女神転生 -人形黙示録- (名無しの執筆人形)
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前兆
大規模な戦争により荒廃した世界。多くの人々は、未だ諍いが絶えない情勢の下、争いを続ける戦闘人形達から逃れるため、地下にシェルターを作り細々と暮らす日々を送っていた…………。
「やっべ、これ難しいけどすげえ面白いな…」
自室に籠ってPCの画面を見ながらひとり呟く少年。名前は
そして、今何をやっているのかというと、ビデオゲームという電子上で遊ぶ遊戯を楽しんでいるのだ。
このビデオゲームというのは、戦争が起こる更に前の時代、人々が持つ趣味の一つとして持て囃されたものだ。それなりの規模はあったらしく、ゲームの種類にもよるが何でも世界大会まであった様なのだ。
しかし、今の時代並の人間ではゲーム機はおろかPCすら持つ事はまず不可能。今、人哉が使っているPCも、大昔…それこそ、PCが普及し始めたという昔位に作られた物の残骸を、機械の勉強をしていた人哉が全霊を掛けて修理したものだ。
そして、そのPCをこれまた手作業でなんとか昔のネット回線に繋ぎ、ネット上に沈んでいるゲームデータをサルベージして、プレイできるように修正した上で保存しているのだ。
限られた電力、致命的なまでに遅い劣悪なネット回線、ボロボロのデータの三重苦に苛まれながらも、現在人哉の手元には、20枚近くのフロッピーディスクが収められている。1枚に1タイトルが収録され、その全てが人哉のPCでプレイ可能な状態だ。
そして今、人哉は新しくサルベージしたゲーム…『デビルバスター』という体感型のRPGと呼ばれる種類のゲームを修復し、プレイしている最中だった。
ゲームの内容は簡単に言えば、『地上に現れた悪魔を救世主たるあなた(プレイヤー)が倒す』という至極王道を突き進むものだ。RPGの華というべき戦闘自体も、レベルを上げて補助魔法をかけて物理で殴ればいい…という、良く言えば分かりやすい、悪く言えば単調で荒すぎるもの。
だが、シナリオと世界観が人哉的に魅力に満ち溢れていた。特に、敵である筈の悪魔と交渉して、仲魔として使役するというシステムは、何というか夢に溢れている。逆に悪魔の機嫌を損ねれば、次の瞬間にでも殺されかねない怖さも、緊張感を引き立てている。
そして、悪魔を使役すると言えば、怪しげな儀式などが脳裏に浮かびそうなものだが、このゲームはそれらをPC上で簡略的に行っているという設定も面白い。
「最初のボスは…ミノタウロス、か。よーしいいだろう、この俺が作り上げた最強悪魔軍団で、こんな牛野郎とっととぶっとばしてやるぜ…!」
「何だか楽しそうですけど、また何か新しいゲームをサルベージしたんですか?」
強敵に向けて気合を入れ直す人哉の後ろから、可愛らしい声が掛かる。人哉が振り返ると、一人の女の子が興味深そうに人哉を見つめていた。
フリフリの可愛らしい服装に身を包み、肩くらいまであるセミロングの黒髪を、星をあしらった大きな赤いリボンとウサギの髪留めで飾り付けている。ただ、何故かこのウサギ、手榴弾を持っているのだが…。
「M99さん、体の方はもう大丈夫なんですか?」
「はい! それについてはもう大丈夫です!」
心配そうに少女…M99に駆け寄る人哉に、M99は溌剌と返事をする。確かに、雰囲気的には問題なさそうに見えるM99なのだが…。
「それは良かったです。ですが、早くグリフィンに戻らないといけませんね…」
そう言って、人哉はM99の右腕に視線を移す。ひじから先がちぎれ、中身が丸見えになっているという、あまりに痛々し過ぎる箇所に。
見た目こそ可憐な少女だが、その実M99は戦闘人形と呼ばれている兵器だ。何らかの戦闘に参加し、そしてボロボロになっていた彼女を、偶然外に出ていたシェルターの住人が発見し、密かに保護していたのだ。
