全なる縦社会」であり、親分が黒と言えば黒となり、白と言えば白となる。すなわち次郎長の意向は溝鼠組の意向そのものであるという意味で、溝鼠組の若頭(ナンバーツー)である勝男ですら彼の意向には逆らえないのだ。

 もっとも、そんな厳しさがヤクザ社会特有の絆を作っているのだが。

「んで、このオイラに何の用でい?」

「はっきり言おう、関東集英会の傘下になれ。そうすればお前らの命も生活も保障するし、贅沢な暮らしもできる。悪ィ話じゃねェはずだぜ?」

「――断る、と言ったらどうする気でい?」

「てめェの組を潰し、この町を俺達が支配するだけだ」

 崎田はニヤニヤと笑いながら次郎長を見据える。

 それに対して次郎長は「そうかい」と短く告げて前に出て、崎田の頭頂部を鷲掴みにすると……。

「これがオイラの返事だァァァ!!」

 

 ドゴォン!!

 

 力を込めてアスファルトに叩きつける。

 不意打ちでもある分、地面が少し陥没する勢いで叩きつけられた総長はそのまま動かなくなった。

「……そ、総長(そうちょ)ォォォォォォ!!!」

「や、やりやがったなてめェ!!」

 総長の瞬殺により、斬念眉組の構成員達は一斉に殺気立ち得物を手にする。

 次郎長の暴挙を前に驚愕し大声を上げたのは、勝男も同様だった。

「オ……オジキィィィィ!! 何やってんですかァァァァ!!」

「あ?」

「あ? じゃないで! さっきまで散々穏便にっつってたやないかオジキ!! 穏便って、まさか全滅って意味合いやったんでっか!?」

「あたりめーだろ、それぐらい理解しろい」

 平然と肯定する次郎長に、勝男は顔を引きつらせた。どうやら次郎長は最初(ハナ)から斬念眉組を町から力づくで追い出すつもりだったようだ。

 しかしそれが、次郎長にとって穏便に済ませる最善の手段だったのだ。そもそも次郎長は誰かに従う気などないし、たとえ関東集英会の傘下に入ったとしても体よく利用されるのがオチだろう。それに傘下に入った場合、並盛が他勢力に乗っ取られる可能性もある。

 並盛を護るには、介入してくる敵対組織をなりふり構わず排除するのが一番手っ取り早いと次郎長は考えたのだ。

「ふざけやがって……()っちまえェェ!!!」

 ついに斬念眉組が蜂起し、男達が波のように押し寄せてきた。

 一斉に襲い掛かる男達に対し、次郎長は冷静に勝男に声を掛ける。

「……勝男、行けるか?」

「勿論や、オジキ。久しぶりの喧嘩、お先に楽しませてもらうでェェ!!」

 先陣を切ったのは、勝男だった。

 地面を蹴って軍勢のど真ん中に特攻し、まず一番前に立っていた男にラリアットを見舞い、その勢いを利用して吹き飛ばして大勢を巻き込む。背後から金属バットを持った男が迫るも、勝男はその男の顔面を殴り沈黙させ、金属バットを奪って男達を屠っていく。

 勝男は「銀魂」の世界――特に長篇――において、集団戦を得意とする傭兵部族〝辰羅族〟を二人瞬殺するなど若頭として申し分ない実力を見せつけている。こちらでもその通りであるのならば、特に心配する必要はなさそうだ。

「中々やるじゃねーの……若頭にしたのはやはり正解だったない」

「余所見してんじゃねェ!!」

「!」

 勝男の暴れっぷりに感心する次郎長の前に斬念眉組で一番ガタイのいい男が現れ、拳を振るい襲い掛かった。

 すると次郎長は掌を握り締めて拳をつくり、男の拳目掛けて振るった。数多のチンピラ共を薙ぎ倒してきた拳骨の威力は健在であり、襲い掛かった男の拳にぶつけた途端、男は次郎長の腕力で弾き飛ばされた。

 その直後、三人の男が鉄パイプを手に迫った。次郎長は腰に差していた刀の柄を握り、居合を放つ。初めての真剣だが、やはり成り代わっているキャラの影響もあるのか、いとも容易く鉄パイプを両断する。

「な……んなァァァ!?」

「そ、そんな……!!」

「んなバカな!!」

 三人が得物を破壊されて驚愕する中、その隙に次郎長が刀を返し峰打ちで倒す。

 それは文字通り一瞬の出来事であり、三人はまるで糸が切れた人形のように倒れた。

「なっ――」

「この手に吸い付く感じに、この振りやすさ……いい刀だ」

 次郎長はニヤリと笑みを浮かべながら、勝男と共に男達を薙ぎ倒す。

 数としては圧倒的不利だが、個々の腕っ節だと話は別。蹴って殴って大暴れしている内に男達は次々と身を後退させていき、ついには逃げ出す者も現れた。

「なっ、何なんだよ……こいつら人間か!?」

「何でこんな町にこんな化け物がいんだよ!!」

「くっ……ずらかるぞ! 次会った時はタダじゃおかねーからな」

 捨て台詞と共に撤退していく残党。

 二人の圧倒的実力によって地に伏せた連中を見捨てて一目散に逃げていく様子は、何とも惨めなものだった。

「終わったようじゃのう……」

「ああ……しっかし、連中は学習能力がねーのか? 財布の中身くらいは盗られないよう管理しねーといけねえってのによう」

「全くやなァ」

 顔を見合わせ、嫌らしい笑みを浮かべる次郎長と勝男。

 次郎長達にとって抗争は、敵の身ぐるみを剥いで売り飛ばし換金することで経済的危機を乗り越えるチャンスという一面がある。力のある勢力であればある程、当然服装やアクセサリーに金がかかっている上、日頃の鬱憤晴らしや腕試しという意味合いでも願ったり叶ったりだ。

 中々質が悪い稼ぎ方だが、現に次郎長は何度も金欠状態を回避することに成功している。

「オジキィィィィ!! アニキィィィィ!!」

「無事でっかあァァ!!」

「「!」」

 そこへちょうど、景谷達が駆けつける。

 地に伏した男達を見て、彼等は驚愕する。

「ほ、本当にたった二人で……!」

「し、信じられん……」

「わっははは! 今回も大漁じゃのうオジキ!!」

「クックック……そうだな」

 地に伏した崎田を踏みつけながら、次郎長は笑うのだった。

 

 

 二時間後。

 次郎長と勝男との抗争に敗れ、身ぐるみを剥されパンツ一丁にされた崎田率いる斬念眉組。その中で最初に沈められた崎田が、屈辱に震えながら起き上がる。

「う、うう……!!」

 呻き声と共に、どうにか立ち上がろうとする。

 たった二人に組を壊滅状態に追い込まれ、言葉で表しようの無い怒りと屈辱を味わった崎田は、この町から一旦出て報復の為に出直そうとする。

 だが――

「ち、くしょ………」

「酷くやられたものだね」

「!? お、おお、お前はまさか……!!」

 立ち上がろうとした男の前に、黒い着物姿で十手を手にした尚弥が現れる。

 その姿を目にした男は、みるみるうちに顔を青くしていく。

「世の中は基本的に弱肉強食だよ。表の資本主義も裏の実力主義も、自然界も……強いモノが生き残ることを許される。君達は次郎長と勝男という強者と争い、そして負けた………よって君達は負け犬なのさ」

「ヒエッ……!!」

 尚弥の氷のように冷たい声色に、身震いをする崎田。

「失せろ、草食動物……二度と並盛(この)(まち)に来るな」

 殺気を孕んだ眼差しで冷たく言い放ち、尚弥は得物の十手を振るった。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 次郎長は川平のおじさんと共にこれから買う土地の下見をしていた。

「これくらいの広さなら、問題無いんじゃないかな?」

「まァ、今後のことを考えるとこれぐらいは必要かもな」

 次郎長は顎に手を当てながら呟く。

 川平のおじさん曰く、元々は公園として使われる予定だったのだが並盛中からかなり遠い上に広いだけで遊具も無いことから何だかんだで売り飛ばされたとのこと。

「今なら2000万で売るけど?」

「買うに決まってらァ。拠点が個々であると金の無駄だ」

「……そう言うと思ったよ。契約成立だ」

 次郎長の即答に、川平のおじさんは笑みを深める。

 それと共に次郎長はアタッシュケースを彼に渡す。アタッシュケースの中身は、勿論札束である。

(あともう少しだ……もう少しで「土台」が完成する。そこから、ならず者の王として並盛を統べる〝大侠客の泥水次郎長〟がスタートする!)

 次郎長はすぐに訪れるであろう未来に思いをはせ、クスッと微笑んだのだった。




何か出してほしい銀魂キャラがいましたら、感想の方へ。
感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常編
標的8:その男、(さわ)()(いえ)(みつ)


急展開!
家光とまさかの大喧嘩です。


 ある日の昼頃。

 次郎長は子分を数名引き連れて町を闊歩していた。

「ったく、困ったもんですなオジキ!」

「オジキの名を騙ってデカイ面するろくでなし共を血祭りにしやしょう!!」

「そうかっかすんな……だが面倒なのは事実だな」

 次郎長は呆れた表情を浮かべる。

 ここ最近、並盛町中で溝鼠組と次郎長の名を騙るドグサレ共が増えている。それも厄介なことに、一定の時間に同時多発的に行われているらしい。どう考えても組織的な犯行だ。

 次郎長は譲歩や妥協こそするが誰かの下で働いたり従う気は無いゆえ、周りに敵を作りやすい。しかも大抵が力で捻じ伏せているので恨みも買いやすい。それぞれの利害が一致し、いがみ合う勢力同士が手を組んで共通の敵を倒そうとする動きは裏社会でもよく起こる。

(それに……奈々が巻き込まれる可能性もある)

 一番の問題は、その矛先が奈々にも向けられるかもしれないということだ。

 次郎長は並盛町を護るという意志の下に仁義を貫く昔気質の極道。違法行為をしてもカタギには手を出さず、弱い者を助け強い者を挫く、時代劇に出てくるような質の一昔前の絶滅危惧種(ヤクザもの)である。

 だが今時の暴力団という現代のヤクザは、暴力や脅迫で資金を集め組織を拡大させている。法的定義や世間一般の認識では極道も暴力団もイコールであるが、極道と違って相手がカタギでもお金が取れると思えばあの手この手で搾り取るとされている。この町で根を張っていたかつての桃巨会も、極道というよりも暴力団であり、カタギを狙った暴力・脅迫も多かった。

(人徳や義理人情、カタギに対してどれだけ誠実になれるか。真のヤクザ者にはそれが求められる。ヤクザの風上に置けねー連中がオイラの名を騙るのは気に入らねーな……)

 次郎長は自らの名を騙るろくでなし共に怒りを覚えながら、奈々が働く喫茶店へと向かう。

 すると――

「オジキ!! アレを!!」

「……やはり厄介事になったか」

 次郎長達の視線の先で、チンピラ達が地に伏していた。

 その中で立っているのは、一人の金髪の男。その後ろには奈々が彼の背に隠れており、チンピラ達が金髪の男によって返り討ちに遭ったことが容易に窺えた。

「お前さんが次郎長かい?」

 次郎長一家と対峙する、金髪の男。

 スーツ姿だがガタイがよく、事務よりも現場で働いているらしく、相当の修羅場を潜り抜けているのかその眼光は鋭い。

「ヤクザ者ながら町に手を出す人間を跳ね除け力で護っている大した男だと聞いてたが……もう少し部下の教育には気を配った方がいい」

「い、家光さん! これは違う人よ、タッ君の知り合いじゃない」

「そうなのか?」

 奈々の言葉に、家光はきょとんとした表情を浮かべる。

 彼女曰く、ここ最近次郎長の名を騙って大きい顔をする柄の悪い人間が増えてるようで、町の住民だけでなく次郎長も困っているところだという。

「だから家光さんがやっつけたのは、タッ君がやっつけようとした人達なの」

「そうなのか……」

「そういうこった。オイラは生憎カタギに手ェ出すようなバカな子分を持った憶えはねーんで、なっ!」

 次郎長は前に出て、呻くチンピラ達を蹴飛ばした。

 車に撥ねられたように吹っ飛んでいくチンピラ達に、家光は瞠目する。

「フザけた連中にそろそろケジメつけなきゃならねーと思ってたんだが……気が変わったぜ」

 次郎長は腰に差していた刀を子分の一人に預けると、家光に喧嘩を売った。

「今日はカタギと()りてー気分だ、付き合っちゃくれねーかい?」

 

 

 伝統・格式・規模・勢力……全てにおいて別格と言われるイタリアの最大手マフィアグループ「ボンゴレファミリー」。そのボンゴレファミリーには、一般企業を装う一方で非常時にはボスに次ぐ権利を持つ門外顧問が率いる「CEDEF(チェデフ)」という組織がある。

 家光――いや、沢田家光は、20代前半という若さでそのCEDEF(チェデフ)のボスを務めるようになった。彼は歴代最強のボスにしてボンゴレファミリーの創立者であるボンゴレI世(プリーモ)の玄孫という素晴らしい血筋の持ち主だ。

 そんな彼が並盛で出会ったのが、奈々という女性。彼女の明るく朗らかな性格にベタ惚れとなった家光は積極的にアピールし、どうにか気楽に話し合える程の仲にまで進んだ。それと共に、家光はある男の話題を耳にするようになった。

 それが、泥水次郎長。

 並盛の頂点に君臨する若きジャパニーズマフィア(ヤクザ)で、幼少期から喧嘩が異常に強い暴れん坊として知られ、今では溝鼠(じぶんの)組を起こして30人近くの子分を従えている極道の親分。今時の極道には珍しく自警や相互扶助的な一面があり、組長の次郎長自身も愛郷心がある男前だという。

 何より最大の衝撃が、彼と奈々が同級生であることだ。次郎長は奈々を呼び捨て、奈々は次郎長をどういう訳かタッ君と呼び、極道と喫茶店員という色んな意味で正反対の道を生きながら、今でも親交がある。家光は奈々が働く喫茶店の常連になりつつあるが、デートに誘う度に「タッ君と相談してみる」と言っていた。次郎長と奈々には、確かな信頼関係があるのだ。

 そして、その当の本人が数人の子分を引き連れ自らの前に現れた。浅黒い肌、銀髪に近い白髪、吊り上がった灰色の瞳、黒の派手な着流し、長い赤の襟巻……インパクト抜群の若者(イケメン)の登場に、家光は度肝を抜かれた。

「フザけた連中にそろそろケジメつけなきゃならねーと思ってたんだが……気が変わったぜ。今日はカタギと()りてー気分だ、付き合っちゃくれねーかい?」

 次郎長にそう喧嘩を売られた家光。

 仕事柄ゆえにマフィアと任務で戦うことは多いが、ヤクザとはいえマフィア界の人間以外に喧嘩を売られることは少ない。だからこそ、喧嘩を売られたのは新鮮であった。

 そして何より……。

(これは奈々へのアピールのチャンスじゃないか?)

 家光は奈々とのお付き合いで頭がいっぱいだった。

「……いいぞ、受けて立ってやる」

 

 

           *

 

 

 次郎長と家光。対峙する二人の男。

 互いに不敵な笑みを浮かべ、拳を強く握り締める。

「いくぞ」

 次郎長がかけ声をあげると同時に、決闘の合図が鳴る。

 地を蹴った二人が駆け出し、開いていた距離は瞬く間に縮まる。

 次郎長は一撃必殺とも言えるお得意の拳骨を放とうとするが、それを見越したかのように家光は近づく体を回転して裏拳を打ち出した。拳は首元に直撃し、衝撃と痛みで次郎長の表情が強張る。その一瞬の隙を見逃さず、家光は左腕を放ち腹に鋭く重い打撃を叩き込んだ。

「おおおっ!」

 家光はさらに拳を連打させ、正面に跳び蹴りを放つ。

 しかし、相手は並盛の王を自負する次郎長。そこいらのチンピラやゴロツキとは格が――次元が違う。

「……(あめ)ェよ」

 

 ガッ!

 

「っ!?」

 次郎長は家光の飛び蹴りを、笑いながら額で受け止めた。

 家光は驚きを隠せず、思わず放心してしまう。

「……おいおい、マジかよ……今の結構本気だったんだぞ?」

 家光だけでなく、奈々や子分達、野次馬である町の住人達ですら息を呑んで言葉を失う光景。

 そんな中、次郎長はただ一人口許を歪めた。

「俺はどうやら、おめーさんを見誤ってたらしい。本気出させてもらうぜい」

 次の瞬間、肉眼で捉えることが困難な速さで拳が家光の顔面目掛けて振るわれた。

 家光は咄嗟に両腕で顔面を隠して防ぐが、数多の人間を倒してきた鋭く重い拳骨の衝撃だけは回避できなかった。その結果、大きく後ろに飛ばされて地面に叩きつけられる。

 家光は何とか立ち上がるも、彼が構える間も無く次郎長は距離を詰めラッシュを仕掛けた。

「オラオラァ!! さっきまでの威勢はどうしたァ!!」

(何なんだ、こいつ……!? 強いなんてもんじゃないぞ……!!)

 反撃をすることもできず、視界に飛び散る赤い飛沫の中、苦虫を噛み潰す家光。

 家光はボンゴレの門外顧問を務めるだけあり、その戦闘能力は非常に高い。だが次郎長はそんな彼と張り合える程の強さだった。力任せに拳を振るい猛反撃する次郎長に、家光は防戦一方になる。

 しかし家光もやられてばかりという訳にもいかない。奥歯を噛んで踏みとどまり、腕を突き出し腹を思い切り殴った。

「っ……!」

 次郎長が膝を突いた。

 喧嘩すれば敵無しの次郎長親分が、一対一(サシ)素手喧嘩(ステゴロ)で相手よりも先に膝を突いたことに、誰もが唖然とする。

「オジキ!!」

「手を出すな、これはオイラの喧嘩だ」

 焦る子分を宥め、平然と立ち上がる次郎長。

 汗一筋も流さないその顔には笑みが浮かんでおり、どこか嬉しそうでもあった。

「やっぱり世界は広いな……俺に膝突かせた野郎はおめーさんが初めてだい」

「そうか。俺は強い男だろう?」

「ああ……その腕っ節は認めてやらァ。だが俺ァ奈々とおめーさんが付き合うのは認めねェ。てめーの素性をロクに明かさねー野郎は信用に値しねェ……たとえおめーさんがカタギでもな」

 次郎長の言葉に、ぐうの音も出ない家光。

 奈々にはマフィアの関係者であることを隠し嘘をついている。だが恐らく次郎長は、この喧嘩を経て家光が只者ではないことを――もしかしたら裏社会と繋がりがある人物だと察しているかもしれない。

 だからこそ次郎長は認めないのだろう。たとえどんなに惚れていても、裏社会の人間がカタギの女を幸せにできる保証など無いと。次郎長は奈々の身の安全と今後の幸せな生活を考慮した上で彼女との関係を友人以上に深めなかったのだから、尚更だろう。

 それでも――

「確かにお前の言う通りかもしれん」

「なら、奈々から離れ――」

「だが、奈々を幸せにするためなら命も投げ出すくらいの覚悟はある!!」

「――!!」

「……悪いが勝たせてもらうぞ!! 次郎長!!!」

 

 ボゥッ!!

 

 家光の額に、突如炎が灯った。

 人間の額に炎が灯るという、人生で初めて見る光景に呆然とする次郎長。しかしそれは一瞬のこと……すぐさま拳を握り締め、笑みを浮かべた。

「覚悟か……じゃあその覚悟ってのを、この次郎長親分に見せてもらおうか」

「おうっ!」

 互いにノーガード。

 次郎長と家光は、この日一番の力を宿した拳を放った。

 

 ドガァッ!!

 

 家光の拳が次郎長の頬を抉り、次郎長の拳が家光の鳩尾を鋭く重く叩いた。

 殴られた衝撃により次郎長は吹き飛ばされ、轟音と砂煙と共に建物の壁へと消えた。それに対し家光は腹を押さえ、胃の中のモノを吐き出しながら激痛に顔を歪ませた。

 幸い家光が次郎長よりも早く攻撃できたため、ある程度威力は落ちたが、ダメージを負ったことに変わりない。しかし、それ以上に家光は精神的ダメージを受けていた。

「タッ君……?」

(し、しまった! 奈々が完全に引いている……!!)

 顔を青くしてドン引きした奈々に、さすがの家光も焦り始めた。

 強くてカッコイイところを見せようとしたが、考えてみれば相手はヤクザ者とはいえ奈々の同級生だ。同級生がボロボロの状態で血を流してたら、彼女にとってはトラウマとなりかねない。

 一方、仰向けに倒れた次郎長の元へ駆けつけた子分達は、憤怒の形相で家光を睨んだ。

「おんどりゃああ!!」

「てめェ、オジキに何してくれとんじゃボケェ!!」

 家光と子分達が一触即発になる中、不意に子分達を制止する声が上がった。

「いでで……いきなり何だ、あいつ超能力者だったのか……?」

『オ、オジキっ!!』

 次郎長は何と起き上がり、今にも家光に襲い掛かりそうな子分達を制した。

 常人なら戦闘不能になってもおかしくない威力の家光の猛打をモロに受けてもピンピンしている彼は、首を軽く鳴らしながら痛がる素振りをしつつ立ち上がる。さすがに無傷で済まなかったのか頭から血を流しているが、それ以外はこれといった重傷を負っていないように見える。

 何よりもその眼差しは依然鋭く闘志も宿しており、その様子はまさしく手負いの獣。先程とは比べ物にならない、遠くにいながら肌をピリピリと刺激させる程の気迫に、家光は唾を飲み込み身構える。

 だが――

「てめーら、引き上げるぞ」

『オジキっ!?』

「何……!?」

 次郎長は(きびす)を返し、突然の撤退宣言。

 まさかの幕引きに、子分達は驚き家光は動揺する。

「オジキ、野郎をぶっ飛ばさないんで!?」

「バカ言うんじゃねェ、これ以上暴れたら周りにも被害が出るし奈々も限界だ。この続きは別の場所でまた今度だ」

「次郎長……お前……」

「溝鼠にも溝鼠の(ルール)があるってこった」

 暴れん坊である次郎長の本来の性格とも言える一面を垣間見て、家光は目を見開く。

 すると、奈々が慌てて次郎長の元へ駆けつけた。先程よりは顔色は良くなったが、やはり心配なのか表情は曇ったままだ。

「タッ君、大丈夫なの……?」

「はっ……この次郎長がどこの馬の骨とも知れねー野郎のパンチでやられるかよう」

 殴られた箇所を擦りながら、次郎長は家光を見つめる。

「そういやあ、おめーさん本名は? 家光しか知らねーんだが」

「……沢田。沢田家光だ」

「沢田家光か……オイラは泥水次郎長、本名は吉田辰巳だ」

「吉田辰巳……辰巳……そうか、だから〝タッ君〟か」

 次郎長がなぜ奈々からタッ君と呼ばれてるのかがようやくわかったのか、スッキリとした表情を浮かべる家光。

 そんな彼に、次郎長は一言告げた。

「おめーさんの覚悟ってのは何となくわかった。だが最終的には奈々が決めること……腹を割ってありのままを伝えるこったな」

「!」

 次郎長は不敵に笑い、そのまま子分達を連れて去っていった。

 それと共に野次馬として集まっていた人々が次々に去っていき、数分後にはいつも通りの並盛の日常になった。

「腹を割ってありのままを、か……」

 何かを決心したのか、家光は奈々の元へ向かい、両手を彼女の肩に置いた。

「家光、さん……?」

「奈々、大切な話があるんだ……」

 

 

 一週間後、家光との喧嘩でケガを負った次郎長の元に奈々からの手紙が届いた。

 

 ――結婚を考えることにします♪

 

「何でだァァァァァ!? 何で一週間でこんなに進んだんだァァァァ!!」

 次郎長の絶叫が、周囲に木霊したのだった……。




リボーンの初期のぶっ飛んだギャグをマネてみたら、最後がぶっ飛びました。(笑)
次回もお楽しみに。
感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的9:次郎長怒る

注意!
メタ発言が飛び交います。


「奈々! コイツは一体(いってェ)どういうこった!?」

 家光との喧嘩から二週間。ケガが完治した次郎長は、喫茶店で休憩中の奈々に詰め寄った。

 一週間後に来た衝撃の手紙は、次郎長の怒りと困惑を誘うには十分すぎた。だからこそ、次郎長は事の顛末を聞きに詰め寄ったという訳であるのだが――

「あらタッ君、どうしたのそんなに慌てて?」

「何を呑気なこと言ってんでい、これは大問題だぞ!! 手紙が来るまでの間に何があったんだ!? おかげで「寝取られだと思った」って0点評価ついちまったわ!!」

「オジキ、落ち着いてくだせェ!! あと発言がメタすぎます!!」

「大丈夫よ、家光さんはいい人だから♪」

「オイラとしちゃあ色んな意味で不安要素しかねェけどな!!」

 激昂する次郎長とそれを必死に宥めようとする杉村に対し、奈々はそれがどうしたと言わんばかりのすまし顔。それどころかいつも通りの朗らかな笑みすら浮かべている。

 次郎長の並々ならぬ剣幕に周囲が慄く中、きょとんとした表情で対応する奈々はさすがと言うところだろう。

「そもそも野郎がいい人だって、どういう根拠だ!?」

「そうね……タッ君と喧嘩したあの日、家光さんこう言ったの」

 

 ――奈々、俺は今ボンゴレというマフィアの門外顧問……要は大企業の第三者委員会的な組織のトップとして働いているんだ。普段は海外にいて中々会えないかもしれない。でも俺は、必ず奈々を幸せにする!! だから付き合ってくれ!! くれじゃない、ください!!

 

「ボンゴレっていう名前の大企業の顧問として働いているの♪ マフィアって商事会社の一種らしいけど、カッコイイじゃない?」

極道(オイラ)よりヤべェじゃねェか!!! ふざけんじゃねェぞ、オイラの奈々への今までの気遣いは何だったんだ!? っつーかマフィアは商事会社じゃねェし、肝心なタイミングで噛んでるし、説明テキトーだし………もうヤダ!!」

「オジキ!! お気を確かに!!」

 ついに頭を抱える次郎長。だが正直な話、家光と奈々が交際を始めたことに関して次郎長は寝取られたとは言わないし、そもそも思っていない。

 確かに奈々に好意を寄せていたのは事実であり、恩義もあった。しかし自らが侠客(ヤクザ)である以上、彼女と安全かつ安心に幸せな暮らしを過ごすことができる保証は無い。惚れた女の為に足を洗うのも考えものだが、それではせっかく自分に忠誠を誓った子分達に対して申し訳無い。

 だからこそ次郎長は、奈々には裏社会の人間と夫婦にならず、カタギのまま幸せになってほしいと願って彼女から手を引いたのだ。奈々から手を引いたことに次郎長は後悔など微塵もしていないし、自分から手を引いといて寝取られたなどと女々しい言葉を吐いては、(おとこ)として失格だ。だが結果はマフィア関係者の男との交際確定。しかも奈々はマフィアというものを全く理解していないときた。

「っつーかあの野郎、腹割ってありのままを伝えてねェじゃねーか!! 何が大企業の第三者委員会的だ、要はフロント企業じゃねーか!!」

 奈々の証言によると、家光はマフィアの関係者ではあるが普段はあまり接点は無いような告白だったようだ。

 しかし家光の告白を要約すれば、「自分はフロント企業のトップです」ということである。家光が属する組織の活動内容や資金源はともかく、マフィア関係者である以上は一般の企業倫理や取引常識とはかけ離れた営業活動であるのに変わりはない。

「クソ……おい、それと手紙に書かれていた「結婚を考えることにします」ってどーいうつもりだ?」

「あら? 交際を始めたら結婚を考えるのは当たり前じゃない?」

「そりゃそうかもしれねェがよう……クソ!! 奈々、家光はどこだ!?」

「今朝急用でイタリアへ帰っちゃったの。忙しいみたい」

「ぜってーウソだな!! オイラに勘付かれたからだな!!」

 次郎長は顔に青筋を浮かべ震える。

 恐らく家光は、次郎長がケガを治してから真相を知って襲い掛かるのを見越した上でイタリアへ逃亡(きたく)したのだろう。逃げ足の早い野郎(おとこ)である。

「あの野郎、次会った時はエンコ詰めじゃあ済まさねェぞ………!! マフィア関係者風情(・・)がこの次郎長親分相手にナメたマネしやがって……!!」

 物騒な言葉を口に出しながら笑っていない目で笑う次郎長は、まさしく修羅そのもの。杉村はあまりの恐ろしさにガクガクと震えてしまう。

 次に家光が奈々に会いに来たときは、もしかしたら家光の手から指が無くなる日かもしれない。それどころか、次郎長の怒りが長く続いたり臨界点に達すると足の指も無くなりかねない。喧嘩すれば敵無しの次郎長が怒り任せに大暴れでもしたら、今の溝鼠組だとそれを止めるのはまず不可能――家光がこれ以上次郎長の逆鱗に触れるようなマネをしないことを切に願うばかりである。

 すると――

「タッ君」

「あ?」

「話には続きがあるの」

 奈々は次郎長にその後の話をし始めた。

 家光の告白の後、奈々は一日考えさせてほしいと頼んだ。今後の人生を左右する重要な話であり、すぐに答えを出せるわけなど無いだろう。

 そして翌日。雨が降る中、家光と出会った彼女は断った。彼のプロポーズを受け入れれば、これから家光と結婚して家庭を持ち、そして子供を作り幸せになるだろう。奈々は、それに対する自信が無かった。マフィアが何なのかわからないままだが、家光が海外で働く以上は一人で家庭を支えねばならず、子供ができた後もそれを支えきれるのか不安だったのだ。

「私は頭を下げて断ったわ。そしたら、家光さんはどんな反応をしたと思う?」

「……さァな。おめーに積極的にアピールしたんだ、悲しみつつも吹っ切れてんじゃねーか?」

「……」

「実る恋もあれば破れる恋もあるし、縁が無いこともあればこれから深まっていく縁もある。どっちにしろ、やってみなきゃわからねーだろ……オイラはそう思うがねェ」

 次郎長の返事に、奈々は「タッ君らしい」と一言呟いてから微笑んだ。

「あの人……晴れ晴れとした表情で、傘も差さずに堂々と背を向けたの」

「……!」

 次郎長は、奈々がなぜ家光という男に惚れたのかを理解した。

 奈々は家光の後ろ姿に惹かれたのかもしれない。如何なる困難を前にしても、堂々と挑むであろう男の背中が。どんな障壁を前にしても、晴れ晴れとした顔で立ち向かうであろう男の姿を。

「タッ君が心配してくれるのは、正直とても嬉しいの……ヤンチャしてるのは相変わらずでも、陰で私を見守ってくれてるから。でも、私はあの人とならやれる気がしたの。苦しい時も悲しい時も楽しい時も、全て。お互い目の前の幸せを大切にしましょう。だからタッ君、心配しなくていいわ」

「……そういう展開に限って嫌なことが起こんだよう」

「ええ、知ってる」

 次郎長は鋭い眼差しで奈々を見つめ、奈々は威圧感バリバリの次郎長に満面の笑みを浮かべる。

 そして次郎長は静かに目を閉じ、踵を返した。

「奈々。野郎が道踏み外したら――仁義破ったら、この次郎長が落とし前つけさせてもらうからな…………行くぞ杉村」

「へ、へいっ!」

 奈々に頭を下げ、次郎長の後を追う杉村。

 去っていく二人の背中を見やり、奈々はどこか呆れたような笑みを浮かべた。

「……もう、不器用なんだから」

 

 

           *

 

 

 奈々と別れた次郎長は、いつも通りの巡回を始めた。ただいつもと違うのは、次郎長が不機嫌であることだった。

 別に目つきを険しくしているわけではないが、次郎長から放たれる威圧感が嫌という程伝わっているからなのか、すれ違う人々はさっと次郎長に道を譲っていく。ヤンチャをしていそうな並盛中・並盛高の不良達、さらにはあの風紀委員会ですら顔を青ざめ目を反らしている始末。今の次郎長は、ちょっとした振動(しげき)で大爆発を起こす触発機雷のような状態なのだ。

「……」

(こ、声を掛けることすら怖い……!!)

 無言で歩く次郎長が酷く恐ろしく感じる杉村。

 何一つ口を開いてないにもかかわらず、ビリビリと伝わる圧迫感。次郎長は常に〝並盛の王〟を自負しているが、それは本物のようだ。

「……杉村」

「へ、へいっ!?」

「飯、どうする?」

「え、えっと……」

 昼時だからか、昼食について次郎長が口を開いた。

 しかし不機嫌だからか非常にドスの利いた声であり、自分に対する怒りではないと理解していても背にじっとりと嫌な汗が流れ落ちる。

(だ、誰か助けてーーー!!)

 その悲痛な願いが届いたのかどうかは知らないが、苛立つどころか殺気立ちそうな次郎長に勇敢にも声を掛ける者が現れた。

「随分と気が立ってるようだね」

「……誰だ」

「僕は雲雀尚弥……知っているだろう?」

「……この町の〝表の頂点〟か」

 声を掛けたのは、先日勝男達と邂逅し伝言を頼んだ雲雀尚弥だった。

「何の用だ、俺ァ今ムシャクシャしてんだ」

「別に……ただ君と会ってみたかっただけさ」

 尚弥の冷静で、どこか飄々とした雰囲気。

 しかし微笑みながらも放つその気迫は只者ではなく、思わず眉間にしわを寄せる。

「――いいね。その鋭い眼差しと殺気……まさしく獣だよ、それも僕が探し求めた百戦錬磨の猛獣だ」

「……もうちょっとわかりやすく言ってくれねェか? てめェの物差しは知ったこっちゃねェんだ」

「君は素晴らしいってことさ」

 尚弥は新しい獲物を見つけた肉食動物のように、口元を歪ませ目を細める。

 対する次郎長は、尚弥を射殺さんばかりの鋭い眼差しを向ける。

「それにしても……この町の王を名乗るなんて、いい度胸だね」

「……この町の裏を牛耳っているのは、この次郎長だ。名乗って何が(わり)ィんだ」

「言ったはずだよ、この町の秩序は僕だと。僕はこの町の秩序であり、規律であり、法でもある……この町の権力の頂点が僕なんだ、君を生かすも殺すも僕の思うがままなのさ」

「へェ……オイラを捕まえるってんなら、それなりの覚悟はしてるよな?」

 次郎長は不敵な笑みを浮かべ、刀の柄を握る。

 だが尚弥は得物の十手を構えず、両手を上げた。

「いや……僕としては君が(・・)この町で深く根を張ってくれた方が好都合さ、次郎長。ヤクザは統制の効く必要悪の組織でなければならないからね」

 尚弥は呆れたような笑みを浮かべる。

 現代の日本においては、ヤクザ勢力の反社会的行為による被害から国民の自由と権利を守るための「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」――いわゆる暴対法が施行されている。暴対法はヤクザ勢力を弱体化させ壊滅させるのが最終目的だが、施行の結果ヤクザ勢力の弱体化ができた反面彼らのマフィア化が進んだという。

 かつてのヤクザ勢力は繁華街に堂々と事務所を構え威勢を誇示してきたが、暴対法が施行されて以降その適用を恐れて組織の実態を秘匿するようになり、ヤクザ勢力の秘密組織化が進んだ。それに伴いヤクザ勢力は「表の経済社会」に着実に進出し、経済的基盤を強化していく傾向になり、自己の権益を守りかつ拡大するために政治・経済社会に一層食い込みを図ってくるようになった。

 それだけでなく、ヤクザ勢力への締め付けを行ったことで「半グレ」と呼ばれる新興の組織犯罪集団が台頭・急激に拡大した。組織化されているヤクザと違い、半グレは組織化されていないため実態が掴みにくく、それでいてヤクザよりも先鋭的に犯罪行為を行い、中にはヤクザ者をも食いものにしたり抗争によって力で勝るという事態も起きている。何よりも半グレはヤクザ勢力に籍を置いていないがゆえに暴対法の適用を受けないため、取り締まる側は苦虫を噛み潰す思いで見ているという。

 こうした現状を知るがゆえに、尚弥はヤクザ勢力を必要悪と見ていたのだ。

「いつの時代にも悪い奴はいるものさ、ヤクザ勢力がこの国から消えたらそれ以上に質の悪い連中が蔓延るのは目に見えている。だから警察と公安委員会に口利きして君の溝鼠組をあまり弱体化させるマネはしないよう言っておいたよ」

「おいおい、おめェさんの手はどこまで伸びるんだ……」

 尚弥の激白に、次郎長は顔を引きつらせた。

 公安委員会にまで口利きできるとなれば、警察側の弱みでも握っているのかと勘繰ってしまう。いや、本当に握ってしまっているのかもしれないが。

「……次郎長」

「……何でい」

「今、この場には並盛の顔役がいる。この町の権力の頂点であるカタギと、この町の裏社会を牛耳るヤクザ者だ。だが、この町の王は何人も要らないんだよ。だから……」

「この町の王はどっちなのか白黒はっきりしてーから俺と戦えってか」

 次郎長の声に、尚弥は満面の笑みを浮かべた。

 次郎長と尚弥。どちらが並盛を統べる王にふさわしいか。彼は次郎長と勝負をして決めるために接触してきたのだ。

「……ちょうど鬱憤晴らしをしてェところだったんだ。この次郎長と()りあうからには、それなりの覚悟しとけよ」

「何を言うかと思えば……それは僕が言う台詞さ。僕は必ず君を咬み砕くからね」

 次郎長は刀の鯉口を切り、尚弥は十手の柄を握り先端を次郎長に向けた。

 並盛の覇権をめぐって、二人の頂がついに戦おうとしていた。




こうして家光はツナどころか次郎長にも疎まれるようになるのでした。
めでたし、めでたし。




……というわけで、少し早めに9話目投稿です。
寝取られ疑惑を払拭したかったのですが……厳しかったかな?
次回はこの小説において次郎長に匹敵するチート・雲雀尚弥との決闘です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的10:便意は突然に

今年もあと僅か。
皆さん、インフルに気をつけましょう。


 次郎長と尚弥は、河原へと移動していた。

 街中で二人が本気で暴れると周囲への被害が尋常ではなくなる、という互いの意見の一致ゆえである。

「じゃあ、準備はいいかい?」

「……ああ」

 尚弥は(じっ)()を構え、次郎長は刀を抜く。

 互いに得物を手にした、次の瞬間――

 

 ガギィン!!

 

 目にも止まらぬ速さで二人は突撃し、得物をぶつけ合った。

 刀と十手が何十回とぶつかり合い、金属音が絶えず鳴る。尚弥は斬撃を躱し、次郎長は十手の打撃を刀で受け止める。それを何度も繰り返しつつ、互いに急所を狙い続ける。その様はヤクザ者とカタギの喧嘩というよりも、歴戦の強者同士の戦闘――いや、猛獣同士の生き残りを賭けた殺し合いである。

(十手は純粋な威力とリーチでは確かに刀よりは劣る。だが、どんなに君が強くても僕には勝てない!!)

 刀と十手を比べると、攻撃が当たった際に相手が負うダメージと射程範囲は雲泥の差だ。

 しかし十手は十本の手に匹敵する働きをすると言われる程に様々な使い方があり、戦法の数という点では刀よりも遥かに優れている。打撃で攻撃するだけでなく、鉤で敵の刃から防御したり柔術を併用して制圧するなど、実に多彩だ。

 そして尚弥は、十手を使った武術「(じっ)()(じゅつ)」を会得している。十手術は刀剣を封じることを想定している上に、体術と組み合わせることで大きな力を発揮する古武術。身体能力の高い尚弥にとって、刀を持つ相手との戦闘を制することなど容易いことなのだ。

「すぐに咬み砕いてあげるよ!」

 金属音と共に次郎長の刃を鉤で絡め取る。

 次郎長の刀を封じることに成功すれば、後は体術で制して止めを刺すだけだ。しかし――

 

 ドゴォ!

 

「っ!?」

 突如、顎に衝撃が襲い掛かった。

 刀を封じられた次郎長が、鞘を振るって顎を攻撃したのだ。斬られこそしなかったが、鉄拵えの鞘による重い一撃を喰らって頭を揺さぶられ倒れそうになる尚弥。それと共に絡め取られた次郎長の刀が十手の鉤から離れた。

「シメーだ」

 次郎長はその一瞬の隙を見逃さず、刀を返して(・・・・・)振り下ろした――が、それを紙一重で尚弥は躱す。

 次郎長は追い打ちをかけるように鞘での突きを放つが、それも躱されてしまい距離を取られる。

(マズイな……今のを避けられたか……)

 鞘も使いようによっては立派な武器だ。尚弥(あいて)が十手一つに対し、次郎長は真剣と鞘の二つであり、得物の数という点では有利である。真剣と鞘による二刀流もできることを考えれば、次郎長の方が上手と思える。

 だが、尚弥はその次郎長と互角に渡り合っている。しかも次郎長以上の身のこなしであり、二刀流を躱されるのは次郎長にとっては痛恨のミスと言えた。真剣で防御し鞘で攻撃するという戦法が通じにくくなり、尚弥の警戒心を更に上げて戦いにくくなるからだ。

(さて、どうしようか……)

 次郎長が次の手を考えた、その時――

「……なぜ刀を返したんだい」

「あ?」

なぜ峰打ちで(・・・・・・)決めようとしたの……君、僕をバカにしてるの?」

 尚弥の顔から笑みが消え、怒りと殺意を孕んだ視線を次郎長に向けた。

 放たれる殺気は常人なら息を殺されそうなまでの危険度で、周囲の温度が一気に下がるような錯覚も覚える。現に次郎長と共に行動してこの喧嘩を見ていた杉村は、二人から離れていながらもそれを感知したのか、顔を青くして震えあがっているくらいだ。

 対する次郎長は杉村以上に尚弥の濃厚な殺気を浴びながらも、怯むどころか意にも介しておらず、どこか呆れたような表情で怒りを露わにする彼の問いに答えた。

「何を言うかと思えばそんなことかよう……理由はただ一つ。オイラにおめーさんを殺す気がねーだけだい」

「……どういうこと?」

「並盛とその住民を護るのがオイラが率いる溝鼠組の責務。喧嘩の最中であろうがそこだけは絶対に変えねーし、譲る気も妥協する気もねェ。それがオイラの仁義であり、この次郎長親分の矜持ってモンでい」

 並盛への恩義。王者として通すべき筋。

 それは次郎長にとって己の命に匹敵、またはそれ以上の価値があるのだ。それを戦闘中でも忘れることは無い。

「……それが君の誇りかい?」

「……まァそういうことだろう、なっ!」

 次郎長は一気に距離を詰め、突きを放つ。

 尚弥はそれを紙一重で躱すと、十手を振るい棒身の先端を飛ばした(・・・・・・・)

 

 ゴッ!

 

「ぐっ!?」

 次郎長の脇腹にそれは当たった。

 人体急所の肝臓を叩かれ表情を歪ませる次郎長だが、息を漏らすことを堪えた。そして少し距離を取ってから見てみると、何と十手の先から鎖が伸びており先端が分銅のような状態になっていた。

(仕込みか……!!)

 尚弥の十手は仕込み十手らしく、棒身中に分銅(ふんどう)(くさり)が搭載されているようだ。

 分銅鎖は使い方を誤ると自分自身がケガをするので修行が必要となるが、護身用具の域を超えた威力を誇る。特に遠心力を利用した殴打は骨を砕き、頭部に当たれば陥没しかねない程だ。

 幸いにも次郎長は腹部に何重にも晒しを巻いているので威力が多少落ちた上、一番威力が高い分銅ではなく鎖の部分であるため決定的なダメージには至らなかった。だが、これが遠心力を上乗せした分銅の部分ならば無事では済まなかっただろう。

「へェ……運がいいね」

「ちっ、まさか仕込みだったとはな……」

 そう言うと次郎長は刀を鞘に納め、腰を沈めた。

 居合――抜刀術の構えだ。

「……ヤクザ者がカタギ相手に意地の張り合いで負けちゃあ世話ねェんでな。()る気スイッチをオンにしてもらうぜ」

「そうこなくちゃ面白くない………勝負だ、泥水次郎長(よしだたつみ)!!」

 十手を元の状態に戻した尚弥は、地面を蹴って次郎長に迫った。

 次郎長もまた、鬼気迫る表情で全速力の抜刀術を放った。

 そして――

 

 

           *

 

 

「ハァ……ハァ……」

「ゼェ……ゼェ……」

 喧嘩は、日が暮れてもなお続いていた。

 尚弥は相当な数の斬撃を浴びたのか、上半身を中心に夥しい刀傷が刻まれ、血を流している。かくいう次郎長も十手で滅多打ちにされたのか、顔が腫れて体中に痣ができており、こちらもまた血を流している。

 今の二人は、得物を手にしていない。肝心の得物は地面に転がっているのだが、息も絶え絶えで膝に手を付いて体を支えなければならない程に疲弊しきった二人はそれを取りに行く気にはなれかった。満身創痍の身体でこの勝負を決するには、ひたすら殴って相手を倒す他に手段は無い。

 気づけば騒ぎを聞きつけ野次馬が集まっている。その中には杉村達や尚弥の部下と思われる男達がおり、心配そうに見つめている。これ程の騒ぎになりながら警察が介入してこないのは、雲雀尚弥という絶対権力者が口利きしてるからだろうか。

 

 ドゴッ!!

 

 次郎長の拳骨が、尚弥を襲う。頬、顎、そして鳩尾……目に見えるくらいダメージが蓄積されて体力も限界を迎えているはずなのに、本当に疲弊しているのか疑ってしまう程の重い拳を食らい、尚弥は腰から崩れ落ちた。

 だが次郎長が止めの一撃を放とうとしたその時、尚弥は跳ね起き蹴りを見舞った。避ける程の体力は残ってないのか次郎長はモロに受けてしまうが、それでもまだ立っており気概は失っていない。

(いい加減、マズイね……)

 尚弥にとって、ここまでの長期戦は想定外であった。

 ほぼ一撃で敵を屠ってきたという点では次郎長と同じだが、尚弥の場合は権力を行使することも多く、そもそも敵が少なかった。一から腕っ節でのし上がってきた次郎長の方が少ない差ではあるが戦闘経験と地力が違う。

 強者同士の戦いは、僅かな差で勝負が決まる。ゆえに追い込まれてるのはどちらかと言うと尚弥の方なのだ。

「……尚弥」

 ふと、次郎長がドスの利いた声で尚弥に声を掛けた。

 その殺気は凄まじく、満身創痍の人間が放てるとは思えない程に濃厚で鋭い。尚弥は気力も体力も限界を迎えてもなお死んでない目をしている次郎長に内心歓喜しつつも、冷静さを装う。

「……いきなり何だい」

 肩で息をしながら、尚弥は訊いた。

 次郎長は、尚弥にとって全てが初めてだった。自分と互角に渡り合える圧倒的実力を持った人間であり、どれだけ滅多打ちにしても立ち上がり猛反撃した人間であり、自分以外で並盛を強く想っている人間。それが次郎長という男だった。

 彼が自分との戦いの最後に、どんな言葉を発してその拳を振るうのだろうか。勝っても負けても、尚弥に損は無い。ふと気づけば、負けたとしても悔しくない戦いをするのもこの男が初めてだった。

「どうしたんだい……最後の言葉、聞かせてよ」

「いいのか……?」

「僕は君から色んな初めて(・・・・・・)を貰ったんだ、早く言わないと咬み砕くから」

 次郎長は一呼吸置いてから、口を開いた。

 

「………あの、ウンコしたいんだけど」

 

「……サイアク」

 次郎長の便意を聞いた尚弥は、戦闘意欲が削がれたかのように片言で呟いた。

 しかもこれにより、命を削り合うような激闘であった次郎長と尚弥の喧嘩は、あまりにもあっけなく幕を下ろした。

 

 

           *

 

 

 翌日、尚弥と次郎長は並盛中央病院に入院し、互いに同じ病室で横になっていた。

 体中に包帯が巻かれている状況から、どうやら相当の重傷のようだ。もっとも、あの満身創痍の状態のまま次郎長と共に歩いて(・・・)病院に向かったのだが。

「全治三ヶ月か……勝男達に申し訳ねーな」

 今回の喧嘩で、並盛の表と裏の頂点に君臨する男二人が現場を離れることになった。

 次郎長や尚弥に匹敵する程ではないが、勝男は若頭に恥じぬ腕っ節なので心配することは無いが、

「……君はつくづく面白い。あんな幕切れは初めてだ」

「ムシャクシャしてたから、決闘前に用を足し忘れててな。まァ病院でやれたから漏らさずに済んだが」

 ムクリと起き上がり、窓から外を見やる。

「しっかし、おめーさんはどこまで力が届くんだか。あんだけの騒ぎになっても警察(サツ)すら来ねェのァ……おめーさんの仕業か」

「僕はこの町では思うがままに生きれるのさ」

 穏やかに笑いながら口を開く尚弥に、次郎長は「そうかよう」と素っ気無く返事をする。

「しかし、もう少しで君を咬み砕くことができたのに。実に残念だ」

「フカシこくんじゃねェ、あのまま続けてりゃあオイラが勝ってた。若気の至りだからってどの面下げて言ってんだ」

「……僕の方が年上なんだけど」

「あ、そう? だから何だ、年を理由に負けた時の言い訳か」

 言い合う度に殺気立ち、不穏な空気になる病室。

 ついにはベッドから降り、傍に置いてあったそれぞれの得物を手にしてしまう。

「この――」

「半グレが――」

 怒り任せに十手を振るう尚弥と刀を抜こうとする次郎長。

 その直後――

 

 ブシュッ!

 

 ビキィッ!

 

「「うっ……」」

 尚弥の体から血が噴き出し、次郎長の右腕から骨が折れる音が鳴った。

 まるで「これ以上戦わないでくれ」と体が主張したかのようで、それに強制的に従うように二人は前のめりに倒れた。

「い、一時休戦だ………」

「ど、同意………」

 体をピクピクと動かす次郎長と尚弥。自業自得に限りなく近い形とはいえ相当のダメージを負ったのか、立ち上がれなくなる。

 どんなに規格外な輩でも、その体は正直であるようだ。

「……尚弥。今更思ったんだが、この町は俺達で護らねェか?」

「……どういうこと?」

「ほら、よくあるだろ……どっちかが不在になっても問題無いって感じのが。お前は権力にモノを言わせて町の秩序に、オイラは力を示威して裏社会を牛耳っているだろ? ここでオイラ達が敵対すんのは愚策じゃねーか?」

 次郎長は尚弥に同盟を提案する。

 極道の親分と風紀委員会の会長――次郎長と尚弥は立場こそ違えど、並盛町を思う気持ちは同じだ。ならば対立して抗争に勝利し独占するよりも、手を組んで表と裏を分けてそれぞれで支配する方が合理的で得策だろう。

「王は何人もいらないよ」

「別に嫌ならそれでいいがな。そん時は一対一(サシ)じゃなくて総力戦かもしれねェがな」

 次郎長は痛みに耐えながらも口元を歪める。

「まァ、それだけ痛い目に遭ったんだ。この次郎長を引きずり下ろそうなんざ――」

「条件がある」

「………」

「僕はこのまま引き分けなのは絶対に嫌なんだ。必ず決着はつけさせてもらうよ……この町の支配者としてではなく、一人(いっぴき)(けもの)としてね」

「いいぜ……もっとも、どう転んでもオイラの勝ち逃げがオチだろうが」

 

 

 こうして次郎長は雲雀尚弥と手を結び、相反する勢力でありながら同じ町を想う者として共に並盛を護るようになる。

 ちなみに病院での入院期間は更に伸びたのは言うまでもない。




こっから先から、原作キャラと関わるようになるかと。まだ未定ですが、原作開始前にはかなりの重要人物と邂逅すると思います。
戦いの流れは吉原炎上篇でちょこっと出てきた「星海坊主VS鳳仙」ですね。

感想・評価、お待ちしてます。あとアンケートもお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的11:魔死呂威(ましろい)(ぐみ)の親分

今年はこれで最後かな……?

今回は銀魂ネタが多いお話です。


 次郎長が溝鼠組を起こしてから幾許かの月日が流れ、ちょうど一年が経過した頃。

 敵対組織の財産強奪、的屋利権の独占による収入、バイトの掛け持ちなどで財力を地道かつ確実に蓄えていった溝鼠組は、ついに念願の屋敷を完成・手に入れることができた。

「しっかし、よう建ったなァ……たった三話ちょっとで屋敷建つんかいな?」

「それなりに賑やかとはいえ、並盛は地方都市だからな。地価自体は東京や横浜のような都心と比べりゃあ安い。あと勝男、そこに一々触れるんじゃねェ」

 次郎長達の前には、純和風建築の大きな屋敷が建っている。

 立て掛けられた看板には達筆に書かれた「溝鼠組」の文字が刻まれ、ほとんど武家屋敷に近い。何百人という子分を住まわせるようになる事態を想定しているため、屋敷は相当大きい。固定資産税は高くなりそうであるが、ある意味では昔の極道のイメージにぴったりと言えよう。

「……とにかく子分を全員集めろ。昼に集会開くぞ」

「へい!」

 

 

 正午過ぎ。

 屋敷の大広間には、溝鼠組の構成員が全員集っていた。勝男を筆頭とした古株から数日前に入門したばかりの新米まで、総勢55名の子分達が組長・次郎長を真剣な眼差しで見つめている。

 今から行うのは、結束を固めるために執り行う盃事だ。

「てめーら、よく集まってくれた。この屋敷が建ったことで、並盛町の王として君臨するための土台が完成した」

『……』

「薄々察しちゃいる野郎もいるだろうが、この町は何かと裏の連中に目をつけられやすい地域のようでい。余程の事情があるのか何かのジンクスか……その辺はとやかく言わねェが、いずれにしろ裏社会からの介入が起きやすいのは事実。その牙が俺達だけに向くとは限らねェ」

 現時点では、次郎長の実力を見込んだことを前提に裏社会の人間達がこぞって次郎長と接触しているが、いずれは斬念眉組のように実力行使で従わせるべく強硬手段を取るようになるだろう。それが次郎長及び溝鼠組の人間だけで済めばいいが、カタギにまで手を掛けるようになるのも時間の問題だ。

 幼少期からヤンチャな生粋の暴れん坊と言える次郎長は、そんな自分を受け入れた並盛の住民に対し大きな恩義を抱き、両親が好きだったこの地に想い入れもある。ゆえにその恩を返すことを理由に並盛に君臨し、裏社会勢力の脅威から護ろうとしているのだ。メンツと任侠が命のヤクザ者にとって、護るべき存在が失われるような事態はあってはならないのである。

「今は同じ極道者だろうが、いつかは海外勢力……特にマフィア者を相手取るかもしれねェ。イタリアの親戚は利権の為にはカタギに手を出すことも(いと)わねェ秘密組織と聞く……そんな連中と真っ向で対立すれば、最悪戦争になって命を失う場合もあらァ。逃げてー奴がいんなら遠慮はいらねーよ、恥じることじゃねーし止めもしねーよう」

 次郎長はそう告げて待つも、誰も屋敷から出ない。

 子分達の覚悟を確認した次郎長は、傍に置いていた二枚の盃を前に置く。

「……おめーらの覚悟、しかと見届けた」

 次郎長は酒瓶の封を開け、盃に注ぐ。

「泥水次郎長もとい吉田辰巳。若輩ではありますが、皆様の命……この次郎長が背負わせて頂きたく、親子の盃を交わし了承の意と定める」

 注ぎ終えると同時に、子分達を代表して若頭の勝男が前に出て深々と頭を下げる。

「黒駒勝男もとい石塚隆、泥水次郎長にこの命を預け全てを捧げやす。親子の盃、しかと頂きます」

 二人で一気に酒を飲み干す。

 その後も残りの子分と親子の盃を交わし、盃事を終える。その直後、子分の中でも古株である景谷がある物を次郎長に献上した。

「オジキ……これを」

「これは……煙管(キセル)のセットか?」

「成人祝いを兼ねて、この日の為に用意してきやした」

(あ、そういやあ俺二十歳になったんだった)

 子分達が次郎長に献上したのは、煙管と煙草(たばこ)(ぼん)だった。

 ふと次郎長は煙管を視界に捉えると、目を見開いた。その煙管は、見覚えのある形をしていたのだ。

(――コレ、何気に辰五郎のと同じじゃねーか? こいつも奇縁ってやつかねェ……)

 寺田辰五郎は辰巳が成り代わったキャラ――泥水次郎長の親友でお登勢の夫だった岡っ引き。第一次攘夷戦争で次郎長を庇って致命傷を負った彼は、次郎長にお登勢とかぶき町を託して息を引き取ったのだが、その際に次郎長は彼の形見の一つである煙管を手にして町へ戻っている。

 銀魂とは別次元であるこちらの世界でもどういう因果か、辰五郎が持っていた煙管が次郎長の嗜好品(アイテム)になるようだ。

「せっかくだし吸ってみるか……」

 次郎長は刻み煙草を摘んで丸め、火皿に詰めてマッチで火を点ける。

 そして吸い口を咥えて吸うと――

「ゴホッ、ゴホッ!」

『オジキ!?』

「わ、(わり)ィ……オイラは煙草慣れしてねーんだ」

 喫煙――ましてや煙管で煙を吸うことに慣れていない次郎長は、涙目でむせる。

「……だがおめェら若い衆がせっかく買ったんだ、大切にするぜ」

 次郎長は煙管を咥えたまま微笑むと、勝男が叫んだ。

「お前らァ!! オジキの顔に泥塗るんやないでェェ!!」

 勝男の叫びに答えるように、残りの子分達も雄叫びを上げる。

 この日から溝鼠組は新たなスタートに踏み出し、日本裏社会にその名を轟かすようになる。

 

 

           *

 

 

 さて、溝鼠組が新たなスタートに踏み出して数週間後。

 溝鼠組はいつも通りシノギを得るために並盛神社で的屋を運営し、営業を終了して金勘定をしていた。

「とりあえず今日の分は300万やで、オジキ」

「一日で300万か……シノギも安定しているし、もうちょっと稼いだら何かパーッと奢るか」

「食った分は働けならぬ、働いた分は食わせろってやつでっか?」

「そういうこった」

 次郎長は煙管の火皿に刻み煙草を詰めて火を点け、軽く吸って紫煙を吐き出す。

 溝鼠組が裏社会でのし上がるのは、思いの外早かった。地方都市の的屋利権を独占した上に学生時代からコツコツと溜めた資金のおかげで経済的には豊かな方になり、同じ極道組織だけでなく新興勢力として現れたチーマーやカラーギャングの介入・干渉をことごとく跳ね除けたため、今では溝鼠組の泥水次郎長を恐れる連中が増えてきている。

 強大な力を誇示する次郎長は、並盛の裏の顔役として治安維持に大きく貢献しているのだ。

「なァ、オジキ……一つ訊いてええか?」

「何でい、いきなり」

「――わしを次期組長と決めといてホンマにええんか?」

 いきなり質した勝男に怪訝な表情を浮かべた次郎長だが、その後に並べた言葉を聞き、きょとんとした顔をする。

 実を言うと、次郎長はすでに組の跡取りを勝男だと決めている。確かに極道組織において若頭というものは長男に当たるため、新たな組長は若頭であるケースが多い。しかし組織が大きくなると若頭の他にも最高顧問や組長代行といった大きな権限を持つ幹部が現れるようになり、そこからも跡取りの候補となる場合もあり得る。

 勝男自身としては、次郎長の後を継ぐことには大歓迎だ。とはいえ、あまりにも早い段階で決めると気が変わった際に大きな内ゲバになるので、今は後継者を考える時期ではないと主張しているのだ。

「これからもっといい連中が入ってくるし、オジキもガキを持つかもしれへんで?」

「オイラ達ヤクザ者は上下関係が明確な疑似家族だ……後継者争いで変に拘ると組の崩壊のきっかけにならァ。長男のおめェなら筋が通るし、周りも自然と納得するだろ」

「オジキ……」

「オイラはてめー自身が思う以上に頑固らしい……気が変わるこたァまず――」

「おい、てめー!!」

「「ん?」」

 次郎長と勝男が組の今後について語り合っているところに、男達は現れた。

 誰がどう見てもカタギに見えない柄の悪い黒スーツ達と、その先頭に立つ非常に特徴的な髪型をした額の十字傷が目立つ袴姿の男。次郎長率いる溝鼠組と同じ、極道組織の人間だろう。

「わしは魔死呂威(ましろい)下愚(かぐ)(ぞう)! お前が泥水次郎長じゃな?」

「いかにもそうだが」

 すると、事態を把握した子分達が慌てた様子で次郎長の耳元で囁いた。

「オ、オジキ! アレは(あね)()(はら)(ちょう)を牛耳ってる魔死呂威(ましろい)(ぐみ)です!」

「個々の腕っ節こそウチら溝鼠組が上ですが、数は向こうが遥かに上……ここで戦争になるのはさすがに……」

(え? ウソ、この世界に銀魂のキャラ何人いるの!?)

 次郎長は冷静さを装っているが、内心では吉田辰巳になっていた。

 魔死呂威組は銀時ら万事屋に依頼した数少ない裏社会の勢力で、〝狛犬〟の異名を持つあの中村京次郎が若頭を務めた極道組織だ。原作においては相当の勢力を誇っているのか、多くの同盟組織が存在している描写もある。こちらの世界では、姉古原というどこかで聞いたことのある名前の町を支配しているようだ。

「へェ……隣町からわざわざご苦労なこった。オイラに何の用でい?」

「単刀直入に言う――わしはお前と手を組みてェ」

「おいおい、んな藪から棒に何を言い出すんでい?」

 下愚蔵が持ちかけた話は、溝鼠組との同盟であった。

 次郎長は眉間にしわを寄せ、勝男達もざわつく。

「次郎長、お前は誰かの下につきてェってタマじゃねェのはよく聞く……だが誰かの隣に立つ(・・・・・・・)ってのは案外受け入れられるんじゃねェか?」

「それで手を組めと? 舎弟になれの間違いだろ」

「ガハハハハ!! 違いねェ!!」

 次郎長の反論を豪快に笑い飛ばす下愚蔵。

 しかしそれも一瞬のこと――下愚蔵は真剣な眼差しで次郎長を見据え、同盟を持ちかけた理由を語り始めた。

「お前は並盛のことで頭一杯だったろうが……実を言うとな、芳文(ほうぶん)連合の会長が亡くなってな。その後継者がこれまたとんでもねー野郎なんじゃ」

「……話の流れ的には、その後継者とやらは極道の風上に置けねェ三下みてェだな」

 次郎長の言葉に、下愚蔵は無言で肯定しつつ話を続ける。

 今は亡き前会長は次郎長をしつこくスカウトしようとしたが、どちらかと言うと穏健派の人間であったため、溝鼠組と表立って揉めるようなことはしなかった。また覚醒剤や麻薬などの薬物関係や売春の類を嫌う昔気質のヤクザ者であったため、下愚蔵自身も悪い噂はあまり聞かなかったという。

 だがそれは前組長の頃のことで、今度跡を継ぐ人物は儲けるためなら何でもする悪漢だという。違法薬物の密売や売春の斡旋、更には美人局(つつもたせ)――夫婦が共謀して他の男と妻を性的関係にさせ、それをネタに金銭を要求したり脅迫する行為――まで平気でやるらしい。

「任侠道を弁えねェ三下だ、カタギも狙うに決まっとる……それも他人様のシマの人間にもじゃ。今の芳文連合は、もうわしの知る芳文連合じゃねェ」

「……要はその三下が日本の裏を牛耳らねェようにするためか?」

「そうじゃ、今のヤクザ者はわしらのような昔気質の極道じゃねーんだ。カタギに手を出すことを恥じねェ連中だ! わしらはヤクザであってマフィアじゃねェ、そんな奴らが裏を牛耳るようになったらこの国の〝裏の均衡〟が崩れて血の海になる!」

 凄まじい剣幕で言葉を並べる下愚蔵に、次郎長以外の人間は怯む。

 ヤクザ勢力のマフィア化・秘密組織化は、尚弥も危惧している事態だ。自己の権益を守りかつ拡大するために邪魔者を暗殺することを躊躇(とまど)わず、社会の支配階層や取締機関に介入してこれを支配するようになれば確かに大変な事になるだろう。

 次郎長としては並盛(ナワバリ)さえ護れれば十分だが、余計に敵を増やすと厄介事も比例して増えて面倒なので、なりふり構わず喧嘩を売るのは控えようと考えるようになっている。それに下愚蔵は次郎長に対して好意的であるため、敵対するよりも友好関係を築いた方が得策だろう。

「オイラは猿山のボスやってた方が性に合うし気も楽なんだが、どうも「誰が組むか」なんて言ってられねェようだな……いいぜ、乗ってやるよ」

「おお! そうか――」

「ただし、オイラの並盛(シマ)を荒らすマネはしねェことをこの場で誓え――それが絶対条件(・・・・)だ。それが呑めねーってんなら……」

 腰に差した刀の鯉口(こいくち)を切りながら要求する次郎長に、下愚蔵の子分達が殺気立ち前に出た。

 それに対し下愚蔵は挑発に乗らず、興味深そうに次郎長を眺めている。

「ククク……わしも長いこと極道(この)世界で色んな若い衆を見てきたが、お前のような青タンが残るガキが腕も度胸も一級品とはな。――いいだろう、それで手を打ってやる」

『組長!?』

「せいぜいこのわしよりも先にお迎えが来ねェよう気をつけるんじゃな」

 下愚蔵は口角を最大限に上げ、豪快に笑い飛ばした。

 

 

 後日、次郎長率いる溝鼠組は魔死呂威組と正式に親戚縁組――ヤクザ業界における同盟を意味する関係――を結び、並盛町外への影響力を強めるようになる。




これで京次郎登場フラグが立ちました。
京次郎は近い内に登場するのでお楽しみに。

ちなみに魔死呂威鬱蔵は原作みたいな鬱展開で死んでおらず、こちらの世界では紳士服販売チェーン「洋服のアノ山」で働きカタギとして生活しています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的12:ティモッテオ

あけましておめでとうございます、ガキ使で笑ってて更新遅れました。



 ある日のこと。

 並盛に在る結婚式場で、溝鼠組は集っていた。

「奈々の結婚か……」

 天を仰ぎながらそう呟く次郎長。今日は何と家光と奈々の結婚式――めでたいことだが、どうも不安要素があるのは気のせいではないだろう。

 家光の顔はそれなりに広く知られてるのか、多くのカタギとは思えない人間が嬉しそうな表情をしている。この場で並盛の人間は、間違いなく溝鼠組だけであるのは確かだ。

「それにしても、カタギの結婚式のボディーガードなんざ……こんなヤクザらしくねェ仕事、引き受けて本当によかったんですかい? オジキ」

新郎(いえみつ)の懐からそれなりに金を貰う予定なんだ、ここァ我慢しろい」

 どこか不満げな部下を宥め、煙管で一服する次郎長。

 今回の結婚式において奈々から事情を聞かされた次郎長は、学生時代の恩返しの一つとして式場の用意やその為の金策を溝鼠組に一任するよう勧めた。これはれっきとした理由があり、結婚業者との交渉をうまく進めるためである。

 結婚業者というものは悪質な業者も存在しており、しかも奈々は人を疑うことをしないのでそういう系統(・・・・・・)に騙されやすい傾向(タイプ)だ。悪質な業者の手口は巧妙化しており、業者は一世一度の晴れ舞台だからとやりたい放題してぼったくるのだ。

 それを防ぐために次郎長は奈々と交渉したが、家光は断った。自分達の結婚式であり、友人(ヤクザ)の力を借りて式を挙げては新郎たる自分の面目が立たないという理由だった。次郎長はそんな家光に「企業舎弟が何を言ってやがる」とぶった切ったが、結婚式の来賓にマフィア関係者が来ることを知り、ヤクザとマフィアが式場で揉めたら大問題だと――奈々はよく理解していないが――双方合意した。

 しかしそこへ偶然にも家光の部下が式に参加したいと一斉に声を上げた。家光は警備役の人間を雇おうとしたが、そこへ次郎長がみかじめ料も兼ねてボディーガードを任せるよう要求。今から雇うとなると本番に間に合わないという次郎長の言葉に家光はすんなり同意し、溝鼠組が家光と奈々の結婚式の会場を警備することとなったのだ。

「それにしても家光の野郎、考えたのう。わしらヤクザに借りを作ると面倒やからって、オジキに金策頼まんで一人で成し遂げるたァのう……」

「法外な額を狙ってたんで?」

「さすがにカタギ同士なら(・・・・・・・)向こうの意見を尊重するわ。オジキ曰く「ヤクザはヤクザ、カタギはカタギ」やし」

 勝男は煙草を吸いながら呟く。

 次郎長はヤクザにはヤクザに見合った対応を、カタギにはカタギに見合った対応をするという考えの持ち主である。相手が自分と同じ極道関係者、または裏社会の人間ならば実力行使も視野に入れて対処する。だがヤクザはカタギに対しては慎重に接するのが原則であり、たとえ相手が元ヤクザであったとしてもカタギの立場である以上むやみやたらに手を出してはいけないのだ。

「だが家光は(くせ)ェ野郎だから、新婦(オンナ)がカタギでも法外の額を要求しようとしたんですか」

「いや……どっちかっつーとオイラは家光を試す(・・・・・)つもりだったんでい」

『?』

 次郎長がボディーガードという名目で奈々の結婚式に介入したのは、当然恩人である奈々を祝福するのもあるが、家光という一人の男を試すためでもあった。

 奈々と関係があるとはいえ、ならず者の王たる男が大切な結婚式に介入した際、家光はどう対処するのか。次郎長個人としては首を突っ込むのは野暮なのかもしれないと考えてもいるが、今の家光に奈々が心から頼れる程の度量を持っているのかが気になり、こうして介入したわけなのだ。

 一応様子を見たが、部下からはそれなりに信頼されており冷静な対応をしていたので問題は無さそうであった。今後どうなるかは二人次第だが、少なくとも無事に結婚できそうであるのは事実だ。

「この仕事終えてシノギを得たら、(たけ)寿司(ずし)の寿司でも奢ってやらァ。オイラから可愛い子分達へのお礼ってやつでい、後は頼まァ」

『お、おっす!!』

 次郎長は煙管をしまい、結婚式場から出ていくのだった。

 

 

           *

 

 

 暖かな日差しに照らされた、平和な並盛。

 ゴロツキ達を子分に従え、他勢力のドグサレ共を薙ぎ倒し、煙管の紫煙を燻らせ、赤い襟巻をなびかせ町を闊歩する。吉田辰巳というかつての名を捨て、溝鼠組の泥水次郎長として町の頂点に立って生きるようになった。

 それが次郎長の日常だ。

「確か竹寿司だったか……金足りるかねェ」

 次郎長は財布の中身を確認しながら歩く。

 一応15万は入っているが、子分達全員に奢るには少し物足りないのかもしれない。屋敷に一旦戻ってお金を増やす必要がありそうだ。

「何万増やそっか――ん?」

 屋敷へ戻ろうとしたその時、不良グループがスーツ姿の中年男性に詰め寄りカツアゲしていた。

「おい、おっさん。金持ってんだろ?」

「早く出せよ!」

「ま、待ってくれ! これは今日の為に用意した大切な金なんだ……」

 困惑する中年男性。

 次郎長はしょうがないと思いつつ、頭を掻きながら彼らに近づくと……。 

「おい、(わけ)ェの」

「あ?」

 

 ドゴォッ!!

 

 後ろからの声に反応して振り向いた直後、男の顔面に浅黒い鉄拳が叩き込まれる。

 その凄まじい腕力により、男は数十m先まで殴り飛ばされる。

「オイラのシマで老人をカツアゲか? よりにもよってオイラの目の前でやるたァ、いい度胸してるじゃねェか」

「君は……」

 中年男性の前に立つ次郎長。

 次郎長の姿を目にした男達は、顔を青ざめた。

「じ、じじ……次郎長!?」

「次郎長って、あの溝鼠組の組長か!?」

「並盛最強のヤクザじゃねーか……!!」

 次郎長が首を突っ込んだことで、状況は一変する。

 溝鼠組の次郎長と言えば、並盛町で暮らす人間ならば誰もが知る暴れん坊。50人以上のゴロツキ達を子分に従え、並盛最大の権力者である雲雀家の頂点である雲雀尚弥とも渡り合える豪傑の参上に、一気に動揺して身震いし始める男達。

「おめェさん達に選択肢をやる……とっとと家に帰るか、それとも――」

 次郎長は腰に差した刀の鯉口を切ると、男達は殴り飛ばされ気絶した男を担ぎながら逃げるように去っていった。

「何でい、肝っ玉の小せェ連中だな。んで、大丈夫かじーさん」

「わしはティモッテオ。助けてくれてどうもありがとう……君は?」

「この町の裏を取り仕切ってる極道・泥水次郎長だ」

「ほう……君はジャパニーズマフィアだったのか」

 その言い方に、次郎長は目を細める。

 日本国内ではヤクザのことを〝ヤーさん〟だとか〝筋者〟だとか〝「や」の付く自由業〟だとか色々な別称で呼ばれているが、〝ジャパニーズマフィア〟と呼ぶ者は国内にはいない。そう呼ぶ者は、海外の人間である可能性が高いのだ。

 つまり目の前にいる中年男性は外人であり、海外から日本に来た可能性があるのだ。

「……おめーさん、どこの国から来たんでい?」

「ああ、イタリアからだよ。なぜ外人だとわかったんだい?」

極道(オイラ)をジャパニーズマフィアと呼ぶ者はこの国には滅多にいねェんでな……それで、わざわざ何の用でい? 観光ってノリじゃあるめェし」

「ああ、結婚式に呼ばれてね」

 ティモッテオのその言葉を聞き、次郎長の顔から笑みが消えた。

「そうか……ってこたァ、家光に呼ばれたって訳だ」

「おや、家光君を知ってるのかね?」

「アイツの結婚相手である女はオイラの恩人なんでな……アイツが〝ボンゴレ〟ってマフィアの企業舎弟であることも知っている」

 次郎長の返事を聞き、ティモッテオは唖然とする。

 家光の素性をどこまで把握しているかは不明だが、次郎長は少なくとも家光がマフィア関係者であることは知っているようだ。ボンゴレの名も聞いているようであり、ティモッテオの動揺を誘うには十分すぎる効力だった。

「よく知っとるのう……いや、家光君が喋りすぎただけかもしれんな。じゃが安心せい、わしは何もせん」

「そいつァどうかねェ……マフィア者は何しでかすかわからねーからな、事と次第によっちゃ容赦しねェ。オイラの得物の射程に(へェ)ってるからには大人しくしてもらうぜ」

 その瞬間、左腕に義手をつけた黒スーツの男が次郎長の背後に立った。

 ふと気づけば、ティモッテオの傍には只ならぬ雰囲気を醸し出している男達がいた。

「9代目、この男は?」

「コヨーテ・ヌガー、この並盛町に根を張るジャパニーズマフィアの青年だよ。面倒事に巻き込まれたわしを助けてくれてな」

「……それが事実だとしても、信用できんな。現にあなたも面倒事に巻き込まれている」

 義手の男――コヨーテ・ヌガーは、次郎長を警戒する。

 次郎長はこの場にいる人間の中で一番若く経験が浅い。だがコヨーテは、次郎長から放たれる〝強者としての気迫〟を感じ取ってしまい、一番油断できない相手にも思えたのだ。

「おいおい、他人(ヒト)に親切にすりゃあてめーにいい事が起こるって思ってたが……とんだ貧乏くじ引いちまったぜ。溝鼠のオイラがそんなに(こえ)ェのか? そう思ってんなら正解だ、窮鼠猫を噛むってことわざもあるしな」

 殺気立ってきたコヨーテ達を煽るように語る次郎長。

 しかしコヨーテに9代目と呼ばれたティモッテオは、そんな次郎長の挑発に乗らず微笑んでいた。

「――想像以上の胆力を持っているようじゃな、家光君が強いと言うのも頷ける」

「あの野郎、やっぱりチクってたか……」

 今更かと思いつつも、舌打ちをする次郎長。

 一触即発の空気になる中、次郎長をチクった張本人が駆けつけた。

「9代目!! それと……次郎長!?」

「あ、来やがったあのバカ」

 次郎長とティモッテオ達が対峙する光景を前にした家光は、みるみるうちに顔を青ざめていき、次郎長に慌てて詰め寄った。

「次郎長!! お前まさか9代目と抗争でも――」

「事と次第によってだ。おめーの式に出るためとはいえ、マフィアが何の得も無しに来ると思うか?」

「9代目は穏健派だ、そんなマネなどしない!!」

「誰がそう決めた? っつーかおめェ、穏健派の意味ちゃんと理解してんのか」

 次郎長は鋭い眼差しで家光を捉えた。

 その圧に押され、家光は一歩後退(あとずさ)った。

「穏健派の意味は争いをしねーんじゃねェ、「〝最も争いが少なくなる手段〟を平然と使える人間」って意味だ。お前ならこの意味わかるだろ、裏の世界を知っているならな」

 次郎長の言葉の意味を理解し、家光は顔色を変え怯んだ。裏の世界における〝最も争いが少なくなる手段〟は、敵対組織を一兵卒に至るまで皆殺しにするという意味とも解釈できるからだ。

 穏健派は直面した問題を穏やかに解決しようとする立場の人のことを言うが、その手段は必ずしも平和路線ではない。銀魂の世界においても元御庭番衆であった凄腕の忍〝蜘蛛手の地雷亜〟が主戦派を将軍の命で一族郎党皆殺しにしたように、穏健派は必ずしも平和的解決を実行するとは限らないのだ。

「年も経験値もオイラより上であるはずの男がこの程度たァ、先が思いやられらァ……やっぱり奈々が心配でい」

 次郎長はそう言いながらティモッテオに近づく。

 コヨーテ達は殺気立ち構えるが、次郎長はその間を抜けた。

「……戦闘の意志がねェならこの場に止める方が野暮だ、とっとと行け」

「次郎長……」

「ただ一つだけ言っておく。オイラのようなヤクザ者はシマを荒らす人間は絶対に許さねェ質でな、ただ入るだけなら大目に見るが暴れる気なら誰だろうと容赦しねーんでい。たとえば今みてーに――」

 

 チキッ――

 

「本気でおめーさん達を()りにいくかもしんねーから、気ィつけるこったな」

 次郎長が忠告した直後、ゴトリと音を立ててコヨーテの義手が斬り落とされた。抜き身も見せず、次郎長は一瞬で義手に一太刀浴びせたのだ。

 その化け物染みた強さの片鱗を垣間見て、家光とコヨーテ達は度肝を抜かれ、さすがのティモッテオも瞠目した。

「き、貴様……いつの間に……!」

「おめーらが本気でこの次郎長と()るってんなら、それなりの覚悟をしておけよ……極道を舐め過ぎだ」

 ドスの利いた声で一言告げ、次郎長はその場を後にした。

 暫くしてから、ティモッテオが微笑みながら家光に声を掛けた。

「痛いところを突かれたかの? 家光君」

「言わないでください、9代目! それよりも――」

「うむ……コヨーテ、大丈夫かい?」

「結婚式には出場できる、支障は無い。だがあの若造、只者ではない……あのすれ違った一瞬で義手を斬り落とすなど、そこらのマフィアとは格が違い過ぎる。こんな平和な町にあのような凶犬がいるとは……」

 コヨーテ・ヌガーという男は、ボンゴレファミリーの現ボスである9代目――ボンゴレⅨ世(ノーノ)であるティモッテオの右腕である。数多の修羅場を潜り抜け、ティモッテオを長く支えてきている傑物だ。

 そんな彼ですら、次郎長は計り知れない強さを秘めていると語っている。この場でウソなど言わないし、そもそも言ったところでティモッテオに見抜かれ指摘されるので、彼の言っていることは真実だろう。

「あの男、やはり野放しにするには……」

「じゃが君の義手を斬り落とす際、彼は殺気を放ってなかった。脅しにしては少しやりすぎかもしれないが、それもわしらからこの町を護らんがため……大目に見てやるとしよう」

 

 

 そんなやり取りをしていたティモッテオ達に対し――

「今日……定休日なのかよ……」

 竹寿司が定休日であると知って溜め息を吐く次郎長だった。




次郎長の強さは銀魂品質ですので、かなり化け物染みてます。(笑)

ちなみにコヨーテ・ヌガーの義手を斬り落とした描写は、かぶき町四天王篇で次郎長が華陀の刺客を座った状態で返り討ちにしたシーンが元ネタです。

次回から少し飛ばしていこうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的13:どんな世界でも子供は可愛い存在(モノ)

次郎長がツッ君と恭弥に会います。
予告通り、少しずつリボーンキャラと会わせていきます。


 歳月が流れ、次郎長は24歳となった。

 並盛の裏社会を完全に牛耳った溝鼠組は「日本の裏」においても盤石の地位を築き、その化け物染みた強さと仁義を重んじた統治を敷いていることから〝大侠客の泥水次郎長〟と呼ばれるようになった。溝鼠組自体も勢力を拡大させ、今では構成員110名を超えるヤクザ界屈指の一大勢力である。

 さて、そんな次郎長が今何をしてるのかというと……。

「ガキの子守なんざ、他あたれよ奈々。児童相談所ぐらい行けるだろ」

「そこまで生活難じゃないのよ、家光さんがいっぱい送ってくれるから。それに同期のよしみじゃない♪」

「へーへー、さいですか。それで一家の収入源がフロント企業の沢田奈々さんよう、天下の次郎長親分を思い通りに動かせる気分はどうだ」

「最高♪」

(わり)ィ女だ……つーか前のディスりはスルーかよ」

「冗談よ。でもわざわざ子育て手伝ってくれて嬉しいわ♪」

 次郎長は奈々の家で子守をしていた。

 家光と奈々の間に生まれた子は(さわ)()(つな)(よし)、通称ツナ。栗色の髪の毛とツンツンした髪型が特徴で、家光(ちちおや)の要素を探す方が難しい――というか家光の要素はほとんど無いかもしれない――と言っていい程に奈々(ははおや)譲りの容姿の男の子だ。

 ツナは今年で3歳だが、チワワですら怖がるというビビリっぷりかつ泣き虫で人見知りも激しいときた、ある意味で普通の3歳児――のはずだが、どういう訳かヤクザ者である次郎長に妙に懐いているのだ。イケメンとはいえ普通の子ならギャン泣きしてもおかしくないのだが、ツナだけはなぜか次郎長に好意的であるのだ。

「ツナ、おめーは何でオイラに懐くんでい……懐く相手間違ってんぞ」

「?」

 呆れた表情で次郎長はツナの頭を撫でる。

 対するツナはそれがどうしたと言わんばかりの表情で首をかしげている。容姿どころか雰囲気や仕草まで奈々に似ており、彼女の生き写しみたいなツナに次郎長は思わず溜め息を吐いた。

 そんな次郎長に、奈々はこう告げた。

「ツッ君は勘がいいのよ、きっと。タッ君の良い所を見つけちゃったのかもしれないわ」

「本能で自分にとって良い存在か悪い存在かを見極めるってか? おいおい、オイラはヤクザだぜ。町を護るためとはいえ平気で暴力振るう暴れん坊だぞ?」

「タッ君が社会のはみ出し者でも、ツッ君はわかってるのよ。ホントは優しい人だって」

「まァ、ガキの勘は侮れねーっちゃ侮れねーがな……っつーか家光のバカは何してんだ?」

 次郎長は怒りの矛先を家光に向けた。

 彼は多忙な上に内外に敵を作りやすい役職らしいが、だからといって年に数回程度しか家に戻らないのもいかがなものか。それ以前に沢田家の身の安全を第一に考えるべきではないか。

(……いや、それともオイラがいるから大丈夫とでも判断したか)

 奈々が住んでる並盛は次郎長率いる溝鼠組の縄張りであり、並盛の住人は彼に加え雲雀尚弥という強大な権力の庇護下で平和な暮らしをしている。裏社会の勢力が介入・干渉しようものなら全力で次郎長が跳ね除けるため、町の〝裏の治安〟は非常に良好だ。

 もしかしたら家光は、次郎長が奈々の身を案じて沢田家に介入することを想定していたのかもしれない。〝大侠客の泥水次郎長〟という強大な抑止力が機能しているからこそ、次郎長に不在時の沢田家を託した可能性も否定できないのだ。

「ハァ……それでもアレで愛妻家とかぬかしたら一発ぶん殴るか」

「どうしたの?」

「いいや、ただの独り言だ………しっかし世の中不思議だな、おめーらの新居が昔のオイラの家なんざ……これも奇縁ってやつかねェ」

「ええ、ホント驚いたわ! それもキレイな割にとっても安かったの」

「そりゃあ前の入居者が極道(オイラ)だからな、ぶっちゃけ訳あり物件だろ」

 襟巻を引っ張って遊ぶツナを撫で、次郎長はリビングを見る。

 5年以上も前に捨てたはずの家に、恩人(なな)が家庭を持って住むというまさかの展開。この偶然にさすがの次郎長も驚いたものだった。

「おじさん、これなに?」

「あ?」

 ふと、ツナに声を掛けられた。

 それに反応した次郎長はツナの方に顔を向けると、何とツナが次郎長の刀に興味を示していた。

「あーあー、ソイツはおめーが持っていいモンじゃねーよ。オイラの得物は(あぶ)ねーんだから」

「あぶないの?」

「うっかり触ると(いて)ェ目に遭うからな、気ィつけろよ。あとオイラはおじさんじゃねーよ、おめーの母ちゃんと同い年だから」

「おじさん、ママといっしょ?」

「一緒だよ、年齢はな。だからオイラはおじさんじゃねーって」

 おじさん呼ばわりするツナを注意する次郎長。しかしツナは治す気が全く無いのか、次郎長のことをずっとおじさん呼ばわりしている。

「ジロチョーおじさん、ママとおともだち?」

「……もういいよ、おじさんで」

「えへへ、ぼくのかち!」

 折れたのは次郎長だった。

 成長して学生になってもおじさん呼ばわりされるんだろうなと呑気に思いつつも、次郎長はツナの質問に答えた。

「……オイラは昔、奈々に世話になってな。その縁で今もこうして交友関係を続けているって訳でい」

「じゃあ、ママとなかよしなんだね!!」

「結論から言うとそうだな。まァおかげで、こうしておめーとも仲良くさせてもらってるわけだが……」

 次郎長はそう言うと立ち上がり、刀を腰に差した。

「あら? どうしたの?」

「知り合いに呼ばれててな、そろそろ時間でい。お(いとま)させてもらうぜ」

 次郎長は草鞋(わらじ)を履いて玄関を開ける。

「タッ君」

「……何でい」

「これからも、ツッ君のこと頼んでもいいかしら?」

「……しゃあねーな、わかったよ。これも恩返しの一環だ」

 次郎長はそう言い捨てながら、手を振って沢田家を後にした。

 

 

           *

 

 

 昼頃、雲雀家。

 溝鼠組の屋敷に匹敵する程の大きな屋敷の縁側で、次郎長と尚弥は酒を酌み交わしていた。

「……で、わざわざオイラを呼んだ理由は? 再戦か」

「それもいいけど、本題は違うからね」

 昼間からお猪口(ちょこ)に注いだ日本酒を煽りながら尚弥に訊く次郎長。

 尚弥は再戦の機会を望んでいることを示唆しつつ、自分で作ったカルパッチョを口にして次郎長にある紙を見せた。

「……これは?」

「公安委員会のトッ……知り合いから貰った、関東集英会の武器の密輸リスト。こういうのは君に向いた仕事だろう」

「守秘義務はどうした公安」

 一瞬だけとんでもない言葉を言おうとした尚弥。彼はどうやら公安委員会のトップと関係があり、日本裏社会の一大勢力である関東集英会の武器の密輸リストを手に入れたようだ。

 色々とツッコミ所が満載だが、そもそも雲雀家が君臨するこの並盛は、どういう訳か銃刀法――正式名称は銃砲刀剣類所持等取締法――の規制が緩い様な一面があったり極道組織がいるのにもかかわらず警察官が中々来なかったりと、日本の法律が通用するのかどうか怪しい点が多い。雲雀家の権力が公安委員会を超えると理解する以外は無いだろう。

「この武器が並盛に流れ、チンピラ達の手に渡ると面倒だ。君は魔死呂威組とは親戚縁組の関係だろう? 彼らも動かして早く解決してくれないかな」

「………おいちょっと待て、何でおめーが魔死呂威組のことを知ってんだ!? 話した覚えなんかねーぞ!?」

「僕は僕の知りたい時に知りたい情報を得られるのさ」

「……おめーがカタギでよかったよ」

 尚弥の権力の大きさを改めて知り、つい本音を漏らす次郎長。万が一にも雲雀家が極道だったら、いくら喧嘩すれば敵無しの次郎長でも権力という面では太刀打ちできないだろう。

 すると、襖を開けて一人の男の子が現れた。その男の子は尚弥譲りの容姿であり、眼差しも妙に鋭い。

「……アレ、お前のガキ?」

「一人息子の(きょう)()だよ」

「恭弥か……父親そっくりだな」

 尚弥の一人息子・雲雀恭弥が現れ、次郎長にとてとてと近寄る。

 そして次郎長の体や服装、髪の毛、頬の傷、傍に置いた刀などを注視しながら第一声を放った。

「――きみ、つよい?」

「……(つえ)ェからこの町の王者なんだが」

 第一声が次郎長の強さを知りたいという趣旨。

 あまりにも意外な質問にきょとんとするも、次郎長は己の力を誇示するかのように不敵な笑みを浮かべた。

「オイラはこの町の頂点に立つヤクザ者・泥水次郎長だ」

「ヤクザ? やっぱりつよいの?」

「そりゃあそうさ、喧嘩一筋で成り上がり大所帯になったんだからな。今じゃあ構成員110名を従える大親分――」

「ぼく、むれる人キライ!」

「……?」

 突然「群れる人間は嫌いだ」と叫び、むすっとした顔で睨む恭弥。そんな彼を次郎長は鋭い眼差しで見据える。

「むれているのはみんな弱い! でもきみはつよいのにむれてる! そんなのおかしい!」

 弱い人間程群れを成して行動する。弱いばかりに群れを成す。真の強者こそ孤高の存在であるべき。そう主張する恭弥に耳を傾ける次郎長。

 それと共に、彼の脳裏に奈々の言葉がよぎった。

 

 ――タッ君の悪いところよ! 自分一人で全部背負って……そんなに私や皆が信用できない人なの!?

 

「恭弥………オイラは、群れることで色々と学んだんでい」

「!」

「群れねーからこそ出来ないことがあり、群れるからこそ成し得ることもある。――そこに強さなんざ関係ねェ」

 次郎長は学生時代、とんでもない暴れん坊であると同時に常に孤独だった。朝から晩まで喧嘩をして並盛中に悪名を轟かした青春時代、自分の喧嘩に無関係の人間が巻き込まれるのを嫌った彼は、「壁」を作って常に他人と距離を置いていた。

 だがその次郎長が作った「壁」を超えてそれを(たしな)めたのは、他でもない奈々だった。彼女は次郎長の何人にも頼ろうとせず追いかえして頂点に立つ生き方を、子分という群れを成し頼れる存在を持って頂点に立つ生き方に変えさせるきっかけを与えた。

 子分を持ち群れることで、次郎長は誰かに頼ることの大切さ・誰かと繋がることの大切さを知り、どんなに強くても人間である以上一人では生きていけないことを悟った。一方で群れは「群がる」という状況にしてはよくないということ、集団という群れを率いるには秩序が必要だということも知った。

 次郎長の「生き方を変えるきっかけ」を与えたことを奈々が特別意識したわけではないだろうが、彼女によって次郎長は誕生し、次郎長に人間関係を持つ大切さを教えたのだ。

「……群れようが群れまいが、んなこたァどうでもいい。自分(てめー)自身の強さを誇示するために群れを率いることもあれば、ただ単に弱さを隠すために群れることもあらァ。おめーはどうなんだ、恭弥」

「……ぼくは、むれずに父さんときみをこえる!」

「! ――オイラと尚弥をか?」

「ダメとはいわせないよ!」

「ククク……ああ、無駄とは言わねェ。全ての人間には無限の可能性を持ってるからな」

 次郎長は笑う。

 すると、恭弥の(まぶた)が少しずつ落ち始め欠伸(あくび)をするようになり始めた。どうやら眠くなったようだ。

「――お(ねむ)の時間かな? おいで、恭弥」

「うん……」

 恭弥は尚弥(ちちおや)に抱きつくと、そのままぐっすり眠ってしまった。

 尚弥は穏やかに微笑みながら恭弥の頭を優しく撫でており、次郎長は並盛最大にして最高の権力を持つ男の意外な一面を垣間見ることができた。

「僕はもうこの子を風紀委員長にさせるつもりだよ。あと10年経てば、僕の後を継いで君と肩を並べる存在になるよ……次郎長」

「……隠居でもする気か?」

「まさか。恭弥が全権を委任できる程の強者になっても僕がこの町の秩序だ、まだまだ現役でいるさ」

 尚弥は恭弥(むすこ)の将来を期待し、目を細めた。

 

 

           *

 

 

 沢田家と雲雀家を訪れた後、帰路につく次郎長。

 しかし溝鼠組の屋敷の門が視界に入ったその時、異変に気づいた。

「おい、何を揉めてやがらァ」

『オジキ!!!』

 勝男達が揉めているところに介入する次郎長。

 その相手はどう見てもカタギとは思えない見た目であり、極道関係者であることがすぐにわかった。

「オジキ! こいつらは(うえ)()(ばち)(いっ)()の連中でっせ!!」

(植木蜂一家……え? マジで? 嘘でしょ!?)

 次郎長は冷や汗を流した。

 植木蜂一家は、銀魂において溝鼠組と商売で対立していたヤクザ勢力だ。組長が次郎長の古い友人であるだけでなく、次郎長の離縁した妻の実家でもあり、後に看板を畳んで紅花農園を営むようになった。その上植木蜂一家にはあの椿(ちん)(ぴら)()がいた極道組織だ、彼女との対面もあり得る。

 まさか植木蜂一家まで存在していたとは思わなかったのか、顔が引きつり始めている。

「……で、その植木蜂一家が一体何の用でい」

「実は……」

 ヤクザの一人が、怒りと悲しみで体を震わせながら説明した。

 植木蜂一家は、とある商談に乗ってイタリアのマフィアと交渉しに横浜のある倉庫に向かったという。しかし倉庫に着いた途端マフィア達は一斉に銃口を向け、無慈悲に乱射したのだ。騙し討ちである。

 この騙し討ちで一家の組長をはじめとした幹部格は全滅し、数人の若衆(わかしゅ)と組長の娘が生き残った。しかし植木蜂一家は完全に没落したため、ヤクザ界からも足を洗ってカタギになり、看板を畳まざるを得ない状況に追い込まれた。

 そこで次郎長率いる溝鼠組の評判を聞き、(わら)にも(すが)る思いで頼ったという訳なのだ。

「つまり、イタリアの親戚と交渉しようとしたら騙し討ちに遭ったって訳なんや」

極道(オイラたち)と違ってマフィア者は徹底した秘密組織だからな。素性を掴めないのも仕方ねェ……それで、本題は?」

「あ、ああ………この子をどうか助けてほしい!」

 植木蜂一家の面々が一斉に頭を下げると、一人の少女を連れてきた。その少女はオレンジ色の髪の毛が特徴で、どこか見覚えのある顔であった。

()(なか)(ぴら)()……組長(オヤジ)の形見です」

「この子をあんたに託したいんだ、次郎長。落ちぶれたわしらではこの子を幸せにできん」

(ああ、やっぱりね……)

 次郎長はついに諦めにも似た表情を浮かべた。

 成り代わっているキャラの実の娘が、血は繋がってなくとも邂逅を果たした。これもまた奇縁――いや、もはや運命の領域かもしれない。

「それと、こんなことをあんたに言うのも何だが……どうか――」

「仇を代わりに取ってくれと? おめーさんらの問題をオイラがやらなきゃならねーのか」

「っ……本来ならわしらでやりたいが、もう植木蜂一家は滅んじまったんだ……!」

 騙し討ちで組を潰され、残された植木蜂一家の若衆。その数も少なく、武装したマフィアを相手に敵討ちをするにはあまりにも役不足だ。

 今の植木蜂一家の残党では、敵討ちを仕掛けても返り討ちに遭い、一兵卒に至るまで息の根を止められるだろう。

「――選択肢をやる」

「選択肢……?」

「オイラの子分として新しい極道人生を歩むか、カタギとして裏の世界と絶縁して生きるか……おめーらが今ここで決めな。オイラがおめーらと同じ立場だったら、前者を選ぶがな」

 次郎長は選択肢を与えつつも、子分として受け入れようとする姿勢を見せる。

 ヤクザの世界とマフィアの世界は、似ているようで全く異なる。ヤクザの世界では「カタギに手を出してはならない」という暗黙の了解があり、元ヤクザであってもそれは例外ではない。現在はカタギに迷惑をかけないように活動するヤクザ勢力は少なくなっているようだが、それでもカタギに迷惑をかけないことを信条とするヤクザはいる。一方、マフィアの世界では〝沈黙の掟(オメルタ)〟というマフィアの十戒とも呼ばれる(やく)(じょう)がある。これに反して秘密を暴露した場合は激しい制裁が加えられ、それは一般住民にも厳守が求められるのだ。

 次郎長は裏の世界から足を洗っても手を出す連中がいることを理解している。だからこそ、選択肢を与えつつも自分の子分となった方が身の安全は保障できると遠回しに勧めているのだ。

「……どうなんでい?」

「……次郎長、わしらをあんたの子分にしてくれ!」

「……いいのかい? オイラ達は他勢力の介入・干渉を跳ね除けてきてるから前以上に抗争が多くなるかもしれねーぜ」

「オヤジの形見を護り切るのが、残されたわしらの通すべき仁義! 次郎長親分(・・)、この恩は決して忘れないっ!!」

 

 

 こうして、溝鼠組に新たな子分が加わった。

 後に植木蜂一家の組長の形見である野中平子は、溝鼠組最凶の特攻隊長として裏社会に名を轟かすようになる。




ピラ子、ついに登場!

ピラ子と次郎長の間には血縁はありません。ですので、次郎長は原作と違ってオヤジではなくオジキ呼ばわりです。
強さは……まァ、設定が出来次第公開します。

ツッ君と恭弥は原作開始時になれば、次郎長とスゴイ絡ませる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的14:黒ずくめの組織は全員悪人(アウトレイジ)とは限らない

今回はまさかの接触です。



 〝沈黙の掟(オメルタ)〟。

 シチリアのマフィアのメンバーは、いかなることがあっても組織の秘密を守ることが求められる。組織とその秘密を守るために誓約されるこの掟を破った者は、本人は勿論のこと家族まで抹殺されることになる。そしてこの世界には、マフィア界でも恐れられる危険かつ謎の「掟の番人」が存在する。

 その名は――

 

 

           *

 

 

「ハァ……中々元締めに会えねェな。マフィアだから期待したんだがなァ……」

 とある倉庫で、次郎長は溜め息を吐いていた。彼の周囲には血塗れになった無数の黒スーツの男達が壊滅状態で無惨に密集している。

 先日尚弥から関東集英会の武器の密輸リストを頂いた次郎長は、早速行動に移し情報を集め、取引が行われるであろう場所に殴り込み、向かってくる敵をボコボコにしつつその密輸ルートを探していた。密輸ルートを探し出して元締めを潰せば、並盛や同盟関係の魔死呂威組の縄張りで抗争が起こる確率が減るだけでなく敵対勢力の牽制も可能と考えたからである。

 しかしいざ殴りこんで大暴れしてみたものの、脅しても口を割らない連中である上に肝心の関東集英会(ひょうてき)に関係する人間がいなかったため情報は全く得ることができない。ただ敵対勢力を潰し続けるだけであり、ついには――元々は公安委員会の資料なのだが――尚弥が渡した武器の密輸リストの真偽すら疑う程になった。

(俺がどっかズレた解釈をしてんのか? ……いや、情報が洩れてるのか?)

 情報の漏洩は予測不能の危機を呼ぶ。

 もしかしたら、次郎長の行動とその目的が何者かの手により相手に伝わっていて、殴りこむ前に取引を終わらせるかマフィア達を足止め役にさせトンズラしてるのかもしれない。

「……仕方ねェ、他を当たるか」

 踵を返そうとした、その時――

 

 ジャラララララ!!

 

「っ!?」

 突如として現れた無数の鎖。それらは次郎長を避け、彼がのしてきたマフィア達に巻き付いた。

 鎖が出てきた方へ振り向くと、真っ黒い炎の中から顔も手も全て包帯で覆いシルクハットを被った黒服姿の三人組が現れ鎖を握っていた。

(――何だありゃあ……ヤバそうなのが出てきたな。あの包帯軍団もマフィア関係の連中なのか?)

『……』

 黒服を身に纏った三人組から醸し出される得体の知れない雰囲気に、次郎長は冷や汗を流す。

 万が一に備えいつでも迎撃できるよう居合の構えを取り、腰を落として三人組を睨むが、そんな次郎長などまるで無視するかのように鎖を引っ張ってマフィア達を引きずって行く。

「!? てめーら、何のマネ――」

「罪人を牢獄に連行していくだけさ。泥水次郎長」

 その声と共に現れたのは、右目を包帯の下からのぞかせる黒服姿の人物と透明のおしゃぶりを胸から下げている二頭身の赤ん坊姿の人物。先程の三人組はマフィア達を真っ黒い炎の中へと引きずり込むと、そのまま炎ごと姿を消した。

 そんな光景にさすがの次郎長も度肝を抜かれる。

「真っ黒い炎から人間が出てくるなんざ初めて見たぜ……世の中広いな、オイラがいる世界は想像以上に小せェってかい」

「それは当然さ、そもそも僕達は君の業界とは縁が無いからね」

「成程ね……」

 次郎長は二人に敵意は無いと判断したのか、居合の構えをやめてポーチに手を伸ばし、中から煙管を取り出す。

「……で、おめーさん達はオイラに用があるみてーだが、用があるんなら名前ぐれー教えてくれよ。ああ、話の流れでわかっちゃいるだろうが、オイラが溝鼠組組長〝大侠客の泥水次郎長〟でい」

「僕達は〝復讐者(ヴィンディチェ)〟……法で裁けぬ者を裁く、マフィア界の掟の番人だ」

「マフィア界の掟の番人……?」

「そう。そして僕はバミューダ・フォン・ヴェッケンシュタインだ」

「……私はイェーガーだ」

 それぞれ名を名乗り、挨拶をする。

 次郎長は火皿に刻み煙草を詰めて火を灯し、吸い口を咥えて紫煙を燻らせながら含み笑いする。

「ああ……成程ね、マフィア(そっち)界隈の裁判官みてェな連中ってことかい」

「裁判官か……まあ、遠からずも近からずってところかな」

「? そらァどういうことでい、番人ってのァそういうモンじゃ――」

「それを貴様に教える義理は無い」

 バミューダの意味深な返答に再度問おうとするが、イェーガーが殺気を飛ばして凄んだ。

 地肌を無数のナイフで突き刺すかのような鋭い殺気を浴びつつも、次郎長は一切怯まないどころか顔色一つ変えずに両者を見据えるが……。

「……じゃあ、そういうことにしといてやらァ」

 訊くだけ野暮だと判断し、それ以上の追及はやめた。

(今の殺気を浴びても顔色一つ変えないか……)

 イェーガーは復讐者(ヴィンディチェ)のリーダー格であり、バミューダを除けば復讐者(ヴィンディチェ)最強の男。そんな彼から放たれた殺気を浴びれば、歴戦のマフィアでも顔を青ざめ腰を抜かす。

 だが次郎長は怯まなかった。汗一つ流さず、余裕もあった。そんな彼にバミューダは興味を持った。

「それで、もう一回訊くがオイラに何の用でい。マフィアの掟の番人がこの次郎長に接触を図ったのは、理由ぐれーあるんだろ?」

 次郎長は、バミューダとイェーガーに尋ねる。

 するとバミューダは、あまりにも意外な言葉を口にした。

「率直に言おう………次郎長。僕らと協定を結ばないかい?」

 突然の協定の勧誘。

 次郎長は眉間にしわを寄せ、バミューダとイェーガーを見据えながら笑みを浮かべた。

「フッフッフ……何でい、藪から棒に。オイラと手ェ組む理由(わけ)はあんのかい?」

「そうだね……じゃあ、まずはこの世界の裏事情から説明しよう」

 バミューダは語りだす。

 マフィア創始期からいる〝復讐者(ヴィンディチェ)〟は、掟に背いた者を鎖で拘束し、鉄壁と言われる牢獄へ連れて行く。彼らもまた掟に忠実であり、掟に準じて行動を起こしマフィア達とかかわる。だが裏を返せば、掟に準じているがゆえにマフィア以外の勢力への干渉は中々できないということでもある。

 マフィアの掟とは関係ない裏の勢力は、次郎長のような日本の裏社会勢力「暴力団(ヤクザ)」、中国語圏で犯罪活動する「チャイニーズマフィア」、闇市場のブローカーから手を広げたという「ロシアンマフィア」、マフィアとは別のイタリア系犯罪組織「コーサ・ノストラ」など、案外多かったりする。マフィア界の掟の通じない勢力がうまく線引きをされていると、〝復讐者(ヴィンディチェ)〟でも手を出しにくいという訳だ。

「……要はオイラにそのマフィア界の掟が通じねーバカ共をおめーさん達に代わって取り締まれと?」

「その通り。君と繋がっておくとそういう中間領域(グレーゾーン)の対処ができ、種を摘むことができる」

「じゃあ訊くが、てめーらと手ェ組んだところで何になる? 別にオイラじゃなくてもいいだろうが」

「君さ、コヨーテ・ヌガーの義手を斬り落としたそうだね」

 バミューダの言葉に、次郎長は目を見開く。

 だが相手はマフィアの掟の番人だ。ボンゴレとかいうマフィアと接触したことなど知られていても何もおかしくない。そう考え、次郎長は「だからどうした」と一蹴するが……。

「君は〝ボンゴレファミリー〟がどういう組織か知らないのかい?」

「ああ、マフィアってこと以外はこれっぽっちもな」

 次郎長がそう返答した途端、バミューダはクスクスと笑い始めた。

 怪訝な表情を浮かべる次郎長は、無言で見据える。

「君は面白い人間だよ。何も知らずに他人様の義手を斬り落とすのかい?」

「…………脅しただけでい、ヤクザ者がマフィア者にナメられちゃあ面子が立たねーんだよ」

「その間は何かな?」

「やかましい」

 次郎長は煙管の火皿の灰を落とす。

「泥水次郎長……ボンゴレファミリーは1万近い組織を傘下に置くイタリア最大のマフィアであり、コヨーテ・ヌガーはボンゴレファミリー9代目〝ボンゴレⅨ世(ノーノ)〟の守護者だ。貴様が今まで相手取ってきた者達とは格が違う」

「数が多けりゃいいって訳じゃあるめェ、デケー組織ってのは末端が腐りやすいモンよ……で、その守護者ってのァ何だ?」

「守護者はそのファミリーの大幹部のことさ。そんな男の腕を抜き身も見せず斬り落としたとなれば、良くも悪くも誰もが興味を持つ。ちなみに君の噂はすでにマフィア界全体に知れ渡っているよ」

 極東の島国の地方都市に根を張る程度の無法者が、イタリア最大のマフィアの幹部の片腕――厳密に言うと義手――をすれ違いざまに抜き身も見せず斬り落とした。

 マフィア界の人間ならば誰もが耳を疑うような情報が流れれば、否が応でも次郎長(とうじしゃ)に注目するようになり、次郎長を警戒する者・恐れる者が現れれば次郎長を手中に収めたい者・手駒にしたい者も現れる。次郎長を狙いに定め多くのマフィアが並盛に向かってくれば、大規模な抗争もあり得るだろう。

「大切なナワバリを血の海にするのは嫌だろう?」

「……仮に手を組んだとしても、オイラをいいように使いてェだけにしか聞こえねーぞ」

「言っただろう次郎長、これは僕達と君との協定だ。わざわざ上下関係なんか求めたりしないよ。もし君が僕達と協定を結んでくれたら、出来る限りの協力をしよう……いいように使いたいと思ってはいるけどね」

「おい、本音ダダ漏れじゃねーか」

 バミューダの余計な一言に、額に青筋を浮かべる次郎長。包み隠さず言い放つバミューダには、清々しさすら感じる。

「……オイラに何の利益がある」

「一番の得は情報さ。この国の外の「裏の情報」は君の耳には入りづらいだろう? 掟の番人という立場上、裏の世界のあらゆる情報を入手できる」

「……その対価が溝鼠組(オイラたち)の力か。(わり)ィ話じゃなさそうだが、オイラの並盛(シマ)に手ェ出さねーのが絶対条件でい」

「無理だね」

「……どういうこった」

 バミューダの返答に、次郎長は目を細める。

「この国にはジョット君の子孫がいる。子孫がいる以上、敵対勢力の介入・干渉は免れない……血を流し合うこともね」

「ジョット? ソイツは誰だ」

「君がよく知る人物のご先祖様……ということだけは教えとくよ。それで、どうなんだい?」

 バミューダは包帯の下で笑みを浮かべる。それに対し、次郎長は――

「……いいぜ。オイラは並盛さえ護れればそれでいい」

「協定成立だね。これから頼むよ」

 バミューダはそう言うと先程の真っ黒い炎を生み出し、イェーガーを連れて姿を消した。

 そしてその様子を、鉄の帽子を被った仮面の男が見下ろしていた……。

 

 

           *

 

 

 数日後。

 次郎長は川平のおじさんと偶然鉢合わせた室武――平賀源外と一緒に中華料理屋「楽々軒」でラーメンを食べていた。ちなみに次郎長と源外はチャーシュー麺で川平のおじさんは普通の醤油ラーメンである。

「川平、源外のじいさん。おめェさん達はスープまで飲む派?」

「勿論、全部残さず」

「ったりめーだろ、世の中にゃスープ一杯飲めねーガキ共がいるんだぞ」

「奇遇だな、オイラもでい。ごちそうさまでした」

 スープを飲み干し、煙管を取り出す次郎長。

 川平のおじさんは「健康に悪いよ」と――一応まだ二十代である――次郎長に注意するが、逆に「朝昼晩ラーメン生活のてめェが言うな」とブーメランを返されてしまい、呆気なく沈黙してしまう。口喧嘩は次郎長(ヤクザ)が一枚上手のようであり、そのやり取りを見ていた源外は豪快に笑い飛ばした。

「この町も随分と治安が良くなったじゃねェか」

「桃巨会もその辺のドグサレ共も全部排除した結果でい。この町の裏を統べる王者はオイラ一人……それ以外の支配者はいらねェよ」

 口角を上げ、煙管を吹かす次郎長。

 するとここで、川平のおじさんはあることを次郎長に訊いた。

「次郎長。もしもの話だが……君は組長をやめたらどうする?」

「随分と先の話だな、川平。オイラが何歳の頃だと思ってんでい」

「別にいいじゃないか、もしもの話なんだから」

「勝男に組長の座を譲ったらか……」

 次郎長は煙管を咥えたまま、天井を見つめながら口を開いた。

 隠居した後はこれといって考えてはいないが、世界を見て回ったりヤクザ以外の仕事をしてみたりと、足を洗うことまではせずともやってみたいと思ったことがあればすぐにでもやろうと思ってはいるという。

「ヤクザ以外の仕事、ね……」

「何言ってやがる、どう見てもカタギの面じゃねェだろおめェ」

「うるせェ、やるかじじい。――まァ(わけ)ェモンに組を譲ったら御役御免になるのは事実であり未来でもあるかもな……もっとも、そん時ゃそん時だがな」

 灰皿に火皿の灰を落とし、金を払って席を立ち店を出た。源外も金を払い次郎長に続く。

 一人残された川平のおじさんはラーメンを啜りつつ、周りの人間には一度も見せたことの無い不敵な笑みを浮かべていた。

(……次郎長、その御役御免(もしも)の時が来たら君にも任せてもらうからね)

 

 ――私から見れば、君は次期アルコバレーノの候補として申し分ないのだから。

 

 次郎長は川平のおじさんに目をつけられているなど、知る由もない。




ストーリーが進む度に次郎長の人外ぶりに拍車が……。(笑)

感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的15:大侠客の土曜日

 並盛最大の極道組織「溝鼠組」は〝大侠客〟の異名を持つ泥水次郎長を組長とし、日本裏社会ではその名を知らぬ者はいない程の知名度と力を有するヤクザ勢力だ。

 しかしその一方で、彼らの日常に関してはごく普通の一般家庭と何ら変わりはない。むしろそれ以上の騒々しさと愉快さに満ちてたりする。その騒々しさと愉快さは朝っぱらからフルスロットルである。

 

 ――カンカンカンカンカンカン!!

 

「てめーら起きろー。朝飯だぞー」

 片手鍋をおたまで叩き続け、甲高い金属音を撒き散らしながら廊下を闊歩する割烹着姿の次郎長。

 目を擦る者や欠伸をする者、抵抗するかのように布団に潜り込む者など、反応は子分様々。この日は土曜日であるため、余計に起きたくないのか動作が全体的に遅い。

「う~ん……」

「あ~……」

「もう少し寝かせてくれへんのか、オジキィ……」

「言い訳は土曜日って単語以外で言うんだな。それとあと五秒以内に起きねーと無条件で勝男が殴り飛ばされ池ポチャにされる」

「はっ、早う起きんかい野郎共ォォォォォォ!!!」

 次郎長の理不尽な宣告に、勝男は絶叫と共に起床。

 外まで聞こえそうな程の大音量の関西弁に、さすがにびっくりしたのか全員が一斉に飛び起きた。朝っぱらからあの殺人的な威力を誇る次郎長の拳骨を喰らい、その勢いで鯉を放し飼いにしている庭の池に落とされるのは御免だろう。

「土曜日だからって遅くまで寝てるんじゃねェ。生活リズム整えねーと身体壊しちまうぞ」

 寝癖も直せよ、と一言付け足して次郎長は大広間へと向かう。

 子分一同は未だ寝ぼけているが、ふと次郎長の腰を見た瞬間、一気に目が覚めることになる。

(何で帯刀!?)

 次郎長は万が一起きなかった場合、抜刀して恫喝する気だったのだろうか――勝男ら子分一同はその考えで満場一致したのか、一斉に顔を引きつらせたのだった。

 

 

 大広間の机の上に並ぶ朝食を口に運ぶ。

 ご飯に味噌汁、目玉焼きとほうれん草のおひたし、そして緑茶――普通(カタギ)の家庭でも見られる献立が、全員分用意されている。これを毎日全て次郎長一人で用意できたというのだから驚きだ。

 並盛の裏社会の頂点に立つ男は喧嘩の腕っ節も断トツだが、家事のスキルも断トツのようだ。人は見かけによらぬものである。

「オジキ~、おいし~!」

「そりゃあ結構だ」

 ご飯をかき込むピラ子こと野中平子の頭を撫でる次郎長。

 次郎長とピラ子の間には一切の血縁関係が無いのだが、その仲睦まじい様子は父親と娘という父子家庭の日常の光景。勝男達も思わず顔が綻んでしまう。

「……オジキって、ホンマはオカンやないか?」

「ヤクザ界の保父さん?」

「今誰だ保父っつったの。オイラは天下の次郎長親分だぞ、ガキの尻に敷かれて――」

「オジキ、おかわり!」

「ったく、育ち盛りなんだから」

『思いっきり尻に敷かれてる!!!』

 勝男達の指摘を次郎長は否定するが、やはりというべきか何だかんだピラ子に甘い。父親は娘に弱いというが、次郎長もどうやら一人前の親バカになりつつあるようだ。

「それにしても、家事のスキルの高さは意外でしたよ」

「授業はテキトーに受けてたが家庭科だけは奈々に教えられた甲斐もあって中高ずっと5だったからな。家事は得意だと自分でも思ってらァ」

「奈々の(ねえ)さん半端ねェ……」

「さすがオジキの恩人や……」

 ある意味想像通りだが、次郎長の意外な能力の背後に奈々が存在していた。次郎長は組の中で一人暮らしの期間が一番長かったのもスキルの高さの要因だろうが、おそらく炊事だけでなく洗濯や掃除も奈々から教わっている可能性もあり、今でも顔を出しては彼女から教わっているのかもしれない。

 子分達は改めて奈々という女の影響力の強さを認識した。主婦を侮ってはいけない。

「飯食い終わったら風呂掃除と洗濯だからな」

『へい!』

 

 

           *

 

 

 お昼時。

 昼食のうどんを食い終えた頃、彼は現れた。

「ふざけんじゃねェ。尚弥てめェ、カタギの立場だからって図に乗りすぎじゃねーか?」

「やかましいよ正露丸。この町の秩序である僕に逆らうなら、暴対法と僕の機嫌を損ねた罪でこの場で咬み砕くよ?」

「いい年した大人がそんな細けーことで一々ゴネてんじゃねェ。つーか法律で恫喝するんじゃねーよ、何様のつもりだバカ野郎」

「ヤクザに言われたくないね」

 溝鼠組の屋敷の正門前で揉める次郎長と尚弥。さすがに得物を構えて大喧嘩になるような感じではないようだが、一触即発の空気に誰も仲裁に入れない。むしろ仲裁に入ったら二人に袋叩きにされそうだ。

 そんな危険な緊張状態を影で子分達は覗いていた。

「尚弥の奴……オジキと何で揉めてんだ?」

「何でも、風紀委員会の活動費らしいっすよ」

 この並盛町で絶大な権力を持つ風紀委員会だが、その組織と体制を維持するために莫大な額の活動費を徴収している。尚弥が株をやっているという話もあるが、並盛で流れる金の大半は溝鼠組か風紀委員会と言われている。

 溝鼠組は基本的には的屋運営や請負業などといったヤクザ勢力でも古典的なシノギだが、風紀委員会は並盛の表の頂点でありながらショバ代を徴収したり公共機関から上納金を得ていたりする。しかもこれが並盛の伝統らしく、風紀委員会の経済活動に関して勝男は「アレは普通ヤクザがやってることやで、普通は」と言わしめている程なので、厄介さに関しては風紀委員会の方が上かもしれない。

風紀委員会(てめーら)に金払うのはいい、それがこの町の伝統だからな………だからっつって何でオイラんトコだけこんなに(たけ)ェんだよ! すぐ用意できるがさすがに50万はおかしいだろ!?」

「へェ……用意はできるんだね」

「ったりめーだろ、この次郎長に抜かりはねェ。だが払う額は前回同様30万だからな」

(20万もプラスされてた!?)

 もはやカモにされているレベルの問題になっている。

 普通に考えれば30万は結構な額のはずだが、それをポンと出せるのだから溝鼠組の資産は相当なのだろう。そもそも溝鼠組の総資産は次郎長(くみちょう)勝男(わかがしら)しか知らないため、古株も含むと言えど(わか)(しゅ)が初耳なのは当然なのだが。

「……おめェ、この町でトップレベルの資産持ってるからってオイラをカモにしてるな」

「本当なら君からもっと搾り取りたいんだけどね……ヤクザはそれなりの力を持ってくれないと困るんだ」

 尚弥としては自らの支配力を完全なものにするため、次郎長の力を削ごうと考えているのが本音だ。

 しかし次郎長が力を示威して町の治安維持に貢献しているのも事実であり、裏社会の人間による介入・干渉を風紀委員会よりも先に動いて防いでいる事も多い。行政や公共機関、所轄の交番ですら手中に収めた彼でも、次郎長の力を下手に削ぐと取り返しのつかないことになる可能性が万が一にもある。

「僕はかつて、この並盛(まち)の表社会だけでなく裏社会の頂点も狙いに定めていた。しかしそれは君によって阻止され、それどころか君が並盛の裏社会の頂点に立ち、王者として君臨した。ガラ空きのはずの王座(イス)に座ろうとした途端に君に取られたのさ」

「……尚弥、おめェ………」

「でも、仕方ないとも思った。君が座るなら文句は無いよ……だから次郎長――」

「改めて認めてやるからって払えとか言うなよ」

「……ちっ」

「て、てめェ……!」

 次郎長の額に青筋が浮かび上がる。

 雰囲気的に騙せると思ってたのか、尚弥は舌打ちをして顔を歪めている。立場上カタギでありながらヤクザより質の悪い野郎である。

「――今度妙なマネしたら二度と払わねーからな。カタギでも筋通さねェ野郎はぶん殴るぞ」

「君にうるさく言われる程腐ってなんかいないよ……でもどんな王でも秩序には従う。それがこの世の摂理だよ」

 次郎長は苛立ちを隠さず子分を呼び出し、金を用意させたのだった。

 

 

 風紀委員会の活動費で尚弥と揉めてから三時間後、次郎長は夕飯の買い出しに向かった。

 隣町の黒曜のスーパーマーケットも品揃えがいいのだが、時間が時間なので並盛商店街で買い物をした次郎長。今日の夕飯のメニューは鍋料理だと決めており、30分程で全ての買い物を終えた。

 その帰り道、彼は例の二人と鉢合わせした。

「フッ……平和な町だな、ヤクザの男とカタギの母子家庭が仲良く談笑しているなんざ」

「タッ君が頑張ってる証拠でしょ? ヤンチャな人も仲良く笑ってくれるなんて中々できないことだもの」

(ちげ)ェねーな」

 ツナと手を繋ぐ奈々の横で笑みを浮かべる次郎長。ヤクザと一般人がこうして仲良く買い物できるのは、ある意味治外法権に近いこの並盛ならではの光景といえよう。

「……で、家光の野郎はどこ行ってやがる」

「最近新規事業で金鉱を掘ってるらしいの!」

(金鉱……どうせ嘘だろうな)

 家光がマフィア関係者であることを知る次郎長は、溜め息を吐く。

 度々沢田家を訪れる次郎長だが、やはり奈々は家光を心配しており不安にもなることもあるという。そんな彼女に対して何も言わないで笑ってごまかす家光に次郎長は正直腹を立てている。プロポーズの時に包み隠さずありのままを言ってくれるかと思えば、マフィアという単語は出してもどういう仕事をしてるのかまでは言わず丸め込んだのだから。

「それにしても金鉱か……今時の企業舎弟はアクティブだな。一体(いってェ)どこだ?」

「北極点よ♪」

(そんな情報を真に受けているのか!?)

 奈々の返事を聞き、次郎長は唖然とした。確かに「北極圏は天然資源が眠る場所としても注目されている」という話は次郎長もニュースで耳にしたことがある。だが北極圏に鉱山があるという情報は一度たりとも聞いたことがない。もしかしたら秘密裏に見つけているという可能性もあるだろうが……。

(いや待てよ……ボンゴレファミリーってのがバミューダ達の言う通りのとんでもなくデカイ組織なら、鉱山事業の主導権を握っている可能性もある。ボンゴレが企業舎弟で莫大な収益を得ているとすれば……)

 考えれば考える程、ボンゴレファミリーの資金源が謎に満ちていく。

 それにしても、奈々はあんな虚言疑惑付きの中途半端過ぎる夫の言葉をよく信じたものだ。これで今まで詐欺の被害に遭わなかったのが不思議である。

「ったく、家光もちったァ電話対応じゃないのにしろってんでい」

「いつも忙しくて中々帰れそうにないのよ……タッ君も家光さんの気持ちを汲み取ってね?」

「まァ、そうは言うがよう……」

「あ、そういえばタッ君には一人娘がいるんでしょ?」

「……何で知ってんだ!?」

 さりげなく爆弾発言を投下した奈々に、次郎長は動揺した。

 一人娘は当然ピラ子のことだが、実を言うとそのことは子分達(みうち)以外には誰も言っていない。

「じゃあ、やっぱりあの子なのね! この前公園で勝男君と遊んでたから、まさかと思ってたけど!」

「勝男か……」

 次郎長は一週間程前に勝男にピラ子の面倒を見るよう頼んだことを思い出し、思わず指先で額を押さえた。

 ピラ子の初めての友達がツナであるのは次郎長としても今後の付き合いを考えればありがたいが、ある意味で知られると厄介な家庭(ところ)に知られたような気がしてならない。これで相性が良くなってツナとピラ子が万が一にも……という流れになると、ヤクザとしての活動にも影響が出るだろう。ツナと奈々に十分配慮して付き合う必要がありそうだ。

「家光さんも喜ぶわ、ツッ君の初めての友達が女の子だなんて!」

(いや、ウチの組の幹部になる娘なんだが……)

 ツナの初めての友達が極道の娘というのは、普通に考えればヤバイ状況だろう。

 母親(なな)と手を繋いでいる人見知りな彼も数年経てば小学生なので、今後の学校生活が色々と心配だ。早く普通(カタギ)の友達を持ってほしいものだ。

「あとで会わせてくれないかしら? きっとツッ君も喜ぶわ!」

「……まァ、近い内にな。じゃあオイラは買い物も終えたからここいらで」

「ええ♪ ツッ君、おじさんに挨拶は?」

「えっと………おじさん、またね」

「おめェもおじさん呼ばわりかよ……じゃあな」

 次郎長は赤い襟巻をなびかせ、奈々とツナと別れて帰路につくのだった。

 

 

           *

 

 

 その夜。

 夕食を終えてそれぞれが自由に過ごす頃、次郎長は自室でテレビをつけてニュースを見ていた。

《警察庁組織犯罪対策部は「広域指定暴力団の関東集英会と的屋系暴力団の溝鼠組の対立は明確であり、大規模な抗争もあり得る」という見解を発表し、引き続き調査をして厳戒態勢を敷くことを検討する模様です》

「……お(まわ)りさんも頑張ってるねェ」

 テレビを見ながら(きょう)(そく)に肘をかけ、煙管(キセル)をふかす次郎長。

 ニュース番組では、司会の草野(くさの)仁義(ひとよし)が元極道関係者である(パン)()(ぐみ)元組長のコメンテーター・井上に話を降った。

《元極道関係者として井上さん、関東集英会と溝鼠組は今後どうなるのでしょうか?》

《関東集英会は極道社会でも黒い噂が絶えない勢力だからねェ。恐らく溝鼠組が動いたのは自分達の縄張りを害するような経済活動をしていたからだろう》

 井上曰く、次郎長は愛郷心が深い男であるので自分の縄張りで汚い商売をするのが彼の逆鱗に触れたからではないかと指摘した。

 関東集英会のシノギの稼ぎ方は違法薬物の密売・武器の密輸・売春の斡旋が主体であり、資金活動は海外にも進出しているという。井上の推測だと、関東集英会は主としたシノギを溝鼠組の縄張りでも行う気で、次郎長がそれを看破したため対立するようになったということになる。

 そしてその推測は、正解であった。

(まァ厳密に言えば予防策という訳だが、井上の読みはあながち間違っちゃいねェな)

《自分のナワバリの統治に悪影響が出るという理由で動いたわけですね?》

《そうなるねェ……これが両勢力の傘下団体・同盟団体も連動するようになるとめっちゃヤバイ事になる。だがやみくもに抗争して無駄な被害が出るのは双方本意ではないはずだ、幕引き自体は案外早い方かもしれないねェ》

「……」

 次郎長はテレビのリモコンに手を伸ばし、電源を切る。

 そして火皿の灰を灰皿に落とし、再び刻み煙草(タバコ)を詰める。

今の戦力で(・・・・・)抗争は面倒だな……だが先人達は戦わずして相手に勝ったことがある。関東集英会(れんちゅう)を制すりゃこっちのモンだ)

 次郎長は含み笑いを浮かべ、煙管の吸い口を咥え煙を口に含んだ。




次回から急展開です。
あんなキャラやこんなキャラを出して盛り上げていこうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

関東集英会編
標的16:抗争勃発?


 裏社会における勢力争い――抗争事件は、いつ表面化するかわからない。

 ましてやヤクザ同士の対立抗争は、一度発生すると一回限りではなく数次にわたって反覆(はんぷく)敢行されるという特徴があり、一般住民(カタギ)が巻き添えになるような事もあるため大きな社会不安を引き起こしてしまう。

 そんな世間を震撼させる抗争事件は、並盛でも起きようとしていた。

 

 

「……おいおい、大丈夫かありゃあ」

 買い物帰りの次郎長は心配そうな表情で呟いた。なぜなら彼の目の前にはトラックが事故を起こしていて、しかも溝鼠組の屋敷の壁に衝突しているからだ。

 現場周辺には無数の野次馬ができ、風紀委員会や並盛駐在の警察官が事故の捜査を行っている。よく見れば勝男達もおり、騒然としている。

「お~い、てめーら無事か」

『オジキ!!』

 次郎長の帰宅に、勝男達子分は駆け寄る。

 見た感じこれといったケガはしておらず、全員大事には至ってないようだ。

「随分と派手にやったなァ……運転手の方は大丈夫なのか?」

「そ、それが……わしらが気づいて駆けつけた頃には、運転席におらんかった」

 勝男達曰く、次郎長が買い物で不在中にそれは起こったという。

 大広間で今度の縁日で出す屋台の新メニューを考えていた最中に外から轟音が響き、慌てて駆けつけたところトラックが突っ込んでいて壁を大破していた。事故と思って運転手を救出するべく運転席を覗いたら、本来乗っているはずの運転手が忽然と姿を消していた……という訳だ。

「オジキ、こりゃあ一体……」

「ああ……関東集英会の連中、マジでカンカンなんだな。ついに手ェ出してきやがった」

「……というと?」

「要は脅してんだよ。オイラが連中を嗅ぎ回ってることが相当頭に来てるようだな。これがレベル(ワン)だとすりゃあ……レベル(ツー)で屋敷に銃弾をぶち込んで、レベル(スリー)で計画練ってオイラか勝男を襲撃って感じだな」

 肝心の運転手がいないということは、運転手の正体が勝男達にバレるとマズイということ――つまり運転手は極道関係者で、対立が激しいと世間で見なされている関東集英会の組員だとも解釈できる。

 ゆえに次郎長はトラックが突っ込んだ今回の一件を、本当の事故ではなくカチコミだと判断した。

「ちょ……それって抗争やないかオジキ!?」

「だから言ったろ、連中はカンカンなんだってよ……てめーら、会議開くぞ。こっちも手ェ打たねェとカタギ巻き込んじまう」

『お、おっす!』

 次郎長は現場を風紀委員会と警察官――恐らく尚弥の息がかかっている者達――に任せ、屋敷へ入ろうとする。

 すると、そこへ一人の美人女性が報道陣を引き連れ現れた。

「あ、あの! 溝鼠組組長の泥水次郎長さんですね?」

「ん? ああそうだが……おい勝男、これ受けた方がいいか?」

「そこはオジキに任せます」

「じゃあ受けよ。昔インタビュー受けてみたかったんだよ。あ、これ台所に置いといて」

 次郎長は買い物袋を勝男に渡すと、報道陣のインタビューに対応した。

「ハイパーニュースの(はな)()です。今回のトラック事故について、先程カチコミであると判断していましたが?」

「運転手いないからな……まァここ最近の雰囲気だと関東集英会が関与してると疑って当然だな」

「では、抗争の可能性は高いと?」

「そこは何とも言えねェ……だが溝鼠組(ウチ)関東集英会(あいて)が本気で()り合えば業界は大混乱に陥る。どっかの組がマズイと思って仲裁が入る可能性もあらァ」

 次郎長は踵を返し、正門をくぐっていく。

「あ、ちょっと!? まだインタビューは――」

「オイラにも言えることに限りがあんだ、全部話す義理はねェ。おめーさん達も気をつけな……ジャーナリスト魂を優先するのも結構だが、あんまり首突っ込んで(いて)ェ目に遭ってもオイラは責任取れねェぞ」

 次郎長は花野達に忠告すると、景谷達にサインを送って門を閉じさせた。

 

 

           *

 

 

 関東集英会。

 日本有数の一大勢力とも言われる東日本最大のヤクザ勢力で、構成員は二次団体を含めて総勢5600人という巨大組織。公安委員会から広域指定暴力団かつ主要暴力団として位置づけられ、その勢力範囲は関東以北の1都7県に及ぶ。最近は海外組織ともビジネス相手として関わっており、国際的な犯罪組織としても知られているという。

「……俺達が調べてわかってるのは、これくらいです」

「ご苦労だったな、それぐらいわかればいい。あとはウチらの出方を考えるとすらァ」

 子分を労い、紫煙を吐き出す次郎長はテレビを見る。

 テレビをつければワイドショーで速報として流れ、コメンテーター達が抗争事件が近い内に起こるであろうと不安感を煽っている。しかもチャンネルを変えても同じことをやっているというのが腹立たしい。

「ったく、まだ行動に移してねェのに一々煽るなっての……オイラが決めることだってのになんで決めつけんだ」

「全くや! これだからテレビは信用できん!」

「オジキはまだ何もしとらんのに、勝手にゴチャゴチャ言いやがって……!」

 次郎長の呆れた呟きに同調する子分達。

 その直後、次郎長の携帯が鳴り響いた。尚弥からだった。

「尚弥か? どうした」

《君の家に突っ込んだトラックの運転手を逮捕してね、その身元がわかったんだ》

 その言葉に、次郎長は目を細める。

 現場から逃走した運転手を逮捕したのはさすが風紀委員会である。そして運転手の身元がわかったということは、相手が何者かであることや事故が起こった原因が把握できたということであり、公安に手を回して情報を貰ったのだろう。

 次郎長は大方の予測はしていたが、念の為に尚弥を質した。

「……何者だったんだ」

(ひさ)()(のり)()……関東集英会の組員さ。君も予想していただろうけどね》

「そうか……っつーことは、カチコミ目的か」

《……残念ながらそこだけは黙秘しているよ。だが彼らは間違いなく君達を目障りに思っているはずだよ。僕もカチコミだと思ってるし、警告の意味合いもあるだろう》

 尚弥もまた、次郎長と同じ推測だった。

 関東集英会はトラックを屋敷にぶつけることで溝鼠組に対し「これ以上シノギの稼ぎを妨害するなら必ず潰す」という意味を込めて〝言葉無き脅迫〟をしたのだ。ここで引かねば、恐らく総力を持って潰しにかかるだろう。

 極道組織の最大の強みは組織力。敵対する組の構成員に宣戦布告してしまうと組織全体を敵に回すことになり、個々人単位で勝てたとしても組織に勝つことは難しい。関東集英会は次郎長がそれを理解していること前提でトラックをぶつけたのだろう。

 とはいえ、ヤクザ同士の抗争は結果がどうなろうと双方疲弊するケースが多く、抗争に費やした額も莫大なものとなり場合によっては共倒れになる危険性もある。関東集英会側も、恐ろしく喧嘩の強い次郎長と正面から衝突(ケンカ)するのは避けたがるはずだ。

《君はどう出るつもりかな? 僕はすでに動いているんだけど》

「おめェも首突っ込むのか?」

《今は情報収集と警備の強化ってところだね。並盛で抗争は御免だよ》

「ああ……オイラもでい。並盛を戦場にはさせねェ」

 次郎長はそう言い、尚弥との通話を終えた。

「オジキ……」

「尚弥がこの件に首を突っ込むようだ。オイラも尚弥も、腹ん中は同じらしい」

 次郎長も尚弥も、並盛を護るため・並盛が戦場にならないために手を尽くしている。この件は極道同士の問題だが、抗争が表面化すれば民間人への被害が拡大してしまい、最悪の場合も起こり得る。それだけは何としても回避しなくてはならない。

 その気持ちは、子分達も同じだ。

(さて、これからどう動くとするか……)

 次郎長がそう考えた時、再び携帯が鳴った。

 電話の相手は、下愚蔵だ。

「……アンタ、どうした急に」

《次郎長、関東集英会の連中と揉めたらしいな? 近頃の(わけ)ェ野郎は金勘定ばかりしくさっとる腑抜けばかりやったが、お前のようなヤクザらしい奴がまだいるとはな……ガハハハハハ!!》

「冗談キツイぜ、オイラは今それどころじゃねーんだぞ……」

 豪快に笑い飛ばす下愚蔵に呆れる次郎長。親戚縁組であるため巻き込まれる可能性があるというのに随分と呑気だ。もしかしてやる気なのか。

「――で、電話寄越した理由は何なんでい」

《ああ……実は蒼竜組がお前らの件の手打ちを申し出やがった》

 次郎長はその報せを聞き、目を細めた。

 ヤクザの世界は闘争自決主義――お互いに決定的な争いは避け、自らのことは自らの手で解決を図るという考え方がある。そこで全面戦争となるのを避けるべく、ヤクザ社会独特の儀式「手打ち盃」を行うことによって、対立抗争を水に流し和解する。この手打ち盃は組織対組織の対立抗争に限らず、個人間の喧嘩においても行われる。

 その仲裁人として蒼竜組が申し出たのだが、次郎長は不審に思っている。そもそも蒼竜組は次郎長がヤクザ稼業を始める前――不良時代に奈々の件で揉めたことがあり、ヤクザにとって大事な面子を潰されたことがある。そのことを忘れているわけがなく、次郎長を助けるマネをして何か得があるのか。

(借りを作るには不釣り合い……そうなると、共謀してオイラの首を狙うのが現実的か?)

 次郎長は関東集英会の武器密輸のルートを潰そうとしている。こそこそ嗅ぎ回ってる溝鼠(じろちょう)は、彼らにとってはさぞかし目障りな存在だろう。しかも手打ちは本来、双方の抗争のバランスがとれた時期を見図らってやるもの――次郎長がこれからどうしようかというときに手打ちの話が出るのは妙だ。

「……手打ちには応じらァ。当事者が出てきたらな」

《どういうことだ?》

「トラックで突っ込んできた(あん)ちゃん抜きでケジメをつけるのは、筋が通らねェ。そいつが戻ってからの話にしたい……だからこう伝えてくれ。「手打ちには応じるが、それは肝心の運転手が戻ってきてからの話だ」って」

《……ああ、わかった》

 

 

           *

 

 

 数十分後、東京にある関東集英会本部ビルの最上階では関東集英会会長と幹部達が集っていた。

「会長。次郎長は手打ちには応じるそうですが……久木の野郎が釈放されてからにしろと」

「……何だと?」

「アイツ、逮捕されてからずっと黙秘してたそうで。次郎長の奴はそれを公安と繋がってる知人から聞いたそうです。黙秘された以上、ただの事故だったのかカチコミなのかを確かめたいんでしょう」

 幹部から次郎長の返答を聞き、眉間にしわを寄せる会長。

「クソッタレが! あのバカ、何でカチコミやって言わなかった!?」

「仕方ないだろう! 下手に漏らすとこっちの計画もバレちまうんだぞ?」

 苛立ちを隠せない幹部達。

 そう、関東集英会は最初(ハナ)から和解する気などない。手打ちの機会を利用して次郎長を葬ることが真の目的だったのだ。

「会長、どうしやす?」

「金をとっとと用意しろ、野郎に時間を与えるな」

「か、金を? 何の金でっか?」

「保釈金に決まっとるやろうが。次郎長の奴、わしらが首取ろうとしてることに勘づいとるかもしれん。すぐにでも手打ちの準備をせい」

 静かに、かつドスの利いた声で命令する会長に一同は動揺する。

 次郎長が自分達の騙し討ちに勘づいているのかもしれない――トラックを突っ込ませたとはいえ、関東集英会の目論見を察している可能性があることに息を呑む。

「し……しかしお言葉ですが会長」

「何だ」

「次郎長は化け物みたいに強いっちゅー噂が後を絶たねェ奴ですぜ。格下だからって甘く見てると――」

「関係ないねェ」

 次郎長への警戒を促す幹部の言葉を否定する声が上がる。

 声の主は、白鞘の刀を携え緑色の服を纏い、灰色がかったリーゼントに近い髪型の男だった。サングラスをかけているが目は閉じているため盲目の身のようだが、彼から放たれる危険な雰囲気は嫌でも感じ取れてしまう。

「岡田……!」

「どんだけ強くても一太刀で沈めればいいじゃないか。その次郎長って男を()る時は俺に任せなよ……なァに、すぐに終わるさ」

 

 

 同時刻――ボンゴレファミリー門外顧問機関「CEDEF(チェデフ)」本部では、家光が仕事を区切らせ休憩していた。

 ボスの権力を分散するために組織されたとされるこの機関は「ボンゴレであってボンゴレでない者」と言われ、諜報活動を行いつつ非常時においてはボスに次ぐ権限を発動できるのだが、やはりトップがトップ。たまに家光に振り回されることもある。

 そして今回も――

《平和な日本で、血が流れるかもしれません》

「ん?」

《関東全域を拠点とする広域指定暴力団「関東集英会」と並盛町を拠点とする的屋系暴力団「溝鼠組」の対立が深まり、抗争となれば民間人への甚大な被害が生じる可能性が高いとされています。関東集英会は国際的な犯罪組織であり――》

「え……ええええええ!?」

 家光はこの日一番の大声を上げた。

 愛する妻と息子が暮らす平和な町で、まさかの抗争勃発の可能性――いつもはぐうたらでいい加減な性格の家光も、さすがに目が覚めた。

「ど、どういうことだ!? 何やってんだ次郎長!?」

 ヤクザの抗争は拳銃や刀を主に使用するとされている。しかし近年はより殺傷力の大きい散弾銃や自動小銃、手榴弾やダイナマイトなどの爆発物を使用するケースが増えてきており、民間人や警察官の死傷者も出やすい状況となっているそうだ。

 もし奈々とツナが巻き込まれたら、家光は大切な存在を失い二度と手に入れることができなくなる。しかもそうなったらボンゴレとしても致命的で、現ボスの9代目の後継者候補達に万が一の場合が起こったらツナまで候補者に入る可能性がある以上、組織の存続にも悪影響だ。

 家族の為、ボンゴレの為……家光は立ち上がった。

「おい! 急用ができた、暫く留守を頼む!!」

「はい!? え、何でいきなり……わかりましたが、どこへ?」

「日本だ! 今回は帰省じゃない、抗争を止めに行く!」

「え!? 抗争!?」

 荷物をまとめ、CEDEF(チェデフ)本部を出て家光は空港を目指す。

 向かう先は、無論並盛だ。




感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的17:手打ちという名の騙し討ち

国試受けてて投稿が少し遅れました。


 並盛の裏を牛耳る溝鼠組の屋敷にある次郎長の自室。

 そこでは二人の男が揉めていた。

「次郎長、どういうことだ!? 抗争なんて初耳だぞ!!」

「オイラに言うな。向こうから喧嘩売ってきたんだ、抗争勃発も時間の問題になるのは当然だろ。まァオイラ達ヤクザはマフィア者よりは紳士的よ、街中でやるのはそんなにねーから家にこもって窓から離れりゃあ安全だ」

「そういう問題じゃない!!」

 至って冷静に語る次郎長に対し、彼の愛用の赤い襟巻を掴んで叫ぶ家光。

 妻と息子が棲む平和な町なのに、まさかの抗争勃発の可能性が出てきたとなれば、当然の反応ではある。

「次郎長、お前ホント何やってんの!? 一体何をしでかしたんだ!?」

「何でオイラがやらかしたこと前提なんでい。んなこたァてめーにゃ関係ねーだろうが……と言いてーが、お前には見せた方がいいな」

 次郎長は懐から一枚の紙を取り出し、家光に見せた。

「これは……?」

「関東集英会の武器の密輸リストだ、見てみろ」

 家光は怪訝な表情で目を通す。

 ゆっくりと目を動かして黙読していると、段々と彼の顔が強張っていき顔色もどこか悪くなっていく。

「じ、次郎長……これは本当か……?」

「尚弥は公安にまで顔が知られている……そいつからもらったんだ。公安の持ってる資料の丸コピだから本当に決まってんだろ」

 武器のリストには何が書かれていたのか。

 当然密輸するのだから、銃火器である。密輸する銃火器と言えば大抵は拳銃――それもフィリピンやアメリカなどの諸国で製造された代物だ。最近では散弾銃や自動小銃、機関銃などの連射可能である銃火器も密輸されており、ヤクザの武装化が一段と進展している。次郎長のように刀を振るうヤクザは少数派なのだ。

 さて、肝心の武器の密輸リストの方だが……何と項目の中に対戦車兵器用ロケットランチャーや手榴弾があったのだ。マフィア界でも武器の密輸はよくある話で、日本よりも銃火器の規制が緩いため機関銃を仕入れるファミリーも多々ある。だが銃火器の規制が厳しい日本に対戦車兵器用ロケットランチャーや手榴弾が横流しにされてるのは家光も初めて知った。

 さすがの彼も、動揺は隠せないようだ。

「戦争でもする気なのか!?」

「おめーの業界にとっちゃそうでもねーだろ」

「そ、それは……」

 次郎長の指摘に遠い目をする家光。

 マフィア界で武器の密輸なんて可愛い方だ。人体実験を平然としでかすファミリーも多い上に、抗争で非人道的兵器を用いることもある。日本では対戦車兵器用ロケットランチャーや手榴弾はあり得ない状況だが、マフィア界の方がもっとあり得ないのが多い。

「だが心配する必要はない、すぐに片が付く。つい先日手打ちの話が出たからな」

 次郎長は座ると脇息に肘をかけ、煙管を取り出し火皿に刻み煙草を詰めるとマッチで火を点ける。

「……何だ、和解するのか?」

「何言ってやがる、どう考えても騙し討ちに決まってるだろ」

「は!?」

「てめーの脳味噌は筋肉で出来上がってんのか? オイラは連中の武器密輸ルートを探ろうと嗅ぎ回ってんだ、邪魔者になるのは当然だ。それに出る杭は打たれる……オイラの(タマ)ァ取るのは手打ちの時以外にはねーさ」

 紫煙を燻らせる次郎長の爆弾発言に絶句する家光。

 騙し討ちに遭うとわかっていながら、次郎長は相手の懐に飛び込もうとしているのだ。家光自身も無茶をすることは多く、ときには騙されることもあるが、騙し討ちに遭うこと前提で相手の懐に飛び込むような行動(バカ)はしていない。

 次郎長には何か考えがあるのか。それとも余程のバカなのか。

「まァ、向こうには応じるって答えちまったんだ……オイラはただ腹ァ括って返り討ちにするだけよ」

「いや、その手打ちとやらは俺も同行する!」

「あ?」

 家光の手打ち参加に次郎長は首を傾げる。

 これはヤクザ間の問題であり、マフィア界の人間である家光は関係ないはずだ。なぜ介入するのか、次郎長は質した。

「おめェ……どういう風の吹き回しでい」

「少し気になるのがあってな……ここを見てくれ」

 家光は次郎長の隣に座り、例のリストのある項目に指を差した。

 その項目には、日本語ではない言語で何かが書かれているではないか。

「……高卒には読めん。翻訳しろ育児放棄野郎、そしてそのままツナに嫌われちまえ」

「だ、誰が育児放棄だ!! 俺は愛妻家のイイ男なんだぞっ!!」

「親父としての役目果たせてねーのによく言うぜ、奈々に恩義こそあれどこっちも暇じゃねーんだ。おかげで奈々の育児手伝う破目になってツナは随分とオイラに懐いちまった」

「ファッ!?」

「その内「家光(おめェ)は血縁があるだけの野郎だ」とか言い張るんじゃねーか? ガキなんざかかあが居ればどうにかなるとか思ってるだろ、おめェ」

 衝撃のカミングアウトに、家光はポカンと口を開きっぱなしになる。

 愛しの一人息子が、奈々の友人かつ元同級生とはいえヤクザに懐いているのだ。実の父親としての面目丸潰れである。

「――まァそんなこたァどうでもいい、これはどう書いてあんだ」

「あ、ああ………こいつはイタリア語で〝特殊弾〟って書いてある」

「〝特殊弾〟?」

 家光曰く、特殊弾とはマフィアのファミリーに伝統的に伝わる特殊な効果を持った弾丸で、撃たれた者は弾丸の種類によって様々な効果を得られるという。その効果は人体に直接影響し、戦闘能力を飛躍的に向上させることも容易だという。

 ただし中には「禁弾」とされている特殊弾もあり、それらは相性・使用法・製造方法などの問題から非道すぎるとして製造法も弾自体も葬られる代物もあるという。

「おめーが気になったのは、その特殊弾とやらの正体か」

「ああ、もし禁弾とされてる特殊弾ならば処分しなきゃならん。そういう仕事も俺の本職だしな」

「……ただのフロント企業のトップじゃねェのか? おめーさんは」

「……俺はボンゴレの門外顧問だ、ファミリーに属しながらも独立した諜報機関としてやらなきゃならないのさ」

 次郎長は目を細め、口に含んだ煙を吐き出す。

「……手打ちの日は一週間後だ」

「!」

「別にオイラ一人でも返り討ちにできるからどうでもいいと思ってたが……おめーも特殊弾とやらの絡みで用ができたんだろ? だったら一緒に来い」

「お前……」

「利害が一致してるなら、手ェ組んだ方が得だろ? そういうこった、とっとと帰れ」

 刀に手を伸ばす次郎長に家光は苦笑いしつつも、「ありがとな、親分」と一言礼を言って屋敷を出た。

 その直後、庭の方に黒い炎が突如として燃え広がり彼ら(・・)が現れた。

「やあ、ジロチョウ」

「バミューダ……?」

 現れたのは、次郎長が協定を結んだ組織〝復讐者(ヴィンディチェ)〟の長――バミューダだった。相変わらずイェーガーの肩に乗っている。

「……(わり)ィが茶は出せねーぞ」

「用件はすぐに済むさ………ボンゴレの門外顧問が中々出て行かなくならないから、僕の手で追い払おうと思っちゃったけどね」

「へーへー、さいですか。それで用件は?」

 次郎長が用件を訊くと、イェーガーが封筒を渡した。

 それを手に取り中を確認すると、日本語で書かれた書類が入っていた。

「一週間後に武器の闇取引がこの国で行われる。その取引に関与する全ての組織を潰してもらう」

「わざわざ日本語に訳してありがてーこった。どっかのバカにおめーさんらの包帯を煎じて飲ましてやりてェ」

 イェーガーの説明を聞いた次郎長は笑うが、ふと気づいた。

「……一週間後? ちょっと待て、それホントか?」

「ウソなら僕がわざわざ来るとでも?」

「だよなァ……」

 一週間後といえば、次郎長が関東集英会との手打ちが行われる日。

 それと全く同じ日に、闇取引が行われる。それもマフィア界の掟の番人であるバミューダ達が依頼する程の案件ということは、マフィア界の掟を犯した連中だけじゃなくバミューダ達が手を出せない勢力――〝沈黙の掟(オメルタ)〟の無い勢力も関与しているということだ。

 おそらく、その闇取引は関東集英会も関与しているだろう。

「〝沈黙の掟(オメルタ)〟に反した行動で、武器の闇取引………家光がさっき言ってた特殊弾ってやつか?」

「……そこまで知ってるのか」

「おめーさんらと協定を結んでんだ、マフィア界(そっち)の知識は多少覚えなきゃヤベーだろ? 特殊弾も組織の秘密の一つっぺーし、家光がさっき教えちゃったし」

 家光の話では、特殊弾はイタリアのマフィアのファミリーに伝わる弾丸。そんな代物がマフィア以外の勢力に渡ったら、この世界における「裏の秩序」の崩壊に繋がるだろう。

 バミューダ達〝復讐者(ヴィンディチェ)〟は掟に則り法で裁けぬ者を裁くゆえ、掟の対象外である無法者を裁くことはできない。だが裁くことはできずとも陰で暗躍し動かすことはできるので、次郎長に掟の対象外である無法者の排除を任せるという訳である。

「……オイラのやり方でやらせてもらうが、それぐれーいいよな?」

「特殊弾が連中の手に渡らなければ、それに越したことはないからね」

 バミューダはそう言い残し、イェーガーと共に姿を消した。

 次郎長は二人を見届けると、煙管の火皿にある灰を落とした。

 

 

           *

 

 

 一週間後、関東集英会本部にて。

「よう来てくれたなァ、吉田辰巳組長……」

「今は泥水次郎長で通ってるんだが……オイラの本名知ってるなんざ(てェ)した情報網じゃねーか」

「関東集英会は東日本の覇者だ、それぐらい造作もねーさ」

 パンチパーマでサングラスをかけた巨漢――関東集英会の会長が、次郎長を見据える。

 広間には多くの幹部が揃い、仲裁役の蒼竜組もいる。それに対して次郎長一人となると、違和感バリバリである。

「それじゃあ、手打ちと行こうやないか」

「おっと、その前に答えを聞こう。オイラが手打ちに応じた条件はちゃんと理解してるよな?」

「ああ……」

 そう、次郎長は手打ちに応じる条件としてトラックを突っ込ませた運転手との面会を要求した。関東集英会もそれを承諾し、運転手役の久木を呼んだのだ。

「おめーか、オイラの屋敷にトラックを突っ込ませたのは」

「……」

「黙秘かい。じゃあ無言の肯定ってことにしとくよ」

 次郎長は溜め息を吐きながら、現れた久木を見つめる。久木は無表情のまま一言も喋らず、次郎長に質されても頷くことすらしない。

 しかし関東集英会の面々は、そんな彼の態度を咎める者はいない。

「……じゃあ訊くが、何であそこで事故った(・・・・・・・・・・)?」

「それは……こういうことです!」

 久木は懐から拳銃を取り出し、銃口を次郎長の額に向けた。

 だが、反応は次郎長の方が速かった。久木が拳銃を取り出した瞬間、次郎長は座ったまま居合で銃を破壊した。

「射程に(へェ)っちまえばこっちのモンだぜ」

「クソ……何してるてめーら!? 早く殺せ!!」

 会長の慌てぶりに計画(あんさつ)が失敗したことを察したのか、次々に幹部達が拳銃を構える。だが別の方向から襖を破る音と共に銃声が連続して響き、幹部達の拳銃を全て弾いた。

 撃ったのは、家光だ。

「次郎長……こいつらは俺に任せてもらう」

「おめー、結構やるじゃねーか。1cm(センチ)見直したぜ」

「い、1cm(センチ)見直した……!?」

「な、何者だ!?」

「別に名乗る程じゃないが、お前達が今日行う取引に用があるんでな。場所はもうわかった、取引相手を吐いてもらおうか」

 家光の言葉に、顔色を変え汗だくになる会長。

 実は手打ちが執り行われるこの一週間の間に、次郎長は――バミューダ達のことを伏せて――家光に手打ちの日に行われる闇取引の情報を提供したのだ。家光は即座に国際電話で部下達に指示して場所を特定することに成功し、その情報を次郎長に送った。

 あとは手打ちと称した騙し討ちを仕掛けた関東集英会を潰し、取引場所に乗り込むだけだ。

「だ、誰が教え――」

「俺は躊躇しないぞ」

 拳銃の銃口を会長のこめかみに押し付ける家光。

 彼の纏う空気はまさしく歴戦のマフィアそのものであり、次郎長は顔に出さないが内心驚いていた。

「い、いいさ。こっちにゃ取って置きの手駒が残っているからなァ」

 それを合図に襖が斬り刻まれ、男が姿を現した。

 男の正体は、次郎長が――吉田辰巳がよく知る人物であった。

「盲目の身でありながら居合を駆使し、どんな獲物も一撃必殺で仕留める殺しの達人……(おか)()()(ぞう)こと岡田(じょう)。〝人斬り似蔵〟と恐れられる男だ」

(……え、マジで? こんなバカなことがあっていいのか!?)

 次郎長は唖然とした。

 岡田似蔵は銀魂の世界において、銀河系最大の犯罪シンジケート「宇宙海賊春雨」と並ぶ最大の敵組織の一つ「鬼兵隊」の構成員。若い頃に病気で視力を失った代わりに嗅覚・聴覚・勘が人一倍発達しており、攘夷浪士〝人斬り似蔵〟として恐れられていた。

 こちらの世界では、どうやら極道の人斬りとして用心棒や暗殺業を生業としているようだ。

「やあ、アンタが泥水次郎長かい」

「おめーさん……また(・・)やってんのか……」

「「?」」

 次郎長の謎の呟きに、家光と似蔵は眉間にしわを寄せる。

 そんな中、会長は似蔵に命令した。

「似蔵、ソイツら二人を叩き斬れ!! 取引のことまで知られた以上は口封じしなきゃならねェ!!」

「……家光。おめーは先に取引の場所へ行け」

「次郎長!?」

「元はといえばヤクザ間の問題だ、ヤクザ者がケツをマフィア者に拭かれると面子が立たねェ。オイラが片ァつける」

「……わかった」

 家光は次郎長を置いて先を急ぐ。

 それを見た会長は幹部達に彼を追うよう命令する。広間に残されたのは、次郎長と似蔵、そして会長の三名だけとなる。

「似蔵……言っとくがオイラも十八番(オハコ)は居合でい。オイラはすでにてめーの間合いに(へェ)ってるだろうが、それはお互い様だぜ」

「そうかい……じゃあやっぱり当たりのようだねェ」

「当たりは当たりでも、(わり)ィ意味の当たりだぜ?」

「ククク……そうでもないさね」

 互いに含み笑いを浮かべ、殺気立つ。

 次郎長と似蔵――居合の達人同士の死闘が始まろうとしていた。




似蔵を出したんですが……新井さん、何やってくれてんでい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的18:〝死ぬ気弾〟

 辺りに肌を刺すビリビリとした圧迫感が漂う中で行われる、次郎長と似蔵による真剣勝負。

 次郎長が刀の柄を握ると、似蔵は口を開いた。

「……楽しませてくれよ?」

「生憎だが、オイラは遊ぶ気なんざ最初(ハナ)からねェ」

 互いに挨拶代わりの一言を言った直後、目にも止まらぬ速さで斬りかかり、激しく(けん)(じん)をぶつけた。常人ではあまりにも速すぎて、全てを視認できない程の剣戟を繰り広げる。

 しかし、押されていたのは似蔵の方であった。似蔵は若い頃に病気で失明して以来、その穴を埋めようと他の感覚が鋭くなり、嗅覚・聴覚・勘が人一倍鋭くなった。だがその鋭くなった他の感覚を狂わせるような戦法で次郎長は猛攻を続けたのだ。

 刀だけではなく鞘も振るい、時々蹴りも見舞う――どの流派の戦い方でもない、ましてや暗殺術でもない、ただ眼前の敵を翻弄して倒す喧嘩殺法についていくのがやっとだった。

「喧嘩でオイラに勝てると思ってんのか?」

「……喧嘩じゃない、殺し合いだ!」

 似蔵はそう叫び、足払いをして次郎長を転倒させる。

 すかさず受け身を取り、距離を取る次郎長。だがその瞬間、次郎長に刀を構えていない一瞬の隙が生じた。

 それを狙ってたかのように似蔵は笑みを溢し、一度納刀して一気に間合いを詰め……。

 

 ザシュッ!

 

「ぐっ……!!」

 似蔵は得意の居合で次郎長の左肩を深々と斬った。

 斬られた左肩を押さえながら次郎長は大きく舌打ち、即座に似蔵を殺気に満ちた目で睨みつける。睨まれた似蔵は嫌らしい笑みを浮かべる。

「ククク……さすがは人斬り似蔵だ。奴が手負いとなれば勝負は決まったも同然だ、あとはゆっくりと高みの見物でも――」

「悪いねェ、旦那……俺にはそんな余裕がないみてェだ、あの男は今までで一番手強い野郎だよ」

 会長は機嫌良く口を開き似蔵を一瞥したが、その目に驚愕の光景が飛び込む。

 似蔵の額に刀傷が刻まれており、血が流れていたのだ。言葉通り彼の顔に苦痛が浮かび、余裕の笑みが引きつった笑みに変わっていた。

 会長は似蔵を高い金を払って用心棒として雇って以来、一度も血を流すところを見たことがない。似蔵が得意の居合で一太刀で始末し続けたのもあるが、何より似蔵の強さは常軌を逸していた――だからこそ、抗争や要人暗殺では彼に任せてきた。

 その似蔵が初めて血を流し、苦しみを初めて見せた。それだけで次郎長の脅威がどれ程かを理解し、思わず後退った。

「……悪いが、さっさと逃げてくれるかね」

 似蔵の言葉から会長は次郎長に脅威を感じ、顔を青ざめながらその場を逃げていった。

「……おや? 追わないのかい?」

「オイラの敵はおめェだ。それにアイツの方は尚弥がどうにかするだろうよ……尚弥は公安と繋がってるからな」

 次郎長にとって、今は関東集英会などどうでもよかった。ただ、目の前の敵を野放しにするのは危険だという考えで頭の中はいっぱいなのだ。

 今回の一件で関東集英会は崩壊するのは明白だが、問題はその後だ。関東一帯を牛耳っていた大組織が崩壊すれば、その後釜を狙うかのように多くの無法者共が暴れ始める。その中の誰かが、今目の前にいる危険な人斬りを雇えばどうなるかなど想像に難くない。

「しかし……やっぱりアンタは最高だ、俺の居合で倒れなかったのはアンタが初めてだよ」

「ったりめーだ、その程度で倒れる(やわ)な男だったら大侠客だの並盛の王者だのと呼ばれねーんだよ」

「……」

「……ボチボチ頃合いだ。これ以上遊ぶのは疲れるから、そろそろ決着(ケリ)つけようや」

 次郎長はそう言いながら刀を鞘に収め、深く腰を沈めた。

 その刹那、似蔵が次郎長のすぐ隣を異常な速度で駆け抜けた。

「油断しすぎたねェ……」

「――て、め……!」

 似蔵は微笑んだ。手応えを感じない程の速さで斬ったのだから。

「おや、ちと速すぎたかね――」

「……な~んてな。確かに今のが入ってたら()られてたかもな」

「っ!?」

 似蔵は我が耳を疑った。

 次郎長は確かに斬り捨てたと思っていた。なのに、なぜ生きているのか。

(バッ……バカな! 確かに奴を斬ったはず!)

