魔竜転生アクノロギア 意図せず原作をブレイクするようです。ただし別のな! (前虎後狼)
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呼んでませんよ、あくのろさん。(原作開始前という名のあくのろさん奮闘記)
あくのろだいありー1(石版)


ふと書きたくなったネタ


○月✕日

 

気が付いたらドラゴンになってました、まる。

 

·········マジでこれ以外に書くことねぇな。

いやホントに、なしてこげなことになっとるん?

わけわかめすぎて吐きそうなんだけども。

 

とりあえず現状整理と精神を落ち着かせる為にも、今日から日記をつけようと思う。とりあえず人間らしい事をしていれば自然と落ち着くはずだ。

 

さて、俺は誰だったか。

どこにでも居るふっつーうの日本人だったのは確かだが、その自分の名前も思い出せないでいる。

 

気が付いたらどこもかしこも森森森と、緑色の絨毯の如く広がっている樹海の上を飛んでいた。

というか、もしかして俺目覚めるまで居眠り運転よろしく寝ながら飛んでたのか?だとしたら超怖いんだけど。

 

そんでもって目が覚めた俺は何故か空を飛んでいる事、そして視界に映りこんだ大木かってくらいに太い異形の腕、ってか前足?を見たことで見事SANチェックに失敗。一時的発狂(脳内キャパオーバー)に陥った俺はそのまま地面に激突しましたとさ。めでたしめでたし。

 

いや、めでたくないけどもね?ふざけてないとやってられないのよ。

 

しかも落ち着いてから自分の腕をよく見てみるとさ、うん。

黒い体色に特徴的な紫色の紋様が浮かんでるのよね。

それ見た時にさ、もしかしてって最悪な予想が頭を過ったのよ。

 

これもしかしてアクノロギアじゃね?

 

アクノロギア。

それはFAIRYTAILという漫画作品に登場する最強の竜にしてラスボス

最も凶悪と言われた、というか最初はコイツがラスボスだろと思っていた黒魔道士ゼレフが「時代の終わりを告げる黒き竜」と称して恐れるほどの化け物。その正体は滅竜魔法を与えられ後に竜の王となった滅竜魔道士の人間。

そして多くの竜まで殺し続け、竜の返り血を浴び続けた結果、最終的に肉体が竜に変化してしまった。

 

率直に言おう。俺詰んでね?

 

俺が、というかこの身体が原作通りのアクノロギアだとすると既に竜王祭、アクノロギアが滅竜魔法を得たきっかけとなった竜同士の争いが終わった後ということになる。そんで悠々自適と飛び回っている所に俺という人格が憑依してしまったとしたら──(ここから先は文字にすらなっていなく解読不能)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△月□日

 

先日はまたSANチェックに失敗してしまったがもう大丈夫だ。

何も問題は解決してないけど気にしたら負けだ。うんそうだだからもう気にしないことにしよう。

 

それはそれとして、この身体が本当にアクノロギアというのなら試したい事が幾つかある。

 

それはもちろん滅竜魔法、もといアクノロギアのスペックだ。

アクノロギアの滅竜魔法はその悉くが謎であり、グランディーネが魂を抜き取る滅竜魔法を使うと言及したぐらいしか分かっていない。

それが本当なら易々と使う訳にはいかんしある程度の力を確認しておかないと今後どうするかの判断に困る。

 

というわけでまずはブレスを試すことにした。

もちろん砲口を向ける先は何も無い空、すなわち上へ向かってだ。

なにせこのブレス、島一つを容易に消し去ることが出来る威力を持ったトンデモ兵器だ。当時読んでた身としてはこんなんチートやチーターやん!と叫んだのはいい思い出だ。

 

このとき、虚空に向けてならちょっと力込めてもいいよね?って思った数分前の自分を全力でぶん殴ってやりたい。

 

空に向かって喉のところで溜めてた力を解放したら、ごんぶとの柱みたいなビームが空に向かって伸びた。

 

ここまでは予想通りだったんだよ。

んで、この後何が起こったかを簡単に説明すると。

 

空が割れた。

 

それも某白髭がグラグラの実の力使った時みたいに亀裂が入った。

 

しばらくしたら空も元に戻ったけども、かくいう俺は空いた口が塞がらなかった。

次からは自重しよう。

 

 



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あくのろだいありー2

調子に乗って二話更新~~までがテンプレ

追記、今後の展開的に矛盾を起こす箇所が存在したため修正


▲月▼日

 

久し振りに日記を書く、というか刻んでいる。

前回から大体一ヶ月くらい経っただろうか?まあ体感ではそれぐらいだろう。あれから俺はというと必死になって力の加減を調整できるように練習しまくっていた。

前回のブレスで空間壊れる事件の二の舞は絶対に起こさんぞ。

あんなの口からバズーカどころじゃない。口からツァーリ・ボンバだよ。

何処ぞの人間好きの魔王じゃねぇんだからさ。だから頼むからS S A(そこまでしておけよアマッカス)

 

さてさて、現在の俺ことあくのろさんはというと初めて目覚めた樹海から北西の方向に向かってI can flyしていた。

翼があるってのは本当に便利でいい。移動が楽だからね。

 

取り敢えずは人がいそうな場所を目指すことにする。

 

その図体で人前に出たら間違いなく敵視されるだろって?んなこたわかっとるわい。そうならない術があるから言ってる、ってか書いてるんじゃよ。

おっと、思わずジジイ口調になっちまった。

 

まあその解決策というのが簡単な話、人間の時の姿に変身するという事だ。

アクノロギアは元は人間だったものが竜に変じた存在だ。なら、元々の姿へ戻ることもまた可能なのだ。

おまえは何を言ってるんだって?要はイメージですよイメージ。

人間元気さえあればなんだって出来るんだよ。きよひーこと清姫だって思い込みだけで竜というか蛇に変じたんだからね。

猪○さんが言ってたことはやはり偉大だな。

それに某赤い弓兵だって言ってたじゃないか。イメージするのは最強の自分だって。いや、これはちがうな。というかこれ以上強くなっても俺が困るわ。

 

まあそんな訳で、しばらくの間一人旅ならぬ一竜(ひとりゅー)旅をたのしむとしよう。もしかするとまた期間が空くかもしれないが今更だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△月▽日

 

また期間が空くと言ったな、あれは嘘だ。

 

いや、まさかこんな早くに色濃いイベントに遭遇するとはこのあくのろの目を持ってしても読めなかった。なんちて。

 

はいじゃあ気を取り直して、今回あくのろさんに何が起きたかと言うと、同族に喧嘩売られたねぇ、うん。それもかなりの数。

どれくらいかって言うと魔獣に攻め込まれたウルク並の数だね。

え?知らない?ググれカス。いやパソコンなんてまだ無いんだろうけども。というかFAIRY TAILの世界には絶対に興こりえない文明だけども。

やだよIT革命したFAIRY TAILの世界だなんて。そのうちコンピューターが全部管理するディストピアになっちゃうって絶対。

パラノるのもサイコパスるのも嫌よ俺。

 

いかんいかん、また脱線してしまった。

まあそんな大群の竜がわらわらと湧いてきたわけだけども、まあ今更よね。

だってアクノロギアだぜ?竜殺しの魔竜だぜ?ゼレフすら恐れた正真正銘の最強だぜ?ってかこの前のプレスでどんだけやべーのか身に染みてわかったわけだし。

 

まあそんなこんなで、あくのろさんのチートスペックで殲滅してやりましたとも。

 

うん!やっぱりヤバいね!

 

俺のあくのろさんは最強なんだ!ってやってみたけども本当にその通りだわ。こんなん気軽に使えねぇわ、バランスブレイカーもいいところだわ。

まあ何体かとり逃した気がするけども気にしない方向で。

 

戦ってる最中は最高にハイッてやつだ状態だったからあれだったけど、終わってから冷静になると何やってんだってなるよね。賢者タイム賢者タイム。

しかしなんだったのだろうねあの竜の大群は。何かよこらぬ事の前触れだとしたらイヤなんですけど。

 

 

 

追記、どうやら喋るとあくのろさん風味に口調が自動変換されるらしいです。やったねあくのん!ロールプレイに磨きがかかるよ!(泣)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、龍たちは恐怖という感情を覚えた。

 

大気震わす咆哮が、強靭な龍の心臓を握りつぶさんと鼓膜を震わせる。

 

黒き双翼により狂わされた荒風が、堅い龍の鱗を引き剥がさんと吹き荒ぶ。

 

(くら)き双眸より放たれし眼光が、何よりも高い龍のプライドを押し潰さんとする。

 

 

 

 

 

 

それは、一つの絶望だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍とは元来、自分こそが頂点だと傲岸不遜に主張し、酸いも甘いも骨の髄までしゃぶり尽くす我欲の塊である。

 

いつだって自分本位で、自分より上が居る事を許さず、他者より先へ、他者より上へと昇らんとするのが彼等だ。

だからこそ、龍同士が喰らい合い殺し合うのは何も変わったことでは無い。

 

 

『なんだ、あれは』

 

 

この時のそれも同じ。ただそれが、戦争規模にまで発展しただけの話。

 

古今東西、ありとあらゆる場所から集った強き龍たち。

その全てが、由来不明な竜の波動に引き寄せられ、ありとあらゆる龍達が集っていた。

 

 

三日月の暗黒龍 クロウ・クルワッハ

 

魔源の禁龍 アジ・ダハーカ

 

原初なる晦冥龍 アポプス

 

大罪の暴龍 グレンデル

 

宝樹の護封龍 ラードゥン

 

後に邪龍として名を刻むはずの、それぞれの神話にて語られる強大な力を持ったドラゴン。

そして、有象無象の名無しとはいえ、龍としての誇りと強さを携えた様々な強者達が勢ぞろいしていた。

未知なる波動に導かれるまま、集いたるは一騎当千の狂える龍たち。

衝動に駆られるがままにお互いの鱗を噛み砕き、翼を手折る。

 

あるがままに振る舞う絶対強者達の、終わる事のない喰らい合いが始まった。

 

その中でもやはり頭角を現すのは、先に述べた邪龍たちだろう。

 

他では到達できない個の強さを振るい、自らの全てをさらけ出す。

その在り方は正に龍といって差し支えない。

 

この戦争の終結もそう遠くはないと、誰もが思うことだろう。

 

そしてその通り。終末は間もなくして訪れる。

 

ただし、終わりを齎すソレは彼等ではなく、外から来たりしモノによって。

 

『あれは、龍と言えるのか······?』

 

終わりの始まり。その切っ掛けは外からある黒い竜が飛んできた事だった。

新たに引き寄せられた何者かが、この戦いに便乗しに来たのだろう。

そう誰もが思っていて、故に気づかなかった。

 

その竜が発する波動が、彼等を引き寄せた未知の波動と同一のものだと。

 

明確な発端となったのは、残っていた龍の内の何体かが飛来してきた黒竜へと一斉にブレスを浴びせたこと。

 

今更来たところで邪魔でしかないと、早々にお帰り願おうとした拒絶の意だった。そうでなくとも、やられるほうが悪いというのが彼らのスタンスだ。

悠々自適に飛んでいて墜とされた当人の責任である。

 

こうして、乱入しようとした身の程知らずは哀れにも瞬殺されたのだった。

そう終わる事を、だれもが予想していた。

 

 

 

 

返されたのは、一条の極光だった。

 

瞬間、地上に凄まじい轟音と衝撃が響き渡った。

巻き上げられた土煙の黒と、それに混じる赤い霧。

 

たった一撃、たった一撃だった。

地上を薙ぎ払った極光が生み出したのは凄まじい破壊の爪痕と、残っていた龍たちの三分の一を一瞬にして消し飛ばしたという信じられない光景だった。

 

『ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない──』

 

『どうしたアポプス!?一体何を見た!?』

 

嘘のような惨状を目の当たりにし絶句する邪龍たち。

各々がとてつもないヤツが現れたと歓喜し、また畏怖を隠しきれずにいる中、一人、いや一匹だけソレを見た者がいた。

原初なる晦冥龍、アポプスだ。

銀の三眼を以て黒竜を見たアポプスはその深淵の一端を垣間見、ただ恐怖し、発狂した。

 

あれは龍であって龍じゃない。もっと別の何かだと。そうたとえるなら──

 

『無限?夢幻?神龍?真龍?いや違う、そのどれでもない、我らとも違う別の何か、なにか、ナニカ────グレートレッド、近しいソレは──』

 

瞬間、再び黒竜の顎門に仄暗い光が灯る。

 

 

 

 

 

 

 

 

『───深淵の、その先にあるなにか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、邪龍達は垣間見た。深淵よりいでし闇の翼、碧天を覆いし暗翼の君を。

 

『我が名を刻め、数多の竜よ』

 

そして、大地は刻まれた。破壊の爪痕と、君臨せし魔竜の嘶きを。

 

『我はここに降誕した。己が我欲を満たさんがために』

 

そして、蒼天は慄いた。災厄の具現化、その片鱗が放たれたことを。

 

『そして愉しませよ、我が渇きを潤すがいい!』

 

その名は、世界に刻まれた。

 

 

 

 

『我はアクノロギア。魔竜 アクノロギアである!!!』

 

 

 

 

 

魔竜が舞い降りた。




魔竜さん盛大な自己紹介。

次回、天敵登場かも?


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あくのろだいありー3 副題:神は言っている、俺に死ねと

中二病(ATフィールド)、全ッ壊☆


・月-日

 

流石にやりすぎた。反省も後悔もしている。

つい先日の俺ことあくのろさんドラゴン大虐殺事件(犠牲者不明)の折に力を解放しすぎて地面を滅茶苦茶してしまった。

いやだって出会い頭にぶっぱなしてくるんだもん。初対面のドラゴン相手にさ。だからついカッとなってやった。目には目を歯には歯を、ブレスにはブレスを。ハンムラビはやっぱり正しかったんや。

ギル様といいバビロニアの王様賢王ばっかりだったのでは?いや知らんけど。某運命に出会うゲーの知識程度やけども。

えっ?お前のそれは過剰火力だろって?安心しろ、自覚はある。

 

しかしまぁ、あくのろさんロールプレイ(笑)にますます磨きがかかることはおいといて、現状にも目を向けるとしよう。

 

先に述べたあくのろさん暴走の巻の時に盛大に暴れまくったせいか、なんか変な世界に迷い込んだみたいなのよね。

あれかな世界の法則が乱れてあくのろさん裏世界進出みたいな?若しくは世界がヤバいやつ認定して排斥にかかったとか?ハハハ、笑えねぇよ······

 

まあ、いかにも異世界ってか異界みたいな感じではないのよね。

景色も普通に森があって山脈が並んでて、ごく普通の自然が息づいているし。

じゃあ何が違うのかって?

なんかこう、どう言葉にしていいか分からないんだけどもね?

空気が違うというかさ、真水と海水くらい違う感じのピリピリ感があるのよさ。

 

そんな違和感に晒されながらも、あくのろさんは引き続いて人のいる所を探すことにしましたとさ。いい加減休みたい。

 

 

 

 

☆月★日

 

マジックドラゴンあくのろさん!今日起こった三つの出来事!!

 

一つ、途中で見つけた泉の水を啜ろうとしたら視線を感じた。きさま!見ているなッ!

 

二つ、天から降りてきた見目麗しい乙女達と遭遇。ふつくしい······

 

三つ、やべー奴認定され光の槍を雨の如く投げられた。なんでさ。

 

 

あかん、マジで泣きそう。

ようやく人型の話通じそうなのと会えたのに、会えたのにっ···

この姿なら仕方ないけどさ!あくのろさんだからね、仕方ないネ!是非もないネ!って出来るけどさぁっ!!

そろそろメンタルがヤバいのよ!体の方はあくのろさんのチートスペックでどうとでもなるけど、心は貧弱一般人より格下のガラスハートなのよ!

どこかの弓兵さんよりも脆いんですよ!!

 

いい加減救いをくださいィィィ!!

 

 

 

追記、例の女の子達からは魔竜の咆哮(音撃バージョン)で混乱させている内にトンズラさせていただきました。可愛いは正義、可愛い女の子は至宝。これ、世界の理な。

 

 

 

 

 

 

 

(たす)(ひく)

 

お友達が出来ました(白目)

 

それもとんでもなくおっかない魔剣(ドラゴンキラーEL)ぶら下げたとびきりのヤベー奴に。

 

っべーよマジべーわ。どんだけっべーのかというと織田信長が女性化されすぎてほんとに信長女性だったんじゃね説が打ち建てられんくらいに。

是非も無いよネって言いながら三千世界(さんだんうち)ブッパしてくるよ。たぶんあくのろさんでも死にかねんわ。

 

んで、何があったかと言うとね。また人間と出会ったんですよ。

いきなり攻撃も仕掛けてこないし割と友好的な人なのよさ。口調固いけど。なんならあくのろさん補正が効いた俺も超偉そうな話し方だけども。

 

それだけなら良かったのにさぁ······その人が握ってる長剣から漂うそれが恐ろしいことこの上ないんだよ。

殺してやるっていう明確な殺意が剣の方からダダ漏れなんだもん。

魔法ですらないからあくのろさんにもどうにも出来へんがな。

 

何とかなりはしましたがね!生きた心地がせんかったとよ!!

 

やはり言葉は偉大である。言葉を尽くせば分かってくれるんやなって。

まああくのろさん翻訳でかなり勘違いされた気がしなくも無いけどな!

 

 

まあ、それはどうでもいいんだ。重要な事じゃない。

 

一番の問題がさ、その当人だったのよね。人格がとかじゃなくて。

 

ドラゴン抹殺剣っていったら大体思い浮かぶのはジークフリートのバルムンクかシグルドのグラムのどっちかかなって。

FAIRYTAILの世界にこっちの神話の英雄がいたのかなんて知らんけどもさ。

んでそのどっちかだろうって当たりを絞って推察してたんだけどさ、残念なことに一発で分かっちゃったよ。

 

節子、それジークフリートやない 、シグルドや。

 

え?なんでわかったのかって?

彼の身につけてるものが特徴的過ぎたんですよ。

 

ガネメが着いてた、ガネメが。

 

叡智の結晶こと眼鏡付けた、声が社長の竜殺し。

 

もうお分かりですよね?つまりそういう事です。

 

 

 

この世界、FはFでも妖精(Fairy)ではなく運命(Fate)の方だったみたいです。

 

 

 

えぇ·········(困惑&絶望)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、英雄は未知に出会った。

 

 

その英雄は紛れもなく、最強の戦士だった。

 

力、頭脳、すべての技能に於いて余人に勝る、無双の英雄として語られる兄弟の中でも、最も優れ、気高き戦士の王と讃えられた男。

 

最高の神馬スレイプニルの子、グラニを永遠の友として、地上の何処までも駆け抜けてみせる人間。

 

かのジークフリートと並ぶ、北欧最強の英雄。ジークフリートと同根の大本を持つとも、時には大本そのものだと言われる英雄。

 

大神の持つ神槍グングニルにより打ち砕かれた、大神の試練を克服したシグムンド王の魔剣グラムを新たに打ち直し、新生させた、驚異の剣士。

 

フンディング王に連なる軍勢を打ち倒し、父王シグムンドの仇討ちを成し遂げた歴戦の猛者。

 

そして、グニタヘイズの貪欲なる輝きの悪竜現象(ファヴニール)を単身で討ち果たし、竜の心臓を口にして、無敵の力と神の智慧を手にしたという勇士。

 

最強の竜殺し。その名を、シグルドという。

 

誰も並び立つことの叶わない無双の英雄。

北欧の神々や戦乙女(ワルキューレ)達が惚れ惚れする洗練された武技と気高き魂を持つ、当代最高の魔剣使い。

 

その内面は極めて堅く、感情が表情に現れることは殆ど無い。

まるで氷のように冷ややかな者だと、人によってはそう評すだろう。

 

 

 

そう評されるのも頷けるほどに、いまの彼の表情は冷たく、強ばったままだった。

 

彼が相対する存在が、自然と英雄をそうさせた。

 

「───名も知らぬ竜よ、貴殿に問いたい」

 

『···············』

 

見上げねば視界に収めきれぬほどの巨躯、空をも覆い尽くせる闇の翼、見るものに絶望を与える紫の刻印。

そして、視線が交差して初めて知覚する、深淵の底のような黒き■。

 

それが竜であることは誰でも理解できる。

 

否、アレは竜では無い。

貪欲なる悪竜を斬り伏せた彼だからこそ、気づけた。

竜であって、竜ではない。

もっと違う別の何か。

 

恐ろしい力を有している。

 

凄まじい圧が雪崩込む。

 

だが、悪意が感じられない。

 

「貴殿は悪を是とする邪龍か?それとも──」

 

人に仇なすものでは無い。

 

戦士の王にはそう見えた。

この巨大なる幻想の奥底には何が沈んでいるかなど想像もつかないが、まるで、そうまるで──

 

 

 

──救いを求める幼子のように

 

 

『───ククク、我が何者か。とはな』

 

程なくして、深淵の如き巨竜から回答が返される。

 

『我は竜だ。求め、欲し、奪い、喰らう。黄金が如き強欲が意思を持ち、あるがままに碧天(そら)を翔け地に君臨する、魂宿りし天災。それが竜だ』

 

大いなる翼を広げて、絶対者は英雄へと告げる。

 

『我が何者か、そう問われたならば、我はこう返そう。竜殺し』

 

意思持った厄災、呪いと称される悪意。それが竜。

 

しかしこの時から、そう認識していた英雄は確かに変わり始めた。

この、悪龍でも邪龍でも無い、魔なる竜を友として迎え入れたその時から。

 

『我は絶対の個。同族(ドラゴン)を喰らい殺し、天上に座す傍観者(神々)にすら牙を向ける、竜の中の竜。我欲の究極、魔を統べる翼』

 

それは後に、あらゆる神話において突如として現れた謎の存在として語られる、黒き竜。

 

『我は竜、魔をすべし竜。名をアクノロギア──

 

 

 

 

魔竜、アクノロギアである!!!』

 

 

 

 

そして後に、その黒竜に初めて出会い、その名を初めて魂に刻んだ人間として語られる英雄シグルドとの、最初の邂逅であった。




あくのろさん、ようやく勘違いに気付く。(なお、新たに勘違いし連鎖が続く模用)


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あくのろだいありー4 副題:元祖ドラゴンスレイヤーは割とおちゃめ

あくのろさんのにっきはためになるなぁ(白目)

お気に入り300凸!ありがとナス!

これからもみとけよみとけよ〜


×月÷日

 

今日もいい天気(ペンキ)

 

そして俺の心も久々の晴天模様だ。

だってベッドで寝れるんだよ!?今まで原っぱの上で丸まって野宿するしか無かったんだよ!?めちゃくちゃ寒かったよ!体じゃなくて心が!最初の数日は新鮮だなって思ってたけど段々と心細くなってくんだよ!

 

泊めてくれたシグルドには感謝の念しかない。本人も仮の宿だから気にするなと言うけど俺の分まで代金払ってくれているんだから気にしないなんてできない。敬い崇めようか。シグルド教を作ろう(お目目ぐるぐる)

ドラゴンの俺にここまで優しくしてくれるとか、ジークフリートといい北欧の竜殺しは聖人か?施しの英雄なのか?割と有り得そうだから困る。

 

ほんと、彼に出会えて良かったよ······俺の事を友と言ってくれるしご飯くれるし、なにからなにまで世話になって。

泣きそうだよ俺······あくのろさんの表情筋滅多に動かないけど。むしろ涙流す機能があるのかすら疑問だけども。

 

貰ってばっかじゃ悪いから何かしらの恩返しでも出来ないだろうか。

 

 

 

=月/日

 

裏世界(?)生活滞在5日目。

どうやらシグルドはまた旅に戻るらしい。

行先はどこかと尋ねるとフランケンという地を目指すとのことだ。うーんわからん。

あれかな?シュタイン博士の住む場所的な?今の時代居ねえっての。

フランちゃんならウェルカムだけど頭にネジの刺さった狂った博士はお帰りください。

解剖されて全部解き明かされそう。あくのろさんの中身は興味あるけどもノーセンキューだ俺が死ぬ。

俺龍之介みたいに自分のはらわた取り出して、綺麗じゃん······なんてしたくないから。

つかあの博士ならほんとにあくのろさんでも解剖しそうだから怖いんだよなぁ。

 

それはそれとして、俺はどうするのかと聞かれたので取り敢えずは俺も着いていく旨を示した。他にやることもないしね。

どの道シグルドには恩義があるし、このあくのろさんのチート級のパゥワァーでおたすけするゾ!

 

 

 

 

あ、そうだ。シグルドさんや、昨日やった眼鏡キラーンもっかいやって?(ゲス顔)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、大神は未知(見通せぬもの)を知った。

 

 

 

 

 

 

それは突如として現れた。何も無い虚空から産み落とされたかのように。

 

かの大神が最初にその存在を知覚したのは、アクノロギアがこの北欧の神話(テクスチャ)に侵入を果たしたその瞬間だった。

異質な魔力の波動を感じ取ったことで、大神はそれを奇妙に思いながらも傍観に徹していた。

 

不安要素ではあるが、それ以上に目を離せない存在がいる現状では、下手に手を出して事態を悪化させることは避けたかった。

特段暴れ回っている訳でもないのなら、今は不干渉でいる方が都合が良かった。

 

そんな余裕綽々の大神が掌を返したのは、その次の日のことだ。

 

ミーミルの泉。かつて大神オーディンがあらゆる智恵を手にするために、片方の目を抉りとり対価として捧げる事でその泉の水を飲んだという。まさに聖地と呼ぶに相応しい場所だ。

その目は今も尚泉の底で昏い水中を揺蕩っているという。

 

そして、その隻眼の魔神がかつて眼を納めた泉に、昨日の異質で異常な魔力を持った竜が近づいていたのだ。

 

流石に危機感を抱いたオーディンはその竜の姿を直接盗み見ることにした。

大神は魔術を用いて泉の底に眠るもう一つの眼を、一時的に自分の視野と繋げたのだ。後に遠見の魔術の雛形が、この時期せずして産まれたのは、また別の話としておく。

 

大神が喪った片眼で昏き湖底から見たのは、未知だった。

 

何もわからない。何も見えない。何も理解できない。

 

ありえない。有り得るはずがない。

 

あれはなんだ?見えているのに見えない。理解できるのに理解できない。分かるはずなのにわからない。

ありとあらゆる叡智を手にした主神であっても見通せぬ謎の存在。

それを見て、オーディンは息を呑んだ。

凄まじい暴虐の集合体。魔力が竜という形をもって顕現した、嵐のような天災。

理解の及ばないナニカ。されどもそれが、恐ろしく危険なものであるというのは間違いない。

 

オーディンは慄いた。もしあれが暴れ回れば、この神話(テクスチャ)が破綻すると。

 

その時だった。

 

「────」

 

目が、合った。

昏き深淵の底のような、不可解なまでに恐ろしい眼と。視線が交差してしまった。

 

「ぁ──」

 

竜が嗤った。

 

 

 

 

『 キ サ マ ミ テ イ ル ナ 』

 

 

 

 

 

「!?」

 

それを理解した瞬間、オーディンは大神の玉座から転がり落ちた。

恐ろしいバケモノがこちらを見ていた。

観られた、覗き返された。深淵がこちらを見ていた。

 

神らしくもなく、竜の行いを草葉の陰から盗み見た主神の姿を嘲笑うかのように。

 

そして、恐慌状態に陥った主神は安定せぬ精神のまま戦乙女達にそれを命じた。

 

魔竜の完全排除を、叡智持つ大神であれば絶対に下さぬだろう愚命を。

 

 

結果は、火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、大神オーディン。命令の遂行を果たせずに、こんな醜態を······」

 

再び、時は現在に戻って大神の玉座へ。

くたびれたように玉座の背もたれへ体を預ける主神へ傅く、金の髪持つ美しき少女。神聖さを醸し出す純白の装いを身に着け、側頭部からは髪飾りのようにも見える金の髪と同色の羽が伸びている。

彼女は戦乙女(ワルキューレ)。大神により鋳造された原初の自動人形にして、強き勇士の魂をヴァルハラへと導く天の御使い。

神の意志を遂行する彼女達を統率する個体の一つ、戦乙女(ワルキューレ)スルーズが辛酸を舐めさせられたように表情を険しく歪めていた。

 

「良い、赦す。寧ろ済まぬなスルーズよ。冷静でいた儂ならばあのような愚命を下さなんだ。責は儂にある」

 

「しかし!」

 

「赦すと言った。二度も言わせるなスルーズよ。これは儂の落ち度である」

 

有無を言わせぬ大神の圧を僅かに言葉へと滲ませ、スルーズの言葉を打ち切った。

気持ちは分かる。だが、そうして自己を罰したとしてもなんにもならないのだ。反省は、省みる心は美徳であるが、行き過ぎれば悪癖となる。

彼女達を作り上げた身としてはそれだけはして欲しくないという、本人も気付かぬうちの親心からくる叱責だった。

 

「スルーズよ、他の戦乙女(ワルキューレ)達はどうしている?損害は如何程だ?」

 

「はっ、戦乙女(ワルキューレ)全個体、損傷は軽微。撃墜された個体はありません。しかし損傷の修復に時間がかかるとのことで」

 

「あれを相手にして全機が生還か。大したものだ」

 

「いえ、それが──」

 

オーディンはその戦果に感心していた。

あの命令を下した後、オーディンは冷静になりゆく頭を抱えて自らの愚行を嘆いた。

あれと戦えば無事では済まない。大神が直々に鋳造した擬似神霊であろうとも、あの破壊の具現化とでも言うべき竜へ刃を向けようものなら、相応の報復で以て返されるだろう。

下手をしなくとも、全戦乙女の損失すら覚悟しなければならなかった。

そんな絶望を前にして彼女たちは、大神の予想を大きく裏切ってくれた。

 

スルーズ達の帰還報告を受けた時は大きく胸を撫で下ろした程だ。

 

そんなオーディンとは対照的に、顔色の優れないスールズは言い淀んだ。

 

「大神オーディン、我々は、勝ちも負けもしませんでした。そもそも、あれは戦いとしてすら成立していません。あの竜からは、我々は敵としてすら認識されていない······」

 

「なんだと?」

 

「我々、全戦乙女(ワルキューレ)個体による偽・大神宣言(グングニル)の一斉投射を持ってしても傷一つ負わせられず、かの竜は我々に対して咆哮の際に生じた衝撃のみで僅かとはいえ損傷を与えた。

我々が混乱している内に竜は逃走──」

 

報告するスルーズの声は機械染みた淡白なものから、だんだんと熱を帯びたように震えた声色に変化していく。

 

「我々を、相手取る必要も、いえ、殺す価値もないと、あの竜は·········!」

 

北欧では戦死こそが最大の名誉にして勇姿の証。

よって、神々や戦乙女達はそれを何よりも重視する。

戦うこと。戦って死ぬこと。そんな魂たちをヴァルハラへと連れていく彼女達にとっても、戦うことはなによりも名誉なものだ。

 

だからこそ、見逃されたことがなによりも苦痛であり、悔しかった。

戦いになっていない。敵としてすら認識されない。即ち、殺す価値も無い。

それは最大の侮辱であり、同時に、自分たちの至らなさを示すことでもあった。

 

「スルーズよ、嘆くな。悲観するな」

 

そして、だからこそ大神は、墜ちて行く彼女達を見過ごしはしない。

 

「確かに届かなかった。儂では、我々では、お前達では、此度は手を届かすこと能わず、辛酸を舐めさせられた」

 

「だが嘆くな。嘆いている暇はない。己が至らなさを嘆く暇あれば、その槍を研ぎ澄まし、武を磨け。その槍はなんの為にある?その槍をなんの為に与えたと思う?」

 

「それはお前達が、儂が認めた勇姿であり、戦士であるが故の証明である。ヴァルハラへと勇士の魂導く美しき戦乙女。そして、時に荒々しくも益荒男等と刃を合わせ、真に我々の意を示す麗しの戦士」

 

「嘆くなスルーズよ。お前には次がある。先がある。いつか来る再戦の時に備え、再びその技を鍛え上げるのだ」

 

「オーディン様······!」

 

大神は期待している。決して、失望などしていない。

 

まだ、次があるのだと。

 

「ヒルド、オルトリンデ」

 

「はいっ!」

 

「ここに」

 

玉座の間の前でこちらの様子を伺っていた統率個体の二機。

ヒルド、オルトリンデ。麗しき姉妹達がここに揃った。

 

「かの竜に関しては今は(・・)静観を徹底せよ。情報が足りぬ今は仕掛けることを一切禁ずる。その間、戦乙女としての任を全うしつつ、己が武を磨き、鍛え上げよ。スルーズ、ヒルド、オルトリンデ、全個体へと厳命せよ。これは大神命令である!」

 

いつか来る、最終決戦(ラグナロク)を待ち望んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁシグルドよ、一度でいい。先に言った通りに叫んでみてはくれぬか」

 

「·········了承。しかしこれになんの意味がある?」

 

「細かいことはいい。まずは言ってみよ」

 

「了解した·········

 

 

 

 

 

粉砕ッ!玉砕ッ!!大喝采ッ!!!」

 

「···············」

 

「···············魔竜よ、再度問うがこれにどんな意味がある?」

 

「言わせておいてすまぬが、我にもわからん」

 

 

 

 

 

 




あくのろさん、知らぬ前に追っかけが出来た様子


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あくのろだいありー5 副題:目に入れても痛くないってこういう事?

シグブリュ尊い······


 

 

*月※日

 

シグルドさん速いです!あくのろさんじゃなかったら絶対に追いつけなかったよ!

あの馬早すぎるわ!なにあれ?ソニック?ハリネズミじゃねぇソニックなんてソニックじゃないよ!

我が友って言ってるけどなにあの馬、人語解せるの?天才すぎひん?

そして速い!クーガー兄貴も認めるくらい速いわ!速さ足りてるがな!

 

そして人間態とはいえそれに追いつける程の()力叩き出せてるあくのろさんボディまじチート。なんかそのうち操作出来ずに事故りそうで怖い。

 

身体はいいとして俺の精神が持つかなぁ、不安になってきた。

 

ちなみに例の馬、グラニって名前の子に触らせてもらおうと近づいたけど一瞬で距離とられたで候う。あくのろさんだからね!仕方ないネ!(泣)

 

 

 

 

 

 

Λ月μ日

 

人間態のまま走るのにもだいぶ馴れた。

忍者になれるのも時間の問題かなこれは?別に目指してないけど。

そろそろ十傑集走りにも手を出してみようかなと思う今日この頃であった。

ダカダカしながらユクゾー!

 

そんなこんなで本題、シグルドに連れられるまま大地を駆けているとなんか燃えてる館が目に映った。

アイエエエ!?燃えてる!?館燃えてるナンデ!?

幻覚でもなんでもない、たしかにこのあくのろさんアイは燃えてる館を視認してるであります!!

内心あわわわわわ状態の俺を余所にシグルドは淡々と説明してくれました。

 

なんでもあの館の中には眠らされた戦乙女(ワルキューレ)の長姉、ブリュンヒルデが眠っていて、シグルドが受けた予言によれば彼女を愛してしまえば破滅の運命が待ち受けてるという。

 

そこまで聞いてから俺もようやく思い出した。

 

あっ、こっから先ブリュンヒルデとシグルドの初邂逅イベントじゃん。

Fateお決まりの悲劇モード入るぞこれ。

 

間違いなく鬱展開になること間違いないよ。誰か鬱フラグブレイカー呼んできてー!!

 

そんな葛藤というかちょっと考えてる隙にシグルドさんは単身強行突破。

館に貼られてる防御結界のようなものをグラムさんで豆腐のように斬り捨てて行きやがりました。

そんで数分後。クソ長ぇ槍を携えた美人、ブリュンヒルデを連れて凱旋。

流石シグルド!俺達にできない事を平然とやってのける!そこにシビれる、あこがれるぅ〜!

 

·········やっぱ俺いらなくね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ν月Ξ日

 

二人と一匹と+α(俺)の共同生活が始まった······!旅は?

 

なんだろうねこの二人。惹かれ合うの早すぐるよ。そのままベッドでゴールインまで秒読み開始ですかね?余計な(下)世話でしたねすいません。

 

しかしなんだろ、このなんて言えばいいんだろうね。

あの二人のやり取り見てるとね、自然とニヤニヤしちゃうのよね。

 

くっさいセリフを真顔で言い切るシグルドと赤面しちゃう初心なブリュンヒルデ。こう付かず離れず?ちがうかな?おっかなびっくりに手を出そうとして空中で泳いでる猫みたいな、そんな感じ。

 

やだ、見てて超愉しい······!これが愉悦か······!