しかし、細かな傷は応急手当てが出来ても、流石に人形の身体欠損を修理するのは、何の設備もないシェルターでは不可能な事。それ故に、彼女は彼女の雇い主であるグリフィンという組織に戻り、修理を受けなければならないのだ。再び、戦闘をするために。
「ところで、今度はどんなゲームをサルベージしたんですか?」
感傷に浸っている人哉に、M99は至って朗らかに話しかける。と、同時に、さりげなく右腕のひじから先を背中の後ろに移す。恐らく、これ以上人哉に気を遣わせない為だろう。
「えっと、今サルベージしたのは『デビルバスター』っていうゲームで、簡単に言えば悪魔を倒しちゃおうぜ! っていうゲームです」
説明をしながら、M99用の椅子を用意し、人哉自身も自分の椅子に座る。そして、用意された椅子に座ったM99にゲーム画面を見せる。
「あ、悪魔ですか…。なんだかちょっと怖いですね」
その画面を見て感想を言うM99だったが、声色からは怖いというより困惑している感じがする。まあ、今のご時世に悪魔なんて、時代錯誤も甚だしいのは人哉も理解している。寧ろ、この場に合わせてくれるM99の優しさに感謝すべきだ。
「今から強敵と戦うところですけど、まあ見ててくださいよ。直ぐにやっつけて見せますから!」
自信満々に宣言してからコマンド操作を行う人哉だったが、その顔色が直ぐに曇り始めた。何故なら、ボスの攻撃力が高すぎて、一撃で仲魔が一人ずつやられていくからだ。
「―――あの、大丈夫ですか? なんだか、お仲間達がどんどん虐殺されていってますけど…」
ゲーム画面を見ていたM99も少し心配そうに人哉に声を掛ける。
「いや! ここから…ここからですよっ!」
対して、明らかに焦っている声で返事をする人哉。まさか、最初からここまで強いボスが出てくるとは思わなかったのだろう。
結局、仲魔は全滅し、主人公も瀕死状態というギリギリの辛勝を演じる事となってしまった人哉。カッコよく楽勝宣言してからのこれでは、全然カッコが付かない。
「………ま、まあ、とりあえず勝てたからいいや。気を取り直して…ええと、この『しずたま』とかいうのを『じゃしんぞう』にささげればいいんだな…」
「そ、そうみたいですね、あはは……」
気まずさを振り切って、ゲームを再開する人哉。M99も、どう反応すればいいのか分からないのか、空笑いしている。
そして、NPCの助言通りに『じゃしんぞう』に『しずたま』を捧げるというイベントをこなした人哉。
「さあ、次はどうなるんだ!?」
と、人哉が意気揚々と発言した直後だった。
突然、デスクトップが眩い光を発したかと思うと、声を発する間もなく人哉の意識は急激に闇の底へと転落してしまった…。
「…う……」
少しして、意識を取り戻した人哉。周囲を見回すが、真っ暗で何も見えない。
「な、なんだ? 何処だここ? 一体どうなっているんだ?」
謎の状況に混乱していしまう人哉だったが、不意に下を向いた時に、足元にM99が倒れている事に気付いた。
「あ!? だ、大丈夫ですかM99さんっ!」
慌ててM99の身体を抱き起し、その体を揺さぶりながら大声で呼びかける人哉。そのおかげかは分からないが、M99も直ぐに目を覚ました。
「―――人哉、さん?」
「気付きましたかっ!? よ、良かった…」
M99が意識を取り戻した事に安堵する人哉。と、同時にある事に気付く。確かに周囲は真っ暗なのだが、何故かM99の姿は光が照らされているかのようによく見えるのだ。いや、それだけでなく、自分の手や足もちゃんと見えている。
「私から離れないで下さい」
そんな周囲の気配に危険な何かを察知したのだろう。いつの間にか左手に持っていたライフル銃を構え、辺りを警戒しながら人哉に警告するM99。
見た目の所為で忘れがちになるが、やはりM99は戦闘の為に作られた存在なのだ。先ほどまでのほんわかした表情からは想像もできない、冷徹な戦士の顔は凄く頼れるように見える。
と、その時だった。二人の不意を突く様な形で、頭上から耳障りな声が降り注いできたのだ!
