艦隊これくしょん この世に生を授かった代償 (岩波命自)
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初編
第一話 着任


作者の私が初めて投稿する二次創作小説です。艦これの公式設定がないところに独自解釈を付けたシロモノで、あまり万人受けできるかどうか、正直微妙です(苦笑)
アニメと劇場版を下地にしたところがありますが、パラレルワールドなので、直接的なストーリ上のつながりはありません。

本作では艦娘は「生れつきの適性」がある女性、「人間」であることを前提としております。
また本作ではアメリカ、英国、ドイツ、フランス、イタリア、ロシアさらにスウェーデンなど艦娘が実装された国、未実装の国もあります。
艦娘についても未実装艦娘が大勢登場します。

ハードかつシリアスな展開故の酷な描写があるので、注意してください。
本作は初投稿作品かつ、小説家を夢見る駆け出しの作者の作品なので、読みにくい文章かもしれませんが、そこのところはご勘弁を。


ディーゼル機関車が牽引する短い編成の列車が真っ暗なトンネルを走っていた。

一人だけしか乗っていないやや古びた客車一両とコンテナを満載した貨車三両と言う短い貨客列車を引く機関車は、ディーゼルエンジンの音をトンネル内に響かせている。

退役を取りやめた旧式の凸型のディーゼル機関車だが、きちんと整備されているので、やや騒音が大きいのを除けばまだ充分に走る事ができる

客車の中に一人だけ乗っているのは女性だ。

錨マークをあしらった黄色の徽章付き白制帽とハイネックタイプのロングコートを着ている。

前が見えているのか分かりづらいほど目深に制帽を被った女性のコートの襟には、海軍の中佐の階級章が付いている。

コートは上二つだけボタンを締めているだけなので、左の腰に下げている長刀の柄がコートの隙間から出ている。

長刀の形状は日本刀その物だ。

腕を組み細い足を延ばしてリラックスした姿勢で静かな寝息を立てている。

容姿は中々の者で制帽とコートの襟の間で長い髪をポニーテイルにまとめている。

機関車のトンネル内に反響するエンジン音にまったく気にした様子もなく寝ている。

この路線には元々は電車が走っていたが、今ではケーブルが取り除かれており、もう電気動力の車輛は走ることが出来ない。

今では支柱だけが虚しくたっているだけだ。

トンネルを抜けると、進行方向左手に青い海が広がり、そして「船」又は「艦」が係留されている港が見えた。

艦のほとんどは一目で海軍艦艇と分かるが、もう長い事動かしていないのでマストにあるレーダー類は止まっており、艦砲の砲口には蓋がされている。

時々この艦の元乗員たちの有志が、「甲板掃除」と言う意味でモップや塗装直しをしている。

マストには信号旗がない代わりに日の丸、日本の国旗と旭日旗が掲げられている。

何隻かの艦にはアメリカ合衆国海軍の海軍旗が掲げられているが、それらももう稼働を止めて久しい。

かつて海で戦っていた戦船たちが眠る桟橋が車窓から、一瞬だけ大きな建物があり、桟橋で眠る艦たちに代わって今海で戦う者たちがそこで生活している。

客車一両と貨車三両を引く機関車からなる列車は駅には止まらず通り過ぎると、その先にあるポイントを渡って大きな建物のある方へ続く線路に入った。

列車が走っていた線路は複線だったが、ポイントを車輪の軋む大きな音を立てて進んだ先のレールは単線である。

途中で列車何度か小銃で武装した兵士が空けたゲートを通っていく。

「国連海軍日本艦隊統合基地」と言う文字が彫られた表札の様なものがゲート脇のポールに貼られている。

海軍中佐の階級章が着いているコートと制帽を被った女性は、基地へ列車が入ると目を覚まし、軽く伸びをすると、座席の脇に置いていた古めかしい茶色のスーツケース一個を持って客車の両端にある乗降口に向かった。

機関車がブレーキをかけると客車は少し揺れるが、変わった形状のハイヒールを履いている女性の姿勢は揺るがない。

飾り気が全くない上に、駅名表示板すらないホームで列車がブレーキをかける音を立てながら、ゆっくりと止まった。

ホームには肩章が中将であることを除けば女性と同じコートと、同じ制帽を被った四〇代に見える男性と、海軍少佐の肩章付き制服を着ている女性が乗降口の前に立っていた。

自動ドアではない手動ドアを開けてホームに降りた女性は持っていたスーツケースをホームに置くと、二人の前で踵を揃えて白い制服の男性、武本生男(たけもと・いくお)海軍中将と大淀型軽巡の二番艦の名を持つ艦娘の仁淀の二人に敬礼した。

武本と仁淀はほぼ同時に答礼した。

「日本艦隊基地司令官の武本生男少将です」

「に、日本艦隊基地所属、大淀型軽巡二番艦の仁淀であります。だ、第一通信戦隊所属です」

武本に遅れて少しどもりながら仁淀が名乗る。

コートを着た女性も敬礼した状態で名乗った。

「愛鷹型超甲型巡洋艦愛鷹であります。武本司令、日本艦隊統合基地への着任許可願います」

「許可します。ようこそ我が基地へ」

そう言って敬礼を解いた武本は笑みを浮かべていたが、愛鷹が笑う気配はない。

仁淀は、新任の「愛鷹型超甲型巡洋艦愛鷹」と名乗る艦娘が制帽を目深にかぶり、自身を隠すように来ているロングコートを着ているのを見て妙な気分になった。

帯刀していると言うのもまた珍しい。

愛鷹から滲むように出る違和感と、初めて会うのに何故か前から会ったことがあるような雰囲気の愛鷹。

なんだか得体の知れない者を見た気分になってはいたが、努めて冷静さを保っていた仁淀は武本と愛鷹と共に、艦娘と呼ばれる女性達の「家」であり、「統合基地」と言う名前をほぼ無視したように、自分たちが「鎮守府」と呼ぶ日本の艦娘達の拠点へと歩いて行った。

 

 

いつ、だれが最初に出会ったのか、なぜ現れたのかの記録がないため不明であるが、「深海棲艦」と呼ばれる事になる謎の集団の出現によって地球の海はすべてが戦場となった。

各国海軍艦艇は火器システムの照準が何故か合わない深海棲艦によってなすすべもなく撃破され、一〇年以上もの間に世界各国の海軍艦艇の大半が海に沈んだ。

生き残った艦艇は、修復不能と判断された艦艇はスクラップ、無傷の艦艇は予備役に編入され保管されている。

海軍艦艇に限らず、民間船も襲撃を受けてシーレーンは破壊され、輸出入の術まで人類は失われた。

空路でも鳥サイズの飛行物体の攻撃で、大陸上空などを除く制空権は無いも同然と化した。

戦闘機では狙おうにも小さすぎ、ミサイルロック機能もうまく作動できない。

小さいだけに機動性が段違いで、また目視しづらい。

海戦、空戦、それに陸上部への深海棲艦による空爆や艦砲射撃、更には互いの不仲を深海の登場で拗らせた事などで多くの損害を出した各国は、多くの犠牲を出してからようやく各国家によるバラバラの防戦では対抗するのが困難と判断するようになった。

 

そして紆余曲折を経て、国境を超えた国連加盟国が有志を募って編成する「多国籍軍」ではなく、国連直轄の常設軍事力として機能する「国連軍」が設立された。

 

そして何故か女性で生れつきの能力適正者たちは艦娘と言う「人でありながら、裏では人間と言うより、兵器扱いされる身」として、本名を捨て、第二次世界大戦時の各国の海軍艦艇と同じ名前を名乗り、深海棲艦と戦っている。

今この瞬間にも「艤装」を装備して今でも続く、終わりが見えない戦いに身を投じている。

 

「国連軍」は国連加盟国すべての国が艦娘保有国ではないため基本的に、海軍力ではなかなかの戦力を備えていた海洋国家が主に参加している。

内陸国、さらにかつての仮想敵国や不和関係の国家同士では、散発的に小規模の軍事衝突が起きることがあるが、そのほとんどは地上戦で、流石に深海棲艦の航空戦力ではカバーしきれない空域だ。

「国連軍」の中でも艦娘は常設軍事力として編成された際に、新たに制定された戦時条約によって世界各地の地上戦へ介入することは厳禁となっている。

また、かつて「国連軍」と言えばアメリカやロシアなどの大国主導が多かったが、今の「国連軍」はいかなる国の影響も受けない国際機関として機能している。

因みに日本は深海棲艦との戦いが始まった当時は自衛隊が国防組織として存在したが、国連軍参加時に自衛隊固有の名称を廃して、階級、用語類の多くを国際海軍用語規格に統一している。

「国連軍」の保有戦力は艦娘中心の海軍と、奪還した海域の島々などに上陸しての警戒配備、または艦娘らの所属基地防衛に当たる海兵隊のみとなっている。

 

日本は最初に艦娘を実戦投入した国である。

資源の多くを海路で入手する国家なだけに、制海権奪還は急務であった。

海上交通路、つまりシーレーン遮断によって資源の入手が困難になった日本は、艦娘によるシーレーンの安全性が確立されるまで備蓄物資のみでどうにかこうにか食いつないでいた。

日本の生命線となる長大なシーレーンは、制空権も航空戦力では艦娘らが保有する空母艦上機部隊、または陸上基地の航空隊によって確保されていないと、安全とは言い難い。

それに対抗すべく、艦娘中心の海軍が出来たのだが、実戦投入記録は日本ではある物の初の投入戦力になった艦娘は誰なのか、いつから養成を始め、対抗する武器を開発したのかについての記録は一般には明らかにされていない。

マスメディアの調査もことごとく失敗している。

 

今ではアメリカ、ロシア、イタリア、英国、ドイツ、フランス、スウェーデンなど艦娘達の艦隊が深海棲艦と戦う海と、完全には取り除ききれない人間同士の不和を抱え、同胞同士の陸上での戦闘をしながらも、人類はそれぞれの日々を過ごしている。

指揮系統は「国連軍国際統合作戦本部」が統括しており、一国の独断専行を大きく規制している。

その為、日本でも、アメリカでも、英国でも最高指揮官は国連が担っている。

 

長期化、泥沼化する海上での戦争は次第に人類にとって日常茶飯事の出来事と化しており、精々資源を輸送する船団が襲われて物資の供給が一時的に制限されるため、節約を求めるニュースが流れる、と言う事にだけしか興味を示さない。

人類は突然現れた深海棲艦、それに対抗する艦娘との戦争状態が勃発した原因を知らない内に忘れ、マスメディアもいつしか関心を示さなくなっていた。

今ではどの新聞もまともに艦娘と深海棲艦との戦いを取り上げることは無くなっていた。

精々「今海で戦っているのは艦娘」と言う程度だ。

 

 

仁淀より頭一つ以上は背の高い愛鷹は武本に案内される形で、基地内を案内された。

本来なら武本の秘書艦の長門型戦艦の艦娘長門か陸奥の担当だが、今二人は別件で手が外せず、武本自身が案内役をしている。

基地内には一応男性軍人もいるが、艦娘は「女性」なので性犯罪行為を起こした場合、重罰が課せられる。

武本の案内を聞く愛鷹の表情は硬い。

無表情ではないが、顔に浮かぶ感情の起伏が非常に乏しい。

そこが逆にどことなく凛としている様にも見えなくはないが、むしろ冷徹で氷の心の持ち主の様にも見える。

口数もあまり多いとは言えない。

愛鷹自身は武本の案内を、すでに知っているが一応確認のために聞いている様な形だ。

基地は非常に広い。

演習場、宿舎、司令部施設、工廠、運動場などがあり、この基地の設備や規模だけで一つの街のような状態だ。

「基地」であるのに艦娘から「鎮守府」から呼ばれる理由は、昔はここの基地だけでなく、日本の各所に「鎮守府」と呼ばれる艦娘達の拠点があったためその名残ともいえる。

今はここに拠点機能を集約しているものの、艦娘達が武本やその前の司令官らが、偵察情報などで得た深海棲艦への攻撃、又は反撃の際の判断で艦隊を組んで出撃した時の休息と補給を兼ねた前線基地として今も残っている。

日本艦隊は日本艦隊統合基地以外に呉や佐世保、舞鶴、長浦、大竹、幌筵、などに規模が大きい基地が存在する。

さらに太平洋西部方面担当の北米太平洋艦隊、所帯がやや狭い太平洋南西方面担当のオーストラリア・ニュージーランド連合艦隊であるオセアニア連合方面隊の艦娘が集まる太平洋の牙城、トラック諸島基地日本艦隊支部、ラバウル前線基地などがある。

各基地の司令官は大佐から少将が担当しており、重要拠点となると中将クラスが司令官にもなる。

武本と同じ男性もいれば艦娘と同じ女性も存在する。

案内が終わると武本は仁淀に礼を言い、仁淀も敬礼して自分の仕事場へ戻った。

「見ての通り、新人さんだけど大淀との息の合いはすごくいい」

「大淀型……やはり聞いていた通り、軽巡より通信艦みたいですね」

「確かに。演習での射撃結果は二人そろって振るわない。よく戦術訓練、実技訓練指導担当の利根が頭を抱えるよ」

苦笑を浮かべる武本だが、愛鷹は笑わない。

笑いたいが、どうすれば笑えるのか分からない、と言う様にも見える。

「相も変わらず、君は表情を現すのが得意ではないようだな。私の部屋を案内するよ。付いて来てくれ」

「はい」

基地司令官室が武本の部屋兼仕事場だが、ここでも鎮守府時代の名残からか艦娘に「提督執務室」と呼ばれる。

司令官室は基地司令部の最上階である五階にあり、一番海が見えやすいところにある。

その基地司令本部内は少々味気なく、がらんとしている。

普段は賑やかな場所なのだろうと思っていた愛鷹には珍しく見えた。

「皆、外洋作戦中か演習ですか?」

「いや、非番もいるし、座学の試験に備えて勉強している子もいる」

「……試験、ですか」

ぽつりとつぶやく様な愛鷹の言葉はなぜか重みを感じさせる。

それを悟った、又は知っていた様な武本は「まあ、テストだな。新型のレーダーやソナー類の運用が始まるからね」と「試験」を「テスト」に言い換えた。

司令官室の階へと階段を上っている途中で、愛鷹は窓の外から「装備妖精」と言う正式名称より「妖精さん」と呼ばれる小人がのる戦闘機烈風の編隊が編隊飛行をしているところを見た。

補充パイロットの妖精さんの訓練中らしい。

妖精さんたちは人間の言葉を喋れるが、体が小さすぎるため肩に乗って耳打ちするような形でないと話す言葉が聞き取りにくい。

その為、口より表現や仕草の方がモノを言う。

烈風の飛行する音が聞こえた武本は、階段をのぼりながら愛鷹に訓練中の戦闘機隊の話をした。

「この間な瑞鳳、祥鳳の二人が組んだ哨戒艦隊が、空母ヲ級一隻を中核にした小規模の機動部隊と交戦して、戦闘機を少なからずやられた」

「戦闘機を?」

「ああ。護衛無しに攻撃隊は送れないからな。哨戒艦隊は一撃返した後にすぐに帰し、代わりに水雷戦隊で奇襲をかけてヲ級の空母機動部隊を殲滅してもらったが……。

急を要する事とは言え、直掩機を載せた空母無しで水上部隊を送ったのは短絡的判断だとよく思うよ。

幸い基地航空隊の航空支援要請がすぐに機能しくれたお陰で航空優勢を確保して、作戦通りに会敵したが夕雲と巻雲が中破した……」

「あなたには初めての事ではないでしょう……」

「……確かにな……」

司令官室の階にまで昇ると武本は制帽を脱いだ。

「髪が汗で濡れているな。それか……そろそろ散髪でもするか。愛鷹はそのコートで暑くないのか?」

「汗は今のところ許容範囲内です。私なら臭う前に洗濯に出しますが」

「了解。ああ時々、艦娘同士での下着泥棒がいるが、ある程度は勘弁しておいてやってくれ。私としては介入したくない事柄でもある」

提督の中には高官であることを盾に破廉恥行為、大規模作戦中でもないにもかかわらず過度な出撃を繰り返し(パワハラ、セクハラ)、追放処分にされた者が過去に存在する。

追放処分は男性、女性、階級、経歴から出生、問わず海軍でも厳罰中の厳罰だ。

この処分決定は「死刑にはならないが、『追放処分』になったら自身の全てが『無』に帰する」と言われている。

またこの処分を受けたら「昔海軍にいた」と元海軍軍人であることを語る所まで出来なくなる。

因みに海軍では艦娘が所属する国柄がたまに出ることがある。

破廉恥行為、性的虐待行為を働いた軍人は男女問わず厳罰だが、ロシアでは「護身用」と言う名目で拳銃を所持している、という噂まである。

幹部候補生学校、海軍高級士官学校を首席で卒業しているエリートコースを歩いてきた武本だが、横柄な態度はまずとらない。

過去に艦娘の風呂場覗きや盗撮、変態行為をして厳重注意処分、減俸処分、更迭処分、降格処分(更迭や降格は重い処分だが、それでも「追放処分」と比べればはるかに「軽度」な処分である)を受けた提督は少なくないが、武本は人命を重んじながら作戦を遂行させる術を探り、稀に深海棲艦にも理解を示すことがある(この「敵への理解を示す」と言う点では、一部の艦娘から「前線を知らないお花畑のエリート」と陰口をたたかれ、嫌われている)。

彼の提督としてのモットーは「彼女(艦娘)たちは、兵器ではなく人間である」。

司令官室のドアの前まで二人が来た時、愛鷹はふと建物内のどこかから外国語が聞こえて来たのに気が付いた。

「……ドイツの派遣部隊ですか」

「ああ、初来日のシュペー、ブリュッヒャー、レーダー、ガルスターがオイゲンから日本語指導を受けている。あー、オイゲンの事はユージンと呼んでも構わない」

「その名は嫌っていた、と聞きますが?」

「ユージンが日本語に似た発音である『ゆうじん』つまり『友人』って言う意味になる、そういう事でユージンと言うのを『友人』と言う意味で解釈して受け入れているよ。

うっかり言ってしまった空母サラトガも謝罪して関係を修復できた。

だから今ではオイゲンもサラトガのことサラと呼んでいる。

まあ、酒匂の仲介のおかげでもあるよ」

「サラトガは?」

「北米太平洋艦隊のスタークス提督の命令で第六一任務部隊の面々と一緒に昨日トラック基地に帰るため抜錨した。

帰る時、まだレキシントンとは再会できていない事を少し引き摺っていることを言っていたが、な」

ドイツ艦隊の装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペーと閉所恐怖症じみたところのある重巡ブリュッヒャー、駆逐艦Z17ディーター・フォン・レーダー、Z20カールガ・ルスターの四人は日本文化のところでは、よくわきまえていたものの、肝心な日本語に疎いまま日本に来たので、在日経験が長い重巡プリンツ・オイゲンからやや訛りはあるものの日本語の指導を受けていた。

アメリカではプリンツ・オイゲンの英語表記でプリンツ・ユージンと誤解釈している艦娘がいる為、オイゲンは内心不満を募らせていた。

その為、ビスマルクがいない時は姉妹艦のブリュッヒャーら同僚が時々ドイツビールの飲み会で慰めていた。

 

日本艦隊基地には北米西太平洋艦隊のほか、欧州総軍艦隊所属のドイツや英国、フランス、イタリア、オランダと言った国々の艦娘が大規模作戦時に支援として派遣される事があり、今この基地にはドイツの他に英国海軍の軽巡ユリシーズ、駆逐艦ジャーヴィス、ケリー、更に択捉島沖海戦で援軍として来日した戦艦ガングートと「同志」と呼んでいる重巡洋艦ラーザリ・カガノーヴィチ、キーロフ、駆逐艦ラストロープヌイ、リヤーヌイ、レースキイがいる。

 

ロシアの艦娘はとても血気盛んで戦う時は「ロージナ(祖国)に栄光を!」「ウラー!」と叫びながら吶喊する戦闘狂の様な勢いで行くので、深海棲艦にはその勢いに腰が引けてしまうのが確認されている。

欧州総軍艦隊の艦娘は地球の反対側ほどの距離がある日本へは、海路ではなくロシアのシベリア鉄道を経由してウラジオストックから日本へ行く事になる。

ロシアは戦艦などを含め強力な艦娘が少ないため艦隊戦力には決して余裕がある訳でないが、祖国がヨーロッパからアジアまで届くほど長い鉄路で結ばれている為、欧州総軍艦隊の艦娘を日本に送るのに重宝されている。

またロシア国内の豊富な天然資源のお陰で、欧州総軍艦隊は補給線が行き届いてはいる。

なにより欧州総軍所属の艦娘達がシベリア鉄道を使うのは、東インド洋からスエズ運河周辺までの制海権が一進一退の攻防状態が続いており、海路より鉄路の方が艦娘にとっては安全な移動ルートであるからだ。

今のロシア太平洋艦隊旗艦ガングートも、欧州総軍艦隊設立後はバルト海艦隊が解隊となったため、ウラジオストックに異動する時は鉄路で向かっている。

英国艦隊のシンガポールを拠点とする東インド洋艦隊はシベリア鉄道でウラジオストク港、日本の舞鶴、香港を経由してシンガポールへ向かう。

過去に空母ハーミーズ、巡洋戦艦レパルスの二人が撃沈され、ハーミーズが戦死(レパルスは遺体が回収できていない為、撃沈と言うよりは戦闘中行方不明と言う意味のM.I.A扱い)したあと、補充戦力としてキング・ジョージ・V世級戦艦アンソン、空母カレイジャスがこのルートでシンガポールへと向かっていた。

 

訛りが少し強めの声で日本語を話す艦娘にオイゲンがゆっくり発音して慣らそう、と指導しているのが聞こえた。

聞こえてくる話からしてガルスターの発音練習の様だ。

「ここが私の仕事場だ」

武本は、仕事場所兼寝床へのドアノブに手をかけながら自分の仕事場兼寝床への扉を紹介した。

「場所は覚えといてくれよ。まあ、君なら大丈夫だと思っている」

君なら大丈夫、と信頼している言葉と共に微笑を浮かべた武本だが、愛鷹は武本の姿が映っていないような眼で見ただけだった。

司令官室は特に安全ロックなどはしておらずドアノブを捻るとすぐに入れる。

室内には長門、陸奥、それと艦娘が戦闘で負傷した時の治療や補給など支援部門のトップである艦娘ではない、女性海軍士官の江良雀(えら・すずめ)の三人が、報告書数枚をめくりながら、武本のデスク前の打ち合わせなどで使うソファに座っていた。

「ただいま。二人とも仕事が速いな、それとも取り込み中か?」

「提督」

三人は報告書を置いて敬礼をした。

武本が答礼した時、三人はドアを閉める愛鷹に気が付いた。

「提督、彼女が?」

「ああ。愛鷹型超甲巡の愛鷹君だ」

長門の問いに武本が答えたが、三人の視線は上官より、愛鷹の方に向いていた。

「江良君がいると言う事は、信濃の事か?」

「はい、本日付で退院です。本人は喜んでいましたよ、栄えある大和型の三番目として復帰できたと」

「いいニュースだな。ああ、君らが、今気にしているのは愛鷹君のことだとは言わなくてもわかる」

制帽を脱ぎ、帽子掛けに武本が制帽をかけていると、長門が愛鷹の格好に少し心配気味に尋ねた。

「まだ、三〇度にはいかないが蒸し暑い日々がしばらく続く、と気象予報で聞いているが、愛鷹はその格好で大丈夫なのか?」

「帽子のサイズはあっているの?」

陸奥が続く形で問うと、愛鷹はコートを脱いだ。

二つボタンで留めていただけだったのですぐに脱げた。

コートの下に来ていた愛鷹の制服は大淀型や明石型工作艦の艦娘三人の物とほぼ同一仕様だ。

相違点はネクタイが青いのと、スカートの左右の腰部切り抜きがない事、スカート自体の長さが膝まで長いセミロングスカート、そして肩章が大淀型、明石型のとは違い中佐である。

ただ靴は大和型のものとよく似ている。

左腰には長刀を差している。刀に関しては出撃時に駆逐艦皐月、軽巡天龍、重雷装巡洋艦木曽、伊勢型航空戦艦の伊勢、日向が持っていくことはあるが、いつも持っている艦娘はいない。

「制帽のサイズは問題なしです。コートは只の好みで着ていただけです」

「でも、出来るだけ無帽がいいと思うけど? まあ、第六駆逐隊の子たちや、高雄型の人たちはまた別だけど、前ちゃんと見えるの?」

「ちゃんと前は見えます」

江良の問いは長門と陸奥も思っていたことだったが、愛鷹は制帽を脱ぐ気はないようだ。

「個人のルックスについては、まあ、あれこれ言わんでもいいだろう。あと、江良君。愛鷹君は君より階級高いよ?」

そうニヤリと笑って自分を見る武本に言われた江良は、初めて愛鷹は自分より一個上の海軍中佐であることに気が付いた。

慌てて謝ろうと江良が口を開きかけた時、愛鷹が「階級はお飾りです」と言ったので思わず安堵のため息が出た。

 

あまり知られていない、と言うより艦娘の間では本当に階級は「お飾り」だ。

長門、陸奥は一応海軍大佐、大淀型、香取型練習巡洋艦の六人は海軍少佐の階級持ちで、階級章も身に着けているが、そのほかの艦娘達には制服などに階級章を付けている者はいない。

だから年上、艦種関係なくタメ口をたたく艦娘は多い。

 

艦娘の中には明らかに未成年の外見ながら飲酒、喫煙をしている者は少なくないが、艦娘としての能力適正者は外観の成長がある日を境に止まるという不思議な現象が起きる。

原因は全く不明で、成長が止まるタイミングもバラバラだ。

何度かDNA検査から普段の暮らし方、戦闘時の記録まであさっての精密な検証実験が試されたものの結果は不明のままだ。

因みに愛鷹は制帽のため顔がはっきりしないが、コードを脱いだ制服を着た体躯からして大体一〇代後半以上、二〇代前半と言ったところである。

背丈で言うと長門型並みかやや低い程度だろう。胸部は控えめな方だ。

 

「そう言えば愛鷹は超甲巡、っといったな」

腕を組んで長門は愛鷹に尋ねた。

愛鷹が頷くと長門は艦娘にとって重大なことを聞いた。

「艤装や配属部隊が不明なままなのだが、教えてもらえないか? 

秘書艦の立場だが提督と私のパスワードだけでは不明なものでな」

提督とは違い、長門と陸奥は新規配属の艦娘は基本的に提督と秘書艦二隻(二人)のパスワードで閲覧可能だが、愛鷹の物だけ本人のパスワード無しにはデータが開けない。

愛鷹は武本のデスクの上に置いてあるラップトップを見て「お借りしてよろしいでしょうか?」と武本に聞いた。

勿論だ、と言う顔で武本が頷くと、愛鷹はデスクノイズに座ってラップトップを立ち上げると、物凄い速さでキーボードを叩き、あっという間に自身へのアクセス欄を出した。

「提督」

「うむ。長門くん、陸奥くん。ああ、江良くんも見ておきたいかな?」

「はい」

武本が自分のパスワードを打ち込み、長門と陸奥が秘書艦としてパスワードを打つと、愛鷹は「CY65BBXF」と短いパスワードを打ち込むと彼女のデータ欄が初めて出た。

「三一センチ砲装備三連装三基、長一〇センチ高角砲四基、二五ミリ三連装対空機銃四基、水偵三機、速力三四ノット。射撃・捜索・航海の電探(レーダー)、高性能水中探信儀(ソナー)、通信レベルはSクラス……」

三一センチと少々頼りない気がする主砲だが、代わりに索敵値はかなり高い。

通信能力も高いので艦隊旗艦としてのレベルに問題はない。

また対空戦闘能力は秋月型駆逐艦や北米艦隊のアトランタ級の艦娘並みで、対水上戦闘能力にも申し分なしだ。

配属部隊は第三三戦隊と書かれており、配属艦までリストアップされていた。

「新編第三三戦隊……旗艦愛鷹、重巡青葉、軽巡夕張、駆逐艦深雪、蒼月、軽空母瑞鳳」

編成図を見た陸奥が呟くように言う。

 

愛鷹以外は基地防衛艦隊所属艦だ。

その中に「派遣」される形で組み込まれているのが重巡の青葉だ。

青葉型、古鷹型のそれぞれ二隻の重巡からなる第六戦隊所属で実戦経験豊富だ。

青葉型重巡は艤装の燃費がよく、火力や機動性にはあまり問題ない。

ただ、青葉型の二番艦衣笠、戦隊を構成する古鷹型の古鷹、加古と違い改二と呼ばれる艤装の性能向上が行われていない為、艦隊運動に支障が現れることもあり、一応第六戦隊所属だが基本的に基地防衛艦隊の一隻に組み込まれている。

ソロモン諸島での戦いでは数々の武功を立てて「ソロモンの狼」の二つ名を持つ青葉だが、二つ名からは考えられない程のお惚けキャラだ。

色々な取材やら写真撮影が好きで、自称「ジャーナリスト艦娘」。

何回か陽炎型の秋雲とつるんでパパラッチ行為や、同僚の古鷹にちょっかいを出しては痛い目に遭っている。

長門の可愛い物好きを「スクープ」として自作の「艦隊新聞」でバラしたときは、伸びるほどのゲンコツを食らった。

 

さらに青葉の姉妹艦の衣笠も最近はアシスタント役をやるようになっており、時には二人そろって長門や基地司令の提督に怒られている。

武本が二年前に着任した時、青葉がペンとメモ帳、衣笠がハンドカメラで押しかけてきた。

武本は着任前に部下になる艦娘の事については一人一人の個性まで知っていたし、これと言ってバラされては困る事がなく、むしろ寛容に接していた。

その性格上、二人の行為には基本的にノータッチで「好きなようにやりなさい」と気にしていない。ただしやり過ぎると「流石に、これはダメだ」と減俸や謹慎処分などの処罰は出す。

そんなトラブルメーカー、お調子者、ムードメーカーである青葉だが、同僚の古鷹とは実は苦い過去が存在している。

 

新人時代に自らの不手際で艦隊が深海棲艦に包囲され、探照灯照射で敵艦隊の位置を発見したものの、自身の位置も深海棲艦にはっきりと特定されたため、重巡ネ級の集中砲火を受け、あっという間に多数の砲弾を浴びて、全砲門沈黙、艤装機関部にも深刻なダメージを受けた。

重傷(大破)を負った青葉にとどめの砲撃が行われた際に、僚艦(仲間)の古鷹が身を挺して守ってくれ、さらに援護に入った第七駆逐隊が煙幕を展開して艦隊はすぐに撤退した。

しかし、青葉は全治一か月、古鷹は全治半年と言う損害を出してしまった。

特に古鷹は青葉の盾になった時に左目を失った。

古鷹は青葉の完治に喜んでくれたが、左目のところに包帯を巻かれていた彼女を見て青葉は自身の不甲斐無さで涙が止まらなかった。

青葉の明るい性格は生れつきだが、この時のことをできれば人前で思い出さない様にそう振舞っているとされている。

 

軽巡夕張は同型艦が存在しない、いわゆる「ぼっち艦」で兵装実験艦としての役割が多い。

戦闘力には別に大きな問題もなく、自作の缶と主機のお陰で速力向上(ただし軽巡としてみると燃費がかなり悪くなっている)を果たしている他、次発装填装置付き五連装魚雷発射管まで持っている(兵装実験艦であるためテストベッドとしての一時的な装備で、量産化が認められて以降は取り外す予定だったが本人はかなり気に入っており、そのまま固定装備化)。

夕張は同型艦がいない「ぼっち艦」なので艦隊運動、特に自作の機関による燃費の悪化から基地防衛艦隊に組み込まれている。

普段は工廠で明石型工作艦三姉妹の明石、三原、桃取と共に損傷した艦娘の艤装の修理や定期点検、全面解体整備をする技術者として過ごしていることが多い。

戦闘実績も豊富だが、過去に旗艦を務めていた艦隊に所属する駆逐艦の艦娘一人を失った苦い経験を持っている。

またやたらと新兵器開発にのめり込んだ結果、コスト度外視、資材の私的流用行為紛いをして絞られることもあり、一度営倉行きを命じられた事まである。

 

駆逐艦深雪は駆逐艦の中でも結構血気盛んな艦娘だ。

深海棲艦との近接水上戦闘になった際は「深雪スペシャル!」と言いながら回し蹴りや、戦艦ル級を一時的にダウンさせるほどのパンチを繰り出すこともある。

本人曰く「格闘技じゃ、黒帯もの」と語ってはいるが、何の格闘技の事かは明かしていない。

 

そんな彼女だが過去に荒天時の演習で第六駆逐隊の電が放った魚雷の誤射を受けて意識不明の重体(艦娘では「大破」と扱われる)になり、何度も心臓停止が起きてもおかしくはない危篤状態が長く続いた。

 

欠員が出たままでの運用は艦隊行動上良い事ではない為、第一一駆逐隊から除籍され、叢雲を交代要員として編入してしまったため退院後は原隊に復帰できず、船団護衛の第一護衛艦隊や、必要に応じて編成される第一四駆逐隊のメンバーとして編入される、新入りの松型の姉貴として訓練支援など、悪く言えば部署が「たらい回し」になっている駆逐艦だ。

 

その為深雪も存在が「ぼっち艦」化してしまっている。

因みに加害者の電とは「単なる事故さ、あたしがよく周りを見てなかったし、あの荒天じゃあ、魚雷の進路が変わっちまうのも仕方がない」と本人は全く電に罪は無いと言っており、「謝ることはないさ、引き摺り過ぎんなよ?」と全く気にしていない。

それでも自身の実弾魚雷を誤射してしまい、生死の境目を行き来する程の重傷を負わせ、さらに所属部隊から外されて、今ではいろいろな部署を「便利屋」状態で異動させられているので、深雪は「結構面白いぜ」と底抜けの明るさを見せているが、電にはまだ大きなトラウマとして残ってしまっている。

 

蒼月は秋月型駆逐艦の駆逐艦娘で実戦経験は殆どない。

座学テスト、体力などには問題ないが、イマイチ芯がない。常にオドオドしており「なんで艦娘になれたのか?」と誰もが首を傾げるほどで、本人も「自分でも不思議でしょうがない」だ。

 

ただ、対空射撃の腕で言うと右に出るものはまずいない。

電探補正無しで高機動する標的機を一撃で撃墜できる。

雷撃戦でも命中率は秋月型でも飛びぬけて高い。対潜水艦戦でも問題ない。

彼女の対空戦闘の技量は、二か月前の基地への強行空爆作戦の戦果によって証明されている。

哨戒線を潜り抜けた空母ヲ級一隻、軽空母ヌ級一隻を核とした高速空母機動部隊による基地への空爆の際、敵の棲鬼クラスの艦上機(タコヤキと呼ばれている)の戦爆連合約九〇機の半分弱を蒼月が撃墜したことが確認されている。

新型の三式弾改二型(この呼び方は日本での呼び方で、本来はM3A2対空弾)はともかく、鷹の目のような素早い動体視力と、正確な射撃照準。一発必中でタコヤキは次から次へと撃墜された。

残りは基地航空隊の紫電改二が迎撃し、攻撃隊第一波は全機撃墜。第二波は震電の防空戦闘機隊が相手を務め、残りは航空戦艦山城の三式弾と第三一駆逐隊の防空射撃で撃墜された。

そして報復に雲龍、葛城、天城から発艦した烈風、流星の攻撃隊がヲ級とヌ級の空母二隻、軽巡一隻、駆逐艦一隻を撃沈、戦艦ル級改一隻が中破、駆逐艦一隻大破し、撤退に追い込んだ。

防空戦闘の功績に、海軍対空殊勲賞の受賞者に武本が推薦したが、戦闘後、殊勲賞推薦を聞くや蒼月は極度の緊張で白目を剥いて失神した。

 

この対空戦闘能力の高さを買われて、機動部隊からは蒼月の戦線配備の嘆願が来たことがあったが、臆病な蒼月はどうしても出撃できず、新月が替わりに出撃していた。

秋月型は基本的に他人や姉妹同士での関係がフランクで、蒼月に自信を持たせようと励ましている。

ある時朝潮型の霞が蒼月の弱腰を激しく糾弾すると、蒼月は自分が戦うことが出来ないダメな艦娘だと落ち込んでしまい、怒った新月の報復で霞が酷い目に遭っている。

この一件もあり、一時期秋月型と朝潮型の関係がぎくしゃくしてしまったため、武本が直接解決に動く事になった。

 

軽空母瑞鳳は固定脚航空機ファンで、ドイツの空母「グラーフ・ツェッペリン」「ぺーダー・シュトラッサー」が使用するJu87シュトゥーカに興味津々な面を示すし、非番の時デパートに行けば必ず航空機模型を買っている。

瑞鳳の見た目は一〇代だがやはり身体的成長の停止により、実際はすでに成人を超えている。

その事もあってか飲酒も可能だ。

卵料理が得意で時々、給糧艦の艦娘で艦娘の腹を満たす食事作り担当の間宮と伊良湖、過去の作戦の負傷が原因で一線を退いてはいるものの、空母艦娘の訓練指導する空母鳳翔らが切り盛りする食堂で「瑞鳳特製卵焼き」が出される。

彼女の卵焼きは味が非常によく人気が高い。

蒼月より体格が小さい軽空母だが、口数が少なく、クールな性格で不愛想なイメージが強い空母加賀とはすんなり打ち解けられた初めての艦娘、として知られている。

加賀は同僚の赤城にしか心を開いていないような事が多かったが、翔鶴型空母の艦娘、瑞鶴との衝突を繰り返した末での和解以降は、他の艦娘にもフランクな一面を見せることがある。

中でも同じ今空母艦娘の瑞鳳は、着任してから色々と世話を焼いてくれた関係上、「加賀先輩」と呼ばれている。

その瑞鳳は配備されていた艦隊が手酷くやられ、瑞鳳も艦上機部隊に多くの損害が出たため、再編中の航空戦隊から外されて暫定的に戦闘機のみを搭載し、防衛艦隊に組み込まれている。

 

第三三戦隊の個性豊かな、悪く言えば足並みの揃い具合は分からない艦娘ばかりだ。

そもそも艦隊編成を組みにくい、あるいは配備先が未定の艦娘たちだ。

「第三三戦隊の役割は主に強襲偵察だ。敵棲地や泊地の位置を特定し、時には威力偵察も行う」

武本が第三三戦隊の任務を口にした。

 

敵の欺瞞情報で攻撃が空振りに終わる、逆に隙を突かれて酷い目に遭う、輸送船団が安全海域であるはずの海域に深海棲艦の水上打撃部隊に襲撃される、と最近は深海棲艦がゲリラ戦や情報戦を盛んに駆使し始めているだけに、敵泊地や警戒艦隊として情報を収集の為の強行偵察部隊は、日本艦隊として編成が急務な存在なのだ。

 

特に日本艦隊では航空偵察などから深海棲艦が最近新型の戦艦を投入した可能性を捉えていた。

欧州方面の各艦隊でも目撃情報があり、その為多数の二式大艇からなる長距離偵察機が偵察に出た。

だが航空偵察は未帰還・失敗が多く、発見したとしても持ち帰れる情報が少なかった為、棲鬼クラスの戦艦を超える、と予想されていたがどれほどの戦闘力があるのか、量産されているのか、外洋艦隊に配備されているのかなどの肝心なところが分かっていない。

その新型と初めて交戦したのが大和型戦艦の三女信濃だ。

この時に相手の主砲が五一センチ以上ある可能性を信濃は報告している。

大和型は四六センチ主砲から五一センチ主砲へ装備換装することで、深海棲艦の戦艦ル級改型や後期型などと互角に戦えていたが、新型戦艦は五一センチ主砲を装備した信濃の砲撃でも決定的なダメージを与えられきれず、急遽トラック諸島に展開する航空隊の戦爆連合による航空支援で何とか撃退した。

 

だが代償として信濃は大破、下半身に深手を負ったため車椅子生活が続いていた。

また夕雲型駆逐艦の玉波が直撃弾三発で艤装が全壊、一発は彼女の心臓を射抜き、戦闘終了後に一緒に戦っていた妙高型重巡艦娘の足柄の応急処置虚しく、彼女の腕の中で息を引き取り、「轟沈・戦死」艦娘者リストに刻まれた(この事もあり足柄は一時期酷いPTSD「心的外傷後ストレス障害」に苦しんだ)。

トラック諸島の近くにはエニウェトク環礁があり、深海棲艦の泊地となっている為、そこに配備されていると考えられ、玉波の弔い合戦として空海の攻略作戦を行ったものの、新型戦艦は確認できず、駆逐艦イ級後期型八隻と泊地施設を破壊するにとどまった。

 

第三三戦隊は火力、防御力より速度にウェイトを置いた日本艦隊初の強行偵察艦隊だ。もっとも既に北米艦隊ではSAU(索敵攻撃部隊)としていくつかの艦隊が編成されている。

心配顔の陸奥が画面から顔を上げて武本に尋ねた。

「基地防衛艦隊から引き抜いた艦隊で大丈夫ですか?

それに艦隊の編成は速力以外に性能のばらつきが大きいですよ」

「そのことは私も気になっていた。

日本艦隊本部に聞いても、『問題はない』の一点張り、最高司令部からも同じ返事だ。用兵側の不安要素を考慮しない上の扱いが頭に痛い」

「ま、補給などでは、夕張以外は比較的燃費がいいわね」

やれやれと武本が頭に手を当てる一方、陸奥は艦娘の艤装が消費する燃料の消費量に苦笑を浮かべた。

自身も改二になってから元々悪い資源消費もさらに悪化気味だ。

愛鷹は大型艦の艦娘としては燃費がいい一方で、自作の主機、缶を使っている夕張の燃費の悪さは酷い。

 

しかし、青葉を含め、夕張、深雪、瑞鳳は実戦経験豊富だ。

四人とも面識はあるし、大規模作戦時に艦隊を組んで戦った仲でもある。

中でも瑞鳳は既に艤装の大改良が行われて、姉妹艦の祥鳳と共に戦っている。

愛鷹と蒼月は完全に新人(後者の方が武本らとして不安はある)だが、愛鷹はすでに訓練の成績が全てSクラスで少なくとも苦手なものは無いと言える。

ただ、愛鷹自身のプロフィールは殆どが閲覧不能だ。

帽子を脱いだ時の写真は全くない。

背丈は一八〇センチとかなり背丈が高いのが分かるし、体重、スリーサイズは表記されているが、「機密」扱いの場所がかなり多く、海軍に何時入隊したのかさえ表示されない。

さらに妙なのは血液型が「不明」と書かれているところだ。

家族構成や出自まで「不明」で謎だらけだ。

これだけ機密扱いの艦娘は長門らにとっては初めてである。

困惑している長門、陸奥、江良とは違い、武本と愛鷹の方は驚く様子はない。

むしろ時々互いに何か含むところのある視線を送るだけだ。

どう思う? と長門と陸奥が顔を見合わせた時、愛鷹が急に激しく咽込み出した。

体を屈めるが相当な苦しみをかみ殺す声を絞り出しながら愛鷹の体がガタガタと震える。

ぎょっとした江良が「大丈夫?」と駆け寄るが、江良に背を向けた愛鷹はスカートのポケットからタブレットケースを出し、数錠だして水なしに呑み込んだ。

急なことで長門らが驚いた視線を愛鷹に向けるが、本人は深呼吸すると体調が元に戻ったようだ。

「愛鷹……?」

控えめに長門が愛鷹を呼ぶ。

「大丈夫です。喘息みたいなものを患っているだけです」

「そ、そうか……」

あれは喘息の症状と言えるのか? と三人が顔を合わせるが武本は気にした様子もなく、「ちゃんと処方された薬がある。君たちが気にする必要は今のところない」と言ったので、提督がそう言うのであれば、と言う事で取り敢えず追及はしなかった。

「では、私は寮に戻ります。失礼します」

敬礼をした愛鷹は武本らの答礼の後、執務室から出ていった。

 

 

一応巡洋艦なので愛鷹は巡洋艦の艦娘が寝起きする寮に向かった。

艦娘達の寮は学校で言うと日直に値する寮長が置かれていて、三日ごとに変わる。

また艦娘は基本二人か三人部屋が多いが愛鷹の部屋は個室だ。

特別に増設された部屋ではなく、夕張も個室暮らしである。

同型艦がない艦娘は基本的陸奥が部屋の配置調整をしている。

駆逐艦の島風は同型艦がいない為一人部屋だが三体の「連装砲ちゃん」と言う「自我」があるロボットが居るので寂しくはないらしい。

愛鷹が巡洋艦寮の入り口を前にした時、丁度ドアが開き中から少しふらふらした歩き方で川内型の長女川内が出てきた。

夜戦好みなので夜行性タイプ気味であり、非番の時は眠そうな顔でフラフラしている。

だが戦闘時はやる気に満ち溢れており、出血がひどい傷を負っても「舐めときゃ治るモノ」と痛みを無視する、痛いと言う感覚を考えない、もしくはマヒしている程だ。

面倒見がよく駆逐艦の姉貴分でもある。

しかし、寝ながら歩いている様な川内は愛鷹に全く気が付かず、これと言って気にはしない愛鷹は川内が閉め忘れたドアから寮へと入った。

 

掲示板が入り口から入ってすぐのところにある。

奇遇にも第三三戦隊メンバーになる艦娘「夕張」が寮長を担当しているらしい。

新任艦娘は寮の部屋に入るには寮長が管理している鍵をもらう必要がある。

夕張の部屋に行くと、何やら妙な臭いがした。

ハンダ付けの匂い……、オイル……。

メカフェチと呼ばれることもある夕張の部屋のドアをノックすると、「はーい」と言う返事が変えてきた。

ドアを開けて出てきた夕張はタンクトップにハーフパンツと言うラフな格好だ。

「初めまして。新着任した超甲型巡洋艦愛鷹です。寮の部屋鍵を頂きたいのですが」

「ああ、あなたが愛鷹さんですね。第三三戦隊の仲間になる夕張です。鍵取ってくるのでちょっと待ってて」

夕張が部屋に戻ってガサゴソ探る音がした。

鍵くらいはきちんと管理しなければ困る、と愛鷹は少し眉間に皺を寄せたが、仕方がないと割り切った。

仲間になるのだから些細なことでぎこちない関係を築くのは拙かった。

部屋の中から鍵の入った箱を抱えて戻って来た夕張は、愛鷹の部屋の鍵を取り出し愛鷹に渡した。

「これが愛鷹さんの部屋鍵です。無くさぬよう、それからこれからよろしくね」

「はい。失礼します」

鍵を受け取った愛鷹は一礼すると荷物を持って、二階の寮への階段を昇って行った。

 

夕張は自室の部屋のドアを閉めたあと、自作品が転がる一人だけの状態の部屋の中で、「初対面な筈なのに……愛鷹さんから初対面って感じがしないわね……。何か妙ね」と違和感を覚えて、脳裏に浮かぶ愛鷹を思い出して呟いた。

そう言えば、と夕張は愛鷹が制帽を目深にかぶっていて、目つきが解り難かった気がした。

コートを着ており、中佐の階級章を付けていた。

夕張は一応大尉格だが、艦娘の間では階級差は無視していいと言う暗黙のルールがある。

大淀型や明石型のスカートを長くしたようなロングタイプ、靴は大和型に似ていた。

そしてコート脇からは提督ですら普段身に着けていない長刀。

しかし、どこか人情味が薄く感じられた。

艦娘の性格は同性愛じみたものを見せる姉妹艦がいるし、戦闘時のカシカリ、ギンバエ行為、深海棲艦への何らかの共感、と個性豊かな仲間たちだが、愛鷹は「一匹狼」風でそれを強く望むような感じもしなくはない。

正直なところ、「謎」の一文字だけしか印象がない。

体格はコート越しではあったものの多分、スレンダータイプだと思った。

胸囲は恐らく向こうが上そうだが、もうそんなこと考えたところでどうにもならない。

靴のヒールのせいだが結構身長が高そうなのは確かだろう。

「そう言えばどんな艤装を使うんだろ……。工廠にあるかな……」

艤装について興味を持ったのは「エンジニア」(周りからはメカフェチ)としての自分の生れつきのクセだろう。

学生時代は理工系一筋だった程、機械を見ると興味がわいた。

ただ、その前にやっておかないといけない作業があった、と思い直し夕張は修理中の機器の元へと向かった。

 

 

既に用意されていた部屋に着替え、目覚まし時計などトランクに入れていた私物を出した愛鷹は、ポケットに入れているあの「タブレットケース」を出してみた。

軽く振ってみる。まだ一杯ある。

だが、事前に渡されているのは三ケース。つまり予備は二つだけ。

生きたいと思っても、このタブレットの服用が途絶えたら自分の人生は終わるかもしれなかった。

ランダムに起きるあの発作、耐え難い苦しみ。

それを思うと「この世に生を授かってよかったのか」と時々考えることがあった。

もっとも愛鷹には家族がいない。

ただ家族かと問われると微妙な関係の人間が一人いるが、あんなのを家族と呼ぶのは自分としてとても度し難い。

その「家族と呼び難い」のたどってきた道は、向こうが王道であるならば、こちらは修羅の道だ。

周りから浴びせられる「出来損ない」と呼ばれる回数。

理解者はいても少数派だ。

ただ、まさか武本が司令官を勤めているのは正直に言うと、何かの贖罪か? と首を傾げたくなった。

がらんとした、生活感がゼロに近い愛鷹は、制帽を脱いで、初めて頭に風を通した。

窓から入って来た風が髪の毛の後ろにまとめたポニーテイルをサラッとなびかせた。

 




いかがでしたでしょうか?
「なかなか面白い」「なるほど」と言う感想は勿論、「文章が読みにくい」「誤字脱字がある」「なにこれ?」と言う評価も遠慮なくお寄せください。今後の執筆の参考・注意点として取り入れていきます。

*文章の一部を訂正しました。失礼しました。


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第二話 被る影

推敲とか、手直しに時間がかかり、今月一日アップ予定が狂いました(遅筆になりそうだなあ)
本作では艦娘にはいろいろ事情があっての設定描写や、ネタ話、そして喫煙シーンがあります。「わかば」繋がりの艦娘は見た目不相応の喫煙です。喫煙は成人を超えてもなるべくしない様に……




寮は木造である為、耐震性や防火性には不安が存在しているので、近々建て替えが行われる。

階段を上る愛鷹(あしたか)の靴音が意外と大きく響く。木造故の音の響だ。慣れれば問題はないが、流石にくたびれ始めている感は否めない。静かに歩くのもいれば、疲れているので床に響く靴音を立てながら歩く者もいる。

ただ足音は慣れるが、改二仕様の艤装を扱える歴戦の妙高型重巡艦娘の足柄の騒音は巡洋艦寮の者としてはため息が出た。合コンによく失敗するらしく、悔し紛れに自棄酒飲んで、何語だか分からないような喚きと床が抜けそうな足取りだけは流石に慣れない。

慣れないのは酔いつぶれが不定期で、あそこまで飲んだくれになれるのは姉妹艦の那智や飛鷹型空母の隼鷹、瑞鳳型の瑞鳳と少なくないが、あの足柄のレベルに行くにはこの基地に寄港したことがあるイタリア艦隊の重巡ポーラと英国艦隊所属のネルソンか……。

基盤の調子が悪かった機器の修理を終えた夕張は、なぜかまた愛鷹の靴音が頭に浮かんできた。聞き覚えがあるだけに、このまま「もやもや」として終わりなのが性に合わないのが夕張自身の性格だからか。

それとは別に艤装を見ようと思ったのは、ほかの艦娘の艤装点検のために工廠で明石型三人と工廠妖精さんと油まみれになりながら、艤装の使い方のクセなどを把握していくことへの好奇心だろう。

後片づけの後、オレンジのツナギに着替えて工廠に向かった。

基地防衛艦隊籍とは言え、水雷戦隊の指揮を執ったことはある夕張は前線で硝煙の匂いを嗅ぎ、至近弾の海水を浴び、時には負傷「損傷」もした。

「ぼっち艦」なだけに、小規模の哨戒艦隊を率いて北は幌筵基地、南はショートランド泊地(ただし、現在は深海棲艦の反攻作戦で補給線が危うくなり戦略的撤退を含めて放棄された。今は北米艦隊の空母サラトガ、サイパン、戦艦サウスダコタ、コロラドを中核とした複数の任務部隊による奪還作戦が予定されている)の哨戒線パトロールから対潜警戒、船団護衛から空母機動部隊の防空艦役とこれまでこなしてきた戦闘内容は多岐に渡る。

艤装の点検やら装備の改修作業、時には「調査」と何でもかんでもこなするだけに「器用貧乏」「何でも屋」として見られるし、夕張自身「水上艦艇の艦娘としてできる事なら、いろいろと出来る」と言っている。

だから知らずと艦娘のクセが頭に残る。航行時の推進音、水切り音、帰投時のビーチング、さらに軽巡は対潜水艦哨戒も行っている。その為軽巡には絶対音感の持ち主もいる。

対潜水艦戦は基本的に駆逐艦の艦娘が行う任務だ。

しかし軽巡は駆逐艦より防御力があり、駆逐艦より艤装の仕様が遠洋航海任務に向いているので軽巡が対潜哨戒、偵察などの他、長距離遠征時の護衛艦役に出ることは珍しくない。

夕張も絶対音感程ではないにしろ、音を聞き分ける能力は高い。

対潜水艦戦では撃沈確実四、共同二、不確定一のスコアがある。

人間には隠れている第六感があると言うが、夕張はその第六感が普通に出るタイプだ。

 

工廠に着くと、修理中または定期点検・検査中の艤装が多く並べられている。

誘導兵器の類は姿を消し、砲熕兵装主体と退行したような装備だが、造りは複雑なので整備はまめに行う必要がある。

また工廠の隣には「応急処置所」と言う医療部門の施設があり、任務から戻って来た艦娘の健康診断から、海域で負った傷の応急処置をさらに長持ちさせ、基地内の病院で本格的な医療処置を行う前のバイタル検査まで行っている。

クレーンがいくつか立っているが、これは艤装を自力で取り外せない艦娘(特に重巡以上の艤装など)に代わって外された艤装を収容するものだ。

 

艦娘は海の上を航行するときは、装着する艤装に「機関部」が組み込まれており、艦娘によって装着位置が異なるが大体は背中か臀部よりやや高いところに「機関部」を備えている。

「機関部」は艦娘が装備する艤装の動力源であり、敵弾、爆発した破片などから、生身の体へのダメージをある程度は防ぐ耐久性がある「防壁機能」がある。

損傷すると主砲の装弾機構と旋回、射撃照準計算など、艦娘が今狙っている攻撃目標を艦娘自身が音声入力や手動操作して着弾座標など、いろいろなところで手動制御になるので反応速度が低下する他、「防護機能」も落ちてしまう。

さらに戦艦クラスや重量が増えた艤装を備える駆逐艦や巡洋艦などとなると、艤装重量が大きくなるため、パワーアシストの面も担っている。

 

「機関部」はもともと艤装と一体型だったが、夕張が着任する少し前に緊急時の応急運転に備えて単一乾電池並みに小型化されている上、ユニット型になっているので「機関部」が破壊されても、回路に甚大な損傷がなければ「機関部」ユニットの交換で再始動可能だ。

また「機関部」への回路の再接続のための応急修理キットもあり、艦娘は自分の艤装が損傷した時の応急修理程度の知識を熟知しておかなければいけない。

 

近代化改修などではさらに高出力の「機関部」ユニットの搭載もあるため、改修時には「応急修理」の実技と座学も受けなければならない。

評価は零点か満点の二種類。

「機関部」がダメージを受けるとダメージ次第では「主機(もとき)」へ動力供給が低下、もしくは断たれるので、「機関部」が無いと「主機」への動力供給が出来ず、海の上を高速航行することはできないし、片肺運転、「防護機能」の低下が起きる。

片肺の状態は大体損傷の酷さでただの重荷になっただけの「主機」の解除、または靴自体を脱ぎ捨てた時によくある。

 

「主機」は解除されると、鹵獲防止のため自爆システムが自動起動し海中内で爆発する。艦娘の中にはこれを応用した攻撃をする者もいる。

一応歩く、走るなどのことは「主機」だけでも出来るが、「機関部」が全損で応急修理不能となると艤装操作は不能になる他、パワーアシストも予備動力の補助で一定時間は維持可能だが、補助動力のタイムリミットになるとただの重荷だ。

このためこちらも解除可能で「自爆システム」も存在する。

「自爆システム」には二重三重の安全機構が備えられている。

「主機」には艦娘の靴底に主機と舵を付けて航行する「外装型」と、靴自体が「主機」と一体化した内装型と呼ばれるものの二種類が存在する。

外装型がどちらかと言うとメジャーだが、内装型はヒールが舵になっており形状はハイヒールのようになる。

 

ちなみに駆逐艦、空母、重・軽の巡洋艦、戦艦と艦娘は分類されている艦種によって制服が異なるだけでなく、姉妹艦でも制服が異なる艦娘は珍しくなく、統一制服を着ていることはまずない(ただし、礼服として一応支給されている)。

一方で夕雲型や大型艦艇の艦娘では統一化されている。

もっとも制服と言うよりは艦娘の個性が出ている普段着、の面が強い。

海中が主な戦場となる潜水艦は音が重要なので、普段からビーチサンダル履きが多く、動きやすさのために着ているスクール水着の上にセーラー服の上着を羽織っているのが陸での普段着であることが多い。

潜水艦艦娘の艤装の対弾性では駆逐艦以下だが重量面ではもっとも軽量だ。

海中内での気圧変化や酸素ボンベ内の酸素残量が少なくなった時の呼吸調整、自身に何が起きているかを冷静に考えるなど、メンタルと体力面ではかなり優れている。

 

そんな艦娘らの艤装を数多く見て来た夕張は駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母、潜水艦などの艤装やクセが夕張の頭に自然と入って来るので、目をつむって考えてみると愛鷹の足音は……。

と考えているうちに工廠内に入っていた夕張は、工廠内の作業音を聞いて愛鷹さんの事は後でにしようと頭の中で考える事を替えた。

「夕張さーん。新しい艦娘が来たみたいっすよー」

明石型工作艦の艦娘で明石型の末っ子の桃取が夕張を呼んだ。

新しい艦娘と言えば愛鷹の事だろう。

「愛鷹さんの艤装の事?」

「はい。でもちょっと変わった代物っす」

変わり物の艤装と聞いて夕張のメカ好きの興味がそそられる事は当然と言えば当然だ。

見に行くと、明石型の明石が愛鷹の艤装の仕様書の分厚いファイルを読み、三原が工具類でいろいろと見ている。

周りには黄色いヘルメットを被った妖精さんが艤装のアクセスハッチを開けて、仲間と共に覗き込んでいたり、金槌で叩いて音響検査までしているいる。

「こんにちは。随分分厚い仕様書ね」

「ええ、結構最新の技術や試作段階の最新装備がてんこ盛り。

これ、量産するのはお金が結構かかるよ」

「主砲はどんな感じ?」

仕様書を読む明石に代わって、三原が答えた。

「三一センチ三連装砲三基。金剛型改二よりも連射速度は高いです。

複雑なメカニズムです。弾種切り替え装置はともかく、五〇口径の三一センチ砲は砲身摩耗除けか自動冷却装置を備えていますね」

「自動冷却装置?」

聞かない名前だ。

 

主砲が三一センチとは……同口径の主砲はロシア太平洋艦隊に配備された戦艦「ガングート」と同じくらいだ。

一応ドイツ艦隊にはシャルンホルスト級戦艦、リュッツオウ級装甲艦(世界的には重巡扱い)などは三連装二八センチ砲を使用していると言う事があったが、シャルンホルスト級は打撃力強化のために三八センチ砲に換装されている。

三一センチ砲では速度重視、装甲犠牲の高速戦艦タ級ですら相手取ることが出来るかどうか……重巡相手ならリ級後期型やネ級、ネ級改相手に不足無しの方ではあるが、軽巡以下を相手するには火力が過剰だ。

 

明石から受け取った仕様書では確かに、量産性に向いた構造とは程遠い。

主砲につけられている自動冷却装置は、発砲するごとに過熱化していく主砲砲身を冷却用の水で冷やす、と言うシステムで砲身摩耗の軽減も兼ねてはいる。

ただ今のところ試作品が少数製造されて性能テストをしている、とまだ実戦投入されていないと聞いていた。

さらに電探(レーダー)は対水上、対空用の捜索用の二つと、射撃に使うものが複数装備されている。

また水偵発射用のオートマチック拳銃型発射機まである。

「凄いわね。なんだか、オーパーツみたいで……」

仕様書を閉じた明石がため息交じりに言う。

「でも、結構面白くないっスか? 長一〇センチ砲とか蒼月ちゃん並みかも」

「モールスと音声の両方が使える通信ヘッドセット。自動の暗号解読、作成機能はすごく便利です」

子供のようにはしゃぐ三原と桃取に明石は苦笑を浮かべると、夕張も思わずつられる形で笑った。

その時、工廠の扉が開いて誰かが入って来た。

「ども、恐縮です、青葉です! 凄い艤装が入ったと聞いたので取材に着ました」

「アシスタントの衣笠でーす」

扉に青葉型重巡の青葉と衣笠がニコニコ顔で立っている。

うわー、なんか面倒な気もしなくはない二人組が来た、と明石と夕張は胸中で呟いた。

青葉はいつもの自前カメラとペン、手帳、衣笠はハンドカメラを持っての登場だ。

しかし、はしゃぐ三原と桃取は青葉と衣笠の事には気が付いていない。

当然はしゃぐ二人の様子を青葉が見過ごすはずがない。

「お⁉ 何々、何の話ですかー?」

青葉が三原、桃取のところへと駆けていく。衣笠も追いかける。

工廠内では「駆け足禁止」だ。

そこいらじゅうに精密機器やケーブルが置かれているから足を引っかけて壊す、転倒すると艦娘は元より艤装類などを壊すと明石にこってり絞られる。

しかし青葉型の二人は、大丈夫精神で駆けていく。

駆けだした二人に踏みつぶされまいと慌てて妖精さんが道を開ける。

が、衣笠はサンダルのヒール部分を電源ケーブルに引っ掛け、転倒した。

痛いと転倒した妹を起こしに青葉がいったん戻ってから、愛鷹の艤装取材が始まった。

仕様書などは機密事項が多いので、青葉でも隠すところは隠すとわきまえている。艤装関連の機密事項に触れると、長門の検閲に引っ掛かって削除される。

青葉の取材に三原、桃取は興奮した表情で熱く語っている。

その様子を衣笠がハンドカメラで収録している。

そう言えば、青葉も第三三戦隊の一員だったわね、と夕張は今度組み込まれる艦隊の一人に青葉がいるのを思い出した。

 

普段から明るく、お惚けキャラ、やらかし系の青葉だが、出撃時は「カメラ持って行けたらなあー」と言いつつもいざ交戦すれば、的確な砲撃と雷撃で敵を倒していく。

艤装にはやや形式が古いものの電探(レーダー)が装備されており、夜目もきくので夜戦での功績も多い。

ただ、艤装の改良が行われていない為に燃料消費がやや悪く、弾薬類も、砲弾発射時の装薬が減装薬でないと砲身の摩耗や負担が大きい、電探、水中探信儀の性能が改修前の駆逐艦陽炎型並みなどの旧式感が否めない。

その代わり、戦闘時の練度は高く(過去の失態もあり)、頭もよく回るので装備の優劣で青葉の性能(戦闘経験)を決めるのは早計だ。

現に揶揄だった足柄の「餓えた狼」とは違い、功績などで上げた「ソロモンの狼」の二つ名は伊達ではない。最も足柄は青葉型より艤装性能が元々高く、姉妹全員が改二になっている妙高型重巡なので「餓えた狼」も次第に「本当の意味で」当てはまり始めている。

欠点と言えば「残念美人」と言う青葉型の二人以上の「やらかし」があるところ言う事だろう。

 

衣笠は二つ名こそないが、青葉とは明るいところは同じでも、どちらかと言えばしっかり者タイプだ。

青葉のアシスタント役をやるようになる前に「衣笠型重巡一番艦衣笠」と周囲から言われていたことがある。

世話好きなところが多いので武本から「それくらい自分でもやれる」と溜息を吐かれるほどだ。

「衣笠さんにお任せ」が口癖である。

 

夕張は軽くため息を吐いて、明石に「チェックがいる艤装ってある?」と問い、矢矧(阿賀野型軽巡)の艤装の反応速度が遅いと言う苦情対応に付き合ってほしいと矢矧の艤装を見に行った。

新鋭の阿賀野型軽巡の矢矧はデスクワークがやや苦手だが、戦闘となれば重巡並みに立ち回れるほか、阿賀野型四人の中で武功が多く、損傷負傷の回数も比較的少ない。

矢矧の艤装には既に妖精さんたちが乗って、聞こえない声で指示を出したり、頭を抱えていたり、工具類を持って走り回っている。

「チフちゃん、調子は?」

作業用グローブを手にはめながら明石は「チフちゃん」と呼ばれる妖精さんに尋ねた。

黄色いヘルメットに「ちーふ」と書かれた妖精さんが、明石の元に向かうとしゃがみ込んだ明石に作業の進捗具合を報告した。

チフちゃんは工廠の妖精さんのリーダー格でまとめ役だ。

妖精さんたちは特に名前などを持っていないらしく、それぞれが勝手に思いついた名前で呼び合っている。

本当にしゃがまないと聞き取りにくい声でチフちゃんが、「もう、これ以上は無理」や「配線を取り換えたばかりなのにもう交換時」と、半ば苦情めいたことを身振りも交えて伝えてきた。

チフちゃんは夕張にも顔を向けると、「燃費悪すぎ」「もっと低コストにして」「いったい幾らするか解ってる?」と夕張特製艤装への苦情を出してきた。

ごめんごめん、と夕張が謝ると「愛鷹のと比べたら、まあ、まだマシです」とチフちゃんが腰に手を当てて愛鷹の艤装に視線を向けた。

「やっぱり、難しい構造なのね」

その通りだ、と腕を組んで首を縦に振るチフちゃんは「艤装のマニュアルが届いたのが今朝だったので、習熟するのに苦労した」とも訴えてきた。

いろいろな艤装の整備、点検、修理に携わるだけに、艤装改良、特に改二となると妖精さんたちはマニュアルに目を通し、頭に叩き込む苦労は艦娘以上かもしれない。

 

どんな形で生まれてくるのか、それとも作られているのかは分からない妖精さんは、結構な重量物を抱えて運ぶ、飲食するところが見られない、と艦娘とは非常に関係が深い割にはかなり謎が多い存在だ。

たださぼり寝や仮眠をとる所は見受けられるし、非番の妖精さんは艤装で遊んでいたり、運動場で長距離走や短距離走と、妖精さんなりに自由気ままにやっている。

多種多様な性格の持ち主達でもある。

チフちゃん達まで苦労する艤装作る上の人たち……ちょっとは配慮してよ、と夕張は胸中でぼやいたが、自作の艤装と主機で迷惑をかけた自分も同じか、と思い至り苦笑を浮かべた。

 

 

「あー、やっと着いたよ、みんな。愛しの我が家だ」

陽炎型駆逐艦の長女陽炎は、続航する第一八駆逐隊の不知火、霞、霰と第八駆逐隊の朝潮、大潮、満潮、荒潮、第一九駆逐隊の磯波、浦波、綾波、敷波に、室蘭基地での対潜掃海任務遠征を終えて、へとへとになって戻って来た基地の姿を見て、安堵のため息を吐いた。

大潮は疲労からか半ば寝ておりあきれ顔の満潮、荒潮に支えられながら航行している。

室蘭基地では深海棲艦の潜水艦隊、それも強力なヨ級が一度に六隻も出現して対処に精神を削られる日がある程だった。

最近は厄介なことにヨ級だけでなく、カ級の機雷敷設型まで出て来ているのだ。

 

対潜水艦戦闘ではソナー(音響探信儀)による聴音を頼りに静かに航行し、発見次第爆雷を叩き込むのだが、爆雷の爆音でソナーは一時的に使えなくなる。ソナーでの聴音が可能なほど静かになるまで待っていたら逆に魚雷を撃ち込まれてしまう事は珍しくない。

室蘭基地からの掃海・対潜水艦掃討の協力要請を受けて武本は第八、一八、一九駆逐隊を送りだした。

現地には海防艦の艦娘らで結成された対潜装備が充実した部隊がいたものの、速力や艤装の航続距離(稼働可能な時間)が陽炎型や朝潮型、特型駆逐艦より劣っている。

 

三つの駆逐隊の総まとめ役は陽炎が担った。

高いリーダーシップと人当たりのいい明朗快活な性格、豊富な実戦経験、一時的にだが特別混成部隊である第一四駆逐隊の嚮導駆逐艦の任務に就いたこともあり、その素質を前任の司令官に高く買われたからだ。

実績の豊富さから改二への改装許可が下りたが、改装工事の時間が長かったため、許可を出してくれた前任の司令官の定年退職まで改装が間に合わなかったが陽炎として少し気残りである。

退職した前任の司令官は基地近くの山の中で隠居生活していると聞いているので、時間があれば合って報告しようと思っている。

室蘭基地到着後掃海具で機雷を撤去、ヨ級への対処に当たったが、磯波が全方位からの魚雷攻撃を受ける、掃海具が足りなくなるなどのハプニングが続き、さらに連日の出撃の合間の少しだけの息抜き中での出撃は、流石に改二になったとは言え、体力面、精神面でストレスが溜まる。

室蘭基地司令は人当たりのいい沖山と言う准将が勤めており、サポートのためにいろいろと世話を焼いてくれた。

事態の深刻さに武本はさらに第六、第七駆逐隊や室蘭基地の海防艦とは違う海防艦などの対潜・掃海で実力のある援軍を送り出したが、陽炎たちの疲労も増して限界近くなっていた。

だから帰投命令が出た時は、我が家に帰れると喜んだ。

 

ところが帰りは鉄道かと思いきや、日本艦隊統合基地に「太平洋沿岸部を通っての洋上航行帰投」と言う事には幻滅した。

こればかりは酷だ、と電話で武本に陸路での帰投許可を直談判すると、「上からの命令」と言う武本自身もひどく幻滅した声で返してきた。

それでも陽炎たちが洋上航行での基地帰投に首を縦に振ったのは、武本自身も受話器越しでもわかるほど疲労がたまった声だったからだ。

 

沖山准将が仕入れてきた話では、どうも別方面での遠征に出ていた友軍艦隊が壊滅し、さらに北米艦隊と日本艦隊合同でのラバウル基地に空爆を行った深海棲艦機動部隊追撃戦で、参戦した一航戦こと第一航空戦隊と、雲龍型空母艦娘四人(四隻)からなる第六航空戦隊は、深海棲艦機動部隊の波状攻撃を受け、撃沈は出なかったものの空母赤城、鞍馬、生駒が大破。

北米艦隊も空母レプライザル、軽空母プリンストン、戦艦マサチューセッツを含め多数が大破、中破と敵艦隊の壊滅には成功したものの事実上の引き分けとなる艦隊戦が起き、武本はその後処理のために複数の関係者と共に奔走していたのだ。

入渠(治療)、艤装の修理、損耗した空母艦上機部隊の補充と再編、戦闘経過報告書作成と「国連軍」高官からの無茶な要求やらに追われたらしく、仮眠全てを合わせても二時間にも満たない激務で、武本自身も疲労困憊だったのだ。

武本がダウンしかけていると言う事は、長門や陸奥らも苦労しているのは簡単に予想がつく。

それでも「睡眠と食事はとれているか?」「すまないな、無理をさせてしまって。有給休暇とか休養スケジュールを可能な限り確保させるから」「みんな無事かい?」と気遣ってくれるのだ。

ところが青函トンネルが深海棲艦の艦砲射撃で排水施設や変電所が破壊されたため、当面使用不能になったという連絡は陽炎たちにはやはり酷な話だった。

 

「流石に疲れましたね」

続航する相棒の不知火が疲労を滲ませた声で言った。

「でもま、全員で帰って来たんだし、いいんじゃないの。

武本には一発ぶちこみたいけどね」

「ダメです、霞。腹いせに司令官を殴るなんて、とんでもありません」

むっつり顔の霞の言葉に朝潮が窘める。

霞は「周りに喧嘩を売り歩いている」と言われる程、他人(艦娘も)に対し良くも悪くも暴言を吐いたりすることがある。

朝潮はそんな霞をいさめる朝潮型一番艦だが、長女の朝潮にも霞は説教口調で話す。

武本に対しても敬語を使う事は殆どないが、武本は「自分の考えを正直に相手にぶつける。彼女からすれば反論されることで自身の求めている何かを探しているのだろう」と謝罪に来た朝潮に言っていた。

武本が着任する少し前に改二改装がなされたが、常に尖った性格だ。

しかし改二から改二乙への改装許可を出してくれたり、艦娘への武本の接し方を見ていく中で少し考えが変わってきている様で、姉妹艦の荒潮曰く武本に対し何かしらの恩義は感じているようだ。

一方朝潮は「忠犬」と揶揄される程、司令官(提督)に忠誠を誓う駆逐艦の艦娘だ。

特に武本への忠誠心はかなり高い。

ただ命令によっては「イエスマン」姿勢ではなくなるし、改装しても艦娘特有の体躯の発育が止まった為身長が低い事を気にする、など多少のコンプレックスを抱えているらしい。

 

「帰ったら、とりあえず寝たいなあ」

敷波が欠伸を漏らす。マイペースそうに見えれば、尖ったところもあるなど霞とは違って、自身の気持ちを表に出すのがうまくできないのが敷波だ。

実戦経験は豊富だがどちらかと言うと、「何も起きないで終わってほしいな」と傍観者視点とも取れる発言が多い。

「提督、また迎えに来ているのでしょうか……」

「来ていると思うよ。あの人の事だし」

「でも、お茶入れは綾波さんじゃなくて提督がするでしょうね」

袖から延びる腕や頬に絆創膏を張った磯波が少し恥ずかし気に呟くと、第一九駆逐隊では唯一の改二になった綾波が元気だして、と笑顔で言い、それに浦波が茶化すように付け加える。

 

綾波は気を抜ける非番のとき、よく茶を入れるのが好きだ。司令官にも振舞っており、高評価を得ている。

英国生まれで帰国子女の金剛型戦艦金剛とはお茶についての話で盛り上がることもある。

以前英国所属の戦艦ウォースパイトが来たときは紅茶に興味を示している。

磯波は蒼月ほどではないが、自分に自信を持つことが上手く出来ない。

体の発育が止まっている事にも気にしており、消極的な性格だ。

しかし海戦では結構な粘り強さと幸運の持ち主で「努力すればいつかきっと報われる」と言う持論持ちでもある。

ただし自信が持てない所だけは入隊から今になっても変わることがない。

浦波は磯波に似た容姿だが積極性や戦闘時の姿勢、肝が据わっている。

ただ必要なことしか言わないことが多々あって誤解を招き、苦労する羽目になることがある。

掃海作業中に至近距離での機雷の爆発を何とか凌いだことがあるが、その際でも「大丈夫」としか言わないので陽炎たちから心配されている。

 

くたびれた三個駆逐隊の緊張が弛緩している中、陽炎は指揮官として気を抜けない、と母港を目前にしながらも気を抜いた時に撃たれる、とソナーやレーダーの反応を確認するが今のところ何もない。

陽炎に続航する相棒の不知火は非常に慎重深いので、疲労を滲ませながらも対潜警戒をしていた。

海戦時に自身に直撃を与える、至近弾を浴びせる相手には情け容赦がないので「駆逐艦では本気で怒らせたら何するか分からない」と評されている。

深海棲艦は滅ぼすべき対象と見ているので、「深海棲艦への理解」を見せる武本とは噛み合わないところがある。

それもあってか、英国艦との共同作戦時に不知火に付けられたあだ名は「ブラッディ・シラヌイ」だ。

 

と、陽炎のブレザーベストの胸ポケットから電子音が鳴った。

艦娘が出撃時に必ず必要とする「羅針盤」だ。

航路計算やソナー、レーダーの反応表示が出来る優れもの。

この「羅針盤」は夕張が自作して試験運用したデータを日本艦隊司令部を通して「国連軍」に提案した所、即効で正式採用された珍しい装備の一つだ。

この時夕張は大尉へ昇進している。もっとも夕張にとっては階級より給料が多少上がった事の方が嬉しかった。

電子音から対空レーダー反応の様だ。

機影は一機のみ。

この日本艦隊統合基地の対潜哨戒担当する哨戒機東海の様だ。

速度は遅いものの対潜哨戒機としての性能に問題はない。

しばらくすると東海が陽炎たちを見つけ、翼を振るバンクをした後哨戒任務のために別の方向へと転進し去っていった。

「あれ?」

ふと基地の近くにある見晴らしのいい崖の上に人影がいるのを陽炎は見つけた。

コートを着て海軍佐官制帽を目深にかぶった背の高い女性が腕を組んで水平線の彼方を見つめている。

視力は結構高い陽炎から見た感じは女性将校にしか見えない。

ただ提督ですら常備していない刀を左腰に差している。

誰だかは分からないが、ポニーテイルとコートを海から吹く風になびかせているその姿に何かが被る。

誰だろう、と疑問を抱きながらも第八、一八、一九駆逐隊の面々は基地へ帰投した。

 

 

オレンジ色の彗星が、一二・七センチ連装砲が撃ち放った対空弾の散弾を辛うじて躱し、跳躍爆弾攻撃(爆弾を水切り投げの容量で投下して攻撃すること、スキップ・ボミングとも)の攻撃コースに入った。

直ぐに主砲を彗星に向けて構えるが、彗星は模擬弾とは言え機首の機銃で牽制射撃をしてくる。

細かくステップで当たると結構痛い模擬弾の火箭をかわしながら特型駆逐艦深雪は「落ち着け、冷静に、氷の様に……」と呟きながら、主砲の射角を修正し、爆弾倉を開きかけている彗星に照準を定めた。

「てぇーッ!」

五〇〇キロ爆弾が彗星から投下される寸前に、深雪の一二・七センチ連装砲の砲口から爆炎と黒煙が吹き出し、対空弾二発がオレンジ色の彗星の近くで炸裂する。

ぐらりと彗星は姿勢をずらし、危うく海面に突っ込みかける。

どうにか機首を上げ、スロットルを上げながら爆弾投下をやり直そうとするが、深雪はすでに第二射を撃っていた。

一発は機首の目の前で炸裂してプロペラをもぎ取り、一発は右翼に直撃して信管を起爆させた。

爆散し、破片を海面に撒き散らした彗星を見て深雪は「次!」と今度は二機の彗星を見る。

二機の彗星は二手に分かれて今度は急降下爆撃のコースをとる。

「交互撃ち方、三式弾改二信管VT、右の彗星」

右手から来る彗星へ向けて、深雪は主砲を構え、上昇する彗星の先に照準をわせる。

「てぇーっ!」

深雪の主砲が右と左の主砲を交互に撃って、対空弾を連射する。

上昇する彗星の周りで対空弾が炸裂するが、彗星は紙飛行機ではないし装甲が薄っぺらではないからそう容易には落ちてくれない。

今はまだ攻撃してきていない左手の彗星の動きをちらちらと確認しながらの対空射撃だ。

と一発が彗星の直上で近接信管を作動させた。

機体がぐらりと姿勢を崩す。なんとか立て直そうとした時に今度は真下で炸裂した対空弾で彗星は跳ね飛ばされ、火の玉へと変わった。

破片が黒煙を引きながら落ちていく。

すぐさま左手の彗星に照準を付けようと向きを変えるが、エンジン音は聞こえても姿が確認できない。

ただ、急降下爆撃時のダイブブレーキの音がしないから爆撃のチャンスをうかがっているか、跳躍爆弾攻撃のためいったん離脱して攻撃ポイントを探っているか。

「奴はどこ行ったんだ? 太陽を盾にしているか?」

太陽を背に急降下爆撃されること程、応戦しにくい爆撃だ。

深雪の艤装にも対空レーダーはあるが、今は「電探カット」条件での対空射撃演習だ。

深雪の目は海と空を目と耳の間隔をフル動員して彗星を探す。

エンジン音は頭の方、つまり頭上だ。

ほんの一瞬、右手視界の端にきらりと何かが光ったかと思うと、エンジン音が高まり始めた。

「そこか!」

彗星は深雪の背後をとっている。

その場回頭で向きを変え、同時に艤装に「機関後進全速」と主機の推力を前進から後進に変える。

投弾態勢に入った彗星がダイブブレーキの音を立て始めているのが聞こえてきた。

完全に深雪は彗星に捕捉されている。

対空弾を撃ち続けながら、落ちろ、落ちろ、落ちろと胸中で喚く。

すぐ周りで対空弾が炸裂しているが、彗星は被弾した様子も怯む様子もなく降下を続け、爆弾倉を開いた。

プロペラとの接触を防ぐための誘導桿が爆弾倉から五〇〇キロ爆弾とともに姿を現し始めたが、深雪の放った砲弾が二発立て続けに命中した。

近接信管作動による散弾を浴びての被弾ではなく、二発の対空弾の直撃だった。

彗星は大爆発を起こして木っ端微塵になって果てた。

見事な射撃での撃墜だったが、深雪は苦り切った顔で「くっそー……」と呟いた。

「一二機の艦爆(艦上爆撃機)相手に六機だけかー……八機くらいは行きたかったんだけどな」

至近弾や撃墜した朱色塗装の彗星の無人標的機の爆炎を浴びて降りかかった頬の煤をこすりながら、急降下爆撃機一二機との教練対空戦闘(対空戦闘訓練)での撃墜スコアに深雪は思ったほどの戦果が出せず、悔しい気分で一杯だった。

さっきの艦攻(艦上攻撃機)の模擬弾頭魚雷攻撃への対空演習では、一〇機中六機を撃墜したが、艦爆は少し難しい。

特に直上から突っ込んでくる急降下爆撃は、回避後や爆撃アプローチに入る時が一番のカモだ。

跳躍となると距離を正確に測らないと爆弾投下を許してしまうし、単独だと急降下爆撃されたら「躱す」か「落とす」、もしくは「被弾する」かだ。

深雪の様な駆逐艦では急降下爆撃一発程度で大破ないし撃沈されてしまう。

 

「まだやるー?」

演習のために呼び出すと、快諾して来てくれた軽空母瑞鳳の言葉に「勿論!」と返した深雪は、構えている一二・七センチ連装砲の対空弾の残弾を見て表情を曇らせた。

対空弾の消費が少し多い。

「下手な鉄砲数撃てば当たる」とは言え、深雪にはやはり納得いく記録とは言えない。

「吹雪には負けらんねーな。初雪とか白雪並みだな……まあ、白雪は弾幕派だけど」

改二への改装はまだだが、特型駆逐艦一番艦の長女の吹雪には改二が出来てあたしには出来ない訳がない。

日々の鍛錬あるのみ、深雪が胸中でそう呟いた。

瑞鳳はと言うと艦爆の標的機用の矢を矢筒から出して弓にかけた。

「あ、あの二人ともちょっと……」

さてやろうか、と構えていた二人に控えめな口調で声をかけたのは蒼月だった。

ハイヒールをコツコツと鳴らしながら走って来る蒼月は、髪型が深雪の長女の吹雪と妹格の磯波とほとんど同じで、顔立ちは磯波に似たところがあるが髪の毛の色が明るい茶髪なので、髪の色で磯波との識別がしやすい。

秋月型故なのかは分からないが背丈が高く、深雪、瑞鳳にとっては羨ましい程度に胸囲がある。

「なに、蒼月ちゃん」

「こっちは今教練対空戦闘中だから、手短にしてくれよ」

二人にそう言われた蒼月は三つの封筒を持っていた。

「二人に異動命令が来ているみたいなの……」

「異動命令?」

矢筒にいったん矢を戻した瑞鳳と、陸上に上がって足につけていた主機を外した深雪に蒼月は茶色い封筒を渡した。

「なんの異動命令だ? まあ、待機室で開けるか」

「そうね」

 

演習場の端にストーブや扇風機付きの平屋建ての訓練待機室がある。

三人はそこへ行った。

深雪と瑞鳳が装備を保管室に一旦置くと室内のベンチに腰掛けた。

季節から言ってムッとしてくるような暑さはないが、少し蒸し暑さを感じるので窓を開ける。

「今度はどこに行くのかな? 新入りしごきかな? それとも久々の遠征かな?」

封筒を開ける時に楽しみだと言う気持ちをそのまま顔に出している深雪が、封筒から出したのは蒼月の言う通り命令書だった。

深雪は第三三戦隊と言う武装偵察艦隊へ配属されることになったと書かれた命令書を見て、「艦隊任務か……」と口笛を吹いて命令書を読んだ。

「瑞鳳はどこに配属されんの?」

「武装偵察艦隊の第三三戦隊だって。偵察、防空、対潜哨戒を任された軽空母」

同じ部隊じゃんか、と深雪が言いかけた時に蒼月の方が驚きの声を上げていた。

「瑞鳳さんもですか?」

「んー、そう見たいね。その顔だと深雪ちゃんも?」

「ああ、あたしも第三三戦隊配属だと。初めてじゃないか? 三人同じ部隊って……ああ、もう一枚入ってた」

珍しいこともあるんだなあ、と自身と瑞鳳、蒼月が初めて揃っての部隊配備に驚きつつも、もう一枚あった命令書に目を通した。

 

艦隊編成だ。第三三戦隊は二つの小規模分艦隊からなっており、深雪は瑞鳳と共に重巡青葉率いる第二分艦隊、蒼月は夕張と「超甲型巡洋艦愛鷹」と第一分艦隊を組む。

 

愛鷹? ……ってこれなんて読むんだったっけ? 「あいたか」か?

 

「艦隊旗艦は『あしたか』って人がやるみたいね。私たちの艦隊に愛鷹なんて人はいたかな」

「確かに。私も初耳です。超甲型巡洋艦愛鷹って言われても重巡の新しい艦種名なのかどうか……」

首をひねる瑞鳳と蒼月と命令書に書かれている「愛鷹」が「あしたか」って読むんだ、と深雪は別の意味で愛鷹の読み方を覚えた。

たしか富士山のお隣にある山が愛鷹山って聞いた覚えがあったな……山岳名てことはやっぱ重巡だろうし、まあ巡洋艦なのは確かだな、と深雪は愛鷹について深く考えなかった。

命令書には愛鷹がどんな人物かは書かれていない。

「青葉さんと夕張さんも同じグループに配属されるんだ……」

「ええ。でも外洋艦隊ですよね、これ……?」

少し怯む様に言う蒼月に「大丈夫さ、何とかなるって」と深雪は肩を軽くたたきながらも、まあ外洋艦隊に組み込まれるのは蒼月には初めてだからな、と自分も外洋艦隊に初めて組み込まれたときは緊張したのを思い出す。

 

海軍入隊前、黒帯持ちの格闘技に強かったこともあり、深雪は外洋艦隊で場数を踏んでいくと近接砲戦時に重巡リ級を背負い投げし、海から飛び出してきた駆逐艦イ級に飛び蹴りを食らわせたのを思い出した。

電の誤射による怪我の復帰後はいろんな部署に配属されたが格闘技の腕は衰えてなかった。

それがいつの間にか「深雪スペシャル」と誰が言い出したのか、深雪自身も知らない内に定着していた。

第一一駆逐隊から除籍された深雪は護衛艦隊配備になった時、深度の浅いところを無音潜航中だった潜水艦カ級相手に爆雷を素手で叩きつけて撃沈するなど、除籍前も後も九割がた小破(軽傷)はしても、砲戦、雷戦だけでなく特技の格闘も生かした戦闘スタイルで戦う事にこだわりを持っていた。

ただ、流石に格闘戦は通用しなくなり始めている上、艤装に損傷を与えすぎていることが問題視されてきたので(明石や夕張らに怒られる、反省文を書くなどは流石に深雪にはつらい)、本来の兵装の一二・七センチ連装砲、三連装魚雷発射管を駆使して戦う事へとシフトを変え始めている。

暇さえあれば艤装を使った正確な射撃の演習に時間を割いている。

 

「ま、次の仕事先決まったし楽しみだぜ」

次の仕事場の事を考えると満面の笑みを見せてはしゃぐ深雪に、蒼月と瑞鳳は頼もしさをよく感じる。

射撃では圧倒的に蒼月が得意だが、意志の弱さは蒼月自身、自覚している。

一度「よく海軍に入って艦娘になれたな」と言われて「自分でも時々不思議になります」と返したことがあった。

それだけに霞や満潮、曙と言った同じ駆逐艦から「臆病者」と罵倒されることもある。

また瑞鳳も蒼月ほどではないが、配備されたての時はおっかなびっくりな性格ではあった。

しかし祥鳳、加賀、瑞鶴と言った仲間や先輩の指導を受けて腕を上げ、場数を踏んでいくうちに自身もつき、改二へと成長を果たしている。

「飲兵衛艦隊倶楽部」と言う酒飲み愛好家の艦娘が作ったモノにも入っている。

 

命令書を読んだ後、蒼月が深雪にアドバイスする形で教練対空戦闘演習は続き、夕暮れ時に今日はこれくらいにしようと言う事で三人は演習場を出ていった。

艤装を格納庫に戻した頃には日没の時間帯になっていた。

そろそろ夕食時だ。

基地の空が朱色になり、奇麗な夕焼けを見ることが出来た。

「明日は快晴」と三人揃って、見慣れている光景ながらも美しい夕焼けに見とれながら夕食はなんだろうかと基地施設に戻っていった。

 

 

その日の夜の食堂では、着任した超甲巡愛鷹の事の話が出回っており、どんな人物なのか関心が集まっていた。

しかし、愛鷹本人は食堂に来ることは無く、青葉と衣笠、明石型三人、夕張から艤装の性能を聞く事しかまともな情報が無かった。

通信員任務を練習巡洋艦鹿島と橿原に引き継いだ大淀と仁淀に聞く者もいたが、結局有力な情報を得ることは出来なかった。

誰だろう、どんな艦娘なんだろう、長門さんや陸奥さんなら知っているのでは、と言う話をした時に食堂に、ちょうど良く来た長門に愛鷹の事について聞こうとフレッチャー級駆逐艦フライシャー、駆逐艦レースキイらも含む艦娘の数名が聞きに行ったが帰ってきた返事は長門自身の困惑と、むしろこっちが知りたいと言う有様に終わった。

結局分からず仕舞いで終わったので、とりあえず「見ざる聞かざる」で今は治めておこう、と陽炎が言って冷めかけの食事に艦娘達は戻った。

聞きに言った艦娘が発育は止まってはいるが、素の精神的にはどう見ても子供としか言いようのない駆逐艦ばかりだ。

 

一方、同席していた見た目も中身も年上である海外艦のシュペー、アラバマ、ガングートはまた別の角度で愛鷹と言う人物への興味がわいていた。

シュペー、アラバマ、ガングートは尋ねに行くことは無かったものの、「そこまで正体を隠す艦娘が来るとは。どのような艦娘なのか」と好奇心とはまた別に、信頼できる人物なのか、仲間を率いるだけのリーダーシップを持っているのかが気になった。

三人とも艦隊旗艦(特にガングートはロシア太平洋艦隊の旗艦であり、立場上は長門と同じだ)を務めることがよくあるだけに、個人情報が一切不明な愛鷹にはわずかだが不信感も抱いていた。

旗艦が隠し事を多数持っていれば、その旗艦自身にはよけれど、行動を共にする者同士として、それが不安と懸念の素になり作戦の失敗、最悪命を落とす可能性が大きくなる。

 

「日本では『見ざる聞かざる』っていうのは今日オイゲンから教わったけど……」

少し納得がいかない感じが隠しきれないシュペーが言うと、アラバマが「同感」と答え、ガングートも「ああ」とかえした。

「機密事項だらけなど……かつてのロージナ(露語・祖国と言う意味)がソ連の頃であった訳ではあるまいし……」

軽くため息を吐きながらガングートはコーヒーカップに残っていたブラックコーヒーを飲んだ。

「隠し事はいい事もあるかもしれないけど、どんな人なりかは知りたいね」

「ウチのCIAにでも聞く? 何でも答えを出せる名探偵よ」

ジョークのつもりでアラバマが祖国アメリカの情報機関の名を口に出したが、シュペーもガングートも笑わず、アラバマの言葉は空回りに終わった。

「下らんアメリカンジョークだな。いやジョークとすら言えんな……」

ちょっとした冗談に笑ってくれず、駄目だしとばかりにコーヒーを飲みながら「下らん」「言えん」とストレートに言い放つガングートに、アラバマはムッとして頬を赤らめたが、シュペーに肩を叩かれて、笑えないし、いちいち怒る事じゃないよ、と諭されると鼻をフンと鳴らして自分の微糖コーヒーを飲んだ。

とは言え、やはり何者かは知りたいと言う気持ちだけは、平静さに見えるガングートの姿勢の内側で残っていた。

 

(旗艦にとって必要なのは、信頼と情報だ。開示しない情報は勿論軍事では当たり前ではあるが……。旗艦となるアシタカと言う輩には謎が多すぎる。

個人的なことを一切話さない奴と共闘するのは、別に無理ではない。

が、心の内が読めないのでは肝心な時に聞いても答えてくれない状況を作り出しかねないし、暗黙の了解も取りにくい……)

 

ガングートは個人プロフィールなどの書類上では「オクチャブルスカヤ・レボルチャ」(一〇月革命)と言う名前だが、長い上に発音になれていないと噛んでしまったり、間違った発音になるので、同郷の艦娘以外からは専らガングートと呼ばれているし、自身もそれで構わないと思っている。

艤装は愛鷹と同じ口径の主砲がメインだが、強化炸薬、主砲を最新の長砲身に換装、大重量砲弾の採用などで、戦艦ル級を難なく倒すことは簡単だし、重巡リ級、ネ級相手にも不足はない。

それ以上となると手に負えないのは勿論だが。

因みにガングート、シュペー、アラバマの三人は結構な酒豪である。艦娘の中には酒好きは大勢おり、ガングートは故郷のロシアらしいウォッカ(ヴォトカ)好きで、シュペーはやはり国柄でビール好きだ。

アラバマは缶ビールでもウォッカでも酒類なら何でも飲める。

さらにガングートは愛煙家でもありパイプも持っている。

日本では駆逐艦若葉が市販品の銘柄が「わかば」と名前共通のモノも時々吸っている(同じ部屋の初霜は嫌煙家で若葉の喫煙は原則一週間に一回と定められている)し、日本艦娘の中でも辛い目に遭った時はストレス発散に煙草を吸っているところが何度か見られている。

若葉は見た目がどう見ても小学生か中学生程度で煙草を吸っていい年齢には全く見えないが、これはやはり発育の停止に伴うもので、若葉自身の中身はすでに二〇代を超えているので「自己責任」での喫煙だ。

見た目が未成年そのものなので、警備の海兵隊員や武本自身が代わりに買いに行くこともある。

肺癌、口臭の酷さの原因になるため、喫煙は禁じられてはいないが、「カッコつけ」と言う目で見られるので喫煙艦娘は日本では少数派だ。

国柄の違いか北米艦隊の中ではラッキーストライクを愛煙している戦艦娘や空母娘などは普通に居り、喫煙はそれほど珍しくない。

実は武本も喫煙するが、それは主に大規模作戦成功を祝っての葉巻が多い。

アラバマも煙草を吸うが、四人姉妹中吸っているのは彼女のみだ。

日本基地の酒保では煙草類は売っていないので欲しくなったら自分で、素性を偽装して買いに行くしかない。

偽装するのは艦娘が偶然親族に会ってしまった際に艦娘の心が揺らいで士気の低下に繋がる、と言う理由で禁止されている。

艦娘は終身軍人だから除隊はできない。

食事を食べ終えたガングートはタバコ吸って来る、とシュペー、アラバマに告げて食堂を出た。

 

 

夜の海は月光で照らされているだけに非常に静かで、美しかった。

風は強くなく、海も凪いでいる。

基地にある埠頭の一つに愛鷹がいた。いつものコート姿で。

海軍基地なので埠頭は複数あるが、適当に選んでいただけなので特に執着はない。

ただ埠頭で海を眺めている事が好きだった。

夜の海は月光の刺す時ほど美しい夜の海は無い。

 

口には葉巻を咥えている。

先端部からはうっすらとした煙が上がっている。

出自の関係上体には常にストレスがかかっている。

だから葉巻を吸っているとそのストレスが結構減るのだ。

体に悪い事は勿論承知している。承知した上で吸っているのだ。

「……『彼女』は今トラックにいるはず……」

煙をフッと吐きながらトラック基地に展開する日本艦隊の「彼女」の事を思い出すと、自分への忌々しさと共に「彼女」の忌々しさが沸き上がる。

「……許せない……けど、生きる事への道を選択した私が……一番憎い存在か……」

 

自嘲の笑みを口元に浮かべながら細めた目で海を見ていると、時々ではあるものの自分自身の存在が果たして本当に必要だったのか、分からなくなる。

「彼女」と「あの人物を含む連中」が自分を……。

期待された存在として生まれた自分。

しかし、その後の結果、自身が産声を上げるまでの経緯は考えるだけで「人間」と言う物の憎らしさが強くなる。

いっそ、自殺した方が自分には楽だったのではないか? そう思う事すらあった。

だが愛鷹は自ら「死」を選ぶより、「足掻く」ことを選んだ。

自殺は「今の自分に置かれた状況に耐えられなくなった臆病な人間がとる逃げ道」と愛鷹は捉えていた。

そうであるなら愛鷹は「逃げる」より「生きる」という事を選んだ。

「生きる」と言う事は自分との辛い戦いだが、その戦いの人生を選んだのは自らの意思だ。

たとえその「戦う」事が単なる「悪足掻き」だったとしても、この世に生まれて艦娘としての生を得て、今自分がここにいる理由は「自ら安易な死を選ぶ臆病者として最期を迎えるより、辛く苦しくても深海棲艦と自らと戦う修羅の道を歩くことを選んだ末に訪れる死を迎えたかった」からだ。

葉巻を吸い、海を眺めている時に「自分自身と『彼女』を忌み嫌い憎むくせに、生きることを選んだ自分」への存在に対する矛盾は自覚している。

「……まあ、足掻いてみせる……自分で選んだレールだから……」

艦娘の格言の様なものとして「暁の水平線に勝利を刻む」とあった。

そうなら自分は差し当たり「暁の水平線に自らの存在を刻む」だろう。

 

ふと葉巻を吸っていた時、何かが自分を見ていることに気がつた。

左足のつま先を一回、トン、と叩く。

「……隠れていても意味はないですよ、青葉さん……」

少し離れた茂みで愛鷹の写真を撮ろうとしていた青葉が驚くのが分かった。

愛鷹は基地に着任する前に、出会うことになる艦娘の戦闘スタイル、私生活、クセ、航行時の推進音から水切り音など全てを叩き込まれていた。

だから左足の靴の先端部に仕込まれたソナーで一回地面を叩けば、それがアクティブソナーの単信音として周囲にいる物が何かが大体わかる。

本来なら海上で使う代物だが、陸上でも一定範囲内なら聞こえる。

「よ、よく分かりましたねえ……」

冷や汗を浮かべながら、茂みから顔を出した青葉に愛鷹は答えなかった。

ちらりと視線を向けた程度だ。

「いつ頃から分かってました?」

「左足で地面をたたく一〇秒ほど前に」

「で、でもなぜ私だと?」

愛鷹はすぐに答えなかった。

靴の先端部のソナーの事を明かしていいか分からなかったのだ。

しかし、自分が率いる艦隊の同僚になるからにはあまり隠し事は出来ない。

葉巻の煙をふう、と吐いてから愛鷹は右手の人差し指で右耳を突っついた。

「ああ、耳がいいんですね」

そう言って青葉は茂みからカメラを持って埠頭に出てきた。

トン、と青葉の履くローファーが足音を立てる。

「えっと、明日からお世話になります、青葉型重巡の青葉です」

一応、青葉は敬礼をして愛鷹に自己紹介した。

海を一人で見ていたかったのに、と面倒に思いつつも無視するのは野暮ったいと思い、青葉に向き直って「愛鷹型超甲巡の愛鷹です。以後お見知りおきを」と敬礼と共に名乗った。

 

カメラを持っていると言う事は、取材か……。

青葉の趣味と言うべきか、艦娘としての役割なのか……。

週に一回配信される「艦隊新聞」の編集長兼記者だと言う事は知っていたし、最近では衣笠まで巻き込んで色々とネタを探している事も知らされている。

発刊停止回数が七回もある「艦隊新聞」は、艦娘同士でもゴシップ紙になることもあれば、大規模作戦の予告など取り扱っているジャンルは多いが、パパラッチ癖の青葉の無茶苦茶な取材記事で発刊停止を食らっている。

一番ひどい目に遭ったのは長門の私生活を書いたことだ。

冷静沈着で武人然としたイメージの長門が、休める時どうしているかを追跡取材して、可愛いもの好きと言う事が分かり、あの堅物に見える長門秘書艦が一転してロリコンだ! と青葉はその凄まじいまでのギャップに思わず我を忘れ、スクープとして掲載した。

二時間後、怒り狂った長門と基地内で鬼ごっこする羽目になった。

最終的には青葉がギブアップし、脳震盪を起こしそうになるほどの鉄拳制裁(私的)を一発喰らって伸びてしまった。

 

「取材ですか?」

無愛想に問いかけてきた愛鷹に青葉は「はい」と即答した。

「皆さん結構気にしてますよ、謎の艦娘新たに着任って」

「謎の……それはタイトルじゃないですか? 『艦隊新聞』の見出しに使う」

「まあ、そうなりますねえ……」

先取りされている? と青葉は苦笑を浮かべながらも愛鷹の読みの速さに少し驚いていた。

「そこでなんですが、皆さん結構気にかけているのでジャーナリストとして、『艦隊新聞』に愛鷹さんの事を紹介する記事を載せたいのです」

「教えられることなんて、殆どないです。

艤装を調べまわしたことを中心に記事を書けばいいのでは?」

「うーん、それだと只のスペック紹介みたいなので、皆さんの興味度があまり高くないんです。

愛鷹さんの人なりとか、趣味とか、こだわりとか……」

結構面倒な相手が来た、と愛鷹は顔には出さなかったが青葉と言う艦娘が少しだけだが鬱陶しい存在に思えた。

一応、公開出来ることなら幾つかはある。

もっとも着任したての時に、武本の執務室で長門たちに見せた自身のロックされた情報以外、応えられるものは殆どない。

答えられるものか……と愛鷹が考え込んでいるのを見抜いた青葉は、キュロットの右ポケットに入れていたメモ帳とボールペンを出していた。

「……その葉巻、どこのですか? 結構高いブランド品とか?」

「そんな贅沢なものではありません。安物です」

安物の葉巻と言う事はあながち間違っていないが、多少の拘りの様なものはあるから、葉巻としては安いがそれでも万単位の価値はある。

 

艦娘には給料を貯めて、非番の時に街に繰り出してショッピングする時、高値の物を購入する艦娘はそれなりにいる。

例えば自称艦娘イラストレーターの秋雲のノートパッドや、磯波の高級カメラ、航空巡洋艦の熊野の神戸牛、などが代表例だ。

艦娘も元はと言えば彼女らの母親が腹を痛めて産んだ人間。

艦娘としての適性があろうがなかろうがショッピングで盛り上がる素の女性らしいところを持つ艦娘は普通にいる。

単に愛鷹にはブランド商品などに興味がないし、物を買う時に安くても物持ちが良ければ自分はそちらを選ぶ。

別に節約家という訳でもなく、ただ単に高い金をかけてデリケート物を買うより、たとえ安い物でも信頼性が高い物であればそちらを買う方だ。

化粧なんて一度もしたことはないし、貯金悩みをしたことはない。

必要の無いモノに金をかけなければ、興味を持たないし、目もくれない。

質素ではないがその逆でもない。

 

その事だけ、一応明かしてもいいだろうと思って愛鷹は話した。

当然と言えば当然か、青葉にはネタとしての飛び抜けた所が無いので渋面を浮かべる。

「そろそろ、帰ってもいいですか?」

葉巻が吸える限界に近付いていたので青葉に尋ねた。

愛鷹の人物性が結局明らかになっている所にとどまるこの取材で、青葉が納得するはずがない。

「えー、もっと何か話してくださいよー。食べ物の好き嫌いとか、趣味とか」

「……」

そんなことを言われても、もう言える事などない。

食べ物への好き嫌いもないし、趣味と言えば海を眺めるか……言葉調べか……。実はジャズ鑑賞が好きだがそれは少し恥ずかしいので言えない。

すっていた葉巻をシガーレットケースに入れ、自分の部屋に戻ろうと向きを変えた時、青葉が愛鷹の顔を見て「何か」に気が付いたような顔になった。

「どこかで見たような……」

まただ、と若干苛立ちすら感じた時、青葉はメモ帳とペンをしまった。

終わりかな、と愛鷹は取材が終わったと思い、両手をコートのポケットに入れて寮へ戻ろうと歩き出した。

すると青葉が左のポケットに入れていたスマートフォンを出して、撮って来た写真が入っているアルバムを開いた。

「帰らせてもらいますよ。明日から仕事が始まりますから」

愛鷹が青葉とすれ違いざまに言った時、青葉が「やっぱり……」と呟いた。

視して歩を進めていた時、青葉は駆けだして愛鷹の前に立つと、スマートフォンに出した写真を愛鷹に見せた。

「何か、心当たりありませんか?」

 

写真を見せられた愛鷹は、初めて少し驚いた表情になった。そして(なるほど)と胸中で呟きながら青葉を見た。

普段からお惚けキャラ、やらかし屋エトセトラエトセトラとは言っても、歴戦の第六戦隊に所属して「ソロモンの狼」と言う二つ名を持ち、洞察力もいい青葉が自分の正体に少し感じるところがあるのは他の艦娘にはない所だ。

制帽を深めに被っている愛鷹は今日、基地で出会った艦娘達から「どこかで見たような」「?」と不思議な目で見られていたが、青葉は何かキーワードの様なモノを見つけることは出来たみたいだった。

「愛鷹さん、親族は?」

「……いない……」

無駄だと分かってはいたものの、一応はぐらかす様に愛鷹は答えたが、青葉の目は真剣だった。

「でも、この人には見おぼえがあるのでは? または何かあなたに関連するところがあるとか?」

取材の時の口調から一転、真実を追及するような口調になった青葉の顔は、非番の時でも、戦闘中の時でも、同じ部屋で寝起きする衣笠の前ですら、滅多に見せたことのない表情だった。

青葉の真顔を見ながら愛鷹は急に(貴女の様な、感のいい艦娘は好きだな)と思った。

「……キーワードを得たようですね。でも、それ以上探りは入れないほうがいいです」

フッと初めて感情のないような顔ばかりだった愛鷹は、口元を少し緩めた。

愛鷹が歩き出すと、青葉はスマートフォンを下ろし電源を切った。

眼付は変わらないがもう立ちふさがってでも聞こうと言う気はないらしい。

その青葉の脇を通る際に「たとえ『ソロモンの狼』と呼ばれる貴方でも……」と小さく残して巡洋艦寮に帰っていった。

 

立ち去る愛鷹の背中を見ながら、青葉は自分が感じ、頭の中に残ったキーワードを小さく呟いた。。

「第一艦隊に……かな」

感じたキーワードを呟いた青葉は寮へと戻る愛鷹の背中を見ながら、「たとえ『ソロモンの狼』と呼ばれる貴方でも」という意味深な発言に、何か自分は得体の知れない大きな謎に一歩近づいた気がした。

 

 

パイプの煙を燻らせていたガングートは慣れてきたとはいえ、まだ暑い夜空と海を眺めながら羽織っているコートのボタンを二つ締めて、飛ばされないようにした。

ふとコツコツと歩く靴音に気が付き、その音の方を見ると見慣れない女性が巡洋艦艦娘の寮へと歩いていくのを見かけた。

コートと目深にかぶった海軍制帽。

見覚えが無い。

この基地の司令官の武本はコートを着ることはあまりないし、ほかの男性幹部で今この季節中にコートを着用するものはいない。

「……誰だ? ……もしや、あれが噂の?」

 




いかがでしたでしょうか?
個人的には「盛り込みすぎたかな……」と思うところはありますが……。

戦闘シーンが無いとちょっと面白くないと思い、深雪に演習ではある物の対空戦闘演習シーンを少し入れました。
かなりの独自解釈描写になってますが、まあそこは……公式設定ないので……。

青葉はお気に入り艦娘でやらかし屋、お惚け、と明るい人物ですが実際に「ソロモンの狼」の異名の持ち主ですし、戦闘中に「迷言」をよく言っても「重巡洋艦」なだけに結構重宝してます。
やらかし屋、お惚けキャラですが、洞察力に優れた切れ者としての顔も個人的に考えてます。

*大幅な加筆修正を加えました。

では、また次の話でお会いしましょう。

*劇中、突然朝潮と荒潮が登場しているところがあるのを失念しており、加筆修正しております。


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第三話 第三三戦隊集結

前回の予想通り、大幅な遅筆となりました。投稿できただけ良しとすべきか……。



翌朝。

愛鷹は初めての割には直ぐに慣れた新しい自室でしっかり睡眠をとった後、例のタブレット二錠を飲んで、身なりを手早く整えると制帽を被り、コートを羽織った。

愛鷹も人間だから空腹のサインを腹部が立てると、「自分が生きている感覚」を覚えた。

 

食堂は給糧艦の艦娘の間宮、伊良湖、野崎、鞍崎などが切り盛りしており、さらに食堂妖精さんがサポートしている。

極力目立たない様にバイキング式のカウンターから朝食をトレイに盛って、隅の席に座ってナイフとフォークをとった。

非番同士の艦娘では改や改二のための座学勉強のアドバイスを求める、応える、指導する他に、任務や出撃が無いのでゆっくりと食事をしている。

出撃や遠征となれば艦娘は一〇分以内に食べ終えるクセがある。

ただこれは珍しい話ではなく、艦娘登場以前の海軍(日本では自衛隊も含め)ではよくあることだ。

かなり気配消しがうまく行っており、愛鷹は誰からの視線を感じずに食事を摂ることが出来た。

ブラックコーヒーを飲み欲した後、トレイを戻して基地司令部のミーティングルームへ向かった。

今日は第三三戦隊の正式結成と艦隊所属の艦娘たちとの顔合わせだ。

青葉とは既に会っているが、ほかの艦娘とは顔を合わせていない。

 

第一九駆逐隊、第五航空戦隊(五航戦)、と各ミーティングルームではメンバーたちが早速話し合いを行っていた。

防音だが、愛鷹の靴型ソナーなら声程度は分かる。

自分たちがこれから使う部屋がどの様な部屋なのかと、ミーティングルームに入る。

部屋は和式とオフィス式があり、好きなところを事前予約しておけばどちらかを選べるし、冬には仲間と共にコタツに引き籠るために使う艦娘達で和式の事前予約は多くなる。

第三三戦隊に事前に用意されていたのは、ラップトップや椅子、水ボトルがテーブルに置かれたオフィス式だ。

手早く様子見をおえた愛鷹は、ここで読書でもしようと外へ出た時、五航戦のメンバーと出くわした。

見慣れない人物が部屋から出て来て五航戦の翔鶴型空母艦娘の翔鶴、瑞鶴、護衛の利根型重巡利根、筑摩、重雷装巡洋艦北上、大井らは「誰だっけ?」と顔を見合わせあったが、半ば無視するように愛鷹は去った。

「ねえ!」

「はい?」

ガン無視は酷いな、と思った瑞鶴が愛鷹を呼び止めた。

「あなた、新入り?」

頷きで返した愛鷹ににっこりと笑みを浮かべた瑞鶴が胸を張って名乗った。

「五航戦の翔鶴型空母の瑞鶴よ、よろしくね! 一航戦、二航戦といつでも肩並べられる練度持っているから」

勝気な性格で、時には喧嘩早いとも言われる一方、頭の回転が良く、改装を複数回受けている強者だ。

姉の翔鶴はおっとりした性格だが、その実力は瑞鶴に負けない。

「第三三戦隊所属の超甲型巡洋艦愛鷹です。以後お見知りおきを」

「愛鷹さんですね。翔鶴です。瑞鶴共々よろしくお願いします」

両手を前に合わせて翔鶴も自己紹介する。

それを見てから利根も翔鶴に続く形で名乗った。

「吾輩は利根型の利根だ。

こっちは妹の筑摩じゃ。緑制服の二人は重雷装艦北上と大井。魚雷攻撃の天才と言われとる」

「どーもー、重雷装艦の北上です。よろしくねー。

まー、天才とか言われてるけど、命中率は一〇〇パーセントじゃないから」

「大井です。北上さん以外の艦娘でも深海棲艦でも難なく倒して見せられます」

利根の紹介を受けた三人が軽く一礼する。

 

意外にも大井は依然聞いた時ほど北上に「べたべた」と呼ばれるほどの執着した所を見せていない。愛鷹が知らされていた大井の印象とは多少違う。

二人とも自覚は無いが、大井は「クレイジーサイコレズ」と言われる程北上にべたべたしており、大井の北上への思いは「同性愛の域を超えている」と言われるほどだが、当の北上はマイペース過ぎて大井のアタックに気づかない。

しかし、ここ最近は大井も「同性愛」超え気味のものは依然持っていても、ある程度の自立心が芽生えたようで、北上がいないと情緒不安定になりやすい性格から少し変わり、北上が不在の中でも松型駆逐艦娘らへの魚雷に関する座学や演習で鬼教官を務めている。

大井の鬼教官ぶりは「北上さん」と一緒にいられないストレスと、北上からの「大井っち、新しい駆逐艦の魚雷攻撃とかの講義頼む」と北上に頼まれてのことだが、大井の指導の甲斐あってか松型の竹は魚雷攻撃で戦艦タ級を撃沈、自身は無傷と訓練の成果を見せている。

魚雷を装備していない愛鷹には少し羨ましい気も無くはない。

とは言え三一センチ主砲慣れした今に増設する形で魚雷発射管など装備されても逆に困るだけだ。

 

利根に関しては、海軍入隊以前はプロフィール閲覧可能な海軍高官と愛鷹以外知っている。

かなり酷い過去を持っていたらしく、利根の生い立ちについて聞くのはタブー行為だ。筑摩ですら知らない。

だが愛鷹は知っている。

もっとも私の過去と比べたらはるかにマシな方だろう、と愛鷹は自身の今なお体を蝕む傷を思い出した。

自身への傷の酷さで言うなら利根に「周りの人間、そして自分自身に殺意を覚えた」ことがあるかと尋ねれば、「ない」と言える程度の過去の持ち主だ。

いつか彼女らと共同で戦う日が来る日があるだろう。

そう思いながら愛鷹は自己紹介が済むと足早にその場を去った。

自分自身に向けられる「どこかで見たような」の視線が忌々しい程背中を突く。

意識切り替えに何の本を持って行こうか、と私物の本を思い出すことにした。

持っている「クラシック・ジャズ」の本でも読むとしよう……。

後ろからマイペースな一方で勘がいい北上は愛鷹の背中を見ながら「うーん……」と何かに気が付いているような声を上げたのには、少し嫌な予感が脳裏をよぎったが、北上の性格を考えれば言いふらしたりするとは思えない。

問題は無い。

いちいちオドオドするな、と自分に喝を入れた。

 

 

自室からとってきた本を読んでいると、ミーティングルームに第三三戦隊の面々が集合の五分前に全員揃っていた。

「ども、恐縮です。青葉です」

「深雪だよ、よろしくな!」

「軽巡夕張よ」

「あ、秋月型防空駆逐艦の蒼月です」

「航空母艦の瑞鳳です」

引っ込み性格の蒼月以外は気さく、かつフレンドリーに自己紹介をしてきた。

自分にもあのような明るい笑顔を浮かべられたら、と羨ましさを感じながら愛鷹も名乗った。

事前に聞かされていたとはいえ、全員面識持ち同士であるので愛鷹はホッとするところがあった。

艦娘同士でのいざこざや確執はいつでもある。

日本に限った話ではない。部下が反目しあう、旗艦と部下が反発しあう艦隊程統率の取れた作戦の展開は出来ない。

「そんでさ、愛鷹。私たちの艦隊のお仕事って何だい?」

早速、深雪が砕けた口調で聞いてくる。

いきなり本題に踏み込んできた深雪の頭を夕張が窘めるように軽く叩く。

「まずは座って、お話ししましょう」

そう言って愛鷹は自分の席に座ってラップトップを開く。

他の五人も席について自分用のラップトップを立ち上げる。

愛鷹は素早いタイプで仲間(僚艦)の画面を遠隔操作で開けていった。

各々のラップトップを自身のモノから遠隔操作して、認証コード画面にまで動かす愛鷹に、五人は驚きながらも自分の認証コードを入力し第三三戦隊の主任務内容がアップロードされているファイルを開いた。

表示される自分たちの部隊の任務内容を見て、青葉、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は今から出撃する訳ではないにもかかわらず表情がすぐに変わった。

蒼月の場合は素の白めの肌が、さらに白くなったようにも見えた。

「私たち第三三戦隊の主任務は『武装偵察』、つまりただ情報収集のためだけでなく、偵察時の対水上戦闘、対空戦闘、対潜水艦戦闘も考慮されています」

旗艦となる愛鷹が部下であり仲間となるメンバーに解説を始めた。

 

日本艦隊初の戦闘を視野に入れた「武装偵察」を主任務とする部隊と言うところを除けば、第三三戦隊は他の艦隊と大きく変わっている所はない。

状況に応じて武本からの追加指示、又は愛鷹に判断が任されている。

解説を聞く中、現場判断の自由度の高い独立部隊という訳か、と青葉、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は新しい「任務」内容を頭に入れていく。

 

偵察部隊となる第三三戦隊内の役割としては愛鷹が旗艦及び、高い火力を生かした砲撃戦時の指揮だ。

火力では重巡の青葉が愛鷹に次いで高い。

また愛鷹に万一のことがあった場合は次席指揮権が青葉に任される。

 

夕張と深雪は対潜水艦戦と砲撃戦、雷撃戦、対空戦闘支援など担当内容は多い。

戦闘能力の汎用性の高さ、悪く言えば「便利屋扱い」ではあるが、夕張、深雪共に「便利屋」は得意分野だし、深雪は日本の駆逐艦の艦娘達の中では汎用性が一番高いと言っても過言ではない。

 

蒼月は部隊の対空戦闘がメインで砲撃戦、雷撃戦、対潜水艦戦はバックアップ側だ。

秋月型防空駆逐艦の艦娘としてだけでない、稀有な対空戦闘能力を高く買われた役割と言える。

蒼月の顔を見れば「こんな大役を私が⁉」と、画面を見つめながら心臓の鼓動が速射砲のように早くなっているのが分かった。

愛鷹はすぐには無理でもこの子は大丈夫、旗艦として自分が引っ張っていくし、仲間がいると思いつつ、自分が「やられた時」または「イクことになる時」を考えると自分の方が怪しかった。

「イクことになる時」はすぐには来ないだろう、と思いつつも自身の過去を振り返れば確信をもってそう言い切れるか? と自問自答した。

作戦中に「イクことになる時」が前触れもなしに起きた場合を考えると、いつまでも自分の秘密を隠し続けてはいられない事は分かっていた。

 

空母である瑞鳳は戦闘機部隊による対空戦闘と対潜哨戒機による対潜哨戒、そして高速偵察機を飛ばしての第三三戦隊の主任務である偵察の内の「長距離航空偵察」の大任を任されている。

航空機好きの瑞鳳の頭の中では早くも搭載機の事が頭に浮かんできていた。

 

「派遣される海域は主に『羅針盤障害』が確認された海域への深部偵察であり、私たちの偵察によって得た情報は重大です。

敵艦隊や泊地への攻略戦、侵攻艦隊迎撃戦を行う友軍艦隊の前に先立って、迎撃・侵攻のために展開していると思われる敵艦隊、泊地の防衛体制などとなります」

「『羅針盤障害』……か」

そう呟いた青葉が右胸部に手を当てた。

青葉と古鷹が重傷を負った時の傷跡はまだ右胸部に残っている。

砲弾が右肺を貫通した時の傷跡だ。

 

艦娘達にとって最大の悩みは、航行中の頼りである羅針盤が深海棲艦の艦隊が展開する海域に入った途端、羅針盤の方位表示が不安定になる「羅針盤障害」と言う一種の妨害だ。

対水上・対空電探(レーダー)にも障害が発生する上、羅針盤より妨害の度合いを多く受ける。

敵主力艦隊周囲に配備されている軽巡一隻と駆逐艦二隻のピケット艦隊が艦娘と会敵すれば、本隊の知る所になり、電波妨害が行われ始め、また「羅針盤」の表示もさらにおかしくなる。

因みに海外では電波妨害を「ECM」、「羅針盤障害」の事を「C・J」と呼んでいる。

電探は妨害の度合いで次第に機能しなくなり、羅針盤の方位表示も不安定さが増大し、完全に機能しない場合は索敵に水偵や偵察機を上げなければならない。

一方で敵艦隊のレーダーの波長を逆探知可能な逆探(ESMと海外でよく使われている)を利用して方位を計算すれば敵主力本隊との会敵に成功し、艦隊戦へもつれ込めることもある。

「羅針盤障害」は酷いときには電探射撃(レーダー測距射撃)が不可能になるだけでなく、羅針盤自体が「エラー」を起こして現在位置特定、通信不能と言う航法上の障害があり、最悪敵艦隊の展開位置へと行ってしまった結果、戦闘になり撃沈(戦死・M.I.A)を多く出している。

日本艦隊では「羅針盤障害」対策の技術力は高かったものの国力と資材が限定されていた為、艦娘への電探の普及率が悪く、「羅針盤」だけが頼りの艦娘ばかりだった。

その後、夕張の自作品が標準装備品として支給されたが、完全には「羅針盤障害」に耐えられない。

青葉と古鷹が重傷を負ったのも羅針盤が上手く働かなかったのが原因の一つだ。

 

「第三三戦隊は情報収集が前提ですが、状況によっては一撃を加えた後本隊や基地に連絡を入れる威力偵察も行います。

『羅針盤障害』下での戦闘を前提としているので、天測航法なども視野に入れています」

「私の任務は、索敵と対潜哨戒ね」

瑞鳳が自分の任務を口にすると愛鷹が瑞鳳以外の面々にも少し小さめのタグで瑞鳳の搭載機数を表示させた。

「ええ、瑞鳳さんの主な任務は索敵と防空それに対潜哨戒です。その為烈風改と彩雲がメインとなっています」

「最新鋭で物凄く足の速い新型の彩雲、しかも対潜哨戒機にもなれる」

新しく瑞鳳の航空隊に配備される偵察機彩雲を見て青葉は驚いた。対潜哨戒は今のところ艦上攻撃機の天山が主体だが、瑞鳳には偵察と対潜哨戒の両方をこなす新型機が配備される。戦闘機も烈風改と優れものだ。

「烈風改がこれだけいるなら私の出番はないのでは……?」

控えめに蒼月が愛鷹に聞く。

「いえ、烈風改だけでは防げない時に備える必要があります。

あなたの演習と基地の防空戦闘での記録は確認しています。大丈夫ですよ」

抑揚のない口調の愛鷹に言われても蒼月には大丈夫な気分になれない。

しかし蒼月は基地防衛艦隊所属艦と言っても、いつかは外洋作戦に組み込まれる事は分かっていた。

ついにその時が来たのだと受け入れなければならない。

 

「なお、状況に応じて第三三戦隊は二個分艦隊に別れます。

第一は私を旗艦として蒼月さんと夕張さん。

第二は青葉さんが旗艦として深雪さんと瑞鳳さんで編成します。

ただ、状況によって組み合わせは私か提督が判断します」

「青葉が旗艦ですか?」

「はい。次席指揮官も青葉さんを指定しています」

流石に分艦隊と言えど、旗艦となるだけに青葉の表情が緊張で硬くなる。

「装備は、ファイル・Bにある通り瑞鳳さんの航空隊編成及び、各自の主砲弾には三式弾改二の比率が少し多くなっているところなどを除けば、同じです。

夕張さんだけは、燃費を考え、通常主機の装備が指定されています」

「分かりました。まあ、長く海に出ていたら、給油が必要だからしょうがないですね」

夕張は速度が駆逐艦と比べやや遅いが、やむを得ない話だ。

まさか瑞鳳を高速給油艦にすれば、と言う冗談など言ってはいけない。

「しっかし、愛鷹の主砲ってなんていうーか、中途半端な口径じゃないか?」

深雪が愛鷹の主砲口径を見て不安そうに言う。

確かにと青葉、夕張、蒼月、瑞鳳は思った。

 

重巡相手には多分問題ないだろう。

むしろ改二装備の重巡を半年近くも戦線から離せざるを得ない程強力な深海棲艦の重巡ネ級改でも、愛鷹の主砲には耐えられないかもしれない。

むしろネ級改相手でも過剰火力ともいえる。

一方で戦艦相手では少し心もとない、微妙さがある。

「私たちの任務は、偵察が主体です。

戦艦を含む強力な水上戦闘部隊と砲戦、雷撃戦を行う事態は極力避け、艦隊戦を行うにしても機動部隊の防空支援などです。

機動部隊の護衛となる場合は対水上戦闘を担当する事にはなりますが」

不安と言った深雪に返す愛鷹の声は抑揚が無いから余計説得力に欠ける。

だいいち、まだ一同は愛鷹(プラス蒼月)と演習を行っていない。

それ以前にまだ第三三戦隊は艦隊としての航海演習をしていないから、陣形変換などの機動も不十分だ。

面識程度では艦隊を組んでも息を合わせられない。

まあ、これから演習を行って練度を積んでから出撃となるのは間違いないし、愛鷹もそのつもりだ。

艦娘でありながら愛鷹は艦娘と演習をしたことなど殆どない。

いや生まれてこっち演習など一人でやってばかりだ。

シミュレーションでは何度も艦娘と組んで艦隊演習を行う体験していても、実際に行うものとはわけが違う。

 

機動部隊の支援につく、と言うところに青葉が気なった。

空母である瑞鳳は勿論、対水上戦闘には向いていない。

「なお、瑞鳳さんを組み込まない編成も想定しており、その際は第六戦隊から衣笠さんを交代として編入することを想定しています」

「え、ガサを?」

驚きのあまり青葉の地が出た衣笠の呼び名を口にした。

愛鷹は軽く頷いて続ける。

「ええ、ただ交代要員の艦娘は衣笠さんには限ってはいません。

状況に応じて他の戦隊、駆逐隊から交代要員が組み込まれますが、交代要員に関しては提督が適宜都合をつけるため、私には事前指定の衣笠さん以外の予定は知らされていません。

その事もちゃんと艦隊編成のファイルに入れてあります。

任務の詳細に関しても皆さんのラップトップに送っています。後でコピーして自分のパソコンに入れておいてください」

「衣笠さんとは何度か組んだことがあるな。勿論青葉ともだな」

「勿論?」

何か深雪の言う言葉に引っ掛かるところ感じた青葉が首を傾げると、深雪が苦笑を浮かべた。

「ここ最近、青葉はお留守番になることもあるじゃん。あたしは青葉が抜けているところを埋める感じで編成されたりするんだ」

「へえ、深雪さんと組んだ話は聞いてなかったです」

まあ、ガサが特別話すことではないだろうけど。

そう思いはしたものの、基地防衛艦隊に編入中の自分が知らない話が何か心に引っ掛かった。何となく仲間外れにされている気がした。

 

もっとも艦娘が他の部隊、艦隊に原隊から出向することは珍しくない。

前に第八艦隊のメンバーとして重巡鳥海と軽巡天龍が原隊から派遣されて、第六戦隊と第八艦隊を構成し敵補給艦隊泊地への夜間奇襲をかけた。

あの後、鉄底海峡海戦と呼ばれる大規模艦隊戦では第一機動部隊が第一、第二航空戦隊からなっていた編成を第一航空戦隊と第二航空戦隊を二個部隊に分け、第一は第五航空戦隊と組んで航空戦を担当したし、その時の護衛に就いた艦娘も原隊を解いた形での編成であの時の艦隊は特別混成部隊の形だった。

 

日本では部隊を固定して組むことが多いが、他の国では状況に応じて編成を自由に組むことが多い。

所帯の狭いドイツ艦隊はよく駆逐艦、巡洋艦、装甲艦、戦艦、空母を自由編成しており、非公式に「戦闘団」(カンプグルッペ)と呼んでいることがある。

所帯の狭さ故に艦娘同士の顔見知りが多いのが強みだ。

 

北米艦隊の主力であるアメリカ艦は任務部隊としてドイツと同じような編成をする。

ただし所帯が非常に大きいので事前に訓練を積むか、以前部隊を組んだ経験のある艦娘同士で編制するのが基本だ。

指揮系統上は特に大きな問題はない。

海軍用語の多くが統一化されてはいるとは言え、お国柄が残っているところは少なくない。

その点では第三三戦隊も日本版の戦闘団、任務部隊と言えるかもしれない。

かき集め部隊に見えて、艦娘同士の長所を生かした編成と言える。

 

「じゃあ、私は機動部隊戦の時は……祥鳳さんとの航空戦隊に戻るという訳ね。成程」

艦隊編成のところを画面に呼び出した瑞鳳が頷く。

「……え、姉さんたちと駆逐隊を?」

蒼月が編成予定を調べると、第三三戦隊の状況によっては基地防衛艦隊だけでなく姉たちとの駆逐隊を組むことが書いてあった。

固定部隊が深雪同様無い夕張は第三三戦隊の基本構成艦艇を深雪と組んでいることを確認して深雪に微笑みかけた。

「私は深雪ちゃんと第三三戦隊にいる事が前提ね。よかったわね深雪ちゃん」

「ああ。固定部隊なんて久しぶりだな。電に言っといた方がいいかな。随分気にかけてくれたしな」

にっこりと深雪は夕張に笑い返した。

訓練の後、出撃する予定がある海域はあるのかと思い青葉は愛鷹に問うと、「仕事は沢山ありますよ」と言う返事が返ってきた。

他にラップトップの内容を見ながら確認をとる青葉を見て、夕張、深雪、瑞鳳、蒼月らは早くも青葉が次席指揮官として責任を感じて聞き込んでいるように見えた。

確認をとって来る青葉に愛鷹は細かく返していく。

別に交代要員として衣笠が来ることに心を踊らされて、ではないことは顔でわかる。

 

一通りのミーティング内容を終えると愛鷹はお開きにすることにした。

気が付くと二時間ほど時間が立っていた。

「では、今日はここでのミーティングは終わります。

私は巡洋艦寮にいますので何か質問があれば聞きに来てください。

いつでもという訳ではありませんが。明日から艦隊運動演習を含めた演習を行います。時刻、場所は覚えておいてください。

この場での質問は?」

「ない」と言う返事が返って来たので第三三戦隊のミーティングが終わった。

 

解散後、夕張はいつもの工廠に行き、深雪は蒼月に対空射撃指導を頼んで艤装保管庫へと向かい、青葉は自室に戻り、瑞鳳は先の艦隊戦で自分が所属する航空戦隊を護衛して負傷した艦娘を見舞いに病院へ行った。

朝、厨房で作った手製の卵焼きを振舞うつもりだ。

青葉は自筆の艦隊新聞の編集の事に頭を切り替えていた。

仲間を見送った後、ミーティングルームを閉めた愛鷹は鍵を返却し、その足で別の施設に向かった。

 

廊下を歩いている時、体に例の痛みが来て、ぐっと喉に何かがこみ上げてきた。

我慢できずに思わずむせる。

震える手で、持ち歩いているタブレットケースをポケットから出し、数錠飲んだ。

タブレットケースを戻す手を見て「大丈夫……」と呟いた愛鷹の目は少し曇っていた。

出撃中も手放さないべきかもしれないのが少々恨めしい気がした。

しかし、出撃中に痛みや何らかの発作症状で動けなくなったら一大事である。

ミーティング中にこのことを話しておくべきだったと遅い後悔が沸いてきた。

カンの良さそうな深雪は追求してきたかもしれない。

ミーティング中何か自分の正体が気になるようなそぶりがあったが聞いては来なかった。

いずれ明かす時は来るだろう。

ただそれは今ではない。

しかし、いつにするか。

考えれば逆に問題を先送りにした気分になりため息が出る。

「ホント、嫌になる」

そう呟くとケースをしまい歩き出した。

 

 

真新しいM17拳銃のマガジンに九ミリ弾を込めながら武本は「新しいハンドガンね」と少しため息交じりに呟いた。

「何かご不満でも?」

長門が尋ねると武本は。「護身用と言っても、深海棲艦に効果がある訳でもないしな。対人火器と言う物はあまり好きじゃないんでね。

まあ、軍人になるからには好き嫌いなんて言ってられないがな」と答えた。

 

基地には通常の銃火器の射撃場があり、武本は時々、護身用拳銃の訓練で使っている。艦娘でも拳銃射撃に来る者がおり、愛好会もある。

日本だと空母大鳳、重巡摩耶や駆逐艦を含めなどごく少数が参加しているが、愛好会には海外艦が多く、特にアメリカ、ドイツ、ロシアの艦娘が射撃大会を開くことが多い。日本の艦娘は射撃大会に出た事は殆どない。

朝潮が一度参加したことがあるが、大会での成績は低かった。

大会では以前ピストル射撃で空母グラーフ・ツェッペリンがGlock17を使って二〇メートル射撃で的の中央に全弾当てて一位をとっている。

またガングートは故郷のSVD狙撃ライフルで長距離狙撃部門では最優秀賞を獲得している。

海軍高官の護身用拳銃が海兵隊の拳銃(ただ使用するのは今のところ憲兵担当の隊員)と共に更新されたので、M17が支給された武本は前のP220より弾数の多いM17のマガジンに弾を込め、グリップに挿入した。

耳栓として使うヘッドセット型のモノを被る。

スライドを引き、チェンバーに初弾を装填し、セーフティを解いて両手で構える。

傍らには射撃経験のあるアラバマが指導役として本国からの「簡単な用事」と言う事でついている。

長門は立ち会う形で武本の射撃を見守った。

三人の後ろではロシア製のMP443を撃ちに来ていたガングートがイスに座ったまま、武本の射撃を見ていた。

 

パン、パンという乾いた銃声が射撃場に響き渡る。

反動制御は正しく、武本が撃つ銃弾は的に当たっていく。

人を模した的に。

武本の渋い表情を浮かべる気持ちが長門には分っていた。

規定数撃って、訓練がいったん終了する。

ヘッドセットを取ってスコアボードに表示される点数を見る。

悪くない、いや上出来だろう。

「流石ですね、提督」

「まあ、士官学校ではうまい方だったよ。同期の奴にはもっと腕の立つ奴がいたがな」

舌を巻くアラバマの誉め言葉に武本は苦笑いを浮かべた。

見たことが無かった日本人提督の銃の腕前に興味がわいたらしいガングートがMP443のマガジンに弾丸を装填しながら問いかけた。

「提督はロシア銃器の扱いは?」

「いや、ガンマニアではないからな。

日本艦隊となると基本P220を使うから、ロシアの銃器は使ったことが無い」

「そうか」

「それに海軍では担当が海だから陸戦訓練も陸軍や海兵隊より多くない」

確かにな、とガングートは頷く。

 

故郷では幼いころ銃を持って戦った経験があるからAKタイプのライフルを含めロシア・東欧諸国の銃火器の扱いには長けている。

因みに本人が持つ頬の傷は深海棲艦とではなく、幼いころ銃をとった時の傷とも言われているが、本人以外このことを知るものは日本艦隊にはいないし、祖国ロシア艦隊でも知るものはほとんどいない。

精々原隊のロシア太平洋艦隊司令とロシア艦隊総司令、海軍司令部の一部位だ。

時々、トカレフTT33の暴発説が同郷同士でささやかれる程度だが、銃器の扱いに長けているガングートがそんなヘマはしないと思うロシア艦娘は多い。

頬以外にも体に傷を持っているらしいが、互いの本名と同様本人が許す以外艦娘では過去を探らないことが暗黙のルールだ。

日本艦隊だけでなく、海軍内での地位が高い武本には聞く権限もあるが、武本には聞く気などさらさらない。

異性と言うところもあるが、何より古傷抉りは武本自身が嫌う話だ。

 

「他に扱ったことがあると言えば、慣れているP220と八九式小銃、M16、六四式小銃かな。

六四式だと狙撃仕様も使ったことはあるが、ガングートくん程の腕じゃない」

「M16を?」

意外だと言う顔でアラバマが武本を見た。

何型を使ったかを聞こうとしているかは顔を見ればわかるから「A1を少しだけな」と武本は答えると、穴の開いた的を交換し、ヘッドセットを被った。

人に向かって撃つのは経験したくない事だ、と武本は的に向かって引き金を引きながら思った。

しかし「軍人、それも部下を率いる上官が『引き金を引きたくない』と自らの手を汚さない事は、指揮官としてあるまじきことである」と恩師に言われた言葉が脳裏によみがえる。

 

「軍人は自身の手で『敵に引き金を引く覚悟』が無ければ何も守れない。

それは士官、下士官、兵を問わない。

自分で引き金を引けないのに、部下に引き金を引けと言う上官は上官として失格である」か。そう言った先生の言葉と俺は矛盾しているな……。

 

男女差別とも取れなくはないが、艦娘と言う女性に引き金を引かせることを命じる俺が銃を撃つことに抵抗を感じるのは、本末転倒もいい所だな。

思わず、武本の口に自嘲の笑みが浮かびかけた。

 

二回目は少し精度が上がっていた。

「少し点が上がった程度だな。まあ、相手を無力化すればいいだけだが」

軽くため息を吐きながら、武本はM17のセーフティをかけ、空になったマガジンを排出した。

と、その時別の銃声が射撃場に響いた。

誰だ? と武本と長門、アラバマ、ガングートが銃声のする射撃レーンを見た。

セミオートライフルを早撃ちしているかのような音だが、射撃の合間にボルトを操作する音がする。

誰だろう、と思ったアラバマとガングートが射撃レーンを見てみると、制帽を被った艦娘がM24狙撃銃をけっこうな速さで撃っていた。

当たる場所は殆どぶれなく的の中心に当たっている。

ボルトアクションの狙撃銃は精度が高いが、早撃ちに向いているわけではない。

しかしこの艦娘はボルトアクションでけっこう早く撃っている。

それでブレが少ないのが驚きだ。

しかし、驚きはそれだけではなかった。

装弾数を撃ち切ると、ためていた息を吐き、インナーボックスマガジンを再装填すると今度は右利き撃ちのM24を、左利きの様に構えてまた早撃ちをしたのだ。

命中精度は変わらない。「プライベート・ライアン」と言う映画に出て来る右利き向け狙撃銃を撃つ左利きの狙撃兵ジャクソンでも見せたことが無い程の命中精度だ。

艦娘は手先の器用さを考えて、自主練習で両利きになるものが多い。

それでも右利きなら右利き、左利きなら左利きのクセが出る。

しかしこの艦娘はもともと両利きなのか、クセが無い。

 

長い髪と制服からアラバマは大淀かと思った。

両利きでこの制服と思ったら彼女には大淀しか思い浮かばない。

明石型にはこの色の髪型はいない。

しかし違なとガングートは思った。

大淀は普段は制帽を被っていないし、これだけの精度の射撃を、普段鎮守府で通信士官の役割をしている時間が多いせいで、射撃の腕は普通の大淀が出せるとは思えない。

左右撃ちをそれぞれ一〇発やって、その艦娘は射撃をいったんやめた。

「なかなかの腕前だな、貴様」

「どうも」

「命中誤差は全弾コンマ〇〇一、なかなかうまくなったじゃないか、大淀」

まだ早撃ちを見せた艦娘が大淀だと思っていたアラバマは、そこで初めて別人だと気が付いた。

「君は誰?」

「謎の艦娘。愛鷹、だろう?」

「ダー・コムラード・ガングート(ええ、同志ガングート)」

振り返る愛鷹に目を丸くしているアラバマとは違い、ガングートは一発で名前を当てた。

自分の名前を当てたのはロシア太平洋艦隊旗艦なので、一応ロシア語で愛鷹は答える。

故郷の訛りが少し出る事があるガングートとは違い、愛鷹のロシア語発音は標準発音だ、訛りが無い。

別を言えば教科書的ともいえる。

昔、ロシアに文化留学を経験した事がある駆逐艦響、春月、桐、榧、初桜、椎と同じだ。

留学経験者の中でも、普段の日常会話でロシア語発言が抜けない響だが、留学時にガングートやタシュケントとはガングートや、家系にイタリア人がいると言う関係からイタリア訛りが僅かにあるタシュケントのお陰で発音に少し変化している。

春月はその響の独特な訛りに「太平洋艦隊訛り」と言う冗談を言って、そのまま非公式ながら定着している。

アメリカ訛りのあるロシア語しか話せないアラバマからすると、愛鷹のはかなりネイティブな発音だった。

 

「なかなかのロシア語だな」

「貴方も日本語が堪能そうで。武本提督に?」

「いや、日本に来る前に独学で身に着けた。礼儀と言う物は大事だからな」

「ロージナの誇りとして?」

「いや、人としての他者への礼儀だ」

まるで知り合いの様な話し方にアラバマは目を丸くするばかりだった。

聞こえていた長門も響並みのネイティブさに驚いた。

「ロシア語が堪能とはな。貴様のプロフィール欄には書いていなかったから知らなかった」

「語学には興味がありますので。訛りについても習ったことはありますよ。

太平洋艦隊訛りも話せます」

「ほお、誰にから?」

「教官に」

教官? 愛鷹の教官は誰が担当したのだろう? 

少し長門はそこに興味が沸いた。

ガングートも興味を持ったようだがこちらは聞かないようだ。

一方、アラバマは長門より興味があるらしい。

「じゃあ、勿論英語も?」

「ええ。ネイティブアメリカン訛りの英語も一応習いました。

教官が教えてくれたのはクイーンズイングリッシュがメインですが、独自にアメリカンイングリッシュも」

「訛りが使い分けられることは、私も初耳だな」

武本も若干の驚きを込めて言う。

「趣味を極めるとその分野にかなり詳しいとよく言うが」

「射撃の腕前もかなり高いですよ、彼女。

右利き仕様のボルトアクションライフルを左利き構えで誤差コンマ〇〇一は凄い! 

うん、本当に」

 

一同からの誉め言葉に愛鷹は顔が熱くなってきた。

これほど「すごい」と自分のことをほめてくれた人は初めてだった。

当たり前の事の様に様々なことを叩き込まれてきたから、そんなにすごい事なのかとむしろ不思議にすら思えてきた。

それがまた自分のこれまでの交流の乏しさを現してもいるが、この時はさほど気にならなかった。

 

「しかし、知らない間に愛鷹とガングートは仲良くなっていたのか?」

武本の問いに愛鷹は首を横に振った。

「いえ、ここが初対面です」

「彼女に、少し馬が合いそうなところを感じてな」

「生憎、酒自体が駄目なのでヴォトカは私飲めませんが」

「なんだ」

急に残念そうな顔になるガングートにアラバマがクスリと笑う。

「私だって、あの酒はきついよ。やっぱビールだな」

「そうか? 安物の缶ビールよりスミルノフやバルティスカヤは上物だぞ。

雲泥の差だ。フラグマンもいい。だがルースキイ・ブリリアントは最高だな」

故郷の味が急に恋しくなってきたらいいガングートの言うヴォトカの銘柄であるルースキイ・ブリリアントは、ヴォトカの中でもかなりの高級品だと言う事は酒そのものが苦手な愛鷹も知っている。

ビールや焼酎は飲めるが銘柄までは特に気にしない長門やアラバマには、ヴォトカの銘柄を言われても分からない。

スミルノフはロシアの三大ヴォトカの一つで帝政ロシア皇室御用達ものだ。

バルティスカヤは日本語で「バルト海の」と言う意味があり、フラグマンは日本語では「旗艦の」と言う意味になる。

バルティスカヤとフラグマン、それにスミルノフか。

武本はガングートの言った銘柄で思わず口元が緩んだ。

本人が知っているかは知らないが、艦娘のガングートの名前のルーツである帝政ロシア海軍の戦艦「ガングート」は元々バルト海艦隊所属だ。

スミルノフは帝政ロシアの皇室御用達だが、皮肉にも戦艦「ガングート」の所属するバルト海艦隊はロシア革命の時、革命政府側だったと言う。

フラグマンは意味からして、太平洋艦隊旗艦を務めている今の艦娘のガングートには似合ったものかもしれない。

 

「今度、上に掛け合って頼んでみるかね、ガングートくん」

それを聞きガングートが顔を輝かせる。

「その時はぜひ、ルースキイ・ブリリアントを頼みたい」

「購入は自腹だが」

「それは殺生な」

「掛け合ってもらえるだけでもありがたく思いなさいよ」

「アラバマの言う通りだ」

それを聞いて武本が笑うと長門とアラバマも笑い、ガングートは苦笑を浮かべ、「降参だ」と呟く。

愛鷹もうっすらと笑みを浮かべた。

 

射撃場で射撃の腕試しに着てみたら先客がおり、絡まれたときは正直なところいやだったが、無視することが何故かできず、とりあえず話してみれば何故か楽しさを感じる程盛り上がるとは。

生まれて初めて人の会話を聞いていて笑ったかもしれなかった。

 

 

「なーんか、気になんだよなあ」

ひゅん、と釣り竿の糸の先につけた撒き餌を海に投げながら深雪は姉妹艦である磯波と望月に言っていた。

「何がです?」

撒き餌につられて釣り上げた魚を丁寧に外しながら磯波が聞く。

望月はと言うといつもの生返事のような声で聞いてくる。

蒼月に急用ができたので対空射撃指導が出来ず、予定が特にない今日の暇つぶしに図書室で何か本でも読もうかと思っていた時、たまたま釣りに行こうとしていた磯波と会い、ここで二人一緒に釣りをしていた。

珍しく磯波の方から誘ってきたのと、深雪も今はこれと言って用事もないので付き合う事にし、自分の部屋から釣り座を持ってきて一緒に桟橋で釣り糸を垂らしていた。

そこへいつもけだるげな望月も加わって三人で釣りをしていたのだ。

「あたしさ、新編の第三三戦隊に編入されたんだけどな。

旗艦が新入りの愛鷹ってやつなんだ」

「ほー、それがどーしたんだ?」

「いや、もっちー。考えてみなよ。新入りがいきなり旗艦を命じられるって事、あるか?」

「あまり聞かないですね。吹雪ちゃんが転属間もなくに一時的に旗艦をしていたってことは聞いたことがあるけど……」

「でも、吹雪は何度か実戦やってからの抜擢だったけどねー。

まあ、新入りがいきなり旗艦は確かに珍しいんじゃない」

珍しい事ではある、という割には深雪の心配ごとにあまり気にしていない様にも見られる望月の態度だが、こういう態度に見えて実は望月は結構頭が切れる駆逐艦娘だ。

一見やる気がない、だらけた性格に見えるが、実際は努力家で、護衛・輸送任務で大きな戦果を挙げている第三〇駆逐隊の一員なだけに、小柄ながら精神・体力共にタフな艦娘だ。

 

「ま、司令官だって馬鹿じゃないんだし、なんか考えたうえで愛鷹を旗艦したんでしょ。

あのオッサンの判断で裏切られた事なんかないからだ丈夫だよ」

「司令官の事を疑ってはいないさ。

いろいろ世話になっているからね。ま、もっちーがそう言うなら多分大丈夫なんだろうな」

「いや、そこまで頼りにされてもねえ。あたしだって、ただの駆逐艦だから」

担ぎ上げるように言う深雪の言葉に望月は苦笑を浮かべた。

「深雪ちゃん、愛鷹さんって、どんな感じの人なの?」

釣り糸を海におろした磯波が聞いてきた。

深雪は少し腕を組んで今日あったばかりの愛鷹の感想を考えた後、答えた。

「短く言うと、冷静な切れ者風。ただし、どっか人間味が無い気がする、って感じかな。

よく分からないけど、何か足りないんだよね」

「何かが足りない?」

「ああ。会って話すには問題ないし、上手くやっていけそうなんだけど……。

どうも何かが引っかかるんだ、なんかこう、前にどこかで会った事があるような奴なんだ」

「デジャブみたいな?」

「そんな感じかな。まあ、デジャブは別として、うーん、何だろう……。

実際に会ってみればわかるかもしれないけど、何かが引っ掛るんだよね。何かが……」

 

ミーティングルームで愛鷹と言葉を交えた時の事を思い浮かべる。

愛鷹を見るとどこか心に引っ掛るモノを感じるが、それが何かが自分でも分からない。

そう言えば、顔を隠すかのように目深に制帽を被っていたな……と、恥ずかしがり屋なのかは分からないもののやけに目深に制帽を被るのが引っかかった。

誰も気にしていないのか、それとも気にはなったものの追求しない方がいいと思ったのか、仲間の青葉、夕張、瑞鳳、蒼月も何も言わなかった。

愛鷹は同じ艦娘のはずだが、どこか得体の知れないところがあるのに疑念がわく。

噂に聞く「D事案」関連のとかか? と思ったが、「D事案」と言う物は艦娘同士でもあまり知られていない用語だ。

知らない艦娘が寧ろ最近多い。

詳しく調べたことが無いから実を言うと「D事案」関連と結びつけたのは深雪には冗談の内でもあるが。

 

「愛鷹さんって、戦艦なの?」

「超甲巡、って言ってた。ネ級相手ならワンパン、ただ戦艦だと分が悪いと」

珍しく深く聞いてくる磯波に驚きながらも深雪は答えた。

「ネ級ね。あいつは結構厄介だな……」

重巡ネ級と聞き、望月が渋面を浮かべた。

 

望月は輸送船団護衛が主任務なだけに、様々な海域で護衛中の船団を襲撃してきたネ級にはたびたび辛酸を舐めさせられている。

深雪、磯波は以前ソロモン戦線に従軍中、目の前で仲間の朝霧、夕霧をネ級に撃破された暗い過去を持っている(夕霧は重傷を負い、搬送先で息を引きとった。朝霧は昏睡状態が今も続き、「植物人間」状態が続いている。またこの時、友軍で救援に来た北米艦隊所属のフレッチャー級駆逐艦スペンスも轟沈・戦死した)し、磯波はネ級に大破、重傷を負わされたこともある。

深雪はこの戦線での損傷・負傷経験は無いが、マラリアに罹患し生死の淵を彷徨った。

 

艦娘で最も数がいる駆逐艦は、火力・防御力が貧弱で重巡相手には主砲の速射で対抗するか、魚雷攻撃でないと対抗できない。

艤装の出力の関係上、駆逐艦の防壁機能も長時間持続するわけではないから深海棲艦の駆逐艦にすら撃ち負けることもある。

ただ駆逐艦は防壁機能が低すぎて防御力が皆無なのかと言うと、そうでもなく防壁機能を「航行能力より防壁機能に出力を回し、最大出力で一点集中させる」ことが出来ればタ級、ル級の砲弾一発、二発は防げなくはない。

ただし、一点集中技は高度な技量が必要で、フレッチャー級駆逐艦チャールズ・オースバーンは一発で成功したが、英国艦隊の駆逐艦ジャーヴィスは艤装をほぼ作り直すほどの損害を受けた(ただジャーヴィスは艤装の殆どを失うも体は無傷だった)。

日本だと駆逐艦雪風、初霜、響、時雨らがこの技をたびたび成功させている。

 

「ネ級キラーになってくれたら、あたしとしては船団護衛役任せて、ここでポテチでも食べながらゲームしていたいな」

「でも戦わないと、お給料が出ませんよ?」

「艦娘は終身軍人だから、死ぬまで軍人さ。給料くらい出るよ」

艦娘は死ぬまで軍人だ、と深雪は気にした様子もなく言った。

終身軍人として人生を終える事を気にする艦娘は殆どいない。

ただ磯波としては死ぬときは民間人の身に戻って故郷で終わりたいと思っていた。

仲間が一杯いるこの基地での生活に特に不満は無いが、時々実家が恋しくなることがある。

因みに艦娘でホームシックにかかるのがいないのは、艦娘としての適性試験で「ホームシックにかかるのでは適性が無い」と言う事で落とされている為である。

精神面で強くなければ才能があっても艦娘にはなれないし、軍にも入れない。

ここにいる三人の中では適性試験で深雪はメンタル試験をSランクで合格、望月は中の中、磯波は落第ぎりぎりだった。

「愛鷹って、プレッシャーにどれだけ強いんだろ……」

自分の上官となり、旗艦になる愛鷹の精神的強さも気になる。

深雪が見た感じでは落ち着きがあるようだが、いざという時にパニックで思考停止が起きてしまっては第三三戦隊に混乱が起き、その内に自分たちは殲滅されてしまう可能性もある。

一応、青葉と言う副指揮官の存在はあるが、命令系統の混乱が原因の敗北は過去を見ればたくさん存在する。

「まあ、深雪。不安だとか言い過ぎても始まんないっしょ。

愛鷹の事に少し期待した方が寧ろ気が落ち着くんじゃない?」

そう望月は深雪に言って、軽く笑った。

そうかもな、と深雪が頷こうとした時、撒き餌につられた魚に釣り竿が引かれて深雪は慌てて竿を手繰り寄せた。

 




次回辺りから、戦闘シーンが大幅に増えます。満足いただける描写を目指していこうと思います。

*大幅な加筆修正を加えました。


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第四話 始まりと謎・謎の始まり

個人的には驚異的なスピードの連蔵投稿……。


「Enemy contact」(敵発見!)

「What⁉ Where is it!?」(何!? どこ⁉)

「Oh no! Melvin is sinking! Repeat Melvin is gown!」(そんな、メルヴィンが被弾、轟沈! 繰り返すメルヴィンがやられた!)

「I,m hit! All guns offline. Datworth exiting the AO!」(被弾! 全砲門沈黙。ダットワースは作戦エリアから離脱します!)

「Enemy 9 O`clock Battleship 6 Destroyer6. All ships prepare surface fight! Fire at will Fire at will!」(敵九時方向、戦艦六、駆逐艦六、全艦対水上戦闘用意! 随意射撃、各個に撃て!)

「Indianapolis hit!」(インディアナポリスが被弾!)

「Come on!」(このー!)

「Caution! Torpedo incoming!」(魚雷接近! 注意して!)

「We`ll not Ok……!」(このままじゃ拙い……!)

「All station this is……」(全ステーション、こちら……)

「Northampton!? No no!」(ノーザンプトン⁉ ダメー!)

「Help……somebody help!」(助けて……誰か、誰かぁっ!)

「Help me!」(助けて!)

「Admiral!」(提督!)

 

砲声、悲鳴、絶叫、爆発音、崩れていく水柱が立てる土砂降りのような音、断末魔の言葉……。

音声を聞くだけでも絶望的な状況に陥ったことが分かる。

それだけでも充分なのだが、通信文に加えて映像も添付されていた。

とても見るに耐えられる物ではない。

「歴戦のインディアナポリスとノーザンプトンに加え、バルティモア級重巡スプリングフィールドにフレッチャー級のメルヴィン、ダットワース、マクドゥーガルまで……」

(艦娘と付き合いが長いお前には苦しい物だが、最前線の彼女達の状況はこれだ)

唇を噛む武本に映像を送って来た日本艦隊統合作戦司令部情報部部長の有川大翔(ありかわ・はると)中将は、画面越しの武本の心情を考えてやや間をおいてから言った。

「分かってるさ……この映像は?」

(スプリングフィールドのキングフィッシャー水偵がこのデータを持ち帰った。だが八日が経っても第九二・五任務部隊六人の消息は不明だ。

今第二五航空戦隊の秋津洲、千早の二式大艇を投入して捜索中だが、生きているかは……)

「……戦艦だが、三隻はル級で間違いないな。

だが……残る三つは見覚えがない……」

(映像証拠ではおそらくこれが唯一のモノかもな……分かるか? 

一応俺のカンだが、二〇インチを超える主砲を装備している深海棲艦の最新鋭戦艦かもしれん。

この間信濃に重傷を負わせたあいつだ)

「……確かな証拠とは言えないが、水柱がル級のモノとは明らかに異なるものがあるからには奴と考えるべきかもしれないな。

だが……場所が沖ノ鳥島とはな」

(ああ。本土とは目と鼻の先だが、あの海域は航空優勢と制海権の確保ができていない。奴らは叩いても叩いてもあの海域にやって来る。

そこへ来て新型戦艦の登場だ)

「それで……俺に何をしろと?」

武本の問いかけに、高校時代からの付き合いである有川は深い溜息を吐いてから口を開いた。

(上は早期の索敵攻撃部隊の第三三戦隊投入を望んでいる)

「無理だな。艦隊演習を始める段階だ。

まだ戦線に投入できる段階じゃない」

(分かっている。俺がお前でも同じことを言うな。

だが上はどうも第三三の艦娘に対して着目していないようなところがある)

それを聞いて普段温厚な武本の目が変わった。

「どういうことだ? 着目していないなら投入なんて急かさないだろ」

(発展性が無い重巡、同型艦が無い運用しづらい軽巡、員数外扱いの特型駆逐艦、腰抜けの秋月型、それと愛鷹だ。

瑞鳳を編入させたお前の機転はよかったが……)

「口の悪さはまだ治らないのかよ」

(上の評価だ。俺は彼女達に暴言を吐く気はない。

口の利きはともかく、艦隊司令部どころか国連海軍上層部内での動きが何か妙だ。

蒼月と愛鷹以外は経験が豊富でそう容易に捨て艦扱いするとは思えないし、蒼月と愛鷹も問題らしいところは何も無い……にも拘らず上は第三三戦隊の連中の投入先にこの海域を予定している)

有川が第三三戦隊の投入予定海域を画面に送って来た。

「おいおい、上は本気か?」

どこも危険度では最高クラスだ。

敵の展開状況が不明瞭な場所で、過去に攻略作戦を行った艦隊の多くがここで辛酸を舐めさせられている。

完全に深海棲艦の勢力圏に落ちた北米西海岸への偵察予定まで盛り込まれている。

潜水艦ですら潜入が困難な所だ。

武本として到底派遣を容認できる海域ではない。

あまりにも危険すぎる。

第三三戦隊は偵察部隊だが特殊部隊ではない。

Navy sealsやグリーンベレー、フォースリーコンとは全く訳が違う。

「彼女たちを殺す気か……? 

上はいったい何を考えている」

(分からん。俺の方で少し探りを入れてみるが……もしかしたら、上層部の手で妨害が入るかもしれない)

「……まさか、な」

(お前は首を突っ込むなよ。

この話は、ガキの頃からの付き合い、ダチとして伝えておくべきだと思ってだ。

お前としては部下も家族も失いたくはないだろう?)

「あいつのことは言うなよ。

もう何年前だと思っている……区切りは付けた、さ……」

(……ならいいが。

とにかく上が何で変なことを企んでいるのか、俺の方で調べる。

杞憂であることを願ってろ)

「お前こそ無茶するなよ、消されるかもしれないだろ?」

(心配するな。やる事はジェームス・ボンドみたいなことじゃない)

「分かった……健闘を祈る」

 

互いに画面越しで敬礼した後、武本は司令官室の奥にある個室の照明をつけた。

個室には色々な書類ファイルや本が納められた本棚、武本の私物、ベッドが置かれている他に秘話回線での会談にも使われる。

男性である武本が一人でいる事が出来る数少ない場所だ。

秘書艦の長門らですら滅多に入ったことが無い(一度、金剛や青葉が入ろうとして失敗したことがある)。

別に秘密の部屋ではないが、提督のプライベートルームだし艦娘抜きでの会議の時に使える唯一の空間だ。

デスクの椅子から立った武本は本棚に歩み寄ると一つのファイルを引き出した。

ファイルを開いてページを一つずつじっくりと見る。

「……このファイルにあの六人を足せと言うのか? 

ふざけた事を抜かしやがって……」

艦娘は人間だぞ、消耗品じゃない。

まだ人の姿をした兵器だと思っている奴がいるのか?

ファイルを閉じて棚に戻していると、部屋のドアがノックされた。

「誰か?」

(私です。第三三戦隊の演習が始まりますが、行かれないのですか?)

長門だった。

そう言えば新編成第三三戦隊の演習視察をする予定だった。

演習視察も提督の務めだ。

「ああ、すぐに行くよ。心配しなくても大丈夫だ」

そう言ってデスクの上に置いていた制帽をとると部屋のドアに向かった。

「……心配は……ないさ……」

 

 

日本艦隊統合基地の演習場に第三三戦隊の面々が展開し、演習を始めたのは午前一〇時の事だった。

演習場には訓練監督名目で立ち会っている練習巡洋艦香取と、演習時によく実技指導に当たる利根、それに訓練支援科と言う部門の妖精さんが乗る演習支援艇が待機した。

少し遅れて視察のために武本が内火艇で演習内容を見に来た。

まず行われたのは陣形組み換えを含めた航海演習だった。

旗艦である愛鷹の後ろに青葉、夕張、蒼月、瑞鳳、深雪が続く対水上戦闘向きの単縦陣から、瑞鳳と愛鷹を中心にした対空戦闘陣形の輪形陣、対潜水艦戦に対応した単横陣への迅速な陣形組み換えが優先して行われた。

演習内容を組んでいた愛鷹の号令と共に、第三三戦隊の面々は単従陣から輪形陣、輪形陣から単横陣、単横陣から再び輪形陣、陣形変換時に応じて機関最大戦速、機関前進強速と速力の調整、被弾した艦をランダムに想定して援護態勢。

次席指揮官となる青葉からすると、久しぶりに激しく動いている気がした。

しばらく前線に出ていなかったブランクの大きさが自分でも信じられない。

少しでも陣形変換への時間が遅れれば、最初からやり直しだ。

速力も一人でも調節に乱れが出たら最初からやり直しだ。

指導役を務める愛鷹の指導は、怒鳴り声を上げる事もなければ、仲間のミスで振出しに戻ることに苛立ちを見せる事が無い。

ただ、静かに「これでは駄目だから最初からやり直し」と言って、途中で区切った場所にまで戻って、やり直した。

陣形変換だけが演習ではなかった。

之の字運動と言う回避機動も行っていく。

空爆を受けた時はこの回避機動をとらないと簡単に被弾してしまう。

重巡である青葉ならある程度耐えられる被弾でも、深雪と蒼月の二人からすれば非常に大きな脅威だ。

初めは全員の足並みが揃わなかった。

特に前線に出ないことが多い蒼月はたびたび足を引っ張ったが、深雪のフォローもあって少しずつ合わせられるようになった。

 

「輪形陣より単縦陣へ。

陣形変換後機関第三戦速へ。陣形変換は八秒以内に行きますよ」

愛鷹がそう言うと、青葉たちは頷いた。

「はじめ」の合図となる形で愛鷹が手を振ると、六人はすぐさま陣形変換に移る。

輪形陣の戦闘にいた青葉の前に愛鷹が出るとその後ろに輪形陣の時は最後尾についていた夕張がつき、左翼にいた深雪は最後尾に、右翼の蒼月は瑞鳳の前に出て、瑞鳳は深雪の前に出て六人は航跡が一本筋になる単縦陣に陣形を変換した。

ストップウォッチを見ていた愛鷹は「七秒六八。上出来です。皆さん」と告げる。

上手く出来れば愛鷹はきちんと褒めてくれる。

はじめは足を引っ張りがちだった蒼月も既に陣形変換にだいぶ慣れてきたようだ。

少し息が上がり気味なのが気になるが、何とかなるだろう。

「次は六秒で決めようぜ!」

やる気満々の深雪が言うと愛鷹は頷いた。

「では六秒で輪形陣に戻ります」

六秒か……二秒タイムが縮められた。

五人の顔が引き締まる。

「用意!」

彼女の手が振り上げられる。

「はじめ」

旗艦の手が振り下ろされるや、すぐさま一同は輪形陣に組み替える。

慣れてくれば一同の動きは素早い。

艤装の性能は全員バラバラだが、物覚えの速さは同じだ。

驚く事に艦娘としての配属が間もない新入りにもかかわらず、愛鷹の動きは熟練者並みの動きの素早さだった。

動きに無駄がない。

メンバー中一番背が高く、艤装として大きな三連装主砲塔を三基装備しているので動きは鈍重そうに見えるが、それは見た目であり機動性の良さは駆逐艦には及ばないが軽巡、重巡なみだ。

むしろ背丈が深雪よりやや小柄な瑞鳳の機動性が一番低かった。

その為陣形変換時は機動性が低い瑞鳳を中心に変換することになっていた。

陣形変換の「はじめ」の合図から変更終了の時間を図っていた愛鷹は、変更終了と共にストップウォッチを見て頷いた。

「六秒二一です。これだけでも十分上出来ですね」

「うーん、二一足りない…」

深雪が渋面を浮かべる。

当の深雪はけろりとしているが青葉、夕張、蒼月、瑞鳳は少し息が上がり気味だ。

演習開始からもう二時間が過ぎている。

そろそろ水分補給や昼食程度はとった方がいい。

勿論愛鷹はそれを無視するような鬼ではない。

疲労が些細なミスを招く。

ミスを防ぐには早めの手を打てば簡単だ。

「一旦休憩にしましょう」

ヘッドセットの通話スイッチを押すと、演習開始ポイントで待機している香取、利根に連絡を入れた。

「こちら愛鷹。

小休止とし、演習開始ポイントに戻ります」

(了解です)

(承知した)

「ではスタート地点に戻りましょう。

陣形を単縦陣に。ゆっくりでいいです。

瑞鳳さん、対潜哨戒機の稼働時間は?」

「まだ二時間は飛べますよ。

磁気探知機には反応はないし、電探にも敵の反応なし。安全圏です」

「小休止したら交代の第二陣を発艦。

第一陣は第二陣と任務を交代次第帰投とします」

「了解」

一同は単従陣に陣形を組み替えると前進強速まで速度を落として演習を始めた場所へと戻った。

肩の力を抜くメンバーをちらりと見ながら愛鷹は、今行っている演習内容の成果に満足していた。

完璧と言うのにはまだ時間が早すぎるが、不安要素は今のところない。

これを最低でも五日以上は続ければ呼吸はかなり合うだろう。

一週間もすれば阿吽の呼吸になれるかもしれない。

かなり期待できる仲間だ。

蒼月の呑み込みと成長の速さは聞いていたよりも良い。

「愛鷹さんはここに来る前、誰と組んでやっていたんですか?」

ふと、夕張が新入りながら愛鷹の無駄のない動きに驚かされた一同を代表して問いかけてきた。

「合同練習は今回が初めてです。

シミュレーションは何回もしましたが、実際にやるのとでは大きく違いますね」

「でも初めてでここまで動きがいいなんて、すごいですね。

流石です」

どこか自分と何か比べている節が見える蒼月が、初めて「艦娘同士で一緒に」訓練をしたばかりと言った愛鷹に目を輝かせた。

夕張、深雪、瑞鳳も「合同演習は初心者」の段階で高い技量を持つ愛鷹に目を丸くしていたが、青葉はまた別の視点で愛鷹を見ていた。

 

開始地点に戻ると一同は支援艇に上がって、昼食を摂った。

また昼食に加えて視察に来ていた武本が持ってきた差し入れのチョコレートも一同は頂く。

カロリーが高く、集中力の上がる糖分が詰まったチョコレートを食べている時に、冗談交じりに瑞鳳が「ホワイトデー早くない?」と言って一同の笑いを誘った。

昼食である「缶メシ」(時々艦メシと書かれたりする。お湯で温めないと不味い)とチョコレートを食べ、愛鷹は持参していた魔法瓶に入れたコーヒーをカップに移して飲んでいると、香取が指導方法と愛鷹の技量の高さを称賛してくれた。

「どこで教わったのです? 

良い教官に指導してもらったようですが。

私もその方の教示を頂いてみたいです」

練習巡洋艦らしい問いかけだが、この問いには答えられない。

「それに関しては、残念がらノーコメントです」

なんで? と言う視線が来るのは予想していた。

しかし答えられないものには答えられない。

後ろめたさはあるがこれは仕方がない。

「何か隠し事でもあんの? 

言っちゃっていいんだぜ、仲間なんだよあたしらはさ。

なんか悩み事とかあるんなら相談してくれって」

なあ、と深雪が同意を求めると皆は頷いた。

「悩み事……ね」

悩み事で済むのなら苦労はしないのだが。

カップのコーヒーを飲み干して深くため息を吐きながら、打ち明けられれば確かに息苦しさの少しは和らぐかもしれないと思い、最低限の事は明かしておくべきかと思い口を開きかけた。

しかし、言おうとした時急に呼吸が苦しくなった。

痛い。

胸が痛い。

心臓が何かに締め付けられるような、表現し辛い苦しみ。

嘔吐がこみ上げて来てたまらずに海に向かって吐く。

口からは何も出てこない。

だが胸から込み上げてくるものはまるで無理やり自分から出ていきたいかの様に口からあふれる。

拙い、発作だ。

かなり酷い。

激しく動いたので何か負荷でもかかったか? 

しかし、この程度の運動は何度もしてきた。

それなのにこの苦しさ。

初めて仲間とともに演習をしたストレスのせいか。

しかし初日から中々満足できる結果が出ているのに?

慌てて駆け寄って来る一同が「大丈夫?」「何か喉につっかえた?」と聞いて来る。

瑞鳳らしい小さな手が背中をさすってくれる。

激しく咽込みながらコートのポケットからタブレットケースを出して数錠口に入れる。

「愛鷹、何か持病でもあるのか?」

不安そうな声で利根が聞いてくる。

持病か……。

「まあ、持病みたいなものですかね」

深呼吸すると苦しみと痛みが治まって来た。

なんでこんな時に発作が、と自分の体への恨めしさがこみあげて来る。

もう一度深呼吸していると、青葉がたずねて来た。

「これから射撃演習ですけど、出来ます? 

無理はしない方がいいかもしれませんよ。

司令官はどう思います?」

「……愛鷹くんの判断に任せる。私は干渉しない」

え? と青葉は驚いた。

青葉だけではないだろう。

少しでも異常があれば帰投を命じるか提案してくる武本から、初めて「自身の判断に任せる、自分は口を挟まない」と責任を取らないかのような言葉を聞いた。

時々、説教時に口調を厳しくすることはあったが、普段は温厚そのものの武本だ。

その為ほんの一瞬だけ見せた冷淡な一面にも思えた。

武本自身は冷淡に言ったわけではない。

あくまで愛鷹の判断に任せる、と自分の命令を強制しないと言う意味で言っていた。

困惑する空気が船に立ちこみかける。

「青葉さん」

「はい?」

調子を戻したらしい愛鷹に呼ばれた青葉が旗艦を見ると、生気が戻っている目と共に「大丈夫ですよ。射撃演習を始めましょう」と言う言葉がかけられる。

大丈夫と言われても、本当に大丈夫だろうかと一抹の不安が第三三戦隊の面々によぎった。

 

 

訓練支援科の妖精さんたちが立てた射撃演習の的の解説は利根が行った。

もっとも彼女達には慣れっこの話なので、念の為のおさらいと言う形で簡単に行われると、まず愛鷹から射撃演習を始めることになった。

五つのステージに分けられたところで、対水上戦闘時の長距離砲戦と近接砲戦を想定したタイムトライアルだ。

すべてを五分以内にクリアすれば合格。

三分以内だと「大砲屋エース」と呼ばれる。

戦艦での最短記録は金剛型戦艦比叡の五分四九秒。

重巡洋艦だと羽黒の五分五〇秒、軽巡洋艦は川内の五分三七秒、駆逐艦は夕立、陽炎、霰、綾波が五分二八秒で同成績だ。

最初はだれでもやる目測射撃(光学照準とも)だ。

射撃時は艤装によるアシストが多少はあるが、そのアシストをうまく使っているかと言うところで一番艦娘の射撃の腕の良し悪しと艤装をどの程度使いこなせているかが分かる。

最近はレーダー(電探)とのリンクによる精密射撃が出来るが、機械に頼りきらない射撃演習を抜くことは無い。

愛鷹の兵装は大型艦艇クラスになると比較的オーソドックスな方のコの字型タイプだ。両腰からやや上のあたりに背中からコの時に挟み込むような太いアームに三連装三一センチ主砲が垂直にマウントされ、その先には長一〇センチ連装高角砲(秋月型のモノよりサイズはかなり小さい)が一基ずつ。

左右のアームの後部には後部を指向できる形で長一〇センチ連装高角砲が一基ずつ、背中には砲身を上にした形で二基の三連装機銃を載せたるようにマウントされた第三主砲がある。

その第三主砲に隠れる形で背中に背負われた機関部がある。

また第三主砲は右手で構える事もできる。

右腰の主砲は第一主砲、左腰は第二主砲で、第一主砲の前が第一高角砲、第二主砲の前が第二高角砲、後部の右側は第三、左側は第四高角砲だ。

左腕の前腕部には三連装機銃が二基ずつ装着され、両手には主砲と高角砲アームにコードで繋がれた照準器つき射撃トリガーを握っている。

右腰には水偵射出用の長銃身オートマチック拳銃の様なカタパルトがホルスターに入れられている。

どことなく大和型戦艦、長門型戦艦、伊勢型戦艦、白露型駆逐艦の時雨の砲配置(第一、第二主砲は長門型に、主砲と副砲の配置は大和型に、第三主砲の構え方は伊勢型、背中に背負うような第三主砲は白露型の時雨に)に、機銃配置は川内型の主砲配置に似ている。

右腕がフリーなのは恐らく左腰の刀を抜くときのためかもしれない。

あまり斬新さ、真新しさはなく、むしろ他の艦娘の兵装配置を組み合わせた保守的な色合いが強い。

第一、第二主砲は普段は垂直だが発砲時に水平状態に向きが変わる。

 

(準備はよいかー?)

演習ステージのスタートラインに立つ愛鷹に利根が無線で聞いて来る。

「いつでも」

そう言って、兵装の安全装置を解除し、第一、第二主砲を展開する。

揚弾機(ようだんき)が主砲と高角砲に演習弾を装填する。

(よし、教練対水上戦闘用意。スリーカウントでスタートじゃ)

やや体を屈めてスタート姿勢をとる。

(三、二、一、はじめ)

「機関前進全速」

そう言うと主機が一気に最大速力にまで加速した。

後ろに飛びそうな勢いを抑え、第一ステージの標的一〇個に向かう。

近距離砲戦想定のステージだ。

「全砲門撃ち方用意、照準」

主砲と高角砲の照準を各標的に合わせる。

全て一発で決めてみせる。

自動装填装置の再装填速度と速力、風向き、航行中の波の動揺などを頭の中で計算し、射撃トリガーの兵装射撃セレクターを主砲射撃モード二セットし照準器に標的を捉える。

主砲塔が標的に向き、砲身が射角を取り照準を固定。

「対水上戦闘、主砲撃ちー方始め。てぇーっ!」

両手のトリガーを引く。

主砲の砲口から轟音と共に真っ赤な火炎がほとばしる。

演習弾を撃ちだした砲身が勢い良く後退し、駐退機(ちゅうたいき)の水圧で元の位置に戻る。

砲声は六回。

一斉に六門の砲身を撃つのではなく、六門の砲身を交互に撃つ「交互撃ち方」だ。

砲声がやんだ時、六つの標的が消滅した。

「なに!?」

その射撃を見た利根は思わず驚愕した声を口に出した。

利根だけではない。

その場にいた全員が愛鷹の技を見て驚愕した。

「なるほど……。一門の砲門で標的一基を撃ったら、瞬時に別の標的に照準を合わせ発砲、三連装の主砲を生かした多目標同時射撃に近いな」

目を丸くしながらも、瞬時に愛鷹の射撃方法を見抜いた武本が呟く。

第一、第二主砲の砲身が自動冷却装置の水で冷却され、次弾が装填されるが愛鷹の速力で言うと再装填は間に合わない。

その代わりに愛鷹は射撃トリガーをアームのホルスターに掛けると、背中の第三主砲を右手に構え、狙いを定める。

今度狙う目標はやはり三つ。

第三主砲の右の砲身、右砲(みぎほう)をまず撃つと、すぐに真ん中の中砲(なかほう)を標的に向けて撃ち、左の砲身の左砲(ひだりほう)で最後の標的を撃つ。

三つの標的が消し飛ぶと、第三主砲を背中に戻し、再びトリガーを手に取り、高角砲に射撃システムを変更。

残る二つの標的を二基の標的で撃破し、第二ステージにそのまま突入。

 

第二ステージは長距離砲戦ステージ。

大型艦娘の場合水偵による弾着観測無しでここをクリアしなければならない。

このステージで手間取る艦娘が多い。

標的は四つ。

再装填が終わった第一主砲を最初の標的に指向する。

一発で決める必要がある。

別にタイムスコアを気にしてではない。

敵に照準を合わせすぐに先に手を撃たなければこちらがやられる、先手必勝のためだ。標的を敵だと思って撃つ勢いでいく。

照準器でとらえた標的に第一主砲の斉射を放つ。

発砲したらすぐに砲身を冷却し、第二主砲の発砲に備える。

第一主砲が放った三発の三一センチ弾は二発が逸れたものの、一発が命中し破砕した。

命中を確認するとすぐに第二主砲の照準を合わせてトリガーを引く。

第二主砲の三門の砲身から火炎と黒い発砲煙に送り出されて放たれた三発の演習弾は一発が風に流されて海に突っ込んで水柱を突き上げたが、一発が標的のすぐそばに着弾して至近弾となった。

姿勢を崩した標的をもう一発が捉え吹き飛ばす。

三つめは最初の二つと違い、別の方向だ。

「取り舵三〇、一二〇(ひゃくふたじゅう)度ヨーソロー」

左へと舵を切り標的に向け第三主砲を左手で構える。

第三主砲の狙いを定め、トリガーを引く。

第三は腕で直接狙って撃つので照準を合わせる時、息を吸って止めてからトリガーを引く。

狙撃の要領と同じだ。

撃ち放った三発の砲弾は二発が逸れて一発が直撃した。

標的が跡形もなく消し飛ぶ。

それを確認すると四つ目の目標に狙いをつける。

使用するのは砲身冷却と再装填が終わった第一主砲だ。

右手でトリガーを手に取ると狙いを定める。

波の動揺が狙いを若干狂わせたのでタイミングが一瞬ずれた。

狙いを付けなおし当たれ、とトリガーを引き絞る。

発射された三発は精度が上がった証拠に三発すべてが標的を捉えた。

「第二をクリア。第三へ。

面舵四〇、新針路一六〇度」

 

第三ステージは一二の密集した標的を近距離砲戦で撃破する。

射程距離が短く、回転速度が遅い主砲でのクリアは難しい。

高角砲に射撃システムを切り替えると、速射で一二基の標的を狙い打っていく。

長一〇センチ連装高角砲の発砲音は、主砲の三一センチより小さく、砲声も小さいが、主砲にはない速射能力と鋭さのある発砲音が特徴的だ。

弾幕撃ちの様に見えて、高角砲の二つの砲身から撃ち出された砲弾は全て標的を捉えている。

長一〇センチ高角砲の装填装置が次弾装填するのにかかる時間は長一〇センチ高角砲をメイン武器とする秋月型駆逐艦の艦娘よりやや短い。

ただ主砲と違い自動冷却装置は備わっていないので、速射を続けると砲身加熱で狙いが定まらなくなるし、摩耗も早い。

西部劇のガンマンの早撃ちさながらの速さで外れ無しに一二基の標的を破壊し、愛鷹はそのまま第四ステージに入る。

 

今度は再び長距離砲戦だが第二ステージの二倍の標的がいるだけでなく、単独、二つが並んで設置されている、位置がバラバラとランダムに組み合わせて配置されている。

最初の標的は二基。

第一、第二主砲を個別指向し、個別に照準を合わせて一斉射撃。

個別に照準を合わせるために発砲までやや時間がかかるが、これは手動照準の限界だから致し方ない。

トリガーを引くと六門の砲身から一斉に砲炎と黒煙が吹き出し、砲身が一斉に後退する。

放たれた六発の演習弾が二つの標的へと飛翔していく。

発砲後、弾着を待ちながら第三主砲を左手に構える。

再装填が済んでいることを確認した時、二つの標的が直撃を受け、水柱の中に消えた。

次は三つ。

位置はバラバラだが第一、第二主砲の再装填と冷却が間に合わないから三門の砲身で片付けるしかない。

交互撃ち方にセットし、軽く息を吸って照準を合わせ、砲身の仰角を微妙に調節しトリガーを引く。

三つの標的が次々に吹き飛んでいくのを確認すると、第三主砲を元に戻し、再装填と砲身冷却が終わった第一、第二主砲に切り替える。

斜め横隊のように配置された二つの標的の照準合わせは思ったより一秒遅れた。

同時撃破には成功したが、一秒遅れが悔やまれた。

一秒遅れれば敵には一秒の猶予が出来るのだ。

反撃の猶予に利用されたら撃たれるのは自分だ。

残る一つを第三主砲で即座に破壊し、最終ステージである第五ステージに突入した。

 

第五ステージは最終盤とあり難易度の高さは一番高い。

それまでのステージの要素をすべて組み合わせた標的配置となっている。

近距離、長距離砲戦を想定した総計三〇の標的。

「第一、第二主砲、第一から第四高角砲……」

兵装射撃セレクターを切り替えると静かにしかし力強く言った。

「一斉撃ち方、てぇーっ!」

愛鷹が切り替えた兵装射撃セレクターの位置は言葉通り「一斉撃ち方」で、第三主砲と機銃を除くすべての砲門をほぼ同時に撃つものだった。

それも個別射撃で行うので一番扱いが難しい射撃だ。

六基の砲塔の照準をすべて手動で、それも撃ったら即座に別目標に照準を合わせる。

動体視力と空間認識力、記憶力を鍛えなければ出来ない神業である。

艤装による最低限のアシストがあるとは言えこれをこなせるのはおそらく愛鷹だけだろう。

まず六門の主砲の砲身で遠距離の標的六基を破壊したら、すぐさま四基の高角砲で近距離の標的を撃っていく。左手は第三主砲を撃つため左トリガーを握れなくなるので、右トリガーで四基を管制する。右手で高角砲の射撃操作をしつつ、左手で第三主砲の三基の遠距離目標に狙いをつける。

休みなく撃ちながら進路変更も同時に行う。

第五ステージの標的の約六割を破壊した時、息が苦しくなってきた。

発作ではなく、息切れの様だ。

汗が止まらない。

呼吸が浅く速くなる。

残り四割……三割、もう少し……すべての敵(標的)を撃破するまで……。

体に鞭を打つわけではなく、宥める形で持たせる。

ところが近距離砲戦の標的を全て撃破し、最後の二つとなる遠距離の標的を第一、第二主砲の斉射で撃って終わり、と思った時、愛鷹が予想していなかったことが起きた。

何と第一主砲のトリガーを引こうとした時、ビーと言う警報音が第一主砲から発せられた。

故障警報だ、第一主砲の揚弾機が故障したのだ。

「ジャム(弾詰まり)……⁉」

こんな時に⁉ 

舌打ちして第一主砲の安全装置をかけ、第三主砲に切り替える。

発砲が遅れた隙に撃たれたと想定して回避機動をとりつつ第三主砲の再装填を待ち、今度こそは、と照準を慎重に定め斉射の引き金を引いた。

最後の標的に三発の三一センチ演習弾を命中させて、第五ステージが終わった。

 

 

カメラ、持ってきておけばよかったな……。

絶えず響いていた砲声が止み、少ししてから我に戻った利根が愛鷹に演習終了を告げた時に、青葉は常人離れした射撃の腕前を見せた愛鷹の射撃演習を撮影できなかったことを悔やんだ。

その場にいた全員が何を言えばいいか分からなかった。

凄いと言うだけで済ませていいのか分からない程だった。

試射、狭叉もなしに全標的を一回の射撃で撃破。

命中率は九〇以上、タイムは何と五分ジャスト。

「いやいや、チートクラスだろ。すげえな愛鷹は、惚れ込みそうだ!」

「深雪ちゃんの言う通り、チートでしょ……」

信じられないが、事実と言う事に深雪と瑞鳳は顔を見合わせ、夕張と蒼月はぽかんと口を開けて固まったまま何も言わない。

武本は顎に手を当てて面白い、と言う様に笑みを浮かべて、目の前の事が呑み込み切れない香取に状況を解説していた。

凄い、凄すぎますよ、愛鷹さん……。

青葉は憧れの念の様なものを感じた。

あれだけの腕がある人が旗艦を務めてくれる。

不安なんて無いも同然ではないか。

意地の悪い性格でもない。

付いていっても問題は無い。

「青葉よ、あ奴はいったい何もなんじゃ? 

あの腕前をわしは生まれて初めて見たぞ」

凝然と立ち尽くす利根が青葉に聞く。

それに対しにっこりと笑った顔で青葉は返した。

「愛鷹さんは、愛鷹さんですよ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

土壇場での主砲の故障珍しい事ではなかった。

何度か射撃訓練中に故障して動かなくなったこともある。

自動冷却装置やこの手の大口径砲では高い速射性、高い貫徹能力を求めた強装薬の爆圧に耐える砲身と試作品も同然だからいつ不具合・故障が起きるかは分からなかった。

しかし、その故障が実戦想定の演習中に起きると言う事には怒りと不甲斐なさがこみ上げてくる。

悔しい、ただ悔しい。

あの時、撃てていればこっちは助かった。

だが撃てなかった。

撃てていない間敵が待ってくれるわけがない。

反撃してくるタイミングを与えるだけでしかない。

悔しさで歯を砕かんばかりに噛み、拳を握り締めて、体を震わせた。

次は失敗しない、と第一主砲を睨みつけた。

帰ったら整備を……。

と、その時急に心臓に大きな衝撃が走った。

呻き声を上げ胸元に手を当てた時、吐き気がした。

手で口を覆う間もなく口から苦いものが出ると共に全身に激しい痺れが走り、そのまま愛鷹は崩れ落ちた。

激しく咽込む中、鼻をツンと鉄の臭いが突く。

電撃でも喰らっているかのような気分の中、口元を手の甲で拭った愛鷹は手が真っ赤になるのを見て背筋が凍り付いた。

吐血⁉ なぜ⁉ まさか、知らない内に撃たれた? 

しかし、体に傷口は見当たらない。

また咽る。

動悸が止まらない。

口に当てた手に赤い血が吐き出される。

どうにかタブレットを一つまみ程口に入れて呑み込む。

しばし体が悲鳴を上げるのを堪えていると苦しみはどうに治まった。

まさか体が……と、愕然としながら自分の体を見下ろした時、第三三戦隊や香取、利根、内火艇が近づいて来る音が聞こえ、愛鷹は慌ててハンカチを出して赤い汚れを拭き取った。

「愛鷹、おい大丈夫か⁉」

武本が聞いて来る。

はい、と答えかけた時青葉と利根、夕張が引き起こしてそのまま支援艇に載せられた。

救急箱を持ってきた香取が簡単な検査をし、演習どころではなくなってしまった第三三戦隊は基地に緊急帰投する羽目になった。

 

 

検査結果がプリントされた診断書を見て江良が困惑するしかなかった。

突然の吐血などの体調不良を起こした愛鷹の検査は、奇襲による外傷もなければ、感染症などの症状もなかった。

なぜ、苦しみだしたかさっぱり分からない。

一応レントゲンなども撮ったが、臓器に特に異常も見られない。

出来れば、脳波やもっと大掛かりな血液検査もできればもっと詳しい事が分かるかもしれないのだが、愛鷹がそれを拒んでいるので出来ない。

アレルギー検査も陰性反応だ。

結論から言うと、ここで調べられる限りでは愛鷹の体には特に異常が見られない。

いくつか気になるような所はあるが、専門分野外のデータなので外部機関に依頼するしかない。

しかし艦娘の守秘義務の一つに抵触しかねないので本人の同意がいるのだが愛鷹の同意が得られない以上は無理だ。

もっとも、初めて会った時に脱いでくれなかった制帽を脱いで初めて見た彼女の素顔を見れば、納得できなくはない。

やむを得ないとは言え、素顔を見られた愛鷹は酷く不機嫌になっていた。

そしてしつこく自分の素顔について口外しない様に頼んでくる。

江良はその都度、分かったと返していた。

江良はこれまで多くの艦娘を診察してきたから、一人一人の悩みや知られたくない秘密についてはいくつか知っている。

そして、その艦娘の抱える悩み、秘密は提督相手でも艦娘からの頼み次第では明かしたことは無い。

ベッドに横になる愛鷹に点滴が終わったら、行っていいと伝え、医務室の外で待っていた武本と青葉、それに長門、陸奥に診断結果を伝えに行った。

 

医務室前で待っていた四人で最初に愛鷹の今の状態を聞いてきたのは武本だった。

「それで彼女は?」

「鎮静剤を投与しています。

しばらくは大事をとって安静と言う事になりますが……」

心配顔で問いかけてくる武本に江良が返すと一同は安堵の息を吐いた。

「でも一体愛鷹に何が起きたと言うんだ……?」

腕を組んで尋ねて来る長門に問いに江良は診断書を見ながら答えた。

「食あたりかと思いましたが、食物アレルギーの反応は無く、『持病』も確認できませんでした」

「そうか……」

「できればもっと調べておきたいのですが、本人の同意が……」

「え、なんで⁉」

頓狂な声を青葉があげたが江良も長門も陸奥も武本も答えようがない。

動揺する青葉に陸奥が肘鉄砲をくらわした。

「愛鷹さんの血液検査結果はほぼ白です。

いくつか気になる結果はありますが、専門外なので外部に依頼したいのですが、個人秘密のようで……」

「気になる結果? 

江良さんの専門外って、何なんです?」

怪訝な顔で青葉が聞く。

「私は医師免許を持ってはいますが、スーパードクターではないので何でもわかるという訳でもないんです」

「そうなんですか……」

暗い表情になる青葉を見ると江良もいたまれない気分になる。

気まずい空気が立ち込みだした時、武本が重い口を開いた。

 

「……たった今から、この事については最高級軍機とし、一切の口外を禁止する。

この五人だけの秘密だ」

「提督⁉」

武本に一同の視線が集まる。

最高級軍機は提督にしか出せない軍事機密レベルだ。

艦娘が出せる最高軍機レベルは長門などの秘書艦級だけが出せる第一級でワンランク下である。

過去に最高級軍機が出た事はあるが、武本が着任する随分前に出てから今日まで一度も出た事は無い。

「最高級ですか? 

なぜそれほどの厳重さを?」

納得がいかない顔で長門が尋ねる。

武本は答えない。

反論は聞かない、とでも言うような姿勢だ。

普段温和な武本も厳しい一面を見せる事はあるが、この時程厳しい事は全くなかった。なぜそこまで……?

 

「……知っているんですね?」

ふと青葉が静かに武本に問いかけた。

一同の目が武本から青葉に向く。

「司令官は愛鷹さんの事、実はよく知っているんではないですか?」

真剣な眼差しの青葉の目を武本はぶれない視線で見つめ返す。

しかし、答えない。

「本当はよく知っている関係ではないのですか?」

「青葉ちゃん」

それ以上はやめなさいと言う意味を込めて陸奥が言う。

しかし、珍しく青葉が食い下がる姿勢を見せた。

「司令官は一体何を隠しているんです? 

分かりますよ、その態度から。司令官が愛鷹さんと繋がりが深い関係だってことが……」

「……」

長門、陸奥、江良の視線が武本に向けられるが、武本は沈黙したままだ。

武本を見つめる青葉には証拠こそないものの、武本と愛鷹が実は着任した時に知り合ったと言う関係ではないことが分かった。

やらかし屋、パパラッチなど随分とトラブルメーカーとしての一面も目立つが、これでもソロモン戦線で修羅場をかいくぐって来た実力者でもある。

四人から向けられる視線に対し、武本は無表情である。

何を考えているのか読み取れないポーカーフェイスを崩さない。

しばらくの沈黙の後、武本は無言で小脇の制帽を被ると一同に背を向け、廊下を歩きだした。

「提督」

長門が呼び止めると、武本は立ち止まり一言だけ答えた。

「オレには、言えない……」

そしてそのまま立ち去った。

 

廊下から武本の重い足音が聞こえなくなった時、陸奥が疑問を口にした。

「提督は何か隠しているのかしら」

「確実に隠してますね。

ただ、それが何なのか……江良さんも実は隠してませんか?」

不意に青葉に聞かれた江良が身を固くするのが分かった。

自分たちの旗艦に何が起きているのか、江良からなら聞き出せると思った青葉の問いかけに江良が狼狽える様な顔を一瞬見せた。

「江良さん」

長門も尋ねた。

しかし、その時医務室のドアが開いて愛鷹がコートを着なおしながら出てきた。

一同の視線を浴びながら愛鷹は四人に頭を下げた。

そして何も言わずに愛鷹も歩き去った。

それに合わせて江良も医務室に戻った。

 

 

翌日から愛鷹は演習を再開したが江良から初日の様な速射、高機動を制限するように言われた。

また明石が武本と江良からの要請で艤装にリミッターを付けたので、戦いにくさを感じながら射撃演習と航海演習を行った。

青葉、夕張、瑞鳳、深雪、蒼月らは心配したが愛鷹が問題ないと言って、昨日ほどの激しい動きをしないで演習を行うと体調不良が起きなかったのでひとまず安心した。

この演習では第三三戦隊の面々の特徴がよく出た。

 

青葉は火力で言うと愛鷹には劣るが、射撃精度、回避技量共に高い腕前だった。

昨日に引き続き随行した利根が主砲から撃った演習弾をすべて躱し、標的を次々に射抜いていった。

 

夕張の射撃は水上戦闘、対空戦闘とも安定した成果を出しているが、演習結果を見ていた愛鷹としては対潜戦闘が向いていると思った。

ハンター・キラー戦法を習熟している様で、瑞鳳の彩雲とのコンビネーションは上出来だった。

ハンター・キラー戦法は敵潜水艦探知を航空機が、水上艦艇が潜水艦へ攻撃を、とハンター(探知役)とキラー(攻撃役)に別れて攻撃することで、欧州方面艦隊では盛んに用いられている。

 

深雪は得意領域と豪語する通り、魚雷戦での命中率が非常に良かった。

目標との的針、的速の計算が確かで、六発の魚雷の斉射による命中率は雷撃戦可能な艦娘でも上位だ。

最大戦速からのヒットアンドウェイから反航戦でのスナップショットなど、かなり照準が正確だ。

 

蒼月は標的機が片っ端から消えてしまうだけでなく、一番脅威が高いのがどれかを冷静に見極めている点で一同をかなり驚かせた。

眼の良さも相当なものだ。

愛鷹として蒼月の視力が5.0以上はあるように見えた。

見た目に反し戦闘スキルは相当ある。

 

瑞鳳は個人的戦闘能力が空母ゆえに低いが、艦載機の練度で言うと非常に良好だ。

機動性はメンバーでも最低だが、読みが良く演習弾をギリギリ躱し続け直撃弾無しで済んでいた。

また蒼月ほどではないようだが目が良いようだ。

 

制限付きとは言え、愛鷹の戦闘力はやはり高水準である。

特に、レーダーを駆使した索敵と射撃は手慣れたもので、夜戦演習では遠距離の標的への砲撃の命中率が昼間と比べてほとんど落ちない。

対空戦闘は蒼月には一歩及ばないが、大型艦艇としては高水準である。

一番の問題は艤装故障だった。

愛鷹の三一センチ砲は新装備が多数組み込まれているだけにデリケートかつ整備が複雑で、愛鷹が自分でやっても主砲が発砲できない事が何度か起きた。

その為、愛鷹が前面に出るのは危険と言う事で極力愛鷹は近接砲戦を避ける事となった。

射撃演習だけでなく艦隊運動演習でも、陣形転換は五秒代にまで短くすることが出来、一糸乱れない艦隊航行も出来るようになっていた。

 

艦隊演習は初日の愛鷹の不調を除けば、順調に課題をクリアした。

演習開始から八日後、愛鷹の演習レポートを読んだ武本は、出張中で愛鷹とはこの日が初顔合わせとなる副官の谷田川史郎(やたがわ・しろう)大佐と共に協議した後、実戦配備承認の判を押した辞令を愛鷹に渡した。

神妙な顔で辞令の書類を受け取った愛鷹の顔はどこか安堵しているようだった。

部屋を辞した愛鷹を見送った武本は軽くため息を吐いてデスクの椅子に座り直した。

「不思議君ですね、愛鷹くんは」

谷田川が愛鷹の感想を言うと武本は微笑して「君のタイプじゃないのかい?」と茶化すように言った。

「自分は榛名くんが好きですよ、前に言ったじゃないですか」

「心変わりしないかな、と思ったんだがな。

それに谷田川は今のところ合コンには成功してないだろ? 

女性を口説けた試しの無いのに、榛名くんが口説けるかい?」

にやっと笑う武本に谷田川は苦笑で返す。

女癖、好みのタイプなど別に谷田川には女性に嫌われそうな要素は思いつかないが、本人曰く、生まれてこっち女性にモテた試しなんかない、と言う。

「シャイなんですかね? 

あんなに制帽深々と被って」

「艦娘にもいろいろな性格の子がいるから、別におかしくないさ」

「まあ、そうなりますね……」

そう言いつつも何か引っかかる所があるらしく、語尾が少し歯切れの悪さを感じさせる。

話題を変えようと武本はラップトップを立ち上げ、親友から送られてきた映像を呼び出した。

「谷田川くん、君にもこれ見て欲しいんだが」

「なんです?」

谷田川にラップトップの画面を見せて映像を再生させる。

阿鼻叫喚の中、深海棲艦の新型戦艦らしき影と遭遇し、成す術もなく蹂躙された第九二・五任務部隊を映した最後の映像を見て、谷田川の表情が険しくなる

「これはいつですか?」

さっきとは違う真顔と真剣な顔で谷田川がたずねて来た。

「八日前、沖ノ鳥島沖だ。

まだ消息不明のままだ」

「……出張先での話なのですが」

少しだけ間をおいてから谷田川が口を開いた。

「どうも、この深海棲艦戦艦のことはス級と言う名がつけられているようです。

噂話の類にも近いのですが……」

「ス級。ス……か。

いろは数えでは最後の文字……。

耳がいいんだな」

「ある程度の情報共有網を持っているんですよ。

その伝で少しだけ情報を耳に入れました。

奴の姿はこの動画でしか見た事はありませんが」

「ふむ」

厄介な奴が現れたと見るのが、妥当だ。

「ル級以上ですね。

改でもなければ後期型でもない。

タ級、レ級とは明らかにシルエットも違う」

「どこから、連中はやってくるのだ……」

武本のつぶやきは深海棲艦と戦う軍人の間で何度もつぶやかれた言葉だった。

 

 

愛鷹の事を心配する一方で、本来の性分が騒ぐあまり青葉は再び愛鷹の取材を試みようとしていた。

同じ巡洋艦寮なので、部屋さえ特定できれば行くのは簡単だった。

寮長担当の夕張から部屋の見取り図も見せてもらって、内部構造も把握していた。

別件で衣笠はいなかったので一人で行くことにし、抜き足差し足で愛鷹の部屋に向かった。

 

部屋で何をしているのか、聞き耳を立てる事だけでもあってみようと思い、聴診器代わりに使える咽喉マイクまで持ち出していた。

夜の埠頭で会った時は案外あっさり気づかれたのが少し悔しかったのもあるが、謎過ぎる愛鷹の事に、少しくらいは教えて欲しいと言う欲望とも願望ともつかないもの青葉を動かしていた。

所が、もうバレそうだと思うくらいにへヤの前に近づいても、何故か取材お断りのために出て来ることは無かった。

寝ているのかドアの前まで来ても出てきたりしない。

(耳がいいのに、気が付かないなんて……)

少しだけ気づかれたことはたまたまだったのかなと思いつつ、持ってきたマイクをそっとドアに近づけて音を拾い込んだ。

するとマイク越しに、トランペット、ピアノ、サックスが奏でる演奏会が聞こえてきて、青葉は少し驚いた。

 

フリージャズだ。

 

それもかなりのテンポの速さである。

演奏者がステージの上で、真顔で踊るように演奏していそうなジャズ。

意外な音楽、意外過ぎる音楽が聞こえて青葉は思わず吹き出しかけた。

あの物静かで冷静そうな愛鷹が、全く不釣り合いにも聞こえる音楽趣味の持ち主?

これはある意味青葉にとってはオイシイスクープだ。

音の大きさからヘッドフォンで聞いているのかもしれない。

愛鷹がヘッドフォンで音楽を聴いているところを想像すると、そのギャップでまた笑いがこみ上げてきそうだった。

 

面白い情報見つけたと思いつつ、愛鷹の部屋に背を向けて撤退した。

が、三歩と行かずに背後から肩を後ろからトントンと叩かれて青葉は観念した。

やっぱりバレてた、と苦笑いを浮かべて振り返った。

すこし、「取材はお断りと言ったはずです」と言いたげな顔の愛鷹がいた。

左手にはジャズ鑑賞で使っていたらしい、年代物のヘッドフォンを持っていた。

 




次回から第三三戦隊初実戦となる予定です。


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第五話 沖ノ鳥島海域偵察出撃

第三三戦隊の初の実戦出撃になります。
同時に非常にショッキングな描写がこの話からこれから先出てきます……。


第三三戦隊の実戦配備許可が下りたその日の夜、人気のない食堂で夕食を一人摂った愛鷹はいつもの様に埠頭に行っていた。

葉巻を吹かしながら薄雲越しに差す月明かりに照らされる海を飽くことなく眺めていた。

眺めている夜の海から聞こえるのは静かな波と穏やかな海風の音がするだけだが、愛鷹にはとても心地の良い物だった。

一日の出来事がここで静かに海を見ているだけですっきりと頭の中で整理整頓されるので、寝つきがとてもよかった。

一方で早々に青葉にバレたとはいえ、他人からすれば夜の静かな海の音とは正反対の、騒々しい先が読めないような複雑なテンポのジャズを聞くのは、その先の曲の流れを想像することが楽しいからだった。

複数の楽器が息の合った奏者たちの手でメロディを演奏するのは、オーケストラなどに通じる。

しかし複雑で速いテンポを、トランペットやサックスなどの肺活量が大量に必要な管楽器が絶妙なタイミングで合わせる事は、愛鷹からしたらオーケストラよりも難しく聞こえた。

ジャズが好きなのはオーケストラを聞いていると眠くなるからでもあるのだが。

 

「何か見えるのか?」

ふと、背後からパイプの臭いと共に先日知り合ったロシア戦艦艦娘のガングートが声をかけて来た。

「ニェット(いいえ)」

「日本語で構わんよ。日本語は得意だ」

上着のポケットに手を入れたまま横に並んだガングートが、初めて会った時と変わらない達者な日本語で言う。

「ただ、眺めているのが好きなだけです……」

「奇遇だな。私も頭を空っぽにしたい時は、こうして海を見ている時が一番いいんだ」

うっすらと笑みを浮かべたガングートが愛鷹と同じことをしていたことを明かしてきた。

ロシア人が好きそうなクセのある香りをパイプから燻らせるガングートを横目で見ながら、何か私に用なのかな? と愛鷹は思った。

するとそれを見こしたようにガングートは顔を向けて、

「パイプを吸いに来ただけさ。貴様が先客だっただけだよ」

「……」

何も言わなかった愛鷹だが、「無言は『はい』と言う意味」だと分かっているガングートは変な顔をすることもなく、愛鷹と同じ方向の海を眺めた。

月灯りが増してきた。雲が晴れてきたようだ。黒い夜の海が月光で昼とは違う奇麗な輝きを見せ始める。

波は静かだが。細かく揺れている様な海が月灯りを反射する。

「故郷の海とは……やはり違うな……」

どこか、遠い目でガングートが言うのを聞いた愛鷹は、彼女が元々はバルト海艦隊に所属していたことを思い出した。

日本より緯度がずっと高い位置にあるバルト海沿岸部出身だと聞いていた。きっとサンクトペテルブルクからの夜景も見たことがあるだろう。

「サンクトペテルブルクからの夜景はどうでしたか?」

「ああ、明るかったよ。鬱陶しいぐらいに、な」

返してきたガングートの言い方に、愛鷹は少し違和感を覚えた。口ぶりからいい感情だとは言えない。

「嫌いだったのですか?」

「いや、あそこから見える夜景より、祖国の故郷で見る夜景の方が切れだったのさ」

「祖国?」

愛鷹に少し訝しまれる声で聞かれたガングートは、やや間をおいてから少し真顔で語った。

「私の祖国はな、本当はロシアではないのだ。

私はエストニアの民だよ。ロシア国籍を持っているから今はロシア人だがな」

 

初耳だった。艦娘については大体知っているつもりだったのだが。

もっとも海外の艦娘については資料には一部削除されていたところもあったので、ガングートが本当はエストニア生まれのエストニア人だと言う事は「個人情報」として削除されていたのかもしれない。

 

「小さいころはエストニアのバルト海沿いの小さな街で育ってな。

小さな街だったから夜になるととてもきれいな夜景が海辺いっぱいに広がっていた。

冬はとても寒かったが、夜空を眺める事とは別に関係なかった」

「……見られるなら、もう一度見たいですか?」

思わず問いかけた愛鷹はガングートの表情が曇るのを見て、しまったと後悔した。

なにか辛いことがあったのは見ればわかる。

しかし、こちらが謝罪して、「思い出さなくていい」と言う前に、ガングートは小さく言った。

「故郷はもうない……。

海軍に入ったから帰郷できない事もあるが、何より戦火で焼けた……」

普段は豪放磊落で強気の彼女が見える少し寂し気な顔と声だった。

すでに何度か会っているガングートの普段の顔を知っているだけに、この普段の顔との差に少し衝撃を感じていた。

故郷を戦火で焼かれたと語るが、それは深海棲艦との戦いでなのか、それとも「人間同士での紛争」によるものだったのか。

それを聞くのは愛鷹には出来ないししたくなかった。他人の古傷をひっかくような行為は一番嫌う事だった。

「今日の演習、とても良い成績だったそうだな」

話題を変えたガングートに聞かれて愛鷹頷いた。

「三一センチ主砲、か。私の主砲とほぼ同じ口径だから戦える相手には限界があるかもしれんが。

耳に挟んだぞ、貴様の機動性を生かした戦い。

私も一度やってみたものだ」

「自分で言うのもなんですが、かなり体力を消耗しますよ」

「聞いている。

疲労で倒れたと聞いているが、すぐに回復できたのはよかったな」

倒れたと言う話はどうやら知られたらしい。

しかし、吐血したことまでは知られていないようだ。

そこに少し安心した。

口に加えていたパイプを手に持つと、ガングートはため息とともに煙を吐いた。

パイプを咥えたガングートが真顔を向けて来た。

「気を張り過ぎるなよ。貴様は旗艦だ、リーダーだ、隊長だ。

部下を率いる立場の者が戦場で倒れれば、部下が死ぬ確率は格段に上がってしまう。

指揮の乱れが戦場に敗北を招いてきているのは、戦史を読めば明らかだからな。

体は大切にしろ」

「忠告に感謝します、艦隊旗艦」

先輩としてのアドバイスをしてくれているガングートに、愛鷹は礼を言うとガングートはにっこりと笑った。

「貴様なら上手くやっていけそうだな」

 

 

翌日の朝。

何時ものように武本は起床時間である午前六時半にベッドから起きると、洗面所で顔を洗い、髭をそる。

そして若いころ「甲板掃除」と言う名で起床直後にやらされた清掃の習慣から、モップで部屋の床を軽く清掃し、窓ふきで窓を掃除する。

これをしたところを艦娘達に見られたときは随分と不思議な顔をされた。

将官クラスが自分で掃除をするところを彼女たちは見たことが無かったからだ。

大抵は学校の日直のように自分たちがやっていたことだった。

単に武本自身が「自分の部屋掃除は自分でやる」タイプであるだけだ。

基地要員の作った朝食を摂る。

メニューは特別感の無い庶民的な内容。

白米、みそ汁、焼き魚、野菜料理、鶏肉など。

飲み物は牛乳だ。

食事は一週間に一回、応募した艦娘がくじ引きで作る。

作戦が立て込むと艦娘が作る朝食などは無いが、かえってそれが良い結果に繋がったこともあった。

特に戦艦艦娘の比叡や駆逐艦娘の磯風は料理の腕がまるでダメだったので、提督からは随分と恐れられていた。

口が悪い有川は「生物兵器」などと発言して武本に殴られたことがある。

この二人の場合は仲間の艦娘らからも敬遠されている。

何しろ失敗する原因が自分では分からないのだからタチが悪い。

ただ武本が着任後確認した所では、腕が悪いのではなく、「具材選びさえ出来ていれば問題は無かった」ので、「一人でやらせない」ことを条件に許可している。

「一人でやらせない」という方針転換後は比叡の料理はかなり改善しており、美食家揃いのフランス艦隊に振舞った時は高評価を得られた。

磯風も「最悪」から「普通」に代わった程度だがこれはこれでかなり良くなっている。代わりに同僚の浦風らはかなり骨を折る羽目になっていた。

この二人以外は基本的に艦娘の料理の腕はいい。

たた何故か以前長門が作った時、一度だけ食中毒が起きると言う事件が発生した。

武本自身は実家がレストランを営んでおり、幼少期から両親から仕込まれていたので料理は得意だ。

一時期有川と小さなアパートで共同生活していた時は、有川が家事を全くしなかったので、武本が家事を担当すると言う苦労も経験している。

 

朝食後、制服を着て仕事場の司令官に出勤した。

司令官室で長門、陸奥、日本に駐屯する北米艦隊のデズモンド・コルター・マイノット少将とアラバマ、日本派遣艦隊ドイツ艦隊司令官エリヴィラ・ブラウベルト少将とシュペー、サー・テレンス・パールマン中将、ガングートらと朝のミーティングを行う。

ミーティング内容は日本近海や前線での戦況確認、派遣艦隊からの報告と本国から来た通達の報告、出撃予定の艦隊の打ち合わせ、更には艦娘同士の不和、不仲、いじめなどがないかの確認も行っている。

不和不仲対策はかなり重要だ。

作戦中にこれが原因で作戦失敗や戦死者を出したことがある。

 

解散後は司令官室のデスクにあるラップトップを立ち上げ、遠征、出撃、演習を行った艦娘からの報告書、補給物資、予算、江良からの入院中の艦娘の容体報告書などの書類仕事に手を付けた。

艦隊司令官と言っても、作戦指揮を執る事だけが武本の仕事ではない。

基地の管理も仕事の一つだ。

谷田川や長門、陸奥、日本派遣艦隊司令官らと顔を合わせての基地運用の会議もある。

日本艦隊の最高指揮官であるだけに、預かる仕事内容も多く、重要度も大きい。

それだけに、エリート中のエリートのみが就任する事が出来る職場だった。

そもそも中将にまで昇進できる海軍軍人は多くない。

因みに武本がかつて所属していた自衛隊で言うと海軍中将に相当するのは二等海将である(自衛隊が国連軍に編入される数年前、階級の細分化から誕生した将官階級だった)。

 

「しおいくんの入院は……あと三日か。

軽傷でよかったな。……朝霧くんはまだか……」

報告書に目を通していると、内線電話が鳴った。

通信室からだ。

受話器を取り、通話ボタンを押す。

「私だ」

(おはようございます、提督)

当直の大淀だ。

「おはよう。要件はなんだい?」

(国際統合作戦本部からです。

機密指令コードで指令書が来ました)

「了解、送ってくれ」

(はい)

作戦本部からの機密指令か……。何か大事が来るようだな。

大事と考えた時、大淀が当直を担当するときに決まって「大事」な指令や報告があがってくることを思い出した。

その大淀がデスクのコンピューターに送って来た指令書を、指定された機密指令コードを通して解読し開く。

中身に目を通し、五分と立たずに読み終えた武本は溜息を吐きながら顎をもんだ。

「……予想はしていたが、やはり調べてみる必要があるな。

航空偵察にもやはり限界があるか……」

そう呟いた時、昔は監視衛星と言う便利なものがあったがな、と今は使えない情報収集手段を思い出した。

 

昔の軍民問わず、人工衛星を介した高度で便利なネットワーク社会の存在。

そして深海棲艦との遭遇後に起きたそれらの崩壊と混乱……。

深海棲艦との戦いが勃発してから間もなくに衛星機能もダウンし、軍事衛星を介した通信から偵察のレベルが大幅に後退した結果が、深海棲艦との初戦の敗退の要因でもあった。

情報がない事で起きる敗因や、精密誘導兵器の誘導手段が狂わされたことによる誤爆。

今は通信衛星を介さない長距離通信が確約されたので通信網は復旧したが、偵察衛星とのデータリンクは今に至るも復旧していない。

高度なネットワーク社会、その崩壊に伴う混乱は深海棲艦と人間だけでなく、混乱から起きた人間同士の軍事的衝突のきっかけにもなってもいた。

情報が無いと言う事が、あれほど現代にとって脆い話だとは武本自身思ってもみなかった。

 

今は軍の長距離偵察と言えば、航空機によるものか、艦娘の艦隊によるものが当たり前だ。

艦娘の偵察艦隊では北米艦隊の長距離戦略偵察群(LRSRG・愛称は「渡り鳥」)と言う有名なものがある。

分類上は索敵攻撃部隊(SAU・Search Atack Unit)で第三三戦隊のモデル部隊である。

今回送られてきた指令書は、艦娘艦隊による沖ノ鳥島方面への偵察指令だった。

先日消息を絶った第九二・五任務部隊の捜索と、攻撃した謎の深海棲艦の新型艦についての情報収集が指示されている。

派遣部隊の指定もあった。

指定される部隊名は予想出来ていた。

「第三三戦隊を出せ、か……。よし」

 

 

食堂で朝食を取りに行った愛鷹は、トレイを持って席を探している時に見つけた売店で、初めて「艦隊新聞」の冊子を目にした。

青葉が執筆している新聞だ。

少し興味がわき、一部購入し朝食を食べながら読んでみる事にした。

トレイの上にあるのはサンドイッチ四個とサラダ、ウィンナーを持った小皿だけだ。

愛鷹は生れつき小食タイプだった。

その為艦娘なら誰でも気にするダイエットとは無縁でもある。

食事トレイを持って席を探しに行こうと思った時、食堂の掲示板に貼られていたポスターが目に入った。

提督に料理を振舞う艦娘の応募ポスターだ。

提督への愛情や女子力のためと応募する艦娘は多い。

実は愛鷹はいろいろなことを教え込まれてきてはいたが、料理経験がほとんどない。

サンドイッチやホットドッグ程度なら作れるが、所詮その程度だ。

簡単なサンドイッチ程度じゃなあ、と自分の料理の腕の無さに苦笑した。

隅とは言えないが、人気は少なめの席を見つけてトレイを置き、席に座って食事を始める。

量が少ないだけにすぐにトレイの上の朝食は姿を消していき、サンドイッチの三個目を食し終えた時にはもうサラダやウィンナーは無くなっていた。

そこでいったん食事の手を止めて「艦隊新聞」を開いて読む事にした。

 

開いてみた「艦隊新聞」は字面や構成などは一般的な新聞紙とほとんど同じだ。

検閲入りではあるが青葉の取材のパイプが広いのか、日本に限らず海外の艦隊の話も掲載している。

文章の書き方は基本的に論調だが、所々に青葉の地が出た部分もある。

話は聞いていたが、まじめな記事から、ゴシップ誌のような内容まで盛り込まれている。

ちなみに「艦隊新聞」は青葉が執筆の時間を確保できていれば、一週間に一回発刊できている新聞だ。

学校のクラス内で発刊されている様な学級新聞とは違う本格的さがある。

変なジャーナリスト魂を見せたりするところはあるものの、青葉の真相究明と言うところ姿勢には変わりない。

写真もあり彼女が撮影しているものと、風景写真として磯波が投稿したと言う写真が載せられている。

カメラ趣味の磯波が投稿する風景写真はアマチュアとしては上出来すぎる写真だ。

かなり入れ込んでいる趣味だと分かる。

他に秋雲が投稿した四コマ漫画まである。

青葉さん、艦娘になる前の職業は新聞社の社員だったのかな……と、愛鷹は冗談抜きに思った。

コーヒーを飲みながら新聞を読んでいると、新聞の端を誰かが叩いた。

誰だろう、と叩いた誰かを見ると、暁型駆逐艦娘の暁が腰に手を当てて立っている。

「お行儀悪いわよ」

「ああ、失礼」

コーヒーカップを置き、新聞を畳んでテーブルの上に置いていると、見慣れない自分だと気が付いた暁が尋ねて来た。

「あなた、新しい艦娘? あたしは暁型駆逐艦の暁よ」

「超甲型巡洋艦の愛鷹です」

「愛鷹さんね。よろしくね」

いくら一人前のレディを自称しようと、垢ぬけなさ、幼さがそのままの暁型の長女の暁だが、それでも暁型四人姉妹の中でも最初に改二へとパワーアップしているだけに努力と経験は豊富だ。

艦娘の発育が止まってしまう謎の現象は、年齢層が広く、大型艦艇艦娘程大人で小型艦艇艦娘程幼くなる傾向がある。

ただ軽空母である瑞鳳や、既に戦死してしまってはいるが陽炎型駆逐艦の夏潮など必ずしもそうとは言えないケースも少なくはない。

精神的な成長も停滞することもあるようで、暁型などは一番「幼女」さが続いている。

 

「愛鷹さんって、どこの艦隊に所属しているの?」

「第三三戦隊です。威力偵察が主任務の部隊ですよ」

暁の問いに愛鷹が返すと、暁が少し不思議そうな顔をした。

「誰かに似ているわね。でも誰だっけ……」

それを聞いて愛鷹は拙い、と身を固くした。

自分よりも遥かに背丈が下の暁なら、制帽で顔を隠しても下から見上げる形だからある程度は見えてしまう。

どうしようと思った時、

「あ、暁。いたいた、こんなとこにいたのね」

トコトコと暁に駆けて来たのは暁型の三女雷だ。

後ろから四女電と次女響がついて来る。

「そろそろ遠征部隊が出るって。

天龍さんと龍田さんが待ってるわ、行くわよ」

「分かってるって。

じゃあ、またね愛鷹さん」

ぺこりとお辞儀をした暁は妹三人と共に食堂の入口へ走っていった。

半歩遅れ動きの響が愛鷹に視線を送ったが何も言わずに三人の後を追っていった。

バレずに済んだのでホッと溜息を吐きくとコーヒーカップのコーヒーを飲み、残っていたサンドイッチを口に入れた。

「バレずに済んだわね」

急に抑揚のない声が掛けられて、愛鷹はサンドイッチをのどに詰まらせかけた。

何とか呑み込んでから背後を振り返ると、不知火が立っていた。

一瞬、なぜ気づけなかった? と思ったが靴型ソナーは常に使っているわけではないし、人が大勢いる食堂では注意していないと聞き分けきれない。

しかし、何故不知火が「バレずに済んだ」と言ったのか? そこが一番気になる。

自分の正体を知っているのか?

しかし、愛鷹が知る限りでは自身と不知火とは関係が無かったはずだ。

「私の事を知っているのですか?」

真顔で聞く愛鷹に言われた不知火は表情をあまり変えずに「いえ」と返してきた。

「初めて話す関係です。

何かお困りの様でしたので雷に天龍と龍田が待っていると嘘を言ってみました。

遠征に出るのは事実ですし、暁は詮索好きなところがあるので。

バレずに済んだ、は顔を見れば何となくわかったので」

そこまで言ってから「申し遅れました、陽炎型二番艦不知火です」と敬礼して名乗って来たので、「超甲型巡洋艦愛鷹です」と答礼する。

長女陽炎と比べ勘が鋭い冷静沈着、時にそれを通り越した冷酷な性格だから愛鷹の動揺を瞬時に読み取ったのだろう。

機転の良さも聞いていた通り。

「貴女が何者かは不知火には興味が無く、貴女の秘密に青葉の様にしつこく迫るつもりもないので。

失礼します」

軽く会釈して不知火は愛鷹に背を向けて去っていった。

 

彼女の背を見ながらサンドイッチの最後のかけらを食べ、飲み下してから愛鷹は小さく呟いた。

「貴女みたいな勘のいい艦娘は、正直苦手です……」

個性豊かな陽炎型の中でも飛び抜けて恐ろしいと言う不知火は、青葉よりも厄介なところを持っている様だった。

ナプキンで手と口を拭いていると、食堂の天井の随所に設置されているスピーカーから電子音が流された。

食堂にいた艦娘達がお喋りや食事の手を止めて上を見る。

(第三三戦隊旗艦愛鷹、次席旗艦青葉、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は、〇八:〇〇までに司令官室脇作戦会議室へ出頭してください)

そう大淀の声でアナウンスされた後、食堂内で「第三三戦隊?」「初めて聞いた」「新しい艦隊みたいだけど、あし……誰?」と聞きなれない部隊名と愛鷹の名前に不思議そうな声が上がった。

出番が来たか、と愛鷹は新聞を畳むとトレイと空の食器を片付け、食堂を出た。

 

 

作戦会議室に集まったのは第三三戦隊の面々の他に武本、長門、それに北米艦隊日本駐屯艦隊司令官デズモンド・コルター・マイノット少将がいた。

何故マイノット少将がいるのだ、と思いながら第三三戦隊の面々は出撃司令のブリーフィングを受けた。

沖ノ鳥島海域の海図を広げた武本は長門が持ってきていた資料を基に作戦司令の伝達を始めた。

「今回、第三三戦隊の諸君らには沖ノ鳥島方面への水上、艦上機による航空偵察を行ってもらう事になった。

今回の作戦は君たちの初仕事としては初っ端からの高難易度作戦と言えるかもしれない」

「いつの出撃に難易度なんてないよ」

深雪が苦笑交じりに言う。夕張のブーツが深雪の短靴を踏みつけた。

「先日、この海域を哨戒任務中の北米艦隊第九二・五任務部隊が深海棲艦の艦隊の攻撃を受けて消息を絶った。

同艦隊所属の重巡スプリングフィールドのキングフィンシャー水上偵察機が持ち帰った情報から、全滅した可能性もある。

ただ、上はまだ望みを捨てていない。

今回の作戦では彼女達の捜索と第九二・五任務部隊を襲った深海棲艦の未確認艦の情報収集だ」

「未確認艦ですか?」

愛鷹が武本に軽い驚きを込めた目で見る。

「水偵が持ち帰った映像から、ル級改、ル級後期型でもない相当な火力の戦艦だと言う事が示唆されている。

艦影もこれまでの識別データに合致するものはない。

映像のみの情報だが二〇インチを超える主砲を搭載している可能性すらある」

二〇インチ(約五〇センチ)以上と聞いて蒼月が体をこわばらせ、他の面々も表情を険しくする。

未確認艦の主砲が二〇インチ以上となると大和型戦艦改二の火力で対抗できるかすら怪しい。

「誤報ではないのですね?」

念を押すように愛鷹に問われた武本は分からないと頭を振る。

「ただ分析できる限りでは弾着時の水柱、発砲時の閃光と砲炎が明らかにこれまでと異なっている。

悪い情報として、水偵が持ち帰った情報から推測するに未確認艦は三隻確認されている。

第九二・五任務部隊はこの三隻とル級三、駆逐艦六隻に襲われている」

「未確認艦の情報は他にないのですか?」

青葉の問いに、長門が持っていた封筒を武本は渡してもらうと、中に入れていた不鮮明写真を六人に見せた。

「水偵が持ち帰った映像をプリントしたものだ。

不鮮明だがこれ以上の画像クリーニングは出来なかった」

 

写真には深海棲艦の主力駆逐艦イ級後期型、戦艦ル級(黄色い眼光からflag ship級)の奥に不鮮明な三つの大きな影が映っている。

大きい。

戦艦棲鬼並みのサイズだが、戦艦棲鬼は拠点防衛タイプで沖ノ鳥島の様な勢力圏から遠く離れた所にまで出向くことがない。

深海棲艦の戦艦には棲鬼クラスや航空、雷撃、更には対潜攻撃まで出来るレ級など強力なものが確認されている反面、それらが侵攻作戦に参加したことはなく基本重要拠点の防衛についていることが多い。

空母だと棲鬼級が侵攻部隊中核として何度も出現しており、二年前には空母棲鬼級六隻からなる大機動部隊がその圧倒的航空戦力を持って、奪還されたアリューシャン列島からウラジオストックにかけての各基地を空爆し大きな損害を出している。。

考えられることとして深海棲艦側が戦略や運用を変え、棲鬼級を外洋作戦に投入したと言う可能性が出た可能性があると言う事だ。

または拠点防衛の棲鬼級に匹敵する大火力戦艦を新たに登場させた、と言う可能性がある。

 

「とんでもなく強力そうですね」

声を震わせながら瑞鳳が言う。

「私の手練れの部下六人を蹂躙した相手だ。

君らには、出来たらでいい。

彼女たちの……遺品になるモノでもいい。持って帰ってきてくれたら嬉しい……」

初めてマイノットが口を開いた。

第九二・五任務部隊の上官はマイノットだ。

マイノットはかつて在日アメリカ海軍第七艦隊の幕僚だった人物だ。

佐世保出身のアメリカ人で彼の日本語には訛りがない。

「私としては情報も欲しいが、彼女たちの安否が分かるだけでも正直嬉しい。

くだらない私情かもしれないが……」

「そんなことはないですよ少将。

私も上司としてあなたの気持ちはわかる」

重い口調のマイノットに武本が慰めるように言う。

「かたじけないです、中将」

 

マイノットは武本とは日本、北米と所属こそ違うが、同じ国連軍の軍人だ。

運用にはやや変則的なところもあるが、国連軍内では海外の駐屯、派遣艦隊は現地の艦隊司令官の指揮下にはいる事が基本だ。

その為マイノットは日本艦隊所属ではないが事実上は武本の指揮下に入り部下になる。最上級指揮系統は勿論国連軍にある。

 

「司令部は当該海域内で三日以内に任務を終え、帰路に就くよう指示してきている。

つまり三日以内に終わらなければ手ぶらでも帰ってきても構わないと言う事になる。

勿論、情報を掴んだら欲を張らずに即撤退も問題ない。

偵察と捜索の二つの目標があるが、主目標は偵察だ。

予報では作戦期間中の海域の気象条件は快晴だ。雲が多少出るらしいが、大したことは無いと見積もられている。

第九二・五任務部隊の面々の消息については……最悪二の次にするように」

「情報が集まるめどが立たなかったら、捜索任務にシフトします。

どこかで救援を待っているかもしれませんからね」

愛鷹の言葉にマイノットが微笑を浮かべた。

「ありがとう愛鷹くん。

だが、彼女たちが辿った同じ悲劇を繰り返さない為には情報収集を優先してほしい。さっきのは私情だから気にしなくていいよ」

「了解」

武本提督に通じるところを感じる、とマイノットの顔を見た愛鷹は胸中で呟いた。

部下思いのところは武本並だろう。

「君たちの任務の性質上戦闘は避けていきたいが、交戦に備えて越したことはない。

対水上目標は勿論、対空、対潜の装備と弾薬類を揃えるように。燃料も満載だ。

それと勿論各自の水と食糧も忘れない様に。

父島の警戒基地を前線基地とした。基地司令には既に通知済みだから安心してくれ」

「いざという時の援護とかはあるのですか?」

あまり考えたくない事ではあるが念の為に、という形で青葉が聞いてきた。

「君達が作戦海域に展開している間、第五航空戦隊の翔鶴、瑞鶴率いる第二機動艦隊が後方に展開してくれる。

編成は五航戦と戦艦金剛、比叡、軽巡長良、名取、第二水雷戦隊の矢矧と磯風、浦風、雪風、黒潮、陽炎だ。

ただ、三日以上はとどまれない。

別の作戦に五航戦を投入する予定があるから、彼女たちにもあまり負担がかけられない。

つまり五航戦からの航空支援が受けられるのは三日だけだ。

君たちから五日経っても連絡が来なかったら、一航戦を出す予定だが、赤城、加賀は一か月前のパラオでの航空戦の際に航空団に損害を受けて補充と再編中だから、出撃可能機数が足りない状態での出撃になる可能性が高い。

それは出来れば避けたい」

「なるほど」

「作戦内容は以上だ。装備リストはあとで工廠にて桃取から貰う様に。

出撃は一三:〇〇。私からは以上だ。

質問は?」

誰も手を上げなかった。

「よし、じゃあ解散だ。出撃に備えてくれ」

 

 

第三三戦隊出撃となり、六人は工廠にいくと各々の艤装、装備のチェックに向かった。

工廠ではすでに妖精さんたちがチフちゃん監督の元、弾薬類の積み込み、燃料注入、艤装の最終点検が行われていた。

装備、点検リストを手に愛鷹、青葉、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳はそれぞれの艤装、装備の状態を自分でチェックしていく。

青葉、夕張、深雪、瑞鳳は慣れているが、蒼月は外洋作戦経験が乏しいだけにかなり張り詰めた顔でチェックしている。

そんな蒼月を外洋作戦経験豊富な先輩として深雪がチェック作業を手伝った。

蒼月の長一〇センチ高角砲の予備砲身が珍しい深雪が少しふざけて砲身でペン回しをすると、チフちゃんが飛んできてハンマーで深雪の頭を殴った。

頭を抱えて転がりまわる深雪と、説教するチフちゃんに緊張が少しは解けたらしく蒼月は笑顔を浮かべた。

青葉が自分の二〇・三センチ連装主砲の砲弾搭載状況を確認している時、愛鷹の第一主砲が故障を知らせる電子音を立てたのを聞いた。

動作チェック中に揚弾機がエラーを起こしたらしい。ため息交じりに愛鷹が工具を手に第一主砲の故障個所を修理する。

愛鷹の第一主砲は、故障が起きた愛鷹の艤装でも特に問題児だ。

演習中に故障を起こした愛鷹の艤装の九割以上が第一主砲だ。

最初の射撃演習の時に故障したのも第一主砲でもある。

肝心の主砲塔一基に起きる故障は愛鷹の大きな悩みの種となっていた。

そこで明石らが愛鷹の艤装の故障個所に関して、内部部品を丸ごと入れ替える整備を予定していたが、要請した予備部品のストックがまだなかった。

その為発注していたが速達でも届くのは明日になっていた。

仮に今部品が届いても、丸ごと入れ替える整備をすると最低でも半日以上はかかってしまう。

当然出撃時刻には間に合わない。

故障修理のために桃取が手伝いに行くが、予備部品無しでは全面的な解決が望めない。

ならば重量軽減のために第一主砲を下ろしていくと言う手もあった。

そうすると艤装にかかる燃料消費も減り、火力こそ低下するが第一主砲が抜けた分軽くなるので機動性が少しだけ上がる。

しかし、愛鷹には第一主砲を下ろしていくのは気が進まないらしく、使用できない砲門の揚弾機の機能をカットしていくことを桃取が提案した。

愛鷹からそう言う機能が無いと言われた桃取は「蹴りを一発入れれば、三割の確率で動くっすよ」とため息交じりに返した。

流石に愛鷹も苦笑するしかなかった。

何か助けにはならないかと思った青葉は、チェックリストを近くの作業机に置くと愛鷹に聞いた。

「代用部品とかは無いのですか?」

「代用になる部品ですか。残念ながらないですね。

私のは事実上ワンオフに近いので」

「ガングートさんの部品って使えないんですか? 同じ口径ですし」

その問いには桃取が答えた。

「そーれは無理っすねえ。

弾薬は規格統一が出来ましたが、艤装部品の規格統一がまだ出来てないんすよ。

てか、あちらさんの部品ストックもそろそろ少ないので、回せないんす」

となると外していくのが賢明と言う事なのか、と青葉が思った時、愛鷹が「いや、もしかしたら……」と何か思いついたらしく、近くのコンピューター端末に向かった。

データベースに登録された自身の艤装と、別の艤装の設計図を呼び出し、タッチパネルに触れて内部機構を調べていく。

「また故障かよ」

青葉の隣に来た深雪が聞いて来る。

青葉が頷くと深雪は舌打ちした。

「性能が良くても、信頼性がこれじゃあなあ……」

「まあ、ガサも改二になった時、二〇・三センチ(三号)連装主砲の初期故障にはよく泣いていましたけどねぇ……」

 

改二になったばかりの時の衣笠の苦労話を語る青葉の脳裏に、油にまみれながら自分の主砲修理に躍起になっていた衣笠の姿を思い出した。

姉より先に改二になった時は随分自慢して来たが、主砲故障が続くと姉の青葉に泣きつき、青葉も明石型の三人と一緒に修理作業を手伝わされた事がある。

今は艤装慣れしたこともあって故障は全く起きない。

自分も改二になったら初期故障に悩むことになるのかと思うと少し気が重くなった。

 

改二は艦娘の艤装の大幅なチューンアップが行われるから、改二になったばかりの時は不慣れから来る初期故障に泣かされることもある。

慣れれば全く問題は起きないのだが。

その時、愛鷹が小さく「これなら行けるかもしれない」と呟く声がした。

そして直ぐに桃取を呼ぶと予備部品庫に向かった。

数十分後、木箱数個を台車に載せて運んできた二人は妖精さんと共に第一主砲の故障個所の緊急オペを行った。

何のパーツを使うのかと青葉が木箱に書かれている文字を見て、思わず「え?」と声が出た。

愛鷹が代用品として選んだ部品は意外な代物だった。

 

 

碧海に爆発音と砲声が轟いていた。

「おのれ、許さんぞ!」

爆発炎上し、赤い炎と黒煙を上げる貨物船を見た英国艦隊日本派遣艦隊旗艦の軽巡洋艦ユリシーズは、砲撃してきた深海棲艦の巨大艦に向って吼えた。

仇だ、と三連装魚雷発射管を構えて巨大艦を見据えると海面を蹴った。

僚艦であるヨーク級重巡モントローズが静止の声を上げるが、「エクセターとジュピター、船団を頼む」と返して吶喊した。

遠くで僚艦ジャーヴィス、ケリーがイ級後期型と交戦している砲声が聞こえてくる。

 

東南アジアから日本へ向けて、ユリシーズが仲間の重巡モントローズ、エクセター、駆逐艦ジャーヴィス、ケリー、ジュピターと共に一八隻の貨物船からなる輸送船団を護衛していた時、深海棲艦の水上部隊が強襲を仕掛けて来た。

軽巡ホ級四隻、重巡リ級二隻の深海棲艦巡洋艦艦隊はユリシーズ、モントローズ、エクセターの三人のレーダー射撃で近寄ることが出来ず、ホ級一隻が沈み、二隻が大破、リ級一隻も中破し巡洋艦艦隊は退いた。

しかし、その後イ級やホ級、軽巡ト級、リ級からなる小規模艦隊の波状攻撃が行われると、船団を護衛する仲間の体には疲労がたまり始めた。

特に、太平洋での戦いがまだ少ないジュビターの疲労は大きく、エクセターが寄り添っていく羽目になった。

「護衛艦が護衛されるってどういう事よ」と苦笑を浮かべながらも、世話好きのエクセターはジュピターを支えて進んだ。

次第に疲労で動きが鈍くなる仲間に代わりユリシーズだけ五・二五インチ連装主砲を振り回し、奮戦した。

仲間が不甲斐ないと思った事は無かった。

誰にでも初めての時は醜態をさらしてしまうこともある。

次から次へと押し寄せて来る深海棲艦は六割方がユリシーズ単艦で沈んでいった。

絶対に、もうだれ一人失わない。

もう二度と誰も死なせない。

その義務感と闘志、そして誓いが彼女を戦わせた。

 

かつて英国本土、クライド湾(当時のユリシーズの所属基地があった)へ向かう一八隻の輸送船をユリシーズは同じマンチェスター出身で仲が良かったシアリーズ級巡洋艦スターリング、W級駆逐艦ヴェクトラ、V級駆逐艦ヴァイキング、S級駆逐艦サイラス、護衛空母ディフェンダーと共にFR77と名付けられた輸送船一八隻の船団を護衛した。

しかし、厳冬に加え観測史上最大級の大暴風雨にさらされた船団と護衛部隊は極度の疲労で集中力、注意力が低下し、さらにディフェンダーが時化で戦闘不能になったため途中戦列を離脱する事態が起きた。

それからがまさに地獄だった。

深海棲艦は艦隊、潜水艦、攻撃機を繰り出して執拗な攻撃を行い、一八隻の輸送船団は四隻と見る影もなくなってしまった。

そしてスターリング、ヴェクトラ、ヴァイキングは激しい爆撃、雷撃、そして負傷した傷に倒れ帰らぬ人となった。

ユリシーズも故郷まであと一息のところで重巡ネ級の砲撃が右足を直撃した時、右足が千切れかけるほどの重傷を負って人事不省になり、サイラスも追い詰められたが間一髪のところで本国艦隊のキング・ジョージV世級のキング・ジョージV世とデューク・オブ・カンバーランド率いる救援艦隊に助けられた。

救援艦隊に救助されたユリシーズは搬送された病院で肉片状態の右足を切断したが、再生治療により一年半で元通りにはなった。

だが足は元通りになっても心の傷の治療には二年近くの時間がかかった。

二年後に戦列に復帰した時には助けてくれたデューク・オブ・カンバーランドは撃沈され戦死していた。

同郷の友人三人、恩人一人、更に自身の右足まで奪った深海棲艦にユリシーズは凄まじい憎しみを感じ、それからユリシーズは戦い方から人格に至るまで変わった。

あの時、三人の友と右足を失う戦いを経験していなければ今のユリシーズの人格は無いだろう。

戦列復帰後に二度と守るものも仲間も誰一人失わない、深海棲艦を滅ぼして平和な海を取り戻すと三人の友と恩人の墓前で誓った。

 

だが、今巨大艦三隻を含む深海棲艦の戦艦六隻、駆逐艦六隻の攻撃で四隻が破壊され既に二隻の貨物船が沈んだ。

二隻はまだ浮かんでいるが一隻は恐らく助からないだろう。

退船命令が出たらしく乗員が海に飛び込み、僚船が救助に当たっている。

そしてエクセター、ジュピターも避ける間もなく被弾し血まみれになって倒れている。特にエクセターはモントローズが応急処置をしているが意識は無く、脈も弱っているとのことだった。

屈辱以外の何物でもなかった。

同時に共の墓前での誓いを破ってしまった事への悔しさ。

怒りに燃えるユリシーズは巨大艦の前に立ちふさがったル級に向かって「どけえぇぇぇっ!」と喚きながら主砲を撃った。

ル級も一六インチ砲を撃ち放つ。

海上に響き渡る巨砲の砲声と共に三隻から放たれた大口径砲弾が降り注ぐ。

怒りに燃えるユリシーズだが、頭は冷静だった。

軽巡ならではのユリシーズの高い機動性、そして経験がル級の砲撃から彼女を守った。

砲撃の弾着予想を経験から予想して避け、高速かつ複雑でランダムな回避運動を取りながら牽制射撃を繰り返し、三隻のル級に肉薄する。

「そこを、どけぇっ!」

吼えながらル級三隻の至近距離に潜り込むと、一隻の頭に主砲を早撃ちする。

ル級のモノと比べたらはるかに小口径であるユリシーズの主砲だが、強装薬で至近距離から撃ち出された徹甲弾の威力には小口径故の火力の低さと言う物が当てハマりにくくなる。

連装主砲が打ち出した徹甲弾はル級の頭に命中し、致命傷を与えるには至らなかったが一時的な戦闘不能には追い込めた。

身動きが取れないル級は他のル級の射撃の邪魔となり、そのすきにユリシーズは他の二隻の頭に主砲を撃ち放った。

小口径でも勇ましい発砲音と共に砲口からたたき出された徹甲弾は、ル級の頭のバリアに当たってほとんどの威力を失うが、残る威力がル級の顔面にダメージを与える。

呻き声を上げて動けなくなった戦艦にすぐにはとどめを刺さず、過去の経験から覚えたル級のバイタルパート(主装甲区域)外に主砲の砲撃を浴びせ続ける。

「軽巡だからと甘く見るな!」

滅多打ち、嬲り殺しにしているかのような砲撃だが、狙いは砲撃でル級三隻を沈黙させることではなかった。

目ざとくバイタルパート以外のところに損傷区画を見つけると主砲を一斉射撃する。

凄まじい火花がル級の艤装から走る。

バイタルパート以外ならユリシーズの主砲でも損傷区画を大きくしていくことは可能だ。

反撃してくる副砲に五・二五インチ砲弾を撃ち込んで沈黙させる。

主砲より攻撃力の大きい魚雷は巨大艦を撃つ為に温存するつもりだし、ル級程度に魚雷を撃つ気自体が無かった。

悲鳴を上げるル級に情け容赦のない猛砲撃ひとしきり撃ち込むと、ユリシーズは残弾二〇発の爆雷の内の数発を損傷区画に投げ込んだ。勿論信管は起動済みだ。

そして直ぐに距離をとるとル級の損傷区画に投げ込んだ爆雷に照準を合わせた。

「沈めぇっ!」

連装主砲がユリシーズの咆哮と共に砲弾を撃ち出すと、ル級三隻の損傷区画に飛び込み、爆雷とともに爆発した。

目もくらむような閃光と共にル級が炎に包まれ、艤装が爆散する。

断末魔の叫びと共に爆沈する戦艦三隻を後目に巨大艦へと突撃を敢行する。

ル級が一隻の軽巡に成す術もなく倒されたことに脅威を感じたらしい巨大艦は回頭し、離脱を開始した。

「逃がさん」

ユリシーズは機関部と主機に壊れるまで出力を出すように鞭を打った。

英国艦隊でも足自慢の主機が傲然と海を掻き、軽巡洋艦が艦とは思えないような速度で巨大艦を追いかける。

だが相手は巨大な割に思いのほか速い。

距離がなかなか縮まらない。

この距離だとさすがに砲撃を行っても当たらないし、魚雷も当たらない。

「逃げるか! 臆病者、戦わないか! 私を殺してみろ、主砲で私と戦え!」

ユリシーズの言葉に深海棲艦の巨大艦は答えない。

相手にする気が無いと言うのか? 丸腰の船を撃つ卑怯者め。 

(ユリシーズ、いい加減になさい! 船団を守るのを優先しなさい!)