 

それを傍から眺めてる俺とグラニ。

なんかグラニがご主人様とられて不服そうな顔してるけど、まあいいかって悟ったような顔してるよ。

グラニよ、分かる。分かるぞ。俺もそうだ。

共に見守っていこうではないか。

 

なんかグラニとの絆がちょっとだけ上がった気がした。(願望)

 

尚、まだ触らせてはもらえぬ模様。解せぬ······

 

 

 

 

 

 

 

Ο月π日

 

 

 

なんかブリュンヒルデがシグルドにルーン魔術を教えるらしい。

 

いいねー夫婦の共同作業。えっ?まだだって?いやもう実質夫婦だろ。

見てるこっちが胸焼けしそうなくらいイチャついてるのに何言ってんだ。

でも不思議、別に怒りは感じないのよね。

自分はリア充爆発しろ!な側だと思ってたのに、あの二人が睦みあってる様子見るだけでご飯何杯でもいけそう。いいぞもっとやれ。

 

それにしてもルーン魔術ねぇ、文字書いて行使するってのがなんかレビィちゃんやフリードみたいな立体文字や術式魔法に通ずる何かがあるな。

あっちよりも難解そうだけど。

 

あれこれあってシグルドは見事ルーン魔術を取得。流石。

 

ついでに俺もどうかって言われたけど、俺は魔術の論理を理解はできないと思うから無理だと思う。

 

ただあくのろさんの滅竜魔法、即ち魔を食らう滅竜魔法ならもしかしてと思ってね。

 

うん、文字通り喰らわせて頂きました。

 

実際に食べてみるとあれだね、味はしないはずなんだけどなんか感覚的に好き嫌い美味い不味いのあれこれが分かる気がする。

これは今後重用するな。

 

んでもって喰らわさせてもらったブリュンヒルデのルーン魔術の通りに虚空でルーン文字っぽいものを指先で描いてみる。

そしたら同じようなのが出来た。もちろんブリュンヒルデのようにはいかなかったけど。

 

最近シグルドの存在で薄れてた気もするけど、本来のあくのろさんのスペックなら造作もないよね。これもあくのろさんボディのちょっとした応用だ······

 

あとなんかブリュンヒルデがすっげー驚いてたように見えたけどなんやったんやろ。できるとは思わなかったとか?安心しろ、俺もだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦乙女の長姉、ブリュンヒルデはかの竜を恐ろしくも優しい竜だと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつては半神であり、古き女神だった者。

最も初めに造られたが故に、神々に最も近い形で造り上げられた、至高の戦乙女。その身に秘められた神核は、他の戦乙女(ワルキューレ)たちと比べると遥かに女神に近しい。

元々は模範的な戦乙女だったが、大神に忠実な僕として死した戦士たちをヴァルハラへと導いてきた彼女は、ある時オーディンの意図とは異なる相手を勝たせてしまった事で大神の怒りに触れ、神性の多くを奪われ炎の館に封じられることとなり、館の内で眠り続ける呪いに就くこととなった。

 

そうして、彼女はいつまでも館の内で眠り続ける運命だった。

 

その呪いから、彼女を救い出すものが現れなければ。

 

その者の名をシグルド。悪竜現象(ファーヴニル)を単騎で相手取りこれを打ち取った、北欧広しと言えども類を見ない稀代の英雄。

 

最強と呼ぶに相応しい無双の英雄が、この炎の館へと足を踏み入れたのだ。

全ては彼女を助けるために。

 

もちろん、彼女は困惑した。どうしてと、自分を助けてなんになると。

 

竜殺しは言う。

グリーピル王の予言によれば、ヒンダルフィヨルの山頂の炎の館にて、戦乙女ブリュンヒルデを救い、そして愛すれば破滅する。

しかし、シグルドは運命に逆らうつもりでいた。 

己が炎の館を訪れたのは、囚われた戦乙女を救うため。それだけだと。 

 

そして、その後に続いた言葉に、ブリュンヒルデは耳を疑った。

 

「当方は賢者の予言に逆らうつもりでいた。是なる永劫の炎に捲かれた館より乙女を救いはしても、愛する等とは有り得ぬと信じていた。だが───」

 

愛すれば破滅する。もう一つの運命の辿る結末を知って尚、彼は──

 

「一目惚れと言うのだろうな」

 

 

 

 

 

竜殺しの英雄と戦乙女。

 

二人の運命は、ここに交わった。

 

 

 

 

 

 

 

眠りの呪いから解放され自分を愛すると言ったシグルドに連れられて久々に館の外へと出ると、二つの影が二人を出迎えた。

 

片方は、灰色の毛並みを持つ美しき神馬。

その立ち姿は、何処かスレイプニルを思わせる程に凛々しく、神々しい。

 

そしてもう片方。

それは人の形をしていたが、ブリュンヒルデはそれが人ではないものだと直感で悟る。

乱雑に伸ばされた灰色ともくすんだ銀ともとれる長髪、そして褐色の肌と怪しく浮かぶ紫の紋様。

こちらを見据える鋭い双眸からは、まるで品定めをするかのような興味の視線を注がれる。

 

そして、その身から滲み出る隠しきれぬ闘気と、神性に近しい理解の及ばぬ魔力の波動。

 

「っ、貴方は──」

 

勝てない。

かつて半神とも言われたブリュンヒルデでも、眼前の人の姿をとった嵐を沈めることは不可能に近いだろう。

神格が落ちた今では尚更、隣に立つシグルドでさえ討つことは難しい。

もしかすると、自分達戦乙女を鋳造したかの大神でさえも、この者を卸すことは出来ない。

 

こんなものがこの北欧に存在していたのか。

理解不能の権化、強大な力を持ち大神より授かった原初のルーンを扱える、神霊以外では勝てぬものの無い自分が初めて畏怖すら覚えた。

 

「呑まれるな、ブリュンヒルデ」

 

気づけば、自らの肩に手を添えて労わるように、そして守るように身を寄せて、強大な魔力の波動に呑まれかけた意識をシグルドが引き上げてくれた。

 

心配はないと笑いかけて、恐怖に染まった少女の心をゆっくりと暖め解してくれる。

 

段々と、動悸のような浅く短い呼吸の連続もゆったりとしたものに戻り始め、表情にも安堵の色が浮かび始めた。

 

「紹介しよう。彼等は我が友、我が盟友。神馬スレイプニルを父に持つグラニ、そして──」

 

続く言葉は、当人から紡がれた。

 

「──我はロギア。シグルドの旅に賛同し己が愉悦を満たす、人の(すがた)を象った幻想の徒である」

 

謎の幻想種、ロギア。

 

この時の彼は、ただただ恐ろしい怪物に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シグルド達が訪れて、早くも数日が経った。

 

とはいえ、その数日がブリュンヒルデにとっては困惑の連続で、そして未知の体験ばかりであった。

 

ワルキューレ達は元来、「勇士の魂を集めるシステム」として生み出された存在である。そのため、機械的で無機質な言動、思考が挙動の節々から見て取れる。

これはワルキューレという存在がの直接の原典での扱いである「死神」としての一面が強調された結果が色濃く表面化しているせいだと思われる。 

 

一見すると、外見も口調も性格も一人ずつ違うため、個性があるように思えるが、それは定義によるもので、根本原理は同一である。

 

それはもちろんブリュンヒルデにも同じことが言える。

だからこそ、根本的に人間とは感性や思考の仕方が違うために、ブリュンヒルデにとって人間の生活と営みはとても新鮮なものに感じられた。

 

実際、彼女にも変化が現れ始めていた。

 

囚われたブリュンヒルデに再び自由を与え、愛を語り、恋を教えた。

竜殺しの英雄、シグルド。

 

共に草原を駆け抜けて、喜びを分かちあった。

シグルドの盟友にして愛馬、グラニ。

 

そして──抱いたことのない恐怖を呼び覚まし、驚愕を想起させてくれた。

人へと変じた幻想種、ロギア。

 

彼等との出会いは確かに、ブリュンヒルデを人へと近付けていた。

 

「シグルド、あぁシグルド。私、変なんです」

 

ワルキューレとしてのブリュンヒルデに生じた、これまでにない異常。

それは彼女の価値観が人へと近づきつつある証左であった。

抱くようになった感覚はとても暖かくて、優しいもの。

 

「胸の奥がじんわりと暖かくて、心地がいいんです。でも、少し怖い。良くないものではないのに、それが何か分からなくて、不安に思ってしまう」

 

だが、それが何かは分からない。

造られたものであるがゆえ、そう機能が制定されていたが故に、彼女は人の感じるそれを理解出来ないでいた。

 

「恐れることはない」

 

その恐怖を、シグルドが拭い去る。

 

「暖かく感じること。心地よいと思うもの。それは喜びであり、人が好いと感じた際に発露する、最も優しき感情だ」

 

知を知らぬ無垢な幼子へと教えを授けるように、戦乙女の恋人は愛しきものへと語りかける。氷のようだと揶揄された表情はふんわりとした雪のように柔らかく、言葉という形を与えられた音はまるで春風のようで。

 

「時に人は、それを幸福と呼称する」

 

人へ成り(せいちょうし)つつある乙女へと、その叡智(かんじょう)を与えた。

 

「ブリュンヒルデ。わが愛よ、我が運命の君よ。当方はお前に全霊をもって愛を捧げ、お前と共に添い遂げると誓おう。例え運命が、我等を引き裂きにかかるとしても。当方はこの熱を忘れはしない」

 

「はい······!私もです、シグルドっ······!」

 

今日も今日とて、ヒンダルフィヤル山に風が吹く。

それは人のゆく道を遮る悪意あるものではなく、暖かに祝福するかのように、二人の背中を押すかのように、とても優しい風だった。

 

「フン、仲睦まじい事だ。竜殺し、そして戦乙女よ」

 

寄り添う二人が振り返れば、そこには同居人である謎の多い人物。

身体中に走る紫の紋様が妖しく光る褐色の男、ロギアだった。

 

シグルドと共にこの地へと訪れた、とてつもない力を秘めた者。

聞けばシグルドとは近しい存在にして、似て非なるものだと言っていた。

それが意味するものがなんなのかは理解が及ばなかったが、シグルドに近しいものというのは、彼に驚愕させられることで身をもって知った。

 

彼、シグルドにルーン魔術を教えていたときだ。

シグルドがロギアへお前もどうだと誘い、それにロギアがのったことで始まった臨時講座の際に、ロギアはルーン魔術を自分に向けて撃つように指示した。そんな事をすればタダでは済まないと忠告しても、ロギアは構わずにやれと意見を曲げない。

 

仕方なくブリュンヒルデはなるべく威力を抑えた魔術を放とうとして、火のルーンを示すルーン文字を虚空に描いた。

瞬間、何も無い無の空間から突如として赤く揺らめく焔が起こり、炎の魔弾は一直線にロギアへ向かって撃ち出された。

 

威力を抑えたとはいえ、ブリュンヒルデが行使したのは大神より授かった原初のルーンによるルーン魔術。

その魔弾が帯びる熱量は生半可なものではない。

目にすれば、きっと直前の瞬間に避けようとするだろう。

そう思っていた。

しかしロギアは動かない。

向かってくる魔弾の前で腕を組んだまま仁王立ちを続けていた。

 

眼前から押し寄せる死に近づく炎を見続けて、次の瞬間。

ロギアは大きく口を開け、迫り来る炎を飲み込んだ。

そう、飲み込んだのだ。

吸われて行った炎は跡形もなく消え去り、ロギアは食事をして汚れた口元を拭うかのように腕を動かす。

これだけでも十分に驚きだが、さらなる驚きは直ぐに訪れた。

 

先程ブリュンヒルデが虚空に刻んだものと同じルーン文字を描いて、全く(・・)同じ炎を発現させてみせた。

これには流石のブリュンヒルデも、そして傍観していたシグルドも空いた口が塞がらない。魔術を喰らい、そして自分のモノにして見せた。

否、彼の場合は取り込んだと表現した方が正しいのかもしれない。

 

問題なのは、彼が行使したモノはルーン魔術ではあるが、厳密には大神オーディンが見出した原初のルーンであるということだ。

ただ喰らっただけで、それを自分のモノとして納めてしまった。

それを言えばシグルドも同じようなものだが、なにせこれに関しては度合いが違う。

どうやったのかと聞いても、これが我の魔法であるとはぐらかされるのみだ。

 

そんな驚愕を次々と与えてくれた男が、心底可笑しそうに笑っていた。

 

「呑気なことだな。予言によれば貴様らは互いに愛そうとした瞬間に破滅する運命に見舞われるという。茨の道だと分かっていながら全力で駆け抜けようとする貴様等はいやはやどうして」

 

「友よ、お前はおかしな事だと嗤うのか?」

 

クヒッと笑って、シグルドの問いに答えを返す。

 

「あぁ、実におかしいとも。そうなる未来が確定し、他の者が止めているというのに、それでも貴様は足を止めはせん。見ていて最高に愉しいとも。お前達の、足掻いて藻掻いて、尚も逆らおうとする姿は······」

 

棘のある言葉だが、その声音には堅さは一切無く、まるで眩しいものを見るかのような表情(かお)だった。

 

共に話し、過ごしてみて、ほんの少しだけ彼の事がわかった気がする。

 

彼は恐ろしくもあるけれど、同時にとても優しき者である。

神のような威圧が放たれることもあれば、静かなる木のようにそこに悠然と佇み眠る。

 

そして時折、寄り添い合う二人を見ては、先に述べたように眩しいものを見るかのような表情をむける。

その眼差しには、慈愛が満ちていた。

 

「善い、実に善い······」

 

 

 

 

 

戦乙女の長姉、ブリュンヒルデはその者を恐ろしくも優しい人だと感じた。




あくのろさん、ルーン魔術習得の巻。

そして、運命が廻り始めた······


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あくのろだいありー6 副題:やっぱあくのろさんはチート

倍プッシュだ······!!


♩月♪日

 

ようやくシグルドの旅が再開した。

 

シグルドが再び旅に戻るのを切っ掛けとして、ブリュンヒルデとは一旦別れた。

 

俺としてはいや一緒にいろよとも思うが、シグルドは自分の旅を完遂させてから再び迎えに来ると言っていた。

破滅の運命が待ち受けてんなら一緒に居た方が色々とやりやすいと思うんだけど。

 

まあ当人達が決めてしまったのならまぁいいかな。

もしヤバそうになってもあくのろさんなら大抵なんとかなるやろ。

 

さてと、そろそろ密かに練習していた十傑集走りをお披露目するとしよう······

 

 

 

 

ごめん、やっぱ無理だった。

 

 

 

 

 

 

 

$月¥日

 

 

 

 

 

 

またブリュンヒルデにあった。再会するのはやスギィ!

 

何があったかというと、シグルドは旅の途中にブリュンヒルドの養父、ヘイムのもとへとたどり着き、そこでアルスヴィズという少年にであった。

シグルドとアルスヴィズはすぐさま意気投合、二人は友となった。マジか。

 

旅に必要となる食料とかを補充するついでにしばらく滞在することになり、シグルドはアルスヴィズの遊び相手として共に鷹狩りに励んでいた。

俺はそれを傍から見てるだけだけどね?やることないし。

 

そんで三日目くらいかな?鷹がクソ高ぇ塔に迷い込んだみたいだからシグルドが探しに行ったわけなんだけど、次の瞬間俺もグラニも真っ青な速度で走りはじめた。アクセルシンクロォォォォォ!!って叫んでも違和感無いね。

出てる作品の時系列が違うけど。

「ブリュンヒルデ!そこに居るのかブリュンヒルデ!」って叫びながら爆走していく姿は中々にシュール。腹筋に悪いわ!

 

そんな馬鹿なって思いつつ俺も塔の方に意識向けたら。

 

ホントに居たよあの子。

 

暫くしたら暴走特急シグルドが戻ってきて、謝罪と共に塔の中でのことをいろいろ教えてくれた。

 

彼女はシグルドとほぼ同時に、養父が住むこの城へやって来ていたのだという。運命力凄まじすぎる。

 

再会した二人だったが、彼女は自分の持つ予言の力でシグルドとはいっしょになれないこと、そして将来シグルドはギューキの娘グートルーネを妻にすることが定められていると口にした。

だがシグルドは、自分はブリュンヒルデを選ぶのだと言い張り、ブリュンヒルデも同じように語った。

シグルドは自分の持つ黄金の中から、宝物をひとつ、アンドヴァリから奪われた黄金の腕輪を彼女に渡し、それを再会の誓いとするとして再び別れたらしい。

 

まず言えること。結婚指輪ならぬ結婚腕輪ですねわかります。

 

そしてもう一つ、俺の友人ブリュンヒルデキチ過ぎる······!

 

元々の原作(神話と型月)を知ってるこちらからすれば予想出来てたけども、いざ実際に目の当たりにするともうなんて言ったらいいか分からんわ。

見ろや横に居るお前の新しい友アルス君を、めっちゃ頬引き攣っとるがな。

 

俺が言えたことじゃないけどシグルドはもうちょっと自重を覚えて欲しい。

普段は英雄然としてるのにブリュンヒルデが絡むと途端に誰も止められなくなる。

 

お前も大変だな、グラニよ······

 

 

 

 

追記、グラニがちょっとだけ触らせてくれました。

我が世の春が来たァァァァァァ!!

 

 

 

 

 

 

∀月X日

 

 

 

 

 

あくのろさん、雷神と決闘す。

 

 

 

 

 

 

どうしてこうなった······!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、これは······」

 

何よりも早く地を駆けし神馬、グラニに跨るシグルドは横でそう呟いた盟友の声に耳を傾けた。

 

「友よ、どうした?」

 

「·········」

 

別の神話(テクスチャ)でその名を馳せる最速の英雄も肝を抜かれる速度で走る、魔竜アクノロギアことロギア。

彼は遠くの何かを見抜くように目を細めて、神速で繰り返した足の回転を止め、急停止する。

 

「シグルド、先に行っていろ」

 

「ロギアよ、いったい何を·········!?」

 

「分かるな?シグルド、我が盟友よ。理解出来たならば行け」

 

「だが何故······かの神がここに······!」

 

「どうやら、我に用があるらしい」

 

ロギアの見据える方向の空には、黒き雷雲が集い、眩き火花を散らしていた。

 

「シグルド、先にいけ。なに、すぐに追いつくとも」

 

「·········我が盟友よ、武運を祈る」

 

「フン、誰にものを言っている」

 

その言葉を聞き届けて、シグルドとグラニ振り返らずに駆けた。

人ならざる友を残して、次の場所へと。

 

「さて、どうしたものか」

 

ロギアは空を見上げ、困ったように呟いた。

轟音鳴り響く碧天(そら)の彼方に居る、剛き者を睨みつけて。

 

「貴様が、父の懸念する不穏なりし者か」

 

刹那、ロギアの視界が眩い光で埋め尽くされた。

 

 

耳を劈く轟音。

 

大地砕く衝撃。

 

心塗り潰す(恐怖)

 

そして、身を焦がす程の熱。

 

天上より降りた雷光の槍がロギアの眼前へと突きたち、視界灼く雷光の中から現れたのは、恐ろしき巨漢。

 

「貴様がそうか、不解なる竜よ」

 

主神の右腕にして、主神が認めし軍神。

 

武と雷を司り、最も重き鎚を振るう者。

 

「よもや、これ程の力が我が眼前に現れるとは」

 

雷神トール。北欧において最も強き神が、地上へ降誕した。

 

「竜よ、これより行うは俺の勝手による、貴様への挑戦である」

 

「ほう?挑戦、であるか」

 

「父は貴様に対し、今は静観を徹底せよと仰った。貴様が暴れれば全てが破綻するとな。だが、俺は自分を抑えられそうにない」

 

北欧の軍神が魔竜へと叩きつけたのは、挑戦。

 

上なるものが下なるものへ下す蹂躙ではなく。

 

平等なる者が雌雄を決する為の決闘でもなく。

 

下なるものが上なるものへと力を示す、挑戦であった。

 

「俺は武神だ。父にそう定められた最も強き者。そんな俺が、この神話において武を示す象徴たる俺が、父が恐れた力持つ竜へと挑まずになんとする」

 

「それ故の挑戦、であるか」

 

「そうだ。貴様は俺よりも強い。強すぎる。だが我が力を示さずに背を向けるは、最も恥ずべき行いなり。故に──」

 

故に、雷神は未知へと挑戦する。

 

「我が申し出を受け入れよ。そして、我が力を見るがいい」

 

「·········ククク、()いぞ。実に()い。力持ちし者との闘争、実に、実に───」

 

 

 

 

 

「美味そうな闘争(ごちそう)だ······!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、アースガルズに激震が走った。

 

それは文字通りの意味で、大気震わす神威が北欧中を駆け巡り、多くのものに世界の破滅を匂わせた。

 

神と神がごとき魔竜の、神威と竜気のぶつかり合い。

 

人々は、神々は慄いた。

 

主神にして大神は、雷神の行いを呆れながらも見守っていた。

 

豊穣の女神は、大地への影響を危惧し心を痛めた。

 

勝利の神は、思わずその光景に剣の柄を強く握りしめた。

 

光の神は、その眩くも人を惹きつける戦いに目を細めた。

 

悪神は、ついにこの世の終わりかと破滅の枝を握りしめた。

 

竜殺しの英雄は、魔竜の勝利を祈った。

 

戦乙女の長姉は、見知った波動の無事を願った。

 

灰色の神馬は、認めつつあった友人の咆哮に安堵した。

 

戦乙女達は、その圧倒的な光景に我を忘れた。

 

 

 

 

雷神は、戦いの中でそれを見た。

 

 

 

 

 

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

雷光纏いし神の鎚が、武神の腎力をもって振り降ろされる。

迸った光の嘶きは堅き大地を易々と砕き、大気の元素すら灼き焦がして尚止まらない。

 

その雷の迸りを、魔竜は紙を裂くかのように呆気なく引きちぎる。

 

『クハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!』

 

魔竜へと変じたロギア、否。アクノロギアは雷神の繰り出す攻撃の悉くを噛み砕き、そして鏖殺する。

時に逸れた雷が鱗を撫でるが、焦げ目一つすら着きはしない。

 

圧倒的。圧倒的なまでの強さ。

成程。主神が、父が恐れるわけだと。雷神は眼前の脅威を前に絶望するどころか、そうでなくてはと笑みを深めた。

 

「雷よ!」

 

『これは、これは!!』

天上より降り来る無数の雷矢。音をも超えた雷速の矢を掻い潜り、雷神にそれを振るう。

 

『魔竜の業拳!!』

 

巨大な質量である竜の拳が魔力を纏い、雷神へ向けて放たれる。

 

滅竜魔法。この世界とは違う何処かの世界で生み出された、竜を屠る為に竜に近付く魔法。

それが初めてこの世界で、敵へ向けて放たれた。

 

「ぬうぅぅぅぅん!!」

 

巨大なる魔の竜、アクノロギアの放った彗星がごとき一撃。

それは恐らく、大神持つ神の槍が放たれたそれと同等の一撃と言えた。

そんな神であれタダでは済まない一撃を、トールは真正面から受け止めた。

 

「でぇぇぇぇあぁぁぁい!!!」

 

そして、雷神は己の持つ全ての力を振り絞り、巨大なる魔竜を投げ飛ばした。

 

『クハハ、ハッハハハハハハハハ!!!』

 

空に放たれた魔竜はすぐさま翼を広げて体勢を建て直し、次なる一撃を放つ。

 

『魔竜の葬翼撃!!』

 

翼を弓を放つかのように大きくしならせ、風にのせた魔の刃の暴風を無数に放つ。

 

悉く打ち砕く雷神の鎚(ミョルニル)ッ!!」

 

襲いかかる魔刃の嵐。それを雷神は、同じく雷の荒れ狂う嵐でもって迎え撃つ。

 

二つの力が鬩ぎ合い、大地はヒビ割れ空が荒れる。

こうも神威が地上で吹き荒ぶのは、何時ぶりであろうか。

 

ぶつかり始めてから、どれだけたっただろう。詳しい時間まではわからない。

日が落ち夜を迎え、再び陽光が空に昇ったことくらいしか覚えていない。

それだけ、二つの絶対存在はこの闘争を愉しんでいた。

 

「ぐっ、がはっ!」

 

魔と雷の鍔迫り合いを生き残り、トールはついに膝を着いた。

 

先の魔竜の拳を受け止めた際に、衝撃を完全には受け流しきれなかったのだ。

 

「ぐっ、ははは」

 

口の中に広がる鉄の味を噛み締めて、雷神は笑った。

 

「強いな、貴様は。強すぎる······」

 

『フン、当然の帰結よ』

 

雷神の賛辞を受け止め、魔竜は当然だと不遜に笑う。

 

「やはり届きそうには無い、か。ははは、なれば······」

 

雷神は今一度立ち上がる。荒れ狂う雷風纏う神鎚を掲げて、そして。

 

「今の俺の全力を、全て持っていくがいい······!!」

 

最後の一撃を。当代にて撃ち放てる、最高で最強の一撃を。

 

「吹き狂え、元素の彼方まで······!!」

 

天より雷が降る。それはアクノロギアへではなく、主であるトールが掲げた右腕の鎚へと、全ての力が集うように。

程なくして、雷神の全力(神威の全て)が集約された。

 

『悦いぞ、実に悦いぞ!北欧の雷神!!』

 

それは、天を翔ける雷光の具現。

 

神罰の象徴、人が最も恐れ、最も想像する厄災の光。

 

真に、人を恐怖させる神の怒り。

 

『ならば見せよう、我の秘奥の一端を。喜ぶがいい雷神よ、貴様は我に、初めてこれを使わせた!!』

 

「ならば見届けよう!最も最強なる魔竜よ!そして刮目せよ!我が威光、我が全て!万物焦がす我が雷光、一切合切を灼き砕く雷神の鉄槌を!!」

 

そしてトールは、己の全てを脚へと集約し、高く高く跳んだ。

 

遥か高みより振り下ろす、雷神が齎す天雷を落とさんが為に。

 

『集え、万能万象たる魔の波動よ!かの雷の権化へ、我が魔竜たる由縁を示さんがために!!』

 

対する魔竜は、大気に溶け込んでいる微量な魔力を、その悉くを自分の袂へと吸い寄せる。

 

集いゆくのは微細なる魔力。それらは塵と吐き捨てるも同然の小さな力でしかない。しかしその塵は、次第に勢いを増していく。一が十に、十が百に、百が千、万、億と、段々とその総数を増やしていく。

塵はやがて、巨山へと姿を変える。

濃密なまでの魔力の波動がアクノロギアを中心に集い、魔竜の持つ魔力が少しづつ浸透していく。

 

そしてそれは、覚醒した。

 

アクノロギアを中心に荒れ狂う魔力は暴風域のごとく吹き荒れる。

それはさながら、意思を持った嵐のようだった。

 

魔力の嵐は鎧のようにアクノロギアの身体を覆い、更にその勢いを高めていく。

 

万雷打ち轟く(ミョル)──」

 

引き絞った弦から矢が放たれるかのように、ギリギリと限界まで軋ませた身体が元に戻る反動を利用し、正真正銘、雷神が撃ち放てる最強の一撃が開帳される──

 

 

『滅竜奥義───』

 

対する地の魔竜は、大地に亀裂を刻むことも厭わずに踏み締め、四つの足で地を蹴り地面にたたきつける勢いで黒きその双翼を振りかぶった。

 

直後、魔竜は重力の軛から解き放たれ、神を貫くべく撃ち出された一発の魔弾と化した。

 

 

 

 

 

 

 

「───雷神の嵐(ニィィ)ィィィィィィィィル!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───魔燼咆界剣(まじんほうかいけん)!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、北欧の空に光が充ち、音が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空には闇の天幕が降り、月と星々から齎される光が地上を僅かに照らしている。

 

二つの人影も、その内に含まれていた。

 

一つは星光と月光を浴びて煌びやかに光る灰とも銀ともとれる髪を揺らす、褐色の男。ロギア、魔竜アクノロギアが人の形をとった姿。

ロギアは腕を組んで、そこに居た者を見下ろす。

 

そのもう一つこそが、アクノロギアと血湧き肉躍る激戦を繰り広げた北欧の雷神、トールだった。

 

身体中に血を纏い、自らの体躯よりも少し大きい巨石に背を預け、届かなかった魔竜を見上げている。

 

その眼には恐怖の念は無く、眼に灯るのは悔しさと、憧憬だった。

 

「やはり、届かぬか······俺の雷は·········」

 

「あぁ、この身には届かぬとも。いかに北欧の武神とはいえ、我が躯に傷を付ける名誉はくれてやれんよ」

 

雷神と魔竜の最後の一合、制したのは魔竜だった。

 

最大最高の激突は雷神の嵐を突き破り、魔竜の弾丸が雷鎚を打ち破った。

 

それは誰が見ても恐ろしいものであるが、同時に、誰もが魅入られた戦いだった。

 

「魔竜よ。浅はかな願いであるが、これは俺が望み、俺が成したことだ。そこに他の神々の意は無く、主神の願いでもない。故にこれは」

 

「無論である。この闘争は我々だけのもの。貴様が望み、我が応えた。故に始まった闘争である。貴様の父とやらにこの責任を問うことなどはない」

 

戦いの中で垣間見た獰猛な笑いはなりを潜め、波の立たぬ大海のように穏やかな波動が残った。

ロギアは雷神を見下ろし、牙を見せるように笑った。

 

「故に、安心するがいいトール(・・・)よ。この戦いは、我々だけのものだ」

 

「──そうか」

 

その笑みにトールは安堵し、同時に歓喜した。

 

かの竜は俺を、確かに認めたのだと。

 

「──さて、勝者である我には報酬があってもよいと思うのだがな」

 

「む、確かにそうか。しかし魔竜よ、貴様は俺に何を望む?この雷鎚(ミョルニル)か?」

 

「それは貴様の得物だろう。貴様の誇りを奪うほど我は落ちぶれておらんよ。なに、安心せよ──」

 

ロギアはトールのもとへと近づき、トールの胸板の前へ掌を翳す。

 

「───貴様の霊格のほんの一欠片、雷の一端を貰い受ける」

 

瞬間、トールへと翳した掌に雷が走り、ロギアへと流れていく。

 

「ぬ、それだけで良いのか?」

 

「良い。いずれ役立つ時が来るやもしれぬし、なに。今はまだ弱き波動なれど、我が糧としたのだ。貴様が振るいし全力に足るまで鍛え上げるとしよう」

 

「は、ハハハハッ!」

 

「クク、クハハハ!」

 

「ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

「クッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 

 

 

 

 

激動の後には、竜と神との間に歪な友情が生まれた。




あくのろさん、神友ができました。(白目)


あとシグルドとブリュンヒルデの話は原典の解釈を混ぜてあります。


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あくのろだいあ───

あくのろさん痛恨のミス


 

 

☆月✓日

 

 

なんか分からないけどトールとの戦いの後に和解し、友達になりました。

 

なんだろね、段々と精神がアクノロギア寄りなってんのかな?

ファイターズハイになってオラオラしてた記憶がある。

夕方の河川敷で殴り合う少年漫画かなここは?

んでもって密かに考えてた俺流滅竜奥義、魔燼咆界剣まで開帳しちゃったよ。そんでもってすごく恥ずかしい······。

 

漫画みたいに技名叫ぶなんてしたの小学校のごっこ遊び以来な気がする。

 

若しくは中学の時の·········うっ、頭が······。

 

だけどなんだかんだで楽しかったな、あくのろさんの身体を存分に使うの。

久々にはしゃいじゃったよ。

 

あっ、それと勝者の証としてトールんから雷の権能の一部を貰ってきました。あくのろさんの魂を抜き取る滅竜魔法をここで使っていくスタイル。

まぁほんのちょっとだから。トールにも何の問題もないみたいだし。

それにさ、友の力で戦うって良いじゃん?

 

それに······もしかしたらもしかしてがあるかもだし、ね。

 

 

よし、それじゃあシグルドの向かったギューキ王の城へ向かうとしよう。

この調子だと明日には着くかな。

恐らくだが三日、いや五日くらいだろうか?それほどシグルドを待たせてるだろうし、急ぐとしよう。

全速前進DA!!

 

 

というか、なんか忘れてるような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月」日

 

 

失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野山を駆け抜け、褐色の男は眼下に広がる城を目指す。

雷神トールとの激戦を経たばかりだというのに、疲弊の色は微塵も浮かんではいない。

そんな激戦で勝利を勝ち取った魔竜は、一足先にシグルドが目指した場所、ギューキ王の治める国へと駆け、シグルドと別れてから六日目の晩に到着した。

 

「ふむ、中々に良い街だ」

 

人の活気で溢れる都市、繁栄している光景は、竜とはいえ比較的に穏やかな状態のロギアに笑みを持たせるには充分だった。

 

「さて、シグルドの奴を探すとしよう。一体どこにいるのやら」

 

ボロ布の様なローブを纏い、フードを被り旅人を装う。

比較的目を引く自分の姿を隠す為のものだ。

 

(凄い賑わってるなぁ······おっ、あの肉美味そう)

 

露店にはあらゆる料理が並び、人々はそれらを手に談笑し、笑い合っている。とても賑やかな情景だ。

 

しかし、

 

「少し、賑やか過ぎぬか?」

 

その賑やかさ故に、ロギアは違和感を抱いた。

ここまでのそれはまるで、何かの祭典が執り行われたかのように、何かを祝福するかのようなそれだった。

 

「シグルドの奴、何かまた偉業を成しえたか?」

 

(そんな逸話あったっけ······)

 

叡智(原作知識)による補完を行おうとするも、何故か思い浮かばない。

段々と記憶があやふやになってきたかと少しの危機感を抱いていたその時、聞き逃せぬ言葉があった。

 

「いやーついにウチのお姫様が結婚とはねぇ!しかも相手はあのシグルドときたもんだ!」

 

「全くだな、あの姫様にもようやくの春が訪れたようで、俺らも一安心だよ」

 

 

 

 

 

 

「───なに?」

 

 

 

 

 

 

一瞬、世界からあらゆる音が消失したかのような錯覚に陥った。

 

(シグルドが······あのシグルドが、ブリュンヒルデ以外と結婚·········?)

 

それらの情報を飲み干して、ロギアは声の聞こえた方へと歩を進めた。

 

「おい貴様」

 

「あん?一体何用──ヒッ!?」

 

ロギアの恐ろしい迄の人相とにじみ出る怒気、そしてなんの力も持たぬ一般の民である彼には理解しようのない魔力の波動。

なす術もなく怯えている男だが、それらを前にして正気を保っているだけでも、充分に凄いことではある。

 

「貴様、先程言ったことをもう一度繰り返せ。シグルドがなんだと?」

 

しかしそんな彼の事など知ったことでは無いと、ロギアは先の言葉の如何について問うた。

 

「い、いや!だからシグルドがウチの姫様と婚姻したって話で」

 

「その姫とは誰の事だ!!奴は誰と契りを交わした!!」

 

「ヒィィィィ!!ぐ、グートルーネ様だよ!ギューキ王と妃グリームヒルドの娘、グートルーネ姫様だ!」

 

「──なん·····················だと?」

 

激情に駆られるまま男の胸倉を掴み上げていたロギアは、力を、感情を失ったかのように手を離す。

 

解放された男は荒くなった呼吸を整えながら、急に機能停止したかのように動かなくなったロギアを畏怖の目で見上げていた。

あれだけの恐怖に直面して漏らすことも無かった彼は時代によっては英雄と呼んでも差し支えなかったかもしれない。

 

(嘘だろ······嘘だ。だってアイツはブリュンヒルデを──)

 

思考が纏まらない、考えが追いつかない、感情が治まらない。

 

理解が及ばない。

 

なんだそれは?どうしてそうなった?あの誓いは、ブリュンヒルデに捧げた愛の灯火はどこへと消えたのだ?

 

「──なんだ、それは」

 

「あー、兄ちゃん?あんた一体どうしたんだ?」

 

「もしかしてあんた、シグルドの知り合いだったり?」

 

被害者になった男と酒を酌み交わしていた者が訝しげに話しかけてくるが、それどころではない。

 

「っ、情報、感謝する。済まなかったな、無辜なる民よ······」

 

どうにかなってしまいそうな頭を抑えて、ロギアは人気のない路地裏へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな馬鹿な、有り得るはずがない!」

 

民家の屋根から屋根へと飛び移り、街の夜空を駆け抜ける。

 

それはつい先程到着したばかりのロギアだった。

 

ロギアは混乱していた。あのシグルドが、見ているこちらが恥ずかしくなる程にブリュンヒルデを愛していたあの男が、ブリュンヒルデ以外のものと夫婦の契りを交わしたなどと。

 

(シグルドの偽物?だがシグルドは確かにここへ向かっていた。ならば両者が鉢合わせするのは間違いない。それにもし偽物だとするならば、本物はどうしたって言うんだ!?)

 

一度結んだ約定を違える男ではない。仮に違えるとしたら、それは奴が死んだ時だ。それ以外にありえない。

 

(まさかシグルドに限って殺されたなんてことは無いだろうけど、じゃあ一体何が!?)