 疑問と焦燥に駆られ、すぐさま刀を抜く。

 そして似蔵は気づいた。己の刀に……刀身が無くなっていることに。

(まっ、まさか……!!)

 次郎長は似蔵の抜刀術を上回る速さで、しかも気づかれることなく刀身を弾き飛ばしていた。

 思い返すと、数々の斬撃の中で刀を交える中で最後に刀を鞘に収めたのは、次郎長の左肩を斬った時。おそらく、そこで刀はへし折られたのだろう。

「俊足の居合が仇となったようだな。オイラと一対一(サシ)の喧嘩……ましてや居合で勝とうなんざ百年(はえ)ェよ」

 似蔵は焦り、声の方へ振り返る。

 だがその時には、次郎長は拳を握り締め突き出していた。

「もうちっと目ん玉見開いて生きろやチンピラァ!!」

 次郎長の拳骨が似蔵の顔面を捉え、そのまま殴り飛ばした。

 襖や壁を突き破っていく似蔵の姿を一瞥すると、次郎長は負った傷など意にも介さず家光の後を追った。

 

 

           *

 

 

 左肩の傷口を押さえながら、裏口や路地裏を利用して次郎長は取引場所へと向かう。

 家光たった一人に先に殴り込ませてしまったが、かつて拳を交えた時を思い出し「アイツならどうにかなるか」と勝手に納得しながら足を運ぶ。

(問題は取引場所にどれぐらいの兵隊と銃が揃っているかだな……)

 近年の極道社会において、ヤクザ勢力は「銃一丁は組員10人に匹敵する威圧効果がある」として銃火器による武装を年々強化しており、最近では「組員一人に銃一丁」という状況だという。それだけでなく重武装化も進んでおり、より殺傷力の大きい散弾銃や自動小銃、手榴弾のような爆発物も所有するようになった。

 取引場所に待ち構える連中は、それなりの武装だろう。そこにどれくらいの組織がいるかもわからない以上、この手負いの身では油断できない。

「とにかく、アイツの助太刀に行かなきゃな……」

 

 

 暫くすると、目的の取引場所へと辿り着いた。

 次郎長は意を決して抜刀し、シャッターを斬り裂いて殴り込むと……。

「――次郎長! 来たのか、遅かったな」

「……何でい、オイラが出張る必要はなかったか?」

「ハハハ! 俺は〝ボンゴレの若獅子〟と呼ばれる程の男だぞ? お前に遅れは取らないさ」

 次郎長の目の前には、無数のスーツ姿の男達が家光によって無残な姿で半殺しにされている光景だった。家光がたった一人で取引場所にいた全ての無法者共を壊滅させたのだ。

 イタリア最大のマフィアの門外顧問(ナンバーツー)は伊達ではないようだ。

「……で、〝ボンゴレの若年寄〟さんよう」

「若年寄じゃないっての!!」

「何言ってやがる、若年寄は江戸幕府じゃあ結構な役職だぞ」

「そういう問題じゃない!!」

 次郎長に若年寄呼ばわりされて怒る家光だが、確かに次郎長と比べると老け顔ではある。

「何か得られたかい」

「! ――ああ……だが正直信じられない」

 家光は複雑な表情で次郎長にある弾丸を見せた。

 どうやら取引に出される武器とやらは、マフィアのファミリーが所有する特殊弾であったようだ。

「特殊弾って代物だったか……んで、それがどうしたんでい」

「これは〝死ぬ気弾〟というボンゴレファミリー(・・・・・・・・・)に伝わる(・・・・)特殊弾だ。後悔している人の脳天を撃ち抜き一度殺すことで、危機によるプレッシャーで外部からリミッターを外して、後悔していることに対し死ぬ気で頑張らせることができる」

 次郎長は眉間にしわを寄せる。

 この闇取引には、家光が属するボンゴレファミリーが絡んでいたのだ。しかし家光は非常時にはボスに次ぐ権利を持つ門外顧問という立場であり、組織自体も主に諜報活動を行うのならば情報を事前に把握していないのはおかしな話だ。

「一体なぜ……」

「んなこたァ知るか。そういうの(・・・・・)を調査するのがてめーの仕事じゃねーのか?」

 次郎長の指摘に、「そうだな」と呟く家光。

 ボンゴレの特殊弾が他の犯罪組織に渡るということから考えられるのは、ボンゴレファミリーの内部に裏切り者がいて、自らの企みの為に流して何らかの力を得ようとしたか。あるいは何らかの理由で追放された者がボンゴレを恨み、復讐するために自身の戦力強化・規模の拡大をも視野に入れて流通させようとしたか。いずれにしろ、マフィア界の掟に反する行為だ。

 そしてそのような行動をとったのは、ファミリー及びマフィア界から追放されれば掟は通じないと考えたのだろう。

「オイラ達ヤクザの世界じゃあ、カタギに手ェ出すことは許されねェ。それはヤクザがカタギになった場合も同じこと……ヤクザの恨みはヤクザのうちに片ァ付けなきゃなんねーってこった。だがマフィアは(ちげ)ェんだろ?」

「……ああ、掟の厳守はファミリーに限らず市民にも求められることもあるからな」

「だったらケジメつけるべきだろ。オイラはてめーの仕事に首突っ込む気はねーが、やるべきことぐれーやれよ」

 次郎長は家光に提言すると、踵を返した。

「オイラはもうここにゃ用はねェ。肩の傷を癒すとさせてもらうぜい」

「肩の傷? ……おい、その左肩はまさか!?」

「ああ、さっきの奴と戦った時にザックリ斬られただけ――」

 

 ジャララララ!!

 

「「!?」」

 突如として現れた無数の鎖。

その鎖を操る者は、二人がよく知る組織の者だった。

「〝復讐者(ヴィンディチェ)〟!!」

「イェ――っ!」

 思わず「イェーガー」と言いかけた次郎長は、すかさず口を塞ぐ。

 あのまま言い切っていたら、さすがの次郎長もヤバかっただろう。ヤクザの次郎長がマフィア界の掟の番人と裏で協定を結び、彼らに代わって掟の対象外である勢力の牽制を担っているという情報を漏らすわけにはいかない。

(……っつーかよく見たらイェーガーじゃねーな……)

 次郎長の記憶が正しければ、イェーガーは透明のおしゃぶりを首に下げたバミューダと行動を共にしていて、右目が露わになっていた。しかし目の前の黒ずくめの者は、ただ黒いシルクハットとコート、包帯を身に纏っているだけだ。

 おそらく、バミューダ達の組織の中でも格が下の方――極道組織でいう若衆(わかしゅ)のような立場なのだろう。

「罪人ハ我々ガ牢獄ヘ連レテイク」

(下っ端は片言なのか……)

 流暢に日本語を操るバミューダ達との関わりの方が長い次郎長は、きょとんとした表情を浮かべる。

「……下っ端でも(つえ)ェのか?」

「次郎長、手を出すな!! 逆らうとタダじゃ済まないぞ!?」

「わーってるよ、それぐれェ。一々騒ぐなって」

 やれやれといった表情で溜め息を吐く次郎長。そうしている間にも復讐者(ヴィンディチェ)達は鎖で虫の息の男達を縛り上げ、引き摺っていきどこかへと去っていった。

 その直後、どこからかパトカーのサイレンが鳴り響いた。サイレンの音は段々近くなり、かなりの数のパトカーがこちらに向かってきているようだ。

「おめーもとっととトンズラしねーとヤバいぞ。パクられてもオイラァ責任取らねーからな」

 次郎長は口角を上げつつも、肩の痛みを堪えるような表情でその場から去っていった。

 

 

           *

 

 

 翌日、並盛中央病院。

 ある病室で、中年の婦長・内野が次郎長を叱っていた。

「ちょっと親分! アンタまた無茶したね!?」

「手打ちという名の騙し討ちに応じただけだぜ、ウッチー……こうでもしねーと丸く収まらねーんだよう」

 ガミガミと叱る婦長がうるさいのか、耳を塞ぐ次郎長。

 内野婦長は20年以上も並盛中央病院に勤務しているベテランであるが、学生時代はとんでもなく強い美人女番長(スケバン)だったらしく、ヤクザも恐れたという伝説がある暴走族「()()(ドッ)()」の総長として暴れ回っていたらしい。その実力は健在らしく、その物理的な女子力を院長に見込まれてか、彼女が担当する病室にいる患者は極道関係者や風紀委員といった物騒な面子ばかりだという。事実、次郎長が入院した際には確実に内野婦長が担当するようになっている。

 ちなみに〝ウッチー〟は、暴走族の総長の頃に仲間から呼ばれた愛称である。

「全く、少しは自重しなさい……アンタがおっ()んで困るのは子分達だけじゃないんだよ?」

「ああ……わーってらァ」

 そう、次郎長の身に万が一の事が起これば並盛の秩序が大きく崩れかねないのだ。

 次郎長は並盛町を護るため年々勢力を拡大させ、その一地方都市を牛耳る程度とは到底思えない圧倒的な力を示威して他の極道組織や海外勢力の干渉・介入を跳ね除けている。表では名家でもある雲雀家に治安を任せつつも、この町の裏社会の秩序は全て次郎長が取り仕切っているのが現状だ。そんな彼が今ここで倒れたらどうなるかなど、目に見えることだ。

 次郎長の命は、次郎長一人分の命ではなくなりつつあるのだ。

「じゃあ、あともう数日は安静にしてなよ」

 内野婦長は溜め息を吐きながら病室を後にした。

 次郎長は窓の方に顔を向け、病室から見える並盛の風景を眺める。

(……そーいやアイツらにも名前あんのかねェ)

 ふと思い出すのは、先日の黒ずくめ達。

 バミューダの部下であるのは明白であり、家光の反応的には相当厄介な存在に見られてた彼らにも名前はあるのだろうか。

(……今度訊いてみるか)

 一刻も早く肩の傷を癒すべく、次郎長は目を閉じた。

 暫くしてから勝男達がお見舞いに来たのだが、その時の寝顔はヤクザの親分とは思えぬ穏やかで優しそうな表情だったというのは秘密だ。




あと一話で関東集英会編は終了です。
その次は、原作キャラとズブズブに関わる長編になるかと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的19:持って生まれた子

ディズニーに行ってて投稿が遅れました、申し訳ありません。


 一週間後。

 無事退院した次郎長は、雲雀家へと足を運び尚弥と面会していた。

「っつー訳でよ……」

「そうかい……その沢田家光って男は中々できそうだね」

「それはどうだか……てめー程の親バカじゃねーが育児は失敗してる」

 徳利を傾けて猪口に酒を注ぎ、それを一息に飲み干す次郎長。

 普段は煙管も咥えて煙を吹かしているが、この日は尚弥の一人息子・恭弥が傍で寝ているため、彼が副流煙を吸わないように禁煙している。ヤクザ者である次郎長も、TPOくらいは弁えているのだ。

「……で、そっちはどうだったい」

「関東集英会は壊滅した。会長も君が倒した岡田って男も捕まえたし、結構な収穫だよ。知り合いからも「新米の実践にもなった」って感謝されたしね」

 尚弥の猪口に酒を注ぎながら、次郎長は彼から関東集英会のその後を聞いた。

 関東集英会は次郎長の騙し討ちに失敗した挙句、用心棒兼殺し屋として雇った似蔵を失った。尚弥はそうなることを踏まえ、コネと権力にモノを言わせて公安と警察に情報をリークしてガサ入れさせた。ガサ入れの一部始終は生放送で全国に放映され、翌日の朝刊の一面を飾り連日報道されるようになった。

 次郎長への騙し討ちの失敗に加え警察のガサ入れを食らった関東集英会は事実上壊滅した。関東一帯を牛耳っていた組織が突然消滅したのだから、東日本の裏社会は後釜を巡って抗争が起こりやすくなるだろう。

「武器の方は?」

「中国のルートだったそうだよ。日本の警察だとルートのガサ入れはできないから、今頃国際レベルで動いているんじゃないかな?」

 瀬取りとは、洋上において船から船へ船荷を積み替えることを言う。一般的には親船から小船へ移動の形で行われることで瀬取り自体は問題ないのだが、現在では覚醒剤取引で利用するような違法行為を伴うため監視対象となっている。

 瀬取りの手段を使うということは、漁船か何かで武器の密輸を行っているのだろう。それに覚醒剤をはじめとした違法薬物が絡めば、このルートを使う勢力が具体的にわかり、撲滅に繋げることができる。もっとも、次郎長はそこまで追求する気は無いのでそれ以上の関与はしないつもりだが。

「そっちこそどうなんだい? 関東集英会という大組織が消えたんだ、極道社会は大分荒れるんじゃないかい?」

「んなこたァ知るか、別にどうだっていい。俺ァ極道社会の覇権争いとかにはあまり興味ねェんでな、我関せずってところでい」

 次郎長にとっては並盛が全て。日本の裏社会の覇権争いで頭角を現すことよりも並盛を護ることが最優先であり、そもそも次郎長は隙あらば敵対勢力を討ち取ろうとする野心家ではない。

 たとえ極道社会が荒れて抗争が頻発しても、次郎長は「並盛の守護者」であって「極道社会の調停者」ではないので、並盛に手を出さない限りは彼が動く理由はまず無いのだ。

「……まァ、そういうこった。オイラはここらで失礼するぜ」

「そうかい」

 次郎長は立ち上がり、置いていた刀を腰に差すと襖を開けて去っていった。

 その直後――

「尚弥様、今よろしいでしょうか」

「ああ、入って」

 尚弥に一言声を掛け、襖を開けて袴姿の青年が入ってきた。

 その正体はおかっぱ頭と麻呂眉、蛇のような黄色の瞳に鼻の上の真一文字の傷が特徴で、勇ましくも次郎長や尚弥より幼く思える。彼の名は(くろ)()(らん)(まる)――数年前から雲雀家に仕えている使用人で、次郎長と尚弥の後輩である若者だ。蘭丸は風紀委員としても活動しており、主人にして上司である尚弥の右腕として支えている。

「……実は数名の風紀委員から、不審者達の目撃情報が寄せられています」

「不審者かい? 複数で行動しているように聞こえたけど……危害を加えるなら咬み砕いてよしと伝えたはずだよ?」

「はい。ですが……」

「……?」

 蘭丸曰く、その不審者達は風紀委員が監視しているのを察知しているのか、用心深く行動しているとのこと。確かにいくら不審な行動とはいえ、一般市民に危害を加えてない上に「怪しそう」という理由で制裁するわけにもいかず、手を出さずに様子を見るしかないだろう。

 しかし蘭丸自身が監視していたところ、只者ではない雰囲気を醸し出していることがわかり、こうして尚弥に報告したのだ。

「――どこで目撃したんだい?」

「並盛町の各地でですが、一番多いのは沢田家周辺です」

「沢田家……次郎長の元同級生である沢田奈々の家だね。でも次郎長の関係者と知っているなら手は出さないと思うけどね」

「そこは私として何とも……ただ、もしあの一家に何か知られていない事実があるとすれば、大黒柱の沢田家光に関係しているかと」

 蘭丸の意見に、尚弥は考える。

 尚弥は並盛の最大権力者であり、行政に平然と介入できる。風紀委員会の活動の一環として戸籍謄本や住民票の取り寄せもしているので、特定の個人情報の把握も可能だ。ただ、前回確認した際は沢田家はこれといった不審な点は見当たらなかった。

 だが、そこで尚弥は沢田家の情報と次郎長の証言の内容が一部一致していないことに気づいた。家光の職業だ。

(そういえば次郎長に訊かなかったけど、沢田家光の本当の職業は何だ?)

 先程の次郎長との対談で、彼は家光が関東集英会の件に加担してくれたことを言っていた。普通に考えると、極道組織を相手にそんなマネができるのは裏社会の人間かマル暴ぐらい――しかし家光は公文書上は海外企業で働いていると記載していた。

 この事実の不一致は何なのだろうか。

「……蘭丸、沢田家について詳しく調べてきてくれないかな?」

「はい!」

 

 

           *

 

 

 溝鼠組の屋敷。

 次郎長は自室から庭を眺め、煙管の紫煙を燻らせる。すでに子分達は寝静まっているが、タイミングとしてはちょうどいい頃だろう……〝彼ら〟が来るには。

「……オイラはてっきり前回と同じ来方だと思ったんだがねェ」

「別にいいだろう? ああ、心配せずとも土足じゃないよ」

「一応おめーさんらは靴履いてんのか? コートやマントで見えねーから、土足で上がったら一発ぶん殴ろうかと思ってたよ」

 微笑みながら振り返ると、そこにいたのはバミューダ率いる復讐者(ヴィンディチェ)。今回はイェーガーも同伴のようだ。

「……茶は飲めるのか?」

「そこまで時間は取らないよ、ジロチョウ」

 次郎長は「そうかい」と呟き、バミューダを見据える。

「……で、今度はどう踊らせるつもりでい」

「人聞きの悪いことを。僕が君を人形にするとでも?」

「じゃあどうなんだ、協定を結んだ相手が自分(てめー)の思い通りに動いてくれるのは」

「それはもう最高だね」

「本人の前で言うんじゃねェ」

 包帯の下で笑うバミューダに呆れる次郎長。

 やはり使い勝手のいい手駒は持つと嬉しいようだ。

「言っておくが、俺はてめーらマフィア界がどうなろうと関係ねェ。富めるも滅ぶも自分(てめー)次第のご時世だからな。俺がわざわざ加担するのは、てめーらの世界の連中が活動範囲を日本にまで伸ばしたからだ……こっちにゃこっちの護りてーモンがあんだ」

「……」

「オイラはヤクザだ、マフィア者じゃねェ。てめーらの掟や理屈はオイラに通じると思うなよ」

 次郎長は煙管の火皿の中の灰を落とす。

 すると、彼は何かを思い出したのかバミューダ達を質した。

「そういやあ訊くがよ……死ぬ気弾という特殊弾のことを漏らした家光(やつ)ァ放っといていいのか?」

 次郎長の質問に、イェーガーが答える。

「特殊弾の存在はマフィア界ではすでに周知されている事実。ゆえにその存在を知ることは掟に背くことにあらず……裁くことはない。だが特殊弾の製造方法を他の組織に教えることは、本来ならば是が非でも守るべき組織の技術(ひみつ)を敵に売ること――ゆえに掟に反すると見なす。裏の世界の情報が表に出る場合は厳密に対応する」

「……アイツ嫁さんに自分がマフィアっつっちゃったけど、アレもいいのかい?」

「掟は組織の秘密を守ること……しかし他にも条項ある」

「他にも?」

 イェーガーの言葉に、次郎長は眉間にしわを寄せる。

 マフィア界の掟はいかなることがあっても組織の秘密を守ることだが、何もかもという訳でもなさそうだ。マフィア共通の事柄――世間一般でも知られる知識や裏の住人なら誰もが知る情報など――はあまり問題は無いようで、絶対に他の組織に露見してはならない秘密を漏らすと裁かれるようだ。

 だがマフィア界の掟は秘密を守ることだけではない。実際には詳細な条項があり、その中には「妻を尊重しなければならない」といういささか人間味を感じさせるものがある。家光が妻に自分がマフィア関係者であると白状したのは、「妻を尊重したゆえの告白」として掟に反する行動ではないと彼等は判断したようだ。

「……成程、掟に順じてるか反してるかは解釈次第や匙加減ってことか」

 次郎長のどこかバカにしたような言葉に、バミューダ達は反論しない。

 復讐者(ヴィンディチェ)はマフィア界の掟の番人ではあるが、何も全てのマフィアの不祥事に片っ端から介入するわけではないので、組織の内部で起こった事はその組織でケジメをつけるのだ。

 それに掟に反したものを処罰するとはいえ、その全てが本人やその家族に凄惨な制裁がなされるとは限らない。ボスによっては組織からの追放で済ましたり本人以外に制裁はしないなど、組織によっては軽減することもあるのだ。

「まァ、オイラの戯言として聞き流す程度でいいさ」

「その割には煽ってたよね」

「オイラはそんな気は無かったがねェ」

 次郎長は口角を上げ、鋭い眼差しをバミューダから逸らして月を仰いだ。

 

 

 同時刻、沢田家。

 ツナが寝始めて暫く経ち、家光は久しぶりに奈々と二人っきりで話し合っていた。

「こうして話すのは久しぶりだな」

「ええ、でも明日には仕事に行っちゃうんでしょう? 石油を掘るなんて、マフィアって大変ね」

「あ、ああ……新規事業を始めることになったからな」

 家光はビールを片手に引きつった笑みを浮かべる。

 マフィアという職種を全く理解していないどころか裏の稼業であるマフィアを表の仕事と誤解している妻に、家光は罪悪感すら覚えてしまう。

「ところで奈々……ツナが中々俺に懐かないんだが……?」

「そうなの? でもツッ君はタッ君には懐いたし……きっと家光さんと長く会ってないから戸惑ってるのかもしれないわ」

「次郎長に懐いたのか!? あのヤクザにか!?」

 家光は唖然とする。

 本来ならば息子は実母ほどではないかもしれないが実父に懐くはず。だがツナの場合、何と肝心の実父よりも実母の元同級生のヤクザの方に懐くという斜め上の関係……家光だけじゃなく、普通の父親ならば驚きを隠せないだろう。

 しかし家光は違った。むしろ納得もしていた。その理由は、沢田家の血筋にある。

 沢田家の祖先は沢田家康という人物なのだが、その沢田家康の正体はボンゴレファミリーの初代ボスにして歴代最強のボス・ボンゴレⅠ世(プリーモ)なのだ。彼は自身が気に入った人物は誰であろうと受け入れ、そのメンバーには幼馴染だけでなく「大地主の御曹司」「元貴族」「某国の秘密諜報部のトップ」「元ボクサーの神父」「音楽を愛する公家」という何でもありのファミリーだったという。

 次郎長はおそらく、ツナに惹かれて一方的に寄ってきたというより、「恩人への恩返し」の一環として奈々の育児を手伝った過程でツナと関わったに過ぎないだろう。だがそれでも、マフィアの直系と血縁の無い地元の大物ヤクザが仲睦まじくしているのは色々とぶっ飛んだ状態であり、同時にボンゴレ内部及び沢田家に語り継がれてきた沢田家康(プリーモ)の人物像と重なって見えてしまう。

「ツナ……お前はやはり持って生まれたんだな」

「?」

 きょとんとした顔で見上げるツナの頭を撫でる家光。嫌がられるのが困るのか、ぎこちないが優しく撫でている。

 ツナは次郎長を介して「大空」に目覚めるのかもしれない――家光はそう思った。だが今はそれよりも優先すべきことがある。次郎長についてだ。

(次郎長……お前は一体……)

 家光は復讐者(ヴィンディチェ)と遭遇した際の次郎長の反応に疑問を抱いていた。

 普通ならばあんな黒ずくめの連中を前にしたら、警戒したり殺気を放って威嚇するはず……だが次郎長は、警戒する気配もなければ臨戦態勢になることもなく、まるで彼らを知っているかのような反応にも思えた。それに彼らを見た第一声は「下っ端でも(つえ)ェのか」という、復讐者(ヴィンディチェ)という組織の内情すら知っているような発言だった。

 次郎長はどこまでマフィア界を知っているのだろうか。もしかしたら一見は無縁でも実際は何かしらの繋がりがあるのかもしれない。そう思えてならなかった。

(9代目に報告する必要があるな……)

 次郎長と復讐者(ヴィンディチェ)――両者の関係が露見するのは遥か先の話なのだが、まさか知人がマフィア界の掟の番人と裏で協定を結んでたなど夢にも思わない家光だった。




次回は新章スタートです。
次郎長がイタリアで大暴れしますので、お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

次郎長伊太利亜旅行記編
標的20:旅行のミスは案外初歩的なものが多かったりする


この小説を書いていて思うこと。

銀魂の強豪なら、死ぬ気の炎の使い手にも勝てそうな気がする。


 関東集英会の手打ちからさらに年月が経過し、次郎長は27歳になった。

 二十代後半となり、ヤクザ稼業が板についただけでなく収入も安定したおかげか抗争の無い平和な時間が訪れる。その一方で組織の結束を強めるために、次郎長は内部統制を見直したり勝男に少しずつ組の運営やシノギを得る活動の主導を一時的に任せるようにし、組内で組織の再編を計った。その組織の再編は成功し、溝鼠組による並盛への支配力はさらに高まった。

 そんなある日のこと。次郎長はいつもとは違った出で立ちで玄関に立っていた。

 愛用していた赤い紅花があしらわれた黒地の着流し姿ではなく、白い股旅用の着物を纏って黒いマントを羽織っており、手甲(てっこう)を装着し、股引(ももひき)の上に脚絆(きゃはん)を巻いて草鞋(わらじ)を履いている。まるで時代劇の侠客のような姿に、子分達は歴戦の強者としての覇気を纏う彼に息を呑んでいる。

 さて、なぜ次郎長が股旅姿になったのか。それは今からちょうど一ヶ月前に遡る。

 一ヶ月前、次郎長は気分転換に並盛商店街で催されていた一等がイタリア旅行の福引に参加していた。そこはハワイ旅行だろうと言いたいが、主催者側の「大人の事情」をしつこく追究するのは野暮だと自分で納得させ、自分の番が来るまで奈々と談笑して待った。

 そして自分の番となり、抽選器(ガラガラ)を回して見たところ、金色の抽選球が出口から出てきて受け皿の上に転がった。それを見た主催者は、当たり鐘を鳴らしてこう叫んだのだ。

 

 ――おめでとうございます!! 一等のイタリアへ一週間の旅行をプレゼント!!

 

 ……という訳で、次郎長は運良く福引の一等である「イタリア一週間の旅」を当てたのだ。我ながら恐るべき強運である。

(わり)ィな、まさか一人だけとは思わなかった。少しの間、オイラの並盛を頼むぜ」

『オジキ!! 海外旅行、楽しんできてくだせェ!!』

 玄関で勝男達が立ったまま両ひざに手を置いて頭を下げる。

 次郎長は顔を綻ばせ、ピラ子の頭を撫でた。

「土産はちゃんと買って帰るから、楽しみにしてな」

『オッス!!』

 子分達に見送られ、次郎長はイタリアへと旅立つべく屋敷を後にした。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 イタリアへ訪れた次郎長は、たった一人の旅行で空港から降り立ったのだが……。

「俺、イタリア語喋れねェじゃねーか……」

 何とイタリア語が喋れないどころか理解できないという致命的なミスを侵していた。

 次郎長は旅行の為に入念な準備をした。海外旅行ということで愛刀を持ち出すために尚弥を介してわざわざ文化庁文化財保護部美術工芸課に古美術輸出監査証明証の申請手続きをしたり、金を払って家光の支援でイタリア大使館と掛け合い――その際「ボンゴレ」の名が出た途端に大使館側は震え上がったが――パスポートを得たのにもかかわらず、一番初歩的なミスを侵してしまったのだ。

 それだけではない。何と宿泊先のホテルで12人の男達がエレベーターに箱詰め状態で惨殺されるという凶悪事件が発生し、次郎長はホームステイを余儀なくされたのだ。この件に関してはホテル側に非があるわけではないのだが、事件が事件であるため暫くの間ホテルは営業を中止するという。

「冬場だからって世情まで冷え込んでんのかよ。何が太陽の国イタリアでい、笑わせやがらァ」

 立て続けの不幸に、思わず呆れて笑う次郎長。

 とはいえ、イタリアは海外旅行先としても人気な国だ。日本人は少なからずいるはずだろう。日本人さえ探せればあとは問題ない。

「さてと、まずは誰に……」

 次郎長がホームステイの受け入れを交渉しようと動いた、その時だった。

 路地裏の方から何かを殴る音が響き、耳をすませば助けを求める声も聞こえたのだ。次郎長は怪訝に思い顔を出して見たところ、鼻の頭の絆創膏が特徴の赤毛の子供が黒服の男達に囲まれて暴力を受けていたのだ。黒服の男達はどう見てもカタギには見えないので、間違いなくマフィア関係者だろう。

 マフィアが無抵抗の子供を数人で囲い暴力を振るう光景に、次郎長は不快感を露わにして歩み寄り、そして――

 

 ドガッ!

 

「ぐばっはァ!?」

『!?』

 凄みのある笑みを浮かべながら、次郎長は拳骨を放って男を殴り飛ばした。

 男は次郎長よりも一回り大きかったのだが、その大柄の男がたった一発の拳骨によって吹き飛ばされ、壁に減り込んだ。あまりにも常識外れな光景を目撃し、男達は汗を流し赤毛の子供は血を流して唖然とする。

「義を見てせざるは勇無きなり……ここで目ェ逸らしたら次郎長親分の面目丸潰れだな」

「な、何者だ!?」

「あの服装は日本の……! ジャパニーズマフィアか!?」

 黒服の男達が叫ぶ中、次郎長は赤毛の子供に歩み寄ると、腰を下ろして声を掛けた。

「大丈夫か、坊主」

「え? あ、ありがと……」

「! おめーさん、日本語わかるのか。オイラは泥水次郎長……ただの通りすがりのヤクザだ」

「ヤクザ……?」

「お前に絡んできた連中よりは紳士的な自由業の業者だよ。おめーは?」

「……エンマ。()(ざと)(えん)()

「古里炎真、か……」

 互いに自己紹介をすると、次郎長は赤毛の子供――炎真の頭を撫でた。

 いきなり他人に頭を撫でられた炎真は、頭の中で整理が追いついていないのか暫し呆然とする。

「炎真、よく耐えてきたな……あれだけタコ殴りにされて一発も殴り返さねーなんざ、並の男じゃあできやしねェ。おめーは大した野郎だよ、ヤクザの親分であるオイラも感服するぜ」

 次郎長の言葉に、赤毛の子供は大きく目を見開く。

 炎真はイジメられ体質でもあるが昔から諦めが早く、チンピラに絡まれても「どうせ戦っても勝てない」と判断して一切抵抗せず、生傷が絶えない日々を送っていた。それゆえに周囲から虐げられて侮辱され続けた。

 だが目の前に現れた次郎長は、そんな炎真を褒めた。どれだけ虐められ暴力を振るわれても手を出さなかったことに、彼は敬意を払った。それが無性に嬉しくなり、炎真は微笑んだ。

「さてと………極道者を前によりにもよって弱い者いじめなんざ、今時の黒服連中はいい度胸にも程があらァ。この次郎長親分が任侠道の名の下に成敗してやるとするか」

 次郎長は炎真を庇いながら改めて男達と向き合うと、鋭い眼差しで睨みつけながら殺気を放って威圧した。

 その瞬間、男達は全身の毛穴が総毛立つ感覚に襲われた。男達は腐ってもマフィアだ、それなりの修羅場もくぐり抜けている。だが次郎長が放つ殺気は「お前達がくぐって来た修羅場など屁でもない」とでも言わんばかりであり、寒気すらも覚える。

 男達は目の前の次郎長が只者ではなく、むしろ自分達よりもはるかに格上の相手である可能性があると理解したのか、次々に武器を構え始めた。

「き、貴様! どこのファミリーの者だ!?」

「どこのファミリーでもねェ。っつーかオイラはヤクザの親分なんだけど? おめーらの業界で言うボス的な立場なんだけど?」

「何だと!? なぜここにいる!?」

「ホテルが泊まれなくなっただけだ」

 素っ気無い会話だが、男達は次郎長の威圧感に気圧されて冷や汗をダラダラと流す。

 しかし、ここでどこの馬の骨か知れない輩の殺気に呑まれて逃げたとなれば、自分達の面子が台無しになる――男達はそう考え、全員で(・・・)次郎長に襲い掛かった。

 だが――

 

 ドッ!

 

『ぎゃああああ!!』

 たった一太刀、たった一瞬。

 次郎長は自分の間合いに入ってきたところを、居合で男達を武器ごと斬った。しかも抜刀の瞬間が視認不可能な程の速さで、傍から見れば男達が近づいた直後に血飛沫と共に宙を舞ったように錯覚してしまう、マフィアやヤクザの抗争の域を越えた一方的な蹂躙だ。

 次郎長の圧倒的な実力に、炎真は口をポカンと開けている。

「シメーだ」

 刀を鞘に収めると、男達は倒れ伏す。

 すると、一人の黒服の男が次郎長に怯えて情けない声を上げた。どうやら先程殴り飛ばされた男が途中で起き上がったようだ。

 次郎長は彼の元へ向かい、男に声を掛けた。

「まァ見ての通りオイラはそれなりに(つえ)ェ。一週間はイタリアにいるから、この泥水次郎長の前で仁義を破らねェよう気をつけるこったな」

「泥水次郎長……? はっ! お前はまさかボンゴレ9代目の守護者の腕を斬り落としたという伝説の――」

「三秒やるから早く逃げな……てめーはオイラの得物の射程範囲にいるんだぜ」

 腰に差していた刀の鯉口を切ると、男は一気に血の気が引いて逃げていった。

 次郎長は男の情けない背中を見届けると、炎真の方へ戻り、懐から財布を取りだして。

「さて、三下共は追い払ったところだし……炎真だったか、金払うからちょいと通訳頼む」

「……僕が通訳?」

 

 

 場所変わって、とある片田舎。

 人気旅行先ランキングでは常に上位である世界で最も世界遺産が多いイタリアは、主要都市であるローマやフィレンツェ、ミラノ以外にも魅力的な場所は多い。だが次郎長が案内されたのは、住民が何人いるか把握できないような田舎の中の田舎と言うに相応しい小さな町だった。

 しかし観光地とはまた違った風情の建物が立ち並び、人も出入りはしているので、イタリアでも知る人ぞ知る穴場スポットなのだろう。

「さすが本場のカルボナーラは美味い! この味の濃厚さ……うまみと塩気がぐんと効いていて、おつまみ感覚で楽しめるのは最高だ。酒が欲しくなるな」

 次郎長は町にある小さなレストランで、カルボナーラを食べながら満喫する。

 初歩的なミスを侵しただけでなく宿泊先のホテルで惨殺事件が発生して気分が落ち込みそうになったが、本場のカルボナーラの美味しさですっかり機嫌がよくなったようだ。

「それにしても、イタリアにこんないい町があるとはな。子分達を連れてきたかったぜい」

 そう言いながら、煙管の火皿に刻み煙草を詰めて火を点け、ゆっくりと味わうように煙を吸う。炎真は自分を庇ってくれた男がご機嫌であるのに安堵したのか、笑みを溢している。

 空は曇っているが晴れればさぞかし風情ある景色だろうと想像しながら、次郎長は炎真に尋ねた。

「よくこんな穴場スポット知ってるな。行ったことあるのか?」

「行ったも何も……ここで僕は家族と暮らしているんだ」

「! ――成程、そういう訳かい」

 炎真がこの町の住人であることを知り、次郎長は納得する。住人ならばこの町を知っていて当然だ。

 すると今度は、炎真が次郎長に尋ねた。

「……おじさんってさ、何で僕を助けたの?」

「オイラはまだ二十代だぞ………何でい、いきなり」

「いくらおじさんが強くても、放っておけばよかったのに。放っておけば気が済んで皆――」

「バカチン」

 

 ゴッ!

 

「い゙っ!?」

 次郎長は炎真の反論を一蹴するどころか、呆れた表情で拳骨を落とした。

 さすがに手加減はしたが、それでも痛いものは痛いので炎真は悶絶し、涙目で次郎長に怒った。

「何するの!?」

「バカ言ってんじゃねェ、困っている奴を助けるのが人間だろーが。それにオイラは強きをくじき弱きを助ける極道だ、おめーをあそこで見捨てたらオイラの人生を自分(てめー)自身で否定しちまうようなもんだろ?」

 炎真を助けたのは人として当然のことであり、もしもあの場で見捨てたら自分の人生を自分で否定してしまうと次郎長はカルボナーラを食べながら主張する。

 その言葉に炎真は、次郎長が今まで出会った人間とは違うことに気づいて呆然とする。

「おじさん……」

「だが喧嘩の売り買いはてめーの自由だとしても、あの状況でロクに抗おうとしねーのもどうかと思うぞ。もしもあの場でおめーの家族も虐められてたらどうするつもりだったよ?」

「そ、それは……」

 次郎長の指摘にぐうの音も出ない炎真。

 彼は炎真の忍耐力――実際は無抵抗なだけなのだが――を評価しつつも、やはり問題行動だと受け取ったようだ。炎真だけでなく家族まで巻き込まれたら、それこそ大変な事になっていて無抵抗ではさすがにマズかっただろう。

「炎真、何ができるかできないかなんか最初(ハナ)っから決めつけるな。限界を作らず、やれるだけやってみろ」

「やるだけ、やる……」

「おう、そうすりゃちったァ違う景色が見れると思うぜ」

 カルボナーラを食べ終え、手を拭いてから炎真の頭を撫でる。

 すると、遠くから日本語が聞こえてきた。

「炎真ー! どこにいるんだー!」

「父さん!」

 炎真は声の主の下へ駆け寄った。どうやら父親のようだ。

 次郎長は金勘定を終えて彼の後を追う。

「炎真、無事でよかった。中々帰ってこなかったから心配したんだ」

「あ~……オイラが通訳頼んじまったからだな」

「! 君は……?」

 炎真の父親に尋ねられると、次郎長は腰を中腰に落とし、右手の手のひらを見せるように前へ突き出し仁義を切った。

「お(ひけ)ェなすって。あっしは生まれも育ちも日ノ本が並盛町、生まれ育った故郷への御恩を返すべく、刀槍剣戟に身を置いてヤクザ者を束ねる大親分として君臨しておりやす。並盛が王者、〝大侠客の泥水次郎長〟こと吉田辰巳でございやんす」

 風で髪とマントをなびかせながら挨拶する。

 ヤクザ社会独特の挨拶に、古里親子は暫しの間きょとんとする。

「……とまァ、オイラァ渡世名は泥水次郎長、本名は吉田辰巳だ。縁あって炎真(ソイツ)と行動していた。好きに呼んでくれりゃあいいさ」

 次郎長の笑みに釣られ、古里親子も顔を綻ばせた。

 この出会いが、後に古里家の運命を変えてボンゴレにも影響を与えることになろうとは知らずに。




感想・評価、ぜひお願いします。
次回には何とあのナスが登場します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的21:偽家光の伊太利亜流御挨拶(イタリアングリーティング)

タイトル通りの展開の、ボケナスと正露丸の御対面式です。(笑)


 その夜、次郎長はレンガで作られた一軒家で暮らす古里家から歓迎を受けていた。

 家主は()(ざと)(まこと)といい、先程次郎長が会った炎真の父親であり古美術商でもある男だ。炎真から事情を聞いた彼は、息子を助けてくれた礼として次郎長をもてなし夕食をごちそうすることにしたのだ。 

「いやァ、この度は世話になるねェ。イタリアでまさか日本人一家と会えるとはオイラも想定外だよう」

「いやいや、礼は結構だよ親分。しかし、まさかヤクザ者がイタリアに来るとは……それにホテルとかはどうしたんだい? 何かあったのかな?」

 次郎長は遠い目をしながら自嘲気味に笑い、イタリア語も理解しないで旅行に行ってしまったことや泊まるはずのホテルで惨殺事件が起きて泊まれなくなったことを話した。

 旅行の初日から災難が続いた次郎長に、真は複雑そうな顔をする。

「それは災難だったね……そうだ親分、よかったら泊まってくといい」

「っ! いいのか? 一週間も泊まることになるんだが」

「構わないよ、久しぶりの客人に()()も喜んでいるからね」

 真は微笑みながらワインを口にすると、酒の肴に古里家の〝正体〟について話し始めた。

 妻の真矢と息子の炎真、娘の()()を含めた四人暮らしである真は、祖先が古参のマフィアだという。名はシモンファミリーといい、あのボンゴレファミリーとはかつて兄弟分の関係だったというのだ。祖先にしてシモンファミリー初代ボスのシモン=コザァートはボンゴレファミリー初代ボスとは非常に親しい仲であり、しかもボンゴレファミリーの創設を提案した人物だという。

 次郎長は古里家が由緒あるマフィアと知り、驚きを隠せなかった。

「マフィアだったのか……それも聞いた話だと大した名家だ。オイラの溝鼠組なんざ創設してまだ10年経ってねーんだぞ?」

「そう言ってくれると嬉しいよ。でも今はすっかり弱体化してね……長い間虐げられてきたんだ」

「! ……悪かったな、嫌なこと言わせちまったか」

「とんでもない。こちらから話したんだ、君は悪くないよ」

 真は傍に置いていた日本酒の瓶のフタを開けると、グラスに注いで次郎長に渡した。

 次郎長はそれを受け取り、ぐいっと煽る。

「オイラも仕事柄マフィアとも絡みやすくてな……大抵の連中はカタギにも手ェ出すから質が悪くていけねェ。その点おめーさん達ゃマフィアの割にはオイラと似た匂いを感じらァ、ヤクザ(こっち)の業界ならそれなりの地位や富を得られると思うがねェ」

「我々が?」

「まァ、そこは気にしなくてもいいさ。人間好きなことをやるのが一番だ」

 次郎長は口角を上げ、再び酒を煽ると目を逸らして壁を見る。

 レンガの壁には絵画や陶器が置かれており、かなり古い時代の美術品で飾られている。

「それにしても、古美術商が副業か。よかったら、明日見せてくれねーか? オイラの屋敷に飾れるいいモンがあるならぜひ買いてェ」

「そうかい? 実は昨日いい品が入ってね、保存状態もいいんだ。きっと欲しい品があると思うよ」

「そらァいい、可愛い子分達に自慢できる」

 古美術のことで談笑していると、二階からバタバタと音を立てて二人の子供が階段を降りてきた。

 鼻の上に絆創膏を貼ってるのが炎真で、もう一人の女の子が真美なのだろう。

「炎真、真美。ちょうどいい所に来たね、そろそろご飯が出来上がるところなんだ」

「おじさん、誰?」

「オイラはまだ二十代だからな? 似たようなことこの前も言われたけどよ……オイラは次郎長でい。おめーさんが真美か、いい名前じゃねーか」

 真美の頭を撫でる次郎長。

 名前が良いと褒められた真美は、嬉しそうな顔をする。

「ウチの娘と馬が合いそうな雰囲気してやがらァ、ウチに誘いてーもんだぜ」

「娘?」

「オイラにもピラ子って娘がいてな……ちと年は離れてるが可愛いモンよ」

 懐からピラ子の写真を取り出し、真に渡す。顔つきから髪の色、瞳の色まで次郎長と全く似つかないが、年相応の可愛らしさに真は笑みを溢す。

 日本のヤクザは家父長制を模した序列的・擬制的血縁関係を構築する。ピラ子もまた、次郎長や他の組員とは一切血縁が無いのだろう。

「可愛らしい()だ、君の世界で生きていくとは思えない」

「元は別の極道組織の組長の一人娘だが、マフィアに潰されちまってな。巡り巡ってオイラが育て親になったんでい……カタギになるかヤクザ続けるかは、もう少し経ってから決めさせるさ」

「「……」」

 次郎長の言葉に、真と真矢は複雑な気持ちになる。

 マフィアの世界において、ファミリーのボスの座は世襲か(ぜん)(じょう)だ。真達シモンファミリーの場合は前者であり、炎真か真美のどちらかが次期ボスとしてシモンファミリーを率いることになる。

 ただ炎真の人生は炎真のモノであり、真美の人生は真美のモノである。次郎長がいくら自分が育て親でもピラ子(むすめ)の人生を決めるのは自分ではないとしていつか彼女に「答え」を訊くつもりであるように、ここで決めつけるわけにもいかないのだ。

「まァ、カタギになろうがヤクザの道を進もうが、娘の門出を祝うのがオイラの役目よ。それよりもこんなシケた話しするよりも、もっと楽しもうぜ」

「……そうだね」

 次郎長の言葉に、真は頷く。

 その直後、真矢は皿に盛りつけたアクアパッツァをテーブルに置いた。

「さあ、今日はアクアパッツアよ。親分さんも召し上がって下さい」

「アクアパッツアか! カルボナーラん時も然り、本場の味が如何(いか)(ほど)か楽しませてもらうとするか」

 タラの切り身とアサリ、ニンニクとパセリを使ったシンプルかつ古典的なアクアパッツァに、次郎長は目を輝かせる。炎真と真美はすでにお腹が空いているのか、すでに皿に盛りつけ始めている。二人の様子を次郎長が「若いねェ」と一言呟けば、真と真矢は顔を綻ばせる。

 マフィア界で長い間虐げられてきた古里家にとって、その苦しい日々を忘れてしまう程に楽しいのか、笑顔を絶やさないでいる。

「そうだ……せっかくだし、明後日以降に皆で出かけないか?」

「真美、さんせー!」

「いいと思うわ、せっかくのお客さんもいることだし」

 次郎長という日本人の客が久しぶりに来たこともあって、イタリアを楽しんでもらおうと家族ぐるみで出かけることを提案する真。すでに一家はそのムードであり、次郎長もまた悪くないと考え無言で了承する。

 その時だった。

 

 ピンポーン

 

「こんな時間に……お客さんかな? ちょっと見てくるよ」

 これから夕食を食べようという時に、まさかの来客。

 真は席を立ち、玄関をゆっくりと開けた。

「お待たせしました……あれ? あなたは……」

 真は目を見開く。

 そこに立っていたのは、次郎長もよく知る人物でありマフィア界でも広く名が知られるボンゴレファミリー現門外顧問――家光であった。

「こんばんは、古里真さん……早速ですが死んでください」

 無慈悲な死刑宣告と共に、真の額に銃口が向けられた。

 

 

           *

 

 

 男は――(デイモン)・スペードは暗躍していた。

 初代ボンゴレ守護者でありながら、己が理想の為にボスであり仲間であったボンゴレⅠ世(プリーモ)を裏切り、彼の親友であったシモン=コザァートを殺し、己の肉体を捨てて他人の肉体への憑依を繰り返すことで精神の器を移し変えながら時代を越えてきた。

 全てはボンゴレを強く在り続けるために。ボンゴレを自らが思い描いた「理想のファミリー」にするために。

 そんな彼は、ボンゴレを自分の理想通りにさせるべく古里家の襲撃計画を練った。沢田家光の姿で炎真以外の古里家の人間を皆殺しにし、炎真にボンゴレに対する憎しみを植え付けるためだ。次期シモンファミリーのボスと言える炎真にボンゴレへの憎しみを植え付けられれば、近い将来にボンゴレとの対立・武力抗争は現実となり、その機に乗じて自分にとっての危険因子を排除すれば思うがままのボンゴレを創れる――そう考えたのだ。

 まずは立て続けにボンゴレと関わりのあるファミリーに古里真の所持する銃で銃弾を撃ち込み、沢田家光率いる門外顧問機関CEDEF(チェデフ)を動かさせる。そして捜査を始めたところで家光の部下12人をホテルのエレベーター内ですし詰め状態で惨殺。その流れで古里家を襲撃して炎真以外を皆殺しにし、犯人を家光に仕立て上げればいい。

 そう考えながらデイモンは古里家を監視していたが、思わぬ事態が起こった。古里家に日本から旅行で訪れたヤクザ者が接触したからだ。

 ヤクザ者の名は泥水次郎長――本名は吉田辰巳。CEDEF(チェデフ)の情報によれば、家光の家族が暮らす並盛町を牛耳る顔役の一人で、〝大侠客〟という大そうな異名でならず者を率いて町の裏社会に君臨している町内最大最強の極道組織「溝鼠組」の組長だという。義手とはいえ現ボンゴレボスの守護者コヨーテ・ヌガーの腕を斬り落としたことでマフィア界で有名になったことは記憶に新しく、デイモン自身もその話を耳にして驚いたものだ。

 だが、手に入れた情報の限りでは恐れるに足らない男だ。コヨーテ・ヌガーの件は並大抵のマフィアなら信じ難いだろうが、彼は全盛期を過ぎている。極東の平和ボケした島国の無法者だからと油断したのだと思えば、次郎長の実力など高が知れる。実際に刃を交わせた事が無い分その真の実力は不明だが、誰よりも長い時を生きてボンゴレを監視しつつ自らの力を確実に高めてきた自分の敵ではない――そう思っていた。

 しかし、彼はその認識は計画の実行により大きな間違いであったことを思い知ることになる。

 

 

 デイモンは家光に化け、古里家に忍び寄る。彼は「術士」という幻術――相手の脳に作用して幻覚を見せ、現実には起きていないことを起きていると思い込ませる術――の使い手であり、他人に化けることもできるのだ。

 一歩、また一歩と、片手に大鎌を携え歩み寄るその姿はまさに死神。獲物は決して豊かではないが暖かい一つの家庭――彼らの平和な日常を破壊して、息子に破壊者への憎悪を植え付ければ、自らの理想が現実となる。

(ヌフフフ……これでようやくですね)

 デイモンはこれから起こる惨劇とその先の未来(・・・・・・)を想像し、家光の姿でニヤリと笑みを浮かべる。計画を実行する以上は想定外の事態も起こるだろうが、弱小マフィアが自分に敵うなど万が一にも無いだろう。次郎長という不確定要素があるが、たかが極東の平和ボケした島国のヤクザ者一人だ。

 すると扉が開き、標的である真が現れた。

「お待たせしました……あれ? あなたは……」

「こんばんは、古里真さん……早速ですが死んでください」

 デイモンは拳銃を取り出して構え、引き金を引こうとした。

 古里炎真の前で自分以外の家族を殺し、復讐心を植え付ければ準備は万全。後は機が熟すのを待つのみ――デイモンはそう考えていた。

 だが、それを許さない者が彼よりも先に行動を起こした。

 

 ビュッ!

 

「っ!?」

 次郎長がデイモンの顔面を狙ってグラスを投げつけた。

 真に意識を向けていたデイモンは完全に油断していたが、顔面に当たる寸前に驚異的な反射速度で躱した。その隙に次郎長は真の右腕を掴んで引き寄せる。

 すかさず狙いを変え、次郎長に銃口を向けて発砲しようとしたが――

 

 ドガァッ!

 

 次郎長の拳骨が叩き込まれる方が速かった。

 浅黒い鉄拳がデイモンの頬を抉り、彼は叫び声すら上げられずに吹き飛ばされ、轟音を立てながら反対側の空き家のレンガの壁を突き破っていった。常識外れな拳骨の威力とそれを食らって漫画のように吹っ飛んでいったデイモンに、撃たれそうになった真は勿論のこと、その惨劇を目に焼き付けることになりかけた真矢や炎真・真美兄妹も唖然とする。

 対する次郎長は刀を腰に差して外に出て、殺気を放つ。

「……一体(いってェ)どういうつもりでい。それともこれが伊太利亜流御挨拶(イタリアングリーティング)ってやつか? ジョークの割にゃキツすぎやしねーかい」

 警戒心と怒りを孕んだ声色で偽家光(デイモン)を質す次郎長。

「ぐっ………じ、次郎長か! イタリアに来てたのは知ってたが、こんな所で会うなんて奇遇だな……それより俺は古里家の人間に用があるんだ、退いてくれ」

 次郎長に疑いの目を向けられても、あくまでも沢田家光として接する。

 最強の術士と言っても過言ではない凄腕でもあるデイモンのそれは、普通の人間はおろか並大抵のマフィアでも見破ることはほぼ不可能な程の技量。彼が操る幻覚の前では、ほとんどの人間は無力なのだ。

 だが、次郎長の一言にデイモンは衝撃を受けることになる。

「……おめェ、誰だ? 家光じゃねーだろ」

 その一言に絶句するデイモン。次郎長は偽者の家光であると見抜いているような発言をしたのだ。

 入手した情報では、次郎長は現ボスであるⅨ世(ノーノ)の秘蔵っ子でもなければ、あの男(プリーモ)の血筋を受け継いでもいない。ましてや術士でもないし、自らと同じ人の理を外れた異質な気配も感じない。だからこそ、彼は殴られた頬の痛みを忘れてしまう程の焦りを覚えた。

「お、おい……何だいきなり? 次郎長、俺は――」

「別に(しら)ァ切るか大人しく化けの皮剥がすかはおめーさんの自由だぜ? オイラがおめーさんから古里家を護るのは変わんねーけどな」

 言葉を遮られたデイモンは次郎長の言葉から家光の振りをするのは無駄と悟り、家光の姿のままではあるが本性を露わにした。

「……ヌフフフフ。まさか私が沢田家光ではないことを見破ったとは驚きです。なぜわかったのですか? 姿はおろか気配すら彼と同じだったはずですよ?」

 デイモンが質すと、次郎長は鋭い眼差しで彼を見据えながら口を開いた。

「ああ、確かに姿は勿論のこと殺気すら感じなかった。正直に言うと銃口向けても家光だと思ってた。だが……」

「だが?」

「おめーさん、オイラの顔見て「こんな所で会うなんて奇遇だな」っつったろ? オイラはアイツにイタリア旅行のことは一言も喋っちゃいねェ……たとえ知ったとしても第一声は「何でここにいる」だろうしな」

 次郎長の指摘にデイモンは瞠目すると、大きな声で笑った。

「ヌフフ……ヌハハハハハッ!! これはお見逸れしました!! 成程、沢田家光が知りもしない情報を口にしたことと第一声で私の完璧な変装を見抜いたのですか」

 デイモンは家光に完璧に成りすましていたが、次郎長と言葉を交わした際に本来家光が知ってない情報を口にしたことが勘付かれる原因になってしまったようだ。それに第一声も次郎長の不信感を煽ることに繋がっていたようで、どちらにしろ怪しまれることになるようだった。

 その洞察力の高さに、デイモンは舌を巻いた。〝大侠客〟の名は伊達ではないようだ。もっとも、次郎長を騙せたとしても戦闘自体は免れなかったようだが。

「ヌフフフ、あなたの洞察力には恐れ入りますよ。それに古里家を護るために顔見知りが相手でも一切容赦しない一面、中々私好みですよ? 利用価値も高そうだ……ボンゴレの血筋でないのが実に残念です」

「そうかい。じゃあその気色(わり)ィ笑い声はともかく、家光の顔はどうにかしてくれねェ? その顔で私好みとか言われると殺したくなる」

「………奇遇ですね、私も彼に化け続けるのは嫌なんですよ」

 こめかみをひくつかせながらデイモンがそう言うと、突如として霧が発生して彼を覆った。

 次郎長は一切動じずにそれを見届けると、霧が晴れてデイモンが柄の先端にも刃がある大鎌を片手に本来の姿を現した。

「……それにしても、随分と彼を嫌ってるようですね。彼の奥方とは親交があるでしょうに」

奈々(よめ)の方は昔のよしみがあるからともかく、ヤクザにあんだけ借り作っといて返そうとする姿勢すら見せねークソ家光(ヤロー)を好きに思えるような男じゃねーんでな。ちなみに言っとくが、オイラはアイツに限っちゃあ別に本物でも大して対応は変わんねーから」

 とりあえず家光だったら攻撃するつもりであったと暴露した半ギレ気味の次郎長に、デイモンは顔を引きつらせた。有能ではあるが家庭事情を知る彼からの人望の低いようで、はっきり言えば家光の自業自得だろう。

 デイモンは彼の部下に憑依して乗っ取ったことがあるが、仕事中にも見せるいい加減さや部下達に間違った日本文化を教える奇行には心の底から呆れたものだった。彼も内心では次郎長に共感しているのだ。

「親分……」

「真……野郎はオイラがボコっとくから家族を護れ。どうやら久しぶりに覚悟決めなきゃいけねー相手らしい」

 古里家を潰したい男と古里家を護りたい男……互いの殺気が徐々に充満し、まるで戦場の真っ只中にいるかのような緊張状態となる。

 鋭い眼差しながらも穏やかな雰囲気であった次郎長が殺気と威圧感を放ったことで、真と真矢は息を呑み、炎真と真美は怯え始めた。

「正露丸風情が……この私を相手に五流ファミリーのシモンを護り切れるとでも?」

「おめーさんの目は節穴かボケナス。少なくともコイツらはてめーよりずっと強いモンを持ってらァ」

「「……」」

 大鎌を構えるデイモンと、居合の構えを取る次郎長。

 暫しの静寂の後、二人は同時に駆けた。

「誰が目が節穴のボケナスですか、愚か者が!!」

「人を正露丸呼ばわりする奴に言われたかねーんだよ!!」

 互いに青筋を浮かべ、怒りと刃をぶつけた。




今回登場した真矢は、古里真の奥さんです。
改めて原作を読んだんですが、どうも炎真君の家族は母親の名前だけ不明らしいので、勝手に想像して古里真矢さんとしました。

そしてナス(一部ではスイカ呼び)のD・スペードが登場しました。
この話以降、次郎長とデイモンの知恵比べが展開されるかもしれません。なお、次回は次郎長とデイモンの一騎打ちです。

感想・評価、お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的22:変態野菜妖精〝ヌフフのナス太郎〟

少し遅れました、やっと投稿です。


 溝鼠組の屋敷では勝男達が自由に過ごしていた。

 ゲームをしたり将棋をしたり囲碁をしたり……集っているのはヤクザ者オンリーだが、これが全員高齢者ならデイサービスの風景である。

 そんな中、子分達と仲良く四人対戦中の勝男はこう話を振られた。

「アニキ、オジキはちゃんと満喫できとるんですかね? オジキが泊まるホテルで殺人事件が起きたって情報流れてまっせ」

「ハァ!? おんどりゃあ、何を空気を破壊しつくすようなこと言ってんねん!! 今マリパーやっとる最中やって――」

《ムワアアアアアアア!!》

「ああ、お前のせいで負けたやないかァァァァ!!」

 コントローラーを投げ捨て、話を振った子分に跳び蹴りする勝男。

 子分はキレイにすっ飛んでいき、中庭の池に豪快に落ちた。

「アカン、子分に八つ当たりするところやった」

「アニキ、もう手遅れです」

 勝男は子分に突っ込まれながらも咥えていた串を捨て、代わりに煙草を咥えて火を点けた。

「――まァ事件のことはわしもさすがに知ったわ。せやけどオジキなら心配あらへん……オジキのチェックインの時間と事件が発生した時間は一時間近くズレとる。予定通り到着しとるなら巻き込まれてないはずや」

『ハァ……』

 勝男はそう断言するが、心の中では組の中で誰よりも次郎長の身を案じていた。

 イタリアで起きたマフィア絡みの惨殺事件――運が悪いことに、それは次郎長が泊まる予定のホテルで起こった。だが勝男が心配しているのは次郎長がホテルに泊まれないことではなく、事件を起こした犯人が捕まっていないことだった。

 マフィア絡みとなれば裏のやり取りもあってイタリア当局としても踏み込みにくい所はあるだろうが、それでも全力で捜査をしているはずだ。それでも見つからないとなれば、次郎長がいつどこで逃走中の犯人と鉢合わせするかわからないのだ。〝大侠客の泥水次郎長〟として町の裏社会を牛耳っていた並盛の王者が逃走中の犯人如きに()られるタマではないだろうが、身元も何もかも名無しである犯人と殺し合う可能性も無いとは言えない。

(オジキ……大丈夫、やろうな?)

 

 

 勝男の予感は的中していた。日本から遠く離れたイタリアでは、次郎長がボンゴレ関係者のデイモンと斬り合っていた。

「はっ!」

「ヌフッ」

 

 ギィン!!

 

 刀と大鎌が火花を散らす。

 次郎長とデイモンの攻防は一進一退だ。得物は違えど、互いに一個勢力に匹敵する実力者であるのは揺るぎない事実。直撃すれば命ごと刈り取ってしまうような斬撃をぶつけ合い、肌を浅く斬っては斬られ、なおも勢いを殺さずに文字通りの死闘を繰り広げる。

「っ――中々できますね……この斬撃の強力さ、雨月を思い出す」

 デイモンは頬から血と共に一筋の汗を流す。斬り合いでは僅かに次郎長が上回っている証だ。

 大鎌は使い勝手は良くない部類の武器だ。長い柄のせいで刃から手元にかけては死角になり、相手に最接近を許すと何もできないまま攻撃されるという武器として致命的な欠点を抱えている。そもそもデイモンは幻術をメインとした戦闘スタイルなので、彼自身としては肉弾戦はあまり重視していないかもしれないが、それでもボンゴレ歴代最強の(ボス)のファミリーの幹部であったのだから相当の腕前だ。

 だが次郎長も彼と引けを取らない身体能力の持ち主。剣技こそ斬り覚えの喧嘩殺法でどの流派にも属さないデタラメな太刀筋だが、それを経験と喧嘩の才能が補うので常軌を逸した実力で彼に食らいついている。

「っ……思った以上に手強いな、雰囲気的には肉弾戦は向かねー野郎だと思ってたが……!」

「私は「実態のつかめぬ幻影」です。あなた如きに易々と見抜かれるような男ではありません!」

 デイモンは力を込めて大鎌を横薙ぎに振るうが、次郎長は大鎌を鞘で受け止めた。

「何!?」

「斬り合いはただ刃をぶつけりゃいいってもんじゃねェ」

 デイモンが驚いている隙に、次郎長は刀を逆手に持ち替えて柄で喉を殴った。

「ぐっ!?」

 喉を強打され顔をしかめたデイモンに、次郎長は撤退を促す言葉を発する。

「悪いこたァ言わねェ、ここらでもう退け。これ以上は――っ!?」

 次郎長の視界が、突然大きく歪んだ。空間がねじ曲がったような視界となり、平衡感覚が狂わされて立つこともままならなくなった。

「視界がっ……!」

「ヌフフ」

「危ない!!」

 デイモンは大鎌の柄の先の刃で次郎長の喉を刺そうと刺突を繰り出した。

 次郎長はデイモンと真の声、そして迫る殺気を察知して躱そうとしたが、あと少しというところで間に合わず右肩を貫かれ壁に叩きつけられ、刀と鞘を落としてしまい丸腰になった。

「ヌフフ……古里真の声が届いたとはいえ、幻術で視覚を完全に狂わされた状態で急所を避けますか。デカイ口を叩くだけはあるようですね、あくまで平和ボケした島国での話ですが」

「て、めェ……!!」

 品定めをするような目で勝ち誇った笑みを浮かべるデイモン。いつの間にか血は止まっており、それどころか傷痕も無くなっている。そんな彼に次郎長は痛みに顔を歪ませながらも、鬼の形相で睨みながら殺気を膨らませる。

 優劣がはっきりしていても、常人なら息を殺されそうな殺気を放つ次郎長。その瞳に宿るのはどす黒い感情が一切こもってない純粋な怒りだが、デイモンが今まで見てきた憤怒や憎悪とはレベルが違う。それこそ、かつて仲間(プリーモ)が弱者を虐げる悪党達に対して向けた怒りを彷彿させる。

 それが、デイモンにとって無性にかつ非常に腹立たしかった。

「……何なんですか、その眼は。たかが五流マフィアに恩を売られただけで、なぜその眼ができるんですか? なぜ剣を握って戦えるんですか?」

 容姿も性格も何もかもが違うのに、デイモンはⅠ世(プリーモ)と面影を重ねた。

 彼は優しいがゆえに強く在るべきボンゴレを弱体化させた。優しさが甘さになってしまい、護らなければならない存在を護れなくなった。それではダメなのだ。自分のファミリーを強くして頂点を目指す野心や欲望、その為には手段を選ばぬ非情さが必要なのだ。人の為ならばなおのこと。

 そう考えてるデイモンだからこそ、次郎長が気に食わないのだ。家族でもなければ友でもない、ましてや仲間でもない赤の他人の為に強大な力を振るう次郎長が、あの男(プリーモ)と似ているのだから。

「なぜ戦えるかなんざ……てめーにゃ死んでもわからねェよ……!!」

「ヌフ?」

「てめーのルールも持ち合わせてねー人間(やつ)は、悪事だろうが善事だろうが何やったってダメなもんだ……!!」

 次郎長は右肩を貫く大鎌の柄の先の刃を引き抜こうと、力を込めて押し返そうとする。

 デイモンは次郎長の言葉に驚くと、目を細める。

(これ程の男……この場で排除するのも惜しいですね)

 デイモンは他人の身体を乗っ取って長い時を生き続けて力を蓄え続けた。その力は人の域を超えており、並の人間では歯が立たない程の強さを手に入れている。他人の身体を乗っ取っている以上、当然「相性」というものも存在する。相性がよければ生前――ボンゴレⅠ世(プリーモ)の守護者の頃――の実力を発揮できるが、悪ければ体に染みついた戦闘技能が十分には発揮できなかったり幻術の精度に影響が出る。今のデイモンは後者の相性が悪い身体であるが、それでも歴戦のマフィア達を無傷で倒せるくらいの戦闘力は発揮できる。

 だが次郎長は、その絶対的な能力の差に追い込まれても怯まず必死に食らいつき、傷が増える体に鞭を打って大立ち回りを演じた。傷を負うごとに動きのキレが悪くはなるが、彼も全力で戦っているだけあってデイモンも深手ではないが久しぶりに傷をつけられた。

 それ程の力を有する男をこの場で殺すよりは、次郎長だけはこのまま生かして一生(・・)ボンゴレの為に忠を尽くさせてもらった方が得策だ。

「せっかくです、あなたの刃で彼らを葬っていただきましょう……そして誇りなさい。あなたは命拾いするどころか、私の為に――ボンゴレの為に忠誠を誓い尽くしてもらえるのですから」

 デイモンの右目に、スペードのマークが浮かび上がる。次郎長にマインドコントロールを施し、意のままに操ろうという訳である。

 これで次郎長の目にも同じマークが映り、虚ろな目になれば全てが決まる。古里真とその一家(シモンファミリー)は命懸けで庇ってくれた恩人に斬殺され、絶望に満ちた表情で五流マフィアらしい醜く汚い死に様を晒すだろう。そして自らの手中に収まった次郎長は、その剣をボンゴレに刃向かう愚か者共に切っ先を向けて強きボンゴレの人柱となってくれるだろう。目の前の男は随分と厄介な不確定要素であったが、利用価値の高さを考えると出会えてよかった。

 デイモンはニヤリと笑ったが、()うは問屋が卸さなかった。

「この変態野菜妖精野郎、筋者ナメんじゃねェ!!!」

 

 ゴッ!!

 

「ひぎいっ!?」

 次郎長はマインドコントロールを施される前に、デイモンの股間を蹴り上げ金的を喰らわせた。自らの勝利を確信していたデイモンは見事に受けるハメとなり、情けない声を上げて崩れ落ちた。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

「あ、は、ぐう……!!」

 肉体的にも精神的にも疲弊しきって片膝をつく次郎長に対し、デイモンは股間を押さえて動けないでいる。

 人の理から外れても、男は男であるようだ。

「ヌフ……ヌフフフフ、これは想定外です。まさかここまでとは……」

「ハァ……ハァ……おめーは詰めが(あめ)ェんだよ……人間ってのァな、己の常識で物事を判断すると墓穴を掘ることがあんだよ……」

「……」

 デイモンは思考に浸る。

 次郎長は幻術を見破り、更には〝器〟が上質ではないとはいえ互角に渡り合った男だ。仮に次郎長を始末したとしても、こうも派手な戦闘で時間稼ぎをされたら真犯人を見つけるべく躍起になってるボンゴレが嗅ぎつけてしまう可能性もある。そうとなれば間違いなく厄介事になるので、ここで一度退いて出直すのが賢明だろう。それに今ここで古里家を消さずとも、後で軌道修正すればいい。

 泥水次郎長という不確定要素により予定は大幅に狂ったが、全てが水の泡になったわけではない。そう結論づけたデイモンは、撤退することにした。

「――ヌフフ……仕方、ないですね……不本意ですが、ここで退くとしま、しょう……!!」

「……その方が互いに利がある」

 濃い紫の霧が、未だに股間を押さえるデイモンの体を覆いつくす。

Arrivederci(また会いましょう)……こ、今度会う時は覚悟なさい、泥水次郎長」

「アリヴェデルチ、〝ヌフフのナス太郎〟」

「!? だ、誰が〝ヌフフのナス太郎〟ですか!? 人をバカにするのも大概にしなさい!! 私は(デイモン)・スペードですっ!!」

「そうかい……じゃあな、変態野菜妖精〝ヌフフのナス太郎〟。詰めの甘さを直しとけよ」

「人の話聞いてました!?」

 漫才のようなやり取りの末、デイモンは次郎長に「今度会った時に〝ヌフフのナス太郎〟とか言ったら本気で殺しますからね!!」というフラグが立ちそうな捨て台詞(ゼリフ)を投げ掛けて姿を消した。

(やれやれ……ボケナス一人を片田舎から追い出すだけでこの様たァ、オイラもまだまだだな……)

 次郎長は一人の人間――ただし人の理から外れてるが――から古里家を護るだけで満身創痍になった自分を嗤いながら意識を失い、ゆっくりと前のめりに倒れた。

「親分!!」

「「おじさん!!」」

 気絶した次郎長に慌てて駆け寄る真達。

 右肩の出血や幻術の影響で心身共にかなりのダメージを負っているようだ。血がにじんだ股旅用の着物や体中に刻まれた切り傷が、いかに凄まじい戦いをしていたのかを物語っている。

「親分……」

「炎の気配がしたから、来てみたら……これはどういうことだい?」

 第三者の声が響き、真達は声のした方向へ振り向く。

 そこで佇んでいたのは……。

「〝復讐者(ヴィンディチェ)〟!?」

 マフィア界の掟の番人の登場に、真は動揺する。

「……復讐者(ヴィンディチェ)、一体何の用ですか?」

「彼の身を僕達が預かりにきただけさ。ジロチョウ自身にも用があるしね」

 その言葉に、真は絶句した。

 ヤクザとマフィアは似て非なる存在……次郎長の生きる極道社会(せかい)では掟の番人などは存在しないし、そもそもマフィア界の掟が通じない。そこへ復讐者(ヴィンディチェ)が手出しできるような道理は無いはず。

 次郎長と復讐者(ヴィンディチェ)には、どのような関係があるのだろうか。

「彼はマフィアではないけどマフィア界(こっち)に片足突っ込んでるんだ。協定をこんな形で破られると困るしね」

「協定?」

「君らには知る必要の無い話さ」

 真がバミューダとイェーガーを相手にしている間にも、二人を除いた復讐者(ヴィンディチェ)達が気絶した次郎長と彼の刀を回収して炎の中へと消えた。

 炎真と真美はその後を追おうとしたが、真矢が制した。彼女もマフィアの当主の妻――復讐者(ヴィンディチェ)の恐ろしさを知っている。

「心配せずとも、牢に閉じ込めるわけじゃない。ケガが治れば解放するさ……ただ、彼がそう望むのかは知らないけどね」

「どういうことです?」

「それも君らに教える義理は無いが……このまま帰る気ではいられないんじゃないかな?」

 包帯で顔を覆っているためどんな表情をしているかは知らないが、真は赤ん坊(バミューダ)が笑った気がした。

 その声色は、呆れているとも取れれば面白がっているようにも取れる不思議なモノであった。

「……さてと、ここらで失礼するとしようか。イェーガー君」

「御意」

 バミューダはイェーガーと共に真っ黒い炎の中へと姿を消した。

「父さん……」

「大丈夫だ……復讐者(ヴィンディチェ)は約束は守る。後は親分次第だ」

 泣きそうな息子(えんま)の頭を、真は優しく撫でた。




次郎長とDの初勝負、どちらが勝ちと思えるかはご想像にお任せします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的23:イェーガーの正論

卒業式と謝恩会があって遅れました、申し訳ありません。


 次郎長はふと目を覚ました。

 視界には重厚な石造りの天井が広がっており、窓に目を向けると真っ白い雪景色と吹雪が確認できる。

「ここァ……」

「気がついたか、ジロチョウ」

 次郎長の顔を覗くのは、バミューダと行動を共にするイェーガー。その隣では、長であるバミューダが座っている。

「――病室じゃねーなこりゃ。化け物屋敷か何かか」

「君、死にたいのかな?」

「……悪かったな、正直に言っちまって」

「思ってるんじゃないか」

 次郎長の言葉にバミューダは不快そうな声色で言葉を並べる。

 ここはバミューダ達〝復讐者(ヴィンディチェ)〟の本拠地である牢獄の管理室みたいなところのようだ。傷の手当ても彼らがしてくれたようで、体には上半身を中心に包帯が巻かれている。

「三日間ピクリともしなかったからお迎えが来るんじゃないかと思ったけどね」

「地獄の閻魔が「(おとこ)を磨いて出直して来い」って呆れてたんだろうよ。――って、あの程度(・・・・)で三日も寝てたのかオイラは!?」

「あの程度って、君……」

 バミューダは思わず溜め息を吐く。

 術士の幻術は、強さに応じて幻覚のリアリティも増していき、慣れていない者が大量に幻術を魅せられると船酔いなどに類した「幻覚汚染」と呼ばれる症状が現れる。ましてやデイモンは凄腕の術士なのだから、彼の幻術を魅せられたら並の人間は死に至る可能性すらあり得る。

 精神的なダメージは肉体的なダメージよりも遥かに治りが遅い。次郎長のように三日で回復する方が異常なのだ。

「まァ君が無事でよかった、君のように自由に動ける協力者はいてくれるとありがたいからね」

「――バミューダ……アレは何だ」

「?」

「知ってんだろ? あのヌフフのナス太郎は――(デイモン)・スペードってのァ何者なんだ」

 次郎長の脳裏に蘇る、未知の領域に達した頭の房が特徴の死神(てき)――ヌフフのナス太郎こと(デイモン)・スペード。狡猾で残忍な彼は、大侠客次郎長を大いに苦しめ追い詰めた。

 生まれて初めて見た得体の知れない敵に、次郎長は恐怖心と警戒心を募らせた。

「オイラはヤクザだ、おめーさんらのように稼業始めて裏社会に関わるようになってから色んな奴を見てきてらァ……だがあんなに気味の(わり)ィ野郎は初めてだ。アイツは文字通り家光の野郎(バカ)に化けてやがった」

「……」

「もう一度言う。バミューダ……アレは何だ」

「……(デイモン)・スペードは「古の霧」。遥か昔、ボンゴレファミリー創世記に遡る」

 バミューダは次郎長に語り始める。

 (デイモン)・スペードはボンゴレファミリーの初代ボス・ボンゴレⅠ世(プリーモ)の「霧の守護者」というファミリーの実態をつかませない役割を担う幹部だったという。ヤクザのように公然と構えない徹底した秘密主義のマフィアらしい役割ではある。

 デイモンはボンゴレの在り方でⅠ世(プリーモ)と対立し、ついに彼をボンゴレから退去させ、自分だけが引き続きⅡ世(セコーンド)の守護者となり一介の自警団に過ぎなかったボンゴレファミリーを後世まで続く巨大マフィアとなる基礎を作ったという。強さと優しさを兼ね備えたボスを裏切り、弱者を護る自警団を泣く子も黙るマフィアへ変えたのだ。 

「君の前に現れた男が本物の(デイモン)・スペードなら、他人の肉体を乗っ取って生き続けているんだろうね」

「――本物(マジ)の化け物かよ。クソ、できればあの場で片ァつけたかったが……さすがにそうはさせちゃくんねーか」

「それで生き残るどころか一矢報いた君も人のことは言えないよ」

 悔しがる次郎長にバミューダは呆れる。

 Ⅰ世(プリーモ)はボンゴレのボスの中でも歴代最強とされている男。その男の直属の部下もまた、とんでもない強さを有していることに他ならない。そんなデイモンを仕留めることはできずとも撤退させた時点で大金星である。

「……野郎は何をしでかす気だ」

「それは僕にもわからないさ」

 クスクスと笑いながらバミューダは言う。

 バミューダ達が必要以上にファミリーのゴタゴタに介入しない可能性もあるだろうが、遥か昔から生き続けた亡霊はとても狡猾な輩らしい。マフィア界でも恐れられる掟の番人にも勘づかれないよう、息を潜めて水面下で蠢いていたのだろう。

「……じゃあもう一つ訊く――ボンゴレファミリーと古里家には何があった?」

「ジロチョウ」

 バミューダは氷のように冷たく次郎長の名を出す。周りの復讐者(ヴィンディチェ)達も殺気立っており、次郎長は眉間にしわを寄せる。

 どうやらあまり触れてはいけない案件のようだ。

「また掟か? ヤクザのオイラにゃ通じねーから別にいいだろうが。それに古里家を必死で護ったんだ、ちったァ融通利かせろよ」

「ならぬ。ボンゴレとシモンの「誓い」は、何人たりとも穢してはならないのだ」

 イェーガーの言葉を聞き、次郎長は鼻で笑った。

 大方、その「誓い」とやらは両ファミリーの未来を想って当時のボスが固く交わしたものだろう。だが現実にはその誓いを嘲笑うかのように古里一家(シモン)D・スペード(ボンゴレ)に襲われた。この時点で誓いは穢されたも同然だ。

 当時のボスは子孫を信じていただろうが、問題なのはその子孫が誓いを知っているかいないかだ。知っていれば争いは避けてたはずなのに、その争いは数日前に勃発寸前となりかけた。しかもあの男(デイモン)はその誓いを知っている可能性も十分にあり得る。知った上でボンゴレがシモンに喧嘩吹っ掛けたら本末転倒だ。

「……秘密主義のてめーらだ、そういう回答がくるたァ思ってたよ。それにイェーガーだっけ? おめーさんの言葉で何となく察したよ」

「……」

「後先考えとくべきだったな……誓いなんて軽々しくやるモンじゃねェ。子孫がよくてもソイツらの部下(まわり)がダメなら結果は同じだろ?」

 辛辣な言葉を並べる次郎長に、バミューダ達は言い返さない。

 誓いとはある事を必ず成し遂げようと決心または約束することで、誓ったことは恐れずすみやかに必ず果たさなければならない。だが誓いには実行できないようなことを平気で約束したり、いつまでもその約束を実行しようとしなかったりするケースがある。最悪の場合、その誓いを無かったことにしてしまうこともある。ゆえにどんなに厚い信頼関係があろうと軽々しく誓うことは禁物なのだ。

 ボンゴレとシモンも然り、当時のボス達が誓っても次代がその誓いを果たし続けねば意味が無い。果たせない誓いや果たす気の無い誓いは、ただ苦行と不幸を招くだけの呪縛として残るのだ。

「……まァ、オイラにとっちゃどうなろうが知ったこっちゃねーがな。ケガの手当てありがとな、迷惑かけちまった」

 次郎長は起き上がると、ベッドの傍に丁寧に畳まれた着物に手を伸ばして着替え始める。

「どこに行くんだい?」

「ある程度傷は治ったんだ、ここらでリハビリちょっくらして日本に帰るとすらァ」

 着替え終えた次郎長は、刀を腰に差してマントを羽織った。

 その直後、バミューダが鎖を放って次郎長の足に巻きつかせた。

「……何のマネだ」

「せっかくイタリアに来たんだ、君に仕事をしてもらおう」

「てめーらの仕事をオイラに押し付けるのか? 協定上オイラは復讐者(てめーら)とは手ェ組んでも下っ端になる気はねーぞ」

 次郎長は鋭い眼光でバミューダを睨み、刀の鯉口を切る。

 ビリビリと窓ガラスが軋み、部屋の温度が外の吹雪のように一気に下がる。殺気立つ次郎長に、バミューダは包帯の下で笑った。

「僕と()る気かい? ジロチョウ」

「意地の張り合いなら受けて立つぞ」

「ドロミズジロチョウ、無謀なマネは止せ」

 復讐者(ヴィンディチェ)の一人・アレハンドロは次郎長を牽制する。そんな彼に続き、イェーガーはぐうの音も出ない正論(ことば)を投げ掛けた。

「ジロチョウ……たとえ我らが主・バミューダを出し抜いたとしても、この牢獄から下界までどう戻るつもりだ?」

「――全くだ、帰り方(それ)を忘れてた!!」

 ごもっともなイェーガーの正論に、次郎長はすっかり忘れてたらしく頭を抱えた。

 復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄はマフィア界の人間でないとわからないような遠く離れた雪山の奥地にある。仮に外に出られたとしてもどこへ向かって下りて行けばいいのかわからず、下手をすれば遭難という元も子もない事もあり得る。それこそ本末転倒だ。

 つまり次郎長はどう足掻いてもこの鉄壁の牢獄からは出られないのだ。色んな意味で。

「やっぱり君は面白い、見ていて飽きないよ」

 愉快そうに笑うバミューダ。

 次郎長は詰んだ状況に置かれていると悟ったのか、両手を上げて溜め息を吐いた。 

「ハァ……わーったよう。だがヤクザに借り作るからにはオイラの要求を呑め、それが筋だ」

「要求ね……一体何だい?」

「……オイラを鍛えてくれ」

 次郎長の要求は金でもなければ地位でもなく、自らの師匠となってもらうことだった。

 バミューダは訝しげに理由を問うと、次郎長はこう答えた。

「古里の件で学んだことが一つある……自分(てめー)の未熟さだ。どんなことがあろうと護りてーモンがあんなら、てめーが変わるしかあるめーよ。アイツのような野郎がこの世に一人だけとは限らねェ、オイラは世界に合わせて強くならなきゃならねェ」

「……そう言う可能性もあるだろうとは思ってはいたけど、まさか本当に言うとは。君という人間は本当に面白い、赤の他人の為に強くなろうとするなんて」

「それが任侠ってモンさ。弱きを助け強きをくじくのが侠客(オイラ)の仕事だ」

 面白がるバミューダに対し、次郎長はそれを当然のように語る。

 警察や公安が昨今の極道組織を「悪辣な犯罪を組織的に敢行している犯罪組織」と見なし、現に掲げる任侠がお題目に過ぎない組もあるが、元を辿れば無頼漢が自警や相互扶助を目的に組織化したのが極道組織である。「任侠道」を標榜する以上はそれに沿った生き方をせねばならない。

 それに次郎長自身、事情はどうあれ困ってる人間を放っとくことには耐え辛い人間(タイプ)だ。とりあえず手を差し伸べてみることが日常でもよくとる行動で、ある種の癖の領域に達している。だからこそ、出会って間もない古里一家を気にかけて己を鍛えることを選んだのだ。

「今更だけど人間の頃(・・・・)みたいな感じを楽しむってのも悪くないね、それで手を打とうジロチョウ」

「……?」

 バミューダの意味深な発言を耳にし、怪訝な表情をする次郎長。

 だが訊くだけ野暮と思ったのか、それについて質すことはせずに携帯で数字を打って勝男に連絡を取った。

「おう、勝男か?」

《オジキ! 無事やったんやな、わしら三日前の事件で肝冷やしとったんじゃ!》

「別に巻き込まれちゃいねーよう。ただ別の面倒事に巻き込まれてな……もう暫く組を任せてもらっちゃくれねーかい。それと奈々に連絡して家光のこと訊いてくれ、居るか居ないかでいい。あと国際電話って料金バカ(たけ)ェからもう切るぞ」

《ファッ!? オジキ、要件だけかいな!? まだ話したいこ――》

 

 ブツッ

 

 勝男に用件だけ伝えた次郎長は電話を切り、バミューダ達と向き合う。それを見ていたバミューダ達は、目が隠れているためわからないが遠い目をする。

 義理人情を重んじる割には若頭に要件だけ伝えるのは、子分を信頼しているからだろうがもう少し話してもいいだろう。次郎長は組の扱いが少しテキトーな面が多いのではないだろうか。

「君って、要件人間だったりする?」

「やかましい」

 

 

           *

 

 

《国際電話って料金バカ(たけ)ェからもう切るぞ》

「ファッ!? オジキ、要件だけかいな!? まだ話したいことめちゃんこあるんやけど!? どこの馬の骨だか知らん三下が絡むわ、どういう風の吹き回しか商店街に妙なメイド喫茶できるわ、源外のじいさんが変な発明するわで――ってああ! 切られてもうた!」

 一方、要件だけ伝えられて電話を切られた勝男は頭を抱える。

 組長が不在の間は若頭が組長代行となって組を取り仕切る。次期組長として暫定されている勝男は、現在溝鼠組に所属している全ての組員の中で最も長く次郎長の背中を見てきた。彼ならばあともう暫く任せても問題ないだろうと次郎長はシノギも町の治安も頼んだのだ。

 だが次郎長と比べると勝男は目に見えて劣る。次郎長は一から極道組織を創り上げて勢力を拡大させ、溝鼠組を町の裏の統治者としての地位を確立させた。勝男は次郎長と会う前はごく少数の勢力で暴れており、彼と出会ってその人柄に惚れて彼の子分になった。次郎長はあらゆる面で勝男を上回っている。

 だからこそ、勝男は燃えるのだ。溝鼠組を創り町の顔役として君臨する大親分〝大侠客の泥水次郎長〟に匹敵する「〝黒駒勝男親分〟への道」を突き進む大事な一歩だとして。

「アニキ、オジキは……」

「何か別の厄介事で暫く戻りそうやないらしい……せやからここが正念場や!」

 次郎長不在の今、極道関係者の干渉・介入は増えつつある。源外の方はともかく、メイド喫茶の件も店を開いているだけなのに風紀委員会が監視対象として首を突っ込んでいる。たった一人の人間がイタリアへ旅行に行っただけでこの有様だ。

 こういう時にこそ、勝男は若頭としての手腕が試されるのだ。現役では間違いなく最強であろう次郎長親分が一線を引いたら、勝男が組を引っ張っていくことになる。次郎長不在時は、そのデモンストレーションであるのだ。勿論それを評価するのは次郎長であり、彼が納得いくような活動をせねばならない。

「わしはお前らのアニキじゃ、アニキらしくオジキに代わって引っ張ってかなアカン」

「アニキ……!」

「並盛町はわしらのモンじゃ、わしらの力で護るんじゃ」

 そう意気込んだ勝男は、乱れた髪型を整えて含み笑いを浮かべた。




次回はエストなんとかファミリーと全面衝突します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的24:エストラーネオファミリー

評価が段々上がってきてる!
皆さん、ありがとうございます。


 イタリアに渡ってから、早一週間。

 次郎長は協定を理由としたバミューダ率いる復讐者(ヴィンディチェ)の要請――ほとんど命令に近いようなものだが――に応え、彼らの仕事を手伝っていた。

「……ホラよ、さっき潰した連中が持ってた資料だ」

「侠客を名乗るだけある、仕事には律儀なんだね君は」

自分(てめー)が蒔いた種は自分(てめー)で刈り取るのが男だ」

 顎で使われてるように思えて露骨に苛立ちを露わにする次郎長に、バミューダはクスクスと笑う。

 次郎長に与えられた仕事は、バミューダが目をつけた組織を壊滅させることだ。バミューダが目をつける組織の多くはマフィア界の掟に反した勢力だが、中には掟に触れるギリギリの線で活動する連中もいる。そういう連中を摘み取るには組織に介入して真偽を確かめる必要があるのだが、復讐者(ヴィンディチェ)は掟の番人であるために「掟無き闇の勢力」に手を出すのは容易ではない。マフィア界からは恐れられても、他の世界――ヤクザやギャング、イタリアとは違った別のマフィアグループ――から見ればイタリアマフィアを牽制できる都合のいい存在であり、場合によっては悪用されかねない。

 そこで次郎長に課せられたのは、一線を越えるか否かの瀬戸際で活動するマフィアを抑制し、越えていればその組織を殲滅することだ。そもそもバミューダが次郎長に目をつけ協定を締結したのは、ボンゴレとの関わりや彼自身の実力もあるが一番はマフィア界との関わりが深くなっていること――ヤクザの世界とマフィアの世界の両方を行き来する次郎長は復讐者(ヴィンディチェ)にとっても都合がいいため、協定を締結することで自分らの思い通りに動いてくれる強力な手札を手に入れられた。次郎長も〝バミューダの狗〟に成り下がるつもりは毛頭ないと主張しつつも、マフィア界で流れる正確な(・・・)情報を手に入れられるという利益を踏まえて次郎長個人として(・・・・・・・・)彼らの為に動くことを「通すべき筋」として了承している。

「んで、次ァどこへ行かせる気だ?」

「そうだね……じゃあエストラーネオファミリーのところに行ってもらうかな」

「逝ってもらうの間違いだろ、四日連続でマフィアグループ潰すのァ一応疲れるんだぜ」

 次郎長は「人使いが粗い連中だな」とバミューダ達を揶揄する。

「で、そのエスト何とかファミリーは何をやらかしてるんだ」

「エストラーネオファミリーね。彼らはキナ臭い噂の絶えない連中でね、噂じゃあ誘拐した子供達を実験台にしているらしい」

 バミューダの言葉を聞き、次郎長は目を見張った。

 次郎長は違法薬物の密売や人身売買、売春の斡旋といった稼ぎ方を嫌っているため手を出してないが、ヤクザの世界でも誘拐はよくある話だ。その理由は身代金や人身売買によってシノギを得るためであり、特に人身売買は裏社会にとって武器取引や麻薬取引についで三番目に大きな資金源であるのでまとまった巨額の利益を得られる。そこはマフィアの世界でも共通なので、ファミリーの経済面を支えるための活動なのだろう。

 だが人体実験は初耳だった。誘拐した子供で人身売買するのではなく人体実験の被検体にするという狂気の行動をしているファミリーがいることに、次郎長は絶句すると共に怒りが沸いてきた。

「……てめーらは何もしなかったのか」

 怒りの矛先は、バミューダにも向いた。

 なぜその子供達を助けようとしなかったのか。そんなファミリーをなぜ潰さなかったのか。マフィアどころか人間としてのクズを野放しにするのか。そんな憤怒の激情を孕んだ視線が、バミューダ達に注がれる。

「噂程度で僕らが易々と動けると思えるかい?」

 バミューダの冷たい一言に、次郎長は意味を理解して舌打ちする。

 裏社会では情報戦も重要だ、組織を護るために多くのデマ情報が流れる。それを見極めなければ取り返しがつかない。それはバミューダ達も同様であり、根拠のない噂話を信用して牢獄に放り込んで冤罪が後でわかったら、掟の番人としての存在意義が揺らいでしまう。

 だからこそ確固たる証拠を掴むことが大事であり、立場を濫用して何でもかんでも首を突っ込んでいい訳でもないということなのだ。それに下手に動けば勘づかれて雲隠れされてしまう可能性もあり得るので、罪人を捕らえ裁くとはいえ迂闊に動くのも問題だ。

「だからこそ、君が必要なのさ。協力者ならば好きに動けるしね」

 ――日本の極道が復讐者(ぼくら)と裏で手を結んでるなんて、夢にも思わないだろう?

 そう言ったバミューダは笑った。

 要は次郎長にエストラーネオファミリーに殴り込んでもらい、復讐者(ヴィンディチェ)が動く口実を作れということだ。

「……おめーさん、それって違法捜査に(ちけ)ェんじゃねーか?」

「裏社会に表社会の常識は通じないよ」

 バミューダの投げ掛けた言葉に、次郎長は顔を引きつらせて同意した。

 

 

 数時間後、次郎長は復讐者(ヴィンディチェ)の能力でエストラーネオファミリーのアジト付近に移動した。

「我々が手を貸せるのはここまでだ」

「ありがとよ、あとはオイラに任せな」

 力を貸してくれた復讐者(ヴィンディチェ)に、次郎長は礼をする。

「しかし、てめーらの操る炎は何なんだ? 瞬間移動なんざ……」

「ドロミズジロチョウ、〝夜の炎〟への追究は許さぬ」

「――〝夜の炎〟か。その言い分だとてめーらの専売特許ってやつらしいな……なら追究する筋合いはねーわな、オイラとしちゃあ知ったところでどうにもならねー気もするが」

「賢明な判断だ」

 復讐者(ヴィンディチェ)はそう告げると、夜の炎の中へと姿を消した。次郎長はそれを見届けると、アジトの方へ視線を向けて動き出した。

 秘密主義のマフィアグループだ、戦力は未知数で相当の数の銃火器を揃えてると考えた方がいい。正門もマシンガンで武装した構成員が警備兵として監視しており、見た感じでは警備も厳重でバレずに侵入するには骨も折れそうだ。

「そうとなれば、取るべき行動は一つだ……なっ!」

 次郎長はそう言うと全速力で正門へと向かい、門番を叩きのめしてから得意の居合で巨大な正門を一太刀で破壊。そのまま高速で駆け抜けた。

 次郎長が執った策は「闇夜に乗じて忍び込む」でも「敵をおびき出して闇討ちする」でもなく、攻撃開始の途端本陣まで一気に突き進む「正面突破」だ。多くの極道組織と海外勢力による干渉・介入を跳ね除けてきた次郎長ならば、常軌を逸した状況でも生還できる。

「るおおおお!」

 マフィア構成員に囲まれながらも、それらを捻じ伏せて猛進する次郎長。淡々と敵を屠り薙ぎ倒していくその姿は、修羅そのものだ。

 彼の戦法は刀を振るうだけでなく、蹴るは殴るは鞘や柄で叩きつけるは、何でもありの「型」が存在しないデタラメぶり。だが次郎長は一対一(サシ)よりも一対多数の戦いの経験の方が多いため、どれ程の人間に凶器を向けられても一切怯まずに突っ込んでいく。

「命がいらねー奴から前に出ろ!! オイラァ早く娘と子分の面ァ拝みてーんだよ!!」

 

 

           *

 

 

 痛みを訴える悲鳴と絶望に満ちた叫びが木霊する無間地獄――それが人体実験の被検体であるオッドアイの少年・六道(ろくどう)(むくろ)の日常だった。

 その無間地獄に光が差し込んだのは、白衣の男達に連れられて実験室に入った時だった。

「……おい、外が随分騒がしくないか?」

「そう言えば……」

 実験室は奥にあるので響く音は小さいが、何十人もの怒声や奇声、そして悲鳴と銃声が聞こえる。声だけなら喧嘩だろうと認識できるが、銃声まで聞こえたら思いつくシナリオはただ一つ。

「まさか、襲撃を受けているのか!?」

 一人の白衣の男の呟きにより、顔色を悪くする一同と怪訝な表情をする骸。

 今までなかった事態に白衣を着た構成員達が一人、また一人と狼狽え始めた、その時――

 

 ドゴォン!!

 

『!?』

 扉をぶち破って来たのは、一人の黒スーツ姿の構成員。

 白目を剥いたその顔は血だら真っ赤で右頬には殴られた痕があり、余程強烈な一撃だったのか拳の形がくっきりと浮かび上がっている。

「ここァ……実験室か? おいおい、バミューダの奴の情報は本物だったのかよ。最悪じゃねーか」

 実験室に現れたのは、股旅姿で顔の十字傷と銀髪に近い白髪が特徴の色黒の男――次郎長だ。

「な、何だ貴様!?」

「あ? 何だチミはってか? そーです、私が泥水次郎長親分でござんす」

 テキトーに――というよりもフザけて――仁義を切る次郎長。

 しかし白衣の男達はその名を聞いて眉間にしわを寄せ、暫くすると顔を青褪め震え上がった。

「ジロチョウ? ……まさか!?」

「コイツがボンゴレ9代目の守護者の腕を斬り落とした男なのか!? なぜここに!?」

 まさかの乱入者に、研究員と思われる白衣の構成員は動揺を隠せないでいる。

 数年程前にある噂を聞いていた。それは「ボンゴレ現当主の9代目とそのファミリーが日本のヤクザと小競り合いになった」というもので、イタリア最大のマフィアグループの幹部たるコヨーテ・ヌガーが義手とはいえ片腕を斬り落とされたというマフィア界を揺るがす事件だ。その腕を斬り落としたのが、泥水次郎長と名乗る極東の島国・日本のある地方都市の裏社会の頂点に立つ〝ならず者の王〟だった。

 その男が、なぜかイタリアにいるどころか目の前に立っている。経緯は不明だが、見られたからには生かすわけにはいかないと各々が得物を構える。

「貴様、どうして入ってこれた!?」

「んなもん決まってんだろ、メタルギアのスネークみてーに潜入できっこねーから正面突破だ。詳しく知りたきゃ後で確認しな……できたらの話だが」

 次郎長は実験室の周りに目を配る。

 血の臭いが充満する実験室は、ホルマリンに漬けられた人体の一部や無造作に捨てられた血だらけの白衣など、吐き気を催すような光景であった。

「胸糞(わり)ィことしやがって……人体実験ってどこの強制収容所だ、ヤクザの業界でもやらねーぞ」

 不快感を露骨に出す次郎長。

 その隙にメスを持った白衣の男が二人、次郎長に襲い掛かった。だが次郎長は襲い掛かった二人の顔を鷲掴みにすると、思いっきり床に叩きつけた。床にはヒビが生じ、男二人はそのままピクリとも動かなくなった。

「そんな安物の鈍を持たせたところで、何人束になろうとオイラの(タマ)を取ろうなんざ百年(はえ)ェ」

「なっ!?」

 刹那の瞬間だった。

 次郎長はいつの間にか距離を詰めて白衣の男達の一歩手前まで接近しており、目にも止まらぬ速さで抜刀して薙ぎ払った。男達は血飛沫と共に吹き飛ばされ、そのまま床に伏した。

 それを一瞥した次郎長は刀を鞘に収め、骸と向き合う。青い左の瞳と「六」の文字が入った赤い右の瞳が、眼光鋭い灰色の瞳を捉える。

「……坊主、無事か?」

「ひっ……こ、来ないでください!」

 骸が次郎長を拒絶した瞬間、辺り一面が一瞬で火の海になった。

 しかし熱を一切感じず、それどころか着ている着物やマントにすら火が燃え移っていない。この感覚は、次郎長もよく知っていた。

(コイツァ……アイツも(・・・・)か?)

 先日のデイモンと同じく、目の前の少年も幻覚を操る能力があると次郎長は確信した。ふと彼の右目を見ると、先程は「六」の文字であったのに今は「一」の文字に変わっている。

 人体実験で、何か特殊な能力を植え付けられたのだろう。マフィアのことだ、少年兵のような立場で抗争に向かわせてファミリーを始末するという魂胆だろう。

「な……なぜ、効かないのですか!? 同じマフィアのはずです!!」

「数日前に似たような野郎と殺し合ったからな………それにオイラはマフィアじゃねェ、ヤクザでい」

「ヤクザ……?」

「そこで伸びてる連中よりは紳士的な自由業をやってる野郎だよう。ったく、旅行で訪れといて刺客と殺し合うわ化け物屋敷に連れてかれるわ、挙句の果てには自分(てめー)から厄介事に首突っ込んで散々なんだぞ? 柄にもなくオイラが泣きてーわ」

 骸の警戒心と恐怖心を孕んだ視線など意にも介さず、その場で胡坐を掻く次郎長。あまりにも場違いな態度に、骸は困惑する。

「そんで……後ろのガキ共は?」

「っ!」

 次郎長は骸の後ろにいた子供達に目を向ける。

 泣きながら睨みつけ、体を抱きしめ合い、ガラス片やメスを手にしている。子供達に敵意の視線を向けられた次郎長は苦笑いする。

「これで連中が黒だとわかりゃあオイラは用無し……おいガキ共、こっから出るぞ」

 次郎長の言葉を耳にした子供達は、声を上げて泣き出した。

 ようやく自由の身になれたのだ。マフィアがヤクザに成敗されるという皮肉な展開だが、そのマフィアによって人の扱いを受けず実験台として虐げられた彼らにとっては(ぎょう)(こう)だ。

「そういやあ坊主、名前は?」

「……骸、です……」

「そうかい。(わり)ィな骸、敵さんはこのままじゃ納得いかねーようだ」

 次郎長はそう言って立ち上がり、後ろへと振り返る。

 視線の先には、満身創痍のマフィアの構成員数名が殺気を放って睨みつけていた。

「何でい、大人しく()られてたふりすりゃ痛い目に遭わずに済んだってのに……人生は重要な選択肢の連続だ、わざわざババを引くたァ根性だきゃ(てェ)したもんだな」

「貴様、よくも……我々エストラーネオファミリーを敵に回すのか!!」

「敵に回す? この次郎長がてめーらのような仁義を通さねーバカ共に従うとでも思ってるのか? そう思ってる時点でお門違いだ、顔洗って出直して来い」

 次郎長は彼らを嘲笑すると、煽られて激情に駆られたのか銃を構えた。

 それを見た子供達は怯え震えるが、次郎長は意にも介さないのか煙管を取り出して刻み煙草を詰め、火を点けて吹かし始めた。

「な……貴様、どういう状況かわかってるのか!?」

「オイラは至って真面目だぜい……何てったってオイラの出番はここまでだからな」

「何だと……!?」

「後ろを見な、それが答えだ」

 次郎長はニヤリと笑みを深め、エストラーネオファミリーの構成員達の背後を指差した。

 構成員達は怪訝な表情を浮かべながらゆっくりと後ろを振り返ると、無数の鎖が飛んできて首に巻き付いた。その鎖を見て、男達は震え怯え始めた。

「ま、まさか――〝復讐者(ヴィンディチェ)〟!?」

「……罪人ヲ牢獄ヘ連レテイク」

 危険かつ謎の存在であるマフィア界の掟の番人が現れ、状況は一変する。

 エストラーネオファミリーは混乱し、拘束された者達は涙を流したり抵抗したりする者が現れ、中には次郎長に助けを求めたりするという惨めな醜態を晒している。そんな中でも冷静な輩がいたのか、復讐者(ヴィンディチェ)は質された。

「な……なぜだ復讐者(ヴィンディチェ)! お前達は我々を裁く道理など――」

「貴様ハ勘違イシテイルナ……我々ハ貴様達ガ襲撃ヲ受ケテイルノヲ目撃シテ駆ケツケタノダ」

「なっ――」

「駆ケツケテミレバ死屍累々ノ惨状……シカシ調ベ回レバ貴様達ガ人体実験ヲ行ッテイル証拠ヲ見ツケタ。法デ裁ケヌ者達デアル以上、黒イ噂ノ絶エヌ敵対勢力(ファミリー)ノ構成員ナラバ多少ハ目ヲ瞑ルコトモ考エタガ、コノ世界(・・・・)トハ無縁ノ子供達トナレバ話ハ別……重罪ダ」

 復讐者(ヴィンディチェ)の言い分に、男達は絶句する。

 彼らは次郎長が殴り込みをかけた状況を利用してエストラーネオファミリーのアジトのガサ入れを行い、非人道的な人体実験をしていた数々の証拠を掴みその場で裁きを下したのだ。もっとも、すでに次郎長と復讐者(ヴィンディチェ)が繋がっていてエストラーネオファミリーの黒い噂も知っていたため、何がどうなろうと悪足掻きに過ぎないのだが。

「ジ……ドロミズジロチョウ、コノ件ハ手出シ無用ダ」

(アイツ、今オイラのこと下の名前で呼ぼうとしたな……)

 次郎長はそんなことを呑気に考えながら、挨拶するように手を振る。

「なぜだ、このタイミングで復讐者(ヴィンディチェ)が介入など……っ!! ま、まさか貴様らは――」

 男のその言葉を最後に、復讐者(ヴィンディチェ)は〝夜の炎〟の中へと消え、辺りを静寂が支配した。復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄に連行された彼らは、二度と日の目を見れないだろう。

 しかしこれで次郎長の名は更に広く知れ渡るだろう。人の目とはどこにあるかわからないものだ、噂話は伝染病のようにあっという間に広まるので極道世界だけでなくマフィア界からも目をつけられるハメになるのは明白だ。

「さてと……これで解決したとはいえどうするか」

 子供達の待遇をどうしようか迷った時、再び〝夜の炎〟が発生してバミューダとイェーガーが現れた。

「本当に一人で潰したんだね」

「潰したはいいものの、ガキ共をどうするか迷っててな……こんな所に居続けるわけにもいかねーし」

「ふうん……じゃあとりあえずこっちに連れてこうか。処遇はその後にしよう」

 バミューダがそう言った途端、人間一人分の大きさだった〝夜の炎〟が一気に次郎長達を包み込める程に大きくなってその場にいた全ての者をのみ込んだ。

 そして炎が消え、誰もいなくなったのだった。




次回辺りでこの章は終わり、原作開始時点に向けてトントン拍子で話を進めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的25:去り際の一言で印象は決まる

4月から本格的に働くので、更新が遅れると思います。
ご了承ください。


 復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄で、次郎長はバミューダと会話していた。

「おい、バミューダ……これで満足か……?」

「そうだね、面倒事は粗方終えたところだし良しとしよう」

「おっしゃー……トライアスロンがやっと終わったか……!」

 次郎長は床に寝っ転がり、大の字に体を広げる。疲弊しきっているのか疲れが目に見えており、かなりの数の仕事を寝る間も惜しんでこなしていたことが伝わる。

 というのも、あのエストラーネオファミリーの件が終わった後も次郎長は仕事を続け、バミューダ達がマークしていた掟のグレーゾーンで悪逆の限りを尽くすマフィアを殲滅していたのだ。掟の対象外であるコーサ・ノストラをはじめ、アルバニアに拠点を置く犯罪組織「アルバニア・マフィア」と結託して掟を犯しているマフィアやコーサ・ノストラより閉鎖的で暴力的だとされる「ンドランゲタ」、ナポリを中心として根を張る「カモッラ」、プッリャ州を拠点としている「サクラ・コローナ・ウニータ」を相手取り、無傷とまではいかなかったが五体満足でどうにか帰ってこれたのだ。

 これ程の組織をたった一人で蹂躙した次郎長は、さすがと言ったところだろう。

「ハァ……さすがにしんどかった……もう切り上げていいよな?」

「いいよ、これくらいやってくれれば僕達も動きやすくなるというものだ」

「ああ……やっと帰れらァ……!」

 ついに復讐者(ヴィンディチェ)からの依頼を全て終えた次郎長は、解放感と達成感に笑みを溢した。

 すると、ゆっくりと扉を開けて子供が三人寝っ転がる次郎長に近づいた。 

「! ――おめーさん、ここにいたのか」

「また、会えましたね……」

 起き上がれば、視線の先にはオッドアイのパイナップル――骸がいた。その後ろには見慣れない子供が二人いるが、おそらくあのファミリーの人体実験の被検体だった子だろう。

 骸から説明でも受けたのか次郎長への敵意は無いが、やはり人体実験で虐げられたからか次郎長という大人(・・)に対する不信感と恐怖感は根強く残り警戒しているようだ。

城島(じょうしま)(けん)柿本(かきもと)千種(ちくさ)です」

「そうかい……無理に口答えはしなくていい。大人に苦手意識持っちまったんでい、そう簡単に消えやしねェ」

「そう言ってくれると助かります」

 次郎長の気遣いに感謝する骸。

 初めて会った時よりは随分と表情が豊かになって口数も増えており、大人への不信感は二人と同じく残ってはいるだろうが、少なくとも次郎長は信用できる大人であると思ってはいるようだ。

「っつーか、随分と大人びてるよなおめェ……何歳だ?」

「……8歳、ですね」

「!? ウチの娘より(わけ)ェのか……」

「娘……!?」

 娘がいることに動揺する骸だが、次郎長は誤解を生まないように事情を付け足した。

 次郎長の娘――ピラ子は血が繋がっている肉親ではなく、元々はマフィアに潰された極道組織「植木蜂一家」の組長の一人娘であり、縁あって元組員ごと彼女を受け入れたのだ。疑似家族の集団であるヤクザならではの内部事情と言える。

「……血は繋がってないのに、ですか……?」

「血より濃い絆を結んで互いに想い合えば立派な〝家族〟でい。オイラのようなヤクザ者だって、どんな奴でも盃交わせば親子なんだぜ? オイラはオジキなんだがな」

 次郎長はニヤリと笑みを浮かべる。

 早い内に肉親を失った次郎長にとって、子分である勝男達と義理の娘である平子は大切な家族であり、苦楽を共にした信頼関係には確かな家族愛が存在する。次郎長という義父(オジキ)と勝男達やピラ子という子供(こぶん)達が居てこそ溝鼠組(かぞく)が成り立つのだ。

「さてと……やるべきこともやったし、そろそろ日本に(けェ)るとするか」

「……在るべき場所に、帰るのですか」

 そう呟く骸に、次郎長は苦笑いする。

 自分達を救ってくれた男が去ることに寂しさや悲しさを覚えたのだろうか、泣きそうな顔をしている。だが次郎長は帰らなければならない――海の果てにある、己が愛する並盛町で帰りを待つ溝鼠組(かぞく)の元へ。

「骸、オイラにも護んなきゃならねーモンがあらァ。護るべきモン残したまんま野垂れ死ぬわけにゃいかねーんでい」

「もう、会えないんですか……?」

「縁があればまた面合わせぐれーできるさ。この世にいる限り会えないなんてこたァねェ、再会の時が早いか遅いかだけの話さ……だから泣くな。もっとも、ガキは泣いて甘えるのが仕事だろうが」

 次郎長は優しく骸の頭を撫でる。

 他人の温もりに未だ慣れてないのか、骸は動揺しつつも次郎長を見上げる。

「骸……泣きてー時は涙一杯流して泣きゃあいいし、笑いてー時は思いっきり笑えばいい。もうおめーを縛る奴ァいねェ、思うがままに趣いたままに生きろ」

「……思うがままに、趣いたままに……」

「そうだ――人間ってのァ、しぶとく図太く強かにしなやかに生きてナンボだからな」

 泣きじゃくる子供を宥めるような声色で言葉を並べ、相変わらずの鋭い眼光ながらもどこか優しく感じる眼差しで次郎長は骸を見据える。

 すると骸は涙を浮かべて、次郎長と約束をした。

「いつか必ず、僕から(・・・)会いに行きます……! 僕を忘れず、待っていてくださいっ……!!」

「そんな愉快な髪型、忘れたくても忘れられねーけどな」

 さりげなく吐かれた毒に、骸は顔を赤くしてムスッとした。

 次郎長は「悪かったって」と苦笑いしながらポンポンと頭を軽く叩くと、フック状に曲げた小指を眼前へ差し出した。

「オイラの母国じゃ、約束を(たが)わねーために「指切りげんまん」ってのをすんのさ。おめーも小指出しな」

「ゆ、指を切り落とそうとか言わないですよね?」

「そりゃ「指詰め(・・・)」だよ。似てるっちゃ似てるが」

 思わず後退る骸に呆れる次郎長だが、骸の考えを否定はしなかった。

 そもそも日本人の大半は知っている指切りげんまんのルーツは江戸時代の吉原にあり、遊女が客に心中立てとして小指の第一関節を切って渡したこと――ただし大半の小指は偽物――が起源だという。これは次郎長が生きる極道世界において反省・抗議・謝罪などの意思表示として用いられる指詰めの由来でもあるという説もあり、また指を切ることによって責任をとらせるといった行為自体は中世初期から日本にあったという。

 歴史は長くとも、全くもって物騒な風習である。

「約束だ、骸。この次郎長、お前との再会を心待ちにするとすらァ」

「……ええ」

 二人はフック状に曲げた小指を互いに引っ掛け合う。

 この骸と次郎長の約束が果たされるのは、少し遠い未来の話――

 

 

 骸と別れてから3時間後、復讐者(ヴィンディチェ)の手回しで次郎長は空港へと送られた。

 刀を持ち運ぶために空港警察に申請して持込み許可証を発行してもらった上、わざわざ航空券まで用意してくれたことに次郎長は礼を述べて空港へ入った時、「奇跡」は起こった。

「親分、ケガは大丈夫なんだね」

「真!!」

 空港で古里家との再会を果たす次郎長。

 ヌフフのナス太郎(デイモン・スペード)の襲撃以降は療養と仕事で次郎長は会いに行くことができず内心不安でもあったが、四人とも無事であることを知り安堵する。

「おめーさん達が無事でよかった……オイラァ体張ったってェのにこれでくたばったら死んでも死にきれねーや」

「僕達も親分のケガが心配でね……本当によかった」

 うっすらと涙を浮かべる真に、次郎長は「あの程度で死なねーよ」と笑いながら言う。

 あの日――ボンゴレ関係者の襲撃で次郎長は真達の盾となり、命懸けで戦い抜いた。未知の能力で翻弄する相手を前に、逃げたっていいのにもかかわらず奮戦してくれた。その時の次郎長の鬼気迫る表情と目付きは鮮明に脳裏に焼きついている。

 真は改めて古里家として、シモンファミリーの当主として、次郎長に頭を下げた。

「あなたはシモンファミリーの恩人だ。僕達を――シモンを護ってくれて、どうもありがとう」

「礼を言われるようなことじゃねェ。オイラはただ溝鼠(てめー)の仁義を通しただけの話だぜ? ヤクザ者のオイラとしちゃ当然の筋だ、むしろ心配をかけて悪かったな」

 次郎長は気にも留めてないが、真達にとっては彼は大恩ある人物だ。

 あの時、もし次郎長が間に合わなかったら――それ以前にもし次郎長と会えなかったら、今頃家族全員が例の刺客の手によって葬られ、古里家どころかシモンファミリーはこの世から完全に抹消されていたことだろう。

 図らずも次郎長と出会えたことで、大切な家族を失わずに済んだ。ヤクザという似て非なる存在によって、本来なら残酷で非情な未来であったのが変わったのはまさしく僥倖であった。

「そうだった、おめーさん達にコイツを……」

 次郎長は懐から一枚の名刺を取り出す。名刺には次郎長の名と肩書きが、裏には住所と連絡先が達筆で記載されていた。

「これは……」

「良縁は切らず結び続けたままの方が互いに利があるってモンさ……気が向いたらオイラの並盛(シマ)に来るといい、茶菓子出して歓迎すらァ」

 次郎長はそう言って踵を返した時だった。

「……どうしてェ」

 次郎長はゆっくりと振り向く。

 視線の先には、炎真と真美が涙目でマントの端を掴んでいた。

「おじさん、僕……おじさんみたいに強くなるから!」

「私も……おじさん助けるから!」

 炎真と真美の宣誓に、次郎長はニヤリと笑みを浮かべて二人の頭を撫でた。

「天下の次郎長親分を相手に大見得切ってくれるじゃねーか。だがお前らは待機(・・)だ」

「「タイキ?」」

「そうだ。どんな人間にも必ず〝出番〟が訪れる――今はその時じゃない。然るべき時が来るまで待つんだな」

 次郎長の言葉の意味がわからず、首を傾げる炎真と真美。

 だが両親である真と真矢は次郎長の言葉が持つ意味を察したのか、目を見開いている。

「じゃあな、いつか並盛で会おうや。アリヴェデルチ」

「……親分、無理にイタリア語使わなくていいんだよ?」

「やかましい」

 

 

           *

 

 

 翌日の夜、並盛町。

「たでーま」

『オジキ!!!』

 屋敷の玄関の戸を開けると、帰りを待っていた子分達が一斉に頭を下げる。

 次郎長の一人旅が相当心配だったのか、子分達の中には涙ぐんでしまっていたり次郎長に縋ってきている者もいる。次郎長自身も子分達に心配をかけたことを申し訳なく思っているのか、うっとうしがらずに放置している。

「思ったより長かったのう」

「ああ、色々あった」

「オジキ、土産のことは聞いたで!!」

「イタリアの古美術商からええ代物届くんやって! さすがオジキじゃ」

「あ? 土産?」

 次郎長は眉間にしわを寄せる。

 ホテルで惨殺事件は起こるわ、その犯人と殺し合うわ、バミューダ達の依頼――というよりも逆らいようがない命令――を受けて掟破りの連中を潰すわ、はっきり言って散々な旅行だった。それゆえに次郎長はお土産を買うことをすっかり忘れていたのだ。

「おいおい、勝男。オイラァ今回のゴタゴタで――」

 ふと次郎長は思い出した。

 確か空港で再会を果たした古里家に、名刺を渡して溝鼠組の住所や電話番号を教えた。古里家の当主・古里真は古美術商を営んでいたのだから、もしかしたら勝男達に電話を掛けて感謝の印として何か送ってくれるかもしれない。

「……そういやあおめェ、何か話したいことあったよな」

「そ、そうやった!」

 勝男は言われて思い出し、次郎長に伝えたかった並盛での出来事を話した。

 実は次郎長がイタリアへと向かっている間に、並盛商店街にメイド喫茶ができたのだ。メイド喫茶ができることはどうでもいいが問題なのは店主であり、何と全身を包帯で覆われ車イスに乗った和装の女性という非常に怪しい人物なのだ。

 並盛町は尚弥と次郎長がそれぞれ表と裏を牛耳っているが、商店街のような一般人の関わりが深い所は基本的には並盛の表の秩序たる風紀委員会の管轄ゆえ、溝鼠組が干渉することは滅多にない。だが今回のようなカタギなのか裏社会の人間なのか判断できないような、いわゆる得体の知れない人物が相手だと勝男達も動かなければならない。

 だからといって次郎長不在の最中に抗争となれば事態の収拾もつかなくなる。商店街はカタギの出入りが多い上に例のメイド喫茶は随分と人気なので、白昼堂々ヤクザがメイド相手に大暴れするのはマズイとして、勝男は組長代理として次郎長に報告したのだ。

「……メイド喫茶ねェ」

「それと家光の件……あん時は奈々の姐さんと一緒やったけど」

 次郎長は勝男の報告を耳にし、目を細める。やはり家光は古里家の一件は無関係だったようだ。

「それで……メイドの件はどないしますか」

「別に放っといても問題はねーように聞こえらァ、なるようになるだろ。オイラァ疲れてっから風呂入って寝るとするぜい」

『へ、へェ……』

 

 こうして次郎長は、波乱万丈のイタリア一人旅を無事に終えた。

 この旅行で出会った古里家と少年・六道骸、そして刃を交えた(デイモン)・スペードは、後にボンゴレファミリーとマフィア界に対し大きな影響を与えることになるのだが、次郎長はそれを知る由も無い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新勢力台頭編
標的26:パワーインフレは絶妙に


仕事で更新が少し遅れました。


 イタリア旅行から一月が経った。

 町は次郎長が溝鼠組を立ち上げた頃とは比べ物にならない程の活気に満ち、町外からの移住者や観光客が増加した。移住者や観光客が増えれば溝鼠組はシノギである祭りの的屋や請負業でボロ儲けするようになり、表向きでは彼らを監視する風紀委員会も町政に携わるため必然的に徴収額も増加する。溝鼠組も風紀委員会も組織力と経済力を大幅に強化して、町の治安の安定ぶりは絶対的なものとなった。

 その一方で、移住者の中には裏社会の実力者やカタギとは思えぬ曲者も混じっており、新たな勢力が町で名を上げようとしている。それを相手取るのも、次郎長や尚弥の町の統治者としての仕事でもある。

 

 

 所変わって並盛商店街。つい先日開店して老若男女問わずリピーターが続出する人気スポットとなったメイド喫茶「伊賀屋」の一席で、次郎長は煙管の紫煙を燻らせていた。

「……てめーらの親玉はいつ来るんでい」

「我等が主に何の用ですか」

「んなもん決まってんだろ。この町の(・・・・)敵か否かを見極めるんだよ」

 なぜか敵意を露わにするメイド達に、次郎長は店主を質す気であることを語る。

 次郎長はヤクザでありながら縄張り内に住む地域住民からみかじめ料を徴収しない。裏を返せばみかじめ徴収をする必要が無い程の財力を保有しているということでもあるが、郷土愛と町及び町民への恩義が一番の要因だ。ゆえに次郎長は、並盛町の住民を苦しめるような活動は絶対にしない。

 だがそれはあくまで地元民に対してであり、外部からの人間ならば話は別だ。さすがに自分からカタギに手を出すマネはしないが、素性が一切掴めない相手にはそれ相応の態度を示す。今回のメイド喫茶の店主も例外ではない。

「オイラはカタギにゃ手ェ出さねェ……だがおめーさんらの親玉はグレーだ、この次郎長が自分(てめー)の目で確かめるんでい」

「随分な言い草ではないか、〝ならず者の王〟よ」

「!」

 次郎長とメイドが声がした方向に顔を向けると、店の奥から車イスに乗った全身を包帯で覆われた和装の女性が現れた。

『主様!』

「下がっておれ。お前達全員が束になろうともこの男には万に一つも勝てぬぞよ」

 女性の命令にメイド達は道を開けて一歩退き、次郎長は彼女の姿を見て目を見開く。

「待たせたな、大親分。わしがメイド喫茶「伊賀屋」が店長、源氏名は(もも)()(らっ)()、本名は百地()()という」

(……メイド喫茶の店長が百地なんて聞いてねーよ、神様……)

 百地乱破。

 銀魂の長篇でも一際シリアスで後の展開に大きな影響を及ぼす重要な出来事が多々起こった「将軍暗殺篇」で登場した、忍の源流である伊賀において絶大な権威と実力を誇る〝伊賀三大上忍〟の一角・百地家の頭首が彼女だ。傀儡術を極めており、原作においては宇宙最強の傭兵部族である夜兎族の襲撃を切り抜ける程の実力者でもある。

 そんな彼女が、よりにもよってメイド喫茶を営んでの登場だ。

(ま、まァ西郷じゃねーし表立ってドンパチすることもねーからいいだろう。この世界は銀魂キャラが色々出てくるしな……俺だってそうだし)

 次郎長は自分にそう言い聞かせながら、百地を見据える。

「……オイラは〝大侠客〟で通ってるはずだが?」

「それは貴様のもう一つの(あざな)ぞよ。この国の「闇」において貴様の右に出る極道者は一人としておらん……力も器もな」

「……てめェ、やっぱり裏の人間(・・・・)か」

 次郎長は目にも止まらぬ速さで抜刀し、切っ先を百地の顔――ではなく彼女に付き添っている後ろのメイドに向ける。

 相手が裏社会の人間であるなら遠慮は無用だと、女であれ並盛に手を出すのであれば一切の容赦はしないと、殺気をぶつけて言葉無き忠告を百地に突きつける。

 しかし百地は次郎長の殺気を軽くあしらうように言葉を返した。

「殺気を解け……お主はむやみやたらに手を出すようなバカなチンピラではなかろう」

「おめーさんの素性がわからねー限りは好き勝手させるわけにゃいかねェ。この町の王はオイラだ、この町にはこの町のルールってモンがあるのさ」

「それにしても、なぜ見破れた?」

 別の声が響く。口を開いたのは、メイドの方だ。

 実は百地は包帯姿の女性ではなく、包帯姿の女性が乗る車イスを押しているメイドの方が正体なのだ。

「わしの正体を見破るのは容易ではないぞよ」

「気配が一人しかいなかった。二人いるのに気配が一人ってのァおかしな話だろ?」

 次郎長の指摘に、百地は「成程……」と感心したように呟きながら笑みを浮かべた。

 しかしその笑みは呆れているようにも見え、まるでこれ以上隠し事をしても無駄だろうと悟っているようにも思える。

「……どうやらある程度隠すよりも真実を伝えた方が話が進み易そうじゃ」

 百地は観念したかのように溜め息を吐くと、自らの正体を明かした。

「先程言ったように、わしは百地乱破。伊賀流忍術の祖・百地丹波の子孫であり、「八咫烏」の幹部である女ぞよ」

「「八咫烏」? 八咫烏って、あの日本神話に出てくる三本足のカラスだろ?」

「いや、わしが言うのは「八咫烏陰陽道」のことよ」

 初めて耳にする単語に、次郎長は眉を(ひそ)める。

 百地曰く、八咫烏こと八咫烏陰陽道は聖武天皇の密勅により丹波国――現在の京都府中部と兵庫県北東部及び大阪府北部にあった国――で結成したとされる日本で一番秘密とされている結社であるという。全てにおいて謎に満ちている闇の組織であるため様々な憶測が飛び交い、半ば都市伝説扱いされており、メンバーである百地自身も知らない部分があるとのことだ。

「……てめーらの刺客もオイラの並盛(ナワバリ)にいるんじゃねーだろうな」

「案ずるな、そのような野暮なマネはせん。そなたら日本人を護るのが我らの務めぞよ」

 ドスの利いた声と共に威圧してくる次郎長を宥める百地は、更に言葉を並べる。

 八咫烏はこの国における神道・陰陽道・宮中(さい)()を裏で仕切っているとされているが、先程のように日本人を敵から護ることも役目であるらしく、国難が訪れた際は何度も陰で動き日本を救ってきたという。

 一方で彼女は、八咫烏は日本の国家を危うくして他所の国に譲り渡そうとするような、いわゆる売国行為を行う者が出ないように厳しく監視し、そのような者が出たり指導者となった場合は表裏問わず誅殺することもあると明かした。

「……日本の守護者って訳かい。いいのかい、そんなことをオイラにゲロってよう」

「何を隠そう、これこそ上司(うえ)の判断だ」

 その言葉に次郎長は驚く。八咫烏の構成員が並盛へ来たのは、次郎長と接触を図ることが目的であるというのだ。

 百地はさらに言葉を並べた。

「この町はお主やあの雲雀尚弥とかいう権力者の力で敵対勢力の介入・干渉が非常に少ないゆえ、治安が安定しておる。我らの隠れ蓑としては申し分ない最良物件ぞよ」

「それもてめーの上司(うえ)の判断か?」

 次郎長が百地の口から情報を聞き出そうとした、その時――

「泥水次郎長……いや、吉田辰巳。我々のことをあまり深く追及しない方が貴様の為だ」

「!?」

 背後からの声にすかさず席を立ち、居合の構えを取る次郎長。彼の視線の先には、異様な一人の男がいつの間にか立っていた。

 (ほう)()を身に纏い錫杖を携え、編み笠を被った出で立ち。端正な顔つきだがその眼光は次郎長と引けを取らない鋭さであり、顔面には斜めに横切る大きな切り傷が刻まれている。次郎長と同じくらいの年齢に見えるが、その威圧感は尋常ではない。

「朧……」

(ああ、ついに朧まで……)

 次郎長は目を遠くする。

 銀魂の世界で古来より闇で暗躍していた暗殺集団「天照院奈落」の首領・朧は経絡を熟知した戦闘の達人(プロ)であり、主人公・坂田銀時と彼と互角に戦った鬼兵隊の首領・高杉晋助を相手に死闘を繰り広げた作中屈指の凄腕だ。

 暗殺集団の首領だった彼が、この世界では歴史の影で日本を救ってきた古の秘密結社の幹部として次郎長の前に姿を現した。この世界はやはり銀魂キャラが原作とは別の役割で現れるようだ。

「……ヤバそうなのが出てきたな。アイツがおめーの上司か」

「……八咫烏の二番手(ナンバーツー)ぞよ」

「百地」

 朧が鋭い威圧と共に口を開く。

 百地は朧の放った威圧に目を見開き、次郎長も息を呑んだ。

(かしら)の御意向とはいえ、我らのことをあまり語るでない」

「……すまぬ」

 目を伏せて反省の色を見せる百地。

 するとそこへ次郎長が割って入り、朧に問いかけた。

「おめーらの提供する情報は聞いて、オイラは口利けねーってか?」

「本来ならば我らの組織の名を口にした時点で監視対象となり、場合によっては外患としての排除も検討される……貴様と関わることが益であると判断した頭に感謝することだな」

 朧の言葉に、次郎長は考えに沈む。

 古来より歴史の影で「国の守護者」として日本と日本人を護ってきた秘密結社・八咫烏。その首領は話の流れだとあの人物(・・・・)である可能性が非常に高いが、それはどうでもいい。次郎長が気になるのはなぜ自分に(・・・・・)目をつけたのか(・・・・・・・)だ。

 ならず者の王だの大侠客だの呼ばれて裏社会の大物として名を轟かせるようになったとはいえ、所詮は一地方都市の裏を牛耳る程度の極道。他の極道組織と違うのは、自らの力を強めながら並盛(ナワバリ)への敵対勢力の介入・干渉を次々に跳ね除ける独自の方針ぐらいだろう。

「――似たようなことを言われたな。情報共有しようってのに融通が利かねーから参るぜ」

「それは〝復讐者(ヴィンディチェ)〟のことか? 奴らならば致し方あるまい」

「っ!?」

 次郎長は絶句した。

 目の前の男が、自分とバミューダの関係を知っている。勝男達にも話していない次郎長の数少ない秘密を掌握している彼らに、次郎長は久しぶりに動揺した。それだけでなく、八咫烏はマフィア界の掟の番人たる復讐者(ヴィンディチェ)を知っており、その言い回しはまるで面識でもあるかのようだ。

「てめーら……何で知ってる……!?」

「真の八咫烏の羽からは何者も逃れられはしない……それだけだ」

 組織の情報網を明かさない朧。

 日本のヤクザは警視庁顔負けと言える程の情報網を有しているが、八咫烏はそれすらも凌駕する、それこそ表と裏の世界の情勢を知り尽くす程の情報網なのだ。おそらく、次郎長の個人的な情報や溝鼠組の機密情報を抜き取るのも容易いのだろう。

「……そんで、オイラをどう利用するつもりでい? この国を護る八咫烏(てめーら)の親玉がヤクザの親分に何の用もねーってこたァあるめェ。それとも本当に観光だったりするか?」

「率直に言う……我々に協力しろ、泥水次郎長」

 朧は次郎長に協力の要請を突きつけた。

 彼の言葉に次郎長は鼻で笑うと、煙管を取り出して刻み煙草を火皿に詰め、火を点けて紫煙を燻らせた。

「ククク……何でい、藪から棒に。オイラァそこまで暇じゃねーぞ、出直して来いってんでい」

「沢田綱吉」

「っ!?」

 朧が口にした名に、次郎長は驚愕した。

 朧は――八咫烏は、次郎長と沢田家の関係を明らかに把握している。奈々の名前ではなくあえてツナの本名を出したので、「我々は全て知っている」と暗に言っているようなものだ。

「カタギを……それもオイラの恩人のガキを人質に取るってか。大層な身分だな」

「その童は我ら八咫烏にも関わりのある存在だ。それを殺めようなどという愚かなマネはせん……同志であった〝蒼天〟の願いを我らから穢すことなどあってはならぬ」

 朧が次々に並べる言葉に、驚く次郎長。

 (ツナ)と八咫烏の知られざる関係と、かつて八咫烏の構成員として国に忠を尽くした〝蒼天〟と呼ばれる謎の人物――次郎長の知らない沢田家の秘密を、八咫烏(かれら)は知っているのだ。沢田家に隠された秘密が存在することに次郎長は困惑するが、そんな彼に朧は「協力するならば「教えられる範囲の真実」を語る」と約束する。

 次郎長は目を伏せると、再び目を開けて朧と百地を見据えて口を開いた。

「――わかった……だが溝鼠組(ウチ)八咫烏(てめーら)で上下関係を作ろうと思わねーこったな」

 次郎長が提示した条件は、復讐者(ヴィンディチェ)と同様に持ちつ持たれつの関係であることだった。

 朧はそれを承諾し、沢田家と八咫烏にまつわる話を語り始めた――

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 次郎長は自らの居住地にして溝鼠組の総本部である屋敷の自室で、勝男と共に月を仰ぎながら酒を飲んでいた。

「わしと一対一(サシ)で飲むのは久しぶりやな、オジキ!」

「ああ……暫くの間は悪かったな、オイラの長男」

「何言うてるんでっか、わしゃオジキと同じ極道や! オジキの為ならこの命捨てる覚悟でっせ!」

 酔いが回って上機嫌な勝男に、次郎長は「命は大切にしろよ」と呟きながら微笑む。

 ここ最近は子分達と同じ時間を共有することが少なくなったため、久しぶりに勝男と酒を楽しむことができるのは次郎長としても嬉しいことだ。

(それにしても……ツナの先祖はとんでもねー大物だったとはな)

 次郎長は昼間に会った八咫烏を思い出す。

 彼らと持ちつ持たれつの関係を築くことを契約した際に朧が語った沢田家と八咫烏の関係については、次郎長は未だに半信半疑だ。それ程までに衝撃的だったのだ。

 

 ――沢田綱吉の曽曽曽祖父である沢田家康は我ら八咫烏の同志であり、かつてイタリアでボンゴレファミリーの前身となる自警団を率いていたジョットというイタリア人だ。

 ――ツナの先祖が、だと……!?

 ――そして家康は〝蒼天〟の名でこの日本(くに)を影から守護する八咫烏の頂点である三人の指導者「(きん)()」になった、八咫烏の歴史上唯一の帰化人だ。奴の功績は伝説に近い。あの男の働きが無くては、我ら八咫烏は一度滅んでいよう。

 ――それ程までの影響力があったってかい。

 

(ったく、ツナのご先祖様はとんでもねー野郎だったな……それにしても家光は何考えてやがる? 知ってても知らなくてもおめーの行動は相当ヤベーぞ)

 次郎長は家光を心配し始める。

 というのも、次郎長が朧から聞いた話には続きがあり、しかも現在の沢田家を考えると恐ろしい事態でもあるのだ。

 

 ――そして奴は我々に、生涯唯一の願いを託した。「子孫達を見守り、有事の時は手を差し伸べてほしい」とな……。

 

(家光……おめー八咫烏(アイツら)敵に回しかけてねーか?)

 

 朧から沢田家と八咫烏の関係を聞かされた次郎長は、真っ先にこう思った。

 ジョットの八咫烏に残した遺言の「有事」は子孫同士のゴタゴタを含むだろうし、「手を差し伸べてほしい」という言葉は必ずしも何かしら力を貸して助けることとは限らない。

 たとえば、ツナが何らかの危機に見舞われて命を落としかねない状況に晒されたとしよう。その際にもし家光が助けに来なかったら、ジョットの遺言を守る八咫烏はどう行動するだろうかなど目に見えている。ツナは助けるだろうが、その後に待ち受けるのは家光への制裁である可能性が非常に高く、下手をすれば家光が八咫烏に排除(ころ)される場合(ケース)すらあり得る。

(奈々、これに関しては知らねー方が幸せかもしれねーぞ)

「オジキ、どうしたんやボーっとして」

「いや……ツナがまさかあんな血筋だったとはなってな……」

「?」

 勝男は次郎長の言葉に首を傾げるのだった。




朧と百地が登場しました。
今回出た八咫烏は、ウィキとかで実際に載っているネタを基に銀魂の奈落の設定を加えました。そしてジョットがそのメンバーで、しかも当時の首領格というトンデモ設定です。

朧と百地の本作での設定は、原作開始辺りで出せればなと思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的27:雀は溝鼠の知恵を借りる

仕事で遅くなってしまい、誠に申し訳ありません。
原作開始はGW以降では済まないかもしれません……。


 泥水次郎長と雲雀尚弥には、極道と風紀委員会という相反する勢力の人間ながら同じ町を想う者として不思議な信頼関係がある。

 次郎長はヤクザの親分として町の裏の頂点に君臨し、敵対者及びその勢力が並盛に介入・干渉して人々に危害を加えぬよう自らの力を拡大させ示威することで護ってきた。尚弥は古くから並盛を統治してきた名家・雲雀家の当主として富と権力を受け継ぎ、並盛の秩序そのものとして町の風紀を正し続けてきた。互いの愛郷心が並盛町の治安と平和の維持に貢献しており、次郎長と尚弥は同志にして同士であるのだ。

 その信頼関係は、当然私的な面(プライベート)でも見られるわけなのだが……。

 

 

 ある日の午後、雲雀家。

 町の文化財にも指定されている立派な長屋門の門前で、次郎長や尚弥の後輩にあたる雲雀家の使用人・黒部蘭丸はある男を待っていた。

「もうそろそろ時間か……」

 門前に立つ蘭丸は、時計に目を配りながら呟く。

 すると――

 

 ブロロロロ……

 

「!」

 近づくエンジン音。

 その音が聞こえた方向へと顔を向けると、視線の先には和装の男がノーヘルかつ猛スピードでスクーターをカッ飛ばしてくる。男はそのまま門前へと直行し、激突寸前のところでブレーキターンで停めた。

「ハァ……ったく、最近の不良(ヤンキー)共は身の程知らずでいけねェ。余計な体力使っちまった」

 そう言って溜め息を吐くのは、赤い紅花があしらわれた黒地の着流し姿で赤く長い襟巻を首元に巻き、腰に刀を差した白髪に近い銀髪の男。右頬の十字傷や鋭い眼光、そして放たれる修羅のごとき気迫は、間違いなくこの町の裏を統治する並盛の王者だ。

「……次郎長親分」

「よお、後輩」

 スクーターから降りる王に、蘭丸は気圧される。

 実を言うと蘭丸は次郎長と面と向かうのが初めてであり、彼に関する情報は尚弥(あるじ)から聞いていた。戦闘力は勿論のこと、経歴や人柄、さらには彼自身が作り上げた溝鼠組の組織体制も何もかもを教えられた。

 蘭丸にとって、雲雀家こそこの並盛の支配者に相応しいと考えている。だが一から極道組織を作り上げて町中の無法者共を束ねる大親分には、並盛の王と自負していることを認めざるを得ない存在であると畏怖しつつも敬意を払ってる。雲雀家と風紀委員会の裏で力を示威して町を護ってきたのは事実だからだ。

「……で、アイツは居んのか」

「! ――ああ、尚弥様が待っている」

「じゃあ行くとすっか。雀の皮ァ被った猛獣の根城に」

 次郎長は蘭丸に案内され、屋敷の門をくぐった。

 

 

           *

 

 

 屋敷に上がった次郎長は、そのまま奥にある尚弥の私室へと案内される。

「やあ、来たかい次郎長」

「おうよ」

 いつも着ている黒の着流し姿で次郎長を迎える、富と権力で町の表社会の頂点に座する並盛町風紀委員会の首領。次郎長が来ることを見越してか、彼が座るであろう座布団の隣には湯呑みが置かれている。

 次郎長は帯びていた刀を腰から抜き、左に置いて(・・・・・)胡坐を掻く。

「よっこいせ――そんで、お望み通り子分一人連れずに来たがよ……」

(……尚弥様と反りが合っても、やはり相反するか)

 刀を左に置いた次郎長に、警戒心を露わにする蘭丸。

 通常、侍は左腰にさした刀を右手で抜くため、着座して刀を右脇に置くことで敵意の無いことを相手に示す。逆に刀を左に置くということは、「いつでも斬れる」という攻撃の意思表示である。

 尚弥が何かしらの危害を加えたり妙なマネをするのならば容赦なく抜く――次郎長は言葉無き忠告でそう伝えているのだ。

「てめーがオイラ相手でも相談内容を電話で言わなかったってこたァ、てめーにとって内密な案件なんだろ? 本来なら組織全体での情報共有もいいはずなのに、それをしねーってこったろ」

「察しがいいね、さすがだ」

「オイラを誰だと思ってやがらァ。天下の泥水次郎長だぜ」

 湯呑みを手にし、中のお茶を飲む。

 尚弥は一度深呼吸してから、次郎長の目を見据えて口を開いた。

「これは君じゃないと解決しないかもしれないから、そこは理解してくれ。実は……」

「……実は?」

「恭弥が僕を無視(シカト)し始めたんだ――」

「帰る!」

 相談内容が、まさかの恭弥(むすこ)案件。自分より年上であるのに息子にシカトされていじける尚弥に、次郎長は額に青筋を浮かべて置いた刀を携え立ち上がる。

 家に上がって早々に匙を投げられてしまった尚弥は、慌てて立ち上がって彼の肩を掴む。

「次郎長、せめて僕の話を最後まで聞いてからにしてくれないか!?」

「ふざけんな! んなもん極道呼び出して相談するようなことじゃねーだろ! それ以前に蘭丸、おめーでもどうにかなる案件じゃねーのか!?」

「……申し訳ありません、私ではどうにも……」

 申し訳なさそうに頭を深々と下げる蘭丸。

 次郎長以上に尚弥と長く付き合ってる分、彼は主人の為にと忠を尽くしている。雲雀家の為ならばと身命を賭さんばかりに働き、並盛の風紀にも貢献しており、雲雀家の事情を一番理解している人物であるのだ。当然雲雀家においては家事全般を担当し、息子である恭弥の世話係もお手の物である……はずだった。

 恭弥はリサイタルを行うガキ大将を遥かに凌ぐ超問題児だったのだ。蘭丸曰く、本来ならば素直で純粋な一人の子供であるはずなのに、喧嘩や暴力にどういう訳か興味を示し、父親(なおや)の暴れっぷりに異常に食いついているという。

「親譲りの無鉄砲ならぬ親譲りの凶暴性ってか……」

「……その通りです」

 次郎長は顔を引きつかせる。

 彼が娘として受け入れ育てているピラ子は元々極道の世界にいたため発言や行動が物騒なのは仕方ないが、恭弥は一応(・・)カタギの子である。環境も育て方も何もかもが違うに決まっている。

「君は家族との接し方が得意だろう!」

自分(てめー)子供(ガキ)の反抗期は経験してねーがな! そもそもオイラの家族はほぼ全員反抗期過ぎてっから!」

 次郎長の一家はヤクザ勢力の構造上、多くの子分と盃を交わして疑似家族になるため大所帯ではある。だが盃を交わした子分のほとんどはどんなに若くても第二反抗期を過ぎており、組の中での唯一の未成年者はピラ子ぐらいだ。

 かくいう次郎長自身も奈々との交友関係が続いているため、彼女の息子の綱吉(ツナ)の扱いにも長けてはいるので子供の扱い自体は手慣れている。だがツナの場合は家系に思うところはあれど普通(カタギ)の子だ、活動自体がヤクザ顔負けの風紀委員会の首領の実子だと話は別である。親譲りの凶暴性を秘めてれば尚更だ。

「次郎長、本当に帰る気かい!?」

「ああそうだよ!! 足運んで損したぜ、自分(てめー)の家庭ぐれー自分(てめー)でどうにかしろってんでい!!」

 声を荒げながら襖を開けようとした、その時だった。

 

 バリィッ!!

 

「かみ殺す!!」

「っ!?」

 突如として尚弥が子供サイズに縮んだような男児が、両手に木の棒を携えながら襖を破って次郎長に襲い掛かった。尚弥の実子である恭弥だ。

 次郎長は咄嗟に後退して第一撃を躱し、すかさず放たれる二撃目を愛刀の柄で受け止める。

「トンファーか……!」

 次郎長は鋭い眼光でそれを見据える。

 トンファーは沖縄の琉球古武術において使用される打突武器兼防具で、十手と同様に刀を持つ敵と戦うために作られた攻防一体の武器だ。アメリカやヨーロッパでは武器としての使い勝手の良さから角柱を円柱に変えた「トンファーバトン」を警棒として採用しており、合理的かつ有効な装備として警察や警備会社が重宝している。

 リーチが短い反面、鍛錬を積むことで多彩な攻防が可能になるという強力な長所があるため、決して侮ってはいけない武器である。

(尚弥の息子(ガキ)なだけあらァ……動きがアイツとそっくりだ……!)

 次郎長は恭弥の攻撃を躱しつつも、彼に驚嘆していた。

 得物は違えど体の使い方が――身のこなしが尚弥(ちちおや)とほぼ同じであり、動きにムラがあるがその辺のチンピラなら倒せる程度の技量だ。次郎長という遥かに格上の相手に物怖じせず襲い掛かるのは元来の性格だろうが、ただ闘争本能に身を任せて戦っているわけではないようだ。

「ちなみに恭弥に戦闘の基礎を叩き込んだのは僕と蘭丸だよ」

「だろうな……だがオイラとコイツじゃあ経験(キャリア)(ちげ)ェ」

 その瞬間、部屋の温度が一気に下がった。

「「!!」」

「っ!?」

「雲雀恭弥……俺ァこの並盛の王だ。今のてめー程度なんざ刀抜かずとも勝てんだぜ?」

 次郎長はドスの利いた声と共に殺気を放つ。多くの修羅場をくぐり抜けてきた彼の殺気は、愛刀のように鋭く冷たく、常人ならば息を殺されたり耐え切れずに嘔吐してしまいそうになる程に研ぎ澄まされていた。

 さすがの恭弥もこれには怯んだか、素早い後退をみせた。完全に気を持っていかれたようで、トンファーを握った手が振るえている。手を出さずに恭弥を制した次郎長に、蘭丸は愕然とした。

(これが〝大侠客の泥水次郎長〟……! 尚弥様と肩を並べるだけある……)

 日頃恭弥に手を焼いていた蘭丸は、次郎長の強さの片鱗を垣間見て感嘆する。

 だが尚弥は冷たい眼差しで得物の十手を握り締め、次郎長の後頭部に十手の先を突きつけていた。彼もまた殺気立ち、次郎長に対し怒りを露わにしている。

「尚弥様……!!」

 緊迫した状況に蘭丸は焦る。この二人が本気で戦えば、大の大人の喧嘩では済まなくなる。始まった瞬間に殺し合いの領域となり、どちらかが戦闘不能になるまで止まらないし周囲への被害も拡大し続けてしまう。

 並盛においては最強の二人といって過言ではない尚弥と次郎長。二人が万が一にも暴れてしまった場合、今の蘭丸の技量では止めることなど到底できない。事の成り行きを見守るしかない。

「他人の息子に殺気浴びせるなんて良い度胸じゃないか、次郎長」

「こうでもしねーと退かねーだろ? おめーの息子は」

 次郎長の言い分に納得したのか、尚弥は無言で十手の先をゆっくりと下ろす。

 今の恭弥は「引き際」を知らない。引き際を見極められないと、戦闘であれ普通の生活であれ必ず失敗する。尚弥はそれを次郎長とのやり取りを通じて知った。

「……ヤクザ者の君に借りができちゃったね。心外だよ」

「その割にゃ随分と清々しい面してるがな……」

 次郎長は呆れた表情で尚弥を一瞥すると、刀を再び床に置いて両手を上げた。

「わーったよ、教えりゃいいんだろ? だが迷惑料で金取らせてもらうからな」

「ふうん……いいよ、金は後でだけどいいかい?」

「さっさとしようぜ、このままだと次の話に進まねーだろ。ただでさえ作者は仕事で更新しにくいってのに」

「何の話をしてるんだ!?」

 蘭丸にツッコまれながら次郎長は尚弥を指差す。

「いいか? 子供ってのは無条件に親を信用し全てを任せているようなモンだが、「親が自分を支配しようとしている」と思われたらシメーだ」

「「!」」

「オイラだってピラ子を育ててるが、ある程度の我が儘ぐれーちゃんと付き合ってる。育て親である以上はいかなる時でも愛情を持ってなきゃならねーって恩人に教わったんでな」

 次郎長は子どもの心理に介入・干渉し、それをコントロールしようとすることは親が絶対にやってはいけないことだと説く。その理由は、常に自分の都合を優先したり全てにおいて完璧を求めたりする子育ては、子供本人が成長してから生き辛くなるハメになるからだという。

 次郎長自身、ピラ子への教育は熱心ではあるがテキトーな部分もある。これは奈々に金を払って相談し、彼女の実体験やアドバイスを参考にしている。

「……オイラが言いてーのはこんなところだ」

「さすがに参考になるね……それにしても、沢田奈々を随分と頼っているようだね」

「……俺ァ奈々に大恩がある。それだけでい」

 次郎長は一言告げ、口からゆっくりと煙を吐いた。

 その顔には懐かしさと覚悟の入り混じったような、何とも言い難い表情が浮かんでいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的28:並盛の風紀は治外法権

お待たせいたしました。やっと更新です。


 並盛商店街のメイド喫茶「伊賀屋」にて、次郎長は席に座りながら携帯で通話していた。

「そうか……ご苦労さん。てめーらはまっすぐ帰って来い」

《いいんでっか、オジキ?》

「そっから先は警察(サツ)の仕事だし、マル暴も動いてるだろう。オイラ達ヤクザ者がこれ以上しゃしゃり出る必要はあるめーよ。手間かけさせたな」

 次郎長は古参の子分である杉村との通話を終えると、携帯を懐に仕舞い煙管の紫煙を燻らせる。

「……そういうこった。これで満足かい」

「うむ、かたじけない」

「いいってこった、目的が一緒なら手を組んでおいた方が効率的だしな」

 頭を下げて礼を述べる百地に、次郎長は不敵な笑みを浮かべる。

 次郎長は百地から隣町周辺で起き始めている新型薬物の流通の話を持ち掛けられ、一週間以内に潰すよう金を渡されて依頼を受けたのだ。彼自身もその件について気掛かりであったため、すぐに動いて勝男達に潰させたのは言うまでもない。

「あとは調査結果が風紀委員会を通して流されるのを待つだけ……それまでは気長に待つんだな」

「……この町の風紀委員会は、警察の代わりなのか?」

「ハァ? 何言ってやがる、オイラから見りゃ風紀委員会は半グレ集団だ。比べたらどっちがヤクザかわかんなくなるぞ」

 風紀委員会を半グレと称する次郎長に、百地は思わず遠い目をする。

 確かに彼らの活動はカタギの組織とは思えなかったりはする。さすがに振り込め詐欺や闇金融などといったヤバイ経済活動(ビジネス)はしていないが、町の裏を牛耳るヤクザの親分にも活動費を徴収したり治安と風紀を乱す不届き者を袋叩きにした上で迷惑料を徴収するなど、やってることはヤクザ顔負けである。

「……そんなことをされて食っていけるのか?」

「オイラ達のシノギは的屋だけじゃねーよ。請負業や民事介入もやってるし、バイトしている奴もいる。最近じゃあ勝男が情報網の拡大の為に雀荘の運営もしてるそうだ」

 裏社会で〝大侠客〟と呼ばれる次郎長も、所詮は無法者。ヤクザ稼業である以上は非合法な資金源も少なからず存在する。現に組の若頭である勝男が運営を始めた雀荘も、警察庁が「暴力団の伝統的な資金源活動」とされている四種類の犯罪の一つである「賭博」に該当する。

 しかし次郎長は素の性格と愛郷心ゆえに、違法薬物の取引・売買や売春の斡旋といった一線を越えた経済活動はせず、みかじめ料の徴収もしない。世間一般においては暴力団であるのは変わらないが、彼なりのルールの下で自らも子分達も生きているのだ。

「……まァ、オイラの懐なんざてめーらには関係ねーだろうがな」

「ああ……もっともだ」

「それで……まだ知りてーこたァあるのかい」

 次郎長は茶を啜りながら鋭い眼差しで百地を見据えると、彼女は無言で頷いた。

「……(わり)ィが、ヤクザの情報網はタダじゃねェ」

「ならば五万で薬物の主な密輸経路(ルート)を教えてくれないか?」

「おうよ」

 次郎長は百地の取引に応じ、日本における違法薬物の流れを説明した。

 薬物の製造について厳しく管理している日本で乱用されている薬物のほとんどは、海外から密輸入されているものである。韓国ルートや台湾ルート、中国ルートに北朝鮮ルートで洋上取引を用い、コンテナの一部を改造して薬物を隠匿したり輸入貨物に薬物を隠匿・混入して密輸入する。航空機旅客による密輸もあり、その場合は一見犯罪組織とは無縁と思われる国籍の者を運び屋として利用する。

 薬物の密輸は海外の密輸組織と結託して敢行されることが多く、当然マフィアやギャング、麻薬カルテルなどと裏で繋がっている。来日外国人を通じて接触し、取引する薬物の品質や取引価格、取引日時に代金支払方法など具体的な事項を事前に交渉しているという。そして交渉で特定された期日までに密輸入して引き渡すというカラクリだ。

「海外の密輸組織の多くは台湾や香港に拠点を置く犯罪組織……国内で捌いている連中を叩けば、芋づる式で密輸組織や関係者もパクれる」

「成程……しかしよく知っておるな」

「ウチの親戚縁組がクスリを捌いてる連中とよく揉めてるらしくてな、情報共有するうちに色んな知識が頭に(へェ)ったんだよう」

 溝鼠組の唯一の親戚縁組である魔死呂威組が統治する姉古原町は、並盛と違って風紀委員会のような無法者も恐れる勢力が存在しないため、裏ではよく他勢力の介入・干渉が起こっている。当然縄張りの中で麻薬取引が行われれば魔死呂威組が総力を挙げて潰すため、その中で自然と情報を入手するようになる。

 次郎長も違法薬物や売春の類を心底嫌うため、その点の情報収集の為に「盃を交わした間柄」として彼らからも情報を提供させてもらっている。その提供された情報に加えて風紀委員会が流してくれた公安の資料を参考にして違法薬物の流通ルートを炙り出し、元締めを潰して並盛に違法薬物が出回らないように動いているという訳だ。

「それに尚弥は公安と繋がってるからな、その縁で俺はそのデータを貰うこともあるんでい。おかげでうまく事が運んでいるぜ」

「公安委員会か?」

「ああ……だが実際は公安調査庁とも繋がってるだろうよ。それもズブズブにな」

 尚弥の影響力について、次郎長は彼自身がまだ語っていないコネがあるはずだと推測する。

 並盛町風紀委員会のトップに君臨する尚弥は――次郎長自身が訊く気が無いのもあるが――未だ謎の部分がある。おそらくそれが並盛町一帯を超えた権力を有せるようになった理由なのだろう。

「――そう考えると、並盛は異質な地方都市なんだろうな」

「貴様がそれを言ってどうする……」

 次郎長の呟きに呆れる百地だが、彼の一言には反論できない。

 暴対法の影響でヤクザ勢力への取り締まりが強化される中、そのヤクザが腰に日本刀を差した状態で表を出歩いといて逮捕されないなど、地方都市どころか日本とは思えない治外法権である。その原因は間違いなく町の秩序である雲雀家と風紀委員会だ。おそらく表向きは次郎長率いる溝鼠組は監視対象だが、実際は持ちつ持たれつでそれなりの関係があるのだろう。

 もっとも、百地も人のことを言えないのだが。

「……そういうこった、オイラァここらで失礼するぜ。これァ店の代金だ、釣りはいらねーよ」

 次郎長は席を立ち、お釣りを受け取らないことを告げて金を払って店を出た。

 その背中を一瞥した百地は、次郎長に聞こえない程度の声量で「これから頼むぞ」と呟くのだった。

 

 

           *

 

 

 並盛のある通りで、少年・持田剣介は男達に囲まれていた。

 暴力を振るわれたのか、頬は腫れて所々に擦り傷がある。

「だから俺じゃねーって……!!」

「おめー以外に誰がいるんだよ?」

「あんまり大人をナメてんじゃねーぞ! 金盗んだのおめーなんだろ?」

 ゲスい笑みを浮かべて剣介を脅迫する大人達。勿論剣介は金を盗んでなどいない。

 だが剣介は悪童としても知られていたため、彼が疑われることに関しては仕方がない。それでも少年一人に大人が複数で取り囲むのは卑劣の極みである。

 そこへ――

「ガキ相手に何人がかりでい、みっともねェ」

 低く鋭い声が響く。

 男達は声がした方向へ一斉に振り向くと、その先には着流し姿の色黒の男がいた。

「……お、おい、アイツは泥水次郎長じゃねーか!?」

「泥水次郎長っていやあ、この町一帯を牛耳るヤクザの首領(ドン)だぜ……!?」

 男達は震え上がり、動揺を隠せない。日本の裏社会において唯一〝大侠客〟と呼ばれる超大物の極道・泥水次郎長こと吉田辰巳が現れたことで、空気は一変した。

 だが、この町で名を上げる最大のチャンスでもあると考えたのか、男達は段々といやらしい笑みを浮かべ始める。

「ビ、ビビるこたァねェ……次郎長とはいえ相手は一人だ……!!」

「こっちは三人もいんだ、勝てねー訳でもねェ……!!」

「そうかい……じゃあかかって来な。一人でも束になっても大歓迎――」

 次郎長が言い切る前に、男の拳が彼の顔面に迫った。

 不意打ちを仕掛けられた次郎長は避けることすらできず、そのままモロに食らってしまうのだが……。

「……重み(・・)が足りねーな。話にならねェ」

「なっ――」

 全力で殴ったはずなのに微動だにしない次郎長に男は呆然とする。

「一発には一発……歯ァ食いしばれ」

 次の瞬間、次郎長は右腕を振り上げて男に拳骨を叩き込んだ。男は文字通り宙を舞って吹っ飛び、地面に体を叩きつけて気絶した。

 ギャグマンガでしか見ないような光景を目の当たりにし、一同は言葉を失くした。

「……何でい、根性ねーなァ」

『ひっ……ひえええええ!!』

 次郎長の化け物染みた力に恐れをなしたか、剣介に絡んでいた男達は一斉に逃げだした。喧嘩すれば敵無しとされる並盛の王者を相手取るのはさすがに無謀と判断したように見えるが、傍から見れば本能的に「全力でもアイツに勝てない」と勘づいたようにも見える逃げっぷりであった。

 次郎長はそんな彼らを一瞥して「ただのカカシか」と嘲笑う。

「さてと……坊主、大丈夫か」

「え? あ、うん……」

「おいおい、「うん」じゃねーだろ。ケガしてるじゃねーか」

 次郎長はそう言うや否や、剣介を担ぎ上げた。

「うわっ!?」

「手当てしてやらァ。オイラァ生憎、ケガしたガキ放っとけるような男じゃねーんでな」

 

 

 剣介を担いだ次郎長は溝鼠組の屋敷へと辿り着いた。

 組の表札が取り付けられた門をくぐり、ガラガラと無遠慮に玄関を開ければ柄の悪そうな大人(ヤクザ)達が目を向けた。玄関にいただけでも六人……本物の極道に目を向けられた剣介は思わず委縮してしまう。

 だが彼らは親分たる次郎長の姿を目にした瞬間、一斉に頭を下げた。

『オジキ!! お帰りなさいやせ!!』

「おう」

 傍から見れば他人に従うとは思えない見た目の大人達が、自分を担いでいる男に一斉に頭を下げる光景。それを目の当たりにした剣介は、次郎長の人望の厚さと器量に驚愕する。

「オジキ、そのガキは?」

「チンピラに絡まれたところを縁あって助けてな。ケガしてっから濡れたタオルと絆創膏を頼む」

「オジキ、申し訳ねーですが絆創膏の方は……」

「切れてんのか? じゃあガーゼ持って来い、包帯はオイラのサラシを代用すらァ」

 次郎長は赤い襟巻をとり着物の上半身の部分を脱いでサラシを解き始める。それと共に程よく引き締まり鍛え上げられた褐色の肉体に刻まれる生々しい傷痕が露わになり、剣介は息を呑んだ。

「? ――ああ、これか? ヤンチャが過ぎただけだ、気にすんな」

「……」

 次郎長はそう言ってサラシを解いていると、子分の一人が救急箱と濡れたタオルを持ってきた。

 救急箱を開けてガーゼを取り出し、ある程度解いたサラシを切り取り、次郎長は剣介の手当を始めた。

「そうだ、情報の取引で五万受け取った。ボーナスだ、好きに使え」

「お、おっす!」

 手当てしながら子分に軽く五万円を受け取らせると、次郎長はふと何かを思い出したような表情を浮かべて剣介に尋ねた。

「そういやあ坊主、名前は?」

「……剣介。持田剣介」

「持田剣介……今時のいい名前じゃねーか。オイラァ知っての通り泥水次郎長だ……っつっても、そりゃあ渡世名の方だから本名は吉田辰巳っつーんだけどなァ」

 会話しながら手際よく手当を進める次郎長。

 数分もすれば手当は終わり、擦り傷が目立った箇所はガーゼと包帯代わりのサラシで保護され、腫れていた頬は湿布が貼られていた。

「うっし、もういいぞ。お家に帰んな、ヤクザの屋敷に長居しちゃあ両親も心配すらァ」

「あ、ありがと……」

「礼なんざいらねーさ、オイラが勝手にやったんでい」

 次郎長は袖を通して赤い襟巻を巻きながら破顔する。

 その笑顔は、町の裏社会を牛耳るヤクザの親分とは思えない純粋なものであった。

 

 

           *

 

 

 一方の雲雀家では、尚弥が並盛の勢力図を作成していた。

(最大勢力は風紀委員会と溝鼠組……町内で出てくる不良や首を突っ込んでくる他勢力の対応はできている。一方で商店街に根を張った百地乱破の一味は、力を増して商店街の元締めになっている)

 尚弥が生まれる前から存在していた風紀委員会。かつて存在した桃巨会を潰し、町中のならず者を率いるようになった次郎長率いる溝鼠組。そしてつい最近、何の前兆も無く台頭して商店街の顔役となった百地の一味。

 新勢力の台頭を許してしまったが、並盛の治安・風紀そのものは乱れていないことから手を掛けてはいないため、監視程度で済ましている。しかし調べを進めたところ部下から「殺気を出せるメイドが混ざっている」と報告を受けたので、ある程度の注意は必要だろう。

(問題はこの男だ……)

 尚弥は一枚の書類を手にする。そこには「羽柴藤之介」なる人物についての情報が記されていた。

 羽柴藤之介は日本の裏の世界で暗躍する謎の男で、日本人であること以外は経歴も何もかもが不明だという。ある女性と二人で行動しているらしいが、実態も証拠も掴めていないので真偽は不明だ。しかし目撃談だけはあり、目撃者は皆口を揃えて「化け物みたいに強い」という。

(……ま、僕の並盛(まち)を荒らすなら咬み砕くまでだけどね)

 尚弥は獰猛な笑みを浮かべて書類を握り潰すのだった。




羽柴藤之介……勘の鋭い方は何となく察しているでしょう。(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的29:夜の商店街の決闘

この時点で原作(第一話)から4年前です。
そろそろ原作開始に向けて気合入れて頑張ろうと思います。


 東京都・某所。

 ネオンの光で昼間のような明るさで賑わう繁華街。その通りから外れたところにあるヤクザ勢力「岩波会」の事務所で、構成員達がある男に依頼していた。

「俺を使う必要はあるまい。お前さん達でも抗争を起こせば隙を見て首は取れるのではないか?」

 嘲るように口を開く、首の紅い蜘蛛の入れ墨が特徴の和装の男。その獰猛さと危険性を孕んだ眼差しを向けられ、ヤクザ達は震え上がる。唯一どっしりと構える会長ですら冷や汗を流しており、着物の男は只者ではないことが容易に窺える。

「そ、そういう訳にもいかん! 昔と違って抗争はしにくくなっとるんじゃ、暴対法で若い衆の活動についての責任を問われるようになったしな」

 会長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 近年のヤクザ勢力は世論の強い反発や警察の取り締まり強化により、組織の数や構成員の数が減ってきている。ヤクザの抗争は一度発生すると一回限りの殺傷事件では止まらない性質であるため、抗争が起こると速やかに手打ちを行うこともあるのだが、ヤクザの世界は本質的に抗争が避けられない構図……小競り合いが蓄積し続ければ爆発し、全面戦争になる。一昔前ではそれも厭わなかったが、今は話し合いさえ通じれば(・・・・・・・・・・)表立った抗争はできる限り避ける傾向だ。

 その影響か、一部の有識者は今後の抗争の形は二つになるという説を挙げている。一つは暗殺で、相手の組織の要人を殺人事件だったのか事故だったのかわからないような形で殺すというものだ。もう一つは金属バットや角材などを使った喧嘩を装うやり方で、拳銃や日本刀などの刃物を使用するよりも罪が軽い点や同じ殺人でも組織の命ではなく私的な怨恨が動機だと言い張ることができるという理由だ。

「殺し屋は一度受けた依頼はやり遂げる者だろう? ましてやお前のようなプロ中のプロは、それが誇りだろう」

「……」

「報酬はこれぐらいは払う、手を打ってくれないか。お前ならば()れるはずだろう? 羽柴藤之介……いや、〝蜘蛛手(くもで)()(らい)()〟」

 机に札束が詰められたアタッシュケースを置き、会長は男の名と異名を口にする。

 羽柴藤之介は――地雷亜はその依頼を請け負うことにした。依頼内容は、〝大侠客の泥水次郎長〟の暗殺だ。

 

 

           *

 

 

 並盛町。

 情報収集中の地雷亜は、とある喫茶店で休憩していた。

(〝大侠客〟泥水次郎長――本名は吉田辰巳。少年時代から凄腕の不良として知られ、極道になってからは町の裏社会の頂点に君臨するようになった並盛の王者……この男を殺せということか)

 地雷亜は次郎長の情報をまとめたメモ帳に目を通す。

 この小さな地方都市で一人の標的(おとこ)を探し出すことは造作も無い。ましてや徹底した秘密組織・非公然組織であるマフィアと違ってヤクザは事務所を公然と構えるのだ、半日もあれば大体の情報は炙り出せる。

(問題は、奴と戦闘になった場合だな。情報が正しければ、今まで潰してきた連中とは別格なのだろう)

 次郎長の腕っ節は、極道の世界においては最強とも噂されている。

 少年期には木刀片手に隣町の蒼竜組事務所に乗り込んで無傷で生還し、極道の世界に足を踏み込んでからは地元の桃巨会を壊滅させて瞬く間に勢力を拡大し、最近では斬念眉組や関東集英会、裏社会で恐れられていた殺し屋〝人斬り似蔵〟をことごとく撃破している。この国の裏社会には化け物みたいに強い猛者は探せばいるが、少なくとも次郎長は極道の世界でもっとも最強に近い人物であるのは間違いない。

 彼自身の野心が無いからか縄張りの拡大こそしてはいないが、地雷亜にとって次郎長率いる溝鼠組はかなり手強い部類だろう。

(日中は迂闊に行動できそうにないな、始末するとすれば……夜一人で出歩いた時か)

 幸いなことに、依頼人は期限を定めていない。闇雲に動くよりも準備万全かつ次郎長を暗殺できる条件が全て整った時に狙うのが一番だ。

(あとは機を待つのみ……どう抗うか見物だな)

 蜘蛛の巣にかかった次郎長(えもの)がどう足掻くかを想像し、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 一方、まさか二度も殺し屋に命を狙われてるなど夢にも思ってない次郎長は、一人の若者と共に食事をしていた。

 若者の名は幸平(ゆきひら)(のぼる)。溝鼠組の若衆ではピラ子を除いてもっとも若い15歳の中卒男子であり、次郎長と盃を交わしてからまだ日も浅い新入り中の新入りだ。しかし中卒とは思えない要領の良さから事務面で重宝され、組全体で可愛がられている好男子でもある。

「どうだい、ちったァ慣れたか?」

「はい……勝男兄さんのおかげで、色々と……」

「ハハハ、ウチの組はストリートチルドレンやおめーのような身寄りのねー中卒は何人かいる。気ィ楽にしといても責めやしねーから安心しな」

 煙管を吹かす次郎長に、登は苦笑いを浮かべる。

 町一帯の裏社会を牛耳るヤクザの大親分が日本刀を腰に差した状態で外を出歩くなど、法律的には間違いなくアウトなのに誰も気にしない。その異様な光景には、常識人な幸平にとっては戸惑いを隠せないものだ。それ程までに次郎長は強大な存在なのだろう。

「そう言えばオジキさん、何でヤクザなんてやってるんですか? ルックス的にはモデルとか俳優とかイケそうな気がしますけど……」

「……どうしてだと思う?」

「え? えっと……強いから? でも強いならボクサーもやれるか……」

 必死に考える登を面白がって、次郎長は笑みを深める。

「――正解は、同級生と町に対する恩義だ」

「!」

 煙管の紫煙を燻らせ、次郎長は少しずつ自らの経緯を話し始めた。

 子供の頃、誕生日に交通事故で両親が亡くなったこと。その悲しみから逃れようと朝から晩まで喧嘩をしたこと。そんな自分に近づいて友人として接してくれた唯一の同級生がいたこと。町民からは不良であることを承知の上でバイトをさせてもらったこと。

 あまり表沙汰になっていない次郎長親分の過去に、登は息を呑む。

「そう考えると……アイツは泥水次郎長の生みの親とも言えるかもな」

「……その方とは、今は?」

「今も仲良くしてるさ、プライベートの付き合いも――」

 次郎長は外に視線を向けた途端、瞠目して固まった。

 着流し姿で紫の羽織に袖を通した男が、次郎長の視界に入ったのだ。その正体を知っている次郎長は、冷や汗を流した。

「オジキさん、どうかしましたか……?」

「……いや、何でもねーよ」

 問題ないと告げている次郎長だったが、登は不安だった。

 喧嘩すれば敵無しの次郎長の動揺を隠しきれない表情を、目に焼き付けてしまった以上は。

 

 

           *

 

 

 その夜、次郎長は一人で並盛商店街を夜歩きしていた。

 顔色は未だ晴れておらず、動揺することは無くなったが眉間にしわを寄せている。

(地雷亜だけはできれば()いたくねーんだけどな……)

 次郎長は昼間に出会った男を思い出す。

 あの容姿と危険な雰囲気は、間違いなく(とび)()(だん)(ぞう)――〝蜘蛛手の地雷亜〟だ。変幻自在の糸を操る凄腕の暗殺者(しのび)である彼は主人公・銀時を一度圧倒して致命傷を負わせた猛者であり、その実力はかつて所属していた「お庭番衆」において歴代最強と言われた〝摩利支(まりし)(てん)服部(はっとり)全蔵(ぜんぞう)の父に匹敵するとされている。過去には神童と謳われる天才忍者であったことから、暗殺者としての素質も一級品だろう。

 そんな彼に、次郎長はなぜ接触を避けたがるのか。それは彼の危険な性質と実力を警戒しているのもあるが、一番は「この世界での立ち位置がわからない」からだ。

 地雷亜の危険な性質が生まれたのは、妹を人質にとられて一族郎党を皆殺しにした仇に仕えたことが原因だ。一族を根絶やしにした仇に仕え、その憎しみ・哀しみ・恥辱の念から逃れるために己を殺し孤独に追いやるようになり、いつしか歪んでしまったというわけである。

 だがこの世界においては、それが無い場合がある。天人の襲来も攘夷戦争も伊賀の勢力争いも起きない平和な時代では、彼自身の性質も経歴も何もかも変わっている可能性を否定できず、下手に接触すれば何が起こるか予想できない。その上銃刀法の制限があれど裏社会では銃の密輸は続いており、高性能な銃火器も流れている。ただでさえ凄腕の忍者なのに、現代兵器まで使ってきたらさすがの次郎長も無事では済まないだろう。

(……できる限り人気のねー所でブラブラした方がいいな。この町であの化け物と一対一(サシ)で渡り合えるのは戦い方を知る俺……それか俺と互角の実力を持つ尚弥ぐれーだ。百地や蘭丸はどうだろうな)

 少なくとも地雷亜と真っ向勝負を挑んで勝てるのは、並盛にはほとんどいない。心してかかる必要があるだろう。

 そんなことを考えていたせいか、次郎長の背後から人の気配がした。ゆっくりと振り返れば、昼間に見た男――地雷亜がいた。

「マジか………オイラに何か用かい」

「恨みは無いが、仕事は仕事だ」

 地雷亜はそう言ってクナイを投げつけた。

 次郎長はすかさず抜刀し、放たれたクナイを的確に打ち落とすが、その僅かな間に地雷亜はクナイを片手に急接近した。だがそれを察知していたのか、次郎長は刀を瞬時に逆手に持ち替え、一歩踏み込んで薙いだ。

 白刃と黒刃が激突し、火花が散った。互いの斬撃の影響か、次郎長は右頬の十字傷の下に、地雷亜は額に切り傷が入った。

「――成程……我流の喧嘩殺法で俺の技を受け切るとは。〝大侠客〟の名に恥じぬ実力はあるようだな」

「生憎だが容易く取られるような(タマ)は持ってねーんでな。オイラは泥水次郎長、てめーは何者だ」

「殺し屋に名を名乗れと?」

「社会の常識だ。嫌なら名前だけウソでもいいぞ、ヤクザならではの情報網で糸辿ってやらァ」

 地雷亜は次郎長の態度が面白かったのか、愉快そうに喉を鳴らして笑った。

「クク……いいだろう。俺は地雷亜……今は羽柴藤之介とも名乗っている」

「ってこたァ、羽柴の方は本名じゃなさそうだな」

「それはお前さんが自分自身で確かめればいい。もっとも、そうなるかは保証できんがな!」

 突如地雷亜は地面を強く蹴りつけ跳躍し、無数のクナイを放った。降り注いだクナイを紙一重で躱しながら次郎長は鋭い眼差しで夜空を見上げると、地雷亜は宙に浮いていた。

 不敵な笑みを浮かべて自らを見下ろす地雷亜。人間が宙に浮くという超常現象のような光景だが、地雷亜は張り巡らせた糸の上に乗って敵を蹂躙するという戦法を得意とすることを次郎長は知っているので一切動じない。よく見れば、張り巡らされた糸が月明かりに照らされて光っている。

「すでにお前さんは俺の巣の中……逃げられやしない」

「それはどうかねェ。死中に活あり――人間はこういう時にこそ強くなれる。溝鼠を甘くみねーこった」

「フッ……面白い! 巣にかかった餌の末路、その身をもって知るがいい!!」

 地雷亜が動き出す。

 糸を辿って宙を駆け回りながらクナイを投げ、地上に降りて体術や逆手に持ったクナイでの斬撃を浴びせる。降り注ぐクナイと襲い掛かる近距離攻撃を刀と鞘の二刀流で防御する次郎長だが、変幻自在の攻撃を全て捌くことはできず、徐々に傷を増やしていく。

 すると何を思ったのか、次郎長は納刀して商店街の店と店の間にある狭い通路へ逃げ込んだ。

「糸の張られてない(こう)()へ逃げるつもりか!! 甘いわ!!!」

 糸を辿って次郎長を追いかける地雷亜。

 しかし次郎長は小路の入口の手前で振り返り、納刀状態の刀で上段の構えをとった。

「!?」

(あめ)ェのァてめーだい」

 次郎長は射程範囲に入った地雷亜を渾身の力で叩き落とした。

 轟音と共に土煙が上がって仕留めたかと思った直後、地雷亜が右手に持ったクナイで突いてきた。次郎長はそれを躱すと刀を捨て、右腕を掴んで一本背負いを決めたが、地雷亜は受け身を取って距離を置いた。その隙に次郎長も刀を回収する。

「ちっ、せっかく誘き出せたってーのに……」

「!? 貴様、まさか――」

「そうさ、勘づかれたらマズかったがな」

 次郎長の目的が自らを商店街へ誘導することであったと悟り、顔をしかめる地雷亜。

 地雷亜の戦法は、〝蜘蛛手〟の二つ名の通りに目に見えない程に細いワイヤーを張り巡らせて自在に操り、それを辿って縦横無尽に闊歩し敵を蹂躙するというもの。辺り一面が何にもない更地でもない限り、屋内外問わず糸を張られたら不規則な攻撃によって確実に劣勢に立たされてしまう。

 その一方で、軌道を絞られると反撃されやすいという弱点もある。事実、地雷亜は初戦こそ銀時を圧倒した反面、第二戦では出口に誘導されて木刀で叩き落とされ猛烈な反撃を許してしまっている。もっとも、それは銀時が凄まじい戦闘力を有しているからであり、並大抵の人間では地雷亜を倒すことは容易ではない。

 だが次郎長は――吉田辰巳は、第一次攘夷戦争の激戦を生き抜いた豪傑・泥水次郎長として転生している。地雷亜と互角に渡り合うことも当然といえよう。

「――ククク……巣にかかるのが避けられないのなら、己が戦い易い場所に巣を張らせようということか。だが糸が無くとも蜘蛛は蜘蛛……お前さんは俺には勝てん」

 次郎長の一撃を受けてなお平然としている地雷亜は、着物の裾からクナイを出す。

「オイラが勝てねェ? それはどうだか。一対一(サシ)でオイラの首を取ろうなんざ、ちょっと甘く見ちゃいねーかい? でも良い機会でもある」

「何?」

「極道と殺し屋――侍と忍者、どっちが日ノ本最強か白黒はっきりつけられるじゃねーか」

 次郎長の言葉にきょとんとした地雷亜だったが、すぐさま笑みを深めた。

 日本の歴史に刻まれる武人・侍と忍者。長い歴史の中でどちらが強いかという議論は未だに続いており、両者が世界的にも有名な戦士である以上いつかは終止符を打つべき。極道と殺し屋という形ではあるが、その終止符を打つのは今だ。

 次郎長はそう解釈できるような言葉を放ったのだ。

「意地の張り合いか。それもよかろう」

 地雷亜はクナイを両手に持ち、次郎長は居合の構えを取る。

「いざ、尋常に」

「勝負」

 

 ドゴォン!!