本気で怒ったモントローズの声がヘッドセットから飛び込んでくる。

それでもユリシーズは巨大艦三隻を追おうとしたが、機関部と主機がオーバーヒート警報の悲鳴を上げて出力が低下してしまったので諦めるしかなくなった。

機銃弾一発も当てられることなく取り逃がすことになった。

「おのれ……!」

ぎりりと歯を噛み締めながらユリシーズは船団と護衛部隊に集合をかけた。

まだ船団は目的地についていない。

重傷を負ったエクセター、ジュピターがいない分の護衛の負担を負わなければならない。

ユリシーズは船団の船団長が乗る貨物船の近くで護衛部隊の面々を集まらせた。

 

船団長の貨物船に近づいた時、ケリーが泣き叫ぶ声がするのに気が付いたユリシーズはぞっと背筋が冷えるのを感じ、最悪の結末でない事を神に祈った。

「ケリー、泣くな……」

呟く様に言う言葉は祈りの言葉に近かった。

誰かを失うのは御免だ。

もう二度と誰も失わないと三人の友とカンバーランドの墓前での誓いを反故にしたくなかった。

だが船団長の貨物船から降ろされた小型艇の中でケリーが黒い袋に縋り付いて号泣しているのを見て、祈りが粉みじんに打ち砕かれた。

小型艇の脇にはエクセターの血で汚れたモントローズが力なくたっている。

「モントローズ!」

ユリシーズに呼ばれたモントローズは悲しみに顔をゆがめて涙を流していた。

「ユリシーズ……。ごめんなさい、手は尽くしたのだけれど。本当に……ごめんなさい……」

「……」

血が滲むほど唇を噛み、爪が手に食い込むほど拳を握ったユリシーズだったが涙は出なかった。

泣きじゃくるモントローズをそっと抱きしめる。

抱かれたモントローズはユリシーズの胸に顔をうずめて泣いた。

「神の元に召されたのか……あの子も。悲しいな」

自分の胸の中に頭をうずめて体を震わせるモントローズの肩をやさしく叩く。

彼女の肩を叩きながら、私が失った友と仲間はこれで何人目だと言うのだろうか、まだこれからも失うことになるのか? と思うと深海棲艦への憎悪と共に自身への不甲斐なさが湧き出た。

船団長の船からジャーヴィスが下りて来たので、ユリシーズはモントローズと一緒にジャーヴィスの元に向かった。

ジャーヴィスも制服がところどころ破れ、艤装も痛めつけられているが、応急処置でならまだ戦えるようだ。

小型艇の中のケリーと遺体袋を見たジャーヴィスの顔はやはり涙に濡れていた。

「エクセター、逝っちゃったんだね……ごめんねユリシーズ……ジャーヴィスが」

「言わなくていい、ジュピターは?」

「エクセターのお陰……一命はとりとめるかもしれないって船のお医者さんが言ってた……最善を尽くすって」

「そうか……」

 

ユリシーズは知らなかったが、疲労で動きが鈍かったジュピターに向けられた攻撃からエクセターは盾となった。

ジュピターも瀕死の重傷を負ったが、エクセターが自身の機関部や弾薬庫が誘爆する中でも固く抱きしめていなければジュピターも戦死していたかもしれなかった。

小型艇が船団長の船に収容され、ユリシーズも船団長の船に乗り込むとエクセターの遺体を霊安室に運んだ。

「こんな女の子に、身を守ることをゆだねる事しかできないとは。

男として情けない限りです」

霊安室に「船団と仲間を守るために殉職した艦娘に礼を言いたい」とやって来た船団長は、綺麗にされた状態で遺体袋に入れられたエクセターの顔を見て目を赤くした。

「この子が守ったジュピター嬢は私たちが責任を持て介抱します」

「よろしくお願いしたします。

エクセターは日本に着き次第、日本艦隊統合基地で葬儀を行います。

それまでどうか彼女をお願いします」

「分かりました……その、無理を承知でお聞きしたいことがあるのですが」

「何か?」

「この子の本当の名前は何と言うのでしょうか? 守秘義務は存じ上げております。

私も昔は海軍にいたので」

「……申し訳ありません。

私も知らないのです」

「……分かりました。亡くなられたエクセター嬢に心から哀悼の意をささげます」

深々と頭を下げ、声を詰まらせながら船団長はそう言うと霊安室を出ていった。

一人になったユリシーズはエクセターの前で神に祈りをささげた。

 

「主よ、我が大切な友を、このような形であなたの元へ送ることをどうかお許しください。

我が大切な友、エクセターは友護るべくその身が戦いの炎に焼かれる中自らの命と引き換えに護り抜きました。

護るべきものの為、友の命を護る為にその使命を果たし殉じた彼女にどうか慈悲を。

そして彼女の家族の元へこの魂が還り、天国で永遠の安らぎが得られんことを、アーメン」

敬虔なカトリック信者のユリシーズは十字を切ると、物言わぬエクセターの額にそっとキスをした。

「ありがとう、エクセター。

お前のお陰でジュピターは助かった。

安らかに眠れ」

最後に敬礼を送ると、遺体袋のチャックを静かに締めた。

 

 

第三三戦隊が沖ノ鳥島方面へ出撃したのは、貨物船の霊安室内でユリシーズが祈りをささげる三〇分前の事だった。

改二になった為、余剰化していた大和型戦艦の三連装主砲の部品を代用品とする荒治療で愛鷹の第一主砲を復旧させ、定刻通りに六人は統合基地を抜錨した。

わざわざ埠頭でチフちゃんが出港ラッパまで吹き、埠頭に来た妖精さんたちが整列して敬礼をして送り出してくれた。

愛鷹以外のメンバーの艤装に乗り込んでいる整備妖精さんたちと一緒に敬礼を返す。

基地を発った後、対潜対空警戒序列を組んだ第三三戦隊はその日のうちに八丈島の警戒基地に入港して一夜を過ごすと、翌日補給を行い父島へと向かった。

 

まさか大和型戦艦の主砲から代用部品を探し出して組み込むなんて……後ろを進む愛鷹の主砲修理の方法を重い明日青葉は、思いがけない部品の共通性に今でも驚きが隠せなかった。

確かに初めから三連装主砲として設計されているとは言え、主砲の口径や使用する弾薬の規格も違う四六センチ主砲と三一センチ主砲である。

三一センチ主砲には四六センチ主砲にはない自動冷却装置もあるから分解するにも一苦労だ。

そんな中限られた時間で互換部品に故障部分の部品をすべて交換、動作確認を行って出撃に間に合わせたのだ。

青葉にしてみれば僥倖、奇跡に見えたし同時に互換部品を探し当てる愛鷹の技術力にも舌を巻いた。

あの後、明石らから工作艦に転職しないかと愛鷹は随分と勧誘されたものだった。

勿論できる訳がないのだが。

空に聞きなれた航空エンジンの音が聞こえてきた。

戦闘空中哨戒に上がっていた瑞鳳の搭載機烈風改だ。

交替部隊に任務を引き継がせて戻ってきたようだ。

「戻って来た、お帰りー」

「異常なしですね。

瑞鳳さんは哨戒部隊の収容作業を開始してください」

「はーい」

愛鷹の指示通り、瑞鳳は烈風改の収容作業を開始した。

飛行甲板に着艦していく烈風改に瑞鳳は一機ずつお帰りと声をかけていた。

瑞鳳の空母航空団(航空隊)は烈風改三個飛行隊三六機、対潜哨戒・偵察任務の彩雲一二機、電探搭載の早期警戒型彩雲五機、補用機の烈風改二機、彩雲二機を艦載していた。

愛鷹は生まれて初めての大洋に顔には出さなかったが、内心では心が躍っていた。

この世に生を授かってから今に至るまで、陸地から遠い海にまで乗り出したことは一度もなかった。

 

靴先のソナーからは海洋生物の鳴き声や泳ぐ音が聞こえてくる。

深海棲艦との戦いで海洋生物にも大きな影響が出ていると言うが、それでも海で強く生きている生命の鼓動は非常に勇気づけられるものがあった。

昼頃に交代で食事を摂っていると、近くでイルカが何頭もジャンプするのを見た愛鷹がとても楽しそうな笑顔を浮かべた時に青葉、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は初めて愛鷹から一人の人間、一人の女性であるところを見た。

普段は物静かで感情の起伏が大きいとは言えない愛鷹の反応は、第三三戦隊の面々からするととても新鮮だった。

イルカたちは愛鷹と言う新しい艦娘に興味があるのか、しばらくじゃれついて来た。

青葉らからすればここまでイルカについてこられたのはあまり例がなかった。

遊びできているわけではないのは愛鷹も承知しているが、イルカが何頭も一緒に並走し、時折ジャンプするのを見る彼女の顔はとても楽しげで嬉しそうだった。

その姿を青葉は持っていたプライベート用のカメラで何枚かフィルムに収めた。

とても貴重なシーンに見えたのは青葉の長年の経験からだ。

日暮れが近づくとイルカたちは別れていった。

「楽しかったですか?」

あまり外洋には出ないだけに、イルカが一緒に泳いでくるのを見たことがない蒼月が愛鷹に尋ねた。

「初めての経験でした。いい思い出です」

そう返す愛鷹の口調はとても満足げだった。

 

日が暮れて来た時に愛鷹の指示で瑞鳳は上げていた航空隊をすべて帰艦させた。

夜は各自の艤装の一部に灯されている航行灯と航海電探(レーダー)、天測と海図計算を交えた航路修正を行い、時々小休止を交えながら航行する。

艦娘は訓練で鍛えているとは言え、やはり人間なので長時間の航行で疲労は溜まっていくし、空腹にもなる。

艤装の燃料補給も必要だ。

その為、南太平洋方面、中部太平洋方面などへの長距離航海時は交代で休息が行える外洋型の小型支援船を引き連れていく。

第三三戦隊は今回日本近海での活動なので支援船はついていない。

夜の海を航行し、やはり外洋に出るのが初めての愛鷹が感動するほど綺麗な日の出を眺め、昼頃に父島の警戒基地航空隊の防空圏に到達する。

父島の警戒基地所属の紫電改戦闘機の編隊を早期警戒型彩雲が探知すると、直掩航空部隊は父島警戒基地航空隊に任務を引き継がせて瑞鳳に収容された。

 

日本を発って約二日で一同は父島に入港した。

第三三戦隊が来たときは父島の警戒基地には艦娘は展開していなかったが、沖ノ鳥島方面への作戦展開時には規模は小さいながらも重要な前線基地となる為多くの艦娘が展開する。

父島警戒基地の司令官の鮎島(あゆしま)大佐は気候が温暖な父島に合わせた半袖の略装姿で出迎えてくれた。

鮎島は灰色と黒が混じった髪とよく焼けた肌、がっしりとした体つきの中年男性だ。

武本より階級は下だが年上である。

第三三戦隊の面々は航海の疲れをとる為、風呂に入って疲労を取り、基地の食堂で携行食ではない暖かい食事を摂った。

宿舎で仲間が休みを取る中、愛鷹は翌日から沖ノ鳥島方面へ進出して行う偵察任務の確認をとる為に小部屋を一つ借りて、海図を見ながら計画の最終的なに詰めを行った。

ディバイダーを手に海図を見ていると部屋のドアがノックされた。

「はい」

「私だ。入ってもいいか?」

鮎島だ。何の様かなとドアを開けると「失礼する」と言って入って来た。

部屋に入る鮎島の顔がやや硬いのに気が付いた愛鷹は何かあると分かった。

「仕事中に済まない。

だが伝えておくべきことが本土から秘匿通信で伝えられてきた」

「秘匿通信で? 何があったのです」

「先日、英国艦隊の護衛する輸送船団が深海棲艦の水上部隊の攻撃を受けた。

輸送船四隻が撃沈され、護衛の駆逐艦ジュピターが大破し重巡エクセターが撃沈された。

エクセターはジュピターを庇って殉職したそうだ。

ジュピターも瀕死の重傷だが、輸送船団の船団長の貨物船の医務室で手当てを受けて一命はとりとめたそうだ。

君たちが気になるであろう話として護衛部隊旗艦ユリシーズの報告だと、水上部隊の中には君たちが偵察に来た新型艦がいたらしい」

「輸送船団が襲われたのは?」

愛鷹に尋ねられた鮎島は海図の端を叩いた。

「このあたりだ。私も新型艦の話は聞いたが、沖ノ鳥島に限らない範囲で動いている可能性も否定できんと言う事らしい」

「……それで新型艦はその後どうなったのです?」

「ユリシーズの報告だと残念がら取り逃がしたそうだ。

ただ奴が離脱した方位は沖ノ鳥島の方だから、武本中将は新型艦が沖ノ鳥島の方面のどこかに拠点を置いているかもしれないと見たよ。

その事を伝えたくて来た」

「なるほど……ありがとうございます。

コーヒーはいかがでしょうか?」

「ああ、頼む」

ポットのコーヒーをカップに淹れて鮎島に渡す。

「第九二・五任務部隊の事は知っている。

可哀そうな話だ。

この基地から救援を出せたらよかったが、銀河陸攻が展開するには基地が小さい」

「……」

「生存者がいるといいな。

君たちの任務のうちの一つだったな」

「主目標は新型艦の偵察ですが、余裕があったら捜索を頼むと申し使っています。

みんな見つけてきますよ、そうでないとマイノット少将が浮かばれない」

それを聞いた鮎島はそうか、と短く言ってコーヒーを飲む。

新人の愛鷹についても武本から聞かされていたようであれこれ聞いて来ることは無かった。

愛鷹もコーヒーを入れて飲んでいると、鮎島が「実はちょっと見ておいてもらいたい物がある」と言った。

「なんですか?」

「中将にも昨晩知らせたばかりの機密事項だ。

ここで話すより見せた方がいいと思うのだ。少しだけ時間をくれないか」

「構いません」

 

コーヒーを飲み欲した愛鷹は、鮎島に基地の中にある倉庫に案内された。

日本艦隊統合基地と比べ、父島警戒基地の規模ははるかに小さく、警備の海兵隊員も少ない。

事前に聞いた話では警備の海兵隊員の数はたったの六〇名程度だと言う。

その小さな基地の中にある倉庫の一つに案内された。

歩哨に立つ海兵隊員に通された倉庫内に保管されているものを見て愛鷹は慄然とした。

保管されていたのは焼け焦げ、ひしゃげた駆逐艦のモノらしい艤装の残骸の一部、制帽、主機片方などだ。

いくつかにはべっとりと黒くなった血糊がついている。

鮎島に説明される必要は無かった。第九二・五任務部隊の艦娘の艤装だ。

 

「昨晩、浜辺に漂着していたものを部下が発見した。

装備品に書かれている『DD482』のナンバーから第九二・五任務部隊所属フレッチャー級駆逐艦ダットワースの艤装だと分かった。

靴片方だけならまだしも、一番肝心な機関部の残骸もあったから、上では彼女の生存は絶望視している」

「……遺体はまだ見つかってはいないのでは?」

「ああ、中将は遺体が確認できていないから戦死ととるのは早計と主張している。

マイノット少将も同じだし私も生きている方にかけている……まあ、私の心では半分諦め始めてはいるがな……」

そう言って鮎島は深々と溜息を吐いた。

「一応、まだMI.I.A認定のままだが、救える命を救わないとK.I.Aになってしまう。

無理は百も承知だが敵の情報を集めると共に、上と私の諦め気味の心を裏切る事実を探してきて欲しい」

そう頼む鮎島の目は真剣そのものだった。

その目の頼みを断るつもりは毛頭ない。

「最善を尽くします」

そう愛鷹は答えると踵を揃えて敬礼した。

 




初めて明確に艦娘(未実装ですが)が戦死する描写は正直書き辛さもありましたが、「『艦これ』を素材にした戦争小説」がこの作品の特徴です。
実はエクセターの実名も考えてはいましたが、割愛させていただきました。
次回から第三三戦隊は硝煙の臭いを嗅ぐことになると思います。

ネタ

LRSRG・長距離戦略偵察群と「渡り鳥」の愛称は私の好きなエースコンバット7に登場する主人公の所属部隊のLRSSG・長距離戦略打撃群と「渡り鳥部隊」から。

「貴女みたいな勘のいい艦娘は、正直苦手です……」(愛鷹)。鋼の錬金術師でのショウ・タッカーのセリフが元ネタです(元は「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」)。
因みに愛鷹は純粋に「苦手意識」からこの言葉を使ってますが、元ネタのタッカーは「鋼の錬金術師」作中での禁忌の凶行をしてます。因みに愛鷹の秘密とタッカーの凶行はリンクしていませんのでご安心を。

因みに今回より登場したユリシーズの過去に起きたことと戦死した仲間などネタの多くは原作「女王陛下のユリシーズ号」からきています。
ユリシーズの故郷はマンチェスターとしましたが、原作「女王陛下のユリシーズ号」でユリシーズが建造されたのはスコットランドのクライド湾の造船所です。
またキング・ジョージV級戦艦デューク・オブ・カンバーランドは「女王陛下のユリシーズ号」に出る架空の戦艦です。クラスは不明。

ヨーク級重巡洋艦艦娘モントローズ 架空艦(オリジナル) 第五話執筆中に東京寄港し実際に見に行った英国海軍フリゲートHMS「モントローズ」から。

フレッチャー級駆逐艦ダットワースは架空艦でオリジナルキャラですが、DD482のハルナンバーは建造中止になったフレッチャー級駆逐艦DD482「ワトソン」のモノを使っています。


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第六話 初陣 沖ノ鳥島海域偵察作戦 前編

いよいよ、第三三戦隊の実戦が始まります。
偵察が主任務の部隊ですが、果たしてどのような展開になるかは読んでご確認を。


葬送曲が演奏される中、墓地にエクセターの亡骸を収めた棺が埋葬された。

英国国旗がかけられた棺が墓穴に降ろされる間、咽び泣く声が英国、日本艦隊問わず漏れる。

パールマン中将と牧師、ユリシーズら英国艦隊の面々、武本、陸奥など少数の日本艦娘らが葬儀に出席し、遠い異国の地で命を落とした少女の墓前で冥福を祈った。

「捧げー筒、てぇーっ!」

敬礼を送る出席者の近くで、号令が発せられると六四式小銃の弔銃の銃声が三回響いた。

「これで、何人目だろうな……」

「英国艦隊に限れば七人目になります」

ぽつりとつぶやいた武本に陸奥が返した。

英国艦隊に限れば……。

武本は墓地に立つ白い十字架を見たがとてもすべてを数える気分にはなれなかった。

 

ここに埋葬された海外の艦娘は英国やアメリカ、オーストラリアなどの他にドイツやフランスなどの国もある。

戦死だけでなく病死した艦娘もここに埋葬されている。

日本艦隊統合基地から少し離れた丘に作られた軍の墓地には深海棲艦との戦いで戦死した海軍兵士、旧自衛隊、そして艦娘の共同墓地が立てられている。

開戦後一万人近い将兵がこの地に埋葬された。

武本がかつて海上自衛隊が国連軍に編入されて間もないころに乗り込み、撃沈されたミサイル護衛艦「あきつかぜ」の仲間もここに眠っている。

葬儀が終わった後、基地の司令官室に帰った武本は父島の鮎島大佐から第三三戦隊が作戦行動に入ったことを伝えられた。

「了解しました。健闘を祈りましょう」

(愛鷹くんの技量次第ですが、私は成功する方に賭けさせてもらいますよ)

「私もです。

ところであれは……見せたのですか?」

(は、愛鷹くんには見せました……)

「……分かりました。六人を頼みます」

(承知しました)

鮎島との通信を終えた武本は「生きて帰って来いよ……」と呟いた時、誰かが部屋のドアをノックした。

「入れ」

「失礼します」

部屋に入って来た人物を見て武本は少し意外な気持ちにはなったが、あまり表情を変えずに「彼女も戦いに身を投じたよ」と語った。

相手は「そうですか」とだけ答え、少し心配そうな表情を浮かべた。

武本が「心配なのか?」と問いかけたが、相手は答えなかった。

そしてそのまま無言で武本の部屋を出ていった。

 

 

彩雲六機が発艦し、偵察に出撃したと瑞鳳が暗号通信で知らせて来た。

了解と返した愛鷹は蒼月と夕張と共に自身が見当を付けている海域の一つへと進出していた。

愛鷹がとった偵察方法は自身と夕張、蒼月の分艦隊による水上偵察と、瑞鳳と青葉、深雪の三人の分艦隊による後方からの航空偵察だった。

敵に位置を教える訳にはいかないので、電探ではなく逆探を主に使用し、ソナーもパッシブモードだ。

また暗号通信も通信が発信されたことで深海棲艦に位置を特定されるのは拙い為、無線封鎖に努め緊急時の連絡手段は瑞鳳の彩雲と愛鷹の瑞雲にて行う事とした。

分散行動は戦力低下になるのであまり得策とは言えないが、第三三戦隊の任務は交戦ではなく偵察だ。

六人で広い沖ノ鳥島海域を偵察するには分艦隊に別れての偵察が効率よく出来ると愛鷹は判断した。

それに交戦目的で行動するわけでない。

ただ万が一に備えてあらかじめ海域の複数個所に集結ポイントを設定しておき、何かあれば伝書鳩役の彩雲と瑞雲で連絡を入れて、すぐにそこへ合流することにしていた。

何かあった時のための伝書鳩役に瑞鳳は彩雲を、愛鷹は搭載する瑞雲にて連絡を行うこととした。

三人の艤装、肩、頭の上には妖精さんが双眼鏡を持って監視している。

事前に見当を付けた場所はいずれも海底火山によって陸地が確認された場所だ。

どれも無人島で深海棲艦との戦いが始まって以降はどのような状態なのかは全く分かっていない。

火山活動がまだ続いているのか、陸地面性がさらに広がっているのかさえ不明だ。

規模が大きければ敵は大規模泊地として作り替えやすくなっているはずだ。

愛鷹の作戦計画では火山活動がまだ続いていると思われる場所には航空偵察、すでに止まっていると踏んだ場所には水上偵察を振り向けた。

火山活動が続いているとしたら有毒ガスが噴出している可能性もあるし、深海棲艦が進出している可能性がやや低くなる。

止まっているとしたら観測された時よりは陸地面積も広がっており、泊地としての規模は大きいだろう。

対空防御網も強化されているはずだ。

そうだとしたらいくら高速の彩雲でも撃墜される可能性がある。

航空偵察、水上偵察の対象はそれぞれ五箇所だ。

 

「まもなく、見当をつけた一箇所目の島周辺の海域に着きます」

海図を見ていた愛鷹が言った。

「今のところ、何もないわね。

ソナーには反応なし。

蒼月ちゃんの目には何か見える?」

夕張に尋ねられた蒼月は首を横に振る。

島の方へと双眼鏡を向ける。

「火山の煙はやはり見えないか……天気も異常なし」

「前に聞いた話では敵は泊地を形成すると周辺の気象条件がおかしくなるはずだって聞きました。

でも異常が見えないってことは……」

首を傾げる蒼月の言う事は確かだ。

 

深海棲艦の泊地などの重要拠点は何かしらの異常気象が起きていることが分かっている。

その多くは晴天が訪れず、分厚い雲に覆われていることが多い。

以前鉄底海峡海戦と呼ばれた戦いが起きる少し前には、周辺の海が赤く変色するだけでなく海洋生物が軒並み死滅し、艦娘の艤装が原因不明のまま破壊されてしまう「変色海域」と言う物が観測されている。

「変色海域」の詳しい事は閲覧データのアクセス制限がかかっており、関係者には箝口令が敷かれており判然としていない。

「変色海域」に似た異様な現象の様なものに「精神汚染海域」と言う物がある。

これは特定の艦娘のみに起きるものでその海域に入った艦娘の精神が突然おかしくなり一時的、長期間の作戦行動が出来なくなる。

主な事例として発狂や一時的な鬱状態、強い罪悪感、克服したはずのPTSD(心的外傷後ストレス障害)の再発、更には突然の難病発症まで確認されている。

「精神汚染海域」での例として第三一駆逐隊の朝霜が沖縄方面へと航行中に突如発狂し始めたため、艦隊を緊急寄港させて精神病院で検査を受けた事。

第七駆逐隊の曙が船団護衛後に一時的な抑鬱状態になり戦線離脱を余儀なくされる。

北米艦隊の空母ワスプが南太平洋を航行中に熱病を発症し、同行していた駆逐艦ハムマン、戦艦ノースカロライナも激しい頭痛やめまいに襲われる。

重巡プリンツ・オイゲンがマーシャル諸島海域で幻覚を見た後、白血病を発症するなどだ。

いずれの例も適切な治療のお陰で大事には至っていない。

今のところこの海域では何の異常は見られない。

愛鷹のソナーでも海洋生物の泳ぐ水切り音も確認できた。

ただ、過去のデータだけをもとに行動する気は愛鷹にはなかった。

自分の目で確認するまでは判断することはしない。

 

「目で確認するまでは白とは判別しません。

機関第一戦速、増速黒」

「了解」

三人が島の方へと加速する。

逆探は敵のレーダー波をまだ検出しない。

通信の傍受もない。

「島から距離一〇キロ維持したまま一周します。

対潜対空対水上警戒は引き続き厳に。

浅瀬が近くに複数存在しますので機雷にも警戒を」

最近の深海棲艦は浅瀬に機雷を敷設するようになったので厄介さが増えた。

水上部隊による重要地襲撃に前には駆逐艦らによる前路警戒が欠かせない。

十数分後、島が見えると三人は一〇キロまで接近してからその周りを一周した。

火山活動は落ち着いている様で、草が生えているのが見えた。

地形の起伏は緩めだが数か所で白煙が細いながら出ている。

双眼鏡で確認すると怪しいところは無い。

偽装している形跡も確認できない。

何より気配が全くなかった。

白とみて問題はなさそうが念の為、島を一周して確認する。

結局何もなかった。

愛鷹は海図を出して最初の島のところに×印を書き込む。

「次に展開します」

 

 

瑞鳳の彩雲四機もなにも掴んでいない。

「……了解、引き続きお願い。

今のところは何もないみたいね」

ヘッドセットから送られてくる報告を聞いた瑞鳳が二人に告げる。

それを聞いた深雪は「うーん」とうなって頭の後ろに手を組んだ。

「火山ガスは検知されねーの? 風を考えたら分かりそうな気がするけど?」

「ガスが出ていなけりゃ検知は出来ないわよ」

「まあ、そうなるな」

「愛鷹さんの方でもなにも掴んでないみたいですね」

通信が入らなければ、手掛かりはまだないと言う意味だと愛鷹に言われた青葉が言う。

「まあいきなりヒット、ってのはそう起きるものじゃないよな……」

それでもなんだか暇だぜと言いたげな深雪が欠伸を漏らした直後、彼女の目に何かが映った。

「……一七六度、距離二〇〇〇。海面になんかあるぞ」

「潜望鏡ですか? 瑞鳳さん回避運動用意」

「うーん、あれは……砲塔じゃない?」

「え?」

二人が少し間抜けた声を上げる。

砲塔なんてものがなんでこんな海を? そう三人が疑問に思った時、青葉の頭にある可能性が浮かんだ。

消息を絶った第九二・五任務部隊……。

彼女たちが襲われた海域はこのあたりだから、その漂流物の可能性がある。

「……もしかして、行方不明の方たちのものでは?」

それに瑞鳳と深雪が「あ」と声を上げた。

「そうかも。回収しとく?」

「……確認してからにしときましょう」

三人は漂流物を確認するために移動した。

するといきなり先頭を進む青葉が後ろの二人に止まれと合図をすると、自分だけ漂流物に向かった。

「青葉、あんたには対潜装備がないだろ、あぶねーよ」

深雪が静止の声を上げるが青葉はそのまま先行し、漂流物に近づいた。

すると、二人のヘッドセットに青葉の呻く声が聞こえた。

「青葉?」

「どした青葉?」

(だ、大丈夫です。ただお二人は見ない方が……いいと思いますよ。

砲塔とか……主機が確認できます。ば、番号は……)

咽込みながら返す青葉の口調から察する事の出来る漂流物の状態は、見るに堪えないものであることは明らかだ。

(CA26、ノーザンプトンですね……遺体の回収は無理です。

遺品になりそうなものを回収して、手動で艤装の自沈システムを作動させます)

「……大丈夫なのかい青葉」

心配そうに深雪が尋ねたが青葉は答えなかった。

 

程なくノーザンプトンの亡骸は自沈システム(自爆装置)が作動した艤装と共に、海底深くへと沈んでいった。

遺体の様子をカメラに収めた青葉だったが、瑞鳳と深雪にその画像は見せなかった。

ノーザンプトンの制服のスカーフ(焦げて赤い染みが滲んでいた)が彼女の遺品だった。

「遺品かあ……」

「マイノットになんて言えばいいんだか」

遺品を持って帰ることになり落胆した声を上げる二人に青葉は返す言葉がない。

「まだ、五人の行方は不明ですから。探しましょう」

「……まあ、まずは敵の情報収集ね」

「だな」

二人が頷く。

と、青葉と深雪の足裏のソナーから微弱な推進音が聞こえ、二人は身を固くした。

二人の表情の変化に気が付いた瑞鳳は無言で回避行動準備に入る。

「推進音は……カ級じゃない、ヨ級か……いやヨ級改二?」

深雪が聴音モードにしたヘッドセットに耳を当てて呟く。

「対潜哨戒機からは何も言ってないわよ……」

「潮流に乗せてドンブラして来たか……?」

「変温層(海中内で温度が異なるところ。潜水艦がソナー探知から逃れる際には重宝する)に隠れてたとか……」

二人が話している中、青葉が「違いますねえ」と小さく言った。

「……カ級の……機雷敷設型です。

雷撃能力は低めですが、機雷敷設による奇襲攻撃が得意な潜水艦。

ソロモンで随分やられました」

「機雷敷設型? まさか、な……」

引き攣った笑みを浮かべた深雪だが、青葉の顔は真剣そのものだった。

普段は見られない「ソロモンの狼」と呼ばれている時の顔だ。

「まさか、私たちの周りに機雷が敷設されているかもしれないって?」

「いや、この辺りの深度は深いから機雷を敷設するには向いてない。

可能性としたら……潮流に乗せてここへ……」

「二人とも海面の機雷に警戒!」

いつになく鋭い声を発した青葉に瑞鳳と深雪は「了解!」と返した。

 

今ここで魚雷攻撃を受けて、下手に回避運動をしたら触雷してしまう……。

青葉の脳裏にソロモンでの苦い経験が蘇る。

ラエへの輸送船団護衛中に輸送船二隻が機雷に接触して大破し、混乱した船団と護衛部隊が回避行動をとった際に村雨と夏雲が雷撃を受けた。

幸い村雨は咄嗟の機転(主砲で海面を撃って軌道を少しずらし、爆発時に主機兼ローファーを丸ごと防御に使う荒業)と運で航行不能程度に済んだが、夏雲は直撃を受けて即死した。

さらに大破した輸送船二隻もとどめを刺されるだけでなく、三隻がさらに攻撃を受けて一隻が中破、二隻は自沈処分にされた。

この時の護衛部隊指揮官が青葉だった。

輸送船団を送り届けた後、前線基地の提督から輸送船四隻喪失の責任を糾弾されるだけでなく、第六戦隊旗艦解任、営倉入り一週間まで言い渡された(幸い当時の日本艦隊司令官の配慮で営倉入りだけ免除された)。

あの時の攻撃方法と今の自分たちの状況はよく似ている。あの時と同じ敵がいるのだろうか。

 

「瑞鳳、対潜哨戒機は?」

「今呼び戻してる」

「迂闊には動けねえぞ。ちっ……」

「愛鷹さんたちに知らせるべきかしら」

「いえ、敵はもしかしたらどこかで通信傍受をしているかもしれません。

今はやり過ごしましょう」

「了解」

瑞鳳が頷いたその時だった。

「くそぉ、来たぞ! 

雷跡六、方位二一二に視認! 的針二四、敵速推定四五ノット。

続いて第二波、同じく雷跡は六、同方位からだ! 

散界斉射来るぞ! 回避、回避!」

「弾数六発が二回⁉ ヨ級機雷敷設型にできる攻撃能力じゃありません! 

潜水艦がさらに二隻は最低でもいます! 

二人とも散開、青葉がアクティブピン(アクティブソナーの単振音)を打ちますから深雪さんは対潜戦闘、爆雷戦準備」

「アクティブピンを打つ⁉ 位置を特定されるわよ!?」

「でも、パッシブで探すよりは手っ取り早い。

オーケー、魚雷をやり過ごしたら打ってくれ!」

三人が深雪の警告した方位から来た魚雷をかわすべく、回避運動に入る。

六本の雷跡は角度からして一隻から放たれたとみて間違いない。

それが二回だからヨ級かカ級が二隻は最低いるはずだ。

恐らく対水上攻撃力の低い機雷敷設型の護衛だろう。

幸い、深雪の警告が速かったのと距離が少しあったおかげで三人の足に魚雷が当たることは無かった。

ただ回避行動を行った結果、海中内の聴音が少し難しくなった。

しかし青葉がアクティブピンを打つと二隻の潜水艦が見つかった。

「いたぜ、深度三二、やべえな反応は四隻。こいつはヨ級だ。爆雷投射!

ソナーミュートしとけ、鼓膜が破れるぞ!」

深雪が深度調節をした爆雷を数個潜水艦ヨ級のいる方へと放る。

やがて海面が複数個所で白くなったかと思うと、炸裂した爆雷の爆圧から来た水柱が海面に突き出した。

深雪はさらに追加で二回爆雷を投射する。

海中で鈍い音が何度も響き、その直後に水柱が海面と海中を攪拌しながら白い水柱をいくつも突き立てた。

海中内の聴音はこれでほぼ不可能。

しかし、それは敵にとっても同じことだ。

そこへ対潜哨戒任務に就く彩雲が到着し、すぐさま瑞鳳の指示で機上の磁気探知機(MAD)でヨ級の位置を探した。

 

「シャーク4-6、MADにてヨ級を確認! 

一つ反応が無いわ、残りに爆雷を投下。やっちゃって」

「瑞鳳さん、シャーク4-6の探知した敵潜の位置情報を深雪さんに」

「了解」

直ぐに彩雲からMADで探知した敵潜水艦の位置が深雪に伝達された。

「よーし、サンキューな」

「調子に乗り過ぎて機雷に触雷しない様に」

潜水艦攻撃に向かう深雪に青葉の忠告が飛ぶ。

「逃がさないぞ、喰らえー!」

爆雷が海面に投げ込まれ、また海中内でくぐもった爆発音が轟く。

「破壊音二確認、潜水艦二隻撃沈確実ですね。

一隻は手負いのようです。離脱していきます」

「やったあ」

「よーし」

青葉の言葉に瑞鳳と深雪が笑みを浮かべる。

ふと青葉の目に深雪の近くにいくつかの影が見えた。

泡の様なものがぷかぷかと浮かんでおり深雪の方へと漂っていく。

何かと思って目を凝らして青葉はぎょっとした。

「深雪さん、機雷です!」

そう叫びながら青葉は自分の第一、第二の二〇・三センチ連装主砲を構えると深雪の近くの海面に狙いを定めて発砲した。

警告を聞いた深雪が急加速で離脱した直後に、砲弾が機雷の漂う海面に突っ込んで遅延信管を起爆させると機雷が誘爆を起こし大きな水柱が海面に噴出した。

「うわっぶ⁉」

水柱の海水をもろに浴びた深雪が水圧に負けて吹っ飛ぶ。

水柱の海水が青葉や瑞鳳にも降り注いだ。

「おい、一体どういう爆薬を仕込んでいるんだよ!? 

無駄に威力が強すぎるだろ」

びしょ濡れになり、咽込みながらも深雪が機雷の爆発力に驚く。

「皆さんご無事で?」

「あたしは無事だよ。

手も足もくっついてる」

「びちょびちょだけど私も無事」

それは良かった、と青葉が溜息を吐きかけた時、魚雷の航跡が見えた。

数は二本。

機雷敷設型の放ったものか。

瑞鳳に突っ込んでいく。

魚雷に気が付いた深雪がぎょっとした顔で叫んだ。

「瑞鳳、左だ! 魚雷二発! 回避しろ!」

「だめ、間に合わない!」

見かけによらず機動性が高くない瑞鳳には躱すには難しい距離だった。

青葉は主砲砲撃で軌道をずらそうかと考えたが、距離が近すぎて砲撃で逆に瑞鳳を傷つけかねない。

瑞鳳の首根っこを掴んで強引に引っ張って躱すか。

いや艤装を付けると艦娘は重量が大幅に重くなるから青葉の腕力では瑞鳳を強引に引っ張るのは難しい。

いきなり瑞鳳さんが? と思った時上空直掩の烈風改二機が戻って来たかと思うと「デンジャークロース(至近弾警報)」を発して魚雷に向かって機銃掃射を開始した。

魚雷一発が掃射で爆発するが、もう一発が中々仕留められない。

二機の烈風改の機銃は射撃を続けるが、撃破できない。

そして瑞鳳を誤射しかねない距離になった時、烈風改が魚雷に向けて急降下した。

やめろ! と制止の声を三人が発する前に、腹を決めた妖精さんの操縦する烈風改が海面に突っ込んで魚雷と衝突した。

烈風改の体当たりで魚雷は爆発したが、瑞鳳に被害が及ぶことは無かった。

しかしコックピットから妖精さんが脱出した形跡はなかった。

「あっぶなかった。瑞鳳大丈夫?」

「うん。烈風改のお陰で助かった。

パイロットは……残念……」

肩を落とす瑞鳳に駆け付けた深雪が、慰めるようにその肩に手を置く。

青葉も痛まれない気分になったがソナーの拾った音を聞いて舌打ちした。

「……おい、青葉。まさか……」

「ええ、まだいるみたいですね……」

「増援?」

「そのようですよ……。

大仕事になりそうですね」

 

 

見当をつけた島の三か所目が空振りになり、四か所目に移った時愛鷹の逆探が反応を示した。

「逆探に感あり。反応は微弱」

「お出迎えかしら?」

「対空、水上どちらですか、愛鷹さん?」

蒼月の問いに愛鷹は首から下げているペンダント型端末の機能を切り替えた。

 

艦娘がペンダントの様に首から下げるように使う端末は羅針盤表示しかできないが、愛鷹のはレーダー、ソナー、逆探の反応を表示できるようにした最新版だ。

逆探の反応は微弱なので断定はできないが水上とみられた。

 

「波長は深海棲艦のモノと思います。

はっきりとは言えませんが水上電探かもしれません。

陸上のレーダーサイトの可能性もありますが」

「島まではあと三〇キロ。あり得るわね」

 

人類側、新海側同じく電探(レーダー)は水上艦搭載型、陸上設置型、航空機搭載型とバリエーションがある。

最近の深海棲艦は拠点防衛に電探基地(レーダーサイト)を設置して早期警戒網を構築することが多くなっていた。

島が近いとなると、四か所目の島に深海棲艦の拠点があるのか。

だが哨戒中のピケット艦の可能性もある。

いずれにしろ敵が近くにいると見ていい。

 

「合戦準備配置発令。増速黒、第三戦速へ」

夕張と蒼月の二人が了解、と返す。

艤装からエンジンテレグラフの変更音が鳴り、主機が前進強速から一気に第三戦速へと加速した。

逆探反応の方向を見極めながら進む。

接近しすぎるとこちらの存在が相手にはっきりと分かってしまうし、距離があると特定しにくい。

「警戒を厳に。

何か見えたらすぐに言ってください」

再び二人が了解と返してくる。

逆探の反応が増えた。

表示機の波長から深海棲艦のモノの可能性が高い。

反応の度合いから水上艦搭載型でピケット艦並のやや低出力タイプ。

「敵が警戒網を敷いているみたいです。

逆探反応からピケット艦かもしれません」

「てことは敵の拠点が近くにあると言う事ね」

「ええ。仲間が他の海域に展開しているかもしれません。

取り舵三〇度、新針路〇-八-九。

距離をとって他のピケット艦がいるかを確認します」

 

三人が針路を変更してから一時間程して、別の対水上電探が出た。

「敵の警戒網がこの辺りにあると言う事は判明しましたね」

「ってことはこの島になんですか?」

緊張した表情で蒼月が聞いて来るが、愛鷹はすぐには答えなかった。

まだ確認された反応は二つだ。

判断するには情報が全く足りない。

「この島周辺の探りを入れます。

ピケット艦の展開状況を確認し、五箇所目の確認に移ります。

後で青葉さん達と合流して航空偵察状況と照らし合わせたうえで、捜索対象の絞り込みを行います。

青葉さんとの再会合は一七:〇〇頃ですからそれまで情報を可能な限り探しましょう」

「分かったわ」

「分かりました」

 

それからまた一時間ほどしてピケット艦らしい反応を愛鷹の逆探が探知する。

一隻目、二隻目の位置からすると島には北、東、南に展開しているようだ。

と言う事は島の西側にもピケット艦がいる可能性がある。

ピケット艦の配置を逆探していく愛鷹の艤装の活躍を見る夕張と蒼月は驚かされる事ばかりだ。

特に自分の艤装にはないその高性能に夕張は感心すると同時にどのようなメカニズムなのか、急に興味が湧いてきた。

メカニズムを知れば今の自分の艤装の強化だけでなく、明石と共に希望があれば行う艦娘の艤装の小規模改修時の参考にすることも可能だ。

実質愛鷹の艤装性能のフィードバックのような形だ。

技術的課題さえクリアできれば自分にはできる自信があった。

その為にも自分がしっかりサポートしておかねば、と夕張は気を引き締める。

 

島の西側に向かうと、やはりピケット艦が展開しており東西南北を護るようにピケット艦が配置されていることが分かったが、愛鷹はある疑問が浮かんだ。

ピケット艦が守っているとしたら、この島は黒に近いがそれなら何故羅針盤障害が起きないのか?

配置からすればこの島の警備警戒についていると見ていい。

深海棲艦にはピケット艦を配置して護る、隠すための何かが島にあるはずだ。

だが隠すか護るのなら羅針盤障害で侵入してくるだろう艦娘の目つぶしをして来てもいい気がする。

それをしていないのが腑に落ちない。

あえて羅針盤障害を起こさず重要地でないと誤魔化しているのか。

今の段階ではまだ何もいないのが愛鷹の感想だった。

島の周囲を航行中愛鷹のソナーに時々機雷の反応が出たのも気になる所だった。

ピケット艦配置に加え機雷の敷設状況にも探りを入れる。

機雷を敷設すると言う事は島への接近を阻むことは明らかだ。

探れば人類側と同じく浅瀬付近に敷設している。

機雷の敷設場所がいくつか不自然に途切れているのは敷設途中の形跡なのかもしれない。

機雷の敷設場所を考えると重要地としては日が浅い可能性があった。

勿論断定するには情報が足りない。

まだ何とも言えないが、手掛かりはつかめた。

 

五箇所目に移る為三人は南へと針路を変えた。

「夕張さん、四箇所目の怪しさってどれくらいでしょうか?」

「六、七割くらいじゃないかしら。

最近の深海棲艦は意外と手の込んだ偽装をやるようにもなって来てはいるから、私にはまだはっきりとは分からないな」

「はあ……」

「五箇所目で何か見つかるかで状況が変わるでしょう。

四箇所目をデコイとして五箇所目が本丸と言う可能性もありま……」

そこまで言いかけて愛鷹は靴型ソナーが潜水艦の推進音を捉えたのを聞いた。

「注意、潜水艦推進音探知。

対潜警戒厳に。減速赤、機関前進強速へ」

「来たわね」

「……」

 

潜水艦の展開は想定済みだったから驚きはなかったが、心配なのはこの潜水艦がこの海域にいる本隊に連絡して迎撃部隊を展開しないかだ。

こちらは六隻しかいない。

やはり分散は拙かったか? と考えながら聴音を続ける。

潜水艦は恐らくヨ級改。

低速で航行中だ。

「たまたま通りかかった潜水艦なのか、ここを防衛している艦なのか」

聴音中の夕張が呟く。

「こちらに気が付いているかもしれませんし、気が付いていないかもしれませんが……」

ヨ級の航行速度、深度は変わらない。

海中から何らかの方法で通信を行っている形跡も三人が知っている限りでは確認できない。

向こうもこちらの出方を窺っているのか、それとも気が付いていないのか。

少し睨めっこのような状態になる。

 

そこで愛鷹は簡単なフェイントをかける事にした。

機関前進微速へとゆっくり減速しながら、潜水艦から離れる針路をとって離脱したかのように装ったのだ。

簡単なフェイントに見えて実際に行う事は簡単ではないから慎重に行う必要があった。

針路を変更し、微速から再微速へとこちらの推進音を低くさせていく。

しゃべる事すら躊躇われる程静かに。

距離をわざととるからソナーでの探知能力は落ちる。

それだけに聞き落とさないよう注意が必要だ。

 

結果は程なくして現れた。

ヨ級が浮上をかけたのだ。

即座に愛鷹は最大戦速に増速し浮上ポイントへと急行した。

ヨ級が浮上をかけたのは敵情報を得ていた、つまり愛鷹達に気が付いており撤退したのを見計らって友軍に一報を入れるつもりだったのだろう。

浮上する前、または浮上直後なら直ぐに通信するのは出来ないか難しい。

通信が行われる前にヨ級を撃沈する必要があった。

接近する音を聞きつけて一気に潜航されたら、夕張と蒼月の対潜攻撃が出来なくなる。

案の定もうじき浮上と言うところで異変に気が付いたらしく、急速潜航を始める。

「敵潜、急速潜航開始。

ベント弁を開放してバラストタンクに注水しています。

夕張さん、蒼月さん対潜爆雷投射用意」

「あと少し距離を詰めないと届かないわ!」

夕張が必死に追いかけてきながら返す。

射程内に入り次第二人は愛鷹の指示で深度を設定して爆雷を投射した。

海中内でくぐもった爆発音が何度も響き渡り、海面に爆発の水柱が噴き出す。

二人が六発ずつ爆雷を投射すると一旦攻撃をやめて敵潜の状況をソナーで確認する。

海中は爆発で騒音だらけだが撃沈していれば、騒音の中でも敵潜が沈む音は聞こえる。

一二発の爆雷の爆発で海中は非常に騒々しいが数分でなんとか聴音可能な程度にまで回復した。

「やっつけたのかな……?」

ヘッドセットに手を当てて蒼月が呟いた時、夕張がにやっと笑った。

「やったわ、艤装が破壊されて沈んでいく音が聞こえる! 

一回の攻撃で決まるなんて珍しいわね」

程なく海面に破壊されたヨ級の艤装の一部が浮かび上がって来た。

撃沈とみて間違いはないだろう。

ほっと三人は溜息を吐いた。

敵にこちらがどこにいるのかを知られては、任務上の大きな支障になることに間違いはない。

と、蒼月の視界に何かが入った。

一つ単独で空を飛んでいる何かがある。

目を凝らしてみる。

蒼月の勘では敵機には見えなかった。

もし敵機なら太陽を背にするなどして雲が少ないときなりの対応策がある。

一機だけなら偵察機かもしれないしもしそうだとしたら尚更敵にはバレないよう飛行する必要がある。

「方位三-四-五に未確認機一機見えます。

高度はおよそ一〇〇〇メートル」

そう告げながら双眼鏡で未確認機を見る。

「機種は……彩雲、彩雲です、愛鷹さん!」

彩雲と聞き愛鷹は即座に双眼鏡で彩雲のいる方を見る。

ほぼ同じころにフルスロットルの彩雲のエンジン音も聞こえてきた。

この辺りには味方の空母は展開していないから彩雲は瑞鳳の艦上機であることは間違いない。

そして彩雲が飛んできたと言う事は青葉たちに悪い事が起きたと言う証拠だ。

こちらを確認したらしい彩雲から発光信号が送られてきた。

 

「ア・オ・バ・タ・イ・ギ・ヨ・ラ・イ・コ・ウ・ゲ・キ・ウ・ク・シ・キ・ユ・ウ・ダ・イ・ニ・ニ・テ・ゴ・ウ・リ・ユ・ウ・モ・ト・ム」

発光信号を最後まで蒼月が読み上げた直後、三人は青葉達のいる海域へと急行した。

 

 

最初の潜水艦隊が通報したのか、ヨ級がわらわらと集まっては波状攻撃をかけて来た。

群狼戦術だった。

ウルフパックとも呼ばれるこの戦術は簡単に言うと複数の潜水艦で敵艦隊を待ち伏せし、包囲して攻撃すると言う物だ。

青葉、瑞鳳、深雪はソロモン戦線でこの攻撃を何度も経験しており魚雷攻撃を複数回受けてその戦術だと確信した。

三人は青葉がアクティブソナーやパッシブソナーで探りを入れ、瑞鳳艦上機がMADでそれを確認し、対潜哨戒機と深雪の爆雷攻撃で応戦するというスタイルをとった。

青葉には対潜攻撃力が無いが深雪や瑞鳳より強力なソナーを積んでいたので、探知範囲が広かった。

彩雲対潜哨戒機の三分の二が瑞鳳から発艦して、対潜攻撃、長距離対潜哨戒を開始する一方、深雪は青葉の指示で近距離での対潜攻撃を行った。

固有の対潜兵装が無い青葉と瑞鳳には深雪が頼りだ。

 

「対潜哨戒機の反応からして、群狼戦術をとる敵の配置は完全に青葉たちを包囲してますね。

ちょっと拙いです」

「連中、この海域にこれだけの潜水艦を配備してたなんてな。

爆雷の残数がそろそろヤバいぜ」

「極力温存してください」

「分かってるって」

「分散行動が仇になったのかしら?」

そう言った瑞鳳に青葉は少し考えてから返した。

「広範囲索敵のためにはある程度分散しなければなりませんし、全員で分散してしまうと個艦戦闘力、機動力が低い瑞鳳さんが危険ですからこの方針が間違っていたとは一概に言えないと思いますよ。

青葉としてはそう思います」

「それにあたしらは戦うんじゃなくて、こっそり潜入して『見ちゃいました!』をするんだろ?」

状況のわりに少しおどけたように言う深雪に青葉と瑞鳳は思わず苦笑した。

「見ちゃいました!」は青葉固有の言葉と言ってもいい。

 

彩雲対潜哨戒機からMADと目視で二隻発見の報が入る。

「今度は北からかよ」

しつこいなあ、と深雪が苦い顔を浮かべる。

先ほど東側に展開した敵潜を追い払ったばかりだった。

ふと「北」と言う方位に青葉は気が付いた。

この攻撃方法は昔体験したことがある。

「いつもそうとは限りませんけど、ちょっとしたパターンみたいなものがあるみたいですねえ」

「パターン?」

顎をつまんで考えていた青菜の言葉に瑞鳳が首を傾げた。

「昔ソロモン戦線で群狼攻撃を受けた時、敵潜はパターンみたいなものを持って潜水艦を配置していたんです。

南側がやられたら北側から、東側がやられれば西側と言った具合に反対方向に現れてこちらをきりきり舞いさせるんですよ。

もしかしたら北側の敵潜を叩いてそのまま北へと離脱すれば、先に叩いた南側に新たに現れるかもしれない敵潜に背後から撃たれる可能性はあっても、速度を生かして全速離脱すれば潜水艦隊の包囲網から抜け出せるかもしれません」

「確証は?」

「楽観的に言うと七割ですね」

「なら、さっさとやっちまおうぜ。

このままじゃ消耗戦だし爆雷が弾切れになっちまったらギブアップだ。

七割でも賭ける価値があるならそれに賭けた方がいいと思う」

「そうね。青葉ちゃんの言う通り一発やっちゃいましょう」

二人の返事に青葉は頷いた。

「……よーし、北側の敵潜を集中攻撃しましょう。

他の敵は軽く牽制程度にして離脱します。

離脱後は彩雲で送った第二集結位置に向かい愛鷹さんと合流しますよ。

新針路〇-二-〇へ変針、最大戦速!」

二人が了解と答える。

 

対潜攻撃に向かった彩雲の一部を残し、北側へと向かわせられるだけ向かわせて敵潜を集中的に捜索し、見つかり次第爆雷攻撃で撃沈する。

しかし、これほどの物量を投入してくるとは正直三人には驚きだった。

同時にここが深海棲艦にとって如何に重要な海域であると言う事を感じた。

「知られたくない何かがここにはあるみたいですね」

「そうでなきゃ、これだけの潜水艦を投入しないわよね」

「へへ、『潜水艦キラー深雪さま』のご誕生だな。

本当の誕生日に欲しいけど」

深雪の誕生日は彼女が言うには六月二九日だと言う。

まだ先の話だ。

そこへ対潜哨戒機から敵潜二隻を撃沈したという報告が入る。

しかし二隻がまだいる様で、さらに不確実ではあるがもう三隻いる可能性があるとの事だった。

彩雲の増援機がいるかもしれない五隻を探すために急行する。

 

「最低でも五隻はいますねえ。

青葉たちは人気者みたいですよ」

そう言う青葉に対し深雪と瑞鳳は、カメラを持ってパパラッチ事をしでかす割には自分が写真にとられる事は嫌だと言う青葉の妙な人物像を思い出して人気者になった気分はどうだったか、後で聞いてみたくなった。

ソナー感度が少し低下するのを承知で速力を上げて離脱する三人の前に敵潜がいるのを青葉のソナーが感知した。

数は二隻。

対潜攻撃のために一旦ソナー感度をさらに上げるために速度を落とすとともに、回避行動をとりやすい様に互いに距離をとる。

感度を上げたソナーで確認した後深雪が前に出て、瑞鳳艦載機がバックアップ。

深雪の爆雷攻撃が始まると敵潜二隻は急速潜航をかける。

ソナーにバラストタンクに注水するごぼごぼと言う音と、ベント弁からの口笛のような音が聞こえる。

しかし相手が駆逐艦一隻と分かるや、一隻が逆に浮上をかけた。

一隻なら応戦してもまだ勝ち目があると踏んでいるのか、仲間を逃がすためなのか。

深雪は深深度に設定した爆雷を投射しており、次弾を発射するには少し時間が必要だった。今からでは再装填して深調整をしてから浮上をかけた敵潜を攻撃するには間に合わない。

もどかしさからくる愚痴をつきながら深雪はなけなしの爆雷の起爆深度の設定をする。

深雪が投射した爆雷が炸裂して、海面に向かってきた爆圧が大きな水柱をいくつも海面に作り出す。

そこへ彩雲が浮上をかけた敵潜めがけて爆雷を投じた。MADで探知した敵潜のいる場所へと爆雷を次々に投下して離脱していく。

潜航した敵潜が海中で炸裂した深雪の爆雷の爆圧にもみくちゃにされ、潰されてバラストタンクなどの艤装を破損し沈み始める。

深雪に勝負かけるべく浮上をかけたもう一隻も予期せぬ空からの攻撃、彩雲の爆雷攻撃で海の藻屑になった。

ソナーから聞こえてくる音が爆発による轟音と攪拌される海中内の海流などの騒音でほとんど聞こえなくなる。

「残りはどこだろ?」

不確実ながらもう三隻いると報告されている潜水艦がまだ見つからないが気になるが、離脱を優先した三人は再び速度を上げた。

 

その時不確実確認の潜水艦が姿を現した。

変温層に身を潜めて待ち伏せをしていたのと、速度を出していたためソナー感度が低下していたことが探知の遅れにつながった。

反応は三隻。悪い事に彩雲はほとんど機体が爆雷切れだ。

「やばっ!」

慌てて深雪が爆雷を投射し、慌てていた割には正確に一隻を呆気なく沈め、さらに投射された爆雷が二隻目に手傷を負わせる。

艤装の何かが破損したらしくソナーに破損による酷い騒音が入って来た。

しかし三隻目がまだ無傷だ。

「深雪さんは無傷の敵潜を狙ってください。

爆雷がある彩雲は二隻目を集中攻撃」

「了解」

深雪が三隻目の敵潜の方へと急いで移動する一方、一番近くの爆雷がまだある彩雲が手負いの二隻目の敵潜への攻撃態勢に入る。

しかし深雪が爆雷攻撃で沈める直前に三隻目から魚雷六発が一斉発射され三人に向かってきた。

「魚雷だ! 青葉、瑞鳳注意しろ!」

 

三人にそれぞれ二発ずつ発射された魚雷は、切羽詰まった状況だった割には諸元が正確で深雪より機動力で劣る青葉と瑞鳳はどうにか直撃を回避した。

しかし青葉の近くを通った魚雷が近接信管を起爆させた。

幸いにも近くとは言え五メートルほど離れていたから爆発で青葉が致命的な傷を受ける事は無かった。

しかし爆圧が主機の舵の利きを少し悪くした。

 

「ありゃ?」

舵の利きがおかしい、と青葉が異常を感じた時、手負いの二隻目が無理をして撃てる状態だった魚雷を全て発射した。

「くそ、まだ撃てる状態だったのかよ!?」

「回避、回避、避けて!」

二人が自分たちに迫ってくる魚雷から逃れようと針路を変え、青葉も回避行動をとるが舵の利きがやや悪い事が気になってしまい魚雷への注意が散漫気味になった。

 

それが失敗だった。

 

「青葉、魚雷!」

「逃げろッ! 魚雷が当たるぞ!」

深雪と瑞鳳が悲鳴のような声で警告してきたのを聞き魚雷の方を見た時には既に遅かった。

「しまった!」

大きな爆発音とともに青葉が炸裂した魚雷の作り出した水柱の中に消えた。




次回へ……。


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第七話 初陣 沖ノ鳥島海域偵察作戦 後編

注意:趣味ネタが大爆発しています。


デスクの内線電話が鳴り受話器を取ると相手が大淀だったので、何か大事が起きたなと直感で分かったが大淀の緊張した声での報告に武本は思わず「なんだって⁉」と地が出た声で返していた。

父島の鮎島大佐からの報告だった。

作戦行動中の第三三戦隊が敵潜水艦の猛攻を受け、青葉が魚雷二発を被雷し戦闘・航行不能になったと言う。

幸いにも、魚雷二発が命中した際に防御機能でダメージが軽減されたお陰で全治五日の傷で済んだとの事だった。

ただ当然ながら作戦期間中青葉は出撃できない。

第三三戦隊は作戦期間中青葉抜きの五人体制で活動することになってしまった。

第六戦隊では唯一の改止まりとは言え、経験豊富な重巡だからその戦力は重要だ。

報告を聞き終わると大淀に礼を言って受話器を置いた。

それから少しだけ考えて、巡洋艦寮の青葉型の部屋にかけた。

 

(はい?)

衣笠だ。

青葉型での妹である。

「私だ。

衣笠くん、出撃中の青葉くんの事で話があるんだ」

(青葉がまた何かやらかしたんですか?)

君だって最近は同罪じゃないか、と思いながらも説明する。

「沖ノ鳥島海域で任務中青葉くんが潜水艦の雷撃で魚雷二発を食らって負傷した、と連絡が入った」

(青葉が⁉ 

え、青葉が⁉ え、ちょ、ホントですか、青葉は大丈夫なんですか、生きているんですか!? 

大丈夫なんですよね?)

「落ち着いてくれ。

軽傷ではないが命に関わるほどじゃないとの事だ。

病院に五日間籠るだけだ」

取り乱した声で聞いて来ていた衣笠が受話器越しに大きな安堵のため息を吐くのが聞こえた。

(よかったぁ……)

「ああ。

流石は『ソロモンの狼』だよ。いつもピンチに陥っても必ず帰ってくるんだ。

大丈夫だよ」

(古鷹と加古に話しておいても大丈夫ですか? 古鷹は凄く心配してくれてたんです)

「構わないよ。ただべらべら言いふらさなくてもいいからね」

(はい、ありがとうございます。失礼します)

「うん」

 

電話を切る時には口調はほぼ元に戻っていたので良かった。

受話器を戻すと大きなため息が口から出て来た。

艦娘が被弾した、と言う報告はいつ聞いても体に悪い。

大勢の部下を預かる上官の心理的負担の大きさは階級が上がれば上がるほど大きくなった。

もっとも命を削る思いをしているのは艦娘も同じだ。

特に愛鷹は……。

 

 

「もー、びっくりしましたよ。

当たった時は死ぬかと思いました」

言葉の割にはいつものテンションである青葉を見て、病室に見舞いに来た愛鷹、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は溜息を深く吐いていた。

「でもよかったです、青葉さんが生きてて」

ぐずぐずとまだ泣きながら蒼月が言うと、青葉は苦笑して宥めた。

「大丈夫ですよ、青菜はそう簡単に死にませんって」

「聞いているし、何度も見て来たから分かってるけど、ホント青葉はしぶといよなあ。悪運が強いぜ」

蒼月とは反対に笑みを浮かべて深雪が言う。

深雪も戦闘中にできた頬の切り傷に絆創膏を張っている。

「艤装の防御機能展開が間に合ってよかったわよ。

間に合わなかったら青葉は死んでいたかもしれない」

「これでも結構修羅場は踏んできましたからね。

それに長門さんのゲンコツの方がもっと痛かったですよ」

「本当に命に別状は無くてよかったです。

でも五日間はここで過ごしてもらいますよ」

そう愛鷹は言いながら青葉の姿を見ると痛まれない気持ちになる。

 

頭、右頬、右腕と右足と右半身には包帯がまかれている。

特に右足は膝上まで包帯が分厚くぐるぐる巻きにされている。

医師の話ではかなりの火傷だったそうだが手術はすぐに終わり、三日もすれば焼けた皮膚組織が元の姿に戻っていると言う。

愛鷹達が合流した時は気絶したまま深雪と瑞鳳の応急手当てを受けており、愛鷹に曳航されて父島に大急ぎで帰投中に目を覚ました。

魚雷の爆発で右足の主機が破壊されてしまい(ローファーごと吹き飛んでしまっていた)、左足の主機も損傷して自力航行は不可能だったが浮力は発生させることが出来たのが幸いだった。

損傷した左の主機と失われた右の主機はすでに父島の工作施設で新造、修理されて動作チェック中だと言う。

破けた衣類、無くなった靴も修復中だ。

「それはそうと、皆さんは大丈夫なんですか? 

青葉は作戦に参加できなくなってしまったので」

「青葉ちゃんが居なくても大丈夫よ。

ちょっと寂しいけど」

「でも助かったのが私は一番嬉しいです。

青葉さんがいなくなるのが私にはすぐ悲しいので」

「恐縮です、愛鷹さん」

青葉がにっこり笑った時、病室のドアがノックされ青葉が「どーぞ」と返すと鮎島大佐が入って来た。

「司令官」

慌てて一同が敬礼しかけるが鮎島は手でそれを制した。

「いいよ、いいよ。

青葉くん傷はどうだね」

「はい、おかげさまで全く痛くありません。

料理の時に包丁で指を切っちゃった方がもっと痛いですね」

「青葉くんも料理するのかい?」

「青葉だって料理くらい出来ますよ。

来年のバレンタインにチョコを送りますか? 

美味しいって司令官に言われました」

「では頂こうかな、来年にな。

バレンタインチョコはもう何十年も貰ってないんでね。

元気な顔を見られてよかったよ」

「ありがとうざいます!」

「暇だったら何か差し入れを用意するが、何がいいかね」

「今のところは無いですね。私物の本がありますから」

本を持ってきていた? 愛鷹は少し疑問に思った。

「何の本ですか?」

すると聞かれた青葉はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめて「えっと、童話です」と答えた。

「童話? 青葉ってまだ童話の本読むんだ。

なんか意外」

童話本と聞いて瑞鳳が目を丸くする。

「どんな本なの?」

夕張の問いに青葉は恥ずかしいらしくすぐには答えなかったが、蒼月にも聞かれたので「動物の……」とだけ返した。

可愛い趣味も持っているんだ、と意外な趣味に愛鷹も驚いた。

 

愛鷹もシンデレラや白雪姫、かちかち山、桃太郎と有名な昔話や童話の書物なら小さいころに読んだことはある。

ここ数年と言うよりは、うろ覚え気味の幼少期から最近まで絵本を含めた童話の類は全く読んでいないが、それは単に読む機会が無かっただけだ。

帰ったら久しぶりに図書室にあったら読んでみようと思った。

帰れたら。

 

青葉が被弾したと聞いた時は一瞬我を忘れかけ、海の上で怪我をして気絶したままの青葉を見た時は頭が真っ白になりかけた。

口の中に実感がある苦みがしたので直に我に戻れたが、直後に胸の奥に封印していた記憶が蘇った。

バレない様に無理矢理苦みのあるものを飲み込んで、口にボトルの水と共にタブレットを入れて臭いを消したが、どれくらい誤魔化せたか。

父島に戻って青葉を病院に送った後、基地の宿舎の借り部屋で休もうと思いあてがわれた個室に向かった。

部屋に入ってちょっと横になろうかとベッドに足を向けた時、あの耐え難い体の苦しみが再び走ると共に吐き気がしてトイレに駆け込んだ。

体を引き摺るようにトイレに入ると口から血が吐き出されたので、ぞっとした。

またタブレットを飲んで体を落ち着かせてから、体の酷使に加え精神的なダメージの大きさで吐血する事になるのか、と思うと酷く憂鬱な気分になった。

この体はもうポンコツになってしまっているのか、と思うとため息が出る。

愛鷹も時々鏡を見て年齢を気にしたことはある。

三〇分程横になって休むと鮎島に状況報告に向かい、青葉の治療状況なども確認した。

 

それが二時間前の話だ。

もう日は完全に暮れており外は真っ暗だ。

「もう時間も遅い……ああ、まだ七時か。

夕食時だから食事はどうかね」

鮎島に聞かれた時、愛鷹を含めた一同の腹が鳴った。

「ご飯にしますか」

「そうね。腹が減っては何とやらね」

夕張が頷くと鮎島がにっこり割った。

「食堂で旨い海鮮料理を作っている。

我が基地自慢のレシピだぞ、この基地の職員、海兵隊から好評だ」

「いいなあ、青葉は病院食です」

「退院したら寿司でも食べて行きたまえ。

ちょうどその日の夕食のメニューは寿司が出る。

この基地の近くでとれる魚は旨いぞ」

それを聞いた蒼月が「お寿司!」と顔を明るくした。

「好きなの?」

「はい、大好物です」

瑞鳳に聞かれて生き生きと答える蒼月の表情を見て知らずと愛鷹の表情も緩んだ。

「明日の出撃からも帰ってくれば美味しい食事は必ず待っているよ」

「飯のことになると声が違うなあ。

司令官って食いしん坊なの?」

苦笑交じりに深雪が言うと鮎島も苦笑を浮かべた。

「分かるかい深雪くん?」

「見た感じで分かるよ。

健康的に太っているから」

「『健康的に太っている』て何それ……か」

ちょっと何を言っているのか分からないよ、と夕張が顔をしかめた。

 

 

仲間たちが部屋から出て行ったあと青葉は枕のシーツの中に隠していた本を引き出した。

こっそり隠していたものだ。

表紙にはタイトルの「羊のドロシー」と書いてある。

海外で発売された羊の物語で、その内容性が昔話題になり日本でも翻訳されて発売された。

日本語タイトルの下には原作者の「Johannes Stockman」(ヨハンネス・ストックマン)と言う名と、原題の「Story of Dorothy」(直訳すると「ドロシーの物語」となる)と書かれている。

「昔ある牧場にドロシー、ポーリー、モーリーと言う三匹の羊が居ました。

三匹の羊はとても仲が良く……」

小さい声で青葉は文字を読みだした。

 

 

「青葉が被弾するなんて随分珍しいね」

古鷹が意外そうな顔を衣笠に向けた。

衣笠が第六戦隊仲間の古鷹、加古に談話室で武本から聞かされた話をすると二人は驚いていた。

古鷹の言う通りだと衣笠は頷く。

「ここ最近、第六ではあまり被弾したことが無かったからね。

特に青葉は運がとてもいいから」

「でもよ、潜水艦ってのは結構怖いもんだぜ。

あたしなんかトラウマモノなんだし」

顔をしかめた加古が改二以前に潜水艦攻撃で散々な目にあわされた過去を思い浮かべて言う。

「重巡って対潜装備が無いから、ホント厄介な相手でさ。

ソナーはあっても攻撃できないのが歯がゆいとこなんだよねぇ」

「加古の言うとおりね」

ため息交じりに古鷹は返した。

少し話題でも変えようかと衣笠は天気予報の結果を二人に聞いてみた。

「雨だってよ。

青葉の行った沖ノ鳥島と違って日本は雨だ」

「うう、雨は嫌いなんだよぉ」

雨が嫌いな衣笠が渋面を浮かべると加古がその通りだと頷いた。

「分かるなぁ、あんまり出かけたくないんだよね雨の日って。

部屋で寝てよっかな」

「加古はこの間の訓練レポートまだ書いていないんじゃないの?」

古鷹の問いに加古が「やばっ」と呻いた。

「そろそろ谷田川さんから催促が来るからちゃんと書かないと」

「古鷹が代わりに書いてよ」

そう加古が古鷹に懇談した時、談話室へのドアが開いて高雄型重巡艦娘の高雄が入って来た。

そしてソファに座っている加古を見つけると「いたいた」と安堵の表情を浮かべた。

「加古さん、谷田川大佐が『話があるから連れてこい』と言ってましたのでお迎えに」

「げっ、手遅れじゃんか! 

てかどうやってここにあたしがいるって?」

「大淀さんが『加古さんならここにいるだろうって』」

「あのメガネ!」

悔しそうに顔をしかめた加古はソファから立ち上がって仕方なく谷田川のところへ行った。

「大淀さんの目からは誰も逃げられないね」

「青葉くらいだよ、隠れ続けていられるのは。

古鷹のサーチライトで探し出すって言う頭の回転の速さではかなわなかったけど」

 

基地のどこに隠れても大淀が探すと大抵は見つかる、と言うやらかし屋の艦娘や仕事をさぼった艦娘からは特に恐れられている。

唯一青葉がどこかから手に入れたギリースーツを使って隠れたり、意外とある運動神経で逃げ切ったりと隠れる腕前では青葉は一種の伝説を持っている。

大淀以外で青葉を見つけたのは古鷹だ。

左目の義眼にはサーチライト機能が仕組んであるので、それで見つけ出している。

 

そう言えば青葉の上司になった愛鷹ってどんな人なのかと思った衣笠は古鷹に聞いた。

「そう言えば新しく入った愛鷹ってどんな人だか聞いている?」

「私は知らないよ。

衣笠は青葉から聞いていないの?」

「詳しくは教えてくれないのよねえ。

ひょろっと背が高くて、いつもコートを着て制帽被って左腰に長刀を下げて、あと夜には埠頭で葉巻を吸っているって」

「喫煙しているんだ。

あんまり煙草好きな人っていないよね。

ガングートさんとか若葉ちゃんとかはよく吸っているけど」

「最近は若葉ちゃんの喫煙は初霜ちゃんに嫌がられて頻度は減っているって」

「面白い子だよね。

負傷しても『悪くない』って言うんだもの。まあ、分かるけどね。

『痛みは生きている証拠』って言うから」

「まあ、ね」

 

青葉の失態で左目を失っている古鷹が青葉に恨みを抱かず、いつも仲良くしてくれたことは衣笠には幸いだった。

それだけに古鷹にちょっかいを出していた青葉を見るとヒヤヒヤしたものだった。

温厚な人柄程、本気で怒らせると何をするか分からないのは衣笠も知っている。

目の前の古鷹自身がそうだからだ。

怒らせると怖い仲間と言えば矢矧や不知火が代表格だ。

また駆逐艦時雨などは「下手をすると不知火より恐ろしい目に遭う」と言われている。

実は青葉も非常に寛容な性格から滅多に怒らない(むしろ怒られる側)が、意外と怒らせると結構怖い人物でもある。

もっとも青葉が怒るのは「数百年周期で地球に接近する彗星を見る」のと同じくらい稀だ。

 

「第三三戦隊が帰ってきたらどうする?」

「歓迎会しようよ。

隼鷹さんに頼めばお膳立てしてくれると思う。

宴会が大好きな人だから」

「お酒だすと那智さん、千歳さん、イヨちゃんあたりが勝手に集まりそう。

加古も結構お酒好きなのよねえ。

青葉は下戸だっけ?」

「全然飲めないよ」

衣笠は昔呉基地に青葉と共に勤務していた時、基地のバーで初めて飲んだ時の事を思い出した。

ビールが飲める衣笠に対し酒を飲むと思考力が鈍ると言って青葉は飲まず、それでもちょっと悪戯半分に飲ませようとして青葉に怒られた。

初めて青葉の怒った顔を見たのはあの時だ。

 

と、外が少し騒がしくなった。

何事かと二人が顔を見合わせた時、談話室のドアが開いて陽炎型の末っ子の秋雲が飛び込んできた。

「どうしたの?」

古鷹の問いに秋雲は「あ、姉貴に追われてんの!」とだけ返して、別のドアから猛ダッシュで逃げていった。

「ははあ、また陽炎ちゃんか不知火ちゃんを怒らせたんだ」

「懲りないよね。それが秋雲ちゃんだけど」

二人が苦笑を浮かべた時、「秋雲ー、どこにいんのよーッ!?」と陽炎が談話室に飛び込んできた。

衣笠が秋雲の出ていったドアを指さすと「ありがと」と残して陽炎は出ていった。

 

 

基地の食堂で海鮮料理を頂いた後、愛鷹は昨日借りた小部屋をまた借りて今日の偵察結果と交戦した敵潜水艦隊の情報整理をした。

今日集まった偵察情報を解析してみると、航空偵察の結果はすべて白に終わった。

偵察が行われた島はまだ活発な火山活動が行われており、深海棲艦のいる痕跡はどこにもなかったと言う。

本当にそうかはとりあえず置いておくこととして、今日ピケット艦や潜水艦がいた四箇所目の島と未偵察の島の五箇所目の島が怪しい事に絞り込めたのは大きい戦果だったと言えた。

代償が青葉の戦線離脱と言う物だったが。

潜水艦の数は青葉たちが交戦した規模からして相当数の様だ。

撃沈確実は一三隻、未確認三隻である。

当然だが逃した無傷の敵潜は沢山いる。

ピケット艦だけでなく潜水艦の脅威は想像以上に大きい。

だが潜水艦が相当数いると言う情報も大きな戦果である。

計らずしも威力偵察の仕事をした感じでもあった。

また潜水艦隊が攻撃してきた海域を海図で確認し、観測されているこの海域の潮流情報と照らし合わせると五箇所目の島付近と潜水艦隊が襲撃してきた場所は潮流のある場所と一致している。

断定するのは速いが五箇所目の島に深海棲艦が潜水艦隊の前進基地、または支援部隊を進出させている可能性は十分にある。

それに潜水艦隊の規模から言うとそれなりの規模の基地・泊地か支援艦隊が展開しているはずだ。

ただ当然ながら五箇所目の島に深海棲艦が拠点を構えているとすれば、防備は相当強固なものになっているだろう。

だとすればレーダーサイトや機雷網、ピケット艦や潜水艦の巡視が行われている可能性は非常に高い。仮説飛行場や空母が展開していれば防空隊が展開している可能性まであるし、防衛艦隊も相当数いるかもしれない。

しかし、そうだとすれば四箇所目の島はなぜ警備していたのか? 

申し分程度の様なピケット艦と機雷網があった程度だ。

もし五箇所目の島に大規模部隊が展開するのなら比較的距離が近い四箇所目の島は防衛の為の拠点か陣地を構築してもいいはずだ。

普通考えられる理由とすれば五箇所目の島から目をそらすための陽動、まだ陣地構築が始まって間もない、五箇所目の島の防衛に戦力を結集している、の三つだが愛鷹にはもう一つ思い当たる節があった。

完全な憶測にすぎないし愛鷹の直感そのものだから確証などまったくない。

だがどうしても四箇所目の島に第九二・五任務部隊につながる重要な手掛かりがある気がして仕方がなかった。

すでにメルヴィン、ノーザンプトンの戦死は確認されている。

ダットワースも九対一で生還はノーだが、一はイエスだ。

そうとなったら明日の偵察作戦計画の立案はかなりやりやすい。

 

愛鷹はまず四箇所目の島に航空偵察を行い、そのまま五箇所目の島に進出する事にした。

編成だが今日二手に分かれて偵察したのはかなり失敗した感が大きいので分散行動せず、第三三戦隊全員で行動するべきだ。

初っ端からの苦い教訓・高い授業料となった感はあるがその成果はあるかもしれない。

ここでの解析や計画について纏めるべく愛鷹は小部屋の机に広げていた資料や海図をまとめると、部屋を出てパソコン室に向かった。

しかし生憎部屋はすでに閉まっていた。

どうしようかと考え、鮎島の元を訪ねた。

鮎島は鮎島でパソコンを使うので貸すことは出来ないと言ったが、代わりにタイプライターを貸してくれた。

タイプライターとはずいぶんアナログなものだと驚きはしたものの、使い方は知っているし英文は十八番だから用紙と共に借り受けて自室に持っていき計画書と初日の偵察結果の報告書を作成した。

 

寝間着に着替えた深雪がトイレから蒼月と一緒に寝る部屋に戻る途中、愛鷹の部屋からパチンパチンという音を聞いて「何の音だ?」と尋ねに来た時に、愛鷹が使っているタイプライターを見ると深雪はどこか納得したような顔をして「おやすみ」と言って出ていった。

報告書や計画書を書き終えると、愛鷹もシャワーを浴びて寝間着に着替えると布団に入り眠りについた。

 

 

翌日、昨晩立てた作戦計画を夕張、深雪、蒼月、瑞鳳に伝えた愛鷹は青葉に代わり、以前艦隊旗艦を務めた経験がある夕張を次席指揮官に指定した。

しかし、夕張はそれを断って来た。

「なぜです?」

「私は……向いていないの、指揮官って言う役柄に……」

あまり思い出したくない程嫌な記憶らしいので、深く追求せず瑞鳳に次席指揮官を任せた。

瑞鳳はすんなり引き受けてくれた。

作戦計画の打ち合わせの後、父島のドックに向かう時、深雪が夕張の過去を教えてくれた。

 

夕張は昔、第三水雷戦隊を指揮していたことがあった。

最高速力があまり出ないと言いつつも夕張は旗艦としての仕事をこなしていた。

愛鷹はその時の経験を知って夕張を抜擢したのだが、第三水雷戦隊は深海棲艦に占領されたW島(ウェーク島)攻略作戦に従事していた時、敵機動部隊の空爆で駆逐艦如月がM.I.A(戦闘中行方不明)になった。

捜索が行われたものの如月は結局見つからず撃沈喪失と認定され、夕張は僚艦喪失の責任を取る形で旗艦職を解任された。

彼女にとって仲間を失った事が一度もなかっただけにこの事は非常にショックだったらしく、それ以来小規模部隊指揮官の役すら渋るようになったと言う。

幸い如月はその後激戦地となったソロモン戦線で発見され、無地帰還したので撃沈喪失認定は取り消されM.I.Aに修正された。

過去の束縛から逃れられない仲間がいたのか、と愛鷹は自分と同じく過去の経験が今を縛り続けている夕張に大きな親近感を抱いた。

 

「結構引き摺っているからあんまり言うなよ」

自分も過去に電の誤射で死にかけ、電がそのせいで重度のノイローゼに罹ったのを見ているので釘をさすように深雪が愛鷹に忠告すると「分かります。身に染み込む経験をしましたから」と返された。

それを聞くと「身に染こむ経験? 『身に染みる』と言うのは聞くが『染み込む』とか相当だな、あんた昔どんな目に遭ったんだ?」と深雪は愛鷹の過去を聞きたくなったが思い出したくない事なのは分かるから触れない事にした。

 

ドックで補給整備を受けた艤装を装備した第三三戦隊は午前八時半に作戦を開始、抜錨した。

出撃後一路四箇所目の島を目指す。

潜水艦が沢山いる事が判明したので昨日に増した対潜警戒態勢がとられた。

夕張と深雪は対潜装備をフルに搭載している。

彩雲が四箇所目の島と五箇所目の島の航空偵察に出撃したのは出撃から二時間ほどした時だった。

瑞鳳が矢筒から出した屋を弓で放つと矢は放物線を描かずまっすぐ飛んだ後閃光を発して一機の彩雲を出現させた。

そのまま彩雲は高度を上げて行き四箇所目の島の航空偵察に向かった。

「彩雲発艦。コールサインはどうする?」

「瑞鳳さんが決めていいですよ」

「じゃあ、マザーグースワンで」

「マザーグース? 可愛い名前ですね」

愛鷹は褒めたが深雪は苦笑を浮かべた。

「親ガチョウか。なんかの趣味なの?」

「いいじゃない、別に」

「いや悪いとは言ってないって」

文句あるかと睨まれた深雪は慌てて謝った。

 

五箇所目の島に偵察に向かった彩運は五人より速く、さらに深海棲艦の艦載機よりも足が速いのが自慢だ。棲鬼級空母の白艦載機(通称タコヤキ)も追いつけない。

昨日と同じくレーダーは使用せず逆探とパッシブソナーで警戒を行う。

後はどんな戦場でもものを言う目と耳などの五感だ。

さらに瑞鳳は「ワッグテイル」(Wgatail:セキレイ)「サンバード」(Sunbird:タイヨウチョウ)「バンティング」(Bungting::ホオジロ)と名付けたコールサインの烈風改の四機一個小隊の防空部隊を発艦させ、次いで対潜哨戒装備のコールサイン「ストーク」(Stork:コウノトリ)「イーグレット」(Ergret:シラサギ)「クレーン」(Crane:ツル)「オストリッチ」(Ostrich:ダチョウ)の四機を上げた。

「全部鳥の名前ですね」

コールサインを聞いた蒼月が名前の意味を言い当てるが深雪と夕張は全く分からなかった。

夕張はクレーンと聞いた時は機械のクレーンの方を思い浮かべた。

 

空は気象予報の通り快晴だ。雲のそれほどなく青空が頭上に広がっている。

日本では雨雲がかかっているとの事だったが、ここにいるとそんなことが全く信じられない気分になる。

百聞は一見に如かずとはよく言うなと愛鷹は日本を発ってから感心する事ばかりだった。

波は凪いでいるという訳ではないが、高いわけでもなかった。

 

「ん?」

一瞬何か表現しにくい異変を感じた。

しかし夕張、深雪、蒼月、瑞鳳らが気付いた様子はない。

気のせいか? いや何かおかしい。

本能と直感が何かかなり嫌な予感がすると言っていた。

「風、臭い、音……」

「どうかした?」

ぶつぶつ呟く愛鷹に夕張が問いかけるが答えず思案し続けた。

逆探とソナーには反応は無い。

周囲監視でも見えるものは無い。

ではなんだこの感覚は。

「鼓動?」

ようやく今感じるものの一番近そうなものを口にしたが、鼓動とはいったい何のことか自分でも分からない。

自分の心臓は正常に動いているし、ソナーからは魚の心臓の鼓動までは拾えない。

何かを感じるこの感覚は一体……敵襲だと言うのか? 

しかしそれにしては気配が無さすぎるし、自分より実戦経験がある他のメンバーが気付いてもおかしくはない。

どこから感じるかと思ってもそのような超能力があるとかは聞かないし、知ろうと思ったこともないから知識は全くない。

考えても始まらないか、と溜息を吐きながら頭を振った。

 

彩雲が発艦から一時間以上が経過して、四箇所目の島を確認したと彩雲から一方通信(発信だけで応答はしない)で暗号文が入る。

眼下にピケット艦らしき航跡が見えるとの事だったが、迎撃機や砲火が上がってくることは無いと言う。

そして島に近づいた際に彩雲から「建造物発見」の報告が飛び込んできた。

「建造物?」

「人工物の事だろうさ」

首を傾げた蒼月に深雪が説明する。

 

何もないまままた一時間以上した時、彩雲が返って来た。

そして瑞鳳に着艦した彩雲から驚くべき情報が確認できた。

人工物らしきものに人影、それも深海棲艦ではないものが確認できたと言うのだ。

しかも動いているのが見えたと言う。

「遭難者かな?」

彩雲から報告を聞いた瑞鳳が推測すると、愛鷹がきっぱりと言った。

「仲間ですね。

恐らく第九二・五任務部隊の生存者とみて間違いはないでしょう」

「ノーザンプトンの撃沈は確認したから……インディアナポリス、スプリングフィールド、ダットワース、マクドゥーガルか」

顎をつまんで考えた夕張が生存していると思われる名前を口にした。

ダットワースが生きているかはかなり微妙だが、死んだとはまだ断定出来ないから生きていると見て行動するべきだろう。

 

「救助するの?」

瑞鳳が聞いて来ると深雪が「あったり前だろ」と返した。

「仲間が助けを待っているんだぜ。

ほっとく馬鹿があるかよ」

「でも偵察任務が優先事項では?」

蒼月の言葉に深雪がじろりと彼女を睨みつけた。

「蒼月、お前は経験がねーからそう言えるんだよ」

「主任務は偵察とは言え、救助できるかもしれない命をここで放っておくわけにはいかないわよね」

「でも負傷しているかもしれない彼女たちを連れて動くのは無理だよ」

「瑞鳳は薄情なこと言うな、オイ」

今度は瑞鳳を深雪は睨みつけた。

「航行できるか分からない人たちだよ? 足手まといだって」

「補給も受けていないのですから一緒に戦えるか怪しい戦力です」

「でも見捨てる訳にはいかないわよねえ」

意見が瑞鳳と蒼月は偵察任務優先、深雪と夕張は救助を先にと二つに割れた。

「艦隊旗艦、どうするのさ? もちろん救助だよな?」

愛鷹はすぐには答えなかった。

 

島にいるのが第九二・五任務部隊の面々であるのは恐らく間違いないだろうが、指令では偵察が優先事項である。

かといって見過ごすつもりには全くない。命の尊さは身に染みている。

だが今は任務が優先だ。

 

「いえ、今はしません」

「はあ!?」

深雪が酷く憤慨した顔を愛鷹に向けて来る。

「ボコボコにされているんだぞ、負傷しているかもしれないんだぜ? 

それに何も食べてないかもしれない。

放っておけば今救える連中もあたしらが後回しにしたせいで力尽きるかもしれないんだぞ? 

人間は七二時間以上飲まず食わずだと死ぬ確率上がるって事はインテリな愛鷹だって知っているだろ?」

「彼女たちを救助している間に私たちが攻撃を受ける可能性もあります。

敵情確認の後救助するべきかと」

「今救助できるかもしれないのはあたしらだぞ。

分散行動はヤバいだろ? 

それにみんな負傷していたら五人で運ばないと無理だ」

しかし愛鷹は頷かなかった。

「今は寄り道しません」

「こっの、大馬鹿野郎-っ!」

逆上した深雪が連装砲を放って愛鷹に殴りかかって来た。

「ちょ、深雪さん」

慌てて蒼月が止めに入る。

瑞鳳も蒼月に加勢した。

「止めるなよ二人とも。

蒼月、お前は知らないだろ? 見たことないだろ? 

死にかけた奴を放っておいたらどうなるか? 

あたしは見て来たんだ、あたしのせいで……」

「知ってます!」

「嘘つけ! まあ、お前は外洋艦隊に加わんねえから知らないんだろうけどさ!」

「知ってます! 私の父と母も小さいころに重傷を負いながら私を助けて死んだから分かります!」

「え?」

深雪を止める蒼月以外の全員が彼女を見た。

「私の父と母は私が小さいとき、対馬から福岡に向かう船が深海棲艦に沈められた時に死んでしまいました。

私を庇って重傷を負った母は船と共に沈み、父は火災で負った火傷の傷をおして私と一緒に海に飛び込みました。

父は救助の護衛艦『あきつかぜ』の内火艇の人に私を預け、近くの漂流する人を優先してくれと頼んで救助を拒み続け最後に救助された時には手遅れでした。

深雪さんの言う事は正しいです。

アメリカ艦隊の人は助けなければなりません。

でも私たちが敵の情報を得られればもっと多くの人の命が救えるかもしれないんです。

今はこらえてください深雪さん。

絶対に助けます。そうですよね、愛鷹さん?」

「……勿論です」

愛鷹の答え方は少々事務的だったが蒼月の説得で気を落ち着かせたらしい深雪は「仕事が済んだら絶対助けるぞ」、と言って放り出した連装砲を拾うと艦隊編成を組んだ。

 

彩雲が第九二・五任務部隊の面々だと確認したとの一方暗号通信を送って来た。

「持ちこたえてくれよ……」

祈るように深雪が言った。

四箇所目の島には第九二・五任務部隊の生き残りが人工物のそばにいる……。人工物とは恐らくシェルターの事だろう。

アメリカ艦隊では一部の艦娘が遭難時に備えて艤装に非常にコンパクトにして持ち歩けるテントを携行している物がいると言うから、艤装サイズから言って余裕がありそうなスプリングフィールドかインディアナポリスが持っていたのかもしれない。

 

四箇所目の島を捜索した彩雲は五箇所目の島へと変針し、第三三戦隊も五箇所目の島に針路をとった。

五箇所目の島に近づいた時、彩雲がピケット艦複数発見を報告してきた。

互いのレーダー探知能力範囲を補う様に展開しているらしい。

 

「昨日四箇所目の島を守っていたピケット艦より数が多いわね。

ってことはやっぱり五箇所目の島に本命が?」

昨日一緒に行動していたからすぐに解った夕張が聞いて来る。

愛鷹も「断定はできませんが、可能性は高いですね」と頷いた。

すると彩雲が「天候不順。黒雲厚し。ただし気流の乱れは穏やか」と報告してきた。

「でも気象予報では晴天が続くって言ってました。

天候が急変したのでしょうか?」

「いや、敵泊地の気象条件と一致するわ」

報告を聞いた蒼月が怪訝そうな表情を浮かべたが、瑞鳳は頭を振って教えた。

敵泊地の気象条件をあまり知らないらしい蒼月に夕張が説明した。

「蒼月ちゃんは知らないみたいだから解説するとね、敵泊地のある所は分厚い黒い雲に覆われている割に上空の気流が穏やかなの。

多分防空戦闘機部隊の機動を邪魔しないようにってとこかしらね」

「いったいどんな手品を使っているんだろな。

天候をいじるなんてどういう力を持っているんだか」

理解が及ばないと言う風に深雪が呟いた。

その時、彩雲が「敵前線展開泊地棲姫発見。我緊急帰投する」と一報を入れて来た。

「前線展開泊地棲姫……相当な大規模部隊が展開可能ですね」

「未確認の巨大艦三隻も余裕で賄えそうじゃないか?」

「ええ」

 

前線展開泊地棲姫は泊地棲鬼の類似種とみられるもので、艦隊が確保した場所に短時間で大規模な艦隊が展開可能な基地機能を作り出せる。

また工作艦機能も備えている。反面防御力はそれほど高くは無く防衛部隊に頼っている感があった。

 

「マザーグースワン収容次第、四箇所目の島に向かい救助活動を展開します」

「了解」

一同が返答した。

その時、マザーグースワンが「敵タコヤキ戦闘機部隊を発見。全速力で離脱を行う」と一報を入れて来た。

見つかったか……。

タコヤキとは深海棲艦側の最新鋭艦載機だ。

形状からタコヤキと呼ばれている。

彩雲は偵察機だから空戦能力は無い。

自衛の旋回機銃も速度向上のためや電子装備、対潜装備搭載による重量増加を軽減するためオミットしている。

快足を生かして振り切りしかない。

しかし長距離飛行の結果燃料に余裕がないからフルスロットルで飛行すると当然だが長くは飛べなくなる。

こうなると危険を承知で前進して回収するしかない。

「彩雲収容の為、さらに前進します。

哨戒中の敵艦隊との会敵がありえますので警戒を一層厳にしてください」

「了解」

 

それから前進する事数十分。

マザーグースワンはフルスロットルで離脱したものの、敵戦闘機部隊複数部隊の待ち伏せに何度もあったおかげで進路変更を繰り返したためさらに燃料が不足し始めた。

それはつまり回収する第三三戦隊が発見され攻撃を受ける可能性がさらに高まると言う事でもあった。

 

「待ち伏せを複数受けていると言う事は、近辺に空母機動部隊が展開していると言う事か……」

そうだとしたらまず来る可能性があるのは敵航空部隊かもしれない。採り逃した彩雲のコースをトレースすれば第三三戦隊を発見して戦爆連合を送り込んでくる可能性が高い。

水上艦より移動速度が速い航空機がまず襲ってくるかもしれないと踏んだ愛鷹は主砲に三式弾改二を装填させた。

三式弾改二装填完了のブザーが鳴った時だった。

「拙い、マザーグースワン被弾! 飛行可能なるも主翼損傷。長距離飛行は困難」

瑞鳳の報告に愛鷹はいよいよ拙い状況になってきたことを感じ始めた。

自分たちは確実に見つかる。

「発信位置から会合予定はあと一〇分」

「総員、対空戦闘用意。敵は恐らく空から来ます。

瑞鳳さん防空隊を増強」

「はい」

「来い、片っ端肩落としてやる。

蒼月から特訓させてもらった腕を見せてやるぞ」

瑞鳳から烈風改がさらに上げられた。

「ストライダー隊、サイクロプス隊、メイジ隊、ゴーレム隊、スケルトン隊、ガーゴイル隊発艦」

「もう何のネタからか分かんねえ」

深雪が苦笑を浮かべた時、蒼月が空の一点を指さした。

「黒煙を吹きながら飛ぶ航空機を発見」

「マザーグースワンだ……まって、後方にタコヤキ数四機!」

第三三戦隊を見つけたらしい彩雲がバンクを送って来た。

その時、機銃の銃声がして彩雲が爆散した。

「何てこった、マザーグースワンが撃墜されたぞ!」

「敵機を視認!」

愛鷹はそう言いながら主砲の照準をタコヤキ四機に向けた。

まだ六個小隊の防空戦闘機隊は発艦したばかりで間に合わない。

射程ギリギリかもしれないがやるしかない。

対空射撃電探を起動する。

「目標確認、正面対空戦闘。

指標一番から四番に対し第一、第二主砲、撃ちー方始め! 

三式弾改二信管安全装置解除」

トリガーの引き金に指をかける。

「撃ちー方始め、てぇーっ!」

 

三式弾改二を装填した二基の主砲六門の三一センチ砲が轟々とした砲声と共に火を噴き、砲身を反動で後退させた。

六個の発火点を確認したタコヤキ四機は回避行動をとるが、愛鷹の放った三式弾改二の初速が速かったのを当然知らないから思ったより早く散弾を浴びた。

三式弾改二は信管に新型VT信管を使用しているので精度が高い。

六発の散弾が四機に死の暴風を浴びせた。

火の玉が青空に四つぱっと走る。

火の玉は黒煙を拭きながら落ちていった。

 

「敵機撃墜確認! 

凄い、この距離で⁉」

夕張が驚嘆した声を上げるが、愛鷹の顔は暗かった。

敵機が撃墜直前に敵艦隊発見と通信を発したのを捉えたのだ。

位置は発進できなかったようだがこの海域に自分たちがいる事がばれてしまった。

「敵に見つかりました。攻撃が来ます」

その言葉に一同の顔が緊張で引き締まった。

「一時離脱します。新針路〇-〇-〇へ変針、四箇所目の島は敵攻撃隊をやり過ごしてからとします。

最大戦速黒一杯。電波制限を解除、電探使用自由。

AEW(早期警戒型)彩雲発艦を許可します」

「了解、コールサインはスカイキーパー。

AEW彩雲発艦」

機上型対空電探搭載の彩雲早期警戒型が発艦すると、わずか数分で南東から敵攻撃隊発見を知らせて来た。

「お出でなすったな、しかし早いな」

「全員被弾しないでください。

救助活動の為にも誰一人欠ける訳にはいきませんし何より生きて帰ります。

対空戦闘用意、艦隊陣形を輪形陣に。

青葉さんが欠けている分防空能力が落ちています」

「了解」

六個防空戦闘機隊が敵攻撃部隊へと向かった。

 

 

(スカイキーパーより防空戦闘機隊。

ターゲットマージ、ボギーは八〇。

戦爆連合急速接近)

(了解。ストライダー1より各機、続け)

八〇機の白いタコヤキを確認した二四機の烈風改が交戦を開始した。

高度では有利だった烈風改が上から攻め込むと二〇機ほどのタコヤキが上昇。

他は加速する。

双方の射撃はほぼ同時だった。

烈風改の二〇ミリ機銃が曳光弾を放ち、赤い鞭の様な機銃弾の軌跡がタコヤキを捉えるとタコヤキが次々に爆散する。

タコヤキも緑の曳光弾の攻撃を烈風改の編隊に放つが初弾はすべて外れる。

瑞鳳の戦闘機部隊の練度は非常に高い。

四機小隊は連係プレーを駆使して渡り合う。

 

(ストライダーは戦闘機を引き付ける、サイクロプスは攻撃隊を)

(ガーゴイル、後方に敵機!)

(メイジ1からゴーレム、攻撃隊は任せる)

(エレメントを維持、孤立に注意!)

七機のタコヤキが撃墜されるが烈風改の損害無しはそこまでだった。

立て直したタコヤキが烈風改に緑の曳光弾の鞭を投げると、一機がからめとられて撃墜される

(スケルトン3、撃墜)

(スケルトン1、回避。後方にぴったりに着いている!)

(かわす……)

(スケルトン1が落ちた!)

(スカイキーパーからスケルトン2、4エレメントを組みなおせ! 急げ)

(だめだ、やられる!)

(スケルトン4がやられた。2も被弾)

(こいつら腕がいいぞ)

 

戦闘機隊の内ストライダー、メイジ、早くも三機を失ったスケルトン、以外の三小隊が残る敵機に襲い掛かる。

爆撃機と攻撃機が機銃攻撃で一機、二機と討ち取られる。

三個小隊は編隊を組んだまま一撃離脱するが、敵編隊内に紛れていた戦闘機が後ろから攻撃を開始する。

 

(ゴーレム2がやられた!)

(用心棒が混じっているぞ!)

(艦隊に近づかれる前にやっつけるんだ)

 

青空にフルスロットルのエンジン音と爆発音、機銃音が鳴り響く。

烈風改二機が編隊を維持しながらタコヤキ二機と切り返しやバレルロールを繰り返して追い出させ、そこへ機銃の攻撃を浴びせる。

機体を横に滑らせる、ロールする、降下する、上昇すると状況に応じて攻撃をかわすが、かわし切れなかった銃弾が機体に損傷を与える。

逆に背後をとった烈風改は捕食者の様にぴったり食らいついて射撃タイミングをうかがい、必中の距離、タイミングで機銃を撃つ。

放たれた曳光弾がタコヤキを火の玉に変えて葬る。

烈風改も緑の曳光弾を食らって翼をへし折られて錐もみになったところへ、とどめの一撃を浴びて機体が爆発して果てる。

 

(スケルトン2ロスト、スケルトン隊が全滅!)

(後ろをとられた。

拙いストライダー1、隊長機。何とかしてくれ!)

(ストライダー2、回避、回避)

(わ、なんでこんなところに!?)

後ろとられた烈風改が捻り込みを行ってタコヤキ二機からの攻撃をかわすと、そこへ隊長機が駆けつけて機銃攻撃を行い一機撃墜する。

(ありがとう、助かった)

(気にしない。フォーメーションを組みなおせ)

(ウィルコ)

 

タコヤキの攻撃隊は烈風改の迎撃で早くも三分の一近くを喪失するが、半分以上が戦闘機で攻撃機はまだ多数残っている。

(全機、攻撃機を狙うんだ! 戦闘機は後回し!)

(無茶言わないで、こいつら出来るんだよ)

第三三戦隊へと距離が縮まっていくが攻撃隊はまだ半数以上が健在だ。

(相手が多すぎる!)

(多すぎるからってビビるな!)

(スカイキーパーから各機、長距離対空射撃が来る。

高度一五〇〇メートルへ上昇))

烈風改が三分の一以上の攻撃隊を撃墜し、七機の烈風改が撃墜された時に愛鷹は三式弾改二による対空砲撃を行った。

しかし今度は散開されてしまったので、七機を撃墜するにとどまった。

 

次の迎撃は蒼月が担った。

高い視力で爆装したタコヤキの中でも蒼月が脅威と感じたモノに対し、長一〇センチ連装高角砲が砲撃を開始する。

長一〇センチ連装高角砲の三式弾改二が一機、また一機とタコヤキを落としていく。

正確な照準、長一〇センチ連装高角砲の高い速射性による砲撃は面白い様に敵機を撃ち落とす。

直撃を受けて四散するタコヤキ、至近距離でVT信管が起爆してばらまかれた散弾で飛行不能、また困難になったタコヤキが黒煙を吹き、何機かは海へと立て直せずに高度を落としていく。

二基の長一〇センチ連装高角砲が猛然と対空射撃を行った結果、蒼月の対空射撃だけで二六機もの攻撃機が撃墜される。

さらに射撃が続行される中愛鷹の高角砲、夕張、深雪の主砲の射撃が加わる。

深雪の一二・七センチ主砲が対空砲弾を連射し、夕張の一四センチ単装砲も対空電探とリンクした射撃をタコヤキの編隊に浴びせる。

特訓の成果を深雪は見せ、夕張は電探リンクによる精密射撃で対処する。

一四センチ砲の連射能力はあまり高くない。

タコヤキは次々に赤い火の玉になり黒い煙を吹きながら海へと転げ落ちていくが、残る機体が三手に別れる。

一隊は低空に降りてさらに二手に分かれ、もう一隊は高度を上げ、もう一隊はまっすぐ突っ込んできた。

低空に降りて二手に分かれたタコヤキに対し愛鷹と夕張の射撃が浴びせられる。

魚雷を抱えているのは明らかだ。

左右から雷撃による挟撃を行われる前に数が多い方を愛鷹が少ない方を夕張が受け持つ。

蒼月が高度を上げた敵機に射撃を続ける。

急降下爆撃を仕掛けて来る隊だ。

高度を上げている間は無防備になりやすいのは人類側も深海側も同じ。

蒼月が敵だったのは深海側には不幸だった。

残る一隊は恐らく戦闘機。機銃掃射攻撃を仕掛けてくるのだろう。

致命傷にはならないがダメージにはなるし瑞鳳には大きな脅威だ。

一機、二機、三機目、と愛鷹は攻撃機を落としていき自分の受け持つ側の攻撃機を全滅させると夕張の援護に入った。

夕張は一二・七センチ単装高角砲で応戦を開始していた。

主砲の速射性の無さに業を煮やしたらしい。

そこへ援護に入る。

だが大分高度を落として攻撃態勢に入っている。

「なかなか落ちない!」

焦燥を滲ませた声で夕張が言った時、愛鷹は第三主砲を構えた。

「どうする気なの?」

「主砲で海面を撃ちます、衝撃波に注意」

意図を理解される前に愛鷹は主砲を発射した。

三発の三一センチ弾が攻撃機の鼻先に突っ込むと触接信管で砲弾が起爆し、低空飛行する敵機の目の前に水柱のカーテンを作り出した。

これによって大半のタコヤキが水柱に突っ込んだ際海面に叩きつけられて墜落する。

考えた物ね、と夕張は戦闘中なのを忘れて感心する。

「くそ、二機仕留め損ねた! 機銃掃射来るぞ! 瑞鳳を護れ」

深雪の警告が飛んだ時、戦闘機が機銃掃射をしてきた。

気が付くのが遅れた夕張が機銃弾を浴びる。

防護機能で致命傷は受けずに済むが体中にパンチを食らったような衝撃が走る。

夕張が姿勢を崩すが、愛鷹が対空機銃で援護し二機の戦闘機は対空機銃の銃弾の雨に呑み込まれて爆散した。

「夕張さん⁉」

「大丈夫、軽巡でもこれくらいならまだ!」

「直上、蒼月ちゃんが撃ち漏らした二機が急降下!」

甲高い瑞鳳の警告が飛んだ時、タコヤキ二機が逆落としして来た。

愛鷹と夕張に備えられた対空機銃が弾幕を張るが撃墜できたのは二機が投弾した後だった。

「全員距離を!」

「かわせーッ!」

夕張と深雪、蒼月がパッと散るが動きの鈍い瑞鳳の至近距離に一発が着弾する。

「わっ!?」

大きな水柱に煽られた瑞鳳の小さな体が右に大きく傾き、左足が宙に浮いた。

そこへもう一発が直撃コースに乗る。

だめだ、当たっちゃう! と瑞鳳が目をつむって衝撃に備えた時、

 

「瑞鳳さん、危ない!」

 

叫び声がしたかと思うと瑞鳳は突き飛ばされ、その直後大きな爆発音と爆風が起きて愛鷹が閃光と黒煙の中に消えた。

第三主砲に防護機能を集中させて、爆弾を受け止めたのだ。

爆風が四人に吹き付け深雪と瑞鳳がひっくり返る。

「愛鷹さん⁉」

悲鳴のような声で蒼月が愛鷹を呼ぶと、しばし間をおいて黒煙の奥から激しく咽込む声が聞こえた。

一同がほっとした時、愛鷹が呻き声を上げて何かを吐いた。

「愛鷹⁉」

「愛鷹さん!」

「……大丈夫、まだ戦えます……」

黒煙から口元から吐血し、天蓋が大きくへこみ、砲身一本が折れ、火花がバチバチと散る第三主砲を持つ血まみれの左腕を庇う愛鷹が立ち上がるのが見えた。

小刻みに体を震わせ、制帽の下の額からは出血している。

一同からすればとても「大丈夫」には見えなかったが、愛鷹はタブレットを数錠口に入れてハンカチで口元を拭うと少し状態が良くなったらしい。

「第三主砲は……左砲が使えなくなりましたが……右砲が使用可能、中砲も修理すれば復旧……できます」

「でも、左腕の傷は……?」

「……大丈夫です、痛いのがはっきりわかります。

骨が折れたらしいので動きませんが」

そう言って愛鷹はまた咽込むがもう吐血はしなかった。

「皆さんは……ご無事で?」

「あたしと蒼月は無傷」

「ちょっとまだ体が痛いけど、少しすれば治ると思う」

「ご、ごめんなさい、愛鷹さん。私が、私が……」

ぐずぐずと泣きながら瑞鳳が庇ってくれた愛鷹に謝る。

「その声なら、ご無事そうで……うッ!」

まったく起こった様子もなく愛鷹は返すが、苦痛にまた顔をゆがめる。

しかししっかりと愛鷹は二本足で立っていた。

左腕が使えないので蒼月が鎮静剤注射と腕の止血を行った。

「第三主砲と左腕の機銃は使えませんが、それ以外の火砲は使用可能です。

機関部、主機も正常。

ただ電探の大半が損傷していますので索敵能力が……」

「そんだけやられても大丈夫だなんて、訓練の時に血を吐いて倒れ……ま、まあ、さっきも結構吐いてたけど、案外タフじゃん」

「私は超甲型巡洋艦です。

戦艦ほどタフではありませんが、あの程度の爆弾の一発でやられたりはしませんよ」

そう言って深雪に愛鷹は微笑んだ。

 

戦闘機隊を収容して一同は海域を一時離脱し、その後四箇所目の島へと向かった。

ところが四箇所目の島の手前でAEW彩雲が敵艦隊発見と知らせて来た。

瑞鳳は敵艦隊の編成内容を確認し、返って来た内容に唇を噛んだ。

敵はネ級二隻、リ級二隻、ホ級一隻とイ級らしき駆逐艦一隻だ。

こちらは夕張と深雪、蒼月、手負いの愛鷹を含めても数的な不利が大きい。

ここはいったん父島に撤退するべきか。

しかし、四箇所目の島の北米艦隊の艦娘の救助を断念するのは気が引ける。

救助を強く進言していた深雪も状況が状況なだけにここは撤退するべきと考えていた。

しかし愛鷹は交戦・排除した上で救助に向かう事を決定した。

「無茶言うなよ! その傷じゃ危ないって!」

深雪の言葉は夕張と蒼月、瑞鳳の気持ちも代弁していた。

いくら重巡を圧倒可能と言っても手負いのまま戦っては大破するのは目に見えている。

だが旗艦の気持ちは変わらなかった。

頑固なのか、慢心しているのか分からなかったが愛鷹の意思に揺るぎはないようだった。

しかし瑞鳳を連れての水上戦闘は危険だ。

そこで愛鷹は瑞鳳に深雪を付けて海域から離すと、夕張と蒼月の二人を連れて二倍の数の敵との交戦を目論んだ。

中破、それも左腕が骨折しているから実質第三主砲は使用不能でも戦う気でいる彼女の意思の堅さに、深雪が「これほどの大馬鹿野郎は初めてだぜ」と苦笑交じりに言ったが瑞鳳を連れて離脱し、夕張と蒼月も愛鷹の判断を支持した。

 

「敵を殲滅する必要はありません。

追い払うだけでもいいです」

「退かなかったら?」

「私が何とかします」

使える右腕で二基の主砲を管制するし、被弾時にレーダー類が多数破損したから電探射撃は出来ない。

目視による光学射撃が頼りだから反応速度は相当落ちている。

射程を生かした長距離狙撃は無理だ。

「無理しないでくださいね、愛鷹さん」

「ありがとう蒼月さん。無理を言ってすいません」

「いえ、私が防ぎきれなかったばかりに……」

「過ぎた事です。悔しいことは次につなげる基盤です」

「はい」

 

夕張の電探は無傷なのでその電探と瑞鳳がもう一機上げたAEW彩雲コールサイン「ヘヴィークラウド」が目となった。

島まであと二五キロと言うところで深海棲艦巡洋艦部隊を「ヘヴィークラウド」が捉え位置を知らせて来た。こちらに向かっていると言う。

「お出でなすったわね」

夕張が袖をたくし上げる。

ただ愛鷹は一つ気になることがあった。

敵艦隊はなぜこちらに向かってきている? 

こちらの存在は知っていても、位置までは知らないはずだ。

いやな予感が頭をよぎった時、夕張の電探に敵艦隊の反応が現れる。

「全員、対水上戦闘用意! 

左砲戦面舵二〇、第四戦速。

二人は軽巡と駆逐艦を先にお願いします。

私は重巡を相手にします」

「四隻の重巡相手に一人で?」

「お任せを。来ますよ」

愛鷹が目視でとらえたネ級に照準を合わせる。

海洋生物のように動く駆逐艦は砲撃できないのでホ級を夕張と蒼月が二人で対処する。

 

先手を取ったのは第三三戦隊の方だった。

 

「対水上戦闘、全艦主砲砲撃はじめ。

撃ちー方始め!」

三一センチ三連装砲二基と一四センチ単装砲、長一〇センチ連装高角砲が深海棲艦巡洋艦部隊に砲撃を開始した。

対空射撃では精度が低い夕張の砲撃も、水上射撃なら上手向きだった。

敵艦隊はこちらより半分の数の敵からの先制砲撃に動揺したものの初弾は外れたのを見て立て直してきた。

五隻分の発火点が三人の左手にはしった。

深海棲艦巡洋艦部隊の初弾も外れる。

その間に第三三戦隊は次弾を放っていた。

万全の状態ならすでに直撃させているはずだが、中破しているから二撃目でも愛鷹の砲撃は当たらない。

しかし狙いを定めているネ級から右にわずか二メートルの位置に着弾していた。

深海側の砲撃が来る。

倍近い数なだけに投射量はやはり多い。

作り出される水柱の飛沫が三人に降りかかる。

第三射目で愛鷹の砲撃がネ級を挟叉した。

夕張と蒼月の砲撃も次の射撃で命中弾が期待できる位置に着弾する。

向こう側は早くも直撃弾が出る段階にまで追い込まれたことに焦りを見せる。

三射目の砲撃は第三三戦隊を捉えることもなければ、次撃てば当たるような位置にも着弾しない。

 

「次は当てる……てぇーっ!」

六門の三一センチ砲が轟音と共に砲口から徹甲弾を撃ち出す。

ネ級一隻に直撃の閃光が走る。

ネ級が爆炎の炎に包まれて無力化されるとほぼ同時に夕張の射撃がホ級を捉える。

夕張の射撃はホ級にダメージを与えるが負けじと撃ち返してきた。

残る重巡三隻もネ級の仇と砲撃する。

三人は本能的に当たると判断した。

「回避運動」

射撃照準がぶれ過ぎない範囲で三人が回避機動を行うと、周囲に水柱が大量につきあがった。

回避していなければ確実に被弾していた位置ばかりだ。

お返しにと第三三戦隊の砲撃が深海棲艦へと行われる。

夕張と蒼月の砲撃がホ級を捉え、二隻の砲撃を食らった軽巡ホ級が爆発炎上し速度を落とした。

リ級一隻も愛鷹の砲撃が直撃して爆炎に包まれる。

残る重巡二隻は形勢不利を悟ってか砲撃が及び腰になった。

そこへ愛鷹がもう一射を浴びせると、至近弾でネ級の主砲塔が損傷する。

発砲不能になったらしくネ級が損傷した主砲を庇いながら離脱し始めた。

無傷のリ級が後方についてバックアップに着く。

 

「追撃は不要。瑞鳳さんと深雪さんと合流後島へ向かい生存者の救助を行います」

「了解」

二人がほっと溜息を吐いた。

その時、愛鷹のソナーが魚雷の馳走音を捉えた。

駆逐艦が一隻まだいたのだ。

魚雷の音がする方を見ると四本の白い航跡がこちらに向かって来る。

「雷跡四、正面です。回避!」

「駆逐艦、どこに?」

回避行動をとりながら夕張が言った時、魚雷が向かってきた方にイ級後期型が飛び出してきた。

そして一番近かった愛鷹に三発砲弾を発射した。

回避はとても間に合わなかった。

三発すべてが命中した。

金属の塊を三回たたく音が響く。

三点射撃を行ったイ級に蒼月が主砲砲撃を浴びせて撃沈すると被弾した愛鷹を確認する。

直撃を受けたのは第二主砲と左わき腹だった。

砲弾は第二主砲の装甲に弾かれて破片が愛鷹の頬に引っかき傷をつけたが、それ以外に被害は出なかった。

脇腹に命中した砲弾は防護機能で威力を大きく減じたので、愛鷹は呻き声を上げて前のめりになって後ろに後ずさりしたが、傷は浅かった。

「駆逐艦程度の砲撃では主砲塔は破壊できません」

黒煙を上げて沈んでいくイ級を見つめながら愛鷹は呟いた。

 

 

瑞鳳と深雪と合流した後、島にようやく到着した第三三戦隊は島で救助を待っていた第九二・五任務部隊のスプリングフィールド、インディアナポリス、マクドゥーガル、ダットワースの四人と合流した。

四人とも艤装も服装もボロボロになり大なり小なり負傷していた。

特にダットワースは瀕死の重傷を負っており、意識不明で酷く衰弱していた。

しかし上陸してきた第三三戦隊の面々を見てダットワース以外の面々弱々しくも歓声を上げる程度の体力はまだ残っていた。

幸いスプリングフィールドはある程度体力が残っており、中破し傷を負いながらも救助に来た愛鷹を見て号泣しながら「Thank you Thank you」と両手で握手をしてきた。

 

「ご無事で何よりです。申し訳ありません、お迎えが遅れて」

「貴女こそ大丈夫ですか? 酷くやられてしまっていますが」

「左腕は使えませんが、戦闘。航行共に可能です」

「貴女たちは命の恩人です。この御恩は……」

「帰ってからお願いします。父島に引き揚げましょう」

「はい、ありがとうございます」

スプリングフィールドの歓喜の涙は止まらなかった。

 

何とか持っていたレーションを細々と食いつないでいたものの、昨日でそれが切れ水ももう一日近く飲んでいないと言う。

脱水症状、栄養失調で酷く痩せてている上、スプリングフィールド以外は航行不能だった。

インディアナポリスとダットワースは主機が大破するか履いてない状態で浮くことすらできない。

マクドゥーガルは片肺だ。

また全員弾薬を損耗している為戦闘も不可能だ。

スプリングフィールドは戦闘で機関部が損傷している上、この島まで三人を曳航してくるまでにかなり負荷がかかった結果巡航すら出せない状態だった。

幸い夕張が機関部の応急修理を行った結果巡航速度はどうにか出せるようになり、第三三戦隊は旗艦が中破するも偵察任務を成功させ副次的任務の第九二・五任務部隊生存者救助を行って父島へと帰投した。

 

父島が見えた時、愛鷹は父島との回線を開いた。

「こちら第三三戦隊旗艦愛鷹、父島警戒基地管制へ。

任務達成、第九二・五任務部隊生存者四名を救助。

全員負傷しており一名は危険な状態です、緊急医療搬送の用意を願います」

(了解、第三三戦隊。

任務達成おめでとう、そしてお帰り。

お手柄だな)

(……貸してください。

皆さんご無事ですか!? 青葉です)

「全員無事ですが、夕張さんが機銃掃射を受けて被弾したので念の為検査が必要です」

「こちら瑞鳳。

付け加えると愛鷹さんも中破して左腕骨折の模様。

戦闘・航行可能なるも手当てが必要です」

(それを早く言ってくださいよぉ!? 

大丈夫なんですか、愛鷹さん!?)

「私より第九二・五任務部隊の人たちが深刻です。

私は大丈夫です、腕の一本が折れただけです」

無線御向こうで青葉が大きなため息を吐くのが聞こえた。

(心配しましたよ。

でも愛鷹さんが中破って、青葉、司令官に殺されてしまいます)

「大丈夫だよ、あいつそこまで鬼じゃないだろ」

深雪がケタケタと笑うと青葉が笑うのも聞こえた。

 

 

父島に入港すると、埠頭で待機していた五台の救急車からストレッチャーがおろされ、動かないダットワースを載せると真っ先に島の病院へと緊急搬送した。

インディアナポリスはスプリングフィールドと夕張に肩を貸してもらって上陸すると救急隊員に引き渡されてストレッチャーに載せられ、マクドゥーガルは深雪、蒼月が肩を貸して上陸し同じく救急隊員に引き継いだ。

「先に行ってるわよ、スプリングフィールド」

「ええ、インディ。後から行くわ」

「助かったの私たち?」

「ええマック。助かったの」

「夢みたい……」

「パープルハート勲章と海軍殊勲十字章、スプリングフィールドにはメダルオブオナー(名誉勲章)が授与されるわね」

「やめてよ、インディ。メルヴィンとノーザンプトンが死んだのに……」

「そうね……Peace to the follen(死者よ、安らかに)」

「死者よ安らかに」

 

インディアナポリスとマクドゥーガルを載せた救急車が発車し、艤装を解除した愛鷹も救急隊員に応急処置を施されて救急車に乗った。

「私は病院に行きますので、申し訳ありませんが少しだけ瑞鳳さんに後をお願いします」

「任せて」

「しっかり傷治して来いよ。後で見舞いに行くから」

「後片付けは任せてください」

「壊れちゃった第三主砲が使えるように私が何とかしてみるわ」

「ありがとうございます」

微笑んだ愛鷹が一礼すると「もう行きますね」と救急隊員が言ったので愛鷹頷いた。

「敬礼!」

瑞鳳が号令と共に夕張、深雪、蒼月が敬礼するとにっこり笑った愛鷹も答礼した。

五台の救急車が病院に負傷した艦娘五人を搬送し、手当てを行った。

 

ダットワースは一二時間近い手術を受けて一命をとりとめ、他の三人のアメリカ艦娘も包帯、絆創膏だらけになり添え木や松葉杖の世話になることになったが三か月(スプリングフィールドは一か月)入院すれば退院可能と診断された。

愛鷹も骨折し傷だらけになった左腕を治療して、骨が治る三週間後まで添え木をして三角巾で吊る生活をしばらく送る事となった。

とにもかくにも愛鷹と青葉が中破したものの第三三戦隊は任務をやり遂げ、全員が生還を果たした。

しかし、まだこれで終わりではない。まだ……。

 




今回の話で愛鷹達の任務は事実上達成しましたがまだまだ沖ノ鳥島海域を巡った戦いは続きます。
そして愛鷹の艦娘としての苦難の人生もまだ始まったばかりです。

前回、魚雷攻撃で退場した青葉ですがはっきりと宣言します。
青葉は沈みません(死にません)。

第七話では私の好きなゲーム「ACE COMBAT7」に登場する航空機のコールサイン、やり取りの一部などが多く盛り込まれています。
マザーグースワン、スカイキーパー以外のコールサインの内、鳥の名前は「ACE COMBAT7」に登場する味方艦艇の、防空戦闘で空中戦を繰り広げた戦闘機隊はゲームに出て来る戦闘機部隊の名前から来ています。
また臨場感演出の試みとして妖精さんパイロットには多数のセリフを出してみました。
反省点としては「ACE COMBAT7」ネタを少し盛り込みすぎた所です。

なお、今作では原作となる艦これには登場しない艦娘(愛鷹もその一人ですが)の他に深海棲艦も多く登場します。
それらについては次回以降に詳しい解説回を設けていきたいと考えています。


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用語集・設定集

本作の用語・作品世界観が垣間見えます。
注:私の独自設定であり公式とは全く関係ありません。
また特定の国家・団体を批判する意思は全くございません。



「艦娘」

現在の国連海軍の現有戦力。

全員が人間の女性である。

生れつき艦娘としての適性があるとされており、適性が無ければ海軍には入隊できない。

基本志願制だが強制徴兵や孤児の徴兵なども僅かにだが存在し、事前に「艦娘となった場合、終身軍人であり退役・帰郷は原則できない」等を同意の上で厳しい訓練を経て本名を捨て艦娘となる。ただし本名を忘れることまでは強制されない。

所属艦娘の年齢層は非常に広く、幼女から二〇代までとされている。

互いの過去、本名を聞くのは控える事が求められている。これは各艦娘の出生家系、思想からの対立を海軍内に持ち込まない為である。

さらに家族との街頭での再会などによる気持ちの迷い、士気の低下、家族の連れ戻し防止の為基地からの外出にも制限がかかっている。

過酷な訓練の結果、一種の刷り込みが行われており「海軍が家」「艦娘仲間が家族」という概念が植えつけられているが、個性の徹底否定までは行われていない。

艦娘達の個性豊かな性格は個性否定まではされていない事による。

艦娘の最大の特徴は「ある日を境に身体的成長が停止する」事である(精神的成長の停滞も僅かながら存在する)。

実年齢はそのまま重なるので未成年の体型でも実年齢は成人と言う例は当たり前である。

ちなみに駆逐艦、空母、重・軽の巡洋艦、戦艦と艦娘は分類されている艦種によって制服が異なるだけでなく、姉妹艦でも制服が異なる艦娘は珍しくなく、統一制服を着ていることはまずない(ただし、礼服として一応支給されている)。

一方で夕雲型や大型艦艇の艦娘では統一化されている。もっとも制服と言うよりは艦娘の個性が出ている普段着、の面が強い。

海中が主な戦場となる潜水艦は音が重要なので、普段からビーチサンダル履きが多く、動きやすさのために着ているスクール水着の上にセーラー服の上着を羽織っているのが陸での普段着であることが多い。

潜水艦艦娘の艤装の素の対弾性では駆逐艦以下だが重量面ではもっとも軽量である。

海中内での気圧変化や酸素ボンベ内の酸素残量が少なくなった時の呼吸調整、自身に何が起きているかを冷静に考えるなど、メンタルと体力面ではかなり優れている。

改二になると容姿に変化が出る艦娘もいる。

超長距離航海時は外洋型支援艦が随行し、交替で休息仮眠をとる。かつての艦船の補給艦相当である。

人権侵害と同様とも取れる制限が多くかかっている為、「人をやめた兵器」という認識がかつて海軍内に存在し、その結果過酷な運用がなされ問題になったことがある。

人外の存在に見えるが、艦娘はれっきとした一人の人間である。

原則、戦死した艦娘の名前は継承されない。

艦娘の戦場での喪失は遺体が回収できたか、確認されたか、捜索開始から半年以上経っても発見されなかった場合にK.I.A、喪失認定が下される。

半年以内に救助、帰還した場合はM.I.Aとなるが半年以上経過してから戻ってきたものも存在する。

艦娘は軍人である為階級を持っており、セクハラなどの対応策として初任階級が准尉となっている。

小型艦ほど尉官が多く、大型艦ほど佐官が多いと言う説が存在するが、戦艦、空母でも大尉である者も存在する。

実質お飾りであり、艦娘の間でモノを言うのは実力と経験次第で駆逐艦で中佐と言うのも存在する。改、改二で階級が上がったものも存在する。

大佐となると秘書艦や艦隊旗艦を務める事が可能。

将官階級の艦娘は在籍していないが戦死して死後特進で准将、少将に昇進した例は存在する。

銃器の使用は「趣味」に限って許可されている。

第三三戦隊では愛鷹が中佐、瑞鳳は少佐、青葉と夕張は大尉、深雪は中尉、蒼月は少尉という具合である。

 

「艤装」

艦娘が海軍戦力として戦う時に必要な装備。

艤装全ての動力を提供する「機関部」と洋上航行などに必要な「主機」、戦闘に必要な「武装」「補助装備」、が存在する。

「機関部」は艦娘が装備する艤装の動力源であり、敵弾、爆発した破片などから、生身の体へのダメージをある程度は防ぐ耐久性がある「防護機能」がある。

損傷すると様々な自動化機能(主砲の装弾機構と高速旋回、射撃照準計算、艦娘が今狙っている攻撃目標の着弾座標計算など)が手動制御になるので反応速度が低下する他、「防護機能」も落ちてしまう。

さらに戦艦クラスや重量が増えた艤装を備える駆逐艦や巡洋艦などとなると、艤装重量が大きくなるため、パワーアシストの面も担っている。

「機関部」はもともと艤装と一体型だったが、夕張が着任する少し前に緊急時の応急運転に備えて単一乾電池並みに小型化されている上、ユニット型になっているので「機関部」が破壊されても、回路に甚大な損傷がなければ「機関部」ユニットの交換で再始動可能である。

また「機関部」への回路の再接続のための応急修理キットもあり、艦娘は自分の艤装が損傷した時の応急修理程度の知識を熟知しておかなければいけない。

近代化改修などではさらに高出力の「機関部」ユニットの搭載もあるため、改修時には「応急修理」の実技と座学も受けなければならない。

評価は零点か満点の二種類。

「機関部」がダメージを受けるとダメージ次第では「主機(もとき)」へ動力供給が低下、もしくは断たれるので、「機関部」が無いと「主機」への動力供給が出来ず、海の上を高速航行することはできなくなり、片肺運転、「防護機能」の低下が起きる。

片肺の状態は大体損傷の酷さでただの重荷になっただけの「主機」の解除、または靴自体を脱ぎ捨てた時によくある。

「主機」は解除されると、鹵獲防止のため自爆システムが自動起動し海中内で爆発する。艦娘の中にはこれを応用した攻撃をする者もいる。

一応歩く、走るなどのことは「主機」だけでも出来るが、「機関部」が全損で応急修理不能となると艤装操作は不能になる他、パワーアシストも予備動力の補助で一定時間は維持可能だが、補助動力のタイムリミットになるとただの重荷となってしまう。

このためこちらも解除可能で「自爆システム」も存在する。「自爆システム」には二重三重の安全機構が備えられている。

「主機」には艦娘の靴底に主機と舵を付けて航行する「外装型」と、靴自体が「主機」と一体化した内装型と呼ばれるものの二種類が存在する。

外装型がどちらかと言うとメジャーだが、内装型はヒールが舵になっており形状はハイヒールのようになる。

「武装」は主砲、魚雷、機銃、爆雷、噴進砲(ロケット砲)、「補助装備」は電探(レーダー)、水中探信儀(ソナー)、「羅針盤」(コンパス)である。

現在有線誘導兵器の開発が進んでおり、ドイツ艦隊では空対艦有線誘導滑空弾「F・X」(日本名滑空マ弾)の試験運用が開始されている。

「武装」「補助装備」は基本操作に音声入力、トリガー、ジョイスティック操作で行う。

首からペンダント式で吊り下げる事が多い「羅針盤」は方位磁石、限定的な海図表示が可能。愛鷹のものはスイッチ一つでレーダー、ソナーの反応を表示できるようになっている。

潜水艦娘の艤装はその艤装のエネルギーソースの大半が生命維持に割り当てられており、主に酸素供給と爆雷爆発による爆圧や水圧からの防護である。

爆雷攻撃や深深度潜航時には艤装出力を最大にまで上げればほぼ鉄壁の防御となり、潜航深度もさらに深くなるが深海棲艦からの発見率が格段に上がってしまう。これは水上艦艇艦娘にも共通する。

全ての艤装に言える事として防護機能をピンポイントで一点集中すれば高い火力からの完全防護(駆逐艦でもル級、タ級の主砲弾を完全防護)が可能と言う事である。

ただしこれは非常に熟練の技が必要でかつ非常に危険であり、そう簡単には成功させることは出来ない。

なお改二になると艤装類の大幅な強化などが行われるが、改二への訓練や改二へのなり立てで不慣れであると艤装の初期故障に付きまとわれることになる。

故障は可能な限り自身で行うが洋上や作戦中など不可能な場合は装備妖精の「ダメージコントロールチーム(応急班・DCT)」が行う。

艤装のペイロードには一定のマージンが確保されており航海中の水や食糧、海図、筆記具、ペンライト、簡易医療キットが納められたサバイバルキットを収容・搭載することも可能である。

大型艦娘の中にはペイロードの余裕を生かして、漂流時に備えて超コンパクト簡易テントを携行するものが時折いる。

通信手段は片耳に装着するタイプのヘッドセットで行う。ヘッドセットにはソナーの反応を確認する事にも用いられる。

ヘッドセットによる通信は艦隊間であれば音声、長距離の場合はモールスタイプの無電が用いられる。

無電送信の際は艦娘が頭の中で電文を考えればヘッドセットが脳波で読みとり、暗号化した上で送信できる。手動作成も可能である。愛鷹のは最新世代。

夜間戦闘や発光信号の為に探照灯の装備が可能なのが艦娘の艤装だが、近年はオプション装備化されている。

探照灯のオプション装備化の大きな要因は夜戦での使用に伴うリスクが大きくなってきている為である。

ただし既に義眼機能に探照灯が組み込まれた古鷹に関しては「使用を控える」と言う命令が出ている。

日本艦隊はソロモン戦線で探照灯照射による攻撃で、敵に位置をトレースされた結果少なくない損害を被っている。

徹底海峡を巡る艦隊戦では探照灯照射により戦艦比叡、駆逐艦暁が大破し、軽巡神通が中破、更に前日の泊地攻撃時には重巡鳥海中破と言う結果になっている。

重巡青葉と古鷹は探照灯照射により被害を被った艦娘では最大レベルの被害を受けている。特に古鷹は左目を失っている。

 

「装備妖精」

通称「妖精さん」

艦娘の艤装に乗り込んで運用を行う、ダメージコントロールを行う、航空機の操縦・整備・運用、工廠、ドックでの艤装整備・修理・補給など担当分野は非常に広い。

身近な存在ながら正体は実は不明である(少なくとも人間ではない)。

人語で会話可能だが声が小さい。

妖精さん同士の呼び方で呼び合っており、艦娘や一般軍人から名前は貰っていない事が多い。

その為地方基地では便宜的に苗字が付けられていることもある。

性格は多種多様で呑気、さぼり気味、生真面目、厳格と喜怒哀楽が激しい。

 

「国連軍」

深海棲艦の出現によって制海権を喪失した人類が国連の名のもとに各国軍を結集して編成した常設超国家軍。

海軍と海兵隊からなっている。

国連統合作戦本部が最高指揮系統であり特定の国家が大きな発言力を持つことは「国連軍条約」で禁じられている。

深海棲艦との戦いの初期は既存のミサイル駆逐艦や航空母艦、潜水艦、戦闘機などで対抗していたが、深海棲艦は狙うには的が小さすぎるのと誘導兵器の精密誘導が出来なくなる現象などで戦術的勝利以外はすべて敗退に終わっている。

その為兵器技術はいくらか退行しているが艦娘の艤装を開発するなど発展した分野が存在する。

初期は国家間の足並みの不揃いに、深海棲艦出現後に衛星データリンクと原因不明の切断によって引き起こされた誘導兵器誤射誤爆が頻発。

同士討ちのみならず民間施設や民間人への被害も甚大なものとなった。

 

「海軍」

艦娘を運用する国連軍の海洋戦力。国連海軍とも。

常設超国家軍の国連軍が設立されるにあたり新訂された「国連軍条約」で「深海棲艦以外との陸上戦闘はよほどの例外を除き禁止」となっている。

世界各国海軍保有国で「艦娘を戦力化している国」が国連海軍の戦力となっている。

総司令部はツーロン海軍基地に置かれている。

大抵は各国家に担当海域が決まっているが、相互理解や親善交流などで「派遣艦隊」を送ることがある。

艦娘の登場と深海棲艦との戦いで従来の海上戦闘艦艇は殆どが喪失するか退役・予備役に編入されたが、海兵隊を運ぶ揚陸艦の方は新造が行われている。

国連海軍総司令官(海軍作戦本部長)はネイサン・デーン海軍元帥(英語表記Fleet Admiral)、参謀長は九条龍作(くじょう・りゅうさく)大将。

欧州とアジアは互いに非常に距離が離れた位置関係にあるのと、スエズ運河やアラビア海の制海権確保が出来ていないことなどから双方の行き来にはシベリア鉄道を用いる。急を要する場合は旅客機改造輸送機を用いる例も存在する。

欧州と南北アメリカ大陸の行き来は北極圏空路と大西洋の大陸沿い航路。なおパナマ運河はガトゥン水門側は制圧されていない為一応安全圏となってはいる。

 

「日本艦隊」

司令官は武本生男中将。日本艦隊は横須賀に艦娘を一括運用している統合基地を設けている。

隷下に北米艦隊日本駐屯艦隊が存在する。日本駐屯艦隊司令官はデズモンド・コルター・マイノット少将。

日本近海、西部から中部、南北太平洋と東南アジア海域、インド洋までの広域を管轄する。

ただし日本艦隊単独ではなく、北太平洋はロシア太平洋艦隊と、西部、中部、南太平洋は北米艦隊太平洋艦隊とオセアニア連合方面隊のオーストラリア・ニュージーランド艦隊、東南アジア海域は英国東洋艦隊と極東オランダ艦隊、インド洋は英国インド洋艦隊と共同管轄している。

欧州派遣艦隊をたびたび編成して欧州方面に派遣している。

呉、佐世保、舞鶴、長浦、大竹、鹿屋、大湊、室蘭、宿毛、岩川(山形)、父島、中城、トラック、リンガ、ラバウル、ブイン、ショートランド(現在は放棄)に方面隊基地を構えている。

組織的には旧海上自衛隊からの続投組が少数存在する。武本と有川、谷田川、鮎島らは海上自衛隊時代からの続投組。

国連海軍では最初に艦娘を配備した艦隊であり、艦娘の戦死者数は北米艦隊に次いで多い。

 

「北米艦隊」

アメリカ合衆国とカナダからなる艦隊。

北米艦隊と言ったら大抵はアメリカ合衆国出身者で構成されるアメリカ艦隊であり、カナダ艦隊は区別の為北米カナダ艦隊と呼ばれる。

北米艦隊司令官はジェイコブ・スタークス大将。太平洋艦隊司令官はジェシカ・ゴンザレス中将、大西洋艦隊はアダム・スラッタリー中将が担当。

北米カナダ艦隊司令官はジャック・ジェイキンズ中将。

艦隊の主力であるアメリカ艦隊一国当たりの艦隊規模では最大級を誇る。

太平洋艦隊はハワイ諸島、サンディエゴを含む西海岸一帯、パナマ運河までが深海棲艦に制圧されている為、オーストラリアのシドニーとトラック、エニウェトクなどに主要基地を構えている。

カナダ艦隊はアラスカとハリファックスにごく小規模な基地を構えた小所帯。

大西洋艦隊は南米方面から北極圏までの広域を管轄している。ノーフォーク、コーパスクリスティ、メイポートなどに大規模基地が存在。

 

「欧州総軍」

欧州諸国の艦隊を統合運用する。世界最大級の連合艦隊。

英国、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、スウェーデン、ポーランド、ギリシャ、ロシア等からなる。

英国は大西洋担当の本国艦隊の他にインド洋艦隊、東洋艦隊、南米支艦隊を保有。

担当海域の割には決して潤沢な戦力とは言えない。

英国艦隊司令官はロイド・ポッター大将。

本国艦隊司令官はアニセット・ブラウン中将、インド洋艦隊司令官はダニエル・エドワーズ少将、東洋艦隊司令官はエリザベス・フィリップス准将、南米支艦隊司令官はアーノルド・アイランズ准将。

フランス艦隊は大西洋、イタリアと共に地中海を管轄。

艦隊司令官はナサニエル・ベタンクール大将(フランス大西洋艦隊司令官も兼任)。地中海艦隊はジャン・コルビオ大佐が副司令官。

イタリア艦隊は地中海と紅海を管轄。

艦隊司令官は地中海艦隊司令官を兼任するブランカ・コロンボ中将、紅海艦隊司令官はマルコ・ピエリ准将。

ドイツ艦隊は大西洋が管轄。ロシアと北極圏を担当。

艦隊司令官はヴィルヘルム・ブシュケッター中将。

オランダ艦隊は大西洋と極東を管轄。

艦隊司令官はオランダ大西洋艦隊司令官も兼任するアルヴィン・デ・ブラーン中将。極東オランダ艦隊はイフォンネ・ゾンネンベルフ少将。

スウェーデン、ポーランド、ギリシャは欧州総軍直轄艦隊に編入。

スウェーデン艦隊はイェルハルド・トーバルズ中将、ポーランド艦隊はイリヤ・カシミンスキー少将、ギリシャ艦隊はスタヴロス・ディミトリウス少将が司令官を勤めている。

ロシアは北方艦隊、バルト艦隊、黒海艦隊が欧州総軍に編入再編され、大西洋、黒海、北極圏を管轄している。

ロシア艦隊司令官はヴァシーリ・ルスコフ大将、北方艦隊はゲオルギー・ラザリエフ中将、バルト艦隊はイゴーリ・レオノフ中将、黒海艦隊はソフィア・アリストフ少将。

また太平洋艦隊をニコライ・ニコラエヴィッチ・アンドレーエフ大将が司令官を勤めている。

カムチャツカ半島、ベーリング海峡一帯などを管轄するロシア太平洋艦隊は、日本艦隊と統合運用で北太平洋防衛を担っている。

 

「南米艦隊」

南米諸国からなる小規模な連合艦隊。

艦隊司令官はアントニオ・ロドリゲス大将。

 

「オセアニア連合方面隊」

オーストラリア・ニュージーランドの連合艦隊。オセアニア・南太平洋を管轄している。

艦隊司令官はメアリー・ワトキンス少将。

 

「国連海軍直轄艦隊」

文字通り国連直轄の艦隊で特定国家に所属していない。かつて武本も二年ほど日本からの派遣海軍武官として所属していたことがある。

艦娘の名前はエスペラントからとられており全員が多言語、多文化に通じたバイリンガルである。

別名「エスペラント艦隊」とも呼ばれる。

艦隊旗艦の艦娘は戦艦ベレーガモンドⅡ(エスペラントで「非常に美しき世界」)が務めている。

艦隊司令官はローザ・エリーズ中将。

 

このほかに中国は国連直轄艦隊隷下の小規模な沿岸防衛隊のみを保有している。

深海棲艦との戦いで国内世論の海軍への関心が著しく下がっており、所属する艦娘の数は二〇人以下と極端に少ない。

また超国家軍の国連軍が存在する為海軍に力を入れなくなっているのも、中国が艦娘戦力を拡大出来ない大きな原因となっている。

変わりに中国はかつての海軍軍港を海外艦娘の補給・治療などの為に提供している。

 

「海兵隊」

国連軍の陸上戦力。既存の空軍、陸軍、海兵隊を統合した軍。

奪還された島嶼防衛、警備の他に世界各地での戦闘地域(人間同士)に介入して停戦監視軍任務や人道支援を行っている。

海軍と比べて旧態依然の兵器が問題なく現役でいる。

日本の海兵隊には旧航空・陸上自衛隊からの続投組がある程度在籍している。

 

「あきつかぜ」

海上自衛隊第一護衛隊群第一護衛隊に所属。

自衛隊が国連海軍に編入後は日本艦隊第一艦隊に配備されたよもつかぜ型ミサイル護衛艦二番艦DDG142。

イージスシステム搭載の「イージス艦」で、こんごう型、あたご型、まや型、いそかぜ型に続くミサイル護衛艦。

旗艦機能の撤去とヘリコプター運用能力強化、BMD対応、巡航ミサイル運用能力を兼ね備え、外観はアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦フライトⅢに酷似している。

対馬から福岡へ向かう民間船団護衛中に撃沈された客船の救助活動中に幼い頃の蒼月がこの艦に救助されており、当時少佐だった武本も航海長として乗り込んでいた。

能登半島沖海戦で深海棲艦水上部隊と交戦した際に撃沈。第一護衛隊群も旗艦を含む全艦が撃沈され全滅している。

「あきつかぜ」の乗員三〇〇名中、救助された武本一人を除く艦長大川中佐以下乗組員(艦載ヘリコプターパイロットも含む)全員が戦死した。

 

「修復剤」

前線での戦闘や事故、病気などで長期間の戦線離脱を余儀なくされた艦娘の治療の際、短期間で治療を完治させるための薬剤。

ある程度の期間を置けば何度でも使用しても問題はないが短期間の過剰摂取は中毒化、遺伝子の異常、難病の発症、最悪死に至る場合がある。

古参空母艦娘の鳳翔は修復材の過剰摂取が原因で身体組織の一部が急激な老化を起こしたため艦娘生命を断たれ一線から退くことを余儀なくされた(鳳翔本人の意思ではなく、当時の艦隊司令官の采配が原因)。

英国艦隊の空母ハーミーズは修復剤の禁断症状による隙を突かれて撃沈・戦死した。

その為短期間での複数回数の使用には注意が必要。使用回数制限は個人差が存在する。

極力使用は避ける事が推奨されている。

 

「再生治療」

四肢欠損、臓器移植を要する重傷の際に人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて失った手足、臓器を復元する治療。

義手義足と違い、本来の自分の姿に戻れる再生医療法で深海棲艦との戦いで発生した大量の負傷者の治療がきっかけとなり再生医療技術が大幅に向上した。

この治療法の臨床試験の為に多くの傷病兵が志願し、「特医療功労殊勲賞」受賞者が大量に出た経緯がある。

ユリシーズはこの治療で失った右足を治療している他、青葉、古鷹、深雪もこの治療で回復している。

古鷹は本人の希望で義眼が移植された。

修復剤の過剰摂取に対する治療にも用いられることはあるが、重症化していた場合は完治させることが難しい。

 

「ケース・デルタ」(Case DeltaまたはCase Dとも表記)

別名「D事案」。デルタはDのフォネティックコード読みから。

特一級軍機事項であり詳細は不明。

一説には艦娘のK.I.A判定とM.I.A判定の基準と深く関連しているとされている。

艦娘でもごく一部で知られているが箝口令対象であり、破った場合は厳罰に処せられる。これは艦娘以外の軍関係者も同様。

 

「追放処分」

提督の中には高官であることを盾に破廉恥行為、大規模作戦中でもないにもかかわらず過度な出撃を繰り返し(パワハラ、セクハラ)、追放処分にされた者が過去に存在する。

追放処分は男性、女性、階級、経歴から出生問わず海軍でも厳罰中の厳罰である。

この処分決定は「死刑にはならないが、『追放処分』になったら自身の全てが『無』に帰する」と言われている。

またこの処分を受けたら「昔海軍にいた」と元海軍軍人であることを語る所まで出来なくなる。

因みに海軍では艦娘が所属する国柄がたまに出ることがあり破廉恥行為、性的虐待行為を働いた軍人は男女問わず厳罰だが、ロシアでは「護身用」と言う名目で艦娘自身が拳銃を所持している、とされる。

 

「長距離戦略偵察群」

正式名称はLRSRG (Long Range Strategic Recon Group)。別名「渡り鳥」。

北米艦隊内で設立されたSAU(索敵攻撃部隊)。

威力偵察を含めた情報収集に当たる偵察部隊で第三三戦隊の手本になった部隊ではあるが、第三三戦隊と比べ「質」「火力」「速」「量」がバランス良く揃っており戦艦イリノイ、ケンタッキー、空母レプライザル、軽空母インディペンデンス、サイパン、ライトなどの戦力を保有している。

その為大規模な威力偵察のための攻撃作戦も可能であり、敵に大規模攻略作戦の前衛襲来と勘違いさせる陽動任務もこなすことが可能。

人間である艦娘には非常に過酷な長距離遠征作戦を行う為、所属艦娘は特殊部隊同様の訓練を受けた猛者揃いである。

(初出の時は「長距離偵察打撃群」でしたが「長距離戦略偵察群」へと変更しています)

 

「国連軍統合作戦本部情報部」

国連軍内部に設置された組織。

過去から現在までの偵察、交戦の結果から深海棲艦についての情報収集・解析を行う他、従来の諜報戦を含めた情報収集も担っている。

LRSRGと関係があり、第三三戦隊も縁を持つことになる組織である。

また国連軍内での密偵も行うなど決してどこからも好かれる組織ではない。

指揮官である部長は有川が務めている。

 

「基地防衛艦隊」

日本艦隊司令部など各艦隊の基地の防衛に当たる艦隊。

基地防衛艦隊自体に固定配備された艦娘や部隊は存在せず、手空きの艦娘で随時編成される事が多い即席混成部隊。

最近は艦隊配備から外される事が多い、艦隊運動が難しいぼっち艦が配備されやすい艦隊となっている。

 

「第三三戦隊」

超甲巡愛鷹を旗艦とする日本艦隊のSAU。

偵察が主任務であるのはLRSRGと同じだが、「質」を重視した少数精鋭部隊。

ただし構成する青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳はLRSRGと違い専門教育を受けているわけではない為、その運用・行動能力には限界が存在する。

また着任したての艦娘である愛鷹が旗艦である事や彼女の体調不良、艤装故障の頻度などに対する深雪の心中の不信感、構成艦娘の艤装の規格がすべてバラバラなどの問題要素が複数存在する為、少数精鋭は便宜的とも言われている。

ただし構成艦娘一人一人の練度や能力は極めて高い水準にある。

 

「飲兵衛倶楽部」

日本艦隊にある酒豪艦娘で作った同好会。

重巡那智、軽空母隼鷹、瑞鳳、水上機母艦千歳、イヨこと伊14などが代表格。

海外艦も所属しておりイタリア重巡ポーラ、英国戦艦ネルソン、ロシア戦艦ガングートが有名。

なおネルソンの常識外れの酒豪は一種の伝説として語られており、ヴォトカ好きのガングートでも敵わない。

 




艦これをプレイしている時に「人間である」と捉えた場合の自分なりの回答を用語集の設定として起こしています。
個人的には元号が令和の時代のつもりです。
ストーリーに関係ない設定から深い関係(因縁)も含まれています。
また前回でも触れていますがアニメ・劇場版での如月が海軍の上層部でどう扱われたかを個人的に考えてみた設定が戦死(K.I.A)と戦闘中行方不明(M.I.A)の起案となりました。
D事案についてはこの場で深いコメントは控えさせていただきます。
なお本設定中では武本の過去が少しだけわかります。
小説本編第八話は誠意執筆中です。


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第八話  幕間

必ず出来ているわけではありませんが、週に一話のペースでの投稿が軌道に乗ってきました。
来週にも第九話を投稿したいと考えています(確実ではありません)。


偵察結果や作戦経過をまとめた報告書が、父島から暗号を介したメールで送られてきた。

細かい字で書かれた書面数十枚分の報告書の内容は、沖ノ鳥島海域が深海棲艦のテリトリー化したこと、さらにスプリングフィールドから聞き取った敵巨大艦の情報までが詳細に書かれていた。

よくこれだけの情報をかき集めたものだと感心する一方で、武本は愛鷹、青葉の中破・入院の方も気になった。

青葉の傷は明日には完治するが、愛鷹は傷が深かったため三週間は戦線復帰できない。

まあ、しばらくの間作戦終了後の休暇として過ごしてもらうことになるだろう。

一方で沖ノ鳥島海域に敵の前線展開泊地棲姫の出現、大量の潜水艦隊、敵航空部隊の進出は大きな脅威だった。

これは相当な数の敵がこの地に進出していると見て間違いはないだろう。

そうなるとこの基地にいる艦娘戦力の多くを投入した攻略作戦を展開して、撃滅を目指す作戦を上は選択することは間違いない。

幸いにも一航戦の戦力回復は順調に進んでおり、第三三戦隊の航空支援に出た五航戦も戦力の損耗は無い。

装甲空母大鳳と改大鳳型装甲空母黒鳳型の黒鳳、蒼鳳、赤鳳の四人からなる第七航空戦隊や雲龍型空母雲龍、天城、葛城、笠置の四人からなる第八航空戦隊、改大鳳型陣鳳、雷鳳、剣鳳、海鳳らの第九航空戦隊も国内に展開しているので航空戦力は整っていると言える。

第二航空戦隊、第三航空戦隊、第四航空戦隊は北方、中部太平洋などの海外展開中でしばらくは戻せない。

四航戦の伊勢型航空戦艦伊勢と日向はつい最近に改二へと改装された新鋭装備艦だ。

すでに完熟が終わり作戦行動に入っている。

また日本艦隊統合基地には北米艦隊の空母タイコンデロガ、バンカーヒルの二人も明日赴任することになっている。

マイノット経由で北米艦隊に話を付けて、戦力として借り受ける事も検討するべきだろう。

戦艦部隊は金剛型四姉妹と、昨日呉基地から回航して来た大和型大和、武蔵がこの基地にいるからそれを当てることが出来る。

アラバマを投入するのも手だ。信濃は大事を取りもうしばらくはリハビリだ。

重巡や軽巡、駆逐艦、潜水艦、支援艦の編成準備を考えるといまから計画を立案しても別に問題は無いだろう。

立てた作戦計画を本部が了承すれば、後は艦隊を編成し、作戦内容を徹底周知させて攻略戦だ。

一個航空戦隊が出撃する場合は、各水雷戦隊から直属の艦を二隻(二人)直掩に組み込み、それを戦艦、巡洋艦、駆逐艦などからなる六隻(六人)の艦隊が護衛する。

さらに支援艦防衛の為に六隻(六人)必要だから、最低でも一個航空戦隊が出撃するだけでも一八隻(一八人)の動員が必要だ。

今回は相手が前線展開泊地棲姫と護衛部隊だから、一個航空戦隊では到底事足りない。二個、三個は必要だ。

本土防衛には最低一個航空戦隊は残す必要がある。

練度時間が少し短い第九航空戦隊は更なる訓練と練度向上そして本土防衛に残し、第五、第七、第八航空戦隊、それと再編が済んだ第一航空戦隊の投入する事にする。

第一と第五航空戦隊は一個艦隊で合同運用するとして動員艦隊は三個艦隊。

直掩が六隻、護衛が一八隻。支援艦は比較的大型を二隻、いや五〇〇〇トンクラスならあれば一隻で事足りる。

これに護衛艦隊を六隻……いや念を入れてもう六隻追加するべきかもしれない。

となると動員する艦娘の数は主力で三六隻、支援艦隊で一二隻の四八隻。

四八人か……。

主力部隊の護衛六隻には駆逐艦を四隻、巡洋艦を一隻、戦艦を一隻……いや駆逐艦四隻、巡洋艦二隻又は戦艦二隻……。

直掩は秋月型各一隻と対潜攻撃に駆逐艦を一隻、護衛艦隊には軽空母一隻か護衛空母一隻は最低でも入れたい。

 

各艦隊の攻撃目標、攻撃隊ミング、作戦進行計画、支援艦での交替休息のスケジュール、敵の攻撃に対する対応策、エトセトラエトセトラ。

全ての計画が思い通りに動くとは限らないし、それがうまく行くと全て予測できるのは神様の出来る事だ。

その神のなせる業に一介の人間の武本は近づく必要があった。

しかしこの大計画は自分一人では手が余る。

谷田川と長門、陸奥に連絡を入れて協議するべく、電話の受話器に手を伸ばした。

すると受話器の着信音が鳴った。

何かと思い受話器を取る。

「私だ」

(提督さん、鹿島です。

統合作戦本部から偵察作戦のデータを一週間以内に送れ、と連絡してきておりますが)

 

通信業務中の練習巡洋艦艦娘の鹿島だ。

大淀ではないから大事ではなさそうだ……。

 

「分かった。

報告書をまとめるから、明後日までには上げると返しておいてくれるか?」

(了解です)

受話器を戻し、作戦計画立案前にまずは報告書からか……当然と言えば当然だな、と頷いてパソコンを立ち上げると報告書作成に取り掛かった。

愛鷹の上げた書類を纏めて自分なりの注釈、解釈、進言も添える。

これを普段使っている日本語ではなく、英語で作成する必要があった。

幸い武本は語学には明るいから英文は難なく書ける。

愛鷹の報告書は情報量がたっぷり入っているので、基にする資料としては大変にありがたいものだ。

艦娘には報告書を書くのを面倒がるものが少なくない。

個人からの情報を照らし合わせて、武本がまとめ上げると言う事が多く苦労する話だが、これだけの情報量がある報告書はそうないだろう。

学歴の良さがよく分かると言う物だ。

「まあ、愛鷹くんには朝飯前の事だがな……」

キーボードに指を走らせながら武本はつぶやいた。

 

 

父島の病院で食事中だった愛鷹は突然くしゃみが出て一緒に食事をしていた青葉、スプリングフィールドに驚かれた。

「どうしました?」

スプリングフィールドに聞かれた愛鷹は、「さあ」と近くのティッシュで鼻をかんだ。

「誰かが噂でもしたのでしょう」

「誰かが噂をすると、噂をされた本人がくしゃみをする、と言う話はありますねえ」

そう言って青葉は昼食のお好み焼きを口に入れた。

昼食の時間帯だ。

傷が癒え、リハビリもほとんど終わった青葉は好物のお好み焼きを食べて、愛鷹とスプリングフィールドは質素な病院食だ。

「故郷のビーフステーキが恋しくなるわ」

病院食のパンをかじりながらスプリングフィールドが残念そうに言うと、青葉が興味を示した。

「アメリカの人ってやっぱみんな肉食なんですか?」

「生まれた所にもよりますけど、大体はみんなお肉大好きですね。

私はやっぱりハンバーガーが好きかしら」

「お国柄ですねえ」

「その分、ダイエットにも気を遣う子は一杯いるよ」

苦笑を浮かべるスプリングフィールドに青葉が真顔で頷く。

「分かります。青葉も各基地のグルメリポートをした時ちょっと体重が……」

そこまで言って慌てて口をつぐむと、スプリングフィールドがクスリと笑った。

「あなたと似た感じの戦艦ニューヨークも、同じようなことをして少し太ったことで随分みんなから弄られたって聞いたなあ。

そう言えば愛鷹さんはダイエット経験ありますか?」

「え?」

急に話を振られて愛鷹は箸が止まったが、すぐに元に戻って「ダイエットはしていません」と返した。

すると青葉とスプリングフィールドが一斉に「えぇーっ!?」と仰天した声を上げた。

「ダイエット経験なしぃ⁉」

「本当ですか、愛鷹さん⁉」

二人が身を乗り出して覗き込んでくるのが少し鬱陶しく感じた。

「一度も⁉」

愛鷹が頷くとスプリングフィールドはテーブルに突っ伏した。

「ウソでしょ、本当ですか。

そこまで成長して一度もダイエット経験がない?」

「これはスクープです! それも大スクープですよ。

ダイエット経験一度もなしの艦娘現る。

うん、いいネタですねえ」

そう言って二人はじろじろと愛鷹の体を見て来る。

 

流石に同性と言えど、愛鷹には二人の視線がとても鬱陶しさを超えて目障りだった。

体つきをじろじろと見てくるのは凄く嫌いだ。

昔から、この育ち方を随分と否定されてきたのに。

 

(出来損ないにはお似合いの体型だな、ガリガリの痩せっぽちめ。

いい所は背丈だけだな)

 

嫌味とも侮蔑とも取れるあの声が、胸の奥にしまい込んでいたにもかかわらずよみがえって来た。

自分にはこれ以上の成長はもう望めないから、と随分と落胆していたのに、今度は羨ましがられる? 

全く理解できなかった。

その言葉をあいつらに聞かせてやりたいものだ。

二度と会いたくもないし、あそこには戻りたくないが。

ただ自分の育ちが「特殊」なのは自分の事だからよく分かっているし、人によっては生まれも育ちも違うのだから、この反応は当然のなのかもしれない。

だがそう言うのには全く慣れていない。

これは素直に喜べと言うのか? 

流石に無理な話だ。

 

「今度取材お願いしますよ。愛鷹さん」

「どんな生活習慣すれば、その体系を維持できるか教えてください」

一瞬だが青葉はあの時轟沈して戦死し、スプリングフィールドも既に息絶えていてほしかった、と本気で愛鷹は思った。

そしてそのどす黒い染みの様なものが、自分の心に浮かんだのが愛鷹には恐ろしかった。

日本艦隊統合基地に配属されてこっち、自分でも驚くほど角が取れた感がしていたが、まだ負の心は残っているのか?

すると流石に、愛鷹の気を盛大に害したことに気が付いた青葉が身を乗り出すスプリングフィールドの肩を掴んで押し戻した。

「すみませんでした」

「ごめんなさい」

シュンとしおれる二人を見て、昔の自分が少しかぶさった。

 

流石にいつまでも恨みを持ち続けるのは、根本的な恨みが晴らし切れていない自分でも嫌なので少し尖った口調ながらも、「気を付けてくださいよ」と返した。

 

有能だしいざという時は冷徹な頭の切れがある青葉だが、オフの時の姿には少し辟易とするモノを感じなくもない。

しかしこれだけ自分を認め、慕い、そして心配してきてくれたのは殆どいないから心許せる存在としては愛鷹には青葉はとても大切な存在だった。

 

スプリングフィールドも別に根っからの悪者ではない。

素のアメリカ娘らしい陽気さと、一緒に父島の病院で過ごしてみたら分かったイケイケな性格には、羨ましいところがあった。

自分の生まれ育ちの特異さが、こんなところで……と思うと、柄にもなくため息が出てしまった。

 

話題でも変えよう、と青葉が頬をパンパンと叩いて愛鷹に尋ねた。

「ところで、愛鷹さんが退院したら青葉たちは帰るんですよね?」

「ええ、そうなりますね」

「スプリングフィールドさん達はどうするんですか? 

回航する為の艤装はあるにせよ、武装類はここでは復元不能と聞きましたし」

「日本から多分迎えの船か、艦隊が来ると思いますけど」

「良ければ、何か取材でもさせてもらえませんかねえ?」

「お応えできる範囲でしますよ」

性格に馬が合うところがあるのか、同じ重巡だからか、青葉とスプリングフィールドの付き合いは結構深くなっている。

そこが愛鷹には羨ましかった。

食事中にお喋りするのには、少し感心できないが。

 

 

竿がしなったので、また力加減を上手く変えながら撒き餌をかけた釣り針を上げると、魚が見事にかかっていた。

「よーし、今日は結構釣れるじゃんか」

バケツに釣った魚を入れて、深雪はにやにやと笑った。

「今日は大量ですね。

焼き魚にすると美味しそうです」

バケツの中を見て蒼月が頷いた。

竿を振る深雪に対し、不漁状態なのは夕張と瑞鳳だ。

「釣れないよー」

「おっかしいわねえ。

マニュアルはよく読んだんだけど……」

「へへ、マニュアル通りに従ってやれば上手く行くのが釣りじゃないんだなあ。

コツさえつかんじゃえば、蒼月みたいにそこそこは釣れるんだぜ」

「深雪さん程は、釣れてませんけどね」

「いやあ、初心者にしては釣れてると思うぜ」

 

沖ノ鳥島での偵察での戦いで無傷で済んだ第三三戦隊の面々は、艤装の点検や各々の報告書をこなしてしまうとする事が殆どないので、深雪の誘いで父島の埠頭に繰り出してよく釣りをしていた。

 

「去年の秋秋刀魚漁大会は、曙ちゃんがまた優勝だったわね」

瑞鳳が釣り糸の先を見ながら言う。

「良く釣るわよねえあの子。

元漁師なのかな」

「あたしが前に聞いた話だと、別にそうでもないらしい。

ただ趣味でやってたら上達したんだと」

「やっぱ趣味を極めるとうまく行くのね」

「夕張だって工学を極めたから、メカフェチになったんじゃねぇの?」

「まーね。

理工学系一筋だったから。

艦娘になってからも技術者ぶって、営倉入りしたけどね」

それを聞いて瑞鳳が「え?」と驚いた眼を向けた。

「技術者やってたらイケナイの?」

「悪いわけじゃないと思うわよ。

ちょっと開発資材使い込んで怒られただけ」

「出来たんですか? 

資材使い込んで作ったモノは?」

蒼月に聞かれた夕張は苦笑して返した。

「大失敗。

自分でもなんだか訳の分からないものになっちゃって、明石とあの時の提督にすんごく怒られたわ。

で、営倉に一日放り込まれたの」

「今は営倉なんてないけどね。

提督がいろいろな備品を入れる物置にしちゃったから」

「涼月姉さんが、カボチャ栽培のプランターを作ったのって、営倉の一つだったのかな」

「涼月カボチャ好きだよなあ。

まー、元営倉を私的流用している奴一杯いるけど。

瑞鳳もそーだろ?」

「え、知ってんの?」

ぎくりとした顔を瑞鳳が深雪に向けると、鼻をつついた深雪はにやっと笑った。

「結構臭っているぜ、プラモの臭い。

何機作ったのさ」

「えーっと九九艦爆にJu87シュトゥーカに、零戦に烈風、疾風、鐘馗、紫電、烈風、流星、九七艦攻、飛燕、スピットファイア、P51マスタング、P38ライトニング、P40ウォーホーク、Bf109G、Bf110、マッキMC.205、Re.2005、Yak9、あと瑞雲も作ったなあ。

ああ、あとF104スターファイターとかF86シューティングスターとか……」

「す、すごいですね……モデラーさんですね」

完全に圧倒された顔で蒼月が言う。

「随分お給料使い込んでお酒代無くなっちゃたり、祥鳳姉さんに呆れられたわ」

「ホント呑むよなあ、瑞鳳って。

あたしだったらとっくに泡ふいてぶっ倒れる位の量をよ」

「千歳さん、那智さんあたりもなかなかやるわよ。

ポーラさんも凄いし、ガングートさんも強敵ね。

でもネルソンさんには絶対敵わない」

「あいつ化け物だよな。

みんな真っ赤な顔して沈没して、まだぴんぴんしてるんだから」

「以前、ぐでんぐでんのアークロイヤルさんを担いで宿舎に帰るところ見たことがありますけど、凄い酒臭かったです」

「ネルソンの血液はアルコールだったりして。

調べてみたいわ。

ビッグセブンの名は伊達じゃないわね」

「ビッグセブンどころか、ビッグワンよ」

そう言って瑞鳳が笑うと全員が笑った。

 

そんな釣りを楽しむ一同の元へ、鮎島がやって来た。

「楽しそうにやっているね。

どうだい調子は」

「深雪さんが結構釣れていますよ」

「司令官、私全然釣れないよ」

「私もです」

瑞鳳と夕張が鮎島に言うと「私がレクチャーするよ」、と瑞鳳の竿を借りてあれこれとコツを伝授し始めた。

 

「いやあ、それにしてもあん時の愛鷹は凄かったよな」

「え」

急に話がこの間の出撃の話になったので、蒼月は深雪に振り返った。

「はじめはさ、着任したての実戦経験皆無のインテリが、いきなり艦隊旗艦を務める事にすげえ違和感があったんだ。

おまけにあいつ血反吐を吐くわ、艤装はしょっちゅう故障するわ、頻繁に錠剤飲んでいるわ。

だからさ、この間の決定の時にちょっとキレちゃったんだよな」

「不信感があった、と言う事ですか?」

「ま、そう言うところ。

でも左腕がやられてもあいつは仕事をこなしたし、あたしらもみんな無事でここにいるから、不信感はもう消えて来たよ。

あいつの下で戦っても、大丈夫な気がしてきたんだ」

「あまり出撃してこなかった私の実力を認めて、信頼してくれた愛鷹さんには、私は結構感謝していますよ」

「蒼月は相変わらずお人よしだなあ。

人柄が良けりゃいいって訳じゃないよ。

信頼が大事なんだ」

「そうですね」

「リーダーって、みんなから信頼されてないと誰も付いて来ねえし、安心して指揮棒に従って戦えやしねえ。

いきなり旗艦になった愛鷹には、艦娘の経歴があの時から初めてだったみたいだからな。

あたしとしちゃあ心配だったし、命を預けていい存在なのか疑問だったよ。

でもこの間のあいつのやり方見ていると、その考えが消えて来たんだ」

「信頼を勝ち得るって、そんなにすぐに出来るんですか?」

「そいつの働き、活躍次第じゃないかな」

そう言って深雪は白い歯を見せ笑った。

蒼月もそうですね、と相槌を打った。

 

「うぉ、なんだかデカいのがかかったな!?」

いきなり鮎島が喚いた。

二人が見ると、かなりしなっている竿と鮎島が格闘している。

太い腕で竿を引き寄せているが、かなりの獲物の様で瑞鳳と夕張が体を支えに入った。

「おいおい、どんなのがかかったんだ!?」

深雪が目を丸くして鮎島を見た時、「ぬおぉお⁉」と鮎島が呻いた瞬間、彼の体は竿と共に海に落ちた。

「司令官⁉」

「海に落ちちゃったよ!」

「うっそだろぉ⁉」

瑞鳳、夕張、深雪が頓狂な声を上げた時、蒼月が海に飛び込んだ。

「ちょ、蒼月ちゃん⁉」

「私誰か呼んでくる」

「あたしが呼んでくる、二人は蒼月と司令官が上がってきたら引っ張り上げといてくれ。

まあ海軍軍人の鮎島だから、金槌じゃねえだろうけど」

そう残して、深雪は基地の方へと駆けだした。

 

一方、海に飛び込んだ蒼月は二メートル程潜ったところで、太い腕に首を掴まれて海面に持ち上げられた。

海面に首を出した蒼月の脇には鮎島の顔があった。

鼻に海水が入ったのか、ゲホゲホと咽込んでいるが怪我はないようだ。

「司令官、大丈夫ですか!?」

「……あ、ああ。

だがちょいと拙いことになったな」

「竿は仕方ないと思いますよ」

「いや、違うんだ。

君は見てなかったのかい?」

日焼けた男の真剣な目に見られた蒼月は「いえ」と首を振った。

「なにが見えたのです?」

すると鮎島は海の方を見て、険しい表情のまま答えた。

「深海棲艦の潜水艦だ。

手を伸ばせば届きそうなところにいた。

奴の艤装に竿が引っかかってたよ。

眼があった途端逃げ出しやがった」

 

 

大慌てで基地中のみんなで取り込んだ洗濯物を入れたかごを宿舎に運び終わった時には、雨が本降りになっていた。

気象庁の発表を仁淀が朝に基地放送で「本日は快晴です」とアナウンスしたので、多くの艦娘が洗濯物を干していたのだが、急に天気が悪くなり何人かで取り込んでいたところ降って来たので、手空きのモノ総出で取り込む羽目になった。

 

「あらあら大変。

洗濯物ちょっと濡れちゃったかも」

大慌てで取り込んだとはいえ、少し濡れたらしい上着を見て荒潮が悔しそうに言う。

「常に全力疾走でも、ちょっと疲れたかなあ」

籠を抱えた大潮が廊下にぺたんと座り込んで溜息を吐いた。

その頭を無言で霰がなでる。

別の籠を持った北上と大井も、天気同様曇った顔で濡れた着替えを見る。

「うーん、もういっぺん洗濯するしかないねー」

「北上さんの替えが無かったら、どうぞ私の……」

「んー、大丈夫だよ大井っち」

「もー、私が洗濯すると必ず雨が降るんだからぁッ! 

雨のバカー!」

衣笠が空に向かって悪態を放つ。

彼女が洗濯物を干すと、決まって雨が降るので、雨は全く好きになれない。

 

悪態を吐かれた雲から降る雨が強くなった。

 

「いやー、衣笠。

空に文句言っても意味無いから」

マイペースな北上のツッコミが入る。

「そう言えば、誰か提督さんの洗濯物取り込んだ?」

ふと、籠を抱えていた瑞鶴が、嫌な予感がすると言う顔で全員に言った。

全員が「そう言えば」と顔を上げた。

 

私は男だし洗濯くらいは自分でやれる、と武本は言うが、だからと言って放っておくのも出来ない。

それに仕事に没頭して、何度か洗濯物を取り込むのを忘れる失敗もしている。

 

「様子見て来る」

衣笠が籠を置いて、武本が使っていると言うところに行った。

途中、頭からびしょ濡れの谷田川が悪態をつきながら濡れた洗濯物を持って、男性宿舎の廊下を歩いていくのが見えた。

見たところ、自分の洗濯物を取り込んでいて転んだらしい。

 

武本が使っていると言うところには、既に金剛と熊野がいた。

腕には武本の白い制服や、紺の略装が抱えられている。

「お、衣笠。

テートクの洗濯物ならOKデスよ」

「私たちが取り込んでおきました」

「ふう、よかった」

「まー、テートクは濡れてもスグまた洗うッテ言ってますケドネ」

「おいおい、上着まだだよ」

急に武本の声がして、三人が声のした方を向いた時には武本はいなかった。

しかしばしゃばしゃと走っていく足音が聞こえ、「あー、駄目だこりゃ。洗い直しだな」と、金剛と熊野が忘れた略装の上着を見て嘆く武本の声が聞こえた。

「オーノー、テートクのジャケット忘れてマシター!」

頭を抱え込む金剛に、「自分の洗濯物だから気にしなくていいよ」と濡れた武本が上着を持って戻って来た。

「あら、提督もびしょ濡れですわ。

お風呂に入った方がいいですわよ」

「ああ、風呂はいいよ。

仕事があるんだ、着替えるだけでいいさ」

「え、でも提督風邪引いちゃったら仕事どころじゃないよ。

入っておくべきだよ。

衣笠さんが背中流してあげる?」

「いや遠慮しておくよ。

分かったシャワーは浴びておくから」

「オセンタクは、私たちがやっておきますヨ」

「じゃあ、お願いするよ金剛。

司令部に上げなきゃいけない書類を作らないといけないからね」

「ご苦労様ですわ」

「ありがとう熊野」

濡れた上着の洗い直しを金剛に任せると、武本は司令官室に戻っていった。

戻り際に「勝手に着るんじゃないよ」と残していった。

時々だが、武本の制服はどういうものか気になった艦娘が勝手に着ていることがあった。

 

「それにしても、急に降り出しましたわね」

「うーん。

やっぱり私が雨女なのかな……」

「気にすることナイですよ、ガッサ。

たまたまデス」

顔を曇らせる衣笠をなだめるように金剛が言う。

「そーかなー」

そう言われてもそんな気にはなれない衣笠だったが、金剛は「関係ない。気にしない」と言って、武本の上着を持って去った。

 

「青葉のいる小笠原の方でしたら、快晴だそうですわね。

羨ましくて?」

「そんな気がするかも。

まあ、私がついていったら、雨が降るかもしれないけど」

「気に病むことではありませんわ。

雨が無ければ困る生き物もいる事ですし」

「まあね。

田んぼとかお花は、雨が降らないと枯れちゃうからね」

「ええ。

そう言えば青葉の近況はどうですの? 

被弾して、入院したと聞いてますが?」

「傷はもう治っているって。

リハビリ中で明日には退院。

でも旗艦の愛鷹がまだ退院できないから、しばらくは戻れそうにないって」

「愛鷹?」

「熊野はまだ知らないんだっけ? 

最近着任した艦娘。

一応巡洋艦らしいよ」

「と言いますと?」

「あまり私もよくは知らないけど、超甲型巡洋艦って言うらしいわ。

重巡より、もうちょっと強いのかも」

「そうですか。

一度、お会いしてみたいですわね」

「そうだね。

帰ったら青葉に頼んでみるよ。

じゃ、私は洗濯物が別にあるから」

「私も、提督の洗濯物確認してお届けしてきます。

では」

そこで二人は別れた。

衣笠が戻ると、まだ残っていた仲間に「上着がびしょ濡れだけど、金剛さんが洗いに行ってくれた。他は熊野が取り込んでくれてたよ」と伝えた。

 

 

シャワーを軽く浴びて着替えた武本が部屋に戻ると、デスクトップのパソコンに鮎島から暗号通信のメールが届いていた。

「ん、なんだ?」

鮎島大佐が暗号通信とは。

なんだろう。

タオルで髪を拭きながらメールを開いた武本の表情が、一気に険しくなった。

 

父島のすぐそこにまで深海棲艦の潜水艦が?

 

前線展開泊地棲姫が居座る島の防衛や、哨戒の為に、大量配備されていたと言うあの潜水艦隊の一隻が父島に来たと言うのか。

 

だが、何のために?

 

普通に考えられることは父島への偵察だが、武本にはもっと別の意味で進出してきた気がしていた。

父島がそこに存在することは、向こうも既に知っていることだ。

ならなぜ、今になって潜水艦を近海にまで派遣するのか。

 

第三三戦隊を追尾していた? 

いやそれはベターすぎる答えだし、そうとは考えにくい気がした。

自分たちが小笠原諸島沖ノ鳥島海域に進出していたことを知られるのは、当然向こうには不利な情報であることは間違いない。

しかし、それだけではない気がしてしょうがない。

もっと別の……。

 

「まさか……」

 

一つ思い当たる可能性があった。

 

口封じ。

深海側が、新型巨大艦の姿を直接見た第九二・五任務部隊を、果たしてそのまま放っておくだろうか。

知られたくない情報は、敵の手に渡る前に隠すか、消す。

今でも続く人間同士での戦争でも、当たり前の手だ。

と言う事は、深海棲艦が父島に攻撃を仕掛けてくる可能性がある。

父島には防空戦闘機や対空砲部隊が展開しているが、近辺に展開しているだろう敵機動部隊の数を推測したら、もって数時間で壊滅するだろう。

拙い事態が迫っている。

念の為に、第三三戦隊と第九二・五任務部隊の生存艦娘だけでも、脱出させるべきかもしれない。

しかしインディアナポリス、ダットワース、マクドゥーガルは艤装を失っているから自力航行は不可能だし、ダットワースは最低でもあと一か月は絶対安静だ。

仮に動かせたとしても、三人の艤装は損傷が酷く、修復不能と判断されて廃棄処分になっている。

ただ揚陸艦「しれとこ」が父島にいるから、それに載せて行くのは可能だろう。

護衛には第三三戦隊を付ける事が可能だ。

今すぐここから護衛艦隊を編成して、迎えに行かせることも考慮するべきだろう。

愛鷹は中破状態のまま強引に戻すことになるが、この事には目をつむってくれるだろう。

手遅れになる前に行動を起こすべきだ。

すぐさま、武本は護衛艦隊六隻の艦娘を選抜する作業と、父島の鮎島に「しれとこ」の抜錨準備をさせるように伝えるべく指令文作成にかかった。

しかし……。

 

 

病院の個室で一人ジャズ鑑賞をしていた愛鷹は、基地に響き渡る警報を聞いてぎょっとした。

ヘッドフォンを外すと、警報音が出たため病院内も非常に慌ただしくなっている。

 

(富嶽AWACS「イーグルアイ」から緊急入電。

敵機大編隊方位〇-六-〇より急速に接近中。

総員対空戦闘用意、総員対空戦闘用意。

防空隊は直ちにスクランブル、敵機迎撃に当たれ。

非戦闘員はバンカーへ緊急退避、繰り返す非戦闘員はバンカーへ緊急退避、急げ!)

 

「丘にいる艦娘は、ただの人間か……」

溜息を吐きながら、靴を履いてコートを羽織り、制帽を被る。

そこへドアが激しくノックされた。

「愛鷹さん、起きてますか!?」

青葉の切羽詰まった声が、ドアの向こうから聞こえる。

「今行きます」

そう言ったときには、愛鷹はドアを開けていた。

二人が警報の鳴り響く病院の廊下を走っていると、海辺の埋め立て地に作られた航空基地からスクランブルする紫電改の姿が見えた。

艦娘の空母艦載機とサイズが同じの為、父島の様な小さな島でもそれなりの機数が展開している。

「青葉たちを狙っているのでしょうかね?」

「そうかもしれませんね」

「どいてくれ!」

いきなり二人の後ろから男性の声がしたので、反射的に二人が廊下の端に寄ると、ダットワースを載せたストレッチャーを押す看護師達が二人を追い越していった。

驚いたことに、安静にしている必要がある彼女の顔色が少しいいだけでなく、点滴を受けているだけだったことだ。

「まさか、修復剤を投与したのですか……⁉」

ぎょっとした様に、愛鷹が顔をひきつらせた。

 

艦娘の傷を短時間で治療する時に使われる薬物が「修復剤」だ。

難しい薬物名があるが、専ら「修復剤」と呼ばれている。

重傷を負っても、「修復剤」投与で治療期間を大幅に縮めることが出来るが、短期間に過剰摂取すると命に関わる危うさを持つ、「諸刃の剣」の様な薬物だ。

また個人差があるとは言え、約五日間の内に平均一〇回以上投与した場合、常習性を発症する可能性が指揮されている。

実際戦場で禁断症状を起こし、それにより命を落とした艦娘もいる。

その為、どんなに切迫しているとしても、修復剤の投与は控える事が国連海軍では通達されている。

 

状況を考えると、ダットワースに投与したのはやむを得ないかもしれない。

使用は控える必要がある薬物でも、病院が爆撃を受けたら動けない患者が助かる可能性は低い。

安静にしていなければならないダットワースを、バンカーへ運ぶには修復剤を投与してでも動かせざるを得ない。

そうしないと彼女は病室から動けない。

父島の病院には、重傷患者のベッドを丸ごと動かせるような設備までは無かった。

だが、愛鷹にはそれでも度し難い行為だった。

 

拳を強く握りしめ看護師たちを睨みつける愛鷹の横顔を、青葉は少し分かる気もする思いで見ていた。

昔、自分も接種のし過ぎで軽い中毒になった。

もっとも青葉に限らず艦娘なら、だれでも一度は中毒症状を少しは経験している。

愛鷹が修復剤を投与されたところを見た事は無いが、よくタブレットを飲んでいるのは見ているし、その頻度が初めて会った時より、最近やや増えてきている気がしていた。

愛鷹の服用する薬物がどんなものかは分からないが、青葉が見てきた感じでは、禁断症状とも取れる光景もあった。

あくまでもそう見えただけに過ぎなかいかもしれないが、青葉には何か臭うところがあった。

 

二人がストレッチャーの後に続くような形で病院を出ると、アメリカ艦娘を乗せている救急車が四台止まっていた。

おかしい、と愛鷹は眉間に皺を寄せた。

バンカーはすぐそこだ。

すると高機動車が病院の敷地に入って来て、中から海兵隊員が下り、愛鷹と青葉を呼んだ。

二人が海兵隊員の元へ向かうと、乗るように言われ、取り敢えず二人は荷台に座った。

「お二人を港までお連れします。

そこで青葉大尉は艤装を装備、愛鷹中佐は揚陸艦『しれとこ』に乗艦してください。

すでに第三三戦隊の皆さんも、港に集まりました」

「私は揚陸艦に乗ってどうするのです?」

愛鷹の問いに、海兵隊員は驚くことを言った。

「皆さんには、本土への緊急退避令が出たそうです。

自分が知る限りでは、アメリカ艦娘も揚陸艦に乗るそうで、中佐以外は『しれとこ』の護衛に当たる事らしいです」

「青葉たちだけは揚陸艦で緊急脱出ですか? 

何があったんですか」

「自分は、それ以上の事は分かりません大尉」

その時、砲声が東の方角から聞こえた。

対空砲の砲声だ。

海兵隊員が舌打ちをして、拳でハンドルを叩いた。

「くそ、思ったより早かったな」

「晴れているからよく見えますねえ。

タコヤキが……結構な数です」

「防空隊は何をやっているんだ」

「あの数は多すぎます、この島に配備されている紫電改ではとても防ぎきれません」

 

雲霞のごとく押し寄せて来る敵機の数に、愛鷹は驚きを隠せなかった。

父島を攻撃するには数が多すぎる。

更地にしてもなおお釣りがくる数だ。

地上からの対空砲火が敵大編隊に火球を次々に作り出すが、数が多すぎる。

無誘導の対空ロケット砲まで打ち上げられる。

黒煙が地面を揺るがす音と共に上がった。

真っ黒な黒煙が基地施設から上がる。

爆撃が始まったのだ。

 

「くそう、あれは燃料タンクじゃないか!?

この間補給を受けたばかりなのに」

対空砲が狂ったように弾幕を展開するが、タコヤキは対空砲陣地への空爆も開始した。

真っ赤な火炎と黒煙が上がるや、対空砲の砲火が一つ、また一つと消える。

 

(高射陣地E5-1が沈黙、防空ラインを突破されるぞ!)

(燃料タンクの火災が激しい。

早く消防車を回せ)

(「しれとこ」の出港準備はまだ終わらないのか!?)

(基地東側で負傷者が。

大量の出血だ、緊急搬送を求む!)

(第四倉庫が爆撃を受けている! 

退避しろ、備品が爆発するぞ!)

(宿舎にも直撃、C棟は全壊だ。

奴ら、いったいどれだけの爆弾を落としやがった!?)

 

高機動車の無線機から、混乱した基地の無線があふれ出してくる。

「拙いな……」

海兵隊員が舌打ち交じりに呟いた時、タコヤキが飛んでくる音が大きくなった。

一〇〇メートと離れていない所の建物が木っ端微塵に吹き飛んだ。

大量の爆弾が直撃したのが愛鷹に一瞬見えた。

徹底的に更地にする気だ。

肌がざわりと粟立った時、高機動車が爆発音とともに大きく傾いた。

「うおっ⁉ 

クソッタレ、二人とも何かに掴まっててください。

必ず私がお届けします!」

ハンドルを握る海兵隊員が車を立て直しながら喚いた。

 

また車の近くに爆弾が落ちるが、海兵隊員は巧みなハンドルさばきで躱していく。

爆風や衝撃、破片に乗り上げる高機動車の荷台が、ロデオの馬に乗っているような乗り心地になる。

基地の随所でもうもうとした黒煙が上がっている。

海兵隊員や海軍兵士たちが消火活動や、小銃を手にタコヤキを撃っている。

爆発音がまたしたかと思うと、高機動車の近くを走っていたトラックが炎に包まれて建物に突っ込んだ。

「衛生兵! 衛生兵!」と叫ぶ声が飛び交う。

病院から港までは三分もかからずに着いたが、とても三分のドライブには思えない気分だった。

 

「もうじき……」

海兵隊員が呟いた時、愛鷹は爆弾が落ちてくる音を聞いた。

咄嗟に身構えた時、凄まじい衝撃と爆発音がして高機動車がひっくり返り、愛鷹と青葉は荷台から吹っ飛んで、幌や荷台、椅子に体をぶつけながら車内を転げまわった。

無線機に頭をぶつけて一瞬意識を失った愛鷹だったが、すぐに目を覚ました。

身構えたお陰か、体は無事だった。

左腕のギプスも無事だ。

上下が入れ替わり、備品が散乱する車内に倒れている青葉を起こし、運転席で力なくひっくり返っている海兵隊員をゆする。

返事がない。

嫌な予感がして、首筋に手を当てると何の反応も無かった。

首の骨が折れて、即死してしまったらしい。

何が起きたか分からないまま亡くなったのかは分からないが、せめて苦しまなかったことを祈るばかりだ。

頭をさする青葉と共に高機動車から這い出て、後ろの基地を振り返ると、見慣れた基地は無くなり火の海が広がっていた。

見るに堪えず青葉と共に港へと走る。

 

機銃掃射の銃声や爆発音が耳を聾し続ける。

この間の被弾の時の音がずっと続いているような形だ。

耳がおかしくなりそう、と思った時また爆弾が落ちてくる音が聞こえた。

顔をそちらに向けると、タコヤキが投下した爆弾が一発自分に向かって落ちて来る。

爆弾は大型タイプ。

この間、自分が受け止めた物より一回り大きい。

艤装さえなければ艦娘もただの人間だ。

あの爆弾を食らってしまえば、木っ端微塵になってしまう。

 

「青葉さん、伏せて!」

咄嗟に叫ぶと左腰の長刀を引き抜き、自分に向かって落ちて来る爆弾を見据えた。

そして今だ、と思った時に右手の刀を横にはらった。

鈍い金属音がして爆弾が横に真っ二つに切り裂かれた。

信管が破壊され、二つに切り裂かれた爆弾は地面にドスンと言う音を立てて転がった。

 

「よし」

そう呟いた時、「愛鷹さん、後ろ!」と青葉が叫ぶ声がして、即座に振り返るとタコヤキの戦闘機が自分に向かって突っ込んできた。

短い掃射が放たれて頭をかすめ、愛鷹の姿勢が崩れたところへ、タコヤキは突っ込んできたが、次の掃射には備えられた。

自分に向かって浴びせられてきた緑の曳光弾を、右手だけで長刀を器用に回して弾く。

弾かれた銃弾が立てる細かい金属音が響き、迂闊にも接近してきたタコヤキの隙を突いて、愛鷹は長刀を縦に振るうとタコヤキが縦に分断され、背後で爆発した。

破片は小さいのがコートに当たって弾かれたが、爆風で制帽が飛んだ。

数メートル離れたところに制帽が落ちていたので拾って被りなおすと、刀を鞘に納めて、ぽかんとしている青葉の手を引いて港へと走った。

 

ドック型揚陸艦「しれとこ」は無傷だった。

愛鷹と青葉が車輛ランプから艦内に乗り込むと、即座にランプが閉められタグボートに押されて「しれとこ」は出港した。

広い車輌甲板には救急車と仮設病床が立てられていた。

満載排水量二万五〇〇〇トンもある「しれとこ」は、病床を設置すれば病院船にもなれる。

愛鷹達が後にした父島には、「しれとこ」を病院船にすれば助かる負傷兵が大勢いる。

 

しかし「しれとこ」は引き返すことなく、父島を離れつつあった。

 

 

「CIC、こちら艦長だ。

ウェルドックに艦娘を集めろ、艤装を装備させて出撃だ」

艦橋で指揮を執る「しれとこ」艦長の室井大佐が、CIC(戦闘情報室)の副長に艦内電話で伝えた時、艦橋へ入る水密扉が開きセーラー服の少女が飛び込んできた。

いきなりだったので、艦橋にいた殆どの乗員が驚いて少女を見た。

少女は視線も気にせずに、誰となく艦橋にいる全員に聞こえる声で問いかけた。

「おい、艦長はどこだよ!?」

「誰だ、貴様は」

当直士官の大尉が少女に問うと、少女は早口で名乗った。

「特型駆逐艦の深雪だ。

艦長はどこだよ、話があるんだ」

階級が下の艦娘に、敬語もなしに返された当直士官が顔をしかめた。

艦内電話の受話器を戻した室井は深雪に顔を向けた。

「艦長は私だ。

要件は何かね?」

「要件も何もあるかよ!

艦を戻せよ、あたしらだけ、このデカい艦に載せて帰る気じゃないだろうな!?」

「貴様、相手は艦長、それに大佐だぞ」

当直士官が深雪に厳しい声で言うと、臆することなく深雪が言い返した。

「今そんなことは関係ねーだろ! 

この揚陸艦は、緊急手術病床やICUを設置しての病院船機能があるだろ。

父島には、この艦の力を必要とする奴が大勢いるんだ。

艦を引き返せよ!」

「上官に向かって聞いていい口ではないぞ! 

艦橋から出て行きたまえ」

顔を赤くした当直士官が詰め寄った。

しかし深雪はひるまない。

「オッサンは口を挟んでくるな! 

だいいち直属上官でもないだろ」

「直属に関係なしに、上官に使っていい口の利き方ではない事が分からないのか!?」

ついに怒った当直士官が深雪を怒鳴りつける。

深雪は当直士官には目を向けず、室井の目を見据えた。

「艦長、あんたは島の仲間を見捨てる気かよ、え? 

救える命を見捨てて、あたしらを乗せて逃げかえるのか?」

「本艦が受けた指示は、君たちを本土へ運ぶことだ。

ただ本艦の武装では、深海を相手にするのが難しいから、君たちが本艦の防衛に出てもらわなければならない」

事務的に室井が返すと、言い終えるより前に深雪が口を開いた。

「そんなことは聞いてない! 

今すぐ引き返して負傷者を収容してから、帰るのが当たり前、いや人間として当然だろ」

「……」

「黙ってねえで変針しろよ!」

「いい加減にしろ! 

そこの二人このガキを艦橋から摘まみだせ」

当直士官の怒声が爆発したかと思うと、指示された乗員がやや困惑顔のまま深雪の両腕を抱え込んで艦橋から連れ出す。

 

体格差で負ける深雪がじたばたともがきながら、「離せーッ、この大馬鹿野郎!」喚き散らす声が響いた。

 

「まったく、艦娘とやらはいい気になって。

自分たちでは階級はお飾りでも、それが海軍ではお飾りではない事も分からないのか」

悪態をつく当直士官がそこまで言った時、航海長が「まもなく艦娘の発進予定地点。操舵手減速赤、両舷前進強速。進路そのまま」と操舵員に告げた。

「両舷前進強速、ヨーソロー」

操舵員がスロットルレバーを引くと、「しれとこ」の速度が落ちた。

室井は無言で深雪が連れ出された水密扉をしばらく見つめた。

艦橋内は、気まずい空気が立ち込めてしまっている。

確かに深雪の言う事はもっともだ。

「しれとこ」の輸送能力なら、大勢の負傷兵を乗せて本土へと搬送することが出来る。

だが自分たちが受けたのは、艦娘をこの艦で本土へと連れて帰る事である。

武本がそう指示してきているのだ。

「しれとこ」の速度が強速まで落ちていく。

そこで室井は溜息を吐いて頭を振った。

まったく、連中の言う事にはたまったものじゃない。

 

「航海長、艦娘が発進次第針路を反転。

父島に引き返せ」

それを聞いた艦橋にいた全員が驚いて室井を見た。

室井は紺の略帽を脱いで、白髪をもんだ。

略帽を被りなおした室井は、艦橋にいる乗員からの視線にため息を交えて返した。

「仕方あるまい。

彼女の言う事はもっともだし、女の子の頼みを無下に断るのは海軍人の名折れだ」

「よろしいのですか?」

当直士官が聞いて来る。

「君だって本当は戻るべきだって思っていたんじゃないかな? 

いいさ私が責任とるよ。

武本中将は物分かりのいい人だから分かってくれるさ。

護衛艦隊には、会合予定がずれる事を報告しておこう」

 

 

艦橋に殴り込んでいった深雪が、乗員二人に連れられて車輌甲板に戻って来た。

「馬鹿ねえ。

いくら艦長に直談判しても無理よ」

「なんだよ瑞鳳は。

この間も同じだな、薄情なところが」

「今は今、あの時はあの時でしょ。

私だって引き返した方がいいって思うよ。

でも私たちはこの艦じゃ、ただの海軍軍人。

ただのお客さんよ」

「客だろうが、何だろうが関係ないだろ」

「深雪さん落ち着いて」

 

蒼月が深雪を宥めるのを愛鷹は見ながら、深雪の言う通りだ、と頷いていた。

これだけの余裕があるにも関わらず、その能力を生かさぬまま父島の負傷兵を置いて撤退するのは余りにも酷だ。

しかし瑞鳳の言うとおり、自分たちはこの艦ではただの海軍軍人、お客さんと同じだ。

それでも、だからと見て見ぬふりをするのはとてもつらい。

それは、この艦の乗員も同じのはずだ。

瑞鳳、深雪、蒼月の言い合いが何だか見ていられなくなった愛鷹は、艤装を置いているウェルドックに向かった。

 

 

「刀で爆弾とタコヤキを斬り落として、機銃掃射を弾いた⁉」

「ホントですよ、青葉見ちゃいましたから!」

艤装点検中の夕張の手伝いをしていた時に、愛鷹の長刀でのあの光景を話した青葉に、夕張はかなり驚いた。

「あの長刀、お飾りじゃないんだ。

てか、凄い動体視力いいのね。

凄いじゃない」

「まあ、前に第八艦隊を組んだ天龍さんも同じ事をしていましたが。

でも愛鷹さんは片手、それも指先で刀を回していたかもしれないなあ」

「天龍も眼帯していてよく弾道を見極めているのって思う事はあるけど……機銃掃射をすべて弾いたって話は聞かないわね」

 

刀など儀礼用のものを艦娘の養成課程卒業式典で持ったこと以外は全く縁がない夕張と青葉からすれば、艦娘の中の帯刀者は随分珍しく見えた。

天龍の様な技は一応駆逐艦皐月も出来るが、皐月は両目を使っているのに対し、天龍は左目に眼帯をしているので、片目で敵弾を見極めて刀で弾いていた。

だから愛鷹の技は、一見すると驚くほどのモノには見えない所もあるが、連射される機銃弾を全弾弾き返したという技を見せたのは前例がない。

刀技に挑戦したことなど夕張は一度も無いし、青葉も天龍と皐月に取材をしてどのようにして習得したかを聞き取って、試しに自分も木刀でやって見事失敗している(落とした木刀で足の甲を打ったり、脛を打つ、顔に木刀をぶつけるなど散々であり見ていた衣笠が笑い転げていた)。

そう言えば、あの時爆風で制帽が飛んで愛鷹の無帽姿が後ろだけだが初めて見た。

あの時やはり誰かを思わせるところがあったのを覚えているが、今考えてもそれが誰だかが何故か思い出せない。

 

「てか、その刀何で出来ているのかしらね。

ちょっと気になる」

「ただの鉄じゃあないでしょうね。

何かのレアメタルで出来ているとか」

「斬鉄剣と同じ素材かもね」

「じゃあこんにゃく以外は何でも切れる訳ですか。

でもあのセリフは無かったですね」

「愛鷹さんがそれ言うかしら?」

ありえないと言う目で夕張は青葉を見た。

それに青葉は笑って冗談ですと返した。

 

「それにしても、この艦このまま日本に帰っちゃうの?」

「青葉は何も聞いてませんよ」

「なんか、後ろめたいわね。

この艦なら、沢山の怪我人を収容して治療させられるし、日本の病院に搬送する事だってできるのに」

「そうですねえ。

さっき深雪さんが、艦橋に『話してくる』って行きましたけど」

「深雪ちゃんの事だから、殴り込みね。

この間の出撃の時も救助優先を主張して、愛鷹さんを危うく殴る所だったもの」

「あとでその時の事聞かせてくれませんか。

深雪さんに直に聞くのも何なんですよ」

「あれ、聞かなかったんだ。

なんか意外」

言葉通り意外そうな顔をする夕張に、青葉は少し意外そうに見られることに傷ついた。

確かに深入りし過ぎ、やり過ぎたと思った事は何度かあったが、ゲスな取材方法はした覚えがない。

そうしたら、後でどうなるかは痛い程体験している。

だから青葉なりに、正々堂々と真っ当な取材しているつもりだ。

 

「青葉、みんなからどう見られているんです? 

やっぱり、ゲスなパパラッチと?」

「その自覚があったこともなんだか意外よ。

なんて言うか、無自覚なゴシップネタを追う衣笠型青葉って感じ……」

「夕張さん……青葉、怒りますよ……?」

 

流石に、自尊心がここまで傷つけられると青葉も悔しい。

特に青葉型重巡青葉ではなく、衣笠型重巡青葉と揶揄されるのは結構嫌いでもある。

血縁関係ではないが、衣笠は大切な妹だし、友でありライバルだ。

それだけに、多少は青葉なりに姉のとしてのプライドもある。

 

青葉が真顔で言ってくる所に、本気で怒りそうなものを感じた夕張は「ごめんごめん」と作り笑いを浮かべて謝った。

 

「まあ、でも自覚があるだけまだいい方だと思うわよ。

無自覚なほど、タチの悪いモノってないから」

そう言う夕張にそれはそうですね、と頷いた時ウェルドックへの水密扉が開くと愛鷹が入って来た。

「お、愛鷹さん。

どうしたの?」

「艤装を見に来ただけですよ」

「左腕はどうですか?」

「大丈夫です。

痛みもありませんし、更に骨折した感じもありません」

それは良かった、と二人は安堵の溜息を吐いた。

「夕張さん、私の損傷した艤装はどうですか?」

「全面修理は父島ではやっぱり無理ね。

図面さえあれば部品をプリントして、なんてことが出来たかもしれないけど。

少なくとも電探類は、一部がやっぱり日本で修理しないと無理だけど、治せるものは直したわ。

使用不能の第三主砲の左砲は取り外したけど、一応捨てずにとっておいてあるよ」

「ありがとうございます。

助かります」

「帰ったら色々艤装データ貰えないかしら? 

みんなの艤装にフィードバック出来ないか、試してみたんだけど?」

「……まあ、私がいい、と言うところに限るなら……いいですけど」

やや歯切れの悪い応えだったが、それでも夕張には満足の様だ。

「取材ネタにできませんかね?」

ダメもとで青葉が聞くと、「ダメです」と素っ気なく返された。

そこへ空電音がスピーカーに響いた。

次いで甲板士官の女性の声が、ウェルドックを含む艦内に響いた。

 

(こちら甲板士官、総員へ達する。

艦娘の哨戒出撃の準備を開始せよ。

なお艦娘発進後、本艦は父島に引き返し負傷兵を収容後、日本へ帰還する事を艦長が決定した。

以上)

車輌甲板から深雪の大歓声が聞こえた。

 




ひと時の休息を経て愛鷹くんたちはまた戦場の海へと戻ることになります。
次回はまた派手にやるかもしれません。
ボロボロになってもみんな頑張って戦ってもらいます。
ただし実はツイーターでツイートしてしまっていますが青葉以外の「実装組からも誰かがK.I.Aとなる」事はこの場で予告しておきます。
鮎島大佐はごっつい中年おじさんのイメージで、モチーフには「青き鋼のアルペジオ」の浦上博中将を含んでいるところがあります。

ダイエットネタは実は「アルドノア・ゼロ」と言うSFアニメの一幕がネタになっていたりします。

今回初めて艦これでは外せない存在の(?)金剛と、航空巡洋艦熊野が登場しましたがこの二人は何時とは言えませんが後々第三三戦隊と縁のある仕事をしてもらう予定です。
特に金剛は更なるアップグレードが公式に実装されるので、期を見てそれへとつながるエピソードの執筆を予定しています。
実を言うと陸奥も執筆中に改二が実装されたので登場人物設定でそれを反映。
青葉くんも改二が実装され次第今作でも反映予定(場合によってはオリジナル改二も予定)。
青葉と熊野はイメージ的に縁がなさそうに思えてたのですが、史実では乗員同士が仲良くやっていた(ただし青葉からの「オサキニシツレイ」には熊野乗員は怒ったそうです)と言う事で「実は艦これでも案外仲が良い間柄」としています。
海軍中将の武本がちょっと庶民的すぎる様な描写は彼らしさの描写の一つです。
彼には別の意味での彼なりの苦労を。
愛鷹の帯刀案は初期プロットの段階で既に存在しており、それに劇場版での天龍ネタを加味しさらに愛鷹アレンジがかけられています。
深雪が人命救助に熱くなって階級関係なしに噛みつくところは「艦これの彼女ならこう言う情に厚いところがある」と言う個人設定からです。

ゲストメカの揚陸艦「しれとこ」は個人的にアメリカ海軍のサン・アントニオ級ドック型揚陸艦をモチーフにしています。
特に詳細は考えていませんが旧海上自衛隊からの艦ではなく近年新造された艦と言う程度の設定はあります。

今回の話の中で改二丙(改三)がアナウンスされている金剛と熊野が初登場したのは後々の活躍を考慮しての登場ですが、実は最近改二になった日向や蒼月のセリフに出て来た涼月などこれまでにセリフを含め出て来た名前の艦娘はみんな登場することを(最低限の活躍とセリフも)予定しています。
登場キャラは実はオールスターキャスト狙いでもありますが、あまり出し過ぎるとメインの第三三戦隊と主人公愛鷹の影が薄くなるので「セリフ、活躍無しのモブではないが際立って目立つほどではないモブ(劇場版での衣笠なみ)」となります。
悪しからず。
なお大鳳の仲間に出て来る改大鳳型は実際に計画された空母です(名前は全てオリジナル)。

富嶽AWACS「イーグルアイ」のコールサインはまたも私の好きなエースコンバットネタ(エースコンバットゼロ・ザ・ベルカン・ウォーの友軍AWACSから)。


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第九話 対面の時

水曜日まさかの風邪をひきダウン……。
シリアスもいいですがコミカルと笑いも書きたいですね。



父島が大規模空爆で基地機能を喪失し、死者二八名、重軽者一〇三名と言う知らせが「しれとこ」経由で送られてきた。

独断で引き返した「しれとこ」は負傷者を収容して本土へと航行中だ。

残念なことに、この空爆で基地司令官の鮎島大佐が戦死した。

父島の基地機能喪失は痛手だが、鮎島の戦死はもっと大きい。

司令部への爆撃で建物は全壊、中にいた鮎島を含め九名が死亡、さらに三名が重傷を負ってその後死亡した。

艦娘は全員無事ではあったが、熟練の海軍軍人がまた一人逝ったのは武本にとって非常に残念なことだった。

「しれとこ」は既に父島を発って、第三三戦隊の護衛の下で北上中だ。

一方緊急編成の護衛艦隊は「しれとこ」との合流を目指して急行中で、明日の午後には合流できる予定だ。

武本が送り出したのは戦艦大和、金剛、矢矧、時雨、夕立、涼月、さらに新人の空母伊吹の七人で特別混成護衛艦隊として出撃した。

足の速い水上部隊で編成しており、艦隊の上空には伊吹に搭載されている最新鋭戦闘爆撃機橘花改が担当する。

伊吹は最新鋭のジェット艦上戦闘機運用を最初から考慮した空母娘だ。

背丈より長い飛行甲板を背負っており、アングルドデッキ、量産型カタパルトなどを備えている。

橘花改を三二機、対潜哨戒機として天山艦攻を六機搭載している。

シニカルで毒舌な面はある物の、周りと壁を作ってしまう程ではない。

上手くやってくれるはずだ。

 

 

「タイタン3-1、もっとケツを上げ! 

私の胸の中に飛び込んでくる気? 

そんな速度じゃ抱いて迎えられないからね」

着艦してくる橘花改の着艦誘導を行う伊吹の厳しい声が飛ぶ。

「当て舵、当て舵。

訓練したのもう忘れた? 

それじゃあ、全然だめじゃない」

 

容赦のない言葉が浴びせられる中、彼女の左側にアームで展開される飛行甲板のアングルドデッキに橘花改が着艦した。

機首を上げ、機尾の着艦フックを第三ワイヤーに引っ掛けてタッチダウンすると、再びエンジンをフルスロットルに入れる。

ワイヤーが切れた場合に備えてだが、ワイヤーはしっかりと橘花改を捉えていた。

 

「凄い音ですネ」

金剛が伊吹に着艦する橘花のエンジン音の感想を言うと、「ジェットエンジンですからね。レシプロ機とは比較になりませんよ。燃料の消費は半端な物じゃないですけどね」と薄く笑って答えた。

「これからは、大艦巨砲より私的には航空戦力がモノを言う、と確信しているんですけどねえ。

砲弾より飛行機は遠くまで飛びますから」

「Oh、それはもっともデス……」

「少なくとも、懐に潜り込まれても応戦できるところでは、水上艦の私たちが必要では?」

事務的に言う矢矧の言葉に伊吹はにやっと笑って、「勿論です。空母は所詮洋上の航空戦略投射拠点にしかすぎませんので」と返した。

 

態度は別に大きいわけではないが、物言いはシニカルで毒舌、時々慇懃無礼とも取れる発言、そして自嘲もある伊吹の言葉に、特別混成護衛艦隊の面々は別に怒りは無かったが、馴れ合いはしないと言う態度の伊吹には、やや困惑気味ではあった。

別に伊吹は悪い人間ではない。

壁を作るようなことを言う人物ではない。

橘花改について興味を持った時雨と夕立、涼月には丁寧に解説してくれるし、対潜哨戒はかなり念入りに行ってくれる。

自分が護衛される側であることも充分わきまえているから、航空戦力主義発言はよくする一方で、戦艦の火力や重要さも、よく分かっていた。

中々独特の世界観を持っており、「手柄、大戦果などを上げる事より、全員で生きて帰る事こそが大勝利」「たとえ死ぬことになっても、護るべきもの為に死ぬのなら、艦娘の私として本望」「深海棲艦は、果たして滅するべき存在なのか? 共感しあえるところから、共存の道だって探れるのでは?」「自分たちは、人類が生きて行く上で欠かせない戦争が生んだ人類の突然変異体」と語たる事もあり、彼女の知識量から来る語り方に面白がって寄って来る艦娘は多い。

 

一方で過激な発言もすることがあり、時雨が「艦娘って、伊吹さんにはどんなものですか」と聞くと「艦娘は、深海棲艦が深海棲艦のために作った存在ですよ」と言って時雨のみならず全員を驚かせた(特に夕立のショックが大きかった)。

 

まあ、艦娘と深海棲艦は表裏一体の関係を持ってはいますけどね……特別混成護衛艦隊旗艦の大和は伊吹の発言を聞いた時、胸中でそう思った。

改二になってから大和は日本艦隊のみならず、世界最大級の火力の戦艦艦娘となった。

妹の武蔵の方が早くに改二になったものの、大和も改二へと昇進し、四六センチ主砲三基から五一センチ連装主砲三基となり、一五・五センチ三連装副砲は長一〇センチ連装高角砲となった。

妹の信濃は三連装主砲だが、経験では大和と武蔵が上だ。

戦艦としての強さには誇らしさを持っている。

これまで多くの深海棲艦の主力戦艦部隊を屠って来た「戦艦キラー」だ。

対空戦闘能力も高く、何より撃たれ強い。

日本艦隊の誇りと呼ばれている。

もっとも、今は誇りと呼ばれるのが好きではないのだが。

先輩の長門を超え、積極的運用がなされるようになってからは「ホテル」の揶揄も気にしなくなり、その結果自分に溺れた感のある時があった。

それだけに「未来永劫背負わなければならない罪」、と自ら定める失敗まで犯している。

ただこの大和が語る「罪」について知る艦娘はいない。

武蔵ですら「自信家になって来ていい事だと思っていたら、私が暫く欧州に行っている間に、急に昔の謙虚さが戻ってしまった」と首をひねるばかりだ。

 

因みに武蔵が欧州へ行っていたのは、欧州総軍からの日本艦隊派遣要請に伴い送られた欧州派遣艦隊旗艦を務めたからだ。

その間に大和は改二改修・昇進の為暫く艦隊を留守にしていたから、武蔵が他の艦娘に大和の動向を聞いても、自分が欧州に行っている間大和が改二のために暫く留守にしていたので分からない、としか判明していない。

大和も武蔵から聞かれても、はぐらかしてしまうので結局分からず終いだ。

「改二の為に艦隊を留守にした間に、何かやらかしてしまったのではないか?」と言うのが専らの噂だ(この事に関して、青葉が調査したことがある)。

 

艤装の燃料消費の激しさからの兵站圧迫、四六センチ主砲の機構的複雑さから来る整備性の悪さが祟って、出撃回数が極端に少なかったのが非常にコンプレックスだったものの、MI攻略戦投入後は改となったため燃費がやや向上し、主砲の整備性もよくなった結果FS諸島艦隊決戦、北太平洋深海棲艦空母機動部隊追撃戦、鉄底海峡海戦と主力艦として場数を踏むようになれた。

吹雪と言う親友も出来たし、出撃制限をかけていた一人だったので好きにはなれない存在だった長門とも和解できた。

自信家として、艦隊を率いるリーダーにもなれた。

改二になってからは昔の謙虚な性格に戻ってしまったが、リーダーシップは健在だ。

武蔵とは姉妹であり良きライバル、信濃には良き姉である。

改二になってからは、その大火力を如何なく発揮して多くの敵艦を屠っていく一方で、他の艦娘との交流機会も増えていった。

金剛、矢矧、夕立とはずいぶん付き合いが長い。

時雨と涼月とも、それなりの頻度で艦隊を組んでいるから顔見知りだ。

 

英国帰国子女をよく口にし、片言喋り、英語にも堪能(クイーンズイングリッシュ)、紅茶もたしなむ金剛だが、個性の強い三姉妹の中でも強いリーダーシップを発揮する面倒見の良さも定評だ。

また大和と仲がいい吹雪の先輩として、何かと世話を焼いてくれた存在でもある。

比叡の料理の質向上の立役者でもある。

提督好きの面は提督が交代しても変わらない(ただし過去に人望が無かった提督には全く懐かなかった)。

 

矢矧は新設の第七水雷戦隊に配属された神通の後任として、第二水雷戦隊旗艦を拝命した新鋭の阿賀野型軽巡の三女だ。

オンオフのはっきりとした裏表のない性格で、先輩の川内や神通らからの旗艦の心得や、戦術を生かしつつ彼女なりの考えもひねり出す。

怒らせるとこの上なく恐ろしいが、ノリも結構よく、謙虚さもある優等生タイプだが書類仕事には苦手意識がある。

大和とは、最近仕事付き合いを含めて親交が深くなっている。

 

夕立は吹雪を通じて知り合っている。

語尾にやたら「ぽい」がつくのが特徴だ。

普段はずぼらだが、鉄底海峡海戦では一人で撃沈五隻、共同撃沈七隻、撃破六隻、と言うエース級の活躍をしている。

 

時雨は最近第二水雷戦隊に配属された駆逐艦娘で、夕立と同じ白露型。

非常に物静かで、どこか憂いた様な表情だが責任感は強く、艦隊随伴艦としての経歴も長い。

被弾経験が殆どないまま改二へとなった猛者でもある。

謙虚さがこの艦隊では一番強いが、意外と腹黒さでは群を抜いていると言う噂があり、普段の姿勢とは裏腹に戦闘時は深海棲艦への攻撃に容赦がない。

 

涼月は古風な物言いやお淑やかさ、物静かさが特徴で、同僚の冬月とはとても仲が良い。

趣味が野菜作りであり、カボチャに思い入れがあるようで特に力を入れて育てている。

秋月型にもれず対空戦闘に長けており、また蒼月の姉に当たる涼月は自信が持てない蒼月のフォローもよくしてくれる面倒見の良さもある。

大和とは空母機動部隊護衛艦として一緒に仕事をする間柄だ。

 

戦艦であり、人当たりもよく旗艦として艦隊を率いる事が多いだけに、人脈の広いのが大和の特徴だ。

だから武本も艦隊旗艦を安心して任せられる存在として、この特別混成護衛艦隊旗艦に任命してくれたのかもしれない。

ただ大和としては、今回の任務に少し気後れするものを感じるところもあった。

なにしろ……。

 

「司令部から入電、『しれとこ』は現在最大速度で我々との会合地点を目指している、との事です。

ただし敵偵察機の捕捉は時間の問題である為、一刻も早い合流を急がれたし、です」

基地からの通信を受信した矢矧が告げる。

「それにしても、この速度を維持した場合、帰りの艤装の燃料の余裕が心配です」

そう涼月が言うと、夕立がその通りだとやや不安顔で頷いた。

「補給とか大丈夫っぽい?」

「『しれとこ』で補給は受けられるよ。

大丈夫さ二人とも」

時雨の言葉に、夕立はほっとしたように溜息を吐いた。

「ところで……合流する艦隊に愛鷹なるものがいますけど、誰か知ってますか?」

帰還して来た橘花改四機の収容を終えた伊吹が全員に尋ねる。

 

「私は知りマセンネ」

「ぼくも」

「夕立も」

「私も存じません」

「申し訳ないですが、私も聞いてないですね」

「……」

 

唯一大和だけ、考え事をしているのか答えなかった。

よく人の話を聞いていて聞き逃しをしないのに珍しい、と矢矧が大和に声をかける。

「大和さん、聞いてます?」

「え? ああ、何の話でしたっけ?」

「愛鷹と言う艦娘は聞いたことありますか?」

「あー、うーん……いえ、聞き覚えが無いですね。

どんな人か、ちょっと私も気になりますね」

「そうですか」

「初顔合わせとは楽しみですねえ。

新人ながら、艦隊旗艦を最初から任された艦娘……。

興味がわきます」

そう伊吹は含み笑いをしながら言った。

 

 

骨がかなりの速度で修復され、神経が元通りになっていくにつれて動かせなかった指先がぎこちなくだが動くようになった。

自室のベッドに座って左腕に点滴で投与される修復剤を見ながら、愛鷹は敗北感を噛み締めていた。

「しれとこ」の護衛に就く第三三戦隊で唯一、愛鷹は負傷の影響で艦内での待機を命じられていたが、いつ深海棲艦に発見されるか分からないし父島を更地にした戦力が追撃してきていると言う可能性がある以上、修復剤を投与すれば二時間で治療が終わらせられる愛鷹へ使わない手は無かった。

しかし、修復剤への嫌悪感のある愛鷹は投与を拒んだ。

青葉に任せれば問題は無い、と一度は退ける事は出来たが、結局室井の決定で半ば強制的に投与を受けた。

着任前に投与を受けた経験があるが、投与を受けている時の感覚は不快そのものだ。

まるできちんと治療を受け、時間をかければ何の問題もなく完治できる傷を、早送りの様に高速回復させているかのようだ。

傷を負い、それを癒すのも人生で重要な事の筈だ。

それを人工的に早めるのは、人の生き方への否定(冒涜)と言うのが愛鷹の持論だ。

それだけに投与を受けるのは、持論を引込めて他者の押し付け論を正解と呑み込むと言う愛鷹の敗北だった。

 

父島を出港して、二四時間が過ぎていた。

次席旗艦の青葉の指揮の元、第三三戦隊はアメリカ艦娘と、父島の負傷兵を満載して航行する「しれとこ」の護衛に当たっていた。

室井や甲板士官に食って掛かった他、「しれとこ」を引き返させた一人の深雪には流石に武本も甘くは見てくれず、日本に帰り次第始末書と謹慎三日の処分が待つことになった。

それでも人命を救えるのなら、営倉入りでも始末書一〇枚でも一〇〇枚でも書くと深雪は開き直っており、むしろ負傷兵を満載している「しれとこ」の防衛の事しか考えていなかった。

深雪のとった行動は確かに問題だが、愛鷹には全く間違った行いには見えなかった。

むしろ賞賛すべき行為だと思った。

彼女の人命を重んじるひたすらにまっすぐで一途な気持ち。

濁りの無いその強い意志は、とても素晴らしいものだった。

帰還した後に深雪の査問会が開かれる事にでもなったら、周りがどう言おうと自分は深雪の弁護役を行う気だ。

それが旗艦である自分の務めだと思っていた。

左腕をまた見て指を動かしてみると、さっきとは打って変わって指が自在に動くようになっていた。

傍らのタイマーを見ると、あと数分で投与が終わるのが分かった。

投与が終わったら、ギプスを外しても問題は無い。

時間をかけて治療したかった……そう思いながらも、もう言っても始まらないかと気持ちを切り替えるしかない事を噛み締めた。

 

程なくタイマーが鳴り、投与が終わった。

電子音を上げるタイマーを止めて、ギプスを外すと左腕の骨は元通りになっていた。

制服の袖を戻し、コートを着て医務室へ点滴に使った器具を返却しに部屋を出た。

赤い電灯に照らされた静かな艦内通路を歩く。

時間帯は夜。

点滴の器具を返却したら、部屋で少し寝ようかなと思いながらラッタルを降りる。

医務室に近づくと、ツンと鼻を突く血の匂いがしてきた。

収容した負傷者を治療した時の臭いが、まだ残っているようだ。

血の臭いは、いつ嗅いでも気分が悪い。

耐え難い吐き気を堪えながら、医務室のドアを開けて点滴器具を返却すると、逃げるように自室に戻った。

ベッドに座ってタブレットと共に水を飲むとコートを脱ぎ、制服の上着、靴、制帽を脱ぎ、ネクタイを外すと、ベッドに横になり毛布を被った。

そう簡単には寝付けなかったが、目を閉じて横になるだけでも違うものだ。

迎えの護衛艦隊のメンバー、そう言えば聞いていないな、そう思ったが今は寝ようと愛鷹は気にしない事にして頭の中を空っぽにした。

葉巻が吸いたい……そう思った後、彼女は眠りに落ちた。

 

 

夜間となると航空機が使えない為、瑞鳳は「しれとこ」に上がり、第三三戦隊は青葉、夕張、深雪、蒼月が護衛についていた。

警戒の為、全員対水上電探を使って目視では確認できない暗闇の中の護衛を続けた。

今のところ全員の電探にも、ソナーにも、反応は一切ない。

静かなもんだなあ、と深雪は思いながら担当している「しれとこ」の右艦尾側の周囲を見る。

父島を離れると雲の量が増えて来たので月灯りがやや悪い。

「夜目での監視警戒には、確かにヤバいな」

そう呟きながら別の方を見る。

「しれとこ」の左艦尾側には蒼月、左艦首側には青葉、右艦首側には夕張が展開している。

何かを発見したら、すぐに発見の報を入れることになっていた。

「しれとこ」自体も対水上レーダーを起動させて監視している。

夜間で夜目を聞かせにくい暗さ。

それに護衛に当たる自分たちは四人。

一瞬の気も抜けない。

 

その時、一瞬深雪の目に何かが映った。

「ん、なんだ?」

見えた方を注視するが暗くてよく見えない。

月灯りが悪くなっている。

電探の表示機を見たが、何の反応もない。

時々少しだけ月灯りで光る海面を何かと誤認したのだろうか。

そうは思えない気がしたが、何も起きない。

 

「やっぱり気のせいかな」

溜息を吐いて警戒を解く。

日本に帰ったらめちゃくちゃ怒られるのかあ、ふと帰った時に待っている自分の未来を思って苦笑が漏れた。

まあ、しょうがないよな。

室井艦長に噛みついちまったんだし……。

啖呵切っちゃったけど、反省文何枚書かされるんだか。

書類仕事はあまり好きではないが、さぼる訳にはいかない。

武本は温厚な人柄だが、甘やかし屋という訳でない。

 

反省文はこれで何回目だっけ……。

 

ふと、そう思った時、後方から砲声が聞こえた。

「はッ⁉ 深雪から全艦に通知、砲声が聞こえた。

背後からだ」

(こちらでも確認しました。

しかし、電探には映っていませんねえ……)

(雷の音じゃないの?)

「私も聞こえました。

でも電探には映っていない……」

「電探に映ってもないのに砲声って、どういうこっちゃ。

いや……」

 

はっ、と深雪は気が付いた。

さっきの「なにか」は、もしかしたらあの砲声と関係がある物じゃ……。

しかしどんな関係があるだろうか。

その時蒼月が空を指して叫んだ。

「赤い、何かがこっちに……」

「へ?」

深雪もその方を見た。

一二個の真っ赤な、巨大な何かがこちらに向かって来る。

大きい、とても大きい。

まるで大気との摩擦で赤くなる隕石の様に光りながら、こちらへと飛んでくる。

しかし隕石があれだけ綺麗に、それも一二個もまとまって落ちてくるだろうか。

ありえない。

あれは敵弾だ、敵襲だ。

 

「敵襲、敵襲、砲弾一二発が降って来るぞ!」

深雪が叫び声を上げた時、新幹線の電車が頭上を走っていくかの様な轟音が頭上から大きく迫って来た。

 

「着弾する、衝撃に備えろ!」

 

ヘッドセットに向かって喚いた時、「しれとこ」の周囲に摩天楼の様な水柱が一二本つきあがった。

津波を思わせる大波が、第三三戦隊と「しれとこ」を揺らした。

(敵襲、総員戦闘配置、総員戦闘配置。

各員戦闘部署につけ!)

警報音が「しれとこ」から鳴り響き、スピーカーから戦闘配置を命じるアナウンスが流された。

戦闘配置と言っても、「しれとこ」の武装は近接防御火器(CIWS)二基と三〇ミリ機関砲が二基、一二七ミリ単装砲が一基しかない。

それに水上艦艇の武装では、的が小さく、動きが速い上に自動照準も合わせられない深海棲艦に対抗するのが困難だ。

護衛についている第三三戦隊だけが頼りだった。

 

「敵の姿が確認できません。

なのに、どうやってこれほど精密な砲撃を⁉」

驚愕する蒼月が言った時、深雪は「スポッターだ」、と返し持ち場を離れるとさっき「なにか」が見えた所へと走った。

「青葉、近くに潜水艦がいる。

奴があたしらのいる場所を背後の仲間に告げ口しているんだ」

(座標を送ってアウトレンジ射撃という訳ですか。

しかし、あてはあるのですか?)

「なかったら持ち場を離れねえよ。

すぐ戻る」

 

通信を切ってから、青葉まで愛鷹みたいになってないか? と思った。

ソナーをアクティブモードにして、爆雷を構えた。

「敵はどこだ?」

ピンガーを打つと一隻いた。

海面付近の潜望鏡深度。

いやさらに五つ。

これは潜水艦ではない。

「駆逐艦だと⁉」

深海棲艦の駆逐艦は航行中の動きが魚そのものなので、電探よりソナーでのほうが探しやすい場合があった。

これほど近くに潜水艦がいたとは。

「ちっくしょう、めんどくせえなあ」

悪態をつきながら深雪はピンガーの反応から敵潜水艦の位置を予測し、爆雷を放り込んだ。

何個か放り込んだ時、駆逐艦五隻が浮上して深雪に向かってきた。

「ええい、この忙し時に」

連装砲を構えて、駆逐艦に牽制射撃を行う。

その間にも爆雷を投射すると、手応えがあった。

暗がりにつきあがる水柱の中に艤装らしきものがちらりと見えた。

長居は無用、と最大戦速で離脱を図るが、駆逐艦五隻が追撃してくる。

舌打ちして駆逐艦の方を見た時、発砲炎が五つ暗い海に瞬いたかと思うと、深雪の周囲に水柱が次々につきあがる。

「おいおい一対五だぞ、卑怯じゃんか」

そう言いつつ主砲を速射して応戦する。

何回か砲撃を繰り返し、一隻に直撃弾を与える。

しかしこちらが一回砲撃を行えば、向こうからは五倍の砲撃が来る。

(深雪さん、交戦をやめて離れてください)

「ダメだ完全に捕捉されちまっている。

深雪さまが撃たれる一手たあなあ」

そう青葉に返しながら深雪は主砲を撃つ一方で、二基の魚雷発射管の射撃準備に入った。

 

(方位一-三-四、距離九〇〇、敵針三-一-四、敵速三〇ノット、射角六〇度、発射管一番二番、発射雷数六、全弾発射だ)

 

「雷撃戦、魚雷攻撃はじめ。

一番二番、てぇーっ!」

圧搾空気で、六発の魚雷が深雪の両腿に装着されている三連装魚雷発射管から発射される。

六発の魚雷は着水し、海中内に入ると問題なく起動し航走し始める。

「魚雷六発、馳走音確認異常なし。

あったれい!」

そう言った時、敵の砲撃がかなり近くに落ちたので、深雪は慌てて進路を変えて離脱した。

が、一〇メートルも行かない内に二発の直撃を受けてしまった。

一発は魚雷を打ち尽くしていた左の魚雷発射管を吹き飛ばし、一発は背負っている艤装の右側を直撃した。

魚雷発射管が吹き飛び、背中の艤装への被弾の衝撃で転びそうになった。

 

「やられた! 

失敗したぜチクショウ!」

破壊された発射管が魚雷を打ち尽くしていたのは幸いだった。

火災が起きていたが、自動消火装置が生きており、火はすぐに消えた。

しかし艤装は当たり所が悪かったのか速度が落ちてきている。

こちらも火災が起きているが、火が消えない。

「やべ! 

右側ってことは、右の機関部の何かがイカれちまったのかよ!? 

早く火を消してくれよ、かちかち山だ」

機関部自体が破壊されたわけではないが、速度が出ない。

艤装からは警報音が響いている。

さらに一発が煙突に直撃し上半分が鉄屑になる。

防護機能のお陰で、深雪に致命傷は無かった。

「ヤバいヤバいヤバいヤバい! 

こちら深雪、機関部損傷、速度が出ない!」

その時、背後で爆発音が三回轟いた。

振り返ると、駆逐艦三隻が爆発炎上して沈んでいくのが見えた。

魚雷が命中したようだ。

残る二隻は追撃せず離脱していく。

「よっしゃーッ! 

三隻やったぜ」

ガッツポーズをとる深雪だが、ふとある事に気が付いた。

無線が静かすぎる。

そう言えばと背中を見た深雪は、煙突が上半分無くなるだけでなく、通信アンテナまで無くなっているのを見てぎょっとした。

ヘッドセットでの通信範囲は広くないから、艦娘には長距離通信に使うアンテナがある。

それが跡形も無くなっている。

そして誰も通信に出ないと言う事は、深雪は第三三戦隊と「しれとこ」とはぐれてしまったのだ。

 

広大な夜の太平洋に独りぼっちだ。

通信アンテナが破壊されているから、救難信号も出せない。

取り敢えずまずは火を消すことから対応を始める。

幸い、敵の姿は見えないから消火活動に専念できそうだ。

艤装を外し、小型消火器で火災を消火する。

深雪程度の駆逐艦の艤装なら、まだ持ち上げたりすることは出来るから、外してもまた自力で装着可能だ。

 

消火器の消火剤を丸々使って火を鎮火させると、応急修理キットと予備部品で通信アンテナの代わりに、最大半径五〇キロまではカバーできる応急アンテナを組み立てる作業に取り掛かる。

艦娘の艤装の応急修理の実技内容でも、通信手段の復旧作業は非常に重要だ。

通信不能では救助も増援も呼ぶことが出来ない。

教本と睨めっこした昔を時々思い出しながら、口元に加えるペンライトで手元を明るくして応急アンテナをこしらえた。

「頼むぞ」

バイパスした回路を繋いで、無線のスイッチを入れた。

 

「こちら深雪、こちら深雪。

第三三戦隊、『しれとこ』応答願う。

聞こえるかい?」

 

静かなノイズしか聞こえない。

酷いノイズが出ないのが妙だ。

もう一回試した時深雪は溜息を吐いた。

艤装の発電機が損傷していて、充分な電力が出ていない。

予備バッテリーに接続して、先ほどの通信文をもう一度吹き込んだ。

応答がない。

周波帯を切り替えて試す。

 

「頼むよ、独りぼっちは勘弁してくれって……」

じわりじわりと湧いて来る孤独感と恐怖から逃れたい気分で、深雪は無線機と格闘する。

腕時計を見て、自分が「しれとこ」から離れて早くも三〇分が過ぎた事に気が付く。

思い出せば砲声があれっきり聞こえない。

何回だったかは全く覚えていないが、五回も行われていない気がする。

だが今は自分の身を何とかしないといけない。

太平洋で今、深雪は独りぼっちだ。

何度か試した後、ようやく愛鷹の声が雑音交じりに聞こえてきた。

 

(こ……す。

みゆ……ちをお……い、オクレ)

「こちら深雪、愛鷹か? 

あたしだ。

機関部と通信アンテナがイカれた。

どこに行って合流する?」

(……く、き……いです……もうい……そう……ん……ます、オク……)

「もしもし? 

くそ、ボロ無線機め、もしもーし、聞こえますかー?」

(げんざ……で……じゃみ……? 

なら……ゆきさ……しんごう……あか……くりかえ……れっど……)

「くそ。

なんていってんのか聞き取れない。

待てよ……」

 

確か通信では、「しんごう」、「あか」と言っていた。

応急キットの中には、救援要請用の赤い信号弾と拳銃型発射機がある。

これを撃って、位置を教えろと言うのか?