 

民家の屋根の上を跳ね、事の中心であろうギューキ王の城の塀に着地する。

ロギアはその人間離れした視力でもって、城内の中を隈無く探し始めた。

 

 

「───────」

 

そして、見つけてしまった。

 

認めたくなど無かった。ホラ吹きであって欲しかった。

もしそうなら、ロギアは笑いながらなけなしの賃金をはたいただろう。

 

しかし、しかししかししかし。

 

 

 

 

「なに、をやっている、シグル──」

 

 

 

 

微笑む盟友と、同じく幸せそうに微笑む見目麗しい少女。

 

それは、かつて英雄が恋に落ち愛すると定めた運命の君──ではなく。

 

似ても似つかぬ、面影も微塵もない別人だった。

 

 

 

「シグルドォォォォォォォォ!!!」

 

 

 

気付けば、足場とする城の塀が砕け散るのも厭わずに、ロギアは一足で盟友の下まで跳んだ。

 

城の庭園、二人が談笑していたその場へと、魔竜は激情に駆られるまま飛び込んだ。

 

「──ロギア?」

 

困惑する盟友、シグルドの声を聞いて、ロギアはわけも分からぬまま叫んだ。

 

「き、さま!シグルド!!何をやっている!?」

 

「どうしたのだ盟友よ。貴殿は何に激昴して──」

 

「何に!?何にだと!?それは我の言うべき言葉だ!!貴様こそ何をしている!?この地にて、婚姻?結婚だと!?ブリュンヒルデはどうした!!我が愛、我が運命と語っていた貴様は何処へ行った!!?あれだけの情熱を灯していた、貴様の()はどこへと掻き消えた!!!?」

 

「──まて、盟友よ。お前の言うブリュンヒルデとは、一体誰の事だ?」

 

「───なに?」

 

ブリュンヒルデを、知らない?

 

そんな訳が、ない。ありえない。有り得るはずがない!

 

「忘れた······?忘れたというのか!?あれだけ愛してやまなかったお前の愛を!その矛先を!決して忘れぬとあの女へ手向けた誓いを!!!貴様は──」

 

「あ、あの!!」

 

ロギアの絶叫を遮って、シグルドの隣にて困惑を露わにしていた麗しき少女が声を上げた。

 

「貴方は、シグルド様のお知り合いなのですか?」

 

「き、さまは──」

 

「初めまして、私はグートルーネと申します。ギューキ王と妃グリームヒルドを親に持ち、今日シグルド様の伴侶となった、少々賢しいだけの小娘です」

 

姫君グートルーネが、夫シグルドに詰め寄る名も知らぬ大男へと尋ねる。

魔竜は未だ混乱から抜け出せずに、その激情の矛先をグートルーネへと変えた。

 

「貴様か······?貴様がこやつから、記憶を奪ったのか?我が盟友、我が友、シグルドから愛を······真なる愛を奪ったと言うのか!?」

 

だとするなら、だとするならばコイツは──

 

「そのような事など!!私はシグルド様を純粋にお慕いしております!記憶を奪うなど!?」

 

「っ·········」

 

嘘、では無かった。

 

彼女の目には虚偽の色はなく。嘘をつくものが自然と行う目を逸らす行為をせず、真っ直ぐにロギアの目を見つめ返していた。

 

「で、ではっ······ブリュンヒルデという名に、聞き覚えは?」

 

「?それはもちろん、大神オーディンに仕える誇り高き戦乙女。ブリュンヒルデ様、ですよね?」

 

飾ったような言葉ではない。

純粋に彼女自身が思い当たった記憶から情報を引き出し、その通りに答えていた。

 

「では、シグルドからブリュンヒルデという名が口に出たか?」

 

「いえ、シグルド様のお口からは一度も」

 

「っ───」

 

違う、この女ではない。

 

シグルドから記憶を奪ったのは······

 

「ロギア?どうしたというのだ。それに先日の、雷神トールとの決闘は──」

 

「居たぞ!侵入者だ!」

 

失意に暮れるロギアの下へ、武装した衛兵達が庭園へとなだれ込んで来る。

 

「姫様をお守りしろ!」

 

「なっ、待って!この人は何も!!」

 

グートルーネは、その先を紡げなかった。

 

「クッ!!」

 

ロギアは足下に魔力を集め、人が傷つかぬ程度の暴風を起こす。

その風に乗って、ロギアは城の塀を越え、街を越えて、元の来た道を引き返していく。

 

 

「ブリュンヒルデ·········?」

 

 

残されし過去を忘却した英雄は、盟友が口にしていた者の名をゆっくりと反芻していた。

 

聞き覚えのない名前。それは、竜殺しが愛すると誓った、気高き乙女の名。

過去を忘却させられた英雄が、最も愛おしく思った女の名だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハア、ハア······」

 

満月が照らす夜闇の山。

 

その中腹部にて、魔竜は混乱したままだった頭をようやく落ち着けて、再び思考の海に埋没する。

 

(何を見落としていた、俺は。シグルドとブリュンヒルデが破滅する決定的な瞬間は、一体何時だった?)

 

北欧神話において、英雄シグルドとブリュンヒルデの物語は、報われぬ悲恋の代名詞として人々に知られている。

ロギア、いや、アクノロギアの躯を手にする前の、かつて人の子であった男はそれを断片的に知っていた。

 

だが男は、その原因となる出来事をこの時まで忘れていた。

 

即ち、シグルドの記憶の忘却。

 

(何が切っ掛けだ、何が運命をこうさせた?二人が、シグルドとブリュンヒルデが出会い、愛し合ったからか?違う。それは賢者の言っていた予言だが、決定的じゃない。回避できる余地はあったはずだ)

 

例えば、以前に述べたように二人が片時も離れずにいること。

 

例えば、シグルドが早々に旅を切り上げて、挙式なりなんなりすればいい。

 

故に、決定的な分水嶺となったのはここではない。

 

(ならなんだ?この街に来たことか?グートルーネに惚れられたからか?いや、いいや違う。他にあるはずだ。起点となった出来事が、忘却した原因が───)

 

忘却した。どのように?

自然と忘れた?有り得ない。あれほど愛した者を自発的に、しかもこんな短期間で忘れるなど不可能だ。

 

(───忘れ薬)

 

ならぱ、魔術のようなマジックアイテムならば、どうだろう?

 

──可能だ。

 

なら、それができる人物とは。

 

「──────あぁ、そうか。そういう、ことか」

 

ロギアには、一人心当たりがあった。

 

「どうして忘れていた、我は。あれほど書物の中に描かれた謀略の魔女へと抱いた、決して忘れぬ敵意、憎悪を、どうして今の今まで忘れていた」

 

最強と謳われる魔竜の躯を手にしたことで、男は有頂天になっていた。

今の自分ならなんでもやれる、何者でも救えると。

 

「クハハ。酷い、酷すぎるぞ。この醜態さには、微塵も笑えんよ。

 

おのれ、おのれ魔女め。我が盟友から、真なる愛を奪いおったな!

おのれ────」

 

しかし所詮は、ただの力だった。 純粋な暴力でしか無い彼には、謀略による悲劇など防ぎようもなかった。

 

そんな事、とっくに気付いていたはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グリィィィィムヒルドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

魔竜は、憤怒の咆哮を挙げる。

謀略の魔女と、愚かで無力な己自身へ。

 

 

 

 

後悔の音色が、響き渡った。




運命とは抗うもの。

絶望とは覆すもの。

では絶望を覆せば、何がある?


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あくのろだいありー8 副題:ゆるすまじグリームヒルド

いよいよもって、あくのろさんは原作(原典)ブレイクを敢行するようです。


 

 

 

 

 

 

 

◎月◇日

 

 

一日経ってようやく頭が冷えた。

 

とりあえずグリームヒルドは死ね。

 

ひとまず落ち着いたところで、状況を整理しよう。

シグルドは状態異常忘却にかかりブリュンヒルデを忘れてしまった。

そしてグートルーネに惹かれてしまい二人は婚姻を結ぶ。

 

とりあえずグリームヒルドは死ね。

 

そんでもってこっからは原典による未来予測。

この後シグルドはグートルーネの兄にあたるグンナル、そしてホグ二と義兄弟の契りを交わし、シグルドはグンナルのブリュンヒルデへの求婚の旅に同行し、炎を超えられないクソザコナメクジグンナルに扮して代わりにブリュンヒルデへと求婚。とりあえずグリームヒルドは死ね。

そして、卑劣なるグンナルにより妻にさせられてしまい、二人の婚姻の晩にシグルドは正気に戻る。

ブリュンヒルデは自害を図ろうとするがホグニに止められ足枷を付けられる。シグルドはブリュンヒルデへと会いに行き、ブリュンヒルデが死ぬくらいなら自分は全てを捨てると訴えたが、ブリュンヒルデからはもう遅いと拒絶されてしまう。

とりあえずグリームヒルドとグンナルは死ね。

 

かくしてブリュンヒルデはグートルーネを一族郎党皆殺しにし、純粋なグッドルムを唆してシグルドを殺させた後、自らも炎に焼かれて自害した。

これが型月解釈であり、恐らくこの後辿るだろう結末だ。とりあえずグリームヒルドは死ね。ついでにグンナルも死ね。

 

因みに原典だとブリュンヒルデかグンナルかシグルドの誰かが死なねばならないとブリュンヒルデがグンナルへ告げ、ブリュンヒルデを失うことを恐れたグンナルは弟ホグニにシグルドをどう殺害するか相談したがホグニは義兄弟の契りを交わしていることとシグルドほどの武勇を持つ人間を失うことを嫌がりグンナルの相談を相手にしなかった。しかしグンナルは諦めず義兄弟の契りを交わしていないもう一人の弟グッドルムにシグルドを暗殺させた。

 

過程と動機が変わるが結末は同じ。

 

どの道救われぬ共倒れの道。正に北欧神話。共倒れの神話と揶揄されるだけはある。とりあえずグリームヒルドは死ね

 

結論。

 

とりあえずグリームヒルドは死ね。ついでにグンナルも死ね。

ホグニとグッドルムはまぁ許す。

 

さて、実際問題どうしようか?

 

結構不味いことになってるが、まだ取り返しはつく。

 

先ずはシグルド達がブリュンヒルデへの求婚の度へと赴き、ブリュンヒルデがそれを泣く泣く受けてしまう前にどうにかしなければならん。

 

あまり時間はない。猶予がないが、俺としては先ず確認しておきたいことがある。

 

グートルーネだ。

 

このグリームヒルドの悪意に、グートルーネは奇しくも知らぬままに利用されたのか。それとも知った上で乗ったのか。

俺としては、この子が最大の被害者にも思えてしまう。

 

明日、グートルーネに会いに行こうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

@月#日

 

 

 

 

 

 

 

ごめんねグートルーネちゃん。怖かったよね。あくのろさん怖かったよね。

 

そしてグートルーネちゃんマジ天使。あんなくそババァからこんないい子が産まれるとか遺伝子仕事しないで良かった!グッジョブ遺伝子!

 

では現状報告。やっぱグートルーネちゃんはノットギルティでファイナルアンサー。普通にシグルドを慕ってただけのようだ。

って事はシグルドがブリュンヒルデの事忘れたあと僅か数日でグートルーネちゃんと結ばれたのはグートルーネちゃん自身の魅力の賜物のようだ。

 

無理も無いね。こんな天使に微笑んで貰えるのなら幾らでも頑張れるわ。

というかあの堅物シグルドを見事に数日足らずで落とすとか、グートルーネちゃん罪深過ぎるわ。

 

さて、俺個人の懸念事項は拭えたので作戦を本格的に動かすとしよう。

グートルーネちゃんも手伝ってくれるみたいだから、尚更失敗はできん。

というか、ほんとごめんね。俺グートルーネちゃんにかなり残酷な事実突きつけて、挙句の果てに幸せ奪おうとしてるからね。

それでもシグルド様のためですからって笑うグートルーネちゃんマジ健気·········(泣)

 

よし、張り切っていこうか。

見てろよグリームヒルド!謀略と呼べるかすら怪しいが、謀略には謀略で返してやるぜ!!

 

オペレーション・ゼロレクイエム·········いや、これは死亡フラグが経つな。

 

 

では、オペレーション・マッチポンプ、発動!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギューキ王の宮廷にある一室。愛娘グートルーネ姫の寝室で、グートルーネは先日の謎の人物を脳裏に思い描いていた。

 

「あの方は、私の知らないシグルド様を知っているのでしょうか?」

 

つい先日結ばれた愛する夫、シグルドがロギアと呼び親しげに接した人物。

その人相はシグルドのように知に優れた面影無くば、冷静沈着と言えるような面持ちでもない。

武を除いては、恐らく真反対な二人。しかしシグルドは、かの男を盟友と呼び、全幅の信頼を寄せているように思えた。

 

謎な人物ではあるが、叶うならば話をしてみたい。

シグルドについての話を、彼の成した武勲を、成し遂げた武勇を、彼の口から聞いてみたい。

 

「でも、あの方は──」

 

あの男は、何かに怒っていた。

 

言っていた大半の内容が理解出来ずにいたグートルーネは、一つずつ噛み砕くように男の言っていた事を思い出す。

 

「シグルド様の忘れた記憶······」

 

記憶を失い、愛を忘れたのかと。彼は憤怒を顕にし詰め寄っていた。

真剣に、シグルドを思って怒っていた。

夫の事を案じて怒ってくれていた。

 

ではその起点となったものは何?

 

「ブリュンヒルデ───」

 

彼が口にしていたある物の名。

 

ブリュンヒルデ、大神オーディンに仕えしワルキューレ。神霊に最も近き、誇り高き戦乙女。

 

あの男が言っていた言葉通りなら。

 

「シグルド様はブリュンヒルデ様に?」

 

だが、それなら何故あの人は、シグルドは私の思いに応えてくれたのだろう。それが不義であると分かっていながら。

 

「何がどうなっているのでしょうか······」

 

グートルーネは訝しんだ。この出会いに、この運命に。

 

自分の預かり知らぬうちに一人でに運命が歩き始めたような、そんな予感を覚える。

 

そんな最中、人々が寝静まった夜の街、夜の寝室に、それは訪れた。

 

「貴様が、グートルーネだったな?」

 

彼女の待ち望んでいた、来訪者が。

 

「!そのお声は、先日の」

 

「流石に覚えていたか」

 

いつの間にか、外の情景を盗み見る窓が開かれ、そのすぐ隣の壁に背を預けてグートルーネを見据える、褐色の肌の大男。

 

「先日は済まなかったな。あの時の我は少しばかり混乱していた。さて、改めて名乗るとしようか」

 

褐色の大男は牙を剥き出しにして笑い、名乗りの口上を口遊む。

 

「我はロギア。英雄シグルドの盟友にして、その旅路に賛同した者───であるが、それも仮の指標でしかない」

 

そして、彼は真なる名を明かした。

 

「我が真名はアクノロギア。絶対なる個、闇の翼、魔をすべし竜。魔竜、アクノロギアである」

 

自らの総てを晒して、魔竜は姫君へと告げた。

 

「此度この場所へと参ったのはグートルーネ、他ならぬお前に今一度聞きたい事がある。決して、虚言は口にするなよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なる程、な。先日の言と一切の矛盾なし。その場の言い訳ではないな。まぁとはいえ、もしこの我を欺けるというのなら、そやつはきっと詐欺師の才能、或いは国政の魑魅魍魎となるに相応しい逸材足り得るだろうな」

 

グートルーネの齎した情報は、アクノロギアが知らぬ空白の六日間の詳細を明らかにした。

 

「実際に会って話したのはシグルドが訪れて二日目の朝。それからは共に過ごしお互いの事を赤裸々に語り合い惹かれあったと。ついでに言うならば閨事(ねやごと)はまだ済ましていない、か」

 

「は、はい」

 

グートルーネの語った出来事には一切怪しげな箇所は無く、普通の仲睦まじい男女の一時を過ごしたというのがよく理解出来た。

その過程で床を共にしたかという性事情までひけらかにされたのはとても恥ずかしいものであったが、グートルーネは必要な事だと黙って耐えた。

 

「なる程、なる程。そして残すべきはシグルドが訪れた一日目か。この時シグルドの奴はどこで何をしていたか聞き及んではおらぬか?」

 

「いえ、何も。強いて言うならば、シグルド様がここへ訪れてからすぐに父上と母上の待つ応接間へと通された、という事ぐらいです」

 

「ほう······?」

 

アクノロギアの目が細められ、視線の鋭さが増していく。

 

「なる程なる程。という事はやはり、我の予測通りであったか」

 

「?アクノロギア様?」

 

まるで尻尾を掴んだぞと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべ始めるアクノロギア。

 

「して、グートルーネよ。最後に一つ問いたい。貴様の母グリームヒルドは魔術師であるか?或いは魔術の一端を知っているか?」

 

「······申し訳ありませんが、私には判りかねます。そのような話を聞いたことは無く、また母上が実際にそれを行使した瞬間を目撃したことがない故に」

 

その受け答えに、アクノロギアは落胆すること無く頷きかえす。

この質問はダメ押しの裏付けが欲しかったが故のもの。

ある程度手段が分かっているアクノロギアからすれば、出来れば欲しかった確証程度の認識だ。

糾弾する証拠が無くとも、最悪はごり押すつもりでいた。

 

だが、

 

「ですが一度だけ、難解な式と材料の書かれたメモ書きならば、母上の部屋で見かけた覚えがあります」

 

その情報が、アクノロギアの勝利を確実にする。

 

「·········ククク、そうか」

 

魔竜の欲した材料は全て揃った。

 

「礼を言うぞグートルーネ。貴様の言葉が、死の運命に置かれたシグルドを救い出す鍵となる」

 

「えっ······それはいったいどういう!?」

 

「待て、順番に教えてやる。だがその前に、我はお前へ残酷な真実を告げねばならん」

 

突然の言葉に思わず取り乱すグートルーネを宥め、魔竜それを明らかにした。

 

「グートルーネ、貴様とシグルドの婚姻は仕組まれたものであり、それを画策したのはグリームヒルドだ。そしてこのままでは──」

 

「お前も家族も、愛するシグルドも全て、死に絶える結末を迎える事になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グートルーネは、それを飲み込めずにいた。

 

褐色の男ロギア──否、魔竜アクノロギアが告げた真実。

 

シグルドには愛すべき人がいて、その愛すべき人の記憶を母が忘れさせて、自分とくっつけるべく画策していた事。

 

兄グンナルもそれを知って、シグルドが愛したブリュンヒルデを自分の妻に迎え入れるべくシグルドを伴い求婚する事。

 

その果てに待つのは、憎悪したブリュンヒルデによる全ての関係者の殺害。

 

誰も報われぬ哀しき物語が、終結へ向かおうとしていること。

 

到底、一度で飲み込み切れる情報では無かった。

理解など出来るはずがない。そんな話など。

三流の物書きでももっとマシなホラを吹くだろう。

しかしグートルーネは不思議と、それらが嘘だとは思えなかった。

むしろ、ストンと腑に落ちるものがあった。

 

上手く行きすぎていると感じた、謎の違和感がそれだ。

 

「母上がそんなことを······」

 

「我が言ったこととはいえ、よくすんなりと受け入れられたな」

 

「本当ならば信じたくないです。けど、昨日の光景が疑問を確信に変えてくれました」

 

それに、それが本当ならば、自分はとても罪深いことをしてしまった。

とても(あがな)えるものではない。

 

「さて、グートルーネよ。これを聞いてお前はどうする?」

 

「どうするとは?」

 

「我はシグルドに正気を取り戻させ、ブリュンヒルデの下へと連れていくつもりだ。そうなると、我は貴様から幸せを奪う賊徒である」

 

恐ろしき魔竜は、姫君へと選択の余地を与える。

 

「なぁグートルーネよ、貴様には選択の自由がある。幸福を守るために我に歯向かうか、何もせずに静観するか。好きに選べ、己が道を自ら選択せよ」

 

それは、魔竜のせめてもの恩情だった。

報われぬ恋が実ったというのに、それを自ら捨てなければならない。

 

そうなるくらいならいっそ───そう選択の余地を与えて、当人の意思を尊重しようとした。

 

無論、邪魔をするのならば排除するのは確実だ。

アクノロギアが優先するのは親しき友人達だ。憐憫を覚えない訳では無いが、いくら利用されたとはいえそれで情けをかけるほど、魔竜は優しくはない。

 

あくまで意思の尊重。どのような選択をしたとしても、それがグートルーネにとって最も正しく、後悔のない行いをして貰いたいという願いによるものだ。

 

「·········私は」

 

そして、一時とはいえ英雄の妻となった女は、選択した。

 

「アクノロギア様、貴方の言うシグルド様をお救いする方法を、私にもお教え下さい───私が、貴方の共犯者となります」

 

「──なに?」

 

それは、選択を提示したアクノロギアにも予想が出来なかった、第三の選択肢だった。

 

「貴方の言う通り、シグルド様が真に愛しているのがブリュンヒルデ様ならば、その愛は、真に向けられるべき者へと返すべきです。その相手は、私ではない」

 

「その通りだ。だが、それで貴様は納得が出来るのか?」

 

「納得は、恐らく出来ません。でも、これでいいんです」

 

思い出すのは、シグルドと過ごしたほんの数日の逢瀬。夢に見た、愛しき人と過ごす平穏。ほんの僅かな時間でしかなかった、されどその数日はとても煌びやかなもので、間違いなく幸せと呼べた時間だった。

 

たとえそれが、一時の幻想なのだとしても。

 

「シグルド様が生きてくださるなら。シグルド様が、幸せを掴めるのなら」

 

愛した人が幸せになってくれるなら、私はその幸福()を捨てさろう。

 

それは、グートルーネの示した何よりも強い覚悟だった。

 

夢を守るために命を懸け、魔竜へ歯向かい死ぬのでもなく。

 

全ての責任を投げ捨て、目も耳も心も塞いで、部屋の中に閉じこもるのでもなく。

 

そんなものよりももっと過酷で、残酷な、最も辛い選択を。

 

愛するものの為に、愛した人と別れる覚悟。

 

愛した人の幸せを願い笑顔で送り出す決意。

 

それは、自死を選ぶよりも尊く、気高く、そして悲愴な覚悟の選んだ道だった。

 

「そうか、そうか······」

 

闇の中で俯く彼の表情を、彼女は見ることは出来なかった。

しかし彼女は確信を持って言うだろう。

意図せず最も辛き道へ追い込んでしまった事に対して、己の至らなさを嘆いているような、そんな表情をしていると。

 

「さぁ、教えてください。私の共犯者よ。シグルド様を救うための一計を、片棒をこの哀れな小娘にも担がせてください。その為なら、私はどのような役をも演じてみせましょう」

 

 

 

 

 

 

さぁ、刮目せよ。

 

これより始まるは逆転劇。悲劇では終わらせぬ、痛快な大団円を迎える為に。謀略企てる魔竜とその共犯者たる英雄の妻は、最高の喜劇を紡ぎあげる。

 

 

 

時は、満ちたり。






あくのろさんによる盛大なデウス・エクス・マキナ

乞うご期待。


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相応しき罰、その悪に報いを

グートルーネちゃんの意思を尊重した結果。


悪辣なる妃グリームヒルドは、英雄の栄誉こそを欲した。

 

 

 

ある時のことだ。ギューキ王治めるこの地を目指して、竜殺しの英雄シグルドがグラニに跨り向かってくるという報せを彼女は耳に挟んだ。

 

竜殺し。人間では到底行えない大偉業を成し遂げた、今の北欧において知らぬものなどない本物の英雄。

そんな彼が、この国を訪れると。

 

その報せにグリームヒルドは歓喜した。

もしシグルドを愛娘グートルーネの伴侶と出来れば、英雄が座す強国として名を連ね、自らも栄誉を手にできるのではと。

話に聞く悪竜の護りし黄金、それらを我が手にできるのではと。

幸いグートルーネもシグルドへ恋慕の情を抱いている。

もし叶うならば、シグルドのような者と夫婦(めおと)として結ばれたいと口々に零していたと、侍女たちの間でも(もっぱ)らの噂だ。

 

自分は英雄を迎え入れた国の妃として、そして娘は伴侶を得ることが出来る。まさに一石二鳥と言えた。

 

しかし気がかりなのは、もう1つの情報だ。

シグルドには既に定めた相手が居り、その相手は炎の館にて眠りについた戦乙女、ブリュンヒルデであると。

 

グリームヒルドは頭を悩ませた。

既にそう定めた者がいるシグルドが、簡単に矛先を変えるだろうか。

 

器量良く、礼儀作法も完璧で、料理だって振る舞える。どこに出しても恥ずかしくなく、むしろ神々を除いてその容姿は誰にも劣ることのない愛娘のグートルーネでも、既に心に決めた者がいるシグルドを落とす事は叶わない。

 

時既に遅し。

どのような男でも即座に籠絡できるだろう愛娘グートルーネ。

それはシグルドでも例外ではないだろうが、その愛は既に別の者へと向いている。

 

グリームヒルドの密かな企みは、始まる前に終わると思われた。

 

 

 

しかし、グリームヒルドは諦めなかった。

 

もしシグルドが、未だ婚姻を、夫婦の契りを結んでいないならば。

 

もしシグルドが、麗しの戦乙女、ブリュンヒルデに会わなければ。

 

 

 

もしも、シグルドがブリュンヒルデの事を忘れてしまったのならば。

 

 

 

そして、グリームヒルドの謀略は始まった。

 

まず初めに、シグルドがブリュンヒルデを忘れるための忘れ薬の作製に取り掛かかった。彼女は魔術の一端を少しばかり齧ったことがあり、その際に教えを乞うた魔術師から簡単なマジックアイテム──即ち、魔術礼装の作成法を記したメモ書きを渡されていた。

 

グリームヒルドは急ぎ必要となる材料を秘密裏に掻き集め、儀式を行う為の陣を城の倉庫に敷設した。

 

そうして、シグルドが訪れる直前に忘れ薬は完成し、計画の要石は揃った。

 

長旅で疲れたシグルドを労るという名目でグリームヒルドは応接間へとシグルドを招き、夫のギューキ王と共にシグルドを迎え入れた。

 

その際に、シグルドへと出した飲み物へと忘れ薬を混入させて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪辣なるグリームヒルドの姦計はここに相成った。

 

シグルドはブリュンヒルデを忘れ次第にグートルーネへと惹かれていき、ついに夫婦の契りを交わした。

最早、止められるものは無い。

 

気を良くしたグリームヒルドは続いてブリュンヒルデを、息子のグンナルの妻にする事を画策し、グンナルへと事のあらましを語った。

グンナルはそれを咎めるどころか、音に聞く戦乙女ブリュンヒルデを妻に出来ると聞くやいなや、グリームヒルドの姦計に乗った。

 

しかしブリュンヒルデは、自分と結婚するというなら試練を乗り越えて見せよと炎が燻る塔の中へ閉じこもった。

 

グンナルはこれに記憶を忘れ義兄弟の契りを交わしたシグルドを連れていくことを決め、今朝、求婚の旅へと出発した。

 

「そう、それでいい。それでいいのよグンナル」

 

シグルドが悪竜現象(ファヴニール)から奪ったという黄金の宝物の一部、トパーズが中心に嵌め込まれた、貪欲の輝きを放つ金の首飾りを手に取り、恍惚の笑みを携えていた。

シグルドが手にした悪竜が護りし黄金。

それは正に人間の欲望を物質化したかのようなギラギラとした輝きを放っている。見るものを魅了し、狂わせる魔性の宝物。

一体どれほどの人間がこれに惹かれ、どれほどの価値を付けるだろうか。

考えただけで笑いがくつくつと漏れだし、止まらない。

 

「全ては私の思うまま。栄光も、黄金も、そして幸福も······全て総て、ここにある」

 

娘と息子は伴侶を見つけ、その名誉は国を治めし王と女王のものとなる。

完璧だ。なにもかもが上手くいった。

最早だれにも、グリームヒルドを止められない。

 

 

 

 

 

 

 

「母上、少しよろしいでしょうか?」

 

母の居室に、控えめなノックが数度響く。

 

その声といい、ノック時の癖と言い、グリームヒルドに思い当たる人物は一人だけだった。

 

「入りなさい、グートルーネ」

 

「はい。失礼します母上」

 

扉が開くと、現れたのはつい先日シグルドと結ばれた愛娘。グートルーネがティーポットの乗った動く台を引いて扉を潜った。

 

「あら、珍しいわね。貴方がお茶を持って来るなんて」

 

「つい最近お茶の淹れ方を習いまして、折角なのでいの一番に母上へ振る舞おうかと」

 

「あらこの子ったら。そういうのは愛しのシグルドにでもあげれば良かったのに」

 

「もう、母上ったら」

 

薄く笑って揶揄う母と、気恥ずかしげに返す娘。

どこにでも居る普通の親子が交わす、ありふれた会話、ありふれた日常風景。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう。いただくわね────あら、中々良いじゃない」

 

ほのかな香りを楽しみつつ、母は娘の淹れた初めての紅茶を喉に通して、ソレ(・・)を体内へと取り込んだ。

 

 

「───どうでしょうか、私の淹れたお茶は?」

 

グートルーネは薄く微笑んで、母へとそう聞いた。

美味しいかどうかでは無く、熱くなかったかでもなく。

どうだったかと、酷く抽象的な問いを。

 

「─────。」

 

もちろん、とても良かったと。グリームヒルドは娘の淹れた茶に対しての感想を述べようとした。述べようしたのだが──

 

「─────?、───────!」

 

何も、喋れない。

口を塞がれた訳でもないのに、何故か音を口から発せない。

まるで口の中の空気がなくなってしまったかのように。

 

この時、グリームヒルドは気づくべきだった。

グートルーネが浮かべていた微笑みがいつもの様な慈愛に満ちたものではなく。

 

まるで貼り付けたかのように冷たい、氷のような笑みだったことに。

 

 

 

 

「ご苦労だった、グートルーネよ」

 

親子のみの空間に、突如としてありえない第三者の声が響く。

 

「さて、貴様がグリームヒルドだな······?」

 

グリームヒルドはゆっくりと、この時代にはまだ無いブリキのおもちゃのようなぎこちない動きで声の方へと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくも、よくも我が盟友より記憶を奪い、愛を引き裂いてくれたな·········!」

 

絶望が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段となんの違和感もない佇まいで母の下へ訪れたグートルーネは、全てを理解した上でソレを持ってきた茶の中へと混ぜ、実の母グリームヒルドへと飲ませた。

 

母が所有していた魔術礼装の作成法が書かれたものを、密かに母の部屋から持ち出していたのだ。

 

その中の一つに、声失くしの薬というものがある。

効果は実に単純。一時的に飲ませた対象の声を出せなくするというモノだ。

 

「そういう訳だ。煩く騒がれても面倒なのでな、このように封じさせてもらった」

 

「────!」

 

このままでは殺される···!

遅くも危機感を抱き始めたグリームヒルドはそれでも冷静に、なんとか状況を打開しようと周囲の観察に徹し始める。

 

廊下と部屋を隔てる扉の前には褐色の男が陣取っており、対面のソファにはグートルーネが険しい顔でこちらを見ている。扉の反対側には小窓が一つあり、頑張ればグリームヒルドでもなんとか潜れるだろう。しかしこの部屋があるのは城の最上階に近い部分。地上から数十メートルもある高さから飛び降りれば無事では済まない。むしろ死ぬ可能性の方が高い。

 

ならば音だ。

 

物質の破砕音を響かせて近くにいる侍女たちに危機を知らせる。

グリームヒルドの咄嗟に導き出した回答がこれだった。

 

それならぱすぐにでも、そう思い手元のカップに手を伸ばすが──

 

「そういえば言い忘れておりましたが、今この階には父も侍女たちも誰も居りません。父は兄グンナル達の見送りへ城を降り、残った侍女達にも母上と二人きりで話がしたいと言い含めております。ですので、物音を立てたところで意味はありません」

 

カチャ······とカップと受け皿が擦れあう音が一度だけ鳴り、再び沈黙へと戻った。

 

「だそうだ、憐れだな俗物。実の娘にまで見放されるとは」

 

憤怒を携えた形相をそのままに、男はグリームヒルドを嘲るように吐き捨てる。

 

「─────!?─────!!」

 

冷静さを保っていた精神も揺らぎ始め、少しずつ動揺が露わになっていく。

何故だ、どうしてと。そんな音にもならない声なき悲鳴は、この数十年手塩にかけて育ててきた娘へと、この母が策を弄したからこそ幸せを手にできたグートルーネへと浴びせられた。

 

「母上、事のあらましはアクノロギア様───そちらにいらっしゃる御仁からお聞きしました。シグルド様に忘れ薬を飲ませ、彼の愛する人の記憶を奪って、私と結ばれるように画したと」

 

「───!」

 

「母上、どうしてこのような事を?やはり富ですか?シグルド様の持つ黄金が、英雄を国に迎え入れる栄誉が欲しかったのですか?それとも、私の事を思っての事なのですか?」

 

娘の事を思っての事。そう聞かれれば、嘘になる。

微塵も考えなかった訳では無かったが、それよりも先に、黄金へと目が眩んだのだ。そこに母としての愛情もあるにはあったが、優先したのは自分の欲だった。

 

「────。」

 

「ふむ、欲望に溺れはしたものの、娘を思う心までは穢れてはいなかったか。まったく、これでは判決に困る。いっそ根底から悪だったのならば我もグートルーネも気兼ねなく罰を下せたというのに」

 

「あの、アクノロギア様」

 

「分かっているとも」

 

扉を塞ぐように立っていたアクノロギアが、一歩。グリームヒルドへと歩みを進める。

 

「───ッ!」

 

逃げなければ。本能が警鐘を打ち鳴らし、この場からの逃走を推し薦める。

しかし身体は脳の命令を受け付けない、動かない。

 

一歩、また一歩と距離をつめていき、やがて二人は手を伸ばせば届くまでの間合いまで接近した。

 

「さて、覚悟はできているな?」

 

あらゆるものを掴み、そして砕きうる魔竜の掌。

人間態とはいえ竜の体の際と何ら変わりない力を持った絶望の魔手が、王の妃たるグリームヒルドの頭蓋へ伸び、掌握する。

 

「────!!」

 

「クハハ、悦い表情(かお)だ。実に嬲りがいがありそうであるな」

 

「アクノロギア様!」

 

「なに、冗談だ」

 

数秒先の死を想像する。頭蓋を砕かれ、一瞬で終われたのならどれだけいいだろう。だがそれでは済まない。かの竜は憤怒している。火山が如き怒りを、ムスペルヘイムに座すという巨人王が如き炎熱の怒気を放っている。

それを鎮めるための、生贄を欲している。

 

ただ楽な死を与えるなど救い以外の何物でもない。

凌辱を、生まれし事を後悔させるほどの、尊厳と生への渇望の簒奪を。

 

あと少しで辿ることになる結末が、グリームヒルドの脳裏に描かれる。

 

「なに、恐れるな。グートルーネからの嘆願もあってな、貴様をこの場で殺す事はない」

 

共犯者が求める悪への恩赦は、されど、魔竜は憎むべきものへの怒りを忘れじ。

 

「死は与えぬ、しかし罰は与えなければならん。そうでなければ我が納得できん。故にこれより──」

 

しかして下す、魔竜は与える。愚かしきかの者へ救済(しょくざい)祝詞(のろい)を。

 

「貴様へ呪いを授けよう」

 

妃の頭蓋掴む竜の魔手に僅かな魔力が灯り、そして次の瞬間。

 

「────────ッ!?」

 

魔竜が有する魔なる奔流が、グリームヒルドへと流れ込んでいく。

脳を侵す未知なる熱が、グリームヒルドの意識を大きく掻き乱す。

苦しい、辛い、嫌だ、やめてくれ。

やがて身体中に広がる未知の熱はグリームヒルドを狂わせる。

あちこちを走る不快な感覚はまるで無理矢理縛られゆくようで、

 

まるで、魂を鷲掴まれたかのようだった。

 

「さて、どのような呪いを与えるべきか·········いや、決めたぞ」

 

その光景を、娘であるグートルーネは沈黙して見ていた。

顔は変わらずに氷のようであったが、勇気携えた少女の目は何かを堪えるかのように震え、揺れる水面のように潤んでいた。

 

決を下す。魔竜の名の下に、下されるべき判決を。

 

「悪辣なるも母の情を捨て去ることなきグリームヒルドよ、我が共犯者グートルーネの慈悲を汲み、相応しき呪いをこのアクノロギアが与える──

これよりの生涯、貴様は非業の死も零落も無く、人としての天寿を全うするだろう。しかして、貴様には今以上の栄華は訪れず、これ以上の富も名声も手にする事能わず。激動はなく、繁栄も衰退もなき、最も魂錆びる生を謳歌し、愛した者に置き去られる生涯を迎えるだろう。

 