女神転生Ⅱ(FC版)的能力値表記 ステータスは現在掛かっている状態異常
タダノヒトナリ ステータス ・・・・・・
たいりょく 2
ちりょく 10
こうげき 3
きびんさ 2
うん 5
M99 ステータス LOSARM
たいりょく 6
ちりょく 4
こうげき 12
きびんさ 5
うん 7
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破滅の予感
あまりに耳障りな声に、思わず耳を塞いでしまいながら、声がした上空へと視線を向ける人哉とM99。そこには、人型の生物がゆっくりと二人の目の前へと降りてきていた。
人…ではなく、人型の生物と称したのは、造形こそ人型だが明らかに人ではない何かだったからだ。蠅の様な羽を背中から生やし、毛髪は無く頭部から一本の突起が付きだし、そして双眸は白目を剥いている。なにより、発する雰囲気がとにかく異質だ。
「…っ!? ち、近づかないでっ! それ以上近づくと撃ちますよっ!?」
地面に降り立った”それ”が真っすぐに二人に近づいてきたので、あっけに取られていた二人の内、M99が我を取り戻し、”それ”に向かって銃口を向けて警告する。しかし”それ”の歩みは緩まない。
対して、相手がこちらの言い分を聞く気はないと判断したらしいM99は、即座に発砲を開始した。M99も戦闘人形だ。警告を無視する危険と思われる存在に対して、容赦などしない。
しかし、M99の小柄な体とはまるで不釣り合いなバカでかいライフル銃から放たれた数発の弾丸は、全て”それ”にヒットしたにもかかわらず、”それ”は平然としていた。どうやら、まるで効いていない様だ…。
自分の銃が全く効かない事に驚愕の表情を浮かべるM99。そして、そうこうしている内に、遂に”それ”は二人の目の前にまで到達し、おもむろに右手を上空に掲げる。
命の危険を感じた二人はきつく両目を閉じてしまったが、そんな二人の予想に反して、掲げた右手を己の胸の前に寄せ、丁寧なお辞儀を”それ”はしてみせた。
「お初にお目にかかります我が救世主よ。改めて、我が名はパズス…神の使いとしてこの地に降り立ちし者です」
先ほどの酷く耳障りな声から一転、至って落ち着いた紳士的な声で人哉に向かって話しかけてくる”パズス”と名乗る生物。異質な雰囲気に反する物腰の柔らかさに、人哉は再度あっけに取られてしまった。
「…ふむ。どうやら、我が救世主は現状を上手く把握できていない模様。本来ならゆっくりと説明をするべきなのですが、残念ながら時間が惜しい。その状態のままで構いませんので、まずは私の話を聞いて頂きたい」
そんな人哉を見て、しかしパズスは大仰に両手を掲げ始めた。どうやら、人哉の思考が正常に戻るまで待つつもりは一切ないようだ。
「今から数十年前、私は主の命によりこの地に降り立ちました。無論、今もなお続くこの無益な戦争を止める為です。ですが、降り立ちて間もなく、私は封印されてしまいました。恐らくは、この戦争を続けさせたいが為に裏で暗躍する何者か…の手によって。我が救世主よ、貴方にはその”何者か”の正体を暴き、そして………」
身振り手振りを交えながら、まるで演劇の舞台に立つ演者の様に淀みなく語り続けるパズスだったが、不意にその語りを止め、後ろに視線を向けた。
「―――どうやら、私が復活した事を早速察知されたようです」
そう口にするとともに、今まで真っ暗だった周囲に様々な映像が突如浮かび上がった。
「なっ!?」
「えっ!?」
そして、その映像群を見た人哉とM99は驚愕の声を上げる。
映像は、その全てがさっきまで二人がいたシェルターの内部を映していたのだが、なんとシェルター内の人達が戦闘人形に襲われてたのだ! 更に…
「あっちで襲っているのはスプリングフィールド…!? こっちは100式…。何故!? どうしてグリフィンの戦闘人形が民間人を襲っているのっ!?」
人々に襲い掛かっている人形達を見てM99は絶望に近い叫びをあげる。そう、基本的にグリフィンの戦闘人形が理由もなく民間人に襲い掛かるなどという事は無い筈なのだ。
この事実に、M99は勿論人哉も目を白黒させていたが、少しして人哉は襲っている人形達に違和感を覚える。
M99を見れば分かるが、彼女達は人形と言われつつも、ちゃんと人間としての感情も持っている。しかし、今シェルター内を荒しまわっている人形達の瞳には、感情というか生気というか、そういうものが一切感じられないのだ。