はっきり聞き取れたわけではないから、「信号弾を撃て」と言われたわけではないし、これを撃てば敵に見つかるかもしれない。

まともに動けない状態の深雪は、格好のカモの状態だった。

しかし藁にも縋る思いで、深雪は赤い信号弾を装填すると発射機を頭上に向け、引き金を引いた。

 

上空で輝く赤い信号弾を見つめていると、左手に白い光が複数回瞬き、それと共に汽笛が聞こえた。

深雪も艤装についている探照灯で応答する。

捜索に来たのは愛鷹だった。

単身捜索に来てくれたようだ。

 

「大丈夫ですか、深雪さん⁉」

「おっせーよ、待ちくたびれたぜ」

よっこらしょと立ち上がり、損傷している艤装をまた装備した。

艤装の装備ベルトを締めると、礼を言おうと思ったが、愛鷹が自分に抱き着いてきたので深雪はそのタイミングを逃した。

しっかりと自分を抱きしめて来る愛鷹は、「よかった、生きていてくれて……」と声を震わせて何回も言っていた。

戸惑いながら大きな体に抱かれている深雪は、ふと愛鷹が泣いている様な気がした。

 

あたしの為にこう泣いてくれた奴、誤射したのを謝ってくれた電以来いなかったなあ……。

 

自分の独断専行と愛鷹への申し訳なさが沸いてきた深雪は、そっと抱き返して、自分の非を詫びた。

「ごめん、愛鷹。

あたしが勝手に動いて……」

「……いえ……」

「泣くなよ。

この深雪様は大丈夫だから」

そう言って深雪は、長いポニーテイルで見えない愛鷹の顔に向けて静かに言った。

「帰ろうぜ、『しれとこ』に。

みんなのところにさ」

 

 

行方不明になった深雪が愛鷹に回収されて、「しれとこ」に戻ったと言う報告が特別混成護衛艦隊にも入れられた。

 

「もう、深雪も無茶スルネー」

溜息を吐きながら、金剛が胸をなでおろす。

時雨は安堵の息を吐いて、深雪の行動を讃えていた。

「深雪は本当に勇敢だな。

凄いよ」

「凄いですけど、独断専行のきらいがありますよ。

仲間を救えても、自分が死んでしまうのでは意味がありません。

でも……よくやりましたよ」

やれやれと言う風に、矢矧は危険だと指摘しつつも素直に褒めていた。

 

特型と言う旧式艦となりつつあり、改止まりの深雪だが、行動力と経験はやはり驚嘆するところがあった。

「深雪も凄いけど、敵さんも凄いですねえ」

伊吹の言葉に、確かにと大和は頷いた。

ここまで執念深く追撃してくることは、恐らく過去に例はなかったはずだ。

一体なぜ、そこまでにして追いかけてくるのか。

第九二・五任務部隊だろうか、それとも「彼女」だろうか?

どちらとも取れなくはない。

だが今はそれよりも合流を急ぐべきだろう。

報告からして、おそらく「しれとこ」を追っているのは敵の巨大艦。

異常なまでに速度が速い超弩級戦艦だ。

第三三戦隊の火力では、到底太刀打ちできるとは思えない。

自分の火力でも対抗しきれるか不安が残るが、おそらく効果があるかもしれない攻撃が出来るのは自分だろう。

弱気になってはだめだ。

 

「計算しましたが、やはり『しれとこ』との会合は明日の〇七:三〇ごろになると思います。

これ以上急ぐと、私たちの艤装の燃料が持ちません」

海図を広げる夕立と航路計算をしていた涼月が告げた。

「了解しました」

大和は頷いて腕時計を見た。

あと八時間後。

これ以上は速くすることは出来ない。

それまでに何も起きなければいいけど……。

 

 

「こぉんの馬鹿ぁ! 

どーしてくれんのよ、これ⁉」

ウェルドックで夕張の怒声が深雪に叩きつけられる。

怒り狂う夕張の理由は、壊れた深雪の艤装だ。

「ご、ごめん……」

「ゴメンどころじゃないわよ! 

この忙しいときに艤装壊して、もう」

悪態を吐きながらも、夕張は工具を手に艤装の修理に取り掛かる。

当然ながら深雪も一緒に修理作業を行う。

オレンジのつなぎ姿に着替えた夕張は、ウェルドックの仮設工場で深雪の艤装の修理に取り掛かった。

 

「危うく右の機関部が丸ごと駄目になる所だったわよ、タービンの歯車が全部だめになっちゃっている。

見てよ真っ黒こげじゃないこれ。

壊れた部品の総とっかえだけでも、二時間もかかるわよ。

発電機もご臨終、通信システムに至っちゃ話にもならない。

あんた、これいったい幾らする装備品か、分かってんの!?」

「うぐぐ……。始末書ものだなあ」

「あんた自分が艦娘であることに感謝しなさいよ、普通の軍人なら査問会モノなんだからね。

結果的になんとなったとは言え、独断専行で危うく迷子になって死ぬとこだったのよ。

愛鷹さんに感謝しなさい。

彼女、あんたが行方不明と聞くなり大慌てで飛び出していったんだからね」

「あいつらしい」

「ホントね。

ほら、そのマイナスドライバー」

突き出された夕張の手にドライバーを渡す。

 

「それにしても、はやいよな。敵」

「なにが?」

「追撃してくる速さだよ。

潜水艦に見つかったのはまだしも、父島を出て大分経つわけじゃん。

アウトレンジ射撃をするにしろ、もうここまで追いつくのは速すぎる気がするんだよ」

「なーんか、聞くとこによると私たちが追っかけてた巨大艦。

物凄く速度が出るんだって。

足自慢のユリシーズが最大速力で追っても、余裕で振り切ったくらいだから」

「島風並みの速度が出るんだっけ、あいつ。

それを振り切るたあ、恐ろしいやつだなあ。

ん、てことは……」

「愛鷹さんがそう言ってたのを言っただけ」

「なんだ」

 

だがもし追手が巨大艦なら、一度こちらを取り逃がしても見つければまた襲ってくるだろう。

なぜここまでしつこく付け狙うのかは分からないが、大きな脅威が自分たちを追っている事は確かだ。

深雪さまが逃げの一手たあなあ……。

悔しい気持ちを噛み締めながら修理作業を手伝う。

今第三三戦隊は夕張が深雪の艤装の修理に駆り出されているから、「しれとこ」の護衛についているのは愛鷹、青葉、蒼月の三人のみ。

少しでも早く修理を終えて、夕張と深雪も戦列に戻る必要があった。

 

その後、夕張に散々愚痴やら悪態を吐かれた深雪だったが、共同で修理作業を行った結果、発射管一基は完全にお釈迦になったものの「しれとこ」の工作室で部品をプリントして急造ながら発射管を組み立て、同じく作成した部品で破損したタービンや発電機、通信機器を復元し修理は終わった。

さっそく、動作確認を行う。

「プリンターで直接プリントした部品で組み上げた急造品で慣れないだろうから、重量配分には少し気を払うべきね。

気になったら、自分でスタビライザーを調整して」

「おう、サンキューな夕張」

「二度と壊すんじゃないわよ?」

「そりゃあ、敵さんに言ってくれ」

にやっと笑って懲りていないような発言をした深雪に、夕張はヘッドロックを決めた。

 

 

殿を務めている蒼月にとって、夜の海を周りに誰もいない状態で航行するのは恐ろしかった。

昼間の戦闘では勇気を出して戦えたが、周りが良く見えない夜の海を事実上一人で航行しているような今、暗闇への恐怖と同時に、もし後ろから撃たれたら自分は援護を充分に受けることが出来ないまま撃沈されるのではないか、と言う恐怖が蒼月の心に強いプレッシャーを与えていた。

肩の力を抜こうと心がけるが、やはり極度の緊張と恐怖心が心を揺さぶり続ける。

独りぼっちは怖い、そう思った時に愛鷹が陣形転換を命じて来た。

前衛を青葉と蒼月に任せて、愛鷹が後衛にまわると言う物だった。

お言葉に甘える形で蒼月は青葉と共に前衛を務め、愛鷹が後衛についた。

艦首側では左舷側に青葉がすでに展開していた。

「蒼月さんは右側をお願いしますね。

青葉は左舷を担当します」

「了解です」

二人が「しれとこ」の前衛配置についた時に、後衛にまわった愛鷹からも配置よし、の報が入る。

「一人で寂しかったですか?」

青葉の問いに、蒼月は少し恥ずかしさで「はい」と小さく答えた。

それを見て青葉はクスクスと笑っていた。

「大丈夫ですよ、お化けなんて出ませんから。

まあ慣れない夜の海は、青葉も怖かったですけどね」

「青葉さんも、やっぱり怖いんですか?」

「誰でも初めは怖い物って何かしらありますよ。

『ソロモンの狼』などと呼ばれても慣れない南方の海とか、北の海とか初めての場所は怖かったです」

「……青葉さん」

「なんですか?」

一瞬、蒼月は聞いていい事か迷ったが先輩である青葉はついこの間経験している事であり、自分が恐れる事の中でも一番恐怖を感じている事の一つを訪ねてみた。

 

「撃たれるって、やっぱり痛いですか?」

「……まあ、痛いですね」

少し間をおいて、顔に少し翳りを見せながら返してきた青葉に、蒼月はやはり聞くべきではなかったかな、とやってしまった感を感じた。

 

この間に限らず青葉は様々な戦場で戦い、時に被弾して負傷している。

特に青葉にとってトラウマレベルなのは「重傷を負った青葉を庇った古鷹が、左眼を失った戦い」なのは、艦娘同士でも触れてはいけない事である。

今では想像が付けにくいが、あの後青葉は半年近く立ち直れなかった。

重度のPTSDに苦しみ、介抱してくれた衣笠の事すら拒絶し、自殺を試みたこともある。

蒼月も乗っていた船を沈められて両親を目の前で失い、祖父母に引き取られて一年半程は抜け殻化していた。

祖父母や友人たちのお陰で回復した後、自分のような境遇の人を出さないと意を決し、救助してくれた護衛艦の元乗員だった将官の紹介で艦娘になった。

 

「でも痛いのは辛いですけど……やっぱり、生きているという実感を与えてくれるので、あながち悪いことだらけ、でもないですよ」

「生きていると言う実感……」

「ええ。

死んでしまったら、痛いかどうかなんて分からないと思いますよ。

少なくとも、青葉と六戦隊のみんなではそう思ってます」

青葉が六戦隊と口にしたことで、同僚の古鷹を連想しそうな気がした蒼月は「そうですか」と区切った。

確かに乗っている船を沈められたとき、自分もどこから怪我をして、痛いと泣いた覚えがある。

自分を生んだ母は、産声を上げる自分を生んだ時の痛みと戦いながら聞いたのだろう。

痛みが生きている実感なら、母はその痛みの中、自分の産声が聞けたことが元気な娘を産み、自分も生きていることを無上の喜びと共に感じたのだろう。

 

「でも撃たれることでなくても、転んだり、指を切った時の痛みも、被弾した時の怪我の痛みに比べれば小さくても、生きている実感の証には変わりないはずです」

「そうですね」

(でも、心の痛みが生きていると言う実感には、私には不要にしか思えませんけどね)

不意に愛鷹の声がヘッドセットから聞こえてきた。

二人の会話をヘッドセットの回線越しに聞いていたらしい。

聞いていたの? と蒼月が少し恥ずかしさを感じていると、青葉が苦笑交じりに愛鷹に応えた。

「なんだあ、盗み聞きしていたんですか愛鷹さん? 

上官と言っても……」

(無駄口を叩いている暇があったら、仕事をしていて下さい)

冷たくぴしゃりと叩く様に愛鷹は言って、通話を切った。

お仕事していましょう、とおどけた形で青葉は肩をすくめた。

 

 

それから一時間ほどして「しれとこ」はいったん停船すると、ウェルドックハッチを開けて深雪と夕張を出撃させ、明け方には瑞鳳も出撃し、第三三戦隊全員が久しぶりに揃って出撃した。

夜明けとともに瑞鳳はAEW機を放ち、「しれとこ」上空で警戒飛行に当たらせた。

対潜哨戒機も発艦した頃には辺りは明るくなっていたが、それでもまだ午前六時半を過ぎた頃だった。

「しれとこ」の前を瑞鳳、その左右を深雪と蒼月、前方を青葉、夕張、後衛を愛鷹が引き続き受け持つ陣形で、「しれとこ」の護衛についた。

これと言って何事もなく七時が過ぎようとしていた頃になって、急に愛鷹は胸騒ぎがし始めた。

とてもいい兆候とは思えない。

嫌な予感がする。

しかし青葉や夕張達は気が付いていないのか、何も言わずに警戒中だ。

自分が神経をとがらせすぎているだけだろうかと思った時だった。

 

「スカイキーパーから緊急入電、方位〇-九-〇から所属不明の艦隊が急速に近づく。

数は一二、いや、待って……対潜哨戒機ブルーハウンド2-1が、その前方に敵駆逐艦六隻を探知!」

予感が的中した、東から一二隻の艦隊と言っても護衛艦隊は六隻だ。

数が合わないし、そもそも方位が違う。

数の差があるが、ここは自分たちの練度で護衛艦隊との合流まで凌ぐしかない。

「旗艦愛鷹より第三三戦隊各員へ。

所属不明艦隊は敵と認識して下さい。

駆逐艦を含め戦力差は三対一。

こちらが不利ですが、皆さんの力ならこの差をモノとせず、護衛艦隊との合流まで凌ぐことは出来ると信じます。

訓練の成果を思い出して、冷静沈着に、全員で生きて帰る事を目標に行きます。

 

対水上戦闘用意、合戦準備配置。

砲戦、雷撃戦に備え! 

艦隊増速、黒一杯、最大戦速!」

「了解」

 

第三三戦隊は瑞鳳を「しれとこ」防衛に残して東に転身すると、敵艦隊迎撃に出た。

愛鷹を先頭に青葉、夕張、深雪、蒼月の順の単従陣へと陣形を組み替える。

「スカイキーパー、こちら愛鷹。敵艦隊構成艦は?」

(駆逐艦イ級後期型六、重巡ネ級改四、軽巡ツ級三、戦艦ル級及びタ級各二、巨大不明艦一を認む。

なお識別可能艦はいずれもflagshipクラス)

「なんですって⁉」

巨大不明艦、自分達が追っていた深海棲艦の事に間違いない。

さらに護衛及び随伴艦艇はすべてflagshipクラス。

脅威の度合いは只者ではない。

「第三三戦隊各員へ、イ級後期型六、ネ級改四、軽巡ツ級三、戦艦ル級及びタ級各二、全艦flagshipです。

さらに例の巨大不明艦一隻も来ています」

「うっそだろぉ!? 

すげえのが来ちゃったな」

「全艦がflagshipなんですか⁉」

「三対一の数の差……数の暴力よ」

「対抗しきれんの、みんなで!?」

「やるしかないですよ、皆さん! 

全員で帰るんですよ!」

狼狽える一同に、青葉が活を入れた。

そこのところはやはり頼もしいです、と愛鷹は思いながら「スカイキーパー、高度を取りツ級からの対空射撃に注意しつつ、敵位置をこちらへ通知してください」と告げる。

(了解、グッドラック)

 

スカイキーパーとの通信を閉じると、愛鷹は主砲に一式徹甲弾改二を装填した。

装薬は高初速を生み出す爆圧の大きい強装薬。

五〇口径三一センチ砲から撃ち出されるこの砲弾ならル級、タ級は簡単ではないが出来なくはない。

ただしそれはflagshipではなく、eliteクラスにまでは有効と言う、あくまでも「試算」によるものでしかない。

実際にどこまで通用するのか、愛鷹自身も知らなかった。

青葉は第一、第二主砲を載せた艤装を肩に担ぎグリップを展開してスタンバイ、夕張は連装、単装主砲を装備した艤装のグリップの安全装置を解除、深雪は連装主砲のコッキングレバーを引き、蒼月は長一〇センチ主砲のチャージハンドルを引いた。

 

(敵艦隊、間もなく視認距離に入る。

複縦陣にて急速接近中。

そちらとは現針路を維持した場合、反航戦になる)

「了解……射程内に入り次第、左に転舵して丁字戦にもつれ込めれば……」

と水平戦場に何かが光った。

小型双眼鏡で見ると、前方展開のネ級改四隻が見えた。

すぐに後続艦も見える。

「来ました。

各員合図したら取り舵九〇度、新針路三-六-〇に変針します。

砲戦用意、私と青葉さんで戦艦と重巡、夕張さん、深雪さん、蒼月さんは軽巡と駆逐艦をお願いします」

「了解」

 

発砲は深海棲艦艦隊が早かった。

イニシアティブを握るつもりか命中率の低い距離だったが、飛来する砲弾の数はかなりの量だ。

まだ距離を詰める。

砲声が大きくなり、飛来する砲弾の弾着範囲が狭まる。

タイミングを誤ると転舵した瞬間に直撃を受けかねない。

敵はこちらが近接反航戦を挑むと踏んでいるのだろうか、速度を落とさずに向かって来る。

撃って来ないのは、必中を期していると思っているのか。

そうは行かせない、と愛鷹はタイミングを待った。

敵艦隊の砲撃の精度がさらに増し、水柱が五人を隠しそうなほど落ちた時愛鷹は転舵を命じた。

 

「取り舵一杯! 

新針路三-六-〇、ヨーソロー!」

愛鷹を先頭に五人は左へと転舵、一糸乱れない単縦陣が深海棲艦の前に立ちはだかった。

素早く五人は各個に狙いを定めた目標に砲門を指向した。

敵から一瞬動揺の色が感じられた。

「全艦主砲砲撃はじめ。

撃ちー方始め、てぇーっ!」

 

愛鷹の号令一下、全員の主砲が一斉に火を噴いた。

一瞬にしてタ級、ネ級、ツ級、イ級二隻の計五隻が被弾する。

比較的戦艦では防御力が弱めのタ級に、愛鷹から放たれた八発の一式徹甲弾改二が撃ち込まれた。

重要装甲区画(バイタルパート)への直撃は致命打にはならなかったが無傷ではなく、衝撃で姿勢が大きく崩れた。

青葉の放った六発の二〇・三センチ砲弾はネ級改を捉え、主砲塔一基を破壊し本体にも直撃を与え大破させた。

正確な射撃で戦闘能力を大きく削がれたネ級改が隊列から落伍する。

夕張の射撃はツ級の本体に集中して浴びせられた。

集中的に艤装ではなく本体を撃たれたツ級は、一瞬で撃破されて戦闘、航行不能となった。

深雪の射撃でイ級が大爆発を起こし、炎上して速度を落とし始め後続の駆逐艦の隊列を崩す。

長一〇センチ砲の速射でイ級一隻を蒼月は瞬時に撃破、轟沈させた。

いきなり四隻が撃破、一隻も小破無いし中破した深海棲艦艦隊だったが、即座に物量にかませての反撃に出た。

各艦が随時目標を定めて砲撃する。

距離が近いから当てやすい。

当然第三三戦隊の五人は当たるまいと回避行動を取り、敵弾をかわした。

次弾装填した五人は再び砲撃を行う。

隊列を組んでいられるうちに、一隻でも削る必要があった。

再度八発の三一センチ砲弾を撃たれたタ級が悲鳴を上げて黒煙を上げる。

だがやはり致命的なダメージは与えられない。

第二射を放った青葉の攻撃で、ネ級改の二番艦の右側の主砲が爆炎と共に破壊され、砲身三本が吹き飛び何かのパーツが飛び散る。

夕張の主砲砲撃はもう一隻のツ級の左側の武装を完全破壊し、右側の武装のいくつかも無力化する。

自分に主砲の速射を行う駆逐艦を、深雪は速射で応射して二斉射で駆逐艦を沈黙させた。

大破炎上する駆逐艦が海上を漂流する。

蒼月の苛烈な砲撃の雨は、イ級をなすすべもなく一方的に破壊して海の藻屑に変えた。

 

そこまでが第三三戦隊の優勢となった。

深海棲艦艦隊の砲撃で更なる回避機動を余儀なくされた五人の砲撃は、愛鷹が再びタ級に八発を当てて戦闘能力をなくす以外は至近弾にとどまった。

逆に先手を打たれた深海棲艦艦隊の猛砲撃が第三三戦隊の五人に浴びせられる。

必死の回避機動で、四人は被弾をギリギリで免れる。

だが一人は回避しきれず被弾した。

 

愛鷹だった。

重巡、戦艦からの猛砲撃が彼女を包み込む。

ネ級からの砲撃のいくつかが防護機能や主砲の装甲に当たって弾かれる。

さらに第三主砲を艤装のアームで構える事で左手をフリーにし、その手に握らせた刀が残りの砲弾を次々に切り裂き、はじき返す。

援護しようと青葉がネ級改に主砲を向けるが、タ級がそれを阻むように砲撃を行い、ネ級改一隻もそれに加勢した。

タ級には自身の主砲では喧嘩にならないのでネ級改を撃つが、直撃させてもネ級改が持ちこたえた。

「火力が……火力がやっぱり足りないのかな……」

自分はやや古い重巡、相手は深海棲艦の最新鋭重巡。性能差はやはりあるのか。

仲間の被弾に怯むことなく、残りのツ級が夕張に主砲による猛砲撃を加え、深雪と蒼月もすばしっこく動いたり潜航したりするイ級とネ級改の三隻と撃ち合いになった。

ル級二隻と、中破しているタ級の三隻と愛鷹は砲撃戦となった。

戦艦にはない機動性で砲撃をかわし続ける。

直撃と見た敵主砲弾を刀で切り飛ばしていくが、次第に砲撃の密度が高まると愛鷹に焦りも出る。

こちらの全力射撃でタ級は損傷こそしてはいるが、決定的ダメージを受けていない為、立て直して撃ち返してくる。

ル級はタ級より防御力が高めだから、射撃するだけほぼ無駄だ。

 

「くそ、やっぱ戦力差がデカいかな。

それとも本気で向こうが怒ってんのか?」

「相手に聞いてね!」

深雪の言葉に夕張が怒鳴るように返した。

流石にここまでくると、深海棲艦艦隊も持ちこたえはじめ、直撃弾が出てもどうにか持ちこたえて撃ち返し始めた。

回避力も上げて被弾を逃れようと動き回る。

敵巨大艦は撃って来ない。

敵味方が入り乱れ駆ける砲戦だから、同士討ちを避けるためなのだろう。

つまり敵と距離を詰めた状態を維持すれば、敵は撃って来ないかもしれない。

 

「しつこいんだよ! 

こちら深雪、イ級一隻は始末したけど、もう一隻とネ級改がしぶとい。

魚雷攻撃で黙らせる!」

そう通知した深雪は即座にイ級とネ級改への諸元を計算し狙いを定めると、「魚雷攻撃はじめ、てぇーっ!」と喚いて魚雷三発を発射した。

イ級が魚雷の直撃で爆沈するが、ネ級改は砲撃をやめて回避した。

砲撃を中断し回避機動をとるネ級改に対し、蒼月が砲撃を浴びせるがネ級改の防御力には致命打に至らない。

その時、ツ級と撃ち合っていた夕張に、完全に無力化していなかった別のツ級が放った砲弾が直撃した。

左の主砲塔の一基が爆砕され、砲戦能力が落ちる。

夕張自体は防護機能で致命的なダメージは免れた。

「夕張さん⁉」

「私は大丈夫よ青葉、それより愛鷹……」

の援護をと夕張が言いかけた時、回避、防御しきれなかった砲弾が愛鷹を捉えた。

第三主砲が鈍い金属音を立てたかと思うと、爆発し偽装砲身を含めたすべての砲身が引きちぎられ砲塔が全壊する。

さらに一発が第一主砲前の高角砲を爆炎と共に粉砕した。

衝撃で三一センチ主砲での砲撃が出来なくなる愛鷹に、更なる砲撃が浴びせられる。

懸命に刀で砲弾を切り裂き、はじき返す。

このままでは、いつ愛鷹がさらに被弾してもおかしくはない。

何とか援護に入りたい青葉だったが、タ級とネ級改の砲撃が激しく、自分の事だけで手いっぱいだ。

経験の差がうまく生かせない事に焦りを感じながら青葉は主砲を撃ち放ち、逸れると修正して砲撃を続行する。

砲戦能力が落ちている夕張は、手負いのツ級に再度砲撃を加えて完全に無力化するが、無傷のツ級を残すこととなり、撃破後は無傷のツ級との撃ち合いでこちらも精一杯になる。

深雪と蒼月は手練れのネ級改と数の差を生かしきれず苦戦する。

直撃させても、ネ級改は被害を最小限にできるように動くので無傷ではないが戦闘、航行不能にさせられない。

動きが素早いので、深雪は魚雷の照準を合わせられず撃てない。

 

「このままでは消耗戦でこちらが不利に……」

離脱の機会を見つけなければ愛鷹が一瞬気をそらした時、ル級の砲弾が第二主砲の砲塔に命中した。

さっきより大きめの爆発が愛鷹の左腰で炸裂し、防護機能で防ぎきれないダメージが愛鷹の体を傷つけた。

左脇腹が焼け火箸を押しあてたかのように熱く、激しい痛みを頭につきあげてきて呻き声を上げて膝をつく。

意地で気力を振り絞った時、ル級が砲口を向けてくるがそこへ深雪の援護の魚雷が放たれ、一隻が一発の直撃で大破した。

「愛鷹、無事⁉」

援護に入った深雪は、左わき腹から激しく出血している愛鷹を見て目を剥いた。

それでも愛鷹はぎこちなくも笑って右手を上げた。

「……だ、大丈夫です……まだ戦え……」

 

その時かつてない程の大きな砲弾の飛翔音が愛鷹に迫て来た。

その砲弾の飛翔音に気が付いた青葉が着弾先にいる愛鷹を見た時、一二個もの巨大な砲弾が愛鷹に降り注ぐのが見えた。

咄嗟に刀で直撃弾を切り飛ばし防護機能を最大出力で展開するが、完全には防ぎきれなかった。

水柱の中で爆発が複数回発生し、愛鷹の悲鳴が爆発音に交じって響く。

これでもかと言う爆発音の後、愛鷹からの通信が途切れた。

 

「愛鷹さぁぁぁぁーん!」

蒼月が絶叫した時、彼女の艤装の機関部にネ級改の砲弾が直撃した。

機関部が爆発し、蒼月の華奢な体が突き飛ばされたように前に倒された。

「蒼月っ!」

深雪が蒼月の元に向かおうとするが、砲撃の至近弾が彼女の行く手を阻んだ。

「こんのぉぉぉぉーっ!」

夕張が残る砲門で蒼月を撃ったネ級改に砲撃を浴びせる。

青葉も加勢して、二人でネ級改を十字砲火で沈めにかかる。

ターンを繰り返してネ級改は回避を繰り返すが、夕張の執念の射撃が右足を捉え、動きが鈍ったところに青葉の左足にマウントしている第三主砲から発射された必中の主砲弾が命中すると、動きがさらに鈍った。

とどめの砲撃を青葉と夕張が何発も撃ち込み、ネ級改は撃沈された。

共同撃破の余韻に浸かる間もなく、夕張はしぶとく残るツ級に砲門を指向するが、更なる砲撃が夕張を捉え、損傷していた左の艤装の砲門全てが破壊された。

このままでは全滅してしまう……青葉の背中に冷たいものが走った。

愛鷹は黒煙に隠れたまま全く反応が無く、蒼月は力なく海面に倒れ伏している。

被弾した艤装からの出火への消火はまだ済んでいない。

気を失っているだけなのか、動けないのかさっぱり分からない。

確認する暇が無いのだ。

(こちらスカイキーパー、愛鷹応答せよ、愛鷹応答せよ、何があった⁉ 

更なる敵増援を探知。

敵はネ級改二隻、ル級後期型二隻、ツ級一隻、駆逐艦一隻を確認。

全てflagshipクラス! 

参照点より方位二-五-七。

さらにタ級二、駆逐艦四隻の別働隊が方位〇-九-〇より高速で接近!)

「この忙しい時にさらに増援だって⁉ 

あたしら殲滅されるぞ!」

「しかも……挟撃……され……てる……」

被弾して酷く痛むらしい体を引きずるように、夕張が途切れ途切れに言う。

退路を断たれた……その絶望的な状況が第三三戦隊を襲っていた。

 

「くっ……」

どうすればいいだろう、何か考えなくてはグリップを握りなおしながら青葉が乾ききった唇を舐めた時、深雪がツ級の砲撃の直撃を受けた。

持っていた連装主砲が直撃で爆砕され、深雪の対水上兵装が失われた。

「ち、チクショウ、主砲を失った! 

ヤバいぞこいつら、流石にケツに火が付いたぞ!」

 

その時、また巨大な砲声と飛翔音がしたかと思うと深雪と青葉、夕張に巨大艦の放った砲弾が降り注いだ。

今度は比較的散布界が広かったが、直撃しなくても着弾時の凄まじい爆発と爆風が三人を薙ぎ払った。

 

悲鳴を上げる間もなく青葉も吹き飛ばされ、海面を派手に転がった。

艤装からは非常警報が鳴り響いている。

第一第二主砲の砲身が折れてしまっており、第三主砲も桁外れの敵主砲弾の爆発の衝撃の影響で故障だ。

夕張は動けず唸っており、深雪は目を回して大の字に倒れている。

今航行可能なのは、青葉一人だけだった。

青葉は身を起こし、立ち上がろうとして動けなくなった。

残るツ級一隻、ル級二隻、タ級一隻、巨大艦一隻の艦隊がたった一人動ける状態になったままの自分に向かって接近してくるのだ。

唐突に青葉は恐怖に襲われた。

死への恐怖、強大な戦力への恐怖、そして桁違い過ぎる巨大艦の火力への恐怖。

「こ、ここまでなのですか青葉も……」

震える声で青葉は呟いた。

いやだ、死にたくない……死にたくない……青葉は……私はまだ死にたくない……!

無駄だと分かっていながらも、尻餅をついたまま後ろへと下がる。

主砲を置き去りにしても、ローファーが片方脱げても構わず後退する。

「いやだ……嫌だよ……私は死にたくないよ……」

泣きながら後退していた時、(……くない……)とかすれそうな声が聞こえて来た。

はっと青葉はヘッドセットに手を当てた。

(死に、たく……ない……死に……たくない……死にた……く……ない……)

 

途切れ途切れの声、消え入りそうな声で愛鷹が繰り返している。

生きてはいるが、尋常ではない傷を負っているのは確かだ。

(こんな……ところでまだ……私は……死にたく……ない……まだ……)

悔しそうにつぶやき続ける愛鷹だが、恐怖で動けない青葉にはどうする事も出来ない。

(……こんな……ところ……で……)

再び愛鷹が呟いた時、ガシャンと深海棲艦の主砲が動けなくなっている青葉たちに向けられた。

巨大艦は全砲門を愛鷹に向けていた。

今の愛鷹には避ける術は全くない。

完全に動けない愛鷹の赤い視界に巨大艦の顔が見えた。

くわっと嗤って主砲の砲口を定めていた。

 

その時いきなりツ級とタ級が爆発して一瞬で艤装をすべて破壊されて無力化された。

二隻が激しく炎上しながら傾き始める。

青葉と深海棲艦艦隊がはっと空を見上げた時、ジェットエンジンの甲高い音を立てて橘花改が四機飛び去った。

 

(味方が来たぞぉぉぉぉーっ! 

特別混成護衛艦隊七隻が到着しました!)

 

スカイキーパーから歓喜の声が上がった時、動けない第三三戦隊五人の頭上を爆装した橘花改が何機も通過して行き、目の前の敵艦隊に爆弾を投下し、別の飛行隊が後方の敵増援艦隊へと飛んでいく。

 

(こちら特別混成艦隊旗艦大和、第三三戦隊の皆さん、応答を願います!)

「大和、さん……」

助かった……? 

全く実感が沸かない現実が訪れたのを青葉が感じた時、聞き覚えのある砲声が飛来した。

大和の五一センチ主砲の砲声だ。

「Fire! Fire all!」と喚く金剛の声と共に、四一センチ主砲の砲声も聞こえてくる。

たちまち目の前の深海棲艦艦隊が、特別混成護衛艦隊から放たれた砲撃の嵐に呑み込まれた。

 

(こちらライトニング3-1、IP確認。

爆弾投下、五秒後に着弾!)

(ジェスター2-5、目標を捕捉! 

対地速度三〇〇、ル級改に爆弾投下!)

(第三三戦隊へこちらオーディン6、爆弾投下! 

デンジャークロース、デンジャークロース)

(オーディン6-2、爆弾投下!)

 

橘花改のパイロットたちの無線音声が聞こえたかと思うと、爆弾が投下され敵が次々に爆発して炎上し、いくつかは早くも海へと沈んでいく。

大和の艦砲射撃が巨大艦に当たるが、致命傷を与えるには至らない。

しかし周囲のル級は金剛の攻撃で甚大な損傷を受け、よろよろと後退していく。

 

(大和……やま……と……)

「大和さんが来てくれましたよ、愛鷹さん。

助かったんですね、青葉たち、信じられない気分です」

(……めない……)

「はい?」

青葉が愛鷹に聞き返した時、愛鷹ははっきりと言った。

 

(……あんな奴……私は……認めない……わた……し……認め……)

 

それっきり愛鷹は青葉からの呼びかけに出なくなった。

「敵が撤退していきます!」

矢矧の声が響き、「蒼月さん、蒼月さん、しっかりして下さい!」「夕張さんが重傷、これは拙いっぽい。早く手当てを!」「深雪は軽傷だ、伸びているだけだよ」「見慣れない艦娘は意識が無い。動脈から出血している! でもまだ脈はある!」「『しれとこ』、カモンカモンカモン! ハリー、ハリー!」と駆け付けた涼月、夕立、時雨、伊吹、金剛の声が続いた。

第三三戦隊の状態を確認した大和はこちらに向かって来る「しれとこ」に「重傷者三名、軽傷者二名。敵は撤退しました。重傷者一名は動脈が切れて出血多量、緊急手術の必要があります、用意を」と一報を入れると、自分達の到着まで奮戦した第三三戦隊を連れて「しれとこ」に帰投した。

 

 

初出撃と揚陸艦「しれとこ」の防衛でボロボロになった第三三戦隊が「しれとこ」で日本に帰りついたのは、それから二日後の事だった。




遅まきながらようやくオリジナルキャラの一人、伊吹の登場回となりました。
彼女の「艦娘は深海棲艦が深海棲艦の為に作った存在」はゲーム「バトルフィールド3」でアメリカ海兵隊のデビット・モンテス軍曹の「アメリカはテロリストがテロリストの為に建国したんだ」を引用しています。
個人的にはエセックス級空母のUSS「アンティータム」や艦これにも実装されているUSS「イントレピッド」の史実の姿を逆輸入し、さらに自分なりのアレンジを加味したキャラと空母です。
今回アニメなど様々な作品に登場している大和や公開が予定されているアニメ二期のメインキャラの時雨、矢矧、登場する立場は不明ですが涼月も登場を果たしました。

今回第三三戦隊が対決した巨大艦はモチーフが「巨大艦、圧倒的火力、圧倒的防御力、それから来る絶望、禍々しさ」です(宇宙戦艦ヤマト2202のアンドロメダのコンセプトに若干似たところも)。
愛鷹達がこの強敵とどう対抗するかが書き手としても楽しみであります。

残念ながらモブの鮎島さんには今回で退場となります。

そろそろ流血、ドンパチから多少離れて少しは明るい内容の話も書きたいところなんですが……。
では、また次回に。


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第一〇話 準備期間

ドンパチから少し離れられるか……。
近々またキャラ紹介を書きます。


「面会できないだと? なぜだ?」

基地の病棟に見舞いの花束を手に訪れたガングートは眉間に皺を寄せて江良に聞いていた。

「まだ意識が戻っていないんです。

主砲塔の爆発に、巨大砲弾の至近弾の破片、爆風で動脈を切る、内出血、肋骨他数か所を骨折、肺や臓器のいくつかも甚大なダメージを受け、再生治療で再生しないといけない傷だらけ。

生きていたのが奇跡ですよ。

おまけに血液型が随分珍しいタイプだから輸血も難しく……」

「血液型が?」

「ええ。

だから他の艦娘から献血して貰おうと、データバンクを血眼になって探したら、一人だけ成分が近いのがいました。

その人が拒否した時に備えて、強制献血できるよう武本提督に許可して貰ってから頼んだら、すんなり引き受けてくれたので助かりましたけど。

医者としてかなりの博打打の輸血を行ったので、拒絶反応が全く起きず、ちょっと不思議なことにはなりましたけど」

「その献血を頼んだ相手とは?」

「大和さんですよ。

結構血液を提供して貰えて助かりました」

かなり安堵した顔で江良は言った。

 

そう言えば、あいつこの間久々に随分食べていたな……と、食堂で大和が久しぶりに大食いをしていたところを見たのをガングートは思い出した。

出撃疲れかと思っていたが、確かに献血は体力的に来るところがあるから、血を作る為には食べるのが一番だった。

「そうか、分かった。

夕張や秋月型の細いのは?」

「夕張さんはもう目が覚めて、明石さんや三原さんに頼んで録画していたアニメを見るか、工学書を読んで過ごしてます。

蒼月さんは昨日目が覚めました。

少し記憶障害が出ていますが、脳波に大きな異常はないので記憶障害は数日で治るでしょう。

秋月姉妹がよく見舞いに来ていますよ。

青葉さん、深雪さんは軽傷でもう退院済みです。

青葉さん、集中治療室をこっそり覗こうとして、摘まみ出したことがありました」

「次席指揮官だからな、心配なのだろう」

「だといいんですけどねえ。

あの子はパパラッチですから」

苦笑を浮かべて言う江良にガングートもつられて笑った。

自分も青葉にあれこれ詮索されて、辟易したことがあった。

妹も妹ではあるが。

「分かった。

これは私からの贈り物だと、あいつに言ってやっておいてくれ。

見舞いと初陣祝いだ」

そう言ってガングートは江良に花束を渡した。

「分かりました、伝えておきます」

「よろしく頼む」

そう言ってガングートは病棟から出ていった。

 

江良は花束を抱えて集中治療患者病棟の個室の一つに入った。

心拍計の電子音だけが音を立てているかのような部屋で、体中が痛々しい程包帯に巻かれた愛鷹がベッドに横になっていた。

ホント、あれほどの傷を負ってよく生きていたわこの子。何者なんだか……。

江良は愛鷹の寝顔を見ながら、サイドテーブルの花瓶にガングートからの見舞いの花束を入れた。

 

 

(至近弾だけでもこれほどの大怪我を負うとは、早急な対策が必要となるな)

モニター越しに国連海軍総司令官のネイサン・デーン元帥が深刻な表情で言う。

デーンの傍らにいる参謀長の九条龍作(くじょう・りゅうさく)大将が、タブレット端末に表示しているデータを見て口を開いた。

(スプリングフィールドや青葉、それに前日交戦したユリシーズら交戦した艦娘からの詳言、レポートはすべて読ませてもらった。

巨大艦の防御力、機動性、そして超甲巡や実験巡を至近弾複数だけで撃破する大火力。

恐らく海軍始まって以来の最大の脅威だな。

大和型の火力でも倒せないとも言うようだな)

「イエッサー」

武本は普段からは考えにくい程の表情で答えた。

「しかし深海棲艦でも巨大艦の運用には手間がかかる事は分かりました。

徹底的な殲滅を図るなら、もう一隻か確認している三隻をすべて投入しても別に不思議ではない。

なのに、一隻だった理由。

奴らにとってもあの巨大艦の運用には、大きな手間がかかると言う事かと」

(その可能性については私も同じだ。

前線展開泊地棲姫と言えど、大量の防衛艦隊とあの巨艦を維持するのには相当な負担のはずだ。

そこが我々のつけ込む隙だといえる)

そう言うデーンに武本は、話の分かる司令官だ、だから長い事やっているわけだが、と智将の名を持つ総司令官を評価していた。

 

(この泊地を殲滅できれば、日本へのシーレーンの安全確保は確かなものになるだろうな。

既に民間船舶会社からは巨大艦出現の事が漏れて動揺が広がりつつあると言う情報が来ている)

タブレット端末を見ながら言う九条の顔を見て、武本はその情報を集めたのは有川であることを一発で見抜いていた。

有川は情報戦分野担当だし、民間船舶会社の反応を探るのは朝飯前と言うよりも簡単だ。

小遣い稼ぎ気分で出来る仕事だっただろう。

やる時は汚いやり方も辞さない大馬鹿野郎だからな……昔から世話が焼ける奴だ。

 

(海軍本部で協議の結果、この新型深海棲艦は新名称を『巨大艦ス級』と呼称することになった。

まだ不明な所は多いが、早急な対処は必要だろうな)

「小官としては沖ノ鳥島海域への攻撃作戦について、小官に一任してもらいたい所存です」

(許可する。

君の好きにやって構わん。

必要なら私が各方面に話を付ける。

ただし一つ条件がある)

「条件?」

(君の信念を見失わない事、それだけだ。

以上だ、健闘を祈る)

「はっ」

 

モニターからデーンと九条の姿が消えると、武本はデスクの上のボタンを押して窓の遮光シャッターを開けた。

真っ暗にしていた部屋に晴天の日差しが差し込んできた。

「さて、ここからが正念場か……」

椅子を回して窓側を向いて立ち上がると、窓辺に歩み寄った。

「巨大艦ス級、か……。

これ程の脅威が来たとは……まあ、とっくに予測済みだがな……」

窓辺から見える海を見つめて言った時、突然武本の視界が歪んだ。

「⁉」

立ち眩みがして椅子に座る。

疲れかと思った時に、突然頭の中にあの時の光景が蘇った。

 

 

(四番艦「せとづき」より入電! 

我機関部に被弾、航行不能、機関部に被弾、航行不能!)

(三番艦「あかしお」被弾! 

大破炎上、行き足止まります!)

(五番艦「ほたか」轟沈を確認、生存者確認できず!)

(敵艦、本艦左舷に展開中)

(旗艦「あまぎ」と残存艦を護れ! 

最悪本艦が盾になるぞ)

(敵発砲、砲弾多数来る!)

(CIWS、撃ち落とせるか!?)

(駄目です、的が小さすぎます!)

(くそ、当たるぞ。

衝撃に備え、衝撃に備え!)

(被弾、被弾、四分隊応急班。

ダメージコントロール状況知らせ!)

(艦体に大激動! 

第二装薬室付近、及び機関室に被弾!)

(駄目です、機関制御室壊滅!)

(第五区画浸水止まりません!)

(反対区画に注水しろ!)

(ヘリ格納庫、後部VLS発射系統にも被害!)

(排水諦めろ、退避ーッ!)

(第一、第二煙突が跡形もなくなっています!)

(防火隔壁がやられた! 

応急班第二班応答なし!)

(弾庫に引火させるな!)

(前部VLSにて火災! 前部VLSにて火災!)

(VLS注水、消火しろ!)

(後部CIWS、二二番砲沈黙!)

(こちら七番艦「ふゆかぜ」、主砲を失った! 

また敵弾を食らったら終わりだ!)

(こちら六番艦「きりしお」被弾した、被弾した! 

戦域から離脱、離脱する!)

(艦体がやられた、こちら七番艦「ふゆかぜ」。

艦を放棄、艦を放棄する!)

(さらに被弾! 

CICとの連絡が途絶! 

主砲五一番砲が大破)

(早く防水ハッチを締めろ!)

(排水ポンプ三番が停止!)

(航海長、副長と艦長が戦死。

射撃システムダウン、機関も全滅、戦闘航行不能です)

(総員離艦! 

離艦部署発令!

全員離艦だ、救命ボート、筏を展開しろ! 

今すぐ全員、艦から退艦するんだ!)

(了解ッ!)

(メーデー、メーデー、メーデー、こちら護衛艦「あきつかぜ」、全チャネルにて一方通信。

艦長代理は総員離艦を発令。

メーデー、メーデー、メーデー、「あきつかぜ」は総員離艦する!)

(総員離艦だ、急げ!)

(ギャッ⁉)

(助けてくれぇぇぇぇーッ!)

(うわぁぁぁぁーッ!)

(熱いッ、熱いよぉッ!)

(お母さーんッ!)

(嫌だ、死にたくない! 

こんなとこで死にたくねーよッ!)

(航海長ォォォォーッ!)

 

 

「あぁぁぁぁーっ!?」

奇声を上げて武本が目を覚ますと、金剛が自分の顔を膝にのせ抱えこんで涙顔で覗き込んでいた。

隣には長門や陸奥、赤城もいた。

「テートク⁉ 大丈夫デスカ⁉」

「物凄い汗ですよ!?」

「しかも酷い息遣い」

「金剛さんがのた打ち回る提督を見つけたので、慌ててきました」

「あ、あ……」

気が付くと息をすること自体が難しい程、呼吸が乱れ切っていた。

体中がまるで水に浸かっていたのかと勘違いするほど汗で濡れきっていた。

あの光景……。

 

「また見ちまった、オレは! 

忘れたはずだったってのに、チックショウ、チクショウ、クソッタレ!」

 

周りに金剛や長門らがいるにも拘らず、突然武本は普段の口調ではなく荒れた口調で喚き散らすと、急に無性に悲しくて溜まらなくなり、子供の様に大声で泣き出した。

普段の姿からのあまりの豹変ぶりに長門、陸奥、赤城は固まってしまう程驚いた。

ただ金剛だけ武本をそっと抱きしめて、「大丈夫デスよ、テートク」と呼び掛けていた。

 

暫くしてようやく落ち着いた武本は、金剛の淹れた紅茶を飲んでいた。

「また、あの時をですか……」

長門の問いにやつれきった顔を上げた武本は、「ああ……」と短く答えた。

何度目か分からない溜息を吐いて頭を抱える。

「すまない、無様なところを見せてしまって……」

「いいんですよ。

とてもつらい思いをされたのは、私たちも分かっていますから」

「すまないな、赤城くん……」

「谷田川さんには後で私からお話しておきます」

「ああ、お願いするよ陸奥くん」

 

武本が見たあの光景。

彼が少佐だった頃に乗り込んでいたミサイル護衛艦「あきつかぜ」の最期の時の光景だ。

日本艦隊第一艦隊第一護衛隊群の一隻の「あきつかぜ」は、能登半島沖での深海棲艦との戦いで、第一護衛隊群旗艦を含む僚艦七隻と共に撃沈された。

火達磨になった「あきつかぜ」から脱出(と言うよりは爆発した「あきつかぜ」から吹き飛ばされた)できたのは武本を含め三人だけ。

その三人も漂流中怪我が元で力尽き、全員撃沈された艦の仲間の後を追い、「あきつかぜ」の生存者は武本一人だけだった。

それどころか武本は八隻の艦隊唯一の生存者だった。

 

一二時間近く漂流して彼も力尽きかけたところを、捜索に出た友軍の救難ヘリに発見され救助された。

救助後、武本は三年近く極度の鬱状態や重度のPTSDに苦しめられた。

 

あれから大分経つが、今でも時々うなされる。

だがここまで酷くなったのは久しぶりだ。

武本のこの過去を知る艦娘はごく少数だ。

「ああ、そうだ。

君たちに伝えておきたい事がある」

一同が自分に視線を向けて来る。

武本は本部から沖ノ鳥島海域の前線展開泊地棲姫及び敵巨大艦ス級、敵大艦隊撃滅の実行許可を得た事を話した。

「ス級、ですか? 

いろは数えで最後の文字。強敵と言う事ですね」

「赤城くんの言う通り。

至近弾だけで夕張と青葉、深雪を纏めて無力化した。

防御力が比較的あった愛鷹は生きているのが不思議なほどの傷だ」

「愛鷹?」

聞きなれない名前に赤城が首を傾げる。

まだ直に会っていないし、大所帯の日本艦隊では新任が来た時に全員に伝わるには、最大で二週間かかることも普通だから別におかしい反応ではない。

 

愛鷹がどんな人物かを陸奥が説明すると赤城は「変わった子ですね」と謎が多い愛鷹に軽く驚いた。

聞いていた金剛も「ミステリアスなイメージの子でしたヨ」と付け加えた。

援護に来た時に、重傷を負った状態だったとはいえ金剛は見たことがある。

 

「でも何故そこまで自分を隠すのでしょう。

誕生日すら分からないなんて」

「詮索は出来ん。

誰にでも知られたくない過去もあるからな。

秘匿率の多さは確かに異常だが、そこは受け止めておくしかないだろう」

腕を組んだ状態で長門が言った。

「話を戻してもいいかな?」

武本に尋ねられた一同は頷いた。

「敵の戦力なんだが、前線展開泊地棲姫となると空母、戦艦中核部隊だけでも一〇個群は運用できる。

支援部隊の展開状況も相当なもののはずだから、敵は水上水中の総数が一〇〇隻を超えるかもしれない。

第三三戦隊が交戦した戦力が全てflagshipクラスだったことも考えると、構成艦はflagshipクラスが主力艦と見るべきだろう。

強敵中の強敵だ。

この基地の総力を挙げた攻撃作戦になるだろう」

「地方基地の艦隊戦力は?」

長門の問いに武本は「可能な限り召集だ。集められる限りの戦力が必要になる」と答えた。

「ただ敵の戦力再編前に仕掛けるべきだから、準備期間は出来るだけ早くに終わらせたい。

時間をかければかける程、敵の脅威度は上がるし防備も強固になるはずだ。

今作戦では私に一任されているから、話がついたら海外艦隊も参加してもらう」

「久々の統合作戦ですね。

それもかなりの規模の。

提督泣かせですね」

苦笑交じりに陸奥が武本を見た。

「それが私の仕事さ」と返して紅茶のカップに口を付けた。

これほどの統合作戦(ジョイントオペレーション)は武本泣かせの計画立案になる。

残業に次ぐ残業になる事は間違いないだろうし、寝不足になる事は確定だ。

とは言えこれが武本の今彼が出来る唯一の仕事だ。

艦に乗って戦う術を失った男の出来る戦い方だ。

 

「作戦詳細については、後々みんなの手を借りることになる。

その時はよろしく頼むよ」

「イエス、あ、テートク。

一つお願いがアルネ」

「なんだ?」

「悩みがあったら、いつでも私たちに相談してネ」

金剛の言葉は長門、陸奥、赤城の言葉も代弁してのものだった。

迷いはあったが、しばしの沈黙の後武本は頷いた。

 

 

その日の夜、巡洋艦寮では青葉の全快祝いが行われた。

参加したのは衣笠、古鷹、加古、熊野、鈴谷だ。

酒が苦手な青葉の事も考えて、飲み物はジュースやお茶になった。

青葉は大勢の友人が自分の被弾を心配してくれたことに感謝し、父島での生活の土産話をした。

 

「あそこでの魚料理は美味しかったよ。

蒼月さんがパクパク食べてた」

「魚料理好きなんだ。

あんま一緒に仕事したことないから分かんなかった」

「お刺身も美味しいですわね。

トロは大好きですわ」

「私もトロ好きだよ。

イクラもいいし、ネギトロも好きかなあ」

「肉料理は無いの?」

「あったよ。

ただ備蓄品には限りがあるから、いつもは出なかったけどね。

魚料理は食べ放題だったから、ガサもきっと魚料理好きになれると思うよ」

「衣笠は小骨が苦手だったな」

「加古も昔前歯に詰まって大騒ぎしてたけど、覚えてる?」

 

食の話の他に日本では雨が降った一方で、父島では快晴が続いていたことの話に衣笠が羨ましがったので、「ガサは雨女だねえ」と青葉は茶化した。

悔しい衣笠は「そう言えばこの間青葉の寝顔の写真撮ったんだけど誰か見る?」とスマートフォンを出して逆襲を仕掛けると、青葉は慌てて「わ、ガサ、やめてよぉ!」と衣笠のスマートフォンを奪おうと手を伸ばしたが、「うっそー」と衣笠はにやっと笑った。

青葉の自分が写真(特に衣笠)を撮られる事を嫌がるのは皆知っているし、同室の衣笠は青葉の寝顔などプライベート写真をこっそり撮ってばら撒いたりするので、下手に衣笠を刺激すると大概青葉は自爆する。

 

「そう言えば青葉に聞きたいことあったんだけどさ」

話題を変えようと衣笠は青葉に向き直った。

「青葉の上司の愛鷹ってどんな人なの?」

「あー、愛鷹さんのこと。

まあいつ聞かれると思ってたからなあ。

分かっていることは一応話すよ」

「分かんない事はわかんないじゃん」

鈴谷が軽く突っ込んだ。

「愛鷹さんは、んーそうだねぇ、簡単に言うなら冷静沈着、とても物静かで優しい人だよ。

射撃がとってもうまくて、命中率は百発百中。

刀の使いがとてもうまくて、天龍さん以上の腕前があるかも」

「天龍を超える腕? 

どんな感じなんだ」

そりゃ凄い話だなと、加古が身を乗り出してくる。

「砲弾弾きの速さかな。

指先だけで刀を回して機銃掃射を全部弾いて、撃ってきたタコヤキを返り討ちにしてたよ」

「機銃掃射を全部? 

それは凄い」

右目を見開いて古鷹が驚いた。

「どんないでたちなのです?」

熊野の問いに、青葉は父島への移動中に撮れた写真を出した。

「これが愛鷹さん。

すごく写真嫌いみたいで、今のところこれしか撮れてないんだ」

「背たっか、あたしらよりも頭一つチョイは上じゃない?」

「靴のヒール抜きでもそれはありそうね」

「顔、よく見えないな。

イルカを見て楽しそうなのは分かるけど、素顔が全然見えない。

顔は見たの?」

「うーん、見ての通りすごく目深に制帽被っているからよく分からない。

コートも滅多に脱がないから、体格もよく分からないけどダイエット歴ゼロだって」

その言葉に一同は「えーっ!?」と仰天した。

まあ、そう言う反応だよね。

そう思いつつ「でも愛鷹さんはその事に触れられるのが凄く嫌らしいから聞かない方がいいかも」と返す。

「え、何で何で?」

「分からないよガサ。

あと、はっきりとは分からないけど、何だか昔随分、んー、物凄く苦労したり辛い目に遭ったみたい」

「それは、まあみんな誰かしらなんか嫌な目に遭っているだろうけど」

「青葉の直感だとね、多分死にかける程苦労していると思うよ」

「私もそう思いますわ。

この笑い方で分かりますもの。

初めてこれほど自然に笑えたことはないっ、てお顔ですわ」

 

熊野の言う事は確かだ。

あの笑みは本当に楽しそうなものだったし、青葉も愛鷹にとって初めてあんなに楽しい気分になった、のだと分かった。

 

「彼女の生い立ちはきっと籠の中の鳥だったのでしょう。

いつも周りは冷たくて、でも自分を見失う事は無かったとても芯のお強い方」

「熊野の言う通り。

瑞鳳さんを爆撃から庇った時、左腕を骨折しても涼しい顔でそのまま砲戦までしたんだって」

「すげータフじゃん。

骨折ってちょー痛いし」

「分かるなあ、あたしも手首折った時、死ぬほど痛かったの覚えてるもん」

「あれは戦闘中じゃなくて、階段から転げ落ちてでしょ」

「うげ」

悪戯っぽく笑って古鷹は加古に突っ込んだ。

加古はいま一つ、姉の古鷹に頭が上がりきらない。

「あとね、結構なジャズファンみたいだよ。

聞いている所を何回か見た事あるから」

「盗み見ではなくて?」

「人聞き悪いですよ熊野」

「青葉の事だから、大体そうじゃないの」

「ガサまでえ」

「ジャズって面白い趣味してんじゃん。

あんま聞かないから、どんな曲が有名か知らないけど。

まー、さ、ゲームでもしよ」

「お、いいですねえ」

そのあと鈴谷が用意したテレビゲームで一同は盛り上がった。

 

 

様子を見に病室に入った江良は、ベッドの上で上半身を起こした格好でぼーっとしている愛鷹を見つけた。

「目が覚めたのね」

目が覚めただけでなく、体がここまで動かせるほど元気になっているのが嬉しく笑顔で言ったが、愛鷹は生気の無い視線を向けて来ただけだった。

コテンパンにやられてしまったのがとても悔しいのね、と思った江良は「良かったわね。生きて帰ることが出来て」と声をかけた。

愛鷹は自分の包帯が巻かれた手を見て、拳を握ったり指を広げたりを繰り返した。

「なぜでしょう……なぜ私は今生きているんでしょうね」

「大和さん達のお陰よ」

「大和……私の体に、あいつの血を入れましたね?」

憎々し気な口調。

さーっと背筋が冷えそうになるのを感じながら江良は「そうだけど。輸血できる血液型が大和さん意外近いものが無かったのよ」と解説する。

ぐっと拳を握り締めた愛鷹は、吐き捨てるように言った。

「誰かの血が入ること自体、凄く嫌いなのに……なんであいつの……」

「え……」

どうしてそこまで、いや……愛鷹さんは大和さんの事に好印象を全く抱いていない?

初めて聞く彼女の憎しみに満ちた話し方。

なぜだろうか。

助けてくれたことが、逆に愛鷹の自尊心を大きく損ねたのだろうか。

プライドの高そうなイメージが全く無かっただけに、江良の驚きは大きい。

 

しかし、なぜ輸血した相手が大和だと分かった? 

輸血パックを愛鷹は見ていないはずだ。

昏睡状態だったのに。

驚きの目で見られている事を無視している愛鷹は、ぎりりと鳴るほど強く拳を握りしめた。

 

そして涙を流し始めた。

「輸血されるなら人工血液が良かった……自分が自分の力で血を作り出して自分の体にいきわたるまで……人工が良かった……」

「ここにはストックが丁度なくて。

大丈夫よ、すぐにあなたの体に流れる血は、あなた自身が作り出した血で満たされるわよ」

「でも、あいつの血を取り込んでしまったことに変わりはない……私は嫌だった。

だけど私の体は頭の考えに反して受け入れてしまった。自分が自分を裏切った気分。

この苦しみをまた……私は……」

悔し涙を流す愛鷹を見れば分かった。

屈辱的な敗北を喫した人の姿だ。

 

しかし、一体どういう理由があって、ここまで打ちのめされるのだろうか。

やはり余程巨大艦に完全敗北したことが悔しくて、大和にやり場無き怒りをぶつけているだけだろうか。

だとしたら少し錯乱しているのだろうか。

江良にはそう言うようには見えなかった。

何度も心、体に傷を負った人間を見て来たから分かる。彼女は今、しっかりと正気を保っている。

聞く時が来ているのかもしれない、そう思った江良は意を決し愛鷹に声をかけた。

「……愛鷹さん」

「ええ。

気になるんですよね、私の正体が?」

見透かしていたように言う愛鷹に江良は頷いた。

「ええ、医者として凄く気になるわ。

口外はしないって約束するから、私には教えてもらえないかしら。

あなたの正体と過去を。

話してくれれば、貴方の心の重荷が少しだけ軽くなるかもしれないわ」

 

長い、長い沈黙。

複雑な事情がある事は予想できる。

だが一人抱え込んでいても人は前に進めない。

愛鷹は頷いた。

「いいでしょう。

その代わり、口外はたとえ拷問されても言わないって誓えますか?」

「ええ、誓うわ」

「メモも録音も録画も一切なしです。

他の皆さんにも極秘です」

「承知しているわ」

江良の答えに安心したか、愛鷹は深い溜息を吐くと自身の正体と過去を江良に初めて打ち明けた。

その内容に江良は言葉を失った。

 

 

またまた厄介な任務が来たものだ……そうぼやきたい気分になりながら、北米艦隊日本駐屯艦隊のガトー級潜水艦トリガーは通信アンテナをしまうと、生命維持装置の状態をチェックした。

バッテリーよし、ソナーよし、酸素よし、と指さし確認する。

「さて、じゃあ潜るか。

ダウトリム一〇、前部ツリムタンク注水、潜横舵下げ舵、ベント弁解放。深度二七、方位一-八-〇」

行くぞ、「しつこい潜水艦娘」の出番だ。

 

 

帰還後第三三戦隊は、戦力再編の為当分出撃しないことになったので深雪と瑞鳳はしばらくの間、基地防衛艦隊に編入となった。

編入期間は不明だが、愛鷹が回復次第第三三戦隊へ復帰できるはずだ。

深雪と瑞鳳は、基地防衛艦隊第一群に組み込まれた。

防衛艦隊の編成は外洋艦隊とは違い基本八隻編成だ。第一群は瑞鳳の姉妹艦祥鳳を旗艦として瑞鳳、軽巡名取、深雪と姉妹艦初雪、白雪、睦月型望月、弥生で編成されていた。

「まーた暇人になっちったの深雪」

「一番暇人やってるもっちーに言われたかねえよ」

艦隊を組んで哨戒任務に出撃すると深雪は望月に冗談を言われ、深雪もちょっとした皮肉で返した。

瑞鳳は第三三戦隊で唯一無傷のまま帰還しただけに、祥鳳から褒められて少し得意気な気分になっていた。

 

第一群は時々伊吹の航空団の模擬射撃演習相手になった。

伊吹の要望からだ。

瑞鳳は快諾し、祥鳳も練度向上に役立つと承諾した。

伊吹の航空団は、伊吹曰く「私と同じく所詮新人」と語る割には橘花改を使いこなしており、深雪は模擬対空射撃をしながら「沖ノ鳥島で戦ったタコヤキが可愛いぞ」と随分驚いた。

タコヤキ相手に健闘した瑞鳳の航空団の戦闘機隊はそこそこ互角に渡り合ったものの、祥鳳の航空団は一蹴されてしまった。

対空射撃も深雪以外はまともな至近弾が出ない。

「深雪さんは一体どういう実戦を経験されたのですか」

演習が終わると、よく白雪は深雪の戦い方に興味津々で聞いてきた。

対抗相手の伊吹は深雪と瑞鳳に目をかけている様で「いい演習相手が見つかって嬉しいです」と礼を言ってきた。

 

深雪と瑞鳳が基地防衛艦隊に配備されて数日後、青葉、衣笠、古鷹、加古の第六戦隊、曙、潮、朧、漣が配備されて第三群が編成された。

第一群と対抗戦をした伊吹は一週間後、第五特別混成艦隊に配備された。

第五特別混成艦隊には伊吹の護衛艦艇として重巡鳥海、愛宕、駆逐艦天霧、第一群から転属した白雪、初雪が編入され、来たる沖ノ鳥島海域への攻撃作戦に備えて艦隊運動や対空戦闘演習が入念に行われた。

船団護衛艦隊が通商破壊戦を仕掛けて来た深海棲艦艦隊と小規模な戦闘を行った以外、しばらく平和なひと時が訪れた。

その間に夕張と蒼月が退院したため、武本は第三三戦隊を次席旗艦の青葉に任せて再結集させた。

同じ部隊にいられた期間が短かったことに第六戦隊、特に衣笠が寂しがったが青葉に「二度と会えない訳じゃないから」と言われると気を取り直し「今度は被弾しないでね」という言葉と共に送り出された。

 

青葉を臨時旗艦とした第三三戦隊は、練度維持のために愛鷹抜きでの自主トレーニングに励んだ。

前回の戦いでは苦戦を強いられただけに、次は負けないと言う意気込みで一同は演習に精を出した。

水上戦闘演習から対空戦、対潜戦闘まで。

練巡の香取や香椎らに指導も頼んで指導評価も受けた。

 

ある日の夕方、演習を終えた一同が基地に戻った時瑞鳳が思い出したように皆に聞いた。

「ところでさ、あたしたちも沖ノ鳥島海域への攻撃作戦に投入されるのかな」

「総力戦になるから投入されるんじゃねえの? 

どういう仕事になるか分かんないけど」

「でも愛鷹さん、まだ退院できてませんね。

私は瀕死の重傷で絶対安静が必要と聞きましたけど……」

「青葉は何か聞いてないの?」

「江良さんが中々教えてくれないんですよ。

青葉も最近少し忙しかったので何とも。

今日病院に伺ってみますよ」

「今度、みんなでお見舞いに行こうぜ。

あ、そうだ青葉。

病院行ったらさ、愛鷹に好きな食べ物聞いて来てよ。

みんなで作って持って行こうぜ」

「分かりました、青葉にお任せです」

一同は装備を返却した後寮に戻り、青葉は演習レポートを書きあげると第六戦隊仲間と夕食をとった。

面会終了時間までは余裕があるうちに、と食事を終えたらその足で病院へと向かった。

 

最近は重傷を負う艦娘も少ない為、病院内は人気が少なかった。

夕食後なので外は真っ暗になっており、廊下は電灯がついている。

人気が少ない夜の病院を一人歩くのは戦場で感じるものとはまた別の怖さがあった。

青葉が以前調べたところでは、この病院は昔深海棲艦との戦いで負傷した兵士たちが大勢治療を受けた場所でもあり、手当ての甲斐なく死亡したものは数知れなく、手足を切断せざるを得なかった人もいたと言う。

その為もあってか、実は怪談騒ぎや幽霊騒ぎがよく起きたと言う。

その事をうっかり思い出してまった青葉は、足を止めて後ろを振り返った。

勿論誰もいない。

ただ何となく気になってしまうのだ。

歩いている時は自分の足音しかほとんど聞こえない所のような場所だ。

「なんでもない……なんでもない……」

ガサに見られたら笑われるなあ、でも肝試しの時一番弱いのもガサだけど。

以前六戦隊仲間でやった肝試しで、最下位だった衣笠の顔を思い出して青葉は無理に笑った。

結構前の話だ。

まだ衣笠が改二になる前で、髪型がツインテール、制服が自分と同じだった時だ。

それを思うと古鷹と加古も、まだ改二どころか改にすらなっていなかった。

そもそも当時六戦隊で改装を受けて改になったのは青葉のみだった。

改になると衣笠はキュロットからスカート、ローファーから黄色サンダルに少し衣装替えした。

改二になると衣笠は両手には黒手袋をはめて、髪は下ろし、サンダルの色は灰色にするなどまた服装を変えた。

古鷹と加古は改二になると髪型から制服が随分変わっただけなく、容姿も少し変わった。

成長が止まるのが艦娘の特徴だが、改二になると少し変わるものは実は多い。

三人とも改二になると艤装も一新したが、自分は改になってからずっと改装を受けていない。

今まで特に気にした事は無かったが、それでも唯一六戦隊では改のままである事に違和感を覚えなかったわけではない。

艦娘側からの申請で改、改二にはなれないから武本か、その上から辞令が来ない限りはずっと改のままだ。

いやもしかしたら「気にした事は無かった」ではなく、気にしない様にしていたのかもしれなかった。

妬みやコンプレックスを自然にコントロールして胸の奥底にしまい込んでいられたから、気にせずにいられたのかもしれなかった。

自然とため息が漏れた。

 

「どうした、溜息なんか吐いて」

いきなり声をかけられたので、青葉は文字取り飛び上がった。

暗く静かな病院内を一人で歩いていたから神経が過敏になっているだけに、不意に声をかけられると驚きは大きい。

声の主は駆逐艦娘の若葉だった。

横に曲がる通路に立っている。

何時ものごとく少しだらしないネクタイ締めで、片手には煙草の箱を持っていた。

銘柄は「わかば」だ。

「びっくりするじゃないですかあ、若葉さん」

「すまない」

寡黙な艦娘なので話す言葉も短い。

「なにしていたんですか?」

「喫煙所を借りていた。

初霜が嫌がるからな」

そう言って若葉は煙草の箱を見せた。

喫煙場所として病院の喫煙所までわざわざ出向いてきたらしい。

ご苦労様です、と青葉が言うと、どうもと若葉は頷いて別の通路の奥へ消えた。

 

自分とはまた違う意味で若葉は神出鬼没だ。

ふらりと現れてひょいっといなくなる。

性格も少し捉えどころがない。

若葉とは艦隊を組んだ経験が少ないので、戦闘中の活躍をあまり見たことが無いが、被弾すると「悪くない」と言う迷台詞の持ち主であることで有名だ。

青葉も青葉で「敵はまだこちらに気づいていないよ」、と敵に見つかった後で言ってしまって迷台詞キャラの一人にカウントされてしまっているが。

 

江良のオフィスに行くと、幸い仕事中でいたので愛鷹の具合を聞くと目を覚ましたと聞き、少し嬉しくなった。

面会許可をもらい病室を訪れる。

愛鷹の病室の個室のドアが半分開いており、あれ? とドアを開けたままの愛鷹に珍しさを感じそのまま病室へと入った。

「こんばんわ、愛鷹さん……あれ?」

愛鷹がいない。

松葉杖もない。

トイレにでも行ったのだろうか。

ふと、サイドテブルにいつも愛鷹が被っている制帽が置かれているのに気が付いた。

と言う事は今無帽状態と言う事だ。

制帽の下には日記らしきノートもある。

何時も見せてくれない素顔がはっきりと分かるかもしれないのでは、と思うと本能的にジャーナリスト精神が出て来た。

スマートフォンを出してカメラでも準備しようかな、とキュロットのポケットからスマートフォンを出して画面を見た時、電源を入れる前の暗い画面にぼんやりと映る自分の後ろに人影が写った。

「お、愛鷹さん? 

青葉ですぅ、お見舞いに……がぁッ!?」

青葉がそこまで言いかけた時、鳩尾に凄まじい衝撃が走り、短い呻き声を上げて青葉は崩れ落ちた。

持っていたスマートフォンが床に落ちる。

意識が遠のき、暗転する直前に包帯に巻かれ、スリッパを履いた愛鷹の足が見えた。

「ワ……ワレ、アオバ……」

 

 

司令官室に入ると武本がソファに寝っ転がり、上着をかけ物にして寝ていた。

「先輩、だらしないですよ」

徹夜続きの仕事疲れらしく、小さめのいびきをかいてぐっすり眠っている武本に谷田川は苦笑交じりに言った。

取り敢えず自分がまとめた書類をデスクに置く。

未決済の書類入れの厚さが増えている。

先輩は昔から抱え込みやすいなあ、ちょっとは頼ってくださいよ。

迷惑をかけたくないと言う武本の考えだが、それが結果的に自分の首を絞めるような形であることは誰もが知っていた。

しかし、中々そこを改めようとしないところが武本の欠点だ。

乗艦を失ってからその傾向は強くなっていた。

一応三度の食事はとっているらしい。

俺は食いながらなってるな、と思わず「腹が減ると判断力が鈍る」と言う理由で、ハンバーガーやサンドイッチを手に仕事をしている自分を思い出した。

「ま、おやすみなさい。

提督」

そう言うと谷田川は司令官室の電気を消し、部屋を出た。

「あれ、司令官はお眠りに?」

不意に下から声がし、谷田川が見ると書類の束を抱えた朝潮が立っていた。

「ああ、へとへとに疲れてソファの上にひっくり返ってるよ」

「風邪ひかれては大変です。

毛布をとって来ましょう」

「提督はそれほどやわじゃないよ。

上着かけて寝てる。

それより君も早く寝なさい、夜更かしはだめだ」

「は、はい。

あの、ではこれを預かってもらえないでしょうか」

朝潮は抱えていた書類の束を谷田川に渡した。

「提督にだな。

うん、わかった。

ご苦労さん」

「では私は失礼します。

お休みなさい、副司令官」

「おやすみ」

 

トコトコと自分よりは三〇センチほどは小さいであろう朝潮が去る背中を見てから、書類の束の厚さを図る。

見た目はチビ助のくせによくここまでやるよ、あいつ……。

「先輩……ご苦労さんですね。

オレは出世できなくて良かったかもな」

「副司令、どうかしたのか?」

また自分より下から。

磯風だ。

小脇には書類の束。

「いや、別に。

で、何だその書類の束は?」

「これか? 

一七駆からの報告書だ。

私と浦風、浜風、谷風からのもあるぞ」

「まさかそれ提督にか?」

そうだ、と言う様に磯風は頷いた。

 

 

武本が目を覚ましたのは翌朝の事で、何の夢を見たのか、と頭をもみながら考え、ふとデスクを見た。

未決済の書類入れの書類の高さを見て武本は「オレは悪夢を見ているのか?」と答える人間がいないのを無視して聞いていた。

取り敢えず書類を見てみると、本当に夢と思いたくなる量だった。

「加賀くんの航空団の演習レポートに、鳳翔さんの食堂からのに、明石からのに、朝潮くんに、磯風くん、陽炎くん、妙高くんにゴーヤくん(伊58)とイムヤくん(伊168)まで。

借金みたいに溜め込んで、それをクソ忙しい今になって一気に返済して。

決済する俺の身にもなってくれよ……」

書類の束を見て武本はぼやいた。

「管理職も楽じゃないねえ」

そう言うと、何故か自分で言ったことに苦笑が漏れた。




前回、第三三戦隊を単艦で壊滅させた強敵の不明巨大艦は以後正式に「巨大艦ス級」と呼ぶことになります。

武本は今は普通に過ごしていられても、やはり二九九名の仲間を乗艦と共に失い、一人生き残っているだけに今なお彼の心の奥には大きな傷が残っています。
中和と言うのもなんですが、今は司令官であり管理職の彼の仕事の苦労話が。

ようやく登場した若葉の吸う煙草の銘柄は実在します(コンビニとかで売っています。
喫煙は成人以上からです)。

今回青葉の視点が大きく入っています。
また、あまり気にしてはいない設定とは言え、青葉なりに六戦隊仲間で唯一の改なのには思うところがあるかもしれません。
今回そんな青葉の多少複雑な心情が見えます。
「ワレアオバ」は実際の青葉の発した信号が元の艦これ青葉のネタですが、あくまでもネタ言葉です。
なんだかんだ言っても、愛鷹には青葉と言う存在が欠かせないモノとなっています。
青葉と衣笠とは血のつながりのない「姉妹」ですが、個人的にこの小説での衣笠は強気ながら、内面はどこか青葉に頼っているところがあり、青葉も立場が逆の様で姉として衣笠を大切にしていると言う感じです。

さて今作最大の謎となる主人公愛鷹の謎が今回一部判明することとなりましたが、これはまだ彼女の秘密の一部にすぎません。
彼女がいったい何者なのか、何故大和の事を嫌うのか、彼女の生い立ちや経歴は、まだここでは教えられません。
ただ並大抵の苦労の人生ではないのは、第一話から読むと分かります。

第五特別混成艦隊は元ネタが「空母いぶき」から来ている為、所属艦娘の登場は最初から決まっていました。
因みに「空母いぶき」で戦闘で中破し途中退場している護衛艦「せとぎり」(この「せとぎり」に代わって新登場したのが「あまぎり」です)は、旧海軍にはいないのと、既にこの世界では艦娘の夕霧が戦死している為、実写映画の要素が入っています。

初登場の潜水艦娘トリガーは、エースコンバット7の主人公トリガーと実在の潜水艦トリガーから来ており(私の趣味から来たネタ最大のネタキャラ)、「しつこい潜水艦娘」の名は「終戦のローレライ」(この小説では実はトリガーは撃沈されておらず「しつこいアメリカ人」と言う呼び名で序盤のボスとして登場)が元ネタに。
エースコンバット7のトリガーは、冤罪ながら元大統領の輸送機の誤射撃墜殺害の嫌疑で数奇な人生をたどりますが、こちらの艦娘トリガーは……まだ言えません。

武本の回想シーン(悪夢)で登場した第一護衛隊群艦艇は全て架空艦名です。
ついでに言うなら旧海軍にも「あまぎ」以外の名前の艦はいません。
「ふゆかぜ」は秋月型駆逐艦の「予定艦名」にありますが。
(回想シーンにはエースコンバット7とアサルトホライゾン、コールオブデューティーゴースト、ザ・ラストシップ、はいふりの東舞校艦隊でのセリフネタが)



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第一一話 攻撃作戦計画

ズイパライベント行きたいですね、GW期間限定作戦も進めたい……。
この度青葉が改なりました。そんなこともあり今回は筆も少し早めに進んでいます。


基地の駅に入って来た列車から各地方基地から召集された艦娘達が降りて来る。

ホームで出迎えた武本の前で日本艦隊北部方面隊に所属する阿武隈率いる第五艦隊の面々が整列した。

「提督、只今帰りました」

「ご苦労さん。聞いていると思うが沖ノ鳥島方面への攻撃作戦に君達も動員することになる。今日はゆっくり休んでいてくれ。長旅ご苦労さん」

「ありがとうございます。みんな、行こう」

一礼して去る阿武隈の後を多摩、木曽、妙高、朝雲、山雲、初春、子日、五十鈴、島風、菊月、三日月、千歳、千代田が続いた。

青函トンネルの復旧済んだ結果、軍用列車を手配して彼女らを基地に戻らせることが出来た。

最低限の戦力は残さなければならないので朝風、春風、松風、旗風など複数の駆逐艦娘は留まっている。

二航戦、三航戦、四航その護衛は各方面の戦線維持のため引き抜くことはやはりできなかった。

航空戦力確保のため北米艦隊のタイコンデロガ、バンカーヒルの空母打撃群の投入も決定している。

一〇〇隻に上るだろう敵に対抗する為の戦力総動員だ。

今、第三三戦隊が持ち帰った情報から哨戒網の展開状況から作り上げた潜入ルートを基に、伊8(はっちゃん)、伊19(イク)、伊401(しおい)、トリガー、アルバコア、バルヘッドの四人の潜水艦娘が沖ノ鳥島海域へ隠密偵察に出ていた。

さらに伊58(ゴーヤ)、伊168(イムヤ)、ダーター、ハーダーも投入される。

情報が戦争を左右するのは今も昔も変わらない。

深海棲艦との戦いが始まった時は通信衛星とのデータリンクが途絶え、軍民問わずに情報網が途絶えた。

それによって国家間の相互不信が高まったせいで人間同士での不要な戦闘が発生し、深海棲艦と戦うために必要な戦力を無意味に消耗してしまった。

情報社会の崩壊が現代社会の崩壊と同意義だった。今では衛星を関しての通信網以外は大分回復してきていた。

その情報、第三三戦隊が持ち帰った貴重な情報を基に多くの艦娘がこの基地に集結している。

仲間が大勢集まったこともあり基地は大分にぎやかになって来ていた。毎日の様に楽しく騒ぐ声も聞こえるようになってきている。

それでいいのだ、彼女たちは。誰が死ぬのか分からないのだから。

はしゃぐ艦娘を見るたびに武本はそう思った。

勿論部下の艦娘達が一人も死なずに作戦をやり遂げられるようにお膳立てするのが自分の仕事だ。

しかし、すべてを予測しきるのは人間には不可能だ。神のみなせる領域にも近い。

だからこそ武本はその神の領域に少しでも近づかなければならなかった。

戦死者リストを作成することは死んでも御免だった。

「提督」

自分を呼ぶ声がして武本が振り返ると仁淀がホームへの入り口に立っていた。

「何んだい?」

「江良さんから愛鷹さんは明日退院するとの事です。これで第三三戦隊は再編成できますね」

「ああ。愛鷹くんが帰ったら、戦力は一二〇パーセントだな」

「一〇〇パーセントじゃないんですか?」

「青葉くんがいるだけでも一〇〇パーセントだが、第三三戦隊は愛鷹くんも揃って一二〇パーセントの状態でないといけないんだよ」

「へえ、私もそう言うことが出来たらよかったです」

「君も鍛錬と実戦をもっと積めば出来る。それをこれから証明してみせるんだ。君にならそれが出来るはずだ」

そう言われた仁淀は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

武本も微笑んでいた。

内心で「オレのエゴだろうがな」と呟きながら。

 

 

海中は真っ暗闇だ。五〇メートル程潜っただけで海の中はすっかり暗くなってしまう。

当然視界が聞く様な世界ではない。海中でモノを言うのは音だけだ。

「魚の心臓が立てる鼓動一つ一つを聞き分ける」「初ガツオと脂ののった戻りガツオの泳ぐ音を聞き分ける」などと揶揄される程耳のいいトリガーは深度三〇メートルの海中を六ノットの速さで進んでいた。

海中を進んでいる間は目が使えないが、その代わり海図やソナーの反応を表示するHMD(ヘッドマウントディスプレイ)をかけてそれを見ながらの航行だ。

事前情報からここから一二キロ先にピケット艦が展開している。ソナーに捕捉されるわけにはいかない。

舵を左へ切り、メインタンクの注水、さらに五メートル深く潜る。

酸素はまだ充分にある。バッテリーにも異常はない。

このまま静かに進んでピケット艦をやり過ごせば敵の泊地まで二〇キロ。

そこで敵の展開状況のさらなる詳細情報を収集する。

水上艦隊の得た偵察結果が無ければここまで敵陣深く潜入することは出来なかっただろう。後の事は自分たちに任されたし、だ。

ソナーから敵のピケット艦、イ級の航行する音が聞こえた。

数は一、速度は一八ノット、参照点から方位三-三-〇。

こちらには気づいていないようで向かってこない。前方左手を横切っていく。

ピケット艦の数はこれで八隻目。警戒の厳重さが分かる。

深度が浅めの時は対潜哨戒機らしき飛行音も海中から聞こえた。

巨大艦ス級だったか……。我々の手には余り余る強敵中の強敵。

叩きのめしておかなければ叩きのめされるのはこちらだ。すでに国連海軍は犠牲者を出してしまった。

分かっているだけでも重巡エクセター撃沈・戦死、駆逐艦ジュピター、超甲巡愛鷹、実験巡夕張が大破・重傷、重巡青葉が艤装中破戦闘不能という損害を出した。

愛鷹、と言うのが誰なのかは知らないが仲間なのは間違いないだろう。

ソナーに微弱な推進音が聞こえて来た。

距離九キロ、速力九ノット、深度二八メートル。目の前を横切る。推進音からして潜水艦ヨ級だ。

潜水艦の防衛体制も万全だな。

そう思いながら腰のベルトに括り付けている魚雷に手を伸ばした。

二発を即応モードにして戦闘スタンバイ。極力交戦は避けるに越したことはないが万が一の時のためだ。

向こうもかなり静かに進んでいる。耳を研ぎ澄ませてヨ級の動きを音でトレースし続ける。

(水切り音からして魚雷は装填していない。こちらに気が付いている感じはまだない。今のところは……)

他に仲間がいないか聴音を続ける。このあたりの海流は海図通りだからそれに逆らって動けば水切り音が立つ。それが聞き取れれば敵潜がいるはずだ。

見つけた敵潜ヨ級に注意しつつ聴音を行う。

いた、前方の泊地付近。二隻いる。推進音と艤装が立てる水切り音、海流の乱れからすると微速で航行中だ。

気づかれては厄介なのでトリガーは無音潜航に移行した。呼吸すらするのが憚れる程にまで静かにする。

敵の中に耳のいいのが、それも自分と同じレベルの相手がいたら強敵だ。ハンター・キラー戦法を仕掛けられたら艤装が音を上げるか、自分が音を上げるかまで追い込まれる。

不意に姿勢が崩れた。海流の乱れだ。

火山活動が微弱ながら続いている影響なのか、この辺りではメタンハイドレートの鉱脈があるからか、海中内の海流の乱れが複雑だ。

舵とタンクを微調整して姿勢を維持して聴音を続行すると敵潜の音が聞こえにくくなった。

レイヤー(変温層)だ。深海棲艦出現後変温層に分布に違いが出ている為副次任務に変温層のデータを可能な限り集める事も指示されている。

隠密偵察と変温層調査。二つをこなす「厄介な任務」だ。

それでも一応データを収集して記録する一方で、海流の乱れで自分の姿勢が崩れた時の水切り音で位置が特定されていないかを確認する。

反応はない。ただ先ほどとは別の駆逐艦が接近してくる。三隻もいた。

ピケット艦とは別の哨戒艦隊かもしれない。哨戒艦隊配備の駆逐艦だとしたら恐らくロ級改丁だろうから対潜兵装が強力な可能性は高い。この種の駆逐艦にはトリガーは随分ひどい目に遭わされてきている。

得た海流情報を基に姿勢をうまく維持し、海流、潮流の流れに合わせる。

見つかったら隠密偵察は失敗どころか自分の命が危ない。ロ級改丁の対潜能力は一隻でも脅威なのに三隻いるのは三倍どころか三乗に等しい。

近づいて来る。気が付いた様子はないがそう見えない様にしているのかもしれない。

トリガーは冷静に待った。緊張した時の心臓の鼓動すら聞かれてしまう気がしたからだ。潜水艦娘のメンタルの強さは伊達ではない。

感度二……、

感度三……、

感度四……。

航行する推進音がゆっくりと近づく。単縦陣の様だから対潜攻撃態勢ではないとは言え油断は出来ない。フェイントの可能性は充分にある。

完全無音潜航で待ち続ける。

無音のはずの海中内に推進音三つが大きくなってくる。いつ単横陣に組み替えて対潜攻撃態勢に入るか。まったく動かないでいる自分は見つかってしまったら格好のカモだ。

それでも忍耐強く静観し続けていると、三つの推進音は小さくなり始めた。

感度四……、

三……、

二……遠ざかる……。

見つからなかったようだ。上手くやり過ごしたなと確認するとトリガーは最微速でさらに五メートル潜航して敵泊地へと向かった。

敵の潜水艦の動き、配置は緩慢だ。自分には全く気が付いていないらしい。

そう思っていた時、六つの推進音が聞こえた。今度は速い。

ソナー感度を上げて耳を研ぎ澄ませる。大型艦がいるようだ。

細い水切り音。あれは空母ヲ級のステッキ状のモノが立てる音だ。それが二つ。他に四つの推進音と水切り音。

HMDで音紋を照合するとヲ級二隻と重巡リ級一隻、ツ級三隻の空母部隊だと分かった。駆逐艦はいない。

ヲ級は軽空母と違って対潜攻撃を行う姿は確認できてはいないが、それでも油断は禁物だ。運用方針を知らない間に変えている可能性もある。

速力は二一ノット、第一戦速と同じ速さ。自分にまっすぐ向かって来る。

単縦陣だが果たして……。

空母部隊は速度を落とさないまま自分の直上を通過していった。アクティブソナーのピンガー一つ来ず、気が付いたそぶりもない。

そのまま空母部隊は去っていった。

なんとも交通量の多い場所だ。

思わず苦笑を浮かべてトリガーは先を進んだ。

敵はこれだけではない。これの百倍はいると心得ておく必要があった。

 

 

日本艦隊呉基地から艦娘の大規模作戦・外洋航行時の支援に欠かせないヴァルキリー級大型支援艦の「しだか」が到着した。

今回の作戦に当たり艦隊の規模を考慮して動員された満載排水量四万トンもある大型支援艦だ。

海兵隊が運用している空母型の強襲揚陸艦の設計を流用しており、重傷患者移送にも用いるHH60KナイトレスキューホークとCH53Kキングスタリオンをそれぞれ六機ずつ搭載している。

艦娘を洋上で発進、収容するためのウェルドックを艦尾に備えており、ドックへの注水速度は同規模の揚陸艦より早い。

艤装の修理点検整備を行える艦内工場と三〇〇人を収容可能な居住区、集中治療室も備えた医療設備、高度な通信機能も完備している。

「これを動かすのは久しぶりですね」

埠頭に係留されている「しだか」を見て明石は谷田川に言った。

「デカい艦だからな。中型支援艦の方が使い勝手がいいから、これみたいな大型艦は頻繁に使うものじゃあない」

「で、今回私もこれに乗り込めと?」

「ああ。戦闘には全く向いていなくても、この艦に乗ってみんなの艤装の整備点検修理に関わる程度はやって貰う事になったんだ。三原、桃取に後を任せておけば大丈夫さ」

そうですねと明石が頷いた時、笛の音が聞こえた。支援物資を積んだM928A2トラックと七三式大型トラックが誘導員の誘導の元ランプを使って艦内に乗り入れている。どちらもかつての在日米軍、自衛隊時代から使われている車輛だ。七三式大型トラックは自衛隊時代に一度「3 1/2t1トラック」と呼ぶようになったが国連軍に編入以降は七三式大型トラックに戻っている。

海軍艦艇は揚陸艦、支援艦以外の新造は行われていないが海兵隊では戦車や装甲車、戦闘機などの新開発は続いている。

「ああ、そうだ。君にも通達しておこうと思っていたんだけど、本部から金剛くんの最新改装指令が届いたよ」

「え、今からですか!?」

何でこの忙しい時に、と明石は酷く迷惑だと言う顔をする。

同感だと谷田川も肩をすくめた。

本部から来た金剛の新型改装指令「金剛改二丙」(Kongo AⅡ+)では研修期間と実技合わせて三カ月のカリキュラムが組まれていた。

新兵装も組み込まれている為、研修内容、期間は比較的長い。当然だが今から行っては沖ノ鳥島への攻撃作戦には間に合わない。

金剛型四姉妹は日本艦隊の戦艦戦力の中核で外すわけにはいかなかった。

「仕様書には目を通してみたんだけど、本部は金剛くんをレ級にする気みたいだよ」

「はい?」

「いや、例えさ。艤装には新装備に連装魚雷発射管と、瑞雲の運用能力が付与されていてな。瑞雲と聞いたら日向くんが反応しそうだな、あいつは生粋の瑞雲マニアだから」

「みんなからは師匠とまで言われてますよ」

苦笑交じりに明石は言った。日向の瑞雲への入れ込みは並みならぬものではなかった。

「前、アイオワくんが『マスター・ズイウン』なんて読んだ時は本気でそっちに改名しようと相談して来たな。勿論できないけど」

「『マスター・ズイウン』、ジェダイの称号みたいですよね。巷じゃ瑞雲教とか言うものまで出てちょっとびっくりしましたけど」

「いいじゃないか、息抜きになれば」

金剛が瑞雲を装備したと聞いたら日向は「瑞雲教」とやらに勧誘するだろうか。十中八九するだろう。

勧誘されたら金剛もノリノリで入って面倒事を起こすかもしれない。ああ見えて「やらかしキャラ」の一人でもある。

「それで金剛さんの改二丙って他にどんな改装の恩恵があるんですか?」

「それなんだけど、性能面ではちょっと改装と言うには割に合わない所もあるんだな。本部としては金剛くんの経験と腕がカバーしてくれると踏んでいるらしい。どちらかと言うと戦艦の艦隊決戦よりは夜間戦闘力の強化・向上仕様かな。

武本提督はあんまり乗り気じゃないけどな。何しろ艤装の装甲が弱体化しているんだ。どうしてこうなったんだか」

「金剛さんのことを本部が高く買っているとか……あんまり言いたくないですけど……金剛さんを戦艦に汎用性を持たせる為のテストベッドにする気ですかね」

「さあ、それは私にも分からない。雷装まで追加とか金剛くんには随分と苦労を強いる重武装だ。

そもそもなんだって戦艦に魚雷なんぞ。使っていない時に発射管に被弾したら敵を倒す魚雷が金剛を逆に傷つけかねない」

「ドイツのティルピッツさんがそのせいで重傷を負いましたね。助かったのはよかったけど」

「まあ、使ってみないと分からないことだらけだからな。軍隊は最新技術の実験場か? 顔の見えない敵め」

ため息交じりにぼやいた谷田川に「まあ、戦争は発明の母、って伊吹さんが言ってましたよ」と明石は返した。

それを聞いて谷田川は苦笑を浮かべた。

「シニカル・毒舌に加えてあいつはフリーダムだな。響とどっこいどっこいかもしれん」

「響ちゃんはまだマシでしょう。ハラショーの連発数とテッパチ(自衛隊時代の戦闘ヘルメットの呼び方)のつもりかは知りませんけど、鍋を頭にかぶっていたりと普段からは思いつかない事をするのが凄いですけど」

「何考えているんだか分からないんだよな、響くんは。まあ伊吹くんみたいな爆弾発言まではしないし、充分マシだがな」

伊吹の思想考えはかなり独創的、悪く言うと過激でもあるから情報部から目を付けられないか武本と谷田川などには肝を冷やすところがよくある。当の本人は知ってか知らずか、知ってても喧嘩上等で態度を変えないか。

最新鋭空母だから「解体」とかはしないと思うが……と谷田川は一瞬、ぞっとする事を思い出してしまった。

「解体」は艦娘に課すことが出来る処罰でもっとも重い判決である。

この処罰は相当な軍規違反、機密漏洩、利敵行為、誤射行為を犯した場合被告抜きでの最高軍法会議による審査が行われた後に言い渡される。

内容はシンプルだ。極刑、つまり死刑だ。

艤装は廃棄処分、海軍からは不名誉除隊となり功績、名声は全て剥奪だ。「追放処分」に極刑を追加したようなものだが適応されるのが艦娘のみと言うところで異なる。

今のところ艦娘の中に「解体」が下された者はいない。しかし谷田川は昔、一度だけ「解体」判決が出たと言う噂を聞いたことがあった。

それを裏付ける様な事として国連海軍直轄艦隊、通称「エスペラント艦隊」旗艦のベレーガモンドⅡの存在がある。

艦娘は戦死した場合名前の引継ぎは行われないにもかかわらずベレーガモンドⅡと言う引き継ぎ名が存在する。

その為、初代ベレーガモンドが何らかの違法行為で「解体」に処された可能性があるのだが、証拠がないし准将への昇進試験に失敗したせいで大佐のままの谷田川ではアクセスできる情報にも限りがあるから「一度だけ『解体』判決が出たと言う噂」以上の事は知らない。

「ああなっちゃったのって、やっぱアレですかね」

「言わなくていいよ。響には暗い話だし私も気が滅入る話だ」

「そうですね。あ、そうだ金剛さんの改二丙の仕様書後で見せてもらえますか?」

「ああ。ここでだと、確実にあいつが見ているだろうからな」

「あいつ?」

明石が首を傾げると谷田川は「この間病院で、いらんジャーナリズムを出したばかりに自分の艦隊旗艦の怒りを買って気絶させられる一撃を食らった奴、と言えば分かるだろう?」と言って溜息を吐いた。

ああ、それかと明石は思い出して苦笑を浮かべた。

 

 

口に入れた卵焼きのほんのり柔らかく、舌に広がる甘さは一口で病みつきになりそうなほど美味なものだった。

自然と頬が緩み、笑みがこぼれた。

「美味しいです。今まで食べた卵焼きの中でも一番ですね」

「ありがとう。今度もっと美味しい卵焼き焼いてあげるね」

見舞いに来た瑞鳳が愛鷹の言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「瑞鳳さんはお料理得意なのですか?」

「普通かな、でも卵焼きなら右に出るのはいないよ」

「ですよね。病みつきになりそうな美味です。ファンになりそう」

「ホント⁉」

「ええ。冗談抜きにとても美味しいですよ」

そう褒められると瑞鳳は子供の様に喜んだ。

自分の事を気にしてくれた第三三戦隊の仲間は自分が意識を取り戻したと聞くと、色々と差し入れを持ってきてくれていた。

深雪はスナック菓子、蒼月は和菓子、夕張はわざわざ取り寄せたと言う自身の名前のルーツの夕張市特産のメロンパン、青葉は自作のお好み焼きを持ってきてくれた。

嫌いな食べ物は無いからどれも問題なく食べることが出来た。

青葉は「先日は失礼しました」と言って手製のお好み焼きを持って来た。青葉のかなりの力作らしく大きなお好み焼きは結構おいしかった。

瑞鳳が今回持ってきたのは青葉のお好み焼きにはない美味しさがあった。

どこか優しく包んでくれるような柔らかさだ。この柔らかさは様々な面から言って初めてだ。

「私も教えていただけたら作ってみたいですね。料理はした事が無いので」

「へー、料理経験が無いんだ」

「サンドイッチやホットドッグくらいなら出来ますけど」

苦笑交じりに愛鷹はその程度ですと肩をすくめた。

「そう言えば愛鷹さんの好物って何だったの?」

そう聞かれて愛鷹は答えに窮した。好物の事などこれまで一度も考えた事が無かった。

そうですね、と顎をつまんで真剣な表情で愛鷹は考えた。

「敢えて言うなら……アイスクリームですね。冷たくて美味しいかな……」

それを聞き瑞鳳はクスリと笑った。何かと世話を焼いてくれた加賀先輩も機嫌が悪い時にアイスクリームを出せばすぐに機嫌がよくなった。この事を発見したのは瑞鶴で、「瑞鶴式加賀懐柔術」と言うタイトルで青葉が「艦隊新聞」で発表したことがあった。

「なにか?」

「ううん。なんだかちょっと可愛いなあって思って」

「そう、ですか……」

そう言う風に見られるのもまた初めての気がした。

ここは前にいた所と比べればずっとマシな所だ。一日三回の温かい食事とシャワー、寝心地の良いベッド、冷暖房もきちんと整っている。

何より自分の理解者がいる。

青葉はやはりため息の出る厄介さはあるが頼りになる存在で個人的には相棒として見ている気がした。

夕張は分け隔ての無い気さくな姉貴分でありエンジニアであり、本人は拒否しているがいざという時は指揮権を任せたいと思っていた。

深雪は人情深く濁りの無いまっすぐな心を持っていた。

蒼月は「能ある鷹は爪を隠す」がふさわしい程才能を秘めている。

瑞鳳は美味しい卵焼きを食べさせてくれたし、笑顔を見るととても心が和む。空母艦娘では発育が少女レベルでも中身は立派な大人でしっかりしている。

何より皆前向きに生きているのだ。過去の軛に囚われたまま自分とは全く違う。

皆、自分にとって大切な仲間であり、自分が指揮官として戦場で護らなければならない仲間だ。自分の運命に巻き込んでしまった仲間。

自分の運命に巻き込んでしまったからには、その運命で命を落とさせてはいけない。

自分の事と関係のない者を巻き添えにする事は例え自分が死ぬ事になっても避けたいことだ。

「間宮さんか伊良子さんに頼んでアイスクリーム作ってもらう? 頼めば何時でも作ってくれるよ」

「ありがとう瑞鳳さん。大丈夫です、自分で注文できますよ」

「私がご馳走したいの」

「……では退院したらお願いします」

少し迷ってから愛鷹は頼んだ。食事ごとで誰かに奢ってもらうのは初めてだ。

「今日は何か作ったのですか?」

「うーん、最近お酒にお金使っちゃって通販に充てるお金なくなっちゃって」

「……私が融資しましょうか? 私もそろそろ新しい葉巻などを買おうと思っているので」

「そう言えば、愛鷹さんって喫煙者だったね。うん、お願いします」

葉巻とジャズのCDやレコード、本以外は金をほとんど使わないし、そもそも趣味などに大量投資もしないから手元の貯金はかなりある。通帳を見てみないと分からないが軽自動車一台は余裕で買えるくらいは溜まっているはずだ。

今回の出撃で旗艦手当やら傷病手当など結構特別手当も出ている。多少はカンパしても平気だ。

「そう言えば愛鷹さん、最近愛鷹さんのあるうわさが流れてるけど聞いたことがありますか?」

「噂?」

一瞬どきりとするモノを感じるが平静を装う。まさか自分の正体がばれているのか?

そもそも誰が噂を流している? まさか青葉か? 何かと身の上を詮索してくるとは言え決定的な証拠はつかめていないはずだし、江良は絶対口外しないと約束してくれている。

怪しいと踏む心当たりは江良以外にもいるが、噂の内容自体は知らない。

一応聞いてみる。

「どんな噂なんですか?」

「私は全然信じてないけど、噂だと愛鷹さんは三笠提督の妹なんじゃないかって」

「三笠……ああ」

三笠とは戦艦三笠の事だ。

日本で最初の艦娘で艤装の改修が限界を迎えて基地防衛艦隊に編入する事すら難しい為、現在は予備役になり舞鶴基地の司令官を勤めている。

艦娘では非常に珍しい基地司令官を勤めている他に、現在在籍する艦娘では最古参の為、一部の艦娘達からは尊敬の念を受けている。

尊敬される歴戦の最古参株と言う経歴の割には性格が随分とイケイケでややずぼら、無類のカレーと酒好き、自分のイケイケな行動が裏目に出やすい「やらかしキャラ」でもあり、しかも反省しない所もあるなど色白の美人ではあるが「残念」と言う二文字が前につけられた「残念美人」となっている。

ただ予備役とは言え艦娘であり、同じ性別と言う事もあり男性提督や普通の女性海軍人より接しやすい所や昔の経験から時々母親の様に相談に乗ってくれるなど人望は結構ある。

確かに制帽、肩章付きコート、長刀、ポニーテイルと類似点はあるが、背丈ではこちらがはるかに上で肌もこっちが少し色もある。

ポニーテイルの太さもこちらが太いし、長刀も三笠がどちらかと言うと西洋風なのに対しこちらは日本刀風だ。

それに自分と三笠とは血縁関係が一切ない。それどころか会った事すらない。

「この場で言うと全く関係が無いですね。面識すらないですから」

「へえ、会った事は無いんだ。何となく愛鷹さんてきに会った事ありそうな気がしたけど」

「買い被り過ぎです」

苦笑交じりに愛鷹は返した。

時々「インテリ」などと呼ばれるが、分からなくもない呼び方だ。悪い気持ちはしないが別にいい気持ちがする言葉でもない。

一方買い被りと否定されても、瑞鳳には愛鷹はかなりの英才教育を受けている気がしていた。

足りないものは料理の経験だろう。

 

 

司令官室に呼び出されたメンバーは谷田川、長門、陸奥。ガングート、シュペー、ユリシーズだった。

武本が立案した作戦計画の確認に集まったのだ。

全員に用意されたラップトップに武本は立案した作戦計画書を転送した。

「たまげた規模ですね、こりゃあ」

腕を組んだ谷田川が言葉通り顔に驚きを浮かべて言った。

投入戦力は七八隻(七八人)にも上った。

第一空母打撃群として一航戦と五航戦の連合編成である赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴を中核に比叡、高雄、摩耶、阿賀野、朝潮、大潮、秋月、照月。

第二空母打撃群として七航戦の大鳳、黒鳳、蒼鳳、赤鳳、榛名、利根、筑摩、神通、白露、時雨、村雨、冬月。

第三空母打撃群として八航戦の雲龍、天城、葛城、笠置、霧島、那智、足柄、阿武隈、朝雲、山雲、初春、子日。

第四空母打撃群としてタイコンデロガ、バンカーヒル、アラバマ、ワシントン、スプリングフィールド、インディアナポリス、アトランタ、ジュノー、マクドゥーガル、ダットワース、フライシャー、シンプソン。

対潜哨戒任務部隊に千歳、千代田、暁、響、雷、電。

第一混成打撃部隊として大和、武蔵、矢矧、涼月、冬月、花月、伊吹、愛宕、鳥海、天霧、白雪、初雪。

支援部隊として第三三戦隊と六戦隊、熊野、鈴谷、ガングート、シュペー、ユリシーズ、金剛、陽炎、不知火、黒潮。

プラスアルファに「しだか」に乗り込む明石と大淀、仁淀の三人が加わる。

「かなりの大規模統合作戦ですね」

作戦計画書を見て長門はつぶやいた。

支援部隊の数が多いのは「しだか」が大型艦である為だろう。七八人もの艦娘の生命線になる艦だ。

編成図を見れば日本艦隊にいる主力艦娘の殆どを投入しているのが分かる。少し固定編成を崩した混成部隊になっている。

注目すべきは新編の第三三戦隊と第五特別混成艦隊を投入している事だろう。使える戦力はすべて投入する、と言うイメージがあった

攻撃作戦はまず空母部隊の航空団による航空優勢の確保、敵泊地への空爆、敵艦隊への攻撃だ。

航空優勢確保、敵泊地、艦隊の無力化を確認後に各空母打撃群は「しだか」に集結。

残敵相当の為、支援部隊と第一混成打撃部隊の大和、武蔵、矢矧、涼月、冬月、第四空母打撃群からアラバマ、スプリングフィールドが合流。

第三三戦隊から瑞鳳を外して第一混成打撃部隊に編入する形で水上部隊を編成後、航空機が飛行できない夜間に敵泊地へ突入し残敵を掃討、殲滅する。

また艦隊編成には入っていないが他に沖ノ鳥島海域に展開している潜水艦娘も含まれていた。

「夜間殴り込み艦隊か。面白い」

「敵泊地に突入して敵が残っているなら、エクセターの仇討ちが出来るな」

嬉しそうにガングートは言い、ユリシーズも「仲間の仇」を取る絶好の機会に胸を躍らせているようだ。

「しかし提督。いいのか、私は低速戦艦だ。二回大規模な改修を受けたとはいえどう頑張っても二五ノットが限界だ。足を引っ張りそうな気がするのだが良いのか?」

「問題はないよ。夜間戦闘能力も経験もそれを補えるものだと信じている」

「だといいが」

「万が一の時は私が必ずフォローするさ。案ずるな」

自身の低速を気にするガングートにユリシーズはいざという時の援護を約束した。

「航空攻撃による空爆と航空優勢の確保。当然ながら我々空母部隊も攻撃されますよね」

「ああ。だから直掩戦闘機隊は常に多数を上げて置いて欲しい。AEW機も絶やさずにだ」

「提督、私の艦隊には伊吹さんが編入されるわけですが、伊吹さんの役割は?」

編成表を見た大和が武本に問う。

「伊吹くんの場合は対地攻撃ではなく艦隊の防空任務だ。緊急時の迅速な防空援護には高速の橘花改が最適だ。

各艦隊は輪形陣を組んで対空、対潜戦闘に備える事とする。当該海域は大量の潜水艦が確認されているから、姿が見えにくい潜水艦への対応は万全にしておかないといけない」

艦隊の展開配置は前衛として四つの空母打撃群がそれぞれ二キロの間隔にて複縦陣態勢で展開し、その後方二キロに第一混成打撃部隊と対潜哨戒任務部隊が。

最後尾は支援部隊が第一混成打撃部隊と対潜哨戒任務部隊の後方一〇キロにと言う展開だ。

「今回の作戦では各空母はアルファーストライク(空母航空団所属機の全力出撃)となる。徹底的に敵泊地を破壊し沖ノ鳥島海域における奴らの拠点と、巨大艦ス級を壊滅・殲滅させるのが本作戦の目的だ。

出撃に当たり今日の一〇:〇〇に運動場に作戦艦娘を全員招集して内容を伝達の後一八:〇〇に『しだか』に乗艦、出港。沖ノ鳥島海域に展開する。

谷田川君には『しだか』で前線作戦司令官を担当してもらうよ」

「了解です。デカい仕事になりそうですな」

「准将に昇進するきっかけにもなるんじゃないかな?」

「ありですね」

そう言って谷田川はケタケタと笑った。

作戦計画書を読んだシュペーがおおよそ掴んだ、と言う様に手を打ち合わせた。

「やる事は速めに始めておきましょうか」

「ああ。さっそく仕事にとりかかろうか」

午前一〇時に作戦に参加する艦娘八一人が揃えられて武本の口から作戦内容の伝達、作戦計画書の配布、出撃準備の指令が下された。

 

 

久々に戻って来た自室でジャズを聴きながら愛鷹は本を読んでいた。

本のタイトルには「人とは自分を映す鏡」と書いてあった。著名な哲学者の書いた本である。

哲学者の書いた本によると、「人とは互いに自分と言う物がどのように見えているのか」=「自分は相手からどのように映っているのか」を「鏡に反射する」事に例えていた。

例えの話では「ある兵士が仲間の兵士を殺した」事を「普段からの恨みから戦場のドサクサに紛れて殺したのか」「もう助からない傷を負っていて、これ以上苦しませない為に楽にさせたのか」とただ「殺した」と言うだけではその行動に至った者が何を思ってそうしたのか、当事者ではない第三者から見ると意見が分かれる事が「人とは自分を映す鏡」に当てはまると書いていた。

難しい内容だが愛鷹はこういう内容の本が昔から好きだった。

人生観の書物はこれから先生きていくうえで役に立つことが多く書いている。果たして自分がこれからどれくらい生きていけるかは分からないが、読んで損はないはずだ。

生きる事、人と言う物、それが愛鷹の興味分野の一つでもある。自分たち人間はなぜ生まれ、どこへ行くのか。何の為に生まれ、何の為に死ぬのか。

調べる事、探すことは飽くことなく続ける事こそ楽しいものだ。人によってはそれで自分の存在意義と言う物が見えてくるのだ。

「戦争は人が一番自分と言う物がどう相手に映っているかが分かる是公の機会」と言うところまで読んでいた時、自室のドアがノックされた。

誰かと思い本を閉じて、ヘッドセットを外すと「はい」と答えた。

「青葉です。愛鷹さん、提督が運動場に艦娘の招集をかけています。第三三戦隊も召集がかかったのでお知らせに来ました」

「分かりました。今行きます」

机の上に置いていた制帽を被り、コートを羽織って、靴を履くと部屋を出た。

ドアの前に青葉が待っていた。コートの下の服装に少し驚いた眼になる。

「愛鷹さんって普段から第二種正装なんですか?」

「ええ。そうですよ」

「大淀さん、仁淀さん、明石さん、三原さん、桃取さんと同じですね」

「ネクタイやスカートの形は違いますよ」

そう返した愛鷹はコートのボタンをはめてベルトを締め、青葉と共に寮の廊下を歩いた

第二種正装は艦娘に支給される制服で大淀型と香取型の来ている物は若干デザインに差はあれど同じ第二種正装だ。

第一種正装は海軍制服らしい純白だ。スカートとズボンの二種類があり選択可能である。第一種正装の方を艦娘が着ることは殆どない。

略装がセーラー服で駆逐艦娘ではこれを普段着にしているのもいる。深雪の普段着はこの略装だ。

愛鷹のコートは実は二種類あり青い物と白い物がある。普段来ているコートは白だ。袖には三本の金線が入っていてこれは中佐階級を示す袖章だ。

この間の海戦で酷くボロボロになったが愛鷹がすでに修理済みだ。

「そう言えばコートは新品を買ったのですか?」

「自分で直しました」

「裁縫できるんですか」

「出来ますよ。編み物だってできます」

「へえ、どんなものが出来るか今度取材……」

あ、拙い、またやってしまった! 青葉は自分が墓穴を掘ったことに気が付いた。直後喉元に愛鷹の左手が伸びたかと思うとそのまま掴みあげられて壁に叩きつけられた。

「取材はお断りです……何回言わせます……?」

もうしません! と青葉は言おうとしたが物凄い握力で首を絞められている上に足が宙を浮いている。

すると流石にやり過ぎたか、と愛鷹も思ったらしくそっと降ろして手を放してくれた。ぜえぜえと息をする青葉に短く「すいません」と言った。

「こ、こちらこそ失礼しました」

線は細いのに物凄い力です、と愛鷹の体力に青葉は驚いたが「艦隊新聞」に載せようと言う気持ちが沸く事は無かった。

 

 

運動場には大勢の艦娘が集まっていた。

「おお、凄い数ですねえ」

「この数からして、提督はどうやらやるようですね」

「沖ノ鳥島海域への出撃ですね。空母が二〇人も。あ、熊野と鈴谷もいるから実質二二人ですね」

熊野と鈴谷は重巡だが任意で水上機運用能力強化艤装の航空巡洋艦仕様と、攻撃型軽空母艤装の二種類の改二艤装を選択できる。

航空戦力による空爆で敵の戦力を壊滅させるという訳か、と愛鷹は投入される空母の数を見て作戦内容を想定した。

しかし大和と武蔵などの姿を見て水上打撃部隊による艦隊戦も視野に入れている事も分かった。今の時点でス級に対抗できるのは大和型程度だ。

もっとも、どこまで対抗できるか……。

部隊事に並ぶ必要などは無いらしく、それに一〇時までもう時間は無かったので愛鷹と青葉は適当な場所に立った。

結構な顔触れがそろっている。北米艦隊からかなりの戦力を借りている様で一個機動部隊編成分がいるようだ。

午前一〇時、武本が谷田川と長門、陸奥を連れてやってきた。谷田川と長門、陸奥は全員分のモノらしい作戦計画書の束を持っている。

それまで私語をしていた艦娘達が一斉に静まり返り、直立不動の姿勢をとった。

仮設の演台に立つと持っていたタブレット端末を見ながら武本は作戦計画を発表した。

作戦名は沖ノ鳥島攻撃作戦とシンプルだ。

攻撃目標は沖ノ鳥島海域における深海棲艦の前線展開泊地棲姫と施設、敵艦隊、そして巨大艦ス級への攻撃、壊滅させることだ。

特にス級は重要目標となっていた。容易ならざる敵であると言う事が武本の口から語られると一同にざわめきが広がった。

勝てるのかそんな強敵に、という不安だ。しかし皆でかかれば活路は開けると言う武本の言葉を信じてみる事にした。

武本は攻撃作戦に参加する空母打撃群五群、混成水上打撃部隊一群、対潜哨戒任務部隊一個、支援部隊一個の編成を発表した。

愛鷹は第三三戦隊と戦艦ガングート、金剛、装甲艦シュペー、重巡古鷹、加古、衣笠、軽空母熊野、鈴谷、軽巡ユリシーズ、駆逐艦陽炎、不知火、黒潮からなる支援部隊旗艦となっていた。かなりの大役だ。六隻の第三三戦隊とは大きく違う。

「おお、六戦隊のみんなと一緒に戦えるんですねえ。熊野と鈴谷とも組めるんですか」

「ガングートさんと一緒に組むのは初めてですね……。しかし支援部隊旗艦が私ですか」

嬉しそうに言う青葉とは対照に若干の戸惑いを愛鷹は浮かべた。

さらに作戦内容の伝達も行われる。

航空攻撃に際して第一次攻撃隊は戦闘機のみとして敵泊地、艦隊の迎撃戦闘機隊排除(ファイター・スイープ)を行い、場合によっては第二次攻撃隊も戦闘機のみで出撃して敵艦隊の防空戦力を削ぐ。

空母航空団は稼働機を総力出撃させるアルファーストライクで敵泊地と艦隊を攻撃。

徹底的な爆撃を行い泊地の残敵は支援部隊に第一混成打撃部隊の大和、武蔵、矢矧、涼月、冬月、花月、北米艦隊からなる第四空母打撃群からアラバマ、スプリングフィールドを編入した水上部隊が担当する。

この時に熊野と鈴谷、瑞鳳は支援部隊から外され、「しだか」の担う支援部隊任務は後退した空母打撃群が行う。

支援部隊とアラバマ、スプリングフィールドを組み込んだ第一混成打撃部隊は旗艦を大和に変更して、夜間の敵泊地に突入し残敵の掃討戦に当たる。

先の大規模空爆で父島が基地機能を喪失している為、大型支援艦「しだか」が移動拠点だ。

「大和に旗艦を委譲……。まあ、理にかなってはいますけど」

「何か問題でもあるんですか?」

「いいえ。ありません」

そう返す愛鷹だが青葉は何かしら愛鷹から複雑な気持ちを感じていた。

武本は「しだか」の展開海域までの護衛部隊の編成を発表して長門と陸奥に艦娘向けの作戦計画書を配布させた。

「今夕一七:四〇までに『しだか』に乗艦。一八:〇〇に『しだか』は出港し、展開海域までは先に示した護衛部隊が護衛する。

撃沈・戦死・大破進撃は一切認めない。必ず帰ってくること以外は許可しないからな。全員必ず生きてここに帰ってくるんだぞ。約束だ」

はい、という七八人分の返事が返された。

 

 

それから出撃が決まった艦娘達は私物を纏めて「しだか」に乗り込み、さらに自分たちの艤装の搬入も行った。

遠足気分ではしゃぐ艦娘が何人かいたが、それは緊張を解くためであるのは誰もが承知していたから咎める者はいなかった。

明石の監督の元トラックに積まれた艤装や弾薬が「しだか」に積み込まれ、それらの作業に作業員だけでなく艦娘達も手伝った。

輸送ヘリHH60KとCH53Kも搭載され、準備が順調に進んだ「しだか」は日が傾きはじめた一八:〇〇時に武本や長門らに見送られて出港した。

護衛には千歳、千代田、矢矧、涼月、冬月、花月、第五特別混成艦隊が最初についた。

日が暮れたその日の夜。愛鷹は退院してから初めての喫煙を艦尾のキャットウォークでしていた。

葉巻を吸いながら遠ざかる日本の明かりを見つめ、これが見納めになる仲間が出ることにならない様に自分は努力する以外できる事は無いと言い聞かせた。

右手の水密扉が開いたかと思うとガングートが出て来た。パイプを吸いに来たらしい。

先客に気が付いたガングートは愛鷹に微笑した。

「やはりここにいたか」

「ここ以外にありませんから」

パイプに火をつけたガングートはポケットに手を突っ込んで愛鷹に話しかけた。

「貴様と初めて組むことになるな。旗艦任務に関しては重圧もあるかもしれんが、その時はこのガングートに相談してくれ。いや、私に限らず旗艦として先輩になる奴は支援部隊には大勢いる。青葉もそうだし、瑞鳳や夕張もそうだがな。私ならいつでも相談に乗る」

そう言われた愛鷹は葉巻の煙を口から吹いてから少し気になっていたことを訪ねた。

「ガングートさん、お聞きしたいことがあるのですが?」

「なんだ?」

「なぜ、そこまで私の事を気にかけてくれるのですか?」

するとガングートは何食わぬ顔で当たり前の事だと言う様に答えた。

「苦労する仲間を気にかける事に理由はいるまい?」

その言葉は胸に少し暖かく来るものがあった。

 




今回は夕張、深雪、蒼月の直接登場は削りました。
その代わり前回登場した潜水艦娘トリガーくんの登場です。
彼女の耳の良さの特徴には一部ネタも。また視界の利かない海中で目をどうしているか、と考えた結果HMDの登場となっています。

艦娘提督として登場した三笠ですが彼女の人物設定こそ私のオリジナルですが、キャラデザイン自体はMMDモデルとして実在し複数の動画に登場しています。
ただし有志の作成した架空モデルで公式キャラではありません。

今回脇役メカに「しだか」、HH60Kナイトレスキューホーク、CH53K、M928A2、七三式大型トラックなどが登場しますが「しだか」はモデルがアメリカ海軍ワスプ級強襲揚陸艦、HH60Kは現行のHH60レスキューホークの改修型と言うところでは架空メカですが、他の三つは現在も現役の実在兵器です。

金剛改二丙の実装に伴い、今後の彼女の立ち回り、活躍物語への関わり方が固まり一安心しています。青葉も来て欲しいですが。
艦これでは「解体」の要素がありますが、今作では一人の人間であることを前提(と言うより艦娘は「世界に一つだけの花」の存在が私の「個人的見方」)で、現状終身軍人である艦娘には解体がどういうものに値するかを考え、「個人的に艦娘の命を殺めているような気分」からでた結果が「解体=極刑」設定に至りました。

沖ノ鳥島攻撃作戦には大量の架空艦娘もいますが実装艦娘を含めても劇場版を上回る数が登場します。一度に全員分の描写は難しいので追々描写していきます。

「人とは自分を映す鏡」、これはエースコンバット7の「ハーリングの鏡」が由来で、生まれた時からこの先色々悩みを抱えていく愛鷹(大切な存在と言えど青葉もなかなか彼女には悩みの種です)の読む本の題材となりました。
幾つかの細かい設定や名称に公式には無いモノがありますが、それらは私の創作です。
因みに鍋を被った響くんですがこれは勿論アニメ第六話での響の奇行(?)「フリーダム響」からです。

次回、沖ノ鳥島攻撃に向かった艦娘達はかつてない熾烈な艦隊戦に叩き込まれます。
その時愛鷹がどう動くかも書き手の楽しみであります。


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第一二話 沖ノ鳥島海域艦隊戦 前編

沖ノ鳥島海域を巡る艦隊戦のスタートです。
この艦隊戦がどう転ぶか、読んでお楽しみを!


深度二メートルにまで浮上したトリガーは艤装から潜望鏡を上げてHMDに潜望鏡のカメラ映像をリンクさせた。

深海棲艦の泊地には大きな動きはない。相変わらず多くの艦艇が行きかってはいるがそれ以外は普通だ。

出来るだけここにとどまって敵の情報を味方に伝えるつもりだ。

その為に何度か浮上して酸素を補給したり、レーションの栄養ゼリーを食べた。

今浮上しているうちにも少しでもタンク内の酸素を補充すべくシュノーケルも上げている。

(敵艦隊の数に大きな変化はないか)

潜望鏡を回しながらトリガーはそう思いつつ、微速でもう少し敵泊地に近づいた。

すると泊地に大きな影が見えた。整備補給中のス級の艦影だ。

自分よりはるかに巨大なス級は補給艦や工作艦に囲まれて整備中だ。

その状況を潜望鏡で観察していたトリガーは信じられないものを目にした。

(ス級が……一隻増えている!?)

昨日までは三隻だったス級が四隻に増えていた。しかも四隻中二隻は整備が済んでいるのか何時でも出撃できる即応状態にあった。

これは一大事だ。味方はス級の数が三隻だと言う事しか知らない。

一刻も早くこの事を友軍に知らせなくてはならない。攻撃を仕掛けてもス級を一隻でも取り逃がせばこちらが流す血の量が膨大な数になる。

しかし、トリガーはこの場で緊急通報を送ることが出来なかった。

トリガーがいるのは敵の泊地のど真ん中だ。今通信を打つと逆探されて群がる敵潜水艦と駆逐艦の集中攻撃を受けてしまう。

だが一刻の猶予はない。潜望鏡を下ろし、深度二五メートルまで急速潜航し可能な限りの速力でその場を離れた。

しかし敵に見つからないように動くとなるとどうしても速度が出せない。もどかしい限りだ。

急がないと、と思っているとソナーに反応が出た。

ヨ級改、コンタクト!

こんな時に、とHMDを睨みつける。恐らく哨戒の潜水艦だろう。

迂回している暇が惜しいが、このままではどのみち戦闘は避けられそうにない。

排除してでも行くしかない。ヨ級を沈めればすぐに仲間が様子を見に集まるはずだ。

囲まれる前に片付けて離脱する必要もある。

手早くやるしかない。

雷撃戦用意、機関停止。前後バラストタンク水平を維持。

惰性で進みながら進路をヨ級に向ける。

方位二-九-五、深度二三、敵速一二ノット、敵針一-九-七、距離は五七〇。

発射用意雷数は六発、うち二発を撃つ。

計算した射撃諸元が魚雷の弾頭に送り込まれる。

潜水艦、洋上艦問わず艦娘が使う魚雷は昔の様に直線撃ちか、あらかじめセットした簡単な機動しかすることが出来ない。ホーミング魚雷は技術的な観点からまだ試作すらできていない。

必中を狙って撃つしかない。時間をかければかける程こちらが不利だ。

ヨ級がこちらに気が付いた様子はない。鈍いのか、もう知っていてこちらが動くのを待っているのか。

周囲を確認するが仲間がいる様子はない。水切り音もない。

やるなら今しかない。

魚雷の発射準備が整うと、トリガーはタイマーをセットした。

(発射時機、カウント一〇秒、スタンバイ)

魚雷の発射準備が整うとトリガーは魚雷を発射する構えを取った。

(三、二、一、ファイア!)

魚雷二発が発射されると同時にあらかじめ計測した予定命中時間に合わせてタイマーがスタートする。

二発の魚雷が馳走を開始する。音から問題なく動いているようだ。

直ぐにやられる相手ではないだろう。二発の魚雷には直ぐに気が付くはずだ。

二射目を用意する。射撃諸元はヨ級の動き次第だ。

動いた。魚雷二発に正対するように舵を切りながらダウントリム二五度で潜航していく。まだこちらの位置は把握していないはずだが発射位置をトレースすればいずれわかるだろう。

機関始動、増速黒。一五ノットへ。

面舵一〇、右側面に回り込んで射撃位置を確保する。

敵潜ヨ級は増速してトリガーと同じ一五ノットに。深度三〇メートルで水平に移る。

その間にトリガーは右側面へと移動し続ける。だがヨ級も回答してこちらに向きつつある。気が付いたようだ。

魚雷発射準備の動作音が聞こえる。向こうも射撃体勢に入っているようだ。

どちらへ向けて撃つか、どれくらいの魚雷を撃ってくるか。ヨ級の動きを図りながら動いていると三発分の魚雷発射音が聞こえた。

予測軌道をHMDが算出して表示する。セオリー通りならこちらに向かって散開斉射のはずだ。

あくまでセオリー通りなら……。

魚雷の機動を聞き続けていると、散界斉射であることが分かったが、初弾は前方上方、二弾目は初弾よりやや右手を平行、三弾目は初弾、二弾目のやや中間を下方に向かって来る。

考えたな、と思いながら機関を停止、次いで逆進をかける。騒音、水切り音など音が大きくたつが致し方ない。

初弾がこちらに位置に到達するまで一七秒、そのあと二弾目と三弾目が三秒ずつ遅れて来る。

ヨ級改へ射撃体勢を取るべく面舵に切る。バックして進路を変更する形だ。

同時に前部タンクに注水、後部タンクを排水し前傾姿勢を取り少しでも魚雷の射撃がしやすい体制をとる。

ヨ級改はこちらの位置を窺いつつ、撃った分の魚雷の再装填と残る三発の射撃諸元を計算中の様だ。

しかしそのタイミングをトリガーは逃さなかった。

ヨ級改の位置を特定、正確な位置を算出し第二射の二発の魚雷を用意する。向こうが撃ってくる前に撃たねばならない。

もどかしさを感じながら魚雷の準備完了直ぐに射撃体勢を取る。

トリガーが二発の魚雷を発射するのとヨ級改が三発を発射するのはほぼ同時だった。

メンターンブロー(メインタンクブロー)の指示を艤装に出すと、急速浮上。魚雷をかわす。

こちらの魚雷はヨ級改へとまっすぐ向かって行く。かわそうと動き出すが遅かった。

一発は逸れたがもう一発がヨ級改に命中した。

海中内に爆発音が響き、衝撃波が走る。

艤装が破壊される音を聞いたトリガーは長居無用と前進原速に加速し、一気に離脱にかかった。

一刻も早く、仲間にス級の増援が来たことを知らせるために。

 

 

作戦海域到達を翌日に控えた「しだか」の夜の飛行甲板上を散策していた深雪は背の高い人影がキャットウォークに立っているのを見つけた。

誰だろうかと思い近づく。

「そこにいるの誰だい?」

「深雪さんですか?」

大和だった。長いポニーテイルを潮風になびかせながら海を見ていたようだ。

時々大和も海を見ていることがあったな、と深雪は大和がここにいる理由を推測した。以前聞いた話では海を見ていると心が落ち着くとか言う理由だった。

海軍の人間、船乗りは海を見ていると心が落ち着くと言う話はよく聞くから珍しい話ではない。

「海を見ているのか」

「ええ。生きて帰ることが前提とは言え、いつ砲火に倒れるか分かりませんから。こうして戦いの前に海を見ておくと緊張がほぐれるんです」

「ふーん。まあ、そうだな」

最近測って無いのでいくらあるのか分からないが大体一五〇センチほどの深雪に対し、大和の背丈は三〇センチ以上上に見える。

デカけりゃいいってもんじゃないけど、大和は一体何を食ったらそこまで大きくなれるんだ? 深雪は大和の背丈と胸部を見ながら思った。

大食いとよく言われる大和だが、別に揶揄される程の量を食べているわけではない。

普段からごく普通の定食を食べている。ただし基地で開かれる大食い対決では必ず出場するし、疲れるとご飯のお代わりを五回もしたことがある。

発育停止が無けりゃ、あたしも結構背は伸びたかな? そう思っていた時、深雪は暗がりの中でうっすらと大和の頬が赤くなっているのに気が付いた。

何で赤い? 一人で海を見ているところを見られて恥ずかしいのか? それとも少し風邪気味か。

「頬っぺたが赤いけど大丈夫なのかい?」

「え、赤くなっていますか?」

驚いたと言う顔で大和が逆に聞いて来る。意識していない内に赤くなっていたのか。

「風でも引いているんじゃねえのか?」

「いえ、くしゃみも咳も熱もありませんよ」

「それがあぶねえんだよ。自覚症状が無い状態が病気の重症化につながるんだ。大和は旗艦だろ、今日はもうベッドに入って寝ちゃいなよ」

「ええ。でももう少しだけ、ここにいさせてください」

「あいよ……」

本当に大丈夫なのか? と思いながらもキャットウォークの手すりにもたれて深雪も海を眺めた。

月灯りが煌々と海を照らしていて、眼前には普段見られない夜景が見える。

「静かだな……。ただ不気味な静かさじゃあない」

「ええ。嵐の前の静けさでもなく、ただ穏やかです」

「ああ。これからド派手にやるってのに緊張感が出ない」

「今のうちにリラックスしておくべきですよ。気持ちも軽くしておくと戦場で迷いも浮かばなければ雑念も出ません」

「ま、そうだな」

暫く海を見ていたが深雪は少し話でもしたいと思い大和に他愛もなく尋ねた。

「最近、吹雪はどうしてる?」

「吹雪さんですか? とても頑張っていますよ。改二になってからとても強くなってます」

「改二か。あたしも改二になりたいな。長一〇センチ砲使いてえ。あれなら今使っている連装砲より対空射撃もしやすいし、装薬の爆圧もいいから水上射撃にも十分使えるし、速射性も凄いからな」

「その内、深雪さんも改二になれますよ」

「その前に死にたくはないな」

手すりの上に頬杖をついて深雪は呟いた。死ぬ気はないが何が起きるのかが分からない戦場では、誰でも自分が思いもしない時に命を落とす。

これまで先に散っていった仲間たちも、多くが「自分は死なない」と信じて、あえない最期を遂げて来た。

運命のたどり方は皆等しく、死も対等に降り注ぐ。ここは人間も深海棲艦も同じだ。そしていずれ死するのが人間だ。

一度死にかけたことがあるだけに、深雪も「死」と言う物は恐ろしかった。特に孤独な死ほど恐ろしい物はない。

「そう言えば、深雪さんの上官の愛鷹さん。どんな方ですか?」

ふと思い出したように大和が聞いてきたので深雪は腕を組んで少し考えてから答えた。

「一言で言うなら思慮深い、かな」

「思慮深い」

「ああ。他にもタフだったり物知りなインテリだったり」

インテリと言う例えに大和が笑った。深雪も苦笑いを浮かべた。ちょっと変な例えかなあなどと考えた。

「でもすごい奴なのは確かさ。瑞鳳を護る為に身代わりになって左腕を骨折しても護りきるし。その状態で水上戦闘までやってのけたんだぜ」

へえ、と大和は感心したように頷く。

「他にもタイプライターを慣れた手つきで打ったり、刀で敵弾をぶった切ったりとかさ。すげえよアイツ、どういう教育を受けてたんだか」

「英才教育ですね」

「だろうな。そうでも無けりゃあれだけの技術スキルは手に入らねえ。あとなんか随分とシャイなんだよな」

「シャイ?」

首を傾げる大和に深雪は愛鷹と出会ってから今日まで愛鷹と話した時の出来事からの出来事を抜粋して大和に説明した。

「いっつも制帽は目深でさ。目元から上を見たことが無いんだ。だからどんな容姿かはたぶん誰も知らない。コートも着たまんま。大和並に背丈がデカいのは一発で分かるけどなあ。あたしもそれくらいでっかくなりたかった。

そう言えば、なんか持病を抱えている様でさ。初めての演習の時なんか無理したのか血吐いたんだぜ。錠剤飲んで抑えているみたいだけど」

吐血していると聞いて大和の顔が青くなる。

それを見てやばい、ショッキングな話をした、と深雪は遅い後悔をした。戦場で重傷を負って血反吐を吐く艦娘は少なくないし、そのまま命を落とした者もいる。

御免と深雪が詫びると、大和は気にしないで下さいと無理矢理笑って取り繕った。

するとそこへ「しだか」のモノではない煙の臭いがした。

「ん、なんだこの臭い?」

「葉巻じゃないですか、この香りは。前に嗅いだことがあります」

「大和って葉巻吸うのか?」

「いえ、『ホテル』なだけに海軍高官の人が吸う葉巻の香りを嗅いだことがよくあったので」

大和自ら禁句の「ホテル」の名を持ち出すのは随分と珍しい。大和が使う時は大体自虐ネタである。

「まあ、吸ってるとしたら……多分愛鷹じゃね? どっかで海を見ながら吸ってんだろーさ。あいつ愛煙家みたいだから」

「……ガングートさんと息が合いそうな趣味ですね」

「いや、なんか仲良いみたいだよ。ガングートの方から接して来たみたいだ」

二人のいる場所からは見えないが、実際にこの時愛鷹は艦首で一人葉巻を吸いながら海を眺めていた。

何も考えずに海を見つめる。何も考えないだけのはずだが、愛鷹にはこれが至福の時間でもあった。

白いコートと長いポニーテイルを潮風になびかせながら、見る夜の海は美しかった。

何も考えないはずの頭の中に、明日の夜、明後日の夜にもこの海を見る事は出来るのだろうか、と不安交じりに思った。

「しだか」は明日作戦海域に到着し、沖ノ鳥島海域攻撃作戦が開始される。

大規模戦力の敵と戦うのだから熾烈な海空戦が待ち受けているのは間違いない。

その時、だれ一人死なずに生きて帰れるのか。

その不安が脳裏に浮かび、消える事は無かった。

 

 

また爆発が海中内で起き、爆圧がトリガーを翻弄した。

離脱を図っていたトリガーはロ級改丁一隻に遭遇して激しい爆雷攻撃を受けていた。

爆雷の雨の前に防護機能は飽和状態寸前だ。これ以上は危険だった。

だが何よりトリガーを焦らせらせ始めていたのはス級の増援が来たことを知らせられていない事だった。

悪態をつきながら潜る浮上するを繰り返して、爆雷の爆発の致命打をギリギリで躱し続ける。

もどかしい! ただその一言ばかりがトリガーの口から何十、何百回も吐き出された。

 

 

数時間後、トリガーはロ級改丁を振り切ったが通信アンテナを損傷してしまい増援がいる事を知らせる術を失ってしまっていた。

こうなると直接味方と接触するしかなかった。

調子の悪くなったモーターを宥め宥めに動かして、味方艦隊の来る方向へとトリガーは針路をとった。

 

 

翌朝、〇七:〇〇。

沖ノ鳥島海域攻撃作戦が開始された。

(艦首、針路固定。後部バラストタンク注水完了を確認)

(五分隊全要員のウェルドックからの退避完了を確認)

(警報鳴らせ。ウェルドック、ハッチ解放。艦娘、出撃位置へ!)

黄色い警告灯が点滅し、警報音が鳴り響く中「しだか」のウェルドックのハッチが開かれて海水がドック内に流れ込んできた。

(ウェルドック、注水確認、一航戦、五航戦、出撃せよ!)

先発の艦娘達が出撃の許可が出ると出撃申告をして次々に出撃していった。

ドック内の作業員と明石が手を振り歓声を上げて見送る。大淀、仁淀、谷田川は「しだか」のFIC(旗艦用作戦指令室)にいるのでここにはいなかった。

支援部隊の出撃は最後だった。

「重巡熊野、推参いたします!」

「最上型重巡鈴谷、いっくよー!」

「ほな、黒潮。いっきまーす!」

「陽炎、出撃しまーす!」

「不知火……出る!」

「重巡古鷹、出撃します!」

「加古、出撃ィ!」

「青葉型重巡衣笠、出撃します!」

「戦艦ガングート、出るぞ! ウラーッ!」

「軽巡ユリシーズ、出る!」

「装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペー、抜錨する!」

「特型駆逐艦深雪、出撃するぜ!」

「航空母艦、瑞鳳。抜錨しちゃいます!」

「軽巡夕張、出撃!」

「秋月型駆逐艦蒼月、行きます!」

「青葉、取材、あ、いえ、出撃しまーす」

「この戦いの後も……またテートクとティーが飲みたいネ。戦艦金剛、行くデース!」

最後に出撃したのが愛鷹だった。

(支援部隊旗艦愛鷹。出撃シーケンスに移行、ウェルドック針路確認OK。出撃を許可する)

ウェルドックのドック内管制指揮所から出撃許可が出ると、発進口上部にあるライトが黄色から緑になった。

タブレットはすでに服用済み。長丁場に備えて少し多めに飲んでいた。勿論予備も忘れずに持っている。

深呼吸をした愛鷹の頬を何かが突っついた。愛鷹が見ると明石が手配してくれた装備妖精さんが肩章の上でグッドサインを出していた。艤装に異常なしのサインだ。

ドック内右手のキャットウォークで青い作業服の上に黄色いベストとヘルメットを被った出撃士官が片膝をついて右手をハッチの方へと伸ばした。

「グリーンライト確認……支援部隊旗艦超甲巡愛鷹、出る!」

主機が始動し、前進強速に一気に加速した。

愛鷹がウェルドックを出ると「しだか」はドックのハッチを閉鎖しバラストタンク内の海水を排水した。

出撃した艦娘は各自作戦通りに艦隊と陣形を組むと次々に作戦海域の前線へ展開していった。

 

 

(こちらAWACSスカイドッグ、展開した各艦隊へ。これより本機が『しだか』と貴艦らの指揮の中継、警戒監視に当たる。よろしく頼む)

艦娘達のヘッドセットに「しだか」から発艦したEP6Bカタリナアイ空中管制機のコールサイン、スカイドッグから通信が入った。

「AWACS、ちゃんと上から見ててくれよ」

深雪がスカイドッグに言うと(了解だ)と返って来た。

四群の空母部隊から彩雲偵察機、SB2Cヘルダイバー偵察機が次々に発艦し、敵艦隊捜索と敵泊地の状況偵察に出撃した。

今回の作戦は隠れっ子なしの艦隊同士のぶつかり合い、艦隊決戦だ。

弓やクロスボウ型カタパルト、ライフル型カタパルト、巻物型飛行甲板から偵察機が発艦していく。

(空母打撃群総旗艦赤城より各空母打撃群へ。第一次攻撃隊の発艦準備に入られたし)

赤城の指示通り、各空母艦娘は戦闘機隊の発艦準備を始めた。

一方支援部隊は「しだか」を中心に輪形陣を展開して、主力の部隊の後方に展開していた。既に愛鷹から「対空、対潜警戒厳に」が発令されている。

「敵艦隊はいつ来きますかねえ」

無線を聞きながら青葉が聞くと衣笠が応えた。

「これだけの規模なんだから、すぐに分かるでしょ」

「そだねー。直掩機ありったけ上げといた方がいいかもね」

そう言って鈴谷が烈風を装填した矢をクロスボウ型カタパルトから撃ち出した。

「艦隊旗艦、主砲に装填するのは?」

ガングートが悪戯っぽく笑って愛鷹に聞いた。

「三式弾です」

「だな」

全員が主砲に対空弾の三式弾改二を装填し、機銃を装備している者は機銃も用意する。

「三式装填よし!」

支援部隊各員からの報告に頷いた愛鷹はパッシブソナーを確認した。

反応はなかったが、あれだけの大規模潜水艦隊がいたのだから気を抜くことは出来ない。

今日は長い日になりそうだな……。

 

 

「オータス1、2。間もなく敵泊地の防空圏予想区域に突入します」

「第四空母打撃群のダッグ2、未だ敵艦隊とのコンタクト無し。シーガル、ピューマ、ジャガーもコンタクトはありません」

「千代田より入電。リーパー隊からの定時報告では異常なし。千歳のハンター2-1も同じく」

FICの管制員たちの報告に谷田川は今のところは敵さん見ずだな、と腕を組んで聞いていた。

「第二空母打撃群旗艦大鳳より入電。我索敵第二陣を発艦せり。アイボールはビンゴ・フューエルにつき帰投する」

時計を見ると作戦開始から早くも一時間が経過していた。

「敵泊地の防衛体制はどうなっているんでしょうね」

コンソールから顔を上げた仁淀が不安げに谷田川に聞く。

「相手は前線展開泊地棲姫だから、相当な物でしょうね。不安?」

姉の大淀に聞かれた仁淀が頷くと「大丈夫、お姉ちゃんがいるから」と大淀は笑みを浮かべて返した。

「オータス隊、敵泊地防空圏に侵入。未だ会敵は無し」

その報告が上がった時、管制官の一人が「コンタクト」と告げた。

「タイコンデロガのセイバー2-6が敵機動部隊を発見、ヲ級一、ヌ級一を中核とした艦隊の模様。セイバー2-4から入電。我、敵機動部隊発見、ヲ級二隻、戦艦タ級一隻を含む護衛艦艇の部隊の模様」

谷田川が反応した。大淀に「二群の位置は?」と問う。

「はい、二つとも敵泊地の北西、三四キロです」

「もっと展開しているだろうな。泊地防衛にこれだけの戦力しか当てて無いわけがない」

そう言った時、続報が次々に入って来た。

「シーガル1が敵艦隊を捕捉。ヌ級二隻を中核としています。護衛はネ級改、リ級の他に駆逐艦」

「ジャガー4もコンタクト。タ級三隻、ネ級改一隻、駆逐艦二隻を確認セリ」

「ダッグ3、敵艦隊を発見。ヲ級二隻、ツ級三隻、駆逐艦一隻の模様」

その後、上げられた報告を集計していくうちに仁淀は背筋が冷えていくのが分かった。

確認されたのは空母ヲ級ないしヌ級など二隻の空母を中核とする空母部隊が一〇個、戦艦中核の水上打撃部隊が二個、計一二個の艦隊だ。

空母は戦艦部隊随伴を含めて二二、戦艦は空母部隊随伴を含めて一〇……。重巡、軽巡、駆逐艦はそれ以上にいた。

これだけで敵は七二隻もいる。しかしス級はカウントしていないし泊地防衛艦隊の数も把握できていない。

嫌な予感しかしないと思っているとオータス隊から報告が来て仁淀は思わず息をのんだ。

「泊地防衛艦隊は戦艦七隻、空母一〇隻、随伴、哨戒艦隊などおよそ五〇余隻を確認」

報告する大淀の声自体もやや上ずる。だが谷田川は敵艦隊の数は気にしていなかった。彼が気にしていたのは別の事だった。

「敵泊地にス級は確認できたのか?」

「現在確認中です」

管制官の一人が返す。

そう言えば、と大淀と仁淀は顔を合わせあった。敵泊地にス級がいたと言う報告は聞かない。

「こちら『しだか』FIC、オータス隊、ス級は確認できたか?」

(こちらオータス1、ネガティブ。ス級の姿は……いた、二隻を確認。ドックに入って整備中の模様)

「ス級は三隻いるはずだ、もう一隻はどこだ!?」

マイクをひっつかんで谷田川が聞くがオータス1は(確認できない)と返してきた。

その時、オータス2が叫んだ。

(警戒、敵迎撃機、タコヤキがコンタクト。ただちに離脱する!)

(いや、上方に敵機! 回避し……)

(オータス1がやら……)

二機からの通信が途絶えた。

「オータス隊、ロスト!」

「くそ、全艦隊に緊急通達だ! ス級一隻が外洋に出ている可能性がある、対水上警戒を厳にしろ! 

第二から第三空母打撃群は第一次攻撃隊を直ちに各敵空母部隊へ向けて出撃、敵防空能力を無力化した後敵艦隊を殲滅する。第一空母打撃群は敵泊地へ第一次攻撃隊を出撃させ泊地上空の航空優勢を確保せよ。時間との勝負だ、派手に行くぞ諸君!」

 

 

「ス級が一隻いない?」

拙いことになっていると連絡を聞いた愛鷹は思った。

あの巨艦が一隻で動くとは思えない。護衛艦艇を連れて出ているはずだ。

ス級がいないのは恐らくこちらへの迎撃ではなく、たまたま整備を終えた後の慣らしの様なもののために出港したのだろう。しかし既にこちらの偵察機を見つけて撃墜しているからこちらが来襲したことは察知しているはず。

偵察機の来た道をトレースすれば、こちらの位置を割り出すのは難しい話ではない。

スカイドッグの話では各空母打撃群から第一次攻撃隊が発艦しつつあると言う。予定通り航空優勢確保のため戦闘機のみの編成だ。

航空支援のない艦隊程、航空機の攻撃には脆い。

「一隻いないとはタイミングが悪かったか。だが動けない二隻を今のうちに叩いておいても損はない」

「ガングートの言うとおりネ」

「へへん、派手にやるぞぉ」

意気込む一同だったが、愛鷹は不安な気持ちを抱えたままだった。ス級の攻撃で瀕死の重傷を負わされた身だからス級の恐ろしさは身に染みている。

だが、第三三戦隊以外のメンバーの殆どはこの恐怖を知らない。金剛もス級を直接見てはいるが対決した事は無い。

一抹の不安が愛鷹の脳裏をよぎる。もう一隻のス級の出方でこちらの戦況が覆されるかもしれない。

単艦でこちらを壊滅寸前にまで追い込んだ「怪物」なのだから。

「どう思います、青葉さん」

愛鷹は青葉に意見を聞いてみた。

「そうですねえ。脅威が思わぬ動きをしていると言う事は青葉も愛鷹さんの考えと同じです。青葉たちを単独で壊滅寸前にまで追い込みましたからね。

しかも足が異常に速いと聞きます。その機動性でこちらが対応しきれない内にあの火力でまとめて殲滅にかかるかもしれない……またはアウトレンジ射撃で圧倒するかもしれませんし。

高脅威目標の足取りがつかめないのは後々厄介になるのは確かですね。こちらの数で圧倒するか、早期に見つけて空爆で撃破するか、かと」

返されて来た応えに頷いた時、第一空母打撃群が敵泊地へ六四機の戦闘機を向かわせたと言う連絡が入った。

戦いはまず空からだ。

 

 

(スカイドッグから第一空母打撃群から発艦した攻撃隊全機へ。敵泊地まで残り二五キロ、各機攻撃態勢に入れ。今のところレーダーに敵影は無い)

スカイドッグからの通達に第一空母打撃群の第一次攻撃隊の一六個小隊、ヴァイパー、ヘイロー、サラマンダー、スコール、ファルコ、アクイラ、タイガー、コヨーテ、フォックス、クロウ、アンタレス、クローバー、ブレード、シューター、マスタング、クライスデールのコールサインの小隊のリーダーが「了解」と返した。

機体はすべて烈風だ。日本艦隊の主力戦闘機の一つで配備数では一番多い。他は瑞鳳に配備されているまだ少数しか生産されていない烈風改と、烈風に次いで多く生産されている紫電改二だ。

六四機の戦闘機隊が泊地まで一八キロまで迫った時、スカイドッグのレーダーに迎撃する深海の迎撃機が映った。

(スカイドッグより各機、ターゲットマージ。ボギー八〇がコンタクト。おおよそ三〇秒後にエンゲージ。各機、ウェポンズフリー。交戦を許可する!)

交戦許可に各小隊リーダーが「了解」と返答する。

先頭を進むヴァイパーリーダーが「ビジュアルコンタクト!」と告げるや、戦闘機隊は次々に増槽を切り離し加速した。

双方が発砲するのは同時だった。

初手からタコヤキ五機が火を噴いて落ちるが烈風も三機が主翼を叩き折られたり、エンジンを破壊されたりして撃墜される。

オレンジと緑の曳光弾が飛び交い、からめとられた機体が爆発、分解されて青空に散る。

烈風のエンジンの咆哮が轟き、機銃の発射音が鳴り響いた。

双方が急旋回するときに引く飛行機雲(ヴェイパー)が空に絡まりあい、そこに撃墜される機体の黒煙が引っかき傷の様に一本、また一本と追加されていく。

(サラマンダー3、ロスト!)

(敵機が味方の後ろに!)

(援護を頼む!)

(これ以上やらせるな!)

(三機目だ、三機をスプラッシュ)

(くそ、速い。こちらの……)

(クロウ4、ダウン)

(こいつら只者じゃないぞ、いつものタコヤキと違う!)

(編隊を崩すな、エレメントを維持しろ!)

(ガンズ・ガンズ・ガンズ!)

(タイガー2、回避、回避、後ろに付かれてるぞ)

(振り切れない、誰か追っ払ってくれ!)

(援護に向かう!)

機銃の銃声と共に機銃弾が鞭の様にタコヤキに繰り出され、タコヤキは上昇、旋回、急降下で回避にかかる。しかしその先を読んだ二撃目や僚機の援護で討ち取られるタコヤキもいる。

一方で烈風も孤立させられた機体が集中攻撃を受けて躱し切れない何機かが炎上、四散して果てる。

激しい切り返しの末に射撃タイミングをとらえて機銃弾を撃ち放ちタコヤキを撃墜する機体、高度なフライトテクニックで敵機を翻弄、かわして攻守を入れ替え撃墜する機体、立て続けに数機を撃墜して僚機を援護する機体、そして一瞬の隙を突かれて撃墜される機体。

烈風は防衛する攻撃機がいない分、攻めの姿勢を崩さず、タコヤキも防衛のために奮戦する。

(貰った!)

(チクショウ、チクショウ、何でこっちが……)

(くそ、ニノックス2をやった奴はどこだ!?)

(流石に尻に火がついてきたかもしれない)

(まだ先は長いぞ。がんばれ!)

(弾が心細くなってきた……)

(違う、あのタコヤキだ! あいつ出来るぞ、囲んで叩け)

(タイガー隊が全滅した!)

(くそ、タイガー隊が……)

(仇討ちだ!)

(被弾、被弾、敵の攻撃が命中! ダメだ機体が……!)

(また一機やられたぞ!)

(このタコヤキはいつものタコヤキとは違う!)

(やられた、くそ。まだだ、まだ終わらんよ!)

(また来るぞ、避けろ!)

(まだだ、まだやれる。こっちが勝たなくちゃまず……)

(スコール4が落ちた!)

ほんの数分の空戦だった。

AWACSスカイドッグからタコヤキが四機だけになって撤退したことを告げた時、六四機の編隊から一四機の烈風が消えていた。

 

 

第一空母打撃群から出撃した第一次攻撃隊の損耗率を聞いて愛鷹は眉間に眉を寄せた。

損耗率は約二二パーセント。損傷した機体の内修復不能で廃棄される機体を含めたとした場合、二五パーセントの烈風が失われるかもしれなかった。

幸先は良いとは言えないかもしれない。敵の防空能力は相当分厚い。

報告では敵のタコヤキはかなり腕が立つ強敵揃いだったと言う。

しかし深海棲艦の重要拠点となる前線展開泊地棲姫の防空に当たる戦闘機だから、強敵揃いだとしても全くおかしくはない。むしろ第一波を戦闘機にしたおかげで攻撃機の損耗がゼロに抑えられた事は大きな戦果と言えるかもしれない。

しかし、まだ戦闘は始まったばかりだった。

程なく第二から第四空母打撃群の戦闘機で編成された第一次攻撃隊も帰還した。こちらは比較的残存数が多く、迎撃して来た敵機のほぼ全てを撃墜していた。

それでもどこも損耗率は平均一二パーセントと無視できる損害ではない。

「難敵揃いね。あと何機これだけ強いのがいるのかしら」

眉間に冷や汗を浮かべて瑞鳳が言う。

「おそらく、まだまだ大勢いる事でしょう。一筋縄では行かないようですわね」

「まー、簡単過ぎた方がもっとヤバいかもしれないけどね」

軽空母艤装の熊野が瑞鳳に返し、鈴谷がそれに続いた。

「そろそろ、敵も攻撃隊を送り込むだろうな」

空を見上げながらユリシーズが言う。

「あたしらのとこにも来るかな?」

「見つかったら来るでしょう」

「そら、そうやな」

陽炎、不知火、黒潮も連装砲のトリガーとフォアグリップを握りなおしながら言う。

「今のところ。水上に敵影は無いね」

「あたしの目にもなーんにも見えない。古鷹は?」

「私も特に何も……」

仲間たちの会話を聞いていた夕張が首を傾げる。

「妙ねえ、敵の潜水艦。あれだけ沢山いたのにいないなんて」

「千歳さんからは何も言ってきませんね」

対潜哨戒任務部隊旗艦千歳からも何も報告が無い事を蒼月が引き合いに出す。と、ガングートが答えた。

「昼間は比較的見通しが良いからな。潜水艦はソナーを使うよりは潜望鏡で諸元を確認した上で魚雷を撃つのが雷撃時の命中率の確実性が上がる。

しかし昼間だと潜望鏡は見つかりやすい。シークラッター(波によるレーダー乱射)による影響で潜望鏡をレーダーでとらえられなくても、見晴らしの良い昼間なら目ん玉がモノを言うからな。潜望鏡が立てる航跡でも見つけることは可能だ。

だとしたら夜間、目ん玉がモノ言うには限界のある夜の暗闇が絶好の襲撃タイミングだ。夜陰に紛れてこっそり魚雷を撃ち込む方が見つかりにくい上に奇襲性も高い。

視界の低下する夜間だと魚雷の航跡も見つけづらいからな。季節によっては海流だけでなく変温層にも多少の変化も起きる場合がある」

「ガングートはなんでそんなに潜水艦のこと知ってるの?」

なんだか難しいこと言うなあと言いたげな衣笠が聞くと、ガングートは鼻を鳴らして「昔、潜水艦について色々と勉強したものでな。実は肺活の耐久試験で落ちたが潜水艦娘の試験も受けた事があるぞ」と自慢げに語った。

「ガングートはんが潜水艦? んー、どう連想しても動きが鈍そうに思えるんやけど? ちゅーか、ちっとも似合わへんで」

「言ってくれるなあ、ちっこいおかっぱよ」

野暮なツッコミを入れる黒潮にガングートがやや拗ね気味に返した。

「誰が『ちっこいおかっぱ』やねん! でっかい白髪女」

「し、白髪だと? これは地毛だ」

ムスッとした顔で言い返した黒潮の暴言にガングートもややムキになって返した。

そこへやや苛立ったような愛鷹の声が一同のヘッドセットに入って来た。

「無線が賑やかなのはリラックスしているつもりなのかもしれませんが、敵潜水艦警戒に気を抜かれても困りますよ。へらへら笑っていたら魚雷に撃たれた、などと言われても助けられませんからね」

ぴしゃりと言う様に放った愛鷹の言葉に全員が「おっと」と気を取り直して警戒に当たった。

こんな艦隊でス級と遭遇した時対応できるのか? と少し不安と悩みの様なものを愛鷹は感じた。

過度な緊張は失敗を招くが、緩んでしまうのもまた同じ。

溜息を吐いた時、無線から敵艦隊へ向けて対艦攻撃装備の攻撃隊と護衛機の攻撃隊が第二、第三、第四空母打撃群から発艦したと言う通達がスカイドッグから入った。

第一空母打撃群はもう一回戦闘機のみで編成した第二次攻撃隊を送る事に決定して発艦を始めたと言う。因みに収容後使用不能と判断されて放棄された烈風を含めると第一次攻撃隊の損耗率は二三パーセントに上っていた。

二三パーセントか……愛鷹が損耗率の数字を思い浮かべた時だった。

(警告、こちらAWACS。ボギーが支援部隊に高速で近づいている。参照点より方位〇-九-九)

「西から? こちら愛鷹。スカイドッグ、ボギーの機数は?」

(レーダー上では機数は一機だ。恐らく偵察機。防空戦闘機隊で排除することをリクエストする)

「了解。鈴谷さん、マカレナ隊を急行させ迎撃してください。熊野さんのマリーゴールド隊、ヴィオラ隊、瑞鳳さんのメイジ隊、ガーゴイル隊はこの艦隊上空で待機」

「りょーかい」

「承りましてよ」

「了解」

支援部隊と「しだか」上空を哨戒中だった烈風四機のマカレナ隊が偵察機と思われる機影の迎撃に向かう。

相手が速いこともあって、すぐにマカレナ隊は機影を確認した。スカイドッグの読み通り深海棲艦の高速偵察機だ。

烈風四機は偵察機に襲い掛かったが、偵察機は快足を生かして格闘戦を避けて逃げ回った。

「もー、何やってんの!? 早く落としちゃいなよ」

苛立った鈴谷に言われずともマカレナ隊の烈風は偵察機を追いかけ、どうにか撃墜した。

安堵する一同だったが愛鷹は深刻な事態に陥ったことを知っていた。

逆探が偵察機から照射されたレーダー波を捉えていた。はっきりと捉えることが出来たのだから支援部隊と「しだか」が見つかったことは疑いようがない。

敵の攻撃が来る、その確信が愛鷹の肌を粟立たたせた。

「こちら支援部隊旗艦愛鷹。緊急通達、我敵偵察機に発見さる」

ヘッドセットにそう吹き込むと支援部隊の各員に「対空戦闘用意、対空警戒を厳に。敵はすぐに来ます」と告げる。

仲間に通達してから主砲の動作確認を行う。念入りに整備をしているから故障は起きないと信じたいが、万が一動作不良を起こしたら……。

ヘッドセットが着信音を発てたので愛鷹は通話スイッチを押した。

(谷田川だ、愛鷹くん。第一混成打撃部隊の伊吹がエアカバーの橘花改八機を五分待機させている。必要になったら支援要請をするんだ)

「了解しました」

橘花改八機、たった八機、されど八機、と言うべきか。

「瑞鳳さん、熊野さん、鈴谷さん。防空戦闘機部隊を増派してください。万全の防空体制が必要です」

三人が了解と答え、防空戦闘機部隊をさらに上げる。

支援部隊上空に瑞鳳のメイジ隊、ガーゴイル隊に加えてゴーレム隊、ストライダー隊の八機、熊野のマリーゴールド隊、ヴィオラ隊に加えてホーテンシア隊の四機、鈴谷のマカレナ隊に加えてカーミラ隊、ディアナ隊の八機の計二〇機が増派され、支援部隊上空には烈風改一六機、烈風二四機の計四〇機が展開した。

程なく第二から第四空母打撃群の第二次攻撃隊が敵空母部隊と交戦を開始したと言う知らせが入り、さらに第一空母打撃群の戦闘機のみの第二次攻撃隊四八機も五二機のタコヤキと会敵して交戦を開始したとスカイドッグが知らせて来る。

数十分後、第二から第四空母打撃群による敵空母部隊への攻撃の結果が入って来た。

結果はヲ級一隻撃沈、一隻撃破、ヌ級二隻撃沈、一隻推定中破。戦艦タ級一隻推定中破、重巡リ級、軽巡ツ級一隻ずつ撃沈、駆逐艦イ級三隻撃沈と言う物だった。その他の護衛艦艇にも何かしらの損害は与えたらしい。

ただ対空砲火の激しさで効果がやや不十分気味だった。攻撃隊の未帰還機はそれほど多くは無いらしく、各空母打撃群は第三次攻撃隊の発艦準備に入っていると言う。

そこへAWACSスカイドッグが警告を発した。

(警告、敵大編隊をレーダーで確認。支援部隊に急速接近。参照点より方位一-〇-〇、機数は八〇機。敵の攻撃部隊と思われる。支援部隊は交戦に備えよ、おおよそ四五秒後にそちらの防空圏に入る)

「了解。皆さん敵攻撃機部隊が来ます。交戦に備えてください」

一七人分の「了解」の返答が返り、スカイドッグが支援部隊直掩に着く防空戦闘機隊を敵攻撃機部隊へと誘導した。

さらに愛鷹は伊吹からエアカバーの橘花改の増援を要請した。

(了解、五分だ。三分でそちらに向かう)

「了解です」

伊吹からの返事に愛鷹が頷くと深雪が首をひねった。

「五分かかる、三分で行くって、なんだよ……」

暫くして戦闘機部隊が「ターゲットマージ、迎撃を開始する」と告げ、四〇機の防空戦闘機隊が迎撃を開始した。

今度の攻撃隊の編成は、戦闘機はタコヤキだが攻撃機は通常型だと言う。編隊長を務めるストライダーリーダーが確認した限りでは攻撃機とタコヤキの数はほぼ同数。

それ以上の事は分からなかった。

防空戦が開始され戦闘機隊が交戦を開始した。

瑞鳳の戦闘機隊は先の偵察出撃で鍛えたお陰で善戦しているが、熊野と鈴谷の烈風はタコヤキ相手に苦戦気味になっていた。

「ストライダー、メイジ、ガーゴイル、ゴーレム隊は戦闘機を引き付けてください。他の部隊は攻撃機を攻撃」

そう愛鷹が指示を出すと(ネガティブ、それは無理な注文です! タコヤキが出来る奴らばかりで攻撃機に取り付けない)と返された。

八〇機の攻撃隊の内半数が護衛機だとしたら機数は同じ。タコヤキの練度が高ければ確かに振り切って攻撃機を迎撃する余裕が出ない。

やがて愛鷹の対空レーダーに敵攻撃機の機影が映った。数は四〇機ほどで恐らく削れてはいないだろう。

やるしかない、と決めた愛鷹はスカイドッグに通信を入れた。

「スカイドッグ、こちら愛鷹。敵編隊の予測針路、高度のデータを送られたし。主砲の長距離射撃で削られるだけ削ってみます」

(了解、そちらに諸元を転送する。よい射的を)

「ありがとう」

送られて来た射撃諸元に基づいて愛鷹の三一センチ三連装砲が敵編隊を指向した。諸元データは愛鷹だけでなく金剛、ガングート、シュペーにも伝達された。

「愛鷹より金剛さん、ガングートさん、シュペーさんへ。左主砲長距離対空戦闘、旗艦指示の目標、三式弾改二撃ちー方始め」

「砲撃準備OKネ!」

「いつでもいけるぞ」

「射撃指示を待ちます!」

三人が発砲準備よしと返してくる。愛鷹は頷くと砲撃はじめの合図を出した。

「撃ちー方始め、てぇーっ!」

「ファイヤー!」

「アゴーニ!」

「フォイアー!」

三一センチ主砲九門、三〇・五センチ主砲一二門、二八センチ主砲六門、四一センチ主砲八門、計三五門の大口径主砲が発する砲声が、支援部隊の交戦開始の合図となった。

 




「しだか」から艦娘が出撃するシーンに何かのデジャブを感じた人はいるかと思います。
はい、ガンダムのカタパルト発進が元ネタです(笑)。
出撃士官とドック内管制指揮所は今の空母のカタパルトの発艦士官とICCS(統合カタパルト管制室)がモチーフになっています。

増援一隻に加え、攻撃時には二隻いなかったス級。しかし艦隊は「もう一隻」いる事を知らず、トリガーはまだ通報することが出来ていない状態。
リアルタイムで入手できない、それも最重要情報がこの後艦娘達を過酷な戦況へと追い込みます……。

今日で平成は最後ですね。次回は令和でお会いしましょう。


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第一三話 沖ノ鳥島海域艦隊戦 中編

沖ノ鳥島海域艦隊戦の第二幕のスタートとなります。


砲声と共に放たれた三五発の砲弾は四〇機の敵攻撃機の編隊の真ん中で炸裂した。

近接信管の起爆で四方へと撒き散らされる散弾がタコヤキを切り裂き、切り刻み、細かな破片へと分解して撃墜する。

三分の一程が火の玉になるか、黒煙を噴いて海へと落ちていくが残りは損害に構わず支援部隊に接近する。

速い、と攻撃機の接近速度を見て愛鷹は驚いた。前よりタコヤキの飛ぶ速さが速くなっている。

もしやタコヤキの改良型だとでも言うのだろうか? もしそうなら爆装も強化されている可能性もある。

容易ならざる敵だ。

接近する速度が速く、もう愛鷹、金剛、ガングート、シュペーの主砲の射撃が間に合う距離ではない。

青葉、衣笠、古鷹、加古、夕張、ユリシーズが主砲の対空射撃を開始する。

二〇・三センチ連装主砲と一四センチ単装、連装主砲、五・二五インチ連装両用砲の対空弾が撃ち上げられ、攻撃機部隊の鼻先で弾幕を展開する。

大口径砲とは違い対空弾の爆発範囲は広くない。だが戦艦の主砲に比べ速射能力の良さと取り回しの速さが巡洋艦の強みだ。

両手で構える二〇・三センチ連装主砲のトリガーを引く衣笠は、自分の放つ三式弾改二の着弾位置がイマイチ後追い気味なのが気になった。自分の主砲はどちらかと言うと水上射撃向きだ。対空射撃も出来るが両用砲並みに出来るという訳でもない。

一方、姉の青葉は自分よりは大分マシだった。右肩に担いだ第一、第二主砲(左足の第三主砲は位置の関係から対空射撃には向いていない)から放たれる三式弾改二はそれなりにタコヤキのいる空へと飛んでいき、VT信管を起動させて散弾を撒き散らしてタコヤキに損傷を与えている。

「対空射撃って、どうも苦手なのよねえ……」

「無理に当てなくてもいいから、牽制のつもりで撃って!」

あまり対空射撃が得意ではない衣笠の弱音のような言葉に青葉が発破をかける。

もっとも日本巡洋艦で命中率がいいのは青葉だけだ。古鷹も加古も衣笠よりは少しいいか同じ程度で、青葉に次いで有効弾を撃つのは夕張だ。速射性は低くてもレーダーと連動した精密射撃で確実に落としている。

一方でユリシーズの射撃は命中精度がいい。対空レーダーと連動した射撃はタコヤキの編隊に有効弾を次々に送り込んでいる。ただ小口径砲と言う事もあり一度に落とすことが出来ている敵機の数は多くない。

「主よ、どうか我が手と我が腕に空より来たりし悪魔を落とす力を与えたまえ、主は我が海の守護神、海の牙城、どうか我に友を護る力をお貸しください……」

敬虔なクリスチャンらしいユリシーズは神への祈りを呟きながら両用砲を撃ち続けた。

程なく蒼月、深雪、陽炎、不知火、黒潮、それに長一〇センチ高角砲搭載の愛鷹、シュペーの八・八センチ対空砲、夕張の一二・七センチ高角砲の対空射撃が始まった。

小さい対空弾の炸裂した爆炎が無数に青空に咲き乱れ、タコヤキがその中へと躊躇いもなく突っ込む。

長一〇センチ砲高角砲の直撃を受けたタコヤキが爆散し、一二・七センチ連装砲の対空弾の至近弾で戦闘不能なまでのダメージを受けたタコヤキが姿勢を崩し、撤退を図る。そこへ八・八センチ対空砲が逃がさぬとばかりに対空弾を周囲にばらまき、タコヤキがバラバラに砕け散る。

蒼月の高い命中精度を誇る対空射撃でタコヤキが次々に落ちるが、揃って改二になっている陽炎、不知火、黒潮の射撃の精度も高い。

「あたってーな!」

「落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ!」

「深雪と黒潮に後れを取っちゃったら陽炎型ネームシップの名が泣くわ」

「じゃあ、陽炎は撃っててください」

殆ど蒼月単独でではある物のタコヤキはこの時点で九割の攻撃機が撃墜されていた。それでも残りが尚も接近し射撃ポジションに入ろうと機動を始める。

それに対し愛鷹と金剛の二五ミリ三連装機銃、ガングートの一三・二ミリ四連装機銃、シュペーとユリシーズの二〇ミリ機関砲の機銃により弾幕が張られた。

オレンジ色の機銃弾がタコヤキの前にカーテンの様な弾幕を広げる。

そのカーテンを突破したタコヤキは一機もいなかった。

タコヤキがいなくなったのを確認した愛鷹は全員に「撃ち方止め」と命じた。

青空には黒い染みの様な対空弾の炸裂した跡、撃墜されたタコヤキが引いていった、海面に墜落したタコヤキの上げる黒煙で薄汚くなっている。海も同じような有様だ。

(スカイドッグから支援部隊旗艦愛鷹へ。ピクチャークリア。残る敵機は護衛機だけだ、残存機が撤退する。今のうちに直掩機を下ろし補給を行わせた方がいい)

「了解。瑞鳳さん、熊野さん、鈴谷さん、直掩戦闘機隊を収容、補給を急いでください。交代機の準備も」

「了解」

「伊吹さん、そちらの準備は?」

(今終わったけど、そっちの方も終わったみたいね)

「はい。ですがこちらが直掩機の収容中の穴埋めに橘花改を派遣していただきたいです」

(了解。今発艦させる。そちらには直ぐに着くよ)

直掩の戦闘機部隊が戻ってくるのを見ながら愛鷹は胸のむかつきを感じた。心臓の動悸も早くなる。

急いでタブレットを呑み込んで調子を整えた。この段階でもうこうなるのでは今日どころかこれから先乗り越えていけるのか、それが急に不安になって来た。

それでも自分の出来ることをやるしかない。

「大丈夫か?」

後ろからガングートが聞いて来る。頷いて愛鷹は答える。

「あれが、愛鷹って人の……」

「聞いてちゃいたけど、確かにやり手の艦娘っぽいな。しかし、でっけえなぁ三一センチ主砲って」

一息つく古鷹と加古は愛鷹の背中を見ながら顔を見合わせていた。

瑞鳳と熊野、鈴谷が戦闘機隊の着艦作業に入る。

「出撃機数四〇機。内未帰還機九機……」

やはり今回のタコヤキは以前より手強さが増している。早期に味方艦隊が敵機動部隊を殲滅してくれないとこちらは持ちこたえられないかもしれない。

瑞鳳の飛行甲板に烈風改が着艦した時に橘花改八機が飛来する。ジェットエンジンの轟音を立てながら編隊を組んで艦隊の上を航過していく。

さらに熊野、鈴谷が戦闘機隊の収容作業に入った時、愛鷹のソナーが何かを検知した。

「今のは?」

そう思った時、青葉が叫んだ。

「潜水艦探知! 方位二-六-八、深度二〇、距離七〇〇、数は……二隻。ヨ級です!」

敵の潜水艦、網を張っていたのか、それとも偵察情報を聞いてやってきたか。

一番近いユリシーズと不知火に対潜攻撃を指示した時、そのユリシーズが警告を発した。

「雷跡、四発、いやさらに四発を確認。計八発がこちらに向かって来る! 方位二-六-八、敵針〇-八-八、敵速四五ノット! 回避しろ!」

艦娘なら余裕で回避は出来る。しかし、その射界には「しだか」が入っている。動きの鈍い「しだか」はよけきれない。

するとユリシーズは主砲を魚雷の鼻先に向けると斉射を行った。主砲射遅延信管にセットした両用砲が砲弾を連射し、魚雷の鼻先で着弾の水柱を突き立てる。

初弾命中とは行かないが着弾位置は悪くない。撃で軌道をそらすか破壊するつもりの様だ。

その間、不知火と対潜攻撃を行う彩雲が敵潜に向かい対潜攻撃を開始する。

「沈め……」とドスの利いた声で言いながら爆雷を投射する不知火に続き、MADで探知した敵潜に彩雲も爆雷を投じる。

投射された爆雷が海中で爆発すると水柱が複数海上に林立し、その間を縫うように小柄な不知火が駆け抜ける。彩雲からの探知位置を参考に動き、爆雷攻撃を行った不知火は四回目の爆雷投射で手応えをつかんだ。

愛鷹のパッシブソナーでも敵潜ヨ級の艤装が破壊される音がソナーから聞こえ、やがて圧壊音が聞こえて一隻の撃沈を確認する。

もう一隻は爆発音越しに損傷した音が聞こえるも沈むには至らなかった。ただ深刻な被害を被っているのはノイズから明らかだった。よたよたと離脱していく。

とどめを刺すべくユリシーズと不知火は追撃をしようとしたが、愛鷹は深追いになるとして呼び戻した。

ヨ級二隻が放った八発の魚雷はユリシーズの水面射撃で破壊されるか軌道をそらされて、結局「しだか」はおろか流れ弾になって艦娘に当たる、と言う事もなかった。

航空機の収容中を狙うとは、やってくれる。

一番艦隊の動きが制限されるタイミングを狙われるとは、と愛鷹は唇を噛み、対潜哨戒機は何をしていた? と苛立ちに似た物を感じた。

潜水艦、航空攻撃の両方で仕掛ける飽和攻撃を受けたら対応しきれるかは微妙だ。

 

 

支援部隊が戦闘機隊の収容を終え、代わりの戦闘機隊を上げている時スカイドッグが第一空母打撃群の第二次攻撃隊の戦果を送って来た。

敵の戦闘機の九割を撃墜するもこちらも一三機を撃墜されてしまったらしい。約損耗率は二三パーセント。

戦闘機部隊の損耗率の多さを鑑みて、第一空母打撃群旗艦の赤城は一旦泊地への攻撃を中断する事にしたと言う。

戦闘機隊が全滅してしまうと攻撃隊の護衛機も艦隊の防空隊もなくなってしまう。

第一空母打撃群は赤城の八二機、加賀の九八機、翔鶴、瑞鶴の七六機の計三三二機。

その内烈風を赤城には四二機、加賀に四六機、翔鶴に四三機、瑞鶴に四〇機を補用機も含めて搭載している。烈風の総数は一七一機。

失われた烈風の数は二七機。

総数から見れば大した機数には見えないようにも見えても、やはり攻撃隊護衛や艦隊防空の為の機数を考えるとこれ以上の損失は後々の作戦展開上響く数字と言える。

そこで赤城から報告と助言を求められた谷田川は第一空母打撃群も敵空母艦隊への対艦攻撃に移行する事にし、他の空母打撃群も敵空母艦隊への攻撃を続行する事に作戦を切り替えた。

直ぐに第一空母打撃群は攻撃隊機に対艦兵装を装備させる作業にかかった。その間に防空支援に伊吹の橘花改一二機が直掩援護に入る。

一方、第二から第四空母打撃群は第三次攻撃隊を編成し、残存艦艇とまだ攻撃していない敵空母艦隊への攻撃準備に移った。

しかしそこへ深海棲艦空母艦載機の攻撃隊の接近をスカイドッグが捉えた。

(警告、深海棲艦の新たな攻撃隊がコンタクト。機数一〇〇、第二空母打撃群に向かう。新たなボギー探知、機数六四。第三空母打撃群に接近する。さらにコンタクト、支援部隊に機数八六機が接近。各艦隊は直ちに迎撃体制に移行せよ)

「こちらに第二波だと? くそ、敵の後方支援部隊を叩くのが戦の鉄則とは言え……厄介なことになったな」

知らせを聞いてガングートが罵声を吐いた。

「愛鷹より各員。対空戦闘用意。対潜警戒も厳に。同時攻撃を受ける訳にはいきません」

主砲に新たな三式弾改二を装填しながら愛鷹が指示した時、(対潜哨戒任務部隊旗艦千歳より通知します。哨戒機が敵潜水艦隊六隻を探知、これより迎撃行動に移ります)と連絡が入る。

来た、潜水艦隊の迎撃が始まった。もうこのあたり一帯には敵の潜水艦が展開して襲撃の機会を狙っているに違いないだろう。

「お出でなすったな」

爆雷の準備をしながら深雪が呟く。夕張が深雪の言葉に頷きながら不安そうな声を上げた。

「でも同時攻撃をされたら、対応しきれないわよ。瑞鳳ちゃんたちの戦闘機に頑張ってもらわないと」

「そうなるね」

新たな弓を構えて瑞鳳は頷いた。

一方、熊野と鈴谷は自分たちの戦闘機隊が苦戦気味なのが不安要素らしく、表情がやや曇っている。他のメンバーも潜水艦と言う新たな脅威に緊張気味だ。

その緊張を和らげようとシュペーが一同に声をかける。

「やれることをやるだけよ。何としてでも、ね。『しだか』を護りましょう」

「そうですね」

蒼月が相槌を打つ。

第二波は迎撃のために瑞鳳、熊野、鈴谷から再び迎撃機が上がる。機数は第一波と同じだが橘花改八機がこれに加わっている。

さらに増援として橘花改四機が送ったと伊吹から連絡が入る。

(支援部隊戦闘機部隊、ターゲットマージ。攻撃開始)

支援部隊から離れたところで戦闘機隊と深海棲艦攻撃隊が交戦を開始する。

烈風のエンジンが立てる唸り声と機銃の射撃音に交じり、橘花改の甲高いエンジン音と大口径機関砲の砲声が混じり、そこへタコヤキが撃墜される爆発音が入り混じる。

橘花改がタコヤキの戦闘機隊を攻撃し、烈風と烈風改が攻撃機を迎撃する。

そこへ伊吹が送った増援の橘花改も参陣し、数の差を機体性能の差で埋めていく。

橘花改の機関砲が射撃をすればタコヤキが火を噴くか、バラバラにされて果てていく。格闘戦ではタコヤキには及ばないから二機編隊のエレメントを組んだまま一撃離脱攻撃を繰り返す。速度で追いつけないタコヤキは橘花改には数で対抗を図る。

烈風、烈風改に被弾・撃墜機が出始めるが橘花改に損害は出ない。圧倒的速度と火力を生かして一機、また一機とタコヤキを屠っていく。

それでもすべてを迎撃する事は出来ない。タコヤキも性能がよく一二機の橘花改のみでは戦況をひっくり返しきれない。烈風、烈風改も圧倒できる相手ではない。

先ほどより少し多い数のタコヤキが戦闘機隊の迎撃をかいくぐって、支援部隊へと迫る。

主砲長距離対空戦闘を愛鷹は発令し、スカイドッグから射撃諸元参考データを送ってもらうと金剛、ガングート、シュペーにも伝え、「撃ちー方始め、てぇーっ!」の号令と共に三式弾改二の斉射を行った。

前回の例を考えての射撃諸元だったこともあり、タコヤキの編隊内で炸裂した三式弾改二の着弾位置は前より向上していた。

すぐに次弾装填を行った愛鷹は「確個自由に対空射撃」と命じると第二斉射を放った。

再装填が速い愛鷹の主砲とシュペーの主砲が対空砲弾を撃ち、敵編隊の中で近接信管を起爆させて炸裂すると複数のタコヤキが爆散する。

愛鷹とシュペーの射撃で三分の一のタコヤキが空から消え去る。

なおも迫るタコヤキへ青葉、衣笠、古鷹、加古、夕張、ユリシーズの対空射撃が行われる。

ユリシーズの射撃は命中率が高く、青葉と夕張がその次だ。衣笠、古鷹、加古は牽制射撃に切り替えてとにかく弾幕を展開する。

更に距離を詰められると支援部隊の対空射撃が出来る艦娘全員が対空砲火を撃ち上げ始める。

主砲、高角砲、対空砲、機銃の射撃がタコヤキの編隊へと砲火を送り込み容易に射撃ポジションを取らせない。

蒼月、愛鷹、ユリシーズの奮闘もあって投弾は許す事はあっても支援部隊の艦娘、「しだか」に直撃弾は出ない。

これなら行ける、と皆が思っていた時スカイドッグが悪態交じりに警告を出した。

(警告、瑞鳳の対潜哨戒機イーグレット1、クレーン3から敵潜探知の報告あり。数は八、支援部隊へと接近中。支援部隊は雷撃に注意せよ)

「この忙しい時に潜水艦だってぇ!? ヤバいよヤバいよ」

潜水艦と聞いて加古が顔を青くする。古鷹が「落ち着いて」と宥める。

その時タコヤキの戦闘機一機が強引に対空砲火を突破した。

一番近くにいた不知火に機銃掃射を行い、迎撃が間に合わなかった不知火が直撃で姿勢を崩した隙に輪形陣の中へと飛び込んでくる。

その時、手動操作設定にした「しだか」の二〇ミリCIWSが巨大な電動鋸の様な音を立てて二〇ミリ弾の弾幕を張った。

タコヤキには当たらなかったものの怯ませる程度の牽制にはなった。そして怯んだところへ怒り狂った不知火の砲撃が直撃する。

そのあとにさらに数機が対空砲火を突破し、支援部隊艦娘へ攻撃を始めた。

「かわせーッ!」

自身もタコヤキからの爆弾を回避しながら深雪が叫んだ。

爆弾と機銃掃射の水柱が立ち上がり、破片が艦娘に降りかかる。幸い防護機能のお陰で全員無事だった。

支援部隊の先頭を行く愛鷹は刀で直撃弾を切り裂いて凌いだ時、高速で海中を進む音がソナーから聞こえてぎょっとした。

魚雷攻撃。潜水艦かと思うもタコヤキの投下したものだった。

魚雷の射線は嫌らしい事に愛鷹を三方から囲い込むように投下されている。

三方向からの雷撃と回避する方向が限られてしまっており、自分が配置を大きく外れれば支援部隊の仲間にどんな影響が出るか分からない。

ならばと刀を下に向けて構えると一発の魚雷にあえて針路を向けた。雷撃の交差するところから移動して魚雷を待ち構える。

今だ、と思った瞬間に刀を海面に突き立てる。刀の刃によって真っ二つに切り裂かれた魚雷が爆発することなく愛鷹の足の下を航過し沈んでいった。

よし、と思った時「愛鷹さん、後ろ!」と青葉が叫ぶ声が聞こえた。

振り返るとタコヤキ戦闘機が一機機銃の発射口を開けて突っ込んで来る。

咄嗟に第三主砲を左手で構えた時機銃掃射が愛鷹に浴びせられ、第三主砲がトタン板を激しく殴打するかのような金属音を立てた。

しかし数発が第三主砲を逸れて体に当たる。防護機能が防いだが何故か右足の機能が一瞬消えた。

そこへ銃弾がかすめた。熱い鉄板を押しあてたような痛みが走るが歯を食い縛って耐える。

銃撃が一瞬止んだ隙に護りを解くと刀を構え直し、前へ出て縦に振る。タコヤキが縦に切り裂かれそのまま海に落ちた。

そこへさらに二機のタコヤキが飛来して愛鷹へ機銃掃射を行う。

回避行動で躱しにかかるが右足の痛みが動きを鈍くしており、何発かが当たる。防護機能で今度はダメージを負う事は無かった。

タコヤキ数機が尚も突っ込んで来るが、そこへ青葉と衣笠からの援護射撃が飛んできた。

二人の愛鷹への防空援護射撃はタコヤキをそれぞれ一機ずつ撃墜したが、衣笠が撃墜したタコヤキはまだ原形をとどめており、そのまま動きが鈍っている愛鷹の背中側の艤装に激突した。

後ろから突かれた様に愛鷹がつんのめる。そこへ爆弾を抱えた三機が爆撃コースに乗った。

旗艦への集中攻撃に青葉は、深海棲艦が新手の艦娘が旗艦だと見抜いたと推測し、もしそうだとしたらこの先愛鷹を護らないと支援部隊が総崩れになる、と焦りの冷や汗を額に浮かべた。指揮系統を混乱させられたらその分敵への対応力が後手に回る。

しかし、そこへガングートが主砲斉射による対空射撃を行ってタコヤキ三機を纏めて殲滅した。

「大丈夫か、艦隊旗艦」

「愛鷹さん?」

「大丈夫、痛くない? ごめん、撃墜したのに残骸が」

「いえ、大丈夫です」

立ち直りながら愛鷹は答えた。艤装は艦橋の装甲部分にタコヤキの残骸が激突していた。衝突時の衝撃で装甲がへこんだものの大きな被害は無かった。

ただし対水上レーダーの電路が故障してしまい妖精さんが修復作業にかかった。

それで敵の第二波攻撃はやんだ。

「全員、怪我はありませんか?」

「こちら不知火。被弾しましたが小破以下です。戦闘継続に問題なし」

「加古が爆弾の至近弾を受けましたが問題ないみたいです」

被弾は不知火と愛鷹のみ。いずれも小破ないし以下。加古は古鷹の言う通り至近弾の破片に見舞われたが防護機能で防ぎきれており被害は無かった。

瑞鳳、熊野、鈴谷も無傷だ。

ホッと溜息を吐いて右足のかすり傷を見る。

ソックスが切り裂かれて露わになっている足から横に傷が刻まれて血が出ていたが、鎮痛作用付き絆創膏を貼って応急手当てを施す。

不知火は陽炎、黒潮の様子見に「問題なし」と言ってはね付けている。

全員に大した怪我が無かったことに安堵しながら、なぜ一瞬だけ自分の防護機能が部分的に消失したのかが気になった。

出撃前の点検では異常はなかったし、これまで機能が消失したことは一度も無いから理由が自分でも分からない。

ただエンジニアの夕張なら何かわかるかもしれないと思った愛鷹は「夕張さん、ちょっとよろしいですか?」と呼びよせる。

「どうかしたの?」

寄って来た夕張に先ほどの防護機能の部分消失を話す。

「防護機能の部分消失? ……初めて聞く話ね。ちょっと艤装見てもいい?」

「はい」

許可すると夕張は愛鷹の艤装のアクセスハッチを開けて中を手早く調べ出した。七つ道具と語るハンド工作具も使って点検し、原因を突き止めた。

「送電不良みたいね。一時的に艤装内部で送電不良が起きて、それで防護機能への電力供給が一時的に落ちた、それが原因かもしれないわ」

「送電不良? この間防護機能への回路なら整備で交換したばかりなのに……」

「稀にだけど使い込んでいる艤装で起きた事はあるわ。確かに愛鷹さんみたいな新品で起こるのはかなり、と言うか初めて見るケースだけど」

「送電不良などの故障なら、私の艤装なんぞか大分旧式化しているから、『稀』ではなく『時々』だが?」

話が聞こえていたらしいガングートが言う。

顔には出さないがガングートの話に愛鷹は不愉快な気分になった。別にガングートの言う事が気に喰わないのではなく、故障が起きる原因に思い当たる節があったので自己嫌悪を感じたからだった。

それよりは先ほどの援護射撃の礼を言うべきだった。

「ガングートさん、先ほどの援護射撃はありがとうございます」

「礼はいらんさ。当然のことをしただけだ。仲間を護る事に理由も何はいらん」

口元を緩め、当然の行為と先輩の貫禄を見せてガングートは言った。

長く生きていれば、ああいった余裕も本当に当たり前の形で出すことが出来る訳か……まだ新人の部類に入るであろう自分にはない強さだ。

その時に急に愛鷹は背丈では自分より一〇センチ程の下の筈のガングートが大きく見えた。

同時に初めて他人と言うよりは先輩への「憧れ」を感じた気がした。

爆撃で乱れた陣形を立て直している時、スカイドッグから友軍空母打撃群の状況が入って来た。

爆撃で大鳳、笠置、榛名、筑摩、那智、白露が被弾。白露は中破し戦闘不能になり、負傷もして時雨護衛の下「しだか」へと撤退中だと言う。

笠置は航空艤装大破、発着艦不能で同じく初春と子日の護衛の元「しだか」へと撤退。こちらも負傷してしまっていると言う。

大鳳は重装甲区画への直撃だったため無傷、榛名は機銃二基が大破使用不能、筑摩と那智は主砲塔がそれぞれ一基全壊だと言う。また那智は切り傷複数が出たものの戦闘継続は可能におさまった。

流石に無傷の戦いにはいかないにしても、笠置の戦線離脱は痛い損害だ。中型空母とは言え搭載機数は六九機もある。笠置所属の艦載機は移動可能な機体は他の姉妹艦に移動して補充機体となった。

第三空母打撃群は笠置戦線離脱と言う痛手を被りながらも、航空部隊を再編して敵空母艦隊への第三次攻撃隊の準備にかかった。

一方、第一、第四空母打撃群は攻撃隊編成を終えると敵空母艦隊への攻撃に出撃させた。

支援部隊が関わる事の出来ない海域で航空戦が繰り広げられている。

こちらとしては早めに空母艦隊を叩いて欲しい所である。何しろ艦隊防空と対潜哨戒のみの航空団編成だから艦隊攻撃は出来ない。当然ながら対艦兵装も積まれていない。

しかし、敵は空母だけではない。そう思い知らされる展開が起きた。

対潜哨戒任務部隊が敵潜水艦隊多数を発見したのだ。千歳、千代田からは対潜哨戒機が次々に発艦し、探知した敵潜への攻撃に出る。

その知らせを聞いた谷田川からは対潜警戒をさらに厳となせ、の指示が入る。

瑞鳳のイーグレット1、クレーン3の他にオストリッチ2、3も敵潜を探知し四機も対潜攻撃を開始し、さらに対潜哨戒機の増援が上げられる。

完全に敵の勢力圏内、空と海中から敵はいつでも撃ってくる。飽和攻撃を受けたら持つかどうか。

冷や汗を愛鷹は額にじませる。

しばらくして目のいい蒼月が撤退してくる白露、時雨、笠置、初春、子日を視認した。愛鷹も見てみると白露は右肩の制服が大きく破けて血の滲んだ大きな応急手当の絆創膏を貼っている他、体の随所に切り傷を負っている。

初春と子日に支えられている笠置はもっと深刻で巻物型航空艤装は無くなり、機関部のある艤装にも被害を受けている。体も応急手当の絆創膏だらけになっている。

ただ二人とも意識はあり、航行も可能なのが幸いと言えた。

「しだか」のウェルドックハッチが開口し、五人が収容される。艦内では医療班がストレッチャーを用意して待機している。

「結構手酷くやられてしまっていましたね」

顔を蒼くしている蒼月に言われた夕張が宥めるように「まだ生きているだけいいじゃない。意識もちゃんとあるようだしね」と返した。

そこへ深雪が蒼月に「長一〇センチの砲身、大丈夫か? 摩耗しきる前に交換しといた方がいいぜ」と聞いて来る。長一〇センチ砲は性能がいい反面砲身の摩耗が速い。摩耗してしまうと蒼月の射撃も当たらなくなってしまう。

確認すると大分摩耗してきていた。まだ一戦交えるには問題ないかもしれないが、念の為夕張に手伝って貰いながら砲身を交換した。

第三次攻撃隊が敵空母艦隊と交戦を開始し、さらに千歳、千代田の哨戒機が六隻の潜水艦を撃沈、不確実二隻、とスカイドッグが休みなく状況を伝えて来る。

第四空母打撃群も攻撃隊を発艦させた、とスカイドッグからの知らせを愛鷹が聞いた時、鈴谷の対潜哨戒機が五隻の敵潜を探知したと知らせて来た。

さらに三機の哨戒機から七隻の潜水艦の探知報告が入る。

敵の潜水艦隊の展開が早い、そう艦娘達は緊張感を強めた。

第三次攻撃隊が敵艦隊への攻撃を完了し、複数隻の空母を含む主力艦を無力化したと言う知らせが支援部隊に入った。

肩に担いでいる主砲のグリップから手を放して手汗をぬぐっていた青葉は、その知らせを聞いていた時ソナーから複数の高速推進音を聞きとった。

ぎょっとして音のする方を聴音した時、魚雷の航走音がはっきりと聞こえた。数は……一六発、一六発!?

「け、警戒、魚雷です! 数一六発、方位一-四-八、敵針三-〇-八、敵速四五ノット!」

「見えた、うお⁉ こちら深雪。敵潜だ! 八隻もいる。魚雷が来る方向にいるぞ!」

「避けろ!」

咄嗟にガングートが叫ぶが愛鷹は何も言わない。何をしている、とガングートが見た時、彼女の目に真っ青な顔をし、体を小刻みに揺らしながらタブレットケースを握りしめている愛鷹が映った。

何があったかは知らんが、なんてタイミングの時に雷撃を。そう苛立ちにも似た物を覚えた時に魚雷が二発、発作が起きてしまい動きの鈍くなってしまっていた愛鷹の前後近距離で近接信管を起爆させて大きな水柱を突き上げた。

「おおい、愛鷹⁉」

裏返った声を深雪が上げて愛鷹の元へと駆け寄る。

「クソッ、シュペー右に回避だ!」

「了解、かわして見せる!」

「ズイホー、コーション!」

「古鷹、左!」

「おわわわっ、ガサ、生きてる?」

「どういう理屈でそうなるのよ?」

各艦娘達は回避行動を取り辛うじて躱すが、ユリシーズが後部で爆発した魚雷で前へと倒される。

一方、深雪が愛鷹の元によると咽込む声と膝をつく姿が見えた。

「しっかりしろよ、まだ終わりじゃないぞ」と声をかけながら近寄る。右手を口元に充てて膝をついていたが生きている。

助け起こすと唇から血を垂らして、右手にも赤い染みがついているのが分かった。

吐血を伴う発作を今起こしちまったのか、と見て分かった深雪はなんでこんな時にと愛鷹の抱えているらしい持病を呪った。

その時、爆発音と共に鈴谷が悲鳴を上げた。

旗艦が一時的に動けないのに代わって青葉が状況を確認した。

「鈴谷、大丈夫?」

魚雷が前方近距離で爆発したらしい鈴谷は大きな負傷はしていないようだが、かといって無傷でもない。破片で裂かれた制服越しに痛々しく出血している傷が見える。

「あー、もぉー、痛ったいしぃ……。生きてるよ。でも……だめだあ、航空艤装が壊れちゃった!」

「鈴谷!」

「大丈夫だよ、熊野。少なくとも生きてるよ」

心配顔で相棒の熊野に助け起こされる鈴谷だが、クロスボウ型カタパルトの弦が切れ、クロスボウ型カタパルト自体も折れ曲がっているので発艦不能だ。

その他の艤装と体自体には大きな傷は見られない。

「カタパルトと体の傷ちょっと治してくるよ。すぐ戻るよ」

そこへ震え声で愛鷹が言った。

「すぐでなくていいです……鈴谷さんは……しばらく待機していて……下さい」

その言葉に鈴谷は「いや、愛鷹さんが一番やべえじゃん。ヤバいみたいだから一緒に戻る?」と返した。

「私は大丈夫。あなたは戻ってください……」

「でも……」

言いすがろうとする鈴谷だが、熊野が肩を掴んだ。眼で「従いましょう」と鈴谷に言う。

しょうがないなあ、と心配顔を浮かべながら鈴谷は「しだか」に戻った。

深呼吸する愛鷹にガングートが「その調子では拙いぞ、一旦引いてはどうだ?」と勧めるが愛鷹は「いえ、もう大丈夫です。問題はありません」と拒んだ。

「だが……」

「もし私が動けなくなったらガングートさん、あなたに次席指揮をお願いします」

「もしもの話には流石に乗れんぞ」

「お願いします」

反論に愛鷹が言葉を押しかぶせると、「……次は無いぞ。不調が出たらすぐに『しだか』に戻るんだ。いいな?」と言ってガングートは配置に戻った。

「あんな調子で、大丈夫なんか?」

黒潮が不安を滲ませながら愛鷹を見ると、不知火が顔色一つ変えずに返した。

「自分の選んだ選択です。尊重するべき。生きるも死ぬも自己責任ですよ」

「相変わらずあんたはシャープね」

少し引き気味に陽炎が不知火に言った。

態勢を立て直している支援部隊の面々だが、警戒を維持していた蒼月の目にさらに一六発の雷跡が見えた。

「また、魚雷が来ます! 先ほどとほぼ同じ方向から!」

その言葉に調子を取り戻した愛鷹が回避を命じた。

「全員回避してください、急いで。夕張さん、深雪さん、蒼月さんは敵潜を攻撃。瑞鳳さん、熊野さんの対潜哨戒機は他に敵潜がいないか捜索を続行」

「はい」

「了解、やられっぱなしでいられないわよ!」

「後に続くぜ」

「私も」

爆雷を構えた夕張が敵潜の方向へと前進し、深雪と蒼月がそれに続いた。

三人の後方からパッシブソナーで愛鷹が位置を調べて三人に知らせる。

「敵潜探知、数は八隻。そちらの右手四〇〇メートル前方、深度一五メートル。魚雷発射準備中の模様」

「了解」

三人が爆雷の起爆深度を設定し始めた時、後ろで爆発音が起きたかと思うと瑞鳳が悲鳴を上げ愛鷹も「瑞鳳さん!」と大声を上げたので三人は仰天してそちらを振り返った。

直撃ではないものの外観に似合わず動きが鈍いのを突かれて魚雷の至近弾の爆発をもろに喰らってしまったらしい。

咄嗟に盾代わりに使った飛行甲板は原型をほぼ失っており、弓も真っ二つになってしまっている。右足は踝まで沈みこんでしまっており、履いているぽっくりと主機がどうなっているかは分からないが、浮力が失われているのは確かだ。

近くにいた金剛が助けに入っている。

「ちっくしょう、やりやがったな!」

逆上した深雪が、キャッチすれば野球ミットが火を噴きそうなほどの投擲速度で爆雷を投げ込んだ。深雪に続いて夕張と蒼月も爆雷を投じる。

すると三人の対潜攻撃にもかかわらず狙われていないと分かったらしい敵潜からさらに魚雷が発射される。数は八発だ。

二回に渡る魚雷攻撃で混乱している支援部隊には回避している余裕がない。

しかし愛鷹の指示でシュペーが前へ出て、後詰めに古鷹と加古が続く。

シュペーが二八センチ主砲を構えて海面を撃つと、八発の魚雷の鼻先に六発の主砲弾を撃ち込んだ。

海中内にて遅延信管で爆発した砲弾が爆圧で魚雷の機動をそらすが三発が軌道を変えることなく迫り、その三発は古鷹と加古が対応した。

古鷹の右腕の主砲二基、加古の左腕の主砲二基が発砲し八発の砲弾が海面に飛び込む。この砲撃で三発の魚雷は破壊された。

魚雷を全弾迎撃する一方、夕張と深雪、蒼月は爆雷を敵潜に放り込み続ける。

海中内で爆雷が何発も爆発し、海中を爆雷の爆圧の嵐が吹き荒れる。敵潜がジャブを延々と食らう様に翻弄されて一隻、また一隻と艤装が破壊されて撃沈される。

だが爆雷の投射で海中内の聴音が難しくなる。

「爆雷、攻撃止め! 撃ち方止め! 聴音が出来なくなります!」

「けど、全部撃沈したのか分かりません」

爆雷を投じる構えをしていた蒼月が返すと愛鷹は「これ以上投射されたらソナーが効かなくなってしまい同じです」とやや強めの口調で応えた。

一方ソナーで聴音を続けると敵潜五隻分の破壊音は確実に聞こえる。深刻なダメージを受けて耐久力を失った敵潜、恐らくヨ級の艤装が爆発音にも似た圧壊音を立てている。

三隻のうち二隻は撃沈までは行かないものの深刻なダメージを被ってよたよたと離脱していく。もう一隻ははっきりとは分からないが戦闘不能の様だ。

ひとまず潜水艦隊の攻撃は凌いだようだった。ホッとする暇は無い。

「金剛さん、瑞鳳さん、状況を」

「やら……れた……でも、生きている……よ……」

喘ぎ喘ぎではあるが瑞鳳が応答する。

「愛鷹、ズイホーはもう無理ネ。『しだか』に返さないと危ナイよ」

金剛の言う通り瑞鳳の傷は致命的でないものの深手ではある。ただ傷は後遺症が残るほど深刻ではない。

「……金剛さん、瑞鳳さんを『しだか』へ連れて行ってください。その間、残る艦で任務を続行します」

「ラジャー」

「了解」

これで支援部隊は軽空母二隻を戦列から失った。当然ながら防空能力は三分の二も落ちているし、残る熊野だけでは今上がっている艦載機は収容しきれない。

その為収容しきれない機体は「しだか」へと収容された。妖精さんの乗るサイズの航空機の内、戦闘機なら「しだか」の飛行甲板でも発着艦は可能だ。

「『しだか』FIC、こちら愛鷹。我軽空母二隻が被弾、戦列を離れる。各隊へ通知願う」

(了解。現在のところ状況をまとめた所では敵空母艦隊のおおよそ半分を無力化した。ただし敵泊地の防衛戦力の敵艦隊及び防衛体制の損害は不明だ)

FICにいる谷田川から返事が返る。不明と言っても実質無傷でしょう、と内心でツッコミを入れた。

支援部隊が敵潜水艦とかかりきになっている間、敵空母艦隊の半数を無力化した空母打撃群だが敵艦隊からの攻撃隊が波状攻撃を仕掛けており、今も各部隊は交戦中らしい。

優位性を保ち続けられるか、と思っているとスカイドッグが悪いニュースを無線に上げた。

(なんてこった、ワシントンとアトランタが被弾した! 二人とも大破、戦闘航行不能。被害が大きすぎる。インディアナポリス、シンプソンはワシントンを『しだか』へ後送。クソ、神通、阿賀野、大潮も被弾! 損害は不明)

(神通、阿賀野、大潮、状況知らせろ!)

血相を変えてマイクをひっつかんでいるのが分かる声で谷田川が聞くが応答がない。

(私だ、三人とも応答しろ。単にしゃべるだけでいい!)

(こちら……神通……です。やられてしまい……ました)

(こちら利根。神通中破、これでは戦闘は無理じゃ。撤退許可を求む)

(許可する、神通には村雨を付けて急いで戻れ)

(高雄です、阿賀野さん、大潮さんは怪我の方は致命的ではありませんが艤装大破につき戦闘不能。後送許可を)

(許可だ、被弾艦は今すぐ戻れ!)

空母や戦艦と言った艦娘には大きな損害は出ていない。

しかしこれは拙い状況ですね、と青葉は見ていた。おそらく旗艦の愛鷹も同じことを考えているはずだ。

主力艦の艦娘を護る護衛艦艇を削り取られるのは外堀を埋められることに等しい。

神通、阿賀野、大潮は対潜攻撃が可能なだけに各艦隊の対潜能力はかなり落ちるし、後送する際に護衛を付けるから尚更各艦隊の戦闘力が落ちてしまう。

それでも残る空母打撃群は第四次攻撃隊を編成して残る空母艦隊と水上打撃部隊攻撃に出撃した。

この時点で艦隊の航空戦力の総損失率は二六パーセント近くにも上っていた。

戦力の三割の損失は戦力的に大損害になるから航空部隊の損害は実質大損害レベル、この分だと敵泊地への空爆は難しい……青葉たちの仕事が増えることになる訳か……。

左腕で顎をつまんで考えている姉の真剣な顔に衣笠は驚いた。いつもの青葉とは全然違う。あまり見られない本気になっている時の顔だ。

この顔の青葉を見ると昔、ソロモン戦線で加古が「本気の青葉についていけば生き残れる」と言ったのを思い出した。

もしかしたら青葉は第三三戦隊にいるときは本気顔なのかもしれない。そうだとしたら本気顔になれる第三三戦隊と一緒にいれば生き残れるかもしれない。

第四次攻撃隊が出撃している間に被弾したワシントン、アトランタ、神通、阿賀野、大潮が「しだか」へと後送されて来た。

ワシントンはダメージコントロールの結果航行能力を復旧させていたものの、アトランタは被弾したタコヤキが道連れにしてやると思ったのか体当たり攻撃したため重傷を負っておりインディアナポリスとシンプソンに支えられて(実質担がれている)戻って来た。

しゃべるのが途切れ途切れだった神通も痛々しい傷を体中に負い、利根が付き添う形で「しだか」へと戻って来た。

どうにか阿賀野と大潮は比較的まだマシな損害で涙目にはなってはいたものの二本の足で立ち、自力航行も出来ていた。

「アトランタ……生きるんだぞ……」

親交があるアトランタの痛々しい姿にユリシーズは呟きながら、同胞を傷つけた深海棲艦への憎しみと敵意を強めた。

 

 

やがて第四次攻撃隊が攻撃を終えて帰投して来た。

戦果は敵艦隊空母の航空戦力事実上全て無力化された。空母はまだヲ級とヌ級を合わせて五隻ほどは残っているがもう脅威にはならなくなっていた。

水上打撃部隊も戦艦一、重巡二隻、軽巡二隻、駆逐艦一隻を失い、泊地へと撤退していると言う。

ただしこちらの航空戦力も、これ以上攻撃隊を送り出すのは控えた方がいいほどの損害を受けていた。

(こちらの外堀が埋まる前に、向こうの外堀は埋まった。でも敵泊地の戦力は実質手つかず……航空戦力の投入もよくて次が限界。次で決まるとは思えない、だとしたらやはり水上部隊による敵泊地への夜間突入。これしかない……)

腕を組む愛鷹は頭の中で結局は水上部隊での敵泊地突入が最終手段しかない、と今後の作戦展開を読んだ。

谷田川はどう行くだろうか。第五次攻撃隊を損害覚悟で出すのか。後の事も考えて温存するのか。

損害覚悟で出せば後で突入する水上部隊の損害が少しは減るだろう。

後者だと水上部隊の損害は上がるかもしれないが、この作戦後の航空戦力維持の面では重要になる。

艦娘を犠牲にするか、航空戦力を犠牲にするか。

しばし谷田川が検討した結果、「第五次攻撃隊を全空母打撃群の攻撃隊として送り込める稼働機全てを動員して最終航空攻撃を行い、その後水上部隊を編成して敵前線展開泊地棲姫及び防衛戦力の撃滅する」という作戦方針へ変更された。

やがて第五次攻撃隊が空母打撃群の空母全艦から発艦した。

どの程度までやりあえるだろうか、と愛鷹が思っていた時、スカイドッグが敵泊地からの大規模編隊発進を知らせて来た。

総数は三〇〇機以上だと言う。

「さ、三〇〇機⁉ 迎撃しきれるのか?」

「流石にこれ以上相手にするのは私も厳しいです」

頓狂な声を上げて驚く深雪と弱音を吐く蒼月だったが、支援部隊に攻撃隊は来なかった。

代わって四個空母打撃群に敵攻撃機が殺到していく。上げられる戦闘機の全てが各空母艦娘からスクランブルし、各空母打撃群は要撃戦に入った。

一方攻撃隊は敵泊地へと飛行を続けたが、突如それまで誰も気に留めない程起きていなかった羅針盤障害が発生した。

(なんてこった、羅針盤障害発生。本機の広域レーダーはロスト。羅針盤障害が晴れるまで本機からの支援が出来ない)

「今になって羅針盤障害?」

何で今になって、と夕張が首を傾げる。

羅針盤障害の発生で第五次攻撃隊は針路がややずれたが、泊地へは辿り着いた。

しかしレーダーなどが効かなかったことが状況を悪くしていた。

攻撃隊機が泊地にたどり着いた時、スカイドッグの広域レーダー探知が出来ないせいで発見が遅れたタコヤキ迎撃機多数が攻撃隊に奇襲を仕掛けて来たのだ。

敵襲を知らせるバンクを振った烈風が銃撃を受けて爆散し、続いて彗星や流星、ヘルダイバーやアヴェンジャーなどが次々に火を噴き、爆散する。

初っ端から一〇機以上の攻撃機を撃墜されると言う後手には回ったものの護衛戦闘機隊が迎撃を開始する。

戦闘機隊が奮戦している間に攻撃隊が泊地へと進撃するが、更に迎撃のタコヤキが襲い掛かって来る。

(回避しろ!)

(だめだ、逃げられない!)

(戦闘機は何やってるんだ!?)

(羅針盤障害で敵探知が上手く出来ないんだ。更なる伏撃(待ち伏せ)に備えろ)

攻撃隊は損害を出しながらも敵泊地上空にたどり着くが、今度は猛烈な対空砲火が撃ち上げられてくる。

攻撃機複数が対空砲火で機体を損傷して高度を落としていく。兵装に直撃を受けた機体は大爆発を起こして木っ端微塵に砕け散り、金属片だけの存在へと果てる。

空一杯に咲き乱れる対空砲火の爆発煙が攻撃隊機を揺さぶり、安定した爆撃態勢を取らせない。進路を維持しようとした機体の一部は対空砲火で撃墜されてしまっている。

戦闘機隊もタコヤキを相手にするだけで手一杯となっていた。

(こっちは手一杯だ、ノーマッド隊、助けに入れるか?)

(無理だ、こっちも手一杯だ)

(ジャッカル2、タコヤキだ、後ろ!)

(拙い、やられ……)

(損害に構わず爆弾を落とせ!)

(だめだ、翼をかすっただけなのに!)

(一機やられた、いや、二機!)

(よし、爆弾投下! 離脱する)

(プリンス隊、爆撃を完了。作戦空域から離脱する)

(爆撃完了した機体はすぐに下がれ)

(ブルドック3がやられた)

(着弾確認、飛行場の滑走路一本にデカい穴を確認した)

次第に泊地上空に黒煙が何本も上がり始めた。前線展開泊地棲姫を含む設備は次々に爆発炎上していき、敵艦隊の内停泊中のモノにも爆撃が行われるが効果は充分とは言い難い。

彗星が爆弾を港湾設備、敵艦へと急降下して爆弾を投じ、流星が水平飛行から爆弾を投下する。

ヘルダイバーが緩降下爆撃を行い停泊するヲ級の艤装に爆弾を直撃させ、アヴェンジャーが魚雷を停泊する戦艦へ発射した。

爆撃を完了した攻撃機が離脱を行うが、何機かが背中から撃たれて撃墜される。

ここにいる敵艦以外にも離脱していく艦がいるかもしれなかったが、羅針盤障害の影響で探知しづらくなっていることもあり、はっきりとしたことが分からない有様だ。

それでも最大の脅威であるス級に対してはありったけの爆弾が投下され、はじめは何事もなかったように佇んでいたス級も直撃弾を何十発も喰って激しく炎上し始めた。

地上施設だけでなく、対空砲火を撃ち上げる対空砲や警戒設備も破壊され、炎の塊と化していく。

ス級二隻がとても動けるとは思えないほどの爆撃の最後の一発を被弾した時、空爆が止んだ。

攻撃隊隊長機の妖精さんが無線でスカイドッグに戦果を報告した。

炎上は激しいものの敵設備の破壊率は四割程度。敵艦隊は三割程度しか削れていない。

一方こちらは三割の機体が確実に撃墜され、損傷機の数は数知れない。羅針盤障害の影響で母艦へちゃんとたどり着けるかが心配の種になっていた。

 

 

 

攻撃効果不十分、損害は多し。

その情報を聞くと愛鷹にはやはりそうなるか、という感想しか湧かなかった。予想できる結果だったからでもある。

第五次攻撃隊が攻撃を完了し、航空攻撃終了が宣言された。時刻はもうじき午後三時。

各空母打撃群は攻撃隊の収容作業準備に入っており、収容完了後「しだか」に撤退して「しだか」の防衛に当たることになった。

代わって支援部隊と第一混成打撃部隊の大和、武蔵、矢矧、涼月、冬月、花月、後に合流する第四空母打撃群からはアラバマ、スプリングフィールドが編入されて敵泊地強襲部隊を編成する。谷田川の作戦調整で金剛の妹比叡も編入が決まった。

これまでの戦闘結果を愛鷹が頭の中でまとめてみると、敵艦隊は壊滅、泊地及び防衛艦隊は攻撃不十分と言える。

最大の脅威はス級一隻が見当たらない事と、強力な羅針盤障害が発生したことだ。

つまりレーダーによる広域捜索は難しい状態になっている。奇襲を受けやすいと言う事と同義だ。

拙いことになっていると眉間に冷や汗を浮かべる。

周りでは支援部隊の面々がレーションを手に一息付けていた。自分はすでに完食しており警戒に当たっている。

昼間は航空戦と対潜水艦戦で、これからは夜間水上戦闘だ。雲が出るとの事なので夜間の見通しは落ちるだろう。

「警戒ご苦労さん」

後ろから一息ついたらしい衣笠が声をかけて来る。

「衣笠さん、休息は?」

「大丈夫。もういつでもやれるわ。青葉には負けてられないから」

「休める時に休んでおかないと、体がもちませんからね。今夜はかなり厳しい戦いになりそうですから……」

「大丈夫だって、知ってる? 『本気の青葉について行けば生き残れる』って言葉」

ニコニコ笑みを浮かべて言う衣笠の言葉に愛鷹は初耳ながらもその通りかもしれない、と頷ける気はした。

後ろで古鷹と加古と談笑しながら休んでいる姿からは想像しにくいかもしれないが、青葉は激戦地ソロモン戦線で武功を上げ、「ソロモンの狼」と言う二つ名も持つ切れ者でもある。

「『本気の青葉について行けば生き残れる』ですか……そうかもしれませんね……」

「ああやって振舞っているのは素もだけど、わざとな一面もあるの。一緒に戦ってきたし青葉が旗艦をよく務めていたから……」

激戦地ソロモン戦線で過酷な戦いを強いられた艦娘でも青葉の様に活躍した者は、その分激戦を何度も経験している。

目を覆いたくなるような激戦地だったと聞く。過酷な気候、いつだれが死ぬか分からない戦況、慣れない風土からの病気、何度も何度も繰り返される出撃。

特に自身が旗艦を務めると言うプレッシャーの大きさが青葉を他の艦娘以上に追い詰めていたことは想像がつくし、一番心理的ショックが大きかったのはやはり古鷹が左目を失う事になった海戦だろう。

明るい性格は素に加えた反動なのかもしれない。

「青葉はああやって明るく振舞っていないと自分を保てないかもしれないの。六戦隊じゃ自分だけ何時まで経っても改のままだし。気にしてないって言ってもきっと心の底では悔しいって思っているんだって。だから私がもっとしっかりしないといけないんだって思っているんだけど、どうしても青葉には甘えちゃうのよね」

弱気な衣笠の表情からくみ取れる気持ちは愛鷹には痛すぎるほどわかった。自分もそれに似たコンプレックスを抱えているから青葉の気持ちはよく分かった。

「でも、衣笠さんが気に病めば病むほど青葉さんもプレッシャーを強く感じるかもしれませんね」

そう呟いた愛鷹の言葉に衣笠が顔を向けて来る。愛鷹はそのまま続けた。

「貴方は貴方です。気負い過ぎずに自分にできる事をするだけで青葉さんは気が楽になれますよ。あなたが無理に頑張れば頑張るほど、青葉さんはプレッシャーを強く感じてしまうかもしれない。

人は花です。どんな世界にも一つしか咲くことが出来ない一輪の花。複製することは出来ませんし、してはいけない……。人の命は一つだけです」

「愛鷹さんって、なんだか艦娘から詩人か牧師さんに転職できそうな気がしますね」

「そうですか?」

「うん。そう言えば愛鷹さんってどんなお花が好きなの?」

衣笠に聞かれた愛鷹は少し迷ってから答えた。

「……アオタンポポです」

アオタンポポ……確か何年も前に遺伝子改良で作り出された名前の通り青いタンポポだ。

花言葉もあり「苦難、逆境、克服」などが込めらていると言う。発表されたときはかなり科学的に注目されたが、結局流行らなかった花だ。

「聞いたことあるなあ。前に絵本で知ったから。花言葉は苦難、逆境、克服だったかな」

「そうですね。もう三つありますけど、あまり知られてはいないでしょう」

もう三つ? なんだろう?

「もう三つは何を意味しているの?」

衣笠の問いに愛鷹は寂しげな表情で応えた。

「裏切り、絶望、短命なる魂、ですよ。私はプラスの意味合いのある三つが好きでこの花が気に入っていますが」

そう言われてみるとアオタンポポの末路通りの三つだな、と衣笠は教えられた花言葉を反芻してそれでもやっぱプラスの言葉がいいと思った。

やがて攻撃隊が収容され、展開中の各艦隊が集結した。

空母航空団総数の三二パーセントを喪失という報告に愛鷹は唇を噛んだ。

大損害である。戦力の立て直しにはしばらく時間がかかるだろう。

一方集結した艦隊は第一混成打撃部隊と支援部隊、アラバマ、スプリングフィールド、比叡を編入した水上突入部隊を編成した。

大和を旗艦として武蔵、金剛、比叡、アラバマ、ガングート、愛鷹、シュペー、青葉、衣笠、古鷹、加古、スプリングフィールド、ユリシーズ、夕張、矢矧、涼月、冬月、花月、蒼月、陽炎、不知火、黒潮、深雪の二四人の水上部隊が編成された。

戦艦六隻、装甲艦一隻、大型巡洋艦一隻、重巡五隻、軽巡三隻、駆逐艦八隻。

負ける気がしないと艦隊のメンバーは意気込みを見せていたが、羅針盤障害が酷いままでス級一隻がどこにいるのか分からないまま、夜目がやや利きにくい夜間突入になる事に愛鷹は不安を拭い切れなかった。

日が暮れ始めた頃に水上突入部隊は沖ノ鳥島海域の戦いの総仕上げを行うべく、敵前線展開泊地棲姫攻撃に出撃した。

 

 

「水上突入部隊との通信状況、悪くなりました。羅針盤障害の影響です」

通信機器のダイヤルと格闘しながら仁淀が谷田川に告げる。

「当面、無線封鎖も同然状態になる訳か……。皆、生きて帰れよ……」

大佐の仰る通りです、と仁淀は頷いた。射撃の腕が低い自分にできるのはFICからただ作戦展開を見守るだけだ。

自身も艦娘でありながら不甲斐ない物を感じていると、大淀が「なにかしらこれ」とヘッドセットに手を当てた。

「どうした?」

「微弱な通信波が入っています。ただ周波帯が弱すぎて……通信波が来る方向へのパッシブ能力を上げてみます」

「了解」

そう返しながら谷田川は自分のヘッドセットを被って大淀のヘッドセットの情報と自分のをリンクさせた。

キーボードを叩いて微弱な通信波を拾い上げた大淀のコンソールディスプレイに識別コードと通信文の表示が出た。

「SS237 Trigger Emergency call PAN PAN PAN code Z」

「トリガーはこの海域で偵察任務に出ていた北米艦隊所属の潜水艦娘だ。何があったんだ?」

「エマージェンシーコールにパン三回、それにcode Zですから相当拙いことになっているのかもしれませんね」

仁淀がそう言った時、谷田川が愕然とした表情になった。

「まさか……トリガーの元に急行できる艦娘はいるか⁉」

出し抜けの怒声にも近い大声に大淀と仁淀を含めたFICにいる全員が飛びあがった。

飛び上がりはしたものの大淀と仁淀はすぐに駆逐艦朝雲、山雲が急行可能と答えると谷田川は「すぐに向かわせろ。すぐには無理とか言ったら営倉にぶち込むと脅せ!」と物凄い剣幕で言ってきた。普段は見られない谷田川の粗野な口調に二人は仰天しながらも言う通りにした。

朝雲、山雲が言う通りすぐに向かってから仁淀は気が付いた。

トリガーはス級の居場所を知っているのではないか?

その考えは当たっていたが仁淀の予想の一つ上を行く情報をトリガーは握っていた。

朝雲の通信システム経由でトリガーは泊地に潜入した時のことをすべて報告して来た。猛烈な爆雷攻撃に遭って長距離通信が出来ず、応急処置で作ったアンテナでようやく交信出来た事も。

しかし、何より重要で大破寸前のトリガーが合流の為に必死に航行して伝えようとしていた情報がFICの空気を凍り付かせた。

「ス級が四隻もいる……だと?」

血の気が引くのを谷田川ははっきりと感じた。

二隻は無力化して一隻が所在不明だが、もう一隻行方が分からないス級がいる。

水上突入部隊が危険だ。

「おい、水上突入部隊に最重要緊急警報だ。不明のス級は一隻にあらず、二隻いるとな」

「ダメです、応答がありません」

「応答するまで呼びかけろ、クソッタレ! なんとしてでも伝えるんだ、水上突入部隊が向かっているのは処刑場も同然だ、急げ!」

だがFICには伝える術が無かった。

羅針盤障害で水上突入部隊とは完全に交信不能になっていたからだった。

 

 

 

 




今回は対空戦闘と対潜戦闘のみとなりましたが、次回は夜の海での死闘となります。

今回の話で瑞鳳大破を持って第三三戦隊は配属からの無傷経験が一人もいなくなってしまいました……。雪風のようにはいかないという訳です。

「青葉について行けば生き残れる」はエースコンバット7の「トリガーについて行けば生き残れる」(トリガーは7の主人公)が由来で、激戦地で武功を上げ、二つ名も持つ青葉の指示に従えば、どんな戦場でも生き残れるという意味合いです。
同時にそれが青葉に無言のプレッシャーにもなっている訳でもあり、姉を慕う衣笠もそこを一番心配しています。

愛鷹の好みの花「アオタンポポ」は架空の植物で、花言葉は愛鷹のイメージに合わせて考えました。どの程度愛鷹のイメージにかぶさっているかはご想像にお任せします。

初出撃前のはしゃぐ姿も含めて暗い過去はあれど愛鷹も人間であり、ガングートへのあこがれを抱く所等、見た目とは裏腹に彼女もはっきり表には出さずとも感情の豊かな一人の女性です。

因みに挿絵の通りかなり愛鷹は背丈が大きいです。
個人設定では愛鷹190センチ前後、青葉、夕張170センチほど、蒼月160センチ以上、深雪160センチ未満、瑞鳳が150センチほどです。


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第一四話 沖ノ鳥島海域艦隊戦 後編

前回の続きが始まります。
非常に悲しい話になります……。


「通信、やっぱりだめです。『しだか』が応答しません」

ヘッドセットに当てていた手を放して青葉が曇った表情を向けて来る。

強力な羅針盤障害による長距離通信ダウンが起きてから水上突入部隊は一旦停止して通信回復を試みていたが、結局徒労に終わってしまい事後の策を協議していた。

協議とはいっても実質意思確認の様なものだ。

ほとんどのメンバーはこのまま進軍する事に賛成していたが、第三三戦隊とスプリングフィールドは慎重論を唱えていた。

ス級が一隻いるだけで自分たちは壊滅する寸前にまで追いやられたのだから、どこにいるのか分からない状態のス級がいる中、情報も入らない状態でこのまま進撃するのがどれほど危険か六人はよく分かっていた。

しかし、それ以外のメンバーは「あの時は五人、今は大和型を含めた二四人。負ける事は無い」と主張して意見が対立した。

旗艦の大和とガングートは意見のまとまりを待っており、協議には加わろうとしない。

自身は介入しない姿勢の大和に愛鷹は「お飾りめ……」と愚痴を吐きたいのを堪えて、進撃を主張するメンバーに一旦考えてから、と説くがこうして話しているうちにも敵が防衛体制を強化するから今すぐ進撃を再開するべき、という声が大きく、対抗しきれない。

敵の最終航空攻撃が完全に防衛出来ていた事、二四人と言う数、大和、武蔵と言う大火力戦艦が二隻(二人)いる、それが進撃続行主張派の言い分だった。

そしてユリシーズが「臆病風にでも吹かれたか?」といら立ちを見せて言うと遂に六人は折れた。

ただ折れる条件としては「警戒監視を厳戒状態にし続ける事」だった。その条件に対し勿論だと速攻で返されるのが愛鷹には不愉快そのものだった。

意見がまとまるや大和は、まとまりましたね、と言ってようやく自分から動いた。

「私は続行派でしたがやはり六人の意見も重要ですから。私たちには未知の敵なので六人の言う通り警戒は限界状態を抜かない事とします」

「当然だな。動くなら急ごう、敵航空基地は完全無力化されたわけでもない。明るくなったら敵からの空爆にも備えなければならんからな」

便乗するように武蔵も頷く。

仲間たちの決定に溜息を吐きながら、自分のキャラではない事は分かりながらも愛鷹は吐き捨てるように言った。

「ただス級を甘く見たら確実に皆さんを殺しますけどね」

「なっ……」

それは言い過ぎでしょう、と衣笠は詰め寄ろうとして青葉に肩を掴まれた。

強い力で肩を掴み自分を制止する青葉の顔を見て衣笠は驚いた。普段見られないあの「本気の顔」なのだ。

この顔をしていると言う事は相当危ない敵なのかもしれない。

その後、愛鷹、ガングート、ユリシーズ、夕張、深雪、蒼月が前衛、主力を他のメンバーという編成に組み替えて水上突入部隊は進撃を再開した。

やれやれ、と溜息を吐きたいのを押し込めて、前衛部隊の先頭を進む愛鷹は暗い海上に目を凝らす。

雲量が多い為晴れている状態の夜より見通しは悪い。夜目は効くがこの暗さだと見える範囲もおのずと限界がある。

ガングートはもう少し夜目が効く様で双眼鏡を手に監視をしている。

眼だけではなく愛鷹とユリシーズは水上レーダーを回して警戒に当たるが、羅針盤障害の影響で探知範囲が落ちているだけでなくクラッターもひどい。

誰も喋らなかった。愛鷹の捨て台詞が心に引っ掛かったからだ。

見た感じはあまり感情を大きく出さない物静かなイメージの愛鷹が見せた意外な顔に驚かされたのだ。

しかし、そうはなりますよ、と殿を務める蒼月は愛鷹の気持ちがよく分かっていた。

あの時の光景は忘れもしない、いや忘れようがない。

大口径砲弾の至近弾が突きあげた水柱が愛鷹を隠し、初めて聞く悲鳴を上げたあの光景。全砲門が沈黙し、瀕死の重傷で血まみれになって海上に倒れている旗艦の姿。

自分はあの後大破し意識を失ったからその後の事は覚えていないが、夕張まで大破・重傷を負わされ、深雪は戦闘不能、青葉は恐怖で戦意喪失と戦闘不能になった第三三戦隊は大和や伊吹からの航空支援が無かったら確実に全員死んでいたはずだ。

駆逐艦勢では比較的背が高い方とは言え、二階建ての建物程はありそうな高さのあの巨艦と比べたら、自分はちっぽけな駆逐艦だ。長一〇センチ砲で正面から喧嘩を挑んで勝てる相手でもない。

それだけに先ほど愛鷹が見せた行動はよく分かった。

決してあの言動から仲間の生死を軽んじていると言う訳ではないのも蒼月に分かる。むしろ心配しているのだと言うのが正しかった。

共に過ごしていれば分かる。愛鷹はあまり感情を露わさないとは言っても、何を言いたいかは自然と伝わってくる不思議な人物だと言う事も。

その事をどの程度他の仲間が理解してくれているかが気になる。だが気にするのは後だ、今は警戒に専念しなければならない。

海上の波の高さはさほど高くはないが、時々主機のヒールより高い波が立つことがあった。

風も少し強い方だから射撃するときは風向きによる弾道修正も頭に入れておかなければならない。

「この暗闇と風の中で夜間水上戦闘とはな。まああの時と比べたら大したことではないが」

風に吹かれる茶髪を時々なでながらユリシーズが昔を思う様に言った。あの時とは「FR77船団の悲劇」であるがその事をこの場で知っているのは愛鷹とガングートだけだ。

風は季節通り南風八ノット、風向は〇-五-七、波の高さは一メートル以内、と目と耳で気象条件を確認した愛鷹はこの分だと後でもっと荒れるかもしれない、と気象状況の予測を立てた。

もうじき低気圧が南から上がって来る頃だ。すでに台風が南太平洋では確認されているし、梅雨前線の北上も日本艦隊気象班が報告している。

雲量も少しずつだが増えているようだからこの分だと雨を降らす可能性がある。

今持っているデータだけでは詳しく予測するのは難しいが、降水確率は今のところ大体六〇パーセント。

気象は戦闘時大きく左右してくるから悪天候程戦いにくい環境は無い。

霧や雨はレーダーの機器を悪くするし、湿度が高いと主砲の装薬や炸薬、各種装備にも何かしら影響を与えてくるし、砲撃した時にもやはり気象は大きく左右してくる。

弾道は大抵艤装の方で計算して補助してくれるからあまり考慮しなくてもいかもしれないが、万が一被弾や故障で補助が出来ない場合は艦娘自身の経験と腕でカバーしなければ当てられる砲撃も当てられない。

進撃再開から一時間ほどが経過したがまだ敵との会敵は無い。海の方も荒れ模様は今のところ落ち着いている。

ただし月灯りが雲のせいで不安定だから視界の悪さは相変わらずだ。

と、愛鷹の羅針盤がバイブレーションを立てた。振動のパターンからレーダーに反応が出たらしい。

手に取りスイッチを押して表示を切り替えると、前方左、一一時の方向に艦影らしきエコーが映っていた。

数は六つだが、羅針盤障害が酷くなってきているせいかゴーストなのか深海棲艦の艦隊なのかの判別が難しい。

六つものエコーがすべてゴーストと言うのもまたおかしい話であるが。

しかしレーダーの走査が数回行われるうちにこちらを横切るように動いているのが分かった。

また単縦陣を組んで航行しているのも分かって来る。

警告を出しておこうとヘッドセットの通知スイッチを押した。

「前衛部隊旗艦愛鷹より水上突入部隊各員へ。敵艦隊と思しき艦影をレーダーが捕捉。こちらの前方を横切る形で航行中、警戒されたし」

(旗艦大和了解)

「敵さんか?」

「そうでなきゃ誰よ」

半袖のセーラー服の右袖をたくし上げる深雪に夕張がツッコミを入れた。

双眼鏡をいったん降ろしたガングートは愛鷹に顔を向けた。

「戦闘用意と行くか」

「ええ。前衛部隊各員合戦準備。夜間対水上戦闘用意、砲戦及び雷戦に備え」

「了解。しかし相手はレーダーを使っていないのか? ESM(逆探)に反応が出ないぞ」

「電波管制を敷いているんだろう。だがそれだと哨戒・斥候の意味があまりない気もするがな」

ESM表示を見て首を傾げるユリシーズに不可解な気もするがと言う顔でガングートは返した

一方愛鷹の艤装では戦闘配置の鐘がなり妖精さん達が配置につく。

肩章の上では見張り員の妖精さんが双眼鏡を手に警戒に当たっている。

左右に二人ずつ妖精さんが乗っているがその内左肩の一人が何かに気が付いたように体を前に乗り出した。

「どした」

もう一人が相方の動きに気が付き問いかけると、相方は自分の見る方を指さし、二人で確認を取る。

見張り員の妖精さんはかなり夜目が効くのでレーダーや艦娘の肉眼に頼りよりも役立つことがあった。

二人がほぼ同時に敵影を確認した。重巡四隻、駆逐艦二隻だ。一人が愛鷹に告げる。

「敵だ、愛鷹。敵艦影、右二七度。ネ級二隻、リ級二隻、イ級二隻を確認」

「了解、見張り員は一時艤装内に退避。愛鷹より各員、我敵艦隊を捕捉。重巡四及び駆逐艦二、恐らく斥候部隊と思われます。交戦許可を願う」

(旗艦大和より愛鷹さん。交戦を許可します)

「了解……。全員、交戦許可が出ました。攻撃を開始します、我に続け」

「了解」

前方の敵艦隊は丁字を書く形で動いている。進路は右から左へと動いているから同航戦に持ち込むなら取り舵に切るのがベストだが、このまま行かせて後方に回り込んで後方からこちらが丁字を書くのがここではいい案だろう。

「私も見えた。ネ級とリ級がそれぞれ二隻とイ級が二隻だな。少なくともこの前衛部隊であれば苦も無く叩ける相手だと思うぞ」

そう言って双眼鏡を見ながらガングートが口元をニヤリと緩めた。

「前衛部隊増速、黒。第五戦速へ。進路そのまま左砲戦用意」

グリップを握ると親指のスライドスティックを左に倒す。

第二、第三主砲が左側を指向する。揚弾機が徹甲弾を主砲内に装填し装填よしのブザーを鳴らした。

「敵艦隊との距離一〇五〇。左へと出る……合図で全艦、砲撃はじめ。深雪さん、蒼月さんは駆逐艦、夕張さん、ユリシーズさんはリ級、ガングートさんと私はネ級を攻撃します」

「了解」

「よーし、いっくぞお」

舌なめずりした深雪が一二・七センチ連装主砲を構えた。

一方両用砲を構えたユリシーズはペンダントの様に下げている十字架にキスをして祈りを唱える。

「主よ、どうか我が目に闇より悪魔を見射る力を与えたまへ。汝に死をもたらす悪にその死がもたらされんことを。あなたが生命に与えし大海を汚すものを滅する力をお貸し下さい……」

それを聞いていた愛鷹は何故か今考える事ではないながらユリシーズの祈りの元は聖書の、誰が書いた一節だったかなと考えてしまった。

もっとも宗教はおろか神と言う物への信仰心はおろか興味すら持ったことが無いから、愛鷹の持つものなど所詮知識程度しかないのだが。

敵艦隊との距離が七五〇メートルになり、後方に回り込んで丁字を描く形になった時、愛鷹は攻撃開始を命じた。

「全艦、夜間対水上戦闘、旗艦指示の目標、主砲砲撃はじめ。撃ちー方始め、てぇーっ!」

六人の主砲が一斉に砲口から火を噴いた。

徹甲弾がそれぞれの主砲の砲口から爆炎と共に叩き出され、空気との摩擦でオレンジ色に光りながら暗い夜の海を飛び越え、深海棲艦の艦隊に着弾した。

愛鷹の射撃がネ級に直撃弾を四発も当てて一瞬で撃破し、撃破されたネ級の艤装が暗い海上に煌々と明るい炎を上げた

ガングートの射撃でネ級が主砲一基を爆砕され、周りに落ちる主砲弾の水柱で揉まれるように姿勢を崩す。

リ級二隻は流石に軽巡である夕張とユリシーズの射撃ですぐには沈黙しなかったが、無傷とは行かない。

連装、単装主砲を交互に撃つ夕張と、両用砲によるユリシーズの速射がリ級を襲い続ける。

深雪と蒼月も主砲の速射でイ級を撃ち、魚雷攻撃態勢に入らせない。

先手を打たれた深海棲艦艦隊だったが、すぐに立て直しを図って来た。

愛鷹に攻撃で撃破されたネ級は早くも沈み始めるが、ガングートの攻撃にはどうにか耐えたネ級が右の主砲で射撃を開始する。

重巡ならではの速射はガングートの主砲より速いが、ガングートは余裕顔で回避していく。

リ級も致命打ではないので主砲を夕張とユリシーズに向けて撃つが、一発撃つと倍以上の砲弾が撃ち返されてくる。

被弾による影響からか精度にかける砲撃を行うリ級に対し、夕張とユリシーズは優位な流れで砲撃戦を行う。

一方蒼月は長一〇センチ砲の高初速砲弾を次々にイ級撃ち込み、反撃の術を与えないまま撃沈する。

深雪もイ級の周囲に水柱を突き立てて反撃の隙を与えさせず、撃てないイ級に間断の無い砲撃を浴びせる。

二人の砲撃は装甲が無きに等しいイ級を殆ど一方的に打ちのめしていく。

着弾のたびに爆炎がイ級の艦体に噴き出す。

イ級も悲鳴を上げながら撃ち返すが、酷くやられている上に風が砲撃の弾道をずらしてしまう。攻撃をかわした深雪と蒼月からはさらに砲撃が浴びせられる。

程なくイ級が轟音と共に巨大な火炎を上げて撃沈された。

二隻の駆逐艦の無力化とほぼ同じころにガングートも四回目の主砲斉射で手負いだったネ級に止めを刺す。

「面白い奴だったな……」

その言葉と共に放たれた主砲弾はネ級を捉え、数発の直撃弾のみでネ級を轟沈させる。

リ級二隻と交戦する夕張とユリシーズはリ級の装甲と耐久力に手間取りながらも優位に戦闘を運び、形勢不利を悟り撤退を図る二隻に仕上げの砲撃で行った。

手負いのリ級が逃げるその背中から二人は射撃を浴びせるが、一隻がもう一隻を逃がすつもりか撤退をやめて残る主砲を構えて反転し立ち塞がった。

その姿を見ると夕張に躊躇の感情が出た。同情、共感するところを感じてしまうと攻撃の手が緩むことがある。

しかしユリシーズにはそれが一切なく、立ち塞がるリ級に対し情け容赦なく砲撃を浴びせる。

精度を欠く砲撃を涼しい顔で躱し切り、向かって来るリ級を両用砲の速射による集中砲撃で嬲り殺しのような形で沈めると、もう一隻にもレーダー射撃を浴びせて撃沈した。

「全艦、撃ち方止め。愛鷹より各艦へ、敵艦隊は全滅。脅威を排除」

(旗艦大和、了解)

後方の部隊に一報を入れると愛鷹は前衛部隊のメンバーを呼び戻した。

「全員、集合してください。隊列を再編し進撃を再開します」

「あいよ」

元気よく深雪が返してくる。

集合をかけられた夕張は戻り際に沈んでいくリ級の残骸を見やった。

撤退する仲間を逃がそうと手負いながら反転して立ち塞がったリ級は既に本体は沈んでおり、艤装の一部が炎上しながら海上を漂っていた。

深海棲艦にもやはり人間に似たところを、共感できる何かを感じるな、そう思っているとユリシーズが肩を掴んできた。

「感傷に浸っていないで、集結するぞ」

「ええ……」

「……敵への同情か?」

そう聞かれた夕張は「そうかな……」と濁し気味ながらも頷くとユリシーズは軽蔑したように鼻を鳴らした。

「馬鹿馬鹿しい。そんなものを敵に抱いていたら次死ぬのは、貴様だ。敵に情けはかけるな、相手は人間ではない」

そう残して先に戻るユリシーズに複雑な感情を夕張は抱いた。

敵に情けをかけたら次に死ぬのが自分かもしれないというのが戦争なのは勿論夕張も承知している。

しかし相手が人間でなければ、例え戦う意思が無くてもユリシーズは構わず沈めると言うのか? 彼女の言う事は確かに一理あるが。

以前、艦隊を組んだことがある電が「敵も出来れば助けたい」と言っていた事を思い出すと、ユリシーズとは全くあいそうに無い気がした。

 

 

集合した前衛部隊は後方水上突入部隊主力と共に進撃を再開した。

進撃を再開して程なく風が強くなり始めた。

手袋を外し、右手の人差し指を指を軽く舐めて風に晒したガングートが渋面を浮かべた。

「拙いな、強風になる一歩手前と言った強さだ。砲撃の弾道が逸れやすくなるぞ」

「この分だとコリオリ力偏差修正に加えて風の強さも、射撃補正装置で補助してもらわないと拙いですね」

制帽の顎ひもをかけ、トリガーグリップで愛鷹は射撃補正装置に風向と風力の数値を入力した。

自分の艤装にはまだ射撃補正データが充分に入っているとは言い難い。艤装による射撃アシストを受けるには補正データが必要だがそれを全て自分で入力・収集しなければならなかった。

「貴様もなかなか大変だな」

「新型兵装を使う場合は大抵こんなものでしょう?」

「まあ、そうだがな」

頷くガングートに後ろから蒼月が「あのー、ガングートさん」と声をかけて来た。

「なんだ?」

「故郷の海って結構風強かったのですか?」

そう聞かれるとガングートはニヤリと笑った。

「これから吹きそうな風なら、故郷では寧ろそよ風だぞ? 