心せよ、富を求めて愛を奪いし貴様には、貴様が紡ごうとした結末(ひげき)が相応しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事が終わった後、グリームヒルドは自室のベッドに横たえられ意識を失っていた。部屋にて意識保っている者は、下手人にして断罪者たる二人、アクノロギアとグートルーネの二人だった。

 

「では、我は手筈通りシグルド等を追う。貴様は我が伝えた通りに演じてみせるがいい」

 

「はい!」

 

全てはここで決まる。

北欧神話最大の悲恋劇を、誰もが笑うことの出来る喜劇へと変えるのだ。

 

「それとだ、シグルドが戻ってきた折にコレを······いや、シグルドの愛馬たるグラニへ渡せ。やつならばきっとこれの意図を理解出来るだろう」

 

「コレを······ですか?」

 

「然り、やつならば相応しき時にシグルドへと伝えられる。

ではなグートルーネ。貴様の一途な思いは、我が友シグルドを救うだろう。記憶を失いても、何よりも堅いあのシグルドを心惹かせた気高き女よ。息災を」

 

二つの存在が、北欧に激震を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僅かに揺れる視界、 永遠の友にして愛馬たるグラニの背に跨り、義兄弟となったグンナルの求婚の旅の共として、シグルドは遥か千里を駆け抜けている。

目指すのは、グンナルの求婚相手の御座す塔。ブリュンヒルデの待つ炎の先へ。

 

「さぁ征くぞ!我が妻となるブリュンヒルデの下へ!!」

 

先頭を駆けるグンナルが叫び、共する者達は高らかに吼える。

 

「ブリュンヒルデ·········なんだ、当方は何故この名に、言語として表現出来ない感情の高鳴りを覚えるのだ············」

 

その隣にて、シグルドは先日の盟友が零した女の名を呟く。

 

その心に、謎の(しこ)りを残して。




アクノロギアの課した呪い。

それは、今後不幸に見舞われることも無いが、同時にこれ以上の幸福も手にすることは無い。
魂に激動無き、色彩の変わらぬ人生を約束された。

そしてその果てには、彼女の愛した者との別れが確約されている。

一つの愛を奪い、それに関わった全てを滅ぼした。

魔女に与えられたのは、正しき歴史において彼女が植え付けた悲劇の種。その結末の一端。
人を呪わば穴二つ、その意を身をもって知るがいい。


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君臨する魔竜 悪を騙りて友を救うべし

今更だけどお気に入りと評価が物凄い事になってる。
ここまで色んな人に読まれるとは思いもしなかったな。
しかし原作タグのddに全然移れないせいで皆さんには申し訳ないことをしている。
ひとつ弁明させて貰えるなら、とあるddキャラの魔改造をしたいが為にシグルドとの関係を持たせたかった。そのあたりを簡単に書こうとしたけど気づけばこんなに長くなってた。
本当にごめんなさい


グリームヒルドの姦計に乗ったグンナルは、英雄に嫉妬を覚えた。

 

少し前に国を訪れたばかりのシグルドは、英雄として、そして一人の男としても理想的な勇士だった。

智にすぐれ武を極めし、魔剣に認められた男。

理性を湛えた瞳はあらゆる真価を見抜き、氷のようと揶揄される面持ちは見た者の心を奪う。

竜殺しという偉業を成し遂げ、その名声は大陸中に広まった。

つい最近になって耳にした噂では、ブリュンヒルデを伴侶として定めたという話まで出る始末。

 

何よりも(つよ)く、気高く、神々も認める最強の英雄。

総てにおいて敵わないと、本能が認め屈してしまった。

 

グンナルも男だ。誰よりも何よりも上に立ち、その頂から地を見下ろしたく思う。あらゆる者からの賞賛を、その一身に受けたいと思う。

だからこそ考えてしまうのだ、もしシグルドのように強くあれたら、シグルドの立つ頂に居るのが自分だったらと。

 

そんなグンナルがこのブリュンヒルデへの求婚の旅に出る事となったきっかけが訪れたのは、シグルドが来訪して4日目の事だった。

 

最近はよくシグルドがグートルーネと共に居る所を頻繁に目撃するようになった。ただの話ごとにしてはお互いの距離が近すぎる気がする。

 

グンナルは訝しんだ、シグルドはブリュンヒルデを伴侶として定めたのではないのかと。男としても英雄としても完成されたあの彼が、他の女に現を抜かすのだろうか。

 

その疑問を抱いた夜、グンナルは母グリームヒルドから答えを明かされた。

シグルドをグートルーネの伴侶として迎え入れ、その為にシグルドへと愛する者の記憶をなくす忘れ薬を飲ませた事。

 

グンナルはそれを聞いても、特にこれといった感情を感じはしなかった。

続けて実の母より聞かされた姦計の続きが、グンナルにとっては眉唾ものの話だったからだ。

 

ブリュンヒルデとの婚姻を結び、妻として迎える事。

 

それを聞いたグンナルはすぐさまその光景を夢想し───

 

即座に、口を三日月の形へと歪めた。

 

麗しきブリュンヒルデ、英雄が愛しただろう女。

そんな彼女を妻として迎えたのならば、それはどれだけ────────

 

 

 

────どれだけ愉快なのだろう。

 

総てにおいて劣るグンナルにとってその報せは、崩れかけた自尊心を修復し更に肥大化させるには十分すぎるものだった。

 

かくして、グンナルはグリームヒルドの姦計に乗り、早速ブリュンヒルデへと手紙を(したた)めた。あなたの全てが欲しい、この婚姻を受け入れよと。

 

返事は、すぐに帰ってきた。

 

それにはこう書かれていた。

我が夫とするのは試練を乗りこえた者のみ。炎を越えて我が下へ参じた者のみを、相応しき夫として認め、迎え入れる。

 

すぐ様グンナルはシグルドと義兄弟の契りを交わし、この求婚の旅にシグルドと数十名の勇士を連れて、堂々と出発したわけである。

 

「おいおい、冗談だろ·········」

 

そのグンナル達は今、眼前に立ち塞がる炎の壁を前に立ち往生していた。

 

何者も通さぬ炎熱の壁。来るもの拒む炎の塀に、グンナルも勇士達も尻込みしてしまう。

 

「こんなのどうしろってんだ·········」

 

「俺たちじゃあ無理だよこんなの」

 

「狼狽えるな!この程度の炎の壁、越えずしてなんとする!!」

 

狼狽する勇士達を咄嗟に諌め、鼓舞を飛ばすのは流石と言えるだろう。

しかしてグンナルも、心中は穏やかではない。

明らかに身の丈を超えている試練に気後れし、いますぐにでも退きたいとすら思う。

 

(どうすんだよこんなの······!)

 

しかしやはり、かの大神の娘であるブリュンヒルデは妻として迎え入れたい。なによりも気高く美しい戦乙女は、正に自分のような者にこそ相応しい。ここで退いて玉無しの臆病者と謗られるのも癪であるし、シグルドをある意味で超えたとも取れるのなら、光り輝く黄金よりも迷わず手を伸ばす事だろう。

 

「シグルド、ちょっと来てくれ」

 

故に、奇策を弄することにする。

 

「なあシグルド、俺に扮してあの炎を越えることってできるか?」

 

「········可能だ」

 

「良し。ならシグルド、俺の代わりに求婚しに行ってくれないか?」

 

「それは······」

 

征ける可能性のある者に、試練を乗り越えてもらう。

浅知恵ではあるが、それがグンナルの導き出した解だった。

 

「いいかシグルド、俺は普通の人間だ。お前みたいな馬鹿げた力も頑丈な体も持ってねぇ。越えようとした所で、呆気なく炎に焼き尽くされるのがオチだ」

 

身も蓋もない言葉だが、それが現実である。

 

「だったら代役を立てればいい。試練を乗りこえた者を夫として迎えるって言ってたが、それが扮した別人であろうと試練を課したやつからすればそいつが乗り越えてきたと認識するハズだ。俺は分かりきってる破滅に進んで歩みを進めるほどバカじゃねぇし、そんなしょうもない事で死にたくない」

 

「だから、な?友を助けると思って協力してくれ。お前の活躍が分かればグートルーネのヤツも喜ぶだろうさ」

 

義兄弟の契りをかわした英雄へ、そんな魔の響きを吹き込んでいく。

当人の預かり知らぬ内に、自らの愛の証明を断てと。そう誘導していく。

 

「·········承諾した」

 

「よっし!流石は友だ!それじゃあ早速格好を取り替えて」

 

「不要だ、その程度の変装ならば当方の持つ誤認の作用を起こすルーンで───」

 

賄える。そう続けようとしたシグルドはふと、自身の記憶に違和感を覚える。

 

(当方はいつ、このルーン魔術を習得した?誰から教授した?)

 

思い出せない、その記憶が。深く深く記憶の海に潜り、該当する場面を探すも一つとして見つからない。

まるでその記憶だけか削ぎ落とされたかのように、大きな違和感が残る。

 

(なんだ、当方は何を忘却した······?)

 

 

 

ブリュンヒルデ。喪った記憶の欠片を、シグルドは未だ思い出せない。

 

 

そして、その瞬間は訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦乙女が目にしたのは、炎を超えて現れた記憶にない見知らぬ人───ではなく。

見知らぬ者に扮した、彼女が愛した英雄だった。

 

それはいったい、どれほどの絶望だったのだろう。目の前にいる戦乙女を求めた誰か、その装いへと変じた彼は、ブリュンヒルデを見てもどのような反応も示さなかった。

 

グートルーネ姫と結ばれた竜殺し。

ブリュンヒルデもその噂を聞いていた。

 

何故、どうしてと嘆くと同時に、やはり運命に逆らう事は出来なかったと、自分達の辿る道に幸福はないのだと知らしめられた。

 

「我が名はグンナル。ギューキ王とその妃グリームヒルドの子であり、此度貴方へと畏れ多くも婚姻の契りを結び、夫婦となるべく馳せ参じた次第である」

 

二人の愛も、運命の前には無力でしか無かった。

 

「貴方の提示した試練を越えて、今ここに立っている。相応の勇を示したと此方は自負しているが、貴方から返答を頂きたい」

 

ここまでだ。最も求めていた幸福には、最早届きえない。

 

「ブリュンヒルデ、我が愛を受け入れよ!」

 

シグルドが扮しているとはいえ、グンナルはブリュンヒルデの課した試練を乗り越えた。だれもがそのように認識した。

 

「───っ」

 

嫌だ、(いや)だ、イヤだ、いやだ!

 

認めたくない。シグルド以外の男から愛され、愛さねばならぬなんて。

 

受け取りたくない。シグルド以外の男に貪られ、求められるなんて。

 

見せられたくない。シグルドが私以外と結ばれ、笑顔でいるなんて。

 

許せない。赦せない。ユルセナイ。

 

ここに居ない誰かを、こんな運命を齎した誰かを、この結末に導いた運命そのものを。

 

憎悪し、憎み抜いて、全て呑み込んでやる。

 

決して消えぬ、この炎で。

 

「────は」

 

その為には、形だけでもグンナルという誰かを愛さなくては。

 

決して許さない。私に偽りの愛を語らせた事を。

 

決して赦さない。私に偽りの愛を実らせる事を

 

 

決して、決して、ユルサナイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲劇へ向かう最後のピースが嵌められる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、ブリュンヒルデの待つ塔の屋根が、跡形もなく消し飛ばされ───

 

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 

悲劇覆す魔竜の咆哮が、世界の全てを埋めつくした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロギア───!?」

 

「えっ······!?」

 

戦乙女を守るべくして天高く聳え立つ石の巨塔、その屋根を吹き飛ばして現れたのは、紫の紋様を浮かばせる黒き魔竜。

 

魔竜アクノロギア。シグルドと共に歩んだ異形の盟友が、空を裂いて現れた。

何故ここに、思考が追いつかないシグルドと目の前の竜があのロギアという事に驚愕を隠せないブリュンヒルデ。

 

その意味は、間もなくして明かされた。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

「きゃ───!?」

 

「なっ!?」

 

あろうことか、アクノロギアは未だ混乱の渦中にいるブリュンヒルデを掴むと、その巨大な黒翼を拡げて空へと飛び上がった。

為す術なく魔竜の手中に収められ、今にも連れ去られようとするブリュンヒルデ。

 

「シグルド──!」

 

「!?」

 

その最中(さなか)に、彼女は呼んでしまった。

 

愛した男のその名を。記憶を無くしたシグルドからすれば会ったことも無い彼女が、知るはずもない己の名を。

 

「なんだありゃ·········!?」

 

それを、グンナルは物陰から見上げていた。

共した勇士達から離れた場所で、花嫁となる女を容易く攫った魔竜の姿を。

 

遠くで勇士達の悲鳴が聞こえるが、グンナルとしてはそんなものどうでもよかった。

 

「クソがっ!!どうなってんだよいったい!!」

 

余裕をなくしたグンナルは想像通りに行かない現実に悪態をつく。

せっかくの計画が、ようやく全てが上手くいくとふんでいたのに。

卑しき策略家は怒りをあらわにした。遠くへと消えていく魔竜の背を、恨めしく睨みつけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故──何故だ!!」

 

破壊された家具の残骸と、塔の一部だった石片の山。

それらに囲まれ一人取り残されたシグルドは、遠くへと消えていく魔竜の背を見送り───痛む頭を抱えて叫んだ。

 

「何故当方は、俺は!ブリュンヒルデを忘れていた!!」

 

何時だって彼は、愛しき女の事を考えていた。

片時も忘れたことは無く、片時も思わずには居られなかった。そんな、シグルドにとって最も大切な者の名を、今この時まで忘却していた。

 

なんという不甲斐なさだ、なんと愚かしいのだろうか。

許されるなら、いますぐにでもこの身を滅茶苦茶に引き裂いて、消えぬ痛みと傷を延々と与え続ける責め苦を自らに課し続けるだろう。

 

「片時たりとも、ブリュンヒルデを忘れる事など無かった、ありえなかった!なのに俺は、我が愛を······!」

 

その愛は最早異常だと、彼自身も理解していた。

余りにも重すぎる自分の愛は、いつかブリュンヒルデに無理を強いてしまうのではないかと恐れていた時もある。

 

そんな自分が、何時だってブリュンヒルデを思っていた自分が、ブリュンヒルデを忘れるなどと。

 

記憶を探っていくと、ある時からまったくブリュンヒルデの事を考えることのなかった時間が発生していた。

 

その起点となったのは、ギューキ王の城を訪れた日。部屋に通され、国を治めし者と謁見した時だった。

 

あの時から。

 

 

妃より差し出され勧められた飲み物を、口に含んだその瞬間から。

 

 

「おのれ、グリームヒルド······っ!」

 

 

ようやく、英雄は愛する者の名を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

北欧断章、ヴォルスンガ・サガ。

悲劇として綴られた物語が、喜劇へと変わるピースがついに揃った。




絶望の後には、希望が待つ。

惨憺たる悲恋劇(グランギニョル)はこれにて終幕。
これよりは、魔竜と竜殺しにより綴られる、ありふれた英雄譚。


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大衆騙る演者の仮面

最近運営対処される感想が増えた気がする。
筆者としてはとても面白い物ばかりと思うが、何故だろう?

気のせいかもしれないけど、最近は特に異常な気がする。


ブリュンヒルデの誘拐。

 

試練の最中に起きた特大のハプニングに勇士達は慌て、グンナル率いる試練へ挑まんとした者達は一度、国へと戻った。

あの竜と戦うならばそれ相応の装備を整える必要があると。

 

しかしその帰還は、怯えて逃げ帰ったただの敗走となんら変わりなかった。

 

「かの竜を打ち倒し、ブリュンヒルデを救い出す!俺に付いてくる者は剣を取れ!」

 

グンナルが剣を掲げて、勇士達へもう一度激を飛ばす。

それに応じる勇気あるものは、居なかった。

 

あの竜を目にして、真っ先に浮かんだのは己の死だった。

何をやっても意味をなさない。足掻いたところで容易く潰される。

そんな恐ろしき怪物を相手にするだけの勇気を、彼らは容易くへし折られた。

屈した勇士達を見る、民たちの恐れを孕んだ瞳。

国中の民がこの場に集い、倒れる男達の介抱に務める。

それだけの恐怖を味わったのかと戦慄して、彼等の帰還を心の内で讃える。

 

「どうした!?お前達の勇気とはその程度のものなのか!?」

 

誰も立ち上がろうとはしない。

そもそもとして、グンナルは人望が小さかった事もこれに起因している。

これといって嫌われているという事実は無いが、同時に忠誠を受けるほどの人徳も持ち合わせていなかった。

それを差し引いたとしても、絶望へを具現化したかのような恐ろしき竜相手では、こうなるのも無理は無かった。

 

「·········」

 

その隣に立つシグルドは険しい面持ちのまま、情報の整理に徹する。

ロギアがブリュンヒルデを攫った訳とは、その理由は。

 

(ロギア······お前は)

 

六日目の夜、ロギアが憤怒を露わにしてシグルドに詰め寄ったあの日。

あの時のロギアは、自分を思ってあれだけの怒気を放っていたのか。

頭が上がらない思いだ。

 

「な、なぁシグルド······」

 

縋るような思いで詰め寄るグンナルに、シグルドは冷たい眼差しを向ける。

 

「お前は付いてきてくれるよな?なんたって俺たち義兄弟だもんな?今こそ竜殺しの出番だもんな?なあ······?」

 

義兄弟の契りを交わしたグンナル。ブリュンヒルデを我が物にしようとする、姦計弄したグリームヒルドの子。

蚊の鳴くような弱々しい声で、グンナルは最後の希望に縋り付こうとする。

 

「なあ頼むよ······じゃないと──」

 

「それは許されません。グンナル兄様」

 

多くの人々が集まっている広場(だんじょう)へと、一人の演者(しょうじょ)が上がった。

雑多の人波の中を悠然と進む、凛とした風格を漂わせし少女は、今姿を現した。

 

「グンナル兄様、試練はまだ続いております。その試練に、他の力を頼りにする心積りで挑むおつもりですか?」

 

「グートルーネ······?」

 

魔竜の共犯者、姫君グートルーネ。

彼女は与えられし役を演じ、最後の仕上げにかかる。

 

「グンナル兄様。貴方はかの戦乙女ブリュンヒルデ様への求婚の試練、炎を越えて直接相対する事を条件としたこの試練を、自らが越えられぬからと挑むことをやめ、シグルド様に自分に扮して変わりに挑戦するよう命じた。違いありませんね?」

 

「な───何を言っているグートルーネ!?この俺に泥を塗るつもりか!?」

 

「質問しているのはこちらです。私を糾弾して強引に話を変えようとしても無駄ですよ。とはいえ、グンナル兄様が試練をシグルド様に任せたというのは、既に分かりきっている事ですので構いませんが」

 

「姫様!それはいったいどういう!?」

 

「今言った通りです。我が兄グンナルは試練を越えられぬと悟り、しかしブリュンヒルデ様との婚姻をものにしたいと願った兄様はシグルド様に命じたのです。俺に姿を変えて、炎を越えブリュンヒルデへ求婚せよと」

 

「言いがかりはよせ!!いったいどういうつもりだグートルーネ!!」

 

グートルーネの浮かべる表情はいつものような穏やかなものではなく、為政者として、国を治める責任を持った王のように厳格な風格を醸し出す厳かな面持ちだ。

普段の姫を知る者達からすれば、余りにもギャップの激しい姿。

そんな姫はまるで全て見てきたとでも言わんばかりに不義を働いた実の兄グンナルを責め、この場に集う全ての者達の視線を一箇所に集めている。

 

「第一、どうしてそんな分かりきったかのように言えるのだ!?仮に俺が不義を働いたとして、どうしてそれがお前に分かる!?」

 

「分かりきったかのようなではなく、既に分かりきっているのです。先程も言った筈ですが」

 

狼狽するグンナルを一瞥し、グートルーネは台本の通りに登場人物の台詞を読み進めた。

 

「私がそれを知っている理由、簡単ですよ。私グートルーネは先程、大神オーディンより神託を受け、事の全てをお聞きしました」

 

民衆達の間でざわめきが起こり出す。

大神オーディンからの神託。北欧の最高神から直々に賜った、神のお言葉。

それが何を告げ何を引き起こすのか、民衆達の不安を駆りたてる。

グートルーネが一言、静粛にと口を動かしただけで人々の口に戸が立てられる。続けて、グートルーネは話を次へと進めた。

 

「心してお聞きください。これより私が、大神オーディンより賜った言伝を一言一句違えずに読み上げます。どうかお聴き逃しのないように」

 

そして始まる、グートルーネの一人語り。

 

「大神はこう言っておられました。『試練に臨みし者グンナル。貴様の取った選択は我の最も嫌う臆病者のそれである。己に足りぬ力を他より借りるという考えは容認できる。しかし貴様は武も振るわず、優れた智も輝かず、自らには不可能と挑戦もせずに諦め嘆いた挙句、その成果のみを手にするべく他の者に試練を肩代わりさせるなど言語道断。我はその行いに失望したぞ』」

 

大神より賜った神のお言葉。それはもちろん、アクノロギアが考え彼女が実行した、盛大な大嘘である。

 

「『我は怒りを抑えられぬ。このような事で我が娘も同然であるブリュンヒルデを妻に迎えようなどと、片腹痛い。故に我は、さらなる試練を与える事にした』」

 

シグルドとブリュンヒルデを妨げる最後の壁、卑劣なるグンナルの意思を完膚なきまでに叩き壊すために。

 

「『我が遣わせた魔竜にブリュンヒルデを攫わせた。真にブリュンヒルデを欲し、愛するというのなら、この魔竜を打倒しその五体で以てブリュンヒルデを抱きとめよ。この試練を乗り越えたならば、ブリュンヒルデを妻とする事を許す』───以上です」

 

したり顔で騙り切ったグートルーネは浅く息を吐く。

 

アクノロギアが用意した台本。それはオーディンの名を騙り乱入したアクノロギアを神の使いと勘違いさせた、壮大過ぎる自作自演だった。

その企みを確実にさせたのは、蝶よ花よと育てられた姫グートルーネの存在だった。

彼女のとる挙動、あたかも真実のように見せかける語り口。

偽り語る姫君の言ノ葉は、静聴する民衆の心へと溶け込んでいく。

今この時、世界を舞台にした最古の舞台演劇が繰り広げられ、それを織り成す演者が偽を真にするべく謳いあげた。

その真偽は、誰にも分かりはしない。

 

「兄様、以上のようにかの大神は大変お怒りです。しかし大神は罰を与えず、これをさらなる試練と定めました。未だにブリュンヒルデ様を諦めないというのなら──証明してください、貴方自身の力で以て。シグルド様のお力を借りる事は、何があっても許しません」

 

ガシャンと、鎧が地に崩れ落ちる音が響く。

試練に挑まんとし、代役を立てたグンナルが膝を突いた音だった。

 

大神の怒りを買った。偽りの大神宣言はグンナルに、酷く絶望を齎した。

 

恐怖に打ち震えるグンナルを一瞥した後、グートルーネは隣で直立不動を保つシグルドへ歩みを進めて。

 

「そして、私もまた許されざる罪人です」

 

頭を深く、夫であったシグルドに下げた。

断罪を待つ咎人のように、その素っ首をさらけ出して。

 

「どうか聞いて下さい、シグルド様。そして民達よ。私の行いし愚行を、その全容を」

 

これより先はアクノロギアの台本にもなかった、グートルーネの即興劇。義理堅きシグルドに最後の後押しをするべく、彼女が臨みし──

 

「告白します───私は、罪を犯しました」

 

最後に裁かれるべき、己の断罪を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、許されざる大罪を犯しました。自分の幸福を手に入れるために、他者からそれを奪ってまで」

 

姫は罪咎の詩を奏でた。

躊躇いを残した英雄を、後ろ髪引かれることなく送り出すために。

 

「私はシグルド様に恋をしました。決して届かない過ぎた願いでしたが、叶うならば結ばれたいと、浅はかにも思ってしまった」

 

それは彼女なりの覚悟だ。

戦地に赴く戦士ではない彼女には、簡単に死を決める覚悟など決めようがないから。

 

「シグルド様には、既に愛した人がいました。私では到底敵わないほどに強く気高いお人に、私のような者には入り込む余地などないくらいに」

 

同時にそれは、後悔の詩でもあった。

 

「それでも未練がましく、シグルド様を欲しいと願った私は愚かしくも、決して許されぬ無体を働いたのです。この国へ来訪なさったシグルド様にあろう事か、ある特定の記憶を忘却させる妙薬を盛ったのです」

 

母が犯してしまった罪、それすらもグートルーネは背負い込んだ。

母は仮にも国を治める者であり、国を護る義務がある。

ここで母の罪が明らかになり民達から糾弾されてしまえば、父ギューキ王はそれを鎮められないだろう。

それだけは避けたかった。国を支える者なくば、繁栄などありえない。

グートルーネはそれを理解し、背負う必要のないものまで背負ったのだ。

 

無論、そこまでの覚悟を決めたのはなにも国を思ってのことだけでは無い。

図らずも幸せを奪ってしまったことに対する負い目が、たとえ非が無かろうとも知らずうちに罪を犯したことに対する後悔から来る責任を感じたからだ。

 

何故ならグートルーネには分かってしまうのだ。自分がブリュンヒルデの立場であったなら、それが世界が何度滅んでも尚消えぬ絶望に近しいからと理解出来たからだ。

 

「結果として、私はシグルド様と結ばれる事が出来ました。そうして得た幸せはとても輝かしくて、同時に──辛くもありました。彼から真なる愛を奪ってまで得た幸せを謳歌して、恥ずかしくないのかと」

 

「グートルーネ······」

 

グートルーネの零す懺悔を、シグルドは静かに聞いていた。

この一週間記憶を失い彼女を愛したシグルドにとって、グートルーネは偽りの相手。されど、そこには確かに真なる愛があった。

グリームヒルドに嵌められたとはいえ、彼女に自然と惹かれて行ったのは自分自身だ。彼女と結ばれようと思ったのも、シグルド自身の意思だった。

 

シグルドは気付いている。自分を嵌めたのはグリームヒルドであって彼女ではないと。しかし彼女は、母の犯した咎さえも自身の罪として受け入れた。

シグルド自身が擁護しようとするのは簡単だが、それをする事は憚られた。

何故なら、彼女の瞳には覚悟の炎が燃えていたからだ。

どれだけ罪を背負ってでも国を守り、そしてシグルドに真なる愛を取り戻して欲しいと願う、気高き女の覚悟があったからだ。

それをいったい、誰が止められようか。

 

「そして──」

 

グートルーネは裾から一枚の羊皮紙を取り出した。

それは、婚姻の契りを交わした夜に、シグルドと名を書きあった誓いの証。

現代で言う婚姻届のような役割持つ、結婚の証明だった。

 

グートルーネはその婚姻の証の上部を両手で摘む。

最後の仕上げを、覚悟の証を示す為に。

 

「───っ」

 

やはり、それを破るのは躊躇われる。

当然だ、今ある幸福を自分から投げ出す行いをしようとしている。

それを成してしまえば、もう二度と引き戻せない段階にまで行き着いてしまった。

恐怖は、やはりある。

しかし、後悔は無い。

 

そうすることで、愛した者が真に幸せを手に出来るなら。

 

彼女(恋する乙女)は何度だって、その為に総てをかけられるのだから。

 

「さようなら·········!」

 

小さく呟いた悲しみに満ちた訣別の言葉と共に、手に在った誓いの証を破り捨てる。

ビリビリと恋が引き裂かれる音がした。

幸福を、自ら打ち捨てた。

 

周囲が息を呑む。

せっかく成った結婚を、自ら破り捨てた姫の姿に。

 

「これで、婚姻は破棄されました。私には何かしらの罰が下されるでしょうね·········シグルド様、これで貴方はもう何者にも縛られません」

 

「グートルーネ······おまえ!」

 

崩れ落ちていたグンナルがグートルーネへと駆け出した。

胸ぐらを掴みあげ、絶叫を上げた。

 

「分かってるのか!?今自分が何をしたのかを!!」

 

「勿論分かっています。しかしそれがどうしましたか?」

 

「······っ!」

 

「兄様、私は耐えられないのです······愛した人に嘘をつき続けるという事が───それに、真なる愛を奪ってまでして、私はシグルド様に愛されようとは思いません」

 

彼女は既に決意したのだ。好きだった人を諦めることを。

 

それは実の兄であっても、止めることなどできない。

 

「シグルド様、貴方を謀った私の最後の願いを、聞き届けてくださいますか?」

 

深い悲しみを悟らせぬよう努める彼女は、やはり薄く笑っていた。

その笑顔の裏に、嘆く本心をひた隠して。

 

「ブリュンヒルデ様を攫いし恐ろしき魔竜を打ち倒し、その身に真なる愛を取り戻してください。それだけが、かつて貴方と結ばれた愚かな女の最後の願いです」

 

さあ行け、行ってしまえ。行ってくれなければ、きっともう耐えきることなんてできないから。

 

「英雄よ、我が願いに応えよ!」

 

お願いだから、行って。

 

私の恋に、諦めをつけさせて。

 

「───承諾した、姫グートルーネ。その願い、このシグルドが応えよう」

 

彼女の眼前にて跪き、しかと拝命する竜殺し。

 

それを見て、グートルーネはやはり、薄く微笑んだ(涙を飲んだ)

 

人波を掻き分けて、シグルドは友グラニの待つ場所まで駆け出した。

 

後ろ髪ひかれることなく、躊躇すること無く。

 

それが、彼女の最後の望みならば。

 

斯くして、英雄は決戦に臨む。友と愛した女の待つ場所へと。

 

そしてそれを、グートルーネは眩いものを見るように目を細め、遠くへと消えていく背中を見送った。

 

──あぁでも、出来ることならば。

 

「─────行ってらっしゃいませ、シグルド様。私の、たった一人の英雄」

 

貴方の愛する人として、この言葉(行ってらっしゃい)()言いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喧騒が蘇りつつある広場より離れ、シグルドはグラニの待つ馬小屋へと駆け込んだ。愛する者、ブリュンヒルデを取り戻すために。

 

「グラニ!どうか当方に力を貸してくれ!」

 

友シグルドの到着を迎えるグラニ。灰色の神馬の瞳にはようやく来たかとでも言いたげな呆れ半分の色が見えた。

 

「グラニ?それは何だ?」

 

シグルドはすぐ様グラニへ跨ろうとしたその際に、グラニが咥えている物へと注視する。

 

「これは、(なめ)した牛の皮······?」

 

何故こんな物をと思考するが、シグルドはそれの違和感に気づいた。

 

それは手記だった。牛の皮に刻まれた文字の羅列は、このように読むことが出来た。

 

『ヒンダルフィヨルの山頂、お前達の運命の場にて待つ』

 

それが誰が認めたものなのか、シグルドは直ぐに理解出来た。

 

「ロギア·········お前と言うやつは」

 

思えば、トールの来襲から一度別れた後に再会した六日目の夜、あの時もあの魔竜は、自分達を思って何度も訴えてくれたのだろう。

運命に敗れさろうとしていたシグルドを、運命に屈しようとしていたブリュンヒルデを、かの魔竜は救いあげた。

 

「ロギア、お前のような友を持てたこと、当方は誇りに思う」

 

目的の場所は判明した。ならば後は、全ての決着をつけるだけ。シグルドは約束の地へ赴くべくグラニの背に跨り──

 

「待てシグルド!」

 

その前に、後方からの引き止める声を聞いて、振り向く。

 

「なあシグルド、待ってくれよ······これは俺の試練だぜ······?ブリュンヒルデを妻にするための、俺に与えられたソレなんだよ······」

 

追ってきたのは、義兄弟の契りを交わしたグートルーネの兄、グンナルだ。

シグルドはグンナルという男の事を、多少なりとも認めていた。

武技に優れていた訳では無い、智に豊んでいた訳でもない。しかしグンナルは、大局を見極めるだけの優れた眼を持っていた。

物事を俯瞰し、落ち着いて判断を下すだけの冷静さを持ち合わせていた。

それがどうだ?今の彼はまるで生まれたての小鹿のように不安定だ。

グートルーネが騙りし、大神を怒らせたという言葉がグンナルに焦燥をもたらしているのだ。

 

「なぁシグルド、俺にはもうコレしか無いんだ·········試練を恐れて退いた臆病者だなんて吹聴されちまう。俺がブリュンヒルデを妻に迎えなきゃ、証をたてなきゃならねぇんだよ·········それにさ、グートルーネだって悲しむだろ?アイツはああ言ってるけど本心は」

 

「グンナルよ、当方は貴殿の願いに応えられない」

 

追い詰められた彼は縋る思いでシグルドにしがみついた。

しかしそれを、シグルドは確固たる意思で払い除ける。

グートルーネの想いだって承知している。しかし、だからこそ行かねばならないのだ。

 

「当方はブリュンヒルデを愛している。この愛を永遠に貫き続けるだろう。これは義務や予言の是非から来るものでは無い。当方がそのように望み、そうしたいと自らの意思に従った故の解答だ」

 

姦計に嵌められたが故に記憶を失い、誓いを違えるという不義を働いた。

他者の悪意あった故のそれとはいえ、シグルドは己の不甲斐なさを恥じた。

なにより、ほんの数日ではあったが互いに互いを愛し、その愛を諦めてまでも自分を送り出してくれたグートルーネに示しがつかない。

 

「当方はもう二度と、我が愛を違える事は無い。グンナル、たとえ義兄弟の契りを交わしたお前であっても、俺はブリュンヒルデを渡したりなどしない。俺はもう、ブリュンヒルデを離しはしない」

 

もう二度と、彼女を裏切りたくはない。

 

「さらばだ、グンナル。恐らくは、もう二度と相見えることは無いだろう」

 

シグルドとグンナル。二人の距離は永遠に開かれた。

 

もう二度と、お互いの運命が交わることは無いだろう。

 

 

 

 

 

 




魔剣用意。

さあ、終幕まであと少し


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あくのろだいありー9 副題:好きなら好きと叫べばいい

(一日開けて)待たせたな!