 

 二人が戦おうとした直後、ビュンッと風を切り猛烈なスピードで十手が飛んできた。それは深々と電柱に突き刺さり、大きな亀裂が生じている。

「こんな時間に何してるの」

「尚弥!」

「……!?」

 現れたのは、並盛町の風紀と治安を守る風紀委員会の頂点・雲雀尚弥だった。

「商店街での決闘罪と器物損壊罪、強い奴が来たのに僕を呼ばなかった罪で咬み砕く」

「残り一つはてめーの戦闘欲じゃねーか!! つーか最後が本命だろ!?」

「さすがじゃないか、僕と肩を並べるだけはある」

「否定しろよ!!! あと器物損壊はてめーもだからな!?」

 風紀と秩序の維持の為だけでなく個人的な感情も混じって登場した尚弥に、次郎長は大声でツッコミを炸裂。

 一方の地雷亜は、尚弥が只者ではないと察知したのか怪訝そうに見据えている。

「――何者だ」

「僕かい? 僕は並盛町風紀委員会会長・雲雀尚弥――この町の秩序さ」

 突き刺さった十手を抜き、先端を地雷亜に向ける。

 尚弥から放たれる肌を刺すような冷ややかな殺気に、地雷亜は目を細めた。

「……で、どうするよ地雷亜。コイツ追い払って続きするか?」

 次郎長は口角を上げて挑発するが、地雷亜はクナイを仕舞った。

「俺の依頼はお前さんの暗殺だが、表の人間を巻き込んでまで依頼を遂げるつもりは無い。――引き際だ」

「地雷亜……おめェ……」

 あっさりと退いた地雷亜に、次郎長は驚く。

 しかしそれは当然であった。プロの殺し屋とは、標的がうまく始末できないような状況は直ぐに身を引いて次の機会を待つのが定石だ。その方がリスクも少なく、標的に勘づかれずにすむからである。

「蜘蛛にも蜘蛛の食事のルールがある。それを捻じ曲げてまで暗殺(しごと)をする必要はあるまい……マナー違反は殺し屋にも適用される」

 地雷亜は何事もなかったかのように踵を返した。

 彼にも彼なりの流儀があるようで、次郎長は内心安堵していた。獲物に対する忠誠心などという狂気を孕んだ変態だったら溜まったものではないだろう。

「また会おう溝鼠、決着はまた今度だ」

「……いつでも受けて立ってやるよ」

 地雷亜はほくそ笑みながら商店街を離れていく。

 事態が収拾したのを確認した尚弥は、次郎長に問う。

「次郎長、彼は何者なの?」

「そうさな……プロとしか言いようがねーな」

「――素晴らしいね。並盛の風紀が守られればそれでいいし裏社会は興味ないけど……戦ってみたいな」

 地雷亜との出会いは尚弥の闘争本能を刺激したらしく、次郎長は頭を抱えるのだった。

 

 

 後日、東京某所で岩波会が何者かに壊滅させられるという事件が発生したが、それが地雷亜一人の手で行われたのは誰も知る由も無い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的30:大侠客と三十路の変化

これで原作開始3年前ですね。


 年月は流れ、次郎長は三十路を迎えた。

 ヤクザとして生きて早12年近く。数々の修羅場をくぐり抜けた次郎長は名実ともに最強の極道となり、時折名を上げてくる命知らずのならず者をフルボッコにしつつ穏やかな生活を送っている。

 どれくらい穏やかかというと――

「そうか……ピラ子もそろそろ中学3年かい」

「ええ。オジキの教育のおかげで立派な女子になっとるんやけど、腕っ節が強いせいか風紀委員会に目ェ付けられてるんじゃ。わしゃあ風紀委員会と揉めるのは嫌やで、あの男とタイマン張れるのオジキしかおらんってのに……」

「あ! オジキ、アニキ、見ました!? メルちゃんが子供をペロペロと……可愛いでっせ!」

「おい! 今オジキと大事な話しとるのに話しかけんな――うわ、ホンマや!!」

 ダックスフントのメルちゃんを子分達と和やかに見つめ続ける程である。

 メルちゃんは二週間程前に路上で捨てられていたのを偶然見かけた勝男に保護されており、今では溝鼠組のアイドルと化している。ちなみに世話をしているのは登で散歩はシフト制である。

「……そういやあオジキ、聞きやした? 魔死呂威組の件」

「ああ……下愚蔵のじいさんも歳だからな。身体を壊さなきゃいいが」

 話は次郎長率いる溝鼠組の唯一の親戚縁組・魔死呂威組に変わる。

 隣町の姉古原の裏社会を牛耳る大親分である下愚蔵が、老齢ゆえに病を患ってしまったというのだ。病状は薬剤師から処方された薬さえ飲んでいれば問題ないらしいが、暫くの間は過度な運動は禁物だという。

「魔死呂威組は人事変えて〝狛犬の京次郎〟を若頭に任命したって話でっせ」

(〝狛犬の京次郎〟……やはりこっちの世界(・・・・・・)でもか)

 狛犬の京次郎。

 本当の名は中村京次郎と言い、魔死呂威組のシマを荒らしていたところを髪の毛が黒かった頃の下愚蔵に気に入られ組に引き取られた元浮浪児だ。〝狛犬〟の二つ名は常にしわを寄せている眉間からであり、正史(げんさく)においては命を落とすまでずっとしわが取れなかった。

 京次郎は子供の頃から大人も道を開ける程の悪童だったようなので、腕っ節はそれなりのものなのだろう。若頭を任されるのは次郎長としても予想通りではあった。

「……襲名披露は?」

「今んところは未定です、ウチと魔死呂威組は盃交わしてるんでこっちに手紙くらいは出すかと……」

「それもそうだな」

 次郎長は立ち上がり、刀を腰に差して大広間の廊下側の障子を開ける。

「オジキ、どこへ?」

「奈々んトコに行ってくる、最近黒スーツの妙な連中がうろついてるって話を聞くからな」

 次郎長はそう言い残し、屋敷を出た。

 

 

           *

 

 

 次郎長はいつも通り沢田家へと向かっていたが、この日に限っては不機嫌な表情を浮かべていた。屋敷を出て以降、何者かの視線を感じるのだ。

 この町の顔役とも言える次郎長は町をぶらりと歩くだけで誰かしらに声を掛けられる程の有名人だ、世間話や義理の娘であるピラ子の様子で談笑してついつい長話してしまうこともある。ゆえに次郎長は何かしらの視線や気配は自然と寄って来るものだと考えていた。

 だが今感じる視線は、カタギから向けられるようなものではなかった。風紀委員会のようなやってる活動(こと)がヤクザ顔負けなカタギ勢力とは別物の、裏社会特有の警戒心を含んだ視線だ。

「……」

 自分の命を狙う刺客という割には、殺気を感じ取れない。かといって友好的な態度とも言えない。次郎長は万が一の事態を想定して腰に差した刀の柄を握り、意識を集中させ研ぎ澄ましながら歩く。

 すると、背後から複数の小さな靴音が聞こえた。明らかに周囲に何者かが尾行している。

(……少し煽ってみるか)

 次郎長は周囲に強めの殺気を飛ばした。

 数多くの修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の猛者が出せるそれに当てられた木々は鈍く震え、電柱に止まっていた大勢の鳥が察知した途端一斉に逃げだし、家々の窓ガラスがビリビリと軋み始める。

 その直後、背後からチャキッという音が鳴った。ゆっくり振り返ると、そこにはニット帽を被った男と坊主頭の男が拳銃を構えていた。次郎長の目論見通り、殺気に釣られたようだ。

「……刀も抜いてねー野郎の背後にいきなり拳銃(ハジキ)向けるたァいい度胸じゃねーかドサンピン共」

 次郎長はドスの利いた声で口を開くも、あくまでも戦闘の意思は見せない。今の時間帯は子供達が下校する時間帯であり、下手に抗争となれば下校中の子供達が一番の被害に遭うだろう。ヤクザが自分から縄張りを荒らしては本末転倒であるというわけだ。

「俺ァ奈々に……この近くの沢田家に用があるだけだ。下校時間にどこの馬の骨とも知れない三下と殺し合う気はねェ、失せな」

 

 バァン! バァン!

 

 銃口を向けられても意にも介さず歩き始めた直後、二発の発砲音が響き渡った。

 次郎長は視線を下へ向けると、アスファルトに二発の弾丸が減り込んでいた。背後の二人が威嚇射撃をしたのだ。

「親方様とそのご家族には指一本触れさせないぞ!!」

「次は本気で体を狙う!!」

「……」

 次郎長は振り返って二人に近づくと、ドスの利いた声を通り越して地獄の底から響くような声で怒りを露わにした。

「撃ちやがったな……じゃあ正当防衛でボコられても文句言えねーよな?」

 突如、二人に心臓を素手で鷲掴みにされたような感覚が走った。鋭い眼差しと息がつまるかと錯覚する程の威圧感、そして歴戦のマフィアですらも縮こませてしまうような強烈な殺気に身体を強張らせた。

 その直後、ガシャンと言う金属音と共に地面に半分になった銃が落ちた。いつの間にか次郎長は抜刀していた。

「え……えええええ!?」

「い、いつ!? いつ斬ったんだ!?」

 抜刀の瞬間が視認できないという離れ業で拳銃を一刀両断する次郎長に、悲鳴に近い声を上げる。

 組織犯罪集団による抗争において、銃火器は一丁だけでも戦力として申し分ない威力を発揮する。ヤクザの業界においては「銃一丁は組員10人に匹敵する戦力」と言われており、近年では殺傷力の大きい銃を装備するような傾向ではある。彼らが所属する組織も、活動上抗争に巻き込まれやすいため常に銃を携帯している。

 だが次郎長は、たった一太刀で銃を真っ二つにして使えなくした。それがどういう意味か嫌という程理解している二人は、あっという間に血の気が引いていく。

「この次郎長に因縁つけて拳銃(ハジキ)向けることがどういう意味か、じっくりねっちょり教えてやらァ」

 刀を収めゴキゴキと拳を鳴らして笑いかける次郎長に、二人はとんでもない男を怒らせたのではと内心後悔した。

 

 

 沢田家。

 この日、家光は久しぶりに帰宅することができた。イタリア最大のマフィア・ボンゴレファミリーの門外顧問という重役ゆえに帰省できない日々が続いた分、奈々(つま)ツナ(せがれ)に会えたのはこれ以上無い至福の時だ――あの男を除いては。

「せっかく家光さんも戻ったことだし、タッ君に連絡入れないと♪」

「ま、待て待て待て!! 待ってくれ奈々、次郎長に言うのはやめてくれ!!」

「どうして? ツッ君もタッ君が来てくれると喜ぶのよ?」

「そ、それはそうだが……アイツだって忙しいだろう!!」

 必死に喋る家光に、奈々は「それもそうかしら」と呟く。

 家族が平穏に暮らす並盛町の裏社会を統べるヤクザの親分・泥水次郎長は、家光の天敵とも言える存在となっていた。次郎長はある意味で沢田家の用心棒であり、不在の家光に代わって二人を護ってきたのだが、家光自身はだからこそ会いたくないのだ。仕事とはいえ年単位で家庭を放置してしまう状況を作った男に、三桁を超える子分達の義父として組織(かてい)を支えてきた男が不満を持たないわけが無い。

 顔を合わせた途端、何を言われるかわからない。下手すればお礼参りかもしれない。ツナの第三の保護者と言える次郎長に制裁を食らわされたら、父としての面子が立たない。

 そんな考えがグルグルと頭の中を巡る。すると――

 

 ピンポーン

 

「家光さーん、出てくれないかしらー」

「わかった」

 インターホンが鳴り、料理を作っている奈々に代わって玄関を開ける家光。

 そこに立っていたのは――

「よう、久しぶりだな家光……」

「じ、じ、次郎長っ!?」

 噂をすれば何とやら……沢田家の実質的な用心棒(セコム)が襲来し、家光は顔を青くした。日本で一番会いたくない人物が自分から来てしまったのだ。

 端正だがカタギに見えない顔立ちの彼は笑みを浮かべてはいるが、目が全く笑っていない。むしろ笑っているのに怒気と殺意が伝わってくる。今までにない激昂ぶりに、家光はダラダラと嫌な汗を流し始める。

「おい親方様(・・・)よう……てめー子分の教育がなってねーじゃねーか。他人様の背中に拳銃(ハジキ)向けるって、どういう教育してるのか説明してくれねーかい?」

「モレッティ!? ターメリック!?」

 次郎長の背後に立つ部下二名――ニット帽のモレッティと坊主頭のターメリック――のボロボロの顔を見た家光は愕然とする。

「お前ら、次郎長に喧嘩売ったのか!?」

「す、すいません……」

「てっきり刺客かと……」

 フルボッコにされた部下二名は家光に涙目で頭を下げる。その手には両断された拳銃が握られている。

 二人はそれなりの修羅場をくぐり抜けてるはずだが、それでも次郎長に手も足も出なかったのだ。だが考えてみれば次郎長は家光の飛び蹴りを額で受け止め、防戦一方に追い詰める程の猛反撃を繰り出し、死ぬ気の炎でパワーアップした一撃をモロに受けてもピンピンしていたとんでもない男だ。武装しても二人が勝てるわけもない。

「そういうこった。落とし前つけろコラ」

「落とし前!? 何で俺が――」

「てめー、この時間帯何だと思ってやがる? まだ下校時間だぞ? あの場には偶然いなかったからよかったが、子供に当たったらどう責任取るつもりだったんでい」

「う……」

 次郎長の言い分に言葉も出ない家光。

 たとえ次郎長を知ってようがいまいが、二人がやらかした行為は確かに問題だ。ボンゴレファミリーの前身は市民を守る自警団であり、ファミリーや地域住民を大切にする意識が強いことは誇りでもある。いくら相手がヤクザであっても、平和な日本の住宅街で、それも子供達が下校する時間帯に発砲事件を起こしたと知られたらボンゴレへの信頼と威厳に関わるだろうし、本当に子供が流れ弾を受けたら取り返しがつかなくなる。

 しかもそれを起こしたのがボスの権力を分散させるために組織されたはずの門外顧問組織「CEDEF(チェデフ)」の構成員である。敵対組織にとってはボンゴレの大スキャンダルだと喜んで拡散するだろう。

「……で、どうケジメつける気なんでい? 後ろ二人にゃヤキ入れしといたからそれ以上はしねーが、使用者責任って形でまだてめーが残ってるんだわ。家光、まさかこの次郎長親分の縄張りでマフィアの道理が通じるなんて思っちゃいねーよな?」

「お……おお落ち着け! 死傷者は出なかったんだ――」

 

 ジャキッ――

 

「死傷者云々じゃねーんだよ。オイラがボンゴレファミリー(てめーら)を恐れちゃいねーことぐれーいい加減理解しろい」

「「ひっ……!!」」

 刀の鯉口を切った次郎長に、モレッティとターメリックは震え上がる。

「もう一度だけ言う。てめーはどうケジメつける気だ」

「あ……いや、その……」

 あわや家光が指を詰めるのかと思われた、その時――

「次郎長おじさん!」

「! ――ツナじゃねーか。さすがにデカくなったな」

「「「次郎長おじさん!?」」」

 救いの手を差し伸べたのは、まさかのツナ。気づいた次郎長は打って変わって穏やかな表情を浮かべ、近寄ってきた彼の頭を優しく撫でた。

 先程まで恫喝していたとは思えない変貌ぶりに、家光達は呆然とする。

「遅かったな、二階で何やってたんでい?」

「アハハ……学校の宿題やっててさ……おじさんこそ何してるの?」

「おめーのダメ親父に説教してるところだ。あのバカの部下が危ないモン向けてな、それでちょっと怒ってるところだ」

「事実でも言わないでくれない!?」

 悲痛な叫びを上げる家光。同じ沢田家の人間なのに扱いが全然違うのは、日頃の行いのせいなのかもしれない。

「ツッ君、違うからな! これは――」

「……」

 無言で冷たい視線を送るツナ。息子から軽蔑されてると察した家光は、その場に崩れ落ちた。

 すると、料理の準備が一通り終えたのか奈々まで現れた。

「あら、タッ君!!」

「よう奈々。相変わらずの時間停止した顔だな」

「やだ、それはお互い様でしょう? そうだわ、せっかくだし一緒に夕食でもどう?」

「いいぜ、息子達は夜のシノギで屋敷を空けるしな」

 次郎長があっさり了承し、奈々は満面の笑みを浮かべた。

「あら? どうしたの家光さん」

「放っとけ、どうせ暫くあの様でい」

 玄関で四つん這いになる家光をよそに、次郎長は沢田家に上がるのだった。

 

 

           *

 

 

 深夜。沢田家で団欒を楽しんだ後、次郎長は並盛山を訪れた。

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

 次郎長は仰向けに倒れ、汗だくで息を荒くしている。そんな彼の傍には顔を含め全身包帯を巻いた黒衣の者達がおり、その中でも纏っている雰囲気が違う一人の赤ん坊が愉快そうに笑っている。

「クソッ……人形二体やっつけるだけでこの様かよ……」

「ハハハ、アレハンドロ君自身には及ばずともジンジャー・ブレッドを倒したんだ。死ぬ気の炎を使えない人間にしてはかなりのものだと思うよ」

 疲弊しきった次郎長を嗤いながら労うバミューダ。

 復讐者(ヴィンディチェ)と次郎長が関係を持ってから長い年月が経ち、両者にはある程度の信頼関係が構築された。それと共に古里家の一件以降自らの未熟さを痛感した次郎長は彼らに戦闘技術の教えを乞うようになり、こうして人知れず自己(じこ)研鑽(けんさん)に励んでいるのだ。

 次郎長自身はリーダー格のイェーガーや彼らの主君たるバミューダに頭を下げたが、周りからは「本当に死ぬかもしれないからやめとけ」と断られたので、二人に及ばずとも次郎長を遥かに上回る戦闘力を有する古株・アレハンドロの下で渋々(・・)鍛錬に励むようになったという訳である。

(俺ァもっと強くならなきゃなんねェ……ヌフフのナス太郎が何しでかすかわかったもんじゃねーからな……)

 かつてイタリアで古里家を巡って対峙した(デイモン)・スペード。家光に化けて古里家を皆殺しにしようとした彼の魔の手から次郎長は護ろうと奮闘し何とか退散させたが、その常識外れな能力の前に心身共にダメージを負った。それも追い払ったというよりも、互いに退いた方が利があると判断した上での妥協みたいなもので、彼を仕留めたわけではない。

 ヌフフのナス太郎が何を企んでいたかはともかく、不確定要素によって計画を狂わされたのは事実なので次郎長の暗殺も視野に入れているだろう。それに対抗できるようにマフィア界で恐れられる番人達を師として心身共に鍛え続けているのだ、人形風情で根を上げるわけにはいかない。そう自らに言い聞かせ、次郎長は立ち上がる。

「休憩終わり……バッチ来い」

「いや、今日はここまでだよ。君に話したいこともあるし」

「オイラに?」

 バミューダは小さな封筒を取り出し、次郎長へ渡す。

「まず、骸君から君へのメッセージだ」

「……アイツからだと?」

 バミューダから封筒を渡された次郎長は、その場で破って中の手紙を手に取り広げて読み上げた。

「えっと――拝啓、泥水次郎長殿……」

 

 

 ――拝啓、泥水次郎長殿

 

 お久しぶりですね、お元気ですか?

 僕は今、復讐者(ヴィンディチェ)の下で犬と千種と共に世界中でマフィア狩りを行ってます。中にはかつて僕達を救ってくれたあなたのような人格者も混じってますが、やはりマフィアは腐ってます。存在する価値はありませんので一刻も早く殲滅しようと思います。ですがマフィアだからという理由で無差別に殺すような愚者に成り下がる気は無いので分は弁えてます、どうかご安心ください。

 今はお取り込み中ですが、犬も千種もあなたに会いたがってます。もうしばらく時間がかかるでしょうが、また会う日を楽しみにしていてください。

 

 追伸

 これからは世界中の要人の身体を乗っ取って世界大戦を起こし、この醜い俗界を純粋で美しいものに変えようと思ってます。

 

 

「――おい、追伸の内容がテロリストの犯行声明にしか聞こえねーんだけど。何だよ世界大戦って、どこのメイトリックス大佐だよアイツ」

 手紙の内容――特に追伸――があまりにも拗れていることに呆れる次郎長。音信不通だった骸達が元気でいることには安堵しているが、いくらマフィアに対する不信感と憎悪があっても世界大戦を起こすという過激派の思想になってることには不安しかない。

 しかも手紙の内容だと三人で行動して三人で手当たり次第潰しまくってるようだ。

(だが……三人共元気でやっていてよかった)

 次郎長は嬉しそうに笑う。

 あの日から随分と長い年月が経った。初めて会った時は全てに恐怖心を覚え怯えていたが、いつの間にか――多少歪んでいると思われるが――立派に成長していたようだ。

「オイラも年を取ったな……(ツラ)ァ拝んじゃいねーってのに心にジ~ンとくる感じがすらァ」

 三十路を迎えた親分は、自嘲気味に笑う。

 彼らとの再会は、まだ少し先の話。




近い内に京次郎を出します。
川平のおじさんもいい加減可哀想なので出します。

感想・評価、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的31:〝狛犬の京次郎〟、見参

 父は娘に弱いというが、天下の次郎長親分も例外ではない。

 植木蜂一家崩壊後に成り行きで残党達と溝鼠組に入門し「家族」となった椿平子もといピラ子には、大侠客次郎長もついつい甘やかしてしまう。次郎長自身も幼少期に両親を亡くしていることが拍車をかけ、尚弥みたいなドがつく程の親バカではないが若干の子煩悩も混じって接しているのだ。

「おいしー!」

「あそこのは中々買えねーからな」

 並盛で屈指の人気を誇る洋菓子店「ラ・ナミモリーヌ」の目玉商品・ミルフィーユを楽しむ次郎長とピラ子。傍から見れば極道の親分とその義理の娘とは思えない呑気な光景である。

 そんな中、次郎長はミルフィーユを先に食べ終えると、煙管を取り出しながらピラ子に話を振った。

「……ピラ子、おめーこれからどうする」

「オジキ……?」

「おめーはもうじき並中を卒業するわけだが、今後の進路について訊きてェ。カタギになるのもいいし、極道の女として生きるのもいい。オイラはおめーの義父(オジキ)である以上、どんな道を進もうが祝ってやる。まァ水商売は勘弁だが」

「……」

 次郎長は並盛の王者を自負するに相応しい威厳ある鋭い眼差しではなく、一人の父親としての温かい眼差しで義娘(ピラコ)を見つめる。

 対するピラ子も一度目を瞑ってから次郎長の目を見据え、微笑みながら口を開いた。

「オジキ……私はオジキの娘で家族です、娘である以上は親孝行しないと筋が通りませんよう。私はオジキを――溝鼠組を支えます。オジキが必死に護ってきた町を捨てるわけにはいかない」

「……オイラはできる限り避けさせたが、抗争で人を殺めることすらも日常の一部になるんだぞ?」

「百も承知です~、私が今更カタギになると思いますかァ? 生まれた頃から極道の世界にいたんです、甘く見ちゃ困りますよう」

 ピラ子はまっすぐ次郎長を見据えて覚悟を示す。

 実の父亡き後、潰された一家の残党諸共受け入れて養ってくれた次郎長に極道として恩返しをする――その強い意志をくみ取った次郎長は、「わかった」と一言告げて彼女の頭を優しく撫でた。

「ピラ子、おめーの覚悟はよくわかった。これからもよろしくな」

「こちらこそ~。それよりもオジキ、これ食べ終わったらいつものように水切りしましょうよゥ」

「あいよ」

 

 

           *

 

 

 夕方頃、河原でピラ子と水切りを楽しんでいる最中にそれは起こった。

「やあ、次郎長」

「……恭弥」

 二人の前に現れたのは、雲雀尚弥の実子・恭弥。前に会った時よりは心身共に成長しているのか、父親譲りの凶暴な雰囲気を纏っている。その手には鈍く輝くトンファーが握られており、次郎長をまっすぐ見据えて殺気立っている。

 恭弥が何をしに来たのかすぐに察した次郎長は呆れるも、とりあえず質した。

「――オイラの予想通りの答えだろうが、一応訊こう不良少年。何の用だ」

「君を咬み殺しに」

「ハァ……だろうな。殺気漏れた状態で談笑はねーとは思っちゃいたさ」

 次郎長は頭を掻きながら溜め息を吐く。

 ここ最近、恭弥の噂が町中に広まっている。その多くは喧嘩にまつわるものであり「少年期の次郎長のような暴れん坊」と言われることから、想像以上に凶暴であることは次郎長も承知しており、いつかは溝鼠組に喧嘩を売るだろうとは思っていた。

 ただしいきなり大将首を狙いに来たのは想定外ではあった。並盛の王者たる次郎長を本気で倒す気ではあるだろうが、おそらく勝ち負けはどうでもよくて純粋に闘争を楽しみたいのだろう。

「……おめェ、オイラと戦いてー理由はあんのか」

 次郎長の問いに、恭弥は「当然」と即答してトンファーを構える。

「草食動物のように群れておきながら、肉食動物のような獰猛さを併せ持っている。でも小動物にも似たしぶとさもある……そんな極上の獲物、狩りに行かない肉食動物なんていない」

「……否定はしねーさ。おめーの言う通り、オイラァしぶとく図太く強かにしなやかに生きてきた。キレイな清水も(きたね)ェ泥水も啜ってきたし、色んなものを喰ってきた」

 次郎長はたった一人で極道の世界に身を投じ、勝男を筆頭とした多くの子分を従え、数々の修羅場をくぐり抜け、〝大侠客〟という称号にも似た異名で並盛の裏社会の頂点に長く君臨している。そこに到達するまでの間には抗争や決闘を繰り広げており、当然手を汚すこともあったが、全ては並盛町を護るため・恩人(なな)への恩義に報いるためであった。

「……まァ、そんなシケた話はどうでもいいか」

 次郎長は腰に差していた刀をピラ子に渡した。恭弥とは素手で戦うつもりのようだ。

「オイラとしちゃガキを傷つけるのァ嫌なんだが、そっちが本気で()る気だってんなら応じてやらァ。それが礼儀ってもんだ」

「そう言ってくれると思った、よっ!!」

 恭弥は獰猛な笑みを浮かべ、トンファーを振るって次郎長に襲い掛かった。

 

 

 日が沈む頃、河原にはたくさんの野次馬が集まっていた。彼らの視線の先にあるのは、傷だらけで倒れ伏している少年とそれを見つめるヤクザ者だ。

(……おっかねー〝後輩〟がいたもんだ)

 鋭い眼差しで闘争に敗れた恭弥(ケモノ)を見下ろす。

 勝負は次郎長の圧勝。並盛において最強の不良少年として名を馳せるようになった彼でも、並盛の裏社会を牛耳るならず者の王は倒せなかった。それも一方的な戦いだったのか、素手で応じたにもかかわらず目立った傷がほとんど無い次郎長に対し、トンファーを握って襲い掛かった恭弥は満身創痍。二人の間にはあまりにも大きな力の差が会ったことが伺える。

 恭弥が次郎長に戦いを挑んだことを知り慌てて駆けつけた次郎長一家も風紀委員も、この状況には息を呑むことしかできなかった。そんな中、現在中国へ旅行中の尚弥に代わって風紀委員会を指揮する蘭丸は静かに次郎長に声を掛けた。

「……次郎長親分」

「蘭丸……おめェ、どう出る?」

「出るも何も……恭弥様が望んだ戦いに私は口を出さない」

「クク……そうかい」

 蘭丸は、今回の件で対立はしないことを明言した。

 恭弥は集団でいることや束縛を嫌う性格であると共に、プライドが高い性格でもある。真っ向勝負を挑んだ以上、勝とうが負けようが決して結果に口出しはしない。恭弥は普通の子供とは違う。子供だからと情けをかけられることは耐え難い屈辱なのである。

 次郎長は恭弥がそういう性格であることを知ってるから容赦せず叩きのめし、蘭丸もそれについて彼を非難することはしないのだ。

「てめーら、(けェ)るぞ」

 踵を返す次郎長。

「オジキ、大丈夫ですかいのう? あの親バカが黙ってるとは到底……」

 勝男が心配するのは、尚弥が帰って来てからだ。

 ドがつく程の親バカである尚弥がこの件を知ったら、黙ってるはずがないだろう。仕事の最中でも息子を終始気に掛けているらしいので、ちょっとしたことでも溝鼠組と緊張状態に陥るのではないかと勝男は心配したのだ。

 しかし次郎長は「その心配はない」と告げる。

「向こうが売った喧嘩を買ったまでだ、んなことで一々抗争仕掛ける程バカじゃ――」

 子分達を引き連れその場から去ろうとした次郎長だったが、何かを感じたのか足を止めた。

「……」

「オジキ、どないしました?」

「……闘争本能か虚勢かは知らねーが、恭弥(アイツ)がさっきからずっとオイラに殺気浴びせてやがらァ」

『えっ!?』

 次郎長の言葉を聞き、信じられないとでも言うかのように恭弥を見る。傍から見れば気絶しているようにしか見えないにもかかわらず、次郎長は彼がまだ戦おうとしていると言っているのだ。

 その言葉通り、恭弥はゆっくりと立ち上がった。しかし次郎長との戦いで蓄積されたダメージが相当響いているのか、足元がおぼつかない。

「し、信じられん……まだ立てるんかいな……」

 勝男は恭弥のタフさに、感嘆を通り越して戦慄する。

「恭弥様、これ以上次郎長親分と戦ったら身体がもちません! 退いて下さい」

 蘭丸は身を案じて説得するが、恭弥はそれを意にも介さずトンファーを構える。満身創痍でいつ気絶してもおかしくないボロボロの状態であるのにもかかわらず、戦う前よりも闘志を燃やしている。

 そんな恭弥に呆れているのか、次郎長は背を向けたまま口を開いた。

「……まだ終わってねェ、とでも言いたそうじゃねーか」

「このまま……ハァ……咬みつくことすらできないのは、嫌だからね……」

「恭弥……今のおめーに俺達のステージ(・・・・・・・)は早すぎるんでい。ただ(つえ)ェだけじゃ並盛の頂点には立てねーってことぐれェ、尚弥(オヤジ)の背中見て育ったからわかるだろ。それと一つ言っておく」

「……何だい」

「動物図鑑を持ってるなら調べてみな。ドブネズミってバカにできねーぞ?」

「――!」

 次郎長は不敵に笑うと「せいぜい頑張るこったな」と激励にも似た言葉を投げ掛け、子分達と共に去っていった。

 その背中を数秒程見つめた後、恭弥の意識はブラックアウトした。

 

 

           *

 

 その夜。

 ここは川平不動産がある並盛町5丁目に設けられた、町内初にして唯一の雀荘「七三」。溝鼠組の若頭である〝並盛町の暴君〟黒駒勝男が経営するこの雀荘は、町外からヤクザからカタギまで多くの人間が訪れるため、その分様々な情報が飛び交う。時には情報取引の現場にもなるので、溝鼠組の貴重な資産である。

「いやァ、恭弥は手強かったな」

『白々しいですぜ、オジキ……』

 のんびりと席で寛ぐ次郎長に、雀荘の従業員として働く子分達は呆れる。

 子分達が次郎長と恭弥の喧嘩を見たのは、佳境に入ってから。その時点で子分達は次郎長の勝利を確信していた。町中の無法者の、並盛の裏社会の頂点に君臨する男・泥水次郎長に敵うわけが無いと。

 実際に恭弥の完敗で喧嘩は終わったが、次郎長は――

「本気で思ってるぜ、俺ァ」

『!!』

「アイツ、力の差がどんだけ大きいのかわかっても咬みついてきやがった。迷いの無い奴は力量問わず厄介者でい、アレはデカくなる」

 窓から月を仰ぎながら、恭弥との戦いを思い出す。

 次郎長に戦いを挑んだ恭弥は、彼のケモノどころかバケモノの領域に達した戦闘力の前に成す術もなく屈した。しかし敗北してなお闘志は消えておらず、その時の目つきは肉食動物というよりも喧嘩に明け暮れた学生時代の次郎長を彷彿させた。

「ああいう時期も、俺にはあったのさ……」

「?」

 次郎長が懐かしそうな声色で語った、その時だった。

 

 カランカラン――

 

「!」

 雀荘の入り口のドアを開けて、一人のヤクザが入店した。

 赤い着流し姿で腰に日本刀を差した、左の額から頬にかけての縦一文字の切り傷が特徴の男。彼こそ魔死呂威組の若頭〝狛犬の京次郎〟こと中村京次郎である。

「待たせてすまんのう親分、ウチのシマで銃の密売しとるバカタレ共にヤキ入れたばっかでな」

 畳に上がって腰を下ろす京次郎。

 次郎長は子分達に冷酒を持ってくるよう指示すると、煙管を取り出して刻み煙草を詰めて火を点ける。 

「そらァご苦労なこって……だが苦労してるのァお互い様でい。尚弥の奴が中国旅行に生きやがってな、風紀委員会(むこう)はウチと持ちつ持たれつだから色々大変だとよ」

「尚弥……尚弥って、あの〝(おに)雲雀(ひばり)〟の雲雀尚弥か?」

「〝(おに)雲雀(ひばり)〟? アイツそんな呼び名あったの?」

「裏の世界じゃあ鬼みたいに強いカタギだって有名じゃぞ」

「アレはカタギっつーより半グレだ、やってることはヤクザと変わんねーぞ。勝男だって「どっちがヤクザかわからん」っつってたし」

 紫煙と共に溜め息を吐く次郎長。その言葉の意味を理解したのか、京次郎も「確かにのう……」と呟きながら目を逸らす。カタギとは到底思えない尚弥に関する噂で共感したのだろう。

 そうしている内に、次郎長の子分が冷酒とおつまみを持ってちゃぶ台に置いた。

「さてと、まずは極道の世界の先輩として若頭就任を祝ってやる。一杯飲もう」

「……そりゃすまんのう、親分」

 互いの盃に酒を注いで一気に煽ると、次郎長は早速切り出した。

「で、本題は何なんだ」

「さっき言うとった銃の密売じゃ。ちと面倒になってのう」

 京次郎はおつまみを口に運びながら事の経緯を語りだす。

 魔死呂威組が牛耳る姉古原町だけでなく、近頃東日本を中心に銃の密売が活発化しており、あちこちで小競り合いやカチコミが相次いでしまい極道の世界全体が緊張状態になっているという。これで抗争となれば民間人への危険度は甚大なものとなり、カタギもヤクザも関係なしに血を流しかねない。

 これに危機感を覚えた京次郎は早速動き出し、情報収集の末に日本における(・・・・・・)取引の元締めを炙り出すことに成功。組長・下愚蔵の命の下に襲撃して征圧し、関係者への尋問の末に密輸経路の情報を入手したとのこと。

「それで、本当の元締めは?」

「イタリアじゃ」

 京次郎の口から出た国名に、次郎長は眉をひそめる。

 イタリアといえば、マフィアの起源であり本場でもある国。そこから銃が流されているということは、元締めがイタリアのマフィアである可能性が極めて高い。犯罪組織において密輸は重要な資金源となるので、たとえ元締めでなくとも関与そのものは確定だろう。

「……根拠はあるのか? 供述証拠だけじゃ決定打に欠けるだろ」

「わしらが潰した連中が密輸しとった銃のメーカーは、ベレッタ・タンフォリオ・フランキの三社――全部イタリアじゃ。フィリピンかロシア、中国のいずれかのルートで日本に持ち込んだんじゃろう」

「拳銃っつーとトカレフかマカロフのイメージなんだが」

「今時は違うぞ。同じ価格でより新しく性能が優れた代物が出回っとるんじゃ、わしの〝レンコン〟のようなモンがな」

 京次郎はそういうや否や、懐から一丁の回転式拳銃(リボルバー)を取り出した。

「1969年製のコルト・トルーパー……80年代の刑事ドラマでよう使われとったから知名度は高い方じゃ」

「そんでソイツより強力な代物が日本でも流される……いや、すでに流されてるかもな」

「そういうこっちゃ。そうなったらヤクザの戦争は手に負えなくなる上に海外勢力に隙を突かれてしまう。連中から見れば、流すだけでヤクザの利権を奪うことも可能な楽な謀略じゃからのう……そして親父はそれを見抜いとった」

 下愚蔵は元締めの目的が大規模な抗争を起こして全国のヤクザ勢力の力を消耗させ弱り切ったところを潰して利権を独占することだと悟った。しかし新体制に移行しようとしている魔死呂威組にとって、今の時期は思うように動けない。

 そこで親戚縁組にして頼みの綱と言える次郎長率いる溝鼠組に、この事件の元締めの殲滅を依頼したというわけである。

「次郎長親分、どうにか手を打ってくれんか」

「何言ってやがんでい、親戚の頼みなんざ聞き入れるに決まってらァ。今シノギもうなぎ上りだし、金も別にいいぜ」

 次郎長は親戚縁組だからという理由で報酬を払う必要も無いことも付け加えて依頼をあっさりと了承。京次郎はその器量に唖然としつつ「かたじけない」と頭を下げる。

「その件の情報、調べられた分を全部教えてくれ。知り合いのメイド喫茶の店長に掛け合ってみる。うまくいけば全面的にサポートしてくれるはずだ」

「メイド喫茶? 何でそんなわしらの業界と無縁な連中に」

「それが全く正反対なんだよなァ……むしろズブズブでい」

 

 

 こうして次郎長は新たな敵――兵器密輸の元締めとの戦いに動き出すことになった。それは図らずも因縁のマフィアとの第二ラウンドの幕開けでもあったのだが、当の本人は知る由も無い。




次回、襲撃に遭います。(笑)
誰に襲撃されるのか、お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的32:殺しに来た男が子分(むすこ)になった件

まさかの10000字突破。
今までで初めてですよ、こんな展開……。


 ある日の昼間のことだった。

「今月の収入、普通に5000万越えとるやんけ……」

 勝男は金勘定をしつつ震えるような声で呟いた。

 溝鼠組は的屋利権や請負業、民事介入、一部構成員がやっているバイトなどで収入を得ている。最近では勝男が雀荘の運営を始めたことで表裏問わず色々な客が利用するようになり、更に収入が増加した。他の組織と比べると一度に莫大な利益を得てはいないが、常に安定した収入を得られるのは大きな強みだ。

 近頃は暴対法や世論の影響で極道組織の資金源獲得は難しくなりつつあるが、溝鼠組は次郎長自身の人間関係に加え縄張りとする土地の〝特殊性〟のおかげでうまい具合で力を強めることに成功している。

「思えば、随分とデカイ家族になったもんや……」

 次郎長と最初に出会った日を思い返す。

 最初はたった四人で始まったあまりにも小さな組織が、時が流れて日本の裏社会でもっとも恐れられる勢力の一つに数えられた。当時は孤高の不良であった若き日の次郎長の部下に過ぎなかった自分が、今では次郎長の右腕として組を牽引するようになった。

 彼の背中を追い、苦楽を共にし、今がある。勝男は天井を見上げながら過去に思いを馳せた。

(わしも随分と出世したもんやなァ)

「あ、勝男兄さん!」

「!」

 割烹着姿の登が顔を出した。

 どうやら彼が食事を作っているようだ。

「何してたんですか?」

「いや、ちょっと昔のことを思い出してのう」

「へ~……ところで勝男兄さん、オジキさんは?」

「オジキなら杉村達連れて町内会に出席しとるで。何か地上げ屋の件で話あるゆーて」

「地上げ屋? 何ですかそれ?」

「……そっか、中卒やからよう知らんか……」

 地上げ屋とは、地主や借地・借家人に立ち退いてもらう交渉をすることで土地を買収する人及び企業を指す。土地の利用価値を上げる地上げは、土地・建物の買収だけでなく、権利関係の整理・家屋の撤去・借家人の立ち退き交渉など広範囲に渡っており、地道な活動によるトラブルの回避や有効的な事業展開を行うために高度で専門的な知識や交渉力が必要とされる。

 一方で地上げは大きな金が動く不動産業であるため、ヤクザ勢力が威力をフル活用して独占すれば巨額の資金を獲得できることから、シノギとして重宝しているケースも少なくない。

「噂じゃオジキが溝鼠組設立当初に潰した桃巨会の残党が関与しとるとも聞くがのう」

「そ、それってオジキさんに復讐するつもりじゃ……」

「いや、どの道この並盛町を荒そうとする時点で連中は終了やで。そんなマネしてみィ、オジキ以外の町の顔役達も黙っとらんで」

 並盛町は次郎長以外の有力者達もおり、それぞれの分野で町を統治している。

 町の裏社会は極道の次郎長が牛耳り、町の風紀は風紀委員会会長の尚弥が支配している。最近台頭してきた百地に至っては、メイド喫茶を運営しつつ商店街の管理責任者を務め、自治権を行使して両者と対等に渡り合っている。

「その内この並盛(まち)で四天王勢力ができるかもしれへんなァ」

「本当にそうなりそうなのでやめて下さい」

 二人で談笑していると、一家の面々が慌てて駆けつけてきた。

「アニキ! 何や正門の方で黒スーツの男が騒いどるんで助けてくだせェ!!」

「ハァ? 何をしとんねん、ヤクザのお家の前で騒ぐなゆーことぐらいわしが出張らずともできるやろ」

「いや、それがカタギやないようなんですわ……!」

「んん?」

 

 

 屋敷の正門に響く子分達の怒号。彼らと相対するのは、勝男が報告を受けた件の男。

「何しとんじゃおどれら」

 崩れた七三分けを整えながら現場へ向かう勝男と、心配そうな顔を浮かべる登。

「アニキ、何や黒スーツのゴッツイ兄ちゃんがオジキを呼べって」

「……マル暴のガサ入れ、やないな」

 どう考えてもカタギや警察には見えない男を目にし、勝男は眉間にしわを寄せる。

 顔に刻まれた二本の傷、鋭い眼差し、そして携えた鎖付きの巨大鉄球――どう考えても只者ではない。しかし鉄球を携えた〝同業者〟の話はおろか噂すら聞いたことがないので、目の前の男は海外勢力の刺客である可能性が高い。

「登、下がっときィ。わしらが相手する」

「勝男兄さん……」

 勝男は堂々とした振る舞いで子分達の前に出て、男を問い詰めた。

「わしゃ溝鼠組若頭の黒駒勝男。何か用でもあるんか?」

「次郎長を探してる。安心しろ、お前達を殺すつもりはない……邪魔するのなら話は別だが」

 遠回しに次郎長の殺害が目的であることを語った男に、勝男達は一斉に殺気立つ。

「ほ~……ええ度胸やないかァ。ほな、この並盛(まち)でわしら溝鼠組を敵に回すちゅーことがどんだけ無謀か、この〝並盛町の暴君〟黒駒勝男が教えたるで」

「なら、お前を先に潰そう。〝(せん)(じゃ)(れっ)()〟!!」

「っ!?」

 男は鎖を引っ張って鉄球を持ち上げ振り回すと、掌底で打ち出して勝男にぶつけた。

『アニキっ!?』

 突然放たれた攻撃を避けることもできない勝男は、立ったままピクリとも動かない。それと共に口から咥えていた楊枝が落ち、周囲に絶望感が広まる。

「これでわかったはずだ。貴様らでは俺に勝て――」

「待たんかいワレ。そこらのヤクザと溝鼠組(わしら)はちゃうで?」

「っ!?」

 勝男は鉄球の強烈な一撃を受け止めていた。ほぼ避けることは困難である近距離の不意打ちを防がれたことに、男は目を見開いて動揺を隠せない。

 一方の勝男はニヤリと笑みを浮かべており、彼の溝鼠組の若頭に恥じぬ実力を垣間見た登達は安堵の息を漏らす。

「この町は平和で治安がいい割に凄腕やならず者が多いんじゃ。当然わしらも腕が立つで。オジキ以外はカカシやと思ったら、そらァお門違いっちゅーこっちゃ」

「……どうやら俺は貴様の力を見誤ってたようだ。だが俺はまだ五割の力も出していない」

「お前がそうなら、わしゃ三割も出しとらんで」

 勝男は含み笑いを浮かべ、黒スーツの男は目を細め、互いに睨み合う。

 しかし内心余裕が無いのは、勝男の方であった。

(それにしてもどういうこっちゃ、何か得体の知れん力に引っ張られたぞ……!?)

 勝男はチラリと背後を見る。視線の先には、自分の両足が引きずられた跡がくっきりと残っていた。

 目の前の男は、何かの超能力を使っているとは思えない。得物は至る所に蛇の形をした溝が彫られてある鉄球だけであり、暗殺者のような仕込み武器を隠し持っている可能性は否定できないが、人間の体を触れることもなく動かすのはあり得ない。

(何かタネはあるはずや……)

「さっきの不意打ちを防ぐとは大したものだ。〝(ごう)(じゃ)(れっ)()〟!!」

 男は再び鎖を引っ張って鉄球を持ち上げ振り回し、今度は両拳で押し出した。放たれた鉄球は凄まじい速さで迫り、それを避けようと勝男が右に逸れようとした。

 しかし――

 

 ゴッ!!

 

「がっ!?」

 右に逸れたはずの体は鉄球の方へと引っ張られ、モロに直撃した。勝男はそのまま屋敷の奥まで吹き飛ばされてしまう。

「アニキィィィィ!!」

「お前達では俺には勝てん……命が惜しくば次郎長の首を差し出せ」

「つ、強い……何者だアイツは……!!」

 規格外な強さに戦慄する一同。

 そこへ先程鉄球の一撃を喰らった勝男が新しい楊枝を咥えて戻って来た。

「いや~、死ぬかと思うたわ」

「アニキ!!」

「無事でっか!?」

「コイツを盾にしなきゃ危なかったわ」

 そう呟く勝男の手には愛用している長ドスが握られており、よく見てみると刀身の一部に刃こぼれが生じている。どうやら当たる直前に長ドスを抜いて盾にし、威力を軽減したようだ。

 だがピンチであるのは変わらない。まるで引力のような力がはたらくあの鉄球の謎を解かねば、事態は打開できないままだ。

「無駄な足掻きは惨死を招くぞ」

「それはわしが決めるこっちゃ。お前なんぞに自分の生死決められとうないがな」

「愚かだな」

 男は鉄球を投げてくるが、勝男は咄嗟に懐から袋を取り出して中身をぶちまけた。袋の中身は、鯉の餌だった。

 すると餌の粒が突如鉄球の方へと吹かれていき、周りに渦を巻くように吸い込まれていくではないか。

「な、何だありゃあ!?」

「何が起こっとるんじゃ!?」

 子分達が混乱する中、勝男は迫る鉄球へと突進し、間一髪のところでスライディングをして躱した。

 隙が生まれた男は顔色を変えて防ごうとしたが勝男が懐へ潜り込む方が早く、モロに殴られて倒れ込んだ。

「っしゃあ!! 予想通りや、やっぱり溝やったか!!」

 鉄球が発する力の源が予想通りだったことに歓喜する勝男。そう、鉄球が発する謎の力の正体は溝なのだ。

 実は男の武器である鉄球の溝には空気の流れを捻じ曲げる効果があり、溝を通って生まれた気流は複雑に絡み合うことで威力を何倍にも増幅させ烈風を生み出すのである。そして生み出された烈風は鉄球に向かって流れるため、鉄球へと吸い込まれてしまうのだ。

「タネの知れた手品にはもう騙されへんで……勝負アリや」

「……理解したところで攻略にはならん」

 再び投げられた剛球。

 勝男は避け、投げた直後を狙おうとしたのだが――

(回転やと!?)

 何と球自体が回転し、巨大な風の渦を作り出した。

 その風に巻き込まれた勝男の体は吸い込まれていき、鉄球をまともに喰らってしまった。

「アニキ!!」

「おんどりゃあ!!」

「いねやァァ!!」

 若頭(かつお)がやられてさすがに我慢できなくなったのか、子分達がドスを片手に男に襲い掛かった。

 男は雑魚は引っ込んでいろと言わんばかりに無慈悲に鉄球を振り回し薙いでいくが、そこは天下の次郎長一家――一撃食らっただけでは倒れず、血を流しつつも立ち上がる。

「……しぶとい奴らだ、貴様らに万に一つの勝機も無いというのにもかかわらず」

「そらそうやろ、こんなんでくだばったら日本人廃業しなきゃならんがな」

 相変わらず鋭い眼差しの男と、血を流しつつも口角を上げる勝男達。

 双方睨み合う中、一人遠くへ退避していた登は男に対し違和感を抱いていた。

(何だろう、あの人……本当に殺しに来たのかな……)

 登は遠くで男の様子を伺っている中で、引っかかる点を見つけていた。勝男に鉄球をぶつける時も、子分達を薙ぎ払う時も、攻撃する際は必ず目を閉じているのだ。

(もしかしたら……)

 根拠も無ければ確証も無い。だからこそ、訊く価値がある。

 登は男の前に立ちはだかり、足を震えさせながらもしっかりと見つめて向き合った。

「登……!?」

「今度はお前が相手か」

「……あなたは、そんなことする人じゃないですよね?」

「……!」

 登が言った言葉に動きを止める男。その言葉に勝男達も怪訝そうな表情を浮かべた。

「貴様……何を言っている」

「あなたは本当は悪い人じゃない! だって――」

「お前に俺の何がわかる!!」

「わからないよ!! ……でも、あなたの心は迷ってるように見えるんだ。勝男兄さんを攻撃した時も……」

「迷いだと……? 俺のことをわかったような口を利くな!!」

 激昂した男は丸腰の登に鉄球を投げつけたが――

 

 ズドォン!!

 

『!?』

 登に直撃する寸前に、猛スピードで飛んできた何かが鉄球に深く突き刺さり、何と突き刺した衝撃で砕き割った。鉄球を砕き割ったのは、一振りの日本刀だった。

 いきなり飛んできた日本刀に登は尻餅をつくも、見覚えのある鍔に目を見開いた。

「この刀……まさか……」

「おいおい、何やってんだ(あん)ちゃん。親分の前で家族を手ェ掛けようなんざどういう神経してんでい」

 どこか気怠げながらも威圧的な声が響き渡った。

 男と勝男達が一斉に同じ方向を見る。彼らの視線の先にいるのは、刀を投げた張本人にして鉄球の男の標的――次郎長だった。その後ろには町内会に同行していた杉村や景谷といった古参の子分達が鉄球の男を睨んでいる。

「――てめーら、よく頑張った。あとはオイラに任せな」

『オジキっ!!!』

 次郎長の帰参に、子分達は引き下がる。それに気づいた男は次郎長を睨む。

(じゃ)(こう)(きゅう)を………そうか、貴様が泥水次郎長か」

「それ以外に何者に見えるんだよ……っつーかそういうおめーさんは何者でい。マル暴にしちゃアクセサリーがちとゴツ過ぎやしねーかい?」

「貴様に名乗る義理は無い」

「行儀の(わり)ィこって。裏の世界にも礼儀はあんだぜ?」

 鋭い眼差しで男を睨む次郎長は、一度砕けた鉄球を一瞥する。

「おめーの鉄球(デカタマ)はこれで御役御免……ここらで大人しく引き下がるってんなら、おめーの有り金全部慰謝料で勘弁してやってもいいぜ」

「俺の目的は貴様の命だ、その為にここへ来た。それと一つ言っておく……俺が真に得意としてるのは肉弾戦だ」

「驕るなよ。素手喧嘩(ステゴロ)でオイラに勝とうなんざ百年(はえ)ェ」

「オジキさん、気をつけてください!! あの鉄球を掌底で飛ばした男です、相当の怪力ですよ!!」

 登の言葉に反応した次郎長は、拳を鳴らしながら笑みを深める。

「へェ……上等じゃねーか。かかって来いよ、オイラの首を貰いにわざわざ来たんだろ?」

「……潰す」

 次郎長と黒スーツの男は同時に駆け、右腕を振り上げて互いの顔面めがけて叩き込んだ。そして片方が吹き飛ばされ庭の池に落ちた。

 落ちたのは……黒スーツの男だった。

「おいおい、どうした? いきなり押し負けてるじゃねーかい……あと池の鯉食うなよ」

『……!?』

 登の忠告が無意味と化す光景に、一同は唖然とする。

 裏社会で〝並盛町の暴君〟と恐れられる勝男と互角以上の実力を有し、腕の立つ多くの子分達を薙ぎ倒した男が、次郎長の拳骨一発で圧倒された。天下の次郎長親分の実力に感動すると共に「あの人、人間じゃないんじゃないかな?」という謎の不安感を抱いてしまう。

「ぐっ……!!」

 拳を振り上げる男だが、次郎長は笑みを浮かべて彼の拳を片手で受け止め、蹴りを見舞って怯ませたところで力任せに拳を振るい、次々に衝撃を叩き込んでいく。

 次郎長は我流の喧嘩殺法であり、古今東西の様々な武術を習得しているわけではない。最近こそ己をさらに強くするべくバミューダ達〝復讐者(ヴィンディチェ)〟に鍛え上げられているが、武闘家から見れば戦い方自体はその辺の喧嘩好きとあまり変わらないだろう。だが一撃に込められた「威力」と一瞬の隙も確実に突く「速さ」は脅威であり、並の腕自慢では歯が立たないのだ。

「くっ……うおおおお!!」

 次郎長の猛攻で窮地に追い込まれた男は、渾身の一撃を放ち彼の顔を穿った。

 鉄球を軽々と振り回す怪力で振るわれた豪拳は見事に直撃したが……次郎長は耐えてみせた。

「っ………本気でオイラと一対一(サシ)でやり合いたきゃ、まずはその目を閉じる癖を治すんだな!!」

 

 ドゴッ!!

 

「ガハァッ!!」

 男の豪拳を耐えた次郎長は止めのアッパーを炸裂。モロに受けた男は血を吐いて倒れた。 

「バ、バカな……俺が負けた、だと……」

「だから言ったろ。素手喧嘩(ステゴロ)でオイラに勝とうなんざ百年(はえ)ェって」

 次郎長の余裕に満ちた笑みを最後に、男は意識を失った。

「さてと……てめーら、もう事は済んだんだ。早く病院に行け」

『え……』

「え、じゃねーよ。ケガっつーのァ見えねーところがヤバいんだ、治療費はオイラが払うからとっとと行きやがれ。オイラァ顔ぶん殴られただけだからな」

 シッシッと手を振る次郎長に、勝男は「お言葉に甘えて」と一言告げてから頭を下げた。

 勝男に続くように子分達一同が頭を下げ、次郎長に感謝の意を示す。

「……で、おめーはどうなんだ登」

「っ!」

「おめェ、オイラに何か言いたそうな表情してたぞ。どうせあそこで伸びてる野郎のことだろうが」

 未だ気絶したままの男を指差しながら質す次郎長に、登は「親分には敵いませんね」と言いながら心中を吐露した。

 戦闘中に男が攻撃する際にいつも目を閉じていたこと。そこから導き出された、男の心の迷い。もしかしたら、男は次郎長を殺すと言っておきながら実際は次郎長(ひょうてき)どころか溝鼠組に危害を加えること自体躊躇しており、何か訳があるのかもしれない。

 登は男を見て思ったことを、全て伝えた。

「……で、オイラにどうしろってんだ?」

「この人を……助けてくれませんか……」

「……」

 次郎長は目を細め、呆れたような表情を浮かべる。次郎長の命を狙った刺客を助けてほしいと言ってるようなものなのだから、当然の反応と言えよう。

「バカなこと言ってるのはわかってます……でも、僕はこの人を――」

「んだよ、そんなことか。別にいいぞ」

『……ハァ!?』

 次郎長はあっさりと承諾した。

 一蹴されて怒りを買うと思っていた登はおろか、勝男達すら呆然とした。

「オイラとしてもコイツにゃ訊きて―ことがあらァ。訳アリなのは薄々勘づいちゃいたしな」

「オジキさん……!」

「だが落とし前はつけさせる」

「っ――」

「オイラもコイツの過去に同情はするが、それでも今回の責任(ケツ)は持たせるぞ。オイラ一人を狙ったならばともかく、家族(てめーら)を傷つけといてそのまんまなんざ許せねーんだよ」

 次郎長の提示した条件に、登は複雑な表情を浮かべながら首を縦に振る。

 たとえ洗脳され操られたとしても自分の家族に殺意を向けケガを負わせたことは許し難く、いかなる理由があろうと子分達に手を出したことに対する責任を果たしてもらわないと真の解決にならない――それが次郎長の主張だった。

「コイツの処分に関しちゃオイラが決める。それについての異論は一切認めねェ……てめーが何回反論してもそこばっかりは譲らねーぞオイラ」

 次郎長の気迫に押され、子分達は何も言えなくなる。溝鼠組は次郎長と勝男の統率力によって規律が乱れていないため見せしめも実行していないが、今回ばかりは制裁を科す腹積もりのようだ。

 極道組織の制裁は多岐に渡り、指詰めや私刑(リンチ)、破門などがある。命まで取るつもりは無いとはいえ、指を何本詰められるかどれ程痛めつけられるかは皆目見当もつかない。それ程の怒りを、次郎長は男に向けているのだ。

「何してやがる、とっとと病院だ。さすがに入院は必要だろコイツは」

『へ、へいっ!!』

 次郎長に命令され、子分達は男を運び出す。

「……」

「登、オジキに任せい。もうわしらが出る幕やない」

 男の安否を心配する登に、勝男はそう声を掛けるしかできなかった。

 

 

           *

 

 

 翌日、並盛中央病院にて。

「アンタの息子(ガキ)共は大して酷くなかったしピンピンしてたから即刻退院(かえ)させたけど、このお兄さんは一週間ぐらい様子見だよ」

(わり)ィな婦長」

「全く、殺しに来た男を助けるなんて随分なお人好しじゃないか。それともとんだ大バカかい?」

「多分両方かもしれねーな」

「奇遇だね、あたしはそう思ってた」

 呆れた笑みを浮かべながら、婦長は次郎長と談笑する。

「オジキさん、婦長さんとは知り合いですか……?」

「ああ。ここの病室は並盛で有名な猛者共専用の部屋なんだが、その担当をしてるのがこの内野婦長……「()()(ドッ)()」の元女番長(スケバン)だ」

「ええ!? 暴走族の総長だったんですか!?」

「「()()(ドッ)()」の元総長やったんか……こりゃ驚いた……!!」

「何十年も昔の話さ、今は足を洗って並盛中央病院のベテラン婦長として生きてる」

 婦長が元暴走族の総長というとんでもない経歴を持ってることを知り、勝男達は顔を引きつらせた。

 おそらくこの病室を担当させてる理由は、入院が必要な容体なのにいざこざを起こす暴れん坊共を物理的に(・・・・)抑え込むためだろう。事実、婦長はかなり腕っ節が強いらしく若い頃は恐ろしく強かったらしい。

「アレ? そういやあアンタ下の名前ってなんだったっけ?」

(いく)()だよ。内野育美が本当の名前だよ」

「今までずっと触れなかったけど、結構ありきたりだな」

「余計なお世話だよ」

 次郎長が婦長の名前を知って本音を漏らした、その時――

「う……」

「オジキ! 野郎が起きやした!」

「そうか……世話になったな婦長」

「はいはい、お大事にね」

 ゆっくりを瞼を開けた男に、次郎長は近寄り傍のイスに腰を下ろす。

 男は昨日よりは穏やかな目つきで次郎長を見据え、第一声を発した。

「次郎長……なぜだ……なぜ助けた」

「目ェ覚めてからの第一声がいきなりそれかよ。――登が言ったんだよ、助けてやってくれねーかって。俺もおめーにゃ訊きてーことがあったのも理由だがよう」

 次郎長は登を指差し、登は頭を掻きながら笑う。

「そういやあ訊いてなかったな。名前は?」

「……ランチア」

「ランチアか……ランチアってフィアットの傘下だったよな?」

「オジキ、話逸れてるで」

 勝男にツッコまれた次郎長は「すまん」と詫びつつ話を元に戻す。

「おめーは色々引っ掛かんだよ。殺し屋の割にゃ人間(くせ)ェっつーか、罪悪感丸出しっつーか……とにかく殺し屋に向かねーように見えんだわ」

「っ!!」

「天下の次郎長親分もナメられたもんだぜ、お宅のボスに本職送るまでもねーって見られたのかねェ」

「……さすがだ、(デイモン)・スペードがお前を警戒するのも頷ける……」

「――おい、今何つった」

 ランチアの口から聞き捨てならない人名が飛び出た。

 (デイモン)・スペード。かつてイタリアにて古里家を巡って殺し合いを繰り広げ、喧嘩すれば敵無しの次郎長親分を強力な幻術で惑わし圧倒した因縁深き「ヌフフのナス太郎」。アレから随分と年月が流れたが、どうやら続いていた(・・・・・)ようだ。

(野郎……)

(デイモン)・スペード……アイツは……俺の全てを奪った男だっ……!!」

 悲痛な声を上げるランチアに、次郎長は事情を説明するよう促す。彼はそれに応じ、重々しげに話し出した。

 ランチアは元々北イタリアにあるマフィアの一員であり、北イタリア最強と呼ばれる用心棒でもあった。孤児だった自分を拾って育ててくれたボスやファミリーのメンバー達と楽しく過ごしており、時々ボスが引き取って来た孤児達の面倒を見ていたという。

「あの程度で北イタリア最強とか、拍子抜けも甚だしいなマフィア業界」

「オジキ、死体蹴りはやめたげてくだせェ」

 次郎長の死体蹴りに顔を引きつらせつつも、ランチアは話を続ける。

「俺はボスやファミリーへの恩義に報いるべく力を振るっていたが、事件が起きた。俺がカードをしにアジトに戻ると……ファミリーが全員殺されていたんだ……」

『!』

「俺は犯人への怒りに燃えた。だが、その後の調査で意外な犯人がわかった」

「意外な犯人……?」

「……俺だ、俺が()ったんだ……!」

『!?』

 次郎長を除いた溝鼠組一同は絶句した。意外すぎる犯人とは、ランチア自身だったのだ。

 だがそれが本当ならば、ランチアが下手人となると彼が最初に言っていた「(デイモン)・スペードに全てを奪われた」という発言と矛盾する。しかし彼が自分の過去を明かすのにわざわざウソを言う必要があるとも思えない。

 するとその矛盾を解消するかのように、次郎長は衝撃的な言葉を口にした。

「成程……マインドコントロールを施されたんだな? それもかなり強力な」

「ああ……俺は操られていたんだ……!!」

「んなっ――」

「そんな……!」

 次郎長の言葉に息を呑む子分達。

 ランチアは黒幕(デイモン)に操られた状態で大切なファミリーを皆殺しにしてしまい、しかも己が狂気に呑まれたと思い自殺を決意した罪の意識すら利用して心を奪い忠実な奴隷にされた。

 一同がデイモンのあまりにも非道な行いに憤りを感じる一方で、次郎長は頭を掻きながら溜め息を吐いた。

「……あの変態、オイラのこと相当根に持ってやがるな」

「……?」

「オジキさんのことを根に持ってるって……一体どういうことですか?」

「ああ……少し前にイタリアへ旅行に行った時にな」

 次郎長はイタリア旅行の一件を語り始める。

 気分転換で一人イタリアへ向かった次郎長は、宿泊先のホテルが突然起こった惨殺事件の調査でチェックインどころか利用すらできなくなってしまった。仕方なくホームステイさせてくれる親切な住人を探そうとしたところ、偶然にも古美術商の日本人一家・古里家に世話になることになった。

 だが古里家はシモンファミリーという規模は小さいが歴史の長いマフィアであり、その古里家を皆殺しにしようとデイモンが襲撃してきたのだ。次郎長は古里家への恩義に報いるべくデイモンと壮絶な戦闘を繰り広げ、劣勢に立たされ深手を負いつつもどうにか撤退させることに成功した。

「そんなことが……」

「どっちにしろ、あの場で野郎を仕留めるこたァできなかった。――すまねーなランチア、柄にもなくいらねーツケを押し付けちまったようだ」

「バカな……アレ(・・)と戦って生き延びたどころか撤退させたのか……!? 信じられん……」

 心身共に成す術も無く支配されたランチアは、デイモンと真っ向から戦って勝つことはできずとも撤退させた次郎長の凄まじさに言葉を失くす。

「で、でも、これでランチアさんが逆に殺されるなんてこと……」

「あり得るな。ましてや事の経緯を全部言っちまった以上はな。そこでだ、コイツは今回の件のケジメに繋がるんだが……」

 次郎長はランチアにとんでもない制裁を科した。

「お前を正式にこの次郎長の息子に迎えようと思う。要はマフィア辞めてヤクザになれってこった。それが今回の件のケジメだ」

『何ィィィ!?』

 まさかのランチア溝鼠組入門。

 一同は「何を考えているんだあの人は」とでも言いたげな顔で次郎長を見た。

「オジキ、それ制裁やないですやん!!」

「何だよ、不服か?」

「そらそうですわ!! 殺しに来た男を迎え入れて大丈夫なんですか!?」

 きょとんとした表情の次郎長に迫る勝男。敬慕する次郎長の身を案じてるからこそ、強く反対しているのだ。

 しかし次郎長は「やかましい」と一刀両断して理由を述べた。

「考えてみろ、指詰めるなり何なりして帰したところで何になる。少し経ちゃあ似たようなことが起こるのァ火を見るよりも明らか……下手すりゃもっと(きたね)ェマネしてくるぞ。だったらコイツをオイラの子分にした方が目が届くだろ?」

「うっ――」

「それにマフィア連中は掟に忠実だ。ランチアがヤクザに転身したとなれば、向こうの掟に縛られなくなる。マフィア界の情報が少ないオイラ達にとっちゃ、迎え入れた方がメリットの方が大きい。家光の野郎(バカ)はイマイチ信用できねーし」

 マフィア界の掟――〝沈黙の掟(オメルタ) 〟はマフィアの構成員ならば絶対に守らなければならない掟だ。しかし言い方を変えれば、マフィアをやめた者には必ず適用されるとは限らないとも解釈できる。ましてや守らねばならない組織の秘密が組織ごと消えた以上、バラしたところで何にもできない。

 それでも掟を破ったからには制裁を科すと言っても、マフィアは掟が通じない勢力と逐一問題起こすのは避けたがるはずだ。現に掟の番人たる〝復讐者(ヴィンディチェ)〟も、掟が通じない連中には次郎長の力を借りたりしていた。

「それ以前にここまで手ェ差し伸べといて、あの野郎(ボケナス)が関わってるからバイバイって極道どころか人間としてどうよ?」

「そ、それは確かに……」

「だろ? それにいらねーツケ押し付けた責任(ケツ)も持たねーと面子も立たねーんだよ」

 次郎長の言い分に勝男達は一理あると思ったのか、それ以上は何も言わなかった。

 もっとも、家父長主義的なヤクザ組織は親分が白と言えば白、黒と言えば黒なのだが。

「そういう訳だ。勝男、登、オイラァちと知り合いに用事ができたから世話係頼まァ」

「へ!?」

「あ、はい!」

 次郎長は立ち上がると、ランチアの肩に手を添えて口角を上げた。

「溝鼠組へようこそ、ランチア君」




そろそろ原作開始が近いので、ちょくちょくアンケートを実施します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的33:Ⅰ世(プリーモ)の同類?

前回のアンケートを終了しました。
結果は最多の「リボーン(原作開始以降)」を採用します。


 イタリア某所。

 とある古城にて、「実態のつかめぬ幻影」は月を仰いでいた。

「……ランチアでは相手にならなかったようですね」

 月を仰ぐ男――(デイモン)・スペードはグラスの中のワインを口に流し込む。

 ランチアを送りこんで次郎長を始末しようと暗躍したが、結果はランチアの惨敗。それも本来ならすぐに皆殺しにできるはずの若衆に足止めを食らい、最も得意とする肉弾戦で次郎長にほぼ一方的に負けたのだ。誇り高いマフィアにとって、どれ程の屈辱なのかは想像に難くない。

「北イタリア最強の用心棒と聞き、せっかくファミリーを潰して操り人形に仕立て上げたのに、無駄骨でしたね」

 その後の話だと、ランチアはマフィア界を引退し、日本のヤクザとして生きる道を選んだという。おそらく次郎長が彼を組へ迎え入れたのだろう。

 かつてデイモンが仕えたⅠ世(プリーモ)も、自身が気に入った人物は誰であろうと受け入れる男だったし、メンバーの中には大地主の御曹司や某国の秘密諜報部のトップ、無敗のボクサーがいた。次郎長はどうなのかは不明だが、一般論では自分の命を狙った不届き者を疑似家族制の中へと迎え入れるなど正気ではない。

 そういう意味では、次郎長はⅠ世(プリーモ)と似ている部分がある。

「全く、あの男はどうも〝彼〟と似ている」

 溜め息を吐きながら、一枚の資料を手に取る。それはボンゴレが所持する次郎長のデータで――どういう経緯であのような不仲になったかは知らないが――彼と面識がある家光が部下や現ボス・九代目(ノーノ)に配布したものだ。それを人知れず入手したデイモンは最初、久しぶりにキレそうになった。

 

 泥水次郎長。本名、吉田辰巳。

 日本国並盛町の裏社会を牛耳る極道組織「溝鼠組」の創立者にして現首領。浅黒い肌と右頬の十字傷、銀髪に近い白髪が特徴。異名は〝大侠客〟または〝ならず者の王〟で、日本の裏の世界では最強の極道として恐れられる並盛町の王者たる男。

 能力は未知数。死ぬ気の炎は扱えないが、常人なら戦闘不能になってもおかしくない威力の猛打が直撃しても平然と立ち上がる頑丈さ、コヨーテ・ヌガーの義手を抜き身も見せず居合で斬り落とす剣の腕前、自分よりもガタイのいい人間を苦も無く殴り蹴飛ばす身体能力を有する。勘は非常に鋭く、未知の能力を前にしても一切臆さず果敢に立ち向かう度胸も併せ持ち、その心及び戦意をへし折るのは困難と思われる。

 並盛町にこだわり続けるためにマフィア界への進出は現時点では不明。しかし排除するには相当な戦力を必要とし、想定外の被害を被る可能性あり。要注意人物。

 

(――門外顧問(チェデフ)公認の要注意人物だとは夢にも思いませんよ、ええ!)

 他者の肉体に憑依して今日まで生きてきたが、かつての仲間だったアラウディが創った「CEDEF(チェデフ)」を役立たずと思ったのは初めてだった。

 シモンの一件では一度退いて後で軌道修正すればいいと余裕ぶっこいていたが、後で調べ上げればまさかの門外顧問公認の要注意人物。しかも相手はマフィア界の掟が通じない勢力の人間で、死ぬ気の炎を扱えないのに化け物級の戦闘力の持ち主。デイモンにとって危険因子そのものと言っても過言ではない人間を、ボンゴレは今まで避けていたのだ。

 ボンゴレを正しい在り方へと戻そうとする前に、CEDEF(チェデフ)を一度解体して家光を葬ろうと何度思ったことか。

「ああ、全くもって忌々しい男だ……!」

 Ⅰ世(プリーモ)やかつての仲間達ですら呼ばないであろう〝ヌフフのナス太郎〟などという不愉快極まりない呼び方をする次郎長を思い出し、無性に苛立ったのか顔を歪めるデイモン。

 しかし彼にとっては、正直な話あの呼び方以上に苛立たせるものがあった。それはシモンの一件で次郎長を追い詰めた時だ。

 

 ――てめーのルールも持ち合わせてねー人間(やつ)は、悪事だろうが善事だろうが何やったってダメなもんだ……!!

 

 あの時の次郎長の表情と眼差しは、今でも鮮明に覚えている。弱者に対する理不尽な暴力に怒りを露わにしたⅠ世(プリーモ)と同じ眼をしており、不覚にも一瞬だけ彼と面影を重ねた。

 誰よりも仲間思いでカリスマ性に富んだ人格者……それがボンゴレⅠ世(プリーモ)――「大空」と謳われたボンゴレ歴代最強のボス・ジョットだ。対する次郎長は極東の平和な島国・日本の並盛町という自身の故郷を牛耳る程度の溝鼠(ヤクザ)で、かの大空と比べれば月とすっぽんだ。

 それにもかかわらず、デイモンは重なって見えてしまったのだ。古里家を庇う次郎長の姿が、シモン=コザァートを助けに来たⅠ世(かれ)のように。

「泥水次郎長……やはりあの時殺すべきでした」

 あの日以来、デイモンは次郎長を忌み嫌うようになっていた。泣く子も黙る巨大マフィアを恐れぬ心も、長い時を生きてきた強大な存在を相手に奮闘した実力も、愛するボンゴレを平和路線へと歩ませた元凶(プリーモ)の面影を感じさせる行動理念も、何もかもが気に食わなかった。

 デイモンの強い執着心はボンゴレファミリーに向けられているが、それは誰もがその名を聞き震えあがるような、デイモンにとっての理想郷(ボンゴレ)の為だ。しかし特定の個人を確実に排除することに対する執着心を抱くのはほとんど無かった。それ程までに次郎長という男が癪に障る存在なのだ。

「……ヌフフ……ヌフフフ、ヌハハハハ!」

 しかし、デイモンは心の底から笑う。

 シモン=コザァートに軟弱な思想を吹き込まれ、強さと優しさを兼ね備えた完璧なボスでありながらボンゴレの規模を縮小させたジョット。その彼と似た雰囲気を纏う泥水次郎長という不確定要素を排除することは、デイモンにとってはジョットと平和路線を完全否定することにも繋がる。次郎長との出会いは偶然であるのは間違いないが、こうして考えを改めると、次郎長は癪に障る存在であると同時に「越えるべき壁」でもあるように思える。

 資料によると彼は並盛町一帯を牛耳りながら、その力を縄張りに介入・干渉する不届き者共を跳ね除けるために使っているようだ。裏社会でよく起こる縄張り争いや覇権争い、更なる勢力の拡大などには興味を示さないという無欲な部分も平和路線を優先したⅠ世(プリーモ)と見事なまでに似ている。

(ヌフフフ……いいでしょう。泥水次郎長は格下でも三下でもない、私がボンゴレの損得を度外視してでも叩き潰すべき〝敵〟と認めましょう)

 現ボスの九代目は穏健派であり、彼が居座る以上ボンゴレの弱体化は避けて通れない。そんなボンゴレを誰もが恐れる「本来のボンゴレ」に立て直すのがデイモンの最優先事項だ。

 だが、それとは別に次郎長という男を是が非でも倒さねばならない。確かにどこの馬の骨とも知れぬヤクザ者に計画を邪魔されたことへの恨みはあるが、次郎長を倒すことでⅠ世(プリーモ)の〝意志〟を絶やすことができると考えたのだ。

(これがあなたの意図ではないでしょうが、せいぜいその目に焼き付け嘆き続けるがいいⅠ世(プリーモ)……あなたの意志と同類が辿る末路を)

 次郎長の惨殺死体を想像し、デイモンは笑いが止まらなくなった。

 

 

           *

 

 

「ぶへっくしゅ!!」

「大丈夫か? 組長」

「ああ、(わり)ィ……何か嫌な予感がしてな」

 一方、因縁深きナス太郎にボンゴレⅠ世(プリーモ)の同類と勝手に見なされた次郎長は、ランチアを連れて買い物をしていた。

「ランチア、アレから二週間経ったがどうでい?」

「少し慣れてはきたが、前職の癖が中々取れん……あんたをオジキとは呼びにくい」

「極道社会は似て非なる業界だからな、無理もねーわな。名前の方は呼びやすい名でいいさ、登もそうだし」

 溝鼠組に入門したランチアは、マフィアを辞めてヤクザに転身した。次郎長に「()(あき)(らん)」という渡世名を授かり盃を交わし、現在は入り立てであることから部屋住み――組長や若頭などの雑用や手伝い、組織運営の手助けを行うこと――の組員として生活している。マフィア生活が長かった分、ヤクザの活動にあまり順応で来てないのはご愛敬だ。

「ランチア、ある程度慣れて来たら経済活動(シノギ)の方も手伝わせるぞ。ウチはマフィア者とは違うからな」

「具体的には何をする?」

「露店を出してモノを売ったり、雀荘で賭博や情報取引をしたり、民事介入で面倒事を請け負って解決したり……まァ色々でい。もし自力で稼ぎてーならウチの掟に則った仕事にしな。オイラの組はみかじめ料を取らねー方針だし、クスリの捌きや売春も御法度でい」

 次郎長の説明に、ランチアは意外そうな顔をする。

 マフィアの世界でも違法薬物の売買や売春を禁止するファミリーはいるが、みかじめ料を取らない組織は滅多にいない。みかじめ料の徴収はマフィアにとっても重要な資金源だ、縄張りが大きければ大きい程に徴収される額も大きくなる。それを必要としないということは、次郎長自身の愛郷心もあるだろうが、みかじめ料抜きでも十分な金を得ている証拠だ。

 収入を安定して得られるのは組織の基盤を支える上では非常に重要であるので、次郎長は相当の手腕家と言えよう。

「一代でそれ程の組織に成長させたのか……」

「おうよ。そう考えると隠居後が楽しみだぜ、勝男達がオイラを越えられるか見物でい」

 次郎長は上機嫌にニヤニヤと笑う。

 するとそこへ、二人とは別に買い物をしていた登がある一家(・・・・)を連れて合流した。

「あの、オジキさん……この人達がオジキさんを探してたのですけど……」

「登か。オイラに用があるってのァどこの――」

 そう言って振り返った途端、次郎長は目を見開いて固まった。

 登が連れてきた一家は、次郎長がよく知る人達だった。

「真……!!」

「親分……お久しぶりだね」

 驚きを隠せない次郎長に挨拶するのは、古美術商でシモンファミリーの現ボス・古里真だった。その後ろには彼の妻・真矢と成長した炎真と真美がいた。

「おじさん、久しぶり!」

「また会えて嬉しいよ、おじさん」

「炎真と真美か……! デカくなったな、一丁前の面構えになったじゃねーか」

 次郎長が頭を撫でると、恩人との再会に喜びつつも、ある程度成長したがゆえか二人は顔を赤くした。

「後ろの方は……まさか北イタリア最強の用心棒・ランチアじゃないか?」

「殺しに来たところをギッタンギッタンにして息子にしたぜ。今は部屋住みで頑張ってる」

「ハハ……あなたじゃないと出来ない芸当だね……」

 暗殺者を返り討ちにして子分に迎え入れるという離れ業を成し遂げた次郎長に、さすがの真も顔を引きつらせる。

「んなことより、来てるなら電話ぐれー寄越しゃいいだろうに。電話番号教えたろ?」

「それについては申し訳ない、僕らも立場が危ぶまれてるからね」

 真の言葉に、次郎長は眉をひそめる。

 シモンファミリーの数奇な歴史は真自身の口から聞いてはいるが、創立者の教えを守り細々と生きてきた彼らへ向けられた理不尽な暴力は未だに続いているようだ。そしてヤクザの次郎長に会ったというのは、当然久しぶりに会いたいと思ったのもあるかもしれないが……。

「……どうやらオイラを頼らなきゃならねーようだな」

 次郎長は勘づいていた。マフィア界全体からの圧力が真達に掛かっていると。

 真達は似て非なる業界の最有力者の一角である次郎長に身を寄せざるを得なくなっているのだ。

「ガキ共連れてウチに来い、話はそれからでい」

 

 

 溝鼠組の屋敷へと案内された古里家は、次郎長の自室でもてなされた。

「ほ~、あんさんらがオジキがイタリア行ってた際に出会った古里家か」

「マフィアとは思えへんなァ」

「わしらの想像とは全く違うのう」

 柄の悪そうな子分達は想像していたマフィアと違うことに興味津々で、襖を開けて四人を凝視している。一方の真達は視線が気になるのかソワソワしており、炎真に至っては若干涙目である。

 四人一家が大勢のヤクザに見られてはそういう反応になるのも仕方ないだろう。

「おい、何で炎真が震えてんだよ? 普通真美の方だろ。っつーかツナでもここまでビビらなかったし恭弥なんか笑ってたぞ」

「いや、これが普通の反応だよ親分。君の周りがおかしいんだよ、きっと」

「並盛男児はご立派だ」

 真に言われ、ヤクザが公然と歩き回る並盛で生まれた若者の図太さをしみじみと感じる次郎長。

「親分、ちょっと……」

「ああ……」

 真の心意を悟った次郎長は、ドスの利いた声で子分達に喝を入れた。

「いつまでジロジロ見てんだてめーら。とっとと仕事しねーと今月の小遣いやらねーぞ」

『へいっ!!』

 次郎長の一声で一斉に自室を離れる子分達。

 ヤクザ勢力というものは基本的に全ての人が個人事業主であり、個人で自身のシノギを見つけ出し稼ぎ上げ、定められた一定金額を「上納金」として自身の所属する組に払うシステムだ。家族を模したヤクザは、子である若衆は〝親孝行〟として上納金を納める。どんなに小さな組織でも上納金制度は取り入れており、これによって組織の体制を維持しているのだ。

 溝鼠組も例外ではなく、的屋運営のような一家総出の資金活動を除けば一人一人が稼ぎその一部を上納金として組に納めているが、その中で次郎長は子分達への謝礼として月に一度「小遣い」を与えている。月々の収入によって変動はするが、子分達にとっては私的に使える唯一の資金である。それを一月分でも与えられないのは、自分の享楽の時間が減ることを意味するのでかなりの痛手なのだ。

「この一言で大抵の内輪揉めは丸く収まらァ」

「皆お金が大事なんだね」

「真美、それ言っちゃマズイよ!?」

 次郎長の前で思いっきり毒を吐く真美に、大声を出して慌てる炎真。

 それがツボにはまったのか、次郎長は吹き出して笑った。伊達にマフィアの娘なだけはあるようだ。

「クク……大した肝っ玉だ、どっちに似たんだか。――おい」

「お呼びですか」

(早っ!!)

 まだ名前も言ってないのに襖を開ける登。

 おそらく廊下ですでに待機していたのだろうが、あまりの対応の速さに炎真は驚きを隠せない。

「暫くの間、真達はウチの食客になるっつーのを全員に伝えとけ。それと川平と掛け合って土地探しておくように。金はオイラが用意しとくからそこは気にしなくていい」

「部屋の方はどうしますか?」

「ウチらとは別の方がいいな。野郎だらけ、ましてや全員ヤクザの部屋にぶち込むって罰ゲームどころじゃねーぞ。……そうだな、ピラ子なら大丈夫だろ」

「歳も近く真美ちゃんとも馬が合う、ということですか?」

「よくわかってるじゃねーか」

 ニヤリと笑う次郎長に、登は「ピラ子ちゃんに話を通しておきます」と言って襖を閉じた。

 ヤクザとは思えない穏やかな雰囲気を纏う彼が気になったのか、真は次郎長に訊いた。

「親分、彼は一体?」

「登か? ピラ子の次に(わけ)ェ勘の鋭い息子でい、アイツにゃ家事全般や客人の世話を任せてらァ」

「成程……」

「――まあ、色々あって疲れたろ? ウチでゆっくりしな」

 次郎長はそう言って笑みを浮かべ、古里家を歓迎した。

 

 

           *

 

 

 夜が訪れ、月明かりが庭を照らす。

 愛する子分達と古里家が寝静まる中、次郎長は自室の障子を開けて月見酒を一人楽しんでいた。今日は「鬼嫁」という銘柄の酒だ。

(ヌフフのナス太郎……なぜそこまでしてシモンファミリーに執着する?)

 次郎長は猪口の酒を一気に飲み干し、再び注ぐ。

 デイモンがシモンファミリーを一族郎党皆殺(ねだや)しにするつもりなのは明白だが、その理由は不透明だ。シモンファミリー初代ボスとボンゴレファミリー初代ボスが親友であるのは真から聞いてはいるが、それが理由だとするのは弱すぎる(・・・・)。もっと大きな理由が無ければ、ここまでして弱体化したシモンファミリーに関わる必要など無いはずだ。

 思想か、秘めたる能力か、それとも――考えれば考える程にデイモンの思惑が理解できなくなる。

(正直あの変態相手すんのキツイんだよなァ……何がボンゴレの為だよボケナス、マジでそんなもん豚に食わせろってんでい)

 次郎長は露骨に不快感を表す。ボンゴレファミリー初代霧の守護者であり、人智を超えた彼を変態だのヌフフのナス太郎だのボケナスだのと散々な呼び方をするのは、後にも先にも次郎長以外一人としていないだろう。

 その時、ちゃぶ台に置いた次郎長の携帯が鳴り響いた。怪訝そうな表情で手を伸ばして応対すると、意外な人物の声が聞こえた。

《ジロチョウ、聞こえるかい?》

「……バミューダ?」

 何と電話の相手はまさかのバミューダだった。

「おめーらって、電話使えるんだな……しかも包帯グルグル巻きの割にハッキリ聞こえるし」

《バカにしてるの?》

「いや、むしろ感心してる。――で、何のようだ」

 本題を尋ねる次郎長に、バミューダは「ある男を探してほしい」と協力を求めた。

《素顔を仮面で隠してる鉄の帽子を被った男を探してくれないか》

「そんな奴、今時いるか!?」

 思わず大声でツッコむ次郎長。確かに素顔を仮面で隠しているだけならともかく、鉄の帽子を被った人物など今時いないだろう。

「何だよソイツ、ただの不審者じゃねーか。特徴はわかったから、名前はねーのかよ名前は」

《チェッカーフェイスだ》

「それ名前っつーより異名だろ! んな不確かな情報じゃこっちも動けねーわ!!」

 あまりの情報の少なさに次郎長は再びツッコミを炸裂。

 マフィア界の掟の番人ですら素性を把握しきれてない輩を探せというのは無茶振りにも程があるだろう。10代後半から80代前半の中肉中背の男性もしくは女性というような不確かな情報を寄越されても、手の打ちようがない。

「ったく、何でそんな奴を探さなきゃなんねーんでい。特殊詐欺にでも引っかかったか?」

《…………ちょっとお礼をしたくてね》

「おい、今の間は何だよ」

 バミューダの返答の遅さに次郎長は察した。彼とチェッカーフェイスなる人物との間に、間違いなく〝何か〟があったのだと。

《ジロチョウ、手伝ってくれるね? 選択肢は了解か断る代わりにランチアの件を――》

「やるしかねーじゃねーか! ……わーったよ、手伝えばいいんだろ」

《そうかい! ありがとね》

「てめェ、どの口で言ってやがる……」

 目の前にいたら今すぐにでも殴り飛ばしたい気分なのか、次郎長はバミューダの態度に青筋を浮かべた。しかしランチアの前科を帳消しにすることを持ちかけられると、背に腹は代えられない。

(――あ、そうだ。せっかくだし訊いてみるか)

 ふと次郎長は、シモンファミリーのことを思い出した。

 マフィア界の情報を入手していない次郎長にとって、復讐者(ヴィンディチェ)は貴重な情報入手ルート。シモンに関する昨今のマフィア界の動向を知るには絶好の好機だ。

「……バミューダ。一つだけおめーに訊きてーことがある」

《訊きたいこと?》

「真達がウチの食客として来てるんだが、業界の圧力が強くて相当追い込まれてるらしい。何があったか心当たりはねーか?」

《……胸糞悪くなるよ》

 バミューダの言葉に、次郎長は眉間にしわを寄せるが――

「……知らねーよりかはマシだ、人間は嫌なことだろうとそれを知り受け入れなきゃなんねェ」

《やっぱり君は面白い人間だ》

 クスクスと笑いながら、バミューダはシモンファミリーにまつわる「ある昔話」をし始めるのだった。




そろそろ原作の日常編に入れるかと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的34:多少寄り道した方が楽しいこともある

すいません、仕事が忙しくて更新が非常に遅れました。


 古里家が並盛へ足を運んで次郎長と再会を果たして、早一週間が経った。

 次郎長の手回しによって土地と家を与えられた真達は、シモンファミリー創立期にあったゴタゴタでボンゴレと仲違いせざるを得なくなったシモンの本懐を遂げるため、〝大侠客の泥水次郎長〟という大きな名で護られつつマフィアとしての活動を控えて生きることにした。次郎長はマフィア界でも恐れられる存在であり、迂闊に手を出すとファミリーの力を削がれてしまうため、その力に頼れば最低限の身の安全は確保できるという訳だ。現に敵対勢力の刺客に度々襲われていたにもかかわらず、次郎長の縄張りで暮らすことになった途端一人としてシモンに手を掛けてくる輩の襲撃に遭わなくなった。並盛――いや、日本において次郎長の名はそれ程に強力で巨大なのだ。

 しかしイタリアで暮らしていた時期が長い分、彼らが日本で新しい生活を送るのに苦労するのは目に見えている。そこで次郎長が手を打ったのは、意外な手段だった。

 

 

 並盛町3丁目。

 溝鼠組の屋敷が建っているために「並盛の王者の御膝元」と呼ばれており、町で最もヤクザ者の出入りが多いことで知られるこの区域に古里家の新居は建てられた。

 その新居の中庭で、次郎長一家と結びつきが深い少年・沢田綱吉が赤髪の少年・古里炎真から手当てを受けていた。近くにボールが転がっているので、ツナがキャッチに失敗したのだろう。

「ツナ君、ごめんね……」

「だ、大丈夫だよ! エンマ君のせいじゃないから……」

 互いに笑い合う両者を、次郎長と真は縁側に座りながら見つめる。

「炎真があそこまで他人と接して笑うのは、初めてかもしれないな……」

「良くも悪くも、同性の似た者同士は相手の考えに本当に共感できるもんだ。ツナも炎真も交友関係のスタートはこれが一番だと思ってな」

「……親分には敵わないな」

 目頭を押さえる真に、次郎長は笑いながら煙管の紫煙を燻らせる。次郎長がとった意外な手段は、沢田家と古里家を仲良くさせることだったのだ。

 奈々の息子であるツナは友達が少なく、それも親友と言える存在もいなかった。この現状を奈々が内心憂い、中学時代からの長い付き合いである次郎長に相談したこともあった。それを思い出した次郎長は「紹介したい一家がいる」と連絡して顔合わせをしたのだ。かくいう炎真もシモンファミリーの事情で友達と言える者がいなかったため、似たような性格のツナに共感し仲良くなるのはそう時間が掛からなかった。

 次郎長は何だかんだ言いつつ、血縁が無くともツナとも長く付き合っている。ツナから見れば母親の顔馴染みであることもあってか赤の他人という括りの中でもっとも信頼されており、正直な話実父(いえみつ)よりも信頼している。家光よりも長くツナという人間を見てきたからこそ、炎真という同類と会わせたのだ。

 それに乗じて真の妻・真矢にも次郎長は手を回し、奈々と意気投合させることに成功した。今では真美を連れて商店街へよく出かけており、女同士仲良くやっている。

 沢田家と古里家の結びつきは、次郎長を介して強固なものになったのだ。

「――ところでだが真、よく今まで無事だったな。あの後も結構ひどい目に遭ったんじゃねーかい?」

「ああ、その節は〝マフィア狩りの六道骸〟の一味に世話になってね」

「骸だと? ――成程、オイラに〝借り〟を作らせる気だな……」

 久しぶりに聞いた名に、次郎長は目を細めると同時にニッと口角を上げた。

 骸とはほとんど音信不通ではあったが、まさかシモンファミリーの手助けをしていたとは思ってもみなかった。しかし骸がかつて送った手紙には「マフィアだからという理由で無差別に殺すような愚者に成り下がる気は無い」と綴られており、全てのマフィアに憎悪を向けている様子でもなかった。おそらく何らかの形で真達と接触した際、骸達にとっても恩人である次郎長との関係を知ったから手を差し伸べた――そう考えるのが妥当だ。

 それに骸は頭の切れる人間であり、ヤクザの次郎長と対等に話す程の度胸もあった。次郎長に借りを作らせることで、いつでも力を借りることができるように整えたのだろう。

「見ねー内に強かになったようじゃねーか……」

 愉快そうに喉を鳴らしながら次郎長は盃を二個用意して酒を注ぎ、片方を真に渡した。

「親分、これは……」

「五分の盃だ。本当ならおめーん()でする予定だったが、遅くなったな」

 五分の盃は「五分と五分」という対等な関係を意味し、次郎長と真の間には上下関係が存在しないことを示す。年も立場も生きる業界(せかい)も違っても、盃を交わせばそれだけで縁となり、互いに行動を起こす際の大きな理由となるのだ。

 そしてこの場で真が次郎長の盃を受け取って飲んだ瞬間、真と次郎長は上も下も無い義兄弟の関係となり、強い縁で結ばれるのだ。

「良縁は結ぶが吉。断るならそれでも結構だが、どうする?」

「いや……ありがたく頂くよ」

「そう来なくちゃな」

 二人で盃に注がれた酒を飲み干す。

「これでオイラとおめーとの間にちゃんとした(・・・・・・)縁ができた。この町にいる限りは安全だし、オイラがいる限り連中もすぐに手出しできねェ」

「親分……そこまでしてくれるなんて」

「クク……何でしてくれんだって面ァしてるな? オイラもよくわからねーよ……だがあの兄妹の〝出番〟をこの眼で拝みてーわな」

 次郎長は不敵な笑みを浮かべ、煙管を吹かしたその時だった。

「やあ、勝手に入れさせてもらうよ」

「尚弥! 蘭丸!」

 現れたのは、並盛の表社会の支配者である風紀委員会会長の尚弥。その背後には彼の従者である蘭丸が立っている。

「手続きが終わったからね。書類を渡しに来たよ」

「……一応まともな仕事すんだな」

「うるさいよ」

 尚弥が茶封筒を真に渡した。

 そんな中、次郎長は蘭丸に小声で尚弥の中国旅行について尋ねた。

「おい蘭丸……そういやあ尚弥の奴中国(あっち)で何やってたんだ?」

「いや、一人で自由に旅行したようだが……赤ん坊の武闘家に出会って弟子入りしたようなのだ……」

 蘭丸曰く、本来はもっと早く帰国する予定だったが(フォン)という赤ん坊の姿の武闘家と出会い、彼に師事したという。

 帰国後の尚弥の話によると、(フォン)という赤ん坊は中国武道大会で3年連続優勝を果たした武道の達人であり、その腕前は弾丸を素手で止める程だと言われている。その彼と出会って偶然戦う場面を目撃して感動し、頭を下げて弟子入りし発勁(はっけい)を短期間で修得したという。

「鬼雲雀の尚弥が師事するって、余程の猛者だなその赤ん坊」

「驚かないのか……!? 赤ん坊に尚弥様は師事したんだぞ……!?」

「オイラにも知り合いに似たようなのがいるからなァ……」

 次郎長の脳裏に、黒集団と赤ん坊の姿が浮かぶ。

 武道の達人である赤ん坊・(フォン)と、裏社会で〝鬼雲雀〟と恐れられる(いっ)(ぱん)(じん)・雲雀尚弥。マフィア界の掟の番人の長であるバミューダと、並盛に君臨する〝大侠客〟と呼ばれるヤクザの親分・泥水次郎長。互いにとてつもなく強い赤ん坊と縁があるとは、何という偶然だろうか。

「――さてと、手続きはこれで全部済ませたから本題に入ろう」

「本題?」

「そう……話は全て聞いてるからね、イタリア系マフィア「シモンファミリー」の首領・古里真」

「っ!」

 口角を上げる尚弥。その笑みには爽やかな見た目とは程遠い獰猛さが孕んでおり、次郎長と引けを取らない威圧感があった。

 この男はヤバイ――相手はマフィアでもヤクザでもない表社会の人間なのに、真はそう感じ取ってしまった。

「君達がマフィアを語る以上は、僕達風紀委員会の監視対象として過ごしてもらう。並盛の風紀を乱すマネをすれば強烈な締め付けを行う……それについての君らの一切の異論は認めない。ここは並盛だ、イタリアじゃない」

「締め付けとは、一体……」

「それは度合いによるかな。軽ければ経済活動の制限といった罰則で手は打つけど、あんまりひどいと町内会に話が持ち込まれて、並盛から全員(・・)追放しちゃったりするかもしれないよ」

「マフィアより怖いな……」

 風紀委員会の警察をも超越した強権を知った真は顔を引きつらせ、「次郎長と尚弥は敵に回してはいけない」と思い知る。

 あくまでも次郎長は町の裏社会の頂点であり、表社会の頂点は尚弥だ。並盛町においては「法そのもの」と言っても過言ではなく、彼と揉めた場合はいかに屈強な組織でもタダではすまない。ましてや風紀委員会は実力行使も平然とやってのけるため、マフィアやヤクザの威力に屈しないどころか返り討ちにする連中である。だが敵対せず持ちつ持たれつで関わると、いざという時には心強い味方になる連中でもあるのだ。

 すると、そこへ次郎長が待ったをかけた。

「――いや、ちょっと待て。てめー何で知ってんだ」

「羽柴からの情報さ。彼はいい情報源だ、世界の裏事情も知っている」

「ハァ!? 地雷亜が!?」

「地雷亜……? まさか〝蜘蛛手の地雷亜〟か……!?」

 何と尚弥は地雷亜と取引をして情報を得ていたのだ。

 凄腕の殺し屋と情報取引をしていたことに驚く次郎長に続くように、真も愕然としている。

「彼もまた並盛の住民となった。あまり揉めないでよ次郎長」

「ハァ!? アイツいつからこの町の人間になった!? オイラァ聞いてねーぞ!!」

「一週間前に手続きを終えたばかりだから無理も無い。今は弟子一人と高層マンションに事務所を構えて特殊株主をやってるそうだ」

「総会屋かよ!!」

 総会屋とは、株主総会に出席して議事進行に協力または妨害工作を仕掛けることで企業から報酬を貰っている者で、企業側からは特殊株主やプロ株主とも呼ばれている。戦後日本においてはヤクザ勢力が資金源の多角化を求めて積極的に進出するようになったことでも知られ、大物の総会屋は経済評論家以上の理論と経験を持ち合わせていると言われている。

 地雷亜は殺し屋だ。殺し屋はスキルを多数持つ程に様々な業界でも通じるため、資金の獲得だけでなく経済界の情報を収集するのが目的だろう。

「ったく、並盛はならず者の梁山泊じゃねーんだぞ……」

「ならず者の代表格の君が言うのかい?」

「言うじゃねーか、半グレ集団のボス猿が自分達(てめーら)のこと棚に上げて」

「……咬み砕かれたいようだね。今ここでやってあげようか?」

「あ? てめェ、まさかこの次郎長を王座から引きずりおろせるとでも思ってんのか?」

 持ちつ持たれつの関係でありながら殺気をぶつけ合う両者。その気迫に真と蘭丸は呑まれて汗を流し、居合わせていたツナと炎真はガクガクと震え始めた。

 しかし次郎長に戦意が無いと感じ取ったのか、尚弥は溜め息を吐いて残念そうに踵を返した。

「……蘭丸、帰るよ。これ以上長居する理由は無くなった」

「は……はっ!」

 尚弥は蘭丸に声を掛け、古里家の新居を後にした。

 その二人の姿に、真は思わず次郎長に質した。

「親分……彼は本当にマフィアじゃないんだね?」

「やってることは極道(オイラ)よりえげつなかったりするがな」

 

 

           *

 

 

 その夜、並盛山にて。

「ハァ、ハァ、ハァ……さすがに(つえ)ェな……」

「貴様がそれを言うか、ジロチョウ」

 息切れして片膝を突く次郎長に、古参の復讐者(ヴィンディチェ)・アレハンドロは呆れかえる。彼の隣には物言わなくなったジンジャー・ブレッドが転がっている。

 ここ最近、次郎長は復讐者(ヴィンディチェ)と手合わせをする時間が増えている。ランチアの一件であのヌフフのナス太郎――(デイモン)・スペードが次郎長の首を狙っていることが発覚したため、いつ全面対決となってもいいように己を追い込んでいるのだ。

(僕達と関わって以来、ジロチョウの力は右肩上がりだ……)

 二人の手合わせを見ていたバミューダは、次郎長の実力に驚嘆する。当初はジンジャー・ブレッド二体を倒すことすら苦しんでいた彼が、今ではアレハンドロ本人とギリギリで渡り合う程に成長した。死ぬ気の炎を扱える人間ならばともかく、純粋な戦闘能力で(・・・・・・・・)ここまでの実力を持つ者は滅多にいないだろう。

「バミューダ、ジロチョウは一体……」

「ジョット君のような超直感の持ち主ではなくとも、彼の〝戦闘勘〟は尋常じゃない。生まれつき戦いに特化した人間――天性のファイターなんだろうね」

 バミューダの返答に、イェーガーは目を見開く。

 戦闘勘はその名の通り、戦闘という極限状態においてのみ効果を発揮する直感力だ。ボンゴレファミリーの初代ボスの血筋が受け継ぐとされる、「全てを見透す力」とも呼ばれる常人を遥かに凌ぐ直感力〝超直感〟とはまた違う力だが、戦闘能力に大きな影響を与える。

「戦闘能力ってのは腕っ節だけじゃない……精神力のような心の強さも含まれる。裏社会に身を投じたことでジロチョウは人間の域を越えた戦闘能力を発揮している」

 超直感が「未来予知に近いレベルの第六感」とすれば、戦闘勘は戦闘という場面のみの中で「己の戦闘能力の上限を引き上げる力」だ。強者と戦えば戦う程、死地で命のやり取りを重ねれば重ねる程に次郎長は進化するのだ。

 しかしそれは人間の限界を無理矢理引き上げることで、自らの身体に限界を超えた負担をかけることとも解釈できる。アレハンドロとの手合わせは本来ならば身体が壊れてもおかしくないレベルだが、次郎長の身体は耐えきっている。

「もし彼がマフィア界(こっち)の人間だったら、勢力図が変わるのかもね」

 クスクスと笑いながら呟くと、次郎長が吹っ飛んできてバミューダとイェーガーの眼前に倒れ込んだ。満身創痍という程ではないが、愛用の着流しと襟巻は泥だらけになり、生傷が体中にできており、かなりの激戦であったようだ。

「っ……どうにも(かて)ェ野郎だ、一太刀浴びせりゃこっちの勝利(もん)だってのに……!」

 口を拭って立ち上がる次郎長だが、立ち上がるや否や刀を鞘に収めた。

「ハァ……オイラもまだまだだなァ。ただ手合わせするだけじゃ物足りねーのかもしれねーな……」

「君、やっぱり本当は人間じゃないんじゃない?」

「バカ野郎、オイラも心臓一つの人間一人だっての。ただそこらで名を馳せる筋者とは鍛え方が(ちげ)ェだけよ……(わり)ィが今日は(けェ)らせてもらうわ、また今度頼まァ」

 疲弊しきった次郎長はバミューダ達に背を向けて山を下りていった。

 その姿を一瞥したイェーガーは、バミューダに問う。

「……つまり我ら〝復讐者(ヴィンディチェ)〟とも戦えるジロチョウは、常人を遥かに凌ぐ戦闘勘とそれに適応できる程の身体を兼ね備えていることなのか?」

「あくまで仮説だけどね……でもこれが一番納得がいく。とはいえ復讐者(ぼくたち)とジロチョウは違う……いずれ肉体的な限界が訪れるんだ、その時はどうするのか気になるね」

 包帯の下で、バミューダは微笑んだ。

 いかに次郎長が化け物じみた力を有していても、肉体への過剰な負担や老いでガタは必ず来る。年月が経てば思ったように体が動かなくなり、限界を迎えて大きく衰えるのは目に見えている。そのあまりにも巨大すぎる敵に次郎長はどう足掻くのか。

 長い時間を生きた彼だからこそ、知りたかったのだ。人間の真の限界を。

「チェッカーフェイスへの復讐が第一だけど、多少の〝寄り道〟もいいだろうイェーガー君」

「……」

 バミューダとイェーガーは次郎長の背中を見届けると、仲間達と共に真っ黒い炎の中へと姿を消したのだった。




朗報!
次回か次々回から原作にやっと入れます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的35:蜘蛛と烏と溝鼠

今月最初の投稿です。


 並盛町の繁華街にそびえ立つとある高層マンションで、次郎長は地雷亜と面会していた。

「お前さんが会いに来るとはな。どうやって調べた?」

「オイラの情報網を舐めんなよ地雷亜。並盛全域なら造作もねーんだよう」

 ヤクザと殺し屋による一対一(サシ)の飲み会。互いにオフ状態ではあるが、いつでも戦えるよう傍に得物を置いている状態でもあるので油断大敵ではある。

 とはいえ、男同士の酒飲みに流血沙汰は不本意なのは双方同じようで、警戒心は解いている。

「……して、何の用だ」

「ちーっとあるマフィアの情報が欲しくてな。海外で色々()ってるおめーならいい情報持ってるんじゃ――あり、煙草切れてらァ」

 煙管を取り出して刻み煙草を詰めようとしたが、肝心の刻み煙草が切れていることに次郎長は気づく。

 すると、そこへ刻み煙草を片手に一人の女性が現れて次郎長に渡した。女性は薄い金髪と紫の瞳が特徴で、網タイツにスリットの入った片腕の着物を身に纏い、髪を後ろでまとめ前髪を簪で留めている。

「わっちの煙草じゃ」

「……こらァどうも」

 次郎長はありがたく受け取ると、慣れた手つきで刻み煙草を火皿に詰めて火を点ける。

「……この別嬪さんは?」

「俺の弟子だ」

月詠(つくよ)でありんす。以後よしなに」

 次郎長は紫煙を燻らせながら鋭い眼差しで月詠を見据えて刻み煙草を返すと、今度は彼女が煙管を取り出して同じように吹かし始めた。

(月詠もいるのァそこまで驚かねーが、師弟関係が良好なのァ驚きでい)

 月詠と地雷亜の関係は、単なる師弟関係ではない。正史では地雷亜は師でありながら月詠を愛弟子ではなく「作品」として扱っており、銀時らと関わって変化した際には守るべき者達を大切な吉原(まち)ごと焼き払うことで彼女(でし)を再び修羅に戻すという凶行に走っている。

 だがこちらでは師弟であると同時に仕事上のパートナーとしての関係があり、それなりに仲は良さげだ。

「……いい弟子さん持ってるじゃねーか。オイラの娘の方が可愛いが」

「俺の月の方こそ才色兼備だ、お前さんの娘など赤子同然よ」

「寝言は寝て言え。ピラ子はオイラの全てを叩き込んでんでい」

「それは俺も同じだ」

「やめんか化け物二体」

 互いの娘自慢みたいな話が始まったことに月詠は一喝。

 ようやく話が本題に戻り、地雷亜は次郎長を質した。

「――話を戻す。どこのマフィアだ?」

「ボンゴレ」

「「!?」」

 次郎長の口から出たビッグネームに、地雷亜と月詠は目を大きく見開く。

「お前さん、まさかボンゴレと戦争する気か?」

「オイラが()りてー相手は、そのボンゴレの裏で暗躍しているスットコドッコイだがな」

 次郎長はボンゴレに潜んでいるであろう黒幕を斬ることが目的だと語り、情報を買うべく地雷亜にアタッシュケースを渡す。

 敵を討ち取るには、相手の情報を少しでも収集することが大事だ。些細なことも思わぬヒントとなり、それが時に大きな勝因となる。ゆえに次郎長はボンゴレに関する情報を世界中を飛び回る地雷亜から引き出そうという訳なのだ。

「……お前さん、少しは〝外の世界〟に目を向けたらどうだ?」

「オイラの全ては並盛にある、それ以外に興味はねェ。オイラはこの並盛(まち)の王だからな」

 並盛を優先する次郎長に「大した愛郷心だ」と半ば呆れつつも、地雷亜はボンゴレの歴史から語り始めた。

 元々ボンゴレファミリーは自警団であり、あらゆる分野の腐敗した権力者から市民を護るヒーローのようなものだったようだが、初代ボス・ボンゴレⅠ世(プリーモ)の日本への帰化及び隠居を境に巨大マフィアになったという。Ⅰ世(プリーモ)の帰化と隠居には謎の部分もあり、一説には当時の幹部(ぶか)と組織の方針を巡って対立したことが原因と言われている。隠居後はボンゴレⅡ世(セコーンド)という男がボンゴレを仕切ることとなり、後世まで続く巨大マフィアとなる基礎を作った。このⅡ世(セコーンド)という男も素性がよくわからない部分があるが、裏社会を恐怖で束ねた伝説の男として語り継がれている。

 それから時は流れ、ボンゴレはイタリア最大最強のマフィアとして世界の裏の頂点に君臨し、そのボスとなった者は富と権力の全てを受け継ぐ覇王として恐れられるようになるのだ。

「――まあ時の流れであるべき姿を忘れる組織などよくある話だ」

「成程、道理で強かったわけだ。伝説の世代の人間だったんだなナス太郎は」

「……お前さん、まさか(デイモン)・スペードと戦ったというのか!?」

「ああ、大分前になるがな。っつーかナス太郎でよくわかったな」

 地雷亜からもナスと認識されてるデイモンを柄にもなく哀れみそうになる次郎長だが、気を取り直して初めて刃を交えたあの日(・・・)のことを語った。

 その話を全て聞き終えた地雷亜は、驚きを隠せない一方でどこか納得している様子を見せた。

「そうか……そういうことだったか。ならば俺が先日突然スカウトされたのも頷ける」

「スカウト?」

 実は地雷亜は先日――といっても二週間以上前だが――ボンゴレからスカウトされたことがある。しかもボンゴレファミリーの上層部から用心棒の一人としてスカウトされたのではなく、人間業では到底クリアできないようなミッションをいかなる状況でも完璧に遂行することで知られるボンゴレ最強の独立暗殺部隊「ヴァリアー」からであり、その幹部二名とその部下数人が直々に交渉してきたのだ。

 伝説的な殺し屋として裏社会で名を轟かす地雷亜も、ヴァリアーからのスカウトはさすがに想定外だったようだが、交渉は決裂してヴァリアー側の人間を蹴散らしてその場を去ったという。

「それにしても勘の鈍い殺し屋だった」

「殺し屋としてのキャリアの差が出ちまったんだろうよ……で、何で蹴った?」

「餌を与えられる捕食者になるのは願い下げだ。それに……」

「それに?」

「どうも気に掛かってな」

 地雷亜はスカウトそのものが気掛かりだったという。

 というのも、彼が殺し屋として活動を始めたのは二十年近く前であり、世界屈指の殺し屋として名を轟かせたのも稼業を始めて約3年程経ってから。その時点でボンゴレ側からスカウトを受けていておかしくないはず――つまり今更スカウトしてきたという訳なのだ。

 しかも今の地雷亜は月詠(でし)を連れて活動している。スカウトするなら今後の伸びしろを考えて弟子にも声が掛かるはずなのに、地雷亜だけ(・・・・・)に声が掛かった。確かに月詠は殺し屋としての素質は未熟で地雷亜より遥かに劣るが、手塩に掛けて育てている最中であるので熟した時には凄腕の殺し屋となっている可能性も否定できない。それでも相手は地雷亜だけに声を掛けたのだ。

「それで長年培ってきた殺し屋独特の勘で不穏な背景を察知して断ったってか。ってこたァ……」

「ああ――話の流れと時系列を考えると、お前さんの予想が妥当だろう」

 考えられるのはただ一つ――デイモンが裏で手を回し、地雷亜の力で次郎長を殺そうとしたことだ。

 現に商店街で対決した際は、実質互角の戦いを繰り広げた。尚弥の仲裁により決着こそつかなかったが、地雷亜の圧倒的な実力は健在であり次郎長をも翻弄した。双方全力を出せば無傷では済まなかっただろうが、次郎長の暗殺が不可能と言い切れないのは事実である。

「フム……それにしても、ボンゴレは大変だな。跡取りが今誰もいないというのに」

「? どういうこった」

 地雷亜曰く、現在のボンゴレは大きな節目を迎えているという。

 ファミリーの正規構成員「ワイスガイ」が基本的に純血のイタリア系の人間であることが条件であるように、マフィアは純血主義であり不純を認めない。ゆえにマフィア界は「後継者もボスの血筋でなければならない」という理屈が常識となっているのだ。

 そんな中、ボンゴレでは後継者問題が浮上した。現ボスの9代目の甥であるエンリコ・フェルーミという男が10代目最有力候補だったが、抗争中に撃たれて死亡している。エンリコの他にも二人の候補者――マッシーモ・ラニエリとフェデリコ・フェリーノがいたが、マッシーモは何者かに海に沈められて死亡し、フェデリコに至ってはいつの間にか骨になって死亡した。現ボスにも息子がいたようだが、諸事情で外されているという話なので実質後継者が誰一人いない状況だ。

 ちなみにマッシーモとフェデリコを殺した下手人は、未だ不明だという。

「……それってよ、あのナス太郎が()したって可能性もあるんじゃねーか?」

「……奇遇だな、俺もそう思っている」

 デイモンが自分にとって理想的ではなかったために二人を殺した可能性を言及した次郎長に、地雷亜も同意した。ボンゴレの裏切者とされているあの男ならば平然とやってのけるだろう。

 ボンゴレを自警団から巨大マフィアへと成長させたのはⅡ世(セコーンド)だが、そもそものきっかけはデイモンだ。影に潜んで暗躍していたデイモンが疑われるのも当然の筋である。

「本家の事情は大方理解したよ。他は?」

「そうじゃな……傘下の勢力はその気になれば潰せる連中が大半じゃが、同盟を組んでるファミリー連中は手強いぞ」

「ああ、特にキャバッローネの〝跳ね馬〟に気を配った方がいい」

 ボンゴレファミリーの同盟ファミリーの一つであるキャバッローネファミリーは、同盟勢力としての規模は相当大きい。その現ボスであるディーノという青年は二十代でありながら腕っ節も経営センスも抜群だという。

 地雷亜と月詠は面識こそ無いが、イタリアの裏社会で仕事をしてた際に度々耳にすることがあり、イタリア国外でも有名とのことだ。

「傘下連中は本家の(あめ)ェ汁啜って生きるようなポンコツだが、お手々繋いでいる連中には気ィつけろってか………ありがとよ」

 次郎長はそう言って立ち上がると、傍に置いていた得物の刀を腰に差して玄関へと向かった。

「もう帰るのなら、一つだけ答えろ次郎長」

「あ?」

「お前さん、本当にボンゴレと戦う気なのか」

「…………」

 地雷亜の質問に、次郎長は足を止める。

 日本の裏社会で最強の極道とも謳われる次郎長でも、ボンゴレとの全面衝突に勝ち目は無い。いかに次郎長が個人で強くても組織力は遥かにボンゴレが優れている。そんな状況で戦いを挑むなど、無謀もいいところだ。

 だが――

「……オイラは奈々(アイツ)の顔を曇らせたくねーだけでい。(おとこ)を通さねー極道者に護るべきモン護れるわけねーだろ?」

 次郎長は振り向くこともせず、草履を履いて静かに出ていった。

 その後ろ姿を一瞥した地雷亜は、目を細めて含み笑いを浮かべていた。

 

 

 夜の並盛。

 地雷亜が住む高層マンションを離れれば、すぐに沈黙に包まれた町へと誘われる。その中を赤い襟巻をなびかせながら次郎長は歩いていた。今宵は満月――尋常性白斑の症状で生まれた白髪に近い銀髪が月夜に映える。

(……オイラも腹ァ括らなきゃならねーな。残された時間は僅かしかねェ)

 来るべき時に備え、次郎長は考えを巡らせていると……。

 

 ――シャラン

 

「っ!」

 背後から突如鳴った金属音。それと共に何の前触れも無く現れた人の気配。

 次郎長は目にも止まらぬ速さで振り向き、殺気を放って居合の構えを取る。その視線の先に立つのは、法衣を身に纏った見覚えのある男。

「殺気を解け、次郎長」

「……てめェ」

 次郎長の背後を取った気配の正体は、百地の同志である朧だった。一度しか会っていないが顔見知りではあるため、次郎長は殺気を放つのをやめて構えも解く。

「ボンゴレのお家騒動のことは聞いたようだな」

「……てめーらはどうする気でい」

「頭は連中の動きに警戒している。蒼天の血を引く童に白羽の矢が立つのは明白だが、それも童の意思次第だ」

 朧は遠回しに八咫烏陰陽道がツナ次第で行動を変えることを示唆する。

 八咫烏陰陽道は復讐者(ヴィンディチェ)と似たような「番人としての組織」だが、あくまで日本の番人を務めるだけであり、特定の個人の為に動くことは滅多にしない。言い方を変えれば、ツナにはそれだけの価値があるという意味でもある。

 そして朧の言う「頭」なる人物――次郎長はその正体について薄々察してはいる――が警戒しているのは、ボンゴレがツナと関わり始めてからだろう。イタリア最大のマフィアが何をしでかすかわかったものではない。

「蒼天は子々孫々の未来を案じ、我ら八咫烏に想いを吐露した。国に殉じた先人の本懐は遂げねばならない。……貴様こそどうするつもりだ」

「オイラは蒼天(ソイツ)が飼い慣らしていたケダモノの首を取りに動く。それをてめーらに指図される筋合いはねェ」

 次郎長の返事に朧は眉間にしわを寄せる。

 八咫烏陰陽道の過去の指導者〝蒼天〟の正体は、日本へと帰化した隠居の身の沢田家康(ジョット)――ボンゴレⅠ世(プリーモ)である。次郎長の言うⅠ世(プリーモ)が飼い慣らしていたケダモノは因縁の深い(デイモン)・スペード……朧から見れば、次郎長はかつての指導者の元部下を殺そうとしているのだ。

 しかしそれについて朧は非難する気も罵倒する気も無い。朧にとってデイモンは、蒼天(プリーモ)と敵対しただけでは飽き足らず親友(シモン)と仲違いさせて日本へと追放したような外道でもあるのだから。

「……貴様がその気なら我々は止めん。蒼天の魂を業の鎖で縛り己が欲を満たし続けて生き永らえる人畜生をその剣で斬るのであれば、その行く末を見届け語り継ごう」

「んな大層なモンじゃねーさ。オイラァただ自分(てめー)が首突っ込んだせいで蒔いちまった種を責任持って刈り取るだけでい」

「……そうか。ならば俺から一言告げておこう」

 ――天の遣いである八咫烏は、すでに飛び立とうとしている。

 その言葉を最後に、朧は煙のように姿を消した。

「……いくらボンゴレでも八咫烏はキツイだろうな。どうなっても知らねーぞ俺ァ」

 次郎長は静かに呆れたように呟き、天を仰いだ。仰いだ先の月は、禍々しさすら感じる程に映えていた。

 

 

 平々凡々という言葉が似合う平和な町。そこへ浅蜊の王の手が伸びた時、天候が荒れ狂い、虹の呪いを背負うに相応しい怪物達が動き、死を運ぶ烏が空を舞うのだ。




次回、ついに原作に突入!
やっとリボーンが出てくるかな?

感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リボーン襲来編
標的36:全ての始まり


ああ、やっと原作だ……!!
長かったです、お待たせしました。


 マフィア発祥の地・イタリア。夜の静けさの中、とあるバーでスーツの男達が酒と煙草を楽しんでいると、静かにドアが開かれ黒いスーツを着こなした赤ん坊が入ってきた。

 スーツと揃いの黒の帽子には小さなカメレオンを連れた彼は、見た目とは裏腹に裏社会の人間特有の雰囲気を纏っている。一般人どころか裏社会の人間ですら驚く光景なのだが、男達は見知った顔なのか笑みを零して声を掛けた。

「リボーンか……またオヤジに呼び出されたようだな」

「今度はローマか? ベネチアか?」

日本(ジャッポーネ)だ」

 赤ん坊――リボーンは子供特有の高い声で行き先言い放つと、男達は驚愕する。

「何!?」

「オヤジの奴、とうとう腹決めやがったのか!」

「長い旅になりそうだ」

 ニヒルな笑みを浮かべるリボーン。

 そんな中、一人の男が彼に質問をした。

「……一つ訊くが、日本(ジャッポーネ)のどこだ?」

「ナミモリという町だゾ」

 リボーンの口から出た地名に、男達は先程とは比べ物にならないくらいにざわめく。

 耳を澄ませば「穏健派だったんじゃねーのか」だの「9代目は戦争でもしてーのか」などの言葉が飛び交い、散々な言われようだ。ボンゴレファミリーの現ボス・9代目の決断は「神の采配」と謳われているのだが、今回はどうも気でも違ったのかと疑われているようだ。

 さすがのリボーンも旧知の仲である彼に対する暴言に不快感を露わにするが、男達がここまで9代目の決断を疑うのは今までに無かったので質してみた。

「何でそこまで騒いでんだ」

「リボーンよう。ナミモリってこたァ、あのジロチョウの縄張りだぜ?」

「!」

 男の言葉に、真っ黒でつぶらな瞳を見開かせる。

 リボーンも聞いたことがある。それは日本で活動するジャパニーズマフィア――いわゆるヤクザに泥水次郎長という圧倒的な力で他勢力の介入・干渉を跳ね除ける、歴戦のマフィアをも恐れさせる実力者がいるという話だ。彼に関する逸話はマフィア界でも有名で、中でもコヨーテ・ヌガーの義手をすれ違いざまに斬り飛ばしながら9代目ファミリーに啖呵を切った話は伝説として語られている程である。

 そして次郎長は並盛という地にこだわり続けてるため他所の縄張りや海外情勢にはあまり興味を示さない反面、一度自分の縄張りで勝手なマネをしようものなら一兵卒に至るまで叩き潰す。その化け物じみた力によって並盛に手を出した勢力はことごとく潰されており、次郎長一人によって壊滅させられたファミリーも少なくない。

「アイツは並の人間じゃ敵いっこねー化け物だって聞くぜ……確か〝ボンゴレの若獅子〟と()り合って決着つかなかったんだろ?」

「それは俺も知ってるぜ。噂じゃあ自分(てめー)暗殺(ころ)しに来た男を返り討ちにして、部下にして可愛がってるらしい」

「今じゃ日本(ジャッポーネ)に進出しようとしてた連中(ファミリー)は皆手ェ引いてる。ジロチョウと抗争になるのが怖くてな」

 日本での活動を視野に入れているファミリーにとって、次郎長と彼が率いる溝鼠組はかなりの脅威だ。昨今のヤクザは官憲の締め付けで思うようなシノギを得られなくなったためにマフィアとのビジネスも行っている組織が多いが、次郎長の溝鼠組は組織の利益よりも義理人情を重んじる昔気質の極道組織。子分一人一人が仁義を重んじた統治を敷く次郎長の影響を受けてるため儲け話に乗ることはなく、構成員の数こそ極道社会では少ない方だが崩すのは容易ではない。

 それ以前に次郎長自身の戦闘力が異次元の領域だ。コヨーテ・ヌガーの件は今から十年以上前の話であり、その時点で桁外れの力を見せつけているのだから並大抵の実力では殺すどころか深手を負わせることすら至難の業である。そんな男を止められるのは、それこそボンゴレファミリーのボスみたいな百戦錬磨の豪傑でないと歯が立たない。

「成程……だから俺に頼んだんだな、9代目は」

 リボーンは笑った。

 9代目が依頼をしたのは、勿論かつての教え子・ディーノの一件のように家庭教師としての教育手腕の高さを買っているだろうが、一番は暴れん坊の次郎長を抑えるためなのだろう。ボンゴレ関連の事件で衝突しても実力行使で丸く収められるように。

「そうとなりゃ早速行くとするか」

 愛用のボルサリーノを被り直し、羽がない天使は決意を固めた。

 

 

           *

 

 

「あ~あ……もう最悪だよ~……」

 ここは日本の並盛町。便利ではなくとも不便というほどでもない平和な町で、一人の少年が愚痴を零しながら家路を辿っていた。

 少年の名は、沢田綱吉。運動もダメ、勉強もダメ、何をやらせてもダメだから〝ダメツナ〟という不名誉極まりないあだ名をつけられているごく普通の少年だ。

「炎真には申し訳ないけど、やっぱ俺には学校キツイよ~……」

 ツナの一番の親友である古里炎真は、諦めが早いダメ人間という似た者同士でありながらも現状を打破しようとする考えは持っている。ツナもそれにあやかろうとしたが、もはや才能の領域に達している炎真以上のダメっぷりのせいですぐ諦めてしまった。

 最近では炎真(しんゆう)からも若干呆れられ始めているのだが、やる気が無いのかまったく変えようとしない。

「京子ちゃんは持田先輩と付き合ってるし、もう俺いる意味が無いじゃん……」

 学校に行くことすら嫌がり始めているツナが、なぜ行くのか。当然義務教育だからというのもあるが、一番はクラスメイトである想い人の笹川(ささがわ)京子(きょうこ)がいるからだ。

 しかしそれも剣道部主将の持田剣介と度々付き合っているところを見てから一気に学校へ通う気が失せてしまい、その現実から逃げるように早退したのである。

 明日から学校行くのやめようかな――そう考えていた、その時だった。

「ツナじゃねーか」

「どうしたの? 具合でも悪いのかな?」

「おじさん! 登さん!」

 見知った面々に声を掛けられ、ツナは驚きの声を上げる。

 彼の名は泥水次郎長。本名は吉田辰巳と言い、並盛町の裏社会を牛耳る極道組織「溝鼠組」の組長だ。若い頃から類稀なる喧嘩の腕っ節で極道の世界に足を踏み入れ暴れ回り、その絶対的な力と仁義を重んじた統治を敷く様から〝大侠客の泥水次郎長〟の異名で日本の裏の世界でも恐れられ君臨し続けているこの並盛(まち)の王たる男である。そんな彼は何とツナの母親・沢田奈々の元同級生(クラスメイト)であり、それゆえに沢田家とは長い付き合いがある。ツナにとって次郎長は幼少期から世話になったこともあって実の父親以上に頼れる男であるため、ヤクザ者ながらも最も信頼する大人の一人だ。

 そして彼の傍に立つのは幸平登。次郎長の子分の一人で、一見はヤクザとは程遠い地味な雰囲気を纏う青年だ。溝鼠組の若衆の中では際立って温厚な性格であるため極道関係者とは思えないが、任侠の徒として極道の世界を行く覚悟は本物だ。

「おめェ、また(・・)学校途中でほっぽいたのか」

「な、何でそんなこと知ってんの!?」

「ヤクザの情報網をバカにすんなよ。壁に耳あり障子に目あり肩にフェアリーってこった」

 いきなり途中で学校をサボって帰っているのがバレていることを告げられ、ショックを受けるツナ。しかも次郎長の言い回しが真実ならばツナの学校生活は完全に把握されているように聞こえる。

 次郎長は見回りがてらに町をブラブラと歩き回るが、学校に関しては基本干渉しない。学校をはじめとした教育機関は風紀委員会が仕切っているため、カタギはカタギに任せるのが一番効果的でヤクザ者が口を出す義理が無いからだ。それでも付き合いがあるとはいえ生徒の学校生活の情報をいつの間にか入手しているのは恐ろしいものだ。

「ったく、喧嘩三昧だったオイラでもサボりだけはやらなかったんだぞ?」

「極道の僕達が言うのもアレだけど、学費を無駄にするような生活はダメだよツナ君」

「だって俺学校に入る意味ないもん!!」

「知ったことか、諦めろ。カタギの世界もヤクザの世界も〝最低限の学〟は必要なんでい」

 ツナの言い訳を無慈悲に一刀両断。

 ヤクザの親分だが高卒である次郎長の妙な説得力に、ツナはそれ以上の反論ができなくなる。

「そんなァ……おじさんの意地悪!! ガングロ!! 正露丸!!」

「ツナ……おめーあんまり奈々の手ェ焼かせるならオイラが今ここでヤキ入れてやるけど?」

「すいませんでしたっ!!」

 ゴキゴキと拳を鳴らしながら笑みを浮かべる次郎長に、ツナは頭を深々と下げる。喧嘩すれば敵無しと謳われる次郎長親分にこってり絞られるよりも母親に喝を入れられた方が色んな意味でマシと考えたらしい。

 隣に立つ登が苦笑いを浮かべる中、次郎長は「賢明な判断だ」と言いながら煙管を取り出し吹かしながらツナと父・家光の話を始めた。

「そういやあバカ光とはどうなんだよ」

「父さん? 父さんは去年会ったけど、母さんが心配してんのに「大丈夫」の一点張りですぐ仕事に行っちゃったよ! しかもそれから連絡してこないし」

「マジかよ。……ちっ、あのネグレクト親父、自分(てめー)女房(おんな)息子(ガキ)を何だと思ってんでい」

 次郎長と家光は、はっきり言って仲が悪い。正確に言えば「次郎長が家光を嫌っている」のだが、その原因は次郎長の家族観と家光のツナとの向き合い方にある。

 次郎長は疑似家族の特質を持つヤクザという立場上、溝鼠組そのものが自分の大切な家族である。盃を交わしたものは誰であれ実の子のように接し、時にヤクザの組長として厳しい態度を取ったりヤキを入れたりするが、その根本には確かな家族愛が存在する。極道組織は総じて親分の支配や集団の一体性を乱すような行為が反履して発生する性質を持つのだが、溝鼠組でそのような事態が起きないのは幼くして両親を失った過去を抱える次郎長の家族という集団に対する想いが大きく影響している。

 一方の家光はボンゴレの門外顧問を務める現役マフィアで、ツナの実の父親で奈々の夫である。家族をマフィア界の騒乱に巻き込みたくないという思いはあるだろうが、世帯を持ったからには相応の責任がある。某江戸のクソ親父のように「ガキなんざカカアがいれば立派に育つ」と思っているだろうが、それは父親として自分の子供が善いことをしたら目一杯褒めて悪さをしたらしっかり叱ってやれる男が言える言葉だ。ツナと会った時には常に一分一秒でもちゃんとしたコミュニケーションを取っていれば別だったろうが、今となっては後の祭りである。

 次郎長と同じ裏社会の大物で一家の大黒柱でもあるという点では同じだが、父親としてのレベルの差は大きい。だからこそツナは実の父より次郎長を信頼するのだ。ちなみにツナは父親の本職は知らない。

「……今の野郎は仕事に夢中でおめーら二人に構ってる暇がねーんだろうな。だがそれを最善と判断したのァ家光(ヤツ)だ、さすがに自分(てめー)のケツは自分(てめー)で拭くだろ」

「そうかな……オレは父さんはどこまで行ってもダメ親父だと思うけど」

「本音を言うとオイラも同意見だ」

「本音サラッと言っちゃってるしーーーー!!」

「オジキさん、彼一応奈々姐さんの夫ですよ!?」

 次郎長のわざと漏らしているようにしか聞こえない本音。家光がどんなに家族の為に命を懸けても、日頃の行いはそれでチャラにできなさそうである。

「んなことより早く勉強しろ。大学に行けだの大企業に就けだのたァ言わんが、今の内にやっておかないと手痛いしっぺ返しが待ってるぞ」

「何でお母さんみたいなこと言ってんの!? それじゃあね、おじさん、登さん!!」

 ツナはその場から逃げるように去り、次郎長はその背中を見つめ続け登はヒラヒラと手を振る。

 その直後だった。

 

 ゾクッ――

 

「っ!?」

 突然背後から感じた殺気に、次郎長は目を大きく見開いた。

 ヤクザの親分が裏を支配してるとはいえ、平和な町に不釣り合いな研ぎ澄まされた殺気。殺気の質から相当の強者と判断し、目にも止まらぬ速さで刀を抜いて振り向き登を庇うように立つ――が、彼の眼前には人はおろか動物すらいない。その場にいるのは次郎長と登だけだ。

「オジキさん……!?」

「登……おめー何か感じなかったのか?」

 いきなり臨戦態勢に入った次郎長に動揺しつつも、登は首を横に振る。

 気づけば感じていた殺気もまるで無かったかのように消えていた。殺気の持ち主がいなくなったと判断し、刀を鞘に収めるが次郎長は警戒を解かない。

(何だ、今の殺気は……!?)

 最近は減ったが抗争や襲撃といった修羅場をくぐり抜けてきた次郎長は、持ち前の勘の鋭さで敵の気配どころか大抵の力量を予測することができる。その次郎長の勘をもってしても、例の殺気の持ち主の力量は一切予測できなかった。

 ということは、この並盛に余所者――それも招かれざる客が訪れてきているのだ。何かの拍子で暴れられたら溜まったものではないゆえ、これを野放しにするわけにはいかないが、素性が一切掴めてない状況では手の打ちようがない。次郎長は諦めざるを得なかった。

「クソ……どこのバカだか。(けェ)るぞ」

「あ、はいっ!」

 

 

「……驚いたな」

 例の殺気の持ち主――リボーンは、思わず驚愕の声を漏らす。

 イタリアから遥々来たリボーンは、これから家庭教師として関わるようになる生徒(ツナ)だけでなく、噂に聞いていた次郎長親分を見に来ていた。

 子分と共にボンゴレファミリーの次期ボス候補と話し合う彼の第一印象は、只者ではない雰囲気を纏いつつもジャパニーズマフィアの首領どころか裏社会の人間とは思えない呆れる程に気安い男。刀を腰に差してなければただの着物姿の男に過ぎず、リボーンは拍子抜けしてしまった。そのせいで苛立ってしまったのか、リボーンは少しばかり殺気を漏らした。興味を持った自分がバカバカしい――そう思ってしまったのだ。

 だがその直後に彼は刀を瞬時に抜いて辺りを警戒し始めた。常人はおろか裏社会の人間ですら感知できない程度の殺気に反応できる者は滅多におらず、本来ならば傍にいた子分の登の反応が普通である。それにもかかわらず次郎長は反応できた(・・・)のだ、尋常ではない勘の鋭さの持ち主であるのは間違いない。

「〝大侠客〟の二つ名は伊達じゃねーようだな。アイツは使えそうだゾ」

 漆黒を纏う小さき殺し屋(ヒットマン)は、ニヒルな笑みを浮かべた。次郎長が己の手に余るドがつく程の暴れん坊であることも知らず。




ここから原作に沿っていこうと思います。
感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的37:ちゃおっス、家庭教師

仕事が忙しくて更新が……!!
お待たせしました。


 並盛町3丁目。

 町内外から「並盛の王者の御膝元」とも呼ばれるこの区域には、骨董品店「古里美術店」を営む古美術商一家が暮らしている。

「ふう……これで終わりかな」

 古里美術店の店主・古里真は、新しく仕入れた骨董品を棚に並べる。

 一見はごく普通の日本人店主だが、その正体はイタリア系マフィアグループ「シモンファミリー」の9代目ボスであり、初代ボスのシモン=コザァートの子孫だ。現在は並盛で五分の盃を交わした次郎長の庇護下に入り平穏な生活をしている。

「アレからもう6年か……」

 天上を仰ぐ真。 

 シモンファミリーはイタリア最大最強のマフィア・ボンゴレファミリーと非常に深い親交があった由緒あるマフィアなのだが、訳あってボンゴレ傘下を筆頭に多くのファミリーから長い間虐げられてきた。それはマフィア界全体から圧力をかけられているも同然で、いつ潰されてもおかしくない現状――いや、実際潰されそうになった。

 その危機から救ってくれたのは、偶然イタリア旅行中に息子の炎真と出会ったヤクザ者・泥水次郎長だった。彼はその日の夜に現れたボンゴレの刺客から深手を負いつつも命懸けで戦い、絶やされそうになったシモンの血と教えを守り抜いた。次郎長にも護るべきモノがあるにもかかわらず、だ。

「彼には何と礼を言うべきか……」

 そう呟くと、店先に一人の男が現れた。

「朝っぱらからご苦労なこったな、兄弟」

「次郎長!」

 紅花があしらわれた黒地の着流し姿の義兄弟に、真は彼の名を口にする。

 並盛町の裏を取り仕切る極道の親分――次郎長は店の中に入ると、並べられた数々の骨董品に目をやる。

「……もしかして買い物かい?」

「ああ、「義理かけ」さ」

 ヤクザ勢力共通の行事である「義理かけ」とは、その名の通り相手に義理をかけることだ。ある組が主宰する諸行事に対して招かれた組がその行事への参加や祝儀・不祝儀の出費等義理を尽くすというもので、言わば一般(オモテ)社会の慶弔行事に値する。極道の世界においては組織を維持して行くための人脈作りという意味も踏まえ、組織同士の付き合いとして非常に大切にされている。

 昨今は法律による規制強化や各組織による負担の見直し、過去に抗争が誘発しているケースもあるため義理かけを自粛する傾向にあるが、慣習的行事であり組織としても威勢を誇示できる上に大きな資金源にもなるので継続するとされている。

「実は親戚縁組の若頭が正式に二代目になるって話になってな。継承式に祝いの品でもやろうと思って来たんでい」

「そうなんだ……」

 次郎長は真に事情を説明する。

 溝鼠組の唯一の親戚縁組である隣町の姉古原町を牛耳る「魔死呂威組」の設立者にして現組長の魔死呂威下愚蔵が、老齢による体調不良を理由に隠居することを決意。下愚蔵はカタギになった自身の実子を引き戻して二代目にさせようと考えていたが、若頭の中村京次郎が「実子でもカタギになった以上手を出すのは〝道〟に反する」と強く反発し、説得の末に下愚蔵は次期組長に京次郎を指名したという。

 次郎長はその報せを聞き、それなりの付き合いがあった京次郎が下愚蔵の跡を継ぐことを祝って何か贈ろうと考えたのだ。

「真、何かいいモンねーかい? 義理場だから高めのモンでもいい」

「そうだね……じゃあこの――」

 真が次郎長におすすめの品を紹介しようとした、その時だった。

「うおおおおおおおおおおお!!!」

「「!?」」

 聞き慣れた声が周囲に響き渡った。顔を見合わせて二人店の外に出た途端、額に炎を灯しパンツ一丁の少年が猛烈な速さで素足で駆け抜けていったではないか。

 なぜ炎が額で燃えているのか、なぜパンツ一丁で街中を走り抜けるのか、色々と疑問が湧き出てくるが――次郎長は真に尋ねた。

「……おい、真よう」

「……何だい次郎長」

「オイラの目が曇ってねーなら……アイツァどう見ても……」

「ツナ君、だね……」

 ツナの背中を呆然と見続ける次郎長。沢田家との関係を知っている真は彼の気持ちを推し量ってか「何も見てないことにしよう」と提案し、次郎長は無言で首を縦に振ってツナの黒歴史になるであろう珍事を見なかったことにした。

 それでも、次郎長は忘れられないものがあった。

(あの額の炎……ありゃあ家光の野郎(バカ)と同じ炎か?)

 思い出すのは、溝鼠組設立当初に起きた家光との決闘。

 血を流し拳を交えたあの日に見た額の灯火が、ツナにも灯っていたのだ。それは血筋ゆえか、それとも――

「……真、(わり)ィが急用ができた」

「次郎長?」

「ちょっくら確かめて―ことがある」

 

 

 一時間後。

 次郎長は繁華街の高層マンションに置かれた地雷亜の事務所を訪ねた。

「成程、それでお前さんは俺に訊きに来たと」

「世界中飛び回ってたてめーなら知ってるだろうってな」

 その言葉に、地雷亜は納得したように笑う。

 裏の世界でも屈指の名暗殺者である地雷亜は、裏表問わず世界中の大物から依頼を受けるため、様々な業界に首を突っ込む。マフィア界も例外ではなく、その業界しか知られていない情報も地雷亜は知っている。

 それは他業界に興味を持たない次郎長の、数少ない情報源だ。ヤクザ勢力にも警察をも凌駕する情報網を持つ組はいるが、世界規模の情報網は持っていない。

「そういうこった、額に炎が発生する状態について心当たりはあんのか」

「……ああ、知っている。それは〝死ぬ気の炎〟というものだ」

「死ぬ気の炎? 何だそりゃあ」

 死ぬ気の炎。

 それは人間の生体エネルギーを圧縮し視認できるようにしたモノで、指紋のように個々によって炎の色・形・強弱が異なるオーラより密度の濃いエネルギー。色んな分野で活用できるらしく、使い手の戦闘能力の飛躍的向上や武器・ロボットの動力源にすることも可能だという。

 また死ぬ気の炎には属性が存在するため活性化したり沈静化することも可能な上、死ぬ気の炎そのものにも種類があり性能も威力も異なるという。

「そんな能力を扱う連中と生身で()り合ったのかよ」

「その言葉、お前さんにそっくりそのまま返すぞ」

「そういやそうだったわな……」

 自分の発言がブーメランで返ってきていることを悟り、頭を抱える次郎長。

 かつて家光と拳を交えた際、額に炎を灯した彼の拳の重さが変わったのは、その死ぬ気の炎という高エネルギーのおかげなのだろう。それを真っ正面から食らって頭部からの出血程度で済んだ次郎長も次郎長だが。

「使い手は存在する。その小僧は無いだろうが、その能力(チカラ)でお前さんの首を狙う輩は何人かいるはずだ」

「フン……その〝死ぬ気の炎〟とやらがどんなに使い勝手のいい代物でも、使い手は心臓一つの人間一人なんだろ? 倒せねーこたァあるめェ」

 地雷亜の言葉に、次郎長は余裕の笑みで返答する。

 そう、使い手はあくまでも人間だ。ヌフフのナス太郎のような文字通りの人外になると話はわからないが、いかに都合のいい力でも生身の人間が扱う以上「倒せない」という選択肢は無いのだ。

 能力に大きな差があれば、技や知恵、己自身の運で相手に勝れば光明は見えるもの――ゆえに次郎長は〝死ぬ気の炎〟を扱う者達を「卑怯者」などという女々しい言葉で呼ばない。それが裏社会に生きる次郎長の覚悟でもあるのだ。

「ありがとよ地雷亜、金は後で送ってやる」

「礼には及ばん、俺もどうやら動かざるを得なくなってきた。お互い余計な敵を生むのは本意ではなかろう」

「……どういうこった」

「裏の世界がうねり始めているということだ」

 意味深な言葉を口にした地雷亜に、次郎長は眉間にしわを寄せた。

 

 

           *

 

 

 地雷亜との話を終え、偶然見かけた交通事故の示談を済ませながら次郎長は百地のメイド喫茶で一服する。

(アレからもう30年も経っちまったんだよな)

 煙管を吹かし、快晴の空を仰ぐ。

 異なる日本に転生し、高校を卒業しヤクザになった泥水次郎長(よしだたつみ)。33歳となった今は極道の親分として町の裏を取り仕切る充実した生活を送っている。時には平和を乱す不届き者が絡むが、それを含めて前世では感じることの無かった幸せに浸ることができたのは僥倖だ。

「何か想うところでもあるのか? 次郎長」

「ん? いやァ……この町は〝花〟があって良いなってよう」

 可もなく不可もない町を統べるならず者の王は、手慣れた手つきで吸い終わった灰を落とす。すると――

「! 剣介おめェ、出家したのか……」

「……道は過酷ぞ」

「いきなり何言ってんですか!? 違いますって!!」

 ジト目でボケる二人に涙目で訴えるのは、次郎長との面識もある並盛中学校二年生の持田剣介。かつては悪童であったが、成長した今は剣道部の主将という大役を担う立派な生徒に成長している。

 そんな彼の今の出で立ちは、何とまさかの髪を全て抜かれた剃髪姿(ツルッパゲ)。気が強い性格であるはずの剣介も、目に見えて落ち込んでいるのは仕方ない。

「おめー何があった? 男塾の頭墨印(とうぼくいん)に失敗したような頭になってんぞ」

「例えがわかりにくいですよ! 実は……」

 剣介は事の経緯を語り始める。

 全ては今朝のある騒動――ツナがクラスメイトの笹川京子にパンツ一丁で告白したことから始まった。剣介は京子と同じ委員会であることから付き合っており、パンツ一丁で告白したツナに激昂し決闘したというのだ。髪の毛を全部抜かれてしまったのは、その決闘の後だという。

「ダメツナと笹川京子を賞品として(・・・・・)懸けて負けた……負けたのは受け入れるが、この仕打ちは――」

「んなモンてめーの自業自得じゃねーか。それ以前にいつからそんなチンピラの思考回路になったよ?」

 次郎長にバッサリと切られ、怒りの混じった声色に顔を青褪める剣介。

「そもそも女をモノ呼ばわりした時点で先輩どころか男ですらねェ。パンツ一丁で告白する方がまだマシだろーが」

「お、親分……」

「極道の世界もカタギの世界も、そういう奴(・・・・・)は必ず嫌われるんでい。中二にもなっといてそれすらわからねーのか?」

 極道の世界に身を置いた次郎長は、表裏問わず多くの人間をその目で見てきた。それゆえに嫌われる人間と好かれる人間の違いを理解できるようになっており、その者の性格も初見でも大体わかるのだ。今回の場合、持田に非があると次郎長は判断したのだ。

「……で、何もしねーのかよ」

「――え?」

「このままでいいのかっつってんでい」

 次郎長の言葉に、体を強張らせていた剣介は目を見開く。

 いくら剣介の自業自得でも、このまま放置すれば彼自身の信頼や学校生活で支障が生じる可能性がある。ましてや女性をモノ扱いにする男など同性からも嫌われるに決まっており、残りの約一年が辛くなるだろう。それに自身の過ちに対して責任を持たない者は次郎長が最も嫌う「人種」であり、剣介自身の成長の為にもアドバイスはするのだ。

「剣介、おめーも男なんだ。先輩としても早くケジメをつけろ、傷が浅い内にやんねーと後悔すんぞ」

「……はいっ!」

 次郎長に諭された剣介は、踵を返して走り去った。あとは剣介次第ではあるが、分を弁えていれば後輩女子との和解も成立し、暫くは冷たい目で見られてもその内に見直されるはずだ。並盛で生まれ育った者達は老若男女問わず懐が広かったりするゆえ、何だかんだで許してもらったり挽回の機会くらい与えるので、その辺りも問題は無いだろう。

 すると、一連のやり取りを見ていた百地が微笑みながら次郎長に声を掛けた。

「さすが、というべきか? 王の器、しかと見させてもらったぞよ」

「オイラァただ人として当然の筋を通せと伝えただけでい」

 煙管を懐に仕舞い、出された茶を啜る。

 完全に寛いでいる次郎長に、百地はツナの件について質した。

「……綱吉に直接問わぬのか?」

「訳を聞きてーところだが並中にゃ恭弥が居んだ、オイラが乗り込んだらそのまま戦闘だぞ絶対(ぜってェ)

 そう――並盛中学校には風紀委員長・雲雀恭弥が君臨し、仁義による統治を敷く次郎長と違い力による恐怖政治を敷いている。その上尚弥(おや)譲りの凶暴性を秘めた彼はかなり有名な戦闘狂であり、己の戦闘欲を満たすために次郎長に喧嘩を吹っ掛ける可能性が非常に高いのだ。

 とはいえ、いくら並盛で最も恐れられる不良といえど並盛の王者・次郎長には及ばない。次郎長は喧嘩を売られる度に返り討ちにしてきた――のだが、実は年々強くなる恭弥に多少本気を出さざるを得なくなってきている。ただでさえ並盛で活動する不良達のトップである恭弥一人で周囲はお手上げなのに、それに加えて大侠客次郎長親分が正当防衛で(・・・・・)暴れると被害が甚大なので誰にも止められなくなる。むしろ関わりたがらないくらいだ。

「今でも()り合えばオイラが勝つだろうが、戦闘自体を止められる奴なんざこの町に何人いるんだか」

「確かにな……」

 次郎長の言葉の意味を理解し、遠い目をする百地。

 その時、次郎長の携帯が着信で鳴り響いた。電話の相手は、次郎長の命で沢田家に向かった登からだ。

「どうした登」

《オジキさん! あの、奈々の姐さんの家に変な家庭教師がいて困って……》

「は?」

 予想の斜め上の展開に、思わず素で呆然とする次郎長。

 登曰く、次郎長の頼みで沢田家を訪れた際に奈々が家庭教師を住み込みで雇ったことを口にしたという。謳い文句は「お子様を次世代のニューリーダーに育てます」で、奈々は凄腕の青年実業家庭教師と思い込んでいるそうだ。

 次郎長としては、ツナの成績のことを考えると奈々が雇いたがる気持ちはわかる。子を持つ親としては当然の選択肢だからである。だからといって胡散臭い謳い文句を掲げる輩に託すのは気に入らない。ただでさえ奈々は人が好過ぎるため詐欺被害にいつ遭ってもおかしくないのに、よりにもよって胡散臭すぎる明け透けな口車に乗ってしまっているではないか。

 天然さと騙されやすさは昔から変わらないようだ。

「ハァ……で、どんな野郎なのか見たのか?」

《そ、それが……黒いスーツを着た赤ちゃんで、僕が挨拶しようとしたらいきなり拳銃向けられちゃいまして。その後奈々さんがオジキさんのことを言ってくれたんで大事には至らなかったんですが……》

「――おい、今何つった?」

 さりげなく重大なことを言った登に、次郎長は訊いた。

 聞き間違いでなければ、登は奈々が雇った家庭教師とやらは赤ん坊だと言っていた。次郎長の知る限り、そういう輩に対する認識はたった一つ。

(マズイ! 登とツナ達が!!)