私の古巣バルトの海も北太平洋も波も高く、風は、そうだな台風と同じくらいだ。気温も海水の温度も低いぞ。防護機能が切れたら数分で凍死出来るレベルだ。北の海は人間の限界を試す世界だ」

「北大西洋も北極海も同じだがな。まあ、海も山も空も、この星の全てが生命の限界を、己の限界を遠慮なく、そして慈悲もなく教えてくれる。

この星の自然は残極だが美しい」

何かの知識人のような口調になるユリシーズに蒼月だけでなく夕張、深雪、ガングートも笑った。笑われた本人は何か変な事でも言ったか? とけげんな表情を浮かべた。

すると大きなため息を吐いて愛鷹が棘のある声を上げた。

「敵の警戒を行うのに無駄口をたたく必要は無いはずです」

「がちがちに緊張しすぎても気が持たんぞ」

そう返しながらもガングートは手袋をはめなおして自分も制帽の顎ひもをかけた。

そう言われてみると自分が過度に緊張し過ぎているだけなのだろうか? と思ってしまうが、愛鷹にはどうしても拭えない不安、予感がして仕方がない。

こう言う悪い予感と言う物は人によってはよく当たってしまう。自分は運が生れつき全くないのか特に当たりやすい。

もっとも運など生まれる以前から持っていないし、見放されたも同然だけど、と自嘲めいた笑みが出そうになった。

やがて風は強くなりガングートに言った通り強風へと変わり、波の高さも高くなる。

今のところは雨が降っていないだけまだマシではあったが、この分だとかなり強い雨が降るかしれない。雨が降ったらただでさえ落ちている視界がさらに落ちてしまう。レーダーも性能が削がれるから荒天下の戦闘は生身の部分が多い自分たちには過酷だ。

戦闘を行うには最悪の天候に発展する可能性がある。

一旦、天候不順の回復を待つべきかもしれないと思った愛鷹は大和に「天候の回復を待つ要ありと見ますが」と進言した。

帰ってきた返事は「協議してみます」だった。

ガラにもなく「くそっ!」と吐き捨てたくなった。

そりゃあ、あなたは大型超弩級戦艦。主砲砲撃時の安定性は多少の荒天下でもいいでしょうけど他の皆さん、特に駆逐艦は違うんですよ?

協議する? 自分で決めなさい。何のために貴方はいったいこれまで何回も旗艦を務めて来て来たんですか? 

時間をかければ天候の悪化は続くし、敵と会敵する可能性も上がる。

五分ほどして「進撃を継続」と言う返事が返って来た時は「了解」と返事をする気にもならなかった。

これからの悪天候下で通常艦隊と戦うのは苦労する話になるのは勿論だが、相手にはス級という強敵がいる。

悪天候の中、あの巨大艦と戦うと思うだけで背筋がぞっとした。

それと同時にス級に対しこれほど脅威、恐怖の様なものを感じるのはトラウマと言う物から来ているのかと思うと、当然そうなりますよ、と頷いた。

自分の火力では全く太刀打ちできない相手に、至近弾数発で瀕死の重傷を負わされたのだ。意識したわけではないから本能的にトラウマになってしまったのだろう。

トラウマか……。

自分にとっては黒歴史そのものだ。胸のむかつきを感じたのでタブレットを数錠口に入れて考えない事にした。

敵前線展開泊地棲姫のいる所まではまだまだ距離があった。何事も無ければ二時間以内に到着するはずだが、果たして。

 

 

天候の悪化は「しだか」のいる海域でも同じだった。

悪化が進むとウェルドックを開けていることが出来なくなることもあり、護衛警戒の艦娘は既に全員収容され居住区かデッキで「しだか」の乗員と共に警戒に当たっていた。

松葉杖を突きながら瑞鳳は舷側のデッキから水上突入部隊が向かった海域を見つめていた。

魚雷の直撃は受けなかったが、至近距離での爆発で右足を含む体中に傷を負い全治三週間ほどの怪我となった。

手術の後右足から摘出されたと言う破片を見た時はホラー映画を見た時よりぞっとした。

自分は水上戦闘兵装が無いし、装甲も薄いから水上戦闘には全く向いていない。今の自分には仲間が皆全員帰って来ることを待つだけだ。

四万トンもある巨大艦なだけに「しだか」の動揺は少ない。だが舷側に打ち付けて来る波は高く、風も強い。

嵐の来る前兆だ。

不安顔で海を見る瑞鳳の後ろで水密扉が開き、中から瑞鶴が出て来た。

「あら、ここにいたの」

「はい、出来る事は無いと言っても部屋にいるのも出来なくて」

「ふーん。まあ分かるね。怪我は大丈夫?」

「はい、三週間ほどはベッドにいなければいけませんが」

「生きているだけでもまだいいじゃない。プラモデルも作れるしね」

自分より恐らく二つか三つは上かもしれない(実年齢は艦娘同士で打ち明ける事はあまりないので互いに実は年下の先輩、年上の後輩の関係は結構いる)瑞鶴は自分と同様多くの戦場で経験を積んだ空母仲間だ。

同じ「瑞」の文字が入る名前同士でもあり、馬が合う関係でもある。

「みんなが心配なの?」

「はい。対面した事とか見た事は無いですけどス級って言う凄い戦艦もいますし」

「一隻取り逃がしちゃったのよねえ。悔しいなあ。相手の航空戦力が今までになく強いのがこっちの誤算だったわ……」

言葉通り悔しそうな表情を瑞鶴は浮かべる。彼女の航空団の損耗率は過去トップクラスだった。補充・再編成に当面時間がかかるだろう。

航空戦力で叩ききれないとなったら水上部隊で叩くのは昔からのセオリー通り。それ以外に今のところ策は無いが。

溜息を吐いて瑞鶴が手すりにもたれた時、瑞鳳の額の鉢巻きに冷たい物が付着した。

何だろう、と思った時、顔や手に水滴がかかって来た。

「雨だ、とうとう降って来ちゃったか」

また溜息を吐いて瑞鶴が空を見上げた。

「これは嵐になるかも。大和さん達大丈夫かな。衣笠さんは凄く落ち込むかも」

「よく雨女ジンクスを嘆いてましたね」

「ジンクスなんて迷信よ。そう思っちゃうだけ」

そう瑞鶴は笑って言うが、海と言う人間の理解がまだ及ばないところが非常に大きい世界では、昔から船乗りは迷信でも警戒してきたものだ。

その最もたる例が「スケルトンクルー」だ。

「スケルトンクルー」とは新造艦には初めから優秀な人材を載せておかないと後々までその船は不幸に見舞われる、と言う事から最新鋭艦には他の船から引き抜いた熟練を最初に多く配置すると言うものだ。

それだけ大昔から海の驚異を人間は教え込まれてきたと言う事でもあった。

雨は次第に強さを増してきた。デッキは露天同然なので、いつづけたらびしょ濡れになるから二人は艦内に戻った。

「部屋に戻ってゲームでもしようよ」

「そうしますか。この体じゃ卵焼きも焼けそうにないし」

「そう言えば、最近食べてなかったなあ。今度作ってよ」

「はい」

二人の顔に知らずと笑みが浮かんだ。

その二人の近くへと誰かが走ってくる足音がした。「しだか」の乗員ではないのは足音で分かる。草履の足音だ。

赤城さんか加賀さんかな、と瑞鳳が思った時、二人が歩いている通路の先の別通路を加賀が険しい表情で走っていくのが見えた。

何があったのかと二人が顔を見合わせた時、加賀が戻って来た。どうやら二人を探していたらしい。

「何かあったの?」

急に神妙な顔つきで瑞鶴が加賀に聞くと、加賀は少し息を切らし気味に答えた。

「拙いわ、アメリカ艦隊の潜水艦トリガーがもう一隻ス級を見つけた、って報告して来た」

「えっ!?」

二人の頓狂な声が口から飛び出す。状況がすぐに呑み込めないながらも瑞鳳は加賀に聞く。

「いつですか?」

「今朝がたの事だそうよ。急いで知らせ様としたそうだけど、深海棲艦の追撃で長距離通信が出来なくなったって。

三時間ほど前に朝雲と山雲が回収した時にようやく報告出来た話」

「つまり、ス級は三隻じゃなくて四隻いるって事? 二隻は無力化して一隻は何処かにいるか分らないまま……そこへ私たちが知らなかったもう一隻が」

拙いことになったと言う険しい表情を浮かべる瑞鶴とは違い、瑞鳳は落ち着きを失った顔を浮かべた。

「すぐに、水上突入部隊に知らせないと」

「無理。羅針盤障害の影響で突入部隊とは交信不能よ……残念だけど、今の私たちに知らせる術がない」

「そんな……」

「何とかして知らせたいなあ。でもこの天候ともう一隻ス級がいるとなると、増援を送るのも危険ね。それにもう遅いかも」

悔しそうに瑞鶴が顔をゆがめた。

あの巨大艦。単独で愛鷹、夕張を一瞬で大破させ、青葉と深雪も戦闘不能に追い込んだ化け物。

一隻であのレベルだ。そして無傷のモノが二隻もこの海域にいる。

「となったら、この艦も危ないわね」

腕を組んだ瑞鶴が眉間に冷や汗を浮かべて言う。加賀はそうね、と頷く。

「谷田川副司令は『しだか』をしばらくはこの海域に留めるそうだけど、何かおかしな事があったら五〇キロほど後退するかもしれないと言ってるわ」

「……妥当ね。『しだか』の武装じゃ深海棲艦には太刀打ちできない。でもそしたら撤退する水上突入部隊とは邂逅できなくなるじゃない」

「後退するのはまだ決まった訳じゃないわ。瑞鳳?」

加賀は瑞鶴から視線を瑞鳳に向けた。

真っ青な顔をした瑞鳳は水密扉の方を向いて「みんな……」と呟き続けていた。

 

 

波が非常に高くなり風も強く、そして強い雨が水上突入部隊を襲っていた。

「ヒエー、凄い波です! 時化ていますよこれ!」

「これほど荒れるとはな。低気圧が思ったより早く北上してきていたか」

波を乗り切りながら比叡と武蔵が言う。

「目を細めてみると故郷にそっくりだ」

波を乗り切りながらシュペーが呟く。

水上部隊主力の駆逐艦涼月、冬月、花月、陽炎、不知火、黒潮は小柄なだけに荒浪に四苦八苦していた。軽巡矢矧も波を乗り越える際にかなり真剣な表情になっている。

「随分と荒れますネ。台風を思い出シマス」

「金剛が台風なら私はハリケーンね。アメリカじゃハリケーンは新兵教育の教官より怖かったわ」

「ハリケーンより私は竜巻が恐ろしかったです」

そう言いあっている金剛、アラバマ、スプリングフィールドの会話を聴きながら青葉はこの状況で砲撃戦は無理ですねえ、と焦りを滲ませていた。

時々試しに砲の照準を定めようとして見るが、波の動揺で正確に定めるのが難しい。

主砲の砲身も波の動揺に合わせ続けることが出来ていない。改艤装の限界だ。

改二になっている面々は照準の安定性が向上している。同じ改のアラバマ、スプリングフィールドは艤装世代が自分のより新しいから安定性はあるし、シュペーは故郷の海ならこれくらいの荒天は当たり前なので追随機能は高い。涼月、冬月、花月の三人の照準機能も自分よりは高い。

つまりここは砲戦になったらかなり経験と勘でないと有効弾が撃てない、という状況だ。それもほぼ自分だけが。

照準器を収容して構えを解き、高波を乗り越える。続航する衣笠は雨が降っていることをさっきから嘆いており、古鷹と加古が宥めていた。

どうにかして上げたいと言う気もしなくはないが、かといって何が出来るかと言うと何もなかった。

むしろ砲撃戦の時に何とかしてほしいのはこちらかもしれない。

波を乗り越えながら青葉は突入部隊主力の先頭を進む大和の背中を見て、誤算が起きましたね、大和さん、と胸中で言った。

あの時、進撃を続行するか協議した時愛鷹が主張する慎重論を受け入れていたら、と思ってしまうが、今更言っても始まらない。

「しだか」とは連絡が取れないまま。このまま天候がよくなるかは分からない。

今のところ大和は進撃停止を出すつもりはないらしい。沈黙したまま航行している。

この状態だと深海棲艦も攻撃しにくいはずだから奇襲は受けないはず。それでも青葉の頭の中には不安しかなかった。

今のところ先ほど前衛部隊が会敵した艦隊の他に敵影は無い。

このまま進めばあの一時間ほどで敵泊地に到達する。それまでにこの嵐が少しでも治まってくれていたらと願うばかりだ。

「青葉ー、波が凄く高いけど照準合わせられる?」

高波を越えた衣笠が聞いてきた。

「無理だねえ。多分、いや間違いなく撃ったらとんでもない所に飛んでいっちゃう。乱戦状況下で打ったら誤射しかねないよ」

「そっかあ。その時は衣笠さんがフォローするね」

「りょーかい」

悔しい気もしなくはないがそれが最善策だろう。

荒天は止む気配がないが、激しくなる様子もない。もしかしたらあと一〇分程で治まるかもしれない。

確証はなかったものの過去の経験からそんな気がしていた。この荒天が止んだら一旦、位置を確認しておくべきかもしれない。嵐で進路がそらされている可能性は充分にある。

時々、愛鷹と連絡を取ろうとするのだが嵐か羅針盤障害の影響でヘッドセットからは雑音しか聞こえてこない。

交信できないのが心配になるが砲声や爆発音などは聞こえないから前衛部隊は無事だろう。

その時、大和が小さく呻いた。

「拙い……」

「どうした?」

後ろから武蔵が効くと焦りを滲ませた顔を大和は振り向けた。

「前衛部隊の姿が見えなくなってしまいました」

「……うむ、この視界ではなあ。電探も機能不全状態か。交信をとってみよう」

武蔵はヘッドセットに手を当てて愛鷹を呼び出すが雑音しか入らない。

「ダメだ、羅針盤障害か交信できん。どうする?」

「まずはこの嵐を抜けましょう。嵐を抜けたら前衛部隊と交信を取って集結します」

「分かった」

その後一五分程主力部隊は嵐と格闘して切り抜けた。

雨が止み、風と波も穏やかになった時、戦わずして主力部隊の面々はわずかながら疲労を感じていた。

ただ洋上を航行するのとはまた違い荒天下の航行によってかかる艦娘への疲労は大きい。防護機能があると言っても攻撃によるダメージとはまた別の次元のダメージだから軽減できる事にも限界がある。

荒天を切り抜けたので電探を再稼働させても問題はないだろう。そう大和は思い対水上電探を起動させた。

するといきなり反応が出た。数は一二、エコーからして戦艦と重巡がいるのは確実だ。

「敵艦影を対水上電探が捕捉! 方位一-八-八、距離一〇五〇、艦影一二。エコーから戦艦及び重巡がいます!」

電探で得た情報を大和が全員に聞こえるように大声で言った時、一同の頭上が急に明るくなった。

夜間に目を慣らしていただけに、この明るさは瞳孔に痛みを感じる程だった。

照明弾⁉ それも私たちの直上に正確に? 大和が腕で目を覆いながら状況を頭の中で整理していると砲声が轟いた。

深海棲艦艦隊が先手を打ったのだ。

「夜間近接砲戦、各艦目標を定めて交戦を開始してください! 兵器使用自由!」

そう叫びながら大和は五一センチ主砲を前方へ向けて放った。正確に狙ったわけでないが牽制にはなるだろう。

目潰しが比較的少なかった陽炎や涼月たちが、目が見えない主力部隊の仲間を援護するべく前へ出る。

「応射、撃ちー方始め! 大和さん達を援護するわよ!」

「ほいな!」

「続きます!」

「標的にされている、撃ち返して!」

一二・七センチ主砲、長一〇センチ砲の砲声が深海棲艦艦隊への反撃の合図となるが、その数倍の砲声と共に砲弾が飛んでくる。

初弾命中とは行かないものの、照明弾で照らし出されてしまっている為主力部隊への砲撃の精度は高い。

このままだとすぐに被弾艦が出ると判断するや大和は陽炎たちに煙幕の展開を指示し、一旦反撃から回避優先に動く事にした。

しかし。逆探では敵艦隊からのレーダー波も探知しているから少しの時間稼ぎにしかならない。それでもその少しの時間が反撃の為の時間稼ぎにもなる。

陽炎と不知火、涼月、冬月が牽制射撃を行う中、黒潮と花月が煙幕を艤装から噴き出して主力部隊前方に展開した。

展開されたころにようやく目が慣れて来た主力部隊のメンバーは、衝突とまとめて撃破されるのを避けるために散開した。

青葉は衣笠、古鷹、加古と共に単縦陣を組むと敵艦隊へと前進して砲撃を開始した。

主砲を構えた青葉は照準器を覗き込むと砲撃してくるリ級に狙いを定めて主砲弾を撃ち放った。

続航する衣笠、古鷹、加古も主砲砲撃を開始する。

四人の二〇・三センチ連装主砲が砲口から砲炎をほとばしらせ、徹甲弾を敵艦へと放つ。

青葉の二〇・三センチ砲弾がリ級の前方に着弾し、二回目の砲撃がさらに近くへと落ちて水柱を上げる。

水柱に隠されたリ級に次は当てると斉射を行うが、水柱に隠れた間に進路変更を行っており命中しなかった。

すぐさま補正をかけて砲撃した時、リ級も自分に向かって砲撃した。

回避行動をとった時、古鷹の周りに彼女が相手をしていたリ級の主砲弾が相次いで着弾して水柱をいくつも突き立てた。やられたかと思わせる光景だがすぐに水柱を突き破るように古鷹が飛び出してくる。

最後尾の加古は右腕の第三主砲と左腕の第一第二主砲による交互射撃を繰り返してリ級に直撃弾を出した。

「へっへーん、ラッキー」

ニヤリと口元を緩めて斉射を放つ。手負いにリ級が再び被弾し速度を落とした。加古が戦闘・航行能力をほぼ失ったリ級に止めの一撃を放つと、リ級は苦し紛れの主砲砲撃を一発放った。

あんなの当たる訳がない、と自分の砲撃が直撃して沈没していくリ級を見て加古が思った時、第二主砲にリ級が断末魔にはなった砲弾が直撃した。

一瞬で第二主砲が全壊し、爆散した砲塔の破片とへし折れた砲身が吹き飛んでいく。防護機能で致命的なダメージは受けなかったものの無傷とは行かず破片が体を一部切り裂いた。

「砲塔が吹っ飛んだ!?」

破片で切り裂かれた右頬を抑えながら加古が呻き声を上げた。

後続の加古が被弾したことに気が付いた古鷹が前を行く青葉と衣笠に「加古が被弾、第二主砲損傷!」と伝える。

「大丈夫、加古?」

「大丈夫じゃないよ! 主砲を一基つぶされて破片であっちこっち切られた」

青葉の問いに加古が喚くように返してくる。喚き具合からして大丈夫の様だ。

ホッとしたのもつかの間、自分と交戦中のリ級が再び砲撃してきた。

舵を右に切り進路を変更して躱すと、必中の砲撃を行った。

それまで青葉の砲撃を躱していたリ級が被弾し、炎上し始める。だがまだ航行しながら応射してくる。

再装填が済むと主砲を再び撃ち、リ級に打撃を与えるが、リ級はまた持ちこたえた。

ただ全砲門が沈黙したようで進路を変更して離脱し始める。だがさらに青葉が行った砲撃でついに撃沈された。

リ級撃沈、と青葉が溜息を短くはいた時、大きな爆発音が聞こえた。

「お姉さま!」

「シット! 被弾した! 撃たれマシタ、主砲二基が大破、撃てマセン!」

ル級の砲撃が金剛の右側の第一第二主砲を直撃したのだ。ハンマーで叩き潰されたかのように金剛の主砲塔二基がひしゃげ、砲身がとんでもない角度に向いている。

すぐさま比叡とアラバマが援護に入り、金剛が速度を落として後退する。

数ではこちらが多いはず、敵も出来るのがいると青葉が思った時、「敵増援を確認しました」と言う大和の知らせにぎょっとした。

「数は一二、戦艦ル級四と重巡ネ級改三。雷巡六、駆逐艦二も確認」

「くそ、ここで戦力を消耗することになるぞ」

早くも焦りを見せる武蔵が顔をしかめた。

「やれるだけの事、やるだけです。がんばるの!」

比叡がそう言いながら主砲を撃ち、ル級に命中させる。

「雷巡は矢矧が引き受けます。駆逐艦各艦、我に続け」

一五・二センチ連装主砲でツ級を撃沈した矢矧は陽炎たちを呼んで吶喊し始めた。

敵の増援艦隊が発砲し、十数秒後に主力部隊各員の周囲に着弾の水柱を立ち上げた。

「大和型の力を舐めるなよ」

その言葉と共に武蔵が大和の顔を見て、大和が頷くと共に主砲斉射を放った。

今自分たちが交戦していたル級に直撃弾を与え、大損害を与える。姿勢が崩れたル級はすぐに立て直しを図ると主砲を大和と武蔵に向けて撃つ。

二人は巨体に似合わず素早くターンして躱すと、スナップショットの様な射撃でル級に止めの一撃を撃ち込み、撃沈した。

よし、と大和は頷き武蔵とも視線を合わせた。武蔵もこれなら行けると頷いた。

金剛と加古が被弾したものの主力部隊は立て直していた。最初の敵艦隊は殆どが沈み、増援艦隊が攻撃を開始してくる。

しかし数、そして各々の経験で行けると判断した一同は、乱れかけていた隊列を組みなおし、増援艦隊への攻撃を本格化した。

敵増援艦隊は主力部隊の攻勢を見ると、不利を悟ったのか後進し始め、牽制なのか散発的な砲撃を行う。

相手は戦意を失いつつある、そう見た主力部隊は砲撃をさらに浴びせた。ル級が一隻、金剛とアラバマの砲撃で討ち取られ、駆逐艦二隻が矢矧と駆逐艦の集中砲火で轟沈する。

すると苦し紛れか無傷の敵艦が顔を見合わせあって頷くと全艦一斉砲撃を行った。

しかし散布界は広く、照準も甘い。ほとんどあてずっぽうだと全員は思い、砲撃を続けた。

だから自分たちの前、左右で閃光が走り、視界が真っ白にされ耳が激しい耳鳴りに襲われて何も聞こえなくなった時、何が起きたのか誰も分からなかった。

「な、何ですか! いったい何が⁉」

耳を抑え、立ち眩みで体をふらふらと揺らしながら青葉が大声を上げて聞いた。耳の中でキーンと言う耳鳴りが止まない。

視界だけはどうにか戻って来た時、青葉の頭の中で何かが警告を発した。

「……この何か大きなものに狙われている様な感覚は……まさか!」

反射的に空を見上げた時、それは見えた。

一二個の巨大な隕石を思わせる巨大な砲弾の群れが見えた。こちらへとゆっくり、だが少しずつ加速してくるように落ちて来る。

見間違えようがない。ス級の砲撃だ。あの時の凄まじい恐怖が頭によみがえった。

「青葉から皆さん! ス級の砲撃が来ます、逃げて!」

悲鳴の様な声で青葉が叫んだ時、凄まじい爆発が主力部隊の周囲で炸裂した。

セコイアの様な巨大な水柱で主力部隊の面々の大半が隠されるのを見た衣笠が「みんな!」と悲鳴を上げた。

「これがス級の砲撃⁉」

右目を見開いて古鷹が愕然として呟いた。

水柱が晴れた時、人影が倒れているのが見え、その他のメンバーも膝を突いたり蹲っていた。

誰かがやられた、と思った時、白い着物を朱に染めて動かない茶髪の人影が見えた。

金剛だ。ピクリとも動く様子が無い。頭から血を流している比叡が血相を変えて駆け寄って名を呼ぶが返事が無い。

他に花月と黒潮、加古が倒れ伏して動かなくなっている。

「まさか、死んじゃったの……」

愕然とした顔の衣笠が気の抜けた声を上げた時、古鷹が「加古、加古!」と泣きながら倒れている加古に駆け寄った。

血まみれになり白目を剥いている加古の名前を呼びながら古鷹は助け起こし、首筋を探った。

はあ、と大きなため息を吐く。気を失っているだけで脈はしっかりある。しかし深い傷を負っているのは確かだ。

花月を涼月と冬月が助け起こし、黒潮は陽炎と不知火が起こしていた。二人とも意識はないが脈はあり呼吸もしていた。

しかし金剛は脈こそあったがその勢いは弱々しく、呼吸もかすれ気味だと言う。

被害を被った面々は誰一人直撃を受けていない。にも拘らず防御力の高い金剛が至近弾で撃破されて意識不明の重体だ。

大和と武蔵はあまり大きな被害はないようだが酷く痛むらしく腕を抑えている。

い、今のは、と思っていた時巨大な砲声が聞こえて来た。ス級の砲声、それも別の方向から。

「回り込まれましたか!」

咄嗟に主砲を構え直して言った時、衣笠が「あ、青葉……。なに、あれ……?」と震え声で聞いてきた。

砲声がした方ではなくさっき砲弾が飛んできた方向を衣笠は見ている。ス級がいる方向だ。だが、そうだとしたら今の巨大な砲声は?

一瞬、状況が呑み込めなかったが前方にス級が姿を現すを青葉は暗がりの中見つけた。随伴艦らしきネ級改を三隻伴っている。

一方巨大な砲声がした方を見た時、そらにあの一二発の巨大な砲弾の軌跡が見えた。

「そ、そんな、ス級はあそこにいるのにあの方位から砲弾が来るわけないですよ!」

ス級の機動性はその巨体に似合わず異常に高いと聞いている。と言う事は高速を生かして回り込んで砲撃してまたあそこに戻っている?

ありえませんよ、と青葉が思った時、空気を切り裂く甲高い音が極限まで大きくなってきた。

拙い、またス級の砲撃が、と思った時衣笠が自分にタックルして一緒に海へと倒れ込んだ。

直後、ス級のモノとはっきり言える砲撃がまた着弾した。

右側を下に倒れ込んだ青葉は左半身に熱い水飛沫が降りかかるのを感じて「あっちちちちッ!」と呻き声を上げた。

隣の衣笠も頭を抱えて悲鳴を上げている。

爆発が止み、二人が立ち上がった時、主力部隊の面々で動いているのは自分と衣笠以外いなかった。

やはり直撃を受けた者はいなかった。ついでに言えば大破・重傷を負った者もいない。

しかし無傷のモノもいなかった。皆中破してなかなかすぐには動けず呻いている。

「直撃じゃないのに……至近弾だっていうのに……」

うわ言の様に呟きながら衣笠がへたり込んだ。

「が、ガサ、しっかりしてよ。まだ負けたわけじゃないんだよ」

慌ててへたり込む衣笠の脇にしゃがんで肩を揺さぶるが、衣笠の目から生気が消えて虚ろな視線を動けない仲間に向けている。

その時に青葉は初めて今戦える状態なのは自分だけだと言う事に気が付いた。

しかし、何をしたらいいのか、どうしたらいいのか、すぐには思いつかない。こういう経験は初めてだからどうしたらいいのかすぐに思いつかない。

落ち着け、何か考えないと、何か、何か……必死に頭を回そうとして余計に混乱を起こす。

そこへ自分の周りに増援艦隊が砲撃を浴びせて来た。

周囲に立ち上がる水柱を見て、ようやく自分を殺しにかかっていると言う事が少しずつ頭に入って来る。

何をすればいいのか、水柱を見て、無気力状態で泣いている衣笠を見て頭の整理がついてきた。

とにかく仲間をやらせないために自分で少しでも食い止めるしかない。

主砲を担ぎなおして敵艦隊へ照準を合わせた。

「ここは青葉が通しませんよ!」

精一杯の勇気を振り絞って叫んだ時、別の方向からス級の砲撃が来た方にもう一隻ス級が随伴の軽巡ツ級三隻を伴って接近してくるのが見えた。

ス級が二隻? まさか一隻を修復したと? 

ありえなかった。ス級規模となれば修理には相当な時間が必要な筈だ。だとした一隻は健在だと言うはずのス級がなぜ二隻も……。

「増援が来ていた……」

その答えを呟くまでさほど時間は必要なかった。

流石に戦力差が喧嘩にならなさすぎる。やはり青葉たちはこれまでですか……諦めかけた時、ヘッドセットから聞きなれた声が聞こえた。

(青葉さん! 聞こえますか?)

「愛鷹さん⁉」

そう言えば、と嵐を出た時から姿が見られなかった愛鷹の前衛部隊がまだ残っていたことを思い出した。

今どこに、と聞こうとした時魚雷の航跡が敵増援艦隊に横合いから延びて来て次々に命中・炸裂した。

「よーし、全弾命中だぜぇ! 深雪さまの深雪魚雷スペシャルを見たか!」

歓喜を上げる深雪の声が聞こえた。

さらに愛鷹の三一センチ主砲、ガングートの三〇・五センチ主砲の砲声が聞こえ、奇襲を受け混乱している増援艦隊に砲弾の雨降らせた。

あっという間に二人の主砲砲撃を受けた雷巡チ級が二隻爆沈し、二隻が大破して戦闘能力を喪失する。

無傷のチ級二隻が前衛部隊を探し求めて辺りを見回す。

ル級は二隻が雷撃で大破して動けず、ネ級も一隻が大破しており、ル級一隻とネ級二隻は損傷した仲間を庇いながら後退し始める。

そこへユリシーズが最大戦速で突っ込んできたかと思うと、魚雷発射管を無傷のチ級二隻と大破した二隻に向けた。

祈りの言葉を呟きながらユリシーズが必中の魚雷を六発一斉発射する。

躱し様がない正確な射撃であり四隻の雷巡は相次いで被弾し、大破していた二隻はとどめを刺されて悲鳴を上げて轟沈し、無傷の二隻の内一隻も二発の魚雷が直撃して戦闘航行不能になる。一隻は何とか持ちこたえたが兵装を全損して戦えない。

ユリシーズはそのまま魚雷を撃つと離脱し、続いて夕張と蒼月が突入してきて残るチ級に砲撃を浴びせた。

戦闘不能のチ級に一四センチ、一〇センチの砲弾が撃ち込まれ、予備魚雷が誘爆したチ級が撃沈する。残る一隻は離脱を図ったが二人からの砲撃には逃れきれず被弾し、そのまま息の根を止められた。

そこへ愛鷹とガングートが追い付く。二人の主砲砲撃はル級とネ級改に浴びせ続ける。

無傷のル級が二人からの集中砲火に耐えきれず大破し、離脱を図るとガングートが追撃を行い、ネ級改二隻は愛鷹が相手をした。

すると青葉が愛鷹のフォローに入った。

「手伝います、愛鷹さん」

「了解、援護を」

そう言いながら主砲をネ級改に向け、トリガーを引く。

二基の三一センチ主砲がネ級改二隻を捕捉、主砲弾を発射した。

一隻が直撃弾で大破し、三連装主砲二基すべてを一瞬で破壊される。もう片方は当たり所が悪く弾薬庫をやられて大爆発を起こして沈んだ。

大破したネ級改はぼろぼろの体を引きずるように撤退を図るが青葉からの砲撃が立て続けに命中し、損傷した艤装から火災を起こして動かなくなった。

そこへ三一センチ主砲の仕上げが直撃してネ級が轟沈した。

ネ級改を沈めた二人はそのままガングートの援護に向かった。

「酷くやられましたね」

唇を噛んで動けない主力部隊を見る愛鷹に、青葉は頷いた。

「よく分かりませんが、深海棲艦は新兵器を使ってこちらを動けなくさせたんです」

「新兵器?」

「はい、爆発したかと思ったら、まぶしい閃光で目は見えなくさせられて、聴覚が一時的に麻痺するものでした。それ以外は被害を受けなかったんですが、目潰しをされたせいでこちらの動きが鈍らせられ、先手をうけてしまいました」

そう青葉から解説された愛鷹は、「新兵器」と青葉が呼ぶものの正体がすぐに分かった。

「新兵器ではないですね。十中八九それは音響閃光弾です」

「音響閃光弾? なんですかそれ?」

「マグネシウムを炸薬とする突発的な目の暗み、難聴、耳鳴りをはじめとする見当識失調を目的のとした非致死性兵器です。フラッシュバンとも言いますね。

立てこもり事件の際に突入する特殊部隊が内部制圧のために使う事がありますが……まさか深海棲艦が使うとは」

これは艦娘が人間であることを突いた奇策だ。これまで照明弾などでの目潰しは度々行われてきたが、音響閃光弾による例はない。

考えた物ですね、と深海棲艦のやり方に思わず愛鷹は下を巻いた。これを使うと耳まで一時的に聞こえなくなってしまうから目潰し以上に厄介だ。

流石に火力の差で中々ル級を沈められず苛立ちを見せていたガングートに愛鷹と青葉が加勢し、三人でル級に集中砲火を浴びせる。

これにはル級も耐え切れず、三人からの砲撃でハチの巣にされた艤装から激しく炎上して沈黙し、ゆっくりと沈み始めた。

「よし、これで増援はほぼ片付いたか」

ガングートがそう言った時、三人の右手を合流したらしい二隻のス級からなる深海棲艦艦隊が通過した。

そしてそのままようやく何人かが動けるようになった主力部隊に向かって行く。

「ああ、主力部隊が!」

「くそ、抜かれたか!」

三人は引き返すが深海棲艦艦隊はス級二隻と随伴のネ級改とツ級の六隻の二手に分かれた。

被害が比較的軽かったシュペー、矢矧、不知火、涼月、冬月、スプリングフィールドの七人が防衛線を張る。

二〇・三センチ三連装主砲を構えたスプリングフィールドは仲間と共に、中破ないし大破して動けない主力部隊の面々の後退の時間稼ぎをするべく前へ出るが、ス級の動きが恐ろしく速い。

あの時と同じだ、ノーザンプトンとメルヴィンを殺されたあの時と。

「速い、こちらの……」

「スプリングフィールド、警戒、後ろ!」

高速で動くス級を追っていて警戒がおろそかになっていたスプリングフィールドの背後に、ネ級改一隻が回り込んだのを見たアラバマが警告の声を上げた。

慌ててスプリングフィールドは振り返って主砲を向けた。

直後ネ級改の主砲が砲撃の火を噴き、非情な一撃がスプリングフィールドの胸と腹部に直撃した。

何が起きたのか、自分でも分からなかった。胸と腹を思いっきり殴られたような感覚がしたかと思うと、視界が空を向いていており自分が仰向けになっているのが分かった。

そして、そのまま視界が白くなっていく。

 

おかしいなあ、夜なのに。

空が黒いはずな……のに、見える……世界が白くなって……いくなんて……。

 

ドクン、ドクン……ドクン……と心臓の鼓動が弱まる。

 

何も……聞こえない……。

 

戦闘中なの……に……静かだなあ……。

 

ああ、そうか……死ぬ……んだ……私……。

 

ここ……で……オワ……ル……ン……ダ……。

 

コ……コ……デ……シ……ヌ……。

 

心臓の鼓動がドクン……ドクン……ド……クン……と立って止まった。

そのまま消えて行く意識の中で彼女が最期に見たのは故郷の農場と家、家族の顔だった。

「パパ……ママ……兄さん……」

 

 

血まみれになって動かないスプリングフィールドに寄ったアラバマは彼女を起こしたが、虚ろに開かれた目が自分を見返すことは無く、だらりと開かれた口からは血が溢れて筋を作っていた。

「そ、そんな……そんな……。ウソでしょ……ちょっと、スプリングフィールド? ねえ、起きてよ、ねえ、起きてよ! ねえ!」

ゆすっても叩いても名前を呼んでも、スプリングフィールドは何も言わなかった。

そして物言わぬ亡骸となったその体は冷たく、軽くなっていた。

「いや……いや……いや……いやあぁぁぁぁぁーッ!」

アラバマの絶叫が辺りに響いた。

 

 

アメリカ合衆国ミズーリ州の農家に生まれたスプリングフィールドは故郷から遠く離れたこの太平洋の海で、僅か二六年の生涯の幕を、故郷と両親と、戦死した海軍四等兵曹長だった兄の顔を思い浮かべながら降ろした。

 




本作では「艦娘は人間である」が設定の重要な要素となっています。
それだけに海と言う巨大な自然の前には小さい存在で、対人兵器にも脆いという実情が存在しています。

今回、架空のバルティモア級重巡洋艦艦娘スプリングフィールドの無念の戦死回となりました。
自分で書いておきながらやはりキャラの死は書きにくいモノがあります。

個人設定ではありますがスプリングフィールドは二六歳という設定にしております。

次回は大和らを含む強力な艦隊の多くを一瞬で戦闘不能に追い込んだス級に挑む、戦艦には敵わない火力の愛鷹の死力を尽くした戦いになる予定です


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第一五話 限界への解除

その絶叫は心に何か鋭利なもので深くえぐり取るような痛みを感じさせた。

「スプリングフィールドが殺られた! スプリングフィールドが戦死、K.I.A!」

「戦死だってぇっ!? うっそだろぉ!」

「ジーザス! よくも我が同胞を!」

「チョルト ヴァジミィー!」(チクショウ!)

一人、スプリングフィールドが戦死、殺された……。

明るい性格と、この沖ノ鳥島海域で生き残った仲間をたった一人で護り続ける強靭な精神、屈強さを併せ持った重巡艦娘のスプリングフィールドが死んだ。

自らも深手を負いながらも動けない仲間を助けるために孤軍奮闘した彼女が。

愛鷹の胸にぽっかりと穴が開いたような無力感が出る。

ス級の護衛艦からの攻撃を凌いでいた艦隊は、スプリングフィールドの戦死の報告で浮足立ちを見せており、押し返され壊滅する危機に直面していた。

護衛のネ級改、ツ級はそこへ畳みかけるように攻撃の手を強めた。

鈍い音がしてガングートの主砲塔にネ級改の放った砲弾が当たって弾かれた。

怒りに震えるガングートがネ級改に主砲の全門斉射を至近距離から行い、ネ級改が吹き飛ばされる。

しかし仲間をオーバーキルともいえる攻撃で屠ったガングートに深海棲艦艦隊は集中砲火を浴びせた。

防御力には優れているガングートはその防御力で耐えながらさらに主砲砲撃でツ級を轟沈させたが、そこへネ級改の放った魚雷二発が直撃した。

水柱二つの奥からガングートの悲鳴が聞こえ、水柱が崩れ去った時には魚雷の直撃で大破・重傷を負って動けなくなってしまっていた。

「く、くそぉ……まだ、まだだ、このガングートはまだ沈まんぞ」

そう言いながらも爆発した魚雷の破片が刺さって血が出ている左脇腹を抑えており、動くのが非常に苦しそうなのは明らかだ。

動けなくなったガングートに止めを刺そうとネ級改が近づくが、青葉が単身それを防ごうと立ちはだかり、主砲を撃ち放つ。

「やらせません!」

喚きながら三基の主砲でネ級改を迎え撃つが相手は余裕の表情で青葉からの砲撃を避けてみせ、逆に青葉への砲撃を始めた。

それに対し青葉も回避行動をとって躱していく。かなりキレのある動きだ。

青葉を相手する仲間の援護にもう一隻のネ級改が背後を取ろうと後ろへと回り込む。

(回り込みましたね)

そう思いながらトリガーを引くと二〇・三センチ連装主砲の砲口から徹甲弾が放たれネ級改を捉えた。

被弾したネ級改が青葉へ反撃の一射を撃ち返し、回り込んで背後を取った仲間も主砲を構える。青葉の動きが速いので照準がなかなか合わない。

しかし、その横から三一センチ砲弾が直撃してネ級改が数メートル吹き飛んでいった。

「これ以上、死なせません」

主砲を放った愛鷹は仲間をやられて動揺するネ級改に肉薄した。

ネ級改に対応される前に刀を引き抜くとほんの数振りでネ級改の艤装を破壊していった。

金属の衝突する鈍い音がしたかと思うとネ級改の主砲塔二基は跡形もなく斬り落とされ、武装を喪失したネ級改に青葉のとどめの砲撃が撃ち込まれた。

ツ級二隻は攻撃の手を緩めることなく矢矧らと戦っているが、間もなく冬月と不知火が被弾し中破、戦闘不能になる。

更に冬月被弾に涼月が気を取られるとそこへツ級が隙槍を入れ、涼月も被弾した。

不知火は艤装大破で戦えなくなったがそれでもと怪我だらけの体を押して立ち上がろうとしていた。

三隻の駆逐艦娘が被弾し、中破ないし艤装大破で次々に戦闘能力を喪失する。

しかしツ級は涼月、冬月、不知火を戦闘不能にすると止めを刺さずス級と共に何故か後退し始めた。

何を考えている、と愛鷹が眉間に皺を寄せた時にレーダーが新たな反応を捕捉した。

電探に反応とバイブレーションを立てた表示機を見て眉間に冷や汗が滲んだ。

「敵増援です。戦艦二隻、重巡四隻、軽巡四隻、駆逐艦二隻を電探が捕捉」

「まだ来ますか」

拙いですね、と青葉が顔をしかめた。

こちらは戦艦四隻中破戦闘不能、二隻大破戦闘・航行不能、装甲艦一隻中破戦闘能力低下、重巡二隻大破戦闘不能、一隻戦意喪失戦闘不能、駆逐艦三隻中破戦闘不能、二隻大破戦闘・航行不能、一隻艤装大破戦闘不能、重巡一隻撃沈・戦死。

無傷の状態であり、戦えるのは超甲巡一隻、重巡一隻、軽巡三隻、駆逐艦二隻、辛うじて戦えるのは中破戦闘能力低下した装甲艦一隻。

実に全艦隊の四分の三が無力化されていた。

対して敵は巨大艦二隻に加えて、戦艦二隻、重巡四隻、軽巡六隻、駆逐艦二隻の一六隻。

戦力差は二対一。

言わずとも状況は艦娘側が不利だ。この状態ではとても敵泊地への進撃など不可能である。

撤退、それしかない。

「こちら愛鷹。艦隊旗艦大和へ意見具申。艦隊の被害甚大につき撤退を進言します」

(やむをえませんね。大和より各艦、撤退します)

(だが、航行不能な者もいる上にあのデカ物からどうやって逃げる?)

(私は、まだやれます……応急修理で主砲塔一基は復活しました、金剛お姉さまの仇を! 行きます!)

(射撃レーダーは全部逝かれたけど光学照準でなら私の一六インチもまだ健在よ)

(航行可能な艦は負傷者を運んでください。戦闘可能な艦は撤退援護を、撤退援護部隊指揮官を愛鷹に委任します。敵をけん制する程度でいいです)

(だが、ス級の砲撃射程から逃れるのは至難の業だぞ。奴の速力、射程では容易に振り切れん)

「なら……私がス級を無力化します」

少し低めの声で愛鷹が言った。

その言葉に青葉は目を剥いた。戦艦相手でも愛鷹さんの火力では対抗しきれないのに、それ以上のス級に単身で挑むと言うのですか?

「危険です愛鷹さん」

「いえ、ス級の弱点を突ければス級だけでも無力はすることは出来ます」

弱点? ス級についての情報は殆どないのになぜ愛鷹さんはそのことを、と青葉が首を傾げると愛鷹は答えた。

「先ほどから見ていて気が付きました。ス級は先ほどから常に相手との距離を最低一〇五〇メートル以上は開けています。

あの巨大主砲は破壊力、爆発範囲が広大な一方で取り回しが悪く、懐に潜り込まれたら主砲が撃てないと言う事です。

その懐に私が行きます。この刀で艤装を破壊してス級を戦闘不能にし、その間に撤退。それが最善策でしょう」

「で、でもそれでは愛鷹さんが」

「他に手がありません。青葉さんは戦える皆さんと共に他の深海艦艇を牽制して援護してください。隙さえ作っていただければ懐に潜り込みやすいので」

「危なさすぎますよ!」

「やるしかないんです、皆さんを護るにはこれしかない」

「しかし……」

「旗艦命令です、従いなさい!」

抗弁する青葉に愛鷹は厳しい口調で押しかぶせた。

「死ぬために突入はしません。絶対帰りますよ、そうでなければ……私がこの世に生を授かった意味がなくなってしまう」

「……わかりました、無理はしないでください」

しばしの沈黙の末に青葉は頷いて仲間の方へと向かう一方、愛鷹は刀を眺めた。

歯こぼれは起きていない。

主砲も異常や問題が無い事を確認する。

一旦引いて向こうも乱れた陣形を再編……その間にこちらも再編して撤退。ス級程度は何としてでも戦闘不能にしておかなければ。

ヘッドセットの通知スイッチを押すと全員に作戦を伝えた。

それを聞いた武蔵が仰天した声を上げた。

(愛鷹は何を言っている⁉)

(危険だ、そんな事!)

深雪が仰天して喚くが愛鷹の意思は変わらない。

「深雪さんは皆さんの護衛と援護をお願いします」

(無理に決まってる、あたしも加勢するぞ。あんただけじゃ荷が重すぎるって)

「旗艦命令です、従ってください」

(無茶な命令には従えねえよ)

「従いなさい!」

(うおぉぉぉ、くそっ! 死んだら絶対許さねえからな、戻ったら一発ぶん殴ってやるから覚悟しろ!)

(ダメです愛鷹さん、危険すぎます!)

今度は大和だ。やり取りがもどかしい愛鷹は「黙れ!」とだけ返して無線を切った。

一方、青葉や深雪ら無傷の者と軽傷など航行できる者は、動けない仲間とスプリングフィールドの遺体を曳航して撤退する準備に入った。

愛鷹のやる事に傷口に絆創膏を貼っていた武蔵が目を剥いた。

「あのバカ、死ぬ気か!? 大和、主砲は?」

「ダメコンで一基復旧しました。火力支援は可能です。戦闘可能な艦は可能な限り愛鷹さんへの火力支援を!」

「そうじゃない、止めさせるんだ!」

「……頼るしかありません。満足に戦えない私たちには愛鷹さんの足止めに頼るしかありません。でも私たちも出来る限りの支援をしなければなりません。全員で帰るためにも」

「……」

「武蔵」

「……分かった」

悔しさにまみれた武蔵が伏せ気味な顔で大和の意見に従う。

艦隊が撤退準備を進めている時、愛鷹は艤装の右手側にある物を操作していた。

小さなハッチを開けると蝶番に覆われたレバースイッチとキーの差込口が現れ、差込口にコートの内ポケットに入れている気を入れて回し、スイッチを切り替えると指紋認証のパネルがハッチの中に出た。

迷わずそれに触れると指紋がスキャンされ電子音と共に何かが解除された。

体にかかる負荷から明石が艤装につけたリミッターだった。

これを解除したら制限されている自分の艤装の性能を最大にまで上げる事は出来るが、体にかかる負荷も非常に大きくなる諸刃の剣だ。

もしかしたら死ぬ事になるかもしれない。

しかし何もしなかったら結果は同じだろう、と覚悟しての行為だった。

ひょっとしたら自分でも想像がつかない事になるかも知れない。しかし自分も含めて全員で助かるには藁にも縋る勢いでやるしかない。

最大速力でス級の内懐に突入し、対応できない至近距離から主砲の砲身を斬り落とす。可能であればこちらの主砲の至近距離砲撃も行う。

更にス級からの接射を防ぐべく第三主砲の自爆システムの安全装置を解除、音声で手動操作爆破できるように設定した。

どこまで効果があるかは正直わからないが、ス級からの砲撃で放たれる巨弾に外した主砲を投げつけてタイミングよく起爆させれば爆発で砲弾を防ぐことが出来るかもしれない。リアクティブアーマー(爆発反応装甲)のような形だ。

チャンスは何度もない。一度と捉えるべきだろう。

自分がこれからやる事がどれだけ無茶苦茶な事かは承知していたが、死ぬ気など全くなかった。

むしろ生きたい、もっともっと生きたい、その思いだけが愛鷹の背中を押していた。

敵艦隊が再編を終えて進撃を再開した。ス級にはリ級二隻が随行している。

「護衛が二隻」

リ級は恐らくflagship。勝てない相手ではないが侮れない。

「愛鷹から各艦、攻撃を開始します。援護を」

(了解、武運長久を!)

大和からの返信を聞いてヘッドセットの通知機能を切ると「優柔不断の責任は取ってもらいますからね」と呟いた。

後方から五一センチ、四〇・六センチ、四一センチ主砲の砲声が轟き敵艦隊へ砲弾の雨を降らせた。精度こそ欠けてはいるものの牽制には充分だ。

その間に愛鷹は突入を開始した。

「機関最大戦速、黒一杯。ヨーソロー!」

駆逐艦並の高速度で愛鷹がダッシュをかける。

深海棲艦艦隊が急接近してくる愛鷹に気が付いて砲口を向けて来るが、大和たちの砲撃がその構えを解く。

支援射撃が終わった時、愛鷹は敵艦隊の中央を突破して全砲門を敵艦隊の各艦に向けた。

「全砲門開け! フルファイヤー、てぇー!」

三一センチ主砲三基と長一〇センチ高角砲四基が一斉に火を噴き、対応の遅れた深海棲艦艦隊に砲撃の雨を叩きつけた。

駆逐艦二隻が長一〇センチ高角砲の連射で即座に沈黙し、重巡三隻が三一センチ主砲の砲撃を食らう。

三隻の主砲がほぼ同時に吹き飛び、本体にも被弾し、三隻がほぼ同時に爆炎の中に消える。

そのまま戦艦には目もくれずス級へ吶喊する。

すぐさまリ級が立ち塞がり、主砲を撃ち放ってくる。

直撃すると見た砲弾を刀で切り落とし、他は最低限の回避行動で躱していく。

主砲を撃ち込みたいものの再装填がまだ済んでいない。

その時後方で砲声が聞こえた。味方の砲撃ではない、ル級の砲撃だ。

リ級を巻き込みかねない射撃だが構わず撃ってきた。

三発を刀で弾き、切り飛ばすが時間差を置いて撃ってきた三発は躱し様がない。

しかし防護機能を一点集中し、最大出力で展開するとガラスが砕け散る様な音がした。

三発の砲弾を辛うじて防いだのだ。しかしその代償に防護機能が一時的に飽和状態になって消失する。

防護機能の一点集中が消失する時、ガラスが砕け散るような音が起きる。

リミッター解除状態だからすぐに復旧するが、復旧が終わるまでは防護機能は展開不能だから完全に無防備だ。駆逐艦でも防げる損害でも致命傷になる状態でもある。

「撃たれる前に撃つがための状態……」

そう呟きながら戦艦には目もくれずにリ級に再装填が終わった主砲を向けると砲撃を行う。

リ級一隻が三発の直撃を受けて爆炎に消え轟沈し、もう一隻は武装をすべて破壊され、機関も破損して戦闘航行不能にされる。

止めを刺すべく長一〇センチ高角砲を向けるが(行ってください愛鷹さん。雑魚は任せてください)と大和から通信が入る。

直後に砲声が艦隊から響いてきて、援護射撃がル級に降り注ぎ一隻が中破する。

大和からの言葉通り、ス級に向き直る。

防衛ラインを突破されるやス級は後退し始めるが、愛鷹はそのまま吶喊、肉薄する。

主砲はこちらを指向してはいるが、照準が定まっていない。しかしそのまま闇雲に撃てば味方をも巻き込みかねない。

行ける、と一瞬思った時初めて副砲がス級にあるのが愛鷹の目に入った。

副砲全てが自分を完全に捕捉している。

反射的に第三主砲を艤装アームから外し、左手に持ちかえる。

副砲の一斉砲撃と第三主砲を投げるのは同時だった。

「ディストラクト・ナウ!(自爆、今!)」

そう音声入力した時、自爆システムが作動して副砲弾の雨の目の前で第三主砲が爆発した。

副砲弾の殆どが第三主砲の自爆で跳ね返され、破壊され、軌道をそらされる。

軌道をそらされた副砲弾三発が第一主砲に当たる。装甲で弾き飛ばせるだろうと思ったが副砲弾は第一主砲を粉砕し、さらに右側の艤装の殆どを破壊して引きちぎった。

被弾の衝撃で愛鷹は後ろへ吹っ飛び、右脇腹に凄まじい痛みを覚えた。右腕の感覚は何かが砕ける音と共に一瞬で消え、刀が零れ落ちた。

海上に仰向けに倒されながらも必死に起き上がる。

体の右側を見るとコートの右側が破けて下の制服が真っ赤に染まって出ていた。右腕はくっついてはいるが全く動かない。砕ける音がしたから粉砕骨折したのかもしれない。

「副砲で……」

巨大艦なだけに副砲も破格の攻撃力、と火力が異常に強いス級の武装に舌を巻いた。

自分の三一センチ主砲は同口径の砲以上からの攻撃には耐えられない。ス級の副砲は三一センチ以上の可能性があった。

「こんな形で敵情入手とはいやはや……」

そう言った時、ぐっと喉に込み上げてくるものを感じた。堪える暇もなく口から込み上げて来たもの、血を吐いた。

かつてない程の吐血してしまった。おまけに血反吐を吐いた途端視界がぼやけるようになる。

拙い、体が……頭だけはまともに動いており、自爆させた第三主砲の爆炎を突き破ってス級が来ないか、とにかく動けるものを探すと言う事を考え体にそれを実行させる能力はあった。

時々口から血を吐きながら落としてしまっていた刀を左手で拾うと、激しい右わき腹の痛みをこらえながら立ち上がった、

しかし被弾時の影響からか艤装の発揮できる速度が八ノットも落ちていた。

それでも血反吐を吐き、艤装の多くを破壊されながらも愛鷹はス級を見据えるとそのまま突撃した。

そして一隻を捉えると海面を蹴って飛びあがり、四基の大口径主砲の砲身一二本に刀の刃を振るった。

金属の破断音がして一二本の砲身が次々に切り落とされ、海に落ちて大きな水しぶきを上げる。

更に砲塔一基の天蓋に刀を突き立てて亀裂を作ると、そこへ残っていた第二主砲に三式弾改二を装填してゼロ距離射撃を行った。

巨大主砲の砲塔が愛鷹から撃ち込まれた三式弾改二の爆発で内部の弾薬が全て誘爆し、それが他の主砲塔や副砲を巻き込んで大爆発を起こした。

誘爆に巻き込まれないよう防護機能を展開するが爆発の爆風は防げず、吹き飛ばされる。

不時着水して態勢を立て直そうとするが、負傷が響いて受け身の構えすら取れないまま海上を転がった。

さらに負傷したまま強引に動いたせいで傷が酷く痛みだし、流石に愛鷹も堪え切ることが出来なくなり呻き声を上げて崩れ落ちた。

痛みで感覚が麻痺しかける中、鎮痛剤と止血剤の両方を同時投与できる注射器を打って痛みをある程度和らげた。止血剤は五秒から一〇秒すれば応急処置程度の止血は出来る。

どうにか痛みが和らぎ立ち上がろうとした時、何かが自分の首を掴みあげた。

二メートル程掴みあげられると、そのまま首を強く締め上げられる。息が出来ない。

首を絞めて来る相手を見るともう一隻のス級だった。

初めて見るス級の顔がこちらを見ているが、顔と言うよりは表情のない仮面の様で肌がざわりと粟立つものを感じさせる。

太い腕の片方で愛鷹の首を締め上げて来る。

い、息が……呼吸……でき……ない……!

意識が遠のきかけるが懸命に左腕の刀で首を絞める腕を切りつけると、ス級は手を離した。

海面に叩きつけられるように落ちる。

正直自分自身がここまでやられてもまだ生きているのが不思議だ。

血反吐をまた吐き出しながら立ち上がると、右腕を損傷したス級が目の前にいた。

ぎょっとした時、無傷のス級が左フックを叩きつけて来た。凄まじい力で殴り飛ばされ、宙を舞った。肋骨数本が砕ける音がした。

海面に転がった時、止血したはずの傷口が開いて血が溢れだし、とうとう体が動かなくなった。

ダメだ……勝てない……強すぎる……あいつと力が……違い過ぎる……ダウンスペックの自分では……とても……。

霞む視界越しにス級が距離を取り始める一方、主砲が俯角を取り始める。

主砲で止めを刺す気だ、とぼんやりとした状態の頭で思った。

もうだめだ……やっぱり無謀すぎたんだ……悔しいなあ……。

非力な自分の力が不甲斐なく、涙が溢れた。だが体は動かないし、艤装も動いてはいるが実質「浮力を発生させている」状態だけになっていた。

武装は全滅しており、主機も反応を感じられない。右のハイヒール型の舵も半分がた割れて無くなっており使い物にならない。

「ここ……まで……か……」

かすれかける意識の中そう呟いた。

俯角を取った主砲が自分を捕捉し、照準を調整した。

しかし発砲の直前に一〇発の魚雷の白い雷跡が伸びて来て、気づくのが遅れたス級の右舷に炸裂した。

「深雪様&蒼月魚雷スペシャルを見たか!」

勝ち誇ったような深雪の歓喜の声が聞こえた。

魚雷を撃ち尽くしていた深雪が魚雷を撃っていなかった涼月と冬月から分けて貰い、それを魚雷発射管に再装填して蒼月と共に救援に来たのだ。

流石に片舷に一〇発も魚雷を食らえばス級もただでは済まず、炎上しながら停止して大きく傾いていた。傾斜復旧は恐らく無理だ。

「あれだけ傾きゃ主砲は撃てない。蒼月、愛鷹を担いでずらかるぞ!」

「はい!」

二人は血まみれになって力なく倒れている愛鷹に寄った。

「愛鷹、大丈夫か⁉ 助けに来たぜ」

「みゆ、き……さん……」

「しっかりしろ、まだ終わりじゃないぞ!」

蒼月が注射器で再び鎮静剤と止血剤と打ち、二人は艤装出力を最大にして愛鷹を抱え込むような形で曳航し始めた。

「ったく、無茶しやがって。こんなざまじゃあぶん殴る事も出来ねえ」

それを聞いて愛鷹は力なく笑った。

「愛鷹さん!」

青葉と夕張が呼ぶ声が聞こえ、更にヘリのローター音も聞こえて来た。

青葉と夕張も愛鷹の曳航に加わって、救援のために飛来したHH60Kレスキューナイトホークの元へと運んだ。

愛鷹が奮戦中に羅針盤障害が薄れ、「しだか」との通信回線が復旧していた。

満身創痍の水上突入部隊救援のために、救援艦隊が編成され霧島、榛名、高雄、摩耶、白露、時雨、インディアナポリス、ダットワース、マクドゥーガル、フライシャー、シンプソンが出動し、さらにHH60Kレスキューナイトホーク、セイバーホーク1、2の二機とCH53Kキングスタリオン一機が負傷者搬送のために発艦していた。

既にホバリング状態でCH53Kの後部ランプから金剛やガングートなどが載せられ既に「しだか」へと向かっていた。

HH60Kもホイストではなく直接海面すれすれに降下してキャビンに愛鷹を載せた。

心配顔で自分を見る仲間たちの顔を愛鷹が見返した時、水平線から太陽が顔を出しているのに気が付いた。

夜が明けていた。

海上には救援艦隊と自分が殿軍を務めている間の援護射撃で撃沈、全滅していた深海棲艦の残存艦隊、そして沈没した二隻のス級の黒煙が立ち上っていた。

奇麗な朝日だ……どんな夜にも……嵐の夜の後でも、夜明けは必ずやって来る……。

「暁の……水平線に勝利を……」

そう呟いて愛鷹は意識を失った。

 

 

「そうか、分かった……」

受話器を置いた武本は力なくデスクの椅子に座っていたが、しばし間をおいて無言で右拳をデスクに打ち付けた。

デスクの上にある物全てが衝撃で吹き飛ぶほどだった。

やがて武本の嗚咽が部屋に響いた。

「……ごめんよ……スプリングフィールド……オレのせいで……苦しかったよな……痛かったよな……」

またオレはあの子たちを死なせてしまった。

あと、オレは何人の艦娘を死地に送らなければならないのだ?

 

 

(『しだか』航空管制、セイバーホーク2だ。重傷者一名を搬送中。着艦アプローチ許可を求む、オーバー)

「ラジャー、セイバーホーク2。着艦を許可する」

(セイバーホーク1、タッチダウン!)

「ペリカン1-0、重傷者の容体を知らせ」

(金剛の意識がありません! 心拍数、血圧共に著しく低下! 非常に危険な状態です、緊急手術の用意を)

「スプリングフィールドの遺体は遺体袋に収容後、霊安室へ」

FIC内で指示と復唱の声が飛び交っている。

それを見ながら仁淀と大淀は沈んだ顔を合わせた。

戦死一名。仲間が一人逝ってしまった。

谷田川は司令官席に座って目を閉じていたが、しばらくして立ち上がるとFICに聞こえる声で告げた。

「セイバーホーク2収容後、『しだか』は針路を変更。日本へ帰投する」

「副司令……差し出がましいようですが、敵前線展開泊地棲姫は?」

応えは何となくわかっていたが大淀が問うと谷田川は「諦めろ。航空戦力も水上戦力も疲弊している我々にもうできる事は無い」とだけ返した。

セイバーホーク2を収容した「しだか」はその後針路を日本へと転じ、痛み分けに近い戦果をもって帰還の途に就いた。

第三三戦隊の面々もウェルドックに収容され、居住区に向かった。

疲労でくたくただ。暖かい食事とシャワーを浴びてゆっくりしたいのが四人の望むところだった。

艤装を整備庫に預けた青葉が居住区の部屋に戻ると同じ部屋の衣笠が上段ベッドに寝っ転がっていた。

酷くしょげた顔をしている。

「ガサ、大丈夫?」

「うん……」

「どうかしたの? いつものガサらしくないよ」

沈んだ衣笠の姿は珍しい光景ではないが、今は少し違うように見える。

「……戦闘中にダメになっちゃったの初めてでさ。悔しいのよ……」

「ああ。まあ、気持ちはよく分かるよ」

「そう?」

「うん、青葉もス級と初めて戦った時、腰が抜けちゃったもん……。すごく怖いよね、ス級って……」

「至近弾で金剛さんを撃破するなんて。戦艦棲鬼とかレ級以上に恐ろしいよ、あんなのチートすぎる」

チートか、愛鷹さんもある意味チート級だったな、とス級と白兵戦を展開していた愛鷹の姿を思い出しながら青葉は思った。

深手を負いながらあれだけの身体能力を維持し続けられるのは文字通り驚異的なレベルだ。

艦娘になる為に一体どういう訓練を受けて来たのだろうか。並大抵の訓練ではないだろう。

きっと特殊部隊並みの訓練を重ねて来たのかもしれない、と青葉は思った。

艦娘の特殊部隊と言えば北米艦隊に設立された長距離戦略偵察群程度だし、青葉の情報網でもまだ詳しい事は分かっていない。

ただ性格的には自分の所属する第三三戦隊と同じ事と、戦力がこちらよりはるかに強力で数も多い、と言う事だけは分かっていた。

「ところで『しだか』はこれからどうするんだろ」

「青葉が聞いた話だと帰るって、日本に」

「……まあ、そうなるよね」

「そうだよ。赤城さん達の航空戦力は損耗が酷しいし、青葉たち水上部隊もボロボロだもん。あ、そう言えばさ話変わるけど古鷹、加古、熊野、鈴谷は大丈夫なの?」

「大丈夫、みんなすぐ治るって。修復剤使えば一時間で済むくらいって」

修復剤、愛鷹さんが嫌いなモノだったな……父島の病院で修復剤を否定するあの発言と顔を思い浮かべた。

時間をかけて自然に治癒させず、人工的に早める事を嫌うあの姿。

何処か人間味が無いようで実際は愛鷹こそ一番人間らしい気がしてきた。

感情を大きく表に出さない代わりにその胸の内は人間として生まれた事を誇りに思っている感情の豊かな性格、そう想像することも出来た。

しかし、そこまでして何故押し込めるのだろうと言う素朴な疑問も湧くが、人それぞれと言う事でここは割り切っておくべきだろう。

引き際を間違えると今度は絞め殺されるかもしれない。パパラッチ行為をするとはいってもそれなりに足を踏み込んでいい所の上限は心得ているつもりだ。

部屋のドアがノックされた。青葉が「だれですかー?」と聞くと「私です」と蒼月の声が返された。

「青葉さん、谷田川副司令が支援部隊の時の状況報告書を書いて欲しい、と言ってたのでお伝えに来ました」

「了解です。なるべく早くに書き上げておきます」

蒼月の足音が遠ざかった時、衣笠が少し不思議そうな顔をして青葉に聞いた。

「なんで青葉が支援部隊の報告書書かなきゃいけないのよ」

「そりゃあ、青葉は第三三戦隊の次席指揮官だから立場的には結構エライんだよ。愛鷹さんもガングートさんも入院しているから書けないし」

「ふーん」

速めに書いておこうとデスクの席に座ってパソコンを立ち上げ、書類作成を始めた時衣笠が呟いた。

「なんか……青葉変わったね」

「そうかなあ」

「変わったよ。どっか……私もよく分からないけど、青葉何か変わったと思うよ」

そう言って衣笠はベッドに横になった。

自分がいったい何がどう変わったように見えたのか。青葉自身気になるところだが、今は報告書作成が先と判断してキーボードに指を走らせた。

対空戦闘時の支援部隊の戦闘状況、損害、確認できた敵機の撃墜数などを纏めていく。青葉だけでは分からない所もあるので、後で聞き取りを行って情報を集める必要もある。聞き取りなどは得意分野だ。

書類作成をしているとベッドから衣笠の寝息が聞こえて来た。ベッドを見やると衣笠は寝間着に着替えずそのまま寝ていた。

「お疲れさん、ガサ。おやすみ」

青葉は席を立ってすやすやと眠る衣笠の体に毛布を掛けた。

 

 

「随分派手にやられちゃったわね」

損傷した多数の艤装を見ながら夕張が溜息を吐いた。

全くよ、と明石は両手を腰に当てて頷いた。

「金剛さんのは修復不能ね。主電源ケーブルはみんな黒焦げだし、主砲は全部お釈迦、揚弾装置は滅茶苦茶で話にもならない。機関部に至っちゃあ浮力がかろうじて出せていた程度だもの。

ガングートさんのはまた希望はある方ね。主機は部品の九割を入れ替えないといけないけど。主砲は二基がお陀仏。機銃は全部だめ。

瑞鳳さんのは弦を張り替えないと弓は使えないわ。右足の主機は爆発の衝撃で浮力発生装置が訳の分からないことになっちゃってて、左足のスタビライザーまで死んでいたら沈んじゃってたわよ」

「他は?」

「駆逐艦の子はみんな防護機能の回路がショート。バッテリーもはじけちゃってて液漏れも起きている子もいたわ。

駆逐艦の子だけでも平均で修理に三時間ってとこね。死ねるわ」

「そりゃ、どんまいなお話で」

「一人では死なないわよ。あんたも一緒に道連れだから」

「あたしは生憎戦う艦娘でもありまして」

皮肉っぽい笑みを浮かべる夕張に明石はじろりと睨む。

修理と言っても別に二人だけでやる訳ではなく、修理工場の技師たちも加わるし、明石の部下の妖精さんもいる。

今回の作戦では戦艦七隻、超甲巡一隻、装甲艦一隻、空母二、重巡二、軽巡三、駆逐艦八の計二四隻が戦闘で中破以上の損傷を受けていた。

そして重巡スプリングフィールドが戦死していた。

「愛鷹さんの艤装は?」

「ここでは修理できないわ。右側の艤装はごっそりなくなっちゃているし、第三主砲は何があったのか知らないけど無くなっちゃっているし。トリガーのコードはすぐに作り直せるけど」

「第三主砲なら、確か防御に使ってた気が。ス級の砲撃に向かって投げつけてたはず」

「リアクティブアーマーの要領か。データログにあったけど防護機能の一点集中やったみたいね。博打打が凄いわ」

「それくらいの豪胆さと言うか大胆なことを一発でやれるだけでも凄いわよ」

「まあ、ね。今回の損傷した艤装の修理予算見た提督の顔、ちょっと楽しみ……払えないのもあるけど」

払えないと言うのはスプリングフィールドの命だ。どれほどの金を積んでも人の命は買う事も支払う事で許されるものではない。

今に始まった事ではないが、誰かが戦死すると艦娘達への心理的なダメージは一時的、長期的問わず大きい。軍人であるがゆえに体験する出来事としては覚悟しなければならないが。

工作艦と言う前線で全く戦わない明石には戦闘での恐怖も緊張も知らない世界だが、帰投した艦娘達の壊れた艤装でどんな戦いだったかは想像できる。

ただ壊れただけではない。時には血糊がべったりついていることもある。

初めて血糊を見た時は食事がロクに喉を通らなかったものだった。何時からかそれに慣れてしまったが、人の生死に関して慣れると言う事は恐ろしいものだと誰かが言っていたのを思い出した。

「直せるものはとりあえず直しておかないと。あんたも手伝ってよ」

「勿論。その為に呼び出したんでしょ」

やろうか、と拳をこつんとぶつけた。

その後二人はオレンジのつなぎに着替えて、作業に取り掛かった。

 

 

浴場でひと汗流した深雪と蒼月は居住区に戻る途中区画の一角から誰かが泣くのが聞こえた。

「だれですかね」

「アメリカ艦娘さ。スプリングフィールドが戦死したからな……。軍人になったからには戦いで死ぬ覚悟を常にしておけっつわれても、やっぱ仲間が逝くとつれえよ」

「前線に出るとこういう事は当たり前ですか」

「当たり前って訳じゃないけど、ガチで怖いのは確かだなあ。人に寄りけりだけど」

慣れてしまうと誰かが逝っても打ちのめされるのは人によっては一週間もしない内に立ち直ってしまう。

ただそれは忘れたという訳ではない。仇を打つと言う為に自分を奮い立たせた結果だ。慣れると精神的な立ち直りも早くなる。

ただそれは仲間が次々に戦死・行方不明になる中生き残って来た、という決して愉快ではない。

むしろ強い罪悪感を常に背負い続けながら生きて来たと言う意味でもあり、それから来る精神的なダメージは計り知れない。艦娘のPTSD患者の多くは仲間が倒れて行くなか生き残り続けた、と言う理由が圧倒的に多い。

痛まれない気持ちでいると二人の耳に歌声が聞こえて来た。震え声だ。

「悲しみの歌か?」

「いえ、平和を願った歌ですね。ずいぶん昔に戦争で命を落とした人びとを偲ぶ歌のフレーズですよ」

「なんて歌っているかわかるのか?」

深雪に聞かれた蒼月は頷いた。

分かるだけに聞いているだけで、蒼月の目に涙が溢れた。

歌のフレーズは人間同士の戦争を悔い、二度と繰り返さないと誓うものだった。人外同然の深海棲艦との戦争で使うのは少しずれていなくもないが、平和を祈る歌として間違っている事ではない。因みに歌は日本の歌手が英語歌詞で作曲したもので、英語と言う世界でも通じる言語で広く知ってほしいと言う意味で書かれたものだ。

涙を流す蒼月を見て、無言で深雪はその手を引いて歩き出した。

あたしは涙を流さなくなってどれくらいたつのかな、と自問自答しながら。

そして、涙を流さないってことはあたしも人の生死に慣れちまったって事かな、と虚しい思いしか湧かない事も考えていた。

慣れちゃいけねえよ、人が死ぬ事によ。

 

 

出撃のたびにボロボロになるのね、私は……。

ギプスをして包帯で吊り下げられている右腕を見て愛鷹は溜息を吐いた。

撃たれるとやはり痛い。脳天を突き刺すような痛みは訓練で慣れさせる特訓を受けても耐えるにはやはり限界があった。

痛みを感じるのは生きていると言う実感をわかせてくれるものだから決して悪い事ばかりでもないが、痛いモノは痛いし気持ちのいいモノではない。

人の生死に慣れるのはよくないと言うのと同時に、痛みに慣れるのもよくない、と愛鷹は思っていた。

痛みに慣れたら人は人でなくなってしまう。人をやめてしまったらその人にはいったい何が残されるのだろう。

フィクションで悪に落ちたキャラは「私は人間であることをやめたんだ」と語るのを見たことがあったが、結局はそのキャラ程人間であることを誰よりも願っていたものだ。だから最後、元に戻る時人間であることに喜びを感じていた。

自分にある人間らしさって何だろう、と愛鷹が思った時部屋のドアを誰かがノックした。愛鷹の病床は個室だ。

「はい」

誰だろうと思っていると「入ってもいいですか?」と遠慮がちに問いかける声が聞こえた。

大和だ。

何の用だ、と思いしばし迷ってから「どうぞ……」と言った。

包帯を巻いてはいるが自分程酷いけがではない様子の大和を見ると、自分が酷く劣って見えた。

「怪我の具合は?」

「生きています」

ガラではないながら素っ気ない答えになる。

そんな答え方を気にした様子もなく大和は続けた。

「あの、昨日は御免なさい。あなたの忠告を頭に入れたうえでの判断のつもりだったのだけど」

「……」

「……ごめんね」

「私に謝らないでよ」

急に愛鷹の口調が変わった。普段の丁寧口調がとげとげしいモノへと変わる。

無言で見てくる大和を愛鷹は睨みつけた。

「変わらないのね、大和は。名声に溺れて、取り返しのつかない事を犯して更生したと思っていたのに」

「……許してくれなんて言わないわ」

呟く様に言った大和の言葉が愛鷹の何かに火をつけた。

「許すわけないでしょ、あなたなんか!」

激昂した愛鷹の口から怒声が吐き出された。

睨みつけてくる愛鷹の憎悪に満ちた目を、大和はそらすことなく受け止めた。

それがかえって愛鷹を怒り狂わせた。

なぜ、この女はこんな目で私を見る? 許すとでも思っているのか?

金輪際そんな事は無い。こいつのせいだ、何もかもこいつのせいで私は大きな代償を払わされて生きている。

何と言えばいいのか分からないまま立ち尽くす大和に愛鷹は吼えた。

「帰ってよ! 出て行って、出て行け! 私の前から消えろ!」

その時、体に激痛が走った。激昂したせいで弱り切っている体に無理が来たらしい。

おまけに咽込み始め、苦しいと思った時ぷつりと言う音を立てて愛鷹は気を失った。

 

 

部屋から愛鷹の怒声が聞こえたのに驚いた瑞鳳は松葉杖を突きながら病室のドアに寄った。

誰かに向かって激しくなじる声を叩きつけていた。

見たこともない剣幕だったので瑞鳳は恐ろしさと同時に興味も沸いた。なぜ愛鷹がそこまで激昂しているのかと。

ドアを少しだけ開けて中を覗き込んだ時、激しく咽込む声が聞こえ、慌てて駆け寄る足音が響いた。

大変だ、と瑞鳳もドアを開けて助けに入ろうとしたが、部屋の中の光景を見て頭が真っ白になった。

理解できなかった。いきなりこの現実を見せられても瑞鳳にとってそれをどう理解したらいいのか、全く分からない。

ただ一つ確かだったのは、気を失ってぐったりしている愛鷹を抱きかかえながら涙を流している大和と、その腕の中に抱かれている愛鷹の顔が瓜二つである事だった。

 




ス級の以上に強い火力も絶対という訳ではありません。何かしら弱点はあります。かつての浮沈艦とたたえられた戦艦大和もしかり。
今回かなり愛鷹くんには無茶苦茶なことをさせてしまいました。
彼女とス級の戦いは海戦と言うより海上白兵戦に似たものと化していますが、艦これの海戦は個人的に海上での白兵戦に似た物じゃないかな? と解釈しています。
それを見極めてどう火力の低い愛鷹くんが攻略するか、それが見どころでもあり、書き手としての楽しみです。

指揮官として部下を一人でも失う事に苦悩する武本は、かつて多くの仲間を失っただけにかなり響くものです。

ズタボロになってしまった金剛くんですが、これは改二丙への改装の為にしてしまった私の凶行の様なものです。
金剛くんには悪い事をしましたが彼女はこの後パワーアップして戻ってきます。
改二丙の改修内容を聞く限りパワーアップと言うよりはマイナーチェンジのようですが。

第一五話執筆中に青葉くんの独自改二仕様の検討を考えるために史実の青葉について調べると、空爆で損傷した青葉を高速補給艦や航空巡洋艦へと改装する計画があったのを知りました。
公式が改二の「か」も「K」すら言わないので何とも言えませんが、青葉くんも本作中に改二(または私オリジナル改二)にパワーアップすることをここで予告しておきます。

ラストの愛鷹くんと大和くんとの確執と初めてわかる愛鷹くんの容姿についてですが、この原因についてはまだここでは詳しくは話せません。
そんな「見てはいけないもの」を瑞鳳は偶然にも見てしまったわけでありますが……。(「瑞鳳、見ちゃいました!」ではありません)

「チョルト ヴァジミィー」はロシア語で「こんちくしょう、くそ」ですが、ロシア語の悪態は言い回しが中々なものなので、女性のガングートくんが言うには汚すぎると思い、「悪魔め!」と言うのが元義になる罵声となっています。

春イベントがいよいよスタートしますね。今作を読んで下さっている艦これ提督の方々のご健闘をお祈りします。
新登場のBiG7は誰なんでしょうね……。新登場艦娘には海防艦や未確認の軽巡もいるようですが。


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第一六話 語り合い

二日遅れの投稿となります……。


デーン総司令官と九条参謀長に沖ノ鳥島海域における戦果報告をする武本の声は重かった。

戦果を報告する武本をデーンと九条の二人は画面越しに静かに見つめている。

自分の声が悲しみで重くなっているのは分かっているだろう、と時々思いながらも報告を続けた。

戦果はス級四隻撃沈、空母一六隻撃沈、三隻大破、戦艦四隻撃沈、重巡一七隻、軽巡一四隻、駆逐艦多数を撃沈。航空機約三五〇機を撃墜。

こちらの損害は空母二隻大破、一隻中破、戦艦三隻大破、四隻中破、超甲巡一隻大破、装甲艦一隻中破、重巡二隻大破、軽巡二隻大破、一隻中破、駆逐艦四隻大破、四隻中破、航空戦力は総数の三割を喪失。

そして重巡スプリングフィールド撃沈・戦死。

主目標の一つは達成できたものの、こちらが被った被害も甚大だ。

しかも戦艦六隻、超甲巡一隻、装甲艦一隻、重巡二隻、駆逐艦二隻は殆どス級一隻の攻撃で大損害を被っていた。

「……以上が今作戦における我が方の戦果及び損害です」

報告を聞いたデーンは沈痛な表情で頷いた。

(報告ご苦労。スプリングフィールドは戦死か……。残念だ……)

「申し訳ありません」

(自分を責めないでくれ、作戦展開の全てを読み通すのは我々人間には不可能な領域なのだ。戦術的誤算はどうにもならない)

九条が武本の送った報告書を見ながら宥める。

そう言ってくれるだけ多少はマシだろうか……と考えるが部下を失う事はやはり気が重い。

ス級を全艦撃破するのには成功し、敵大艦隊の多くを無力化することにも成功したが、敵前線展開泊地棲姫はまだ残ってしまっているし、残存艦艇も複数残されている。

つまり沖ノ鳥島海域の制空・制海権は事実上、まだ深海棲艦側にあると言っていいだろう。

ただ設備への被害は一定の成果を上げたと判定されたので、深海棲艦の復旧能力を持っても当面再建に時間がかかるだろう。

その為武本は既に潜水艦隊を派遣して海域の潜水艦封鎖網を敷き、再建を行う為の補給船団の監視と撃滅に当たらせていた。

(今回大破した金剛だが、改二丙への改装を行う事をこちらで決定した)

抑揚のある声でデーンが語る。

(劇的な艤装性能向上の改装という訳ではないが、現在の彼女の練度であればむしろ今以上の働きが期待できるだろう。ただ治療も含めて半年以上は艦隊から外すことになる)

(既にこちらでアメリカ艦隊太平洋艦隊の戦艦アイオワを旗艦とする任務部隊と欧州総軍などからの増援をそちらに派遣することを決めた。この後そちらに詳細を送る)

「了解しました。しばらくこちらは守勢に回り戦力再建に努めます」

(こちらも何とかできるよう方々に当たる。まずは皆を休ませてくれ)

「はっ」

報告が終わり遮光シャッターを開けると空は日が沈みかけていた。

深い溜息を吐きながら今やるべき仕事に取り掛かった。

 

 

武本が艦隊総司令部に報告を入れた日の深夜。

日本艦隊統合基地に「しだか」が帰港した。

荷物を持って下艦する艦娘達を武本はマイノット、長門と共に出迎えた。

負傷した艦娘達は待機していた救急車十数両に載せられて、先に基地の海軍病院へ送られる。

金剛を載せた救急車だけは、改修と治療を兼ねた別基地に搬送する為に基地のゲートを出て行った。

帰って来たんだ、と照明に照らされる夜の基地を見渡しながら青葉は胸中で呟いた。

「ちょっと疲れたなあ。部屋に戻って早く寝たいぜ」

深雪が欠伸を浮かべる。

ただ宿舎に帰る前に艦娘達はここでやることがあった。

「整列!」

普段は無帽の長門が制帽を被った状態で号令をかけると、艦娘達は私物を入れた荷物から各々の制帽を出して被ると、チョークで引かれた線に沿って一直線に整列した。並ぶ順番は自由だ。

制帽を被るのは「無帽での敬礼は敬礼にならない」からだ。もっとも普段から艦娘達は無帽の状態で敬礼は当たり間に行っているが、今回は無帽で敬礼していい事ではなかった。

「敬礼!」

再び長門が号令を出すと是認が一糸乱れぬ敬礼をした。

艦娘と武本、マイノットが敬礼を送る中、儀仗兵がトランペットで「夜空のトランペット」を演奏し、「しだか」から降りて来た海軍兵士八人が星条旗に包まれた棺を抱えて厳かに通る。

並ぶ艦娘達のたちの列から嗚咽を漏らす者や涙を流す者が次々に出る。それでも皆声を上げて泣き崩れたい衝動を抑えた。

演奏が終わるころにスプリングフィールドを収めた棺は迎えの車に乗せられた。

マイノットが乗り込むと警笛を長く鳴らして基地施設の方へと走り去った。

艦娘達の誰もが一度は見学で見て、その後二度と行ってはいけない場所と定められている場所、葬儀場だ。

「直れ、解散!」

そう告げる長門の言葉の語尾が震えていた。

直後、アメリカ艦隊を中心に多くの艦娘達が泣きだした。

「この光景はこれが最後だといいなあ……」

ぽつりと呟く青葉の顔を衣笠がちらりと見やった。

旗艦を何度か務めて、その際仲間を失った経験がある青葉と、旗艦を務めた経験はある物の死者ゼロで済んでいる自分とでは心理的プレッシャーはどうなのだろうと思ったが、今この場では考え付かなかった。

ただ、脳裏に愛鷹が言った言葉が蘇った。

(「でも、衣笠さんが気に病めば病むほど青葉さんもプレッシャーを強く感じるかもしれませんね」)

もしそうなのなら自分が普段している事は逆にお節介なのだろうか。世話好きの自分のすることに今まで文句を言ってきた人はいなかったが、今考えてみると自分のしたことが本当に相手にどう思われたか不安になって来た。

自分のする事は勿論自分なりに相手がどう思うか考えてからしているはずだが、果たしてその考えが相手に伝わっているか。

しかしそれを青葉に相談するのは少し気が引けた。それがさらに姉にプレッシャーになってしまったら逆効果だ。

誰に相談してみようかと考え、愛鷹にしてみようと衣笠は決めた。

その後武本が用意していたマイクロバスに乗った艦娘達はそれぞれの宿舎に戻った。

 

 

全治三週間。

そう告げられた愛鷹は江良に「本当に三週間、病院にいられるんですよね?」と念を押すように聞いた。

「修復剤の投与を強制されない限りは大丈夫よ」

「修復剤……自然の摂理に反する薬物……」

酷く嫌そうな口調で言う愛鷹に江良は、あなたならそう見えるわね、と胸中で頷いていた。

普段から感情をあまり表に出さない愛鷹だが、自分にだけは普段あまり出さない顔を見せ始めていた。

真実を知った関係上、気を許してもいいと思ったのかもしれない。

自分に見せ始めた姿から見るに愛鷹はとても感情が豊かで、照れ屋とも引っ込み思案とも取れる一面があった。

対人関係では心の踏ん切りがややつきにくいのは、彼女の育ちを聞けば分かる気もした。

意外だったのは料理経験が無い事だ。博識で色々と出来そうに見えて料理経験がゼロなのだ。

それだけに以前入院中に手作りの卵焼きを差し入れてくれた瑞鳳に感謝しており、料理を習いたいと言う意欲を見せていた。特に卵焼きには興味があるらしい。

あの美味しい卵焼きを食べたら誰もが病みつきになるのは江良も知っているが、愛鷹もそれの虜になってこだわりを見せている事には驚きであり、新鮮だった。

「貴方なら呑み込みも早そうだし、作り方は直ぐに分かるはずよ。真心を込めて作れば料理ってとても美味しいわ」

「そうですね」

「同時に作り手の気持ちや感情が現れるのも料理ね。だから料理店の人とかはそれで評判が分かれるのよ」

「なるほど……淀みのない気持ちなら美味しく作れ、その逆だと美味しくなくなると」

「そう。だから食事の時は嫌な思いをするようなことをしては駄目なのよ。よく言うでしょ『メシが不味くなる』って」

「ええ」

なら自分の心は淀みが多いからすぐには美味しい料理は無理ということか。

やはり何事も最初から完璧と言う事ではない訳だ。

「そう言えばあなた誕生日はいつだっけ?」

江良が尋ねると愛鷹は首をすくめた。

「忘れました。私は誕生日を祝うよりは生きていることを祝いたいです。毎日を元気に過ごしていける事を祝いたい。

いずれ老いて死するのが人間の定めならば、私には毎日が誕生日として祝ってもいいです」

「生を授かった事に無上の喜びを見せる子は貴女が初めてかもしれないわね」

「……今でも貧困にあえぐ子供の中には『自分を産んだ罪』で親を訴えたと言う話を聞きますからね。その子たちの境遇を知ればすごく分かりますけど」

「そうね。入院中に欲しいモノがあったら言って頂戴ね。葉巻以外ならオーケーよ」

医者として診断時に肺にも傷を負っていた愛鷹に今葉巻を吸わせるのは許可できなかった。

その事には愛鷹も従った。生きるためなら多少は我慢する事だと弁えてくれた。

代わりにジャズ鑑賞に使う音楽機器類と自室の本数冊を頼んできた。その程度なら江良にはお安い御用である。

「そう言えばあなた自身は音楽演奏できるの?」

「一通りできますよ。ピアノやバイオリンも弾けます」

「へえ、流石はインテリね」

凄いじゃない、と笑う江良に愛鷹は「インテリ……」と呟いて苦笑した。

二人が談笑していると遠くで三回の銃声がした。

銃声がしたのは、墓地の方だ。

「お葬式ね。スプリングフィールドちゃん……残念だったわ」

「死は生命全てに等しく訪れる末路ですから。永遠の命の方が寧ろ私からすれば残酷です」

「……愛鷹さん。あなたは生きられるとしたら、あと何年生きていたい?」

その問いに愛鷹は真顔で答えた。

「あいつと……ケリをつけるまでは死ねません」

 

 

ベッドに仰向けの姿勢で横になった瑞鳳は天井を見つめながら「しだか」で見たあの光景を考えていた。

(愛鷹さんが帽子を目深にかぶっていたのは大和さんと瓜二つの容姿だった……からか。でも何で……)

顔は瓜二つだが、愛鷹と大和は性格も異なるし体格も少し違う。

瓜二つと言っても、大和の顔が大人の余裕を持つ優雅な女性の顔立ちであれば、愛鷹はそれを抜いて険のある顔立ちだった。

考えられるモノは一つしかない。

双子、または姉妹だ。

本当の血縁関係を持つ姉妹艦はいないが愛鷹と大和がもし双子であれば、艦娘初の姉妹で艦娘になった女性と言う事になる。

着任系列で言えば大和が姉かも知れないが、愛鷹の方が姉と言う可能性も無くはない。

または愛鷹さんは別人で、大和さんの影武者だったり……と考えて苦笑が漏れた。

フィクションの見過ぎだろう。それになぜ艦娘に影武者を立てる必要がある、と言う事にもなる。

この事を誰かに相談してみたい気持ちも無くはない。ただそれをするのはかなり気後れするものがあった。

青葉とは違って他人の秘密をひけらかしたりばらしたりする趣味はない。

それに制帽を目深にかぶって隠したいことなのだから、知られたらと分かったらとても傷つくだろう。

人が傷つくことはしたくなかった。

でも誰かに事を話したい。自分で抱え込むには大きすぎる気がしてしょうがない。

口の堅そうな仲間なら……いや、その話した相手から漏れ出してしまう可能性もある。

「どうしよう」

ぽつりとつぶやいた時、部屋のドアを誰かがノックした。

「はーい」

(瑞鳳ちゃん? 明石です、お届け物でーす)

なんだろう? と思いながら自室のドアへと向かう。

ドアを開けると段ボール箱を明石が立っていた。

「お届け物? なんだろう、頼んだ覚えがないなあ」

「まあ、プレゼントね」

「明石さんが?」

首を傾げて聞くと明石はにやっと笑って段ボール箱を渡してきた。

「誰からかは瑞鳳さんの目で確認して」

「はあ……お代とかはあるの? 今手持ちがあんまりないんだけど」

「大丈夫、支払い済みだから。じゃあ私は次の仕事があるからバイバイ」

そう言って明石は手を振ると行ってしまった。

「まさか、明石さんの作った変な物じゃないよね?」

明石も明石で時々変な騒動を起こすことがあるので少し瑞鳳は心配になった。

時限爆弾なんか入ってないよねえ、と思い段ボール箱に耳を当てるがタイマーらしい音は聞こえない。

開けたら煙が出て御婆さんに……玉手箱じゃん、とツッコミを入れつつ床に置いた段ボール箱を開封した。

中からは驚いたことに前々から欲しいと思っていた航空機模型が出て来た。高額なうえに貯金のたまりが今一つなので手が出せず悔しい思いをしていた代物だ。

「誰が買ってくれたんだろう? 提督かな?」

段ボール箱の底に二つに畳んだ手紙が入っていた。

開いてみると達筆でプレゼントの送り主がコメント付きで名乗っていた。

(少し早いですがお誕生日プレゼントです。以前欲しいものの高額で買えないとの事だったので、私の方で購入させていただきました。お気に召されたら幸いです。

愛鷹より)

「嬉しいです!」

後でお礼を言いに行かねば、と思いながら卵焼きの焼き方も教える約束をしていたことを思い出した。

こっちも礼をするなら出来る限りの礼をしなくては。

浮かれそうになっているとまたドアがノックされた。

「はーい」

(瑞鳳ちゃん? あたしだよー)

秋津洲だ。航空機好きと言う事で趣味や嗜好が合う関係で友人である。

これを嗅ぎつけて来たのかもね……苦笑交じりに瑞鳳は航空機模型の包装を見直した。

二式対大艇のプラモデルだからだ。秋津洲は搭載機でもある二式大艇を非常に大切にしており、マニアの域を超えている程だ。

ドアを開けて秋津洲を中へ入れた。

目ざとく中へ入った秋津洲は瑞鳳の誕生日プレゼントを見つける。

「おー、二式大艇のプラモデルじゃない! すごい、貯金切り崩したんだ」

「誕生日プレゼントだよ。買ってもらったの」

「提督に?」

「ううん。今の部隊の旗艦の人で超甲巡の愛鷹さん」

「愛鷹? 聞かない名前だね」

「まだ知らない人は多いよね。秋津洲の方も最近見なかったけど?」

「あたしは、西方海域での長距離航空偵察に駆り出されてたから。今日帰ったばかり。千早、口には出さないけど凄く疲れてたよ」

航空偵察……瑞鳳の脳裏に秋津洲の所属する部隊と自分の所属する部隊が連携で仕事をする機会があるような気がしてきた。

「……誰か死んじゃったんだね。悲しいかも。誰が死んじゃったの?」

「アメリカの子。今所属している部隊で始めて出撃した時助けた子だったんだけどね。助けた海域と最期を遂げた海域は同じ」

「……運命って皮肉だし、残酷よね」

「まあ……ね」

運命か……愛鷹さんの運命もどういうものだったんだろう。

 

 

桟橋で釣り糸を垂らしていた深雪は、一緒に釣りをする望月から沖ノ鳥島海域でのス級との戦いに参加したか、と聞かれた。

「ああ、あたしも参加したよ。あいつも見た」

「羅針盤障害に嵐。それでも突入しようとしたんだろ。大和も大馬鹿野郎だなあ」

「そう思ったね、ま、今じゃあ結果論だけどな。その上、あの巨大艦だ。今までにない奴の砲撃だけで主力は殆どが行動不能。セコイアみたいに馬鹿でっかい着弾の水柱、そいつに呑み込まれたら大破しない奴はまずいない」

「でも深雪はそうならなかったんだろ。あんたは遠巻きに見物してたのかい?」

「まさかな。まあ、あたしもあのデカ物に最終的に挑むことが出来るとは思ってなかったよ」

「ほーん。気分は?」

「マジで相手にするにはヤバすぎる」

「でも、あんたの上官、愛鷹は撤退する仲間の為に踏みとどまって二隻も相手したんだろ。あいつも大馬鹿野郎だなあ」

「ほんと無茶苦茶するぜ、愛鷹もよ。不死身なんじゃねえのって思っちまう」

苦笑を浮かべて言う深雪に望月はいつものけだるそうな視線を向けただけだった。

平常運行だな、もっちーは。あまり変わらない望月の姿勢に深雪はどこか安心感が沸いた。

「まー、あたしじゃあ太刀打ちできないのは確かだな」

「言っちゃ悪いけど、もっちーじゃ絶対無理だな」

「いや、その言葉はむしろありがたいよ。艦隊戦向きじゃないからね、あたしは」

向いていない事は無理に挑まないタイプの望月らしい考え方だと深雪は思った。

特型の自分は性能で言うと陽炎型や秋月型、フレッチャー級と比べて劣る所がある。

望月は自分以前の世代の睦月型だ。艤装の燃料消費や製造コスト、整備のしやすさには定評があるがその分性能は新型駆逐艦には及ばない。

改二になれば多少は強くなれるが望月には改二になる予定は今のところない。

「んで、あんたはしばらくどーすんの」

「さあ、どうすっかな。後で考えるよ、愛鷹は行動不能で入院しなきゃならないしな」

「青葉が次席指揮官なら青葉が臨時旗艦になって活動するんじゃないの? まあ、あたしは別に知らないけどさ」

「そう言うもっちーはこの先なんかする予定あるの?」

「明日から南方に護衛遠征任務。はあ、ダリい、しんどー」

「ごろごろしてると体なまるぜ。たまには給料分仕事しろって」

「あいよ」

談笑しながら釣りをしていると「あのー」と二人の背後から声がかけられてきた。

深雪が振り返るとバケツと釣竿を持った蒼月がいた。

「私もやっていいですか?」

「いいぜ」

「あん? あー、蒼月か。あんた釣り出来たっけ?」

「蒼月なら父島であたしが教えたら結構できる奴だったよ」

それに対し始めて望月がそりゃあ意外だな、という反応を示した。

蒼月が二人の横で竿を垂らして釣りを始めると、五分ほどで魚が引っかかった。

「もうかかった?」

ローテンションの望月が目を見開くほどの驚きを見せ、深雪が「行けるだろう?」とにやにやと笑う顔を向けて来た。

竿から魚を外す蒼月の手つきも慣れた物になっている。

「なー、蒼月もあいつ見たのか?」

「あいつ?」

「ス級」

ボソりとした口調で察しろよと言う様に望月が返す。

ああ、と溜息を吐きながら蒼月は頷いた。

「見ました。あれは……恐ろしいです。あんなのと一体どうやって戦って沈めればいいのか。たまたま私は愛鷹さんが注意を引いている間に深雪さんと一緒に魚雷を撃ったので沈められましたが」

「ふーん」

またローテンションに戻った口調で望月が返す。

前の蒼月なら何か自分が悪い事でも言ったかと気にしたかもしれないが、そう言う素振りはなくそのまま釣りに戻った。

出撃をしているうちに蒼月のメンタルが強くなったのかもしれない。深雪にはそんな気がした。

実際その通りで蒼月自身出撃を何度かしただけでかなり自分が前より変わったことに気がついていた。

第三三戦隊配属前にも何度か出撃はしたがここまで変わった事は無かった。

前々から秋月型姉妹からは「やればできる子」と言われて来たからその通りだったのかもしれない。しかし過信は禁物だ。

「蒼月の成長ぶりを見たら霞と満潮の奴何て思うかな、今度会ったら蒼月、ぎゃふんと言わせてやれよ」

「負け惜しみすんじゃないの。あの二人の事だしさ」

「まあ、ありえなくはないか」

「別にそう言うのはいいですよ。私はそう言うのは好きじゃないです」

そう辞退する蒼月だが深雪は首を振った。

「いやいや、信頼を得るには自分の実力を少しは見せる事も大事だぜ」

「まー、あの二人の事だから素直に誉めないよ。調子乗んじゃないって突き放すかもね」

「ま、それはそうだな。ツンデレって難しい人種だなあ。壁作る得意だよアイツら」

やれやれと深雪は溜息を吐いた。

その時、望月の竿がしなった。

「おお、来たかな。いよっ、おお引いてるなあ」

小柄な望月が立ち上がって竿と格闘し始める。

「支えるかい?」

「いらねー」

体格が小さいだけに蒼月とは力の入れ方にも差が出やすい。

それでも積んだ経験を生かしてなおの引き加減を望月はうまく調節する。

そして数分で撒き餌にかかった魚を釣り上げた。

「やったぜ」

初めてにこりと望月が笑う。

「やっと二匹目だ」

「へー、あたしは三匹だぜ」

「サバを読むな、まだ二匹だろ」

「冗談だよ」

「二匹、釣れました」

撒き餌にかかった魚を見せる蒼月に望月はやるじゃん、と頷いた。

すると今度は深雪の竿がしなった。

来たぞ、と深雪は竿の引き具合を調節する。逃がしたくない。

「デカいかな?」

「さーねー」

ぐいぐいと竿がしなる。

「潜水艦でも釣ったか?」

「父島で鮎島さんがつってましたね」

「深海の潜水艦を釣ったのかよ。すげえじゃん」

望月が目を丸くした時、深雪が「うおぉぉぉ!?」と喚いた。

「行けますか?」

「こりゃデカいんじゃないの」

「負けるかよ!」

ところが不意に竿が静かになった。

気まずい空気が三人に立ち込め始めた。特に深雪は固まってしまっていた。

「やべ……逃げられた……」

作り笑いを受かべた深雪に蒼月はどう言えばいいかわからない顔になり、望月は小さく「ドジ」と呟いた。

 

 

コーヒーを飲みながら江良が部屋から持って来てくれた私物の本を読んでいると、病室のドアを誰かがノックした。

「はい」

答えながら愛鷹はドアをノックしたのが江良ではないのに気が付いた。

ノックする前に近づいてきた足音が江良の足音ではなかった。江良の靴は確か病院内ではナースシューズ。聞こえたのはカツカツと音の立つ足音。

聞いたことはあるような気がして思い出しにくい。

(愛鷹さん、いますか。衣笠です、ちょっとお話してもいいですか?)

衣笠さん? 何の用だろう、と眉間に皺を寄せたものの制帽を被ってから「どうぞ」と招き入れた。

差し入れか花束を持って来てくれていた。

「差し入れですけど、良かったら」

「ありがとうございます。どうぞ、そこへ」

ベッドの上から椅子をすすめる。

椅子に衣笠が座ると愛鷹は何の話できたかについて切り出した。

「それでお話とは?」

「んー、なんか、その相談みたいなものなんですけど」

「相談ですか。私が出来る範囲で」

「……愛鷹さんって、他の人と接している時に心がけている事ってなんです?」

自分が他人と接している時に心がけている事……か。

衣笠は世話好きな性格だとここに来る前に聞いていたから少しこの問いかけは意外だった。何かあったのだろうか。

ただ質問に質問で返すのは無礼なのは知っているから、少し考えて普段他人と接するとき心がけていることとやらを考えてみた。

が、特に思いつくものはない。他人と接する時心がける程の事と言えば、素顔を見られない事や身の上を不必要に探られないようにする事程度だ。

言ってしまうと個人情報が漏れない事を心がけているというべきか。

「私の場合は他の人には知られたくないことを言わない、くらいですかね。正直それ以外に心がける程の事はしていません。私は私のやり方で接してますよ」

「そう、ですか」

「何かあったのですか?」

今度はこっちから質問をする。

「うん、まあ、ちょっと。色々と……」

「青葉さんと喧嘩でもしましたか」

コーヒーカップのコーヒーを飲みながら少し茶化したように愛鷹が言うと衣笠が頬を膨らませた。

「そ、そんなことないですよ。青葉とは喧嘩してません」

「それは、良かったです」

ふう、と飲み欲したコーヒーカップをサイドテーブルに置く。

その愛鷹の横顔を見ながら衣笠は結局、愛鷹のところには来たモノの何を聞くか、何を相談するかよく分からないままだったことに今更ながらに後悔していた。

治療に専念しなければいけない愛鷹の邪魔をした気がした。

するとそれを見透かしているかのように愛鷹は「何かお話でもしていきますか? コミュニケーションは必要でしょう」と言って微笑した。

その提案に衣笠は甘える事にした。

「怪我は大丈夫なんですか?」

「ええ。肺に一部傷を負う、肋骨数本骨折と右腕の粉砕骨折、右わき腹などを何針も縫うと軽くはありませんが」

包帯まみれの愛鷹を見ていると自分は戦う気をなくしてへたり込んでいただけだったのを思い出した。

「衣笠さんは大丈夫でしたか?」

「ええ。絆創膏をいくつか貼る程度で済みました」

「それは良かったです」

「あの、愛鷹さん。私の事は青葉からどう聞いています?」

「元気のいい妹でライバルであり相棒だと聞いてますよ。私の方からも出来ればお会いに行ければと思っていましたが。あなたも第三三戦隊の補充艦予定なので親睦を深めておきたいと思っていましたので」

すると衣笠が目を丸くした。

「私も愛鷹さんの艦隊に?」

「ええ。聞いていませんでしたか、青葉さんにはすでに話してあったので」

「なにも聞いてなかったなあ。ずるい」

「青葉さんも青葉さんで忙しいのでしょう。忙しいを理由に大切な人との時間をなくしてはいけない、とも言いますが」

確か青葉は今、溜め込んでいたネタを基に艦隊新聞を製作中だったはずだ。またいつものやりたい放題な性格に戻るだろう。

「青葉は愛鷹さんに迷惑とかかけてないですか?」

「取材お断りを破ってきたことがあったので二回ほど制裁したことはありますが、別に大したことはありません」

「良かったあ」

軽くため息を吐く衣笠を見て、まるで青葉の保護者のような印象が愛鷹に浮かぶ。

(青葉型の二人は確か同じ西暦二〇二二年生まれの二六歳同士。青葉さんの方が衣笠さんより一カ月早く生まれているから誕生日で姉御ぶるという例にも当てはまらない。やはり衣笠さんの生れつきの性格所以か)

そう考えてみたところで何となく衣笠の「相談」したいという内容が分かった気がした。

世話好きな自分のしている事が、他の人からどう思われているのか不安になったものの相談相手が思いつかず、自分のところに来た、差し当たりこれで間違いないだろう。青葉に相談しなかったのは分からないが何か理由があるのだろう。

「……あなたの相談したいこと、という物が今何となくわかりましたよ」

「え? なんで」

「あくまで推測です。自分の世話好きの性格が周りに迷惑がられていないか心配になって相談しようにも思いつかず、私のところに来た、そう言ったところでは?」

「はい……そうです」

顔を赤らめる衣笠に愛鷹はサイドテーブルに置いているポットからカップにコーヒーを注いだ。

「私には自分の行動・言動の全ては自分の責任であるから、行動をする、話す、の前によく考える。と言う事しか残念ながら助言できませんね。

誰かがこのことを言ったら、されたら自分はどう思うかと言う事をアクションの前によく考える事ですね。

例えばちょっと軽いノリでのふざけでも相手には深く傷つくかもしれない。実際学校でのいじめでいじめっ子の主張は軽いふざけのつもりだったというのが理由の一つですからね。

人間、自分の発言が相手の人生を大きく変えてしまうかもしれない力を持っています。自分の発言で相手がより良き道を歩むことがあれば、死に至るまでの道を選ばせられる事もある。周りから称賛されるきっかけとなる事もあれば、バッシングの嵐に遭うこともある。機嫌を良くすることがあれば、悪くもする。

人の言葉と言うのは諸刃の剣の様なものなのでしょう。

だからこそ、その全てに自分が責任を負わなければならない。自らの言葉で相手が不幸にあった時、その相手を不幸にした罪を未来永劫背負って償いの道を歩む。

罪は共犯でない限りは関係のない人と共有していくことは出来ませんし、してはいけない。

ちょっと訳が分からなくなりましたけど衣笠さんは、自分が相手にした事がどうなるかを考えてみるといいかもしれませんよ。

もう相手が傷ついてしまったのは既成概念ですから取り消すことは不可能ですし、その事実を取り消してはいけない。認め、受け入れるだけです。

そしてその結果からどうやり直していくかを考えていく。私のアドバイスはこの程度です」

「すごく、難しいこと考えられるんですね。でも何だか分かる気がしました」

「生きると言う事は知ると言う事です。あなたは自分の行動の問題点に気が付いた、自覚した、それだけで充分素晴らしいですよ」

「ありがとう。ちょっと気が楽になったかも」

そう礼を述べる衣笠の顔がさっきより明るくなっているのが分かった。

自分の言う事にすべての責任を持て、か。柄にもないようなことを言ったかもしれない。しかしこれで相手がより良き道を歩むことが出来るのだとしたら、それは良い事だろう。

「私の持論ですから参考程度にしてください。あれ」

飲み干してしまっていたコーヒーをまた足そうとしてポットのコーヒーがもうない事に気が付いた。作らないといけないが右腕が使い物にならない状態なのでやりにくい。

するとそれを察した衣笠が「おかわり……淹れて来ます?」と尋ねる。前だったら「おかわり、淹れて来る?」とほとんど間をおかないで聞いてきたはずだ。

私の言ったことを参考にしてくれているのか、とどこか嬉しい気分を感じながら頷いた。

「お願いします。ブラックの砂糖なし、牛乳入りでいいです」

「お安い御用」

渡されたポットを持って衣笠は病室のドアへと歩み寄った。

出る際に一旦立ち止まって愛鷹に聞いた。

「そう言えば、愛鷹さんってコーヒー好きなんですか?」

「大好きですね。お酒は体質上飲めないので」

「お酒が飲めなくて、コーヒー好みなのは青葉と同じですね。私と青葉は微糖派なんですけど、愛鷹さんは?」

「どちらも飲めます。カフェインは頭にいいし、甘い物も頭にいいです」

「へえ。じゃ、淹れてきます」

ポットを持って病室を出た衣笠は廊下を歩きながら、コーヒー好きな愛鷹の言った言葉と、青葉が前に自分に言った言葉を思い出して口元に笑み浮かべた。

「前に青葉も同じこと言ってたかも」

 

 

軽く伸びをした青葉は艦隊新聞を書くのをいったん休み、気分転換に食堂へ行くことにした。

衣笠がちょっと散歩してくると言って何処かへ行っているので静かに新聞を作れるのではかどったが、やはり妹がいると賑やかでいい。

自分は一人っ子であり、寂しい思いを長く強いられる人生も経験したから、艦娘になった時衣笠というお転婆娘と姉妹艦になった時はとても嬉しかったものだ。

それだけに自分も姉として元気で陽気でいないといけないのだ、と言う使命感も出る。

食堂に入って給湯器からお茶を入れて飲む。

一息入れていると夕張が食堂へ入って来た。

「あら青葉。一服中?」

「そうですよ」

ツナギではなくいつもの制服だが油の匂いがかすかにした。きっと先ほどまで工廠作業していたのだろう。

ただ怪我した様子はないのに血の匂いもする。

自販機で炭酸飲料を購入して缶の栓を開けて飲む。

「あー、炭酸がきくぅ!」

溜息を盛大に吐きながら夕張は笑顔を浮かべた。

「工廠で作業していたんですよね、ご苦労様です」

「ん、何で分かったの?」

「油の匂いがしますよ」

青葉の言葉に夕張は慌てて腕のにおいを嗅いだ。

「ホントだ、大変。後でお風呂入らなくちゃ」

「修理作業はどうですか」

「金剛さんと不知火ちゃんの艤装はガラクタも同然の修復不能でスクラップよ。スプリングフィールドの艤装も使える備品を外して廃棄処分ね……」

「スプリングフィールドさんの艤装の掃除もしたんですか? かすかですけど臭います」

「ええ、血糊落としをしたわ。付いたままじゃ処分できないから……『狼』なだけに鼻が利いたの?」

「どうでしょうねえ」

自分が「ソロモンの狼」と言われる事にちなんで夕張は「狼」と呼んだのだろう。

「まあ、大体の子の艤装の修理は終わったわ。愛鷹さんの艤装だけはまだだけど。そうそう、面白いことがあの人の艤装を修理してて分かった」

「なんですか?」

興味が出てきた青葉は夕張に聞いた。愛鷹から直接聞く事は出来ない情報が入るかもしれない。

「愛鷹さんの艤装、今のところ改や改二への改装予定とか何も聞かないけど、それを見こしている様な造りなの。主砲が特にそうね。

今は三一センチ三連装主砲だけど、強度を計算したら三五・六センチ主砲の発砲の衝撃に耐えられる数値が出たわ。それもギリギリじゃなくて余裕で耐えられる数値が」

初耳だった。それはつまり三一センチ主砲より火力を強化できる余裕が愛鷹の艤装にはあると言う事だ。

「今の状態で火力の強化可能な数値はどれくらいなんですか?」

「言っちゃうとね、信濃さんの主砲を乗っけてもなおお釣りがくるくらい。今信濃さんは四五口径五一センチ三連装主砲だけど、多分愛鷹さんの主砲なら五〇口径でも大丈夫よ。

凄いのは防護機能のマージンね。こっちは艤装自体の強度強化改造をしないといけないけど、艤装が発生可能な防護機能の耐久値、装甲値は大和型以上よ。

ぶっちゃけちょっと改造すればそのまま戦艦にできるかも。艤装だけならね」

「拡張性が非常に高いんですね。それが可能ならなぜ戦艦以下の超甲巡に……」

「さあね。まあ愛鷹さんの艤装から言って私と同じ実験艦的な要素が多いから。艤装にはうっすらだけどその刻印があったわ」

「刻印?」

「ええ。青葉なら重巡だから分類はCAでしょ。私の場合は軽巡だから大抵CLで書かれるけど書類上の正式な艤装の分類は『兵装実験運用艦』の意味のWTVと書くの。

愛鷹さんの艤装には『SYALGTV01』の文字があったわ。なんの意味かはよく分からないけどTVが最後につくから実験運用艦の意味かも。まあそことは別に巡洋戦艦の意味のCBの刻印があったから、愛鷹さんは世界的な分類上は巡洋戦艦扱いなのかもしれないわね」

つまり愛鷹の艤装は本来、実験運用に使われていたものをそのまま実戦配備に回した流用品と言う事になる。まるで何かのロボットアニメの主人公機体の扱いのような代物だ。

しかし「SYALG」とはどういう意味だろうか。青葉にはさっぱりわからない。

だがそれだけの拡張性がありながら超甲巡と言うスペック的に中途半端な艦種におさまったのか。そこが大きな謎だ。

一応考え突くものとしては何らかの形で実験運用が終わった艤装を超甲巡仕様に改装して愛鷹に与えた事だが、なぜ超甲巡の艤装を一から新造しないかという疑問が残る。

愛鷹が今のところ唯一の超甲巡と言うところからすると、この艦種のプロトタイプと言う事になるのかもしれない。もしそうならその内愛鷹に姉妹艦が現れると言う事を暗示しているのだろうか。

だがこれはあくまで青葉による推測に過ぎなかった。

「……謎ですねえ」

腕を組んで呟く青葉の顔が調査をする時によくする顔になっていることに夕張は気が付いた。この顔になったら大体青葉が辿る未来はいらぬパパラッチ行為の果ての自爆か、真実追及の末の情報入手だ。

良からぬことを企み、自爆した人間を夕張は過去に何人か見て来ているし、それを自分には関係ない事だと放っておく趣味もない。

青葉の場合は放っておくと笑いごとになる事もあるが、ここは自制を求めた方が無難な予感がした。

「変な探りは入れない方がいいんじゃないの?」

「索敵も調査も解析も青葉にお任せ、ですよ」

「知らないわよ、消されても」

結局この調子か、と夕張は頭に右手をやって溜息を吐く。その夕張に青葉はいつもの悪巧みをしている時の笑みを返した。

 

 

「作戦を延期する、ですか?」

驚きの籠った長門の声が提督執務室に上がった。その通りと対面している武本が無言で頷いた。

「なぜですか、ショートランド泊地奪還作戦は」

「先の海戦で航空水上兵力が大きく損耗している上に前線展開泊地棲姫は損害こそ与えたものの壊滅には至っていない。今潜水艦の子達が海上封鎖を行っているが、いつまでそれが続くかは分からない。

ス級を全艦破壊したことで長期戦略的、戦術的にはこちらの勝利ではあるが、海域の安定化という戦略的ではこちらの敗北も同然なんだ。

現在日本にいる艦隊は沖ノ鳥島海域での戦闘で戦力を損耗してしまっている。他のところから回そうにも、そこでも必要な戦力だから今は無理だ。

つまり今深海棲艦が日本本土に大規模戦力で攻撃してきたら、こちらとして迎撃は出来ても敵の侵攻を完全に防ぐことが出来るかは正直微妙だ。

そこで現在海外展開中の第二、第四航空戦隊は日本本土防衛の為引き上げる事にした。すでに支援艦『とわだ』と『レーニア』に乗ってこちらに帰投中だ。

海外から増援を呼ぶにも今はどこも余裕があまりない。アイオワを旗艦とした任務部隊の派遣は確定しているけど現状それだけだ。

ロシア太平洋艦隊はガングートの戦線離脱中は戦艦抜きでなって行かないといけないからここからはまず無理だ。

当面こちらの太平洋上の各拠点の守りに入らないといけない。不十分な戦力で出撃しても君らの犠牲を増やすだけだ」

「良いのですか?」

「こんなことを言うのも何なんだけどね、もう、これ以上部下を死なせるのは嫌なんだ。私のすることは極端に言うと戦場と言う死地に部下を送る事だが、不完全な状態で送ってそこで死んで来い、という物じゃない」

部下=艦娘の命を重んじる武本らしい言葉である。同じことを言う海軍提督は他にもいるが、中には「艦娘と言う資質が無ければなれず容易には補充が効かない戦力で、養成に莫大な時間と予算、労力がかかり、なったとしても疲労回復も含めた維持管理もシビア」という人間と見ないで兵器としての一面のみで言う提督も存在する。

「承知しました、提督のご意向を尊重します」

「ありがとう。それと君を呼んだもう一つの理由があるんだ」

「というと?」

何のことだろうかと長門は聞いた。

「君を秘書艦職から外す話が海軍上層部内で持ち上がっている。理由は戦艦戦力の少ない日本艦隊の長門型を秘書艦として温存しておくのは如何なものか、と言う事だ」

「その場合、私の後任は?」

「まだ決定事項じゃないから何とも言えないけど、舞鶴基地司令官のあいつか鳳翔さんを押す声がある」

「鳳翔さんはともかく、三笠さんをですか?」

「ああ。予備役と言えども艦娘としての籍は健在だし、基地司令官を勤めているから能力的にも問題はない。勤務態度も悪いわけではないからね。君と比べたら悪いけど……」

以前、日本海での作戦で舞鶴基地に行った時、司令官室で一升瓶を抱えてソファで寝ていた三笠の姿を見たのを長門は思い出した。

あの時不幸にも青葉が基地におり、だらしなくて寝ていた三笠をカメラで激写してその写真をばらまき、翌日涙目の三笠が刀を振り回して青葉を追いかけまわすという笑えない話になった事があった。

この事で三笠は後日減俸処分を食らっているが、二週間前に舞鶴基地に基地業務の手伝いの為に出張した香椎の話では、ビール缶の山が積まれたデスクでいびきをかいて寝ていたという。

「優秀な方ですが酒癖が悪いんですよね……脱いだりしないだけまだましですけど」

「全くだ。上司の私の身にもなってほしいよ」

武本は苦笑交じりに言った。

「まあ、君も決して人のことを言えた訳じゃないよ?」

「駆逐艦寮にはしばらく行っていませんが?」

頬を赤くした長門が取り繕うように返すと武本はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「まあ、あんなかわいい子たちが戦場で命を落とす様な事はさせたくない。それを分かってくれ」

「はっ」

 

 




久しぶりの戦闘シーン無しのお話となりました。

今回は衣笠くんの登場シーンが多くなり、愛鷹くんとの絡みを多く盛り込んでいます。
大切な姉の上官であり、青葉くんとも仲の良い愛鷹くんとは今後一緒に仕事をする機会もある衣笠くん。
彼女が第三三戦隊でどう活躍するかは今後のお楽しみです。

なお今回独自設定として青葉型の二人が二〇二二年生まれの二六歳という設定にしているので、本作は西暦二〇四八年の世界となっています。
かなりの近未来化で、艦これの世界とはずいぶん反りが合わないかもしれませんが二次創作と言う事で……。

本作における時系列は実は劇場版と同じような出来事があった約五年後の設定となっています。
あくまでも「アニメ版、劇場版と同じようなことがあった世界の物語」であるパラレルワールド的な世界の為、アニメ版、劇場版と直結した物語ではありません。
五年ほどの歳月が流れている理由は後々本編にて説明いたします。

今後の展開予告を一部ですが明かしますと第三三戦隊は愛鷹と瑞鳳の復帰後、南方に向かう予定です。
どんな展開になるかはお楽しみです。

では、また次回でお会いしましょう。


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年表

「艦これ この世に生を授かった代償」の本編開始まで起きた出来事の年表です。
あくまでもこれは二次創作であり、私の個人設定であることをお断りしておきます。


西暦

二〇〇三年 

デズモンド・コルター・マイノット、日本国佐世保にて生誕

 

二〇〇四年 

武本生男、有川大翔の両名、日本国神奈川県にて生誕。

 

二〇〇七年 

谷田川史郎、長野県にて生誕。

 

二〇一二年 

艦娘三笠、沖縄県にて生誕。

江良雀、鳥取県にて生誕。

 

二〇一八年 

艦娘ガングート(オクチャブルスカヤ・レボルチャ)、エストニア共和国にて生誕。

 

二〇二〇年 

武本、有川の両名、日本国自衛隊防衛大学校へ入学。翌年海上自衛官過程を選択する。

同年末 グアム島沖でアメリカ海軍第七艦隊所属の戦略原子力潜水艦が消息を絶つ。

艦娘長門、山口県にて生誕。

艦娘陸奥、秋田県にて生誕。

 

二〇二一年 

北海でロシア海軍北方艦隊の潜水艦が消息を絶つ。

各地で複数の民間船舶が消息不明となる。

艦娘夕張、北海道にて生誕。

艦娘大和、東京都にて生誕。

艦娘アラバマ、アメリカ合衆国テキサス州にて生誕

 

二〇二二年 

艦娘青葉、広島県にて生誕。

艦娘衣笠、徳島県にて生誕。

艦娘スプリングフィールド、アメリカ合衆国ミズーリ州にて生誕

 

二〇二三年 

フランス海軍のミサイル駆逐艦「ベルタン」が所属不明勢力に襲撃される。

「魚型の化け物に襲われている!」の通信の後消息不明となる。二日後「ベルタン」の残骸の一部が発見される。生存者なし。

アメリカ海軍のミサイル駆逐艦USS「マスティン」、太平洋上で所属不明勢力の襲撃を受け、交戦。「海上移動する人型の化け物と魚の怪物の攻撃を受けている」の通信後、消息を絶つ。三日後「マスティン」の残骸の一部が発見されるも生存者なし。

      

二〇二四年 

所属不明勢力によると見られる船舶襲撃が増加する。

これをきっかけに世界各国で軍事的緊張が高まる。

艦娘ユリシーズ、英国マンチェスターにて生誕。

艦娘アドミラル・グラーフ・シュペー、デンマークにて生誕。 

 

二〇二五年 

世界各地で原因不明の衛星通信インフラ断絶発生。情報網遮断による各国の相互理解が困難となる。

インド海軍とパキスタン海軍のフリゲートが交戦し、死傷者多数を出し相討ちになる。

朝鮮半島の三八度線付近にて大韓民国海軍の哨戒艦と朝鮮人民海軍の哨戒艇が交戦。哨戒艇が撃沈され哨戒艦も中破する。

ロシア海軍黒海艦隊のコルベットとウクライナ海軍のミサイル艇が交戦。ウクライナ海軍のミサイル艇が撃沈される。

フィリピン海軍フリゲートと中国海軍フリゲートが交戦、中国海軍フリゲートが大破し、フィリピン海軍フリゲートも大破(翌日自沈処分)

海上自衛隊大湊基地所属の護衛艦が八戸岬沖で撃沈される。

エストニアとロシアとの間で紛争が勃発。民間人にも死傷者が出る。

アイルランド北部でアイルランド軍と英国軍の戦闘が勃発。

スペイン北部で自治独立を叫ぶ地域が武装蜂起。鎮圧に出たスペイン軍と戦闘になる。

アラスカ沖でアメリカ海軍の空母USS「エンタープライズ」艦載機とロシア空軍の偶発的衝突が起き、ロシア空軍の戦闘機がアメリカ海軍機を撃墜。

翌日USS「エンタープライズ」空母打撃群が所属不明勢力と交戦。護衛艦艇と共に「エンタープライズ」が撃沈され艦隊が全滅。

中国海軍北海艦隊の空母艦隊が台湾へ向けて青島を出港。尖閣諸島沖合で所属不明勢力と交戦し全滅する。

竹島沖合で大韓民国海軍のミサイル駆逐艦一隻とフリゲート一隻が所属不明勢力と交戦し撃沈され、同海域を哨戒中の海上自衛隊機も所属不明勢力に撃墜される。

これを期に日韓関係が一時的に悪化する。

 

二〇二六年 

艦娘瑞鳳、滋賀県にて生誕。

武本、三等海尉としてミサイル護衛艦「あきつかぜ」航海士となる。同年結婚する。

尖閣諸島沖合で中国海軍の駆逐艦二隻と台湾空軍の戦闘機四機が軍事的衝突。台湾空軍の戦闘機二機が撃墜され、直後中国海軍駆逐艦が所属不明勢力と交戦し撃沈。

大西洋上でイタリア海軍空母「カヴ―ル」とミサイル駆逐艦一隻、フリゲート二隻が所属不明勢力と交戦し撃沈される。

地中海上でフランス海軍空母「ヴィルヌーヴ」と護衛の駆逐艦二隻、フリゲート二隻が所属不明勢力と交戦し撃沈される。

北海で英国海軍の空母「クイーン・エリザベス」と護衛のミサイル駆逐艦一隻、フリゲート二隻が所属不明勢力と交戦し撃沈される。

ギリシャ海軍のフリゲート「プロメテウス」「トリトン」が所属不明勢力の襲撃を受けた客船の救助活動中に攻撃を受け、救助した民間人と「プロメテウス」「トリトン」の両艦乗員全員が死亡する。

スウェーデン海軍のコルベット二隻とノルウェー海軍のミサイルフリゲート一隻が所属不明勢力の襲撃を受けた大型客船を救助中、再度攻撃を受ける。

この時、応戦したコルベットの流れ弾がフリゲートに命中し死傷者を出す。

中南米諸国で局地紛争が勃発。一部で多数の民間人が犠牲になる。

エジプト海軍の強襲揚陸艦とフリゲート二隻が大西洋上で所属不明勢力の攻撃を受けた貨物船の捜索中、所属不明勢力と交戦し全滅する。

中東各地で民族紛争が激化し、石油価格が急激に高騰。

石油市場の価格高騰を期に世界経済も大きな打撃を受け、各国軍の燃料事情にも影響が発生し始める。

各国の海上交通路の安全性が失われ始める。

ガングート、エストニアからロシアへ移住。ロシア国籍を取得しロシア人となる。

 

二〇二七年 

衛星経由のインフラが完全に壊滅する。

所属不明勢力の攻撃が各国沿岸部にも行われ始める。

ハワイが未確認機多数の空爆を受け、停泊中の艦艇の全てが大破着底する。海軍、空軍、海兵隊の航空基地も同様に空爆を受け大損害を被る。

海上自衛隊の護衛艦二隻が硫黄島近海で襲撃を受けた民間船舶の捜索中撃沈される。

イタリア海軍タラント基地が未確認機の大規模空爆を受け壊滅。停泊艦船全艦が大破着底する。

東欧諸国で武力衝突が激化。

世界各国の海軍の損耗率が急激に増加する。

国連が非衛星経由通信網で対策を呼び掛ける。

日本国、海上交通路護衛の為海上自衛隊の護衛艦による護送船団を編成する。

アメリカ合衆国ロスアンゼルスが所属不明勢力による大規模空爆と砲撃を受ける。アメリカ軍は応戦するも迎撃に出た部隊の四割を失いロスアンゼルスが壊滅する。

艦娘伊吹、ドイツ連邦ベルリンにて生誕。 

 

二〇二八年 

パナマ運河近海を警戒中のアメリカ海軍のUSS「ジョージ・ブッシュ」空母打撃群及びUSS「ジョン・F・ケネディ」空母打撃群と所属不明勢力との間で大規模戦闘が勃発。両空母打撃群が全滅。

ロシア海軍北海艦隊の空母艦隊が北海で所属不明勢力と交戦し全滅する。

日本に向かう複数の護送船団が所属不明勢力の襲撃を受け、全滅する。日本国内での物価が高騰し配給制度が一部で始まる。

太平洋上で複数の旅客機、貨物機が消息を絶つ。後に所属不明勢力の仕業と断定。

海上・航空交通路の不安定化が原因で世界各国の経済状況の悪化が深刻化し、世界各地で連日暴動が発生する。

東南アジア諸国で所属不明勢力に攻撃を受けた島々との通信が途絶する。

ハワイのアメリカ太平洋軍が所属不明勢力の襲撃を再度受け壊滅する。

この頃から所属不明勢力を「深海から来た化け物」という意味で「深海勢力」と呼ぶようになる。発案者は不明。

この年の夏に各国の海上交通路の安全性が完全に失われる。

日本国、国会決議で自衛隊の交戦規程を大幅に改定する。なお自衛隊の国防軍再編計画も提出されるが見送られる。

 

二〇二九年 

激化する「深海勢力」に対抗する為、世界各国の軍事力を統合して対抗する「常設型国連軍草案」が国連総会で提出されるが常任理事国の理解が得られず見送られる。

艦娘蒼月、福岡県にて生誕。

「深海勢力」の無差別攻撃が激化する。

この年の秋に「深海勢力」との戦いによる軍民合わせた犠牲者数が一〇〇万人を超える。

      

二〇三〇年 

太平洋のツバル、キリバスなどの太平洋の諸島国家の多くが海面上昇と「深海勢力」の攻撃等により事実上壊滅する。

オーストラリアのダーウィン、パース、シドニー、「深海勢力」の攻撃で壊滅的な被害を受け民間人に多数の犠牲者を出す。

国連の緊急理事会が開催され「常設型国連軍」設立の機運が再燃する。

アメリカ海軍の太平洋を管轄する第三艦隊が戦力の六割を失い壊滅する。

艦娘深雪、京都府にて生誕。

 

二〇三一年

国連にて「常設型国連軍草案」が可決され、国連軍が設立される。

日本国自衛隊は国連軍に編入される。

武本の妻、原因不明の病気で死産し、その影響で自殺する。享年二七歳。

 

二〇三二年 

人材確保の一環で武本と有川が少佐へ昇進。武本は「あきつかぜ」航海長を拝命する。

ハワイ諸島との通信が途絶え、二週間後国連軍はハワイ陥落を発表する。

グアム、サイパン両島との通信が途絶する。国連軍は両島の国連軍壊滅と陥落を発表する。

その後南太平洋の島々やパナマ運河の太平洋側が陥落する。

「深海勢力」の攻撃激化の結果、北米東海岸一帯を放棄する事を決定。民間人の疎開が行われ国連軍も撤退する。

この年の秋に各国で海岸部の住民の内陸部への疎開が始まる。

      

二〇三三年 

対馬海峡にて対馬から福岡へ向かう護送船団が「深海勢力」の攻撃で壊滅し、蒼月が両親を喪う。蒼月他船団の生存者は護衛艦「あきつかぜ」「たつしお」、大韓民国海軍揚陸艦などに救助される。

一二月に能登半島沖海戦が勃発。「あきつかぜ」を含む全艦が撃沈され第一護衛隊群が全滅する。死者約二一〇〇名、生存者一名。

既存兵器では対抗できない現状に対応すべく極秘裏に新型兵装の開発がスタートし、適性者のスカウトが始まる。

当時海軍中尉の三笠が最初の適性者として認定され、試験運用が開始される。

第一護衛隊群全滅により海上戦力の過半を失った日本は、事実上制海権を喪失し海上交通路が遮断。

経済と国力の急激な低下が発生する。

同時に中東の油田地帯の治安悪化が響き、世界的な燃料事情の悪化が深刻化し始める。

 

二〇三五年 

新兵科となる「艦娘」が設立され、海軍の新戦力として採用され、国連軍のドクトリンが書き換えられる。

この際、鳳翔が初の空母艦娘として採用される。

同時に艦娘戦力の拡大のため能力適正者の極秘調査が開始される。

国連軍の大規模な再編成が行われ戦力が海軍と海兵隊に二大化される。海軍の新造艦艇の建造計画が変更される。

武本、艦娘運用の艦隊に配属となる。

有川、国連軍統合作戦本部情報部に配属される。

国連軍ハワイ奪還作戦を開始。投入戦力の七割を失い敗退(通常兵器のみの作戦はこれを期に行われなくなる)。

 

二〇三六年 

艦娘戦力の大規模増強が開始される。ガングートとシュペー、長門、陸奥が海軍に入隊する(同期生に赤城、加賀、武蔵など)。

またこの年より「深海勢力」は「深海棲艦」と呼称されるようになる。

初の艦娘戦死者が出る。

 

二〇三七年 

ユリシーズ、夕張、大和が海軍に入隊する。

D事案が確認される。

国連軍海兵隊、燃料事情解決のためにロシアでの油田地帯の治安回復のために戦力を集中する事を決定する。

これによりロシアの油田地帯の治安が回復。中東に代わる燃料供給源の確保で国連軍の慢性的燃料難が事実上解決する。

 

二〇三八年 

青葉、衣笠が海軍に入隊する(同期生に古鷹、加古、熊野、鈴谷など)。

艦娘の戦線投入の結果日本は海上交通路が確保され、経済、国力の低下が止まる。

 

二〇三九年 

深雪、望月、瑞鳳が海軍に入隊する。青葉が六戦隊で最初の改へとスピード昇進する。

セイロン方面での作戦中過剰運用の結果、鳳翔が空母艦娘の生命を絶たれる。また作戦に参加した艦隊も艦娘戦力の約半分が戦死する大損害を被り(艦娘戦力配備以来最悪の損害)、指揮をした提督は軍法会議の末銃殺刑となる。

「追放処分」が制定される。

人材確保のため武本と有川が准将へ昇進する。

      

二〇四〇年 

MI作戦開始。大和初出撃。

大西洋上でFR77船団が壊滅し軽巡スターリング、駆逐艦ヴェクトラ、ヴァイキングが戦死、ユリシーズが右足切断の重傷を負う(「FR77船団の悲劇」)。

六戦隊全員が改になる。

蒼月が武本の伝で海軍に入隊する。

 

二〇四一年

ソロモン戦線にて自身の不手際で青葉が重傷を負い、庇いに入った古鷹も重傷を負う。二人とも一命をとりとめるも古鷹は左目を喪う。

演習中の事故で深雪が意識不明の重体となる。

大和、改に昇進する。

三笠、大佐となり予備役に編入、舞鶴基地司令へ。

欧州総軍が設立。ガングートがバルト艦隊旗艦を解かれ太平洋艦隊へ移籍し、太平洋艦隊旗艦となる。

 

二〇四二年

戦力拡張の一巻で瑞鳳が航空母艦へ移籍する。

青葉を除く六戦隊のメンバーが改二に昇進する。

同年鉄底海峡海戦が勃発(詳細は秘匿されている)。

深雪の戦列復帰の目途が立たない為、第一一駆逐隊から除籍される。

 

二〇四三年 

アラバマとスプリングフィールド、伊吹が海軍に入隊する(伊吹は教育課程でジェット艦載機運用空母艦娘にスカウトされ、その教育を受けたため艦隊配備が遅れる)。

赫々たる戦果を上げる大和が改二となる。

武本、少将へ昇進し一時期日本を離れ国連直轄艦隊勤務となる。

深雪、ユリシーズが戦列に復帰する。

戦略的観点から国連軍はショートランド泊地から一時撤退。

艦娘の損害補填計画「CFGプラン」が提唱、実行される。

 

二〇四五年 

瑞鳳が改二乙へ昇進する。

日本艦隊内で部隊の大規模改革が行われる。

      

二〇四六年 

「CFGプラン」が中止され、そのまま終了する。

武本、日本へ帰国。中将へ昇進し日本艦隊司令官となる。

      

二〇四七年 

伊吹がジェット艦載機運用艦娘としてデビューする。

長門が改二に昇進、半年後陸奥も改二になる。

第三三戦隊設立が提案・可決され人選が始まる。

この頃からス級と見られる巨大艦の目撃情報が出始める。

 

二〇四八年 

第三三戦隊が設立され愛鷹が着任、第三三戦隊旗艦となる。青葉、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳が第三三戦隊へ配属される。「艦これ この世に生を授かった代償」が始まる。

沖ノ鳥島海域での艦隊戦でスプリングフィールドが戦死する。享年二六歳。

 




ほぼ前半は人類と深海棲艦(最初からそうは呼ばれませんが)との戦争の経過と簡単な国際情勢の流れです。

中盤から艦娘が国連海軍の戦力としてスタートし、現在に至る経緯を描いています。
年表上には複数の艦船の名前が登場しますが、実在艦艇と架空艦が混在しております。

なお現在ちょいちょい名前のみ登場している三笠ですが、初の艦娘と言う事もあり今回年表にその名前を載せる事となりました。

愛鷹のみ生誕年、出生地を明記していませんがこれは後々本編で判明いたします。


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南洋編
第一七話 南洋の異変


宇宙戦艦ヤマトの小説も並行して執筆を開始したため投稿が遅れました。
言い訳です。

エースコンバット7、バトルフィールド4をプレイしたことのある方には聞き覚えのある言葉が入っています。


「AWACSから入電、敵大規模攻撃機編隊を確認。三航戦は対空迎撃態勢に入れ、です」

ヘッドセットに手当てて聞いていた軽巡五十鈴が全員に聞こえるように伝えて来る。

それを聞いた三航戦旗艦龍驤は巻物型飛行甲板を展開して答えた。

「了解や。みんな輪形陣に陣形転換、最大戦速。対空戦闘用意や!」

了解、と三航戦に編入されている龍鳳と駆逐艦夕雲、巻雲、風雲と答える。

艦載する戦闘機紫電改を次々に発艦させながら、何でこんなところに敵の航空戦力が出たんや、と首を傾げた。

この海域は敵との前線からは離れた味方の制海権内だ。陸上基地航空戦力では航続距離が足りない。

「五十鈴、敵は何機や?」

「約八〇機です。戦爆連合だとの事。おおよそ六一七秒後にコンタクト。現在ラバウルの第二三三航空団の疾風とP51がスクランブルしています」

「は、八〇⁉ こちらの搭載機数では防ぎきれませんよ、龍驤さん」

泡を食った顔をする龍鳳に「落ち着くんや、龍鳳。味方の航空支援が来れば切り抜けられるって」と宥める。

だが龍鳳が慌てても無理はない。味方の勢力圏だったため今二人合わせても三六機しか戦闘機がないのだ。

しかも即時発艦出来る機体はその半分程度しかいない。

ラバウルからのスクランブルが到着するには最低でも一二分は必要だ。

「六〇〇秒……一〇分か。ギリギリやな。艦載機のみんな、時間稼ぎでええよ。艦隊が味方の制空県内に離脱できればうちらの勝ちやで」

了解、と発艦した紫電改二の航空妖精さんの返事が返される。

龍驤と龍鳳から発艦した紫電改二戦闘機一六機が空の方へと消え、一同は最大戦速で離脱を図る。

程なくしてAWACSが紫電改二と深海棲艦の航空部隊が交戦を開始したことを知らせて来る。

(敵はタコヤキ! エンゲージ)

味方の航空部隊が艦隊に到着するまでまだ七分もかかる。紫電改二の航空妖精さん達は腹を決めていた。

数に押される紫電改二が一機、また一機と撃墜される。一機撃墜されたら二機撃墜し返す紫電改二だったが、数の差から来る不利が否めない。

(操縦不能!)

(もう駄目だ、落ちる!)

(数が多すぎる、手に負えな……)

(被弾、駄目だ、機体が……)

(制御不能、制御不能、イジェクト……)

(こちらフリッパー2、被弾した! エンジン……)

こらアカン、ちょっちピンチすぎや……。龍驤の眉間に冷や汗が流れる。

戦闘開始から二分と立たずに半分の機体が撃墜されている。深海棲艦の航空部隊の損害は全体から言うと大した出血とは言い難い。

(バジリスク1から龍驤、我が方被害甚大! 二個小隊が全滅、戦線を維持できません!)

「……可能な限り食い止めてくれや……すまん」

(……了解。幸運を!)

その時、龍驤のヘッドセットに爆発音が響き、雑音が耳に流れ込んできた。

艦載機のみんな……ごめんな。

溢れだしそうな感情を堪え、拳を握りしめた龍驤は「殿軍のみんなの奮闘を無断にするでないで!」と一同に呼び掛けた。

しかしその時艦隊の右側を警戒していた風雲が叫んだ。

「右から超低空をタコヤキが来ます!」

何⁉ 目を剥いた龍驤が風雲の指さす方を見ると魚雷を抱いたタコヤキ三機がまるで海上を走行しているかのような低空を高速飛行して突っ込んで来る。

「右対空戦闘、旗艦指示の目標。主砲撃ちー方始め!」

五十鈴の号令と共に彼女と風雲、夕雲が三機のタコヤキに対空射撃を開始する。

三式弾改二の弾幕の雨が三機に浴びせられるが、海面に突き立てられる水柱も、至近弾の破片も無視してタコヤキは突撃を止めない。

「落ちなさい!」

そう叫びながら夕雲が放った対空弾がタコヤキを捉え、姿勢の崩れたタコヤキが海面に叩きつけられる。

一機撃墜や、と龍驤が頷いた時巻雲が「ひ、左からも三機突入して来るよ! は、速すぎる!」と悲鳴のような声を上げた。

「挟撃かいな!」

呻き声を上げた時「敵機魚雷投下、回避、回避!」と五十鈴から警告が飛ぶ。

巻雲が左からの敵に射撃を行うが一人では対応しきれない。彼女だけでは展開できる弾幕に限界がある。

「雷跡二、方位〇-五-八から急速接近します!」

「わあ、駄目だ! 左から魚雷六発が来ます、逃げて!」

「どこから来るのか報告しなさい!」

風雲、巻雲、夕雲の喚き声が響きわたる。

「落ち着くんや、回避運動と衝突に注意!」

三人に一喝する声を上げた龍驤は瞬間的に危険を感じた。

「こらあ、アカンな……」

一本の白い航跡が自分と五メートルと離れていないのを見て龍驤が呟いた直後、爆発音と共に小柄な彼女の体が水柱の中に消え、龍驤の意識も轟音と共に消し飛んだ。

 

 

フライパンから皿に盛った卵焼きを口に入れてみると、初めて作る割には美味しかった。

「こんな感じですかね」

皿に盛った自分の卵焼きを瑞鳳に差し出しながら愛鷹は聞いた。

受け取った皿に鼻を近づけ、軽く嗅いでから瑞鳳も箸で愛鷹の卵焼きを口に入れた。

神妙な顔になる瑞鳳はよく噛んで飲み下してから評価を出した。

「美味しいですよ。初めてですよね?」

「ええ。上手く出来た様で何よりです」

「うん。美味しいよ。そう、美味しいんだけど……なんだろう。何かが変なの、味もいいし、弾力もいいんだけど……」

そう言葉を濁し、真剣な表情で考え込む瑞鳳の顔を見て、ああ、やっぱり自分の淀みが出てしまっているんだ、と気落ちするものを感じた。

退院して直ぐに瑞鳳の元を訪れて卵焼きの焼き方を教えてもらった愛鷹は、一緒に食堂の調理室で実際に作り、瑞鳳に評価してもらう事にしていたのだが、卵焼きの焼き方のプロらしい瑞鳳の評価はかなり精神的に来るものを感じた。

ただ、この違和感は初めての事であり、瑞鳳は愛鷹の卵焼きのどこがおかしいのか自分でも分からなかった。

味も触感も初めて作るにしては上出来だ。そう、文句はないはずなのに、何かがおかしい。

腕組をして唸りながら考える瑞鳳は、ふと三週間前に見たあの光景を思い出した。

あれとこの違和感に直結するものが無くもないが、確たる証拠らしいものが無い。

「瑞鳳さん?」

窺う目線で愛鷹が声をかけて来て瑞鳳は我に返った。

「え、ああ。うん、大丈夫。愛鷹さんの卵焼きは充分美味しいですよ。私が変にこだわってしまうだけだから」

「……そう、ですか……」

言葉からして愛鷹が自分の反応で多少なりとも傷ついているのが分かった。

何が過去にあったかは自分には推し量れないものの、かなり訳ありの過去でありそうなことは分かる。

何か話題でも変えようと思った瑞鳳は他にも料理作りを教えようと思いついた。

「そうだ、せっかくだから他の料理の作り方も教えてあげますよ」

「お願いします」

少し寂しさを感じさせるものではあったものの微笑を浮かべて愛鷹は頼んだ。

その後、チャーハンやカレーの作り方などを瑞鳳は愛鷹にレクチャーし、実際に作らせてみたところ自分が作るモノより明らかに美味しく出来ていた。

卵焼きの時の様な違和感は湧いて来ず、結局さっきのは何だったのだろうと首をひねる思いだった。

一通り作った二人は鍋やフライパンなどの調理器具を手早く片付けた。

愛鷹が鍋を洗っていると調理室に鳳翔が入って来た。

「あら、いい匂いですね」

「鳳翔さん。まだご飯の時間じゃないですよ?」

入ってきた鳳翔に気が付いた瑞鳳が首を傾げると「いい匂いがしたので、つられて来てしまいました」と年長者の余裕がある笑みを鳳翔は浮かべた。

瑞鳳と愛鷹、特にまだ着任して半年も経っていない愛鷹からすれば鳳翔は大先輩である。

かつては日本空母艦隊のエースだった彼女だが、着物の袖から稀に見える傷から分かる通り腕を負傷して弓が引けなくなってしまった結果、空母艦娘として「二度と戦えない身」となってしまい、今は基地で艦娘や海軍基地関係者の食を賄う仕事をしている。

セイロン方面での作戦で過度な連続出撃、無謀な作戦、修復剤の過剰使用が鳳翔の艦娘としての運命を変えた。

愚痴一つこぼさずに黙々と過酷な任務をこなした鳳翔だったが、ある出撃で一瞬の隙を突かれて被弾・重傷を負い「二度と戦えない身」へと成り果ててしまった。

更にこの戦いでは彼女の古くからの親友ハーミーズを含む多くの艦娘が命を落としてしまい、多くの戦力を失ったことでセイロン方面での作戦は完敗に終わった。

敗北後に開かれた査問会で艦娘への理解度が無いばかりに過酷な戦いを指導した関係者全員が軍法会議送りとなり、当時の日本艦隊隊司令官を含む三人の提督と数名が死刑、他も残りの一生を塀の中で過ごすこととなった。

実はこの時軍事法廷審議官を務めていた海軍軍人の中に有川がいる。

一方、「二度と戦えない身」となった鳳翔は、後任の日本艦隊司令官の計らいで今の仕事についていた。

そんな凄惨な過去があるにもかかわらず、この余裕のある姿勢はどこから来るのだろう。愛鷹には不思議で仕方が無かった。

その自分に気が付いた鳳翔が顔を向けて来る。

「愛鷹さんですね。お料理をお習いに?」

「はい。瑞鳳さんにご教授頂きました」

「教授だなんて、やだぁ」

恥ずかしそうに瑞鳳が顔を赤らめた。

「私も頂いてもいいですか?」

「ええ。どうぞ」

「はぁー、腹減ったぁー。頂きまーす」

いきなり深雪の声がしたかと思うと皿に盛ってあった卵焼きを一つ摘まみ食いした。

「おー、旨いなあ、ごっそさん」

「コラァッ! 深雪。あんた、また卵焼きつまみ食いしたわね! 今日と言う今日はもう許さないわよ!」

フライパンを持った瑞鳳が深雪に飛び掛かる。

慌てて逃げ惑う深雪の後を逆上した瑞鳳が追い回した。

「もう、深雪さんったら……」

やれやれ、と困った様な笑みを鳳翔は浮かべた。

「でも、あの子ほど性格がぶれない子はそういないわね」

「深雪さんは心がまっすぐですから。人命第一の深雪さんの姿勢は敬服するところがありますよ」

「そうですね。愛鷹さんはどうですか?」

「え?」

不意に自分に話が振られた愛鷹が鳳翔を見返した時、鳳翔が自分の制帽を持ち上げて顔を見ていた。

「な、何を……⁉」

「やっぱりそうでしたか……」

微笑を浮かべて愛鷹の制帽を被せなおした鳳翔に、まさか、見抜かれていた⁉ と愛鷹は驚愕していた。

「帽子を被っていても分かりましたよ」

「……いつからです?」

拳を握りしめ、鋭い視線と声で訪ねた愛鷹に、いつもの余裕のある表情を崩さず「初めてお会いした時からです」と鳳翔は返した。

初めて自分を見た時から? 鳳翔さんはいつ自分の事を知ったと言うのだ?

「そんなに怖い顔をしなくても大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」

余裕のある表情を崩さず言った鳳翔に愛鷹は睨む視線を返す事しかできなかった。

自分が知る限りでは鳳翔はまだ三〇代の筈だが、この姿勢は一体どう表現したら良いのだろう。

いわゆる母性と言う物だろうか。母親と言う概念を全く知らない愛鷹にはその母性とやらがどう言うものかこれまで分からなかった。

知識でしか知る事が無かったものだ。

この人は一体……。

警戒心の籠った愛鷹からの視線をよそに鳳翔は追いかけっこをする深雪と瑞鳳に向かって手を叩いた。

「はい、はい、二人とも。喧嘩はそこまで。ご飯にしましょう」

呼ばれた深雪と瑞鳳は追いかけっこを止め、自分たちは何をしていたんだっけと言う様にきょとんとした目を合わせあった。

 

 

「なんだと! 龍驤がやられた?」

驚愕した長門の声が秘書艦室に響いた。

報告に着た大淀は頷いて報告を続けた。

「ラバウル基地から緊急暗号通信で報告が入りました。魚雷一発と爆弾三発の直撃を受けた模様で本人の意思確認、というよりは希望ですが、左足を切断しました」

「どういう事だ?」

「肉片だけの状態になってしまったとの事です。緊急離脱時に少しでも軽くすべきだと龍驤自らの意思で。『罠にかかった狼は足を噛み切ってでも敵から逃げるんや』と言っていたとか」

「容体は?」

「出血がひどく昏睡状態に陥ったそうで、二日は山だそうです……」

「あの大馬鹿野郎……だが、敵はどこから。他の艦娘は」

「無傷です。龍驤一隻に攻撃が集中したようです。なお、敵は艦載機だったとの事です」

その言葉に長門は眉間に皺を寄せた。航空機だと?

あの海域はこちらの勢力圏内で深海棲艦の航空機が進出するにはかなりリスクがいる。二重三重の対空レーダー網が張られているし、陸上基地から飛ばすにもタコヤキですら航続距離に限界が生じる。

「つまり敵は空母機動部隊と言う事か」

「恐らく。しかし、その機動部隊がどこから侵入し、また進出して来たのか、現在情報が無く不明のままです」

「提督に報告して来る。引き続き、ラバウル基地との連絡調整を頼む」

「了解」

急いで提督執務室に行き、武本の「入れ」の許可を得て部屋に入る。

長門が部屋に入るなり武本は鋭い視線で「ラバウルからだね?」と問いかけて来た。どうやらすでに別ルートで情報を聞いたらしい。

「はい。左足を切断したと」

「龍驤くんらしいな、その犠牲精神は。必ずしも褒められたものでもないけどな」

「敵は航空攻撃だとの事でしたが、あの海域の島々に敵が進出したと言う話は」

「ないな。これは恐らく敵の空母機動部隊だろう。だがいったいどこから進出し、こちらの哨戒網を潜り抜けて来たかだ。外周部哨戒ラインの報告をまとめた限りでは深海棲艦の空母機動部隊の目撃情報はない」

「と言う事は敵がこちらの警戒網の隙をくぐった可能性が?」

「そうなるね。向こうには潜水空母の類は確認できていないし、機数から言うと潜水空母の可能性はかなり怪しい。あの海域には未確認の空母機動部隊が展開しているはずだ」

「そうとなると探し出して撃滅しなければなりませんが……」

セオリー通りの事を長門は言うが、現状あの海域に展開している戦力はショートランド泊地奪還作戦のために極力温存しておかなければならない為、索敵で損耗するわけにもいかない。

北米艦隊太平洋艦隊やオセアニア連合方面隊の戦力もあるにはあるが、それらも基地の哨戒、船団護衛、休息などのローテーションの関係上余裕がある状態とも言い難い。

また、あの海域は無人島が多数点在しており、隠れる場所が多く存在している。

大規模戦力を動員すればすぐに発見できるが、龍驤の戦線離脱の結果部隊運用の見直しが行われているから余裕がない。

「ただ、索敵に限るならこちらから増援部隊を出すのは可能だ」

「第三三戦隊ですね」

「ああ。愛鷹くんの戦列復帰もなったからね。艤装の修理も完了。瑞鳳くんの航空団も再編・補充も終わっているな。

第三三戦隊をラバウル基地に派遣しよう。目標は同海域に潜んでいる敵空母機動部隊の捜索だ。向こうは必ずしも余裕がある訳じゃないが可能な限りの支援体制は提供できるはずだ。

だが、あの方面では雨期も近いし、台風も最近多く発生し始めているから瑞鳳くんの航空機偵察が出来ない可能性もあるな。

よし、瑞鳳くんが出撃出来ない時に備えて衣笠くんを補充要員として付けよう。天候が優れない時は衣笠くんを編入して出撃だ。ちょっと彼女には悪い事をするようだけどね」

「派遣するにあたり、どうやって現地に向かわせますか?」

日本からラバウルまでは当然ながら生身の艦娘のみで行くには不可能に近い程遠い。

しかし支援艦で行くには日数がかかり過ぎてしまう。

「鹿屋基地からC2輸送機で向かわせる。台北、マニラ、ダヴァオ、マッカサル、ポートモレスビーなどを経由して行き、スラウェシ島上空で海兵隊の戦闘機隊の護衛を付けさせよう」

「何故です?」

長門は戦闘機の護衛と言う事に疑問を浮かべた。深海棲艦の航空機に海兵隊が保有する戦闘機では対抗できないはずだ。弾除けにしかならない。

「この間、タルシア国で内戦が再発しただろ? そのせいであの空域近辺ではタルシア政府軍と反政府軍が散発的に衝突しているんだ。海兵隊東南アジア方面軍の報告では予定空路の制空権には問題はないけど、念の為だ」

「なるほど。ではなるべく早くに鹿屋へ第三三戦隊を送り空路でラバウルに向かわせる事を伝えておきます」

「ああ。お願いするよ。私は各方面と海兵隊に話を付けておく」

 

 

その日の夜七時半。

第三三戦隊のメンバーは長門によりミーティングルームへ召集された。

部屋に集められた愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳に長門は作戦要綱についてパソコンを使って説明した。

「ラバウル海域で龍驤率いる三航戦が攻撃を受け、龍驤が撃破され長期の戦線離脱を余儀なくされた。

敵は状況から察するに空母機動部隊だ。連中はこちらの哨戒ラインを出た形跡が無いからまだラバウル基地周辺海域に潜んでいる可能性がある。

同地には友軍も展開しているが、来たるショートランド泊地奪還作戦に向けて戦力の温存が必要だ。そこで皆の出番と言う事だ」

「偵察作戦ですか」

腕を組んで聞いている愛鷹が問う。

「ああ。現地では雨期が近づいており、台風の発生も頻度が上がっている。その為、瑞鳳による航空偵察が出来る日が限られる可能性がある。

よって今回は補充艦となる衣笠を瑞鳳の出撃出来ない場合に艦隊に編入し、水上部隊のみでの偵察出撃を行う」

「雨が近づいている時に私が行くことになるなんて」

雨が降ったら瑞鳳の代わりに出ることになる「雨嫌い」の衣笠がぼやいた。

表情を曇らせる妹に苦笑交じりに青葉は慰めた。

「これも仕事だから、ガサ」

「うーん」

パソコンの画面に表示された海図を見る深雪が険しい表情を浮かべている。

「めっちゃくちゃ島が多い海域だな。隠れるには持って来いだぜ。おまけに今はスコール、台風、酷暑、マラリアエトセトラ。環境は最悪だな」

「暑いのは……苦手ねえ」

「雨がともかく、私も暑いのは……」

「病気も怖いわねえ。やるしかないけど」

南方に従軍した経験のある夕張、瑞鳳が渋い表情を浮かべる。蒼月と愛鷹は勿論初めての海域だ。

キーボードを叩いて地図を切り替えた愛鷹は長門に顔を向けた。

「それで何で向こうまで行くのですか?」

「輸送機だ。鹿屋基地から台北、マニラ、ダヴァオ、マッカサル、ポートモレスビーを経由していくことになる。飛行機で長旅だ」

「ファーストクラスに乗れるかな」

「そんな訳ないでしょ」

にやけながら言う深雪に瑞鳳がツッコミを入れた。

「海兵隊航空機動軍団の第三輸送航空隊所属C2輸送機だ。艦娘の空中輸送もきちんと考慮してあるから、ファーストクラス程ではなくても乗り心地は悪くない」

「知ってるって」

「蒼月に、だ」

あ、そっか、と深雪は苦笑を浮かべた。

一方パソコンの情報を見ていた青葉が怪訝な顔を浮かべた。

「何で途中戦闘機が護衛につくんですか?」

「そうよねえ。深海棲艦の航空機にはF35じゃ対抗できないんじゃ」

すると愛鷹が二人に教えた。

「あの空域近辺では、タルシア国の内戦が再発していて一応安全な空路と言えど、近くでは対空ミサイルや戦闘機が飛び交っているからです」

「内戦が?」

「ええ。かつてタルシア国は王政国家で元々治安は別に悪くはなかったんですが、深海棲艦の出現後の海洋封鎖や物資不足が原因で政情が悪化したお陰で治安も悪化。

これに対応しきられない王室に国民の不満が膨らみ、現状を憂いたタルシア王国国防軍がクーデターを敢行。今のタルシア国になりました。

しかし、旧体制派が政権を奪還しようと何度も反乱を起こしていて、海兵隊の平和維持部隊が派遣されたんですが。結局、また人間同士で殺し合いをする事になった様です。

また国の北方艦隊はロシアからの中古艦とはいっても空母『グル・ネヘラ』とミサイル巡洋戦艦『ヴィーラ』を含む艦隊の殆どが反政府軍に寝返っています。国連軍の輸送機に手を出すかは分かりませんが念の為と言う事です」

「へえ、詳しいんですね愛鷹さんは」

感嘆する蒼月に深雪が「インテリだから」と囁いた。

興味が出たらしい蒼月は「『グル・ネヘラ』とか『ヴィーラ』ってどういう意味なんですか?」と聞いた。

「サンスクリット語で『グル』は『指導者・教師・尊師・尊敬すべき人物』で、『ネヘラ』は英国の植民地から独立した際のタルシア王国初代首相で海軍整備にも尽力したネヘラ首相からとっているので、日本語に訳すと『指導者ネヘラ』と言う意味になります。あの国はインドや他の南アジア、東南アジア諸国と同じサンスクリット語圏なので。

『ヴィーラ』は同じくサンスクリット語で、日本語に訳すと『戦士』と意味です」

「へえ。語学に詳しいんですね」

「ホント、良く知ってるな。流石インテリな愛鷹だ」

解説した愛鷹に蒼月だけでなく深雪も感嘆した。

すると瑞鳳が曇った表情で呟く。

「深海棲艦って言う人類共通の敵が現れても、まだ人類同士で争わなければいけないなんて」

「良くも悪くも、それが人類の変わらぬ、いえ変わる事のない定めと言う事ですよ。もしかしたら変わってはいけないことかもしれませんね」

「人間は戦争するのを止めたらいけない、ってのか?」

やや険のある目で深雪が愛鷹を見た。

その問いに頭を振った愛鷹は深雪の目を見る。

「戦争をこの世から淘汰することが、世界中の人々の望みでしょう。しかしたとえ平和になっても常に敵を求める人間の根本的心理自体を淘汰しない限り、この惑星から戦争が消える事は無いでしょう。

それを淘汰しない内に宇宙へと進出すれば、争いの火種を人類は宇宙にも持ち込み、無限に広げていたでしょうね」

「宇宙ねえ……深海棲艦との戦いが始まってからISS(国際宇宙ステーション)はどうなっちゃったのかしらね」

見えないと分かりながらも夕張はミーティングルームの天井を見上げた。

「きっと、眼下の青い星を眺めながら六つの星になったでしょう……」

「詩人みたいなことを言うなあ、愛鷹」

凄いのだか、変なことを言うのか分からないと言う様に深雪が溜息を吐いた。

「愛鷹は一体どう言う訓練課程を受けて来たんだ?」

不思議だと言う顔で長門が聞くと、肩をすくめて「教えられません」と愛鷹は返した。

「まあ、語学研究が趣味でもありますから」

「へえ、語学研究が趣味なんですか」

青葉が今にもメモ帳とペンを取り出しそうな顔と姿勢になるが、それを先読みした愛鷹は「上官権限で一か月給与停止や艦隊新聞発刊停止の措置もとれますが? 私の趣味ではありませんが、中佐の階級なら独自の制裁権限も発動できます」と牽制を入れた。

慌てて引っ込む青葉に衣笠が軽くゲンコツを食わらせた。

一方、海域の海図を見ていた夕張がある問題を指摘した。

「広大な海域だけど、艤装性能にばらつきが出ている私たち、特に深雪ちゃんと蒼月ちゃんは行動中に艤装の燃料が危うくなるかもしれないわね。

私たちの艤装って、暑い所だと燃料の消費が上がりやすい欠点があるのよねえ。特に深雪ちゃんや蒼月ちゃんの艤装は暑い所での燃料消費が上がりやすい傾向にあるわ。整備・燃料の管理をきちんとやれば消費量が多少は抑えられるけど」

「確かに日本と比べて向こうは暑いからな。前向こうで仕事やってた時ちょいちょい燃料に気を遣ってたぜ」

渋面を浮かべた深雪が腕を組んだ。

艦娘の艤装は環境によって艤装を動かす燃料の消費に変化が起きると言う欠点を抱えていた。つまり航続距離に変化が出るのだ。

前回の日本近海での戦いでは大きな問題に発展しなかったが、第三三戦隊の派遣先の南方は日本とは比べ物にならない高温多湿地帯だ。

世代的に新しい艦娘や最新の改二改装艦であれば環境への影響は低下するが、改に止まっている深雪や蒼月の艤装は燃料消費対策が実は充分とは言い難く、近代化改修による修正にも限界があった。

実は夕張と青葉の艤装もまた同じだ。ただ二人の艤装は深雪や蒼月より燃料の搭載量が多めで多少余裕はある方だ。

衣笠の艤装も重巡なので航続距離は長めだが、改二への改装時に以前より燃費が悪化していた。

腕を組んで唸る深雪に愛鷹が向き直る。

「燃料不足と言う緊急時は、私から燃料補給を行いましょう。私の艤装は最新世代ですから環境による燃料消費量の変化が少ないので。それに燃料搭載量も多く航続距離も長いですから」

「因みに私の場合は航空機の燃料に転用できるから、分けられないからね」

念の為と言う形で瑞鳳が言った。

「まあ、燃料はいざという時は愛鷹から分けるとして、弾薬の管理もしっかりするんだぞ。南方では高温多湿だと装薬や炸薬に影響が出るからな」

長門も全員知っていると分かりながらも念の為言い聞かせるように言う。

時代が進んでも弾薬類が環境による影響を受けるのは今も昔も変わらない。きちんと弾薬類は冷却管理しないと本来の力を出せなくなる。

「事前確認はこれくらいだ。他に質問は?」

「向こうのご飯は美味しいですか?」

南方に行ったことが無い蒼月が彼女らしい質問をした。

「お前、食い意地はってんのかよ」

苦笑交じりに深雪が蒼月を見るが「まあ、昔行ったときはシーフードカレーも出た事あるし、悪くねーよ」と教えた。

「腹が減っては何とやらですからねえ」

にこにこと笑いながら青葉も続けた。

更に蒼月は長門に別の事を訪ねた。

「基地司令と言うより日本ラバウル方面艦隊司令官だがな。まあそれは置いておき、そうだな……多少変人だな。艦娘の運用は分かっているがあの提督には少し振り回されることになるかも知れん」

「磯口っていう。男性提督で階級は准将。中々インパクトの強い提督よ」

苦笑交じりに衣笠も教えた。

「初めて会った人は戸惑って、次は呆れて、結局もう苦笑いしかできない変な人。でも悪い人じゃないわよ」

「そう……ですか」

大丈夫ですかそれ、と言いたげな顔をする蒼月だったがここは先輩である仲間に任せる事にした。

でも愛鷹さんは大丈夫なのかな。少し不安に思った蒼月は愛鷹を見るがパソコンの情報確認をするその目が蒼月を見返すことは無かった。

 

 

翌日の正午。荷物をまとめた一同は基地から鹿屋基地まで列車で移動した。一同の艤装は専用の大型コンテナに搭載、コンテナ車に載せられて客車の後ろに連結された。

在来線のダイヤを縫う形で移動した一同は途中、深雪、瑞鳳、青葉、蒼月の故郷を通って鹿児島に入り、鹿屋基地に二日かけて到着した。

列車から降り、鹿屋基地の兵士が運転する高機動車でエプロンに向かう。

「私、飛行機に乗るの久しぶりです」

少しうきうきした顔で蒼月はエプロンに駐機されているC2を見て言うと、「旅客機とはまた乗り心地は違うからね」と夕張が苦笑交じりに教えた。

一方衣笠は少し緊張気味の顔だ。

無理もないねえ、と青葉は衣笠の顔を見た。

あまり知られていないが衣笠は幼い時、旅行先から帰る飛行機が深海棲艦の攻撃で損傷し不時着する事を経験していた。

幸い機長と副機長のベテランの腕のお陰で、火花を散らしながらも飛行機は無事胴体着陸を成功させ怪我人一人出さなかったのだが、衣笠には一種のトラウマ化していた。艦娘になるまでにある程度苦手意識は減ったとはいえ、飛行機への苦手意識が全く無くなった訳ではない。

青葉は瑞鳳と共に艤装を積んだコンテナをC2に搭載する作業をしている愛鷹を見やった。過去の経歴が全く分からない愛鷹は飛行機に乗った経験があるかどうかも分からない。

実は同じことを思っていた瑞鳳はコンテナの搭載作業を見守りながら愛鷹に聞いていた。

「……まあ、ありますよ」

「え、ホント? いつ?」

「……」

その質問に表情が暗くなり瑞鳳は聞いちゃいけなかったんだ、と後悔した。

「ここは私がやりますから、瑞鳳さんは離陸まで飛行機でも見学されては?」

「いいんですか?」

「すぐに戻って来られる所まででしたら、大丈夫ですよ」

「やったあ」

顔をほころばせた瑞鳳は他のハンガーに置かれている航空機を見に行った。

鹿屋基地にはC2輸送機以外に海兵隊のF35A戦闘機ライトニングⅡやF22戦闘機ラプター、Su57戦闘機、国連海兵隊の主力戦闘爆撃機J20、An178輸送機、MV22オスプレイ輸送機などが複数駐機されていた。

日本、アメリカ、中国、ロシアの軍用機が一緒になって運用されている所が国連軍らしい面である。

どの機体にも開発国、配備国の国旗は無く国連旗が書き込まれている。また各機の垂直尾翼には鹿屋基地所属を意味するテイルコード「KA」が書き込まれている。

それらに目を輝かせて眺める瑞鳳に、青葉がカメラを持って行き写真として撮って欲しい機体を聞くと瑞鳳は全部と答えた。

 

 

一時間後C2は鹿屋基地を離陸し、事前の航空路を経由して飛行した。

台北上空を通過した時、窓の外を見ていた蒼月は眼下の都市が荒廃しているのに気が付いた。

「愛鷹さん、あれって深海棲艦の攻撃によるものですか?」

気になった蒼月が読書中の愛鷹に聞くと、淡々としている様でどこか翳りのある口調で愛鷹は答えた。

「深海棲艦の攻撃を受けた人類の最初期の混乱時、台湾と中国の間で限定戦争が起きて台北はその時壊滅的被害を受けたんです。人類同士の戦いがあったことを示す爪痕ですよ」

C2は台北を通過し、南シナ海を南下してその日のうちにフィリピンに入った。

マニラの航空基地に給油のため着陸した時には真っ暗だった。第三三戦隊のメンバーは機内で眠っていたが愛鷹だけマニラに着陸したのに気がついていた。

「……どんな街なのかしら。死ぬまでに見てみたい……」

ぽつりとつぶやく愛鷹の言葉を、たまたま目が覚めた青葉は聞いていたが、そのまま目を閉じて眠りについた。

C2は給油を行うと離陸し、ダヴァオを経由しマッカサルで護衛のF35八機と合流した。

キャビンで朝を迎え、朝食を摂っていた時に愛鷹はコックピットに呼び出された。

なんだろうと思いながらコックピットに入ると機長が「AWACSからの情報です。タルシアがこの近くで戦闘を行っているらしいです」と告げて来た。

「政府軍と反政府軍が?」

「ええ。ほとんどが反政府軍になった北方艦隊の空母『グル・ネヘラ』を含む九隻が政府軍の戦闘機隊と交戦中との事。流れ弾が飛んでこないといいが……」

「連中、深海棲艦に襲われたら大変ですよ」

副機長が脇から口を挟む。

「通常兵器じゃ、深海には誘導システムが機能しないんですからね」

「このあたりの海域は人類が制海権を確保しているので、タルシアには昔と違って深海棲艦の脅威が日常ではなくなっていますから。今のタルシアの日常はかつての同胞と骨肉相食む内戦です」

静かに愛鷹は言った。その声には悲しみがこもっていた。

そこへ機長と副機長のヘッドセットにE10B早期警戒管制機AWACSから通信が入った。

(コンボイ1-0、こちらウィッチワッチ2-0-2。タルシア軍の戦闘は貴機に及ぶことはなさそうだが警戒は怠るな)

「ウィルコ」

「と言っても、ミサイル巡洋戦艦『ヴィーラ』やミサイル駆逐艦、フリゲートの3K96リドゥート艦対空ミサイルやMiG35のR37ME空対空ミサイルの射程のすぐ近くなだけに心配です。やれやれなんでこっちが飛んでいる時に」

「そのためにアウトローとゲイターの二個小隊が付いているんだろ」

その時、AWACSから(コーション、『グル・ネヘラ』艦載機と思しき機影四機がそちらに向かう。ゲイター隊、対応せよ。コンボイ1-0とアウトロー隊は万が一の事態に備えよ)と警告が入った。

護衛のF35四機が編隊を離れ「グル・ネヘラ」艦載機らしい機影の要撃に向かう。

キャビンに戻った愛鷹は食事を終えてくつろぐ第三三戦隊のメンバーにコックピットで聞いたことを話した。

「この近くでタルシアが内戦おっぱじめたのか? なんてタイミングだよ」

天を扇いで深雪が嘆いた。

「ねえ、ミサイルとか飛んでこないよね?」

酷く怯えた顔の衣笠が誰となく聞く。

「タルシア反政府軍とて、国連軍の航空機を攻撃する愚は侵さないでしょう。国際的に孤立するだけです。

それに万が一撃たれてもC2にはチャフ・フレアが装備されていますから」

そう愛鷹が説明するが衣笠の顔は晴れない。夕張、蒼月、瑞鳳も不安顔だ。

海の上ならともかく空にいる時の艦娘程全く無力なものはない。彼女らに空で戦う力を持つものなど一人も存在しない。

ゲイター隊が確認したのはMiG35四機で艦載機型だった。幸い警告を行うとあっさり引き返した為交戦は起きず緊張は出たものの第三三戦隊のメンバーを載せたC2はマッカサルの国連軍基地に無事到着し、最後の給油を行うとポートモレスビーを目指した。

高度一万メートルからは南海の青い海が広がっているのを見下ろすことが出来た。

「これが南海の海……。綺麗……」

キャビンの窓から眼下の海を見下ろす愛鷹は感嘆するばかりだった。

観光で来た訳では無いとは言え、愛鷹と蒼月、特に蒼月ははしゃぐ気持ちを抑えられなかった。

愛鷹にもはしゃぎたい様な気持ちはあったが表には出さなかった。

ニューギニア島上空に差し掛かると海は見えなくなり、緑の島が眼下に見えるようになる。

「あれ、森の中に街がありますよ」

キャビンの窓から下を見ていた蒼月が誰となく言うと深雪が隣から覗き込んだ。

「ああ。ありゃ最近建設された都市さ」

「ジャングルに街を作ったのですか? 環境破壊じゃないですか」

「その環境破壊が原因の海面上昇に、深海の攻撃で海岸部の住む場所を追われた結果がこれって事だ。先代の環境破壊のツケをあたしらの世代が払おうって時に深海の出現さ」

「……」

深雪の言葉で一同に微妙な空気が流れた時、機体が揺れた。

小さい悲鳴を上げた衣笠が反射的に青葉にしがみつく。

「気流の荒れだよ、ガサ」

「そ、そうよね……」

そう返しながらも冷や汗を浮かべている衣笠に愛鷹が言った。

「この季節は空も荒れますから。低気圧の生まれ故郷でもありますしね」

「そう言えばラバウルの天候は?」

夕張の問いに「曇りだって」と瑞鳳が返した。

C2の機体の揺れが落ち着いた時、今度は深雪が訝しむ声を上げた。

「なあ、下に何か変な白い線があるぞ。ありゃあ何だ?」

「壁ですよ」

本を読んでいた愛鷹が答えた。

「少数民族の建国した国が国境沿いに建設したものです」

「何でそんなもの建てたんだ?」

「周囲の誰からも望まれない建国をしたと言う事です」

淡々と語る口調から深雪は愛鷹がどこか諦観したようなものを感じているような気がした。

ポートモレスビー上空を通過した時、眼下を飽くことなく見続ける蒼月の目に荒廃した都市が見えた。

海岸部にあるその都市は高高度からなので蒼月の目でもはっきりとは分からないが自然災害で荒廃したようには見えなかった。

確かこの辺りでは深海棲艦の攻撃が行われた際に人類同士で起きた紛争とは無縁の筈だから、深海棲艦の攻撃で壊滅したのだろう。災厄の爪痕がほぼそのままになっているのかもしれない。

やがてC2はラバウルの航空管制の指揮下に入った。

目的地のラバウルの天候は予報通り曇り。ただ急変するかもしれないとの事で気流もやや悪いらしい。

当然と言えば当然ながらそれを聞いた衣笠の顔が青くなった。

暫くしてキャビンの外に雲が出始め、早々に雲で外が見えなくなった。視界は悪いもののラバウルに間もなく到着するのでこれ以上高度を高くして飛ぶことは出来ない。

雲の中を飛んでいる間、第三三戦隊のメンバーは座席に座ってシートベルトを締めた。気流の荒れ具合は大したことは無いと言う物の、カタカタと震える度に衣笠の顔から血の気が引く。

やがて雲を抜けるとC2は二日近くの日数をかけてラバウルの国連軍航空基地に着陸した。

 

 

第三三戦隊のメンバーがC2から降りた時、ラバウルは雨が降っておりアスファルトの地面は濡れていた。

そんな雨の中でも基地の航空機は稼働しており、妖精さんが操縦する航空機が多数見えた。

ラバウルは艦娘を運用する国では日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの四か国がかけ持つ戦域であり、国連軍が方面軍司令部を設けている。

方面軍司令部は固有の国家の管轄下には無く、国連軍太平洋方面軍司令部ことUNPACCOM(ユーエヌパックコム)が管轄しており、艦娘運用国や海兵隊派兵国の統合運用を行っていた。

ラバウルにも相当数の日本艦娘が展開しており、先の沖ノ鳥島海域での艦隊戦から転戦した戦艦榛名、霧島や飛鷹型軽空母の飛鷹、隼鷹などが進出している。

「暑い……」

C2から最初に降りた衣笠の最初の言葉通り、湿度も気温も日本より高いラバウルは蒸し暑い。

青葉はコートを着たまま輸送機から降りた愛鷹を見て暑くないのか、と不思議になりそのまま口に出して聞いていた。

「コート着たままで暑くないんですか?」

「大丈夫です」

そう返す愛鷹の言葉には確かに暑さをあまり気にしていない様なものを感じさせた。それどころか長時間の空路の疲れも感じさせない。

結構タフな人なのかもしれない、と青葉が思っていると一同の近くにハンヴィー四台が止まり、先頭の一台から海軍准将の階級章を付けた男が降りて来た。

「よく来たな第三三戦隊の諸君。磯口だ。雨があれだからさっさと司令部にでも行って話そう」

向こうから自己紹介をするとそのままハンヴィーに戻って磯口は行ってしまった。

「相変わらず自分ペースねえ。まあ、自己中じゃないけど」

苦笑交じりに夕張が言った。

三台のハンヴィーに分乗した第三三戦隊のメンバーはラバウル基地の司令部に向かい、磯口のオフィスに向かった。

第三三戦隊のメンバーが磯口のオフィスに着き、愛鷹が代表して名乗ってから中へ入ると大量の書類に隠れるように磯口が仕事をしながら待っていた。

部屋に籠って仕事をするタイプなのか、カップラーメンの空カップや缶コーヒーの空き缶が積まれており、将官のものには思えない仕事部屋の姿だ。

「来たか。あー、君が蒼月で、そっちが愛鷹だな?」

顔を向けて聞かれた蒼月と愛鷹は「はい」と答えた。

「うん、わかった。顔は覚えた。悪いな最近忙しいもんでな。龍驤がやられてからこっち仕事の数がこのザマだ。ろくすっぽ部屋も片付けられん」

「司令官の部屋がキレイだったところ見たことないよ」

苦笑交じりに深雪がツッコミを入れると、夕張がブーツの踵で深雪の短靴を踏み潰した。

「龍驤さんはどうですか?」

深雪と夕張をよそに瑞鳳が聞く。

「大丈夫だ、ちゃんと生きている。悪運の強い野郎だからな、龍驤は。あいつなら簡単にはくたばらん」

言い方が粗野ではあるが、何故か心配しなくてもいい気がする口調で磯口は答えた。それだけでも瑞鳳はホッと胸をなで降ろすことが出来た。

一方磯口の視線は愛鷹に向けられた。

「見かけない見ない顔だったな?」

「着任して半年も経っていませんから」

「ふむ、そうかい。まあ、関係ない。仕事が出来るなら新人でも構わん。知っているとは思うが今ここは忙しくてな。深海の奴らを探すために戦力を消耗するのは拙いてことでお前さんらの手を借りることになった。

お前さん他の面倒は私が見る。飯と寝床は保証するから心配する必要は無いからな」

磯口がそう言った時、部屋のドアをノックする音がした。

「入れ」

「入るわよ」

つっけどんな口調で書類の束を抱えて入って来たのは朝潮型駆逐艦娘の満潮だ。

入るなり満潮は「なによこれ、まだ片付けてないの」と散らかった部屋を見て磯口を一喝した。

「私も忙しいんだぞ?」

「言い訳しないでよ、片付けも出来ない奴に指揮取られちゃたまったもんじゃないわ」

「はいはい」

「はいは一回でしょ」

ガミガミと磯口を叱る光景が、一体どちらが上官なのか分からなくなるさせるが、これが満潮の日常的な性格だ。

あれこれ細かく口出しした満潮はひとしきり磯口を叱ると蒼月にじろりと視線を向けた。

「腰抜けが何でここにいるの?」

開口一番のきつい一言だ。最近あまり満潮と蒼月は顔を合わせていないから、蒼月が活躍するようになったことを知らないのかも知れないが。

「第三三戦隊の一員としてここに来ました」

「はあ、あんたみたいな腰抜けが? って言うかよく今まで生きてたわね。基地に引きこもってばかりのくせに」

朝潮型と秋月型の関係を一時的に拗らせる要因にもなった言い方を改めた様子が無いような満潮の態度だが、以前と違い蒼月は動じなかった

「威勢でも張ってんの? こんな奴がいるクセによくこの艦隊全滅しなかったわね」

「おい、満潮。いい加減にしろよ」

苛立った声で深雪が満潮に言うと「うるさいわね、あんたは関係ないでしょ」と返される。

しかし深雪も黙っていない。

「お前こそ、第三三戦隊で一緒に戦って蒼月の活躍見てたわけでもないのにデカい口叩くんじゃねえよ。外野は黙ってろ」

「黙ってどーすんの? え」

「蒼月なら結構対空戦闘でいい戦いしてたんだからな。改二のお前でもできないような離れ業をな。蒼月は全然足なんか引っ張ってねーよ。分かったんなら蒼月に謝れよ」

「なんで私が謝らなくちゃいけないのよ」

睨み合い、喧嘩も同然の言い合いの深雪と満潮だったが「それくらいにしろ二人とも。仕事する場所で喧嘩はやめてくれ」と磯口が言うと満潮はおとなしく引き下がった。

そして深雪と蒼月を睨んで「まあ、精々頑張る事ね」と捨て台詞を吐いて部屋を出て行った。

「私の事で満潮さんとけんかしなくても」

「蒼月、お前は言われっぱなしでいいのかよ」

「言ってもすぐには信じてもらえないかと思うので、ここで戦って実際に活躍したところを見せて行けばその内認めてくれるだろうと思ったので」

返された言葉にやれやれと深雪は眉間に手を当てた。

まるで海兵隊の教官だな、と小さいながらも気の強い満潮を見た時の感想を愛鷹は思い浮かべていた。

もっとも本物の海兵隊の教官はもっとひどい罵声で新兵教育を行うから満潮のモノは大したレベルではないが。

「目覚ましにはいいよ。あのガキの声は」

さも当たり前だと言う口調で磯口は言った。

確かにあの罵声を聞いていたら眠気も消えるでしょうね、とあのがみがみと説教してくる声を思い出しながら愛鷹は胸中で苦笑した。

「まあ、この部屋が汚いのはその通りだ。否定することは出来ん」

「片付け、私が手伝いますか?」

衣笠が聞くと「甘やかさんな、とか言って衣笠まで噛みつかれるって」と深雪が止めておけ、と制した。

「でも、この書類の山の手伝いなら青葉も手助けしたくなりますねえ」

腕を組んで書類の山を見る青葉が言うと、磯口は軽く

頭を振った。

「いや、青葉の心配ならいらんぞ。満潮が書類仕事のサポートをしてくれているからな」

「え、あいつが司令官の仕事を?」

驚く深雪に磯口は「あいつが私のここでの補佐役だ。確かにうるさい奴で霞と揃ってちょいちょい生意気叩くガキだが仕事が出来るならまあ、別に構わん。それにチビのくせによく働くから中々使えるぞアイツ」と変わらない口調で返した。

「霞もいるのかよ」

ややげんなりした顔になる深雪に磯口は勿論、と頷いた。

満潮と並んで罵声が普通の霞がいると言う事は場合によってはがみがみと言う声が二乗する事にも等しい。

「あいつは第一八駆逐隊所属だから内地だと思ってたけど」

「沖ノ鳥島海域で陽炎さん、不知火さんが負傷して戦線離脱したので、同じく沖ノ鳥島海域での負傷で戦線から離れざるを得ない大潮さんが抜けた第八駆逐隊に戦力充当の為に、臨時編入した上でここに派遣されているんですよ」

情報集めが速い青葉が解説すると「流石早いな。毎度毎度どっからそんだけの情報を仕入れてんだか」と深雪は苦笑した。

確かに青葉さんの情報入手網は興味がわくな、と愛鷹は思っていた。以前読んだ艦隊新聞の情報量はそれを裏付けるものがあるからだ。

「まあ、まずは体を休めてくれ。君らの宿舎はB棟の個室だ。自分のベッドで寝られるから寝心地はいいはずだ」

「ありがとうございます。ご厚意に感謝します」

「ん。では私は仕事が見ての通りだから出て行ってくれ」

 

 

磯口のオフィスを辞した七人は宿舎に向かいそれぞれどの個室で寝るかを決めて部屋に入った。

持ってきた荷物、肩掛けカバン一つにおさまる少量を整理した愛鷹は改めて部屋を見渡した。

一八〇センチ以上もある自分には手狭感も無くはないが、寝るには申し分はない。

ベッドではなく畳に布団を敷いて寝る宿舎で、エアコンはついているが電源を入れると騒音が大きかったがこれは特に問題はない。

気候に合わせた造りなので寝心地に関しては問題なさそうだ。

さて、と明日から本格的にここで深海棲艦の空母部隊捜索の作戦を展開することになるから準備をしないと、と愛鷹は座卓に持って来ていた海図を広げ、デバイダー、コンパスなどの器具を出した。

島の多さがやはり作戦上大きな問題になるだろう。

「それと、艤装の航続距離に高温高湿の気候……慣れない気候でこの体は持つかしら……」

慣れない地で体が駄目にならないか、愛鷹にとってはそれがかなり不安だった。

 

 




今回は第三三戦隊初の海外派遣任務となります。

龍驤くんが非常にエグい怪我を負いましたが、磯口司令の言う通り「生きています」。

今回、この艦これ小説の外では「艦これ要素が無い世界」が広がっており、その為大量の実在兵器が登場しました。
西暦2048年の世界でF35、Su57、J20、MiG35、An178、MV22、C2、タルシア国の「ロシアからの中古艦」が実在兵器です。
架空国家タルシア国は映画「空母いぶき」での敵国、カレドルフがモチーフになっております。
因みに空母「グル・ネヘラ」は特に作中には絡まないので劇中では描写しませんでしたが、個人設定では「新型空母の就役で退役したアドミラル・クヅネツォフ」、ミサイル巡洋戦艦「ヴィーラ」は退役したキーロフ級重原子力ミサイル巡洋艦「キーロフ」という事にしています。

鳳翔さんが今回少しだけ登場し、その過去も多少描いております。
愚痴一つこぼさず黙々と戦うと言う描写は、私の鳳翔さんの戦い方のイメージでもあり、ハーミーズと友達だったと言うのは共に世界最初期の空母同士というところから来ております。
鳳翔さんも実は何らかの形で活躍してもらう予定となっています。

また衣笠くんの過去も少し触れましたが、雨が苦手と言うのは梅雨ボイス、飛行機が苦手は図鑑(史実の衣笠はヘンダーソン飛行場の海兵隊機及びUSSエンタープライズの艦上機の攻撃で撃沈)でも触れられており、そこから私が勝手に作り上げました。悪しからず。

人間同士の争い、特に劇中では台湾と中国が戦争をした事について触れましたが、決して台湾にも中国にも悪意があっての描写ではない事をお断りしておきます。





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第一八話 誤算

添削も進まず、第一八話投稿も予定の三日遅れ。
イベントもほとんど進んでません。
フレッチャー? コロラド? ナニソレオイシイノ?


翌朝、スコールの雨音で愛鷹は目を覚ました。

伸びをして時計を見る。

時計の針は朝の七時を指している。

大体六時間は寝たはずだ。

布団から出て手早く身支度を整えると、コートは着ないで部屋を出た。

 

基地の規模が大きいだけに食堂の規模は大きく、人でごった返していた。

サンドイッチ四個とコーヒー一杯と言ういつもの簡素な食事をトレイに載せて空いている席を探していると、自分を呼ぶ声がした。

深雪だ。蒼月と瑞鳳と一緒に丸いテーブルを囲んでいる。

「おはようさん。一緒に朝飯食おうぜ」

「愛鷹さんもどうぞ」

他に座る席を探すよりここで食べる方が手っ取り早い気がしたので、深雪と蒼月の誘いに乗る事にした。。

本当は一人で食べる方が性に合うのだが。

トレイをテーブルに置き、席につくと瑞鳳が愛鷹のトレイを見て軽くため息を吐いた。

「また、それだけですか?」

「ええ」

「いつも思うんですけど、足りているんですか?」

「食えるうちに食っとかねえと、動けなくなるぜ」

そう言って深雪は白米を盛った茶碗の中身を掻き込む。

「私はこれで充分動けますよ」

サンドイッチを一個手に取って食べながら答えると、蒼月が自分の食事と愛鷹自身の食事量を見比べて少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。

確実に蒼月は愛鷹の三倍は食べている。

口の中で食していた焼き魚を飲み下した瑞鳳は、窓の外の天気を見て表情を曇らせた。

「明日、出撃しますか?」

「明日は衣笠さんと組んだ艦隊運動の演習をおこないますよ」

「そう。

出来れば、明日は晴れたらいいなぁ。

雨だと航空機飛ばせないし」

「スコールとかはマジで気分だからな。何時止んで何時降るか分んねえから厄介だ」

「対空射撃も目視では難しいですね。電探頼りです」

「雨が続くようなら、瑞鳳さんはお留守番です。衣笠さんが代わりに出撃することになります」

「ですよね」

「衣笠と言えば、青葉と衣笠はどうしたんだ? 夕張は艤装のチェックしに行くって言ってたけど」

牛乳を入れたコップを飲み欲した深雪の問いに、今日まだ二人には会っていない事に愛鷹は気づいた。

「私はまだ会って無いので」

「私もまだ見てないです」

「私も」

蒼月と瑞鳳も首を振った。

「それじゃ、寝坊かあ? まあ、あの二人だしな。取材でもやってたのか」

大体そうだろうな、と深雪が言うと、丁度通りかかった朝潮型駆逐艦娘の霞が教えてくれた。

「青葉と衣笠なら、もう起きているわよ」

「へー、何してんだ?」

「知らないわ。どーせ下らない取材事でしょ。あんたの想像通り」

昨日の満潮さん並のつっけどんな口調だ、と愛鷹は思い蒼月さんと事を立てないでと願ったが、霞が蒼月を見て眉間に皺を寄せた。

「相変わらず、腰抜けのクセに食うわね。よく豚にならないわ、不思議」

「ったく、満潮と言いお前と言いちと蒼月には言いすぎだろ」

ぎろりと深雪が霞を睨みつける。

「あら、当たり前のこと言って何かおかしいとでも言うの? それに何で満潮が言ったから私は駄目なのよ」

「そんな姿勢だから朝潮型と秋月型の関係こじらせたんだろーが。改二になれたおつむがあるんあらそれくらい考え付けよ」

「ま、失敬な事言うわね」

「そりゃ、こっちのセリフだっての」

「はい、そこまで。仲間同士で荒浪立てないでください」

ため息交じりに愛鷹が割って入ると霞が愛鷹を見た。

「見ない顔ね。あんた誰? あたしは朝潮型の霞」

「超甲型巡洋艦愛鷹です。第三三戦隊旗艦で蒼月さんの上官です」

最後は少し霞への牽制を込めていた。

愛鷹としても満潮と言い霞と言い、蒼月への態度は虐めじみたものを感じるし、正直昔の自分も似たことを散々受けただけに自分の事でなくても不愉快だった。

しかし、霞にはそう言うものは関係ないらしい。

「あ、そ。蒼月みたいな役立たずのお荷物抱えて苦労するでしょうね。同情するわ」

「いえ、蒼月さんは見どころがありますよ」

務めて平静な声を保ちながら愛鷹が返すと霞の眉間にまた皺が寄った。

「こいつに見どころがある? そんな曇った眼で旗艦になれたの? にわかじゃないの」

「おい」

本当に怒る寸前の深雪が霞にいい加減にしろ、という意味合いで呼ぶ。

「なによ。当然の事じゃない。

まあ、有能でも部下が馬鹿じゃ、上官にも馬鹿が移って当然よね」

霞がしれっと返すと深雪が立ち上がった。

「この野郎! あたしも堪忍袋の緒が切れたぞ、表に出やがれ!」

「へえ、やる気? 上等じゃない」

すると愛鷹が二人に向かって一喝した。

「いい加減にしなさい」

流石に朝からこの具合では愛鷹自身やっていられない。

大声という訳でもなかったが、有無を言わせない厳しい口調だったので流石の霞も身を固くした。

とは言えこれで怖気づく様な性格ではない霞は愛鷹を睨みつけようとした。

しかし、制帽の下から送られてくる愛鷹の視線に思わずたじろいだ。

この顔は見たことがある。

誰だかはすぐに思付かないが、その前に向けらてくる視線の剣幕が物凄い。

悔しいがここは退いておくべきだろう。

「まあ、精々頑張る事ね」

それだけ残して霞は歩み去った。

「んなんだよアイツ。朝っぱらからよお」

「荒浪立てないで、って愛鷹さんに言われときながら結局立てちゃったあんたも同罪でしょ」

やれやれと言う風に瑞鳳が溜息を吐いた。

一方、事の発端になってしまった蒼月は困惑顔を泳がせている。

艦娘として配属される前よりはずっとマシとは言え、初日からこの調子で上手くやれるのか。

そう思うと文字通り頭が痛くなる思いの愛鷹だった。

幸い体はこの事で脆さを見せないが、艦娘同士の不仲で調子を拗らせられてはたまったものではない。

はあ、と溜息を吐くとぬるいコーヒーを飲んだ。

 

 

電卓と計算用紙のメモとと何度も睨めっこして結局答えは一つしか出なかった。

「盲点だったぁ……」

頭を抱えたくなる事実に夕張は盛大に溜息を吐いた。

「何々、何の話ですかぁ?」

軽いノリの青葉の声が背後からかけられてきた。

軽いノリで聞かれたら、そのノリを一発で破壊できる答えだ。

「私たちの燃費のお話」

「へ、どういう事?」

一緒にいたのか衣笠の声もした。

「これ見て」

夕張が振り返らずにテーブルの上の計算用紙の数字を見せると青葉と衣笠が覗き込んだ。

燃料消費の計算結果を見ていつもの軽いノリだった二人の顔が真顔になった。

一度衣笠と同時に顔を見合わせた青葉は、「計算間違いは……ないですよねえ」と答えは分かりながらも聞く。

「コーヒーなしで目がぱっちり開くくらい何回も計算したわ。

計算外だったわよ。燃料は燃料でもその『質』のお話についてはね」

 

実はラバウル基地の燃料の質が、日本の基地と比べて若干落ちているのだ。

管理には注意を払っているとは言え、どうしても高温多湿地帯故の劣化・変質が多少は起きてしまうのだ。

通常兵器とはまた違う複雑なメカニズムなだけに、実は艤装は燃料の質によって影響を少なからず受けるのだ。

特に愛鷹の艤装は燃料の質が多少落ちるだけで、航続距離が通常より八パーセントも減少してしまうと言う致命的な問題点を抱えていた。

この事について愛鷹は言及したことが無いから、もしかしたら本人すら知らない事なのかもしれない。

 

「日本とラバウルとでは質の低下数値はマイナス三・二。

この場合、私たちの艤装はカタログスペック上では平均一〇パーセントは航続距離が低下するわ。

でも愛鷹さんの場合、二六パーセント近くも航続距離が低下してしまうの」

「わ、私はその次なのね」

数字を見た衣笠が厳しい現実に目元をひきつらせた。

「まあ、衣笠は一八パーセントだからまだずっとマシよ。その点で言うと青葉はエコね」

「重巡では一番低燃費艤装なのが、青葉の売りでもありますからねえ」

青葉は苦笑を浮かべて自分の艤装の低下数値を見た。

「つまるところ、愛鷹さんの艤装はハイオクタン価の燃料なら凄い性能を出せるけど、質が落ちると性能が落ちてしまうちょっとデリケートな内燃機関と同じと言う事ですか」

「その通り」

これはつまり深雪や蒼月など燃料が不足した仲間に自分の燃料をお裾分けする、というのは簡単な話ではないと言う事だ。

下手をすれば愛鷹自身がガス欠で動けなくなってしまいかねない。

しかも捜索範囲がこの海域は非常に広く、島が多い。

つまり少しでも行動範囲が広くなりすぎてしまうと、敵が深海棲艦より艤装に残された燃料の方が恐ろしいことになる。

「こりゃあ、万が一の時に備えての補給艦がいるわねえ」

「一応、風早、知床がいるけど、風早は中破していて治療中だから余裕がないわねえ。

アメリカにはミシシネワ、ネオショー、ナンタハラ、サヴァーンの四人がいるけど、向こうで必要だろうし」

「でもここの艦隊司令部に話を付ければ大丈夫でしょう。愛鷹さんは勿論、英語は青葉も話せますからコミュニケーションの問題も大丈夫でしょう」

「私も片言にはなるだろうけど話せるわ」

「じゃあ、大丈夫かなあ」

自分も英語は理工系なので、技術書を読むために英語は猛勉強したから話せる。

ただ当然ながら戦闘力が非常に低い補給艦だから護衛が必要になる。

大規模作戦前なのであまり戦力を損耗させたくないここの艦隊なだけに、すぐに補給部隊を派遣してくれるかどうか、というところも不安な所だった。

そこのところも愛鷹が計算に入れた作戦を練ってもらうしかなかった。

 

 

夕張が弾き出した計算結果を聞かされた愛鷹は耳を疑った。

そんな問題点は全く知らなかった。

自分の艤装にそんな欠点があるなんて、支給時に聞かされた覚えなどない。

性能が高い事は知らされていたし、メカニズムも教えられていた。

しかし、一つ心当たりがある。

自分が「なぜ、戦艦ではなく超甲巡の身に甘んじているか」と言う事からだ。

 

超甲巡と言うやや中途半端気味の艦種に当てられたことに愛鷹が疑問に思わなかった事は無い。

確かにネ級改などには強力だが、実は強力を通り越した「過剰火力」でもある。

しかし戦艦相手となると、装甲・耐久力が深海棲艦の戦艦では一番低い部類のタ級にすら決定的なダメージを与えられない。

その為、北米艦隊のアラスカ級は三〇・五センチ三連装主砲から急遽軽量一六インチ連装主砲に設計変更されている。

メカニズムを教え込まれているから、勿論自分の艤装にはあらかじめ発展性が多めにある事も知っていた。

だからわざわざ三一センチと言う口径にする必要性など最初からないはずなのだが。

質問したことは何度かあるが、そのたびに「軍機」を盾に教えてもらえず、腑に落ちないまま超甲巡としてデビューすることを余儀なくされたのだ。

結局は超甲巡として生きていくと言う事に割り切って、考えない事にしたのだが……。

(まさか、意図的にダウングレードされている?)

あり得る話だった。

冷や飯食いの自分に贅沢な装備を与えるのはもったいない。

しかし、新造するのには予算も資材も多く必要とするので、既存の装備をダウングレードして自分に支給した。

証拠はないが、確実にそうとしか思えない事だった。

 

(どこまで私は冷や飯ぐらいを余儀なくされるの……!)

流石に悔しさと憤りを隠しきれなかった。

それでも平静さを保って夕張に「分かりました。ありがとうございました。その点を考慮して計画を練り直します」と礼を述べて自室へ戻った。

 

平静さを振舞っていたとはいえ、悔しさで拳を強く握りしめる愛鷹の姿を見ているのが辛かった。

しかし、夕張にはどうする事も出来ない。

暗雲が立ち込めている気が夕張にしていた。

 

 

偵察作戦計画を練り直せざるを得ない羽目になった愛鷹は、せっかく作った作戦計画書をごみ箱に捨てて一から立て直しにかかった。

夕張から貰った計算結果を照らし合わせながら、作戦計画を練り直す。

結果的に行動半径を維持するには、最大戦速の発揮可能時間に大幅な制限を課すことしかない事となった。

最大戦速を出せば当然燃料の消費は大きい。

それを発揮する時間に制限をかければ、ギリギリガス欠にはならないだろう。

しかし制限を課すと言う事は、万が一発生した場合の戦闘への大きな足かせになると言う事と同義だ。

航空偵察を頻繁に行えるならこの問題は軽減されるが、この季節、雨が降る回数は多い。

流石に現在の技術力では妖精さんサイズの航空機の全天候飛行能力にも限りがある。

夜間飛行が可能になっただけでも随分進歩したものなのだ。

航空偵察が行えないとなったら五隻(五人)編成で出なければならず、艦隊戦力が落ちてしまう。

その為に衣笠を今回編入することになったのだが、衣笠の艤装も燃費が悪い。

ならば全員で出撃すると言うのもアリだが、深海棲艦には六隻以上で出撃すると察知されやすいと言う事実が存在する。

原因は分かっておらず六隻以上を組むときは相互支援が可能な強力な編成で出ることが決まりだ。

しかし、第三三戦隊の戦力は正直な所決して強力とは言い難い所がある。

全員の艤装性能がバラバラなのが最大の問題点だ。

青葉型と言う本来なら規格が同じはずの青葉と衣笠も、青葉が改のままで実質旧式化しつつある一方、改二になった衣笠は格段に艤装性能が上がっている。

深雪は特型の初期型と言う事もあり改二になった吹雪や叢雲と比べやはり性能が低い。

夕張は自分と同様ワンオフの存在で同型艦すら存在しない。

頭の痛い問題である。

ならば、ここの艦隊から相互支援可能な艦娘を補充すると言う手も無くはない。

しかし、当然ながら補充するにしても、その艦娘たちと第三三戦隊は艦隊運動の演習をした事が無い。

沖ノ鳥島海域での艦隊編成はありったけの戦力投入と言うやむを得ない状況とは言え、もし慣らしが作戦前に入念に行えていたら鈴谷、瑞鳳が被弾することはもしかしたらなかったら起きなかったかもしれない。

あの時は愛鷹が最高責任者ではなかったから、結果的に深刻な問題にならなかった様なものだ。

だが、今は愛鷹が最高責任者だ。

共同の艦隊運動訓練が出来ていない他の艦娘を編入しても、すぐに愛鷹の指揮通りに動けるわけではない。

衣笠とですらまともにやっていないので、ここで間に合わせと言うような訓練をする予定だったのだが。

もっとも編入以前に戦力をこちらに割いてくれるか、と言う事が問題だが。

となるとやはり解決策は燃料不足になる事が見込まれたら、洋上補給を手配すると言う事だ。

通信を逆探されて、潜伏中の敵機動部隊に攻撃される危険性はある。

しかし潜伏している側が積極的に出て攻撃してくるだろうか。

敵機動部隊がどんな編制なのか、現状全く情報が無い。

その為に自分たちが情報収集のために派遣されてきたわけなのだが。

機動部隊に攻撃される側が仮にこちらだったら可能な限り全速で走って攻撃を凌げるかもしれない。

一方で補給部隊はそうもいかない。

補給艦は自衛火器程度しかなく戦闘能力は頼りない、の一言に尽きるから当然護衛がいる。

しかしその機動性も戦闘力も低い補給艦を護衛するには強力な護衛艦隊が必要だ。

戦力の温存を図りたいここが、敵からの攻撃を受けないとも限らない中、貴重な補給艦娘を出すか。

そこは磯口に掛け合って何とかしてもらうしかないだろう。

 

 

作戦計画書をまとめた愛鷹が磯口に提出しに行くと、丁度満潮と霞が磯口と書類の山を相手に仕事中だった。

計画書を持った愛鷹が入ると磯口は満潮と霞に仕事を続けるよう頼み、愛鷹の計画書を読み、説明を聞いた。

「補給部隊の編制か」

「はい」

「私は別に構わんが、他のお偉いさんたちが『おう、いいぞ』とすんなり頷くかは分からんがな。

君も知っての通りうちは補給艦娘をこの間一隻損傷させられて入院中だ。あと三週間ほどは病院に閉じ込めておかなければならんから補給部隊も決して余裕がない。

まあ、偵察して機動部隊を見つけられないまま、ここで遊んでいても始まらんからな。

何とか説き伏せてみよう。

その為の私だからな」

「お願いします」

「派遣するとしたら、そうだな。

やはり知床だな。日本人だから話が速いだろう

護衛は……フム、能代と第八駆逐隊をつけるか」

その言葉に満潮と霞が反応しない訳がない。

書類に向けていた目を磯口に同時に向ける。

この判断に愛鷹は、今度は別問題発生か? と頭が痛くなる気がした。

二人とも深雪と蒼月とは仲が悪いし、恐らく霞は自分の事に好印象を抱いているとはあまり思えない。

「なんでそいつらの面倒を見なきゃいけないのよ」

満潮が不満げに言う。

しかし磯口は取り合う素振りを見せなかった。

「許可が下りたら、いや強引にでも降ろさんとな。

ガス欠になる事が分かったら、すぐに連絡しろ。

こっちから補給部隊を送る」

「何であたしたちが他人の尻拭いをしないといけないのよ」

不満げに霞も言うがやはり磯口は取り合う様子はなかった。

「お前らも、自分の尻拭いが出来るようになってから文句を言えよ」

「はぁッ!?」

目を剥いた満潮と霞が同時に声を上げて立ち上がった。

顔を赤くしている所から怒っているのは確かだ。

聞いている通りの人だ、と愛鷹は磯口の人柄が変人と言われる理由が分かる気がした。

協力的ではあるが、どこか自由奔放で口がやや悪い。

考えている様で考えていない様な司令官だ。

 

ここで上手くやっていけるの……?

愛鷹の頭の中で頭痛の種が一つ、また一つと増えていく気がした。

 

 

磯口の部屋を辞した時はすでに昼食時で、雨が止んでいた。

空腹を覚えた愛鷹は食堂へ行くと、いつもと変わらないサンドイッチとコーヒーと言うメニューを摂った。

第三三戦隊メンバーには夕張経由で明日まで移動時の疲れ取りも兼ねて休暇を出しているから、食堂にメンバーの姿はない。

今頃各々の自由時間を過ごしているのだろう。

愛鷹はと言うと可能な範囲でこのラバウルを散策しようと思っていた。

生まれて初めてのラバウルだし、またこの地に来ることが出来るかを考えると恐らく無いだろうから、少しでも脳裏に風景を焼きつけておこうと考えていた。

 

昼食を終えるとその足で早速散策に出た。

流石は赤道に近い地域だ。

日差しは強く、まとわりつくような暑さだ。

あまり好きなやり方ではないが、制服の袖を少したくし上げた。

基地の敷地内ではあるが、散歩コースのある森や浜辺も近くにあり、ラバウルの自然を体感することが出来る。

浜辺を散策するコースを歩くことにし、自分としてはちょっとした贅沢な気分を満喫した。

自然の豊かさはやはり日本の比ではない。

長年の環境破壊で温暖化も進んでいるが、まだまだ健全な場所は多い。

自然保護活動はこのラバウルでも行われていると聞いていた。

内陸部の都市を放棄した代わりに自然を破壊して居住地を確保したのだ。

その埋め合わせをしなければならない。

一方で深海棲艦の出現で大きな被害を受けた海洋生態系の再生は、そう簡単には進んでいない。

特に六年前の鉄底海峡海戦時に初めて確認された「変色海域」と呼ばれる海域での海洋生態系は軒並み死滅している。

ただ、変色海域をもとの海に戻すとすぐに元の生態系が戻る事が確認されているので、永久に死の海になる訳ではない。。

これは世界各地の海域で「変色海域」が発生し、元に戻ると回復している事からも鉄底海峡に限ったものではないことが分かる。

以前聞いた「自然の自己回復能力」と言う物かもしれない。

「変色海域」以外の海域で壊滅した生態系もやがては元の姿に戻るのだろう。

 

森が深くなり、少し景色が薄暗くなる。

じめじめとしており道もぬかるみが多くなっている。

額に滲む汗を手の甲で拭いながら歩く。

軍事基地の敷地内と言う割には動物の鳴き声は聞こえる。

「生態系は維持されているのね」

水溜りを飛び越えながら呟き、何の動物の鳴き声だろうと時々耳を澄ませたりする。

しばらく歩いていると潮風の匂いがした。

海が近いのだろう。

そのまま道なりに沿って歩き続けていると、子供の遊ぶ声が聞こえた。

基地に民間人の子供が入れるわけがないから艦娘だろう。

誰がいるのだろう、と思っている時、踏みだした左足が触れた地面が何かおかしい事に気が付いた。

何だろう、と思い足を引っ込めて屈むと右手で地面に触れた。

手から伝わる地面の感触に愛鷹は怪訝な表情を浮かべた。

「落とし穴?」

何でこんなところに……首を捻りながら大体の大きさを想定して飛び越えた。

もしかして誰か遊びかいたずらで掘ったのだろうか。

「巻き込みは……勘弁ですね」

ため息交じりに呟いた時、踏みだした右足の感覚が消えた。

なんだ、と思った時愛鷹の体が地面に消えた。

 

 

「やったぜ、引っかかった!」

「ばっちりだね」

「川内さんだよね、今の」

自分たちの掘った落とし穴に誰かがハマった音が聞こえた江風、涼風、海風は藪から飛び出して掘った穴の元へと駆け寄った

用心深い川内型軽巡の川内と知らずと始まった、ラバウルでの川内対駆逐艦勢の落とし穴合戦。

今のところ勝負は四勝六敗で駆逐艦勢が多数、巧妙に作られた川内の落とし穴にはまって負けていた。

この三人も同じであり、今回卯月に話を付けてここへ誘い出すことにしたのだ。

誘い出し役の卯月も川内にはよくやられており、二つ返事で引き受けてくれた。

「偽の穴を掘ったのは正解だったね」

ニタニタと笑う涼風に江風が頷く。

「足がずぼる程度で油断させて、その次が本物」

「少しシンプルに戦術を変えてホント正解だったかもね」

海風の言葉に江風と涼風がしたり顔で頷いた。

ところが、三人が穴に近づいた時穴底から明らかに川内とは違うため息が聞こえて三人の表情が固まった。

同時に顔を見合わせた三人は恐る恐る穴へと近づく。

「違う人が落ちたか?」

「そう、っぽいな」

「あ……」

これは穴に落ちて負けた時よりも拙いパターンである。

かと言って関係ない人を巻き込んで置いて、逃げだしたらかえって状況を悪くするだけだ。

見るのも怖い気分で三人が穴を覗こうとした時、制帽を被った長身の女性が穴から出て来た。

海軍制服を着ているが泥まみれになっている。

その制服と長髪で一瞬三人は心臓が止まった気がした。

この制服は大淀と仁淀くらいしか着ていないし、仁淀にしては髪が長いから大淀に違いない。

怒らせたらどんなに恐ろしい相手だかを思い出した三人だったが、よく見ると大淀ではなく、見かけない人影だ。

「あれ?」

三人揃って間抜けた声を上げた時、長身の女性がため息交じりに制帽を直し、制服の泥をぱっぱと払った。

「やれやれ……帰ったら洗濯ね……」

泥で茶色い染みだらけになった制服とスカートを見て愛鷹は溜息を吐いた。

「あのー、大丈夫っすか?」

赤毛の艦娘に聞かれた愛鷹は「生きていますよ」と低い声で返した。

「す、すみませんでした!」

今にも泣きそうな目で海風が謝ると「御免」と涼風と江風も続けて頭を下げて謝った。

「許してくれ、頼むよぉ」

「あんたたちを許すかは私が決める」

三人の背後に立つ怒り顔の川内の言葉に江風、涼風、海風の顔から生気が消えた。

 

 

泥まみれになった愛鷹が、川内の鉄拳制裁で頭にたんこぶを作り涙目の江風、涼風、海風と川内と戻ってくるのを見た青葉は「何事ですか⁉」と仰天した。

「チビ助たちが変なとこに掘った落とし穴に、この人がはまっちゃったって事」

全くと三人に呆れたように溜息を吐きながら青葉に説明した川内は愛鷹に向き直ると、「チビ助たちのふざけに巻き込んでゴメンね。あたしからよく言っておくから」と頭を下げた。

「もういいですよ。洗濯すればいいですから」

「まあ、そうかもしれないけど。そう言えば見ない顔だけど誰だっけ? あたしは川内、川内型軽巡よ」

「愛鷹型超甲型巡洋艦の愛鷹です。昨日こちらに第三三戦隊と共に派遣されました」

「愛鷹さんね。

何かわかんない事あったらいつでも聞いて。相談相手になるよ」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ、私はこいつらをちょっと絞って来るから。

なーに、ちょっと一緒に筋トレするだけだから」

そのちょっと筋トレするがまた地獄なんですけどねえ、と青葉は川内のする「筋トレ」の内容を思い出して苦笑を浮かべた。

案の定、江風、涼風、海風は今にも白目を剥きそうな顔になっていた。

 

三人を連行する様に連れて行った川内と別れた愛鷹は、とりあえず宿舎の愛鷹の部屋に戻って汚れた制服を脱いだ。

着替えから予備の制服を出しかけてこれも汚れたらもう替えが無いと思い、思い付きで持って来ていた灰色の上着と白いズボンと言うスポーツウェアに着替えた。

制帽も少し洗わなくてはならないがこれは替えが無いので無地の白い野球帽を被った。

靴も泥落としが必要なのでこちらも白いテニスシューズに替える。

汚れた制服を抱えて部屋を出て洗濯所へ向かう途中青葉とまた会った。

見たこともない愛鷹の私服にぽかんとした目で見て来るので「似合わないですか?」と聞いていた。

「そんなことないですよ。

ただ珍しいモノでしたので」

首を振る青葉に「そうですか」と返しながら、まあこの格好で他の艦娘の前に出るのは初めてだからなあ、と思い返して洗濯所へと向かった。

制服と制帽を預けた愛鷹はその足で散策に出かけた。

今度は足元に気を付けよう、と心がけながら。

 

 

その日の夜、昼間に自然を充分満喫した愛鷹は磯口に呼び出された。

部屋には満潮も霞もいなかったのがどこかホッとする思いだった。

そんな愛鷹の思いはどうでもいいと言う様に磯口は呼び出した理由を語った。

「貴様らだけだと、途中でガス欠になると言う事で上層部は索敵部隊を増強することを決定した。

明後日、このラバウルにLRSRG(長距離戦略偵察群)の第一二・二偵察任務部隊、TF12.2が派遣されてくる。

少しは仕事がやりやすくなるはずだ」

第一二・二偵察任務部隊ことTF12.2の所属艦は確かアイオワ級戦艦イリノイ、アラスカ級大型巡洋艦サモア、ボルティモア級重巡スクラフトン、ウースター級軽巡ウースター、ギアリング級ジャイアット、カーペンターで構成される部隊だ。

艤装世代が古い第三三戦隊と違い最新鋭艦娘ばかりで構成されている精鋭部隊だ。

長距離航海に耐えられるように訓練を受けている為、支援艦なしでもかなりの広範囲を移動できる。

LRSRGはTF12.2、12.4、12.6の三個部隊が存在し、TF12・2は水上打撃戦力中心の部隊だ。

「UNPACCOMも太っ腹を見せたと言う事ですか」

「お前がそんな言い方をするとは思わなかったな、面白い野郎だ」

「TF12.2は今どこに?」

「オーストラリアのダウンズヴィルだ。既に出港しているだろう」

「早いですね」

「上の馬鹿どもの首を縦に振らせ、先送りと言う誤魔化しをさせないためにケツを蹴り上げるためにどれだけ私が骨を折る羽目になったか、後で思い知らせてやる。

覚えておけ」

「了解です」

「よし、これで終わりだ。

さっさと出て行け。たんまり飯でも食って最低七時間は寝てろ。

チェック項目すべてを確認した艤装点検報告書は明日必ず出せ。

艤装がイカれて仕事の出来ん奴は出撃させられんし、体調崩しでサメの餌になってもらっては困るからな」

「はっ」

言葉遣いは悪いが、その裏から感じられる磯口の気遣いには感謝しかなかった。

 

食堂で夕食、と言っても毎度のサンドイッチとコーヒーだけの食事を摂ると、洗濯所で選択された制服と制帽を取りに行った。

たまたまそこで蒼月と深雪にも会った。

予想は着いたが自分の私服に二人とも随分と驚いていた。

「イメージが変わったな。

オフの時のスポーツ選手みたいじゃないか」

「似合っていますよ」

「どうも」

礼を述べた愛鷹は洗濯された制服を持って部屋に戻り、泥のついた靴の掃除をした。

艦娘は出撃前に靴を良く綺麗にしておくようにと言われるが、これは靴に付着した泥などで航行中の水中抵抗の増大や航行時のノイズ(キャビテーションノイズ)を起こさない為だ。

愛鷹のモノはつま先にソナーが仕込まれているだけに少しでも泥が付いているとパッシブソナーの感度が落ちるから入念にしておく必要があった。

一時間ほどかけて靴の泥を落とし、ヒールの舵を指で動かして動きが鈍くないか、軋む音がしないかなどの確認もする。

主機と靴が一体化した内装型は外装型と比べて、自力での上陸が容易な反面手入れに手間がいると言う欠点があった。

手入れを終えるとタブレットを口に入れて呑み下すと、今度は工廠に向かった。

艤装の点検報告書作成の為だ。

落とし穴に落ちたりしていなければもう終わらせられていたことだったが、過ぎてしまった事なのでどうこう言う気は起きなかった。

それより、どうすればなるべく手早くやれるか、について考えていた。

艤装点検報告書は、第三三戦隊メンバー全員分のモノを纏めなくてはならないからこれもまた忙しい仕事だ。

報告書はすでにそれぞれが仕上げており工廠で受け取れる。

艤装点検報告書は点検項目一つ省くこともできない重要な書類仕事でもある。

工廠では妖精さんや作業員数名がいたが夕張は休んでいるのかいなかった。

「夕張さんがいたら、ちょっと助かったけど」

そう呟きながら詰め所に提出されていた第三三戦隊メンバーの艤装点検報告書を受け取り、部屋に戻った。

報告書に目を通し、七人分の艤装の点検報告をノートパソコンで一つの報告書に纏め上げる。

キーボードを叩く小さな音が部屋に響く中、外で雷の音が聞こえた。

「雨……」

窓の外を座卓から窓の素を窺うと雨が降って来た。

天候の急変がこの地域の特徴だ。

急変次第では瑞鳳の航空偵察機の収容が出来なくなってしまう。

天候の予測は慎重に行わなければならない。

念のため気象予報のページにアクセスして情報をダウンロードしておき、報告書作成を続けた。

雨足が強くなる深夜まで愛鷹は仕事をし、書類作成が終わると布団を敷いて横になった。

「明日は衣笠さんを組み入れた艦隊運動演習をして、明後日からね」

LRSRGとの共同作戦で敵機動部隊捜索を行うのは、少し肩の荷が下りる思いがし、その安堵感を感じた愛鷹はすぐに眠りに落ちた。

 

 

目を覚ました愛鷹は制服に着替え、刀を脇に差して身支度を整えた。

朝食後はブリーフィングを行った後、衣笠を加えた艦隊運動演習を行うことになっていた。

ただ朝食をとる前に、作成した書類を携えて磯口のところへと向かった。

磯口の部屋のドアをノックすると「誰?」と霞が返してきた。

磯口提督の手伝いをしているのかな、と思いつつ、「愛鷹です。艤装点検報告歩を提出に来ました」と告げた。

「入っていいわよ」

「失礼します」

ドアを開けて部屋に入ると、テーブルの上に突っ伏して寝ている磯口の肩に毛布を掛け直している霞がいた。

「ご苦労様です」

「言ってくれるわね。

役立たずのこいつのためにどれだけ私たちが骨を折っているのか分かってんかしら。

よくも呑気に寝てるわよ」

「報告書はここに置いておきますよ。

私も仕事があるので」

「分かったわ。

じゃ、蒼月の子守をよろしくね。

精々あいつのせいで死なないように頑張るの……」

そこまで言った霞は、いきなり愛鷹に右手で胸ぐらをつかみあげられ、壁に叩きつけられた。

なに!? と驚きの目で愛鷹を見ると静かな怒りを浮かべた鋭い愛鷹の目が見返してきた。

精一杯の意地で睨み返すと、愛鷹はさらに霞を壁に押し付けた。

「それ以上、蒼月さんの悪口を言うような事は上官として看過できません」

「な、なによ。逆切れ……」

「黙りなさい!」

有無を言わせない言い方に霞も流石に黙った。

「満潮にも伝えなさい……私は仲間を侮辱する者、傷つける者は、例え同じ艦娘であろうと『容赦はしない』と」

そう言った愛鷹は左手を刀の柄に置いて僅かに引き抜いた。

「……分かったわよ」

さらに少し愛鷹は刀を引き抜いた。

「ちょっと何やってんのよ!?」

満潮の仰天した声が背中から聞こえた。

振り向くとドアの入り口に満潮が立っている。

「制裁です」

「それが制裁だとでも言うの⁉」

怒りに燃える満潮に睨まれた愛鷹は少しして霞を手放した。

刀を鞘に収めながら愛鷹はドアへと歩き、出る前に満潮の横で足を止めた。

「霞にも言いましたが、あなたにもお伝えしておきます。

私は仲間を侮辱する者、傷つける者は、例え同じ艦娘であろうと『容赦はしない』。

肝に銘じておきなさい、霞中尉、満潮中尉」

捨て台詞の様に残して愛鷹は部屋を出て行った。

 

正直な所、艦娘に対してあそこまで激昂したのは大和を除けば一度も無かった。

誰かに対して怒りを見せるのはともかく、喧嘩するのは性に合わない。

だが、大切な部下を侮辱するのは蒼月の上官としてもう我慢できなかった。

我慢強さが自分の取柄でもあったが、これはこれでまた別問題だ。

階級を盾にもの言うのもやはり好きではないが、ああでも言わなければ二人が黙った気がしないし、自分も気が済まない。

勿論、刀を抜いたのは威嚇に過ぎない。

あの二人が編成に入っている第八駆逐隊が、自分たちの補給部隊の護衛とは。

表には出さないつもりだが、愛鷹は艦娘で初めて霞と満潮が嫌いになった

特定の人間のことを本当に嫌いだと思ったのは久しぶりだった。

 

 

青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は一緒にテーブルを囲んで朝食を摂っていた

「愛鷹さん、遅いですね」

オムライスを口に運びながら蒼月はそう言って食堂の入り口を見た。

卵焼きを飲み下した瑞鳳が同じ食堂の入り口を見て首を傾げる。

「寝坊かな」

「それは無いんじゃない?」

言葉通りそれは無いでしょと言う顔で夕張は笑った。

その通りだ、と深雪は白米を盛っていた茶碗を下ろして頷く。

「あいつが寝坊するなんてありえねーよ」

「でも、遅いと気になっちゃうわね。

深雪ちゃん、ほっぺ」

「やべ」

右頬に着いた米粒を衣笠に指摘され、深雪は慌てて取った。

「愛鷹さんは青葉たちの旗艦ですから、仕事が他にもあるのでしょう。

大丈夫いですよ」

不安顔になる蒼月、瑞鳳に青葉が心配ないと笑みを浮かべた。

ふと思い出したように瑞鳳が五人に聞いた。

「今日は晴れだよね?」

「それ、私も気になってた」

そうだ、と衣笠も頷く。

「気象班の予報じゃ、今日は久しぶりに晴れるかもしれねえって言ってたぜ」

「いいニュースじゃない」

晴れると聞いて衣笠は顔を輝かせた。

「でも、明後日は天気が不安定だていうけどな」

「それは言わなくてもいんじゃないの?」

苦笑交じりに脇から夕張が口を挟んだ。

「一応知っておいても問題はないだろ」

「まあ、そうね」

そう返す衣笠の顔は少し曇っていた。

「まあ、天気がどうであろうとしっかり食べておきましょう。

動くとお腹減りますし、広い海域を偵察するわけですから体力も使いますし」

「そうね。あ、深雪、あとで靴キレイにしときなさいよ」

「は?」

何のことだ、という顔になりながらも深雪は自分の短靴を見た。

昨日基地にいた駆逐艦仲間と走り回ったので結構汚れている。

「ここは日本と違って舗装してないところが多いから靴に泥が付きやすいわ。

綺麗にしておかないとただでさえ航続距離が落ちるのに、余計落ちるわよ」

言われてみれば、と夕張に指摘された一同は自分の靴の汚れ具合を見た。

「防げるミスは事前に防いでおかないと拙いわよ」

「防護機能で何とかできないのかなあ」

「流石にそこまで便利屋じゃないよガサ」

「でも手間は省きたいですね」

「うんうん」

そこへトレイを持った愛鷹がやって来た。

「おはようございます、皆さん」

「あ、愛鷹さん、おはようございます。

少し遅めでしたけど、どうかしました?」

「艤装報告書を出しに行っていたのですよ、蒼月さん」

そう返しながら愛鷹は席に着き、サンドイッチを手に取った。

「今日は多くね?」

いつもよりトレイ上のサンドイッチの数が多い事に気が付いた深雪に聞かれた愛鷹は、食べる前に応えた。

「食べると気が落ち着くからです。

昨日は忙しくて葉巻もやれなかったので」

そう返すとサンドイッチを齧った。

そう言えば愛鷹さんが好きなサンドイッチ、熊野も好きな食べ物だったなあ。

同期生で友人の熊野の好きな食べ物と、愛鷹の何時も食べている物を青葉は重ねていた。

沖ノ鳥島海域での艦隊戦後、負傷から復帰した相棒の鈴谷と組んだ熊野は北方海域に進出していた。

北方海域では深海棲艦の活動が活発化しており、哨戒艦隊との小競り合いが多発していた。

日本艦隊は北方海域を軽巡洋艦や駆逐艦中心の北方海域担当の北部方面隊に任せているが、深海棲艦には重巡や少数の戦艦部隊が含まれている様で対応しきれない

そこで熊野、鈴谷、利根、筑摩の四人が増援として送られたと言う。

霧が出やすく航空機の運用が容易ではない事から熊野と鈴谷は軽空母艤装ではなく、対水上火力重視の航巡艤装で出撃していると言う。

航空機を使えるのって、どんな感じなのかなあ……。

もし自分が改二になれたら航巡になるのも悪くないかもしれない。

恐らく搭載機は瑞雲になるだろう。

そうしたら日向によく絡まれるかもしれない。

日向の瑞雲への愛着ぶりには青葉も苦笑しか浮かべられなかった。

瑞雲教に加入しろと言うのかな、取材ネタになるなら悪くないですけど。

まんざらでもない気がした青葉は思わずニヤけていた。

「どうかしました?」

怪訝な顔で愛鷹に見られた青葉が我に返ると一同から気味が悪い、という目で自分を見られており恥ずかしさで顔が火照るのが分かった。

衣笠は愛鷹に顔を近づけると、耳打ちするように言った。

「なにかよからぬことを企んでいると、あんな顔になるんですよ」

「なるほど」

「ちょ、ガサぁ!」

恥ずかしいことを言われた青葉は余計に顔が火照るのが分かった。

あたふたとする青葉にくすくすと笑う衣笠につられて、愛鷹も口元を緩めていた。

 

 

部屋の整理をしていた時、ファイルを一冊本棚から落としてしまった。

おっと、と大和が拾うために屈みこむとファイルの端から一枚の写真がはみ出ていた。

何だろう、と引き出してみると写真の隅に「2043/1/22」の文字が入っている。

日付から五年前の写真だ。

五年前と言うと、自分が改二へ昇進を果たした頃の写真だ。

余り着ていない海軍礼服を着込み、制帽を被った自分が立っている場所には見覚えがあった。

「あそこで撮った写真ね」

と言う事は、と写真が挟まっていたページを開くと「あそこで撮った」写真が何枚か出て来た。

手に取ってみていた時、一枚の写真で手が止まった。

証明写真として撮られたものだ。

「第七九六号」の数字が書かれた名札付きの海軍の略装を着た眼付の険しい自分が写っている。

だが、これは自分ではない。

「あの子のね……」

あの子……愛鷹だ。

支援艦「しだか」の病室で、二人だけで話が出来ないかと思って訪れたわけだったが、結局は愛鷹に激しく拒絶されるに終わった。

無理もないだろう。

自分のせいで愛鷹は冷や飯食いの道をずっと歩まされることになったのだ。

今更許す気など持っていないだろう。

「許す……か」

それでも愛鷹が自分を許す気が無くても、自分にできる範囲で彼女を支えたかった。

余計なことをするなと言うかもしれない。

憐れんでいるのか、と受け取られるかもしれない。

それでも自分の気持ちを伝えたかった。

愛鷹がこの世に生を授かった際の代償は自分も共有していく定めなのだ。

定めの軛から逃げてはいけない、目を背けてはいけない。

向き合わなければならないのだ。

それが大和にできる愛鷹への贖罪だった。

 

愛鷹は名前自体もある意味不遇だった。

かつての大日本帝国海軍が進めていた八八艦隊計画で建造予定だった天城型巡洋戦艦。

その三番艦は高雄と言う名前だが、実は当初は「愛鷹」と名付けられる予定だったのだ。

愛鷹の名前は富士山のすぐそばにある愛鷹山が由来だ。

その名前を冠したのだが、「富士の前衛であり、標高も低い」と言う理由で高雄に変更されたと言ういきさつが存在する。

その後、愛鷹の名前は海上自衛隊のミサイル護衛艦の艦名として候補に挙がったことが何度かあったが結局、旧日本海軍から自衛隊に至るまで愛鷹の名を冠した艦が登場する事は無かった。

その為、日本では愛鷹山の名前を冠した艦は必ず他の候補に敗れる、という噂が定着してしまった。

艦娘としての愛鷹にその名をつける経緯を知っている大和には、中途半端な性能である超甲巡に落とされた挙句に不採用続きの名前を与えられた愛鷹の無念さを感じるところがあった。

 

(名前なんてどうでもいい。

私は愛鷹と言う名の「人間」です。

それ以上でもなければそれ以下でもない、一人の人間です。

誰がなんと言おうと、どんなに否定されても、私は意思を持つ人間です。

髪の毛だけでも、死して自然界にミクロの存在にまで分解されたそれが私の全てだとしても、私は人間です。

 

だからこそ……私は貴方を心底憎む。

大和型戦艦一番艦大和を絶対に認めない!)

 

二年前の冬、写真を撮った地で最後に別れた時に自分にそう告げた愛鷹の言葉を大和は思い出した。

あれが、彼女との決別だった。

そして、あの時別れてから愛鷹とはそれっきりだった。

手紙のやり取りもした事が無い。

もっとも送ったとしても愛鷹自身が受け付けないだろう。

それだけに長い事消息が分からなかった。

だから艦娘として日本艦隊に配属されたと聞いた時は、驚きと同時に嬉しさを感じていた。

 

「たとえ許すことが無くても、私はあなたを思い続ける。

あなたの『お姉ちゃん』として……」

きっと自分が姉を語れば愛鷹は「お前は私の姉ではない」と拒絶するだろう。

それでも自分は愛鷹の「お姉ちゃん」でありたいと思っていた。

「必ず、生きて帰って来て……。

私は信じてるわ」




今回は戦闘シーン無しの艦娘同士の人間関係が主体となっています。

霞くんと満潮くんがちょっと悪役に見えるのはご勘弁を。
この二人はなんだかんだ言っても磯口司令官が重宝する有能な人材です。
ツンデレですから(反面私は全くなじめないのですが……)

旗艦の愛鷹くんは指揮官としての中間管理職の悩みを今回描いています。
変人な磯口の指示に悩み、部下の人間関係にも悩まされる上司。
それだけにラバウルでの彼女の小さな息抜きは貴重なものです。

愛鷹くんも感情を持つ人間なだけに仲間を傷つける者への憤りを感じます。
今回はそんな彼女の人なりを描いています。

落とし穴に見事にハマってしまう愛鷹くんにはご愛嬌を。

史実の天城型三番艦の艦名のエピソードは実話で、当時の新聞でも愛鷹の艦名は発表されていました。
自衛艦の艦名エピソードについては私の創作になりますが。
この艦名の因縁関係が基で、本作で高雄くん、赤城さん(主要航空戦力でもあることもありますが)が登場する経緯になっています。
ただ愛鷹くんとの人間関係上での因縁は存在しません。
(あくまでもネタとしてです)

実は本作を起案するに至ったキャラが実はもう出ていたりします。
誰とは言えませんが後々明かします。

なお大和くんが見つけた写真と回想シーンでの愛鷹くんですが、これにはなぜそうなっているかについてはまだ明かせません。
ただ大和くんの言った言葉が、愛鷹くんと大和くんにはその言葉通りと言う簡単な話ではない複雑な事情があると言う事だけは言えます。

因みに愛鷹くんが大和くんに言った台詞については「ヘルシング」の少佐のセリフが一部ネタになっています
(元ネタを見たことがある人は台詞のメッセージ性の強さが分かるかしれません)。


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第一九話 旗艦権限移譲

週一投稿が出来なくなってきました……小説の質が落ちてないか、不安になって来ているこの頃です。


「ほらガサ、フラフラしないで。

青葉の後ろに付いて走るんだよ」

続航する衣笠に発破をかける青葉だが、疲労の色をにじませる衣笠は珍しく弱気だった。

「……はあ。この雨が降ったりやんだりの海域じゃ、簡単にくっついていけないよ」

ガサらしくないなあ、と青葉は思いつつも無理もないと言えば無理もないですけどねえ、と内心頷いていた。

 

偵察作戦を初めて一週間余り。

敵機動部隊の捜索は早くも暗礁に乗り上げていた。

度重なる豪雨は瑞鳳の航空偵察の回数を大きく制限してしまっており、必然的に第三三戦隊の足で確認するものになっていた。

しかし、豪雨に加えて過去最大級の低気圧の影響で高温多湿の環境はさらにひどくなっており、艤装の航続距離が酷く不安定になっていた。

雨が強くなると防壁機能による防水対策機能にもさらにエネルギーが必要になるので、燃料消費の増大はさらに大きくなっている。

つまりかなり索敵の為の範囲がシビアになっていると言う事だ。

戦闘は全く起きていないが、敵艦隊の発見も出来ていない。

青葉、衣笠、夕張、深雪、瑞鳳もこれほど過酷になって来ている南方海域は初めてだった。

もっとも過去にここまで酷くは無くても、南方海域での消耗戦は経験しているから全く不慣れという訳ではない。

蒼月も意外とタフであり、初めての南方海域での活動の割にはよく頑張っている方だ。

問題は愛鷹だった。

一度もつかれたと言う言葉も表情も見せないが、青葉の前を行く背中から滲み出る疲労はかなりのモノを窺わせた。

普段来ているコートは流石に暑いらしく出撃時は脱いでおり、制服の脇に刀を差していた。

我慢強さ、タフさは確かだがかなり無茶をして動いているのは確かだった。

燃料消費が増加している為補給が必要になり、その回数から愛鷹はラバウル基地司令部に呼び出されて事情説明をさせられたと言う。

連日の報告書作成、第三三戦隊メンバーの健康管理、特殊な自分の艤装の整備に時間を割いている様であまり休めていないらしい。

作戦中にタブレットを服用する回数も以前より増しつつあり、かなり体に負担がかかっていることが分かった。

 

「瑞鳳の航空偵察が使えないとかな。あいつにとっちゃあシャレになんねえぜ」

額の汗を拭いながら深雪がぼやく。

そうねえ、と夕張も頷いた。

雨で出撃できなくなった瑞鳳は基地で一人過ごすしかなくなる。

仲間の艦娘がいるから独りぼっちという訳ではないが、自分だけ出撃しないで無為な日々を送っている無力感が瑞鳳を悩ませているのだ。

単従陣で進む艦隊の最後尾で羅針盤の電探表示機能を見ていた蒼月は眉間に皺を寄せた。

「電探の乱反射が酷くなっている所を探知しました。

方位一-七-九、スコールですね」

「ああ、見りゃ分るよ」

渋い表情で返す深雪の視線の先には大きな雨雲が浮かんでいる。

「……艦隊、取り舵四五度、旗艦に続いて回頭はじめ。

雨雲を避けて進みます」

そう告げる愛鷹も雨雲を見て眉間に皺をよせていた。

 

暑さと雨、高温多湿の環境は自分でも思いもしない程に体にストレスをかけていた。

以前これくらい過酷な環境で厳しい訓練を行わされた経験はあるし、そこでの成績はトップだった。

いや、そもそも過去の訓練で過酷な環境下で自分が音を上げた事は一度も無かった。

これくらいの環境は別にどうって事は無いはずだった。

体がなまってしまったのか、それとも体力が衰えているのか。

(馬鹿馬鹿しい……『老齢』には程遠い私が体力の衰えなど……)

あり得ない……そう思いたかった。

そう、自分はまだお婆さんではない……そのはずだ。

 

愛鷹の艤装の電探は非常に探知範囲が広く、出力も高いので雨くらいではそう簡単には精度は落ちない。

多少は雨雲を迂回しても探知することには問題ない。

しかし、敵は一体どこに展開していると言うのだろうか……それが愛鷹には謎だった。

龍驤率いる三航戦が襲撃を受け、龍驤が重傷を負わされて二週間近く経つが敵機動部隊は確認できない。

一応索敵範囲はまだあるとは言え、そこを捜索中に別海域に移動されては探すのもまた大変だ。

増援のLRSRGは悪天候続きで到着が遅れてしまっており、当面は第三三戦隊だけで何とかするしかない状態だ。

司令部に呼び出されて成果が出ない一方で、燃料ばかりが減っていくことを随分と責められた。

(貴様らは燃料を無駄にするために派遣されたのか?)