そして、体の方にも幾つもの銃創が確認できたり、中には一部が丸々欠損している人形もいた。いうなれば、ゾンビの群れ…とでもいえば伝わるだろうか。
「この魔力は…死人使いネビロス。しかし、人間の死骸ではなく、この哀れな人形の死骸を使うとは奴め、小賢しい事を…」
「い、一体どうすりゃいいんだよっ!?」
そんな中、一人冷静に状況を分析をしているパズスに、人哉は怒鳴りながら詰め寄った。
「我が救世主よ、落ち着いて頂きたい。まずは貴方のPCに”悪魔召喚プログラム”を送りましょう」
「あ…”悪魔召喚プログラム”…だって?」
パズスが口にした物の名に、人哉はもう本日何度目か分からない驚きに包まれる。
”悪魔召喚プログラム”…これは、先ほどまでプレイしていたゲーム『デビルバスター』の設定の根幹を成していた物であり、これによって悪魔との交渉、使役、更には悪魔同士の合体などと言うみるからに禁忌な技をも使用可能としていたのだ。
とはいえ、架空のゲームだからこそ、受け入れる事が出来たのだ。こんな白昼夢みたいな出来事を、現実として受け止めるなどそう簡単にできるものではない。
「そして、『デビルバスター』にて仲魔にした悪魔を、この悪魔召喚プログラムに移しておきましょう。さあ、我が救世主よ。今こそ死人使いネビロスを打ち倒し、このシェルターの救世主…そして、世界を救う救世主となる時です」
「ちょ…」
言うや否や、パズスは己の両手の平を打ち付ける。次の瞬間、周囲は光に包まれ、まだ聞きたい事があった人哉もM99も、その光に飲み込まれていった。
「………ろ………なり……お…ろ………人哉…起きろっ!!」
思い切り身体を揺さぶられている感覚に、ゆっくり目を覚ます人哉。揺さぶっていたのは、元軍人であり、今はこのシェルターの警備隊長をやっている男だった。
「やっと起きたか…。ったく、この非常事態に呑気に昼寝とは、意外に神経の図太い奴だ」
「…う……ん……?」
呆れた感じのため息を吐く警備隊長。その直後、人哉の隣で寝ていたらしいM99も目を覚ました。
「M99も目を覚ましたか。いいかよく聞け二人とも! 今、このシェルターは戦闘人形達に襲われている! 最初は何故グリフィンの戦闘人形が…とも思ったが、どうも様子がおかしい。いいか、事態が明らかになるまで、ここに隠れているんだ!」
そう言って、警備隊長は一丁の拳銃…ワルサーPPKを人哉に手渡してきた。恐らく、護身用として持っていろ…という事だろう。
「私も行きます!」
即座に出て行こうとする警備隊長に、M99がついて行こうとするが、
「いや、M99もここで待機していてくれ。片腕しかないとはいえ、やはり君は戦闘人形…このシェルターの中では一番の戦力だ。しかし、修理も補給も容易に出来ない今、その最強の戦力を闇雲に消耗させるわけにはいかない。とにかく、まずは原因究明だ。そして、原因が明らかになれば、そこをM99に叩いてもらう」
警備隊長はM99を制止し、その理由を簡潔に語る。
「で、でも、相手は戦闘人形ですよ!? 生身の人間では…」
「なに、こう見えても対人形の戦闘経験はそれなりにある。そう簡単には死にはしないさ!」
なおも食い下がろうとするM99に、しかし警備隊長はM99を安心させるためか、ニヒルな笑みを浮かべながら足早に部屋を立ち去ってしまった。
「M99さん…これを見て下さい」
警備隊長の後姿を呆然と見つめていたM99に、人哉が語りかける。M99が振り返ると、人哉はPCの画面をM99の方へと向けていた。そして、その画面にはある文字が…。
「―――”悪魔召喚プログラム”」
「ええ、もしかしたら、この異常事態も何とかなるかもしれません…!」
因みに、女神転生Ⅱ(FC版)は発売当時の未来の話という設定なので、現実世界の銃も実名で登場します。ワルサーPPKはこのお話と同じく最初に渡される銃で、他にも店売りとしてウージー(UZI)、デザートイーグル、M60マシンガン(M60)等があります。特に、ウージーは最序盤の要で、これを装備するだけで、殲滅力が段違いに上がります。
一方、ゲームならではの架空銃も登場します。プラズマライフルやメギドファイアなどがそうです。今作の場合、これらの戦術人形も出した方がいいのでしょうか…?