ちょっと文の構成に迷ってしまい遅れた。


 

 

〆月ว日

 

計画最終段階、勇者と魔王の決闘まであと少しだ。

 

それにしても良かった。ブリュンヒルデへの求婚が成立してしまう前に無理矢理乱入できて。あれが成立してしまったら完全に手遅れだったな。

 

向こうの方はグートルーネちゃんが上手くやってくれてるだろう。

しかし何故だろうか、なにかよからぬことになってる気がする。

あの時のグートルーネちゃん腹括ってるようにも見えたし。

覚悟完了してた気がするんだよ。

ほんとに神話世界の女性達は揃いも揃って傑物ばかりだ。

でも心配が凄いんだよなぁ······全部終わったら様子を見に行くとしよう。

 

それに強制連行してきたブリュンヒルデの方もヤバそうだ。

無理もないか。ブリュンヒルデからしたら裏切られたも同然みたいなものだし。だからこその原典での結末だしな。

なんで、適当が過ぎるかもしれんがその辺りでとれた魚を食べさせて気力をつけてもらおうと思う。お腹空くとどんどん悪い方に考えちゃうからね。

とりあえず自刃だけはさせないように見張っておかないと。

少しは気が楽になってくれるといいけど。

 

後は······あの子達が来るかどうかだな。まぁ確実に来てくれるとは思うけど。

なにせお姉様の危機だからね。魔王に対するのはなにも勇者だけじゃない。

その共がいてこそ人は戦える。シグルドは確かに強いが、逆にこっちもシグルドを殺してしまいかねないからな。

 

 

さて、グランドフィナーレの前の最後の仕上げと参りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かな風が山肌を撫で、小鳥たちの囀りが谺響する。

 

自然芽吹くヒンダルフィヨルの山頂には、陽炎揺らめく炎の館。

かつて、ブリュンヒルデが眠り続けていた揺り籠にして、二人の運命が交わった場所。

 

いつかの幻想の残り火。今は誰も居なくなった思い出の地に、再び、魔竜は舞い降りた。

 

『ここへと来るのも久しいな』

 

太き竜の剛腕に掴まれていたブリュンヒルデは漸く解放され、懐かしき場所へと足をつける。

懐かしい。ここで出会い、結ばれ、そして別れた。シグルドとブリュンヒルデにとっての激動の地。それはアクノロギアにとっても例外ではなく、この地にて運命が交わったからこそ、いまこの瞬間が産まれている。

 

「貴方は、ロギアなのですか······?」

 

優しい自然の匂いを嗅ぎ物思いに耽けるアクノロギア。

そんな彼へと戸惑いがちに言葉を掛けるブリュンヒルデ。

シグルドがこの巨大なる魔竜を見上げて呟いた、彼の友の名前。

そしてこの竜から、感情の起伏に乏しかったブリュンヒルデに初めて驚嘆という感情を与えたあの幻想種の友に近しいモノを感じる。

 

その問いに、アクノロギアは魔力を放出して答える。

魔力の奔流は吹き荒ぶ突風に姿を変え、思わず目を閉じてしまうくらいの荒風を巻き起こした。

やがて風は収まり、ブリュンヒルデが再び眼を上げると、そこには見知った姿があった。

 

「ロギア······」

 

「フン、今にも落涙しそうな顔をしているな?まぁ、あのような事があれば無理もない」

 

座るのに丁度よさそうな大きさの岩に腰を下ろして、人間態となったロギアはブリュンヒルデを見据える。

まるで初めて出会った時のように······いや。感情を手にしたぶん、より幼い子が道に迷っているようにも見えた。

 

「さて、まずは事の真相を語って聞かせるとしよう。このままでは貴様、自分ごと全て燃やし尽くしかねんのでな」

 

「······っ!」

 

「やはりそうか。まぁ、理解はできよう。しかし冷静になれ戦乙女よ。それはお前が、最も望むものではあるまい?」

 

その為に魔竜は拐ったのだ。彼の知る正しき歴史において起きてしまった悲劇を、微塵に砕く為に。

 

「傾聴せよ、戦乙女よ。この我が真実を語ってやる───初めは、ある女の欲と愛情が起こしたソレだった」

 

魔竜が語る。シグルドを手にしようとした女の欲望を。

 

「お前という愛を既に得たシグルドを娘の伴侶としたいと願った女は、貴様を忘れさせる薬をシグルドめに飲ませ、娘と共に過ごさせた。その娘はとても聡く、そして気高い。まるで貴様を幻視するかのように、魂が似ていた」

 

魔竜は語る、シグルドに真の愛を抱いた少女の願望を。

 

「あれは、善き女だった。この我が認めたのだ、そうでなければあのシグルドがお前を忘れているとはいえ、他の女に現を抜かすなど有り得ぬからな。あの女はシグルドを真に想い、そして尽くした」

 

一時の幸福を手にした女。しかし、魔法の解ける時はやってきた。

 

「なぁブリュンヒルデ、貴様ならわかるはずだろう?同じ者を好いた貴様になら、その女の幸せが············しかして、女は気付いたのだ。自らの幸福は、誰かによって用意されたものであり、その過程に悲しむ者がいると」

 

知らぬ間に奪ってしまった幸福があると。許されざる大罪を犯したのだと。

 

「だからヤツは、その愛を元の者へと返すことを決めた。自らの幸せをかなぐり捨ててでもな」

 

それを深く恥じた少女は夫であった男の愛を、本当に向けられるべき者へ返すことを決めた。

 

「それは·········でも、もう遅いのです。私達は───」

 

「ブリュンヒルデ、その怒りを忘れろとは言わん。しかし理解してやれ。もうじきお前の求めたものが来るのだ。そう辛気臭い(おもて)を見せたところで、ヤツは喜ばんだろうさ」

 

「思うところがあるなら吐露すればいい。今更遅いだと?くだらん。遅くなどない、この我が間に合わせてやったのだ。抑えることなくその愛を叫べばいい。それでもまだ貴様達の愛が許されぬと言うなら、この我が試練となりシグルドめに立ち塞がろう。ヤツならば必ず、我をも越えて貴様の下へと駆けつけるだろうさ」

 

シグルドと共に駆けたこの数ヶ月、魔竜は英雄の弱さ(人間らしさ)を知った。神話に語られる無双の戦士も、その始まりはただの人。

人間が弱さを抱えて、それでも上を向いて空を目指さんとした。その在り方こそが、彼を英雄たらしめる。

だからこそ人は惹かれるのだ。それは、かつて人であった魔竜とて例外ではない。

そんな、愛を叫ぶ一人の男なら。共に旅したあの男なら、ブリュンヒルデの全てを受け止めるだろう。

 

ブリュンヒルデはなにも言わない。心の内で起こる葛藤と戦っているのだろう。簡単には受け入れ難い。でも、もし許されるのなら、と。

 

「そろそろ夕餉にするとしようか。シグルドも明日には来るだろう、その時までにしっかりと休んでおけ。そのような曇った顔では、ヤツも堂々と貴様を迎え辛かろう」

 

決着の時は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いしますオーディン様!あたし達にお姉様の救出を命じてください!」

 

大神の座す玉座の間にて、一人の戦乙女の声が響く。

ワルキューレ統率個体の一つ、ヒルドだ。

彼女達も少なからず神性を有してはいるものの、被造物であるヒルドが自らの産みの親でもある大神に意見することは、本来とても畏れ多い事と言える。しかし、それを唱えているのはヒルドだけではなかった。

 

「お願いしますオーディン様。我々に命じてください、お姉様を救えと!」

 

「かの魔竜が動き出したのなら、これ以上事態を静観は出来ません。どうかご決断を!」

 

残るスルーズとオルトリンデも、大神へ畏れ多くも意見を飛ばす。いや、彼女達だけではない。その他のワルキューレ達もこの場に参上し、ブリュンヒルデを助けるべく動き出す。

現存している全てのワルキューレがここに集結した。

その総数は凡そ150機を超える。

 

「待て、暫し待つのだ我が娘達よ。今はまだ動くべきではない」

 

「ですが!」

 

娘達の訴えにオーディンは頭を悩ませた。

元より勇士の魂を集めるシステムとして創造され、今や戦力の一つとしても数えられる兵器のような存在が彼女達だ。

個体ごとに性格や口調も違うように設定してあるが、彼女達の基本原理は同一。故に、彼女達に感情というものが存在しているのかは怪しいところであり、そもそも自分の意思というものすら曖昧だ。

何故なら彼女達はそうあるように定められたロボットのようなものであり、与えられたものでしか物事を見れないのだ。

 

そんな彼女達の中にも、唯一例外が存在している。

 

ブリュンヒルデだ。

 

彼女達の姉に該当する最初のワルキューレ。スルーズを始めとしたワルキューレ達にとっては憧憬の対象であり、畏敬の念を抱く人物だ。

 

大神の命令を除いて、意思が無いはずのワルキューレ達がまるで人間のような感情と意思を発露させ、唯一最優先事項とする対象。

 

その予想外には産みの親としては喜ぶべきなのかもしれないが、状況が状況だけに容易くは容認できない。

 

それに加えて、地上ではオーディンの神託を騙った少女の奮闘が開演され、ついにオーディンの胃に穴が空きそうな程の痛みを抱え始めた。

 

オーディンとしてはグートルーネの行いは特段目に余るわけでもなく、寧ろ己が全てをかけた一世一代の大嘘を吐いた彼女の心意気は賞賛に値する。

 

しかし、大神の意を騙った事実を北欧の主神として裁かなければ示しがつかないという面倒な(しがらみ)にまとわりつかれ、考えたくもない事態が山のように積み重なる。

 

どうしたものか······主神が眉間に多くの皺を生み出していくのを見兼ねて、傍にて見守っていた雷神トールと豊穣神フレイヤがらここぞとばかりに助け舟を出す。

 

「お前達、それまでにしておくのだ。父上も困っておられる」

 

「ですがトール様!」

 

「お前達の思いが理解出来ぬ訳では無い。しかし父上も悩んでおられるのだ。なにせ、事の中心に居るのはあの魔竜。そう簡単に決を下し、命ずるべきなのかと見極めておられる」

 

スルーズ達の嘆願も理解できるが、それ以上にトールは険しい顔を晒すオーディンの心労が心配であった。少し前の独断行動を行った身で言うのはおかしいかもしれないが、目に見えて胃からくる痛みに耐えている父の姿を見るのはとても辛い。

 

「フレイヤよ、お前からもなにか言ってくれ」

 

「私はいいと思うわ。行かせてあげなさいな」

 

「そら、フレイヤもこう言って───うん?」

 

もう一柱の神、フレイヤからも助け舟が出される。しかしそれはオーディンへ向けてではなく、ワルキューレ達へ向けて出航した。

 

「·········フレイヤ、どのような打算を以てその解を得た?」

 

「多分だけど、あのドラゴンとシグルドがぶつかったら冗談じゃなくここが消し飛ぶわよ?あの子は人間だけど、それでもオーディンの曾孫ヴォルスングの血を引いているから神性もあるし、全力全開のグラムとぶつかりあったら何が起こるか想像もつかない。その上限がここの崩壊ってだけでね。最低限状況の仲裁を行えるかもしれない存在を派遣するべきってだけよ」

 

フレイヤの言う事はオーディンにも理解出来、頷けるものだった。

確かに、このまま静観を続けた所で状況が好転することは無い。むしろあの二つの存在の全力がぶつかり合えば、どのような結末へと転がるのか全く予想がつかない。

最悪を防ぐ為の予防策、成程。確かに筋は通る。

 

「そうなると、トールはまだ万全の状態じゃないしオーディンもここからは動けない。ヘイムダルを呼んでもいいんだけど彼じゃ太刀打ちできないかもしれないし、私も戦神ってわけじゃないから無理。フレイはこの前のトールの戦いにあてられて旅に出るって言って出てっちゃったし、ロキはこの状況こそを望んでいるだろうから論外。今から他の神を呼ぼうにも時間が足りないわ。となると、ある程度の戦闘能力を持っていて今すぐにでも動かせる戦力。それも軍単位で運用できるなら言うことは無いわね」

「·········」

 

「オーディン、ここは彼女達に任せるべきよ。それが一番いいと思う」

 

「······その根拠は何処から来ているというのだ」

 

「それは勿論、女の······いえ、女神のカンよ」

 

そう言ってのけて、北欧の愛の女神は誰をも魅了する微笑みを湛える。

全てに決定を下す主神は一つ重いため息を吐いて、愛娘(ワルキューレ)達の嘆願とフレイヤの提案を受け入れた。

 

(それにこの状況、多分あの魔竜が意図して起こしたんだろうしね······面白そうだし乗ってあげるわ、策士なドラゴンさん?)

 

天界の神々、アースガルズはその瞬間、傍観者でいることをやめた。

色々な意味で目が離せない、魔竜の企みを完全なものとするため。

 

豊穣神は、その決闘を今か今かと待ち侘びる。

 

(それはそれとして、大地をめちゃくちゃにした責任はどうとってもらおうかしらね······)

 

同時に、先日の戦いの余波でメチャクチャになった大地について、後ほど魔竜(あくのろさん)へと問い詰めると誓った女神だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北欧の空に黎明の明かりが差す。

悠久の時を流れる空には、黄昏を越えて再び太陽が昇る。

竜の息吹で満ちたヒンダルフィヨル山、竜が棲みし自然の牙城にも陽光が降り注ぐ。その地へと足を踏み入れるのは、叡智を手にした竜殺し。

袂にて煌めくは、陽光を受けて輝く竜を滅せし太陽の魔剣。

 

戦士の王が、大地に立つ。

 

『来たか·········竜殺し』

 

懐かしき場所に、黒き巨竜が降り立ち、英雄の前に立ち塞がる。

かつて竜殺しが討ちし黄金を護る悪竜のように。

その背には、かつて過ごした炎の館と、その揺り籃にて眠っていた愛しき者が居た。

 

「ロギア······当方はお前になんと言えばいいのだろう。当方は───」

 

『竜殺しよ、剣を構えよ。まさか語らう為にこの場へと参ったのではないだろう?』

 

謝罪を、不甲斐なき自分に正気を取り戻さんと奔走した、真なる友へ感謝をと。しかしてその言葉を遮るのは他でもない、友である魔竜自身だ。

 

『我は竜だ。求め、欲し、奪い、喰らう。黄金が如き強欲が意思を持ち、あるがままに碧天(そら)を翔け地に君臨する、魂宿りし天災。それが竜だ。そして貴様は、この我を打ち倒すべく参上せし稀代の英雄。違うか?』

 

いつかの日、初めて両者が出会いし時に魔竜が語った、己という存在を指す竜としての在り方。魔竜はそれをもう一度、竜殺しへと認識させる。

 

『我は貴様から真なる愛を奪いし邪竜。そして貴様は、ブリュンヒルデめを救わんと再起する一人の男だ。その雌雄をつける戦いが、舌戦というのはあまりにも映えぬだろう?なにより、そのような事をしても我が愉しめぬのでな』

 

武を示して、愛をとりもどせ。

 

『来るがいい竜殺し、我が魔竜として呼ばれしその由縁を、今示そうではないか。貴様の持つ竜屠る太陽の魔剣と、我が秘奥にして絶対の魔法、滅龍の力。どちらが上かを、今、この場にて雌雄を決しようぞ』

 

「───了承、した」

 

それは友からの試練と、ブリュンヒルデを取り戻す最後のチャンスだった。

既にこの身は不義を成した、英雄とも呼べぬ哀れな男。

きっともう、ブリュンヒルデの隣には立てないのかもしれない。

 

でも、それでいい。

 

たとえ愛する者の刃を受けようと、甘んじてその痛みを受け入れよう。

この命を断てと言うなら、喜んで捧げよう。

それを以てして、二度と揺らがぬこの愛を証明できるというならば。

 

そのための足掛かりを得るための、この最後の偉業による証明を。

 

「我が絶技の全て、余すことなく味わい尽くせ───邪竜、滅ぶべし」

 

『良い、それで良い───それでこそだ、我が盟友』

 

そのためには、ブリュンヒルデの前へと行くためには。

 

お前が邪魔だ、我が友よ。

 

「我が名はシグルド。父王シグムンドの子にして、魔剣を操りし戦士なり」

 

『絶対の個、魔を統べる翼。魔竜、アクノロギアである』

 

御伽噺に語られる、勇者と魔王の決戦。

 

しかし、最早これはありふれた英雄譚などでは無い。

 

禍を引き起こす者(ベルヴェルグ)のなんたるか、この一戦にて貴殿は知るだろう!」

 

『我が滅竜の秘奥、その身で以て味わい尽くせ!竜殺し!!』

 

崇高な願いも、正当な目的もない。

余計な柵など、なにもかも打ち捨てた。

魔剣使いは、愛した人を取り戻したい。

黒き魔竜は、再び二人の絆を繋げたい。

 

そうして臨む、最後の一戦。

全てのものに見せかける、滑稽で壮大な三文芝居。

されど、この一戦に一切の遠慮はない。

 

竜殺しは、この一戦を以て不義の償いを。一度は(たが)った誓いに殉じるべく、最も(おお)きな試練へと。

魔竜は、この一戦で以て英雄を殺す。戦士としてしかあれぬと自戒せし、魔剣の担い手をヒトへと戻さんと。

 

 

故に、今ここに立つのは

 

 

ただの、二匹の(おとこ)だった。




好きなら好きと叫べばいい、何を迷う必要がある。

それでもまだ迷っているのなら、そう叫ばせてやろう。

次回、輝きを放て、太陽の魔剣


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輝きを放て、太陽の魔剣

ここに、二次創作の本懐を


ヴォルスンガ・サガ。

 

それは、北欧の神話体系を舞台とした人の紡ぎし英雄譚。

現代を生きる者にとっては、この御伽噺に登場する人物達がゲーム等で使われ、それを機として知った者が大半を占めていることだろう。

 

その中でも特に名が知られているのは、最強の竜殺しと目される英雄シグルド。

誰もが知る神話の英雄。されどその道行きは、華々しいものでは無かった。

 

シグルドは悲恋の先に最後を迎えた。愛したものを忘れさせられて、親友とした者により謀殺された。救いも報いもない、憐れな最期を遂げた。

 

それが、正しき歴史において語られる、英雄シグルドの物語。

 

 

だが、そんな悲劇など見飽きただろう?

 

 

ならば塗り替えよう、この残酷な結末を。

 

悲劇では終わらぬ、喜劇による大団円を

 

ハッピーエンドを夢想しろ。バッドエンドを棄却せよ。

 

これなるは、魔竜が紡ぐ救済の夢。

 

 

 

──これは、真なる愛を貫き通す、人間たちの物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒンダルフィヨル山の頂きに、谺響する咆哮が二つ。

 

大地を揺るがし天を震わせる、竜の雄叫びがぶつかり合う。

 

「穿ち貫け!!」

 

裂帛の怒号と、放たれるは灼熱伴う魔剣。

 

破滅の黎明(グラム)。竜を滅する太陽の魔剣が、担い手が突き出す正拳に柄頭を殴られ、射出される。

風を切り音越えて突き進む魔剣の(きっさき)が狙うのは、深淵が如き純黒の竜。

 

『ふんっ!!』

 

竜の体躯に食らいつくべく飛来する破滅の黎明。その刃に触れぬよう、掬いあげるように豪腕を振るい、雷神の雷引き裂いた爪でその身を容易く喰いちぎれる魔剣の刃を打ち払う。

 

「はぁっ!!」

 

真上へと弾き飛ばされた魔剣。その軌道を予測していたかのようにシグルドが高く跳び上がり、くるりと宙を舞う得物の柄を掴み取り。

 

「せぇぇいっ!!」

 

重力に掴まれ落下するまま、眼前の竜目掛けて大上段に振り下ろす。

 

『魔竜の葬翼撃!!』

 

地にて英雄見上げる魔竜は、黒き双翼に魔力を嵐の如く纏わせて、落ちてくるシグルドを挟むように二つの嵐をぶつけ合わせた。

 

「くっ!」

 

シグルドは咄嗟に握っていた魔剣を左手で握り、腰に提げた短剣のうち一本を右手で抜くと、先のグラムと同様に柄頭を殴りつけて発射する。

 

暴風の嵐を掻い潜った短剣は魔竜の片翼へと激突する。堅牢な鱗に覆われた身を切り裂くことは無かったが、片翼から伸びた暴風は大きく逸れて、シグルドの真横を通過していく。

 

「せいっ!!」

 

残った片方を左手で握った魔剣で切り裂く。

萃められた風は霧散し、爆風の様に四方へ散る烈風に乗って、再び魔竜と距離を取った。

 

『ちぃっ!』

 

魔竜が大きく腕を振るうと地が抉れ、岩石級の石つぶてが散弾の如くシグルドへと殺到した。

 

その悉くをグラムで溶断し、埋め尽くされた視界を確保し魔竜を探す。

これはただの目くらまし、本命は死角からの──そう読んでいたシグルドだったが、次なる脅威は真正面か突っ込んできていた。

 

『魔竜の業拳!!』

 

巨大な質量が魔を纏ったアクノロギアの一撃。

あらゆる生命を蹂躙せしめる、魔竜が放つ必殺の拳打。

 

「ぐっ、ぬぅぅぅぅ!!」

 

回避は間に合わない。そう悟ったシグルドは、突入してくる竜の一撃に魔剣を滑らせ、ギリギリの所でいなしきる。

 

『魔竜の──』

 

シグルドの横を突っ切ったアクノロギアは四肢で台地を踏み締めて、身体を回転させて振り向きながら減速する。

そして、口内に灯る燐光が段々と強い光へと変化し。

 

『轟咆哮!!』

 

直後、蒼い極光が吐き出される。

 

莫大な熱量と破壊力を伴ったエネルギー体が虚空を突き進み、シグルド目掛けて飛んでいく。

魔竜の吐き出したブレスが、何をも灼き尽くすレーザービームとなり、たった一人の人間へ過剰なまでの火力が叩き込まれる。

 

直後、着弾した魔竜のブレスは土煙を舞いあげる。

シグルドの立っていた地面が砕かれ、辺りに岩石が散らばる。

 

「甘い!!」

 

巻き上げられた粉塵、土煙で出来た天幕に突如として穴が空く。

シグルドの持っている短剣だ。先のグラムや打ち出された短剣と同様に、高速の拳打を柄頭にぶつけて弾丸もかくやという恐るべき速度で射出される。

 

しかし、それらの短剣ではアクノロギアの体躯に傷を付けることは叶わない。グラムのように竜を滅する概念が付与されていない、他者の武器よりも多少切れ味が良いだけの短剣に過ぎないのだから。

それはシグルドも承知している。そして、それも織り込み済みでこの行動を採択したのだ。

 

『ぬぐぅっ!?』

 

アクノロギアの首の根元に三本の短剣が着弾し、アクノロギアの体が大きく仰け反った。

本来なら弾かれるだけの無駄でしか無かった三本の短剣。シグルドはそれを着弾した際の衝撃を重視させた投擲を行い、アクノロギアの体勢を崩すに至った。

 

「勝たせてもらうぞ───ロギア!」

 

『魔竜の──』

 

好機と見た竜殺しはグラムを握り突貫する。

しかし魔竜は体勢を崩された際の勢いを利用して。

 

『尖爪刃!!』

 

魔力を纏った四肢が踊り、近付いたシグルドを地面ごと掬いあげた。

 

「がっ──!」

 

たった一撃。それを貰っただけでシグルドの身体に大きなダメージが入る。

かつての偉業、悪龍現象を屠った際に受けた悪竜の一撃も決して無視出来ぬものであったが、今回のそれは比較にならない。

しかしそれは当然の帰結であった。

アクノロギアの使いし魔法、滅竜魔法。

別の世界において竜が人に教えし、竜を殺す為に竜に近づく魔法。

シグルドの身体は悪龍現象の心臓を口にした時、叡智を手にしたと言われている。この時シグルドは竜の血と肉を喰らったのだ。

つまり、竜としての特性を得てしまった。

 

なれば、竜を殺す魔法がシグルドにも効果を現すのは不自然ではない。

 

岩石と共に宙を舞って、竜殺しは地へと墜とされる。

 

「ごほっ······!」

 

赤いドロドロとしたものが口から溢れ、垂れた赤が地を濡らす。

先の衝撃だけで、一体幾つの骨が軋み、砕けただろうか。

どれほどの臓器が潰れ、悲鳴をあげたのだろうか。

 

たった一撃でこのザマだ。あのシグルドが、未来において最強のドラゴンスレイヤーと称される北欧最強の戦士が。こうして地べたを這いずりまわっている。

友の有する本来の力。その全てとぶつかり合い、魂を削り合う死闘を行える事を、とても嬉しく思う。

だが今の自分はどうだ?その全てに応えられていない。

こんな醜態を晒す者が、英雄であるはずが。

許されない。この身は常に強き者でなくてはならない。

そうでなければここへと来た意味がない。

なにより、何の関係もない友にここまでのお膳立てをしてもらっているのに、最低限の乗り越えるべき(試練)を前に立ち往生をしているようでは、誇るべき友として隣を歩けぬし、ブリュンヒルデと添い遂げる資格もない。

 

『その程度なのか?いや、その程度のはずがない』

 

視界が己の血で赤く染まった地面を映しているなか、遠くで盟友の声が聞こえた。

 

『これがシグルドだと?これがかの北欧最大の英雄だと?悪龍を討ちし、最強のドラゴンスレイヤーだと?フン!片腹痛いわ!この程度でこの我に、魔竜アクノロギアに勝利するだと?戯けが、我は未だに傷すら負っておらんのだぞ!』

 

まるで嘲るかのような魔竜の言葉。

しかしシグルドには、自分に対する鼓舞と激励の言葉に思えた。

ここで終わるのが、シグルドという戦士の限界なのか?

この程度で精魂尽き果てるのが、シグルドという男の執念なのか?

 

「否、否である!」

 

否、否、否!

 

こんなものでは終われない。終われるはずがない。

もう一度この腕で、五体揃いしこの(からだ)で、我が愛を描き抱くまでは。例え五体を引き裂かれようと、魂を微塵に砕かれようと、この胸の奥にて燻る炎を貫き抜かねば、たとえ死んでも死にきれぬ!

 

「魔剣、再起動!」

 

『なに?』

 

ならばその炎、白く燃え尽き果てるまで、紅蓮の輝きを灯すべし!

 

「グラムよ、当方の猛りに応え、荒ぶるままに激動せよ!!」

 

破壊の黎明が再点火する。担い手の激情に感化されたかのように、竜の血を浴びた翡翠の刀身より赤き炎が吹き荒れる。

消えぬ炎、何者にも吹き消せぬ熱情の焔。

戦士の咆哮は空へと上がり、蒼天を照らす転輪となる。

 

燼滅の咆哮(フロプトル・グラム)!!」

 

猛りし戦士の炎の剣。

黄昏を棄却せし太陽の魔剣は、山をも切り裂ける長大な炎の剣となった。

 

魔纏(まてん)の法、鎧鋳一織(がいちゅういっしょく)!』

 

再び燃え上がる炎の剣を、魔竜はその身に膨大な魔力を纏わせることで鎧となした。

かつて、雷神トールとの最後の一合にて放ちし滅竜の秘奥。滅竜奥義、魔燼咆界剣。その力の一端を応用した、天然の鎧を瞬時に創り出す魔法を以て、迫りし滅竜の刃を迎え撃つ。

 

『ぐっ、おぉぉぉ!!』

 

灼熱が大気を焦がし、魔力で編まれた竜の鎧を灼き尽くす。

その時、魔竜は初めて苦悶の声を漏らした。

 

数十秒の放熱を終えて、シグルドは再び膝を着く。

 

「はぁ······はぁ······!」

 

手応えが、感じられない。

確かに直撃したが、致命的なダメージにはなり得ていない。

無理もないことだ。

なにせ魔竜が展開した魔力の鎧は、かつてトールがぶつかり合った全力の一撃を防御に全振りした応用の力。

トールの全霊の一撃、悉く打ち轟く雷神の嵐(ミョルニル)を受けてなお無傷で居たからくりが正にこれだからだ。

 

しかし考えてみてほしい。

これまでは避けたりいなしたりしていた彼が、絶対の防御を誇る力を使い、防御に徹したその意味を。

 

絶技により振るわれた炎の剣は、魔竜に回避の余地を与えなかった。

絶対の防御に頼らねばならぬと、魔竜が本能的に嗅ぎとった直感を。

 

再び表れた魔竜の体が、ほんの僅かにだが焼け焦げている。

よくよく見てみれば、一部の鱗が溶解し歪んでいるではないか。

 

通った、シグルドの一撃がついに、不変と思われた魔竜の(からだ)に変調を齎した。

 

「ぐっ······!」

 

しかし、シグルドの身体は遂に限界を迎えつつあった。

先の即興で放った炎の剣は、シグルドに少なからず負担を強いた。

溜め込んだ負債と新たに抱え込んだ負荷が重なり、オーバーロードを起こしつつある。

 

ここまでだ。かのシグルドであっても、これ以上その身を燃やせばたちまち死を迎える。

もう、十分だ。神でさえ行えなかった事を、この人間は成し遂げた。

試練としても、十分に力を示せただろう。

 

「まだ······!」

 

しかし止まらない。止まれないのだ。

そんなことに意味は無い。これは通過点でしかない。むしろ、ここからが本番だ。

なぜなら、彼は証明せねばならない。

無理無謀へと突っ込んで、その意志を貫かねばならない。

そうでなければならないと、男は己に戒めた。

 

だから、立ち上がれ。立ち上がって見せろ、我が身体!

 

「まだ、終われぬ!」

 

俺にもう一度、力を!

 

だが、そう都合のいい事が罷り通るほど、世界とは甘くはない。

 

土壇場に秘められた力が覚醒するのはお話の中だけだ。

力を込めようと、シグルドの身体は応じれない。

 

「くっ······!」

 

せめてあと少し、時間があるならば。

もう一度立ち上がれるだけの時間が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「範囲制定。全機、一斉投射!」

 

意思だけが奮起するシグルドが見たのは、魔竜へ降り注ぐ光の雨。

 

『ぬぐぉぉぉ!?』

 

魔竜に驚嘆の声を上げさせた、光の絨毯爆撃だった。

 

「これは······!」

 

空を見あげれば、蒼穹を埋め尽くす純白の装いの乙女達。

 

幻想の如く美しき、少女達が降臨する。

 

「オルトリンデは防御を指揮!ヒルドは遊撃を!グリムゲルデとヘルムヴィーゲは二部隊に分けて攻勢を指示!統括は私、スルーズが担当します!」

 

「了解!」

 

「わかった!」

 

「了解です!」

 

「承りました!」

 

大神の被造物、麗しきワルキューレ。

神の意に従う御使い達が、初めて自分達の願望(いし)で魔竜へと牙を剥く。

 

『ふははは!!いつかの娘共か!!良いぞ!存分にその槍を突き立てるがいい!童共!』

 

空を舞う少女達が光の槍を振るう。

傷はつかぬとも、かの魔竜は四方八方より襲いかかるワルキューレ達の攻勢に注意を向けて、その大翼で叩き落とさんと空を薙ぐ。

ワルキューレ達は適度に距離を開け恐ろしい大翼の一振りを躱しきり、槍の穂先に光を集め放出する。

 

『魔竜の轟咆哮!』

 

蒼の極光が空に昇り、宙空を漂う天女達へと伸びる。

 

『オルトリンデ!!』

 

『防壁隊前へ!防御陣形!白鳥礼装起動!!』

 

オルトリンデの指揮する防壁隊が蒼き極光に立ちはだかり、それぞれが持つ金の盾を掲げ、その身に纏う羽衣の機能を最大にして展開する。

 

白鳥礼装。ワルキューレ達に与えられし天と地を行き来するための翼とも言える純白の衣。

その真価は、如何なる者からも浮く事である。

 

空を自由に舞うことの出来る彼女達の白鳥の羽衣。

風を掴み取り、自在に浮き上がる彼女達の装いは、負荷を超えぬ限りは風が逸らしてくれる。

 

その礼装を身につけし乙女達が、計二十機、蒼の脅威に晒される。

 

全力展開。かの暴虐の奔流を、今ここで塞き止める。

 

瞬間、極光が中心から割け、幾条もの光線となり空を走る。

極光とぶつかり合った乙女達は、未だ健在であった。

 

「これは、どうなって」

 

「いつまで機能を停止している積もりですか。英雄シグルド」

 

百を超えるワルキューレ達による突然の介入。

魔竜の攻撃に次々と対応する彼女達はやがて適応していき、反転攻勢を仕掛ける。そんな空の激戦に呆気を取られていると、無機質ながらも静かな怒りを滲ませた声が掛けられる。

 

「貴殿は······」

 

「返答は不要です。そして、私が誰かを問う必要もありません。私が言及したいのは、いつまで立ち止まっている気でいるのかについて」

 

金の髪を伸ばした個体、スルーズ(強き者)がシグルドへと激を飛ばす。

 

「貴方が再起するだけの時間はこちらで用意します。·········本来なら我々は、貴方を否定する側でいたかった。お姉様を狂わせた貴方を、認めたくなんて無かった」

 

誇り高き姉を、ワルキューレとして完璧であったブリュンヒルデを不完全へと落とした男を、妹達は許せなかった。

だが、その姉のこれからがどうなるかが掛かっているというのに、自分の私情を挟んではいられない。

 

「しかし、これは当方の試練だ。アースガルズの貴殿達が介入する事は」

 

「ええ、その通りです。これは確かに、神聖なる儀を否定する事と同義であり、神の意を伝える我々が神の意に背くこの行動は、許されざる愚行です。それでも、私達はいてもたっても(・・・・・・・)いられなかった(・・・・・・・)

 

それは、機能としてあり続けようとした彼女達が、初めて自分を曝け出した(わがままを言った)瞬間であった。

 

「だから、私達は今の矛盾(かんじょう)に従います。例え、然るべき罰を受ける事になっても、欠陥品として廃棄される運命だとしても。私達はお姉様を喪いたくない······!!」

 

自分達はどうでもいい。不遜なれど、神の被造物たる我々であるが、今この時だけは神の意すらどうだっていい。

 

「───了解した。貴殿達の温情に感謝する······!」

 

同じ願いを持つシグルドは、それ以上を言わなかった。

今の自分がやるべき事は、もう決まっているのだから。

 

「期待しています。大神が、そしてお姉様が認めた勇士よ」

 

言いたいことは全て言い切ったと、天女は再び空へと上がる。

 

「全機へ伝達、宝具開帳用意!」

 

いつか自分達が打ち破ると決めた魔竜へと、今の全てをぶつけてやる。

 

「全機、同調開始します」

 

根元を同一とするワルキューレ達による、思考の並列化。

 

「「「同期開始」」」

 

全ワルキューレ、総数百五十以上。

 

「「「「「「同期完了。ノイズ0.03パーセントを維持」」」」」」

 

ヴァルハラに導く機能の全てを集め、彼女達はその手に握る模倣された神槍を掲げる。

 

「照準完了······!」

 

「みんな、いくよ!」

 

「真名解放······!」

 

今この時、少女達の幻想(ねがい)は大地を鳴らす。

 

「「「「「「「「「終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)!!!!!!!!!」」」」」」」」」

 

少女達の号令と共に、偽りの神槍は一斉に放たれた。

それは、空を埋め尽くした輝き放つ流星雨。

 

魔竜を中心として捉えた光の槍の雨は容赦なく降り注ぎ、正しき生命ならぬ存在を否定する。

 

幻想的なその光景は、正に神話の戦いとして相応しいと言える。

邪悪なる魔竜を斃す、美しく猛る戦乙女達。

その光景を創り出した乙女達は、静かに魔竜の立つ場所を睨み続ける。

この程度で終わらせられるなら、最初から苦労していない。

 

『クハハ、今のは効いたぞ童共······!』

 

吹き荒れる突風と消える土煙。アクノロギアが行った魔力放出が、回りに漂う煙幕を消し飛ばした。

 

煙が晴れた先には、少女達にも予想できなかった未来があった。

 

魔竜が、身体中に傷を負っている。

 

といっても、派手に血を流している訳では無い。

身体中の鱗の、所々に罅が入っているのだ。

 

シグルドの魔剣の一撃を受けた後というのも関係しているが、それでもこの事態は予想の範囲外だった。

その真相は、彼女達の宝具が関係している。

 

終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)

 

その真価は、幻想種や吸血鬼等の不当な生命の強制排斥。

宝具の効果を齎す結界の一種がアクノロギアを起点に張り巡らされ、アクノロギアが纏っていた魔力の鎧を削ぎ落とした。

そして次々と着弾した光の槍が、竜殺しの特性を帯びた太陽の炎で炙られた鱗に、とうとう亀裂を入れたのだ。

 

『クハハハハハハ!!実に良い気分だ!こうも全力で暴れられ、尚且つ我の身体に傷を付けるなど!!』

 

激昴はせずとも、ワルキューレの奮闘は魔竜をさらに昂らせた。

歓喜に満ちた竜の雄叫びは、とても無邪気な子どものよう。

全力の闘争。持てる全てを次々に擲つ、切った張ったの戦模様。

 

ワルキューレ達の足掻きは、魔竜を満足させるに足るものだった。

 

『して、用意はいいか?竜殺し』

 

「───応」

 

時間は稼げた。戦士が立ち上がる為の、僅かな時間は。

 

己に刻みし治癒のルーンは、ブリュンヒルデより教わりしそれ。

愛した者より受けた知恵が、竜殺しを再び奮い立たせる。

 

「当方の、オレの持てる全て(全力)を撃ち放とう──魔剣完了。太陽の魔剣よ、その身で以て大いなる破壊を巻き起こせ!」

 

破壊の黎明が、その刀身に宿した日輪の輝きを解き放つ。

シグルドの前へと現れ、その(きっさき)を魔竜へと向ける。

 

『ならばその全力、我の魔の秘奥(全力)で応えよう!───滅竜奥義!』

 

残った全てを振り絞って、太陽の魔剣の真価を、今ここで開帳する。

悪龍屠りし全力の一投(一刀)を、集約した絶技の極地を。

その全力に、魔竜は己の全力で応える。

全ての決着を、今ここに。

 

「此れなるは破滅の黎明!」

 

もう一度世界に、輝きを放て。

 

崩天(ほうてん)蒼嵐哮(そうらんこう)!!!』

 

魔竜の顎が大きく開き、膨大な力が宿りし蒼き極光が開放される。

シグルドの全霊を掛けた魔剣の一投へ、ぶつけ合う全力の咆哮を。

 

瞬間、激突があった。

 

炎を撒き散らしながら突き進む魔剣が、蒼き極光を真正面から受け止める。

拮抗し、鬩ぎ合う日輪の炎と魔の極光。

力と力のぶつかり合いに耐えられなくなった大地が悲鳴を上げ、空が軋みをあげる。

 

崩天(ほうてん)蒼嵐哮(そうらんこう)

アクノロギアが持つ滅竜奥義の一つ。

それはかつて、気まぐれに魔竜が空へと放った、世界に罅を入れたブレス。

その正体は、放射状に放たれたブレスが世界を共振させ、局地的に断層を引き起こした現象だった。

その光景に危機感を覚えた魔竜はそれを一極に絞り込むことで、世界にギリギリ亀裂を入れぬように収束させた上で、威力の強化を図ったのだ。

 

その一撃が、シグルドへ向けて放たれる。

 

そもそも、シグルドとブリュンヒルデの救済を掲げているアクノロギアからすれば、これを開帳する必要は無い。

なら何故、シグルドを殺してしまいかねない滅竜奥義を放ったのか?