ある将官が愛鷹に放った言葉が心に刺さる。

遊んでいるわけではない、と言いたいが全力を尽くしますとしか言えない。

幸いなのは磯口が常にフォローに回ってくれる事だった。

毒を交えた言葉を投げつけては来るが、決して批判も責めたりもしない。

それがプレッシャーを軽減してくれていた。

決して好人物ではないが悪人ではない、それが磯口だ。

はあ、と溜息を吐きながら電探を見ると別の乱反射が表示されている。

また雨雲だ。

出現がランダム、というよりは天候の変異が読みにくいのが悩みだ。

地球温暖化の影響で天候の代わり方は昔とはずいぶん変わっていると言う。

体に堪えるようになった天候による消耗にもろもろの報告書作成、作戦計画書の修正と作成などの書類仕事。

若干忌々しさを覚えて来た艤装の精密点検、深雪さんと満潮と霞の喧嘩の仲裁、青葉さんと衣笠さんのやらかし行為の後始末……完全に消耗戦ね、疲れたわ。

ガラになく弱音が出そうになった。

 

 

結局、第三三戦隊は敵機動部隊を発見できないまま撤退した。

ドックに入港した一同は艤装と主機を外して上陸した。

「疲れたぜ、腹減ったぁ」

「ちょっと、疲れましたね」

腹をさする深雪に蒼月も同感と頷いた。

靴裏の主機を外した夕張がクレーンを操作して自分の艤装を整備工廠へ移動させていると、愛鷹の足取りがおぼつかないのが見えた。

あれは、拙いかも……。

夕張の不安は的中した。

ばたん、と愛鷹は急に倒れ込んでしまったのだ。

「愛鷹さん!?」

衣笠の驚きに満ちた声が上がった。

即座に瑞鳳が駆け寄って愛鷹を起こし、額に手を当てる。

「すっごい熱、汗びっしょりだわ!」

「大丈夫ですか愛鷹さん」

「私は、大丈夫……ですよ、青葉さん、瑞鳳さん。少し疲れただけです……」

「ばっきゃろう。無理しやがって」

駆け寄った深雪が愛鷹の肩に手を回すが、体格で勝る上にぐったりとしてしまっている愛鷹は深雪には重すぎた。

ドック内の作業員が担架を持って来て愛鷹を載せると医務室へと運び込んだ。

 

医務室に運び込まれた愛鷹を診た軍医は、その容姿に驚いたがなぜなのか探らなかった。

軍医も艦娘の個人情報を遵守した。

容体を聞きに来た青葉に軍医は症状を書いたクリップボードを手に説明した。

「手短に言えば、短期間に大量にかかったストレスによる過労ですな」

「過労ですか」

「ああ。なに、丸一日は養生すれば元気になるよ。

医者としてはきちんと食べて、きちんと寝て、きちんと休む、それを大事にするように、だな。

彼女が望むなら自室で静養してもいい」

「そうですか。お見舞いは出来ますか?」

「ああ。構わんよ」

承諾を得られた青葉は愛鷹の病室へと入った。

点滴を受けている愛鷹はすうすうと寝息を立てており、青葉が入ってきたことに気づいた様子が全く感じられなかった。

ありゃ、寝てましたか……。

起きている時に出直をそうと思った時、青葉の目に愛鷹の素顔が映った。

「……愛鷹さん……」

制帽の下に隠されていた愛鷹の素顔は大和とほぼ同じだ。

髪型など僅かに違いはあるが瓜二つと言っていい。

「やっぱり、そうでしたか。

……まあ、分かっていましたけどね、愛鷹さんの正体は。

青葉に隠し事をしても、簡単には隠しきれませんからね」

そう静かに語る青葉の声すら愛鷹は聞こえていない様に眠っていた。

 

 

きっかけは以前夕張から教えてもらっていた愛鷹の艤装の番号だった。

あれを基に自分なりに色々と考え付く要素をメモして、色々と調べまわしたのだ。

機密情報のサーバーなら大体は自力でこじ開けられる。

最近は使わないやり方だったが、こう見えても青葉にはハッカーの腕はある。

その技術を駆使して少しずつ情報を引き出し、パスワードを手に入れてアクセスしていった結果色々と分かった。

まず愛鷹は軍籍登録、つまり海軍には少なくとも五年前に入隊していたことが分かった。

どこの生まれかは特定できなかったが、二〇二一年生まれを示唆する情報がいくつか存在していた。

つまり愛鷹は情報が正しければ二七歳だ。

証明写真では大和とほぼ同じ顔立ちで傍目にはそっくりだ。

経歴では国連海軍国際士官学校(青葉の記憶ではエリート中のエリートでも受験が難しい難関)を首席で卒業。

去年の春まで国連海軍直轄艦隊に所属しており、配属基地は「第666海軍基地」だったと言う。

だがこの基地がどこにあり、どのような部隊が展開しているかまでは把握できなかった。

愛鷹が在籍していたと言う国連直轄艦隊は、別名エスペラント艦隊と言う名前通りどこの国の指揮系統にも入らない独立艦隊だ。

国内事情で艦娘を保有できない国々の沿岸防衛から艦隊戦も行う部隊だが、秘密のベールに包まれている所も多く規模の程度は不明だ。

その艦隊にかつて愛鷹は配備されていたらしい。

当初は超甲巡ではなく実験艦であったようで、正式名称は「超大和型大口径主砲実験運用艦リプロダクト」と言う名前だったようだ。

成る程、と青葉は思ったものだ。

「SYALGTV」は「Supper YAmato Large Gun Test Vessel」の意味だったのだ。

ただ「リプロダクト」が愛鷹の本名なのか、そこでの呼称、コードネームなのかはさっぱりだった。

そもそも「リプロダクト」がどう言う意味なのか、さっぱり分からない。

そして青葉の力で探り込めたのはそこまでだった。

かなりの大発見だったが、青葉には気がかりなところが多かった。

それは情報の信憑性だ。

自分が引き出せた情報が果たしてどの程度正確か、裏付けが充分に取れなかったのだ。

その為自分でも納得のいく信頼性のある情報とは言い難い。

自分のしたことが重大な違法行為なのは分かっているから、下手に欲張るとどうなるか分かったものではない。

ただ青葉としては「超大和型大口径主砲実験運用艦」の経歴だけはほぼ真実だと思っている。

 

超大和型は大和型戦艦を超える超弩級戦艦として開発が行われていた大艦巨砲主義の究極体型で、二〇四三年には「超大和型開発プロジェクト」が立ち上げられていたらしい。

プロジェクト自体は大和型改二が実現している事から必要性が無いと判断され、「先進主砲技術実証プロジェクト」と名前を変えた末に二〇四六年に解体されている。

 

かつて愛鷹はそこで実験運用に携わっていたと言う事だ。

そのころの詳細な経歴は抹消されておりそれ以上はつかめなかった。

もっとも愛鷹の個人情報は大雑把なモノしか見つからず、恐らくこれは氷山の一角程度の情報だろう。

あとは精々、身長、体重、スリーサイズ(グラマーではないが青葉より体格のいい衣笠とほぼ同じ)を引き出せたことだ。

身長と体重から算出されるボディマス指数が、愛鷹の場合標準値を下回っているのが少々気がかりだったが、それを除けばいたって健康ではあるようだ。

健康な体なのに吐血する理由については、残念ながら医学の知識が殆どない(他の艦娘同様に一般的な応急手当程度しか医療知識はない)青葉には分らなかった。

 

これらの情報は一切メモもプリントアウトもしていない。

パスワードのメモも衣笠に隠れてこっそり焼却処分し、アクセス記録も巧妙に消している。

青葉が調べられた限りで分かった愛鷹の情報は、

 

・西暦二〇二一年生まれの二七歳

・海軍入隊・軍籍登録は二〇四三年

・国連海軍国際士官学校を首席で卒業

・国連直轄艦隊第666海軍基地に配備

・当初は「超大和型大口径主砲実験運用艦」と言う艦種

・身長は一八九センチ

・体重は五八キロ

 

と言う事だ。

因みに愛鷹のボディマス指数は約一六・二五でWHOの基準で言うと「痩せている」に入る。

この数値の体で、あれだけの戦闘と負傷を耐えるなんて、愛鷹さんは何者なんだろ、と青葉は試しに自分の指数も計算してはじき出した数値と見比べながら思った。

因みに青葉は「普通体重」で問題なしで衣笠も同じ(青葉より数値が少し上)だった。

 

二七歳で大和とほぼ同じ顔がすべて一致する条件だとしたら誕生日は大和と同じ日の筈だ。

「一二月一六日生まれですか……」

大和との関係性が判明するまではもっと年上かと思っていたが、実は一歳違いだったのには驚かされた。

もっとも艦娘はあまり互いの実年齢を公表しあわないところがあるから、実は普段ため口を叩いている妹が年上だったと言う事はざらにある。

衣笠は同い年だが誕生日では青葉が早かったので、実年齢でも青葉が姉になる。

「あれ、と言う事は、青葉は三番目の年長者と言う事ですか」

パパラッチ行為などやりたい放題の事をして入手した個人情報から、青葉は第三三戦隊メンバーの実年齢は知っていた。

それによると夕張が一つ上の二七歳で、実は愛鷹とは同い年だ。

衣笠は自分より約一ヶ月遅れの二六歳、瑞鳳は二二歳、蒼月は一九歳、深雪は一八歳だ。

ここまで考えていた時、ふと自分ももう二六なのか……と感慨深いものを感じた。

 

一〇年前の高校一年生の頃に成長停止が起きて艦娘の素質が分かった。

学校になじめていなかったことや二年前に両親が他界して天涯孤独だったこともあり、生活のためもあって海軍に入った。

本名を捨て、艦船の名前になると言う時は、亡き両親から貰った名前をこれから先名乗ることが出来ない事に残念な気持ちだったが、そのまま艦名となったのは幸いだった。

民間人時代の自分を捨てれば両親から貰ったものなど名前しかない様なものだからだ。

海軍に入り、艦娘となってからは持ち前のスキルを活かし、着任一年目で中尉に昇進し、更に改になるなどスピード出世していく活躍を見せた。

大尉にまで昇進して以降は大した賞罰は無い。

実は少佐へ昇進することが可能になっていたのだが、自分のやらかしが原因で昇進試験取り消しを食らっていた。

 

宿舎の会議室の一つを借りていた愛鷹以外の第三三戦隊メンバーの元に戻った青葉は、愛鷹の容体を伝えた。

「過労だったのか。

なんだ、心配して損した気分だなあ」

苦笑を浮かべる深雪に瑞鳳がじろりと目を向けた。

「深雪がゴタゴタ起こす後始末が結構ストレスになってかも知れないわよ」

「うげっ……それはあるかもな」

「私も同罪ですね。

トラブルの原因ばかりを作って」

気落ちした声を出す蒼月の肩に夕張が手を置いた。

「蒼月ちゃんのせいじゃないわよ」

「まあ、私と青葉もやっちゃって愛鷹さんの迷惑になってるから、私も同罪かな」

「要は青葉たちが愛鷹さんに頼り過ぎていた、と言う事ですね」

ため息交じりに青葉が言うと、五人はその通りだ、と表情を沈み込ませた。

色々と根回しは愛鷹がすべてやってしまうから自分たちがする幕が無かったと言う理由はあるにはあるが、それなら自分達でももっとできる事を探すべきだったかもしれない。

「愛鷹は頑張り過ぎたんだよ。

馬鹿真面目な奴だし、我慢強すぎるから抱え込みがちな体質になっちまう」

「そうね」

瑞鳳が頷く。

 

脳裏に誰にも話していない愛鷹の素顔を瑞鳳は思い出し、これまでの愛鷹との付き合いも重ねてみると、過労になってもおかしくはない毎日を過ごしている気がしてきた。

 

「愛鷹さんが動けないから出撃しないという訳にも行かないでしょうから、青葉が次席旗艦として指揮しようと思っていますが、異論はありますか」

「まあ、最初から青葉がそうなるって決まってたから、それでいいわよ」

問題は無いと夕張が頷いた。

「青葉なら出来るわよ」

「今度は魚雷が当たんねえようあたしも頑張るよ」

「愛鷹さん抜きでも私も頑張ります」

笑顔で衣笠、深雪、蒼月も頷いた。

一人考え事をしていた瑞鳳も遅れて賛同した。

「まあ、もっと早く青葉もお助けしていればよかったですけど」

「今更言ってもしたないわよ。

それよりはこれからどうするかを考えていきましょ」

助け舟を出す夕張に「そうですね」と青葉は返した。

まずすべきは愛鷹から作戦計画書を引き継ぐ事だ。

どこにあるかは磯口に聞けば分かるはず。

考えれば考える程、自分にかかる仕事の量に身震いするものを感じて来るが、同時に意気込むものを感じて来ていた。

 

見ていて下さいよ、愛鷹さん。

「ソロモンの狼」の実力をお見せしますよ。

 

 

「そうか、分かった。引き続き頼むぞ」

受話器を置いた有川はパソコンに表示しているデータを見て顎をつまんだ。

「やはり、あいつが動いているか……」

画面に表示しているのは通信記録だ。

固有の国連軍高級将官の通信記録から、有川が「怪しくないから怪しい」者達をリストアップしそれを常時傍受・監視しているのだ。

情報部が好かれないのは、この内偵や監視活動を同じ国連軍にも行う事だ。

国連軍は深海棲艦のお陰で登場した常設世界連合軍だが、取り除ききれない不和を抱えたまま統合してもいるから、国連軍内での主導権を握ろうとする一派も存在する。

そのような存在が台頭すれば国連軍の存在が崩壊しかねないものがある。

それを防ぐために情報部は身内の監視活動を行っているのだ。

今、有川が見ているのはある将官の秘密回線記録だ。

「『こいつ』、しつこくNo.796の身辺を探ってやがるな……。

そうはいかねえな、あいつの……だからな」

旧友の顔を思い浮かべながら不敵な笑みを浮かべる。

しかし、こいつは上手い事アクセスしてきやがったもんだ。

足跡消しは上手いから解り難かったが、箱を開ければこいつだったか……。

有本は特定されたID「JFFG2022CA03」の文字を見て苦笑いを浮かべた。

気が付いたのが俺だったことに感謝しろよ、パパラッチ……。

不信なアクセス形跡がある、報告が入り確認を取ったところ、有川も舌を巻く手段で軍の機密サーバーにアクセスして引き出せる情報を引き出していた。

「お前には毎度驚かされっぱなしだぜ、青葉よ」

あの青葉の事だから知りたがるのも無理はない、と有川は思い遊び心半分で青葉に知られても、というよりは青葉が知ってしまっても問題ない程度に情報をリークした。

勿論、青葉に気づかれない様にだ。

「お前の好奇心は買うが……敵は『身内にもいる』からな……」

まあ、その程度は俺が何とかしてやるさ。

青葉のハッキング記録をしまい、元の画面に戻す。

「やはりこのタイミングで動き出しているか……」

傍受された怪しい通信記録の初まりの部分を見て、厄介なことになったもんだ、と顔をゆがめた。

「まあ、あいつにはまだ知らせておかないとして……気になるのはこれだな」

有本は何者なのか分からない交信先のIDを見た。

このIDは全く見たことが無かった。

あらゆる組織、政府関係機関から武装組織(有川は武装チンピラと呼んでいる)のIDの全てにも一致しない。

ハッカーやクラッカーの使うIDでもない。

全くの未確認で出所すらまだ特定できていない。

そのIDの持ち主と「こいつ」は一体何を話している?

「こいつ」の以前所属していた部署は多いが一時期基地司令を務めていたことが分かっている。

その時のIDにBaseNo666の文字が入っているからだ。

今は変更しているが有川の手にかかれば隠蔽しても見つけられる。

情報漏洩の可能性も視野に入れて探りを入れるべきだろう。

しかし、「こいつ」はシンパが多く、独自の大規模秘密組織めいたものを持っているから迂闊には近寄れないだろう。

「何考えてんだ、こいつらは……」

有川のつぶやきの答えはまだ出ない。

 

 

自室で昼食を摂っていた時、ドアがノックされた。

箸をおいた武本は「入れ」、とノックした相手に返しながら金剛が入れてくれた紅茶をすすった。

「失礼するぞ」

ドアを開けて入って来たのはガングートだった。

「ガングートくんか。ああ、今日だったな」

「ああ。忙しい時の帰国命令である事、申し訳ない」

「いや、君には君の所属する本国部隊があるからね。

また遊びに来なさい」

ロシア艦隊司令部から、沖ノ鳥島での傷が癒えたガングートの帰国命令が出たのは昨日の事。

荷造りを終えたガングートは、出発前に武本に別れの挨拶を入れに来たのだ。

「あいつは上手くやっているのか?」

「愛鷹くんかい? 

過労が祟って倒れたそうだよ。青葉くんが後を引き継いで第三三戦隊は活動を続行するけどね」

「大丈夫か?」

心配顔になるガングートに武本は大丈夫と笑みを浮かべた。

「一日休めば元気になるとの事だ」

「そうか、それは良かったな。

だが、忠告したのだがな……無理はするなと」

「仕事が違うし、慣れない気候だ。

君もここに始めて来た時は熱中症にかかったろう?」

「ああ、あれはキツかったな」

初来日時の記憶にガングートは苦笑を浮かべた。

クリミア半島での夏よりも暑い事は知っていたが、ここまで暑いとは知らず、熱中症で寝込む羽目になったのは苦い経験だ。

「あいつにはよろしくと、言ってもらいたいが、頼めるか?」

「了解した。伝えておくよ。

ところで、君は愛鷹くんを随分と気にかけているようだけど、何か見どころがあるのかな」

武本の問いにガングートは傷のあるほおを緩めて頷いた。

「あいつは誰にも見せない所で苦しんでいる。

私の推測だが、その苦しみは死ぬまで癒えないだろうな。

その苦しみの中で自分と向き合い、仲間を共に戦場で生きていく術を常に探している。

昔の私も同じことをしていた……今の場所に落ち着くまでな」

 

彼女が語るモノ……ロシアとエストニアが深海棲艦の攻撃の混乱下で偶発的に起こしてしまった紛争の事だろう。

ガングートはその紛争ですべてを失い戦災孤児となった。

その後、二年ほど「少年兵」となって戦場を家とした後、ロシアに渡り艦娘になった。

故郷を焼いたのがロシア連邦でありながら、ロシアの民になった経緯や彼女の心境は分からない。

 

「……そろそろ、列車が出るころだろう。

もう行きなさい」

「ああ。食事中失礼した。

必要があればいつでも呼んでくれ、本国が許可すれば応援に来る」

「ああ。その時はよろしく頼むよ」

そうして二人はどちらともなく手を出して握手を交わした。

 

 

病室から宿舎の自室へ移動した愛鷹は、安静を言い渡されているだけにする事が無く、仕方なくジャズ鑑賞で暇つぶしをすることにした。

布団に横になりながら音楽鑑賞をしていると、部屋のドアがノックされた。

イヤホンを外し、制帽を被ると「どうぞ」と返す。

入って来たのは青葉だった。

左手にビニール袋を提げていた。

「どうも青葉です。

差し入れを持ってきましたよ」

「あら、どうも」

布団から出て寝間着のパジャマのまま青葉を迎えに行こうとすると、「ああ、そのまま布団にいてください」と押しとどめられた。

「瑞鳳さんが卵焼きを焼いてくれましてねえ、愛鷹さんにどうぞと」

「嬉しいですね、大好きですよこの卵焼は」

「ほお、それは初耳ですねえ。

あ、これは青葉が焼いたお好み焼きです」

ビニール袋からタッパーに入った手料理を出す青葉に、愛鷹は感謝した。

「ありがとうございます。

瑞鳳さんにもお礼を言っておかないと」

「食べておいた方がいいですよ。

皆、心配していますから」

「すいません。

旗艦の私が、病気で動けなくなるとは恥ずかしい限りで……」

「大丈夫ですよ。その分青葉にお任せです」

「では明日の出撃指揮は、青葉さんにお願いします。

ただ、私が抜けている分戦力は落ちますから気を付けてください」

念を押す愛鷹に青葉は「了解です」と答える。

作戦計画書を渡しておかないといけないので愛鷹はパソコンからUSBを抜いて青葉に渡した。

「必要な情報は入れてありますが、適宜状況に応じて変更してください」

「分かりました。

今暇なら少しお話でもしませんか?」

「いいですよ」

音楽を聴く以外に特にすることもない。

部屋に上がった青葉は愛鷹の座る布団の脇に体育ず座りした。

「愛鷹さん、もう青葉には素顔を見せてくれてもいいんじゃないですか?

別に記事にする気はありません。

でも信頼する間なら、もう見せてくれてもいいんじゃないかなって思うんですが」

「何か、知ってそうな口ぶりですね」

そう返しながらも愛鷹は、青葉がもう自分の素顔に気が付いていることが分かっていた。

微笑を浮かべたまま無言の青葉に、あなたみたいな勘のいい艦娘は好きですよ、と胸中で呟きながら制帽を脱いだ。

「想像通りですか?」

「ええ。

青葉個人の率直な疑問なんですが、何故制帽を被って隠すのです?

どの様な理由があるのか、次席旗艦として知っておきたい気持ちがあります。

勿論、記事にする気はありませんよ」

「……青葉さんにも教える時が来てしまったようですね」

溜息を吐きながら愛鷹は返す。

自分を見る青葉の目と声は本気だ。

次席旗艦の青葉にはいずれ話さなければいけない事だとは分かっていた。

今がその時なのだろう。

「見ての通り、私は大和と同じ容姿です。

海軍はこの容姿が他方に混乱を起こすことを危惧していたので、私は制帽の常時着用が義務づけられました。

 

長い事、私はこの容姿がコンプレックスでした。

望んでこの姿として生まれたわけではなかったのに……自分を否定される思いでした。

 

でも大和がいる限り、私は制帽と言う仮面で素顔を隠さないといけない。

私は……あいつ、大和が嫌いです。憎んでいると言っていい。

 

同様に私は提督、武本生男中将も……。

 

心の底ではこの二人を『この手で殺したい』と思う程に憎悪しています。

 

青葉さん、あなたにすべてをお話しします。

私、超甲型巡洋艦愛鷹の本当の姿を」

 

 

手製の卵焼きを入れたバスケットを持った瑞鳳は病院の個室病棟に行き、ある部屋の前に来ると、軽く深呼吸をしてからドアをノックした。

「誰や?」

「瑞鳳です」

「瑞鳳か、入ってや」

嬉しそうな声が瑞鳳を迎え入れる。

ドアを開けて入ると小柄な龍驤が、ベッドの上で満面の笑みを浮かべて待っていた。

「よー、来たな。

皆遠慮しちゃって暇だったんや。

元気にやっとるか?」

「はい」

そう返しつつも瑞鳳は、今の龍驤の姿を見ると目を合わせづらいモノを感じた。

 

かけ布団の下の龍驤の左足がある所が平らになっている。

龍驤自ら意思で切断した為に、今はそこに彼女の左足は存在しない。

 

「そう辛気臭い顔すんなって。

心配あらへんよ、ちょっち入院すればまた足は元通りになるって。

命そのものが助かるんなら、足の一本くれたる」

足が無いにも関わらず、龍驤は朗らかに言った。

その笑みに瑞鳳は幾分か気持ちが和らぐ思いだった。

「元気そうで何よりです」

「そっちもな。上手くやっとるんか、新しい部隊で?」

「ええ。ただこっちに来てからは悪天候続きであまり出撃できていません」

「あー、そやな……。

こんなこと言うのもなんやけど、タイミングが悪かったのかもな」

「そうなっちゃいますね」

「まー、気にすんなって。

お天道様にはお天道様の生活があるから」

「どうも、あ、そうだ私卵焼き焼いたので龍驤さんにも、と」

瑞鳳はバスケットからタッパーに入れた卵焼きを出した。

それを見た龍驤の目が歓喜の色に代わる。

「おぉ、ありがとう。

ホンマいつも済まんなあ、ウチ、これが食えんと禁断症状起こしそうや」

「ありがとうございます」

顔を輝かせる龍驤は、一緒に入れられていた箸を取るとタッパーの中の卵焼きを取って口に入れた。

「あー、旨い! 最高やこの味。

たまらんで」

感極まったような顔で食べる龍驤を見ていると、瑞鳳も元気が出てくる気がした。

戦闘で仲間に感謝されるのも良いが、自分の作った卵焼きで感謝されるのはもっと気持ちがよかった。

今も昔も軍隊では、食事が兵士たちの士気を維持する為には重要なものだ。

 

あっという間にタッパーの中の卵焼きを食べた龍驤は、「ふう、旨かったなあ。ごちそうさん」と満足そうな表情を浮かべた。

「食べたかったら、また作ってあげますね」

「じゃあ、今すぐ」

「えー」

「冗談や」

 

卵焼きを食べた龍驤と瑞鳳はしばらく他愛の無い話に花を咲かせた。

瑞鳳にとって龍驤は先輩である。

少なくとも空母艦娘としては先輩格だ。

背丈では同じほどでも、瑞鳳には大きな背中に見えることがある龍驤は、軽空母勢では実力者の一人だ。

新人時代の瑞鳳も色々と世話になっている。

 

「なあ、瑞鳳。

キミの上官の愛鷹っちゅうの、ウチはあんま知らんのやけどどんな奴なん?」

「そうですね、一言で言うと……カッコいい人かな」

「カッコイイやつな。

瑞鳳が言うなら、そらあ凄い奴なんやろな。

空母? 戦艦?」

「超甲型巡洋艦て言う艦種で……うーん、重巡よりすごい巡洋艦です」

「超甲型巡洋艦な、高雄や妙高らより強そうやな」

「火力がケタ違いですよ。

二〇・三センチより大きい三一センチ砲が主砲ですから」

「ふーん、三一センチやと確かにネ級改当たりなら簡単にひねりつぶせるな。

でも戦艦相手だと厳しいやろな」

「でも機動性が高いので、懐に潜り込んで刀で近接攻撃してそれを補っているから、航空支援が充分にあれば強いですよ」

「それが逆に短所になるかもしれへんな。

しかし刀って、天龍、木曽、皐月みたいなことすんなア。

伊勢や日向とかも持ってるけど、使ったとこ見たことないわ」

「手合わせしたら愛鷹さんが絶対強いですよ」

言い切る瑞鳳に龍驤は「実力者っちゅうことやな」と頷いた。

「いっぺん、会ってみたいな」

「愛鷹さんもちょっと熱を出して寝ていますけど、すぐに良くなりそうなので、元気になったら連れてきますよ」

「ありがとな、瑞鳳が頼りにするんなら、中々の艦娘なんやろうな」

一瞬だが瑞鳳は龍驤に愛鷹の素顔を話したくなる衝動にかられた。

龍驤先輩なら話してもいいような気がする、そんな気がしたのだが、そう簡単に口に出していい事ではないと言う気がすることだ。

しかし頼りになる先輩に話すと気が楽になる気もした。

そんな奇妙に沈黙した瑞鳳に龍驤は違和感を覚えた。

「どないしたん?」

「あ、いえ、別に」

「かまわへんで。悩み事があったら、ウチが相談に乗ったるよ。

話したら気が楽になるやろ。

ウチは口が堅いから安心せい」

気遣ってくれる龍驤に言われると安心感が出た。

少し戸惑いはあったものの、瑞鳳は「しだか」で見た光景を話した。

神妙な表情で聞く龍驤は瑞鳳が話し終えると、深く頷いた。

「よう話してくれたな、これでキミも少しは気が楽になったやろ。

確かに不思議な話やな……顔がそっくりな艦娘なあ。

扶桑型姉妹はよう似てるけど、本当の姉妹やないって山城自身が言うてるからな。

姉妹の愛に、血のつながりは関係ないやったかな。

たまげた事を抜かしたわ」

「ずっと気になってたんですけど、話す相手がいなくて」

「もう一人で抱え込まんでええよ。

内と共有したんや、もう心配あらへん。

この事は内緒やで」

「お願いします」

「任しとき。口の堅さは保証するで」

にっこりと笑う龍驤に瑞鳳は励まされる思いだった。

 

 

整備工廠で作業員と工廠妖精さんと夕張が、第三三戦隊メンバーの艤装点検を行っていると、衣笠がやって来た。

「お疲れー」

「どうも。自分のを点検に来たの?」

「そんなところ。調子は?」

「まあまあかな。燃料の質の維持は苦労するわ。

燃料設備自体のメンテも多分必要ね」

「私が頼んでこようか?」

その提案に夕張は頭を振った。

「もう私がしたけど、『予算不足』で一蹴されたわ。

じゃあ、追加補正予算で何とかしてよ、よ」

「お金ねえ。何事もお金次第」

「全くよ」

妖精さんが組んだ足場に囲まれている自分の艤装の点検を始めた衣笠は、ふと隣に置かれている青葉の艤装を見て、青葉もちゃんと点検をしているのか気になった。

「ねえ、青葉は今日点検やった?」

「まだよ。というか、デブリーフィングからずっと見かけてないわね。

どこに行ってるの?」

「さあ。でも多分愛鷹さんのところかも」

「ああ、確かに。青葉は次席指揮官だものね」

作戦計画書とか取りに行って、説明してもらってるのかも」

「説明されなくても、青葉ならわかると思うけど」

旗艦経験は多いし、頭も切れる姉であるのはよく知っているから不思議になる衣笠は、首を傾げながらも艤装点検を行う。

「配線コード一三番が要交換ね……。

機関部回転数は大丈夫……主砲火器管制装置は……問題なし……」

艦娘などの人間では確認しづらい艤装の細部は、妖精さんが潜り込んで確認してくれるので、整備の際は手間がかなり省ける。

「防護機能のコンバーターが……数値が揺ら付いてるわね、重点的に整備お願い」

防護機能の出力にブレが出ると、防げる攻撃も防げない。

調整を頼まれた妖精さんは敬礼すると、即座に作業にかかった。

右手持ちの主砲の調整をしていると、青葉の艤装を整備中の妖精さんがチェックリストを纏めているのが目に入った。

「あら、ご苦労さん」

どうも、と言う様に妖精さん達が手を振る。

せっかくなので青葉に代わって見ておこうと、衣笠はチェックリストを手に取って見た。

改二の自分とは仕様が違うところが多いとは言え、同じ青葉型なだけに基礎的な所は共通している。

部品の互換性も三割は残されている。逆を言うと七割は新設計されたものだが。

艤装の改装を受けていない青葉は、実は性能上重巡洋艦艦娘では旧式艦の部類に入りつつある。

艤装が旧式化すると近代化改修、大規模近代化改修(フラム)を行って戦闘能力の維持や向上を行う。

しかし青葉の艤装はそろそろその改修で補えるのにも限界が出てきており、いずれは青葉自身も改二にならないとネ級改への対応が難しくなる。

深海棲艦もマイナーチェンジアップを行っている為、人類と深海棲艦との間でも、果てしなき性能強化競争が起きている。

砲身寿命や機関部の損耗も日増しに早まっている。

このままずっと放置していれば、強みの低燃費も長所で無くなり、最新鋭の阿賀野型にすら劣ってしまう。

つまり青葉は低性能の艤装を技量で補って戦い、戦果を上げているのだ。

ここまで頑張っているのに、改二艤装にしてもらえない姉が衣笠には不憫に思えてならない。

姉の艤装を見て憂いた表情の衣笠に気づいた夕張は、「青葉の艤装はこれでも結構長持ちしているわよ」とタオルで手を拭きながら言った。

「結構物持ちがいいのね、青葉は。

被弾しない方だし、案外艤装を壊さないから長持ちしやすいのかも。

お陰で仕事が楽よ」

「念入りに整備するのは見た事あるよ。

改二になれない自分をどう思ってるのかしら……」

「改二になれない事を嘆いたところは私も見たことが無いから、分からないけど……内心不満は抱えているんじゃないの」

そう言われてみると、一度も青葉は改二を羨んだこともなければ改止まりの自分を嘆いたこともない。

別に艦娘で改止まりの者は少なからずいるし、高雄型の高雄、愛宕、最上、三隈も現状改以上の改装は受けていない。

しかし、艤装の性能が四人とも素で高い上に、最上と三隈は航空巡洋艦だから重巡としては多用途性が高い。

結局、旧式化、ポンコツになりかけているのは青葉だけだ。

「改二にしないまま、使い続けたらこの艤装はどうなるの?」

「新造しないと、耐用年数が来てガタが起きるわね。

まず機関部からよ。最大速力を発揮できなくなるわ。

試算だと、第四戦速が関の山になって来るわね。

主砲は砲身交換頻度が上がって整備性は悪くなるし、射撃管制装置も反応速度が低下して青葉への負担が増大。

防護機能は何とか維持できるでしょうけど。

もし旧式艤装だと新造するかは怪しいわねえ。

睦月型の子達と違って青葉は重巡だから新造するには予算も資材も結構必要。

それなら長持ちする改二を新しく配備するのが、むしろ安上がり。

そこのところは提督もちゃんとわかっているはずだから、近い内青葉も改二になれるわよ」

「そうだよね……」

青葉が改二になれず旧式化して、そのまま予備役に入れられて第六戦隊から外される、そんな酷い結末が一瞬脳裏に浮かんだ。

いや、そんな事は無い。提督は絶対青葉を改二にしてくれる。

青葉がいないと六戦隊じゃない。

青葉と自分、古鷹、加古の四人がいてこそ六戦隊だ。

一人として欠けたらいけないのだ。

自分のやや沈み込み気味の表情に気が付いた夕張が、そっと聞いて来る。

「気になるの?」

「うん……」

「大丈夫よ、そう簡単に青葉は外されないわよ。

私たちは消耗品じゃない、艦娘よ、人間なんだから」

 

 

聞き終えた青葉は、その壮絶な半生に声が出なかった。

「そうだったんですか……」

「笑えますよね。

私は何度も考えましたよ。

 

この世に生まれて、艦娘として生を得て、ここにいるのは何の為か。

 

私は何のために生まれたのか。

 

刻みたい、この世に、この時に、私が生きていたことを遺したい。

その為に私は生きる事を選んだのだろう、と。

 

そう、私が生きている事には意味がある。

それは死に物狂いな程の困難な事だけど、やり遂げてみせる。

私は、それを『復讐』、と考えています」

「『復讐』……」

「ええ。私を見放した者たちへの『復讐』です。

この五年間、私が運命に抗い続け、明日訪れるかもしれない死と日々戦っているのを示すことを。

本当に度し難いですよ、この世が。

こんな戦争さえなければ、こんな運命を辿らない形で私は生まれたかもしれない。

 

だから嬉しかったんです、貴方が私を慕ってくれていることが。

長い事、私は人間不信に陥っていたから、着任した時はまだ心に角があった。

それを丸くしてくれたのは第三三戦隊メンバーの皆さんのお陰でした。

 

それに……」

「それに?」

先を促した青葉に愛鷹は涙を浮かべた目を向けた。

「貴方と衣笠さんと言う姉妹の姿が、私には羨ましい。

あんなに仲のいい姉妹が私には……狂おしい程に羨ましい。

 

私は……大和を憎んでいます。

 

でも、きっと私の心の中には、あいつを許してあげたいと思う自分がいる。

その自分が、大和からの輸血を受け入れたのかもしれない。

確証はありません。

何が何でも生きてやると言う執念だったのかもしれない。

でも、これ程にまで大和を憎みながら、何度もあったはずの機会にあいつを手にかけなかったのには何か理由があるはず。

そう考えてみたら、私には大和を許してあげたいと思う自分が、心の中にいるんじゃないかって」

青葉にはそこまで人を憎いと思った事は一度も無かったから、愛鷹の心情がどれほどのものなのかは推し量り切れないものがあった。

しかし愛鷹はその生い立ちから言えば、人を憎まない穏やかな人柄になれと言われたら、そう簡単に出来るものではないと言えた。

 

「青葉さん、これは私からの頼み、いえ、お願いです。

例え血は繋がっていなくても、姉妹の誓いをたてたのなら衣笠さんの姉として生きてください。

艦娘がこの世から必要とされなくなる日が来たら、貴方と衣笠さんの姉妹関係は用をなさなくなる。

それでも衣笠さんを妹として愛してください。

大和を愛すると言う事が出来ない私の代わりに」

「分かりました」

力強く頷く青葉の目頭も熱かった。

 

はじめて会った時、愛鷹が物珍しい新人、と言う認識だった青葉。

 

第三三戦隊結成後、数カ月近く共に戦い、生活して来るうちに友情を深め、互いを上官と部下と言う関係に変えた。

 

そしてこうして愛鷹の身の上を知ってまた一つ、変わった。

 

今では単なる上官と部下と言う関係以上の信頼関係が二人にはこの時出来ていた。

 

 

戦艦イリノイはコンパスに表示される天気予報図を見て表情を曇らせた。

彼女率いるTF12.2のサモア、スクラフトン、ウースター、ジャイアット、カーペンターはラバウル到着まであと二日にまで迫っていたが、予報通りならラバウルに到着するころには低気圧に遭遇するはずだ。

当然海は荒れるだろうから、航行は簡単なモノではなくなるはずだ。

「各艦、ラバウルに着くときは低気圧の歓迎を受けることになりそうだ」

「はあ。この辺りでの低気圧発生はいつもより多いですね」

ため息交じりにサモアが返すと、ウースターも心配顔になって言った。

「悪天候下で空爆を受けたら、牽制の弾幕が関の山です。

対空射撃時の安定性が保てず、命中率が落ちて威嚇になるかどうかも分かりません」

「それでも当てるしかないですがね」

対空防衛担当のジャイアットが呟いた。

自身のコンパスを見ているスクラフトンが溜息を吐いた。

「なるべくなら着くときくらいは晴れて欲しかったんですが」

「そう上手くはいかないさ」

だが、その時に敵襲を受けたら少々拙いがな、とイリノイは自分たちの燃料残量を気にしながら思った。

この時すでに六人の前方には、不吉な予感を思い起こさせる黒い雲が遠くに見えていた。

 

 

作戦計画書を読み終えた青葉は、夕食後も計画書と睨めっこして、明日の出撃の予習を行っていた。

腕を組んで唸っていると、部屋のドアを誰かがノックした。

「はい?」

「霞よ。クズ司令が呼んでるわ、すぐにあいつの部屋に出頭しなさい」

「了解です」

何の用だろう、と思いながら計画書を入れているパソコンを閉じた。

部屋を出た時にはすでに霞はいなかった。

いちいち待っている気はないのだろう。

青葉が磯口の部屋に出頭すると、いつもの表情に若干険しさを浮かべた磯口がパソコンを前に待っていた。

「青葉です」

「貴様らに面倒な事が起きそうだぞ。

LRSRGの連中が明後日到着するが、明後日は低気圧がここを通過する上に天候は最悪になる予定だ。

雷雲まで近づいているという予報も出ている。

そのLRSRGの連中を貴様らが出迎えに行けと、上は言っている。

運が無いなお前ら」

「出迎えですか」

「ああ。理由は『他はショートランド奪還の為に温存する』だ。

くそ、面倒なことになった。

だが私だけでは死なんぞ。貴様らも道連れだ」

「勘弁して下さいよ」

「それが出来たらお前にこんなこと言ったりはせん。

貴様らだって連日の出撃で疲弊し始めているというのにな。

便利屋扱いじゃないか、いい身分だな」

言い方は悪いが、声には同情が混じっている。

しかし、悪天候の中味方艦隊の出迎えとはどういう事だろうか。

「連中、悪天候の中を何回か航行して燃料がそろそろ拙いことになっている。

正確な誘導をしないと連中はガス欠で動けなくなるって事だ。

お前らには、そのガイドを頼むという事になる」

「明後日なら、愛鷹さんも復帰できますから青葉としては問題ない気がしますが」

「そう思うから、死人が出るんだ。

過労でぶっ倒れた奴を、療養したから即効投入したら、またすぐにぶっ倒れる。

何度も見て来た光景だ」

「つまり、明後日も青葉が第三三戦隊の臨時旗艦を?」

「そう言う事だ。

給料分仕事をしろよ、行ってよし」

 

一礼して磯口の部屋を出た青葉は、ドアの前に立っていた満潮と会った。

腕を組んでこちらを見る満潮は挑戦的な眼差しを青葉に向けていた。

「嵐の中で、あいつと一緒に動くのね。

お手並み拝見させてもらうわよ」

「青葉だって、重巡です。

やってみせますよ」

にやっと笑って青葉は返すと、満潮の返事を待たずに踵を返した。

やる事が沢山ある。

満潮さんとここで口喧嘩する、喧嘩は性に合わないが、している暇は無い。

 

「索敵も出迎えも旗艦代行も、青葉にお任せ!」

 




今回のお話の流れ通り、青葉くんが第三三戦隊の旗艦代行を愛鷹くんから委譲され、次回辺りは少し青葉くんが流れのメインになると思います。

今回、青葉くんの性懲りもなくやっていた愛鷹くんの素性調べの結果ですが、身長と体重、艦種以外は、どれかが本当でどれかがうそ、または全部本当で全部嘘かもしれないのが真相です。

久々の有川の登場となりました。
裏の手を回して、国連軍内部の秩序維持が情報部の任務の一つであり、武本とはまた違う非情さを持ち合わせている、有川ならではの役職でもあります。

ガングートくんも久々に登場しましたが、本作では元々ロシアの艦隊艦娘なのでいつまでも日本にいる訳にもいかず、今回帰国となっています。

龍驤くんに今回、左足を失いつつも元気な姿で登場してもらいましたが、個人的にエセ関西弁になっていないか少し不安でもあります。


劇中愛鷹くんが青葉くんに語った台詞にデジャブを強く感じた方もいると思います。
これが愛鷹くんと大和くんの因果関係のある意味鍵の様な感じです。
どうなるかは、また後のお話で。

なるべく早く次回を投稿します。


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第二〇話 大時化の前夜

春イベントの混乱が記憶に新しい中、八月に新たなイベントの予告が。

八月……期待の秋月型八番艦冬月「お冬さん」は出るのでしょうか。

その前に第二〇話をどうぞ。


翌日、敵機動部隊捜索に出撃準備中の青葉たちのいる整備工廠に、初めて磯口が訪れた。

工廠に入って来た磯口に敬礼しようとする青葉たちに、「続けろ」と制しつつ「話がある」と切り出した。

「愛鷹だが、熱は大分下がった。

ちゃんと飯も食って、睡眠も死なない程度に取っているから、明日には全快に持っていけるだろう。

ついでに悪い知らせだ。

先日近辺で発生した大型熱帯低気圧・コードネーム『カーラ12』が作戦海域に接近中だ。

『カーラ12』がこの海域に来るのは明日、つまりLRSRGの出迎えに出る時になる」

「のんびりやってられそうにねえな」

腕を組んだ深雪が眉間に皺を寄せる。

「つまり、明日私は絶対出撃出来ない訳ですね」

苦い表情で瑞鳳が磯口に聞く。

「そうなる。改二になったお前の優秀な技量でも無理な悪天候になる。

だが、悪天候だからと言って行くのを中止にするわけにもいかん。

連中の燃料はぎりぎりだ。

そこで、明日は能代、第八駆逐隊の朝潮、荒潮、満潮、霞、補給艦風早、知床の七人と一緒に出撃してLRSRGの補給作業支援に当たってもらう。

風早は三日前に退院したばかりの奴だ、元気ぶっているがそう言う奴ほどすぐに死ぬ。

補給作業支援だ、楽になるはずの任務だろう。給料分働けよ」

「あの二人と一緒にやるのかよ」

深雪が口をとがらせると、磯口は「軍務に私情を挟むな」とぴしゃりと返した。

溜息を吐いて深雪が黙ると、蒼月が入れ替わりに尋ねた。

「あ、あの愛鷹さんは?」

「退院したての奴を、即刻戦線投入する気はない。

以上だ、貴様らはやるべき事をやって来い、私は私の仕事に戻る」

そう残して磯口は工廠を出て行った。

「磯口提督はマイペースな人ね」

腰に手を当てた夕張が言うと、衣笠が苦笑を浮かべて頷いた。

「まあ、きっとツンデレなのよ。

だから霞ちゃんや、満潮ちゃんと上手くやれているんじゃないの?」

「男のツンデレっているのかあ?」

やれやれと深雪は肩をすくめる。

その輪には加わらず、青葉は熱帯低気圧「カーラ12」が来るから、今日は多少天気がマシという訳ですか、と予報図を挟んだ計画書を読んでいた。

今日は久しぶりに天候がまともになる、と気象班が発表しており、それに乗らない手は無いと青葉は大急ぎで瑞鳳の彩雲による航空偵察計画を組んだ。

今回は彩雲を普段より増量した航空団編成を組んでいる。烈風改一個中隊分を下ろし、彩雲一二機を入れ替わりに組み込んでいた。

晴れているうちに彩雲で探れるだけの海域を航空偵察して、敵機動部隊を発見することを先決にした編成だ。

早めに敵を見つけられれば、この基地の戦力で何とかしてくれるはず。

ショートランド奪還の為に温存の一点張りでも、目の前の敵を一掃する為には多少の戦力は割くはずだ。

自分たちが無理する必要は無い。

「さあ、皆さん。準備は良いですか」

「問題ないわ」

「艦載機の準備はOKよ」

「爆雷、魚雷異常なし」

「長一〇センチ高角砲の整備は大丈夫です」

「私も問題なし。行けるわよ青葉」

夕張、瑞鳳、深雪、蒼月、衣笠からのGOサインに青葉は頷いた。

「よおし、出撃です」

 

 

そろそろ、第三三戦隊メンバーが出港しているころだ、と自室で読書をしていた愛鷹は時計を見た。

次席指揮官の青葉に一任しているから、問題は無いだろう。

航空偵察を主体とした今日の出撃だから、直接敵艦隊と水上戦闘が起きるのは無いと思いたいが。

悔しい気はするが、療養中の自分が出撃することは出来ない。

明日までの我慢だ。

磯口は明日回復しても出さないと言ってはいるが、艤装点検をするなとは言っていない。

だから明日は艤装点検を、いや調査を行うつもりだ。

 

ずっと、燃料消費の変異がどうしても腑に落ちなかった。

自分の艤装は、注入された燃料の質が多少は落ちても、あそこまで酷く落ちる設計ではない。

寧ろタンク内で質が安定して、エネルギー変換効率に大きな変化が出にくくなる設計になっている。

ダウングレード状態とは言え、燃料消費までそうさせるのは、そもそも技術的に難しい。

なら、どうして数値が悪化するのか。

色々と考えてみた末に、一つの可能性があった。

 

ハードに問題があるのではなく、ソフトの方に問題があるのではないか、と。

愛鷹が燃料の消費管理プログラム自体に、何らかの細工がされていて、その結果自分の艤装の燃料消費や質の安定性が意図的に落とされているのではないか、と考えたのだ。

ある意味、妙な事を考えた気もしたが、これ以外に思いつくものが無い。

細工自体は、艤装技術に詳しい明石や夕張もあまり慣れていない自分の艤装だから、気が付かなかったのかもしれない。

やれやれ、とため息が出る思いだった。

お前にこの艤装はくれてやるが、最大の力を発揮させるほどこちらに気前の良さなどない、そう宣言された気分だった。

これでは一種の足枷だ。

それでも、もしこの足枷を外すことが出来れば、これから先苦労することは随分減るかもしれない。

イチかバチかの様だが、やってみる価値はあるはずだ。

 

 

「ターミガン1、2、3、4発艦。

行ってらっしゃい」

弓から放たれた矢から出現発艦した彩雲四機へ、瑞鳳が見送りの声を送った。

瑞鳳が放った彩雲偵察機は八機。

ターミガン隊四機とフェーザント隊四機だ。

発艦作業が完了すると第三三戦隊メンバーは、単従陣に隊列を組みなおし、巡航速度で航行する。

「連中、どこに潜んでいるんだろうな」

連装砲を持った手を後ろ手に組んだ深雪の呟きに、誰も答えない。

皆が思っている疑問だし、深雪も答えが返ってくることは期待していない。

 

島が多いと言っても、無数にあるという訳ではない。

確かに、ここ最近の火山活動で新たに出来たとみられる無人島の存在はいくつか確認されているが、隠れ続けるには限界がある。

哨戒線の内側でもうじき一か月近くにもなる長期間、無補給で動ける程深海棲艦もオーバーテクノロジーの存在ではない。

恐らく高速補給艦が随行しているだろう。

ただ高速とはいっても、最大速力には限界があるのは、人類の補給艦と同じだ。

航空偵察で広範囲を探せられれば、あるいは。

ここは愛鷹が指揮していた時よりも、もっと大手で彩雲の手に頼った航空偵察がいいと青葉は判断して、今回の作戦を立案したのだ。

もっとも愛鷹が指揮していた時は天候がすぐに崩れることが多かったから、航空偵察が満足に出来なかったと追う理由もある。

たまたま、今日は天気がいいだけかもしれない。

そろそろ、向こうも隠れ続けるのには限界の筈だ。

あと少しで見つけられるはず、そう青葉は信じていた。

 

「良く見えますねえ」

雲はそこそこあるが青空は比較的あり、見通しのいい空を青葉は見上げる。

その後ろを航行する衣笠も空を見上げて、残念そうな表情を浮かべた。

「この青空がずっと続いていたらいいのに……」

「そうねえ、明日は派手に荒れるのか」

ハンカチで手汗を拭きながら夕張も青空を見上げた。

「大荒れの天気は……小さい時、台風で避難したことはありすけど、ここではどれだけのモノなんでしょうね」

「日本のとは、また一味違う奴だな。

心配すんな、艦娘は雨の子、って言うぜ?」

「言う訳ないでしょ」

この地では未経験だらけの蒼月の疑問に深雪が答えると、瑞鳳が腕組をして返す。

「でも、日本とはまた違うのは確かね」

「瑞鳳さんはここで戦ったことは?」

「あるわよ。

祥鳳と何度もここでは戦っているからね。

MO作戦の時に私は被弾して出られなかったから、祥鳳が出たんだけど、大破して帰る羽目になったっけ……」

「あの頃からだよな、連中の攻撃力がやけに強くなり始めたのは」

渋い表情を浮かべる深雪に瑞鳳は「そうね」と頷く。

「祥鳳の背中、ひどい火傷だったわ。

あと四分搬送が遅かったら助からなかったわ」

「あの時、護衛していたのが青葉たち六戦隊でしたね……」

聞こえていたらしい青葉の重い声に、一同に暗い空気が立ち込めた。

 

祥鳳が大破炎上する羽目になった原因は複数あるが、あの時祥鳳を護衛していたのは六戦隊(と駆逐艦漣)だった。

直掩機をはるかに上回る敵機の絶え間ない爆撃、被弾した敵機の体当たりは、辛うじて飛行甲板を盾にしたおかげで致命傷に至らずに済むも、祥鳳に深手を負わせることになった。

沈黙する一同に深雪が溜息を吐いた。

「おいおい、辛気臭いことになってるぞ。

今更悔いても始まんないだろ、もう過ぎちまったんだからな。

祥鳳は幸い死ななかったし、あの時の戦いがその後の対策にもつながっている訳だろ?

失敗をいつまでぐじぐじ引き摺っても始まんねえよ。

あの時ドジったことをこれからどうすりゃ繰り返さないか、って考えていく、違うか?」

「そうね」

表情を和らげた夕張が頷くと全員の顔にも明るさが少し戻った。

「それより、索敵だろ。

しくじったら、寝床の愛鷹に顔向けできないぞ」

「それを言うなら病床」

「細かい事は良いんだよ」

ツッコミを入れる瑞鳳に苦笑交じりに深雪が返すと、全員の顔の表情が元通りになっていた。

この底抜けに前向きな姿勢が、電さんのトラウマや、愛鷹さんの性格を和らげられたんですね……先頭を進みながら後ろで喝を入てくれる深雪に、青葉は頼もしいモノを感じた。

誤射を受けて生死を彷徨い、原隊を除籍されてからは、色々な部署をたらいまわしにされる便利屋扱いを寧ろ楽しむその底抜けに前向きで明るい性格。

艦娘になる前の経歴については青葉も知らないが、もしかしたら愛鷹と同じ仕打ちを受けても、深雪なら立て直せるのではないか? そんな気がしてきた。

 

実際、昨日愛鷹から自身の過去を明かされた時、深雪の様な性格に強いあこがれを感じていると語っていた。

 

あの過去を、深雪が聞いたらどう感じるだろうか……。

 

 

「出撃、私がですか?」

きょとんとした目で、仁淀は姉の大淀を見返した。

「日本近海で深海棲艦の潜水艦隊が多数出現していて、対潜任務に当たる水雷戦隊が今必要なの。

私は、ここでの任務があるから。

貴方は第三水雷戦隊の第一九駆逐隊の子と組んで、太平洋側の対潜警戒任務に当たって貰う事になるわ」

大淀は事情と任務内容を掻い摘んで説明した。

多少仁淀は不安になった。あまり出撃した経験が多くないし、姉の大淀より後から配属されただけに艦娘としての経歴も浅い。

しかし人手が足りないとなったら、自分もやらない訳には行かない。

「分かりました、お姉ちゃん。私、頑張ります」

「気負い過ぎないでね。貴方は……私の大切な妹なんだから」

「第一九の皆さんがいますから。大丈夫ですよ、私だって艦娘ですから」

にこやかに答える妹に不安が無いわけでもない。

しかし、素人ではないし第一九駆逐隊の面々はベテラン揃いだ。

何かあったら、仁淀の言う通り彼女たちにサポートしてもらうのもアリだろう。

 

大淀型はどちらかと言うと、素での対潜能力が低い。

その代わり対潜哨戒・攻撃を行える瑞雲やオ号観測機を最大一二機搭載可能なので、艦載航空機による中距離対潜戦闘が出来る。

仁淀が航空機による対潜哨戒と中距離対潜攻撃を、第一九駆逐隊の磯波、浦波、敷波、綾波で近距離対潜攻撃という形での戦いになる。

軽空母、護衛空母と護衛の駆逐艦による対潜戦闘にも似ているが、仁淀は軽巡なだけに軽空母、護衛空母より機動性が高く、素での対潜攻撃も可能だ。

後は仁淀の練度次第だ。

 

 

部屋のドアをノックされた武本が「入れ」と返すと、長門がタブレット端末を手に入って来た。

「提督、先の海戦で重傷を負った金剛の事でお話が」

「……続けてくれ」

一瞬、表情に陰りを見せながらも武本は長門に先を続けさせた。

「は、意識はまだ戻りませんが傷の治療はほぼ終わったとの事です。

酷い怪我でした……内臓の半分は損傷、左足大腿骨は粉砕骨折、右手首も折れ、肋骨も六本折れて一本が肺に刺さっていたそうです。

頭部の裂傷は、幸いにも頭蓋骨が防いでくれたおかげで脳に影響はないとの事でしたが、頸部の傷はあと一ミリずれていたら……命はありませんでした。

心臓にも破片が到達しており、術後経過は、素人の綱渡りを見る様なものだったと医師が報告しています。

後は右目に血が入ったことで失明の危険性もありましたが、心臓の手術よりはまだマシだったそうです」

持っていたタブレット端末を渡された武本は、金剛の負傷部位の報告、術後経過の報告を見ていった。

 

ス級の砲撃の着弾位置に一番近かった金剛が戦艦だったのが、彼女を救った大きな要因だったのかもしれない。

緊急展開された防護機能は、機能の全損と引き換えに金剛の傷を可能な限りここまで抑えたのだ。

これが駆逐艦だったら、と思うと背筋が冷えた。

四肢欠損で済めばまだマシで、下手すれば即死レベルである。

 

「一命はとりとめたか……。

だが体は治せても、一番の問題は心に負った傷の問題だな……」

「金剛の事ですから、心配はないと思いたいですが……」

そう言いつつも長門は不安な思いを隠しきれていはいない。

強いリーダーシップと明るい性格が持ち味の金剛と言えど、所詮は人間だ。

恐怖、潜在的に脳に植え付けられていくであろう敵への恐怖をどう克服しながら、艦隊に復帰できるかだ。

復帰後にPTSDやトラウマのフラッシュバックで動きが鈍り、そこを突かれたら命の危機に陥りかねない。

「それと、気になる報告が……」

「気になる報告?」

何だ、と武本は眉間に皺を寄せた。

「実は比叡の事です。

先の海戦で比叡は重傷を負わずには済んだので、『見過ごされた』という声もありますが。

……あの海戦以降から彼女の持病が再発しています。

江良さんの話では……レベル4です……」

「なんだと……」

 

 

フェーザント隊の索敵機四機が収容され、第二陣が発艦した時、瑞鳳のヘッドセットにターミガン7から「所属不明艦船の航跡を確認」の一報が入った。

「どこ?」

鋭い声で瑞鳳が尋ねる。

(現在地、南緯11°48′32″,東経139°56′68″. 

艦種識別中ですが、雲量が増えつつありここからでは目視観測が難しいです。

高度を落として確認します)

「了解。注意してね、アウト」

交信を終えた瑞鳳がヘッドセットから手を離すと、夕張が首を傾げた。

「そこは味方の勢力圏内じゃない。

地元の人の漁船とかじゃないの?」

「しかし、深海棲艦の機動部隊出現で民間人の船舶出港は自粛、禁止が発令されているはずですよ」

そう蒼月が返すと深雪が頭を振った。

「いや、漁師の中にはそれを承知で、船を出す奴もいるかもしれないな。

収穫が途絶えたら、生計が成り立たなくて生活できねえ。

生きて行く為には、多少危ない橋を渡る事をしないといけないこともあるのさ」

「死んだら元も子もないのに……」

「残念だけど、それが現実なのさ」

その後、夕張の予想通り彩雲が発見した艦船は、地元住民の小型漁船だと分かった。

バンクを振って見たら、手を振られたと言う。

呑気なのか、いつも通りの生活を過ごす余裕からなのか。

出撃から大分時間がたったが、未だ敵発見の報は入らない。

「暑い……」

手袋をはめた手の甲で額を拭う衣笠の言葉通り、気温は三五度を超えている。

すこし、休息を取らないと暑さと疲労で集中力が途切れると判断した青葉は、仲間に振り返った。

「ちょっと、休憩しましょうか」

「賛成」と全員が頷いた。

 

強速に速度を落とした一同は、レーションと経口補水液を摂った。

「艤装の熱で、目玉焼きって焼けねえかな」

クラッカーを食べながら、深雪が指で艤装の煙突部分を触った。

「あっちいぃっ!」と悲鳴を上げる深雪に、経口補水液のボトルの中身を飲んでいた瑞鳳が答えた。

「前に試したけど、全然焼けなかったわよ」

それに青葉が興味を示した。

「試したんですか? 誰が協力を?」

「初雪ちゃん。試しに焼いたら食べてみようって言ってやったんだけど、結局失敗しちゃったから卵焼き作ってお詫びしたわ」

「ありゃりゃ」

「でも焼けたら、いろいろ便利かもしれないわね」

真顔になった夕張が、腕組をして考え始めた。

「でも艤装がそれでぶっ壊れても洒落にならねえぞ」

「そう言う問題も解決した物を作るのよ。

……帰ったら線引きかメモくらいしておこうかな」

怪しい笑みを浮かべだす夕張に、「おいおい……」と引き気味に深雪が笑みを浮かべた。

何だか愛鷹さんがいない時は、皆さん弛緩しているのか、リラックスしているのか……と蒼月は愛鷹がいない時といる時の仲間の姿を見比べて、この差は何だろうと考えていた。

よくは分からないが、青葉が旗艦を務めると彼女の性格が伝播でもするのだろうか。

そして愛鷹が旗艦を務めると、緊張感が全員に共有されるのか。

分からないが、この差が少し気になる所があった。

ゼリーを飲み下し経口補水液を飲んでいると、空に何かが光るのが見えた。

何だろう、と目を凝らす。

「何かいます。方位一-五-八、高度……一〇〇〇メートル程」

「目がいいわね」

口に入れたクラッカーを食べながら衣笠が褒めるが、食べながらなので何を言っているのかよく分からない。

蒼月が双眼鏡出して倍率を上げて見ると、機影が見えた。

「あれは、敵機です! 深海棲艦の艦載型偵察機」

それに全員がぎょっとした目を蒼月に向け、次いで蒼月が見ている方角を見た。

「全艦、対空戦闘用意!」

青葉の号令に、一同は急いでレーションをしまい込んで輪形陣へと隊列を組み替える。

「青葉、撃つか、撃っちまうか、撃っちまおうよ」

「止めておいて下さい、下手に撃ったらこちらがいる事が分かります。

機動で分かります、向こうはまだこちらに気が付いていません……」

「あの偵察機、もしかして敵機動部隊の?」

主砲に対空弾を装填しながら衣笠が青葉に聞くと、「それしかないよ」と青葉は返した。

射撃を控え、様子を見る第三三戦隊メンバーが見守る中、偵察機は北へと飛んでいった。

「どっちだ……奴の母艦がいるのは……」

構えを解いた深雪の呟きに、蒼月が腕組をして返す。

「発着艦のしやすさでは天候の安定している北側ですが、こちらの勢力圏からの離脱を目論んでいるなら南側。

……私は南側だと思います。

発着艦には天候が荒れ始めているとは言え、多少練度があれば荒天下でも発着艦は可能と聞きますし」

「蒼月ちゃんの意見に賛成ね。

私も空母としてその考えに筋が通っている気がする」

蒼月が立てた推測に、空母として実際に経験がある瑞鳳が頷く。

それを聞いていた夕張も確かにと呟いた。

「専門家の意見は、裏付けと説得力があるわね」

「ですが、一応索敵機を北側にも振り向けて索敵しましょう。

ブラフの可能性も捨てきれませんから」

その青葉の指示通り、瑞鳳はさらに索敵機を上げて、航空偵察を行った。

 

接近する低気圧による強風と、気流の荒れと格闘していた彩雲の一機が、敵機動部隊発見の報を入れて来たのはそれから三時間後の事だった。

 

 

自室で本を読んでいた愛鷹の元に、磯口自身が敵機動部隊発見の報告を知らせに来た。

「敵機動部隊を発見ですか」

「ああ。パパラッチの読みが当たったよ。

ただ問題は、連中が低気圧の中にいる事だ。

航空偵察で発見されたことを知った連中は、低気圧のさらに奥に逃げ込んで行方が分からん。

厄介な話だ、LRSRGの奴らが通るコースにかなり近い」

苦々しい表情を浮かべる磯口に、愛鷹は敵機動部隊編成を訪ねた。

「敵の編成は」

「空母ヲ級二隻、軽空母ヌ級一隻、駆逐艦が六隻と重巡リ級三隻、軽巡ヘ級二隻、戦艦タ級二隻、高速補給艦型ワ級二隻の一八隻だ」

「支援艦が付いていましたか……」

「ああ。そうでなければこれだけの期間逃げ切ることなどできん。

今、上はどう連中を叩くか協議中だ」

「LRSRGとの補給会合については?」

「変更はない」

そう返す磯口の声には忌々しさを感じた。

融通が利かない司令部だと言いたげに。愛鷹もそう思っていた。

「予定通り、明日第三三戦隊は軽巡能代と第八駆逐隊、補給艦風早、知床と共に出撃しLRSRGとランデブーポイントで邂逅。

補給を行った後、同部隊をこの基地へ連れて来る……貴様が仕事をしてくれたおかげで取り越し苦労になったがな。

貴様らの頑張りのお陰で、私の苦労が水の泡みたいになったな、全く。

借りは覚えておけ」

「了解」

 

と言っても、何をもって返せと、と聞きたかったが言う必要は無いか、と思い口には出さなかった。

 

「補給中に敵機動部隊とかち合わせにならないと良いのですが……」

「まさか自分の部下が信用できんとでもいうのか?」

気になる、と愛鷹が呟くと磯口がじろりと見て来た。

「そう言う訳ではないです」

「パパラッチと言えど、今お前の代役をしているのは『ソロモンの狼』の二つ名持ちの青葉だ。

戦場でもうポカをするような奴ではない。

貴様なら知っているはずだ」

「ええ。勘の鋭さはかなりのものです。

問題は艤装の旧式化にあると思いますが……」

「上層部の予算ケチリは、まさか艦娘にも響いていると言うのではないだろうな?」

眉間に皺を寄せて睨んでくる磯口に、私が知る訳ないでしょ、と愛鷹は表情で答えた。

とは言え、他の艦娘より、国連海軍内部の事情については結構知っている方だと自負できる。

何に使えるかは分からないが、ハッキングの腕だってある。

過酷な過去の訓練課程の中で、趣味になった語学勉強のお陰で多国語にも明るくなれている。

他の艦娘より銃器や刃物の使用・訓練経験も積んでいる。

そして、それによって流された血を見た回数も……。

 

「あらかじめ言っておくが、万が一補給部隊が襲撃されても、お前は出さん」

「え?」

一瞬、磯口が何を言ったのか分からず、愛鷹は聞き返していた。

出撃させん、と言い放った磯口の目を見ても、ふざけている訳でも、冗談で言っていると言う目ではなかった。

「で、ですが……」

「病み上がりが、いきなり出撃してまた倒れないと言う保証はない。

特に貴様など信用に足らんからな。

話は聞いているぞ、吐血だとな? そんな持病持ちを何人も戦線に投入し続ける羽目になるとは、我々も落ちぶれたものだ」

「何人も……」

「なんだ、貴様はあれを聞いていないのか?」

呆れたような顔をして磯口は愛鷹を見た。

 

艦娘と言えど、常に健康な体で任務についている訳ではない。

実は艦娘には、艦娘特有の病気を抱えた者が多数存在する。

それ以外にも若年性の癌を発症して戦線を離れ、闘病生活している者や、感染ルート源不明の難病に罹った者もいる。

厳しい訓練を受けた軍人であり、艦娘となる特有の素質を持つ人外の様な存在に見えても、やはり人間であるがゆえに避けられないものを持つのが艦娘なのだ。

自分もその中の一人であることは、自分のことであるから当然知っている。

 

それも、かなりイレギュラーな存在であることを……。

 

しかし、磯口の言うアレに思い当たる節が無い。

「はあ……初耳となりますが」

その答えに、深い溜息を吐いた磯口はトーンを落とした、珍しく感情の、悲しみが滲む声で言った。

「比叡が、『アレ』を再発した」

「『アレ』……」

 

比叡。

金剛型戦艦艦娘の三女で、先の沖ノ鳥島海良い艦隊戦で共闘した仲だ。

親密に言葉は交わしていないから、はっきりとした面識を持っているわけでもない。

ただ長女の金剛を強く慕う、その姿ははっきりと覚えている。

そう、自分にとって「狂おしい程羨ましい」姿……。

その比叡が再発したと言う病気……。

冗談でも「重度のシスコン」などとは言ってはいけない。

 

そう、彼女が発症しているのは……。

 

「……レベルは?」

「4だ。正直、そこまで行っているとは武本司令官も思っていなかったらしい。

手術は可能だ。だが……」

ずけずけと言う性格の磯口も流石に言葉がなかなか出にくい。

その姿を見ていると、やはりこの人には強い人情の深さを感じる、と愛鷹は思った。

しかし、『アレ』がレベル4と言う事は……。

「いつからですか?」

そう問いかける愛鷹に磯口は意外そうな表情を浮かべる。

「妙に食いつくな。まあいいが。

先の海戦からだ、貴様が巨大艦とタイマンしたあの海戦だ」

「沖ノ鳥島海域……」

偶然か? それともス級の……?

流石に後者は考えすぎかもしれないが、それよりも再発した時期がつい最近だったとは。

そしてレベル4。

「他に誰がこれを?」

「今は武本司令官、長門、陸奥、私、それと貴様だ」

「……混乱防止ですね」

「そうなる……。

怖いだろうな、艦娘と言う貴様らには『アレ』……『急性ロシニョール病』がな」

 

「急性ロシニョール病」

単にロシニョール病とも呼ばれるこの病気は、艦娘にのみ確認されている難病だ。

現在に至るも原因の解明は出来ておらず、ワクチンも存在しない。

空気感染など、他の艦娘への直接感染も確認されていないが、完治する手段は現時点で存在しない。

精々、どうにか開発された抑制剤で「再発しない状態を維持」するか、手術で発症箇所をピンポイントで潰すしかない。

しかし抑制剤はあくまでも発症を防ぐ程度で、手術も発症箇所が非常に広範囲な上に、手が届かない場所に簡単に転移しやすく場合によっては手の施しようがない。

つまり、治療する術が無くなった時点で、もう艦娘は長生きできない。

余命は平均で一年未満。

レベル1から3なら、まだ望みはある。

4だと、最悪の事態を防げるかどうかが厳しくなり、5ではもう手の施しようがない。

発症原因は深海棲艦に起因するものとされる説もあるが、特定に至っていない。

 

「ロシニョール……フランスの医学者アメリ・ロシニョール博士の名前を冠した病気。

ロシニョールの名は、フランス語でサヨナキドリを意味し、その英語名はナイチンゲール。

なんだか皮肉ですね……評価は分かれど、医学に貢献したナイチンゲールのフランス語名が、難病の名前となっているなんて……」

「そんな事は、学のないボンクラ凡人の私には分からん。

精々知っているのはアメリ・ロシニョールもかつては艦娘だったってことくらいだ」

その言葉に愛鷹は軽い驚きを覚えた。

 

アメリ・ロシニョールが元艦娘と言う事を知っているのは、海軍内でも、実はかなり限られた者しか知らない。

かつてはフランス艦隊初の艦娘、リベルテ級戦艦艦娘リベルテとして着任し、創世記のフランス艦隊を支えた。

因みにリベルテと親交がある艦娘が、舞鶴基地司令の三笠でもある。

事故で艦娘としての生涯を失ってからは、旧姓旧名に復帰し後進育成と医学発展に貢献し、自らもロシニョール病に罹り四年前に三五歳の若さで死去している。

戦艦リベルテ、もといアメリ・ロシニョールは艦娘の中で唯一、海軍在任中本来の名前に戻った艦娘である。

 

ロシニョール博士……いい人だったな……私に味方し、優しく接し、育ててくれた数少ない人……。

忌まわしき過去の頃、自分によっては灯台のような存在だった。

自暴自棄になりかけていた自分に、生きる事のすばらしさを説いてくれたのも彼女だ。

彼女がいなかったら、今ここに自分はいないかもしれない。

母性の様なものを感じさせない所は、自分への何かしら思うところがあったからなのかもしれない。

 

ロシニョールは自らの名前の付いた病気の解明のために、その身を捧げた。

自らの命と引き換えに。

その結果が抑制剤の開発、手術方法の発案だった。

 

しかし、彼女の犠牲を持っても、まだこの病気に苦しむ艦娘は存在する。

そして、それに罹っているのが、顔を合わせたことがある関係の比叡だったとは。

 

「比叡がこの先どう生きるか、それは私ら大人が決める事ではない。

あいつの自由だ。生きるも死ぬも、決めるのは自分だ」

そう言う磯口に愛鷹は小さな声で返した。

「生きて欲しい……比叡さんには、足掻き続けて欲しい。

蝋燭の火が、蝋の一滴を使い尽くすまで燃え続けるように……。

この世に生を授かった無情の喜びを、最後の最後まで、この世に享受した生を、比叡さんには最後の一秒まで満喫して欲しい。

彼女が心のよりどころのように慕う金剛さんの傍で、愛を受け続けて欲しい……」

そう語る愛鷹に磯口は、こいつは何者だ? と思いながら返した。

「比叡がいつ死ぬかは、比叡が決める。

つまり、そう言う事だ」

 

 

夕暮れが近づいて来た時、久々にタバコが吸いたくなった武本は引き出しに入れていた市販品のタバコの箱を出した。

秘書艦室で仕事中の陸奥に一服してくると伝えると、胸ポケットにタバコの箱を入れて部屋を出た。

階段を上がる途中、報告書の束を抱えた釣り目の駆逐艦娘と出会った。

曙だ。ツンデレ性格の中でも提督であろうと「クソ」呼ばわりする口の悪さで有名だ。

ばったり出くわした武本に、軽く驚いた眼をしながらもいつもの口調で聞いて来る。

「どこ行くのよ」

「屋上だよ。ちょっと一服して来るだけさ」

「タバコね。ヤニ臭いのバラまかないでよね」

「そこまでヘビースモーカーじゃないよ」

「本当でしょうねえ?」

「口に気を付けないと、あいつを呼ぶぞ?」

少し悪戯っぽい笑みを浮かべた武本に、曙はぎょっと顔を引きつらせ、次いで顔を赤らめた。

「こ、このクソ提督! あいつ呼んだら許さないわよ!」

そう残して曙は報告書の束を抱えて駆けだした。

込み上げてくる笑いを堪えながら、武本は司令部の屋上へ上がった。

「まあ、あいつの心の白さには私もかなわんな……何が凡人だよ」

 

 

屋上に上がって、ベンチの一つに腰掛けると、夕暮れのオレンジ色に染まる海が見えた。

良い風景だ。

そう言えば、愛鷹くんも煙草、いや彼女は葉巻か、を吸うのならここで吸っても構わんのに……。

胸ポケットに入れていた箱を出し、紙巻きタバコを一本抜く。

口に咥えたまま、火を付けずに暫く無心で海を眺めた。

「俺が艦を降りて……もう一五年か」

能登半島沖で多くの仲間と、「あきつかぜ」を失い、PTSDの再発を恐れた海軍上層部が地上勤務に回してから、もう長い事艦に乗っていない。

艦娘の支援艦に乗り込んで指揮をした事はあるが、それを海に出て艦に乗ったと言う気持ちで数えた気はない。

何をすれば、この胸に開いている様な空虚な気持ちをふさぐことが出来るだろうか。

比叡の難病再発が発覚し、まだこの事を霧島と榛名に伝えられていない。

二人ともラバウルにいるからすぐには伝えられないのもあるが。

溜息を吐いた武本は、ジッポを探す。

しかしポケットに入っていたジッポはガス切れだ。

舌打ちして他のポケットを漁ると、マッチが出て来た。

マッチを出して火を付けようとするが、摩耗しているのか付かない。

「くそ……」

「タバコは、体に毒ですよ?」

急に背後から話しかけられ、武本は飛び上がった。

誰かと思って振り返ると、灰色のコートを着て制帽を被った、古風な趣を感じさせる女性士官が立っていた。

「あれ、君……」

「お久しぶりです、武本提督」

舞鶴基地司令官の敷島型戦艦艦娘三番艦、三笠だった。

「はぁっ、いや、三笠君? 

いややや、聞いてないぞ、今日ここに来ると言う話は?」

「出張でちょっと移動中でして。

せっかくなので、ご挨拶でもと」

端正な容姿に笑みを浮かべて言う三笠だが……酒臭さがする。

また昼間から飲んだな、コイツ……また減俸してやるか?

やれやれと思いながらもベンチの隣を譲ると、「お言葉に甘えて」と返して座った。

三笠は座ると、武本がタバコに加えたまま火をつけていない事に気が付いた。

「点けないのですか?」

「マッチ棒しかない」

「点け方ならありますよ。一本下さい」

どうする気だ? と思いながらもマッチを一本三笠に渡す。

受け取った三笠は、おもむろに自分の靴底にマッチを当てると、そこでマッチの先端をこすって火をつけた。

「どうぞ」

「靴底で点けるとは、感心できんな」

「手っ取り早くて良いじゃないですか?」

「レディらしからぬやり方だ」

「私の家系と繋げたことを言っているのですか?」

じろりと見て来る三笠に、ああ言えばこう言う、と溜息を吐きたくなる。

「暁くんの前では、しないでくれよ」

「やりませんって」

苦笑を浮かべる三笠に、今度こそ溜息を吐きながらも、マッチの火で煙草に火をつけた。

ちりちりと先端が音を立てると、マッチを離し左手の指で火をつまんで消す。

吐く息と共に煙を拭いていると、薄いボトルに三笠が口を付けているのが目に入った。

「おいおい、昼酒は毒だぞ?」

ボトルの中身を呷った三笠は、舌で唇を舐めながら武本に細めた目を向けた。

「もう、お昼は過ぎました……今日は、彼女の命日なんですよ?

飲みたくなります……」

普段の性格からは分からない、寂しげな口調。

目元にも明るさが無い。

「彼女……リベルテか」

そう言えば、リベルテの命日は今日だったな……そう思いだした時、呟く様に三笠は言った。

「彼女の名前はリベルテではありません。

……アメリです」

「……そうだな」

 

三笠の酒好きは元々だが、四年前に親友が無くなって以降、執務中も飲むようになった。

普段は明るい性格だが、三笠なりに裏では悲しい過去を抱え込んでいた。

フランスにホームステイした際に知り合い、以後腐れ縁になったと聞いている。

葬儀には武本も出たから、墓前で涙する三笠の姿も見ている。

 

「酒で寂しさ、悲しさを紛らわす……か」

「ええ。彼女はここにはいる様で、いないので」

そう言いながら腰の剣に三笠は触れた。

親友からプレゼントされた剣だ。

肌身離さず持ち歩くところからも、仲が良かったことが垣間見える。

「彼女の形見はここにあるのに、何故かここにいるような気が半々なんです。

まるで距離を置かれたような」

形見……そうだな、三笠はアメリの死の真相をよく知らないんだったな。

 

戦艦リベルテ、もといアメリは病死したのが真相だが、実は表向きでは原因不明の急病を発症し、動きが鈍った隙を突かれた戦死として扱われている。

死を偽装する為に、彼女の遺体はわざと傷つけられた。

しかし、三笠はそのような最期をアメリが遂げる筈が無いと信じず、独自に調べていると聞く。

 

真実を知ると言う事は、必ずしもその結果で報われるとは限らない。

 

君が真実を知った時、どう受け止める?

 

 

敵機動部隊を発見した第三三戦隊メンバーは、食堂でささやかな祝杯を上げた。

祝杯と言っても、明日も出撃するから酒は無い。

祝ってくれた愛鷹の奢りだった。

これで全部終わったわけではないが、随分苦労したのだから、息抜きのつもりで、と言う事だ。

愛鷹がコーヒーを飲む中、深雪と衣笠、夕張、蒼月、瑞鳳は注文した料理を談笑しながら食べていた。

「サンドイッチばっかりで愛鷹さんは飽きませんねえ」

毎度のメニューしかない愛鷹のトレイを見た青葉が苦笑交じりに言う。

ふっ、と小さく笑った愛鷹は「大食いは、性に合わないので」と返した。

「ただ、ここを離れる時くらいは郷土料理位食べておきたいですね」

「人生は一度きりですからね」

「ええ……」

注文した料理を平らげた深雪は、手を合わせて「はー、食った食った。ごっつぁさん」と笑みを浮かべた。

「明日に響かない程度のお代わりをしていいですよ。

今夜は英気を養っておいて下さい。

明日は大荒れになります」

「私も出撃したかったな……」

残念そうな顔する瑞鳳に夕張が慰めるように肩を叩く。

「戦いだけが、私たちの全てじゃないわよ」

「どうでしょうね。

私には戦いこそが、艦娘が生きて行くうえでの可能性の一つなのかもしれない、と考えることがありますけど」

夕張の言葉にそう返す愛鷹の顔に、「サンドイッチばっか食ってて、よく、なんだ、すげえ言葉が出る頭になったな」と深雪が感嘆した。

それに茶化すように瑞鳳が言った。

「単に深雪が単細胞なだけなんじゃないの?」

「単細胞だって? 

笑えねえぞ……」

そう渋い表情を浮かべて返す深雪に、自然の一同に顔に笑みがこぼれる。

 

その後しばらく食堂でくつろぐ一同の耳に、遠雷が聞こえて来た。

「来た……」

急に憂鬱そうな表情を浮かべた衣笠が、窓の外を見る。

低気圧が来たのだ。

「あの雷の音からすると、荒れますね。

かなり大きな風になりそうです」

神妙な眼差しで青葉が言った時、窓の外から雨の降る音が、はじめは日本で聞く音に、そして直ぐに豪雨の音へと変わる。

「この雨の中、明日行くって言うの?」

呻き声を上げる衣笠に「そうなりますね」と蒼月が相槌を打った。

日本で言えば土砂降りもいい所だ。

しかしこれが南洋の雨である。

「地球温暖化で、環境が昔より悪化してますから。

雨足も以前よりおかしくなってますよ」

「愛鷹さん、昔のここの雨を生で見た事あるんですか?」

静かに語る愛鷹に夕張が聞くと、愛鷹は苦笑を浮かべて頭を振った。

「文献と、『映像で追う、人類の歴史』を見て知った知識です」

「『映像で追う、人類の歴史』って、あのどこか虚しい気分になるテーマソングで有名な記録映像集ですよね?」

興味を示した蒼月が尋ねる。

「ええ。

私が、見ることが出来なかった過去の世界を知る時に、よく見ます。

映像集は全部持ってますよ。あれは私も信頼できる映像資料です」

「映像集コンプ!? あれ全部で五〇万円以上もしますよ!?」

思わず頓狂な声を夕張が上げる。

「お金持ちだな、愛鷹って」

深雪も目を丸くすると、愛鷹は微笑を浮かべた。

「お給料、あまり使わないので」

「旗艦手当とか、階級手当、傷病手当、作戦成功ボーナス……結構入ってそうね」

指を折って考える瑞鳳の額に冷や汗が滲み出る。

 

実際、愛鷹の預金は着任して以降ほとんど減らない。

五〇万円出費も余り表に出ないくらいだ。

ファッションには興味が無いし、化粧もあまりしない。

衣食住は保証された生活だし、葉巻も高級品が欲しいと思わないから、こちらも出費が低い。

映像集を購入する以外に大金をかけたと言えば、私物を入れる家具の資材と道具を購入した時程度だ。

因みに愛鷹の部屋の家具の大半は、愛鷹の自作である。

艦娘の間では形式的な階級も、給料という面では格差が出ている。

事実上艦娘の中では最高階級が大佐であるところから見ると、一つ下の中佐である愛鷹は意外と高給与を得る立場でもあった。

 

ふと、思い付きの提案を仲間に持ちかけた。

「……今度、皆さんにお小遣いでも出しますか?」

「え、良いの!?」

思わず地が出た声で瑞鳳が聞く。

口元を緩めた愛鷹が頷いた。

「私はあまりお金を使わない方なので。

年を越すことが出来たら、お年玉も考えましょう」

おお、と一同が歓声を上げる。

その姿に微笑ましいものを感じながらも、「無駄遣いは駄目ですよ」と釘を刺した。

 

 

荒天下の航行はLRSRGの面々にとって、訓練で慣れていることである。

しかし、休息をとる暇がなく、水とゼリー以外口に入れていないままほぼ一日中航行し、さらに豪風と来れば流石に疲労が滲みだす。

続航する部下を気遣いながら航行するイリノイも、疲労を感じていた。

「拙いな、みんな疲れてきている」

サモアが眉間に皺をよせ、深刻そうに呟く。

「二四時間の航行は訓練で慣らしてはいるが、ここまで酷い豪風はそうないからな」

「燃料がそろそろ心配です。

補給部隊との邂逅まで持つか」

「速度を落とそう。長距離通信でラバウルに連絡を入れろ」

「ラジャー」

ヘッドセットの通信ボタンを押してラバウルを呼び出す。

しかし、激しい雑音しか聞こえて来ない。

「ラバウルUNPACCOM、こちらTF12.2所属USSサモア。

こちらの通信は聞こえますか、オーバー」

「どうだ?」

「……駄目です、通信できません。この天気のせいかな?」

腕を組んで少し考えたイリノイは、自分自身で通信を試みる。

「……いや、それにしては流石にこのノイズはひどすぎる。

ただの天候不順にしてはおかしい」

「前例の無い悪天候の為では?」

そうカーペンターが言うが、イリノイはすぐには答えずレーダーも確認した。

「……もしかすると、これはコンパスジャミングかもしれん」

「深海棲艦の機動部隊ですか」

ウースターが神妙な顔になる。

「このタイミングでかち合うのは拙いですね。

こちらは燃料に余裕がありません。

航空機による空爆は無いと思いたいですが、対水上戦闘にしてもこの天気は最悪すぎます」

渋い表情を浮かべるジャイアットにイリノイは「ああ」と相槌を打った。

「一番、戦いたく無い環境下だな。

となると、不用意に通信を送ればこちらが窮地に追い込まれる可能性があるな……もう追い込まれていると考えるべきか。

全員、疲れていると思うが警戒は怠るな」

了解の返事が返って来た。

 

 

雷が響いた時、その轟音で寝床にいた瑞鳳は飛び起きてしまった。

「あー、びっくりした……」

雨戸の向こうから、激しい風雨が叩きつける音が響く。

雷で目を覚ますのは久しぶりだった。

寝ようと毛布を被った時、再び大きな雷が鳴り響き、肝が冷えた。

すると隣の愛鷹の部屋から愛鷹の悲鳴が聞こえた。

その悲鳴に雷が落ちた時よりも仰天したが、瑞鳳の背筋をさらに粟立たせたのは、壁越しに愛鷹がのた打ち回る音が聞こえる事だった。

咄嗟に髪を整えるのも忘れて寝床を飛び出し、部屋を出て愛鷹の部屋のドアに向かう。

他のメンバーは眠っているのか、起きてくる気配がない。

「愛鷹さん? 大丈夫ですか? 瑞鳳です、聞こえますか」

部屋からは瑞鳳の問いかけに応える愛鷹の言葉は無く、「や、やられる……やられる前に……」「殺さなきゃ!」「ダメ!」と訳の分からない喚き声が聞こえた。

誰かが踏み込んでいる⁉

思わずそう思った瑞鳳は、構わずドアを開けた。

部屋の電気をつけると、口元から吐血し、血走った目で何かと戦っている様な愛鷹が暴れていた。

錯乱しているのか、それとも霊と格闘しているのか。

とにかく愛鷹に駆け寄って、暴れる愛鷹を体格差に苦戦しながらも抑え込みながら「愛鷹さん! 瑞鳳です、落ち着いて、聞こえますか!?」と呼び掛けた。

「ずい……ほう……さん」

正気に返ったらしい愛鷹が瑞鳳を見た。

我に戻った愛鷹に瑞鳳はほっと溜息を吐いた。

「……す、すみませ……」

そう愛鷹が謝ろうとした時、激しく咽込んだかと思うと床に激しく吐血した。

その背中をさすりながら、愛鷹の枕元に置かれているケースに気が付くと、それをとって何錠か出して愛鷹の口に入れた。

「愛鷹さん、お薬」

呑み込んだ愛鷹が落ち着くまで背中をさすり続ける。

そしてそれまで見ることが出来なかったタブレットケースを、少し眺めてみた。

特に飾り気のない錠剤ケースだ。

ケースの底に薬剤名らしい横文字が刻印されているが、瑞鳳にはさっぱりわからない。

ただ「INHIBITORS」=「抑制剤」と言う意味だけは分かった。

抑制剤……まさか、愛鷹さんは重度のロシニョール症に?

激しい息遣いの愛鷹は瑞鳳がケースを見ていることに気が付いていないので、瑞鳳はもう一度刻印を見て頭に記憶すると愛鷹に手に握らせた。

 

それから瑞鳳は、落ち着き始めた愛鷹の介抱に掛かりっきりになった。

大事にはしたくないのは愛鷹の望むことだと分かっていたから、瑞鳳だけで愛鷹の吐血の後始末を手伝った。

お湯で湿らせたタオルで血に汚れた愛鷹の顔を拭き、着替えを手伝い、布団を整えなおした。

床の血をモップで吹き、畳の染みを染み抜きでぱっぱと綺麗にする。

自分で全てやろうとする愛鷹を押しとどめて、後片付けを終えたのは一時間後だった。

 

白湯を注いだコップを渡しながら瑞鳳は愛鷹に尋ねた。

「なにがあったんですか」

「……雷で、昔を思い出してしまって。

悪夢……みたいなものですかね」

酷く沈みこんだ表情で愛鷹は答えた。

悪夢……。

あそこまで酷い状態になるのは全く聞いたことが無い。

しかし、愛鷹の過去がかなり荒んだ、凄惨なモノである事は、知り合ってから垣間見ていたから不思議には思えなかった。

「とうとう、瑞鳳さんにも、私の素顔を見られてしまいましたね」

表情と同じ声で愛鷹は瑞鳳に言う。

『瑞鳳さんにも』……この言葉に引っ掛かるモノを感じた。

もしや、もう知っている人が存在する?

「すいません、実は……」

瑞鳳は、「しだか」で愛鷹と大和のあの光景を見てしまったことを明かした。

それを聞いた愛鷹は「そうですか」とだけ返した。

「まあ、もう青葉さんも知っていますけどね……」

「青葉も?」

「昨日……」

そう返す愛鷹の表情はいつになく沈んでいる。

「もう、寝ます」

「……愛鷹さん。

今夜は私も一緒に寝ますよ、また何かあったら私が手伝います」

その言葉に愛鷹はしばし沈黙し、逡巡した。

「すみません。

では今夜だけ、お願いします。

ごめんなさい」

謝る愛鷹に、瑞鳳は「謝らなくていいんですよ」と優しく言った。

 

 

翌朝。

止まぬ激しい雨の中、第三三戦隊メンバーは整備工廠に集まった。

既に第八駆逐隊の朝潮、荒潮、満潮、霞、阿賀野型軽巡二番艦能代が準備中だった。

第三三戦隊メンバーが整備工廠に入ると、朝潮と能代が青葉に寄って来た。

「青葉さん、今日は朝潮以下第八駆逐隊を、よろしくお願い致します」

「同じ部隊を組むのは久しぶりですね、青葉さん。

よろしくです」

「こちらこそよろしくお願いします」

今回の出撃では青葉が補給部隊旗艦となっていた。

三人があいさつを交わしている間、他のメンバーも準備を進める。

霞、満潮は険しい視線を蒼月と深雪に向けるが、蒼月が軽く会釈し、深雪が睨み返すと何も言わず自分たちの準備に戻った。

「あらあら、喧嘩はよくないわよぉ」

つかみどころのなさを感じさせるふわふわとした口調で荒潮が両者を宥める。

荒潮は蒼月とは仲は悪くなく、普通に付き合える関係だ。

もっとも、親しくしている関係という訳でもない。

 

程なく、補給艦風早、知床も二人も来て準備を開始する。

圧縮された艤装燃料を入れた燃料タンクを艤装に収容し、二人が準備を終えると、補給部隊の準備が終わった。

出撃する少し前に磯口がやって来た。

「いい話があるぞ。

もう一本骨を折って見たら上がAWACSをポートモレスビーから上げた。

低気圧下でも強力なレーダーで管制してくれるぞ。

コールサインはガード・ドックだ。

給料分仕事して、さっさと帰って来い。

健闘を祈る」

了解と青葉が答え、敬礼すると、一同は踵を揃えてそれに倣った。

 

 

〇八:〇〇。

特別混成支援隊と名付けられた補給部隊は、激しい嵐の中へと錨を上げた。

何事も無ければ昼食前にLRSRGのメンバーと共に、この基地へ全員で帰って来られるはずだ。

 

そう、何事も無ければ……。

 

 

「警戒! エネミーインバウンド、敵艦隊が出てきました」

コンパスのレーダー表示を見ていたウースターが警告を発した。

イリノイは自分のコンパスを手に取り、レーダー表示機能に切り替えた。

敵はタ級一隻、リ級一隻、ヘ級二隻、イ級二隻。

戦艦を含む六隻の有力な水上打撃部隊。だが空母はいない。

深海棲艦が空母だけで行動させる事は無い。

護衛を含めた別働隊、いや本隊がどこかに展開している可能性がある。

この水上打撃部隊は、その護衛で別行動をとっていたのだろう。

「敵の哨戒ラインを踏んだか! 各艦、Set General Quartersを発令。

ただしガンズ・ホールド、離脱を優先だ」

「了解!」

一同が応答した時、砲声が風の轟音に交じって轟いた。

敵艦隊に見つかっていたようだ。

砲声からして恐らくタ級。

この荒天下で初弾の直撃はまず無理だが、侮っていい相手でもない。

「来たな、出来れば交戦しなくて済めばよかったのですが」

そう言いつつサモアは自分の主砲に徹甲弾を装填した。

イリノイも主砲に徹甲弾を装填し、荒波の向こうに見える敵艦隊を見据えた。

「そう上手くはいかんよ」

 

 

(こちらAWACSガード・ドック。

特別混成支援隊、敵艦隊とLRSRGが会敵した。

放っておけばガス欠が近い彼女たちが壊滅しかねん。

特別混成支援隊は第三三戦隊所属部隊をLRSRG援護の為に分派し、補給部隊臨時指揮は能代が引き継げ。

絶対に彼女たちを生還させろ、一人たりとも死なせてはならん。

敵艦隊を撃退せよ)

「マジかよ! そいつは無理な注文だぞ!?」

ガード・ドックの指示を聞いた深雪が難色を示すが、ガード・ドックは取り合わなかった。

(敵艦隊を排除せよとも、殲滅せよとは言わん。追い払うんだ。

奴らの相手をしろ、重巡青葉。

貴様がやらなければ、貴様ら全員が海の藻屑だ)

「……青葉、了解」

そう静かに返す青葉の目は普段と違っていた。

普段のおとぼけた目ではない、鋭さを増した狼の様な目になっていた。

 




ガード・ドックの指示で荒れる海の中でLRSRG援護に出る青葉たち。
暴風の中で展開される戦闘の中、LRSRG、そして特別混成支援隊に危機が迫る!

その時、待機状態の愛鷹は……?

次回、荒れる海の中で艦娘達は思わぬ被害を受ける事に。



名前での登場だった艦娘三笠の初登場となっています。
今後、彼女が同本編に絡んで来るのか、お楽しみを。

変人提督磯口の違った顔、比叡くんの難病発症、さらに深まった愛鷹くんの謎。
後者二つがこの後どうなるか楽しみにお待ちください。

曙くんが苦手とする「あいつ」とは、残念ながら「あいつ」が提督であること以外は明かせませんし、物語に関与することはなく、伏線もありません。
「あいつ」が何者かは読者の皆さんのご想像にお任せします。


リベルテ級戦艦の解説を少しすると、フランスに実在した戦艦で敷島型戦艦とはほぼ同世代です。
一番艦リベルテはフランス語で「自由」を意味し、1911年弾薬庫爆発事故で失われています。


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第二一話 自らの意思

本編は大変酷な描写が入っています。
注意してお読みください。


「Fire!」

イリノイの号令と共に彼女がトリガーの射撃ボタンを押すと、一六インチ三連装主砲から徹甲弾が砲炎と轟音とともに撃ち出され、荒波の向こうのタ級へと飛んでいった。

九発の徹甲弾が暴風を突っ切って飛翔するが、不規則な風や激しい雨が弾道をそらし、タ級の右手に九つの水柱を突き上げた。

舌打ちしながら主砲の再装填を待つ。

射撃がずれるのは天候のせいだけではない。

アイオワ級は艤装の安定性がやや悪く、耐波性に問題があった。

いくらレーダー管制の射撃が出来ても、安定性自体が悪いと技量でのカバーにも限度がある。

命中精度を上げるには接近して距離を詰めるのが最適だが、それは艤装に燃料の余裕がある時。

もうタンクがかつかつのイリノイには、接近して砲戦を行う余裕がない。

燃料が切れると航行不能になるだけでなく、二時間で艤装の全動力を失ってしまう。

通信機器類など最低限の生命維持関連は、予備バッテリーが備わっているがそれにも限界がある。

「まずいな」

激しい嵐で艦隊の相互位置が、必要以上に広がりつつもある。

このままでは離れ離れになってしまいかねない。

「全艦へ、こちら旗艦イリノイ。

応戦を止め、牽制射撃に切り替え離脱を優先。

ポイント835に一時避退する」

サモア、カーペンターから了解と返事が返るが、スクラフトン、ウースターとジャイアットから返事が来ない。

「スクラフトン、ウースター、ジャイアット、応答しろ、どうした」

「レーダーのシグナルは確認できますが、シークラッタ―が酷く持続的捕捉が出来ません」

コンパスのレーダー表示を見るサモアの応えに、イリノイは危機感を募らせた。

「拙いな、荒天でアンテナが損傷したのかもしれん。

三人を見失うな、レーダーレンジを拡大し、出力を上げて捜索を続けろ。

こちらは避退する」

それにカーペンターが異論をはさんだ

「しかし、三人は……」

「燃料に余裕がない以上、こちらから探しに出れば、全員で燃料切れになって全滅だ。

やむを得ないが被害を抑える事を優先する。

心配するな、あいつらもLRSRGのメンバー。

そう簡単に沈みはせん」

「……了解」

三人は単従陣を組んで進路を変更した。

この事をAWACSにイリノイは伝えた。

(了解した。

現在特別混成支援隊から第三三戦隊を切り離して、そちらの援護に向かわせている)

「コピー、助かる。

部下の位置はマークできているか?」

(補足している。三人とも生きてはいる)

「よし、そちらの大きな目で見守っててくれ。

頼んだぞ、番犬」

 

 

高い波を乗り越えるたびに波しぶきが降りかかって来る。

防護機能で弾いているとは言え、この荒波で前進速度が大幅に落ちていた。

やはり、この自然に人は小さいモノです、と胸中で呟きながら青葉は正面を見据えた。

「この雨の中、射撃するのは流石に厳しいわねえ」

荒波にもまれそうになりながら夕張が言う。

「当てる必要はありません、追い払えば大丈夫です。

青葉たちの任務は、味方の援護と補給支援。

交戦による敵の撃滅は二の次で大丈夫です」

「この酷い嵐の中で、良く言うわね青葉」

苦笑を浮かべて衣笠は青葉の背中を見るが、青葉が冗談や楽観視して言っているとは思っていない。

今日はいつもと違うわね、青葉。

頑張って、私も頑張る。

「しっかし、この嵐じゃ魚雷攻撃は完全に無理だな。

深雪様の十八番が使えないのは辛いぜ、くそ」

悔し気に深雪が溜息を吐いた。

最後尾で先輩格の仲間を見ていた蒼月は、やはり実戦って大事なんですね……と胸中で呟き、特に青葉に頼もしさを感じつつあった。

普段はカメラを持ってやりたい放題をやるタイプだが、戦場では全く違う顔がある。

自分も実は盗撮されたことがあったが、恨みなどは別に無いし、寧ろあったらここまで何事もなくやって来られていない。

荒波に苦労している自分と比べたら、青葉、衣笠、夕張、深雪たちは慣れた動きで受け流している。

やはり何事も経験だ。

そう思いながら、コンパスのレーダー表示を見かけた時、右手に何か大きなものが盛り上がりのが見えた。

何だろうと見ると、大きな、自分の二倍、いや三倍はありそうな高波が第三三戦隊に向かって来るのが見えた。

「右舷より高波が! 大きいです!」

蒼月が飛ばした警告に青葉たちが右手を見た時、もう波はすぐそこに迫っていた。

「回避!」

「どっちへ逃げればいいの青葉⁉」

「波に向かって進むのよ!」

「拙い、衝撃に備えろ!」

直後、五人は大波の中に呑み込まれた。

 

 

酷い荒天が屋根に打ち付ける音を聞きながら、愛鷹は艤装とパソコンをコードで繋ぎ、管理プログラムを呼び出した。

キーボードに指を走らせて、表示をいくつも呼び出し、それぞれを確認していく。

「どこかに、あるはず……」

プログラムに問題が無ければ、流石にどうしようもない。

意図的にプログラムに細工をしたとしたら、そう簡単に見つかる範囲、いや見つかるように仕組むとは思えない。

怪しい気がした部分をいくつかをピックアップし、一つ一つ丁寧に解析していく。

ただ隠しているのではなく、別の場所に隠して遠隔操作でダウンさせている可能性もあるので、それを視野に入れて探す。

 

あれでもない、これでもない、と探してようやく見つける。

「これは……?」

表示されるコマンド内容を見て、愛鷹は眉間に皺を寄せた。

プログラムの中に、過剰に燃料を消費していると、エラー表示をするように仕込まれている。

燃料消費が酷く、残念量が大幅に減ってしまった場合、自分の艤装は自動的に機関部への注入量が絞られてしまう。

これが何故か、全く不足していない状態でも作動するようになっている。

これを解除してしまえば、これまでの制約がすべて消える。

何とか自力で解除を行う作業をしながら、あいつらの誰がこんな事をしたんだか、とイラっと頭に来るものを感じた。

解除が終わり、エンターを押す。

「これで良し……」

そう思った時、何故か警告表示が出て、解除したはずの操作全てが元に戻される。

なんで? と驚きながらももう一回。

 

エンター、警告表示、振り出しに戻る。

 

もう一回……もう一回……。

 

「そう簡単にはやらせないって事ね……」

にっちもさっちもいかなくなる。

こうなると、関係するコマンドをすべて消去しないと、解決しない。

しかし消去してしまうと、またプログラムを再構築しなおさなければいけない。

愛鷹には一応できるが、何時間かかるか、自分でも分からない。

だが事実上、解決策はこれしかない。

同型艦がいる艦娘なら、その艦娘の艤装からプログラムを移植すれば簡単に終わる。

三〇分から一時間程度はかかるが、再構築するよりははるかに短い。

愛鷹は同型艦がいないから、それが出来ない。

バックアップデータもまだ作成されていないから、移植も出来ない。

ゼロからやるしかないか……誰かのを基にできないか……。

でも誰のを基にしたら……。

 

「もしかして……」

愛鷹は以前、主砲の故障を修理した時のことを思い出した。

あの時、即効だったとはいえ、大和型戦艦の艤装の部品で何とか解決した。

部品の互換性が存在するのは正直思いもしなかったが、基はと言えば自分の艤装は超大和型戦艦の艤装を流用したモノ。

だとすれば、あるいは。

イチかバチかだった。

大和型の燃料管理プログラムをサーバーからコピーし、自分のは思い切りを付けて消去する。

そして消えた箇所に、パズルをはめる様に大和型のプログラムを合わせていく。

合致しない部分は、自分で微調整だ。

 

「上手くいって……いい子だから」

願う様に呟きながらキーボードを叩いた。

 

 

どうにか波を突き破った青葉が、辺りを見回した時、周りに誰もいなかった。

「あれ、みんな?

ガーサー、夕張さーん、深雪さーん、蒼月さーん、どーこでーすかー」

呼びかけても激しい風雨に阻まれて聞こえないのか、返事はない。

ヘッドセットに手を当てて呼びかけるが、応答がない。

「……まさかアンテナが波を被って、それで……かしら」

そう呟きながら、自分の艤装のアンテナを見て青葉は目を剥いた。

なんと通信アンテナがぐにゃりと折れ曲がってしまっているのだ。

電探のアンテナも歪んでいて、機能していない。

通信系が全滅しているとなると、これでは何もできない。

応急通信装置の組み立ても、復旧も、この波と雨の中ではとても無理だ。

とんでもないことになってしまった。

まず、どうすればいいのか、冷静にならないと。

取り敢えず、現在位置の把握だ。

羅針盤を確認しようとして、諦める。

アンテナが損傷していて羅針盤も使えない。

天測はこの天候ではやりようがない。

波にのまれて以降、しばらく自分の位置が分からなくなったから、どの程度流されたかすらわからない。

ただ、方位磁石は生きているし、腕時計で方位を確認するのも出来る。

それで何とかしなければならない。

まずはアンテナの応急修理が出来る場所を探さないといけない。

一番近い島は、波にのまれる前に確認を行った際の記憶と計算が正しければ、北に一六キロ行った先だ。

ただ、波にのまれて今の位置がどこなのかは分からないから、どの程度参考にできるかは分からない。

取り敢えずコンパスと腕時計で方位を確認して、針路を変更する。

しかし転舵を行う際、回頭速度が少し遅い。

「うーん、舵の利きが……」

波にのまれた時に、どこか駆動部分に異常が起きたのか?

確認したいが、今はそんな余裕はない。

舵の利きが悪いせいで、荒波を越えるのが厳しい。

防護機能のお陰でずぶ濡れになるのは防げているが、波にのまれた時にこちらにも一部異常が起きたのか、主砲艤装を持つ手や足の先には海水が容赦なく入り込んでくる。

主砲操作グリップを握る手はびしょ濡れで滑りやすく、ローファーの中は入り込んだ海水でタンクの様になっていて、重いだけでなく足先が冷えて仕方がない。

以前はこういうが起きた事は無かった。

やはり自分の艤装が重巡の中で世代が古いだけでなく、改修が進んでいないからなのか。

整備はマメに行っているのだが、流石にポンコツ化が酷くなってきたのか。

しかし、今は悩むより艤装の応急修理だ。

はやく何とかしないとLRSRGとの会合どころか、最悪こちらが遭難状態になりかねない。

早く、島を探さなくては。

不安定な海面を蹴って、荒波の中を青葉は航行した。

 

 

(第三三戦隊のシグナルが消失、波に呑み込まれたか。

旗艦青葉、応答しろ、全員無事か? くそ、ガード・ドックから特別混成支援隊へ。

第三三戦隊が高波にのまれて全艦の反応を見失った。

天候の悪化もひどい、ポイント477に一時避退せよ。

イリノイ以下二隻にもそこへ向かうよう指示をした)

「能代、了解しました!

なんてこと……二次被害が発生してしまったのね。

全員、第三三戦隊が高波に呑まれ、行方が分かりません。

被害拡大防止のため、第三三戦隊救援は行わず引き続きLRSRGとの会合地点に向かいます」

「し、しかし第三三戦隊の人達はどうするのですか!?」

避退指示を出した能代に、朝潮が尋ねる。

「放っておけばいいのよ、あんな奴ら。

馬鹿やった奴の助けに行って、こっちまで死ぬのはごめんよ」

「そうよ、腰抜けの馬鹿が移った奴らの助けなんて、今はやってる場合じゃないわよ」

切って捨てる言い方の霞と満潮に、「そんなこと言うものじゃありません、口の利き方に気を付けなさい」と朝潮が睨みつけた。

「ちょーっと、言い方悪すぎたわね」

責める様でもなく、勿論賛同するようでもなく荒潮が二人に言う。

「人を嫌う気持ちは、今はこらえて置いておいてください。

軍務に私情を挟んではいけませんよ」

そう能代も二人を窘めると、針路を変更した。

確かに言い方が悪すぎた、と思ってはいるがそれでもどこか怒りを抱えた顔の二人だったが、文句は言わず隊列を組んで能代、朝潮に続航した。

 

暫く航行すると嵐の勢いが弱まり始めた。

しかし、波が高い。

体格が総じて小柄な第八駆逐隊メンバーは、能代や風早、知床より実は耐波性が高いとは言えず、速度を落とした能代に続航するが次第に隊列維持が難しくなり始めた。

「左舷、また大波です!」

能代が警告を上げると、六人は大波に備えた機動を行う。

波を乗り切ると、乱れた隊列を組みなおす。

するとまた嵐が強くなってきた。

天候の変化が不規則だ、体力を消耗する天候である。

「満潮、霞、荒潮、大丈夫?」

後続の三人に朝潮が問うと、問題なしの返答が返って来る。

よし、まだ私たちは大丈夫ね。

そう朝潮が頷いた時、再び、今度は右側からさっきより大きな波が来た。

「右舷より高波、これは大きい!

全艦、回避機動を」

高波を見た能代の警告を受けて、六人が高波を乗り切ろうと機動を行う。

しかし、風に煽られた霞、荒潮が流された。

転覆は免れるも、隊列から大きく外れた二人は、風と波にもまれながら編成へと戻る。

 

その時だった。

ガード・ドックが緊急通告を入れて来た。

(まて……特別混成支援隊、いや第八駆逐隊霞、敵艦三が後方より急速接近!

特別混成支援隊、可能なものは霞を援護せよ!)

「た、助けなんか要らないわよ。

三隻くらい自分でしのげるわ!」

そう喚き返しながら主砲の安全装置を解除し、単独での対水上戦闘に入った。

単なる強がりではなく、風早、知床と言う戦闘能力の低い補給艦を含んだ本隊に敵を近づけさせない為、という霞なりの義務感からだ。

確かに、それは良い選択だった。

問題は敵がタ級一、リ級二隻からなるLRSRGが会敵した深海棲艦水上部隊とは、別の部隊だったことだ。

(霞、敵艦は戦艦タ級一、重巡リ級二だ。

お前に勝ち目は無いぞ、速やかに離脱しろ)

戦艦一と重巡二……!?

駆逐艦の自分で簡単に太刀打ちできる相手ではない。

だが退く気はなかった。本隊から引き剥がせられれば何とかなる。

敢えてガード・ドックの警告を無視した霞は、最大戦速で三隻の敵艦の誘引にかかった。

その様をレーダーでトレースしているガード・ドックが、霞の行動に強い口調で制止する。

(霞、交戦は禁止だ!)

「ダメよ、補給艦二隻連れた本隊が食いつかれるわ!

そんな事はさせない!」

怒鳴り返すようにヘッドセットに返すと、霞は主砲の射撃トリガーを引いた。

一二・七センチ徹甲弾二発が戦闘のタ級に向かって放たれる。

牽制射撃だから、命中は望んでいない。

「こっちを向きなさい!」

トリガーを引いて主砲弾を三隻に向かって浴びせる。

当たっても大した損害にはならないが、気を引ければ……。

「え?」

気が付くとリ級が一隻見えない。隊列から落伍したのか?

なら好都合かもしれない、このまま戦艦と重巡を……。

(霞、警戒! 左舷だ、回り込まれているぞ!)

ガード・ドックの警告の叫びがヘッドセットから飛び込んできた。

視線が左を向き、体を向けようとした時リ級が放った流れ弾が霞の左足の魚雷発射管を直撃した。

衝撃で霞は転倒するが、即座に置きあがった。

砲弾は不発だ、ダメージコントロールする必要は無い

(気を付けろ、目の前だ!)

荒々しい声で警告するガード・ドックの声にハッとした時、すぐそこに迫り、自分に主砲を向けているリ級がいた。

咄嗟に魚雷発射管の安全装置を解除し、右側の発射管に装填されている四発を発射した。

しまった、と追う顔をしたリ級が魚雷直撃の水柱の中に消え、爆発が起きる。

よし、と撃沈確認に一瞬気が緩んだ時、左足の魚雷発射管が激しい火花を散らし始めた。

(霞さん、今すぐ魚雷発射管を捨てて下さい! 誘爆します!)

悲鳴のような能代の警告がヘッドセットから耳に飛び込む。

安全装置を解除した際に左側の発射管もアクティブにしてしまったらしい。

「拙い! 緊急解除……」

直後、轟音とまばゆい閃光が走り、霞の視界が白く染まった。

何が起きたのか、霞が理解する前に彼女の意識は永遠の暗闇に消し飛んだ。

 

(くそ、霞が撃沈された!

呼びかけに応答なし、レーダーからも完全にロスト!

霞、轟沈! 繰り返す駆逐艦霞、轟沈!)

ガード・ドックの悲痛な喚き声が無線に響き渡った。

 

 

「よし、出来た」

エンターを押したところ、プログラムの再構築が完了した。

これで燃料の制限がかかる事は無い。

溜息を吐き、休もうと整備工廠の休憩室に向かった。

自動販売機で缶コーヒーを購入し、飲み口を開けて飲む。

ふう、と一息吐いてまた艤装のと事に戻ると、無線の点検がてら青葉たちが上手くやっているか盗み聞きする事にした。

ヘッドセットを耳にかけて無線のスイッチを入れると、悲鳴のような声が飛び交っている。

「な、何事?」

こちらからの通信は向こうでは受信できないので応答はない。

無線内容を聞いていた愛鷹は、混乱した無線の内容を知った。

 

LRSRGが荒天でバラバラになってしまったこと。

 

救援に出た第三三戦隊が、大波にのまれて全員行方不明状態であること。

 

そして、おそらく偶発的に深海棲艦の戦艦と重巡からなる三隻に遭遇した特別混成支援隊の霞が、単独交戦して撃沈された事。

 

床に缶コーヒーの缶が落ちて、跳ね返り、中身を愛鷹の靴と床にぶちまけた。

 

「霞さんが……撃沈された……」

 

嫌いになってしまい、霞と呼び捨てにしていたはずの愛鷹は、霞さん、と敬称で呼んでいた。

だがその敬称相手はもういない。

左足の魚雷発射管の誘爆で轟沈したと言う。

通信を発する間もなく轟沈……最期の言葉もなかったと言う。

 

恐らく、何が起きたのかを理解できないまま即死したのだろう。

 

途端に、ここでじっとしていられない衝動が沸き起こった。

今自分は出撃許可が出されていないが、だからと言ってこのまま静観している気分になれない。

しかし、自分だけ出撃して何が出来るか。

そう考えると、もどかしさだけが先走る。

ここで何もしないでいるのは我慢できないが、かといって独断出撃したとしても、自分だけで何が出来るか。

「もどかしい」

悪態気味に吐く。

せめて準備程度でも、と装備妖精さんに弾薬の積み込みを指示した。

「積み込みには、最低一時間はかかりますね」

妖精さんの飯田と呼ばれる補給班長が、搭載弾薬のリストを見て告げる。

「四五分で終わらせて下さい」

「えぇッ!? 

い、いや、積んだとしても出撃許可が無ければ……」

「許可は何とかしてきます。

お願いします」

「えー……」

困惑顔を飯田は他の妖精さん仲間と合わせた。

しかし、愛鷹は構っている気は無かった。

「やらなくて損をするよりは、やって損する方がまだマシです」

「……分かりました。

ただ、責任は取りかねますよ?」

諦め顔になった飯田は、早速仲間と共に弾薬庫に向かって駆けだした。

 

 

どうにかこうにか荒波を切り抜けた青葉の目に、目指していた島が見えた。

「あった……」

ホッとするあまり気が抜けそうになるが、気を引き締めなおし、島へと近づく。

浜辺のある所を探し、見つけると急いで上陸する。

靴裏の主機を解除し、両手に持って浜辺を歩く。

急いで近くの森の中へと入ると、ほっと息を吐く。

雨を凌げるような場所ではないが、防護機能で何とかなる。

他のみんなもここに上陸しているだろうか、と考えながら通信アンテナを修理に掛かる。

「うー、これは青葉じゃ無理かなあ」

簡易工具を片手に損傷状況を確認するが、青葉には少し手に負える状態とは言えない。

仕方なく、応急アンテナを組み上げて、それで通信コンタクトをとる。

 

「こちら第三三戦隊臨時旗艦青葉。

ガード・ドック、聞こえますか?」

(……青葉か? 

こちらガード・ドック、生きていたか)

「人聞き悪いですよ、青葉がそう簡単に死ぬ訳ないじゃないですか」

(そうだな、お前は死んでないようだな。

だが、お前たちが交信不能の間……一人殺られた)

 

一瞬、ガード・ドックが何を言っているのか分からず、青葉は立ち尽くした。

 

「すいません、青葉、嵐で疲れているみたいで。

最後のところをもう一回お願いします」

(第八駆逐隊の霞が深海棲艦と交戦し、魚雷発射管に被弾、魚雷誘爆で轟沈した。

残念だが、生存は絶望的だ)

「そ、え、いや、あ……」

(既に夕張、深雪のシグナルは確認済みだ。

そちらの位置から北に五キロのところにいる。

直ちに合流し、特別混成支援隊とLRSRGとの合流ポイントに向かえ)

「……はい。

あの、衣笠と蒼月さんは?」

(まだシグナルもビーコンの反応も確認できん。

大丈夫だ、お前の自慢の妹ならそう簡単にくたばらん。

蒼月がどうだかは分からんが……)

「……了解です」

 

通信を切ると、艤装を装備しなおして、指示された場所を目指した。

無人島らしく、道などないから浜辺を歩くしかない。

激しい風雨に身をさらしながら歩いている間、霞が戦死した事、衣笠と蒼月が行方不明のままであることで頭の中が一杯になった。

「いや、今はそれよりも夕張さんと深雪さんを探さないと」

頭を振って現実と目の前の事に切り替えようとするが、どうしてもあの二人、特に衣笠が気になる。

無事でいてくれたらいい、と思いながら雨で不安定な状態の浜辺を歩く。

 

しばらく歩き続けていると、赤いフレアが見えた。

位置マーキング用のフレアだ、あそこに深雪と夕張がいるのだろう。

「青葉です、深雪さん、夕張さん、聞こえますか?」

(……おばか? か……ど良好だ。

いや、良好になった)

ヘッドセットから深雪の声が、雑音交じりの状態から明瞭になって聞こえて来た。

「夕張さんは?」

(生きてるよ、いま深雪の艤装アンテナを直してる)

「では、二人とも無事ですね」

(どういう理屈でそうなるのよ)

「まあ、そちらに向かってます。

もうじき着きます」

(ああ、見えてるぜ。

双眼鏡で見える、『深雪、見ちゃいました』だ)

「今は……笑う気分にはなれませんね」

 

二人は浜辺近くの林の近くにコンパクトテントを立てて、そこで艤装のアンテナの応急修理をしていた。

テントに近づいてきた青葉を深雪が見つけ、手を振る。

「青葉ぁ、ここだ!」

手を上げて応えた青葉はようやく、深雪と対面した。

「深雪さん、けがは?」

「ない。

夕張も無傷だ」

「それは、良かったです」

「ああ。だが衣笠と蒼月はどこに行っちまったのか、まだ分からねえ。

……霞が殺られちまったってな……」

「はい……」

うつむき気味に青葉が頷く。

深雪はしばらく無言で立っていたが、しばしの無言の後「くそ」と罵声を吐き捨てた。

「あの馬鹿野郎、なんで一人だけで重巡と戦艦の三隻と喧嘩を売ったんだよ!

馬鹿野郎、馬鹿野郎、死んだら元も子もねえってのに!」

 

地団駄を踏んで深雪は悲しんだ。

険悪な仲だったとは言え、仲間が死んだと聞くと、無性に深雪は悲しくなり、目頭が熱くなった。

 

「畜生、なんであの大馬鹿野郎が死んだんだよ……あのツンデレ野郎が……。

蒼月のスゲエ所、何で見せつけられる前に死ぬんだよ……。

あたしだって、あいつといつまでも喧嘩状態じゃいたくなかったぜ、なのに……なんであいつが」

悔し涙を流し、両手で涙を拭う深雪を、そっと青葉は抱きしめた。

「わりい、青葉……」

「いいんですよ……。

今の内に泣いておいてください、まだ作戦中ですから……」

 

青葉の胸の中で深雪は嗚咽も漏らしながら、「くそ……畜生……」と繰り返し続けた。

その背中をそっと叩きながら、青葉は唇を噛み締めた。

こちらも早く嵐から抜け出て、特別混成支援隊と合流しないと。

LRSRGの誘導自体はガード・ドックからも出来なくはないが、ガード・ドックからは荒れる海の海面が見えないし、シークラッタ―の影響で常にモニターし続けられるわけでもない。

どうしても、生身の自分たちが何とかしないといけない。

だが、衣笠と蒼月の二人の行方の捜索もしなければならない。

だが、どこを探せば見つかるだろうか……。

「……青葉」

「はい?」

ひとしきり泣いた深雪が、拳で目元を拭って青葉を見据えた。

「衣笠と蒼月はどうすんだ……」

「……この天候では……探していては、青葉たちも遭難しかねません。

さっき遭難しかけましたからね……」

「助けないのか……」

「……無理です……ミイラ取りがミイラになっては目も当てられません……。

最悪、全滅しかねない」

「けどよ、お前の妹が助けを待ってるかも……」

「分かってますよ!」

 

荒々しい、いつもの青葉からは想像もつかない口調で、青葉は深雪に返した。

 

「青葉だって、ガサが心配です! 青葉の大切な、たった一人の妹です。

ガサは青葉にとって、血のつながりは無くても、青葉に残されたたった一人の家族なんです!

もう、青葉にはガサしか親族はいないんです。

でも、今は任務を優先しないといけないんです」

 

すると深雪が青葉の胸ぐらを掴み上げた。

 

「たった一人の、青葉にとって、たった一人の家族が嵐の中で迷子なんだぞ!?

独りぼっちで、漂流しているかもしれないんだぞ!?

青葉はそれでもいいのかよ!?」

「良い訳ないじゃ無いですか!

青葉が、ガサのことを心配していないと言った覚えはないですよ!」

「お前の衣笠だけじゃない、蒼月だって……。

あいつはここの海が初めてだ。

勝手の知らなねえ海で遭難しちまったんだぞ、あいつの方が一番ヤバいのかもしれない。

任務なんか知った事か! あたしらには、あたしらの護るべき仲間がいるだろうが!」

「犠牲を最小限に抑えないと、みんな死にます!」

「最小限に抑えるためにも、助けに行くんだろうが!

LRSRGの連中は、特別混成支援隊の面々に任せて、あたしらは……」

 

それ以上、深雪は言えなかった。

青葉の平手打ちが、深雪の左頬に炸裂し、深雪は浜辺に倒れた。

 

「いい加減にしてください! 

旗艦の指示に従えないのですか!?

敵は嵐だけじゃないんです、深海棲艦もいるんです」

「分かった! 埒が明かねえ、深雪様一人で探しに行く」

飛び起きた深雪はテントに駆け込むや、夕張が修理を終えた艤装を背負い込んで海へと駆けだした。

「深雪さん!」

「ちょ、深雪どこ行くの⁉」

「お前らは他の奴らと合流してろ、あたしは衣笠と蒼月を……」

しかし、深雪の前に青葉が両手を広げて立ちはだかった。

「行かせません!」

「どけよ」

「ダメです」

「ならば、こうだ!」

 

そう言うなり、深雪は青葉に殴りかかった。

青葉が反応する前に、深雪が繰り出した右ストレートが青葉の顔面に炸裂した。

もろに顔面パンチを食らってしまった青葉は、凄まじい衝撃のあまり砂浜に倒される。

じんと、鼻が痛み、生暖かいモノが鼻腔から流れ出した。

鼻を抑えて呻き声を上げる青葉に、一瞬深雪の動きが鈍った。

流石にやり過ぎた、と思った時、脳天に衝撃が走った。

「がッ……!」

眼から火花が飛び出し、凄まじい痛みが深雪の意識を霞めていく。

 

「く……くそぉ……」

 

頭を抱えて崩れ落ちた深雪の背後で、スパナを持った夕張が肩で荒い息を吐く。

「ごめん、深雪。

でも……こうするしかあんたを止めることが出来なかったのよ」

気を失ったらしく、浜辺に倒れたまま動かない深雪に夕張は言いながら、地面で鼻柱を押さえる青葉の元に歩み寄った。

「大丈夫、青葉?」

「ええ」

鼻血と口元が赤く汚れているが、血はほぼ止まっているようだ。

軽く咽込んだ後、青葉は夕張の差し出した手を掴んで立ち上がった。

「それで、どうするの?」

「深雪さんが目を覚ましたら、特別混成支援隊とLRSRGとの合流地点に向かいます」

「それで……いいのね?」

「……今はそれしかありません」

 

自分を見つめる夕張の目を見据えて、青葉は言い、夕張も無言で見返した。

心の底で青葉が衣笠と蒼月が心配で仕方が無く、激しく揺れているのが夕張にははっきりと分かった。

それでも、青葉は任務を優先する事にした。

たった一人の妹を失うかもしれないと言う恐怖と戦いながら下した、青葉の決断だった。

それが、貴方の自らの意思なのね……そう夕張は胸の中で呟いていた。

 

 

ラバウル基地の嵐が少し治まって来た時、出撃ドックに警報が鳴り響いた。

閉鎖されていたゲートハッチが開けられていく。

(波の高さは並の艦娘なら苦労するレベルだが、なに、お前なら出来るだろう。

だが、無理して死んでも知らんからな。

貴様は本来、出撃させられん身だ)

ヘッドセットから聞こえてくる磯口の淡々とした口調の語りかけに、愛鷹は感謝の念を隠せなかった。

「感謝します、磯口准将」

(何が感謝だ、貴様の無茶に付き合わされた私の軍歴がどうなるか、知らんだろう。

だが、一人では死なんぞ。貴様も道連れだ)

「ええ。責任は私も被りますよ。

……ありがとうございます、提督」

ヘッドセットの向こうから、特大の溜息を吐く声が聞こえた。

少し間をおいて磯口が言った。

 

(行って来い、愛鷹。

生き延びた奴らの全員を連れて帰って来い。

そして絶対に帰って来い、それ以外は許さん……死ぬなよ。

健闘を祈る!)

「はい、提督」

 

無断出撃しようとしていた愛鷹の元に来た磯口は、愛鷹と目を合わせると「行く気だな」と問うてきた。

「はい」

そう返すと、磯口はじっと愛鷹を見つめた。

「貴様は病み上がりだ、出撃は許可できん……と、言って引き下がる貴様でもあるまい。

それに、私が来ることは分かっていたのだろう。 

私が来るまでに、自分が今、何を為すべきかも熟慮していた、違うか?」

無言で頷く愛鷹の答えに、磯口は溜息を吐いた。

「私は大勢の部下を見て来た。

中には、とんだ大馬鹿野郎もかなりいた。

愛鷹、貴様は私が今まで見て来た中でも、特大の大馬鹿野郎だな。

馬鹿でなければこうも出来んが」

諦めムードの磯口は、磯口の独断で愛鷹を単独出撃させることを決めた。

初めから、愛鷹が止めても聞く人間だとは思っていなかったようだ。

 

ゲートの発進サインのグリーンライトが点灯した。

視線の先に見えるは、灰色の海と空。

高く荒れる波、激しい風雨。

だが、愛鷹の出撃する意思を止める壁ではない。

「全員連れて帰る……まずは、衣笠さんと蒼月さんを。

 

グリーンライト確認、第三三戦隊旗艦超甲巡愛鷹、出る!」

 

主機から前進強速へと加速する白波を上げて、愛鷹は嵐の海へと一人出撃した。

 

 

気を失ったままの蒼月の肩を嗅ぎながら、衣笠は荒波の中必死に航行していた。

方位磁石を頼りに、ラバウルの方向へと航行する。

途中運よく島にでも上陸できれば、と思うも、現実はそう簡単にはいかない。

今、衣笠は嵐だけでなく、凄まじい孤独感から来る恐怖とも戦っていた。

蒼月がいるが、気を失ったままで、目を覚ます気配がない。

話し相手が無く、実質一人ぼっちのような状態だ。

パニックを起こさずに済んでいるのは、衣笠の素の根性のお陰だが、正直いつまで続くかと思うと不安も増える。

それでも、何としてでも生き抜く、という覚悟で衣笠は航行を続けた。

激しい風雨と、動かない蒼月を抱えているだけに、体力がじりじりと削られていく。

高波で思う様に速度を上げられないが、それでも前へと進む。

 

頑張れば、道は開ける。

青葉に自慢してやることもできる。

天涯孤独の青葉には、自分だけが唯一の家族だ。

こんなところで死んでしまったら、青葉は独りぼっちだ。

 

そうはさせない、自分も蒼月も生きて帰るんだ、と何度も疲れで音を上げたくなる自分に喝を入れた。

 

「青葉……いや、みんなに衣笠さんの凄い所、見せてあげるんだから……」

高波を一つ乗り越えながら自分に言い聞かせる様に呟いた時、また高波が迫って来た。

拙いと思った時、衣笠は蒼月と共に高波に呑み込まれた。

受け身を摂る暇もなかった為、もろに波を受ける。

抱えていた蒼月と引き剥がされ、波の中で上下感覚を失う。

鼻から海水が入り、じたばたと海中内でもがいた。

何とか態勢を立て直して海上に出るが、蒼月の姿が無い。

「蒼月ちゃーん!」

呼びかけるが、返事は無い。

流石に防護機能ももう防ぎきれなかったようで、ずぶ濡れの状態で立ち上がるが、左足の浮力が無い。

どうしたんだろうと左足を見ると、サンダルが主機ごと流されて左足は裸足だ。

「片肺かぁ……」

唇を噛んで他に損害を確認する。

右手持ちの主砲一基も外れて流されており、水上機クレーンも折れ曲がってしまっている。

左の主機が履いていたサンダルごと無くなり、必然的に右足で体を維持し続ける必要があった。

片足立ちで航行するようなものだ、体力の消耗もさらに激しくなる。

ただ、主砲塔一基も流されて失っている分、その重量が減っているから、幾分はマシと考えるべきか。

 

「サンダルや主砲はともかく、蒼月ちゃんはどこ行っちゃったの……?」

片肺で思う様に速度が出ないながらも、はぐれた蒼月を探しに衣笠は動いた。

皆で帰るんだから……

 

 

途中で目を覚ました深雪に散々なじられながらも、青葉と夕張はガード・ドックに指定された島に向かい、なんとか特別混成支援隊とLRSRGとの合流を果たした。

風雨を凌げる洞窟内で丁度、風早、知床からLRSRGに補給作業中だった。

だがそこにいるのはイリノイ、サモア、カーペンターの三人だけ。

スクラフトン、ウースター、ジャイアットの姿が無い。

何があったのだろうと、青葉はイリノイに聞きに行った。

「USSイリノイさんですね。

第三三戦隊臨時旗艦の重巡青葉です」

敬礼して名乗ると、自分よりずっと背が高い、愛鷹程はあろうかという背丈のイリノイが青葉に向き直り、答礼した。

「LRSRGTF12.2旗艦、アイオワ級戦艦USSイリノイです。

お出迎えに感謝します」

「おい、三人いないけど、どうしたんだ?」

後ろから深雪がイリノイに聞いて来る。

その問いに、少し表情を暗くしたイリノイが答えた。

「途中ではぐれてしまった。

何とかシグナルは捕捉し続けられたが、捜索に向かう為の余裕が無くてな。

いったん三人の捜索を打ち切り、特別混成支援隊との合流を優先した」

 

その答えに深雪は目を剥き、憤怒の形相になった。

 

「おまえ、仲間をこの嵐の中に見捨てて来たってのか⁉

ふざけんなよ!

それじゃあ、霞が一体何のために死んだのか、分かんねえじゃねえか!

これじゃあ、あいつは犬死だぞ!」

「深雪さん、ちょっと落ち着いて……」

洞窟の壁の近くで休んでいた朝潮が制止の声を上げる。

その朝潮に向き直った深雪は、目を見据えて問いかけた。

「朝潮、お前は長女としてどうなんだ?

 

霞は死んだ、それは揺ぎ無い事実……お前の妹は死んだんだ、もうあいつは帰ってこない。

あたしと蒼月と喧嘩するのも、飯を食うのも、お前と笑う事も何も、二度と出来ないんだぞ?

 

この戦艦はあいつの犠牲を踏みにじったんだぞ、許せるのか」

「あの子は……イリノイさん、サモアさん、カーペンターさんが無事なだけでも、報われるはずです。

あの子の死は、決して無駄なんか……じゃ……ない……」

普段きりっとしている朝潮の顔が悲しみに歪み、両目から大粒の涙が溢れ出た。

長女として、健気にふるまう朝潮だが、深雪の言葉に妹の死を実感し、それに答える自分の言葉が追い打ちになったのだろう。

鼻をすすりながら泣いていたかと思うと、へたり込んで遂には子供の様に泣き出した。

その様子を満潮も壁に寄り掛かって見ていたが、何も言わず、俯いていた。

 

「仇は取る。

私たちのせいで彼女は死んだようなものだ。

だからこそ、私たちは彼女の死を無駄にしない」

静かにイリノイは深雪と朝潮に告げた。

深雪が睨みつけるその視線を、イリノイは逸らすことなく受け止める。

「部下は見捨てない。

私は仲間を見捨てたりはしない」

「その仲間に、あたしらの仲間も入ってるんだろうな?」

「勿論だ」

そう返すイリノイの目を深雪は尚睨みつけるが、もう喧嘩腰になる事は無かった。

一方、青葉は能代に補給完了時刻を尋ねた。

「それが燃料切れ寸前だった為、急いでも二時間、腹八分なら一時間半程度はかかるとの事です」

渋面を浮かべた能代の答えに、青葉は怪訝な表情を浮かべた。

「イリノイさんは戦艦だから、航続距離に余裕がると思っていたのですが?」

「途中で、他のメンバーの方にお裾分けしていたそうです。

イリノイさんの補給に、一番時間がかかりそうです」

「拙いですねえ……」

衣笠、蒼月、スクラフトン、ウースター、カーペンターの行方の捜索を早く行いたいところだが、補給に時間がかかるとなると。

その時、夕張がヘッドセットに手を当てた。

ガード・ドックから通知が来たのだ。

(ガード・ドックから特別混成支援隊、LRSRGへ。

ラバウルから増援が一隻、出撃したと連絡が入った)

一体誰? と夕張が聞き返そうと思った時、ガード・ドックが続報を入れた。

(司令部より続報、増援は第三三戦隊旗艦の超甲巡愛鷹だ)

「愛鷹さんが? 

随伴は無いのですか?」

(無しだ、単独出撃した。

既に、そちらのいる場所へと向かっている。

そちらで臨時編成の捜索隊を組んで、行方不明艦の捜索に当たれ)

「りょ、了解です」

ヘッドセットから手を離し、一同にガード・ドックが伝えてきたことを話す。

「あいつ、待機命令が出てたはずだぞ。

どうなってんだ?」

怪訝な声を上げる深雪だが、誰も理由は分からない。

ただ愛鷹が来ることには、多少の安心感は出る。

深海棲艦水上部隊との交戦時に、彼女の火力は期待できるところが大きい。

一同の胸の中に、状況の好転の兆しが見える気がした。

 

 

頬を叩かれる感じが、神経を覚醒させた。

はっと、蒼月が目を指すと、白人女性三人が自分を覗き込んでいた。

艤装を付けている所から、一目でLRSRGのメンバーだと分かった。

英語で話しかけられるが、何を言っているのか、少し混乱が残る頭では理解できなかったが、「You all right?」は聞き取れた。

「Yes I‘m OK」

そう返した時、蒼月は自分が洞窟の地面に横にされていたのに気が付いた。

身を起こすと、押しとどめられる。

「少し横になっていた方がいい」

「でも……ところで……」

「ああ、私はボルティモア級重巡のスクラフトンだ。

こっちは軽巡ウースターと駆逐艦ジャイアット」

「LRSRGの方々でしたか、私は秋月型駆逐艦の蒼月です」

「よろしく、蒼月。

迎えに出てくれた事、礼を言いたい」

「いいえ、大したことでは。

ところで、確か他に三人いる筈ですが?」

そう問いかける蒼月に、ジャイアットが返した。

「知らなかったか、高波で艦隊が分断されて、今ここにいるのは我々だけだ。

何とか移動したいが、こちらは燃料を使いきってもう動けん」

「燃料切れですか」

思わず気落ちした声で言ってしまう。

それにウースターが苦笑を浮かべ、「飛んだ迷惑をかけてしまい、申し訳ない限りだ」と返した。

「あ、いえ」

慌てて蒼月も謝罪する。

「しかし、一体なぜ一人で漂流していたのだ?

何かあったのか?」

そう問いかけて来るウースターに、蒼月ははっとした。

自分は大波に呑み込まれた後、気を失ったままだったから第三三戦隊仲間がどうなったか、全く分からない。

みんな無事だろうか、と心配になる。

その事を話すと、三人はそうか、と神妙な表情になった。

腕を組んで話を聞いていたスクラフトンが、少しして溜息を吐くと苦笑を浮かべた。

「お互い、遭難同士か。

だが、そう言う時こそ協力して脱出せんとな」

「はい」

「ただ、こっちはガス欠でもう動けん。

例え動けていたとしても、深海棲艦水上部隊がうろつくこの近辺で満足に動けない我々は、格好の的だ」

「と言うと……」

一瞬、意味を理解できなかった蒼月が聞き返すとスクラフトンは羅針盤を取り出し、レーダー表示を見せた。

「コンパスジャミングだ。

かなり酷い所からして、深海棲艦が近辺にいるのは確かだ。

恐らく、一〇キロ圏内にはいるだろう」

深海棲艦が近辺に……レーダー表示の乱れ具合からして、結構強力な戦力が展開しているかもしれない。

この具合だと、通信もダメだ。

しかし、万事休すと思ったら、それこそ終わりだ。

何か考えれば道があるはず……蒼月はそう思いながら、空腹で腹が鳴るのに気が付いた。

「腹が減っては何とやらだ、何か食べといた方がいいぞ」

ウースターの言葉にそうですね、と頷いた蒼月はレーションを艤装から出した。

クラッカーとゼリーを摂りながら、第三三戦隊仲間がどうなったのか、と心配になるが、まずは自分とここにいる三人の友軍艦娘の心配が先だった。

 

 

「ダメだぁ、もうどこがどこだかわかんないよぉ!」

蒼月とはぐれて一時間余り。

流石に衣笠の忍耐力も崩壊の兆しが見え始め、パニックを起こしかけていた。

嵐は一向に止まず、片肺航行はさらに体への疲労を増していた。

「青葉ぁ……どこぉ……深雪ちゃーん、蒼月ちゃーん、夕張ィ……みんな」

孤独感とともに訪れる恐怖が、衣笠を潰そうとしていた。

パニックを起こしそうで、強い無力感も感じ始める。

実は緊急時に危険なのはパニックなどよりも、無気力だったりする。

今、衣笠は後者に呑み込まれかけていた。

心なしか航行速度も落ち始めた。

しかし、その理由が自分ではわからない。

頭が働かない、疲れた、休みたい、と疲労が思考を麻痺させかける。

この程度……と何とか喝を入れるが、諦観ムードが増える一方だ。

「疲れた……」

もう、しゃがみ込んで休みたい気分になった。

しかし、ここは海の上であり、荒波の吹き荒れる嵐の中。

休める場所などない。

 

疲労でぼんやりしそうになった時、砲声が聞こえた。

あれは……リ級の……?

我に返った時、自分の近くに水柱がいくつか立ち上がる。

砲声のする方を見ると、二隻のリ級が自分に向かって来るのが見えた。

「拙い!」

慌てて右足の主機を最大戦速に加速かせ、離脱を図るが左足のが無い分、発揮可能な速力が思うように出ない。

そんな自分に、リ級は容赦ない砲撃を浴びせて来る。

ジグザグ航行を繰り返して直撃弾を避けるが、動きが鈍い事もあって、次第に近くに落ちる水柱との距離が狭まる。

このままじゃ、被弾しちゃう!

応戦したいが、狙いをつけるのは無理だし、照準を合わせている間はさらに動きが鈍るから、実質交戦は出来ない。

どうしよう、どうしよう、どうしよう、とその言葉しか頭に出ない。

リ級の砲弾が右舷側に着弾し、至近弾となった時、右の主機に過剰な水圧がかかったのか、舵の利きが悪くなった。

次来たら、もう避けられない……。

ざわりと背筋が粟立った。

 

その時、別方向から砲声が聞こえた。

リ級二隻が砲声のした方を向いた時、二隻が同時に爆炎に包まれ、被弾した主砲の弾薬の誘爆で轟沈した。

「え?」

何が起きたのか、分からず呆然とした時「衣笠さーん」と遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえた。

ただ混乱した頭は誰の声なのかすぐに見当をつけられない。

ただ青葉じゃない、と言う事は分かる。

 

「衣笠さん、私です」

 

さっきよりはっきりと聞こえる声。

「この声、愛鷹さん……?」

そんなはずはない、と頭を振る。

愛鷹は今、基地で待機中の筈。

 

「衣笠さん」

 

ぼんやりとしかけていた衣笠の耳に、はっきりと愛鷹の声が入った。

「しっかりして下さい」

「愛鷹さん……?」

驚いて声のする方を見ると、制帽の顎ひもをかけた愛鷹が左側にいて、自分の肩に右腕を貸して航行を開始していた。

「え、愛鷹さん、出撃できなかったんじゃ……」

「磯口司令に無理を言い、出撃しました。

よかった、間に合って」

「体、大丈夫なんですか?」

「タブレットを事前に飲んできていますから、大丈夫ですよ」

そう返す愛鷹の言葉を聞き、安心感を覚えた。

みんな無事かと問うと、急に愛鷹の顔が曇った。

嫌な予感がした時、「一人、戦死しました」と呟くように愛鷹は答えた

脳天を一撃されたような衝撃を感じ、衣笠は誰が殺られたのか、聞けなかった。

 

「霞さんが深海棲艦の重巡二隻と戦艦一隻と交戦しました。

魚雷発射管に被弾し、誘爆で轟沈。

残念ながら、生存は望む方が無駄です」

「そ、そんな……」

 

霞が轟沈・戦死したと言う事実がにわかには信じられず、唖然とする衣笠だったが、愛鷹はそれに構ってはいられないようだ。

「既に青葉さん、夕張さん、深雪さんは、特別混成支援隊とLRSRGと合流しました。

皆、怪我無いそうですが、スクラフトン、ウースター、ジャイアットがはぐれてしまい行方が分からない状態です。

衣笠さんは、ひとまず私が皆さんのところに連れて行きます」

「その後どうするんですか?」

「動ける艦で捜索隊を編成して、残る三人と蒼月さんを探します」

「私は……」

「片肺では連れて行けません。

先に撤退させます」

「……はい」

悔しいが、主機が片方ないし、主砲も一基喪っているからついて行っても足手まといだ。

先に戻るしかない。

不甲斐なさが込み上げて来たが、衣笠にはどうする事も出来なかった。

 

 

第三三戦隊と特別混成支援隊、LRSRG残存艦が集結している島に着くと、青葉と深雪が出迎えてくれた。

青葉の鼻の周りに、うっすらと血の跡がついているのに気が付いた衣笠が「大丈夫、青葉?」と尋ねると、「大丈夫だよガサ」と問題なしの声で青葉は返した。

「でも、どうしてそうなったの……」

「まあ、いろいろ……」

「あたしと喧嘩した時、顔を殴っちまったらこうなった」

気まずそうに深雪が答えた。

何が原因で、と聞きかけたが、深雪が傷つくと思い触れない事にした。

どうにか、行方不明艦以外の全員が揃った。

イリノイと愛鷹はようやく対面し、あいさつを交わした。

「ようこそ、ラバウルへ……そう言いたいところですが、事情が複雑な状態で」

「承知しています。

補給が完了次第、私も捜索隊に加わりたいのですが。

仲間を置いてきた責任は、指揮官が負わねばなりません」

「良いでしょう。

編成は……青葉さん、深雪さん、イリノイさんで」

「私と満潮も行かせてください」

朝潮が愛鷹に参加を希望する。

随行を希望する二人の顔を見た愛鷹は、敵討ちの為だとすぐに分かった。

 

万が一会敵した場合、いやそれを恐らく望んでいる。

姉妹艦娘の霞を殺した深海棲艦に、一矢報いたい……朝潮と満潮はそう言いたげな顔で、自分を見ていた。

航行訓練を積んだ関係同士ではないから、艦隊運動に支障が出るかもしれないが、二人とも経験豊富だ。

技量でカバーしてくれることに期待するよりは無いだろう。

 

「良いでしょう。

ただし、一つ条件があります」

「なんでしょう?」

真顔で聞き返してくる朝潮と、隣の満潮の目を見据えて、愛鷹は言った。

「敵討ちの念は、心の底にしまっておいてください。

それしか考えてないなら、随伴は認められません。

敵討ちに囚われていたら、敵を見る目が曇り、次に水底に消えるのは朝潮さん、満潮さん……貴方たちかもしれません。

霞さんもきっとそれを望まないでしょう」

「その心配はありません」

「右に同じくです」

そう返す朝潮と満潮に、迷いは無いようだった。

 

 

補給完了後、衣笠、能代、夕張、荒潮、サモア、カーペンター、風早、知床に見送られ、愛鷹を旗艦とし青葉、深雪、朝潮、満潮、イリノイの六人は再び嵐の中へと乗り出した。

 

 




艦娘は人間であるのが本作の一番の特徴であり、実質生身の状態で海の上を航行します。
それだけに、暴風には弱い立場であります。

大変残念ですが、朝潮型駆逐艦霞くんの轟沈を今回描くに至りました。
既にエクセター、スプリングフィールドの二人のオリジナル艦娘が亡くなっていますが、今回は実装組初の戦死回となりました。

本作では好人物として描いてませんが、使命感は確かです。
好人物とは言い難いながらも、仕事の出来の良さは確かで、それを磯口は高く買って、自分の秘書艦的存在に置いていました。
それだけに実は内心、彼は霞の死を非常に悲しんでいます。

史実の霞は僚艦撃沈の責任を巡り、駆逐隊司令が自殺未遂を起こしたり、酷い陰口を叩かれたりしながらも、太平洋戦争開戦から、連合艦隊最後の勝利とも言われる礼号作戦、大和の最後の出撃にも随行して戦い続け、坊の岬沖にて最期を遂げ、日本海軍の終焉を見届けた歴戦の艦です。
出来れば反映させたい気もしましたが、その彼女の意思は姉妹に継いでもらおうと思っています。

冷静沈着な愛鷹に、彼女の性格に少しに合わない様な熱い所を書きましたが、これも彼女の過酷な過去の反映とも言えます。

深雪の人命第一主義は彼女の信念であり、曲げられない所でもあり、それがまた本作における深雪の大きな特徴になっています。
過去に誤射を受け、生死の淵を彷徨った彼女だからこそ、人命の重さを分かっていると言えます。
また喧嘩しても、やはり仲間である艦娘の死に涙する情の厚さは、過去に闇を抱えている登場人物の中では、消えない灯台的な存在となっています。

次回は捜索活動の後半戦となります。
なるべく早く、投稿するよう努力します。

ではまた次回でお会いしましょう。


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登場人物紹介

新たに新情報を追加したうえでの再投稿となります。
一部ネタバレがあります。


愛鷹(あしたか) 超甲巡(超甲型巡洋艦)愛鷹型一番艦。

索敵攻撃部隊となる第三三戦隊旗艦。

本作の主人公。

制服は大淀型、明石型のモノに近い。

海軍中佐の階級章つき海軍コートと制帽を身に着けており、素顔が解り難い。

左腰の長刀は実は艤装の一つ。

深海棲艦の艤装を切り裂ける。

口数の少ない物静かで冷静な性格であり、一人で過ごすのが好きな方だが社交性が全くないわけでもない。

やや素っ気なさ、ぶっきらぼうにも見えるが、本心では大勢の仲間と一緒に過ごしたがっているものの、踏ん切りがついていない。

射撃の腕、剣術の腕は高く取り乱す事は殆どない。

艤装の電探(レーダー)、ソナー、通信能力が高く、その扱いにも慣れている。

語学に興味があり、多数の言語が話せる。

教養も高く、しばしば深雪から「インテリ」と呼ばれる。

実はジャズが好きで、中でも複雑変化進行コードと、非常にハイテンポの曲好みと物静かなイメージとは裏腹な趣味も持っている。

喫煙者で葉巻を吸っている。

また、ポーカーなどのカードゲームには滅法強い。

何らかの持病持っており、治療薬らしきタブレットを服用している。

背丈が日本人女性の平均からすると、非常に高い一方で痩せた体系である。

その割にはかなりタフな一面を持ち合わせている。

小食家でコーヒーが好きでよく飲んでいる。

過去に何か大きな闇を抱えており、それもあってか生への執着が強い。

素顔、出生、経歴の多くに謎がある異色の艦娘。

理由は不明ながら大和とは容姿が瓜二つである(体格には差異がある)。

武本との関係は表ではごく普通だが、実は強い恨みを抱いている。

また大和には憎悪の念を抱いているなど、二人とは過去に何らかの因縁を抱えている。

外見からの推定年齢は二〇代。

 

 

青葉 青葉型重巡洋艦一番艦 第三三戦隊の次席指揮官

パパラッチ事に事欠かないムードメーカー。

「艦隊新聞」執筆者で最近は姉妹艦の衣笠(ガサと呼んでいる)も巻き込み始めている。

過去に懲罰をちょくちょく受けた経験がある。

ノリの軽い、やらかしキャラで、非番時はネタ探しをよくやっている。

隠れるのが得意。

艦娘としての練度は高く、過酷な南方ソロモン戦線で幾多の修羅場を潜り抜け、多数の武功を上げて「ソロモンの狼」の異名をもっている。

普段はおとぼけたキャラだが、本気になると「ソロモンの狼」の二つ名通りの鋭い一面を見せることがある。

過去にそのソロモン戦線で自らの不祥事で前線にて重傷を負った際に、敵から庇ってくれた古鷹が左目を失ったことに強い負い目を感じており、明るく振舞い続けているのはそれを隠すためとも言われている。

経験豊富だが所属する第六戦隊で唯一改二になれていない。

青葉自身は特に気にしたことはないはすだが……。

第三三戦隊の副指揮官に抜擢され、愛鷹の事を尊敬すると同時に彼女の体調を心配している。

艤装の旧式化が進んでおり、どうにか技量で補っている。

お好み焼きを焼くのが得意。

実は青葉の名前は本名である。

両親は他界済みで、天涯孤独の身になっている。

西暦二〇二二年生まれの二六歳。

階級は大尉。

広島県出身。

 

 

夕張 夕張型軽巡洋艦(実験巡洋艦)

実験巡洋艦色が強いこともあり、エンジニアとしての能力が高め。

いくつかの艤装を発明したこともある。

実際、艦娘になる前は理工系一筋だった。

速力が速くない事をよく言われるが、実際はそれなりにスピードが出る。

ぼっち艦のため艦隊に組み入れづらく、外洋艦隊に配備される事が減っていたが、第三三戦隊に配属されたことで外洋艦隊に復帰した。

戦闘力は特段高いわけではないが、汎用性が高い。

対潜戦闘に関してハンター・キラー戦法を研究したことがある。

艤装は本人の改造によりスタンダードフレックス構造(武装がユニット化され換装しやすくなった構造)に代わっているが、主機の燃費が悪化している。

第三三戦隊配属に当たり、主機は元に戻されている。

メカに目がない他、艦娘のクセをある程度判別できる。

アニメ鑑賞が好き。

エンジニア繋がりのため明石とは仲がいい。

実は過去に指揮した部隊で仲間を失っている。

西暦二〇二一年生まれの二七歳。

階級は大尉(技術大尉)

北海道出身。

 

 

深雪 吹雪型駆逐艦

特型駆逐艦の一人で元第一一駆逐隊所属。

過去に演習中第六駆逐隊の電の誤射で重傷を負い、戦線離脱期間が長すぎたため原隊から除籍。

戦列復帰後は様々な部隊を転々としている。

性格は非常にアクティブかつ陽気。

誤射で重傷を負ったが電に恨みは持っておらず、事故であり非は無いと落ち込んでいた電を励ました。

ストイックなタイプで鍛錬を欠かさない。

座学はやや苦手だが努力家である。

数学は得意で暗算も早い。

様々な部隊を転々した事もあり、いろいろな戦闘状況を経験しており練度は高い。

雷撃戦を得意としている。

現在は対空射撃の特訓に精を出している。

過去の経験もあり、人命第一主義者であり、人命軽視を命じるなら階級が上でも食って掛かる。

その為、生への執着が強い愛鷹には密かに目をかけられている。

西暦二〇三〇年生まれの一八歳。

階級は中尉。

京都府出身。

 

 

蒼月 秋月型駆逐艦

秋月型駆逐艦の末っ子。

非常に意志が弱く、度胸もない。

メンタル面での適性は落第寸前だが、射撃、特に対空射撃で彼女の右に出るものはほぼいない。

非常にオドオドしている為「なぜ艦娘(海軍)になったか不明」と言われている。

本人も不思議になる。

容姿は磯波に似ているが、髪の色など相違点は多い。

背丈は秋月型に漏れず高い。

本心では強くなりたいと思っており、第三三戦隊では努力家としての一面を見せていく。

第三三戦隊では防空戦闘の要を担う。

結構食いしん坊であり、美味しい食べもには目が無い一面がある。

外洋艦隊への参加経験が少ない為、海外の海を殆ど知らない。

両親を幼いころ深海棲艦との戦いで亡くしている。

(本作のオリジナル艦娘。

艦名の由来は「ハイスクール・フリート」の教官艦「あおつき」から)。

西暦二〇二九年生まれの一九歳。

階級は少尉。

福岡県出身

 

 

瑞鳳 祥鳳型航空母艦二番艦

軽空母艦娘で艤装のレベルは第三三戦隊では一番高い。

背丈が小さく深雪並み。

航空機ファンで、中でも九九式艦上爆撃機をこよなく愛している。

航空機モデラーでもある。

卵焼きを焼くのが得意で、彼女の卵焼きは人気が高い。

艤装レベルの通り経験は豊富であり、多くの航空戦で機動部隊に貢献している。

元補給部隊所属だが、航空戦力強化に伴い空母機動部隊に転属した。

第三三戦隊では防空と航空偵察・対潜哨戒など航空戦力を駆使した艦隊支援が主任務となる。

水上戦闘能力が低い上、小柄な体格に似合わず機動性は第三三戦隊では最も悪い。

外見は幼いが、成人であり大酒飲みでもある。

ついついプラモデルや酒に給料をつぎ込んでしまうクセがあり、金欠になりやすい欠点がある。

実家が日本酒農家。

西暦二〇二六年生まれの二二歳。

階級は少佐。

滋賀県出身。

 

 

武本生男(たけもと・いくお)

日本艦隊統合基地で、国連軍日本艦隊の指揮を執る海軍中将。

温厚かつ紳士的。

艦娘への配慮を欠かさず、彼女たちに寄り添う立場から艦娘からの信頼が厚い。

提督としての在任期間は最長クラス。

深海棲艦との戦いの始まりを幹部候補生時代(海上自衛隊に所属していた)に迎えた。

幹部候補生時代の成績は非常に優秀。

温和な性格だが厳しい顔も持っている。

プライベートの時の一人称は「オレ」。

国連海軍内でも一定の発言力を持っている。

国連軍国際統合作戦本部情報部部長有川大翔(ありかわ・はると)中将とは学生時代からの付き合い。

かつて国連軍に編入された海上自衛隊第一護衛隊群のミサイル護衛艦「あきつかぜ」の航海長として乗り込んでいたが、能登半島沖海戦で深海棲艦と交戦した艦隊は全滅。

「あきつかぜ」も撃沈され、艦隊唯一の生存者となった凄惨な過去を持つ。。

深海棲艦との戦いで人材を損耗した国連軍の人事で、勤務態度、成績優秀から異例のスピード出世をしている。

実は過去に愛鷹と浅からぬ因縁を抱えており、裏では愛鷹に恨まれている。

西暦二〇〇四年生まれの四四歳。

神奈川県出身。

 

 

谷田川史郎(やたがわ・しろう)

日本艦隊統合基地所属の男性士官。

階級は大佐。

日本艦隊男性士官の中でナンバーワンであり、武本の右腕。

武本の後輩で艦娘がいない時に「先輩」と呼ぶことがある。

基地司令の武本が基地を留守にしている時には、谷田川が次席司令官を担当する。

また大規模作戦時は、支援艦に乗り込んで前線指揮を執る。

榛名にほのかな思いを寄せているが、「自分は彼女には割に合わない」と思っており、見守ることに留めている。

西暦二〇〇七年生まれの三九歳。

長野県出身

 

 

長門 長門型戦艦一番艦

日本艦隊統合基地で武本の秘書艦を担当。

海軍大佐の階級を持っている。

武本不在時は、谷田川と共に艦隊指揮官代行を任される日本艦隊の艦娘の幹部格。

厳しい性格だが、可愛いものに目がないロリコン疑惑持ち。

物語開始の一年前に改二になっている。

日本艦隊の戦艦部隊では、大和型に次いで強力。

普段は前線に出ないが、経験はあり、戦闘能力も確か。

陸奥とよく行動を共にしている事が多い。

本人はまだ知らないが、秘書艦職から解いて前線部隊へ配属することが検討されている。

西暦二〇二〇年生まれの二八歳。

山口県出身

 

 

陸奥 長門型戦艦二番艦

長門と同じく武本の秘書艦で、長門のサポート役。

長門と同じく海軍大佐。

武本不在時は基地の管理を主に担当する。

日本艦隊艦娘の幹部格の一人。

長門とは反対の雰囲気の女性だが、仲はとても良い。

長門に遅れる事半年後に改二となっている。

どちらかと言うと、長門と比べ前線に出る事は多い。

長門をからかう事がよくあり、長門いじりが好き。

色気女性だが、指揮官としての腕は高い。

西暦二〇二〇年生まれの二八歳。

秋田県出身

 

 

明石 三原 桃取 明石型工作艦

工作艦三人姉妹。

日本艦隊の工廠で艦娘の艤装の整備補修、点検に携わる。

夕張以上の技術者肌。

艦隊に随伴して出撃することはあまりなく、戦闘能力も皆無に近いが、技術者としての技量は非常に高い。

三人とも普段から工廠にいる事が多い。

(三原、桃取は本作のオリジナル艦娘。

明石型二番艦、三番艦の予定名でもある)

 

 

大淀 仁淀 大淀型軽巡洋艦

日本艦隊統合基地で通信士官業務が多い軽巡艦娘。

前線に出る事が少ないため、戦闘力があまり高いとは言えない。

大淀のオーバーワークをカバーする為、仁淀が数年前に新配属された。

姉妹仲は良く、長い事姉妹艦がいなかっただけに大淀は仁淀を大切にしている。

仁淀の容姿は髪の毛がセミロングで、メガネをかけておらず、カチューシャもつけていない。

大淀と比べ顔立ちに幼さが残る。

二人とも第一通信戦隊に所属。

共に階級は少佐。

(仁淀は本作のオリジナル艦娘。

大淀型二番艦の予定名でもある)

 

 

香取 鹿島 香椎 橿原 香取型練習巡洋艦

日本艦隊の練習巡洋艦。

艦娘の演習訓練指導や基地業務を担っている。

香椎、橿原は仁淀と同期。

他の基地の司令部要員として出張することもある。

前線にはあまり出ないが、日本近海の哨戒任務には出る。

(香椎、橿原は本作のオリジナル艦娘。香取型三番艦、四番艦の予定名でもある)

 

 

衣笠 青葉型重巡洋艦二番艦

青葉の姉妹艦娘。

おとぼけキャラの青葉と比較してしっかり者だがノリが良く、世話好き。

青葉と共に修羅場を潜り抜けて来た。

雨が苦手。

改二になっており、青葉より艤装の戦闘力が向上している。

普段は青葉の行動のストッパー的な役割もあるが、最近は一緒になってやらかすこともある。二人の絆は固い。

艤装の戦闘力は青葉より高いが、対空戦闘力は一歩劣っている。また改二になった事で艤装の燃費がやや悪くなっている。

小さい頃、深海棲艦の攻撃で乗っていた旅客機が損傷し、緊急着陸をした経験があり、飛行機恐怖症を抱えていた。

しっかり者だが、青葉に内心頼っている弱い一面もあり、姉の心情をよく案じている。

第三三戦隊の補充艦予定。

西暦二〇二二年生まれの二六歳。

階級は大尉。

徳島県出身

 

 

ガングート ガングート級戦艦一番艦 正式名称はオクチャブルスカヤ・レボルチャ級戦艦一番艦オクチャブルスカヤ・レボルチャ

ロシア艦隊太平洋艦隊旗艦兼秘書艦。

元ロシア艦隊バルト艦隊旗艦。

バルト艦隊が欧州総軍艦隊編入と共に、旗艦を後輩の戦艦ソヴィエツキー・ソユーズに譲り、太平洋艦隊に異動した。

立場上は長門と同格である。

太平洋艦隊移動後日本との交流が増えており、親日家。

ヘビースモーカー(パイプを愛用)で酒豪。ヴォトカ(ウォッカ)が大好き。

豪快な性格で姉御肌。

艦娘の中では最も旧式艦世代だが、経験、士気ともに非常に高く人望も厚い。

名前が日本では読みにくいのでガングートで通している。

ロシア国籍を持っているが実はエストニア出身のエストニア人(ロシア系エストニア人)でバルト海沿岸部出身。

幼少期、深海棲艦の出現で混乱した母国とロシアの局地紛争で故郷と家族を失い、少年兵として過ごした経歴がある。

頬の傷はその時にできたモノ。

姉妹艦ペトロパブロフスク(マラート)とパリジスカヤ・コンムナ(セヴァストポリ)は同期だがすでに戦死している。

西暦二〇一八年生まれの三〇歳。

階級は大佐。

 

 

アラバマ サウスダコタ級戦艦三番艦

北米艦隊太平洋艦隊所属。

アメリカ合衆国生まれのアメリカ艦娘。

一六インチ(四〇センチ)主砲が自慢の戦艦艦娘。

日本に駐屯する北米艦隊のトップ。

ガングートと仲が良い。

日本滞在期間はアメリカ艦娘で一番長い。

艦娘になったのは数年前であり軍歴は比較的浅い方。

対水上戦闘、対空戦闘に万能で戦艦戦力が少ない日本艦隊の戦艦戦力の助っ人役にもなる。

火力も高く、太平洋での海戦を何度も経験している。

アメリカ南部の温暖な気候育ちもあり冬に弱い。

艦娘ではあるが、銃火器の扱いにも精通している。

普段はかけていないがサングラスが似合う。

ビール好き。

長女サウスダコタとノースカロライナ級戦艦ワシントンの不仲を案じている。

西暦二〇二一年生まれの二七歳。

(本作のオリジナル艦娘)

 

 

アドミラル・グラーフ・シュペー リュッツオウ級装甲艦三番艦

欧州総軍ドイツ艦隊所属。

日本に派遣されたドイツ艦隊のトップ。

火力が低く戦艦部隊とは渡り合えないが、重巡部隊なら圧倒可能。

アラバマと違い夏に弱い。

ガングートと同じく名前が長いのでシュペーで通っている。

来日時は日本語に不慣れだったが、先任の重巡プリンツ・オイゲンの指導で上達している。

主に日本近海での哨戒任務や船団護衛任務を担当する。

ドイツ艦娘としてはベテラン格である。

祖国では貴重な大型艦娘だったが、戦力が拡充された事や欧州総軍設立などで余裕が出来たので、派遣部隊一員になった。

母国語にバイエルン訛りが入っているが、バイエルン出身ではなく、デンマーク出身のドイツ人。

日本料理文化に興味があり、納豆が好き。

姉のシェーアが戦死している。

西暦二〇二四年生まれの二四歳。

(本作のオリジナル艦娘)

 

 

ユリシーズ ユリシーズ級軽巡洋艦姉妹艦なし。

欧州総軍英国艦隊所属。

日本に派遣された英国艦隊のトップの一人で、英国艦隊の本国艦隊から派遣された。

英国日本派遣艦隊旗艦戦艦ウォースパイトと空母アークロイヤルが潜水艦攻撃で負傷し、英国に一時帰国している間の派遣艦隊のトップ。

大西洋では厳冬の北海で深海棲艦と壮絶な戦いを何度も経験しており(再生治療で元通りになっているが右足を失ったことがある)、そのたびにボロボロになりながら武功を上げて生還している。

ジャーヴィスとは長年の戦友でもある。

彼女が右足を失った戦いである「FR77船団の悲劇」で戦死したシアリーズ級軽巡洋艦スターリング、V級駆逐艦ヴェクトラ、W級駆逐艦のヴァイキング、ユリシーズ以外の唯一の生き残りであるS級駆逐艦サイラスとは同じマンチェスター生まれ。

この事もあり、仲間と自分の足を奪った深海棲艦への復讐心が非常に強い。

誇り高い武人気質だが、他者への気配りは忘れない。

敬虔なプロテスタント信者で、戦闘中に祈りを唱えることがある。

(本作のオリジナル艦娘だが、アリステア・マクリーンの小説「女王陛下のユリシーズ号」に出て来る架空の軽巡HMSユリシーズをモデルとしている)

 

 

陽炎 不知火 黒潮 雪風 磯風 浦風 秋雲 陽炎型駆逐艦(他にも姉妹艦複数)

姉御肌の強い駆逐隊旗艦任務に長けた陽炎。

険のある冷徹・冷酷な面を持っている不知火(別名「ブラッディ・シラヌイ」)。

朗らかな関西弁艦娘の黒潮(よく大阪弁と言われるが京都弁の方である)。

類稀な幸運と武功を持ち合わせる雪風。

落ち着いた大人びた性格が特徴の磯風。

朗らか快活な広島弁(生まれは大阪で広島育ち)が特徴の浦風。

イラストを描くのが得意でやらかしキャラの中では最も前科が多く、また陽炎型では唯一制服が夕雲型仕様だった秋雲。

個性豊かな駆逐艦娘。

駆逐艦世代では新しい方である。

秋雲は最近、陽炎や不知火のモノに似た制服になったが、夕雲型と同じころの制服と使い分けている。

陽炎、不知火、黒潮は改二、磯風は乙改、浦風丁改となっている。

現在夏潮が戦死し、早潮はM.I.A(戦闘中行方不明)となっている。

トラック諸島を巡る戦いの最中、夕張と由良と共に夜間対潜戦闘を行っていた浦風が潜水艦の奇襲雷撃を受け戦死した。

 

 

翔鶴 瑞鶴 翔鶴型航空母艦

日本艦隊の主力空母の艦娘。

第一航空戦隊の赤城、加賀、第二航空戦隊の飛龍、蒼龍らと比べ被弾による長期戦線離脱が少なく、経験を積む回数が多かった事もあり装甲空母である改二甲へと発展。

赤城、加賀以上の主力空母になっている。

加賀と瑞鶴は当初反りが合わなかったが、現在は戦友として親睦が深い。

 

 

北上 大井 球磨型軽巡洋艦(現在は書類上北上型重雷装巡洋艦として登録)

五連装魚雷発射管一〇基搭載の重雷装巡洋艦艦娘。

息の合った魚雷攻撃が得意。

北上の性格はとことんマイペース、大井は重度の北上レズ。

ただし大井のレズは少しだけ和らいで、若干自立し始めている。

二人で松型駆逐艦娘の雷撃戦の教官を担当する際、北上がマイペースに座学、大井は実技で鬼教官を務める事が増えている。

大井の訓練の厳しさは後輩駆逐艦に厳しい訓練を行う事で有名な川内型の川内や神通も驚く程。

 

 

利根 筑摩 利根型航空重巡洋艦。

最上型ないし鈴谷型の鈴谷、熊野程ではないが航空機運用能力が高い航空重巡洋艦の艦娘。

前線部隊で戦う際に旗艦を務める事がよくある他、水偵による航空偵察の要になる。対潜哨戒も可能。演習での実技監督も担当する。

艦娘前の利根の過去は、かなり凄惨なものであるとされている。

 

 

朝潮、大潮、満潮、荒潮、霞、霰 朝潮型駆逐艦(他に姉妹艦複数)

陽炎型に次ぐ強者揃い。全員改二である。

個性豊かなのが大きな特徴。

長女朝潮は任務遂行重視、提督に忠誠を誓うなど軍人意識が非常に高い。

大潮は朗らかさ快活さが特徴。

満潮、霞は険が強く口が悪いが実際はツンデレ。

以前蒼月の意思の弱さを批判し、一時的に朝潮型と秋月型の間で対立が起きた。

霰は極端に無口。

荒潮は捉えどころのないような性格。

総じて非常に小柄。

夏雲がM.I.Aとなっている。

後にラバウル近海での戦いで、霞が魚雷発射管に被弾、魚雷誘爆により戦死した。

 

 

綾波、敷波、綾波型駆逐艦(他に姉妹艦複数)

長女の綾波はおしとやかな性格とは裏腹に、ソロモン戦線では単独で多数の敵を撃破した猛者で、その戦功もあり改二となっている。

お茶を言えるのが好き。

敷波はひょうひょうとしているが、実は非常に照れ隠しである。綾波とは違い武功は少ないが縁の下の力持ちである。

ジャズ演奏が出来る。

綾波型の夕霧が戦死し、朝霧は現在意識不明の重体のまま入院中。

 

 

白雪 初雪 磯波 浦波 吹雪型駆逐艦(他に姉妹艦複数)

吹雪型二番艦白雪は長女吹雪と仲が良く、よく一緒に行動している。

吹雪型の主砲は仰角が深く取れない為対空戦闘向きではなく、遠距離から弾幕を展開して牽制射撃を行う事が多い。

その為視力が高く、深雪と同様雷撃戦が得意である。

初雪は士気が低く、やる気なしに見えるが、やるべき事はきちんとこなし、本気を出すと思わぬ活躍を見せる。

性格が非常に受動系なので自分から行動を起こすことが少ない。

非番の時は遊んでいることが多い。

長女吹雪似であることで弄られることもある磯波は、蒼月ほどではないが及び腰でおどおどした性格の持ち主で泣き虫。

ただし努力家であり、目立った戦果は少ないが敷波の様に縁の下の力持ちである。

高級品カメラをコツコツと貯めた給料で購入しているカメラマニアでもある。

深雪とは仲がいい。

浦波はハキハキとしたところはあるが、磯波の様な意志の弱さがある。

ただし磯波よりはある程度マシな方。

ほうじ茶を入れるのが好きで、お茶を入れるのが好きな同僚の綾波と馬が合う。

八番艦となる白雲が戦死している。

 

 

秋津洲 千早 秋津洲型飛行艇母艦兼航空機工作艦

二式大型飛行艇こと二式大艇による長距離航空偵察を行う第二五航空戦隊に所属する飛行艇母艦。

また副次的に、航空機の工作艦としての役目が果たせる。

二人とも搭載機の二式大艇に非常に愛着を持っており、航空機好き。

その為瑞鳳とは友達である。

ちなみに千早は無口で、「声帯がないのか?」と言われている程である為、何を考えているのか分からない事が多く秋津洲がフォローすることがある。

(千早は本作のオリジナル艦娘。秋津洲の二番艦として計画された艦名でもある)

 

 

暁 響 電 雷 暁型駆逐艦

駆逐艦の艦娘では精神年齢が確実に一番幼い四人姉妹。

長女の暁は改二である。

やたら「レディ」を口にするが子供そのもの。

三女雷は甘やかし屋で暁とは姉妹喧嘩をよくしている。

末っ子電は芯が細く見えて響に次いでしっかりしている。

過去に深雪を誤射して負傷させたことがトラウマになっている。

四人中比較的大人びている次女の響は、ロシアへ留学した経験を持ち、ロシア語、ロシア文化に堪能でありガングートと交流が深い。

特別に「ヴェールヌイ」(ロシア語形容詞で「信頼できる」など)と言う名をもらっている。

因みに響の髪の色は白だが、実は配属時は暁似の色だった。

ある出来事で髪の色が白くなった。

 

 

大和 大和型戦艦

日本艦隊最強の火力を持つ戦艦艦娘。

全員改二になり四六センチ主砲から五一センチ主砲に換装しているが、大和と妹の武蔵は連装主砲、三女の信濃は三連装主砲となっている。

主砲換装後は世界一の火力の戦艦となっている。

信濃は日本艦隊で初めて新型の深海棲艦戦艦と交戦している。

結果は重傷を負いながらも撃退に成功し、戦略的勝利となっている。

妹二人と同じくタフだが艤装の消費資源が多い事が難点。

改二になった事で若干改善してはいる。

信濃は姉二人と比べ艤装性能に若干手直しが行われていることから改大和型、信濃型ともとられる。。

大和型の改二が実現したことで超大和型の艦娘構想はキャンセルされている。

大和と愛鷹には強い因縁関係が存在し、大和は愛鷹に強い罪悪感を、愛鷹は大和に憎悪の念を抱いている。

理由は不明ながら大和と愛鷹は容姿がそっくりである。

大和は西暦二〇二一年生まれの二七歳。

階級は武蔵と同じ大佐(信濃は少佐)で東京都出身

(三女の信濃は本作のオリジナル艦娘。

史実でも大和型三番艦として信濃が存在。

尚、信濃と愛鷹は全くの別人)

 

 

伊吹 伊吹型航空母艦

新たに配属予定の新人空母。量産型カタパルト、アングルドデッキを備えており、航空機運用能力を高めた新時代の空母として注目されている。

第五特別混成艦隊へ編入予定だが、今のところ編成予定者は決まっていない。

伊吹の背丈より長い飛行甲板を斜めにして背負っている。

毒舌でシニカルなところがある。

実はドイツのベルリン生まれの帰国子女だが、両親ともに日本人で育ったのは東京。

言葉にドイツ語訛りもない。

(本作のオリジナル艦娘だが、未完成空母伊吹と「空母いぶき」からネタを一部取り込んでいる)

 

 

望月 睦月型駆逐艦(姉妹艦複数)

第三〇駆逐隊嚮導艦の艦娘。

初雪ほどではないが、非常にめんどくさがりやでけだるい一面を持つ。

ただし、それは激務続きの輸送船団護衛の疲れから来るもので、やる事はやり、頭も切れる。

非番時はごろごろとしている。

あだなは「もっちー」。

かなり小柄。

アンダーリム眼鏡をかけている。

長崎県出身。

睦月型は喪失艦(戦死)がいない稀な駆逐艦。

ただしM.I.Aが一人出たことがある。

 

 

三笠 敷島型戦艦

現在は予備役に編入されている最初期の艦娘の一人。

黎明期の日本艦隊を支えた戦艦艦娘である。

すでに旧式化し、時代遅れの状態になったため現役を退き、舞鶴基地司令官を勤める世界的にも珍しい艦娘提督となっている。

艦娘として新規に海軍に入隊したのではなく、当初から海軍(海上自衛隊)に所属していた艦娘適正者第一号である。

私生活はずぼらで大酒飲み。

勤務中も酒を飲んでいるが、これは親しかった仲の艦娘を亡くした悲しみを紛らわせる面がある。

戦績や経験は確かである。

西暦二〇一二年うまれの三六歳。

階級は大佐。

沖縄県出身。

 

 

有川大翔(ありかわ・はると)

国連軍国際統合作戦本部情報部部長の中将。

武本とは同郷出身で学生時代からの腐れ縁。

情報部で深海棲艦の情報解析などに当たっている。

温厚な武本とは違い口が悪いところがあるが、本当は情に熱い。

武本がプライベート時にタメ口をたたく相手。

情報部所属のためもあり、武本とは違う形で人脈が広い。

武本の過去を知る数少ない男性軍人で、よき理解者でもある。

情には熱い本心を押し殺して、時には汚れ仕事も行う情報部で仕事をする。

陰で情報戦にて艦娘の支援を行っている。

西暦二〇〇四年生まれの四四歳。

神奈川県出身

 

 

江良雀(えら・すずめ)

日本艦隊統合基地所属の艦娘ではない一般女性海軍士官。

階級は少佐。

医師免許を持つ軍医。

艦娘の負傷の治療の他、補給物資管理も兼任している。

医療での担当分野は広いがスーパードクターではない。

口の堅さを信用した愛鷹から、最初に自身の秘密を打ち明けられた人物。

名前の元ネタは「エラー娘」から。

西暦二〇一二年生まれの三六歳。

鳥取県出身

 

 

チフちゃん

装備妖精のリーダー格。

工廠で明石たちのサポートを行っている。

名前が無かったので、チーフからとったチフちゃんで呼ばれている。

愚痴が多め。

 

 

デズモンド・コルター・マイノット

北米艦隊太平洋艦隊日本駐屯艦隊司令官。

階級は少将。

日本駐屯艦隊のまとめ役で、北米艦隊と日本艦隊との連絡役も持つ武本の部下格。

かつては在日アメリカ海軍第七艦隊の幕僚で、生まれは佐世保と言うこともあり日本通である。

深海棲艦との戦いで多くの仲間を失った経験から、大変部下思い。

アラバマの上官。

西暦二〇〇三年生まれの四五歳。

(ファーストネーム以外は映画「ローレライ」のマイノット中尉と演じたコルター・アリソン氏より)

 

 

ニコライ・ニコラエヴィッチ・アンドレーエフ

ロシア太平洋艦隊司令官。

階級は大将。

ロシア連邦海軍時代からのベテラン。

冬でも薄着で外に出られる屈強な男で、ガングートとはヴォトカの飲み比べ対決同士。

臨機応変さが売りの指揮官。

ガングートの上官。

 

 

エリヴィラ・ブラウベルト

ドイツ日本派遣艦隊司令。

階級は少将。

ドイツ艦隊の女性将官。

壮齢の女性将官。東ドイツ出身である。

シュペーの上官。

 

 

サー・テレンス・パールマン

英国日本派遣艦隊司令官。

階級は中将。

「サー」の称号を持つ英国本国艦隊所属の艦隊司令官。

ユリシーズ、ジャーヴィスらの上官。

(名前の元ネタはゲーム「HALO」の海軍元帥テレンス・フッド卿と演じたロン・パールマン氏から)

 



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第二二話 嵐の中の激闘

ちょいちょい書いてて思う事……。
戦闘がある回は二万字超えていないか……?

本編をどうぞ。


再編した艦隊が嵐の中へ乗り出して、三〇分程。

嵐の勢いが弱まり始めていた。

波の高さは落ち着きを見せ、風も少しやわらいで来ていた。

「嵐が弱まって来た……」

空を見上げ、後ろを振り返る。

青葉、深雪、朝潮、満潮、イリノイの五人全員が自分に続航している。

落伍はいない。

皆、高波と格闘しつつも周囲の警戒を続けていた。

ガード・ドックが言うには、今いる海域から南東に一八キロ先の羅針盤障害が発生している所から、断続的にLRSRGの三人のビーコンが確認できると言う。

ただ、呼びかけには応答が無く、しかもその海域には多数の無人島が存在していた。

その島々のどれかに避退しているはずだ。

愛鷹には、彼女の勘に過ぎないとは言えLRSRGのメンバーと蒼月はそこにいるのではないか、と考えていた。

根拠はない、ただの本能的なものだ。

 

「コンパスジャミングの範囲が全く動かない所からして、連中はあそこに陣取ったか……。

いや、連中もあそこに避退しているか」

「深海棲艦と言えど、嵐には勝てませんからね。

青葉たちと同じ人間サイズですから」

羅針盤を見ながら言ったイリノイに返した青葉は、問題はそこにどの程度の艦隊がいるか、と考えていた。

愛鷹も同じことを考えていた。

向こうは重巡一隻を失っているが、まだ戦艦や巡洋艦多数が健在だ。

こちらは戦艦一、超甲巡一、重巡一、駆逐艦三のみ。

戦力差は言うまでもない状態。

しかし、任務は敵の撃滅ではなく、味方の捜索。

探して、連れて帰るのが優先事項だ。

戦闘は二の次と言う、自分の部隊の得意分野。

嵐と言えど、この任務は放り出すわけにはいかない。

仲間の命がかかっている。

 

 

(警告、敵艦隊コンタクト。

参照点より方位二-八-九、艦影は六。

中型以上の艦艇四、駆逐艦二を確認。

後方から接近しつつあるが、そちらを認識した動きは今のところ確認できない)

「中型以上の艦が四隻……軽巡以上ってことですか」

思案顔になる朝潮に、満潮が何か言いたげな顔をするが、何も言わなかった。

ガード・ドックの言う「中型以上の艦」は軽巡以上の艦艇。

軽巡から戦艦、空母を含むことになる。

「多分、警戒部隊……巡洋艦主体でしょうね」

腕を組み、右手で顎をつまんだ青葉が推測を口にすると、「差し当たり、そんな感じだろうな」と深雪が相槌を打った。

ただ嵐と羅針盤障害の影響で、完全に特定できているわけではない。

もしかしたら、戦艦が含まれているかもしれなかった。

救助が優先だから、不要な交戦は避けて行きたかった。

「交戦は避けていきます。

面舵三〇、新針路〇-七-五。

旗艦に続き回頭はじめ」

そう告げると、タイミングを計らって愛鷹は右へと舵を切った。

続航する仲間たちが、愛鷹の曳く航跡の跡を追う。

シークラッターは相変わらず酷いから、愛鷹のレーダーでも表示には酷いノイズが走っている。

長距離索敵は、強力なレーダーを持つAWACSのガード・ドック頼りだ。

 

針路を変えて一〇分程して、小島が見えて来た。

この辺りにある無人島群の一つだ。

敵が潜んでいる可能性もある。

嵐の中ではレーダー表示があやふやになりやすく、島の陰に隠れられると判別が付けにくい。

「島から距離を取ります。

取り舵五〇度、新針路〇-二-五へ転進。

旗艦に続き回頭はじめ」

そう後続の仲間に伝えた時だった。

 

(なんだ!?

くそ、警告。敵艦影六、出現。

方位一-六-二、距離五七〇〇、重巡一、軽巡二、駆逐艦三。

すぐにコンタクトするぞ、ただちに応戦準備。

敵を確認次第、攻撃開始)

島の陰に隠れていた……か。

交戦は避けて行きたかったが、やむを得ない。

「愛鷹より各艦。

深海棲艦艦隊が出現、艦影六。

方位一-六-二、距離五七〇〇。

合戦準備、対水上戦闘用意」

了解、の応答が返って来た時、砲声が聞こえた。

「見えました、右手に発砲炎を視認。

先手を打たれました」

主砲の射撃グリップを展開した青葉が警告を上げた時、砲弾が飛来する口笛の様な音が聞こえた。

波の高さはまだあるが、それでもかなり艦隊の近くに着弾する。

 

「全艦、右主砲戦。

各艦、主砲砲撃はじめ」

交戦を指示した愛鷹はトリガーグリップを握ると、重巡リ級の照準を合わせた。

徹甲弾装填よし、測的よし、仰角調整よし。

 

「主砲一番二番、撃ちー方始め。

てぇっ!」

砲炎が六門の主砲の砲口から迸り、六発の三一センチ主砲弾が波間の向こうのリ級へと飛翔していく。

続航する青葉も軽巡への主砲砲撃を開始し、深雪、朝潮、満潮、イリノイも目標を定めて射撃を始めた。

二〇・三センチ砲弾、一二・七センチ砲弾、五インチ砲弾が深海棲艦艦隊へと撃ち返されてゆく。

愛鷹に狙われたリ級は青葉に照準を合わせて、主砲弾を放ったが直後に愛鷹の放った主砲弾三発が直撃した。

主砲を構える右腕、本体、右脚部に直撃の閃光が走り、爆炎と黒煙にリ級が包まれた。

それが晴れた時、リ級は艤装のわずかな残骸を遺して海上から消えていた。

 

リ級が放っていた主砲弾は、主砲射撃を行っていた青葉の僅か五メートル左に着弾していたが、青葉にはかすり傷一つ出なかった。

一方、青葉の放った二〇・三センチ主砲弾は軽巡ヘ級の一隻の進路前方に着弾した。

着弾修正を行い、照準器を見て慎重に狙いを定めると引き金を引く。

四門の主砲から砲弾が放たれ、狙いはよかったものの、今度は飛び越えてしまう。

自分が狙われている事に気が付いたヘ級が青葉に向かって撃ち返した時、青葉の左足にマウントしている第三主砲の二門の砲門が火を噴いた。

今度は直撃弾が出た。

二発の砲弾がヘ級を捉え、本体に直撃の閃光と爆発の炎を上げた。

もう、あのヘ級は脅威ではないと判断して、青葉はもう一隻のヘ級に狙いを定める。

しかし、青葉が狙うまでもなくイリノイの五インチ両用砲の砲撃がヘ級に次々に炸裂し、成す術もなく軽巡が着弾の爆炎の中に消え、轟沈の火柱を黒煙越しに上げた。

 

三隻の駆逐艦に対し、深雪、朝潮、満潮の三人は、それぞれ一隻ずつを選び交戦していた。

深雪の砲撃はイ級に三回目の斉射で直撃弾を得ており、イ級からの砲撃を躱しながらさらに砲弾を撃ち込んでいく。

朝潮と満潮はややてこずり気味で、朝潮は五斉射、満潮は六斉射目で直撃弾を得ていた。

至近弾を何発か受けつつも、二人の砲撃でイ級が一気に大破に追い込まれる。

二人の主砲は深雪のモノより世代や造りが新しい為、攻撃力がまた違った。

直撃弾を得るのが遅れた二人だったが、揃って三斉射でイ級を沈めた。

「やるじゃねえか、満潮」

自分もイ級を沈めたばかりの深雪が、直撃弾を出すのに遅れた満潮に称賛の言葉を送った。

それに対する満潮の返事は、少し困惑を滲ませながらも鼻を鳴らしてそっぽを向く事だった。

 

素直じゃない人だ、と愛鷹はその様子を見る一方、仲は悪くても素直に称賛する深雪に感心しつつ、ガード・ドックに敵艦隊全滅の報告を入れた。

(了解した。

こちらのレーダーには今のところ敵影は確認できない。

早めに敵の目を掻い潜って、仲間を連れて脱出しろ)

「愛鷹、了解」

ヘッドセットにあてていた手を放すと、後続の仲間の異常の有無を確認する。

幸い、朝潮、満潮から至近弾を受けたと言う報告以外に損害は無かった。

 

「よし、引き続き、捜索を続行します。

対水上警戒を厳に」

そう指示すると、愛鷹はトリガーグリップを戻し、少し考えてタブレットを口に入れた。

 

旗艦の愛鷹が錠剤を服用しているのに気が付いた朝潮は、何の薬だろうと気になった。

「深雪さん、愛鷹さんは何か持病でも抱えているのですか?」

「多分な。

どう言うものかは、あたしも知らねえけどな。

ま、別に知らなくてもいい事さ」

「……そうですか」

けろっと返す深雪に疑問を払しょくできない朝潮だったが、今気にすることでもないか、と割り切った。

 

 

隊列を組みなおした一同は、無人島群への捜索を始めた。

羅針盤障害が酷くなりはじめ、ガード・ドックとの交信はおろか、羅針盤の方位表示がおかしくなり始めた。

こうなると、旧来の方位磁石と航路の逆計算で、位置確認を行う必要が出て来た。

ガード・ドックとの交信は、青葉、深雪、朝潮、満潮の通信能力では無理だが、愛鷹とイリノイの艤装の通信能力で維持出来た。

特に愛鷹の艤装は、イリノイも驚くほど強力な通信能力を持っていた。

随分と高い通信能力だな、とイリノイに言われると、まあ、そうですねと胸の内で呟いた。

自分の艤装は長距離航海も可能だし、艦隊旗艦として使う事が初めから盛り込まれている関係上、通信能力は高水準だ。

棲鬼、棲姫級は無理でも、深海の通常艦艇の羅針盤障害や、ECM(電波妨害)で簡単には通信不能にならない自信もあった。

自分みたいな人間が第三三戦隊以外、特に大規模艦隊旗艦を務める機会が他に来るのかという疑問はあったが。

他にも火器と装甲には物足りないながらも、電装系でなら他の艦娘には負けないと言う、愛鷹なりの誇りもあった。

 

誇りと言えば、以前、この誇りをある人物に話したらこう言い放たれたことがあった。

「誇りなど、下らないものだよ。

任務を成し遂げ、帰られればいい。

手柄も要らない。

ただ生きて帰られればいいんだ」

そうですね、と返しながらも愛鷹はこう返したものだった。

「でも、ご存知の通り、誇りは海軍の信念なので。

私も、愛鷹と言う名と、中佐の階級を持つ事になる艦娘と言う海軍士官なので」

返された相手はそうだな、とほほ笑んでくれた。

二年前の冬の話だ。

そう……大和と決別したあの日、あの地……。

 

 

通信機器の周波帯を調整している時、羅針盤がバイブレーションを立てた。

何だろう、と思い確認すると微弱ながら友軍艦娘のビーコンの反応が出た。

識別信号は行方不明艦のジャイアットのモノだ。

信号が安定しないのは、艤装の出力が安定していないからか、羅針盤障害がかなり酷い所にいるからか。

何とも言えないが、反応が確認できた方向へ行く価値はあるだろう。

ヘッドセットの通話ボタンを押し、探知したことを知らせる。

「旗艦愛鷹より各艦。

ジャイアットさんの識別信号を確認しました。

方位二-五-〇から発信されている様です」

「南西に変針することになりますね。

羅針盤障害がかなり酷い海域ですよ。

有力な深海棲艦艦隊がいるんじゃないですか?」

自分の羅針盤を見ながら青葉が言う。

恐らくそうでしょう、と愛鷹は頷いて答える。

「既に重巡一、軽巡二、駆逐艦三は撃沈済みでも、まだ戦艦二隻、重巡一、駆逐艦三隻が健在ですし、空母と補給艦もいますから。

先に霞さんが撃沈した重巡を合わせて七隻は無力化済みでも、まだ一一隻。

脅威になるのはその内の六隻。

恐らく警戒レベルはかなり上げているでしょうね」

「楽しそうだな」

深雪がニヤリと口元を緩めた。

「交戦はなるべくやらないで行くのが今回の任務ですよ、深雪さん」

釘をさすように青葉が深雪に告げると、深雪は苦笑を浮かべた。。

「わーってるって」

二人のやり取りを背中で聞きながら、もう一つ問題が発生しつつあることも愛鷹は気がかかりだった。

日没だ。

数時間後には日が暮れてしまい、周囲を目視で確認するには辛い状態になる。

天候は少し落ち着いてきたとはいえ、空は雲に覆われたままで、今でも薄暗い。

これでまた天候が悪化しようものなら、救助も厳しい状況になりかねない。

あまり時間はかけられない。

 

 

ジャイアットさんの信号は受信できているでしょうか……。

そんな不安を抱えながら、蒼月は自分の艤装から移送した燃料で、通信機器のみ再稼働させて通信を試みるジャイアットの背中を見つめた。

「どうだ?」

スクラフトンの問いにジャイアットは首を横に振った。

「応答が無いと言うか、ノイズが酷くて味方が拾っているかさえあやふやです。

神にでも祈るしかないですね」

「ここで一夜を明かすしかないか。

レーションの残りも少ない……何とかしないとな」

顎をもみながら考え込むスクラフトンだが、今のところ策は思いつかない。

通信アンテナが破損している蒼月の艤装から、ジャイアットの艤装に燃料を移送し、通信機器のみ再稼働させて味方とコンタクトを取ると言う作戦が今のところ関の山だ。

それから何度もコンタクトを行うが、結果は出ないままだった。

「焦っても仕方ないでしょう、スクラフトン。

今は交代で仮眠を取りましょう、私も流石に疲れました」

洞窟の壁際に座り込んだウースターが、疲労を滲ませた声をスクラフトンに向けた。

「そうだな。

よし、私は起きているから皆は少し休め」

了解とウースター、ジャイアットは頷いて艤装のサバイバルキットから簡易枕を出して、洞窟の地面に直接横になった。

まだ体力には充分余裕がある蒼月は、スクラフトンと共に起きていることにした。

「私は起きて、スクラフトンさんと一緒にいますよ」

「いや、君も少しは休んでおかないとダメだ。

少しでも休んでおかないと後々に響くぞ、休むのも戦いの一つだ」

「ですが、スクラフトンさんは」

「私は私の務めを果たさなければならん。

心配するな、私もちゃんと休む」

心配する蒼月の右肩に手を置いて、微笑を浮かべるスクラフトンの顔にも疲労は滲んでいる。

「私が起きて……」

「いいから、寝ろ。

命令だ」

諭すように言われると、もう反論する気が起きなくなった。

「お言葉に甘えて。

ちゃんと休んでくださいよ」

釘を刺しながら、蒼月もサバイバルキットの簡易枕を出して、雑魚寝する形にはなるが地面に枕を敷いて横になった。

雨の音はほとんどしなくなったが、風は強い。

燃料切れの上に、近くには敵艦隊の展開。

羅針盤障害からの推測ではあっても、この海域に深海棲艦の艦隊が展開しているのは確かだ。

この深海棲艦艦隊を何とかしないと、自分たちへの補給は無理だ。

動きの鈍い補給艦を連れたまま戦闘を行うのは自殺行為だ。

何か手は無いかと考えるが、出来ることが思いつかない。

お手上げなのだろうか。

諦め悪く考えようとするが、やはり思い付かない。

疲れているからだろう。

そう言えば、空腹なのにも気が付いた。

レーションにも余裕がある訳ではないが、クラッカーを少し食べて彼女なりの休息をとった。

あと数時間で日没だ。

薪でも集めて火を起こす準備でもしないと、洞窟の中は真っ暗になる。

勿論、外部に光が漏れないよう、遮光になるモノも探さないといけない。

今自分がするべきなのは、ここでの野宿に備える事だろう。

クラッカーを齧りながら、スクラフトンは三人の寝顔を見てそう思った。

 

 

この重苦しい気持ちのままで、事実を二人に告げるのは自分にも酷でもある。

だが、知らない幸せと知る幸せと秤にかけた時、磯口には知る幸せが最善に思えた。

宿舎の会議室の一つで呼び出した二人を待っていると、ドアが開き榛名と霧島が入って来た。

敬礼しようとした二人を手で制した磯口は、「かけたまえ」と会議室のテーブルにある椅子をすすめた。

「お言葉に甘えさせていただきます」

「ありがとうございます、提督」

「オレは提督じゃない……ただの司令官だ」

礼を言う榛名と霧島にぼそりと返す。

いつもと少し違う磯口に、榛名と霧島は様子が変だ、と思った。

向かい側の椅子に磯口は座ると、両手をテーブルの上で組んで、暫し瞑想するように目を閉じた。

明らかに違う雰囲気の磯口に、榛名と霧島は何か嫌な予感が胸に湧き上がるのを感じていた。

黙って待っていると、目を閉じたまま磯口が口を開いた。

「二人に、伝えておかなければならないことがある。

いいニュースではない」

「何があったんですか?」

神妙な表情の霧島がメガネを正しながら聞く。

はあ、と軽くため息を吐いて目を開けると、二人の目を見据えた。

「比叡が、急性ロシニョール病を再発した。

レベル4だ……」

「ひ、比叡が……」

眼を見開き、口に手を当てた榛名が震える声を出す。

その横で、目に激しい動揺を浮かべながらも平静さを装う霧島は、努めて平静な声で訪ねた。

「助かりますか、助かる確率は?」

「分からん。

治療してみない限り何とも言えんが、レベル4では……五分五分だ。

武本司令なら勿論治療を行ってくれるだろう、あの人なら諦めん。

だが病魔と闘うのはあくまでも比叡だ……」

「そんな、どうして……どうしてあの子が……」

「惨いことを言うようだが、事実なんだ。

……すまんな」

「……いえ、提督こそ。

榛名は……」

顔を伏せる榛名が、鼻をすすりながら嗚咽を漏らし始めた。

霧島も力無くうな垂れている。

「比叡……どうして……」

「あいつを信じろ。

比叡に、『何が何でも生きて行きたい』と言う、生への執念があれば逆転はあり得る」

「でも、レベル4で助かったと言う話は聞きませんが……」

小さく返す霧島の声も震え始めている。

「だからこそ、お前たちの姉を信じるんだ。

信じれば絶望は生まれない」

そう語りながらも、それは自分にとっての慰めめいたものにも聞こえた。

榛名はすすり泣く声を上げたまま顔を上げず、涙目の霧島がその肩に手を置いていた。

気休めにしかならんだろう、と思いながらも磯口は二人を見て続けた。

 

「助からないと決まった訳ではない。

泣いても変わらん。

 

あいつの無事を信じるなら、あいつの前で笑え。

笑顔が元気だ、笑顔が心を、世界を明るく出来る。

 

お前らがその顔をしたまま比叡に会えば、あいつは生への執着を失いかねん。

姉が生きて欲しいなら笑うんだ。

 

悲嘆の顔が悲劇を招く、悲嘆の顔が死を招く。

 

そんな認められない結末が嫌なら、笑え。

笑って変えろ、笑って倒せ、笑って克服しろ。

比叡を呑み込もうとする死の運命をな」

 

ガラにもないことを言っている様だったが、自分にこの二人の心を励ましてやれるのはこれが関の山だ。

こんな事を言うことが出来たのは……アイツ、霞のお陰かもしれなかった。

(俺も、霞が死んで悲しいんだ。

あいつは……俺にとっては娘みたいなもんだった。

娘をまた失った気分なんだ……あいつは、深海に殺された俺の娘に似すぎていた。

ロリコンと嗤いたきゃ嗤え、蔑みたければ蔑んでも別に構わない様なもんだ。

だが、あいつは見た目ほどガキじゃない……俺の娘が生きていたら同じ年になっていただろうな。

俺には大切な部下だった……あいつも身よりは無い。

……戦いが終わったら、引き取ってやりたかった。

もう、叶わんがな。

 

人の命は呆気ないモノだ……ラバウルの海に消えた霞も、娘も、先に散った艦娘や戦友たちも。

自然の無慈悲な摂理って奴かもしれんが……そんな簡単に受け入れられるもんじゃない)

 

だからこそ、目の前の二人には笑っていて欲しかった。

 

お前らはもっと笑え。

笑みが人の顔に一番似合う表情だ。

笑みを消した時が、悲しみの始まりなんだ。

俺は、娘を亡くしてからもう笑うと言う事が出来ない……だからお前らには笑っていて欲しい。

笑いが、お前らの比叡を助けてくれる。

だから……笑え。

 

 

嵐がさらに落ち着いて来た時、羅針盤のレーダー表示機能が警告を発した。

何だ、と見てみると、急に右手に深海棲艦艦隊が出現していた。

電探のノイズが酷くて探知できない隙を突いて、接近されたか。

「対水上電探に感あり。

艦影一一、右舷に見ゆ。

全艦、対水上戦闘用意!」

即座に号令を出し、自分も主砲の射撃体勢に入った。

主砲を構える青葉が照準合わせの為に右舷側を見た時、波間の向こうに深海棲艦艦隊の姿を見つけた。

空母ヲ級二隻がワ級から補給作業中だ。

 

しめた、深海棲艦は補給中。

今なら一気に撃滅できるはずです、やれますよ。

思わず口元が緩みかけた時、別の艦影も見えた。

 

あれはタ級?

 

二隻の戦艦タ級が重巡リ級一隻と駆逐艦三隻を引き連れて向かって来る。

「青葉から艦隊の皆さんへ。

深海棲艦を捕捉しました、空母ヲ級が補給作業中ですが、タ級二隻、リ級一隻、駆逐艦三隻がこちらに向かってきます」

「見えたぜ、畜生。

こいつは向こうさんもアクシデントなんだろな。

どうすんだ、愛鷹?」

主砲を構えながら深雪は愛鷹に聞いた。

戦闘は避けられそうにない、となれば交戦するしかない。

出来れば戦わずに済めばよかったが、こちらに向かってきていると言う事は、向こう側は既にこちらを捕捉している。

仕方がない。

「対水上戦闘、右砲戦開始。

私とイリノイさんでタ級、青葉さんはリ級、駆逐艦は深雪さん、朝潮さん、満潮さんでお願いします」

「了解した」

「了解です」

「分かったぜ」

「了解」

「了解」

敵のタ級はflagshipではない。

自分の主砲でも、上手くやれば戦闘不能には追い込めるはずだ。

「各主砲、徹甲弾装填」

トリガーグリップを握り、安全装置を解除。

程なく主砲から装填完了のブザーが鳴る。

「各艦、目標を射程内に捉え次第随時撃ち方始め」

そう指示を出した愛鷹は、タ級二隻が発砲するのを見た。

この距離から撃ってもそう当たるモノではない。

先手を打ってイニシアティブを握るつもりか、それとも何か考えでもあるのか。

タ級の砲撃は艦隊の手前に落ち、被害は全くなかった。

しかし、着弾するや海上に濃密な煙が立ち込め始めた。

「スモークか……いや……」

電探表示機能を見たイリノイは、表示画面がホワイトアウトするのを見て唇を噛んだ。

煙幕にチャフ(電波妨害用のアルミ箔、又は裁断されたグラスファイバー)を仕込んでいたようだ。

目視はおろか、電探による精密照準射撃もこれで出来ない。

どちらかが晴れるのを待つしかないが、生憎風は深海棲艦に味方しており、そう簡単には晴れそうにない。

「主導権を先に取られたか……」

しかし、視界が遮られて、レーダーが使えないのは向こうも同じ。

深海棲艦もこちらを確認する事が出来ない。

しかし、無策で煙幕とチャフを展開したとは思えない。

恐らく、煙幕を利用して距離を詰めて来るはずだ。

必中を狙って距離を詰め、短期決戦を挑んで来るはず。

レーダー表示機能を対水上、対空の両方で確認するが、このノイズは簡単には消えそうにない。

ただ、何故か対空レーダーのノイズが酷い。

「どういう事……」

疑問を呟いた時、砲声が轟いた。

タ級の一六inch砲の砲声だ。

「こっちは見えてないはずですよね?

電探だって使えないはず……」

怪訝な表情を浮かべた青葉が聞いて来る。

「そのはずですが……」

そう返した時、煙幕の向こう側から砲弾が一二発飛んできた。

咄嗟に愛鷹は刀を引き抜き、自分に突っ込んで来る一発を両断したが、他の砲弾は仲間たちのところに落ちて着弾の水柱を上げた。

ぎょっとして後ろを振り返るが、幸い直撃を受けた者はいなかった。

全員至近弾で済んでいる。

「狙いが正確……まぐれにしては弾着地点が良すぎる。

愛鷹より各員へ。

各艦距離を取り、回避機動を優先。

朝潮さん、満潮さん、イリノイさんは互いの間隔と位置に特に注意を。

各艦、之字運動始め」

漢字の之に似たジグザグ航行を行う之字運動を発令し、六人はチャフと煙幕が晴れるまで、まずは回避機動優先に出た。

愛鷹、青葉、深雪、朝潮、満潮、イリノイがジグザグの航跡を描きながら海上を進む。

このうち、朝潮、満潮、イリノイは互いに航行運動演習の経験が無い為、予期せぬ衝突もあり得るから互いの間隔を多めにとっていた。

回避運動に専念する一同の耳に再び、タ級の砲声が遠くから轟く。

どんな手段で狙っているの……愛鷹が疑念を抱きながらジグザグに航行していると、再び六発の砲弾が飛来し、再び六人の元に落ちた。

大きな金属音がしたかと思うと、イリノイの体が大きく揺れた。

主砲塔の天蓋に一発直撃を受けたらしい。

幸い、装甲によってタ級の主砲弾は弾かれ、イリノイにも怪我は無かった。

至近弾の水柱から顔を護りながら、おかしい、と愛鷹はこの命中率にまぐれではない事に気が付いた。

何らかの手段で向こうはこちらの位置を捉えている。

 

ソナーだろうか?

いや、天候は落ち着いてきているが、海はまだ荒れ気味で聴音しても雑音しか取れない。

 

別のところに敵がいるのか?

そうとしか考えられないが、水平線上には敵艦影が見当たらない。

 

だが、水平線上ではなく、空だとしたら?

 

近くにはヲ級など三隻の空母がいる。

弾着観測機を複数出せば、そこから位置情報を解析し、こちらを砲撃する事は可能だ。

上空の気流は荒れているはずだが、練度の高い全天候観測機さえいれば、出来なくはない。

 

「愛鷹より各艦、敵は弾着観測機を使っているはずです。

各自、目で探してください」

「空にスポッターかよ、狡い手を使ってくれるな」

舌打ち交じりに深雪が返してくる。

こっちもガード・ドックがいたら、同じ条件です、と内心で返しながら愛鷹は空を見回した。

鈍色の空、いや少し暗くなってきた空を見回すが、風でエンジン音は聞こえず、機影も見当たらない。

雲の上から見ているとは思えない。

とすれば、こちらからは簡単に見つからない様な雲の下ギリギリから、煙幕から少し上の御所にいる筈。

早く見つけられれば、主導権を奪い返すことが出来るかもしれない。

再びタ級の砲声が聞こえ、さらにリ級の砲声まで聞こえた。

「この忙しい時に」

舌打ち交じりに呟くと、早くも砲弾の飛翔音が聞こえてくる。

もう聞こえてくると言う事は、向こうも距離を詰めていると言う事だ。

拙い。

眉間に冷や汗が流れた時だった。

 

「雷跡視認、数六発。

右舷側だ!

まずい、朝潮、満潮、イリノイに向かっているぞ!

三人とも回避しろ!」

鋭い深雪の魚雷接近の警告に、愛鷹が二人の方に振り向いた時、朝潮と満潮の小柄な姿が大急ぎで回避にかかっていた。

だが、発見するのが遅れていたのか二人の回避行動もむなしく、一発が朝潮の直撃コースに乗ってしまっていた。

「朝潮さん、魚雷、直撃コース!

衝撃に備え!」

警告の叫びを愛鷹が上げた時、白い雷跡一本を凍り付いて見つめる朝潮の前に、最大戦速で追い上げて来たイリノイが割り込んだ。

何をする気⁉ と思った時にはイリノイに魚雷が一発直撃していた。

爆発音と水柱、そして爆炎が二人をかき消す。

「イリノイ! 

馬鹿野郎ーッ!」

「朝潮姉さん!」

深雪と満潮の悲鳴が上がる。

こんな時に、と唇を噛む。

 

深海棲艦は煙幕に紛れて距離を詰め、観測機からのデータを基に諸元を算出し、魚雷を放ったのだ。

早く、観測機を排除しないとまた雷撃が来る。

「イリノイさん、状況を」

程なく晴れた黒煙越しに、右足を押さえてしゃがみ込むイリノイと、その右足を診る朝潮が見えた。

「イリノイさん、返事を」

「大丈夫だ、防護機能で何とか致命傷は免れた。

朝潮も無事だ。

だが……私の右足の主機が損傷した。

動くには動くが……発揮できる速力が、精々第一戦速が関の山だ」

激しく咽込みながらイリノイは返してきた。

「了解です。

朝潮さんと満潮さんはイリノイさんに付いて、一旦海域から離脱してください」

「だが、相手は戦艦二隻だ。

私無しではお前には対抗し辛いぞ」

「何とかします、一時避退してください」

「速度が出ないだけだ、私が抜けては拙い」

「ダメです、そう言って無理をすれば更なる損害を出しかねません。

離脱してください」

ダメ出しをする愛鷹に、イリノイは悔しそうな表情を浮かべながら逡巡したものの、「了解した」と頷いた。

被弾した右足の主機から黒煙を上げるイリノイは、朝潮と満潮に付き添われて、戦闘海域から離れる針路をとった。

離脱間際に満潮が深雪に顔を向け、深雪を呼んだ。

「なんだ」

「失敗するんじゃないわよ、深雪。

死んだら許さないから」

「あいよ」

ニヤリと笑った深雪の答えに、満潮は答えずにイリノイと朝潮と共に離れて行った。

 

離れていく三人を見送った青葉は、愛鷹の判断は当たり前だと思う一方で、状況が悪くなっている事に危険を覚えていた。

イリノイさんの離脱は痛いですね、これでこちらは三隻ですよ……。

おまけに相手は愛鷹では倒しがたい戦艦タ級が二隻。

どうやって相手を無力化するのですか……そう思った時、また砲声が聞こえた。

近い、と青葉が思った時にはもう砲弾が着弾していた。

右肩に主砲艤装を担いでいたせいで、右側が死角になっていた隙を狙われた。

青葉の背中の艤装と右肩の主砲艤装に、深海棲艦艦隊から放たれた砲弾が一発ずつ直撃した。

背中と右肩で炸裂した凄まじい爆発と衝撃で、青葉は反対側へとなぎ倒され、何が起きたか分からないまま彼女の意識は暗転した。

 

二発の直撃を受けた青葉が大破して海に倒れるのが見えた。

「青葉被弾!

おい、青葉大丈夫か⁉」

「……戦列に戻ってください深雪さん。

青葉さんの救護は後です」

「なんだって⁉

大破した青葉を放ってドンパチしてろって言うのか!?」

「今は戦闘に集中してください、でなければ、次はあなたがやられます」

愛鷹が有無を言わせない口調で言った時、煙幕が晴れて来た。

そしてそのすぐ向こうからタ級二隻、リ級一隻、イ級後期型三隻が姿を現した。

更に上空に三機の観測機がちらりと見えた。

 

あの三機を落とせていたら……。

 

歯ぎしりしながら、深雪は近づく深海棲艦艦隊を睨んだ。

「畜生、青葉は動けねえってのに。

あたしは青葉の防衛に着くぞ」

「援護します。

青葉さんを連れて、一旦後退します」

「わかった、くそ」

ぐったりと力無く倒れる青葉の元へと深雪が駆け寄る一方、愛鷹は主砲を構え援護と足止めに入った。

「目標、先頭のタ級。

正面対水上戦闘、第一、第二主砲砲撃はじめ。

撃ちー方始め、てぇーっ!」

トリガーグリップを握ると、照準を合わせて引き金を引いた。

六門の三一センチ主砲の砲口から砲炎がほとばしり、砲身が勢い良く後退する。

轟音と共に徹甲弾が叩き出されると、愛鷹の周りの海面が衝撃波でへこんだ。

飛翔中の空気の摩擦で赤く光りながら、六発の砲弾はタ級へと飛んでいき、飛翔中の相互干渉を受けながらも四発が直撃する。

直撃したのはタ級の本体だった。

距離が近かったこともあってか、愛鷹の主砲弾の直撃もただでは済まなかったようで、大きく姿勢を崩すと動きが止まった。

当たり所が悪かったか、と思っていると、リ級と駆逐艦一隻が前に出て来て愛鷹に挑みかかって来た。

主砲の砲口を愛鷹に向けると、一斉に砲撃の火ぶたを切る。

咄嗟に右トリガーグリップを戻すと、刀を引き抜き直撃コースの砲弾を切り裂き、残りはぎりぎりの差で避ける。

左のトリガーグリップだけで、右側で行う射撃管制を行えるようにセットすると、右手で刀を持ったまま愛鷹は主砲をリ級に向けて放った。

近距離で放たれた三一センチ主砲弾が、リ級を捉え、艤装を吹き飛ばし、爆発の炎の中に消し飛ばす。

一撃でリ級が轟沈する一方、駆逐艦二隻は距離を詰めずに、主砲砲撃を行う。

リ級をやられ、愛鷹が只者じゃない事に気が付き、積極的に攻めるべきではないと考えたのだろう。

中破したらしいタ級の元へと向かう。

そこへ、まだ攻撃して来なかったタ級が砲撃を浴びせて来た。

即座に刀で砲弾を斬り落としたが、タ級はさらに副砲弾の斉射を浴びせて来た。

何発かは切り落とし、防護機能で弾くが、刀で弾ききれなかった一発が左肩に当たった。

左肩に鋭い痛みと衝撃が走り、思わずのけぞりながら苦悶の声を上げる。

痛みを堪えながら被弾した所を見て、大丈夫だと確認する。

防護機能で、被弾時の威力を可能な限り抑えられていた。

制服の左肩の肩章周りをごっそりと吹き飛ばされたものの、血まみれの肩と腕自体には見た目ほど問題はない。

 

ただ、妙に痛むので刀を持つにも、トリガーグリップを持つのも少し辛い。

副砲弾の射程外に一旦離れると刀をしまい、右トリガーグリップで射撃管制を行う様にリセット。

タ級の主砲再装填前に、主砲弾を撃ち込んで時間稼ぎ狙うが、左肩被弾時にこちらの再装填が一瞬遅れていた。

舌打ちをしながら再装填完了を待ち、その間に照準を合わせる。

愛鷹の主砲砲撃と、タ級の主砲斉射はほぼ同時だった。

三一センチ主砲弾と16inch砲弾が空中で轟音を立てながらすれ違い、ほぼ同時に着弾した。

六発の砲弾の直撃を受けたタ級は、本体と頭部に全弾を食らっていた。

被弾の衝撃でのけぞるタ級が、黒煙を上げて動きを止める。

被弾した頭部を両手で抑えている。

一方愛鷹は、主砲弾一発が左側の艤装前部に当たったが、幸いにも跳弾となり、前部がひしゃげはしたものの大きな被害は出なかった。

他の砲弾は辛うじて躱したが、一発が左頬を掠めて行ったので、流石に愛鷹も肝を冷やした。

頬を掠めた一発の衝撃波で制帽が吹き飛んだので、急いで拾うと、動けないタ級に向き直った。

 

その時、左側の海面からいきなりイ級後期型が飛び出してきた。

「なに⁉」

躱す余裕もなく、イ級後期型の体当たりを食らう。

ちょっとした小型車並みのサイズのイ級後期型の体当たりで、愛鷹は海面に押し倒されたが、即座に第三主砲を構え、空砲を放った。

イ級後期型が轟音と共に吹き飛び、海面に転がる。

主砲弾を撃ち込まなかったのは、発砲すれば撃破した時の爆発で、自分まで被害を受けかねなかったからだ。

空砲も空砲で危ないが、少なくともイ級後期型の爆発よりはましだ。

吹き飛ばされたイ級後期型はかなりダメージを受けたらしく、じたばたともがいている。

時間稼ぎにはなったはずだ、と判断し、深雪が救護中の青葉の元へ向かった。

 

 

艦橋を模した艤装の上部が殆ど原形をとどめない程破壊され、激しく炎上している。

主砲艤装も第二主砲の付け根辺りが激しく損傷しており、主砲塔自体が跡形もなくなっている。

弾薬庫が誘爆したらしい。

延焼による更なる被害防止に、手動で第一主砲の弾薬庫注水を行った深雪は、血まみれの青葉を抱え起こした。

 

「しっかりしろ青葉」

首筋を触ると、幸い脈はあった。

しかし、呼びかけには全く応じる気配がない。

破片が体中に刺さっており、かなりの深手だ。

止血剤の注射を打ち、防疫処置をすると応急処置の絆創膏を貼る。

戦場の前線における応急処置技術も随分と進歩しているお陰で、衛生兵のような存在抜きでも随分応急処置が出来るのは幸いだった。

「酷い傷だな……半日かかりそうな手術がいるんじゃないか、これ」

絆創膏だらけになった青葉を見ながら呟いた時、愛鷹がやって来た。

荒い息をしながら寄ってくるのが聞こえたので振り返ると、愛鷹の左肩が血で真っ赤になっていた。

左肩周りの制服がごっそりなくなって、初めて見る愛鷹の肩回りが見えた。

「愛鷹」

「私は大丈夫です。

かすり傷みたいなものですよ」

「どう見てもそれはかすり傷のレベルじゃねえだろ」

「青葉さんの傷よりはマシです」

ぐったりとして動かない青葉を見ながら言う愛鷹に、深雪も、まあ、その通りだなと頷く。

「早めに私たちも離脱し……」

急に心臓に電撃が走ったかのような衝撃が走った。

胸が苦しくなり、苦痛に顔をゆがめながら右腕で胸を掴んだ時、咳と共に口から鮮血が溢れた。

こんな時に……と思った時、また口から鮮血が吐き出された。

「おい、愛鷹」

「ちょっと、苦しい……です」

大丈夫ではないのは明らかなので、正直に言った。

タブレットを呑み下して落ち着かせるが、久々の吐血に気持ちが沈んだ。

「口の周り程度は拭いておけ。

制服についちまった血は、肩の血でごまかせるはずだ」

「はい……」

肩で息をしながら頷くと、ハンカチで口周りを拭いた。

胸がまだ苦しいが、さっきよりはマシだ。

青葉を右肩で担ぐと、深雪に警戒につかせてその場を離れた。

 

 

イリノイと連絡を取ったところ、偶然に近い形で避退した島でスクラフトン、ウースター、ジャイアット、蒼月と合流したと言う報告が入った。

ほっと安堵の息を吐くが、また別の問題が入る。

スクラフトン、ウースター、ジャイアットが燃料切れで動けないのだ。

「一難去ってまた一難ですか……」

流石にため息が漏れる。

まだ羅針盤障害が治まらず、ガード・ドックと通信できない。

それどころか、現在地の特定すら難しい。

ひとまず愛鷹と深雪は、意識の無い青葉と共に六人と合流しに島へと向かった。

 

上陸した島の洞窟では焚火が炊かれており、スクラフトンらが休んでいた。

愛鷹が青葉を抱えて現れると、蒼月が駆け寄って来た。

「青葉さん」

「止血と応急処置は深雪さんが行いました。

恐らく眠っているだけです」

「そうですか。

でも愛鷹さん、その傷は」

「青葉さんの傷と比べれば、まだマシです」

そう言って愛鷹は微笑んだ。

 

安堵の息を吐く蒼月を見ていた満潮は、スクラフトンとイリノイがささやく声を聞いた。

「スクラフトン、あの血」

「ええ。

外傷とは色が少し違いますね……吐血の色です。

断定しきれませんが、ロシニョールの症例の一つにある吐血の色に、どことなく似ている所があります……」

「すると、彼女も……」

「分かりませんが……彼女も何か持病があるかもしれません」

 

ロシニョール……艦娘にしか発症しないと言う難病。

罹患し、重症化してしまうと死は免れない。

艦娘がひそかに恐れている不治の病。

愛鷹は、その病に侵されている?

そう言えば、と満潮は愛鷹が何かの錠剤を服用する所を見たのを思い出した。

その錠剤が何のためのモノかは、同僚の深雪も知らないようだった。

だが、もし盗み聞きになる形で聞こえたイリノイとスクラフトンの話が本当だとしたら……愛鷹は不治の病に侵されていると言うのか?

確証はない。

スクラフトンはロシニョール病だ、とは言わなかった。

断定されていない。

だが、満潮には愛鷹がただの病に侵された人間には見えなかった。

それにしても、何故か見ていると愛鷹は誰かに似ている気がする。

誰だかは思い出せないが、どこかで見た顔だ。

制帽を目深にかぶっているせいで判別しにくいが……見覚えがある。

 

満潮が見つめていることに愛鷹は気が付かなかった。

被弾した左肩が酷く痛むのだ。

止血剤の効果が薄れたらしい。

艤装をいったん洞窟の地面に降ろすと、それに腰掛けて肩の傷の手当てを始めた。

蒼月と深雪が手伝いに入った。

「体の中に、変な破片でもめり込んじまったかな」

「どうでしょうね、アッ!」

患部が痛んだらしい愛鷹が顔をしかめた。

「堪えて下さい。

今鎮静剤を打ちますから」

鎮静剤の注射器を持った蒼月が、愛鷹の肩に注射器を当てようとするが、愛鷹はそれを拒んだ。

「鎮静剤……打たないでください」

「え、どうしてです」

驚いた蒼月が聞くと、愛鷹は顔をしかめながら答えた。

「鎮静剤を打つと、頭が回らないんです。

痛みで精密照準や、刀を振るうのは無理ですが、それ以外の事でならまだ左腕も使えます」

「けど、痛みで頭がイカれるぞ」

深雪が困惑顔で言うと、スクラフトンが助言を入れた。

「鎮静剤を一目盛り分だけ打つ程度なら、頭の周りが鈍るほどの副作用は出ない」

「蒼月さん、スクラフトンさんの言う通りに」

少し蒼月は迷った顔をしたものの、言われたとおりにした。

 

手当が終わると、これからどうするかの協議が始まった。

通信が回復しない内には、補給艦を呼ぶことは出来ない。

燃料の融通で何とかなると言う状況でもない。

レーションなどの物資も残り少ない。

それに、このまま何もしないでいると、日が完全に暮れて視界はゼロだ。

日没まであと二時間程度。

それまでに、決着をつける必要がある。

「羅針盤障害さえ、何とかできればな」

腕を組むイリノイに、愛鷹が向き直った。

「敵艦隊を完全に排除するのはどうです?

奴らがいるから羅針盤障害が晴れない。

ならば、奴らを完全に撃滅すれば、羅針盤障害が晴れて、ガード・ドックとの通信が回復するかもしれません」

「敵にはまだ手負いとは言え戦艦と駆逐艦が二隻ずつ、空母三隻と補給艦二隻がいる。

あとお前が駆逐艦一隻に損傷を負わせたが、奴がどうなったかは分からん。

後者と駆逐艦は一応大丈夫だろうが、気を抜けん。

お前はその状態では、打って出る時に連れて行くわけには」

「右腕がまだ使えます。

駆逐艦程度なら相手は出来ます。

使えるものは親でも使え、そうしなければこちらはジリ貧です」

「止めた方がいいぞ、愛鷹。

そう言う奴ほど早死にするもんだ」

厳しい表情の深雪が反対するが、愛鷹は頭を振った。

「完全に敵の残存艦艇を無力化するには、今動ける艦だけでは戦力が足りるとは思えません」

実際、動けるのはイリノイ、深雪、蒼月、朝潮、満潮のみだ。

一方、愛鷹が手傷を負わせたタ級は、完全に無力化されたわけではない。

応急修理で復帰してくる可能性が高い。

そうだとすれば、イリノイだけでは二隻のタ級を相手にするのは容易ではない。

だが、愛鷹なら何とか行動能力を奪えなくはないからサポートする事は出来る。

深雪、蒼月、朝潮、満潮の四人には駆逐艦の相手と空母、補給艦攻撃の為にも弾薬を損耗させるわけにはいかない。

そもそもイリノイは右足の主機が損傷していて、充分な速力が発揮できない状態だ。

「……やむを得んな。

よし、私と愛鷹、深雪、蒼月、朝潮、満潮で敵残存艦艇撃滅に出る。

スクラフトン、悪いがここでウースター、ジャイアットと待機していてくれ。

青葉の看病を頼む」

「了解」

「ケリをつけるのですね」

闘志をみなぎらせた目で朝潮が言う。

「私も戦い続けるわよ。

生きて帰んなきゃ、霞が浮かばれない」

満潮も頷いた。

「よし、日没まで時間が無い。

レーダーをフル稼働させて敵を捜索、捕捉次第、全艦を撃滅だ。

奴らはすぐそこにいるはずだ」

やろうと言う事になると、すぐに六人は艤装を簡単に点検して再装備した。

 

自分の艤装の点検にかかった愛鷹は、対空レーダーが左肩を直撃した砲弾で損傷している以外は問題ない事を確認し、主砲弾、高角砲弾の残弾を確認する。

弾薬はまだたくさんあるから問題は無い。

準備が終わると、タブレットを数錠飲んで艤装を装着した。

「ねえ、体は大丈夫なの?」

いつの間に隣に立っていた満潮が聞いてきた。

「どこか、病気なんじゃないの?」

「……」

「どうなのよ」

思い込むような顔になった愛鷹だったが、問いかけには答えず、「行きましょう」と返すと、先に洞窟の入口へと向かうイリノイ達の後を追った。

 

無言の返事に、困惑気味に満潮は呟いた。

「なんなの、アイツ……」

気味の悪さを感じたのは気のせいだろうか……?

 

 

イリノイが主機を応急修理した結果、どうにか第三戦速まで発揮できるようになったとは言え、行動力に制限がかかっていることには変わりない。

当然、愛鷹を含む他のメンバーも同じ速度で動かざるを得ない。

動きにくさはあるが、バラバラに動いても、各個撃破されかねないからやむを得ない。

機動力低下を補うため、イリノイと愛鷹の水上レーダーは最大出力で深海棲艦艦隊を捜索に出た。

嵐は大分治まってきており、波も穏やかになりつつある。激しい上下は大分マシになったと言っていい。

 

「各艦、警戒を怠るな」

旗艦を務めるイリノイの指示通り、一同は周囲警戒に神経を研ぎ澄ませた。

右腕で双眼鏡を構え、周囲監視に当たる愛鷹は時々左腕を動かして、調子を見る。

やはり、肩のダメージが響いて、反応がやや悪い。

射撃の照準合わせがこれでは難しい。

刀を持っても、砲弾弾きの為の反射神経を生かしきれそうにない。

実質戦力外状態だ。

 

手に届く距離にありながら、それが使えないもどかしさ、みたいな物ね。

 

軽くため息を吐いて双眼鏡を覗き込む。

日が暮れるまで一時間以上はあると言っても、空の明るさは落ちている。

うかうかしてはいられない。

羅針盤障害の酷い発生地点を何とか割り出し、その海域を重点的に探しているとは言え、そう簡単に見つかるモノでもない。

羅針盤障害でレーダー表示にノイズも走ることもあるから、レーダーだけを当てにするわけにもいかない。

やはり最終的にモノを言うのは、生身の人間の力だ。

つま先のソナーからは潜水艦の反応はおろか、気配も感じられないので海中は大丈夫だろう。

駆逐艦は潜水艦の様に静かに航行できないし、完全に潜航するのはごく短時間で、大抵は半没状態が多い。

完全に潜航するのは奇襲を仕掛ける時程度だ。

今、戦闘時に脅威となりえるは二隻の戦艦と二隻の駆逐艦。

さらに駆逐艦が一隻いるがその後どうなったかは分からないので、こちらも警戒が必要だ。

空母と補給艦は対水上戦闘能力が殆どないから、砲戦には使えない。

 

脅威となるは二隻のタ級の修理具合だろう。

短時間でどの程度復活できているかは分からない。

ただ、大破には至っていないからある程度は復旧しているだろう。

小破程度には回復しているかもしれない。

後は二隻の駆逐艦だが、こちらは深雪、蒼月、朝潮、満潮の四人で対処できる。

とにかく、やれるだけやるだ。

 

 

日没まで一時間を切った時、愛鷹の羅針盤がバイブレーションを立てた。

対水上レーダーに反応が出たのだ。

確認すると、反応が個左舷側に出ている。

「敵艦隊と思しき反応を対水上レーダーが捕捉。

方位一-九-〇、距離八五〇〇。

数一〇」

「こちらでも捉えた。

接近して確認する。

各員、対水上戦闘用意。

両舷前進全速」

自信の羅針盤を見たイリノイの指示で、艦隊のメンバーは砲戦、雷撃戦に備える。

「決着をつけて、帰りましょう」

独語するように愛鷹が呟いた時、レーダーの表示が二手に分かれた。

五つの反応が二手に分かれる。

一つは避退する針路を、もう一つはこちらに向かって来る。

向かって来る反応五つは恐らく、自分が空砲で吹き飛ばした駆逐艦を含めたタ級二隻込みの艦隊だ。

空母と補給艦を護る為だろう。

五隻の敵艦隊はすぐに六人の視界に入った。

「私と愛鷹がタ級の相手をする。

深雪、蒼月、朝潮、満潮は駆逐艦に向かへ」

「了解」

イリノイの指示に従って、四人が戦列から分離し、駆逐艦へ向かう。

「愛鷹は後衛を頼む。

私は前衛だ、援護を頼む」

「了解です」

「OK.

Prepare anti surface warfare (対水上戦闘用意).

Surface target kill truck 0-5-2-4(対水上目標、キル・トラック0524).

Open Fire! (撃ち方始め)」

射撃開始を命じるイリノイの号令と共に、彼女の16inch三連装主砲二基が火を噴いた。

「対水上戦闘、左砲戦。

第二、第三主砲、撃ちー方始め。

てぇーっ!」

愛鷹の三一センチ主砲も砲撃を開始する。

六発の16inch主砲弾と、六発の三一センチ主砲弾が空中を飛翔し、オレンジ色に輝きながら二隻のタ級の元に着弾する。

回避機動を行ったタ級は二人の初弾をかわし、反撃の砲撃を放つ。

一二個の発砲炎を確認した二人は回避機動を取るが、タ級の砲撃は狙いが荒く、それほど大きく動く必要もなかった。

初弾にしては狙いが粗い、と思いつつ愛鷹はイリノイと共に第二射を放った。

六門の主砲が真っ赤な砲炎を砲口から吐き出し、徹甲弾を撃ち出す。

空気を切り裂く甲高い音を立てながら、三一センチ主砲弾がタ級の右舷至近距離に着弾する。

イリノイの砲撃も挟叉を得ており、次を撃てば有効弾が送り込めるだろう。

二人が主砲の再装填中にタ級が再び砲撃を行う。

間もなく一二本の水柱が二人の周囲に立ち上がるが、先ほどと同様精度のばらつきが大きい。

むしろ下手に動き回り過ぎると、逆に当たりそうだ。

恐らく、愛鷹が負わせた手傷の影響かもしれない。

「これなら行けるかもしれない」

そう呟きながら愛鷹は主砲の第三射を放った。

隣のイリノイは自分より主砲が大口径だから、まだ再装填が済んでいない。

先に放った愛鷹の攻撃は、タ級を捉えていた。

本体に四つ、艤装に一発直撃の閃光が走る。

大きく震えたタ級は身悶えしながらも、主砲を構えて応射した。

再び飛んできた砲撃を余裕の表情で躱した愛鷹は、再装填が済んだ主砲を向けてトリガーを引いた。

六発の砲弾が反動で後退する砲身から撃ち出され、一〇秒程度で狙いを定めたタ級に、六個の直撃の閃光と炎を上げる。

黒煙を上げるタ級は速度も落ちている。

しかし、その黒煙を突き破って、三発の砲弾が愛鷹に向かって来る。

「大した執念ですね」

砲撃を躱しながら、ちょっとした感嘆の念を抱くが、容赦なく愛鷹は次の砲撃を撃ち込んだ。

動きの鈍っているタ級に再び六個の直撃弾が出て、タ級が苦悶の表情を浮かべた。

一瞬、何かが頭の中でフラッシュバックしたが、頭を振って気を取り直す。

確実に大破したタ級は戦闘能力を喪失したらしく、針路を変えて離脱を図る。

そのタ級に止めの一撃を愛鷹は撃ち込んだ。

六発の三一センチ主砲弾が炸裂した時、タ級は力尽きたように海上に倒れ、黒煙を上げてゆっくりと沈んでいった。

 

「初めて……戦艦を撃沈した……」

我ながら信じられない気持ちで、愛鷹は沈みゆくタ級を見つめた。

相手になったタ級がflagshipでもeliteでもなかったからかもしれないが、それでも「戦艦とは太刀打ちできん」と言い放たれていた自分が、初めて戦艦を単独で撃破し、沈める事に成功した。

主砲発射の引き金を引いていた右手を見つめると、軽い達成感が湧き上がって来て、嬉しさで顔が少しほころんだ。

直後殺気の様なものを感じた。

「くそ、抜かれた! 

愛鷹、注意しろ、そっちにタ級が向かった。

こちらの速力を上回る機動力だ」

鋭いイリノイの警告の声に振り返った時、目の前にタ級が何かを振りかざして飛び掛かって来るのが見えた。

速度が出ないイリノイの攻撃で、武装の多くが無力化されたものの、機関部はまだ被害が少なかったらしい。

速度を生かしてイリノイの攻撃をかわしたタ級は、僚艦の仇討ちだけでも、と使い物にならなくなった主砲の砲身を構えて愛鷹に襲い掛かった。

咄嗟に刀を引き抜いた愛鷹は、振り下ろされた主砲の砲身を受け止めた。

全重量をかけて来るタ級に、右腕だけでは押し返しきれず、後ろに押し出される。

しかし、手負いのタ級の腕力も長続きしないし、愛鷹には一発で白兵戦の知識は無いのが分かる。

ただしゃにむに殴りかかってきた程度だ。

左足でタ級の腹部に蹴りを入れ込むと、タ級は呻いて砲身を離す。

そして対応できないタ級の胸に、意図せず愛鷹は刀を突き刺した。

タ級が悲鳴を上げた時、愛鷹の脳裏にこれと同じ光景がよみがえった。

 

悲鳴を上げ、鮮血を流す相手……返り血と突き刺した相手の血で真っ赤になった手と刀……。

 

信じられない気持ちで、愛鷹はタ級から刀を引き抜いた。

崩れ落ちて、足元で痙攣するタ級を見下ろしながら、何故艤装にしか使わないはずの刀で、深海棲艦を直接攻撃したのだ、と自問自答した。

あの光景を思い出したくないから、艤装にしか使わないはずだったのに。

なぜ……。

 

まさか、過去の記憶が本能的に……?