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マグネタイト
「………よし、よし! 良いぞ、確かに『デビルバスター』で仲魔にした悪魔のデータが丸々移されてる。後は召喚さえ出来れば…!」
パズスの言っていた『悪魔召喚プログラム』を大急ぎで確認していく人哉。その顔色には、少しずつ希望の色が見え始めている。
だが、いざ悪魔を召喚しようとしたその時、たった1つの…しかしあまりに大きすぎる大問題にぶつかってしまう。
「マ、マグネタイトが必要…だと?」
PC画面に表示された警告に、人哉は顔面を真っ青に染める。
「な、何だかよく解りませんけど、必要な物があるなら私が取ってきましょうか!? 何処にあるんですか? そのマグなんとかとかいうのは」
人哉の顔色を見て、必要な物が近くにはないと、傍でPC 画面を見ていたM99も理解したのだろう。ライフル銃を構え、今にも部屋を飛び出していきそうな勢いで人哉に尋ねたのだが、
「残念だけど、探して見つかる物じゃないんです…」
沈痛な声でM99 を止める人哉。
「そ、そんなの、探してみないと…」
「『デビルバスター』の設定通りなら、『マグネタイト』とは『生体エネルギー』の事なんです。つまり、このプログラムは生け贄を寄越せと要求してるんですよ…!」
尚も食い下がろうとするM99 に、悲痛な叫びに近い声色で説明する人哉。冷や汗をだらだらと垂らし、戦慄で震えているその姿を見ても、彼の心境は容易に想像出来る。
「い……いい…生け贄…?」
そしてM99も人哉が言った、探して見つかる物じゃないという言葉の意味を理解したのだろう。震える声で呟きながら、視線を人哉からPC へとゆっくり移す。
「お困りのようですね。我が救世主よ」
その時、不意に響く聞き覚えのある声。二人が声のした方に振り向くと、プログラムを開いている画面の片隅に小さなマドが開いており、そこにあのパズスが映し出されていたのだ。
「パズス! なあ、マグネタイト無しで何とか召喚できないか!?」
わたりに船、とばかりに掛け合ってみる人哉だったが、パズスはゆっくりと首を左右に振るのみだ。
「どうして!? 何故そんな酷いことを…!」
パズスの素っ気ない対応に思わず激怒してしまうM99 。
「悪魔を現界させるには多くの生体エネルギーを必要とし、そしてそのエネルギーに最も適しているのが人間だからです。貴女も、動くためには他からエネルギーを摂取し、その質が高いほど多く動けるでしょう? それと一緒です」
しかし、あくまでも冷静なパズスからの理路整然とした反論に、M99 は悔しげにしながらも、更なる反論を口にできずに押し黙ってしまった。
「とはいえ、このままでは埒があかないのも事実。そこで、我が救世主よ。1つ提案があるのですが…」
「提案…?」
パズスの言葉に、訝しげに尋ねる人哉。
「確かに、悪魔をそのまま呼び出すには大量のマグネタイトが必要ですが、あらかじめ素体を用意しておき、そこに悪魔の力を注ぎ込むだけなら、少量のエネルギーで十分事足ります。この方法では悪魔が全力を出せないという欠点こそありますが、意思無き人形程度なら、問題なく蹴散らせるでしょう」
パズスの提案に、人哉とM99は顔を見合わせる。今この場にいる人間は人哉だけだ。つまりマグネタイトを取り出せるのは人哉しかいない。必然、素体の方はM99という事になる。
「―――分かった、その方法で俺は構わない」