残念ながら、深い理由などない。

ただ純粋に、シグルドの意思に応えたいと思っただけの事だ。

自分の全てを擲ってでも幸福を取り戻そうと足掻く彼。

その全力に、必要最低限の力しか使わないというのは侮辱にも等しい行いだ。

この数ヶ月の間共にすごしたアクノロギアからすれば、それだけはしてはならない事だった。

たった数ヶ月と、人々は首を傾げるかもしれない。

されどその数ヶ月の間に繋がれた縁は、アクノロギアにとって何物にも変え難いものとなった。

 

ならば、その意思に報いなければ。

 

魔竜が放つ収束されし魔の極光は、破滅の黎明を塞き止める。拮抗状態を保ち続けている。

 

だがまだ、まだ足りない。

この鬩ぎ合いを制し、突き抜けるにはもう一手が足りない。

勝利を齎すならば、最後のダメ押しが必要だ。

 

「──友よ、オレは勝利を手にする」

 

シグルドは駆ける。恐れずに踏み出していく。

力と力がぶつかり合う中心、放たれた魔剣のもとへと。

 

「感謝する、ロギアよ。我が永遠の盟友よ──!」

 

最後のダメ押し。彼方にある勝利を掴むべく、眼前の障害を粉砕する!

 

右の拳を、固く握りしめて。

 

滅劫の転輪(ベルヴェルク・グラム)!!!」

 

男の拳は、魔剣の柄頭を殴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、北欧の空に眩い光が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔剣は空を切り裂き、遥か高みへと上っていく。

 

英雄は宙を舞い、炎の館へと落ちていく。

 

そして魔竜は──

 

『──見事だ』

 

──初めて地へと墜とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シグルド······!」

 

愛する者が落ちてくる。

至る所に傷を負い、鮮血を撒き散らして。

 

炎の館の窓より、囚われし乙女は全てを垣間見た。

 

激闘繰り広げる竜と戦士。空より来たる妹達。

 

次々と移り変わる戦いの様相は正に神話のそれと言える。

 

膝を着いてでも、血を吐いてでも立ち上がる愛しい人の姿。

 

痛々しい傷を抱えて、それでも彼は突き進む。

 

それほどまでに、シグルドはブリュンヒルデを求めている。

 

「っ······シグルド!!」

 

抑えられない。もう、この激情を抑えきれない。

 

もう遅いのだと自らを戒めた。運命には抗えないと、幸せを諦めた。

 

それなのに、でも、未だに、幸せを求めている。

 

炎の館を飛び出して、ブリュンヒルデは空へと上がる。落ちてくるシグルドを受け止めようと、その手を大きく広げて。

 

「······!ブリュンヒルデ!!」

 

「シグルド!!」

 

二つの影が、蒼穹にて重なった。

 

「「お姉様!!」」

 

二人のワルキューレ。ヒルドとオルトリンデが広げた白布を持って飛び、落ちゆく二人を受け止める。

 

二人がかりで広げられ受け止めた白布の中心で、再び両者は結ばれた。

 

「ブリュンヒルデ······!当方は、オレは·········!」

 

「シグルド·····!本当にシグルドなのですね······!」

 

もう二度と離さないと、お互いの体を抱き締める。

双眸から流れる雫と、溢れ出す二人の愛。

 

「ブリュンヒルデ······誓いを違えたオレにはお前と共に行く資格など無いのかもしれない。だがもし許されるなら──」

 

「シグルド······私はもう二度と、貴方とは結ばれないと思っていました。きっと父が、お許しにならないのだと。でももし、叶うなら──」

 

「「一緒に、生きてくれないか(くれませんか)?」」

 

報われぬ悲劇があった。そうなると定められていた。

IFの可能性などなく、それはただの幻想に過ぎなかった。

 

されど、本来の歴史に存在しなかった竜の存在が、有り得ざる奇跡への道を描き、道は、ここに再び交わった。

 

「お姉様······」

 

「はぁ······見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうや」

 

喜びに打ち震える二人を見て、妹達は微笑んだ。

姉を狂わせし英雄に思うところが無い訳では無い。しかし、自分達の姉が幸せを噛み締めている姿は、きっと彼以外には作れない。

仕方がないから、まあ大目に見てやろうではないか。

 

『クク、貫いたか······』

 

魔剣により穿たれ、地に伏せた魔竜は、笑う。

 

『まさか、この我が血を流すことになろうとはな······』

 

英雄の一撃は奇跡を成し遂げた。

未だかつて、誰にもなし得なかった偉業。魔竜の堅き鱗を砕き、皮を切り裂いて、あまつさえ血を流させた。

そして、画した茶番劇はここに成った。もうこの物語は、あの二人は、引き裂かれる事など無いだろう。

 

『喜べ英雄、そして乙女達。貴様達は我を、ここまで追い詰めた······』

 

魔竜は、翼を広げる。

蒼穹へ羽ばたく為に、その黒翼を大きく開いて。

 

「ロギア······!」

 

『さらばだシグルド。我が友よ。お前達の先行きに、祝福があらんことを』

 

手を伸ばす友の姿を目に収めて、竜はやはり、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──空を突き抜けた太陽の魔剣。

 

大神オーディンの神槍と根元が同一とされる魔剣は、遥か下にいる持ち主の元へと戻った。

 

鋩が地に突き立ち、太陽の魔剣は陽光を浴びて輝く。

 

刀身が映したその輝きは、遥かなる空へと登る黒き魔竜の後ろ姿をずっとずっと見続けていた。

 

 

 






悲しき英雄とその恋人の物語は、ようやく終幕を迎えた。

残るのは、愛を貫いた姫の物語だ。


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少女は、高く跳び上がった

最近小説を書いていて思うのは、挿絵が欲しいなとつい思ってしまうこと。
そんな叶わない夢を夢想しつつ、筆者は今日も指を走らせる。




乙女を攫いし魔竜は空の彼方へと消えた。

 

その背中を、多くの者達が見送っている。

 

この手で下すと決意した乙女達は、竜の背中に哀愁を見た。

 

魔竜に攫われし乙女は、竜の呟きに慈悲を感じた。

 

死闘を越えた盟友は、竜の起こす風に祝福を感じ取った

 

飛び去っていく魔の輝きは、空に昇った太陽の方へと消えていく。

直視できない日輪の輝煌が、竜の体躯を覆い尽くした。

 

「ねぇスルーズ。あのドラゴンこのままだと」

 

「生命活動の低下·········機能停止も有り得ます」

 

「だよね······そこまでして、お姉様達に拘るのって、何でなのかな」

 

乙女達は魔竜に何を思うのか。

誰よりも強く、そして誰よりも人間らしい竜の願いを聞いたら、彼女達はどう思うのだろう。

今の時点でも世界をどうこうできる力を有する魔竜が臨んだこの戦いが、友の幸せを取り戻す為だと知ったなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処かの森で、黒い影が降り立つ。

 

「ぐっ······この痛みは、想像以上であるな······」

 

右胸から溢れ出す命の水が、草木を濡らし緑を朱に染めていく。

 

これまで何者にも傷つけられることのなかった魔竜の躰を、穿ち貫いた竜殺しの魔剣。

神ですら不可能とした偉業を、彼はここに成し遂げた。

魔竜は、この結末に満足していた。

覆したい未来があった。救い出したい人が居た。

幻想にすぎなかった願いが、現実として結実した。

 

感無量だ。たとえここで力尽きても、魔竜はまあいいかと微笑むだろう。

ただの人間でしかなかった男がこうして魔竜の躰を得たのも、もしかするとこの時のためだったのかもしれない。そう考えれば、悪くは無い。

 

「クク、クハハハハ······」

 

深手を負った魔竜は近場の木の幹に背をあずけ、ゆっくりと地べたに座り込む。

役目は終えた、ならば、役者は退場するのが筋だ。

 

「良い、これで良い······」

 

恐ろしき魔竜、最悪の竜たるアクノロギアの最期にしては、静か過ぎるとも思わなくもない。

それでも、まあいいかと思ってしまう。少しの間とはいえ楽しい夢を見れた。

願わくば、あの二人の道行きに多くの祝福があらん事を。

 

「シグルド、ブリュンヒルデ······お前達は·········」

 

「一人で悟ってるところ悪いんだけど、貴方にはまだ頑張ってほしいのよね」

 

瞼を下ろそうとしたロギアに、なによりも美しい旋律が自然の囁きが届く。

閉じかけた瞼を上げて、いつのまにか目の前に居た神性を視認する。

 

「こんにちは、狡賢いドラゴンさん?」

 

誰もが魅了される、まるで作られたかのような完成された美しさを持つ女。

 

女神。それも神霊としての格はかなりのものだろう。

そんな神格の一柱が微笑みかけている。

 

「貴様······神格の一柱か」

 

「豊穣を司る神、フレイヤよ」

 

勝利の神フレイの姉、女神フレイヤ。

なによりも美しい美の女神でもある彼女は、

 

「随分と派手にやりあったみたいね。まさかグラムの全力の一撃を受けてまだ生きているなんて、貴方本当にドラゴン?」

 

「クク、さてな······我はこの身を竜と定めてはいるが、実際はどうなのかはしらん。まぁ······竜ではないか?トールの一撃さえ凌ぎ切った我の躰を、ヤツの魔剣は容易く貫きおったのだ······」

 

「あー、確かにそうね」

 

「して、我に····何用だ?まさか、態々我の最期を見に来たとでも?」

 

「ちがうわよ。むしろ逆で、私は貴方を助けに来たの」

 

「神である貴様が······?」

 

神が竜を生かそうとする理由。

生憎とロギアには思い当たる節が無かった。

むしろ北欧を破綻させうる存在を排斥にかかるとばかり思っていた。

しかしこの女神は、既に死に体のこの魔竜を生かすのだという。

 

「貴方の共犯者さんの事よ。まさか、巻き込んだ娘の事をそのままにしておくつもりだったのかしら」

 

「グートルーネ······!」

 

そうだ、魔竜にはまだ終われぬ理由があった。

竜の願った結末を現実にした真の立役者。共犯者たるグートルーネ。

 

「昨日貴方の共犯者に下る形だけの神罰の内容を私が告げに行ったのよ。オーディンの名を騙った事に対するね。まあオーディンからすればそれくらいで目くじらを立てたりはしないけども、それじゃあ他の神々にも示しがつかないからね」

 

「待て···!グートルーネはどうしたのだ······!」

 

「落ち着きなさいって、余計に傷口が開くじゃない。ちゃんと話してあげるから。あのグートルーネって娘への沙汰だけどね、大衆へは婚姻の契りを一方的に破棄したことに対する裁きになってるわ。表向きはね」

 

神として、主神として、北欧に君臨する大神として、その罰は課さなければならないものだ。

 

「神々に対しては、オーディンの名を騙りし事への神罰とした、か。フン、器の小さい事だ」

 

「立場がそうさせるのよ。仮にもこの北欧を取り仕切ってる主神が舐められるのは避けたいの。幸い下された罰は国からの追放だけで済んだからね。というかそう私がさせるように色々と言ったんだけれど。まあそういう訳で、貴方には悪いけれど、あの娘の事を迎えに行ってあげて欲しいの。私としてもああいう娘は好ましいしね」

 

穴が開きとめどなく血が流れだすロギアの胸へ、フレイヤはそっと掌を翳した。

 

「我が父、大海統べしニョルズ神よ、我が豊穣の祈りよ、この者の受けし傷と呪詛を洗い流し、祝福を授けたまえ」

 

フレイヤが音にのせた祝詞(のりと)は翳した掌に緑色の灯りを灯して、魔竜の右胸へと吸い込まれていく。

体の内側から、名状し難い暖かななにかが湧き上がってくるような感覚が、傷付いた魔竜を包み込む。

 

「父様から借りてきた水の権能よ。これで貴方の傷に残ってる竜滅の呪いも消えるわ」

 

「貴様······」

 

「本当ならね、豊饒を司る女神としては大地をめちゃくちゃにしてくれた貴方に文句の一つでも叩きつけたい所なんだけど、一応は戦いを司る私もあんな戦いを魅せられたら、なんにも言えなくなっちゃったわ」

 

トールとの激戦の後、雷神はというとフレイヤに治療を施されながらも見事に雷を落とされ、叱られた子犬のようになっていたのは記憶に新しい。

でかい図体の割に小さく感じた武神らしからぬ様子は、今思い返してもクスリときてしまう。

 

「はい、あとはぐっすりと休めば全快よ。あまり無茶はしないようにね」

 

「·········受けた施しには応えねばならぬな。一応だが、礼を言っておこう」

 

「······やっぱり貴方、ほんとにドラゴン?」

 

さて、な·····と言葉を濁したロギアは、そのまま眠りにつこうと瞼を閉じた。

漏れでる息は先までのような荒々しく苦痛に満ちたものではなく、健やかな吐息に変わっていた。

 

「仮にも神を前にして寝るって、流石と言うべきなのかしらね······」

 

豊饒、戦い、そして愛を司る女神は、子どものような寝顔を浮かべる魔竜を眺めて、呟いた。

 

「お疲れ様。狡くて優しいドラゴンさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐るべき魔竜からブリュンヒルデを取り戻したシグルド。

二人がギューキ王の国へと戻った時、そこにグートルーネの姿は無かった。

 

シグルドが義兄弟であるホグニにそれを聞くと、シグルドがヒンダルフィヨル山に向かった後女神フレイヤが降臨したのだという。

 

女神フレイヤは、大神オーディンの遣いとして降臨したとのことだ。

グートルーネが行った婚約の誓いの一方的な破棄を許されざる不義とし、オーディンはこれに国からの追放と放浪の旅を償いとするとし、グートルーネはこれを受け入れた。

 

シグルドは、崩れ落ちた。

ほんの僅かな間だったとはいえ、確かに愛していた少女が全ての負債を背負って、裁きを受け入れたという話に何も感じないわけがなかった。

 

自らの不徳が、全ての責を一人の少女に背負わせてしまった。

 

「すまない······当方の力不足が故の失態だ·········!」

 

「そんな!シグルドさんのせいじゃ!」

 

「否、当方の責任だ······なによりも罪深いのは、当方だ」

 

「シグルド······」

 

かなりの堅物であるシグルドは、その真面目さ故に責任感が人一倍強い。

グートルーネのとった行動も、元を正せば自分が発端だ。

自分が彼女を愛さなければ、こうはならなかった。

グートルーネの人生を狂わせたのは他でもない自分だと。

なのに、自分はのうのうと幸せを取り戻しておいて、自分を送り出してくれた優しき姫を助ける事も出来ないなど。

 

そんなものなど、英雄なんかではない。

 

「ホグニ······不甲斐ない当方に、どうか罰を······!」

 

ブリュンヒルデを取り戻せた事。シグルドにとってはそれ以外の事は些事に過ぎないが、これだけは違った。

どうして、自分の事を思ってくれた者を軽んじられようか。

だからこそシグルドは卑下する。自分の背を押してくれた少女に、何もしてやれない己の無力さを。

 

 

地に手を突いて己の至らなさを嘆いていると、肩に手が乗せられた。

 

「嘆かないで、シグルド」

 

自己嫌悪に陥っていた彼に声をかけるのは他でもない、ブリュンヒルデだ。

 

「ブリュンヒルデ······」

 

シグルドは後悔に下を向いていた顔を上げる。

ブリュンヒルデは愛する人の断罪を求める視線を受け止めて、その提案を口にした。

 

「······探しましょう。その、グートルーネという、貴方を愛してくれた人を」

 

愛する人の為に、愛した人と決別した少女。

悲愴の決意を灯した勇気ある者との、もう一度の邂逅を。

 

「まだ、遠くには行っていないはずです······それなら、まだ近くにいるのかもしれません」

 

「ブリュンヒルデ·····」

 

「私は······そのグートルーネという人の事を、よく知りません······でも、私も会ってみたいと思います······シグルドを、もう一度私に引き合わせてくれた、優しい人を······」

 

嫉妬はあった。憎しみも、抱いていたのかもしれない。

だって、愛した人を取られたことを、簡単に許せはしない。

実際、ロギアから彼女のことを聞かされなければ、ブリュンヒルデはきっと燃え盛る憎悪を滾らせるままグートルーネとその一族郎党を皆殺しにしていた。

しかし、今の彼女の胸中にあったのは、純粋な興味だった。

同じ人を好きになった人。そんな彼女に、会ってみたい。会って、話をしてみたい。

 

「行きましょう······そして、貴方の気が済むまで謝りましょう······私も、一緒にいますから·········」

 

そして、出来るなら感謝を告げたい。

私たちの幸せを取り戻してくれて、本当にありがとうと。

 

自分のような卑しい女には決して出来ない、覚悟をもった少女に敬意を表して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ·········!」

 

国という鳥籠を出て、生まれて初めて外に羽ばたく小鳥のように。

真なる愛を貫いた姫は蒼天を仰ぎ見る。

 

贖罪のための永遠の旅。

沙汰を言い渡されたグートルーネは、その決定に悲観も悲嘆も抱かなかった。神から下される罰ならば甘んじて受け入れる。その命を断てというわかりやすくも重い厳罰ではなかった。

少女には、まだ未来があるのだ。

 

「これが、シグルド様たちが駆け抜けた大地なのですね······」

 

姫という地位と肩書きを失った。

残ったのは、せめて持って行ってほしいと父と侍女達に渡された、幾つかの衣類と僅かな金貨を詰め込んだ袋だけ。

されど今の少女には、自由がある。

 

安泰せし確約の未来は無くなれど、不安残る未知の未来が少女を待っている。そう考えれば、この放浪の旅も悪くは無い。

 

「ですが、何処へ向かえば良いのでしょうか······」

 

しかしそれは、もう庇護する盾も何も無い身一つの少女では限りなく険しい、死出の旅に等しい無謀な歩みである。

右も左も分からない、定まらぬ航路の示す先に、少女が求めるモノはあるのか。

そもそも、何を以て旅とするのか。贖罪の如何とするのか。

これまで国の外という大海に漕ぎ出した事の無い少女には、その悉くが不明瞭である。

 

「私一人の旅······」

 

そして、行き着く先のない一人旅というのは、想像以上に辛いものだ。

 

共に歩んでくれる人も、道を指し示してくれる人もいない。

ずっとずっと、一人きり。

 

「少し、寂しいですね······」

 

少女は一人呟く。そうしなければ、今にも心細さで潰れてしまいそうで。

これまで感じたことの無い、心が震える寒さに凍り付いてしまいそうで。

 

この寒さを、少女は永遠に抱え続けるのだろうか。

 

「──面を上げよ、我が共犯者。下を向いていては道すら選べぬぞ?」

 

少女は顔を上げた。自分を共犯者と呼ぶのは、この世でたった一人だけ。

 

「アク、ノロギア様······」

 

獰猛な笑みを湛えている、褐色の偉丈夫が立っていた。

 

「どうして、貴方がここに」

 

「フレイヤから粗方話は聞いている。しかしまあ我が唆したとはいえ、随分と盛大に盛り上げてくれたようだな」

 

腕を組んで不遜に笑う、最初に会った時となんら変わらぬ竜。

全て終わったのだから、もう何も残っていない元姫にこの竜がこれ以上何の用があるのだろうか。

 

「さて、どうして貴様の前に現れたかと聞かれれば、我はこう答えるしかなかろう───貴様を連れ去りに来てやった」

 

暴虐の化身、我欲の塊である魔竜が、国より旅立ちし姫へと言った。

 

「我は共犯者を見捨てはせぬよ。貴様の幸福を奪っておきながら、負債を押し付け知らぬ顔をする程我も恥知らずではない」

 

「私を······ですか?」

 

「貴様以外に誰がいる?」

 

眉を寄せて少し不機嫌そうになった表情は、分かり切ったことを聞くなとでも言いたげだ。

 

「旅をするにしても、着の身着のまま小娘一人が歩める道なぞたかが知れておる。このまま野垂れ死なせるには、どうにも惜しい女よ」

 

元より、ここまで関わっておいて知らぬ存ぜぬで通すつもりは無い。

ここまで巻き込んだのだから、無理矢理にでも幸福を掴んでもらう。

 

「まあ、答えなど聞いてはいないがな」

 

ロギアを中心に強い風が吹く。

解放された魔力が突風という形で表れ、グートルーネに押し寄せる。

 

反射的に閉じた目を再び開けると、初めて見る姿があった。

 

『我が気に入り、我が攫う。ただそれだけのことである。我が共犯者よ、我の旅路に同行する事を赦す』

 

黒き竜が、空を掴める大翼を拡げていた。

神をも恐れぬ災禍が、人など容易く握りつぶせるその魔手で、少女の華奢な体を掴んだ。

 

『恐れるな。美しく気高き、我が認めた女よ。これより先、水先案内人はこのアクノロギアが請け負ってやろう。───この空と海と大地の全てが、貴様に未知の世界と可能性を魅せるだろう。喜べグートルーネ。この世界は、貴様を待っていた』

 

人より悲劇を奪いし、邪悪なる魔竜は告げた。

新生せし一人の少女に、新たな旅路への祝福を。

 

「······はい!」

 

少女は、笑った。

堪えていた涙が両の目より溢れ出していく。

心を偽った貼り付けられた笑顔ではなく、太陽のように朗らかな笑顔だった。

 

魔竜が飛び立ち、蒼穹を黒い流星が引き裂く。

 

少女は眼下に広がる果てしない世界を眺めて、これから先の光景を夢想した。

 

一番欲しかったものは、もう手に入らない。

それを少女は、やはり後悔はしない。

好きな人に好きと言いたかった。

好きな人を好きになりたかった。

望めるならば、そんなもしも(IF)を想像してしまう。

でも、あの人はきっとどんな世界でも、同じ人を愛し続けるだろう。

何度生まれ変わったとしても、同じ人を好きになるだろう。

 

でも、今となってはそれでいいと思う。

 

きっと、そんな彼だからこそ、好きになれたのだから。

 

 

 

 

──その日、少女は高らかに空へと飛び出した。




前回の戦闘描写で力尽きた······


シグルド編もとい北欧神話編、残り三話。

あくのろさんとグートルーネのその後をご覧下さい。


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あくのろだいありー10 副題:ドラゴンですが、やっぱり平穏が一番です

そろそろ失速してきた。

熱が冷めないうちに書いていかなければ


 

٩月ẅ日

 

 

 

凄く久々に日記をつけた気がする。

 

あれからちょいと······2、3年くらいかな?それほど時間が経ってしまったが、あくのろさんは元気です。

それとグートルーネちゃんも元気です。

さて、今の状況ですが色んなとこをあちこち旅して回ってます。

様々な特色溢れた国を回ってはグートルーネちゃんが初めて見るものに目を輝かせて食いついてくれるのを見るのが日課になりつつある。

美味しいものを食ったり絶景を眺めたりお祭りに混ざったりetcetc······

いやー堪能してくれてるようでよかったよかった。やっぱり何もかもが新鮮なんだろうね。

 

かくいう俺も色々と楽しんでいる最中だ。

 

例えばグートルーネちゃんを乗せて空の旅を楽しんだり、海の辺りで会ったトールと釣りを楽しんでいたらでっけぇ蛇が釣れたりと、それはまぁ充実している。

 

あくのろさんとしてはこのまま旅を続けてもいいのだが、グートルーネちゃんも長旅は疲れるだろうし一旦何処かに落ち着ける場所を探してみよう。

なんだったら山奥にでも家を建てて暫くは静かに過ごすのもいいのかもしれない。

ドラゴンになって好戦的な思考になりがちだが、やっぱり平穏が一番だと身にしみて思うわ。

 

それにしても、シグルド達は今頃何やってんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶月◀日

 

 

また時間が空いてしまったが、俺達は今日も相変わらずの日常を過ごしています。

変わったことと言えば、一旦旅を終えて山奥の方でひっそりと暮らし始めたくらいかな?それと旅の途中で出会った身寄りのない子ども達を養子に迎えたくらいか。

とりあえずちょっと大きめの木組みの家を建ててみたが、やはり狭い。

トーシロのドラゴンには到底無理があったわ。あくのろさんでも無理があったわ。

まぁもちろん、ここから増改築を進めていくつもりだがね。

目指せ匠!緑の爆発する方じゃなくて劇的なビフォーでアフターを行える方のな!

 

そんなこんなで、今日も俺達は元気に過ごしております。

 

しっかし、俺も随分ジジ臭くなってきたな。まあ前世合わせればもうアラフォーに突入するくらいの歳だしな。あの二人見ても穏やかな気持ちでいられたのってこれが理由だったりするんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

∴月∵日

 

 

 

 

山奥での生活もすっかり慣れてきた今日この頃。

 

家庭菜園という名の結構大きめな畑を開墾して、自給自足生活をのんびりと過ごせている。隠居生活も中々いいな。せっかくだからスイカでも育ててみようかなと考えている。某新世紀で加地さんの作ってたスイカを思い出したら無性に食いたくなってきた。この時代にスイカの種とか売られてるのかそもそも自生してるのかすら怪しいがね。

 

グートルーネちゃんも子どもたちと楽しく戯れているようでなによりです。

あぁ······あの微笑みを見てると今にも浄化されそうだ。聖母って呼ばれても絶対違和感ないよ。崇め奉るよこんなの。

 

子ども達も元気になってくれたようで万々歳だ。

あの子を見た時はビックリしたがね。あの異聞帯の話って神話時代で間違えた歴史が今の時代まで続いたらっていうIFの世界だったっけか。

という事は同一人物······ではないのかな?

まあそれはどうでもいいさ、重要なのはあの子がここで笑っている事だ。それなら俺はあの子達の成長を見守っていけばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北欧を揺るがした大激戦、後にヒンダルフィヨル山の竜退治と呼ばれる戦いからもう五年近く経とうとしていた。

シグルドという英雄の名は千里を駆け巡り、名実持って最強の英雄と称えられるに至った。

 

最早知らぬもの無しの英雄があちこちを駆け回っている頃、放浪の旅に出たグートルーネと魔竜アクノロギアは数々の国と土地を飛んで周り、見聞を広めていった。

 

 

姫であった頃では考えられない生活は、不自由なれども少女に生の充足を与えてくれた。

 

『クハハハハ!見ろトールよ!随分な大物が獲れたぞ!』

 

「これは、ミドガルズオルムか······かの世界蛇を持ち上げるとは、やはり凄まじい力だ」

 

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??何コイツ!?何なのコイツら!?何なのこのドラゴン!!?やだ、おうち帰るってか帰らせてぇぇぇぇ!!!』

 

また時にはこれでもかと暴走したこともあったが、幸い大事にはならなかった。ただ魔竜がやる事成す事の全てを目を輝かせてみている姫に、一抹の不安を感じるかもしれないが、それはまた別の話だ。

 

閑話休題。そんな二人の旅路だったが、徐々に疲れを見せ始めたグートルーネを気遣い、そろそろ一度旅を終えようと考えていた時だ。

二人がある農村を訪れた時、幼い子ども達が決して多くない荷物を持って村を出ようとした瞬間を目撃した。

気になったグートルーネが子ども達に話を聞くと、この辺りにある国同士の戦争で親を無くしてしまったのだという。

親亡き子達は難民となり、この農村に置いていてもらっていたのだが、このままだと村の備蓄では全員分の食糧を賄えないのだという。

 

どちらも間違ってはいない。だが、生きる為には切り捨てるしかないのだ。

 

もちろんそれを、グートルーネは見過ごせなかった。

理解できない訳では無い。分かるからこそ、幼い子ども達の曇る表情を見ていられなかった。

 

「ロギア様、一つよろしいでしょうか」

 

「······お前の言いたいことは、まぁ言わずとも理解できる。言ってみるが良い。お前の口から、どうしたいのかを」

 

魔竜は受け入れた。姫の懇願を、子ども達にせめてもの道をあげられるようにと。

共犯者の願いを聞いて、魔竜はその言葉を待っていたとばかりに笑い、子ども等へと言い放った。

 

「喜べ童共!貴様達の歩む道無き道を、我が作ってやろうではないか!この我が、お前達に生きる糧をくれてやろう!」

 

こうして、魔竜と姫は大勢の子どもを連れて、争乱無き自然の揺籃へと旅立った。

 

そして現在、どこかの山奥にてひっそりとした隠居生活をスタートさせていた。

 

アクノロギアはというと、元々人間であった頃の記憶をフルに用いて山奥での生活に適応していった。

初めは簡単な山小屋をどんどんと改築していき、現在ではそれなりの大きさへとなった。

家の次は畑を、畑の次は子どもが遊べる遊具をと。

試行錯誤を繰り返して改良に改良を重ね続けた。

 

対してグートルーネは子ども達の面倒を見ながら城にいた頃に教わった料理の腕を遺憾無く奮い、子ども達のお腹と心を満たしていった。

 

空へと飛び出した優しい少女は、暖かでささやかな平穏を謳歌していた。

 

 

 

 

 

「クク、魔竜たる我がまさか親の真似事をする日が来ようとは······竜としての威厳の欠片も見当たらぬな」

 

時間は昼を少し過ぎた辺り。日輪が空の頂点へ上り、また西へと沈み掛けている。

木組みで出来た最早ちょっとした御屋敷のようにも見える家の屋根に寝そべり、自前で用意した生鮭の切り身を口に放り込んでいる。

 

畑の様子も見終わった彼は陽の光を掛け布団の代わりとして、微睡むままに意識を落とそうとしていた。

 

激動の日々は終わりを告げ、やる事も何も無い。

以前のように、シグルドと共に駆け抜けた旅を恋しく思ってしまうこともある。前世から引っ張ってしまった悪癖でもある何かをしなければ落ち着かないという性分も、山奥生活が始まった時は顕著に表れていたが、今ではすっかりなりを潜めた。

のんびりとすることを覚えた今の竜にとっては、この何も無い平穏こそがなによりも愛おしく思える。

 

「おじさん、何をしているの?」

 

「──ゲルダよ、屋根裏の梯子から登ることは補修以外では禁じていたはずだが?」

 

「それは······ごめんなさい。でも、おじさんとお話がしたかったから探してたの。どこにもいなかったから、もしかしたらここかなって思って」

 

「お前も、どこかグートルーネに似通ってきたように思えるな······」

 

日光を受けて煌めくブロンドヘアが波のように揺れる、まだ幼げな少女。

二人が拾いし孤児達の中で最年長であった少女、ゲルダが屋根へと登ってきていた。

あの日のような不安が漏れ出すのを必死に我慢していた表情は無く、ゆとりある生活が少女に心の余裕を作るだけの時間を与えてくれた。

今ではもう歳相応の無邪気さをさらけ出している。

こうしてロギアに絵本をせがむ子どものように我儘を言うくらいには、少女は強かに成長した。

 

「全く。それで、我に何を聞きたいと?」

 

「うーん·········」

 

「考えていなかったのか······」

 

大方、ゲルダ以外の子達が遊び疲れて眠ってしまったから暇になりこうして探していたのだろうと、だいたいその通りだろう予測をたてる。

 

「じゃあ、おじさんのお友達の事を教えて!」

 

「我の友······あぁ、シグルドめの事か。それで良いのか?」

 

「うん!」

 

「そうであるな······昔話、という程でもないが。まぁ語ってやるとしよう」

 

寝そべったままのロギアの隣でちょこんと座り、ロギアの口から紡がれる冒険譚を今か今かと待つゲルダ。

ロギアは苦笑し、それを語り始めた。

 

当人達も気づかぬまま、魔竜の在り方に変革をもたらした一人の男の物語を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ······流石に疲れますね。子ども達の遊びに着いていくのは」

 

子ども達を寝かしつけた後、誰もいないリビングで疲れの声を口から吐き出す少し逞しくなったグートルーネ。

室内に備え付けられた木造式の小型の氷室から紫の水を取り出すと、これまた木でできたコップにそれを注いだ。

 

木でできた氷室、これを作成した当人である職人ロギア曰く『れいぞうこ』なるものらしく、一番上の空洞となっている場所に氷塊を入れることで下の方に冷気を伝える事が可能な入れ物らしい。

ロギアとしては前世にて漫画で見たものを参考に作成したのだが、正確な図面もなくそれを完成させた彼の技術はどこへ行こうとしているのだろう。

 

グートルーネがコップの縁に口をつけて少し傾けると、中身が口内へと流れていく。少しずつ味わおうと何度も喉を上下させている様子は如何にもグートルーネらしく、とても可愛らしい。

彼女の飲んでいる飲み物。これまたロギア作の特製ぶどうジュースは、現代人の慣れ親しんだ味に比べると少し薄口だが、グートルーネやゲルダを初めとした子ども達には大好評である。他にも様々なバリエーションを増やしつつあり、作った本人も非常に満足そうだった。

 

「ふぅ······そういえば、ロギア様の姿が見えないような」

 

コップの中身を飲み干したグートルーネはふと、さっきから姿が見えない魔竜の存在を思い出した。もしかすると······と予想したグートルーネは外に出るため玄関に向かう。

木造のドアを開け放つと、眩く照り続ける太陽が迎えてくれる。

優しくも荘厳な天上の星より降り続ける日光の暖かさに、無意識に全てを預けてしまいたくなる心地良さが身体中を包み込む。

 

「いい匂い······」

 

すんと鼻を鳴らせばずっと嗅いでいたくなるお日様の香り。

陽気な風が春の訪れを告げ、耳をすませば木の葉が揺れる音と動物達の声が合わさり楽しげなオーケストラを奏でてくれる。

城の中では見つけられなかった美しさが、魔竜が指し示したこの地にあった。子ども達と共に過ごす生活も、とても楽しく思う。

もし一人の母として在れたなら、こんな幸せが待っていたのかもしれない。

 

春風と日光を浴びて感慨に耽っていると、上の方から声が聞こえてくる。

少し家から離れて屋根を注視すると、やはり予想通り。ロギアが屋根に寝転がっていた。一つハズレがあったとすれば、そこにはゲルダも一緒にいたことだろうか。

 

「やはりそこに居たのですね。ロギア様」

 

「ぬっ、グートルーネか」

 

「あっ、お姉さん!」

 

反応したロギアはむくりと上半身を起こし、ゲルダは手を振っている。

すっかり元気になった少女の笑顔に微笑んでしまうが、それはそれとしてグートルーネは屋根に登ったゲルダを叱り始めた。いけない事をすればしっかりと怒ること。ロギアより教わった子ども達への教育の一つだった。

 

「ゲルダ?屋根裏には登っちゃいけませんと言いませんでしたか?」

 

「あっ······ごめんなさいお姉さん」

 

「もう、ゲルダがケガしたら皆心配するんですからね?」

 

「クハハ、そらゲルダよ、グートルーネめに雷を落とされる事になっただろう?」

 

「ロギア様も、左の御手で隠されていますがまた鮭をそのままで食べていましたね?」

 

「グッ······目敏いなグートルーネ。しかし我は竜であるが故、元来はこのような魚もそのまま喰らうのだが」

 

「そうかもしれませんが、やはりお身体に悪いです。ちゃんと火を通したものをお食べになってください」

 

「むぐぅ······」

 

上の二人へ姫の雷が平等に落とされた。少女は姫の言うことを素直に受け容れ、竜に至ってはぐうの音も出ないほどに論破されてしまった。グートルーネに教授した教育の法が自分に向けて牙を剥く。

恐るべきグートルーネ。少し前までは世間知らずの一国の姫だった少女が、主に精神面で逞しく強かな女へと急成長を遂げたその脅威の成長性である。

 

「まったく、ゲルダもロギア様も······ところで、なにかお話をしていられたようですが、いったい何を話していたのですか?」

 

「なに、ゲルダに昔話をせがまれてな。我と我が友の駆け抜けた物語を聞かせてやっていた」

 

ポン、とゲルダの頭に褐色の掌が乗せられ、川のように澄んで流れるような金の髪がぐしゃぐしゃと撫で回される。

目を瞑りながら擽ったそうにしているゲルダは抵抗を試みるが、その顔は満更でもなさそうだ。

 

「シグルド様のお話ですか······私も是非とも聞きたいです」

 

「お姉さんも、そのシグルド様に会ったことがあるの?」

 

「ええ。と言っても、私はロギア様ほど親しくはありませんでしたが」

 

「ククク、どの口が言っているのだか。まぁ良い、では我とヤツとの出会いから話して──」

 

不意に、ロギアの言葉が止まる。

 

「おじさん?」

 

「ロギア様?いったいどうなされたのですか?やはりお身体に障ったのでは」

 

二人の声が掛かるが、それすらも意に介していないかのように微動だにしない。目を見開いているロギアの視線は、ずっとある一点に固定されたままだった。

 

「······え?」

 

気になったグートルーネがロギアの見ている方へと振り向く。

 

遠くの平原に、その人影は立っていた。

 

白と青みがかった黒の頭髪に叡智の結晶を目元に掛けた、魔剣携えし偉丈夫。そして、男に寄り添うようにして傍らに立つ透き通るような銀の髪を伸ばした、大槍を握る戦乙女。

 

その姿を、その匂いを、忘れるわけが無い。

どれだけ時が経とうとも忘れはしない、二人の思い描く英雄。

 