 沢田家を訪れた赤ん坊は、裏社会の人間である可能性が極めて高い。

 登の言葉にはツッコミどころ満載だが、その赤ん坊とやらは拳銃を持ってる上に登が極道関係者だと口外していないのに警戒し、雇用主の奈々が次郎長の話を振ったことで手を引いた。それは次郎長と沢田家の関係を知っているという事実を仄めかせていることに他ならない。

 それに知り合いのバミューダが何の理由も無く沢田家に手を出すとは思えない。次郎長とある意味で個人契約を成立させている以上、彼の反発を買うマネをするとは到底考えにくい。そうすると、考えられるとすれば――ツナを狙う刺客である可能性だ。

(ツナを狙っているのか……!? 何てこった!! ――いや、待てよ?)

 しかし、もしそうだとしたら不可解な点も残る。登が極道関係者と知ったのならば、その場ですぐに殺しツナと奈々も始末してもいいのに、電話ができる以上それをしていないということになる。まだ日が昇っているとはいえ、刺客が一流の殺し屋なら隠蔽も容易いはずである。

 それ以前に赤ん坊が刺客であるというあり得ない前提条件があるが、登が次郎長にわざわざウソを言うとは思えないので、その辺は全て本当だろう。

(クソ、真意が読めねェ……!)

《それとオジキさん、彼は「俺は殺し屋だが、殺しに来た訳じゃねェ」って言ってるんですけど……》

「――何?」

 ますます真意がわからなくなる。

 殺し屋が標的を殺さないとは、一体どういうことなのか。もしかすれば本当にツナの家庭教師をしに来ただけなのかもしれないが、あっさりと本職を口外してくれたせいで信用できない。

 次郎長は思い悩む。

「……」

《オジキさん、その……どうしましょうか? 僕じゃどうにも……って、ちょ!?》

「登!?」

《ちゃおっス》

 登の慌てた声の直後、子供の高い声が電話越しに次郎長の耳に届く。おそらく奈々が雇ったという赤ん坊――本職が殺し屋の家庭教師だろう。どうやら登から携帯を奪ったようだ。

 次郎長は目を細め、ドスの利いた声で問う。

「……てめーは誰だ、奈々とツナをどうするつもりだ? オイラの可愛い息子(のぼる)に手ェ出してねーだろうなァ」

《おめーが泥水次郎長だな? 俺はリボーン……ダメツナの家庭教師だ。よろしくだゾ》

「何がよろしくだゾ、だ。遠回しに何しに来やがったっつってんのが聞こえねーかこのガキゃ」

 青筋を浮かべて電話相手(リボーン)を恫喝する次郎長に、百地は驚く。いくら余所者とは言えど、次郎長が一度も顔も合わせてない相手に対して露骨に怒りを表すことは滅多にないからだ。

 だが言い方を変えれば、電話相手のリボーンは次郎長の逆鱗に触れかけているということでもある。次郎長は町や護るべきモノを脅かす全ての危害に一切容赦しないのだ。

「……言わねーなら手間を省こう。今すぐこっちから出向いてやらァ」

 次郎長はリボーンに電話越しに聞こえるよう、ジャキッと刀を鳴らして脅す。並大抵の連中ならば、わざわざ殺気を出さずとも一瞬で沈黙できるだろう。

 しかしリボーンは全く怯まず、平然と言葉を並べる。

《その必要はねーぞ次郎長、俺もおめーに用があるからな。そうだな、今度の土曜に会わねーか? 勿論ツナん()でな》

「奇遇だな、オイラも同じことを考えてたぜ」

 雰囲気的には売り言葉に買い言葉にしか見えないやり取り。しかしリボーンは次郎長との衝突を回避したいのか、顔を合わせる日を指定した。リボーンの意図を悟った次郎長も、今は(・・)カタギを巻き込む気が無いと判断して怒りの矛先を収める。

 ――が、いつも以上に鋭い目つきであるのは変わらない。相手が殺し屋であるとわかった以上、すぐに信用するわけにいかないので当然の反応と言えるのだが。

「詳しいこたァ今度として……腹ァ割って話してねー以上オイラァまだ信用しねェ。オイラにとっちゃおめーは敵だからな」

《だろうな。だから会って話すんじゃねーか》

「……」

 次郎長は少し考えたのち、リボーンの提案を承諾した。

「いいだろう。朝の10時辺りに沢田家(そっち)に向かってやる」

《気が利くじゃねーか》

「だが一つだけ言っておく」

 刹那、次郎長は殺気を声に乗せた。

 

「……俺ァ自分(てめー)の大切なモン護るためなら、いつでも(おとこ)を捨てるからな。覚悟しとけ」

 

《――っ!》

 次郎長は怒気を孕んだ忠告を最後に一方的に電話を切ると、金を払って席を立ち刀を腰に差す。そんな彼に百地は、真剣な眼差しで忠告する。

「お前の任侠道には恐れ入るが……わしの読みが当たっておれば、相手は最強の赤ん坊〝アルコバレーノ〟ぞ? 一筋縄ではいかんぞ」

「んなもん知ったことか。天下の次郎長親分が他所の最強ごときに負けるかよ、意地の張り合いはオイラの得意分野だぜ」

「次郎長……」

「……で、おめーら(・・・・)はどうする? ツナの先祖にゃ借りがあんだろ。カタギの子孫を裏社会にぶち込むのがⅠ世(ソイツ)の願いって訳じゃあるめェ」

 次郎長は不敵な笑みを浮かべて問う。

 百地が属する組織――八咫烏陰陽道はその昔、沢田家康と名を変え帰化したボンゴレⅠ世(プリーモ)が指導者の一人として当時の日本に貢献したという過去がある。その縁もあり、八咫烏陰陽道は人知れずⅠ世(プリーモ)の血筋を影から見守ってきたのだ。

 だが今回は彼の子孫であるツナが、マフィア界に巻き込まれようとしている。それもツナの父親の家光が巻き込もうとしているようにも解釈でき、百地としても不満ではあるのだ。

「……わしらは国の守護者よ、次郎長。だが国に忠を尽くした先人の意思は守るつもりぞよ」

「……それがおめーらの今の答えなら、オイラは動くぜ」

 次郎長は「ごちそうさん」と呑気に手を振りながら去っていった。

 その背中を、心配そうに百地が見つめているとも知らず。




次回、羽の無い天使と一触即発になります。

感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的38:護るべきモノの為に

二週間ぶりの投稿、かな?


 約束の日が、ついに訪れた。

 次郎長はかつての生家に足を踏み入れた。親を亡くし極道へと転身した男の「全ての始まり」であり、今では恩人・沢田奈々とその一家の住居として生まれ変わった一戸建て。家を売り払ったのは次郎長がヤクザになるずっと前……だからこそ、その変わらぬ姿にいつも懐かしい想いを抱く。

 普段は奈々やその息子・ツナと団欒するために訪れるが、今回は違う。自らを(おとこ)にしてくれた奈々の虚を突き、陰で見守り続けた少年を裏社会に引き込もうとする家庭教師という名の不届き者が住みついている。今日はその家庭教師と邂逅する日なのだ。

「……」

 次郎長の纏う空気は、凄まじかった。

 普段の彼が纏う空気は、ヤクザ者を束ねる極道の親分としての只者ではない雰囲気が常にある反面、見かけによらず一人の人間として接しやすい気安さがあった。だからこそ住民達も次郎長を怖がらずに話しかけ、尚弥をはじめとした町の有力者達も気の置けない間柄として付き合っている。

 だが今の彼には、その気安さは微塵も存在しない。あるのは眼前の敵を全て薙ぎ倒さんとする威圧感で、剣呑を通り越して殺気を放ちかけている。ただでさえ鋭い眼は次郎長の覚悟と心に秘めた怒りを反映しているのか、瞳孔が開いている。

(お望み通り喧嘩買いに来てやったよ)

 奈々を怖がらせないよう心を落ち着かせ、インターホンを鳴らす。

 暫くするとドアが開き、家事をしている最中だったのかエプロンを着用した恩人が顔を出した。

「――あら、タッ君! いらっしゃい」

 相も変わらず太陽のような笑顔で出迎える奈々。

 次郎長はいつものように不敵な笑みで挨拶し、用件を伝えた。

「ツナの家庭教師とやらに顔合わせしようって話でな。今居るよな?」

「リボーン君が? ええ、ちょうど今二階(うえ)でツッ君に勉強教えてるところよ」

「そうかい。上がるぞ」

 次郎長は沢田家に上がると、まっすぐ階段を上った。

 かつての自分の部屋が今では恩人の息子が使っているという奇縁に、思わず微笑みながらドアノブを握って開けた。

「おい、邪魔すん――」

「お、おじさん!? 何でここに……っていうか助けてーー!!」

「……何を滑稽劇繰り広げてんでい」

 眼前には、なぜかボロボロになっているツナとエスプレッソを優雅に楽しむリボーンが。

 非常にシュールな光景に、さすがの次郎長も唖然とした。

「ちゃおっス、来たな次郎長」

「……おう。てめーがリボーンか」

 次郎長は部屋に入るや否やテーブルへ向かい、刀を左に置いて(・・・・・)胡坐を掻く。

(コイツ、割と用心深いようだな……いや、本気で()り合う覚悟か?)

 リボーンは次郎長の認識を改めざるを得なかった。

 刀を自分の左側に置くということは、敵意と警戒心のあらわれ――リボーンに対し常に臨戦態勢であると同時に「いつでも斬れる」という脅しも兼ねている。裏社会に身を置いているからこそ、相手に隙を見せないよう緊張の糸を緩めないのだ。

(コイツ、狙ってやってるな……「ツナに何か起こってもいいなら(・・・・・・・・・・・・・・)殺してみろ」ってか?)

 さすがのリボーンも生徒の前で本気の殺し合いをするわけにもいかない。ただでさえマフィアになるのを嫌がっている――それが普通の反応であるが――ツナの眼前で次郎長と殺し合えば、マフィアになることを余計に嫌がるどころか周囲への不信感を募らせる可能性すらある。そうなってしまったら、たとえボスになっても仲間を心から信頼しない猜疑心の塊となるかもしれないからだ。

 信頼関係を逆手に取った脅迫に、リボーンは思わず舌打ちしたくなる。そんな中、次郎長は早速リボーンに〝先制口撃(こうげき)〟を仕掛けた。

「さて、まず訊こう……てめーの目的は何だ」

「ダメツナをマフィアのボスにするためにやってきた。俺はある男からお前らを立派なマフィアのボスに教育するよう依頼されてんだ。やり方は俺に任されてる」

「……ツナ、おめーはマフィア者になりてーのか?」

「んなわけないじゃん!! 俺はマフィアのボスにもマフィアにもならないよ!!」

 必死にマフィア界進出を否定するツナに「だよなァ」と頭を掻きながら返事をする次郎長。その光景にリボーンは顎に手を当てる。

 カタギの少年とヤクザの親分とでは、立場も生きてる世界も全く違う。それでいて人間関係上の上下関係は割と差は小さい。性格も反映されてるだろうが、次郎長とツナの関係の近さが容易に窺えた。常識的に考えればヤバイ光景でもあるのだが。

「……で、どこのファミリーだ」

「ボンゴレファミリーだゾ」

「ボンゴレ……ってこたァ、あの狸ジジイの差し金か? おいおい、人から聞いた話じゃ甥が三人いたと聞いたぜ」

 放たれた言葉に、リボーンは目に見える程に顔色を変えた。極東の島国の平和な町で根を張る程度のヤクザが、業界が異なるとはいえ絶大な権威を持つボンゴレのお家騒動を把握しているのは想定外だったようだ。

 次郎長の言う人から聞いた話とは、世界中で活動していた地雷亜の独自の情報網。世界屈指の凄腕の殺し屋は、情報網もかなりの規模のようである。

(地雷亜の情報は真実ってかい。――好都合だ)

 万年ポーカーフェイスと言えるリボーンの表情が崩れたのを見逃さず、次郎長は畳み掛ける。

「成程……何となく事情は読めたぜ。大方、ツナがマフィアの血を継いでいるからだろう? どんな三下でも盃交わしゃあ親子になるヤクザと違って、マフィア者は純血しか歓迎しない融通の利かねーエセ家族連中だからなァ」

 嘲笑うように口角を上げる次郎長に、リボーンは愛銃の銃口を向けた。抑え気味ではあるが殺気を放っており、並みの連中では息すらも殺されそうな鋭さを次郎長に浴びせるも、当の本人は平然としている。

 だがリボーンの殺気に反応はしたようで、左手で鞘を掴んでいる。それこそ、いつでも斬り捨てることができると言わんばかりの空気を纏って。

(この殺気……そうか、あの時の殺気はコイツだったのか)

 先日浴びた殺気の持ち主がリボーンであることがわかり、内心納得する次郎長。

「てめェ……どこまで知ってる? 答えねーなら一発だけブチ込んでやる」

「フッ……天下の次郎長がその程度の(・・・・・)脅しで屈すると思ってるなんざ、〝アルコバレーノ〟もたかが知れてらァ」

「っ――てめーは一体何者だ!」

 リボーンは柄にもなく感情を荒立て、次郎長を問い詰める。

 アルコバレーノ――それはイタリア語で虹を意味し、「呪われた赤ん坊」とも呼ばれるマフィア界最強の赤ん坊七人の総称だ。虹の一色を持つ「おしゃぶり」を胸から下げており、全員二頭身の赤ん坊の姿だが非常に高い戦闘能力を有し恐れられている。

 とはいえ、アルコバレーノはヤクザとは無縁であり、そもそも業界が違うためマフィアに関わっている者以外は知る者などほとんどいないのに、ヤクザの親分たる次郎長はアルコバレーノを知っている。これは本来なら絶対に(・・・)あり得ないことだ。

 ちなみにこれは百地ら八咫烏陰陽道から入手した情報である。

「答えろ、てめーは一体何者だ」

「答える義理なんざねーに決まってんだろ。オイラはおめーを信用しちゃいねーからな」

「くっ……」

 空いた手で拳を強く握り締めるリボーン。それに対し次郎長は、銃口が己の眉間に向けられているというのに勝利を確信したような笑みを浮かべている。

(リ、リボーンが慌ててる……!? おじさんやっぱりスゴイ……)

 ツナは次郎長のヤクザとしての一面を垣間見て、驚愕の色を隠せない。アルコバレーノという知らない単語まで出てきてチンプンカンプンではあるが、少なくとも言葉のやり取りでは次郎長が優勢だ。そもそもリボーンが慌てるどころか顔色を変える時すら見たことが無いのに、次郎長は容易く揺さぶってみせたのだ。

 銃を向けられても一切動じず笑顔すら見せる余裕と相手の動揺を誘う言い回しに、改めてツナは次郎長がいかに凄まじい男であるのかを思い知らされる。

「……なぜそこまでツナを庇う」

「そらァてめーにゃ死んでもわからねーだろうよ。カッコよく言うなら……「(おとこ)の鎖」ってモンかねェ」

 睨み合う両者。

 そんな一触即発の状況を打破したのは、ツナだった。

「ちょ、ちょっと!! やめてよ俺の部屋で!!」

「ツナ……」

「おじさんが俺を庇ってくれるのはスゴイ嬉しい……でも下に母さんいるんだよ!? リボーンのこと完全に信じちゃってるし、下手こいて誤解されたら……!!」

「……それもそうだな」

 ツナの言い分を聞いた途端、次郎長はあっさりと左手を鞘から離した。対するリボーンも「たまには言うじゃねーか」とニヒルな笑みを浮かべて手を引く。

 しかし緊張の糸は未だ緩めていないのか、リボーンは銃を握ったままで次郎長もいつでも刀を抜けるようリボーンの手を見据えている。

(……ついに尻尾出しやがったな、古狸。この様子じゃあバカ光もグル確定だな。だがナス太郎の差し金もあり得そうだ)

 次郎長は9代目と家光に対し怒りを覚える。現状としては、内部抗争を丸く収めるためだけにツナをボスに据えようとするボンゴレが、外堀を埋めて身動きを取れなくし家庭教師という名の殺し屋を監視役として配属させるといったところ。これが物心つく前から裏社会で育てられていたというなら多少なり理解できるが、これを一般人(カタギ)として生きてきた少年に背負わせているというのが癪に障るのだ。次郎長にとって、次代の未来より組織の未来を迷わず選択してくれた二人に殺意を抱くなというのが無理な話だった。

 その上で次郎長は(デイモン)・スペードの関与を疑う。ここまでの用意周到さを考えると、裏でデイモンが動いてツナを都合のいい操り人形にしようと画策する可能性もあり得るからだ。だが内部抗争とは本来危険な状況であり、小さな火種でも大爆発を起こしかねない緊張状態が収束するまで延々と続くことと同じ意味だ。組織が巨大であればある程にちょっとした小競り合いで瓦解しやすくなるため、そんな危険(リスク)を冒す必要があるのか甚だ怪しい。

(……ダメだ、考えんのァやめだ。あのボケナスの思考回路は理解できねェ)

 デイモンのことを考えたこと自体がバカバカしい――そう思って溜め息を吐く。

 そんなコロコロと変わる次郎長の表情や仕草に、リボーンは珍しく困惑していた。

(コイツ、何を色々と考えてやがる? こんな奴は初めてだゾ……)

 リボーンは読心術の使い手である。その精度は多くの経験を積んできたため非常に高く、大抵の出会った人間は誰であろうと容易に心の中を読みとることができる。だからこそ死が付き纏う数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだ。

 しかし読心術は超能力(エスパー)ではなく、相手の僅かな機微から判断する技術だ。腹芸が達人級だったり素で飄々としている人間だと読みにくいこともある。今の次郎長は一度に複数の考え事をしている状態であり、その全てを読み取り把握するのは困難となる。ましてやナス太郎ことデイモンは本来は生きているはずのない過去の人物であり、そもそも次郎長はデイモンをちゃんと呼んでないので心を読んでも誰だかわからない。可能性があるとすれば、せいぜい同姓同名と思い込むか似たような髪型の六道骸(パイナップル)と誤解されるくらいだ。

「……てめーが何をどこまで知ってるかは後で調べるとして、どうする気だ?」

「決まってんだろ、ツナはマフィアになんかさせねェ」

 次郎長の迷い無き宣言。何と世界最強の殺し屋の前で、世界最大のマフィアを相手に対立する姿勢を見せたのだ。

 リボーンは一瞬瞠目したが、想定していたのか先程よりかは表情を崩さずポーカーフェイスのまま口を開く。

「ボンゴレがどういう組織なのかわかってねーな。ただのマフィアじゃねーんだ、どれ程の人間が――」

「組織ってモンをよく知らねーようだな。(わり)ィがオイラの耳はてめーらの都合のいい耳じゃねェ……どう表現しても「ツナがボスだと操りやすい」としか聞こえねーな」

 リボーンは絶句した。

 ツナは一般人であり、溝鼠組と縁はあれど直接的な裏社会との関わりなどほとんどないカタギの子供を巨大マフィアのボスに飾るなど、正気の沙汰ではない。もしそれに何らかの意図があるとすれば、無知で幼いボスを陰で操り好き勝手するために決まっている。次郎長はそう考えているのだ。

 次郎長が勝男を後継者(にだいめ)と決めているのは、組の内外での人望と統率力で判断した結果だ。腕っ節など二の次として扱っておらず、ましてや血筋など論外だ。血筋だけで全てを判断し、相手(ツナ)の事情に気を遣うどころか大人の事情を汲み取れと要求する彼らに次郎長は腹を立てているのだ。

「おめーらが何しようがツナの人生はツナのモンだ、あの子の日常と幸せをボンゴレに壊させてたまるかってんでい。()る気なら別にいいんだぜ、オイラ達ゃ最初(ハナ)からボンゴレファミリーなんざ恐れちゃいねェ」

「!」

「おじさん……」

「大切なモン護るためなら、俺ァいつでも(おとこ)捨てて修羅(おに)になってやる。俺ァ奈々にデカイ借りが――一生の恩がある……その恩に報いるために、奈々の大切なモンを全部護り抜くと決めた。それがこの泥水次郎長が沢田奈々に通す仁義だと信じてる………それを貫くために死んでも構わねェ。約束を違うわけにはいかねーんだよ」

 次郎長は立ち上がり、置いていた刀を腰に差すとツナの頭を突然撫でた。

 いきなりの行動にツナは動揺する。

「ツナ……たとえどんな逆境・修羅場でもオイラはおめーの味方だ。だから安心して今を楽しめ、何があってもオイラが護ってやる」

「お、おじさん……!! じゃあ俺も約束する!! 俺はマフィアのボスにならない!!」

「おう。男の言葉に二言は無い……頑張りな」

 穏やかな笑みを浮かべる次郎長と泣きそうになるツナが、互いの小指を曲げ絡み合わせ約束を交わした。

 そんな二人のやり取りを間近で見たリボーンは、ただ黙って見るばかりだった。

 

 

           *

 

 

 その日の夜、珍しくリボーンは起きていた。ツナはベッドで熟睡しており、どこか安心したような表情を浮かべて寝転がっている。

「……アイツを利用しようと考えたのは甘すぎたな」

 リボーンは自嘲気味に笑いながら、次郎長との邂逅を思い返していた。

 あれ程の威圧感を見せた輩は、久しぶりに会った気がした。勢いや正攻法で勝てるような相手ではないと気づいた。そして何より――生徒(ダメツナ)奈々(ママン)との関係を知り、己の仕事の険しさを理解した。

(ツナは次郎長を信頼してる……いや、信頼なんて生易しいモンじゃねェ。アレは家族の領域だ)

 リボーンは、次郎長が帰った後のツナとの会話を思い出した。

 

 ――ツナ、おめーはなぜ次郎長を信頼する?

 ――おじさんを信頼する理由か~……それはダメダメな俺と真っ直ぐ向き合ってくれるからだよ。俺の父さんって蒸発中でさ、数年に一度帰ってくるかどうかわかんないんだ。そんな俺と母さんの生活を、いつも父さんに代わっておじさんは見守ってくれたんだ。

 ――おめーとママンをか?

 ――うん。ダメ人間の俺に親友を与えてくれたし、愚痴も聞いてくれるし、いつもどこかで俺と母さんを助けてくれる。だから嬉しいんだ。おじさんが俺の(・・・・・・・)父さんだったら(・・・・・・・)よかったのにな(・・・・・・・)って、何度思ったかな……。

 

 ツナの人生はツナのモノ。ツナと奈々を護るためならいつでも(おとこ)捨てて修羅(おに)になる。

 そう言い放った次郎長に、リボーンは気圧されたと同時に気づいてしまった。次郎長は首領(ボス)をも超える〝王〟の器の持ち主であり、親の鑑でもあると。

「……こんな平和な町に、あんな化け物がいるとはな」

 平和な並盛の頂点に君臨する王者に、リボーンは感服すらしていた。ああいう覚悟を、ツナにも持ってもらいたいものだ。

 それよりも――

「家光、おめー何てことしてくれてんだ」

 9代目と同様に旧知の仲であるとはいえ、年単位で家庭放置している門外顧問を初めて恨んだリボーンであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的39:ナス相手に読み合い

日常編はのんべんたらりん行こうと思います。


 溝鼠組の屋敷にて、次郎長は自室のちゃぶ台の上に資料を広げていた。

(恭弥から貰った並中の風紀委員会が実施したアンケートを基に作ったツナを軸とした相関図、そして地雷亜との交渉で得た連中(ボンゴレ)の情報……これであのガキの思惑を把握できるな)

 次郎長の狙いは、リボーンの動きを先読みすることである。

 ツナをマフィアのボスにさせるために、リボーンがまず行うのは仲間集めだ。現に次郎長も溝鼠組を設立した当初は勝男とその取り巻きだった景谷と杉村の四名で始まっている。次郎長の場合は圧倒的な実力と確固たる義侠心に惚れて勝男達が付いてきたのだが、ツナの場合はリボーンが裏で手を回していると考えていいだろう。

 並盛の王者と最強の殺し屋による頭脳戦が、水面下で行われようとしているなど誰も知る由も無い。

(ここ最近でツナの周囲で起こった出来事……どう考えてもあのガキが手ェ回してるな)

 相関図におけるツナの立ち位置は、似た者同士である炎真が親友として傍らに居り、ダメツナ呼ばわりされてる割には嫌われている様子は見受けられない。炎真と比べると親しみは浅いが、吉田(よしだ)(みのる)安部(あべ)オサムといった普通の(・・・)男友達も少なくない。さらに同じクラスの女子である笹川(ささがわ)京子(きょうこ)と距離が近くなっており、女友達も出来始めているようなので、クラス内で孤立しているわけではなさそうだ。

 その中で一際目を引くのが、イタリアからやってきたという獄寺(ごくでら)(はや)()なる少年だ。

(この不良少年(クソガキ)問題(ネック)だな……)

 獄寺隼人。体のいたるところに所にダイナマイトを隠し持っていることから〝スモーキンボム〟の異名で知られる未成年の殺し屋で、同業者も恐れる世界屈指の殺し屋である地雷亜もその名を度々耳にする程の有名人。気に入らない相手には誰彼構わず喧嘩を売る性格であるらしいが、どういう訳かそんな輩が並中に転校して以来ツナとよく絡んでいるという。しかも仲はどちらかというと悪くないらしい。

 おそらく間にリボーンが入り、何らかのアプローチで二人をくっつかせたのだろう。そうでもしなければ大人しく学校生活できるわけが無い。

(……でもって、厄介なのはこっちだな)

 次郎長が目をつけたのは、獄寺ではなく彼ともよく絡んでいる一人の生徒だ。

 山本(やまもと)(たけし)。ツナの数少ない友人にして補習仲間である並中の野球部員であり、実家は溝鼠組も風紀委員会も常連として出入りする寿司屋「竹寿司」だ。彼もまたツナと絡んでいるのだが、相当な天然であるためリボーンの手で転がされている可能性は高い。

「あのガキ、早速外堀埋めてやがるな……」

 リボーンの思惑を察し、苛立つ次郎長。

 これは人質だ。一刻も早く味方を揃えるためには友人から押さえるのが手っ取り早いという意味合いもあるだろうが、間違いなくツナの反発を強引に封じ込めることを主軸としている。次郎長がランチアを勧誘した時とは訳が違う。

 沢田家と長く付き合っているだけあり、次郎長はツナがどういう人間かよく理解している。ツナは確かに勉強も運動も苦手で何をやらせても冴えないが、自分の子分である登や現役マフィアの事実上の跡継ぎである炎真と同じ非常に仲間思いな優しい性格の持ち主だ。

 その優しさをリボーンは突いた。友人が事件に巻き込まれていると知れば、何だかんだ言いつつも助けに行くだろう――そう推測したのだ。これは次郎長も同じ認識であり、だからこそ他者に悪用される可能性もあると危惧してもいたが、よりにもよって当たってしまった。それも巨大勢力・ボンゴレファミリーに目をつけられた。

(ツナも奈々も気づいちゃいねェ……どうにかして手を打たねーと……)

 おそらくリボーンと関わった並盛の人間で、彼の思惑に勘づいたのは次郎長一人だけだろう。早くリボーンの思惑を狂わせないと、多くのカタギが知らない内に立派なマフィアとなってしまう。

 一番の問題は、今後リボーンが恭弥に目をつけた場合だ。恭弥がマフィアに関わることで黙ってないのが〝鬼雲雀〟で知られる父親の尚弥。自らが溺愛する息子を跡目としても認識しており、これを妨害しようものなら誰であれ一切容赦しない。ましてやマフィアともなれば風紀委員会の立場もあって、間違いなくボンゴレと衝突する。元々市民を守る自警団であったボンゴレだが、今は泣く子も黙る巨大マフィアなので尚弥(カタギ)相手でも躊躇せず実力行使することも否定できない。

(もしもの時ゃオイラが腹ァ括って潰しにかかるしか――)

「オジキ! 失礼しやす!」

「! ――杉村か、どうしてェ」

 ツナ達を護るべくボンゴレとの全面対決も視野に入れるという物騒な考えに至ったその時、襖を開けて古参の子分・杉村が頭を下げてきた。

 それに気づいた次郎長は、用件を訊く。

「客人です。オジキの兄弟の倅が来てやすが」

「炎真が? 珍しいな……杉村、客人用の飲みモンと菓子を用意しろ。オイラは緑茶でいい」

「へい!」

 杉村に命令し、そそくさと資料を仕舞う。

 暫く経つと、襖を開けて赤髪の少年が次郎長の自室に足を踏み入れた。

「よう炎真」

「おじさん、こんにちは」

 どこか照れ臭そうに頭を触りながら、炎真は挨拶をする。

「ヤクザのお家に一人で乗り込むたァ、おめーも肝が据わってきたじゃねーか。おじさん感動したぜ」

「い、一応マフィアの血筋だしね……」

 次郎長は炎真と談笑を始める。

「人間関係はどうだ? ツナ以外に友達(ダチ)ゃできたか?」

「うん、ここ最近増えたよ。ちょっとびっくりしたけど」

「びっくり? 何がでい」

「幼馴染なんだ、6年ぶりに会えて嬉しいんだ」

 照れるように笑う炎真に、次郎長はきょとんとした表情を浮かべる。

 炎真曰く、幼少期からの付き合いである鈴木アーデルハイト・(あお)()紅葉(こうよう)・大山らうじの三人が日本に移住することとなり、現在は仲良く古里家で同居しているという。特にアーデルハイトは炎真と真美にとっての義姉のような存在であり、二人の両親である真や真矢からも厚く信頼されているらしい。

「そうか、そらァよかったな。――で、ソイツらはシモンの関係者か?」

「……おじさんには敵わないや」

 次郎長の鋭い質問に、炎真は笑みを浮かべる。

 そう、幼少期からの付き合いである件の三人はシモンファミリーの関係者なのだ。シモンファミリーはボンゴレファミリー創成期を語る上では欠かせない組織であり、ある意味ボンゴレの中核団体に近い勢力だった。ある事件を境にシモンファミリーは貶められ長年に渡り迫害を受けていたが、6年前の次郎長との出会いをきっかけにファミリーごと並盛へ移住することにしたのだ。

「そうか、生き残りはいたんだな……」

 実はシモンファミリーは古里家を除いた関係者はマフィア界から追放されたり他勢力の手に掛けられたりしており、彼らを庇護する次郎長自身も古里家以外のシモン関係者の消息を知らない。ゆえに生き残りは古里家だけと次郎長は思い込んでおり、幼馴染までも関係者だとは夢にも思ってなかった。

 だからこそ、次郎長は内心喜んだ。炎真を支えられる人間が残っていることに。

「おめーの幼馴染がどういう連中かは知らねーが、ちゃんと面倒見ろよ? オイラの庇護下たァいえ、おめーは一端のマフィア者なんだからよ」

「ハ、ハハ……大丈夫だと思う……それよりもおじさん、大切な話があるんだ」

 炎真が真剣な表情になる。世間話や談笑の為に来たのではなく何らかの事情があると悟った次郎長は、鋭い眼差しで炎真を見据えて問う。

「……何があった」

「実はマフィアとしての活動再開についてなんだけど、どうかな……おじさんの邪魔かな?」

 意外な言葉に、次郎長はきょとんとする。

「………真じゃなく炎真から吹っ掛けるとはな。誰にたきつけられた?」

「アーデル達が話を持ち掛けたんだ。皆もシモンの生き残りだし……」

 炎真は「あの日の夜」に一家全員でシモンとボンゴレの因縁に関する真相に近づいたため、ファミリーの中核である古里家はボンゴレへの復讐は望まない。実行に移せばそれこそあの変態(デイモン)の思惑通りとなり、シモンファミリーはボンゴレの〝肥やし〟として完全に抹殺される可能性があるからだ。だからこそ次郎長の庇護下で身の安全を確保し、ボンゴレとの抗争を避けてきた。

 だが他のシモン関係者は長年の迫害によってボンゴレへの憎悪を募らせている。次郎長の庇護下で力を蓄え、機を熟したらボンゴレに復讐する気なのは明白だ。そのストッパーとしての責任感は炎真も自覚しつつあるが、それでもボンゴレへの恨みは完全に消えたわけでもないので複雑な気持ちなのだ。

「僕らの命の恩人であるおじさんを利用したくない……でもっ――」

「おめーとしちゃどう思ってるよ? まずはそこからだぜ」

 悩む炎真に次郎長は言葉を投げ掛け真意を問う。

「っ……6年前、おじさんのおかげでシモンは救われたし最悪の事態も避けられた。でも、シモンの誇りだけは取り戻したいんだ!」

「誇りねェ……。取り戻すにはアイツを出し抜かなきゃできねーぞ」

「うん……ボンゴレファミリー初代霧の守護者――」

「変態野菜妖精〝ヌフフのナス太郎〟を」

 真顔で黒幕(デイモン)を罵倒した次郎長に、炎真は思わず吹き出し抱腹絶倒。

 余程ツボにハマったのか、涙すら浮かべている。

「お、おじさん!! 何てこと言って……!!」

「事実じゃねーか、あのボケナスはしつこい奴だぞ。それに調べてみりゃ随分前にくたばってるはずの野郎らしいな。見た目は若く中身は年寄りって何なんだよ、コナン君も真っ青でい」

 慈悲など無用と言わんばかりにデイモンをボロクソに言う次郎長。ランチアの件の恨みもあるのか、一言一句に怒りが混ざってるようにも聞こえる。

「……まあ話はわかった。真は何つってる?」

「父さんは皆を宥めて保留扱いだけど……」

「だろうな。あの喋るナスがおめーらを潰すことを諦めてるという確証がねーんだ、勇み足だと足掬われらァ」

「おじさん、デイモンのこと僕達より恨んでない?」

 言葉を交わす度にデイモンの呼び方が酷い方向へ変わっていくのに気づいた炎真だった。

 

 

           *

 

 

 日本某所。

 誰も場所を知らない大きな屋敷の奥で、百地はある男と面会していた。

「ほう……アルコバレーノを寄越すとは。ボンゴレは随分と慌てているようですね」

 百地に背を向ける形で口を開いたのは、亜麻色の長髪が特徴の烏の羽を大量に付けたマントを纏った謎の男。物静かで丁寧な紳士のような口調であるが、その一言一句に他者を圧倒するかのような威圧感を孕んでいる。

 彼の名は〝(うつろ)〟――日本最古の秘密結社・八咫烏陰陽道の先代首領であり、現首領の朧の師である強者の中の強者だ。

「先日次郎長と邂逅し、見事に対立したところぞよ」

「そうなると思ってましたよ。我々の次に縁の深いあの男は、綱吉君を決して見捨てないでしょう」

 百地から聞いた次郎長の情報に虚は全く驚かず、むしろ当然の結果だと語る。

 その直後、虚の後を継いで現在の首領となった朧が音も無く現れて今後の対応について質した。

「虚様、如何様に」

「暫く泳がせましょう。今はまだ(・・・・)こちらへの敵対を示してませんからね……ですが監視しておくことを次郎長に伝えなさい。この際雲雀尚弥に連絡しても構わない、彼の息子がマフィア界の騒乱に巻き込まれる可能性もある」

 壁に掛けてあった仕込み錫杖を手に取り、被り笠と烏の仮面で素顔を隠した。

「私はこれから留守になります。百地は(ひつぎ)と共に監視を行いなさい」

「承知した」

「指揮の方は朧に任せます。アルコバレーノに我々の動きを悟られぬよう留意するように」

「はっ――道中お気をつけて」

 朧の気遣いに仮面越しに笑みを浮かべ、虚はその場から消えるように去っていった。

 虚が居なくなってから、朧は次郎長と引けを取らない程の鋭い眼光を百地に向ける。

「百地、連中は後継者探しに躍起だそうだな」

「マフィアとやらは血筋を尊ぶ組織。純血を望み混血を嫌うのだ、荒れに荒れるのもまた道理ぞ」

 八咫烏陰陽道の情報網は、はっきり言って規格外だ。溝鼠組や風紀委員会の情報網、地雷亜の人脈をも遥かに凌ぐ影響力と情報収集能力で相手の情報を徹底的に奪う。国内においてはほんの些細な動きも見逃さない程で、海外勢力が乗り込んだ場合は彼らを監視・尾行することで国外の情勢も把握できる。それは八咫烏陰陽道が国を護るために創立以来ずっと行ってきており、ボンゴレファミリーの情報網すら八咫烏陰陽道には及ばないだろう。

 さて、そんな情報網にかかったのは、ボンゴレファミリーで起きている後継者争いの顛末。その中で朧は不審に思っている点を百地に伝えた。

「俺はこの男の死がどうも気に掛かる。ただの暗殺ではあるまい」

 朧がそう指摘するのは、海に沈められたマッシーモ・ラニエリの写真。彼は現在のボンゴレのボス・9代目の三人いた甥の一人で、海に沈められて死亡している。下手人は未だ不明ではあるものの、内部抗争によって殺され証拠隠滅の為に海に沈めたと判断して間違いなさそうだ。

 だが朧は、この写真に違和感を覚えたという。

「写真を見る限りでは水深は浅く、目立った外傷が確認できん」

「……というと?」

「浅瀬で外傷が確認できん水死体ということは、海に沈められたのは何かしらの妖術である可能性もあり得るということだ」

 朧もそうだが、闇の組織が遺体を海に沈める際は徹底した証拠隠滅を行う。特に死因を特定されることは絶対にあってはならず、下手人が誰であれ細心の注意を払う。

 たとえば、殺した標的を事故死に見せかけるには「誤って海に転落した」ようにしなけらばならない。首を絞めても刃物で刺しても、必ず体に痕は残る。その痕を見られないように海底深くに沈めるのだ。そうすれば深く広い大海で一人の遺体を的確に見つけるのは困難であるからだ。

 だがこの写真には、その徹底ぶりが見当たらない。つまりマッシーモは本当に事故死したか、常識外れの手段で葬られたかのいずれかに限られる。

「連中の検死の結果だと、毒物反応が無いようだ。されば、何かしらの妖術である可能性は高まる。このタイミングで偶然死んだ可能性も勿論あるが」

「となると、やはり……」

「百地、下手人に心当たりがあるのか?」

 百地は無言で頷き、次郎長が6年前にイタリアへ行った際に起きた「ある事件」を語った。

「実は次郎長は6年程前にイタリアへ行ってな、そこの日本人一家と意気投合した。だがその日の夜、件の日本人一家を皆殺しにしようとするボンゴレの刺客の襲撃を受けた。次郎長は奮戦し重傷を負いつつも刺客を退け、〝復讐者(ヴィンディチェ)〟に治療されたそうだ」

「――そうか、次郎長が復讐者(ヴィンディチェ)と度々接触していたのはその縁か」

 朧は納得した表情を浮かべる。

 八咫烏陰陽道は外敵を根絶やしに日本人と日本を守護するのが仕事ゆえ、あらゆる手段で情報収集する。その中で次郎長が並盛山で黒衣の集団と会っては戦うという情報を耳にし、場合によっては介入し始末する手筈だったのだ。だがその黒衣の集団が復讐者(ヴィンディチェ)であれば、手はおろか口を出す必要も無い。

 復讐者(ヴィンディチェ)はマフィア界の掟の番人という立場ゆえ、交渉・取引には割と素直に応じ約束を守る連中――というより、そもそも取り締まる側だ。かつてとある帰化人(・・・・・・)から教えられた通りの組織ならば、持ちつ持たれつの関係を保つ方が賢明だ。

「……して、下手人はどうなんだ百地」

「おそらく次郎長と殺し合った件の刺客ぞ……じゃが俄に信じがたい」

 百地は刺客の正体を次郎長から聞いた。

 その正体もまた、かつて八咫烏の教えの下に日本を守護した唯一の帰化人から聞き得た輩。問題なのは、本来生きているはずのない男である点だ。

「〝蒼天〟沢田家康のかつての友にしてボンゴレファミリー初代霧の守護者……(デイモン)・スペード」

「!」

 百地の口から出た名前に、さすがの朧も目を見開いて驚いた。

 (デイモン)・スペードはボンゴレファミリー創立期の人間。ボンゴレの歴史は約一世紀とされており、マフィアそのものの歴史も19世紀にシチリアがイタリアに統合されたことから始まってるので、少なくとも100年以上前の人間だ。本来ならすでにこの世にいないはずの男の暗躍には、驚かざるを得ない。だが――

「――成程。そういうことか」

 八咫烏陰陽道には、かつてイタリアから帰化したボンゴレⅠ世(プリーモ)――ジョットこと沢田家康が指導者の一人を務めた時期がある。八咫烏陰陽道の歴史上最も慈悲深い指導者として語られている彼は非常に仲間思いであり、いつか遠い未来で子孫達が笑い合う日を想って残り二人の指導者に己の全てを曝け出したという。

 その中には、デイモンとの確執や裏切りについても語っていたという。

「奴は物事を分析する魔レンズを所有しており、それで睨まれた者は呪われて次の日に海に浮かんだと言われている。浮かんではいないが、この写真の光景はまさしくそれではないか?」

「!」

 朧の指摘に百地は頬から冷たい汗を流した。睨まれた者に掛けられる呪いは不明だが、確かにマッシーモの末路は魔レンズを行使した後とも解釈できる。

 二人が導き出した答えは、(デイモン)・スペードが陰で暗躍しているという荒唐無稽な内容だ。しかし――

「うむ……根拠は無いが、そう考えると妙に辻褄は合うな」

「あくまで可能性の話だが、虚様も同じ答えを導き出してるだろう」

 朧はそう結論づける。

 この世にいるわけない人間の暗躍など、普通に考えれば絶対にあり得ないが、彼の仕業と考えると納得がいってしまうのだ。

「百地、この件は次郎長から全てを聞いた方がいい。我々は(デイモン)・スペードのことを何も知らん」

「じゃな……少なくとも奴は必ず日本に牙を剥くぞ。その時はどうする?」

「知れたこと。八咫烏の教えの下、賊を討つまでだ」

 

 

 その夜、川平不動産にて。

 相も変わらずラーメン三昧の川平のおじさん。今晩は煮干しラーメンなのか、部屋に魚介類の香りが充満している。

「まさか晴れのアルコバレーノが来るとは。ボンゴレも随分と焦燥に駆られているようだな……」

 その筋の人間でないと理解できない単語が飛び交う独り言。

 あっという間に煮干しラーメンを間食し、追加で頼んでおいたチャーシューメンを食べ始めたその時だった。

 

 ――ピンポーン

 

「? はーい」

 夜中に突然の来客。

 不動産屋としての営業はすでに終了しているが、営業以外の用事も考えられる。風紀委員会の活動費徴収の可能性もあり、仕方なく戸を開けた。

 しかし来客の姿を確認した途端、川平は思わず握っていた箸を落としてしまった。

「……虚、か……!?」

「こうして会うのは何十年ぶりですね〝チェッカーフェイス〟……いや、今は川平と呼称するべきか」




ついにやっちゃいました、銀魂最強キャラが登場。
チェッカーフェイスこと川平のおじさんとの関係は……?

感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的40:鬼と小動物と溝鼠と

やっと更新です、お待たせしました。
時系列的には、ツナが応接室で一騒ぎ起こした後です。


 ある日の帰り道、相変わらずツナはリボーンと相変わらず口論をする。

「あ~あ……絶対目を付けられてるよ……視線感じるし」

「よかったじゃねーか。ボスになるための立派な訓練が実を結んだんだゾ」

「だから俺はマフィアのボスにならないっての!!」

 いつも以上に怒りを露わにするツナ。

 先日、平和ボケしないための実戦トレーニングとして、並中最強と名高い不良兼風紀委員長の雲雀恭弥と戦わせたリボーン。本人曰く「危険な賭け」だったらしいが、軽傷で済んだため良しとしたのだ。その日以来ツナは恭弥に見られてる気がして仕方がないのだが、ある種のお約束だろう。

 そんな二人に、一人の男が静かに近づき声を掛けた。

「やっと見つけたよ」

「ヒッ!?」

 いきなり後ろから声を掛けられ、小さな悲鳴と共に体をビクッと動かす。

 背後へと振り向くと、そこには着物姿の好青年が立っていた。

「フフ、驚かせたかな? こんにちは」

「こ、こんにちは……」

 微笑みながらツナに挨拶をする男。

 男は黒い着流しを身に纏い、腰に長い十手を差している。その顔立ちはあの恐怖の風紀委員長をそのまま大人に成長させたように感じ、先日の一件が脳裏をよぎったツナは本能的に体を強張らせたが、穏やかな雰囲気であることから敵意や戦意は無いと察して安堵する。それに対し、リボーンは裏社会での長い経験から彼の力量を感じ取ったのか、表情こそ変わってないが愛用のCz75(オートマチック)の銃口を男の眉間に定めた。

 本物の銃を向けられているのにもかかわらず、男は意にも介さず言葉を紡ぐ。

「沢田綱吉君、で合ってるかな?」

「え? あ、はい…………」

「よろしくね。それと隣の赤ん坊……君は随分と強そうだな」

「っ!」

 ツナは目を見開き、後退る。

 一瞬だった。ほんの一瞬だが、ツナは男の眼光が鋭くなった途端に肌をピリピリと刺激するような感覚を覚えた。

(この人、おじさんと同じ雰囲気だ……)

 ごくりと生唾を呑みこむ。

 この感覚をツナは知っている。数多の修羅場をくぐり抜けた強者だけが纏うことができる、いかに鈍感な人間でも感じ取ってしまう〝気〟だ。そんなことができる人間は、彼が知る限りではリボーンと次郎長だけだ。

 それをリボーンも感じ取ったのか、警戒しつつも尋ねた。

「てめーは何者だ」

「僕は雲雀尚弥。息子が世話になったね」

「雲雀だと……!?」

「え……えええええ!? まさかヒバリさんのお父さん!?」

 衝撃の事実にリボーンとツナは驚く。あの雲雀恭弥の実の父親との邂逅など、夢にも思わない展開だ。

 その直後、ツナはみるみるうちに顔を青褪めていく。思い返すは、先日の並中での応接室の一件。リボーンの策略とはいえ、恭弥と乱闘した上に応接室で爆破騒ぎを起こしたことへの報復に来たのではないかと、体を強張らせたが――

「恭弥と派手にやったそうだね。でもそれ自体は咎めないよ、人間とは闘争の中で成長する生き物だからね。恭弥も「久しぶりに面白い獲物と会えた」って嬉しそうに話してたし」

 嬉しげな声を隠さずに穏やかに笑う尚弥。

 好戦的で凶暴な恭弥(むすこ)と違い、冷静かつ穏やかで物腰の柔らかい、まるで正反対の性格。あの最強の不良・雲雀恭弥の父と知って思わず体を強張らせたが、杞憂だったようだ。

「ヒバリに一目置かれるなんて、お手柄じゃねーかツナ」

「いや、どう考えてもお前だろ!!」

「フフ、恭弥が興味を持った相手なんかどっちでもいいさ。いずれにしろ、次郎長を倒すことに執心してた恭弥の興味を引いたのは変わらない」

 聞き捨てならない言葉が尚弥の口から飛び出た。

 並盛最強の不良が、打倒次郎長に執着している。リボーンの情報収集ですら引っかからなかった新情報だ。

「次郎長を倒す? 因縁でもあんのか?」

「恭弥は強い人間と戦うのが大好きで、多くの人間を咬み殺したのは知ってるだろう? そんな恭弥に初めて完敗というものを与えたのが次郎長さ、挑んでから一度も勝ってないどころか傷一つ負わせるのも精一杯なのは想定外だったけど」

 驚愕の事実に、一同は言葉を失くす。

 三人がかりでも全く相手にならなかった並盛中学校最強の風紀委員長ですら、並盛の王者・次郎長の前では歯が立たない。ツナは先日、獄寺達と共に恭弥の実力をその身を持って体験したが、次郎長の実力はその恭弥すらも捻じ伏せてしまうのだ。驚くなという方が無理がある話だ。

 リボーン自身も例外ではない。確かに殺気や纏う雰囲気から、次郎長は今まで出会った裏社会の強者の中でも上位に位置する男であることは薄々感じてはいた。だが世界最強の殺し屋たる自身をもってして「強い」と言わせた雲雀恭弥を、次郎長はことごとく退けている。しかも尚弥の言葉が本当ならば、次郎長は余力をほぼ残して完勝している可能性が非常に高い。

(次郎長があのヒバリを苦も無く倒せるとしたら、いよいよもってヤベーな……)

 リボーンはボルサリーノを深く被り直す。

 次郎長は十代の頃から暴れ回り、不良から極道に転身し、絡んでくる相手は徒党を組もうがタイマンで挑もうが一兵卒に至るまで叩きのめしてきた。奈々と関わってからは他者への気遣いを忘れず売られた恩は必ず返す、後の彼の任侠心につながる仁義を重んじる性格になったようだが、それ以前の次郎長は誰にも頼らず朝から晩まで喧嘩に興じる超攻撃的な一匹狼だったという。

 そんな男が義理人情に厚い(おとこ)になったのは、ひとえに奈々が若くして修羅となった彼を受け止めたおかげだろう。だからこそ、リボーンは次郎長には細心の注意を払っている。

(あの次郎長(バケモノ)の逆鱗にだけは触れちゃいけねーな……)

 自らと縁のある人間や並盛を傷つける外道か、仁義を貫かず筋を通さない下衆か……次郎長の「スイッチ」は不明だが、少なくとも彼を本気で怒らせたら並大抵の連中は破滅を免れないだろう。

 リボーンは己の絶対的な強さを疑ってはいないが、仮に次郎長と戦うとすれば無傷では済まないと考えている。ただでさえ十数年前の時点で当時の家光に匹敵する程の力を得ていたのだ、今となってはどれ程の底力を秘めているのか想定できない。そんな男との全面戦争に発展するのは、さすがのリボーンも愚策と判断する。ツナや奈々との関係性を考慮すれば尚更だ。

「さて、本題に入ろうか。――応接室を爆破したのは君達だよね?」

 目を細め、ハニーブラウンを見下ろす。

 刹那、ゾワリとたった鳥肌にツナは身震いした。応接室で恭弥と対峙した時は息を呑む程の緊張が走ったが、今回はレベルが違う。息を殺されそうな感覚だ。尚弥の覇者のような威圧感と殺気に、体は無意識に強張る。

「ま、まさか俺を咬み殺しに……!?」

「そういう気ではないな。でも応接室(あそこ)は僕が並中の風紀委員長を務める前から風紀委員会の私物と認められている場所だからね、立派な器物損壊なのはわかるだろう? そのケジメくらいは必要じゃないかい?」

「まあ待て尚弥」

 要求する尚弥に待ったをかけたのは、リボーンだった。

「ツナは未来のボンゴレ10代目だ、それまでツケといてくれねーか?」

「ボンゴレが何なのかはともかく、この僕を相手にツケとは随分といい身分だね。まあ子供に払わせるのは酷というのは一理あるな……代わりに君が払うのならチャラにしてもいい」

「それは断る」

「何で断るんだよ!?」

 ツナの「お前が一番の原因だろ!?」と言いたげな表情に対し、リボーンは何となく腹が立ったのか顔に蹴りを入れる。

「君達の関係はわかった……でも請求権は僕にある。恭弥は戦って血を流し合ってくれれば全部水に流す気だし、正直に言うと()り合った方が僕好みだし手っ取り早い」

「親も親だったよ!! 雲雀家って戦闘民族なの!?」

「戦闘民族……言い得て妙じゃないか。いずれにしろ僕はこの町の表の頂点であり秩序そのものだ、僕にだって通すべき筋がある」

 その時だった。

「果てろ!!」

「?」

 刹那、大量のダイナマイトが尚弥目掛けて投げ飛ばされた。

 ダイナマイトの爆風と衝撃が直撃すれば、いかなる人間であれ無傷では済まない――が、尚弥は大量のダイナマイトを投げつけられたにもかかわらず、避ける素振りを見せず悠然と立ったままだ。

「ダイナマイトか……この程度で僕は倒せないよ」

 尚弥は腰に差していた十手の柄を握ると、目にも止まらぬ速さで薙ぎ払うように一振り。その直後、火が点いていたはずのダイナマイトは爆発せずボトボトと地面に転がった。十手の一振りで発生した風圧で、導火線に点いた火を全て吹き消してしまったのだ。

「……君の仕業か」

「ご無事ですか、10代目!! リボーンさん!!」

「獄寺君!?」

 現れたのは、自称右腕の不良少年・獄寺隼人。どうやらツナとリボーンが敵に絡まれてると思って駆けつけ、ダイナマイトで牽制したようだ。

「不良の得物(どうぐ)にしては随分と危なっかしいじゃないか」

「くっ……! 10代目、リボーンさん、ここは俺に任せて下さい!!」

「いや、そこまで一触即発じゃないんだけど!?」

 思わぬ勘違いから暴走気味の獄寺に頭を抱えるツナ。責任を問われたとはいえ、あくまでも話し合いでどうにかなりそうな雰囲気だったのが台無しだ。これで万が一の事が起きたら風紀委員会から危険人物扱いされるかもしれない事態に、涙すら流しそうだ。

 一方、そんなツナの嘆きなど知る由も無い尚弥は、チャキッと音を立て右手で持った十手の先端を獄寺の額に向けていた。殺意は一切孕んでいないのに、恭弥と対峙した時とは比べ物にならない威圧を感じ取った獄寺は、本能的に後退った。

「5秒やるから仕舞いなよ。でないと咬み砕くよ?」

 息子と似たようなフレーズの言葉で、威嚇だけで獄寺を圧倒する尚弥。

 しかしここで手を引く獄寺ではなく、さらにダイナマイトを撒き散らそうと構えた。

「ちっ!! 2倍ボ――」

「遅い」

 

 ズンッ!

 

「がっ……!」

 ダイナマイトに火を点けようとした途端、尚弥は一気に距離を詰め、彼の胸に左手で掌底を叩き込んだ。そのたった一撃で、獄寺は悶絶し地面に這わされる。それを見たツナは血相を変えて獄寺の元に駆け寄り介抱し、リボーンはポーカーフェイスを崩した。

 尚弥が放った先程の掌底だが、アレは中国武術における力の発し方「発勁」を用いている。しかも当たる寸前に力を抜いて手加減し、獄寺の体を貫く衝撃力を意図的に落としていた。その瞬間をリボーンは見逃さなかったが、もしその一撃が手加減無しで伝わっていたら、獄寺の肋骨は容易くへし折られていただろう。

 リボーンと同じアルコバレーノの一人に、赤いおしゃぶりをぶら下げた(フォン)という赤ん坊がいる。(フォン)は中国武道大会で三年連続優勝を果たし、弾丸をも素手で止める技量を有する武道の達人だが、尚弥はそんな彼を彷彿させた。

(……そりゃあヒバリが(つえ)ェわけだ)

 こんな父親の遺伝子を継いでいるのだから、強くて当然――リボーンはそう結論づけた。

「……で、君の答えを聞こうか。今回の責を負うか、それとも……」

 ツナを問い詰める尚弥。それはまさしく、草食動物を追い詰め貪り食らおうとする肉食動物による弱肉強食の光景。完全に気を持ってかれてビビりまくるツナを見かねたリボーンは、死ぬ気弾を装填し銃口をツナの眉間に向けた。

 その直後だった。

 

 チキッ――

 

「そこまでだい」

「お、おじさん!」

 突如として現れた、並盛の裏社会を牛耳るヤクザの首領。

 並盛の王者の乱入により、その場に緊張が走る。事と次第によっては実力行使も厭わないのか、次郎長は鯉口を切って睨みつけている。その気迫はまさに王者の風格であり、その場に居るだけで圧倒的な覇者であることを周囲に知らしめている。

 一方の尚弥も次郎長に引けを取らない気迫を纏いながらも、イタズラっ子のようにも見える愉快そうな笑みを浮かべる。

「おじさん……ね。――フフ、君ってこの〝小動物〟にそう呼ばれてるのかい? 次郎長」

「何でい、呼ばれちゃいけねーってか」

「いいや……他人(ヒト)のことは言えないさ。二歳年上の僕も君と同じおじさんだからね」

 十手を仕舞う尚弥。

 それと共にツナは「おじさんより年上なの!?」と尚弥の年齢に驚愕する。

「次郎長……これはカタギの問題だよ。いくら綱吉君と縁が深いとはいえ、極道者の君が首を突っ込むのは筋違いじゃないかい?」

「そらァそこで伸びてるタコ助がただの不良少年(ワルガキ)だったらの話だ」

「!」

 次郎長は尚弥に獄寺の身元について語った。最大最強のマフィアグループ「ボンゴレファミリー」所属の現役マフィアであること、生粋の日本人ではないこと、恭弥と比べると劣ってはしまうが教師すらも恐れる不良少年であることなど、次郎長が独自に調べた情報を明かす。

 事情を知った尚弥は、段々と眉間にしわを寄せていく。

「現役のマフィア、ね……」

「マフィア者が相手となりゃあヤクザ者の問題でもあるってこった、カタギだけじゃ手に負えねェ。――それで? ツナは何やらかしたんだ?」

「うっ」

「応接室を爆破したんだ。まあ話を聞いた限りでは彼ではないようだけど、その連れがやったのは明白だね。赤ん坊かそこのカカシかは知らないけど」

 尚弥から事情を聞いた直後、次郎長は盛大に溜め息を吐いた。

「ハァ~………唆されたとはいえ恭弥に喧嘩吹っ掛けたのかよ? それで応接室メチャクチャにしたから修理代払えやって訳か」

「ご、ごめんなさい……」

 頭を抱える次郎長に、ツナは頭を下げる。

 並盛町において風紀委員会は表の秩序を司る勢力であり、そのトップたる風紀委員会会長の尚弥は事実上この町の最高権力者だ。しかも冷静沈着な性格である反面、恭弥を溺愛する自他共認める親バカであるので息子に関するネタはしつこく食い下がる。要は面倒な相手なのだ。

「しゃーねーなァ……金の方はオイラが代理でどうにか話しをつけとくから、ツナは風紀委員会に謝罪ぐらいしとけ。尚弥、これで満足か?」

「……本当なら当事者に責を負わせたいけど、君にそう出られたら仕方ない。今回はそれで手を打ってあげるよ」

 次郎長の提案を呑む尚弥。長く志を共にし町を護ってきた間柄ゆえか、それとも下手に揉めるのを避けたいのか、それ以上の追及を止めてあっさりと妥協した。

 ツナは次郎長の介入によって事態が収束に向かったことに安堵の息を漏らし、獄寺は不服そうに顔を背ける。

「しっかしひでー話だぜ、恭弥とぶつけるなんざ。暴れん坊ぶりなら(わけ)ェ頃の俺みてーな奴だぞ」

「鍛えるには実戦が一番だゾ。それにおめーに俺の教育方針に口を挟む筋合いはねェ」

「さては根に持ってるな? あん時に信用してねーって言われたのに。っつーかてめーの物差しではかるんじゃねーよ」

「ヤクザ者がしゃしゃり出るんじゃねェ」

 次郎長とリボーンがピリピリし始める。

 そんな中、尚弥はツナに近づいて耳元で囁いた。

「君と次郎長の関係は度々耳にしてるよ、君の母親が始まりであることも知ってる。けど……あまりヤクザに借りを作っちゃいけないよ?」

「っ……」

「まあ、彼とは持ちつ持たれつである僕が言える口じゃないけどね」

 尚弥はそう忠告すると次郎長の横を素通りし、口角を上げながらゆっくりと去っていった。

 その背中を見届けた次郎長は、ふいに一服したくなったのか煙管を取り出して吹かし始めた。

「随分と上機嫌だったな。久々に戦闘欲を刺激させる相手に出会えたからか?」

「や、やっぱりヒバリさんのようにおっかないんだね……」

「アイツはキレて暴れたらオイラでも骨が折れるからなァ」

「そ、そんなに強いの!?」

「そりゃあそうさ、アイツァこの町でオイラとタメを張れる唯一の男だぞ」

 並盛町最強と言っても過言ではない、喧嘩すれば敵無しの豪傑(おとこ)〝大侠客の泥水次郎長〟に匹敵する力をカタギである尚弥が有している。次郎長本人が語っているのだから間違いないのだろう。恭弥と次郎長の実力差を考えると、尚弥もまた桁外れの猛者であるのは確定だ。

 そして何より、彼は次郎長をはるかに上回る凶暴性を秘めている。普段こそ穏やかであるが、猛獣の如き凶暴性はヤクザもカタギも関係無しに手を出す。それが尚弥が〝鬼雲雀〟と呼ばれる所以(ゆえん)だ。

「異名通りにオイラ以上にえげつねーマネもするが、どうやらその矛先はおめーらにゃ向いてねーようだ。今のところは(・・・・・・)、な」

「……」

「そういう訳でい。あんまり(わり)ィ事を重ねるとどうなるか知らねーぞ、せいぜい気ィつけるこったな」

 次郎長は呆れた笑みを浮かべながら忠告し、襟巻をなびかせてその場から去っていった。




ちなみに現時点の泥水次郎長VS雲雀恭弥の戦績は、28戦やって次郎長がずっと勝ち続けてます。恐るべし全盛期のオジキ。
次回からリボーンのキャラとドンドン関わらせ、原作ネタも盛り込んでいきます。

感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的41:体育祭の一幕

お久しぶりです。

追記
多少話を修正しました。


 並中で行われる体育祭は、町内屈指の一大行事(イベント)だ。毎年多くの町民が見物に訪れ、たった一日だけとはいえ町民の半数以上が並中及びその付近に集う。

 次郎長はそんな見物客をターゲットとしている。溝鼠組の主なシノギは的屋運営だが、それを行う日にちは必ずしも縁日だけではない。何かと大きな催しがあればそこで屋台を開き収入を得るのが溝鼠組のやり方だ。

(……とはいえ、一応アイツのシマにいるからなァ)

 並中はあの恭弥の縄張りで、群れようものなら問答無用で潰しにかかるヤンチャ坊主の力が最も強くはたらく場所だ。強さの求道者である彼は「次郎長を超える」という野心を秘めており、言いがかりをつけて喧嘩を吹っ掛けたとしても大人達は誰も逆らわないだろう。

 だからこそ、次郎長は警戒もしている。せっかくの体育祭(マツリ)を台無しにしないためにも。

「今んトコァ異常はねーか……ん?」

 ブラブラとのんびり見回りをする次郎長だが、遠くの方で喧騒が聞こえてきた。

 気になって近づいてみると、一台の屋台の前で煙草を咥えた銀髪の少年が二人組の男と何やら言い争っており、ハニーブラウンの栗みたいな見覚えのある少年が必死に宥めているではないか。しかもその二人組の男はというと……。

「おい、息子達よう……」

 次郎長の子分達――溝鼠組の中堅組員だった。一人はスキンヘッドで着流しを片肌脱ぎした出で立ちで、もう一人は角刈りの甚平姿であり腰にドスを差している。そしてそんな二人と言い争っているのは、ツナとよく絡んでいる現役マフィアにして不良の獄寺だ。

 これにはさすがの次郎長も溜め息を吐いて頭を抱えた。頭に血が昇り易いほぼ喧嘩腰のマフィア少年がヤクザ二人と揉めてれば、いつ暴力沙汰となるかわかったものではない。相手が同じ裏の人間だからと言って、カタギが多く集ってる中で喧嘩を買うのも浅短だ。

 中堅ともなれば大抵の揉め事は収拾がつくが、今回は自分が顔を立てるしかない――次郎長はそう判断し、喧騒のド真ん中へと向かっていった。

「何揉めてんだ、てめーら」

「「オ、オジキ!!」」

 子分二人は組長(オジキ)の介入に驚き、咄嗟に両手を膝につけて足を開き頭を下げる。

 反応したのは二人だけではない。ツナはいきなりの顔馴染みの登場に驚愕し、獄寺は警戒心を膨らませる。

「おじさん!! 何で並中(ここ)に!?」

「並中の体育祭は割とデカイ行事だからな、シノギを得るにはちょうどいいってんでい。現に向こうでベビーカステラを今売ってんだが割と儲けてらァ」

「じゅ、10代目! アイツは確か……!」

「うん、町のヤのつく人達の親玉で、俺の母さんの元同級生の次郎長おじさん」

「じ、次郎長!? やっぱりあの溝鼠組の泥水次郎長ですか!?」

 獄寺は次郎長の名を聞くや否や、顔色を悪くしていく。

「いや、この前会ったんだけどね……知ってるの?」

「ええ……マフィア界ではジャパニーズマフィアの代表格として知られてます。何でも、ルーキー時代で当時のボンゴレファミリー門外顧問と渡り合った化け物だと……」

「もんがいこもん?」

「ざっくり言えば、ボンゴレのナンバーツーだゾ」

「リボーン!!」

 颯爽とリボーンがツナの前に現れ、門外顧問についての説明をいきなり始めた。

「ボンゴレの門外顧問ってのは、いつもは部外者だが非常時においてはボスに次ぐ権限を発動できる。ボス後継者の決定権の半分は門外顧問にある」

「何か知っちゃいけないようなモノを知った気が……!」

「……あの野郎、来たら指詰めじゃ済まさねェ……」

 若干キレ気味な次郎長の独り言に、リボーンは何ともいえない表情を浮かべる。

 それもそうだろう、実の父親が門外顧問で若い時に次郎長と喧嘩したなど言えるはずもない。今のツナが次郎長を心から信用しているのは火を見るよりも明らかであり、年単位で家を空けてる父親なんかよりも頼もしいに決まっている。

「――で、何でギャーギャー騒いでんでい」

「オジキ、実は……」

 スキンヘッドの子分が事情を説明しだす。

 二人は登特製のキュウリの一本漬けを売っていたところ、次郎長と親密な関係であるツナがいつの間にか関わるようになった居候と友人を連れて買いに来た。ツナは友人と家族の分も含めて8人分のキュウリを買おうとしたところお金が全く足りず、何と5人分まけてくれるようせがんできたのだ。いくら次郎長(おやぶん)と縁が深い子供でもさすがに5人分まけるのは難しいと言ったところ、通常運転と言わんばかりに獄寺が噛みついてきて言い争うことになったという。

「それどう考えても煙草の坊主が(わり)ィじゃねーか。そっから割り勘にするなり後払いすると頭下げるなり何なりできたろーが。いきなり値切りのチャンスを潰してどうする」

「うっ……」

 次郎長の見事なまでの切り返しに獄寺はぐうの音も出なくなり、その容赦ない言葉にツナも引きつった笑みを浮かべる。

「フン……てめーが唆したかどうかは訊きゃしねーが、一言言っておく。――極道を舐め過ぎだ。てめーも、てめーのバックにいる古狸も、あのバカも」

 次郎長は鋭い眼差しでリボーンを見下ろす。

 この町に住む以上、溝鼠組の存在は風紀委員会と共に誰もが知ることになる。そのトップである次郎長と尚弥に喧嘩を売るような行為は自殺行為であり、万が一にも敵と認定されたら一巻の終わりだ。それでも喧嘩を売るとなれば、余程の命知らずか恭弥のような挑戦者、あるいは裏に何らかの意図があるくらいだ。

 次郎長はリボーンがツナにマフィアとして学ぶべき処世術として、交渉術を会得させるためにわざと自分の子分達と揉め事を起こした――と読んだのだ。

「……」

 リボーンはそれに対しては何も答えない。そういう腹積もりは確かにあったからだ。

 しかし獄寺の気性を考えると、どちらにせよ揉めるのは変わらなかった気もするのだが。

「……そういやあツナ、奈々いるか? 体育祭に来ると踏んで話があんだが」

「母さんに?」

「ああ。てめーら、シノギはきっちり稼げよ。オイラァ一人で構わねェ」

 次郎長は指示を送ると、子分達は命令通りに屋台へと戻っていった。

「次郎長、ママンに何の用だ?」

「まあ用事があるっちゃあるんだが――なァに、昔の思い出話に花ァ咲かせたくなってな」

 

 

           *

 

 

 ツナ達は次郎長を連れ、シートを広げて帰りを待つ奈々の元へ戻った。

「タッ君! 来てたのね」

並中(ここ)で会うのァ久しいわな」

「――!」

「はひぃ!? 褐色肌のお侍さんですか!?」

 次郎長は奈々の傍に二人の女性がいることに気づき、目を細めた。

 一人はセミロングの黒髪を後ろで一つにまとめた女子で、年齢はツナと同じぐらいだ。もう一人は長髪の美女で、ピラ子と同じか少し年下に見える。顔は知らないが奈々と仲良くしている辺り、一応彼女の知り合いだろうと判断して警戒を解く。

「……何者だ」

「私はビアンキ。フリーの殺し屋(ヒットマン)よ」

「み、三浦ハルです! ツナさんがお世話になってます!」

「それ、オイラの台詞(セリフ)じゃねーか嬢ちゃん……しかも殺し屋いんのかよ。――オイラは泥水次郎長だ、よろしくな」

 次郎長は穏やかな笑みを浮かべ、刀を右側に(・・・)置いてからシートの上で胡坐を掻く。それを見たリボーンは、次郎長が奈々をどう見ているのかを瞬時に理解した。

(……成程、次郎長はママンの前では休められる(・・・・・)んだな)

 次郎長も人の子だ。神話に出てくる魔物のように恐れられる彼も、生きるか死ぬかの極道社会に身を投じている以上は子分達や縄張りなどの「護るべきモノ」の為に尽力する。それゆえに心労も溜まりやすく、体を壊す可能性もゼロではない。

 そんな次郎長の数少ない心を休められる場が、奈々と共に居る時なのだろう。刀を右に置くことは警戒心や害意が無いことを意味する。奈々の前では気を遣う必要も無く、〝大侠客の泥水次郎長〟としてではなく〝元同級生の吉田辰巳〟としていられるのだ。

「じゃ、じゃあハルは一旦失礼します」

「そうね、ママンと二人で話したら?」

「あら、ごめんなさいね……ありがとう」

 ハルとビアンキは一旦その場から離れ、ツナの傍に立つ。

「ツナさん、一体どういう関係で?」

「母さんとおじさんは同級生なんだ。俺も赤ん坊の頃から面倒見られててさ」

「ジロチョウって言えば業界は違えどマフィア界じゃビッグネームよ。まさかあなたとママンがジロチョウとそんな関係だったなんて……」

 次郎長と沢田家の関係を知らない二人は驚きを隠せない。

 そんな中でも、次郎長と奈々の軽い会話は続く。

「……ちょっとタッ君、煙草臭くない?」

「あ? ……まあ煙管吹かしてりゃあ嫌でもそうなるっての」

「もう……肺ガンになっても知らないわよ!」

「どんな生き方してどんな死に方してもオイラの勝手だ、横からギャーギャー言わねーでくれや。それにそんなんで死ぬ(タマ)じゃねーさ」

 軽口を叩き合う二人。

 ツナは「ホント仲良しだな、母さんとおじさん」と呑気に呟いているが、町一帯の裏社会を長く支配している極道の親分と一般家庭の主婦のあまりにも仲睦まじい光景に周囲はざわつき始める。大侠客次郎長親分を中学時代のあだ名で呼ぶなど、この町どころかこの世では奈々くらいである。

「しっかしまァ……お互い年食っちまったな。お互い33歳となりゃあ、いよいよおっさんとおばさんの仲間入りだ」

「ちょっとタッ君!」

 年寄りじみた発言をストレートにキメた次郎長に、奈々は顔を赤くする。

「――でも、ホントそうね。初めて会ってもう二十年経ってるものね……」

「二十年……(なげ)ェようで(みじけ)ェな」

「あら? そう言えばタッ君って体育祭って参加してたかしら?」

「二十年も前の話だからなァ………棒倒しで羽目を外しちまって出禁食らったから一回しかやってねーから、オイラもあんま憶えてねーんだわ」

(何があったの!?)

 次郎長の中学時代が想像以上にヤバかった事実を知り絶句するツナ達。体育祭で出禁を食らうなど、一体二十年前に何があったというのか。

 訊けないわけではないが、訊いたらそれはそれでヤバイのではと勘繰ったツナ達は黙ることにした。

「……で、何か頼みがあるんじゃないの?」

「! どうしてそれを」

「う~ん……何となく」

「女の勘ってヤツか?」

 直感で次郎長が頼みごとを持ってきていることを察した奈々。

 次郎長は「怖い怖い」と笑いながら本題を切りだした。

「……ウチの平子(むすめ)が料理教えてほしいっつってんだけどよ、金払うから叩き込んでくんねーか? まともに家事できんのウチじゃオイラと登しかいねーんだわ情けねーことに」

「まあ、ピラ子ちゃんが! 別にいいけど……タッ君や登君じゃ無理だったの?」

「不可能じゃねーが、野郎から教わるより同じ女から教わった方が(はえ)ェ気がしてな」

 溝鼠組の構成員の多くは一人暮らしを経験してはいるが、その中でも次郎長と登は断トツに期間が長い。それゆえに経験も豊富なのは当然である。

 だが、それと専業主婦を比べるとやはり差は出てしまう。そもそも専業主婦と一人暮らしの家事では仕事量・責任感・クオリティ・時間制限という点で大きく異なる。仕事量は倍以上の差が生じ、専業主婦には時間の制限がつく上に責任感とクオリティの高さも求められる。専業主婦と一人暮らしの家事は同等ではないので、いかに効率よく生活に必要な諸作業をこなせるかを熟知しているのは、どちらかというと専業主婦だろう。それに異性だと考え方や思考回路に違いがあるため、完全に理解し合うのは難しく、同性の方が似ているところがあるので理解しやすいというのは事実ではある。

 極道として生き抜く術は組長である自分が叩き込むのが筋だが、一人の女性としてならば奈々が叩き込んだ方がいい――次郎長はそう考えたのだ。

「金は積んでおくからよ、ウチの娘に教えてくれねーかい」

「お金なんていいわよ! ちょうど昼間は時間空いてるし、私としてもありがたいわ。ツッ君は学校行ってるもの」

「すまねーな、色々迷惑かけるかもしれねーがピラ子を――」

 ピラ子を頼む、と言い切ろうとした瞬間、次郎長は迫ってくる気配を感じ取り警戒した。

 その気配の正体は、この町の人間ならば誰もが知る、並盛で最も恐れられている不良の頂点――並盛中学校風紀委員長・雲雀恭弥だった。

「ヒバリさん!?」

 トンファーを手にした恭弥が次郎長へ突貫。鈍く光る得物を振るい頭を狙ったが、次郎長はその一撃を何と背を向けた状態で素手で掴み受け止めた。

(う、受け止めた!! 前々から思ってたけど、この人ホントに人間なんだよね!?)

 自分の中での人間の定義が曖昧になっていくのを感じ始めるツナ。

 一方の次郎長はゆっくりと振り向き、威圧的な双鉾(そうぼう)で襲い掛かってきた恭弥を見据え、静かに口を開く。

「……喧嘩にも最低限の礼儀はある。また今度にしろ、恭弥」

「わざわざ来てくれた獲物を逃すと思うのかい? 早く君を咬み殺したくてウズウズしてるんだよ」

「生憎だがカタギに迷惑かけるような暴れ方はオイラの任侠道(ルール)に反するんでな」

「なら、嫌でも戦わせてあげるよ!」

 

 ブシュッ!

 

「っ!?」

 掌にいきなり鋭い痛みが走った。打撃武器であるはずのトンファーから放たれたのは、刃物や尖ったモノで肉を刺された痛みだった。

 さすがの次郎長もこれは想定外だったのか、掴んでいたトンファーを慌てて放した。それを待っていたかのように恭弥は獰猛な笑みを浮かべ、容赦なくフルスイングして一撃必殺を狙った。次郎長は置いていた刀を抜いて防ぎ、抜刀と共に押し返す。――が、押し返されたと同時に恭弥はトンファーを振るい、棒身から出ていた「痛みの正体」のせいで着物が裂けて傷んでしまった。

「オイラの着物が……高くつくぞ」

 血を流す手など全く気にせず、恭弥を睨む次郎長。

 トンファーの棒身からは無数の(トゲ)が出ている。おそらくそれで次郎長の掌を貫き着物を裂いたのだろう。並盛の王者・泥水次郎長を自らの実力で(・・・・・・)王座から引きずりおろすという下剋上を果たすために、武器の改造もしていたようだ。

「トンファーから棘……? 打撃武器のはずだろ」

 戸惑いの声を上げる次郎長。その声を嘲笑うように恭弥は口を開く。

「平賀源外に頼んで改良させてもらったのさ。牙は複数持っておくのが利口だよ」

「ハァ……あのじいさん、ある意味おっかねーな」

 次郎長は警戒心を高める。

 並盛町屈指のマルチ人間・平賀源外の手でギミックが追加されパワーアップした恭弥のトンファー。棒身に仕込んだ棘で斬撃を得たとなれば、他のギミックの搭載も十分にあり得る。あの尚弥の十手も棒身中に分銅鎖を仕込んでおり、射程範囲の拡大と戦法の多様性を手に入れているのだ。鬼と呼ばれた親すらも咬み殺さんとするのだから、父のマネはしないなどという堅物さは恭弥にはないはずだ。

 それに恭弥は並盛随一の戦闘マニアだ。武器の相性も当然考えており、我武者羅に突っ込むのではなく相手に合わせた戦法も使い、機転を利かせ翻弄することもある。次郎長が知る限りでは誰よりも戦闘にこだわる人物と言っても過言ではない。

「……で? それくらいでオイラを倒せるなんて(あめ)ェ考えは持っちゃいねーだろ」

「そうだね、僕はそこまで楽観してないさ。それに僕が咬み殺したいのは全力の次郎長さ」

 破顔する恭弥に、次郎長は眉をひそめた。

 次郎長の本気を垣間見た人間は何人かいるが、彼の全力をその目で見た者はほとんどいない。だからこそ恭弥は、持ちうる力を全て解放した次郎長を――文字通りの修羅と化した「最強かつ最恐の次郎長」を咬み殺したいのだ。

「ねえ、どうしたら君は全力になってくれる?」

「……」

「なってくれないなら、させるだけだよ」

 恭弥はトンファーを構え、視線を逸らした。その先にいるのは、ツナ達だ。次郎長が全力を出して戦わないのならば、ツナ達を標的にすると脅しているのだ。

 さすがの次郎長もこれには苛立ちを瞳に現し、その視線を恭弥へ突き刺した。

「恭弥……正気かてめーは。不意打ちはまだしもアイツらにまで手ェ出すのか」

「こうでもしないと君は全力を出してくれないだろう?」

「そんなら言葉を変えて、もう一度言ってやらァ」

 次の瞬間だった。

「つまらねーマネしてでも下剋上する気なら俺ァ容赦しねェ。(おとこ)を捨てた極道の恐ろしさを教えてやろうか?」

 

 ゾクッ!

 

『!?』

 次郎長から強烈な殺気が放たれ、一瞬にして空気が凍りついたような感覚に襲われた。

 その殺気に包まれた恭弥は戦闘欲を刺激されて恍惚の笑みを浮かべているが、額から冷や汗が流れ、わずかにだが握ったトンファーが震えている。(こころ)は歓喜しているが体は恐れているのだ。己の前に立ち塞がる全ての動物(てき)を叩き潰す、弱肉強食の理をも破壊しかねない猛獣(バケモノ)――泥水次郎長という「修羅」に。

「……素晴らしいね……極上だ」

「……」

 次郎長は静かに刀を鞘に収め、腰を深く沈める。

 居合――抜刀術の構えだ。それは次郎長が完全に臨戦態勢に入った証だ。

「ワオ……!」

 冷や汗を流しつつも歓喜する恭弥。

 一触即発となり、大喧嘩を通り越して殺し合いが始まるかと思われた、その時――

 

 ビシッ

 

「タッ君、ダメでしょ!」

「え……ええええええ!? 母さんんんんんんん!?」

「……」

 いきなり奈々が次郎長の脳天へ軽いチョップを炸裂させ、息子(ツナ)は思わず絶叫。頭に突然襲い掛かった軽めの衝撃に、次郎長は無言でゆっくり顔を振り向いて鋭い眼光を向けた。

 カタギどころかヤクザやマフィアですら震え上がり腰を抜かすくらいの凄まじい〝圧〟を向けられても、奈々は意にも介さず頬を膨らませて腕を組んでいる。元々次郎長とは彼がなりふり構わず暴れ回っていた中学時代からの付き合いであり、隣で叱っていた度に向けられていたため慣れているのだが、そこまでの関係であることを知らない人間から見れば信じがたい光景だ。

 町の裏を長く牛耳る並盛の王者に手を出した彼女を心配し、一同は肝を冷やしたが――

「……わーったよ、オイラが悪かったよ。そうカッカすんな」

「全く、昔からヤンチャが過ぎるんだから!」

 次郎長はわざとらしく頭を擦りながらあっさりと殺気を収め、申し訳なさそうな表情で奈々に詫びた。

 暴れん坊の次郎長をたったの一喝で止めてみせた奈々に、その場に居合わせた全ての者が愕然とする中、恭弥は羽織っていた学ランを翻して背を向けた。

「……興が醒めたよ」

「ヒバリ、どうやらてめーの負けだな」

「残念だけど今回は勝ち負けなんて関係ないよ。次郎長の全力を一瞬でも見れればそれで十二分だしね……」

(お、おっかねえ……)

 いつもは自分を肯定してくれて護ってもくれる頼もしい親分の怒りに、今回ばかりはツナは恐怖を覚えたようだ。それと同時に、殺し屋でも尻尾を巻いて逃げ出すであろうキレた次郎長に睨まれても微動だにしない奈々の器のデカさも思い知った。

 次郎長と関わってきたせいか、一般人でありながら極妻級の度胸を兼ね備えるようになってしまったらしい。

「ところでタッ君、ちょっと味見してくれないかしら? だし巻き玉子なんだけど」

「おう、(わり)ィな」

 突然話を変えることで殺伐とした空気を一変させるという離れ業を成し遂げつつ、奈々は自らが作った弁当箱を開けてだし巻き玉子を次郎長に味見するよう頼んだ。

 その要求をあっさりと呑み、次郎長は一つ口の中へと入れる。何度か咀嚼すると、何かに気づいたのか目を見開いた。

「むっ、結構甘いな……上白糖じゃねーの使ってるだろ」 

「さすがタッ君ね! ランボ君も食べれるように黒糖を入れてみたの♪」

「黒糖か……って、誰だランボって奴ァ」

「あ、ランボってコレだよおじさん」

 ツナがそう言って抱えてきたのは、乳牛模様の尻尾付き全身タイツを身に着けた角の付いたアフロヘアーの子供。お昼寝中なのか、大きな鼻提灯を膨らませている。

 初めて見るそれに、次郎長は何とも言い難い表情を浮かべる。

「何だそのガキゃ……児童相談所から預かったのか?」

「それが……何かボヴィーノファミリーってマフィアのヒットマンらしいんだ。それもリボーンを倒しに来たっぽい」

「マジかよ。槍一本でステルス戦闘機に挑むようなモンだぜ、てめーの子分を何だと考えてんだそこのボスは」

(いや、おじさんこそ槍一本で戦闘機撃墜できそうだけど……)

 ツナがそう思い顔を引きつらせると、次郎長は溜め息を吐きつつも寝ているランボの頭を撫でた。5歳でありながら殺し屋としての道を歩むことを決意した彼を労うように、過酷な裏社会で懸命に生きようとする彼を励ますように。

 彼の鋭い眼光もどこか穏やかであり、その瞳には目の前の子供に対する同情が孕んでいた。

「コイツも苦労してんだな……ツナ、さぞかし手を焼くガキだろうがちゃんと向き合えよ?」

「!」

「親や保護者ってのはそういうモンだ。どんなバカでも面倒見ると決めた相手を決して裏切っちゃならねェ………それが「責任(ケツ)を持つ」ってこった。マフィアもヤクザもカタギも関係ねェ、これは人として問われることだ」

 三桁もいる子分達(かぞく)を支える親分の言葉の重みに、ツナは息を呑む。

 上司と部下の関係でない、親分と子分という家族のような関係を特徴としたヤクザならではの「思考」か。幼くして両親を事故で亡くした過去を抱える、孤独な時期を歩んだ人間が大家族を得たことで導き出した「答え」か。

 いずれにしろ、次郎長は極道人生を歩んだことで大きな変化があったのは間違いない。

「もっとも、あのクソッタレに俺の爪の垢でも煎じて飲ませてやりてーとこだが」

(どんだけ嫌われてんだよウチのダメ親父!?)

「……そうだ、家光で思いだした。ツナよう、アイツと連絡出来たらこう伝えてくれねーかい」

「何だ?」

 次郎長はツナを呼び、周りに聞こえないくらいの小声で耳打ちした。

 最初は怪訝な表情を浮かべていたツナだったが、見る見るうちに目を見開き、ついには青ざめて引きつった笑みを浮かべた。

「アーユーオーケー?」

「え、あ、うん……」

「頼むぜ。じゃあな、オイラはここらで失礼するぜ奈々」

「また遊びに来てねタッ君♪」

「おう」

 次郎長は立ち上がって刀を腰に差し、赤い襟巻をなびかせてその場を後にした。

 短い時間であったが並盛の王者の余韻は凄まじく、去っても暫くの間は次郎長に関する話が尽きなかった。

「……ハッ! じゅ、十代目! アイツに何て言われたんです?」

 ここで獄寺が我に返り、ツナを質した。

 実の父・家光に対するツナが青褪めるような伝言。その内容が知りたいのだ。

「……おじさん、こう言ってた」

 

 ――今度奈々を裏切るようなマネしたら偽装離婚させてから叩き潰す。指詰めやコンクリ詰めなんぞ生温いわボケコラカス。

 

『…………』

「リボーン……」

「……おめーは悪くねーぞ、ツナ」

 そう遠くない未来に親父(いえみつ)のせいで沢田家が崩壊しそうな気がするツナ達だった。




次回辺りでディーノとか出そうかな……。

感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的42:〝人斬りピラ子〟と〝跳ね馬〟

やっと更新です。
仕事の都合上中々更新しにくいですが、ご了承ください。


 沢田家の前で、ストリート風のファッションに身を包んだ美青年が立っていた。

 彼の名はディーノ――5000近い組織(ファミリー)を傘下に置くボンゴレファミリーの同盟勢力「キャバッローネファミリー」の10代目ボスで、マフィア界では〝跳ね馬〟と呼ばれている大物だ。年齢は21歳という次郎長の一つ下の世代だが、実力だけでなく先代が傾けたファミリーの財政を立て直す抜群の経営能力も持ち合わせている、若くもマフィアのボスとして申し分ない能力の持ち主でもある。

 そんな男がなぜ来たのかというと、言わずもがなリボーンの策略である。ディーノはリボーンの元生徒であり、ツナの兄弟子にあたる。その上マフィアでありながら面倒見と人柄の良さから部下や地元住民から慕われており、ツナが最も信頼し尊敬する大人の一人である次郎長と似た感性の持ち主である。次郎長と似た感性を持つ兄弟子(ディーノ)をボスの見本とすることで、ファミリーを持つことへの抵抗をなくさせるという作戦(ワケ)だ。

「弟弟子か……どんな奴なんだろうな」

 ディーノは弟弟子との邂逅を楽しみにしていると、彼の右腕である幹部のロマーリオが口を開いた。

「ボス、アレ見ろよ……」

「ん?」

 ロマーリオが指を差す。その先は沢田家の玄関で、何と体育座りで熟睡中のオレンジ髪の女子がいた。

 前髪の一部ちょんまげのように結い、丈の短い紅花をあしらった着物を右肩だけ肩脱ぎにし、腹巻を巻いている一風変わった出で立ち。腰には一振りの日本刀を差しており、少なくともカタギではないことが嫌でもわかる。

 並盛町は溝鼠組という極道組織(ジャパニーズマフィア)が町の裏の実権を握っており、その首領である泥水次郎長はならず者の王として君臨している。目の前で鼻提灯を膨らませながら寝ている少女は、その関係者である可能性は高い。

 とはいえ、マフィアたる者、女性を大事にしなければならない。彼女が何者であれ、手を差し伸べてこそ真のボス。ディーノは少女に近寄ると耳元で優しく囁いた。

「おい、嬢ちゃん。こんな所で寝てると風邪引くぞ?」

 パン、と鼻提灯が割れた次の瞬間――

「イヤン、カチコミィ~~~!!」

 

 ズドゴォ!

 

「ぎゃあああああああああああ!!!」

 抜き身の刃が突如として襲い掛かった。

 悲鳴を上げながらディーノは紙一重で避けるが、本気で振るったのか地面に深く刺さり小さな亀裂も生じている。

『ボス!?』

「あ、危ねェ! 何すんだいきなり!!」

「どこの組のモンじゃ~ワレ~~? 姐御に指一本触れようもんなら真っ赤な花咲かせんぞ~」

「あ、姐御……? ま、待ってくれ!! 俺達は怪しい奴らじゃない!!」

「怪しくない人間が自分の体に刺青入れて黒スーツ集団連れてくるんですか~そうですか~」

 必死に弁明するディーノを無慈悲に切り捨て、刀の切っ先を向ける少女。臨戦態勢に入った彼女に黒服の男達は拳銃を取り出すが、ディーノはスッと片手を挙げて制止させた。

 言動や手にした日本刀から、目の前の少女が極道関係者(ジャパニーズマフィア)であるのは確定した。下手に手を出せば抗争事件に発展し、一般市民や警察官が抗争事件の巻き添えで死傷する可能性がある。部下や地域住民を大事にするディーノにとって、それはできる限り避けなければならない。

「い、いきなり悪かった。俺はディーノ……イタリアから来たんだ」

「名前や出身はどうでもいいんですよ、ディーノさん。私は「どこの組の者だ」って言ってるんです~。3秒以内に言わないと真っ赤な花咲かせますよ~? はいイ~チ」

 

 ビュッ!

 

「ひいいいいいいいいいい!?」

 3秒以内と言っておきながら1秒でいきなり刀を振り下ろしたピラ子。不意打ちの一太刀をギリギリで躱したディーノはさすがといったところだろう。

「2と3はァァァ!?」

「知らないんですか~? 男って生き物は〝イチ〟さえ覚えておけば生きていけるんですよう」

「さっき自分で3秒って言ってなかった!? 何なのこの子!?」

 メチャクチャな言い分にディーノは驚愕。ディーノの部下達はボスである彼の意思を尊重するが、相手が思った以上に物騒であるせいでどうしていいか迷ってしまう。

 そんな何とも言い難い空気を切り裂くように、二人の声が響いた。

「あら? お客さんかしら」

「何してんだてめーは」

「リボーン!?」

 買い物帰りのリボーンと奈々だった。

 

 

           *

 

 

「この度奈々の姐御に「女の道」を極めるためにお世話になります。並盛の王者・泥水次郎長が義娘(むすめ)、椿平子でございやんす。遠慮なくピラ子と呼んでくださいませ~」

「よろしくね、ピラ子ちゃん♪ タッ君から聞いてるわ、私で良ければいいけど」

「謙遜しなくていいですよう、奈々の姐御。あなたのことはオジキからたっくさん聞いてますからァ」

「ささ、座って。タッ君と縁がある女性同士、お菓子でもつまんでお話しましょう♪」

 優しい笑みを浮かべながらガールズトーク――次郎長ネタが中心――を始める奈々とピラ子。

 一方ピラ子に斬られそうになったディーノは、仲裁に入ったリボーンに引きつった顔で言葉を交わす。

「おい、リボーン……溝鼠組って、あのジロチョウのファミリーか……!?」

「ああ、そして目の前にいるのは溝鼠組の若頭補佐である〝人斬りピラ子〟っつーヤクザ者だ。俺も初めて会うがな」

 極道組織において若頭は子分の筆頭であり、次期組長の最有力候補でもあるため若衆の中でも格別の権限を有する。その業務範囲は非常に広範囲に渡り、義理かけでの親分の名代や他組織との外交、抗争の陣頭指揮など多数だ。それゆえに最終決定権は親分にありつつも舵取りは若頭が握っている組織が多い。

 その若頭を補佐し、組の運営に携わる重要な役職が「若頭補佐」だ。組によっては置かれたり置かれなかったりするが、ポスト若頭でもあるので相当の権限がある。若頭補佐はマフィアの組織構成で言う「カポ・レジーム」という幹部格にあたり、ピラ子はそれに位置付けられているのだ。

「若頭補佐ってことは、嬢ちゃんは溝鼠組のNo.3(ナンバースリー)か?」

「そうですよ~。勝男が次期組長(わかがしら)なので、オジキの心が変わらない限り私は次期次期組長ですねェ」

「そうなのか……それよりも何で外で寝てたんだ?」

「いや~、奈々の姐御が思ったより来るのが遅くて待ってたら寝ちゃいまして……テヘ♪」

 ペロッと舌を出して笑うピラ子。とても可愛らしい仕草だが、これが極道の娘なのだから素性を知っていると何とも言い難い。

 すると、ここでリボーンの隣にいたビアンキが口を開いた。

「ピラ子……あなた、次郎長のファミリーにいつ入ったの? 随分と肝が据わってるから長いんじゃない?」

「9年程前ですね。私は元から溝鼠組ではありません。植木蜂一家の組長の一人娘で、後々盃をやり直してオジキの組に入ったんですよう」

「……その植木蜂一家はどうしたの?」

「とある商談に乗ってイタリアのマフィアと交渉しようとした途端に真っ赤なお花咲きました~。俗に言う騙し討ちってやつですねェ。実の親父含めて9割蜂の巣にされましたァ。アハハ」

 衝撃の過去を晒したピラ子。それを聞いたディーノとビアンキは持っていたお菓子をポロリと落とし、エスプレッソを飲んでいたリボーンですら顔を硬直させた。

 実の父が率いた一家がマフィアに滅ぼされたなど、到底笑って言えるような内容ではない。本人はブラックジョークのつもりで言っているような雰囲気だが、現役マフィアのディーノ達にとっては嫌な追い詰め方をしてくるベテラン刑事の取り調べにでもあったような気分だ。

 いきなり重苦しい空気になり、どう話を振ろうか悩んだ、その時だった。

「ただいま~……って、ピラ子さん!?」

「あ~、ツナ君! どうもですゥ、この度は奈々の姐御にお世話になりますので~」

 学校からツナが帰ってきた。

 その姿を目にしたピラ子は、ぶりっ子のような態度でツナに近づいた。問答無用で抜刀したディーノの時の態度とは全く別である。

「母さんの世話に?」

「はい。……と言っても、料理を習うだけなんですけどね。子を食わせるのが親の責務です、私も今後のことを想定して料理くらい一人で作れなきゃなりませんし」

 食った分働くのが子分なら、働いた分きっちり食わせるのが親分――ピラ子は次郎長(オジキ)からそう教わってきた。彼女はその教えを「〝食う〟とは組織の組員を名乗りその庇護に預かること」「〝働く〟とは資金(シノギ)を得てその一部を親分に上納すること」と解釈した。

 子分の働きは、親孝行として上納金を納め、一度抗争になるや親分の為に命を張るものだ。どんな形であれ、親分に忠を尽くすからには何らかの見返りを与えなければならない。しかしピラ子は雀荘を運営する勝男のように独自の資金源を持っているわけではない。ゆえにピラ子は自身が料理という形で見返りを与えるのはどうかと考えたのだ。

 それに幼くして極道の世界に身を投じたため、女の生き方に関しては無知だ。次郎長と縁の深い主婦に学ぶことで極道としても一人の女としても一人前になりたいという思いも孕んでいるのだ。

「……それよりも、あの人誰?」

 ツナが指差す先には、ディーノが。

「ああ、カチコミに来たあの人? ディーノっていうチンピラだそうですよ」

「チンピラじゃねーって!! 俺マフィアなの!! ボンゴレと同盟結んでるキャバッローネファミリーの10代目ボスでリボーンの元生徒!!」

 ツッコミを炸裂させながら自己紹介するという味なマネをするディーノ。

 客人がまさかのボンゴレファミリーの同盟勢力だったことにツナは「またマフィアだよ!!」と叫んで頭を抱え、ピラ子は一瞬だけ目を細めてディーノを睨んだ。

「ディーノはツナの兄弟子だゾ。俺はここに来るまでディーノをマフィアのボスにすべく教育してたんだ」

「おかげでボスの資質なんてなかったこの俺が、今では5000のファミリーを持つ一家の主だ。本当はリボーンにもっといろいろ教わりたかったんだがお前の所に行くって言うんで泣く泣く送ったんだぜ」

「5000の組織のトップに立ってる人間がヤクザ者一人にあの様ですか。オジキには到底及びませんね~、マフィア者も高が知れます」

「やめてくれマジで!! 嬢ちゃん思いの外キツすぎないかな!?」

 ディーノがいかに器量が大きく強くとも、さっきの一件がある限りイマイチだ。想定外の事態とはいえ、リボーンの策略はうまく行きそうにない。

「……で、弟弟子よ。その子とはどういう関係だ?」

「ピラ子さんは……その、最初の女友達というか……」

「弟分の最初の女友達が極道!? 冗談だろオイ!!」

 ボンゴレファミリー10代目候補は一般人として生活しているという情報を得ていたディーノは、その情報を全て信じた自分を殴りたくなった。

 一般人として暮らしているのにプライベートは地元の極道組織とズブズブ。それも相手はマフィアも恐れる日本のならず者の王・泥水次郎長率いる溝鼠組で、母親に至ってはその次郎長の恩人ときた。あまりにも斜め上をいく事実に、先程のピラ子との一件を思い出して震え上がった。

 確かにリボーンが寄越した情報では「次郎長と強い縁がある」とは書いていた。だが家族ぐるみで次郎長と仲良しになってる上、言動を考えると軽口を叩き合う程の親密な間柄である可能性が極めて高い。見方を変えれば、沢田家に危害を加えた瞬間に次郎長との戦争が確定するということでもある。

「リボーン、ちなみに次郎長はツナがマフィアになるのは……」

「反対だ。多分ツナをカタギのままにするためならボンゴレとの戦争も辞さねーゾ」

「……まさかとは思うが、その次郎長も説得しろとか言わねーよな?」

 顔をひくつかせながら尋ねるディーノに、リボーンは愛用の帽子を深く被るだけ。その表情は読み取れないが、少なくとも言えることはただ一つ――イエスだ。

(あ、今回ばかりは俺死ぬかも……)

「さて……私は一旦お暇させてもらいますよう」

 ピラ子は立ち上がって傍に置いていた刀を腰に差すと、そのまま玄関へと向かった。

「お、おい……どこに行くんだ?」

「決まってるじゃないですか、オジキに今回の一件を報告するんです」

 その言葉にディーノはビシッと固まり、徐々に顔色が悪くなり冷や汗を流し始めた。

 次郎長は一度抗争となれば敵対勢力を一兵卒に至るまで叩き潰すことで恐れられており、自分の組の倍以上の武力と資金を持つ組織を単独でいくつも壊滅させ、和解の場で騙し討ちに遭っても生還どころか返り討ち・全滅させるという規格外ぶりだ。最近ではマフィア絡み――主にボンゴレのせい――でかなり頭に来ている時もあるようで、ずば抜けて高い戦闘力を誇るあのリボーンですら次郎長との直接対決は避ける程だという。

 もし報告されたら、下手をすれば組織ごと潰されるだろう。ディーノが万全の状態であれ、元のへなちょこ(・・・・・・・)であれ、キャバッローネの未来は暗くなる。次郎長は単独でそれ程の力を有しているのだ。

「ま……待て待て待て待て!! 待ってくれ、俺達が終わるから(・・・・・・・・)そればかりはやめてくれ!!」

「そうは行きません。私もツナ君の友人として、並盛の極道として、オジキの義娘(むすめ)として放っておくわけにはいかない。あなた達を野放しにすれば必ず後の憂いとなる」

 真っ直ぐディーノを見据えて言葉を並べるピラ子。

 今の組には登のように年が近い家族もいるが、初めての男友達は実はツナである。彼女はツナに対して恋愛感情は持っていないが、一人の友人として大切に想っているのは事実だ。親しい友人がマフィアの策謀に呑まれているところを助けないなど、極道の風上にも置けないだろう。

 ピラ子は女だが一端の極道だ、格上の相手に臆する程度の度胸は持っていない。あるのは立場も実力も遥かに上の猛者でも怯まずに啖呵を切れる程の度胸である。

「この町で溝鼠組に、大侠客次郎長親分に盾つく不埒者には真っ赤なお花がお似合いですよう。じゃあ私はこの辺でドロンと」

「お、おい待ってくれ!! まだ話は――うわっ!?」

「!?」

 ピラ子を止めようと手を伸ばした途端、ディーノは段差も何もない床で盛大に前へズッコケてしまった。

 ディーノはある意味での「究極のボス体質」で、ファミリーの前では優秀なボスだが一人になるとその実力は激減して極度の運動音痴になる。要は部下の前では一丁前、たった一人では半人前という二重人格みたいな体質なのだ。一人だけになると食事中にボロボロこぼし、階段で転び、愛用する武器の扱いも下手になるというのだから厄介なことこの上ない。

 しかも部下無しで沢田家に上がってもこれといったボロを出さなかったため油断していたのか、ピラ子に飛びつく形で思いっ切りコケてしまった。

「うおっ!?」

「キャッ!?」

 ドターッと盛大に転ぶ二人。

 たった一瞬でディーノが上に乗りピラ子が下で仰向けになるという恋愛的光景に、ツナは絶句しリボーンは呆れた笑みを浮かべた。

「大丈夫? 二人共」

「「あ~、ビックリした……」」

「気をつけてねディーノ君、ピラ子ちゃん巻き込んじゃダメよ!」

 

 ピンポーン――

 

 刹那、インターホンが鳴り響いた。

 奈々が「開いてますよ」と返事すると、ゆっくり扉が開いた。入ってきたのはこの現状で一番来てほしくない人物、並盛最強の次郎長だった。

「邪魔すんぞ奈々。ピラ子い――」

 ピラ子いるか、と言葉を続けようとした次郎長は体を硬直させた。

 なぜなら、自分の愛しいピラ子がどこの馬の骨とも知れぬ金髪の美青年に目の前で組み敷かれていたのだから。

「あ、オジキ~」

「……」

「ち、違う!! これは誤解だ!!」

「黙れ小僧」

 必死に弁明しようとするディーノを、地獄の底から響くような声で無慈悲に吐き捨てる色黒の修羅。

 強烈な怒気と殺意を孕んだそれに、ピラ子と奈々以外の全員が一斉に縮み上がった。状況が状況だったせいで、ディーノが娘を組み敷いて犯そうとしたと次郎長は勘違いしてしまったようだ。

 人は怒りが頂点を超えると逆に冷静になって怒号を飛ばさなくなるというが、よく言ったものである。

「………ぽっと出の三下がやってくれるじゃねーかよ」

「ひっ!」

 凄まじい剣幕で殺気を膨らませ拳を鳴らす次郎長は、目にも止まらぬ速さでディーノの首根っこを掴んで外へ放り投げ、玄関の扉を閉めた。

 刹那、ディーノの断末魔の叫びと石の壁でも粉砕するような轟音が聞こえた。見えなくても目を覆いたくなるような惨状を想像してしまったツナは顔を青褪め、完全に裏の人間である居候のビアンキですら顔を引きつった。

「あ、オジキの本気(マジ)の拳骨だ」

「いや、アレは人の顔を殴る音じゃねーだろ……」

 組み敷かれていた状態のまま呑気に呟くピラ子に、リボーンは元生徒(ディーノ)に対し心の中で合掌するのだった。

 後に次郎長がピラ子を連れて去り、ツナ達が様子を見ると、血塗れのディーノが壁に減り込んでいたとか。




ちなみに次郎長の勘違いは後々解くことに成功しますが、その時には組全体に知れ渡ってしまっているので、ディーノは今回のことをネタにされてイジられます。(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的43:食い逃げはいけません

今回は小話的なノリです。


 ここは竹寿司。次郎長や尚弥といった大物も御用達の、並盛町屈指の名店。

 その店内で、ツナはリボーンに奢られる形で寿司を堪能していた。ビアンキとランボも同席しており、高級なネタを頬張っている。

「でもびっくりだよ、お前達に寿司屋に連れて来られるとはな」

「たまにはな。最近ツナ色々頑張ったしな」

「リボーン、お前……」

 目頭が熱くなったツナは、潤んだ瞳を誤魔化すように鼻を人差し指で擦る。

 歩く理不尽であるリボーンも人の子のようで、弱音を吐きつつも懸命についてくる生徒にはご褒美をやるのが筋と考えているようだ。

 しかし、この考えが間違いだった。ツナは失念していたのだ。リボーン達はどこまで行っても裏社会の人間であり、表の常識が通用しないということを。

「ごちそうさま!」

「ん!?」

 突如、ビアンキが席を立って出入り口へと走り出した。

 リボーンもビアンキの腕に紐を巻きつけて一緒に出て行き、ランボまでもがその短い足で走り出した。

「お、おい! お前らどこい――」

 どこ行くんだよ、と言おうとした直後だった。

「待たんかい、おどれら」

 ドスの利いた声が店内に響く。

 嫌な予感がする――ツナはそう思い顔を引きつらせつつ、ブリキの人形のようにゆっくりと振り返る。視線の先には、赤い着流しとサラシを身に纏った左目の傷が目立つ端正な顔つきの男性がリボーン達に鋭い眼差しを向けていた。

 見た目からして板前ではない。どう考えても客であるヤクザだ。

(ヤ、ヤクザ……! しかも絶対強い人じゃん……!!)

 極道(アッチ)の人間とプライベートがズブズブなクセに今更ビビるのもおかしな話だが、ツナは顔色を悪くした。雰囲気で悟ってしまったのだ。相手は組長か若頭クラスの相手であり、稀にリボーンの理不尽によって絡まされるチンピラとは格が違うと。それはリボーン達も感じ取ったのか、ヤクザの只ならぬ威圧感に警戒し、ランボに至ってはもう半泣きである。

「食い逃げはいかんのう坊主共……極道者のわしでも自分が食った分は払うぞ?」

 声色には怒気は孕んでないが、眉間にしわを寄せている顔のせいか、肌をピリピリと刺すような威圧感が伝わる。

(この男……隙が無い……!)

 ビアンキはヤクザの殺気に反応してポイズンクッキングを用意したが、攻撃のチャンスを掴めずにいた。

 相手はたった一人だけの極道。死ぬ気の炎も扱えなければ、これといった特異な武器も持っておらず、暗殺術を会得しているわけでもないだろう。だが相当の修羅場をくぐり抜けてるのか、現役の殺し屋ですら怯むような気迫を纏っていた。それこそ、あの次郎長と似たような雰囲気だ。

 リボーンは相手が得物を手にしていない上にカタギの店内ということもあってか、愛用の拳銃を向けてはいないが、相手を警戒して問う。

「てめーは何者だ」

「二代目魔死呂威組組長、中村京次郎……〝狛犬の京次郎〟と呼ばれちょる」

 名乗ったヤクザ――中村京次郎の言葉に、リボーンは驚いた。

 二代目魔死呂威組。隣町の姉古原町を縄張りとして活動する極道組織で、あの次郎長率いる溝鼠組の親戚縁組として知られている組だ。みかじめ料徴収や高利貸し、建設業、ノミ行為で稼いでおり、日本の裏社会でも相当の財力を誇るという。しかも先代の下愚蔵が体調悪化を理由に組を若頭だった中村京次郎に譲ってから組織が強化されたという話もある。リボーンから見ても油断ならない勢力なのだ。

 そんな隣町の極道の組長が単身で寿司屋で食事しているではないか。

「わしゃ極道じゃ、カタギに手は出さん。が………お前ら裏の人間じゃと話は変わる」

「! ――なぜそう言い切れる」

「そこの牛の坊主から硝煙の臭いがかすかにした……撃ってから随分と時間が経っとるようじゃがな」

 その言葉に、ツナ達はハッとする。

 ランボは牛型の角を頭に装着していることさえ除けば、乳牛模様の尻尾付き全身タイツで身を包んだだけの5歳児だ。しかしその正体は中小マフィアであるボヴィーノファミリーの殺し屋(ヒットマン)で、隙あらばリボーンの抹殺を図りあらゆる銃火器で命を狙う立場なのだ。――が、最近は標的(リボーン)に全く相手にされない上に目的すら忘れてしまったために沢田家の居候として暮らしている。

 そんなランボだが、天性のトラブルメーカーと呼んでもおかしくないくらい彼の周囲で様々なトラブルが発生する。それもトラブルの度に銃火器を使用するので質が悪い。そういう日々が続けば自ずと硝煙の臭いがこびりつくものだ。

(コイツ……)

「フッ……そう心配するな、わしゃ今回は親戚呼んだだけじゃ。寿司屋でドンパチする気にもなれんしのう」

「親戚?」

 リボーンは眉間にしわを寄せると、京次郎の言葉の意味を説明するかのように戸が開いた。 暖簾をくぐって現れたのは、次郎長だった。たった一人で来たのか、子分は誰一人として連れてきていないようだ。

「京次郎よう、珍しいじゃねーか。おめーが並盛に来てオイラを誘うなんざ……普通逆じゃね?」

「おう、来たか次郎長親分」

 次郎長は京次郎の隣の席に座ると、剛は気前よくお茶を出した。

「よう親分! ウチは随分と久しぶりじゃねーかい?」

「大将も元気そうで何よりだ。――そうさな、最近は一人で外食しねーからな。今日は勝男達が気ィ遣ってくれたんでい。なァに、金の方はあぶく銭が(へェ)ったから大丈夫だ。あ、いつものヤツくれ」

「サーモンとイクラかい? あいよ!」

 次郎長の最初の注文に景気よく答え、寿司を握る剛。久しぶりの常連客に気分がよくなったのか、握る速さが若干速い。

「あぶく銭ってことは、博打か?」

「おう、賭場でイカサマ見抜いて50万ちょい儲けてな。詰めの(あめ)ェ詐欺師だったよ」

「それは随分と経験の浅い野郎だったのう」

「おうよ。その内指詰めんじゃねーか?」

 ヤクザの親分同士、茶を啜り紫煙を燻らせながら仲良く物騒な談笑を始める。

 生まれも違えば育ちも違い、組も己の生き方も異なるが、極道としての性分と任侠精神は同じだ。だからこそ互いに認め盃を交わし、こうして男二人で呑気に寿司を食い茶を飲むことができるのだろう。古今東西いつの時代も似た者同士は馬が合うようだ。

「……で、(こん)()ァ何やらかしたんだツナ」

 低い声で呆れ気味に言うと、ツナは体をビクッとさせ嫌な汗を流し始めた。

 ツナにとって次郎長は心から信頼できる数少ない大人の一人だが、やはりヤクザの親分なだけあって怒らせると非常に怖いことを理解している。

「知り合いじゃったか。――食い逃げじゃ、厳密に言えばそのツナとやらの連れ三人じゃが」

「ハァ? 生徒を捨て駒に食い逃げかよ、家庭教師が聞いて呆れたぜ」

「クク………ヤクザに説教されるとは世も末じゃのう」

「ホントだぜ、誰だよあんなクソガキ家庭教師(カテキョー)として送りつけたボケナスは。――まあいい、ツナ、オイラが代わりに払ってやろう。前科持ちはシャレにならんだろ」

「お……おじさーん!」

 呆れ半分だがケツを持つことを宣言した次郎長に、ツナは感極まって泣きついた。

「相変わらず器がデケェな親分!」

「目の前で恩人の子が居候に嵌められて立ち往生してるのを黙って見てるわけにゃいかねーってんでい。あ、イカとタコくれ」

 注文した寿司を平らげると、イカとタコを追加で頼む。

 その直後だった。

「……って、ああっ! アイツらいつの間にかトンズラしやがった!!」

 次郎長は京次郎との話に夢中になり、リボーン達が店を出たのに気づくのが遅れた。

 もし次郎長がいなかったら、ツナは今頃どうなっていたことだろうか。

「リボーン! ビアンキ! ランボ! やっぱ皆俺置いていったの!?」

「あんのクソガキ……オイラが奈々に手ェ出せねーこと利用しやがって……!!」

 喧嘩すれば敵無しの次郎長の唯一の弱みは、恩人である奈々だ。厳密に言えば弱みというよりも逆鱗に近いのだが、いずれにしろ奈々を裏切るようなマネを次郎長はしないしできない。

 そんな次郎長と奈々の関係を居候達は逆手に取り、奈々の信頼をある程度集めた上で好き勝手されては溜まったものではない。

「……そこまでのバカではないじゃろう。天下の次郎長をわざわざ敵に回さなきゃならん理由があるとは思えん」

「それはどうだかなァ。連中にとっての一番の邪魔者は間違いなくオイラだろうよ」

 次郎長は暗にボンゴレファミリーが自分の疎ましく思っているのではないかという旨を口に出しつつ、携帯を取り出してメールを打ち始める。

「ツナ、あとはオイラに任せろ。登に連絡寄越しといたから店の前で待って乗せてってもらえ。この時間帯なら軽トラで買い物帰りだろうよ」

「登さん軽トラなの!? ――って、あ、ありがとうございます!」

「気にすんな、おめーとオイラの仲だろうに」

 ツナは感謝の言葉と共に頭を下げ、竹寿司を出て帰路に就いた。

 次郎長はツナがいなくなり京次郎と剛だけになると、本題を切り出した。

「――さて、オイラと飯食うために呼んだわけじゃあるめェ。何があった」

 次郎長は鋭い眼差しを京次郎に向ける。

「……桃巨会を知っとるか?」

「! ああ、俺が昔ぶっ潰した三下勢力の?」

「ウチのモンからの情報じゃ。何やら斬念眉組や関東集英会の残党が東京で会合開いているようじゃ」

 次郎長の眼光が鋭さを増す。斬念眉組も関東集英会も、溝鼠組創立初期に次郎長の手によって壊滅させられた組織だ。

「連中の狙いは、お前への復讐じゃろう。当時弱小勢力だった次郎長一家に組織ごと潰された恨みは中々晴れんようじゃのう」

「連中は揃えちゃいけない〝負け確定の条件〟を揃えちまっただけさ。情報不足・慢心・思い込み……この三つが揃っちまったら大抵の勝負は負けるのさ」

 次郎長は温くなったお茶を飲み干すと、愛用の煙管を取り出した。火皿に刻み煙草を詰めて点火させ、吸い口を咥えて紫煙を燻らせながら天井を仰ぐ。

一対一(サシ)で挑もうが徒党を組もうが、所詮は口だけは達者なトーシロさ。本物の無法者(アウトロー)は死すら脅しにならねェ」

 次郎長も一端の無法の稼業人だ。生死のやり取りもあれば腹の探り合いもあり、それに付随する「死」など一々構っていては弱肉強食の裏社会で生きていけない。

 闇の世界は日本の戦国時代のような状態であり、裏切りや脅迫、暗殺に闇討ちは手段通り越して〝作法〟だ。ゆえに次郎長はかつての関東集英会の一件のように和解(てうち)の場で騙し討ちを受けても「卑怯者」などと罵倒する気は無い。そのような女々しい言葉を吐くような器では親分を名乗れないと考えているからだ。

自分(てめー)の護るべきモン失うぐれーなら、それを護るために死んだ方がオイラにとっちゃずっとマシよ。護るべきモン護れんのァ生きてる間しかできねーんだ、死ぬ気で生きて護るべきモン護り抜いてから逝く……それが(おとこ)ってモンだ」

「……!!」

「――そうだろ? 京次郎親分(・・)

「ハッ……道理じゃな」

 次郎長の言葉に目を見開いた京次郎は、敵わないと言わんばかりの笑みを浮かべた。

「……話が逸れたな。それで、連中の数は?」

「少なくともお前んトコの組よりかは多いじゃろうな。わしの組も似たような規模じゃが」

「極道だって戦争するにも資金がいる。っつーこたァ、オイラ一人潰すために金も時間も掛けてるってことかい……当然比例してそれなりの戦力を整えるわな」

 極道の世界において、一旦抗争が発生すれば双方ともに死力を尽して徹底的に戦うこととなる。抗争の根本は経済基盤である縄張りの維持・拡大や手を出してきた相手に対する報復だが、いずれにしろ抗争を長期化させては場合によって共倒れになるおそれがある。その上殺傷した相手方に対する見舞金や仲裁人に対する謝礼など莫大な額の金も必要となり、組織にとっては大変な負担になる。

 ゆえに極道の世界には決定的な争いは避け、自らのことは自らの手で解決を図るという考え方が広まっているが、それでも抗争を辞さない強硬な態度となれば厄介な話となる。だが次郎長にそれは当てはまらない。厄介どころか、むしろやり易く感じるのだ。

「この次郎長に全面戦争仕掛ける腹積もりなら受けて立ってやるさ。一対多数の戦闘は中坊(ガキ)の頃から慣れてる」

「そんな頃から卑怯なマネされてたのか……!?」

 驚愕する京次郎を、次郎長は鼻で笑った。

「圧倒的強者に勝つためには数に頼るのが定石だぞ? 高校の頃は木刀一本でドスや金属バット持ったヤクザに立ち向かった。中坊の頃は素手喧嘩(ステゴロ)で武装した不良集団を返り討ちにした。やれ卑怯だの卑劣だのと言ってる間に誰かしらお陀仏するのが抗争というモンだ、戦い方を責めたところで何にもならねーだろ?」

「少年期に過ごしていい生活じゃねーぞ……」

「お前やっぱりおかしいって」

 次郎長の規格外な過去に、剛と京次郎は呆れるを通り越して軽く恐怖すら覚えたのだった。




次回、次郎長がついにリボーンに喧嘩を売ります。作者も待望のドリームマッチです。
乞うご期待。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的44:SHOWDOWN

お待たせしました。
ついに次郎長とリボーンが対決します。


「わあーーーー!! 遅刻だーーーっ!!」

 朝の沢田家に、ツナの絶叫が木霊する。

 無類のゲーム好きであるツナはうっかり夜更かしをし、そのまま寝坊したのだ。しかも時間は7時40分……早く出なければ遅刻確定。風紀委員会に目を付けられ、最悪咬み殺されてしまう。

 急いで制服に着替え、階段を下りて玄関に向かうと――

「あ、やっと起きたんですか?」

「ピ、ピラ子さん!? 何でいるの!? っていうか母さんは!?」

 目の前に現れたのは、溝鼠組若頭補佐であるピラ子。次郎長の義娘(むすめ)であり、沢田家との親交も深い極道者が、何と割烹着姿でいつの間にか家に上がっているではないか。

 昨日居なかったはずなのになぜ居るのか混乱するツナだが、それを察してかピラ子は口を開いた。

「奈々の姐御をたまには休ませたいと思いまして。そもそも私が姐御の世話になることはすでに周知のはずですけどォ」

「母さん、寝てるの……?」

「時には親を休ませるのも、孝行の一つですよゥ。私だって自分のご飯くらいは作れますし、いつも全員分の食事を作ってくれてるオジキと登の兄貴だって休ませないといけないでしょう?」

 そう言いながらツナにお昼用の弁当と水筒、そして朝食用のパンを渡すピラ子。

 奈々(ははおや)以外の女性が作った弁当を食べるどころか受け取ったことすら無いツナはなぜか顔を赤くするが、遅刻のことを思い出してすぐにカバンに詰めて玄関の扉を開けた。

「い、行ってきます! ピラ子さん、ありがと!」

「いってらっしゃ~い♪」

 パンを咥えて急いで登校するツナを、ピラ子は手を振りながら笑顔で見送る。

 そこへナポリタンを啜るリボーンが背後に現れる。

(わり)ィな、ママンに代わって」

「たまには肩の力を抜くのも大事です~。少しくらい自分の為に休んでもバチは当たりませんよう」

 そう笑みを浮かべたまま言うと、リボーンへと向き直って黒い瞳を見据えた。

「リボーン君……オジキが呼んでます。一緒に来てもらいますよ。安心してください、奈々の姐御に話は通してますから」

「……?」

 

 

           *

 

 

 リボーンがピラ子に案内されたのは、5丁目の工場跡地。

 長い年月の間放置されていたせいか何を造っていたのかは不明だが、規模からしてそこそこの工場だろう。並盛だけに小ではなく並であるようだ。

「近頃ここが他勢力の秘密の溜まり場になってるようで、風紀委員会が解体してくれと先日電話で頼んできた場所です。まあ半グレ集団とはいえカタギの連中……税金使って解体する方が金が掛かるってのは正論ですねェ。オジキや私としては集まった連中を袋叩きにして胴元を炙り出して金目のモン全部ぶんどりたかったんですけど、致し方なしってことで」

「……」

「っということでオジキ~! 連れて来ましたよ~!」

「おう、ご苦労さん」

 労いの言葉と共に廃墟の中から次郎長が現れ、鋭い眼差しでリボーンを睨み下ろす。

「ちゃおっス。俺に用があると聞いたゾ」

「ああ、おめーじゃなきゃいけねー用事だからな。ピラ子、おめーはもういいぞ」

「は~い」

 ピラ子は踵を返し、工場跡地から離れていく。

 その場に残されたのは、自他共認める本物の強者二人だけだ。

「……来な。中で話をしてやる」

「……」

 

 

 廃墟の中へと移動した二人。次郎長はリボーンに語り掛ける。

「ここ最近ツナの身辺で起こっている騒動の数々、きっちりかっちり調べさせてもらった……〝アレ〟がおめーのやり方なんだな?」

「ああ。俺はツナをボンゴレ10代目にさせるために仕事してるからな」

「ハッ……反吐が出るぜ。古狸の上っ面の言葉を信じ、息子を組織に売る父親に加担するなんざ。裏社会で血筋なんざ何の武力にもなりゃしねェ」

 9代目(ティモッテオ)と家光への嘲りを言葉に乗せ、リボーンへの疑念を顔に出し、次郎長は口を開く。

 今日に至るまでの人生の大半を裏社会で過ごす運命を辿る次郎長だからこそ、その過酷さを理解している。盃を返されることも当たり前の世界では、ツナはあまりにも優しすぎる。たとえ素質があり力に富んでいても、次郎長は絶対に引き込もうとしない。次郎長がするのは、ツナに人一倍の幸せを掴ませる手助けを陰ですることだけだ。

 それを阻むどころか奪う者がいるのならば、次郎長はいつでも心を鬼にして全てを叩き潰す。それが次郎長を(おとこ)の中の(おとこ)にしてくれた奈々へ通す仁義と信じて。

「おめーが騒動の火種ばら撒いてる以上、奈々とツナを任せたくねェ。ただでさえ家光の野郎(バカ)が家庭放置してるってのに、その上居候共(おめーら)に好き放題されちゃあ困る」

「……何が言いてェ」

 怪訝な表情のリボーンに、次郎長は獰猛な笑みを浮かべジャキッと刀を鳴らした。

「オイラと勝負しろリボーン。アイツらを護れる程の力があるか試させてもらう」

 それは、次郎長からの挑戦状だった。

 本職が本職とはいえ、家庭教師名乗るからには生徒とその身内を護り抜く力があるのか見せてみろ――そう言っているのだ。

「……いいゾ。久しぶりに喧嘩買ってやる」

 リボーンはニヒルな笑みを浮かべる。

 相手は並盛の頂点に君臨する王者。強力無比・豪傑・無双……そんな言葉が似合う最強のヤクザ者だ。相当の手練れであり、それなりの覚悟が求められるだろう。

(おとこ)(おとこ)の喧嘩だ、簡単にやられんなよクソガキ」

「それはお互いさまだゾ」

 左足を引いて深く腰を沈める次郎長。

 引き金に指をかけるリボーン。

 時が凍りついたかのような静寂の中で睨み合い、間合いを測り、そして――

「……来ねーならこっちから行くぞ」

「っ!?」

 リボーンがその言葉に驚いた途端、次郎長が一気に間合いを詰めてきた。

 普通に考えれば刀一本で戦う人間が拳銃、それも凄腕の殺し屋相手に攻めに回るのは絶対に不利だ。リボーンはそう判断し、次郎長は自分が放つ銃弾を躱しつつ間合いを徐々に詰めるという守りに入りながら攻めるものだと思っていた。

 だが実際はその逆――次郎長は相手の隙を伺うのではなく、守りに入るのでもなく、自分から飛び込んで攻めてきた。リボーンの読みの裏をかいたのだ。これに驚かないのは無理がある。

「まずは一太刀!」

 先手を打った次郎長の、挨拶代わりの居合。

 鞘から抜かれた白刃は神速を維持しながら迫り、リボーンを拳銃ごと斬ろうとする。それに対してリボーンは帽子のツバに乗せているペット――形状記憶カメレオンのレオンを十手に変え、空いた左手で持って次郎長の斬撃を受け止めた。

 十手と化したレオンと次郎長の刃がぶつかり火花が散ると、お返しとでも言わんばかりにリボーンは発砲。至近距離から放たれた銃弾を次郎長は紙一重で躱すと、鞘を振るって二撃目を仕掛ける。

 するとリボーンはニヤリと笑みを浮かべ、振るってきた鞘の上に乗って距離を詰め本気の(・・・)飛び蹴りを見舞った。小さくも強烈な一撃は次郎長の顔面を捉え、衝撃と共に大きく吹き飛ばす――が、次郎長は空中で体を一回転させて着地した。

「ハッ……さすが〝アルコバレーノ〟と言ったところか?」

 凶暴な笑みを浮かべる次郎長に対し、リボーンは顔には出さずとも次郎長のタフさに驚いていた。

 家庭教師も兼業するリボーンは、暴力的なスパルタ教育を施す。受け持った生徒には基本暴力的でパンチやキックは当たり前だが、それらは全て生徒の身体的な悪影響を考えて手加減している。ちょっかいしてくるランボを返り討ちにする時も同様だ。

 だが今回の次郎長に関しては本気の一撃――それこそ仕留める気で放ったものだ。相手が門外顧問(いえみつ)とタメを張れる程、もしかすればそれ以上の実力者となれば手加減はできない。その手加減抜きの蹴りを顔面で喰らいつつもダメージを悟らせない並盛の王者に、リボーンは久しぶりに危機感を覚えた。それと共に、高揚感も覚えていたが。

「てめーが相手なら、オイラも本気を出せそうだ。並盛男児の底力ってのを見せてやらァ。それと一つ教えてやる――」

 

 ――ドゴォ!!

 

 次郎長は得物の刀を鞘に一度収めると同時に駆け抜け、リボーンを蹴り上げた。

「ぐっ!」

「ヤクザのキックは(いて)ェぞ!!」

 零距離で放つ一撃に、リボーンは咄嗟に両手を十字に組んで防御したが、骨がきしむような「重さ」に顔を歪めた。

 殺し屋(ヒットマン)とは、標的(ターゲット)の隙を突きその命を奪う者だ。そして優れた殺し屋(ヒットマン)は、あらゆる面で通じる多彩な能力(スキル)を身につけている。暗殺術もただ凶器を用いるだけではなく、鍛え抜いた身体を駆使した格闘術や相手の動きを読んで必殺の一撃を喰らわせる心理戦も重宝される。それを熟知しているリボーンは、業界一の殺し屋(ヒットマン)として暗殺の為のあらゆる技術に精通している。

 しかしそれは技術の話。腕力や脚力といったフィジカル面はそうとは限らない。ましてや赤ん坊サイズの体格では、次郎長の方が色んな部分で素手の戦いに強いのは言うまでもない。現に次郎長のパワーは、リボーンの想像を遥かに超えていた。

(何つー脚力だ……!)

 どうにか受け身を取って体勢を立て直すと、次郎長が刺突を繰り出して急接近。リボーンの得物である拳銃を一突きで破壊し、一閃する。

 その一振りを回避し、リボーンはレオンを拳銃に変えて反撃に打って出た。

「まだまだだな」

「……っ!?」

 リボーンは連射で天井を次々と撃ち抜き、次郎長の頭上に落とした。

 轟音と共に土煙が上がり、リボーンにハメられた次郎長は落下してきた天井の下敷きになるのだが――

 

 ゴパァァッ

 

 居合一閃。次郎長はのしかかってきた天井を得意の抜刀術で粉砕してしまった。

 卓越した狙撃の技術を応用した即興の策戦も、決定打にならない。それは次郎長が、ただ喧嘩に自信があるような並の無法者ではないからだ。

 彼は〝戦闘勘〟という喧嘩の才能を生まれつき持っている。生と死の間――命のやり取りを行う戦闘という極限状態に身も心も投げ出すことで、次郎長は人の域を超えたデタラメな強さを発揮する。その戦闘勘を心身共に鍛え続けた結果が、今の次郎長であるのだ。

「……ここまでとはな」

 常軌を逸した強さに、リボーンは驚きつつも納得していた。

 目の前の男は〝ボンゴレの若獅子〟として最前線で戦っていた当時の家光とタメを張った実力者だ。死ぬ気の炎や特殊能力ではなく純粋な腕っ節(・・・・・・)で星の数くらいにいる裏社会の猛者達から恐れられてきたのだ、これくらいできても何ら不思議は無い。

「どうした、さっきからハジキばっかりじゃねーか。ヤクザ者一人にビビってるのか?」

 明け透けな挑発で次郎長はリボーンを煽る。

 自分は銃なんて鈍でとれる安物の(タマ)ではない、と。この次郎長を倒す力と自信があるなら同じ土俵に立ってみろよ、と。並盛の王者はそう訴えているかのようだ。

 これは挑発に乗らなければシメシがつかない。自分のプライドの為にも、相手が最も得意とする戦いを制さなければならない。

「……行くゾ」

「来いよ。こちとらいつでも喧嘩上等だ」

 リボーンは殺気を膨らませる。それに応えるように次郎長も殺気立ち、笑みを溢す。

 今度はリボーンが先攻だった。レオンをコンバットナイフに変形させると、距離を詰め高速で刃を繰り出す。絡みつくような(けん)(せん)は蜘蛛の巣のごとく――死角を縫っていくかのように襲い掛かる。

 次郎長は刀と鞘を用いた二刀流による防御で、リボーンの攻撃に食らいつくように受け止めていく。下手に避ければわずかな隙を突かれて鋭い斬撃を浴びるハメになるため、あえて攻撃を全て受け止める戦法に出たのだ。

 金属音と共に火花が散り、一進一退の攻防を繰り広げる。(おとこ)の喧嘩第二幕は、小細工抜きの斬り合いだ。

(速くて重い……それでいてデタラメ。斬り覚えの喧嘩殺法か? 型に囚われてねーから厄介だな。だが……)

 双方斬撃をぶつけ合う中、リボーンは冷静に次郎長の太刀筋を分析する。

 そして次郎長が刀を振り上げ、唐竹割りを繰り出した。

(――崩せばこっちのモンだ!)

 リボーンは力を入れて次郎長の一太刀を真っ向から受け、弾き返した。

 今だとばかりに踏み込み、リボーンは一撃を見舞おうとしたが――

「……かかったな」

「!?」

 次郎長はニヤリと笑みを浮かべ、刀を背中に回し逆の手に持ち替えた。背中越しに持ち替えられた刃は掬い上げるようにして伸び、(きょ)()かれ驚愕の表情を浮かべたリボーンに迫った。

 背車刀(はいしゃとう)――次郎長が愛読している某漫画の戦闘シーンで登場した刺突技だ。刀を背後で持ち替えることで予測外の方向から斬撃を見舞うこの技は、変幻自在のフェイント技として絶大な威力を発揮する。言わば並の実力者では初見殺し確定の剣技である。

 次郎長はこの技を完璧に習得(マスター)するために数え切れない程の練習を重ねた。元々は因縁の深い(デイモン)・スペードとの再戦に備えた切り札であり、実戦で活用するのはリボーンが初めてだ。いずれにしろ、刀が有利な間合いで発動された以上相手は無事では済まない。

 これには次郎長も勝利を確信したが――

 

 ザシュッ

 

「――なっ!?」

 驚愕の声を上げる次郎長。

 刺さっていたのはリボーンではなく、彼がいつも被っているボルサリーノ。刃には血が付いているので当たってはいるようだが、どうやら紙一重で躱して決定的なダメージを回避したようだ。常に冷静に相手の殺意を手に取るように把握し弄ぶ、孤高の天才であるリボーンだからこそできる離れ業だった。

 ふと気づけば、リボーンの姿が見当たらない。リボーンを見失った次郎長は、さすがに焦った。戦場で相手を見失うことは攻める方でも守る方でも致命的なのだ。ましてや工場跡地では隠れる場所が多い。色んな武器に変化できる切り札(レオン)を得物としている以上、距離を置かれては次郎長が不利となる。

「殺気を隠しやがったか……!」

 リボーンは気配を殺して殺気を徹底的に抑えつけたのだろうか。次郎長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて舌打ちをする。

 しかしいくら悪態を吐こうが状況は変わらない。相手の裏をかくのは殺しを生業とする人間の得意分野だ、動いた方が危なくなる。ならば取るべき行動はただ一つ……迎撃準備だ。

「フゥ~…………」

 深く息を吐き、刀を鞘に収めて腰を沈めた次郎長は目を閉じる。

 五感はおろか第六感と言える戦闘勘すら研ぎ澄まし、鎌を手にした死神に渾身の一太刀を浴びせる。それが次郎長に唯一残された反撃の一手。失敗は許されない。

「………」

 静かに呼吸し、自ら静寂を作る。

 そして――

 

 バァンバァン!

 

 工場内に響く、二発の銃声。

 それに即座に反応した次郎長は抜刀し、襲い掛かる鉛玉二発を叩き斬ろうとするが――

「……!?」

 次郎長の両足の横の地面に銃弾は撃ち込まれ、そのまま減り込んでいった。

(コイツァ、(デコイ)か……!?)

 超一流を自負する男が攻撃を外すとは思えない。何か意味があるはず。

 少なくともリボーンの何らかの策であることを見抜いた次郎長は、冷静に彼の意図を探ろうとする。そこへ小さな黒い影がナイフを手に、神経を尖らせ警戒する極道者(バケモノ)との距離を詰めて襲い掛かった。

 

 ギィン!

 

 ――が、次郎長の反応が一瞬早かった。

「っ!」

「あと一歩足りなかったな」

 ナイフと化したレオンの刃は鞘で受け止められ、頭から一筋の血を流すリボーンは丸腰になる。

 拳銃はすでに破壊され、体格差を考えるとパンチやキックは届かないし、届いたとしても何らかの動作をしなければならないため隙が生じる。その間に次郎長の一太刀を浴びれば、勝敗は決する。リボーンの劣勢は明白だった。

「奈々が信頼してる以上、峰打ちで勘弁してやるよ」

 瞬時に刀を持ち直し、峰をリボーン目掛けて振り下ろす。峰打ちは相手を殺さずに倒す手段ではあるが、骨折や打撲程度のダメージは避けられない。

 勝負ありかと思われた、その時――

 

 ズガガッ!

 

「!?」

 次郎長の真下から、銃弾が二発飛び出た。先程地面に減り込んだ銃弾が、何と時間差で地面から撃ち出され頸動脈を狙ったのだ。

 リボーンが放った〝CHAOS(カオス) SHOT(ショット)〟は首を掠り、あまりにも想定外な方向からの攻撃にさすがの次郎長も怯んだ。それによって鞘の防御が崩れ、体勢そのものに隙が生じた。

「――強かったゾ、次郎長」

 リボーンは剣一本で真っ向勝負を挑んだ男に自分なりの最高の賛辞を送ると、その小さな拳に力を込めて顔面を穿った。直撃を受けた次郎長は成す術も無く殴り飛ばされ、廃墟の壁を突き破っていった。

 さすがに無事では済まないだろう。これ程のダメージを受けても十分に戦えるとなれば、リボーンはそれこそ殺す気で相手取らねばならない。

「……効いたぜ、さすがに…………!」

「っ……!」

 ジャリッ、と地面を踏む音。土煙の中から凄みを増した次郎長が現れる。

 激しい戦闘によって頭や口から血を流し、それに比例するように着物も襟巻もボロボロな状態だが、纏う気迫と闘志はより一層増している。

 まさに修羅。手負いの獣と化した次郎長は、戦う前とは比べ物にならない威圧感を放っていた。

「最強の看板を背負ってるだけはあるようだが、まだ(かり)ィな。強さは背負っているモンと護るモンで決まる。俺の強さは、おめーらマフィア者とはレベルが(ちげ)ェんだよ」

 次郎長の背中には、背負っているモノ・護るべきモノが多い。

 任侠道という己が定めた鉄の誓い。大恩ある奈々(おんな)に通すべき筋と恩返し。はみ出し者の自分に居場所を与えてくれた町。そして愛すべき溝鼠組(かぞく)。例を挙げればキリがない。

 それらを全て護り抜くには、力が必要だ。何者にも屈することなく全てを蹴散らす、圧倒的な力が。次郎長はそれに気づき、己を鍛えた。それが世界に通用するかどうかなど一切気にも留めず、大切なモノを命懸けで護り抜くために。

「おめェ……」

「リボーン、一つ問う。おめーの強さは心から認めよう。だが……」

 

 ――おめーに「護る戦い」の経験値はどれぐれーある?

 

 その問いに、リボーンは目を大きく見開いた。

 リボーンは殺し屋(ヒットマン)だ。狙った標的を確実に殺す、言わば「奪う戦い」には圧倒的な経験値がある。だが護る戦い、すなわち敵対勢力から護衛対象を死力を尽くして護り抜く戦いの経験はとても浅い。もしかすれば無いのかもしれない。

 それは人の命を奪うことを生業とする暗殺者の、ある種の宿命と言えよう。暗殺者は命を奪うことで弱肉強食の裏社会を生き抜くのだから。それでも――

「だから俺ァおめーが気に食わねェ。奪う戦いばかりしてきた奴が、護る戦いができるかよう」

 奪う戦いは、自分の身を護る戦いでもある。しかし護る戦いは、自分だけでなく他者も五体満足で護らねばならない。背後にある護るべきモノに手を出させないよう、目の前の敵を逃がさない戦い方が求められる。

 ただ強いだけでは、ダメなのだ。己の強さを敵にぶつけるだけでなく、その強さを護るべきモノにとっての〝最強の盾〟とならねばならない。みっともなく反吐をぶちまけ痛みに涙を滲ませても、己を奮わせプライドを捨ててでも護らねばならない。古里家の一件で、次郎長は護る戦いの意味をその身をもって理解している。

「おめーにオイラは殺せねーし、殺される気もねェ。あのボケナスとの決着をつけなきゃ死んでも死にきれねーってもんだ」

「……?」

 意味深な発言と共にゆっくりと迫る次郎長は、さらに闘志を燃やす。

「喧嘩第三幕、行こうぜ……次で決着(ケリ)をつける」

 闘争本能を剥き出しにした次郎長は、刀を構えてリボーンに斬りかかる。

 ――が、次郎長が刀を振るう直前にどこからか黒い何かが放たれ、地面に突き刺さった。その正体はクナイだ。

「そこまでぞよ次郎長、アルコバレーノ」

 古風な口調で現れたのは、並盛商店街を牛耳る百地だった。

 次郎長は不服そうな表情を浮かべながら鋭い眼差しを百地に向ける。

「百地……おめーがそんな野暮な女だとは思わなかったぜ」

わしら(・・・)も極道とマフィアの喧嘩に首を突っ込む気は無いが、アルコバレーノを本気で倒す気ならば容赦しない……これはハズミじゃないぞ」

「殺す気まではねーよ、ぶっ潰したくはなるがな。どうやら複雑な事情のようだが……不完全燃焼は御免だぜオイラ」

 次郎長は殺気を収めるが、纏う空気は戦場の真っ只中にいるそれだ。

 そんな彼の首筋に、刃が突きつけられた。

「……! てめーは……!?」

 次郎長に刃を向けるのは、両腕に短刀を装着した和装の大男。顔には刀傷がいくつか刻まれており、歴戦の将という言葉が似合う人相だ。

(柩か……また厄介なのが……! 一応コイツも百地の味方か……?)

 次郎長は警戒心を強くする。

 柩は天照院奈落のとりわけ高い実力を持つとされる「奈落三羽」の一角。原作での見せ場そのものは非常に少ないが、朧と肩を並べるだけあって厄介な実力者として銀時の行く手を阻んでいた。こちらの世界では、どうやら八咫烏陰陽道の三人の指導者「(きん)()」の一角であるようだ。

(コイツら、いつの間に……)

 警戒心を強くしたのは、リボーンもだった。

 暗殺を生業とする職業ゆえ、他人の殺意は誰よりも敏感であるはずなのに二人の気配を感知するのに遅れてしまった。つまり相手は自分と同等、またはそれ以上の暗殺者である可能性が高いということに他ならない。同業者の中に伝説級の殺し屋である〝蜘蛛手の地雷亜〟のような化け物レベルの実力者がいるが、目の前の二人はその彼と引けを取らないだろう。

「……次郎長、これ以上暴れるなら我々が相手取る」

「………ちっ、何でこう一番盛り上がるタイミングで邪魔が(へェ)るんでい」

 次郎長は悪態を吐くも、興が醒めたのか渋々刀を収める。

 それに呼応するように百地と柩は手を引いた。

「……おい、百地っつったよな」

「?」

「おめーらは何者だ。なぜアルコバレーノを知っている」

「――我々は日ノ本の守護者。真の八咫烏の羽からは何物も逃れられはしない……それだけだ」

 まるで暗号のような言葉を残し、百地と柩は煙のように消え去っていった。

「……仕方ねェ、今日はここで終わりにすらァ。目的は一応果たしたしな……及第点だバカ野郎」

 次郎長はどこか満足気に微笑むが、リボーンとの激闘で蓄積されたダメージと疲労が同時に身体を襲ったのか、足をふらつかせる。

 すかさず愛刀を杖代わりにして体を支えると踵を返し、リボーンも「アレぐれーの強さがツナにあればな」と呟いて工場跡地から出ていった。

 そんな二人を、息を殺して覗き見る人影が。

(……あの時よりも強くなってますね、次郎長。だが次に相対した時がお前の最期だ)

 

 

 翌日、体中に湿布と包帯を巻かれた次郎長と頭に包帯を巻いたリボーンが二人でベンチに座り一服していたところを恭弥が目撃したとか。




感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的45:病院でオイタは禁止

久しぶりの更新ですね。


 並盛中央病院。

 その廊下で、ツナと炎真は松葉杖を突きながら歩いていた。

「「ハァ……」」

「全く、どうしようもないガキ共だよ。アンタ達も大変だねェ」

 哀れみの言葉を投げ掛ける内野婦長に、ツナと炎真は申し訳なさそうに顔をうなだれる。

 二人は昨日、イタリアからわざわざ「また」来たディーノのペットが暴走したせいで足を骨折し、人生初の入院となった。

 入院後も、二人はトラブルに見舞われた。それも本来はありがたいはずの見舞いの方だ。なぜか満身創痍の状態で来た獄寺、ポイズンクッキングを手に持ったビアンキ、昼食ワゴンに乗ったランボ……患者側としては来てもらったのは嬉しいが、病院側が嫌がる人選だ。

 それは炎真も例外ではない。妹の真美にらうじや紅葉、変装したSHITT・P!(シットピー)は場の空気を読んでいたが、病院のナースに手当たり次第ナンパする加藤ジュリーのせいでハズミで冷たい目で見られてしまい、ツナと同じ運命を辿っている。ダメ人間な部分であるだけでなく友人あるいは部下に恵まれてないのも同じであるようだ。

 最終的には騒ぎを起こす彼らを見かねた内野婦長が目の前でメロンを握り潰し、献身的な看護師とは思えない極妻のようなドスの利いた声で周囲を黙らせ、獄寺達の恐怖心を煽る形で強制退室させた。

「内野さん、すいません……」

「あんなヤンチャ坊主共は佐野さんじゃ手に負えないよ。ああいう連中の扱いに長けてるあたしに任せな」

 看護師の佐野(さの)(とし)()も、トラブルばかり起こす入院患者にはお手上げなのか内野に頭を下げる。

「ここだよ。この部屋なら嫌なくらい安静にしていられるよ。中にいるあの化け物とは縁があるんだろう? 少しは気が楽になると良いね」

「「へ?」」

「で、では私はこれで……」

 目的の病室の前に来た途端、佐野看護師はそそくさと踵を返し、それに続いて内野婦長も「じっとしてな」と一言告げて悠然と去っていく。

 化け物という単語が気になって仕方ないが、このまま廊下にいるわけにもいかず、互いに顔を見合わせてドアをノックした。

「し、失礼しま~す……」

 そろりとドアを開けると、そこには見慣れた二人が。

「やあ、小動物」

「!」

 そこにいたのは、黒いパジャマ姿の恭弥だった。しかも彼の向かい側には患者衣の上着を袖を通さず羽織った上半身裸の次郎長がベッドに腰掛けている。

 内野婦長の言う化け物とは、次郎長のことだったのだ。

「………ツナ、炎真、おめーらどうした?」

「いや、実は……」

「ディーノさんのペットが暴れて……」

「そういやあペット系の災難によく遭うよな、おめーら」

 次郎長のさりげない一言に、二人揃って目を逸らす。

 ツナと炎真は動物、特にペット系の災難に見舞われることが多い。ツナは幼少期にチワワに吠えられ、炎真も並盛で度々猛犬に追いかけられるところを目撃されている。不幸体質も共通しているとなると、もはや笑うしかなくなる。

「ちなみにその後、尚弥さんにバレて袋叩きに遭ったらしいです」

「そりゃそうだろ、アイツはオイラと一対一(サシ)で渡り合える強さだ。そもそもこの町で破壊活動すること自体が自殺行為だ」

 どうやらディーノは並盛に君臨する化け物に二度も制裁を食らうハメになったようだ。彼はキャバッローネファミリーの現ボスらしいのだが、ヤクザに加えカタギにまでフルボッコにされては面目丸潰れ・未来永劫末代までの恥になるかもしれない。

「そ、それで……おじさんとヒバリさんがなぜ同じ部屋に……?」

「ここァ町の裏社会関係者専用の療養部屋だ。雲雀家やオイラみてーな無法者が安静に療養するために院長が自費で作った部屋ってこった」

「要は一番危険じゃん!!」

「安心しろ、ここは院長と元暴走族総長の内野婦長が万年担当している部屋だ。ある意味で一番安全な病室さ……ゆっくり休んでいけ」

 さっきの婦長が暴走族の総長だったという衝撃のカミングアウトに顔を引きつらせるが、あの獄寺達を震え上がらせた彼女の剣幕を思い出してどこか納得していた。それ以前にそんな危険人物を雇った院長にもある種の恐怖を抱いたが。

 しかし、先程と比べると静かであるのは事実。恭弥と相部屋なのが気掛かりだが、彼を幾度となく退けた次郎長がいる限りどうにかなるだろう。

(どうか、何事も起きませんように……!)

(もうトラブルは御免だよ……)

 ツナと炎真は心の中で願いながら、松葉杖を動かしてベッドで横になった。

 

 

 横になってから、半日が経過した。

 廊下の足音も時計の針の音もしないこの病室は、殺風景だが心置きなく休める。見舞いに来てくれたのは嬉しいが、こうして静かにゆっくり休めるのが一番だ。

(まさかおじさんとヒバリさんと同じ部屋になるとは思わなかったな……)

(二人は一体何を……)

 寝たフリをしつつ、チラッと並盛町にその名を轟かす実力者達の様子を伺う。

 二人は本をめくるだけだった。恭弥は小説を読んでおり、その物静かな横顔はとても中学校で恐怖政治を敷いている人物とは思えない。それに対し次郎長は週刊誌を読んでおり、ヤクザの組長の休日というよりも一般家庭の世帯主の休日と言う方が似合う雰囲気だ。

 ただ、次郎長が愛読している週刊誌の表紙には「イタリア系マフィア、日本進出か」という文字がこれ見よがしに記されている。マフィアとの接点が増える一方のツナにとって、これ程不安を煽る謳い文句は無いだろう。

 そんな中、次郎長が沈黙を破った。

「……おい、恭弥。ババ抜きで賭け事しねーか? 負けた奴は売店まで全員分のジュースを買うってルールで」

「咬み殺さないのかい?」

「病院でケガ増やしちまったら世話ねーだろ」

 ごもっともである。

「……わかった。ただしそこの小動物達もね」

「「へッ!?」」

「おめーらどうせ起きてるだろ? 暇だしやろーぜ」

 どうやら寝たフリをしていたのは次郎長と恭弥に見破られていたようだ。

 溜め息を吐きつつ、松葉杖を使って歩き、次郎長のベッドへ向かう。ババ抜き自体はたまにやるが、これ程個性的な面子で遊ぶなど滅多に無い。ましてやジュースを賭けているので、賭け事の要素を含んだトランプは初めてだ。

「う~っし、やるぞ。カードはオイラが切るぜ」

 カードを手の中でシャッフルさせる次郎長だが、他の三人はカードよりも次郎長の体に視線を集中させていた。

 程よく引き締まった褐色の肉体、サラシを巻いていてもはっきりと割れているのが見える腹筋、そして数々の生々しい傷痕。とても同じ町で暮らす者とは思えない次郎長の体に、ツナと炎真は絶句。恭弥は目を見開いたまま呆然とした。

 この人はどれだけ戦ってきたのだろうか。どれだけ血を流し、自分を傷つけてきたのだろうか。どれだけ死を覚悟してきたのだろうか。

 自分達が平和に暮らしている裏で、次郎長はこんなにも傷ついている。当の本人は一切気にせず振る舞っているが、彼に護られている二人は胸が苦しくなった。なぜか恭弥は獰猛な笑顔を浮かべているが。

「……そういえば、おじさんは何で入院したの?」

「あ!」

「ああ、何だかんだ言ってなかったな」

 炎真の言葉にハッとなるツナ。

 次郎長は頭を掻きながら、入院の経緯を語る。

「昔潰した敵対組織の残党が徒党を組んでオイラの(タマ)ァとりに来てな。一人残らず返り討ちしたらリボーンとの喧嘩で負った傷が開いた」

「お、おっかねェ……じゃなくて! ごめんなさいっ!」

 事情を知ったツナは、顔を青くして頭を下げた。

 次郎長は突然の謝罪にきょとんとした後、口を開いた。

「ツナ……なぜ謝る?」

「だ、だってリボーンがおじさんを――」

「この傷は自分(てめー)が売った喧嘩の結果だ、自分(てめー)責任(ケツ)を持たなきゃ筋が通らねーってんでい。ツナが気負うようなことじゃねーさ」

 それは次郎長の一端の極道として譲れない信念だった。

 〝自分から吹っ掛けた因縁でどんな目に遭いどれだけ傷ついても、自分で責任(ケツ)を持って事を収めるのが(おとこ)〟――

 その考えが次郎長を(おとこ)たらしめるものであり、町一帯の裏社会の頂に君臨する無法者でありながら町の顔役となれる「王の覚悟」なのだ。

(しかし、また不完全燃焼で終わっちった。家光と尚弥に続いて(こん)()ァ〝アルコバレーノ〟……尚弥は同志だから諦めがつくが、家光とリボーンは別だ)

 シャッフルしたカードを配り、同位の札を二枚ずつペアにして場に捨てていきゲームを始める。次々にカードを引いていき、黙々と手札を減らしていくと、いつの間にか全員が残り三枚となっていた。

 ちなみにジョーカーはツナである。

「そういやあ話変えるけど、恭弥(おめー)は何で入院してんだ? 俺と違ってピンピンしてんじゃねーか」

 話は入院目的になる。

 ツナと炎真はディーノのペットであるスポンジスッポン――水を吸うことで巨大・凶暴化するカメ――のエンツィオの暴走に巻き込まれて入院。次郎長はかつて潰した敵の残党を返り討ちにした際に完治しきっていない傷が開いて入院。この流れでは恭弥は何か感染症か何かの手術の後かと思われた。

 しかし実際は、もっと別の理由で呆気ないものだった。

「風邪を(こじ)らせてね……もうほとんどいいんだけど、大事をとって療養しているんだ」

「え? おめー風邪拗らせたの? そんな柔な身体じゃあ天下の次郎長に勝つのァ当分先だな」

 

 ガキィン!

 

 何の前触れも無く、目にも止まらぬ速さでトンファーを振るってきた恭弥。次郎長はベッドの横に置いていた刀をそれ以上の速さで抜いて受け止めると、病室に金属音が響く。

「――咬み殺されたい?」

 次郎長の一言に機嫌を損ねた恭弥は、肌をビリビリとさせる殺気を放って睨む。その威圧感にツナと炎真は気圧されるが、次郎長は余裕に満ちた表情で不良の頂点を見据える。

「……それに好きで入院したわけじゃないんだ。父がうるさいんだよ」

「あー……あの親バカじゃあしゃーねーわな」

 次郎長は余裕に満ちた表情を一変させ、今度は引きつった笑みを浮かべた。

 〝大侠客の泥水次郎長〟と対の立場でありつつ、共に町を想う同志である〝鬼雲雀〟こと雲雀尚弥。彼の強さは文字通り鬼のようであり、並盛町の住民の中では唯一次郎長と互角に渡り合える猛者だ。ゆえに強者との戦いを求め続ける恭弥にとって、父親の尚弥は次郎長と共に超えるべき目標として定めている。

 そんな尚弥だが、彼は次郎長と互角の猛者という事実だけでなく自他共認める親バカとしても知られ、その親バカっぷりは日常はおろか仕事中にも出てくる始末。実子である恭弥はおろか彼を慕う部下すら呆れかえる程で、ドがつく溺愛ぶりなのだ。

「アイツの辞書に子離れって単語ァ載ってねーからな。多分これから加筆されることねーんじゃね? バカ光に比べりゃまともだろうが」

「露骨に蒸発した俺のクソ親父嫌ってる!!」

「ツナ君、君も大概だよ?」

「君がそこまで嫌う沢田家光は何をやらかしたんだろうね。ハイ、一抜けた」

「「ああっ!」」

「おいおい、マジか……!?」

 いつの間にか一抜けた恭弥に、出し抜かれた三人は驚く。

 そこへ、扉を三回叩いて一人の男が見舞い品を片手に姿を現した。

「恭弥様」

「やあ、蘭丸」

「「恭弥様!?」」

 恭弥を様付けで呼ぶのは、並盛町風紀委員会の副会長である男・黒部蘭丸だった。

 次郎長や尚弥の一つ下の世代だが、その経営手腕と腕っ節はかなりのものだ。

「恭弥様、あまりご無理なさらないでください……あなたは尚弥様の跡を継いでこの町を統べるんですよ?」

 呆れたように呟ながら見舞い品のシュークリーム――並盛駅で販売――を振る舞うと、今度は次郎長に目を配り会釈した。

「次郎長親分もご苦労様です、此度の一件は助かりました。あなたが囮になってくれたことで連中の息のかかった人間を一人残らず全め……粛正でき、尚弥様も大層喜んでおられる。謝礼として入院費はこちらで負担します」

「ああ、いいってことよ。オイラ達とおめーさん達は持ちつ持たれつだろ? こちとらきっちり元を取れたから万々歳でい」

(全滅って言いかけた!?)