急に眩暈がして来て頭を押さえる。

 

なぜ、やってしまった……もう二度と、こんな事はやらないって決めていたのに……。

 

「あ、あ、あああ……」

「大丈夫か……愛鷹?」

いつの間にかそばに来ていたイリノイが心配そうに顔を見ている。

その向こうで息絶えて、波間に静かに消えてゆくタ級が見えた。

海面下に沈もうとするタ級の苦悶に満ちた目と目があった時、愛鷹の精神が破綻した。

「ああぁぁぁぁぁぁぁーッ!」

声の限りに絶叫した愛鷹は、視界が暗転し、気を失った。

 

 

四人の主砲砲撃で撃破され、沈んでいく三隻の駆逐艦、魚雷を撃ち込まれ爆沈する空母三隻と補給艦二隻。

それらが上げる黒煙の中で深雪は、片腕で額の汗を拭った。

「ふう、ざっとこんなもんかな。

愛鷹達の手も借りる間もなく片付いちまったな」

「これで、羅針盤障害も晴れたようですね」

自分の羅針盤を見て、朝潮が顔をほころばせた。

深雪、蒼月、朝潮、満潮の四人だけで三隻の駆逐艦、空母に補給艦全てを無力化する事に成功した一同は、軽く一息付けていた。

「長かったですね……今日は」

「ああ。

ひでえだけでなく、長すぎる一日だったぜ。

仕事は終わったし、はやいとこずらかろうか」

 

撃破され沈むのは時間の問題となったヲ級を見つめる蒼月に、満潮が近づいてきた。

動かないヲ級を少し複雑そうな顔をして見る蒼月に、満潮は無言でその肩に手を置いた。

「あんたさ……意外と……やるじゃない……誉めてあげるわ」

「満潮さんも、凄かったです。

やはり経験の差ですね」

微笑を浮かべて返す蒼月に、満潮は頬を赤らめた。

妙に素直なコイツの性格が、どうも気に食わない。

他人に素直になれない自分が、少し憧れるモノだったからだ。

頬を赤らめているところを見られるのが恥ずかしく、鼻を鳴らしてそっぽ向く。

「別に、あんたに褒められても嬉しくもなんともないわよ」

「それは失礼しました」

珍しくおどけたように蒼月が言うのが、癪に障った。

調子に乗ってくれて、まぐれのくせに……。

知らない内に、ずうずうしい程の図太さを身につけたとでも言うのか。

ふざけるんなじゃいわよ、と悔し紛れに睨みつけると、蒼月は苦笑を浮かべた。

「おーい、二人とも集合だ。

ちょいとまた愛鷹がやべえ状態になったってよ」

深雪が蒼月と満潮に手を振りながら、大声で知らせて来た。

「何があったんですか」

聞き返しながら蒼月が向きを変えた。

その時、満潮の視界内で何かが動いた。

 

撃破したはずのヲ級がステッキ状の棒を構えて、蒼月に突き立てようとしていた。

蒼月は全く気が付いていなかった。

 

「危ない!」

咄嗟に叫んで満潮が蒼月を突き飛ばした時、ヲ級のステッキ状の棒が満潮の腹部を貫いた。

 




今回は戦闘メインのお話となりました。

架空艦娘の艦隊の出迎えから捜索救難、それが二次遭難で状況悪化。
直ぐに終わるはずの任務が丸一日かかる作戦に。
ちょっと映画「ブラックホークダウン」で描かれた「モガディシュの戦い」に展開が似ているかもしれません。

イリノイが魚雷の直撃に耐えれたのは、「アイオワ級戦艦」ならではの耐久力を描写して見た結果です。
過去に青葉、ガングート、瑞鳳などが魚雷攻撃で被害を受けていますが、イリノイは彼女らよりも耐久力の高い新型戦艦と言う意味での差別化を図りました。
言ってしまうと、ガングートがイリノイより防御力で随分劣るポンコツ戦艦である訳になってしまいますが(ガングートは艦これ実装艦では厳に最古参艦ではあります)

劇中でタ級を刺殺してしまった際に、何かを思い出して発狂した愛鷹ですが、これは彼女の謎と過去に繋がるモノになっています。

ラストの満潮ですが、彼女が次の話でどう登場するかは既に決まっています。
一命をとりとめる負傷で済んだのか、刺創が原因で命を落としたか……ここでは言えません。

ではまた次回でお会いしましょう。


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第二三話 痛み

ああ、どんどんシリアスと暗さのある内容に転がり始めている。
今回のお話はちょっと衝撃的な事ばかりです。


すっかり日が暮れた埠頭で、皆の帰還を瑞鳳は一人、待ち続けていた。

日が暮れても、愛鷹や青葉らは中々帰ってこない。

みんな無事かな……そう思いながら、待ち続けていると、救急車のサイレンが聞こえて来た。

埠頭に近づいて来る。

振り返ると、九台の救急車の青色灯(日本の救急車とは車種が違う)が見えた。

さらにハンヴィーなどの車輛も複数輌付いて来ている。

「無事じゃないんだ……」

表情を曇らせた瑞鳳が呟いた時、聞き覚えのある汽笛が聞こえた。

あれは、愛鷹の汽笛だ。

帰って来たのだ、皆が。

ホッとして溜息を吐いた瑞鳳は、汽笛の聞こえた方を見た。

暗闇の中で、艦隊の姿がうっすらと見える。

埠頭にあるサーチライトが点灯して、港を明るくした時、帰投するメンバーが見えた。

帰投する艦隊の姿を見た瑞鳳は、その惨状に声が出なかった。

 

イリノイに曳航される、腹部に短い棒状のモノが突き刺さった満潮。

 

悲しそうな表情の衣笠と夕張に曳航されている、血まみれの青葉。

 

見るからに生気を失った顔で、血まみれになった左肩を庇う愛鷹。

 

他のメンバーの顔に明るさは全くない。

そして、帰投する彼女たちの中に、霞の姿は無かった。

悲しみに暮れる朝潮が、霞のモノだったボロボロの赤いリボンを握りしめている。

 

六人の艦娘を助けるために、一人の艦娘が命を落とした。

立ち尽くす瑞鳳が見守る中、一七隻の艦隊は入港、上陸した。

直ぐに救急隊員がLRSRGの面々と負傷している愛鷹、青葉、満潮を救急車に載せて基地の病院へと搬送した。

サイレンを鳴らして走り出した救急車を沈んだ目で見送る他の艦娘達の元へ瑞鳳は走った。

消耗した顔の衣笠が、駆け寄って来た瑞鳳に気が付いた。

「衣笠」

「瑞鳳ちゃん……ただいま」

無理に笑う衣笠だが、その顔には泣きはらした跡があった。

「青葉は……」

「……重傷よ。

意識が……全然戻らない」

込み上げてくるものを堪えながら、衣笠は答えた。

「それに、霞ちゃんは……戻れなかった……」

「……霞」

 

瑞鳳もよく知る艦娘がまた一人、逝った。

 

 

麻酔を打たれ、意識が朦朧としているはずなのに、摘出された砲弾の破片がトレイに落とされる音が、耳に酷く障った。

気が付くと、手術は終わり左肩には包帯が巻かれていた。

三日間安静にしていれば直ぐに傷口が癒える、と手術を担当した医師は言った。

トレイに摘出された砲弾の破片を見るかと聞かれて、頷くと五センチ四方ほどはありそうな破片が二つ、それ以外に小さい破片が七個もあった。

「手術ありがとうございました。

助かります」

「礼を言わるほどのことじゃないさ。

医者として、当然の責務を果たしているだけだ」

看護師に手伝って貰いながら制服を着る。

「青葉さんの容態は?」

「まだ手術中だ。

応急処置が手早く行われていたのは幸いだった、少なくとも外への出血は抑えられていた。

詳細は聞いていないから、傷の具合は分からないが、今でも手術が続いているだけにただの傷ではないだろうな」

「そうですか」沈み込んだ声で愛鷹は返した。

「満潮さんの傷は?」

「ヲ級のステッキみたいなものを抜かなかったのは正解だったぞ。

少なくとも失血で死ぬ事は無い。

ただ、肝臓などの内臓がいくつかやられたから、再生治療で臓器を復元するしかない。

傷は深いが、死にはしないよ」

目を覚ました愛鷹が、満潮の腹から背に貫通したステッキ状のモノを短く切断して、引き抜かずそのままにしていたのだ。

止血処置をしても溢れる血で気が気でなかったが、失血死に至るほどではなかったのは幸いだった。

霞に続き、満潮まで失う事になるかと思ったが、大丈夫そうなのが今のところ愛鷹には唯一の慰めとなった。

 

 

風呂から上がった衣笠の耳に、肉を強く打ち据える音と、誰かが倒れる音が聞こえた。

何事かと音のする方へと向かと、拳をさする深雪が、頬をさすりながら床に座り込むイリノイの前に立っていた。

「ちょ、ちょっと深雪、何やってんの⁉」

「衣笠は引っ込んでろ」

「いや、でも……」

「衣笠、良いんだ。

彼女は悪くない」

手を上げて衣笠を制したイリノイが立ち上がる。

「一発でいいのか?」

「一発あれば充分さ。

……ワリい」

「いや、良いんだ。

気が済むまで殴ってくれても、私は別にいいんだ」

 

「なんで……なんで殴るの……」

震える声で衣笠は深雪に問うた。

険しい視線を返しながら深雪は答えた。

「ツケだ。

霞の死を危うくフイにしかけただけじゃない。

仲間を見捨てた己の傲慢さってやつを、あたしが教えてやってるのさ。

そんなことが出来る奴が、なんで艦隊旗艦になれたんだか、深雪様にはさっぱり理解できねえ」

ぎりりと歯を噛み締めて、イリノイを深雪は睨みつけた。

赤くはれた頬をさする事もせず、イリノイは深雪からの厳しい視線を受け止めていた。

「でも……でも……。

殴っても怒っても、もう始まらないじゃない!」

 

たまりかねたように衣笠が声を上げた。

急に発せられた怒声に、深雪とイリノイが一瞬圧倒された顔になる。

「霞ちゃんが死んじゃったのは、もうどうしようもないじゃない。

青葉も満潮ちゃんも、ここで騒いでも怪我がどうこうなる訳じゃないでしょ……」

自分でも分からず、目から涙が溢れた。

どうしてこうなっちゃったの?

ただ迎えに行くだけだったのに、簡単な筈の任務だったのに。

皆何事もなく帰って来るはずだったのに、霞ちゃんが戦死して青葉は意識不明の重傷、満潮ちゃんも重傷を負うなんて。

 

気まずそうな顔になった深雪が、「ごめんな」と詫びるが、衣笠は踵を返して去って行った。

 

 

整備工廠では瑞鳳と夕張が、損傷した青葉の艤装を診ていた。

「第一主砲弾薬庫注水は賢明な判断だったわね。

弾薬庫温度が危険域に達しかけていたわ」

データログを見る夕張の言葉に、瑞鳳は安堵の溜息を吐いた。

「深雪の判断は早いわね。

まあ、深雪らしい判断かもしれないけど」

「電ちゃんの誤射を受けた時、主砲が丸ごと爆発したし、ダメコンが上手くいかなかったから何度も死にかけたものだからねえ。

過去の教訓を絶対に忘れないって訳よ」

「あんまり深雪の昔は聞かないけど、誤射事故の時ってどんな感じだったの?」

あの頃、瑞鳳は補給部隊の高速給油艦高崎から艦種変更試験を受けて、軽空母になったばかりだったし、配属先も違ったので面識自体がまだなかった。

日本艦隊始まって以来最悪の艦隊演習事故とされる深雪の誤射事故は、艦娘達の悪天候下での限界や、思わぬ事態が起きる事を突き付ける出来事だった。

艤装をハンマーでたたいて、音を聞いていた夕張がハンマーを下ろし、手拭いで手汗を拭いながら目を細めた。

 

「天候は最悪だったわ。

今日と同じくらいの悪天候の中、対水上戦闘演習が行われたわ。

 

提督は『悪天候でも敵は容赦なく攻撃してくるから、その対応が出来るようにしておかなければならない』ってことで訓練を強行。

でも、高波で私たちは隊列を組むのもままならず、開始一時間もしない内に艦隊はバラバラになってしまったわ。

 

そんな時、深海棲艦艦隊出現の報が入ったの。

 

誤報だったけどね。

 

その報告が入った時、『深海棲艦艦隊がいる場所』に一番近かったのが、落伍していた深雪と電ちゃんだったの。

 

パニックに陥った電ちゃんは、魚雷を全弾発射して全速離脱……でも、そのうちの一本が、避退中の深雪を直撃したの。

 

捜索開始二時間後に深雪は見つかったわ。

心肺停止の状態で……。

主機と艤装の殆どは全滅。

機関部も虫の息で、深雪の体は殆ど沈みかけてたわ。

生への執念が、浮かべる力を機関部に与え続けていたのかもね。

 

二四時間近い大手術でひとまず、そのまま死ぬのは避けられたけど、昏睡状態のまま一〇回近くも山を迎えた。

そのたびに、覚悟して下さいってみんな言われたわ。

 

電ちゃんは査問を受けたけど、すぐに放免。

代わりに精神的に参って、精神病院に入院することになったわ。

 

病院から退院した後も、深雪はベッドの上で生命維持装置を繋がれたまま……。

罪悪感に苛まれた電ちゃんはある日、凶行に出た……自らの命を絶つ、って言う手に。

幸い、響ちゃんが間一髪のところで止めたけどね。

 

そして……電ちゃんが自殺しようとしたその日の夜、深雪は目を覚ました……」

 

 

夕張の脳裏に、自殺を図った電と止めに入った響の姿が蘇った。

駆け付けた艦娘達の見ている中で、響が錯乱する電に平手打ちをかまして「深雪はそんなことをしても浮かばれない」、と説教していた。

泣きじゃくる電に響はさらに「また……妹の君を失うのも嫌だ……深雪と、悲しみを噛み締めながら生きるのは……もう……」と震える声で言った。

 

 

実は響の言葉は、さかのぼる事四年前のセイロン方面での大規模作戦で、前衛部隊所属の第六駆逐隊が潜水艦の雷撃で暁、雷、電の三人を一挙に失ったことに起因していた。

 

稚拙な作戦、人命を軽視した艦娘の運用……。

 

多くの艦娘が命を落としたこの作戦では、響の姉妹艦娘である暁、雷、電も帰らぬ人となった。

第六駆逐隊で一人生き残った響は、目の前で三人の姉妹を失った心労で、暁似の色だった髪は一気に白へと変わり果てた。

抜け殻の様になった響を看護したのは、一緒に従軍していた深雪だった。

元々人命を重んじる性格だった深雪が、何にも増して人命を重視するようになったのも、この作戦からだった。

上からの指令であるなら従わざるを得ない、と言う考えはこの頃深雪にはまだあったが、第六駆逐隊が壊滅し、残された響の姿を見てから「例え上からの指示でも、人命を軽視した命令は聞けない」の考えに変わった。

 

暁、雷、電が帰還を果たしたのはそれから五か月後の事だった。

撃沈され、海の底へ沈んだはずの三人がどうやって帰って来たのか、艦隊ではちょっとした話題になったが、泣きながら帰ってきた三人を抱きしめる響を見たものは、「この事は口にしないでおこう」と言う暗黙の了解を誓った。

 

夕張と深雪は、三人がなぜ帰って来られたかを偶然知ることが出来た。

三人は別々のところで「深海棲艦化して艦娘と遭遇」していた。

深海棲艦化した三人は、海軍の特一級軍機事項に指定される「D事案」に指定され、別の国の艦隊(どこの国かは不明だった)の手で回収され、回収後は深海棲艦化を解くために「自沈処理」を施された。

そして、暁、雷、電は深海棲艦と化していた時の記憶の全てを失った状態で、人間の艦娘として復活を果たした。

 

 

深雪はこの「D事案」を懐疑的に見ていたが、思わぬ形で深雪は「D事案」を再び経験することになった。

第六駆逐隊が帰還した翌年の春。

ソロモン方面で深雪の長女、吹雪が撃沈され帰らぬ人となった。

しかし、二か月後には「D事案」指定の後、艦隊に復帰を果たしていた。

吹雪の場合は完全に記憶喪失に陥り、深海棲艦時代どころか、艦娘だった頃、それ以前の記憶も失っていた。

そんな長女の姿に深雪は強い衝撃を受けたが、吹雪との絆が薄れる事は無く、事故で除籍されるまで同じ部隊の同僚として戦い続けた。

 

「深雪は自分の過去を話すことで、電ちゃんに何かしらプレッシャーがかかることを懸念して、昔のことはあまり話さないようにしているのよ。

前に教えてくれたわ」

「そうだったんだ」

神妙な顔で聞いていた瑞鳳に、夕張は軽くため息を吐いた。

「ええ。

みんな何かしら、暗い過去を持っているものよ。

今なら笑って語れる子もいるでしょうけど、中には深い傷になっている子もいるようだから……」

「愛鷹さんの事?」

「ま、そうなるわね」

 

全く自身の過去を話そうとしない(別に話す義務はないが)愛鷹だが、普段のその言動や反応から、何かしら深い心の傷を負っている事は窺えた。

 

夕張は損傷した青葉の艤装の損傷の調査を終えると、溜息を吐いた。

これはかなり修理に時間がかかるわね……。

日本本土にあるスペアの艤装自体を持ってきた方が早いかも……どれくらい残っているかだけど。

 

 

自室に戻って休む事にした愛鷹は、病棟から宿舎に向か途中で、待合室で一人体育座りをして膝の中に顔をうずめている蒼月を見かけた。

自分のせいで満潮が重傷を負った、と思っているのは確かだ。

残念ながら、その通りだった。

何か声をかけてあげたい気もするが、何を言えばいいのか分からない。

貴方は悪くない、と言っても効果は無いし、多分逆効果になる恐れがある。

すると自分に気が付いたらしい蒼月が、顔を上げてこちらを見た。

無言で見返した愛鷹は、制帽の鍔をつまんで被りなおすとその場を離れた。

 

「ごめんなさい、蒼月さん。

……私は、貴方が思う程強い人間じゃないんです……」

独語するように呟いて、愛鷹は宿舎へと向かった。

 

静かな夜の宿舎内を歩いていると、何故か過去に見たあの光景が脳裏にぼんやりと浮かんでくる。

思い出してはいけないと、抑え込むが、目に入る景色が嫌でも思い起こそうとさせて来る。

タブレットを少し飲んで落ち着かせようとするが、落ち着かない。

さっき、待合室で蒼月さんと一緒にいてあげればよかった、と遅い後悔をする。

込み上げてくる胸のむかつきとも戦いながら部屋へ向かう。

が、視界が歪んだかと思うと、ぼんやりとしていた既視感が脳裏にはっきりと浮かび上がった。

思わず右手で頭を押さえた時、心臓に衝撃が走った。

激しく咽込み始めてしまい、拙いまた吐血してしまう、と思ったが予想に反して口から血が溢れる事は無かった。

ただ、ひたすらに胸が苦しい。

心臓が、表しようの無い苦痛に締め付けられ、息が荒くなる。

左手で胸を押さえた時、姿勢が崩れ右手の壁に体をぶつけた。

まるで蒼月を慰めてやれない自分を強く責める様に苦しい。

 

そう言えば、と壁に寄り掛かりながら、昔聞いた覚えがあった話を愛鷹は思い出した。

 

この反応を体が示したと言う事は、自分の体もかなり拙い状態になっているだろう、という事を。

普段服用しているタブレットの中身には体を維持する事と引き換えに、相応以上の対価を体に強いる成分が含まれている。

まだ、正規配備されて、半年も経っていないのに……。

予想以上にこの体は駄目になっているのか?

それとも、タブレットを過剰摂取しすぎたのだろうか。

 

 

荒い息のまま左手で胸を強く押さえ、右腕で壁を掻く様に体をすりつけながら歩く。

歩き方もおぼつかないが、とにかく、前へと歩いた。

しかし、五メートルと行かない内に力尽きた。

転倒した時の衝撃も加わってか、更に胸が苦しくなった。

もう、抑えるだけでは済まない。

掻きむしった。

倒れたまま苦悶の声を吐いていると、寄り掛かっていた壁の先のドアが開き、二人の人間が飛び出してきた。

 

「霧島!」

「だ、大丈夫ですか!?」

横倒しになっている愛鷹の視界に、二人の人間の足が映り込む。

非番の榛名と霧島だった。

壁に何かがぶつかり、ずりずりこすった後、大きな音がしたので何事とか二人が飛び出すと、見覚えのある女性が胸を掻きむしって倒れていた。

「大丈夫ですか、聞こえますか?」

「榛名、ここをお願い。

私は誰か呼んできます」

「はい」

霧島が人を呼びに走り出し、榛名は呼びかけながら、苦しむ女性の背中をさすった。

「頑張って下さい、すぐにお医者さんが来ますから。

名前は?」

「あ……あし、た……か」

「あしたか……以前、沖ノ鳥島に出た事は?」

頷いた愛鷹に、榛名は思い出した。

会って話したことは無かったが、愛鷹と言う新入りが作戦に参加していたことは覚えている。

あの時の……と思っていた時、愛鷹が身悶えした。

 

その時、榛名の脳裏に以前見た光景が蘇った。

昔、比叡がロシニョール病を発症した時も同じ様な苦しみ方をしていた。

もしや、愛鷹もロシニョール病に?

だが、苦しみ方は比叡の時より激しい。

末期症状なのか?

 

そう思うと榛名に慄然とするものが出る。

愛鷹はまだ着任して半年も経っていない。

もし、ロシニョール病で末期だとすれば、艦娘としての日々、いや人生そのものを一年もしない内に終えることになる。

確実な話ではない。

あくまで自分の想像だ。

しかし、苦しむ愛鷹を見ていると、全く無縁には見えなかった。

 

数分後、ストレッチャーに載せられた愛鷹は緊急病棟に搬送された。

 

 

 

(バーズアイ1から仁淀へ。

ディッピングソナーに感あり、信頼水準は低。

方位〇-六-七、距離一万七〇〇〇、深度一八メートル。

音紋照合中……敵潜カ級と識別)

搭載するオ号観測機(対潜哨戒ヘリ)、コールサイン・バーズアイ1からの報告に仁淀は、また出た、と胸中で呟いた。

「了解しました。

バーズアイ2、こちら仁淀。

ウェポンズフリー、カ級への爆雷攻撃を許可します」

(了解、目標位置確認

対潜弾、投下用意……てぇっ!)

しばしの沈黙後、バーズアイ2が「敵潜水艦撃沈」の報告を入れて来た。

「どうですか?」

後続の綾波に聞かれた仁淀は、振り返ると笑みを浮かべて右手の親指を立てた。

「やりましたね」

微笑を浮かべる綾波だが、その後ろの敷波は頭の後ろで手を組んで眉間に皺を寄せる。

「それにしても、今日だけでもう五隻目だよ。

やけに出すぎじゃないかな」

「それはそうかも」

「潜水艦、どこかに拠点を築いているのでは?」

横から入るように浦波が言うと、敷波と綾波が顔を見合わせる。

「長距離航海可能な潜水艦でも、補給とかを考えたら近海の小島に拠点を築いているとか」

浦波の後ろで腕を組んで聞いていた磯波が首を捻る。

「でも、潜水艦支援部隊が近辺に入り込んできたって言う話は聞かないけどなあ」

「確かに、哨戒報告ではまだ聞いていませんが……。

見落としたのかもしれませんね」

そう返しながら、仁淀はバーズアイ1、2に帰投指示を出し、補給が終わったバーズアイ3と4を交代として発艦させる。

「五分隊各員はバーズアイ3、4の発艦作業はじめ」

背中の艤装の格納庫の飛行甲板が展張され、中から妖精さんがオ号観測機二機をレールに沿って押し出してくる。

手早く係留を解除すると、LSO(発着艦指揮所)からの指示を確認した二機が次々に発艦していった。

二機のそれぞれの役割として、バーズアイ3が吊り下げ式のディッピングソナーで敵の潜水艦を探し、見つけ次第爆雷を抱えたバーズアイ4が攻撃する。

仁淀は今回、オ号観測機を八機搭載していた。

今はバーズアイ1、2、3、4、7、8が出撃中で、5と6は格納庫で補給中だ。

 

仁淀は第一九駆逐隊駆逐隊の磯波、浦波、綾波、敷波の四人と共に第八対潜警戒隊を編成して、日本の太平洋沿岸部の対潜哨戒任務についていた。

他に鹿島と第四駆逐隊の野分、嵐、萩風、舞風からなる第七対潜警戒隊が近辺で対潜哨戒についている。

時々、鹿島と連絡を取り合い、敵潜水艦の情報の共有も行う。

既に向こうも三隻の潜水艦を確認し、撃沈していた。

湧いて出て来る敵の潜水艦に何か、只ならぬものを仁淀は感じていた。

 

バーズアイ3、4が発艦して一〇分程した時だった。

「ソナー、今何か聞こえた……気を付けて」

敷波が眉間に皺を寄せ、ヘッドセットに手を当てた。

その反応に全員が表情を硬くする。

「方位一-九-〇、距離は約七〇〇メートル。

深度は二〇メートル前後」

「七〇〇? 近いですね」

「……私も聞こえました。

これは……ヨ級です」

目を閉じて、ヘッドセットからの音を聞いていた綾波が断定した。

「バーズアイ3、4は到着に時間がかかる……。

艦隊による直接対潜攻撃に出ます。

単横陣に陣形変換」

即座に仁淀を中央に置いた単横陣に五人は並び替えた。

さらに第三戦速に増速して爆雷戦準備。

「敵潜、捕捉しました。

方位変わらず、敵針二-三-五、深度二三、敵速八ノット」

外装型主機に接続されているソナーから聞こえてくる音を聞き、綾波が敵潜水艦の情報を報告する。

「待ってください……敵潜、ベントを開放、メインタンクに注水、速力を上げ急速潜航中」

「艦隊、最大戦速。

対潜爆雷投射用意!

射程に入り次第投射はじめ」

逃がさない、と仁淀は目を細める。

「敵潜水艦、深度二五メートル、速力一〇ノットへ。

尚も加速中」

「距離は?」

「あと三〇〇メートル」

「ま、間に合うかな」

「間に合わせるんだよ」

不安になる浦波に敷波が発破をかける。

「あと、一五〇メートル」

「爆雷投射用意、各艦弾数四発。

調定深度三〇メートルから三五メートル」

距離が縮まることを告げる綾波の声に続けて、仁淀が爆雷の設定深度を敵潜水艦の潜航速度を勘定して伝えた。

「まもなく敵潜直上」

「艦隊、減速赤。

第二戦速へ」

聴音を続ける綾波からの言葉に、仁淀が減速を指示し右腕を上げる。

そして綾波が「敵潜、直下」と告げた時、腕を下ろした。

「爆雷、攻撃はじめ」

「爆雷投射はじめます」

そう言って最初に爆雷を投じたのは磯波だった。

四人がそれぞれ四発投じた爆雷が海中内で爆発する前に、五人はその場から離脱する。

程なく、一六回の爆発音が海中で轟く。

くぐもった爆発音が海中でしたかと思うと、一六本の白い水柱が次々に海面に出現した。

「やったか?」

「それは死亡フラグだよ」

海面を見つめて言う浦波に敷波がツッコミを入れる。

仁淀はヘッドセットに手を当てて聴音するが、爆雷爆発時の残響で、海中内は滝の中の様な轟音に埋め尽くされている。

クリアになるまで少し時間がいる。

四人に第二波投射の準備をさせた時、ソナーで聴音を行っていた磯波が顔をほころばせた。

「敵潜水艦、艤装大破。

沈没します」

「よっし、一隻また追加だね」

「やりましたぁ」

「ふう……仕留めたね」

ガッツポーズをとる敷波に続き、綾波と浦波も笑みを浮かべた。

 

 

自室で一人寝ていたところを軍医に呼びだされた衣笠は、読んだ医師の診察室へ向かう途中、ベッドに載せられて移動する満潮を見かけた。

落ち着きを取り戻した蒼月が付き添っている所からして、手術と治療が終わったのだろう。

少し安心感を覚える一方で、まだ手術中の青葉の事も気になる。

まだ手術中でオペ室の中だ。

「青葉……頑張って」

姉へ胸中でエールを送りながら、自分も頑張らないと、と気合を入れるように頬を叩いた。

 

着いた診察室では、既に軍医が待っていた。

何かの情報をびっしり書き込んだノートを手にして、眉間に皺をよせていた。

挨拶してから「何かあったんですか」と聞く。

軍医は大きくため息を吐くと、衣笠を見据えた。

「青葉の手術はさっき終わったよ。

一命はとりとめた。

だが、諸手を上げて喜ぶことは出来そうにない」

「どういう事ですか」

聞きながら、言い知れぬ不安を感じ始める。

「さっき、榛名と霧島が廊下で倒れていた愛鷹を担ぎこんできた。

それでさっき診察を行ったんだ。

苦しみ方が尋常でなくてな、急遽精密検査を行った」

軍医はPCの画面表示を変えて、レントゲン写真を見せた。

 

「これは愛鷹の心臓のレントゲンだ。

この白い影、大体一円玉サイズだが、分かるね」

「はい」

「これは、癌だ。

ステージは3で、早期に治療しないと拙い。

それとこの黒い斑点が体中にいくつか不自然に出ているのが分かるね?」

「はい」

「これは、ロシニョール病のウイルスが暴れている跡だ。

レベルは5、残念だが愛鷹はもう何年も長生き出来ない。

希望的に見積もって……来年の冬まで持てばいい方だ」

 

脳天を一撃されたような衝撃。

レベル5のロシニョール病。

完全に末期だ。

 

「急いで本国の愛鷹のカルテを確認したんだが、ここに来るまでのデータでは異常は確認できてなくてな。

ただ、いくつか気になる数値は出て来ている。

なにか、愛鷹の行動から兆候とかは見られなかったかな?

どんなものでもいい」

「兆候って言われても……」

思いつくものがあっただろうかと、考えるが、突然の重病話で頭が混乱していてすぐには出そうにない。

「まあ、なんかよく薬を飲んでいる所を見た事はありますよ」

「薬?」

「はい」

眼の色を変えた軍医の視線に、少し圧倒されながら衣笠は頷いた。

「なるほど……。

もしかしたらその線……だが、何故だ……」

「何が……」

「いや、何でもない」

「教えてください」

食い下がった衣笠だが、軍医は申し訳なさそうな顔を向けた。

「本国からは、愛鷹の個人情報を教えるなと申し付けられていてな。

話せないんだ」

「どういうこと……」

「分からない。

武本司令に聞いてみたが、軍機事項と言う事で教えてもらえなかった」

それを聞くと、どうしてそこまで愛鷹さんの素性を隠すの? と疑問が浮かび上がってくる。

しかし、軍医はこれ以上言えないと言うよりは軍医自身も分からない様で、聞いても首を振るばかりだった。

変わって青葉の話になった。

主砲艤装の弾薬庫誘爆と、背中の艤装の被弾による傷は酷く、破片の一部が心臓や肺に達していたものの、どうにか破片御摘出を含めた治療は出来た。

後遺症等は恐らく心配なさそうだった。

それを聞いて少し心が落ち着いた。

 

ただやはり、愛鷹の重病が気になる。

もっとも、癌を治療出来たとしても、長い未来は無い。

 

「それだけの重症。

短期間でなるモノなんですか?」

「はっきり言ってしまうと、無いな。

短期間でここまで一気に末期化した事例は存在しないからな。

もっとも、ロシニョール病はその全容について、まだ詳しく解明しきれていない。

新症状の可能性も無くは無いだろうな」

「これからの生活に支障は」

「余命が何時になるかは分からんが、日常生活はいつも通り送られる。

だが、時が近づいたら身体機能の低下が起きるから、その時は……」

言葉を濁す軍医の言葉は、遠からず愛鷹が生涯を終える日が来る事を意味していた。

 

 

軍医の許可を得た衣笠は、青葉の病室に入った。

ベッドの上の青葉は体中に包帯を巻き、酸素マスクをつけた状態で静かに寝ていた。

脇の椅子に腰かけた衣笠は、愛鷹と青葉と言うリーダー、サブリーダー格がいない第三三戦隊をこれからどうしていけばいいのかと思うと、深いため息が漏れた。

「青葉……」

呼びかけたが、青葉の目は開かず、深い眠りについている。

「私は、私のやれることをやるだけなのかな……」

事実上それしかないのだが、何かもっと出来る事が無いのかと考え込んでしまう。

それに、もし愛鷹が病死するようなことがあったら、第三三戦隊はその後どうしたらいいのだろうか。

代わりの艦娘が旗艦として就任するのだろうか。

それとも青葉が旗艦になるのか。

第六戦隊から、完全に第三三戦隊に移籍してしまうのだろうか。

そうなるのだとしたら、物凄く悲しい気分だった。

勿論そうなると決まったわけではない。

ただ、想定しておかない事に越したことはない。

全く考慮していなかった、と言うよりはマシである。

 

「どうしたらいいんだろう……」

我ながら弱音めいた声が出てしまっていた。

そんな妹の脇で青葉は深く眠っていた。

 

 

(その思いに迷いは無いな)

画面の向こうから、念を押してくるように問う武本に、磯口は迷わず答えた。

「はい、微塵もございません」

ショートランド再攻略が終わり次第、私は退役させていただきます。

もう、これ以上、小官が海軍に止まる理由はありません」

(引き留める気はない。

君は提督として、今日まで艦娘を支えてくれた。

感謝している。

お世辞抜きで、君はいい提督だった)

「……いい提督だとか、ホワイト提督だとかの呼び名はいりません。

小官は自分の務めを、果たしてきただけです」

静かに磯口は武本の目を見て返した。

「小官は部下をこれ以上失わない為に、艦娘を指揮する提督として海軍に残りました。

ですが、もう、これ以上部下が死んでいくのを見ていることは出来ません。

臆病風に吹かれた姿勢かもしれませんが、ご理解いただけたら幸いです」

(磯口准将、貴官は軍を退いたらどうされるのか?)

そう聞いて来る武本の言葉に、磯口は軽くため息を吐いた。

 

「日本に帰って、孤児院の院長になります。

この戦争が終わった時、霞をはじめとする艦娘達が命と引き換えに掴んだ平和な世界には、新しい人材が必要です。

深海と我々大人の都合の戦いで、将来ある者たちを含めた何千万もの命が失われました。

これから新しくやり直す世界には、その世界を託すに足る人材が必要です。

あの海が、再び艦娘と言う存在を必要としなくなる海にする為にも、艦娘達が命を賭して求め続けて来た平和を託す為にも。

後世に送り出す人材を育て上げる事こそが、これからの私の務めだと思っています」

それを頷きながら聞いていた武本は、なるほどと最後呟いた。

少し間をおいて、武本は磯口の目を画面越しに見据えた。

 

「磯口准将。

やはり貴方は、提督として、いや一人の男としてよい決断をされた。

ショートランドを取り返す時まで、彼女たちの傍に付いていてください。

彼女達の、これ以上の犠牲を増やさない戦いの指揮を、お願いします」

階級は武本が上だったが、敬意を表する武本は磯口に改まった口調で頼んだ。

「はっ」

一礼した磯口を、武本は画面越しに無言で見つめていた。

 

 

昨日に引き続き、対潜警戒に出撃した第七、第八対潜警戒隊はいつもの様に日本首都近海での対潜警戒に当たった。

しかし仁淀が最初に送り出したバーズアイ5、6が補給のために着艦アプローチに入った時、綾波の警告が飛んだ。

「左舷より雷跡! 

雷数四、仁淀さんに向かう!」

警告を聞いた仁淀が左側を見ると、白い四本の線が自分に向かって突っ込んで来るのが見えた。

「バーズアイ5、6、着艦中断。

仁淀は回避行動に入ります!

最大戦速、面舵一杯」

減速するよりは、むしろ加速する方が実は回りやすい。

車のターンと同じだ。

急ターンする仁淀の肩に見張り員妖精さんが乗って、雷跡の確認に当たる。

「雷跡視認。

方位一-九-七、敵針一-五-三、的速約四五ノット、急速に近づく!」

肩に乗っている妖精さんが、仁淀の耳に向かって叫ぶ。

航行中の風の音や妖精さん自身の声の大きさでは、叫ぶか怒鳴るくらいでないと聞き取りにくい。

妖精さんが報告して来る方向を見つつ、第一九駆逐隊の四人に潜水艦の捜索と撃退を指示する。

「アクティブソナーの発信を許可します。

敵潜の探知と撃退を優先」

「了解」

仁淀の許可を受け、磯波がアクティブソナーの単信音を打った。

「アクティブピンに反応あり!

感は二つ、二隻!?」

「もう一隻いるのですか!?」

爆雷を構えていた浦波が驚いた時、磯波が顔を青くして叫んだ。

「突発音、続いて魚雷航走音探知。

仁淀さんの右舷からです!」

「なんだって⁉」

ぎょっとした様に敷波が仁淀の右舷側を見た時、四本の魚雷が先の四本を躱したばかりの仁淀に向かって行くのが見えた。

最大戦速に加速した綾波が爆雷を構えて向かうが、援護に間に合いそうにない。

「回避、回避、仁淀さん、回避を!」

「ダメだ、間に合わない!」

悲痛な敷波の声がした時、仁淀の姿が魚雷爆発の水柱に隠れた。

「仁淀さん!」

悲鳴の様な浦波の声が響く。

爆発音は一回だから、直撃は一発。

だが魚雷一発でも艦娘には大きなダメージになる。

良くて中破、最悪大破だと四人が思った時、まだ崩れきれない水柱の中から仁淀が姿を現した。

咽込んでいるが、大したけがはないらしい。

「うそぉ!」

こんな事ってある、と言う様に敷波が目を丸くした。

激しく咽込む仁淀の元へ綾波が急行し、様子の確認に当たる。

「仁淀さん、怪我は?」

「大丈夫、まだ動けます。

それより潜水艦を」

「私がやります、浦波ちゃん」

「はい。磯波姉さん」

磯波、浦波の二人が直ちに爆雷を構えて潜水艦のいる所へ向かい、発見するや爆雷を投げ込んだ。

その間、綾波と敷波は仁淀の看護にあたる。

奇跡的に、仁淀は軽傷で艤装も小破と言って差し支えない。

「どうやって助かったの?」

信じられないと言う様に敷波が聞くと、仁淀は深呼吸を繰り返してから答えた。

「イチかバチか、海面を踏み込んで主機を空吹かしした上で防護機能を最大出力で展開させてみたら、防ぎきれました。

海面を踏み込んだ時の海水圧、空吹かしした衝撃、そして防護機能。

上手くやれました……失敗していたら大破でしたよ」

「なんとまあ、凄い博打だねえ」

呆れ半分、感心半分に敷波が言うと、仁淀は「大淀姉さんに後で大目玉を貰いそうですけどね」と苦笑した。

そこへ、磯波から敵潜水艦撃沈の報告が届く。

ほっと息を吐いた仁淀は、基地と鹿島に敵潜水艦からの攻撃を受けた事を知らせた。

(了解しました。

第八対潜警戒隊は帰投して下さい)

基地に報告を入れると香取が帰投の指示を送って来たので、五人は基地へと帰還する事にした。

 

 

何とも大胆な、と仁淀からの通信を聞いた鹿島は驚きを禁じえなかった。

魚雷を防いだ仁淀のやり方は、多分前例はないはずだ。

咄嗟に思いついた業だとしたら、運もそうだが、仁淀の頭の回転の良さも味方しての僥倖とも言えた。

「海面を踏み込んで、主機を空吹かしして、防護機能を……」

話を聞いていた嵐がぶつぶつと呟いている。

その嵐の肩に野分が手を置く。

「試したいのは分からないでもないけど、練習しないでやったら危ないからね」

「んな事は分かってる」

「ならいいけど」

「ジャンプでもして回避できないかなあ」

少し抜けたように舞風が言うので、「それが出来ていたら、回避運動の練習はしないって」と野分は少しため息を吐いた。

「それに仁淀さんは軽巡だし。

艤装は私たちより重いから無理よ」

萩風も口を挟むと、舞風は「そこまで本気でとらなくても」と口を尖らせた。

その四人に鹿島は手を叩いて注意する。

「はいはい、そこまでです。

任務中ですから、気を抜かずにやりましょうね」

了解と四人は返す。

気を抜いては、自分たちも仁淀と同じ目に遭いかねない。

今日だけでも、第七対潜警戒隊は五隻の敵潜を撃沈していただけに、潜水艦の攻撃は脅威であった。

 

 

自室で詩集を読んでいた大和は、自室のドアをノックする音に気が付き、顔を上げた。

「どうぞ」

「入るよ」

ドアを開けて入って来たのは武本だった。

「提督、何か御用で?」

「ああ、話しておかなければならない事があってね。

少し時間をもらってもいいかな」

「どうぞ、お茶を入れますか?」

「頂こうか」

紅茶を入れた自分用と来客用のカップを持って来た大和は、テーブルの椅子に座った武本の前に置くと、自分も武本と対面する形で椅子に座った。

「それで、話とは?」

紅茶を口に含んだ武本に、大和は彼の言う話の内容を尋ねた。

「うん、ラバウルの磯口提督から連絡があってね。

 

……愛鷹の余命が判明した」

 

「……どれくらいですか」

神妙になる顔に、僅かな影を見せた大和が尋ねる。

「診察した医師の話だと、もって来年の冬だそうだ」

「あと一年半程ですか……。

原因はやはり……」

「ああ、ロシニョール病だ。

それに心臓癌も見つかった、ステージ3。

こちらは手術すれば、まだ救いはある。

だがロシニョール病はもう手の施しようがなくなっていた」

その言葉だけで充分、大和には伝わった。

レベルは5、すでに手遅れだ。

「早い……以前はレベル2で、手術もちゃんとしているのに」

「この一年以内に急激に病が進行したのかもしれない。

残念だ……」

沈痛な表情を浮かべる武本に、大和は悲しみに沈んだ目を向けた。

答えは分かっていたが、一応尋ねる

「逆転は望めませんか」

「九九パーセント、無い」

そう告げる武本の声も沈んでいる。

「あの子はこの事を?」

「末期の発作が起きて意識を失ったらしく、今手当を受けている。

直ぐに知ることになるよ。

知った時、どう愛鷹は受け止めるだろうな……」

「あの子は逃げずに現実を受け止めますよ。

そうやってあの子は育ってきたのですから」

「そうだね。

愛鷹は君の……」

そこまで言って武本は口をつぐんだ。

この事は触れない事にしていた事だった。

話題を変える様に武本は第三三戦隊活動を伝えた。

「LRSRGの出迎えの時、霞が魚雷発射管に被弾、誘爆轟沈した。

青葉くんは被弾大破で重傷を負って緊急手術を受けたし、ヲ級のステッキの不意打ちから蒼月くんを護った満潮くんが腹部を負傷して手当てを受けた。

愛鷹も被弾小破して手当てを受けたが……六人を護る為に一人が命を落とし、二人が酷い傷を負った」

「霞さんが……」

「最期を見た能代くんの話では、補給艦を連れた自分たちと遭遇した深海棲艦を単身引き離そうとして、リ級の砲弾が左の発射管に当たってしまった。

直ぐには爆発しなかったが、霞くんが気付いた時には、もう手遅れだった」

 

壁を作りがちな強気姿勢だが、改二になっただけの経験と実力は霞だけのものだ。

何にも替え難い。

 

「霞くんの死を無駄にしない為にも、ショートランド泊地は何としてでも再確保しなければならない。

それが残された私達にできる、唯一の手向けだ」

「あの子には……何を手向ければいいのでしょうね」

俯いた顔から漏れる大和の言葉に、武本は返す言葉が無かった。

大和が「貴方の分も生きる」と言う常套句を使えば、愛鷹は間違いなく激昂するだろう。

もしかしたらどうせ死ぬくらいなら、とばかりに大和と共に自決を図る可能性もある。

「もしかしたら、私の大切な何かを失う事が、あの子への手向けかもしれませんね」

「それを望みつつ、望まない二律相反する感情を持つのが愛鷹だ。

君が想定する事とは、また違う事を望むかもしれない」

またカップに口をつける武本に、大和は顔を上げて目を見据え、口を開いた。

「あの子は……以前、自分の運命を知らされた時、自暴自棄を起こしかけました。

 

それから救った人は既に亡くなりましたが、その人の教えであの子には強い生への執着を持っています。

 

人は定め、運命の呪いから脱却できる力を持っていると、昔聞いたことがあります。

実際、吹雪さんはその力で赤城さんの運命や、自分の過去との定めの軛を断ち切ることが出来ました。

 

私はあの子にも、それが出来るのではないか、と思っています。

いつか、あの子にも……その時が来ると私は……」

静かに聞いていた武本はカップを置くと、溜息を吐いた。

「その力があれば、愛鷹に限らず、多くの子、いや皆がこの基地に生きて帰ってこられただろう。

 

世界を変えるのは、人を信じる力だ。

 

だが……世も人も、醜い存在の集合体だ。

 

それに例外は無いだろう。

この私も含めて、な……こう言うのもなんだが、君もだ」

「私の罪の深さは重々承知していますが、本当に例外は無いのですか?」

「例外は無い。

だが、その例外なく醜い人間にも、希望はあるだろう。

だが愛鷹にはその希望すら、もはや潰えた。

最初から彼女の運命は他の人間と違い、レールの上を走る事しか出来ないんだ。

希望を持つのは重要だけど、過度な希望は絶望を大きくする事にもなる」

重みのある口調で語る武本に、大和は無力感を覚えた。

「この世界に救いは無いのですか」

「あれば愛鷹はこんな運命を背負って生まれたりはしない。

世の中は、お花畑では覆われていないんだ。

だが、これから世界を良くしていくことは出来るだろう。

私はそんな未来を描く事イコール希望だと思うよ。

大きく描けば描くほど、希望は増える。

だが、愛鷹にはそれを大きく描くことは出来ない」

「提督は……変わりましたね。

昔はそんな弱気を見せる事は無かった。

常に優しく振舞って、私たちを元気づけ、励ましてくれた」

その大和の言葉に、武本はそうだな、とどこか疲れたように頷いた。

「昔の私はそうだったかもね。

 

しかし艦娘と言う、今までとは勝手の違う部下を指揮していると、感じ始める強い疲れはどうにも出来ないな。

 

替えが無い、世界に一つだけの存在の君らを、正体の解明が進まない深海との最前線に送り出し続ける毎日。

 

必ず帰って来るとは限らない君達。

 

私が着任した間に海外艦を含めて一〇名近くが戦死した。

仲間を失って悲しむ君達に寄り添って、助けるのは容易じゃない。

私だって悲しい。

その自分の感情を殺して、接し続けるのは簡単なものじゃない。

提督をやっていられる人間が、一年以上続かない理由はこれだ。

 

妙なものだ、本来なら君らはただの海軍軍人だ。

士官ばかりで構成された兵士と大して変わらないはずだ。

なのに、何かが違うんだ。

ただの兵士ではない……この違いを実は私はまだ分からないまま、君達の上についている。

 

艦娘って何なんだろうね。

本来艦娘って言うのは一種の兵科の様なものだ。

兵科であると知っていたはずなのに、理解したはずだったのに、傍にいているのに、目の前にいるのに、何故か理解がまだ追い付いていないところがある。

だから、犠牲が出続けるんだろうな」

 

何処か疲弊しきったような武本の姿に、何とも言えないものを大和は感じた。

確かに自分は艦娘と言う肩書が無ければ、ただの海軍兵士だ。

一人の人間でしかない。

素質と適正があると分かると、海軍からスカウトが来て、自分なりの正義感で艦娘となった。

世界最強の戦艦艦娘、大和型戦艦一番艦大和としてここにいる。

 

そんな艦娘となってもう一一年だ。

 

だが、この一一年の間、艦娘である自分自身ですら艦娘と言う存在が、いったいどういう物なのか、自分でもまだ理解しきれていなかった。

艦娘達にしか起きない外観の変化の停止が、何時しか「艦娘の呪い」とも「艦娘に掛けられた魔法」と呼ばれるようになったのを知り、考えた事はあったが、結局まだ答え出ていない。

自分ですら理解できていないところがあるのだ。

目の前にいる武本は、その理解できていない所を抱え、疑問や辛さを誰にも打ち開ける事も出来ずに、耐え続けている。

二年も提督を続けるのは、本当に容易な事ではない。

大体は一年、短くて半年で提督は交代している。

皆、疲れてしまうのだ。

何がどうという物ではなく、単純にひどく疲れてしまう。

それで一線を退く。

だが武本は引退したいとは一度も言った事は無い。

彼なりの信念と、自らに課した贖罪だと教えてくれたことはあった。

 

「提督は私たちに何を望みますか?」

思い切って大和は武本に尋ねた。

少し驚いたような顔を浮かべるが、すぐに思案顔になる。

「……そうだな。

回答になるかは分からないが、私としては『人間であれ』と言いたいな」

「人間」

「ああ。

自分たちは艦娘以前に、人間であると言う事を忘れるな、と言っておきたいな。

人間として生まれ、人間として生きていることを忘れず、その人間としての誇りを捨てるな、と」

「自分たちは人間ではなく、人間の弱さを捨てた艦娘だ、とユリシーズさんは言っていました」

「なら、私から彼女に言いたいことは一つだ。

『Be human』、つまり『人間になれ』だ。

彼女は艦娘と言う物として生まれたのではない、人間としてこの世に生を授かったんだ。

弱さこそが人間と言う物の証なのかもしれない」

「弱さが人間の証」

反芻するように大和は呟いた。

 

自分たちは艦娘と言う、自分たちも完全には理解しきれない存在。

ただの兵科とは違う何かを持つ存在。

蓋を開ければ、自分たちは一人の人間、弱さを持つ人間。

しかし、大和には何かまだあるような気がした。

一人の人間、弱さを持つ人間、それ以外に何かあるかもしれない。

私は今を生きている。

それを考えていく時間は、まだまだあるだろう。

答えが出るか今は分からない、だが考える事に意味があるだろう。

 

 

頭が理解していくのが追い付かなくなりそうな程忙しかった日から一夜が明けた。

自室で起床した衣笠は食堂で朝食をとると、青葉の看病をしに病棟に向かった。

病室には深雪、夕張、瑞鳳、蒼月がいた。

「みんな、おはよう」

「おはよう、衣笠」

「おはよう」

「おはよう」

「おはようございます」

かえってくる返事にどこか安心感を覚えながら、青葉の容態を聞く。

「目はまだ覚めない。

グースカ寝てるよ」

「つまり落ち着いてるって事」

この通りだよ、と返す深雪の言葉に夕張が付け加える。

「まだ目は覚めないのね」

「大手術だったらしいからね。

それだけの傷からはすぐには回復できないかも」

声のトーンを落とした瑞鳳の言葉に、多少の気の滅入りを感じた。

ふと思い出したように深雪が一同に聞いた。

「愛鷹はどうしたんだ。

今朝から見かけてないんだが」

「けがの程度はそんなに酷くなかった筈ですが」

そう言えばと蒼月も首を傾げた。

顔を見合わせ合う一同を見た衣笠は、事情を知っているのは自分だけであることに気が付いた。

重病どころではない、難病と余命宣告。

このことを話すべきかと一瞬思ったが、この事を愛鷹が知られる事を望まないのに自分がばらしてしまったら、自分の行いは裏切りにも等しい。

一方で、みんなには事実を知るべきではないかと思う自分もいる。

 

どうするべきか迷ったが、ここは敢えて黙っておくことにした。

 

知らないふりをしていると、病室のドアがノックされた。

「はい」

誰ともなく衣笠が答えると、ドア越しに川内が「衣笠、軍医が呼んでるよ。何かあったみたい」と返した。

なんだろう、と予想がつきそうなものを感じながら部屋の一同に「ちょっと行ってくるね」と告げて病室を出た。

病室の外では川内が待っており、読んでいると言う軍医の元に連れて行ってくれた。

 

川内が連れて来てくれたのは、昨日対談した軍医の部屋だった。

やはり何かあった、と思っていると川内が肩に手を置いた。

「青葉は大丈夫だよ。

アイツはしぶといし、ただの悪運の強い奴だから。

直ぐに元気になるって」

そう言うと衣笠からの返事を待たずに川内は歩み去った。

ありがたい気持ちを感じながら、衣笠は軍医の部屋に入った。

 

部屋で待っていた軍医は入ってきた衣笠の挨拶に応えると、愛鷹が目を覚ましたことを告げた。

「それで……あの……」

「例の話かい?」

「はい」

「ああ、話したよ」

「なんて言ってました?」

「それがな、妙に落ち着いていたんだ。

君の余命がもしかしたら来年の冬までしか持たないかもしれないってことを話すと、どこか納得している様な節があった。

いや、寧ろ自分でも分かっていたような感じだったな」

軍医の言葉に衣笠は驚いた。

事実上の余命宣告された愛鷹の反応は、どこか意外過ぎる気がした。

一体愛鷹は何を考えている?

実際に会って話を聞きたい。

その思いが込み上げて来た衣笠は愛鷹との面会許可を求めると、軍医はすんなり許可してくれた。

部屋を出る間際、軍医が「彼女は君が来るのを待っているかもしれないよ」と小さく教えてくれた。

 

 

個室病棟のベッドの上で詩集を読んでいた愛鷹は、部屋に招き入れた衣笠にベッド脇の椅子をすすめた。

すすめられた椅子に座った衣笠は、体の具合を尋ねた。

「体は大丈夫ですか?」

「ええ、今は大丈夫ですよ」

口元に微笑を浮かべて応える愛鷹だが、返事した言葉は笑えない。

この答え方は、自身が長生きできない事を知っていることを意味していた。

同時に、衣笠が自身の余命を知ってしまっている事を意味していた。

「怖くないんですか?」

そう尋ねる衣笠に、少し悲しそうな声である愛鷹は答えた。

「そう……ですね。

怖いです……余命宣告と言う物は。

ただ、いずれ来ることは分かっていましたから……少なくとも絶望はそれほど大きくはないです」

 

理解できないものを衣笠は感じた。

一年くらいしたら、愛鷹は死を迎えることになるのに、どうしてそんなに落ち着いていられるのか。

自分だったら、恐怖の余りに発狂してしまうかもしれない。

 

確実に訪れる死。

 

しかし、愛鷹は妙に落ち着いている。

軍医が言う通りだったが、この落ち着き具合は何だ?

いずれ来ることは分かっていたと。

人間いつかは死ぬとは言え、来年にはもう愛鷹は確実に死を迎えることになる。

そもそも愛鷹は、自らが死期を遠からず迎える事を既に予感していた?

何故わかるのだろうか、自分の体の事だから?

どんどん大きくなる愛鷹の正体への疑問。

 

「いずれ訪れるだろうって……」

絞り出すように言う衣笠に、愛鷹は顔を向けた。

「衣笠さん、私は確かに死と言う物が恐ろしいです。

こんなに早く死を迎えたくは無いと思います。

でも、分かっていたんです。

もうじき死期を迎えることになると」

声が出なかった。

一体愛鷹は何を言っている?

呑み込めない衣笠に愛鷹は続けた。

「私は、生れつき《ある物》が足りなくて、長生きできない事は、言ってしまうと最初から分かっていたんです。

私の死期は、約束された死なのです。

残念だし、悔しい気もしますが……そろそろ来るだろうと覚悟はしていました」

「愛鷹さんに足りないものって……?」

震える声で聞く衣笠に、愛鷹は被っていた制帽を脱いだ。

驚愕する衣笠に、愛鷹は静かに告げた。

 

 

「私の秘密を、あなたにも教える時が来てしまったようですね。

お話します、私がいったい何者なのか。

何故長生きできない体なのか。

 

私は……」

愛鷹から語られた真実は衣笠にとって衝撃であり、あまりにも残酷なモノだった。

 

 




今回、深雪と電の誤射事故の経緯について独自に考え出した物を書かせていただきました。
それと同時に第六駆逐隊と響の髪の色の白さについて、少し残酷な独自設定と解釈も含ませました。

またD事案についても、自分なりの解釈や考えを基に書いています。
吹雪の戦没と帰還、そしてD事案の登場は、結構劇場版の設定を基にしたところはありますが、何回も言う様に「本作はアニメ版、劇場版と同じようなことがあったパラレルワールド」が舞台です。

今回、大量の実装組が登場しましたが、これは前回架空艦が大量に登場してしまったことによる、薄れ気味になった原作艦これの色を調整する面もあります。

今回初めて描いた仁淀のヘリ(オ号)を使った対潜水艦戦などについては、ヘリ搭載護衛艦(DDH)風に書いてみました。

青葉がセリフ無しの登場回となった一方で、衣笠の登場が多くなってます。
彼女も第三三戦隊の一人であるので、いずれ秘密を知ることになる予定でした。

今回、愛鷹の持つ秘密の一部を公開するに至りました。
生に執着する愛鷹の意思の原点はここにあります。
そして武本と大和の話も絡んで、物語はかなり複雑化していきます。

では、次のお話でまた会いましょう。


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第二四話 次の戦場へ

夏イベントの情報が全く来ませんね。

本編をどうぞ。


艦娘として日本艦隊の統合基地に配備されて、早くも二ヶ月以上が過ぎた。

癌の治療手術を行った愛鷹は、夜の浜辺で葉巻を吸いながら海を見ていた。

日本とはまた違う景色の海。

心地よい潮風が吹いており、月灯りが海を青く光らせている。

 

「二か月……か……。

私の人生が始まって、もうじき三ヶ月みたいなものね」

煙を吹きながら独語する。

この二カ月の間に多くの事を経験した。

信頼できる仲間を得て、何回もの出撃を行い、多くの深海棲艦を撃沈した。

ス級相手に二回も死にかけた。

何回か入院を余儀なくされたが、しぶとく回復して復帰している。

部下であり仲間の第三三戦隊メンバーに、死者は出ていない。

みんなの力を合わせて、ここまでやって来ている。

 

一方で今、問題も発生していた。

先のラバウル近海での海戦で大破・重傷を負った青葉の傷が思いのほか重く、あと二週間以上は入院している必要があった。

まだ青葉は目を覚ましておらず、衣笠が看病していた。

日本からはまだ帰国命令が来ない。

恐らく、ここに暫くとどまって、間もなく発令されるショートランド泊地奪還作戦に参加させられるのだろう。

作戦開始の時期によっては青葉を編成から外し、衣笠を代わりに編入する事になる。

苦手気味の対空射撃は、蒼月の指導で少し上達し始めており、改二艤装も相まって青葉に代わる有力な戦力になりえた。

 

ここに来てから、この地に集まっている艦娘と愛鷹は多少の交流をし始めていた。

倒れた自分を助けてくれた榛名と霧島や、ラバウル基地の日本艦隊の空母部隊の中核となっている飛鷹型空母艦娘の飛鷹と隼鷹、雲龍型空母雲龍と葛城、一度会ったことがある重雷装巡洋艦の北上と大井などだ。

我ながらこの三カ月で随分変わったものだ。

昔は必要以上に人との交流を持たないタイプだったのに、今では密接とは行かないが、多少の交流と話をするようになっている。

どんな風の吹き回しだろう、と考えると、やはり余命が判明したからだと思い浮かぶ。

自分が何者であるかを明かさない限りは、特に問題ないだろうと言う判断あってだ。

勿論必要以上に動きはしないが、慣れると多少は大胆にやることもあった。

ラバウルでの戦い以降、急によく会う様になっている艦娘がいた。

朝潮と満潮だ。

何を考えているのかと警戒をしつつも、交流を増やしつつあった。

先の海戦で腹部を負傷した満潮は、戦闘こそ無理だが日常生活を送れるレベルにまでは回復してきていた。

蒼月への態度も多少は軟化しており、否定形の言葉は鳴りを潜め始めていたのが幸いだった。

対人関係が落ち着きつつあるのは気が楽になるモノだ。

 

 

ふと背後の森から誰かが出てくる音が聞こえた。

「やっぱりここにいましたか」

夕張だった。

頭を回し、横目で後ろの彼女を見ると、何やら封書を持っている。

「どうかしましたか?」

そう問いかける愛鷹に夕張が微笑を浮かべた。

「実は愛鷹さんの艤装の改装計画書を持ってきたんです」

「改装計画書……私に『改』になれと?」

意外そうに聞く愛鷹に、夕張は笑みを浮かべて頷いた。

自分の艤装は特に改装を行う予定は無かったはずだが。

もしや、夕張のオリジナル改装計画?

ひとまず夕張が渡してきた改装計画書を受け取り、中に目を通す。

中身を見た愛鷹は、「なるほど」と顎をつまんで軽く唸った。

改装計画書によると、愛鷹は超甲型巡洋艦から超甲型航空巡洋艦とも、航空巡洋戦艦ともいえるモノへ改装するほどの大掛かりなものだ。

それでいてかかる費用や予算、手間は抑えられている。

 

仕様計画書では、

 

・三一センチ三連装主砲を全基撤去

・新たに四一センチ連装主砲二基を右舷側に装備

・水上機運用艤装をすべて撤去

・左舷側にカタパルト装備のアングルドデッキ付き装甲飛行甲板を装備

・飛行甲板にはカタパルト二基、エレベーター二基を装備

・新編の第一一八特別航空団を搭載

 航空団編成

 烈風改艦上戦闘機一六機(防空)

 天山艦上攻撃機六機(対潜哨戒)

 

と言う物だった。

装甲飛行甲板は対弾性に優れており、重巡の砲弾程度なら防御可能だ。

また火器管制などの操作を行うグリップも、今のコード接続トリガーから、戦闘機のサイドスティック操縦桿のようなグリップに換装する事にもなっている。

コード接続は可動範囲が広い反面、被弾時にコードが切れてしまう可能性があった。

グリップなら可動範囲には限定は出るが、艤装を操作するボタンの数が増えており、より細かい操作が出来る。

面白いのは右耳に掛けるヘッドセット式HUD(ヘッドアップディスプレイ)の装備だ。

これなら、いちいち羅針盤を手に取って確認する必要は無いし、砲撃の照準をHUDで合わせるから射撃の精度も上がる。

随分便利になる改装だ。

もっとも、防御の方は今まで通りなのだが。

 

「HUDは今開発中のモノですけど、中々使えますよ」

「私はテストベッドかモルモット扱いですか……」

気落ちした声で返す愛鷹に、夕張は苦笑を浮かべる。

「私の自主開発品なので、実際に戦闘で使ったことが無くて。

演習で何度か使ったので、信頼性はあります。

愛鷹さんが使って、上手くいけばみんなに装備させて貰う事を目指してるんです」

「なるほど……」

悪くない様で、心の奥で嫌がる自分もいた。

しかし、わがままを言う訳にもいくまい。

日本に帰ったら色々と夕張の発明に付き合うのもいいだろう。

 

葉巻を吸いながら計画書を読む愛鷹を見ていると、妙な光景に見えて夕張は笑いそうになった。

艦娘と言うよりは、制服、制帽も相まって一般女性将校みたいだ。

笑いを堪えていると、愛鷹が葉巻を手に取って煙を軽くふきながら夕張を見やる。

「青葉さんの容態はどうですか?

まだ目が覚めない状態で?」

「ええ、まだ意識は戻らない状態です。

軍医の話だと、『ぐっすり眠っている様なもの』で心配する程ではないって、言ってましてたけど」

「そう言うのを聞くと、心配になりますね。

青葉さんの艤装は?」

「予備部品を作成して修理中です。

もっとも、今回の損傷で少々ガタが発生してしまったところがあるので、時間がかかりますね」

「ガタ……老朽化ですか」

 

無理もない。

青葉は日本艦隊の重巡では旧世代の域だし、今のところ改止まりだから、おのずと艤装の時代遅れが起き始める。

装備さえまともなら、もっと青葉は活躍出来る可能性があるのだが。

すると夕張が驚くことを教えてくれた。

「武本提督から青葉の新艤装の青写真が決まったと連絡がありましたよ」

「新艤装?」

「ええ、甲改二仕様だと言ってます。

つまり、ただの改二という訳ではないそうです」

「甲改二……ね」

どういう艤装になるのだろうと首を捻りたくなるが、夕張はまだ詳しい内容は知らないようだ。

ただ、青葉がその改装を受けると言う事は、その艤装の扱いの訓練や研修を受ける必要があるから、第三三戦隊からしばらく離れることになってしまう。

その場合青葉抜きでやっていくことになる。

勿論、補充艦の衣笠を当てればいいのだが、今度は瑞鳳を編成に組み入れた作戦が出来ない任務の時の空き枠を埋める艦娘が必要になる。

そのあたりを考慮して貰えていればいいのだが。

吸っていた葉巻が短くなったのでシガーレットケースに入れると、腕時計を見た。

大分遅くなってきた。

もう寝た方がいいだろう。

「部屋に戻りますか」

「そうですね、戻ってもっと線を引いてみます」

「明日にして、早めに寝て下さい。

考える時間はまだありますよ」

そう窘められた夕張は、「はあ」と少し不満そうな顔で頷いた。

 

 

翌日、起床し朝食をとった愛鷹が図書室に借りた詩集を返し終えた時、アナウンスで出頭を命じられた。

複数の艦娘にも同じ出頭命令が出ていた。

いよいよ、やるのか。

ショートランド泊地奪還作戦の発動準備が始まるようだ。

自分にも召集をかけられたと言う事は、前衛か、泊地偵察部隊として送り込まれると言うところだろう。

今回も生きて帰ることが出来るように、誰一人失わない戦いをする為に。

 

出頭を命じられた場所はブリーフィングルームだった。

戦艦艦娘の榛名、霧島、空母艦娘の飛鷹、雲龍、重巡艦娘の妙高と羽黒、軽巡艦娘の能代と川内がいた。

全員顔は知っているし、話も何回かしたことがある。

手近な椅子に腰かけ足を組むと、制服のポケットからペーパーバックを出して読む。

暫くして、召集がかけられた艦娘がブリーフィングルームに集まって来た。

第三三戦隊のメンバーは、深雪を先頭に全員一緒に入って来た。

全員と朝の挨拶を交わした愛鷹は、全員に体調の具合などを聞いた。

「深雪様はいつでも元気だよ」

「それは良かった.

ちゃんと寝ましたか、夕張さん」

「はい、六時間は最低でも寝ましたよ」

そう答える夕張に「もう少しは寝て下さい」と、改装案を考えるために夜更かしした夕張を苦笑交じりにたしなめる。

瑞鳳、蒼月の体調も問題はないようだ。

まだ目が覚めない青葉の看病をしていたらしい衣笠が少し心配だが、休める時に休んでいる様だった。

 

三〇名の艦娘が揃ってから一〇分後、磯口と二人の将校がブリーフィングルームに入って来た。

二人のうち一人は、ここにいる艦娘全員分の作戦計画書の束を携えている。

磯口が作戦計画の説明を始めると告げると、参謀は全員に計画書を渡した。

全員に生き渡ったのを確認した磯口は、作戦説明を始めた。

 

「今回、我々日本艦隊はラバウル基地に展開する全艦をもって、ショートランド泊地奪還作戦を展開する事となった。

五年前に深海棲艦の攻勢を受けて一時放棄した当泊地を、我が日本艦隊の力で奪還する。

 

投入予定戦力は二個艦隊だ。

戦艦榛名、霧島、空母飛鷹、隼鷹、雲龍、葛城、重巡妙高、羽黒、軽巡能代、川内、北上、大井、第四駆逐隊夕立、村雨、五月雨、春雨、第二四駆逐隊海風、山風、涼風、江風の二四名で構成する。

また前衛・偵察部隊として第三三戦隊も参加する。

 

艦隊の主目的は、ショートランド泊地一帯の制海権及び航空優勢確保だ。

主目的達成後、北米艦隊の第六七任務部隊が護衛する強襲揚陸艦『ディエップ』に乗り込んだ海兵隊一個大隊一五〇〇名がショートランド泊地近くのビーチに上陸し、基地施設制圧の任に当たる。

第三三戦隊は艦隊前衛及び、要撃に出るであろう敵艦隊の索敵を担当してもらう」

 

攻略艦隊は第一攻略艦隊が榛名、飛鷹、隼鷹、妙高、能代、川内、第二四駆逐隊からなり、第二攻略艦隊は霧島、雲龍、葛城、羽黒、北上、大井、第四駆逐隊で編成されていた。

これに前衛・警戒部隊として第三三戦隊の愛鷹、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳が加わっている。

ショートランド泊地近海に展開するとされる深海棲艦の規模は、攻略艦隊とほぼ同等と推測されていた。

また棲鬼級は確認されてないと言う。

勿論、この情報の後増援が送られている可能性はある。

その増援の有無を含めた警戒・索敵担当が第三三戦隊の任務だ。

自分たちに与えられた任務に、愛鷹は眉間に皺を寄せた。

(まさか私たちは弾除け扱いではないでしょうね?)

聞いてみたくなったが、邪推かもしれない、と思い直し触れない事にした。

揚陸艦「ディエップ」を護衛する第六七任務部隊は戦艦サウスダコタ、ワシントン、護衛空母ガンビア・ベイ、駆逐艦フレッチャー、ジョンストン、ホーエルからなっていた。

そう言えば、サウスダコタとワシントンの間には確執があると聞いているが、大丈夫だろうか……昔聞いた話を思い出した愛鷹は気がかりになった。

 

「各艦は明後日、支援艦『アルバトロス』に乗艦しショートランド泊地奪還作戦に出撃する。

先に撃沈され、この海に散った霞の敵討ちだ。

各員は出撃準備に取り掛かれ。

以上だ、質問は?

無いか、よし解散だ、わかれ」

 

 

ブリーフィングルームを出た愛鷹を深雪が呼び止めた。

「何か?」

「なあ、愛鷹は今回の作戦、どう思った?」

「どう……と言われても」

「率直に思ったことを言って欲しいんだ」

真顔で聞く深雪に、溜息を軽く吐くと愛鷹は答えた。

「弾除け、という感じはしなくもなかったですね。

でも、前衛・警戒部隊の任務は大体そうでしょう」

「やっぱり、愛鷹もそう感じてたか……」

少し思案顔になる深雪に、何か知っていそうな口ぶりに見えた。

聞いてみようかと思ったが、その前に深雪が思案顔を解いて欠伸をした。

「まあ、いいや。

あたしは二度寝して来る、まだ眠い」

「やるべき仕事はしておいて下さいね」

「愛鷹は深雪様のおふくろかよ」

苦笑を浮かべながらも深雪は頷き、宿舎に戻っていった。

 

 

病室に戻った衣笠が花瓶の花の水を入れ替えていると、青葉が小さく唸るのが聞こえた。

「ガサ……」

「青葉」

ようやく目が覚めた青葉が衣笠を見ていた。

安堵のため息を吐いた衣笠に青葉はうっすらと口元に笑みを浮かべた。

「ガサは何とも無かったみたいでよかったよ」

「人の心配より、自分の心配をしなさいよ」

「そうかもね。

何日くらい青葉は寝てたの?」

「今日で四日目よ。

ぐーすか寝ててちょっと心配しちゃった」

「四日もずっと寝てたのかぁ……久しぶりかな、それだけ寝てたの」

 

もっと寝ていたことはある。

七年前の深海棲艦の攻撃で古鷹と共に死にかけた時だ。

あの時の事は青葉の心の大きな傷なので、触れない事にしている。

最近は見なくなったが、あの時の事を引き摺っていることがまだある。

今の青葉も頭と右腕に包帯を巻き、右頬に大きな絆創膏を貼っていて痛々しいが、あの時はもっとひどい姿だった。

 

「気分はどう?

お腹空かない?」

「うーん、そんなにお腹は空いてないよ。

まあ、今の青葉には病院食しか食べられないけどね」

「そうね。

ま、ショートランド泊地奪還作戦が終わる頃には、青葉は退院出来たりして」

衣笠のショートランド泊地奪還作戦の言葉に青葉が反応した。

「やるの?」

「うん、明後日出撃よ。

青葉はここでお留守番」

「……まあ、そうだよね」

「行きたいなら、修復剤でも……」

「それはやめて」

急に鋭い視線と表情で青葉は衣笠を見た。

不注意だった、と反省しながら衣笠は謝った。

「ご、ごめん」

「青葉の前ならまだいいけど、愛鷹さんの前では言わないでよ」

念を押すような声で言う青葉に衣笠は無言で頷いた。

「実はね、私も愛鷹さんから教えてもらったの。

愛鷹さんの正体ってのを」

少し怒られそうな気もしながら衣笠が打ち明けると、意外にも青葉は「そっか」と理解してくれた。

「それが結果的に愛鷹さんの抱える辛さの軽減につながるなら、いいと思うよ。

でも、言いふらしたりはしないでね」

「分かってるよ、私だって口は堅いよ」

「そーだったかな?」

悪戯っぽい笑みを浮かべて自分を見る青葉に、衣笠も笑い返した。

「青葉抜きでガサはやってられるかな?」

「私だって重巡だよ、大丈夫だから。

蒼月ちゃんのお陰で対空射撃も少しずつ上達して来たし、青葉の代役は出来るよ。

だから……早く元気になってよ」

「うん、愛鷹さんのサポートよろしくね」

「そこは衣笠さんにお任せ」

言葉通り任せろと衣笠はガッツポーズをとった。

頼もしい気がする一方で、心配もしなくはない。

自分に負けずノリがいいが、それが時に仇になることもある。

「ただ、無理はしないでね。

青葉、ガサがいないとやっぱり寂しいから」

「皆がいるから大丈夫だって。

私も結構、強いからね。

でも油断しない様に気を付けるよ」

「偉い偉い、お姉ちゃん嬉しいな」

「ちびっこ扱いしないでよ」

頬を膨らませる衣笠に青葉はにっこり笑った。

 

 

手術をしてからと言う物、体が時々酷く疲れを訴えるようになってきた。

癌の手術は成功しているし、軍医曰く自分の体に自分で作り出した血が生き渡るまでは少し疲れやすくなる、と言っていたから仕方ないだろう。

無理をせず部屋で音楽を聴くか、読書をするかだ。

部屋の畳に仰向けに横になって目を閉じ、イヤホンでクラシック音楽いていると心が落ち着いて来る。

右腕を顔に載せた状態で曲を聞いていると、ウトウトして来る。

少し……肩の力を抜ききった生活を今日だけしようかな。

思うと、音楽鑑賞や読書以外、娯楽らしい娯楽はあまりしていない。

特に娯楽にこだわるという訳ではないと言うよりは、オタクと呼ばれる世界やファンと呼ばれる域に行ったことが無い「可でもなければ否でもない」だ。

中途半端な自分だが、そもそも自分の存在自体にも中途半端なものも感じる。

過去を振り返ると、自分とは何だろうと考えることがある。

この間戦場でよみがえった光景も思い出したが、今は不思議と何の感慨もなく思い出せる。

今ある自分がここにいる理由、始まり、エトセトラ。

自分にとっての始まりはやはり五年前。

五年前なのに、何故か一〇年も二〇年も昔のように思える。

余命があと一年程度と判明したから?

その内に解明進まぬロシニョール病が完治できるようになれば、自分も生きられる時間は伸びるだろう。

せっかくこの世に生を授かったのだ、生きていたいと言う望みは強くある。

しかし、しかれたレールの上でしか走る事の出来ない自分に、一体どの程度わがままを言う事が許されるのだろう。

 

人はいつか死ぬ……でも魂は死なない。

そして、その人が存在した事実も変わる事は無い。

自分はここにいる、自分は生きている、自分はここにいた。

「もっと世界を見たい……」

死ぬまでにもっとこの世界を見てみたい……叶わない夢を愛鷹は噛み締めた。

 

「人はみんな、自分の意思で生きている。

だから自分で生きる道を選ぶ権利がある。

貴方も『自分がなりたい自分』になりなさい。

でも、他人を傷つける自分になる事だけは、止めておきなさい。

いつか、他人を傷つけた自分にその罪が返って来るわ」

 

かつてロシニョール博士が愛鷹に語った言葉だ。

「他人を傷つけた罪が、自らに返る……か」

そうだとしたら、自分が憎む大和と武本が傷付いているのだとしたら、その痛みがいつか自分に跳ね返ってくると?

だが、他人を傷付けた罪が自分に返るのなら、永遠のループ、無限に行われるキャッチボールのようにも思えて来る。

どこかで終着点、着地点を見つけるべきなのだろう。

でなければ、終わりなき憎しみが続くことになる。

今、この瞬間も世界のどこかで起きている戦争の原因も、「終わりの無い憎しみ」の延長線上にある物だ。

では、今の人類と深海棲艦での戦争は?

人類だけが被害者面をしている様で、実は深海棲艦も何かしら傷付いているのではないか?

一体深海棲艦がどういう存在なのか、誰も詳細を知らないから何とも言えない。

どのみち、どちらかが滅ぶまでが戦争なのだ。

まるで、生存競争だ……。

この戦争は人類が生きて行く為なのか、深海棲艦が新たに生きて行く為なのか。

「分からないな……私にはわからない。

それを知り、考えていくだけの時間がないから」

思わず口に出して呟くと、妙にもの寂しいもの感じた。

 

「やっぱり……私はもっと、もっと……」

 

生きていたい。

 

 

(バーズアイ3、コンタクト。

MADにて敵潜水艦を探知。

艦影二、深度一九、艦種識別……敵艦はカ級。

推進音、水切り音からelite級と思われる。

バーズアイ4、攻撃開始)

(ウィルコ、バーズアイ4、攻撃する。

爆雷投下、てぇっ!)

ヘッドセットからカ級をMAD(磁気探知機)で補足したとバーズアイ3が報告し、僚機バーズアイ4に攻撃指示を下すのが入って来た。

仁淀のヘッドセットに投下された爆雷が爆発する轟音が耳に入って来る。

「仁淀よりバーズアイ3、戦果を報告してください」

(現在、戦果評価中……敵潜水艦一の撃沈を確認。

一隻は大破し撤退していきます)

「了解、爆雷は?」

(残弾無し、帰投許可を願う)

「了解、バーズアイ3、4、RTB(帰投指示)」

(ラジャー。

バーズアイ3、アウト)

通信を終えた仁淀は続行する綾波、敷波、磯波、浦波にカ級エリートの撃沈を知らせた。

「eliteが二隻だけで?

大体一隻と随伴艦で行動するeliteが、二隻だけで行動するのは珍しいですね」

意外そうな顔する浦波の言葉に、他の三人も頷く。

それを聞きながら仁淀も「そうですね」と相槌を打つ。

「引き続き、対潜警戒を厳に。

どこから魚雷が来るか、どこに敵潜水艦がいるか分かりませんからね」

「了解」

四人の声が揃って返って来る。

梯形陣を組んだ五人は予定の哨戒ルートの変針点を曲がり、西に進路を変えた。

昨日と同じルートだ。

このルートですでに六隻を撃沈している。

敵潜水艦が一番出やすい所と言える。

一瞬の気のゆるみで、海底に亡骸を送られるのはこちらになる。

一方で、先ほどの潜水艦の編成を思い出しながら、仁淀は深海棲艦がどういう戦法を繰り出してくるだろう、と気になった。

深海棲艦も損害に対応すべく、戦術を変更してきていると言う事だろう。

それに順次対応していかないと面倒なことになる。

対策を練らなければ、拮抗状態にある今の戦況もいつ崩れるか分からない。

「慢心ダメ、絶対」

と言う言葉が艦娘達にはある。

どんな状況下でも、常に気を配り油断するな、と言う意味だ。

気を抜いた時が自分の最期だ。

 

しかし、奇襲と言う物まで完全に備える事は出来ない。

いや奇襲は備えていない敵を襲うものだから、防ぎようが無いのが殆どだ。

だから突然の轟音と共に体が跳ね飛ばされた時、仁淀は自分の身に何が起きたのか理解できなかった。

気が付いた時、左目は視界を失い、右目には青空が映っていた。

体はピクリとも動かず、血相を変えた敷波と綾波が手を赤く汚して自分の体に何かをしている。

何か話そうとして、喘ぎとも呻きともつかない声が出た時、綾波が気付き自分の顔を覗き込んで何か叫んでいる。

何か大声で自分に話している様だが、何を言っているのか分からない。

いや、そもそも何も聞こえない。

口から何かが溢れている様だが、それが何のかすら分からない。

馬鹿になった頭が考えようと必死に回転をするが、何も考えられない。

 

なんだろう、何が起きているんだろう。

 

駄目だ、分からない。

 

簡単な事の筈なのに分からない。

 

眠くなってきたなあ、ちょっと寝よう。

 

「おやすみ……」

それだけ自分でも聞こえる声で言うと、仁淀は目を閉じ暗闇の世界に落ちて行った。

 

 

ラバウル基地の中の墓地を、花束を持って訪れた深雪は一つの墓の前に立った。

 

「駆逐艦娘 霞 慰霊碑」

 

墓石にはそう書かれていた。

先日の海戦で戦死した霞の墓だ。

しかしその墓の中に、遺骨は存在しない。

墓石がそこにあるだけの霞の墓だ。

「霞、ツンデレ野郎……今日も来たぜ」

花束を備え、静かに手を合わせる。

合掌を解くと、手近な場所に座り、墓石に語り掛けた。

「霞、お前が逝ってから満潮は随分苦労してるぜ。

今度ショートランド泊地にあたしら行くんだ。

その前の書類仕事がたんまりだよ……まあ、満潮は負傷で出撃出来ないから、まんざら悪くないみたいだけどな。

あの量はあたしには裁き切れねえよ……。

磯口司令官がお前を重宝する理由が、何だかわかる気がするな。

朝潮は元気にやってるぜ、お前の死を無駄にしない事を誓っていつもの調子で仕事してる。

何となく、危なっかしい気もするけどな。

 

何でだろうな、お前のあの罵声は滅茶苦茶頭に来るものだったよ。

けど、今はそれが何故か懐かし様な、恋しい様な……。

 

今は花しか手向けられないけど、今度ショートランド泊地を取りもどした土産話を手向けとして持ってくるよ。

あの世で待っててくれ」

遺体も遺骨もない墓だが、今では霞がいると言う事を示すのはここだけだ。

盆の季節になったら、帰ることは出来るだろう。

しかし、霞の墓はこの遠い異国の地にある。

もし、霞が死を実感することが出来る死を迎えた時、何を言い残していただろうか。

今となっては、知る術はない。

いつも霞は「絶対沈まない主義」と語っていたので、遺書すら書いてなかった。

だが、霞は沈み、死んだ。

 

「戦争の中で、命ってのはちっぽけなもんだ。

簡単に死ぬし、簡単に殺せる。

安いもんだよなぁ、戦争の中でのあたしら艦娘の命って。

替えなんか効かない人間の命なのにさ……」

 

以前吹雪が沈んだ時、自分はどうしたか。

周囲の制止を振り切ってでも、探しに行こうとしていたのを思い出す。

結局出撃は出来ず、吹雪を探すことはかなわなかった。

その後記憶を失った状態でひょっこり帰って来たが……目の前の墓の主の霞は帰ってくる事はない。

ただの被弾による撃沈ではないのだ。

木っ端微塵になった艤装のパーツが見つかっている所からして、霞の遺体は回収できそうにない。

「あたしら駆逐艦の命ってのは軽いモノも同然。

決まって未帰還・戦死するのはあたしら駆逐艦だ。

替えがきかない人間の筈が、まるで消耗品の様に沈んでいく。

この矛盾、お前は考えた事あるか?」

 

墓石から答えが返って来る事は無い。

 

深雪の言う通り日本艦隊では戦死し、失われた艦娘はみんな駆逐艦以下だ。

巡洋艦以上で失われた艦娘はいない。

他の国とはまた違う被害を受けているのが日本艦隊だった。

沈むのは決まって小型艦艇。

自分たちは人間だ。

替わりになる人間など存在しない。

なのに、多くの艦娘が戦死した。

不公平だ。

失われた艦娘の中には、撤退する艦隊の殿軍を命じられ、追撃して来る敵艦隊の足止めとして送り出された。

圧倒的、いや勝ち目などない戦力差。

成す術もなく撃沈された仲間たち。

いわゆる「捨て艦」だ。

深雪の姉妹艦にかつて白雲と言う艦娘がいた。

彼女もまた「捨て艦」の犠牲者だ。

今亡き白雲の事を思い浮かべた深雪の脳裏に、彼女との最後の交信が蘇った。

 

 

(敵艦隊視認、ル級三、ヘ級一、イ級二。

遅滞戦闘開始します!)

(白雲、戦闘はよせ!

回避専念できりきり舞いさせてやれ、戦艦相手にお前じゃ無理だ!)

(ありがとう、深雪姉さん。

撤退する皆さんをお願いします)

(頼む、白雲。

生きて帰れよ)

 

(艤装機関部に被弾!

う、動かない、走れない!

こちら白雲、我航行不能! 

我航行不能!

救援を請う、救援を請う!)

(くそ、こちら深雪。

司令官、あたしは白雲の援護に向かう、許可してくれ)

(ダメだ、深雪は撤退する主力部隊の護衛を続行せよ)

(なんだって、白雲を見殺しにする気か!?)

(繰り返す、深雪は護衛を続行せよ)

(ふ、ふざけるな!)

(痛ッ! 

被弾した、主砲損傷、魚雷発射管使用不能。

全砲門沈黙、総員退艦!

妖精さん各員、離艦部署発令! 早く!)

(白雲!)

(深雪姉さん、行って下さい!

私はもう駄目です、殿軍指示は最期まで果たして見せます。

今までありがとうございました)

(元気に喋れるなら、生き延びる努力をしろよ!)

(組みつかれた

うわっ!?

 

……4・4・3……)

(何言ってんだよ……おい、やめろよ……)

(……5・3・8……)

(何やってやがんるだよ……何考えてんだ!?)

(うっ……6・6・4……)

(やめろって言ってるだろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ)

(……3・9・7。

 

うぁっ!

 

……ラストコマンド入力……)

 

(やめろおぉぉぉーッ!)

(アイ……アム……ヒューマン……)

 

絶叫した深雪のヘッドセットにかすれそうな声で「皆……さようなら!」と白雲の最期の言葉が入った直後、無線が切れノイズだけになった。

そして同時に水平線の彼方で爆発音が響き、黒煙が上がった。

「白雲ォォォォーッ!」

声の限りに叫んだ深雪の頬を、両目から溢れ出る涙が筋を作った。

 

 

駆逐艦白雲は、刀折れ矢尽きた自身の任務を最後までやり遂げるために、艤装と主機を手動で自爆させたのだ。

自らの命と引き換えに味方の撤退を成功させた白雲の行動は、英雄的行動と称えられた。

追叙として国連軍名誉勲章、国連海軍殊勲十字章、シルバースターが贈られた。

この時ほど深雪は、人間が憎いと思った事は無かった。

白雲は仲間の為ではなく、勲章のために死んだのか?

そんな考えしか出なかった。

艦娘の中でも、消耗品の様な扱いの駆逐艦。

「捨て艦」として使うなら、駆逐艦の一隻位と言う風潮がこの時あった。

消耗品の艦娘として、人扱いをされない様な最期を遂げた白雲。

しかし、深雪は決して白雲は消耗品の艦娘だとは思わなかった。

何故なら白雲自身が最後に言ったのだから。

「アイ・アム・ヒューマン」。

そう、「私は人間だ」と。

自爆を行う最終ボイスコマンドが、偶然「私は人間だ」になったのかもしれない。

深雪は、違う、と思った。

あれは白雲の「私は艦娘ではない、一人の人間なんだ」と言う心の叫びが具現化したものなんだ、と。

 

無情にも見殺しにされた白雲の一件は、撤退支援の為に絶望的戦力差の中、孤立無援の状況で殿を務め抜いた、と喧伝された。

しかし、それは一時的なモノだった。

告発状が艦娘側から出されたのだ。

撤退の為に白雲を殿とせざるを得なかった、艦隊のメンバーの一人だった深雪と、同じ艦隊でその時大破して戦闘不能だった比叡らが自らの立場と引き換えに告発状を出したのだ。

本来なら上官不服従や抗命、反逆などの罪状が付く行為だ。

しかし、これが「捨て艦」の問題提起に繋がり、以後「捨て艦」行為は禁止となった。

比叡はこの件で中心人物として、大佐から少佐へと降格処分させられた。

本当は深雪も中心人物だったのだが、比叡は深雪に代わって全責任を負った。

この事を金剛は大きく比叡を讃えたりはせず、「よくやりましたネ」と普段の調子で比叡をねぎらった。

 

 

白雲がこの世を去って、何年になるだろうか……。

「あいつ……最後に見た空は何色だったんだろう……」

立ち上る黒煙が、白雲の墓標となったあの時を思い出す。

快晴だった。

雲は少しだけだった。

しかし、集中砲火を浴び、瀕死の重傷を負っていたであろう白雲がその空を見る事は、果たしてできたのだろうか。

ふと、深雪が空を見上げると、白雲が最期を遂げた時と同じような青空が広がっている。

「白雲……そこにいるのか?」

そう問いかけた深雪に返される返事はない。

 

 

ジャズを聴きながらコーヒーを飲んでいた愛鷹の部屋のドアを誰かがノックした。

ヘッドセットを外して愛鷹が「どうぞ」と言うと夕張と瑞鳳、蒼月が入って来た。

「暇だと思って、遊びに来ました」

先に入って来た夕張の言葉に、何をして遊ぶのだろうと思っていると、夕張はポケットから何かのチケットを出した。

「ラバウル基地特製カレーの無料券です。

お一人様だけ貰えたので、せっかくだからこれを景品にしたポーカーやりません?」

「ポーカーですか」

この間、霞が戦死したばかりで、それに大規模作戦の前なのに賭けポーカーで遊ぼうとは。

まあ、それとこれとでは切り離したこと、と考えてやるべきだろう。

思うとカードゲームは久しぶりだ。

こう見えて実は結構ポーカーには強い。

たまにはやるのもいいだろう。

「良いでしょう。

やりますか」

「良いですね。

愛鷹さん、ポーカーは?」

「ルールは知っていますよ。

やったこともあります」

「え、やった事あるの」

間抜けた、地の出た声で瑞鳳が聞き返す。

無言で頷く愛鷹に、瑞鳳は意外だと言う顔をした。

畳の上に座布団四枚と座卓を置き、夕張がトランプカードを切った。

自信のある顔をしている所からして、夕張はポーカーに強いのだろうか。

そう愛鷹が思った時、瑞鳳が愛鷹に耳打ちした。

「夕張さん、ポーカーは結構強いんですよ。

私、何回か食券巻き上げられたことが……」

「なるほど」

夕張の事だから何かずるでもしそうな気がしてくるが、素の腕で勝負して勝ってみようと愛鷹は夕張のカードの切る手を見た。

大丈夫そうだ。

 

五枚ずつ配られたカードを手に取る。

じゃんけんの結果、蒼月が親となった。

自分の手札を愛鷹は見た。

スペードの6、ダイヤの3、5、ハートの10、クラブの2。

出だしはこんな感じか。

ポーカーフェイスは得意だから、手札で表情が変わる事はない自信がある。

順番は蒼月、瑞鳳、夕張、愛鷹だ。

全員が手札のカードを睨めっこする。

クラブの2を捨てて、一枚引く。

ハートのエース。

手札を見つめていると、瑞鳳と夕張が場に一枚ずつ捨てて、捨てた分だけ台札から引く。

 

暫く部屋にトランプカードを引く音と、捨てる音だけが響く。

カードを交換し、五枚手札を揃える。

それの繰り返し。

愛鷹が全員の手や目を見た限りでは、イカサマ行為はしていないようだ。

皆表情を変えない。

しかし、愛鷹は夕張の表情から滲む優位感を感じていた。

勝った気でいるらしい。

(慢心ダメ、絶対って言葉があるけど……夕張さんにはポーカーでのそれを教える必要があるのかも)

そう思いながらカードを一枚引く。

瑞鳳が手札を全部捨てて、五枚引きなおした。

気に入らない手札だったようだ。

夕張なら嬉しがる状況か?

蒼月はあまりポーカーをやるイメージが無いが、顔の無表情っぷりは結構よく出来ている。

意外と蒼月も手馴れているのかもしれない。

(こう見えて、ポーカー運だけは強いんだよなあ……)

いい事なのかそうでもない事のなのか、と不思議な気持ちになりながら手札を揃える。

それから暫くやって、なるほどね、と愛鷹が胸中で頷いた時、瑞鳳がストップをかけた。

続いて夕張がストップをかけ、愛鷹もストップをかけた。

蒼月だけ、最後まで残り四人の手札が揃った。

 

「じゃ、見せ合いましょう」

そう言うと夕張は手札を見せた。

ハートの4、6、7、9、ジャックでフラッシュ。

瑞鳳はダイヤのクイーン、ジャック、10、9、8でストレート。

それを見た蒼月は「え」と言って手札を見せた。

数字はストレートで瑞鳳と同じだが、マークがクラブなので負けだ。

「私が一番!

愛鷹さんの手札は?」

にっこり笑った顔で言う夕張に、瑞鳳が「ちぇ」と口を尖らせた。

自分の手札を見た愛鷹は、三人のせがむような視線を受けて、無言で五枚のカードを放って腕を組んだ。

スペードの5、ダイヤの5、ハートの5、クラブの5、クラブの4。

「えーっ! フォーカード⁉」

三人の仰天する声が重なる。

目を剥く夕張に愛鷹は「瑞鳳さんと瞬きモールスで手札を教え合っていたでしょう?」と、夕張と瑞鳳があらかじめ手を組んでいたのに気が付いたことを告げると、蒼月が「ヒドイ……」と悔しそうな目で二人を見た。

「あ、愛鷹さんポーカー強いんですね」

少し引き気味に夕張が愛鷹を褒めると、制帽の下からぎろりと睨みつけられた。

その視線に瑞鳳がたじろぐ。

「お、怖わ」

テーブルの真ん中に置かれた無料券を手に取った愛鷹は、それを蒼月に渡した。

「え」

「大損したわけですから」

「……ありがとうございます。

嬉しい」

「あー、もう!

夕張、あんたのせいで大損よ、覚えてといてね!」

「うげえ……」

うな垂れる夕張の頭に止めのゲンコツを軽く卸す瑞鳳を見ていると、愛鷹の口元に軽い笑みが浮かんだ。

イカサマをされたとはいえ、勝ててよかった。

久しぶりにやるポーカーは楽しいものだ。

 

 

ラバウルで愛鷹がささやかな楽しみを味わっている時、何千キロも離れた日本の統合基地は、楽しみという物を味わう状況ではなくなっていた。

「患者の容体は!」

「心肺停止、瞳孔の反応なし。

非常に危険です!」

「他の艦娘の応急処置を急げ、AED用意」

「クリア」

「いくぞ!」

工廠近くの「応急処置所」では、五人もの艦娘が血にまみれた状態で担ぎ込まれ、手当てを受けていた。

ここで力尽きかけている艦娘の傷に応急処置を施して、集中治療室に搬送するのだ。

「仁淀! 

ねえ、仁淀!

目を覚まして、ねえ、目を覚ましてよ!」

もっとも危険な状態の仁淀に縋り付き、涙を流しながら叫ぶ大淀の叫び声が、その場にいる者たちの心に突き刺さる。

錯乱しかける大淀を駆け付けた武本が引き離す。

「提督! 

離してください、仁淀が、仁淀が」

「落ち着くんだ、大淀。

仁淀を、君の妹を信じろ」

「この傍にいさせてください、お願いです」

「君はここでは他のみんなの手当ての邪魔になる、一旦席を外すんだ。

さあ、行こう」

「嫌です、仁淀の傍にいさせてください!」

「ダメだ」

「でも」

「ダメだ!」

有無を言わせない厳しい口調で言うと嫌がる大淀の身を、体格差を生かして抱き上げ、そのまま武本は「応急処置所」の待合室へと連れ出した。

その様子を見ていた長門と陸奥は、痛まれない気持ちで見つめていた。

「しかし、深海棲艦め。

機雷原の敷設で対抗し始めたか」

「仁淀ちゃんに、萩風、舞風、それに帰投中の最上、鬼怒まで」

手当てを受ける艦娘達に戻した陸奥の目に、傷の痛みに呻いたり、苦しそうに酸素マスクの内側を白く結露させる萩風、舞風、最上、鬼怒の姿が映る。

触雷なだけに、みんな足をひどくやられている。

四人は機雷の近接信管の爆発の被害だったので、重傷とは言え意識のある状態で済んでいる。

しかし、仁淀は不幸にも直下の至近距離で機雷が爆発しただけに、傷は深かった。

足や足の指の欠損には至っていないが、出血が止まらず、食い込む破片の傷もひどい。

当面は山場を迎え、予断を許さない状況になるだろう。

仁淀触雷の瞬間を見た第一九駆逐隊の話では、三メートル近く放り上げられたと言う。

確かにそれだけの爆発を受けたら、ただでは済まない。

戦艦の自分でも深手を負うだろう。

それに耐え抜き、五体満足で帰って来られたのは奇跡としか言いようがない。

もし、駆逐艦だったらと思うと陸奥は背筋がぞっとした。

軽巡の仁淀も大して防御力は高い訳では無いが、少なくとも駆逐艦よりはある。

被弾に脆い駆逐艦の場合、仁淀が巻き込まれた爆発の被害はただでは済まない。

足を片方確実に失うし、最悪、両足を失いかねない。

それに足を失うだけで済めばいい時もある。

触雷で命を落とした艦娘は複数存在する。

深海棲艦の敷設する機雷は二種類に分類できる。

対艦娘向けのモノと、船舶攻撃用の大型のモノだ。

船舶攻撃用の機雷は、艦娘には反応しない為後者で艦娘に被害が出た事は無い。

地雷と似たようなものだ。

対艦娘のモノが対人地雷なら、船舶攻撃用は対戦車地雷と言ったところだ。

「掃海部隊の出動だな」

静かに言う長門の言葉に陸奥は頷く。

「船舶攻撃用の除去の掃海艇、掃海艦の出動も必要ね」

「ああ。

ただ、深海棲艦はその部隊、艦も狙ってくる可能性があるな。

これ以上の被害は、艦隊の士気に関わる」

「そうね。

……霞、亡くなったそうね」

「ああ……何人目だろうな」

独語するように言う長門の言葉に、陸奥は敢えて答えなかった。

答える必要なはない。

これまで戦死した艦娘の数も名前も、顔も、長門はすべて覚えている。

秘書艦だからという事もあるが、かつて長門の撤退支援で散った者も存在する。

それだけに長門としても、罪を感じるところがある。

 

「どうして、いつも死ぬのは決まって駆逐艦なんだろうな」

ふと、寂しげに言う長門の顔を陸奥は見る。

視線だけ返して長門は続けた。

「時々思うんだ、何故私じゃなかったのか、と。

 

捨て艦や盾となって散った仲間の中には、私みたいな大型艦を逃がすために逝った者も少なくない。

その様を見るたび、思い出すたび、何故、あの時沈んだのが私でなかったのだろう、と考える。

今となっては、遠い日の様で、昨日のように思える事もある。

 

長いな……この戦争は。

平和はいつ来るんだろうな、遠い存在に思えて来る」

その長門の呟きに、陸奥は遠い目で言った。

「平和は……今となっては遠いわね……。

確かに」

 

 

本を読んでいた青葉は、病室のドアをノックする音に気が付いて「どうぞ」と本を閉じて来訪者を招いた。

入って来たのは愛鷹だった。

「作戦前に顔出しをしておこうと思いまして。

目が覚めた事は衣笠さんから聞きました」

「どうもです。

作戦、頑張ってくださいよ。

不肖の妹、衣笠をお願いします」

「了解です、みんなで帰ってきますよ。

青葉さんも早く元気になってください」

「はい、でも青葉は……実はすこーし不安が」

不安? 何がだろうか。

「私でよければ、話してもらえますか」

聞いてくれる愛鷹に青葉は不安を滲ませた顔を向けて、自身の胸の内を打ち明けた。

「実は衣笠から聞いたんです。

艤装がもう耐用年数を迎えつつあるって。

でも、青葉は改二になれる音沙汰もないし、今ある艤装を新しく作ってくれる予定も無くて。

予備は大切に保管しているんですけど、それもそのうち古くなっちゃうだろうし。

このまま、予備役に編入されちゃうんじゃないかなって、最近思うようになったんです。

 

思うと、青葉は六戦隊の中で、全然改二にしてもらえなくて。

一生懸命頑張っても、やっぱり古い艤装だから……前と比べて深海棲艦を倒すのにも少し苦労するようになってきた気がするんです。

このまま、古くなった青葉はそのまま除籍されて、予備役に入れられちゃうんじゃないの?

 

そんな不安が最近多くなって来ているんです。

六戦隊のみんなと戦えなくなっちゃうかもしれないのが怖いんです。

皆が改二にどんどんなっていく中で青葉だけは改のまま。

高雄さんや愛宕さんとか、改のままの人はいますけど、青葉は高雄型と比べて艤装性能が低くて。

気にしていなかった筈なのに、ここ最近、第三三戦隊に入ってから、少しずつ自分が旧式化してしまっている事を噛み締めることが多くなってきたんです。

そう考えると、なんだか胸の中でしまっていた、封印していた悔しさが溢れそうで」

「大丈夫ですよ。

昨日夕張さんから聞いたのですが、武本提督は青葉さんの新艤装の甲改二の青写真が決まった、と言っていたそうです。

きっと、日本に帰ったら青葉さんはその甲改二仕様になるでしょうね」

その話に青葉が驚きの顔を見せる。

「青葉がですか?」

「ええ。

提督も青葉さんのような人材を飼殺す気はないでしょう。

私は……長期的に見た場合、どうなるかわかりませんが」

「愛鷹さん……」

「まあ、私も夕張さんが立てた改装案が認可されたら、改になれるかもしれませんけどね」

愛鷹の改装案と言う物に青葉は興味が出た。

どんな内容なのか、興味が湧いて来る。

「航空巡洋戦艦と言ったところです。

戦闘機一六機搭載、四一センチ連装主砲二基に変更するそうです。

火力が上がるのはいいんですが、三一センチ主砲は使い慣れ始めてきている気もするので、少し惜しい気もしなくはないですね」

「カッコいいですね、改になったら記念写真でも撮りますか?」

カメラを構えるしぐさをする青葉に、苦笑を返す。

「記念写真に限ってくれるなら……いいでしょう」

「勿論ですよ。

青葉、約束は守りますから」

「前に人事ファイルを見た所では、約束破りを繰り返した、とありましたが?」

少し揶揄う様に言うと今度は青葉が苦笑を浮かべた。

「護るべきものは守りますよ」

「分かっていますよ、ちょっとしたからかいです」

微笑を浮かべて語る愛鷹に、青葉も笑みを浮かべた。

 

 

手術室のドアの前で「手術中」の赤い電灯を見つめながら、大淀は仁淀の手術の終わりを待っていた。

既に手術開始から六時間が過ぎようとしている。

しかし、中々終わる気配がない。

時々仁淀は駄目なのか、と考えてしまう自分がいて、そんな事は無い、あの子は大丈夫だ、と自分に喝を入れた。

でも、もしダメだったら?

どうしてもそう思ってしまう自分がいて、悔しさと腹立たしさが込み上げてくる。

爪が食い込むほど拳を握りしめ、大淀は待ち続けた。

自分は長い間、同型艦なしのぼっち艦だった。

艦隊に組み込まれての出撃よりは、基地でコンソールと向かい合った状態で、仲間たちの戦いをモニターし続けることが多かった。

四六時中の基地業務。

苦楽を共にする仲間がいても、姉妹艦と戯れている姿を見ると羨ましいと思ったことは何度もある。

それだけに七つ下の仁淀が来た時は、人知れない所で歓喜の涙を流すほどうれしかった。

大切な妹として、そして仁淀も大事にしてくれる大淀を慕ってくれた。

シスコンと言うつもりはないが、色々と世話を焼いたのは確かだ。

その大切な妹が、今死にかけていた。

長い手術の経過は大淀の耳には入らず、危篤なのか治療が上手く言っているのかさえ、分からない。

立ち続けるのにも疲れたので、手近な椅子に座って待つ事にした。

 

暫くして急に眠気が来た大淀は、起きていなければならないと言う力の抵抗虚しく、そのまま眠ってしまった。

どれくらい眠ってしまったのだろうか。

仁淀が自分の名を呼びながら、真っ黒な海に消えていく夢を見て思わず「仁淀」と名前を呼ぶと目が覚めた。

「いけない、私寝ちゃってた」

メガネを取って鼻柱をつまんでいると、手術室のドアが開いて外科医が出て来た。

即座にメガネをかけた大淀は、出て来た外科医に駆け寄った。

「先生、仁淀は」

「……申し訳ないが、仁淀は当面君に会う事は出来ない。

ありとあらゆる手を尽くして、彼女の命が零れ落ちるのは防げた。

だが、予断を許す事の出来る状態ではない。

関係者以外立ち入り禁止の隔離病棟の集中治療室で、目が覚めるまで過ごしてもらう。

医者として、君の大切な妹を何としても救うためには、この手しかない」

外科医の言う病棟は大淀すら入れてもらえない所だ。

そこから回復して出て来たものは少ないと言われている。

「た、助かる確率は……」

震える声で聴く大淀に外科医は静かに告げた。

「気を抜けば一発でレッドカードだ」

「そ、そんな……」

力が抜けた大淀は、その場にすとんとへたり込んでしまった。

死ぬと決まったわけではないが、確実に助かるとは言えない。

どちらに転ぶか全く分からない状況の世界に、仁淀は連れていかれてしまった。

大粒の涙が大淀の頬を伝った。

 

 

港に停泊する支援艦「アルバトロス」は、沖ノ鳥島海域での戦いで使った支援艦「しだか」より小柄だが、それでも一万トン以上はある。

ベースはドック型揚陸艦であり、後部のヘリ甲板にはHH60KレスキューナイトホークやHV22Dオスプレイが駐機されている。

「前に乗った『しだか』よりショボいな」

港に夕張と一緒に来ていた深雪は、支援艦「アルバトロス」を見た感想を呟いた。

「一回り以上小さいけど、揚陸艦に仮設のモノを立てるのと比べたら雲泥の差よ。

この種の艦がある無しで大違いだから」

「わかってらい。

この手の艦にはいろいろ世話になってるからな。

そういやあ、今回は磯口司令官も乗り込むんだってな?」

「ええ。最後のご奉公だって」

「最後?」

怪訝な顔をする深雪に、夕張は聞き入れた話を教えた。

「もう、自分も潮時なんだって。

霞ちゃんを失ってから、大分疲れやすくなり始めたらしくて。

退役したら孤児医院の院長になるって」

「そうか、あいつ面白い奴だったからちょっと残念だな。

ま、司令官ってのは疲れる仕事だろうから、しょうがないか」

そう言いながら、やはり寂しそうな表情を深雪は浮かべた。

二人が見る中、補給物資を積んだトラックの最後の一台が艦内からランプを通って降りて来た。

暫くすると三々五々艦娘達が「アルバトロス」に乗り込んでいった。

深雪と夕張も、着替えと洗面具程度の荷物を持って乗り込んだ。

 

 

宿舎の部屋から着替えと洗面具と、タブレットケースと言う荷物を持って愛鷹は出ると、「アルバトロス」へ向かうショートカットの為にハンヴィーを一台借りた。

荷物を助手席にいれてエンジンをかけていると、自分を呼ぶ声がした。

榛名と霧島、小走りにこちらへと駆けて来る。。

「乗せてくれます?」

「いいですよ」

霧島の頼みに頷いた愛鷹は、エンジンをかけると二人が乗るのを待った。

後部座席に二人が乗り込むと、ギアをローにいれ、ハンドルを握りアクセルを踏んだ。

「愛鷹さん、お体は大丈夫ですか?」

港に行く途中聞いて来る榛名に、愛鷹は頷いた。

「ええ、調子は戻りました。

また戦えますよ」

「無理はしないでくださいね」

「何かあったら、私と榛名で支援しますよ」

フォローを申し出る霧島にありがたみを感じる。

二人のお陰で、自分は治療を受けられたようなものだ。

「かたじけないです」

礼を言う愛鷹に二人は笑みを返した。

「愛鷹さんって、髪綺麗ですね。

とても長くて、綺麗に整えてる」

「何かケアとかされているんですか?」

「特に何も。

普通に髪を洗い、乾かし、時々ブラシかける。

それだけです。

綺麗に見えるだけですよ、きっと」

美容に気を使ったことは一度も無い。

化粧の経験もない。

「でも綺麗ですよ。

大和さんとか、矢矧さんを思い出します」

「どちらかと言うと、大和さん似じゃないかしら」

自分が忌み嫌う大和の名前を普通に口にする榛名と、それに相槌を打つ霧島の言葉に鬱陶しさを感じるが、事情を知らないのだから仕方が無い。

込み上げる不快感を堪え、愛鷹はハンヴィーを港へと走らせた。

 

「アルバトロス」の近くにハンヴィーを止める際、少しだけ乱暴にブレーキを踏んだのは、ささやかな二人への口にしなかった意思表示だ。

それに気が付いた様子もなく、礼を言った二人はタラップを渡って行った。

近くの海軍兵士にハンヴィーの回送を頼むと、荷物を持って愛鷹はタラップへと向かった。

タラップを渡ろうとして不意に足が止まる。

何か嫌な予感が頭を過ったのだ。

一体何が、と思ったが思いつかない。

ただ、今回も一筋縄では行かない気がした。

少し無言で立っていた愛鷹は、程なくタラップに足を踏み出した。

 

「でも、戦うしかないのよね。

それしか……私には生きて行く道なんてない。

私に、どこにも行くところなんて残されていないのだから……」

 

今ある世界の中で、来年に迫る死を迎えるまで。

自分は精一杯の生を享受し続けるのだ。

 




今回、愛鷹の隠れ得意分野のポーカー強者の腕前を描きました。
このエピソードは番外編でも用いる予定のネタでもあります。

青葉の改二が全く来る気配がないので、とうとう勝手に改二仕様を作り出してしまいました。
気にしていないと言っていた青葉も、ついに内面の悩みを愛鷹に打ち明けていますが、これで青葉の悩みも報われます。
甲改二の姿がどういうものになるか、楽しみにしていて下さい。

同時に愛鷹の改装案、いわば愛鷹改と言えるプランも公開しています。
愛鷹改は「覇者の戦塵」という小説に出て来る、超甲巡を元ネタにした荒島型防空巡洋艦を基にした実験艦大峰をヒントにしています。
第一一八特別航空団やその航空団の部隊コールサインは後々公開します。
趣味ネタがここでも詰みこまれてます。

前回霞を死なせてしまいましたが、どうしてもこの作品展開上誰か亡くなるのは避けがたいものです。
彼女の死はみんなの心に大きく響いていると共に、深雪の描写を見て分かっていただけるように、自分たちの命の軽さ、脆さ描いています。

深雪の回想で白雲と言う子を出しました。
既に故人ですが、この子で「捨て艦」と言うこの世界での「捨て艦」行為がどのようなものかを描写しています。
この世界では艦娘は人間であるので、「捨て艦」は捨て駒、弾除け扱いも同然となっています。

仁淀が機雷に触雷して瀕死の重傷を負っていますが、実は機雷と言うのは実際かなり厄介な代物であり、太平洋戦争ではアメリカ軍が日本を封じ込めるために投下した機雷によって日本は首を絞められました。
この仁淀と大淀の関係が果たしてこの後どうなるかは、これからの展開に期待して下さい。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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用語集(二)及び深海棲艦について

今回は用語集第二段と、本作における深海棲艦について解説です。
おまけは愛鷹のある程度の詳細設定。



支援艦

艦娘の長距離航海、大艦隊遠征時の海上移動拠点。

負傷した艦娘の治療を行える集中治療室を備えた医療区画、艤装の整備点検・修理・補給を行う艦内工廠、療養区画、更に強力な通信設備を備えており、人間故に航行や行動範囲に限界のある艦娘の移動拠点たる充実した設備を持っている。

艦内には艦隊指揮を行うFIC(旗艦用司令部作戦室)が存在し、作戦指揮などはここで執り行う。

設計では揚陸艦を基にすることで、開発コストを抑える事に成功している。

また揚陸艦の設計が基である為、飛行甲板や格納庫を備えており、更にヘリコプターやオスプレイ輸送機の運用、搭載機能がある。

これらの艦載航空機は艦娘の救難・救護・輸送に使われる。

更に飛行甲板を用いて妖精さんが搭乗する艦載機の発着艦も可能。

ただし、艦のサイズによっては妖精さんの艦載機の発着艦能力には限界が生じる。

国連海軍では多数が量産されており、各国艦隊に配備されている。

複数クラスが存在するが、小型でも排水量は一万トン以上ある。

艦尾のウェルドックから艦娘の発進を行う。

日本艦隊配備艦ではウェルドックの運用から艦娘の艤装整備などは第五分隊が行う。

支援艦の左右両舷には車輛ランプを備えており、補給物資運搬や車輛輸送にも用いられる。

個艦防御装備はCIWS(近接防御火器)とRWS(リモートウェポンシステム・遠隔操作式の機関砲)、チャフ・フレア発射機と軽装備だが、深海棲艦に誘導弾などは照準不能なため特に問題にはならない。

各国艦隊配備艦だが、大元の所属は国連海軍支援任務軍である。

艦長は大佐が就く。

 

 

HH60Kレスキューナイトホーク(架空機)

戦闘捜索救難ヘリであるHH60の最新版。

エンジンの改良、機体構造素材の見直しなどで積載量と航続距離、速度を向上させている。

機長、副機長、救難士、状況に応じて衛生兵が乗り込む。

戦闘捜索救難型の為、多少の軽火器は装備可能。

レスキューナイトホークのナイトは「夜=Night」ではなく、「騎士=Knight」から来ている。

 

 

HV22D(架空機)

VTOL輸送機V22オスプレイの戦闘捜索救難型。

HH60Kと任務内容は同じながら、その機体サイズを生かしたペイロード(積載量)が強み。

 

 

CH53K(実在機)

輸送ヘリで支援艦への物資・人員・負傷艦娘の救護輸送に用いられる。

 

 

M928A2 

七三式トラック 

ハンヴィー 

高機動車

海軍基地で運用されている輸送車両で全て実在装備。

基地での人員物資輸送に用いられる

七三式トラックと高機動車は日本艦隊にのみ配備されており、自衛隊時代から運用されている。

後方の基地で運用する輸送車輛は、基本的に更新されない、または遅れており旧式装備が多い。

 

 

F35

F22

Su57

J20

An178

C2

MV22

国連軍海兵隊航空軍に配備されている戦闘機及び輸送機。

戦闘機は深海棲艦に対抗する事はほぼ無理なので、深海棲艦との戦闘に用いられることはまずない。

旧式化したF/A18スーパーホーネットなどを無人高速偵察機として運用する、無人機として囮、弾除けに用いられる事はある。

 

このほかに、基地防衛の為に盾艦として旧式化した軍用艦艇を無線操縦に改装し、時間稼ぎや艦娘の盾として用いられることがある。

 

 

急性ロシニョール病

単にロシニョール病と呼ばれる場合もある。

現在艦娘になった女性のみ発症が確認されている難病。

発見者の元艦娘のフランス人軍医アメリ・ロシニョールの名を付けられている。

症状は臓器機能の低下、免疫力・筋力の衰え、癌発生率の急激な上昇等々。

感染経路は全く不明だが、艦娘から艦娘に感染する事や、空気感染することはない模様。

現在、完治可能な治療法は見つかっておらず、辛うじて抑制剤による症状の進行、深刻化を防ぐ、手術による幹部のピンポイント治療程度。

症状はレベル1~5が存在し、レベル1~3までは抑制剤による症状の進行を抑え込められるが、具体的な患部が現れない為手術治療が出来ない。

レベル4になると手術による患部ピンポイント治療が必要。

ただし患部の広がりや転移が早い為、手術による治療も限界がある。

レベル5になった場合もはや手遅れである。

抑制剤は用をなさず、手術の治療も不可能であり、余命宣告を余儀なくされる。

現在に日本艦隊で確認されている艦娘患者は比叡の他に蒼龍、加古、鈴谷、川内、神通、北上、睦月、夕立などだが潜伏患者も複数存在する模様。

比叡以外はレベル3以下。

後に愛鷹がレベル5の末期患者であることが判明し、余命一年半程度となった。

 

 

AWACS

艦娘を空中から指揮管制する早期警戒管制機のこと。

エーワックスと読む。

機種はE10、A100の二種類が主に使用されている。

また妖精さん運用版のAWACSも存在し、富嶽、B36が用いられる。

 

 

UNPACCOM

国連軍太平洋方面軍司令部のこと。

ユーエヌパックコムと読む。

太平洋での日本、北米、オーストラリアの艦娘艦隊や海兵隊の統合作戦指揮を行う。

武本は国連軍のUNPACCOM隷下の日本艦隊司令官と言う肩書。

フランクリン・チャンロン海軍大将が司令官を勤める。

 

 

「CFGプラン」

増大する艦娘の損害を補填する「画期的」とされる計画。

詳細は不明。

ただし、この件について時期的に武本、大和、愛鷹が関与している可能性がある。

 

 

艦隊編成について

六隻で一個艦隊を組むのが定石である。

六隻以上一二隻未満での編成の一個艦隊は、深海棲艦から発見されるのが早まると言う事が判明しているが、その原因、理由等は不明。

ただし基地防衛艦隊は八隻が定数。

一個艦隊を複数組む際は六の倍数で組めば、発見される可能性が六隻よりは上がるモノの、六の倍数では無い艦の数と比べると下がる。

基地防衛艦隊は基地防衛と言う初めから展開を知られても、問題はないと言う観点などから八隻編成となっている。

 

 

階級について

国連海軍における階級は以下の通り

海軍元帥

大将

中将

少将

准将(下級少将のO-7相当であり実質基地司令官専門階級)

大佐

中佐

少佐

大尉

中尉

少尉

准尉(←艦娘の初任階級はここから)

一等兵曹長

二等兵曹長

三等兵曹長

四等兵曹長

一等兵曹

二等兵曹

三等兵曹

上等水兵

一等水兵

二等水兵(訓練兵階級)

 

 

イダ=ヴィル国境紛争

ガングートの人生を変えた出来事。

深海棲艦の本格的な人類への攻撃開始による世界社会の混乱下で起きた、ロシアとエストニアでの国境紛争。

エストニアのロシアとの国境の地、イダ=ヴィル県でロシア系住民と地元住民との間で暴動が発生。

これにロシア連邦軍が部隊を国境沿いに展開し、エストニア軍も部隊を派遣して対抗。

その後、偶発的に戦闘が勃発してロシア軍とエストニア軍との間で戦闘が発生。

情報共有が難しい混乱が拍車をかけ、空爆を含む激しい戦闘へと発展してしまう。

ロシアは更にロシア系住民と自国民保護を名目にエストニア領内へ侵入。

幾度かの大規模な戦闘の後、事態を知ったEUの仲介で紛争が終結する。

当時七歳のガングートはこの紛争で家族を失い、さらにロシア系住民だったことから同じエストニア人から迫害じみた扱いを受け、ついには愛する故郷を追われてしまう。

 

 

能登半島沖海戦

国連軍に編入された元海上自衛隊の第一護衛隊群の護衛艦八隻が深海棲艦の戦艦部隊と交戦した海戦。

能登半島への侵攻を行う深海棲艦に対し、第一護衛隊群のヘリ搭載護衛艦DDH「あまぎ」とミサイル護衛艦「ほたか」「あきつかぜ」「ふゆかぜ」「あかしお」「きりしお」「せとづき」が迎撃に出撃。

艦載するヘリ及び航空基地からの航空支援を受けて第一波を撃退するには成功するも、航空部隊が補給のため撤退している間に第二波の艦隊が襲来。

奮戦虚しく「あまぎ」以下の八隻全艦が撃沈され全滅。

「あきつかぜ」航海長だった武本ただ一人が生還した。

 

 

ハワイ奪還作戦

国連軍が行った「艦娘以外の戦力で行った作戦」では最後の海上戦闘が含まれる、深海棲艦の手に落ちたハワイ諸島奪還作戦。

正式名は「太平洋の自由」作戦(オペレーション・パシフィック・フリーダム)

北米艦隊の原子力空母二隻を含む総計四〇隻ほどの残存艦艇及び航空戦力、海軍兵、海兵隊員総計三万人を動員。

物量で作戦成功を図るも、深海棲艦の強固な防衛体制の前に敗退。

今作戦で艦隊旗艦「バラク・オバマ」と「トマス・ジェファーソン」の二隻の空母を含む八割の艦艇、多数の航空機、海軍兵、海兵隊員を喪失する。

またこの戦いで初めて棲鬼、棲姫級、更に泊地、港湾、飛行場、集積クラスの棲鬼、棲妃の深海棲艦が「多数」確認された。

艦娘の戦線投入以前の国連軍史上最悪の敗北とされる。

この戦いの後、国連軍は作戦の主軸の空母二隻を含む多数の艦艇と兵員を喪失して艦隊編成が困難となったほか、ロシアの資源地帯の治安回復、制圧による燃料供給源確保まで燃料不足に陥った為、洋上艦艇の出撃が大幅に制限される。

 

 

セイロン方面解放作戦

正式名オペレーション・フレンド・ストライク

日本と英国の二国間で行われた統合作戦で、セイロン方面の深海棲艦排除、制海権、制空権奪還を目的とした。

道中の敵排除に手間取り、出撃回数が増加するも戦功を求めた作戦司令部の強引かつ無謀な連続出撃が祟り、リランカ島空爆作戦成功後艦娘の疲労が深刻化する。

また修復剤の連続投与により、複数の艦娘が重度の中毒症状や体調不良に陥る。

しかし艦娘の生命軽視の作戦継続の結果、空母ハーミーズが奇襲を受け轟沈・戦死、鳳翔大破・重傷と先行艦隊が航空支援可能な空母二隻を一瞬にして喪失する。

さらにハーミーズ、鳳翔が無力化されたことで防空能力が低下。

そこへ深海棲艦の戦爆連合の波状攻撃を受け重巡ドーセットシャー、コーンウォール、テネドスが相次いで轟沈・戦死し、日本艦隊も第六駆逐隊が響を残して全滅、榛名、飛龍、愛宕、阿武隈が大破し、蒼龍が意識不明の重体に陥る。

艦隊は損害の大きさから急遽撤退するが、追撃を受け結果的に日本艦隊撤退支援の為の殿を買って出た英国艦隊が旗艦巡洋戦艦レパルスの轟沈・戦死により壊滅(レパルス以下大破、中破艦娘が自らの意思で踏み留まった結果)し、最終的に艦隊は半数余りの艦娘を失って敗走した。

艦娘が戦線に投入されて以来初の大黒星とされる。

 

MI作戦

ミッドウェー島近海の深海棲艦の拠点棲地MIへの攻略作戦。

先行した空母部隊が奇襲により一時、壊滅の危機に陥るも後続部隊の合流で危機を脱し作戦は成功。

複数の負傷者が出るものの死者は出ず、戦略的、戦術的の両方で勝利となる。

この戦いが実質大和の初出撃となった。

 

 

FR77船団の悲劇

英国艦隊の本国艦隊所属の艦娘六人が護衛したFR77船団が、大西洋で深海棲艦の波状攻撃と暴風雨で壊滅した出来事を示す。

多数の貨物船が撃沈され、軽巡スターリング、駆逐艦ヴェクトラ、ヴァイキングが戦死、ユリシーズが右足切断の重傷を負う。

 

 

ラッセル諸島沖海戦

青葉最大の失態にして、艦娘としての経歴で黒歴史になった海戦。

第六戦隊中核の艦隊による深海棲艦の泊地殴り込み作戦の際、激しいスコールのせいで艦隊が離散してしまう。

青葉と古鷹ははぐれた艦娘を探している際に艦影を視認。

視界不良のため発光信号を青葉の提案で送ったところ、発砲される。

誤射と思った二人は回避行動を行いつつ信号を送り続けるが、実際は深海棲艦の艦隊であった。

退避が遅れた青葉が被弾し、全砲門と機関部が損傷、重傷を負って動けなくなる。

援護に入った古鷹はリ級の砲弾の一発が左目を直撃、一瞬で人事不省に陥る。

二人が止めを刺されかけた時、衣笠、加古他はぐれていた艦娘が救援に駆け付け撤退に成功する。

青葉と古鷹は一命をとりとめたが、古鷹は左目を失う事になった。

この事が青葉にとって暗い過去となっている。

 

 

鉄底海峡海戦

詳細は秘匿されているモノの、ソロモン諸島ポイントレコリスの深海棲艦の重要拠点攻略作戦と公表されている。

青葉、衣笠、夕張、大和の他多数の艦娘が参加し、最終的にポイントレコリスの深海棲艦の重要拠点は破壊されて作戦は成功する。

多数の負傷者を出すも、戦死者を出すことは無かった。

この戦いで多数の敵戦艦を撃沈した大和は大佐へと昇進。

この戦いで自信を付けた大和は、自信家としての面を見せ始める。

 

 

沖ノ鳥島海域艦隊戦

新型深海棲艦のス級及び沖ノ鳥島海域の深海棲艦の一大拠点撃滅の大規模作戦。

激しい航空戦と水上部隊の夜間突入が行われる。

航空戦の効果が不十分だったため、予定通り水上部隊が突入するも深海棲艦の待ち伏せとス級二隻の増援により艦隊は壊乱状態に陥る。

混戦する戦闘の中、北米艦隊の重巡スプリンフィールドが被弾、戦死する。

艦隊を迎撃してきたス級二隻は愛鷹と第三三戦隊の活躍で撃沈に成功する。

しかし、水上部隊は甚大な被害を受け、航空攻撃も激しい迎撃により不十分だった為、作戦は深海棲艦が若干有利な痛み分けに終わる。

 

 

ラバウル近海の海戦

オーストラリアより回航された長距離戦略偵察群(LRSRG)水上部隊の補給と誘導を目的とした艦隊と、先日から捜索・排除対象となっていた深海棲艦の空母部隊との間で起きた偶発的戦闘。

激しい豪風雨によりLRSRGが離散しただけでなく、捜索に出た第三三戦隊が高波にのまれて二次遭難、さらに補給部隊と遭遇した深海棲艦艦隊を独断で単独誘引に当たった霞が撃沈・戦死と被害・損害を多く出す。

最終的に現場判断で深海棲艦空母部隊を殲滅するも、戦闘終了間際のヲ級の不意打ちで満潮が腹部を刺され負傷する。

満潮は搬送先の病院で治療を受け、回復する。

またこの戦いの後、愛鷹は急性ロシニョール病を発症し、その末期患者であることが判明した。

 

 

深海棲艦について

現在人類が世界共通の敵と定めて、国連軍を組んで対抗している謎の海洋武装集団。

深海棲艦は特定国家の軍ではない非正規軍として扱われている。

現在、国連軍と言う正規軍対深海棲艦と言う非正規軍の大規模な世界大戦の体を為している。

事実上、人類史上最大級の海上での非正規戦である。

目的や正体、人類を攻撃する理由などについては殆ど解明されていない。

ファーストコンタクトは、二〇二〇年のグアム島沖でのアメリカ海軍の戦略原子力潜水艦失踪事件とされている。

その後、複数の艦艇、船舶を散発的に襲撃し撃沈、生存者は全員殺害されている。

西暦二〇二五年の地球全土での衛星回線の途絶による混乱を期に、大規模な戦闘を仕掛ける様になる。

衛星経由の長距離通信網が途絶したため情報共有が出来ず、人類間での軍事衝突が起きる中に乗じて各国海岸部にも攻撃を開始。

深海棲艦相手には誘導兵器の誘導が出来なくなる他、的が小さい為砲熕兵器による砲撃も追随が難しい為、艦艇での対抗は極めて困難。

深海棲艦の航空機も戦闘機の対空ミサイルの照準が出来ず、更に戦闘機と比べ非常に小さいだけでなく機動性が高い為こちらでも対抗困難である。

艦娘配備以前は大艦隊を編成し、攻撃の受けにくさと物量を持って、強力なアメリカ海軍の空母打撃群までもを葬っている。

衛星経由のシステムダウンは、恐らく深海棲艦の存在のモノと思われているが、一体どのような原理・仕組みでそうなっているかについての裏付けはない為、憶測に止まっている。

深海棲艦が多数展開している、または完全にテリトリーと化している海域は航行機器、通信網の妨害等の「羅針盤障害」が発生する。

戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦、輸送・補給艦艇、陸上型などが確認されている。

本体と呼ばれるものを駆逐艦以外が持っており、どれも女性型である。

駆逐艦に関しては一部を除き人型の部分は無く、海洋生物の形に類似している。

深海棲艦のそれぞれの艦種には、「elite」「flagship」の二種類の強化形態と呼べるものが存在。

強化形態一つでも充分厄介な存在となるが、更に上級種と言える棲鬼、棲姫級と呼ばれるさらに強力な深海棲艦も存在する。

艦娘の強化が行わるのに合わせて、深海棲艦も強化が行われており、戦力、技術のイタチごっこ化が起きている。

一般的に棲鬼、棲姫が外洋艦隊の艦として出撃する事はあまりなく拠点防衛についている模様だが、大規模な外洋艦隊にいる事も確認されている為、防衛専門と言う訳ではないと言われている。

深海棲艦では撃沈された艦娘を何らかの形で深海化し、自軍戦力化している事がある。

人語は話さないが、何らかの手段で深海棲艦同士でのコミュニケーションをとっている模様。

いわば「表情と仕草が口よりモノを言う」形である。

人外の存在と捉えられているが感情表現をする、仲間を庇うなど人間と同じような仕草、行動を行う事がしばしばある。

複数の対応案が出され、その中にあった「適正者に銃火器を施した重装海上歩兵」と言う形での新兵科「艦娘」が設立されることになった。

 

 

駆逐艦

イ、ロ、ハ、ニ、ナの四種類とそのサブタイプが、標準的な駆逐艦の種別として確認されている。

また棲鬼、古鬼、船渠、防空棲姫、防空埋護姫、深海雨雲と言った特殊なタイプも存在する。

現在、深海棲艦ではイ級の後期型と呼ばれるタイプが主力艦として運用されている模様。

大体の行動方法は海中を半潜水状態で航行し、戦闘時に海面に浮上し砲撃と雷撃を行う。

その特性上、空からの攻撃には極めて脆弱だが、ナ級は対空火力を強化しており高脅威目標に指定されている。

一方で半潜水と言う特徴を生かしての奇襲攻撃を行って来る。

イ級はその形状や航行時の動きから「海洋生物の深海化した姿」とする仮説が立てられている。

 

巡洋艦

重巡洋艦と軽巡洋艦の二種類が存在している。

軽巡洋艦からは一部が人型となっており、駆逐艦より性能面が向上している。

重巡洋艦は完全に人型化しており、深海棲艦でも最も数が多く確認されている為、重巡が数的に主力艦となっている模様。

軽巡はホ、ヘ、ト、ツ級及び軽巡枠に分類される重雷装巡洋艦のチ級の四種類が確認されている他、棲鬼、棲姫の二種類も存在。

ツ級の対空火力が大変高いのが特徴であり、艦隊防空はツ級が中核を担っている模様。

重巡はリ級、ネ級、ネ級改の種類が確認され、棲姫も存在。

人型をしている為もあって重巡は旋回時の機動性も高く、また火力、耐久も上がっている。

ネ級は戦艦に継ぐ強敵化しており、また素での強化もあって、かつて容易に撃破する事が出来ていた同じ重巡の筈の青葉にとってネ級は分が悪くなって来ている。

 

戦艦

複数の艦種が存在しル級、タ級、レ級の三種類、棲姫、棲姫改、水鬼、水鬼改、欧州水鬼、海峡夜棲姫、太平洋深海棲姫、仏棲姫が確認されている。

数的にはル、タ級が主力。

戦艦の名に恥じない強力な火力と耐久力を備えており、非常に強敵である。

出現数は多くないが、そのスペックで艦隊に大きなダメージを与えて来た。

戦艦艦娘や空母艦娘の航空戦力以外はほぼ正面からの太刀打ちが難しく、駆逐艦の火力だけでは撃沈出来ない。

魚雷攻撃は有効なので駆逐艦でも撃沈は可能だが、非常に危険。

戦艦における棲鬼、棲姫などは極めて強力な艦種であり、一個艦隊をほぼ単独で戦闘不能に追い込むことが出来る。

その為戦艦の棲鬼、棲姫級は数を集めた場合、物量戦が効果的。

ル級は重火力、重装甲、タ級は装甲をやや落として速力を重視していると推定されている。

レ級は重要拠点の防衛艦隊の主力戦艦となっている模様で、こちらは戦艦でも分が悪い難敵。

強力な航空戦力、砲戦火力、雷撃戦能力、対潜攻撃と多目的な任務に就くことが出来る。

欧州水鬼、太平洋深海棲姫はそれぞれ欧州総軍、UNPACCOMの海域でのみ確認されている。

仏棲姫はフランスのみで確認されたが、過去の作戦で全滅したとみられており、現在に至るも確認されていない。

 

航空戦艦

泊地棲鬼、棲姫、装甲空母棲鬼、棲姫、南方棲鬼、南方棲戦鬼、南方棲戦姫、深海双子棲姫、北方水姫、欧州棲姫がこの種の艦種に該当する。

戦艦並みの火力と航空母艦並みの航空戦力を兼ね備えている。

レ級と比べると多目的運用能力には限界が多く、また数が多くない。

とは言え、全てが棲鬼、棲姫級なだけに大変危険な存在であることには変わりない。

殆どが重要拠点防衛についていると推定されている。

南方と付くモノは太平洋及び大西洋南部、北方と付くモノは太平洋、大西洋、北海などで活動・確認されている為その呼称が付いている。

欧州棲姫は欧州総軍の目の上のたん瘤となっている。

 

空母

軽空母にヌ級、護衛棲姫、護衛水姫、正規空母にヲ級、棲鬼、棲姫、深海海月姫が存在する。

深海棲艦の海上航空戦力の中核をなす。

現代の「制空権あっての艦隊」を支える重要な戦力であり、会敵した場合の攻撃優先度が比較的高い。

ヲ級に関して、用途不明なステッキ状のものを構えており、ヲ級の中にはこれで近接攻撃を仕掛けるのも存在する。

航空戦力に関しては近年、タコヤキと呼ばれる白い球状の艦載機が主力機となりつつあり、航空戦力の急激な強化が行われている模様。

タコヤキの空戦能力は高く、艦娘の航空戦力でも容易ならざる敵となりつつある。

 

水上機母艦

深海棲艦での水上機母艦という艦種カテゴリーで該当するのは、水母棲鬼、棲姫。

レ級のダウングレード版と呼べるスペックとされるが、大変に撃たれ強く、撃破に関しては高難易度目標である。

随伴艦自体が必ず棲鬼、棲姫級である為、攻略も厳しい存在。

ただし火力と雷撃能力、航空戦力に関しては「他の棲鬼・棲姫の凶悪な戦力と比べれば幾分はマシ」と呼ばれる程度にある。

 

潜水艦

カ、ヨ、ソ級、潜水棲姫が確認されている。

棲姫以外は単独、あるいは少数なら脅威度は低いものの、群れを成すような大群となると大変危険な存在と化す。

艦娘の戦闘による負傷者で四肢欠損となった者の多くが、潜水艦による雷撃の犠牲者である。

魚雷攻撃だけでなく、対艦娘と対船舶用の機雷を敷設する機雷敷設型も存在する。

 

輸送艦・補給艦

ワ級がこの役割についている。

このワ級が深海棲艦での物資輸送及び補給を担っている。

火力に関しては個艦武装程度だが、決して侮っていい存在ではなく、flagship級となると駆逐艦を大破させてくることもある。

 

陸上型

深海棲艦の陸上配備型ともいえるもので、制圧され島々における深海棲艦の基地施設として、また独自に建造した海上拠点の要となっている。

海上の深海と違い、防御態勢、火力すべてが大変に高く、一個艦隊での制圧は不可能。

複数個艦隊でも容易ならざる敵。

泊地、飛行場、港湾、離島、集積地、運河、北方、中間、中枢、北端、砲台と呼ばれるものが存在しどれもが棲鬼、棲姫級揃いとなっている。

共通する事として、破壊後は残骸などがすべて消滅してしまう為、爆撃、砲撃によるクレーターやその破片はある物の、残骸や死骸から情報を得る事が出来ないと言う事である。

陸上型に関しては戦車や装甲車輌、歩兵のミサイル以外の火器でも充分攻撃可能となる。

ただし、それが可能なのは航空優勢の確保、又は制空権の確立、護衛をすべて排除した上での攻略時である。

 

ス級

新たに確認された深海棲艦の巨大艦。

異常なまでの大火力とその巨体に似合わずの機動性が特徴。

またサイズも陸上型を除けば深海棲艦一の大きさである。

その主砲火力は至近弾で金剛を瀕死の重傷に追い込むほどであり、単艦の砲撃で一八隻(一八人)の艦隊の三分の二を一瞬で行動不能に追い込んだ。

主砲は取り回しがやや悪い為接近戦に弱いものの、副砲を多数装備しており、内懐に入った敵には副砲で対処する。

副砲自体の火力も強力であり、愛鷹の主砲塔の装甲でも防ぐことは出来ない。

三連装主砲塔を四基備えている為、主砲砲門数は一二門である。

防御力も高く大和型の砲撃でも撃破しがたい。

巨大艦ス級はその圧倒的戦力故に、深海棲艦でも維持・整備には手間がかかる存在の模様。

本作における愛鷹の深海棲艦における最大の敵。

 

 

愛鷹について

本作の主人公愛鷹の設定公開

・生年月日・年齢:不詳

・出生地:不明

・国籍:日本

・身長:一八九センチ

・体重:五八キロ

・血液型:A(Ch)型*1

・海軍入隊・軍籍登録:二〇四三年*2

・国連海軍国際士官学校首席にて卒業

・認識番号:FG3256522246

・艦種:超甲型巡洋艦

・艦種略号:CB

・階級:中佐

・前任地:国連海軍直轄艦隊第666海軍基地*3

・趣味:ジャズ鑑賞 読書 銃器射撃 ポーカー

・嗜好品:葉巻 コーヒー

・性格:

冷静だが稀に熱くなる。

対人関係では受動的で、感情の起伏を大きく出さないが、胸の内の愛鷹は感情表現が豊か。

身体能力は高く、動体視力も極めて高い。

語学、異国文化に詳しい。

小食家で普段はサンドイッチしか食べていない。

・好きな食べ物:アイスクリーム 瑞鳳手製の玉子焼き

・嫌いな食べ物:特にない模様

・利き腕:両利きだが、公共規格に合わせて右手を使う事が多め。

・好きな花:アオタンポポ。

・交友関係:

青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳とは仲が良く、部下として信頼している。

青葉は良き友人として、自身の秘密の理解者として絆が強い。

ガングートの姉御肌、リーダーシップ、人柄に憧れを抱いている。

大和と武本に対し理由不明の憎悪を抱く一方で、大和との関係を良くするべきだと考える自分がいる事から、内心葛藤することがある。

 

・その他:

急性ロシニョール病の末期患者で長くはない。

喫煙者である為、実は口臭を気にしている。

それでもヘビースモーカーの一歩手前の愛煙家。

葉巻以外にもタバコなども吸う事はある。

自室の本棚の本を出した後、すぐに片付けない為、積まれた本が山を作っていることがある。

自室にはコーヒー缶用の小型冷蔵庫を置いている程、大のコーヒー好き。

料理は瑞鳳に教えてもらうまでは未経験と語るが、実際は料理経験がある。

しかし、作った料理への評価があまりにも酷過ぎた為、自信とやる気をなくした。

容姿と背丈は大和と同じだが、胸囲を含む体系には差異がある。

靴がハイヒールの為、普段は実際の身長より八センチも高くなる。

戦闘で破損した制服類の修繕は自分で行っている。

タイピングが極めて速い。

体質的に酒が飲めない。

見た目は、釣り目の大和と言った風貌のクールビューティーだが、可愛いものが好きな一面を持っている(ただ、恥ずかしいので秘密にしている)

見た目に似合わず実は力持ちである。

非番の時はジャズ鑑賞しており、リズムに合わせて少し体が動く。

負傷の痛みには極めてタフだが、棚の角に足の小指をぶつけ、一人部屋で悶絶している事がある。

ポーカーでは、ポーカーフェイスを作るのが非常に得意。

 

 

・キャラデザインコンセプト

大和の「優雅な女性」要素をすべて抜き、釣り目の険のあるイメージ。

笑顔は時に大和と同じ柔らかさを見せる事も。

体形は大和を身長以外は大幅にダウングレード(特に胸囲)した形。

喋り方、性格は大和と比べ非常に落ち着きがあり、大人びている。

普段は淡々とした喋り方。

周囲からのインテリ呼ばわりには、「まあ、そうなるか」と苦笑交じりに受けて入れている。

大和の様な髪留めはしておらず、ポニーテールの長さは大和の半分程度。

 

 

 

*1:前例のない新種の血液型であり、普通のA型血液による輸血も簡単には受け付ける事が出来ない。

*2:青葉の調査では「一〇〇パーセントそうとは言い切れない」。

*3:どこにある基地かは不明。

 




深海棲艦についての設定の一部以外は本作でのオリジナル要素一〇〇パーセントです。


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第二五話 ショートランドに潜む巨影

いよいよ、遅筆が確定し始めてきました。
それなのに、書きたいネタが次々に。
艦これイベント……ツイートの通りE2-2丁のボスマスで、友軍が来ても全く突破できません。

本編をどうぞ。


支援艦「アルバトロス」がショートランドの西北西三〇キロに進出した時、艦尾のウェルドックでクレーンの稼働する音や、作業員の確認の声で慌ただしくなった。

(艦首、針路固定。

後部バラストタンク、注水完了を確認)

(デッキクルーはウェルドックより指定待機場所へ退避)

(退避完了を確認。

アラート・オン、ウェルドックハッチ開放。

第三三戦隊各員は出撃位置へ)

 

ドック内管制指揮所からのアナウンスを聞きながら、愛鷹は艤装を保持する腰のベルトの締め具合を調整していた。

ベルトの背中側には艤装を接続するコネクターがある。

しっかりと自分にちょうどいい具合にベルトを締めると、「装備」と書かれたプレートの上に乗る。

「艤装を連結用意よし」

「了解」

作業員に準備よしを伝えると、クレーンを操作する作業員が頷き、愛鷹の艤装を背中のベルトのコネクターに会うように調整しつつ近づけた。

愛鷹との距離が一〇センチほどまで近くなると、別の作業員二名が寄って来て、トランシーバーで細かい指示を送りながらさらに艤装を近づけた。

程なく、ベルトのコネクターに艤装が連結された。

作業員二名の手で艤装とベルトの固定作業が入念に行われる。

「接続よし。

では、中佐、ご武運を」

「ありがとうございます」

作業を終えた作業員二人からの敬礼に答礼した愛鷹は、タブレットを呑み、深呼吸をする。

 

今日の天候は快晴。

雲は一〇パーセント程度。

 

「衣笠さんの大好きな天気ね」

そう言う愛鷹の視線の先には、いつにもまして張り切っているらしい衣笠がいた。

先に準備を整えた第三三戦隊メンバーに続いて、「出撃」と書かれたプレートの上に立つと、「ウェルドック注水開始」のアナウンスと共にドックへの注水が始まった。

「作戦の最後のおさらいを行っておきます」

第三三戦隊メンバーに聞こえる声で愛鷹は口を開いた。

「私たちは主力部隊に先立って出撃し、前方警戒及びショートランド基地の武装偵察に当たります。

基地偵察には彩雲を使用します」

「了解」

衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳の返事が返って来る。

「敵を排除撃沈するのも大切ですが、生きて帰ることが一番重要です。

戦功は関係ありません」

「何事も命あっての物種、ね」

艤装の操縦レバーを握りしめながら夕張が言う。

「この戦いに生き残って、霞に自慢するとしようかな」

両手を合わせて拳の骨を鳴らす深雪に、蒼月もそうですねと頷いた。

「私も帰って青葉に自慢しよっと」

衣笠も強気の笑みを口元に浮かべる。

それを見る瑞鳳は少し不安げな顔になる。

「みんな、フラグ立てすぎじゃない?」

「意気込む程度ならいいでしょう。

それで生きて帰る事が出来るなら、問題はない」

そう愛鷹に返されると瑞鳳の不安な表情は消えた。

(ウェルドック注水完了。

第三三戦隊、出撃よし)

そのアナウンスが流れた後、出撃士官が片膝をつき、片手を艦尾のウェルドックハッチに伸ばした。

それを確認した愛鷹は最初に出撃する事にした。

「先に出ますよ。

第三三戦隊旗艦、超甲巡愛鷹、出る!」

主機が加速の白波を上げ、愛鷹が海上へと乗り出した。

 

 

「トラックへ?」

聞き返す大和に武本はそうだ、と頷く。

「第五特別混成艦隊と、第二水雷戦隊のメンバーと一緒に向かってもらう。

トラック方面で深海棲艦の活動が活発化していると言う報告が来た。

武蔵くんはしばらく休養が必要だから、戦艦は君だけだ。

明後日に輸送艦で向かってもらうよ」

「了解です。

一緒に行く人の名簿とかは?」

そう尋ねる大和に、武本は本棚からファイルを一つ出して、大和に渡した。

「これだ。

トラックには、今は日本艦隊しかいない。

北米艦隊は別海域の防衛に引き抜かれてあそこは手薄だ。

君の確かな技術と経験があそこでは必要だ、頼むよ」

「はい。

あの、あの子とは会えますか?」

ファイルを小脇に挟みながら、大和は武本に「あの子=愛鷹」の現況を聞いた。

「愛鷹くんか?

今はショートランド奪還作戦に従事しているから、会えないと思う。

会いたいのなら、こちらから調整は出来るよ。

でも、彼女はそれを望まないだろうな」

難しい表情を浮かべる武本に、大和はそうだろう、と思いはしたが話はしたかった。

日本にいる時でさえ、ろくに口を聞く気を持ってくれず、無視してばかりだった。

嫌われてもいい、許されなくてもいい。

でも、愛鷹と何か話をしたかった。

「嫌われても、憎まれていても、私はあの子の『お姉ちゃん』です。

話がしたいんです」

「何を話すと言うんだい?

愛鷹は君を嫌っている。

表面上は私とは普通に接しているが、私も愛鷹から憎まれる対象だ。

お節介と呼べることをする程、私は甘くはないよ」

確かに、「しだか」の艦内で会った時は一方的に拒絶されただけだった。

しかし、また違う状況であれば態度が少しは変わるのではないか?

そんな気がした。

今の気持ちを伝えたい、それが大和を突き動かしていた。

「お願いします」

武本の目を見つめて大和は頼む。

ほんの少しの間をおいて、軽くため息を吐いた武本は「分かった」と口を開いた。

「善処はするよ。

ただ、何を話すかは君が決める事だ。

いいね?」

「勿論です。

……提督はあの子とは」

「私は愛鷹くんが今置かれている境遇のきっかけを作ってしまった。

鼻から許しもくそもない。

彼女が残る僅かな寿命を全うできるまで支え続ける程度しか、私には出来る事は無い」

そう語る武本の目はどこか遠いものを見ている目だった。

「おそらく私が逝き付く先は、先に逝った仲間とはまた違う地獄だろうな」

「天国と地獄なんてものはあるのでしょうか?」

そう尋ねる大和に武本は顔をそむけた。

「天国があるかは分からない。

だが少なくとも、地獄は確実に存在すると思う」

 

 

蒼空に消えた偵察機、コールサイン・ターミガンの彩雲を見送った愛鷹ら六人は、第三戦速を維持してショートランドへと前進していた。

「久しぶりにここまで晴れた気がしますね」

空と同じくらい晴れ晴れとした顔の瑞鳳に、その通りだと衣笠が相槌を打った。

「雨女なんてジンクスは、やっぱり考え過ぎよ衣笠」

そう夕張に言われると衣笠は機嫌がさらに良くなっていた。

士気が高い事はいいものだ。

戦闘に大きく影響するだけに、高いに越したことはない。

一方で愛鷹の胸の内では、「アルバトロス」が抜錨する前に感じていた言い知れぬ不安が増していた。

どうにもこの不安が拭えない。

「羅針盤障害が発生しています。

障害レベル1」

羅針盤を見ていた蒼月が報告して来た。

自分の羅針盤を見てみると、画面の表示に乱れが混じり始めている。

太陽を見上げ、方位磁石や海図とも照らし合わせながら現在位置の確認を行う。

レーダーの出力や波長も微妙に変えて、警戒も強化する。

通信状態は良好だ、IFFもきちんと作動している。

今のところ問題はない。

ソナー、レーダーから敵影探知の反応は無く、逆探にも何の表示もない。

静かなものだ。

「嵐の前の静けさ、か」

独語するように呟く。

静かだが、突然の会敵に備えて火器の安全装置は解除済みだ。

今日の作戦は投入戦力から言うと、比較的小規模な方の作戦だ。

それでも水上、航空戦は想定しておくに越したことはない。

ショートランド近辺に出没する深海棲艦の近況は不明瞭だ。

偵察機が複数未帰還になっているので早期警戒防空網は確かと推定されているが、それ以上の詳しい事は分からない。

その為、第三三戦隊が派遣されている訳でもある。

「ねえ愛鷹さん。

深海棲艦の艦隊と会敵したら、撃っていいの?」

後ろから聞いて来る衣笠に、愛鷹は短く返した。

「交戦規程は『ウェポンズフリー、交戦を許可する。沈めて来い』です」

「そう来なくっちゃな」

にんまりと深雪が笑みを浮かべると、夕張が顔を向けて相槌を打つ。

「今回は最初から派手に行くように、って言われた作戦ね」

 

派手に、ね。

夕張さんが想像している形での流れだったら、確かに苦労はないでしょうね。

胸中で呟きながらも、そう上手くはいかないのが現実だと自分に言い聞かせる。

夕張も慢心、油断から言っている訳では無いだろう。

彼女も結構な場数を踏んできている。

いや、自分と蒼月以外はみんなベテランだ。

多くの死線を掻い潜って来ている。

経験豊富な艦娘達だ。

過度な心配はいらないだろう、心配しすぎても始まらない。

 

「アルバトロス」から発進して一時間が過ぎようとした頃、偵察機ターミガン1からショートランド泊地のあるショートランド島を目視したと報告が入った。

羅針盤障害が酷くなっているせいか、通信には雑音が混じり気味だった。

「敵影は見ず、ね」

報告を聞き、少し気が抜けた様に瑞鳳が呟く。

「張り合いがないな、不戦勝はつまんねえよ」

「不戦勝はともかく、静かなのか私は気がかりです」

頭の後ろで手を組む深雪に蒼月が不安そうに言う。

「確かに、妙に静かよね」

怪訝な表情で夕張が周囲を見回す。

「AWACSのガード・ドックに聞いてみようかな」

「そう言えば、今回もAWACSはガード・ドックだったな」

先のラバウル近海での海戦で世話になったガード・ドックが、今回のAWACSを担当してくれていた。

「アルバトロス」から出撃した後は、時々愛鷹が話している程度で何度も交信はしていない。

しかしガード・ドックが静かなのは、敵がいないという事を意味しているのかもしれない。

いずれにせよ、もうじき何が起きているかぐらいは分かるはずだ。

 

一同がそう思っていた矢先、ターミガン1から緊急電が入った。

(我、敵の猛烈な対空射撃を受く。

敵はショートランド泊地を自基地として運用している模様。

上昇し、偵察を続行する)

「ターミガン1、こちら愛鷹。

対空射撃を行っているのは、どの深海ですか?」

(ツ級二隻だ、他に巡洋艦から砲撃を受けている。

泊地に展開している艦艇は少数の中小艦艇のみ。

空母、及び戦艦などは確認できず)

無線の向こうからも対空砲火の轟音が聞こえてくる。

しかし愛鷹が気になったのは別のところだ。

泊地を防衛している、いや停泊している深海棲艦の数や規模が少ない。

主力艦たる空母や戦艦が展開していないのは妙だ。

警戒すべき事柄だろう。

するとターミガン1が戸惑う声が入って来た。

(おい、あの砲台を見ろ)

(なんだこれは?)

(砲台、いや予備の主砲塔か?

だが見たこともないデカさだ)

(いや、コイツには見覚えがあるな。

三連装のバカでかい砲口……こいつは見た覚えがある)

 

三連装……バカでかい砲口……。

 

(ワ級が大量に居やがるな。

何かの大量の資材を揚陸したみたいだな)

(前線展開泊地棲姫でも置く気か?

……いや、もうデカいドックを作ってやがる)

 

前線展開泊地棲姫……デカいドック……。

 

その時、愛鷹の表情が緊張で引き攣った。

「まさか、このショートランドに……?」

あり得ない話ではないだろう、現に証拠となるモノが揃っている。

「こちら愛鷹、全部署へ警告。

深海棲艦に巨大艦ス級がいる恐れあり、厳重な警戒を求む」

「ス級……!

あの大きな戦艦の事ですか!?」

頓狂な声を衣笠が上げた。

ス級と言う名前に他のメンバーも表情をこわばらせた。

「あいつがいるってか」

「あのス級が……」

顔を引きつらせる深雪と蒼月に加えて、夕張と瑞鳳も身を固くした。

忘れようもないあの巨大艦。

単艦で多数の艦娘を無力化する巨大無比な火力と、巨体に似合わない高い機動力。

愛鷹は二回もス級と対峙して死にかけ、その他のメンバーも瑞鳳以外修羅場を見ている。

そんなのがここにもいると聞いて、緊張しないはずがなかった。

「でも、前の戦いでス級がどういうモノかは分かったから、打開策はあるはずでしょ。

気負い過ぎないで、頑張ろう!」

緊張してはいるが、鼓舞する様に衣笠が一同に言う。

それに、そ、そうだね、と緊張した表情ではあるが夕張、深雪、蒼月、瑞鳳が応じる。

よし、と衣笠が大丈夫そうだと思い、愛鷹も大丈夫なはずだと前を見ると、タブレットを呑んだ直後らしい肩を細かく震わせ、上下させているのが目に入った。

「大丈夫、愛鷹さん?」

慌てて衣笠は愛鷹に尋ねる。

「大丈夫、すこし緊張が張り過ぎただけです」

脂汗を浮かべた愛鷹が少し顔を振り向けて応える。

無理もない。

二回も挑み、死にかけたのだ。

あれだけの目に遭って緊張しない方がおかしいだろう。

「瑞鳳さん、ターミガン1にRTBを。

他の索敵機でス級他、敵主力艦隊捜索に当たります」

「了解」

 

 

その一報は「アルバトロス」のFICでも大きな衝撃と共に受け止められた。

ス級を相手にどう戦うんだ、と狼狽える声が上がる。

そこへ磯口の淡々とした、しかしいつもとは違う雰囲気の一声がかけられた。

「全員、落ち着け、浮足立つな。

索敵機を増やし、敵部隊の警戒・情報収集能力を強化しろ。

ガード・ドックとのデータリンクは確実に行っておけ、奴の目は重要だ。

第三三戦隊の通信は絶やすなよ」

「はっ」

威厳のある声でもなかったにもかかわらず、磯口の言葉はその場の全員をすぐに静めていた。

「しかし、提督。

ス級を相手にどう我々は戦えと?」

副官の問いに磯口はすぐには答えなかった。

何か名案があると言う訳ではなかった。

ただ、ここでこの場にいるものが浮き足立てば、艦隊全体に動揺が広がって手が付けられなくなり、敗北へ繋がりかねない。

落ち着いていれば、打開策も捻り出せるはずだ。

既に攻略艦隊は全員が出撃し、「アルバトロス」の前方一〇キロに展開している。

「提督、攻略艦隊より航空隊の攻撃装備指示が来ていますが、どう指示を?」

ヘッドセットを外し、首にかけた通信士が磯口に命令を仰ぐ。

「攻略艦隊に指示、空母艦載機は対艦攻撃装備。

敵艦隊を発見次第、攻撃隊を発艦させ敵艦隊を撃滅せよ」

「了解」

通信士はヘッドセットをかけなおすと、マイクに吹き込んだ。

「『アルバトロス』FICより攻略部隊旗艦霧島。

空母部隊は航空隊の装備を対艦攻撃装備にして、敵艦隊発見の報告、及び情報を待て」

指示を出す通信士を見ながら、磯口は自分の端末に向き合うと、ス級に関する情報を洗いざらい出して考え込んだ。

(ス級の火力と機動力は脅威その物で、装甲も極めて厚い。

艦隊を正面からぶつけても勝ち目はほぼないだろう。

航空攻撃が有効かもしれんが……奴の対空戦闘能力が未知数だ。

 

ロングレンジの攻撃があてにならないとしたら、有効策はやはりクロスレンジ。

内懐に潜り込んで魚雷攻撃をかますことが出来れば。

だが、副砲の猛砲撃に晒される事にもなる。

長距離、短距離からの攻撃に強い鉄壁の防御と言う訳だな。

 

だが、クロスレンジでならあいつを使えば、勝てるだろうな)

アイツと言うよりは、アイツ「ら」かもしれないが、と付け加えた磯口は更に考え込む様に腕を組んだ。

ス級……連中、量産を開始したのかもしれんな。

 

 

ターミガン隊を収容し、フェーザント、グレイモスのコールサインの彩雲の発艦と大忙しの瑞鳳を護衛しつつ、第三三戦隊はショートランドへと前進し続けていた。

「もしス級と会敵した時、私達に勝ち目ってあるんですか?」

ふと不安げに聞く蒼月に、一同はどう答えればいいか分からなかった。

今のところ、単独撃破したのは愛鷹一人だ。

それもかなり危うい形で。

しかし単独で沈めた、という実績は確かにあり、そして生きている。

そこを考えると、蒼月は愛鷹がス級への有効策になりえる艦娘に見えて来た。

だがその期待をかけられている愛鷹の背中を見ていると、彼女にとって相当の重圧になっている事が分かった。

 

無理もない。

重傷を負いながらのス級撃破だったのだ。

その直後にはもう一隻に危うく沈められかけた。

プレッシャーやトラウマなどにかからない方がおかしい。

思うと蒼月が初めて会った時と比べて、愛鷹の考えている事、感じていることが随分分かるようになって来た。

普段接していない人間からすれば、あまり感情を表に大きく出さない人間に見えるだろう。

しかし、同じ部隊に配属になり、何度も戦いや普段の生活を共にしてくると、愛鷹の人間性と言う物が少しずつ分かって来た。

相変わらず目深にかぶった制帽の下の素顔を見せてはくれないが、もうそれはそれでいいだろう。

見せたくない理由があるなら、こちらから無理に探らなくてもいい事だ。

蒼月として愛鷹の望みや意思を尊重する気だ。

もしス級が出てきたら、司令部は過去の実績から愛鷹を対抗策として持ち出そうとするだろう。

その時は、自分なりに司令部に再考を促そうと考えていた。

 

 

(こちらガード・ドック、偵察機ドミノ2から入電。

我、敵機動部隊を発見、現在位置は参照点より一-九-五。

編成はヲ級二、ヌ級一、ホ級一、イ級二。

第一攻略艦隊は攻撃隊を出撃させ、敵深海機動部隊を撃滅せよ)

来た、と榛名はガード・ドック経由での偵察機の情報に目元を険しくした。

空母三隻は中々の強敵だ。

しかし、第二航空戦隊第二分隊所属の飛鷹と隼鷹の航空団の戦力は練度も機材も確かだ。

「飛鷹さん、隼鷹さん、直ちに攻撃隊の発艦を」

振り返って榛名が飛鷹と隼鷹に言うと、二人は頷いた。

「任せて」

「ぱーっとやってみよっか、なあ」

いつもの軽いノリで返す隼鷹に、飛鷹はやれやれと溜息を吐いた。

二人が巻物型の飛行甲板を展開すると、式神がいくつも飛行甲板から空へと飛びあがっていった。

飛び上がった式神は空中で烈風や流星、彗星へと姿を変え、編隊を組んで空の彼方へと消えて行った。

「気をつけてなー、帰ったら酒杯を盛大に上げようぜ」

飛び去って行く攻撃隊の編隊に隼鷹が手を振ると、飛鷹が一喝した。

「隼鷹、あなた飲み過ぎよ!

アルコール依存症を越して肝臓癌になるわよ」

「大丈夫だって、あたしは肝臓がタフだから」

姉からの叱責にケロリと返す隼鷹に、飛鷹は眉間に寄せている皺をさらに増やした。

飲兵衛癖の酷い隼鷹を飛鷹が止める、制裁を科す、はいつものことだ。

性格が全くあっていない二人だが、姉妹仲は良く、寧ろ仲がいいからこその光景でもあった。

それにだらしなく飲んでいるように見える隼鷹だが、これでも改二になっている実力者の一人だ。

一方で飛鷹は改止まりと、どこか妙な構図でもある。

普段の二人からは想像がつかないが、実は二人とも軍隊とは無縁の大企業の令嬢育ちである。

 

 

攻撃隊が発艦して三〇分ほどした時、ガード・ドックが艦隊に警告を発した。

(ガード・ドックから全艦へ通知する。

レーダー上にボギー多数マージ。

深海の攻撃機隊だ、参照点より方位〇-三-二、機数約六〇。

CAPは直ちにインターセプト、艦隊は対空戦闘用意)

「第一攻略艦隊旗艦榛名、了解。

全員輪形陣に陣形変換、対空戦闘用意!」

了解、と仲間達からの返事が返って来る。

三五・六センチ主砲に三式弾を装填し、対空機銃もスタンバイ。

他のメンバー、妙高、能代、川内、海風、山風、涼風、江風も主砲に対空弾を装填し、対空射撃の構えをとった。

上空に展開している烈風の防空隊が速度を上げ、敵攻撃機編隊の迎撃に向かう。

「頼みますよ、私達が被弾したら攻撃隊の帰る場所がなくなるわ」

航空戦力の運用能力を喪失した時点で戦えなくなる空母艦娘の飛鷹にとって、被弾による損害は出したくない所だ。

「分かってますよ。

榛名達がお守りしますから」

任せろと言う様に榛名が頷く。

四人の駆逐艦娘もやる気満々だ。

「がんばりましょうね」

「合点だ!」

「あたしも……がんばるよ」

「やってやろうじゃねえか!」

「調子に乗り過ぎないでよ」

元気なのはいいが、気を抜くなと川内が四人をいさめるように声をかける。

一方で能代は、妙高に少し不安げな表情で尋ねた。

「防空部隊がどの程度、敵機を削れと思います?」

「半数は無力化して頂けていたら、こちらとしては助かりますが……。

そう上手くはいかないでしょうね」

「ですね」

能代が頷いたとき、ガード・ドックがCAPの交戦開始を告げた。

 

 

第一攻略艦隊と敵艦隊が会敵か。

ヘッドセットから聞ける交信を聞き、戦闘が始まったことを愛鷹は知った。

自分たちは索敵機を多数上げて、敵、特にス級の捜索に当たっていた。

「なあ、もしス級と会敵しちまった時、こっちはどう戦うんだ、愛鷹?」

そう尋ねる深雪に愛鷹はすぐには答えなかった。

自分にも特に策がある訳ではない。

砲撃は、まず効果は無いだろう。

そうとなれば魚雷攻撃か、航空攻撃だ。

魚雷攻撃の場合は肉薄しないと当らない。

航空攻撃はス級上空の航空優勢か、制空権をこちらが確保出来れば、可能だろう。

あとは……自分の近接攻撃だが、流石に勘弁願いたいものだった。

「戦わず、逃げる、と言うのは?」

「抜かせ」

返された返事に深雪は苦笑を浮かべた。

「では、ス級を鹵獲して、私達が飼うとか」

「飼うのかよ」

「そもそも、深海棲艦は人類が飼っているのでは?

それか深海棲艦が人類を飼っている、いや人類と深海棲艦を地球が飼っているのかもしれませんね……」

「飼うとか、ブラックジョークにもならない」

少し呆れたように夕張が呟いた。

「でも、あの火力をこっちのモノにできれば、こちらとしても助かりますね」

「確かに」

蒼月の言葉に瑞鳳がその通りだと相槌を打つと、それを聞いた愛鷹が独語するように呟いた。

「それだけの火力なら……もうある……」

「何か言いました?」

何か小声で言った愛鷹の言葉が気になったので蒼月は聞いてみたものの、愛鷹は答えなかった。

 

それから一〇分程した時、愛鷹のレーダーに反応が出た。

「コンタクト、敵艦隊捕捉。

方位〇-九-〇、真東より、こちらに接近中。

艦影六、深海棲艦の警戒部隊ですね」

「来ましたね」

主砲を構え直した衣笠の言葉に愛鷹は無言で頷いた。

「全艦対水上戦闘用意。

夕張さんと蒼月さんはこの場にて待機、私と衣笠さん、深雪さんで敵艦隊を迎撃します」

「了解」

三隻ずつに分離した第三三戦隊の内、愛鷹と衣笠、深雪は六隻の深海棲艦艦隊迎撃に出る。

「最大戦速、砲戦、雷撃戦に備え」

(ガード・ドックから愛鷹。

お前らの会敵した深海はリ級三隻、イ級三隻の編成の模様だ。

楽な筈の編成だ、給料分仕事しろ。

グッドラック)

「了解。

敵は重巡三隻と駆逐艦三隻です」

「楽な相手だな」

「そうだと良いんだけどねえ」

不敵に笑う深雪に衣笠は少し不安そうに返した。

数では二対一だから、不安になるのも無理はない。

トリガーグリップを持ち、安全装置を解除する。

レーダーの反応を基に、先頭の重巡リ級に照準を合わせる。

「距離二〇〇〇、方位〇-九-〇、的針一-七-八、速力二七ノット。

射界確認。

第一、第二主砲仰角調整、徹甲弾装填」

まっすぐ単縦陣と言う訳ではなく、若干、衣笠が愛鷹の右手、深雪が衣笠の右手後方に位置した形で続航している。

「衣笠さんは重巡の三番艦を、深雪さんは駆逐艦をお願いします」

「了解」

「任せろ」

二人が返事を返すのを背中で聞きながら、照準を合わせた愛鷹は先手を打った。

「正面対水上戦闘、主砲撃ちー方始め。

てぇーっ!」

射撃トリガーを引くと、砲声と共に三一センチ主砲の砲口から真っ赤な砲炎がほとばしり、すぐに黒煙に変わった。

その黒煙の中心を突き破って六発の砲弾が空中を飛翔していき、黒煙は程なく、砲身から冷却水がしたたり落ちる白い蒸気にかき消された。

放たれた六発の徹甲弾が愛鷹の狙った位置へと着弾した時、すでにリ級は右側に至近弾を受けていた。

着きあがる白い水柱に煽られるリ級の表情には早くは動揺が出ていた。

 

イニシアティブを先取りした。

 

即座に再装填が終わっていた主砲を撃ち放つ。

射撃諸元を微妙に左にずらした愛鷹の二度目の砲撃によって、二基の主砲から撃ち出された砲弾はリ級の左右すぐそばに着弾し、挟叉となった。

まだリ級は発砲可能な射程距離になく、アウトレンジ攻撃を受けるがままの状態だ。

再装填が終わった時、深海棲艦艦隊は依然針路を維持したままだった。

距離を詰め続ける気か? 

それとも発砲した瞬間を見計らって転舵するか、それとも減速するか。

その動きはこの砲撃で確かめようと、三射目を放つ。

体を震わせる反動を伴い、砲口からたたき出された砲弾が空気抵抗の摩擦で赤く光りながら飛翔していく。

すると、その発砲を確認したリ級は右へと変針した。

「敵艦、面舵に切る、方位二-〇-七。

射角修正」

砲塔を左へ回し、射撃照準を合わせる。

再装填が完了し、トリガーグリップの発射トリガーに指をかける。

「衣笠さん」

「お任せ!」

愛鷹の声に衣笠が答えると同時に、愛鷹の後ろにいた衣笠が前へ出て、彼女の二〇・三センチ連装主砲三基が発砲した。

斉射の砲声が鳴り響き、撃ち出された砲弾が橙色に輝きながらリ級の三番艦に飛んでいく。

リ級の手前に落ちた砲弾に衣笠がしめた、と口元に笑みを浮かべる。

二番艦に発砲された、と深海棲艦艦隊が焦りを見せている隙に、愛鷹が主砲弾をリ級の一番艦に撃ち込んだ。

まずい、とリ級が気付いた時には四発が直撃し、三一センチ主砲弾と言う大口径砲弾の爆発の炎に包まれた。

一気に轟沈した一番艦の最期に二番艦が動揺を浮かべる。

すかさず再装填が済んだ主砲弾を二番艦へと叩き込む。

急いで主砲を構えようとした二番艦のリ級は、直撃した三一センチ主砲弾の爆発で吹き飛び、炎の中へと消える。

バラバラになった艤装の残骸をいくつかのこし、リ級は海上から消えた。

あっという間に二隻の重巡を立てつづけに失った深海棲艦艦が動揺を消して、態勢を立て直した時、三番艦に衣笠の砲弾が命中した。

金属の塊が破壊される音を立てて直撃はしたものの、リ級は持ちこたえ、反撃の砲火を撃ち出す。

主砲弾を再装填中の衣笠の右側に、外れ弾が水柱を高々と上げた。

その隙に三隻の駆逐艦は分離して愛鷹と衣笠の右側面に出るが、待ち構えていた深雪が魚雷を発射した。

「一発必中、深雪スペシャル!」

掛け声と共に右足の魚雷発射管から圧搾空気で三発の魚雷が発射され、着水し海中に潜り込むと、入力されていた諸元通りに駆逐艦三隻に突っ込んでいった。

ソナーの反応で航跡を引かない深雪の魚雷の攻撃から逃れようとイ級が回頭を始める。

しかし、二隻は避け切ることが出来ず、直撃と爆発の轟音が二回上がり、水柱が二つ海上にそびえたつ。

直ぐに黒煙にとってかわられた水柱の向こうから、駆逐艦が顔を出して主砲の砲口を突き出すが、そこへ深雪の放った一二・七センチ砲弾が二発直撃する。

直撃の爆炎を二つ上げ、もがく駆逐艦へ深雪はとどめの一撃を撃ち込んだ。

「くらえー!」

さらに二発の砲弾を撃ち込まれた駆逐艦が爆発炎上し、動きを止めた時、衣笠も四射目でリ級に深刻なダメージを与えた。

「よし!」

ほくそ笑み、五射目を撃ち込んだ。

大破していたリ級は、苦しそうにもがきながらも主砲を構えて反撃の一発を撃つ。

衣笠への直撃コースを確かに得ていた砲撃だったが、刀を引き抜いていた愛鷹がそれを何もない場所へとなれた手つきで弾き飛ばしていた。

悔しそうに顔を歪めるリ級に、衣笠の六射目の砲弾が命中する。

直撃を受け、致命傷を受けたリ級が爆発炎上して海面下に消えた後、海上には静けさが戻っていた。

 

「敵艦隊全滅。

重巡三隻、駆逐艦三隻を撃沈確認」

ヘッドセットでガード・ドックに報告を入れる。

(了解した、引き続き作戦を続行せよ)

「愛鷹了解」

刀を鞘に収めると、分離していた瑞鳳と夕張、蒼月と合流する。

「早いですね」

合流した愛鷹、衣笠、深雪に蒼月が感嘆の笑みを浮かべる。

「あの程度、簡単よ」

「衣笠、自慢する程活躍してた?」

にっと笑う衣笠に夕張がツッコミを入れると、深雪が腕を組んで頷いた。

「重巡を一隻ぶっ飛ばしただけだったな」

「ちょっとお」

頬を膨らませる衣笠を横目に、愛鷹は瑞鳳に寄った。

「瑞鳳さん、索敵機から何か報告は?」

「もう一群の空母部隊を発見した以外は、特にないですね。

ス級はまだ見つけてません。

新たに見つかった空母部隊は第二攻略艦隊が相手をしてます」

「もう一群発見か……。

あと何群いるか」

「普通の深海棲艦の艦隊なら、まだ対処のしようがありますけど。

本当にいますかね」

不安と疑念の入り混じる表情を向けてくる瑞鳳に、愛鷹は静かに返した。

「ス級は状況判断の域に過ぎなかったとはいえ、取り越し苦労であった事に越していませんから。

皆さん、陣形を再編、任務を続行しますよ」

了解、の返事が返り六人は単従陣を組みなおし、ショートランドへと前進を再開した。

ここまでは順調、作戦は順調。

そう自分に言い聞かせるように胸中で呟くが、不安な気持ちは大きくなっている気がした。

 

 

対空砲火の炸裂する轟音が響く中、榛名達第一攻略艦隊は回避運動で躱した爆弾の突き立てる水柱を縫うように航行しながら、対空砲を撃ち続けた。

出来る敵艦載機部隊です、と榛名は対空砲火を巧みにかわしながら、精度の高い爆撃を繰り返す深海棲艦の攻撃機を睨んだ。

艦載機はどれもタコヤキだ。

中々腕の立つタコヤキで、対空砲火で墜とすことが出来たのはCAPの迎撃を掻い潜った機体の二割以下だ。

飛鷹と隼鷹はまだ被弾していない。

これが幸いだ。

しかし、対空機銃でタコヤキの一機を撃墜した時、爆発音と悲鳴が上がった。

「涼風が被弾!」

「な、なんであたいが……」

江風の報告と、爆弾の直撃を受けた涼風の苦しむ声が聞こえた。

「江風さんは涼風さんを援護して下さい!」

「分かった」

「他の艦は対空戦闘を継続」

そう命じた時、ガード・ドックが焦りを滲ませた声で連絡を入れる。

(第二波接近、数およそ五〇。

第一波と同方位からだ、警戒しろ)

「了解、皆さん敵艦隊から第二波です」

「くそ、涼風が中破して大変な時に……。

江風、涼風を連れて早く離脱しろ」

川内の指示に涼風に肩を貸す江風は頷くと、「アルバトロス」へと帰還する為艦隊を離脱した。

無事に戻られれば、と思った時、榛名の耳に急降下して来る敵機の轟音が聞こえた。

一瞬の隙を突かれた形だった。

気が付いた時には左頭部に衝撃が走り、頭を強く突き飛ばされたような衝撃と鋭い痛みが走った。

悲鳴を上げて痛むところを押さえると、生暖かいモノが手に触れた。

「榛名さんが被弾!」

悲鳴のような声を上げる能代に、榛名は右手を上げて制した。

「榛名は……大丈夫、です」

「その様子じゃ、大丈夫と言われても信じられねえぜ」

心配する隼鷹の声が耳に入り、確かに大丈夫じゃないかも……と苦笑を浮かべた。

痛む頭を押さえていると、血の筋が額を流れて左側頭部にもダラダラと流れて来るのが分かった。

やはり大丈夫じゃないですね、と思っていると海風がほっとした声を上げた。

「敵機が離脱していきます、第一波は凌げましたね。

榛名さんの救護は私が」

「私がしますから海風さんは対潜警戒を」

海風にそう指示を出した妙高は榛名に寄って、救護処置を行った。

止血処置をして止血剤と鎮痛剤の注射を打ち、滅菌絆創膏を患部に貼る。

出血はひどいものの、榛名の意識ははっきりとしている。

「このままだと、敵のいい的です。

榛名さんも離脱を」

「でも、まだやれます」

「無理しないで榛名、私達で何とかするからさ」

いつの間にか近くに来ていた川内が肩に手を置くのが分かった。

「山風、榛名を連れて行ってやって」

「わかった」

鎮痛剤が効き始めて痛みが和らぎ始めたので目を開けると、右目だけが空いた。

「左眼は」

「血糊でくっついてるだけ、大丈夫だよ」

「次が来るから、行こ」

下向きの視界に小柄な山風が入った。

重たげな眼が無言で榛名に撤退を促していた。

「分かりました、手当てが済んだらすぐに戻ります」

「無理しなくていいんだって。

じゃ、山風、護衛頼むよ」

無言で頷いた山風は榛名に付き添いながら「アルバトロス」へと連れて行った。

 

 

「ガード・ドックより入電。

第一攻略艦隊、敵の空爆により榛名、涼風中破。

損傷・負傷により作戦継続不能、本艦へ帰投します」

女性オペレーターの報告に、早くも二人が戦列外か、と磯口は溜息を吐いた。

戦える艦娘が今は必要だ、戦えない艦娘は足手まといだ。

「ウェルドックに通達。

医療チームはスタンバイ、緊急帰投準備だ」

「アイ・サー」

艦内電話の受話器を取った要員の指示で、ウェルドックに医療チームがストレッチャーを用意して待機し、作業員が緊急帰投受け入れ準備の為ドック内で確認の声を投げ合う。

早くも戦艦と駆逐艦を一隻ずつ戦列から失ったが、もう一群の攻撃に向かった第二攻略艦隊からの報告では発見したヲ級二隻全てを撃沈し、重巡一隻を大破させたと言う。

結果はイーブンと言ったところか。

ただ、深海棲艦の艦隊がこれだけとは思えない。

まだまだ何群かいるだろう。

先行する第三三戦隊は、既に重巡三隻と駆逐艦三隻の艦隊を殲滅して尚も前進中だ。

愛鷹が存在する可能性があるス級はまだ発見できていない。

 

だが本当にス級はいるのだろうか、と言う疑問が磯口にあった。

状況証拠で愛鷹は判断しているとは言え、ス級を直接確認したわけではない。

アイツのただの取り越し苦労ではないか、という気もしなくはない。

しかし、ス級がいる可能性があるからには無視するわけにもいかなかった。

 

「第一攻略艦隊より発艦した攻撃隊、敵艦隊を発見。

攻撃を開始します」

抑揚のあるオペレーターの報告に「了解」とだけ返す。

五分もしない内に攻撃隊の攻撃が完了した。

「攻撃隊より戦果報告、空母ヲ級一隻とヌ級撃沈確認。

ヲ級一隻大破、撃沈は時間の問題。

護衛艦艇は駆逐艦一隻を撃沈。

我が方の損害、攻撃機を九機、護衛機六をロスト」

「一五機もやられたか。

奴ら、防空能力をさらに上げたな」

こちらが戦力を強化すれば、向こうも合わせるように上げて来る。

深海棲艦としては、差をつけられない為だから当然といえば当然だ。

厳しいものだ。

そう思いながら磯口は戦闘の推移を見守った。

 

 

榛名と涼風が離脱の話を聞き、やはり一筋縄ではないはいかないものだ、と実感するものを愛鷹は感じた。

そろそろ、こちらにも攻撃が来るかもしれない。

そう思っていると瑞鳳のAEW彩雲スカイキーバーから「敵機接近」の報告が入った。

「来たか……全員、対空戦闘用意。

防空隊は敵機をインターセプト、艦隊は輪形陣に陣形変換。

衣笠さん、腕の見せ所ですよ」

「了解、任せて下さい」

自信あり気に返す衣笠に、頼みますよ、と心の中で言った。

「艦載機のみんなも頑張ってね」

発艦した烈風改二を瑞鳳が期待の目で見送っている。

「蒼月、ちゃんとスコア数えとけよ、後で比べようぜ」

「深雪は蒼月ちゃんには勝てるわけないでしょ。

蒼月ちゃんは一種の天才なんだし」

そう夕張に突っ込まれた深雪は不敵に笑みを浮かべた。

「深雪様の腕を見せてみようじゃないか」

「が、頑張ってください深雪さん」

力む深雪の姿に引き気味に蒼月はエールを送り、本当に大丈夫か、と夕張は心配顔を返した。

 

飛来した敵機は七〇機あまり。

その内の約半数を防空隊は撃墜したが、残る機体は殆どが攻撃機だったので、深海棲艦の攻撃隊の戦力を大きく削ぐことが出来たのかは怪しい所だった。

「レーダーに感あり……来た。

主砲三式弾改二、信管VT、敵編隊前面。

方位〇-六-三、高度一二〇、敵速五〇〇キロ」

トリガーグリップで第一、第二主砲の三一センチ砲六門を深海棲艦の攻撃隊に向ける。

 

「敵機捕捉。

左対空戦闘、指標一番から一二番、主砲撃ちー方始め。

てぇーっ!」

 

真っ赤な火炎と轟音が六門の主砲の砲身から迸り、反動が砲身を勢い良く後退させた。

撃ち出された三式弾改二は、愛鷹が狙った通りの弾道を描いて深海棲艦の攻撃隊の前面へと飛んでいった。

六発の三式弾改二が攻撃隊の前面までに到達すると、接近する敵機を感知した近接信管が作動し散弾を撒き散らした。

編隊の中から被弾し、炎と黒煙を拭き海上へと落ちていく攻撃機が黒い筋を何本も空に引く。

(約三分の一の撃墜を確認した、良い腕だ愛鷹)

スカイキーバーが褒めて来たが、今は「どうも」とだけ返す。

再装填にかかる時間を考慮すれば、もう主砲は使えない。

高角砲でやるしかない。

 

「全艦、左対空戦闘、旗艦指示の目標。

三式弾改二、主砲撃ちー方始め。

てぇーっ!」

愛鷹の号令が下されるや、愛鷹と蒼月の長一〇センチ高角砲、深雪の一二・七センチ砲、衣笠の二〇・三センチ砲、夕張の一四センチ砲が対空射撃の砲火を放った。

空一杯に対空弾の作り出す着弾の黒煙が咲き乱れ、爆発音が鳴り響く。

被弾した攻撃機が黒煙を引きながら一機、また一機と落ちていく。

弾幕を貼る第三三戦隊の砲声と、撃墜された攻撃機の爆発音や墜落していく音が混ざり合って海上に響き渡った。

一〇機の攻撃機が撃墜され、空から消える。

「指標八番から一八番、撃墜。

全艦、撃ち方止め。

新たな対空目標、〇-一-〇。

全艦、旗艦指示の目標、主砲撃ちー方始め。

てぇーっ!」

レーダーと目視で確認する愛鷹が指示する通りに、第三三戦隊は対空戦闘を行う。

撃ち上げられる対空弾が深海棲艦の攻撃隊を次々に爆炎で呑み込み、細かな破片や飛行不能となった機体から炎と黒煙を引きながら落ちていく。

さらに撃ち上げられる対空砲火がさらに深海棲艦の攻撃機を落としていく。

対空射撃の腕を上げた衣笠の二〇・三センチ主砲弾が深海棲艦の攻撃機のすぐ近くで爆発し、姿勢を崩したところへ蒼月の長一〇センチ高角砲砲弾が直撃し、止めを刺す。

深雪が撃ち上げた一二・七センチ主砲弾と、夕張の一四センチ主砲弾の弾幕が攻撃機を足止めする所へ愛鷹が自身の高角砲を撃ち込む。

濃密で連携の取れた対空砲火は攻撃機に攻撃のタイミングをあたえさせない。

 

「指標二六番から二八番、三〇番から三四番を撃ち漏らした……。

サヴァイブターゲット六(残存目標)、方位〇-〇-二から接近。

蒼月さんに向かう」

若干の焦りを滲ませた愛鷹の警告に、衣笠が迫る敵機を見る。

「蒼月ちゃんを攻める形なの?

瑞鳳、エアカバーを」

「無理、近すぎる」

頭を振る瑞鳳の返事に衣笠が舌打ちした。

「何とか防ぎます」

そう言いながら蒼月は長一〇センチ高角砲を撃ち上げ、深雪も加勢し、愛鷹も対空機銃で援護する。

あっという間に四機が落ち、一機が続けて落ちるが、もう一機がなかなか落ちない。

そのまま急降下に転じる。

(あの高度からだと引き起こしが間に合うか。

いや『引き起こす気がない』としたら?)

 

体当たり、の文字が頭に浮かんだ。

 

そうはさせない、と高角砲を指向する。

全弾当てて、木っ端微塵にしないと、撃墜した攻撃機の大きな破片がそのまま蒼月に激突することになる。

それでは撃墜しても意味がない。

駆逐艦娘の蒼月は爆弾の直撃に脆い、体当たりなど論外だ。

「蒼月さん、頭部を護って衝撃に備え!」

警告した愛鷹は返事を待たずに高角砲の斉射を攻撃機に浴びせた。

至近距離だった事もあり、数発がまとめて直撃した攻撃機、機種はタコヤキ、が爆散し、頭を覆い、防護機能を展開した蒼月の直上で火球と化した。

爆発した深海棲艦の攻撃機の黒煙が蒼月の頭上にも降りかかって見えなくなる直前、幾つかの小さな破片が蒼月に降り注ぐのが見えた。

「被害報告を」

「大丈夫です、愛鷹さん」

黒煙から姿を現した蒼月が、微笑を浮かべて返してきた。

その時、深雪が叫んだ。

「蒼月、頭に注意しろ!」

「え」

 

直後、蒼月の頭の上で爆発が起き、爆炎の中に蒼月が呑み込まれた。

 

 

「索敵機より敵機動部隊、三郡目を発見の報告あり。

編成は空母ヲ級一、ヌ級一、戦艦タ級一、駆逐艦三。

座標を確認、第一攻略艦隊より攻撃隊が発艦します」

戦艦が確認されたか。

報告を聞いた磯口は眉間にしわを寄せて腕を組んだ。

こちらは対抗可能な戦艦が霧島しかいない。

榛名は先ほど涼風と共に帰投し、手当てを受けている。

軍医の話では、即時再出撃は不可能、との事だった。

作戦が終わったら見舞いにでも行こう。

作戦後の事を考えていると、オペレーターが別の報告を上げた。

「索敵機よりル級二隻を主体とする戦艦部隊を確認の報告が入りました」

「戦艦部隊のお出ましか」

参謀の一人が渋い表情を浮かべる。

霧島一人に対し、向こうは三隻の戦艦がいる。

火力ではやや劣る愛鷹を加えても、数的な不利は残る。

そこへ嫌な報告が入って来た。

「ガード・ドックより入電。

第三三戦隊の駆逐艦蒼月、敵艦載機の攻撃で大破。

旗艦愛鷹が本艦への第三三戦隊の緊急帰投許可を求めています」

「くそ、前に出し過ぎたか……。

許可してやれ」

悪態をつきながら、許可を出す。

大破状態で進撃しても戦力にはならないし、寧ろ死に行くようなものだ。

自殺行為はさせない。

「第三三戦隊が本艦に帰還するまで何時間かかる」

「およそ、二時間はかかります」

海図を見た航海参謀の答えに、磯口は眉間にしわを寄せた。

「怪我の具合についてはどう言っている?」

「呼びかけに反応がないそうです。

止血は出来ており、脈もあるとの事ですが傷が頭なので……」

「拙いな、大事に至る可能性がある。

ヘリを飛ばせ、護衛機を付け、ドアガンをセットしておけ」

「撃墜されたら、蒼月もヘリの乗員も危険ですが」

分かっていますね、という様に参謀が聞くと磯口は短く返した。

「やるんだ」

 

 

待機中のHH60Kレスキューナイトホーク一機が「アルバトロス」の飛行甲板に上げられると、すぐさま発艦した。

担当する役割ごとに色分けされた黄色や赤、緑、青、紫のジャージとヘルメットを着た作業員たちが見守る中、機体の両脇にM2重機関銃と射手(ガンナー)を追加で乗せたヘリが飛び立ち、その周りを「アルバトロス」から発艦した妖精さんが操縦する紫電改二戦闘機一六機がついた。

 

 

はっきりと見たわけではなかったと深雪は語るが、愛鷹にはその証言がしっくりくる気がした。

蒼月が被弾した理由。

深海棲艦の攻撃機が撃墜される直前に、既に爆弾を投下していたという事だ。

引き起こさなかったのは体当たりに見せかけた、又は体当たりと合わせての目論見だったのかもしれない。

頭から激しく出血する怪我を負った蒼月は、愛鷹からの全く呼びかけに応答しないばかりか、ペンライトで瞳孔を照らしても反応しなかった。

流石にこの容態には愛鷹も焦りが滲んだ。

一刻も早い治療が必要だが、愛鷹の艤装の機関部出力でも曳航速度は第二戦速も出せない。

それに無理をして高速航行すれば、頭部の傷に何らかの影響も出かねない。

ひとまず手持ちの医療キットで出来る範囲の医療処置を施し、ベルトで蒼月と自分を繋いで曳航を開始した。

救助ヘリが向かっているのが幸いだった。

愛鷹が蒼月を曳航している間、衣笠と深雪が曳航される蒼月の体を支えた。

「アルバトロス」から発艦したHH60Kとの合流地点に向かっている時、瑞鳳の索敵機がさらに二群の水上部隊を発見していた。

巡洋艦を中心とした部隊だったが、正直な所蒼月が戦闘不能な状況の第三三戦隊には充分脅威だった。

電波管制を敷き、レーダーの使用も控え、索敵機からの通信は受信のみに限定して航行した。

正直な所、蒼月の大破は痛い。

自分の防空能力も高いが、蒼月のずば抜けた防空能力には正直一歩及ばない。

それだけに防空艦としては非常に頼りにしていたのだが。

思わぬところで、思い通りにならなくなる、いつものことだ。

溜息を軽く吐きながら愛鷹は双眼鏡を見て、周囲を警戒した。

 

ヘリとの会合まで一時間と言う時、瑞鳳の索敵機から深海棲艦艦隊の一群を発見と言う連絡が入った。

「くそ、近いな」

発見したと言う場所の座標を聞き、海図を見た深雪が舌打ちをした。

「会敵は避けたいけど、この分だとヘリとの合流ポイントでかち合わせになるんじゃ」

不安げな表情で言う夕張に、海図を見る深雪は顎をつまんで唸った。

「ポイントを変更できれば、ドンパチしなくても済むだろうな。

でも、こっちから通信を送ったら確実に捕捉される。

逆探知してこっちの居場所を割り出すくらいは、たやすいだろうな」

「編成は分からないの、瑞鳳?」

問いかける衣笠に瑞鳳はヘッドセットを叩いている。

「もしもし、ターミガン5、聞こえる?

うーん、雑音が酷い、電波妨害かな」

「羅針盤障害ですね。

障害レベルが2、いや3に上がっています」

羅針盤を見る愛鷹の言葉に全員が緊張感を高まらせた。

「近くに深海棲艦艦隊がいるだけに障害レベル上がっていますね。

針路表示もずれるかもしれない」

潮流や海流を考慮して、天測航法で位置修正を行えば機械無しでも位置は分かる。

機械の目で見えなければ、人間の目で。

機械の耳で聞こえなければ、人間の耳で。

機械の五感で分からなければ、人間の五感で。

最後にモノを言うのは何でも人の力だ。

 

「人……か」

ふと呟いた時、深雪が「ん?」と艦隊の右手を見た。

「どうかした?」

不思議そうに聞く夕張には直ぐに返さず、深雪は水平線の先を見つめた。

しばらく見つめ続ける深雪に、何を見ているのか、と思った夕張は双眼鏡を出して深雪と同じ方向を見た。

その時、深雪が何かつぶやいた。

「何か言った?」

「ヤバい……最高にヤバい」

「どうしたの?」

「奴だ……」

「奴?」

深雪の言葉に反応した衣笠が振り返って、深雪の横顔を見ると焦りを強くにじませた表情で深雪は水平線の先を見ていた。

「どうしたのよ」

「気をつけて、深雪って目がいいから……」

その時、夕張の言葉をかき消す大声で愛鷹が叫んだ。

「散開、散開して下さい!

合戦準備、合戦準備、全員対水上戦闘用意!

同時に全員機関部リミッター解除用意」

その言葉にすぐさま衣笠、夕張、深雪、瑞鳳は四方へ隊列を崩して走り出した。

ぐったりとして動けない蒼月を抱えた愛鷹は、出せる限りの速力でその場から離れた。

 

程なく、高層ビルを思わせる巨大な水柱が一二個突き上がった。

「こ、この着弾の水柱は……!?」

立ち上がる巨大な水柱に声を失う夕張に、ヘッドセットを介してターミガン5から連絡が入った。

 

(ターミガン5から第三三戦隊。

巨大な艦影を探知、ス級です)

「まさか……」

愕然とした様に呟く衣笠の声もこんなところで、こんなタイミングでス級と?

最悪だった。

こちらは重傷者一名を抱えている上に、瑞鳳は水上戦闘が出来ない。

この状態でス級を含む艦隊と交戦するのは自殺行為に他ならない。

(ス級以下、軽巡ホ級二、駆逐艦イ級後期型三を確認。

第三三戦隊へ向かう、至急離脱されたし)

言われるまでもないわよ、と夕張が言おうとした時、「愛鷹さん」と困惑する衣笠の声が聞こえた。

どうしたのよ、と聞こうと振り返ると衣笠に蒼月を預けた愛鷹が、刀を引き抜いてこちらに背を向けていた。

「蒼月さんを、お願いします衣笠さん」

「ちょ、ちょっと愛鷹さん?」

「馬鹿野郎、何考えてんだ!?」

怒声を張り上げる深雪に愛鷹は静かに答えた。

「遅滞戦闘で時間を稼ぎます。

速やかに離脱を、私は後から追います」

それを聞いた深雪の顔から血の気が引いた。

深雪の脳裏には、あの光景、捨て艦として犠牲になった白雲の姿が蘇っていた。

あの時と同じだ……撤退する友軍を追ってから離す為に、有力な敵艦隊相手に勝ち目のない単独で遅滞戦闘を行い、帰らぬ人となったあの光景が。

「やめろよ、死ぬって……」

「死にません」

その返した愛鷹に深雪がしがみついた。

「深雪さん?」

「行くな、行っちゃだめだ。

行くな愛鷹……行くって言うなら、深雪様に任せろ」

心持ち震えている声で深雪は言った

「……出来ません」

「ダメだ、行くな」

頑として譲らず、自分にしがみつく深雪を愛鷹は無言で見つめた。

ヘッドセットからはなぜ離脱しない、と喚くターミガン5の声が入る。

長く感じられる間をおいて、愛鷹はやんわりと深雪離すと、その肩に手を置いて何か語り掛けた。

驚く深雪が反応しきれない内に、愛鷹は最大戦速で艦隊を離脱して、ス級を含む深海棲艦艦隊へ単独で向かった。

「愛鷹さん!」

離脱していく旗艦の名を呼んだ夕張のヘッドセットに愛鷹からの指示が入る。

(夕張さん、臨時旗艦として指揮を継承。

私が戻るまで、皆さんのまとめ役をお願いします)

 

何かを決している様な言葉遣い。

妙に説得力と有無を言わせぬ声。

悲壮な覚悟でもなく、確実に帰ると言う意思がある言い方。

夕張は、ここは指示通りに動くしかない、と自分でも驚くほど理解していた。

指示通りに動くしかないと体が自然に理解していた。

指揮権、頂きます、という返事ではなく、一言夕張は愛鷹に返した。

「帰ってきて下さいよ」

 

 

アイツなんて言ってた。

混乱する頭の中で、深雪は愛鷹が自分に言った言葉を反芻した。

白雲と同じ最期を遂げそうな予感がする自分の引き留めに、愛鷹は肩を置き、敵の来る方を見据えて自分に語ると、微笑し行ってしまった。

 

 

「先に行って下さい、深雪さん。

 

私は……幻の試製超大和型戦艦です。

ス級以外の、あの程度の戦力風情に、やられたりはしません。

 

殺されかけた過去の戦闘でどう戦えばいいかは分かっています。

 

白雲さんの様な最期は迎えません。

必ず、貴方の所に戻ります。

 

貴方が見守る中で、私は最期の時を迎える事を望みます。

陸の上で……」

 

 

日本艦隊基地を出港し、トラックを目指す輸送艦のキャットウォークから海を見ていた大和は、何かを感じた。

自分の大切な何かが、大きく動こうとしている事を。

「愛鷹……?」

 

 




重巡相手なら無双可能な愛鷹の対水上戦闘、そして青葉自慢の妹衣笠の活躍を大きく描いた回となりました。
代わりに皆勤賞だった青葉が初めての「名前のみの登場」に(アワレアオバ)……。

対空戦闘シーンは漫画(イメージ的にはアニメの方を)「ジパング」での描写が、元ネタになっています。

沖ノ鳥島以来のス級の対面です。
次回で、愛鷹がどうやって生きて帰るのか、これから大和と愛鷹がどう接するのか。
楽しみに待っていてください。

所々、艦これの劇場版で聞き覚えのある台詞を愛鷹が語るシーンがありますが、あれが偶然の一致なのか、それとも……(これ以上は言えません)

では、また次回のお話でお会いしましょう。


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特別予告編風Ⅰ

エースコンバット7のDLCミッションのトレーラーが出て、一種のノリと勢いで作成しました。

(「AVE BELKA」を流しながらご鑑賞ください)



有川「さて問題だ、諸君。

どうやったら愛鷹を死なせずに済む?」

(画面に表示される超甲巡愛鷹のプロフィールと写真)

 

長門「戦いだ……準備ができ次第、抜錨せよ!」

(顔を上げて出撃を命じる長門)

 

武本「作戦の目的は、巨大艦ス級を鹵獲する事だ」

(進撃する艦娘達)

 

有川「有川大翔、国連軍国際統合作戦本部情報部部長だ。

このス級の戦略的脅威度は我々の連合艦隊に匹敵する」

(画面に表示されるス級の諸データ、シルエット)

 

 

無数の深海棲艦艦隊

深雪「結構沈めたはずだけど、減った気がしねえ!」

 

???「撤退は許さん。

五分ぐらい耐えられずに、何が連合艦隊か」

冷酷に告げる声、放たれる魚雷、砲弾の雨。

 

有川「第三三戦隊旗艦の愛鷹。

奴が世界各地で何と呼ばれるようになったか、知っているか?

答えは『巨大艦殺しの英雄』」

(画面に表示される硬い表情の愛鷹の顔写真)

 

 

???「想像せよ、艦娘諸君

諸君らはこの戦争を、君たちの力だけで、後世に禍根残すことなく終わらせる力を持っていることを」

出撃していくス級を含む深海棲艦艦隊

 

???「愛鷹を見つけた……殺るぞ」

???「私が奴を滅茶苦茶にしてやる」

不敵に笑う二人の人間

 

???「愛鷹は不要……大和の言葉に説得力はない」

(振り返り目を剥く大和)

 

ユリシーズ「救済が!

 

必要なんだ!

 

先に散った艦娘達の命の為にも!」

(血の付いた手を握り絶叫するユリシーズ)

 

 

武本「皆に適応されるはずのルールが、適応されない者がいる。

戦争が終わってしまえば、艦娘は危険な存在だ」

(チェス盤を見つめている武本)

 

有川「武本、問題だ」

(チェス盤を見つめる武本の向かい側にいる有川)

 

 

夕張「私たちの敵はいったい何者なの?」

(険しい表情で聞く夕張)

 

 

長門「我が艦隊はこれより、国連海軍艦隊より離脱する」

(血の付いた頬を拭う長門)

 

大淀「戦闘を停止し、撤退して下さい」

(光る大淀のメガネ)

 

蒼月「愛鷹さん、逃げて下さい!」

(愛鷹に向かって叫ぶ蒼月)

 

長門「退路は無い……生き残るには、相手の命を奪うしかないぞ!」

(拳を握りしめ、鬼の形相の長門)

 

不知火「殺してやるーっ!」

(倒れ伏す誰かを後ろに、血の付いた主砲を構え叫ぶ不知火)

 

大淀「攻撃を禁止します!」

(机を叩きマイクに喚きたてる大淀)

 

愛鷹「私だって人間として生まれたかった!」

(空に向かって涙を流しながら叫ぶ愛鷹)

 

衣笠「どうするの⁉」

(煤で汚れた顔を振り向け聞く衣笠)

 

青葉「法を無視したら艦娘じゃなくなります」

(冷徹な表情で語る青葉)

 

深雪「なら艦娘なんか辞めてやるぜ!」

(両手持ちの主砲を振りかざす深雪)

 

 

???「儀式だ、分からんか愛鷹?」

 

 

瑞鳳「ス級の艦影を視認!」

(ス級の艦影を双眼鏡で見つけ、震える声で告げる瑞鳳)

 

 




ノリと勢いではありますが、そこそこ今後の展開に絡む台詞がいくつかあります。



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第二六話 単騎

前回の続きです。
愛鷹とス級以下の深海棲艦艦隊との戦闘から始めります。

本編をどうぞ。


何をするかは分かっている。

時間を稼ぐことが出来ればいいだけだ。

艤装のリミッター、沖ノ鳥島沖で一度解除したモノを解除する。

「艤装CCS(指揮統制システム)、機関部リミッター解放レベル1、出力上限値上げ。

可能な限り回転数を上げて下さい」

ヘッドセットに吹き込むだけで、リミッターが解除された。

LRSRGの救援任務の際、単独出撃前にこっそりボイスコマンドで解除できるように改造していたのだ。

「後で明石さんに怒られるかな」

そう呟くと、思わず苦笑が漏れた。

軽く深呼吸し、前方に見えるス級を含む艦隊を見据えた。

距離はまだあるが、ス級の主砲なら余裕で補足可能だ。

しかし、どう立ち回ればいいかはもう学んでいる。

 

「機関、前進一杯」

 

その言葉の直後、機関部が上限値を解除された出力で主機に動力を起こり込んだ。

一〇秒余りで三〇ノットを越え、そのまま四〇ノットを越えた。

ポニーテイルをなびかせながら刀を両手で構える。

「主砲、射撃管制頭部連動照準、射撃は半自動モードにセット。

弾種徹甲弾、交互撃ち方」

ヘッドセットに吹き込むと、第一第二主砲が動き、愛鷹が顔を向けている方向に砲口を向けた。

艦娘のヘッドセットには、頭部の向きに反応して主砲を指向できる機能、頭部連動照準機能を組み込んでいるモノもあり、愛鷹にはそれがあった。

愛鷹の射撃は普段は使い慣れているトリガーグリップなので、頭部連動照準機能はあくまで予備的なモノだった。

「鈍っていないと良いけど」

そう呟きながら敵艦隊を見据えなおした。

発砲炎が瞬くのが見えた。

見慣れた光、随伴の軽巡二隻と駆逐艦三隻のモノだ。

レーダーで弾道を確認し、右へ舵を切る。

体を右に倒しながらの回頭だったが、それでも遠心力で体が左に引かれた。

五隻は砲撃が見当違いの場所に落ちるだけでなく、狙っている艦娘の想定以上の速力にかなり驚いている様だった。

直ぐに照準を付けなおして、砲撃を開始するが、高速航行する上に、ジグザグに動く愛鷹を捉える事が出来ない。

五隻から放たれた砲弾は、虚しく愛鷹が引いた航跡の跡に着弾し、水柱を突き上げた。

高速航行中に注意しなければいけないのは、体を傾けた時に一緒に傾いた艤装が海面に触れない様にすることだ。

触れた瞬間に抵抗を受けるし、角度が深いとスピンしかねない。

しかし速度は落とせられないし、直線航行するわけにもいかない。

ス級との距離が詰まるが、同時に随伴艦隊との距離も縮まっている。

 

「そろそろ、反撃ね。

第一、 第二主砲、右砲敵巡洋艦一番艦へ指向。

左舷対水上戦闘、指標一番、主砲撃ちー方始め。

てぇーっ!」

ヘッドセットに吹き込んだだけで二基の主砲が火を噴く。

愛鷹自身の手で照準をつけるのよりは精度がやや落ちるので、当然初弾命中の確率は落ちる。

二門の主砲が三一センチ砲弾を轟音と、砲炎と共に叩き出し、反動で砲身を後退させる。

撃ち放たれた二発の砲弾は初弾命中とはならなかったが、狙いは悪くなかった。

向こうはあれだけの速度と、転舵を繰り返しながら近距離に砲弾を落とす愛鷹に驚いている様だった。

 

心理効果あり。

 

そのまま中砲を撃ちたい衝動に駆られるが、抑えて舵を切る。

右に転進して距離を取った時、ス級が主砲塔を一基向けて来るのが分かった。

砲撃が来る。

距離が比較的近いから、着弾までの時間はあまりないだろう。

弾道を見極めるチャンスは一回。

「来る」

愛鷹が言った直後、砲声とス級の艦体から巨大な砲炎と黒煙が噴出した。

衝撃波がス級の周囲の海面をへこませる。

三発の砲弾を撃ち放った、轟音のような砲声が海上に殷々と響き渡った。

「取り舵一杯、急速転舵。

左舷前進三分の二」

左へと舵を切る間に体にかかる重力と、アシストされていても体にのしかかる艤装の重量に耐えるために歯を軽く食いしばる。

ス級の砲撃は躱せばいいだけでない、着弾時の衝撃波や破片も破壊的だ。

危険範囲は大体検討は付けている。

「衝撃に備え」

迫る砲弾の飛翔音で着弾の瞬間を悟ると、愛鷹は呟き、舌を噛まないように気をつけた。

轟音と共に水柱が三本、海面に突き上がり、ビル並みの高さにまで吹きあがった。

一番近くに落ちた砲弾の衝撃波はやはり凄まじい。

着弾時の津波の様な大波に吞まれない様注意しながらも、速度を緩めることなく愛鷹は航行を続けた。

副砲が自分に砲口を指向し始めた。

回頭や再装填に時間のかかる主砲をカバーする為だ。

「全主砲、敵副砲に砲撃始め。

髙脅威度の副砲に順次照準、目標を破壊せよ!

Batteries release (撃ち方始め)!」

最後、何故英語で指示を出したのか愛鷹も分からなかった。

三基の三一センチ主砲の全門が火を噴き、九発の砲弾を副砲に叩きつけた。

直撃と爆発の閃光が九回走り、爆発の炎が上がる。

引き剥がされ、吹き飛ばされた副砲のシールドや砲身が宙を舞い、火災の炎がス級の艦体を舐める。

随意射撃を開始した主砲の砲撃で副砲が次々に沈黙するが、それ以外から激しい砲撃が愛鷹へと行われ始めた。

「当たるものですか!」

歯を食い縛り、速度を維持しながらランダムに回避運動。

凄まじい集中砲火の立てる水柱が、林の木々の様に愛鷹の周りに突き上がり、視界が悪くなる。

一旦射撃を中断し、回避に専念する。

「艤装CCS、リミッター全面解除。

機関部回転数を焼き付く寸前まで上げて」

機関部に鞭を打つと機関部の妖精さんが悲鳴を上げた。

「これ以上は上げられない、機関部が逝かれる!」

舌打ちを返して、回避運動を行う。

副砲の手数が多い。すでに潰したものを含めて三〇基ほどはあるか。

そろそろ、砲弾の一発は当たるだろう。

当たったら、愛鷹のダメージは計り知れない。

被弾しない事を大前提にやらなければ。

 

その時、艤装の艦橋から監視を行っていた妖精さんが警告を発した。

「雷跡視認、方位〇-一-〇」

魚雷!?

おそらく随伴の駆逐艦からの雷撃だ。

ス級を援護する為に放たれたものだろう。

こんな時に、と接近する魚雷の方向を見て躱し様がない距離なのに気が付いた。

「総員、衝撃に備え」

そう叫びながら防護機能を最大出力で足元に展開。

轟音と衝撃が走り、魚雷一発の爆発が愛鷹を包み込む。

歯を食い縛って耐えると、爆発と衝撃は大きかったものの、転倒する程ではなく、怪我もなく済んだ。

防護機能が辛うじて防ぎきれていた。

しかし、ガラスが砕ける様な音、防護機能が飽和状態になり、消失してしまった。

さらに見るからに速力が低下し始めた。

「ダメコン、状況知らせ」

「左舷主機、爆発により故障。

出力、速力が低下」

応急班の妖精さんの報告に再び舌打ちをする。

左足の主機が爆発で故障した以上は、最高速力が発揮できない。

回避運動能力も落ちてしまう。

魚雷爆発の水柱と黒煙で一時的に姿を隠せるが、すぐにス級に捕捉されるだろう。

速度が低下し、引っ掻き回しによる時間稼ぎが出来なくなった以上はもう作戦継続は出来ない。

 

「プランBね」

 

主砲を随伴艦艇に向ける。

「レーダー射撃開始。

照準を射撃管制レーダーに移行、射撃モードは自動。

高脅威目標を捕捉次第、砲撃開始」

射撃レーダーと主砲の射撃管制が連動し、完全自動で主砲が軽巡、駆逐艦に対し砲撃を始めた。

主砲の射撃を自動にすると、自分は刀を構え直してス級を睨む。

動く右足の主機で可能な限り高速航行し、砲撃を躱す。

そこへ随伴艦艇からの砲撃も飛来し始めた。

当たると見た砲弾を刀で弾き、切り落としていく。

副砲と随伴艦の集中砲火だ。

防護機能が再度展開可能になると、再び展開し回避運動を続行。

随伴艦への主砲砲撃は初弾命中とは行かなかったものの、二斉射目でホ級を捉えた。

三発の直撃を受けたホ級は強烈なフックを受けた様に吹き飛んで横倒しとなり、炎上しながら沈み始める。

イ級一隻が主砲弾一発の直撃を受けると、弾薬類が誘爆したのか木っ端微塵になるほどの大爆発を起こして轟沈する。

残るホ級とイ級二隻は尚も砲撃を行うが、愛鷹がス級に接近すると砲撃を止めた。

このまま撃てばス級を誤射しかねなかったからだ。

とは言え、愛鷹が近づく事にはス級も気が付いている。

副砲の多くを破壊されて、指向できる砲塔が少なくなっているが使える砲台を向けて砲撃して来る。

一方随伴艦からの砲撃を気にしなくてすみようになった愛鷹は、副砲を潰しに砲撃するが、ス級が速度を上げるのに気が付くと、不利になりつつある状況悟った。

自分は左足の主機が故障で速力を出せず、発揮可能な速力が低下している。

ス級が全速を出せば、追いかける事は不可能だ。

そこで咄嗟に思いついたことをイチかバチかでやってみる事にした。

「右舷、錨降ろせ」

そう指示するや、右舷の艤装の先端についている錨を掴む。

錨を繋ぐ錨鎖が錨鎖孔から繰り出され始める。

家庭コンセントケーブル程度の太さの錨鎖だが、強度は普通の船舶のモノと引けを取らないし、長さもそれなりにある。。

完全に繰り出されると、愛鷹はカウボーイの首輪投げの要領で錨をス級へと投げた。

「届け」

ス級へと伸びていく錨と錨鎖を祈るような思いで見つめた。

艤装に錨が引っかったのが見えた時、錨鎖がぴんと張り、衝撃が走った。

ス級に牽引されるような形になった愛鷹は、体にかかる衝撃を堪えながら指示を口から絞り出す。

「錨、巻き取れ!」

錨鎖モーターが火花を散らしたが、構わず巻き取らせた。

体に激しい衝撃を与えながらの強引な接近だった。

流石に体に堪える、と思いつつも主砲を構え、副砲やス級の艦尾に砲撃を行う。

「近接砲撃、安全距離ギリギリまで砲撃」

こちらが撃てなくなるギリギリまで行けば、副砲も撃てないはずだ。

案の定、副砲からの射撃は一回だけだった。

砲撃が来なくなるや、愛鷹は砲撃をス級の艦尾に向けた。

「全主砲、いやもっとね。

全火器、主砲、高角砲、機銃、目標敵艦艦尾に指向し照準。

主砲、強制冷却装置リミッター解除、バースト射撃用意。

全砲門、目標に対し一〇斉射、てぇーっ!」

愛鷹の主砲、高角砲、機銃までもがス級の艦尾に向けて砲撃の雨を撃ち込み始めた。

主砲が装填装置や冷却装置の安全性を無視した速射砲撃を開始した。

冷却を待たずに撃つと、すぐに精度が落ちるが二の後の言ってはいられない。

流石に全門斉射の衝撃波は愛鷹にもきついものだったが、一〇回我慢すれば大丈夫と言い聞かせる。

雨の様に叩き込まれる砲弾、銃弾の爆発炎にス級の艦尾が包まれ、目視出来なくなる。

 

八斉射を撃ち込んだ時、愛鷹は手ごたえを感じた

「やったか」

そう呟いた時、ス級の速力がみるみる低下し始めた。

この機を逃す手はない。

完全にス級にとりつくと、そのまま巨大な艦体に乗り移り、主砲の砲塔に乗り上がった。

ス級は回頭して振り落としにかかるが、その前に愛鷹は左舷艤装の錨をス級の艦体に引っ掛けて、体を固定していた。

刀を主砲の砲身に振るい、次々に切り落とした。

更に副砲のいくつかに刀を突き立てて破壊し、砲搭を回して来る副砲は思い切って足を踏み下ろしてみる。

あっさり、副砲が踏みつぶされた。

主砲塔の一基に刀を突き立てて、切り裂くと第一主砲の砲身を突っ込んだ。

「時限信管、三〇秒セット。

弱装薬、接射。

てぇーっ!」

三発の三一センチ砲弾が切れ目からス級の砲塔内に撃ち込まれると、愛鷹は即座に錨を巻き取り、ス級から飛び降りた。

「機関前進一杯、全速離脱」

可能な限り出せる速力で離脱にかかる。

が、突然飛び出してきたイ級が右足に噛みつき愛鷹は顔面から転倒した。

イ級は愛鷹の主機にがっちり噛みついていて離そうとしない。

 

このままだとス級の爆発に巻き込まれてしまう。

 

おそらくイ級は自分もろともス級の爆発で沈む気だ。

自分を道連れにして。

左足でイ級を蹴りつけるが、イ級はがっちりと噛みついていて離れそうにない。

時間がない、右足の主機を解除、つまり脱いでしまえば逃げられるかもしれない。

しかし、左足の主機はまだ故障していて、速力が発揮できない。

つまり仮に脱いでも、安全圏まで離脱できるか。

「離しなさい!」

もう一遍蹴りつけた時、どこからか砲弾が飛んできたかと思うとイ級に直撃した。

被弾した衝撃でイ級が右足を離した。

「今だ、走れ!」

そう叫ぶ深雪の言葉に、反射的に立ち上がると、背部に防護機能を展開して全速力で離脱した。

更に砲声が響き、随伴艦のホ級、イ級が被弾する爆発音がした。

砲声からして夕張の一四センチ砲だ。

夕張さんと深雪さんが援護に、と思った時、背後で大爆発が起こり愛鷹はその凄まじい爆風になぎ倒された。

 

 

病室で読書をして暇つぶしをする青葉は、時々目を海の方へと向けていた。

出撃した仲間達、特に第三三戦隊仲間たちの安否が気になって仕方が無かった。

自分はあまりじっとしているのが好きなタイプではないから、ベッドの上で過ごすのは正直退屈だ。

一応、歩けるが静養しろと医師からは念を押されているので従わざるを得ない。

「青葉……じっとしてられないな……」

何度目か分からない呟きをした時、病室のドアがノックされた。

どうぞ、と許可すると基地要員の女性隊員が入って来た。

「青葉大尉、日本本土から一足先に帰還するよう命令が届きました。

今夕輸送機で日本艦隊基地にお戻りいただきます」

「え、青葉だけ先に帰るのですか?

三三戦隊のみんなは」

「後日別便で帰ることになっています。

基地司令から自分は青葉大尉の支度を手伝うよう申し使っています」

「支度と言っても、特に大きな荷物は無いですよ。

でも、何故青葉だけ先に帰らなければならないんですか」

訝しむ青葉の問いに女性隊員は「さあ」と首をかしげる。

「自分は教えられておりませんので。

武本提督からの指示と言う程度しか聞いておりません」

「司令官から……。

分かりました、第三三戦隊のみんなには伝えておいてください」

 

そう言った時、青葉は第三三戦隊の戦況が知りたくなった。

知っているかは分からないが女性隊員に尋ねた。

「作戦進行中に付き詳細は不明ですが、巨大艦ス級が確認されたため、『アルバトロス』で対策を練っているとの事です。

司令部でも対応策を緊急協議中との事です」

「ス級が!」

忘れようもないあの巨大艦ス級。

こちらの砲撃が全く通用しない戦艦。

撃沈は不可能ではないが、随伴艦隊は強力で接近は困難だ。

あれが一隻いるだけで、艦隊には大きな脅威である。

「大丈夫かな……愛鷹さん、ガサ、深雪さん、夕張さん、蒼月さん、瑞鳳さん」

「きっと大丈夫ですよ。

三〇隻もの艦娘でかかれば、必ず沈められるでしょう」

「そうだと良いですが」

伏せ目で青葉は返しつつ、ベッドから出て身支度を始めた。

日本に帰ったら自分は何をするのだろうか、と考えた時、愛鷹から自分の新たな姿の構想案を聞かされたのを思い出した。

治療がてら甲改二と言う姿に変わるのだろう。

自分がいなくても衣笠は寂しくないだろうか、第三三戦隊は大丈夫だろうかと心配はあるが、なんとか自分たちでしてくれると思う他ない。

甲改二、どんな姿になるのだろうか。

 

 

轟沈したス級の大爆発の爆炎に愛鷹が呑み込まれた時、深雪は凝然と愛鷹が最後に見えたところを見つめていた。

爆炎は黒煙に変わり、辺り一面に立ち込めている。

深雪と夕張の周りには、既にホ級とイ級の姿はない。

全て撃沈し、海の底だ。

「愛鷹!」

「愛鷹さん!」

二人が大声で黒煙の中へと呼び掛けた時、激しく咽込む声が聞こえた。

生きてる、と二人が顔を合わせた時、よろよろと口に当てた手を赤く染めた愛鷹が黒煙の中から姿を現した。

「愛鷹」

顔を輝かせた深雪が愛鷹に近づくと、ハンカチを出して手と口元を拭う愛鷹が答えるように手を振った。

所々制服や艤装が黒くなっているが、体は無傷らしい。

無理したらしく、吐血したようだがそれ程酷くはないようだ。

「大丈夫か?」

「はい、生きてますよ」

弱々しいながらも微笑んだ愛鷹を見た深雪は、飛びつくと感極まって嬉し涙を流した。

「良くやったぜ、この大馬鹿野郎!

深雪様すげえ心配したんだぜ、生きててよかった」

がっちりと自分を抱きしめる深雪に少し戸惑いながらも、深雪の頭に手を置いて短く返した。

「戻りましたよ、ちゃんと」

 

 

その一報はガード・ドック経由で「アルバトロス」にも知らされた。

「信じられん、超甲巡単独で撃破だと⁉」

「しかも、損害は損傷した主機のみで、修理は自力で可能な範囲」

「完全勝利だ」

FIC(旗艦用作戦指令室)内は愛鷹のス級単独撃破に一気に湧き上がっていた。

脅威の的だったス級をほとんど無傷も同然で撃沈したのだ。

否応なく士気が上がった。

愛鷹のお陰で蒼月は無事ヘリで「アルバトロス」に搬送されて、医療チームの手で治療が行われている。

安堵したように軽くため息を吐いた磯口は、沸き立つFICの要員に大声で告げた。

「諸君、戦はこれからだ、気を引き締めなおせ」

了解、の返答が返って来る。

「第三三戦隊は一時後退。

愛鷹と深雪は第一攻略艦隊に編入し、榛名と涼風の穴埋めとする。

愛鷹に主機の復旧を急がせろ」

指示を出すと司令官席の背もたれにもたれて目を閉じた。

アイツ、やってのけたか。

流石は刀の使い手艦娘だ。

脇で参謀たちが話す声が聞こえた。

「愛鷹、前に深手を負いながら一隻撃破してなかったか」

「確かに、沖ノ鳥島で一隻沈めたと聞いている」

「これで二隻目か……流石は『巨大艦殺し』だな」

 

「巨大艦殺し」か……

もう少し響の言い二つ名はないものだろうか。

 

語彙力のない参謀にやれやれと思いながら目を開け、モニターに目を移した。

第三三戦隊のマーカーは、指示通りに反転して第一攻略艦隊のマーカーへと近づいている。

今の所、攻略艦隊の深海棲艦への攻撃は順調に進んでいる。

確認された敵艦隊の内、空母部隊はその大半が無力化され、水上部隊も大きな損害を受けている。

まだまだ、出てくる可能性はあるが、作戦自体は大きな狂いもなく進行していると言っていい。

海兵隊を載せた揚陸艦「ディエップ」も既に護衛の艦隊を連れて出港しており、こちらとは六時間遅れで就く予定だ。

深海棲艦艦隊を無力化し、地上施設にも損害を一定のダメージを与えれば海兵隊で後は攻略できる。

LZ(上陸地点)を確保すれば、あとは命知らずの猛者揃い達の出番だ。

あとは未発見の敵がまだいるか、だ。

 

 

戦線離脱した蒼月以外の第三三戦隊メンバーが第一攻略艦隊と合流すると、榛名、涼風が抜けた分の補充に愛鷹と深雪が編入され、衣笠、夕張、瑞鳳は「アルバトロス」に戻ることになった。

「『アルバトロス』を頼みましたよ」

「衣笠さんにお任せです!」

ガッツポーズで応える衣笠に、愛鷹は頼もしいものだと軽く頷いた。

艦隊運動の混乱防止に愛鷹は旗艦権限を継承せず、第一攻略艦隊の指揮は妙高が取り仕切ることになった。

喉が渇いた愛鷹が経口補水液のボトルに口をつけていると、深雪が寄って来た。

「大丈夫か?」

「やれますよ。

主機の損傷は夕張さんも手伝ってくれたので問題ないですし」

「お前の体調だよ。

かなり無理をしたんじゃないのか?」

心配そうに聞く深雪に、愛鷹は口元に微笑を浮かべて応えた。

「まだまだ、この体が終わる事はありませんよ。

天寿を全うしきるまで生きるのがモットーですから。

もう無理はしませんよ」

「そうか。

でも、マジで無理しないでくれよな」

「はい」

そう答える愛鷹に深雪は拳を軽く出す。

やった事が無かったので、とりあえず聞いたことがある要領で愛鷹も拳を出して、深雪の拳と軽くぶつけた。

 

愛鷹と深雪を加えて再編成した艦隊は、その後索敵を続行したが、敵艦隊が見つかる事は無かった。

敵艦隊は全艦を撃沈してはいないのは確認済みだ。

撃ち漏らしの艦艇は重巡や戦艦を合わせて六隻程度、軽巡以下の艦艇もほぼ同数だ。

恐らくショートランドに一旦退いて戦力を再編成するか、撤退するかもしれない。

「意外と何とかなるんじゃないか?」

江風の言葉に全員がその通りだ、という表情をする。

気はまだ抜くわけにはいかないが、腑抜けするほどに大きな狂いもなく作戦は進んでいた。

事実上の制海権確保と見た「アルバトロス」の磯口提督が、「アルバトロス」と「ディエップ」と共に、艦隊全艦でのショートランド進撃を発令したのは、第一攻略艦隊が再編されて二時間後のことだった。

ショートランドに近づくにつれて、群島が増えて来た。

どれも小さな無人島だ。

島が多いという事は、深海棲艦艦隊の不意打ちを受ける可能性も上がってきているという事にもなる。

航空偵察で探しきるのにも限界があるから、一番気を使う時だ。

「そろそろ、航空攻撃も無理になるだろうな」

深雪が西の空の太陽を見て呟いた。

日本と違い、ラバウルを含む南洋では日没時間が違う。

時差も勿論ある。

敵地上施設への空爆は早めに行わないと、攻撃隊が出撃している間に日が暮れてしまい、夜間の着艦作業を行うことになる。

夜間着艦作業は不可能ではないが、危険性が高いのであまり推奨されていない。

どうするのだろう、と愛鷹が思っていた時、ガード・ドックから警告が入った。

(敵艦隊コンタクト、重巡洋艦主体の艦隊を確認した。

数は一二隻。

戦艦タ級一隻を含む、重巡ネ級改と見られる艦影六、リ級三、駆逐艦六。

第一攻略艦隊に向かう。

奴らめ、群島に潜んでいたか。

第一攻略艦隊は水上部隊と空母部隊を分離し、インターセプトしろ。

愛鷹、水上迎撃部隊の指揮をとれ)

「了解」

答えつつも、艦隊運動演習を充分行った関係ではないメンバーと上手くやれるのか、と多少不安になった。

飛鷹と隼鷹を第二攻略艦隊の元へ護衛しつつ後退させるために、能代と山風、江風が付き、妙高、川内、深雪、海風が愛鷹と共に迎撃に出ると言う編成が組まれた。

二手に分離した艦隊が分かれる時、飛鷹が五人に向き直って念を押すように告げた。

「無理しないでよ、みんな。

戻って来てね」

「そ、戻ったら祝杯だぜ。

用意しとくよ」

「隼鷹」

何でもかんでも酒を引き合いに出す隼鷹に、飛鷹が苛立ちと呆れの両方が混じった声で睨むが、隼鷹はそんな顔をするなと笑顔を返す。

溜息を吐きつつも飛鷹は愛鷹に向き直った。

「頼みますね」

「了解です。

ちゃんと戻りますよ」

「まだまだ、戦いはありますからね。

誰も欠ける訳には行かないんです」

そう返す飛鷹に愛鷹は頷いて答えた。

 

飛鷹達と別れた愛鷹達は、愛鷹を先頭にした単従陣を組んで、接近する深海棲艦水上部隊の元へ向かった。

対水上レーダーを作動させて捜査を行う。

羅針盤をレーダー画面表示に切り替えて確認していると、ノイズが走り始めた。

ECM(電波妨害)とは異なるノイズ、羅針盤障害だ。

「敵の拠点が近いからかな」

そう呟いた時、レーダー画面のノイズがさらに激しくなった。

「羅針盤が駄目になりました。

羅針盤障害レベルが高すぎて表示できません」

自分の羅針盤を見ていた海風が困り果てた様に言った。

それを聞いて川内も自分の羅針盤を見て溜息を吐くと、首を横に振った。

「私のもダメだ、天測航法で自分の位置を確認しないとね」

「電探もノイズが酷くて見られませんね」

妙高も羅針盤を見て、表情を険しくする。

自分の羅針盤の電探表示を見た深雪は、三秒と立たずに羅針盤を仕舞った。

特型の電探は旧式化しつつあるから、強力な羅針盤障害には脆い。

羅針盤の表示自体も、ノイズが酷過ぎた。

これだけのノイズが出ているという事は、ショートランドの深海棲艦の拠点は意外と近いのかもしれない。

深海棲艦の拠点の近くではその障害の酷さで、羅針盤が完全に用をなさなくなることもある。

通信系が特に脆弱なのは沖ノ鳥島での事例通りだ。

しかし、愛鷹のなら大丈夫な筈だ。

「愛鷹、お前の羅針盤と電探は?」

そう尋ねると、「使えますよ」と答えが返って来る。

「ノイズはありますが、ある程度は使えます。

探知範囲が若干低下していますが、電探も機能しています」

「さっすが最新鋭艦」

頼もしいぜ、と笑みを浮かべる深雪に対し、妙高、川内、海風は愛鷹の電測機器の性能に驚いている様だった。

羅針盤障害の度合いにもよるが、今の所最新の対策が施されている愛鷹のレーダーや羅針盤はある程度機能を維持できていた。

電探の出力を上げて捜査すれば、狭まった範囲の内半分程度は元に戻せる。

勿論、限界もあるがこの程度ならまだ自分の艤装の電測危機は耐えられる自信があった。

着信音を立てて、自分のレーダーよりさらに探知範囲と出力のあるレーダーで監視しているガード・ドックが警告を入れて来た。

(全艦警戒しろ、深海が近くの群島の一つに消えた。

参照点より方位〇-四-三。

羅針盤障害のレベルが上がっている、もうじきこちらの管制にも限界が出始めるだろう)

「了解です、ガード・ドック」

(愛鷹、お前のことは『アルバトロス』で随分話題になっている様だぞ。

帰ったら覚悟しておいた方がいい)

今のはどう覚悟しろと? そう返したくなった。

それより方位〇-四-三、今自分が見ている方向からして左手前方の群島に消えた深海棲艦が、どこから再び姿を現すかが問題だ。

海図を取り出して確認をする。

深海棲艦の出現後、この辺りの海流と潮流は幾分変わっているので、それに合わせて敵の出現タイミングを図る必要があった。

潮流と海流次第では敵艦隊の速度がいくらか変わって来る。

大きな島は無いが、一二隻もの艦隊が姿を隠すには十分な広さの島がいつくもある。

「どう思います、妙高さん」

「海図を確認してみましたが、この島が一番近いですし、ガード・ドックがロストした位置から隠れながら移動して来るには充分な位置です」

自分のか海図を見る妙高が島の一つを指で刺した。

「こちらの二つの島の間から出てくる可能性もありますが、ここからだと一二隻もの艦隊が動くには狭いですし」

「ただ、潮流が速い。

明日の速い艦で組んだ分艦隊でこちらの側面から奇襲攻撃を行い、混乱させている間に本隊で一気に殲滅を行う可能性もありますね。

ただ……」

「ただ?」

聞き返してくる妙高に愛鷹は別の島、深海棲艦の隠れた島とは反対の位置の島を指で叩いた。

「駆逐艦が潜航状態で回り込んでくる可能性もありますね」

「なるほど」

「ソナーで確認します」

そう言うと愛鷹はバウソナーを起動させて耳を澄ました。

駆逐艦は潜水艦と違って静粛性が高いとは言えないから、推進音を聞き取るのはそれほど難しくはない。

「思った通り」

四隻の航行音が聞こえた。

「聴音探知、方位一-六-七、的針一-九-五、速力二一ノット。

推進音から駆逐艦イ級後期型四隻。

水上、海面監視警戒を厳に」

了解の返事が返る。

さらにソナーで他の深海棲艦艦隊の動向も探ってみる。

羅針盤障害も海中の音までは妨害しきれない。

島からのエコーが多いので、探知は難しかったが、推進音らしきものは時々聞こえた。

敵が正面から攻撃を仕掛けて来るとしたら二方向から。

奇襲を仕掛ける際は駆逐艦がいた位置の近くから。

同時攻撃をかける可能性が高いと判断した愛鷹は、主砲の安全装置を解除した。

「敵は近いです、対水上戦闘用意。

近接砲戦に備え」

相手の数はこちらの三倍だ。

しかし、こちらを三方から攻めるとしたら向こうは戦力を分散している。

各個撃破で反撃するチャンスだ。

しかし、発見したら即叩かないと、もう一方からの別働隊からの集中攻撃を受ける。

そうはいかない、と思っていた時、四つの高速推進音が聞こえた。

「高速推進音探知、方位一-七-〇、的針一-六-五、敵速四七ノット」

「魚雷だ!」

それを聞いた川内が海面に目を向けながら叫ぶ。

「駆逐艦を片付けないと」

「それが敵の狙いです。

こちらが駆逐艦を排除に当たっている後背から攻撃してきます。

魚雷攻撃に留意しつつ、右舷を警戒」

そう指示した時、電探に艦影が映った。

重巡洋艦ネ級改三隻、リ級一隻、駆逐艦二隻。

潮流の速い出現予想場所からだ。

「対水上戦闘、方位〇-〇-五から来る敵艦隊と交戦します。

各個撃破のチャンスです、迅速かつ冷静に。

ウェポンズフリー、誤射に注意しつつ各自判断で目標を定め撃ち方始め」

そう指示を下すと愛鷹は第一、第二主砲を敵艦隊の来る方向へと向けた。

重巡四隻と駆逐艦二隻がこちらを捉えているのが見えた。

脅威の高い重巡を速攻撃破で次に繋げられれば……。

 

「主砲一番二番、方位〇-〇-五の指標一番二番の重巡に照準。

左対水上砲戦、主砲撃ちー方始め。

てぇーっ!」

三一センチ三連装主砲が轟音と共に六発の徹甲弾を撃ち出した。

砲身から噴き出す砲炎と黒煙の中から砲弾が飛び出していき、二隻の重巡に三発ずつの砲弾が向かう。

こちらを捉えている重巡四隻も主砲を向け、照準を合わせると砲撃を始める。

ネ級改が速射性を生かして砲撃の雨を降らせ始めた時、一挙に二隻が被弾し爆発した。

二基の三連装主砲が跡形もなく吹き飛び、本体も爆炎の中へと消える。

一瞬で二隻の重巡が撃沈されるのを見ていたネ級改に、妙高からの二〇・三センチ主砲弾が着弾する。

直撃を受けて姿勢を崩すネ級改に、妙高からさらに砲撃が浴びせられる。

直撃のたびにネ級改が攻撃と航行の自由を奪われていく。

「下がりなさい」

静かに告げながら砲撃を行う妙高が見る中、ネ級改は炎上しながら動きを止めた。

主砲は損壊しており、炎に包まれてもがくネ級改は助かりそうにない。

撃沈確実だ。

残るリ級は攻撃を行わず、二隻の駆逐艦と共に離脱を図る。

しかし、そこへ川内、海風、深雪からの砲撃が飛来し、動きを止める。

リ級は即座に主砲を構え、反撃の砲火を放ち、駆逐艦も援護射撃を開始した。

三隻からの砲撃に川内、海風、深雪は回避行動をとりつつ、攻撃を続けた。

海風と深雪からの主砲砲撃を受けたイ級後期型が被弾し、爆発炎上すると、もう一隻のイ級後期型は魚雷三発を発射した。

「敵駆逐艦、魚雷発射。

雷跡確認方位〇-一-一」

「回避!」

妙高、川内、海風、深雪が迫る魚雷を躱しにかかる。

射線上にいなかった愛鷹は四人が回避運動中に、駆逐艦に対し主砲を発射した。

第二主砲の右砲から撃ち放たれた三一センチ砲弾が命中するや、イ級後期型は木端微塵に吹き飛び、残骸を撒き散らして消滅した。

 

そこへ、再びレーダーに反応が出る。

戦艦タ級一隻とネ級改三隻、リ級二隻。

流石に正面から立ち向かうには荷が重い、

「新たな敵艦隊を確認、方位〇-七-五。

戦艦一、重巡五隻」

「流石に、それは私たちの手に余るね」

眉間に冷や汗浮かべた川内が敵の来る方位を見る。

単従陣を組んだ六隻が主砲を右舷に向けて砲撃を開始する。

「一旦群島に隠れて、こちらはこの海域の地形を生かして反撃します。

面舵一杯、機関最大戦速」

指示する愛鷹に四人が続いた時、砲弾の雨が周囲に落ちた。

直撃弾が出る前に五人は一旦、近くの岩礁を含む群島に向かった。

先頭を行く愛鷹が島の一つを回り込んだ時、四隻の駆逐艦が出合い頭に出て来た。

移動中の所と出くわしてしまったか……舌打ちをしながらも、思わぬ遭遇だったらしい深海の駆逐艦に主砲を向けると、トリガーグリップの引き金を引いた。

第一第二主砲の砲撃によって撃ち込まれた砲弾が瞬時にイ級後期型二隻を粉砕し、海に破片をばら撒く。

残る二隻が再装填中の愛鷹の隙を突こうと、回頭して主砲を向けようとするが、続航する妙高からの砲撃が直撃して一隻が瞬く間に轟沈する。

さらにその後ろから川内が右腕の一四センチ単装砲の射撃を行い、イ級後期型に砲弾を次々に命中させる。

黒煙を上げてイ級後期型が波間へと沈み始める間に、五人は別の島へと移動した。

今の交戦で深海棲艦艦隊に位置が知られている可能性は充分にある。

立ち上がる黒煙から位置を割り出すのは簡単だ。

「それで、どこから奇襲をかけるの?」

島の一つの陰に隠れて一旦、止まると川内が聞いてきた。

「相手は戦艦が一隻に重巡が五隻。

いくら愛鷹さんが重巡に強くても、流石に荷が重いでしょ。

戦艦は得意な相手じゃないって言ってたしさ」

「確かに。

正面から挑んでは、こちらに負傷者が出ますからね。

最悪、誰かが沈むことにもつながりかねない」

険しい表情で妙高が言うと、海図を見る愛鷹が急に咳き込んだ。

「愛鷹さん?」

どうしたの、という様に海風が聞いた時、愛鷹は無言でティッシュを口に当てて何かを吐いた。

発作か、と深雪は思ったが、重度の発作ではない様だ。

ティッシュに赤い染みが出来ているのが一瞬見えたが、吐血と言うよりは血痰の様だ。

戦いの度に、愛鷹は心身を削っている。

そう思うと深雪は、遠からず愛鷹が体力的に持たなくなる未来が見えた。

 

何か、治療でもできないのかな。

 

大丈夫かと聞く妙高に問題なしと答える愛鷹の表情は、いつも通りの表情に見えて、深雪にはどこか老けて見えた。

 

不安そうに見て来る深雪の視線をよそに、愛鷹は海図を見ながら策を練る。

戦艦一隻に重巡五隻。

数ではこちらと拮抗しているが、火力では向こうが勝っている。

タ級は川内、深雪、海風の魚雷、重巡は自分と妙高で何とかできるが、そう簡単に向こうもやられる訳がない。

魚雷を躱されたら砲撃で対抗するしかない。

一応、自分の主砲でも対抗は出来なくはないが、重巡が邪魔になる。

あまり時間をかけられる余裕はない。

比較的、大きめの島を挟んだ向かい側に深海棲艦艦隊はいるはずだ。

敵を巻くことが出来ているとしたら、今自分たちがいる場所の反対側を航行しているはず。

もし振り切っておらず、追撃をしているならあと三分後にレーダーで捕捉できる。

しかし、待ち伏せを簡単に食らうような追撃をするとは思えない。

回り込んできて、火力の差で一気にカタをつけに来るだろう。

海図を見ているとある物が目に入った。

 

敵艦隊が島を回り込んでこちらの前面に出るとしたらその手前辺りに、小さな小島を回り込むことになる。

島と島の間には水道があるが、艦隊で動くには狭いし、潮流が早く、航行の難所でもある。

戦艦を含む深海棲艦艦隊は通れない所だ。

 

これを使おう。

「よし、作戦を説明します」

「どんな作戦?」

尋ねて来る川内や視線を向けて来る妙高、深雪、海風に愛鷹は海図を指さして説明した。

「敵艦隊は恐らく、島を回り込んで私たちの前面に出ようと航行中の筈です。

敵の速力と潮流、時間からして推定できる位置はここ、私達が今いる島の反対側のはず。

そこへ、後背から奇襲をかけます。

川内さん、海風さん、深雪さんはこの細い水道を通って敵艦隊の背後に回り込み、魚雷攻撃。

敵の単従陣は振り切る前、戦艦を殿にしていました。

戦艦に一発でも魚雷が当たれば、戦闘に支障が出て行動にも制約を産むことが出来ます。

敵に混乱を誘っている間に私と妙高さんで重巡を片付け、最後全員でタ級を叩きます」

「かなり早い潮流ですね、座礁の危険性も考慮しないと」

示された水道を見て海風が不安そうな顔をする。

一方、面白そうだと、にやけ顔の川内は腕を組んで頷いた。

「でも、そこを使えば潮流に合わせて速度アップが出来て一気に回り込めるし、魚雷のスピードも多少は上げられるね」

「敵が待ち構えている可能性はないよな?」

「こちらが全艦で向かうと予想していれば、航行の難しさもあるので待ち伏せの可能性は低いでしょう。

でも、三人の小型艦艦娘なら機動力を生かして、ここを突破するのは可能。

違いますか?」

「私なら簡単だよ。

深雪と海風にも朝飯前の場所だよ」

「海風はビビってるけどな」

「ビビッてませんよ」

深雪にからかわれるように言われた海風が頬を膨らませる。

「では、私と愛鷹さんでこの辺りで伏撃(待ち伏せ)ですね」

妙高が指す場所に愛鷹は頷いた。

「ここで迎え撃ちます。

よし、すぐにかかりましょう」

 

 

そのころ、「アルバトロス」では羅針盤障害で一向に入らない愛鷹達の戦況に苛立ちが出ていた。

FIC内では要員が苛立たし気に行きかい、確認の声を飛ばし合っていた。

「愛鷹達との通信はまだとれんのか?」

「リンクをいろいろと試していますが、ガード・ドックのレーダーでも捕捉できないそうです」

「拠点が近いだけに、妨害レベルもかなりのモノだな」

「生きてるのか、死んでるのかもわからんとは」

苛立つ空気があるが、一方で愛鷹達が戦闘中に飛鷹、隼鷹、雲龍、葛城で空母部隊を再編成し、ショートランド空爆を敢行していた。

既に攻撃隊第一波が爆撃を行っており、第二波も遅れて出撃済みだ。

「ガード・ドックより攻撃隊の無線が中継されてきました」

通信士官の報告に磯口は繋ぐよう指示をする。

(ウルトラ3-1からガード・ドック、敵施設への空爆を終了セリ。

目標へのBDA(爆撃評価)は不十分、再攻撃の要を認む。

こちらの損害、彗星六機ロスト、紫電改二二機ロスト、オーバー)

(了解した。

第二次攻撃隊が現在向かっている、そちらはRTB、帰投せよ)

(了解)

 

八機を失ったか。

そう呟きながら司令官席に座りなおす磯口に別の報告が入る。

「ウェルデッキより重巡衣笠が意見具申しています。

愛鷹隊の増援の要ありと認む、夕張と共に出撃許可願う、です」

「ダメだ、衣笠及び夕張は本艦の護衛任務に付かせろ。

反論は聞かんと返せ」

「了解」

気持ちはわからんでもないが、状況が不明である以上は無駄に動く訳にも行かない。

ミイラ取りがミイラになっては目も当てられない。

案の定、抗議してきたが取り合う気は無かった。

「待つのだ、待てばアイツらは必ず結果を出す」

独語するように呟きながら磯口は戦況画面に目に視線を戻した。

現在出撃している空母部隊は空母艦娘以外に北上と大井が随行している。

更に「アルバトロス」周囲に対潜警戒の為、第四駆逐隊が展開していた。

他のメンバーは一旦ウェルドックのあるウェルデッキで小休止と艤装の補給作業中だ。

準備完了次第、再び出撃になる。

「休憩は無いぞ、出来る者には仕事が回って来るからな」

ここから聞こえないと分かりつつ、衣笠と夕張に向けて磯口は言った。

 

 

かなりの潮流の速さの分、移動時間が確かに速くなった。

その分、気を抜くとコースを逸れて座礁する恐れもあった。

川内を先頭に海風と深雪が続行して、狭い水道を抜けた。

「結構な潮流だね。

時間帯にもよるとはいっても、確かに航行の難所だ」

舵を微調整して進路を維持しながら川内は正面を見据える。

想定している攻撃位置への到着予定時刻(ETA)はあと三分。

水道を抜け、敵戦艦を後背から魚雷攻撃で無力化し、そのまま愛鷹と妙高で挟撃する作戦。

上手くいけば、深海棲艦は有力な水上部隊を失う事になるはずだ。

だからこちらがしくじる訳には行かない。

自分は夜戦ばかり強い訳では無い。

やってみせるさ、と自分にも言い聞かせるようにして川内は航行した。

「水道のウェイポイント3を通過しました、出口まであと一分」

「よし、対水上戦闘、雷撃戦用意。

確実に当てていくよ」

「了解です」

「はいよ」

そう返しながらも深雪は少し不安もあった。

すでに魚雷発射管の片方は使い切っている。

残る三発の魚雷で何とかするしかない。

空の魚雷発射管を見て、補充する余裕があったらよかったんだけどな、と遅い後悔を噛み締める。

「あ、そうだ深雪」

ふと川内が呼んで来たのでそちらを向くと、自分の発射管から魚雷を一本抜いた川内が放って寄こしてきた。

「あんた、三発使い切ってるでしょ。

切り札に一発使えるよう分けてあげるよ」

「サンキューな、川内」

ニヤっと笑って礼を言うと、川内も笑みを返した。

貰った魚雷は空の発射管に手動で再装填し、いつでも撃てるように安全装置を解除する。

いざという時の切り札として使うつもりだった。

それでも、そのようなシチュエーションにならない事を願うばかりだ。

 

程なく海図を見ていた海風が海図から顔を上げた。

「ウェイポイント4を間もなく通過します」

「よし、魚雷攻撃で袋叩きにするよ」

「おう」

「はい」

水道の出口に出ると、舵を面舵に切った。

読み通り、深海棲艦艦隊の艦隊が単従陣を組んで航行している。

最後尾は戦艦タ級だ。

不意打ちを行うべく、ハンドサインで確認を取りあうと三人は魚雷発射管を構えた。

深雪が呟くように魚雷発射管に諸元を入力する。

川内が右腕を立てて、三本の指を立てた。

三つ数えたら魚雷発射だ。

夜戦での魚雷命中率は深雪が舌を巻くほどの腕前なだけに、確実に当たる魚雷発射タイミングを川内は図っていた。

タ級の背中がはっきり見えるようになった時、川内が指を折り始めた。

 

三、二、一……。

 

右腕が振り下ろされた、魚雷発射の合図だ。

三人は無言で魚雷を発射し、急いで取り舵に舵を切って離脱した。

圧搾空気で撃ち出された魚雷が戦艦タ級に向かって行くのを、深雪は「当たれ」と念じながら見送った。

 

 

前方で爆発音が複数回し、愛鷹は顔を上げた。

「あれは成功ですね」

傍らの妙高の言葉に愛鷹は「ええ」と相槌を返した。

あの爆発は艦娘が使う魚雷の爆発音。

誘爆などとは別の音だから、魚雷攻撃成功の合図だ。

「行きましょう」

「はい」

二人は最大戦速をかけて一気に深海棲艦艦隊の前へ出た。

それと同時に砲声が響き出す。

砲声からして愛鷹と妙高に向けての砲撃ではない。

魚雷の奇襲攻撃をかけた川内、海風、深雪への砲撃だ。

二人が深海棲艦艦隊との会敵予想場所に出ると、前方でタ級が黒煙を上げて停止しリ級一隻が寄り添い、ネ級改二隻が三人に砲撃を行っていた。

海面には二つの黒煙と残骸が浮かんでいる。

すでにリ級とネ級改一隻ずつが、魚雷の直撃を受けて轟沈したようだ。

「妙高さんは三人の援護を、私はタ級と無傷のリ級に止めを刺します」

「分かりました、お気をつけて」

主砲を構えた妙高が針路を変えて、川内、海風、深雪の援護に向かう。

一方タ級とリ級に向き直った愛鷹は刀を引き抜き、主砲管制を左腕で行えるようセットした。

接近する愛鷹に気が付いたリ級が主砲を構えて突撃して来た。

何が何でも大破しているタ級を護る気だ。

申し訳ないようだけど、と同情はしないものの、そうせざるを得ない深海棲艦の気持ちは分かった。

主砲を構え、第一主砲だけ発射する。

リ級は即座に回避機動を取り、三発の三一センチ砲弾を避け切ると主砲を構え直し、二発の砲弾を撃ち放った。

しかし、そこへ愛鷹の第二主砲の砲弾が命中し、爆発の炎と黒煙の中にリ級はあえなく包み隠された。

弾薬が誘爆する爆発音が炎の向こうから聞こえる一方、愛鷹はトリガーグリップから手を離した左手で防護機能を展開指示し、リ級の砲弾を弾いた。

弾かれて爆発するリ級の砲弾の黒煙が晴れると、タ級が主砲を構えてこちらを狙っているのに初めて気が付いた。

最後の悪足掻き、と思った時タ級が三連装主砲の一基で砲撃を行った。

回避機動が間に合わないと即座に判断した愛鷹が、刀で砲弾を弾く。

悔しさと恨めしさを浮かべた表情で睨んでくるタ級に、愛鷹は主砲を向けるとためらいなく射撃トリガーを引いた。

満足な戦闘も航行も出来ないタ級には成す術がなかった。

次々に撃ち込まれる三一センチ砲弾が破損している艤装の傷をさらに広げ、武装を叩き潰し、本体にも被害与えていく。

特に浮かべる表情もなく主砲弾を撃ち込んで行く。

嬲り殺しの様だが、タ級の耐久性を考えれば愛鷹からの砲撃は普通だった。

見ていて決して気のいいものではなかったが、愛鷹が一二斉射を撃ち込むとタ級は既に虫の息になっていた。

炎上し、波間に沈み始めるタ級に踵を返し、妙高、川内、海風、深雪の元へと向かった。

やり手らしく一隻だけ巧みに回避機動をとって四人からの砲撃を躱しているネ級改だったが、接近する愛鷹には気が付いていなかった。

何かを察してネ級改が振り向いた時、愛鷹が撃った砲弾三発が命中していた。

轟音を立てて吹き飛んだネ級改が海面下に消えた後、一同は集結した。

誰一人、怪我を負っていなかった。

完勝だった。

「作戦は大成功だね」

「やりましたわね」

「魚雷撃ち尽くしちゃいましたけど、でも怪我人が無くて良かった」

ホッと胸をなでおろす川内、妙高、海風の外でぼんやりと燃える海を見つめている愛鷹に深雪は寄った。

「大丈夫か、愛鷹」

「ええ、深雪さんは?」

「あたしは大丈夫さ、そっちも怪我無さそうで何より……

 

何で泣いてんだ?」

「え?」

怪訝な顔で聞く深雪の言葉に驚いた愛鷹が頬と目を軽く触れると、知らない内に流れ出していた涙が筋を作っていた。

硝煙が目に染みたのかと思ったが、そんな感覚はない。

体は何ともなく、気分も落ち着いている。

では、なぜ涙が流れている?