「──久しいな、グートルーネ。そして我が友よ」

 

「その、お久しぶりです······そして、初めまして」

 

魔剣振るう戦士、シグルド。

盾の乙女、ブリュンヒルデ。

 

以前と変わらない顔ぶれが、知られざる竜の秘境へと訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果から言えば、ブリュンヒルデとシグルドがこの場所へと辿り着いたのは偶然だった。消えてしまったグートルーネを探して二人は新たな旅を始めたのだが、やはりグートルーネは見つからずあっという間に一年近くが過ぎようとしていた。

もし何かがあればと日に日に自分を責めるシグルドと、そんなシグルドに寄り添い続けたブリュンヒルデ。足掛かりは全く掴めずにいたが、それでもと諦めずに探し続けた。

 

そんな時だ。とある国を訪ねた際に、捜し人であるグートルーネの容姿を人々に伝えると、似たような人が訪れた事があると返された。

 

その際、グートルーネらしき少女と共に居た褐色の男の話を聞いて、さらに二人は驚いた。

同時に、湧き上がった安心感もあった。彼が共に居てくれているなら心配は無いと。

 

二人は旅を続ける。

最も記憶に残りやすいだろう褐色の男の情報を求めて。きっと彼の傍にグートルーネはいると確信して。

 

それから更に数年が経とうとした頃、二人がある農村を訪れていた時、いつも通りにロギアとグートルーネの容姿を伝えて目撃情報を集めていると、その村の村長らしき人物から話を聞くことが出来た。

半年以上前にそんな姿の二人が訪れて、難民だった子ども達を連れて北の方に行ってしまったと。

 

ついに明確な手掛かりを手にして、英雄夫婦は諸手を挙げて喜んだ。

再会の時は間も無くだと、二人は更に北を目指してグラニを走らせた。いくつもの山を越えて、人知れず消えてしまった二人に逢いに行くために。

 

「·········久しいな、グートルーネ。そして我が友よ」

 

「シグルド様······」

 

そうして、いくつもの山を越えた先でようやく見つけた。

生涯最高の友と、自分達を再び繋げてくれた少女を。

 

「シグルド、ブリュンヒルデ······何故貴様等がここに」

 

驚愕を露わにするロギアを余所に、シグルドはグートルーネの目の前まで距離を詰めると。

 

「──姫グートルーネよ、まずは感謝を述べさせてほしい」

 

その場で、跪いた。

無防備な(うなじ)を晒すように頭を垂れて。

その構図はいつかの姫の懺悔の告白と似ていた。

 

「貴女の覚悟に後押しされた事により、愚劣なる当方は真に大切だと断言出来るものを取り戻すことが出来た。貴女のお陰で、当方達は今を生きている」

 

記憶の混乱があったとはいえ、シグルドは少女の覚悟に背を押されたことで立ち上がれた。

もう一度奮い立たせてくれた少女には、これからずっと頭が上がらないだろう。

 

「そして、謝罪させてほしい。真に不義を働きし当方の不甲斐なさと、貴女一人に罪を負わせてしまったことを」

 

続いて英雄の口から零れたのは懺悔だった。

 

「その業は本来なら当方が背負うべきモノだ。だが当方は、当方の都合を優先した」

 

この数年、その事を後悔し続けてきた。

無くされた記憶を取り戻し、ブリュンヒルデともう一度結ばれる事が出来たが、その裏には一人の少女の涙があった。

一時は共に過ごした間だというのに、少女になにもしてやれなかった。

不義を犯したのは自分だというのに、彼女は汚れ役として受け入れた。

 

許されるとは思ってはいない。だからこれは、自己満足に過ぎないのかもしれない。それでもシグルドは、そうせずにはいられなかった。

 

「──断罪を。不義を犯したこの身に、どうか断罪の刃を······!」

 

震える声には、怒りがあった。

一人の少女すら助けられなかったどうしようもない自分に向けた、怒りだった。あの時どうするのが最善だったのかなんて今でも考えつかないが、もっと良い方法があったのではないかと、安易な道に逃げだした己にどうしようもなくムカついた。

 

だからせめて、その手で如何様にも裁いてくれ。

どんな責め苦も受け入れる、どんな罵詈雑言も受け止める。

一人だけ救われるなんて許されない。だからどうか、罰を。

 

「シグルド様、お顔を上げてください」

 

顔を伏せるシグルドに、全てを委ねられた少女は評決を告げる。

再び見た少女の顔は、やはり微笑んでいた。

 

「私は、貴方を許します」

 

告げられたのは望んでいた断罪ではなかった。

少女は英雄にただ一言、許すとだけ言い放った。

 

「貴方は許されてもいいのです。何故なら貴方は苦難を退けて、今を手にしているのですから。寧ろ、謝罪せねばならないのは私です。貴女に薬を盛って記憶を無くさせたこと、許されざる行いです」

 

「しかしそれは貴女の罪では」

 

「いいえ、これは私の罪です。母の犯した罪は私のものと同義であり、知らずながらも母の姦計に加担してしまった私もまた罪人なのです」

 

彼はやはり真面目過ぎる。

最早気にせずともいいのに、それでも彼は気に掛けてくれる。

 

「それでも罰を欲するなら────どうか、その幸せを離さないでください」

 

それが、置いていかれた少女の願いだった。

 

「再び袂に手繰り寄せたその糸を、二度と手放さないでください。何があっても、その愛を貫き続けると誓ってください。それが、私が貴方に与える罰です」

 

どうか、今の道を歩み続けて欲しい。振り返ったとしても、今の道を引き返そうとしないで欲しい。ただ、貴方を好きになった馬鹿な女が居たということだけを、覚えていてくれるなら。それ以上に嬉しいことは無い。

 

「グートルーネさん······」

 

「ブリュンヒルデ様、貴女様からすれば私はなによりも憎い憎悪の対象、そんな卑しい女がこんな事を申すなどどの口がとお思いになるかもしれませんが、それでも言わせてください············シグルド様を、よろしくお願いします······」

 

「······はい!」

 

ここに、英雄シグルドの旅は本当の意味で終わりを迎えた。

残された遺恨を清算する為の、自己満足の旅。

彼の望んでいた罰とは違えども、ようやく英雄は抱え込まずとも良かった重荷を下ろすことが出来た。

 

負の連鎖により成り立っていた英雄譚は魔竜の牙に砕かれ、代わりに描かれたのは陳腐な大団円。読み物としては退屈に過ぎるかもしれないが、それは紛うことなく誰もが望んでいた結末だった。

 

「感謝······!感謝する、グートルーネ·········!」

 

人の縁とは少しの拗れから如何様にも変遷を見せる。

ボタンの掛け違いが大きな不和を生み、予想だにしない展開を創る。

そしてこれも、その掛け違いから生まれた結末。

本来ならこうして一堂に会する事のなかった三人は、魔竜が作りし歪みによって繋がれた。

一人の男は、漸く救われた。

 

「全く、真面目に過ぎるなお前達は。今が幸せならば過去の事など水に流せばいいというに······」

 

「でも、お姉さん達幸せそう」

 

三人を見て呆れたように言葉を零すロギアだったが、その目元はいつかのように細まっていた。

眩しいものを見るような、慈しみに満ちた目。

口も僅かに孤を描いていて、薄く笑っているように見えた。

同じく三人を見ていたゲルダは、笑っているグートルーネ達を見て、率直な感想を述べた。その顔に、悲しみは浮かんでいないのだから。

 

「さて、良く此処へと辿り着いたな。折角だ、旅の疲れを此処で癒していけ。喜ぶがいい、この我が直々に貴様達をもてなしてやるのだからな」

 

ゲルダを抱えて屋根から地面に飛び降りる。音も衝撃も無く地に足をつけた竜は抱えたゲルダを降ろすとそのまま我が家へと戻ろうとする。

 

「ロギア、少し待ってくれるか」

 

「ぬ?いったいなんだ──」

 

呼び止められ振り向いたロギアは、その次の言葉を失った。

 

抱きしめられている。シグルドとブリュンヒルデの二人に抱擁されている。

 

「友よ、お前が居なければ当方達の歩んだ結末は、今とは乖離したものになっていた」

 

「貴方が居たから、私もシグルドも笑っていられます······」

 

友へ送る感謝の念。伝えそびれていた竜への感謝を、二人は無理矢理にでも受け取らせる。

 

「「ありがとう、ロギア」」

 

「············」

 

木の幹のように大きく太い両腕を広げて、二人に倣うように友たちの体を抱き締めた。

 

「竜である我に、打ち倒すべきものに感謝を述べるとはな。やはり貴様達は、変わっている」

 

二つの熱を感じて、竜はお返しだと人の友たちへ祝詞(のりと)を送る。

 

「天上の神々に代わり、この我が祝福しよう。シグルド、ブリュンヒルデ。貴様達のこれからに多くの幸があらんことを。これより先の輝ける路を、堂々と歩むがいい」

 

いくつもの苦難を超えて、奇跡はここに紡がれた。

陳腐だと笑うなら笑えばいい。

つまらぬと断じるなら閉じればいい。

 

どれだけの言葉に謗られようとも、この結末だけは否定させない。

 

皆が笑えた世界が、ここにはあった。




有り得た世界がここにあった。

最早何者にも、二人の愛を引き裂けはしないだろう。




因みに冷蔵庫の云々に関しては藍蘭島15巻を読めば幸せになれます。


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あくのろだいありー11 副題:決して忘れない、忘れるものか

反感を買うかもしれない。
それでも、魔竜の物語にはこれが必要だった。


 

 

 

 

ỏ月Ủ日

 

 

 

何かに呼ばれた気がした。酷く疲れたような声が。

 

突如として聞こえた謎の声が気になった俺は、グートルーネ達に一言断ってから気配のする方角に向けてテイクオフした。

しょうがなかったんや、今にも消えそうなか細い声を無視できねぇっての。

そんで声の主がいそうな方行くとさ、めちゃくちゃ暑っつい場所に着いたんだわさ。そこかしこから炎の吹き出すの土地。これってムスペルヘイムじゃねって悟った時には、声の主の所までたどり着いていた。

 

んで誰だったかというと、うんまぁやはりね、スルトだったよ。

巨人王スルト。北欧神話を終わらせる神々の敵対者にして、終末装置として産まれた黒き炎。

 

そんな炎熱の化身が見る影もないほどに衰えていたんだよね。休火山の如く。

何があったしと聞いてみれば、ラグナロクが起きること無くこの北欧は神代を終えるとか言い出しやがった。つまりなに?黄昏が起きないのここ?

一切合切纏めて薙ぎ払わないの?原初の焼畑農業やらないの?

 

そんで終末装置としての役目が果たせそうにないもんだから、俺に炎の権能をやるって言い出したのよさ。

いやどうしてそうなった?もちろん貰い受けましたけども。

 

スルトさん曰く、消えかけといえど終末の炎を焼べるならば、同じ終末装置としての俺が最も好ましいと言っていた。

 

やだ、この人鋭い······。

あくのろさんの原作での立ち位置をあっさりと見抜きおったよ。

やっぱり終わらせるもの同士で通じる何かがあるんでしょうかね?

 

しっかしこの炎、どうしたもんかね。正直扱いに困るんやけど。

 

············とりま保留で。

 

 

 

 

 

 

 

 

ж月к日

 

 

 

 

 

 

覚悟はしていた、いつか、こんな日が来ることなんて。

 

でも、やっぱり辛いな、それを見送るのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シグルド達との再会からさらに数十年の時が経とうとしていた。

根を下ろした竜はその地で、幾度も季節の変遷を見てきた。

春には野花の咲く平原を駆ける子ども等を見守り、夏には近くの川より水を引いて皆で涼んだり、秋には山で採れた山菜を使い腹を満たし、冬には雪景色を眺めながら暖をとった。

穏やかながらも退屈のない日々。魔竜にとってはその長い時間が一瞬で過ぎ去ったかのようにも思えた。

 

ロギアにそう思わせたのは、健やかに育っていった子ども達の成長が大きいだろう。

ゲルダを初めとした年長組は身も心も成長し、何人かは独り立ちし近くの国々へと出ていった。

理由はそれぞれだ。広い世界を見てみたいと父のような魔竜を真似て旅に出た者や、自分に出来ることを見つけたいと願い仕事を探す者、ロギアとグートルーネに恩を返したいと出稼ぎに出た者など、実に多種多様な目的を持って思い出の詰まった木組みの家から巣立って行った。

 

そんな旅立つ子ども達の後ろ姿を涙ぐんで見送っていたグートルーネの姿が、ロギアやまだ幼い子達にはとても印象的だった。

その度に子ども達総出で慰めにかかるのも最早恒例行事と化していた。

 

「ねぇロギア、こことかどうかな?」

 

「ふむ······ダメだな。ここは近いがお前の力を十全に活かせる職がない。ちと遠いが、それよりも更に西のここならば或いは」

 

「ロギア、鍬が壊れちゃったけどどうすればいい?」

 

「倉庫に予備がまだあったハズだ。それを·········いやまて、確か金具と棒の付け根がやられていたな······少し待て、オリヴァーとの話を終えてから新たに作ろう」

 

「ロギア!教わった通りに出来たよ!」

 

「ふむ······少し塩気が足りぬな。それと火の通りがまだ甘い、あと少し時間が足らなかったようだな」

 

そして現在、お前竜だろと総ツッコミを貰いそうなベテランの子育てファーザーと化していた。

 

この数十年の時間が魔竜をある意味で残念な方向に進化を促してしまった。

かつてこのポンコツドラゴンに直面した邪龍たちが今の状態を見てしまったら、どんな反応をするのだろうか。

少なくとも顎が外れんばかりに開くのは間違いない。

 

「ロギア様、ヴェルナーがドアの補修をしてくれたのでもう大丈夫ですよ」

 

「ヴェルナーめがか。ふむ、後で褒美を与えねばな」

 

「それなら、うんと褒めてあげてください。その方がヴェルナーも喜びますよ」

 

ふふふと微笑むのは他でもない、かつては一国の姫であった少女グートルーネだ。

既に齢を三十も越えてしまったがその容貌は損なわれること無く、寧ろこの数十年の歳月はあの時よりも少女を美しく成長させた。

金糸のように美しい髪は腰まで伸びて、少々控えめであった体つきも程よく育っている。以前のままでも十分に美しかったが、今の彼女には艶やかさがあった。

その美しさはかのブリュンヒルデに勝るとも劣らない、若しかすると神ですら嫉妬するやもしれぬだろう。

 

「そうか、ならば後でうんと頭を撫でてやろうか。オリヴァー、この話はまた後でだ。なに、焦らずともゆっくりと、お前の力を引き出せる場所を探していけばよい。ヴィクトル、この際だ。鍬の作り方を教えてやろう。しっかりと技を盗めよ?」

 

「わかったよ」

 

「うん。わかった」

 

将来についての相談をしていたオリヴァーとの話を切り上げ、新たに作るついでとしてヴェルナーに鍬の作成法を教授しようと木製の椅子から腰を上げる。

すっかり父親が板に付いてきた竜の姿は、とても幸せそうに見える。

少なくとも、彼の共犯者であったグートルーネには一際そう見えた。

 

「おじさん、お姉さん。ちょっといい?」

 

そんなロギア一家の日常の一幕、よく聞こえるロギアの声が反響するウッドハウスのリビングに入ってきたのは子ども達の中で一番の年長者、幼き少女から可憐な乙女へと立派に成長したゲルダだった。

 

「む?ゲルダか。いったいどうしたのだ」

 

「その、おじさんとお姉さんにお客さんが来てるの」

 

「客だと······?もしやシグルドめが······ではないな。知っているお前達ならばそのように濁したりはせぬか」

 

よくよく見てみれば、ゲルダの体に隠れている小さな人の体がちらちらと見えている。ゲルダが促すと小さな人影はおずおずと顔を出した。

 

「その、はじめまして······です」

 

現れたのは見知った銀色。友の恋人に瓜二つな、とても幼く小さい少女が立っていた。

その容姿に、グートルーネとロギアは目を見開いた。

 

「貴様はまさか······」

 

「あ、アスラウグといいます。とうさま──シグルドとブリュンヒルデのむすめ、です······」

 

「シグルド様とブリュンヒルデ様の······?」

 

実際に目にしたことはないが、ブリュンヒルデの幼少期と言っても過言ではない程に、少女はあの戦乙女に似すぎていた。

 

「やはりな、その顔といい髪といい、そしてなにより匂いが、なにからなにまでブリュンヒルデめに似ておる。しかし、貴様一人か?シグルドとブリュンヒルデはどうした?」

 

 

──それは、魔竜に一つの終わりを齎した。

 

 

「───とうさまとかあさまが、なくなりました」

 

 

親友の娘より告げられたのは、二人の訃報だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「············」

 

二つの木の盃に、月光を浴びて紫色に妖しく煌めく水を注いだ。

片方は隣に置き、もう一つを紫の紋様が走る太く逞しい右腕で掴み、それを一気に飲み干した。

 

遊具で遊ぶ子ども達を見守るグートルーネの為に拵えた、背もたれも肘掛けもなに無い座面だけの簡単な長椅子。

今宵は暗天の彼方にて輝く月がやけに眩しく見える中、ロギアは長椅子に腰を下ろして普遍の輝き放つ満ちた月を見上げていた。

コップに注いだのはいつか振舞ってやろうと密かに醸造していたワイン。再開した日から寝かせておいた秘蔵のものを、今はなき友へと捧ぐ。

 

「酔えん······こんなものでは!······酔えすら出来ぬではないか···············」

 

どうしようもない虚無が心の中を満たす。

地面に叩きつけようとした木の盃も腕ごと天高く掲げられただけで、ロギアの心の内に巣食い始めたもやもやとしたなにかを打ち消すことは無かった。

 

「シグルドよ······お前は、満足して逝けたのか······?」

 

もう届きはしない言の葉を、彼方へ旅立った者達へと紡いだ。

冷たく吹く風に乗せて、どこにもゆかずに消えていくと分かっていながら。

 

日が西の空へと傾き始めた頃に来訪した友の恋人にそっくりな幼子は、突如としてそれを告げた。

自らの父と母の訃報。即ち、シグルドとブリュンヒルデが死んだとという最早覆せぬ記録を。

 

理解が及ばなかった。思考に空白が生じた。耳に届かされた情報を真実と認識したくなかった。

 

グートルーネは、やはり崩れ落ちた。

当然だ。今でも愛していると臆すること無く宣える彼女が、それに耐えきれるはずが無かった。アスラウグと名乗ったあの二人の娘らしい少女に詰め寄って、グートルーネは我を忘れて問い詰めた。

いつものように物腰柔らかで強かな女の姿はどこにもなく、鬼気迫る顔で少女に詰め寄っていた。

まだ齢を五つも重ねていない幼子の口から発される舌足らずな言葉を提示されていくうちに、とうとう女は泣き崩れた。

ゲルダは驚きを隠せずにいながらも固まるオリヴァーとヴィクトルを促してグートルーネを落ち着かせようとし、教わるままに料理を作っていたエルゼは普段の様子から豹変したグートルーネに驚き、どうすればいいのかと取り乱していた。

 

「アスラウグ·········貴様は、悲しくはないのか?」

 

「·········かなしいです。でももう、いっぱい、いっぱいなきましたから。いつまでも、ないていられないのです」

 

訃報を持ってきた少女の目は、やはり悲しみで滲んでいた。

きっと、何度も泣いていたのだろう。堪えられずに涙を流したのだろう。

 

「いつまでも、ないてはいけないのです。きっと、とうさまとかあさまにわらわれてしまう、ですから······」

 

強い子だった。シグルドとブリュンヒルデの間に産まれたと、誰もが納得する心の強さだった。いつまでも泣いていては、ちっとも前には進めないからと。

 

だがそれは、こんな幼いうちから歩むべきではない茨の道だ。

こんな危うい路を歩んでいては、心情を吐露する器がなければ、やがてこの少女の心は壊れてしまう。歪な形で凝り固まってしまうだろう。

 

見ていられない。親友の子が歪んでいくのを見過ごせない。だから魔竜は、その胸中に小さな少女を受け入れた。

 

「泣け。泣くがいい幼子よ。子とはな、幼きうちは泣くが使命よ。悲しきことあれば泣け、思う存分に心の内を曝け出すがよい。いつまでも泣いてはならぬ?戯け······それは独りでに立つ者が、自分の足で前に進むための自戒よ。路の歩み方すら知らぬ幼子はな、とくと泣いて己の所在を他の者に伝えねばならぬ。そうでなければ、人は真に成長できぬのだ。己ではない誰かに手を引いて貰え。己以外の誰かに頼り先を歩いて貰え。そして歩き方を学ぶのだ。大人のように振る舞うのはそれからで良い。だから、今はこの我の胸中で泣け、この我が赦す。それは決して間違いなどではないのだから」

 

最初は、魔竜が何を言っているのかを少女は理解出来ないでいた。だが少女へと向けられたその言葉が、己を思っての事だと理解出来た時、少女の双眸からじんわりと、仄かに熱を持った水滴が零れ落ちた。

小さい口から漏れ出た嗚咽は、やがて大きな啼泣(ていきゅう)となった。

噛み殺していた悲しみが、抑えていた感情が、無意識に作り出していた心の垣根を破りとめどなく流れ出した。

魔竜の腕に抱かれるまま、少女は産まれたばかりの赤子のように、悲哀の叫声をあげ続けた。

 

泣き疲れてすっかり眠ってしまったアスラウグとグートルーネを子ども達が見守っていて、ロギアは自然と熱が篭る体を冷まそうと夜風に当たっていた。

親を失いし子と、好きになった者の喪失を迎えた少女。その心の内は竜には分からない。

 

「我は·········お前達に救いを与えてやれたのか······」

 

独り言葉をこぼそうと、返ってくるのは緩やかな風の音だけだ。

 

アスラウグが語った英雄達の最後。

それは、なんとも呆気のないものだった。

シグルドとブリュンヒルデはアスラウグという愛娘を授かり、実に順風満帆な暮らしを送っていた。しかしある時、ブリュンヒルデの養父であるヘイムから手紙が送られてきた。

内容はヘイムの治める地に侵攻を企むブズリ王の軍との戦争への参加要請だった。ブリュンヒルデの養父でもあるヘイムの頼みをシグルドは断らずに、ヘイムに参加の旨を記した手紙を送った。

もちろんこれには、ブリュンヒルデも着いていく。

 

その間アスラウグはヘイムに預けられ、いつでも逃がせるように用意も万全に整えられていた。

 

そこから先は、シグルドとブリュンヒルデによる快進撃だった。

この夫婦を止められるものは敵にも味方にも居らず、戦線はあっという間にヘイムの軍勢が押し上げていく事になった。

 

ブズリ王の喉元まであと少しという所だった。

シグルドの背後を、ブズリ王の息子アトリが突き刺したのだ。

それもただの剣ではなく、毒が刀身に塗られし確実に命を刈り取る剣であった。神すら殺せるというミドガルズオルムの持つ毒が塗られし、最悪の魔剣となりし鉄の剣に。

 

アトリはブリュンヒルデによって討たれたが、ブリュンヒルデもまたアトリの隠し持っていたもう一振りの毒の短剣に突き刺された。

 

シグルドは最後の力を振り絞り、魔剣グラムを敵陣に目掛けて投擲。

ここぞとばかりに攻め込まんとした大軍を魔剣の一投で薙ぎ払った。

 

しかし、毒に侵された体では最早助からず、その後二人は戦線少し離れた林檎のなっていた木に寄りかかって、まるで眠っているかのように静かに息を引き取っていた。

それを見たヘイムの兵士は、二人は最後まで手を繋ぎあっていたと語っていたという。

 

運ばれた二人の亡骸はヘイム王によって手厚く葬られ、戦争が集結した後に二人が出会ったというヒンダルフィヨルの山頂にて埋葬された。

 

なるほど、ある意味英雄の最後としては妥当なのかもしれない。

 

ジークフリートも、最後は龍の血を浴びていなかった箇所を矢で射抜かれた。

 

明智光秀も、最後は落ち武者狩りにあい農民に竹槍で刺し殺された。

 

別に劇的な最期でもない、戦場に立った戦士らしい死に方だ。

 

それでも、最後まで己の責務を果たそうとするのは、やはり彼らしい。

 

最後まで愛する人と居られたのなら、あの二人としては満足なのだろう。

 

残される者に、決して消えぬ傷跡を残して。

 

「クハハ·········いつかはこんな日が来ると、覚悟していたつもりだったのだがな············」

 

もう一度木の盃にお手製の葡萄酒を注いで、今度はほんの少しだけ呷る。

 

やはり、その味は竜に深き眠りを与えてはくれなかった。

 

「ヤツらの魂は、ヴァルハラとやらに昇ったのだろうか。我には、関係の無い事だろうがな·········さて、ゲルダよ。いつまでそうしているつもりだ?話があるならば来るがいい」

 

「あっ······おじさん気付いてたの?」

 

「我は竜ぞ、嗅ぎなれたお前の匂いなど竜の嗅覚をもってすれば瞬時に見つけ出せるわ」

 

振り向けば、そこにはゲルダが居た。

いつかの日のグートルーネと見間違うほどに、あの時の孤児(みなしご)は綺麗に育った。

 

「まったく、我の様子が気になったか?戯けめ。その眼にはお前に気遣われる程我は脆弱に写ったか?要らぬ心配よ······」

 

「えっと·········うん、おじさんも泣きそうな顔してたから」

 

「·········そうか、お前達にそう思われる程に、我も酷く不出来な顔を晒していたか······弱いな、我は」

 

長椅子から立ち上がって、握っていた木の盃をもう片方の隣に置くと、ロギアはゲルダに背を向ける。

 

「ゲルダ、我は少しその辺りを飛び回ることにする。明日には戻ると皆に伝えておけ」

 

「おじさん、何処に───っ!?」

 

どこか遠くへと行ってしまいそうな背中に手を伸ばそうとして、突風が吹き荒れる。思わず目を瞑ってしまい、風が弱まった頃に目を開ければ、もうそこには誰もいなかった。

 

 

座っていた長椅子には、水面が揺れる二つの盃が寄り添っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月光と数多の星光が見守る中、北欧の空を黒き影が飛翔する。

 

音を置き去りにし突き進む巨体は幾つもの山と国を飛び越え、やがてとある巨山へと四肢を着けた。

 

そこに、とある二人が眠っている。

 

そこにあるのはただの亡骸。魂なき肉の器だ。

 

二人の魂は既に空へと昇り、大神の宮殿へと招かれたことだろう。

 

二人は最期まで共に在った。愛は引き裂かれることなく、生の終わりを迎えるその時までお互いを想っていた。

 

きっと、満足な生を謳歌出来たのだろう。

そこにいなかった竜にも、鮮明に想像できた。

 

それでもやはり、悔しく思う。

 

友の散り際に駆け付けられなかった、己の無力さを噛み締めて。

 

 

『────────────────────!!!!』

 

竜は全能ではない。竜は絶対ではない。

 

人に畏れられようと、神を戦かせようとも、思い通りの世界を作れはしないのだから。

 

いずれ来る終わりを、生命の終わる時を、棄却することなど出来ないのだから。

 

魔竜の咆哮が北欧の夜に響き渡る。

 

荘厳に奏でられし竜の嘶きは、まるで泣いているかのように聞こえた。




永遠に近しい時を生き続ける魔竜にとって、親しき者との別れは決して避けられぬものだ。

友の死を乗り越えるか目を背けるかで、これから先の魔竜の在り方が決定付けられる。

次回、北欧神話編最終回。



───最後のお願いを、聞いて頂けますか?


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征け、黎明のその先へ─────

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

北欧神話編、終結。


 

全ての物事には始まりがあり、終わりがある。

如何なることにおいても、これだけは決して覆せない絶対の法である。

 

生命も、文明も、道具も、神のような空想ですら、何かしらの起源より生まれて、やがて終わりというゴールにたどり着く。

物語に起点があるならば着地点となる終点が必ず存在しているのだ。

 

世界はそうして回っている。

古きものが終わり、新しきものへとバトンを繋ぐ事で続いていく。

 

幾度となく繰り返される生命から生命への橋渡し。

 

終わる命から始まる命へと、人の意思は受け継がれていく。

そこに親しき者との決別が訪れようとも、人は悲しみを乗り越えられる。

残るのは絶望ではなく、明日への希望。

 

これを、愛と希望の物語と云う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今宵が······最後の夜となるか」

 

すっかり古びてしまった木のテーブルを指でなぞり、刻まれた小さな傷を指先で感じ取る。

 

本当にあっという間だった。シグルドの死を乗り越えて早四十年、それでも時間は進み続け子ども達も皆独り立ちするまでに成長した。

昔は子ども達の笑い声で溢れていたこの家も、今ではやけに広く感じてしまう。

 

いまやこの家に残っているのはロギアとグートルーネ、そして。

 

「どうにも、ならないのですか·········?」

 

そして、シグルドとブリュンヒルデの子アスラウグ。

親を亡くしたあの日より、アスラウグはロギア達とこの人の住む街から遠く離れた山奥でひっそりと暮らし始めた。

この四十年、魔竜と共に過ごした銀色の乙女は、最初に会った時と何ら変わらぬ姿でいる。

極めて高い神性を有するが故に常人の何倍もの時間を生きられるが、それに比例して身体の成長も極めて遅い。

小さな身体で魔竜を見上げる瞳には、親を失ったあの日の悲しみが灯っていた。

 

そうなるのも無理はない。なにせ今日の晩がグートルーネの最後、定命の者の運命の日だからだ。

 

「ならぬな。これは人の運命だ。定命の者は我等のように長くは生きられぬよ。まぁ、グートルーネならばたとえ命を長らえさせる秘術を聞かされたとて、一笑に付して断るだろう」

 

元より、人と人ならざる竜とでは歩む道のりの長さが違った。

 

人の生は精々が六十年と少し、長くても百を迎える頃には終わりを迎える。

対して竜は如何程だろうか、千年?二千年?それとも一万年?正確には分からないが、永遠に近い時を生き続けるに違いない。

 

そもそも、人と共に歩む竜というのが既に余程の変わり者である。

人の一生は竜からしてみれば一瞬の出来事に過ぎず、人に関わり過ぎれば要らぬ情を抱く。それを繰り返せば、竜はやがて狂い果てるだろう。

 

だからこそ一線を引くべきなのだ、人と竜は。

 

竜が人を愛してしまえば、一人取り残される悲しみに耐えられないから。

 

そして、アクノロギアの言葉にも嘘があった。

アクノロギアの滅竜魔法は魂を抜き取るモノ。即ち、魂に干渉できる魔法なのだ。それを用いてグートルーネの魂を抜き取り、別の器へと移せればグートルーネはもう一回分の生を謳歌出来る。

 

だが、それだけは出来ない。

何故ならば彼が述べた通り、そんな術があったとてグートルーネは断るに違いないからだ。

 

だから、アクノロギアは使わない。

この別離の運命すら覆しうる反則の力を。

 

「それにな、人というのはそれだけ長く生きてしまえばやがて魂が腐ってしまう。グートルーネのように高潔な魂を宿していてもだ」

 

そんなグートルーネの姿など、見たくはない。

勝手な願望の押しつけに等しいのかもしれないが、アクノロギアにとってグートルーネという女はそれだけ特別でいて欲しい人物なのだ。

 

「おじさんは·········悲しくないのですか?」

 

「悲しいとも。このような思いを抱く事など、決してないと思っていたのだがな······お前の父と母が伏したと知った時に、我は弱さを得てしまった······」

 

魔竜の表情は相変わらずの鉄面皮だ。それでも僅かに細められた瞳には、深い悲しみの色が見て取れる。

 

「儘ならぬものだな······人の生に、付き添い続けるというのは·········」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────無音。まるで自分以外の全てが水泡に帰したかのように消えてしまったような錯覚に陥る。

衰えた眼は最早ぼんやりとしかモノを映さず、腕を動かすことも叶わなくなった。

 

長い時を生きたものだ。

一国の姫という地位を降り、女としての幸せを諦め、魔竜の導きのままに空を巡った。

たくさんの知らないを知った。食べたことの無い食事に舌鼓を打った。

親を亡くした子ども達を育て、母として過ごせた。

 

多くの喜びを、少女は与えて貰った。

 

無論、悲しい事が無かった訳ではない。

愛した人に先立たれた悲しみは、今もこの胸の内に大きな疵を残している。

順風満帆とは言えなかったが、不思議と姫はこの生に満足していた。

 

思い残す事は───

 

「───ロ、ギアさま···?」

 

床に伏したグートルーネの近くに、一際大きな気を放つ誰かが立った。

その大いなる波動を、彼女は知っている。

ロギアだ。今この時まで共に歩み、見守ってきてくれた共犯者。

これから先も変わらずあり続けるだろう竜が、そこに居る。

 

「具合はどうだ?苦しくはないか······?」

 

何よりも強く畏怖される魔竜の放つ声には、いつものような覇気がなかった。今にも消えてしまいそうなロウソクの火を消してしまわぬように、最大限に気を使っているかのような、憂いを帯びた声色だ。

 

「だいじょうぶ、です······こほっ、まだまだ、だいじょう·········」

 

「無理をするでないグートルーネ·········もうその身体では、言を音にする事すら辛かろう」

 

魔竜は横たわる姫に視線を落とす。

瑞々しかった肌はかつての張りを失くし、顔には幾つもの線が浮き皺となってしまっている。多くのものを魅了した金の髪は色艶を喪い、すっかりと色が抜け落ちて雪のような白へと変じてしまっていた。

 

時間が経つにつれてグートルーネの体はどんどんと衰えていき、ついには一日中を床の中で過ごさねばならず、ほとんど寝たきりの状態になってしまった。もうじき、グートルーネは人としての寿命を全うし、その生涯に幕を閉じるだろう。

 

もう満足に体を動かせないでいる彼女に、ロギアはいつからか抱いていた疑問を投げかけた。恐らくはこの語らいが、彼女との最後の時間になるだろう。

 

「なあグートルーネ、お前から幸福を奪った我が言えることではないが······新しい恋を見つけるというのも、お前なら選べたのではないのか?」

 

グートルーネはこの生涯において、ただ一人の男だけを見つめ続けた。

後にも先にも、彼女が愛したのは一人だけ。それが実らぬ恋だと分かっても、その恋慕を捨て去ることだけはしなかった。

竜は、それが何よりも気掛かりだった。

たった一人に拘らずとも、一人の女としての幸せを手にしたいのであれば、新しい恋を見つけるというのも一つの道であるから。

しかし、彼女はそれを選びはしなかった。

ずっとずっと報われぬ思いを抱き続けるのは、とても辛く苦しいはずだ。

 

「ふふ······それは、ありえません。わたしには、彼しか·········シグルドさましかいなかったのです·········」

 

魔竜の率直な疑問に、グートルーネは淡く微笑んで返した。

絶対に変わる事ない永遠の想いを、その全容を明かした。

それは、とても簡単なことだった。

 

「わたしが、恋をしたのは······後にも先にも、あの人だけ·········この恋が、実ることはありませんでしたが·········その想いは、決して無駄ではないのです·········」

 

好きになった人を愛したい。それが実らぬものと分かっていても、その気持ちを偽りたくないから。共に在れぬと悟っても、この想いはただ一人だけに捧げたい。そんな、とてつもなく面倒な女(恋に一途な一人の少女)の、嘘偽りない真の愛だった。

 

「恋とは······報われる報われないでは、ないのです······愛とは、返す返されるでは、ないのです······たとえ、実らずとも······報われないのだとしても······誰かを、好きになったというのが、大切なのです·········」

 

悔しい思いもあっただろう、辛くもあっただろう。だが彼女は、過去を捨てずに胸の内に抱き続けた。

 

「見返りが欲しいのではないのです···········応えられなくとも、選ばれなくても、誰かに愛を届けられたなら·········その人を、好きになれたなら······それで、いいのですよ·········」

 

姫であった女は、ただ一人だけを思い続けた。

 

「笑ってくれて良いのですよ······?こんな、未練がましい女の、聞くに堪えない独白など······だってわたしは、ブリュンヒルデ様を······心底羨ましいと思っていたのですから······シグルド様の、けほっ·········隣に居るのが、わたしだったならと·········自分であきらめたもしもを、いつも夢想していました······わたしも、しょせんは俗物なのです······こんな、愚かしいおんなが·········」

 

「よせ、これ以上己を卑下するでない······」

 

今際の際に次々と溢れ出す、一人の女の心情。

涙を滲ませながら、あの時と変わらぬ微笑みを湛えて。

女の独白にやるせなくなった魔竜はもう上がらない老いた手を取り、握りしめた。

 

「嫉妬する事の何が悪い?それは人間が持って至極当然の感情だ。幸せを求める事の何が悪い?お前はそれを、愛する者のためとして自ら投げ捨てたではないか。でもそれでもと縋り付く事の何を恥じる?あぁしかし、やはりお前はお前なのだな。なんとも健気で、優しき女よ────」