 話の流れでは、どうやら次郎長と尚弥が手を組んで悪党共を一人残らず掃討したようである。色々ツッコミ所がある会話だが、聞かない方がいいかもしれない。

「じゃあ、そろそろ退院とするか。蘭丸、院長に掛け合っておいて」

「もうよろしいので?」

「もうほとんど治ってるからね。それに一日でも早く体づくりをしないと次郎長を超えられない」

 トンファーを携えてパジャマ姿のまま靴を履く恭弥。

 蘭丸はその上から学ランを羽織らせ、ドアを開けて敬愛する少年を連れて風のように去っていった。

「ヒバリさん……本当に何者なの……?」

「パジャマのまま行っちゃったね……」

「ったく、変なところで意地張るようになりやがって。意地にも張り方があんだぞ」

 好き勝手に振る舞う恭弥をそれぞれ語りながら、ババ抜きの続きを始めるのだった。

 

 

           *

 

 

 その日の深夜。

 日付が変わるまであと数十分……月の光が映える中、次郎長は一人屋上で煙管を吹かしていた。

 口からゆっくり煙を吐けば、風が優しく吹き抜け色を失った髪が煙と共になびく。目の前に広がる並盛の夜景を見る度に、自分の稼業(いきかた)が愛する町を護り抜いているという事実を実感する。

 二十年前と比べれば賑やかで、それでいて秩序が安定している。自分と肩を並べる同志の尽力もあるが、その結果が目の前のどこか優しい光に包まれた夜景だと思うと、内心嬉しくなるものだ。

「……だからこそ、てめーらの思い通りにゃさせねーってんでい、ボンゴレ」

 火皿の灰を落とし、次郎長は星空を仰ぐ。

 この町をマフィア共に荒らされるわけにはいかない。奈々の笑顔を奪われるわけにも、ツナを裏社会に引きずり込ませるわけにもいかない。(おとこ)捨てて、人間やめてでも、這いつくばってでも生きて護り抜かねばならない。それが信念――(おとこ)の鎖なのだ。

 たとえ相手が家光だろうと、ヌフフのナス太郎だろうと、世界最大のマフィアだろうと、この世界そのものだろうと、大切なモノを護り抜くために全てを叩き潰す。それが並盛の王者〝大侠客の泥水次郎長〟なのだから。

 ふいに、背後から気配を感じた。殺気は感じないが――殺しの道を歩んでいるがゆえか、常人以上に薄く並の人間では認知できないような気配だ。

「……見知った顔にそりゃあねーんじゃねーかい? 月詠」

「ハァ……わっちは患者が起きんようにしただけなんじゃが」

 現れたのは、地雷亜の弟子にして彼を継ぐ暗殺術を心得ている女の殺し屋(ヒットマン)・月詠であった。

「ぬしが師匠に頼んでおったシモンファミリーの情報じゃ」

「おう、ありがとよ」

 次郎長は月詠に礼を言い、マッチに火を点けて口角を上げる。その意を察したのか、月詠は自らの煙管を取り出して刻み煙草を詰めて火皿を寄せた。

 実を言うと、次郎長と月詠は喫煙仲間。男女の関係などこれっぽっちも無いが、嗜好が同じゆえか妙に気が合い、たまに一服して日々の愚痴を零したり互いに情報提供をする。今回は次郎長が地雷亜に依頼したため金の取引が発生するが、事前に払っておいたので問題は無い。

「――で、どうだったよ」

「シモンファミリーの情報じゃが、その多くがもみ消されておった」

「! ……理由は?」

「わからん。どういう訳か執拗なまでにかき消されておるんじゃ」

 次郎長は目を細め、煙管を持っていない方の手を顎に当てる。

 シモンファミリーはただのボンゴレの同盟ファミリーではない。当時のボンゴレの中核団体と言っても過言ではなく、創設のきっかけとなったⅠ世(プリーモ)の親友シモン=コザァートが率いた組織である。しかし(デイモン)・スペードの策略によって身を隠し、それ以降は日陰者の道を歩み現在に至る。

 これは五分の盃を交わした義兄弟の現ボス・真から聞いており、次郎長もシモンの歴史はある程度把握している。だが真自身が把握している情報は少なく、気になった次郎長は地雷亜に依頼したのだが、あの地雷亜ですら入手できる情報は少なかったようだ。

「じゃがわかったことはある。今のシモンファミリーの構成員は、全員が早くに家族を亡くしておる。しかもボンゴレの迫害付きでな……」

「……」

「とはいえ、あくまでもボンゴレというよりもその同盟ファミリーのようじゃ。まあ、ぬしから見ればどっちも同じようなものじゃろうが」

「ったりめーだ、盃返すようなマネしてる奴を放っとくバカがどこにいる」

 火皿の灰を落とす次郎長は、呆れた様子で言葉を紡ぐ。

「しかし参ったな。まさかおめーさんの師匠でも引っ掛からねーのァ想定外だった」

「――ぬしはどうする」

「角度を変えてみるしかねーな……同じモンでも見方によって見える景色が違う。――情報ありがとよ」

 煙管を仕舞い、病室へと戻るため屋上の入口へと向かう。

 その背中を、紫煙を燻らせながら月詠はただ黙って見つめていた。

 

 

 同時刻、イタリア某所。

 この地には麻薬の密売や人身売買、希少動物の違法貿易で勢力を拡大してきたファミリーが君臨していたが、たった今(・・・・)とある少年グループによって壊滅させられていた。

 マフィア狩りと恐れられている六道骸とその一味。彼らは皆日本でいう中学生くらいの若さではあるが、それに不釣り合いなまでの強さと抜群のチームワークで銃火器で武装した大人を肉弾戦で次々に屠っていた。

「呆気ないものですね」

 返り血を浴びた少年――六道骸は冷酷な笑みを浮かべて屍となった男を見下ろす。

 彼を含めてたった三人の少年によって、組織は壊滅された。敵から見れば恐怖そのものと言えるその一味は、マフィア潰しとして恐れられていた。

「クフフ……」

 穏やかでありながらどこか冷酷そうな笑みを浮かべる骸の脳裏に、一人の男の顔が浮かび上がる。

 それは彼が唯一裏社会の人間で、いや、今まで関わってきた人間で唯一心から敬意を払える男の顔……泥水次郎長の顔だ。

 

 ――骸……泣きてー時は涙一杯流して泣きゃあいいし、笑いてー時は思いっきり笑えばいい。もうおめーを縛る奴ァいねェ、思うがままに趣いたままに生きろ。

 

 次郎長と出会ってから早6年。まだロクに能力を扱えない未熟で無力な自分を地獄から救い、その自由を保障してくれた彼と過ごした時間はあまりにも短すぎた。それでも骸は昨日の出来事のように憶えており、一日たりとも忘れなかった。

 骸についてきた犬も千種もだ。彼らは骸と同様マフィアを憎悪しているが、同じ裏社会の人間でも次郎長だけは違った。マフィア界で彼に関する話題が広まるとすぐに興味を示し、早く会いたいと骸に迫る程だった。

(人間は醜く、すぐに裏切る。ゆえに僕はこの世界を嫌っている。でもあの人だけは……)

 次郎長は骸の人間に対する考えから外れた、唯一無二の存在だ。

 あの忌々しいエストラーネオファミリーの実験室で出会ったのは、間違いなくただの偶然だろう。だが人間不信に陥った自分を恐れも軽蔑もせず、何の見返りも求めず自由の身にしてくれた。六道輪廻の能力を利用しようとも考えず、ただ見ず知らずの子供を救ってやりたいという思いだけで組織丸ごと敵に回して潰し、命を繋げてくれた。

 だからこそ、骸は確信している。あの人間だけは――次郎長だけは決して自分を裏切らないと。

(そろそろ頃合いですかね……)

 すると、マフィアとの戦闘で返り血を浴びた仲間――柿本千種と城島犬が駆けつけた。

「こっちは全部始末しました………」

「楽勝だったぴょん!」

「クフフ……そうですか」

 得物の三叉槍についた血を払うと、骸は仲間達に宣言した。

「千種、犬。もういいでしょう……約束を果たしますよ」

 その言葉に、二人は目を見開いて歓喜に近い表情を浮かべた。

「骸しゃん!!」

「まさか、ついに……!」

「ええ……行きましょう、日本へ」

 約束の時は、刻一刻と迫っていた。




そろそろ骸を並盛に招待しようと思います。(笑)
感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的46:隣町ボーイと並盛男児

やっっっっと更新です、お待たせしました。


 この日次郎長は、登を連れて上機嫌に町を歩いていた。

「今時の(わけ)(モン)は違うな。洋服と着物を着こなすたァ(てェ)したもんでい。オイラなんか年がら年中同じ着流しを使い回してるようなもんだぜ」

「オジキさんに言われると照れるな……」

 登の今の格好は、ノーカラーシャツとジョガーパンツの上に丈の長い羽織に袖を通し着こなしている。昔気質の極道らしく着物姿であることが多い溝鼠組において、和洋折衷の登はかなり異質な部類に見えるだろう。

 そんな他愛もない会話でヤクザ二人は盛り上がる。

「今月はガッポリ儲けたなァ」

「今のご時世を考えると信じられませんよね」

 ヤクザへの取り締まりが年々強化されゆく中で、他勢力に吸収合併されることも潰されることもなく、力を維持し独立を守り貫く溝鼠組。縄張りとする並盛町の特殊性もあるが、風当たりが強いヤクザ者にとってはあるべき姿でいられるのはありがたいことである。

 シノギも上々だ。売春の斡旋や薬物取引に一切手を出さず、その上みかじめ料の徴収もせず数千万という金を得ている。それはつまり、資金源を封圧されることなく風紀委員会(けんりょく)と持ちつ持たれつの関係を続けながら裏の均衡を制御できるということでもあるのだ。

「シノギで大事なのは大金を得られるかどうかじゃねェ。自分(てめー)(おとこ)伊達で客の心を掴めるかどうかでい。民事介入も的屋も雀荘運営も、種類分野は違えど人心掌握は共通している」

「人の心、ですか」

「そうでい……恐喝なんて紛い物の人心掌握じゃなく、(はだか)でぶつかり合うやり方だ」

 持論を唱える次郎長に耳を傾ける登。

 次郎長も子分達に負けずシノギを稼いでいる。民事介入を主軸とし、カタギから尚弥を筆頭とした町の有力者まで、幅広い階層の顧客を相手取っている。特に同業者が絡んだ依頼(ネタ)に強く、独自の情報網と交渉術で多額の金銭を得ているのだ。

 そして何より、次郎長は分を弁える。高額の料金請求はせず、あくまでも客が最大限払える額の金銭を要求するのだ。

「コップの水を飲むんじゃなく、コップから溢れた水を飲む……それが稼業人の心得だ。カタギに迷惑をかけるなってのァそういうこった。この言葉の意味を理解できりゃあ、おめーも立派な(おとこ)でい」

(コップから溢れた水……)

「……それにしても、今日でおめーが組に入ってもう5年経つよな」

「!」

 話は、登の溝鼠組入門の思い出となる。

「オイラと最初にあった時、憶えてるか?」

「今でも忘れてませんよ……」

 泥水次郎長と幸平登の出会いは、5年前にまで遡る。

 

 

         *

 

 

 幸平登は極道とは無縁の一般家庭で生まれ育ったが、複雑な家庭事情を抱えていた。

 父親がギャンブルに依存しているせいで借金を抱えていたため、いつも力なく微笑んでいた母親は夜逃げ。当然父親に返す気などサラサラなく、息子(のぼる)に金稼ぎを強いてアルバイトの日々を送らせていた。しかも金を借りていたのはよりにもよってヤミ金であり、しつこく追いかけられたこともあった。後に父親は事件を起こして警察に逮捕されたので事実上の絶縁状態となったが、ヤミ金業者の脅しは止まらず、一人きりの生活苦は変わらず続くこととなる。

 そんな生活を暮らしている中で、登は次郎長に会った。きっかけはヤミ金業者達に捕まって恐喝された時、偶然その場を通りかかった次郎長がいきなり突撃してきたのだ。華奢な体格から放たれるモノとは思えない規格外の剛腕であっという間にのしていき、たった数十秒でヤミ金業者達は全滅した。たった一人の男の徹底的に鍛え上げられ研ぎ澄まされた暴力を前に、半端な彼らは血を流して失神するしかなかった。

 登は次郎長に助けられたが、その力を前に恐れ(おのの)いた。同じ人間でも規格外の強さを有する者は、味方であっても頼もしいと感じる以上に恐怖を覚える程でもあるのだから。

「ひっ……ご、ごめんなさい! もう二度と傷つけないから(・・・・・・・)……!!」

 鬼か悪魔の類でも見るような、怯えた眼差しで謝罪した。

 登も並盛で生まれ育った人間だ、相手が〝大侠客の泥水次郎長〟であることも理解していた。彼が愛する並盛(まち)を余所者に荒らされることを嫌い、一度敵と定めた勢力は一兵卒に至るまで叩き潰すドがつく暴れん坊であることも。

 拳の行き場が自分に向かうかもしれないという恐怖心に駆られる中、次郎長は悠然と近づき「身寄りはあるのか」と訊いた。何を考えてるかわからないが、良くも悪くも素直な登は答えた。

「と、父さんは捕まって……母さんは、知らない……」

 その言葉を聞いた次郎長は、登に手を差し伸べた。

 

 ――坊主、身寄りがねーならオイラが面倒見てやらァ。オイラの脛をかじって出ていくのも、オイラの子として孝行するのもおめーの自由だ。

 

 人の記憶とはいい加減なモノだ。まだ5年程しか経っていないのに、かつての同級生の顔も、実の両親の顔すらも今ではすっかり薄れてしまっている。

 それでも、初めて次郎長と出会った時は鮮明に憶えていた。何十年経っても忘れない、立ち塞がる障壁を全て破壊してしまうような怪物極道の、子供のような純粋な笑顔を。

 この人なら信じられる。自分を変え、幸せにしてくれるのかもしれない。世間のはみ出し者に淡い期待を抱いて、彼は溝鼠組に入門し盃を交わした。

 血は繋がってなくても、この男は自分を慈しみ護り、そして導いてくれるだろう。たとえ自分も世間のはみ出し者として蔑まれても、次郎長だけは――

 

 

           *

 

 

「オジキさんのおかげです、こうして生きていられるのは」

「バイトしてたくせにオイラの金パクっていけしゃあしゃあと学校外活動費払ってたけどな」

「!? な、何でそれ……」

「子分の隠し事の一つや二つは見抜けなきゃ親分廃業しなきゃならねーだろ?」

 シリアスな場面を一撃で粉砕した次郎長に、登は真っ青になる。

 そう、登は次郎長の目を盗み学校外活動費を彼のポケットマネーで支払っていたのだ。今まで追及されるどころか話題にすらならなかったので登はずっと隠してきたのだが、実は次郎長にはすでにバレていたようだ。

「まあバイトで稼いだ金を上納金として収めてたし極道(コッチ)の世界に首突っ込んで間もねー頃だったからそん時も今も全然気にしちゃいねーさ。アレを「組の金」でやったらマジで鉄拳制裁(ゲンコツ)だけどな」

「は、はい……」

 次郎長の拳骨の威力を知る登は震え上がる。

 剛腕から放たれる殺人的なパワーを秘めた拳では、登など漫画のように吹っ飛ばされてしまうだろう。

「ハッハッハ、心配すんな。おめーがそういう背徳(バカ)息子じゃねーのァオイラがよく知ってっから」

 愉快そうに笑う次郎長に、登は「お人が悪いですよ」と困った笑みを浮かべ安堵する。

 業界の内外から恐れられ続けている溝鼠組の組長でありながら、理屈や損得勘定にこだわらず権力を追求しない、己が定めた任侠道(ルール)を貫き誰に対しても筋を通そうと動く。それが次郎長という男だ。

 親分の支配や集団の一体性を乱す行為が起きやすいのが極道組織というものだが、次郎長のこういう人柄が溝鼠組に鉄の一体性をもたらすのだろう。

「さて、今日は(けェ)ったら何しようか……」

 そう呟いた途端、次郎長は歩みを止めて目を細めた。怪訝に思った登だが、次郎長の視線の先を見て目を見開いた。

 眼前に立ち塞がるのは、柄の悪い男達。金属バットや木刀、日本刀など多様な得物を手にしており、次郎長に対する殺意が嫌でもわかる程に殺気立っていた。

(あの目……間違いなくオジキさんを狙ってる……!)

 どこの勢力の者達かはともかく、次郎長の狙う刺客であるのは間違いない。

 疑似血縁制度を基軸とする極道組織である以上、〝親孝行〟として上納金を納め抗争では親の為に命を張るのが若衆の務め――登は次郎長の子分の一人として、常に隠し持っている得物の自動拳銃(マカロフ)を取り出そうとするが、次郎長に諫められる。

「お前は周りの人間の避難を優先しろ。連中の狙いはオイラ一人でい」

「でも……」

「子を護るのも親の務めってもんでい。それに自分(てめー)が蒔いた種は自分(てめー)で刈り取るのが(おとこ)だしな」

 悠然と前へ出る次郎長に、登は住民にその場から遠ざかるよう呼びかける。

 それと共に、男達の口から出た怨嗟にも似た言葉が一斉に次郎長に向けられた。

「次郎長……てめーに組を潰された恨み、ここで晴らす!!」

「てめーさえ、てめーさえいなけりゃ……!!」

「お前ら溝鼠組のせいで……!!」

「てめーだけは何度殺しても足りねェ!! 許さねーからな!!」

 圧倒的強者に対する憎悪と、その裏に見え隠れする恐怖心。

 並盛の王者の怒りに触れて組を潰された半端者達は、よってたかって復讐に来た。組ごと巻き込んだ抗争では勝ち目が無いと判断し、全戦力で次郎長一人を殺しに来たのだろう。

 次郎長は怒りと憎しみに満ちた視線を、バカバカしいと言わんばかりに鼻で笑った。

「……ハッ、反吐が出るぜ。裏社会は弱肉強食だ、強さなくして自分(てめー)任侠道(ルール)は貫けねーよ。おめーらの弱さが招いた末路だ、オイラは卑怯なマネはせず正面玄関から殴り込むからな」

「っ……ざけんなーーーー!!」

「死ねェ!! 次郎(じろ)(ちょ)ォォォォォォォ!!」

 次郎長に煽られて激情に駆られた巨漢二人が、長ドスを手に斬りかかる。

 冷静さを欠いた敵は、どんなに強力な武器を手にしていても思いの外倒しやすいモノだ。次郎長は何の躊躇も無く手を伸ばした。

「成程……極道の風上に置けねーチンピラ共のリベンジマッチって訳か!!」

 襲い掛かってきた巨漢二人の顔を掴み、地面にヒビが入る程の威力で沈める次郎長。相変わらずどころか人外ぶりに拍車がかかった剛腕に、男達は改めてとんでもない化け物に喧嘩を売ったのだと思い知る。

 一方の次郎長は……(わら)っていた。

「面白い……敗北者共が半グレとタッグを組んで泥水次郎長の(タマ)を狙うとは。取れるもんなら取ってみやがれ」

 日本の裏の世界で〝ならず者の王〟と恐れられている最強のヤクザ者は、徒党を組んだ半端者達の最後の反撃に悠然と構える。大侠客次郎長親分は、子分の力を頼らずたった一人で迎え撃つ腹積もりだ。

「……どうした、オイラの(タマ)を取りに来たんじゃねーのか?」

 次郎長は得物を構えている男達が体を震わせていることに気づいた。圧倒的強者に対する本能的な恐れ……口では何とでも言えても、彼らの体は絶対に勝てない相手だということに気づいてしまっている。

 腕っ節も覚悟も半端な相手など恐れるに足らない――次郎長はニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

「来ねーならこっちから行くぞ」

 闘争本能と殺気を剥き出しに近づく修羅に、男達は金縛りにあったように動けなくなった。額には汗を、瞳には恐怖を浮かばせた彼らに、手を出しても出されてもいないのに次郎長への復讐心はへし折られかけていた。

 まさに、蛇に睨まれた蛙のごとく。完全に気を持っていかれた刺客達の無様を通り越した哀れな姿に、登は驚きを隠せない。

「裏社会は負けりゃあ命まで取られても致し方なし。覚悟はできて――っ……!?」

 その直後、ふと次郎長はなぜか(ほう)けたように瞠目して立ち止まった。顔には驚愕とわずかばかりの動揺が浮き出ており、登自身も見たことの無い表情をしている。

(……オジキさん?)

「クフフ……やっと会えました」

「!?」

 緊迫する中に響く独特な笑い声。

 声のした方向へ目を向けると、右目は赤、左目は青のオッドアイの少年が表情を綻ばせていた。その手には身の丈を超える鉄の棒が握られており、棒術を心得ていることが伺える。

「おめェ……骸か?」

「ええ……お久しぶりですね」

「オジキさん、知り合いで……?」

「六道骸……6年前のイタリア旅行で知り合った身寄りのねーガキだ」

 少年・六道骸が6年前にイタリアで出会った顔見知りだとわかり、登は驚きを隠せない。

 対する次郎長は、自分の命を狙ってきた男達をそっちのけで骸と軽く挨拶する。

「来てるなら来てるって連絡すりゃあいいものを」

「並盛という町にいるのは把握できましたが、多忙なもので。ですがこうして手間を省けた」

「連れの二人はどうしてェ? 漬物石みてーなウンコでもしにいったか」

「親分、あなたの辞書に自重という言葉はありますか?」

 ニヤニヤ笑いながら品の無い言葉を放った次郎長に、骸は素でツッコミを炸裂。その様子は血縁が本当にあるのではと錯覚するような親密ぶりで、ツナとの関係を彷彿させた。

 しかし、次郎長に無視されて黙っていない連中がいた。件の男達だ。

「て、てめーら!! 無視してんじゃねェ!!」

「クソが……ぜ、全員()っちまえェ!!」

 骸ごと次郎長を葬ることにしたのか、一斉に襲い掛かった。次郎長は一切臆することなく、むしろ余裕に満ちた態度で腰に差した刀の柄を握る。

 ――が、次郎長よりも先に骸が動いた。彼は男達の間を駆け抜けた瞬間、彼等の体中に切り傷が刻まれ血が飛び散った。

『ぎゃああああああ!!』

「おや……? どうかしましたか」

「……すれ違いざまの連続攻撃、か。想像以上に(はえ)ェな」

「ほう、見えたのですか(・・・・・・・)? さすがです、やはりあなたは僕の想像を遥かに超える」

 次郎長の洞察力に、骸は感心する。

(得物は棒……高速で振った時に生じた鎌鼬で切ったか? それにあの右目……「六」から「四」になってらァ)

 骸の攻撃を見抜いた次郎長は、彼の右目が鈍く光っているのに気づいた。よく見れば瞳の中に映っていた六の字はいつの間にか「四」に変わっており、右目自体も紫の炎が揺らいでいる。

 しかしそれも一瞬の内。瞬きした途端に炎は消え瞳も六の字に戻った。

「……その右目の能力か」

「クフフフ」

(どうもあのボケナスに似てて困る……)

 独特な笑い方があのヌフフのナス太郎(デイモン・スペード)に似ているのが癪に障るが、久しぶりに顔を合わせたのは事実。

 次郎長は笑みを浮かべ、腰に差していた刀を登へと放り投げ預からせて拳を鳴らした。

「共闘と行こうぜ、骸。話はそれからでい」

「無論、ですよ」

 言葉は武力に変わり、暴力となる。

 次郎長と骸は男達に襲い掛かり、彼らの体と心をズタズタに破壊し始めた。

 

 

 数分後、次郎長と骸の周囲には血塗れの姿で返り討ちにされた男達が地面に倒れていた。二人の圧倒的な力を前に成す術も無く、復讐劇は呆気なく幕を下ろしたようだ。

 そもそも地力が桁外れの差があったのが運のツキだ。その証拠に、数十人の武装した男達を相手取ったのにもかかわらず、二人は全くの無傷で余力を十二分に残している。

「オイラ達のステージには及ばねーが、強くなったじゃねーか。(てェ)した立ち回りだったぜ」

「6年も経ってるんでしょう? 成長してるに決まってるじゃないですか」

(ちげ)ェねェ」

 登の至極もっともな意見に、次郎長は不敵に笑いながら肯定する。しかしその顔はどこか困惑しているようでもあり、本来は再会を喜ぶべきはずなのだが少し参っているようにも見える。

「んなことより骸、おめーそれ……黒曜の制服だろ?」

「ええ、黒曜中のこの制服がいいので。何か問題でも?」

「部外者同士の乱闘になると〝アイツら〟がうるせーんだよ」

「〝アイツら〟……?」

 次郎長は並盛のパワーバランスについて語った。

 並盛町は泥水次郎長率いる溝鼠組が町一帯の裏社会を牛耳り、雲雀家の現当主である雲雀尚弥率いる風紀委員会が町全体の警察機構として秩序の維持を担っている。町の有力者は他にも何名かいるが、とりあえず裏のトップが次郎長で表のトップが尚弥といったところだ。

 次郎長と尚弥――二人の傑物は町を護らんとする志を共有する〝同志〟である。持ちつ持たれつの関係を続けて互いに町の守護者となり、並盛の住民達を護り続けてきた。しかしそのやり方は大きく異なり、次郎長が仁義を重んじた統治を敷くのであれば、尚弥は力による恐怖政治である。最近では尚弥が並盛町の町長に就任する話が持ち上がり、さらに巨大な力を手に入れることになるので、正直な話厄介なのはヤクザの次郎長よりもカタギの尚弥ということである。

 尚弥は次郎長と同様に並盛に手を出す人間には容赦しないが、これがかなりえげつない。次郎長は圧倒的な武力で相手を組織ごと叩き潰して団体消滅に追い込むが、尚弥の場合は武力制圧に加えて権力を用いて社会的制裁――尚弥の独断が多い――を課し、迫害のレベルで一兵卒に至るまで生かさず殺さずをモットーに締め上げる。〝鬼雲雀〟と呼ばれ恐れられるのは、この飼い殺しのように相手の力を搾取することにもあるのは次郎長以外誰も知らない。

「……こんなどこにでもありそうな地方都市が」

「それがこの並盛(まち)だからね……ああ、僕は幸平登。よろしくね」

「こちらこそ。僕は六道骸です」

 登とも軽く挨拶をする骸。

 すると次郎長が「随分と早かったじゃねーか」と言って振り向いた。視線の先にはリボーンがおり、どうやら騒動を聞きつけて様子を見に来たようだ。

「リボーン君……」

「おや、呪われた赤ん坊のアルコバレーノではないですか」

 リボーンのそれは、殺し屋としての殺気。

 次郎長一人に向けられてるが、異様な気配を察知した骸は身構える。

「次郎長、おめーは何が目的だ」

「何でい、藪から棒に」

「とぼけるな、六道骸はマフィア狩りで恐れられてる男だゾ。マフィア界で有名な危険人物と仲良しなんざ、冗談じゃねェ」

 六道骸は、マフィア界にとっては恐るべき存在である。掟の番人である〝復讐者(ヴィンディチェ)〟と違い、これといった大義名分も無くファミリーを潰して回る危険な男と見なされており、ボンゴレファミリーも警戒している程だ。

 そんな輩と繋がっているとなれば、業界は違えど怪しまれるのは当然だ。ましてや次郎長はツナの件でボンゴレ側と対立しており、全面戦争も辞さない覚悟。先日の戦闘でその実力を把握しているリボーンにとって、次郎長は同じ業界の敵対勢力よりも脅威に見えるのだ。

「……オイラが何をどうしようが勝手だ。わざわざボンゴレ(ヤツら)の事情に合わせる筋合いはねェ。勿論おめーにもな」

「…………俺達が、ボンゴレが許せないのか」

 その一言で、その場がまるで時が止まったかのように静まり返る。

 リボーンの問いに次郎長は答えず、踵を返して骸の肩をポンポンと優しく叩く。

「――話はまた今度ゆっくり聞くとすらァ。おめーもそうだろ?」

「……ええ、日本に来てまだ準備が整っていないので。それでは、Arrivederci(また会いましょう)

 次郎長は登を連れて帰路へ着き、骸はリボーンを一瞥してから姿を消した。

 その場に残されたリボーンは帽子を深く被り直し、真剣な表情を浮かべるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的47:無法者に必要なのは己の法

もしかしたら今年最後かもしれません。


 次郎長と沢田家、そして古里家の親交は深い。ゆえに不定期に溝鼠組の屋敷に集まってご近所付き合いの宴会を催すことがある。

 市民や企業に極道組織への利益供与などを禁じる「暴力団排除条例」の施行後、警察は極道関係者と交際を繰り返す人物を「密接交際者」とみなして勧告・公表の対象となり、様々な不利益を被ることになる。並盛は雲雀家と次郎長の力で条例の影響はほとんど受けないため、一般人が極道関係者……というより溝鼠組関係者と交際があっても制約を食らうことはひとまず無い。

 そんな訳で沢田家と古里家は溝鼠組の屋敷に堂々と出入りすることができ、溝鼠組の構成員達もそれを承知の上でそれなりの付き合いをしているのだ。

 今日はツナが母親の奈々や居候達、そして次郎長と古里家で小さな宴会を開く。いつもは溝鼠組の屋敷で開くのだが、古里家は邸宅ではあるが溝鼠組の屋敷のような豪邸ではないため、人数の都合上溝鼠組からは次郎長一人が来ることになっている。

(やっと報われたよ、今まで耐え忍んだ日々が!)

 いつも以上に上機嫌なツナは、鼻歌すら歌いそうになる。

 何を隠そう、あのリボーンが昨日から用事のためイタリアに渡っているのだ。トラブル自動製造機と言える恐怖の家庭教師様が不在なだけで平和に宴会を楽しめるというのは、奈々や他の居候は寂しそうな表情をしたりするがツナにとって万々歳であった。

「ごめんくださーい」

 古里家の玄関で、インターフォンを押して待つ。

 すると()りガラスに人影が映り、鍵を解いてドアが開いた。

「――おお、ツナに奈々じゃねーかい。早く来たな」

「おじさん!」

「タッ君!」

 出迎えたのは家主の古里真ではなく、沢田家より先に訪れていた次郎長だった。

「……何か随分と増えてねーかい? 居候は牛小僧と料理音痴までだったろ」

「ムキー! ランボさんは牛小僧じゃないもんね!!」

「おめー自分で鏡見てみろ、オイラの言ってる言葉まんまだぜ」

 鮮やかとも言える見事な切り返しをする次郎長に、先程まで怒っていたランボは一気にクールダウン。どうやら本人も薄々自覚していたようだ。

「……で、そこのチビッ子は」

「僕はフゥ太! よろしく親分!」

 縦じまのマフラーを巻いた少年・フゥ太は挨拶しながら、上目遣いで次郎長の鋭い双眸を見つめる。

「フゥ太っつーのか……おめー日本人か?」

「フゥ太の本名はフータ・デッレ・ステッレ。イタリア人だゾ次郎長」

「リ、リボーン!?」

 まさかのリボーン帰国。

 平穏はあっという間……古里家に来ていきなりの再会にツナは絶望した表情を浮かべ、それを見たリボーンは「何だその面は」と呆れ返る。

「――チッ、分別不可能な工場廃棄物三号がもう(けェ)って来やがったか。てめー居ると絶対トラブるから嫌なんだよ」

 露骨に嫌そうな表情(カオ)を浮かべて舌打ちをする。最恐の家庭教師を分別不可能な工場廃棄物と言い放つ次郎長に、ツナは「絶対言えないよ……」と若干引いた。

 それと共に気づいた。

(一号と二号は!?)

 まさかそれが家光と9代目であるとは夢にも思わないだろう。

「それで、フゥ太ってのァ(なに)(モン)だ」

「ランキングフゥ太っていう情報屋だ。フゥ太が作るランキングブックに書かれたランキングは全部正確で、そのランキングブックを手に入れれば世界を取れるとも言われてる。てめーも一組織のボスなんだ、裏社会での戦略データの価値の高さぐれーわかるだろ?」

「成程、百発百中の情報網の所有者って解釈すりゃあいいんだな」

 顎に手を当てる次郎長にリボーンは「そういうことだ」と返して詳しい事情を話した。

 あらゆるものにランキング付けする能力を持ったフゥ太はマフィアに追われる日々を送っており、頼まれたら断れないマフィアランキング1位のツナを頼って来日したという。来日後は早速トッドファミリーというマフィアに狙われるも、リボーンの無茶ぶり――ではなく指導によって死ぬ気弾を撃ち込まれたツナによって撃退。目の当たりにしたフゥ太は「ランキングが初めて外れた」と感動し、そのハズミで居候組に加わったのだ。

「そんなことがあったのか……迷惑かけちまったな、ツナ。――んなことより奈々、おめー家計大丈夫か?」

「家光さん最近羽振りがいいから大丈夫よ♪」

「オイラの逆鱗に触れたくねーだけだろ、そらァ」

 年単位で家庭放置している現状のせいで次郎長を怒らせたくないという家光の魂胆を見抜き、次郎長は「もっと(つら)ァ出せよバカ野郎」と頭を抱える。

「……まあいい、宴会の準備ももうすぐ終わる。上がってけ、真達も待ってる。ただしリボーン、てめーはダメだ」

「ちょっとタッ君、リボーンちゃんにそんな暴言はダメでしょ!」

「ふざけんじゃねーよ! こんな歩く理不尽、誰がどう見ても害悪だろ! 言っとくけど風紀委員会の要注意人物に指定されてるからなコイツ!」

「おい、それ聞いてねーぞ!?」

 

 これを機に、奈々と次郎長はリボーンを宴会に加えるか追い出すかで口論となった。

 ヒートアップするのに時間はかからず、いつも朗らかでおっとりとした奈々も段々口調が激しくなり、お互いに「正露丸」だの「万年童顔」だのと罵り始める事態に発展。いくら同級生とはいえ、一般家庭の専業主婦と町の裏を牛耳るヤクザの親分の口喧嘩にツナどころかリボーン達居候組ですらドン引きしたという。

 最終的には二人の舌戦を耳にした家主の真が駆けつけて仲裁し、彼が提示した妥協案に次郎長が渋々承諾したため奈々の勝利で終わった。

 

 

           *

 

 

 夜の古里家。親交の深い大家族に加え両家の仲立ちをした張本人(ヤクザ)が揃い、思い思いに楽しんでいた。

 次郎長は真と談笑し、奈々は真矢と料理をし、残りの子供達はゲームで遊んだりじゃれあったりしている。それは沢田家でもよく見る光景でもあるが、決定的な違いが一つあった。

 その場に居るだけで一騒ぎ起こすトラブルメーカーな居候達が大人しかったことだ。

(いつもと違ってランボやリボーンが若干大人しいな……)

「俺達の中のママンのイメージがブチ壊れかけたからな」

「ああ、そっか……って心読むなよ!」

 読心術で心を読まれてツナは声を荒げるが、内心では同意していた。

 まさか実の母親が次郎長相手に真っ向から口喧嘩を繰り広げ、ついには互いに罵倒し合っていがみ合うなどあまり見たくない。本人達は中高の同期だから気にしないだろうが、傍から見れば極道組織の首領と一般女性が人前で口論すれば色々とブチ壊すので、ツナにとっても見なかったことにしたいのは同感であるのだ。

 そんなことを思われてるなど一切知らない次郎長は大人同士の会話を続けている。

「……そうだ。そういやあフゥ太、おめー確か何でもランキングにできたんだよな?」

「? うん、そうだよ」

 次郎長はふと、フゥ太に話を振った。

「オイラは裏の世界じゃ、どうなってる? 金が要るなら出すが」

「お金はいらないよ。親分は裏社会でも住民と土地を愛するボスとして知られてるんだ、そういうボスは好きさ」

 フゥ太は徐に巨大な本、いわゆるランキングブックを取り出し、ペラペラとめくってあるページを開いた。

「親分は並盛町喧嘩の強さランキングで雲雀尚弥って人と同率1位だよ。日本の裏社会腕っ節ランキングでも2位だし、一騎打ち勝率ランキングと縄張り防衛率ランキングじゃいつもトップ10……親分は日本の裏社会で最強クラスの超強者だ!」

「おいおい、そらァ買い被りだぜフゥ太。半端者が増えただけだ、別にこの世界にゃオイラより(つえ)ェのが腐る程いんだろ?」

「そんなことないよ! 親分の強さはワールドクラスさ、どんなに凶暴なファミリーでもあなたを恐れてるんだから!」

「どうせ腰抜けしかいねーんだろ? オイラの組は組織の規模という点じゃあ(てェ)したこたァねーよ」

 あまりの強さに感服するフゥ太をたしなめるかのように謙遜する次郎長。しかし言動の割には嬉しそうな顔をしており、どこか照れ臭そうにも見える。

 化け物だの修羅だの言われて恐れられる次郎長も、どこまで行っても人の子。他者に称えられたりすると嬉しく感じるようだ。

「じゃあ恭弥はどうなんだよ、雲雀恭弥は」

「雲雀恭弥って人は並盛中の喧嘩の強さランキングでは一位だけど、並盛町全体だと6位なんだ」

「「はひーーーーっ!?」」

 思わず女友達の口癖のような悲鳴を上げるツナと炎真。

 並中最強の風紀委員長ですら、並盛町全体では6位。ランキングである以上は順位の変動は十二分にあり得るが、俄に信じがたい内容だ。ただでさえ恭弥は恐ろしい実力を秘めているのに、彼以上の豪傑があと5人もいるとはどういうことか。

 次郎長の強さの片鱗をツナは知ってはいるが、考えてみれば全力の次郎長を知らない。彼と肩を並べる尚弥も、彼らに続く強さを持つランキング上位の面子も、そのほとんどが本気は出しても全力で戦ったことがあっただろうか。

(こ、この町ってやっぱ恐かったりする……!?)

 ここまで局地的に表裏問わず実力者達が集い根を張る町など、危ないとしか言いようがない。だがそんな物騒さとは裏腹に名前通りの平和な町であるのも事実だ。

 少なくとも言えるのは、次郎長という怪物は並盛町の味方だということだけだ。

「てめーも然り、ヒバリの親父も然り、この町の実力者は何なんだ? マフィア界だったら守護者……いやゴッドファーザー級だゾ」

「知るかバカ野郎。拳で語ってたらいつの間にかああなってたんだよう」

 血を流しぶつかり合い、気づいたらとてつもない強さを得たと断言する次郎長。

 凄すぎて話にならない。

「喧嘩する程仲が良い、で合ってるの? お兄ちゃん」

「それとは違うんじゃないかな……」

「どちらかと言うと腐れ縁だよね……」

「言っとくけど志は同じだからねアイツとオイラ」

 次代の者達の一言に、溜め息交じりにぼやく旧世代だった。

 

 

 宴会後の深夜、ツナはパジャマ姿でトイレを出た。

 今回は古里家の好意で一泊泊まることを許され、炎真と真美と同じ部屋で寝ることになったのだが、ジュースを飲み過ぎたせいでトイレが近くなってしまったようだ。

「あ~、スッキリした……」

「ツナ君、起きてたんだ」

「――!? え、炎真!」

 トイレを出たらいつの間にか体育座りしていた炎真に遭遇し、ギョッとするツナ。

 なぜトイレ付近で……と言いたかったが、今それを言えば何かマズイような気がしたのか口には出さないことにした。

「ツナ君」

「な、何かな……」

「君にとってのおじさんは何なの?」

 その言葉に、ツナは目を見開いた。

「6年前に会って、僕はおじさんに救われたんだ。僕なんか見捨ててもよかったのに、助けても何の得もないのに、それでも手を差し伸べてくれた」

「……」

「それだけじゃない。おじさんは血塗れになって殺されそうになっても真美や父さん、母さんまで助けてくれたし、君に会わせてもくれた。あの人は損得や先の利益で動くんじゃない、むしろ平気で損ができるような人だ……だからこそ知りたいんだ。君の方がおじさんを知ってるんでしょ?」

 ツナはどう答えればいいか迷った。

 炎真と同様、ツナにとって次郎長は大切な人の一人だ。年単位で家庭放置して仕送りしかしない実父(いえみつ)よりも父親らしく感じ、ダメ人間である自分を一人の男として向き合い叱咤激励してくれるリボーンとは別の「教師」みたいなものでもあった。

 しかし次郎長は極道であり、顔役ではあるが弱肉強食の裏社会を生きる無法者だ。ボンゴレ10代目候補扱いされてるが、一般人(カタギ)として生きることを目指すツナにとっては対極の存在ゆえ、その生き方は決して〝善〟とはいえない。だが彼の(おとこ)()と信念は人として見習うべきところもあるのも事実だ。

「ツナ君、どうなの?」

「俺は……」

 その時、二人は紫煙の臭いが漂っていることに気がついた。

 今この古里家に居る人間で喫煙者はただ一人……次郎長だ。彼もまた起きているようだ。

「「……」」

 こんな時間に何をしているのか――自分達も他人のことは言えないが、どうにも気になった二人は顔を見合わせ、匂いがする部屋へとこっそり移動を開始した。

(アレは……)

(父さんと、おじさん……?)

 匂いの元は、古里家の主である真の自室。

 そこでは、次郎長と真が酒を酌み交わしていた。

「ジュリーのギャンブル三昧に参っていてね……シモンの資金源をどうにかしたいんだ」

「あのバカ、何の為に炎真の子分になったんだ? 他人の娘に手ェ出した上にこれか」

「め、面目ない……」

 真は申し訳なさそうに次郎長に頭を下げる。

 ジュリーこと加藤ジュリーはパチンコ店にほぼ毎日通う女好きで、女性絡みの騒動も稀に起こすこともある程だ。大抵は身内とも言えるアーデルハイトだけだが、たまに炎真の妹である真美にも迫るので女絡みで粛正されるのはシモンファミリーの日常となりつつある。

 実はあまり周囲には知られてないが、ピラ子に迫ったこともあった。ピラ子はジュリーの評判を聞いて距離を置いていたのだが、懲りぬジュリーはしつこくナンパし、最終的には「あんなガングロより俺の方がいい男だって」という発言にキレたピラ子が抜刀する事件に発展。ジュリーの所業に怒り心頭の溝鼠組の構成員達は、すぐにでもケジメをつけようと殺気立ったのだが、これを止めたのが一番キレてもおかしくないはずの次郎長。理由を説明してもらいその内容によって判断すると伝え、子分達を宥めたのだ――が、よりにもよって当の本人が隣町へナンパに行く形でバックレてしまい、ついに次郎長も激怒。真が溝鼠組の屋敷に乗り込んで謝罪し、ジュリーは炎真を閻魔にさせた上で真美にタコ殴りにされることで収束した。

 そんな先日の事件を思い出して互いに溜め息を吐くと、次郎長は真に告げた。

「……シノギってのァ必ずしも非合法が全てじゃねェ。バイトやカタギの職で得た収入を上納金として納めてる奴も多い。企業を興してその収益の何割かを納めるやり方だってある」

 ヤクザの資金源と言われれば、大抵は違法薬物の売買や賭博、みかじめ料の徴収、売春の斡旋、闇金融といった非合法な経済活動が挙げられるだろう。しかしヤクザは幹部から平組員まで個人事業主であり、シノギを得るためには合法非合法は関係無かったりする。グレーな商売・ブラックな商売ばかりがシノギではないのだ。

 マフィアも同様だ。ヤクザのように薬物の売買やみかじめ料の徴収を行うが、中には不動産業など合法的な経済活動も行っている。

「まあ古美術商オンリーでやっていける程、日本の裏社会も甘かねェ。一応オイラの預かりとしよう、この町でおめーらができることを手当たり次第探しとく」

「そうか……」

「どうする? いっそのことオイラの組の二次団体にでもなるか? マフィア界と縁斬っちまった方が楽かもしんねーぞ」

「…………それも考え物だね。でも今は――」

「あくまでも提案だ……呑むかどうかはおめーの自由さ、真。だがおめーらのご先祖様はあんなの(・・・・)にあり続けることにこだわってるわけじゃねーだろ?」

 次郎長はヒュッと煙管の先端を真に向けた。

「一番大事なのァ意志を継げるかどうかでい。設立者の教えを守り続け、次の世代に一切の歪みなく伝えられるか……そこが肝だろ?」

「! ……ああ」

 設立者が何の為に、誰の為に組織したのか。何を成すのが本来の目的なのか。

 存在理由を忘れた組織の標榜はお題目に過ぎず、最終的には権力に溺れ護るべき者達を知らず知らずのうちに虐げて甘い汁を啜るようになる。それを防ぐためには、設立者の教えと信念を次代を担う者達にありのまま継げさせねばならない。

 それが次郎長の考えであり、己の任侠道でもあった。

「え……?」

 ツナは動揺を隠せなかった。

 一連の会話を聞いてると、古里真は古美術商とは別の顔があるように聞こえる。それも次郎長がヤクザの資金獲得活動を教えたりマフィアの話をしてることから、真は裏社会にも首を突っ込んでいるようだ。

 それはつまり――炎真もまた、裏社会に関わっているという意味でもある。

「………せっかくだし、教えてやれよ。おめーらの正体」

「!? それは……」

「別にいいだろ、バミューダ達にバレてもピーチクパーチク騒ぐような案件じゃあるめェ。そうだろ? 夜更かし組」

「「げっ」」

「炎真!? ツナ君まで!?」

 次郎長に盗み聞きが勘づかれていた。

 観念した二人はごまかすような笑みを浮かべて大人しく部屋に入った。

「全く、いつもはもっと早く寝てるだろうに」

「アハハ……ごめん父さん、今日眠れなくて……」

「……それで、本当に話してもいいのかい?」

「どの道おめーらの素性はいつかバレるさ。それにツナにはおめーらの辿ってきた数奇な運命を知らなきゃならねェ……親友としてな」

 次郎長の勧めに真は無言で頷き、炎真に目を向けた。

 その意味を理解した炎真は困惑したが、一度深呼吸をしてツナに今まで隠していた事実を伝えた。

「……僕はシモンファミリーというマフィアの次期当主だよ。ツナ君」

「え……うええええ!?」

 一番の親友がまさかのマフィアで、しかも次期当主という重要ポジションだった。

 次郎長がヤクザであるのは長い付き合いで理解しているし、そもそも町の顔役の一人として地元住民からも有名な人物だったため、これといった驚きは無かった。だが一番の親友がまさかのマフィアだった上、組織の構造上かなりの重要人物であるのは初耳だった。

 ツナは冷や汗を流しながら炎真に詰め寄った。

「炎真ってマフィアだったの!? 知らないんだけどそんな事実!!」

「別に訊かれなかったし……」

「それ以前に親友にマフィアですかなんて質問しねーって、普通は」

 次郎長の正論に「確かに」と困ったように笑う炎真と真。自覚はあるようだ。

 いや、それ以前にツナは気になることが――

「って言うか、おじさん知ってたの!?」

「当たりめーでい、そもそも今の当主である炎真の親父とオイラは義兄弟の盃を交わしてるからな」

「な、なな……!」

 親友の実家がマフィア。次郎長がマフィアの当主と盃を交わしている上、古里家の事情を知っている。

 畳み掛けるカミングアウトについて行けず、ツナは口をポカンと開けて呆然とする。

「シモンファミリーと溝鼠組が繋がってたとはな……」

「リボーン! お前起きてたの!?」

「さすがに耳を傾けなきゃいけねー気がしてな」

 そこへ何とリボーンも現れた。赤ん坊の彼は6時には寝てしまうこともあるのだが、どうやらいつもそうではないようだ。

「そ、それよりもシモンファミリーって何なの?」

「シモンファミリーはボンゴレと付き合いが相当古い。交流自体はお前のご先祖である沢田家康からで、シモンの設立者であるシモン=コザァートは炎真と真のご先祖にして家康の唯一無二の親友……何よりボンゴレ創立のきっかけを作った男だ」

「炎真の、ご先祖様が……!?」

 知られざる真実に、ツナは驚くしかなかった。それはリボーンも同じで、ポーカーフェイスを崩していつも以上に大きな瞳を開かせている。

 それと共に、リボーンは警戒もしていた。シモンファミリーとボンゴレファミリーの関係など、今まで知らされていなかった。それこそ家光や依頼人の9代目から、一言もだ。だが業界の違う人間がその関係を知っているのは、普通に考えればおかしな話なのだ。

 もっとも、そのことを追及しても「盃を交わした仲だから」といった理由を返される可能性もあるのだが……リボーンは次郎長に訊いた。

「俺でも知らねーことを何でお前が知ってるんだ、次郎長」

「言っただろーがい。オイラと真は五分の盃を交わした義兄弟だぜ」

 ニヒルな笑みを消して真剣な表情で言葉を投げ掛けるリボーンを、案の定の回答で一蹴する次郎長。

 ボンゴレの秘密を知っているのではと勘繰っていた分、リボーンは悔しそうな顔をした。それと共にツナがハッとなって声を上げた。

「ちょ、ちょっと待って! 炎真のご先祖様が……シモン=コザァートって人がボンゴレ創立の立役者ってことだよね? それってボンゴレにとっては恩人のはずなのに、何で……」

 

 ――何でリボーンやボンゴレの人達は、それを知らないの?

 

 ツナの純粋な疑問に、その場は水を打ったように静まり返った。

 それを聞いた炎真と真は難しい顔をし、次郎長は「当然の質問だな」と返しつつ厳しい表情をして口を開いた。

「ハメられたんだよう。沢田家康の子分である〝ヌフフのナス太郎〟に」

「ハメられた? …………って、待って待って!! ヌフフのナス太郎って誰だよ!? それただの悪口じゃない!?」

「てめーソイツの名前憶える気ねーだろ」

「あんな時代錯誤も甚だしいナス頭した放射性廃棄物、名前憶えなくても記憶に残るっての」

 ボンゴレとシモンの関係を引き裂いた張本人を愚弄する。

 思い出すだけでも非常に嫌な気分になるのか、青筋すら浮かべている。

「ヌフフのナス太郎は炎真達を殺そうとした不届き者でい」

「え!?」

 ますます理解できないツナ。ヌフフのナス太郎が誰なのか教えない次郎長の心中はともかく、話の流れではどう考えても悪い方向に向かっている。

 少なくとも言えるのは、ヌフフのナス太郎はボンゴレ側の人間で、炎真達を闇に葬ろうとしたことだ。

「マフィアに詳しい知り合いから聞いた時ゃ、さすがに耳を疑った。沢田家康の子分は、オイラが6年前に古里家を護るために戦った刺客と同一人物だったからな」

「――おい、待て。おかしいだろ」

 リボーンは次郎長の証言に矛盾が生じていることを指摘した。

 沢田家康の子分とは、ボンゴレ初代ボスのボンゴレⅠ世(プリーモ)の世代の人間という意味だろう。だがⅠ世(プリーモ)の世代はボンゴレ創立期であって、少なくとも一世紀近く前のこと。6年前に次郎長が会っているというのはどう考えてもあり得ないことだ。

(……だが次郎長がわざわざ俺とツナにウソをつかなきゃなんねー理由が見当たらねェ。話は信じがてーが、本当の可能性が高いか)

 リボーンは次郎長に話の続きを促した。

「家康とコザァートの間に何があったかはともかく、家康が日本に帰化してからシモンはマフィア界から迫害を受けてきた。そんな屈辱的な扱いを後世まで受けつつも初代の教えを守り、細々と生きて……」

「そして6年前に、おじさんが真さんと炎真と出会ったんだね……」

 ツナの呟きに、炎真は蚊の鳴くような声で「そうだよ」と口を開いた。

 その一言はとても頼りない声だが、色んな感情がこもっており、重々しく感じ取れた。

「ちょっとした縁ですっかり仲良くなったオイラは古里家に案内されたが、その日の夜に襲撃を受けた……奴だ」

「「……」」

「激闘の末どうにか野郎を追い払い、深手を負ったオイラは偶然現れたある男達(・・・・)に連れて行かれた」

「何者だったんだ、次郎長」

「さあな……黒ずくめで顔を隠してたから奴らの素性は知らねェ。だがオイラをわざわざ手当してくれたから(わり)ィ連中ではねーだろう」

 ある男達とは、後に個人契約を結ぶことになるバミューダが率いるマフィア界の掟の番人〝復讐者(ヴィンディチェ)〟である。

 次郎長は復讐者(ヴィンディチェ)との繋がりはバレてもいいのだが、どこで誰が聞いているのかわからないので万が一の為に隠して伝えた。ちなみに復讐者(バミューダたち)の素性を全て知ってはいないので、ウソは言っていない。

「皆殺しを目的とした刺客が来た以上、シモンがマフィア界によって消滅させられるのは時間の問題。オイラはシモンの居場所がほとんどないことを知って、3丁目にシモンの拠点を用意したって訳でい」

「……」

「正直な話、真も全部知ってるわけじゃねェ。何しろシモンに関する情報は執拗なまでにもみ消されてる。いずれにしろ、ボンゴレは獄寺が思ってる程クリーンな連中じゃねーだろうよ」

 大まかに炎真達とその先祖にまつわる話を語り終えると、リボーンは無言で部屋を出た。

「リボーン! どこ行くんだよ!?」

「先に帰ってる。ママンによろしく言っとけダメツナ……調べてーことがある」

 一切の感情がこもっていないような冷たい声色に、ツナは押し黙った。

 リボーンが腹を立てている。その怒りの矛先はおそらく……いや、間違いなくボンゴレに向いているだろう。

「リボーン、ちったァ思い知ったか」

「……何をだ」 

「貸し借りや仁義を煩わしく思った時点で無法者失格ってこった」

 それは、ならず者の王としての忠告だった。

 無法者は自分の流儀を貫いてこそ真の無法者なのだ。己自身が定めた鉄の掟、最期まで守り貫くと決めた信念、譲れない意地……それが無法者の持つ武力をコントロールする。それは無法者が組織を率いるようになっても同じだ。

 だが一度自分の流儀を失ったり捨てたりした無法者は、己のエゴの為に武力を振るうことになる。それはいつしか仲間や家族を蝕み、罪の無い人間を巻き込み、最悪の場合我が身の破滅を招く。無法者とは、己の法で生きなければならない生き物なのだ。

「……探しモンでイタリア行くんなら9代目のクソジジイに言っとけ。設立者の教えを守れない親玉に未来はねェ、とな」

「……」

 リボーンは一言も発さず、部屋を出た。

「……ツナ、炎真」

「「!」」

「おめーらは仲が良いから、大喧嘩しても仲違いはしねーと思う。だからこそ言わせてもらう。奴は間違いなくおめーら二人の仲を引き裂こうとする」

 その言葉に、ツナと炎真は固唾を呑む。

 ツナの日常を脅かすどころか炎真との絆をズタズタに切り裂かんとする巨悪が、ボンゴレ内部にいる。それを裏づける証拠こそ無いが、次郎長の体験談と推測、何より古里家の事情から考えると絶対に無いと言い切れない話だろう。俗に言う「証拠はないが確信がある」というやつだ。

「あのボケナスの思い通りにさせねェ。未来を繋げるには、おめーら二人が親友であり続けなきゃならねーんでい」

「…………それがシモンの誇りを取り戻すことに繋がるなら、僕は命を懸けて貫くよ」

「炎真……」

 いつもはヘタレ気味な炎真のただならぬ覚悟に、実父の真は驚愕し、次郎長は笑みを溢した。

「ツナ、おめーは?」

「……俺は、本当なら戦いたくないよ……」

 ツナは泣きそうな声で心情を吐露した。

 元来争いを好まない性格であるツナにとって、戦いは最も避けたいものだ。たとえ次郎長のように大切なモノを護るためであっても、他者を傷つけることは死ぬ程嫌いなのだ。誰も巻き込みたくないし、誰も苦しめたくない――それがツナにとっての意地だった。

 泣きそうになるのを堪えるツナを、次郎長は嗤いもせずただ静かに見つめた。

「痛いのも嫌だし、痛めつけるのも嫌だよ……!」

「ああ。だからこそオイラ達がいるんじゃねーのか?」

「!」

「力が無いなら、いつでも貸してやる。助けてほしいなら、いつでも助けてやる。どんなに自分(てめー)の非力さを嘆いても、心だけは折れるなよ。……おめーは孤独(ひとり)じゃねェ、おめーの隣には(おとこ)がいるだろ」

 そう言ってフッと不敵な笑みを浮かべ、次郎長はツナの頭を撫でた。

 数多の無法者を屠ってきた恐ろしいまでの剛力を秘めてるとは思えない、大きく温かい浅黒い手。ただ縁があるだけで父親ではないのに、本当の父親のように感じる。

 ツナの涙腺を崩壊させるのに、十分すぎた。

「ふ、ぅ……うああああああ!」

「――バカ野郎、男は黙って泣くのがカッコいいんだぜ?」

 顔では呆れつつも、次郎長は優しさに満ちた声でツナの頭を撫で続ける。

 その様子を、沢田家に帰っていたはずのリボーンが盗み聞きしていた。

「……アイツも〝大空〟かもしれねーな」




感想・評価、お待ちしてます。
次回は来年かもしれませんが、何卒よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的48:隣町ティータイム

明けましておめでとうございます。
新年初投稿です。


 目を覚ませば、いつもの光景とは限らないものなのか。――それが今の次郎長の心境だった。

(ここァ……一体(いってェ)どこなんでい?)

 雲一つ存在しない満月の星空、どこにも咲いていないのに桜の花びらと紅花の花びらが舞う。無限に続くように思える荒野には、山も無ければ谷も無い。しかしその荒野には、よく見ると刃こぼれした刀が無造作に刺さっており薬莢が無数に転がっていて、何かの戦いが終結したかのようにも思える。

「夢の中、なのか? ――っ!」

 ふと、突然現れた背後の気配に反応し、次郎長は目にも止まらぬ速さで振り返り居合の構えを取る。

 しかしその視線の先にいたのは、意外な人物だった。

「そう警戒しないでください……僕ですよ親分」

 青い左目と赤い右目、六の文字が見える右の瞳、南国果実(パイナップル)を彷彿させる愉快な髪型。

 その特徴的かつ独特のシルエットに次郎長は目を見開いた。

「…………パイナップルが喋った!?」

「何ですかその間は!? わざとですね!?」

 ――僕だって若いんですよ!!

 着物を掴んで怒る骸に、次郎長は「(わり)(わり)ィ」と愉快そうに笑う。

「ハァ……親分、さっさと殺気解いてください。そこまで警戒しますか?」

(わり)ィな。親分たる者、夢幻の世界でも気は抜かねーんでな……で、ここはどこだ。おめーの脳ミソん世界(ナカ)か」

「こんな殺伐とした世界なわけないじゃないですか! ここはあなたの(・・・・)精神世界なんです! それに僕の精神世界はもっと気品があって優雅なんです!!」

 次郎長は周りを見渡して「殺伐、ねェ」と呑気に呟く。

 骸曰く、深い眠りに就いた時こそ他人の精神世界を渡れるとのこと。彼は豊かな草花が咲く草原からこの日本刀と薬莢が転がる荒野に辿り着いたらしい。

「この精神世界は……初めてですね。荒れ地でありながら花が舞うなんて。これはあなたの人生そのものかもしれません」

 裏社会という荒野で、花を咲かせ落としていく。それは(おとこ)の中の(おとこ)・次郎長の生き方を具現化しているのかもしれない。

「……で、何の用でい」

「おや、意外と戸惑わないんですね」

「こんな体験は初めてだが、オイラも極道の組長なんだ。何事にも悠然と構えておかなきゃならねェ」

 本題を切り出す次郎長に、骸は目を細めながら口を開いた。

「実を言いますと、僕達は隣町の黒曜ヘルシーランドを根城としてまして」

「そうなのか? そこって確か廃墟だった気がしたが」

「ええ、ぜひ来てほしいのです。できれば並盛町で一番美味しいチョコレートのお菓子を持参していただいて。即興ですがお茶会をしたいのです。お願いしますよ……クフフ」

「ん? おいちょっと待て……」

 骸の言葉に何か気がついた次郎長は目を見開くが、それと共に視界が真っ白になった。

 

 

「――恩人をパシリにするたァいい度胸じゃねーかこのクフフナッポー!!」

「うわっ!? オ、オジキ、おはようございやす!」

「な、何や? どないしたんオジキ?」

「何の夢見とったんじゃ……」

 ツッコミと共に布団から跳ね起きた次郎長に、朝食が出来て起こしに来た子分達がビックリするハメになった。

 

 

           *

 

 

 お八つ時、次郎長がラ・ナミモリーヌで販売中のチョコレートケーキを土産に訪れたのは、かつては複合娯楽施設として栄えていた廃墟・黒曜センター。

 旧国道の開設によって訪れる人が激減したことで閉鎖された店は、見る影もない程に廃れている。改築計画もあったのだが、一昨年の台風で発生した土砂崩れのせいで建物もあちこちが土砂に埋まり、撤去にかかる費用が莫大なため土砂崩れ直後の姿のまま放置されている。夢の跡という言葉が最も似合うだろう。

「カギは錆びきってるか……」

 入り口は錆びついた門で閉ざされており、その上これまた錆びている鍵で頑丈に施錠されている。錆を落とすための道具を持ってきていない以上、開けるのは至難の業だ。

 ただし、次郎長の場合は当てはまらない。

 

 ガゴォン!

 

 次郎長は刀を抜くまでもないと言わんばかりに蹴り一発で破砕。並盛最強の喧嘩師に恥じない鍛えぬいたパワーは、錆びついてるとはいえ鉄製の扉を軽々と吹っ飛ばした。吹き飛ばされた扉は轟音と共に土煙を上げて地面に転がった。

 その直後、甲高い悲鳴が木霊した。声色からして男、それも中学生ぐらいの声だ。

 まさかと思って次郎長は声が聞こえた方へと足を運ぶと……。

「あ、危ねえ……ジロチョーのおっちゃん、何すんら! ちょっとズレてたら直撃してたんらぞ!!」

 腰を抜かして激怒しているのは、骸一味の城島犬。

「いやァ、スマン。……アレ? おめー滑舌悪かったっけ?」

「う、うるへーら!!」

 再会して最初の一言が口調の指摘であることに、城島は思わず顔を赤くして怒鳴る。

 その背後から、どこか気怠そうにもう一人の少年が姿を現した。その少年もまた、憶えのある顔だ。白い帽子に眼鏡を着用し、バーコードのタトゥーが特徴の少年など、6年前に会った彼以外いないだろう。

「……お久しぶりです」

(つら)ァ合わせんのァ6年ぶり……だな」

 面倒臭そうに、それでいてどこか嬉しそうに挨拶する柿本千種。

 6年の時を経て次郎長よりも少し背が高いくらいに成長しており、中学生ながらもどこか大人びているようにも思える。

「手紙を送られることが何度かあったから大丈夫たァ思ってたがよう……元気そうじゃねーか千種」

「はい。それにしても……」

 千種は顔を引きつらせながら次郎長が蹴飛ばした扉を見る。扉は蹴られた部分が大きく変形し、足形らしきモノがくっきりと残っている。

 次郎長は豪腕の持ち主であり、幼少期から多くの悪タレ共を薙ぎ倒してきた猛者。それは脚力も例外ではなく、一撃で戦闘不能に追い込むことも可能なまでに鍛えてあるのだ。

「……別に正面から来なくてもいいのに」

「俺ァ他人(ひと)()に上がる時ゃ自分家(てめーんち)のように玄関から(へェ)るって決めてんでい」

「か、かっちょええ……」

 誰の家であっても正面から堂々と入る――ただし入り方は別のようだ――と言い放つ次郎長に、城島は思わずカッコよく感じてしまう。

「……どうした、客が来たんだからアイツに会わせろよ」

「わ、わかったびょん!」

「……付いて来て」

 

 

 城島と千種に案内され、次郎長は黒曜ヘルシーランドの三階にあるシネマフロア手前の扉に辿り着いた。

 その扉を開けると、目の前のソファーで骸が手を組んで座っていた。

「クフフ……また会えましたね」

 怪しげな笑みを浮かべる骸。テーブルにはカップと湯呑みが置かれており、確かに茶会をする気であるようだ。彼の醸し出す雰囲気は危険さを孕みつつも、かつての大恩ある人物との再会を喜んでいるのか、とても穏やかそうにも感じる。

 次郎長はズカズカと肩を怒らせてソファーに腰掛けると、鋭い双眸で睨んだ。

「……おめー今度からクフフナッポーって呼んでやるから覚悟しとけ」

「僕が一体何をしたっていうんですかっ!?」

 命の恩人をパシリ扱いしたことに未だ腹を立てている次郎長。当の骸は自分の言動で怒りを買ったことなど全く知らずに驚いており、それが余計にカチンとくる。

 それを見ていた犬は腹を抱えて爆笑し、不愛想な千種でさえ笑いを必死に堪えている。命の恩人に口癖と髪型を同時にイジったあだ名で呼ばれたら笑うに決まっているのだが。

「いいよ、ホントおめー今度からクフフナッポーで。六道骸って二度と呼ばねーから」

「今朝のこと引きずってたんですか!?」

「ったりめーだろ。何様のつもりなんでい、てめーは」

 どうやら精神世界での一件を忘れていなかったようである。

 骸はようやく腹を立てていることに気づいて平謝りする。次郎長は「わかりゃいい」とあっさり水に流すと、要求していたチョコレートケーキを差し出して骸に訊いた。

「吸っていいか? オイラァ喫煙者なんでい」

「クフフ……お好きにどうぞ」

 次郎長は煙管を取り出して紫煙を燻らせる。

 すると骸は何かを思い出したのか、一度目を見開いてから次郎長に告げた。

「ただ犬は嗅覚が人一倍強いので気を遣っていただけると――」

「じゃあおめーに向けとくよう」

 煙管の吸い口から口を離し、骸の顔面向けてフッと口から勢いよく煙を吐いた。不意打ち同然の行動に骸は避けることもできず、モロに浴びてゴホゴホと涙目で咳き込んでしまう。

 胸がすいたのか愉快そうに笑う次郎長に、骸はムカついたのか右目の六の字を「三」の字に変えた。

「~~~~~っ!! 畜生道!!」

「ん?」

 刹那、頭上から大量の蛇が落ちてきた。

 次郎長は煙管を咥えたまま、傍に立てかけていた愛刀を振るい、あっという間に全ての蛇を斬り伏せてしまう。

「おい骸、おめーまさか環境整備もロクにできねーのか?」

「いやいやいや! 毒蛇落とされても一切動じず斬れるなんて、あなた本当に人間ですか!?」

「おい、今の言い方だと恩人に毒蛇落としたって聞こえるんだけど」

 ちょっと聞き捨てならない言葉が飛び出したことに次郎長は呆れながらも、刀を鞘に納めて再び傍に立てかける。

「ま、まあチョコレートケーキに免じて許しましょう。犬、千種。僕は彼と二人で話したいのでよろしいですか?」

 二人きりで話したい骸の意思を尊重し、城島と千種はそそくさと出ていく。

 次郎長は煙管を咥えたまま、骸の双眸を見据える。

「……6年前の記憶が正しけりゃあ、おめーって幻覚見せられるんじゃなかったのか?」

「おや。その洞察力はさすがと言ったところでしょうか……今のも僕の能力(スキル)なんですよ。六道輪廻をご存知ですか?」

「人間は死ぬと生まれ変わってどっか行くっつー仏教のアレか?」

「ちょっと、雑ですよ表現が。……僕の体には前世に六道全ての冥界を廻った記憶が刻まれていましてね、六つの冥界から六つの戦闘能力を授かった――」

「ああ、そういう設定ね。6年の間に頭のネジが飛んじまってるってことじゃなくて」

「設定とか言わないでください!! 中二病だと思われるじゃないですか!!」

「言っとくけど名前の時点で十分中二病だと思われんぞおめェ」

 畳み掛けるトゲのある発言に若干涙目になる骸は、気を取り直して能力(スキル)を紹介する。

 相手に幻を見せ、永遠の悪夢により精神を破壊する「地獄道」。

 憑依された人間の技を使う「餓鬼道」。

 相手を死に至らしめる生物を召喚する「畜生道」。

 右眼から闘気(オーラ)を出し格闘能力を上げる「修羅道」。

 体から黒い闘気を出し、修羅道以上に格闘能力を上げる「人間道」。

 相手をマインドコントロールし、意のままに操る「天界道」。

 骸はこの六つの特殊能力――〝六道輪廻〟を行使して非人道的な資金獲得活動を行う黒マフィアをひたすら潰し回っているという。

「憑依? んだその幽霊みてーな能力は」

「僕は憑依弾という特殊弾を用いて、この三又槍で傷付けた相手に憑依できるのですよ。――当然あなたの身体も乗っ取れる」

「やってみるか?」

「いいえ、遠慮します。憑依弾は数が少ない上、あなたの身体を支配するなんてマネは僕の美学に反する」

 骸は命の恩人を失望させるような行動は絶対にしないと断言する。

(もっとも、確実に乗っ取れる自信も無いんですけどね……)

「……カタギにゃ手ェ出してねーだろうな?」

「愚問ですね。千種も犬も弁えてますよ……当然僕も」

「……そうかい」

 次郎長は安心したように表情を緩めた。

 復讐心とはこじれやすいものであり、一度囚われたら本来は関係ない人間まで巻き込み手を掛けてしまいやすい。そして復讐には見返りなどなく、深い悲しみに囚われ続けてしまうものでもある。

 いくら大人びてる骸でも、マフィアへの憎しみを募らせている以上その刃を向ける相手を間違えてしまうのではと危惧していたが、杞憂のようだ。彼らの裏にいるバミューダ達が目を光らせていたのかもしれない。

「……そう言えば、あなたは随分と沢田綱吉に肩入れしてますね」

「……骸」

 話は突如ツナの話題に切り替わった途端、次郎長は殺気を漂わせて骸を威嚇した。

 どんなにマフィアへの憎悪が強くとも、その矛先を血統以外は何の接点も無いカタギ同然のツナに向けるのならば、次郎長は剣を抜く。

 その意思を汲み取ったのか、骸は「興味があるだけで手は出しませんよ」と弁明する。

「……20年も前の義理をずっと果たし続けてるだけのネタに随分食いつくんだな」

「20年……義理というのは沢田綱吉の親の方ですか?」

「正確に言えば同級生であるツナの母親の方だけ(・・)でい」

 次郎長は煙を吐きながら天井を仰ぐ。

「そういやあ、ソッチで何か動きとかあったか? ボンゴレの情報あると嬉しいんだけど」

 縄張りである並盛町を護ることにこだわる次郎長とその一家にとって、海外情勢は本来どうでもいい話だ。しかし近頃のマフィアの介入は著しいものであり、特にリボーンを軸にして町内で騒動が度々起こる。海外勢力の台頭を溝鼠組ができる範囲で防ぐためにも、情報収集は欠かせないのだ。

 そんなことを考えている次郎長の要求に、骸は「一つだけありますよ」と目を細めて告げた。

「……これはあくまでも噂なのですが、ボンゴレの一部関係者があなたを目障りな敵と認識しているようです」

「……その情報、どこからでい?」

「ボンゴレの縄張りですが……意外ですね、わかってたのですか?」

「むしろそう読んでいただけでい」

 ツナを10代目にしたがるボンゴレファミリーにとって、次郎長はツナの強力な味方である反面ツナをマフィアにさせないよう動くため、不都合な存在と見なされる可能性が高い。ただでさえ家光とは仲が悪い上、人間離れしている圧倒的な実力とツナ自身からの信頼の厚さが拍車をかけている。

 ツナをボンゴレ次期ボスにさせるには、次郎長を排除せねばならない――9代目がどこまで関わってるかはともかく、ボンゴレの上層部にはそういう結論に至った輩が一定数いるのだろう。

「オイラとしちゃあ全面対決(ソッチ)の方が後腐れねーしボンゴレへの鬱憤晴らせるんだけどなァ……あの古狸が穏健派だから面倒なんだよ。武闘派だと扱いやすいんだがなァ……あのジジイ早く痴呆進んでくんねーかなァ」

「相当の恨みを買ってるようですね……」

「創立者の血統っつー理由でカタギを巨大マフィアの首領(ドン)に据え置こうとする連中の中心人物が自分(てめー)の親父って、どういう気分よ」

「それは……不愉快極まりないですね」

「だろ? ツナたァ(なげ)ェ付き合いだし、約束破りたくねーし、何よりアイツを放っておけねーんだ。っつーかあのバカ何考えてんだ、マフィアのボスになるのが自分(てめー)息子(ガキ)の一番の幸せである(わき)ゃねーだろうが」

 無性に苛立ってきた次郎長に、骸は心の中でボンゴレに合掌したのだった。

 

 

           *

 

 

 一方、並盛町にある道場「あさり組」で、二人の男が竹刀をぶつけ合っていた。

 一人は、寿司屋「竹寿司」を経営する板前・山本剛。もう一人は町の秩序たる雲雀尚弥の右腕・黒部蘭丸。二人は剣の道に秀でており、あの次郎長も一目置く程の実力者である。

「ハァ……ハァ……」

「ゼェ……ゼェ……」

 互いに一歩も譲らず。

 手合わせを始めて早一時間弱……鍔迫り合いの力押しから僅かな隙を狙ってバランスを奪う技まで、あらゆる手を使って渡り合った。

 それでも決着がなお着かないのは、二人の技量が同格であるということに他ならない。

「さすがにこれ以上はダメかな。店の準備も事務もあるんだ、ここらで御終いとしよう」

 試合終了を告げたのは、二人の試合をずっと観覧していた尚弥。

 その隣には、何と並中生である持田剣介がいる。実は剣介は風紀委員会に属するようになり、恭弥の部下となったのだ。

 尚弥は並盛町の実質的な最高権力者であり、教育委員会や各学校で持ち上がった話題を全て把握している。その中でツナと剣介の体育館での騒動が持ち上がり、悲運にも剣道部主将という肩書きもあって尚弥に目を付けられ強制的に入れられたのである。

 ちなみに剣介の親は泣いて喜んだとか……。

「僕達風紀委員会はトラブル解決の為にも〝個の武〟を求める。鍛え抜いた強さで風紀を維持するのが、風紀委員会の伝統でもあるからね」

「お、おっかねェ……」

「きっちりかっちり鍛えさせてあげる。君のようなモブにはこれ以上無い名誉だよ」

「モブ言わないでください!!」

 極道顔負けの威圧的な笑みに、剣介は泣きそうになる。

 しかし、だ。眼前の本物の剣豪の強さに憧れているのも事実。剣道部主将として、心に火が点いているのも事実である。

(……学校では散々な目に遭ったそうだけど、そのまま終わらせるわけにはいかないな。恭弥のために強くなってもらうよ、持田剣介)

 尚弥は口角を上げ、不敵に笑う。

 その同時刻――

 

「さて、私の弟子達は一体どうしているのでしょうか……」

 

 また一人、赤ん坊が並盛を訪れていた。




次回、赤いアルコバレーノが現れてまさかの戦闘に。

ちなみにオリキャラをあと一人くらい出そうと思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的49:雲雀顔の赤ん坊

次郎長は決着に恵まれないかもしれません。(笑)


 ある日の休日。

 極道の元同級生とマフィア関係者で構成された沢田家で、それは唐突に起こった。

 

 コオオオオ……!

 

「!」

「な、何!? リボーンのおしゃぶりが……!?」

 突如、リボーンの首元にあるおしゃぶりが光り輝いた。ツナが混乱する中、エスプレッソを飲んでいた万年ポーカーフェイスは目を見開く。

 実はおしゃぶりにはアルコバレーノ同士が互いに近づくと光るという性質がある。おしゃぶりが光ることで存在を知らせ、接近していることを知らせるのだ。

「この輝きは……」

 ふと、リビングの窓に目を向けた。

 その先には、黒い着物を着た尚弥が、肩に赤ん坊を乗せて歩いていた。

(……おめーが来るとはな)

 

 

 並盛町のある河原。

 一部界隈からは決闘の地として知られるこの場所で、二人の傑物は戦っていた。一人は、この並盛町であの次郎長とタメを張れる男・雲雀尚弥。そしてもう一人は――

「強くなりましたね尚弥。私の想像を遥かに超えてますよ」

「それぐらいじゃないと息子に顔向けできないんだよ、師匠」

 片膝を突いて荒く息をする尚弥を、穏やかな眼差しで見つめるカンフー服を着用した赤ん坊。

 赤色のおしゃぶりを首元にぶら下げ、長髪をお下げの三つ編みにしている彼の名は(フォン)――かのリボーンと同じマフィア界最強の赤ん坊〝アルコバレーノ〟の一角を担っている武道の達人だ。尚弥とは師弟関係にあり、修行期間こそ短いが互いに信頼し合う程に仲が良い。

「十手術と格闘術に私が教えた発勁(はっけい)を用い、相手に衝撃を確実に伝える。……並大抵のモノではないとは思ってましたが、これ程とは」

 尚弥の戦闘センスに舌を巻く。

 次郎長の強さは異次元と言ってもいい程の「強靭なパワー」だ。ズバ抜けた身体能力と戦闘勘で臨機応変に戦い、一騎討ちから一対多数まで様々な修羅場をくぐり抜けてきた。我流の喧嘩殺法だが、その真髄は何十年と重ねてきた場数と超人的な身体能力、鍛え抜いた戦闘センスであるのだ。

 それに対し、尚弥は徹底的に研ぎ澄まされた「技」である。当然次郎長に負けず劣らず身体も鍛えてはいるが、それ以上に一つ一つ繰り出す技の切れ味が桁違いだ。下手に食らえばカウンターすらできず〝鬼〟の如き猛撃に沈められる。

(そうなると、尚弥と張り合う強さを持つ者……ジャパニーズマフィア最強と謳われる無法者・泥水次郎長は相当の強者となりますね)

 まだ見ぬ強者の武力を想像し、顔が強張る。

 その時だった。

「面白そうなことやってるじゃねーか、尚弥」

 土手の方から、男の声がした。

 声がした方向に顔を向けると、着流し姿で赤い襟巻を巻いた浅黒い男が鋭い目つきで見下ろしていた。

「オイラも混ぜてくれよ」

「次郎長!」

 突如乱入したのは、次郎長だった。

 並盛の裏社会の頂点に君臨するならず者の王が、闘争の匂いに惹かれて姿を現したようだ。

「ジロチョウ? ――まさか、あなたがあの泥水次郎長ですか?」

 マフィア界でも恐れられる怪物級の凄腕の登場に、さすがの(フォン)も驚く。

「……また質の(わり)ィ赤ん坊が来やがったか。そこの雲雀顔、てめー何者だ」

(フォン)と申します。初めまして」

 ギロリと睨みつける次郎長だが、(フォン)は意にも介さず穏やかな笑みを浮かべ頭を下げて挨拶する。

 その礼儀正しさと物腰の柔らかさに、次郎長は毒気を抜かれたような、拍子抜けしたような表情を浮かべた。少し気を荒立てたかと思ったが、首元のある物を視界に捉えると眉間にしわを寄せた。

「……そのおしゃぶり、リボーンの野郎(バカ)がぶらさげてんのとよく似てるな」

「! ……リボーンを知ってるのですか?」

「ああ、昔馴染みの息子の家庭教師やってるんでい。おかげで町で何かしらアイツ絡みの騒動がよく起こる」

 ハァ、と溜め息を吐いて頭を掻く。

 並盛の王者として長く並盛の裏を支配する次郎長の悩みの種は、ツナの家庭教師を務めるリボーンの存在である。ツナをマフィアのボスに相応しい人物にするために送り込まれた彼は、住民との些細なイザコザから喧嘩沙汰まで色んな騒動を巻き起こしている。しかも締めようにも互角以上の実力を持つ上に奈々(おんじん)からの信頼が厚いため、迂闊に手を出せないのだ。おかげで最近フラストレーションが溜まりやすくなった。

 それに加え、スパルタ教育を若干マイルドにさせる部分を増やしているらしい。次郎長との一戦を機に、ツナをめぐって全力で殺し合う事態は何としても避けるべきと考えを改めたのかもしれない。

「フフ……相変わらずのようですね、リボーンは」

「……何笑ってやがらァ」

 穏やかに笑う(フォン)が癪に障ったのか、額に青筋を浮かべる次郎長。

「それで……尚弥、どういう関係だ」

「蘭丸から聞かなかったのかい? 僕が中国に入ってた話」

「……! ああ、おめーが武道家に弟子入りしたっつー話か? ……ってこたァ、コイツか」

「そう、彼が僕の師匠だ」

 次郎長は感心したように(フォン)を見つめた。

 自分もそうなのだが、尚弥は人の下に付けるタイプの人間ではない。何せあの並盛で一番凶暴な雲雀恭弥の実の父親なのだ、他人の隣に立つことはあれど誰かの命令に従うわけがない。そんな男が師と仰ぎ見るのだから、少なくとも尚弥以上の実力と度量を兼ね備えているのだろう。

 おしゃぶりを首元にぶら下げている者は、見た目からは想像もつかない猛者であるのだろうか。

「オイラの想像以上に(つえ)ェってのァ何となくわかった。……で、コイツはカタギか?」

「弟子の一人が殺し屋って言ってたから、カタギとは言い切れないと思うけどね」

「ちょっと、尚弥! それは言っては……」

「――そうか。じゃあ、喧嘩売っても問題ねーよな?」

 刹那、次郎長の全身から強烈な殺気が迸った。常人なら息を殺されそうになる、本能的に戦慄し恐怖を感じてしまう程の凄まじいソレに、(フォン)は思わず身構えてしまう。

 武道の達人として己を鍛え抜き研ぎ澄ましてきた(フォン)は感じた。この男は……次郎長は無傷で倒せるような生半可な相手ではない、と。

(これは……生まれながらの喧嘩師、と言うべきでしょうか……凄まじく強い)

 (フォン)は中国の武道大会で3年連続で優勝を果たす程の猛者であり、数多くの拳法を編み出している。それゆえに勝負を挑む者は必ず現れるのだが、眼前で闘争本能を剥き出しにしている次郎長は今まで勝負を挑んだ星の数程いる実力者の中でも際立っている。

 天性の戦士(ファイター)……それが次郎長の第一印象だった。

「どうした。久々に喧嘩売ってんだ、ここは武道家らしく正々堂々と受けたらどうだ?」

 不敵な笑みで挑発する次郎長。

 並盛の王者も一端の喧嘩師だ。喧嘩師は鍛え抜いた強さで訴える。同業者だろうがマフィアだろうが殺し屋だろうが、四の五の言わず拳で示すのが筋なのだ。

「……無益な争いは好みません」

「ハッ……生憎オイラにゃ有益でい。オイラの強さで、この拳で護り抜けるのかを知ることができる」

「……!」

「確かに喧嘩好きなトコがあるのは否定しねェ……ぶっちゃけ(つえ)ェ奴とぶつかり合うのは好きだ。だがその辺で暴れてるドサンピン共と同じにはしねーこった。この俺の拳は、俺の任侠道(ルール)に則って振るわれる」

「……成程。尚弥が張り合いたくなる気持ちがわかる気がしました」

 (フォン)は気づいた。次郎長は富や名声ではなく、己が定めた鉄の誓いを貫き通すために戦っているのだと。恩人である奈々や愛する並盛に筋を通すべく、弱肉強食の裏社会を生きて闘争に身を置いているのだ。

 だからこそ、そんな次郎長に惹かれる者達が出てくるのだろう。彼の子分や身内だけでなく、拳をぶつけ合った者からも。

「あなたが闇雲に暴力で訴えるような男ではないのはわかりました。……ですがあなたに理由があっても、私にはない」

「弟子が売った喧嘩は買っただろ?」

「喧嘩ではなく手合わせなのですが………やれやれ、どうやら拳をぶつけないと引いてくれないようですね。――行きますよ」

 

 ダンッ!

 

 (フォン)は地面を蹴った。砲弾の如き爆発的な加速で間合いを一気に詰め、最初の一撃である正拳突きを仕掛けた。

 次郎長は悠然とし、両腕を交差させクロスアームブロックの態勢を取る。バカ正直な力比べならば、次郎長が圧倒的に上だろう。本人もそう感じていた。だが――

 

 ズンッ!

 

「ぐっ!?」

 今まで感じたことの無い衝撃を受け、次郎長の体は大きくのけぞり構えも()()()()

(崩された、だと……!?)

 ――このガキのどこにそんな力が? そう感じた次郎長だが、ふと思い出した。

 相手はリボーンと同じ最強の赤ん坊(アルコバレーノ)。それも拳法の達人であり、鬼と呼ばれるあの尚弥ですら師と仰ぐ程の傑物だ。自らの喧嘩殺法とは比べ物にならない切れ味を誇る技を放つくらい当たり前ではないか。

 次郎長はそう自分に言い聞かせ、踏ん張って体勢を立て直したが……。

「ハッ!」

「っ!」

 

 ガガガガガッ!

 

 目にも止まらぬ超高速の連打が襲い掛かった。避けることも反撃することも許さない、研ぎ澄まされた武人の拳が最強の次郎長(ごくどう)のボディに叩き込まれていく。

 そして決め手の飛び膝蹴りを顔面に食らい、次郎長は地面に倒れた。確かな手応えを感じつつも、(フォン)は様子を見る。

「フハッ……あの鬼雲雀が師事するだけはあらァ。骨があるじゃねーか」

 ググッ……と、手を使わずブリッジの状態から起き上がる次郎長。

 リボーンの時は互いに得物を手にしてたので相性の問題もあったが、今回は違う。次郎長が持つ凄まじい強さを一番引き出せるはずの接近戦で、押されてしまったのだ。しかし次郎長は悔しさよりも、嬉しさで心が満たされていた。喧嘩師として良い意味で、(フォン)は天下の次郎長を裏切ってくれた。

「礼を言うぜ――久々に本気を出せそうだ」

 コキコキと首を鳴らし、獰猛な笑みを浮かべる大侠客。

 闘争心に火が点いたからか、次郎長は凄みを増した。雰囲気が変わり、まるで爆発寸前のダイナマイトのような空気を放ち始めたことに気がついた(フォン)は警戒し、構えを取った。

(こん)()ァ俺の番だ。おじさん本気で行っちゃう、ぞォ!!」

 次郎長は一気に間合いを詰め、(フォン)を蹴り上げた。

 小さな体を貫通する、あまりにも重い一撃。(フォン)は即応して間一髪防いだが、衝撃の方は避けられなかった。想像以上の馬鹿力に思わず顔を歪める。

「ぐうっ……」

「これでどうでい!」

 次郎長は身体を回転して、そのまま右腕を振るい強烈な裏拳を打ち出す。宙に浮かされた(フォン)は体をくの字に折り曲げられ、大きく吹き飛ばされながら橋台(アバット)に激突した。

 土煙が舞い上がる。

 骨や筋にダメージを負わされた上でコンクリートに全身を叩きつけられれば、いくら武道の達人でも無傷では済まないだろう。表立って暴れることは少なくなったが、並盛最強の喧嘩師は健在なのだ。しかし土煙の中から(フォン)が現れると、次郎長は口角を上げつつも舌打ちした。

(……そう簡単にはいかねーよな、そりゃあ)

 カンフー服は汚れて袖が少し切れているが、(フォン)はほぼ無傷だった。

 実を言うと(フォン)は次郎長の裏拳が直撃する寸前、両足で彼の腕を蹴りつけており、ある程度衝撃を和らげた状態で吹き飛ばされたのだ。相殺まではできずとも体へのダメージを減らすことに成功させたわけだ。

 その腕前と判断力に次郎長は驚きつつも納得していた。

 ――これぐらいやってくれなきゃ、尚弥は頭下げねーよな。

「いつ以来だろうな、こんな楽しい喧嘩は……」

 拳を握り締め、笑みを見せながら構える。

 次郎長は数多くの強豪とも戦ってきたが、大抵は自分が納得のいく形で終わってない。自分の中に溜まった鬱憤を喧嘩で晴らすことができたのも二十代ぐらいで、三十路を過ぎた今となっては周囲は次郎長を恐れてしまい、挑戦者は恭弥以外いなくなってしまった。

 だが、目の前にいる男は並盛の王者である自らと同格以上の猛者だ。裏社会で15年近く生きてきた中でも屈指の強敵との戦いに、自然と心が燃えて躍る。そうだ、これが平穏な日常の中で忘れそうになってきた(おとこ)の喧嘩だ。

「意地の張り合いは負けねーぞ……かかって来い」

「……私も負けるわけにはいきません」

 互いに闘気を膨らませると、同時に駆けて続きを始めた。

「ハァッ!」

 (フォン)は先程以上の速さで連打を放つ。

 次郎長はそれを真っ向から迎撃しようと拳を振るうが、無数の連打を捌ききることはできず、急所は免れているが直撃を受けてしまい隙を作った。

 その隙を見逃さずに懐へと潜りこんだ(フォン)は、真下から次郎長の顎を蹴り上げる。脳まで響くそれを食らい、次郎長は一瞬意識が飛びかけそうになるが、見事耐え切って(フォン)の三つ編みをガシッと掴んだ。

 一切躊躇せず。

 (フォン)をまるでゴミでも投げ捨てるように容赦なく地面に叩きつける。豪腕から放たれたそれは、あまりの衝撃で地面にヒビが生じる程。脳を揺らされ、(フォン)は気を失いそうになる。

 それでもどうにか意識を繋ぎ、次郎長の追撃を躱して次の手を打つ。

「……ワオ」

 目の前の死闘に、傍観者となった尚弥は興奮した。

 本物の強者による一騎討ち。殺す気はさすがに無いとはいえ、鍛え抜いた己の強さをぶつけ合い血を流す、命そのものをぶつける最高の喧嘩。恭弥(むすこ)なら狂喜しそうな光景だ。

 もう我慢できない。早くあの修羅場に飛び込んで、戦いに狂奔したい。

「……僕も混ぜてよ!」

 戦闘欲を刺激され、鬼雲雀は十手を片手に突っ込んだ。

 三つ巴の大乱闘になるかと思われた、その時――

 

 バァン!

 

『!?』

 鳴り響く銃声。

 振り返れば、そこには愛銃を片手に黒スーツで身を包んだ歩く理不尽(リボーン)が。

「ちゃおっス」

「またてめーか、クソガキ。(おとこ)の喧嘩に水差すたァ見上げた根性だな……いつからいやがった」

「おめーが(フォン)のことを雲雀顔っつったトコからだゾ」

「結構最初の方だな、おい!」

 ピリピリと肌を刺す緊張感の中、リボーンは射殺しそうな視線を送る次郎長をスルーして(フォン)と言葉を交わす。

「……久しぶりだな(フォン)、元気そうじゃねーか」

「リボーンこそ。彼から聞きました、家庭教師をやってるそうですね」

「まあな。今は教え子をボンゴレ10代目にさせるための教育をしている最中だ」

 仲は良好なのか、これといった不安要素も無く会話を楽しむ両者。あのリボーンのことなのだからよくトラブルを起こしそうだが、いつもそうとは限らないようだ。

(……今のアルコバレーノは確か八人だとバミューダが言ってたな。こんなのがあと六人もいるのか?)

 全員集合したらどうなるのか。

 それは次郎長も予測できないが、少なくとも良い事は起きないだろう。

(成程、そういう関係かい)

 対する尚弥も、リボーン達の会話から意外な関係性を推測していた。

 明確な上下関係が無い対等性、首元のおしゃぶり、二頭身でほぼ同じ体格……少ない情報から尚弥は「同志」であると見抜いた。経緯や個々の素性はどうあれ、何かしらのグループとしての括りに属している可能性があると睨んだのだ。

「おめーこそ何で日本に来た?」

「久しぶりに弟子と会いたかったのですよ」

「イーピンか?」

「イーピンもいるのですか? それは吉報……今どこに?」

 先程まで次郎長と死闘を繰り広げていたというのに、いつの間にか弟子と生徒の話になりつつある。(フォン)もリボーンに負けず劣らずの自由人かもしれない。

「……ったく、尚弥ん時ゃ便意に邪魔され、家光ん時ゃ奈々の視線が気になって、一騎討ちはどうも散々な幕引きでい」

 興が醒めたと言わんばかりに溜め息を吐き、次郎長は踵を返す。

 次郎長の喧嘩は、双方の闘志が失せた瞬間で終幕であり、決してその場で追撃や騙し討ちはしない。喧嘩の売り買いはともかく、闘志の無い相手に牙を剥けるのは次郎長の任侠道(ルール)に反するのだ。

「おめーさんは(わり)ィ奴じゃなさそうだ。この町で好き勝手やらかしてケツも拭かねーボンゴレ連中とは別格でい」

「次郎長……」

(フォン)っつったな? おめーがオイラの(シマ)を土足で踏み荒らさねーってんなら、尚弥に免じてやらァ。だがこの町は人に噛みつきゃ噛みつき返される……下手すりゃ三回噛みつきゃ七回噛みつき返されるかもな。並盛には並盛の掟ってのがあるから、忘れんなよ」

 郷にいては郷に従え――要はそういうことである。

 (フォン)は穏やかに微笑み「肝に銘じておきましょう」と優しく返すと、次郎長は一言も告げずそのまま去っていった。

「そう言えば、私から受けた攻撃大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だよ師匠、ああ見えて何度か死にかけてるから」

「それは信頼していいのですか!?」

 次郎長の打たれ強さを信用しているのかどうかわからない言葉に、(フォン)はただただ困惑するのだった。




ちなみに(フォン)は今後、雲雀家に居座ります。

感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的50:花見・前編

久しぶりの更新です。
なぜか前編と後編に分けることになりました。


 時は流れ、季節は移りゆく。

 リボーン来日から早一年が経とうとしている。リボーン関連の何かしらの騒動が日常と化し、かつての平穏さにある意味で刺激が加わった並盛町では、町中の桜が咲き誇り春の訪れを伝えていた。

 

 

 満開の桜が咲き誇る。

 桜並木一帯の花見場所が近々風紀委員会によって占領されるという情報を入手した次郎長は、一家総出で例年より三日早く年に一度の春の宴を楽しんでいた。

「花見は子分達(かぞく)で呑むのが一番だな。勝男、おめーも一杯やろうや」

「へい!」

 ブルーシートの上で胡坐を掻き、徳利に注いだ日本酒をくいっと煽る組長(じろちょう)若頭(かつお)

 花見のシーズンは次郎長一家にとっては短期間でシノギを稼げる貴重な機会だが、次郎長は子分達と共に悠々自適に花見を楽しむ。いわゆる「オフの日」だ。

 溝鼠組の年中行事である花見の日は、上下関係がはっきり決まっている一家の数少ない無礼講が許される日だ。親しき仲にも礼儀ありとはいえ、絶対的な主従関係が緩み一日中和気(わき)藹々(あいあい)とでき破目を外せるのはとても貴重。ゆえに子分達は次郎長への礼儀を弁えつつも子供のように酒を片手に騒ぐのだ。

「……それにしても、大丈夫ですかいのう」

「あ?」

「いや、オジキわかっとるやろソレ(・・)……」

 勝男は次郎長の隣を指差す。その先には……。

「おいひいれふ……」

 頬を赤らめて呂律が回らなくなり、なぜか妙に色気がある登が座っていた。無礼講だからとアルコール度数の高い日本酒を飲み過ぎて、完全に酔っ払ってしまっている。

 普段の温厚で実直な性格からは考えられない、官能さを孕んだ緩い顔。これは起きた頃にはケロッとしていて記憶がほとんどない展開だろう。

「地味の向こう側みたいな面の割に何ちゅー色気出しとんねん……アッチ系(・・・・)に目ェ付けられて食われても知らんで」

 頭を抱えて深い溜め息を吐く勝男。

 すると……。

「にいさん? なんれすか……?」

 不意に紅い瞳が向けられた。

 酒が回って色気が出てきた登が、覗き込むように顔を近づける。勝男は反射的に顔を背け、動揺する気持ちを誤魔化すようにタバコを咥えた。

(女やったら完全に抱いとるで、コレ!!)

 これを自分よりも間近に見ている次郎長の精神力は、凄まじすぎる。

 同性とはいえ、官能的な雰囲気を醸し出している相手に全く動じないのは、ストイックにも程がある。元々色恋沙汰に興味が無いのもあるかもしれないが。

「勝男、おめーどうした?」

「オジキは登から何も感じひんのかい!?」

「何が」

 きょとんとした様子の次郎長に、勝男は気づいた。

 この人は鈍感なのだと。

「オジキしゃん、むひひないれくだひゃい……」

「――ハイハイ、世話の焼ける息子だよう。ほら、オイラの襟巻枕にしちまっていいから寝てな。ったく、破目外し過ぎだ」

 酩酊状態で敬愛する組長に引っ付く登。次郎長は呆れながらも穏やかに笑うと、首に巻いている赤の襟巻を解き丁寧に畳んで登に手渡した。

 登はとろけたような顔で受け取ると、頭の下に敷いて横になった。次郎長は酔っ払いの扱いにも長けているようだ。

「……扱いが上手いのう、オジキ」

「ハハハ、おめーとは3年の年齢差があるからな、それなりに見てるってこった。……そういやあウチで酒が(つえ)ェのってオイラと勝男以外にいたか?」

「お嬢も酒強いで。ランチアは……ちょっとわからんけど、大丈夫やないかと」

「……ピラ子の奴、この前オイラと飲み比べで張り合ってたよな」

「伊達に極道の女やないってこっちゃな」

 二人は酒の強さを語り出す。

 酩酊すると性格が一変するのは登だけだが、基本的に一家は酒が強い。その中でも溝鼠組の紅一点は、中々の酒豪だ。若さゆえか、それとも元々そういう体質なのか、飲み比べでは勝男をも出し抜いている。喧嘩の強さは次郎長が上だが、酒の強さは同等なのだ。

「そういやあランチアの奴、(おせ)ェじゃねーか」

 怪訝そうな表情を浮かべて酒を煽る。

 次郎長の下で一人前のヤクザ者になったとはいえ、ランチアはイタリアンマフィア出身なため日本の文化には疎い。それなので次郎長は一家の行事を利用して日本文化を楽しんでもらおうと思っていたのだが、本人は未だ来ない。

 刺客に襲われたとしても、元々強いため()られるという事態は例外(・・)を除いてまずあり得ない。

「アイツ、さてはヨーグルトと牛乳の食い合わせで苦しんでるな?」

「オジキ、ソレちゃいます。別の人です」

「じゃあアレか? やっぱり漬物石みてーなデカさのウン――」

「んな奴いるかァァァ!! 何がやっぱりやねん!!」

 真顔でボケる次郎長と怒号を飛ばしてツッコむ勝男。

 そんな安っぽいコントを繰り広げていると、彼と彼女(・・・・)は来た。

「オジキ~~~!! やっと来ましたよ~~!!」

「組長、若! 遅れて申し訳ない!」

「おう、ランチア! コッチ来い」

 相変わらず丈の短い着物を着たピラ子が、黒い無地の着流しを身に纏ったランチアを連れてきた。

 次郎長はランチアとピラ子を誘い、ブルーシートの空いている所に腰掛けるよう告げた。

「で、何で遅れた? 特別な用事はあるめェ」

「……アルコバレーノに絡まれた」

「――リボーンか?」

 次郎長は目を細める。

 北イタリア最強のランチアが日本の極道組織、それも生徒(ツナ)と親交の深い次郎長率いる溝鼠組の組員になっていると知れば、食いつくのは当然と言えよう。読心術でランチアを探ろうとしたのかもしれない。

 あくまでも次郎長個人の考えだが、おそらくリボーンは溝鼠組を上手い具合にコントロールしてツナをマフィアのボスにさせようとするのを諦めてない。組のほとんどの人間が沢田家と顔を合わせたことがあり、特に次郎長のツナに対する影響力はとても強い。屈するつもりは毛頭ないが、リボーンが次郎長を手中に収めるのを潔く諦めるとも思えない。

(まあ、探られたところで何にもなりゃしねーが)

「オジキ、二次会やりましょうよう」

「! おお、そうだな。じゃあ仕切り――」

 仕切り直すか、と言おうとした次郎長は、ふと視線を感じてある方角に目を向けた。

 その途端、顔色を変えて冷や汗を流した。

「おい、下がってろおめーら……!!」

『?』

「腹を空かせた〝鬼の子〟が突っ込んできやがった……!!」

 立ち上がり、刀を抜いて構える。

 視線の先には、学ランを羽織った並中最強の風紀委員長・雲雀恭弥が凶暴極まりない笑みを浮かべて全速力で迫っていた。

「クソ、アイツは息子にどういう教育してんでい」

 そう愚痴を零しながら、迫ってくる肉食動物を迎え撃った。

 

 ガギィン!!

 

 白刃と鋼鉄の棒身がぶつかり、火花を散らす。

 挑戦的な目が、浅黒い修羅を捉える。

「やあ次郎長。今日は随分と気を抜いていないかい?」

「ったりめーだ、そもそも今日はオフだって決めてんだからな。おめーこそ、いつもあんなに暴れてるクセしてまだ足りねーのか」

「僕の戦闘欲を満たせるのは、この町じゃあ君や父くらいしかいないからね」

「ただ喧嘩が(つえ)ェだけじゃ、オイラを超えられねーよ」

 次郎長の煽りが癪に障ったのか、恭弥は目に見える程に不機嫌そうな表情を浮かべて攻撃した。

 殺気を出して容赦なくトンファーを振るう恭弥の猛攻を、次郎長は全てお見通しとでも言わんばかりに捌いていく。鍛錬も戦略も覚悟も、次郎長が上なのだ。

「反撃しないのかい? 僕を舐めすぎてるね」

「……いいや、むしろ逆だ。二回で決められる」

 刹那、次郎長は刀を逆手に持ち替え、鎖骨目掛けて柄当てを放った。

 鎖骨は腕や脚の骨より太くはないが、それなりの強度がある。ただし折れると肩が上がらなくなり、腕一本使えないどころか制御も出来ず呼吸も苦しくなるので、戦闘中のハンディとしては致命的である。それをわかった上で放つ一撃だ、ましてや次郎長の豪腕を考えれば一発でへし折ってしまうだろう。

 恭弥はトンファーをクロスさせてガードするが、次郎長の狙いは別にあった。

「一芸で生きていける程、裏社会は甘かねーんだよ」

 ガードした途端、恭弥の脇腹に衝撃が走る。

 それは、鞘による一撃だった。

「っ…………!!」

 恭弥は目を見開き、顔色を悪くして膝を突いた。

 肝臓は打たれると激痛をもたらす。親譲りの力を持つ風紀委員長様も、これは一溜りもなかったようだ。

「今の一発、蘭丸なら避けてた。おめーの親父なら受け止めてオイラの腹に一発ブチ込めてた。……体の使い方がなってねーぞ、恭弥」

「……!」

 次郎長は刀を鞘に納め、ブルーシートの上に戻って腰を下ろす。

 そこへ、思わぬ人物が訪れた。

「おじさん! お花見中だったの?」

「ツナか?」

 数少ないカタギの友人の登場に、目を見開く。

 後ろには友人である獄寺と山本が立っており、遅れてはいるが場所取りに来たのだろう。

「……って、ヒバリさん!? 大丈夫ですか!?」

「肝臓をちょっと叩いただけだ、コイツのタフさならあと数秒で立――」

 

 ギィン!

 

 立つだろ、と言いかけた直後。

 恭弥は先程以上に殺気を膨らませて牙を剥き、次郎長は咄嗟に刀の鍔で受け止めた。

「……すぐだったな」

「……まだ終わらないよ、次郎長……」

「今日はやめとけ。せっかくの花見をブチ壊したくもねェ」

 息が荒い風紀委員長と、彼の攻撃を座ったまま造作も無く受け止めた極道の組長。

 それを見るだけで、ツナ達は力の差を理解できた。雲雀恭弥はとてつもなく強かったが、次郎長はそれすら一蹴する強さ(バケモノ)なのだと。

 さらにそこへ、町どころか日本の外からやってきたマフィア界屈指の鬼畜――ではなく、殺し屋を兼業する家庭教師・リボーンが首を突っ込んだ。

「ちゃおっス、次郎長。あのヒバリを一捻りとはな。俺とタメを張ろうとしただけはある」

「……てめーの差し金か?」

「俺の差し金だったら先にダメツナ達がやられてる」

 不快感を露わにする次郎長に、リボーンは意地汚く微笑む。

 リボーンに関わると常に何かしらのトラブルに巻き込まれる。しかし上から目線の言葉が腹立たしいとはいえ、どうやら恭弥の件は彼の差し金ではなさそうだ。それはそれで質が悪いのだが。

「やあ赤ん坊。会えて嬉しいよ」

「どうだヒバリ、花見の場所をかけてツナ達とタッグを組んで次郎長に挑まねーか」

「なっ……何で俺の名前出してんだよーっ!!」

「断る。次郎長をたった一人で咬み殺すことに意味がある」

 リボーンに対して恭弥は強く告げた。

 群れずに町の頂点を超えると宣言した自分に「無駄とは言わねェ」と不敵に応えた無敵の王者を、この手で倒したいと願って鍛え続けた。それゆえに、次郎長との決闘を共闘で制するなど、誇り高き肉食動物として到底受け入れられるものではなかった。

 受け入れたら、一度交わした約束は死んでも守る最強の次郎長(えもの)の期待と信頼を裏切ってしまう。次郎長にとっても自分にとっても、それは屈辱なのだ。

「僕の邪魔をするなら、先に君達から()るよ」

「……!」

 怒気を放ち始めた恭弥に、リボーンは虚を突かれたのかポーカーフェイスを崩している。

 ツナは一家で親交があるため、次郎長との関係が深いのは十二分に承知していたが、まさか恭弥との「獲物と狩人」の関係は知らなかった。言い方を変えれば、次郎長は恭弥をも人柄で丸め込んでしまうのだ。

 思えば、次郎長はあのランチアすら子分として従えている。尾行して問い詰めたところ、彼は敵に操られて次郎長を殺しに来たのに、迎え入れて可愛がっているという。自分の命を狙う者をも、己の任侠心で大空のように包み込んで自分の「色」に染める。

 

 ――今のツナよりも、ボンゴレのボスに相応しいではないか。

 

 そう思った瞬間、リボーンは一連のやり取りを静観する若き大親分に戦慄した。

 次郎長の器のデカさは、むしろ危険だ。敵も味方も惚れさせてしまう彼の性格は、マフィア界に進出すれば勢力図を大きく掻き乱してしまう。極道の世界とマフィアの世界は似て非なるモノであり、次郎長が海外進出など考えるわけもないだろうが、その身に秘めた力はボンゴレすら脅かしかねない。

 おそらく周囲はおろか、家光や9代目も気づいていない。次郎長の真の恐ろしさは、強さではない。人としての器の大きさだったのだ。

(……これはいいな)

 だが、リボーンは笑った。

 次郎長を手本とすれば、ツナは歴代屈指のボスになれる。不幸中の幸い、ツナは次郎長に対して特別な情を向けており、義理の父親にも似た感覚で接している。勘がかなり鋭いので相変わらず一筋縄ではいかないだろうが、次郎長に悟られなければイケる(・・・)だろう。

(まあ、今はコッチに集中するか)

 崩していたポーカーフェイスを戻し、リボーンは提案した。

「じゃあこうしようじゃねーか。花見の場所を賭けて俺達が次郎長と戦う。その間おめーは体力を回復させ、次郎長に挑む。……俺達は目的が果たせるし、おめーはついでに俺達ファミリーの強さを知れる。悪くはねーだろ?」

 ニヒルな笑みを浮かべるリボーンに、恭弥は目を見開く。

 恭弥は戦闘マニアであり、戦闘狂だ。咬み殺す相手が多い方がいいに決まっている。それに恭弥自身、ツナ達と戦ったことがあり、興味を持っているのも事実だ。それに恭弥自身、父から「強くなるには戦うだけではなく、相手から学ぶことも大事だ」と説かれていた。ここはあえてリボーンの提案を受け入れるのが得策であるかもしれない。

「――いいよ。特別に譲ってあげる……君達じゃあ片膝を突かせることすら不可能だろうけど」

「んだとコラァ!?」

 恭弥はツナ達を嗤うと、桜の木にもたれかかる。

 もはや一戦交えるしかない。次郎長は溜め息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がる。気づけば子分達の視線が集中しており、酔い潰れていた登も起きている。

「登、それ返せ」

「……はい」

 貸していた赤い襟巻を返してもらい首元に巻くと、次郎長はツナ達に告げた。

「いいかツナ……オイラはヤクザの首領だ。ヤクザっつー生き物はメンツで生きてる。ボンゴレファミリーとして挑むか、並盛の人間として挑むか……まずはそこをはっきりしろ」

「んなもん、ボンゴレとして挑むに決まってんだろ!」

「てめーに訊いてねーんだよタコ助」

「っ――!!」

 ガンをつける獄寺を、次郎長は一言で一蹴する。

 普段は威圧感を纏いつつも接しやすい気安さがある男の変貌ぶりに、各々が体を強張らせる。静まり返ったその場に、ゴクリ、と誰かが息を呑む音がはっきりと聞こえた。

「どうなんだツナ? おめーも男だ、お前が全てを握っている」

 穏やかに、それでいて詰め寄るような次郎長の言葉に、ツナは迷った。

 マフィアのボスになりたくないし、周りは騒動ばっかり引き起こすし、痛い思いなんかしたくもない。でも、そのおかげで自分の何かが変わったと思う時もあった。そんなことくらい、次郎長はお見通しだろう。

「お、俺は……」

「ちんたらしてんじゃねーぞ、ダメツナ」

 

 ――バァン!

 

 突如銃声と共に、ツナの額を銃弾が貫いた。

 その直後、撃ち抜かれた額に炎が灯り、ツナは復活した。――パンツ一丁で。

復活(リ・ボーン)!! 死ぬ気でおじさんを倒す!!」

「……まさかツナと喧嘩する日が来るとはな」

 次郎長と死ぬ気モードのツナが、ついに拳を交えた。




この小説で初めてですね、次郎長とツナが戦うのは。
一応次郎長VSツナ達という構図で後編をやろうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的51:花見・後編

迷走気味かなァ……。


 ツナは後悔した。

 血の繋がりが無くとも、実父に代わって見守り続けてきた次郎長親分に、恩返しを一つもせずに死ぬのかと。実の父親よりも親のように接してくれるあの人との約束を、必ず果たしたいと。

 ふと、リボーンが少し前に言っていた、心にくる言葉を思い出した。

 

 ――次郎長に頼りすぎるんじゃねーぞダメツナ。いつまでもアイツの庇護対象になろうとすんじゃねェ、ちったァ見返してやろうと思わねーのか。アイツも本心じゃあそう望んでるはずだ、見守り続けているなら尚更だろーが。

 

 正直な話、自分はあの人に甘えすぎてた。当の本人は何とも思っていないが、相手はヤクザの組長で、本来なら世間のはみ出し者だ。

 そんな人に長い間縋りついて、恥ずかしくないかと言われると、恥ずかしいというところはあった。いつまで経っても次郎長に頼り続ける自分が、どうしようもなく無力で、情けなかった。

 だからこそ。どんなに無謀であっても、どう考えても目に見える未来であっても、あの人を超えたい(・・・・)家庭教師(リボーン)の横暴さが嫌で、いつも酷い目に遭ってるが、そのおかげかはわからないが友達ができて人の輪も広がった。自分はもう無力なダメ人間じゃないと、圧倒的強者(おじさん)に死ぬ気で証明したい。

 その為に、自分は――

 

 

復活(リ・ボーン)!! 死ぬ気でおじさんを倒す!!」

「……まさかツナと喧嘩する日が来るとはな」

 パンツ一丁のツナが、並盛人外フレンズの中でも際立った強さを誇る次郎長に挑む。

 溝鼠組の面々はツナの豹変ぶりに愕然とし、リボーンはニヤリと笑みを深め、獄寺達は歓声を上げる。対する次郎長は、腰に差していた刀を勝男に投げ渡しゴキゴキと拳を鳴らした。

「うおおおおお!!」

 パンツ一丁で拳を握り締め、ツナは次郎長を殴りまくる。

 持ちうる力で並盛最強にラッシュを叩き込んでいく。顔面や鳩尾、頬と、フルスロットルで息の続く限り打ち続ける。それらは全て当たっており、次郎長も思うように反撃できないようだ。

「おお!」

「さすが十代目!!」

 無敵の喧嘩師が反撃できずに攻撃を受け続けるしかない状態に、獄寺と山本は歓声を上げ、次郎長の子分達は心配そうに見届ける。しかし恭弥は呆れたような表情を浮かべ、勝男は「アレじゃあのう……」とどこか気怠そうに呟いていた。唯一表情を変えてないのはリボーンだけだ。

 いつもの次郎長なら、ラッシュを叩き込まれる前に拳骨を叩き込んでいる。知っている顔、それも恩人の息子が相手なので反撃に出づらい状態になっているだけだ。

「おりゃああああ!!」

 ツナは拳を構え直し、正拳突きを放った。

 ――が、次郎長に見切られ片手で受け止められてしまう。

「……強くなったな」

 次郎長は笑う。

 死ぬ気状態の連打をあれ程受けといて、ダメージを悟らせないどころか平然としている。ツナは死ぬ気弾の影響でリミッターを解除していた状態だが、そもそも次郎長とでは基礎的な体力と身体能力で埋めようにも埋められない差が生じている。

「チワワにもビビるような力とは無縁の子供が、こうも成長すると……心にくるな」

 その鋭い双眸はとても穏やかで、まるで息子の成長を喜ぶ父親のような眼差しだ。

「しっかり手加減はする…………歯ァ食いしばれ」

 

 ――ゴリッ!

 

 ツナが見た最後の景色は、どこまでも青い空と、ギラギラと輝く太陽だった。

 

 

           *

 

 

「……ん」

 ゆっくりと目を開けるツナ。

 日はすでに傾き、空は赤い。当たりを見渡すと、そこは見慣れた自分の部屋だった。

「気がついたか」

「おじさん!」

 ガバッと勢いよく起きた途端、頬を中心に痛みが走った。

「いってえ~~!!」

「ったりめーでい。手ェ抜いたとはいえ誰のパンチ食らったと思ってやがる」

 痛みで涙目になるツナに、次郎長は喧嘩の後の経緯を話した。 

 あの騒動の後、ツナは文字通り次郎長に吹き飛ばされて秒殺されたのだが、それに激昂した獄寺と山本が次郎長に襲い掛かった。それすらも次郎長は拳骨一発で返り討ちにし、放置するわけにもいかなかったため子分達に送迎を任せたという。

 ちなみに文字通り宙に飛ばされたツナは、直後に次郎長にキャッチされたのでそれ以上のケガは負っていない。

「おじさん、俺……」

「言うな」

 どこか不貞腐れたように言う。

 よく見れば、次郎長の左頬が若干赤い。

「ちょっと頬腫れてない?」

「奈々にビンタされた」

「母さんにビンタされた!?」

 話には続きがあった。

 次郎長は裸のツナを抱えて沢田家を訪れた。事の顛末を説明した直後、奈々は思いっきりビンタを放って次郎長を叱ったという。元同級生ゆえにそんな態度と行動ができるのかもしれないが、自分の中でのママン像が再び崩れて唖然としたリボーンも巻き込まれ、最終的に万年一人軍隊状態の猛者(チート)二人が専業主婦に揃って怒られるというシュールな光景を生み出したのである。

 暴力とは無縁の母親が、迷いなく次郎長に色んな意味で喝を入れたことが信じられず、ツナは呆然とするしかなかった。ちなみにリボーンも例外ではなかったようで、好物のエスプレッソが暫く喉を通らなかったのは秘密だ。

「やっと起きやがったか、バカツナ」

「リボーン! お前ふざけんなよ、おじさんと戦わせるなんて……!!」

「マフィアになりたくねーって戯言ほざいてるクセしてヤクザに頼りまくる野郎に言われたくねェ」

 リボーンのごもっともな反論に、ツナは何も言い返せなくなる。

「……つっても、死ぬ気弾でのパワーアップも通じねーのは想定外だったゾ」

 リボーンは昼間の出来事を思い浮かべる。

 死ぬ気弾はボンゴレファミリーに伝わる特殊弾で、危機によるプレッシャーで外部からリミッターを外す代物だ。被弾した体の部位によって名称も効果も変化するのだが、いずれにしろ被弾者の潜在能力を発揮するという点は同じだ。

 だが死ぬ気弾を用いながらも、ツナは成す術も無くたった一発で倒された。死ぬ気弾の力ですら次郎長の力には敵わない……いや、それ以前に死ぬ気で倒せるようなレベルの相手ではなかったのだろう。

「ダメ人間とはいえ、ツナは初代ボンゴレの血統だから鼻血ぐれー出してくれるんじゃねーかと思ってたが……てめー本当に人間か?」

「ククク……オイラもよくわからねェ」

 どこかとぼけたように誤魔化す次郎長に、リボーンは眉を顰める。

 前々から死ぬ気の炎を扱えない次郎長の桁外れの強さに困惑していたが、今思えば安堵している部分もある。もし次郎長が死ぬ気の炎を扱えるようになったら、ボンゴレでも手に負えない本物の怪物になってしまうだろう。

「……ツナよう。すまねーな」

「え?」

 窓から夕焼け空を眺めながら、突然謝罪の言葉を口にした次郎長。

 申し訳なさそうな、どこか悔しそうなその声色に、ツナは戸惑う。

「オイラはよ、情けねーことに今までなあなあな対処だったんだ」

「!」

 自嘲気味に笑う次郎長。

 ツナをマフィアにさせたくないのは、本心だ。どんなに強い覚悟でも、根が(・・)あんなにも優しい人間では弱肉強食の裏社会を生き抜くのは過酷すぎる。昔気質の任侠道を貫くことを標榜としているが、裏側である以上汚い部分に接する場面も多い。今後の成長次第かもしれないが、ツナでは耐えられない可能性もあり得る。

 だからこそ裏社会に極力関係の無い世界で生き抜いてほしいし、個人的にはリボーンの排除も覚悟していた。だが、一方でツナを陰から見守ってきた分リボーンに期待していたことにも気づいていた。指導方法が癪に障るが、ツナ自身にも周囲にも変化が訪れているからだ。

 ゆえに次郎長は見出していた。もしリボーンがツナの成長を見届けることを一心に願い、依頼人ではなく生徒の意思を最優先してくれれば、マフィアにならない道もあるのではないか――そんな可能性もゼロではないと。

「……バカな話じゃねーか。天下の次郎長がカタギをマフィアにさせたかねーってのに、ごくわずかな可能性に賭けてるんだぜ?」

「おじさん……」

 自嘲気味に笑う次郎長に、ツナは複雑な表情を浮かべる。

 おそらく、次郎長の中でも迷いがあるのだろう。全面対決も辞さない姿勢で、その覚悟もあるが、血を流して無関係の人間を巻き込んでいいのかと。ツナがもしマフィアのボスになる道を肯定したら、自分はどう動けばいいのかと。

 恩人の息子を裏社会の人間にさせたくない自分の意思と、リボーンの教育で変わりつつある現実(ツナ)。その板挟みで、次郎長は悩み苦しんでいるのだ。

「ツナをマフィアにはさせねーが、ツナを一人前の男にしたい。だがそれは、オイラ一人ではどうも厳しいようだ。その上でリボーン、お前に一つ問いたい」

「何だ?」

「おめーは今、ツナをマフィアのボスにさせろってあのジジイに頼まれてるらしいな。だがもし途中で「ツナを殺してほしい」という依頼に変わったらどうする気だ?」

 次郎長の言葉に、その場が凍りつく。

 リボーンの本業は殺し屋であり、ツナとの関係はビジネスの上での契約である。契約内容が途中で変わるのは表の世界でもあることであり、殺し屋の界隈でも標的の暗殺を依頼人の都合で中止することだってある。仮に依頼を達成したとしても、ツナの元を去れば逆にツナの殺害依頼が来たって何らおかしなことではない。ましてや自他共認める世界最強の殺し屋であれば、なおさらのことだ。

 殺し屋は損得で物を言う。受けた仕事を途中で放棄すれば、依頼が減るのは目に見える。相手が世界最大級のマフィアグループの首領となれば、その顔に泥を塗ったも同然で、9代目は穏便に済ませようとするだろうが若い人間が黙ってはいないだろう。

「人間ってのは極限状態になると本性を出すらしい。殺し屋のプライドを捨てて生徒の身を護るか、旧友との友情と自分のメンツを優先するか……おめーはどっちだろうな」

「………てめーこそどうなんだ?」

「……任侠ってのは、正しいか正しくないかで計れる程甘かねェ……メンツを潰してでもやれる価値があるかどうかを判断するのも、ヤクザにゃ必要だ」

 ツナはヤクザが重視するメンツを擲ってでも護らなければならない。

 それが次郎長の答えだった。そのせいで色々苦労するハメになったのだが。

「リボーン……ツナはマフィアのボスにはなりたがらねーが、一端の男にはなりてーと思ってるはずだ。行動理念は違うが、お前の教育はツナに変化をもたらしている。オイラにはできなかったことを、おめーはやってのけた。オイラはそれを甘んじて受け止めよう」

「……」

「だから、ツナの想いを踏み躙るんじゃねーぞ。マフィアのボスになることがツナの幸せじゃねーってことは、わかってんだろ?」

 次郎長の言葉に、リボーンは無言で帽子を被り直した。

 リボーン自身、旧友の依頼とはいえ一般人として暮らしていた子供を裏社会に引きずり込むことに、同情はしなかったが可哀想だと素直に思ってはいた。

「ここらで一度、心機一転するか」

「え?」

「原点回帰だ。次郎長一家を、溝鼠組を敵に回すとどうなるか、ちったァ思い知ってもらわなきゃな」

 並盛の王は、静かに口角を上げた。

 

 

           *

 

 

 一方、雲雀家。

 邸宅内にある道場で、尚弥が十手で畳表を丸めた巻藁の前に立っていた。諸肌を脱いだ彼の肉体は程よく引き締まり、次郎長には及ばずともいくつかの古傷や弾痕もある。

 元々は警察・公安の関係者であった尚弥。国内の過激派や海外から進出してきた犯罪組織とやり合ってきた身体の強靭さは健在のようだ。

「……ハッ!」

 力を込め、巻藁をサンドバッグのように殴りまくる。かつては警棒を握っていた手が鋼鉄の十手に変わろうと、その技量に衰えはなく、巻藁は二度と使えなくなる程に変形してドスンと倒れた。

「……〝芯〟に完全に届いてないな。少し怠けすぎたかな?」

 尚弥は倒れた巻藁を見下ろして呟く。

 彼が使用する巻藁には青竹の芯を入れてある。青竹は骨の硬さに似ていると言われており、青竹の芯が折れれば人体における骨格の破砕と同等の結果になるということだ。十手の衝撃が完全に伝われば折れるどころか粉砕できるはずなのだが、「前線」から遠ざかったせいか効果はイマイチのようだ。もっとも、実際に人体にぶつければ痛いでは済まないのだが。

 ふと、尚弥は気配に気づいた。それは彼自身が最もよく知る気配で、最も愛おしい気配だ。

「……何か用かい? 恭弥」

「……別に」

 脇腹を押さえながら戸に背中を預ける恭弥に、尚弥は微笑む。

「また次郎長に挑んだんだね? アレ(・・)は今の恭弥じゃ勝てないよ」

「……フン」

 そう断言する父親に、恭弥は反論はしなかった。

 純粋な喧嘩で次郎長と渡り合う者や迫り善戦する者はいても、倒せる者は現時点で並盛にはいない。あの浅黒い修羅は〝強さ〟の化身だ。正攻法で勝てる者など、この世に何人いるだろうか。

 それでも――

「……あの男を超えたい」

「!」

「そして、あなたには頼らない。群れずに超えると誓ったからね」

 雲雀恭弥という男にとって、群れとは〝弱さ〟だ。群れる弱者は視界に入るだけで咬み殺したくなる程にムカつく存在であり、それらを「草食動物」と揶揄している。だが次郎長はその理屈に当てはまりそうではない。明らかに自分よりも弱い人間を率いて群れを成しておきながら、「肉食動物」の強さを容易く跳ね除ける圧倒的な武力を有しているのだから。

 ――次郎長の強さの秘密を必ず暴いて、完膚なきまでに咬み殺す。

 当然強い人間と戦いたいという戦闘欲もあった。だがそれ以上にあの男がなぜあんなにも強いのかを知りたかった。孤高の強さを上回るチカラ……その正体を知れば、愛する並盛で威勢を誇る最強の次郎長親分をも超えられると考えたからだ。

「次郎長は僕の獲物だ、横取りしないでよ」

「彼と唯一タメを張れる父親に釘を刺しに来たとはね。――好きにすればいいさ、息子の願いを聞き入れるのも親の務めだ。ただし自分が並盛中学校風紀委員長であることは忘れないように」

「あなたが言う? それ」

「フフ」

 愉快そうに笑う鬼にムカついたのか、肉食動物はムスッとした顔を浮かべるのだった。




時系列上ヴァリアー編までまだあるっぽいので、アリアとかオリキャラとか詰め込めるだけ詰め込んでいこうと思います。

あと、どっかで虚様出します。

感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的52:トマゾファミリー

 溝鼠組の屋敷の大広間。

 上座には組長の次郎長と若頭の勝男が座り、下座には子分達が揃っていた。

「オジキ、今日は一体何の緊急会議なん?」

「奴から、緊急の議題があるそうだ」

 次郎長は下座の最前列で正座をする登に目を配る。

 一同の注目が集まる中、登は口を開く。

「先日、僕は「トマゾファミリー」というマフィア組織が居を構えたという情報を入手しました」

 登の一言に、一斉にざわつく子分達。

 この町の裏は溝鼠組が支配しており、それ以外の勢力は存在しない。シモンファミリーという弱小マフィアがいるが、それは現当主と次郎長が盃を交わした間柄ゆえに例外として扱っている。いずれにしろ、他所の組織が並盛に根付くことは決して見過ごせない問題である。

「静かにせい、おどれら!」

 勝男の一喝でざわついた子分達が一瞬で静まる。

「……オジキ」

「その情報、どこからでい?」

「綱吉君です」

 意外な情報源に、勝男は目を見開き次郎長も眉間にしわを寄せた。

 ツナはウソを吐くのが苦手――というよりも下手――な性格だ。ましてや慕い続ける男にウソを吐くことなどできるはずもなく、そもそも言うこと自体に躊躇しそうだ。

 そう考えれば、登を通して次郎長に伝えることで何かしらの危機を知らせようとした……と考えるのが筋だろう。

「ランチア、おめー元々マフィア界(むこう)だったろ? 何か知ってねーか」

「……トマゾファミリーはイタリアでも屈指の古豪マフィアだ。ボンゴレファミリーの二代目と殺し合った間柄と聞く。現当主――8代目の名は内藤ロンシャンという綱吉と変わらない少年だ」

 ランチアの限られた情報に、次郎長は顎に手を当てる。

 マフィア組織は総じて秘密主義だ。詳細な情報など最初(ハナ)から期待などしていない。それでもトマゾファミリーを知る上では断片的でも欠かせない。

「対立関係か……ボンゴレとやり合う程なら、それなりの組織ってこったな」

「いや……それが日夜原因不明の内乱が繰り広げられているんだが」

「思った以上に劣悪やないか!! 組織基盤ガタガタやんけ!!」

 まさかの情報に勝男は盛大にツッコみ、次郎長は「よく今までやってけたな」と呆れた。

 極道組織は内外からの脅威を排除して組織の一体性を維持していくために、ヤクザ特有の倫理観・価値観に則った制裁を伴う掟を定めている。それは類似組織とされるマフィアも同様のはずなのだが、日夜内乱が起きていては裏社会の組織として成り立たなくなる。

 これでよく警察のガサ入れや官憲による圧力を食らわないものだ。

「内乱……それに頭目がツナと変わらねー年頃……後継者問題か?」

「その可能性はあると思う。8代目の内藤ロンシャンは能天気のお調子者だ。継承という面で問題なくとも、不満に思う勢力はいると思う」

「真さんのような一枚岩が天然記念物、ということでしょうか……?」

 登の疑問に、次郎長とランチアは無言で肯定する。

 マフィアもヤクザも同じ組織に属する者同士で血で血を洗う抗争が起こることがある。昨今では団結と連帯をしっかり維持できているのが珍しいくらいであり、溝鼠組のような内紛の無い統制が取れている組織はある意味で希少と言えるのだ。

「古豪のマフィアだが、原因不明の内乱が勃発中……危険すぎる」

 次郎長は断言する。

 抗争では一般市民や警察官が巻き添えに遭って死傷したり大きな社会不安を引き起こすことも多い。それらは敵対組員と誤認されるケースが大半だが、流れ弾による死傷も起きている。日常生活もままならない恐怖と不安の毎日が続くのは、周辺住民にとって最大の脅威なのだ。

 それを理解している次郎長は、喧嘩や揉め事はともかく抗争による被害を最小限に食い止めるためにあらゆる手段を尽くす。しかしトマゾファミリーはそうはいかない。ゆえに徹底的に排除しなければならない。

「カタギに向かん内に根こそぎ潰すべきやで、オジキ」

「オジキ! アニキに賛成でさァ!」

「俺も!」

「あっしも!」

 勝男を中心に、子分達はトマゾファミリーへの武力行使を主張する。

 日夜原因不明の内乱が繰り広げられているような組織を野放しにしては、いつ一般人の死傷者が出てもおかしくないし溝鼠組の面子も形無し。それはヤクザとしての正論だ。

 しかしそこへ、登が異を唱えた。

「相手はマフィアです、ヤクザの理屈が通じないかもしれません。どんな汚い手を使うかわかったものでもない。だからこそ、できる限り穏便に済ませるべきです」

 内乱中とはいえ、トマゾファミリーの実態を完全に掴めてない状況での武力行使は、かえって自分達を危うくしてしまうのではないか。そう訴える登に、勝男達は複雑な表情を浮かべる。綺麗事ではあるが一理あるのだ。

 揉める子分達に、親分の次郎長が声を発する。

「おめーらの言う通り、この町を統治する者としての理屈じゃあ、カタギに手ェ出すような三下連中は組織ごと潰すのが手っ取り(ばえ)ェ。戦争すんのにも金はいるが、内乱中ならほぼゼロ円で潰せるだろうよ」

『オジキ……』

「だが登の言う通り、むやみに血を流すわけにゃいかねーってのも道理だ。――ピラ子、おめーならどうする」

 次郎長はピラ子に話を振った。

 組内では鉄砲玉や特攻隊長のイメージが強いピラ子だが、頭の回転が速く抜け目のない一面も持ち合わせている。若さゆえの切れ者ぶりを次郎長は重宝しているのだ。

「私なら、ご~っそりシノギを奪いますね」

「……経済的基盤を崩すってェことか?」

「はい。どんな組織も資金を減らされるのが一番こたえるんですよゥ。だったら色々と口実並べて活動を制限させ、彼らの資金源を枯渇させればいい」

 実行犯が検挙されても首謀者が検挙されなければ活動し続け、その収益が組織の維持・拡大や将来の犯罪に再投資されるおそれが大きい。しかし言い方を変えれば、主要幹部の摘発・犯罪収益の剝奪・資金源の遮断の三拍子を揃えられると組織の中枢を切り崩されやすくなるということでもある。

 ピラ子はトマゾファミリーの経済的基盤の切り崩しを行い、溝鼠組に逆らえない程に弱体化させようというのだ。人的基盤は少年をボスに置こうとしている時点でガタガタなのは明白。あとは経済力をごっそり削ればいい。

「オジキィ、せっかくだから真さん()に横流ししましょうよ。ボンゴレへの見せしめにちょうどいいでしょうし」

「えげつないなァ、お嬢」

「えへへ♪」

 トマゾファミリーの資金を奪うどころか、奪った金を義兄弟に渡すという資金洗浄(マネーロンダリング)以上に悪質な手段を思いついたピラ子。可憐な見た目とは程遠い腹黒さに、次郎長以外は顔を引きつらせる。

「この件は、オイラが直接話を付けてくる。手出し無用だ」

「オジキ!?」

「向こうの業界はおっかねー番人がいる。奴らをチラつかせりゃあすぐにでも()ェ上げらァ。今日はご苦労だった」

 次郎長はニヤリと悪童のような笑みを浮かべた。

 

 

          *

 

 

 三日後。

 トマゾファミリーの屋敷の大広間で、座布団の上で胡座を掻きながら次郎長は煙管を吹かしていた。

(わり)ィな、こんな田舎(いなか)(モン)の為に時間を割いちまって」

「いえ、滅相もありません。わざわざお一人で来ていただいて本当にありがたい」

 そう答えるのは、トマゾファミリー8代目・内藤ロンシャンの専属家庭教師であるマングスタ。

 お調子者の生徒(ロンシャン)とは真逆で、話がわかりそうな相手であるのに次郎長は内心安堵していた。というのも、次郎長はトマゾファミリーの門を――インターホンが無かったため――斬り裂いて殴り込んで襲い掛かった黒服十人を4秒でシバいた直後、洗礼を受けたからだ。

 

 ――溝鼠組組長、泥水次郎長だ。内藤ロンシャンってェガキゃどこでい?

 ――ロンシャンは俺だよ! スゴイ強いね! よろしくジロチョン! ピースピース!!

 ――……誰がジロチョンだコラ。

 

 といった具合で出鼻を挫かれたが、町の支配者のアポなし特攻に慌てた真面な連中が事情を察し、急遽話し合いの場を設けたのだ。

 ちなみにロンシャンは当事者ながら外へ遊びに行ってしまったので欠席である。

「……マフィア者も人材不足に苦しんでんだな」

 同情するように呟いた次郎長に、マングスタをはじめとした構成員達は誰一人反論できなかった。

 疑似家族のヤクザと違い血統を重んじるマフィアは、後継者という点では致命的な欠陥がある。血筋が途絶えた途端、組織は滅ぶ以外道が無くなるからだ。

「……さて、早速だが本題に入ろう」

 鋭い双眸がマフィア達に向けられる。

「ここはてめーらの土地じゃねェ、オイラが支配者だ。郷に入れば郷に従えってよく言うだろ? てめーらの道理はまず通じねェ」

「……」

「先日知り合いの不動産屋がオイラに泣きついてわかったんだが……おめーら、ここの土地奪い取ったらしいじゃねーか。土地の買い方知らねーって訳じゃあるめェ」

 次郎長はトマゾファミリーを睨む。これは事実であり、現に近所のラーメン屋で川平のおじさんと久しぶりに顔を合わせた際に発覚した。川平のおじさん曰く「あんな怖い人達、あたくしゃ関わりたくないから頼む」とのことで、次郎長は快諾して交渉に臨んだのだ。

 しかもトマゾファミリーの屋敷がある土地は、元々は溝鼠組が新しいシノギとして活用する予定でもあった。今回の交渉はカタギに迷惑を掛けたケジメをつけるだけでなく、溝鼠組をコケにしたことへのケジメの意味合いもあるのだ。

「その上で言わせてもらう。おめー達に選択肢を与えてやる」

 トマゾファミリーに残された選択肢は、二つに一つ。

 一つは、並盛町で住む代わりに原因不明の内乱を終わらせることと、土地を不正に得た件を見逃す代わりに「迷惑料」を支払い続けること。もう一つは、並盛町から出ていき、二度と足を踏み入れないこと。この約束をもし破れば、溝鼠組と並盛町風紀委員会による制裁が発動してトマゾファミリーに壊滅的な打撃を与える。

 二つとも義理人情とメンツで生きる溝鼠組(ヤクザ)との対立を避ける最善の手段だと次郎長は主張する。

「オイラ達をコケにした落とし前にしちゃ安い方だろう?」

「貴様……我々を何だと――」

「おい(あん)ちゃん。オイラがてめーらをこれっぽっちも恐れちゃいねェってこと忘れてんじゃねーぞ」

 ビリビリと襖と障子が軋み、部屋の温度が一気に下がった。次郎長から放たれる殺気に、マフィア達は滝のような汗を流して身動きが取れなくなる。

 動いたら斬るぞ、とでも脅されているかのように。

 そんな中でも、次郎長に刃を向ける勇者が一人。

「……あのガキのペットか」

 次郎長の背後に立つ、ロリータ・ファッション風の衣装を着用した少女。

 彼女はパンテーラ。風車を武器として戦う内藤ロンシャンの部下の一人だ。

「引きなさいパンテーラ」

「……ダメ……油断できない」

 リボーンと引けを取らぬポーカーフェイスから出た、殺し屋のように冷徹さを孕んだ声。しかしどこか震えているような声でもあり、目の前の修羅に対し恐怖を抱いているように感じ取れた。

 女だてらに極道の親分に刃を向ける胆力に感心したのか、次郎長は笑みを浮かべた。

「いやいや、おめーさんの判断は正しい。オイラの殺気に反応できるたァ中々躾が行き届いてるじゃねーか。それに対してオイラァ最近表立って暴れる機会が少なくなっちまったからなァ。そのせいで色々とキレが悪くなっちまった。年ァは取りたかねーな。ああ、そういやあさっき……」

 次郎長は何かを思い出したかのように天井を仰いだ。

 その直後、彼女が持っていた風車が砕け散り、頬が浅く斬れて血が流れた。

「本気でおめーさん()ろうとしたの、気づかなかっただろ?」

「っ!?」

 ザザッ、と素早く後退するパンテーラ。額には汗を、前髪の間から見える瞳には恐怖を浮かばせ、本能が危険を察知したせいなのか体を震わせている。

 完全に気を持っていかれ、文字通り蛇に睨まれた蛙のような様子に、一同は動揺する。彼女がここまで相手を警戒して恐れることは今までなかったのだから。

「……そこの嬢ちゃんの肝っ玉に免じて、暴れねーでいてやるよ」

 どこか愉快そうに喉を鳴らす次郎長。

 トマゾファミリーはここでようやく理解した。目の前にいるヤクザ者は、たった一人でファミリー一つ分の戦力(チカラ)を秘めた男であると。並の人間では歯が立たない、本物の豪傑であると。

「……2日だ」

『!!』

「本来ならここで決めてほしいが、すぐに答えを出せそうにねーと見た。2日以内に結論を出せ。期限を過ぎたら、並盛への敵対行為と判断して叩き潰す! ――文句は言わせねーぞ」

 それは、脅しを交えたれっきとした契約だった。

 たった一人で敵陣に乗り込む豪胆さ。武装した構成員を素手で倒し、正門を居合で両断する規格外の実力。本心だったかは不明だが、少女(パンテーラ)をも斬ろうとした獰猛さ。――日本裏社会屈指の豪傑である大物ヤクザを前に、イタリアの古豪マフィアは妥協せざるを得なかった。

 組織(ファミリー)を護るためには、時には相手に合わせることも必要なのだ。

「……ロンシャン君を交え、必ず返答いたします」

「そうか。答えが出たら連絡してくれ、これがオイラの名刺だ」

 次郎長は懐から自らの名刺をマングスタに渡す。

 ヤクザがマフィアに打ち勝った、決定的な瞬間だった。

 

 

 翌日、溝鼠組に一本の電話が掛かった。

 その内容は、「トマゾファミリーは全力で内乱終結に努めるため、並盛での滞在を了承していただきたい」というものだった。




実は前半部はあるゲームのパロディです。
感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的53:ジッリョネロファミリー

3月最初の投稿です、お待たせしました。


「~~♪」

 母校の校歌を口笛で奏でながら、次郎長は並盛商店街を歩いていた。

 次郎長にとって、町内の見回りは日課であり義務である。任侠の徒の大親分という裏の顔役は並盛町(ナワバリ)内では官憲の影響を受けないが、昨今の海外マフィアによる騒動で神経をとがらせている。特に日夜原因不明の内乱が勃発しているトマゾファミリーや知らない内に何かしらやらかしてくれる理不尽が服を着た家庭教師は、常に動向を警戒せねばならない。

 一方で次郎長も段々マフィアの扱いに慣れてきた。というのも、どんな形であれ次郎長と接触したマフィア組織は地域住民を大切にする傾向である。次郎長はそこに目を付け、並盛町風紀委員会と結託し、並盛に居座るマフィア達の力の抑制に動いた。狙いはうまく行き、マフィア達はカタギの組織である風紀委員会に手を出せず、大人しくされるままとなった。おかげで次郎長が風紀委員会に支払う活動費が減って喜んだのは言うまでもない。

(この町の裏の支配者は、オイラだけだ)

 日本の裏社会を統べるのは、極道だ。そして並盛町の裏社会の王は、町の裏を牛耳る溝鼠組の組長だ。

 裏の顔役はただ一人。王は何人も要らないのだから。

「……?」

 ふと、次郎長は男達に囲まれている女を見た。

 長い黒髪で左目の下に五弁花のマークがある、赤いシャツと黒いネクタイが特徴の麗人。その雰囲気は奈々とは違い一組織を束ねる

 彼女を囲っているのは、見るからにガラの悪そうな男達。見覚えのない顔であり、どうやら町外の組織の人間のようだ。大方、女を脅して金品を奪おうとしているのだろう。いくら女が不用心だったとしても、この状況を見逃すという選択肢など次郎長には無い。

 取るべき選択肢は、ただ一つ――

 

 ドゴォッ!

 

「女相手に何さらしてんでい」

 仁義を欠くチンピラ連中を、問答無用で血祭りに上げることだ。

 歴戦の猛者達と何度も渡り合った次郎長に、ただ群がっただけのチンピラなどすぐカタが付いた。

「よう姉ちゃん、大丈夫か」

「え……ええ、ありがとう」

 圧倒的なパワーであっという間にチンピラ達をのした次郎長は、先程の蹂躙をまるで無かったことにしたように話しかけた。

 幸いにも暴力を振るわれた様子はない。次郎長は内心安堵した。

「いくら観光だろうと不用心が過ぎるぜい。気をつけな」

「観光できたのは事実だけど、部下とはぐれてしまったのよ。そこは別にいいけど、まさかあんな目に遭うなんて思わなかったわ」

「……マジかよ」

 思わず頭を抱える。

 確かに並盛はガラの悪いヤクザが街中を平然と歩くような魔境ではあるが、次郎長の統治で治安自体は良好だ。とはいえ、スリや強盗、不良集団くらいはたまに出てくるので注意は必要である。というか、そもそも町中を一人で歩く女が狙われないわけが無い。

 彼女の部下の失態は当然責められるべきだが、彼女自身の不用心さも責められるべきである。

「ハァ……しゃーねェ……オイラん()に来い、おめーさん一人でこのまま出歩きゃ厄介事が増えそうだ」

 この流れを、次郎長は察した。リボーン達と同じマフィア絡みだと。

 ここで別れれば本来ならばその後も何も起きないが、残念ながらマフィア絡みだともっと厄介な事件が起こって後始末が大変なことになる。イタリアの親戚達は地域住民を大事にすると標榜しておきながら周囲の人間を巻き込むので、未然に防ぐのも大事であるのだ。

「……いいの?」

「客人としてだ。ヤクザ稼業は親が白と言えば白だ」

 次郎長は親が白といえば黒いものでも白だという極道の世界の慣習に則ってると豪語しながら煙管を取り出す。

「あなた、何者なの?」

「「溝鼠組」組長、泥水次郎長でい。おめーさんこそ何者でい」

「「ジッリョネロファミリー」ドンナ、アリアよ」

「……は?」

 お互いが犯罪組織の首領(ドン)であることが発覚し、次郎長は咥えていた煙管を落とした。

 

 

           *

 

 

 溝鼠組の屋敷で、次郎長は自室でアリアと酒を酌み交わしていた。

「それにしても、その首元のおしゃぶり(・・・・・)……リボーンの奴とよく似てる」

「リボーンを知ってるの?」

「ああ、オイラの恩人の息子の家庭教師でい。本来ならとっととぶっ飛ばしてイタリアに強制送還させてートコだ」

「相変わらずのスパルタね……」

 火皿に刻み煙草を詰めながら、次郎長はアリアと会話を交わす。

 ヤクザの親分とマフィアのドンナ……似て非なる組織の首領二人が顔を合わせるのは、滅多に無いだろう。

「ちなみに一度()った」

「あなた、リボーンと戦ったの!?」

「途中で中断させられた(・・・・・)がな」

 次郎長は自分が納得するカタチではなかったとでも言いたげに、盛大に溜め息を吐く。

 しかし水を差されてしまったとはいえ、自他共認めるマフィア界最強のヒットマンと渡り合ったという事実は、一ファミリーの女ボスであるアリアに衝撃を与えるには十分だった。

「――ボンゴレの門外顧問に匹敵する実力っていう噂はよく聞くけど、まさかあなただなんて……信じられないわ」

「だろうな。しかもその話、オイラが10歳ちょい(わけ)ェ時らしいぜ」

 今ならコテンパンにできるけどな、と断言する次郎長。

(それにしても……おめーさんが聞き分けがいい方で安心したぜ)

 次郎長はアリアに感心していた。

 というのも、彼自身の運が悪いのか、次郎長が関わってきたマフィアは大概ロクではなかった。原因不明の内乱を毎日起こすわ、教育と言っておきながら教え子をわざと危険な橋に渡らせるよう強要するわ、個人的な思惑で古美術商一家を皆殺しにしようとするわ、マフィア者の良い所を見つける方が苦労するような出来事に巻き込まれてばかりだ。

 それに対しアリアは聡明で良識があり、カタギへの配慮を怠らない人物であることがわかった。彼女が率いる「ジッリョネロファミリー」はボンゴレと同等の歴史を持ちながら、途中で拗れて組織の理念、いわゆる存在理由を忘れずにいる。

「……おめーさんが連中みたいなポンコツじゃなくてよかったよ」

「中々キツい言葉言えるじゃない」

「これでも日本(コッチ)の裏社会じゃ大物扱いされてるからな。そういやあおめーさん、部下いるんなら連絡ぐれーした方が――」

 すると、襖を叩く音が響いた。

「オジキさん! 今いいですかっ!?」

「? おう、どうしてェ登」

 次郎長が承諾すると、若衆の一人である登が慌てた様子で襖を開けて入ってきた。

「オジキさん、今屋敷の玄関で揉め――」

 揉め事が、と言い切る前に登は二人を見て硬直した。

「オ、オオオオジキさん! い、いつの間に愛人つく――」

 

 チキッ

 

「おめー中々面白(おもしれ)ェジョーク言うようになったな」

 次郎長は目にも止まらぬ速さで刀を抜き放ち、切っ先を登に突きつけた。

 登は次郎長が刀を左側に置いていることから、アリアがあくまでも(・・・・・)客分であることにようやく気づき、失言を言い放ったことに対し必死に頭を下げた。

(な、何て速さなの……)

 アリアは呆然としていた。

 先程の居合の速さは、抜刀の瞬間が視認できなかった。言い方を変えればいつの間にか斬り殺されていた、という事態も十二分にあり得るということだ。

「……で、何言いに来たんでい」

「そ、そうだった! オジキさん、今玄関で黒スーツの男達がカチコミに来て、勝男兄さん達と乱闘状態になってます!!」

 勝男の爆弾発言に、次郎長とアリアはポカンと口を開けた。

 ――今コイツ、何つった?

「なぜか知らないんですけど、ボスを攫ったとか言いがかりつけてきて……」

「私の部下だな、多分……」

「ハァ!? ってことは、あなたが!?」

 衝撃の事実に登は驚きを隠せない。

 一方の次郎長はジト目でアリアを見た。この流れでは、どう考えてもジッリョネロ(アリアの)ファミリーである。

「オイラ出張ると正当防衛で(・・・・・)組織丸ごと潰しちまうかもしれねーや、アリアも一緒に来るか?」

「ぜひそうさせてもらう……」

 嬉しいのか呆れたのか……何とも言い難い表情で、今度はアリアが頭を抱える番となった。

 

 

 溝鼠組の屋敷の敷地内で、ヤクザ達とジッリョネロファミリーの構成員達は取っ組み合いの喧嘩を起こしていた。その光景は、まさに警察のガサ入れそのもの。互いの首領が顔を出さないと取り返しがつかない事態にもなりそうだった。

 そんな中で、ジッリョネロ側でも一際強さを見せつける金髪オールバックの男・γ(ガンマ)が若頭の勝男と対峙していた。

「……やってくれたのう、わしらの顔に泥塗ってタダで済むと思うなや」

「ボスを攫ったおたくの親分を出せばいいだろうに」

「よう言うわい、そう言った矢先に手ェ出しおって」

 不敵な笑みを浮かべるγ(ガンマ)を勝男は睨む。

 ジッリョネロファミリーが溝鼠組の屋敷に来たのは数分程前のこと。γ(ガンマ)の要求を勝男は応じ、次郎長に連絡を取ろうとした途端に若い構成員達が喧嘩を吹っ掛け、それをきっかけに現在の乱闘に至ったのだ。

 しかしγ(ガンマ)自身は止めようとしなかった。最初からその気もあったのだ。

「まあ、白を切るなら潰すまでだ」

「イタリアのチンピラ風情が極道潰そうなんざ百年早いで」

 ドスを抜く勝男に、γ(ガンマ)は拳を構えた。

 その直後――

「うらァ!!」

「ぐほォ!?」

 次郎長の拳骨が炸裂。殴り飛ばされたγ(ガンマ)は壁に叩きつけられる。

 次郎長の登場で歓喜の声を上げるヤクザ達と、γ(ガンマ)がやられたことで悲鳴を上げるマフィア達。現場は騒然とする。

「ちょっと、あなたやりすぎよ!! あのバ……γ(ガンマ)を全力で殴ったでしょ!?」

「息子殴られて黙ってる親がどこにいる。拳骨一発で済んだだけマシだろうがい」

 ――今バカって言いかけたよね? あの人……。

 心の声で満場一致していることなど意にも介さず、次郎長とアリアは伸びているγ(ガンマ)の元へ駆けつける。

「おい、(あん)ちゃん。死んでるか?」

「……こ、声の掛け方逆だろ……」

γ(ガンマ)、大丈夫?」

「ボス……これで大丈夫って言えるか……?」

 どうにか起き上がったγ(ガンマ)は苦笑いする他ない。

「……今回は私も悪かったわ、連絡すれば少しは違ったのかもしれない」

 溝鼠組の屋敷に上がってから、携帯電話なり固定電話なり、何らかの手段で連絡を取ってればこのような騒動にはならなかったのかもしれない。誤解をきっかけに全面戦争となれば、双方無事では済まないし、何より後でどうしようもない悔いが残る。

 ここで乱闘が終わったのは、ある意味で奇跡かもしれない。

「カタギに手ェ出さなかった分これでも寛大だぜオイラ。子分の躾は下っ端まできっちりやっとけよ、アリア」

「帰ったらそうするわ」

 すると、そこへ更に来訪者が。おかっぱ頭と麻呂眉と、蛇のような黄色の瞳が特徴的な剣士だ。

 容姿は尚弥の右腕的存在であるあの蘭丸と酷似しているが、醸し出す雰囲気は別人。鋭い眼差しは次郎長に向けており、冷静ながらも警戒心を剥き出しにしている。

(アイツ……できるな)

 喧嘩師としての本能か、長年培ってきた経験ゆえか。次郎長は剣士のまだ見ぬ実力を見抜く。

「ここにいたんですか」

「幻騎士!」

 幻騎士と呼ばれた剣士は、静かに次郎長を見つめる。

 次郎長もまた、幻騎士を鋭く睨む。

「……」

「どないしたん? オジキ」

「……知り合いに似てるだけだ」

「ああ……」

 知り合いを思い出したのか、勝男も「確かに……」と口を開く。

「……悪かったね次郎長。私の部下が早とちりして」

「ああ、全くだ」

「オジキ、そこはフォローしてやったらどうです?」

 ストレートに告げた次郎長に、勝男は同情的な眼差しをアリア達に向けた。

「おい、もう用は済んだろ。とっとと出ていかねーと住居侵入罪でてめーら叩き潰すからな」

「お前らが法律語るなよ……」

「一番言われたくねー奴に言われる気分を考えろ、金髪カカシが」

 

 

 こうして、溝鼠組とジッリョネロファミリーのちょっとした騒動は、風紀委員会にもツナ達にも、リボーンにすらも知られず終息した。

 しかしこの出会いが、後に並盛で起こる「ある強大な敵との戦い」で大きな影響を与えることとなる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヴァリアー編~第一次並盛戦争と門外顧問の受難~
標的54:嵐の予感


お久しぶりです。
4月最初の投稿です。


 月日は流れ、日本は秋を迎え始める。

 ここは並盛の隣町、黒曜。日本へと移住することとなった六道骸は、恩人である次郎長と酒を酌み交わしていた。

「――待て待て待て待てェ!! てめーまだ中坊だろ!? 何でワイン飲んでんでい!?」

「自分の家の敷地内なら問題無いでしょう?」

「倫理的な問題があるわ! てめー自分の立場わかって口にしてんのか!? してねーだろ!!」

 盃を片手に怒鳴る次郎長の言う立場とは、骸が通学先の黒曜中学校の生徒会長であるということだ。

 骸は周知の通り、裏社会の人間である。いくらマフィアの干渉が少ない日本でも、昨今の極道組織の衰退ぶりを考慮すればマフィアの日本進出は火を見るよりも明らか……いかに腕の立つ骸でも、息の詰まる日常を過ごすこととなる。そう判断した次郎長は、骸に普段の身内には甘くとも冷酷非情な性格を潜めさせ、さらに本名とは別の名前を用意するように提案した。それを――面白がったのが一番の理由だが――一理あるとして骸はすんなりと受け入れ、黒曜中学校では「(かば)()」という名で通している。

 さて、そんな骸がなぜ生徒会長になったのかというと、それは次郎長との間に起こったあるイザコザが原因である。次郎長は骸の扶養者として暫く面倒を見ることになっているのだが、荒廃していた黒曜中学校の不良によって仕送りが盗まれるという事件が起こり、知り合いに迷惑を掛けたケジメとしてその不良を見つけて血祭りに上げたのだ。その不良が当時の生徒会長・()(つじ)真人(まさと)の同級生である八木沼で、隣町の顔役に喧嘩を売った同級生の非行に真人は謝罪し、負い目を感じたのかそのまま会長職を辞したのだ。

 突然の事態に慌てふためいた生徒会と教職員だったが、そこに付けこんだのが骸本人。裏社会を生きてきた処世術であっという間に丸め込み、見事に臨時の生徒会長に就いたのである。今では骸の活動で黒曜中の風紀は正されたのだが、次郎長自身は骸が幻覚を用いている部分もあると勘繰っている。

「クフフフ……ご心配なく、僕を誰だと思っているのですか?」

「仕送りから学校関係の手続き、税金や保険……ここまで面倒見てもらっといて何様のつもりでい」

「……」

 ぐうの音も出ない切り返しに、骸は一瞬固まり、その後視線を逸らした。

 その直後、溝鼠組の古参組員・景谷が駆けつけ大声で次郎長を呼んだ。

「オジキィィ!! 一大事でっせェ!!」

「あ? どうした、トイレの排水管でも詰まったか」

「もっとヤバイことです! さ、さわ……」

「さわ?」

「さ、沢田家光が……並盛に来るそうですっ!」

 沢田家光――その名を聞いた瞬間、次郎長の雰囲気が変わった。

 身体から溢れ出る殺気と怒り。肌を引き裂くようなそれに、骸と景谷は震え上がった。

「オ、オジキ……!?」

「……いつ来るんだ、あのバカ」

「え?」

「いつ来るんだっつってんだ」

 地を這うような低い声に、景谷は後退った。

「あ、明後日だそうです……」

「じゃあそれまでに見つけ出して町から追い出さなきゃなんねーってことだな」

「ま、まさか戦争するつもりでっか!?」

「景谷、勝男達に気合入れとけって伝えろ。溝鼠組はヤマを迎える」

 ヤクザらしい凶暴性と暴力性を露わにし始めた次郎長。

 沢田家と次郎長は一枚岩ではなさそうだ。

「言わない方がよかったか……」

「どう転んでも同じではありませんか?」

 骸のもっともな返しに、景谷は何も言えなくなった。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 ゲームセンターが軒並み揃う、並盛町でも一際賑わう繁華街で、次郎長は缶コーヒー片手に書類に目を通していた。別段目つきが険しいということではないが、昨日から始まったストレスの蓄積からか醸し出される雰囲気が恐ろしく剣呑であり、周囲の一般人達は危険を察知した草食動物のように距離を置いている。

「情報をリークしてくれた奴には感謝するがよ……」

 彼が手にしている書類には、二人のマフィアの顔写真が載っていた。

 一人は碧眼に亜麻色の髪が特徴の少年、バジルことバジリコン。見た目からしてツナや炎真と同い年で、優しそうな眼差しと雰囲気はあの二人と馬が合いそうだ。

 もう一人は長い銀髪が特徴の血の気の多そうな男、スペルビ・スクアーロ。見た目からして凶暴性がむき出しであり、まるで獰猛なサメを彷彿させる。

「何でコイツらが日本に来てんだ」

 苛立ちを隠せない次郎長は、缶コーヒーをグシャリと握り潰した。

 書類に乗っている二人は、共にあのボンゴレファミリーに所属する人間。しかもバジルはあの忌々しい家光の子分の一人であり、スクアーロに至ってはボンゴレファミリー最強と謳われる暗殺部隊の作戦隊長だという。

 普通に考えれば、狙いはツナだと思うだろう。

「……あの古狸、そんなにオイラとドンパチしてーのか」

 今のボンゴレの首領は、典型的な穏健派だとリボーンから聞いている。ゆえに彼らが日本に来ているのは独断行動の可能性も否定できないが、少なくともツナとの接触を試みているという可能性が極めて高いのは変わらない。

 今のツナでは、あの二人を倒すことはできない。炎真達も最近鍛えているらしいが、スクアーロという男の方には及ばないだろう。だとすれば、書類に載った二人を一度に相手取っても確実に倒せる人間が必要だ。

 それは、この町では次郎長(じぶん)ぐらいだ。

「家光も、奴のケツについたクソも……一人残らず叩き潰す」

 握り潰された缶をゴミ箱に叩き込む。

 するとそこへ、思わぬ集団が次郎長の前に現れた。

「おじさん!? 何でここに」

「! ツナか」

 ツナと出くわした次郎長は、目を見開いて驚く。

 後ろには獄寺や京子、ハルといった友人達がおり、どうやら仲良く外で遊びに行っている最中のようだ。

「彼女と女友達とデートか。三下数名が邪魔してねーか?」

「誰が三下だ!! 果たすぞ!!」

「落ち着け獄寺! お前が敵う相手じゃないのな!!」

「離せ野球バカ!!」

 三下呼ばわりした次郎長に激昂した獄寺は、ダイナマイトを手に持ったまま山本に取り押さえられる。

 一方のツナはクラスメイトの笹川京子を彼女扱いされたことに顔を真っ赤にし、京子とハルも突然の言葉にあからさまな動揺を見せている。

「それよりもツナ、聞いたぞ。家光のバカが(けェ)ってくるらしいな」

 若干ドスの利いた声に、一同は体を強張らせる……リボーンとツナを除いて。

「……ツナ?」

 リボーンは気づいた。

 チワワにもビビるあのツナが、町を牛耳る極道の一声に一切動じていないことに。

「おじさん、頼みがあるんだ」

「……言ってみろ」

「母さんにバレないように家のお掃除(・・・)手伝ってくれてもいい?」

 ツナがそう言った途端、次郎長は笑みを浮かべた。

「腹を括れるようになったか」

「おじさん、手伝ってくれるの!?」

「オイラァ最初(ハナ)からそのつもりだ。奈々はおめーが丸め込め、証拠の偽造と後始末は任せろ。金は要らねェ」

「ちょっと待て、家光を殺す気かてめーら!?」

 黒い笑みを浮かべるツナと次郎長に、リボーンは焦る。

 リボーンは今まで鬼のように厳しく指導してきたが、その中でツナが次郎長に関わるネタだと食い下がる傾向であるのに気づいた。それ程までに次郎長という存在は、ツナの中に強く在り続けているという訳でもある。元はと言えば家光が沢田家を放置している間を次郎長が代わって見守っていたのだから、当然と言えば当然である。

 しかし言い方を変えれば、ツナは次郎長に毒されていることに他ならない。ただでさえ蒸発した家光を疎ましく思っているのに、そこに尊敬できる母親の元同級生が武力行使も辞さない程に嫌っているとなれば、事態の悪化は免れない。―というか、家光のやり方が全部裏目に出ている。

「大丈夫だよリボーン、俺は殺しなんかしないよ。おじさんと一緒にムチを打ちつけるだけだよ」

「じゅ、十代目……?」

「だって母さんはどんなに放置されても父さんに一途なんだもん。アメばっかだから、割に合わないじゃん? でもおじさんの力を借りて俺がムチ入れれば、バランスいいでしょ?」

「はひいい!? ツナさんがご乱心ですぅ!!」

 ブラック綱吉の発現に、リボーン達は冷や汗を流す。

 暴力団の威力を借りて実の父親に一言申したい息子の強かさ。明らかに一方的な暴力を仕掛けようという腹積もりだ。裏社会だったら、れっきとしたクーデターである。

「おめーにゃわからねーよなリボーン……自分(てめー)の女房子供をほっぽいて古狸に尻尾振るゲス野郎に対する怒りってのが。しかも家庭のことは知り合いのヤクザに一任し、護衛もロクに付けやしねェ。これでツナがキレねーとでも思ってたか?」

「っ………」

「そういうこった、これは至極真っ当な考えなんだぜ? おめーが悩むようなことじゃねェ、沢田家の問題だからな」

「そうそう、俺とおじさんは気が触れたわけじゃないよリボーン」

 

「「ただ、殺意が沸いただけさ」」

 

 これがボンゴレⅠ世(プリーモ)の血筋なのか――リボーンはそう思ったが、感心している場合ではない。

 この状態では沢田家崩壊という最悪のシナリオが始まってしまう。次郎長とツナがタッグを組んで家光を潰しにかかる非常事態など、誰も望まないに決まっている。少し前のリボーンならば「父親の力を見せるいい機会」と判断しただろうが、ツナのバックが家光以上の猛者なのでシャレにならない。

「明日来るらしい、来たら呼んでくれ」

「あ~……おじさん、それがさ」

「?」

「今日来るかも――」

 

 ドォーン!! ドッカーンッ!!

 

 突如響き渡る轟音。

 粉塵が立ち込め、周囲の人々がパニックに陥る中、人影が宙を飛んで来た。

「っ!」

 次郎長は反射的に体を動かし、ツナの前に立ってから足を踏ん張り受け止めた。

 人影の正体は、先程目に通していた書類に載っていた少年・バジルだった。その額には青い炎――死ぬ気の炎が揺らいでいる。

 並盛に来てしまったのは気に入らないが、どうやら敵に追われているらしい――そう判断した次郎長は、眉間にしわを寄せた。

「ぐっ、うう……かたじけ、ない……」

「……おい、誰かコイツの手当てしろ。女子供は避難させ、動ける奴は重傷者を運び出せ。尚弥達が来るまで気ィ抜くなよ、誰一人として死なすんじゃねェ」

「え……」

「え、じゃねェ! ちんたらしてねーで動け!! 死人だしてーのかてめーら!!」

 次郎長の一喝で、人々はハッとなる。

 その直後、晴れてきた煙の中から、光に当たって輝く銀色が見えた。

「う゛お゛ぉい!! 何だあ外野がゾロゾロと。邪魔するカスは叩っ斬るぞぉ!!」

「……」

 長い銀髪を振り回しながら見下ろす一人の剣士。

 スペルビ・スクアーロだ。

「嵐の予感だな」

 リボーンはそう呟いた。

 おそらく、旧知の仲である九代目が率いるボンゴレ関係者が、これまた旧友の家光の部下を追いかけ回しているのに驚いているのだろう。

 そんな中、体を小さく震わせる男が一人。

「気に入らねェ……全くもって気に入らねー連中だ、ボンゴレ」

「おじ、さん……?」

「あのボケナスの謀略かは知らねーが……」

 怒りに震えるような声で、次郎長はブツブツと呟く。

 これが果たして因縁深きヌフフのナス太郎の策謀かどうかは不明だ。根拠はあっても証拠がない。そう決めつけるのは早計だろう。

 いずれにしろ、次郎長の思いはただ一つ――

「ボンゴレだけは、絶対に許しゃしねェ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的55:次郎長vs.(バーサス)スクアーロ

やっとリング争奪戦に入りました。
ひとまず正露丸と拡声器の戦いです。


 愛する並盛を荒らされ、ついに堪忍袋の緒が切れた次郎長。

 地震のように全方向に等しく衝撃を伝えるような、どんなに鈍い人間でも察知してしまう程の怒気を放ち、血走った目でスクアーロを睨んだ。

(っ……何だアイツ……!? まるで〝ボス〟じゃねーか……!!)