分からない、ただ胸の内で悲しさを感じる自分がいる気がしていた。

手の甲で涙を拭っても、また溢れ出た。

「戦場の風が目に沁みます……涙が止まらない……」

そう返す愛鷹を深雪は無言で見つめていた。

 

 

(こちらコンボイ1-0、こちらラバウルATC(航空交通管制)。

滑走路02への進入を許可、離陸許可を待て)

「コンボイ1-0、了解」

コックピットでのやり取りを聞きながら、キャビンの席に座る青葉は窓の外を見た。

雲の少ない日が沈みかけている空に照らされるラバウル基地が、小さな窓から見えた。

自分だけ先に日本へ帰るのは、なんとも心苦しいものだ。

傍らには青葉の看病をする医師と看護師二名の三人が席に座って離陸の時を待っている。

自分とこの三人以外誰も乗っていないC2輸送機は酷く物寂しさをキャビンに漂わせていた。

また第三三戦隊の仲間たちと再会できるのが何時になるのか、自分の治療がてらに受けられる甲改二が一体どんな姿なのか。

興味と共に不安が胸の内で渦巻いていた。

置いていくことになる妹が心配だし、タフに見えて余命僅かな脆い体の愛鷹も心配だ。

速度が微妙だし、水上火力や対空火力も平均的で突出した所の少ない夕張も心配だし、メンタルも強くなってきているがまだまだ未熟さがある蒼月も心配。

人命を優先するあまり視野狭窄に陥りやすい深雪も心配だ。

航空戦力しか使用出来ない空母である以上、水上戦闘には脆い瑞鳳も心配。

心配ばかりしているのもまたいいとは言えないが、今は楽観的に見ている気分にはなれなかった。

大丈夫だろうか、心配だな、と保護者のような気分で考えているとコックピットからまたやり取りが聞こえて来た。

(コンボイ1-0、こちらラバウルATC。

クリアード・フォア・テイクオフ、離陸を許可する)

「了解した、コンボイ1-0、離陸する」

エンジンスロットルが上げられると、キャビンの外からエンジンの轟音が高まり、輸送機が滑走を開始した。

程なく宙に上がったC2輸送機は高度を上げて、ラバウル基地を後にした。

「グッドラック、皆さん」

小さくなる眼下の基地と海に向かって青葉は呟いた。

 

 

「ガード・ドックより入電。

愛鷹隊は敵の水上部隊を全艦撃沈、我が方の損害ゼロ。

弾薬損耗の為、帰投後の補給を求む」

その報告にFICではホッと溜息を吐くものと、小さくガッツポーズをとるものと喜びを示す動きが出た。

とは言え、諸手を上げて喜べる状況と言う訳でもない。

航空攻撃は第二波を送って、日没となったため撃ち切られた。

爆撃効果は基地施設に相応のダメージを与えるも、停泊していた深海棲艦艦隊への攻撃は上陸作戦を行うには危険度が高い、という不完全な結果に終わっている。

こうなれば、海兵隊の上陸前に水上部隊による敵の艦隊への警戒が必要だ。

交戦する時間帯は確実に夜間。

夜戦になるだろう。

愛鷹隊を収容後、警戒部隊を再編して敵襲に備える必要があった。

「とは言え、ひとまずは目の前の脅威が過ぎたな。

さて、ここからが第二ステージだ」

司令官席に座って戦況モニターを見つめる磯口の言葉は、誰かに言うつもりで言ったわけでもなかったので、返される言葉は無かった。

 




今回は戦闘がメインのお話となりました。
愛鷹のス級との戦闘シーンに何かしらのデジャヴを感じる人がいるかもしれません。

本作における最大級の脅威であり、愛鷹の深海棲艦の敵であるス級を愛鷹が単独で撃破する事に成功する記念すべき回となりました。
これを愛鷹が続けられるのか、再び怪我を負いながらも成し遂げるのか。
今後の展開に期待ください。

前回登場できなかった青葉を出しましたが、しばらくは青葉は第三三戦隊とは戦わず、自分のパワーアップに取り組むことになります。
甲改二として帰って来る青葉の活躍にも期待して下さい。

では、また次回のお話でお会いしましょう。


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第二七話 胎動する闇

イベントを終え、随分疲弊しました。
青葉との進水日カッコカリはかないませんでした。

本編をどうぞ


真夜中のショートランド島の南西、ラルゴムビーチと名付けられた浜辺には揚陸艦「ディエップ」から先遣隊の隊員を載せて発進した複合艇六隻が着岸し、海兵隊員が次々にビーチに降り立つ。

四方にM8ライフルを持った海兵隊員が展開し、警戒に当たると程なく全員が「クリア」と報告し合う。

上陸地点を確保した海兵隊員は、主力部隊に上陸してよしの信号を「ディエップ」に送った。

信号を受け取った「ディエップ」から海兵隊員を満載したMV22Dオスプレイが飛行甲板から発艦した。

更にウェルドックのハッチが開くと水陸両用の装甲戦闘車EFV(遠征戦闘車)や、ハンヴィー、トラックなどの車輛を載せたLCAC(エアクッション揚陸艇)二隻も発進する。

EFV四両が砂浜の上で停車すると、後部ハッチから海兵隊員が次々に降り、ビーチングしたLCACから車輛が誘導員に誘導されながら降ろされる。

海兵隊が橋頭保を築きあげるのはすぐに終わった。

 

 

「上陸部隊より入電、『我、LZ(上陸地点)を確保。これより基地施設制圧に出る』です」

海兵隊の上陸成功の一報は「アルバトロス」にも届いた。

戦闘配食を食べたFICの要員は既に仕事に戻っており、上陸成功の一方に安堵の息を吐いていた。

報告を聞いていた磯口も軽くため息を吐いて、上陸自体はとりあえず成功だが、制圧するまでがこの上陸作戦の完了だ、と自分に言い聞かせた。

「基地施設の方は彼らに任せ、我々はこの海域の警戒監視だ。

警戒部隊の状況は?」

磯口に尋ねられた作戦参謀はタブレット端末を手に、上げられている状況を答える。

「現在の所、敵艦影無しで、ガード・ドックの広域レーダーにも反応なしとの事です。

ただし、ガード・ドック曰く羅針盤障害がまだ強い為、深海の増援に注意せよと言う通告が来ています。

警戒監視の第二陣となる第三三戦隊は蒼月が戦闘不能の為、臨時に川内、夕立を編入して警戒監視に当たらせます」

「了解した、連中の出撃時刻は?」

「マルヒトサンゴー(〇一:三五)を予定しています」

それを聞いて腕時計を見る。

「あと三〇分か」

「現在、ウェルドックで出撃準備中との事です」

「ちゃんと飯は食ってるだろうな?」

「それなのですが、愛鷹がなかなか食べようとしないと」

その言葉に磯口は怪訝な表情を浮かべた。

 

アイツの頭の中はちょいちょい変わってると思っていたが、飯も食わないとはどこまで変わってるんだ?

散々ボコボコにしてくれたス級を近接攻撃で単独で撃沈してしまうあたり、よほど訳の分からん奴にも見えなくはないが。

 

 

ふとウェルドックから愛鷹の姿が見えなくなってしまったので、探しに出た夕張は腕時計を見て出撃まであと三〇分も無い事に気が付いた。

「こんな時にどこに行ったって言うのよ」

困った上官だ、と思いながらふと外を探していないと思い至った。

ラッタルと呼ばれる急な階段を上り、ハッチから「アルバトロス」の飛行甲板に出る。

広い甲板を見渡すと、艦尾から細い煙が上がっているのが見えた。

「あそこか」

姿が見えないが、おそらくキャットウォークにいるのだろう。

艦尾へと走っていき、キャットウォークへ降りる階段を降り、角を曲がると海を眺めながら葉巻を吸っている愛鷹がいた。

「愛鷹さん、ここにいましたか。

随分探したんですよ、急にいなくなっちゃうから。

葉巻吸うなら吸いに行くって言ってくださいよ」

「すいません」

こちらを見返さず、海を見つめながら愛鷹は謝った。

その言葉はどこか重く、海を見る目もどこかもっと遠いものを見ている目だ。

何より、いつもと比べて何故かひどく疲れている様にも見えた。

どうしてそう見えるのか、自分でも説明が付かないが、人間、疲れるものだからな、と自分を納得させる。

「ウェルドックに戻り」

「夕張さん、あなたはある日突然、勝手に涙が溢れた事はありますか?」

「え?」

こちらを見ずに尋ねて来る愛鷹に、どうしたのと返したくなるも腕を組み、軽く考え込む。

「状況を絞り込む条件は?」

「……そうですね、戦闘中にです」

そう返されて、考えてみるがそんな記憶はない。

泣いたことがあるかなんて、いちいち覚えている暇が無かったからかもしれないが、覚えている範囲では無い。

「無いと思います」

「そう、ですか」

やはりこちらを見返さないまま愛鷹は短く返した。

どうしたんだろうと夕張はさっきの考えを思い返した。

「どうかしたんですか?」

「いえ、何でもありません。

先に行ってて下さい……もう少し、一人でいたいです……」

こちらを振り向かずに告げる愛鷹の言葉通り、夕張は戻る事にした。

「五分前行動は忘れないでくださいね」

そう言って夕張はウェルドックに戻った。

 

 

ウェルドックでは川内、深雪、夕立が自分たちの艤装の最終点検を済ませ、手近なモノに座って談笑していた。

そこへ作業員に呼ばれてドックを離れていた衣笠が戻って来た。

「ただいま」

「おかえり衣笠、何の用事だったの?」

「さっきラバウルから連絡があってさ、青葉、日本に帰っちゃったって」

「は、青葉だけ先に? 何で」

「日本で治療を受けるんじゃないかしら。

詳しく教えてくれなかったのよ」

「なんだそれ、妹にも教えずに帰っちまったのかよ」

眉間にしわを寄せる深雪だが、川内はそうではないだろうと思った。

「多分、教えられない事情があるんだよ。

妹思いのあいつが無断で帰ったりはしないよ。

落ち込むことじゃないさ、衣笠」

「お、落ち込んでなんかないわよ。

ちょっと心配になっただけ」

頬を膨らませて衣笠は川内に返す。

強気のくせに、青葉のことになると急に弱くなったりする。

青葉にとっては世話が焼ける妹だろうな、と深雪は胸中で苦笑を浮かべた。

「ところで愛鷹さん、まだっぽい?」

ふと思い出したように夕立が尋ねる。

ウェルドックで準備中に、気が付けばいないので夕張が探しに行ったが、まだ戻って来ない。

深雪が腕時計を見ると出撃まであと一五分程度だ。

アイツの事だからもう来るだろう、と思っているとウェルドックに入るハッチが開いた。

来たか、と思いハッチを見るが入って来たのは夕張だけで、愛鷹の姿は無い。

「あれ、愛鷹とは一緒じゃないの?」

不思議そうに聞く川内に夕張は上を指さした。

「艦尾のキャットウォークで一服中」

「一服って何してるの」

葉巻をよく吸っている愛鷹の事は、あまり知らない夕立が首をかしげる。

「あいつ、葉巻吸うのが好きなんだ。

葉巻吸って一休み中、ってとこだろ」

「深雪の言う通りよ……ちょっと、一人になりたいんだって」

「どうかしたのかな」

不思議そうな顔になる衣笠だが、以前愛鷹から聞かされた過去の話を思い出すと、そんな気分になりたくなるのもおかしくないか、と納得させた。

「疲れてるんでしょ、きっと」

そう答える夕張に川内が腕を組んで頷く。

「夜戦には休みも必要だよ。

一息つけば、夜戦に集中できるって」

「夜戦馬鹿だねえ、川内って」

毎度のことだとは言え呆れ半分に衣笠が苦笑を浮かべる。

とは言え、夜戦に川内がめっぽう強いのは確かだ。

馬鹿は馬鹿でも性格まで馬鹿でもない。

怒らせるとこの上なく恐ろしいが、面倒見がいいから慕う駆逐艦はかなりいる。

頼れる姉御肌だ。

かつて深雪も川内に雷撃の指導をしてもらった事があるだけに、縁も深かった。

自分の魚雷発射管を見た深雪は、補充された魚雷と並んで装填されている魚雷を軽く撫でた。

今日、川内から貰った魚雷だ。

「いざという時の、御守りだ」

 

暫くしてウェルドックに愛鷹が戻って来た。

口数が少なくなった彼女に夕立が「どうしたっぽい?」と尋ねるが、大丈夫です、と愛鷹は曖昧に返しただけだった。

 

艤装を装備した臨時編成の第三三戦隊が「アルバトロス」から出撃した時、ショートランド島から砲声が聞こえた。

機銃を連射する音も聞こえる。

「何?」

身を強張らせて警戒心を強める夕張に、愛鷹が答えた。

「海兵隊が基地施設にいた砲台小鬼二体と交戦中の模様です」

「勝てるのか?」

「海兵隊の装備でも砲台くらいは制圧できますよ。

私達は水上警戒に集中しましょう」

深雪に返した愛鷹は機関部に増速をかけた。

 

 

「撃って来た、二時方向!」

「こちら2-2、足止めされたままだ。このままでは進めない!」

砲台小鬼からの攻撃を受けた海兵隊の先遣隊の報告を受け、M1A3エイブラムス戦車四両の戦車小隊を伴った海兵隊一個中隊が駆けつける。

四両の戦車が夜間照準装置で砲台小鬼一基に照準を合わせる。

一戸建ての家並みのサイズが砲台小鬼だが、動きは意外と素早い。

森の陰に隠れることがあるが、熱源探知装置(サーマルスコープ)で追跡は可能だ。

(ブラック6-1より各車、小隊データリンク。

射撃管制をこちらに任せろ)

(ガンナー、二時方向、弾種HEAT弾(成形炸薬弾)装填!)

(装填よし)

(撃てーっ!)

海兵隊のM1戦車四両からの砲撃に砲台小鬼が横にステップして回避する。

しかし、回避した先にEFVが三〇ミリ機関砲を五点バースト射撃で撃ち込み、海兵隊員も小銃や軽機関銃で銃弾を撃ち込む。

激しい攻撃をかわした砲台小鬼が砲弾を一発放つ。

「砲撃が来ます!」

海兵隊員の一人が叫んだ時、ハンヴィー二台と周りにいた海兵隊員の傍に砲弾が着弾して吹き飛ばす。

「くそ、シエラ2がやられた」

負傷し、呻く仲間を引きづって海兵隊員の一部が後退する。

「サーモバリックのロケット弾を見舞ってやれ!」

燃料気化弾頭のロケット弾が砲台小鬼二基に撃ち込まれると、派手な爆発が起きて動きが鈍る。

「よし、化け物の動きが鈍った、行けるぞ」

「ブラック6、お見舞いしろ」

(了解、攻撃する)

動きが鈍った砲台小鬼に戦車が砲撃を浴びせると、砲台小鬼は動きを止めた。

「今だ、GO、GO、GO!」

「撃てぇーっ!」

ハンヴィーやEFV、戦車が機関銃や主砲を撃ちながら砲台小鬼に迫る。

激しい攻撃を受ける砲台小鬼には成す術がない。

「突っ込め、化け物を踏み潰せ!」

激しい砲撃の雨を受けていた砲台小鬼が突如、激しく燃え上がった。

「後退、後退!

野郎、自分を火葬しやがった」

「撃ち方止め、化け物どもはこれでくたばったか?」

「ドローンの偵察結果じゃ、これだけです」

「よし、マリーンズ(海兵隊)、基地を制圧するぞ。

動くものは撃て」

「Oohrah (ウーラ)!」

 

 

第三三戦隊がウェルドックから出て「アルバトロス」の右舷に出た時、深雪の視界に何かが映った。

一瞬だが、海面に白い物が見えたのだ。

警戒しろと伝えようとした時、白い航跡が二つ見え、ソナーに高速で航行するスクリューの音も聞こえた。

「右舷に雷跡! 方位一-八-〇。

射線上に愛鷹!」

叫んだ時には遅かった。

すでに愛鷹の五メートル手前に魚雷は迫っていた。

「ダメだ間に合わない!」

続航する衣笠が叫び、目を瞑ったが爆発は起きなかった。

大丈夫だった? と目を開けた時、愛鷹の艤装が目の前に迫っていた。

「危ない」

今度こそ目を瞑った直後、愛鷹の艤装に衣笠は衝突した。

尻餅をついた衣笠の視線の先で仰向けに倒れた愛鷹が起き上がっていた。

「ごめん愛鷹さん」

「いえ、衣笠さんこそ。

今の攻撃はどこから……潜水艦か」

「電探で水上警戒を探しましょう」

電探での警戒を提案する衣笠に愛鷹は首を横に振った。

「いえ、もし敵艦がいたらこちらの位置を知られます。

川内さん、夕張さん、夕立さん、深雪さん、対潜警戒を厳に」

「了解」

「衣笠さん、ソナーの調子は」

「問題なし」

「二人で敵潜を探りましょう」

「了解」

二人がパッシブソナーを起動させて海中の深海棲艦の探査を始めた時、愛鷹のソナーに魚雷を発射する音が聞こえた。

「突発音、魚雷発射音探知。

方位一-七-五、敵針二-〇-七、敵速四七ノット、数二」

「川内に向かってる!」

「回避するよ!」

「全員、夜間のため視界不良です、衝突に注意」

雲が多く、視界があまりよくない。

寄りにもよってこんな時に雲が出て来るとは。雨になる予報ではないのが救いか。

「潜水艦がこの海域に?」

「敵拠点の防衛に何隻かはいるでしょうね」

顔を強張らせる衣笠に返しつつ、ソナーで探知を行っていると、推進音が聞こえた。

「ソナーに感あり、数は……二。

方位一-七-〇、速力五ノット、敵針二-九-三、深度約二五メートル」

「了解、そっちに行くぜ」

攻撃に向かう深雪からの返事に頷きかけた時、別の推進音が聞こえた。

新たな潜水艦、と思ったがヘッドセットから聞こえてくる推進音は潜水艦のモノではなかった。

「巡洋艦、ツ級三隻、駆逐艦ロ級三隻、ソナーにて探知。

拙い、深雪さん今すぐ離脱を!」

叫ぶようにヘッドセットに吹き込んだ時、深雪のいる方で爆発音が轟いた。

ぎょっとして視線をそちらに向けると、夕張の焦りを滲ませた声が上がった。

「深雪被弾! 状況不明!」

「深雪さん! 状況報告、単に喋るだけでいいですから応答を」

ヘッドセットからは空電ノイズだけが返って来る。

傍らの衣笠が息を呑むのが聞こえた。

「どうしました?」

「電探から深雪の反応が……」

直ぐに自分のレーダー表示を見て愛鷹は慄然とした。

画面には深雪のシグナルが映っていない。

「夕張さんと夕立さんは深雪さんの状況確認を。

川内さん、衣笠さんは私と一緒に敵艦隊迎撃。

総員、夜間対水上戦闘用意。ウェポンズフリー」

「了解」

 

増速をかけた四人が行動を起こし一方で、「アルバトロス」艦内では総員戦闘配置のアラームが鳴り響き、乗員が部署へと駆けだしていた。

 

夜間のため視界が不明瞭なので目視照準はやり辛い。

射撃レーダー連動射撃で深海棲艦の艦隊を迎撃するしかない。

レーダー表示を確認し射撃の構えをとる。

「敵艦隊コンタクト、方位一-九-五、敵速二七ノット。

軽巡三隻、駆逐艦三隻」

「ガード・ドックにもっといるか聞いてみましょうよ」

装提案する衣笠に愛鷹は首を振った。

川内が変わって応えた。

「ビンゴ・ヒューエル(燃料切れ)で、ガード・ドックは帰投済みだよ、衣笠」

「あ、そうだった」

「私達でやるしかありません」

離れたところで砲撃の音が聞こえて来た。夕立の一二・七センチ主砲の砲声だ。

その砲声をバックにヘッドセットから夕張の報告が入る。

(深雪発見、中破して航行不能。意識はあります。

夕立が現在牽制攻撃で敵艦隊を抑えています)

「了解、援護しますので二人は深雪さんを連れて緊急離脱して下さい」

(こちら夕立、お客さんが来たっぽい)

口を挟んできた夕立の言葉通り、レーダーに新たな反応が出る。

「増援か、こんな時に」

レーダー画面を見た川内が悪態じみた口調になる。

敵はリ級三隻と駆逐艦三隻。深雪を奇襲した艦隊と同方位から出てきている。

恐らくショートランド防衛部隊の残党だろう。

数で押されてしまう。

こちらも応援を呼ぶしかない。

「『アルバトロス』、こちら愛鷹。敵艦一二隻を捕捉、我が方深雪一隻が被弾戦闘不能。

深雪の受け入れと増援を要請します」

ヘッドセットに吹き込むと「アルバトロス」から信じられない返事が返る。

(ダメだ、増援は出せない。本艦はこれより同海域を一時離脱し『ディエップ』防衛に当たる。

そちらは深雪を防衛しつつ遅滞戦闘を展開せよ)

「怪我人を抱えたまま戦えと⁉」

(本艦がやられたらそちらはおろか、『ディエップ』も危ない。

本艦が安全圏に離脱次第、可能な限りの増援を送る、以上)

そう告げると「アルバトロス」の通信員は通信を切ってしまった。

「あ、待って! 切られた」

「どうするんですか」

尋ねて来る衣笠に川内は当然のごとく返した。

「夜戦だよ、夜戦。

時間を稼げと言うなら、稼ぐしかないよ」

「仕方が無い。深雪さんを防衛しつつ深海棲艦の足止めを行います。

夕張さん、夕立さんは深雪さんと共に私と衣笠さん、川内さんの後ろに」

「了解」

暗闇から発砲炎と閃光が何回も瞬く。

それをバックに左腕と頭から血を流す深雪を抱えた夕張と夕立が現れ、愛鷹とすれ違った。

「深雪さんの容態は?」

尋ねてきた愛鷹に、深雪がいたそうでありながらぎこちない笑みを浮かべて親指を立てた。

ホッとしたのも束の間、砲撃の雨が愛鷹達の周りに落ちて水柱を上げ始めた。

暗闇にうっすらと深海棲艦のシルエットが見え、そこから発砲の閃光が幾度も瞬く。

「衣笠さん、川内さん、続いてください」

「了解」

敵艦隊の位置はこちらの左手

軽巡三隻と駆逐艦三隻の艦隊は砲撃を行いながら、こちらの頭を抑えにかかっている。

頭を抑えられる前に抑え返すだ。

先頭の軽巡を叩けば進撃を遅らせられる。

「左砲戦、軽巡三隻を含む艦隊を先に排除します。

まず先頭の旗艦を潰し、敵の進行を送らせた後、軽巡は私が相手しますから二人は駆逐艦を」

「了解」

そう指示すると主砲の射撃トリガーを掴み、射撃管制をレーダー連動に切り替える。

「方位一-七-二、敵針、的速変わらず。

第二、 第三主砲、左対水上戦闘、弾種徹甲弾、撃ちー方始め。

てぇーっ!」

三連装三一センチ主砲が夜陰にまばゆい閃光と砲炎を走らせる。

撃ち出された主砲弾が暗闇の中赤く光りながら敵軽巡の元へと飛翔し、一〇秒と立たずに着弾した。

初弾命中とは行かないが相当な至近弾となっており、軽巡は姿勢を崩しながらなんとか航行を続ける。

そこへ衣笠と川内からの砲撃が浴びせられ、複数の水柱が軽巡の周囲に立ち上がる。

発砲炎から愛鷹達の位置を割り出した深海棲艦艦隊は、三人に集中砲火を浴びせる。

軽巡ツ級三隻の砲撃が愛鷹達に容赦なく降り注ぐが、先に直撃弾を出したのは愛鷹だった。

第二主砲から放たれた徹甲弾が狙った通り先頭のツ級を直撃すると、爆発の閃光と共に艤装が爆砕され破片や部品が飛び散り、本体も炎に包まれ果てる。

旗艦の轟沈に僚艦の五隻が動揺を浮かべつつも砲撃を続けるが、轟沈した旗艦を避けるために進路を変更した際に愛鷹達に丁字を描かれてしまっていた。

「敵艦捕捉、全艦主砲砲撃はじめ。

撃ちー方始め、てぇーっ!」

砲撃指示を出す愛鷹の三一センチ主砲に続き、衣笠の二〇・三センチ、川内の一四センチ主砲が一斉に砲撃を開始する。

速攻で三一センチ主砲弾の直撃を受けたツ級一隻が一瞬で撃破、轟沈する一方、川内の砲撃が駆逐艦一隻を捉える。

間断なく撃ち込まれる砲弾を数発受けた駆逐艦が炎上し始めてもがくが、懸命に主砲を撃ち返し川内の周囲に着弾の水柱を突き立てる。

だが被弾が響いて狙いが悪い。

川内は特にかわす軌道を取ることもなく駆逐艦に止めを刺した。

ツ級と交戦していた衣笠の砲撃が三斉射でツ級を捉えると、ツ級の主砲塔一基が粉砕される。

火力の低下したツ級は残る主砲で衣笠に反撃の砲撃を浴びせるが、回避運動をとる衣笠には当たらない。

そこへ愛鷹からの牽制射撃が横槍を入れ、ツ級の気が逸れる。

「隙あり!」

貰ったと衣笠が発射トリガーを引き主砲を撃つと砲弾がツ級を捉え、爆発炎上の炎を上げる。

暗闇の中松明と化したツ級に偶然愛鷹が照らし出されると、後続のリ級三隻が愛鷹に集中砲火を浴びせた。

刀を引き抜きつつ回避機動を取りながらリ級の一隻に狙いをつけて第一主砲を撃つ。

三発の三一センチ主砲弾が着弾の水柱をリ級の左舷側に突き上げて、リ級の姿勢を崩す。

態勢を立て直したリ級が反撃の砲火を愛鷹に浴びせるが、冷静に弾道を見極めながら回避をし、第二主砲で攻撃する。

第二主砲の砲弾がリ級を挟叉し、狙いが付いたことを悟ったリ級が回避運動を取ろうとした直前、第一主砲の第二弾が直撃していた。

轟音と共に吹き飛び、火達磨になるリ級を尻目に残る二隻が愛鷹に砲火を浴びせ続ける。

一方三隻の駆逐艦は軽巡艦隊の駆逐艦を相手にする川内と衣笠に向かい、すでに交戦する仲間へ援護射撃を始める。

二人の周囲に狙いの確かな砲撃が着弾し始める。

回避機動を取りながら川内は四連装魚雷発射管二基を構えると、駆逐艦に八本の魚雷を全弾発射した。

魚雷接近を見た駆逐艦が回避運動を取り始めるが、二隻が直撃を受けて撃沈される。

残る三隻は魚雷を躱すと反撃にそれぞれ二発ずつの魚雷を発射した。

「敵駆逐艦魚雷発射……誰を狙ってるの?」

駆逐艦三隻が発射した魚雷六発の狙いが一瞬分からず衣笠が呟いた時、川内が警告を発した。

「愛鷹さん、警戒! 魚雷六発が向かってるよ」

「了解」

全弾が愛鷹に向けられていた。

 

深海棲艦が愛鷹さんを最大の脅威と見ている?

 

魚雷を放った後転進する駆逐艦に砲撃を行いながら衣笠が思った時、愛鷹が被弾した。

 

 

間一髪で防護機能の展開が間に合ったとはいえ、衝撃で姿勢が崩れた。

リ級は砲撃が弾かれたものの、体制が崩れたのを見るとさらに砲撃の密度を高めた。

刀で弾き飛ばしながら反撃の砲撃を行いたいものの、撃ってもリ級はやすやすと躱していく。

かなりの手練れの様だ、flagship級だろう。

「悪くない」

そう呟きながらリ級に照準を合わせた時、つま先のソナーが接近する魚雷の航走音を聞きつた。

舌打ち交じりに射撃の構えをいったん解き、迫る魚雷を躱す。

海面とリ級の両方に目を配りながら、被弾しないよう回避運動を取る。

「さらにもう少し、食いつかせて……」

魚雷を躱し、主砲を構えると砲撃しながら高速で迫るリ級に照準を合わせる。

その時、かわしていなかった魚雷一発が、愛鷹から三メートルと離れていない所で爆発した。

爆発の衝撃を受けて今度こそ、姿勢を大きく崩す。

片足に破片が当たって痛みが走り、思わず片膝をついた時、リ級一隻が目の前にいた。

主砲を持つ腕で愛鷹の顔を殴りつける。

目から火花が散ったが二撃目はどうにか刀で受け止められた。

重巡とは思えない怪力で押しにかかるが、愛鷹の方こそ見た目に似合わず怪力なのをリ級は知らない。

態勢を立て直した愛鷹がリ級を押し返し、距離を取ると弱装薬の主砲弾を至近距離で撃ち込んだ。

爆発四散するリ級の向こうで形勢不利を悟ったリ級が後退し始めるが、そこへ駆逐艦を始末した衣笠と川内の砲撃が行われた。

離脱を図るリ級だったが程なく直撃弾数発を受けて撃沈された。

「これで全部かしら」

足の傷口に応急処置をしながら愛鷹が呟いた時、レーダーが敵艦捕捉の電子音を立てる。

戦艦ル級二隻と駆逐艦四隻だ、流石にこれは分が悪い。

ヘッドセットのマイクを掴んで後退を指示しようとした時、別の通信が入って来た。

 

(こちら戦艦USSサウスダコタ、愛鷹聞こえるか?

ワシントン、フレッチャー、ジョンストンと共に愛鷹隊援護に入る)

サウスダコタ……「ディエップ」の護衛についていた北米艦隊第六七任務部隊の戦艦艦娘だ。

「USSサウスダコタ、ディス・イズ・愛鷹。貴隊の援護に感謝します」

(ノー・サンキュー)

(なにワシントンが返事してるのよ)

(私が返事して悪いとでもいうの)

別の声が返事をするとサウスダコタが口をとがらせた。

相手は仲の悪いワシントンの様だ。

こんな時に喧嘩しないで、と思ったが(喧嘩は後にしましょう)と育ちの良さそうな声が仲裁に入って来た。

フレッチャー級駆逐艦娘のフレッチャーだろう。

彼女の仲裁の後、二人の砲撃がル級に向かって行われ始めたので、愛鷹はほっと溜息を吐いた。

衣笠と川内に合流し、第六七任務部隊に続くとサウスダコタ、ワシントンの二人の手でル級は早くも中破に追い込まれて劣勢に追い込まれていた。

時々互いを睨みながら、サウスダコタとワシントンは一六インチ三連装主砲のレーダー射撃でル級へ有効弾を送り込み続ける。

ル級も主砲を撃ち返すが、先手を取られた上に正確な射撃が直撃し続けているだけに、上手く応戦できない。

一撃で戦闘不能にまで追い込まれないのはル級の戦艦ならではだが、戦闘能力は確実にそがれる。

それでも損壊を免れた主砲でサウスダコタ、ワシントンに撃ち返す。

二人は余裕顔でル級の砲撃を躱すと、数倍返しの砲撃をル級に叩きつけた。

そのル級を庇う様に駆逐艦ロ級四隻が前に出るが、フレッチャーとジョンストンが前に出て相手をした。

「行きますよ、ジョンストン」

「任せて、フレッチャー」

二人は魚雷発射管を構えるとロ級四隻からの砲撃を、最大戦速を維持して回避運動で躱し、ロ級に肉薄する。

「Torpedo Salvo!」

フレッチャーの号令を合図に、二人は五連装魚雷発射管から魚雷を放ち、一気に離脱を図る。

一〇発の魚雷を接近に駆逐艦が慌てて回避運動を取るが、濃密かつ正確な魚雷攻撃に三隻が瞬く間に被雷する。

直撃を受けて炎上し始める僚艦をおいて残る一隻が逃走するが、二人は主砲で攻撃しながら追撃する。

「逃がさないわよ」

ジョンストンが五インチ単装主砲を連射し、フレッチャーも同じく五インチ砲の速射を浴びせる。

周囲に次々に突き立てられる水柱から必死に逃れようとするロ級だったが、逃げ切れずフレッチャー、ジョンストンからの直撃弾数発で撃沈された。

「仕事が早くて何より」

安堵のため息を吐きながら呟くと、深雪の元へ向かった。

 

絆創膏をべたべた貼った状態の深雪は怪我で消耗している様だが、意識はしっかりしていた。

心配顔で寄ってきた愛鷹に、血の滲む絆創膏を貼りつけた頭を向けた深雪は手を上げて、にっと笑った。

「わりい、前に出すぎたぜ。深雪様としたことがなあ」

「傷が深くなさそうで何よりです」

「結構痛いけどな。

まあ、痛みを感じられているのは生きてるって意味になるから、悪くないよ」

心の痛みにも、そう言えますか? そう尋ねたくなる気持ちを抑え愛鷹は今度こそ、「アルバトロス」への収容を要請した。

許可が出て、ほっと溜息を吐いていると衣笠が良かったですね、という様に肩を叩いた。

「夜戦、もう終わりかあ」

「良いパーティだったっぽい?」

「まだ消化不良かな」

まだ戦い足りなさそうな顔の川内と夕立だが、愛鷹は冗談じゃない、と思った。

「深雪さんが負傷した状態で、これ以上戦闘継続するわけにはいかないです」

「分かってるよ、油断慢心傲慢は危ないからね」

思わず強めの口調になる愛鷹に、苦笑を浮かべて川内は頷いた。

まだ喧嘩をするサウスダコタ、ワシントンと間に入るフレッチャー、ジョンストンらと共に合流すると一同は「アルバトロス」に戻った。

 

艤装を返却し、諸々の後片付けを済ませると医務室に行って、足のけがの手当てを受ける。

痛みの割には大したけがではなく、三〇分程度の治療で医務室から解放された。

自室に戻ると制帽を脱ぎ、ネクタイを外し、上着を脱いでベッドに腰掛けると、疲れがどっと溢れて来た。

「疲れた……」

深い溜息を吐きながら靴を脱ぎ、そのままベッドに横になる。

大型艦なだけに揺れが少なく、静かな居住区の寝心地はとてもいい。

「次は……どこへ行くのかな……」

目を閉じながら呟く。

残された自分の余命は一年余り。

その余命の中、自分は生き続けるのだ。

自分の為に、自分を見放した者たちに自分が生きていることを見せつける「復讐」をする為に

ふと、大和の事が気になった。

あれだけ憎悪しておきながら気になるとは、自分でも信じられないくらい不思議だ。

「やはり……赦しなのかな」

それは生まれてから自分には受け入れがたいものだったはず。

しかし、それを望み始めている自分がいるような気がした。

私は、一体何をあいつに望んでいると言うの? あいつの死? あいつからの贖罪? あいつからの……。

「愛……?」

口に出しながら愛と言う言葉にどうかしていると考え、馬鹿馬鹿しくなって来た。

「寝よう」

制服のまま毛布にくるまって愛鷹は深い眠りに落ちた。

 

 

ショートランド島ではかつての基地施設を調べる海兵隊員たちがあちこちで「クリア」と一声を上げていた。

空爆や深海棲艦の基地化の影響で随分荒れてしまったが、工兵隊を投入すればすぐに再建できるだろう。

「化け物ども、いつものごとく何も残さず消えやがったな」

指揮所を置くEFVで制圧完了の報告がすべて入ると、上陸部隊の指揮官は安堵のため息を吐いた。

銃声が一発も響くことなく、基地設備の奪還は完了した。

砲台小鬼との戦闘で一七名の海兵隊員が戦死し、六名が負傷したがそれ以上の犠牲者は出る事は無かった。

「『ディエップ』に伝えろ。化け物どもは消えた、ショートランドはこっちのモンになったってな」

「アイ・サー」

「ついでに土産になるモンはいつものごとく何もねえ、だ」

 

 

「『ディエップ』より入電。上陸部隊はショートランド制圧に成功す」

通信士官の弾んだ声の報告にFICでは歓喜の声がはじけた。

ハイタッチする者、ガッツポーズをとる者、安堵の息を深々と吐く者。

磯口も終わったな、と溜息を吐くとFICの要員に聞こえる声で告げた。

「作戦の終了を宣言する。全員よくやった、ショートランドは我が手に戻った」

そして俺の軍人生活も、これでお終いだ。

部下の命を消耗するのがオレの仕事のようだった自分が自らに課す、新しい世代を育てる余生だった。

「日本に帰る前に霞の慰霊碑に花を手向けなくてはな……戦争が終わったら、アイツを引きとってやりたかったが」

深海棲艦の陸上部への攻撃で家族を失っていた霞に、その事を結局伝える事は出来なかった。

死んだ娘と重ねすぎていたのだろう。

「疲れたな……俺も歳だ」

 

 

翌日「アルバトロス」はラバウルへの帰路へ着いた。

入れ替えに北米艦隊とオセアニア連合方面隊からなる艦隊や、基地再整備の増援部隊がショートランドに進出し、拠点としての再建が始まった。

 

 

ショートランドが奪還されたニュースは日本にも届いた。

基地中がそのニュースに沸く中、大淀は一人沈んでいた。

先の対潜警戒中に負った傷は仁淀を何度もあの世に送りかけており、大淀はすっかり憔悴しきっていた。

特に大淀を打ちのめしたのは、仁淀がロシニョール病を発症した事だった。

レベル1の段階なので抑制剤を取与することで重症化は防げるが、いつ悪化して行ってもおかしくはない難病だ。

比叡の再発は既に知れ渡っており、金剛がまだ入院中で戻っておらず、頼りの姉妹もいない為、彼女の抱えるストレスもかなりのモノだった。

武本は気持ちの整理をつかせる為と、病気の悪化を防ぐために比叡に特別休暇を与えたが、部屋にいてもすることが無いと比叡は首を横に振っていた。

今は仁淀の事で頭がいっぱいの大淀の仕事を代行していた。

廊下で比叡とすれ違う度、大淀は謝り続け、比叡に止められた。

互いに姉妹を持つ者同士だが、異なるのは比叡が妹で、大淀が姉と言う立場だ。

意見の食い違いも存在したが、比叡は自身の持病を気にした様子も無く、自分の相談や話し相手になってくれた。

しかし、大淀には比叡の顔が病に侵されたものになりつつあるのが分かっていた。

痛まれない気持ちになる日々が、続いていた。

もし、仁淀が死んじゃったら、私はまた独りぼっち……。

 

「大淀よ、お主加減は?」

ふと自分を呼ぶ声に気が付き顔を上げると、心配そうに利根が自分の顔を覗き込んでいた。

知らない内に病院の食堂のテーブルで寝込んでいた。

「利根さん、すいません。どうかされたんですか」

「筑摩がしくじりおってな、被弾して今手当を受け取る。

何心配はいらん、駆逐艦の弾が当たったくらいだ」

こちらに気を使ってなのか、妹の筑摩のけがは大したものではないと語る利根に「それは、良かったです」と力無く返した。

「仁淀とは面会できたのか?」

そう尋ねて来た利根に大淀はゆっくりと頭を振った。

「そうか……辛いの。お主も最近、休めておらんようだな」

自分の顔を見つめる利根の言葉が胸に来る。実際その通りである。

「非力じゃが、相談があればいつでも乗るぞ」

「ありがとうございます。

少し部屋に戻って休んできます」

「仁淀が退院した時、お主がやつれきっていてはあやつは悲しくなる。

絶望はまだ早い」

「はい」

 

利根はああいってくれたが、それでも自分の中に立ち込める重い空気は晴れない。

難病に罹ってしまったら、今の段階では完治は不可能だ。

なぜこんなことになったんだろう。

重い足取りで宿舎に向かう。

「大淀少佐でありますか?」

急に背後から声をかけられ、振り返ると准尉の階級章をつけた男性が立っていた。

「はい、そうですが」

「自分は国連海軍直轄艦隊付きの土屋丞(つちや・たすく)准尉であります。

貴方にご紹介したい方がいます」

「私に?」

以外であると同時に、国連海軍直轄艦隊と言うかかわりを持ったことの無い部隊の隊員から急に「紹介したい方」と言われると、警戒心が沸いてきた。

若干、訝しむ表情を浮かべる大淀に土屋は微笑みを浮かべた。

「貴方の辛さを無くしてくれる方がお待ちです」

何の話だ、と理解が追い付かない大淀に土屋は続けた。

「不治の病に侵された妹君を病から解放してくれる方です」

「仁淀を治療してもらえる……?」

聞き返す大淀に土屋は頷いた。

一筋の救いの光が、刺し込んできた気がした。

不治の病、ロシニョール病を直す方法はまだ見つかってないはずだが、もしや目途が立ったのか?

もしそうだとしたら、仁淀は全快できる。

不治の病に潜在的に脅かされる日々を過ごす必要がない。

拒否する理由は無かった。

「会わせて下さい、その方に」

「了解です、こちらへ」

案内する土屋に大淀は付いて行った。

 

 

ラバウルに戻った第三三戦隊に異動命令が出たのは、大淀が土屋に案内を受けていた頃だった。

提督から身を引き、部屋を整理する磯口に呼び出された愛鷹は封緘命令書が入ったUSBを渡され、どこへ転属になるのやらと思いながら自室へと戻った。

部屋に戻るとパソコンを立ち上げ、USBを指して命令書を出す。

命令書を開く作業をしながら「まあ、日本に戻ってからではないでしょうね」と呟く。

自分のIDを入力してファイルを開くと、命令書にはトラックへの異動命令が入っていた。

「トラックへ? 何をしに?」

取り敢えず中身を読んでいくと、深海棲艦の艦隊がトラック諸島近海に多数出没するようになったので、第三三戦隊にトラック防衛の増援に付け、というモノだった。

内は偵察部隊なのに、最近の仕事は本来の任務内容とは全然違うモノばかり。

何の為のSAU(索敵攻撃部隊)だとでも言うのか。

それだけ今手が足りていないのだろうが、偵察部隊としての仕事は初陣となった沖ノ鳥島の時以外殆どない事に、若干幻滅するものを感じる。

溜息を吐きながら命令書のサインに武本の名を確認し、宿舎で休む他のメンバーに知らせるため、部屋を出た。

ミーティングルームに集められて説明を受けた第三三戦隊メンバーは、さほど意外そうな顔をしなかった。

「聞いていた話とは違うぞ、な任務なんてよくある事さ」

「私もトラックに行くのですか?」

頭に包帯を巻いた蒼月が尋ねて来る。

先の海戦での負傷の治療は比較的早く進んでおり、二日もすればまた戦列に戻れると言う話だった。

以外にも蒼月さんの頭は石頭だったんだな、と思いつつ頷いた。

「蒼月さんもです。全員でトラックへ向かいますよ」

「日本に帰るのは暫く先なんですね」

少し寂しそうに瑞鳳が言うと、夕張もその通りだと相槌を打つ。

「トラックでの仕事が終わったら、日本に戻れるでしょうから、もう少しだけ頑張りましょう」

「愛鷹さんがそう言うなら、衣笠さんも頑張ろっと」

「深雪様もまだまだやってけるぜ」

「私もトラックにはまだ行ったことが無いので、任務でもいいので行ってみたいので」

衣笠、深雪、蒼月と続くと夕張と瑞鳳も頷いた。

「しょうがないよね」

「そうね、艦娘なんだもん。戦わなきゃ」

「よし、じゃ、また一仕事いっちょやるか」

両ひざを叩く深雪に頼もしいものを感じる。

「支度をして今日の三時ごろ、飛行場に集合です」

「了解」

「では解散」

「あ、ちょっと待って、帰る前に美味しいご飯をみんなで食べて行かない?

青葉とこの間美味しい店を見つけて、行って来たんだけど凄く美味しかったの」

衣笠の提案に自分以外の全員がすぐに賛成した。

愛鷹さんはどうですと一同からの視線を向けられると、断れない。

まあ、たまにはサンドイッチ以外の食事も悪くないか。

「行きましょうか、お代は私が持ちますよ」

「いぇーい、愛鷹の奢りだ」

「たくさん食べて行きましょう」

喜ぶメンバーに愛鷹もつられて頬を緩めた。

こう言う息抜き、楽しみを分かち合えるのも今の内だ。

 

 

受話器の向こうから話をつけられたと言う武本の連絡に、大和は安堵の息を吐いた。

「そうですか、ありがとうございます」

(実際にトラックでの深海棲艦の艦隊の動きは活発化している。

第三三戦隊は経験を積んで中々の腕利きの部隊へ成長したからな、そちらでの仕事で助けになるはずだ)

「感謝します。あの子とはこちらでよく話をしてみたいと思っています」

(彼女は恐らく、君を拒絶する、それは分かっているね?)

「はい。でも向き合う事であの子の傷を癒す事につながると私は信じます」

そう返した大和の言葉に武本は少し沈黙した後、口を開いた。

(彼女が赦すとは限らない。その事は忘れない様に)

「分かっています、あの子のお姉ちゃんとしての責務を果たします」

(分かった、幸運が君たち二人の上にあらん事を)

その言葉を残して武本は通信を切った。

受話器を置きながら大和は制服のポケットから一枚の写真を出した。

部屋を整理していた時に見つけた愛鷹との唯一のツーショット写真だ。

まだ自分の運命を知る前の愛鷹と撮った写真。

恨まれて当然だろう、自分は恨まれて当然の事をあの子にしてしまう罪を犯した。

自分は死ぬまで愛鷹を巡る罪を背負う。

余命僅かであり、先に逝く事になる愛鷹の最期を見取るのは、辛いものだ。

でも、だからこそ、あの子とは向き合って話をしたかった。

お姉ちゃんとしての責務を果たす為にも。

 

武本と長距離通信をしていた部屋を出た時、ばったりと伊吹と出くわした。

いや、伊吹が待ち構えていたようだった。

「伊吹さん」

「どんな話をしていたんですかね? 素性不明の超甲巡愛鷹と貴方の関係。

何か大きな裏がありそうですねえ、いや闇があると言うべきか」

聞き耳を立てていたとは、なんとも悪い事をと思っていると、伊吹は腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。

「風の噂ですが、このワードと愛鷹は関係があるんじゃないですかね。

 

艦娘の損失を抑える先進的な方法、『CFGプラン』って奴に」

 

「貴方は、どこまで知っているのですか?」

目を細め、警戒心を強くする大和に伊吹は態度を崩さないまま答えた。

「あくまでも風の噂、地獄耳が聞き集めた陰謀話ですよ。

もっとも、私が今まで聞き集めて来た陰謀話でも、かなりリアリティのあるお話ですけどね」

「それで、私に何をお望みですか?

愛鷹さんとの関係を明かせと?」

「いえいえ、その口調だと中々面白い闇があるようですから。

闇は闇に、謎は謎に。

下手な探りを入れ過ぎて、どこぞのパパラッチ重巡みたいな目には遭いたくありませんから。

失礼します」

去り際に自分の横で一端伊吹は立ち止った。

「他言無用は承知してますよ」

コツコツと靴音を残して去って行く伊吹の背中を大和は無言で見送った。

「あれは、警告……なのかしら」

 

 

トラックには大和と共に日本から来た艦娘の他に友人の吹雪を含む第一一駆逐隊と第五航空戦隊の翔鶴、瑞鶴、由良、酒匂がいた。

また第四航空戦隊の伊勢と日向も第一七駆逐隊の四人、浦風、磯風、浜風、谷風と共に輸送機で向かっていた。

伊勢と日向はの二人は、深海棲艦の艦隊の出没頻度が多くなっていることから急派された増援だ。

これにラバウルから進出して来る第三三戦隊が加わることになっていた。

トラック諸島は中部太平洋における国連軍の重要拠点だ。

エニウェトク基地もあるが、数日前の空爆で損害を受けていて、復旧作業中であり暫くは当てにできない。

ここで戦力を整えて、出没する深海棲艦を捕捉撃滅するのが、トラックに展開する艦娘達の任務だった。

 

少し散歩でもしようと大和は外に出て、基地の中を適当なルートで歩いた。

港には古びた軍艦が数隻停泊している。

トラックの防衛の際、艦娘の援護、囮、盾になる為に保管されている老朽艦だ。

有事の際は無線操縦で動かされる。

多くがアメリカ海軍の駆逐艦だが、親善交流中に帰国できなくなったオーストラリア海軍のフリゲートも停泊している。

かつての国旗が掲げられていたポールには国連の旗が掲げられていた。

「あれ、大和さん。どうしたんですか」

ふと声かけられて大和が振り返ると、親友である吹雪型駆逐艦一番艦の吹雪がいた。

「こんにちわ吹雪さん。ちょっと散歩していたのですよ」

「散歩ですか。今日はいい散歩日和ですから、分かりますね。

私もちょっとぶらぶら歩いていたんです」

「同じですね」

微笑を浮かべる大和に吹雪も笑みを浮かべる。

「大和さんはこの港にはよく来るんですか?」

そう尋ねる吹雪に大和は「いえ」と返す。

「私は時々来るんです。ここに留め置かれる軍艦を見に。

老朽艦とはいえ、撃沈されても構わないと言う形で出撃させられるのは、同じ艦として心苦しいですね」

艦尾にかかれた艦名一つ一つを見ながら吹雪は言う。

「深海棲艦の前にはこの艦のミサイルは有効ではありませんから。

護るべきモノを護る為に、その身を捧げる……軍艦としては本望な最期だと私は思いますよ。

護るべきものを護れないまま、終わりを迎えるよりは価値ある最期でしょう」

「そうですね」

頷く吹雪はいずれ自分たちの為に海底に沈むことになるかもしれない軍艦の艦名を、目に焼き付けるように見つめた。

彼女達が沈んでも自分たちが忘れない為に。

 

 

 

店を出た第三三戦隊メンバーは宿舎に戻ると事前に纏めていた荷物を持って、輸送機が待つ飛行場へと向かった。

「あー、旨かったな、あの飯。愛鷹ごっつぉさん」

「その前に店を見つけた私に感謝しなさいよ」

笑顔を浮かべて腹を叩く深雪に、衣笠が口を尖らせた。

「お、そうだな。衣笠もサンキューな」

「ん、よろしい」

「機内で吐くなよ?」

余計な一言を付け加えた深雪の頬を夕張がつねった。

「皆さん、随分と食べましたね。結構なお代になったのでちょっと驚きましたよ」

「大体は蒼月ちゃんと深雪のせいですよ」

横目で蒼月と深雪を見て瑞鳳が返した。

ほっそりとした体形の割にはよく食べる蒼月が愛鷹に軽く頭を下げる。

「本当にごちそうになりました、愛鷹さん」

「良いんですよ」

「愛鷹さんは普段は食べないだけで、本当は結構食べる方だったんですね」

ふと思い出したように瑞鳳が言うと、愛鷹はふっと微笑を浮かべた。

「大食いはそんなにしませんが、『食えるうちに食っとけ』ですからね」

「また来たら、堪能出来ますよ。戦争が終わってからでも」

瑞鳳の「また来たら」と言う言葉が胸に刺さった。

自分の余命があるうちに、この地にまた来て美味しい料理を食べる事が出来るのか。

恐らく無理だろう。無理だろうと思ったから今回散財する勢いで外食したのだ。

 

もっと人並みに生きられる体であれば……悔しさが込み上げてくるのをぐっと堪えた。

 

二時間後六人を載せたC2輸送機はラバウルを飛び立った。

小さくなっていくラバウル基地に目を向けた愛鷹は、急に胸に込み上げてきた熱い物を堪えながら、ラバウルでの日々を思いめぐらせた。

険悪な中で始まってしまった霞と満潮との出会い。

その後の戦いでの霞の死。

彼女の死の後から、険の無い付き合いが出来るようになった満潮。

ロシニョール病を再発した苦しい日々。

青葉の悔しさを聞いたあの日。

衣笠に自身の正体と秘密を打ち明けたあの時。

全ての記憶が出来たラバウルの地に、愛鷹はそっと誰にも聞こえない声で別れを告げた。

「さようなら、思い出のラバウル……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その条件を私が呑めば、妹のロシニョール病を完治させてもらえるんですね?」

案内された小さな空き部屋に置かれたテーブルの席に座って待っていた男性軍人、三本線の階級章から中将だ、に改めて問うと、相手は朗らかな笑みを浮かべて頷いた。

「臨床試験は済ませてある。君の妹を救うにはこの手段が一番だ。

医療費など予算も面倒もすべて我々が見る。

命を救うのが我々の仕事だからな」

そう語る中将の話に大淀は少し思案顔になる。

中将に勧められた席に座って説明を受けている時、自分がどこの誰か中将は名乗らなかった。

ただ土屋と同じ国連海軍直轄艦隊に所属していると言う程度は話してくれた。

自分が誰なのか、名乗りもせず条件を呑めば全ての手間を負担の上で仁淀を治療してくれる。

中将の素性は不明でも、人助けの為の手を差し伸べてくれているのだ。

仁淀を不治の病から救ってくれるなら、悪魔とだって契約してやる。

この人達は救いの手を差し伸べてくれている。この手にすがれば仁淀は助かるのだ。

「分かりました、仁淀の治療をお願いします。

それで、私が引き受ける条件とは何か教えていただけますか?」

「それをこれから話す」

そう告げると中将は指を鳴らした。

部屋の外から一人の兵士が入って来るとドアをロックし、土屋が一冊のファイルをテーブルに置いた。

「ファイルを開いてくれ」

「拝読します」

言われた通りにファイルを手に取り、開く。

生硬い表情を浮かべる証明写真を貼られたファイルを目に通した大淀は怪訝な表情を浮かべた。

写真を見た時は大和の人事ファイルの様に見えたが、書き込まれているデータは全て大和のモノではない。

以前目に通した愛鷹のモノだ。自分が閲覧できなかったデータもある。

「これは、愛鷹さんの人事ファイル」

「そうだ、超甲型巡洋艦愛鷹だ」

「この人がこの話とどう関係が?」

困惑顔を浮かべる大淀に中将は一切の感情を消した目で大淀を見つめ返した。

自分が何か大きな物事に、それもただ事では無いモノに足を入れた事が分かると背筋が冷えた。

緊張する大淀を見据え、中将は感情の無い口調で告げた。

 

「仁淀を不治の病から救う条件は一つ。

 

君に愛鷹こと『艦娘796号』……。

 

いや『もう一人の大和』を《殺す》為の手伝いをして貰う事だ」

 




中盤までは戦闘、後半はゆっくり休む間もなく次の舞台へ向かう愛鷹達の物語です。

そして武本に愛鷹に会いたいと言う無理を言った大和の要望を戦力補填名目に召集された第三三戦隊。
トラックで対面を果たす愛鷹と大和。
どの様な展開になるのはお楽しみください。


そして大淀を手先に取り込んだ何者かは、何故愛鷹の命を狙うのか。

これからの愛鷹の物語にご期待ください。
(因みに今回のイベントで最後の最後に念願の大淀ドロップを果たしました)

では、また次のお話でお会いしましょう。


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運命編
第二八話 再会と真実


冗談抜きの真面目な第二八話です。

本編をどうぞ。


輸送機から降りると、眩しい太陽の光が目に染みた。

自分たちを載せた輸送機を出迎えに来たF35戦闘機が、滑走路に進入する轟音がする。

「ついたかー、トラック諸島基地。

久しぶりだぜ」

思いっきり伸びをする深雪がトラック諸島基地を見渡す。

「暑いねえ、相も変わらずトラックは」

手で顔を扇ぎながら夕張が言う。

トラック諸島の気温はかなり高い。季節は既に夏だ。

流石の厚さに、愛鷹もコートを着ているわけにはいかなかった。

「暑いよー、溶けちゃうよー」

手袋で扇ぐ衣笠だが、大して体感温度は変わらない。

瑞鳳と蒼月はしきりにタオルで汗を拭っていた。

迎えの車輛などは来なさそうなので、着陸した輸送機から第三三戦隊メンバーは徒歩で基地施設に向かった。

エプロンを渡り、開放状態のハンガーを抜け、広い基地の基地施設へと歩く。

じりじりと太陽の光が六人を焼く。

気温が高すぎるせいか、出歩く艦娘の姿一人見えない。

外にいるのは作業する港湾作業員か、トレーニングに励む上半身裸の海兵隊員程度だ。

「マッチョだなあ、海兵隊員って」

カッコイイ、と言いたげな目で深雪が海兵隊員を見る。

基地の埠頭には古びた軍艦が数隻係留されている。

軍艦を見た蒼月が夕張の肩を叩いて指さす。

「あの艦、まだ動きそうですが、何に使うんでしょう」

「私たちの盾艦役や、陽動に使うのよ。無線操縦でね。

最期のご奉公よ、ミサイルは深海棲艦には使えないから」

それを聞き、蒼月は少し悲しそうに軍艦に目を戻す。

「そんな目で見なくてもいいのよ。

どの道老朽化したアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦と、ハンター級ミサイルフリゲートだから。

ガタも来てるし、スクラップするよりは沈めちゃった方が手間暇もお金もかからないの」

諭す夕張に向かって頷きながら、艦尾に書かれた艦名を蒼月は小声で読む。

「『ニコラス・バロー』『エドワード・バンス』『リチャード・レイヒ』『ゴスフォード』『ウロゴン』……」

マストに翻る国連旗のはためき方を見ていると、老朽艦でもまだ使い道はあるんだ、と艦が言っているように見えた。

 

通気性は考慮されていない靴の中にこもる熱気の不快感を堪え、愛鷹は仲間と共に基地施設の扉をくぐった。

空調が効いている施設内は六人にとって天国だった。

六人は酷暑からの解放感に溜息を吐きながら、守衛室に身分照会をして基地司令官室への取次ぎを頼む。

「立石少将がお待ちです、ご案内いたしますか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

守衛に礼を言うと六人はトラック諸島基地司令官執務室に向かった。

基地施設内では何人かの基地職員とすれ違い、向こうから挨拶を送ってくれた。

それら一つ一つに応え、司令官執務室のある二階へ上がる階段を上る。

木製の床は防火対策の為もあって絨毯系は無いので、六人の足音が階段内に響く。

二階の廊下を歩き、角を曲がった先にある司令官執務室を前にした時、執務室のドアが開いた。

立石少将かな、と思った愛鷹は、出て来た人物に一瞬目を疑った。

 

(大和……⁉)

 

向こうもこちらに気が付き、一瞬その顔に驚きを見せるが、すぐに普段の顔に戻った。

「皆さん、到着されてたんですね。

立石少将は中におられますよ」

「久しぶりですね、大和さん」

「久しぶり、大和」

夕張と深雪が挨拶すると大和も「お二人とも、お久しぶりです」と笑顔で答える。

二人に続いて蒼月も挨拶しようとした際、ふと愛鷹を見ると、敵意も露わに大和を睨みつけているのが制帽の鍔越しに見えた。

どうして、そんな目で大和さんを?

不思議と言うよりは訳が分からないが、もしかしたら沖ノ鳥島での一件でわだかまりが愛鷹にはあるのもしれない。

今はそう解釈する事にして置く事にした。

(でも、あれほど……まるで殺意のこもった目は……)

 

自分は他に仕事があると言って大和は去り、六人は司令官執務室へ入った。

入出許可を求めた愛鷹に「入れ」と返した立石少将は六人の入室を見ると、仕事の手を止めて立ち上がった。

愛鷹に負けず劣らず、いや愛鷹はハイヒール履きだから素での愛鷹と比べたら一〇センチ程度は高そうな巨漢だ。

二重の目が特徴的で、どことなく厳しい人格の人間に見える。

六人が並ぶと愛鷹が代表して名乗る。

「第三三戦隊超甲巡愛鷹以下六名、武本提督指令の元トラックへ着任しました。

着任許可願います」

「許可する、トラックへようこそ。

酷暑の中、よく来てくれた。出迎えを出せなくて済まない、基地にはあまり車が無くてな。

君らの部屋は宿舎B棟に用意済みだ。

明日から仕事が始まるから今日は休んでいてくれ」

「ありがとうございます」

「武本提督が召集をかけた通り、最近、深海の連中の出没が多くなっている。

敵を探るのが得意な部隊、と聞いている。頼りにさせてもらうぞ」

「は」

「私からは挨拶はこの程度だ、行ってよし。

ただ愛鷹は残れ」

その言葉に愛鷹は軽く首を捻る。

「小官が?」

「ここでの仕事の話だ」

そういう事か。

「衣笠さん、皆さんと一緒に先に行っててください」

「はい、じゃ、みんな行こ」

衣笠を先頭に五人が部屋を出て行く。

司令官執務室のドアが閉まった後、立石は愛鷹に向き直った。

「さて、ここでの仕事の話だ。来てくれ」

愛鷹を手招きすると、立石はデスク脇にある海図ディスプレイのスイッチを入れた。

海図にはいくつかのバツ印が書き込まれている。

「このバツ印だが、潜水艦が確認された場所だ。

対潜哨戒機が発見したものだが、どれもP8ポセイドンが見つけた奴に過ぎない」

「つまり、艦娘の手で直接発見した者はまだないと」

「その通りだ。

これらはこの三日間で見つかった奴だ、いくつあるか分かるな」

海図に書き込まれているバツ印を数えると、一三個もある。

「一三隻」

「重複はあるだろうが、少なくとも六隻ないし七隻はこの海域に同時展開している。

そして、ソナーで確認された奴がこれだ」

キーボードを叩いて新しい表示を出す。

赤い表示がトラック諸島の一部を囲む様に表示された。

「機雷源だ、連中は潜水艦を使ってこちらを機雷で封鎖しにかかっている」

「封鎖されたら、移動手段は空からのみ。

しかし、封鎖後は空母部隊の航空戦力を大量投入で航空優勢を奪いにかかる」

自信の推論を述べる愛鷹に立石は頷いた。

「その通りだ。この基地の航空戦力は強力だが、トラックは絶海の孤島だ。補給線が長い。

消耗戦になれば、こちらが不利だ。

まだここへの空襲は無いが、空母部隊の艦影はいくつか確認されている」

「それで、私達の任務は」

「君たちの任務は航空偵察による機雷敷設潜水艦補給部隊の特定だ。

これだけの機雷を配置するとなれば、深海の潜水艦に機雷を補給する補給部隊が必要だ。

機雷敷設だけでなく、護衛の攻撃型もいる筈。

そいつらを排除すれば、こちらは掃海作業を行いやすいし、艦隊の行動の制約も無くなる」

「補給部隊の捜索が第三三戦隊任務ですね」

「そうだ。その後来るであろう敵艦隊への迎撃戦にも参加してもらうがな。

捜索中の君らのエアカバーはこちらからも可能な限り行う。

あまり時間はかけらんぞ、今日は長旅の疲れをいやしてもらわんといかんから出撃させられんが、明日からは休む間もないくらい忙しくなるだろう。

今の内にじっくり休んで備えてくれ」

「了解です、司令官」

「私からは以上だ、行ってよし。

トラックは初めてかい? 何もない所だが、散策してみるのもアリだぞ。

クソ暑いがな」

「ご配慮感謝します。日が暮れたら一服がてら散策してみます」

「ほお、お前は喫煙艦娘か。珍しい奴が来たモノだ」

初めて好奇心に光る眼を立石は見せた。

部屋を出る際に、吸い過ぎには気をつけろよ、と言う立石の言葉に愛鷹は胸中で苦笑した。

自分も確かにヘビースモーカー一歩手前だ。

 

 

司令官執務室を出ると宿舎へと向かう。行先は廊下に貼ってある地図で確認できた。

艦娘用の宿舎は二人部屋か個室だが、愛鷹は佐官用艦娘が使える個室にした。

艦娘の階級で階級特権が使える数少ない例が、宿舎で利用できる部屋の種類でもあった。

中佐である愛鷹なら佐官用の個室が利用できる。

尉官クラスの艦娘の場合は基地にもよるが、大抵は二人部屋から四人部屋だ。

自分には一緒に寝たい艦娘はいないから個室で充分だ。

 

寂しくはない……そう、寂しくは……。

 

宿舎に向かう途中、外に出て行く艦娘がいた。

深雪と第一一駆逐隊の吹雪、白雪、初雪、叢雲だ。

バレーボールを持つ深雪がいる辺り、五人でバレーボールでもするのだろう。

「深雪さん、元々は第一一駆逐隊の子か」

演習中の事故で重傷を負い、復帰するまで時間が長かったため臨時編入だった叢雲をそのまま第一一駆逐隊に編入し、深雪は駆逐隊から除籍された。

艦隊に復帰した後、今の第三三戦隊所属になるまで深雪は野良状態だった。

しかし、かつての同僚との絆は健在のようだ。

どことなくホッとするものを感じる。

第一一駆逐隊の吹雪、叢雲は戦功や功績が認められて改二へ昇進している。

「吹雪、か……」

 

笑顔で深雪を追いかける吹雪の背中を見つめながら、愛鷹はかつて読んだ吹雪に関するレポートを思い出した。

(かつて海の藻屑となり、消えた艦娘の一人。

生への執着、執念……いや、『現実を受け入れられない自分』が起こした『運命を変える力』で帰還を果たす。

代償として現実を受け入れてしまった自分とは生き別れ、その生き別れた自分は深海化した……。

その結果が、ポイントレコリス一帯の深海棲艦の大拠点化へ繋がった)

最高級軍機として記録された「深海吹雪に関するレポート」を以前目にする事が出来たから知りえる事だ。

この事実を知る者は、ポイントレコリスを巡る戦いに参加した艦娘の中でもごく一部に過ぎない。

レポートを読んだ時、その生への執着、執念に敬服したモノだった。

「現実を受け入れられない気持ち……すごく分かりますよ。

 

でも、長生きできないこと知った時の絶望とどう違うのかな」

吹雪は運命を変える力で、抗い、復活を果たした。

しかし、自分にはそんな力などない。

どの道、体が持たない。抗うだけの力など最初から備わっていない。

溜息を吐きながら宿舎への入り口を前にする。

部屋の割札を見ると、個室の一つに「大和」の名があった。

その名前を睨みつけながら、別の個室に愛鷹は入った。

部屋のクーラーをつけ、風通しにネクタイを緩める。

使われていなかっただけに流石に暑い。

制帽を脱ぎ、頭にも風を通す。

「海はいいわ、こんな暑さを体感しなくて済むから」

溜息を深々と吐きながら、ベッドに腰掛けた。

一服入れようと葉巻を出し口に咥えてから、思い直す。

煙検知器が天井に付いていた。一服やって誤作動を起こしたら大事だ。

 

 

新型艤装を説明しに来たのは、艤装設計局から派遣されたと言う雲野正一(うんの・しょういち)技術中佐だった。

「君の新しい艤装、甲改二だが、ぶっちゃけこれは航改二のダブルネーミングでもあるんだ」

「おっしゃる通りですね」

甲改二と言うタイトル付きで、タブレット端末に表示される新艤装の設計図を見つつ青葉は相槌を返した。

自分の新艤装は甲改二のダブルネーミングである航改二の名の通り、航空巡洋艦への改装だった。

主砲は今衣笠が使用している二〇・三センチ(三号)連装砲に換装され、電探として二二号改改四対水上電探、対空電探は以前使っていた二一号から二二号改四とパワーアップしている。

対空射撃用に背中に背負う艦橋を模した艤装に二五ミリ三連装機銃二基が付く。

かつて第三主砲を装備していたところには飛行甲板がマウントされる。

セミオートマチック狙撃銃のマガジンに似たモノをセットすると、エレベーターで瑞雲が飛行甲板に上げられ、カタパルトで発艦する。

ただし、発艦時は左手に持ち替えて射出する必要がある。収容は着水した瑞雲を拾ってエレベーターに戻せば完了だ。

搭載する瑞雲の数は一六機で、主に偵察、対潜哨戒が任務だが限定的な制空戦闘も可能になっている。

タコヤキは相手にできないが、瑞雲を操縦する妖精さんパイロットの腕次第なら通常艦載機ぐらいは相手にできるだろう。

強風改も載せられなくもないが、基本青葉の航空団には瑞雲を載せる。

「青葉も瑞雲教の一人になる訳ですねえ」

「まあ、そうなるな。

主砲艤装の構造自体はそう大きくは変わらないが、精密射撃をしやすくするHUD(ヘッドアップディスプレイ)を新たに装備する。

電探と合わせた射撃も可能だし、夜戦時のナイトビジョン機能もあるぞ」

少し自慢げに語る雲野の顔とタブレット端末の設計図を交互に見て、高スペックな反面開発コストの値段が気になる。

主砲の照準が目視でやるのが多かった以前と比べ、かなりデジタル化しているイメージが強い。

「た、高そうな装備じゃないですか?」

「まあ安くはないけど、基礎的な所は海兵隊のHUDの技術を流用できるから、案外コストは結構抑えられている。

君の給料の何倍も金がかかっているのは確かだけどね」

被弾して壊した時、修理費を自前で払えと言われた時、どうしたらいいだろう、と不安になる。

艦娘が艤装を破損させても、自費で修理代を払う事はまずない。

自費で修繕費を払う事と言ったら、精々破けた衣類くらいだし、それくらいなら自分で出来る者も多い。

「機関部だが新型に換装しているから、増えた艤装重量分速力が低下する事は無い。

艤装CCSのリミッター解除で三八ノットは叩き出せるだろう。

主機に関してだが、大体前と同じローファーの裏にくっつける外装型だ。

ただ踵に白露型の子が使っている舵をオプションで装備できる。装備したら旋回性能が一〇パーセント上がるぞ」

「舵をつけた場合のデメリットは?」

「つける手間、外す手間、自分で整備する手間が増える」

「なるほど」

「一方で、改装に関しての君の艤装の悪いところがある」

「な、なんですか」

冷や汗が滲むのを感じながら雲野に向き直る。

「機関部の燃料消費が衣笠のよりまあ少しはマシ、なレベルに悪化した。まあ、それでも重巡の中では省エネだけどな」

「まあ、これだけ高性能化すれば機関部の燃料消費量も悪くはなりますよね」

「いずれ君の艤装で試した奴を他の重巡艦娘のモノにフィードバックすれば、みんなの燃費もよくなる。

君はその恩恵を最初に受けられるって事だ」

「確かにそうですね。

それで、この航改二改装の実習期間は?」

「大体二週間程度を見込んでいる。

でも、君の頑張り次第なら短縮できるかもしれんな。

それと以前見送られた君の昇任試験だが、勤務態度の改善が評価されたって事で認可が下りたよ。

改装中にも試験を受けられる。合格すりゃ、君は少佐だ。

給料も上がるぞ」

「昇任試験勉強までする必要があるじゃないですか」

忙しすぎですと苦笑する青葉だったが、まんざらでもない話だ。

ふと視界の向こうに見慣れた人影が見えた。

金剛だ。

「金剛さん」

思わず読んだ青葉に気が付いた金剛は振り返ると、にっこり笑った。

「ハイ、青葉、お久しぶりデース。

でも青葉が何故ここにいるデス?」

「ラバウルで被弾大破して、治療がてら改装を受けるために日本に先に帰ったんです。

金剛さんはいつこちらへ?」

「さっきダヨ、やっと帰って来れマシタ。

パワーアップしたワタシの力みせてアゲルネー」

相も変わらずのテンションに戻れた金剛を見ると、頼もしさと安堵感が出て来た。

沖ノ鳥島で大破し瀕死の重傷を負って後送されて以来、どうしているのかと思っていたが。

「青葉もパワーアップできてよかったネ」

「金剛さんはどんな改装を受けたんですか?」

「丙改二って言うモノだヨ。ナイトファイト(夜戦)に強くなれました。

でもチョット、火力が下がっちゃった」

苦笑交じりに説明する金剛は改装を受けたと言う割には、見た目はそれほど大きくは変わっていない。

精々靴の形が変わったくらいだ。

「青葉はどんな改装受けるデス?」

「瑞雲一六機搭載の航空巡洋艦ですよ。火力も電探もパワーアップします。

もしかしたら金剛さんより強くなれるかもしれませんねえ」

悪戯っぽい笑みを浮かべて言う青葉に、金剛は満足げに頷いた。

「ワタシを抜くそのスピリットこそ最高ネ。青葉のカムバック待ってるヨ」

「ありがとうございます、金剛さん。

もしよければ、今度改二丙についての取材いいですか?」

「ノー・プロブレム、いつでもオーケーだヨ」

親指を立てて白い歯を見せる金剛は、改二丙となってから随分調子が良いみたいだ。

そこへ雲野の咳払いが割り込んだ。

「金剛大佐、お取込み中申し訳ないですが、青葉くんには別要件が」

「おっと、失礼。じゃあ、青葉、また後でネ」

「はい、青葉こそ失礼いたしました」

手を振って金剛が去ると、青葉は雲野に向き直った。

「金剛さん、調子がいいみたいですね」

「そうとも限らないんだ。あれは芝居だ」

「え?」

何のことか分からず首をかしげる青葉に、雲野は真顔で答えた。

「比叡くんが難病を再発してしまってね。ほら、今大淀くんの仕事の代行をしているだろう?

あれは治療を行うまで体への負担を減らす為なんだ。

ロシニョール病って聞いたことあるだろ。

比叡くんはレベル4、少々拙い段階だ。今はぴんぴんしてるが、いつ悪化してしまうかは分からない。

この事は金剛から箝口令が敷かれているんだ。

でも、君ぐらいは知っておいても問題は無いだろう」

「ロシニョール病ですか……」

比叡がそこまで酷い症状を抱えてしまっていたとは。

確かにレベル4は気を抜けばいつ手の施しようがない程重症化するか、なんとも言えいない段階だ。

そんな状態の比叡を見て金剛がなんとも思わない訳がない。

自分が留守の間に妹の病が悪化していると聞けば、受けるショックは大きいだろう。

(明るく振舞っている、という事ですか、金剛さん……)

以前の自分と同じだ、と青葉は昔自分がしていた行為と、金剛の今の心境を重ねていた。

そう言えば、愛鷹のロシニョール病はレベル5である事を思い出した。

もう助ける事は出来ない。

それと比べれば、比叡にはまだ希望がある。

「希望が残る人と、希望無き人……ですか」

 

 

トラックの夜は日中と比べて気温が下がるのが幸いだった。

月夜が綺麗で、せっかくのチャンスと思い、愛鷹は夜の浜辺の散策に出る事にした。

宿舎を出るとムッとする熱気は来るが、昼間と比べたらマシだ。

葉巻を一本だして、ジッポで火をつける。

そのまま葉巻を吹かしながら、浜辺へと繰り出した。

月灯りが綺麗な浜辺は、トラック諸島全体が基地だとは思えない程静かで、心が落ち着く場所だった。

波の音が耳に心地よく入って来る。

最前線の地ありながら、今のトラックはそれを感じさせない穏やかさに包まれていた。

雲一つない夜空なので、月だけでなく、星々も見える。

日本の夜空では建物の明かりで見えなくなる星も、今は視界一杯に見渡せる。

これほど見えるのはトラック基地がある程度の灯火管制を敷いている事と、やはり日本と比べて建物の発する灯りが少ない事だ。

夏の夜空にしか見られない、星や星座を小さい頃教わった知識を基に探していく。

「ヴェガ、デネヴ、アルタイル……夏の大三角形……本物ってこんなに美しいのね……」

感慨深さが胸に込み上げてくる。

夜空の美しさにうっとり見とれてしまう愛鷹は、気持ちが安らかだった。

「護りたい、この夜空を」

葉巻の煙を吐きながら呟くと、また歩き出した。

別の場所からなら、また別の星空が見えるのではないか。

そう思って歩を進めていると、前方の暗がりに人影が見えた。

丁度,木が数本立っている傍なので陰でこちらからは見えにくい。

一応、座っている様なのは分かった。

「誰だろう、こんな時間に」

こんな時間は自分も同じ、とツッコミを入れる。

気になり、近づいていくと急に胸がドキドキし始めた

この感覚は覚えがある。もしかして……。

 

「あれ、誰か来たみたいですよ」

暗がりの向こうで立ち上がった少女の声が、一緒にいる人間を呼ぶ。

あれは、吹雪だ。

「吹雪さん、か」

もう一人は誰だ? と思った時、少女の向こうで立ち上がった人影に、愛鷹は目を見開いた。

(大和)

「どなたでしょうか?」

まだ自分とは面識がない吹雪が、歩み寄って来ると大和も後に続いて来る。

向こうはまだ気が付いていないらしい。

大和だけだったら、とっとと去ることが出来たが、吹雪がいると無暗に立ち去れば不審者扱いだ。

少し間をおいて、溜息を吐きたいのを堪えて名乗った。

「こんばんわ吹雪さん。超甲巡、愛鷹と申します」

暗がりから吹雪の姿がはっきり見える様になると、吹雪は軽く首を傾げながら自分も名乗った。

「初めまして、特型駆逐艦一番艦吹雪です。愛鷹さん、ですか。

初めて聞くお名前です」

「吹雪さんとは、初めてお会いします」

「どこの艦隊に所属されているんですか?」

好奇心からか詮索して来る吹雪に若干、面倒くささを感じながらも答える。

「特定艦隊には所属していない第三三戦隊に。旗艦を務めております。

深雪さんが今所属している部隊の上官です」

「深雪ちゃんのですか! 深雪ちゃん、何でここに来たのかまだ話してくれてなかったので、ちょっと不思議だったんですが。

そうかぁ」

嬉しそうな顔をする吹雪に対し、愛鷹は暗がりの向こうでこちらを見ながら立ち尽くす大和からの視線に、忌々しさを感じていた。

さっさと場所を移したい気持ちだったが、吹雪と言う存在がそうはさせてくれなさそうだった。

「大和さんと、星を見ていたんです。ここから見える星空は綺麗なんですよ。

三人で見ていましょうよ」

「いや、私は、もう戻らないと……」

 

愛鷹がそう返した時、少し強めの海風がその場に吹いてきた。

 

反射的に片手で顔を軽くガードした吹雪は、同じようにガードした愛鷹の制帽が風に飛ばされ、目深にかぶっているがゆえに分かりにくい素顔が目に入った。

「え……」

後ろで大和が軽く息を呑むのが聞こえた。

その大和と容姿が瓜二つの愛鷹は舌打ちをしながら吹雪に背を向けて、制帽を拾ったが、被らなかった。

「見ていない訳がないですよね」

意図せずさっきとは違う声になる。

「え、ええっと、愛鷹さん……?」

確かにはっきりと見たものの、頭の理解が追い付かず、むしろ背を向ける愛鷹の声が変わっていることに、吹雪は若干恐怖感を覚えていた。

「これって、えっと、どういう事なんですか」

そう尋ねる吹雪に愛鷹は向き直った。

「貴方が、初めてですね。この素顔をこれほど早く見ることになるのは」

「大和さんと、そっくり」

「ええ」

隠しようがない事に諦めたのか、愛鷹は素直に頷いた。

一見するとそっくりに見えるが、吹雪は微妙に大和との差異を見つけていた。

まず大和は優しい大人の女性、と言う容姿だ。性格も容姿と同じくらい物腰が丁寧だ。

しかし、愛鷹は大和と比べてつり目であり、冷徹さを思い起こさせる。

とはいえ、その他に大和とは殆ど違いがない顔立ちだ。

「でも、どうして顔がそっくりなんです」

うっかり思った疑問をそのまま口にすると、愛鷹は居心地が悪そうに顔をそむけた。

聞いちゃいけない事だったんだ、と吹雪が慌てて謝ろうとした時、

 

「私が、説明します」

 

それまで黙っていた大和が口を開いた。

「大和さん」

何時にもまして真剣な表情の大和が二人を見ていた。

「吹雪さんにまで、私とお前の秘密をバラして、一体どんな益がお前にあると?」

突然変わった愛鷹の口調に吹雪は背筋がぞっとした。

憎悪に満ちた声。

似たモノを自分は聞いたことがある。ポイントレコリスで、生き別れた深海化してしまった自分自身と声に込められた気持ちがそっくりだ。

「益などありません。

でも、貴方がこの世に存在したと言う事実を、出生の秘密を知った上で覚えていてくれる人が一人でも多くいる事が、貴方にとって最大級の幸せ……」

「お前に、私の幸せを語るなど」

「愛鷹、私の妹……いえ、もう一人の『私』。

貴方がここに来るように指示したのは武本提督です。でもその武本提督に掛け合い、トラックに向かうよう頼んだのは私です。

貴方と話をしたかったからなんです」

「お前が……」

目を細める愛鷹に大和は吹雪を見やってから、もう一人の「私」に提案した。

「この際です。第三三戦隊の皆さんにも、お話ししましょう。

貴方は、もう長くない。

長くない命だからこそ、多くの人に貴方が生きていたこと、どんな半生を歩んでいたかを覚えていてもらう事。

とても大事な事の筈です。

愛鷹、貴方の口から語るのが苦しいのなら、私が皆さんに説明します」

「いえ、自分のことぐらい、自分で話すわ。

自分の事を知っているのは、自分だから……味わった苦しみを知っているのは、誰よりもほかならぬ自分」

どことなく、諦めたような声で返すと、愛鷹は宿舎へと足を向けた。

一歩踏み出しかけて、一度吹雪に向き直る。

「貴方も、真実を知りたいですか? 

いきなり初対面の人間の人生語りに、無理に付き合わなくてもいいですが」

「聞かせて下さい、私にも」

迷った素振りも無く、吹雪は答えた。

「私も分かります。

どんなに苦しくても、忘れちゃいけない記憶がある、過去があるという事を」

「それはポイントレコリスで再会した、自分自身との事ですか」

そう尋ねる愛鷹に吹雪は一瞬動揺の色を顔に浮かべたが、すぐに取り直して頷いた。

初対面の人間と、大和との因縁に突然巻き込まれた吹雪さん、哀れね……。

胸中で呟きながら、愛鷹は宿舎へと歩き出し、大和、吹雪がそれに続いた。

 

 

宿舎のミーティングルームに集められた第三三戦隊メンバー五人は、明日の出撃の事かと思いきや、そうではない事に戸惑いを感じている様だった。

すすめられた席に座った一同と向かいあう椅子に座った愛鷹に、時計を見た夕張が尋ねた。

「こんな時間に、どうかしたんですか?」

「明日は早いんじゃねえのか?」

続く様に深雪も聞いて来る。

それには答えず、愛鷹は第三三戦隊の仲間達の目を一人ずつ見て、話を始めた。

「集まっていただいたのは、ずっと私が秘密にしていた私の出生を含めた過去の経歴をすべて告白する為です。

既にこの事を知っているのは、青葉さん、衣笠さん、大和、武本提督、江良さんの五人の他には、海軍でもごく一部です。

私の秘密については、海軍から最高級軍機として箝口令が敷かれており、口外にする事は固く禁じられています。

ですが、今夜、皆さんには、私がロシニョール病の末期患者であり、余命一年程度であることを鑑み、秘密を告白する事にしました」

神妙な顔持ちで見る仲間、吹雪、そして大和を見て、愛鷹は軽く深呼吸すると制帽を脱ぎ、自身の正体を告白した。

 

 

「私は、大和の遺伝子を基にして生まれた六五体目の……クローン(複製人間)です」

 

 

その言葉に夕張、瑞鳳、深雪、蒼月が頓狂な声を上げた。

「く、クローン⁉」

「大和さんのクローン⁉」

「おいおいおい、冗談だろ!」

「でも、顔はそっくり……で、でも六五体目って……」

驚愕する四人と、痛まれない表情を浮かべる衣笠の顔を見て、落ち着くのを待ってから続ける。

「大和の遺伝子を使って生み出されたクローンは全部で六五体。

大和と同じ顔の化け物が他に六四人もいたって事です」

そう告げる愛鷹の言葉に吹雪は違和感を覚えた。

「六四人もいた、って?」

「皆、死にました。いえ……一部は私が殺しました」

「どういうことですか」

尋ねる吹雪に愛鷹は自分の出生の詳しい経歴を語り始めた。

 

 

全ての始まりは艦娘が戦力化され、戦闘を行っていくうちにどうしても出てしまった結果、「戦死」だった。

素質ある女性でしか艦娘になる事が出来ない、つまり替えが効きにくいと言う戦力の補充の効かなさは、そもそも艦娘が抱える最大の欠点だった。

兵器であれば、失われてもまた作ればいいし、人員も長い期間を経てまた育てる事で、永遠に失われた兵士の後を継ぐことは可能だ。

 

しかし、艦娘はそう簡単にはいかない。

素質があっても、艦娘になるのは基本志願制だから、かならず素質があってもなってくれるわけではない。

もし艦娘となっても、戦力化に至るまでにかかる養成の期間や手間、予算は莫大なモノである。

言ってしまえば、誰でもなれる訳ではない狭き門である戦闘機パイロット、それも教官職に付ける程腕の立つ熟練パイロットを短期間で育て上げる事にも等しい。

その艦娘も、そもそもが人間故に被弾による負傷には脆く、人間故に病気にもなる。

そして、人間であるが故に死ぬ時がある。

戦場で兵士が死ぬのはごく当たり前であるが、艦娘の場合、あまりにも補填が効きにくい為、一人でも戦死してしまうとそれによる戦略的な損失も大きい。

とりわけ、空母や戦艦などの艦種の艦娘は、素質のある艦娘の中でも誰でもなれる訳ではない艦種だ。

二〇三六年に艦娘が戦線に投入され、深海棲艦の攻撃を防ぎ、更に失われた制海権の奪還が進む一方で、不遇にも戦死してしまった艦娘も増えて行った。

セイロン方面での作戦失敗で多くの艦娘が戦死してしまっただけで、国連海軍は戦線の大幅な後退を余儀なくされていた。

国連海軍で一番頼りになる戦力が、一番補充の効きにくい戦力であることは、前々から指摘されていたことだった。

この弱点をどうにかするべく、無人攻撃機の性能向上や、従来艦艇の深海棲艦への対応能力強化など、様々な案が提案され、実験も行われた。

 

しかしその全てが失敗に終わっていた。

 

そんなとき、ある日本人海軍将官が一つの解決策を提案した。

素質ある艦娘を志願で採用し、養成していくのではなく、最初から艦娘を人為的に製造し、量産してしまえばいいのではないか?

 

そう提案した人物は日本艦隊所属の海軍少将、武本生男だった……。

 

この提案は少数の反対を押し切って決行され、「CFGプラン」と名付けられてスタートした。

CFGとは「Cloning Fleet Girl」、つまり「クローン艦娘」のことだ。

 

このクローン艦娘の製造に当たり、最もポテンシャルが優れた艦娘の遺伝子を基に作り出すことが決まった。

 

ヒトのクローンの製造は「生命倫理上の問題」から世界中で禁止されている、いわば「禁忌の行為」だった。

しかし国連海軍はこれを事実上無視する形で、計画を進めた。

このクローン艦娘製造にあたり、遺伝子基として選びだされたのが、改二へ昇進した大和だった。

大和は、クローンと言うモノがどのようなモノか承知していた。

SFフィクションでよく見るものだったから、名前もそのクローンと言うモノがどういう姿で生まれるかも知っていた。

この頃の大和は、改二へ昇進した自分に一種の自惚れを起こしていた。

艤装の燃費の悪さから中々出撃させてもらえず、鬱屈した日々。

出撃が叶い、各地の戦場で戦功を立てていく自分。それがいつしか、自分に強い自信が持てるようになっていた。

数々の戦場での功績が認められて改二となり、更に自身が仲間に貢献できる事に大和は、人知れず慢心に浸かっていた。

自分は自分が思う程弱くない。自分が本気を出せば、仲間を救い、人類の手に海の自由を取り戻していくことが可能だ。

自分にはそれが出来る。

そこへ持ち込まれたのが、自身の遺伝子を基に、艦娘をクローニング技術で量産していく、と言うモノだった。

二つ返事で了承したわけではなかったが、自身の力で更に人類に貢献し、それが将来に禍根を残すことなく平和へとつながる。

仲間をこれ以上傷つけることなく、深海棲艦をすべて無くし、海を取りもどすことが出来る。

 

遺伝子提供を受け入れた大和は自らの遺伝子を、国連海軍「CFGプラン」実行組織に提供した。

 

それが、取り返しのつかない過ちであることに気が付くのに時間はかからなかった。

 

「生命倫理上の問題」からヒトのクローンの研究は長い事行われておらず、実質過去の基礎研究や、他の動植物で得られた成果、データを基に行う事となった。

つまり、クローン技術自体はそもそも未成熟だったのだ。

提供された大和の遺伝子は、そのクローン技術を熟成させつつクローン艦娘、つまり大和のクローンを生み出した。

研究段階で作られたクローンは全部で一五〇体、その内胎児になる前に半数の七五体が失敗し、誕生したのは七五体。その後一〇体がすぐに死亡し、最終的に六五体のクローンが誕生した。

このクローン達は、ある改良が遺伝子に組み込まれていた。

普通の人間だと、成人化するまで二〇年はかかる。しかし、一刻を争う戦況で二〇年もの歳月を待つのは不可能。

その為、クローンには通常の人間の数倍の速度で成人年齢にまで成長するように遺伝子に改良が行われていた。

六五体のクローンは生まれて一年後には、人間換算で一五歳以上の年齢にまで成長した。

しかし、国連海軍は「六五体も実験体はいる必要は無い。サンプルは一人で充分である」と判断を下した。

もっとも性能が良いクローンはどれか、選別は容易ではない。

 

そこで行われたのが、クローン同士を戦わせて、勝ったものを絞り込んでいくと言うモノ。

つまり、クローン同士を殺し合わせて、最終的に生き残ったクローンが最優秀の個体である、と言う判断が下されたのだ。

 

銃と刃物、教え込まれた技術を基にクローン達は一対一で死闘を繰り広げた。

どちらか片方しか生き残る事が出来ないだけに、死に物狂いで戦った。

殺すまで、どちらかが死ぬまで、そして、一人になるまで繰り返された。

六五体目のクローンはこの死闘を生き延びた。

彼女はエスペラントの言葉でリプロダクト、「複製の」と言う意味の仮の名を与えられ、開発中だった超大和型戦艦の艤装を与えられることになった。

計画が終わった暁には「ベレーガモンド」、エスペラントで「素晴らしき世界」と言う意味の名の戦艦として、国連海軍直轄艦隊に配備されることになっていた。

 

しかし、彼女にも「クローン故に逃れられない運命」が待っていた。

 

クローンはテロメアと呼ばれる遺伝子の細胞分裂に関わるモノが生れつき短くなると言う欠点がある。

これはクローンが多数生み出されれば生み出される程短くなって行く為、細胞の劣化が早くなり、結果として老化が常人よりも早く訪れる。

六五体目は一五〇体の実験体でも最後に生まれただけにテロメアが最も短かった。

しかも、成長速度の促進改良がこれに拍車をかけてしまう副作用が発生しており、彼女のテロメアは急激な速度でその長さを短くしていた。

この事実が発覚するや、「CFGプラン」は事実上失敗に終わったも同然だった。

勿論、このテロメアの分裂速度の速さは既にクローン技術が実用化された時点で判明している為、それを抑える処置も行っていた。

しかし、ヒトのクローンに対する処置能力に関しては経験もデータも手探り状態だった為、結果的に効果は殆どなく、辛うじて薬剤投与で老化をわずかに遅らせる事が出来る程度だった。

六五体目のポテンシャル、クローンとしてのスペックそのものは基になった大和を上回るモノだった。

しかし、その体の寿命ははるかに劣っており、そもそも量産には全く不向きだった。

諦めきれない「CFGプラン」のスタッフはその他にもいろいろな手段を試した。

 

それが祟ったのか、それとも偶然だったのかは分からない。

 

確かなのは、六五体目が急性ロシニョール病を発症してしまった事だった。

 

そこへ追い打ちをかけたのが、超大和型の技術をフィードバックさせた大和型改二仕様の性能向上と言うモノだった。

つまり、超大和型戦艦の艤装の性能は大和型戦艦改二艤装にその技術を応用してしまう事で解決できてしまう為、最初から新造する必要がなくなってしまったのだ。

 

これを期に「CFGプラン」は瓦解し、スタッフも解散を余儀なくされた。

提案者であり、その仕事柄から各方面との調整役としてスタッフを務めていた武本も「CFGプラン」の終了と共に日本に帰国した。

 

そして、残されたのは「欠陥品」「不良品」「出来損ない」の烙印を押され、生まれた国連海軍直轄艦隊第666海軍基地施設に捨てられたも同然になった六五体目だった。

国連海軍直轄艦隊に配属されるという事から、世界中の礼儀作法、文化、言語に精通し、その他ありとあらゆる知識を教え込まれる訓練や教育を六五体目は受けた。

そして、同じ顔と生き残りをかけたバトルロワイヤルも繰り広げ、同じ顔の個体を何人も殺して自分だけ生き永らえた。

全ての、血の滲むような努力も働きも、その全てが「CFGプラン」の終了と共に無に帰した。

後は基地施設内で与えられた薬剤を呑んで、少しでも長生きする悪足掻きをする日々を送った。

しかし、その薬剤には効果が切れる、薄れてしまうとそれは耐えがたい禁断症状が体を蝕み、更に吐血を伴うあまりにも苦しい副作用が起きるものだった。

吐血自体は施設生活時代おきる事は無かったが、それでも耐え難い苦しみを味わう日々は続いた。

それでも彼女が薬剤を呑んだのは、決してその痛みに快感を覚える、望んだからではない。

 

この世に生を授かったのに、むざむざ早死にしたくないと言う六五体目の懸命な運命への抵抗行為だった。

 

スタッフの殆どがいなくなった基地施設で、残っている者から白い目で見られる日々。

 

ある日、六五体目は基地のある島の小高い丘に登ると、自身の無念と悔しさを空に向かって声の限りに叫んだ。

 

「私だって人間として生まれたかった!」

 

 

だが、六五体目には「この世に生を授かった代償」として、短命の体を得て厳しく辛い訓練や教育の日々、殺し合いの日々を切り抜けた後、ボロ雑巾の様に捨てられても、そのまま絶望して早期に命を絶つと言う道を選ぶ意思は初めから無かった。

 

それよりは苦しくても薬を飲んで一日、一時間、一分、一秒でも長生きをしたかった。

せっかくこの世界に生まれた命を、自らの手で無にするのはまるで「自分を作り出した者達」の望む末路にしか思えなかった。

 

 

自身のクローン達の運命、そして行われる仕打ちに大和は絶望した。

しかし、もう手遅れだった。自分にはもうどうする事も出来ない。

毎日、殺し合いで死んだ血まみれの自分の分身を抱いて、涙を流して謝り続けた。

朱に染まり冷たくなった物言わぬ骸をきつく抱きしめ、何度も何度も詫び続け、悔恨の涙を流した。

自分の分身の死体に悔恨の涙を流す姿を常に無言で見る分身が一人だけいた。六五体目だった。

クローンの中でもひときわ個性が強かった六五体目だからこそ、生き残れたのかもしれない。

そしてその個性と、生き残れたからこそ、自分を作り出した者達と自分を作り出す基となった大和に激しい憎悪を膨らませていた。

基地施設で親身になってくれた者は殆どいなかった。

皆、六五体目を人と見なさず、人形、物を見る目で接した。

唯一、スタッフの中にいたアメリ・ロシニョール博士だけが、自身も携わる「CFGプラン」によって作り出されたクローン達に優しく接し、一部の教育を担当した。

彼女の教えが六五体目を後の自身の運命を知った後の自害を思いとどまらせ、悪足掻きする人生を選ばせたと言っても過言ではない。

ロシニョール博士は、しかしクローンの知らない間に自身が発見した難病治療の研究中にその病に倒れ、帰らぬ人となった。

 

 

施設で運命に抗う日々を送っていた六五体目に、新しい世界への道が現れたのは自分が生まれて四年後の二〇四七年。

自身の素性と言う素性、身分と言う身分を隠したうえで、超大和型戦艦の艤装を流用した超甲型巡洋艦「愛鷹」として日本艦隊へ正規配属されることになったのだ。

この手配をしたのが一体誰なのか、どういう風の吹き回しなのか、この際六五体目にはどうでもよかった。

複製と言う名の「リプロダクト」と言う仮の名前を捨て、「愛鷹」と言う新しい名前を授かって、自分は生まれ変わるのだ。

六五体目は愛鷹という新しい名前を得て、日本艦隊へ配属された。

 

生まれて初めて、自分とは違う顔の、赤の他人と友情を、絆を築くことが出来るようになった。

 

 

そして今、愛鷹はここにいる。

 

 

それは余りにも壮絶であり、悲しい過去だった。

衣笠以外の第三三戦隊メンバーと吹雪には作り話の様にも聞こえる程だった。

しかし、自身の過去を語る愛鷹の顔に、嘘を言う素振りは全くなく、すべてを包み隠さず明かしていた。

「これが私の、生まれと正体、そしてこれまでの約四年の人生です」

「クソッタレどもめ……なんでこんな惨い事を。

何で愛鷹がこんな……」

怒りに肩を震わせる深雪が拳を握りしめ、俯いたまま呟く。

「こんなの、残酷すぎる。どうして、こんな惨い事が人にできるの……」

深雪とは反対に悲しみに暮れた顔に涙を浮かべる夕張に、愛鷹は非情に告げた。

「惨い事を平気で出来るのが、人間なのです」

そう返しながら、ふと右手を持ち上げて、手の平を見る。

まだその手は綺麗そのものだ。

 

しかし、

 

「この手に、老化の皺が刻まれるのも、遠くはないでしょう」

 

独語するように呟くと、手の平を強く握りしめた。

 

「皆さん、一つ私に教えてください。

 

私は……

 

私は……」

 

胸いっぱいに込み上げてきた激情が目頭を熱くさせ、堪え切れない涙を流す。

 

「私は……

 

人間ですよね?」

 

 

するといきなり深雪が愛鷹に飛び掛かると、渾身の力を込めて愛鷹を殴り飛ばした。

もろに拳を受けた長身の愛鷹が、受け身を取る暇もなく椅子ごと後ろへひっくり返る。

「深雪さん、何をするんですか!」

珍しく語気が荒めになった蒼月が殴り飛ばした深雪の背中に一喝する。

それには答えず。深雪は殴り飛ばした拳を抑えた。

「あったりまえだろ! 愛鷹は誰が何と言おうと、深雪様が人間だって言い切ってやる!

クローンが何だって言うんだ。

愛鷹は今ここにいるじゃないか。深雪様の目の前でぶっ倒れてるじゃないか。

愛鷹を殴り飛ばした深雪様の拳はとても痛え!

これって、愛鷹がここにいるって事を深雪様がはっきり痛みと一緒に感じたって事だろ?」

殴り飛ばされ、床に倒れていた愛鷹が、じんと痛む頬に触れると深雪は続けた。

「痛いだろ? 痛いって感じるんだろ?

死んだら痛いって思う事なんかできないんだよ。痛みが分かるって事は、愛鷹は生きているって事じゃないか。

人間だから痛みも、流す涙の悲しみも、楽しくて笑った時も、嬉しくてこぼれる笑顔の意味も共感できるし共有できる。

愛鷹はクローンじゃない、愛鷹って言う一人の人間だよ。

世界に一つだけ花を咲かせた、一輪の花と同じなんだよ。

お前が人間かクローンかなんて複雑に思い悩むことなんてねえんだ。

 

愛鷹はこの世に一人しかいない人間だよ」

 

涙で濡れた顔一杯に笑顔を浮かべる深雪は愛鷹を見降ろしながら、人間であると強く肯定した。

「私も深雪ちゃんと同じ思いです」

涙を拭って吹雪は立ち上がって頷く。

「どんな姿であっても、愛鷹さんは世界に一人しか存在しない一人の人間です」

「瑞鳳もそう思います」

「私も」

「衣笠さんも絶対そうだって言い切れるわ」

「愛鷹さんは愛鷹さんです」

仲間達が次々に自分を見つめて声を上げる。

感動と言うよりは、何か一つ気持ちの整理が付いた気持がした。

自分は作り物でもなく、人間なんだ。みんながそう認めてくれているんだ。

身を起こした愛鷹の脇に誰かが歩み寄ると、肩を掴んで立ち上がらせてくれた。

「良かったわね、愛鷹」

「大和……」

微笑む大和に愛鷹は、笑顔を返すことが出来なかった。

人間だと認めても貰えたが、大和への今の感情はまだ強い。

大和を憎んでも憎み切れないと言う、強い負の感情が。

目の前にいる大和は自分を作り出す元凶の一人であることには変わりないのだ。

今ここで、これまでのわだかまりを忘れて大和を許すことはまだ出来そうになかった。

「大和」

「言わなくていいのよ。私はあなたの運命を、生まれた意味まで滅茶苦茶にしてしまった。

自分の傲慢と奢りが、貴方をこんな形で生を授けさせてしまった。

でも、貴方が生まれた事にはきっと意味があるはずよ。

私の遺伝子から生まれた子だとか、細かい事は無しに貴方がこの世に生まれた事にはきっと何か意味がある。

許さなくていいわ、でも私はあなたの為なら、この身を捧げてもいい。

貴方のお姉ちゃんとして、貴方を支えたい。貴方が精一杯生きて行くことが出来るようにしたい。

それが私の望み、私の願い、私の夢」

優しさを込めた目で見る大和の思いは、すべて受け入れ切る事は出来ない。

大和を姉として見ることなど、出来そうにはない。

保護者面されるのも厚かましさを感じる。

 

しかし、何故か大和の言葉には安心感を覚えさせるものがあった。

 

全員に向き直った愛鷹は何を言えばいいのか、戸惑いを覚えた。

単にありがとうでは済ましきれないものを感じていた。

だから、今浮かべられる精一杯の笑みを浮かべ、一同に言った。

 

「ちょっとだけ、気持ちが軽くなりました」

 

「素直じゃないなあ」

苦笑を浮かべる深雪はふと何かに気が付いたような顔になると、愛鷹に尋ねた。

「なあ、ちょっと気になったんだけどさ。

なんで愛鷹と大和ってそんなに胸のサイズが違うんだ?」

その言葉に愛鷹と大和の顔が赤く染まった。

「大和は馬鹿でけえのに、愛鷹は大してでっかいって訳じゃないぞ?」

顔を俯ける大和に変わり、愛鷹が少し考える。

「クローンと言っても、完全に同一個体が作れるとは限りませんし……私の遺伝子は随分弄っていますから、胸の部分の遺伝か何かがおかしくなっただけかと」

半分適当そうに応える愛鷹の背後に回った衣笠が、両手で愛鷹の胸部を触った。

「ふーん、サイズはそこそこ……」

直後衣笠の顔面に愛鷹の肘鉄砲が炸裂した。

ほぼ同時に夕張と瑞鳳のゲンコツが深雪の頭に振り下ろされ、蒼月と吹雪も見比べ合っていた。

 

 

腹心の部下だけを集めたテーブルの席に座った有川は、部下一人一人の顔を見ると切り出した。

「諸君。今日の招集内容は聞いているな」

全員が無言で頷く。

「よし。連中がいよいよ動き始めたらしい。

地中海で深海棲艦の不穏な動向が確認され始めた。

中々面倒なことになる兆候と踏んで間違いは無いだろう。

この情報を精査し、さらに詳しく分析する必要がある」

「深海棲艦の地中海方面の動きは沈静化していたはずでしたが、再編成が進んでいるという事でしょうかね」

部下の一人が尋ねると、有川は「さあな」と返す。

「現在、地中海での深海拠点はスエズ運河のポートサイド一帯と旧マルタ共和国のマルタ島のみです。

マルタ島全島が深海棲艦の制圧下にある為、あそこが深海の一大拠点化していることは周知の事実です。

かの地で奴らが艦隊の大規模再編成を進めているとしたら、イタリアへの大規模攻勢は避けられないでしょう」

「欧州総軍地中海方面軍各艦隊には現在デフコン3が発令されており、臨戦態勢が強化されていますが、北海方面軍への深海棲艦の攻勢が増加しており割ける戦力にも限界があるのが現状です」

「海兵隊は地中海沿岸部の警戒監視活動を強化し、深海からの陸上攻撃への備えを行っているとの事です」

部下達の報告や情報共有を聞いていた有川はひと段落すると、自分からも切り出した。

「砲台棲鬼なら海兵隊の戦車でもぶっ倒せる。

陸の事は連中に任せても心配は無いだろう。

もう一つ、この場で対策を考えておくことがある。

 

さて問題だ、諸君。どうしたら愛鷹を死なせずに済む?」

 




愛鷹の正体を今回、明かすお話となりました。
彼女の正体には中々ショッキングだったと思います。

艦娘が複数ドロップする、は艦これでは当たり前です。
私が艦これ改をプレイしている時、黒潮を偶然重複ドロップした時に「まるでクローンだな」と何気なく呟いたのが本作の発端でした。

クローンについては現在も人以外の分野で研究が行われているようです。
また、劇中テロメア云々で夭折する下りも書きましたが、テロメアが短い=すぐに病気にかかって死ぬと言う訳ではないとの事です。
ただ、長生きしにくいと言う検証結果もあり、クローン技術は不確定要素が大きいです。

艦娘の複数ドロップとクローン、この二つのネタが今回の小説構成の発想に至りました。
愛鷹と大和、武本の関係の謎はここで一端全解明です。

ですが、まだまだ本編は続いていきます。
この物語はクローンとして生み出された愛鷹の軌跡を綴る物語構成です。
この後も、愛鷹の命の炎を燃やし尽くすまでの戦いの人生・運命を描かかせていただきます。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第二九話 敵潜水艦隊捜索

秋の秋刀魚イベント、もし愛鷹が本当に実装されていたら?

そんな想定も脳内でしています。

本編をどうぞ。


白刃が混じり合い、金属が激しくぶつかった時の音、二人の少女の激しい息遣い。

相手は刀を構え直すとフェイントをかけて切り込んでくる。

切り込みを受け止め、蹴りを入れて反撃の一振りを払うが、相手は辛くも避け切る。

二人とも疲れていた。

しかし、休むこともなく、ひたすら戦い続けた。

休むことは許されない。この消耗戦で最初に音を上げた方が勝者だ。

敗者には死しかない。どちらかが死に、どちらかが生き延びる。

互いに動けなくなる重傷を負う相討ちになっても、助けは来ない。先に力尽きた者が敗者だ。

生き残れるのは一人だけ。

だから、どちらも情けも手加減も一切なしに、この戦いで相手を殺す事、自分が生き残る事だけを考えていた。

彼女は疲れていた。息は苦しく、汗も止まらない。

刀の柄を握る手にはマメが出来ていて、いくつかは破れて血が滲んでいる。

一部割けている制服の下の肌には一筋の赤い切り傷が刻まれている。

何故同じ顔の自分と戦うのか、もう分からなくなって来ていた。

ただ生きる為に相手を殺す。生き延びるために。

自らが生き残るために。

逃げ場などない、生き延びるには相手の命を奪うしかない。

自分も相手も疲れている。疲れ切っている。

先に疲れに屈したものが、相手に屈した事と同義となり、命を捨てた事と同義となる。

死にたくは無かった。

ここで死んでも悲しんでくれる人はここにはいない。

刀を交え合い、ぶつけ合い、紙一重の差でよけながら二人の少女は死闘を続けた。

 

何故戦うのか。

簡単だ、死にたくないから。殺される前に殺す。

この戦いを生き延びれば、これまでの全ての苦闘、苦行から解放される。

もう、人を殺す必要もない。

自由が待っているのだ。

だから、その邪魔をする自分と同じ顔の相手を殺す。

二人にとって、自由への最後の関門だった。

 

激しい鍔り合いを払いのけ、互いに繰り出す刀を何度も受け止め合い、攻めては守り、守っては攻める。

その繰り返し。

どうすれば相手を倒せるか。スペックはほとんど同じだから、勝つ秘訣は生き残るための頭の使い方次第。

(絶対に生き延びる)

彼女はその思いを強くしながら、疲れ切った体に鞭を振るい、刀を構える。

相手がまたかかって来た。

自分を殺す明確な殺意と共に。

 

その相手が見せた一瞬の構えの乱れを突いた彼女は、自分に行われるであろう斬撃の予測を行い、回避しながら相手の急所に刀を繰り出した。

 

自分の左太ももに焼けつくような痛みが走った時、相手の心臓に自分の刀が突き刺さった。

余りの痛さに転倒した時、心臓を貫かれて崩れ落ちる相手が見えた。

相手の一撃が左足の太ももの肉を切り裂いていた。出血は酷いが、動脈は大丈夫だ。

一方で、血だまりの海を広げていく相手はすすり泣きながら掠れるような言葉を吐いた。

 

「死にたくない……生きたい……死にたくない……生きたい……死にたくない……」

 

あの傷ではもう長くない。自分も同じ目に遭っていたら、同じことを言っていただろう。

もっとも息があったらだ。

今の相手はまだ息がある。止めを刺せば相手は楽になるだろう。

しかし、相手がそれを望むだろうか。

せっかくこの世に生を授かったのだ。どんなに苦しくても、一秒でも長く生きていたはずだ。

 

(殺せ)

 

無情な声がその場に響く。

この死闘を観戦していた者達内の一人の声だ。

(止めを刺せ)

「嫌だ……死にたくない……嫌だ……死にたくない……」

非情な命令に反抗するように、相手から繰り返される呟きが胸に刺さる。

(どのみち長くない。そいつを生かせば、お前はいつまでたっても自由を手に入れられん。

自由が欲しければ奪え、相手の命は自由の代償だ)

「了解……しました」

太ももの傷を左手で抑えながら、強引に立ち上がると、倒れる相手に歩み寄る。

恐怖、死に怯えきった相手、自分と同じ顔の少女が「やめて」と繰り返し呟く。

(やめて! もうやめて! お願い!)

観戦している者達の席から泣き叫ぶような声が制止を図るが、自分には関係のない声だ。

眼前の少女は「やめて」と白くなっていく顔で涙ながらに命乞いをする。

少女の体からは更に血が流れ出しており、もう自分の足元も彼女の血の海の中だ。

刀を持ち上げて、相手の頸動脈に狙いを定めた。

そこを切れば、出血多量で相手はすぐに死ねる。

楽になれる……苦しみから解放される。

 

「ごめんね」

 

その一言と頬を伝った涙と共に、少女は刀を相手の少女の首に突き立てた。

 

 

咽込む自分の勢いで愛鷹は目を覚ました。

暗い部屋の天井が視界に入る。見慣れない天井、今いるトラック基地の宿舎の個室の天井だ。

「今のは……あの時のか……」

身を起こして寝床の脇に置いていたミネラルウォーターのペットボトルを取る。

蓋を開けて水を飲んで一息を付けた後、額に触れると、クーラーを聞かせて涼しいはずの部屋にもかからわず汗がじっとりと滲んでいた。

溜息を深々と吐きながら、ふと寝間着のパジャマの裾をめくって太ももに触れた。

 

夢で見た光景、自分が施設でやらされた、同じクローン同士の生き残りをかけてやらされた殺し合い。

あれは自分と六〇番目の自分が繰り広げたクローン同士の最後の戦いだった。

あの戦いの傷は今でも太ももに残っている。

名を与えられる事もなく、番号で呼ばれるだけで終わった自分と同じ個体が、生きていたことを忘れない為に、自らの意思で傷を残したのだ。

自分が大和のクローンであることを含めた出生から着任に至るまでの経歴を話したのは昨日の、いや数時間前の事だ。

既に知っている大和、衣笠を除く夕張、深雪、蒼月、瑞鳳、吹雪の反応は予想以上に自分に肯定的だった。

むしろ、自分をクローンではなく一人の人間だとまで言ってくれた。

自分の存在をあれだけ強く肯定してくれた時は今までなかった。

ここに来たのは正解だったと言えるだろう。来たと言うよりは送られたのだが。

ただ大和とのわだかまりは消えていない。

これはそう簡単には消すことが出来ない。大和だけに罪がある訳ではないのは承知しているが、自分を作り出す元凶の一人である事には変わりがない。

ここで考えても始まらない。今は明日に備えて寝ておく必要がある。

「寝よう」

もう一度毛布をかぶり、目を閉じると愛鷹は眠りに落ちた。

 

 

残業が終わった古鷹は欠伸をしながら伸びを思いっきりした。

日本近海での対潜哨戒作戦は膠着状態だが、シーレーンの断絶にまでは至っていないので、日本の物流経済への影響は最小限に抑えられている。

一方で駆逐艦、海防艦を中心に被害が拡大し始めている。

今日も第七駆逐隊の朧が魚雷攻撃で負傷し、三週間の戦線離脱を余儀なくされてしまっている。

また日本艦隊南部方面隊所属の掃海艇「あただ」「はしら」が深海棲艦の潜水艦の魚雷攻撃で撃沈され、二隻合わせて九名の乗員が戦死している。

「何とかしないとね……」

そうは言っても自分は対潜攻撃能力がない重巡だ。爆雷を投げる程度は出来ても、対潜戦闘の訓練は受けていない。

専門外の事をやらされても、ただ被害を増すだけにしかならない。

「でも、青葉なら」

そう呟いた古鷹は今日青葉の部屋に行った時の事を思い出した。

 

分厚い資料やら教本を手に、いつにも増して真剣な表情の青葉が自身に行われる新型艤装である甲改二への勉強を行っていた。

部屋を訪れた古鷹に対し、普段とは違って構う素振りはあまりなく、自身の新型艤装の座学に関する予習復習に没頭していた。

古鷹が驚いたのは青葉の机にあった甲改二改装についての資料、教本以外に、昇任試験勉強の道具まであった事だ。

 

何故また受けられるようになったのかと疑問に思うが、ここ最近青葉が懲罰を受けた話は全く聞かない所からして、第三三戦隊での勤務態度の良さが評価されたのだろう。

しかし甲改二になるだけでもハードなのに、昇任試験も受けるのだから青葉の生活はかなり忙しいものになっていた。

寮はおろか食堂でもあまり姿を見かけない。

誰か知っていないかと思って鹿島に聞いてみると、明日からもう甲改二艤装の実技を始めるのだと言う。

 

改二への改装に関する教育期間は艦娘によって異なりはするが、青葉程短期間で実技に移行するのは古鷹が知る限りでは前例がない。

艤装性能が大幅に向上するだけに教育期間を充分にとって、時間をかけてやるのが一般的な改二への改装カリキュラムだが、青葉はそれをかなりの短期間で終える勢いだ。

やらかし、騒動起こしの前科は多いが、六戦隊でも最初に改になっただけの努力家、実力家でもある。

本気を出した時の青葉の姿は何度も見ているから、寧ろあの姿は想像できてもおかしくはないはずだ。

何か自分がのめり込めるほどの居場所を、自分が戦場にいるべき場所を青葉は見つけている気がした。

青葉の甲改二は瑞雲を搭載運用する航空巡洋艦への改装だと聞いている。

今までの艤装とはかなり勝手が違うモノだろうから、苦労する所も多いはず

今の古鷹に出来るのはその青葉の背中に「がんばれ」、とエールを送る事だった。

 

水を飲みに古鷹が食堂に立ち寄ると、がらんとした食堂のテーブルの一つで青葉が勉強していた。

部屋でしているんじゃなかったのかな、と少し不思議に思った古鷹は水を注いだコップを持って青葉のテーブルに歩み寄った。

近づく古鷹の足音で気が付いた青葉が顔を上げた。少し疲れている様だった。

「こんばんは、青葉」

「こんばんわです」

疲れた顔に笑みを浮かべて青葉が挨拶を返す。

その青葉に笑みを返しながら、古鷹はテーブルの上に広げられている勉強道具の量に軽く唸る。

「凄い量だね。これ全部勉強するの?」

「全部頭に入れないといけません。大変ですけど、青葉は頑張りますよ」

「無茶しないでよ青葉。休まないと訓練が上手く出来ないから。

と言うか、休めてる?」

そう問いかける古鷹に、ノートの上に走らせていたペンの手を止めた青葉がため息交じりに返した。

「休めていません。寂しいんですよ一人だから……。

部屋にいるのは青葉だけ。

第三三戦隊のみんなはトラックにいますし、ガサもそうです。

部屋にいてもガサがいないからがらんとしていて、一人じゃ寂しいんですよ。

だからここで勉強しているんです」

時に意外な程メンタルの強さを見せる時があれば、その逆もある青葉だが、今は後者の状態だ。

妹の衣笠と同じく寂しがり屋な一面もある。

今の青葉はハードスケジュールを自分に課しているから、若干情緒が不安定なのだろう。

「寂しいのね。じゃあさ、今日、いや暫く私の部屋で寝て行かない?

「でも古鷹の部屋は二人部屋ですし」

「布団をギリギリまでくっつければ、三人は寝られるよ。三人だったら寂しくないでしょ?」

「……そうですね。青葉お言葉に甘えさせてもらいます」

「じゃあ、もう寝ようよ。布団は運んでおいてあげるから」

「お願いします」

 

 

日本とは時差があるトラックに朝が来た。

早朝のブリーフィングルームには第三三戦隊メンバーが集結して、愛鷹と立石と共にブリーフィングを始めていた。

ブリーフィングルームの壁面モニターに表示されたトラック諸島の地図に、立石がレーザーポインターを使って説明する。

「敵潜水艦が対潜哨戒機によって確認されたのはトラック環礁内から外海へ至る水道全てだ。

特にエバリッテ水道、北東水道、南水道は物資搬入可能な大型船舶の航行が可能なだけに確認された潜水艦はここに集中にしている。

艦娘の君らなら水道の大きさなどは大して問題ではないだろうが、船舶はそうもいかない。

水道を封鎖されたらこの基地の補給体制は大打撃を受けてしまう。空輸では補給可能量に限界があるからな。

またこの丑島と花島水道では水道出口に対艦娘機雷源が敷設されたことがある。

機雷源については既に海軍掃海潜水チームが除去したが、機雷源が敷設されたと言う事実は大きい。

敵の機雷敷設潜水艦が進出しているという事だからな。

ただこれだけの大規模環礁を封鎖するとなれば、深海棲艦もそれ相応の規模の潜水艦支援部隊を近海に派遣しているはずだ。

そいつを探し出すのが貴官らの任務という事になる」

一区切りをつけた立石に夕張が挙手をして質問を求めた。

「なんだ?」

「敵がどこにいるのかと言うあてはあるのですか?」

「それを探るのが貴官らの仕事だろ? 

まあ、SOSUS(音響監視システム)の反応では、デコイでない限り環礁北部から東部にかけて比較的多くの潜水艦の推進音を拾っている。

これが現状提供可能な手掛かりだな」

今度は蒼月が挙手をした。

「基地からの航空支援はあるのでしょうか? 捜索中に航空攻撃などを受けたりする可能性もあるかもしれません……」

「可能な限りの航空支援を展開する事を約束する。勿論F35ではないがな」

「対潜哨戒機は?」

そう問いかける深雪に立石は「P8ポセイドン対潜哨戒機に出来るのは今までに集まった情報収集が限界だ」と返した。

話を聞いていた愛鷹は瑞鳳に振り向き、航空団編成を指示する。

「まず重点的に行う捜索範囲は、環礁の北部から東部ですね。

瑞鳳さんの航空隊は直掩隊を二個小隊、AEW彩雲一個小隊に止め、他は対潜哨戒機に乗せ換えておいてください。

出来れば交戦しないに越したことはありませんが、対水上対空対潜警戒に細心の注意を。

私達には地の利がありますから、今までより分のいい作戦展開が出来るでしょう」

「そうそう上手くいくと良いけどなあ」

腕を組んだ深雪が軽く唸りながら言う。

「やるっきゃないでしょ。これが私たちの仕事なんだから」

特に帰した様子もない瑞鳳の言葉に、そうだなと深雪は頷き、膝を叩いて立ち上がった。

「よし、早速取っかかろうぜ」

その勢いに頷いた愛鷹は出撃時刻を告げた。

「出撃は〇九:〇〇です。各自艤装の整備状況と弾薬補給のチェックをお願いします。

解散」

 

 

午前中の仕事をしている時に、パソコンの画面にメッセージ着信表示が出た。

極秘回線だ。一体誰からだ、と思いながら武本は回線を開いた。

画面に出て来たのは有川だった。

(久しいな、武本。元気にやってるか?)

「日増しに日本近海での対潜戦闘頻度は上がる一方だ。駆逐艦や海防艦の子達の身が心配だよ。

それで、何の用だ?」

(まだ耳に入っていないかもしれんが、地中海で深海の活動が活発化しつつある。

つまり大規模な作戦展開を連中が仕掛けてくる可能性が出て来た。

欧州総軍は今の所自力対応の構えだが、状況によってはそっちに派遣部隊を要請するかもしれん)

その話に武本は目を細めた。深海棲艦の大規模侵攻……。

「マルタか」

(LRSRG二個部隊が偵察行動に入って情報収集に当たっているが、侵攻を行う確率は上がっていると言っていい。

どこに押し寄せて来るかは、まだ不明だ)

「マルタの戦力を総動員するか、スエズを通してアラビアの艦隊を回してくるか」

(どちらもかもしれん。アラビア防衛の英国艦隊と北米艦隊の第五艦隊の戦況は一進一退だ。

正直割ける戦力の余裕が向こうにはあるのかもしれん)

「来るとしたらイタリアかジブラルタル、アドリア海か。欧州総軍の戦力展開状況は?」

(北海での作戦の為にドイツ、英国、オランダ、ポーランド艦隊の主力は動かせんから、主にイタリア、フランス艦隊と北米艦隊地中海派遣任務群が対応に出ている。

海兵隊の沿岸警備も強化はしているよ)

「なるほど。一応留意はしておくよ。

それで、本題は?」

真顔で問いかけて来た武本に有川は満足げに笑みを浮かべた。

(相変わらず、察しが良いな。まあ、今それはどうでもいい。

お前の基地の中にここ直近で外部から将官クラスが来たことは?)

「ないな」

(なら、話は簡単だ。妙なモグラ野郎がお前の基地に忍び込んだ可能性がある)

 

モグラ野郎、外部からの侵入者。テロリストか? 活動家か?

 

ざわりと肌が粟立つのを感じながら武本は無言で有川の話を聞く。

(艦娘に誰か不審者を見かけた、不審なことがあったか、誰かの調子が悪くなった、とかの反応はあるか?)

「ない。警衛からも何も報告は無い」

(なるほど。それは大した話だ。

敵は足跡をほとんど残していない上に、基地で何をしたのかさえ分かっていない。

直ぐに基地のセントラルコンピューターから売店のレジまで調べておけ。何かあるぞ)

「敵は深海棲艦か?」

(いや、俺の予感ではもっと恐ろしく、質の悪い奴だ。

 

人間だな)

 

 

出撃プランを入れているタブレット端末を見ながら歩いていた愛鷹は、数歩先の会議室の一つのドアが開き、中から自分と同じシルエットが出てくるのが目に入った。

 

大和……。

 

向こうもこちらに気が付いたのか、うっすらと笑みを送って来る。

その顔に鋭い睨みを叩き返しながら歩く。

すれ違い様、大和が愛鷹を呼び止めた。

「愛鷹」

「……」

「絶対……帰って来てね」

顔を向け合って話しているわけではないが、大和の言葉は目の前で自分に言っているのと同じようにも感じられた。

「死にはしない。

艦隊の帰還率一〇〇パーセントが私の勝利の信念。お前に死ぬなと言われる筋合いはない。

お前が他人に死ぬなと説くのであれば、死んだ六四人の『私達』を生き返らせて見せろ。

昨日はああでも、そう簡単に私がお前を許すことは無い。

 

生まれながらに短命なモノたちの気持ちになって見ろ。

何故死ぬのか、なぜ殺されるのか。

 

楽しみたかった、

 

笑いたかった、

 

謳歌したかった、

 

死にたくなかった、

 

生きていたかった、

 

運命(さだめ)だった、

 

復讐なんだ。

 

お前にはこれらすべてを持つ事が出来ない、持っていない。

 

でも、私にはある」

 

最後は捨て台詞の様に吐いて愛鷹は歩き出した。

 

名声に溺れ、愛鷹達を作り出す元凶の一人となった大和。

せっかく生まれた自分の意味を艤装性能向上と言う形で奪った大和。

短命なクローンの愛鷹の母体となった大和。

愛鷹と大和の間にはそう簡単には埋められそうにない、深い溝が線を引いたままだった。

 

大和……お前と私が逝き付く果てが同じであると思えるのなら、それは大間違いだ。

 

 

最大戦速をかけると主機が加速の白波を立て上げた。

今までにない程の滑り出しと共に、以前とは全く違う増速の勢いに青葉は爽快感を感じていた。

「これが甲改二艤装の出力」

頬で感じる潮風に心地よさ。久しぶりに感じる気がした。

(主砲艤装や飛行甲板を装備していないヌード重量だからな)

ヘッドセットから雲野の青葉の感想に満足げな声が入って来る。

左目に付けているHUD(ヘッドアップディスプレイ)には早くも速力が二七ノット、第四戦速を越えているのが表示されている。

機関始動から三〇秒も経ていない内にここまで加速できるとは。

HUDには速力以外にも、方位、湿度、気温、緯度経度表示が出ている。

これは航行モード表示で戦闘時は更に主砲照準レティクルと敵予測位置表示、敵ターゲットコンテナなどが表示される。

対空戦闘表示の時は、敵機の高度表示、ピッチスケールも表示され、電探、対潜ソナー表示も切り替えで投影する事が可能だ。

暗視表示も可能なので夜戦では大助かりになる。

(機関部、主機のパラメーターは安定しているな……第五戦速を越えたか)

「現在三二ノット。機関部、主機、青葉共に快調です!」

少し弾んだ声で青葉が言うと、雲野は少し唸ってから青葉に提案を入れた。

(艤装CCSリミッター解除レベル1を試してみないか)

「レベル1なら試してみる価値ありですね、やりましょう」

(よし、ただ何か少しでもおかしいと思ったら止めるんだよ)

「はい。よーし、艤装CCSリミッター解除レベル1、増速黒二〇」

青葉のボイスコマンドを受け機関部が出力を上げると、さらに速力が上がり始め、HUDの速度表示もどんどん上がる。

レベル1に時点で三五ノットに達する。

機関部からは異常振動などは無く、極めて安定した状態だ。

頬に当たる潮風や波しぶきが強くなるが、別に苦にならない。

(凄い! 装備を積んでいないとはいえ、これが甲改二の機関出力)

前使っていた艤装では軽装状態でもここまで加速出来た事は無い。

もしかしたら、自分は日本艦隊一の足自慢の重巡洋艦になれるのかもしれない。

このままなら四〇ノットも余裕で行けるのでは? 島風ちゃんもびっくりするだろうなあと思った時、HUDに「ERROR」が表示された。

「ふぇッ!? エラー? 減速、赤二〇!」

(ダメか。もう少し慣れが必要だったか)

舌打ちする雲野の言葉に青葉は返事を返せなかった。減速できないのだ。

「艤装CCS、状況を」

ボイスコマンドで異常を確認すると、HUDに「減速システム故障」と表示された。

な、慣れないとやっぱりこういう事が起きる……いや、機械故障は流石に青葉のせいには……。

(青葉、何やってるんだ。早く減速するんだ)

雲野の指示に青葉はHUDに表示される表示に、恐怖に震える声で返した。

「げ、減速システムにエラー発生! わぁー、止まれませーん!」

青葉の悲鳴が演習海域に響いた。

HUDの速力表示は四〇ノットを遂に超えたが、青葉はとても喜べる状態ではなかった。

機関部を強制シャットダウンすれば、いやそうしたら機関部に何が起きるか分からない。

両足の主機の舵を左右九〇度に向けてブレーキにするか。しかしそしたら舵が折れてしまう可能性もある。

艤装燃料が尽きるまで、このまま演習海域をぐるぐる走っていれば、その内止まれるだろう。

しかし、その思惑とは裏腹に事実上制御不能になった青葉は演習海域を飛び出してしまっていた。

「うわーん! ガサー、助けてー!」

 

輸送船団を護衛し、日本に帰投を果たした第三〇駆逐隊は味方の安全勢力圏ともあり皆ホッと一息ついていた。

あと一〇分もすれば基地へ入港できる、と望月は肩をもみながら軽くため息を吐いていた。

「今回の遠征は何事も無かったし、ま、遠征ボーナスは普通ってところかな」

睦月型は船団護衛によく付くため一番船団護衛系の遠征ボーナス収入を得ている駆逐艦だ。

被害を受けやすい、割を食いやすい駆逐艦だがその分給料はそれ見合って支払われるから、手当て面ではどの艦種にも負けていない。

眠気が来て欠伸をしていると、同様に伸びをしていた弥生が何かに気が付いた。

「どうした?」

「何か……来る」

「敵⁉」

「やだ、気を抜きすぎちゃったかしら」

即座に構えを取る睦月と如月だったが、何か喚く声が四人の耳に入った。

「後ろだな」

望月が振り返ると、物凄い速度で航行する青葉が四人に急接近していた。

見たこともない程の速度を出している青葉に四人が驚いていると、青葉が四人に気が付いた。

「よおー、青葉、何にそんなに猛ダッシュしてんだ?」

「どいて、どいてー! 止まれないんですー!」

「こっちに突っ込んできた!」

「退避、退避!」

慌てて望月、弥生、睦月、如月が避けると青葉は四人の空けたところを突っ切って行った。

今のはなんだったんだろう、と四人が顔を合わせた時、青葉の悲鳴が聞こえ、直後派手に転倒する音が聞こえた。

「な、何が」

「どーせ、またしょうもないことして逃げてたんだろ」

ぽかんとしている弥生に望月は腰に手を当てて、派手に転倒した後海に沈んだ青葉の元に向かった。

自業自得の自爆行為だが、目の前で放っておいて後でこっちが始末書を書かされるのは御免だ。

望月が近づいていくと、青葉が自力で浮上して来た。

「あ、なんだ生きてたか」

「死んでいるかもしれませんね」

「笑えないね」

そう返しながらも望月はずぶ濡れの青葉の横にしゃがんでにやにやと笑いながら見ていた。

情けない顔になっている青葉は中々笑えるものだった。

「見てないで助けて下さいよ」

「どうしよっか」

振り返って後ろの三人に尋ねる。

「前、盗撮された時のカシが返されてないわねえ」

「如月ちゃん、また盗撮されてたんだ……」

悪戯っぽく笑う如月に睦月が苦笑いを浮かべる中、弥生はいつもの淡々とした口調で望月を見て言った。

「一応、拾っていこう」

「そうだな。青葉、後で間宮四人分奢ってくれよ」

「奢ります、奢りますから! 如月さんもう許して下さい、何でもしますから!」

 

 

定刻通り第三三戦隊はトラック基地から出撃し、安全性が確保されている北水道を抜け、愛鷹が定めた捜索エリアへ進出した。

瑞鳳から彩雲が一六機発艦し、電探搭載機とMAD(磁気探知機)搭載機の二機でエレメントを作って八方向へ展開を開始した。

深海棲艦の潜水艦の行動範囲能力のデータなどは存在しないが、愛鷹としては補給を行った後に再度トラック諸島周辺の海域に機雷敷設を行うとなれば、何百キロも離れないだろうと踏んでいた。

あまり離れすぎると、補給に必要な物資の量も増えるだろうからおおよそ五〇キロを目安にしていた。

展開している潜水艦隊の数は今のところ不明ではあるものの、数を把握する事で近海に展開しているであろう補給部隊の規模も推測できる。

トラック諸島は広いので機雷源で封鎖するとなれば機雷敷設潜水艦はそれなりに数が必要だし、当然その補給量も多くなる。

補給艦だけで派遣する程深海棲艦は馬鹿ではないだろうから、巡洋艦や駆逐艦などの護衛はいるはずだ。

もっとも、広域をカバーすると言う点では愛鷹達も同じである。

トラック諸島はかなりの規模があるので、当然その周辺海域の範囲もかなり広いものになる。

ただ、基地のSOSUSである程度の支援が受けられるし、万が一敵からの攻撃があったとしてもトラック諸島から航空支援が来るから、バックアップに関してはそれほど問題ない。

第三三戦隊も北部エリアから東部エリアへ、トラック諸島から一〇キロの位置を維持しつつ、移動する。

靴の爪先のバウソナー感度を維持する為、愛鷹は前進強速を維持させた。

水道が多い事もあり潮流は比較的複雑になっていて、変温層も変化が大きい。

浮遊機雷にも警戒が必要だった。

 

今回の出撃では愛鷹はメンバーそれぞれに役割分担を行わせる事にした。

まず発艦した航空部隊の管制と入ってくる情報の管理は、瑞鳳ではなく愛鷹自身が引き受けた。

夕張の艤装はユニット換装可能なように夕張自身が手を加えていたので、その特徴を生かし一四センチ砲を一基撤去する一方で強力な対水上、対空電探に換装する事で夕張をレーダーピケット艦役にあてた。

基地には様々な装備の備蓄があったので、夕張はその中から愛鷹の要求に似合うモノを選び、旨い具合に組み上げていた。

航空管制と偵察情報の記録を旗艦である愛鷹自身が担当する事でフリーになった瑞鳳は、比較的目がいいので対潜警戒に当たらせている蒼月の代わりに目視での対空監視を行わせている。

深雪と蒼月は対潜爆雷を準備し、自分たちのソナーと愛鷹の靴の爪先のバウソナーの情報を基に対潜警戒に当たっていた。

魚雷接近音や敵潜水艦の音が聞こえたら、愛鷹の指示で即座に対応できる態勢だ。

対水上・対空戦闘に関しては衣笠が即応待機している。

 

 

(フロッティ1-3から旗艦愛鷹へ。MAD及び僚機1-4のレーダーには現在反応は無し。

捜索エリアの飛行を続けるアウト)

「了解、フロッティ1-3」

彩雲二機編隊の二組目との二回目の定期通信を終えると、捜索エリアを描き込んでいる防水パッド端末にタッチペンで報告のあった情報を書き込む。

報告された時間、海図とコンパスなどの航法器具と睨めっこして計算で割り出された互いの位置など。

計算が苦手と言う訳ではないが、こう言う手間が省ける装備が欲しいところでもある。

一応、艦娘の艤装にも装備する事が出来るTACAN(戦術航法装置・タカンと読む)の開発は行われているが、まだ実戦配備化は行われていない。

パッドに情報を書き込むと、ソナーによる聴音情報も併せて一旦整理してみる。

補給部隊が発見を恐れて移動する可能性も無くはないが、その補給部隊自体が補給を必要としたら本末転倒。

見つからない様に息をひそめつつ、静かに、そして最低限の場所移動は行っているだろう。

機関をあまり動かすことなく移動するとしたら潮流に身を載せる事だろう。

トラック諸島周辺の潮流は温暖化などで昔より次第に複雑に変化しているので、最新の潮流情報を基に推測を立てて動く必要がある。

着信音がヘッドセットから発せられ、通話スイッチを押す。

(フロッティ1-5から愛鷹へ。1-6のMAD及びレーダーに感なし。定時報告は以上)

「了解、アウト。夕張さん、広海域電探に反応は?」

「今のところはこちらにも反応は無いです。スコープは静かです」

振り返らずに尋ねられた夕張は、スコープに落とした顔を上げずに答えた。

それに続く様に深雪も自発的に報告を上げる。

「今の所、海面も静かだよ。雷跡一本見えねえ」

「見えていたら大変なのですが、それは」

少し呆れたように蒼月が小声で返す

「お空も綺麗、海上も綺麗。

少なくともここは平和な状態よ」

双眼鏡を下ろした瑞鳳が誰となく海上、空の状況を知らせる。

確かに今は静かだ。静かすぎる気もしなくはないが、トラック諸島からまだそれほど離れていないから当然かもしれない。

「なんか、張り合いないわねえ」

少し不満そうに衣笠が口をとがらせる。

「偵察・索敵部隊の仕事は戦闘より情報収集です。

戦闘に入る状況はなるべく避けて、味方を勝利に導く情報を集め持ち帰る。

下手に戦果や手柄など欲張ったことを考えず、与えられた仕事をこなして帰る。

私達が集めた情報で味方が優位な戦闘を行い、深海棲艦に勝利を果たすのは私達の勝利でもありますよ」

「妙に理屈っぽいこと言いだすな」

ヘッドセットを正しながら深雪が愛鷹に振り返って言った。

特に愛鷹が何も返さないので軽く息を吐き、聴音と対潜警戒に戻る。

右耳に付けているヘッドセットから聞こえる音に変化が生じたのを聞き取った深雪は、手をヘッドセットにやって耳を澄ました。

潮流の変化の音だ。

「愛鷹、聞こえているだろうけど潮流が変わったぞ」

「こちらでも捉えました。おかしい、事前情報とはちょっと違っている」

「深海棲艦の補給部隊が近くにいると言う証拠ですか?」

そう尋ねて来る衣笠に愛鷹は頭を振った。

「近くにいると言うよりは、深海棲艦が近海にいるせいでトラック諸島周辺海域の状況に多少、変化が出ているのでしょう。

珍しい話ではないです。深海泊地の天気が変わりやすいのと同じです。

それに本当に近づいているなら、羅針盤障害が発生していますよ」

「あー、確かに。今は海の方から変わってるわけか……。

また、主機壊したら始末書書かなきゃなあ」

「何やって壊したんです?」

不思議そうな顔で蒼月が聞くと、少し考えこむように唸ってから衣笠は答えた。

「前に第八艦隊の皆で深海棲艦の輸送船団の攻撃に出て、攻撃が終わった後何もしてないのに主機が破損したの。

航行自体は出来たから、そのまま帰って来れたんだけどね」

「何もしてないのに、壊れたんですか」

「そう。まあ、海の色が……そう、血みたいな赤に変わっていたけど」

「赤潮では?」

「変色海域で起きる固有現象ですね。

どういう原理で起きるのか、科学的な説明がついていませんが、変色海域では不可思議な事が良く起きます。

海洋生態系の死滅、艦娘の艤装の破損、航空機の燃料消費量増大などが上げられています。

人体に直接的な影響はないそうですが」

「……初めて聞きました。なんだか怖いですね」

「別に海が赤くなっている程度で、変な臭いがするわけでもないし、海面に直に触れたら肌が壊死するわけでもないよ」

表情を暗くする蒼月をフォローするように衣笠は笑って返すが、実際はとても笑えない話である事を愛鷹は知っている。

 

艤装が破損するという事は、武装も砲身が歪んで弾道が悪くなる、炸薬と装薬の質が悪くなると言う意味でもある。

戦艦棲姫三隻と交戦した大和は、既に自身が大破していたこともあるが、砲身が筒内爆発で全損し戦闘不能に陥っている。

 

仮にここで変色海域化した場合、自分の艤装はどこまで耐えられるのか、と言う疑問が勃然と上がって来た。

自分の艤装の開発が始まったのは確実に変色海域が初めて確認された後だから、何かしら対策の一つはしているかもしれないが。

余りそこまで考えた事が無かっただけに、少し心配にもなるが、今考えても始まらないと割り切るしかない。

 

 

一時間後、航空偵察隊全機がRTBを宣言した。

「収穫は無しか。まあ、そうすぐには見つかる敵ではないでしょうが。

瑞鳳さん、航空偵察隊第二陣を発艦させて下さい」

「了解です」

瑞鳳が第二陣の航空偵察隊八機を弓から放った矢で出現発艦させ終わるまで、第三三戦隊は風上に一時針路をとった。

航空偵察隊が発艦し、再び針路を予定コースに戻した時、愛鷹のパッシブソナーに何かが聞こえた。

目を閉じて聴音していた愛鷹は、なんだ、と目をいったん開けて、海面を見ながら聴音に集中する。

何か、漂流物の水切り音……海中に漂流物?

今の時代でも海洋ゴミは少なからず出ているが、これは違う。

 

(深度……一メートル、移動速度約二ノット。

潮流に乗って、東から接近中、数は二つ……静かすぎる。

距離は……約三〇〇メートル。機関音無しで潮流に任せて接近)

 

まさか、と思い耳を澄ませる。音を確かめてやはりそうだ、と確信する。

「浮遊機雷探知、数二。方位一-一-〇、速度二ノット。

距離約三〇〇メートル」

「浮遊機雷? 潮流に任せてこっちに来ているって事は……」

「狙われているって事?」

夕張と瑞鳳が顔を合わせた時、ヘッドセットに手を当てていた深雪が愛鷹を呼んだ。

「愛鷹」

「ええ、こちらでも捉えました。

敵潜探知、数は一、方位一-三-二、速力三ノット、的針〇-一-五。

深度一二メートルを潜航中、艦種はヨ級機雷敷設型」

「早々に機雷敷設潜水艦とご対面ですか」

緊張を滲ませる蒼月だが、その手にはすでに爆雷が握られている。

「対潜攻撃用意よし、だ愛鷹」

「……攻撃は待ってください」

「は?」

怪訝な表情を浮かべて深雪は愛鷹を見た。

沈めておかないのか? と思っていると愛鷹はパッド端末に何かを書き込み始めた。

何やってるんだ、と聞きたいのを我慢していると作業を終えた愛鷹は衣笠に顔を向けた。

「衣笠さん、方位一-一-〇、距離三〇〇メートルの海面に対水上射撃。

通常装薬、信管は触発ではなく遅延信管でセットタイムは一秒。

機雷を破壊します」

「りょ、了解」

「おい、潜水艦はほっといていいのかよ」

少し驚いたように尋ねて来る深雪に愛鷹は頷く。

「このまま泳がせておきます。

私達の任務は情報収集です、対潜戦闘を積極的に行う訳ではありません。

あの機雷敷設潜水艦の音紋データは確保できました。

他にも機雷敷設潜水艦がいるのなら、その音紋をすべて取っておけば補給部隊の規模を推し量れます。

音紋さえ分かれば、あとは味方の対潜哨戒機でも何とかできます」

「ちぇ、ドンパチやれると思ったのに」

残念そうに口を尖らせながら深雪は爆雷を仕舞った。

一方、射撃指示を受けた衣笠は言われた通りの射角、諸元を主砲に入力すると、一見何の変哲もない海面に砲口を向けた。

「射撃用意よし」

そう告げた衣笠に愛鷹は頷いた。

「旗艦指示の目標。対水上射撃、主砲撃ちー方始め」

「撃ちー方始め、てぇーっ!」

砲声と発砲炎が衣笠の二番主砲の砲口から吐き出され、二発の砲弾が海面に向かって撃ち出される。

直ぐに着弾の水柱が海面に立ち上がり、その直ぐ後、轟音と共に灰色の水柱が二つ上がった。

中々の威力があったらしく、軽く衝撃波が六人に当たった。

「見たかよ、今の爆発と衝撃波」

「たまげたわね。対艦娘向けの機雷だろうけど、相当な威力のモノね」

口笛を吹く深雪に夕張も相槌を打った。

同様に水柱の大きさに圧倒される衣笠と瑞鳳、蒼月だが愛鷹だけ、ソナーの反応に耳を澄ましていた。

とは言え、あれだけの大爆発が起きた直後なだけに海中内は大瀑布の中の様になっていて、聴音が困難だ。

「皆さん、見とれていないで海面警戒を厳に……」

そこまで言った時、物凄い轟音しか聞こえないソナーにかすかに別の音が混じった。

 

これは……高速推進音……魚雷!

 

「警戒! 魚雷馳走音探知、雷数と正確な方位は不明!」

「魚雷ですか!?」

顔を青くした蒼月が海面に目を凝らす一方、深雪はヘッドセットに手を当てて聴音を試みるが、愛鷹の物ほど高性能なソナーではないので聴音は無理だった。

「どっから撃って来たんだ、ソナーからは何も聞こえないぞ」

「発射地点は特定中。恐らく、水中爆発の向こう側です。

爆発音で身を隠してる」

「ヨ級機雷敷設型って、魚雷撃てたっけ?」

海面を睨む瑞鳳の言葉に夕張が答えた。

「撃てるっちゃ撃てるけど、敷設型が魚雷で積極攻撃してくると思う?」

「護衛の潜水艦が身を潜めていたのかもしれません……来た、コンタクト!

方位一-〇-〇、雷数四、的速四五ノット、的針一-五-四。

距離二一〇、散開斉射来ます! 回避運動はじめ!」

ようやく聞こえた魚雷の音に愛鷹が回避を命じると、五人は海面と互いの距離に気を配りながら回避運動に入った。

回避運動を取りながら愛鷹が自分の左側を見ていると、扇状に伸びる四本の白い雷跡が高速で向かって来るのが見えた。

幸い、直撃コースに乗っている仲間はいない。

しかし、あと少し気が付くのが遅かったら回避が間に合っていたか、と思うと不安になる。

回避に成功すると、再び聴音を試みる。

爪先のバウソナー感度を上げられるだけ上げて、耳を澄ます。

酷いノイズの向こうに潜水艦は必ずいるはずだ。

流石に無理かな、と思っていると、かすかに機関音がした。

酷い騒音が落ち着いてきた事もあってか、はっきりではないが深海棲艦潜水艦の機関音が耳に入る。

艦種は……ヨ級……おそらく通常型で種類は不明……。

瑞鳳の艦載機のMAD探知が出来れば楽だが、一番近い編隊を呼び戻しても最低一〇分はかかる。

今は自分らでやるしかないし、航空偵察のプランを崩すわけにもいかなかった。

「聴音探知、方位一-一-〇から一-一-五にかけての範囲、深度は推定五メートル。

距離は……三〇〇メートル程。ヨ級一隻、種別は不明」

「やるか?」

「ウェポンズフリー、深雪さん、蒼月さん。対潜戦闘用意」

「了解です」

「はいよ」

爆雷を構えた二人が愛鷹の指示する方向に向かう。

ノイズが落ち着きを取り戻し始め、潜水艦の機関音がさらに聞き取れるようになってくる。

しかし、その聞こえる音にふと違和感を覚えた。

音が軽いのである。機関音にしては微かに重みが無い。

それに水切り音がヨ級にしては静かである。機関音から推測できる速力から考えれば静かすぎる。

「……そういう事か。二人とも、追撃を中止です。

各員海面警戒を厳に! 発見した潜水艦は恐らくデコイです」

「囮ですか」

緊張を滲ませた声で瑞鳳が聞いて来る。

「デコイで気を引かせている間に、ハンターが有意な位置に占位しているはずです。

魚雷に警戒を」

「気が付いたらドカンは勘弁してよ……」

緊張と恐怖を少しちらつかせながら衣笠が海面を凝視する。

敵の潜水艦は、デコイで気を引かせている間に移動しているはず。

機関音がしないのは既に移動を終えているか、潮流に任せて移動しているか。

恐らく後者だろう。海中の騒音は深海棲艦側にも等しく訪れる。

ソナーの聞き耳を立てていると、再び微かな音が聞こえた。

気泡が漏れ出す音だ。

「聴音探知、方位〇-七-五、静止中。推定距離は三二〇メートル。

発射管注水音らしきモノを感知。

深雪さん、蒼月さん、爆雷攻撃用意。蒼月さんは深雪さんをバックアップ」

「任せろ」

「はい」

二人が愛鷹の指示した位置に向かうと、ベントを開き、バラストタンクに注水する音が聞こえた。

この音はヨ級通常型、種別はelite級だ。

「敵潜、急速潜航開始! 相手はヨ級elite」

「めんどくせえ敵だな」

無印の潜水艦より戦闘力が高めなだけでなく、運動性もいいので割と逃しやすい。

深雪の言う通り、面倒な相手である

しかし、相手は今狩られる側であり、深雪と蒼月の対応が早かった。

「行くぞ、爆雷攻撃開始! 深雪様から逃げられると思うなよ」

海中に投げ込まれる爆雷八発が海中に沈んでいく間に、深雪と蒼月は爆雷が投げ込まれた場所から距離を取る。

炸裂音が再び海中の音の世界を掻き乱し、轟音で覆いつくす。

海上に炸裂した爆雷の突き上げる灰色が混じった水柱が八本、突き立った。

八発の爆雷が全弾爆発し、ソナー感度がクリアになるまで最低三〇秒は気が抜けない。

それにあまり考えられないが、自身の護衛に付いている通常型の援護に機雷敷設型が機雷を流して来るかもしれない。

アクティブソナーを使えば簡単ではあるが、それだと他に展開している潜水艦に位置をばらす事にもなってしまうから控えておかないといけなかった。

姿の見えない敵と戦うのは容易じゃない、と思っているとクリアになりきらない内に爆発音が響いた。

特徴のある爆発音、燃料弾薬と艤装が破損し爆発する音。

ヨ級が爆雷の攻撃で撃沈されたことを示す証拠だ。

「海中で二次を含む爆発を探知。敵潜撃沈を確認」

「っしゃあ」

「やりましたね」

顔をほころばせる蒼月とガッツポーズをとる深雪の嬉しそうな声がヘッドセット越しに聞こえて来た。

ひとまず降りかかった火の粉は振り払えた。

軽く愛鷹も溜息を吐くと、仲間に集合をかけた。

隊列を組むために集まる衣笠、夕張、瑞鳳、深雪、蒼月が揃うまでもう一回聴音を試みる。

機雷敷設型潜水艦の位置確認だったが、もう愛鷹のソナーでも確認できない所に逃げおおせたのか何も聞こえなかった。

全員が揃った時、爆雷が爆発した海に艤装の残骸がいくつか浮かんできた。

「浮かび上がる艤装が敵の残滓ですね」

「言葉遊び好きなんですね」

少し面白そうに言う夕張に愛鷹は少し首を傾げた。

「そう言うつもりはないですが。仕事に戻りましょう

手早く済ませられれば、今夜の夕食は全員で囲めますよ。

トラックのご飯は美味しいですしね」

そう告げる愛鷹に五人は少し愛鷹が変わった気がしていた。

愛を注がれることなく育った愛鷹が、少しずつ気遣いを意識した様子も無く、自然に出来るようになっていることに。

 

 

トラックとは地球の反対側近い距離のある地中海。

温暖な気候の地中海も、緊張が高まりつつある戦線だった。

マルタ島全島を制圧下に置いている深海棲艦の動きは日増しに増大しており、欧州総軍は警戒レベルを上げ各部隊に即応待機を命じていた。

国連海軍地中海艦隊の重要拠点の一つ、アンツィオ基地も防衛体制を強化していた。

戦艦ネルソンと軽巡洋艦アブルッツィ、駆逐艦ジャーヴィス、ジェーナス、グレカーレ、リベッチオの六人はアンツィオ基地南の哨戒についていた。

英国艦隊本国艦隊所属のネルソン、ジャーヴィス、ジェーナスとイタリア艦隊のアブルッツィ、グレカーレ、リベッチオと言う二つの国の艦隊の艦娘からなる統合任務部隊だ。

「HQ、こちらネルソン。現在、我が隊は哨戒エリアS5を航行中。

現時点では敵とのコンタクト無し、海域は静かである。

定時報告は以上」

(了解ネルソン。引き続き哨戒任務を継続せよ)

「了解した、アウト」

ヘッドセットに当てていた手を下ろすと、双眼鏡を手に取り水上監視に当たる。

レンズの向こうには水色の快晴の空と、水平線を境に紺碧の海面が広がっている。

それだけだ。深海棲艦の陰一つ見えない。

「静かなモノだ、敵の活動が盛んだと耳に挟んでいるが。嘘のようにも思える」

「今日はまだ見かけてないだけでは?」

そう返して来るアブルッツィにネルソンは口元を緩めて頷く。

「大方その通りであろうな。とは言え、すぐに賑やかになるであろう。

悪い意味でな」

「賑やかなのは好きだけど、ドンパチは嫌いだよー」

生意気じみたため口でグレカーレが聞くと、ネルソンは苦笑を浮かべた。

「そうだな。だが案ずるな、余に続けば生き残れる」

「頼もしいお言葉ですよ」

胸を張って言うネルソンにアブルッツィが上品な笑みを浮かべて返した。

ただネルソンも場数を踏んでいるだけに、そう簡単にはいかないのが戦争であることは身をもって知っているし、今ここにいる仲間も心得ている。

着任が比較的最近であるグレカーレの経験の浅さが、ネルソンには少し心配であった。

その分、先輩である自分たちがカバーしなければならない。

自身の三連装一六インチ砲は強力無比だが、泣き所は燃費の悪さと低速であるところだ。

足の遅さは流石にネルソン自身も悩みの種でもあるが、艤装の改修での速力向上もこれ以上は望めない。

まあ、なんとかするさ、と割り切りをつけて、任務に当たる日々だ。

「深海棲艦に例の巨大艦、いると思う?」

ふと思い出したようにジャーヴィスが誰となく聞いた。

その問いに相棒のジェーナスが軽く唸りながら首をかしげる。

「どうだろ、太平洋じゃ結構出てきているらしいし、こっちにもそろそろ来るんじゃないの?」

「ジャーヴィス、怖かったよ。あの巨大艦に襲われた時……」

表情を暗くする姉にジェーナスは何とも言えない気分でその顔を見る。

エクセターが身を挺して守った二人の姉妹艦ジュピターは、まだ海軍病院に長期入院を余儀なくされている。

戦友が血まみれになって息絶えた光景を目の当たりにした精神的なショックも大きいから、怪我が治っても早期の戦列復帰は容易ではないだろう。

艦娘が人間である以上、怪我だけが戦列復帰を遅らせる要因ではない。

巨大艦の話はネルソンも知っている。

大和型の火力でも倒しにくい事が報告されているので、大和型より劣る自分の主砲ではかなり厳しい相手と言わざるを得ないだろう。

ただ、近接戦闘で撃破した記録がすでに上がっているあたり、倒せない相手と言う訳ではないのは確かだ。

過去に深海棲艦と近接戦闘で撃破した艦娘はいるから、前例がない訳でもないのだ。

もっとも巨大艦並のサイズの深海棲艦に挑んで勝利した話は無い。

情報で聞く限りの巨大艦のサイズから考えれば、傍目には無謀なやり方と言える。

それほどの巨大艦の内懐に潜り込む自体が至難の業だ。

 

だが、ネルソンはその巨大艦撃破の為に近接戦闘を挑んだ艦娘に興味が湧くものがあった。

どの様な輩か、この目で見てみたいものだ。

 

 

その日の出撃でさらに二隻の機雷敷設潜水艦を航空偵察で、一隻を自分たちで確認した第三三戦隊は予定通りトラック基地に帰投した。

帰投後に装備を返却し、デブリーフィングを終えた後、自室に引き上げた愛鷹はパソコンを立ち上げて報告書作成と情報の整理に当たった。

今日だけで確認できた機雷敷設潜水艦は四隻。

これだけの戦力があれば、トラック諸島に機雷源を敷設すること自体は可能だ。

ただ、敷設しても撤去されてしまえば意味がないし、もっと効果的に敷設を行うにはこれの二倍の敷設潜水艦がいる。

補給や整備を行う必要もあるし、その分のローテンションを考慮してみると機雷敷設潜水艦は恐らく一〇隻以上一六隻未満。

それに今日交戦した通常型潜水艦の存在から考えると、護衛につく潜水艦も相応数展開しているはずだ。

だとしたら後方支援の補給部隊の規模もおのずと大きくなってくる。

「ワ級が一〇隻……一二隻は最低でも展開しているはず……。これに護衛の艦隊がいるとしたら……」

そこそこ規模の大きい補給部隊だろう。

発見できた機雷敷設潜水艦の位置を勘定して、行動範囲や発見した新たな機雷源から推測できる機雷搭載量を含めて考えてみると、少しずつ更なる捜索エリアが狭められた。

明日辺り、もう一回航空偵察で辺りをつけた場所に行えば、もっと詳しい情報が入るかもしれない。

SOSUSにはすでに潜水艦の音紋データは提供済みで、潮流情報もすでに基地のデータサーバーに共有済み。

次からSOSUSによる支援も受けられるだろう。

人類側が潜水艦隊への対抗策を練ってきたことには深海棲艦側も気が付いているだろから、明日は明日でまた別の作戦展開になるかもしれない。

「やるしかない」

そう小さな決意の言葉を呟きながら愛鷹はキーボートに指を走らせた。

 




今回は戦闘ありながら若干地味な展開の話になりました。
展開自体は地味な方ですが、いくつかの先の展開への付箋はそこそこばら撒いているつもりです。

妙に前回から投稿が伸びたのは言い訳をすると、リアルに時間が取れなかったり、慢性的なモチベーション低下などです。
ただ、打ち切りにする予定はありませんし、シングル作戦イベントの経験を基にした地中海でのエピソード構想はちゃんと固めているので、首を少し長くしてお待ちいただけると幸いです。

次回からは戦闘シーンを多めに入れていく予定です。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。


私事ながら2019年10/31に当小説メインキャラの青葉とカッコカリを果たしました。


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特別予告編風Ⅱ

再びノリと勢いで作成したACE COMBAT7 DLCミッションpv元の特別予告編風第二弾です

事実上のシングル作戦モデルのお話の予告となります。

鑑賞の際は「Anchorhead Raid」を流しながらお願いします。


大画面にイタリア半島が表示され、更に南部の都市部へ拡大されていく。

作戦名「オペレーション・アンツィオフリーダム」

 

武本「では、任務を伝える。第三三特別混成機動艦隊はアンツィオ港を奇襲」

ブリーフィングを聞く愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳、鳥海、摩耶、愛宕、伊吹、陽炎、不知火、綾波、敷波、イントレピッド、フレッチャー、ジョンストン

 

 

ガングート「地獄に手が届きそうだな」

(黒煙上がるアンツィオ港をバックに、硝煙の煤にまみれたガングート)

 

武本「同港湾部に展開するアンツィオ沖棲姫防衛艦隊前衛を排除できれば、同時に敵主力部隊による我が主力への損害を阻止できる」

(傲然と砲口から火を噴く愛鷹の四一センチ主砲。青葉を先頭に主砲の統制射撃を行う衣笠、鳥海、摩耶、愛宕)

 

有川「武本、問題だ」

(真顔でチェス台を挟む武本と有川)。

テーブルに置かれる「艦娘戦死者 第三三次報告書」と書かれた紙の束

 

夕張「私達の敵は一体何者なの?」

(黒煙が周囲に上がる海上で険しい表情をして尋ねる夕張)

 

青葉「絶対に止めなくてはいけない深海棲艦」

(赤い表示で塗りつぶされていくイタリア半島南部沿岸一帯をバックに語る真顔の青葉)

燃え上がる都市、アンツィオ沖棲姫と無数の棲鬼棲姫を含む深海棲艦、多数のス級の艦影

 

???「想像せよ、艦娘諸君。一人の死が一〇万の民間人救出に繋がる!」

(第三三特別混成機動艦隊の艦娘一八人の顔写真の一部に引かれる斜線)

 

モニターに表示される「Tacthical Nuclear Attack Operation」の文字と爆弾の図

 

蒼月「敵はどれだけいるんです? 一〇〇隻対一八人といったところですか」

衣笠「その一〇倍はいるんじゃない?」

(激しい砲火、突き上がる水柱の中吹き飛ぶリ級。その向こうで背中を預け合って応戦する二人)

 

魚雷が当たって沈む八隻のPT

 

瑞鳳「敵機多数を確認」

(ヘッドセットとHUDの表示を見て、冷や汗を流しながら目を細める瑞鳳)

 

押し寄せるタコヤキと立ち向かう橘花改、F6F、烈風改二

 

愛鷹「沈め、ス級!」

(艤装の一部を失い、血まみれになりながらも刀を構え、ス級に切りかかる愛鷹)

 

武蔵「こっちを向きな、親玉」

(不敵な笑みを浮かべアンツィオ沖棲姫と対峙する武蔵)

 

深雪「相手にとって不足はねえ」

(血と煤で汚れた頬拭い、血痰を吐くと両手持ちの主砲を構え直し、PTの群れに突っ込む深雪。それに続く不知火、敷波、綾波、フレッチャー、ジョンストン)

 

大和「てぇーっ!」

(振り下ろされた大和の左腕と号令の直後、単従陣を組んだ大和、イタリア、ローマ、アイオワ、ビスマルク、リシュリュー、ガングートの主砲が火焔を噴き、砲弾を叩き出す)

 

 

ぼろぼろの制服、傷口から出血し血まみれになりながら鋭い目で愛鷹が見つめる水平線……

 

 



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第三〇話 虎口からの強行突破

前回の投稿以来モチベーションの回復で思ったより早く投稿しお届けする事が出来ました。

本編をどうぞ。


はっきり言って、にわかには信じられない事実だった。

しかし、提示された様々な情報を照らし合わせてみると大淀にも納得がいく話だった。

「愛鷹は人類の禁忌であるヒト型クローン技術で生み出されたもう一人の大和であり、その存在は国連軍の信頼を揺るがすモノ。

言わば歩く重要機密。

この事実が世間に明るみになった時、国連軍内部で必ず混乱が起き、関係者はその非人道性を追求され人としての全てが終わるだろう。

艦娘自体にも軍への不信感、疑念、混乱が起き、現在の戦況に響く可能性がある。

 

愛鷹と言うパンドラの箱的存在を野放しにしておくわけにはいかない。

 

奴を、愛鷹を関わりの深い艦娘諸共抹殺しろ。それが大淀の任務だ」

 

 

自分はなんてモノにすがってしまったのだろう。

今の大淀の胸中には激しい葛藤が渦巻いていた。

同じ艦娘を間接的に殺さないといけないない事になるとは思ってもみなかった。

出来るなら止めたい、こんな犯罪行為はおかしい、止めるべきだ。

だが、出来なかった。

何故なら「愛鷹抹殺」を指示した者たちは昏睡状態にある大淀のたった一人の妹、仁淀の命を必ず救う、と言う約束をしてくれた。

自分が与えられた「愛鷹抹殺」の任務を反故にすれば、仁淀の命がどうなるか……。

考えるまでも無かった。

やるしかない。血の繋がりは無ければ、義理の姉妹でもない。

敢えて言えば仁淀とは姉妹関係と言う書類上での関係に過ぎない。

しかし、生まれてすぐに家族を失い、海軍に入っても姉妹艦の無い「ワンアンドオンリー」だった日々。

腹の底から笑う事もあれば、泣くことも、怒る事もあり、嬉しい気持ちになる充実した海軍での生活。

それでもどこか胸の内では満たされないモノがある中、自分に初めてできた「妹」なのだ。

かけがえのない存在なのだ、替えなどないこの世界にたった一人しかいない大切な妹なのだ。

妹を救うのなら、自分の良心を殺してでも、愛鷹を殺す。

やってみせる……なんだってやってみせる。妹を救えるのなら、この背中に十字架を背負ってもいい。

 

「私は……闇に落ちてでも、仁淀を助ける……」

そう呟きながら大淀は机の上に置かれた愛鷹の個人ファイルに目を移した。

無表情を顔に張り付けた愛鷹の顔写真を、冷酷さを浮かべた大淀の目が無言で見つめていた。

 

 

偵察哨戒中の彩雲から敵潜水艦探知の報告が入った。

(イーグレット1-3は引き続き、更なる潜水艦捜索を行う。オーバー)

「了解、敵CAPに注意しつつ予定の飛行を継続されたし。アウト」

通信を切った愛鷹はパッド端末に送られてきた位置と潜水艦の情報を書き込んだ。

見つけた機雷敷設潜水艦のマークにフォネティックコードのホテルを意味する「H」を添える。

「展開する潜水艦はこれで八隻目か……まだ、いるわね」

「まだいるんですか?」

驚く蒼月に愛鷹は頷いた。

「トラック諸島を機雷源で包囲するには、補給と整備のローテーションを考えるとあと三隻はいると踏んでいいでしょう。

これまでに判別したヨ級機雷敷設型が一度に展開できる機雷の数は三〇基。

その機雷で向こうはこちらの重要箇所を無駄なくピンポイントで狙っています」

「そんで、機雷敷設型潜水艦の数を数えてお終いじゃねぇだろ。

補給部隊を探して叩き潰さないとな」

「勿論です」

口を挟んできた深雪に愛鷹は心得ていると返した。

「恐らく、これだけの機雷敷設潜水艦と護衛につくはずの潜水艦の数から推計すれば、ワ級の数は一〇隻以上います。

護衛を含めればどうしても二〇隻は超えます。

それだけの規模となれば、機動力も制限がかかります。

機雷敷設潜水艦が見つかった場所から算出できる補給部隊の展開海域も大分絞れて来ていますから、もう少し探りを入れておきたいところです」

「そう言う計算は得意じゃないかもなあ……」

トーンを落とした声で言う衣笠に愛鷹は微笑を浮かべた。

「計算式を覚え、コンパスを読み、ディバイダーと定規を使い、そろばんが弾ければそんなに難しくはないですよ」

「さらっと簡単そうに言うけど……愛鷹さんのスキルは……」

「帰ったら教えてあげますよ。割と簡単です」

さらりと言う愛鷹に衣笠は引き攣った笑みを返す事しかできなかった。

その背後で夕張が蒼月に耳打ちした。

「衣笠って数学はあんまり得意じゃないのよ」

「そうなんですか」

「ちょ、聞こえてるわよ! そんなことないって」

頬を膨らませる衣笠の反応が言うまでもない答えだった。

その四人の後ろから瑞鳳がため息交じりにツッコミを入れた。

「はいはい、仕事に戻る戻る」

 

 

彩雲偵察機による偵察飛行は午前中の内に機雷敷設潜水艦を更に一隻発見し、護衛と思しき潜水艦も一隻発見した。

「読みが当たって来たか……」

タッチペンで顎を突きながらパッド端末の情報を眺める。

絞り込める補給部隊の展開海域は狭められてはいる。

だが、まだ重点的に索敵を行うには判断材料となる情報がもう少し必要だった。

絞り込んでいる海域は潮流が複雑化しているらしく、SOSUS探知は難しいと聞かされていた。

愛鷹達がここ二日間のうちに集めたデータを共有して、SOSUS監視活動も行われているが、その捜索能力にも限界があるから第三三戦隊の力で探す方が確実性は高かった。

深海棲艦の方は無線封止を行っているのか、通信波の逆探知は無く、さらに羅針盤障害すら起きない。

どう言う手で羅針盤障害をかき消しているのかは分からないが、機雷敷設潜水艦を展開し続けるようならいずれ見つけ出すことは可能だろう。

「それが終われば、ゆっくりできる筈……」

独語するように愛鷹は呟いた。

 

すると第三三戦隊の頭上で監視に付いているAEW彩雲、コールサイン・スカイキーパーが警報を発した。

(スカイキーパーより第三三戦隊旗艦へ。レーダーコンタクト!

深海棲艦の艦隊六隻をレーダーで捕捉。参照点より方位一-三-〇、距離は約二万メートル、現在のそちらの進路と交差するコースを航行中。

軽巡洋艦四隻と駆逐艦二隻の巡洋艦戦隊と見られる)

「了解、艦種は?」

そう尋ねた愛鷹に若干間をおいてスカイキーパーは答えた。

(軽巡ヘ級flagshipと……ハ級後期型eliteの模様)

「手強い相手ね」

聞いていた夕張が軽く唸りながら返す。

ヘ級flagshipとハ級後期型eliteは水上戦闘に強い艦だ。索敵中心装備の今の第三三戦隊には荷が重いかもしれない。

「距離を取りましょう。取り舵六〇度、新針路を〇-四-五へ変更。

同時に合戦準備部署を発令。水上警戒を厳に」

「了解」

「主砲がもう一基あれば……」

舌打ち交じりの言葉を夕張が口にする。

するとスカイキーパーが更に通信を入れて来た。

(レーダーコンタクト、更なる敵艦隊を捕捉。敵はネ級改一、ハ級後期型五。すべてelite。

参照点より方位〇-五-〇、再度の進路変更を進言する)

「仕方が無いですね、スカイキーパーは偵察隊全隊にこちらの状況を通達。合流ポイントはおって連絡すると。

それとトラック基地へ航空支援を要請」

(了解)

 

スカイキーパーとの通信を切りながら、二個艦隊がこちらに接近中か……偶然にしては出来過ぎている、と疑念を愛鷹は感じた。

もしかしてこちらの動きを読んで、哨戒艦隊を出していた?

おかしい話ではないだろう。

索敵部隊は自分たちだけだから存在が知れ渡っていたとしても、何ら不思議ではないしその脅威も向こうは承知しているはずだ。

「こっちの動きを読んでいるの?」

「ならその先を行くまでよ」

冷や汗を流す瑞鳳に主砲を構え直す衣笠が意気込んだように返す。

それを見て深雪は静止するように首を振った。

「今のあたしらじゃ、交戦は厳しいだろ。夕張はピケット艦装備だし、瑞鳳は当てに出来ねえし。

ここはすたこらさっさが最良だろ、なあ愛鷹?」

「その通りです。交戦は避けて離脱を優先です。

……とは言え、最悪な時は私が盾になります。旗艦として皆さんを逃がす義務があります」

「カッコつけやがって……ま、愛鷹は絶対帰る気だからそう言うんだよな。

けどな……みんなそう言って死んでった……」

顔を俯ける深雪の言葉に一同に重い空気が立ち込めた。

彼女の言う「みんな」は捨て艦として殿軍となって沈み、戦死した駆逐艦の事だった。

「そうならない様に、動きましょう」

深雪を励ますように愛鷹は言うと、どこに逃げるかの策を考え始めた。

全員で帰るのだから。

 

 

離陸していく銀河陸攻や雷電の戦爆連合のエンジン音に気が付き、窓の外を見た大和は第三三戦隊が航空支援を要請したことを悟った。

「仲間と一緒に、無事に帰って来て……愛鷹」

願いを託す思いで大和は飛び立っていく攻撃隊の機影を見送った。

 

 

(AWACSマジックから攻撃隊全機へ。前線展開中のAEWスカイキーパーからの情報では、敵艦隊にCAPは認められない。

警戒しつつ狩りを行え。アスク隊、エギル隊、イリオス隊、レフィル隊交戦を許可する)

了解、の返答が四隊から返される。

アスク、エギルはそれぞれ銀河八機からなる攻撃隊、イリオス、レフィルはそれぞれ雷電八機からなる護衛部隊だ。

富嶽AWACSマジックの指示を受け、アスク隊、イリオス隊は重巡を含む深海棲艦艦隊、エギル隊、レフィル隊は軽巡主体の深海棲艦艦隊へと向かう。

雲が一部出てはいるが、雲の中から奇襲を受ける可能性があるほどの雲量ではない。

奇襲攻撃は陸攻隊の方はあまり気にしなくても大丈夫だろう。

艦娘よりも速度が速い二つの航空隊は、洋上を進む艦娘なら数十分はかかる距離を数分、数時間はかかる距離を数十分で飛び抜ける。

最初に会敵したのはアスク隊だった。

単従陣を組む艦影を航空妖精さんが目視で確認すると、深海棲艦艦隊は輪形陣に陣形を変えて対空戦闘の構えをとった。

「アスク1からアスク隊各機、敵艦隊へ魚雷攻撃を開始。

全機エンゲージ、我に続け。イリオス隊、上は任せるぞ」

(ウィルコ)

イリオス隊の雷電がバンクして了解の意を示すのを見ると、八機の銀河は四機ずつ二手に分かれ、八隻の艦隊を左右から挟撃にかかった。

対空射撃の射程内に入った深海棲艦艦隊から曳光弾と対空砲弾が撃ち上げられてくる。

超低空に舞い降りるアスク隊は針路と攻撃軸線を維持し、魚雷の必中射程圏内へとフルスロットルで迫った。

海面を叩く対空砲火の水柱が周囲に突き上がり、近接信管の爆発で飛んでくる破片が機体を叩く。

じりじりと機体が損傷していく中でもアスク隊八機は輪形陣への吶喊を止めず、射程圏内に迫った。

攻撃タイミングが近づくや爆弾倉のハッチが開けられ、搭載する魚雷が姿を現す。

不気味な飛翔音を立てて飛来する機銃弾に妖精さん達も緊張を浮かべながら、攻撃タイミングを待った。

六隻の深海棲艦艦隊が狂ったように撃ち出す対空砲火が距離を詰めるにつれて密度と正確さが上がる。

そしてそれに絡めとられた一機がついに黒煙を吐いて姿勢を崩すと、そのまま海へと突っ込んでバラバラになった。

 

「アスク3、ロスト!」

「構うな、魚雷投下用意!」

「投下時機近づく」

 

そして七機に数を減らした銀河は投下ポイントに到達すると、同時に魚雷を投下した。

七本の魚雷に囲まれた六隻は回避にかかるが、銀河は手が届きそうなほどの至近距離で投下していたから、回避しきるのは困難だった。

魚雷直撃の轟音が四回、海上に轟き、衝撃波を空中にも広めた。

「駆逐艦三、重巡に直撃を確認! 駆逐艦は二隻撃沈確実、一隻大破の模様。重巡は大破確実」

「アスク3の分も喰らって沈みやがれ」

「アスク1よりマジック、敵駆逐艦二隻撃沈を確認。

駆逐艦一隻と重巡は大破。戦闘不能の模様」

(了解、アスク隊、イリオス隊はRTB)

「エギル隊はどうだ?」

(三機ロストだが巡洋艦三隻を仕留めた。深海棲艦艦隊は針路かえて離脱している。

エギル隊とレフィル隊はすでに基地へ帰投中だ)

「了解した、アウト。アスク隊各機、帰投する」

 

 

二個艦隊は航空攻撃で壊滅し撤退中。

その報告が愛鷹の元にもスカイキーパー経由で届けられた。

「ひとまずは大丈夫そうですね」

胸をなでおろす夕張に愛鷹は「ええ」とどこか釈然としない声で返した。

どうにも愛鷹には簡単に進み過ぎている気がしていた。

もう一個、艦隊が潜んでいるのではないか? そんな気がしていた。

しかし、海のど真ん中なので隠れられる場所などない。岩礁も周囲にはないから身を隠す場所も無い。

スカイキーパーと目の良いマジックのレーダー、夕張の電探にも反応が無いと言うところからして、問題は無いはずだ。

ソナーにも潜水艦の反応は無い。

問題は無いはずだ、ではなぜこの胸騒ぎがするのか。

先を読んだ艦隊の展開配置、それによってこちらが針路を変更するのを予見しているとしたら……。

 

 

……罠に誘導されている?

 

しかし、ソナーやレーダーにも……いや……。

 

罠の仕掛けは仕掛けの方から動く必要は無い。

追い込まれた獲物を待ち構え、捕らえる。

 

それが罠だ。

 

 

 

「まさか……アクティブソナーの探信音打ちます、ピンガーに注意」

「ど、どうしたのです?」

いきなり鋭い声で告げた愛鷹に蒼月が困惑しながら問うが、愛鷹は構わず靴先から探信音を放った。

そしてヘッドセットから聞こえてきた反応に慄然とし、冷や汗が流れた。

「全艦機関停止、機関停止!」

その指示にすぐさま主機を止めた衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳は前方で大きな水柱が突き上がるのを見て目を剥いた。

慌てて五人は周囲を見回し、空にも目をやるが、機影一つ、艦影一つ見えない。

「アウトレンジ射撃?」

緊張を滲ませた声で瑞鳳が呻くと、また一つ前方に大きな水柱が上がった。

それを見た夕張が瑞鳳に顔を向ける。

「長距離砲撃にしては数が少ないし、飛翔音もしない」

「機雷源です……連中の罠にまんまと誘い込まれました」

苦々しさを含ませた口調で愛鷹が返した。

「あの二個艦隊は私達を追い込むための囮!?」

生唾を呑み込みながら呻く衣笠の言葉をかき消すように、今度は右手で水柱が突き上がる。

「どう言う信管で爆発してるってんだ?」

水柱をひきつった表情を浮かべて見る深雪に、愛鷹が答えた。

「磁気信管と音響信管でしょう、こちらの主機の音を聞きたててます。

それに爆発が少しずつ近づいている……もしかしたら一発が爆発したら周りの機雷の固定が解除されて、浮遊状態になるのかもしれません。

下手に動けば漂ってきた機雷で足を吹き飛ばされます。狼の群れの中に入り込んでしまった訳ですよ」

「ソナーで確認は取れないの?」

もどかしそうに聞く衣笠に夕張が頭を振った。

「無理ね衣笠、さっきの爆発でソナーが聞こえにくくなってるわ」

「これじゃ逃げ場がねえ!」

周囲を見回しながら深雪が焦りを見せる。

焦る一同に愛鷹が冷静さのある声で指示を出した。

「全員主機への動力供給をカット、舵のみ作動状態にして静粛態勢。音響機雷の脅威からまず身を隠します」

「了解」

即座に全員の主機への動力供給が停止され、足裏が静かになった。

六人は漂流状態になった。

「次はどうするんです?」

不安な表情を浮かべる蒼月に、愛鷹は顎をつまんで考え込んだ。

 

音を消したから音響機雷の方は暫く問題無いが、磁気信管の機雷は主機や足裏の舵の磁気に反応して爆発するだろう。

もう一回愛鷹が爪先のバウソナーからアクティブソナーの探信音を放つと、多数の機雷が自分たちを包囲するように浮かんでいた。

拙い事にここは潮流の変化が深海棲艦の出現以来、複雑かつ速くなっている場所だ。

浮遊状態になった機雷はそれによってランダムに動きを変えているから、先を読むのが難しい。

下手をしたら誰かが触雷して大破・重傷を負うことになる。

「厄介なことになった……」

しかし、じっとしている訳にも行かない。

機雷掃海のヘリを派遣してもらうよう連絡を送るべきだろう。

「スカイキーパー、こちら愛鷹。トラック基地へ中継求む。

我が隊は敵の機雷源に誘引され、現在離脱困難な状況。掃海ヘリの派遣を要請する」

するとスカイキーパーから先の良くない返事が返る。

(こちらスカイキーパー。

ネガティブ、現在トラック基地との通信はジャミングの発生によりコンタクト不能! またその海域にて羅針盤障害が増大中)

「ジャミングに羅針盤障害が……? 夕張さんレーダーに反応は?」

「……ピクチャーはクリア。ノイズは一つもないです……あの、状況は?」

「ジャミングの影響で基地への救援要請は頼めません。またスカイキーパーから羅針盤障害が増大中と」

「つまり深海棲艦の艦隊が近づいているって事⁉」

裏返った声を瑞鳳が上げる。

「もしかして探していた補給部隊?」

「いやあ、瑞鳳。向こうからお出でなすったって事は無いだろ。偶然にも出くわしたって感じじゃねえか?」

それは流石に無いと深雪が頭を振る。

「偶然にせよなんにせよ、今の私達には手が余るわよ」

ため息交じりに衣笠が返した時、夕張が身を固くした。

「愛鷹さん、対水上電探に感、いや羅針盤障害のノイズが……」

「こちらでも捉えました。障害レベルからして……そこそこ数のある艦隊ですね」

自身の羅針盤のレーダー表示を見ながら愛鷹は頷いた。

身動きが取れない状況で深海棲艦の艦隊の接近。

基地からの支援は通信妨害で呼ぶことが出来ない。

この場にいる自分たちで切り抜けるしかない。

「対空レーダーには反応なし。障害による探知範囲の減退はあれど……航空攻撃は無しと見るべきか……」

だとしたら、来るのは水上部隊。レーダーの表示から向こうから近づいてきている。

こちらは盛んにレーダーを発信している事から考えて、逆探知しているであろう深海棲艦が身を隠す必要のある補給部隊を連れてわざわざ接近しているとは考えにくい。

おそらく分派した、または増援として送られた水上打撃部隊だろう。

「どうするんだ愛鷹?」

深雪の問いに愛鷹はすぐには答えず、何かを天秤にかけているように考え込んでいた。

その間にも周りの機雷は潮流によってさらに複雑かつ広範囲に拡散していた。

旨い具合に配置しているものだ、と愛鷹は舌を巻いた。

計算尽くした配置だ。拡散してはいるが拡散し過ぎず、それなりの密度を維持しているからこちらの動きをしっかり封じ込んでいる。

潮流を乱している深海だから、どう拡散するかを考慮して配置したのかもしれない。

速度を原速で維持していれば、何とか切り抜けられるかもしれないが、それでは追手が来る前に離脱するのは困難だ。

速度を上げられないし、左右を機雷に囲まれているから回避運動もままならない。

かと言ってこのままじっとしていれば結局攻撃されて全滅だ。

 

だが、あることに愛鷹は気が付いた。

 

拡散した機雷源の半径は、深海の戦艦でも命中率が落ちる距離だ。

つまり、向こうが巡洋艦であれば射程外であるし、戦艦でも少しこちらが動くだけで砲弾の弾着を躱すことが出来る。

この機雷展開を想定した上で配置し、そこへ敵を追い込み、水上部隊で攻撃するのだとしたら……。

「機雷源に艦隊が通れる道が開く時が来る……」

「何の事ですか?」

不安な表情を浮かべたままの蒼月が聞き返すと、愛鷹は一同に振り返って自分の立てた作戦を説明した。

「敵は機雷源をうまい具合に展開して、こちらの動きを封じましたが、機雷源の半径はル級やタ級の射程だとしても、必中は望めない距離です。

こちらを水上部隊で叩く気があるとしたら、こちらを射程内に捉えておく必要がある。

機雷源に自分達の通れる場所が出来るタイミングを待っているはずです。

その瞬間が、こちらの脱出のチャンスです」

「そうか! 敵が通れる道が出来たら、逆にそれを使って敵中を強行突破って事ですね」

手を叩いて答えを言った衣笠が顔を明るくするが愛鷹は暗い表情だった。

「強行突破しか現状ないでしょう。

しかし、強行突破となる以上は誰かが被弾する事を覚悟しなければなりません」

「それは仕方が無いでしょうね」

覚悟を決めた顔で夕張が呟くと、流石に恐怖感を露わにした蒼月が生唾を呑んだ。

少し重い空気が立ち込める。

だが、今はそれしかこの場所から逃れる手は無かった。

「必ず皆さんを連れて帰りますよ。約束します」

「なら深雪様もガツンとやるぜ」

「衣笠さんも、青葉に自慢できる話もっと作っとかないと」

「動きは悪いけど、スピードは出るし、そう簡単に瑞鳳だってやらません」

「私も……頑張ります」

「やりましょう愛鷹さん」

メンバーの腹を決めた言葉が自分に向けられてくると、愛鷹も不安を断ち切った顔になった。

「生き延びましょう」

 

最悪、私が盾になります……少しでも長く生きたいけど、一緒に生きていたい人たちが目の前にいるのだから……。

 

 

強いジャミングの発生源は深海棲艦の空母艦載の電子戦機が発生源らしかった。

トラック基地の東部海域一帯を通信妨害しているせいで、その海域に展開中の第三三戦隊とは通信不能になってしまっていた。

基地の中央指揮所のモニターを見る立石は電子戦機の展開数に驚いていた。

一機二機と言うモノではない。六機の電子戦機が展開している。

第三三戦隊相手に六機もの電子戦機を投入しているとは。単に通信を妨害させているとは思えない。

恐らく、こちらに支援要請を送らせない為の妨害だ。

そうとなれば電子戦機を撃墜して、第三三戦隊に増援を送るべきだが電子戦機の妨害範囲は広く、一帯のどこに第三三戦隊がその下に隠されているのか判別が付けづらい状況だ。

全ての電子戦機を撃墜するしかなかった。

「すぐに上がれる戦闘機隊は何機だ?」

航空参謀に問うと、即座に「一六機」と言う返事が返る。

「一〇分、いや七分頂ければ更に八機は上げられます」

「出せる機体を出して、電子戦機を撃墜しろ。それと対艦攻撃装備の攻撃隊を編成して待機させておけ。

第三三戦隊に航空支援が必要になるだろう……いや、あいつを使うか」

「あいつ?」

副官の一人が聞き返すと立石はにやっと笑った。

「第五の伊吹だ。あいつの艦載機は足が速い」

「了解しました、直ちに出撃準備を出します」

 

 

(レーダーコンタクト、深海棲艦の艦隊を捕捉した。

艦影は六、艦種はネ級二、リ級一、ヘ級二、ハ級一、いずれもelite級と見られる。

参照点より方位一-三-〇、速度は二七ノット。距離約二万メートル)

スカイキーパーから敵艦隊発見の報告が入るや、愛鷹は作戦開始だ、と閉じていた目を開けた。

「合戦準備、合戦準備、総員対水上戦闘用意。砲戦、雷撃戦準備」

「了解」

「前衛は私が務めます。夕張さん、瑞鳳さん、深雪さん、蒼月さん、衣笠さんの順に単従陣で敵艦隊に突入します。

敵艦隊は一個とは限りません、必ずもう二群、三郡がいます。気を抜かないで」

全員が真剣な眼差しで頷いた。

ヘッドセットに手を当ててスカイキーパーとの通信を再び開く。

「スカイキーパー、敵艦の位置は」

(機雷源の展開予想範囲に速度を維持したまま進んでいる、もしかしたら道が開口済みかもしれない)

「了解、追跡を継続して下さい。護衛機はスカイキーパーの護衛に専念。

敵機がこちらに来た場合はこちらで何とかします」

(ストライダー1了解)

(サイクロプス1ウィルコ)

護衛機は腕利きの航空妖精さんパイロットからなる八機の烈風改だ。

彼らだけでスカイキーパーを護ってもらうしかない。現状瑞鳳に搭載されている烈風改はそれだけだ。

索敵に出している彩雲はまだまだ飛行時間には余裕があるからしばらくは大丈夫だ。

今は自分たちの心配が最優先だ。

再び爪先のバウソナーから探信音を放つ。

機雷源に十分な間隔があいていた。動くなら今がチャンスだ。

 

「全艦機関始動! 強行突破を開始します、第三戦速!」

愛鷹の号令と共に、第三三戦隊メンバーは一糸乱れぬ単従陣を組んで第三戦速へと加速した。

白波を立てて高速航行する中、愛鷹は刀を鞘から引き抜き右手に構え、左手で全主砲の射撃管制を行えるようセットする。

自身の三一センチ主砲で道をこじ開け、飛来する砲弾は自分だけでなく仲間に向かうモノも可能な限り切り落とすか弾き飛ばす。

すれ違い様に届く範囲の敵の艤装を破壊できれば、後の脅威も減らせるだろう。

(スカイキーパーから愛鷹、間もなく視認射程内だ。まあ見えているだろうが)

「ええ」

前方に複縦陣を組んだ深海棲艦の巡洋艦戦隊がいた。

突っ込んでくるこちらに驚きながらも主砲を構え、射撃体勢をとっていた。

「敵からの攻撃来ます」

自分と続航する仲間の両方に告げると、主砲の安全装置を解除し、引き金に指をかける。

 

弾種徹甲弾、冷却装置異常なし、速射準備よし。

 

距離がつまり、深海棲艦が砲撃を開始しようとした時、愛鷹の砲門が火ぶたを切った。

「正面対水上戦闘、第一主砲は指標一番の重巡ネ級、第二主砲は指標二番の敵重巡ネ級。

主砲撃ちー方始め、てぇーっ!」

第一、第二主砲が引かれた引き金の合図を受けて、六門の砲口から火炎を迸らせ、砲身を反動で後退させた。

火炎に代わって噴き出す黒煙を突き破り、六発の徹甲弾がネ級二隻に向かって飛翔していく。

先手を打たれながらも深海棲艦の艦隊も発砲を開始した。

砲撃の密度は濃いが、愛鷹の目と勘は当たらないと告げていた。

案の定、六人のすぐそばに次々に弾着の水柱が突き上がるが、直撃を受けた者はいなかった。

一方、愛鷹に狙われていたネ級はそれぞれ三発全弾を食らった。

直撃の爆炎に包まれ、破壊された艤装の破片が周囲に飛び散った。

燃える松明と化して停止するネ級を避ける為、後続のリ級、ヘ級、ハ級が左翼にリ級、ハ級、右翼にヘ級二隻に別れる。

挟撃を図るつもりだろう。

しかし、道を開けてくれた形だから寧ろ好都合だ。

「全艦最大戦速、一気に突破します!」

「了解!」

五人の返事が唱和する形で返される。

主砲は再装填が間に合わないが、長一〇センチ高角砲は撃てる。

牽制射撃として左右に別れた艦隊に速射で弾幕を展開した。

殿の衣笠がリ級に主砲を向けるのが分かったが、愛鷹は「まだです」と抑えた。

連射される長一〇センチの砲弾が付きたてる水柱が両翼の深海棲艦に壁となるように林立し、照準を合わせるタイミングを与えない。

主砲の再装填が完了するや、愛鷹は沈みゆくネ級の左手の方へ舵を切ると、第二、第三主砲を左翼のリ級とハ級へ指向した。

角度がやや悪いが、一発でも当たればいい。

「衣笠さん、夕張さん、蒼月さんは右舷を警戒し射撃に備えて下さい。深雪さんは左舷を。

第二主砲、目標ハ級。

第三主砲、目標リ級。

撃ちー方始め、てぇーっ!」

再び二基の主砲が砲炎を撃ち放ち、六発の徹甲弾が放たれる。

砲煙が後方へ吹き流れる中、距離が近かった事もありすぐに狙った先に着弾した三一センチ主砲弾はリ級、ハ級に一発ずつ命中した。

ほぼ同時に直撃を受けた二隻から爆発の炎と艤装が粉砕される破壊音が響き、黒煙の中へと姿を隠した。

「今です、衣笠さん、夕張さん、蒼月さん、右対水上戦闘右主砲戦。

旗艦指示の目標、主砲撃ちー方始め!」

三人の主砲が発砲する砲声が海上に轟き、ヘ級二隻に三人からの砲撃の雨が浴びせられる。

右翼のヘ級はまだ狙いが定まっていなかったが、デタラメに主砲を撃つ。

ヘ級の砲撃は虚しく海面をえぐって水柱を突き立てた一方、第三三戦隊からの砲撃はヘ級を捉えていた。

衣笠の二〇・三センチ砲弾が命中したヘ級が主砲を潰され大破炎上する一方、夕張と蒼月からの砲撃を受けたヘ級は回避運動で致命的な損害は免れるも損傷で射撃困難に陥った。

損傷したヘ級に愛鷹はとどめを指示することなく、仲間に速度を維持させて深海棲艦の艦隊を突破した。

後には撃沈されたネ級二隻、リ級一隻、ハ級一隻、損傷したヘ級の上げる黒煙が海上に立ち上っていた。

 

 

出撃していく伊吹、愛宕、鳥海、天霧、初雪、白雪からなる第五特別混成艦隊を基地施設から「頼んだぞ」と呟きながら見送っていると、「何かあったのですか」と問いかけてくる声が後ろから発せられた。

大和だった。

振り返ることなく立石は答えた。

「第三三戦隊が敵電子戦機によって妨害電波範囲に隠された。

なんらかの敵の作戦行動、おそらく第三三戦隊への攻撃作戦行動の一巻だろう。

四個小隊の雷電を上げて電子戦機を撃墜させに向かわせた。数分後にはP51八機が上がれる。

彼女達は万が一の事態に備え、第三三戦隊への航空支援を行わせるために出した。

連中に任せれば、問題は無い」

「……大丈夫でしょうか」

物凄く憂う様な大和の声に立石は振り返った。

胸に片手を当てて視線を落とす大和に、どうしたのだ? と立石は不思議そうな顔になる。

艦隊が襲われている、襲われている可能性があるという事で、いちいち心配症のような姿になる艦娘ではなかったはずだが……。

いやただの心配とは少し性格が違う。

何か大切な誰かの安否を気にしているような。

仲間の無事を気遣う、心配するは別におかしなことではないか、と気にしない事にした。深く突っ込んではいけない大和なりの事情もあるのかしれない。

女性の知られたくない事に下手に探りを入れるのは、男としてはしたなかった。

そっとしておこう、彼女にはそれが一番だ。

 

 

再び敵艦隊発見の報告がスカイキーパーから届けられた。

今度は軽巡ヘ級、ト級、駆逐艦イ級後期型が二隻ずつの艦隊とリ級二隻、ハ級四隻の艦隊、ヘ級一隻、イ級後期型五隻の艦隊の三個艦隊だ。

三方から攻撃してくる気だ。

「三個をすべて相手にするわけにはいかない……機雷源の制約は無いから機動力は問題なし。

ただこちらは彩雲を収容しなければならないからおのずと針路は限定されてくる……」

叩くとなると軽巡四隻を含む艦隊とリ級二隻を含む艦隊の間を突破しなければいけない。

遠回りをすると、彩雲がガス欠で収容不能になってしまう。

万が一に備えて彩雲との合流ポイントは予備を二つ入れた三か所を設定したが、予備の二つ目まで使い切る事態になると彩雲の燃料もギリギリだ。

向こうはそれを読んで艦隊を配置している可能性もある。

読まれっぱなしなのが癪だが、こちらの動きを読まれているなら読んでいた展開を思わぬ方向へ切り返すまでだ。

リ級二隻を含む艦隊を「A」とし、軽巡洋艦四隻を含む艦隊を「B」、ヘ級一隻以外は駆逐艦五隻の艦隊を「C」と呼称することにし、与し易いと捉えた「A」の艦隊へ針路をとった。

「重巡の相手は頼みますよ、愛鷹さん」

自身では水上攻撃が出来ない瑞鳳の頼みに、愛鷹は「承知していますよ」と返す。

「普通ならヤバい相手の重巡が二隻もいる艦隊が与し易いになるんだから、愛鷹はスゲエよ」

感心する深雪に蒼月がその通りだと頷いた。

その言葉に二隻を相手にすることは可能でも、重巡六隻同時に相手しろと言われたら流石に愛鷹も自信が無かった。

相手が動ない的なら対処できるが、動く上に明確な殺意を持って向かって来る敵は対処する数にも限界がある。

だから愛鷹としても、共に戦う仲間は必要だった。

「A艦隊を突破したら第一回収地点に展開します。瑞鳳さんは突破したら直ぐに収容作業の準備に入って下さい」

「はい」

 

最近は故障しなくなった三一センチ主砲の状態を念の為再チェックし、以上が無い事を確認する。

土壇場で故障となったら全く笑えない。

そのままA艦隊に向かって進んでいるとスカイキーパーがA艦隊の進路変更を知らせて来た。

(敵艦隊針路を変更、そちらへ向かって行く。やる気だ)

「丁字を描けたら良いけど、それだと瑞鳳さんが無防備になる……。さっきと同じ反航戦で行きます。

対水上戦闘、右主砲戦用意。

針路〇-二-〇、最大戦速、ヨーソロー」

瑞鳳以外の全員が右主砲戦に備える。

羅針盤の対水上レーダー表示を見つめていると六隻の深海棲艦の艦隊が表示された。

単従陣を組んでいる。先頭と二番目にリ級がいるようだ。

「スカイキーパー、リ級のクラスは?」

(今特定中スタンバイ……。flagship級とelite級がそれぞれ一隻ずつ。駆逐艦は全艦elite級)

手練れ揃い……か。

「リ級一隻がflagship級、それ以外は全部elite級だとの事です」

「それはいい話ですね」

ため息交じりに夕張が返す。敵艦が揃いも揃って強敵なのだからため息も出る。

ましてや今の夕張は水上戦闘が「一応可能」な状態である。

艤装のレーダー類が破壊されたら夕張は役に立てなくなってしまう。

瑞鳳に次いで援護対象だった。

それだけにこの時の夕張の心の中では「軽巡なのに守られ役なんて」、と言う悔しさが渦巻いていた。

「砲戦用意、皆さんは駆逐艦を頼みます」

そう一同に告げるとトリガーグリップを握り第一、第二主砲の射界、仰角を調整した。

徹甲弾装填よし、のブザーが鳴り安全装置が解除される。

前方に深海棲艦の艦隊が見えると、主砲の砲口を先頭と二番目の艦に向け、照準を合わせる。

読み通り先頭と二番目はリ級。flagship級を先頭にしている。

耐久性と火力でリ級では一番優れているタイプだ。

だが同じ重巡クラスの艦娘の砲撃に耐えられても、愛鷹の三一センチ主砲にはとても耐えられないだろう。

重巡二隻を一度に仕留めるチャンスは一回しかない。

後続の駆逐艦五隻への撃退に時間をかける余裕もない。

主砲の射界確保に左へ五度進路を変更し、トリガーグリップの引き金に指をかけた。

「右対水上戦闘。

第一主砲、指標一番のリ級flagship、第二主砲指標二番のリ級elite級へ指向。

撃ちー方始め! てぇーっ!」

六門の三一センチ主砲の砲口から炎が吹き出した。

炎は黒煙へと姿を変え、その中から徹甲弾六発が飛び出して二隻のリ級に向かって空気との摩擦で赤く光りながら飛んでいった。

すると深海棲艦の艦隊が思わぬ行動に出た。

リ級二隻と駆逐艦一隻が速度を落とすと、後続の三隻の駆逐艦が前に出たのだ。

当然だが三隻の駆逐艦に三一センチ主砲の砲弾が命中し、三隻は大爆発を起こして轟沈する。

しかも直撃を受ける直前に三隻の駆逐艦はそれぞれ三発の魚雷を第三三戦隊に放っていた。

「何ッ!」

その自ら盾になる光景に驚愕しながらも回避を命じる。

「自分から弾を受けるなんて!」

「とんでもないことしやがる!」

信じられないと夕張と深雪が表情を凍り付かせながら喚いた。

迫る九本の白い殺人者の線を六人は躱すと、再び単従陣に組みなおした。

崩れた体制を立て直しに愛鷹は第四戦速への減速を命じると、主砲の再装填が真に似合わない事を考え、左手に第三主砲を直接構えた。

自身に照準を合わせて砲撃を開始したリ級flagshipに狙いを定めると即座に発砲する。

三本の砲身が勢い良く後退し、砲身から勢いよく砲弾と砲炎が吐き出される。

砲炎が風に流されて消える一方、撃ち出された三発の砲弾は今度こそリ級を捉えた。

二発の主砲弾を受けて吹き飛ぶリ級だが、直前に放った砲弾二発は愛鷹への直撃コースに乗っていた。

(拙い!)

弾道を見て愛鷹は自分に飛んでくる二発の内、一発は弾き飛ばした場合後ろの仲間に被害が出る事に気が付いた。

防護機能で直防ぎするしかない。

右手持ちの刀で砲弾一発を切り裂くと、第三主砲の天蓋に防護機能を展開させて直に受け止めた。

戦功と轟音を立てて左手に激しい衝撃が走るが、何とか耐え抜いた。

「愛鷹さん」

上ずった声で自分を呼ぶ蒼月に右手を上げて大丈夫だと告げる。

じんと左腕が痛んだが、大丈夫だ。

「旗艦指示の目標、残りのリ級とハ級へ全艦随意射撃!」

「カウンターパンチだ、やるぞ!」

そう言うなり深雪が連装砲を構えるとハ級へ一二・七センチ主砲弾を二発浴びせ、蒼月がバックアップに長一〇センチ砲弾を撃ち込む。

リ級に衣笠が砲撃を行い、夕張が援護の射撃を放った。

ハ級とリ級も砲弾を撃ち返すが二対一からの砲撃の差が大きすぎた。

それでも瀕死のハ級が放った砲撃の一発が深雪の頬を掠めた。

短時間に複数の砲弾を撃ち込まれたリ級が炎上しながら動き止めて海上に崩れ落ち、ハ級が原型をとどめないほどに損傷して沈没を始めた。

「敵艦全艦沈黙……皆さん、怪我は?」

「ってぇ……ハ級の奴の弾がほっぺた掠めたんだけど、くっそいてぇ」

頬に手を当てて顔をしかめる深雪に蒼月が寄ると、手を離させて様子を見る。

「あー、血が出てます深雪さん」

「マジかよ? って涙声になるなって蒼月。かすり傷だ、唾つけとけば治る」

痛みを堪えながら深雪がぎこちなく笑う。

そう言われても心配です、と言う顔の蒼月は救急キットから絆創膏を出して深雪の頬に貼った。

「ありがとな、蒼月」

「深雪ってさ、絆創膏をほっぺに貼るとガキンチョっぽくなるよね」

頬に絆創膏を貼った深雪を見た瑞鳳がクスクスと笑いを堪えながら言うと、衣笠もその通りだと相槌を打ちながら頷いた。

「ガキンチョって、深雪様はもう一八だぜ?」

「充分若いわよ、ってか深雪って私より八歳下だったんだ」

「へえ衣笠は二六か、四捨五入したら三〇だな」

「はっ倒すわよ?」

眉間にしわを寄せて低い声で言う衣笠に夕張が「若いわねえ」と苦笑いした。

「歳の差話は後です。早くここから離れましょう」

制帽を一旦脱いで頭に風を通しながら愛鷹が五人に言った。

自分に謝りながら集まる五人を見て、被りなおした制帽の鍔を摘まんだまま空を軽く仰ぎ見てふと思った。

 

もし普通の人間として自分が生まれていたら、今の私は何歳になるのだろう、と……。

 

 

「マジックより入電です。戦闘機隊は敵電子戦機一機目を撃墜。

現在二機目と三機目を捜索中」

通信士官の報告に立石は腕を組んだまま尋ねた。

「第三三戦隊との連絡は?」

「まだです」

「くそ……どこに隠されてしまったんだか……。

まああいつらの方も、こっちに帰る為に悪戦苦闘中だろうな」

生きて帰れよ、と心の中で祈る。

この指揮所内から見守り、祈るだけの自分にもどかしさを感じなくもない。

お前らの帰りを待ってるやつらがいるからな……悲しませるなよ。生きて帰る事も……。

「司令、マジックから緊急入電です!」

通信士官の一人が自分に振り返って緊張した顔を向けて来た。

無言で先を勧めると通信士官はマジックからの報告を読んだ。

「ヒットマン7-1が戦艦二隻を含む六隻の艦隊を発見しました。

艦種はル級elite級二隻、イ級四隻です」

「戦艦二隻だと? くそ、敵の水上打撃部隊か。こっちへ向かっているのか?」

「いえ発見位置から北北東へ向かっています」

「ただの哨戒部隊か? いや、奴らの先に第三三戦隊アリだな。

後を追わせろ、電子戦機は他の連中に任させろ。

第五特別混成艦隊にはトレースした戦艦二隻の艦隊の位置を送って、直ちに攻撃隊を出撃させるよう指示を伝えろ」

「了解」

 

 

立石の指示は直ちに第五特別混成艦隊の伊吹に届けられた。

「了解、八機の橘花改を上げるのに一〇分、いえ八分下さい」

(五分は無理か)

「無理な注文には無理とお答えします」

(了解した)

通信を切り、即座にアングルドデッキを展開すると橘花改八機の発艦準備を開始する。

エレベーターで八機の橘花改が甲板に上げられ、カタパルトに向かう。

「間に合いますかね」

少し不安そうに聞く鳥海を一瞥して、伊吹は答えた。

「航空機、殊にジェット機となるとこれでもかなり早い方です。

カタパルトの射出圧力チャージにはどうしても時間がかかりますから」

「凄い轟音ね、耳が痛くなりそう」

輪形陣の殿を務める愛宕が慣れないジェットエンジンの轟音に表情を歪める。

「目が覚めるよ、この音は」

ぼそぼそと言う声ながら言葉通りの目つきで初雪が言う。

文句ばっかり、と溜息を吐きながらも、まあ慣れは誰にでも必要だと割り切った。

程なく、二機の橘花改がカタパルトに接続された。

「カタパルト圧力上昇、八〇、九〇、ポイント一五、三二、グリーンゾーン確認」

「射出用意よし」

飛行甲板上の妖精さんが親指を立てると、伊吹は発艦許可を出した。

「ジェスター2-1、発艦シーケンスに移行。発艦を許可する。2-2は続けて発艦せよ」

航空妖精さんが乗る橘花改がエンジン音をさらに高め、機尾側に上げられたジェットブラストデフレクターに噴射の熱を吹き付ける。

直後カタパルトが橘花改を打ち出した。

「ジェスター2-1の発艦を確認」

(2-1、グッドショット。異常なし)

「2-2の発艦を許可する。2-3、2-4は射出準備」

間もなくジェスター2-2が発艦し、一分に一機の間隔で伊吹は橘花改を射出し続けた。

 

 

どうにか最後の彩雲と合流を果たした第三三戦隊は輪形陣を組むと収容作業中の瑞鳳を護った。

最後の彩雲を収容すると単従陣に隊列を組みなおし、トラック基地へ針路をとった。

幸い収容作業中に電探に艦影が映る事も、ソナーで推進音が聞き取れる事も無く、多少メンバーは安心していた。

とは言え、最後の最後で気を緩めたら終わりなのは知っているので、あと少しだと気を引き締めなおし警戒に当たった。

空にある太陽の位置と航海道具、海図を確認し現在位置を計算した愛鷹はトラック基地まであと一時間の所まで来ているのが分かると、少し気が楽になる思いがした。

このままなら何事も無く帰投できそうだ。

「あと一時間でトラック基地です。もう少しです皆さん」

「このまま何事も無く帰られれば、なんですが」

緊張した表情の蒼月が周囲を見回しながら呟いた。

「これだけ基地の近くに来たんだから、もう大丈夫だろ。そろそろ無線も回復するだろうし」

楽観的に見ている深雪の言葉に蒼月はそうですね、と少し表情を明るくした。

だと良いんですが、とレーダー表示を見ながら愛鷹が思っていると対空レーダー表示に何かが映った。

「何かしら」

直後激しいノイズが画面に吹き荒れた。

「電波妨害? 電子戦機か」

「愛鷹さん、電探がノイズまみれで使えません!」

艤装に装備された電探が軒並みジャミングのノイズで使い物にならなくなった夕張の言葉に、愛鷹は嫌な予感がした。

 

自分のレーダーですら表示が不安定になっているという事は、電子戦機がかなり近くにいるという事だ。

深海棲艦の電子戦機はジャミング能力が極めて高く、人類側のレーダー類にとっては目の上のたん瘤以上のモノだった。

ダメもとでスカイキーパーを呼び出すが、ヘッドセットからはジャミングのノイズによる雑音しか聞こえない。

周波数を変えても同じだ。

そして、この表示不安定は自分と夕張のレーダーによる広域警戒監視能力を大きく削いでいる。

スカイキーパーを介した索敵も出来ない今、敵からの攻撃を事前察知しにくくなった状況だ。

これは拙い事が起きる前兆と言って過言ではないだろう。

 

「対水上、対空警戒を厳に。レーダーは使い物になりませんから各自目視で警戒を」

了解と返事が返され、全員が周囲警戒を始めるがすぐに深雪が水平線上に見える艦影を見つけていた。

青い海と空の境目に大きな黒い影と小さい影が二種類、複縦陣を組んでこちらに向かってきている。

「早速お出でなすったな。

方位一-八-〇に敵艦影発見、デカいのが二隻見える……ありゃル級だ」

「戦艦二隻!?」

ぎょっとした目で瑞鳳は深雪が見つけた方角の海に目を向ける。

機動性が低く、対水上戦闘能力が無きに等しい自分には全く相手にならない敵だ。

悪い事に交戦は避けられそうになかった。

仕方が無い、と愛鷹はル級とやり合う事にした。

牽制か、時間稼ぎ程度なら何とかできるだろう。相手は戦艦二隻以外比較的与し易い駆逐艦だけ。

「対水上戦闘用意、蒼月さんと夕張さんは瑞鳳さんを連れて北方へ避退。

衣笠さん、深雪さんは私と一緒に敵艦隊を迎撃します」

その言葉に衣笠が目を丸くした。本気か?

「砲撃が通用する相手じゃありませんよ!?」

「深雪様の魚雷がある、大丈夫さ」

にやりと笑って深雪は左太ももの魚雷発射管を叩いた。

まだ何か言いたげな顔をする衣笠だったが、深雪が目で心配するなと言うので言わない事にした。

どう相手するか、愛鷹は既に考え済みだった。

「私がル級の気を引きますから二人は駆逐艦の相手を。

数では圧倒的にこちらが不利ですから、お二人はヒットアンドウェイでお願いします」

「了解です」

「まかしとけ」

頷く二人に頼もしさを感じる一方で、ル級二隻はス級よりは楽かもしれないが、と自分が相手にする深海棲艦には不安を募らせていた。

しかし、やるしかない。どの道交戦は避けられそうにないからここは打って出るしかない。

「行きましょう、合戦準備、対水上戦闘用意。砲戦、雷撃戦準備。

最大戦速一-七-〇度ヨーソロー」

三人は愛鷹、衣笠、深雪と言う順の単従陣を組むと深海棲艦艦隊へ針路をとった。

深海棲艦艦隊の陣形は前衛に四隻の駆逐艦イ級後期型、後衛にル級二隻の複縦陣を組んでいる。

射程距離を生かし、戦艦が後方から射撃し駆逐艦がその支援を受けて前に出る……。

 

セオリー通りなら、この手で出るだろうが果たして相手がその通りに動くかどうか。

 

最大戦速で進む三人に深海棲艦側も増速をかけるのが分かった。

戦艦が射撃のために左右の艤装の主砲の砲身の仰角を取っているのが、太陽光を反射する砲身から分かった。

ル級の主砲射程内に入るが、ル級二隻は撃たないまま駆逐艦と共にこちらへと距離を詰めて来る。

この分だと反航戦となるだろう。

自分がル級二隻を引き付けている間に衣笠、深雪がイ級後期型を攻撃。

数の差における不利は明らかだが、こっちは場数を踏んだメンバー揃いだ。

自分も随分死線をくぐって来た、やれる、やってみせる。

ル級が主砲の照準をこちらに合わせ終わるのが分かったが、撃って来ない。

「もう砲戦距離だろ? あいつら撃たないのか」

「引き付けてから撃つんじゃないの?」

二人の会話に愛鷹は何かが違うと感じていた。

引き付けてから撃つ、と言うのは正解かもしれないが、別の狙いも入っている可能性がある。

正解はこちらから確認してみるか、と決めるとトリガーグリップを握りル級の内一隻に主砲の照準を合わせた。

「右対水上戦闘、指標二番の戦艦ル級。第一、第二主砲撃ちー方始め!

てぇーっ!」

六門の主砲が愛鷹の判断で命中確実の距離ギリギリから放たれた。

轟音と共に六本の砲身から砲炎が吹き出し、反対に砲身が後退する。

砲口から打ち出された六発の砲弾が確かな弾道を描いてル級へと伸びて行った。

これは確実に当たる。ダメージがどれくらい与えられるかは微妙だが、当たるはずだ。

 

そう思っていた矢先、深海棲艦艦隊が思わぬ動きを見せた。

戦艦の前にいた駆逐艦が一斉にジャンプして海上に姿を現し、その体に三一センチ砲弾を受け止めたのだ。

同じ駆逐艦娘の砲弾でもあまり耐えられない駆逐艦に、愛鷹の三一センチ主砲弾は過剰威力と言えるぐらいだ。

耐えられるはずがなく、全艦が三一センチ主砲弾の直撃で爆散した。

 

「回避運動を取らない……⁉ 盾だ……! 狂ってる!」

 

回避運動を取らず、駆逐艦が迷う素振りも見せずに自分の砲撃からル級の盾になる光景に、愛鷹は深海棲艦相手に初めて戦慄を覚えた。

爆沈していく駆逐艦の上げる黒煙越しにル級が砲撃を開始した。

黒煙が邪魔で正確な狙いをつけるのは難しい。レーダーがあてにならない以上レーダー射撃も難しい。

駆逐艦四隻を立てにするだけでなく、その爆発によって発生した黒煙を煙幕として利用する。

「散開! 砲撃回避後、三人で一隻を集中攻撃します。深雪さん魚雷を全弾当てる勢いでお願いします」

「任せろ!」

飛来した砲弾全弾を回避した三人は再び集まり、愛鷹の狙う左手のル級へ砲門を指向した。

ル級の副砲が三人に向かって砲撃を開始するが、当たるモノを愛鷹の刀が片っ端から切り落としていた。

「これ以上やらせない」

静かながら、胸の内では味方を平気で盾にする深海棲艦への怒りから来る激情を込めた声が出た。

「全艦、右主砲戦。旗艦指示の目標、指標一番の敵戦艦ル級。

撃ちー方始め! てぇーっ!」

再び三一センチ主砲が吼え、それに続く形で二〇・三センチ、一二・七センチ主砲の砲声が続いた。

たちまち六発の三一センチ主砲弾、四発の二〇・三センチ主砲弾、二発の一二・七センチ主砲弾の計一二発に撃たれたル級に着弾の爆炎が瞬き、黒煙がル級を一時的に包み隠す。

「速射、二人は撃ち続けて指標一番のル級に射撃のタイミングを与えさせないで下さい。

二番は私が相手します」

「了解」

二人の返事が返ると二〇・三センチ主砲と一二・七センチ主砲の連続砲撃が開始された。

二隻のル級は回頭して二人を射界に入れに入るが、リミッターを少し解除して猛スピードで吶喊して来た愛鷹に対応する事が出来なかった。

鞘から引き抜かれた白刃がル級の艤装の兵装を切り裂き、無力化していく。

ほんの僅かな間にル級の艤装が破壊され、戦闘不能になったル級が唖然とした表情を浮かべて愛鷹を見た。

僚艦が想定外の攻撃で無力化されたのに驚くル級は、深雪が放った必中の魚雷三発に気が付くのが遅れた。

三回の爆発音が轟き、ル級が黒煙を上げて動きを止め、もう一隻は完全に形勢不利であることを知り逃走に入った。

 

「逃がすか」

深雪がまだ発射していない魚雷発射管の発射口を逃げ出すル級に向けた時、愛鷹が「撃ち方止め」を告げた。

沈めないで逃がすのか、と深雪が愛鷹を見る。

無言の問いに愛鷹は本来の自分たちの作戦の要点を深雪に告げた。

「不要な交戦は避けます。今はトラック基地に帰還する事を優先します」

何処か有無を言わせない口調だったので、抵抗せず深雪は黙って従った。確かにそれを前提にこの行動に出ているのだから。

「瑞鳳さん達と合流しましょう」

「そうだな。早い所ここからずらかるか」

「ええ。逃げるが勝ち……」

その時、胸から全身にかけて強烈な苦しみと痛みが走り、反射的に口元に右手を当てた。

堪え切れなかった鼻をツンと突く赤い液体が口から噴き出すが、当てていた手で吐き出すことは避けられた。

一方で体に駆け巡る苦しみは凄まじく、咽込みながら愛鷹は膝をついた。

「愛鷹⁉ おい、しっかりしろ! 衣笠、発作だ!」

慌てて深雪が崩れ落ちかける愛鷹の体を支えに入る。

以前見た時ほど酷くはないが、苦しみ方が酷い。

呻き声を上げて苦しみと戦っているのが分かった。

震える大きな背中をさすりながら「衣笠、ぼさっとしてないで手伝え!」とどこかにいる衣笠に怒鳴り声を上げた時、衣笠の悲鳴じみた警告が飛んできた。

「別の敵艦隊、戦艦二隻よ! う、撃ってきた!」

「なに⁉」

「……⁉」

その警告に深雪と愛鷹がぎょっとした時、飛翔音が二人の元に迫って来た。

頭上から大きくなってくる砲弾の飛翔音に深雪が上を向いた時、出し抜けに動いた愛鷹が自分を掴むと抱きしめる様に覆いかぶさった。

 

「よせ愛鷹!」

 

体格差を生かし、自身の体で深雪を護ろうとしている愛鷹に深雪が抵抗の声を上げた時、防護機能が展開される瞬間的な音と「衝撃に備えて!」と絞り出すような愛鷹の声が返された。

咄嗟に深雪が身構えた時、二人を「トラック基地の航空隊が見つけた方の戦艦部隊」から放たれたル級の砲弾が包み込んだ。

耳を聾する爆発音と衝撃が走る中、愛鷹の上げる苦悶の声が馬鹿になる直前の深雪の耳に刻み込まれた。

それでも深海棲艦の盾行為に激怒しながら、深雪の為に自ら盾になる愛鷹は抱きしめる力を緩める事は無かった。

 

アイツらとは違う……! 私は守りたい命があるから盾になるんだ!

 

意識が暗転する直前、胸の内でそう愛鷹は叫び声を上げていた。

 

 

「くそ、遅かったか!」

ヘッドセットから入るジェスター隊からの報告に伊吹は罵声を吐いた。

戦艦ル級二隻は八機の橘花改の爆撃で大破し、一隻を撃沈確実に追い込んだが、僅かにその攻撃が間に合っていなかった。

旗艦愛鷹被弾大破、怪我の程度は不明。

爆撃効果を確認した後、被弾した愛鷹の状況を告げるジェスター2-1の言葉に、伊吹は「RTB」とだけ返した。

ヘッドセットから手を離すと、その手をぐっと握りしめ、伊吹は命令を発した。

「全艦、第三三戦隊の救援に向かいます。最大戦速!」

「了解」

五人の僚艦からほぼ同時に返事が返された。

 

 

するりと大和の手からマグカップが零れ落ち、床に落ちて砕け散った。

カップの中の紅茶が床と靴に飛び散る。

「大和さん?」

カップが割れる音に驚いた翔鶴が大和の方を見ると、何かを悟ったような眼を大和は浮かべていた。

「どうしたんですか?」

屈んでカップの破片を拾い始めた翔鶴は大和の呟く言葉に、一瞬手が止まった。

 

「死なないで……もう死なないで……」

 




久しぶりの二万字越えのお話となりました。

一難去ってまた一難の第三三戦隊の苦闘は、今後の戦いにつなげられるのか、仁淀の為に悪に堕ちた大淀はどうなってしまうのか。

今後の展開にご期待ください。
2019年の残すところあと一か月となりました。
今年最後のイベントも始まり、ついにオーストラリア海軍巡洋艦パースが公式に実装されました。
神州丸、USSヒューストン、パース、オランダ海軍巡洋艦デ・ロイテルと新顔が続々と揃う一方、敷波改二は果たして来るのか……(青葉改二の公式実装は……)

新実装艦が出る度にこちらでも登場する事になる艦娘が増えるので、いい意味と悪い意味の両方の悲鳴が出そうです。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。

追記:ス級に続く新たなオリジナル深海棲艦の登場をこの場で予告します。


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第三一話 受け入れ難き現実

新年最初の投稿となります。

モチベーションがリアルでかなり低調状態の為、投稿頻度はかなり低下すると思います。


では本編をどうぞ。


戦いを終え帰投する艦隊に先立ち、大破負傷した愛鷹を搬送して来たHH60Kがトラック基地の医療センターのヘリパッドに着陸した。

着陸したHH60Kに向かって駆けだした大和は担架に固定され、ぐったりとした愛鷹を見て表情を凍り付かせた。

制帽は無く、制服はズタズタになり、右目を覆うように巻かれた頭の包帯を含め、左足と左肩、左脇腹に包帯に巻かれている。

近づく大和に衛生兵の一人が気付き、仲間に愛鷹を任せると大和に容態を説明した。

「見た目は御覧の通りですが、傷自体はそれほど深くありません。

脳震盪を起こしている為今は意識がありませんが、すぐに目を覚ますでしょう。

全治五日程度といったところです」

「彼女の艤装は?」

「もう一機が現在輸送中です。愛鷹中佐はおそらく艤装を丸々盾に使ったおかげで助かったのだと思います。

深雪中尉は軽傷で自力航行可能の為、載せませんでした」

「艤装を……」

そう呟く大和に衛生兵は撮影された艤装の画像を表示したパッド端末を見せた。

画像を見た大和は絶句した。愛鷹の艤装は艦橋を模した背中の部分が何とか原形を留めていたが、武装類は跡形もない。

修理にどれくらい時間がかかるか、技術肌ではない大和には想像もつかない。

いや、このトラックで修理が出来るかすら怪しい。愛鷹の艤装の予備部品の多くは日本本土にあるからだ。

「あの子……」

「あの、愛鷹中佐は大和大佐とは血縁者なのでしょうか?」

表情を曇らせた大和にちょっと気になった様に衛生兵が聞いてきた。

拙い、と大和は少し身を固くした。愛鷹の顔は搬送して来た隊員が見ているし、自分の顔は広く知られているからそっくりなのはすぐに気が付く。

艦娘には姉妹艦と言っても本当の血縁者同士はいないから、自分と愛鷹の容姿がそっくりな所は異様だろう。

かと言って、機密事項である愛鷹と自分の関係をこの隊員に教える訳にも行かない。

「ええ、実は双子なんです。でも、この事は内緒で」

「承知しました」

頷き、仕事に戻る衛生兵の背中を見ると、安堵のため息が漏れた。引き際をわきまえて居る衛生兵であったのが幸いだった。

 

一方で、諸手を上げて喜べる状況ではないことに変わりは無いだろう。

第三三戦隊は旗艦が事実上戦列外になったことで偵察部隊としての機能が失われている。

深海棲艦の機雷敷設潜水艦の補給部隊捜索は事実上頓挫したも同然だ。

しかし、第三三戦隊を攻撃する為に今回大規模な艦隊運動が確認されていた辺り、敵がこの地を襲うのはもはや時間の問題なのかもしれない。

機雷源による包囲網を敷く前にここを攻撃するのか……。

「もしかして……」

 

 

機雷原敷設自体が、そもそもここに自分たちを引き留める陽動だったとしたら?

深海棲艦は機雷源の敷設でここを包囲してからではなく、機雷源敷設と言うプレッシャーをこちらにかけて動きを封じている内にトラック攻撃の戦力を結集していた……。

つまり手間をかけて機雷を敷設して包囲網を敷いてからじっくりここを攻撃するのではなく、あの機雷敷設は大規模戦力結集中の陽動作戦の一巻だったとしたら?

それが終わったことで用済みの第三三戦隊を始末しに艦隊戦力の一部を動かした……。

戦艦を四隻も投入してきた辺り、深海棲艦の戦力の余裕はもしかしたら相当なものの可能性がある。

 

「……敵の攻撃はすぐに……!」

ゾッと悪寒が大和の背筋を走った。

自分達はまんまと踊らされてしまったという事か?

いや、ここまではあくまで自分の推測に過ぎない。

落ち着かないと、本当のことを判断する目が曇ってしまう。

愛鷹がやられて自分は今動転しているのだ、落ち着かないといけない。

溜息を吐きながら頭に手をやった。

「でも、備えは必要よね……」

 

 

司令官室に入ると毎度の酒臭さが香取の鼻を突いた。

臭い元を見てやれやれと頭を振りながら、その臭い元である三笠が座る机に封書を差し出した。

「司令宛の封緘書類をお持ちました」

パソコンに向かって書類仕事にいそしんでいた三笠は、キーボードの上に走らせていた手を止めて、封書を受け取った。

「ありがとう香取。ご苦労様ね」

「昼酒を止めて頂けたら、芳香剤の出費が抑えられて大助かりなのですが」

腕を組んでじろりと見て来る香取に三笠は苦笑を浮かべた。

「酒が入ってないと頭の回転が鈍るので無理ですね」

「そうでしょうね。シラフの司令官、私は見た事ありません」

「あら、そうなの? それは御免なさいね」

にこにこと笑う三笠にやれやれと香取は深く溜息を吐いた。

毎度のことだし、本人が修正する気が無いのはもう分かっている。

それに酒が入っていようがいまいが三笠は普通に仕事をこなすし、艦娘提督であるだけに現役の艦娘の気持ちも汲みやすい距離間の近さから人望は高いので、酒臭さくらいはまあ、我慢するべきだろう。

芳香剤の出費も実質三笠の給料引きだ。

封書を机の上に置くと三笠はデスクの引き出しから缶の薄いボトルを出し、キャップを開けた。

「あー、喉乾いた」

「喉を潤すなら、お水をお持ちしますよ。それくらいの雑用はいつでも致します」

「お酒の方が体も温まるからいいんですよ」

「もう夏になるのに、温めるも何もないでしょう」

呆れ気味に香取が言う前で三笠は一口煽る。

「うん、美味しい」

「ほどほどにお願いしますね、司令が肝臓がんになったら困りますから。

では、私はこれで」

「はーい。じゃ、業務頑張ってくださいね」

手を振りながらボトルを口に運ぶ三笠にもう一度溜息を吐き、香取は一礼して部屋を出た。

 

香取が部屋を出た後、彼女が置いていった封書を手に取り中から封緘書類を出す。

ボトルを時々口に付けながら文字を読んでいく三笠の目の動きは、酒が入っているとは思えない程速い。

ふーん、と軽く唸る三笠の目は先ほどのにこにこ顔の時の目とは全く違う鋭さのある目になっていた。

「有川さん、お忙しいのにありがたいですね……やっと、彼女の死の真実が分かった」

三笠に届いた封緘書は有川に以前頼んでいたモノだった。

随分骨を折って頼んだその内容は、親友アメリ・ロシニョールの死の真相だった。

自分と同様一線を退いたはずの彼女が戦闘で戦死したとは思っていなかった。

だから情報屋であり、面識も結構ある有川に死の真相である情報開示を求め続けていたのだ。

海軍一級軍機扱いの彼女の死の原因は、戦闘ではなく自身が発見した病気のワクチンテストで自ら実験台になった結果のモノだった。

アメリ自身が艦娘であるから、ロシニョール病のウイルスを自らの体に放ち、そこへワクチンを打つのは言わばやむを得ない臨床実験と言えた。

ワクチンは結局効果が無く、寧ろ彼女の命を奪う結末になった。

彼女の死は、しかし戦闘によるものと偽装された。わざと遺体を一部損傷させてまで偽るモノだ。

何故なのか。

有川の送って来た書類では、ウイルスを採取した艦娘の存在がそもそも海軍にとって不都合レベルの存在だったのだと言う。

ウイルスを採取した艦娘についての情報を見て、三笠は目を細めた。

 

 

《アメリ・ロシニョールがワクチン開発に当たってロシニョール病ウイルスを摂取する相手として選んだ艦娘は、CFGプランにて試作開発されたクローン艦娘第796号だ。

クローン艦娘開発計画の申し子である第796号のロシニョール病発症に関しては、当初秘匿されていたが後に何らかの形で知れ渡り、クローン艦娘開発計画中止に追い込まれた。

第796号のロシニョール病発症の事実が知れ渡ったのが、彼女がクローン艦娘開発計画の最終プログラムである「選別試験」後であったことは間違いなく悲劇としか言いようが無いだろう。

この「選別試験」は製造された六五体のクローンの殺し合いによる優劣の選定であり、第796号は合格者、つまり唯一生きる事を許された存在だったからだ。

 

真相発覚が「選別試験」後になった原因は、発症した第796号の担当官が「選別試験」終了までにロシニョール病を何とかできると思い、事実を隠蔽して独自に治療を試した為である。

担当官の腹積もりは自身が担当したクローンが生き残る事、及びロシニョール病完治と言う一石二鳥の功績を狙ったものであるが、その結果は後者の失敗で終わった。

この独断行動は担当官の手で記録の殆どが処分された為この独断行動における処分を受けた者は存在しない。

担当官が誰であるかの特定は残念ながら出来ずに終わった。

 

現在第796号は製造元である第666海軍基地から離れ、日本艦隊に超甲型巡洋艦愛鷹として第三三戦隊旗艦の任を与えられ、実戦配備されている。

彼女はラバウル基地での作戦行動中ロシニョール病を再発しており、医療鑑定結果では末期症状であるレベル5と診断された》

 

 

「……なるほど、確かに不都合な真実ね。自然界の摂理、神の領域に人が手を伸ばした事実か」

有川の送って来た書類に目を通しながら、クローンの艦娘である愛鷹の事にも少し興味が湧いてきた。

同封されている人事ファイルでは、遺伝子基の大和とそっくりの容姿である愛鷹の写真も添付されている。

普段は制帽を目深にかぶっている為素顔が伺いにくいと言うが。

会ってみたい……彼女の教え子であり、死の原因となった愛鷹に。

親友アメリが死ぬ原因である愛鷹には恨みは特になかった。ただ純粋に会いたいと言う気持ちが三笠にあった。

 

 

それまで真っ暗な世界を歩いていたような感覚が消えて、ゆっくりと瞼を開けると白い天井が目に入った。

「目が覚めた! 先生、愛鷹さんの目が覚めました」

嬉しそうな声、夕張の声だ。

直ぐに誰かが自分の元にやって来るのが分かった。

「心拍は落ち着いているな、血液ガスも正常」

口元に当てられていたモノが外される感覚がして、急に口周りが涼しくなる。

惚け気味の頭が酸素マスクをつけられていたのだと理解するまで少し時間が必要だった。

「中佐、失礼します」

その声の後両目に眩しい光が交互に入り、自然と目を細める。

何をされたのか、やはり頭が理解するのが追い付かない。

「どうですか?」

「瞳孔チェックも問題なし。ただ意識障害があるみたいだ、反応が少し鈍い。

重症ではないからすぐに元通りになる」

自分の容態を聞いているらしい夕張に医師が答えている。

ほっと溜息を吐く夕張に顔を向けると、夕張もこちらを見返して微笑んだ。

「大事に至らなくて良かったです」

「私は……」

何が原因で怪我をしたのか、思い出せず頭に右手をやると指が包帯に触れた。

「ル級の砲撃から身を挺して深雪を護ったんですよ。お陰で深雪はかすり傷です」

「ああ、そうでしたね……全治何週間ですか?」

「六日間は入院してもらいます。ただ退院しても戦列復帰は不能と聞いておりますが」

その言葉に愛鷹は困惑した。戦列復帰不能?