 

グートルーネの零した弱音を否定するように、魔竜は言葉を捲し立てた。

魔竜の声は、震えていた。かつてない程に、それを自覚せぬまま。

 

「グートルーネ。お前は何よりも気高く、そして美しい。この我が認めたのだ。だから、もう己を卑下するな。これ以上は我が許さぬ」

 

ピントが合わない視界の中、グートルーネは確かに垣間見た。

恐れるものなどない魔竜の顔が、恐怖しているかのように酷く歪んでいたのを。親しき者との別れを経験した。しかし魔竜は、再びそれが喪われることをなによりも恐れた。数十年を共に過ごした者との永遠の別離を、恐れてしまった。

 

グートルーネは、ただただ嬉しかった。

自分の死をこれ程までに惜しんでくれる人が居るということに。

 

この竜ならば、人の生死すら如何様にも出来るかもしれない。嫌だというなら、その力を使えばいい。

だがそれをしないのは、グートルーネの意思を尊重しようという彼なりの優しさだった。

 

「アクノロギア様、私の最後の願いを、聞いて頂けますか·········?」

 

もう動かす事も難しいはずの手に、指に、ほんの僅かに力が籠る。

そして魔竜は悟る。彼女にはもう時間が無いと。この最後の懇願が、竜と姫の最後の約定だと。

 

「待てグートルーネ······まだ、まだ我は······!」

 

「どうか、人を愛してください·········私達を、人間の行く末を······見守っていてください······」

 

姫が竜へと掛けたのは、小さな呪い(祈り)だった。

 

「·········っ!」

 

「私達の何倍もの時間を生きて、多くを見続ける貴方に······子を慈しみ、愛する事を尊いと思う貴方に······どうか──」

 

掠れていく声がかろうじて形に成した、女の言葉を心に刻む。一言一句聞き逃すまいと、竜は───

 

「にんげんを·········こどもたちを···············みま、もって············」

 

何物をも掴む竜の腕より、姫の手が零れ落ちた。

そして、本当の静寂が訪れた。

共犯者の胸からは生命の鼓動が止み、一つの夢が幕を閉じたのだ。

 

「───良いだろう」

 

そして、竜は願いを請け負った。

愛に殉じた女の願いを、最後の(よすが)として。

 

「その祈り、このアクノロギアが聞き届けた───眠れ、姫よ······」

 

魔竜は零れ落ちた姫の手を掴み、自らの額に押し付けた。

その思いを忘れぬと、記憶に焼き付けるように。

それはまるで、幼子が親の手に縋り付き泣いているかのようで、何よりも尊大に見える魔竜が、迷子になった子供のように見えた。

 

 

 

 

再び掴んだ姫の手は、とても冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黎明が過ぎ、白昼を超えて、夕方を経て、再び夜が訪れる

 

何度も何度も作り直された木組みの家の傍らに、木で作られた十字架が立つ。そこに、多くの子を慈しみ育てた、一人の女が眠っている。

 

その者の名を、グートルーネ。

愛に生き愛を貫いた、何よりも暖かく強かな乙女。

 

「人を、愛するか·········」

 

十字立つ墓の隣で、魔竜は満つ月を仰ぎ見る。

優しくも儚い光を放つ月に、昏い双眸は何を思うのだろう。

人の命の儚さか、それとも人の夢見る理想か。

それか、一人残される痛みと悲しみか。

 

「アスラウグよ、お前はこれからどうしたい?シグルドらのように武に生きるのか、それともグートルーネのように平穏を望むか」

 

すぐ隣で同じ空を見上げる友の忘れ形見へ、魔竜は問い掛ける。

 

「······まだわからないのです。自分の生き方も、願いも、目的も······」

 

しかし英雄の娘には、まだなにも見えていない。返すべき答えが見つかっていない。この四十年近く、

 

「だから、わたしはおじさんに付いていきたいのです。右も左も分からないから、手を引いて貰うのですよ」

 

だから、着いていく。

自分の生きる理由を探す為に。

見果てぬ地平への航路を、大空という大海を征く魔竜の背に乗り共に行かんと。

 

「フン、勝手にするがいい·········そして、何用だ?北欧の大神よ」

 

雷神を下した魔竜と親より神性を受け継ぎし半神半人。

二つの強大な存在が立ち尽くす草原に、幾つかの神性が降り立つ。

 

北欧の大神オーディン。

ワルキューレ統率個体。スルーズ、ヒルド、オルトリンデ。

 

ヴォルスンガの血族であるアスラウグからすれば己の祖であり起源。

血の始まりとされる大神の姿に目を剥く。

 

「こうして相見えるのはこれが初となるか、げに恐ろしき竜よ」

 

「我としてはな。貴様からすれば我の姿を拝むのは二度目ではないか?」

 

「クク······貴様にしてみればそうか······さて、魔竜よ。貴様はこれからどうするというのだ?」

 

「これから、か············」

 

北欧を揺るがす者。世界に破滅すら齎せる存在。

その答え次第では、大神は槍を振るわねばならない。

 

大神の問いに、魔竜は振り向かぬままで答えた。

 

「───我は飽きた」

 

示されたのは、静謐の終焉であった。

 

「この世界に飽きたぞ、北欧の大神」

 

「──その言葉を、どのような意味で紡いだ」

 

「そのままだ。我はもう、この世界に飽きた。留まる理由がない。壊す意味もない」

 

視線を星空に浮かぶ満月から、高く聳える山々へと向けた。

その先には、この家より旅立った子ども達がいる。

 

「だから、ここではないどこかへ。此方より彼方へと。まだ見ぬ世界へと。この大翼を広げ飛び立とうと思う。尽きることなき可能性をこの目に写し取るために」

 

あの子達ならば、きっと思い思いの未来を描けるだろう。

だから、もう子離れの時だ。ここに留まる意味もない。

 

なにより、グートルーネと交わした約定がある。

人を見守れと、人を愛せと。

ならば、そのように振舞おう。

ここだけではない、多くの世界を旅して。

潰えようとする可能性を、さらに広く大きなものに変えるために。

 

「案ずるな大神よ。我はもうこの世界より飛び立つ。貴様の悩みの種となることはない」

 

「そうか·········」

 

ここには多くの思い出を残しすぎた。

喜びも悲しみも、全てこの地に眠っている。

友との再会も、別離も。子ども達との思い出も。

 

「儂としても引き止める道理は無い。しかし、貴様に共をするのが我が血を引く子のみというのはな······故に、貴様にはお目付け役として我が娘達、スルーズ達を預ける」

 

「······なんだと?」

 

突然のことに、ロギアも動揺を露わにした。

どう話が繋がればそうなると、思考に空白が生まれるが、その説明が他ならぬ少女達の口から語られる。

 

「貴方という存在が周囲に与える影響は強大に過ぎます。もし他の神話においてもその力振るわれるとなれば、被害は如何程になるか」

 

「だからあたし達が君のストッパー······になれるか分からないけど、せめての見張り役として付いていこうって話」

 

「それにあの男······シグルドとブリュンヒルデお姉様と親しくあった貴方に多少の興味があります」

 

「そういう訳である。元より貴様の力をなんのしがらみも無く外に放り出せばどうなるか等想像に容易いのでな」

 

「······そういう事であるか」

 

当然の帰結であった。

不穏にして危険な因子を野放しにする事の危うさと恐ろしさを、オーディンは懸念している。実際にこの魔竜が好き勝手に暴れた際の被害がどれほどのものか、大惨事になることは間違いない。

 

「ふむ、まあ良いか。少々面倒ではあるが、飲んでやらんことも無いか」

 

一人納得したロギアは魔力を解放し、いつものように元の姿へと戻る。

吹き荒ぶ突風に目を瞑るワルキューレ達と、長い髭を荒風に揺られながらも残りし片眼で以てロギアを見詰め続けるオーディン。

 

オーディンは、漸くその魔竜の一端を知った。

 

「貴様、もしや元は人であったのか?」

 

『────さて、な』

 

叡智手にしたこの目で以てしても、見通すことの叶わなかった魔竜の深層。

その一端を、竜へと変じゆく中垣間見た気がした。

それを聞いたところで、この魔竜はのらりくらりと躱すのだろうが。

 

完全に姿を変えたアクノロギアにアスラウグは駆け寄り、その背中に飛び乗る。

 

「でっかぁ······」

 

「これが、私達が戦った······」

 

『では、征くとしようか。遅れるでないぞ、我が旅路に追従せんとするならば』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「永遠の旅人よ、貴様はいったい何処へ行くのだろうな」

 

遥かなる空へと竜と愛娘達は飛び出した。

 

果てない旅路に、竜の求めし答えはあるか。

 

それは大神の目で以てしても見通せぬだろうが、せめてもの報いがあることを祈る。

 

「征くがいい、黎明のその先へと。貴様の歩んだ後に、美しき花が咲くことを祈っておるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、壮大な世界を巡り回る、一匹のドラゴンの長い長い旅路の始まり。

 

 

 

 

 

 

 




あくのろさん物語第一幕。竜殺しと乙女、ここに完結。

次回のあくのろさんも見てくれよな!(露骨な閲覧推奨)


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無垢なる反逆の蛇と魔竜

長らくお待たせ致しました。
半年以上の期間を空けておいて、恥ずかしながら帰って来ました前虎後狼です。
聞き苦しい言い訳だけ述べさせて頂きますと、重度の精神的ショックを受け所謂スランプ状態に陥っておりました。そういった理由とも呼べない理由により、現在次回以降の投稿の目処が立っておりません。未だ原作にすら到達できていない拙作ですが、もし宜しければこれからも気が向いたら御目を通して頂ければ幸いでございます。
それではなんちゃって原作要素との邂逅の巻、ごゆるりと御堪能くださいませ。




















P.S. 関係ないけどアイドル部って良いよね。


その龍は、この世に生まれ落ちたその時から最強を手にしていた。

 

蒼き生命の水で満ちた命の星の上ではなく、何物も存在できない虚無の空間にて、それは初めて己を自覚した。

世界と世界の狭間、位相と位相の隙間、僅かに生じている歪みの中。

そこには、二つの絶対種が存在する。

 

赤い龍。物質世界の法則や概念に囚われぬ、夢のようにあやふやな次元の放蕩者。『夢幻』を司りし者、『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』グレートレッド。

 

そして、物質世界においては最強と目される龍神。『夢幻』に対するは『無限』。つまりは、途切れることなく永遠を望める生ける永久機関。

『無』より生まれ『限』りなく続く矛盾の極地、始まりと終わりを永遠と繰り返す『無限』を体現する者。『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィス。

 

あらゆる事象に干渉が可能なとびきりの反則手(ジョーカー)

敵として立ちはだかる者は無し、文字通り無敵と言える存在。

 

戦うことすら馬鹿馬鹿しい二つの絶対の個は、次元の狭間と呼ばれる世界の境目を変わらず揺蕩い続けていた。これから先も、この二匹の龍は現実世界に介入すること無く無の境界に閉じこもり続けるのだろう。

 

そんな均衡は、永遠の停滞は突然に崩れ去った。

 

無限が、現実世界へと飛び出したのだ。

正確には、夢幻に押し出されるように現実世界へと落ちてきた。というのが正しいかもしれない。

変わらぬ静寂を享受していた龍神は、その突然の事に目を疑った。

右を、左を見渡せば、広がるのは彩り溢れた世界。

静謐などどこにも無い、生命の鼓動で満ち溢れた世界に、無垢なる龍神は落とされた。

 

地を見やれば硬い土と、命の匂いが鼻を擽る。

空を見あげれば幾千の星が瞬いている。

どれも、無垢なる龍神には初めての経験。

それでも、龍神は未知の世界には目もくれずに、毅然と煌めき続ける星海を見上げ続ける。

 

「────」

 

声にならない龍の嘶きが零れる。

それは如実に、自らを落とした赤き龍神への困惑と、恐怖に満ちていた。

 

どうして、と。

 

その日、無敵の龍は最強へと落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紀元前の地球と言われれば、何を想像するか。

原始人?文明が起きる前の世界?それとも、何も無いと感じるか?

 

その通りだと肯首しよう。しかしそれははるか昔の話だ。

紀元前とはいえ、年月が経てば人は文明を興す。火を知り木を切り道具を作る。生きる事を最大限に謳歌するために。

 

その黎明とも言える時代、まだ神という至高の者が世を支配していた、後に神代と呼ばれた時代。

 

まだ人が自らの一歩を踏み出そうとすらしていない時代に、二つの絶対者は出会った。

 

その出会いが後にどのような波紋を起こすのかは、まだ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、このぐらいで良いか」

 

パチパチと、人の文明の象徴たる火が燃え上がり暗がりを照らす。

闇を照らす灯火は熱を放ち、触れたものを焦がしゆく。

その篝火の隣には、香ばしい香りを漂わせる生きる為の糧があった。

木の枝に体を貫かれた小魚が、人の文明の黎明でもある炎に炙られていた。

 

「それ、食らうが良い。焼いただけの簡素なもので済まぬがな、許せ」

 

「むー······流石に連続で焼き魚は飽きるよ」

 

「飽きる······これが、飽きを感じるという感情なのでしょうか?」

 

「オルトリンデ、その情報の取得は余計なものでは」

 

「それも必要な要素なのですよ、スルーズ叔母様」

 

「ふむ、そろそろ別の糧を見つけなければな·········」

 

焼けた川魚の腹に食らいつき、芯まで火が通った身を咀嚼する。

控えめながらも脂の乗った肉が舌の上で踊り、今日もまた生きているという実感を与えてくれる。

しかし連日同じものでは流石に飽きが来ているというのもまた確かであり、凡そ感情と呼べる機能が設定されたものでしかないワルキューレ達も、その感情が生まれつつある程にはここの所は焼き魚しか口にしていない。

 

かつてシグルドと旅をしていた頃は、このように焼き魚オンリーだったのが常だった。そのためかロギアは割と同じ物を食べ続ける事に対する飽きというものをすっかり欠落させてしまっていた。

 

「それに、なんだか小骨が引っかかる感じかするのがなんかやだなぁ······」

 

「その程度なら容易に噛み砕けようて」

 

「いや、ドラゴンのロギアはそうかもしれないけど······」

 

「私は、余り気にはならないですね。むしろこの、パキパキ?とした音が鳴って破砕しながら咀嚼するのがなんとも······むぐむぐ」

 

「スルーズ、なんかロギアに影響されてきてない?」

 

「そういうヒルドこそ、彼の固有名称を呼称するまでには気を許していませんか?」

 

「はぐはぐ、おはさははひほ、はあさはほほあひへいほうほひへひへふほへは?」

 

「アスラウグ、物を口にしながら言を零すでない。そしてその食べ方はどうなのだ······?」

 

「むぐむぐ、ごくん。おじさんだってお魚を生で食べようとしてましたのですよ」

 

「さて、なんのことだか」

 

ちょくちょく口の内側に刺さる小骨を避けながら食べ進めるヒルド。黙々と、そして少しずつ火の通った白身を晒す焼き魚に齧り付くオルトリンデ。そして小骨どころか骨なんてなんぼのもんじゃいと丸ごと噛み砕くスルーズとロギア。そしてまさかの頭から丸呑みを始めるアスラウグと、それぞれで食べ方も好みも違う、思い思いの方法で食を楽しんでいる。

 

思わぬ所で三人の個性、と呼べるかも怪しいが。それぞれの特色を垣間見ることが出来るこの時間を、ロギアはそれなりに楽しんでいた。

 

「ふむ、まあ無理もないか。では、そろそろ新しき味覚を開拓する頃合であるな。待っているがいい、明日にはその口を唸らせるものを───む?」

 

不意に、ロギアの言葉が途切れた。

 

すんすんと数度の空気が空洞を通り抜ける音が鳴り、ロギアは目を閉じた。

ロギアの突然の奇行に首を傾げるワルキューレ達は、不思議に思いながら周囲へと目を光らせる。

考えられるのは、自分たち以外の何者かが近づいて来ているか。それ以外にロギアが言葉を途切れされる要因が思いつかない。

しかし、スルーズ達の索敵機能には何の反応も引っ掛かりはしなかった。

 

「いつまで覗き見ているつもりだ?気味が悪い、疾く姿を現せ」

 

状況が飲み込めていないスルーズ達を置いて、ロギアは口を開いた。

直後、ロギアの真後ろの空間が渦巻きを描いて歪んでいき、それはやがて人型へと形を整えていく。凡そありえない光景にスルーズ達は息を呑む。

自分達に備え付けられた機能、勇士の魂を選定し導く為の魂を感知する能力でも気付けなかった。

 

驚愕するスルーズ達といつもの凶悪な面構えのままのロギアは、現れた人型の姿をその目に映しとった。

 

ボロボロのローブとでも言えばいいのかだろうか。所々がほつれてしまっている布きれを頭から被った、長く伸びた髭が重力に引かれ垂れ下がっている老人。まるで、世界と同化するまでに至った仙人のようにも見える老人は、感情の色が全く読み取れない瞳でじっとロギアを見つめ続けていた。

 

やがて、その得体の知れない何かはゆっくりと口を開いた。

 

「──お前、なに?」

 

疑問。嗄れた声で投げかけられた問いは、目の前に佇む理解の及ばないなにかへと向けられていた。老人の知る最強の龍ともまた違う、近しくも異質な存在へ。

 

「お前、強い。我やグレートレッドには勝てなくても、強い。でも、わからない。お前のその力、なに?」

 

「なに、か·········そう問われたところでな、我は我としか答えようがない······逆に此方から問わせてもらうぞ。貴様は、なんだ?」

 

しかしそれは魔竜からしても同じことであり、目の前に立ち尽くす謎の者へと問い返す。まるで世界に空いた人型の穴のようで、見ているだけで世界の裏側に引き込まれそうになる。老人の目には、虚無しかなかった。

 

「ん、我?我、オーフィス。無限の龍神、そう呼ばれた」

 

「なっ!?」

 

「嘘·······!?」

 

「なぜ、こんな場所に······」

 

「オーフィス········おじさん、知ってるのです?」

 

「いや、まったく」

 

驚愕はさらなる驚愕となり、思わず三人娘は距離を取ろうと後ずさり始めた。大神より与えられた情報の中から、今自分たちの相対している存在を示すものが提示される。

『無限』を司るとされる龍。ロギアが知る由もない、Fの世界には存在すること自体が有り得ない生きた世界の歪み。ワルキューレを鋳造した全能の神たる大神オーディンですら届かない、遥か高みに座す龍の神。

終わることない永遠の旅路を繰り返す、高次元の放蕩者。

そんな不理解の塊にして理不尽の権化が、ロギア一行の前に立ちはだかっている。

本当に有り得ない出来事を前にして三人娘の頭が処理落ちを起こそうとしている傍ら、まるで無知なロギアとアスラウグはただただ首を傾げていた。

 

「オーフィス······無限······意思を持った根源とでもいうのか?」

 

「根源?それはなに?」

 

「知らぬのか······?いや、何でもない。恐らく貴様には無縁の話だ。忘れよ」

 

「うん、分かった」

 

無限という簡素なれどとてつもなく壮大な単語に、ロギアは型月世界における全ての始まりと言える根源を思い浮かべた。

しかし当の本人がこの様子。もし根源から生まれた何かだとしてもその自覚は薄そうだ。ならば、下手に教えることも無いとしてロギアは口を噤むことにした。幸いこの無限の龍神とやらもだいぶ聞き分けが良いようだ。

 

「では我も名を明かそうか。我が名はアクノロギア。今は世界を駆け回りし旅人であり、貴様と同じ絶対を謳う竜である。この姿の時はロギアという名で通しているがな」

 

「私はアスラウグ。よろしくなのですよ、オーフィス」

 

「アクノロギア、アスラウグ······ん、覚えた」

 

「って、ちょっと待って!?なにさも普通に自己紹介してるのさ二人とも!?」

 

「相手が名を明かしたならば、己が名を明かし返すのが礼儀であろう」

 

「挨拶は大事だってロギアに教わったのですよ、当然のことなのです」

 

「確かにそうだけど!そうなんだけど!!相手が無限の龍神なのにどうしてそう平静でいられるの!?」

 

「「そう言われても、()は無限の龍神という()など(なんて)知らぬのでな(知らないのです)」」

 

「ダメだこの親子!」

 

いつの間にかツッコミ役としての地位を確立しつつあるヒルドは、至っていつも通りなアクノロギアとアスラウグの二人の反応に思わず頭を抱えた。

何分オーフィスという存在の異質さを二人は知らぬが故に、仕方の無いことではある。しかしその脅威性を産みの親より知らされている三人娘にとっては、オーフィスの存在は何よりも恐ろしい怪物にしか見えないのだ。

例えその見た目が、今にも息を引き取りそうな老人にしか見えなくとも。

 

「して、貴様は何故に我が前に立った?その如何を答えよ」

 

頭を抱えたヒルドをおいて、ロギアは無限の権化たるオーフィスにそう切り出す。わざわざ自分の前に現れたのは何故か?ヒルド達がそうも恐れる者が、目の前に現れた理由をはなんだ?

ひとまずロギアは、目の前の龍神の目的を明らかにする事から始めた。

 

「アクノロギア、強い。我やグレートレッドには届かなくても、強い」

 

「·········何が言いたい?」

 

「我とアクノロギア、一緒に戦えば無敵。だから、グレートレッド倒すの手伝う」

 

「············何故、そのグレートレッドとやらを倒すのだ?」

 

「我、静寂が欲しいから」

 

「··················少し待て」

 

無垢な龍神との会話を切り上げ、ロギアはようやくフリーズを終え再起動した二人と眉間に皺を寄せたヒルド、そしてぼけっとロギア達の会話を清聴していたアスラウグを集める。ロギア一行の緊急会議が急遽執り行われた。

 

「スルーズ、ヒルド、オルトリンデ。奴の言うグレートレッドとはなんだ?奴を倒すと何故静寂とやらを手にできるのだ?」

 

「うぅ······また現実から離脱(ログアウト)したい内容が聞こえてきた······よりによってグレートレッド絡みか······」

 

次々となだれ込んでくる情報を処理しきれずに、痛みを訴え始めた頭を抑える。しかもその話題を持ちかけてきたのがグレートレッドと並ぶバケモノなオーフィスであり、しかもそのグレートレッドを打倒するときた。

正直なところ、この案件をさっさと放り投げて狸寝入りを決め込みたいところだ。

 

それでも気をしっかりと保ちつつ、ヒルドは努めて冷静に、無知にすぎる二人へと自分の持つ情報を譲渡するのだった。

 

「それじゃあまずは、キミの言うグレートレッドとあのオーフィスってドラゴンの事から順番に話すね?正直なトコあたし達もよくは知らないんだけど、あのオーフィスってドラゴンは無限なんて概念を司っているとんでもないヤツだよ。同じくグレートレッドも、夢幻ってよくわかんない力を使う事が出来る正真正銘のバケモノ。お父様でも勝てはしないかもね」

 

「ふむ······あの大神でもか」

 

「そう、そしてそんな二つの頂上存在が居座ってる場所が次元の狭間って言う、世界と世界の間に出来た溝のような空間なんだ」

 

「なるほど、読めてきたぞ······その次元の狭間とやらはその二匹以外、文字通り何も無いのだな?生命も物質も存在出来ない、永久の静寂とやらを享受出来るまでに、何も起こらぬ場所。いわば無という法則のみが残りし虚構の海か」

 

戦乙女三女より齎された情報、それを魔竜は己なりに噛み砕く事でなんとか理解した。余程の理解力が無ければそう伝えられた所で理解しようもないのだが、テクスチャとテクスチャの境を突破したという経験があったアクノロギアはそう思考を至らせるのが早かった。

 

「しかしそうなると、オーフィスがグレートレッドを排斥しようとする理由は······」

 

「ここまでくれば容易に見えようて、オルトリンデよ。そのグレートレッドとやらに追い出されたのだろうよ。でなければ、今の今迄共に次元を揺蕩っていた同類を排斥しようとは思わぬ」

 

「おじさんに協力を申し出るあたり、冗談じゃなく本気そうなのですよ」

 

「········万が一そのような事態になれば、ただでは済まぬのが目に見えるわ」

 

「それで、貴方はどうするつもりなのですか?」

 

「ふむ、そうさな·········」

 

事の背景が明らかになってきた中、ロギアはこちらを見続けるオーフィスを盗み見る。

 

深く皺が刻み込まれた老翁の表情はピクリとも動かずに、深淵を思わせる昏い双眸がじっとこちらを捉え続ける。

そこには、一切の情緒が存在しないように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍神たるオーフィスが、今現在厄ネタをどうしよう会議にて方針を固めようとしている魔竜に抱いたのは、純然たる興味だった。

 

もちろん、自分達にすら届きうる力を持つ魔竜の力量を見込んだからこそ、オーフィスは次元を超えてこうして足を運んだ。しかしそれ以上に、魔竜の持つ異質さがこれまででは決して表出することのなかったオーフィスの好奇心を必要以上に刺激した。

 

自分達──無限の龍神と呼ばれた己自身と真なる赤龍神帝と謳われしグレートレッド。それに近しくも、異なる龍気を放つ存在。自らをアクノロギアと定義している黒龍。

 

よく分からないで満たされた漆黒のドラゴンに会ってみたいと思ったのだ。

 

「待たせたな龍神」

 

どうやら、向こうの話し合いとやらは終わったらしい。

先までの困惑が露わになっていた表情は消え、

 

「ん、我待った」

 

「そうか、それはすまぬな。笑って赦すが良い」

 

クハハと大仰に笑うロギアに、オーフィスは首を傾げるばかりだ。

彼の一挙一動の意図というか、やる事の意味かこぞって理解出来ないでいた。なぜ笑うのか、なぜそうも笑えるのか。

本当に───わからない。

 

「さて、オーフィスといったな?これより貴様の求めに対する我の返答を聞かせてやる────断る。グレートレッドとやらとの戦いに、我は賛同を決して唱えはせぬ」

 

「·········なんで?」

 

「クク、何故?と問うか───」

 

オーフィスの提示した願いを、ロギアはにべもなく断った。

当然と言えば当然であるが、生憎とオーフィスはそれを理解できるだけの理解力と情緒を持ち合わせていない。

いじわるなドラゴンは、無垢なドラゴンの問いに敢えて答えず、逆に問い返した。

 

「ならば次は此方から問うぞ。仮に我が貴様の願いに賛同し、グレートレッドとやらを打倒できたとしよう。貴様の望んだ静寂を、貴様は手にできる·········では、何故静寂を求めるのだ?」

 

「何故······?」

 

何故、と問われれば·········わからない。

何故静寂を欲するのか?それが一番心地いいから。

逆に、何故喧騒を嫌うのか?物事の変容を嫌うのか?

 

「何故······何故·········?」

 

「やはり、そこからであったか」

 

言葉を詰まらせるオーフィスの様子に、ロギアはようやく合点がいったとばかりに頷いた。

 

「それが貴様の持つ歪み、無知であるという事だ。龍神よ」

 

この龍は、今とっている老獪な姿とは真反対な程にものを知らなすぎた。

 

「例えば、あの空に悠然と浮かぶ月を見上げてみよ」

 

「月······?」

 

「あれを見て、貴様は何を思う?」

 

「·········わからない」

 

「それだ、それが貴様の持つ無知という歪みである」

 

ロギアが指差す先にある、妖しくも優しい光を放つ蒼光の満月。

風光明媚。そんな言葉が良く似合う美しい景色だ。

そんないつだって空にある月を見上げて、人はどんな思いを抱くだろうか。

美しい、恐ろしい、大きい、小さい。自己の形成を終えた大人は勿論、まだ情緒が出来上がっていない子どもですらなにかしらの感想を抱くだろう。

そんな、もはや当たり前とすらいえるものを、オーフィスという頂上存在は持ちえていなかった。

 

「貴様が静寂を何よりも心地よいと感じたのはな、貴様がそれ以外を知らぬが故だ。比較できる他のものを知らぬが故に、貴様は唯一知る安寧を求めようとしている。あの蒼月を仰ぎ見て零れる思い。幼子であれどあれを目にすれば綺麗とでも形容するだろうし、大きいとも感想を述べよう。しかし貴様は、わからないと断じた。何故か?それは貴様が、あまりにもモノを知らな過ぎる──即ち、智の不足と心が育っていないからに他ならん」

 

「綺麗······綺麗って、なに?」

 

「貴様が善いと感じたものだ。貴様の心を震わせる程の揺らぎを与えし物事。定義も解釈も人それぞれであるが、停滞せし貴様の心の内を揺さぶる何かがあれば、それはきっと貴様にとっての綺麗であろうさ」

 

まるで、中途半端な自我だけが芽生えた赤ん坊のような龍。

老人の姿となった龍神は、初めて手に入れた謎の感覚を不思議に思っていた。これまで生きてきた中では必要のなかった思考、情報を取得した事でオーフィスの基底となる何かが変革を迎えようとしている。

 

老獪な声と姿と裏腹に首を捻って唸る姿は、難問を前にして必死に考え込んでいるような子どものように見える。ロギアはそんな光景を認めて、良い兆しだと頬をほころばせた。

 

これまでは、そんなありふれたものに見向きすらしなかったんだろう。

なにせスルーズ達が評する通りなら、オーフィスは世界最強の存在の片割れである。

更には次元の狭間という謎の異空間に引きこもっていたのだから、そういった未知のなにかが恐ろしかったのかもしれない。

 

「おじさんおじさん、コレ」

 

「む?あぁなるほど、確かにそうだ。こうして同じ火を囲んでいるというのに一人だけ除け者というのは、あまりに酷であるというもの」

 

アスラウグから差し出された香ばしい匂いを漂わせる───本日のメニューこと魚の串焼きを受け取り、それをオーフィスへと手渡す。

 

「その様子からして、食するという行いすらまともにしていないのだろう?喜べ、この我より施しを受ける栄誉を赦そう。確と味わえよ?」

 

オーフィスは少しの間逡巡し、差し出された焼き魚を恐る恐る手に取った。

掴んだ手へと伝わっていく熱を感じ取る。

暖かく、熱い。感じたことの無い感触。

そして、嗅覚を刺激する匂い。

 

「この匂い······良いもの。これも綺麗?」

 

匂いなど、熱量など、オーフィスはこれまで気にした事など無かった。

個人個人を、個々を区分けする情報の一つとしか、龍神は考えたことがなかった。それをいざ、こうして身に感じてみればどうだ?

緑の匂い、太陽の匂い、風の匂い、土の匂い。

日光の熱、炎の熱、そして生命の熱。

さほど気にした事など一度たりとて無かったのに。嗅覚が嗅ぎとった情報など、皮膚が測った温度など。オーフィスの望む静寂の場所。次元の狭間にはそんな情報物質など皆無である。

しかしそれが、今のオーフィスには何故だかとても心地よく思えた。

 

「クハハッ、そうだな。それが貴様にとっての綺麗であろうよ」

 

初めてを手にして、初めての食事を今口にする。

瞬間、オーフィスは僅かに目を見開いた。

 

「悪くない······綺麗な、味?」

 

「クハハハハ!綺麗な味か!確かにそうさな、貴様にとってそれは綺麗と表現するのがなによりも腑に落ちよう。しかし、その感覚を一つの言葉として表すならば、それは美味しいと呼ぶ」

 

「美味しい?」

 

「そうだ。美味い、とも言うな。良いと感じたものを口にした時、人はそう言葉に表す」

 

「これが、美味しい。これが、味······」

 

口膣内で咀嚼され解れていく、魔竜より施された白魚の焼き身。

そしてオーフィスは、初めて感じ初めて教わった、生きる者が当たり前に抱く感情を、広がりゆく味と共に噛み締める。

 

「これが、気持ち······?」

 

そんな未知の感覚は、存外悪いものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「·········なんだか知らないけど、すっかり打ち解けちゃってる」

 

黙々と焼き魚の腹辺りにかぶりつく老人、その様子を同じく焼き魚を頬張りつつ見守る褐色の大男と銀髪の少女。

夜の帳が降りた暗闇に灯りし、一つの焚き火を囲んでいる。

 

大男は豪快に笑い、少女は小さく口角を上げ、老人はピクリとも動かぬしわだらけの顔のまま、大男の声に耳を傾ける。

その様子は、傍から見れば放蕩者達の宴と誰もが思うだろう。

ただしその三人は何れもが神に等しき力、或いはその血を内に秘めしものであり、その事実を知るものからすれば、いつ刃を交えるかもわからない恐ろしき場面に写るだろう。

 

その光景を傍から見守る、三人の戦乙女がそうだった。

 

だがどうやら、その心配は杞憂だったようだ。

 

()の魔竜からしてみれば、オーフィスのような超常存在であっても差ほど珍しいものではないのでしょうか」

 

スルーズがそう呟けば、ヒルドは首を竦めてさあねと返す。

魔竜の突拍子のなさには、もはや慣れてしまっていた。

 

北欧という鳥籠より連れられるままに飛び出して、産まれて初めて外という大海を見た。与えられた情報ではなく、そこに在る現実を己が目で認識する。実際に目にした未知の数々は、神の被造物たる彼女達には本来産まれぬはずの、感動という感情を形成した。

 

知らぬを知り、己が在り方を創り出す。

焚き火を囲んでいるオーフィスの後ろ姿が、どこか少し前の自分達を想起させた。

 

「お姉様も、現在の私達と同じ不和を抱えていたのでしょうか·········」

 

彼女達に生まれた心の種は、開花の時を待ち続ける。

これまでに発露したことの無い可笑しな違和感に、奇妙な心地良さを見出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴の時は既に過ぎ去り、世界に再び光が満ちる。

 

「あっ、もう朝なのです」

 

「で、あるな」

 

愉快な夜を過ごした放蕩者達を、地平の彼方から起き上がる朝日が照らし出す。夜が明けた空は瑠璃色の天幕と打って変わって、陽の光により曙に染まっていくだろう。

 

「では旅の再開といこうか。早々に支度を済ませるぞ」

 

空を見上げ、風邪の具合を確かめたロギアは出立を宣言した。

焚き火の跡を足でかき消しながら、次の航路の選定をするべく深く考え込むべく顎に手を当てる。

 

「む、そう言えば······オーフィス」

 

その直前に、ロギアは思い出したようにオーフィスへと声を掛ける。

 

「ん、なに?」

 

「いや、これから貴様はどうするのかと思ってな」

 

ロギアはオーフィスの提案こそ断ったが、だからといってオーフィスが諦めたとは微塵も思ってはいなかった。グレートレッドの打倒。オーフィスにとってはそれが何よりも重要で、これまでの道標といえる目的だったからだ。

それを抜きにしても、この龍神の世間の知らなさどころか情緒の未成長具合には非常に心配せざるを得ない。かつてゲルダ達に向けていた親心が、この子どものような龍神を見ているとどうしても刺激されるのだ。

 

「我も、旅をしてみたい」

 

「ほう······」

 

まさかの答えに、ロギアは思わず口角を吊り上げた。

早々にこの無垢過ぎる龍神が興味を持つのかと思っていたが、その無垢さゆえに、龍神はなにか意義を見出したらしい。

 

「ロギア達と食べた魚、悪くなかった。この気持ち、嫌いじゃなかった」

 

だから、もっともっと色々な景色を、まだ見ぬ世界を見てみたい。

そう語るオーフィスの声は歳を重ねた老人の嗄れたような声に似合わぬ、童のような生き生きとした声色だった。

 

「では、我等と共に征くか?」

 

新たな旅人となった龍神に、魔竜はその手を差し伸べる。

心底愉快そうに、初めて立ち上がった赤子を褒め讃え祝福するかのように。

 

しかし──龍神は首を横に振った。

 

「ん、我一人で、する」

 

オーフィスが選んだのは、一人きりの先行きの見えぬ航路だった。

 

「我、まだ静寂を手にする事諦めてない。だから、先ずは我一人で、色々なものを見て回る」

 

「·········そうか」

 

「ん、それと、答えが出たら」

 

オーフィスの背後の景色が少しずつ歪んでゆき、世界に真っ黒な孔がぽっかりと開いた。ブラックホールのようにあらゆるものを呑み込まんとする孔へと、オーフィスは歩いていく。

 

「また、ロギア達に会いに来る」

 

「クハハ·········そうか、ならば征くがいい」

 

偶然から生まれた邂逅だった。

魔竜と龍神、どちらも世界の理の外に在る者同士。

その出会いは、きっと善きものを齎すに違いないだろう。

その証に、産まれて初めて自分の意思で航路を定め、無垢な龍神をほんの僅かにでも歩ませたのだから。

 

「最果てに辿り着いた貴様の答えがどのようなものになるか、愉しみにするとしよう」

 

「ん、わかった」

 

再び(まみ)えたその時、どんな答えを見せてくれるのか。

歪みの中へと消えゆく背中を見送りながら、ロギアは笑みを深めるのだった。

 

 

 

 



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