 スクアーロは、他人の怒りを前に久しぶりに怯んだ。

 あの激昂ぶりは、矛先ときっかけは違うが惚れた男と同じ系統だ。目の前の敵を全て滅ぼさないと収まらない、烈火の如く燃え上がる憤怒だ。

 そんな怒り心頭な次郎長と警戒するスクアーロを他所に、バジルはツナに謝罪をしていた。

「う……すみません沢田殿、つけられてしまいました……せっかく会えたのにこんな危険な状態に巻き込んでしまうとは……」

「へっ!? あ、あの、どちら様ですか!?」

「とにかく安全な場所へ……来てください!! おぬしに伝えたいことが!」

「いやいやいやいやいや!! ちょっと落ち着こうよ君!!」

 事態をよく飲み込めないツナだが、嫌でもわかる次郎長の怒気と見るからにヤバそうな銀髪のおかげで緊急事態であることだけはわかった。

「敵襲か……十代目、下がっていてください! 行くぞ野球馬鹿!!」

「おう!!」

 互いに得物を構え、臨戦態勢に入る獄寺と山本。

 しかしその間を、次郎長が目にも止まらぬ速さで割って入った。

 

 ――ドドッ

 

「がっ……」

「んなっ……」

「ケツの青いガキが図に乗るんじゃねェ」

 次郎長は呆れた声と共に手刀を見舞い、獄寺と山本は崩れ落ちた。

 友人が突然倒れ、ツナは二人の名を叫ぶが、次郎長は意にも介さず声を掛けた。

「安心しろツナ、少しの間眠っててもらうだけでい」

「でも、おじさん!」

「ソイツらが迎え撃ったところで返り討ちが関の山だ。今から始まんのァそこらのガキの喧嘩じゃねェ」

 いつも以上に鋭い双眸で、次郎長は敵を睨んだ。

 その荒々しい気迫に、スクアーロは息を呑む。

「……てめーは何者だぁ? 今の動き、只者じゃねぇだろ」

「泥水次郎長……この町の王だ」

「――! う゛お゛ぉい、こりゃあとんだ大物が出てきたなぁ……」

 スクアーロは一瞬驚くが、すぐさま納得したような笑みを浮かべた。

 泥水次郎長の名は、裏の世界ではかなりのビッグネーム。規模は小さくも腕の立つ子分を多数従え、当の本人はルーキー時代の時点で〝若獅子〟と呼ばれた当時の家光とタメを張る程の猛者だったのだ。

 次郎長の現在の戦闘力を知らずとも、名実共に凄まじい豪傑であるのは変わらない。図らずも日本の裏社会で最強クラスの実力者との邂逅に、スクアーロは高揚感を感じていた。

「……じゃあ、代わりに教えてもらおうか? ソイツらとどういう関係かゲロっちまわねーと叩っ斬る――」

 

 ドゴッ!!

 

「ぞおぉっ!?」

 叩っ斬るぞ、と言い終える前に次郎長が爆発的な加速で迫り、それはそれは強烈なぶちかましをお見舞いした。

 何の予告も無しに悪質タックルの直撃を受けたスクアーロは、まるで車に轢かれ弾き飛ばされたように吹き飛び壁に減り込んだ。

「……容赦ねェな、おい」

 日頃の次郎長の器量や性格をよく知るリボーンは、ポーカーフェイスでそう呟いた。

 次郎長という男は、いざ喧嘩となれば最強だの王者だのといった呼び名に恥じぬ圧倒的戦闘力で相手を潰しにかかるが、一定の線引きというべきか、喧嘩の流儀というモノがあった。

 今の次郎長は、それを無視している。無視する程に、怒りを滾らせているのだ。

「誰の指示なのか、黒幕は誰なのか……そこは訊かねェ。どの道オイラのやるべきこたァ決まってらァ」

 腰に差していた刀の柄に手を添え、次郎長はゴキゴキと首を鳴らす。

 臨戦態勢に入った王に、タックルを食らって倒れたスクアーロは跳び起きると笑った。

「う゛お゛ぉい! まさか剣で俺に勝とうなんて(あめ)ェこと考えてんのかァ!?」

「思想・良心の自由はこの国じゃ保障されてるんだよ」

 次郎長は抜刀し、切っ先をスクアーロの顔に向ける。

「ツナ……いいか、奴は俺が食い止める。()り始めたらすぐ逃げろ!」

「おじさん……」

「ここから先は人間の出る幕じゃねェ」

 次郎長は駆け出し、スクアーロに迫る。

 斬り合いが……殺し合いが始まった。

 

 ガギィン!

 

 互いの剣が、衝突する。

 斬撃をぶつけ合い、獣のように食らいつく。己の命をもって敵の命を絡め取るために。

(っ……何だコイツの剣は!?)

 何十回と白刃を合わせる中で、スクアーロは焦りを覚えた。剣を極めるために多くの剣士と決闘した自分の戦い方と、次郎長の戦い方との相性が最悪であることに気づいたのだ。

 いくつもの流派を潰してきたスクアーロだが、次郎長の剣は今までの流派とはそもそも異質……斬り覚えの喧嘩殺法だった。それだけならまだいいが、次郎長自身の常人を遥かに超えた戦闘センスと剣一筋にこだわらない何でもありの戦闘スタイルが、臨機応変・変幻自在の剣技として昇華していたのだ。

「散れ」

 次郎長は一瞬の隙を狙い、突きの構えを取る。

「……ハッ!」

 しかしスクアーロは獰猛に笑うと、剣から何かを発射した。それと共に次郎長の鼻が嫌な臭いを感じ取った。

 火薬の臭いだ。

 瞬時にその場から離れた、次の瞬間―― 

 

 ――ドオォン!

 

 突然の爆発。スクアーロの剣から放たれた火薬が炸裂し、次郎長は爆風に呑まれる。

「ああっ!」

「おじさんっ!!」

「ハッ! バカが、詰めが(あめ)ェ――」

 

 ――ドゴォッ!

 

「がっ……!?」

 煙の中から何かが出現したと思った瞬間、スクアーロが体をくの字に折った。

 スクアーロの鳩尾を、猛烈な速さで細長い何かが抉ったのだ。()(しゃ)(ぶつ)をぶちまけ悶絶すると、立ち込めた土煙を通り抜けて(おとこ)が姿を現す。

「……すっかり忘れてたぜ。てめーらマフィア(モン)は手段を選ばねェ性質(タチ)だった」

 次郎長は苛立つような声色で姿を現す。その手には刀だけでなく鞘も握られている。

 しかも彼は無傷で、着物と襟巻が多少傷み汚れている程度だった。

(あの至近距離で躱せたのか!?)

 スクアーロの顔から、一切の余裕が消えた。

 実は至近距離で火薬を投下した際、次郎長は瞬時に離れただけでなく起爆寸前に鞘を使って弾いていたのだ。そんな芸当をやってのけるような技量の持ち主とは知らないスクアーロだったが、〝大侠客の泥水次郎長〟という男がどれだけの修羅場をくぐり抜け、どれ程の敵と戦ったのかは容易に理解できた。

 一筋縄ではいかない……この男は。

「だったら見せてやる。ヤクザ者とマフィア者の格の違いってやつを」

 泥水次郎長が、本気を解放する。

 

 ――コイツは、確実に殺さなきゃならねぇ(・・・・・・・・・・・・)な……!!

 

 ただ相手を威嚇するように立っているだけの男に、悪寒を感じたスクアーロは距離を置いて体勢を立て直そうと動いた。が、それよりも早く次郎長が懐に潜りこみ、再び浅黒い拳をスクアーロの鳩尾に叩き込んだ。

「ぐあっ……!」

 ズシリとくる、重い一撃。

 豪腕から放たれるそれは、並大抵の喧嘩自慢ならば一撃で仕留める威力を秘めている。スクアーロも相応の修羅場をくぐり抜け、身体を鍛えているために耐えることはできた。が、何度も食らえばタダでは済まないだろう。

「じゃあ、これならどうだぁっ!!」

 スクアーロは踏ん張り、渾身の一太刀を次郎長に浴びせたが……。

「ちっ……聞き分けのねー(あん)ちゃんだ」

 

 バキャアッ!!

 

「んなっ!?」

 次郎長は目にも止まらぬ速さで納刀、そのまま神速とも言うべき速さの居合を放ってスクアーロの剣を一太刀でへし折った。

 実はこの時、スクアーロは〝鮫衝撃(アタッコ・ディ・スクアーロ)〟という技をぶつけていた。渾身の斬撃を相手に受けさせることで、剣から発する振動波を剣を通して相手に伝え、相手の神経を麻痺させる衝撃剣……それをモロに受けたのだ。しばらくの間は腕が使い物にならないはずだ。

 だが次郎長の居合は、その衝撃を真っ向から受けるどころか、彼の剣を一太刀で破壊した。剣士にとって戦闘中に何らかの形で剣を失うことは致命傷に等しい。この時点で剣士として敗北したも同然だ。

(何だアイツは……何だあの化けモンは!?)

 

 ドッ!

 

 刹那、次郎長は凄まじい速さで迫り、刀でスクアーロの右腕を貫いて建物の外壁に叩きつけた。

 右肩から広がる鋭い痛みと全身に伝わる鈍い痛みが、スクアーロを襲った。

「ぐぁっ……!」

「火薬入りの仕込み刀ぶら下げといてダンビラ一丁に勝てねー奴が、よくあんなデケェ口叩けるなクソガキ。てめー程度の奴なんざこの並盛(まち)にゃゴロゴロいるってのによ」

 互いに裏社会の人間である以上、次郎長は卑怯などという言葉は口にしない。いかに義勇任侠を掲げても裏社会は弱肉強食であり、勝った人間が強者という理なのだから、卑怯な手段を使ってでも生き残れば勝ち馬組という訳だ。

 ただ、次郎長は戦闘力と勝敗が別物であるということを自覚できていない相手(スクアーロ)に見下げ果てたのだ。

「ク、ソがっ……!」

「消えな、負け犬。てめーの剣は道を切り開くことも飼い主を護ることもできやしねーよ」

 その言葉に、スクアーロの怒りが頂点に達した。

 怒りに惚れ、忠誠を誓ったボスへの侮辱も込めたそれに、目の前が真っ赤に染まった。

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!! てめーに何がわ――」

 

 ドガァッ! ズズゥン!

 

「うるせェ。難聴になったらどう責任取るつもりでい」

 次郎長は拳骨を叩きつけ、スクアーロを吹き飛ばした。

 スクアーロはノックダウン。壁を突き破りながら立ち込める土煙と粉塵の中へ姿を消した。

(バ、バカな……相手はヴァリアーの作戦隊長でござるぞ!? それをこうも容易く……!!)

 バジルは震え上がった。

 次郎長が強いということは、情報から得ていたし実際に見て肌で感じ取ってはいた。だがここまで強いというのは想定外だった。スクアーロをほぼ無傷で退けた男の力に、バジルは恐怖すら感じた。

 すると、遠くから屈強な集団が現れた。その先頭に立つのは、次郎長が信頼する傑物。

「尚弥……」

「な、何者でござるか……?」

 風紀委員会会長・雲雀尚弥。

 次郎長とタメを張れる数少ない男だが、立場上は(・・・・)一般市民であるため、スクアーロやバジルがその存在を知るはずもない。

「君達は負傷者の応急処置と救急車の手配、事後処理を頼むよ。僕は次郎長と話がある」

『はっ!』

 風紀委員会の構成員が仕事に取り掛かる中、次郎長の元へと歩む。

「尚弥、すまねーな……」

「いや、謝るのは僕の方さ次郎長。もう少し早く来ていれば被害を抑えられた……よく食い止めてくれた、ありがとう」

「………ケッ、恭弥の不意打ちツンデレは親譲りだったのかよ」

 瓦礫の上で腰を下ろし、煙管を取り出して火皿に刻み煙草を詰める。

 すると、二人の元へ尚弥の右腕・蘭丸が報告をしに駆けつけた。

「尚弥様、途中経過を報告します」

「うん。蘭丸、被害状況は?」

「沢田綱吉とその友人含め、負傷者が14名。死者は一人として出てません」

「14名……素直に喜べねーな」

「何言ってるんだい。死人を出さなかった分大したものだよ」

 煙管の紫煙を燻らせる次郎長は複雑な表情を浮かべているが、二人は察していた。

 

 ――今の次郎長は、臨界点に達している。

 

 並盛を土足で荒らされ、カタギに迷惑を掛けた上、ツナ達に手を出そうとした。

 尚弥も蘭丸も聞いただけで怒り心頭なのだが、間近で見た次郎長はそれ以上。徹底的に叩き潰さないと気が済まないだろう。

 それを止める気は、風紀委員会には無い。むしろ推奨するところである。

「……親分、下手人の特徴は?」

「黒いレザーのジャケット、胸の赤いエンブレムに獅子のマーク、銀髪ロン毛の拡声器だ」

「最後の拡声器は、声がやかましいくらい大きいと解釈してよろしいのですか?」

「そういうこった」

 次郎長の証言を聞き、蘭丸は無線で捜索を促す。

(剣はへし折ったから、逃げるか捕まるかのどちらかだと思うがなァ)

「尚弥様、それと現場にこんなものが」

 蘭丸が持ち出したのは、片手に収まる大きさの黒くて重厚な箱だった。

 中身を開けると、そこには7つの指輪が入っていた。

「……どうやらこれが事件の原因のようだね」

「しかし、たかが指輪ごときになぜ?」

「ま、待ってください!」

 そこで当事者のバジルが、大声を上げた。

 あの箱の中身は、必ず届けなければならない――その思いで必死なのだ。届けなければ、命を懸けて任務を遂行した自分がここにいる意味を失い、〝親方様〟に面目が立たないからだ。

「それは拙者が沢田殿に渡さねば――」

「沢田が、何だって?」

 地獄の底から響くような低い声で、次郎長は額に青筋を浮かべてバジルを睨んだ。

 次郎長は理解してしまったのだ。箱の中のリングの正体と、それがツナに渡る理由を。

「そうか……」

 

 バキッ!

 

 現実は非情だった。

 次郎長は箱を軽く宙へ投げ、居合で一閃。

「次郎長!?」

「ああっ!!」

「こんなガラクタがあるからいけねーんだ」

 まるでゴミ箱にゴミを捨てるように、次郎長は何の躊躇も無く破壊した。

 その目には、怒りと侮蔑が宿っているように見えた。

「……尚弥、その子も運んでやってくれ。少し訊きたいことができた」

(……親方様、拙者はここまでかもしれません……)

 自分はとんでもない相手を敵に回したのかもしれない――バジルは日本に来たことを悔いた。

 

 

 その光景を遠くから見つめる、二人の男がいた。

「ボンゴレファミリーとヴァリアーの内部抗争、か。虚様も動くかもしれんな」

「どうする? もはや一刻を争う事態となったぞ」

「私が虚様に報告しに行く。お前に後を託すぞ朧」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的56:大黒柱赤点野郎

5月最初の投稿です。
すいません、感想の指摘もあって修正しました。


 並盛山にて。

「ハァ……」

「何を溜め息吐いてやがる、ダメツナ」

 スクアーロの襲撃から2日後。ツナは海よりも深そうな溜め息を吐いていた。

 2日間は怒涛そのものだった。次郎長が破壊したリングは偽物で、本物はディーノの手に渡っていたこと。そのリングはボンゴレファミリーの歴史においてもどれだけの血が流れたか

わからない程の重要アイテムであること。怒り心頭の次郎長にフルボッコにされたスクアーロは、ボンゴレ最強の独立暗殺部隊「ヴァリアー」のNo.2であること。――数え始めたらきりがない。

 しかも、だ。父親の家光が帰宅したのだ。奈々は実に嬉しそうにごちそうを振る舞ったが、次郎長の影響をダイレクトに受けているツナは別人のように冷たく接した。家庭放置していたことを怒るわけでも、蒸発して心配をかけたことを責めるわけでもなく、ただ血の繋がっているだけの他人扱い……それがむしろ家光の心を抉った。おかげでしばらく立ち直れなくなったくらいだ。

 問題はそれだけではない。

「そうも言ってられないよ~……また母さんとおじさん大喧嘩しちゃったんだし、ダメ親父は役に立たないし……」

「……確かにな」

 ツナとリボーンは遠い目をした。

 そう、次郎長と奈々の口喧嘩が再び勃発したのだ。前回は歩く理不尽であるリボーンを宴会に加えるか加えないかで揉めたが、今回は家光絡み。マフィアの件で家光を毛嫌いしている次郎長と、反対に家光にベタ惚れである奈々の口論。次郎長の沢田家突入により勃発した大喧嘩は開始早々臨界点に達し、お互い34歳でありながら頓痴気女だの社会のゴミだの、前回よりも酷い罵り合いとなった。

 また始まっちゃったよと嘆くツナ達に、家光はツナに父として良い所を見せようと仲裁に入ったのだが……。

 

 ――分別不可能な工場廃棄物一号が邪魔すんな!

 ――家族(わたしたち)より仕事が大事な家光さんは黙っててください!

 

 二人の清々しいまでの暴言に、家光は撃沈。

 もはや戦場と化した沢田家のリビング。ツナはともかく家光すら役に立たない現状に危機感を覚えたリボーンは懸命に説得し、家光にも非があると告げて互いの頭を冷やさせることに成功した。やはり理想のママン像をブチ壊されるのはリボーン自身かなり嫌であるらしい。

 ちなみに彼は家光を一度たりともフォローしていない。むしろ全責任を擦りつけたいくらいだ。

「……そういう訳だ、とっとと修行再開するぞ」

「ええ!? もういいじゃん、おじさんや尚弥さんが対応するって言ってるし、子供が出る幕じゃないだろ!!」

「甘えんじゃねェ。そんなに嫌ならあの化け物共超えるぐらいの腕っ節つけてから言いやがれ☆」

「理不尽!!」

 ツナはリボーンの無茶ぶりに嘆いた。

 先日のスクアーロの件において、来日したバジルから事情を聞いたツナ達は今後の襲撃に備えて体を鍛えることとなった。リボーンに迫る程の強さを有する次郎長や彼とタメを張る尚弥が出張れば済むと言えばそれまでだが、次郎長も尚弥も人の子……護れる範囲に限界がある。

 そこでリボーンはツナ達を強くさせ、ヴァリアーに対抗できる程になるという無茶ぶりを思いついた。当初はツナは猛反対していたが、周りが全員賛成するという現実の非情さに敗北。やむなく修行に付き合うこととなったのだ。

「そもそも何でこんな目に……」

「ツナ、このままだと次郎長はボンゴレと全面戦争するつもりだ。もしそうなっちまったら、この町が戦場になっちまう」

「ぜ、全面戦争……!」

「ぶっちゃけた話、お前を快く思ってない勢力がいないわけじゃねェ。ヴァリアーだけじゃなくそいつらとも戦うとなれば、自衛の術ぐらいもたねーと大事なモン全部失うぞ」

 ツナをめぐる、次郎長とボンゴレの衝突。それが抗争という形で勃発すれば、双方無事では済まないだろう。

 しかし、歴代ボスの中でも典型的な穏健派として知られる9代目は、かつて日本に来日した際に若き日の次郎長と出会っている。聡明な9代目が有事とはいえボンゴレの後継者争いを日本に持ってくるとは到底思えない。9代目の身に何かがあったのだろうか。

 だが、それ以上に気掛かりなことがリボーンにはあった。

(一番気になるのは、次郎長が何も言わなかったことだな……)

 リボーンが一番引っかかっていたのは、次郎長の態度だった。

 ツナ達は今、ボンゴレリングというボンゴレファミリーの至宝を所持させられている。掟に基づいて代々ボンゴレファミリーのボスとその幹部格である守護者が所持してきた代物で、リングを巡った内部抗争も絶えなかった程の価値がある。言い方を変えれば、ツナ達がこれを所持する以上は必ずヴァリアーが奪いに来るということでもある。

 だが、次郎長はその件については「そうか」の一言で咎めなかったのだ。逆にそれが不気味で、次郎長の腹の内が読めなくなったのだ。

(まさかとは思うが……いや、アイツもそこまでやるつもりはねーだろ)

 嫌な予感がして、リボーンは眉を顰めた。

 その時、二人の背後に近寄る者が。

「誰だ」

 すぐさま振り向いて愛銃を向けるリボーン。

 その先に立つのは、三叉槍を携えたオッドアイの少年だった。

「クフフフ……初めまして、沢田綱吉君」

「だ、誰!?」

「僕は六道骸です、以後お見知りおきを」

「ちゃおっス」

「これはこれは、呪われた赤ん坊〝アルコバレーノ〟ではありませんか。いえ、今日からリボーンと呼ぶべきですか」

「ア、アルコ……?」

 謎の単語が飛び出し、ツナは首を傾げる。

「お、おいリボーン、この人知ってんのかよ」

「知ってるも何も、六道骸はマフィア狩りで知られる男だ」

 リボーンは語る。

「非人道的な活動をする黒マフィアを組織丸ごと潰す形で粛清する「骸一派」のリーダー……それが六道骸だ。神出鬼没だが最近会った」

「ど、どう見ても俺と同じ中学生だろ! しかもあれは黒曜中の――」

「人を見かけで判断しない方がいいですよ? ましてやこの町の有力者達は尚更」

「ひえっ……」

 組織どころか拠点ごと潰す次郎長と重ねたのか、ツナは顔を引きつらせた。

「それで、マフィア狩りで恐れられるおめーが何の用だ」

「僕の身内……厳密に言えば保護者というよりも保証人ですが、親分(・・)から頼まれたんですよ。君達を護ってほしいと」

「!! じゃあ骸も、おじさんと!?」

「ええ……〝僕達〟の命の恩人です。あの人が手を差し伸べなかったら、僕達はとうの昔に屍となって土に還っていた」

 骸は次郎長に多大な恩義があると語る。

 リボーンが口にした情報で骸に対して恐怖心すら抱いていたツナだが、次郎長の関係者であると知って安堵の笑みを溢した。

(マフィア狩りで有名な六道骸も、やっぱり次郎長の影響を受けてやがるのか。次郎長は人の心の隙に付け入るような野郎じゃねェ……ってことは、アイツの生来の器のデカさか)

「しかし、あれから君達のことを観察させてもらいましたが……アルコバレーノは綱吉君のお目付け役というわけですか?」

(ちげ)ェぞ、俺はダメツナの家庭教師だ」

「クフフ……成程、それはユニークですね。僕も他人のことはいえませんが」

 愉快そうに笑う骸。

 殺し屋の家庭教師と何をやらせても冴えない生徒、里親のいないマフィア狩りと保証人役の極道……傍から見れば実に奇妙な関係と言えよう。

「……それで、ツナを護るってのはヴァリアーからか」

「アルコバレーノ……僕を失望させないでくれませんか? わかりきった答えじゃないですか」

 リボーンは険しい顔をする。

 骸の敵は、おそらくボンゴレ全体だろう。マフィアそのものを嫌う彼にとって、その頂点であるボンゴレに何も思わないわけが無い。骸はボンゴレをも敵とみなしているだろう。

「……ですが、今は敵対するつもりはありませんよ」

「分を弁えてるのは賢いゾ」

「クフフ……残念ながらそうではありません。こちらの都合というモノです」

 挑発するように言葉を紡ぐ骸と、ニヒルな笑みを浮かべるリボーン。

 それは本当の笑みか、腹芸なのかは本人達にしかわからないだろう。

「さて……早速ですが忠告です」

「何?」

「今回の一件は、必ずしもボンゴレと並盛の問題ではないのですよ」

 骸は真剣な表情で、ある組織について語り出した。

 その組織こそ、八咫烏陰陽道。日本の守護者と言える秘密結社だった。

「八咫烏陰陽道はこの国の陰で動き、何度も日本を危機から救ってきた。マフィア界でいう〝復讐者(ヴィンディチェ)〟と同じような勢力といえばいいでしょうか」

「ヴィ、ヴィンディチェ……?」

「マフィア界の掟の番人ですよ。法で裁けない者を裁く存在で、マフィアなら誰もが恐れる」

 つまり、今回のスクアーロの件で八咫烏陰陽道が動いたということだ。

 日本を陰で支えた秘密結社までも敵対するとなれば、ボンゴレも無事では済まないだろう。ただでさえ単騎で一個勢力に匹敵する次郎長と対立しているというのに、これ以上厄介な敵を増やすわけにはいかない。

「……俺にどうしろってんだ。それが本題だろう」

「愚かですね……僕はあくまで忠告をするまで。そこから先を導く義理は無い」

「くっ……」

「クフフフ……では失礼。Arrivederci(また会いましょう)

 刹那、骸の体が突如発生した霧に包まれた。

 霧が晴れると、そこにいたはずの骸は消えていた。

「え!? 何、何やったの!?」

「今のは……」

 リボーンは驚愕していた。

 アレは〝術士〟の扱う幻術だ。それも骸の幻術は一流クラス……「無いものを在るものとし、在るものを無いものとすることで敵を惑わし、ファミリーの実態をつかませないまやかしの幻影」を担う霧の守護者に相応しい。

 あの骸をうまく丸め込めれば――

「ファミリーには必要だな。だが……」

 リボーンは並盛最強の男の存在を思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

 

           *

 

 

 同時刻、並盛町のある河川敷。

 血塗れになった男達が、壊滅状態で無惨に転がっていた。周辺には輪切りにされた拳銃やへし折られたナイフが無数に転がっており、文字通りの死屍累々。その真ん中で次郎長は返り血がついたまま煙管を咥え、ある人物と連絡を取っていた。

《お前さんが戦ったヴァリアーの二番手、スクアーロの飼い主はXANXUS(ザンザス)だ》

「……XANXUS(ザンザス)、か」

《ああ、それも今のボンゴレボスの倅らしい》

 電話の相手は、〝蜘蛛手の地雷亜〟こと羽柴藤之介。現在は弟子と共に暗殺稼業から一線を引いた伝説の殺し屋で、蜘蛛の巣の如き深く広い情報網を持っているため、次郎長は情報売買の顧客として関係を築いている。

 さて、そんな二人の間で出てきたXANXUS(ザンザス)なる人物。彼は9代目の息子であり、事実上の後継者候補だというのだが……。

「だったらツナより先に話振られねーか?」

《俺も怪しく見ている。8年近く前にクーデターを起こして処罰されたらしいが、端から見れば威厳も実力もある正統な後継者だからな》

 次郎長と地雷亜の知見が一致する。

 そもそもマフィアの中でマフィアらしく育てられた男と、初代ボスの血統とはいえマフィアとは無縁な暮らしをしていた平凡な14歳の少年が後継者争いになる時点でおかしな話なのだ。カタギだった少年を一大マフィア勢力のボスにしたら、それはそれで反発が起こって内部抗争となりかねないからだ。

 後継者としての条件が揃っていても実力が不足しているのなら、周りがサポートすればいいと軽く見るのは禁物であるのは言うまでもない。人質や裏切り、脅迫に反逆、暗殺や奇襲は卑劣ではなく〝当たり前〟――裏社会で生きるとはそういうことなのだ。

「……マフィアはどっちかっつーと血統主義だ。そう考えれば――」

XANXUS(ザンザス)が今のボンゴレボスとは義理の親子に過ぎず、血の繋がりが無いと考えるのが妥当だな》

「だよなァ……」

 次郎長は9代目への怒りを募らせた。

 親子ってのは上司と部下の関係じゃねーんだよ――そう愚痴を零しそうになる。

《お前さんも随分苦労しているようだな》

「おかげさまだよバカ野郎」

《クク……まあいい。並盛(そちら)で戦火が広まるのは俺としても困るからな、こちらなりに手を貸そう》

「……打つ手はそっちに任せる。俺は俺で動く。じゃあな」

 ブツッと通話を切り、懐に仕舞ったその時。

 次郎長は背後の気配に気づき、振り返った。

「……てめェ」

「次郎長、話がある」

 次郎長の視線の先には、つなぎを着た家光が何名かの部下を引き連れていた。

 その部下の一人、オレガノは次郎長の姿を見て汗を一筋流していた。

(アレがジャパニーズマフィアのジロチョウ……強い!)

 銀色に近いが色が抜け落ちたようにも見える白髪、浅黒い肌、頬の十字傷と鋭い双眸、そして並々ならぬ威圧感。黒い着物で身を包み赤い襟巻をなびかせる王に、オレガノは畏怖の念を抱いた。

 彼女自身、裏社会で相応の修羅場をくぐり抜けては来た。だからこそわかってしまったのだ。次郎長が、今までボンゴレに敵対した人間の中では別格であると。

「……このドさんピン共の後始末なら大歓迎だが」

「実は9代目が、お前に協力を求めている」

「9代目? 身内の暴走を食い止めることもできねーカスのことか」

 神経を逆撫でするような次郎長の言葉に、家光の部下達は憤慨する。

 家光を含め、ボンゴレファミリーのほとんどが9代目を敬慕・敬愛している。彼への侮辱は、とても許せるものではなかった。

 しかし、家光は部下達を制した。

「妙なマネは止せ。お前ら全員が束になっても傷一つ付けられん」

 家光は前に出て、次郎長に声を掛けた。

「次郎長。お前か、バジルの箱を破壊したのは」

「箱……? ああ、アレか。それがどうした」

「あの中のリングは、俺が作った偽物だ。精巧に作られていて、たとえ奪われたとしても10日は――」

「ごちゃごちゃ言ってねーで結論を言えよ」

 苛立ちが募ったのか、次郎長は家光を睨む。

 ここ最近のボンゴレ絡みのゴタゴタでストレスが溜まってるからか、いつになくおっかない。

「本来なら、ツナ達にヴァリアーを迎撃できる準備をするはずだったんだ。ここまでバジルが囮となって動いたのは、それも一因だ」

「――そういうことか……」

 次郎長はある結論に辿り着いた。

 

 敵方のヴァリアーの首領・XANXUS(ザンザス)。クーデターを起こしたとはいえ、威厳も実力も備えたマフィアのボスに相応しい力量の持ち主だろう。少なくとも8年以上前に英才教育による帝王学を修了した相手に、裏社会のうの字も知らない少年に継がせようなど正気の沙汰ではない。

 そうでありながら、9代目は息子ではなく部下の息子に継がせようとしている。たとえ血の繋がりが無くとも、次郎長から見ればXANXUS(ザンザス)に継承させるのが筋である。ボスになりたがっていれば尚更だ。なのに9代目はツナを指名した。

 もし仮に、XANXUS(ザンザス)が本当に9代目の実の息子ではないとすれば、血統主義的なマフィアの論理ではツナに継承権があることになる。その上で最大の障壁が当代の息子(ザンザス)とすれば、それを打ち破った瞬間に全てが決まる。

 

 つまりこれは、ツナをボンゴレの正統な後継者に仕立て上げるためのマッチポンプである可能性が高いのだ。

「次郎長、俺とお前は長い付き合いだ。ボンゴレの危機は裏社会全体の危機に繋がる。最悪の事態を回避するためには、俺も贅沢を言っていられない。――手を貸してくれ、次郎長。報酬はいくらでも払う」

「そうかい。じゃあ丁重に断らせてもらうわ」

「何だと……!?」

 次郎長の躊躇いの無い返答に、家光は目を見開いた。

 家光は気づけなかった。次郎長を動かすのは損得ではないと。

「……家光、おめーは親父として何を成したよ」

「……一体何の話だ」

「家族の為なら悪にでも修羅(おに)にでもなって護り通すのが一家の主ってモンだ。ヤクザの親分やってると、それが痛い程わかるんでい」

 ヤクザになって15年以上経った今。

 次郎長は任侠一家の長として、町内一の極道組織を率いる大親分として生きるようになって、家族というモノの重みと親の責務を知った。それは血の繋がりがあろうが無かろうが、どこの世界でも立場が違っても家族の「中身」は大して変わらないのだと気づいたのだ。

「俺にとっちゃあ、ツナも奈々も立派な身内だよ。20年も前の貸し借りから始まったとはいえ、盃交わしちゃいねェってのにかけがえのない存在になっちまった」

「!」

「弱きを助け強きを挫く……それが任侠心でい。弱きがツナ達で強きがボンゴレだってんなら、極道を名乗る以上は実行しねェと(おとこ)が廃るよな」

 猛々しい覇気を双眸に宿し、殺気を膨らませ、王は声に怒気を乗せた。

 

「こんの腐れ外道が。自分(てめー)の女房が命懸けて産んだ息子を生け贄にすりゃあ裏の世界の秩序が保てるとか、よくぞまあ天下の次郎長親分の前で言えたもんだな」

 

 精神すら蝕みかねない、強烈なプレッシャーがCEDEF(チェデフ)に襲い掛かった。

 ある者は青ざめた顔で腰を抜かし、ある者は滝のように汗を流し、たった一人のヤクザに畏怖を感じ取った構成員達は重圧に押しつぶされそうになる。唯一平常心を保って仁王立ちしている家光も、そのとてつもない威圧感に一筋の汗を流していた。

 それはまさしく、王の気迫。裏社会に君臨する、支配者の一人としての貫禄。浅黒く端正な顔に刻まれた刀傷が、その剣幕に拍車をかける。

「ツナも、奈々も、並盛も……てめーらの好きにはさせねェ。王とは臣民と領地を統べる者であり、それを全部護るのが務めだ。他人様の縄張り荒らすんなら、放逐するのが筋ってもんだろう? 大黒柱赤点野郎」

「――これが最後通告だ」

 家光の額に、死ぬ気の炎が宿った。

 先程までちゃらんぽらんな部分が抜けきらなかった家光が纏っている空気が、まるで抗争や戦場の真っ只中にいるようなそれに変わった。

 どんな正論を並べても、ボンゴレの権力をちらつかせ脅しても、次郎長は意にも介さない。彼を動かすには、拳しかなかった。

「……上等じゃねーか」

 それに呼応するかのように、次郎長は飛ばしていた殺気を膨らませる。

 四の五の言わずかかって来いよ、と。ボンゴレファミリーを恐れていない次郎長(おとこ)に要求を呑ませる手段は、武力制圧しか残されてないのだ。

(奈々、すまん……!)

 家光はつるはしを構え、次郎長は刀を抜いた。

「ツナじゃないとボンゴレは継げないんだ! 諦めろ次郎長!」

「だったらボンゴレ滅ぼしてツナとの約束を果たすだけだ!」

 

 ガォン!!

 

 つるはしと日本刀が、火花を散らして激突した。

 15年の時を経て、大侠客と若獅子が再びぶつかった瞬間だった。




段々とリング争奪戦が近づいてきましたね。

活動報告でご確認した方もいらっしゃるでしょうが、ドリフターズのパロディを軸とした新しい小説の参戦キャラを募集しております。
ちなみに現時点では、ドリフターズとしてプリーモを出す予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的57:次郎長と家光

お待たせしました。
ついに山寺ボイスの魔王(笑)が登場です。


「やれやれ。朧に言われてきてみれば、王様も随分と荒れてるようだ」

 並盛山の頂上で、一人の男が町を見下ろしていた。

 被り笠と烏の仮面で素顔を隠し黒いマントを羽織った、「卍」の形の鍔が特徴の刀を腰に差した美丈夫。しかしその瞳は血のような赤さであり、相対する全ての者達を畏怖させる得体の知れない何かが宿っているようにも見えた。

 彼の名は(うつろ)。八咫烏陰陽道の先代首領であり、性別が男性であることを除き一切が謎に包まれている存在だ。

「君がこの町に舞い戻ったということは、沢田綱吉の件かな」

「……私は彼と違ってあまり気には掛けてはいませんよ、チェッカーフェイス」

 鉄の帽子を被り、素顔を仮面で隠した男・チェッカーフェイスは虚に尋ねる。

「泥水次郎長も然り、君も然り。彼はジョット君のように人を惹きつける。血は争えないようだ」

「……私はあくまでも彼との約束ですよ」

「行動原理は変わらないだろう?」

「そういうところがバミューダ達に嫌われているんですよ」

 チェッカーフェイスを嘲笑う。

 虚は他者に畏怖されているが、嫌悪はされていない。国を護るためなら命をいくらでも奪う冷徹さと無慈悲さを持っているが、頭領としての器と手腕も兼ね備えている男だ。その反面、チェッカーフェイスはアルコバレーノを騙して人柱にしてきたため信頼に欠ける。実際のところ、虚との関係もギクシャクしがちである。

 日頃の行いは後々響くモノだ。

「……私よりも多くの人間を殺めておきながら言ってくれるじゃないか」

「少なくとも人を騙したことはないので」

「私より腹芸が上手いクセに……」

「さァ、とっとと帰って下さい。私だって長く生きてると気が短くなるんですよ」

 刀の柄に手を添える虚。

 チェッカーフェイスは「怖い怖い」とニヤつきながら踵を返した。

「――さて。約束は約束ですよ家康。いや……ジョット(・・・・)

 

 

           *

 

 

 一方、ついに勃発してしまった次郎長と家光の戦闘。

 夜通し行われたが、次郎長が優勢だった。

(そんな……あの親方様が、押し負けている……!?)

 家光の実力は、マフィア界でもトップクラスだ。〝若獅子〟と謳われた男はボンゴレの№2として君臨し、その勇猛さを裏社会に轟かせている。だからこそ、家光が追い詰められるという現実を受け入れきれないのだ。

 彼らは知らない。次郎長の天性の戦闘センスの凄まじさを。マフィアも恐れる〝復讐者(ヴィンディチェ)〟と繋がっており、子分に内緒で彼ら相手に鍛錬を重ねている事実(こと)を。

「ハァ……ハァ……どうしてェ、家光ゥ」

「ハァ……ハァ……クソ、デスクワークが長すぎたか……!」

 息を切らし頭から血を流しながらも、刀を手放すことなく立つ次郎長。それに対し、家光は片膝を突いて肩を押さえていた。

 互いに疲弊してはいるが、次郎長が家光を勝っていることを知らしめるには十分だった。

(化け物かコイツ……!? 守護者何人分(・・・・・・)の強さを持ってる……!?)

 家光は次郎長を見据える。

 自分が次郎長の強さを見誤っていたのは、紛うこと無き事実だ。ヤクザの世界とマフィアの世界は違う。どちらが広いかというとマフィアの世界であり、家光はその中で大物達を退けてきた歴戦の強者だ。だからこそ、次郎長の強さに疑問を抱いた。

 戦闘センスがずば抜けているのは、初めて出会った頃からわかっていた。だがヤクザの世界では法律の規制強化も相まって抑圧されていたため、マフィア界を脅かすような存在にはならないと判断していた。

 しかし再び戦って、次郎長は個の武で言えば家光はおろかヴァリアーや今の守護者達をも蹴散らすであろう強さを有しているのがわかった。わかってしまった(・・・・・・・・)

(この強さをボンゴレに活かせれば……)

「今、オイラがボンゴレの人間だったらと思ったろ」

「!?」

「顔に書いてあったぞ。腹芸ヘタクソだな」

 嘲笑う次郎長だが、その顔から憤怒は消えていない。

 切っ先を家光に向け、次郎長は告げた。

「ハァ……ハァ……オイラは、てめーたァ違う。組織の歴史や品格なんざ……どうだっていい。そんなモンにこだわるのがバカバカしい」

「何だと……!?」

「伝統? 格式? んなモンに何の意味がある? それが何を成せる? 必要なのは存在理由でい」

 何の為の組織であり、誰の為に力を行使するのか……要は原点回帰だ。

 権力も財力も、当然武力も、何の為に使うかによって人々を富める力にも滅ぶ力にもなる。

「存在理由を失った組織は、あるべき姿からかけ離れ醜悪さに満ちる。その年月が長い程、救いようがねェ」

「9代目がどんなお方か知らないお前に、何がわかる……!」

「あの老いぼれが聖人君子であったとしても……デケェ組織ってのはどいつもこいつも古株が腐りやすい。梃子でも動かぬ頭の固さ、融通の利かない無能っぷり……組織解体した方がマシだろ」

 王は屈さない。

 ここで一歩でも引いたり膝を突けば、自分が自分で無くなる気がしたのだ。

 ボンゴレにだけは、絶対に跪いたりひれ伏したりしない。どんな圧力をかけ、権力と武力に物を言わせようと、徹底して抗う。たとえどんなに傷つき、みっともない姿を晒しても、だ。

「おじさんっ!」

「ツナ、か……?」

「ツナ!」

 そこへ、ツナとリボーンが慌てて駆けつけた。

 その後を追うように、勝男達も馳せ参じた。

「オジキィ!」

「もうやめてくだせェ! それ以上やったら……!」

「黙ってろい。(おとこ)の喧嘩に水差す気か」

 子分達の説得に応じない次郎長。

 次に声を掛けたのは、リボーンだ。

「次郎長、もう止せ」

「勝男達煽ったのてめーか。……邪魔すんなら斬るぞ」

「お前が傷つけば傷つく程、死の淵に立ち続ける程、ママンもツナもおめーの家族も悲しむだろうが」

「今更ギャーギャー騒いでんじゃねェ!!」

 次郎長は怒る。

 悪鬼羅刹を彷彿させる凄まじい剣幕に、リボーンも怯んだ。

「座らせねェ……座らせて溜まるかよう……怨嗟と慟哭でできた玉座にツナは座らせねェ!!」

 次郎長は吼える。

 護るべきモノの為に修羅となった自分ならば、血塗られた玉座に座る覚悟はある。裏社会の人間である以上、何事にも相応の覚悟を要するからだ。だがツナはリボーンが家庭教師として関わるまでは一般人として過ごしていた。何も知らない子供を裏社会の頂点に立てようとするなど、次郎長から見れば狂気の沙汰だ。

 

 次郎長は知っている。ツナがどんなに優しい心の持ち主か。

 次郎長は信じている。弱気で逃げ腰な性格だが、芯が強く最後まで自分の意志を貫くことができると。

 

 だからこそ、是が非でもマフィアにさせるわけにはいかなかった。裏社会を生きるには、あまりにも優し過ぎた(・・・・・)から。

「あんなにも優しい子に……てめーらは人柱になれって言いてーのか!!」

「それが9代目の英断なら……止むを得ないことだ……ツナにしかボンゴレを守ることが出来ないんだ!」

 家光の言葉に、次郎長の中で何かが切れた。

 溜まっていた怒りが、殺意に変わった。

 

 ゴゥッ!

 

 刹那、鬼の形相で次郎長は一気に家光に迫った。

 凄まじい殺意が込められた目で、全身から憤怒を撒き散らし、刀を構えた。爆発的な加速と次郎長の豹変ぶりに虚を突かれた家光は、反応が少し遅れた。

 凶刃が、家光に振り降ろされそうになった。だが――

 

 

 ――タッ君!

 

 

 次郎長の脳裏に、奈々の顔がよぎった。

「――!」

 白刃は、家光の眼前で寸止めされた。

 額から流れた血で赤く染まった顔には、鬼か悪魔か、憎悪に狂っているようにも見える怒りの表情が見えた。害する存在全てを潰さねば気が済まないであろう今の彼に、リボーンは顔を強張らせた。

(よくこらえた、って言いてーが……)

 今の次郎長は、火が点いて爆発寸前の火薬庫も同然。

 頭が沸騰しそうなくらい怒り心頭の彼は、極道としての矜持か、あるいは奈々とツナへの想いか、理性でどうにか自分をコントロールしている感じだ。

 然るべき対応をしなければ、取り返しがつかなくなる。リボーンは言葉を選んだ。

「……わかってくれたか、次郎長。お前の組とボンゴレファミリーとじゃ背負うモノが違うんだ、それを背負えるのは――」

 

 バキッ!!

 

「いだあァ!?」

 リボーンはすぐさま膝蹴りで家光を制裁。

 次郎長が再び暴れ狂うのをどうにか回避した。

「何をするんだ、友よ!!」

「何で煽るんだ、バカ光。おめーが命狙われるのはそういうところが原因なんじゃねーのか、本当は」

「リボーン!?」

 リボーンは血走った目で睨みつける次郎長と向き合う。

「次郎長、これは俺の独り言だ。聞かなかったことにするかどうかはおめーの自由だ」

「……」

「今は殺し合う場合じゃねェ。近々ヴァリアーがツナ達を皆殺しにするべく、ここへ来るはずだ。ツナ達も強くなっておかねーと万が一の場合もあり得る」

 リボーンの言う万が一。それはおそらく、次郎長が倒れた場合のことだろう。

 スクアーロを圧倒した次郎長が殺されるなど、到底あり得ない話だが、何らかの形で次郎長が動けなくなったらツナ達は丸腰になってしまう。ならば、ツナ達に自衛の術――ヴァリアーに対抗しうる力を付けてこの危機を回避しなければならない。

 それがリボーンの主張だった。

「っ……!!」

 次郎長はいつになく乱暴に刀を鞘に納めると、踵を返した。

「オジキ! そのケガは――」

「自分で病院行く元気ぐれーはある」

 静かに、冷たく言い放つ。

 その刃のように鋭い声に、子分達は顔色を悪くして後退った。次郎長の怒りは、まだ収まっていない。

「……言っとくがな。てめーらの事情なんざ知ったこっちゃねェ」

『!』

「栄えるも滅びるも世の習い。力なき者は滅ぶのが道理だが、あるべき姿を見失っちまったら外道に堕ちるのもまた道理でい」

 今のボンゴレは腐っている――遠回しにそう言い放ったことに、家光や彼の部下は怒りを露わにする。

 しかし次郎長は、彼らの怒りをも飲み込む程の怒りを露わにしていた。

「本当にこの並盛(まち)でこれ以上好き勝手やろうってんなら、ボンゴレの歴史はオイラが終わらせる」

 

 ――ゾクッ!

 

『っ!?』

 地獄の底から響くような声に、その場にいた者は縮み上がった。

 リボーンと家光は平静を保ってはいるが、その強烈なプレッシャーに息を呑んでもいた。

「オジキ……」

「てめーら……これは俺の戦いだ、そこのバカ共が余計なマネしねーように気ィ配っとけ」

「ま、まさかオジキ! 一人で連中相手取る気でっか!?」

「…………勝男ォ、親に野暮言わすもんじゃねーだろ」

 

 ――家族失うのは、もう御免なんだよ……。

 

 普段の次郎長からは想像もつかない、あまりにも弱々しい一言。

 勝男達はおろかツナや家光も固まり、その場から動けなくなった。そんな彼らを他所に、次郎長は一人去っていった。




同時進行の「JUMP DRIFTERS」でも、銀魂キャラ及びリボーンキャラを出す予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的58:引き金を引いたのは

やっと更新ですね。


「オジキさん、最近スゴイ怖いなァ……」

 24時間営業のスーパーでの買い物を終えた登は、敬愛する親分・次郎長を思い返していた。

 ヴァリアーなる組織の人間が暴れて以来、次郎長はいつになく剣呑であった。子分達に対する優しさは変わらないが、リボーンをはじめとしたマフィア関係者への態度が硬く、顔を合わせるだけで殺気立っているくらいだ。

 特に沢田家光の帰参以降、目に見える程に次郎長は怒っていた。おそらく、今まで一度も見たことがないくらいに。

「オジキさん、相当ストレス溜まってるんだろうな……」

 あとで何か作っておこうかな、と次郎長を労わろうと呟く。

 常識外れの強さから鬼や悪魔の類のように恐れられる天下の泥水次郎長は、その強靭な肉体に傷を刻むことこそあれど、過労や病気で倒れたことは無い。しかし所詮は人の子だ、いつかは体を壊すこともあるだろう。

 痩せても枯れても溝鼠組が若衆。並盛の為に心血を注ぐ()(まえ)の親を労わない子に成り下がりはしない。

「夜食にしようかな、それとも晩酌? オジキさんと二人っきりでお酒はいいな~……ん?」

 ふと、背後の気配に登は気づいた。

 誰だろうと振り向いた瞬間、彼は目を見開き……。

 

 

 リボーンとの修行で疲れたツナは、帰路を辿っていた。

「もう最悪……お前らのせいで炎真達と遊べないし、あのバカ親父がおじさん怒らせるし、何で俺の周りって何でマトモな人いないんだよ……」

「ダメツナが何をほざいてやがる。それにそんなこと言ってる場合じゃねーからな」

「え?」

「レオンの尻尾が切れた」

 その言葉に、リボーンの帽子の上にいつも乗っているペットのレオンを見る。

 彼の言っている通り、レオンの尻尾は切れていて地面に転がりピチピチと動いている。

「キ、キモーーーーっ!! ってかカメレオンって尻尾切れんの!?」

「これが切れるってことは……不吉だ」

 その言葉と共に、尻尾が切れたレオンはタコやトーテムポールなど色んなモノにコロコロと変身しまくった。

 カメレオンとは何だろうか、そもそも爬虫類とは何なのか……そんな疑問すら沸き起こる。

「レオンどうしちゃったの!?」

「尻尾が切れて形状記憶の制御ができなくなってるんだゾ」

 ただでさえレオンは変な生き物であるのに、その上常識に当てはまらない変な生態ときた。

 どうでもいいことなのに、ツナはなぜか頭を抱えたくなった。

 いや、それ以前に気になることがあった。

「不吉って……どういうことだよリボーン」

「レオンがこうなるのは不吉の前触れだぞ。こうなる時はいつも俺の生徒は死にかけるんだ」

「それどう考えても今回じゃん!!」

 思わず悲鳴を上げるツナ。

 リボーンの無茶ぶりも含めて今まで色んな理不尽に遭ったが、その時は一番頼れる次郎長(おとな)が介入したり誰かしら手を貸してくれたおかげでどうにか生き残ってきた。

 だが今回ばかりは、自分の命運もここまでかと感じてしまう。普通なら一番力になってくれるはずの父親が信用できず、その上一番頼れる次郎長親分との確執を深めている。風前の灯火とはこのことだろう。

「ん? 待って、俺の生徒ってことは……ディーノさんも?」

「ああ……まあ、今回はさすがにヤベーかもな。ディーノの時とはレベルが違う」

 そう。今回は試練とか不吉とか、そういうレベルの話では済まされない。状況としては最悪の一途を辿っているのだ。

 突如襲来した最強の暗殺部隊。

 沢田家光の突然の帰参。

 青い死ぬ気の炎の少年・バジルと「ボンゴレリング」。

 そして次郎長とボンゴレの全面的な対立。

 これを非常事態と言わない人間がいるだろうか。

「それにここまでの事態になっちまったってのに、ボンゴレの中枢の反応がねェ。9代目に何かあったのかもしれねェ」

「9代目って、今のボンゴレの?」

 ボンゴレファミリーに、異常事態が起きている。

 リボーンの言葉に嫌な予感を覚えつつ、突き当りを曲がろうとしたその時だった。

 

 ドサッ……

 

「……え?」

 目の前で何かが倒れた。

 ツナはその正体を見て、絶句した。

「のぼ、るさ……」

 それは、変わり果てた登の姿。

 血を流しうつ伏せに倒れる姿は、さながら事件に巻き込まれた被害者が如く。

 文字通り、血の気が引いた。

「登さん!! しっかりしてよ、登さんっ!!」

「ツナ! まずは止血だ、手伝え!」

 一人の若者の身に起きた悲劇。

 それは、この先に起こる巨大な戦いの引き金でもあった。

 

 

           *

 

 

 並盛中央病院の、ある病室。

 リボーン達の目の前には、意識不明の重体となった登とその傍で付きっきりで看病する次郎長の姿。登は酸素マスクをつけてベッドで眠っており、かなりの大ケガだったのか体のあちこちに包帯が何重にも巻かれている。次郎長も先日の傷が完治していないのか、頬の湿布や頭の包帯を取っていない。

「すまん、次郎長……」

「……今回ばかり(・・・・・)はおめーのせいじゃねェ」

 次郎長は静かに告げ、顔を俯くリボーンを宥めた。

 それがむしろ心にきた。

「……登。溝鼠組の門を叩いたあの時から、オイラァおめーが心配で仕方なかった」

 意識を取り戻さない登に、優しく語り掛ける次郎長。

 そこにいたのは並盛の王者ではなく、一人の親としての次郎長だった。

「極道の世界とは程遠い性格のガキに、次郎長一家として並盛を護れるのかってな。おめーじゃ荷が重すぎるから、いつか逃げ出すんじゃねーかと。オイラはそれを止める気は無かった……破門させてくれって言ってくると思ってた。それが当然の反応だってよ」

 次郎長は思い出していた。

 少年・幸平登との初めての出会い。組に引き取ってから、若頭や古株の組員の付き人として切磋琢磨した毎日。時には抗争に駆り出され、拳銃片手に敵対勢力との戦闘も経験した。

 当然、その全てを次郎長は見守ってきた。だからこそ、次郎長は登からツナと同じモノ(・・・・・・・)を感じ取っていた。

「――だけどよ、おめーはオイラを慕い付いてきた。ヤクザという世間のはみ出し者として一生を終えることを受け入れる覚悟があった。大したモンだ。そして今回、この町で戦争を起こさねーように、チャカを抜かず被害を最小限に止めようとした。反撃の隙をつけるくらいに場数重ねているのにもだ」

 次郎長が病院に着いた際、彼は旧知の間柄である内野婦長から登のマカロフを渡された。

 安全装置は外れてはいたが、弾は一発も減ってなかったという。銃を抜いて照準を定めたが、引き金を引くのに躊躇っていたのだろうか。

 登は次郎長や勝男と違い、素手喧嘩(ステゴロ)はからっきしだが銃の腕前は確かなものだ。それなのに抵抗せず斬られたのは、もしかしたら発砲事件を起こせば住民の不安を煽り、並盛でヤクザとマフィアの全面戦争のきっかけになりかねないと判断したからではないか。

 争いを好まない登のことだ、自分の命を捨ててでも平穏を守りたいとでも思ったのだろう。

「バカだなァ、親より先にくたばりかけてどうすんでい。……でも強くなったな、登。俺の背中見て育っただけある。親分冥利に尽きるぜ」

 意識なく眠り続ける家族の頭を撫で、優しく手を握り締める。

 その姿は、彼が家族を愛している事実(こと)を知らしめるには十分過ぎた。

 そしてそれは、相手に対する報復の正当性を象徴してもいた。

「なあ登。どんな無様を晒しても、みっともなく血反吐ぶちまけて地を這っても、おめーはこの吉田辰巳の……この泥水次郎長の大事な家族だ。オイラがずっと面倒見てやる」

 ふと、次郎長は登の目から一筋の涙が流れていることに気づいた。

 生理的なものか、それとも……それを見極めることはできないが、次郎長は愛用の赤い襟巻に手を伸ばし、ハンカチのようにそっと涙を優しく拭う。

 我が子がやられて帰ってきて、何も思わない親などいない。

 次郎長は、もう止まらない。シマを荒らされ、ツナが危険に晒され、身内を傷つけられ……これ以上の我慢はできなくなった。したくなくなった(・・・・・・・・)

「ゆっくり休め、息子。……今回のカタをつけてやる」

 湧き上がる殺意と狂気を理性で強引に抑えつけるように、次郎長は静かな声を発して立ち上がった。

「……次郎長」

手始めに(・・・・)ヴァリアーってガキ共から()る。邪魔するんなら……タダじゃおかねェ」

 帽子を深く被るリボーンに釘を刺す。

 本来なら、仕事上リボーンは次郎長を実力行使をしてでも止めねばならない。ツナをボンゴレのボスにするための最大の障壁が、次郎長だからだ。

 だがリボーンはそれをしなかった。スクアーロの襲撃、家光との確執、そして今回登の一件……これ以上はリボーンも次郎長を牽制できなかった。

「……」

「向こうが()る気なら、こっちも()る気でいくしかあるめェ。連中とオイラとじゃあ覚悟が(ちげ)ェことを思い知らせてやるからよく見てろ」

 次郎長は一方的にそう言うと、廊下を出た。

 リボーン達は、立ちつくしたままだった。ヴァリアーの動きは早いとは読んでいたが、まさか登に手を掛けるとは思いもしなかったのだ。

 しかし、それも今となっては言い訳にしかならなくなった。

「やってくれたね。まさか本当に次郎長の子分に手を出すとは」

「お前は、ヒバリの……」

 そこへ現れたのは、雲雀尚弥。

 呆れて声も出ないのか、失望したような眼差しだ。

「……全く厄介事を起こしてくれたね。君達に責任を押し付けはしないけど、どう落とし前つける気なのかな?」

 尚弥の言葉に、リボーンは返答しない。

「正直な話、僕は君を始末したかった」

「えっ!?」

「……」

「ここ最近僕の耳に入る事件や騒動、調べたら君やその関係者ばかりだ。幸い、この町の住民はしぶとくて図太くて強かでしなやかだ。次郎長が目を光らせてることもあるから様子観察で済ませてた。それに君と接することで、恭弥が変わり始めた。いつも以上に生き生きするようになったから、ある程度の信頼を置いていたんだよこう見えて」

 尚弥は意識が戻らない登に目を配り、天井を仰ぐ。

 そう、認めてはいたのだ。

 どこか嬉しそうにリボーンのことを言う恭弥に、さらなる成長を見込んでいた。〝鬼雲雀〟の後継者である恭弥を、さらなる高みへと昇らせるための礎として信頼していたのだ。

 だからこそ、許せなかったのだ。今回ばかりは。

「降りかかる火の粉は元から絶つ。それが僕ら並盛男児だ。彼がこのまま不届き者達を抗争になる前に一人残らず潰してくれれば、こちらとしては都合がいいんだけど……」

「……奴を……次郎長を止める術はあるのか」

「自分の縄張りを荒らされるまでなら、僕ら風紀委員会も手が出せるからある程度は堪えてくれるよ。だけど身内が傷つけられたとなったら、話は別だ」

 雲雀尚弥は、沢田奈々を除いて(・・・・・・・・)並盛で一番次郎長という男を理解している。

 早くして家族を全て失い、誰一人味方のいない荒れた少年時代を過ごした次郎長。短くも辛く切ない「孤独」という地獄を見た彼は、自分はともかく家族や身内を傷つけられることを極端に嫌う。新入りだろうが古参だろうが、一度身内と決めれば死力を尽くして護るのが泥水次郎長である。

 家族想い・仲間想いの強者を怒らせることが、いかに恐ろしいことか。それを具現化しているのが次郎長なのだ。

「もはや何をしても無駄だよ。今更沢田家光が指を詰めたところで、怒り狂った次郎長が止まることはない。……もう誰にも止められない。この僕ですらね」

「……」

 

 ――彼らは〝最強の極道〟の逆鱗に触れたんだ。

 

 冷徹にそう告げる尚弥に、ツナは震え上がった。




さて、問題です。
登君を痛めつけた下手人は誰でしょう。ヒントは雷です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的59:〝報復〟の怪物

やっと更新です。
ついにリング戦が始まります。


 並盛のある住宅地。

 次郎長はどんなに鈍い人間でも逃げたくなる程に殺気立った状態で町をうろついていた。

(登がやられた以上、ヴァリアーはすでに町に潜伏している。あの騒音機みてーに昼間からやらかすとは思えねェ。見つけ次第血祭りに上げてやらねーと町が危ねェ)

 湧き上がる殺意と煮えたぎる憎悪を、理性でどうにか抑えつける。

 すると、次郎長の目の前に小さな影が三つ飛び出てきた。

「……あ! 親分さん!」

「おめーら……」

 それは沢田家の居候組――フゥ太とランボとイーピンだった。

「何やってんでい。こんな夜中に」

「それが……ツナ兄の友達と遊んでたらはぐれちゃって……」

「昼と夜の区別もつかねーのか、今時のガキゃ」

 次郎長は頭を掻いて深い溜め息を吐いた。

「あのなァ……今この町は物騒になってんでい。いつ抗争(ドンパチ)になるかわかりゃしねェ。流れ弾でも当たったらどうする? ツナと奈々が泣くぞ」

「ごめんなさい……」

「しゃーねェなァ……おじさんが家まで送ってやるよ。ここで目ェ離して何かあったら話にならねェ」

 いくらマフィア、それもボンゴレ関係者といえど子供なのは事実。

 困っている子供を放置するのは、どうも罪悪感がある。

「奈々も少しはキツく言ってほしいモンだぜ……っ!」

 次郎長はふと、背後の殺気に気づいた。

 人数は、三人。

「あっ、危ない!」

 フゥ太は叫んだ。

 次郎長の背後に、剣を持った黒ずくめの男達が迫ってきたのだ。このままでは次郎長が刺されてしまう。

 そう思った、次の瞬間!

 

 バキャキャアッ!

 

「「「!?」」」

 次郎長を振り向きざまに抜刀し、居合を炸裂。

 剣の刃を全て粉砕した。

「てめーらか、登に手ェ出したの」

 

 ドガァッ!!

 

 左手で一人目の顔面を掴み、地面にヒビが生じる程の勢いで叩きつけて一撃で沈める。そして二人目には強烈な膝蹴りで顎を穿ち、三人目には頭突きを放ちその衝撃で脳震盪を起こして卒倒させた。

「……カタギじゃねーたァいえ、ガキに手ェ出すバカがいるか」

 次郎長の圧倒的な強さに、フゥ太達はポカーンと口を開けた。

「……おめーら、今日はウチに泊まってけ。ここいらは溝鼠組の御膝元でい、屋敷も近い。奈々にはうまく伝えとく」

「え? でも……」

「防犯という面じゃウチが一番だ。行け、オイラァ後始末が残ってる(・・・・・・・・)

 その言葉に、フゥ太とイーピンはハッとなった。

 そう、まだ終わってはいないのだ。

 次郎長の心意を悟り、二人はランボを引っ張りながらその場を後にした。

「さて……残りはてめーだな」

 次郎長はそう言ってある家の屋根を見上げた。

 屋根の上には、強面の男が一筋の汗を流していた。おそらく先程の三人のリーダー格だろう。

「き、貴様っ……!!」

 殺意が込められた目に、強面の男は戦慄した。

 この男に近づくのは危険すぎると、本能がうるさく警鐘を鳴らし始める。

 人は、あんなにも狂暴な気を放てるのか。

「い、いいだろう……ここで殺す!!」

 完全に気圧された強面の男はどうにか堪え、背中に8本背負った電気傘(パラボラ)を手に取り飛ばした。

 彼が仕掛けようとしたのは、四方八方に飛ばした電気傘(パラボラ)から強烈な電撃を浴びせる〝レヴィ・ボルタ〟。あらゆる天候下で使用できる一撃必殺の技で次郎長を葬るのだ。

「死ね!! レヴィ・ボル――」

 

 ズドッ!

 

「がっ……!?」

 次郎長は一瞬で間合いを詰めてボディを殴りつけた。

 本来なら、レヴィ・ボルタを防ぐことは不可能だ。全周囲を死角なく囲んで電撃を浴びせるのだから、逃げることはまずできない。直撃を食らって死ぬのが関の山だ。しかし、いかに強力な技でも発動して相手に直撃するまでに攻撃を食らえば意味はない。次郎長は刹那の躊躇いもなく突っ込み、猛烈な拳打を叩き込んだのだ。

「登の分も含めて殴るから覚悟しろ」

 

 ズドドドドドッ!

 

「ぐわああああああ!!」

 次郎長は一切の慈悲も無く、強面の男を殴り続けた。

 フルスロットルの連打は標的を逃がさず、ボディや顔をズタズタにしていく。

 どんな装備も通じない。どんな武器も関係ない。次郎長の拳骨は直接潰しにかかるのだ。

 

 ゴッ! ゴシャアッ!

 

「ごぽっ……!!」

 地面を転がり、強面の男は血の泡を溢す。

 満身創痍の彼に、憎悪を剥き出しにした次郎長は無言で歩み寄る。

 今の次郎長はいかなる仁義も条理も通じない、仇敵を滅ぼすためなら自分を傷つけることも命を削ることも辞さない〝報復〟の怪物と化している。

 無限に湧き出る殺意を向けられ、命の危機を感じた。

(この男は危険すぎる!! 早くボスに……!!)

 苦悶しつつも立ち上がる。

 もはや戦う気は失せた。一刻も早く次郎長から逃げて、生き延びてボスに報告しなければならない。この化け物の暴走を止めねば、ボンゴレの全てを手に入れるボスの野望が潰える。

「……逃げるのか」

「!」

 地を這うような低い声に、肩を震わせた。

「そう心配すんな……てめーのボスも、あのクソジジイも、全員オイラが潰してやる」

「っ――!?」

 その言葉に、背筋が凍った。

 次郎長はボンゴレファミリーを滅ぼすと断言したのだ。

「てめーらの歴史と伝統は、この次郎長が殺す。だから安心して……くたばってろ」

 次郎長はそう言って、アスファルトにヒビが入る程の力で踵落としを見舞った。

 

 

           *

 

 

 十分後。

 フゥ太達を探しに夜の町を駆け回ったツナ達は、ヴァリアーの面々と邂逅を果たしていた。

「う゛お゛ぉい!!! また会ったなカス共、今度は全員三秒でおろしてやるぞぉ!!」

 スクアーロは挑発的な大声と共にツナ達を見下ろす。次郎長との一戦の傷が癒えきっていないのか、頬には湿布が貼られている。

 するとスクアーロを押しのけ、一人の男が姿を現した。

 XANXUS(ザンザス)だ。

「ひっ……!」

 圧倒的とも言うべき威圧感に、ツナは怯んだ。

 言葉として例えるなら、次郎長が「畏敬」とすればXANXUS(ザンザス)は「畏怖」だ。無法者ながらも尊敬される次郎長と違い、他者を平伏させる支配者として恐れられているように思えた。

「沢田綱吉……」

 XANXUS(ザンザス)はそう呟くと、掌から光を放ち始めた。

「まさかボス、いきなり、アレを……!!」

「俺達まで殺す気か!?」

「ヤベーぞ! 逃げろ!」

「ええ!?」

 XANXUS(ザンザス)がツナを攻撃しようとしたその時。

 

 グシャッ!

 

 縄でグルグル巻きにされた黒い塊が飛んで、地面に落ちた。

 その正体に、ヴァリアーは驚愕した。

「――レヴィ!?」

 強面の男――レヴィ・ア・タンだった。

 顔は腫れあがってボコボコで、血だらけで真っ赤だ。体は何かに引きずられた跡がくっきりと残り、皮が擦り剥け打撲が目立っている。意識などあるはずもない。

 レヴィは暗殺部隊の幹部格であり、実力も戦歴も人間離れした暗殺能力を誇る「ヴァリアー・クオリティ」に恥じぬ実力者だ。そんな彼ですら、何者かに手も足も出ず一方的に半殺しに遭ったのだ。拷問の後のような、変わり果てた同僚の姿がどれだけ異常で、どれだけ屈辱的な状況なのかが嫌でもわかる。

 

 ブロロロロ……

 

 どこからともなく聞こえてくる、一触即発の状況を切り裂く甲高い音。

 車ではない。オートバイだ。それも(ツー)ストロークエンジン――スクーターのエンジン音だ。フルスロットルで飛ばしてるのか、音がすぐ近くまで迫っていた。

「……!」

 ドリフトしながらスクーターを停めた第三者に、XANXUS(ザンザス)は目を見開いた。

 現れたのは、ノーヘルで刀を腰に差した着流し姿の男。この町、いや裏社会の人間ですらよく知る大物だった。

『次郎長!?』

 並盛の裏を牛耳る最強の無頼漢、泥水次郎長だった。

 銀髪に近い白髪は返り血を浴びて真っ赤に染まり、その目つきはいつになく鋭く冷たい。

 どうやら、次郎長と遭遇したレヴィは一方的に血祭りに上げられたようだ。

「次郎長、何でここにいる。それにアイツは……」

「奴らの忘れ物をついでに(・・・・)届けに来ただけだ」

 すると、次郎長の姿を視界に捉えたスクアーロが前に出て剣の切っ先を向けた。

 先日の次郎長との戦いで負けたことを、相当根に持っているようだ。

「てめェ、この前はやってくれたなァ……今度こそ三枚におろすぞォ!!」

 殺気を放ち、特攻するスクアーロ。

 すると次郎長は、斬りかかってきたスクアーロ目掛けて放り投げた。

 ――愛車のスクーターを。

 

 ドゴォッ!

 

「う゛お゛お゛お゛お゛っ!?」

 いきなり愛車をぶん投げるとは想像しなかったスクアーロは、バイクごと道路擁壁に激突した。余程の力で投げられたのか、スクアーロの全身が思いっ切り減り込んでいた。

 あれはさすがに効くだろう。減り込んだままピクリとも動かないスクアーロに、怒りや呆れを通り越して哀れみすら感じた。

「あ……あのバイクって、おじさんの愛車じゃ!」

「愛車一台破壊(パーに)しただけでお前らの命救えるなら安い犠牲だ。最近調子も悪かったし、買い替えようと思ってたしな」

 次郎長はそのままヴァリアーへと視線を向けた。

「好き勝手やってくれたな……そんなにこの町を荒らしたきゃあ、全員まとめてかかって来い」

 

 ゾクッ!

 

 XANXUS(ザンザス)の威圧感をかき消す程の凄まじい殺気が、次郎長から放たれた。常人ならば息を殺されたり、耐え切れずに嘔吐してしまいそうになる程に研ぎ澄まされたそれが、無差別に襲い掛かる。

「ボス以上の殺気……!?」

「くっ……!」

「マジでヤバくね……?」

 ヴァリアーの面々は、次郎長の殺気に一歩後退る。

 すると張り合うようにXANXUS(ザンザス)も殺気を飛ばした。

 強く濃厚な強者同士の威圧感がぶつかり合い、一同は空間が歪むような錯覚に陥った。

「――どうした、ボンゴレファミリー(・・・・・・・・・)? ビビッて動けねーか」

「……てめェ」

 ――四の五の言わずに全員来いよ。

 挑発を重ねる次郎長に、XANXUS(ザンザス)は怒りを滲ませた。彼はこの場にいるボンゴレファミリーの構成員全員を、ひと山いくらのザコ扱いしているのだ。XANXUS(ザンザス)も含めてだ。

 自分や家光を超える殺気を放つ次郎長に驚きはしたが、このまま引き下がるのはヴァリアーを率いるボスとして情けないことだ。

「お、おじさん……」

「ツナ、心配すんな。ボンゴレは全員一人残らず俺が叩き潰してやる」

「……そんなに死にてーなら、てめーからカッ消す」

「やってみろクソガキ。そこのカカシ共みたいに無様晒しても責任とれねーが」

 そう言うや否や、XANXUS(ザンザス)は再び掌から光を放ち始め、それに呼応するように次郎長は見上げながらも鯉口を切った。

 一触即発の状況。それを切り裂くように、仲裁は入った。

 

 ガッ!

 

「「!」」

 XANXUS(ザンザス)の前に、ツルハシが突き刺さった。

 ツルハシが飛んできた方向に目を向けると……。

「そこまでだ。ここからは俺が取り仕切らせてもらう」

 そこに現れたのは、家光だった。

 ただ、先日の次郎長との戦いの傷が完治してないのか、頭には包帯が何重にも巻かれている。

「家光……何だその様は」

「ん? これか? ……ちょっと色々あってな」

「何が色々でい。あんだけシバいてまだ懲りねーか」

 冷え切った目で家光を睨む次郎長。

 その言葉に、ヴァリアーの面々はザワついた。

「逃げてばかりの腰抜けが何の用だ」

「何を!」

「止せ、バジル。……XANXUS(ザンザス)、俺は逃げてたんじゃない。9代目からの回答を待っていたんだ」

 家光曰く、過激なヴァリアーのやり方と穏健派の9代目がそれを容認していることに疑問を持ち、異議申し立ての質問状を送っていたという。

 そしてその回答ととれる勅命が、今日届いたのだ。

 その内容は、こうだ。

 

 

 今まで自分は後継者に相応しいのは家光の息子である沢田綱吉だと考えてそのように仕向けてきた。

 だが最近死期が近いせいか私の直感は冴え渡り他により相応しい後継者を見つけるに至った。我が息子XANXUS(ザンザス)である。彼こそが真の10代目に相応しい。

 だがこの変更に不服な者もいるだろう。現に家光はXANXUS(ザンザス)へのリングの継承を拒んだ。

 私はファミリー同士の無益な内輪揉めによる抗争を望まない。

 そこで、皆が納得するボンゴレ公認の決闘をここに開始する。

 

 

「ツナ率いる並盛生とXANXUS(ザンザス)率いるヴァリアーの、同じ天候のリングを持つ者同士のガチンコバトルだ!」

「納得するわけねーだろ」

 

 ドガァッ!

 

「あだぁっ!?」

「親方様ァァァァァ!!」

 スクアーロと共に道路擁壁に減り込んでいたスクーターを引き抜き、家光にぶん投げた。

 まさかのスクーターに虚を突かれたのか、避けることもままならず顔面に直撃して家光は倒れ、バジルは悲鳴を上げた。

 ちなみにスクアーロの方はというと、顔面にタイヤの跡がくっきりと刻まれており、額や鼻、口から血を流して白目を剥いて気絶していた。

「うわあ……」

「アレは……っていうか、かなりの豪腕なのね」

 XANXUS(ザンザス)の部下である赤ん坊姿のマーモンとオカマのルッスーリアは、家光の不運ぶりに顔を引きつらせた。

 顔面に二輪車が飛び込むという攻撃はあまり食らいたくないモノだ。

「……まあ、これでツナの方が都合がいい(・・・・・)ってオイラの嫌な予感も当たったわけだ」

 次郎長は拳を強く握り締め、額に青筋を浮かべた。

「そこの暴れん坊のボンボンよりツナの方が裏で操りやすい。それにツナを裏社会に引きずり込みゃあ、その気になればオイラを手駒にすることも可能。あわよくばオイラの身内も巻き込んで人質にすれば思うがまま……って訳か」

 その言葉に、ツナはハッとなる。

 次郎長とツナの関係は、おそらくリボーンを通してボンゴレ側に伝わっているだろう。家光をも退ける次郎長の強さを、敵対勢力の排除などに利用したがるボンゴレの古株もいる可能性はかなり高い。次郎長をコントロールするには、彼と親しい間柄の人間の存在が必要と判断し、ツナを是が非でもボスにする……それも狙っているはずだ。いや、確実に狙ってるだろう。

「俺がボスになれば、おじさんはボンゴレの操り人形にされるってこと……? それじゃあ、人質ってまさか炎真達も……?」

「そもそも内部抗争の勃発とその原因を全く予測できないってこと自体がおかしな話でい。血筋って点なら家光が(・・・)ボスになれば(・・・・・・)解決するしな。本来カタギの子供をいきなり裏組織のボスに据え置こうとするなんざ狂気の沙汰だ」

 つまり、次郎長は9代目が黒幕だと断言しているのだ。

 証拠はないが、そう考えると辻褄があってくる。

「おそらくボンゴレ上層部の狙いは、後継者としてのツナと戦力的な手駒としてのオイラ。それ以外はどうなろうが知ったこっちゃねェ。たとえ後継者争いで誰が何人死んでも、ボンゴレという組織が存続できれば全て良し……雑だが考えられる裏事情はこんなトコか」

「次郎長! ツナに誤解を与えるな!」

 動揺を隠せないツナに、家光は次郎長を叱責した。

 しかし次郎長は「おめーにだけは言われたかねェ」と殺意を込めて切り返す。

「もういい。てめーらが俺をどうしようが勝手だ。裏社会の住人である以上、こういう事態(・・・・・・)はいつか来ると思ってた。だがツナ達にまで手ェ出すってんなら、容赦しねェ」

 次郎長がヴァリアーに対し殺意を向けた、その時。

 

 ――バァン!

 

 鳴り響く銃声。

 音がした方へ振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。

「京次郎……?」

 次郎長とは盃を酌み交わす中である隣町の極道・中村京次郎がいた。

「久しいな」

「京次郎、これは並盛(ウチ)の問題だ。お前は自分のシマを護る方に専念すべきだろ」

「この騒動の裏に絡んでいる奴に、心当たりがある」

 その言葉に、次郎長は目を見開いた。この騒動、すなわちリング争奪戦の裏で暗躍する人間がいるだけでなく、その正体についての情報を得ているというのだ。

 確固たる証拠はないだろうが、裏社会は噂話や未確認情報から真実を炙り出さねばならない弱肉強食の世界。耳を傾ける価値はあるだろう。

 ただ、次郎長は京次郎への(・・・・・)警戒も(・・・)怠らない(・・・・)が。

「付き合えるか」

「……わかった、行こう」

 次郎長は、この騒動の黒幕に繋がる糸を辿ることを優先した。

 その糸を辿り、黒幕を倒せば万事解決と判断したからだ。

「……事情はわかった。そのボンゴレ公認の決闘とやらは白紙だ。まずはあのクソジジイを呼んで来い、奴の言い分次第でこっちが決める」

「お待ちください。その提案は承諾できません」

 そこへ、ピンク色の長髪と褐色肌が特徴の黒い仮面を着けた女性二人組が次郎長の前に立った。

「……何だてめーら」

「我々は9代目直属のチェルベッロ機関の者です。今回のリング争奪戦では我々がジャッジを務めます。この争奪戦において、我々の決定は9代目の決定だと思ってください」

 9代目直属と聞き、次郎長はニィッと笑みを浮かべた。

「直属か……だったらジジイを呼ぶ手間が省けるな。こっちから出向いて血祭りに上げてやるから居場所教えろ」

「おじさん、()る気満々だーーーーっ!!」

 次郎長の剥き出しの殺意に、ツナは思わず絶叫。

 事実上の報復宣言に、チェルベッロは背筋が凍った。

「わ……我々は9代目に仕えてはいますが、それを教えることはできません」

「だったら水差すんじゃねェ。この町を戦場にするつもりか」

 静かに凄んできた次郎長に、チェルベッロは後退った。

 ただでさえ醸し出している雰囲気が恐ろしく剣呑なのに、近頃のマフィア関連の事件で色々と溜まっている次郎長。元来の鋭い目つきはボンゴレへの殺意でさらに鋭くなったことで、自らの身の危険を本能が感じ取ってしまう。

「……異議を認めねーのァお互い様でい。この町でやるんなら、この次郎長の(タマ)を取れたらの話だぜ。それでもやるんなら、こっちも考えがある」

「「っ……!」」

 

 ――せいぜいオイラよりも先にボロを出さねーよう、気をつけるこったな。

 

 地獄の底から響くような声で告げ、次郎長はその場を徒歩で後にした。




今回は京次郎が久しぶりに登場しましたが、実は……!
次回では、次郎長が7年ぶりにアイツと再会します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的60:7年の時を経て

久しぶりの更新ですね。


 ヴァリアーとの邂逅を終えた次郎長は、京次郎の後を追っていた。

(……)

 鋭い眼差しで京次郎の背を睨み、悟られぬよう鯉口をゆっくりと切る。

 どうもおかしい。いや、こいつは偽者だ(・・・・・・・)。京次郎の喋り方を、目の前のバカは知らねェ。

 次郎長は相手が敵であるという確信をもって、神速とも言うべき居合を放った。数々の危難を退けてきた、最強の次郎長を支えてきた白刃が彼の首へ肉迫し――

 

 ザシュッ

 

 首を刎ねた。

「身内の面でオイラ騙そうなんざ百年(はえ)ェ」

 一瞬の躊躇いもなく兇刃を振るったが、次郎長は警戒心を解かなかった。斬った感触でわかったのだ。目の前の偽京次郎は幻覚(ダミー)であり、本体は別にいると。

 その予想通り、次郎長の背後から京次郎……いや、京次郎に化けた偽者が大鎌を振るってきた。が、それを紙一重で躱し、すかさず距離を取って納刀し、二撃目をいつでも仕掛けられるよう居合の構えを取った。

「てめーが絡んでやがったか。ヌフフのナス太郎」

「……(デイモン)・スペードです。何度言えばわかるんですか。本名知っといてなお間違えるとか、絶対悪意あるでしょう」

「そりゃ敵だからな」

 静かな住宅街で、二人の男から放たれる〝圧〟がぶつかり合う。

 実に7年ぶりの再会。デイモンも次郎長も、7年前とは比べ物にならない力を得ている。

 一分の隙も見せない両者は、臨戦態勢のまま言葉を交わす。

「あんなクソガキたきつけやがって……オイラの首取りに来るのは結構だが周りの人間巻き込むんじゃねェ。おかげでカタギに迷惑かかった上に身内が一人大ケガ負っちまったじゃねーか」

「だから何だというのです。ボンゴレのさらなる繁栄の為に必要な犠牲だ、時には非情な手段を取らねばならない。それはあなたもわかってるでしょう?」

「その非情な手段をなるべくとらねーように働きかけろってんでい。俺達ゃ所詮()(かげ)(モン)だ。派手な背広を着て高級車乗り回すような奴にカタギの暮らしなんざこれっぽっちも思いやしねェ。必要な犠牲っつー言葉が出る時点でシメーだよ」

 次郎長の言葉に、デイモンは眉間にしわを寄せた。

 この男は、やはり癪に障る。力こそが全ての裏社会で、任侠道などと綺麗事を吹聴する男が生き残っていることが気に食わない。圧倒的な力を持ちながら、なぜその先を、己自身や組織の為に求めないのか。

 

 なぜ、王者が非力な少年とその母に忠義を貫く?

 

(……この男は、異常者だ。力とは正しい形で振るわれてこそ価値がある……それを承知の上であんな使い方(・・・・・・)をするとは、次郎長の思考回路は理解しがたい)

 一番異常な存在が何を言いやがる。

 次郎長が彼の心の声を聞けたのなら、そう言っているだろう。

「……で、わざわざボコられに来たか」

「そんな訳ないでしょう! 話をしにきただけです」

「話……?」

「ええ。私と手を組みませんか?」

 デイモンの突拍子もない言葉に、次郎長は虚を突かれた。

 が、それも一瞬の出来事。すぐさま警戒心を強め、睨みつけた。

「……てめェ、どういうつもりだ」

「そのままの意味ですよ。陰で観察してましたが、やはり沢田綱吉はプリーモの思想を継いでいる。あのような男がボンゴレのボスになってはならない」

 デイモンの野望は、ボンゴレのさらなる繁栄。

 ただでさえイタリア最大最強のマフィアなのに、これ以上大きくなってどうするのかという疑問は残るが、おそらくボンゴレという裏の世界の絶対的支配者による千年帝国でも作る気なのだろう。

 それを実現するには、穏健派、特に平和主義的思想の人間を徹底的に排除しなければならない。デイモンにとって一番ボンゴレから排除しなければならない存在が、ツナということなのだろう。

 ツナをボンゴレから護りたい次郎長と、ツナをボンゴレから排除したいデイモン。忌々しいことに、結果的にだが利害は一致している――建前としては。

(……(あめ)ェんだよ。そんな戯言に乗ると思ってやがる)

 次郎長は心の中でデイモンを嘲笑した。

 ランチアを刺客として自分を殺そうとした男だ、目的を果たせば始末するか一生奴隷にするかのどちらかしかない。そもそもボンゴレの上層部が戦力としての次郎長親分を手に入れたがっている可能性があるのだ、こいつがそれを考えないわけがない。それにデイモンの言う排除は大体が暗殺だ、ツナを殺すという意味合いの方が強いに決まっている。

 裏社会の住人としての腹の探り合いも板についた次郎長は、デイモンの本心を見据えていた。

「ヌフフ。互いに利があるとは思いませんか? 沢田綱吉を護りたいあなたなら、当然乗りますよね……返事は?」

「OK!!」

 

 ドゴォッ!!

 

「ヌヒィッ!?」

 次郎長は迷いなく股間を蹴り上げた。

 デイモンにとって、同じ相手からの金的攻撃は二度目である。

「ひ、卑怯者……!!」

「虫のいいこと言ってんじゃねェ、裏社会に卑怯って言葉が通じるかよ」

 次郎長は股間を押さえて蹲るデイモンの頭を踏みつける。

「真の件とランチアの件を許したわけじゃねーぞオイラ」

「シモンの件はあなたには関係ないでしょう!?」

「オイラにとっちゃあ盃交わしゃ誰であろうと身内でい。それ以前にカタギの人間をボスに据えようとするてめーらの意図が理解不能だよこちとら。てめーと組む理由も、組まなきゃならん理由もねェ。変態に魂売り渡すような柔な野郎じゃねーんでな。生き汚い老害はとっとと成仏しねーか」

 次郎長の容赦ない(こう)(げき)に、デイモン「老害……私が、老害……」と股間を押さえながら死んだ表情でボツボツと呟き続ける。散々な言われように泣きたくなってきた。

 そこへ、さらなる暴れん坊が。

「こんな夜中に何してるんだい」

「尚弥……!」

「!? ア、アラウディ……!?」

 偶然にも、次郎長とタメを張れる男と遭遇。

 デイモンはかつての仲間の生き写しのような着物姿の人間に、目を大きく見開いた。

「カタギのおめーが出る幕かよ」

「僕も君と同じこの町の守護者だ。並盛を外敵から護るのに理由はいるのかい?」

「……(ちげ)ェねェ」

「さて、そこのスイカ頭。君は何者かな」

「ス、スイカ頭……!」

 ヌフフのナス太郎という不名誉なあだ名の次は、スイカ頭。おそらく髪の毛の生え際のことだろう。

「てめーはスイカ呼ばわりか、あのヌフフのナス太郎」

「……確かにパッと見はナスだね」

「だろ?」

「あなた達……!!」

 ――この二人、殺してやる。

 デイモンは久しく湧き出なかった殺意をぶつけるが、並盛人外フレンズの二人は意にも介さない。

 それどころか、尚弥を煽ってしまった。

「今の殺気、いいね。可愛い恭弥のプレゼントにちょうどいいかな」

「――っ!!」

 底光りする、世に言う獲物を見る目。

 明らかに血の気が多そうな、猛獣のような獰猛さに満ちた笑み。

 デイモンは全身の毛穴が総毛立つ感覚に襲われ、自らの背中が汗で濡れたのを感じた。

(何で一般人がどう考えても歴戦のマフィアが出すような威圧感を出せるのですか!?)

 デイモンは大混乱していた。

 まさか目の前の着物姿で十手を携えた男が、この町で唯一次郎長と互角の猛者など、夢にも思わないだろう。

「次郎長、彼は僕が貰うよ。久しくスイカ割りをしてないから、恭弥も喜ぶ」

「おい、それどう考えてもアイツの頭叩き割るようにしか聞こえねーぞ。願ったり叶ったりだけどよ」

 ジャキッと音を立て、十手を構える尚弥。

 デイモンは嫌な予感がしたのか、その場から逃走しようと己の体に鞭を打った。

(何なんですかあの二人は!!)

 デイモンは逃走を恥じず、「小さな勝ち」など微塵もこだわらない。

 だが、今はそれ以前の話だ。ボンゴレの未来ではなく自分の未来が(・・・・・・)脅かされている(・・・・・・・)。マフィアが民間人に怯えるなどデイモン自身としても絶対にあってはならない事態なのだが、残念なことに目の前の雲雀尚弥(みんかんじん)は並盛の王者・泥水次郎長と互角の力を有する猛者。逃げる方が賢明である。

 が、相手は最凶の風紀委員長・雲雀恭弥の実の父。息子以上の凶暴性と能力を秘めていることなど知るはずもない。

「逃がさないよ」

 その言葉と共に、尚弥の十手の先端が飛び出てデイモンの首に巻き付いた。

 尚弥の十手は仕込み十手であり、棒身中に分銅鎖が搭載されている。暗器の扱いにも秀でた尚弥は、分銅鎖による命中精度の高い捕縛術も心得ているのだ。

(う、動けぬ!?)

 首を絞められて苦しみもがくデイモン。

 必死に首に巻き付いた鎖を解こうとしている間に、尚弥は満面の笑みを浮かべ発勁による掌底攻撃を鳩尾に見舞った。

「がっ!」

「まだだよ」

 攻撃の雨は止まない。

 膝蹴りで腹を突き、続けて顎を穿ち、十手の柄で額を叩く。刀と鞘の二刀流も含めた喧嘩殺法の次郎長とは違うベクトルの強さ――中国武術と十手術を併用した戦闘術に、デイモンは不意を突かれた分成す術も無い。

 あまりにも一方的な暴力に、次郎長は思わず同情するような視線を送った。

「お、おのれ……!!」

 デイモンはどうにか鎖を解いた。

 瞬時に体勢を整えて、懐から三枚のトランプカードを取り出し投げつけた。それは刃のように鋭く、尚弥の首に迫るが、彼はまるで予想通りと言わんばかりの落ち着きぶり。十手の鎖分銅を回収して元の状態に戻し、目にも止まらぬ早さで弾いた。

「っ……!」

「悪足掻きはもう終わりかな? さて、どう料理しようか……原型は留めないとね」

 舌なめずりしながら殺気を飛ばす尚弥に見つめられ、デイモンは頭の中でプツリと何かが切れる音がした。

「~~~~っ!!」

 言葉にならない悲鳴を上げ、デイモンは考えるよりも早く真っ黒な炎を生み出した。

「覚えてなさい次郎長!!! アラウディもどき!!!」

 そんな捨て台詞を吐き、デイモンは炎の中へと飛び込んだ。

 逃がすものかと追撃しようと尚弥は肉迫するが、あと一歩というところで炎は消滅してしまった。

「逃げられちゃったな」

「仕方あるめェ、逃げ足だけは(いっ)(ちょ)(めェ)なんでい」

 構えを解いた次郎長は、煙管を取り出して吹かし始める。

「あんな変態に目を付けられるとは、ご苦労なことだね」

「とっとと縁切りてートコなんだが、身内の身の安全を考慮するとな……そういうおめーも恭弥の生け贄にしようたァ中々の趣味じゃねーの」

「スイカは割ってナンボだろう?」

「残念だが、中身(・・)は期待しねー方がいい」

 スイカ頭が消えた夜に、二人の修羅が言葉を交わしていると……。

「お~い! 辰の字!」

「! じいさん」

 そこへ駆けつけたのは、髭を蓄え作業着に身を包んだ壮年の男性。

 唐揚げ屋の屋台で有名な頑固親父――室武こと平賀源外だ。

「ちょいと来てくれ。おめーさんもだ鬼の字」

「……いつの間にそう呼ぶようになった? じいさん」

「こっちの方が呼びやすいんだよ。てめーにとやかく言われたくねェ、早く来い。何かバイオハザードのネメシスみてーなのが来て困ってんだ」

 ――何でそんなのいるんだよ。

 二人は顔を見合わせると、ひとまず付いていくことにした。




次回からリング争奪戦開催です。
おそらく並盛中デスマッチになるかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的61:決闘を潰さんとする者

7月最後にどうにか更新できました!


 次郎長と尚弥が訪れたのは、源外の工場。

 花火から屋台まで、町の伝統を背負う頑固親父の仕事場は初めてだ。

「それで、本命は?」

「このデカブツよ」

 源外が指差す先にあるのは、胴体部分が深く斬り裂かれたロボット。

 配線もイカレたのか、ピクリとも動かない。修復は不可能だったようだ。

(……あん時のロボか)

 次郎長は目を細めた。イタリアから来た不届き者共……ヴァリアーの中に一際目立った巨躯の幹部と瓜二つだったのだ。

 家光の野郎(バカ)がボンゴレ公認の決闘を行うと言っていたのだから、相手側の数合わせなのだろう――次郎長はそう判断し、心の内で嘲笑った。

「コイツは〝モスカ〟だ」

「「モスカ?」」

「旧イタリア軍が開発した有人の人型軍事兵器よ。第二次大戦後に研究資料がマフィアに売り捌かれちまったって話を昔聞いたことがある。まァ、まさか本当に存在するたァ驚いたがな」

「メタルギア的な?」

「あっちと比べるとカッチョ(わり)ィが、性能は侮れねーよ」

 このモスカと言う兵器は文字通り全身が武器で、ミサイルやマシンガンだけでなく近未来的武器である圧縮粒子砲をも搭載しているのだ。戦車や戦闘機と比べればはるかに小型で、しかも搭載している兵器は戦略爆撃に匹敵する。

 戦争の歴史において、兵器の小型化は日々研究されていた。命中精度や威力、安全性は当然であるが、小型化あるいは軽量化による運搬性や可搬性の飛躍的向上は物量作戦で重要視されるのだ。

 この兵器(モスカ)が第二次世界大戦の最中に完成していたら、歴史は変わっていただろう。

「軍事国家なら喉から手が出るほど欲しがるエライ代物だ。シャバだろうが裏社会だろうが、勢力争いに大きく影響を与えるだろうよ。ただなァ……」

「?」

「……動力源だけはどうもわからねーのよ。有人である以上は乗って操縦することは間違いねェ。操縦方法も何となくわかるが、どうやって動かすんだか……」

 この驚異の兵器のおかしな点は、動力源だ。

 これ程の兵器と鈍重な機体を動かすのだ。かなりのエネルギーを必要とするはずなのは、こういう分野に疎い次郎長や尚弥でも明白だ。

 源外曰く、見た目からしてロボットなのは確定だが、電気やガソリンでは到底動かせる代物とは思えず、原子力など論外だと言う。

(……そうとなりゃあ、あと思いつくのは〝死ぬ気の炎〟ぐれーだが……)

「ふぅん……一体誰が持ってきたんだい? あなた一人では無理だろう」

「次郎長、おめーんトコの嬢ちゃんが持ってきたんだよ」

「ピラ子が?」

 それは、数時間程前のやり取りだった。

 

 ――クソジジイ~、面白いゴミがあったからタダであげるね~。

 ――おめーこんなデケェ鉄屑持ってくんな!

 

「……ちょっと親子会議してくるわ」

「おめーしつこく食い下がると嫌われんぞ」

「うるせェ」

 次郎長は頭を抱えて帰宅した。

 そんな彼と入れ替わるように、学ランをなびかせて恭弥が姿を現した。

「恭弥……?」

「〝鬼雲雀〟の倅か」

「ちょっといいかな、父さん」

 

 

 溝鼠組の屋敷にて。

「……ピラ子、おめー今どういう状況かわかってんだろうなァ」

「もちのろんですぜ、オジキ~」

「何がもちのろんだ。この町はかなり不穏なんでい。おめーの身に何かあっちゃ困るんだよ。ちなみに若頭補佐だから心配ご無用とかいう言い訳はなしだぜ」

「うっ……」

 ピラ子は顔を引きつらせる。

 だが次郎長としては今すぐにでも叩き潰したいのが本音。家光もヴァリアーも叩き潰し、あわよくば9代目に倍返しで(・・・・)落とし前をつけさせねば気が済まない。

 が、残念ながら先程遭遇したスイカ頭のナスのせいで、おいそれと手が出せなくなった。ヴァリアー以外に警戒しなければならない相手、(デイモン)・スペードの方が厄介だからだ。ゆえに下手に動けば足を掬われかねず、否が応でも慎重に動かねばならない必要があった。

「……で、本当のところはどうなんだ。親分に黙っておいた方がいいような勝手か?」

「っ……やっぱりオジキは鋭いですね」

「子分の隠し事一つも見抜けねーような間抜けに成り下がった覚えがねーんでな」

 次郎長の眼差しに、観念したかのようにピラ子は言葉を紡ぐ。

「オジキ、連中の今の居場所がわかりました」

「!」

 ピラ子はスクアーロの例の事件以降、並盛近辺や都内のあらゆる宿泊地に根回しをしていた。

 溝鼠組の名が利くのは並盛だけではない。最強の極道として日本の裏社会で恐れられる次郎長の組ともなれば、縄張りの外でも影響を及ぼす。ピラ子は一家のシノギの一部を情報屋である地雷亜と月詠に渡し、情報網を駆使して日本でのヴァリアーの居場所の特定に成功したのだ。その場所は都内のホテルだと言う。

「潰すのは並盛の中でだ。それに日陰者である以上、カタギへの手出しは御法度だぞ」

「当然。私が気になるのは、イタリアの方ですよう。今ボンゴレ内部で何が起こってるのかを知るには、わざわざ海外(そと)に出るより懐からドサマギに盗むのが合理的です。居場所を特定できたんです、あとはオジキもわかってるんじゃないんですかァ?」

「……お膳立てはすでに完了ってか」

 クク、と次郎長は口角を上げた。

 彼らが確実に留守になるのは、並盛に来た時。その隙に溝鼠組の面々がホテルに忍び込んで工作活動を行い、情報を盗み取ってこのフザけた決闘を終わらせる。

 ホテルに向かう面々は後で決めてもいいが、問題は餌の役を誰がするかだ。次郎長は一家で唯一ヴァリアーを全員返り討ちにできる可能性を秘めた実力者なだけに、王としての矜持もあって町外に出るわけにはいかない。

 しかし、子分達を総動員するだけでは心許ない。彼らの腕っ節と度胸を信じていないという訳ではないが、一家総出の武力抗争は初めてな上に相手がマフィア。殺し合いは一対一(サシ)で来る程のヒーロー気取りではないので、もう少し兵力が欲しいところだ。

「そうとなりゃ……声かけに行くしかあるめェ」

「オジキ、お出かけですか~?」

「ちょいとぶらりとな。それと骸達にウチに来るよう伝えておけ。大事な話があるってな」

 次郎長は立ち上がり、刀を腰に差した。

 

 

           *

 

 

 翌日。

「……妙だゾ」

「え?」

 ヴァリアーとの決闘で生き残るべく、修行を重ねるツナ。

 その休憩時間中、リボーンが怪訝な表情でそう呟いたのだ。

「どうしたんだよ、リボーン……」

「静かすぎる。家光とヴァリアーに手を出して警告しながら、あれ以来目立った動きがねェ」

「次郎長親分が?」

 バジルも食いつく。

 ヴァリアーと対峙した際、次郎長は凄まじい程の殺気を飛ばして威嚇して「ボンゴレは全員一人残らず俺が叩き潰してやる」と豪語した。しかしそれ以降鳴りを潜めており、あのボンゴレ絶対潰すマンな次郎長にしては奇妙なのだ。

「それだけじゃねェ、アイツと縁がある骸がやけに協力的なんだが……」

 隣町の黒曜で暮らす骸一派は、次郎長の息がかかっている。厳密に言えば次郎長が昔のよしみで無償で個人的に支援しているわけだが、マフィアへの憎しみが強い彼らが次郎長に対しては別人のように友好的である。

 そんな彼らに家光がツナの守護者になるよう要請したら、これといった条件を付けることもなく了承した。何の見返り(・・・・・)も求めずに(・・・・・)、だ。

 家光は満足気だが、リボーンは妙な胸騒ぎがして仕方なかった。というのも、同時刻にディーノが恭弥に声を掛けたところ、「父の許可も下りてる」と言って了承した。

(――何かおかしい。人に従うような男じゃねーと判断してたが、何でこうも容易く首を縦に振った?) 

 正直な話、リボーンは次郎長が陰で暗躍しているのではないかと疑っている。

 次郎長はXANXUS(ザンザス)のような冷酷漢ではないが、町や身内を護るためなら時には無慈悲な報復措置を取る。それはたとえ相手が自分の組よりも上回る存在でも、カタギでなければ一切容赦しない。

 しかし武力抗争となれば、いくら最強の次郎長でもタダでは済まない。それも縄張り内の被害が。それは彼自身も不本意なので、慎重にならざるを得ないだろう。

(……次郎長の奴、まさかな……)

 

 

 その夜、並盛中央病院。

「…………ん……?」

 ベッドの上でゆっくりと目を覚ます一人の青年。

 意識不明の重体だった登だ。レヴィの襲撃に遭っておよそ一週間、ようやく起きたのだ。

「……病院……」

「登! 目ェ覚めたんかワレェ!!」

「!? ……勝男、兄さん……」

 口をあんぐりと開けて見つめるのは、若頭の勝男。

 見舞いに来たところ、偶然彼が起きたのを目撃したのだ。

「こうなっちゃおれん! オジキにはよ連絡せんと……ってああ! 何でこういう時に携帯置いてきたんや!!」

 一刻も早く朗報を伝えようとしたが、こういう時に限って忘れ物をするのが人間。

 勝男は頭を抱えた。

「……ごめんなさい……!」

「……何を謝っとるんじゃ」

 まだ体が痛むため自由に動かせない登は、涙をポロポロと流した。

 敬愛する次郎長にどれ程心配をかけ、どれ程悲しませたか。あの時発砲していれば、こうはならなかったのではないか。

 登はそう思えて仕方なかったのだ。

「僕……オジキさんの子分として未熟ですよね……自分の身もろくに護れやしない……!!」

「そうやって自分を卑下すると、オジキ怒るで」

「……え?」

「お前はこの町で戦争を起こさんように、チャカを抜かなかったんやろ?」

 勝男はフッと笑みを浮かべた。

「お前が眠りこけてた時、オジキが見舞いに来てたで」

「オジキ、さんが……」

「帰ってきてから、わしらにこう言ったんや……「登は強くなった」ってな。親より先にくたばりかけてたことは呆れとったが」

 登は涙が止まらなかった。

 次郎長は登の覚悟を、命懸けで平穏を守ろうとした捨て身の行動を受け止めてくれたのだ。

「……登、もう無茶すんなや。お前はオジキと違うんや、みっともなくてもええから助けを求めりゃいい」

「何気にオジキさんを化け物扱いしてません……?」

「ここだけの話やで?」

 人差し指を口に当てる勝男に、登は微笑んだ。

 それは、ほんの一時だけだが、次郎長一家に日常が戻り始めた瞬間だった。

(問題なのは、ボンゴレ連中やな……)

 

 

 同時刻、並盛中学校の校舎脇。

 そこでは、男達が慌てた様子で動いていた。

《どうしましたか?》

「た、大変な事に……「日輪のコロシアム」が何者かに破壊され使用不能です!」

《!?》

 電話の相手――チェルベッロ機関は言葉を失った。

 というのも、明日の夜はリング争奪戦の第1回戦「晴のリング戦」を行うため、準備に取り掛かっていたのだ。その舞台である鉄檻のように囲われた特設リング「日輪のコロシアム」は、周囲のロープが電熱によって熱せられる鉄線で、あまりの眩しさでサングラスを使用しなければ視界を確保できない程の擬似太陽も動くため、前日に試運転をしようとしていた。

 その矢先に、特設リングごと資材が何者かに破壊されるという緊急事態が発生。

《リングはどんな状況に?》

「もう何もかもズタズタで修復不可能です!! まるで巨大な刃物にでも斬られたような……えっ?」

 男は後ろから近づく気配を感じ取り、ゆっくりと振り返った。

 そして目を大きく見開いた。

 なぜなら、リングを破壊した下手人が姿を現したからだ。しかも――

「お、お前は、まさか……!!」

 

 ザシュッ! ドッ!

 

「だから言ったろ……それでもやるんなら、こっちも考えがあるってよう」

 男を斬り捨て携帯電話を刀で貫き破壊する下手人。

 その正体は、氷のように冷たい眼差しをした次郎長だった……。




ここからボンゴレ及びチェルベッロ機関に対し、次郎長が素敵な嫌がらせを始めます。(笑)
感想・評価、お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的62:溝鼠組最凶(・・)の女

8月ギリギリでやっと更新です。
お待たせしました。


 翌日の夜、並盛中学校にて。

「第1回戦は無効ですって!?」

 ヴァリアーに属するルッスーリアは、声を荒げた。

 というのも、ボンゴレ公認の決闘「リング争奪戦」の第一戦が、フィールドが破損して使えなくなったというまさかの理由のため中止にせざるを得なくなったのだ。第一戦の準備をしていたものは何者(・・)かの(・・)襲撃(・・)によって全滅し、現在は廃院となったクリニックで集中治療を受けているという。

 XANXUS(ボス)への忠誠心が厚いルッスーリアにとって、活躍の場を失うのは受け入れられないことだ。対する了平は「そういう場合もある」と戦う気満々でありながら割り切っており、妹を心配させずに済むと本音を漏らした。

「……よかった……」

 ツナはホッと安堵する。

 なぜこのような事態が起こったかはともかく、仲間が傷つき苦しむ姿を見ずに済んだのだ。

 争いを好まないツナにとって、これ程嬉しいことは無い。

「その為、第1回戦の晴のリング戦を取りやめ、本来は第2回戦から始めさせていただきます」

「え!? やっぱりやるの!?」

「第2回戦目……あいつら、今日が雷雨だと知って判断したな」

 仕切り直す形で行われたのは、屋上で行われる「雷のリング戦」。

 エレットゥリコサーキットと称される戦闘エリアで、7本の避雷針の他に地面には電気をよく通す特殊な導体(ワイヤー)が無数に張り巡らされている。その導体(ワイヤー)は避雷針に落ちた電流が何倍にも増幅されかけ巡る仕組みであり、ざっくり言えば立っているだけで焼け焦げになるというわけだ。

 しかもヴァリアー側は次郎長にフルボッコにされたとはいえ、歴戦の暗殺者。それに対するツナ側はヒットマンと言えど5歳の男の子。一般論としては勝負にならないはずである。それでも試合――正しくは殺し合い――をするというのだから、頭のネジが跳んでるのではと疑いたくなる。

「……」

「ツナ?」

「ランボ、嫌なら行かなくていいんだぞ」

 ツナはしゃがみ込み、真剣な表情でランボを見据えた。

「父さんがどんなつもりで決めたか知らないけど……棄権したっていいんだ。男だからって逃げちゃいけないってわけじゃない。生きてナンボなんだぞ」

「……っ!」

 ふと、リボーンは目を見開いた。

 見た目も性格もまるっきり違うのに、ほんの一瞬だけ、ツナが次郎長と重なって見えたのだ。

「いざとなったらオレ達が割って入っから」

「ご心配にはおよびません! 10代目!!」

 山本と獄寺の言葉に、ツナは顔を明るくする。

 しかし審判のチェルベッロは、それを認めなかった。

「いけません。そのような行為は失格とし、阻止します」

「そして助けようとした者と助けられた者……二人分のリングが相手の物となりますよ」

 チェルベッロの言葉に、獄寺は腹が立ったのか睨みつけた。

(おじさんだったら、迷わず助けに行くだろうな……)

 ツナは沢田家を見守り続けた次郎長の姿を思い出す。

 物心がつく前から、ツナはあの男の背中を見た。実父ではないが、父親同然だった実母(なな)の同級生を。

 彼がこの場にいれば、迷わず助けに入るだろう。自分が傷ついてでも、それこそ死にかけてでも。だが、それは圧倒的な強さと揺るがぬ覚悟の持ち主だから成し得ることであり、ツナは自分にはできないことだと考えていた。

「では、雷の守護者は中央へ」

 その声と共に、レヴィは一瞬でフィールドに立ち、ランボはトタトタと元気よく走り出す。

 二人がフィールドに立ったことを目視したチェルベッロは、二人が持つ雷のハーフボンゴレリングを査定。本物であることを確認し、開始を宣言した。

「それでは雷のリング、レヴィ・ア・タンVS.ランボ。勝負開始!」

 

 

 同時刻。

 並盛中央病院の一室で、次郎長は登の見舞いに来ていた。

「登、どうでい? まだ痛むかい?」

「婦長さんのおかげで大分楽です……体も少し動けるようになってます」

 明るい笑顔を見せた登に、見事な包丁捌きでリンゴの皮をむく次郎長は安堵の笑みを浮かべた。

 目覚めてからも多少なり傷痕が痛むが、婦長の看病によって順調に回復してきている。今では起き上がって談笑できる程になっており、病院側からは早ければ2週間以内には退院できるという。

「登……」

 ふと、リンゴの皮むきを終え、次郎長はふわりと優しく登を抱きしめた。

「オ、オジキさん……?」

「生きててよかった……っ」

 その小さな声に、登は泣きそうになった。

 いつもの次郎長は、ヤクザの親分としての堂々たる佇まいを忘れない男。腕の立つ子分達をまとめあげる町の「裏の顔」で、最強の極道として己の弱みや隙を見せない若き組長だ。しかし今の次郎長はヤクザの親分というより、家族を失うことを恐れる「吉田辰巳」という一人の人間だった。

 血の繋がりは無くとも、どんなに出来が悪くとも、盃を交わした子は決して見捨てない。それを言葉にせず態度で示す次郎長に、登は「自分はこの人に愛されてる」と改めて自覚した。

「……あの、オジキさん」

「あ?」

「何か……血の臭いが……」

「! ――おお、(わり)(わり)ィ」

 鼻を突き刺すような血の臭いに、登は顔を顰めた。

「ま、まさか……抗争でも?」

「ボンゴレがオイラの並盛(シマ)で後継者争いすることになった」

「ハァッ!?」

 登は目を大きく見開かせ、思わず大声で叫んだ。

「……登、個室だからってここは病院だぞ」

「あ、すいません……じゃなくて!! え!? 何がどうなればそうなったんですか!?」

 頭が混乱し、何から訊けばいいかわからなくなる。

 すると、次郎長は登が倒れてから並盛で何が起こったかを話した。

 ボンゴレ現当主の息子たるXANXUS(ザンザス)率いるヴァリアーの襲来、勝手に開幕宣言したボンゴレ公認――ただし次郎長非公認――の決闘、7年ぶりに再会したヌフフのナス太郎(デイモン・スペード)……あまりにも情報量が多すぎた。

 要するに並盛で戦争が起ころうとしている――登はそう結論づけた。

「……で、どうするつもりですか?」

「水面下で町中の猛者達と連携を取り、連中を町へ閉じ込める。完全封鎖を終え次第、全戦力で叩き潰す手筈だ」

「それ抗争と言うより、一方的な蹂躙ですよね……?」

「そうだ。要するに溝鼠組と風紀委員会主導の包囲殲滅戦を仕掛けるってこった。奈々には(わり)ィが、家光には登と同じ目に遭った上で落とし前をつけさせる」

「半殺しにしてからのケジメ、ですか……」

 うわぁ、と顔を引きつらせる登。

 これも仕方ないことだ。ボンゴレは次郎長の逆鱗に触れたのだ。

「今まではイザコザ程度だったから忠告や脅しで済ませたが、今回はガチだ。全てが終わるまで手打ちの申し出は全部断るようにと通達したしな」

「そ、そうですか……何か、自分が知らない間でとんでもない事態になっているようで……」

 次郎長の発言に、登は震え上がった。

 抗争が終わるまで和解の話し合いに応じないということは、ボンゴレとの武力衝突が確定しているということだ。事態を重く見た、というより堪忍袋の緒が切れた次郎長の決断は、組員総出で反対しても覆ることは無い。それどころか今回は幹部格や古参の組員ですら怒りを露わにしたため、ボンゴレとの戦争は時間の問題である。

「オイラは人情派だが、今回はバリバリの武闘派で通す。この泥水次郎長をコケにしたことがどういう意味かを教えてやらねーとなァ……」

 次郎長から放たれる、威厳すら感じ取れる迫力に登は心の中で合掌した。

 無論、ボンゴレに対してである。

 

 

           *

 

 

 雷のリング戦は、急変していた。

 当初こそランボはレヴィに圧倒されていたが、10年バズーカの連発で逆転。あと一歩のところまで追い詰めたが、その時に効果が切れてしまったのだ。

 元に戻ったランボは電撃を食らって倒れ、レヴィの非情な猛追を受けていた。

「消えろ! 小僧!」

 まるで嫉妬に狂っているかのように、しつこくランボを踏みつける。

 小さな体からは血が滲み、踏みつけられる度に血飛沫が飛ぶ。

「ランボ!!」

 ツナは顔を青くして立ち上がり、走り出す。

 が、リボーンに引き止められた。

「手を出せば失格になるゾ」

「でも!!」

 その時だった。

 

 ドカッ

 

『!?』

「そこまで~!!」

 ランボの息の根を止めようとしたレヴィの前に、短刀(ドス)が突き刺さる。それと共に、あまりにも場違いな軽い調子の声が響く。

 声がした方向に一同は振り向くと、そこに立っているのは、日本刀を腰に差した可憐な少女だった。

「ピラ子さんっ!」

「ツナく~ん! 首の皮まだつながってますか~?」

 両手を振るのは、溝鼠組最凶(・・)であるピラ子。

 意外な乱入者に、ざわつきが広がる。

「リボーン、彼女はまさか……」

「次郎長の義理の娘だ。オレには到底及ばねーが、手強い方だゾ」

 リボーンの言葉に家光が息を呑む中、ピラ子はランボの前に移動し「ランボ君、死んでる~?」と声を掛ける。

 戦場に現れた華に見惚れていたレヴィは、ハッとする。

「何と麗しい……ではない! 貴様、なぜ邪魔をする!」

「そんなの決まってるじゃないですか。生命保険も掛けてない人間、勝手に殺そうとしないでくださいよう。まあ、ツナ君は無条件で助けますけど」

「えーーーーーーっ!?」

 裏を返せば、ツナ以外は生命保険掛けてさえいればどうなってもいいという意味である。

 まさかの言い分に、ツナ達はおろか家光やヴァリアー側も唖然とし、チェルベッロ機関もポカンと口を開けている。なお、唯一笑っているのはリボーンだけである。

「そういう訳なので、この戦いは中止ですよ~!」

「それを認めると――」

 

 ギィン!!

 

「ぐっ……」

「話し合いは一対一(サシ)でも、殺し合いに一対一(サシ)で行く程ヒーロー気取りじゃないですよ」

 ピラ子の一太刀を受け止めるレヴィだが、その顔には冷や汗が。

 笑顔で肌を突き刺すような殺気を放つピラ子に、一瞬怯んだのだ。

「……あ、アレ邪魔(・・)なんで斬っちゃいますね~♪」

 そう言うや否や、ピラ子は跳躍して7本ある避雷針を次々に斬り倒した。

「おおっ! 何と!」

 華奢で可憐ながらも、怪物・次郎長を彷彿させる剣腕。

 レヴィは舌を巻いた。

「はい、じゃあ今日のところはこれでお開きで――」

「お待ちください。その提案は承諾できません」

 ピラ子は終了を勝手に宣言しようとしたが、チェルベッロが待ったをかけた。

「オジキの言っていたクソジジイの嗜好全開の審判とやらですね? ボンゴレファミリーの9代目はいい趣味してますねェ」

「クソジジイの嗜好……ハハハハ!! そいつは傑作だ!!」

 ピラコの毒舌が気に入ったのか、XANXUS(ザンザス)は高笑いする。他のヴァリアーの面々もそれに釣られ、笑いを堪えた。

 一方の家光とバジルは、可憐な少女が平然と9代目を罵倒したことに胆力を認めるべきか口を慎むよう忠告すべきか戸惑った。ツナ達やリボーンも何とも言えない表情を浮かべるしかない。彼女らの詳細を確かめる術が今のところないのだから。

「敵と言えど、仁義は切っておきましょうか」

 ピラコはそう言うと体を斜めに構え、頭を少し下げて右手を前に出した。

「お初にお目にかかります。あっし、大侠客の泥水次郎長が義嬢・椿平子。人呼んで〝人斬りピラ子〟と申します」

「人斬りだとぉ!? あのもっさり女、鉄砲玉だったのかよ!!」

 仁義を切ったピラ子が極道の鉄砲玉だったことを知り、スクアーロは唖然とする。

「失礼ながら、お手前は?」

「わ……我々はチェルベッロ機関です」

(ピラ子さん、失礼も何もないんじゃないかな……)

 相手のことを「クソジジイの嗜好全開の審判」と言い放った時点で失礼だとツナは思っていた。

「それで、承諾できないとは?」

「この争奪戦において我々の決定は9代目の決定だと思ってください。我々は9代目に仕えているのであり、あなたの力が及ぶ存在ではない」

「それ、そっくりそのままお返ししますね~。私は極道です。あなた達の言うことを聞く義理は無いし、あなた達に都合のいい耳じゃないですから」

 ピラ子は冷たい視線を送る。

 彼女は溝鼠組の人間であり、組長である次郎長に仕えている。ゆえにボンゴレの強大な権力など何の効果も無いし、ツナ達と関わりはあれど9代目や家光の権限に従うわけもない。

 自称(・・)9代目直属であるチェルベッロ機関の決定が9代目の決定と同等であっても、業界の違う老獪の言葉に従うわけなどあるはずもなかった。

「我ら溝鼠組一門は沢田綱吉の味方です。どんなに大金を積まれても、どんな圧力を掛けて来ようとも、この事実は覆らない。まあツナ君がなりたがるわけがないですけど。ね、ツナ君?」

 ピラ子に問われると、ツナは強く言った。

「いくら大事だって言われても、ボンゴレリングだとか次期ボスの座だとか、そんなものの為に俺は戦えない!! でも友達が、仲間が傷つくのは嫌だ!!!」

 ツナの確固たる意思に、リボーンはほくそ笑みピラ子は拍手した。

「ほざくな」

 不機嫌そうな低い声。それと同時に、突然ツナが何か大きな力によって吹き飛んだ。

 しかし、吹き飛んだツナの体を受け止めた男が。

「待たせてすまねーな、邪魔者の登場でい」

「じ、次郎長!!」

 吹き飛んだツナを受け止めたのは、いつの間にか推参した次郎長だった。

「お、おじさん……!」

「ツナ、今の啖呵よかったぜ。身内を失いたかねーのァオイラも同じだ」

 ニッと笑みを浮かべ、ツナを優しく下ろす。

 そして次郎長はピラ子に目を配ると、「そいつを頼む」とランボの手当てを任せた。

「……家光、おめー自分(てめー)息子(ガキ)手ェ出されて駆け寄りゃしねーのかい。それともオイラがバカか?」

「っ……それは……」

「……まァいい、おめーはそういう奴だってこたァ前から知ってらァ」

 次郎長の鋭い眼差しに、目を逸らす家光。その拳は強く握り締めており、震えているようにも思えた。

 一方のXANXUS(ザンザス)は、次郎長の姿を視認した途端、左手から眩い光を放ち始めた。

「……てめェ」

()る気か? いいぜ、男は喧嘩(コイツ)に限る」

 双方喧嘩腰。

 緊張感が漂う中、チェルベッロが止めに入るが、XANXUS(ザンザス)は「うるせェ」の一言と共にチェルベッロを攻撃した。

「楽しくなってきたぜ。その腐った戯れ言……沢田綱吉、お前はあの老いぼれとよく似ている」

「え!?」

「こいつは悲劇。いや喜劇が生まれそうだな!!」

 XANXUS(ザンザス)は吹き出すように笑うと、チェルベッロに「続けろ」と命令した。

「では勝負の結果を発表します。今回の守護者対決は沢田氏側の妨害によりレヴィ・ア・タンの勝利とし、雷のリングならびに大空のリングはヴァリアー側のものとなります」

「えっ!?」

「ツナ、そんな曰く付き(・・・・)とっとと渡した方がいいぞ」

 驚愕するツナに、次郎長は一言告げた。

 ボンゴレのボスを狙う者にとって喉から手が出る程欲しい代物は、次郎長から見れば因縁物だ。指輪の為に数多の血が流れているのだ、内部抗争を収めるには手放すのが賢明のはずだ。

「でも、おじさん……」

「どの道向こうの理屈が通るんだ。そんなガラクタにこだわる必要はあるめェ」

 次郎長の淡々とした声に、ツナは複雑な表情を浮かべつつも、首元に下げている大空のハーフボンゴレリングをチェルベッロに渡した。

 リングを手にしたチェルベッロは、XANXUS(ザンザス)の元まで跳び、リングを差し出した。

「これがここにあるのは当然のことだ。俺以外にボンゴレのボスが考えられるか」

 そう言いつつ、XANXUS(ザンザス)は二分化したリングを一つにし、大空のボンゴレリングを中指に嵌めた。

 その様子に、家光やリボーン、獄寺達は顔を歪めた。

「他のリングなどどうでもいい。これで俺の命でボンゴレの名のもと、お前らをいつでも殺せる」

 次郎長はXANXUS(ザンザス)の言葉に溜め息を吐くと、刀の鯉口を切った。

 言葉無き恫喝。その気ならこっちも黙っちゃいない――口を動かさず、次郎長は視線と殺気で応じた。

 それに気づいたのか、XANXUS(ザンザス)は次郎長を一瞥してから目を閉じる。

「――だが老いぼれが後継者に選んだお前を、ただ殺しただけじゃつまらねェ。殺るのはリング争奪戦で本当の絶望を味わわせてからだ……あの老いぼれのようにな」

 XANXUS(ザンザス)は目を開けて嘲笑する。

 家光はハッとした表情で怒鳴り声を飛ばした。

XANXUS(ザンザス)!! 貴様!! 9代目に何をした!!」

「それを調べるのがあなたの仕事ですよねぇ」

 そこへまさかのピラ子のキレのいいツッコミ。

 慈悲など無用と言わんばかりの情け容赦のないそれに、空気が凍りついた。

「――ぶはっ!! ザマァねェな門外顧問!! そんな小娘に小言言われるようじゃボンゴレも終わりだな!!」

「カッコイイこと言ってるつもりだろうけど、その終わりそうなボンゴレのボスになりたがってるバカはどこのどいつだ?」

 親子揃って煽りに煽る。

 これにはカチンと来たのか、XANXUS(ザンザス)は「カッ消す!!」と叫んで発砲。次郎長とピラ子はそれを難なく避ける。

「……で、どう出るつもりだ。こちらとしちゃあ、このまま不戦敗の方が色々と(・・・)都合が(・・・)いい(・・)わけなんだが」

「ハッ……てめーがそう言うってことは、この決闘の後の展開を見越してか」

 次郎長の真意を悟ったXANXUS(ザンザス)は、眉間にしわを寄せた。

 この決闘は、ツナ達が負けてくれた方が次郎長としてはありがたいのだ。負けたらヴァリアーがツナ達を殺しに来ることは明白であり、自分の縄張りと住民を護るために彼らを迎撃して抗争に持ち込み潰すという次郎長の謀略(シナリオ)が成立するからである。

 ただでさえ次郎長一人にスクアーロとレヴィが醜態を晒している上、並盛には他にも一騎当千の実力者がいる。XANXUS(ザンザス)自身は次郎長を殺す自信はあるが、組織的な被害は計り知れない。

 つまり、実際に行動に移すのは得策とは言えないという訳だ。それは彼自身も承知していた。

「ならばこうしてやる。喜べ沢田綱吉、チャンスをくれてやる」

「え?」

 XANXUS(ザンザス)は獰猛な笑みで告げた。

「残りの勝負も全て行い、万が一お前らが勝ち越すようなことがあれば、ボンゴレリングもボスの地位も全てくれてやる。だが負けたらお前の大切なモンは、全て消える」

「た……大切なもの、全て……?」

「せいぜい見せてみろ。あの老いぼれが惚れこんだ力を」

 

 

 ピラ子の乱入によって意外な幕切れとなった雷のリング戦。

 ヴァリアーやツナ達が去った屋上で、次郎長とピラ子、家光は残っていた。

「……それで、あなたはツナ君の味方? それとも古狸の味方?」

「何だと?」

 ピラ子の言葉に、家光は眉を顰めた。

「塩対応もいいところです。オジキも言ってたでしょう? 自分の息子が手を出されて何も思わないんですか?」

「……ツナは強くなってるし、XANXUS(ザンザス)も分を弁えてると判断した上だ。掟に反するようなマネはしない」

「あんな狂犬が分を弁えてるとは思えませんけどねェ。あの場合はオジキが飛び込んだからどうにかなったのであって、奴さんが手加減してくれる保障はどこにもないじゃないですか。護身術や戦闘技術を習っていても、裏社会のイロハを知らねばまだ一応カタギという扱いです。それに中学生を暗殺集団とぶつけるなんて、頭大丈夫ですか?」

 何かのハズミで死にかけたらどうするつもりだったのか――ピラ子はそう訊いていたのだ。 彼女の言葉が、家光に鋭く突き刺さる。

「家光、おめーは息子(ツナ)を一番軽視してるんだぜ」

「なっ……そんなことは無い!!」

「ツナが吹っ飛ばされた時と9代目のジジイに手を出したであろうボンボンの時と、態度が全く違うの気づいてるか?」

 次郎長の氷のように冷たい眼差しに、家光は気圧された。

 どんな立場であれ、妻が命懸けで産んだ子を護ろうと動くのが父たる男だ。血の繋がってる家光が動かず、血の繋がりが無い次郎長が動くなど、本来はあり得ないのだ。

「おめーにとっちゃツナはその程度の存在なんだろ、本当は」

「そんな訳あるか!! 俺は――」

「今更言ったってもう手遅れだ。ボンゴレの伝統だの歴史だのほざく前に、まずは自分(てめー)の家庭での立場ってモンを考えるべきだったな」

 ――今となっちゃあ、何もかも間に合いはしねーだろうがな。

 次郎長の言葉に、家光は一切反論できなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的63:気が変わった

やっと更新ですね。


 溝鼠組の屋敷にて。

「291……292……293……!」

 千晶乱(ランチア)の蛇鋼球を持ちながらスクワットで汗を掻く次郎長。

 並盛最強として君臨する男は、類稀なる戦闘勘と身体能力を持つが、その能力を底上げするのは日々の鍛錬である。華奢な体格に反した規格外の強さを維持するには、強さに見合った鍛錬が求められるのだ。

 町一帯を仕切る極道の若き組長である彼は、世間一般が思う組長とは少し違う。元々一般家庭の出から組織を立ち上げた男であり、豪邸を構え豪奢な生活を送るというよりも日本家屋の中での穏やかな生活を好む。上納金を組織の運営費や活動資金に充てるという点では他の組織の首領と共通しているが、やはり生い立ちが生い立ちなのか、カネの使い方は割とケチな方だったりする。

「298……299……300!!」

 スクワット300回を終え、蛇鋼球を下ろして汗を拭う。

 浅黒い肉体は無数の傷が刻まれており、くぐり抜けた修羅場の数と対峙した敵の強さを物語っていた。

 その時、子分の一人が鍛錬を終えた次郎長の元へ現れた。

「オジキ! 失礼しやす!」

「何だ、これから風呂入ってスッキリしてーんだが」

「オジキ、隣町のガキ共が来やしたぜ」

「……! わかった、通せ」

 次郎長の返事に子分は頭を下げると、隣町のガキ共――六道骸とその仲間を連れてきた。

「クフフ……こちらから来るのは久しぶりですね」

「お連れも一緒に来たのは賢明だな。――とりあえず知りてーのァ、お前の隣の女子についてなんだが」

「それは後々話します」

 城島と千種を差し置いて次郎長の視界に飛び込んだのは、骸と似通った容姿の少女。

 しかし醸し出す雰囲気は、父親に挨拶に来た新婚夫婦か何か。

 どうもそれなりの事情があるようだが、次郎長はひとまず――

「先風呂入らせてくれ。汗くせー三十路過ぎは御免だろ」

 

 

 ひとっ風呂浴びた次郎長は、改めて骸達と会合した。

 ちなみに緑茶と和菓子オンリーである。

「洋菓子は無いのですか」

「他人様の家に上がって文句言うなら(けェ)れやクフフナッポー」

 ボヤいた骸の頭を愛刀の鞘で叩く次郎長。

 その地味な痛さに、骸は悶絶した。

「で、そこの骸二号は誰だ」

「……クローム。クローム髑髏」

 次郎長に骸二号と呼ばれた少女――クローム髑髏は名乗る。

 しかし彼としては本名を訊いていたので、改めて尋ねると小さな声で「……(なぎ)」と答えた。

「んな骸のアナグラムで名乗らずともいいだろうに」

「でもおじさま……骸様が与えてくれたから……」

「おじさまって、オイラが?」

「骸様の恩人だから……」

 次郎長を「おじさま」と呼ぶのは、彼女なりの敬意らしい。

 ツナからおじさん呼ばわりされてるため抵抗感はないが、少女におじさまと呼ばれるのは多少こそばゆく感じてしまう。

「まあ、オイラは凪と呼ぶわ。そっちの方が個人的にしっくりくる。よろしくな」

「……よろしく、お願いします」

「……で、凪との馴れ初め聞かせてもらおうか」

「僕らは新婚夫婦じゃないんですけど!!」

 次郎長にキレのいいツッコミを炸裂させた後、骸は語った。

 凪もといクロームとの出会いは、骸がかつて次郎長に対して行った精神世界への干渉の最中。当時のクロームは家族や他人との関係が希薄で、事故に遭って右目と内臓を失ってしまう重症を負っていたにもかかわらず両親にそのまま見捨てられていた身――そんな彼女と精神世界で会話する最中で、強制的な憑依や洗脳の必要なく精神の器になれる特異体質であることを悟り、幻覚でクロームの内臓を補い助けたという。

「ただ失われた内臓は、強い攻撃を受け戦闘不能になったり幻術の核である槍を破壊されると解除されてしまうので――」

「てめー何やってんだ。ああ?」

 

 グリグリグリグリグリグリ

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」

「む、骸様……」

「凪。あの人、敵に回したら終わりだからね」

「骸しゃん……」

 次郎長に頭をグリグリ攻撃される骸を、何とも言えない眼差しで見守る三人。

 鍛え抜いた肉体から繰り出されるそれは言語に絶する痛みで、柄にもなく涙目で制止を訴えている骸は実にシュールだ。

「お前指詰めてーの? 拾ったんならちゃんと治療代出せよ。おめー頭いいだろーが。世の中金にキレイも汚いもありゃしねーよ」

「で、ですが僕達は保険が……!」

「おじさま、それ以上傷つけないで……!」

 骸の保険関係の事情とクロームの説得に、次郎長は渋々グリグリ攻撃をやめた。

「あ、頭が割れるかと……」

「仕送りしてるとはいえ、おめーらは自立できるから生活費と授業料だけ負担したってのに……何を学生ぶってんだてめェ」

 次郎長の呟きに返す言葉も無いのか、クローム以外は一斉に目を逸らした。

 ツナと違い、骸達は若年ながらもバリバリの裏社会の住人だ。復讐者(ヴィンディチェ)とも繋がりがある以上、カタギだからという言い訳はできない。

「……わかった。治療代はオイラがやっから、おめーは凪をしっかり育てろ。オイラよりも骸の方がいいんだろ?」

「――はいっ!」

(今の返事……内気な奴だと思ってたが、芯は太いんだな)

 多くの人間を見てきた次郎長は、クロームの力強い返事に彼女の性格を垣間見た。

「……そうだ、骸。さっき治療代のこと言ったが」

「?」

「その見返りに今、オイラの修行に付き合ってくれねーかい」

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

「あ~~……何か体が(おめ)ェや」

 夜の並盛を歩く次郎長は、どこかダルそうに母校の並中へ向かっていた。

 優れた術師である骸の幻術を長時間見るという「精神的鍛錬」をした次郎長は、頭痛に悩まされていた。というのも、脳に直接作用する幻覚は、慣れもしない状態で立て続けに食らうと頭痛や吐き気といった「幻覚汚染」に襲われる。

 その幻覚汚染に次郎長は見事にかかったわけなのだが、そこは並盛最強と謳われる男――その度合いは規格外で、本人はダルい様子だが実際は骸の本気の幻術を見せられており、本来なら意識不明の重体に陥ってもおかしくないレベルなのだ。それほどの幻術を見せられてなお倦怠感で済ました次郎長は、さすがと言えよう。ちなみに骸曰く「僕の本気の幻術をあんなに見せられて耐え切るなんて、彼人間やめてますよ」とのこと。

 そんな次郎長の今の衣装は……なぜか学ラン姿だった。

「迂闊だったな……着物が替えも全部乾ききってねーたァ」

 なぜ学ラン姿なのかというのは、至極単純な話――着れる状況でなかったからだ。

 次郎長にとって着物は、個人的に気に入っているのも一因だが極道の風格を見せつける重要アイテムの一面があるため、外出時は欠かせない。愛用している黒地の着流しはいくつか替えがあり、それを毎日着替えているのだが、ここ最近の妨害行為が想像以上に汚れやすくなったため、染み抜きが間に合わなかったのだ。そこで仕方なく、自室に仕舞っていた中学生時代の学ラン一式を着て並中へ向かったのだ。

 とはいえ、約二十年ぶりの学ラン。高校卒業後は極道一家を仕切るようになり、洋服より和服を着る頻度の方が圧倒的に増えた。感覚としては余裕のある着物と違ってピチピチ感が否めない。

「並中はどうなってんだか……ん?」

 校門を通ると、目の前には黒い男達が倒れ伏していた。

 文字通りの死屍累々だ。

「……恭弥の奴、ご立腹だな」

 次郎長は察した。

 おそらく、理由はどうであれ自分よりも先に恭弥が並中に入り、

「アイツはヤクザもカタギもお構いなしだからな……」

 次郎長は校舎の外壁に近づくと、そのまま真上に跳んだ。

 

 

「ねえ、君達。僕の並中で何してるの」

 同時刻。

 校舎三階全域を使った「嵐のリング戦」終了後、並中の絶対的支配者・雲雀恭弥が乱入し、一触即発の状況になっていた。

「校内への不法侵入及び校舎の破損。連帯責任でここにいる全員咬み殺す」

「この人校舎壊されたことに怒ってるだけだ!」

 

 ――ダンダン! ガンッ!

 

「ほいっと! ……何だ、取り込み中か?」

 その時、割れた窓の枠に誰かが乗り、一同は注目した。

 学ランで身を包み、刀を片手に携えた浅黒い男……並中時代の制服を身に纏った次郎長だ。

「おじさん、何で学ランなの!?」

「着物の替えが無かったんだからしゃーねーだろ。……それに並中は、奈々と初めて出会った場所だしな」

 その言葉に、ツナはハッとした。

 ――そうだ。この校舎で母さんとおじさんは出会ったんだ。

 当時の次郎長……吉田辰巳は〝バラガキ〟であり、その規格外の強さゆえに中一の時点で「並盛町一(・・・・)の暴れん坊」として恐れられていた。そんな彼を真っ正面から向き合ったのが奈々だった。

 並中は、次郎長の運命を大きく変えた人間と出会った場所なのだ。そういう意味では、次郎長が並中に愛着を持つのは必然と言えよう。

 だが、それ以前に言いたいことが。

「って、待って待って! おじさん窓から来たよね!? どうやって!?」

「どうやってって……跳んで外壁登っただけだぜ」

「マジか、ここ三階だぜ……?」

「極限素晴らしい身体能力だ!!」

 顔を引きつらせる山本と興奮する了平に、次郎長は「昔やってたダイナミック入校だ」と語る。

 当然校則違反だが、当時から暴れん坊の次郎長を止められる人間が皆無に等しかったため、誰も注意できなかったのは言うまでもない。

「その制服……並中がまだ学ランを支給していた頃のだね」

「それがどうした?」

 次郎長が並盛中学校の制服を着ていることに、恭弥は微笑んだ。

 彼が並盛を心から愛し、並中への想いが消えてないことを確認できたからだろうか。

「……じゃあ次郎長。このまま〝決闘〟だ」

「いきなり場外乱闘かよ!?」

「何でおじさんからなのぉーー!?」

 まさかの斜め上な展開にツナは頭を抱え、リボーン達やヴァリアーも思わず困惑する。

 非常に好戦的な性格である恭弥は、圧倒的強者である次郎長に対し強いこだわりを持つ。幾度となく決闘を仕掛けたが、その度に次郎長に打ち負かされてきたからである。一矢報いることもあるが、それでも次郎長の地力に叩きのめされてしまうため、恭弥にとって次郎長は「超えるべき強者」として一方的にライバル視していたりする。

 凶暴なれど冷静な恭弥は次郎長の前では、負けっぱなしでいられないというプライドと、並盛最強と称される男を倒したいという戦闘欲を剥き出しにするのだ。

「咬み殺す!!」

「……懲りねー奴だな」

 恭弥は満面の笑みで次郎長に襲い掛かるが……。

「オジキの首取ろうなんざ百年早いでェェェェェェェェェ!!」

 

 ズドゴォ!

 

「ぎゃああああっ!?」

 次郎長が無茶をしないか心配で後を追ってきた勝男が乱入。

 跳び膝蹴りを見舞ったが、恭弥はあっさりと躱してしまい、不幸にも傍にいたレヴィに直撃。キレイに窓をくぐってそのまま三階から落ちてしまった。

『…………』

 これにはツナ達も唖然とし、恭弥もきょとんとした顔を浮かべていた。

「アカン、うっかりどうでもええ奴蹴ってもうた」

「気にすんな、ありゃあ避けねェアイツがいけねェ」

「ワオ……相変わらずの〝暴君〟だね、黒駒勝男」

(あなたにだけは言われたくないと思いますけど!!)

 窓から落ちたレヴィを一切気遣わない二人に加え、ブーメラン発言をかます恭弥。

 並盛に来てから不憫な目に遭ってるレヴィに、同情すらしてしまう。

「っつーか勝男、オイラァおめー呼んだ憶えねーんだが」

「すまんのう、オジキ。煙草買いに行ってたらあんまりにもうるさいもんで」

 含み笑いを浮かべる勝男に、次郎長は「そういうことにしといてやるよ」と微笑んだ。

「う゛お゛お゛ぃ!! また(・・)やってくれたなてめーらァァァァ!!」

 スクアーロは額に青筋を浮かべ、次郎長に斬りかかった。来日してから次郎長にコケにされまくっているヴァリアーだ、これ以上次郎長に辛酸を嘗められては面子が立たないのだろう。

 突然の凶行にツナ達は驚くが、スクアーロの動きを大胆にも真っ正面から勝男が制止させた。

 

 ――ビュッ

 

「っ!」

「そううまく行かんで世の中」

 咥え楊枝を右目に刺さるまであと数センチのところで突きつけられ、牽制されたスクアーロは舌打ちする。

 すると勝男の懐から電子音が鳴った。携帯電話だ。

「ん? メールかいな……………あーーーーーっ!?」

「……?」

「オジキ! 見てみいこれ!!」

 勝男は携帯電話の画面を次郎長に見せた。

 それはメールの文面だが、内容を理解した次郎長は驚愕の表情を浮かべた。

「……! マジか?」

「〝()()蜘蛛(・・)〟からの情報やから……!」

 この時ツナ達とヴァリアー、チェルベッロ機関からは見えなかったが、メールに書いてあったのはボンゴレ9代目が行方不明であるという情報だった。

 その衝撃の事実が発覚したことにより、次郎長は確信した。

(ってなると、あのモスカの中身はクソジジイだな)

 ヴァリアーの守護者として、なぜかカウントされていたモスカ。最初は数合わせかと思ったが、ピラ子が仕留めた別の個体を源外が分解した際、〝死ぬ気の炎〟が動力源である可能性が示唆された。

 このタイミングでボンゴレ現当主の失踪となれば、モスカの動力源にされたと勘繰って当然。その意味を考えれば、XANXUS(ザンザス)の謀略も自ずと見えてくる。

(ツナを悪役に陥れてからの敵討ちか。ツナの性格を読んでやがらァ。だが……)

 

 ――こっちとしちゃ好都合だ、バーカ。

 

 次郎長は嗤った(・・・)

(オイラ達の狙いまでは読めなかったか。オイラと尚弥の狙いは最初(ハナ)から古狸だってことを)

 次郎長と尚弥は、誰よりも並盛を好いている。

 自分の縄張りを、生まれた町を土足で踏み荒らす外敵を許すつもりなど毛頭ない。今回の一件でボンゴレファミリーに対する怒りは凄まじく、そこまでの接点や因縁の無い尚弥も心の内で激昂している。

 事態収束と己自身の怒りを鎮めるため、二人は水面下で「9代目の身柄を拘束し、それを利用した上層部との交渉を行う」ことを目論んでいた。この計画は双方共に一部の人間にしか知らされていない。その計画に一枚噛んでるのが、勝男である。

「オジキ、ここは……」

「……だな。おい、校舎の破損はどうするつもりでい」

「我々チェルベッロが責任を持って直します」

「完璧に直せよ。でねーとオイラとタメを張る恭弥(コイツ)の親父がキレる」

 そうなったらオイラでも止められねェ、と念を押すように忠告する次郎長。

 顔を見合わせたチェルベッロ機関は「了解しました」と頭を下げた。

「……気が変わった。今回はこれで手ェ引いてやる。――勝男」

「へい!」

 あっさりと手を引いた次郎長は、勝男を連れて去った。

 それに続くように、「気が変わった」と恭弥も去っていった。

「……スクアーロ、レヴィをあとで回収しないと」

「ほっとけ。自力で戻ってくるだろぉ」

(何だろう、この台風が通り過ぎた後みたいな感じ……)

 ――これ本当に、終わったらいつもの日常に戻れるのかな?

 なぜか無性に悲しくなったツナだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的64:霧のリング戦・前半

お待たせしました。
やっと更新です。

え? 雨のリング戦が無いって?
その前の話で次郎長がボッコボコにしたので、あえてスルーします。


 翌日の夜。

 並中の校舎で山本とスクアーロが雨のリング戦を繰り広げる最中、クロームと骸は次郎長の屋敷を訪ねていた。

「二人共、並中で今やってる戦いの後におめーらの出番だと聞いた」

「ええ、次は霧のリング戦です」

「お前らがボンゴレに加担するとは思わなかったが……一応理由を知りたい。戦う理由は何だ?」

「決まってます。マフィアの殲滅です」

 骸は妖しげな笑みを浮かべず、真剣な眼差しで告げる。

 次郎長に助けられた幼少期、彼は復讐者(ヴィンディチェ)と繋がりつつ黒い利権を貪り民を苦しめるマフィアを次々と滅ぼした。それはボンゴレファミリーも例外ではない。

 次郎長とボンゴレはツナをめぐって対立しているし、彼と義兄弟の関係にある古里真の一家も、ボンゴレを筆頭としたマフィア達に苦しめられた。そういう負の連鎖を止めるためにも、マフィア殲滅の使命感を持ち続けている。それが、エストラーネオファミリーから自分達を救った次郎長への恩返しだと考えているのだ。

「力ある者はいつか衰える。ゆえにあなたが最強である内にマフィア殲滅を実現しなければならないのです」

「さすがに世界大戦は誇張が過ぎたと思ってるか」

「それクロームがいる前で言わないでくれますか」

 躊躇なく黒歴史を抉る次郎長に、骸は頭を抱えた。

「――まあいい。カタギならばアレだが、おめーらはバリバリの裏社会の人間だからな。少し気が楽だ。望み通り、おめーらを本番までにどうにかしてやんよ」

 次郎長はクロームに視線を向けた。

「オイラァ幻術も含めてマフィア(モン)の戦い方に知見はある……だが凪。オイラァおめーの腕っ節や癖、練度や覚悟を知りたい」

「はい」

「だが時間がねェ。こういう時ゃシンプルで俺好みのやり方でやらせてもらう。ピラ子も経験があるから、問題ねーはずでい」

 そう言うや否や、次郎長は腰に差した刀を外した。

 

「どんな手を使っても結構……オイラに(ドス)抜かせてみな」

「それ最初から鬼畜過ぎませんかね!?」

 

 骸は半ギレに近い表情で声を荒げた。

 次郎長が求める技量は、わかりやすく言えば雲雀恭弥以上ということである。いくらマフィア狩りで名を馳せる骸でも厳しい。

「……骸様、私頑張る」

「クローム、お前は人間をやめないでください!」

「おい。オイラも心臓一つの人間一人なんだが」

「あなたとクロームは違うんです!!」

 特に強さが! とキツく言う骸。

 人間を卒業している次郎長と新米の術士であるクロームとでは、あらゆる意味で雲泥の差である。

「……まあ、確かに戦闘においちゃズブの素人である凪には酷かもな。だから少し(・・)変える(・・・)

「「変える?」」

「得物は(ちげ)ェが、基礎戦闘力を上げるために必要な技術を教える。それを勝手に咀嚼して自分自身に叩き込め」

 次郎長はジャキッと刀を鳴らし、獰猛な笑みを浮かべた。

「凪。今から教えるのァ、オイラ達の……並盛男児の戦い方だ。これを使えるようになれば、おめーは間違いなく強くなれる。だが時間が無い分ちょいと厳しいぞ……付いてこれるか?」

「はいっ!」

「じゃあ早速行くぞ……!」

 

 

           *

 

 

 五日後。並中の体育館に、ヴァリアーとツナ達が集っていた。

 今夜行われる「霧のリング戦」のフィールドは、この体育館内のようだ。

「十代目!」

「沢田殿、こんばんは」

「獄寺君にバジル君! お兄さんも来てくれたんですね! ……山本、ケガは大丈夫?」

「おう! ロマーリオのおっさんが大丈夫だってさ!」

 ツナは前の戦いで山本がケガを負ったことが心配だったが、元気よく笑う山本にひと安心した。

 しかし内心、哀しかった。何せ敵といえど、死人が出たのだ。雨のリング戦で、獰猛な鮫が放たれた水中に姿を消した対戦相手(スクアーロ)のことが、どうにも忘れられなかったのだ。

 あの場におじさんがいたら助けてくれたのかな……と、思ってもいたのだ。

「ところで10代目、ウチの霧の守護者は?」

「それが……俺もわからないんだ」

「僕達ですよ」

 そこへ、三叉槍を携えたオッドアイの少年が姿を現した。

 六道骸だ。

「っ! 君は、おじさんの――」

「ええ、六道骸です。そしてこちらがクローム髑髏です」

「何だこの二人は……?」

「ツナの知り合いか?」

「うん……でも俺が知ってるのは……」

 ツナが知っているのは骸だ。次郎長との繋がりで、どこかミステリアスと言うか、本当の姿を隠しているような得体の知れない人物だと認識している。

 しかし骸の隣に立つ少女は、ミステリアスではあるがどこか純粋な気もした。

「こいつらがお前の霧の守護者だゾ」

「二人も? 一人じゃないの?」

「こいつらの事情があってな」

 リボーン曰く、骸が率いる骸一派は中立の立場にあり、本来マフィアと手を組むことをよしとせず不干渉を貫いているという。今回ツナ達に加担したのは、ある種の数合わせや補欠のようなものであり、今回だけ力を貸すというのだ。

「アルコバレーノの言う通り、本来は実に不本意なんですよ。仲間になる気など毛頭無い。ですが僕はあの人(・・・)に大恩がある。その恩返しの一つとして、この不毛な戦いに身を置くのですから感謝してほしいものです」

「何だと!?」

「獄寺君、いいんだ」

 噛みついた獄寺は、ツナに諫められたことで怒りをどうにか抑えた。

「やっと会えた…ボス……」

「へ?」

 するとクロームは、一瞬嬉しそうな表情をしてから何の前触れもなくツナの頬に口を近づけた。が、彼女の肩に浅黒い手が乗せられた。

「おじさん!」

「次郎長……」

 このリング戦の最強のイレギュラー・次郎長親分だ。

「凪……そういうコトは本当に大切なヒトにやれ。ツナ以上の存在がいるだろうに」

「おじさま……」

「お、おじさまァーーーーーッ!?」

 ツナは思わず絶叫した。

「お、おじさんが、おじさま……? え、何、どうなってんの!?」

「いい加減察してくれよツナ、オイラが他人にそう呼ばれる場合は身内に決まってんだろ」

「っ!? それじゃあ――」

「まあ、こいつら(・・・・)の場合は家族っつーより身元引受人や保証人に(ちけ)ェけどな」

 どっこいせ、と胡坐を掻く次郎長は懐から煙管を取り出して吹かし始める。

 一方のヴァリアー側も、マフィア界でも屈指の知名度を誇る若者に興味深そうに目を細めた。

「六道骸……あのマフィア狩りか……」

「少しは期待できそうね」

「隣の女子が気になって仕方ない……」

「レヴィ、お前その発言アウトだぜ」

 リボーンのおしゃぶりが突然光り始めた。

 それと同時に、迷彩服を纏った軍人のような赤ん坊が姿を現した。

「おお、コロネロ師匠!」

「コロネロ……? (なに)(モン)だ」

「イタリアの特殊部隊「COMSUBIN(コムスビン)」の生え抜きだゾ」

「銃火器の扱いに長け、接近戦も得意の軍人か……」

 持ち前の洞察力でコロネロの力量を測る次郎長。

 その鋭い眼差しに気づいたのか、コロネロも次郎長の強さを肌で感じていた。

(無防備に見えて隙がねェ……かなりの猛者だぜコラ!)

「……で、そのチビ軍人は今にも眠そうなんだが大丈夫か」

「完全におねむだぜコラ……。けど俺も確かめたいことがあってな」

「……あのフードの奴か?」

 次郎長の口から出た言葉に、リボーンとコロネロは目を見開いた。

 一方のツナ達はしっくりこないのか、首を傾げている。

「てめェ、何でわかったんだコラ!」

「大方の予想はつく。あのボンボンのツレだった二頭身、てめーらと同じアルコバレーノの可能性が高い。そしておめーの言っていた「確かめたいこと」……もし奴が仲間や顔馴染みってんなら、それを指す言葉にしちゃあ疑念すら感じる言い方でい。死亡説でも流れたか?」

(あの男……ホントに何も知らないのか!?)

 次郎長の真実を知っているかのような推理力の高さに、マーモンは戦慄すら覚えた。

 するとチェルベッロが時計を確認して、ルール説明に入った。

「今回の戦闘フィールドはこの体育館全域です。館内の物は何を使っても構いません」

「この体育館には先日までのような特殊な装置や仕掛けはありません。ただし、観覧者の行動は制限させていただきます」

 上から何か檻の外枠のようなものが両チームに降りてくる。

「このエリア内より外に出ることは出来ませんのでそこはご了承ください」

(ここから出れば問答無用で失格と見なされるってか。センサーか何か張ってるようだな)

「大丈夫かな……」

「オイラの短期集中戦闘講座受けたんだ、どうにかならァ」

 次郎長に鍛えられたクロームか。ボンゴレ最強の暗殺部隊の幹部か。

 生死すら懸かった試合が、ついに始まった。

「霧のリング戦、マーモンvs.(バーサス)クローム髑髏、バトル開始!」

 チェルベッロが右手を掲げ、開戦を高らかに告げた直後。

 クロームは接近し、槍による突きを繰り出した。 

「何っ!?」

「接近戦!?」

 幻術や精神攻撃ではなく、いきなり物理攻撃を仕掛けたのが想定外だったのか、マーモンは紙一重で回避した。

「格闘のできる術士なんか邪道だぞ!!」

「女々しい言葉……」

「何を!?」

 クロームの煽りに近い言葉に、マーモンは憤慨する。

 しかし、それこそクロームの狙いだった。

(おじさまの言う通りに戦えば、骸様に貢献できるはず)

 

 

 ――二日前。

「術士は肉体的苦痛に弱い、か……いい情報だ。そうなると格闘戦に持ち込むのがいいな」

 クロームと組手をする次郎長は、それを眺めていた骸の言葉を聞き口角を上げた。

「凪、戦闘っつーモンは冷静さをどこまで維持できるかが大事だ。頭に血が上ってると判断を間違える」

「……目の前の敵に集中すればいいの?」

「察しがいいな、凪。(つえ)ェ奴が重要視するのァ自分(てめー)の〝間合い〟と〝冷静さ〟だ。自分に有利な距離を保ち、研ぎ澄ました感覚で落ち着いて対処する……これができれば格上相手でも勝機が訪れらァ」

 

 

(……なら、次は)

 クロームは三叉槍で突き・払い・叩きの三種類の攻撃をランダムで繰り出し始めた。

 短く持ったり長く持ったり、変幻自在の連撃が続き、中々攻撃に出れないマーモン。邪道を地で行く相手に、思わぬ苦戦を強いられていた。

「あの子、強い!」

「や、やるじゃねーか……」

 次郎長の手で鍛えられたクロームの強さに、ツナ達は感嘆する。

「っ……小賢しい!」

「きゃあっ!」

 マーモンは無数の触手を放ち、クロームの身体を絡め取った。

 が、気づけばクロームがマーモンの後ろに立っていた。捕らわれていたはずの彼女の姿は、いつの間にかバスケットボールのカゴに代わっていたのだ。

「え!? 何で!?」

「落ち着けバカツナ。あれは幻覚だゾ」

 この試合は、幻覚同士のぶつかり合いだ。互いに発動する幻覚のリアリティさが勝敗を決める、息もつかせぬ騙し合いである。

 しかしそれだけに、周囲への影響力も大きい。ツナ達も例外ではないのだ。

「ムムッ、ある程度はできるみたいだね……よかったよ。ある程度の相手で。これで思う存分〝アレ〟を使える。ファンタズマ、行こう」

 マーモンがそう言うと、頭に乗せていたカエルが黄色い蛇のような形に変わり、 胸元から光が漏れた。

「やっぱりな、生きてやがったぜコラ!」

「やはりな、奴の正体はアルコバレーノ・バイパー」

 コロネロとリボーンが、マーモンの真の名を言う。

 バイパーは超一流の超能力者(サイキッカー)であり、幻術の達人でもある程の術士。最強の赤ん坊の一角に恥じぬ強者なのだと言う。

「僕はお前達みたいな間抜けと違って、呪いを解く研究を――」

 

 ビュッ!

 

「わっ!?」

「目の前の(てき)に集中して」

 リボーンとコロネロに対して一言告げようとしたところを攻撃されるマーモン。

 それを見ていた次郎長は、ニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべていた。

「邪道を地で行くなんて聞いてないぞ! 次郎長、あんな汚いマネを教えたのはお前だな!?」

「何言ってやがんでい、裏社会で殺し合いを真っ正面からやる奴は少数派(マイノリティ)に決まってんだろ。弱肉強食の闇の世界に生きといて、汚いだの卑怯だのと女々しい言葉ほざくんじゃねェ」

「うわ、ド正論で殴りつけてきやがった」

 次郎長の完璧な切り返しに、ベルフェゴールは引きつった笑みを浮かべた。

「それにオイラはただ〝勝ち方〟を教えただけだぜ? その場しのぎじゃねェ、本当の完勝の仕方ってヤツだ」

「ムッ! 自惚れも大概にしな!」

「そりゃこっちのセリフでい。己の常識だけで物事を判断すると墓穴掘るぞ……っつーか目の前の敵に集中しろっての」

 外野の次郎長と言い合っている内に、マーモンの後ろが赤く染まり蛇に絡まれた。

「ムッ! これは幻覚じゃないね」

「おお、やるではないか!」

 クロームの奮闘ぶりに、了平が感心する。

 蛇に気を取られている内に、クロームは三叉槍で床を叩き、火柱の幻覚で攻撃する。直撃を受けるが、相手はアルコバレーノ。強力な幻覚が前でも余裕を崩さない。

「君の幻覚は一級品だよ。一瞬でも火柱にリアリティを感じたら焼け焦げてしまうだろう……ゆえに弱点もまた、幻覚!」

 その直後、クロームの作り出した火柱を一瞬にして氷柱に変えてしまった。

「何だ!? この寒さは!」

「火柱が凍った!?」

「不覚にもかかっちまったぜ、コラ!」

 幻覚に巻き込まれる一同。

 だが――

「息が白い……こりゃアイツ(・・・)と同じぐれーの強力さか?」

「平気なのか? コラ!」

「耐性があるだけでい。オイラもまだまだだな」

「おめーこれ以上強くなってどうすんだ」

 冷静過ぎる次郎長に、リボーンはツッコんだ。

「君は幻術を幻術で返された。つまり僕の幻覚に呑み込まれたんだよ」

「っ……!」

 幻術とは人の知覚、すなわち五感を司る脳を支配するということだ。術士の能力が高ければ高い程に支配力は強く、術にかかる確率も高まる。一方で術士が幻術を幻術で返されるということは、知覚のコントロール権を完全に奪われたことを示すのだ。

「もう何を念じても無駄だよ!」

「……それは私の言葉」

「何?」

 勝ち誇るように言うマーモンは、劣勢なのに余裕にも似た落ち着きのクロームに苛立つ。

 するとクロームは三叉槍で床を叩き、火柱でその身を包んだ。

 自分の死体を隠そうとする女術士によくあるパターンか、と一瞬思ったが、それにしては大胆と言うか苛烈が過ぎる。もっと別の意味があると、マーモンは警戒心を強めた。

「上出来でしたよ、可愛い僕のクローム。君は少し休みなさい」

「なっ!? まさか!!」

 マーモンがクロームの謎の行動の真意を悟った瞬間、火柱が消滅して骸が現れた。

「え!? 骸が二人!?」

「バカな!?」

「極限どうなっている!?」

 体育館内は騒然とする。

 というのも、フィールドには確かに骸がいるのだが、クロームがいないのだ。しかも気絶してピクリとも動かない骸がツナ達の傍で横たわっており、まるでクロームの身体に乗り移って支配したかのように見えた。

 誰もが目を疑う光景だが、次郎長だけは違った。

(……骸の言っていた凪の特異体質か。日本刀の写しみてーな状況か?)

 そう、クロームは一時的に骸を憑依させることのできる特異体質で、その体を媒体とすることで一時的に骸を実体化することが可能であるのだ。

 つまり目の前にいる骸は、肉体は凪であるだけでそれ以外は骸の性能(スペック)なのだ。

「さあ、粋がるアルコバレーノに六道のスキルを見せてやるとしましょうか」

 霧のリング戦は、クライマックスを迎える。




ちなみにこの間、炎真達は何をしてるのかと言うと、彼なりに人知れず修行をしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的65:霧のリング戦・後半

11月最初の投稿です。
一番最後に重大発表がありますので、最後まで。


「え? 骸が二人!? どういうこと!?」

 突然の事態に、動揺する一同。

 先程までいたはずのクロームが消え、いつの間にか骸になっている。しかもツナ達の傍にも骸が横になって存在し、骸のクローンか何かのようだ。

 その正体(カラクリ)を知る次郎長は、口を開いた。

「凪は特異体質でな、骸の精神を移し替えることができるんでい。肉体は凪だが、人格や経験値は骸ってことになってんでい」

「クロームと骸の中身がバトンタッチしたってこと?」

「察しがいいな、勘が鋭くなってる。それなりに成長したじゃねーか、ツナ」

 そう言って口角を上げる次郎長に、ツナは照れ臭そうに顔をポリポリと掻く。

 するとマーモンが苛立つように叫んだ。

「所詮お前は娘の体を借りた幻覚だろう!」

 マーモンはフードの中から極寒の風を起こして骸の体を凍らせた。

 しかし、その直後に真下から吹き上げた火柱にマーモンは飲み込まれ、さらにはそれを包むように現れた蓮と蔦に絡み取られてしまう。気づけば骸を覆っていた氷は溶け、余裕に満ちた表情を浮かべて鼻で笑った。

「誰が幻覚ですか?」

「バカな、間違いなく貴様は幻覚のはず……!」

「クフフ……次はそれを戴きましょうか、アルコバレーノ」

 三叉槍を突きつける骸。

 すると、マーモンのおしゃぶりが光って蔦が弾け飛んだ。

「図に乗るな!!」

 突如、マーモンは分身を生み出して骸に襲いかかる。

 しかし骸は一切動じず、槍を軽く振って分身もろとも本体を散らした。

「惰弱な」

「目から炎が……!」

 藍色の炎を灯す骸に、ツナは死ぬ気の炎を扱えるのかと驚愕する。

 だが、骸の口から出たのは全く異質のモノだった。

「このオーラこそ第四の道、修羅道で身に着けた格闘能力のスキル」

「修羅道……スキル……?」

 骸曰く、自分の体には前世に六道すべての冥界を廻った記憶が刻まれており、六つの冥界から六つの戦闘能力を授かったという。

 その言葉を聞いた一同は「何言ってんだコイツ」とでも言いたげにジト目で見つめ、ツナも首を傾げるばかりだ。

「えっと……どういうこと?」

「今の骸は、RPGで言う「攻撃力を数ターン分向上させる呪文を唱えた状態」って言えば伝わるか?」

「成程!!」

「おいおい」

 次郎長の例えはわかりやすく伝わったのか、ゲーム好きなツナはスッキリした表情になる。

 その様子を、リボーンは呆れていたが。

「情けないですね。それでも最強と呼ばれる赤ん坊ですか?」

「くそ……あの娘も然り、格闘ができる術士は邪道だ!」

 すると、突然体育館がグニャリと大きく歪み始めた。

 異空間に放り込まれたような感覚に、一同は膝を突き始めた。

「ぐぅっ……!」

「あ、頭が……」

「吐き気がする……!」

「幻覚汚染が始まってるぞ、コラ!」

 獄寺やバジル、了平がその壮絶さに悲鳴を上げ始める。

 それに対し、次郎長はと言うと――

「気をしっかり強く保て。()()()()()()()

「何でてめーは無事なんだ、コラ!」

「アイツら以上の術士(やつ)と一回殺し合ったことがあんだよ、イタリアで」

「おめーホントにただのヤクザか?」

 リボーンのもっともな発言に、周囲の視線が次郎長に集中する。

 しかし今は試合中。ましてや術士による幻覚戦線。集中力を途切らせ、気が散漫してはいけない。

「人は生まれた時から同じ人生を無限に繰り返すモノさ。だから僕は集めるんだ!! 金をね!!」

「がめつい奴だな。自分の将来に不安でも持ってんのか?」

「黙れそこ!!」

「クハハハ! 強欲の元アルコバレーノですか! ですが、欲なら僕も負けません!!」

 火柱が立ち、蓮の花が咲き乱れ、幻覚のぶつかり合いが苛烈する。

 立て続けに幻覚を見せられたせいか、ツナは呻きながらその場にしゃがみ込んだ。

「ツナ!?」

「十代目!?」

 ツナの仲間達が身を案じる。

「頭に何か入ってくる……!!」

 ツナの頭の中では、骸と次郎長に関する映像が流れてきていた。

 

 まず入ってきたのは、優しく骸の頭を撫でる若き日の次郎長と、動揺しつつも彼を見上げる幼少期の骸。その後ろには城島と千種がおり、不信感と恐怖感を混ぜたような雰囲気を醸し出している。

「骸……泣きてー時は涙一杯流して泣きゃあいいし、笑いてー時は思いっきり笑えばいい。もうおめーを縛る奴ァいねェ、思うがままに趣いたままに生きろ」

「……思うがままに、趣いたままに……」

「そうだ――人間ってのァ、しぶとく図太く強かにしなやかに生きてナンボだからな」

 そして、二人はフック状に曲げた小指を互いに引っ掛け合った。指切りげんまんだ。

 

 その映像の後、今度は全く違う場所の映像となった。

「ヌフフ……古里真の声が届いたとはいえ、幻術で視覚を完全に狂わされた状態で急所を避けますか。デカイ口を叩くだけはあるようですね、あくまで平和ボケした島国での話ですが」

「て、めェ……!!」

(おじさん!?)