「ひ、人哉さん、危険ですよっ!?」
腹をくくったらしい人哉の宣言に、M99が慌てて止めようとするが、
「このままじゃいずれ俺たちも殺されてしまいます。なら、一か八か賭けるしかありません…!」
険しい目つきをしながら話す人哉。今人哉達がいる階層はシェルターの中でも最下層に位置しているのだが、段々と銃声が近づいてきている。もう、一刻の猶予もないのだ。
「それより、M99さんこそ大丈夫ですか!? 悪魔をその身に憑依させる事になりますが…」
「わ、私は大丈夫ですよ!? もともと私は戦うために生まれてきた人形ですし、それにもしかしたら今回のことで新ワザを手に入れられるかもしれないですからね!」
逆に人哉に問われて、少し憤慨した様子で応えるM99。この程度で怯えたりしないという意思表明なのだろうが、確かに恐怖はまるで感じていないようだ。
「どうやら、話は纏まったようですね。では、我が救世主よ。どの悪魔を償還しますか?」
「鬼神・コウモクテンだ! 俺のデータの中で一番強かったやつだ!!」
高らかとパズスに指示を出した人哉だったが、その直後に人哉の体に異変が起こった。体から、みるみる力が抜けていったのだ!
「う…っ!? ……が……あ、は、はあっ! はあっ!」
直ぐに力が抜けていく感覚は終わったが、全身をぐったりとうな垂れさせ、肩で息をしている人哉を見るに、だいぶエネルギーを吸われたようだ。
「わ…あ…あ…! な、なんだか体に力が湧いてきて…!?」
対して、M99は人哉がぐったりとしだした直後に声を上げ始めた。見ると、M99の体から憤怒の如き赤いオーラが噴出していたのだ。
しかもそれだけではない。なんと、欠損していた筈の右腕が元に戻っていたのだ! しかし、改めてみるとその腕はサイズこそM99に合っているのだが、なぜか甲冑の篭手のような物を装備していた。恐らく、これは憑依元となった悪魔の特徴が出てきてしまっているのだろう。
「こ、これは…新ワザとしていけるかも…! 人哉さんっ!! いけますよこれっ!! すごく力が湧いてきて、今なら誰にも負ける気がしませんっ!!!」
嬉しそうにはしゃぎながら、己が得物であるライフル銃を両手でしっかりと持つM99。
「人哉さんはここに隠れていてくださいっ! 私は隊長やその他の人達の救助と、この騒動の原因を叩いてきますのでっ!!」
人哉に指示を出した後、勢いよく部屋の外へと飛び出そうとしたM99だったが、
「ま、待って下さい…」
そんなM99の後ろからかかる弱弱しい…しかし、ハッキリと聞こえた人哉の声。M99が振り返ると、人哉は疲弊しきっている筈の体で立ち上がっていた。
「だ、駄目ですよ人哉さん! 今はゆっくり休んで」
「た、確かに今のM99さんからは凄いオーラを感じます。けど、それだけではこの騒動は抑えられない…そんな予感がするんです…。だ、だから、俺も一緒に…!」
慌ててふらついている人哉の体を支えるM99に向かって、同行を求める人哉。
「だ、駄目ですよ!? そんな体じゃ危険すぎます!」
と、最初は断ったM99だったが、この後も人哉はしつこく頼み込み、仕舞いには一人でも行くと言い始めてしまったため、渋々同行を認めるM99だった。
いつのまにか消え去ってしまったマグネタイトですが、個人的にはまた復活してほしい要素の一つです。
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