 ツナは、俄に信じ難い光景に言葉を失った。

 あの喧嘩すれば敵無しの次郎長が、骸に酷似した人物によって巨大な鎌で右肩を貫かれ壁に抑えつけられているのだ。その傍には、かけがえのない親友・古里炎真と妹の真美が両親に庇われる形で泣きそうな顔をしていた。

(誰なんだ? あの男は一体何者なんだ!?)

「……何なんですか、その眼は。たかが五流マフィアに恩を売られただけで、なぜその眼ができるんですか? なぜ剣を握って戦えるんですか?」

 苛立ちを隠せないまま、男は鎌を握る力を込めて次郎長を睨む。

 次郎長は常人なら息を殺されそうな殺気を放ちながら、男を睨み返した。

「なぜ戦えるかなんざ……てめーにゃ死んでもわからねェよ……!!」

「ヌフ?」

「てめーのルールも持ち合わせてねー人間(やつ)は、悪事だろうが善事だろうが何やったってダメなもんだ……!!」

(おじさんっ……!!)

 追い詰められてなお、心は折れず。命の危機に瀕しても、戦意は失わず。

 そんな次郎長に、ツナは言葉を失った。

「せっかくです、あなたの刃で彼らを葬っていただきましょう……そして誇りなさい。あなたは命拾いするどころか、私の為に――ボンゴレの為に忠誠を誓い尽くしてもらえるのですから」

(まさか、あの鎌を持った男が――)

 先程の次郎長の言葉を思い出す。

 

 ――アイツら以上の術士(やつ)と一回殺し合ったことがあんだよ、イタリアで。

 

 一言も聞かされなかった衝撃の過去に驚愕するツナ。映像はそこで途切れ、すかさず次郎長に振り返った。次郎長はそれを察したのか、溜め息を吐いた。

 そして……。

「クフフフ……全く、すぐに負けを認めればいいものを。君の敗因はただ一つ、僕が相手だったことです」

「ンムーーーーーッ!!」

 

 ドパァン!!

 

「堕ちろ。そして巡れ」

 大きな音を立てて破裂したマーモンの身体を見て、ヴァリアーもツナ達も同様に表情を強張らせた。

「あのバイパーが……」

「ボロボロかよ」

 マフィア界最強の赤ん坊の一角を退けた骸の強さに、コロネロとベルフェゴールは息を呑んだ。

 これが、マフィア狩りで有名な骸の強さなのか。

「ちょ、そんな、あそこまでしなくても……!」

「この期に及んで敵に情けをかけるとは……あの赤ん坊は逃げましたよ。彼は最初から逃走用のエネルギーは使わないつもりだったようです」

「……おめーアイツが逃げること知ってて楽しんでたろ」

 物好きだな、と呆れる次郎長。骸は「そのつもりはありませんよ」と否定しつつも口角を上げている。

 一方のXANXUS(ザンザス)は、ゴーラ・モスカを呼び出して命令した。

「ゴーラ・モスカ、争奪戦後マーモンを消せ……方法は任せた」

 ゴーラ・モスカは了承したのか、目の部分が光りプシュウゥゥと機械音を立てた。

 それを見ていた骸は、微笑みながら口を開いた。

「君はマフィアの闇そのものですね、XANXUS(ザンザス)。君の考えているおぞましい企てはこの僕ですら畏怖の念を抱きますよ」

「……」

「いえ、別にその話に首を突っ込むつもりはありません。僕は良い人間ではありませんので。ただ……これ以上あの〝怪物〟を怒らせない方がいいですよ。もはや手遅れかもしれませんが」

 勝ったのに冷や汗を掻いて目線を逸らす骸に、次郎長を除いたその場にいる全ての人間が顔を引きつらせた。それぐらい次郎長はヤバイ存在なのだ。

 骸は忠告すると、背を向けて城島と千種の元へ向かった。

「骸しゃん」

「骸様……」

「クロームを頼みますよ」

 すると骸の身体が霧に包まれ、その中からクロームが姿を現し、千種に凭れかかった。

 その直後に、横になっていた骸の本体が目を覚まし、起き上がって次郎長の元へ向かう。

「うまく行ったようだな」

「ええ、クロームも引き際を弁えていいように弄ぶことができました。胸がすきましたよ、あなたのおかげです。――武運を祈ります」

 たった十数秒のやり取り。

 しかし、それで全てが伝わったのか、互いに何も言わなかった。

「これで二勝二敗一分け。次の守護者戦で決まるな」

「明日はいよいよ最後のカード、雲の守護者の対決です」

 チェルベッロはそう言い、グラウンドで行うことを提示した。

 次は並中最強の雲雀恭弥だ。次に恭弥が勝てば4対3になり、大空のリングを手に入れているとはいえツナ達の勝利は決定する。

「次はヒバリさんか……」

「大丈夫だろ。オイラにゃ負けっぱなしだが、マフィア(モン)に後れを取るような実力者じゃねェ。問題は……」

 次郎長は鋭い眼差しでXANXUS(ザンザス)を見据えた。それに気づいたのか、彼もまた次郎長を睨み返して殺気立つ。

 XANXUS(ザンザス)が急に殺気を放ったため、一同が驚く。

「一つ尋ねる。おめーは負けたらどうするつもりなのか教えろ。この際ウソでもいいぞ」

「おいウソはダメだろ」

「前に言ったはずだ……雲の対決でモスカが負けるようなことがあれば、全てをそいつらにくれてやると。ボンゴレの精神を尊重し、決闘の約束は守る」

 XANXUS(ザンザス)はあくまでも約束は守るというが、次郎長はXANXUS(ザンザス)はボスの座を諦めるわけがないと踏んでいた。いくら初代の血統と言えど、ボンゴレのボスになる気の無い(ツナ)との後継者争いに敗れるのは、あらゆる意味で許さないと確信していたからだ。

 次郎長率いる溝鼠組は、裏社会の組織としては反抗や裏切りとみなされる一切の行為がほとんど見られない珍しい一面がある。ヤクザであれマフィアであれ、組織の首領の支配や集団の一体性を乱すような行為は反履して発生しやすい。だが次郎長は組員一人一人に誠意を持って接するため、上下関係を厳守しつつも組員の意見には耳を必ず傾ける。ランチアの処罰をめぐっての登とのやり取りがいい例だ。そんな真面目さがあるからこそ、次郎長の決定に皆納得して従うため、溝鼠組の次郎長に対する忠誠心は鉄壁と言って過言ではない。

 しかしXANXUS(ザンザス)は、おそらく上司である9代目への忠誠は無いだろう。あればこんなことにはならない。

(仕掛けるのは恭弥の時か……尚弥を動かした方がいいか)

(明確にじゃねーようだが、勘づいてやがるな……奴の強さを考えると、消すタイミングは選んだ方がいいな)

 互いに腹の探り合いをする。

 が、リボーンがここで次郎長に銃口を向けた。

「ちょ、リボーン!!」

「鯉口切ってるゾ」

「!」

 気づけば、次郎長は鯉口を切っていつでも斬りかかる状態だった。

 確かにXANXUS(ザンザス)と殺し合えば、ツナ達が巻き添えを食らうハメになる。強引な手段だが、次郎長を抑えるにはそれ以外に道は無かった。

「……(わり)ィ、どうも気が立って仕方ねェ」

「気が立ってるどころか剣抜きかけてたぞ、コラ……」

 こうして、霧のリング戦は幕を閉じた。




ここで重大発表。

先週「無限列車編」を見て感無量になったばかりで、その熱が今だ冷めてないです。多分「JUMP DRIFTERS」で煉獄やしのぶの出番をもっと増やそうと思ってるくらいです。(笑)
そこで熱が冷めないうちに新作として「鬼滅の刃」の小説を投稿しようと思います。
詳しくは活動報告にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的66:共闘、邂逅、そして終焉……?

久しぶりの更新ですね。


 数日後の夜、並盛中学校の校門前。

 この日は恭弥とモスカの戦いが行われる。そして、次郎長が予測したXANXUS(ザンザス)の謀が実行される可能性が高い日でもある。

(恭弥とあのロボの戦いはどうでもいい。結果は見えてる。問題はその後だ)

「おや、次郎長じゃないか」

「雲雀尚弥!!」

 考え事をしていた次郎長に声を掛けたのは、並盛でもトップクラスの凶暴性を持つ雲雀家当主と、彼が率いる風紀委員会の面々。

 息子の晴れ舞台でも見に来たのだろう。

「おめーも授業参観か?」

「君こそどうなのさ」

「建前はそうだが、()()()(ちげ)ェってトコだな」

「奇遇だね、僕もそうなのさ」

 尚弥の言葉に、意外そうな顔をする次郎長。

 どうやら尚弥も尚弥で別の目的があるようだ。

「おめェ、何を狙ってる」

「彼らはマフィアだろう? 恭弥が勝って当然だけど、負け惜しみで何するかわからない。それを口実に全員咬み砕くのさ」

「成程、オイラも似たようなこと狙ってる。早速――」

 

 ドォオン!

 

「……終わっちゃってたな」

「……」

 校門を過ぎてグラウンドに着いた途端、轟音が響いた。

 視線の先には、モスカをのした恭弥とXANXUS(ザンザス)がフィールド内で対峙していた。

「このまま終わるわけがねェ」

「そうだね。じゃあ動くとするか。君達は待機だ」

 そう言って、並盛の表と裏の支配者はグラウンドに展開されたフィールドへと駆けた。

 

 

 一方のグラウンドでは。

「そのガラクタを回収しに来ただけだ。俺達の負けだ」

「ふぅん……そういう顔には、見えないよ」

 焦りを見せぬXANXUS(ザンザス)に、恭弥はトンファーを構えた。

「チェルベッロ」

「はい、XANXUS(ザンザス)様」

「この一部始終を忘れんな。俺は攻撃をしてねーとな」

 恭弥が攻撃を仕掛けようとした瞬間、XANXUS(ザンザス)は何かを悟ったような笑みをつくった。

 その時、恭弥の体に鎖分銅が巻き付き引っ張られた。

「「!?」」

 突然の事態に対処できず、なすがままに引っ張られるが、その直後に一筋の閃光が恭弥がいた場所を横切った。あのままいたら、ビームは恭弥の体を貫通していただろう。

「……父さん」

「強くなったね。でもアレで気を抜くのは、らしくないよ恭弥」

 恭弥を引っ張ったのは、有刺鉄線を飛び越えて侵入した尚弥だ。

 息子の健闘を称えつつ、心配そうに声を掛ける父親に、恭弥はムッとする。

「ったく、銃刀法違反もいいトコだぜ」

 その声と共に、今度はフィールドに設置された有刺鉄線と八門の自動ガトリング砲が破壊された。

 次郎長の仕業だ。

 するとモスカは、次郎長に体を向けて腹部の圧縮粒子砲を向けた。

「そんなモンでオイラの(タマ)ァ取れるとでも思ってんのか」

 

 ガギィンッ!!

 

 次郎長は神速の居合を繰り出し、モスカの圧縮粒子砲を見事に切断。

 時代劇さながらの光景に、山本達は歓声を上げ、ヴァリアー側は息を呑む。

 ――が、モスカは止まらなかった。人の皮膚など簡単に焼き切ってしまう圧縮粒子砲は使い物にならなくしたが、それに代わるようにミサイルが背中から発射されたのだ。

「っ……負け惜しみすんじゃねェ!」

 距離を取りながら、暴走するモスカに苛立つ次郎長。

 しかし体に備え付けられた強力なあらゆる武器が次々と発射されていき、学校の校舎にも被害が及んでいく。

「ぶはーはっは!! こいつは大惨事だな!!」

 辺り一面黒い煙が立ち上がり、その中でXANXUS(ザンザス)はこの状況を笑い飛ばしてみせた。

 そんな中で、戦場と化したグラウンドで次郎長はミサイルを捌きながら考える。

(ちっ、このまま消耗戦に持ち込みてーが、その間にアイツらが……)

 

 ――カチッ ピーーッ

 

「ん?」

 

 ドガンッ!!

 

 次郎長の足元から感知音が鳴った途端、爆発した。

 フィールドに埋めてあった無数の地雷の一つが、次郎長(じゅうりょう)を感知して爆発したのだ。

「ふはっ……はーはっはっ! ザマァねェ!!」

「――おい、誰だ地雷埋めたバカは!! 着物がボロボロになっちまったじゃねーか!!」

 土煙の中から、五体満足の次郎長が姿を出す。

 踏んだ瞬間、ギリギリで爆風と炎を避けたのだ。さすがに無傷とまではいかなかったのか、着物は所々破れ、顔や腕にはススがついている。

 地雷を踏んでもピンピンしている次郎長に、思わずルッスーリアは「冗談でしょ」と漏らした。

 しかし攻撃の雨は止まず、再び無数のミサイルが次郎長を狙った。次郎長は刀を構え迎撃しようとした、その時だった。

 

 ドウッ

 

「!?」

「……?」

 突如として辺り一面に広がった膨大な炎が、次郎長を護る盾となった。

 攻撃が止んだのを確認すると、炎は互いに消え去り、煙の中からシルエットを浮かび上がらせた。

 そこに居たのは、額に死ぬ気の炎を灯したツナだった。今のツナはパンツ一丁の死ぬ気モードではなく、いつもの状態ながら冷静沈着な「(ハイパー)死ぬ気モード」だ。

()()、ケガは?」

「…………地雷踏んだんだぞ、無傷じゃねーわ」

 軽い会話を交わすと、次郎長はツナに状況を説明した。

「あのポンコツ、暴走して全てを破壊しつくすつもりだ。奴の圧縮粒子砲やフィールドのガトリング砲はオイラが破壊したが、グラウンドの地雷がまだだ。標的はこっちだが、無差別攻撃だから巻き添えを食らいやすい」

「……ありがとう」

「……おうおう、随分と様変わりしたな。おじさんも後れを取るわけにゃいかねーや」

 死ぬ気状態のツナの姿に、次郎長は笑みを溢して刀の切っ先をモスカに向ける。

 バジルと共にグラウンドに駆けつけていたリボーンは、二人の背中を見てニヒルな笑みを浮かべた。

(……ツナ、次郎長との共闘だゾ。足引っ張りやがったら承知しねーからな)

「そんじゃ、反撃開始でい」

 先制攻撃は、次郎長。一瞬にして距離を詰め、モスカの左腕を斬り落とした。

 モスカはミサイルを次郎長に集中砲火するが、ツナが放った炎で防がれる。ツナも標的と認識し、右腕の指に付けたマシンガンの銃口を向けるが、発射寸前に次郎長に斬り落とされる。

 初めてとは思えない、息の合ったコンビプレー。銃火器豊富なモスカに対し、ツナは死ぬ気の炎を扱えるとはいえグローブ一丁、次郎長に至っては生身で日本刀のみだ。それなのに、劣勢どころか窮地に追い込まれているのはモスカであるのは、誰が見ても明らかだった。

 あっという間の猛攻に成す術も無く、モスカは完全に動きを止めた。その隙を突いて、ツナは死ぬ気の炎を灯した平手でモスカを真っ二つに焼き切ろうとしたが……。

「ツナ、そっから先は俺の仕事だ」

「親分……?」

 次郎長はツナを制し、代わってモスカの体を居合で斬り裂いた。

 すると斬り裂かれたモスカの中から、拘束具でキツく縛られ身動きが封じられた老人が姿を現した。

「……やっぱりか」

「……9……代、目……?」

 モスカから出てきたのは、まさかのボンゴレファミリー現ボスだった。

 冷たい眼差しで見下ろす次郎長に対し、死ぬ気状態を解いたツナは震えながら見つめている。リボーンは急いで九代目の所に救急箱を持って走る。

 9代目は、ゴーラ・モスカの動力源にされていたのだ。

「久しいな、クソジジイ。会いたかったぜ」

「たつ、みく……」

「その名で呼ぶな。本名で呼んでいいのは奈々だけだ、クズが」

 まるでゴミでも見るかのような目で、次郎長は衰弱した9代目を見下ろす。対照的に、ツナは今にも泣きそうな顔で見下ろしている。

 全ての事情を悟ったのか、9代目は謝罪の言葉を並べた。 

「すまない……こうなったのは全て私の弱さゆえ……私の弱さがXANXUS(ザンザス)を長い眠りから目覚めさせてしまった……」

「眠り? 何のことだ? XANXUS(ザンザス)は〝ゆりかご〟の後にファミリーを抜け、ボンゴレの厳重な監視下に置かれていたはずだゾ」

「〝ゆりかご〟?」

 リボーンはツナに説明する。

 〝ゆりかご〟は今から8年前に起きた、ボンゴレファミリー史上最大のクーデターのことであり、その首謀者がXANXUS(ザンザス)であるのだ。クーデターの実態はボンゴレ上層部とその場で戦った精鋭部隊のみが知るトップシークレットらしい。

「綱吉君……君のことはリボーンから聞いていたよ……付き合っている女の子のことや、学校のこと、友達のこと……君はマフィアのボスとしてはあまりにも不釣り合いな心を持った子だ……」

「じゃあ、何でXANXUS(ザンザス)を選ばなかったんですか……?」

 ツナの言葉に、次郎長を除いた全員が目を見開いた。

 XANXUS(ザンザス)も驚いたのか、こめかみをピクッと動かす。

「綱吉君……?」

「おじさんが言ってたんだ……一般人として育った子供を、いきなりマフィアのボスにさせるなんておかしいって……」

「……それは……」

「御託はいいよ」

 ツナと9代目の会話を、尚弥が遮った。

 尚弥は生きも絶え絶えな九代目に、得物の十手を向けて爆弾発言を投下した。

 

「イタリア系マフィアグループ「ボンゴレファミリー」現首領・ティモッテオ。並盛町風紀委員会の名の下、外患誘致罪で拘束する」

 

『!?』

 尚弥の言葉に、騒然とする一同。

「ガイカンユウチ……?」

「何だ?」

「外国と通謀して、日本国に対し武力を行使させる行為だよ。父さんの言う外患誘致は、ボンゴレファミリー所属の暗殺部隊が並盛で武力を行使したことへの責任を言ってる」

 例え死傷者が発生していなくても極刑に処されるけどね、と付け加える恭弥に、ツナ達は呆然とした。

 しかし、彼らはそれについてとやかく言える立場ではなかった。実際に被害者は出ているし、町の損失も計り知れない。初めての事態ということもあって慎重に動いているに過ぎず、実際のところは腸が煮えくり返ってる思いなのだ。

「異論はあるかい、溝鼠組組長・泥水次郎長」

「異議は無い」

「……連行して」

 尚弥の命令に従った委員により、拘束具をつけられたまま9代目は連行された。

 ツナは思わず手を伸ばすが、次郎長は「心配するな」と一言告げて諫めた。リボーンも相手の立場や今回の一件の()()を承知しているので、悔しそうな顔を浮かべるしかない。

「……どいつもこいつも、育児に失敗しやがって。それでもファミリーを束ねるゴッド・ファーザーかよ」

 次郎長は笑う。――いや、嗤った。

 ボンゴレ当主である9代目は〝神の采配〟と謳われる程に人を見抜く力や決断力に優れた指導者。経験値も実力も経営手腕も、溝鼠組を一代で裏社会屈指の強豪に仕立て上げた次郎長よりも優れている。それは次郎長自身も理解していた。

 だからこそ、次郎長は嘲笑った。身内の揉め事一つも解決できない老人が、全てのマフィア勢力の頂点と言えるのだから。

「挙句の果てには息子にガラクタにぶち込まれ、この町を混沌に陥れた。その罪は重いぞ」

 そう言うと、今度はXANXUS(ザンザス)に向き直る。その顔には怒りが露わになっていた。

 XANXUS(ザンザス)はリング争奪戦に勝って次期ボスになったとしても、〝ゆりかご〟の一件を知る上層部が就任に反対し、これからも抵抗する可能性が高い。だからこそ、ツナを悪役に陥れ弔い合戦で9代目の仇を討つというシナリオが必要だった。そうすれば多くのファミリーから絶対的な信頼を得ることができ、真の後継者であることを証明できる上に抵抗勢力もなくなるからだ。

 だが、これは彼自身も想定外だった。まさか9代目が町を警備する民間組織に外患誘致の現行犯で拘束されたとなれば、本部が大混乱に陥る。それも相手の言い分も一理あり、マフィアでもヤクザでもない組織への手出しは、上層部も躊躇することだろう。

XANXUS(ザンザス)君。九代目の身柄は風紀委員会が拘束した。取り返したければいつでもかかって来い……〝復讐者(ヴィンディチェ)〟が民間組織への手出しを許可してくれればの話だがな」

「っ……!」

「そしてチェルベッロ機関の御二方。リング争奪戦はこれで終わりだ。ここから先は俺達が仕切る。お前らの権力はこの町では無意味だ」

 主導権の掌握を確信した次郎長は、極悪人のように笑った。

 これで全て終わった。ここから先は煮るなり焼くなり好きにできる。9代目(たいしょう)の命を握った以上、実力行使しか出れなくなる。そうなればさすがの八咫烏も排除に動く。ボンゴレの最期だ。

 声を上げて高笑いしたい衝動を抑え、背を向ける。が、そこへリボーンが声を掛けた。

「お前……知ってたのか?」

「……何のことだ?」

「9代目がモスカの動力源にされてることに決まってるだろ」

 静寂が訪れ、全ての視線が次郎長に向けられた。

 次郎長は意にも介さず煙管を取り出し、吹かしながら返答した。

「クク……山ァ張ってただけだ。まさか本当にそうなるたァ思わなかったよ。オイラの怒りに触れといてノコノコ顔出すと思えねーしな」

「……」

「そういうこった。これでつまらねー喧嘩は終わりだ」

 完全勝利を確信した次郎長は、堂々と()()()()()()()立ち去った。

 

 しかし、このまま終わるはずの戦いは、次郎長自身の予想を裏切って続くことになる。




ヴァリアー編をやってて思うんですよ。やっぱり家族問題は放置しちゃいけないって。
作者はまだ結婚もしてないし彼女もいない二十代ですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的67:最強の邪魔者

やっと更新です。
いつもより短めですかね。


 三日後、並盛中央病院の屋上。

「これで少しは胸がすいたぜ」

 どこか満足気に紫煙を燻らせる次郎長。

 ようやく忌々しい9代目を拘束することに成功し、下らない後継者争いにひとまずの()()()をつけることができたのだ。あとは手打ちに持ち込んで煮るなり焼くなり好きにしてやればいい。

「アンタにも礼を言わねーとな、羽柴藤之介。……いや、地雷亜」

「フン……お前さんが積んだ分の金に見合った仕事をしたまでだ」

 和装の男――地雷亜はそう言って笑う。

 伝説の殺し屋として恐れられた裏社会のフィクサーに、次郎長は交渉して情報売買などを行っていた。そのおかげでボンゴレの動きを知り、そしてイタリアの情勢を知ることができた。情報は時にはあらゆる武器を凌駕する効果があるのだ。

「……そういえばお前さんが敵視している沢田家光、イタリアで影武者に撃たれて病院送りだそうだ」

「うわマジか。ザマァ、門外顧問ザマァ」

 偉いぞ影武者、と付け加えてニヤニヤ笑う次郎長。

 この男も大概である。

「それで、お前さんこれからどうするつもりだ? すでに向こうの内乱は鎮圧したようだが、9代目の狗共がそろそろやって来るぞ」

「オイラだって裏の人間だ、裏社会は所詮は弱肉強食だってことぐらいわかってらァ。報復行為は闇討ち暗殺何でもアリ、人質脅迫なんぞザラとある。まあ大義はこっちにあるからな、良心に付けこみゃどうとでもならァ」

「よくわかってるじゃないか」

 らしくなってる、と次郎長を評する地雷亜。

 そう、裏社会は他の組織や勢力からいつ侵害を受けるか判らない、食うか食われるかの弱肉強食の世界なのだ。法による保護は頼ることができず、暗黙の了解はあれど秩序はほとんどあらず。様々な人間の思惑・策略・欲望が渦巻く中で勢力を示威し組織を護らねばならない。

 並盛という魔界都市の裏の世界を支配する次郎長も、一端の首領としての非情さは持ち合わせるようになっている。ただ非情になる機会が滅多に無いだけだ。

「これで契約は解除だ、失礼する」

「また今度会ったらよろしく」

 軽く挨拶を躱すと、地雷亜は一瞬で姿を消した。

 次郎長は「ホント忍者だよな」と呑気に呟き、再び煙管を咥え吹かし始めるのだった。

 

 

 十分後、病院の相談室では。

「わざわざごくろうなこった、本部(イタリア)が随分と大変(てーへん)だったらしいじゃねーか」

「いや、こちらこそ今回の一件で巻き込んでしまい申し訳ない」

「まあ今回の件はウチだけじゃなくカタギもキレちまったからな。ケジメはつけねーとシメシがつかねーってんだ」

 次郎長は勝男と共に二人の人物と秘密の会談をしていた。

 一人は左腕に義手をつけている初老の男性、コヨーテ・ヌガー。もう一人はメッシュ髪の男性、ガナッシュ・(サード)。二人共、現ボンゴレ当主である9代目の補佐的存在だ。

 本来ならばこの場に9代目が来る必要があったのだが、治療中に加えて一刻も早く事態を収拾させる必要性があったため、ボンゴレ側はトップ不在のまま交渉することとなったのだ。

「そんで、今日決めてーのァ誰が責任(ケツ)持つんだって話だ」

「今回の一件、XANXUS(ザンザス)達の暴走を止められなかったのは重々承知だ」

「受けた被害の賠償は、全て責任を持って――」

「カネの問題を言ってんじゃねーんだよ。誰が責任(ケツ)持つんだっつってんでい」

 次郎長は眉間にしわを寄せて言葉を遮った。

「これは伝手から聞いたんだが……ボンゴレリングっつったか? そもそもアレを持ち込んだの家光の子分らしいじゃねーか。それもあのバカの指示で」

「それは……!!」

自分(てめー)の組織のゴタゴタを他所に持ってくる必要があったか? とばっちり食らって大変だったんだ。カネを出せばどうとでもなる話じゃねーんでい」

 その言葉に、コヨーテは押し黙った。

 今回のボンゴレのゴタゴタで一番の迷惑を被ったのは、並盛で暮らす民間人だ。商店街の被害に加え、それ以前に起こっていた数件の被害。そして溝鼠組組員・幸平登が遭った襲撃事件。立て続けに起きた抗争事件で、どれ程の町民が不安に駆られたことか。

 次郎長率いる溝鼠組は、昔気質の任侠道を標榜しているが、所詮は暴力団だ。非合法な経済活動をするし、同業者同士の抗争もある。世間様からしたら、真っ当な生き方をしているとはとてもじゃないが言えない。だからこそ出来る限り〝裏〟の問題を〝表〟に出して拡大しないようにしなければならない。それによって肩身が狭くなり追い詰められるのは、自分達自身なのだ。

 だがボンゴレは……厳密に言えばヴァリアーなのだが、それを破った。よりにもよって白昼にも事件を起こし、本来はカタギの少年達も巻き込んでいる。これについては弁解の余地もない。

 ゆえに、次郎長の提案する和解の案は――

「ボンゴレを解体しろ。…………それで手ェ打ってやるよ。そうすりゃ風紀委員会も文句は言わねーさ」

「なっ……!」

「知らんのかいな? 手打ちの選択肢にゃ組織の解散ってのがあるんやで?」

 次郎長の妥協案に、コヨーテとは立ち上がりガナッシュは目を大きく見開いた。

 一万近い傘下組織を置く、イタリア最大最強のマフィアの解体。一世紀もの歴史を持つ巨大勢力の解散は、裏社会のパワーバランスを破壊しかねない滅茶苦茶な要求だった。

 しかし、それはあくまでも海外の場合だ。日本の裏社会を牛耳る勢力は暴力団(ヤクザ)であり、海外勢力であるマフィアとは資金源や勢力拡大を巡って対立することもある。それにボンゴレを解体したとしても、構成員は別の組織で生きるのもカタギとして第二の人生を歩むのも自由であるのだ。

 次郎長の狙いはあくまでもボンゴレ本家と直系。傘下と同盟組織は眼中にないのだ。

「今のボンゴレの立場を理解しているのか、次郎長!」

「てめーの上司の息子(ガキ)とその仲間(ツレ)がウチの子分(ガキ)に瀕死の重傷負わせたんだぞ。登はこの町で戦争が起きねーようにと黙って斬られたんだからな」

「っ……!!」

「こっちにゃ大義名分があんだよ。てめーらの本部(ねじろ)に乗り込んで一人残らずぶった斬りてー気分押さえてる俺の気持ちも考えろや」

 若き組長の全身から放たれる、円熟した威圧感。

 最強の極道の気迫に、勝男ですら息を呑む。

 そこへ、思わぬ人物が顔を出した。

「あの……」

「「登!」」

 その場に現れたのは、患者衣姿の登。

 かなり回復しているのか、血色もよく包帯が巻かれた箇所もほとんどない。

「おめェ……ケガはもういいのか?」

「はい。あと二、三日で退院できます」

「…………そうか」

「ようやく華が一輪しかないむさ苦しい男所帯に癒しが戻るわ!」

 次郎長は安堵した表情を浮かべ、勝男はバシバシと肩を叩いて笑う。

 何気に自分の組をディスるような発言をする勝男に、登は苦笑いする。

「ところで、そちらの方々は……?」

「クソジジイの側近共だ。今ちょうど手打ちをしてるところでい」

 和解の会談をしている最中だと語る次郎長だが、醸し出される迫力を感じ取ったのか、登は生唾を飲んだ。

「……おめー当事者なんだから、何か言っといた方がいいぞ。なァに、大義名分はこっちにあるんだ。無ければ無いで言いがかりつけるかでっち上げりゃいい」

「オ、オジキさん! 僕そこまで鬼じゃないですよ! ちょっと思いましたけど!」

「お前も大分染まってきたのう」

 若手も一端の裏社会の住人と化している。

 成長というべきか純真が汚れてゆく様なのか、何とも言い難くしんみりする。

「……君が、幸平登君か」

「あ、はい……」

「私はコヨーテ・ヌガー。こちらはガナッシュ・(サード)。9代目の代理として来日した」

 きょとんとした表情を浮かべる登に、次郎長は一緒に手打ちに加われと促す。

 別に拒否してもよかったが、極道の人間である以上ケジメはつけねばならないので、登は無言で頷いた。

「今回の一件、誠に申し訳ない。次郎長から話は聞いた」

「……」

「報復合戦による全面戦争にならぬよう、命懸けで動いた君の面子をコケにしてしまった。この件は我々に非がある。許してくれとは言わないが……」

 そう言って、コヨーテはガナッシュと共に頭を下げた。

 許さなくて結構、しかし詫びだけはせめて入れさせてほしい――そういうことなのだろう。

 登は二人の心中を察すると、本音を吐露した。

「……正直に言うと、許せません」

「……」

「でも、僕にしたことじゃなく、ツナ君達を巻き込んだことが許せない」

 その言葉に、一同は目を見開く。

「ツナ君はまだ子供なんです。14歳の、一般人なんです。今となってはカタギと言い切れる状況かはわからないけど、それでも……」

 裏の人間は、表の人間に手を出すようなマネはしてはいけない。

 なのに、ボンゴレはなぜツナに固執するのか。マフィアの世界を何一つ知らないごく普通の少年を、自分達の都合でボスに担ぎ上げるとはどういうことか。

 それが、登は理解できなかった。

「慰謝料とか謝罪とか、もういいです。それよりも、金輪際この町に……オジキさんとツナ君達をあなた達の手前勝手な都合に巻き込まないでください」

 それだけは守って下さい、ツナ君の人生を決めるのはあなた方じゃない。

 穏やかに告げて頭を下げる登に、次郎長は優し過ぎるなと思いつつも、その意思を尊重して口を開いた。

「――登に免じてボンゴレ解体は見送らせてもらう。だが登をもう一度コケにしようもんなら……」

「わかっている。9代目に伝え、沢田綱吉のボンゴレ継承権の剥奪を検討しよう。XANXUS(ザンザス)の処遇について、何か要求はあるか」

「他所の家庭問題に口を出す程、オイラァ野暮じゃねーさ」

 次郎長は先程までの圧力はどこへやら、穏やかな様子に変わった。

 剥奪という言い方が気に食わないが、これでツナはボンゴレに操られることはなくなるだろう。9代目からも家光からも解放される。そうなれば、自然と次郎長もボンゴレと対立する必要性はなくなる。

 ボンゴレがツナと距離を置くことで、多くのメリットがあるのだ。この機を逃すわけにはいかないだろう。

(これで全てが丸く収まる……今までよく耐えたなツナ。あとは〝おじさん達〟に任せろ)

 そうほくそ笑む次郎長。

 だが、事件はその日の夜に起こった。

 

 

           *

 

 

 夜の並盛。

 月の光が輝く世界で、次郎長は酒を片手に沢田家へ向かっていた。

 昼間の手打ちの件を、ツナ達に伝えるためだ。ゴーラ・モスカを目の当たりにした次郎長は、電話越しでは盗聴される可能性があると踏み、直接伝える方がまだマシと判断したのだ。

(……今回のはツナにとっていい手土産になる。リボーンのこたァどうでもいいが……まあアイツはボンゴレ直属じゃねーからよしとするか)

 少しは息がつける、と考えたその時だった。

 

 ドンッ! パリィン!

 

「っ……!」

 銃声と共に、次郎長が持っていた酒瓶が砕け散る。

 すぐさま真後ろへ向き直り、距離を取って居合の構えで迎撃態勢を取る。

「……行儀の(わり)ィこって。おめーさん、今どういうタイミングかわかってんだろうな」

 苛立つように吐き捨てる次郎長。

 その視線の先には、XANXUS(ザンザス)がいた。

「……展開としちゃ悪くねーはずだろ。ツナのボンゴレ継承権はチャラになる。必然的に後を継ぐのァおめーになるだろ」

「確かに、これでボンゴレは俺のモノになる。だが…………てめーのような格下の思い通りになるのが気に入らねェ」

「格下ね……その格下に思い通りになるようじゃあ、おめーも半人前でい」

 互いに殺気を放ち、睨み合う。

 しかし次郎長は殺気を収め、構えも解いた。

()るってんなら場所を移す。その気じゃねーなら失せろ」

「ほざけ。ボンゴレの頂点に立つ俺に盾ついた奴を生かすわけねーだろ」

 次郎長を嘲笑し、XANXUS(ザンザス)は最強の邪魔者の排除に動いた。




もしかしたら、今月……というか今年最後かも。
来年は未来編も行けるかな……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的68:第一次並盛戦争、終結

2021年最初の投稿は、本作におけるヴァリアー編最終話です。


 沢田家では、溝鼠組の若頭である勝男がトレードマークの七三分けを整えていた。

「すまんのう、奈々の姐さん。面目ない」

「いいのよ、気にしないで! ――全く、タッ君ったら勝男君に仕事丸投げしてどこ行ったのかしら?」

 プンプンと怒る奈々に、勝男は「ホンマにオジキの同い年なんか……?」と疑惑の目を向ける。

 勝男は沢田家に向かうと言ってから屋敷に戻らず、連絡もしてこないため、確認の為に訪れたのだ。その際に久しぶりだからと奈々に歓迎され、夕食もいただいて風呂まで入れさせてもらったのだ。

「しっかし、オジキが来とらんのは気掛かりや……連中に巻き込まれてなきゃええんやけど」

「まあ、ツナ程のトラブル体質じゃねーとは思うがな」

「ほとんどお前のせいだよ!!」

 さりげなく毒を吐くリボーンにツッコミを入れるツナ。

 相変わらずやな……と勝男は呆れると、真剣な眼差しで二人を見つめた。

「――ツナ坊、それにリボーン。お前らにはこの際伝えとかにゃならん。オジキがここへ来ようとした理由を」

「え?」

「理由……?」

 勝男は腕を組み、次郎長の手打ちの話を始めた。

「オジキがここに来る理由は、昼間の手打ちの件や」

「手打ちって、まさかボンゴレとか?」

「厳密に言えば、現当主直属の幹部とやけどな」

 勝男の口から語られたのは、今回の事実上の抗争に関する和解の話。

 当主が入院しているため、その側近達を相手に次郎長と勝男はボンゴレの解体を要求した。いくら候補者(ザンザス)の暴走の影響があったとしても、並盛で抗争を起こした責任はボンゴレ中枢にあるからだ。

 しかし襲撃事件の被害者である登が「溝鼠組にもツナにも並盛にも、金輪際手を出さないでほしい」と懇願したため、ボンゴレの解体からボンゴレ継承権の剥奪に変わることになったという。

「ツナのボンゴレ継承権の棄却……」

「まだ当の親玉がおネンネ中やけどな。まあ今回の件はさすがにマズかったんやないか? あのオジキを……並盛の王者・大侠客の泥水次郎長を本気で怒らせてしもうたんやからな」

 リボーンは帽子を深く被った。

 それ程の責任感が、ボンゴレ中枢にあるのだ。元はと言えばボンゴレも市民を守る自警団が原点……そんな組織が他の町の民間人を巻き込むなど、あってはならないことなのだ。

「この案件が通れば、ツナ坊は金輪際マフィアと関わらずに済む。リボーンはあくまでも今のボスの依頼っちゅー契約やから、家庭教師(かてきょー)として関わるんやろうな」

「おじさん……まさか、オレの為にここまで……」

「言っとくが、本来ならこれは家光の役目や。相応の大義名分が無ければ、オジキはここまで動かん。奈々の姐さん、極道のわしが言うのもあれやけど、家光にヤキ入れ――」

 

 ――ドォン……!

 

『!?』

 突然の爆発音。

 音はかなり遠い。しかし、その後もドンドォンと立て続けに起こっている。

 間違いなく、戦闘だ。

「オジキィ!」

 勝男は血相を変えて長ドスを片手に飛び出した。

「オレ達も追うゾ」

「え……うえぇぇ!?」

 

 

           *

 

 

 勝男が沢田家を飛び出した頃。

 廃墟で二人の首領が激突した。

「消え失せろ!!」

「っと!」

 銃口から放たれる極太の熱線を躱し、刀を逆手に持ち替える次郎長。

 傲慢なXANXUS(ザンザス)との戦いに付き合うハメとなった並盛の王は、戦場で剣を振るう。かれこれ10分以上経つが、未だ戦線は膠着している。

(……あのドラ息子の銃をどうにかしねーとな)

 攻撃を躱し、ぶつかり合いながら次郎長は分析する。

 XANXUS(ザンザス)は〝憤怒の炎〟という凄まじい破壊力の炎を自在に使いこなし、掌中に発生させ放出して相手にダメージを与えることができる。それに加えて死ぬ気の炎を一時的に圧縮し吸収することができるという死ぬ気弾の特性を活用し、銃を用いて敵を殲滅する戦闘スタイルだ。

 広い射程範囲と強大な火力……それは次郎長にとって最も相性が悪い相手と言える。が、それで臆する次郎長ではない。

(死ぬ気の炎による遠距離攻撃……弾切れを狙うのもアリだが、早めに決着(ケリ)をつけてェ)

 次郎長は一瞬で距離を詰め、柄頭で胸を突いた。

「うぐっ……!」

 XANXUS(ザンザス)は咄嗟に後ろへ後退したため、威力は殺げた。しかし骨……いや、肺まで届く衝撃は確かに効いており、その鈍痛に顔を顰めた。

 その隙に次郎長は納刀し、十八番(オハコ)の居合を繰り出す。

「ちぃっ!」

「くっ」

 寸でのところで躱される。

 すかさず逆手に持ち替え振り抜くが、これも不発。振り抜いた勢いの回し蹴りも紙一重で避けられてしまう。

 独立暗殺部隊のボス――ボンゴレ10代目候補は伊達ではない。

(やっぱりあの高火力は大したモンじゃねーな。だが距離を取られると不利だな……)

 次郎長は果敢に攻め入り、懐へ潜り込もうと肉迫する。

 近距離での戦闘へ持ち込むためには、憤怒の炎を掻い潜り渾身の一撃を浴びせる必要がある。それに下手に避けるよりもケガは少なく済む。そういう意味では、一見無謀でも理には適っていた。

「――ふはっ! そんなに消し炭にされてーのか」

「バカタレ。拳で語る(おとこ)の喧嘩は、(けん)(りん)(だん)()の中で盆踊りやれるぐらいクレイジーじゃなきゃできやしねーんだよ」

「そうかよ。じゃあカッ消してやる」

 直後、XANXUS(ザンザス)は次郎長の右腕を思いっ切り蹴った。

「っ!」

 ミシリという骨まで響く嫌な音が聞こえ、その痛みで刀を落としてしまった。

 その隙を見逃すはずもなく、XANXUS(ザンザス)は獰猛な笑みを浮かべて次郎長の顔面に銃口を向けた。

「死ね!! 〝怒りの暴発(スコッピオ・ディーラ)〟!!」

 

 ――ゴキィッ!

 

「!?」

 引き金を引こうとした途端、脇腹に衝撃が走った。

 鞘だ。次郎長が逆手で鞘を握り、豪腕から繰り出す強烈な一撃を叩き込んだのだ。

 鉄拵えの鞘が打ち込まれたそこは、肝臓がある位置。打たれると激痛をもたらす人体の急所に、次郎長はピンポイントで衝撃を叩き込んだのだ。

「ぐっ……!」

 脂汗を流し、激痛を堪えるXANXUS(ザンザス)

 次郎長は刀から鞘に得物を変え、逆手から順手に持ち替えて猛攻を加えた。

 

 ドォン! ドゴォ! ガォン! ズドォン!

 

 顔を二回、顎を一回、そして鳩尾を突かれて吹き飛ばされる。

 鞘による連撃を食らったXANXUS(ザンザス)は壁を突き破り、瓦礫の山に減り込んだ。

(――何だコイツ……!? カスの分際で俺と……!!)

「ハァ、ハァ……ちったァ効いたか?」

 息が上がりつつも鬼のような強さを発揮し始めた次郎長に、XANXUS(ザンザス)は殺意を込めて睨みつける。

 その直後、戦場にあの三人が駆けつけた。

「おじさん!」

「オジキ!」

「……おめーら、手ェ出すんじゃねーぞ」

 勝男とツナの声が耳に届いても、次郎長は振り返らない。

 目の前の敵に集中しているのだ。

(……マズイな、あいつらが来ちまった。守り切れるか……)

 リボーンはともかく、勝男とツナは自分やXANXUS(ザンザス)には到底及ばない。

 むしろ助太刀しようものなら足手まといとなる。次郎長は駆けつけた面々を守りながら戦わねばならないのだ。

(なら、これしかない!!)

 次郎長は弧を描くように走り、XANXUS(ザンザス)に迫る。

 放たれる火球を躱し、懐に左手を伸ばして斬りかかったが……。

「ドカスが」

 次郎長の一太刀は躱され、二つの銃口から憤怒の炎が放たれる。

 髪の毛を多少焼かれながらもどうにか回避するが、その隙に蹴り飛ばされ、壁に激突する。

「終わりだ!!」

 獰猛な笑みを浮かべ、引き金を引いた。

 次の瞬間!

 

 ドォォン!!

 

『!?』

 引き金を引いた途端、XANXUS(ザンザス)は爆炎に呑まれた。

 憤怒の炎を溜めた銃が暴発したのだ。

「なっ!?」

「暴発!?」

「クク……うまく行った」

 何が起こったのかわからず、戸惑いを隠せないツナ達に対し、次郎長は不敵に笑った。

 煙が晴れ、服がボロボロになったXANXUS(ザンザス)が激昂して次郎長に問う。

「ぐっ……てめェ、何しやがった!?」

「それ自動拳銃(オートマチック)だろ? 欠点ぐれー知ってるよな」

 次郎長がそう言った途端、XANXUS(ザンザス)の足元に何かが転がった。

 爆炎の影響で消し炭状態になっているが、かろうじで形は保っている。それを手に取ったXANXUS(ザンザス)は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて次郎長を睨んだ。

 拳銃の暴発の原因は、何と二枚の十円玉だった。

「くっ……カスが、小賢しいマネを!!」

「ワンコインもバカにできねーだろ?」

「そうか、さっきの一発で遊底(スライド)が動いた時に硬貨を投げつけ、ジャムを起こしやがったのか」

 リボーンは次郎長の狙いを悟った。

 二人の決定的な違いは、得物の種類。銃と刀では射程範囲に圧倒的な差が生じ、死ぬ気弾と死ぬ気の炎が合わされば絶対的な差となり、次郎長の勝ち目はほぼ無くなる。

 それを解決させるのが、銃を無力化すること。銃を二挺とも使えなくさせ、有利な近接戦闘に持ち込ませるという算段だ。その為に次郎長は、XANXUS(ザンザス)の銃の遊底(スライド)が発射時の反動で後退した瞬間に硬貨を投げ入れ、一番の武力を封じたのである。

「ちっ……最初(ハナ)からコイツが狙いだったのか」

「二挺とも使えねーようにできるかは賭けだったけどな」

 使う銃弾も宿る能力(パワー)も桁違いだが、所詮は銃。基本的な構造は変わらず、当然誤作動や動作不良も起こる。

 銃ならではの欠点で、次郎長は形勢を覆したのだ。

「並盛男児はそんじょそこらの腕自慢とはレベルが(ちげ)ェぞ。腕も頭も何もかも……持ちうる力を全て使って叩き潰す。特に()()()()()はな」

(っつーか、死ぬ気の炎使えねーのにXANXUS(ザンザス)とタメを張るって、化け物かアイツ)

 多少の外傷こそあれどダメージを悟らせない次郎長。

 そんな彼と唯一互角に渡り合える尚弥も然り、この町に君臨する次郎長世代の人間は規格外すぎる。

「クソ野郎が……!!」

 XANXUS(ザンザス)は使えなくなった銃を投げ捨てると、一気に距離を詰めて次郎長の顔面を抉ったが――

「へェ……この次郎長を相手に素手喧嘩(ステゴロ)かい」

「た、耐えたーーーーーっ!?」

「さあて、一発には一発だ!」

 

 ゴパアァァ! ドドォン!

 

 豪腕から放たれる右ストレートがXANXUS(ザンザス)に叩きつけられる。

 再び吹き飛ばされるが、何とか受け身を取ってダメージを抑えた。その隙に次郎長は刀を回収し、納刀して居合の構えを取る。

「ぐっ……」

「おめーじゃあ接近戦に勝機はねェ。大人しく引け。裏の世界も引き際は大事だぜ?」

「ほざけ!! このド畜生が!!」

 ふと、XANXUS(ザンザス)の顔や全身に古傷が浮かび上がった。

 怒りの感情に呼応するように浮かび上がるそれは、顔中を覆う。

「あらら、頭に血が昇ってらァ……」

「捻り潰す!!」

 XANXUS(ザンザス)が両手に光球を宿して次郎長に迫る。

 その時、両者の間に氷の線が走った。

「「!?」」

「――もうその辺にしておきなさい」

「「9代目!?」」

 そこへ現れたのは、何とボンゴレファミリー現当主・9代目(ティモッテオ)だった。

 ケガが完治していないのか、昼間の幹部二名に連れられ車イスで参上した。

「ジジイ……!!」

XANXUS(ザンザス)。これ以上は無益だ、ここで引きなさい。私は彼と話がある」

「黙れ!! 老いぼれが――」

「9代目の実の息子じゃねーのがそんなに気に食わねーかい」

 その言葉に、空気が凍りついた。

 勝男とツナはピンと来ていない様子だが、当事者二名とリボーンは目を見開いて次郎長を見た。

「……次郎長……いつ知ったのだね」

「海外の裏社会の情報を流してくれる知人がいるだけさ。もっとも、何も知らずとも今回の件の拗れ具合で大体察するけどな」

「……ああ、私とXANXUS(ザンザス)の間に、血の繋がりは無い」

 9代目は、どこか苦しそうに語り出す。

 XANXUS(ザンザス)は元々貧民街出身で、彼の宿す憤怒の炎を見て妄執に取り付かれた母親の進言で9代目の養子となった。9代目は彼なりの愛情を持って育て上げ、XANXUS(ザンザス)はボス候補と騒がれる程の威厳と強さを持ち合わせるようになるが、「自分は9代目の息子ではない」という真実を知ってボスに成り得ないと絶望し、クーデターを起こして封印されたのだ。

 9代目の口から語られる真実に一同は息を呑み、全てを聞いた次郎長は青筋を浮かべた。

「……結局は逃げたんじゃねーか」

「!!」

「親として子のことを思うなら、最初っから実子ではないことを伝えるべきだろ。そうすりゃあゴタゴタなんぞ起きずに済むってのによ」

 次郎長の非難に、9代目は何も言えなかった。

 もしかすれば、クーデターのタイミングと真実を告白するタイミングが運悪く前後したのかもしれない。だがそれは楽観視もいいところであり、XANXUS(ザンザス)が本当に実子であれば後継者に名が挙がることは確実であり、仮に養子であっても抜きんでた素質と実力があれば支持する者達が必ず現れるはずだ。

 それなのに、9代目はXANXUS(ザンザス)よりもツナを選んだのだ。血縁は無くとも実子同然に思っていた養子よりも、日本で平和に暮らしていた少年をとったのだ。

「てめーのァ愛情と呼べねェ。自己満足の施しっつーんだよ。てめーの優しさを全否定はしねーが、家光と同じで人の親としてズレてんだよ」

「……君の言う通りだ。もっと早く話し合い、向き合っていれば、こうはならなかったのかもしれない……逃げるつもりは毛頭無かったが、そう言われても仕方ない」

「9代目……」

 目を閉じて項垂れる9代目は、話を手打ちに変えた。

「昼間の件、コヨーテから聞いたよ。確かに今回の一件は、我々に非がある」

「……話の流れじゃ、ボンゴレ解体からツナのボンゴレ継承権棄却になってらァ」

「その要求を呑もう」

 その言葉に、次郎長と勝男以外は驚愕する。

「ジジイ……!!」

「9代目!?」

「私は聞いたんだよ。幸平登君の命懸けの行動を」

 9代目は、登の一件を語り出した。

 ヴァリアーの幹部・レヴィが引き起こした襲撃事件。その被害者である登がボンゴレとの全面戦争を避けるために抵抗しなかったことを聞き、ひどく胸を痛めたという。

「彼の顔に泥を塗らないためにも、これ以上の無益な戦いを避けるためにも、私は真摯に受け止める義務がある」

「……異論はねーってか」

 9代目は無言で頷いた。

 それはボンゴレと溝鼠組、いやボンゴレと並盛の抗争の終結宣言を意味していた。

XANXUS(ザンザス)……次郎長……ツナ君……この場を借りて、君達に責任を持ってお詫びする」

「9代目……」

(……うまい具合に丸く収めたか)

 頭を深く下げた9代目に、ツナとXANXUS(ザンザス)は言葉を無くし、次郎長は目を細めたのだった。

 

 

 表も裏も問わず多くの人間を巻き込んだ、一月近く続いた「第一次並盛戦争」はひとまずの終結を迎えたのだった。

 しかしその後、次郎長は今度は並盛どころか世界の命運すら関わる大きな戦いに巻き込まれることとなる。




次回、未来編です。
十年後の溝鼠組と本作のオリキャラ達、そんな彼ら彼女らにボコボコにされるミルフィオーレファミリーの活躍に乞うご期待。
これまであまり活躍しなかったキャラの無双も思案中ですので、乞うご期待。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未来編
標的69:溝鼠組改革


2月最初の投稿です。


 ヴァリアーとの抗争から二日が経過した。

 今回の一件を重く受け止めた9代目は、早々にイタリアへ帰国し、ヴァリアーに厳しい処罰を下した。それだけでなく、騒動を拡大させる一因となってしまった門外顧問組織(チェデフ)の対応にも問題があったとして、家光に謹慎を命じたという。

 一方、ツナや次郎長をはじめとした巻き込まれた者達には改めて謝罪し、10代目の継承を一度白紙に戻すことを告げた。ただし何だかんだツナにするという可能性がゼロとは言い切れないので、次郎長はそこは警戒しているのだが。

 何はともあれ、これで並盛に平穏が訪れた。風紀委員会との連携や次郎長の根回しによって突貫で後処理を終えたため、瞬く間に活気を取り戻した。ボンゴレ絡みの騒動もこれで落ち着き、普段の日常が始まるだろう。

 しかしその裏で、溝鼠組は大きな節目を迎えようとしていた。

 

 

 正午頃。

 溝鼠組の屋敷の大広間で、次郎長は子分達を集めていた。

「全員集めていきなり(わり)ィな。だがどうしても全員に伝えなきゃならねー話があるんでな」

「オジキ、一体何事で?」

「全員集めるなんて、何かあったんですかい」

「まあ、合ってるっちゃ合ってるな」

 次郎長は子分達の視線を浴びながら、話し始めた。

「承知の通り、先日のボンゴレとの抗争の後始末で、俺達は大金つぎ込んで町の復興に尽力した。……協力してくれたおめーらにゃ、感謝しかねェ。ありがとな」

「いやいやいや! 何じゃ急に改まって!」

「照れるやないかオジキ!!」

 感謝の礼を述べる次郎長に、勝男達は一斉に照れ始めた。

 が、次の言葉で事態は急変する。

「その上で、ウチがかき集めた資金が半分近く無くなった」

『……うええっ!?』

「さっき言ったろ、大金つぎ込んで町の復興に尽力したって。組の金、大分使っちまったから仕方ねーだろ」

 次郎長の一言に、一同は遠い目をした。

 合法非合法問わず稼いで金庫に保管してた大金が、今回の一件で半分も使ってしまったのは、ヴァリアーの暴走がやはり原因だ。組員の治療費、並盛中学校の修繕費、町中の公共施設や公共物の修繕費……あらゆる支出で組の金を使いまくり、気づいた時には結構ヤバイ状態になったという訳だ。

「オジキさん……上納金の桁、増やすんですか?」

 傷が完治して組に戻った登の一言に、次郎長以外の肩がビクッと震えた。

 極道組織において、上納金は出世の可否を握ると同時に生命線だ。上納金を納める額が多い程、組内での発言力が増して組織で影響力を持つようになる反面、上納金が納められなくなれば組織は瓦解し、解散に追い込まれる。組織によっては上納金すら満足に支払えない幹部が降格、場合によっては破門されることもあるので、上納金は組織としても組員としても命脈といって過言ではない。

 そして現在、溝鼠組は資金難とまではいかないが 抗争中はシノギを稼ぐ暇も無かったため、今月の収入がマイナスになっているのである。

「昔みたいに塩舐める生活か……」

「アニキ、この年であの頃には戻りたくねーですぜ!」

「最古参のメンバー以外は、あの頃の生活難を知らんからのう」

 溝鼠組創立期の貧困時代を経験している最古参三人組は、困り果てる。

 すると次郎長が、煙管を燻らせながら「そうはさせねーよ」と言い切った。

「てめーら、ここからが本題だ。――実は昨日、京次郎がデケェ話を持ち掛けてきた」

「京次郎って、あの〝狛犬〟の?」

「……今朝の朝刊だ」

 次郎長は一部の新聞を勝男に投げ渡した。

 その一面には、意外なことが載っていた。

「姉古原町が、並盛町に吸収合併……!?」

 一面に載っていた記事は、隣町の姉古原町が並盛町に吸収合併することが成立したという内容だった。

 記事によると、姉古原は近年財政赤字となっており、財政破綻寸前だという。その原因の一つに、前町長の経営にあったという。

「前町長は、頂上作戦で金をつぎ込んじまったらしい」

「頂上作戦……?」

 次郎長は、姉古原町の経緯を語る。

 姉古原の前町長はヤクザ嫌いであり、裏の秩序を保っていた魔死呂威組を壊滅させようと躍起になっていたという。その為に条例で締め付けを行い、資金源の枯渇を推し進めていた。その影響をモロに受けた魔死呂威組は、同盟勢力からも縁を切られ始め弱体化が進んだが、締め付けて解散に追い込むために多額の税金をつぎ込んでしまい、財政が傾いてしまったという。

 その責任を取って前町長は辞職したが、財政再建はできず、並盛町に吸収合併することになったという。なお記事には載っていないが、尚弥と蘭丸が根回ししたという。

「デケェ話ってのは、吸収合併後のことでい。――実は今な、姉古原には複合商業施設の開発計画が持ち上がっている。まあ建設業だが……その建設の莫大な利権を得ようってこった」

「でも、それは他の勢力も手を伸ばす話じゃ?」

「フッ……物分かりが良くて助かる。登の言う通り、この話は裏社会界隈で話題沸騰中でい。偶然にも、これから並盛駅に地下商店街造る計画もある。同時並行で利権独占すりゃあデカイ金が手に入る」

「せやけどそないなこと、並盛の秩序に関わるで。利権を巡って抗争になるんは明白じゃ」

 勝男の言葉に、古参組員は首を縦に振る。

 並盛町の秩序は、表は風紀委員会が、裏が溝鼠組が独占し君臨することで成り立っている。だが姉古原は、魔死呂威組一強だが他の勢力も蠢いているのが現状。並盛と姉古原が合併すれば、姉古原の反京次郎勢力が溝鼠組の縄張りに流れ込んでくる。

 そうなれば姉古原と合併して大きくなった並盛の裏社会は群雄割拠となり、事件の絶えない緊張状態が続き、戦争の可能性すら出てくる。

「おう、そこでだ。今回の合併を機に、〝溝鼠組改革〟を実施しようと思ってる」

『〝溝鼠組改革〟?』

 次郎長が立案する溝鼠組改革は、吸収合併後の並盛町内での影響力をさらに高める施策だという。

 具体的な内容は、「二次団体の創設」と「親戚団体の編入」の実行だ。溝鼠組の中から小規模の下部組織を置き、五分の盃を交わしている古里真と中村京次郎がそれぞれトップを務める親戚団体を正式に傘下に収めることで、区域が拡大した町内の裏社会関係者を監視・牽制するのだ。

 これによって溝鼠組の影響力が及ばない区域を無くし、不穏分子を封殺して抗争を未然に防ぐ。さらに組織の再編成で誕生した下部組織のシノギの一部を上納金として溝鼠組に納めることで、組織全体の収入を増やすという経済的な意味合いもある。

「成程……」

「今までウチらがやってきたのは、的屋や雀荘の運営、請負業と民事介入やからなァ」

「二次団体っつーか下部組織は四つぐらい欲しい。シモンんトコと京次郎んトコ含めてな」

 つまり、残り二つは溝鼠組の組員がトップを務める組織だということだ。

 現時点の組員の数は総勢135人。弱体化した魔死呂威組の吸収合併などを考えても、下部組織の構成員はかなり少なくなるだろう。

「それを言うんでしたら、私が昔いた植木蜂一家の再興とかどうですか? 私が溝鼠組本家若頭補佐も兼ねた〝直参〟となれば問題無いかと」

「まあ、一度潰れちまったから看板は変わるかもしれねーがな」

 次郎長はそう言うと立ち上がり、襖を開けて廊下に出た。

「オイラァ今から真んトコに話を持っていく。勝男、あとは任せるぞ」

「心配無用やで、わしゃ若頭じゃからのう」

「……そうじゃねーとな」

 次郎長は不敵な笑みを浮かべると、勝男もまたニッと薄く笑った。

 

 

           *

 

 

 古里家に訪問した次郎長は、二階の広間でファミリー一同と顔を合わせた。

「いやァ、全員来ていてよかった。いくらか話がしやすい」

「僕だけじゃなく、シモン全体に話さなきゃならないことなんだね?」

(はえ)ェ話、そういうこった」

 次郎長は勝男達に伝えた話を、真達にも語った。

 親戚団体の弱体化、隣町との合併、そして溝鼠組改革……全てを聞いた真は真剣な眼差しで次郎長を見据えた。

「僕らシモンを、マフィアではなくヤクザとして生きろということなんだね」

「お前らがオイラの組の下部組織になると都合がいいんでい」

 シモンファミリーが溝鼠組の下部組織になると、古里家のメリットはかなり大きい。

 マフィア界を抜けてヤクザ界に転じれば、マフィアの世界の掟「沈黙の掟(オメルタ)」から解放され、次郎長という後ろ盾の影響でマフィアからの執拗な弾圧・迫害から完全に逃れることができる。

 カタギからはマフィアの家ということで敬遠され、マフィアからはシモンだからと迫害されたシモンファミリーにとって、次郎長の提案はかなりの好条件だ。迫害の歴史に終止符を打つ絶好の機会を逃すわけにはいかない。

 しかし、当主の真以外はそう簡単に割り切れなかった。

「シモンの名を捨てろと言うのか……?」

「おいら達にも誇りはあるんだ」

「結局、ボンゴレに負けを認めることになるではないか」

 反発、という程ではないが難色を示す若者達。

 シモンファミリーという名を大切に思って生きてきたからこそ、向き合わねばならない現実と避けられない変化に戸惑うのだ。

 その上で、次郎長はこう告げた。

「おめーらのご先祖様は、何を望んでるのかオイラにゃわからねェ」

「……」

「だが仇を討ってくれと伝わってねーのは、復讐とは別のことを願ってるってことにも解釈できる」

 その一言に、その場にいる全員が目を見開いた。

 初代ボスのシモン=コザァートは、マフィア界から姿を消した後、復讐ではなく何を願ったのか。それは子孫の明るい未来かもしれないし、マフィアの世界からの解放かもしれないし、その両方なのかもしれない。少なくとも、自分の子孫が恨み憎しみを持って一生を終えることを願ってないのは確かだ。

 だからこそ、負の歴史を紡がないよう、シモンファミリーの在り方を考えねばならない。

「……炎真は、どう思ってるんだ?」

「えっ!?」

「今のままだと、次期当主はおめーだろう。もしおめーが自分の手でマフィアの世界とケジメつけてーんなら、オイラはいつでもに力になってやる。――オイラァ兄弟の盃を蔑ろにゃしねェ」

 次郎長の真っ直ぐな瞳に射抜かれた炎真は、一度視線を逸らしてから口を開いた。

「……僕は、おじさんに感謝してる。僕達一家をボンゴレから救ってくれたことも、ツナ君と会わせてくれたことも、返しきれない恩だよ」

「……」

「本当はシモンとかボンゴレとかそんなのどうでもいい。皆と笑って一緒にいたいよ。でも……先にスッキリしておきたい」

 炎真は本心を吐露した。

 ボンゴレに対しては確かに憎しみはあるし、迫害と弾圧をしてきたマフィア達を見返してやりたいと思ってもいる。だがそれ以上に傍にいてくれる仲間や家族が第一であり、庇護下に置いてマフィア界から自分達を護った上に友人を与えてくれた次郎長への恩返しも大事と思うようになった。それを踏まえて、自分達を縛るマフィアの世界とケジメをつけねばならない。

 復讐心を上回る使命感があると語った炎真に、次郎長は優しく微笑んだ。

「マフィアの恨みはマフィアの内に決着(ケリ)をつける……筋が通ってるじゃねーか。見ねー内に中々の器になってきやがって! ――強くなったな、炎真」

「っ……!」

 ワシワシと次郎長に頭を撫でられ、顔を真っ赤にする炎真。

 中学生にもなって頭を撫でられることへの羞恥と、恩人から成長を認められた嬉しさでごっちゃになっている。

「そうとなりゃあ、早速手ェ回して置かねーとな。ちょうどボンゴレは今回の抗争でゴタついている。脅すなら今がチャンスだ」

「脅迫前提なのか」

「いいんだよ。裏社会は大義名分がありゃあどうにでもなる――」

 

 ピリリリリリッ

 

「……すまん、電話だ」

 着信音が鳴り、懐から携帯を取り出す。

 発信者は、登だ。

「……登、どうした急に」

《オジキさん、リボーン君見ませんでした?》

「見てねーが、それがどうした」

《実は……》

 登は次郎長に用件を伝えた。

 つい先程、買い物帰りにツナと遭遇し、リボーンを探すのを手伝ってほしいと頼まれたという。リボーンは度々イタリアに帰ることがある上、これからシノギに動こうとしていたので耳を貸す気は無かったのだが、あまりに切迫した状況に見えたので話を聞いたという。

 ツナ曰く、ランボが余計なマネをしてリボーンに返り討ちに遭い、癇癪を起こして10年バズーカを撃ったという。それはリボーンに向かい、直撃して姿を消したのだ。

(直撃? 避けられなかっただと? あれ程の腕利きが?)

 次郎長は眉間にしわを寄せた。

 リボーンと直接戦ったことがあるからこそわかる違和感。いくら不意打ちだろうと、真っ正面から直撃を受けてしまうような相手ではない。

(嫌な予感がする……)

《オジキさん、どうしましょう……》

「……アイツは奈々にも黙って出ていく奴じゃねェ。その案件は俺が引き取る。お前はいつも通りシノギをしろ。もし新しいシノギに手ェ出すなら、まず俺に言え」

《わかりました》

 次郎長は電話を切ると、真達に目を配った。

(わり)ィな、昨日の今日であんなことがあったから、ついつい小さなことも気にしちまう」

「いや、僕達は気にしないよ。いってらっしゃい」

「……ああ」

 妙な胸騒ぎに襲われながらも、次郎長は古里家を後にして並盛の街へと赴いた。




次回から10年後の並盛となります。
乞うご期待。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的70:支配権を奪われた王者

本作の53話「ジッリョネロファミリー」の伏線回収回です。


 街へ出た次郎長は、自分の持つ情報網でリボーンの探索にあたった。

 しかし一向に進展せず、参っていた。

「どうしたモンだか……」

 公園のベンチに座り、缶コーヒーを飲む。

 それよりも、先程から胸騒ぎが止まらないことが次郎長にとっては問題だった。

 昔から人並み外れた勘の鋭さを有しているとは思っていたが、こんなにも鬱陶しい警告音は今までになかった。

「……落ち着けねェ」

 早くどうにかしてくれと、心の中で自分の直感に言い聞かせる。

 するとそこへ、次郎長の子分達が慌てて駆けつけた。

「オジキ、ここにいたんですか!」

「えらいことになってきたんじゃ!」

「……何だと?」

 子分達が言うには、何とツナや獄寺まで行方不明になったという。

 さすがに心配になってきた奈々は溝鼠組に電話し、次郎長にツナの捜索を頼んだという。

 風紀委員会ではなく次郎長を頼ったあたり、長い付き合いゆえなのだろう。

「……いよいよ大事になっちまったな」

「オジキ、どないするつもりで?」

「実はリボーンのバカも行方知らずでな。この案件は事前にオイラが引き受けるって登に言っちまった……そうだな、勝男に「しばらく留守になるから組任せんぞ」っつっとけ。おめーらはいつも通りシノギと見回りをしとけ」

『へいっ!!』

 命令に従い、子分達は一斉に行動に移す。その統率の取れた動きに、次郎長は微笑んだ。

 並盛の裏社会の最高権力者として君臨してから、15年以上の年月が経とうとしている。古参も新参も含めて子分達は極道として申し分ない成長を遂げ、若頭の勝男も次期組長としての力量度量を完全なものにした。

 あと数年経てば、組長の座を譲って相談役か顧問として隠居してもいいだろう。それぐらいに成長したのだ、未練はない。

 そんなことを考え、缶コーヒーを飲み干した直後。

 

 ヒュルルルルル……

 

「ん?」

 何かが降ってくる音が頭上から聞こえ、天を仰いだ。

 刹那、次郎長は爆発と共にピンク色の煙に呑みこまれた。

 

 

           *

 

 

「どわああああああっ!?」

 突然の浮遊感のあと、頭に走る鈍い衝撃。

 頭から地面に落ちたのは嫌でも理解できた次郎長は、咳き込みながら立ち上がる。

「ゲホッゲホッ!! んだいきなり!?」

 頭をさすると、煙が晴れた。

 そこに広がる光景は、さっきの公園ではなく――

「な、何だ貴様!?」

「何者だ!!」

「俺が言いてーわ」

 見知らぬ戦場と武装集団だった。

(何だコイツら? どこから湧いて出てきやがった)

 次郎長は鋭い眼差しで一瞥する。

 目の前にいる武装集団は、全員が黒い制服で身を包んでいる。お揃いの服を着用しているため、近頃街でたむろするカラーギャングなのかと推測するが、その割には構成員の多くは外国人であり、何より得物が()()()()()()()

 かつて暴走族がヤクザの下請け組織として機能していたように、カラーギャングが別の犯罪組織の下部組織である可能性もあるが……いずれにしろ、この場を切り抜けるのが第一である。

「……てめーら、ここで何をしている」

 そこへ、一人の男が歩んだ。

 金髪のオールバックとアフェランドラの胸章……一見はマフィアの幹部か要人のボディーガード。不敵に笑ってはいるが、放つ殺気が脅しではないと瞬時に察知し、次郎長は即座に居合の構えを取る。

 が、よくよく顔を見ると、面識のある人物と理解して声を荒げた。

「おめェ……アリアんトコの!!」

「っ!! まさか次郎長か!?」

 そう、男の正体はγ(ガンマ)

 ボンゴレファミリーと同等の歴史を持つ「ジッリョネロファミリー」のボス・アリアの側近であり、勘違いをきっかけとした〝ちょっとした騒動〟で顔を合わせた間柄だ。

 だがジッリョネロファミリーの活動拠点はイタリアのはず。もしやここは日本ではなくイタリアではないのか?

 次郎長は困惑するが、それ以上にγ(ガンマ)は困惑していた。

「こりゃ参ったな……まさか全盛期の次郎長とはな……」

「おい、どうしてェ?」

 頭を抱えて悩むγ(ガンマ)に、次郎長は怪訝な表情をする。

「あの……どうしますか?」

「この男もリストに載ってますが……」

「冗談止せよ。目の前にいるのは全盛期の次郎長だぞ。一番強い頃の化け物と殺し合いなんざ無駄に兵力を失うだけだ」

 γ(ガンマ)は次郎長との戦いは避けるべきと判断し、武器を下ろすように命じた。

「俺ァ色々と訊きてェこたァある。ここはどこだ、そして()()だ」

「っ……よくそういう結論を導き出せるな」

 どこか呆れたように笑い、γ(ガンマ)は衝撃の事実を次郎長に伝えた。

「ここはアンタが支配していた町だよ」

「――まさか、並盛なのか!?」

「…………一緒に付いて来てくれ。場所を移すぞ」

 

 

 γ(ガンマ)に案内され、次郎長は彼らのアジトに足を踏み込んだ。

「予定が入っていない今なら、ここにいても問題無い」

「……てめー俺の並盛に何しやがった? オイラだけじゃなく並盛をコケにしたのか?」

「怒る気持ちはわかる……だがこっちも色々あったんだ」

 γ(ガンマ)はソファに座るよう促し、戸棚から日本酒を取り出した。

 客人として気を遣ってくれたのだろう。次郎長は一言礼を述べるとグラスに注ぎ、一口煽るとγ(ガンマ)のグラスにも注ぐ。

「何から話すべきだろうな……」

「まずは今の並盛の状況を説明しろ。この次郎長のシマがあんなに荒れてるなんざおかしい」

 次郎長のドスの利いた声に、γ(ガンマ)も真剣な表情で語った。

 ここは並盛であるのは言うまでもない。だが10年経った未来の並盛であり、現時点では新興マフィア「ミルフィオーレファミリー」が猛威を振るい、ボンゴレ本部を壊滅状態に追い込んだ上、ボンゴレに関わりのある人間を抹殺するボンゴレ狩りを行っているという。

 その中でも次郎長はボンゴレと対立したとはいえ、その脅威的な戦闘力を警戒されて先日討伐計画を実行されたという。しかし想像以上の実力としぶとさに苦戦を強いられ、最終的には数に物を言わせて6時間も攻め続け、疲弊しきったところで「この時代最強の剣士」である幻騎士に斬られ川に落ちたという。

「すでに二日以上が経過したが、今のところ遺体は見つかってない……まだ生きてるのかもしれねーな」

「それ以前に隠居したヤクザ一人に向ける戦力じゃねーだろ。袋叩きでようやく倒せたって、役立たず揃えすぎだろ。人選ミスもいいトコでい」

(ちげ)ェよ、逆だ!! そうでもしねーと倒せねェ相手だったんだよ、この時代のアンタ!! ハァ……全く、アレが44歳の中年の足掻きだなんて未だに信じられん……幻騎士も深い傷を負ったからな」

 遠い目をするγ(ガンマ)に、次郎長は不安に駆られた。

 戦いに敗れた後、勝男達はどうなったのか。ボンゴレ狩りは話の素振りからして一般人(カタギ)も狙っているらしい。奈々とツナは、真達や尚弥達は、皆はどうしたのだろうか。

 その気持ちを察したのか、γ(ガンマ)は話を続けた。

「アンタの関係者だと、溝鼠組は規模を縮小させながら繋いでいる。この時代のアンタが異常に強かっただけだからな。風紀委員会って組織は、トップは行方不明で他は生き残ってるらしい。……だがボンゴレの血統を継ぐ沢田綱吉は、今ミルフィオーレが血眼になって探してる」

「……一応生きてはいるのか」

 次郎長は安堵の笑みを浮かべた。

 抗争――というか状況的にはリンチ――に敗れはしたものの、護るべき存在はまだ生きているようだ。

「……待て、奈々は? 菜奈はどうした!?」

「……わからん。一応門外顧問と一緒に行動しているって情報はあったが……」

 それを知り、拳を強く握り締める。

 これは現代ではなく未来の出来事だが、恩人が消息不明とあれば不安になるし、自分への怒りが募る。ましてや希望となるのが険悪な関係の家光ただ一人となれば、無事を祈る以外にない。

 しかし、未来は未来。次郎長は心を落ち着かせ、ジッリョネロファミリーの現状を訪ねた。

「それを言うんだったら、アリアはどうした? この時代のオイラみてーに隠居したのか?」

「っ……ボスは死んだ。原因不明の病でな」

「! ……それは、気の毒だったな……」

 視線を逸らすγ(ガンマ)に、次郎長はアリアの死を惜しんだ。

 裏社会の組織において、トップの急逝は内部抗争を生みやすい。すでに後継者が確定していればまだどうにかなるが、突然の死だと継承問題で派閥争いが発生し、いずれは抗争となり血を流す。

 次郎長は現役の頃から若頭の勝男を次期組長と決めてたため、内部抗争はおろか派閥分裂すら起こさずに済んだが、ジッリョネロファミリーはアリアの死後に体制が揺らいだのだろう。

「そうすると……次期ボスは不在なのか」

「いや……ある意味では、そうかもしれねェ」

「何だと? じゃあいるのか?」

 するとγ(ガンマ)は、悔しそうな表情を浮かべてミルフィオーレファミリーの内部事情を話した。

 ミルフィオーレファミリーは、新進気鋭のジェッソファミリーがジッリョネロファミリーと合併して誕生した組織であり、ジェッソ出身は「ホワイトスペル」、ジッリョネロ出身は「ブラックスペル」として活動している。しかしその合併はジッリョネロ側がアリアの代から拒否していた案件であり、ジェッソファミリーの首領・白蘭という青年に設けられた和解の場が全ての始まりだという。

 その和解の場に応じたのが、ジッリョネロファミリーのボスにして今のブラックスペルの頂点である少女・ユニである。

「ボスの娘である姫は……今の俺達のボスであるユニ様は、守護者抜きのボス同士の会談において白蘭と交渉を行った。その交渉の結果、白蘭との合併を承諾した」

「だが母親の代から断ってた案件を承諾したってことなんだろ? その方がファミリーを確実に護れる、という流れじゃなさそうだが」

「ああ、そうだ……!」

 γ(ガンマ)は話を続ける。

 ユニは純真で笑顔を常に絶やさない人物だったが、あの会談以降無表情となり、白蘭に忠実だという。まるで感情を奪われたような、それこそ洗脳されて操り人形となったような感じだという。

 おそらく、例の会談で白蘭はユニに何かしたのだろう。

「薬でも盛られたか、それとも洗脳でもされたか……気分のいい話じゃねーな」

「ああ……」

(だがこれはチャンスだ。互いに奪われた(モン)同士だし、これと言った恨みもねェ……今ならイケるか?)

 次郎長はグラスの酒を飲み干し、γ(ガンマ)に話を持ち掛けた。

 

「なあγ(ガンマ)、オイラと手ェ組んでその白蘭ってクソガキを潰さねーか?」

 

「!?」

 次郎長が持ち掛けたのは、共闘して元凶である白蘭を倒す、言わば同盟だった。

「お前は(ユニ)を奪われ、俺は並盛の平和を奪われた。互いに面子が形無しの身でい……だったら、全て奪ったクソガキから奪い返してやろーぜ」

「次郎長……」

「オイラの任侠道とてめーの騎士道で、そんなどこの馬の骨か知れねー三下にヤキを入れてやんねーとシメシがつかねーっての」

 不敵な笑みを浮かべる次郎長に、γ(ガンマ)も口角を上げた。

 ――コイツとなら、あの白蘭から姫を取り返せるかもしれない。

「……俺達に何ができる」

「俺ァ白蘭を、ミルフィオーレを知らねェ。いきなり()()()()()んだ、情報が足りなさすぎらァ。勢いだけで倒せるような柔な相手じゃねーのァわかったから、敵の情報を知りたい」

 次郎長の要求に応じ、γ(ガンマ)はミルフィオーレファミリーの情報を提供する。

「ミルフィオーレは白蘭を頂点とし、その下に「6弔花(ろくちょうか)」という精鋭幹部が位置し、その下に17にも及ぶ部隊に分けられている」

(結構な大所帯だな……)

 ボンゴレに匹敵か、それ以上の勢力と知り、次郎長は顎に手を当てる。

 それ程の大組織となれば内部抗争ぐらい起きてもおかしくないが、どうも白蘭は組織の長としての経営手腕は優れてるようだ。

「……で、その6弔花ってのァどういうメンバーだ」

「俺がその一人だ。他にもさっき言った幻騎士、ホワイトスペルのグロ・キシニアとジル、そして入江正一……」

「待て、入江だと? そいつが幹部にいるのか?」

「知ってるのか?」

 意外な事実にγ(ガンマ)は驚くが、次郎長はもっと驚いていた。

 入江正一は沢田家の近所に住んでいたカタギであり、並盛の人間である。次郎長自身は面識はなく、彼の母親・入江とも子が登とスーパーで顔を合わせ世間話をする程度の交流があったが、いずれにしろ並盛の人間が並盛に危害を加えていたという事実が発覚した。

 しかし次郎長は、入江がマフィアとして並盛の支配権を奪い危害を加える勢力に加担していることに、憤りよりも戸惑いの方が上回っていた。

 なぜ一般人の人間がいきなり新興マフィアの幹部格になったのか。諸悪の根源である白蘭とはどういう関係なのか。

 疑問が次々と湧き出る中、次郎長はγ(ガンマ)に尋ねる。

「……入江は、どういう役なんだ」

「入江はミルフィオーレの中じゃあ中心人物の一人だ。白蘭から特務を申し付けられることもある」

「成程、執行部の人間ってことか」

 入江はミルフィオーレファミリーの運営を実質的に行っているメンバーの一人で、相応の権限を行使できるようだ。

 だがヤクザもマフィアも、幹部格は腕も度胸も階級に相応しいモノでなくてはならない。白蘭の意向もあるだろうが、入江がそれ程の実力を短期間で習得したとは思えない。何か裏があるはずだ。

「……この時代の抗争は、どうもオイラのやり方が(ふる)(くせ)ェようだな」

「そうだな。この時代は〝リング〟と〝(ボックス)〟が物を言うからな」

「〝リング〟と……〝(ボックス)〟?」

 次郎長は初めて聞く単語に目を細める。

 リングとは、マフィア黎明期に暗黒時代を生き抜くため、先人達が闇の力と契約した象徴とされてきた代物。使用者の生命エネルギーが通過すると死ぬ気の炎が生成される仕組みで、ボンゴレリングがそれに値する。どうやらマフィア界の各勢力ごとにリングは存在するようだ。

 そして初耳の〝(ボックス)〟という武器。サイズは手のひら大のサイコロ状で、リングによって生成された死ぬ気の炎によって開けることができるという。中には武器や実在する動物を元にした生体兵器が収納されており、戦闘を有利にするオプションが付いているようだ。

「随分と先の未来を行ってやがる。おめーもそうなのか?」

「ああ。この時代で剣や銃は時代遅れの認識だ」

「隠居したオイラはよく渡り合えたもんだ」

 次郎長はおもむろに立ち上がると、出口へ向かった。

「おい、次郎長! どこへ行く?」

「入江を誘き出す。殺したと思っていた奴が暴れ回ってたら否が応でも動くだろ。百聞は一見に如かずってヤツさ。ヤクザ(モン)の博打でい」

 

 

           *

 

 

 ついに動き出した並盛の王。

 早速町内を歩き回り、敵を誘き出そうと画策する。

(来やがれ……かかって来い。オイラの並盛を土足で踏み荒らした落とし前、きっちりつけてやる)

 ピリピリと殺気立つ次郎長。

 並大抵の腕利きでは腰を抜かしてしまう程の威圧感だが、この時代における自らの立場を考えればいい囮役だ。

 すると早速、次郎長の罠に引っかかる者が現れた。

「何だ貴様?」

「どこのファミリーの人間だ!」

 白い制服で身を包んだ男達が、次郎長に群がる。

 ミルフィオーレの三下連中だ。

「黒はアリアんトコだから……ぶっ潰していいのは()()()か。――てめーら、入江正一を知ってるよな?」

『!?』

 その言葉に、目に見える程に動揺する男達。

 次郎長は話が早いと刀の柄を握った。

「アイツにこう言っとけ。「いい度胸してるじゃねーか」ってな」

 

 

 ミルフィオーレ日本支部にて。

 部下から抗争の報告を聞いた入江は、監視カメラの映像を見て放心状態となった。

「――えっ? まさか全盛期の次郎長親分?」

 そこに映るのは、ホワイトスペルの構成員を薙ぎ倒しまくる着流しの男。

 その身体的特徴は、この町の裏の支配者だった男のそれと同じで、10年前の姿だ。

「さ、最悪だ……」

 一気に顔を青くする入江。

 というのも、次郎長の討伐を指揮したのは入江本人なのだ。厳密に言えば白蘭の頼みを受けたという訳なのだが、彼にとって次郎長は正直二度と相手にしたくない人物であった。

 何せ第4部隊から第7部隊までの四部隊による連合軍を送り込み、消耗戦に持ち込んで攻め続けて疲弊しきったところで精鋭幹部で追い討ちを仕掛け、それでようやく攻略できた程の豪傑である。何度も胃や頭を痛め、ミルフィオーレ側の被害もバカにできなかったので、入江にとっては黒歴史やトラウマに近い印象なのだ。

 そんな旧時代が生んだ怪物が、よりにもよって黄金期真っ只中の姿で大暴れしている。ただでさえ隠居の身で凄まじい強さだったのに、全盛期となれば戦闘力は比べ物にならない。しかも――

《入江正一……この案件はエンコで丸く収まらねーぜ》

 明らかに自分を狙って行動している。

 しかも指詰めよりも重い制裁を科すつもり満々。

「うっ……お、お腹痛い……」

 いつも以上の痛みを発する腹部を押さえ、入江は最強の極道との再戦に頭を抱えるのだった。




十年後の次郎長は、銀魂本編における勝男と出会った頃の姿だと思ってください。
跡目を勝男に譲ってるので、表立って暴れたりすることは無いのですが、異次元の戦闘力は健在なので、入江の次郎長潰しはどうにか成功って感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的71:10年後の幸平登

三月最初の投稿です。


 γ(ガンマ)と別れてから、次郎長は思う存分に暴れ回っていた。

「入江のガキの居場所を教えろってんでい。てめーら雑魚に構う暇ァ、オイラにゃねーんだよ」

「……!」

 男の胸倉を掴んで睨む次郎長。

 その周囲には、真っ白の隊服を血で染めて倒れ伏すホワイトスペルの下っ端達が無惨に密集していた。

 数が多かろうが武装が充実していようが、百戦錬磨の次郎長、ましてや10年前(ぜんせいき)の次郎長にはミルフィオーレも手も足も出なかった。力も技術も経験値も、次郎長は全てを勝っていた。

「フン、使えねェ」

 そう吐き捨て、男を放り投げる次郎長。

 これまでに百人以上は確実に薙ぎ倒したが、全員が口を割らないか知らないの一点張り。秘密主義のマフィアらしいと言えばそうだが、早く居場所を特定しなければ逃げられてしまう。

 焦りを覚えつつも、冷静に関係者をボコりながら尋問を続けるしか方法がない。

「ちっ、こりゃあまさか地下とかか……?」

 元いた時代では、並盛駅に地下商店街が造られる計画があり、溝鼠組はそこから得られる利権を独占しようと動いていた。

 10年もあれば、すでに完成しているだろう。その近くに、入江正一の潜伏先があっても不思議ではない。

「……並盛駅に行くしかねーか」

「そこまでだ!」

 目的地を決めた次郎長に声を掛ける男達。

 振り返ると、何とマシンガンを手にした白服達が。

「っ! ちったァ配慮できねーのか……!」

 一般人(カタギ)を巻き込むことすら厭わない姿勢に腹を立て、次郎長は抜刀する。

 その直後だった。

 

 パァン! パァンパァン! パァン!

 

「ぎゃあっ!」

「うぐッ!?」

 破裂音を抑えきったような銃声と共に、白服達がバタバタと前のめりに倒れ全滅した。

 急所はギリギリで外れている。後ろから撃たれたようだ。

「大丈夫ですか?」

 次郎長に優しく声を掛ける狙撃手。

 その正体は、背広を着用したオールバックの男性。今の自分と変わらない三十代前半の見た目で、右手には減音器(サプレッサー)が付いた拳銃(マカロフ)が握られている。

 その顔は、次郎長にとって見覚えのある人物だった。

「おめェ……登か?」

「っ! まさか……オジキさん……!?」

 次郎長を助太刀したのは、10年後の幸平登だった。

 

 

 並盛駅の地下商店街にて。

「どうぞ」

「おう、(わり)ィな」

 次郎長は登に案内され、地下商店街の奥にあるテナント募集の張り紙が貼られた空き店舗の中へ入り下へ続く階段を降りた。

 そこに広がるのは、総絨毯の事務所だった。

「ここは……」

「僕が総裁を務める、溝鼠組の二次団体である秘密組織「並侠連(へいきょうれん)」の事務所です」

 並侠連。

 それは、並盛の裏を仕切る溝鼠組の二次団体で、存在を秘匿されている極道組織。溝鼠組の暗部であり、裏取引・裏工作を専門とした集団である。人質や拉致監禁はしない一方で、抗争の兆候があれば水面下で情報収集と工作活動に徹し、組内きっての武装で制圧するのだ。

 その総裁(トップ)が、何と溝鼠組の構成員で最もヤクザらしくない登なのだ。言い方を変えれば、裏組織として最も適した人材とも言えよう。

「今、飲み物持ってきますね。適当に腰掛けて下さい」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 ドカッとソファに座る。

 周囲に目を配ると、スーツ姿の男達が時折様子を窺うように顔を出している。

 登の客人と言えど、一切油断せず警戒しているようだ。

「お待たせしました」

「瓶のコーラか……久しく飲んでねーな」

 蓋を開けて一口煽ると、次郎長は登を見据える。

「……ジッリョネロのγ(ガンマ)から、並盛の情勢は把握している。オイラの組に……溝鼠組に何があったか教えてくれ。勝男やピラ子は……皆はどうした」

「勝男兄さんは……二代目は今、服役中です」

 登のいきなりの衝撃の一言に、次郎長は唖然とした。

「勝男警察(サツ)にパクられたのか!? 何やってんだ二代目」

「並盛を一旦離れて体勢を立て直そうとした矢先に、警察の嫌がらせに逆らった組員の「使用者責任」を問われて……」

「暴対法か……並盛は魔界都市だから影響受けなかったもんな」

 並盛を離れた途端に警察との揉め事で逮捕された勝男。

 次郎長と勝男を同時に失った溝鼠組は、京次郎を代理に立てたが、これ以上指導者を失うわけにもいかず、登が並盛に残って他は国内外のどこかで身を隠しているという。

「あの例のマフィアが来て以来、この町はガタガタです。連中が恐れてるのは〝王の帰還〟……そして〝科学力〟の封殺」

 この時代の次郎長が敗れたのは、飛ばされる二日以上前。

 次郎長という秩序を失った並盛はミルフィオーレが支配権を奪取したわけだが、それでもなお遺体が見つからないからか、次郎長が生きている可能性を拭えず内心ビクビクしているだろう。

「武力で言えば、我々が有利でした。たかが極東の島国の一組織だからと油断したのもあったでしょうが、八咫烏陰陽道の皆さんも動いてくれたので」

「まさか、奴らですらミルフィオーレには勝てなかったのか……?」

「いえ、実はもっと別の問題で……何でも龍脈というモノに異変があったらしくて、かなり切羽詰まった状況になったからと戦線離脱しました」

 次郎長は眉間にしわを寄せた。

 龍脈は大地の気の流れであり、風水学において「大地の血管」とも言える超が付く程に重要な存在。そのエネルギーが噴き上がる「龍穴(りゅうけつ)」に住むと一族は永く繫栄するとされ、莫大な恩恵にあやかれるのだ。言い方を変えれば、龍脈に何らかの異変があれば大きな災いに繋がりかねないということでもある。

 八咫烏陰陽道にとって、海外マフィアよりも龍脈の方が優先されるのは当然の流れだ。龍脈にもしものことがあれば、海外マフィアごと国が亡びかねない災いに見舞われる可能性があるからだ。

「タイミングが悪かったってのァよくわかったよ。それで――」

「はい、あとはオジキさんの予想通りに……」

 そして、崩壊が始まったという訳である。

 登曰く、この町でミルフィオーレファミリーと真っ向から張り合える者は一人としていないという。

「僕も表立って動くと連中に勘づかれてしまうので……」

「秘密組織が存在バレちゃ世話ねーわな」

「オジキさんは、何が何でも死守しなければならない。オジキさんでないと、この町を……いや、この時代を救えない」

 己の未熟さに歯がゆさを覚えながら、登は次郎長に頭を下げた。

「オジキさん、この町を……この世界を一緒に救ってください!」

「……ひとまず入江正一を探さねーとな」

 了承以前に事を進めようとする次郎長に、登は頭を上げると笑みを溢した。

 頼むまでもなかったのだ。最初からそのつもりだったのだ。

「オジキさん……」

「登、暫くはここで居候させてもらうぜ」

 次郎長は瓶のコーラを一気に飲み干し、立ち上がって階段へ向かった。

「オジキさん! どこへ?」

「……〝釣り〟に行ってくる。自分の足で探さねーとなんねーだろ、、こういうのは」

 

 

           *

 

 

 その頃。

 ランボの10年バズーカによって未来へ飛ばされたツナ達は、ボンゴレの秘密基地に手次郎長の訃報――ただし10年後の次郎長のだが――を知って呆然としていた。

「う、ウソだ……おじさんが負けるはずない!! いい加減なこと言わないでよ!!」

 目に見える程に取り乱すツナ。

 ツナにとって次郎長とは、実父以上に頼れる身近な大人であり、大きな柱の一つでもあった。

 時に厳しくも優しく接し、常に真っ直ぐ向き合って、いつもどこかで助けてくれる。そんな無敵の次郎長が死んだなんて――

「……次郎長の強さは、俺も承知している。だが家光以上の猛者でも、ミルフィオーレに……」

 元イタリア海軍の軍人である門外顧問機関(チェデフ)の構成員ラル・ミルチは、複雑な表情で告げる。

 次郎長の規格外の強さは、10年後も健在だったが……。

「そんな……」

 涙を流すツナに、獄寺は何と声を掛ければいいかわからなくなる。

 次郎長とツナの奇妙なれど確固たる絆は、獄寺としては嫉妬に近い感情を抱くものだった。だからこそ、ツナがいかに次郎長という大人を信用していたのかが嫌でも理解できた。

 身近な大人を失うことは、裏社会ではよくあることだ。しかし、長く一般人として生きてきたツナにとっては、そのショックの大きさは計り知れない。

 しかし、そこへリボーンが飛び蹴りを炸裂させた。

「狼狽えんじゃねェ」

「ぎゃっ!?」

 首に直撃し、悶絶するツナ。

 そんな生徒に、リボーンは腕を組んで強く言った。

「死体が見つかってねー上に、そいつをミルフィオーレが血眼になって探してるってことは、まだ生きている可能性があるからってことだろーが」

「リ、リボーン……」

「アイツがその程度でくたばる奴じゃねーことは、俺も知ってる」

 リボーンは次郎長の生存を信じるような言葉を口にする。

 彼もまた、泥水次郎長という並盛最強の無法者(アウトロー)の強さを直で感じた者。ならず者の王が新興マフィアごときに易々と殺されるような男じゃないと、リボーンは確信している。

「それよりも、今は味方を集めることが先決だゾ」

 

 

 某所。

 巨大なビルの高層階の、高級感漂う家具が置かれたある一室。

 そこでは、窓際で立ってマシュマロを頬張る青年がいた。

「白蘭様! 先日征圧が完了した並盛町で、連続的に情報が入りました!」

「やあレオ君、ご苦労。早速その情報、教えてくれないかな?」

 白蘭と呼ばれる、ハネた白髪と左目の下についている三つ爪のマークが特徴の青年。彼こそが、この時代で猛威を振るうミルフィオーレファミリーの首領である。

 そしてレオ君と呼ばれた青年は、白蘭の伝達係であるレオナルド・リッピ。その風貌は、幸平登と酷似している。

「昨日より、並盛町でホワイトスペル部隊への襲撃事件が相次いでいます」

 端末を操作し、モニターに映像を映す。

 紅花があしらわれた黒地の着流しを着用し、赤く長い襟巻を巻いた浅黒い男。その周囲には一方的に叩きのめされたホワイトスペルの構成員達。年齢的には白蘭よりも上、三十代半ばに見える。

 その姿を見た瞬間、白蘭の目が鋭くなった。口角は上がっているが、どこか不愉快そうにも見える。

「これは6弔花を動かさないといけないかな」

「白蘭様、この男は一体……」

 レオナルドの疑問に、白蘭は淡々と答えた。

「ホラ。何日か前に、並盛の支配者を正ちゃんが部隊指揮して討伐したじゃん」

「ジャパニーズマフィアの泥水次郎長、ですか?」

「うん。これ、彼の10年前……一番強かった頃の姿だ」

「そ、そんなまさか!!」

 思わず声を荒げるレオナルド。

 入江による次郎長の抹殺計画の報告結果を知る彼にとって、それはあまりにも想定外で、無視できない案件だった。何せこの時代の次郎長は、隠居同然のヤクザ一人に多くの兵隊を派遣し、かなりの損害を被ってようやく倒せた程の強者だ。

 それが、よりにもよって10年前の全盛期の姿で暴れ回っているとなれば、ツッコミどころもあるがすぐに対処しなければならない。

「い、一体なぜ……」

「正ちゃんが頑張って研究してた10年バズーカの仕業だね」

 マシュマロを一つ口に入れ、白蘭は軽い調子で呟く。

 が、ここであることに気が付く。

「……レオ君、ブラックスペルの被害は?」

「え? いえ、一度も確認されてませんが……」

 白蘭はその報告に、ある可能性を考えた。

(……ブラックスペルは元ジッリョネロファミリー。確か10年前のボスは、観光目的で来日していたらしいね。とすると……)

 ――次郎長は、ジッリョネロファミリーと何らかの接点があり、その縁でわざとブラックスペルに手を出してない。

 次郎長がミルフィオーレのホワイトスペルにのみ攻撃する理由としては足りない気もするが、ゼロではないだろう。

「……まあ、この件は6弔花に任せれば問題ないさ。通達はしといてね。それと正ちゃんに護衛として6弔花の中から一人選んどいて」

「はっ」

 白蘭はそう命じ、愉快そうに笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的72:次郎長VS.幻騎士

四月最初の投稿です。


「こいつらもダメか……」

 溜め息交じりに、掴み上げた構成員を投げ飛ばす。

 登との再会後、次郎長は入江正一の捜索を続行していたが、結果として難航していた。

 10年という空白期間こそあれど、次郎長は並盛を知り尽くしている。不良(ワルガキ)達の溜まり場も、内外のゴロツキ達が集まりやすい路地裏や郊外の場所も熟知しており、縄張り内なら土地勘で大体の人間を見つけられる。

 10年前の入江正一は、次郎長の記憶では有名私立中学に通っていたという情報があったため、その母校にも掛け合ってみたが、有力な手掛かりは何一つ得られなかった。

 並盛は並盛でも中心街にいない可能性、それ以前にそもそも並盛にはいない可能性も出てきた。並盛の外となれば、見つけ出すのが難航するのも無理はない。

「今日はここで引くか……」

 このまま続けても結果は出ないと判断し、並侠連の事務所へと戻ろうとした、その時だった。

「っ!」

 刹那、背後から迫る鋭い殺気。

 次郎長は振り向きざまに抜刀し、刺客の刃を受け止めた。

 刺客は、麻呂眉と蛇のような黄色の瞳が特徴的な剣士で、次郎長には見覚えのある顔だった。

「貴様は……!?」

「……おめェ、幻騎士か!!」

 そう、ジッリョネロファミリーの幻騎士だ。

 一度顔を合わせた程度だったが、尚弥の右腕である蘭丸と酷似していたため、妙に印象に残っていた。

「入江正一の差し金か? それとも白蘭っつークソガキに焚きつけられたか」

「いや……偶然居合わせただけだ」

 どう考えても狙ってきたようにしか見えないが、次郎長は「そういうことにしといてやるよ」と言って真っすぐ見据えた。

「そんで? いたいけな少女に涎垂らして手ェ出すクソ野郎に忠誠誓った、仕える主人を間違えた甘ちゃんが何の用でい」

「口を慎め」

 幻騎士は絶対視する白蘭への侮蔑が癪に障ったのか、濃厚な殺気を飛ばす。

 次郎長は常人なら震えが止まらないであろうそれを軽く受け流し、目を細めた。

 ――こいつ、裏切ったな?

「なァ幻騎士……てめーがオイラに剣を向けるのは、白蘭の命令じゃなくともわかる。実際、こっちの時代のオイラが世話になったようだしな。……だが、てめーの勝手な事情で盃返されるのは、親の恥だ」

「……何が言いたい?」

「てめェ、アリアの部下じゃなかったのかよ」

 次郎長は幻騎士の殺気を上回る殺気を放つ。

 並盛の裏を統治していた〝王者〟の威圧感に、幻騎士は気圧される。

「親から受けた盃返す程の価値があんのか、あのケツの青い三下に。カタギに手ェ出すような野郎は、自分(てめー)の部下の命もロクに護ろうとしねェ。……忠誠誓うだけ無駄だ」

 マフィアもヤクザも、日陰者だ。日陰者が一般人に手を出すのは筋違いであり、無法の稼業人である以上はカタギへの危害を禁ずるのが絶対だ。

 それを己の欲や利益、名声の為に侵すのは、決してあってはならない。現に次郎長は、カタギへの手出しを己にも子分にも禁じながら統治を敷いていた。

 しかし白蘭のやり方は、裏社会の人間が遵守すべき〝鉄の掟〟を破っている。自分の縄張りで鉄の掟を破る人間を見逃す程、次郎長は甘くない。

「野郎は自分(てめー)のことしか考えちゃいねェ。いずれお前をも古手袋のように捨て去る」

「俺の命を救ってくださった白蘭様を愚弄するのか……自惚れるな」

「おう、あのクソガキのことなんざ何度でも愚弄してやるよ。筋を通さねー奴が命救う時ゃ必ず裏がある。人助けの自作自演(マッチポンプ)なんざ表でもある話だ」

 売り言葉に買い言葉。

 緊張感が、一気に張り詰めた。

「前時代の遺物め……貴様の時代は終わったということがまだわからないか。白蘭様は新時代の象徴だ。()()()()()()()()()

「……てめェ……」

 かつてのボス・アリアすらも侮辱する幻騎士に、さすがの次郎長も青筋を浮かべた。

 ――こいつは、死ななきゃ治らねーバカだ。

 町を荒らされたことに加え、一端の稼業人としての心得すらもコケにする幻騎士。この手で叩きのめさなければ、町の者達にシメシがつかない。

「……もういい、話し合いでどうにかならねーかと思ってたオイラがバカだった」

「俺はすでに、貴様をここで殺すと決めている。ようやくその気になったか」

 互いに得物を構える。

 旧世代のヤクザ者と、新世代のマフィア。二人の激闘が始まった。

 

 ガギイィン!!

 

 刃と刃を叩きつける音が、辺りを包み込む。

 次郎長は一振りの愛刀を。幻騎士は二本の剣を。

 並盛最強の男と、この時代最強の剣士は、互いの得物を押し合う。

(これが全盛期の……10年前の次郎長か……! 動きのキレは勿論、剣を受け止めた時に伝わる衝撃も桁違いだ……!)

 幻騎士はどこか苦しそうな表情を浮かべる。

 そもそも目の前の次郎長は、黄金時代の次郎長だ。幻騎士が戦った次郎長は消耗戦に持ち込まれて疲弊しきった隠居人で、それでも一矢報われ深手を負ってしまう程に強かった。

 今の次郎長は、体力も気力も全快の、王を自負していた頃の()()()()()()なのだ。

(だが……所詮は先の時代の残党。この世界の戦いを知らぬ時代遅れ(ロートル)など、恐れるに足らん!!)

 鍔迫り合いの中、幻騎士は鋭い蹴りを見舞う。

 それを仰け反って避けながら納刀し、神速の抜刀術で抜き打った。

 刃は幻騎士を真っ二つに胴を両断したが……。

(手応えがねェ……幻覚(ダミー)かっ!)

 この感覚を、次郎長は知っている。

 高度な幻術を扱い、敵を欺き葬る術士の能力だ。

(本体はどこだ……!)

 次郎長は五感だけでなく、並外れた戦闘勘をも研ぎ澄ます。

 殺気は、右からだ。

「うらァ!」

 次郎長は幻騎士の突きを躱し、振り向きざまの横薙ぎも回避。

 その隙に右手を掴み、刀で首を貫いた。

 

 ザッ!! ガッ――

 

「何っ!?」

 確かに刃は首を貫き、血も吹き出た。

 なのに手応えがない上、両手で刃を掴まれて抜けなくなった。

 まさかの事態に、混乱する次郎長。

(――()()()()()()()()()()……!?)

「終わりだ!」

 背後からもう一体の、本物の幻騎士が斬りかかった。

 が、刃が背中に届く直前、幻騎士の腹部を中心に衝撃が走った。次郎長がすかさず鞘で応戦し、強烈な打撃を与えたのだ。

 

 ドガァッ!

 

「がっ!?」

 よろけたところで、浅黒い鉄拳が頬を抉る。

 その衝撃は体全体に伝わり、思わず意識が飛びそうになる。

 が、幻騎士は踏みとどまり、次郎長の胸を斬り裂いた。

「ちっ……!」

 次郎長は苦い表情で舌打ちする。

 傷は浅いが、自分の血で長年愛用する着物が汚れていくのは堪えるようだ。

(バカな……確かに奴は幻覚を見ているはず……! なぜ俺を捉えられた……!?)

 口から血を流し、動揺を隠せない。

 幻騎士は優れた剣士であると同時に術士だ。「欺いてこそ霧」の一家言を持つ彼の剣術と幻術の技量に加え、最大の武器である研ぎ澄まされた感覚のキレと冷静で抑制のきいた判断力は、多くの猛者を葬ってきた。ボンゴレ狩りにも大きく貢献し、信奉する白蘭からの信頼も得た。

 しかし、幻騎士には一つの誤算があった。次郎長には幻覚に対する〝耐性〟があったことだ。

 ヌフフのナス太郎……優れた術士と敵対していた次郎長は、彼との全面衝突に備えて精神力を強化するため、幻覚汚染の耐性を身につける訓練を独自にしていたのだ。それが功を奏し、並大抵の幻術では惑わされない程の強い精神力を持つことに成功したのだ。

 次郎長が術士との戦闘経験があることを、幻騎士は知る由も無かった。

(……剣の技量は互角、幻術も並みのレベルでは通じんか……)

「そんなんでよくオイラに深手を負わせられたな」

「確かに、貴様は強い。前に屠った貴様とは別物だ」

 幻騎士はそう言うと、小さなサイコロ状の箱を取り出した。

「次郎長、この時代の戦い方を知っているか?」

「……成程、そいつが(ボックス)って代物かい」

「その言い方だと、よくは知らないようだな。ならば、圧倒的に倒すのみ」

 幻騎士は指に嵌めたリングに死ぬ気の炎を灯し、(ボックス)に注入しようとした。

 その時だった。

 

 ――ゴッ!

 

「ゴフッ……!?」

「やるとわかってる明らかなパワーアップを、黙って見てるわけねーだろうが」

 一瞬で間合いを詰めて柄当てを繰り出し、幻騎士の胸に強烈な一撃を叩き込んだ。

 よろめく幻騎士に、追い打ちをかけるように次郎長は居合の連撃を繰り出し、(かい)(こう)の隙を与えない。

「ぐうっ……!」

「言っとくがオイラァ、てめーを見くびっちゃいねーぞ」

 一太刀一太刀が致命傷になり得る居合の連撃を繰り出しながら、次郎長は声を掛ける。

 (ボックス)の使用どころか幻術の使用すら許さない猛攻。嵐のごときそれに、幻騎士は苦戦を強いられる。

 しかもよく見れば、次郎長は手ばかり狙っている。手を斬り落とし、剣も(ボックス)も使わせないように仕掛けているのだ。

(先程よりも動きのキレが……!)

 このまま持久戦に持ち込み、体力を消耗させるのも手だろう。

 しかし、全盛期の次郎長にどこまで通じるかは不明だ。百戦錬磨の次郎長は、それすらも見越しているに違いない。

 そこまで柔な代物ではないはずなのだが、次郎長はおそらく(ボックス)を壊すつもりだ。この時代において(ボックス)は戦闘に必要不可欠であり、それが何かの拍子で破壊されたら、所有者の弱体化は明白。戦局が一変する。

(仕方あるまい、こんなところで足止めを食らうわけにはいかん)

 幻騎士は一気に距離を取り、次郎長から離れる。

 そして(ボックス)を仕舞い、殺気を解いた。

「……何のマネでい」

「一応殺せとは命じられてはいない。次郎長、()()()()()

 そう言い残し、幻騎士は背景に溶け込むかのように姿を消した。

 気配はすでになく、勝負はお預けのようだ。

「……オイラを後回し、か……」

 納刀し、次郎長は考える。

 次郎長というイレギュラーによって、間違いなくミルフィオーレファミリーは混乱し、自分の抹殺を目論んでいるだろう。現にいくつかの部隊を潰しており、相手の兵力を削っているのは紛れもない事実だからだ。

 そんな次郎長を放置してでも、遂行しなければならない目的は何なのか。

 その大方の予想は付く。ボンゴレ狩りだろう。

(兵力をゴリゴリ削ってる暴れん坊よりも、ボンゴレを徹底的に潰すことを優先してる……コイツァ、何か裏がありそうだな)

 中枢(だい)を守るために、傘下(しょう)を切り捨てる。白蘭にとってはボンゴレ狩りが大事であり、その遂行の為なら次郎長にどれ程傘下を潰されても構わないということなのだろう。

 余程自分に自信があるのか、それとも然るべき目論見があるのか……いずれにしろ、厄介な敵であるのは変わらない。

「ひとまず、傷を癒さねーとなァ……」

 浅いとはいえ、血を流してるのは変わらない。

 下手に暴れて余計に傷が開いては本末転倒なので、次郎長は入江の捜索を切り上げて並侠連の事務所へ戻るのだった。

 

 

 その一部始終を、モニター越しで見ていた者が一人。

 入江正一である。

「いやいやいやいや!! 冗談だろう!? あの幻騎士と互角以上に渡り合うなんて聞いてない!!」

 基地からの電波ジャックで見ていたが、その強さに頭を抱えていた。

 入江自身、次郎長を甘く見ていたのは事実だ。入江が10年前、すなわち中学生だった頃は溝鼠組の統治によって抗争はほとんどなく、次郎長自身も表立って暴れることが少なかったため、実力を詳細に掴めなかった。それに加え、死ぬ気の炎を使えないためにこの時代の戦いに付いて行けないと思い込んでもいた。

 ところが蓋を変えたら、この時代において最強の剣士と同格以上に渡り合い、負った傷も胸を浅く斬られた程度。明らかに人間として異常であった。

「ボ、(ボックス)兵器が通用しないなんてことないよね……!?」

 そこまで来たら人間どころかこの世の生物として怪しいレベルだが、次郎長も自分と同じ心臓一つの人間一人。ただ戦闘力が規格外なだけなのだ。

 だが、この時代の戦いの主戦力である(ボックス)すらも効果が無いように思えて仕方がなく、いつも以上の胃痛に悩まされる入江だった。




ここで独り言。

本作、未来編は長くなりそうです。
継承式編はかなり省きます。継承式編はナス太郎フルボッコ編なので、袋叩きになりそうです。っていうか、そうします。(笑)
代理戦争は集大成として、オールスター感謝祭どころか大乱闘スマッシュブラザーズ状態にする予定です。(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的73:グロ・キシニアの誤算

五月最初の投稿です。


 未来に飛ばされて、早三日が経とうとしていた。

 白蘭と入江を誘き出さんと暴れ回る次郎長だったが、その効果が薄いことに苛立っていた。

(クッソ……連中、思いの外バカじゃねェ)

 ミルフィオーレファミリーの意外な一面に、次郎長は不機嫌になる。

 傘下勢力――ただしホワイトスペル限定――に甚大な被害を与え、この10年後の世界で最強の剣士である幻騎士と互角以上に渡り合うという、戦果としては大金星とも言える無双っぷりを見せつけたことで幹部格を動かし、それを介して白蘭を引きずり出す。……それが次郎長の作戦だった。規格外の戦闘力を有する並盛の王者ならではの、腕っ節に物を言わせた無骨な謀略だ。

 だがミルフィオーレは、幹部格を動かすことなく、次郎長に対処している。舐めプのように思えるが、裏社会で長きに渡って君臨してきた次郎長は、これがミルフィオーレの上層部の意思が動いていることを察知した。

 ミルフィオーレの最優先事項は、ボンゴレ狩りだ。それには民間人も含まれ、ボンゴレ直系の血筋であるツナの義理の身内のような立場である次郎長も例外ではない。なのに次郎長への対応を変えないのは、自らの兵力に対する自信があり、なおかつ下手に相手取って幹部を失うという事態を避けたいという考えがあることに他ならない。

 今まで対峙してきたどの勢力よりも狡猾で慎重――それがミルフィオーレだったのだ。

「……俺を後に回すくらいの標的となりゃあ、やっぱツナか……?」

 次郎長よりも優先的に抹殺せねばならないツナ。

 だが、理解はできても納得がいかなかった。

 そもそもあのリング争奪戦において、次郎長の暗躍によってツナはマフィアの世界から距離を置くことに成功したも同然。この世界でヴァリアーやボンゴレ本家を潰せば、ツナ達はどうなろうと関係ないはずだからだ。

 それでもツナを狙う理由、並盛の住民を狙う理由が、次郎長には思い当たらない。

(……ミルフィオーレファミリーの台頭以前に、ボンゴレに何かあったのか?)

 ふと思えば、次郎長はデイモンとの決着がまだ済んでいない。

 ボンゴレ本家が知ってるかは不明だが、水面下で長年対立してきた男は、狡猾で残忍だ。強いがどこか甘い次郎長と違って、目的の為なら手段を選ばない。

 ――もしデイモンが、自分の理想の為にミルフィオーレファミリーと手を結んでいたとしたら?

「ゼロじゃねーか……だとすりゃあ、幻術使いがいるな」

 術士との戦闘経験はあれど、幻術そのものに対する対策が強靭な精神力による忍耐しかない次郎長にとって、術士の存在は戦力的に非常に貴重だ。是が非でも仲間にしなければならない。

 そう考えると、自分の伝手で得られる戦力は――

「……黒曜に行くか」

 隣町に根を張る、長い付き合いの骸一派だった。

 

 

           *

 

 

 黒曜ヘルシーランド。

 10年もさらに時を経て、廃墟がもっと廃墟化したこの場所にクローム髑髏は飛ばされてきた。

 突如振ってきた10年バズーカの弾に当たり、気がつけばいきなり廃墟の中となれば戸惑うに決まっている。現に彼女は、骸もツナ達もいない一人っきりの状況下で、どうしようか迷っていた。

「……骸様、おじ様……」

 南国果実(むくろ)正露丸(じろちょう)のことを、ついつい思ってしまう。

 それが功を奏したのか……。

 

 キキィン! ドゴォッ!

 

「!?」

 突如コンクリートの壁が、刃物で斬られたような音と共に崩壊。

 敵かと思い、身構えるクロームだったが、その姿を目にして驚愕した。

「おいおい、誰かいねーのか? 千種辺りはいるかと思ったんだが……」

「おじ様!?」

「っ! その声、凪か?」

 面識のある人間がいると知り、互いに目を見張る。

「凪、おめーも飛ばされてきたんだな」

「おじ様、骸様は……?」

「残念だが会ってねェ。この世界じゃあボンゴレ狩りが行われてるからな」

 この世界に来て間もないと察した次郎長は、クロームにボンゴレ狩りについて説明した。

 その無情な事実に、段々と顔色が悪くなっていき、戸惑いと悲しみに溢れていく。

「まさか、骸様もボスも……」

「さァな……だが奴らと()り合って一度もその話題が出てねェ。まずは生きてるだろうな」

 次郎長はそう言い切る。

 そこへ、シャラン、と独特の金属音が鳴り響いた。

「浅蜊に食らいつく溝鼠よ、お前も時を超えて馳せ参じたか」

「!?」

「その声は……!」

 次郎長とはまた違った、威圧を感じさせる低い声。

 二人の元へと現れたのは、八咫烏の紋章が付いた法衣を身にまとう白髪の男。

 随分と久しいその姿に、次郎長は瞠目する。

「お前は……朧!!」

「こうして顔を合わせるのは久方ぶりだな……泥水次郎長」

 鋭い眼光で次郎長を見据える八咫烏。

 支配権を奪われた王者と日ノ本の守護者が、時空を超えた邂逅を果たした瞬間だった。

 

 

 次郎長と朧。

 二人の密談が、商業施設の廃墟で行われた。

「……」

 クロームは、非常にソワソワしていた。

 片や日本の裏社会に君臨するならず者の王。片や歴史の裏で日本(くに)を守護してきた者達の末裔。

 二人から放たれる威圧感は、自分がこの場にいることが場違いな気すら思える。

「この国は、かつてない危機に見舞われている。龍脈の異変は虚様達が引き受け、俺はお前と共に事態収拾にあたるよう直々に命ぜられている」

「ミルフィオーレを、か……」

 八咫烏陰陽道が危険視している程の組織。それがミルフィオーレファミリーなのだ。

「っつーか登からも聞いたんだが、龍脈に何があったんだ。あいつが知ってるってことは、()()()になってるんじゃねーのか」

「――次郎長、貴様は龍脈とはどういう存在(モノ)か知ってるか」

「……まあ、何となくってところだ」

 すると朧は、次郎長に八咫烏陰陽道に何があったのかを語る。

「今からちょうど一週間前、日本列島を通る龍脈の中でも特に強大な富士山の龍脈の気が弱まったという。それはまるで吸い取られたかのようで、今までにない事態に虚様が百地や柩らと共に調査・原因究明に急いでいる」

「……」

「龍脈の異変は、多くの災いをもたらす。八咫烏陰陽道は、代々龍脈の異変による災いを取り除いてきた。そして沢田家康が金鵄であった頃に強力な結界が張られたことで、龍脈が溢れかえることによる異常事態はなくなった」

「だが今回は、逆に弱まるっつー今までにない事態だったと」

 朧は次郎長の言葉に無言で頷く。

 龍脈の異変は、その全てが異常なまでの活発化、いわゆる「暴走」だ。八咫烏はその暴走を食い止め、その技術を後世に伝えてきたという。だがその逆という前例のない非常事態を経験しておらず、状況は切迫しているようだ。

(オイラの並盛を奪ったミルフィオーレ、連中が躍起になってるボンゴレ狩り、そして龍脈の異変……どうも裏を感じるな)

「おじ様……朧さん……もしかしたら……」

「娘……貴様、まさか龍脈の異変が人為的なものだと言いたいのか?」

「娘じゃなくて凪な。ちゃんと名前あんだから憶えとけ。……まあ、絶対に無いとは言い切れねーだろ」

 その言葉に、朧は眉間にしわを寄せた。

 死ぬ気の炎も然り、憤怒の炎も然り、この世界には人智を越えたエネルギーが存在し、それを利用する者達が多い。龍脈を意図的に狂わせ異変を起こすことも、信じ難いだろうが否定することもできない。

「結界張ったのがツナのご先祖様ってこたァ……その縁でツナが狙われるかもしれねェ」

「ああ……話の規模の大きさから考えると、そう考えるのが妥当だろうな」

 朧曰く、沢田家康(プリーモ)が結界を張って以来、度々見舞われる龍脈の暴走による災害は無くなったという。

 もしかすると白蘭達は、その結界を解いて龍脈のエネルギーを意のままに操ろうと画策しているのかもしれない。その為にボンゴレ狩りを行っているのだとしたら、許しがたいことである。

「そう考えると、まずはツナ達を探さなきゃならねェ。ボンゴレ狩りに躍起になってるとなりゃあ、必然的にツナとその周りは狙われる」

「ああ、沢田綱吉はその結界に関連した()()で利用し、用済みとなったところで始末するだろう」

「っ……これだからマフィア(モン)ってのァ……」

 次郎長はイライラした様子で頭を掻く。

 自分自身が昔気質が過ぎるのか、それともマフィア達が合理的で狡猾なのか、どうも折り合いが悪い。ディーノのように聞き分けのいい奴はいるが、揃いも揃ってロクじゃない。

「だが探すと言えど、元々いた世界とは違うぞ」

「んなこたァわかってるよ、10年も違うん…………っ!」

 ふと、次郎長は立ち上がって刀を握った。

 それと共に朧も立ち上がり、錫杖を握り締める。

「おじ様……?」

「――朧、気づいたか?」

「ああ。どうやら奴らの刺客のようだ」

 その言葉に、クロームは驚愕する。

 ミルフィオーレが差し向けた刺客が、この施設に現れたのだ。

「……続きは後だ、ひとまずは()るぞ」

「次郎長、一応は殺すな。何か情報を握ってるやもしれん」

「そう簡単に口を割ってくれるとは思えねーが……まあ、イケ好かねー野郎ってことだけは事実だな」

 

 

 同時刻。

 ミルフィオーレファミリー第8グリチネ隊の隊長であり、γ(ガンマ)や幻騎士と肩を並べる6弔花の一人、グロ・キシニアは黒曜ヘルシーランドの入り口に立っていた。

 その目的は、次郎長の首ではない。クロームだ。

「くくく……ここにクローム髑髏がいるのだな」

 廃墟になったレジャー施設に潜伏しているという情報をどこからか入手したグロ・キシニアは、クロームを独占するべく、悪意に満ちた笑みを浮かべ嬉々として乗り込む。

 

 しかし、彼は二つの誤算があった。

 

 一つは、次郎長の強さを一度たりともその身を以て経験していないこと。

 そしてもう一つは、次郎長以外にも猛者がその場にいたことだ。

 

 独り占めするために部下にも入江にも内緒で単独で乗り込んだ男。

 まさか三対一の状況で、その内の二人が鬼のような強さを持っているなど、知る由も無かった。




次回は試食会場が処刑場に変わる話です。
全盛期の並盛の王者&八咫烏陰陽道の首領格の最強白髪タッグを倒し、クロームの試食を実現できるのか!?
次回、「グロ・キシニア最期の戦い」! デュエルスタンバイ!(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的74:試食会場が処刑場に

グロの出番はこれで終了です。(笑)


 ミルフィオーレからの刺客を撃滅すべく、次郎長達は作戦会議をしていた。

「朧さんよォ、何かいい考えあんのかい」

「下手に罠を張るよりも、正面から叩き潰した方がいい。貴様が奴の気を引き、俺が経絡を狙う形にする」

「じゃあ手間を省いてこっちから出向くか」

 真っ向勝負で合意した二人。

 どうやら自分達の能力を一番発揮できる作戦に出るようだ。

 そんな中、一人置いてかれているクロームは、三叉槍を強く握り締めて骸が最も信頼する次郎長(おとな)に尋ねた。

「おじ様……私はどうすれば……?」

「ん? 無理に戦わなくてもいいんじゃねーか? 俺達ゃ別に手の内知られても問題ねーし」

 超が付く凄腕の喧嘩師と、経絡を熟知した戦闘の達人。

 白兵戦ならトップクラスの実力と戦績を持つ猛者に、幸運にもクロームは庇われている状況である。しかし、共に戦うつもりであったクロームは「自分は足手まといなのではないか」と思い表情を暗くした。

 そんな彼女の気持ちを察したのか、次郎長は優しく頭を撫でた。

「凪、おめーに何かあると骸に顔を合わせらんねーのさ」

「っ!!」

「ここはおじちゃん達に任せな。(わけ)ェ衆、それも女子中学生にケツ持たれちゃ極道の面子が形無しだしな」

 極道の男は、面子を重んじる生き物だ。勿論、旧知の仲である人間に余計な心配を掛けたくないのもあるが、それ以上に持つべき責任(ケツ)をカタギや女が持ったら面子が廃れてしまうのだ。

 しかしそれは彼女も同じだった。クロームは次郎長を心から信じているし、骸にとっても恩人である大人を疑うつもりなど微塵もない。だがいつまでも護られてるのは恥ずかしく、次郎長に対して申し訳なく感じているのも事実だ。

「私も戦う。そうじゃないと、骸様にも()()()()()()()

「……ははっ! あっはっはっはっ! 極道相手に大見得切ってくれるじゃねーか、凪! くれぐれも傷物になるなよ? 34歳にもなって中坊に怒られるのァ恥ずかしい」

 次郎長はクロームの啖呵に大笑いし、参戦を了承した。

「これでこっちは全員参戦……まァ強いて言えば、相手の持ってる(ボックス)兵器っつー代物が不安要素っちゃー不安要素か」

「この時代の奴らの兵器についてはよく知らん。皆目見当もつかんが……使い勝手の良いものではあるまい。力とは必ずそれに見合った負荷が存在する」

「っつーか、武器持ってんの?」

 ちょっと出してみ、と次郎長が武器を取り出すよう言うと、一同は各々の得物を取り出した。

 

 クロームは骸と同じ三叉槍のみ。

 朧は合口拵えの小太刀、仕込み錫杖、毒針。

 次郎長は日本刀一振りのみ。

 

 普通に考えれば、詰んでる状況である。

「ハハッ、アナログが過ぎるな俺ら。相手ハイテクだぜ?」

「いかに強大な能力と武器を持とうと、使い手が素人無能では丸腰も同然。貴様もそれぐらいは心得ていよう」

 朧の言葉に、次郎長は「まァな」と首の骨を鳴らしながら短く返答する。

 その直後、地震のような地響きと共に建物が揺れた。

「……始まったか」

「どうやら潰し甲斐のあるデカブツを持ってきたらしいな」

 冷徹な眼差しで朧は呟くと、次郎長にある物を差し出した。

「……こいつァ」

「私が使う毒針だ。急所や経穴を外れたとしても、毒針は毒針。当たりさえすれば効果は出る。……いらんのならそれもいいが」

「いや、ありがたく貰っておくぜ。他人の言葉にゃ甘えられる時に甘えねーとな」

 朧から毒針を三本受け取り、次郎長は好戦的な笑みを浮かべた。

 白蘭からの刺客に対し、一方的な蹂躙が始まろうとしていた。

 

 

           *

 

 

「ククク……どこにいるクローム?」

 一方、クロームを捜索していたグロは内部まで侵入していた。

 馬上鞭片手に舐めるように辺りを捜索すると、その時は来た。

「誰?」

「――クローム髑髏、試食会場!!」

 三叉槍を構えるクロームに、グロはゲスイ笑みを浮かべた。

「私はグロ・キシニアという。どうやらその様子だと、現状を理解できておらんようだな。しかし、10年前がこうもガキだとは……熟したクロームの方が趣味だが……」

 

 ビュッ!!

 

「ヒッ!? き、貴様!!」

「出てって!! この町は私達の居場所!!」

 ブツブツ呟いている隙に、クロームは股間目掛けて刺突を繰り出した。

 これにはさすがのグロも焦ったのか、素早く後退った。

 時空を超えても男の弱点は共通しているようだ。

「ククク……良いだろう。お前に悪夢のようなトラウマを作ってやろう」

 グロは愉しそうに笑うと、衝撃的な言葉を口にした。

 

「六道骸はな……半年前、私に敗れたのだよ」

 

「……!?」

 突然の爆弾発言に、クロームは動揺を隠せないでいた。

 ――骸様が、負けた?

「っ……騙されない!」

「ほう?」

 しかし、だ。

 クロームは骸と同様、次郎長に師事した身でもある。戦闘においては噓やハッタリで相手の冷静さを欠き、戦局を左右させることなどザラにあると教えられた。

 真偽は後で確かめればいいだけの話。大事なのは、目の前の敵に集中することだ。

「成程……これは良い、実に良い」

 グロは感心していた。

 今の一言で冷静さを欠き、自分の思うままにいたぶれると思っていたが、存外()()()()()()には乗らないらしい。

「ならば、多少なりとも本気でかかる必要があるな」

「!」

「開匣! 〝雨フクロウ(グーフォ・ディ・ピオッジャ)〟!!」

 指に嵌めた指輪――マーレリングから青い炎が灯った。

 それを海の波を思わせるような装飾の(ボックス)に注ぐと、中から一羽のフクロウが飛び出た。

 雨フクロウが鳴き声を上げた瞬間、室内なのに大波が発生してクロームを襲った。

 これは幻覚じゃない――そう悟った時には、すでに遅く。

 

 ゴゴゴゴゴゴ……!

 

 大波はクロームに覆い被さり、背後の窓ガラスを全て吹き飛ばして流れ込んだ。

「この時代の魔法だ。雨フクロウ(グーフォ・ディ・ピオッジャ)のような雨の(ボックス)の特性は〝鎮静〟。雨の死ぬ気の炎でできた波を多量に浴びた者は、その身体機能を緩やかに停止させていき、いずれその意識は闇に――」

 闇に沈む、と言いかけた時、グロはある事実に気づいた。

 あの場に立ちすくんでいたはずのクロームが、その場にいないのだ。

 先程の大波で流されたわけではない。確かに強大な威力だが、その場でクロームをいたぶることにこだわってるため、流されないよう加減をしていた。つまり、自分が(ボックス)の説明をしている隙に逃走したのだ。

 しかし、その間は僅か数秒程。ぼんやりとした意識で、そこまでの身体能力を発揮できるわけがない。とすれば、考えられるのは……。

「……ククク、仲間がいるのか。少しは楽しませてくれるじゃないか」

 グロは見る者が不快感を露わにするような笑みを浮かべた。

 しかしグロは、ここで勘違いをしていた。彼は仲間をクロームと同じ年頃か、せいぜいケツの青い若輩者だと考えていたのだ。

 そして実際に、ケツも青くなく若輩でもない、偽りの王・白蘭に支配権を奪われたならず者の王――並盛の王者であったなど、知る由も無かった。

 

 

 グロがいる階の、一つ上。

 そこでクロームは匿われていた。

「よくやった、これで奴の手の内が知れた」

 そう言ってクロームを労ったのはのは、次郎長だった。

 あの大波が襲ってきた際、外から侵入してクロームを片手で抱え、割れた窓枠を使ってパルクールの要領で跳び、上の階へ避難したのだ。

 その身のこなしと身体能力に、クロームは驚くばかりだ。

「ありがと……おじさま……」

「いいってこった。しっかし、んだ今のフクロウ……なみのりしてんじゃねーよ。俺ァ筋者(スジモン)であってポケモンじゃねーぞコノヤロー」

 想像以上の能力に、思わず舌を打つ。

 しかもこれは、(ボックス)一つだ。複数持っていれば、あの変態おかっぱ頭の攻略はかなり難しくなる。

(こりゃ屋内戦(なか)の方がいいな。外だと避けられねーし、不意打ちもできる)

 次郎長はクロームを下ろす。

 決闘ならばいざ知らず、これは殺し合い。わざわざ相手と同じ条件下で戦う必要は無い。常に自分達が有利になるように手を打つのが定石だ。

(朧は別行動取ってるが……弱けりゃこの際オイラが仕留めちまうか)

 クロームには厳しいだろうが、自分には及ばないだろうと考えた時だった。

「これはとんだ邪魔者だ。せっかくの試食会場を」

「っ!」

「……礼儀のなってねー野郎だな。ノックぐらいしろって習わなかったのかい」

 グロが追いつき、相変わらずの不快な笑みを浮かべていた。

 クロームは思わず次郎長の背後に隠れてしまう。芯が強くても女子だからか、変態への嫌悪感は凄まじい。

「貴様は……そうか、泥水次郎長だな? それも10年前の」

「だから何だってんだ。てめーにゃどうでもいいこったろうに」

「貴様の実力は把握している。戦ってはいないが、多くの部隊を単独で壊滅せしめたその強さ、得るまでにはさぞ多くの年月と代償を払っただろうな。だがその強さも、この時代では無意味!! (ボックス)兵器の前には、どんな猛者も等しく屍と化す!! 白蘭様に逆らう愚かな()()()に生き場所は無い!! クロームを渡して死ぬがいい!!!」

 グロはもう一つの(ボックス)を開匣する。

 匣の中から飛び出したのは、今度は巨大なイカの触手だ。

「〝雨巨大イカ(クラーケン・ディ・ピオッジャ)〟!!」

「んだこりゃあ……」

 その巨躯に、さすがの次郎長も度肝を抜かれた。

 おそらくこれが、変態おかっぱ頭(グロ・キシニア)の切り札なのだろう。

「いくら10年違うっつったって、こりゃちょっと進みすぎやしねーか……?」

「驚くのも無理はあるまい。旧世代(ロートル)のならず者にはな」

 グロがそう言うと、イカの触手に青い死ぬ気の炎が宿り、回転しながら纏った。

「…………歯医者さん?」

「そんな訳ないだろう!!」

「凪、おめー結構天然だな……」

 次郎長が呆れた笑みを浮かべると、その隙を突いて二本の触手が襲い掛かった。

 クロームは危ないと叫ぶが――

 

 ドォン!

 

「なっ、何ィ!?」

「不意打ちは悪くねェ。だが相手が悪かったな」

 次郎長を潰さんとした触手は、一閃されて斬り落とされた。

 この時代の自分がどれ程の苦戦を強いられたか、次郎長は詳しくは知らない。だがグロの前にいるのは、肉体の衰えが少しずつ現れるようになった未来の次郎長ではなく、心技体が絶頂を迎えた全盛期(さいきょう)の次郎長である。

 そう簡単に倒せるような柔な相手ではない。

「フン! 薙ぎ払ってしまえば変わらぬわ!」 

「そうかい。じゃあ今度はこっちの番だ」

 刹那、次郎長は一気に加速してグロに急接近した。

 懐に飛び込み、まずは居合で一撃必殺を狙う。

「ヒッ!!」

 その速さは、まさに神速。グロは咄嗟に後ろへと退いて躱したが、あと一秒遅れていたら勝負は()()()()()()

 続いて次郎長は刀による連撃で攻撃し始めた。豪腕から放たれるそれは、掠っただけでも命を脅かす程の迫力があり、次郎長の強烈な殺気に気圧されたことも相まって中々反撃できずにいた。

 グロは常識に縛られない考え方を持ち、素早く状況を把握する冷静さを兼ね備えている。しかし百戦錬磨の強者の殺気で怯んだ瞬間にそれはマヒしており、本来の実力を発揮できずにいたのだ。

「どうした、そんなにオイラが(こえ)ェのか」

「っ!! 舐めるなァァァァァ!!!」

 次郎長に煽られ、グロは右目の周りをピクピクさせて激昂。

 接近戦用の馬上鞭で右手を打ち、刀を落とさせた。

 これで奴は丸腰になった――そう判断し、意地の悪い笑みを浮かべた瞬間、脇腹に衝撃が走った。

「――なっ……!?」

 目を向けると、次郎長は左手で鞘を逆手で持っていた。

 次郎長の武器は刀だけではない。鉄拵えの鞘も使い、敵を屠る。豪腕で振るう鞘による打撃は、筋肉や骨はおろか内臓にもダメージを与える。

 本人は全く気づなかったのだが、グロは次郎長の戦闘勘を見誤っていた。裏社会でもトップクラスの実力者である次郎長の最大の武器を、彼は封じ込めていなかったのだ。

「幻騎士に比べると、やっぱり白兵戦の素人だな」

「な、何っ……!!」

「基礎戦闘力がなってねェ。()()()()()()()()()

 油断や慢心、情報不足はどんな猛者でも弱点となるが、それは精神面や準備段階で克服できる。

 だが戦闘技術や身体能力と始めとした基礎戦闘力は、鍛錬で培うモノであり、素質で左右されるが戦闘においては欠かせない分野。優れた科学技術や兵器にあやかっても、決して無視してはいけない。

 グロはその部分を蔑ろにしたわけではない。ただ、次郎長は基礎戦闘力を極限にまで高めていたため、格闘戦で絶対的な差がすでに存在し、それが目に見える形となっただけなのだ。

「ま、まだだっ!!」

 グロは残った全ての触手を動かし、総攻撃を仕掛けた。

 次郎長はすかさず落とした刀を拾って斬り捨てるが、その内三本を斬り落とすことに失敗。クローム目掛けて襲い掛かった。

 その直後!

 

 ドドドッ!!

 

「なっ!?」

「俺達が全員揃ったと言った憶えはねーぞ」

 どうにか残った三本の触手が、あっという間に細切れにされた。

 それは次郎長の仕業でも、クロームの仕業でもなく――

「な、何だ貴様は……!?」

「貴様のような下種に名乗る名など無い」

 八咫烏陰陽道の指導者の一人・朧だった。

 彼の手には合口拵えの小太刀が握られており、それで目にも止まらぬ速さであの巨大な触手を斬りまくったのだ。

「白蘭の刺客とやら……貴様に一つ教えておく」

「何ィ?」

「真の八咫烏の羽からは、何者も逃れられはしない」

 

 ドパァン!

 

「ギャアアッ!?」

 刹那、朧が一瞬でグロの懐に潜り込み、鳩尾に掌底を叩きつけた。

 それも、ただの掌底ではない。気功術を駆使し、経絡を的確に突いたのだ。

 グロはそれをモロに食らい、多量の吐血と共に悲鳴を上げ、そのまま壁を次々と突き破りながら吹き飛んでいった。

「……必要最小限の動きで致命傷を負わせるってか。エゲツねーな」

「それこそが戦闘の極意だ。八咫烏の教えの一つでもある」

「さすが秘密結社」

 次郎長は思わず拍手する。

 一方、二人の戦いぶりを目の当たりにしたクロームは、その強さに唖然としていた。

「これが……泥水次郎長……」

 奪われた王座を取り返さんとする男の、底知れない強さ。骸が認め敬意を払う王者の力。

 クロームは次郎長の実力に感嘆すると同時に、隠居同然の身だったとはいえ、10年後の彼を退けたミルフィオーレに戦慄を覚えたのだった。




ちなみにどうでもいい設定ですけど、10年後の次郎長の強さは10年後雲雀恭弥と互角程度です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的75:新戦力

お久しぶりの更新ですね。
今回は未来編初登場キャラが出ます。


 グロ・キシニアを難なく撃破した次郎長一行。

 気絶して伸びたグロの身ぐるみを剥ぎ、パンツ一丁にして窓から投げ捨てると、こう提言した。

「ここを捨てて並盛に戻るぞ、凪」

「え?」

「ここは危険だ、すでに追手も大勢来るだろうよ。その前にトンズラだ」

 別に次郎長自身は追手に囲まれても返り討ちにはできるが、クロームの身を考えると無駄な戦闘は避けたいところ。

 ならず者の王は肉体の全盛期を迎えているが、彼女はあらゆる意味で未発達な女学生。戦闘力はそこらのチンピラでは相手にならない強さだが、生憎この未来の並盛はワールドクラスの猛者が多い。戦闘の達人・朧が同行していると言えど、慢心や油断はできない。

「……止むを得んな。だがどうする? この世界の貴様は王座を奪われた身……何もかも失ってるやもしれんぞ」

「そこだよなァ……」

 そう。未来の世界の次郎長は〝敗者〟なのだ。

 裏社会は弱肉強食。どんなに屈強な強豪や猛者でも、負けた人間は全て奪われても仕方ないのが条理。ましてや溝鼠組が壊滅状態である以上、身を潜める場所や拠点となり得る場所は非常に限られる。

 黒曜ヘルシーランドがグロに見つかった以上、ここには居られない。そうとなれば、やはり並盛で拠点を一から設けるほかない。

「……ひとまず出るぞ」

「そうだな、話ゃそっからでい」

 

 

           *

 

 

 

 長居は危険と判断し、一行は並盛へ帰参。

 戦闘後というのもあり、三人は定食屋に訪れていた。

「いやー、10年先だから通貨変わってるかと思ってたから、念の為に身ぐるみ剥いで正解だった」

「……貴様は馬鹿か」

 一応は追われる立場であるのに呑気な次郎長に、朧は呆れる。

 グロの身ぐるみを剥いだ際に偶然財布を手にし、その金で食べているのである。

 なお、三人が頼んだ品は異なり、次郎長はとんかつ定食、朧は山菜そば定食、クロームはきつねそばである。

「こんな人目の多い所で昼食を取っては、敵に気づかれるだろう」

「仕方ねーだろ。登のトコはバラしたくねェ。それに万が一もあるだろ」

 その言葉の心意を悟り、朧は「それもそうだな」と頷いた。

 次郎長の危惧していることは、知らない内に盗聴器や発信機を仕掛けられている可能性だ。10年という年月の間に科学は進歩し、もしかすればミリ単位の高性能な代物を付けられているかもしれないのだ。

 クロームが持っていたカバンにはそれらしきものは見当たらなかったが、いつどこで仕掛けられるかはわからない。その為、協力者や味方となり得る者達がいる所はできる限り行かないようにしなければならず、そういう意味では人目に付く場所の方が安全とも言えるのだ。

「ハァ……まあいい」

「そんでよ、これ見てくれや」

 定食を食べ終えて茶をすすると、懐からある物を取り出した。

 それは、並盛町の地下商店街のパンフレットだった。

「おじ様、これは……?」

「登から貰った」

「これに何の用だ」

「ここを見てくれ」

 次郎長が指差すのは、店の名前も何も書いていない空白のスペース。

 テナント募集かもしれないが、ここを拝借して寝泊りしようというのだ。

「雨風凌げる上、集合場所としてもいいと思ってる。それに襲撃を受けても、登達がすぐ駆けつけて包囲殲滅も可能だ」

「ほう……」

 このスペースは、偶然にも登が総裁を務める並侠連の事務所が近い。ミルフィオーレの刺客の襲撃があっても、少しその場で持ちこたえれば挟み撃ちが可能という訳だ。

 そもそも地下商店街という狭い空間において、接近戦や白兵戦を得意とする次郎長とグロのように広範囲攻撃を仕掛けるミルフィオーレとでは、どちらが有利かは一目瞭然。その上並侠連の事務所は巧妙に隠されてるため、近づいても気づくことは無い。

 一見はリスクが高いが、実際は敵に囲まれても状況を打破できる砦になるのだ。

「いつ向かう?」

「今すぐだ!! ――と言いてーが、少し()()を集めたい。万が一すでに敵地だったってなったら面倒だ。仕掛けるなら夜だけどな」

 不敵に笑う次郎長に、慢心は無い。

 だが、彼自身は知る由も無かった。

 まさか目を付けた場所が、本当に敵地だったなど。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 次郎長はクロームを朧に一度預け、登に連絡した。

 組長の連絡と要求を受け、登は自身の部下を呼びつけ次郎長と面会させていた。

「ほーう、アンタが泥水次郎長か。わしは剛田猛(ごうだたける)じゃ、よろしくな()()()()

「……何だこのガキ」

 次郎長の前に立つのは、古風な言い回しをする一人の若者。

 Tシャツと黒いズボン、学ラン風のジャケット、左目に刻まれた稲妻のような傷。その姿は一昔前の不良校の番長のよう。ヤクザになる前の、不良(ワルガキ)・吉田辰巳の頃の次郎長を彷彿させる。

「並盛高校で不良やってた子です。趣味はタイマンで、素手喧嘩(ステゴロ)の強さは……怪物だったとか」

「成程、喧嘩師か」

 次郎長が知らないということは、元いた世界ではまだ名を馳せて間もないか、あるいはなかったか。それでも子分として組に尽くした登がスカウトしたのだから、少なくとも次郎長の足を引っ張るような半端者ではないのだろう。

 すると、剛田は好戦的な笑みを浮かべて挑発した。

「何じゃ、王だの最強だの呼ばれてた割には及び腰なのか?」

「……ハッタリの目じゃねーな」

 その鋭い眼光に、次郎長も口角を上げた。

 あの目は、本物だ。他者よりも遥かに上を行く自分の強さに自信を持ち、それでいて決して強さに溺れることはない、真の強者の目。

 久しぶりに骨のある奴が出たと、内心歓喜していた。

「来い、剛田。お前の強さを確かめさせてもらう」

「試験は苦手なんじゃが……一対一(サシ)はウェルカムじゃ」

 

 

 次郎長と剛田。

 二人の一戦(テスト)の舞台は、かつて尚弥や家光と大喧嘩を繰り広げたあの河原だった。

「ここなら邪魔なモンはねェ。ドサンピンが徒党を組んで来ても対応できる」

「……中々燃えるじゃねーか」

 最強の極道と若き喧嘩師が対峙する。

 それは、テストというよりも下剋上を懸けた決闘だ。

(オジキさんと剛田君……どっちも一騎当千の実力者。どっちが上だろう?)

 純粋に興味を持ち、生唾を飲み込む登。

「行くぞ」

「おう、かかって来いガキ」

 次の瞬間、両者は同時に右腕を振り上げ、互いの顔面を穿った。

 その結果は――

「うぐぐ……」

「ぐうっ……」

 メリメリと押し込まれながら、拮抗していた。

 膠着状態が数秒程続くと、互いに一度退き、再び激突した。

「おりゃあっ!」

 大ぶりの一発を放つ剛田。

 次郎長はそれを捌いてアッパーを放つが、身体を仰け反らせて紙一重で躱す。続けて狙いすました蹴りを剛田の鳩尾に向け放つが、彼は仰け反らせた勢いを利用してバック転して避けた。

 今度は剛田のターン。一気に距離を詰め、裏拳を見舞い、それを躱されるや否や回し蹴りを繰り出す。次郎長は頭一つ分だけしゃがみ、そして跳んで回避し、至近距離の飛び蹴りで剛田を吹っ飛ばした。

 地面に倒れた剛田を見下ろすと、彼は手を使わずブリッジの姿勢から起き上がった。

「――(つえ)ェ。これが並盛最強か……!!」

「……おめェ、年は?」

「二十五じゃ!」

「……成程、まだ()を行けるな」

 実力は、やはり次郎長が上。

 しかし剛田は、ならず者の王に迫る程のチカラを秘めていた。

 高い身体能力、隙を抑えた連撃、そして次郎長に匹敵する豪腕と戦闘勘。これでなお肉体の全盛期を迎えてないのだから、驚きだ。

 コイツは成長すれば、()()()()()()()()()()〟を得る――そう予感させた。

「アンタの強さは、尊敬に値する。敬意を込めてぶん殴る」

「――(おも)(しれ)ェ奴だ、気に入ったよ、合格だ」

 強さに関しては、驚嘆に値する。

 だが剛田は、喧嘩では無類の強さを発揮するが、ここから先は殺し合いだ。

 弱肉強食の掟が絶対の、裏社会の住人が生き残りを懸けて争う死地。登の部下であることから、一端の極道であるだろうが、マフィア相手となれば卑怯という言葉が通じなくなる。

 覚悟ある無頼漢でなければ、生き残れない。

「……足ィ引っ張りやがったら承知しねーぞ」

「そりゃあ、わしの台詞じゃけェ」

 剛田と固く握手を交わし、次郎長は兵力として認めたのだった。

 後に剛田は、ミルフィオーレの間で〝次郎長の後継者〟として悪名を轟かせることになる。

 

 

           *

 

 

 それから一週間後。

 ついに時が来た。

「ここが例の場所だ」

 次郎長・朧・クローム・剛田の四名は、例の地下商店街のスペースの前にいた。

 シャッターで封鎖された入口には、でかでかとテナント募集の紙が貼られ、パッと見は無人。だがこういう場所に限ってヤバイ連中の隠れ家や拠点の一つだったりするのだ。

「じゃあ、行くとするか」

 

 ガキィン!

 

 神速の一閃。

 次郎長は居合でシャッターを両断。豪快に倒れ、中へ乗り込んだ。

「ああ?」

「ああ?」

 そこに居たのは、重装備の巨漢。

 誰がどう見ても敵だ。

「……何だてめー」

 

 ドガッ!!

 

「らァッ!?」

 間髪入れず、剛田が殴り飛ばした。

 その豪拳の威力は言語に絶し、二メートルはある大男が天井に減り込んだ。

 理不尽と言っても過言ではない末路に、クロームは敵ながら憐れんだ。

「おめーさァ、そりゃあちょっと喧嘩っ早くね?」

「何じゃ、やられる前にやるもんじゃろうが」

「いや、まァそうだがよ……」

 天井に減り込んだ巨漢を引っ張り、横にさせる。

 男は鼻と口から血を流し、失神していた。

「あーあー……何か情報でも持ってるかと思ってたんだが」

「ミルフィオーレの者か」

「ああ、黒の方かはわからんが」

 そう、ミルフィオーレの黒服――ブラックスペルの前身はジッリョネロファミリー。アリアやγ(ガンマ)が属するマフィアグループだ。

 アリアと次郎長は面識があり、この世界でも利害の一致でγ(ガンマ)達と手を組んでいる。この巨漢も黒い方なら、味方となってくれるはずだ。

「とりあえず、目ェ覚ますまで待ってるか……」

 剛田が恭弥以上に喧嘩っ早い性格だと知り、次郎長は頭を抱えるのだった。




皆さんはゴリラ原作者の読み切り「ばんからさんが通る」をご存知ですか?
自分がまだ中学生だった頃にジャンプ本誌に載ってて、読んでて面白かったんですよ。

実は本作の主人公、最初は成り代わるキャラを剛田にしようと思ってました。結構印象深いキャラだったし、死ぬ気の炎扱えたらいいなと思って。
ただ、そういうのに頼らず鍛え抜き研ぎ澄ました己の肉体と技術で勝負する奴がいいなと思い、不良だと雲雀さんと被るので、全盛期はとんでもなかったであろう極道の次郎長にしたわけです。

こうして出せて、よかったです。
暫くしたら、彼のプロフィールを追加しようと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的76:合流、そして呉越同舟

やっと更新できた!

今思ったけど、ホント未来編でバミューダ達は何をしてたんだろうか。


「しっかし、まさか並盛にこんなデケー空間が造られるたァ……」

 次郎長は驚きを隠せない表情で、足を進める。

 剛田がうっかりぶっ飛ばした大男が覚醒する気配がゼロだったため、止むを得ず放置して先に進んだ一行。

「次郎長、生かしておいてよかったのか?」

「ん? ああ、アイツ? 一応アリアんトコの人間だ。自分(てめー)の顔見知りの部下を問答無用で()れる程、オイラは非情になれねーんでな」

「逆恨みでもされて襲い掛かってもか?」

「そん時ゃ全力で捻じ伏せて服従させてやらァ」

 軽口を叩きつつ、奥へと進む。

 そしてとある部屋に足を一歩踏み出した時、魔女風の格好をしている少年が姿を現した。

「甘い甘いバ……あっ」

「……ジンジャー……!?」

 攻撃しようとした少年に、次郎長は瞠目した。

 目の前の少年――ジンジャー・ブレッドは、知り合いなのだ。というのも、次郎長は個人的な縁でマフィア界の番人〝復讐者(ヴィンディチェ)〟と通じている。その中でも古株であるアレハンドロが操る人形が、ジンジャー・ブレッドの正体である。

 彼の戦闘力は本物で、次郎長自身も苦戦を強いられた程だ。

 しかし、腑に落ちないのが一つ――

「……おい、てめー何やってんだ」

「……ピュー♪」

 口笛を披露しながら目を逸らすジンジャーに、次郎長は青筋を浮かべた。

 これは脅しても絶対言わないつもりだ。

 そもそもマフィア界の番人たる復讐者(ヴィンディチェ)に恫喝するのもおかしな話だが、こんな所で時間を食うわけにはいかない。

 とっとと帰る方法を探さねば。

「バミューダ達は何をサボってやがると思ってたが……てめーが口割るつもりゼロってんなら、訊かないでおいてやらァ。どうせ事情はいつか知れる」

「得意の暴言・暴力は使わないんだね」

「おめー後で覚えてろよ」

 何はともあれ、ジンジャーは敵対するつもりはないらしい。

 もっとも、敵対したらそれはそれで面倒な事になるので、互いに避けたいのが本音だが。

「……お前がここにいるってこたァ、立場上は()()()()?」

「一応はミルフィオーレファミリー・ホワイトスペル・第8グリチネ隊副隊長♪」

「結構偉いじゃねーか」

 ジンジャーの実力を知る次郎長は、それも当然かとも呟きながら、眉間にしわを寄せる。

「……で、お前はこっちにつくのか」

「別に〝彼〟への忠誠心は無いし。僕はただ敵に対して残酷で笑える殺し方ができればいいし♪」

「勝ち馬に乗る才能はあんだな」

 ジンジャーがニカッと笑うと、それに釣られるように次郎長も不敵に笑った。

 しかし得体の知れない人物ゆえか、クロームは警戒心を強め、朧は氷のように冷たい眼差しで見据えている。

「……何じゃ、組長さんの顔馴染みか」

「昔の義理だ、(わけ)ェ頃は色々あったんだよ」

 その時、朧が突然殺気立った。

 変化に瞬時に気づいた次郎長と剛田は、目を細めて構える。

「剛田、さっきみてーな一撃必殺は()()だ。情報を吐いてもらわなきゃ困る」

「あのガキは?」

最初(ハナ)から言うつもりねーだろうよ。副隊長っつー半端な役職だと期待はできねェ」

 組織の大物――それもホワイトスペル側の幹部格を狙うのが、次郎長の指針。

 剛田はゴキゴキと骨を鳴らし、闘気を剥き出しにする。

(ひい、ふう、みい……固まってきてるな)

 耳を澄まし、響く足音から五人以上は確実に来ていると察し、乱戦を確信。

 鯉口を切り、いつでも先手を打てるよう腰を沈める。

 が、それは杞憂に終わった。なぜなら――

「――えっ!? おじさんっ!?」

「……ツナっ!?」

 身内以外で一番親しい若者の一人だったからだ。

 

 

「……ったく、お互い大変(てェへん)な目に遭っちまったな」

「そうだね……でも、おじさんが生きててよかった……!」

「こっちの世界のオイラは袋叩きで負けちまったがな。――そういうおめーも無事で何よりでい、何かあったら奈々に顔向けできねェ」

 ようやく再会を果たした二人は、互いの安否が確認できたのか安堵していた。

 ツナ達も未来の世界に飛ばされてきた身で、彼らはボンゴレの日本支部に潜伏していたという。しかも厄介なことに、笹川京子や三浦ハルなどの民間人(カタギ)も巻き込まれているというのだ。

「……ここに来るまで、そんな苦じゃなかったろ? いくらか連中の戦力削ってきたから」

「貴様の仕業だったのか、ホワイトスペルの部隊が次々と壊滅していったのは!!」

「……ツナ、コイツ誰だ?」

 次郎長はそう言って指差すのは、顔や体の一部に火傷のような傷跡が刻まれた、明らかに只者ではない女性。

「ラル・ミルチだ。貴様が泥水次郎長だな」

「いかにもそうだが……何でそんな殺気立ってんだ」

 次郎長は、ラルの殺気が自分と()()()()に向けられてることに気づく。

 そのもう一人は――ジンジャー・ブレッドだ。

「でっち上げとか言いがかり……じゃねーな。俺はわからねーが、ジンジャーの方に因縁でもあんのか」

「因縁も何も!!」

 声を荒げ、ラルはこの世界で起きた悲劇を語った。

 この十年後(みらい)の世界において、マフィア界最強の赤ん坊〝アルコバレーノ〟は、彼らにとって有害な放射線「非7³線(ノン・トゥリニセッテ)」が大気中に照射されていたために皆死んでしまったという。

 ラルもアルコバレーノであったが、厳密に言えばアルコバレーノに準じた存在であり、それゆえに非7³線(ノン・トゥリニセッテ)の影響も少なく、こうして生き永らえているという。

 そして、彼女は元教え子であるコロネロを失い、その仇を見つけ復讐を果たそうというのだ。

「……つってっけど、おめー心当たりあんのか」

「勘違いしているようだね。アルコバレーノも非7³線(ノン・トゥリニセッテ)の放射される中じゃ死にかけた虫みたいなものさ。そんな退屈なもんをわざわざ自分の手で殺すかよ」

「……とりあえず、()ったのはおめーじゃねェってか」

「まあ、ね♪」

 爽やかな笑みを浮かべるジンジャー。

(正確に言えば、僕はただ残酷で笑える殺し方を提案して、眺めてただけだけど……言う義理も無いからね)

 その心中を察したかはわからないが、ラルは殺気を解かないまま二人を睨む。

「……で、何でコイツとグルでいるんだって訳か」

「…………察しがいいな」

「ジンジャー……この際全部言っちまえばいいだろ」

「それじゃあご主人様がね~」

 何やら意味深な会話をする次郎長とジンジャーに、リボーンは尋ねた。

「てめーら、どういう関係だ?」

「「顔馴染み」」

『はあっ!?』

 何の躊躇いもなく放たれた爆弾発言に、ツナ達は驚愕。

 そう、この世界のジンジャーはミルフィオーレ側。次郎長と顔馴染みであるのは不可解なことなのだ。

「お、おじさん! どういうこと!?」

「ミルフィオーレと通じてたのか?」

「白蘭とどういう関係だ!? 吐け!!」

「返答次第ではただではおかんぞ!!」

 一斉に次郎長に詰め寄る一同。

 次郎長は焦る様子もなく、眉を顰めてさらなる爆弾を投下。

「何言ってんだ、ジンジャーは復讐者(ヴィンディチェ)側だ。白蘭のガキへの忠誠心はねーよ」

「……おい、てめー今何つった」

「……クォルァ、バミューダァァ!!! どうなっとんじゃワレェェ!!!」

 次郎長は今までで一番大きな叫び声を上げたのだった……。

 

 

「くしゅん!」

「大丈夫カ、我ガ主君」

「知り合いが僕の名前を叫んだ気がした……」

 それに呼応するかのように、バミューダもくしゃみをしていた。

 

 

           *

 

 

「……つまり、ジンジャー・ブレッドは復讐者(ヴィンディチェ)の刺客であり、白蘭との関係は希薄だと?」

(はえ)ェ話、そういうこった」

 次郎長とジンジャー、ひいては若き日の次郎長と復讐者(ヴィンディチェ)の話を聞き、リボーンは真剣な眼差しで見つめた。

 こんな話、初耳だ。本人は食いついてこなかったからだと言ってのけていたが、次郎長が復讐者(ヴィンディチェ)の下っ端として黒マフィア潰しに加担した時期があったのは驚いた。ヤクザはマフィアとは別なので、マフィア界の道理や掟が通じないとは考えていたが、まさか掟の番人が掟破りの方法を使っていたとは。

「つまり、コイツは信用に足ると?」

「個人的にはご主人様の方だけどな。人格的に難があるのはコイツ自身だし」

 きっぱりと言う次郎長に、一同苦笑い。

 対するジンジャーはバシバシと箒で次郎長の頭を叩き、無言で抗議した。

「まあ、そういうこった。寄せ集めの呉越同舟でどうにかしろってことだろうよ」

「そうか……それで、この二人は何だ?」

 リボーンが注目したのは、朧と剛田だった。

「白いのが朧。黒いのが剛田猛だ」

「おじさん! 端折りすぎ!」

「朧が属する組織は八咫烏陰陽道。ツナ、おめーのご先祖様であるボンゴレ創設者が帰化した時に世話んなったそうだ」

 さらに発覚した衝撃の事実に、ツナは目を見開いた。

(た、確かにリボーンは日本に帰化したって言ってたけど……)

「貴様が沢田綱吉か。俺は朧。貴様の祖先・沢田家康が尽くした数々の行い、虚様が大変感謝なさっている。この場を借りて礼を言う」

「え、いや……そんな……」

 明らかに強そうな男に突然礼を言われ、しどろもどろになるツナ。

 朧のことをよく知らないリボーンやラルも、彼の鋭い眼差しから修羅場をくぐった数を察し、興味深そうに凝視している。

「そんで、そいつ足引っ張ったりしねーだろうな」

「心配すんな、実力的には俺と大差ねェ」

「ははっ! じゃあ安心だな!」

「それは心強いな!!」

 次郎長の異次元の強さと同等だと知り、山本は楽観的に捉えた。

 了平も同じことを思ったのか、腕を組んでニヤけている。

「そんで、こっちはこの世界の登の部下。素手喧嘩(ステゴロ)だったらこの世界の並盛じゃ最強……成長したらオイラの強さを継ぐかもしれねェ」

「次郎長の後継者となり得る奴か……」

「何じゃこの赤ん坊、スーツ着とる」

「ちゃおッス、おめーが剛田か」

 素質としては並盛の王者を継ぐと次郎長自身に言わしめていることに、ラルは息を呑む。

 そんな中で、何気なくリボーンと挨拶している剛田を見て、ツナは「確かに大物だ……」と小さく呟いた。

「……さて。ここでオイラから提案なんだが」

『!!』

「こっから先は俺達が行く。おめーらは邪魔だ」

 次郎長は、ツナ達は足手まといだと宣言。

 それを聞いた獄寺や了平、さらに敵討ちに燃えるラルは激昂した。

「んだとてめェ!!」

「そういう言い方は無いだろう!!」

「貴様、自惚れも大概にしろ!!」

「青二才と消耗しきった女を庇うのは楽じゃねーんだよ」

 その言葉に、ラルはハッとなった。

「……気づいてたのか」

「そこばかりは勘だ。だがおめーが無理してるだろうなってことぐらいはわかる」

 次郎長の真剣な表情に、ラルは強く出れなくなった。

 この場にいる者で、間違いなく次郎長は最強クラス。対するラルも、アルコバレーノに準じた存在ゆえ確かな実力を持つが、非7³線(ノン・トゥリニセッテ)の影響はゼロではないし、あの家光をも退かせる実力を持つ次郎長(おとこ)には及ばない。

 体調のことも何となく把握させられてしまっている。悔しいが、次郎長の言うことは間違いではない。それでも――

「だが、コロネロの仇を……!!」

「わかったよ、おじさん」

 ラルの言葉を遮るように、ツナは声を発した。

「……おじさん達に、敵は任せていい?」

「ああ、おめーらは何も心配せず〝核〟を叩いて来い」

『!!』

 そう、次郎長は何も戦線離脱を勧めたわけではない。

 突き進んで敵を潰すチームと、その隙に手薄となった部分を掻い潜って目的を果たすチームに分け、ツナ達に後者を勧めたのだ。

 次郎長や朧が暴れれば、敵も幹部格や手練れを呼び寄せる。ミルフィオーレ側の強豪の相手を引き受ける代わりに、本隊として征圧してほしいと遠回しに言っているのだ。

「……回りくどいことを」

「おめーらじゃ足手まといだと思ってんのはホントだ」

「殺す!!」

 足手まといに感じているのは本当だと暴露され、銃口を向けるラル。

 山本達が必死に宥める中、次郎長はツナに頭を下げた。

「お、おじさん……」

「この時代の俺が不覚をとった。本来はお前らに頼るのはよくねーことだし、避けたかった……すまねェ」

 次郎長のツナをなるべく巻き込みたくないという想いは、一切変わってない。だが、こうも状況が切迫してしまい、ツナ達も目的を果たすためにはこの場に居なければならない。

 トントンと話が進んではいるが、次郎長自身としては苦渋の決断であった。

「ツナ……約束する。この命懸けて、お前の奈々の元へ必ず帰す」

「……違うよ。おじさんもだよ」

「!」

 次郎長は、バッと顔を上げた。

「おじさんが母さんに惚れてたことも、気にかけてることも、俺は知ってるから。おじさんにも家族がいるんだしさ」

「……おめーも言うようになったな。奈々と似て仕方ねェ」

「オレ、母さんの子だから」

「だな」

 ニッと無邪気に笑うツナと次郎長。

 まるで実の親子のようなやり取りに、リボーンは「砂でも吐きそうだゾ」としかめっ面でボヤき、ラルはこの場にいない家光を憐れんだのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的77:三・三・四

久しぶりの更新です。
オリジナル展開に徐々になっていると思います。時系列の矛盾とかは「二次小説だし……」の一言で済ませますので、ご了承ください。


 ツナ達と合流した次郎長一行は、周囲を警戒しつつ奥へ進む。

「……にしても、溝鼠組(ウチ)の断りなくこんなモン勝手に作るたァ、随分と偉くなったガキでい」

「そもそもこの時代のてめェがあんなやられ方しなきゃ、こうはならなかったろうが!」

「青タンついたケツのガキにギャーギャー言われるのァ癪に障るが、並盛最強でも年には勝てねェっつー事実の証明になっちまったからな……オイラもまだまだだねェ」

「おじさん、これ以上強くなってどうするの……」

 ただでさえ化け物じみた強さなのに、さらに人外の領域へ突き進む気満々の次郎長に、ツナは顔を引きつらせた。

「……次郎長。貴様、復讐者(ヴィンディチェ)とはどういう関係だ」

「話が長くなんぞ」

「結構だ。俺はお前を信用してないからな」

 警戒心を解かないラルに、次郎長は煙管の紫煙を燻らせながら歩きつつ、関係を吐露した。

「オイラが組を持ってヤクザ稼業が板についた頃……並盛商店街で催されていた福引で一等のイタリア旅行を当てたのが始まりだ」

「誰がそこから話せと言った!? 要点を伝えろ!!」

「暇なんだから最初っからでいいだろうが。それにこの件は組の人間にも言いふらしてねェんだぜ?」

 その一言に、一同の視線が次郎長に集中する。

 マフィア界の掟と番人達と、どうやって出会ったのか。次郎長の過去に何があったのか――それが気になって仕方がない。

 それを察してか、次郎長は言葉を続けた。

「そんでイタリアに一人で旅行に行ったんだが、宿泊先のホテルが12人の男達がエレベーターに箱詰め状態で惨殺される事件があってな」

「何それ!? 何の悪夢!?」

「そりゃあ、運が無かったのう……」

「ホントだよ。何が太陽の国イタリアでい」

 嬉々として到着した矢先、殺人事件でホテルが一時営業中止となるという悲劇。

 気の毒としか言いようがなく、ツナ達は同情の眼差しを向けていた。――二人を除いては。

(……次郎長の奴……あの事件の現場にいやがったのか)

(――まさか「血の洪水事件」か!?)

 リボーンとラルは、表情には出さなかったが動揺した。

 

 血の洪水事件。

 それは、ボンゴレファミリーの門外顧問であるツナの父・家光の部下12人がホテルのエレベーター内ですし詰め状態で惨殺された事件。その血は最上階から地下まで溢れており、凄惨な現場だったという。

 

 その事件の当日に、次郎長がイタリアを訪れていたのは初耳だった。

 リボーンとラルは、何か知らねばならない真実が隠れてるのではと勘繰り、次郎長の昔話に耳を傾けた。

「仕方ねェからホームステイ先を探してたところに、古美術商の古里真とその一家に出会い、飯奢ってもらったんでい」

「! 炎真達と仲が良いのは、まさか――」

「そういうこった」

 ツナは次郎長と古里家の親密な間柄である理由を理解し、声を上げた。

「…………そういやあ、あの日の夜だったな……オイラとボンゴレが対立するきっかけとなったのァ……」

「きっかけ……!?」

「ああ……人間やめたのも、思えばあの時が始まりだった」

 次郎長は拳を強く握り締め、怒りの空気を発する。

 今もなお、あの男は生きて暗躍しているのだ。裏社会における次郎長の最大の敵との因縁は、あの日から始まり、そして決着も付いていない。あの夜のことを思い出すと、嫌と言う程にズキズキと右肩の傷が疼く。

 今は優先事項が違うが、元の世界に戻ったら――

「おい、次郎長……殺気()()()

「…………(わり)ィな、あの夜を思い出してムシャクシャしちまった。傷も疼いて仕方なくてな」

 右肩を押さえる次郎長。

 その表情はよく見えないが、苛立っているのはすぐわかった。

「……話を続けるぞ。その日の夜、俺は襲撃に――」

 遭った、とまで言おうとした途端。

 複数の気配を感じ取り、次郎長は居合の構えをとった。

「構えろ、何か来るぞ」

『!!』

 敵の襲来と悟り、得物を構える一同。

 遠くからはジェットエンジンのような音が聞こえ、徐々に近づいていく。

「……あっ!!」

「アレは……ストゥラオ・モスカ!!」

 その姿に、ツナとラルは汗を一筋流す。

 ストゥラオ・モスカはゴーラ・モスカの二世代後継機で、乗り込んで操縦することができるミルフィオーレの人型兵器。高い戦闘能力と機動力を有し、通常のモスカが一般車両とすれば、ストゥラオ・モスカはF1マシン級のスペックとされている。

 並大抵のマフィアでは歯が立たない強敵が、複数も向かってくれば苦戦は必須だろう。――並盛の猛者達さえいなければ。

「一人一体だな」

「準備体操にはちょうどいい」

「……フン」

 すかさず次郎長・朧・剛田の三人が立ちはだかる。

 その姿を確認したモスカは、加速して急接近する。

「逃げろ、お前ら!!」

 ラルがそう叫んだ瞬間。

 次郎長は抜き身も見せぬ居合を放ち、胴体を一刀両断。

 朧は初手を躱し、掌底一発で内部破壊して行動不能に。

 剛田は渾身の剛拳で頭部を殴りつけ、内蔵のコンピュータを損傷させてノックダウン。

 その圧倒的な強さと鮮やかさすら感じる手際の良さに、ツナ達はポカンと口を開けた。

「…………アレから逃げるのにどれだけ大変だったか……!!」

「いや、おかしいのはおじさん達の強さだから気にしないで!!」

 

 

 モスカ三体を蹴散らした一行は、分かれ道に直面した。

「ルートは三つ……ここにいるのは十人。三・三・四で分けるのか?」

「次郎長、剛田、我々は個々で分けるとしよう。四名の小隊には沢田と次郎長で決まりだ」

「だろうな。オイラもそうする」

 次郎長は手短に話し合い、三チームに分けた。

 次郎長はツナとリボーン、クロームを連れて正面を。

 朧はラルと山本を連れて左を。

 剛田は獄寺と了平を連れ右を。

 戦力を分散しても、幹部格との戦闘でも問題ないようバランスを重視して編成する。

「まあ、ベタって言えばベタだな」

「立場上一番狙われるのはツナだ。だからオイラが先頭に立って正面突破で行く。敵の注目が集中するのは明白だからな」

「その間にわしらが両脇を征圧するんじゃな?」

 剛田は拳をゴリゴリと鳴らし、獰猛な笑みを浮かべる。

「そうそう、それと()()()()()()()()

「なっ!? 何をバカなことを!! 敵に見つかるだろう!!」

 その考えに、潜入するつもりできたラル達は反対する。

 そもそもラル達は敵に見つからないように目的である研究室へ向かうのだ。次郎長の提案は受け入れられないモノだ。

 しかし次郎長は、むしろ壊した方がいいと語る。

「この時代の技術はオイラの想像以上だ、部屋を丸ごと交換するなんてマネも可能かもしれねェ。だったら破壊しまくって、この秘密基地の指揮官の手札を減らした方がいい。てめーらは爆破は得意だろ?」

「!!」

「最終決戦ってのは、敵の戦力を直前まで()()()()()()()()がカギとなる。むしろ逆に騒ぎ立てて、敵の最高戦力を誘き出して叩くってのも一手だ」

「色んな不安要素は残るが、向こうが残党同然の俺達を侮ってる内に潰すってのは賛成だゾ」

 慢心や思い込み、情報不足は敗北者の共通点だ。

 敗北者の共通条件が全て当てはまっている今の内なら、少ない戦力で大番狂わせ(ジャイアントキリング)が可能と主張する次郎長に、リボーンは賛同した。

「俺は乗るぜ。全員果たさねえと気が済まねェ!!」

「俺も極限に同感だ!!」

「私はおじ様に従う……」

 次々と賛同者が現れ、ラルは舌打ちしつつも了承した。

「決まりだな。――まあ敵の情報を知らねーのァ、お互い様だ。漢らしく一対一(サシ)で勝負とか思わず、数の暴力で押してやれ。武運を祈る」

 

 

           *

 

 

 そういう訳で、正面から突破することにした次郎長チーム。

 次郎長は刀に手を添えたまま移動し、感覚を研ぎ澄ましている。

「おじ様……」

「おじさんこそ無茶しないでよ……」

「若い芽を摘ませる訳にゃいかねーのよゥ。それに狙われるのはオイラよりおめーらだしな」

 次郎長は空いたもう片方の腕で、ツナの頭を撫でた。

「それにしても、皆大丈夫かな……」

「信じろ。それが仲間ってモンだろ。強いて言えば、問題は幻騎士ぐれーか。切り札を持ってるオイラならまだ手に負えるが」

「お前、幻騎士と戦ったのか」

「まあ、五分五分で持ち越しだったがな……っと、噂をすりゃあ何とかって言うが、本当にそうなりやがった」

 次郎長は足を止めた。

 その視線の先には、鋭い殺気を放つおかっぱ頭――幻騎士が立っていた。

「あれが、幻騎士……」

「何て殺気……」

 今までにない殺気に、ツナとクロームは息を呑んだ。

「よう、また会ったな」

「……次郎長。俺は沢田綱吉の抹殺を命ぜられている。邪魔をするなら斬るぞ」

「バカ野郎、()()()()()()()どけって言われてどく奴いるかよ。それにツナはボンゴレの後継者じゃねーはずだ、オイラが首突っ込んであのボンボンが継いでいるからな……なぜツナを狙う?」

 次郎長は疑問を投げかけた。

 ボンゴレ狩りを敢行しているミルフィオーレファミリーだが、ツナはリング争奪戦で正式にボンゴレ後継者から外されるようになったはず。10年後も決して変わらないはずで、これでツナに手を出せばカタギに手を出すも同然という意味となる。

「それでも狙うってのは……血筋か?」

「それについて答える義理は無い」

「だろうな。俺もここをどく義理もないし、むしろてめーと前の続きをしてー気分だ」

 次郎長は鯉口を切り、笑みを浮かべた。

「どこからでも来い。おじさんは甘くねーぞ」

 

 

 一方の剛田達はというと。

「何じゃあ、あのおっさんは。戦う気あんのかのう?」

 そうボヤく剛田の視線の先には、ターバンを頭に巻いた恰幅の良い男が浮いてる絨毯の上で胡坐を掻いていた。

 男の名は、バイシャナ。〝白の殺戮者〟と呼ばれる程に腕の立つ実力者だ。

「我、汝らの血と肉を所望す」

「……何か雰囲気がインドっぽいのう。カレーが食いたくなってきた」

「そんな呑気なこと言ってる場合か!!」

 獄寺がそう叫んだ瞬間、壁をぶち破って大蛇が姿を現した。

「ハハハ! ツチノコがペットか!!」

「なっ!? 何を言っている!? これは(ボックス)職人ケーニッヒの最新作、〝嵐蛇(セルペ・テンペスタ)〟だ!!」

「いいや、そのフォルムは間違いなく日本が誇る幻の聖獣だ!!」

「貴様も何を言っている!?」

 剛田どころか獄寺すらツチノコ呼ばわり。

 これにはバイシャナもカチンと来たのか、抗議の声を上げる。

「そう言えば、ツチノコなら3年前に発見されたぞ?」

「「マジかよ!?」」

 衝撃の事実に、剛田と獄寺は驚愕を隠せず声を荒げた。

 その同時刻、朧達もまた敵と遭遇していた。

「……アンタ、何者だい……ミルフィオーレのリストに載ってない男だね……」

「生憎、貴様ら如きに名乗る名は持っていない」

 朧は目の前の女にそう吐き捨てる。

 相手は第12カメリア隊隊長、アイリス・ヘプバーン。〝妖花〟と呼ばれ、()(けい)(たい)という屈強な四人の男を従えるホワイトスペルの幹部格だ。

()()()()と出会っちまったね……コイツ、そこらのマフィアや殺し屋とは比べ物にならないくらい()ってる。この国にこんなのがまだ生き残ってたなんてね……)

 アイリスは冷や汗が止まらない。

 それもそのはず。八咫烏陰陽道は日本の徹底した秘密結社であり、その名を聞いたことがある者はいても実態を知る者は一人としていない。次郎長は密接な関係があるが、彼らの実態にはあまり興味がないため、実質無知である。

 日本を掌握したも同然のミルフィオーレファミリーも例外ではなく、現に朧達を今まで見つけ出せず、この邂逅が初めてであった。だからこそ、放たれる殺気や威圧感で本能的にとてつもない相手だと悟ってしまったのだ。

「お前達は援護に徹しろ。力を温存しておけ」

「ダメだ! お前はこの時代の戦い方を知らないだろう!」

「ああ。だが奴は俺の手の内を知らない。それに俺の戦闘技術は、時代が変わろうとも生物の理を外れてない以上は確実に敵を滅する」

 冷徹な声で告げる朧に、ラルと山本は息を呑んだ。

 この男は、只者ではない。

「……アタイ達に勝てるとでも思ってんのかい? リングも(ボックス)も無いくせにさ」

「心配することは無い。八咫烏の羽からは、何物も逃れられはしない」

 朧はそう宣言し、小太刀を抜いた。




今思ったんですけど、本作の未来編はとっとと元の世界に戻って、当時の白蘭を探し出し脅しまくって大人しくさせた方が手っ取り早い気がするのは気のせいですよね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的78:それぞれの戦場

このまま原作沿いもアレなので、未来編は意外な形で終わらせようと思います。


 バイシャナと対峙した剛田は、ゴリゴリと拳を鳴らす。

「骨のよさそうな奴じゃのう。殴り甲斐があるゆーこっちゃな」

「貴様、(ボックス)兵器すら持っておらぬのか? 何と哀れな……先の時代の遺物か」

 この時代の戦闘の主軸となる(ボックス)兵器すら持たず戦闘に臨む剛田に、バイシャナは嘲笑した。

 そもそも剛田は不良(ワル)ゆえに素手喧嘩(ステゴロ)を得意とし、得物を使うことを好まない。

 

 ドゴォン!!

 

「ぐぎゃあっ!?」

 剛田は思いっきり無視して本体(バイシャナ)を攻撃。

 力任せの豪腕で繰り出された拳打で穿たれ、バイシャナはそのまま壁に減り込まされた。

「――アホかお前? わざわざ手の内明かすか」

 嵐蛇(セルペ・テンペスタ)に少しでも触れた時点で、その対象は分解される。ならば、嵐蛇を使役する者を始末すればいい。

 至って単純かつ効果的な理屈を、剛田は実行に移したのだ。

 そして予想通り、使役する者は例外という虫のいいことはなかったようで、バイシャナは自身に戦闘能力が無いこともあって避ける動作もせずモロに食らってしまったのである。

「がっ……」

「ふんぬっ!」

 とどめと言わんばかりに、バイシャナの両足首を鷲掴み、体を回転させる。ジャイアントスイングだ。

 ハンマー投げのようにバイシャナを振り回し、そのまま豪快に嵐蛇(セルペ・テンペスタ)の首元に目掛けて投げ飛ばした。

 

 ドォォン!

 

「ギャアアアアアアアッ!!」

 救援を要請させる隙すら与えず。

 まさに「次郎長の強さを継ぐ」と称されるに相応しい暴れっぷりで、あまりにも呆気なく勝負は決した。

「わしを倒したきゃあ、大幹部でも連れて来い。何の面白みもねェ」

 すでにノックダウンしたバイシャナには目もくれず、剛田は先へ向かった。

「容赦ねェな……」

「うむ! だが情けは無用だ!! 見事!!」

 闘いの様子を見ていた獄寺は顔を引きつらせ、了平は暴れっぷりを称えた。

 その上で、獄寺は並盛がいかにとんでもない魔境かを改めて思い知った。

(この町はどうなってんだよ……)

 

 ならず者の王である並盛最強の男、大侠客の泥水次郎長。

 次郎長と唯一互角に渡り合える男、雲雀尚弥。

 古より日本を守護して来た秘密組織、八咫烏陰陽道。

 

 極東の島国の一介の町が、こうも凄腕の梁山泊であれば、海外勢力は危険すぎて手を出せない。

 日本の首都のある繁華街では、海外勢力がひしめき合っているというが、並盛はそんな可愛いレベルではない。平和と書いて戦場と読むような町、一々手中に収めようとする奴などいないだろう。

 強いて言えば、面倒事は雲雀恭弥が次郎長に挑み続けていることぐらいか。

「……未来の世界でも、並盛は魔境なのかよ……」

 ミルフィオーレファミリーが並盛に拠点の一部を置いたのは、並々ならぬ努力があったのではないかと察する獄寺だった。

 

 

           *

 

 同時刻。

 朧はアイリスと死茎隊と対峙し、一触即発の状態となった。

「随分と危険な香りがするね……何人殺してきたんだい?」

「……屍の数を教えて何になる」

「つれないねェ」

 刀のように鋭く、氷のように冷たい眼光。醸し出す重厚な雰囲気は、威厳すら感じ取れる。

 心臓を射抜くような殺気に、アイリスは冷や汗を流す。

(コイツ、数えきれない程の数を殺してるね……! 日本(ジャッポーネ)は平和ボケした国じゃないのかい……!?)

 総力で潰しに行っても勝てるかどうか――アイリスは自分の強さを疑う程、朧に恐れを抱いていた。

 アイリスの死茎隊は、元々ミルフィオーレの人体覚醒部にいた研究者達。アイリスを喜ばせようと自ら進んで人体実験の被検体になり、最終的に理性を失い殺戮とアイリスを生き甲斐とする「死の兵隊」と化した面々だ。筋力と関節を増殖することで腕を伸ばすことができ、人間を超越した力を有する屈強な僕であり、その支配権はアイリスにある。

 だが、朧のそれはアイリスの想像を遥かに超えていた。対面しただけでも()()()を感じ、死が間近であると錯覚させた。

(奴はここで殺さなきゃ、白蘭様を脅かしかねない!!)

 すぐにでも始末するべく、先手を打つアイリス。

 だったが――

 

 ドドドドッ!

 

「な……!?」

 アイリスと死茎隊の身体に、針が突き刺さる。

 その直後、一斉に吐血して倒れ伏した。

「がっ……ゴホッゴホッ!?」

 どうにか立ち上がろうとするが、その隙に朧は死茎隊を次々と蹂躙。

 壁に減り込まされ、頭を潰され、周囲には血の池が出来上がった。

「な、何をした……!?」

「経絡を毒針で突き、体内を破壊しに行っただけのこと。たとえ人の理から外れようと、生物の理から外れなければ容易なのは変わらん」

 経絡を突いて毒の巡りを早めて身体能力を奪い、驚異的な身体能力と気功、小太刀による剣術であっという間に全滅させた朧。

 これ程の猛者がまだ生き残っていたことに、アイリスは驚きを隠せない。

「……貴様の兵隊は解毒能力までは持ち合わせてないようだな」

「くっ……」

「俺は次郎長と違う。……己の運命を呪え」

 静かに死刑宣告を継げ、小太刀で心臓を貫こうとした、その時だった。

 

 ガギィン!!

 

「……貴様」

「それで勘弁してくれよ」

 山本が刀で防いだ。

 朧は山本を睨み、「なぜ邪魔をする」と質した。

「……俺は人殺しじゃないんだ。それにここまで痛い目に遭えば懲りてくれるだろ?」

「……」

 

 ビシッ!

 

 朧は手刀で山本を気絶させた。

 応えは、否だ。

「……お前……」

「情を挟めば禍根を生む。それもわからぬ頭で関わるな」

 気絶する山本を一瞥してから、朧は小太刀を振り上げ、そして……。

 

 ドシュッ――

 

 

           *

 

 

 それぞれの戦場で、あっという間に勝負がついた頃。

 次郎長は幻騎士と壮絶な剣戟を繰り広げていた。

 

 ガガガガガガガッ!!

 

「くっ……!」

「ちぃっ……!」

 一撃一撃が壮絶を極める。

 その一太刀に死が纏う。

 10年前から飛んできた全盛期の次郎長と、10年後の世界で最強の座を獲得した幻騎士。抜き身も見せぬ居合と変幻自在の四刀流による打ち合いは、異次元の領域だ。

(隙が無い……応援に行けない……)

 クロームは頂点の戦いを見せつけられ、動けずにいた。

 あの二人の周囲は、人間が入れる世界じゃない。

(骸様なら……助太刀できるのかしら……)

 少なくとも、自分の力では次郎長の足手まといになる。

 それが痛い程わかっているからこそ、見届けるしかなかった。

「おじさん……」

 それはツナも同じだった。

 ツナは次郎長よりも先に未来へ飛んだため、この時代の実力者に苦戦しながらも勝利を収めた。仲間やリボーンの支えもあり、死ぬ気の炎の精度も格段に上がっている。

 それでも、目の前の攻防にはついて行ける自信がない。一瞬でも気を抜けば見失ってしまう凄まじい戦いなのだから。

「ならば……!」

 幻騎士は幻覚を用い、分身を一体作って挟み撃ちを仕掛ける。

 次郎長はすかさず刀と鞘の二刀流に切り替え、的確に捌いていく。

 肩や頬に幻騎士の斬撃が届き、次々と傷が刻まれるが、それは決定打とは程遠い。だが剣の技量は、やはり幻騎士が上であった。

「おのれ……!」

 次郎長が想像以上に食らいついていることに、苛立ちを隠せなくなる。

 さらに幻覚で分身は増やせるが、その隙を与えてくれない。むしろ分身を増やしたことで、次郎長は極限状態となったのかさらなる〝強さ〟を引き出してしまったようにも思えた。

「うらァッ!」

 一喝と共に刀を逆手に持ち替え、柄頭で胸を穿つ。

 豪腕によって放たれる衝撃に、幻騎士はたじろぎ、その隙に居合で分身を撃破する。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

(まさか……そんな!)

 荒い呼吸を繰り返す次郎長に、ツナとクロームは言葉を失う。

 全盛期の次郎長親分でも、幻騎士には敵わない……!?

「……それが貴様の限界だ。次郎長」

「ハァ……ハァ……」

 幻騎士は汗を流しつつも、冷たい眼差しで見据える。

「無駄な抵抗はやめろ。俺はさらに強くなれるのだぞ」

 まだ余力が残っていることに、二人の絶望が少しずつ広がる。

 次郎長の戦闘力は凄まじいが、彼は死ぬ気の炎を扱えない。純粋な腕っ節で裏社会で成り上がったからだ。片や幻騎士は死ぬ気の炎を扱い、非常に精度の高い幻覚の使い手。普通に考えれば、幻騎士は圧勝してもおかしくない。次郎長が異常だったのだ。

 しかし、次郎長も人の子だ。限界は存在する。幻騎士のトリッキーな戦術に、戦闘勘と喧嘩殺法ではついて行けなくなってきたのだ。

「しかし、これ程の実力……殺すには惜しすぎる。白蘭様に忠誠を誓えば、命だけは助けてやろう。断るなら、殺すまでだが」

「ハァ……ハァ……」

 次郎長は呼吸を整え、ゆっくりと刀を鞘に収め、腰に差して仁王立ちする。

 戦意は失っていない。居合で最期の一撃に出るつもりだ。

「……覚悟ありか。いいだろう」

 幻騎士は幻覚で分身を五体に増やし、剣を構えた。

「散れ!!」

 分身と共に、一斉に飛びかかる。

「おじさん!!」

「おじ様っ!!」

 縁の深い若者二人の悲鳴が木霊する。

 次郎長は全神経を研ぎ澄まし、幻騎士とその分身達が射程範囲に入った瞬間、刀の柄を掴んだ。

 

「うおおおあああああああああああああっ!!!」

 

 ドンッ!!

 

「「!?」」

 幻騎士の本体の身体に、一筋の深い傷が走り、鮮血が散った。

 その直後、分身は一気に霧散する。

「かっ………バ、カな……」

 次郎長よりも早く動き、早く技を繰り出したのは紛れもない事実。いかに抜き身も見せぬ抜刀術を十八番としていても、すでに幻騎士の刃はあと数歩で届く寸前。確実に間に合わないはずだった。

 それなのに。次郎長より早かったのに、先に技を決められたのだ。

(一体……何が……!?)

 意識を失う寸前、最後に見たのは、()()()()()()()次郎長だった。

 

 

「……」

 その速さに、ツナは言葉を失った。

 次郎長が居合の達人であるのは、幼少期から知っていた。だがこれ程までに速いのは初めてであった。

「おじさん……今の……」

「オイラにとっての〝最初にして最強の敵〟を倒すための切り札でい。血の滲むような練習をしたん甲斐があった、実ィ結んで何よりだぜ」

 刀を納め、血の池に倒れ伏す幻騎士を見下ろす。

 

 あの時、一体何があったのか。

 それは、次郎長の切り札にあった。

 

 次郎長の切り札の正体は、逆抜き不意打ち斬りと呼ばれる抜刀術。左手で逆手に抜き、刀の峰に右手を添えて刀を押し出して斬り伏せる技。

 無法の世界で名を轟かす泥水次郎長にとって、最初にして最強の敵である(デイモン)・スペードを倒すために長きに渡る修練を積んで会得した、至高の領域に到達した神速すら超えた居合術。射程範囲に入れば、まず間違いなく重傷あるいは致命傷を与えられる。

 

 しかし次郎長は、これを多用することは好まない。切り札だからというのも当然あるが、躱されたら隙が通常の抜刀術よりも大きくなるからだ。

 通常の居合なら最初の一撃を躱されても、鞘による二段抜刀術や振り抜いた力で回転しながらもう一撃を狙うことも可能だが、逆抜き不意打ち斬りは正真正銘の一撃必殺。躱されたら決められる、ハイリスクハイリターンの剣技であるのだ。

「……おじさん、幻騎士は」

「捨て置け。筋を通さねェ野郎を庇う義理はねェ。あとはそいつの運次第だ」

 ヤクザらしい非情な判断を下し、先を急ぐことを伝える。

 ツナとクロームは何か言いたげだったが、その言葉を呑みこんで次郎長と共にその場を後にした。




このペースだと、来年の上半期ぐらいに完結すると思います。
ホラ、あとはナス太郎との決着ぐらいだし……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的79:買う必要のない喧嘩

お久しぶりです、二ヶ月も待たせて申し訳ありませんでした。
今回はあとがきに重要なことが書いてあります。


 それぞれの戦場で敵を撃破した頃。

 次郎長はツナ達を連れ、一足早く目的地付近に辿り着いていた。

「オイラの勘ピューターは、ここだと反応してやがらァ」

「「勘ピューター……」」

 諜報員や刺客と違い、次郎長は勘を働かせて敵地を探っている。

 が、そこは魔境・並盛の裏社会の頂点に立つ男。勘の精度は極めて高く、超直感の領域の手前にまで研ぎ澄ましてある。

 その勘の鋭さは、10年後の未来でも通じた。

「お、おじさん、どうするの?」

「そこだな。この先に入江正一はいるのか、俺達が把握していない強敵がいるのか、罠が仕掛けられているか、肝心の情報がわからねェ」

 

 ――だからこそ、正々堂々と真っ正面から入るんだよ。

 

 漢気に満ちた笑みを浮かべ、次郎長は居合一閃。

 見るからに頑丈そうな扉を一太刀で破壊し、殴り込んだ。

「な、なななな……」

「おう、兄ちゃん。いい度胸してんじゃねーの、気に入ったぜ」

 相手方にとって一番のイレギュラーである、最強の次郎長のカチコミ。

 並盛出身、あるいは並盛に住む者達にとって、泥水次郎長は巨大な存在。味方になれば心強く、敵に回せばとても厄介な脅威となる。その理屈は、次郎長から並盛の覇権を奪ったミルフィオーレファミリーとて例外ではない。

 その次郎長が全盛期の姿で、ミルフィオーレファミリー屈指の実力者をことごとく蹴散らし、ついに基地の最深部――入江正一の研究室まで辿り着いたのだ。

「オイラの並盛でこんなデッケェの造ってたなんてな。造るんなら呼んでほしかったぜ、ウチが喜んで手ェ貸すってのに」

 誰の許可を得て造っとるんじゃワレェ、という副音声でも聞こえたのか、腰を抜かして顔を引きつらせる入江。

 しかも次郎長は笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。むしろ殺意すら孕んでいる。

「――まあ、お互いに色々言いてーこたァある。ってな訳で……」

 刹那、次郎長は傍に控えていたホワイトスペルの服装を着こなすチェルベッロの二人の頭を掴み、床に減り込ませた。

 ズドゴォ! という轟音を立てて首から下が埋まるという生首の状態となり、チェルベッロは沈黙した。

 

 チャキッ……

 

「ひっ」

「正体バラすのと、てめーの身体バラすの、どっちがいい?」

 おじさんはどっちでもいいぞ、と満面の笑みで対応。

 なお、副音声は「おどれの身体バラバラにして魚の餌にするぞこの野郎」である。

「……正体、バラします」

「……だよな」

 引きつった声で前者を選んだ入江に、次郎長は殺気を解いて刀を納めた。

 

 

          *

 

 

 その後、続々と敵を撃破してきた仲間達とも再会し。

 次郎長に見下ろされ、ビクビクしながらも入江は正座して全てを語った。

 

 ミルフィオーレファミリーは、ボンゴレリングとを手に入れるためにあらゆる手段を講じ、この時代にツナ達を連れてきた。次郎長の暗躍でボンゴレの指揮権はXANXUS(ザンザス)にあるが、次郎長と深く繋がっているツナの可能性を危険視する声がミルフィオーレ上層部にも多く、白蘭が入江に「沢田綱吉も連れて来て」と軽い調子で要求したという。

 入江は承諾するも、事実上ツナはマフィアの血筋を持つ民間人(カタギ)であるため、かなり迷った。かと言って入江は監視カメラと部下とで24時間監視されており、時間をかけられない。悩みに悩んだ末、ツナ達の可能性に懸けた。ツナ達を段階的に戦わせ、だんだんと経験を積ませ、短期間で強くなってもらうため、自分を餌として攻めるよう仕組んだ。

 が、ここで想定外の事態が起こった。次郎長が飛ばされてきたのである。先の作戦で隠居の次郎長を仕留めるのにかなりの損害を被ったというのに、全盛期の次郎長が飛ばされてきてしまい、計画は破綻。しかもジンジャー・ブレッドと次郎長は昔のよしみであるという衝撃の関係が発覚し、ついに膝から崩れ落ちた。

 

「並盛の王の帰還を止めることができず、踏み台となってもらう刺客達も仕留められてしまい、今に至るのさ……」

 目に見えて落ち込む入江に、気まずくなる一同。

 もっとも、次郎長と朧、剛田は「あっそ」とでも言わんばかりの態度だが。

「カタギの嬢ちゃん達を連れてきたのは、ツナ達を強くするためだろうが、死亡率の高さを考えると筋が通ってねェな」

「そんなことはわかってる! でも全てを賭けて対処しないといけない! 下手すれば、人類の危機なんだぞ!」

「それに絡んでるのが、白蘭か」

 次郎長は目を細める。

 人類の危機とは穏やかではない。ましてや、それを企んでる人間がこの時代の支配者となれば。

「事情はわかった。本題に入ろう」

「親分……」

 次郎長が理解を示したことに、安堵する入江だったが――

「……元の世界に帰る手段はあるのか?」

『は?』

 ――この人、今までの話聞いてなかったのか!?

 思わずポカンと口を開ける一同。しかし朧と剛田は、その真意を察した。

「10年前の白蘭を倒せばいい……そういうことか? 次郎長」

「そーゆーこった。奴の組織は新参なんだろ? 10年前ならほぼ一人の状態である可能性も高い。居場所さえわかればこっちのモンだ」

「無理だ!! 一騎打ちで勝てる相手じゃない!!」

 入江は白蘭の恐ろしさを語る。

 普段は飄々として快楽主義者のような態度を見せるが、自分に従わない者は容赦なく始末する冷徹さを持ち、自分を信奉する部下すらも切り捨てたり道具のように扱う。しかもジッリョネロファミリーの当主である少女・ユニに対しては会談の時に劇薬を投与しており、ユニを物言えぬ体にしてから裏で操っていた非道さもある。

 それだけではない。彼は平行世界(パラレルワールド)の自分とその記憶・情報を共有する能力を持ち、その知識を元に敵の攻略法を引き出した科学技術を獲得して利用し、8兆程あるパラレルワールドを全て征服(こうりゃく)したという。

「……ちょっと何言ってるかわからねーが、要するにこの世界は最後の希望ってことか?」

「よくわかってるじゃないか」

「……恐れるに足らん」

フッ、と不敵に笑う次郎長。

 勝利を確信したような笑みに、入江は「フザけている場合か!?」と声を荒げた。

「クク……心配すんな、俺は〝知り合い〟に話を振って結果を待つだけだ」

「……お前、まさか!」

 獰猛な笑みを浮かべる次郎長に、リボーンはハッとなった。

 そう、次郎長はこの時代で白蘭を倒すつもりはない。真の狙いは「一刻も早く元の世界に戻り、〝復讐者(ヴィンディチェ)〟と結託して白蘭を潰す」ことだ。

 白蘭がいかに強大な存在であっても、この時代の最先端の戦いと違い、10年前は科学力を含めた武力ではなく()()()()()()()()()がまだ通じる。未来の兵器を頼ることはできない上、たった一人で復讐者(ヴィンディチェ)まで敵に回すのは無謀だ。

 すぐにでも10年前に戻り、力を付ける前に潰しておいた方が楽と言えば楽だ。

「……奴らがそう簡単に頷いてくれるのか?」

「頷かせてみせるさ。それにアイツらの強さは身を以て知ってる」

「てめェ、まさか戦ったのか!?」

「ま、修行がてら。最初の頃こそ、いいように使われるのは目に見えてたけどな」

 驚きの声を上げるリボーンに対し、次郎長は煙管の紫煙を燻らせて笑った。

「どの道この世界終わってんだから、終わる前に時を戻そうじゃねーの」

 次郎長はさらに言葉を続ける。

 おそらく、白蘭側(ミルフィオーレ)の戦力は策を巡らせず人海戦術だけで制圧できる程だと推測している。そして入江の提示した情報から、白蘭はゲーム感覚で勝負を持ち掛ける。そして真っ向勝負ではなく、最終的には自分が勝てるように裏で動くだろう。

「攻め手ってのァ、必ず()()()()()()()()を仕掛けるのが定石でい。自分(てめー)が不利のまま真っ向勝負仕掛けるような馬鹿正直じゃあ、裏社会じゃ生きてられねェ。だったらこっちも、遠慮なしに搦め手嵌め手使わせてもらうだけよ」

「……親分……」

「鉄は熱いうちに打てってことだ。今は冷え切ってカチコチだからな、おそらく真っ向勝負の勝率は限りなく低い。だが弱者は弱者の戦い方がある……格上の強者とわざわざ足を並べる義理はねェ」

 白蘭をこの時代で倒すのは、力の差を考えると困難を極める。

 ならば、自分達が確実に勝てるような策を見出さねばならない。

 そういう点では、次郎長の策は犠牲を最小限にするという点では理に適っている。

「……僕としてはあまり気が乗らないね」

「黙れ、この戦闘民族! おめーみてーなのが一番困るんでい!」

 戦闘と戦争は別物なんだ、と戦闘狂の恭弥を窘める次郎長。

 盛大に溜め息吐いてから、今度は入江に話を振った。

「それと入江……この会話が連中に筒抜けなんてこたァねーよな?」

「え?」

 一応警戒はしてバレちゃ困る部分ははぐらかしたがよ、と付け加えつつ、次郎長は入江を見据えた。

「本当にデキる奴ってのァ、自分(てめー)の腹心や懐刀にも顔に出さず気を抜かねーモンなのさ。質の(わり)いタイプは、裏切られたと知っても放置するけどな」

《へえ~、頭いいんだね》

『!?』

 刹那、上機嫌そうな第三者の声が響いた。

 その声の主を知っている入江は、顔を青褪め凍りついていた。

「……てめーは」

 次郎長達の眼前に立つ、真っ白な服に身を包んだ白髪の青年。

 よく見るとその姿はぼやけ、透けているようにも見える。

 どうやらホログラムの映像で映し出されているようで、本人が直接ここにいるわけではないようだ。

《この時代のあなたとは、初めましてだね。僕は白蘭……ミルフィオーレファミリーのボスにして、この時代の支配者さ》

「そうかい……オイラァ、泥水次郎長。この並盛(まち)の王者でい」

 対峙する両者。

 その凄まじい圧迫感に、ツナ達は息を呑んだ。

《成程、さすがは()()()の大侠客次郎長。映像越しとはいえ、中々の気迫じゃないか。メローネ基地での幻騎士達の戦い見てたよ、結構強いね♪》

「それは嫌味と受け取らせてもらうぜ」

 眉をひそめる次郎長に、「純粋に褒めてるんだけどなぁ」と笑う白蘭。

 しかし飄々と掴み所の無い笑顔を浮かべているあたり、本心はまた別であるのは事実だ。

《それと、僕を欺こうと必死に演技する正チャンも面白かったなぁ》

「やっぱりバレてたか」

 脇が甘かったな、と入江に目を向ける次郎長。

 入江自身、白蘭に見破られていたのは想定外だったのか、驚きを隠せない様子だ。

「オイラ達と手ェ組んだことも見破ってたのかい」

《いやいや。正チャンがいつか敵になるのは想定の範囲内だったけど、君達と手を組むところまでは思ってなかったよ?》

 白蘭曰く、昔からずっと入江は自分のすることなすこといつも否定的な目で見てたとのこと。

 その時から大方の未来の予想はついていたようだ。

《しっかし正チャンもつくづく物好きだよね。まだケツの青い中学生達なんかに、世界の命運を預けちゃうなんてさ》

「正しくは「一匹怪しいの混じってる」だ。恭弥はいつでも自分(てめー)の好きな学年だって」

「ねえ、ここで言うかな?」

 青筋を浮かべてトンファーを構える恭弥に、次郎長は「事実だろうが」と反論。

 殺伐としてるのかグダグダしてるのか、何とも言い難い雰囲気になるが、白蘭は愉快そうに笑いながら言葉を紡いだ。

《本当はこのまま息する暇もなく戦力を投入して君達を消すのは簡単なんだ》

「だろうな。数に勝れば質が悪くともどうにでもなるしな」

《アハハ、案外あっさり言っちゃうんだね。でもここまで楽しませてもらったし、信頼してた副官に裏切られたとあっちゃ、リーダーのプライドに関わるだろ?》

「だから何だ。そっちの面子なんぞ取るに足らねェ。てめー何が言いてーんだ、はっきりしろ」

 白蘭は「せっかちだなぁ」と目を細め、宣言した。

 

《そろそろちゃんとやろーと思ってるのさ。僕のミルフィオーレファミリーとの正式な力比べをね》

 

「……力比べ?」

 次郎長は眉間にしわを寄せ、ツナ達は驚きと疑問符を浮かべる。

7³(トゥリニセッテ)を賭けて、時期的にもピッタリなんだ。正チャンやこの古い世界とのお別れ会と、新世界を祝うセレモニーにさ♪》

「……あっそ」

『嫌そう!!!』

 露骨に嫌そうな表情を浮かべる次郎長。

 確かに関わるとロクなことにはならなそうだが……。

「……正式な力比べってこたァ、最低限の手の内は見せるって解釈するぞ」

《あのさ、嫌そうな表情のままで言うのやめてくんない?》

 ついに真顔になる白蘭。

 次郎長は心底関わりたくないのか、渋々といった様子を貫いている。

《まあ、勘づかれちゃったっぽいからには隠そうとするのもアレだから、ネタバレしちゃうね♪ まず6弔花のマーレリングなんだけど……それ、本物じゃないんだ♪》

 白蘭が言い切った途端、入江の指に嵌められていた指輪が砕け散った。

 入江は驚きを隠せない様子だ。どうやら今まで本物だと思っていたらしい。白蘭は「もちろんそれもランクAのスゴイ石なんだよ?」と言っているが。

《実は正チャンには内緒で他に組織してあるんだよ》

 その直後、白蘭の背後に六つの映像が映し出された。

 それぞれのモニターには人物が映し出されており、只者ではない雰囲気を醸し出している。

《彼らこそ真のマーレリング所持者(ホルダー)の〝(リアル)6弔花〟だよ♪》

「〝(リアル)6弔花〟!? そんなのは知らないぞ!! 僕が知らない人間がミルフィオーレにいたなんて!!」

「正チャンに心配事増やすとメンドくさいからね」

 白蘭は言葉を続ける。

 この時代における戦いの要はリングの炎であり、その源は強い覚悟にある。ゆえにただ強いだけでなく、常人離れした覚悟を持つ人間を世界中から探し出し、その覚悟が自身への「忠誠」になり得る人間を選んだという。

 この言い分には次郎長も理解を示した様子で、「腕と度胸は必要だな」と呟いた。

《世界は広いよねー。例えば彼とか》

 白蘭が例えとして紹介したのは、鋭い眼光を持つ、無精ひげと赤髪が特徴の男。

《大自然に恵まれた大変美しい故郷の出身なんだけど、「覚悟を見せてくれないか?」って言った途端、故郷を捨ててくれたよ》

 そう言った直後にモニターに映ったのは、文字通りの地獄絵図。

 真っ黒に染まった空。頂から赤い炎と溶岩を吐き出す山。燃え盛る森。壊滅した麓の町。……これら全ての所業を、赤髪の男は白蘭の忠誠を示すためだけに行ったのだという。

「……」

《あらら、怖い顔するねー。まあ気持ちはわかるよ? 生まれ育った木も山も村も村人も全部消してくるとは思わないじゃん》

 殺気立つ次郎長を嘲笑うような態度の白蘭。

 しかもモニターをよく見ると、その赤髪の男が風呂にでも入るかのように溶岩の中に体を沈め、岩に体を預けているではないか。

《さらに彼ら一人一人には五千名の部下と、選りすぐりのA級兵隊(ソルジャー)百名を与えてるからね。わかりやすく言うと、幻騎士並の強さの兵隊がウジャウジャってトコかな?》

「……ハッタリ、じゃねーようだな」

《ここまで来てホラは吹かないよ》

 腹の探り合いを繰り広げる次郎長と白蘭。

 次郎長は一々疑っても話が進まないと判断し、単刀直入に切り出した。

「……おめーさんの言う〝力比べ〟ってのは?」

《昔、正チャンとよくやった〝チョイス〟って遊びさ。あれを現実にやるつもりだよ》

 次郎長は目を細め、睨みつける。

 チョイスという勝負が何なのかはともかく、おそらく自分達にとって不利になる可能性が高い。そう踏んでおくのが賢明だろう。

《詳しいことは10日後に発表するから楽しみにしててね♪ それまで一切手を出さないからのんびりするといい》

 その言葉に、次郎長は目を見開いた。

 自分の策略は、今のところ悟られてはいない。その上で相手が余裕綽々と10日間は手出ししないと言い切っているのだ。このチャンスを逃す訳にはいかない。

「……いいだろう。だが言い出しっぺはおめーさんだ、そっちから妙なマネすんなよ」

《勿論! 僕にも()()があるからね。保証するよ》

「――二言は無いな?」

《もう、そんなに疑わなくてもいいじゃないか……》

 念を押して10日間は手出ししないことを確認し、次郎長は心の中で嗤った。

 タイムリミットは10日……それまでに()()()()()()()()

《――さて、君らとはもっと話していたいけど、もう逃げないとね。そろそろこのメローネ基地は消えるから》

「消える?」

《正しくは基地に組み込まれた超炎リング転送システムによって移動するんだけどね。楽しみだね、10日後♪》

 その言葉を最後に、ホログラムの白蘭は姿を消した。

 直後、基地の奥から目もくらむような閃光が立ち上ってきた。

(ヤベェ!)

 危険を察知し、次郎長は本能的にその場に伏せた。

「皆、どこかに掴まれ!!」

 入江のその声を最後に、目も眩むような閃光に包み込まれた。

 

 

 光が晴れると、文字通り基地は消滅していた。

 白蘭が転送システムと言っていたので、厳密に言えば強制的にテレポーテーションさせられたと言うべきだろうが。

「……いででで……何てことしやがらァ」

「何ちゅーモン造ったんじゃ、アイツら!」

 至極もっともな反応をする剛田。

 しかし、それどころの問題ではない。事態はかなり深刻だ。

 次郎長らの活躍で幻騎士らを叩き潰すことができ、さらにジンジャー・ブレッドやγ(ガンマ)などといった顔馴染みがいるとはいえ、ミルフィオーレの兵力は想像以上。

 ボンゴレの力が完全に衰退している状況下で、残り10日で何ができるというのか。それはリボーンも感じている不安だ。

 しかし、次郎長は微塵も思ってなかった。

「――よし、言質は取った。この世界にもう用はねェ」

『えぇ!?』

 何と、次郎長はチョイス参加を拒否すべきと提案。

 これには入江も怒りを示した。

「見損なったぞ!! 戦わないのか!?」

「バーカ、戦う必要なんかねーんだよ。黒幕が知れ、さらに向こうが「10日間は一切手を出さない」っつってんだ。この時点でオイラ達は王手なんだよ」

 幸いにも向こうは勘づいた様子じゃねーしな、と言って笑みを深める。

 そう……次郎長は最初(ハナ)から白蘭の賭け事(ゲーム)に乗る気など微塵も無く、ドタキャンするつもりで腹の探り合いをしていたのだ。

「入江。今までオイラの町で好き勝手やってくれたが、元の世界に戻れる手段を用意してくれたら全部水に流してやるよ」

「っ!」

「相手のお言葉に甘えて、あえて不戦敗とさせてもらう。今回の喧嘩は買う必要がねーからな」

 次郎長の要求に、入江は「わかった」と応じたのだった。




【重大発表】
本作が投稿されて三年が過ぎました。
主人公の最大最強の敵であるD・スペードとの決着を目途に、本作は完結させて次回作に力を入れようと思います。

当然ながら、作者はヌフフのナス太郎に全力でプレッシャーをかけて、完結まで突っ走ってまいります。
ちなみに未来編はあと少しで終わらせ、元の世界で白蘭にお仕置きする予定です。継承式編? 直々にナスぶっ潰せばいいんだよ!(笑)

最終章は次郎長VS変態野菜妖精による第二次並盛戦争です。乞うご期待!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的80:仲間入り

なるべく早く終わらせたいので、ささっと進めます。


 次郎長の提案により、チョイスのドタキャンが決定した一同。

 残された10日間は、入江と彼の友人である親日家ロボット工学者・スパナが元の世界に戻る装置の完成を間に合わせ、それまでは各々の時間を過ごしていた。

《元の世界に帰るのか!?》

「連中と戦う必要性も義理もねェ。タネさえわかればこっちのモンだしな」

 そんな中、次郎長は公衆電話で知人と話していた。

 ブラックスペル――ジッリョネロファミリーのγ(ガンマ)である。

「オイラと手ェ組んで白蘭潰そうって話、無かったことにしてくれ。元の世界で弱い内の白蘭潰す方が楽だかんな」

《それはそうだが……そう簡単に行くのか?》

「心配すんな、オイラにゃ〝最強の伝手〟がいるからな」

 声が笑っている次郎長に、電話越しでγ(ガンマ)は引きつった笑い声をあげた。

「じゃあ、もう切るぞ。盗聴の可能性も否定できねェ」

《ああ……無事に帰れるといいな》

「おう」

 通話を終え、電話ボックスから出ると次郎長は久しぶりに町を散策した。

 ミルフィオーレファミリーに支配権を奪われた事実を知らなければ、当たり前たる日常だ。便利ではないが不便でもない平々凡々な、ならず者の王の唯一無二の縄張り――大侠客次郎長の始まりの地。十年の時が影響してか、それとも白蘭のせいか、町は不気味な程に静かだ。

 次郎長が統治していた頃は、行き交う人々の多くが顔見知りで、ヤクザの組長という立場など意にも介さず話しかけてくれた。行事になれば縁日で交流し、時にはカタギとヤクザが並んで酒を飲み、喧嘩はあっても戦争抗争のない平和な町。

 その並盛から平穏を奪われたことに、白蘭への怒りとこの時代の己に対する不甲斐なさで心を痛めてしまう。

 

 ぶらりと歩いていると、気づけば並盛中学校を訪れていた。想い人である同級生・沢田奈々と出会い、沢田家との親交のきっかけにもなった母校にいつの間にか足を運んだことに、帰巣本能でもあるのかとほくそ笑んでしまう。

 そう言えば、並中だけは恭弥に支配権を譲ってたな――そんなことを考え、校庭に足を踏み入れた時だった。

「不法侵入だよ、次郎長」

「!」

 聞き覚えのある声が響いたかと思えば、研ぎ澄まされた殺気を感じ取り、次郎長は抜刀。

 刹那、ガギィィン! という金属音が木霊した。

 目の前には、学ランをなびかせ獰猛な笑みを浮かべる、並盛中学校の若き帝王がいた。

「……俺ァ並中の〝OB〟だぜ? ちったァ配慮してもらいてーモンだな」

「卒業生だろうと、並中は僕の縄張りだよ」

 トンファーの棒身と刀の刀身がせめぎ合い、一度距離を置く両者。

 隙を見せない次郎長に、恍惚とする恭弥。

 これは、風紀委員長としてではない。一人の強者として次郎長に挑もうとしている。

 下剋上だ。

「……()るつもりだってんなら、受けて立ってやらァ」

 ――かかって来い、若造。

 身体を強張らせる恭弥の殺気すら呑みこみ、次郎長は強烈な殺気をぶつけた。

「ワオ……これだよ。僕が待っていたのは!」

 鳥肌が立つ程の威圧感に、武者震いする恭弥。

 

 この町の強者達の頂点に長く君臨してきた、最強の極道。

 その背中を追い続け、超えるために何度挑み続け、何度敗れたか。

 

 超えるべき目標との再戦。

 息がつまる程の圧迫感すら興奮剤となる、闘争心渦巻く校庭で、風紀委員長は久方振りの下剋上を仕掛けた。

 

 

           *

 

 

 かつての自宅に戻ったり商店街を満喫したり、ツナ達は平穏な時間を過ごしていた。

 この世界でこれ以上の血を流さずに済むこととなり、ツナの顔には自然と安堵の笑みが浮かぶ。

(オレって、いつもおじさんに助けられてるな……)

 思い返せば、ツナ達の平穏の陰には、常に次郎長がいた。

 幼少期から実父に代わって気にかけてくれ、成長してからも色んな面で叱咤激励してくれた。リボーンの策略で拳を交える時もあったが、次郎長は奈々の息子だからと見守ってきてくれた。

 いつか恩返しをしたいのに、中々踏み出せないことに、歯痒さを覚えてもいた。

(元の世界に帰ったら、恩返ししないと)

 ツナは思い切って、獄寺と山本に相談した。

「ねえ、二人共」

「おっ?」

「どうしましたか、十代目」

「いや、オレもう十代目から外されてるんだけど……」

 中々ツナって呼んでくれないなぁ、と思いつつも口を開く。

「おじさんに贈って喜ぶものって、何かな」

「……あのガングロにですか?」

 次郎長への贈り物。

 それを問われ、二人は首を傾げた。

「……安物でも十分でしょう」

「いや、そういうのはちょっと……オレの恩人だしさ」

「まあ、何か贈るだけでも喜んでくれるだろ! ツナの母ちゃんの顔馴染みだから、母ちゃんに聞けばいいんじゃね?」

 山本の答えに、ツナは「そうだね」と微笑んで納得した。

 そうだ。自分の母親は、次郎長を誰よりも知っているではないか。

「山本。獄寺君。ありがと」

「いいってことよ!」

「些細なことでも、ぜひ声を掛けて下さい十代目!」

 二人の返事を聞いて朗らかに笑うツナだった。

 

 

 同時刻。

 次郎長と恭弥の決闘は、壮絶を極めていた。

 

 ガガガガガガガッ!!

 

 激しくぶつかり合ったトンファーと日本刀が、何度も火花を散らす。

 文字通りの高速戦闘。

 常人では、一瞬でも目を逸らせば斬られ殴られてしまうだろう。

「伸びしろはおめーがあるが、そう易々と王座()れたらつまらねーだろ」

「勿論!」

「じゃあ、こいつはどうだ!」

 刹那、鉛のように思い拳骨が恭弥に肉迫する。

 咄嗟にトンファーを組み、盾となし、豪拳を受け止めた。顔面への直撃こそ防げたが、威力を殺すことはできず、そのまま校舎まで吹き飛ばされてしまう。

「……何でい、ちったァ強くなったかと思ったらこのザマかい」

「まだだよ」

 その声と共に、恭弥は急加速して次郎長の懐に潜り込んだ。

 そして横薙ぎの一閃を見舞う。

「くっ」

 後ろへ一歩下がる次郎長だが、頬に痛みが走るのを覚えた。

 よく見ると、トンファーの棒身からは棘が出ている。中に仕込まれたギミックの一つだ。

「どうしたのかな、王様」

 鋭く、それでいて素早い連撃。

 ギラギラと鈍く光る棒身と棘が、死角を容赦なく狙う。

「……悪くねェ。だが足りねェ」

 次郎長は刀を鞘に収めた。

「鍛錬も戦略も覚悟も十分でも、おめーは場数が足りねェ」

「っ!」

 次郎長は十八番の居合抜きで、大勝負に出た。

 

 ギンギンギンギンギンギンギンギンッ!!

 

 抜いて、斬って、鞘に収める――それを神速で何度も繰り出し、居合抜きの嵐を展開。

 その一撃一撃が、渾身。

 何人も寄せ付けぬ王の攻撃に、恭弥は防戦一方となった。

「ぐっ…………!」

 反撃すら許さない王の猛攻を、ギリギリ捌いていく恭弥。

 その顔には、不思議と笑みが浮かんでいた。

 

 己を遥かに上回る尚弥(ちちおや)ですら、肩は並べても超えることはできなかった。

 それ程の強者が、全力を出して下剋上に受けて立っている。

 

 それが、戦いを好む肉食動物として嬉しかったのだ。

(神速の居合の連撃……さすがだよ。でも、これで終わりにするよ!)

 恭弥はトンファーから仕込み分銅を飛ばした。

 至近距離から放たれたそれは、次郎長の顔面を穿とうとするが、紙一重で避けられた。

 それこそが、恭弥の狙いだった。

(もらった!)

 構え直す一瞬の隙を見逃さず、渾身の一撃を頭部へ振るった。

 刀とトンファーでは、手数が多いのはトンファー。しかも短い分〝返し〟が速い。

 次郎長の先手を打つことに成功し、勝利を確信するが――

 

 ゾクッ!

 

「っ!?」

 刹那、感じたのは死の気配。

 本能的に足を止め、何が起こったのかを把握しようとすると……。

「……いつの間に」

 次郎長の刀がいつの間にか抜かれており、刃が肩に数ミリ程食い込み血が滲んでいた。

 明らかに先手を打ったはずなのに、あと少しで斬り伏せられていた事実に、動揺を隠せない恭弥。

 幻騎士を撃破した、逆抜き不意打ち斬りだ。

「……惜しかったな、恭弥。あと二・三年もしたら、天下の次郎長も並盛で最強を語れなくなっちまうかもしれねーなァ」

 驕りも嘲りも無く、純粋に目の前の相手を称賛する次郎長。

 かつては赤子同然だった少年が、切り札を使()()()()程にまで強く逞しくなった。

 最強を自負しているが、近い将来にその座を雲雀恭弥に奪われることになるかもしれない――そう感じさせたのだ。

「……また僕の負けか」

「いや……引き分けと考えてもいいレベルだぜ? 切り札使われちまったら、あとはもう根性しか残らねェ」

 カチン、と刀を鞘に収める次郎長は笑みを溢す。

 そろそろ恭弥も並盛人外フレンズの仲間入りか、と感慨深くなる。

「恭弥。一つ訊いていいか」

「何?」

「俺を倒したら、お前はどうする?」

 最強の次郎長を倒せば、恭弥が最強になるだけでは終わらない。

 裏社会では、自分が打ち負かした相手を配下に収めることなどよくある話。言い方を変えれば、恭弥が次郎長を倒せば、裏社会で雲雀恭弥の名が轟き、その首を狙う者も現れるということだ。

 支配とは程遠い若者に、自分に代わって並盛の裏を統治するのか――そう問い質しているのだ。

 それに対する答えは……。

「……くだらないな」

「!」

「僕は並盛を愛している。君も愛している。それだけじゃないか」

 次郎長を倒すのは、確かに恭弥の目標ではあるが、強者と戦えればそれで十分なのだ。

 裏社会で名を轟かすつもりも、並盛の裏を牛耳るつもりもない。

 実に自由気ままな風紀委員長の回答に、次郎長は「そうか」と笑った。

「……もう少ししたら、元の世界に戻る。そうしたらまた、続きをしようじゃねーか。もっとも、俺も自分(てめー)が生んだ因縁に決着(ケリ)を付けなきゃならねーが」

 ちょっと病院行ってくらァ、と手を振りながら去っていく次郎長。

 ――だったが、恭弥もその隣に並んだ。

「僕だって、肩やられたからね。保健室のだけじゃ()()()

「……今日学校休みだから保険医もいねーしな。……せっかくだし、一杯やってくか?」

「断る。僕は群れない」

一対一(サシ)で飲むぐれーいいじゃねーか。おめーいい加減酒イケるだろ」

 そう誘う次郎長に、恭弥は「日本酒しか受け付けないから」と笑みを浮かべるのだった。




次回、未来から現代に戻ります。
その後は、ついにあのナス太郎との最終戦争が……!

乞うご期待。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的81:帰還、そして

未来編最終章は、あっさり終わらせます。
次回以降が、一番面白くなりそうなので。(笑)


 朗報は、突然やってくる。

「皆! 元の世界へ戻るための装置が完成したぞ!」

『!!』

 駆けつけた入江の一言に、衝撃が走る。

 何と、元の世界へ戻るための十年バズーカに代わる転移装置(タイムマシン)が完成したというのだ。

(チョイスとやらまで残り一日……ギリギリっちゃギリギリだが、よくやった)

 明日は白蘭の言うチョイスの当日。

 一応白蘭のスパイが潜り込まないか巡回したが、影も形もなかった。見方を変えれば、敵の懐に潜り込まずとも勝算があるということであり、同じ土俵に立てば思うがままに転がされるハメになる。

 そもそも次郎長は、白蘭がルールを守るような男には思えなかった。ルールを守れるなら、カタギにまで手をかけるはずが無いからだ。それ以前に裏社会に汚いや卑怯は女々しい言葉であり、どんなに喚き散らしたところで負ければ意味を成さないのだ。

「うし、とっとと準備するぞ。40秒以内に仕度しとけ、さっさとこんな腐った世界からトンズラだ」

 次郎長の掛け声に、一同はすぐさま準備に取り掛かった。

 この時代の白蘭に、もう用は無い。過去へ帰り、完全体となる前に摘んでおくのが手っ取り早いからだ。

(まあ、いくら強くてもバミューダ達には及ばねーだろ。地力が違うからな)

 次郎長は刀を手にし、部屋を後にした。

 その後、入江といくつか言葉を交わし、元の世界で白蘭の暴走を未然に防ぐべく、入江の装置のチカラで一行は現代へと帰ることができたのだった。

 

 

           *

 

 

「戻ってこれたーーーーーーっ!!」

 ツナの声と共に、一同は歓喜する。

 未来での滞在時間は随分あったが、入江は装置に転移先の時間を設定し、ツナが未来へ飛んだ翌日に戻ることができた。

 日常に戻ることが、こんなにも嬉しいことなのだ。

(ったく、とんだ災難に遭ったぜ。おかげで組の課題もわかっちまったしな)

 頭を掻く次郎長は、未来でのγ(ガンマ)とのやり取りを思い出す。

 未来の溝鼠組は、次郎長を失ったことで勢力が急激に弱体化し、壊滅に近い打撃を受けていたことが伺えた。言い換えれば、十年経っても次郎長に依存している面があったということに他ならない。

 せっかく体制が盤石になったのに、これでは組が()()()()。若頭の勝男に一刻も早く二代目を襲名し、次郎長抜きでも組を示威してもらわなければならないだろう。

(それにしても、俺まだ三十四だよな? 三十四で隠居かよ……)

 隠居というのは、壮年を過ぎてからようやく似合う言葉。

 人生八十年、いや百年の時代において、いくら何でも早すぎる。隠居したら隠居したらでやることがなくなるので、これまた悩みの種だ。

(……ダメだ。四の五の考えんのやめよ。疲れて仕方ねェ)

 そうだ、これは後回しでもいい話だ。

 次郎長は頭を切り替え、ひとまず屋敷へ戻ることに決めた。

「オイラァ(けェ)るぜ。死ななきゃ治らねーバカの相手は疲れるモンだ」

 次郎長は踵を返し、我が家へと向かう。

 その時、ツナが慌てて駆け寄った。

「待って、おじさん!」

「ぐげっ!!」

 ツナはうっかり頸に巻いている赤い襟巻を鷲掴みしてしまい、それによって次郎長の首が一瞬締まった。

 潰れた蛙みたいな声を上げた次郎長に、ツナはハッとなった。

「あっ……ご、ごめんなさい!」

「ツナ……せめて袖にしてくれよ袖に……」

 首元を押さえる次郎長に、ツナはアワアワする。

 気を取り直して、伝えたかったことを口にする。

「おじさん……今回もありがとう」

「礼なんざいらねーよ。オイラの意思でやったことだし、奈々にはデカい借りがあるからな。ただ奈々にはちゃんと謝れよ? 家を空けた身なんだ、心配してるだろうしな」

 穏やかに告げ、次郎長はツナの頭を優しく撫でてから帰路を辿った。

 

 

 溝鼠組の屋敷に辿り着いた次郎長は、どこかやつれていた。

(それにしても、久しぶりに戻ったな……)

 10年後の世界から帰還した次郎長は、ヘトヘトだった。

 

 未来の世界で支配権を奪われた挙句、新興マフィアにフルボッコにされ。

 組は崩壊して一部が地下に逃げ延び。

 ボンゴレに関わった人間は表も裏もお構いなしに襲撃され。

 

 敵勢力に知り合いが紛れてなかったら、死も覚悟する程の状態だった。

 今までの抗争の中でも、断トツで疲弊したかもしれない。

「……たでーま」

 そう呟きながら、玄関を開ける。

 すると、組員達が一斉に次郎長へ駆け寄った。

『オジキィィィ!!』

「おい、ちょっとうるせーぞてめーら……」

 元気なのは結構だが、色々と疲弊している身には堪える。

 勘弁してくれよとボヤいた時、登が血相を変えて近づいた。

「オジキさん! 綱吉君は……」

「見つかったよ。またマフィア絡みだったぜ……」

 次郎長は屋敷に上がると、思わず崩れ落ちそうになった。

 咄嗟に勝男が支え、他の組員達は慌てふためいた。

「オジキさん、大丈夫ですか!?」

「ああ、今日ァ何か疲れた……」

 登の問いかけに、次郎長は力無く答えた。

 次郎長は並盛の裏社会を牛耳りつつ、他の勢力が干渉して抗争の火種にならないよう、常に監視を怠らない。

 その疲れが、来てしまったのだろう――勝男達はそう()()()()()

「飯はいい。とりあえず今日は寝るとすらァ……勝男、(わり)ィな」

「オジキ……無茶せんといて下さい。ワシらが居るんやから」

「善処すらァ」

 心身共に消耗した王は自室へと向かう。

 そして緊張の糸がようやく解けたからか、布団を敷いた途端に倒れるように眠った。

 

 

           *

 

 

「そいつが白蘭だ」

 二日後の早朝。

 次郎長は並盛山にて、バミューダとイェーガーの二人と密談をしていた。

 マフィア界の掟の番人に、十年後の世界で目にしたことを全て語り、その上で黒幕でありきっかけとなった男の情報を提供したのである。

「彼が時代の頂に立つ十年後に、龍脈の異変があったんだね?」

「おう。それも富士山の龍脈の気で、まるで吸い取られたかのようだとよ。八咫烏の案件だろうが、お前らも聞いて損はねーだろ?」

「フム……」

 バミューダは顎に手を当てた。

 どうやら白蘭という男は、近い将来に龍脈という巨大なエネルギーを何らかの手段で掌握する可能性がある。それが事実であれば、一介のマフィアが得て良い代物ではないのは明白。この世界の均衡そのものを破壊しかねない程に危険であり、悪用されたら取り返しがつかなくなる。

 そう考えれば、早めに摘んでおくという選択肢もある。

「彼を見つけ出して、始末してほしいと?」

「そこの裁量は任せる。奴が立ち回れなくなりゃあいいからな。生憎、オイラはそいつに構ってられねェ……どうしても付けなきゃならねェ〝ケジメ〟があるからな」

「……(デイモン)・スペードだね?」

 バミューダの問いに、次郎長は答えない。

 答えるまでもないのだ。

 

 七年前のイタリア。

 あの日の夜から始まった、ボンゴレの亡霊との因縁。

 近い内に、彼との全面戦争が始まり、七年に及ぶ因縁に終止符が打たれる――次郎長はそう予感していた。

 

「奴さえ倒せりゃあ、オイラは御役御免だ。(わけ)ェ衆が未来を繋ぐ。いつまでも最強の王者でいれっこねェ」

「次郎長……」

「俺もアイツも()()()()だ。区切るタイミングとしちゃ悪くねーだろ」

 次郎長は揺るがぬ決意を語った。

 もはや、引き返すことはできないと。

 

 

 時同じくして。

 ボンゴレファミリー初代霧の守護者にして、諸悪の根源とも言える亡霊――(デイモン)・スペードは、並盛中央病院の屋上から町を眺めていた。

(アレからもう七年ですか……)

 胸に浮かぶのは、浅黒い肌をした日本人(ジャポネーゼ)

 この並盛(まち)は、ならず者の王が君臨する魔境――永い時を生きたデイモンにとっての不倶戴天の敵・泥水次郎長のお膝元だ。彼の雷名は内外に轟き、組の規模こそ小規模だが多くの強大な他勢力の干渉を跳ね除けてきた。

 その強さは、紛れもなく怪物級。永い時を生き、人の域を超越したチカラを得ても、心してかかる必要がある相手だ。

(……シモンに潜伏して、信頼は勝ち取ってる。ですがやはり邪魔ですね……)

 デイモンは現在、シモンファミリーの一員である加藤ジュリーの肉体を乗っ取っている。

 本来ならば、シモンの内側からボンゴレへの恨みを焚きつけ、マフィア界の頂点に立つという名目でⅠ世(プリーモ)の末裔であるツナもろとも滅ぼす手筈だった。事実、次期ボスとなる炎真はボンゴレに対し少なからず負の感情を持っている。

 負の感情をさらに煽ること自体は、造作もない。そうやっていくつもの敵対勢力を潰し、ボンゴレの勢力を示威してきたからだ。だが面倒なことに、炎真が一家共々あの次郎長の庇護下にある。

 今の流れとしては、父親の真が息子に譲渡することとなってるが、問題なのは次郎長の傘下になるという選択肢を視野に入れていること。マフィア界から完全に足を洗い、シモンファミリーを極道組織に生まれ変わらせるのは、デイモンとしては絶対に避けねばならない事態だ。

 デイモンも次郎長を()()()()()()と認識しており、今も抹殺のチャンスを伺っている。次郎長がいなければ、デイモンの目論見は白紙に戻ることなど無かったのだから。

 今のボンゴレの実権はXANXUS(ザンザス)が掌握してるが、おそらく周囲の声や争奪戦での衝突と事後処理の件から、次郎長の始末は命じない可能性が高い。となれば、殺すのは自分の手で……ということになる。

(七年……七年。お前のせいで私の崇高な計画は台無しにされた。その罪を償わせる時が来ましたよ)

 ヌフフ、と妖しげに笑う。

 デイモンも、七年間何もしなかったわけではない。あの怪物の息の根を止めるべく、年五入りに技を研ぎ澄ませ、いつでも殺すことができるよう整えてある。

 あとは誘い出して、愛用の鎌で心臓を貫けばいい。

(決着を付けましょう、泥水次郎長。七年に及ぶ因縁に終止符を打つ!)

 

 

 暗躍するは、古より這い寄る霧。

 その魔の手を阻むは、平和な町の裏の顔役たる〝ならず者の王〟。

 

 過去の怨恨と後悔の行く末は、何をもたらすのか。

 

 怪物と亡霊の、未来を懸けた最後の戦いは近い。




次回、最終章「ヌフフのナス太郎編~第二次並盛戦争~」開始。

衝突する二人の男。
血塗られた歴史の清算。
己が定めた鉄の誓い、砕けるのはどっちか。

七年に及ぶ因縁に、ついに終止符が打たれる!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終章:ヌフフのナス太郎編~第二次並盛戦争~
標的82:ナス太郎、再び


最終章、開始。

次郎長とデイモン、案外良いコンビになったりするかも。(笑)


 度重なる抗争がついに区切り。

 次郎長は溜まりに溜まった疲労を癒していた。

「あー……(わり)ィな、登。オイラァ最近疲労が溜まりやすくなっちまってなァ」

「いえいえ。オジキさんこそ、しっかり休息を取るべきですよ。勝男兄さん達をもっと頼っていいでしょうに」

 次郎長の肩を丁寧に揉む登。

 ボンゴレという巨大組織を相手取り、並盛町を巻き込んだ抗争終結に躍起になっていた次郎長は、心身共に疲れが蓄積されている。並盛を統べる者として引くわけにも行かなかった分、発散する機会もなかったので、こうして反動が来たのだ。

 一番の年長者、それもヤクザ一家の首領が若い衆に甘えるのには抵抗はあったが、子分達も()()()()()()()ので、ここは受け入れることにしたのだ。

「オジキさん……オジキさんって、やはりボンゴレファミリーは構わなければいけないんですか?」

「何でい、急に。嫉妬か?」

「し、嫉妬だなんて! 冗談言わないでくださいよっ!!」

 茶化す次郎長に、登は顔を赤くする。

 しかし、ボンゴレファミリーにこだわる理由は確かに気になる所だろう。

「ボンゴレは……まあボンボンが継ぐことが確定したし、一応ツナとは距離を置くように話はまとまってる」

「じゃあ、何で……」

「――ケジメだ」

 次郎長は、静かに告げた。

「俺の戦いは、まだ終わってねーんだよ。その決着(ケリ)がついて、それでこそ終わる」

 それは、七年に及ぶ因縁――遠く離れたイタリアの地から始まり、海を越えて続く二人の男の対立。

 その対立が本格的に始まる……次郎長はそう予感していた。

 相手は、遥かな時を生き続ける正真正銘の亡霊にして、次郎長にとって最凶最悪の敵。倒さなければしつこく付き纏い続け、後の憂いとなる。そうなる前に、滅ぼさねばならない。

 己が護るべき者達の、安寧の為に。

「……そういやあ、ケガは完治したんだっけか?」

「……さすがに痕は残ってしまいましたが、平気ですよ」

 次郎長に話を振られ、登は服を脱いだ。

 細く引き締まった、華奢な肉体。一見すればモデルとして活動できそうだが、その胸部や腹部には痛々しい刺し傷や切り傷が刻まれている。

 ヴァリアーの騒動の後、ようやく回復したが、やはり傷の痕は消えなかったようだ。

「……すまねーな」

「何を言うんですか。僕達は無法者です、死の淵を彷徨う覚悟はできてます」

 キリッとした眼差しで告げる登に、次郎長は「そうかい」と微笑んだ。

「……ところでなんですけど、オジキさん。実は朝、手紙が二通届いてまして」

「手紙?」

 次郎長は目を細めた。

 ヤクザの一家にわざわざ手紙を寄越すとは、酔狂な輩がいる者だ。

「なんて書いてある?」

「それが外国語で書かれてて……無駄に達筆なので読めないんです。英語じゃないのは確かですけど……」

「まあ、ウチは海外(そと)の組織との取引はしてねーからな」

 溝鼠組は、広域暴力団と違って海外組織との裏取引はしない。

 ドスや銃は国内のブローカーから取り寄せるのがほとんどで、違法薬物(ドラッグ)や密輸にも一切関与していない。その手のビジネスに手を伸ばす必要がない程、資金は豊富であるのだ。

 もっとも、クスリの捌きは組の中で御法度として定めているのだが。

「んで、その手紙は?」

「こちらなんですけど……」

 差し出した手紙を手に取る。

 数秒流し見てから、次郎長は決断した。

「イタリア語っぽいな。ランチアに見てもらうのが手っ取り(ばえ)ェ」

 

 

 次郎長はすぐさまランチアを召喚、解読を依頼した。

 すると……。

「組長、こいつはイタリアから……それもボンゴレファミリーの当主からだ」

「……!」

 何と、差出人はボンゴレファミリー九代目だった。

「……何の手紙だ」

「一通目は、継承式についてだ」

 ランチア曰く。

 書面に書かれている内容は、ヴァリアーの一件での謝罪から始まり、その上で和睦も兼ねて継承式への特別参列にぜひ来てもらいたいとのことだ。

 継承式は、言わずと知れた次期当主(ザンザス)への跡目の譲渡だろう。しかし、そこに次郎長が参列するのは、前代未聞だろう。

「急務ゆえ、返事は明後日までと書いてあるが……」

「オジキさん、どうします?」

「んなモン出るわけねーだろ。シカトだ、シカト」

 次郎長は即答。九代目の手紙を奪い取るや否や、クシャクシャに丸めてゴミ箱に捨てた。

 そもそもボンゴレとはツナを巡ってイザコザがあった間柄。リング争奪戦で起こった全面抗争においては、登が重傷を負うという事態にまで発展した。

 今になって和睦など、到底受け入れられるものではなかった。しかも参列すればどさくさ紛れでボンゴレの同盟組織か傘下組織にさせられる危険性もある。

 それに次郎長はイタリア語で文を書けない。イタリア旅行に行った際は喋れないから在住の日本人を捜索したため……イタリア語を喋れない奴がイタリア語で文を書けるわけがない。

 以上のことから、シカト一択であるのだ。

「それで、もう一通の方は?」

「それなんだが……差出人不明だ。名前も書いていない」

「……!」

 困った様子のランチアに、次郎長は何となく察した。

 もしかしたら、〝奴〟からかもしれない。

「一応読み上げるが?」

「……頼む」

 

 ――泥水次郎長殿へ

   時は来た。

   今こそ長きに渡る因縁に終止符を打つ時。

   どこにも逃げはしない。私は町の頂で君を待つ。

                 崇高なる理念を守り貫く者より

 

「……野郎」

「組長、誰かわかるのか?」

「ああ」

 ――差出人は、間違いなくあの男だ。

 次郎長はこの手紙を「宣戦布告」と受け取り、真剣な眼差しで口を開いた。

「……手出し無用で頼む。これは()()()()()()でい」

「オジキさん……?」

「――組長、まさかあの男と?」

 手紙の意味を悟ったランチアは顔色を変えて次郎長を質すが、当の本人は無言で立ち上がった。

 まるで、何も言わないでほしいと言っているかのように。

「……安心しな。ヤクザ(モン)がくたばり損ないのマフィア(モン)になんざ敗けやしねーっての」

 

 ――息子達(てめーら)は引っ込んでな。これは()()()()()()片ァ付けなきゃならねーんでい。

 

 次郎長は一言残し、どこかへ導かれるように屋敷を後にした。

 

 

           *

 

 

 アルビノの髪と赤い襟巻をなびかせ、次郎長は迷わず並盛山へ向かった。

 この山の頂上に、あの変態野菜妖精が待っている可能性が高いと踏んだからだ。

 その予想は、山頂に辿り着いた直後に的中した。

(……! アイツ、炎真の連れになりすましてたのか?)

 目の前にいたのは、炎真の取り巻きの一人である老け顔・加藤ジュリー。

 しかし醸し出す気配は、七年前のあの時と変わらない。

「……おや」

 すると、次郎長に気づいたのか、彼はすぐに本性を現した。

 霧が掛かったかと思えば、あっという間に房のある頭が出現した。

「ヌフフ……お久しぶりですね、泥水次郎長」

「……てめーが呼び出すとは思わなかったぜ、ナス太郎」

 加藤ジュリーは……いや、(デイモン)・スペードは酷薄な笑みを浮かべ、対する次郎長は剣呑な眼差しで睨みつけた。

 七年ぶりの邂逅。因縁の敵との再会に、緊張が走るかと思われたが――

「……だから(デイモン)・スペードです。しかも七年前より悪意を感じる声色なのですが?」

「そりゃあ敵だからな」

 次郎長の返答に、デイモンはこめかみをヒクヒクさせた。

「あとお前、手紙寄越すなら日本語で書けよ。ゴミ箱にポイしそうになったじゃねーか」

「人の手紙をすぐ捨てようとしないでくれませんかね!? 名前ぐらい読めるでしょう!?」

「あんなミミズが這ったような字、読めっこねーだろうが。無駄にカッコつけやがって」

「達筆と言いなさい!!」

 ボロクソに言ってくる次郎長に抗議の声を上げるデイモン。

 コントのようなやり取りだが、これでも七年にも及ぶ因縁がある。

「……で、()るのか」

 チキッ……と鯉口を切る。

 この山頂にいるのは、次郎長とデイモンの二人だけ。幸いにも付近には誰もいないため、思う存分に戦える。もっとも、それでも()()()かもしれないが。

「ヌフフ……野蛮ですね、まだそのつもりはありませんよ」

 デイモンはパチンッと指を鳴らす。

 すると、どこからともなくイスとテーブルが出てきた。

「……何のマネでい」

「お茶でもいかがでしょう」

 穏やかに微笑むデイモンに、次郎長は眉間にしわを寄せた。

 宿敵を前に、こんな緊張状態でティータイムかよ……と呆れてしまう。

 もっとも、あらゆる意味で規格外なリボーンならやってそうだが。

「今更毒なんか盛っていませんよ。神に誓ってもいい」

「神への信仰に一番程遠い奴の言葉なんざ、信用できるか」

 次郎長はそう吐き捨てると、迷いなくイスに座ってテーブルの上に置かれた茶菓子を食べた。

「ちょ、何をちゃっかり頂いてるんですか!?」

「食い物粗末にしちゃあバチ当たらァ」

 次郎長の言い分に、ポカンと大口を開けるデイモン。

 次郎長も次郎長で規格外だった。

 デイモンは「調子が狂う」とグチグチ呟きながらも、対面に座って紅茶を嗜み始めた。

「おいナス太郎……スパゲッティ出してくんね?」

「あなた私を何だと思ってるんです!?」

「昼飯食ってねーんだよ。幻覚なのか本物なのか知らねーけど」

 次郎長の要求に、嫌々ながらもデイモンはマジシャンのようにポンッとカルボナーラを提供。

 どこから出したのかは詳しく突っ込まず、次郎長は食らいつく。

「……ってか、てめー戦う気あんのか? オイラを殺したい態度じゃねーだろ」

「始末したいですよ。でも血の臭いを嗅ぎつけて()()()()()が来ると面倒なんですよ! 何なんですか、この町!? 守護者と同等の実力を持つ民間人が複数いるなんて聞いてないですよ!!」

「それな」

 次郎長はデイモンの言い分に納得した。

 凄腕の巣窟と化した魔境・並盛。加藤ジュリーとして並盛で過ごしたデイモンにとって、局地的にボス級の実力者が首を揃えるこの町に、ある種の恐怖を抱いていたのだ。

 地元の人間にとっては「普通の平和な町」、余所者から見れば「火薬庫みたいな土地」……それが平々凡々な並盛町である。

「てめーの愚痴は聞いてやるが……ケジメとは別だろ」

「暴力で事を収めようとするのですか。品性下劣ですよ。私はある〝儲け話〟を持ち掛けてるんですから。あなたの命はその返答次第です」

「〝儲け話〟?」

 デイモンはヌフフと笑うと、指を突きつけて言い放った。

 

「泥水次郎長、私と手を組みませんか?」

 

 その言葉に、次郎長はきょとんとした。

「何言ってんだ、てめェ……」

「そのままの意味です。正直な話、()()()()()()()()()()()

 まさかの爆弾発言に、次郎長は驚いた。

 ボンゴレに固執していた男が、ボンゴレを見限ろうとしているのだから。

「この七年間、私は考え続けました。どうすればボンゴレの栄華は永遠となるのか、今のボンゴレに必要なモノは何か、と」

「……」

「答えは出ましたよ。私が家光を支配すればいいのだと。彼は曲がりなりにもプリーモの血筋、条件としては申し分ないはず。門外顧問機関など、別に解体しても害はない。また別の機関を設ければいいだけだ」

 デイモンは己の企みを次郎長に語った。

 ブラッド・オブ・ボンゴレを継ぐのは、家光も同様。家光をボスに据え置き、その裏で操ればいいという結論に至ったようだ。

 確かに家光はそれなりの人望を集めており、マフィア界でも屈指の実力者として名を馳せている。若い頃は〝若獅子〟と恐れられ、実力も折り紙付き。ボンゴレから独立してもマフィアのボスとして食っていけるだろう。

 その上で、次郎長はひとまず一言言った。

「何でそうしなかったんだよ」

「えっ」

 ……並盛山に、静寂が訪れたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的83:甘さある強さ

D・スペードって、弄り甲斐のあるキャラに感じます。
ナス頭だしツッコミどころ満載だし。(笑)


 何でそうしなかったんだ――そう冷たくツッコまれたデイモンは、呆然とした。

「……どういう意味、ですか」

「最初からそのつもりなら、オイラの対応は違ったってこった」

 まさかの一言に、デイモンは頭を抱えた。

 次郎長は奈々とツナの案件で家光とゴタついており、実際のところ家光を何度か排斥しようと考えたこともある。

 そもそも次郎長は奈々に惚れてはいたが、極道の立場を考えて手を引いたという過去がある。そこに殴り込んだのが家光であり、彼のせいで色んな意味で大変な目に遭ったのだ。

 もっとも、次郎長は家光に代わってツナと向き合ったため、ツナの中で絶対的味方という地位を得ているが、そこは家光の自業自得である。

「オイラはヤクザ。メンツで生きる生き物だ。メンツさえ立てるんなら相応の対応はするんだぜ、誰だろうとな」

「……ああああああっ!」

 デイモンは崩れ落ちた。

 そう、デイモンの非情な選択や手段は、次郎長個人としては別にどうでもいいのだ。ヤクザであろうとマフィアであろうと、反社会的勢力(アウトロー)の稼業は疎まれて当然……弱肉強食の裏社会を生き抜く上での非情な選択は、ある程度仕方のないことだと理解しているからだ。何が言いたいのかというと、デイモンの出方次第では次郎長も手を貸してくれたのかもしれなかったということである。

 

 あの最悪な出会いでなければ。

 暗殺という手段ではなく、交渉という手段を取っていれば。

 辿る未来は全く違ったのだ。 

 

「そんな……」

自分(てめー)の常識だけで物事を判断すっからいけねーんだ」

 バッサリ切り捨て、膝から崩れ落ちて項垂れるデイモン。

 カルボナーラを平らげた次郎長は、出された紅茶を一気に飲み干した。

「さて……お遊びはここまでとしようや」

「……!」

「オイラはケジメを付けに来たんでい。最初(ハナ)からおめーの要望に応える義理はねェ」

 次郎長は立ち上がり、刀の柄を強く握る。

 その真意を汲み取ったデイモンも、愛用の鎌を召喚させた。

「いいでしょう。このまま終わらせるわけにはいきませんし」

「だったら、互いに肩書き捨てて一匹の男として決着(ケリ)を付けようぜ」

「ええ。お互い、後戻りできませんね」

「世の中は一問一答じゃねーからな」

 互いに真剣な眼差しで見つめ合い、得物を構える。

 出会いの形が違えば、因縁の敵という関係ではなかったかもしれない。

 しかし、もう後には引けないし、互いに意地もある。引いた方が負けなのだ。

「一つだけ、聞きたいことがある」

「何でしょう」

「てめーにとって、強さってのは何だ?」

 王たる男からの意外な問いかけ。

 虚を衝かれたデイモンだったが、ニヤリと妖しく笑って言った。

「愚問ですね、次郎長。強さとは力に決まっているでしょう。力さえあれば何者にも屈することなく己を貫き通すことができる。大切なモノも欲しいモノも全て自分の思うがままなのですよ」

 ヌフフ、と狂気すら孕んだ笑みを浮かべる。

 次郎長は「そうか」と一言告げてから、返答した。

「俺にとっての強さは、どこかしら甘いところだと思ってる」

「……は?」

 デイモンは、全く理解できないと言わんばかりの表情を浮かべた。

「力を求めれば求める程、甘さを失う」

「それが正しいでしょう。殺伐とした世界で甘さは弱さ……甘ければ滅んでしまう」

「かもな。だが()()()()()()こそが真の強者の証だ。沢田家康……そっちじゃあ「プリーモ」っつったか? そいつは懐が深く優しさに満ちていたと聞くが、そこらのチンピラ程度の強さだったか?」

 その指摘に、デイモンは息を呑んだ。

 次郎長の指摘を、真っ向から全て否定できなかった。確かに優しい人格者で非情になれない男であったが、ボスとして確かに強かった。

 ふと思えば、次郎長もまた、完全には非情になれない男だ。家光や九代目への怒りと殺意を露わにしつつも、本気で殺そうとはしなかった。殺しそのものには躊躇しないが、それを避けようとしている風にも思える面はあった。

 そんな甘い男が、自分と互角に渡り合い、この並盛(まち)の王者として君臨している。

 それはつまり――

「……プリーモの軟弱な思想にっ……」

「軟弱かどうかは、その考えを貫いた奴次第だ。現に俺ァ、おめーにとっての軟弱な思想で天辺に座れてる」

「……そうですか。なら私は、それを否定するまでです」

 デイモンは殺気立った。

 

 仁義を重んじた統治を敷く次郎長は、デイモンにとっては軟弱な思想だ。

 昔気質の極道を貫き、力による絶対的支配や際限なき成長を求めない姿勢は、まさしくプリーモのそれ。言い方を変えれば、次郎長を排除することでデイモンの思想はようやく正当化される。

 

 次郎長にとっても、デイモンのやり方を快く思わない。

 ならず者の王だの最強の極道だのと呼ばれてきたが、実際のところ抗争を好まない。メンツを潰され縄張りを荒らされまくったら報復として動くが、縄張りを自ら広げて他勢力を殲滅していくことは決してしない。

 だが、デイモンはカタギが血を流すことを厭わない。カタギへの手出し――ただし雲雀恭弥は別――を禁ずる次郎長にとって、一般市民を傷つけてでも組織を強く在り続けようとするのは見過ごせない。

 

 どの道、二人は相容れないのだ。

「ヌフフ……今回は本気で行きますよ」

「そうしといた方がいい。あの時と同じだと思うなよ」

「ええ、勿論!!」

 

 ガギィン!!

 

 次郎長の居合とデイモンの一撃が、火花を散らしてぶつかる。

 七年の時を経て、ついに両者が再度激突した。

 

 

           *

 

 

 同時刻、並盛中学校。

「ツナ君、ジュリーは見つかった?」

「見つからないよ……笹川先輩も知らないって言うし。雲雀さんなんか、おじさんどこにいるか脅してくるんだよ~……」

 炎真とツナは、屋上で昼飯を食べながら情報交換していた。

 というのも、炎真らシモンファミリーのメンバーである加藤ジュリーが、行方知らずとなっているからだ。普段はパチンコ店に通って並盛の女子――特にクローム――の背中を追い、その末に次郎長の義理の娘であるピラ子にシバき倒されるのだが、ここ最近音沙汰が無くて不安になったのだ。

 ついに東京湾に沈められてしまったのかと思い、先日意を決して次郎長に尋ねたところ、「オイラも最近見てない。あとやるんなら東京湾に沈めるより指を三本くらい詰めさせる」という恐ろしい返答だった。

 少なくとも溝鼠組を怒らせたわけではないようだが、何度電話に出ても応じないので不安で仕方ないとのことだ。

「今日、帰り際に探しに行こうか?」

「いいの? ツナ君」

()()だからね!」

 ニカッと笑うツナに、炎真も釣られて笑うのだった。

 

 

           *

 

 

 次郎長とデイモンの戦いは、異次元の領域となっていた。

 互いに本気を出し、一撃一撃に命を乗せるやり取りは、人間の出る幕ではない。

「るおおおおっ!」

「くっ!」

 咆哮と共に、強烈な斬撃の連撃を繰り出す。

 その全てをデイモンは捌くが、受ける度に柄を握る両手が痺れるのを感じ、顔を顰めた。

(確かに、七年前とは比べ物にならないですね……!!)

 次郎長の強さは、デイモンの想像を遥かに超えていた。

 七年前はギリギリ食らいついていたというのに、今では次郎長の方が上回っている。

 デイモン自身が幻術使いであるという点もあるが、七年の年月の間に次郎長は凄まじいまでに成長していた。

「さすがです、そうでなくては面白くない」

「そういう割には余裕が無さそうだ、なっ!」

 次郎長は刀を押しやり、デイモンの体勢を崩した。

 その隙に力強く踏み込み、横薙ぎに気合一閃。デイモンの胴を真っ二つに両断した。

 しかし、手応えを感じないことに気づき、次郎長はすかさず飛び退き納刀し、居合の構えを取った。

幻覚(ダミー)か……」

 正面から来るか。

 背後から急所を狙うか。

 次郎長は五感だけでなく、第六感すらも研ぎ澄ます。

 数秒後、第六感が察知した。

(上かっ!!)

 次郎長は頭上を見上げた。

 視線の先には、デイモンが鎌を振り上げていた。

「ヌハハハ! 隙だらけですよ!」

「ちっ」

 次郎長は舌打ちした。

 真上からの攻撃は、いくら神速を誇る次郎長の抜刀術でも対応できない。

 止むを得ず真後ろへ下がり、着地の瞬間を狙うが……。

「っ!」

 背後から気配を感じ取った。

 まさかと思い振り返ると、そこにはもう一人のデイモンが。

 

 ビュッ!

 

 大きく鎌を振るうが、紙一重で屈んで回避。

 その隙に距離を置き、次郎長は二人のデイモンを見やる。

「ほう」

「どうやら勘も七年前よりも精度が高くなってるようですね」

(……どういうことだ? 実体が二つある? 幻覚にしちゃあおかしいぞ)

 片方は間違いなく幻覚のはずなのに、本当に二人目のデイモンがいるかのよう。

 まさしくマンガに出てくる忍者のような術に、次郎長は困惑した。

「ヌフフフ……さすがのあなたも驚いてるようですね」

「この〝(ゆう)(げん)(かく)〟は初見ですか」

「……成程、肉付けした幻覚か」

 どうやら、デイモンのような幻術を極めた使い手の幻覚は、幻覚を実体化させ物理攻撃を可能にするようだ。おそらくこれも死ぬ気の炎の力だろう。

 有幻覚の仕組みをあらかた理解した次郎長は、あらためて居合の構えを取る。

「ヌフフフ」

「今度はこちらの番です」

 二体のデイモンが、次郎長に襲い掛かる。

 次郎長は先に間合いに入った有幻覚のデイモンを斬り伏せ、そのまま本体と斬り結ぶが、再び背後から気配を感じ取り、剣戟を中断。

 やはりと言うべきか、有幻覚が復活していた。

「ヌハハハ」

「先程までの威勢はどうしました?」

 勝ち誇ったかのように告げ、猛攻を仕掛けるデイモン。

 次郎長は一刀流から刀と鞘での二刀流に切り替え、両者の攻撃を捌いていく。

(有幻覚ごと攻撃したらキリがねェ……)

 どちらかは確実に()()なので、ダメージが入る。

 だが有幻覚の精度は極めて高く、どちらが本物のデイモンか判断できない。

(だったら……()()()()()()()()を狙う!!)

 次郎長は瞬時に間合いを詰め、真後ろのデイモンを攻撃する。

 いくら実体を持っていても、本体と分身とでは必ず差が生じる。それはごく僅かなものだが、次郎長にとっては攻略の唯一の糸口。

 限界まで研ぎ澄ました感覚で、必死に手繰り寄せる。

(……本体の見分けがつきましたか)

 次郎長の凄まじい勘の鋭さに、デイモンは舌を巻く。

 これではいくら分身を作っても、本体さえ倒せば分身が消えると気づいてしまった以上、分身を使った攻撃はあまり意味を成さなくなる。

「さすがにこの程度の小細工は通じませんか」

 デイモンは有幻覚を解除。

 また別の戦術が来る――次郎長は刀を構え直す。

「ならば見せてあげましょう、私の本気を」

 デイモンは懐からトランプのカードを取り出し、不敵に笑った。

 それを見た次郎長は、思わず呟いてしまった。

「……男爵ディーノ?」

「誰と勘違いしてるんですか!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的84:生きてるからこそ味わえる喧嘩

【速報】
あと五話以内には本作は終了します。
もう少しで完結なので、最後までお付き合いしてください。


 凄絶な死闘の中、次郎長は必死に町を駆け抜けていた。

(この町じゃあ()()()()()……!!)

 思わず舌打ちが出そうになる。

 デイモンとの戦いは、並盛山の山頂では窮屈となり、次郎長は追撃を掻い潜りながら思いっ切り暴れる所を探しているのだ。

 しかし悲しいかな、今日は平日。普段人がいないところも人がいる。並盛中学校のグラウンドなら近いが、まだ学生と教師がいる以上乗り込むわけにも行かない。

(どこだ……どこなら()()()()!?)

 その時だった。

「ヌフフ、どこへ行かれるのですか?」

「っ!」

 いつの間にか真横へ瞬間移動していたデイモン。

 気づいた時には、次郎長は蹴り飛ばされていた。

「がっ!」

 地面を何度も跳ねながら、土手を越えて川に落ちる。

 刀を杖代わりにどうにか起き上がると、ゆっくりとした足取りでデイモンが歩み寄り、()()()()()()()()

 びしょ濡れの次郎長に対し、服のどこも濡れてないデイモン。まるで両者の差を表しているかのようだった。

「ヌフフフ……さすがに骨が折れますね」

「けっ……余裕綽々の面ァしやがって……」

「ヌフフ……ところで次郎長、手品は好きでしょうか」

 デイモンはそう言ってトランプを投げつけた。

 次郎長はそれを躱し、一気に間合いを詰めて神速の居合を繰り出す。デイモンは胴を両断せんとする刃を軽やかな動きで避け、お返しとばかりに鎌を横薙ぎに振るう。次郎長は鞘で鎌を受け止めると、デイモンの顔面に強烈な頭突きを叩き込んだ。

 デイモンが土手まで吹き飛び、土煙が舞い上がる。次郎長は浅い川底を蹴って土煙目掛けて斬りかかるが、そんな次郎長の眼前に、血を流すデイモンがいきなり現れ鎌を振るった。

「ヌハッ」

 余裕の態度を崩さないデイモンだが、消耗は明白。

 次郎長は跳び上がって鎌の刃の上に乗り、平突きで〝右目〟を狙った。

 凄まじい反射速度でデイモンは平突きを避けるが、次郎長の豪腕から繰り出すそれの速さは彼の想像以上であり、こめかみを掠れて血が噴き出た。

 瞬時に後退して体勢を立て直そうとするが、その時には次郎長が走りながら居合の構えを取り、懐に潜り込もうとしていた。

「るおおおおっ!」

「ぐっ……次郎長(じろちょ)ォ!!」

 デイモンは左手の拳を握り締め、正拳突き。次郎長の胸を穿った。

 ミシリ、と生々しく嫌な音が響いた。肋骨が折れた音だ。

 だが、次郎長は止まらなかった。そのまま踏み込んで、居合でデイモンの胴を斬った。

「うぐっ……!」

「うぁ……」

 互いに距離を取り、荒く息をする。

 両者共に顔から余裕を失っており、口や鼻、受けた傷口から血を流していた。

 次郎長のアルビノの髪は血がこびりつき、デイモンも清潔感に満ちた衣装が返り血で汚れている。傍から見ればすぐにでも病院に送りたい程に痛々しい。

「ハァ……ハァ……」

「ゼェ……ゼェ……」

 一進一退の攻防。

 しかし追い込まれているのは、どちらかと言うとデイモンだった。

(この器では、限度がある)

 デイモンは内心、歯痒くて仕方がなかった。

 他人の肉体に憑依し続けながら生き、ボンゴレを監視し拡大させていった彼にとって、器の存在は大きく影響している。現在進行形で憑依している加藤ジュリーは、確かに器として申し分なかったが、目の前の次郎長(おうじゃ)を相手取るには厳しいものだった。骸やクロームであれば人の領域を超えて次郎長を一方的に甚振れるだろうが、どういう訳か二人は見当たらない。

 しかも次郎長は、自分と目を合わせようとしない。目を合わせた瞬間、幻覚を見せられてマウントを取られてしまうと理解しているのだ。

(これ以上長くやれば()()()()()()……逃げて質のいい器に憑依するべきか)

 デイモンは己の肉体を捨てて他人の肉体に憑依し、それを繰り返すことで精神の器を移し変えながら時代を超えてきた。

 手の内を知られてる以上、今の器では次郎長に勝つのは難しい。ならば逃走し、より質のいい肉体に憑依して次郎長を奇襲した方が合理的だ。

(しかし、このまま退く気分にはなれませんね)

 息をゆっくり整え、刀を構える次郎長を見据える。

 その時、自らの〝異変〟に気づいた。

(待て……私は今、何を考えた!?)

 デイモンは困惑した。

 彼にとって〝小さな勝ち〟は、邪魔以外の何物でもない。ボンゴレの繁栄に突き動かされているデイモンから見れば、ハッキリ言って次郎長を倒すことよりもボンゴレの方が優先なのだ。

 なのに、自分は次郎長との戦いにこだわっているではないか。

「……どうしてェ、スイカ頭」

「……次郎長。やはりお前は目障りだ」

 そう言うや否や、デイモンの威圧感が増したことに次郎長は気づいた。

 地雷を踏んだつもりはないが、どうやらナニかに触れてしまったようだ。

「フゥン……オイラァてっきり()()()みてーに逃走(トンズラ)すんのかと思ったぜ」

「減らず口を!」

 

 ――ガギィン!!

 

 デイモンと次郎長は、再びぶつかり合った。

 鎌と刀が刃を交えて火花を散らし、周囲の大気が震える程の衝撃が走る。

 すかさず速すぎて見えない程の連撃を両者繰り出し、押しやろうとするが、全くの互角。一度距離を置き、今度は互いに渾身の一振りを繰り出し、鍔迫り合いに持ち込んだ。

「……ヌハハッ」

「あ?」

「何でしょうね……この高揚感は。こんな戦いは好みではないはずなのですが……!」

 デイモンは、不思議と笑みを溢していた。

 元々は貴族出身であるデイモンは、このような無骨で泥臭い戦いは大嫌いだ。

 なのに、今はそれが楽しく感じる。喧嘩師でも戦闘狂でもないのに、今この戦いが嬉しく思える。

 そう語るデイモンに、次郎長は答えた。

「――それが(おとこ)(おとこ)の喧嘩ってヤツだ、()()()()

「!!」

 今まで散々ナス太郎だのスイカ頭だのとバカにした呼び方をしていたのに、いきなりちゃんと名前で呼ばれたことに、デイモンは驚いた。

「意地の張り合いってのァ痛快だろ? しぶとく図太く強かにしなやかに……自分(てめー)の全てをぶつける、生きてるからこそ味わえる喧嘩だ」

「!」

「ボンゴレの為、ボンゴレの為……そう言ってるがよう、おめーは今まで自分(てめー)の為の喧嘩はしなかったのかい?」

 自分一人の為の喧嘩。

 そんなことなど、デイモンは一度も考えたことがなかった。

 ボンゴレの為――それがデイモンの全てだったのだから。

「いい加減成仏してほしいトコだが、よォ!」

 

 ドガァッ!!

 

「がはっ!?」

 次郎長の浅黒い鉄拳が、デイモンの左頬を抉る。

 鉛のように重い拳をモロに食らい、意識が飛びかけそうになりながら、まるで水切りの石のように水面を滑って土手に激突した。

「冥途の土産にこの〝大侠客の泥水次郎長〟との喧嘩を楽しんでけ!!」

「ぐっ……もう勝った気とは、おめでたい頭ですね……!!」

「ハッ! ヤクザの(タマ)一つロクに()れねークセに言うじゃねーか!」

「これから()りに行くんですよ!!!」

 次郎長とデイモンは、血を流しつつも互いに笑みを浮かべて斬りかかったのだった。




ついに次郎長がデイモンをちゃんと呼びました。(遅すぎるww)

次郎長はデイモンのことを毛嫌いしてましたが、戦いの最中にデイモンが意地の張り合いに何かを見出してくれたことを嬉しく思い、一端の(おとこ)と認めたという訳です。

次回、次郎長とデイモンの戦いが決着します。
デイモンの最期は、原作よりも救われる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的85:砕けた約束(メンツ)

「おじさんと(デイモン)・スペードが殺し合ってる!?」

「左様」

 帰宅途中、ツナと炎真は思わぬ面々と邂逅した。

 復讐者(ヴィンディチェ)である。

「ジロチョウは長きに渡る因縁たる(デイモン)・スペードを倒すべく、命のやり取りを繰り広げている」

「君らに知らせたのは、昔の義理さ」

 二人が知られたのは、次郎長とデイモンの殺し合い。

 遥か昔から亡霊としてボンゴレの陰で暗躍した男との、文字通りの命のやり取りに、ツナと炎真は酷く驚いていた。

「元々(デイモン)・スペードはボンゴレの人間だが、同時にジロチョウの宿敵である」

「彼を殺すべく、デイモンは全力で戦ってるだろうね」

「そんな……!」

 ――一刻も早く助けに行かないと!

 そう焦る二人に、リボーンは待ったをかけた。

「ちょっと待て、それはボンゴレに言う案件だろ。次郎長はツナや炎真に押し付けるタイプじゃねェしな」

「……」

「次郎長が負けたら、ツナ達にデイモンを始末させるつもりか?」

「……沢田綱吉と古里炎真に関係する点では正しいね。もっとも、厳密に言えば二人の祖先――ボンゴレⅠ世(プリーモ)とシモン=コザァートなんだけどね」

 バミューダの言葉に、炎真は目を瞠った。

「……シモン=コザァート?」

「僕のご先祖様で、シモンファミリーの初代ボスだよ。友人だった君のご先祖様に裏切られて死んだって聞いてる」

「!?」

 親友の言葉に、ツナは動揺を隠せない。

 一方のリボーンは、どこか納得できない表情だ。

「……そうなん、ですか……?」

「否。事実はそうではない」

 ツナの質問を、イェーガーはきっぱりと否定する。

 それに続くように、バミューダが口を開く。

「シモンファミリーは(デイモン)・スペードの策略によって崩壊寸前となったけど、彼の企てを見抜いていたⅠ世(プリーモ)……ジョット君は、守護者達にシモンファミリーの死守を命じたのさ」

「!!」

「じゃあ、Ⅰ世(プリーモ)はコザァートを裏切ってなかったんだね!」

「まあ、ジロチョウだったら「コザァートが死んでたら何で炎真は生きてるんだ」って返すだろうけど」

 その言葉に、一同は納得するように頷いた。

 次郎長は割と常識的なので、結構鋭いツッコミを入れてくる。ジト目でツッコミを入れる姿が容易に想像できた。

「沢田綱吉。そして古里炎真。君達二人には、ジョット君とコザァートの絆が生んだ誓いの行く末を見届ける義務がある。ジロチョウと(デイモン)・スペードによる代理戦争の結末を、その目に焼き付けるんだ」

 そう言うと、バミューダは背後から黒い炎を立ち昇らせた。

 〝夜の炎〟だ。

「さあ、来たまえ。決着はもうすぐ着くと思うよ?」

 

 

           *

 

 

「ハァ……ハァ……!」

「ゲホ、ゴホ……!」

 バミューダの読み通り、熾烈な一騎打ちは終盤が近づいていた。

 次郎長は体力が底を尽きかけており、刀を杖にしなければ立つこともままならない。

 一方のデイモンも、次郎長の奮戦ぶりに相当参っているようで、血が流れる頭を片手で覆いながら肩で息をしている。

 双方、共に限界を迎えている。おそらく次の一撃で、勝負が決まるだろう。

「ハァ……ハァ……」

「……名残惜しいですが……そろそろ、終わりにしましょう」

 デイモンは息を整え、鎌を構え直すと同時に死ぬ気の炎の炎圧を高めた。

 大技を仕掛けることを察した次郎長は、刀を鞘に収め、悠然と仁王立ちした。

(一見は丸腰でも、隙が無い……お得意の居合で終わらせるつもりですか)

(お互いに取っておきか……外したら死ぬかもな)

 互いに繰り出すのは、間違いなく一撃必殺。

 諸刃の剣で、この因縁に終止符を打つ腹積もりだろう。

 しかし、不思議と勝っても負けても悔いはないような気がした。

(ナス太郎……いや、(デイモン)・スペード。おめーとは随分といがみ合ったな)

 ふと思い出すのは、六年前のあの日。

 それと共に、彼に付けられた右肩の傷がズキズキと疼く。

(これでシメーにしようぜ)

 次郎長がデイモンを斬り伏せるのが先か。

 デイモンが次郎長をズタズタに斬り刻むのが先か。

 時が凍りついたような静寂が訪れる。

(次郎長の速さは神速ですが、躱せば隙だらけ……抜かせて止めを刺せば私の勝ちだ)

 そう、どんなに神速を誇っていても、抜刀術は抜いた後は無防備の時間が生じる。

 タイミングを見計らえば、確実に殺せる〝キルゾーン〟を制することができる。デイモンは意を決し、次郎長へ飛びかかった。

 巨大な剣閃が次郎長に牙を剥いた、その時。

「……!」

 次郎長の目が、デイモンの懐にある〝ナニか〟を捉えた。

 

 ――〝(デイ)()(ざん)〟!!

 

 ――〝()()()()流居合術〟……!!

 

 命を乗せた一振りを繰り出す両者。

 それと同時に、少し離れた場所に〝夜の炎〟が現れ、中から追い出されるようにツナと炎真が姿を現した。

「「!?」」

 互いに最後の一撃を放つ瞬間。

 もしかすれば、どちらかが死ぬ。そのどちらかが……。

「「おじさぁぁぁぁん!!」」

 二人が最後の一撃を放ったと同時に、ツナと炎真の悲痛な叫びが木霊した。

 未来で最強の剣士となった幻騎士を一撃で撃破した、次郎長の逆抜き不意打ち斬りか。全てを無残に斬り刻む、デイモンの(デイ)()(ざん)か。

 勝利の女神が微笑んだのは……次郎長だった。

「…………砕けたのァてめーの約束(メンツ)だ。オイラの勝ちだな」

 

 バキャアァッ!

 

『っ!!』

 次郎長がそう宣言した直後、デイモンの鎌が粉々に砕け散り、彼の右胸から血が噴き出た。

 だが傷はかなり浅く、内臓までは斬られてない様子だ。

「……次郎長……なぜ、加減したんですか……」

「てめーの胸に訊いてみな……」

(胸? ……まさかっ……!)

 納刀しながら返答する次郎長に、デイモンはハッと胸元を見た。

 羽織っているコートから、懐中時計が出ていたのだ。

 その中には――

「……じ、次郎長……」

「……オイラだって心臓一つの人間一人でい。相手が敵でも情に絆される時ぐれーあらァ……」

 ペンダントの中身(こと)は知ったことじゃないが、薄々察していたと語る次郎長に、デイモンは微笑んだ。

 次郎長にとって、あくまでもケジメを付けるのが目的であり、殺生は別問題なのだろう。

「ヌ、フフ…………完敗です、次郎長……」

「……そうかい」

 デイモンは己の敗北を認めるような言葉を口にし、次郎長はそれに素っ気なく答えた。

 その直後、二人は崩れるように倒れた。

 次郎長とデイモンの戦いは、引き分け。しかし会話のやり取りから、勝敗は明白だ。

「おじさん!」

「しっかりして!」

「ったく、とんでもねー無茶したな」

 次郎長の元へ駆け寄るツナと炎真。

 息はしているが、二人の声掛けには答えない。血を流しすぎて気絶したのだろう。

 すると、仰向けに倒れているデイモンが口を開いた。

「……フフ」

『!』

「その顔……まるでジョッ……Ⅰ世(プリーモ)を、彷彿とさせますね」

 声の主の元に、二人は顔を向けた。

 足元からサラサラと光の砂のようなモノが還っていき、その下から炎真にとって見慣れた足が現れている。

(アレはジュリーの……! ジュリーの体を乗っ取って……!?)

 仲間である加藤ジュリーの体を乗っ取り、何か企んでいたのだろう。

 しかし次郎長との死闘で、おそらく頓挫。敗れたことで解放されると思うと、少しばかりホッとなる。

「初め、ましてですね……沢田綱吉……。それと……久しぶり、ですね……古里炎真……」

「デイモン……」

「お前が、おじさんの……」

 二人の複雑な感情が入り混じった眼差しに、デイモンは呆れるように笑った。

「初代霧の守護者……まさか生き続けていたとはな」

「あなたは……アルコバレーノ、ですね……沢田綱吉の用心棒ですか……?」

「いや、家庭教師だゾ」

 相変わらずのニヒルな笑みを浮かべるリボーン。

 デイモンは目を細めると、「そうですか……」と呟いてそれ以上の追及はしなかった。

「……その懐中時計、何が入ってんだ? 次郎長の野郎は何か感じてたらしいが」

「……見たければどうぞ……私ももう長くない……」

 ボンゴレの亡霊が、肌身離さず持っていた物。

 そっと手に取り中身を見ると、時計の蓋の裏に古い写真が貼られていた。

 

 真ん中のイスで足を組む、笑顔のボンゴレⅠ世(プリーモ)

 自分達のボスを笑顔で取り囲む、デイモンを含めた六人の守護者。

 そしてデイモンに寄り添う、ボンゴレの歴史にも精通するリボーンも見たことのない一人の女性。

 

「……キレイな人だ」

「フフ……美しいでしょう……? 我が生涯を照らす永遠の光……エレナ……私もエレナもあの頃のボンゴレファミリーを何より愛していた……」

 最初からⅠ世(プリーモ)に反旗を翻していたわけではないと語るデイモンに、一同は目を大きく見開いた。

「えっ……じゃあ……何で……?」

「……次郎長が起きる前に……教えてあげましょう……」

 デイモンは、己の過去を赤裸々に語り始めた。

 

 デイモンは貴族出身の人間であった。

 しかし当時の堕落しきった同胞達に嫌気がさし、地位は無くとも優秀な人間が社会の中心にあるべきだという考えを持っていた。

 そんな彼に共感したのが公爵の娘、エレナ。太陽のように微笑み、月のようにデイモンを癒す彼女は、当時のボンゴレファミリーのボス・ジョットを紹介した。

 ボンゴレファミリーは市民を守るという大義の下、貴族・無法者・政治家・時には警察……全ての腐敗したものを正していった。そんなボンゴレファミリーに愛着を持ち全力で貢献したデイモンは、常に弱者の味方であった。

 

 だが、ある頃を境にジョットは「強く在り続けてこそのボンゴレ」というデイモンの意見を聞き入れず、平和路線へと切り替えて戦力を減らしていた。あくまでボンゴレは自警団というジョットの主義主張ゆえだろう。

 そんな中、デイモンとエレナは敵対勢力から攻撃を仕掛けられ、エレナは致命傷を負ってしまう。

 あなたは弱き者の為。ボンゴレとともに。……そう言い残し、エレナはこの世を去った。

 

「強くなくては、弱き者どころか愛する女性(ヒト)一人救えない……ゆえに私は、名を聞いただけで震え上がる程のボンゴレを創ることを誓った……」

『……』

「……血さえ流れなきゃあ平和……そこは同感だよ」

 聞き慣れた声に、一斉に振り向く。

 次郎長が起きたのだ。

「次郎長……いつから起きてた……?」

「……次郎長が起きる前にってトコから」

「結構早い段階で覚醒してたんだ!」

 何とデイモンの過去をちゃっかり全部聞いていた。

 狸寝入りを決め込んでいた次郎長に、デイモンは少し怒りが湧いた。

「……ったく、まさかお互い似た者同士とは思わなかったよ……」

「お前と私が……?」

「ツナの母親……奈々に俺ァ「一生の恩」があってな。奈々(アイツ)の大切なモンを全部護り抜くって勝手に約束したんでい……」

「……ヌフフ……同じ穴の狢、ですね……」

 一人の女性に鉄の誓いを立てた者同士と知り、デイモンは表情を綻ばせた。

「……今になって……親近感が湧きましたよ」

「バカタレ、俺ァ勝手に約束したが、おめーは約束間違えただけだろーが……」

「な、んだと……!?」

 次郎長の言葉に、デイモンは眉間にしわを寄せた。

「今までやらかしたこと棚に上げやがって。兄弟分のファミリー皆殺しにしようとした彼氏のこと、何も思わないわけあるめェ」

「じ、次郎長!! 貴様にエレナの気持ちがわかるというのか!!!」

「知るか。死人に口なしだ、()()()()()()なんざ想像するしかねーだろ」

 次郎長はどっこいせ、と起き上がり、胡坐を掻いてデイモンに告げた。

 

「……いい加減許してやれよ、自分を」

 

『!!』

 一同の視線が集中する中、次郎長は言葉を紡ぐ。

「弱肉強食の裏社会だ。悲劇は遅かれ早かれ起きていたさ。お前の愛した女は、それを承知の上でお前やボンゴレと関わったはずだ」

「っ!!」

「まあ、それら全部ひっくるめて、少なからず感謝はしてるはずだろ。自分の為にずっと必死に生き続ける彼氏なんだからな」

「……エレナ……お前を救えなかった私を……許してくれ……!!」

 次郎長に諭され、デイモンは一筋の涙を流す。

 その涙すらも、無に還っていく。

「……泥水次郎長……いえ、吉田辰巳……感謝しますよ」

「! ……おめェ、やっぱ俺の本名知ってやがったのか」

 デイモンは笑いながら、最期の言葉を伝えた。

「この私にそこまでズケズケと言ったのです……決して約束を違わないようにしなさい……でなければ祟りますよ……?」

「ナス風情が何をほざきやがる。――六年のよしみだ、墓ぐらいは用意してやらァ。そこで大人しくおネンネしやがれ。もう気色悪い笑い声聞くのヤなんだよ」

「……フフ」

 しがらみから解放されたような、心からの笑みを浮かべ、(デイモン)・スペードはこの世から消滅した。

 ケジメはついた。六年に及ぶ因縁は終止符を打ち、古里家もツナも(デイモン)・スペードの脅威に晒されることは無い。

 ただ、唯一心残りがあるとすれば。

(……おめーとは、違う形で会えたらよかったな)

 もっとも、たらればの話に過ぎないが。

「……全て丸く収まったようだね。行こうか」

「御意」

 約束の行く末を見届けた復讐者(ヴィンディチェ)は、夜の炎に消えていった。

 その姿を見た次郎長は、少しばかり口角を上げた。

 

 

           *

 

 

 二週間後。

 松葉杖がまだ放せない身で、次郎長は墓地を訪れていた。

「……日本の墓はどんな気分だ」

 墓前で笑みを浮かべながら、次郎長は酒を供える。

 約束通り、デイモンの墓を用意したのだ。しかも彼だけでなくエレナの名前も刻まれている。

「日当たりがよくていいだろ? 光合成し放題だ。ざまぁみろ」

「……ここにいたのかい」

「!」

 聞き慣れた声に、振り返る。

 視線の先には、何と古里真がいた。

「……炎真から全て聞いたよ。ありがとう」

「礼を述べる程じゃねーさ。あんなんただのエゴだ」

 次郎長は真の目を見据え、尋ねた。

「……これからどうする。稼業続けんのか?」

「……実はシモンの看板を畳むのも、選択の一つだと思ってね。裏社会の組織として在り続ける必要は無いんじゃないかなって」

「そしたら、手伝いはするぞ。人手も金も溝鼠組(こっち)は揃ってらァ」

「ハハハ、それはありがたいよ」

 マフィアからもボンゴレからも解放され、二人は満面の笑みを浮かべるのだった。




【特報】
次回、最終話です!
……とか何とか言って、前篇と後篇に分ける可能背もゼロじゃないんですけど、最後までどうぞお付き合いください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

標的86:時代の終わり

ついに最終回です。


 それは、突然だった。

 

「……もう、おめーらは十分成長した。泥水次郎長の時代は、俺自身が終わらせる」

 

 息を呑む組員達。

 かつては最強の名と王の称号を欲しいままにした男の言葉は、非常に重かった。

 並盛の王として、魔境の支配者として君臨して十五年余。その支配体制に、終止符が打たれる時が来た。

 そして、それを打つのは己自身だった。

 

「今日を以て、溝鼠組()()組長・泥水次郎長は組長を引退する。二代目は若頭の黒駒勝男。襲名披露詳細は追って沙汰する」

 

 一つの時代が、今終わろうとしていた。

 

 

           *

 

 

 翌日、沢田家。

「おじさんが組長を引退する!?」

「そうなんだよ……」

 綱吉達と親交が深い登は、緑茶を啜りながら語った。

 今まで次郎長がボンゴレと敵対していたのは、(デイモン)・スペードの存在だった。彼との因縁に終止符を打たない限り、並盛はボンゴレによる動乱で血の海となると考えていたからだ。

 しかし、デイモンは先日()()()()逝った。妄執の化け物から一人の(おとこ)に戻って還っていった。

 それはつまり、デイモンとボンゴレの呪縛から解放され、次郎長が戦う理由は無くなったということ。務めを果たし、自分が出る幕はないと悟ったということだ。

「今のボンゴレのボスは、実質XANXUS(ザンザス)。そしてリング戦での協定上、ツナへの手出しは一切禁止。タイミングとしちゃあ妥当だな」

「……じゃあ、この傷は名誉ですね」

 自身の胸に手を添える登に、リボーンは複雑な表情を浮かべた。

 登は、ボンゴレと並盛の全面戦争をその身を賭して回避した。その結果、紆余曲折を経てツナはボンゴレ継承権を棄てる形となった。この件についてはXANXUS(ザンザス)も割り切っており、全てを手に入れた以上ツナを相手にする気はないとのことだ。

「フフ……タッ君も色々頑張ってたわね~。確かに休んでもいいと思うわ」

「さすが奈々さん。オジキさんの気持ちを一番わかってる」

「タッ君は私の同級生よ? あの人のことは一番わかってるつもりよ」

 奈々は慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 彼女にとって次郎長は、気の置けない友人であると同時に頼れる大人の一人であり、そして()()()()()()()()()一番心配していた男である。

 同じクラスにいたことから喧嘩に明け暮れた暴れん坊を、隣で見守り、時に説教してきた。ヤクザになってからもその関係は続き、むしろ大人になったことで親密さが増した。一時は二人は結ばれて奈々が極妻になるのではと囁かれたが、次郎長が「しがらみを残すのは困るし、ヤクザの女になったら幸せになれない」として奈々との関係の進展を拒んだ。

 それが家光との関係に繋がることになるなど、知る由も無かったろう。

「……バカな人だとは思ってたわ。挨拶するように殴って蹴って、誰彼構わず喧嘩して……でも常に真っ直ぐで不器用で。正直な話、私はタッ君と結婚しても悔いはないと思ってたわ」

「母さん……」

「ママン……」

「でも、タッ君が許さなかった。その気持ちは痛い程わかるわ。タッ君のやってる仕事は、決して褒められるようなことじゃないから」

 そう、ヤクザ稼業は疎まれて当然なのだ。

 この町の人達が吉田辰巳という「人間」を知っていて、彼の人柄や行動理念を解ってるからこそ受け入れてるのであって、世間的には受け入れられないのだ。

 その非難の矛先が、一家以外の人間に向けられるのを次郎長は恐れていた。だからこそ、奈々とは元同級生の友人という関係から先の展開へ進むのを拒んだのである。

「オジキさんと奈々さんが結婚、か……それはそれで見たかったな。あ、でも今からでも間に合うか。家光さんと縁切れば」

「ママンや俺達は良くても家光はダメだろうな」

「でも仕送りしかしないで年に数日しかいない父親と、昔の義理だからと父親の代わりに体張って護ってくれるオジキさんとじゃあ、父親の方が塩対応になりますよね普通」

「だな。今思えば、アイツがやらかしたせいだしな」

 エスプレッソを嗜むリボーンは、容赦なく切り捨てる。

 家光は仕事と部下との付き合いは完璧だが、私生活と家族の付き合いはからっきしだ。その家族の付き合いで、ツナは次郎長を選んだ。

 ぶっちゃけた話、家光なら強引にツナを引き込むこともできるが、そんなマネしようものなら次郎長が本気で潰しにかかるし、奈々もそれをスルーする。っていうか、奈々はツナの為にと次郎長を支持しかねない。その上、下手を打てば次郎長に匹敵する人外魔境(なみもり)の猛者共も動き出す。

 要は、家光は詰んでるのである。取り返しがつかないレベルに。

「……まあ、同情はねーな」

「同じく」

「オレの父さん、人望が薄くなってる……」

 ツナは実父の人望がゼロに近づいていくのをしみじみ感じた。

 もっとも、今までカタギとして生活してた息子をマフィアの世界に引き込もうとした時点で人望も減ったくれもない気もするが。

 

 

           *

 

 

 三日後、溝鼠組邸宅にて二代目組長の襲名披露が行われた。

 大広間には、大勢の人が集まり、横一列に並んでいる。その中には親戚縁組である魔死呂威組組長の中村京次郎や地元の有力者も並んでいた。

「黒駒勝男、謹んで溝鼠組二代目を継承致しやす」

 頭を垂れる、袴姿の勝男。

 その前では胡坐を掻く次郎長の姿が。

「……組を任せたぞ、勝男」

 次郎長は目を細める。

 この継承式が終われば、次郎長は実質隠居の身。後の憂いや脅威となる勢力はあらかた排除でき、組の基盤も揺るぎないものとなっている。自由の身と言えば自由の身だ。

 ふと思えば、生を受けて34年、次郎長は片手で数える程度しか負けてない。戦いの中では引き分けも多かったが、別に今になって決着を付けようという気はこれっぽっちもない。次郎長は最強のままで終わるのだろうか。

(……まあ、恭弥にゃ(わり)ィが、このまま逃げ切りだな)

 恭弥からは一方的にライバル視されているが、生憎彼は学生の身。風紀委員会は多忙ゆえ、襲名披露には来れないだろう。

 そう思っていたが……。

「……おい、下がってろてめーら」

「オジキ?」

「どうやら、()()()()()()終わらせちゃもらえねーようでい」

 

 ドゴォン!!

 

 刹那、物凄い勢いで障子が破壊され、ランチアがすっ飛んできた。

「ぐっ……!」

「な、何じゃあ!?」

「どこの組のモンじゃあ!!」

 組員達は一斉に殺気立つ。

 眼前には、鮮血が滴る仕込みトンファーを手にし、学ランをなびかせる獰猛な獣が一匹。

「ひ、雲雀恭弥!!」

 そう、並盛が誇る最凶の風紀委員長・雲雀恭弥その人だ。

「おんどりゃあ、何しに来たんじゃワレェ!!」

「いてもうたろかぁっ!?」

「やめとけ、おめーらじゃ咬み殺されるだけだっつーの」

 メンチを切る子分達を制し、次郎長は袴姿のまま前に出る。

「……祝辞の代わりにカチコミかよ。おめーらしいっちゃあおめーらしいか」

「引退式だって? フザけないでくんないかな? こんな身勝手早々無いよ、このまま勝ち逃げさせるわけにはいかないんだけど」

「いや、おどれが一番身勝手じゃろーが!! これワシの襲名披露も兼ねとるんやで!?」

 ごもっともなツッコミをかます勝男。

 しかし、これはこれで並盛らしいどんちゃん騒ぎではある。

「……まあ、()退()()()って解釈させてもらうぜ」

「いやオジキ、せやからこれワシの襲名披露やって――」

「よっしゃあ、てめーら!! こうなったら気が済むまで暴れんぞ!!」

「オジキィィィ!!」

 勝男の断末魔が木霊すると同時に、次郎長の現役最後の大乱闘が勃発したのだった。

 

 

 二時間後、会場は文字通りボロボロになった。

「ハァ……ハァ……さすがにしんどい……」

 次郎長は仰向けに倒れ、天を仰いだ。

 大乱闘は当初こそ次郎長と恭弥の一騎打ちを周りが止める形だったが、途中で並盛の表の頂点である尚弥が乱入したことで混沌と化し、次郎長に黒星をつけさせんと躍起になるという事態に発展。溝鼠組は次郎長に付いたが、雲雀親子の凄まじい連携の前に次郎長以外は総崩れとなった。

「やっぱ親子はキツイっての……」

「君の戦い、結構早い段階から一人だったもんね」

 青痣と血で塗れた顔を拭う次郎長。

 恭弥としては次郎長をこの手で咬み殺せなかったのは不服だが、久しぶりに見る次郎長のボロボロな姿に満足したのか、自らもボロボロでありながらニヤニヤ笑っている。

「……で、オイラのボロボロな姿見て気ィ済んだか?」

「まあ、気分は最高だね」

「そうかよこの野郎」

 すると、ボロボロな尚弥が愛用の着物から、封筒を取り出した。

「はい、これ」

「……んだよ、おめーも筋通すじゃねーか」

 次郎長は不敵に笑いながら受け取り、封筒を開けて中身を手に取った。

 そして中身を見て数秒後、青筋をビキビキと浮かせた。

「……て、てめ……!」

「期日までに風紀委員に出しといてね。非合法でも所得は所得。君は極道としてだけでなく、()()()()()()()()筋も通してよ。破ったら資産凍結ね」

「何でこのタイミングで税金払えっつーんだよ、アホンダラ!!! しかも明後日じゃねーか!!!」

 その日、次郎長の怒りの絶叫が、町内に響き渡ったという……。

 

 

           *

 

 

 月日は流れ、年末。

 待ちに待った冬休みに、ツナは浮かれていたが。

「起きろバカツナ」

「ふぎゃっ!?」

 鳩尾にダイビングされ、ツナは痛みで跳ね起きた。

「冬休みだからって調子乗ってんじゃねえ。宿題に加えてママンへツケ払わねーと家光みたいになるゾ」

「わ、わかったから銃向けんなよ銃を!!」

 眉間に銃を突き付けられ、ツナは泣く泣くベッドとおさらばする。

 大きく欠伸をしながら階段を降り、リビングのドアを開けると……。

「おう、起きたかツナ」

「――おじさん!?」

 何と、出迎えたのは奈々ではなく割烹着姿の次郎長だった。

 並盛の王者がなぜ朝から沢田家で朝飯を作っているのか? 目の前の光景に混乱するツナだったが、こたつで寛ぐ奈々の言葉にハッとなる。

「ツッ君、おはよう。タッ君がご飯作ってる間に顔洗ってね?」

「出来上がるまでもうちっとかからァ。ついでに寝ぐせも直しとけ」

「は、はい……」

 やけに手慣れた様子で野菜を切っている次郎長に、目を何度もこするツナ。

 言われたとおりに顔を洗って寝ぐせを直すと、すでに人数分の朝ご飯が用意されていた。

 白ご飯に味噌汁、焼き魚、ほうれん草のお浸し……昔ながらの和食である。

「それじゃあ、いただきましょう♪」

 全員でいただきますの挨拶をすると、そのまま次郎長特製ヤクザ朝食を口へ運んでいく。

「……おじさん、チビ達のも用意できるなんて……」

「大所帯な上に、真面に家事できる奴いなかったからな。飯はオイラが全員分作る時もあった」

「塩加減が丁度いいわぁ♪」

 朝ご飯を堪能する一同。

 しかし、今はそれどころじゃない。

「おじさん、何でいるの……?」

「組にいつまでもいる必要無くなったし、特にこれといった敵もいねーしな。奈々と相談して沢田家の家政夫になった」

「そ、それってお手伝いさんってこと?」

「おう。仕事内容は炊事、洗濯、掃除、育児、用心棒だ」

 最後のは別にリボーンでもいいんじゃないか、とツナは思ったが言わないようにした。言ったらぶん殴られる気がした。

 それにしても、ヤクザの元組長が家政夫になるとは。

「……ガキ共、今日どうする? おじちゃん付き合えるけど」

「親分、すごろくやろうよ!」

「イーピン、雪ダルマ!」

「ランボさん雪合戦だもんねー!!」

 普通に子供の対応をしている次郎長に、ツナは遠い目をした。

 家光より父親の務め果たしている。本人はどうも親戚のおじさんポジらしいが。

「じゃあ小一時間雪合戦すっか。午後は天気崩れるっぽいから、そしたらすごろくだ」

「「「やったー!」」」」

「タッ君、頼もしいわぁ!」

 ほんわかする空気に、リボーンは「中々やるじゃねーか」と舌を巻いた。

「……あなた、随分と手慣れてるのね。ジャパニーズマフィアなのに」

「子育ての経験はガチであるからな。どこの誰から産まれようと子供は子供だ」

 ビアンキの指摘にさらっと返答する次郎長。

 やはり大親分は、家族を持つのに慣れている。

「あ、そうそう! 今日家光さん帰ってくるのよ! タッ君、美味しいごちそう用意しといてくれる?」

「ハァ? あの野郎(バカ)、今更帰ってくんのかよ」

「だって家光さんに報告しないといけないのよ? タッ君はこれからツッ君の養父になるんだし」

『――は?』

 奈々の口から出た爆弾発言に、全員の目が点になる。

 それはあの一途なママンが、旦那を見限ったように感じる言葉。

 リボーンは「ついに来ちまったな……」と小さくボヤいた。

「ほら、タッ君って組長さんだった頃からツッ君の面倒見てくれたじゃない? たまにしか帰ってこない家光さんよりも、よく家に出入りしてるタッ君の方がツッ君も気が楽でしょう? リボーンちゃんはツッ君の家庭教師だから、ランボ君達の面倒見るのも大変そうだし」

「ド正論かよ」

「それに家光さん、家に戻ったらすぐお酒飲んで横になっちゃうし……。仕事のストレスはタッ君以上かもしれないから、正直タッ君がいてくれた方が助かるなーって」

「無自覚に家光を貶めてらァ……」

 ここへ来て、家庭をほったらかしにしている家光のツケが回ってきたのだった。

 

 

 その日の夕方。

「奈々ー! 今帰ったぞーー!!」

 家光が靴をほっぽり投げて上がり込んだ。

 久しぶりの家族の時間、と有頂天になりながらリビングに入ると、そこには……。

「あっ……」

「来やがったなこの野郎」

「じ、次郎長……!?」

 ツナとランボ、フゥ太とすごろくをしている次郎長が睨みつけていた。

 家光はポカンと棒立ち。情報処理が追いついてないようだ。

「な、奈々……? 何で次郎長がいるんだ……?」

「家光さん、私ね、タッ君をツッ君の養父にすることにしたの!」

「…………ええっ!?」

 家光は口をあんぐりと開けて驚愕。

 ――どこからそういう話になったんだ!?

「家光さん、中々帰ってこないし手紙もビデオレターもくれないもの。最近だとインターネットでテレビ電話できるのよ? 仕送りはありがたいけど、ツッ君の人生相談は全部タッ君がやってくれてたの。私の家事の代行もやってくれたし!」

「次郎長! 何てことを!」

「「てめーがいけねーんだろうが」」

「リボーン!?」

 次郎長どころか旧友(リボーン)にまで切り捨てられる始末。

 家光の孤立化がどんどん進んでいく。

「リボーンちゃんもランボちゃんも、みんな私の家族だけど、付き合いの長いタッ君だけ仲間外れは不公平でしょ? 家光さんはタッ君が関わるの嫌がってたし、タッ君も立場が許さなかったけど……」

「けど……?」

「この前、タッ君は組長さん引退したのよ! 勝男君達にあとを任せたようだし、今日からタッ君を正式に沢田家に迎えるの!」

 ウキウキとした様子で奈々は幸せそうに語る。

 奈々としても、やはりツナだけでなくランボ達の養育も視野に入れてたようで、それなりに悩んでいたらしい。こういう時にこそ父親の家光の出番のはずなのだが、案の定ボンゴレ優先なので、代わりに次郎長が自分の時間を削って手伝ってくれていた。大家族の大黒柱だったゆえに()()()()()手慣れており、胃袋も心もガッチリ掴むことに成功し、今では経済面で支える家光以上の信頼を得るのにそう時間はかからなかった。

 まあ、要は家光が家庭をほったらかした間に次郎長が後釜に座ったのだ。そしてツナ達は了承し、それどころか歓迎したという訳だ。

「要はかませ犬だな。御役御免ってこった」

「な、奈々ァァァァァァァァ!!」

 家光は涙目でバターンッ!! と盛大に倒れた。

「やっぱ家内が言うと破壊力あんだな」

「まあ、顔立ちは家光なんかよりおめーの方がいいしな」

「このまま縁切ってくれればいいのにな……」

「ツナ、てめーは鬼か」

 

 

 こうして、日本の裏社会最強の極道・泥水次郎長の時代は終わりを告げた。

 

 彼の生き様と戦いは後世に語り継がれ、「伝説のジャパニーズマフィア」として畏敬の念を集めることになる。

 

 10年後も、彼の死後も、その豪傑ぶりは色褪せることはないだろう。

 

 

 

 浅蜊に食らいつく溝鼠 完




これにて本シリーズは完結となります。
色々描写が足らない部分もあるかと思いますが、そこら辺はご想像にお任せします。

次郎長は組の経営を勝男達に丸投げして隠居ですし、ツナはボンゴレ継承しないですし、白蘭は復讐者に監視されますし……まあ、丸く収まって入るかな?(笑)


「虹の呪い編」が気になる方もいると思いますが、多分一話完結なのでざっくりまとめますと以下の感じになります。

次郎長が顔見知りの川平が変な動きしてることを怪しむ

何かアルコバレーノ絡みだし、面倒だからとバミューダに密告

手を組んで並盛中を探したら、川平の暗躍が判明

戦争しようしたからボコボコにして事情を聞き……。

って感じです。
この件には八咫烏が絡んで、川平と面識があったのでさらにボコッとくというノリですね。(笑)


あと補足のネタとしては、古里家が百地から商店街の運営権を譲渡されたり、10年後に恭弥が尚弥の後を継いで並盛町長になったり……まあ、ドタバタ日常ってとこですかね。

掲載開始から三年余り。ブクマ3000件以上。
途中からグダグダになった本作を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編
もしも二人が結ばれたら


本編は完結しましたが、番外編のリクエストがあったので、「IFシリーズ」として投稿します!
第一弾のテーマは、「もしも次郎長と奈々が結婚したら」です!


 並盛町。

 平々凡々で、小さく平和な町には、その道の者なら誰もが知る支配者がいた。

 

 泥水次郎長。

 本名は吉田辰巳と言い、〝大侠客の泥水次郎長〟と呼ばれる「ならず者の王」である。

 並盛の裏社会の頂点に長く君臨し、いかなる勢力の干渉を自らの示威で跳ね除け続け、あのイタリア最大のマフィア・ボンゴレすらもお手上げ状態にさせた最強の極道。彼が率いる溝鼠組は一騎当千の無双集団であり、抗争となれば無敵と謳われた。

 

 そんな最強や王者の称号を欲しいままにした彼にも、決して敵わない存在がいる。

 学生時代の同級生にしてクラスメイトであった、奈々だ。

 喧嘩に明け暮れ誰とも関わろうとしない暴れん坊の次郎長に対し、奈々は常に笑顔を振りまくクラスの人気者。学校一の不良であった次郎長の隣で、奈々は常に世話を焼き、小言を言ったり啖呵を切ったりして、いつの間にか唯一無二の友人となった。

 

 そして極道の世界に足を踏み入れ、組を立ち上げた次郎長は、奈々への好意に悩み始めた。

 恩義もあり、好意もあるのも自覚してしまったが、果たして極道の自分が彼女を幸せにできるのか。

 次郎長は迷う自分へのケジメとして、奈々に告白した。フラれても結ばれても、次郎長の中の迷いは消える。フラれたら距離を置けばいいし、結ばれたら傍で護ればいい。

 

 次郎長は奈々と面と向かって今までの想いを語り、告白した。

 結果は……後者だった。

 次郎長と奈々は結ばれ、あっという間に晴れて夫婦になったのだ。

 

 それから、十四年の歳月が流れた。

 

 

           *

 

 

 溝鼠組の屋敷。

 日本の昔ながらの屋敷の一室で、次郎長は愛妻の奈々と二人の時間を過ごしていた。

「さっき商店街でね、百地ちゃんから頂いたの! 美味しいでしょ?」

「いい味だ」

 モグモグとわらび餅を頬張る次郎長に、奈々は微笑んだ。

 その笑顔からは、とても極妻だとは想像できない。

 しかし奈々は、溝鼠組において次郎長と真っ向から言い争える唯一の人間であり、組員からは姐さんと慕われ、一部の若い組員からはビッグ・マムも呼ばれてもいる。

「……そういやあ、今度授業参観らしいな」

「そうなの! せっかくだからタッ君も出ない? 久しぶりの母校なんだし」

「そうしてェーのも山々なんだが……」

 次郎長はモリモリと頭を掻く。

 息子の授業参観に行くのは、親として当然だ。それに次郎長極道ではあるが町の顔役の一人でもあるため、町の住人との関係は良好。行くこと自体に抵抗はない。

 ただ、今の並盛中学校の支配者が――戦闘狂の風紀委員長は、過去の件から次郎長をライバル視している。授業参観に来た暁には、隙を見ては咬み殺しにかかる。そうなれば戦闘となり、周囲に迷惑が掛かる。

 ()()()()()()()は律儀な次郎長なので、実際問題迷っている。

「そうとなると、ツナに訊くのが一番(はえ)ェな」

 緑茶を啜って呟いた、その時だった。

「ただいま! 父さん、母さん!」

「あらツッ君、おかえり」

「おう、(けェ)ってきたかツナ。お疲れさん」

 襖を開けて、ツンツンとした栗色の髪の少年が現れる。

 学校を終えて帰宅してきた一人息子――綱吉だ。

 すでに着替えたのか、並盛中学校の制服ではなく彼岸花があしらわれた橙色の着流しを着用している。

「父さん、最近雲雀さんにスゴい目を付けられるんだけどー!」

「あー……うん、それはすまん。雲雀対策の為に鍛えたの、裏目に出ちまったな」

「アハハ、それ以前の問題な気もするけど……」

 ツナの愚痴に次郎長は頭を悩ませた。

 泥水次郎長の実の息子であるツナは、色んな人間から狙われやすいため、次郎長から直々に護身術を習っている。血は争えないのか、争いを好まない優しい性格でありながら、溝鼠組若頭の黒駒勝男も一目置く程の腕っ節を有している。

 ゆえに不良やチンピラに絡まれても、いざという時は正当防衛ができる。問題なのは、並盛中の風紀委員長に目を付けられたことだ。

 

 並盛中学校の若き帝王、風紀委員長の雲雀恭弥。

 彼は幼い頃から凶暴な暴君で、同時に最強の称号を持つ次郎長を倒すことにこだわっている生粋の戦闘狂だ。

 並盛町で名を轟かす人外フレンズは、誰もかれも化け物染みてるが、恭弥も例外ではない。次郎長と唯一互角に渡り合える雲雀尚弥の息子であり、その強さは父親譲り。本気になれば勝男ですら手に余る。

 そんな彼がツナに目を付けたのは、間違いなく獲物としてだろう。立場上、恭弥は並盛の秩序を乱すマネは避けてるが、喧嘩であれば容赦なく襲い掛かる質であるのは明白。むしろツナをボコボコにして、本気になった次郎長を誘き出す可能性すらある。

 

 それぐらい、雲雀恭弥という男は凶暴なのだ。

「俺が尚弥に言っとく。無駄かもしれねーが」

「絶対言いがかりつけて戦うハメになる……」

「そん時ゃ諦めて戦え。程々に善戦すりゃあいい」

 戦わないといけないと聞き、ツナはズーンとした空気を纏って落ち込んだ。

 父親も匙を投げる中学生とは、解せぬ。

「ツッ君、せっかくだからわらび餅食べたら? 美味しいわよぉ!」

「うわ、美味しそう!」

「いや、マジで美味いんだよ」

 ツナはモキュモキュとわらび餅を堪能。程よい甘さに舌鼓を打つ。

 極道の父と一般人(カタギ)の母から生まれた優しい一人息子の笑顔に、二人は穏やかに微笑んだ。

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 次郎長は親戚縁組である古里家を屋敷へ誘い、飲み会を開いていた。

 イタリアから帰化した訳アリ一家だが、ツナは古里家の長男・炎真とすぐ打ち解けて親友となり、今では妹の真美とも親しくなっている。

 次郎長と奈々も、炎真の両親と親密な関係を築いており、立場も忘れる程に仲良くなっている。

 

「ねえツナ君、そういやあ京子ちゃんとはどこまで行ってるの?」

「「ぶーっ!!」」

「いや、何で炎真も吹き出すんだよ。

 真美の一言に、ツナと炎真が吹き出した。

 

 学校では無難な付き合いをしているツナだが、唯一好意を寄せている人物がいる。

 その名は、笹川京子。奈々によく似た雰囲気を持つ、並盛中学校のアイドルである。

 彼女は実は、溝鼠組の斬り込み隊長・椿平子の顔馴染みであり、彼女を介してツナと仲良くなっている。彼氏彼女の関係までには至ってないが、数少ない男友達として登下校は一緒である場面は目撃されている。

 ただ、最近は三浦ハルというツナに好意を向ける女子生徒が乱入したため、恋の行方は誰も想像がつかなくなっている。

 

 なお、この件に関して実父の次郎長は不干渉を貫いている。父に頼らず、自力で女の心を理解して漢を見せろということだろう。

「親分は何も言わないのかい?」

「人間は一から千の感情を持つ生き物なんだ、俺と奈々の馴れ初めが必ずしも参考になるとは限らねェ。実る恋もありゃあ破れる恋もあるってこった」

「フフ、親分らしいわ」

 次郎長の持論に、古里夫妻は笑った。

 すると、次郎長は酒壺を取り出して二人に向けた。

「久しぶりの飲み会……今日はオイラの奢りでい」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 猪口を持ち、酒を注いでもらって一口。

 真は「飲みやすくて美味しい」と語り、お返しにとグラスに赤ワインを注いだ。

 今度はそれを次郎長が飲み、赤ワイン特有の渋味を堪能する。

「……そう言えば、こんなに月がキレイに見える時だったね。あの日を思い出す」

「ああ……今思えば、我ながら無茶やったな」

 二人が思い出すのは、6年前のイタリアでの出来事。

 日本から遠く離れた異国の地で、次郎長はボンゴレファミリーの刺客である(デイモン)・スペードという男と壮絶な死闘を繰り広げた。喧嘩すれば敵無しの次郎長が、戦闘で追い詰められた数少ない事態であり、その傷は今も次郎長の身体に深く刻まれている。

 それ以来、次郎長は海外勢力については格段に強硬的な姿勢を取るようになり、抗争になる前に殲滅するようにもなった。

 古里家の件は、良くも悪くも次郎長の認識を改めさせていた。

 しかし、古里家はすでにマフィアの世界と縁を切り、並盛に移住した。言いがかりをつけられて排除の対象になっても、次郎長のお膝元である以上は余所者も迂闊な行動はとれない。結果、古里家は次郎長の庇護下で平和を謳歌している。

「……まあ、オイラが生きてる内は手出しできねーだろうよ」

 次郎長は真の目を見据え、不敵に笑った。

 

 次郎長が最強であり続ける限り、次郎長が頂点に君臨し続ける限り。

 何人も並盛を落とすことはできない。

 どんなに束になっても、どんなに圧力をかけようと。

 無敵の次郎長には、いかなる猛者もおいそれと手を出せない。

 

 王者とは、その為の称号であり、権威なのだ。

 

 勿論、次郎長も心臓一人の人間一人。いつまでも最強ではいられない。

 だが、己を継ぐ者がいれば、次郎長に代わって護り通すことはできる。

 それまでは次郎長は、負けるわけにはいかないし、負けるつもりはない。

 

 並盛の王者――その称号は、決して軽いものではない。

「だから、全部任せろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……そうだね」

 次郎長に釣られ、古里夫妻も微笑んだ。

 

 

           *

 

 

 古里家との飲み会がお開きになった、午後十時頃。

 静かな室内で、次郎長は晩酌として奈々に酒を注いでもらっていた。

「タッ君、今日もお疲れ様」

「そいつァ、お互い様だろう」

 クイッと酒を嗜む次郎長。

 飲んでいる酒は、特別値段が高いモノではない。居酒屋でよく売ってる瓶の日本酒だ。

 しかし、一人ではなく愛する者と同じ席で飲めば、美味さが違う。

 結ばれた者の特権か、と次郎長は微笑んだ。

「……お前も飲め、奈々」

「いいのよ、別に。私そこまでお酒強くないし」

「よく言うねェ。組員何人酔い潰したんだか」

 次郎長は猪口を取り出し、トクトクと注いで奈々に差し出した。

 奈々は困ったように笑うと、一口煽った。

「……ねえ、タッ君」

「ん?」

「ツッ君に、組を継がせる気はあるの?」

 いつも通りの優しい表情で告げた言葉に、次郎長は面を食らった。

 ツナは立場上、未だ中学生。しかし高校に進学するか中卒で働くかでは、今後の人生の道は大きく違ってくる。ましてや溝鼠組組長の息子という肩書きは、大きく影響してくるだろう。溝鼠組の人間として生きるというのも、ある種の選択肢の一つではある。

 だが、次郎長は「それはない」と断言した。

「ツナの人生はツナが決めるのが道理でい。オイラが口出しするのは野暮ってヤツさ」

「タッ君……」

「未来は与えられるモンじゃなく選ぶモンだ。そして変える権利も平等にある。真っ当に生きるにしろ、〝こっち側〟を選ぶにしろ、親父として俺はツナの背中を見守るさ」

 次郎長は、そう宣言した。

 

 ツナはこれから先、多くの悩みを抱えることになる。分厚い壁にぶつかり、時に挫折し、みっともなく泣き喚き、悔しさに打ちひしがれるかもしれない。

 次郎長はそれを、暴力も駆使して突破してきた。覇道を突き進み、敵から畏怖され味方からは畏敬の念を込められ、頂点のイスに座った。

 だが、それではダメなのだ。ツナに暴力は似合わない。

 ゆえにツナには、多くの友人や仲間を作り、共に楽しみも苦しみも分かち合い、共に乗り越えてほしいと次郎長は願っている。ツナには自分よりも、親しくなった友人や奈々に頼ってほしいというのが、本心なのだ。

 それでも、どうしても次郎長に助けを求める時は、泥水次郎長(おやぶん)としてではなく吉田辰巳(ちちおや)として動くのだ。

 それが自らの義務であり、ヤクザの息子であることを受け入れ、ロクな死に方が期待できない立場である自分を父として接してくれるツナへの謝意でもあった。

 

「奈々……俺達ゃ家族だ。家族である限り、たとえツナが一丁前に巣立っても、切れぬ絆の中では寂しさなんざねェ。そうだろ?」

「ええ……そうね」

 顔を見合わせた二人。

 どちらともなく、笑みが零れる。

 

 正直な話、奈々は自分に子供が育てられるのかと不安になった時期があった。

 多くの子分を従える次郎長もまた、ヤクザの自分が実子とどう向き合うべきか悩んだ時期もあった。

 けど今は、杞憂な心配もない。ツナの成長を心から楽しみ、見守る余裕を持てるようになった。それがたまらなく嬉しかった。

 

「……奈々、たまには添い寝しようか?」

「っ……!?」

 突然の誘いに、狼狽する奈々。

 顔をボンッと赤く染める妻に、次郎長は更に頬が緩んでいくのを感じた。

「……がい」

「ん?」

「お手柔らかに……お願いっ!」

 両手で顔を覆い、必死に次郎長から顔を背ける。

 次郎長は「んな疾しいこたァしねェって」と笑いながら、残った酒を飲み干すのだった。




〈この話でのキャラについて〉

【泥水次郎長(吉田辰巳)】
晴れて奈々と結婚、一人息子を儲ける。
息子への教育は真剣に取り組んでおり、最強の極道の息子という立場を踏まえ護身術も教えている。
授業参観に出たいが、九割の確率で雲雀恭弥と戦闘になるため、行きたいのに行けない状態になっている。
ぶっちゃけ家光よりも父親の責務を全うしている。

【沢田奈々】
この話では次郎長と結ばれてるため、名前は吉田奈々となっている。家光ザマァ。
ボンゴレに一切絡むことなく、次郎長の妻として平和に過ごしている。組の方針に基本関与しないが、そこは極妻、次郎長のサポートをする時も。

【沢田綱吉】
この話では次郎長の息子であるため、名前は吉田綱吉となっている。
原作通りの優しい性格だが、次郎長が真面目に向き合い教育したため、学校の成績はそこそこ良い方。身体能力も高く喧嘩も強い方だが、それゆえに雲雀に目を付けられているのが最近の悩み。

【溝鼠組の皆さん】
奈々を「姐さん」、ツナを「若」と呼んでいる。
一部の人間は奈々をビッグ・マムとも呼んでいたりする。

【雲雀恭弥】
次郎長を倒すのが最大の目標である暴君。
本編と全く変わらないが、最近はツナも獲物認定しかけているため、ツナにとって最大の頭痛の種でもある。

【笹川京子と三浦ハル】
ツナの女友達。
仲は良好で、関係は原作よりも進んでる……?

【古里炎真】
本編と変わらない立場。
ただツナがボンゴレの人間じゃないので、本編以上に親密な関係になっている。

【古里一家】
本編と変わらない。

【沢田家光】
未登場だが、実は息子を儲けるべくナンパに躍起してる。
残念ながら、未だ運命の相手は見つかってない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もしもエンドのE組と関わったら

これで番外編を終わらせようかと思います。


 椚ヶ丘中学校3年E組。

 いつも通り担任となった超生物・殺せんせーの暗殺が繰り広げる日常の中、ホームルームで殺せんせーは生徒達に告げた。

「今日は急遽、野中さんの保護者の方がお見えになるそうですよ」

「ピラ子ちゃんの?」

「正しくはオジキですよぉ」

 オレンジ髪で前髪の一部をチョンマゲの如く結わえた、特徴的な髪型をした女子生徒――()(なか)(ひら)()は笑う。

 彼女はE組の中ではかなり頭の切れる生徒で、胆力もクラスで断トツの一位。プロの殺し屋にも一切怯むことはなく、女子の中では腕っ節もかなりのもの。怒らせれば男子はおろか殺せんせーすら震え上がる程で、カタギの出身じゃないと度々言われている。しかも本人は肯定も否定もしないで微笑んでスルーしており、本当にヤバい家の子供ではないかと確信している者も多い。

 ただ、昔からヤクザ映画や時代劇が好きだとも語ってたので、その影響が強く出てるんじゃないかと言う者もいる。真偽は不明だが。

「ピラ子ちゃんの親御さんかー。楽しみだな」

「確か三十四歳だったわよね? イケメン来るんじゃないワンチャン」

「かーっ! 羨ましい限りだぜ!」

 生徒達の反応は様々。

 すると、廊下の方から声が聞こえてきた。副担任の自衛官・烏間惟臣(からすまただおみ)が、ピラ子の保護者を連れてきたようだ。

「国にある程度働きかけたが……この場での全ての出来事は他言無用でお願いします」

「まあ、娘が元気でやってりゃあそれでいいさ」

 先に入室した烏間に続き、鋭い目つきの男性が教室の入口から現れる。

 

 男の見た目は、一言で言えば昔のヤクザだった。

 浅黒い肌と白に近い銀髪。右頬にある十字の刀傷。首に巻いた赤い襟巻き。彼岸花があしらわれた黒地の着流し。

 その姿は、まさに時代劇でよく見る侠客そのものだ。

 

「あ、オジキ!」

「おうピラ子。思いの外馴染んでんじゃねーかい」

 ちったァ浮くと思ったぜ、と言いながら笑みを溢す男。

 一番浮いているのはアンタだよ! とツッコみたい一同だったが、言ったらガンを飛ばされそうな気がしたのでその言葉は飲み込んだ。

 殺せんせーは、恐る恐ると言った様子で尋ねた。

「あ、あなたが、ピラ子さんの……親御さんで?」

「溝鼠組組長の泥水次郎長ってモンだ。ウチの娘が世話んなってるな」

 淡々と自己紹介した男……次郎長の素性に、烏間以外は一同絶句した。

 ――マジモンのヤクザかよ!!

「ジロチョウ……本物のジロチョウなのね……!」

 すると、意外なところで反応があった。

 殺し屋にしてこの教室の外国語講師であるイリーナ・イェラビッチだ。

 その表情は、まさしく度肝を抜かれたといってもいい程。さすがに目ン玉を飛び出させてはいないが。

「ビッチ先生、知ってんの?」

 E組きっての実力者である(あか)(ばね)(カルマ)は、軽い調子で尋ねる。

 相変わらずビッチ呼ばわりされることに青筋を浮かべつつも、次郎長の説明をした。

「海外じゃあ物凄く名の売れたジャパニーズマフィアよ。ジロチョウはナミモリって小さな町が唯一の縄張りだけど、その町に〝黒いネタ〟で干渉してきた多くの勢力が()()()()()()()()()()()壊滅された……私の業界じゃあ、ほとんどの殺し屋がジロチョウの暗殺だけは断っているわ」

「おかげでオジキの縄張りは平和ですよゥ」

「メチャクチャ血に塗れた平和だろーが!」

 目が飛び出る勢いで(てら)(さか)(りょう)()はツッコミを炸裂させた。

「それで、ピラ子……この典型的なタコ宇宙人が担任なのか?」

「失敬な! 地球生まれ地球育ちですよ!」

「生まれ故郷なんざどうでもいいわ。あとてめーに話振ってねーよ」

 容赦ない言葉の刃に、殺せんせーは目に見えて落ち込んだ。

「そうですよゥ。殺せんせーと言うんですよ」

「……おいタコ助、フザけてる訳じゃねーよな?」

「ヒィィィィッ!!」

 呆れ半分で睨みつける次郎長に、殺せんせーは戦々恐々。

 さすがに本物のヤクザに凄まれてはかなわないらしい。

「……それで、何でわざわざここに来たんですか?」

「ここの教員共が生徒を第一に考えられる立場の大人か、見極めたくてな」

 次郎長の言葉に、ヒュッと誰かが息を呑んだ気がした。

 ガヤガヤとしていた教室も、静まり返っている。

「大まかな話は聞いてるさ。おめーさんは上の命令に逆らえない軍人、そこの金髪の姉ちゃんは殺し屋だから雇用主が最優先、そこのタコ助に至っては暗殺対象だから論外。刑務所か何かかと思ったぜマジで」

 次郎長の言葉に何も言えなくなる教師陣。

 表の人間も裏の人間も、色んな人間をその眼で見てきたからこそ言える男の言葉は、かなり重く感じたらしく、烏間に至っては頭を抱えている。有事の際は助けられても、社会的な立場として()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに気づいたからだ。

「生徒に被害が及んだ時、協力を強いる者が派遣された時、生徒諸共殺せば万事解決という選択肢が出てきた時……そういう事態はどこかで必ず起こる。中立の立場で護れる人間がいない以上、娘をこのままにする訳にもいかねェだろ?」

「……返す言葉もない」

「オイラも立場上、殺し屋とは顔馴染みだからな……その縁でおめーらの話は大方把握してたから、そんなこったろうとは思ってた」

 特に責める訳でもなく、咎める訳でもなく、次郎長は言葉を紡ぐ。

 〝上〟に逆らえない立場ということに、気を遣っているのだろう。それが余計に心にきた。

「……私は、このクラスの担任です。担任である以上、彼らが私の暗殺を成し遂げるまでは是が非でも守ります」

「ククク……おかしなこと言うじゃねーか。子供に殺しの業を背負わせるために守るなんざ世も末だな。そういう汚れ仕事は大人がやらなきゃなんねーことだろ? てめーが大人しくどっかの誰かに殺されてくれりゃあ、コイツらも殺しの業も背負わずキレーなまま生きてけるってのに」

 嫌味とも皮肉ともとれる言葉に、殺せんせーは何も言い返せない。

 「暗殺」という言葉が如何に重いものなのか――それを思い知り、クラス全体が落ち込む。

「……まあ、悔いが残らねーなら知ったこっちゃねェ話でもあるけどな。そのあたりの()()()()はお上の仕事だろ?」

「……暗殺成功の際は、国が責任を持つ。それは確定事項だ」

「そうかい。……ただ気を付けろよ、お前らの望みを日本が妥協しても、世界はそうはいかねーと思うぜ」

 次郎長は改めて渚達に目をやると、不敵に笑った。

「って訳だ。てめーらがウチの娘を護れる技量があるか、試させてもらうぜ」

『いきなり来た!?』

 次郎長の宣言に、全員がツッコミを炸裂させた。

 ――こいつ、さりげなく暴れたがってやがる!!

「おいおい、こんな常識外れのタコを殺すんだ、ヤクザ一人袋叩きにできねーでどうするよ」

「……おっさん、そんなに強そうには見えないけどな。ヒョロいし」

「華奢と言え、若造が」

 カルマの挑発を捌きながらも、次郎長は余裕綽々と言った様子で見据える。

 そこへ、ピラ子がバッドニュースをぶっ込んだ。

「カルマ君、言っときますけどオジキは〝最強〟ですよゥ。一対一(サシ)の勝負なら烏間先生でも敗けます、絶対に」

「おいおい、そりゃあいくら何でも……」

「烏間先生は自衛官だぜ?」

 生徒達はそんな訳ないだろうと笑った。

 烏間は現職の自衛官であり、戦闘力は極めて高い。歴戦の殺し屋相手にも反撃したり圧倒できるのだ、喧嘩自慢のヤクザが太刀打ちできるとは思えない。

 が、次郎長はそれでも笑った。

「思い込みは一気に窮地に立たされる。やってみりゃあ、娘の言葉の意味がわかるさ」

「ヌルフフフ……たまには外部の方に見てもらうのもいいのでは?」

「ハァ……わかった。だがいくら鍛えてるとはいえ、中学生だ。授業に障るようなマネは止してくれ」

「……ああ、任せとけ」

 烏間の了承を得た次郎長は、凶暴な笑みを浮かべるのだった。

 

 

           *

 

 

 結論から言おう。

 E組と次郎長の組手は、次郎長の圧勝だった。

「……まだ()れるか?」

『無理に決まってんだろーーーーーー!!!』

 腹の底から叫ぶ生徒達に、次郎長は愉快そうに笑った。

「て……手も足も出なかった……」

「ガード堅いし、当たっても鉛みたいにビクともしない……!」

「拳骨の一発が規格外すぎんだろ!! 寺坂は錐揉み回転しながら吹っ飛んだし、カルマなんか宙に浮いたぞ!?」

「岡島なんかサッカーボールみたいに転がってったしな……」

 次郎長の強さを目の当たりにし、一斉に愚痴をこぼす生徒達。

 しかし、一連の手合わせを観察していた教師陣は、次郎長が手加減していたのを理解していた。

「……保護者って怖いですねェ」

「あんなのばっかじゃないでしょ、さすがに!」

(……決して力任せの暴れっぷりじゃない。キレのある動きと攻撃、強固な防御、勘の鋭さ……さすがは裏社会の人間と言うべきか……本気を出したら、致命傷にもつながりかねないぞ)

 ピラ子の言う通りの無双ぶり。

 大人と子供の差とはいえ、次郎長の戦闘は力任せの喧嘩殺法でありながら、身体能力の高さと勘の鋭さをフル活用しており、長年の経験も相まって何物も寄せ付けない強さを発揮した。

 まさに、怪物と言える。

「そうへこたれるこたァあるめェ。チームワークは抜群だったし、一瞬でも気が抜けない状態だった。特に渚っつったか? あのガキの〝猫だまし〟には面食らったぜ」

「それ全部受けといてボッコボコにしたクセに……」

 次郎長は団結力と連携プレーを彼なりに称えるが、何か嫌味みたいに感じてしまう。

 強すぎるからだろうか。

「……まあ、こんぐらいの腕が立つてめーらなら問題ねェ。安心して任せられる」

 ――俺の家族と、しっかり向き合ってくれ。

 次郎長はバタンキューな生徒達に向け、朗らかな笑みを溢すのだった。




〈この話でのキャラについて〉

【泥水次郎長(吉田辰巳)】
設定は本編と同様。
実は殺せんせーの性格上、月を破壊した犯人ではないのではと考えている。洞察力の高さから考えると、本格的に介入したら暗殺教室が二学期分で終わりかねない。

【椿平子(野中平子)】
E組であることさえ除けば、設定は本編とほぼ同じ。
実は狡猾に立ち回ることも得意で、本校舎の五英傑から警戒されている。ヤクザだしね、実家。

【E組】
可愛いクラスメイトの保護者が、マジの大物ヤクザと知り絶句。しかも滅茶苦茶強くてまた絶句。
今回は数に有利な上にステゴロだったので十分は戦えたが、得物ありだったら三分持たなかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。