どういうことだ、と夕張に視線を向けると残念そうな顔が返された。

 

医師が個室から出て行った後、夕張は愛鷹の艤装の損傷状況を説明した。

「愛鷹さんの艤装なんですが、実は思った以上に破損していて。

修理工廠でX線を含めた精密検査をしたところ、ここでは修理不能レベルと診断されました……。

日本の修理工廠でなら可能ですが、トラック基地では残念ながら無理です」

「どうにもならない……のですか」

「主に武装系が……その言い方があれですが、再生不能レベルの鉄屑になりました。

機関部を含む中枢部は防護機能とヴァイタルパート(重要装甲部)に護られて辛うじて機能を維持出来ましたが、三一センチ主砲をはじめとした艤装の殆どがスクラップ状態です。

技術職の立場から言わせてもらうと修理するよりは新造する方が早いです。

でもトラック基地は艦娘の艤装を一から作れるほどの工場が無くて……」

その報告を聞いて深い溜息と共に愛鷹がうな垂れた。

酷いショックを受けているだけでなく、自分の行動をどこか悔やんでいる様だった。

深雪を護ること悔やんでいるのではなく、自分の艤装が事実上のスクラップになる事を見こせなかったのが悔しいのだ。

あの時ああでもしなければ二人揃って死んでいただろう。

命が助かっただけでもまだ何とかなるが、艦娘は艤装が無いと何も出来ない。

他の艤装を借りると言う非常手段も無くはないが、それは同型艦に限った話だ。

同型艦が存在しないどころか、ワンオフの存在である愛鷹には融通可能な艤装が無いのだ。

本来の超大和型として使われていたら、あの程度で全壊に追い込まれないはずだが、超甲巡にする際に色々デチューンされたところがあったのかもしれない。

見るからに活気がなくなってしまった愛鷹を見ていると、夕張の胸が痛んだ。

暫くして落ち込んだ表情を浮かべた頭を上げ、愛鷹は夕張に問うた。

「深雪さんの怪我は軽傷でしたね。他の皆さんは?」

「全員無傷です」

「そうですか……それは良かったです」

どこか疲れた顔に笑みを浮かべる愛鷹が、沈み込んでいる自分を抑えて無理に笑っているのが分かった。

「私は……大丈夫ですから……第三三戦隊は当面トラック基地の指揮下に入って別命あるまで待機していてください。

そう……少しだけ休憩です。私も、皆さんも」

「愛鷹さん……」

「心配しないでください夕張さん……何とかしますよ。私のことは心配なさらずに」

何と声をかけたらいいのか分からない夕張に力無く愛鷹は微笑んだ。

 

 

部屋を出た夕張がドアを閉め廊下を歩きだした時、何かを強く殴りつける音とすすり泣く声が今出て来た病室から聞こえた。

 

 

食堂のテーブルの一つで大和が紅茶を飲みながら読書していると、背後から誰かが自分を呼んだ。

深雪だった。神妙な顔持ちで自分を見ている。

「深雪さん、どうかしましたか」

尋ねる大和に深雪は深く頭を下げた。

「ごめん。あいつが戦えないレベルにやられたのは深雪様のせいだ。

こんなことしても始まらないけど、ごめん」

声を震わせる深雪の姿に、大和は本を閉じると深雪と向き直った。

「謝らなくていいんですよ。あの子が自分の意思で決めた事なんです。

その時下せる最良の判断をあの子は下しただけです」

頭を上げた深雪は赤くした顔を大和に向けた。悔し涙が溢れる寸前の状態だ。

「でも、愛鷹の艤装は修理不能なほどに壊れちまった……夕張から聞いたけど、愛鷹は滅茶苦茶悲しんでたって……。

でもあいつは夕張に健気に振舞ってた……アイツらしいと言えばアイツらしいけど……」

そう自分を責める深雪の姿に、大和は嬉しい気持になった。

自分にでは無い、愛鷹が深雪と言う誰かを強く想う心の持ち主を常に接する仲間として迎えられている事がとても嬉しかった。

軍の無計画さから生み出され、それに翻弄され続ける幼少期を送った愛鷹には、深雪の様な情の厚い人間と接する機会が殆どなかった。

首を垂れて小刻みに体を震わせ始める深雪の右手を取ると、大和は諭すように言った。

「過ぎた事を悔やみ倒しても、何も始まりません。

これから何をするべきか、どうするべきかを考えていきましょう。ね?」

「……そうだな。わりい、変なこと言って」

「謝らなくていいんですよ。

寧ろ私が深雪さんに感謝したいです。あの子の為にここまで思ってくれる深雪さんの様な人がいてくれる事が。

あの子にとって深雪さんは灯台ですよ」

赤くした目で見る深雪に大和は優しく微笑んだ。

 

 

艤装の再確認をし、機関部と靴裏の主機を起動させる。

体感した限りではこの間より調子が良くなっている気がした。

HUDとチェック項目を表示したタブレット端末を見ながら青葉は艤装のチェックを進める。

「電圧チェック、油圧チェック、コンバーターチェック、回転数よし。

艤装CCS確認、機関部、主機オールグリーン。

主砲セーフティチェック、マスターアーム及び戦闘OS……よし」

(行けるか?)

チェック項目を消化していく青葉に雲野が尋ねて来る。

青葉は親指を立てて頷いた。

左目のHUDは中々便利なモノだ。射撃補正をかけやすくなっている。

これなら新しい二〇・三センチ主砲(三号)の有効弾を正確かつ確実に敵に打ち込める。

左足にはかつて第三主砲を備えていたが、今は四連装魚雷発射管とその上に装着される形になった飛行甲板を備えている。

魚雷発射管は当初装備予定になかったものだが、低下した砲戦能力を補うべく追加されたものだ。

また万が一被弾しても飛行甲板が魚雷発射管を護る形にもなる。

他に背中の艦橋型艤装に四基、第二主砲の上に一基の計五基の二五ミリ三連装機銃が備えられて、近接防空火力も充実していた。

前使っていた艤装より若干重いものの、そこは完熟で慣らすことが出来るから大丈夫だろう。

(よし、青葉。教練対空戦闘用意だ。相手は飛龍と蒼龍が担当する。

一対二になるが、君ならやれるだろう)

「雲野さん、一対二の差を埋めるモノは何だと思います?」

(一度に二隻を相手にしない、かな?)

「違いますね……イメージです」

その言葉に雲野が面白そうだと言う様に笑うのが聞こえた。

うっすらと口元を緩める青葉に雲野は背中を押すように言った。

(行ってこい、青葉くん。パワーアップした青葉型重巡青葉の力を見せてやれ」

「了解! 青葉、出撃しまーす」

 

 

相手はパワーアップした重巡一隻。

その実技演習に自分たちのような空母を二隻も入れるなんて……。

「青葉一人に二航戦の私達じゃ、過剰戦力だと思うけどなあ」

腑に落ちない顔する蒼龍だが、相棒の飛龍はそんな事は無いだろうと思っていた。

二人とも青葉と一緒に戦ったことはあるから、青葉の射撃の腕前などは良く知っている。

が、それは改までの艤装での話だ。今の青葉は甲改二と言う新型艤装を使っている。

「いいじゃない蒼龍。二航戦の航空戦力で青葉を鍛えてあげるんだよ?

精鋭二航戦の航空戦力相手に青葉がどこまで対応出来るのか、面白い話だよ」

不敵な笑みを浮かべている飛龍は早くも攻撃隊の矢を構えている。

相棒が何の不安も感じていないのは頼もしい事なのか、多少見くびっているのか。

まあ、どちらでもいいか、と蒼龍は矢筒から攻撃機の矢を抜き、弓にかけた。

「二航戦、航空隊発艦はじめ」

飛龍の号令と共に二人は攻撃機の矢を次々に放った。

彗星一二機、流星改一二機、戦果確認の天山二機からなる攻撃隊が晴れ空で編隊を組み、青葉の元へと向かった。

「青葉単艦だからって手は抜いちゃだめだよ、二航戦の力で徹底的に鍛えてあげようね」

飛び去って行く攻撃隊に飛龍はヘッドセット越しに告げた。

 

 

「来ましたね」

HUDに表示される機影二四機を見て青葉は攻撃隊が来る方向に目を向けた。

機種は艦爆と艦攻が一二機ずつ。遅れて来る二機の艦攻は攻撃評価確認の機体だろう。

出し惜しみなしに練度の良い攻撃隊を向けて来たようだ。

「行きましょうかね、教練対空戦闘用意! 主砲一番二番は三式弾改二装填、対空機銃は自動交戦状態で待機」

二〇・三センチ主砲を構え、攻撃機が来る方向へ砲口を向ける。

「二手に分かれた……方位三-五-〇と三-〇-〇。

三-五-〇を目標《A》として、三-〇-〇を目標《B》としますかね」

主砲艤装を構えるグリップから手を離し、軽く舐めて風向きを確認する。

正確な急降下爆撃をするとしたら、目標《A》が良い方向に付いている。

「目標《A》は蒼龍さんですね。なら目標《B》は飛龍さんの機体だ」

あの二人なら、得意の雷爆同時攻撃を仕掛けるだろう。

息の合った同時攻撃であの二人は空母艦娘として共に修羅場を潜り抜けて来た。

航空隊の練度は相当なモノだ。

しかし、相手は自分がいつもの自分とはまた一味違うのは心得ているはず。

別の手段を取ってくるかもしれない。

HUDに表示される《A》が速度と高度を上げ始めた。

やはり急降下爆撃機隊。このままの速度で行けば、三分で《A》と交戦だ。

艦攻で構成される《B》とは同時攻撃しない形になる。

「波状攻撃ですね……」

接近する艦爆を迎撃するには青葉の主砲だと仰角が足りない。遠距離からの対空砲撃も蒼龍の艦爆なら当たらない。

まずは回避に専念だろう。

それにしても、HUDは便利な代物だ。

レーダー表示から、温度、湿度、方位色々表示してくれるので、大助かりだ。

「つまり、深海棲艦もパワーアップしつつあるって事ですね」

生き残りたければ、強くならないといけない。

自分だけでなく、大切な妹である衣笠や第三三戦隊仲間、そして来年にはこの世を去ってしまう愛鷹も……。

 

 

「回避運動を取らないまま、直進?」

天山からの報告に蒼龍は訝しんだ。

ジグザグ運動も取らないまま、直進する青葉が何を考えているのか蒼龍には窺えなかったが、何か策は講じているであろうことだけは分かる。

「まさか、馬鹿にしてるんじゃないわよねぇ、青葉」

飛龍も怪訝な表情を浮かべるが、やる事は変わらない。

「スペクター隊、ウェポンズフリー、エンゲージ。青葉に爆弾をぶつけてあげなさい。

『死なない程度に』の加減で」

(了解! スペクター1より各機、続け)

 

一二機の彗星は六機ずつの編隊に別れると、時間差を置いて青葉の直上から急降下を開始した。

ダイブブレーキの甲高い音が響き、一糸乱れぬ艦爆が高度を急激に落としていく。

先陣を切るスペクター1の航空妖精さんが照準器に青葉を捉える。

後背から爆撃する形だが、青葉は針路を変えず、艤装の対空機銃も無反応だ。

こちらに背を向けたまま、直進している。

意図を図りかねながら、スペクター1は爆弾倉を開いて最終爆撃コースに乗った。

この距離なら外さない、と思った直後には演習用爆弾を投下していた。

彗星六機が六発の爆弾を次々に投下する。

程なく、着弾の水柱が海上に突き上がった。

 

「アイボール1、スペクターの爆撃効果は?」

攻撃効果確認の天山、コールサイン・アイボール1に蒼龍は第一波の戦果を尋ねる。

(青葉の艦影を確認。損傷確認できず)

「うそ! 回避運動も取って無かったのに? 

スペクター、狙いはどうだったの!?」

(回避運動を取り始めても間に合わない高度から落としましたが……一発も当たっていないなんて)

どう言う事だ、と訳が分からないままだったが第二波攻撃を蒼龍は指示した。

「スペクター1、第二波攻撃の評価をそっちでも行って」

(了解)

(こちらスペクター7、爆撃を開始する)

スペクター7を先頭にした六機の彗星が青葉めがけて急降下爆撃を開始する。

六機分のダイブブレーキの音が海上に殷々と響き渡り始める。

スペクター7の航空妖精さんが照準器を見つめる先にいる青葉は、舵を切ることなく進んでいる。

これは当たるだろうと、六機の航空妖精さんが爆弾投下レバーを引き、乾いた音と共に六発の演習爆弾が彗星から投下される。

投下された爆弾が青葉を水柱で覆いつくす。

「どうかな……」

蒼龍が攻撃効果報告を待っていると、アイボール1から再び連絡が入った。

(爆弾前段の着弾を確認するも、青葉に損傷無し)

うそでしょ、と蒼龍は信じられない思いでアイボールの報告を聞いた。

回避機動も取っていないのに、青葉は爆弾をすべて躱した。

「どう言う魔法を使ったのよ、青葉は……」

困惑のあまり頭が状況に付いていけていない蒼龍の脇で、飛龍が青葉へのライバル心を燃やした目で流星改に攻撃指示を出した。

 

 

「魔法じゃないですよ……簡単なフットワークです」

うっすらと口元に笑みを浮かべて呟きながら、HUDに表示される流星改一二機の機影に青葉は気を向けた。

青葉がとった「フットワーク」は極めてシンプルだった。

左右の主機の出力を交互に上げたり、下げたりして微妙に針路を変えていたのだ。

蒼龍の艦爆隊は青葉の予測針路を正確に想定して、全機の爆弾が同じところに落ちるよう精密爆撃を行ったのだが、逆にそれが失敗だった。

ローファーの踵にオプション装備の舵を付けていたのも幸いだった。

「さて、お次は飛龍さんの艦攻隊ですね。青葉……ちょぉっと本気出させてもらいますよ」

主砲艤装を担ぎなおして、接近する艦攻に青葉は備えながら不敵な笑みを浮かべた。

対空電探の探知表示を見ていると、四機ずつの三個編隊に別れた流星改が青葉を三方から囲い込む様に布陣し始めた。

三方向からの同時雷撃ですか……。

「三式弾、時限信管設定に切り替え、信管作動距離四〇メートル。

交互撃ち方、方位二-五-〇に指向。仰角二〇度に固定。

面舵一杯」

主砲を左に向け青葉は右へと舵を切った。

右へと円を描き始め、頃合いよしと見た青葉は射撃を始めた。

「教練対空戦闘、主砲、撃ちー方ぁ始めぇッ!」

四門の二〇・三センチ主砲が左右交互に三式弾を撃ち出し始める。

設定された距離で次々に三式弾が爆発し、黒煙が立ち込める。

青葉がそのまま円を描く様に航行しながら三式弾の射撃を続けていくと、立ち込める黒煙で青葉の姿が隠れた。

 

 

円状航跡を描きながら三式弾の発砲煙で姿を隠した青葉のやり方に、飛龍は舌打ちをする。

「今の湿度じゃ、あの黒煙はそう簡単には晴れないな……」

一二機の流星改は展開された黒煙で青葉を視認できない。

三方から魚雷をばら撒く様な形で攻撃を行うしかないだろう。

「全機フォーメーション解除、全周方位から魚雷攻撃はじめ!」

母艦である飛龍の指示通り、流星改は編隊を解除すると青葉を包み込む様に布陣しなおし、魚雷投下コースを取った。

すると黒煙の向こうから砲声が轟いたかと思うと、三式弾が黒煙の中から飛び出してきた。

魚雷投下コースに乗っていた流星改が一機、至近距離で爆発した一発の破片で損傷し、高度を落として海に突っ込んだ。

海に突っ込んで大破する流星改に続き、その右側から攻めていた一機にも三式弾が襲い掛かる。

もろに直撃を受けた流星改から航空妖精さんがベイルアウトした直後爆散し、破壊され、燃え上がる破片が海にばらまかれる。

更にもう一機流星改が撃墜された時、飛龍は攻撃失敗を悟った。

三式弾の爆煙で身を隠した上で、全方位から攻撃を仕掛ける戦法に切り替えるこちらの手を先読みしていたのだ。

どこから流星改が突っ込んで来るかは電探で探知可能だし、自分の航空隊がどう攻撃して来るかも青葉は容易に予想出来ていたのだろう。

砲声が四回海上に響き渡り四機の流星改が撃墜された頃に、残る八機の流星改が魚雷を一斉に投下したが、事前に撃墜された結果穴が開いた流星改のカバー範囲に青葉は避退したので、一発も当たる事は無かった。

 

「やれやれ、完敗だな……」

悔しい反面、やるなあと感心する飛龍に、自分よりも感心しているらしい蒼龍が感心したように言う。

「青葉甲改二……結構いけるんじゃない?」

「うん、元々六戦隊でも結構なやり手だったとは言うけど……こっちももっと鍛えないとなあ」

堅実なやり方、セオリー通り過ぎた自分達の未熟さを二人は噛み締めた。

教練対空戦闘の終了と、用具収めが発令され、青葉の新艤装の演習は終了した。

 

 

ノックしてドアを開けると、上半身分起こしたベッドの上で愛鷹は窓の外を見ていた。

部屋に入って来た蒼月に顔を向けて「こんにちは」と挨拶を返しながら微笑む顔は活気が無かった。

戦えない状態になってしまって、結構落ち込んでいるのは容易に分かった。

何と言えばいいか分からない気分を抱えながら、蒼月はせめてもの気紛らわしにと持ってきたモノを渡した。

「愛鷹さん、ジャズが好きだって聞いたので」

ミュージックプレイヤーを差し出すと、愛鷹は少し嬉しそうにそれを受け取った。

「ありがとうございます、蒼月さん」

「一応基地にあったジャズ全部をインストールしておきました。病室なのでイヤホンはしておいてください」

「了解です……ふーん、良いですね。好きな曲が大体入ってますよ」

受け取ったプレイヤーの画面に表示される曲名をスクロールすると、普段聞いている曲以外のも多数出て来た。

基本ハイテンポ好みだが、それ以外のテンポも普通に好きなジャンルだ。

多少は今胸にぽっかりと開いている様な喪失感を、これらの曲で満たすことは出来るだろう。

「愛鷹さんは普段何をしているのが一番楽しいですか?」

不意に蒼月が尋ねて来たので、画面をスクロールする手を止めた愛鷹は「そうですね」と宙を見上げて考えた。

考えてみると、音楽鑑賞と読書、喫煙以外、特に何かこれが好き、と言うモノは無かった。

そんなに趣味の広いタイプではない自分だ。

ただ、蒼月をはじめとする艦娘達と触れ合うこと自体が、楽しみになっている気はしていた。

自分は生まれて、日本艦隊に配属されるまでの間、同じ顔の個体と過ごすか、競い合うか、殺し合うかだったし、誰も接してくれない孤独な時間を過ごす事も多かった。

「……皆さんと一緒にいる、それだけでも、私は楽しいですね」

「……こんな事を聞くのも何ですが、愛鷹さんは深海棲艦との戦いが終わった後、どうするかとか考えた事ありますか?」

その問いに、愛鷹はプレイヤーをサイドテーブルに置き、手を組んで考えた。

「正直、無いですね。私は長生きできない体ですし……でも、少しでも長生きしたいと思う間に戦争が終わるという事はありえますね」

戦争が終わっても、自分には帰るべき場所などない。

もう、海軍での艦娘と言う立場が自分の故郷だった。

「帰るべき故郷も家族も私にはありません……海軍が私の居場所です。どこにも行くところがない」

「そうですか……もし愛鷹さんが逝ってしまう前に戦争が終わったら、私の故郷に案内しますよ」

「艦娘は終身軍人で帰郷は出来ませんが……?」

「戦争が終わったら艦娘は……いらないんじゃないですか? 私達って対深海棲艦専門の軍人って言うところですよ。

深海棲艦がいなくなったら、もう戦う必要は無い。自由になってもいいんじゃないかなって、私は思うんです」

そう話す蒼月に愛鷹は何故か、自分の存在を否定されたような感情を覚えた。

 

深海棲艦の攻撃で命を落とした艦娘の穴埋めとして、クローン艦娘が補填される。

自分はその為の計画で作り出された。

しかし、深海棲艦との戦争が終わったらクローン達に残される道は何だったと言うのだろうか。

ヒトの倫理を無視して作られたクローン達に与えられた末路とは……。

 

「廃棄処分……」

 

思わず自分の口から洩れた言葉に愛鷹はぞっとした。

戦争が終わってしまえば、人ならざる自分たちはまとめて処分されてしまうのではないか?

いや、なにより「廃棄処分」と言う言葉が自分の「言ってはいけない言葉」の様な気がした。

 

廃棄処分……廃棄処分……はいきしょぶん……ハイキショブン……ハイキ……ショブン……。

 

急に胸が苦しくなるとと同時に頭が割れる様に痛みだした。

左手で頭を抑えた時、込み上げてくる何かを堪えようと歯を食いしばるが、堪え切れなかったものが歯の間から噴き出した。

思わず口元に右手を当てると、大きな血痰が口からこぼれた。

「愛鷹さん!」

血相を変えた蒼月が自分を呼ぶが、「廃棄処分」と言う言葉を耳元で大勢の人間の口から繰り返し囁かれる様な感覚が愛鷹を襲った。

 

「やめて……やめて……」

 

子供の様な声でぽつりぽつりと絞り出す愛鷹の目から涙が溢れた。

 

「やめて……廃棄処分しないで……やめて……廃棄処分しないで……」

頭の中で繰り返される「廃棄処分」と言う言葉に愛鷹は涙を流して震え始めた。

小さな子供の様に泣きじゃくり出す愛鷹の頭の中で、刷り込む様に「廃棄処分」と言う言葉が繰り返される。

両手で頭を抱え、脳内で繰り返される「廃棄処分」と言う言葉に抵抗するように「やめて……」繰り返す。

 

すると蒼月が震え、泣きじゃくる愛鷹を優しく抱きしめた。

「大丈夫ですよ、大丈夫。愛鷹さんは大丈夫……誰も愛鷹さんをそんな目にはしません。

大丈夫」

優しく言い聞かせるように蒼月は愛鷹の頭を撫でた。

 

昔、今亡き蒼月の母が辛い時、怖い思いをした時にしてくれたのと同じことを蒼月は愛鷹にしていた。

母がこうしてくれると自分はとても心が安らいだ。

きっと愛鷹にも通用すると思い、母がしてくれた感覚を再現できるように心がけた。

自分の胸の中で愛鷹はなお嗚咽を漏らしたが、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 

 

落ち着いた愛鷹を寝かしつけた蒼月は、なぜ愛鷹がああなったのか気になった。

元々壮絶な育ち方をしているから、不思議ではないのかもしれないが、どうも心に引っ掛かるモノがあった。

誰かに相談してみようと思ったが、考えてみると大和しかいなかった。

最近、食堂で読書をしている事が多い大和の姿を思い出し蒼月は部屋を出て食堂へ向かった。

がらんとした食堂の隅で詩集を読んでいる大和を見つけた蒼月は、今見て来た愛鷹の姿を話した。

全てを聞き終えた大和は軽く溜息を吐いた。

「多分それはブロークンワードですね」

「ブロークンワード?」

聞き返す蒼月に大和は説明した。

「あの子に限らずクローンには万が一、暴走した時に備えて一定の言葉をかけると思考停止、一時的な精神の退行状態に出来るブロークンワードと言うモノが設定されているんです。」

「つまり愛鷹さんのブロークンワードが『廃棄処分』であると」

「ええ。それにあの子はあの実験……選別試験の後、常に処分される可能性、恐怖とも戦う日々でしたから余計に反応しやすいんです。

でも一概に『廃棄処分』に反応するとは限らないんです。

機械などのモノを『廃棄処分』と言う身ではあの子は反応しませんが、生き物への『廃棄処分』と言う意味になるとあの子の頭の中でブロークンワードが発動するんです」

「そうだったんですか……自分でも口に出せないくらい……」

だから愛鷹自身がクローンであることを明かした時、語られなかった訳だ。

ふと気になった様に大和は蒼月に尋ねた。

「どうやってあの子を静かにさせられたんですか?」

「母が昔私にしてくれたのと同じことをやってみたんです。

そっと、優しく抱いて『大丈夫だよ』って……」

その言葉に大和は顎を摘まんで唸った。

ブロークンワードが発動してしまったクローンを宥めつかせるのはかなり大変だ。

狂乱状態になって射殺処分された個体も存在したから、蒼月がやったやり方で愛鷹が落ち着いたのは何だったのだろうか。

少し考えてみた結果を口に出す。

「母性的なモノがあの子の治療方法なのかもしれませんね」

「母性的な……」

その通りと大和は頷いた。

「あの子は人為的に生み出された、つまり親の愛情と言うモノを知らない。

生まれてすぐから孤児だった人とはまた別なんです。生まれてすぐの孤児でも母親の胎児から生まれた訳ですからほんの僅かでも、孤児にも母性反応は出るそうなんです。

でもあの子は人工子宮の中で生まれたから、母親と言う概念そのものが存在しない。

恐らく蒼月さんのやったことは、あの子にとって生まれる時から存在したことが無かった母性的な『優しさ』『愛情』と言うモノが、あの子の精神を落ち着かせることが出来た要因なのだと思います」

「母性的な……でも私は未成年なんですけど……あ」

ふと何かに気が付いたように蒼月は時計を見た。

どうかしたのかと大和が聞こうとした時、蒼月は微笑を浮かべた。

「私、三時間前に二十歳になっていました。今日は私の誕生日なんです」

「そうなんですか、お誕生日おめでとうございます」

優しく笑みを浮かべる大和に蒼月は「実感がわきませんけど、ね」と自分の手を見て返した。

 

 

それから数日の間、トラック基地は警戒監視を強化して深海棲艦からの攻撃に備え続けたが、第三三戦隊への集中攻撃の後の割には一機の偵察機も飛来しなかった。

トラックに展開する艦娘達はいつ来るのか分からない深海からの攻撃に備えを怠らない一方で、不気味なほど静かになっている深海棲艦の動きに不安も抱き始めていた。

 

 

その日、臨時編成の哨戒任務部隊を組まされた衣笠、由良、吹雪、白雪、初雪、叢雲の六人はトラック諸島北西部の海域に繰り出して警戒に当たっていた。

上空直掩は別働の五航戦の翔鶴艦載機、紫電改二が八機だった。

深海棲艦の大規模攻撃、結局来ないわね……胸の内で肩透かしを食らった気分を抱えながら、単従陣を組んだ哨戒部隊の先頭を衣笠は進んだ。

対潜警戒を行う吹雪以下第一一駆逐隊のメンバーは、海面とソナーからの反応を頼りに監視を行うが、海中は静かだった。

「静かすぎて、不気味ね……」

低い声で言う由良にその通りだと衣笠は頷く。

「嵐の前の静けさ、って言うのがあるけど……大荒れになりそうな予感」

「トラックにいる艦娘は三〇人、あー、でも一人は計算外か」

計算外と言う言い方に一瞬だがイラっと不快にさせて来るものを感じた。

確かに愛鷹は艤装を失って戦えない状態だ。それが原因か、かなり意気消沈している。

衣笠の前では健気に振舞ってはいるが、愛鷹が日々やりきれない不満を抱え込み続けているのは隠しようがなかった。

愛鷹さんだけ、先に帰国させちゃえばいいのに……。

実際に立石司令官に意見具申してみたのだが、「今トラックと本土との航空便は閉鎖状態だ」の一点張りだ。

海軍の上の人達は一体何を考えているんだろうか。

疑念と疑問、不信感が衣笠の胸に湧き出るばかりだった。

 

 

波の高さは凪ぎに近く、六人が航行するには何ら支障はない。

海上は静かで空も静かだ。

戦争をしている実感を思わず忘れさせそうなほど、穏やかだ。

「もう、戻りたい……」

退屈になって来たのか初雪が欠伸交じりに言う。

その初雪に振り返って白雪が返す。

「まだ哨戒任務コースの半分を消化した程度だよ。気を抜かないで頑張ろうよ」

「まあ、暇な気分になるのも分からなくもないけど」

二人の後ろから、普段はだらけている初雪に喝を入れる係の叢雲が珍しく同調した。

「撤退したのかな」

第三三戦隊と言う思わぬ程粘り強く抵抗した部隊に脅威を感じ、一時後退したのか。

そんな事は無いか。

軽く頭を振った時、青々とした変哲の無い海上に何か光るものが吹雪の目に入った。

「なんだろう」

ふと羅針盤の電探表示に目をやると艦影表示が出ていた。

艦影捕捉、と吹雪が言おうとした時、電探表示に強いノイズが現れ始めた。

 

羅針盤障害だ。

 

「対水上警戒発令! 羅針盤障害及び方位〇-九-〇に敵味方不明艦影を捕捉!

同時に羅針盤障害を確認、障害レベル1、なおも増大中!」

「深海棲艦の艦隊ね、全艦一斉回頭! トラックに緊急帰投するわ、新針路二-〇-〇、回頭発動!」

そう告げる衣笠の一声と共に六人はトラックに引き返した。

 

引き返す途中、あの光は何だったのだろうと吹雪が思った時、由良が叫んだ。

「三時の方向に深海棲艦の航空部隊を視認! かなりの数よ、対空電探は何やってたの⁉」

「羅針盤障害レベルが酷くて探知範囲が低下しています」

自身の電探表示を見て白雪が返す。

全員が由良の言う方向を見ると、大規模な深海棲艦の攻撃機編隊が空の遠くに見えた。

「トラック基地は、確認しているのかな?」

不安げに呟く吹雪に「あれだけの数よ、気が付くわ」と緊張感を高めている顔の叢雲が返した。

「こっちに来るかもしれないわ、全艦対空戦闘用意!」

主砲を構え直しながら衣笠が凛とはった声で告げる。

対空戦闘の構えを取る六人が見つめる攻撃隊は、一機も六人の方へ向かって来る事は無く、トラック基地の方へと飛び去って行った。

 

 

特にする事がないと言うのは、実に下らなく苦痛でしかなかった。

しかし特に書類仕事も無く、書庫の面白そうな本も大体読破してしまい暇で仕方なくなったので立石に許可を取って、愛鷹は武器庫に赴いた。

艦娘が銃器に触れるのは別に違法行為にならないし、許可さえとれば対人でない限り発砲も可能だ。

暇つぶしに銃器の解体と組み立てのタイムスコアでもやろうと、愛鷹はまずは狙撃銃のレミントンMSRに手を付けた。

海兵隊で今でも使われている狙撃銃で、アメリカ陸軍が採用したモノを国連海兵隊がそのまま使っているモノだ。

ボルトアクション式狙撃銃なので、再装填の度にスコープからいちいちボルト操作しないといけない、連射出来ない、目標との照準誤差が出ると言う欠点はあれど、精度と信頼性はセミオートマチック式の狙撃銃よりずっと高い。

施設時代にいろんな銃器の扱いやら何やらを叩き込まれているし、分解、組み立ても朝飯前だ。

勿論射撃もした。

何で艦娘なのにあの時いろんな銃器射撃の訓練まで受けたのだろう、と疑問に思ったが考えてみると国連軍直轄艦隊の艦娘を他の艦隊司令部での内偵、そして邪魔な海軍高官がいればその暗殺などにも用いる気があったのではないか、と考えてみれば納得がいった。

分解しながら国連海軍直轄艦隊にそもそも同僚となる艦娘はいたのだろうか、と言う疑念が湧いてきた。

一応、活動は報告されているが国連海軍直轄艦隊に配備される予定だった愛鷹自身、艦隊のメンバーと会ったことがないし顔を見たこともない。

本当に存在し、編成されているのか?

そんな疑念が頭を過った。

分解し終えたMSRを再び組み立てなおし、ストップウォッチを見ると思ったより二秒遅かった。

考え事をしてたら二秒遅れたか、と軽く溜息を吐き、もう一回とストップウォッチに修正をかけ始めた時だった。

 

武器庫にも聞こえる空襲警報が鳴り響いた。

ぎょっとして天井を見上げた時、スピーカーから管制官の叫び声が飛び出してきた。

 

(至急、至急! トラック基地北西部哨戒艦隊及びレーダーサイトがボギー多数、いや無数を探知!

到達まで一二分! 総員配置! 総員配置! 防空隊は全機スクランブル!

全対空部署は対空戦闘用意! 出撃が間に合わない艦娘並びに非戦闘員はバンカーへ緊急退避!)

 

ボギー多数、いや無数……深海棲艦の大規模航空攻撃。

「……北西部哨戒艦隊。衣笠さんが率いる艦隊か」

大丈夫だろうか、と不安になるが今はそれどころではない。

艤装が使用不能状態の自分はここでは何もできない。

今すぐバンカーに行って……。

と、思った時、目の前のMSR狙撃銃に目が行った。

 

 

続々と迎撃に出る紫電改二、雷電、P51の編隊が滑走路を駆け抜けて、空へと上がっていく。

しかし、四〇機ほどが上がった時には深海棲艦の大規模攻撃編隊が基地に到達していた。

「なんてこった、あれは棲姫級にしか積めない重攻撃機だぞ」

画面に映し出されるタコヤキの編隊でも、一回り大きな機体の群れを見た立石が歯噛みした。

まあ、この大規模基地を攻撃するにはあれだけの機体を投入しないと無理だろうが。

「迎撃隊、交戦開始します! フロッティ隊、シグルズ隊、ミミック隊、バイアス隊、グラムロック隊の航空管制はAWACSマジックに引き継ぎます」

(マジック了解、指揮を頂く)

管制官とAWACSマジックとのやり取りが指揮所に響くが、管制官の一人が上ずった声を上げた。

「アロー隊、ヴァラック隊、グレイモス隊は離陸が間に合いません!」

(こちらグレイモス1離陸する!)

(航空管制からグレイモス隊、離陸は中止、航空妖精は退避だ、おい待て!)

(タコヤキ複数、突っ込んで来るぞ!)

(高射隊は何をやってんだ!)

(グレイモス2が被弾! 駄目だ、落ちるぞ!)

(グレイモス2が墜落! A滑走路使用不能!)

(残骸の撤去は無理だ、全地上戦闘機の航空妖精は退避急げ!)

離陸を強行したグレイモス隊の二番機が撃墜されて滑走路がふさがれてしまったらしい。

しかし、滑走路は他にもあるしタキシングに時間がかかるが、F35や輸送機などが使う方の滑走路もある。

爆発音が地下の指令所にも響き始め、不気味に揺れた。

警報が鳴り響き、被害報告が上げられてくる。

(高射陣地B3-1沈黙!)

(北三二番燃料タンクファーム、爆撃により誘爆多発! 消火は諦めろ、退避するんだ!)

(東部の港湾施設に爆撃が集中、損害率三八パーセント)

広大なトラック基地への被害はまだ大したものとは言えない。

しかし、それは今のところの話だ。

被害状況が表示されるスクリーンを見る立石の脇の受話器が鳴った。

こんな時に誰だ? と思いながら受話器を取る。

「私だ」

(お忙しい中、申し訳ありません司令官。愛鷹です。

銃器使用許可を頂きたく、連絡させていただきました)

「目的は何だ、中佐」

(深海にラプア・マグナムを撃ち込んでみようかと)

「……許可する」

思わず口元に笑みを浮かべた立石は迷う事なく許可した。

艦娘が「趣味用途以外の銃器使用するのは禁止」だが、立石は後でそんなのこの混乱の中でもみ消せる、と気にしない事にした。

何より狙撃銃で深海の艦載機を撃ち落とせる、と言ってのけている愛鷹の戦果が見てみたくなった。

「中佐、一つ条件だ、全弾当てて来い。何かあったらこっちで話をつけておく」

(ありがとうございます)

 

 

「早くバンカーへ!」

出撃が間に合わない艦娘達の避難誘導を行っていた大和は最後の一人である初霜がバンカーに入るのを確認すると、中にいるメンバーに点呼を取らせて全員いる事を確認した。

「ちっくしょう、出撃が間に合ってれば……」

悔しそうに朝霜が拳を握りしめる。

残念ながら哨戒艦隊として出ていた六人以外の艦娘全員が、この時陸上にいた。

五航戦の翔鶴、瑞鶴、第二水雷戦隊の矢矧、初霜、朝霜、時雨が出撃準備中だったのだが、間に合わないと判断されてバンカー退避指示が下されていた。

悔しがる朝霜の気持ちはわかる、と大和も思いながらバンカーへの入り口に入ろうとした時、外を見ていた時雨が目を向いて叫んだ。

「大和! 背後から敵機が!」

その言葉に咄嗟に振り返ると、バンカーへの入り口に立っている大和に敵機が二機、爆弾を抱えて急降下してきていた。

拙い、と中へ飛び込もうとした時、一機が突然どこかから放たれた何かに射抜かれ、爆発した。

僚機が撃墜されたのに気が付いたもう一機が何事かと思った時には、既にまた何かに射抜かれて爆散していた。

どういう事、と大和が唖然として空を見ていると深海棲艦の攻撃機が一機、また一機と高射隊の弾幕が展開されていないにも拘らず撃墜されていくのが見えた。

まさか、と突然胸に湧き上がった衝動にかられた大和はバンカーの強化ハッチに手をかけると「じっとしててくださいね」と残して閉めた。

 

 

ボルトを操作し、次弾を薬室に装填し、再びスコープを覗き込んだ。

338ラプア・マグナム弾は、対人狙撃の為に開発されたものだから勿論対空射撃などを考慮していない。

近接信管などを仕込んでいないから、直接深海棲艦の攻撃機に当てる必要がある。

唇を舌で舐めて湿度を体感で測り、スコープで近くの国連軍旗で風向きを確認。

後は勘で何とかするだけと思いながら、MSRを構えて一〇発のラプア・マグナムを装填したマガジンをセットして空に銃口を向けた。

スコープに空一杯を飛び回っている深海棲艦の攻撃機の内、爆撃前の機体を捉えると軽く息を吸って止め、レティクルで大まかな予測針路を読み引き金を引いた。

今の所、立石との約束通り七発中七発命中だ。

バンカーへの入り口に向かう機体を見かけた時は、当たるかと一瞬不安にはなったが二発とも充てることに成功した。

対空狙撃と言う形で愛鷹が使っている338ラプア・マグナムの有効射程は大体一七〇〇メートル。

一〇〇〇メートル程度なら高性能な軍用ボディーアーマーをも撃ち抜く威力だ。

直撃すれば、まあダメージは与えられるだろうと踏んでいたが、案外落ちるものだ、と感心する。

再びスコープを覗き込んで爆撃コースに乗っている攻撃機に狙いを定める。

軽く息を吸い込んで止め、心臓の鼓動を感じながら、落ちろ! と引き金を引く。

直撃を受けた攻撃機が爆発して周囲の攻撃機の姿勢を崩す。

再びボルトを操作し、次弾を薬室に送り込んでいると自分を呼ぶ声がした。

「愛鷹、何しているの!」

大和だった。

「何って、対空狙撃だけど?」

「あ、当たってるの……?」

目を丸くする大和を見て、邪魔しないで欲しいなと思った時、大和が来た方向にさっき二機狙撃したバンカーがあるのを思い出した。

計らずもこいつを救ったことになったか? と内心偶然とはいえ腹立たしいものを感じながら再びスコープを覗き込む。

「そんなことしてないでバンカーに逃げないと!」

「どの道、私の艤装は使い物にならないから出撃は不能。狙撃は集中力がいるの。

邪魔しないで」

「でも……危ないわ」

しつこい、と大和を睨みつけた時、大和が自分の手を引いて走り出した。

字面に置いていた338ラプア・マグナムの予備マガジンを足でひかっけて、よろけながらも愛鷹は続きかけるが、大和の手を振りほどいた。

「……自分の命は自分で護るわよ」

余計なお世話だと大和の目を見て言うと、初めて大和は怒った顔になると自分を見て怒鳴った。

「だから、危ないことしてほしくないのよ! 狙撃で一機二機落としても、相手にはかすり傷程度の損害。

自分の艤装を失って戦えないからこうやって気分を発散したいのかもしれないけど、危険なことをして命を落としたらどうするのよ!

貴方はまだ死にたくないんでしょ⁉ 狙撃中に不意を突かれて撃たれて死にたいの⁉」

初めて自分を怒鳴りながら叱る大和に、珍しく愛鷹の顔が気圧されたような表情になる。

目に動揺を浮かべて自分を見る愛鷹の手を再び掴むと、大和は別のバンカーへと走り出した。

もう自分が手を引いて走るもう一人の自分は抵抗せず、素直について走って来た。

 

 

爆撃が終わったのはそれから一〇分もしない内の事だった。

 




愛鷹に唯一優しく接してくれていた恩師の死の真相を明らかにする回となりました。
三笠には特に愛鷹への恨みと言うモノは無く、純粋な興味がその心に渦巻いています。

艤装を事実上失ってしまった愛鷹は、自分のとった行動の結果だったとはいえかなり自棄を起こしかけていて、対空狙撃はある意味大和の言う通りその反動でもあります。

青葉甲改二の姿と、彼女の対空射撃能力と判断力のお披露目する回ともなりました。

ブロークンワードが発動した愛鷹が完全に思考停止状態になりますが、それが今後どう物語に関係するか、楽しみにししていて下さい。


次回からトラック基地を巡る国連軍と深海棲艦との激戦を描いていきます。

ではまた次回でお会いしましょう。


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第三二話 トラック基地航空戦

頑張って書いています。
節分任務、辛い……。

本編をどうぞ。


基地施設の損害がモニターに赤く表示された。

まだ深刻とは言い難いが、かといって無視して行けるレベルではない。

航空基地や倉庫、対空陣地に少なからず損害が出ている。だが、まだ酷い出血と呼べるほどではない。

幸いなのは艦娘が使う設備や備品庫には一切損害が無い事と、事前にバンカーに避退した為、艦娘は全員無事だ。

つまり、反撃の為の戦力は全くの無傷で残された事になる。

敵はこちらに先手を打ったが、返り討ちにする力はたっぷり残されている。

航空基地では先に離陸に失敗し、撃墜されたグレイモス2の残骸撤去が完了した他、空爆迎撃に上がっていた部隊がいったん帰還して補給を受けている。

更にレイピア隊、オメガ隊、ボーンズ隊、ゴースト隊、ノール隊と防空部隊や対艦攻撃部隊が準備を整えていた。

立石は指令所の全員に聞こえる声で反撃の指示を発令した。

「反撃開始だ。基地航空隊及び全艦娘艦隊戦力を持って、深海棲艦侵攻部隊を迎撃する!

カウンターパンチだ、行くぞ!」

 

 

(第四、第五航空戦隊、第五特別混成艦隊出撃準備!)

アラーム音が鳴り響く中、第四航空戦隊の伊勢型航空戦艦の伊勢、日向、護衛の第一七駆逐隊の浦風、磯風、浜風。谷風、第五航空戦隊の翔鶴、瑞鶴と護衛の酒匂、朝霜、涼月、冬月、第五特別混成艦隊の伊吹、愛宕、鳥海、天霧、不在の初雪、白雪に代わり編入された早霜、秋霜の一二人が出撃ドックで装備を整えていく。

基地直接防衛には大和、矢矧、初霜、時雨、雪風、深雪が付くことになった。

「敵がどこにいるのか、分かったらこっちの位置をばらさずにアウトレンジ! やって見ようじゃない!」

「そのバレない動きを心がけましょうね」

やる気満々の瑞鶴に翔鶴が姉の余裕のある声で返す。

艤装の再チェックに念が無い伊勢は日向に支度を急がせる。

「日向、瑞雲は大丈夫? 主砲も撃てるよね? 土壇場でエラーになったら最悪カバーしきれないかもしれないからね?」

「大丈夫だ、問題ないぞ」

駆逐艦勢も主砲や魚雷の搭載を終えて、準備完了だ。

スピーカーから出撃ドックに指令所にいる立石の訓示が流れた。

(出撃する艦娘全員に通達する。緊急事態につき手を止めずに聞け、こちらも手短に済ます。

我が基地は爆撃を受け、施設に少なからず損害を負ったがまだ致命傷ではない。経線能力は充分ある。

航空基地は現在、航空偵察、艦隊防空、艦隊攻撃の全力出撃準備を整えており、AWACSも上がっている。

空からの支援は充分受けられる、心配すべきは敵の水上打撃部隊だろう。

戦艦多数を含む可能性がある為、厳しい水上戦闘になる恐れがある。航空攻撃で可能な限り削り尽くすが各員油断はするな。

それともう一つ、今回の出撃の前に私から君たちに至上命令を下す。

艦隊の帰還率は一〇〇パーセントだ。それ以外だった場合は基地防衛を失敗とみなす、以上終わり)

 

 

艦娘達がドックで準備をしている時、指揮所では別の作業も始まっていた。

「駆逐艦『デイビット・マンロー』『ニコラス・バロー』『リチャード・レイヒ』『エドワード・バンス』『エリオット・タルナート』並びに、フリゲート『ゴスフォード』『ウロゴン』の全艦。係留ブイから解除完了し、抜錨しました。

機関始動し、展開パターンシエラを発動」

モニターには無人操縦システムが起動された、いざと言う時の艦娘や基地への攻撃の盾になる五隻のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦と二隻のハンター級ミサイルフリゲートの艦影が映っていた。

七隻の艦隊が深海棲艦相手に使える武器と言ったら、精々主砲とCIWS、対舟艇対策の機関砲程度だ。

後は「撃たれる前に撃つがための現代艦」に残る耐久力だ。

「出来れば使われずに済めばいいがなぁ……」

誰かがモニターに映る七隻の艦隊を見て溜息を吐いた。

それが艦娘の盾にされる七隻の艦を思ってなのか、艦娘の盾となるような状況に陥る事への不安なのか、言った本人以外分かる者はいなかった。

 

 

人気のない艤装修理工廠に一人立ち寄った愛鷹は、初めて自分の目で自身の大破した艤装を眺めていた。

辛うじて艦橋部分などは原形を留めているが、主砲はひしゃげ、砲身はすべて割れるかへし折れるかで、長一〇センチ高角砲は砲塔が原型をすべて失い、機銃、電探類は跡形もない。

トリガーグリップも引きちぎれている。

ただ試しに通電してみると機関部は動いた。もっとも機関部は動いても愛鷹の主機のヒールの舵はかなり傷だらけで、正立状態で曲がらなくなっているから舵を切る事が出来ない。

航行自体は可能だろう。だが、発揮できる速力は実際に試さないと分からないが全速は無理だろうし、勿論舵が動ない以上はまっすぐしか航行できない。

ヒール型の舵だけでなく、靴自体傷だらけだから発生する航行ノイズはかなり悪いだろう。

修理に出せばすぐに治る傷だが、艤装が使い物にならない中、出す必要もあるまいと放置していた。

しゃがんで取り敢えず動いている艤装にそっと右手を添える。

「まだ使えるのに……治せなくてごめんね……」

破損と火災によるざらざらとした触感も痛々しかった。

艦娘にとって艤装あって初めて戦えるものだから愛着を持つものは少なからずいる。

「艤装なんて消耗品、艦娘自身が生きればそれが勝ち」と語る艦娘もいるが、そう言う艦娘も艤装に愛着を持つ者は多い。

戦場で命を預ける相棒の様なものだ。いや、自分の一部の様でもある。

その想いは愛鷹も同じだった。

特に愛鷹の艤装は替えが効きにくい代物だし、複雑な艤装の内部機構故にお世辞にも整備性は良いとは言い難い。

故に実は愛鷹自身で整備を行う事もあったから、艤装と時間を共にする時間も割とあった。

強力な超大和型戦艦の艤装として開発されながら、大和型自体への超大和型艤装の技術のフィードバックで存在意義を失い、超甲型巡洋艦の艤装として改装の後自身に与えられた。

開発過程や試験には愛鷹自身も「65番」「リプロダクト」と呼ばれていた頃から立ち会っていたから、この艤装との付き合いは長い。

日本に帰ったら、治してもらえる……。

しかしそこで以前、夕張に提示された自身の改装案を思い出すと、この艤装をその改装案にそって改装してみたいと言う意欲が湧いてきた。

三一センチだとどうしても戦艦相手の戦いには分が悪い。改装したら取り回しに慣れが必要になるだろうが、強くなれるなら改装を受けるのも悪くはない。

航空艤装も使用可能だから艦隊防空能力も上がる。

 

「艦隊自体の再編成……も、盛り込んでおくか……」

 

そう考えると自身と甲改二化された青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月で充分だ。

瑞鳳は予備役か、原隊の第三航空戦隊に戻ることになる。

苦楽を共にしてきた瑞鳳を外すのは心苦しいが、第三航空戦隊は現状祥鳳しか稼働戦力が無い。龍驤はまだ失った左足の再生手術途上だ。

一旦、原隊に戻して第三航空戦隊の戦力を維持する方にするべきかもしれない。

何となく瑞鳳に悪い事をするような気がしてならないが、まだ考える時間はある、と今は深く考え込みすぎない事にした。

工廠の外から航空機が大量に発進していくエンジン音が聞こえて来た。

銀河のモノと分かるエンジン音も聞こえるから、敵艦隊を発見し、攻撃隊を出したのだろう。

となると、出撃準備中の艦娘艦隊も皆出撃するころだ。

自分はここで留守番だ。

この大破した艤装と一緒に。

 

 

(AWACSマジックより攻撃隊各機へ、ターゲットマージ! 派遣した敵機動部隊グループ「A」はヲ級三隻いずれもflagship級、搭載機は手練れ揃いと思われる。

護衛はリ級一隻、ロ級二隻だ。各機、気を抜かず敵を撃滅せよ)

雷電二四機、銀河一六機の攻撃隊は、最初に発見されたヲ級三隻を中核とする機動部隊攻撃に出ていた。

雷電と銀河はそれぞれ八機編成の一個中隊編成だ。

雷電はボーテックス、クレスト、ドミノ、銀河はエリス、アパイアのコールサインを与えられていた。

総計四〇機の編隊を管轄するマジックのレーダーにヲ級から上がった迎撃機の機影が映る。

(レーダーコンタクト、敵の迎撃機を探知。数は二〇機、高度を上げて迎撃態勢を取っている。

ボーテックス、クレスト、ドミノ隊、ウェポンズフリー。交戦を許可する)

(ボーテックス1からボーテックス中隊各機、お出迎えが来たぞ!)

(クレスト1、ウィルコ! 大勢だな、派手に行こうぜ!)

(ドミノリーダー、エンゲージ! ドミノ中隊各機、続け!)

スロットルを上げた雷電二四機が二〇機の深海棲艦艦載戦闘機に向かって行く。

数はやや雷電が上だが、相手を侮っていたらエリス隊、アパイア隊に思ぬ損害を出しかねない。

(マジックから全機、迎撃機の機種は動きと反応からタコヤキ、母艦と同じ黄色だ)

(黄色のタコヤキか、相手にとって不足はねえ)

程なく、先行するボーテックス1が「目標、ビジュアルコンタクト」を告げた。

ほぼ同時に双方の機銃が火を噴いた。

ヘッドオン(正対)状態から交戦に入った雷電とタコヤキは互いに初弾を外すが、すぐに編隊を組んでドッグファイトに入った。

(こちらクレスト7、敵の背後を取ったぞ! 8援護を頼む)

雷電二機のエレメントがタコヤキ一機を巧みなフォーメーションで追い詰める。

急旋回を繰り返すタコヤキの鼻先に機銃を撃って動きを封じにかかるクレスト8に援護される形でクレスト7が機銃を撃つ。

タコヤキはロールして何とかそれを躱すとブレーク旋回する。

(クレスト3から7、8、背後につかれているぞ!)

(クレスト7了解)

ピンチの一機を護るべく二機のタコヤキがクレスト7、8の背後についているのを僚機が警告し、二機は一旦回避にかかった。

その間に二機の雷電がタコヤキ二機を仕留める。

(ドミノ1、スプラッシュワン! 2も一機撃墜、やったな)

二機のタコヤキが雷電に撃墜されるのに続き、更に一機が雷電に仕留められる。

黄色のタコヤキはかなりのやり手で恐れられているが、トラックの戦闘機隊は全くそれに引けを取らない練度で少しずつ圧倒し始めた。

(ボーテックス6、付いてこい!)

(了解)

(黄色のタコヤキを落とせるのは腕だ!)

(負けないぞ……落ちない意志が我々の燃料だ!)

(エリス隊、アパイア隊、こちらが引き付けている間に狩りを!)

(了解!)

(くそ、食らった!)

(ボーテックス3被弾、脱出しろ!)

(まだだ、まだ飛べる。こちらが引き付けている間に落とせ!)

(了解!)

黒煙を拭く雷電に襲い掛かる二機のタコヤキが巧みな機動で追い込みをかけるが、僚機とさらに二機の雷電がその援護に入る。

攻撃を優先したタコヤキの機銃弾が雷電にばらまかれている間に三機からの攻撃がタコヤキを捉え、撃墜し黒煙を吐かさせて海へと転がり落とす。

(タコヤキ二機撃墜を確認!)

(最後にみなと飛べてよかっ……)

被弾しながらも攻撃を引き付けていた雷電が爆散し、雷電側に一機目の損害が出る。

しかし、仲間の最期に怯まず編隊を組みなおした雷電隊はタコヤキに挑みなおす。

再び銃火を交える雷電とタコヤキを尻目に銀河一六機はヲ級三隻の艦隊に挑みかかった。

撃ち上げられ始める対空砲火だが、密度はリ級一隻とロ級二隻だけにやや薄い。無視できる密度ではないが危険な程とも言い難い。

(攻撃開始だ、行くぞ!)

高度を下げ、左右から挟み込みをかけるエリス隊、アパイア隊は濃密とは言い難い弾幕を掻い潜る超低高度を取る。

しかしアパイア隊の銀河の爆弾倉に収められている対艦兵装は魚雷ではなかった。

タイミングを僅かにずらした二隊は右翼からエリス隊が先行して突入し、空母三隻めがけて魚雷攻撃を敢行する。

乱れない編隊を組んで機動部隊へと突入するエリス隊の周囲に、対空砲火の爆炎が咲き乱れるがエリス隊は一機として吶喊を止めない。

魚雷を投下する時だけ八機の銀河は僅かに高度を上げ、爆弾倉から投下された魚雷八発が着水の水しぶきを上げる。

僅かに上げた時の高度を維持し、銀河八機は敵艦隊をそのまま乗り切るように飛び越える。

そこへ左翼のアパイア隊が微妙に高度を上げて突入し、魚雷投下には高すぎる高度で爆弾倉を開いた。

アパイア隊八機の爆弾倉から投下されたのは八発の爆弾だった。

投下された爆弾は石で水切りをする要領で海面を数回跳躍し、ヲ級に襲い掛かった。反跳爆撃だ。

海面下を突き進む魚雷と、海面を飛び跳ねながら近づく爆弾にヲ級は回避する間もなく被弾した。

直撃の爆発と轟音、火炎が海上に吹き出し火炎が黒煙にとって変われる。

(アパイア1よりマジック、ヲ級三隻に魚雷、爆弾の全弾命中を確認。現在BDA(爆撃効果)を確認中)

(了解)

上空旋回に映る一六機の銀河の航空妖精の目に、海上に倒れ伏すか、波間に沈み始めるヲ級の姿が見えた。

(ヲ級二隻撃沈確実、一隻は……残る一隻も撃沈確実。三隻全て撃沈を確認。

護衛の艦艇は離脱する模様)

(了解。護衛隊の制空戦闘は完了、ロスト三機だ。

機動部隊の無力化を確認、全機RTB。次の敵に備え帰投せよ)

 

 

「エリス、アパイアの両隊、敵機動部隊『A』を無力化、空母ヲ級三隻撃沈」

「ノーリ隊、レイザー隊、敵機動部隊『B』への攻撃を開始」

「レイダー隊、バッファロー隊は敵機動部隊『C』へ向け進撃中」

指揮所に上げられてくる報告に、立石は腕を組んで無言で聞いていた。

 

(flagship込みとは言え、こいつらは雑魚の域だ。三群の機動部隊は所詮前衛か、初めから攻撃を吸収する為の戦力か。

先に爆撃を行った編隊には空母棲姫級が積む重攻撃機がいた。つまり空母棲姫を含む艦隊がどこかにいる。

こっちの思惑とは別のやり方をして、第三三戦隊旗艦を使い物にならなくさせた連中だ……恐らく相当な物量を投入しているはずだろう。

昔、ショートランドに空母棲姫を六群以上投入した連中だ。ここを叩くなら、六隻以上は当たり前に投入しているはず。

それに……ス級とやらも、どっかにいるだろうな)

 

「索敵機タッカー0-4から入電、更なる敵機動部隊を発見。戦艦タ級二隻とヲ級flagship三隻、防空にツ級二隻込みの二個艦隊編成の模様。

座標は……」

モニターに表示されたタッカー0-4の発見した艦隊の位置は「A」「B」「C」の敵機動部隊が発見された場所とは正反対、つまりトラックを挟んだ向かい側に展開していた。

「手強い編成だな。ツ級を込みな上に相手は一二隻」

「ルースター隊、カナリー隊、グリーヴ隊、パフィン隊の四個中隊でかかるべきかと」

副司令の進言に立石は頷いた。

「護衛は倍の八個中隊だ。確実に叩く、準備させとけ」

そこへ通信士官がヘッドセットを外して立石に振り向く。

「出撃ドックより五航戦旗艦翔鶴より連絡です。五航戦並びに第五特別混成艦隊の出動は何時なるや?」

「連絡と言うよりは、早く出してくれと言う催促だろ。待機だ、と伝えておけ。

彼女達には文字通り死ぬほど辛い戦いが必ず来るから、ここで消耗させるわけにはいかん」

そう告げる立石に傍らの副司令のカーペンター大佐が尋ねた。

「棲姫級の艦隊相手にぶつける気ですか?」

「棲姫級艦隊なら、基地航空隊だけでいい。彼女達が叩くのは敵の隠し玉だ」

「と、なりますと?」

「巨大艦ス級……奴がいるのは間違いないだろう」

そう返した立石にカーペンターは目を細めた。

「そう考えられる根拠は?」

「連中がここを機雷で封じ込めるふりをしていた期間、ここを耕す確実な艦であるス級の展開準備の為だった。

それと」

「それと?」

軽く首をかしげるカーペンターに立石は顔を振り向けて答えた。

「俺の勘だ」

 

 

(マジックより防空隊各隊に通知。ターゲットマージ、敵艦載機の攻撃部隊をコンタクト。

方位〇-九-〇、数九〇。高度三〇〇〇)

(三〇〇〇だって⁉ 棲姫級艦載の重攻撃機か!)

(やらせるか、ヴァラック隊、さっきのカシを返すぞ!)

(グレイモス隊各機、2の仇だ! 行くぞ!)

トラック基地上空で戦闘空中哨戒に当たっていた雷電とP51の迎撃隊五六機がエンジンの唸り声を高鳴らし、高度を上げていく。

重攻撃機はつい最近から見られるようになった機体で、主に欧州方面で確認されていた。

護衛には黄色いタコヤキが必ず付く。

爆撃能力は「重攻撃機」と言う呼称の通り艦載機の中では最も高く、対艦攻撃能力も極めて高い。

国連軍では深海棲艦が投入した新型攻撃機と捉えていた。特徴として空母棲姫級が確認された時だけに現れる事から、ヲ級やヌ級からの運用は出来ないと見られている。

(敵攻撃隊編成はタコヤキ五〇、重攻撃機四〇)

(派手に基地を吹き飛ばす気だぞ。全力で墜とすぞ!)

(グール1からグール各機、迎撃前衛に入りタコヤキを引き付ける)

(ボグガード隊、フットパッド隊はグール隊をバックアップ。フロッティ隊、シグルズ隊は前衛部隊をバックアップ。残る各中隊は重攻撃機を攻撃)

(行くぞ、基地をやらせるな!)

七個中隊の航空妖精が「了解」「ラジャー」「ウィルコ」と返す。

程なく激しい空中戦が始まる。

(全機、重攻撃機護衛のタコヤキは殺意がさらに高まる。注意してかかれ)

そう警告するマジックの言葉通り、タコヤキは高い機動力とチームプレーで迎撃隊と銃火を交え始める。

(味方機が被弾! ヴァラック4だ)

(3、4は方位二-〇-五へ。挟み撃つぞ!)

(前衛を務める我々の実力を見せてやれ)

フルスロットルで旋回する四機編隊のP51の後を追うタコヤキ四機が、乱れぬ編隊を組んだままの激しい機動を繰り返す。

タコヤキから放たれる銃撃をP51は躱し続け、反撃の機会を窺うがタコヤキは隙を見せない。

しかし、そこへ雷電八機がエンジン出力を上げて迫る。

(レフトターン、ナウ!)

八機全機がP51四機を追うタコヤキ四機に縋り付くと、一斉に射撃を開始する。

たちまち三機が被弾して爆散し、残るタコヤキはブレークして逃げ出す。

(フォーメーションを組みなおせ、奴らはまだいる)

(重攻撃機、基地まで残り五万メートル)

(エンゲージ、グレイモス1から中隊、突っ込むぞ!)

(目標を捉えた、狙い撃つ!)

重攻撃機は爆装が重いのか動きが鈍い。しかし、防御力も高いのでそう簡単には落ちない。

銃弾を叩き込んで一撃離脱を行う雷電やP51によって七機の重攻撃機が黒煙を吐いて高度を落とすが、残りは編隊を崩さず進む。

(前衛各機、護衛を押さえつけろ!)

(分かってる!)

(グール3が食われた)

(くそ、こいつ!)

(重攻撃機、さらに撃墜を確認)

(硬いぞコイツ)

重攻撃機に銃弾を浴びせ続けるグレイモスとヴァラックの二個中隊だが、タコヤキ二機が防衛に急行して来る。

三分の一の重攻撃機を失ったところでタコヤキが到達し、ヴァラック隊の一機を二機共同で墜とす。

(僚機がやられた!)

(三倍にして返せ!)

雷電とP51のフルスロットルの唸り声と機銃の射撃音、撃墜の爆発音が空に響く。

タコヤキ三機に後ろを取られたP51が切り返し、バレルロールを繰り返して必死に振り切ろうとするが黄色のタコヤキは糸で繋がれているかのようにP51を追跡し続ける。

(グール1、こちら6。タコヤキ三機に後ろを取られた! 振り切れない、援護を!)

(グール6、持ちこたえろ、今そっちへ向かう!)

グール1と僚機グール2の二機のP51が追われるグール6援護に向かうが、間に合わず目の前で三機からの射撃を受けたグール6が被弾、爆発する。

仲間を落としたタコヤキ三機の後ろを取ったグール1、2は機銃を放ち、二機を撃墜し更に一機に手傷を負わせる。

損傷しながらもタコヤキは右へ急降下して離脱し、グール1と2は深追い無用と後を追うことなく仲間への援護に回った。

(重攻撃機残り三分の一。基地まで残り二万メートル)

(敵の抵抗が激しい! 重攻撃機に取り付けない!)

護るべき重攻撃機の機数が減る分、タコヤキの抵抗は激しさを極め始める。

雷電、P51合わせて五六機の迎撃隊は九機を失っていたが、怯まず僚機をやられても隊列を組みなおしてタコヤキと重攻撃機に挑む。

 

しかし、ついに一三機の重攻撃機が迎撃機の迎撃可能空域を突破した。

後は高射隊の対空砲火で対応するしかない。

洋上艦艇のMk15CIWSの陸上運用型C-RAMが赤い曳光弾を撃ち出し、高射妖精さんの操作する対空砲が砲弾を撃ち上げる。

激しい弾幕が展開される中、重攻撃機は搭載していた爆弾を投下し始めた。

 

 

爆発音が響き、近いと思った時愛鷹のいた工廠の一角が爆発した。

工廠を狙ってきたか、と思った時、屋根を突き破った一発が自分の目の前に着弾した。

落ちた場所が目の前だっただけに、流石の愛鷹も仰天した声をあげて尻餅をついた。

爆発しない爆弾を見つめながら立ち上がった時、床に突き刺さった爆弾の尾部についているプロペラが高速回転しているのを見て、咄嗟に刀を引き抜きそれを切り飛ばした。

プロペラを切り落とされた爆弾はそのまま沈黙した。

もしプロペラが止まったら爆弾は遅延信管を作動させ、愛鷹が工廠から逃げ出す暇も無く爆発していたところだった。

間一髪だったし、目の前に着弾しただけに愛鷹は知らずと荒い息を吐いていた。

「危なかった……」

工廠を見回して被害を確認すると爆発した一角に大穴が開いているが、近くにあった空き箱数箱木っ端微塵になっただけだった。

外から負傷者の救助と消火作業を急ぐ声が聞こえた。

 

航空攻撃……だけで深海棲艦は済ませるだろうか?

そう考えてみると、愛鷹としてはノーだった。絶対戦艦部隊の対地艦砲射撃が行われるだろう。

しかし、トラック基地を無力化するとなるとル級やタ級のflagshipをいくら投入しても足りない。

徹底的な航空攻撃だけで深海棲艦はここを落とすのか?

 

「まさか……」

思案顔の愛鷹の脳裏に沖ノ鳥島海域、ショートランドで相まみえたあの巨影が蘇った。

 

 

外で爆発音が響く中、出撃ドックで待機中の艦娘達が出されない出撃命令に苛立ちを覚えながら待っていると、ドック注水の警報が鳴り始めた。

(哨戒艦隊が緊急帰投する、場内にいるものはドック注水退避せよ)

「衣笠たちが帰って来た」

谷風が言った時、ドックへの注水が始まった。

二分で注水が完了し、ドックのゲートが開き始める。

原速へ落とした衣笠、由良、吹雪、白雪、初雪、叢雲がドックへと進入コースに乗った時、ドックの先を見ていた矢矧が何かに気が付いた。

「何かしら……」

その時、ドック管制所から管制官の喚き声がスピーカー越しに飛び出した。

(哨戒艦隊後方、六時、敵機八機超低高度で接近! マジックの目を掻い潜ったのか!?)

「このままドックを攻撃するつもりですよ!」

目を剥いて叫ぶ鳥海の言葉に伊吹が「衣笠、ゴーアラウンド、ゴーアラウンド(進入復行)!」と航空機の着陸復行用語を叫ぶ。

哨戒艦隊の六人がぎょっとして後ろを振り向くと、タコヤキが少しでも姿勢を崩せば海に突っ込む高度でこちらへと突っ込んで来る。

「総員退避! 総員退避!」

ドックの作業員が叫び、艦娘達は慌ててドックから奥へと走り出す。

しかし、広いドックから全員が退避するのは無理だ。

「ダメだ、連中の足が速すぎるぞ」

作業員が呻き声を上げた時、涼月、初霜、時雨は退避を止め、そのまま艤装を構えて対空射撃の構えを取った。

「何をやっとんじゃ⁉ はよ逃げんかい!」

三人に向かって怒鳴る浦風に時雨が「何とかする、浦風は早く」と返して主砲を構える。

すると舌打ちをした浦風も主砲を構えて対空射撃の体制をとった。

「あんたらだけにカッコつけさせんよ! 衣笠ぁ、邪魔じゃけえ、はよどかんかい!」

(哨戒艦隊、収容中止! ドックから直接対空射撃を行う、射線上から退避せよ、急げ!)

管制所からの指示に六人が慌てて面舵を切ってドックのゲートから離れる。

迎撃の構えを取る四人に、何をやってるの!? と制止するよりも閉所での艦娘艤装の発砲に備えるべきだと判断した矢矧が叫ぶ。

「全員、身を屈め、耳を抑え、口を開けて発砲の衝撃に備え!」

全員がそうした直後、振り返った初霜が涼月に頷く。

「対空戦闘! 目標ドックに接近するタコヤキ、各艦随意射撃、主砲撃ちー方始めー! 

発砲、てぇーっ!」

涼月の射撃指示と共に彼女の長一〇センチ高角砲と初霜、時雨、浦風の主砲が水平射撃を開始した。

四人がドック内から直接射撃を行うと、発砲の衝撃で管制所のガラスにひびが入り始める。

突入して来るタコヤキの周囲に対空弾が次々に炸裂し、一機が姿勢を崩して海へと突っ込む。

四人が弾幕を張り続けていると、退避した哨戒艦隊の六人も対空射撃を始めた。

さらに四機が撃墜されると、残る二機は攻撃を諦めてドックへの攻撃コースから外れた。

ドック内で射撃を行っていた四人が、深い溜息を吐いた時、「タコヤキがこっちに!」と外から叢雲の叫び声がした。

思わぬ迎撃を受けてドックへの攻撃を諦める代わりに、哨戒艦隊の六人を狙ったのだ。

「弾幕を展開、近づかせないで!」

主砲を撃つ衣笠に言われるまでも無く五人も弾幕を展開するが、二機のタコヤキは爆弾を投下していた。

「撃ち方止め、回避!」

こちらへと投下された二発の爆弾を見ながら叫ぶ衣笠だが、一発が自分への直撃コースに乗っていた。

拙い、狙われていた!

だが、回避が間に合いそうもない……そう思った時、小柄な人影が自分の前に出ると爆弾をその身に受けた。

爆発が目の前で起きて、自分と爆弾の間に入った初雪の体が衣笠に向かって吹っ飛んできた。

迷わず躱さずに初雪の体を何とか受け止める。

「初雪ちゃん!」

悲鳴を上げる吹雪に続き由良が「初雪被弾、救護班急いで!」とドックへ緊急連絡を入れる。

一方、吹っ飛んできた初雪を受け止めた衣笠は、自分の胸の中に顔をうずめて動かない初雪に呼びかける。

「初雪、初雪、大丈夫⁉」

「……ん、あ、生きてる……」

ようやく顔を上げた初雪は口から血の筋を流していた。

「怪我は?」

「腕……」

そうぼそぼそと答える初雪の左腕が血で真っ赤に染まっている。セーラー服も左肩を中心に大きく破けている。

背中の艤装は左側が大きく破損しており、出火し始めていた。

「痛い……痛い、痛い」

「大丈夫、すぐ救護班が来るから」

痛みが訪れて来た初雪が苦悶の表情を浮かべると、気を失わないように声をかけ続ける。

艤装の救急キットから鎮痛剤の注射器を出した白雪が初雪に鎮痛剤を打った。

「あー、楽になった。ありがと」

「危ないじゃない初雪ちゃん!」

怒った表情で初雪を睨みながら白雪はその場しのぎの救護処置を行う。由良、吹雪、叢雲は身動きが取れない初雪と彼女を支える衣笠、応急処置をする白雪の周りで警護の陣を敷く。

「衣笠がヤバかったから盾になった……それだけ」

「死んじゃったらどうするの!? 馬鹿をしないで!」

「初雪、守ってくれてありがとう。よし、ドックへ行こう。

みんな警戒をお願い、私がドックへ運ぶわ」

「了解」

 

 

ドックからの報告に立石はほっと溜息を吐いた。

「初雪、被弾により艤装左舷大破、作戦継続は不能。左腕は艤装と防護機能で護り切れましたが、救護班の検診では手術が必要との事です」

報告する通信士官に立石は頷いた。

「了解、すぐに病院へ運べ。艤装は修理工廠へ回せ。

修理工廠の不発弾処理は?」

「あと一時間はかかります」

「急がせろ。ただしプレッシャーはかけすぎるな」

そう指示してまた溜息を吐く立石にカーペンターがモニターを見ながら語り掛ける。 

「敵は艦娘関連の設備にも手を出し始めましたね。

迎撃隊の奮戦で爆撃自体の被害をここまで抑え込めたのは幸いでしたが、AWACSですら探知できない低高度接近を仕掛けて来るとなると、敵の奇襲で思わぬ損害を負う可能性が出ますな」

「ああ。早期に敵艦隊を叩かないとな」

「敵艦隊の爆撃でドックと一緒に艦娘を失う前に、彼女たちを海上退避させたほうが良いかと」

カーペンターの具申に立石は頭を振った。

「深海棲艦はそれを待っているはずだ。慌てて出てきたところを奴らは叩く。

航空攻撃……潜水艦を展開させている可能性もある」

今ドックから全艦娘を海上退避させた途端、潜水艦の待ち伏せ攻撃を食らっては意味がない。

今この基地を護る重要な艦隊戦力だ。それだけに初雪の戦線離脱は痛い。

「対潜哨戒機を出してドック周辺の海域を対潜哨戒。安全確保次第、航空優勢確保圏内に艦娘を避退させる」

「了解しました」

 

 

コールサイン・マジックはE10B早期警戒管制機だ。

二〇〇七年に一度開発中止になった機体を国連軍結成と艦娘運用開始に備えて空海の統合管制が行えるよう再設計、再開発が行われた機体だ。

E10自体が試作機も作られることなく終わった機体である為、開発コストと期間短縮のために四発の大型民間旅客機の機体を流用して、羅針盤障害の影響を受けても広域探知範囲を維持できる強力なフェーズドアレイレーダーを含むセンサー類を搭載した。

そのコールサイン・マジックと符合されたE10は、トラック基地から一〇キロ西の高度五〇〇〇メートルを周回しながら、トラック基地を含む周辺海域の警戒監視に当たっていた。

「おや?」

ふと管制官の一人がレーダーディスプレイの異常反応に気が付いた。

「何だコイツは。レーダーコンタクト、IFFに反応しない未確認機四、本機の北一〇〇キロに出現……。

高度を上げつつ急速接近中……この反応は深海棲艦の戦闘機か⁉」

「確かか⁉ 羅針盤障害レベルは?」

「変わっていない、こっちのレーダーで探知できない高度で接近していたのか?」

「そうだとしたら、相当な低高度だ。だが、このAWACSの目をどうやって」

困惑する管制官たちに、考え込んでいた技官の一人が顔を上げた。

「恐らく高度があまりにも低すぎると深海棲艦艦艇より小柄な航空機は捕捉できんのかもしれん。高度がゼロ、つまり海上のエコーは艦影としてどうしようが探知して処理可能なのがこのAWACSのレーダーの力だ。

半潜水状態の駆逐艦だろうが探知できても、流石に航空機の反射面積はそれ以下だろう。高度が……そう二メートル以下なら。もしかしたら反射面積が低すぎて航空機ではなくシークラッターと処理したんだ」

「どうするんだ。深海の戦闘機相手にチャフもフレアも効かねえぞ!」

「迎撃機を呼ぶんだ、こっちの護衛に回せる機体を呼び出せ」

即座に管制官たちが護衛要請を出すと一隊が応答した。

 

(こちらフロッティ1、そちらの救援に向かう)

「まて、貴機らの残燃料と残弾が」

応答したフロッティ隊に管制官が注意を呼びかけようとするが、フロッティ1はそれを遮るように続けた。

(まだ戦闘可能だ、援護に向かう!)

P51八機編成のフロッティ隊は、重攻撃機を含む攻撃部隊迎撃で燃料と弾薬をかなり消耗していた。

もしかしたら帰還できなくなるかもしれなかった。

しかし、フロッティ隊の航空妖精はAWACSを護るべくフルスロットルでマジックの元へと向かった。

「可能な限り、俺達は仕事を続行するぞ。心配するな、この機体ならちょっとやそっとじゃ落ちん。

エンジンだって四基あるんだ。一基くらいやられても大丈夫だ」

パイロットが管制官たちに告げる。

 

マジックと深海棲艦の戦闘機との距離が残り二〇キロに迫った時、フロッティ隊が到着した。

(こちらフロッティ、援軍到着までの時間を稼ぐ。エンゲージ!)

(マジック、フロッティ聞こえるか。こちらトラック基地。

グラムロック隊をスクランブルで送った。何とか持ちこたえろ)

(了解。マジックは一時回避行動に専念。回避中も探知を続行するが可能エリアに支障が出る事を事前通知する)

 

 

対潜哨戒機東海六機が出撃してドック周辺の哨戒を開始すると、潜水艦が展開しているのが多数探知された。

六機の東海はソノブイことソナー・ブイを投下して、探知範囲を作り出すソノブイバリアーを形成し始めた。

海上に一つ、また一つとソノブイが着水し、バリアーが形成されていく。

程なく東海から投下されたソノブイで形成されたソノブイバリアーが完成し、ブイからソナーの反応が母機へと送られ始める。

(各ソノブイに反応あり。ソ級四隻、ヨ級六隻を探知)

投下されたソノブイからの反応で一〇隻の潜水艦が確認された。識別された艦種はいずれも手強い潜水艦。

立石の読み通りだった。

ソノブイバリアーを展開し終えた東海六機は対潜攻撃に移る。

(全機爆雷、投下開始)

東海の六機はまずヨ級六隻に襲い掛かる。

爆弾倉から投下された爆雷が海上に着水の水柱を立ち上げ、探知したヨ級の位置へと爆雷が沈降していく。

すでに探知されたことに気が付いた何隻かは速度を上げて回避にかかるが、その行動を先読みしていた東海の爆雷攻撃はヨ級を捉えていた。

周囲で爆発する爆雷によって艤装がひしゃげ、ヨ級が爆圧でもみくちゃにされる。

情け容赦のない対潜航空攻撃が行われる中、海上に爆発した爆雷の水柱が立つ。

一時爆雷攻撃を止めて、爆発による残響で聴音できないソナーに代わりMADで戦果を確認する。

(どうだ……?)

(ヨ級五隻、艤装大破沈降していきます。一隻は轟沈した模様)

(ソ級への攻撃に移るぞ!)

そこへトラック基地から六機の東海に通知が飛ぶ。

(現在、AWACSが敵機の襲撃を受けた。回避行動中の為そちらの監視が万全でなくなる可能性がある。

敵の迎撃機に警戒せよ。護衛をそちらに送る)

この忙しい時に、と東海の航空妖精が歯噛みした時、一機が「敵機発見」を告げた。

マジックが回避行動中に東海六機を待ち伏せていたかのようにタコヤキ四機が現れ、六機へと銃口を突き出して迫っていく。

(回避に集中、護衛が来るまで持ちこたえろ!)

(ソ級四隻、何が何でも仕留めないと艦隊が危ないぞ)

六機の東海はスロットルを上げて迫る敵機、タコヤキ四機からの回避にかかる。

しかし相手は戦闘機、東海は鈍足かつ鈍重な哨戒機だ。回避し続けるのには限界がある。

それでも簡単にはやられまいと六機は回避機動を取り続ける。

(ブレイク、ブレイク、拙い後ろを取られてる!)

東海一機がタコヤキ一機に背後を取られる。戦闘機ではない東海は懸命に鈍重な機動力でもあきらめずに回避にかかる。

必死に逃げ惑う東海をあざ笑うかのようにタコヤキの機銃が火を噴き、東海に降りかかる。

機体に多数被弾し、右エンジンが出火・停止し、東海は高度を落とし始めた。

(メーデーメーデーメーデー! 高度低下立て直せな)

炎上する東海が海面に突っ込んでバラバラになった時、更に一機がタコヤキに撃墜される。

(操縦不能、操縦不)

二機目からの悲痛な無線が墜落と共に途切れる。

(護衛機はまだなのかよ!?)

(これは戦闘機じゃないんだぞ)

悲鳴のような声が倒壊の航空妖精から上がった時、三機目がタコヤキ二機に襲われる。

(機体損傷、敵機はまだ絡んでくる。また来るぞ、衝撃に備えろ!)

タコヤキ二機が銃火を再び放った時、別の方向から来た銃撃が二機に命中し、タコヤキ二機が爆発四散した。

ジェットエンジンの轟音を立てて橘花改二機が、被弾しながらもまだ飛んでいる東海の近くを飛び抜ける。

ヨ級撃沈を確認した立石が第五特別混成艦隊を先行出撃させて、東海援護に回したのだ。

(助かったぞ!)

(ジェスター2-4より伊吹。東海は被弾せるもまだ生きてます)

(全機残るすべての東海を護りなさい)

伊吹から発艦した八機の橘花改から「了解」の返答が返り、航空優勢が確保された東海はソ級への対潜攻撃に移る。

 

ソ級はソノブイバリアーの探知範囲からいつの間にか消えていた。

どこへ消えた、レイヤー(変温層)に逃げ込んだか? と東海の航空妖精が思った時、トラック基地の立石から第五特別混成艦隊の周囲に展開するよう指示が入る。

(ヨ級が攻撃され、そちらが迎撃を受けている間に第五特別混成艦隊へ向かった可能性が極めて高い。

艦隊周囲の対潜哨戒を行え。いくらソ級でも東海の速度からは逃げられん)

直接無線で東海四機に説飯する立石の言葉に四機は「了解」と返し、第五特別混成艦隊が展開する海域へと急行した。

 

 

モニターに表示される戦況図を見ていた立石にカーペンターが小声で尋ねた。

「第五特別混成艦隊は、ソ級をおびき寄せる目的も兼ねて、ですか」

「そうだ」

迷いも何も無く答える立石にカーペンターは「なるほど」とだけ返した。

モニターには「A」から「E」までの符号が付けられた深海棲艦の空母機動部隊のマーカーに×印がつけられていた。

すでに五群の機動部隊が無力化されていた。

しかし、それらは全て六隻編成の艦隊。

先に発見された一二隻の艦隊はまだ無傷だし、重攻撃機が艦載可能な空母棲姫級はまだ一隻も発見されていない。

コールサイン・タッカー0-4を含む複数の索敵機が索敵を行っているが、それを統括してこちらへ情報を送られるマジックは攻撃からの回避機動中で手が離せない。

ただフロッティ隊の時間稼ぎ自体は成功しており、増援のグラムロック隊がもうじき間に合う。

苛立たしい状況が続く中、立石は空母棲姫級の数の事を考えていた。

 

(先に基地を空爆した機数は四〇機。重攻撃機となるとさすがの空母棲姫級も一〇〇機も載せられない。

運用にはそれなりの制限がかかっているはずだ。

艦隊防空は他の空母に任せ、空母棲姫級だけを重攻撃機の運用拠点としているなら、再出撃のローテーションを考えると展開数は俺の予想があってれば四隻。

自前に防空の戦闘機を載せたとしたら、もう一隻はいる事になるかもしれないが、防空専門の軽空母くらいはいるだろうな)

 

考え込んでいる立石の元へ、グラムロック隊現着の報告が入る。

(フロッティ隊が稼いだ時間を無駄にするな!)

(こちらフロッティ、何とか守りきれた……帰投可能な機は……帰られるだけ帰る)

(こちらマジック、フロッティ隊、ありがとう)

タコヤキ全機を撃墜したフロッティ隊は三機を失い、残る機は弾を撃ち尽くし、燃料もほとんどない状況だった。

何機かは燃料切れでトラックには戻れないかもしれなかった。

(全部隊へ通知、マジックは任務を再開する)

そう宣告するマジックの無線を聞いていると、カーペンターがモニターを見ながら呟くように言った。

「合同艦隊、一機も飛ばしてきませんな。あの位置からこちらを航空攻撃で挟撃するかと思いましたが。

……僭越ながら小官の考えでは、奴らの狙いは空爆ではなく制空戦闘と囮の様な気がします」

「私もそう思う。こっちはAWACSの仕事を邪魔されまくって動けないのに連中からは一機の攻撃機も来ない。

奴らの存在がこちらへのプレッシャー役だとすれば……奴らの戦闘機がAWACSを襲ったのかもしれんな」

「AWACS護衛に一個中隊をつけましょう。シグルズ隊とグラムロック隊を交互にAWACSの護衛に」

「それで行こう。だが、あの合同艦隊は君が言う『制空戦闘』が目的だとしたら、連中は空母艦上戦闘機による航空優勢確保が不可欠な存在を護っていることになるな。

 

戦艦部隊が近くにいる」

断言するような口調の立石にカーペンターも同意するように頷く。

「だとしたら、対空戦闘能力の高いツ級による航空団への犠牲前提、となりますが第五航空戦隊による航空攻撃を行うべきかと」

「多少の犠牲無くして、我々に勝利はない……」

だが「多少の犠牲」とは言っても艦娘と言う彼女達には替えが効かんが、な……と心の中で立石は付け加えた。

 

 

出撃ドックに「第四、第五航空戦隊、出撃準備」の号令がかかる。

ドックに注水が行われている間に、状況説明と簡単なブリーフィングが行われる。

 

ブリーフィングの内容はこうだ。

第四、第五航空戦隊は伊勢と日向からなる四航戦を前衛とした連合艦隊、空母機動部隊編成を構成しトラック基地の南西に展開する敵の合同艦隊を航空攻撃する。

敵は制空戦闘を目的とした機動部隊編成である為、艦載している戦闘機はヲ級三隻分。さらに防空にツ級をつけている。

ヲ級三隻攻撃には五航戦を投入。機数では劣る為基地航空隊から銀河陸攻を中核とした攻撃隊で航空支援を展開。

目標はヲ級のみ。ただし航空妖精の現場判断で護衛艦艇への攻撃も許可する。

 

 

四航戦、五航戦の空母機動部隊が出撃した後、待機中の三二機の銀河と六四機の雷電が艦隊に先駆けて航空攻撃を行う為に離陸した。

九六機の大編隊が上空を通過していくのを一二人の艦娘が見送った。

「頼みましたよ」

飛び去って行く攻撃隊機を見つめる姉の翔鶴を瑞鶴は見ながら、攻撃隊の帰還率はいくつになるかな……考えたくも無いな、と頭を振った。

防空特化の艦隊だとしたら、被害は覚悟しなければならないだろう。こちらの航空団も、損耗は免れないはず。

それでも、やれることをやるだけね、と気合を入れなおすように深呼吸した。

前方を進む伊勢と日向からは、対潜哨戒の為に瑞雲の発艦作業が行われていた。

犠牲を払いながらも東海が一〇隻の潜水艦を海底に屠ったとはいえ、まだいるかもしれないだけに自分と姉の護衛の酒匂、朝霜、涼月、冬月、四航戦の護衛につく浦風、磯風、浜風、谷風は対潜警戒を厳にしていた。

伊勢と日向からそれぞれ八機の瑞雲が発艦し、対潜警戒に入る。

「そろそろ、直掩機上げよっか、翔鶴姉」

「そうね。直掩隊発艦作業はじめ」

二人は矢筒から烈風の矢を引き抜き、弓にかけると風向を確認して空へと放った。

空中で小さな閃光が走り、一本の矢から四機の烈風が出現する。

二人から連続してさらに一本ずつ矢が放たれ、艦隊直掩の烈風が一六機戦闘空中哨戒に入る。

 

 

海上を進む艦隊にマジックから基地航空隊の攻撃が開始された事が伝えられてきた。

激しい対空砲火、直掩の戦闘機隊の猛攻で護衛機を多数撃墜され、対空砲火で銀河も三分の一を失ったと言う。

しかし、深海棲艦は引き換えにヲ級一隻撃沈、一隻中破発着艦は困難、ツ級一隻、イ級後期型とロ級をそれぞれ一隻撃沈された。

相当数やられたわね、航空隊の犠牲は無駄にしない。

決意を胸に、瑞鶴は翔鶴に顔を向けると、翔鶴もこちらを向き頷いた。

「五航戦、攻撃隊発艦はじめ!」

二人が弓で撃ち出した攻撃隊は彗星二四機、流星二〇機、烈風三二機で編成されていた。

練度は日ごろから訓練を欠かさず行っていたので問題はない。

相手はヲ級一隻の戦闘機部隊とツ級や他の護衛艦艇からの対空砲火。

 

全機帰って来て……。

 

空の彼方へと消え去った攻撃隊機に瑞鶴は胸の内から願いを送った。

 

 

不発弾処理が完了した工廠内は再びがらんとした空気に包まれた。

静かだな、と思いながら他に行くところが思いつかず取り敢えず工廠内を愛鷹はふらりと散策した。

自分の靴音しか響かない工廠内を眺めながら散策し、扉が閉じられた艤装保管庫の廊下を歩いていると、保管庫の一つのネームプレートが目に留まった。

足を止めてネームプレートが付いた保管庫の扉を見る。

特に施錠ロックもしていない。

 

「予備役艤装保管庫」

 

そう書かれているプレートに愛鷹は興味が湧いた。

予備役に入れられた艤装とはどんなものなのか、純粋に見てみたいと言う興味が湧いてきたのだ。

扉を開け中の照明をつけると、多少埃っぽい空気が漂う中、シートがかけられた艤装の数々が静かに愛鷹を出迎えた。

主に艦娘達が自身の改二化で、それまで使っていた改までの艤装が事実上不必要状態になったモノの、改二艤装の全損、例えば今の愛鷹のような状況になった際に改の時の艤装で出撃する時の為に保管されているモノだ。

もっともトラック基地は修理能力が高いし、愛鷹の様な全損は稀に見るケースなので、恐らくここにある艤装がまた使われる日は……。

 

そう考えると、昔の自分の姿がここに置かれている艤装に一瞬重なり、少し辛さと悲しさが愛鷹の胸に芽生えた。

重巡艤装の場所には衣笠の「衣笠改」の時の艤装がシートをかけた状態で置かれていた。

隣には古鷹、加古と第六戦隊の仲間の「改」までの艤装が置かれている。しかし、改二化が遅れた青葉のモノはそこにはなかった。

 

戦艦艤装の場所に来た時、ふと足が止まった。

そして艤装の一つに歩み寄るとシートを掴み、引き剥がした。

シートのお陰で埃の付いていないその艤装は「大和改」のモノだった。

大和が改二化された際に予備役に入れられた艤装だ。

「貴方と私は同じような存在ね」

三連装四六センチ砲三基を備えた艤装に向かって愛鷹は静かに語り掛けた。

何故だろうか、大和の使っていた艤装だと言うのに何の抵抗も無く見ている事が出来る。

昔聞いた「モノに罪はない、使う人間に罪があるのだ」と言う言葉を思い出し、まさにその通りなのかもしれないと思いながら、そっと主砲塔を撫でてみた。

以前の使い主ではない自分を受け入れてくれるかのように、触れた砲塔はさらりとした感触をしていた。

まだ戦える、と訴えかけてくれている様な感触でもある。

 

 

その時、勃然と愛鷹にある考えが頭に浮かび上がった。

 

自分の考えがあっていれば、上手くいくかもしれない……!

 

 

(スコールリーダーから各機、ターゲットマージ。目標ビジュアルコンタクト。

敵の迎撃機確認。エンゲージ!)

(マジックから護衛機各機。迎撃機を攻撃隊に近づかせるな)

(ヴァイパーリーダー了解、指一本触れさせん!)

三二機の烈風にほぼ同数のタコヤキが向かって行った。

銃撃とフルスロットルの唸り声が鳴り響き渡る。

ドッグファイトに入った烈風とタコヤキの銃撃が飛び交う中、二機の烈風が被弾した。

(サラマンダー3、スコール2、ロスト!)

(奴ら、容赦なく突っ込んで来るぞ。気をつけろ)

バレルロール、捻り込みを駆使してタコヤキと渡り合う烈風がタコヤキを引き付けている間に、彗星と流星は艦隊へ突撃を開始した。

空母一隻を含む四隻を失い、空母一隻が手負いなだけに護衛艦艇からの対空砲火は激しい。

撃ち上げられる弾幕に怯むことなく流星は高度を落として雷撃態勢、彗星は高度を上げて急降下爆撃の機動に入る。

狙いが空母に絞り込まれていると向こうも分かっているだけに、空母を護らんとする対空射撃は銃弾のカーテンの様に攻撃隊の行く手に展開されるが、構わず彗星と流星は突っ込んでいった。

対空砲弾が当たった流星が爆散し、機銃弾に絡めとられ翼を片方へし折られた彗星が回転しながら墜落していく。

一機、更に一機と攻撃隊機が撃墜される後ろで烈風とタコヤキの空戦も激しさを増していた。

エレメントを維持するのも困難になるほど激しい攻撃を行うタコヤキに、烈風側も自由判断行動での空戦に切り替えた。

(ヘイロー4、チェックシックス。ケツにつかれているぞ!)

(オーバーシュートさせられない!)

(待ってろ、今行く)

(タコヤキ二機が攻撃隊に向かって行くぞ!)

(追え、追うんだ! 攻撃隊をやらせるな)

烈風がタコヤキと戦う中、五機の彗星と四機の流星を失いながらも攻撃隊は艦隊への攻撃を開始した。

彗星が、流星が手負いのヲ級と無傷のヲ級に迫り、それぞれの得物を投下し始めた。

ダイブブレーキの甲高い音を立てて急降下で突入した彗星から投下された爆弾がヲ級の周りに着弾し、何発かはヲ級を捉える。

流星が低高度から投下した魚雷の射線上に駆逐艦や軽巡洋艦が盾になるように割り込んでいき、二隻のイ級後期型、ヘ級一隻が直撃を受けて轟沈する。

彗星からの爆撃で動きが鈍りながらもヲ級は回避行動をとるが、既に手負いだったヲ級が二発の直撃を受けて止めを刺され、残るヲ級も直撃を受けて動きを止めた。

黒煙を上げるヲ級に構わず周囲の護衛艦艇は離脱する攻撃隊機に尚も砲火を放つが彗星一機を捉えるに終わった。

残っていた二隻の空母が沈み始めるのを確認した攻撃隊は、長居は無用と自分たちの帰りを待つ翔鶴と瑞鶴の元へと向かった。

 

 

(マジックよりトラック基地。攻撃隊は残存空母全艦及び駆逐艦二隻、軽巡一隻を撃沈。

敵艦隊の航空戦力の無力化に成功、攻撃隊はRTB。

 

……いや、待て……新たな反応あり、この反応は戦艦部隊!

 

ル級四隻、駆逐艦イ級後期型四隻、軽巡ヘ級二隻、重巡リ級二隻の艦隊がトラック基地へ接近中。到達まで一時間!

更に反応あり。タ級二隻、駆逐艦ロ級四隻の艦隊、高速で機動部隊へ向かう。

会敵までおおよそ二〇分、機動部隊は速やかに作戦海域から撤退せよ、急げ!)

やはり来たか。だが艦娘には触れさせん。

マジックからの情報を表示されたモニターを見ていた立石は事前策を展開させた。

「盾艦隊に行動パターンアルファを発令、機動部隊離脱までの時間を稼げ。

駆逐艦五隻は基地への遅滞戦闘に展開、フリゲート二隻は機動部隊離脱までの時間を稼がせろ」

「了解、『ゴスフォード』『ウロゴン』、最大戦速。機動部隊と戦艦部隊との間へ入れます」

「『デイビット・マンロー』『ニコラス・バロー』『リチャード・レイヒ』『エドワード・バンス』『エリオット・タルナート』の五隻、針路を変更。敵戦艦部隊へ向かいます」

「出撃ドックにも発令、大和以下六隻も出撃。こちらの航空攻撃で撃ち漏らした戦艦を掃討させる。

航空基地からル級の戦艦部隊へ航空攻撃を」

立石が指示を出していた時、指令所のレーダーモニターに突如重攻撃機の反応が現れた。

「重攻撃機二四機、レーダーコンタクト! 基地到達まで一分!」

「なんだと⁉ マジックとレーダーサイトの目をどうやって掻い潜ったんだ!?」

初めて立石が動揺を見せながらレーダーモニターを見つめる。

「くそ、奴らは飛行場を攻撃する気だ。それも全てだ……スクランブルは間に合わないか」

棲姫級が未だに発見できないのが、こんな形で響くとは。

歯噛みしながらレーダーモニターを見つめる立石と指揮所の管制官に出来るのは、各飛行場に退避命令を出す事だけだった。

程なく空襲警報と共に対空射撃が行われるが、飛行場と言う飛行場全てのマーカーにバツ印が付いて行く。

にわかに忙しくなった指揮所に上げられてきた報告に立石は眩暈を感じた。

全滑走路が破壊され、復旧に最低でも一時間はかかると言う被害報告だった。

「してやられましたね」

苦り切った表情を浮かべて被害報告を映すモニターを見ながらカーペンターが言う。

「駆逐艦五隻の遅滞戦闘で一時間稼げれば、何とかなる。飛行場施設は無傷だし航空機への損害も無いからな。

だが……深海相手にアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦五隻で一時間持ちこたえられるか。私にもわからんな」

渋い表情を浮かべながら腕を組んだ時、立石の指揮デスク脇の受話器が鳴った。

この忙しい時に誰だ? と思いながら受話器を取る。

相手が名乗ると「何だ? 手短に頼む」と返すと相手は思いもがけない話を持ち出してきた。

 

 

「私が出撃します。大和改との艤装適性がある私なら、司令官の許可が頂ければ大和改の艤装を装備して出撃出来ます」

ノートパッドの適性チャートを見つめながら愛鷹は受話器に吹き込んだ。

適性チャートは全て値を完璧に満たしていた。

(愛鷹……貴様、何者だ?)

そう問いかけて来る立石の硬い声に、愛鷹は簡潔に答えた。

「私は私です。超甲型巡洋艦愛鷹、それだけです」

 




今回は艦娘主体の戦闘ではなく、航空戦力メインの戦闘展開となりました。

出撃ドックへのタコヤキの奇襲はエースコンバット7 VRモードミッション2冒頭をモデルとしています。

重攻撃機が今回登場しましたが、これは原作ゲームにはない今作オリジナル深海航空戦力となっています。

主人公である愛鷹があまり登場できていない回になってますが、次回は「大和のクローンであるがゆえに大和型艤装、とくに大和の艤装への適性があった為、暫定戦艦形態となる愛鷹」の対水上戦闘を描いていきます。
大和や伊勢、日向などの艦娘達による水上戦闘、その他のドラマ展開を予定しています。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第三三話 巨艦の昂り

今回は戦艦同士の砲撃戦がメインとなります。

本編をどうぞ。

注:「トラック沖海戦」から改題しました。


「拙いな、敵戦艦部隊の速度が速い。このままだと追い付かれる」

警戒監視に出していた瑞雲からの報告に日向が渋面を浮かべた。

こちらを追撃して来るタ級二隻の戦艦部隊発見、の方が入ったからだ。

「余裕はまだあるが、いずれ追い付かれるな」

「追い付かれたら、最悪五航戦のみんなの盾になって逃がすしかないね」

厳しい表情の伊勢の言葉に日向はそうだな、と溜息を吐いた。

「まあ、一七駆もいるから圧倒的に不利って訳でもないがな」

そう言いながら日向は続行する浦風、磯風、浜風、谷風に振り返る。

四人からサポートは任せて下さいと言う眼差しが返され、日向は微笑を浮かべた。

それにトラック基地からフリゲート二隻が盾艦として割り込んで来る事になったから、しばらくは自分達が殿軍を務める必要は無い。

万が一砲戦になったとしても、タ級とは充分渡り合える火力だって持っている。

ただ戦場では想定外の事態が起きるのは当たり前だから、留意しておく必要はあるだろう。

敵からの航空攻撃と対潜哨戒に備えるため、艦載する航空機は紫電改二とオ号観測機改だけだから、自前の航空戦力での攻撃は出来ない。

そこに多少の歯痒さはあった。

とは言え、改二化改装を受けてから暫く戦艦同士の殴り合いは経験していないので、万が一のタ級との殴り合いは望むところでもある。

 

まあ、逃げるが勝ちとも言うがな。

 

胸中で呟いていると、トラック基地から通信が入った。

盾艦のフリゲート「ゴスフォード」と「ウロゴン」が交戦を開始した、と言う報告だった。

無線操縦の無人艦二隻で時間稼ぎだ。

(かたじけない……)

二隻のフリゲートは恐らくスクラップにされるだろう。その二隻の最後の奉公に感謝だった。

 

 

オーストラリア海軍の最新鋭ミサイルフリゲートだったハンター級「ゴスフォード」と「ウロゴン」の二隻は、タ級二隻率いる六隻の艦隊に対しまずMk45 mod4 五インチ単装砲の砲撃を開始した。

対艦ミサイルは深海棲艦相手には誘導システムが機能しなくなる謎現象でどの道外れるから発射機には一発も装填されてない。

三秒ごとに五インチ砲がタ級二隻とロ級四隻に砲弾を撃ち放ち、周囲に着弾の水柱を突き立てる。

タ級とロ級は「ゴスフォード」「ウロゴン」からの砲撃をやすやすと躱し切りながら二隻に迫る。

程なく二隻の左舷側のCIWSが水上射撃モードで迎撃を始める。

毎分四五〇〇発の連射速度を誇るMk15ファランクスCIWSの射撃は、六隻には多少脅威にはなった。

しかし、二隻を必中射程内に収めたタ級が主砲砲撃を開始した。

一番脅威と見たらしいCIWSを狙ったもので、「ウロゴン」のCIWSが直撃を受けて爆砕される。

白いレドームやガトリング砲の砲身、光学照準装置がバラバラになって舞い上がり、艦上、海上に破片を撒き散らす。

さらに「ウロゴン」の艦体各所にタ級の砲撃が次々に命中し始める。

五インチ砲で尚も応戦する「ウロゴン」に「ゴスフォード」が援護に入るが、ロ級からの砲撃に邪魔される。

魚雷を使うまでも無くロ級からの激しい集中砲火を浴びる「ゴスフォード」だが、流石に深海棲艦の駆逐艦程度ではすぐにはやられない。

五インチ砲で応戦し、CIWSで弾幕を張る。

しかし。その間に「ウロゴン」はタ級二隻からの砲撃に一方的に撃たれ続けた。

反撃する五インチ砲はタ級を捉えられず、虚しく水柱を突き立てるだけだ。

放たれるタ級の砲撃が「ウロゴン」を撃ち据え、ボロボロになっていく。

やがて機関部にまでダメージを被った「ウロゴン」は黒煙を上げて動きを止めた。動力を失い電路も破断されたMk45が沈黙する。

被弾による火災と浸水で「ウロゴン」が左舷に傾き始めると、タ級は「ゴスフォード」に主砲を向けた。

駆逐艦相手にしていた「ゴスフォード」は既に被弾で艦体へのダメージが限界を迎えており、タ級からの主砲斉射を浴びるや艦上構造物が吹き飛び、激しい火災が甲板上に吹き荒れた。

艦首の五インチ砲は照準システムがダウンして動きを止めており、その主砲のターレット付近にタ級の砲撃が当たる。

轟音と共に五インチ砲の主砲弾薬庫が誘爆を起こし、主砲があったところを境に「ゴスフォード」の艦首が千切れた。

二隻が波間に没するのは時間の問題だろう。

タ級二隻とロ級四隻は隊列を組みなおし、前進を再開した。

黒煙を上げ、沈みゆく二隻のフリゲートから青空に立ち上る黒煙が二隻の墓標となった。

 

 

「『ゴスフォード』『ウロゴン』両艦のシグナルロスト。撃沈されました」

オペレーターの報告と、モニターに「LOST」と表示される二隻のマーカーを見て立石は「時間は稼げたな」とだけ呟いた。

「大体一〇分程度は稼げたでしょう。向こうも弾薬を消耗したはず」

隣のカーペンターの言葉にそうだな、と頷きながらもう一方の盾艦となるアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦五隻を表示するモニターを見る。

五隻が相手するのはル級四隻を含む強力な一二隻の深海棲艦艦隊だ。

航空攻撃再開可能まで持ちこたえられるかは、正直分からない。

しかし、時間稼ぎは出来るだろう。ハンター級よりもアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦は艦体が大きく、打たれ強さは多少あるはずだ。

ハンター級にはないMk38 mod2 二五ミリ機関砲を備えているので主砲、CIWS、Mk38の三種類の砲熕兵装で対応できる。

実はMk38が割と深海棲艦相手にするときには有効策だった唯一の艦載武装でもあった。

五隻のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦は艦橋の左右後部に一基ずつこれを設置している。

向こうとしては邪魔立てするだけの駆逐艦五隻相手にそれほど手間をかけないかもしれないが、少しでも時間を稼ぐことが出来れば問題はない。

どの道老朽艦だ。退役間近だったから沈んでも惜しい艦でもない。

立石は司令官席から立ちあがると、カーペンターに向き直る。

「少し席を外す。指揮を貴官に預ける」

「了解、頂きました」

カーペンターに指揮所の指揮を任せると、立石は艤装整備工廠へと向かった。

 

 

予備艤装保管庫から引っ張り出された大和改の艤装の再稼働が作業員と工廠妖精の手で行われるのを、愛鷹はチェックリストを手に見ていた。

久しぶりに動かすので不具合が無いか確認しておく必要がある。

それに弾薬庫に四六センチ砲弾を積み込まなければならない。

「本当に久しぶりに使うことになるな」

作業員の一人が言うと他に三名いる作業員が頷く。

「中佐が適応能力持ちとは思いませんでしたよ」

「超甲巡なのに大和型の艤装が使えるなんて、自分初耳ですよ」

「まあ、基本設計とかいろいろ超甲巡には、共通点があるし、共有可能な部品もあるからな。

計画流れになった実際の超甲型巡洋艦も大和型の設計がベースだったとも言うし」

 

それはそうでしょう。私は大和のクローンなんだから。

胸中で呟きながら作業員がチェックした項目を一つ一つ確認していく。

保管状態は良かったお陰でチェック項目は問題なくクリアできている。

後は弾薬だ。工廠妖精の一人に愛鷹は尋ねてみた。

「弾薬はどうです?」

「使用可能状態と判断されたものをあるだけ搔き集めてます。

弾は一応管理しているとは言え使用期限ってものがありますから、暴発、不発を起こしかねない弾薬があるかを調べないといけないので」

暴発だけは勘弁してほしいモノである。艤装が壊れるだけならまだしも暴発で怪我をする恐れは充分あるからだ。

「徹甲弾だけでいいですから少しでも多く確保を」

「了解」

敬礼して仲間の元へ走る工廠妖精を見送ったところへ、立石が作業の行なわれている作業室に入って来た。

「司令官」

「調子はどうだ?」

「チェック項目の八割を消化し、今のところ問題なしです。現在使用可能な弾薬を確認中です」

「そうか。しかし、貴様何故巡洋艦なのに大和型戦艦の艤装が使えるのだ?

駆逐艦や巡洋艦の同型艦娘が他の艦娘から艤装を借用する話は聞いたことはあるが、艦種が全く違う艦娘に艤装の適正ありなど初めて聞いたが」

多少訝しむような顔で聞いて来る立石に、軽く愛鷹は溜息を吐いた。

「申し訳ありませんが、説明は出来ません……」

「何故だ?」

「軍事機密なので。司令官でも武本提督からの許可なしには教えてはいけない事になっています」

「なら、この場では聞かない事にしておこう。私は聞かなかった、という事にしておく」

「ありがとうございます」

踵を合わせて一礼する。

そこへ誰かが走って来る靴音が聞こえたかと思うと、夕張が作業室に飛び込んできた。

「艤装整備と聞いてお手伝いに来ました!」

走って来たのでぜえぜえと息を切らしてはいるものの、夕張の顔には技術者肌の人間が見せる笑みが浮かんでいる。

「手伝いと言っても、大丈夫ですよ。チェック項目は八、いや九割終わりましたから。あとは燃料弾薬の積載です」

「あー、そうですか……」

少し肩を落とす夕張だが、ふと何かに気が付いたように愛鷹に聞いた。

「愛鷹さん、そう言えば主機は?」

それを言われて愛鷹は自分の靴を見た。

傷だらけのボロボロ、ヒール型の舵の修理もしていない。

「私としたことが、失念していましたね……」

「じゃあ、私に任せて下さい。内装型主機の応急修理なら直ぐに出来ますよ」

「時間的にはどれくらいで?」

愛鷹の問いに夕張は愛鷹の主機を見て、顎をさすった。

「見た感じからして、『戦闘航行に支障なしのレベル』なら二〇分ですね。

全面修理となると一時間は超えますが」

「修理を諦めるとなると、どういうところに?」

その問いに夕張は二つ上げた。

「バウソナーの修理と、主機自体の傷ですね。ソナーの修理には時間がかかりますし、主機自体傷だらけなので航行時のノイズや静粛性、水切り音は最悪レベルになると思います」

「ではソナーと主機の傷以外の修理をお願いします」

そう言って愛鷹は靴を両方脱いで夕張に預けた。

作業室から夕張が出て行った後、立石が少し不思議そうに聞いてきた。

「内装型主機の修理は聞いていたほど時間がかからないのか?」

「夕張さんは艦娘の艤装修理にはよく立ち会っていますし、今すぐ修理する必要のない所は省ける箇所を省いていますから。

靴底の裏側に主機機能込みの舵を付ける、特型駆逐艦のような足首回りにユニット装備する等の外装型と違って、内装型の主機は浜辺などへの直の上陸がしやすい反面、靴と主機が常に合体状態なので整備性に少々難がありまして」

「内装型に外装型を応急的に外付けする事は出来んのか?」

「艤装からの動力伝達面で互換性が無いし、そもそも外装型を装着できる接合部がないので。

仮に強引に接続したとしても、全速発揮は難しいかもしれません。最悪外装型が過負荷で破損しかねない」

「貴様らも結構戦闘以外の面で苦労が絶えんなあ」

初めて聞く分野なだけに立石は珍しく驚いた様な表情になっていた。

 

気苦労で済むだけでも案外マシですよ……。この体が駄目になる時の辛さはもっと酷いんですからね?

 

胸中で愛鷹は立石に言った。

 

「ところで話は変わるが、出撃に際し誰を連れて行くんだ?」

「衣笠さんは艤装の補給と整備、小休止が必要でしょうから、夕張さん、蒼月さんの二人を連れて行きます。

定数割れしているので、深海棲艦に何かしらの形で察知されるかもしれませんが、防衛戦程度ですから大丈夫でしょう。

やる事としては大和の支援程度ですね。ル級四隻を一度に相手するのは少々荷が重いです」

「まあ、そんなところだろうな。ただ私として別の所で少し不安はある」

そう言ってやや表情を暗くする立石に愛鷹は軽く首をかしげる。

「その不安とは?」

「ス級が展開している可能性についてだ。トラック基地はかなりの規模だ。

深海棲艦が今出している戦力では完全に無力化するのは難しいだろう。

だがス級の艦砲射撃なら、ここを耕して石器時代に戻すのは容易いことのはずだ」

「ス級発見の報がない以上は杞憂で終わって欲しいですね」

一回単独でほぼ無傷で勝利したとはいえ、また単独で挑むにはさすがに相手として少々分が悪すぎる。

またズタボロにされるのは御免だ。

 

その時、基地に空襲警報が鳴った。

(警告、警告、深海棲艦の重攻撃機含む大編隊が当基地に接近中!

戦闘機隊はスクランブル急げ)

「重攻撃機か……私は指揮所に戻る」

「了解です」

指揮所に戻る立石に愛鷹は敬礼で見送った。

 

 

「警戒、雷跡視認! 方位〇-一-〇、雷数四!」

突然冬月からの警告が瑞鶴の耳に入った。

「くそ、潜水艦か!? 翔鶴、狙われてるぞ!」

「ぴゃっ⁉ 回避、回避!」

朝霜と酒匂の警告も飛び、瑞鶴が翔鶴の方を向いた時、翔鶴は既に回避運動に入っていた。

左手から四本の魚雷の航跡が翔鶴へと伸びて行く。

「翔鶴姉!」

思わず瑞鶴が叫んだ時、翔鶴が至近距離で爆発した一発の水柱の中に消えた。

「聴音探知、潜水艦がいやがる! 瑞鶴、沈めに行ってもいいよな?」

ソナーで潜水艦を探知した朝霜の言葉に瑞鶴は頷いた。

「冬月は朝霜をバックアップして」

「はい」

二人に指示を出した瑞鶴は酒匂、涼月が救護に入った翔鶴の元へ急いだ。

直撃ではなかったものの、翔鶴は片膝をついて苦悶の表情を浮かべている。

「瑞鶴、翔鶴の右舷の主機が損傷してる」

流石に真面目顔になっている酒匂の言う通り、翔鶴の右舷主機が酷く破損し、右足に切り傷がいくつも刻まれて血が出ていた。

出血部や傷の応急処置を涼月が行う。

「ごめんなさい、主機の破損が酷いわ。航行可能だけど、全速発揮が……」

「謝る事じゃないよ翔鶴姉。でもちょっと拙い事にはなってるかもね」

少し離れたところで朝霜と冬月が爆雷を海中へと投げ込んで、大きな爆発音と水柱が海上に突き上がっていた。

その様子を見ながら、少し遅れて続航している四航戦の伊勢と日向にも一報を入れた。

(流石にそれは拙いなことになったわね)

渋い表情をしているであろう伊勢の声がヘッドセット越しに返って来る。

フリゲート二隻が稼いだ時間内に基地へ帰りつけられれば良かったが、全速発揮できない翔鶴の状況から追い付かれてしまう。

(やむを得ん、私と伊勢でタ級を迎え撃とう。これでも戦艦だ)

(航空戦艦、でしょ?)

(まあ、そうなるな)

「ごめん、しばらく遅滞戦闘をお願い」

二人に瑞鶴は頼むと、翔鶴の左肩を担いだ。

「行こう翔鶴姉、酒匂、涼月は援護して」

二人に指示を出した時、朝霜から「潜水艦撃沈!」の報告が上がった。

よし、と思うが気は抜けない。まだほかにも潜水艦がいないとも限らない。

仲間に対潜警戒を厳にするよう指示を出した瑞鶴は、姉を担ぎながらトラック基地へ針路をとった。

 

 

指揮所に上げられてきた重攻撃機の爆撃の報告一つ一つを、立石は表情を暗くして聞いていた。

またしても航空基地が狙われた。

防空任務に上がった戦闘機隊は奮戦したが、重攻撃機の護衛につくタコヤキの数が多くなっていた為殆ど手が出せなかった。

損害を受けた分以上の被害をタコヤキに与えたが、結局爆撃を許してしまった。

復旧中の滑走路はさらに被害を受けてしまい、応急的な修復だけでもさらに時間がかかる見通しになっていた。

航空優勢がこのままでは無くなってしまう。

滑走路が被害を受けた為、防空任務に出た戦闘機は開けた場所に着陸し、航空基地へと移送中だ。

悪いニュースはさらに続くもので、五航戦の翔鶴が敵潜水艦の魚雷攻撃で中破、全速発揮が出来なくなってしまった。

追っ手のタ級を食止めるべく盾になった「ゴスフォード」「ウロゴン」が稼いだ時間が無駄になってしまった。

その埋め合わせに四航戦の伊勢と日向が反転迎撃に向かっている。

一方でル級四隻を中核とした艦隊と、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦五隻の盾艦隊はもうじき会敵するはずだ。

もっとも会敵したところで五隻に出来るのは時間稼ぎ位だ。運よく深海を一隻、二隻仕留められればいい程度だ。

相手をすることになる大和以下六隻には厳しい戦いを強いることになる。

対潜戦闘を終えた第五特別混成艦隊を大和たちへの航空支援に回し、更に大和改の艤装を装備した愛鷹以下三隻で迎撃するしかない。

ここで戦力を損耗しきらなければいいが、と多少不安にもなって来る。

重攻撃機の拠点となっているであろう空母棲姫含む機動部隊は、AWACSマジックの探知範囲外にいる為か捕捉できていない。

「厄介だな」

いくら大和が強力な戦艦とはいっても、数で圧倒されかねない。

支援に入る愛鷹もどういう事かはともかく、大和改の艤装を使いこなせられるか。

不慣れな艤装で手間取りは起きないか。

溜息を吐きながら見守るしかない自分の惨めさを実感する。

そこへ盾艦隊とル級会敵の報告が上がって来た。

モニターを見つめながら立石には何とか持ちこたえさせろ、と願うばかりだった。

 

 

五隻のアーレイ・バーク級が主砲、Mk38、CIWSで攻撃を開始し、ル級四隻を含む深海棲艦艦隊が撃ち返す。

Mk45 mod4五インチ単装砲の力強い砲声とMk38の連射音、CIWSの唸るような射撃音が海上に響き渡る。

ル級四隻とリ級二隻が前に出て、五隻のアーレイ・バーク級へ砲弾を撃ち返す。

先手を打ったのは盾艦隊だったが、命中を先に出したのは深海棲艦側だった。

「デイビット・マンロー」の艦橋にル級の砲撃が命中し、艦橋上部が吹き飛んだ。

遅れて「エリオット・タルナート」が艦中央部に被弾する。

盾艦隊の砲撃は深海棲艦の傍に水柱を突き上げるが、命中弾は出ない。

無人艦の射撃システムは深海棲艦を捉えてはいるが、そこへ有効弾を撃ち込む正確さを発揮できていない。

五インチ砲が三秒に一発の間隔で砲弾を撃ち出し、Mk38とCIWSが薬莢をばら撒きながら連射音を上げ続ける。

当たらない砲撃を繰り返す五隻に対し、ル級とリ級の砲撃は次々に命中していく。

結局、盾艦隊のアーレイ・バーク級に出来るのはその程度だった。

もし熟練の乗員が乗り込んでいたら、少しだけまともな戦闘が出来たかもしれないが、それが出来る乗員は国連海軍には僅かしか残っていない。

ル級とリ級の機動力に五隻の射撃は追い付けない状況が続くが、「エドワード・バンス」がリ級一隻に至近弾をようやく出した。

もっともその頃には既に全艦が被弾していた。

イージスシステムの要となるSPY1レーダーはどの艦も穴だらけで、艦体は多数被弾によってハチの巣状態だ。

多数被弾していた「リチャード・レイヒ」のMk38の二五ミリ弾がル級の艤装に命中したが、大した被害を与える事が出来ず、逆にル級の砲撃を受けて「リチャード・レイヒ」が右舷側に傾き始める。

五隻の内最後尾を進んでいた「エドワード・バンス」が機関室付近に被弾し、速力が低下し始めた時には深海棲艦の勝ちがもう決まっていた。

最初に被害を受けた「デイビット・マンロー」が艦首を下に炎上しながら沈み始め、「リチャード・レイヒ」が右舷側を下に転覆する。

上部構造物が瓦礫の山になっていた「ニコラス・バロー」が主砲弾薬庫に直撃を受け、轟音と共に艦首が吹き飛び火達磨になった。

自動ダメージコントロールシステムによる応急処置で何とか持ちこたえる「エリオット・タルナート」「エドワード・バンス」の砲撃は、ル級、リ級をとらえきれず、虚しい水柱を突き立て続けるばかりだ。

一方、ル級とリ級の砲撃は二隻に吸い込まれるように命中し続ける。

ハンター級の「ゴスフォード」「ウロゴン」よりはある程度マシだったとはいえ、被害らしい被害を与える事が出来ないまま盾艦隊の五隻の駆逐艦が完全に沈黙するまでそう時間はかからなかった。

沈没していく残骸と化した五隻の駆逐艦の脇を、隊列を組みなおした深海棲艦艦隊が抜けていった。

 

 

五隻のアーレイ・バーク級からなる盾艦隊が全滅した、と言う報告に大和は胸中で一言、ありがとう、とだけ呟いていた。

後ろを振り返ると、通信を聞いていた矢矧、初霜、時雨、雪風、深雪が既に腹を決めた顔を返してきた。

数で圧倒されてしまうのは目に見えているが、退路は無い。

経験とチームプレーで乗り切るしかなかった。

四隻は厳しいわね、と唇を噛んでいるとヘッドセットから立石の連絡が入った。

(大和、聞こえるか。今増援三隻をそっちに送る。少しはマシな戦いが出来るはずだ)

「増援三人ですか? いったい誰が」

すると立石は思わぬ返事を返した。

(保管中のお前の改の艤装を装備した愛鷹と夕張、蒼月だ)

「愛鷹……」

(どういう理屈であいつが使えるのかはこの際どうでもいい。そっちが多少楽になれる戦力は確保した。

戦力差はあるが、絶望的ではない。片付けて帰って来い)

「了解」

ヘッドセットに当てていた手を離すと、続航する矢矧が尋ねて来た。

「どんな通信が来たのです?」

「増援三隻が来るとの事です。多少は戦力差を埋められるでしょう」

「三人? 夕張と蒼月は確定として、あと誰がいるって言うんだ……?」

怪訝な表情を浮かべる深雪に、雪風が「哨戒艦隊じゃないの?」と返す。

「でも、補給と整備に少し時間がかかるからすぐには出せないはずだよ」

「多分腹八分で切り上げた衣笠さんでは?」

首をかしげる時雨に初霜が答える。

初霜の言う通り恐らく衣笠だろう、と矢矧が思った時、大和が増援に来る三人の名前を告げた。

「愛鷹さん、夕張さん、深雪さんです」

その言葉に一同は驚きの声を上げた。

当然の反応だ、と大和は思ったが特にそれ以上は言わなかった。

一方で矢矧は何故艤装大破で出撃不能の筈の愛鷹が出撃して来たのか、理解できなかった。

愛鷹の艤装の修理が出来たとでも言うのだろうか? しかし何とか修理できたと言う都合のいい話があるとは思いにくい。

武装系の修理は不能と判断されたのは聞いているから……機関部だけ修理したのだろうか?

確か剣で敵艦の艤装破壊戦法をよくやると聞いているから……いや、だとしたら寧ろ危険すぎる。

近接戦闘は乱戦下でよくある事だが、相手に四隻の戦艦がいると言う中、刀だけを武装に挑むのは危険を越して無謀ではないか?

だが大和は特に何も言わない辺り、何かしらの対策を立ててはいるのかもしれない。

これ以上考えても始まらない、と考え直し、今は目の前に迫りつつある敵艦隊への対応に注力する事だけを考えよう。

 

 

応急修理が完了した主機はやっつけな面はあるにせよ、機動性は取り戻せていた。

ヒール型の舵はしっかり機能するし、速力も充分元通りになっていた。

艤装の取り回しは今のところ問題なく、仮の姿とは言え戦艦になった自分に愛鷹は多少満足感を感じていた。

ともかく夕張には感謝しかなかった。

当の夕張と蒼月は若干不安を感じている様だが、心配ないと言い聞かせた。

弾薬も使用可能なモノをありったけ装填しているから、無駄撃ちしなければ問題はない。

ソナーが使えないので自力での聴音による魚雷察知は無理だが、そこは致し方ない。

やる事はシンプルだ。弾を撃ち、敵を沈める。

ただそれだけだ。

 

 

「来たな」

日向の目にタ級の艦影が入った。

「伊勢、準備は?」

「とっくに出来てるよ。航空戦艦として、殴り合いなら望むところよ」

自信のある笑みを浮かべて返す伊勢に日向も口元を緩めた。

単従陣を組んで接近するタ級とロ級に対し、反航戦を挑む形で伊勢と日向、第一七駆逐隊の浦風、浜風、磯風、谷風の単従陣が進んでいった。

主砲の射程内にもうじき入るが、伊勢も日向もまだ撃つつもりはない。

射程内に入ったら絶対当たるとは限らない。必中を狙える距離から撃つつもりだし、恐らく向こうもその気で来るはずだ。

火力では向こうが多少上かもしれないが、火力だけで決まると言う訳でもない。

程なく、伊勢が号令をかけた。

「対水上戦闘、主砲左砲戦用意。一七駆は駆逐艦の相手をお願いね」

その指示に四人から「了解」と返事が返される。

伊勢と日向の四一センチ三連装主砲が仰角を取り、砲口をタ級へ向けた。

「日向は二番艦のタ級をお願い、私は先頭のタ級を叩く」

「了解だ、任せろ」

「うちらはロ級をやるよ。邪魔立てはさせんからね」

浦風の言葉に伊勢は頷いた。

ロ級が増速をかけ、タ級の前に出ると浦風以下の一七駆も前に出た。

「邪魔はさせんわ! 主砲撃ちー方始めー! 発砲!

てぇーっ!」

浦風の一二・七センチ連装主砲が砲撃を開始すると後続の浜風、磯風、谷風も砲撃を開始した。

ほぼ同じに伊勢と日向も砲撃を開始した。

「主砲、撃ちー方始めー、発砲! てぇーっ!」

二人の四一センチ三連装主砲が殷々と響き渡る砲声を海上に立て、徹甲弾をタ級に向かって撃ち出した。

タ級も主砲を構えて砲撃を開始した。

双方初弾は外れる。互いの周囲に外れた砲弾が海上に高々と水柱を突き立てる。

砲身に弾着修正をかけながら次弾装填し、再び二人は砲撃を行う。

オレンジ色に光る砲弾が山なりの弾道を描いてタ級の周囲に着弾する。

外れ弾の水柱が海上に立ち上がる。

連射性能ではこっちが上だ。向こうが有効弾を出す前に、こちらが連射性能を生かして先に有効弾を出す。

大口径主砲の発砲音を響かせながら二隻のタ級も砲撃を行い、伊勢と日向の近くに水柱を立てた。

精度は良い。降りかかる着弾の水しぶきを掻い潜るように前進する二人は徹甲弾の装填が完了した主砲を放つ。

するとタ級が回避運動を取り始めた。回避運動を取るという事は、命中する事を察知していたのかもしれない。

射撃認証のやり直しが必要になった事に伊勢は軽く溜息を吐くが、相手だってそう簡単にやられる気が無いだろう。

反航戦でもあるから距離が詰まれば、いずれどちらかが先に直撃弾を出すはずだ。

回避運動を取ったタ級が主砲を撃ち、砲弾を伊勢と日向に殺意を込めた砲弾を浴びせる。

轟音と共にタ級の放った砲弾が着弾し、大きな水柱を海上に付きたてる。

着弾位置はやはり良い。

至近弾とまではいかないが精度は向こうが上かもしれない。

「焦るな伊勢。落ち着いて撃てば大丈夫だ」

「日向もね」

互いに声を掛け合いながら砲撃を続ける。

タ級は回避運動を取らず、反撃の砲火を主砲の砲口に瞬かせる。

距離が詰まったせいか、さらに着弾位置が近くなっていた。

一方自分たちの砲弾はまだ納得のいく位置には送り込めていない。

次で挟叉くらいは、と思いながら伊勢が主砲を発射した時、ロ級の相手をしていた一七駆がロ級一隻を仕留めた。

磯風と谷風の砲撃を受けたロ級が被弾炎上すると砲撃が止まり、そこへ二人からさらに砲弾が撃ち込まれる。

「抜け駆けは狡いで」

「まあまあ」

思わずイキりかける浦風を浜風が宥めた。

その時、四人の耳に大口径砲弾が直撃した時の轟音が入った。

 

「ありゃりゃ……」

大穴が空いた飛行甲板を見て伊勢は渋い表情を浮かべた。

まさかの直撃弾を食らってしまい、航空機運用能力を失ってしまった。

こちらが直撃弾を出す前に、持ち前の航空戦力を削がれる被害を受けてしまった。

しかしまだまだ充分戦える状態だ。

伊勢と日向が砲火を放つと、タ級の一隻の艤装に直撃の閃光が走った。艤装から何かのパーツが吹き飛んでいく。

その光景に日向が口元を緩めた。当然だ、自分が狙っていたタ級なのだから。

一方、伊勢の砲撃も挟叉を得ているから次は当たる。

もっともタ級から更に直撃を食らう可能性も上がって来てはいる。

次に主砲撃ったら取り舵を取ってタ級の前を横切る丁字戦と行くか、再装填を行う間に伊勢はそう判断すると日向に伝達した。

「次撃ったら、取り舵を取るよ」

「丁字戦だな、了解した」

主砲の再装填が完了した二人は砲撃を行うと、着弾確認することなく左へと舵を切った。

すると見越していたようにタ級も舵を右に切り、同航戦になる針路をとった。

同航戦になっちゃったか……まあ、しょうがないか。

割り切りながら舵を切って針路を変えている間に再装填を終えた主砲弾を撃つと、タ級に直撃の爆炎が噴き出した。

「命中!」

すると日向が狙っていたタ級にも直撃の爆発炎が起きる。

被弾したタ級が苦悶の表情を浮かべて、態勢を崩した。

行けるかもしれない、二人がそう思った時、タ級は既に立て直しており主砲を撃った。

距離的に言うと躱し様がなかった。

伊勢の第一主砲に直撃の閃光が走り、轟音と共にタ級の砲弾が弾き飛ばされた。

第一主砲の装甲はタ級の砲弾を弾き飛ばし、被害は出なかったが弾き飛ばした際の耳鳴りで伊勢が少し態勢を崩した。

一方日向はとっさに盾にした飛行甲板を打ち砕かれてしまった。甲板の部品が爆炎と共に吹き飛ぶ。

「うぅ、これではただの戦艦だな……」

火災が発生して黒煙を上げる飛行甲板を見て、日向が残念そうな顔になる。

防護機能を展開していたとはいえ、装甲空母の様な堅牢さはない。

「腐っても戦艦だよ」

そう言いながら立て直した伊勢は主砲を放つと、タ級もほぼ同時に撃ち返してきた。

これは拙い、と防護機能を展開した時、再び第一主砲に直撃を食らい、さらにもう一発が右舷側の艤装に大穴をあけて火災が発生する。

「流石にこれは拙いかな……」

破片で切った頬の傷から出る血を見て伊勢が呻く。

おまけに艤装CCSは第一主砲旋回システムにエラー発生を告げていた。

ダメージコントロールで第一主砲旋回システム復旧を始めた時、日向の悲鳴が上がった。

慌てて伊勢は日向を見ると背中の艤装に直撃を受けていた。

「日向、大丈夫?」

「大丈夫だ、生きている。だが電探がやられた」

苦い表情を浮かべて返す日向は伊勢に向けていた視線をタ級に向けなおし、主砲から徹甲弾を叩き出す。

電探をやられたせいか精度が落ちていたが、距離が比較的近いだけに直撃弾は得る事が出来ていた。

タ級の艤装に直撃の閃光が瞬き、タ級が速力を落とし始めた。

第一主砲が一時使えなくなったが、第二主砲で、と伊勢が第二主砲でタ級を撃つとこちらも直撃を得る事が出来た。

砲撃を受けた時の損傷が酷いのか、激しい火災が発生している。

チャンスだ、と二人は顔を見合わせて頷くとそれぞれ狙うタ級に再装填が終わった徹甲弾を撃ち込んだ。

二人の四一センチ三連装主砲が砲炎と衝撃波を周囲に広げながら、徹甲弾を空中へと放つ。

被弾直前にタ級は砲撃をしていたが、予測済みの二人はぎりぎりのところで砲撃を躱した。

二人からの砲撃を再び被弾したタ級はさらに深刻なダメージを負ったらしく、悲鳴を上げて爆発炎上しはじめた。

確実に大破と言える損傷だ。

(こちら浦風。こっちで相手してた敵さんは片付けたよ。

二人とも大丈夫?)

ロ級の相手をしていた浦風からの報告がヘッドセットから入る。

「こっちも仕上げに入るよ」

そう返した伊勢は大破したタ級二隻に日向と共に最後の一撃を撃ち込んだ。

 

 

 

(橘花改が爆撃を行って、駆逐艦三隻と軽巡一隻は撃沈。だがそれ以外は仕留めきれなかった。

再度の航空支援は時間的に難しい、申し訳ない大和)

「いえ、取り巻きが四隻減っただけでもこちらは助かります。後はお任せください」

満足な航空攻撃が出来なかったことを詫びる伊吹に大和は感謝すると、ヘッドセットの通話ボタンから手を離した。

六対八……半分は戦艦だ。

取り巻きが減ったとはいえ、脅威度はそれほど変わらないだろう。

しかしまだ勝機はある。

巡航速度で航行していると、ル級四隻を含む艦隊と会敵する前にトラックから進発した愛鷹、夕張、蒼月が追い付いた。

合流して来た三人に自分以外の全員が驚いた。

「その艤装は大和さんが前使っていたものですよね?」

目を丸くしている初霜の問いに愛鷹は「ええ」とだけ答えた。

「愛鷹さんは巡洋艦じゃなくて本当は戦艦だった?」

さっぱり分からないと言う顔で言う雪風に時雨もそうだよねと相槌を打つ。

驚く三人を見ていた矢矧は、深雪だけ特に驚いた様子を見せないのに気が付いた。

愛鷹率いる第三三戦隊のメンバーだから、理由を知っているのだろうか?

矢矧の頭の中で疑念が渦巻く一方で、大和改艤装を装備している愛鷹の存在は頼もしい限りだ。

四対一の戦艦部隊としての戦力差が二対一に縮まったのだ。

希望が見えてきた気がした。

 

大和が無言で愛鷹を見ると、愛鷹は特にいう事は無いと言う目で見返してきた。

慣れない艤装かもしれないが、相互フォローすれば大丈夫だろう。

「愛鷹さん、夕張さん、蒼月さんは前衛をお願いします」

「了解」

短く返す愛鷹は夕張、蒼月と共に大和以下の艦隊の前に出た。

自分を追い越して前へ出る愛鷹の顔を見た時、一瞬だがその胸中で昂る何かを感じている気がした。

元々は自分より強力な戦艦になるはずだったのに、中途半端気味の超甲巡に落とされたのだ。

一時的にせよ本来の戦艦となれたこと、戦艦として初めて戦えると言う高揚感が本人も知らずと胸の内で昂っているのかもしれない。

九人は単従陣を組んで、ル級四隻を含む艦隊へ向かった。

(マジックより大和。ル級四隻を含む敵艦隊はおおよそ三〇秒後に視認距離に入る。

現時点で他に展開する敵艦隊はなし)

「了解です」

三〇秒後には目で見える距離に深海棲艦艦隊が入って来る。

自分の五一センチ連装主砲は既に徹甲弾を装填して準備完了済みだ。

準備は出来た、後は生きて帰るだけだ。

 

追い付くまでに大和改艤装のクセなどを把握できたから、後は深海棲艦相手に弾を撃って、沈め、帰還するだけだ。

砲の動きが自分の三一センチよりやや鈍いのは流石に仕方が無い。

一発必中で戦うまでだ。

閉じたり開いたりする右手を見つめていると、多少の胸のむかつきが来た。

タブレットを一錠呑み込んで抑える。こんな時に発作が起きて貰っては困る。

 

ポンコツめ、しっかりしなさいよ私

 

自分に喝を入れていると逆探がル級含む敵艦隊からのレーダー波を探知した。

こちらも電探を稼働させているから、向こうも察知済みだろう。

「愛鷹より全艦へ。逆探に反応あり、敵艦隊を捕捉」

そう告げた愛鷹は胸の内で「来るなら来い、ル級」と呟いていた。

この間のカシを一〇倍にして返してやる。

深海棲艦艦隊は逆探で探知してから一〇秒ほどで視認する事が出来た。

向こうも単従陣を組んでいる。

「旗艦大和より全艦、対水上戦闘用意! 左砲戦、雷撃戦準備。

面舵に転舵、新針路二-九-〇へ」

前衛の愛鷹を先頭に九人は面舵に切り、反航戦の構えをとる。

相手は針路速度を変えず、前進して来る。

「敵艦隊より重巡二隻、軽巡一隻、駆逐艦一隻が分離します」

「矢矧さん、お相手をお願いします」

「はい。各艦、我に続け」

矢矧を先頭に初霜、時雨、雪風、深雪が分離して来た重巡二隻、軽巡一隻、駆逐艦一隻に向かう。

「夕張さんと蒼月さんは私と愛鷹さんの援護を」

「了解」

「了解です」

二人の返事が返って来ると、無言で愛鷹が大和の前に出て単従陣を組む。

暗黙の了解と言える動きだ。

「気分は?」

「そうね、少し心が躍るわ」

敵を見据えている愛鷹に大和が聞くと、普段の口調に言葉通りの感情を滲ませて返して来た。

どこか安心するものを感じた大和は、主砲三基をル級へ指向する。

一方、最大戦速をかけた矢矧以下五人は「主砲、撃ちー方始めー、発砲! てぇーっ!」と矢矧の号令と共に交戦を開始した。

ル級は重巡以下の僚艦を援護する素振りも無く、大和と愛鷹に向かってきた。

「愛鷹さんは二番艦のル級をお願いします」

「了解」

素直に指示に従う愛鷹の反応に微笑を浮かべた大和は、すぐに真顔になると戦闘のル級を見据えて砲撃を開始した。

「目標指標一番のル級、主砲撃ちー方始めー、発砲! てぇーっ!」

五一センチ連装主砲三基が轟々たる砲声と衝撃波を周囲に押し広げながら発砲し、六発の主砲弾をル級に放った。

遅れて愛鷹の四六センチ三連装主砲三基も射撃を開始した。

先手を打たれたル級四隻だったが、大和と愛鷹の砲撃を確認するや四隻一斉に主砲を撃ち出した。

オレンジ色に光る双方の徹甲弾は互いに外れ、狙った場所とは違うところに着弾の水柱を作り出す。

次弾装填中にル級四隻は一斉に転舵し、大和と愛鷹の距離を詰め始めた。

「的が近い程、不確定要素は減る」

再装填を終えた主砲の照準を付けた愛鷹は四六センチ主砲の斉射を再び放った。

後ろから五一センチ主砲の砲声が轟く。

二人が撃つとル級四隻も主砲の砲口から砲炎を吐き出し、砲弾を撃ち出す。

双方の第二射も外れ、海上に外れた砲弾を撃ち込むにとどまった。

「……ずれてる?」

狙った場所より若干右にずれている気がした愛鷹は、補正した射撃認証にもう少し補正をかけて四六センチ主砲の射撃を行った。

ル級はタ級と比べて火力と装甲に優れているから、一発二発で倒れたりはしないだろう。

大和の五一センチ連装主砲なら「当たれば」かなりのダメージを被るはず。

ル級から砲撃が行われ、二人の周囲に密度の高い着弾の水柱を立てた。

一方、愛鷹と大和の砲弾は狙った目標の近くに落ちる。

「またずれてる」

舌打ち交じりに補正をかける。流石に使い慣れた艤装ではないから思ったような結果は出にくいのかもしれないが、外れると焦らしに来るものはある。

再装填が終わると今度こそは、と主砲から四六センチ徹甲弾を撃ち放つ。

ル級は数の差を生かした投射量で二人の周囲に水柱を上げる。

水柱を潜り抜ける間、次第に精度が上がって来ている事に二人は緊張感を高めた。

しかし、二人が六斉射目を放つと着弾位置はかなり狙っているル級の傍に落ちていた。

行けるかもしれない、と二人が思った時、ル級の一斉射撃が飛来する。

飛んできた砲弾の飛翔音と見えた軌跡に愛鷹の頭の中で警鐘が鳴った。

刀を引き抜き、条件反射で振るうと三発の砲弾が切り裂き、弾かれた。

外れた砲弾は愛鷹の周囲に集中していた。

 

愛鷹を集中的に狙ってきている! 

 

本能的な危機感が大和の胸の内に湧き出す。

急に不安になる大和とは違い、愛鷹は自覚こそしていたが被弾する前にやるだけだ、と捉えて主砲を撃った。

四六センチ主砲弾二発がル級に突き刺さり、爆発した。

よし、と思った時、大和が狙っていたル級にも直撃の爆発炎が走る。

五一センチもあると流石に打たれ強いル級もたまったものではない。

直撃を受けた艤装から破片が飛び散り、火災が発生した。

先頭と二隻目のル級が中破と言える被害を受けるが、三隻目四隻目のル級は無傷だ。

被弾したル級の前に出て愛鷹と大和に主砲弾を撃ちこむ。

大和は回避運動を取り、愛鷹は刀と回避運動でどうにかかわす。

回避し終えた二人は主砲を構えると中破したル級ではなく、無傷のル級に目標を変えて砲撃を開始した。

距離が詰まって来ている事もあり、ル級の至近距離に砲弾が落ちる。

その分ル級の砲撃も二人のすぐそばに落ちる。

 

次撃たれたら躱しきれるか……。

 

同じことを考えながら二人は斉射を放つ。

すると中破していたル級二隻が立て直して、無傷の二隻と共に斉射を放ち、砲弾の雨を二人に浴びせた。

咄嗟に左腕で防護機能を展開した大和に直撃の閃光が走る。

じんと左腕がしびれるが、防護機能で致命的なダメージは免れた。

愛鷹は防護機能と刀で再び全弾防ぐが至近距離に着弾する砲弾の衝撃は体に来る。

応急修理しかしていない主機とヒール型舵が故障しないかと言う不安が一瞬脳裏に浮かぶ。

その時、轟音と共に大和に五一センチを撃ち込まれていた三隻目のル級が爆発炎上して動きを止めた。

当たり所が悪かったのか、崩れ落ちる様に海上に倒れ込む。

他の三隻はそれを尻目に主砲の射撃を行う。

直撃する砲弾だけを切り落とし、他は回避運動で躱す愛鷹は自分の四六センチ弾でも簡単に沈まず、なおも応射するル級を睨みつけた。

「タフですね……羨ましいわ」

そう呟きながら主砲を撃ち、徹甲弾をル級に打ち込む。

狙っていた四隻目のル級が再び被弾し、動きが鈍る。他の二隻に対して大和が牽制込みの砲撃を撃ち込む。

一隻目の艤装と本体に再び直撃の閃光が走るや、ル級は大爆発を起こし、そのまま波間に沈んでいく。

残る二隻目と四隻目は被害を受けながら、なお愛鷹に集中砲火を浴びせる。

流石に今度ばかりは躱し様がなく、愛鷹が被弾した。

艤装の一部と第一主砲に直撃を受けるが、分厚い装甲が弾き飛ばした。自分の艤装だったら大損害モノだが、大和型の艤装の装甲は耐えた。

カウンターパンチだ、と愛鷹は被弾の衝撃から来た眩暈を何とか堪え、砲弾を砲口から砲炎と共に撃ち放つ。

四隻目のル級に直撃の炎が複数炸裂し、動きが止まった。

「あと……一隻……!」

二隻目に照準を付けた愛鷹の目は普段にはない凄味が浮かんでいた。

自身の砲撃で手負いの一隻目に止めを刺した大和に続き、二隻目に四六センチを撃ち込んだ時、二隻目が着弾直前に愛鷹に砲弾を放っていた。

直撃する弾を刀で切り裂いたが、一発を思いがけずに弾く角度を間違えてしまった。

艤装の非装甲区画に直撃を受け、爆発した。

左腕に焼け火箸を当てられたような痛みが走り、愛鷹は苦悶の呻き声を上げた。

それでもル級に向けていた目はル級が完全沈黙する様を見ていた。

ル級四隻を確実に撃沈する事に成功したのを確認すると大和は被弾した愛鷹に寄った。

 

痛みから来る荒い息を吐き、左腕の傷に応急処置をする。

苦いモノが込み上げて来たが、手で口を押える程度は出来た。

吐き出された血はそれほど多くは無かったが、流石に適正はあれど使い慣れた艤装でやった訳では無いだけに、無理が体にかかっていた気持ちはある。

左腕の傷は防護機能が働いていなかったら、いや超甲巡の防護機能だったら吹き飛ばしていたであろう被害を辛うじて防いでくれていた。

そこそこ深い裂傷は出来ていたが、鎮痛剤を打ち、止血処置をして絆創膏を貼ればなんとかなった。

タブレットを数錠出して飲み込んでいると、大和が寄って来た。

「愛鷹、大丈夫?」

「ええ、痛いわよ。やっぱり慣れないと使いにくいわね」

相変わらず自分への素っ気ない返事を寄こすが、愛鷹の表情には微かに高揚感が浮かんでいた。

援護と言うよりは蚊帳の外状態だった夕張と蒼月がそこへ合流して来る。

まだ矢矧たちは交戦中だが、決着はほぼ付いているようだ。

深く溜息を吐きながら愛鷹は応急処置を終えると、刀を鞘に収めた。

戦艦部隊は排除した。基地への艦砲射撃はこれで問題はない。

後は空母棲姫を含む艦隊を排除するだけだが、深海棲艦艦隊は投入戦力をかなり失っているはずだ。

もしかしたら撤退している可能性もある。

ただ妙に胸騒ぎがする。動物的本能、直感が、深海棲艦がまだ切っていない手札を隠している予感がした。

「こっちはフラッシュを出したけど……深海棲艦がフルハウス出すかもしれないわね……」

何気なくポーカーハンドを呟いていると夕張がクスッと笑った。

「なら、私達がフォー・オブ・ア・カインドを出すんですよ」

「それは、深海棲艦が動いた時に出る確率次第ですね」

そう返しながら愛鷹も軽く口元を緩めた。

程なくル級四隻の随伴部隊を沈めた矢矧たちも合流し、一同はトラック基地へと針路をとった。

 

一同がトラック基地へ戻るところを海上から突き出るヨ級の潜望鏡が見ていたが、九人は気が付かなかった。

ヨ級自身も何の反応もしないでただ見送った。

もし愛鷹のバウソナーが復旧していたら、彼女は気が付いたかもしれない。

しかし、ヨ級は息を殺しているかのように殆ど音を立てなかったので、矢矧や夕張を含む駆逐艦勢も気が付かなかった。

 

 

「敵戦艦部隊は全艦撃沈を確認しました」

「よし、一時的な脅威は去ったかもしれん。だが向こうが何か隠している可能性もある。

空母棲姫を含む艦隊を見つけ、撃沈したらこっちの勝ちだろうが……」

軽く溜息を吐きながら立石はモニターを見つめた。

航空基地の復旧はあと少しと言うところだ。三〇分以内に全滑走路がまた使えるようになるだろう。

基地への損害は無視できるレベルではないが、まだやれる。

その時、索敵機のタッカー0-4から緊急入電が入った

空母棲姫を含む艦隊を発見した、と言う内容だった。

モニターに位置が表示される。

「針路は基地から離れていくコースだな」

「まだ体勢を立て直してくる可能性も」

そう言うカーペンターの言葉に立石は同感だと頷く。

「だろうな。だが叩く目標が見つかったことに変わりはない」

「仰る通りで」

「航空攻撃で一つ一つ潰していくぞ」

「艦娘はどうするんです?」

「補給と整備の後、負傷した者以外で艦隊を再編する。ケリは今日中に付けるぞ」

タッカー0-4に続き、タッカー0-5、0-3から空母棲姫を含む艦隊を発見の報が入る。

しかし、いずれもトラック基地から距離を開ける針路をとっていた。

補給のために後退しているのか? もしそうであるなら後を追えば補給部隊も同時に潰せるはずだ。

「見失うなよ」

そう呟いた時、タッカー0-1から緊急入電が入った。

まだ別の敵艦隊がいたか、と思った立石の予想は確かにあっていた。中身はその斜め一つ上だったが。

 

「タッカー0-1より緊急入電。我ス級一隻を発見せり、なお発見せしス級は通常にあらず。

外観からelite級と見られる」

 

 

久しぶりにリラックス出来る、と青葉は昇任試験の最終テストを受けていた小会議室のドアの外で伸びをした。

昇任試験の課題は全て終わり、甲改二艤装の慣熟も大分消化した。

元々飲み込みが早いタイプなだけに、試験勉強や実技をクリアするのは青葉にはそれほど苦ではなかった。

試験に合格すれば、自分は階級章が少佐に代わる。

艦娘達には階級はあまり意識しない存在だが、階級次第では海軍生活で受けられる恩恵も多少は異なる。

そもそも艦娘も国連海軍の軍人だ。階級無しのフリーランスではない。

「さて、ご飯でも食べようかな」

丁度昼食時だったので食堂に行く事にした。

トラック基地のみんなは元気かな……と言う心配が一瞬頭を過ったが、今の青葉に出来るのはここで自分のバージョンアップに注力する事だ。

小会議室のある建物の二階から食堂のある建物の二階へと通じる渡り廊下を歩いていると、窓の外に誰かがいるのが見えた。

大淀だ。

妹の仁淀が重傷を負って以来、かなり落ち込んで一日中塞ぎ込み気味になっているらしいが、青葉の目には少なくとも今見える大淀はそうとは思えない姿だ。

本能的に青葉は渡り廊下を渡って、階段を降り、大淀を見たところへ行く。

何か怪しい、と直感が青葉の好奇心を掻き立てていた。

足音を立てない様に気を使いながら大淀の後を追う。何かスクープネタがありそうな気がした。

尾行されている事に気が付いた様子はない大淀を追っていると、人気のない倉庫に大淀が向かって行くのが分かった。

何でこんなところに大淀さんが?

好奇心が疑念に代わる。

あまり使われていない倉庫がいくつか立ち並ぶ場所だ。普段から人気は少ない。

怪しいと後を付けていると、倉庫の一つに大淀は入った。

 

この倉庫は……特に何かに使っているものじゃないなあ。

 

そっと大淀が入った倉庫によると、中から話し声が聞こえて来た。

「?」

聞きなれない男性と大淀が話しているのが聞こえた。

倉庫内には一応コンテナなどが置かれているのですべてクリアに聞こえる訳ではないが、何かを確認している様だった。

何だろう? 何の話だろう?

耳を澄ませた時、はっきりと青葉は聞いた。

 

「奴が死ぬ頃には、仁淀は回復してる。だからお前もしくじるなよ」

「愛鷹の殺害はその線で大丈夫なんですね? 何事もすべて順調にいくとは限りませんよ」

「プランBが必要な時は、追って知らせる。重ねて言うが、しくじるなよ」

 

拙い事を聞いてしまった、と言う緊張感が青葉の背筋を冷やした。

誰かにいや、誰に知らせるべきだろう?

一瞬だが青葉の警戒心が薄れた。

ここは武本司令官しかいない、と決めた時、背後に人の気配を感じた。

(しまった!)

そう思った時、「お前の様な勘のいい艦娘はつくづく厄介だな」と言う声と共に何かで頭を強く殴られる衝撃が走った。

呻き声を上げた青葉はそのまま地面に倒れ込んだ。

遠のく意識の中で、愛鷹の命を狙う誰かがいる、と言う事実を青葉は知った。

 

 

「青葉の奴、聞いていた以上に何かよからぬことへの察知能力があるな」

字面に倒れ伏す青葉を二人の海軍の制服を着た男と大淀が囲む。

「全くだ。で、どうする?」

「殺すわけにはいくまい。こいつを使おう」

一人がポケットから錠剤を出した。

それを大淀は眉間にしわを寄せて見つめる。

「何ですかそれ?」

「三〇分程度だが脳からその時間分の記憶を消すことが出来る。ここでかかった時間分だけだから、青葉の記憶全体を消すほどの奴じゃない」

「不都合な所だけをトリミングする薬さ」

男の一人は倒れる青葉の頭を掴むと口を開け、錠剤を口に入れた。

「呑み込ませられるんですか?」

「口の中で溶ける錠剤だ。呑み込ませる必要はない」

尋ねる大淀に男は軽く説明すると掴んでいた青葉の頭を離した。

「『ソロモンの狼』の鼻はよく効くようだな。注意すべきだった」

「尾行されてたことに気が付けず申し訳ありません」

「次からは気をつけろよ。よし、撤退だ」

 

 

病院の喫煙室までもう使用できないなら、ここしかないな。

息抜きに一服したいと言うのに、やれやれと若葉は溜息を吐きながらここは大丈夫だろうと思った倉庫群に入った。

ここならだれも文句言うまいとポケットから復刻版の「わかば」を出し、口に咥えた時倒れている誰かの足が視界に端に映った。

なんだ? と見に行くと青葉が倒れていた。

こんなところで何をやっているんだ? 私怨の制裁でも喰らって伸びたか?

近寄ると若葉は何か違うな、と首を傾げた。

私怨制裁の相手なら青葉は事欠かないが、ローファーが片方脱げ、ポーテイルの髪留めが外れ欠けている。

倒れ方からして誰かに後ろから襲われたような状態だ。

「青葉?」

ゆすって名前を呼び掛けるが反応がない。一応首筋を探ると脈はある。

気絶しているだけだ。

何度か呼びかけながらゆするとようやく青葉は反応した。

「大丈夫か?」

「わ……かば、さん……」

「そうだ、若葉だ」

「あれ、何で青葉ここに……?」

「それは私が知りたいのだが? 私的制裁でも喰らったか?」

頭をさする青葉は上半身を起こしながらうーん、と呻るが何故ここにいるのか全く分からない。

確か昼食を食べに行こうとして……その後どうなった?

記憶がない。立ち上がって髪留めを留めなおし、脱げていたローファーを履き直しながら首を捻って思い出そうとするが、思い出せない。

何だろう、記憶のパズルのピースがかけたような気分だ。

腕時計を見ると、試験が終わってから一時間立っている。

その一時間以内の記憶がない。

 

「どういう事だろ……」

何が何だか分からない、妙な気持ちの状態の青葉を尻目に若葉はタバコを吸い始めた。

「飯がまだなら食べてきた方がいいぞ」

「……はい。あの、ありがとうございました」

「深入りしすぎるなよ、でないと命がいくつあっても足りないぞ」

 

そのまま喫煙をして一息入れる若葉と別れた青葉は、何が起きたんだろうと自分に問い続けた。

しかし、記憶が全くない。まるで切り取られた様に。

自分に一体何が起きたのかまるで訳が分からないまま、青葉は食堂へと足を向けた。

 

 

「ス級が一隻……ですか」

ドックで艤装の補給と整備を行っている間、休憩室で休んでいた艦娘達もとにやって来た立石の言葉に全員が絶句する中、愛鷹だけ大して驚いた様な様子も無く呟いていた。

「そうだ。随伴に駆逐艦ロ級三隻と軽巡ツ級二隻がいる。だが重要なのはス級の形態だ」

全員の顔を一旦見てから立石はス級の形態を告げた。

「新型のelite級のス級だ」

その言葉に愛鷹はぞっとした。

思えばこれまで対決したス級は特にelite級またはflagship級らしい特徴が見当たらなかった。つまり強化形態が現れたという事だ。

elite級となれば脅威度はどの深海棲艦でも厄介なモノになる。

ス級もその例外ではなかった訳だ。

その強敵が一隻、駆逐艦ロ級と軽巡ツ級を伴って現れた。

 

 

対峙した時の事を思い出した愛鷹はざわりと肌が粟立つのを感じた。

 




なぜ、深海棲艦に現代兵器で対抗するのが無理なのか。

割と艦これ界で話題になる「なぜ艦娘でしか対抗できないのか」と言うモノへの自分なりの回答を含め、今回架空艦ではある物の実在する、あるいは計画中の現用艦艇を出しました。

今回伊勢型の二人と、大和、疑似的に戦艦になった愛鷹達と、深海棲艦の戦艦との砲撃戦を書くに至りました。
迫力ある戦闘シーンが書けているか、正直不安ですが、感想などで「もうちょいボリュームを」と一声頂けたら幸いです。

超大和型となる為に「作り出され」ながら超甲巡の身になった愛鷹は、今回大和改の艤装で本来の姿では無いモノの、戦艦として戦う事が出来たので、実ははしゃぎたいくらい喜んでいます。
ただ感情表現が不器用気味である為、加賀の「流石に気分が高揚します」に似たリアクションとなっています。

終盤の大淀と男二人が話す愛鷹殺害が今後どのようにして実行されるのか。
ス級elite級にトラック基地の面々がどう対応していくのか。
書き手として楽しみでもあります。

では次回第三四話「スポッター作戦」(仮題)でまたお会いしましょう。


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第三四話 目標指示

予告タイトルと変わってしまいました……。

本編をどうぞ。


試験結果は満点合格だった。

念願と言うモノは特に無かったが、自身の努力の結果の証としては良いモノだ、と青葉は肩章を見ながら思った。

一方で、昨日の出来事がどうにも頭に引っ掛かる。

なぜ、あまり使用されていない倉庫群で自分は倒れていたのか。

生憎防犯カメラの類が無い場所だから、第一発見者の若葉以外あの事を知っている者はない。

綺麗に頭の中から切り取られた感じだ。

私的制裁でも喰らって、脳に傷でもついたのか?

しかし、特に殴られたと思しき頭意外に暴行を受けた痕は無かった。

一応江良の元へ行って検査してもらったが、脳には何の傷は無いと返された。

腑に落ちないモノを感じながら青葉は新しい甲改二化された自分の艤装確認の為、工廠へと向かった。

 

工廠では明石、三原、桃取の三人が工廠妖精と一緒に様々な艤装の整備にいそしんでいた。

「どもー青葉です」

「あ、青葉、丁度いい所に来たわね」

青葉の艤装のチェックに勤しんでいた明石が顔を上げて手招きする。

何だろう、と明石のところに行く。

真新しい自分の艤装に目をとられながら明石に寄ると、分厚いファイルを明石は手渡した。

「はい、艤装の取説」

「マニュアルですか、使い方なら頭に入ってますよ」

「細かい補正を入れた改訂版だから持っておいて損はないわ」

受け取ったマニュアルは意外にも重い。全部読むだけで一日が過ぎてしまいそうだ。

だが新しい自分になるのなら、読んでおいて損はない。今の青葉は第三三戦隊メンバーとは離れ離れ状態だ。

第三三戦隊仲間が日本に帰って来た時、自分の新しい姿を見せてみたかった。

確か今トラック基地にいる筈。

「皆元気かなあ」

「元気にやってるんじゃないの? 青葉の自慢の妹がいるんだから」

「ガサはですねえ、割とメンタルが脆かったりするんですよ」

「へえ、妹想いね」

微笑を浮かべる明石に青葉も笑みを返した。

血は繋がっていないし、多分家系的にもつながりはないが、終身軍人である艦娘には姉妹艦は家族も同然だ。

 

ただ、愛鷹さんは……ね……。

 

笑みを浮かべる顔とは裏腹に、壮絶な生い立ちの愛鷹の事を考えたら悲しい気分にもなるし、心配でもある。

 

今頃どうしているのだろうか。元気にやっていると良いが……。

遠いトラック基地にいる仲間たちの事を想うと、今の自分に焦れる思いがした。

 

「そう言えば、昇任試験どうだったの?」

「合格です。少佐になりましたよ」

「良いわねえ、佐官なんて。まあお給料がちょっと上がる程度だけどね」

「ある程度のやりたい放題も出来るんじゃいないっすか?」

脇から軽口をたたく桃取に青葉は苦笑を浮かべた。

「調子に乗り過ぎたら、青葉は降格処分になりますよ」

「大丈夫かなー? 大体青葉のせいなトラブルあるし」

「それは偏見ですよ」

「案外そうじゃないかもしれないわよ? 衣笠型重巡青葉って呼ばれるくらい衣笠の方がしっかりしてる時あるし」

「明石さん……青葉に喧嘩売ってますか?」

衣笠型青葉と言う呼び方は、流石に青葉も姉としてのプライドに傷付くだけに、柄にもなく右手が拳を作る。

見事に地雷を踏み抜いてしまった事に気が付き、明石は「ご、ごめん青葉。冗談が過ぎたわね」と謝った。

滅多なことで青葉は怒らない、と言うよりもよく怒られる側だから、目つきと声でかなり怒っているのは明石にも分かる。

謝ると青葉はすぐに許してくれたが、明石は「ブチギレた青葉って、結構怖いオーラ出すんだ」と内心恐怖に似たモノを感じた。

 

 

日が暮れたトラック基地で艦娘達は戦闘配食のエネルギーバーとビスケットと言う味気ない夕食を摂っていた。

ス級elite級の存在は脅威以外の何物でもなかった。

空母棲姫を含む艦隊はマジックのレーダー探知可能範囲から離脱したが、ス級を含む艦隊には軽空母ヌ級flagship一隻を含む増援艦隊六隻が展開していた。

伊勢と日向は砲撃戦でのダメージ回復に少々時間がかかる見通しだ。

更に翔鶴の主機の破損が思ったよりも酷く、ル級四隻の取り巻きを撃退した矢矧たちも艤装や体に傷を負っており、艦娘達は皆消耗していた。

チョコレート味のエネルギーバーを食べ終えた愛鷹は、衛生兵の手で医療処置を施され、負担をかけない様に三角巾で吊るした左腕を見た。

今の自分には出来る事は無い。

疑似戦艦として使用した大和改艤装の四六センチ主砲弾はル級相手に消耗しており、更なる砲戦を行うには余りにも心細い。

補充できる弾薬も無く、完全に戦力外だ。

 

皆黙っていた。

ス級、それもelite級の存在がかなり響いていた。

それもそうだろう、と愛鷹は全員が抱く心境に同情を覚えていた。

ス級に対して、銀河陸攻とP51で編成された攻撃隊がことごとく撃退されて手が出せなかったのだ。

沖ノ鳥島海域でのス級は航空攻撃に脆かったが、elite級になるや防空任務に当たる事が多いツ級以上の対空砲火を撃ち上げて来たのだ。

三分の一の銀河がス級一隻に撃墜され、残りもツ級の弾幕に阻まれて近づけず、駆逐艦一隻に中破と言える損傷を負わせるにとどまった。

第二波も同様の損害を被り、航空攻撃による撃沈は損害ばかりを出すだけと判断された。

橘花改なら、と第五特別混成艦隊の伊吹から八機の橘花改がス級への爆撃を敢行したが、結果はツ級一隻大破、橘花改二機撃墜に終わった。

どうやってあのス級を沈めればいいのだ、と艦娘達を含むトラック基地の兵士たちは考えるが、解決策は出ない。

こちらの航空攻撃が効かないとなると、水上部隊をぶつけるのが早い話だが、現状ス級と渡り合える火力がない。

夜戦でなら分があるかもしれないとは言え、ヌ級一隻が加わったおかげで夜間でも深海側からの航空攻撃を受けるのは目に見えている。

何か手はないのか、と思っても思いつくものはない。

幸いス級の展開位置は変わっていないし、特に動きも無い。

超射程の主砲でも流石に射程外なのか、撃って来ない。

事実上の睨み合いだ。

 

 

長い夜になりそうね、愛鷹は溜息を吐きながらドック作業員の差し入れの缶コーヒーに口を付けた。

それにしても展開こそしているが、動きがないス級に疑問が出る。

何故何のアクションも起こさないのか。

水平線の向こう側にいる為、基地の水上監視レーダーでは羅針盤障害による探知範囲減退もあって、マジックからのデータリンク情報だけが頼りだ。

どうしたものか、と考えると近接戦闘、つまり自分が刀で艤装を破壊する、と言うやり方しか思いつかないが、elite級となるとこれまでのセオリーが通用するとは限らない。

下手すれば返り討ちに合って死ぬ可能性もある。

返り討ちにされるのは勿論御免だ。無謀に過ぎる。

幸い立石はその危険性は分かってくれている様で、愛鷹を軸とした決死隊編成は自分から「認めない」と言った。

じゃあ、どうすればいいのか。

考えても始まらないばかりだ。

 

 

息が詰まりそうな程沈んだドックから出て、灯りの隠せる場所で葉巻を吸って気を紛らわせる事にした。

膠着状態、待つのは……まあ、苦手ではないけど……。

ふと夜空を見上げる。

灯火管制を敷いている為、かなり星が見える。

 

綺麗だ、と煙を吐きながら思った時、その夜空に一二個の赤い火球が現れた。

 

「え」

葉巻が口から零れ落ちた時、火球が基地施設に着弾し、地響きと大爆発の轟音、閃光が走った。

敵襲を知らせる警報が基地一杯に響きわたりだす。

何が起きている⁉ と一瞬理解できずにいると再び一二個の火球が夜空から基地施設に降り注いだ。

ス級の艦砲射撃だ、とようやく理解したがス級は水平線の向こうにいるし、距離的に散布界はかなり広くなる。

だが砲弾はかなりまとまって基地施設に落ちてきている。

この命中精度は……elite級になればここまで集弾性が高い超長距離砲撃を出来るのか?

警報音と基地要員の怒鳴り声、火災消火の消防車の走る音が聞こえてくる。

一方的に撃たれているトラック基地は、このままでは全員嬲り殺しだ。

 

 

「航空基地より連絡、燃料タンクが引火爆発。延焼が酷く消火不能!」

「レーダーサイトにも被害」

「どうやってこれほどの精密砲撃をしているんだ」

一気に慌ただしくなった指揮所で飛び交う被害報告に、立石は唇をかんだ。

マジックからはス級の位置は未だ変わらず、と報告が入っている。

つまりス級は水平線の向こうから精密な艦砲射撃を行っている。

なぜ、ここまで精度の高いアウトレンジ砲撃が……。

そこへ艦娘達がいるドックから連絡が入った。

受話器を取ったカーペンターが一言二言話して、立石に振り向く。

「司令官、駆逐艦深雪が直接話したいと」

そうやって渡された受話器に耳を当てる。

「私だ、話は何だ」

(司令官、基地の近くで怪しい無線か何かが出ていないか確認してくれないか)

上官に聞いていい口とは言い難いが、今それはどうでもいい。深雪はこのアウトレンジ砲撃の原因が分かっているようだ。

「どう言う意味だ?」

(ス級の位置は変わってないのに、ここまで精密な砲撃が出来ているって事は、どっかで弾着観測をしている奴がいるって事だよ)

そう返す深雪の言葉に立石は成る程、と思いつつ問う。

「可能性はあるが、そうだと考えられる根拠はあるのか?」

(勿論さ、父島から撤退中の時に似た事を経験済みだからな。弾着観測をやる深海の艦を潰したら射撃が止んだ)

そう言えば、と立石は第三三戦隊が父島から撤退する揚陸艦護衛中にス級を含む艦隊の襲撃を受けた、と言う話を思い出した。

実際に経験した事があるからこその根拠だ。

「実体験か、成る程。よし電波発信源の特定してみる。貴官らは夜間合戦準備部署で待機」

受話器を置くと立石はマジックや手空きの者に基地周辺海域からの電波発信源特定の指示を出した。

その間にも砲撃が着弾し、被害報告が続々と入って来る。

(こちらマジック、電波発信源を特定。ただしレーダー反射が極めて微弱です)

半潜水状態の駆逐艦か、それとも……潜水艦か。

「座標を寄こしてくれ。ドックに連絡、夜間対潜戦闘準備だ」

 

 

「夜間の対潜戦闘とは、随分難しい話ね」

渋い表情を浮かべる由良だが対潜装備をチェックする手は止めない。

夜間の対潜攻撃は危険度が高い為、艦娘では夜間対潜攻撃は専門課程を修了しておく必要があった。

自身の艤装に爆雷を積み込む夕張が、渋い表情の由良に返す。

「けど、目を潰せば艦砲射撃が止むわ」

「まあねぇ、でも課程修了済みメンバーが私と夕張、浦風だけって言うのが」

「心配ないけえ、うちは結構場数は踏んどる」

心配なし、と返す浦風に磯風が「油断するなよ」と念を押すように言う。

それに朗らかな顔で彼女は返した。

「大丈夫じゃけえ、心配ないよ。ウチは必ず帰るから」

 

程なく準備を終えた三人が出撃ドックに立つと注水が行われ、夜間の対潜戦闘に出撃した。

全員が出撃する三人を見送る間にも、艦砲射撃は続いていた……。

 

 

事前に伝達されていた電波発信源の元へ向かう間、基地での大火災が海上を進む三人を照らしていた。

照らし出されていると、潜水艦には潜望鏡でこちらを確認しやすいのでかなり危険なのだが、遮蔽物も無く、回り道をしている暇が無い。

最大戦速で電波発信源の近くまで近づくと、ソナーによる聴音がやりやすい前進強速へと減速した。

電波発信源はこの辺りね、と夕張が思った時、トラック基地から通信が入った。

(電波発信源がジャミングで特定不能になった。ジャミング元は不明だが、恐らくブイの様なものだ。

電探で海上を走査してジャマーを確認次第、スポッターをしている深海棲艦を撃沈しろ)

「事前に複数のジャミングブイを敷設してた……こっちの動きを読まれている」

冷や汗が夕張の額に流れる中、由良と浦風が電探で海上を捜索する。

「電探による感あり。ジャマーは……多分五個ね」

「邪魔やなあ……手間じゃけど一つ一つ潰すしかないの」

羅針盤の電探捜査結果を確認する由良に、主砲を構えた浦風が溜息を吐く。

最初のジャマー破壊を破壊しに三人は進路を変更した。

逆探でジャミングブイの位置を確認した三人が、夜目を聞かせて海上を見つめる。

ブイだけではない。潜水艦からの不意打ちにも備えなければならない。

水上部隊は確認されていないので、海面監視と対潜警戒だけで大丈夫だ。

周囲を見回していると夕張の目に触発機雷の様なものが目に入った。逆探の反応もあそこから強く発生している。

「ジャミングブイ発見! 私が破壊するわ、二人は援護と警戒を」

「了解」

二人の唱和した返事を聞きながら夕張は一四センチ連装砲の砲撃を撃ち込んだ。

夜空に夕張の放った砲弾が赤く光りながら飛んでいく。

それほど距離は離れていないからすぐに着弾し、初弾命中にもなった。

海上に閃光が走り、当たった、と夕張が思った直後轟音と共に水柱が突き上がった。

「え、なに? 凄い爆発が起きたんだけど」

驚く夕張に浦風が舌打ちをした。

「あのジャミングブイは破壊したらソナーの聴音が出来なくなるんや。ソナーが残響で何にも聞こえん」

「残り四つを破壊したとしても、すぐには聴音で居場所を探れないって訳ね……厄介だわ」

考えたものだと夕張は感心すらしていた。

とにかく残る四基のジャミングブイを破壊するしかない。

逆探でジャミングブイの位置を探し、海上を目で見てブイを探す。

どれも深海棲艦が敷設する機雷に形状がそっくりだ。それも対船舶用の大型の触発機雷。

艦娘には反応しないが、爆発すれば大型船ですら大きなダメージを受けるから、所詮は人間である艦娘にとって爆発に巻き込まれるのは「死」と同じだ。

破壊するたびに海中は轟音に包まれ、パッシブソナーがまるで役に立たない。

アクティブソナーを使えば、エコーの反響で特定はできるが夜間の対潜戦闘でアクティブソナーを発振するのは自殺行為だ。

パッシブと比べたら潜水艦の位置を特定しやすいが、同時に自分の位置もばらす事になる。

四基目を由良が撃破してジャミングがかなり静まる。しかし、残り一基になっても妨害電波は強くトラック基地側からの電波発信源特定が出来ない。

とにかくあと一つ、と三人が残るジャミングブイへと向かう。

艦砲射撃は続いているが、艦娘のドックへの被害は無いのが幸いだ。

「見えた、あそこじゃ!」

海面を見ていた浦風が指さす方向にジャミングブイらしき黒いモノが浮かんでいた。

「浦風、破壊して、私と夕張で海面警戒するから」

「了解」

二人が海面監視を行う中、浦風の一二・七センチ主砲がブイに向かって砲弾を撃ち放つ。

着弾の閃光が走り、爆発音と共に水柱が突き立つ。

「最後のを仕留めたよ」

少し得意気に浦風は由良と夕張に振り返って告げると、由良は頷きトラック基地に報告を入れた。

「よし、トラック基地、ジャミングブイの全基破壊に成功。再度特定を」

(今やっている、待機してくれ)

海面は比較的穏やかだが、海中はジャミングブイ破壊時の轟音で聴音がほぼ出来ない。

耳ではなく目で確認するしかない。

(よし、位置を再特定した。そこから西に二キロ離れている。破壊を急げ。

基地の損害が流石に拙いレベルに入りつつある)

「了解、行きましょう」

相当な数の砲弾を撃ち込んできているから、ス級の弾薬ももうじき切れるのでは? と思いながら夕張は由良の後に続いた。

海面を警戒する由良と夕張とは違い、パッシブソナーの聴音を続ける浦風だが、残響が思った以上に残っており、しばらく静かになりそうになかった。

「パッシブは無理じゃの。潜水艦探すにはアクティブじゃないと無理かもしれん」

「アクティブだと確実性はあるけど、潜んでいるかもしれない別の潜水艦の襲撃を受けかねないわね」

真顔で返す由良の言う通りだ。

かなりの潜水艦が展開していたこの海域は、潜水艦の脅威もまだ残っている。

電波発信源に近づくにつれ、基地への砲撃の弾着音が遠ざかって来た。

静かになって来た海に不気味さすら感じていると、夕張の目に何か光るものが一瞬見えた。

目を凝らしてみると、潜望鏡だった。深海棲艦の潜水艦だ。

「コンタクト! 潜望鏡視認!」

「私も視認したわ。対潜爆雷投射用意」

三人が爆雷を準備していると、潜望鏡が海面下に沈み始めた。

こちらの存在に気が付いたようだ。

逃げられた、と三人が苦い顔を浮かべてソナーでの聴音をはかる。

残響は静まって来ているので、潜望鏡を出していた深海棲艦はすぐに位置が分かった。

位置が分かれば問題はない。

「爆雷攻撃はじめ!」

由良、夕張、浦風が爆雷を海中に投下すると、海中内で爆発する爆雷の轟音が響き渡る。

ジャミングブイを破壊した時よりは静かな方だが、パッシブソナーの聴音能力が落ちるのは変わりない。

海中内での轟音が続く中、夕張は爆発音とは違う音が聞こえたのに気が付いた。

ごぼごぼと言う泡が弾ける様な音だ。

何の音、と首を傾げた時、金属的な破損音が爆発音と共にソナーに入り込んだ。

潜水艦が撃沈される音だ。もろに直撃を受けたらしく、爆発音が大きい。

「潜水艦の撃沈を確認!」

ガッツポーズをとる浦風に由良もこれで大丈夫ね、と安堵の息を吐いた。

潜水艦を攻撃している間に、艦砲射撃の着弾音も聞こえなくなっていた。

基地の損害は少なくないが、当面心配は無いだろう。

「ひとまずは助かったわね」

ほっと夕張も胸をなでおろす気分になった。

由良がトラック基地へ弾着観測を行っていた潜水艦撃沈の報告を入れる。

「こちら由良、弾着観測役の敵潜水艦は撃沈しました。基地の方は大丈夫ですか?」

(無視できる損害ではないが、何とかなる。よくやってくれた、三人とも素晴らしい戦果だ。

ドックへ帰投せよ)

「了解です」

早い所、みんなのいるドックに返ろうと三人は単従陣を組んで、基地への帰路に就いた。

ス級自体の脅威はまだあるが、弾着観測していた潜水艦が沈み、弾薬も消耗しているだろうから、一息は入れられそうだ。

一息入れながら対策を検討しよう、と思ったその時、浦風の叫び声が夕張の耳に飛び込んだ。

 

「魚雷、魚雷じゃ! 間に合わない!」

 

直後、浦風が爆発の轟音と水柱の中に消えた。

二人が何も出来ない間の事だった。

 

「う、浦風……⁉」

 

水柱が消えた後、俯せになって倒れる浦風の元へ二人は慌てて寄って抱き起した。

全身血まみれの浦風はピクリとも動かない。主機は跡形もなくなり、足はくっついているが出血が酷い。

動脈をやられている可能性が高かった。

「浦風、聞こえる? しっかりして」

セーラー帽が吹き飛んでいる彼女の顔を見て夕張が呼びかける。

ゆっくりと浦風が夕張に目を向け、口から血を溢れさせながら掠れそうな声で言った。

 

「磯風に……戻れなくて……ごめ……ん……て……みんな……に……後は……まかせ」

 

がくりと浦風の首がうなだれ、動かなくなった。

震える手で動かぬ浦風の首筋を探った由良は、ライトで浦風の目に光を片方ずつ当てる。

「そんな……」

「え?」

愕然とした様に呟く由良に、夕張が顔を向けると、非情な現実を由良は告げた。

 

「脈がない……瞳孔も無反応よ……浦風は……」

 

由良はそれ以上続けることが出来なかった。涙が溢れだして何もいう事が出来なかった。

泣き出す由良に夕張は構わず、止血処置を施し、動かない浦風をしょい込む。

「夕張……もう」

「諦められる訳ないでしょ!? 勝手に浦風が駄目とか言わないでよ。

絶対死なせない、対潜警戒で援護して!」

分かってはいるが、諦められなかった。蘇生措置で助かるかもしれない。

凄まじい剣幕で自分を叱責する夕張に頷き、ソナーで聴音をしてみると、潜航する潜水艦の音が聞こえた。

爆雷を構えかけて、やめた。もう爆雷を投じても潜水艦は逃げ切れるところにいた。

 

 

中々戻らない由良、夕張、浦風の無事を祈りながらもこっちも何か手を打たなければ、と考えていた愛鷹はある考えを思いついた。

指揮所と連絡できる受話器を取ると、立石の元へつないだ。

「司令官、この基地にレーザー誘導爆弾は何発残ってますか?」

(レーザー誘導爆弾? 何に使うんだ?)

「ス級を沈める解決策があるかもしれないので。すぐに出撃可能なF35戦闘機の数も」

(待っていろ、すぐに確認……なんだ……)

急に割り込んできた報告に立石が応じるのが分かった。

何を言っているのかちょっと聞き取れなかったが、HH60Kをすぐに出せ、と言う言葉は聞こえた。

HH60Kは戦闘救難ヘリ……。

 

「まさか……」

 

何かに気が付いた愛鷹が茫然とした様に呟いた時、(いいからやれ!) と初めて聞く怒鳴り声を上げる立石が受話器越しに聞こえた。

「司令官?」

(お前の作戦は後で聞く。そこで待機していろ)

そう残して立石は一方的に連絡を切った。

 

 

HH60Kの機内で由良と夕張は救急救命士二人が行うAED蘇生と心臓マッサージを見つめた。

AEDが行われるたびに華奢な浦風の体が跳ね、心臓マッサージを繰り返すが結果は同じだった。

諦めきれない二人の蘇生措置を瀬々笑うかのように、心拍、血圧無しを示すモニターが非情な電子音が発していた。

 

奮闘する救命救急士がモニターを見て、心臓マッサージをする腕を離し、うなだれた。

「……もう、駄目だ。諦めるしかない……」

悲痛な表情を浮かべるもう一人が、由良と夕張に頭を下げた。

「由良大尉、夕張大尉……。浦風大尉は……申し訳ありません」

沈痛な面持ちの二人の言葉に由良と夕張は何も言わず、浦風の遺体を見つめた。

救急救命士が浦風の首からドッグタグを一枚外した。

 

 

「クレイドル1から報告。浦風の死亡を確認、K.I.Aです……」

「畜生」

絞り出すような立石の言葉の元に、航空参謀がタブレット端末を持って近づいてきた。

「司令官。航空基地から連絡がありました」

艦娘の戦死と言う現実に黙る立石は、何も言わずに先を促した。

「航空機弾薬庫が艦砲射撃で破壊された他、駐機中のF35の大半が破壊されました。

ですが、レーザー誘導JDAM四発とF35四機が使える状態です。ただしGPS等の誘導システム不良が起きるのは確実の為、レーザー誘導役がどうしても必要です」

「了解した。ス級をそいつで沈める。すぐに出撃準備に入れ」

「は」

航空参謀が去った後、立石はドックと繋ぐ受話器を取った。

直ぐに出て来た愛鷹に立石は航空参謀からの報告を伝えた。

(四発ですか)

「そうだ」

それと心苦しい話が、と言いかけて止めた。

一旦受話器を置くと立石はドックへと向かった。

 

 

今トラックに展開している艦娘の火力では太刀打ちできないし、航空攻撃もまず効果は望めない。

しかし、艦娘がレーザー目標指示装置でレーザー照射を行い、そこへス級の対空攻撃が届かない高高度からF35戦闘機がレーザー誘導爆弾を投下すれば、ス級撃沈が望めるのではないか? いくら深海棲艦相手には誘導兵器の誘導機能が効かないと言っても、レーザー誘導なら行けるかもしれない。

勿論、ス級からの反撃はあるだろうが、こちらはレーザー照射をし続けるだけでいいのだ。

リスクはあるがこれしか道はない。

愛鷹の立てたス級撃沈策がこれだった。

艦砲射撃を行っていたからス級は今弾薬を消耗しているはずだ。四機のF35と四発のJDAMに望みをかけるしかない。

問題は誰が行うかだが……。

考え込んでいたところへ立石がドックに入って来た。

普段見せない悲しさを目に浮かべる立石に愛鷹は嫌な予感が的中しているのを悟った。

入って来た立石に気が付いた艦娘一人一人の顔を見て、立石は告げた。

 

「敵潜水艦の不意打ちを食らって、浦風が……戦死した。

蘇生措置を行ったが……残念だ」

 

 

ドックにいる艦娘全員の顔が凍り付いた。

立石が言った「浦風の戦死」が頭の中で理解するのを拒否しているかのようだった。

さっきまで普通に話していたのに、あの朗らかな広島弁の浦風が、死んだ。

「ほ、ホントなのですか……司令官」

声を震わせて尋ねる浜風に立石は無言で頷いた。

その時磯風が壁を思いっきり殴りつけた。今の自分が抱えるやり場のない怒り。

顔を俯ける谷風がすすり泣き、その肩に矢矧が手を置いた。

「苦しまなかったのだな、司令官」

拳を握りしめながら磯風が問う。

「あいつは、苦しむ事なく逝ったんだろうな?」

「……分からん」

「潜水艦は?」

「取り逃がしたそうだ……」

 

人の命は何て軽いモノなのだろう……先のラバウルで戦死した霞、そしてここでも浦風が戦死した。

こみ上げてくる激情を抑えながら、浦風の死を無駄にしない「かたき討ち」をしなければ。

 

 

「司令官、やりましょう。浦風さんの死を無駄にしない為に」

そう進言する愛鷹に立石が振り向く。

「潜水艦が徘徊する海域を突破して、奴に近づくのか」

「こちらが撃つ必要はありません。照射し続ければいいんです」

「危険に過ぎる。それより誰を出すと言うのだ?」

「ですが、他に手立てはないでしょう」

二人のやり取りに艦娘達が顔を向ける。

目を合わせている愛鷹と立石の間に深雪が入り込んだ。

「なあ、何の話をしているんだ?」

「F35四機にLJDAMを投下させて、ス級を沈めるんです」

「LJDAM?」

「誘導爆弾です。目標にレーザーを照射し、その照射されたレーザーを頼りに誘導し当てる爆弾」

説明する愛鷹に深雪が察した顔になる。

「一人では行かせないぜ」

「そう来ると思いましたよ」

他の艦娘達にも愛鷹のス級撃沈方法は聞こえていた。

「私がレーザー照射役として行きましょう」

挙手した大和が志願する。

この出しゃばりが、と愛鷹は大和を睨みつける。

その視線を大和は感じつつも、決意した表情で立石を見つめる。

「いえ、行くのは私です」

頭を振る愛鷹に大和は何か言おうとしたが、言えなかった。

「でも、愛鷹さんが使っていた大和改艤装はもう弾薬が」

言いかける衣笠に「戦闘をする必要はありません。回避とレーザー照射に専念するだけです」と遮るように答える。

「ス級には駆逐艦三隻と軽巡が一隻、それに増援のヌ級とリ級二隻、駆逐艦三隻が随伴しているんですよ。

回避に専念すると言っても、戦力差が大きすぎます」

念を押すように言う衣笠だが、愛鷹には止める気が無いのは分かっている。

なら夜目が効く自分が随伴艦として付いて行くまでだ。

「本作戦ではF35から投下可能な誘導爆弾は四発だ。それ以上に賭けられる余裕はない。

よって夜目が効く者、小破以下の者五名の志願者で愛鷹の随伴艦を募る。

志願する者は挙手しろ」

立石の言葉に深雪、蒼月、衣笠、磯風、浜風、谷風、大和など続々と手を上げる。

そうなるだろうと予測済みの立石は志願者の中から五人の艦娘の名を指定した。

「大和、衣笠、鳥海、蒼月、深雪の随伴を許可する。それ以外は待機だ」

「司令官、待ってくれ。私が行く。手数が多い方が」

抗弁するように磯風が名乗り出るが立石は取り合わなかった。

「同僚の仇を打ちたい気持ちはわかるが、その意思が敵を射る目に曇りを作る。その面で言うと一七駆は認めん」

「だが」

「反論は許さん」

言葉通りの許さない、と言う口調の立石に磯風は引き下がるしかなかった。

 

 

程なく愛鷹、大和、衣笠、鳥海、蒼月、深雪の六人の準備が行われた。

艤装に燃料を補給するだけでいい愛鷹に、作業員が片手持ち型のレーザー誘導指示装置を渡す。

「見た目は懐中電灯みたいな頼りないやつですが、照射ボタンを押し爆弾の直撃まで緑のレーザーを目標に照射し続ければ爆弾は当たります。

ただ、深海がいる場所では誘導システムにエラーが起きやすいという事に留意して下さい」

「F35の展開高度は?」

「ス級とツ級の対空射撃が届かない高高度で待機します。誘導システムがその間不良を起こさないかは祈るだけです」

受け取ったレーダー誘導指示装置を握りしめる。

艦砲射撃が止んで三〇分程が経過している。

行くなら今しかない。

「愛鷹、全員スタンバったぜ。行こう」

連装砲を手に深雪が呼びかけて来る。

初めて共同で艦隊を組む鳥海が愛鷹に一礼して来た。

「初めての共同作戦行動ですが、よろしくお願いします」

「こちらこそです」

 

準備が出来た六人はドックに入り、注水が完了すると愛鷹を先頭にした単従陣を組み、夜の海へ出撃した。

 

 

応急修理が終わった滑走路へF35AライトニングⅡ戦闘機四機がタキシングしていく。

各機のウェポンベイには一発ずつレーザー誘導型の誘導爆弾JDAMが搭載されていた。

それ以外の武装は固定武装の二五ミリガトリング機関砲だけだ。

(タワーよりアークライト1-1、1-2、1-3、1-4。二機ずつのフォーメーションテイクオフを許可する。

ランウェイクリア、風向に問題なし。クリアード・フォア・テイクオフ)

管制塔からの離陸許可を得たコールサイン・アークライトの四機のF35から「コピー」の返答が返り、アークライト1-1と1-2が同時に滑走路から離陸した。

二機が離陸すると1-3、1-4が同時に離陸していく。

夜の空にジェットエンジンの轟音を轟かせるF35四機は程無く高空へと舞い上がっていき、暗闇の中へと消えていった。

 

 

偵察機が見つけたス級含む艦隊の元へ愛鷹以下混成部隊は、暗闇の中で互いの位置を夜目と航跡で確認しながら進んだ。

誰も何も言わずに夜目を効かせて警戒監視をする。気を抜いたら不意を突かれて命を落とした浦風の後を追いかねない。

深雪と蒼月が爆雷を構えて、対潜警戒に念を入れる。

ソナーがある程度の探知範囲を維持できる第一戦速を保ちながら、二人は五感を澄ます。

愛鷹、大和、鳥海、衣笠の肩や艤装に見張り妖精も出て水上監視を行う。

月は出ているが、雲量もそれなりにあるので月光による見通しの良さも微妙な所だ。

双眼鏡を構えて警戒監視をする愛鷹のヘッドセットにマジックからの連絡が入る。

(マジックから愛鷹隊へ、作戦予定海域に入った。これより無線を封鎖する。

こちらからの伝達は行うが、貴隊からの返答は禁止だ。また電探の使用も禁止する)

了解、と愛鷹は胸中で応答し艤装の電探の電源を切った。

 

基地を出て一時間程が経つと、月灯りが少し良くなって来た。

海面監視はしやすくなるが、それは深海棲艦も同じだ。

目が良い深海棲艦が先にこちらを見つけたら、ス級がどう反応するか。

(こちらマジック。ス級に輸送艦ワ級flagship一隻と護衛と思しき駆逐艦二隻が合流するのを確認した。

主砲弾の補給を行う動きと思われる。このチャンスを逃す手はないぞ)

補給作業中ならス級は行動が制限されるはず。そうとなれば留意すべき脅威も取り巻きの艦艇だけに絞れそうだ。

潜水艦が不意打ちを仕掛けなければ、案外ス級撃沈のこの作戦は容易ではなくても高難易度ではないかもしれない。

(そう思って、失敗しないと良いけど……)

油断は禁物だ、と自分に言い聞かせながら愛鷹は腕時計と月灯りを照らし合わせて進路を確認する。

コンパスは障害が酷く使えないが、時計の針と月灯りで進路を探る原始的なこのやり方までは無効化されない。

予定しているコースからは外れていない。今のところは順調に進めている。

タブレットを口に入れて呑み下しながら、スカートのポケットに入れていたレーザーポインターを取り出す。

うっかり落とさない様にしっかりストラップを腕に巻いた。

そこへ再びマジックから連絡が入った。

(警戒、ス級の艦隊から重巡リ級flagship二隻、駆逐艦イ級後期型とロ級各二隻の艦隊がそちらへ向かっている。

おそらく向こうもそちらを捕捉したのだろう。電探及び無線封鎖を解除、交戦に備えろ)

「愛鷹、了解。全艦へ通達。敵艦隊から重巡二隻と駆逐艦四隻の艦隊が分かれこちらへ向かってきています。

電探及び無線封鎖解除、夜間対水上戦闘用意!」

了解、と五人から唱和した返事が返る。

「向こうからお出でなすったか。重巡二隻は確かヌ級の随伴艦だったよな」

「ええ。flagship級よ。ちょっと厄介な相手」

確認するように聞いて来る深雪に衣笠が返す。

リ級flagship級なら私の艤装で一蹴出来るのに……。

本来の自分の艤装なら造作もない相手だが、生憎今の自分には刀以外の武装がない。

自分がやられたらこの作戦は失敗だ。

「全艦へ達します。こんな言葉を使うのは本心ではありませんが、敢えて言わせて貰います」

言葉通りの苦みを噛み締めながら愛鷹は告げた。

 

「私の盾になって下さい」

 

「任せてください。砲弾の一発、当てない様私もカバーに入ります」

自信ある声で鳥海が返して来る。

「愛鷹さんは回避に専念して下さい。指一本触れさせませんよ」

「盾艦なんて仕事は好きじゃないけど、今回だけ深雪様はそいつを前言撤回させてもらうぜ」

意気込む蒼月と深雪の言葉に愛鷹は「頼みますよ」と応えた。

大和は無言のままだが、主砲を動かす音が聞こえるからそれを了解の意思だと受け取った。

 

そこへマジックから緊急通達が入る。

(警告、ヌ級より艦載機が発艦した。数は一二機、夜間攻撃機と思われる。

そちらへの到達予定時間は深海棲艦迎撃艦隊とほぼ同時だ。対空警戒も厳に)

空と海上からの同時攻撃、厄介だ。

これに潜水艦が割り込んで来たら対応しきれるか。

冷や汗が愛鷹の眉間を流れた。

 

やがて愛鷹の目に六隻の艦影が映った。

「コンタクト、進行方向に敵艦隊を確認。全艦両舷前進全速。

鳥海さん、衣笠さん、蒼月さん、深雪さんは前へ。前衛をお願いします。

大和は後衛、四人への火力支援及び対空対水上警戒監視」

「りょぉっかい! 前へ出るぜ、蒼月遅れるなよ」

深雪が真っ先に愛鷹の前へ出て、蒼月と鳥海、衣笠が主砲を構えて後に続いた。

四人の主砲が深海棲艦へと向けられる。

それに気が付いたリ級以下の艦隊も射撃の構えを取った。

「夜間正面対水上戦闘、主砲、撃ちー方始めー。

発砲! てぇーっ!」

有効射程に捉えた鳥海の号令と共に四人の主砲が砲口から砲炎を瞬かせた。

一瞬周囲が明るくなる発砲の閃光が海上に走り、徹甲弾が深海棲艦艦隊に放たれる。

初弾が着弾する前に、リ級がそれぞれイ級後期型とロ級二隻を引き連れて別れると四人を挟み撃ちにかかる。

主砲を深海棲艦に向け直した四人は衣笠と蒼月、鳥海と深雪と同様に二手に分かれて迎え撃つ。

リ級とそれぞれ従えているイ級後期型とロ級も砲撃を始め、砲炎を海上に迸らせる。

回避運動を取り、着弾する砲弾が付きたてる水柱を掻い潜って四人は射撃を行う。

蒼月の長一〇センチ砲が速射でロ級一隻に直撃弾を出すと、その連射速度と高い命中率で一気に追い込んでいく。

右手持ちの二〇・三センチ主砲から衣笠が砲弾を放ち、リ級flagshipの周囲に水柱を突き立てる。

リ級がそれを回避した所へ、左手持ちの主砲が砲口から火を噴いて二発の砲弾を叩き出し、直撃弾を与えた。

直撃を受けたリ級が姿勢を崩したところへ、ロ級が被弾したリ級の援護射撃を撃ち、衣笠に砲弾を浴びせる。

鳥海と深雪はイ級後期型からの砲撃を躱しながら、脅威度の高いリ級に集中砲火を浴びせる。

回避で手一杯になるリ級の援護にイ級後期型二隻が割って入ろうとした時、深雪の右足の魚雷発射管から三発の魚雷が発射された。

一発がイ級後期型の先頭を過り、頭を抑えた所へ残る二発がイ級後期型二隻を同時に仕留めた。

「全弾命中、轟沈確認! 参ったか深雪様の深雪スペシャル」

ガッツポーズを取りながら深雪が口元に笑みを浮かべるが、すぐにリ級と撃ち合う鳥海援護に回る。

鳥海の二〇・三センチ主砲弾はリ級を中々捉えられない。流石にflagship級となると動きがかなりいい。

有効弾を出せず、焦りを浮かべる鳥海に、深雪が「焦るな鳥海」とさりげなくフォローしながら一二・七センチ主砲の砲弾を撃つ。

 

その時、大和から警告が発せられた。

「対空電探に感あり。深海棲艦の夜間攻撃機一二機、低空から接近中!

対空戦闘用意!」

五一センチ連装主砲が夜間攻撃機に向けられ、砲身に対空弾が装填される。

「全主砲、三式装填。右対空戦闘、主砲撃ちー方始めー。

発砲、てぇーっ!」

際立つ大口径主砲の発砲炎が海上に走り、六発の砲弾が夜間攻撃機の鼻先へと放たれる。

三式弾改二の散弾の雨を浴びた三機が姿勢を崩して海面に突っ込み、バラバラになるが残る九機は編隊を組みなおして愛鷹と大和を攻撃するコースに乗った。

「弾幕を張れ! 近づかせるな!」

珍しく、いや相手が大和だからだったのか普段とは違う口調で愛鷹が大和に命令する。

言われずとも大和は主砲に三式弾を再装填しながら、高角砲と機銃の射界を確保し、射程内に捉えるや激しい対空射撃を始めた。

濃密な弾幕が展開されるが夜間攻撃機である黒いタコヤキは怯まず突っ込んで来る。

更に三機が大和の対空射撃に撃ち取られるが、残る六機は三機ずつの編隊に別れて、愛鷹と大和への爆撃コースに入った。

再装填が終わった三式弾を愛鷹援護に放とうと大和は、主砲を向けるが今撃つと愛鷹をも巻き込みかねない程既に攻撃機は接近していた。

 

あの子の回避運動能力に賭けるしかない……と護れない悔しさと、超甲巡とは違い機動性が低い大和改の艤装でどこまで避けられるかの不安を募らせながら、自分を狙うタコヤキに対空砲火を撃ち上げた。

 

思ったより舵を切る時のタイムラグが長い大和改の艤装に舌打ちしながらも、接近する三機のタコヤキの攻撃に備える。

先を読んで舵を切れば、反応は悪いモノの大和改の艤装の機動性自体は悪くない。

今だ、と面舵を切り、更に体と艤装自体を右側へと倒す。

爆弾が投下される音を聞き、耳を澄ます。

鳥海、衣笠、蒼月、深雪、大和の砲声が轟く中、かすかに聞こえた直撃コースの爆弾を耳で感じ取ると、刀を引き抜き、本能的に薙ぐ。

切り裂かれた爆弾が海面に突っ込み、外れた二発がすぐそばに着弾して水柱を突き立てた。

「愛鷹さん、無事!?」

水柱に隠れた自分を案じた大和の叫ぶような声に、水柱の中から姿を見せて親指を立てる。

ほっとした様に安堵のため息を吐く大和に何も言わず愛鷹は刀を鞘に収めた。

 

鳥海と共同でリ級を仕留めた深雪が軽くため息を吐いた時、衣笠と蒼月が相手をしていたリ級が海上に派手な爆発を起こして轟沈する音に振り返った。

「二人とも生きてるか」

「勿論」

「大丈夫です」

元気な声が返されると、傍らの鳥海もほっとしたように溜息を吐いた。

迎撃艦隊を仕留めた四人は愛鷹と大和と合流すると、艦隊を組みなおしてス級の元へと向かった。

 

 

残る深海棲艦の艦隊はス級一、ヌ級一隻、ツ級一、駆逐艦ロ級二隻、種別不明駆逐艦二隻、ワ級一隻。

それと大破しており戦力外のツ級一隻。

「残るは八隻」

航行しながら残存するス級の艦隊の数をカウントしていると、マジックから警告が飛んできた。

(警告、飛翔体が急速接近中!)

「飛翔体?」

何だそれと言う顔になる深雪が呟いた時、続報が入る。

(飛翔体の弾着予想地点特定。君らの目の前だ! 回避、回避!)

「全艦最大戦速、一斉回頭、取り舵一杯!」

機関停止して後進をかけても、随伴している大和と今自分が使っている大和改の艤装性能から間に合わない。

速度を上げてタイムラグ承知で舵を切れば、急旋回出来る。咄嗟の判断だった。

 

全員が愛鷹に続いて一斉回頭した時、一二発の赤い火球が夜空から降って来るのが愛鷹の目に映った。

「対ショック姿勢、全艦衝撃に備え!」

叫ぶように愛鷹が命じた直後、右手で昼間を思わせる大爆発が炸裂した。

凄まじい衝撃波と高波に全員が踏ん張って堪える。

「全員、無事⁉」

「大丈夫だ!」

「これはどういう事……」

「何が起きたの⁉」

流石に動揺を浮かべる愛鷹の確認する言葉に、五人から無事と何が起きたと言う動揺の言葉が返される。

「対空電探に感あり、深海棲艦の弾着観測機です」

対空電探表示のコンパスを見る大和の言葉に愛鷹は攻撃の正体を見抜いた。

接近する自分たちに対し、補給を中断したス級が弾着観測機を送って艦砲射撃を行ってきたのだ。

「大和、対空射撃で観測機を」

すると大和が頭を振った。

「仰角が足りない、撃墜は無理です」

「後ろにひっくり返って仰角を稼げねえか?」

思い切った仰角稼ぎを深雪が提案するが、同様に対空電探表示のコンパスを見る鳥海が悔し気に返す。

「観測機の動きが速すぎます。大和さんの五一センチで追尾しきれません」

「私の長一〇センチでは射程外のため無理ですね」

対空射撃に秀でる蒼月の長一〇センチ砲ですら射程外の高高度で、高速で動きながら弾着観測を行う深海棲艦の機体。

もしかすると新型機体ではないか? と推測を立てていた愛鷹のヘッドセットにマジックが再び警告を入れた。

(また来るぞ、飛翔体を確認。何だ軌道が変わっていくぞ……観測機が終末誘導をしているのか。

くそ、全員着弾予想地点を送る、離れろ)

全員が再び回避運動を行った直後、凄まじい爆発が海上に吹き荒れ、かなりの衝撃波が六人に吹き付け、高波が六人を翻弄する。

ス級までもう少しなのに、精密誘導砲撃を仕掛けて来たか……歯がゆさを感じながらも愛鷹は前進を指示する。

「くそ、全艦最大戦速を維持、ジグザク航行で砲弾を躱しながらス級へ吶喊します」

(こちらからは予想弾着地点を随時送る。ス級まで後少しだ、頑張れ!)

「畜生、砲弾と追いかけっこだぜ」

六人が最大速度を維持しながらス級に向かうと、二〇秒ほどの間隔でス級の砲撃が飛んで来た。

「回避に集中! 補給を切り上げているからそう長くは続きませんよ」

「そうだと良いですね!」

体に堪える衝撃波で疲れたような声で衣笠が返す。

いつまでも続くとは思えない、補給を切り上げている筈だからその内止む。

砲撃が終わるか、その前にス級にたどり着けるかだ。

かなりぎりぎりの範囲で着弾する砲撃は、直撃こそせずとも衝撃波が凄まじく、耳が聞こえなくなりそうだ。

「手の届かない所から撃ちやがって!」

腹立たしそうに深雪が喚く。

「弾着地点からこれだけ離れてもこの威力だなんて」

髪を抑えながら衣笠が呻く。

先頭の愛鷹が舵を切って、不規則な回避運動コースを取り、それに五人は衝撃波による微ダメージを堪えながら懸命に続いた。

二〇秒に一回降り注ぐ艦砲射撃は、誘導はされてはいるが精密誘導と言う訳ではないので、マジックから送られる着弾予想地点に注意しながら進めばダメージは抑えられる。

 

爆発の衝撃波と高波に激しく揺さぶられる体に、持ちこたえて、と願いながら愛鷹はマジックにス級との距離を聞いた。

「マジック、敵艦隊との距離は⁉」

(もうじき、そちらでも目視できるはずだ。いや、レーダーコンタクト。ス級艦隊のヌ級から夜間攻撃機複数発艦を確認)

「機数は?」

(さっきと同じ一二機を探知、対空戦闘に備え)

「了解。全艦に通知、ヌ級より一二機の攻撃機発艦を確認。対空戦闘用意。

大和は長距離対空射撃始め」

「はい」

三式弾を装填したままだった大和の五一センチ主砲が攻撃機の飛来する方向へと向けられる。

射線を確保する為、愛鷹は大和の前から左にずれる。

「対空戦闘、全主砲、旗艦指示の目標へ指向。撃ちー方始めー!

発砲、てぇーっ!」

夜陰に五一センチの発砲の閃光が走り、衝撃波が海面に広がる。

発砲した大和が三式弾を再装填する中、大和を後衛、前衛に蒼月、左側を衣笠、右側を深雪、中央に愛鷹と鳥海と言う輪形陣に六人は隊列を切り替える。

「第一射、だんちゃーく、今」

腕時計を見ていた大和が自分の撃った三式弾の着弾を告げると、マジックが攻撃効果を知らせて来る。

(六機撃墜を確認、流石だ)

「撃ち漏らしは、私に任せて下さい」

そう全員に告げる蒼月に全員が頷いた。

自分に任せろ、と言い放った蒼月の背中を見て、成長しましたね蒼月さん、と愛鷹は心強さと初めて会った時よりも精神的に成長が認められてきた蒼月の姿に嬉しさを感じた。

 

ふと脳裏にラバウルの沖合の海に散った霞の姿が浮かび上がった。

もし霞さんが生きていたら、ここまで精神的に成長している蒼月の姿を見て欲しかった、ともう叶わない願いが湧き上がる。

彼女自身、秋月型には若干劣る程度の高い対空射撃能力の持ち主だったから、もし生きてたらツンデレ性格と蒼月のことを認めようとしなかった姿勢は変えずとも、内心感心していたかもしれない。

 

あの世から見てくれている事を願うしかない。

 

 

何度目かもはや分からないス級からの砲撃を躱した六人が軽く疲労を感じ始めていると、砲撃が止んだ。

ようやくス級が補給を切り上げて装填していた砲弾を撃ち尽くしたのだろう。

そこへ対空電探表示のコンパスに六機の攻撃機の機影が映ったのを確認した鳥海が、敵機接近を告げる。

「方位三-〇-五、高度二〇〇。急速接近中です」

「蒼月さん、射程に入り次第、撃ち方始め。各艦は蒼月さんのサポート」

「了解」

夜目と対空電探の反応を基に、蒼月は長一〇センチ主砲を構えると、射程内に入った攻撃機に対空射撃を始めた。

暗闇の中に対空弾が撃ち出され、近接信管で砲弾が爆発する閃光が複数瞬く。

速射する長一〇センチ砲の砲声と砲弾の爆発音が響くが、撃墜の爆発音は聞こえない。

嫌らしい事に夜間攻撃機の機体色に加えて、月灯りが心もとなくなって来たので夜目が効く六人の目ですら攻撃機を目視し辛い。

それに流石に夜間となると蒼月の対空射撃の精密さが昼間より落ちている。

撃ち出された砲弾の近接信管が作動しているからダメージは与えているはずなのに、攻撃機はしぶとく飛び続けている。

恐らく砲弾は攻撃機の傍で爆発してダメージ自体は出ているものの、撃墜に至る程度の致命傷ではないのかもしれない。

撃墜の爆発炎が確認できない状態が続き、炸裂する砲弾の爆発音だけが敵機の接近を耳でも教えて来ていた。

電探の表示を見て高度を落とし始めているのに気が付いた愛鷹は、このままではらちが明かないと思い、鳥海に照明弾発射を指示した。

「鳥海さん、攻撃機の方角へ照明弾一発発射して下さい」

「了解」

鳥海は頷くと第一主砲から照明弾を発射した。

空中に照明弾の明かりが閃くと、六機の攻撃機が超低空飛行しながら接近してくるのがはっきり見えた。

雷撃にしては高度が中途半端だ。反跳爆撃をする気だ。

「鳥海さん、見えます。ありがとうございます」

礼を言った蒼月の射撃が遂に攻撃機を捉える。

至近距離で爆発した砲弾のダメージを負い、高度を落としていく攻撃機が海面に突っ込んでバラバラになる。

二機目も同様に至近距離で炸裂した砲弾の破片をもろに浴びて砕け散る。

「残り四機……」

「落とし続けて!」

「加勢するぜ!」

主砲を構えた深雪が対空射撃を始めた。

長一〇センチ砲と一二・七センチ主砲の砲声が混じり合い、対空弾炸裂の閃光がきらめく。

更に一機撃墜した時、愛鷹の目にス級と護衛艦艇の姿が映った。

「弾幕を展開し、敵機を牽制し続けて下さい。大和は二人の援護を。

衣笠さん、鳥海さんは私に続航し援護を。レーザーポインター照射を開始します」

「了解!」

深雪、蒼月、大和と別れた愛鷹、衣笠、鳥海にロ級二隻とニ級後期型二隻の四隻が向かってきた。

 

(ニ級後期型二隻か……手練れだ)

 

重巡ですら撃ち負ける前例があるニ級後期型が二隻もいる。

しかしロ級二隻の内一隻は損傷したままだ。全艦が無傷だったら難易度は高いが一隻が手負いのままなら隙はある。

主砲を構えた鳥海が愛鷹に顔を振り向けた。

「行って下さい愛鷹さん。雑魚は任せて下さい」

「ニ級後期型に気をつけて」

それだけ二人に言うと愛鷹は二人と別れ、ス級に向かった。

 

副砲からの砲撃が来るのは予測済みだが、elite級の砲撃がどんなものかは撃たれてみないと分からない。

ヘッドセットの通話スイッチを押した愛鷹はマジックにF35への攻撃要請を出した。

「愛鷹よりマジックへ、F35に爆撃指示を。同時投下ではなく一発ずつで」

(了解した。アークライト1-1、1-2、1-3、1-4へ、こちらマジック。

爆撃用意、海上から目標へレーザーポインターによる誘導を開始する。一斉ではなく単発での爆撃だ)

(アークライト1-1、コピー。マスターアームオン、LJDAM投下用意よし。

爆撃指示を待つ)

本来ならF35自体からもレーザー誘導は可能なのだが、深海棲艦相手だとシステムエラーが起きるので精密爆撃は出来ない。

レーザーポインターの照射スイッチを押して、ス級に緑のレーザーを当てる。

「照射開始、アークライト1-1へ爆撃を開始して下さい」

(ラジャー、照射レーザー確認した。アークライト1-1、爆弾投下、デンジャークロース。

一〇秒後に着弾)

離れたところで衣笠と鳥海が交戦を開始する砲声を聞きながら、一人愛鷹はレーザーポインターをス級に当て続けた。

自分達へ攻撃をしないで単独行動をする愛鷹に、深海棲艦は何をしようとしているのか分かっていないようだ。

当たって、と念じながら照射を続ける愛鷹の目に、爆弾が着弾する爆発の光と水柱が見えた。

(どうだ)

(愛鷹、BDAを)

「ダメです、外れました。照射は出来ていましたが」

やはり深海棲艦相手には誘導システムが微妙に修正を効かせられないのかもしれない。

 

残り三発。

 

「照射を継続します。アークライト1-2、爆撃を続行してください」

(1-2了解、投下コースに乗った)

その時、ス級が愛鷹へ向けて副砲を撃ち始めた。

発砲炎が以前交戦した時のス級に比べ小さい一方で、数がえげつない。

咄嗟に爆撃しようとするアークライト1-2に愛鷹は叫ぶように爆撃中止を指示した。

「アークライト1-2、爆撃中止! アボート、アボート! マジックへこちら愛鷹、ス級からの迎撃を受けました。

一時回避運動に専念します」

(了解した、アークライト1-2、照射を一時中断する。爆撃を中断せよ)

ヘッドセットから聞こえる無線に気を取られた時、無数の着弾の水柱が愛鷹を襲った。

直撃は免れたものの濃密かつ副砲からの砲撃の投射量に、愛鷹は思わず悲鳴を上げて腕で顔をガードする。

「これがス級elite級の副砲射撃能力ですか」

歯を食い縛って水柱が途絶えるのを待つと、再び副砲が砲撃する砲声を海上に轟かせた。

「艤装CCS、リミッター解除、機関回転数を壊れない程度にまで上げて下さい」

残念ながら大和改の艤装は超甲巡程の速力と機動力を発揮できない。

リミッター解除で缶への過負荷を度外視した出力を出させて回避に専念しつつ照射するしかない。

距離を取り過ぎると僅かな手振れで照射が外れるし、接近し過ぎると副砲の集中砲撃を食らいかねない。

 

(愛鷹、無事か⁉ 悲鳴が聞こえた気がしたぞ)

ヘッドセットから深雪が自分の安否を聞いて来る。

「副砲の猛攻撃で照射が厳しいです。でも、やります」

(くそ、もうちょい持ちこたえてくれ。敵機は片付けたからそっちに向かう)

「回避に集中し、時間を稼ぎます。衣笠さん、鳥海さん、状況は?」

(ロ級二隻は片付いたけど、ニ級に手間取ってます! でもそれイコールこちらでニ級を引き付けられています)

砲声越しに衣笠が答えた。

何とか私も持ちこたえなければ、と愛鷹が思った時、副砲の砲撃が艤装に直撃した。

「しまった!」

直撃の衝撃に呻き声を上げるが、幸い装甲版で弾くことが出来ていた。

「『戦艦が簡単に沈むか』って事ね。正しくは戦艦艤装か」

さらに飛来する副砲の砲撃を躱し、引き抜いた刀で弾き、切り捨てながら何かで聞いた言葉を口にする。

猛砲撃を掻い潜る中、左足の近くで複数着弾した時、左足の主機が嫌な破損音を立てた。

直ぐに上がって来た艤装CCSからの状況報告に愛鷹はこんな時に、と苦い表情を浮かべた。

(左舷左足主機の減速機とシャフト機能が破損。破損が酷く、ダメージコントロールによる応急修理不能!)

至近弾の爆発の衝撃と海中での爆圧で航行機能が完全に壊れた……夕張の応急修理も流石にこれまでか、いや、良くここまで持ちこたえてくれた、と言うべきか。

「左舷主機動力カット、右舷に余剰出力を回してください」

(それでは右足主機への過負荷が大きくなって右足の主機まで死にます!)

艤装内の装備妖精さんの言葉に軽く舌打ちした時、更に飛来する副砲弾の砲声が聞こえてくる。

辛うじて機能維持できている右足の主機だけで回避運動を取るが、機動性が低下しただけに躱しきれない砲弾が直撃する。

防護機能と大和改艤装の装甲、愛鷹自身の刀での防戦で致命的なダメージは免れるが、レーザーポインター照射が出来ない。

今は回避に専念するしかない。もうじき深雪、蒼月、大和が合流する。

「もう少し、持ちこたえ……」

そこまで言いかけた時、どこかから飛来した砲弾が愛鷹を直撃した。

砲弾が装填されていない高角砲一基が全壊する損傷が出る。

今のは? と振り返った時、ス級の近くにいるツ級flagship級が主砲を撃って来るのが見えた。

「くそ!」

歯ぎしりした時、副砲とツ級の一斉砲撃が行われ、着弾の水柱の中に愛鷹が隠された。

砲弾を刀で弾く愛鷹だったが、突如破断音と共に刀が折れた。

「なに⁉」

驚愕の声を上げた愛鷹にス級とツ級の放った砲弾が直撃する。

左わき腹に直撃の衝撃が走り、激痛が走る。

「被弾しました!」

激痛を堪えながらヘッドセットに叫ぶ声を吹き込んだ。

(マジックより愛鷹、被害状況知らせ)

「左舷主機が……至近弾で減速機とシャフト機能を破損、復旧不能……猛砲撃に刀も耐え切れず折れました……。

左脇腹にも……直撃」

左腕で脇腹を抑えながら絞り出すように答える。

(愛鷹は一時後退し、大和、深雪、蒼月と合流せよ。レーザーポインター照射は一時中断)

するとアークライト隊から悲痛な連絡が入る。

(マジック、アークライト全機の燃料がもうじきビンゴになるぞ。レーザーポインター照射はまだ出来ないのか⁉)

燃料切れか、もうこうなれば強引に行くしかない。

「こちら愛鷹、照射を再開します。アークライト1-2、爆撃を」

痛みを堪え、右舷主機だけで回避運動を取りつつ愛鷹はレーザーポインターを構えてス級に緑のレーザー光を当てた。

ス級とツ級の砲撃を装甲と防護機能、回避運動で懸命にかわしながらレーザーを照射し続ける。

(1-2、コピー。爆撃コースに乗った。LJDAMレディ……ナウ。

デンジャークロース、一〇秒後に着弾する)

「了解」

猛砲撃を懸命にかわし、ス級にレーザーを照射する。

 

「お願い、当たって……!」

 

これ以上は持ちこたえられない……撃沈出来なくてもいいから、お願い……!

 

祈りの言葉を愛鷹が口にし、胸中でも叫んだ時、ス級にLJDAM直撃の閃光と爆発が走った。

 

祈りが通じた!

LJDAMの直撃で副砲の砲撃が一時止む。流石にelite級故かス級は副砲の砲撃が出来なくはなったが、まだ浮かんでいる。

「愛鷹からマジック並びに全艦娘へ通達。爆弾の直撃を確認! 

ス級は以前健在なれど副砲の砲撃が停止!」

 

 

ヘッドセットに入って来た愛鷹の心持弾んだような声に衣笠が「勝った」と口元を緩めた。

愛鷹は負傷しているが、どうにか持ちこたえているし、ス級は大損害を受けている。

こっちがしぶといニ級を沈めれば、もう完勝も同然ね……と思った時だった。

 

「良く見ろぉ! 後ろに敵だぞーッ!」

 

合流してくる深雪の叫ぶような警告に我に返った時、一瞬の隙を突いて回り込んだニ級が放った魚雷一発が、衣笠の背後で近接信管起動で爆発した。

直撃では無かったものの至近距離での爆発で衣笠の体が吹き飛んだ。

 




艦娘の死を描くのは決して容易な気分でやれるものではないです。
この小説は「艦娘は人間である」故に避けようの無い、一瞬の気の緩みから来る「戦死」の描写がこれからも続きます。

安らかに眠れ浦風。

意図せずエースコンバット7DLCミッション2、3の要素が結構入ってしまいました。
狙ったつもりはなかったんですが。

次回でトラックを巡る一連の戦闘に終止符を打つ予定です。
浦風の死を無駄にしない為の愛鷹のトラックでの最後の仕事です。

愛鷹が劇中で言った台詞の一つのネタは、分かる人にはわかる有名なモノです。

衣笠が最後の最後で被弾しましたが……どうなったかは次回までお待ちください。

ではまた次のお話でお会いしましょう。


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第三五話 勝利への代償

思った以上に速く投稿できたかもしれない……。

本編をどうぞ。


「くっそ、衣笠が吹っ飛ばされた! しかも魚雷だぞ」

爆発音が響いた直後、深雪の喚き声がヘッドセットから聞こえた。

直ぐに安否確認に向かいたくなったが、ス級の副砲の砲撃が停止したこのチャンスを逃すわけにはいかない。

「アークライト1-3、1-4、作戦続航します。1-3は爆撃準備」

(了解、照射を待つ)

レーザーポインターを構えた時、ス級に随伴するツ級が主砲の速射を行いながら愛鷹へ接近して来た。

近接戦闘用の刀を失っている愛鷹には分が悪い。左舷主機も使用不能だから尚更ツ級の存在は厄介だ。

「副砲くらい弾薬を入れておけばよかった……」

回避メインで行くことを選んだばかりに、一五・五センチ三連装副砲に弾薬を搭載していなかった事が今になって悔やまれた。

ツ級の攻撃が続く中では、砲弾が命中した左脇腹の傷に止血処置をする暇もない。

ズキズキと痛む脇腹から鮮血が溢れて制服の左側を赤く染めていく。

荒い息を吐きながら攻撃を回避し続けるが、ツ級の砲弾が更に直撃する。

殆ど艤装に当たって、その装甲によって弾かれるがまた一発、左腕に当たる。

防護機能で弾くが、その時の衝撃が脇腹に響く。。

これでは嬲り殺しだ。流石に焦りが愛鷹の表情に滲み出る。

仲間の奮戦でス級を撃沈できる絶好のチャンスをここで逃したくはないのに……。

「軽巡風情が……」

ツ級を睨みつけた愛鷹だが、攻撃できる武器が何もない。

一時後退するか、いや、ス級の機能停止が何時まで続くか分からない状況で後退は。

その時、砲声が遠くで響き砲弾が飛翔して来る音が頭上から迫って来た。

愛鷹に気を取られていたツ級に二発の五一センチ砲弾が直撃し、艤装が木っ端みじんに爆砕され、大爆発を起こしてツ級が轟沈した。

(ツ級の轟沈を確認! 愛鷹さん、今の内にス級へレーザー照射を)

「大和か……」

ヘッドセットから聞こえる大和の言葉に感謝よりも、あいつに窮地を救われるなんて、と言う悔しさが湧き上がる。

しかし、今は大和の言う通りに動くしかない。

ツ級と言う脅威がなくなった今の内にと、左脇腹の傷の応急処置をして、回避運動中に距離が離れてしまったス級へと向かった。

 

 

左足の魚雷発射管から三発の魚雷全弾をニ級に向けて発射し、更に連装主砲で牽制射撃を行いニ級の動きを封じる。

回避運動を取るニ級だったが、一発が直撃し轟音と共に艦体が砕け、爆発炎上した。

「これで邪魔する奴はもういないな。蒼月、衣笠の状況は?」

(意識はありませんが脈はあります。ただ至近距離での爆発だったので、怪我が)

「今そっちに行く。鳥海、ニ級は仕留めたか?」

(こちらも片付きました)

よし、と深い溜息を吐きながら深雪は蒼月と衣笠の元へ向かった。

「やつら動きが良かったな、とんだ厄介者だぜ……」

 

蒼月の応急処置を受ける衣笠の傷は深手ではあったが、深雪から言わせてみれば「この程度なら死ぬ事はない」のレベルだった。

両手持ちの主砲は吹き飛んだ際にどこかへ落としたらしく無くなっており、艤装も酷く損壊していた。

ただ幸い主機は右足のが爆発でサンダルごと吹き飛んだものの左足のは残っており、浮力が発生する程度の機能は維持出来ていた。

複数個所に爆発した魚雷の破片が刺さっているが、死ぬほどのものではない。

「衣笠は良く背中がお留守になるよな……ったく」

「右足の骨が折れています、何かで固定しないと」

考え込む蒼月に深雪は蒼月の太ももを指さした。

「長一〇センチ砲の予備砲身を添え木代わりにしよう。包帯で巻きつけるんだ」

その手があったか、と蒼月は太もものベルトに何本か装備している予備の長一〇センチ砲の砲身を一本引き抜き、骨折箇所に当てた。

深雪が救急キットから出した包帯でしっかりと巻き付ける。

そこへもう一隻のニ級を相手にして、撃沈した鳥海がやって来た。

「容体は?」

「気を失っているだけだ。衣笠の缶と主機が生きているから鳥海が曳航してくれ」

「分かりました」

頷き曳航準備に入る鳥海に後を任せ、深雪は愛鷹の元へと向かった。

 

 

(警告、ヌ級より艦載機が発艦。機数四、高度を上げアークライト隊へ向かう)

マジックからの緊急通達に愛鷹はこのタイミングで、と健在のヌ級に苛立ちを覚えた。夜間戦闘機を発艦させてアークライト隊を襲うつもりだ。

ジェット戦闘機とは速度で劣ってもミサイルロックが出来ないし、機体サイズが段違いに小さいので機動力で勝っている深海棲艦の夜間戦闘機はF35で撃墜するのは困難だ。

アークライト隊自体を迎え撃つ事は想定できたはずなのに、失念した感があって愛鷹は苦り切った気持ちになる。

「夜間戦闘機隊か、アークライト1-3爆撃用意爆弾投下後速やかに離脱を!」

上空にいるアークライト1-3に通知すると(ラジャー)と応答が返って来た。

(ヌ級は私が排除します)

そう告げて大和がヌ級へと向かう。対艦兵装がない愛鷹には任せるしかない。

「主砲があれば……」

悔しさから左手が握り拳を作るが、今それよりレーザー照射だと割り切り、レーザーポインターをス級に向けた。

照射スイッチを押し、緑のレーザーを沈黙しているス級へと当てた。

(レーザー照射確認、爆撃コースに乗った。LJDAMレディ……)

その時ヘッドセットからアークライト1-3が被弾する音が入った。

(こちらアークライト1-3、被弾した、被弾した! 深海棲艦の攻撃を食らった)

「1-3、一時離脱を!」

空を見上げてアークライト1-3の機影を探しながら愛鷹はヘッドセットに向かって叫んだ。

今アークライト1-3を喪ったら残るLJDAMは1-4の一発だけ。

深海棲艦相手には正確に当たると保証が出来ない誘導兵器なだけに、F35は一機も失う訳にはいかなかった。

一時退避を呼び掛けた愛鷹にアークライト1-3は(ネガティブ!) と拒否した。

(レーザー照射を続行してくれ! 刺し違えになってでも爆弾を落とす!)

ヘッドセット越しに機体損傷警告音が聞こえる。

例え撃墜されてでも、という覚悟のアークライト1-3の意思を愛鷹は尊重した。

(LJDAMレディ、ナウ! よーし投下した、1-3はこれより離脱する)

「了解、幸運を」

レーザーポインターの照射を続けながら愛鷹が返した時、遠くで大和の主砲の砲声とヌ級が爆沈する轟音が聞こえた。

これで夜間戦闘機は帰る所を喪った。

何としてでも、と思いながらス級にLJDAMが直撃するのを待った。

当たって、と祈りながら待っているとス級のすぐ傍に巨大な水柱が突き上がった。

「外れた……!」

右にもう一メートル、いや五〇センチでもずれていれば当たっていた位置だ。

残るLJDAMはアークライト1-4の一発だけだ。

「1-3の爆撃失敗、微妙に爆弾が逸れました」

(こちらマジック、コピー。アークライト1-4の最後の一発で決める)

(こちらアークライト1-4、爆撃用意よし。この一発に賭けよう)

(アークライト1-1、1-2は機関砲で敵機を牽制する。当たらなくても時間稼ぎ位は出来る)

最後の一発、今のところ沈黙を保つス級がいつ再稼働してくるか分からないだけに、爆撃をやるなら今しかなかった。

 

アークライト1-1、1-2はレーダーでとらえられない深海棲艦の夜間戦闘機を、暗視装置付きのHMD(ヘッドマウントディスプレイ)で探した。

レーダーで探知できなくても、人間の目で見えない訳ではない。

(1-1、こちら1-2。エネミータリホー、ベクター(方位)二-二-〇に機影二機を確認)

(深海棲艦の戦闘機は四機いるはずだぞ、残る二機は?)

(ネガティブ、確認できない)

(1-3、1-4、二機確認できたが残る二機が見当たらない。そっちに向かった可能性がある、注意しろ)

(1-3了解)

(1-4、コピー)

発見できた二機に向かってアークライト1-1と1-2は二五ミリ機関砲を撃ち放った。

他の二機がどこにいるのか分からないが、目の前の二機だけでもと二機のF35は小さな目標に向かて牽制射撃を続けた。

 

レーザーポインターでス級を照射するとアークライト1-4がレーザー照射を確認したと宣言する。

(LJDAM投下用意……レディ、ナウ! デンジャークロース、着弾まで一〇秒)

F35のウェポンベイから投下された最後の誘導爆弾が、愛鷹の照射するレーザーを頼りに落ちて行った。

 

その時愛鷹の背後から機関砲の射撃音が迫って来た。

「なに⁉」

夜間戦闘機二機が愛鷹に機銃掃射を仕掛けて来ていた。

躱し様がなかった。

咄嗟に展開した防護機能だったが、間に合わなかった箇所に機銃弾が着弾する。

左肩に衝撃と鋭い痛みが走り、苦悶のうめき声を上げるが、意地でも愛鷹は照射をそらさなかった。

激痛に屈しかける自分に鞭を振るい、レーザーポインターを構え続ける。

自分に機銃掃射を浴びせて離脱していく夜間戦闘機の飛行音を遠くに聞きながら、ス級へ照射を続けていると巨大な艤装に着弾の閃光が走った。

「命中! LJDAMの直撃を確認!」

やった、と安堵の息を吐きかけた時、ス級がなおも動くのが見えた。

大破は確実だが、撃沈にまでは至っていなかったか。

なんてしぶとい、と愛鷹の額に冷や汗が流れる。

 

「こちら愛鷹、ス級大破、しかしなおも航行可能の模様!」

 

一〇〇〇ポンド(約四五四キログラム)の爆弾二発の直撃に耐えるなんて、なんて耐久性……。

 

ヘッドセットに吹き込みながら戦慄に似たモノを感じていると、ス級が回頭して自分に向くのが見えた。

何をする気だ、と大破炎上するス級を見つめていると、ス級が愛鷹に向かって突撃し始めた。

 

体当たりするつもり⁉

 

愛鷹はレーザーポインターのスイッチを切ると右舷主機に出せるだけの速力を出させた。

逃げるが勝ち、の判断だったがス級の速度は思った以上に速かった。

いや機関部が無傷なのか、持ち前の高い速力で愛鷹を追いかけ始めて来た。

「私を道連れに沈む気なのね」

そうなってたまるか、と思うにも右舷主機のみではス級を振り切れるほどの速度が出ない。

(愛鷹さん、逃げて!)

悲鳴のような声で大和が叫ぶ。

「こっち向け、この野郎!」

自分に迫るス級の背後から深雪の声と共に一二・七センチ主砲の砲声が聞こえ、砲弾が直撃する。

全く意に介した様子がないス級が愛鷹との距離を詰めて来た時、再び機関砲の射撃音が聞こえた。

夜間戦闘機が損傷して離脱をはかるアークライト1-3にまた攻撃を行っていた。

アークライト1-3のコックピットに機体損傷の悲鳴のような警告音が鳴り響く。

(チクショウ、また喰らった。こちらアークライト1-3、機体が持たないベイルアウト……。

 

いや、まだ飛べる……なら最期に奴だけでも!)

(1-3、何をする気です!?)

(化け物に突っ込んでやる!)

黒煙を吐きながらも飛び続けるアークライト1-3は、愛鷹を追撃するス級に向かってエンジンスロットルを上げた。

 

「私に構わずベイルアウトして下さい!」

驚愕に満ちた顔を愛鷹は浮かべて、真正面からス級へと突っ込んで来るアークライト1-3に向かって叫ぶ。

 

「お願い! やめてぇーっ!」

 

絶叫する愛鷹の呼びかけに応じて、F35からパイロットが脱出する事は無かった。

コックピットで制御不能寸前のF35を操りながら、眼下で追われる艦娘に当たらない様に軌道を修正しながらアークライト1-3はス級を見据えた。

「ポール! 母さんとジェニファーを頼んだぞ!」

故郷に残した家族の長男の名前を叫んだアークライト1-3のF35は、ス級に正面から激突し爆散した。

 

(ポール! 母さんとジェニファーを頼んだぞ!)

恐らく自分の息子であろう名前に家族を託す言葉を叫んだ直後、ス級に体当たりを敢行したF35パイロットの無線は愛鷹も聞いていた。

戦闘機一機の体当たりを食らったス級がF35と共に大爆発を起こして木端微塵に砕け散った。

 

「どうして……」

 

なぜ、そんな事を……戦闘機だけぶつけて自分は脱出すればよかったのに、何故パイロットは脱出せず機体諸共に……。

 

「どうして……どうして……」

 

力なくへたり込んだ愛鷹は、炎上しながら沈んでいくス級とF35の残骸を見つめた。

炎が海水に使って上がる水蒸気の白い煙があがり、残骸を隠すように立ち込めていく。

(残存するワ級が戦域外へ離脱した。他に作戦海域に展開する敵影無し。

全艦娘へ通達、作戦終了だ、帰投せよ。

 

……アークライト1-3のアレックス・サトウ大尉は勇敢だった。彼は自身の命と引き換えに深海棲艦の巨大戦艦を沈め、艦娘や基地の仲間を救った。

大尉の自己犠牲無くして今回の勝利は無かっただろう……彼は最後まで模範的、いやサムライとして尊敬すべき行動をとった。

アレックス・サトウ大尉に敬礼)

そう告げるマジックの言葉に愛鷹は左肩に当てていた右手を離し、敬礼を送った。

しかし五秒と立たずに視界がぼやけ、目から涙が溢れ出た。

嗚咽を漏らしながら愛鷹は、自分と他の艦娘や基地を護るべくス級に体当たりしたサトウ大尉の死に静かに涙を流した。

 

右手で口元を抑えながら「貴方の事は忘れません……サトウ大尉」と愛鷹は呟き、波間に消えかけるF35とス級を凝視した。

残されたサトウ大尉の二人の子供と奥方の事を想うと、涙が止まらない。

 

「サトウ大尉は自分から望んで死を選んだんだ、愛鷹」

いつの間にか傍に来ていた深雪が泣いている愛鷹に淡々と告げた。

「簡単に命を捨てるようなことはやっちゃダメだ。絶対に許しちゃいけねえ。

でも、生き残るには相手の命を奪うしかないし、命を奪うからには自分の命を捨てる勢いでやるしかないんだ。

仲間の命を護る為に死を選ぶ……死んで来いって命令だったら到底許せねえよ。敵じゃなくて味方に殺されるなて死んでも死にきれない。

でも大尉は自分の意思で死んだ……どうしようもなかったんだ、愛鷹」

深雪自身込み上げてくるものがある口調だった。

すすり泣く愛鷹の左肩の傷を見た深雪は救急キットを出して手当てを始めた。

「幸い、銃弾が貫通してるな。すぐに治る」

応急処置を施し終えると、深雪は子供のように泣き続ける愛鷹の前で屈むと顔を見て言った。

「帰ろう、愛鷹」

「……はい」

 

 

衣笠大破、愛鷹中破の損害を出しつつもス級と護衛艦艇を撃沈した艦隊はトラックへと帰投した。

艦隊が帰投した頃には羅針盤障害が完全に消えており、深海棲艦の侵攻は退けられたと判断された。

侵攻を撃退するのに成功する事と引き換えに、トラック基地を護るべく戦った浦風とサトウ大尉と言う二人の人間が命を落とした。

 

 

トラック基地へ深海棲艦が侵攻し、撃退する事に成功したが浦風が戦死したと言う長門からの報告を武本は静かに聞いた。

「霞くんの死からまだ間もないタイミングで、浦風くんも死んだか……」

その前にはスプリングフィールドも戦死した。

半年以内に三人の艦娘を喪うのは初めてだった。

やはり戦争と言う状況下では、人の命と言うモノは脆いモノだと実感させられるところがあった。

容易く死んでしまう。

弾を撃てば誰かが死ぬ、残された者に出来るのは死者を弔い、死者の事を忘れない事だった。

ふと脳裏に「あきつかぜ」に乗り込んでいた時の仲間の顔がよぎった。

三〇〇名の乗員の名前と顔を武本はすべて覚えていた。

それが自分に出来る先に逝った仲間への手向けだった。

 

「あきつかぜ」他七隻の艦の乗員全員が死亡し、その後昇進して艦娘に関わる部署に配属され、日本艦隊を任される立場へと昇った。

その間に看取った艦娘は少なくない。

替えが効かない、世界に一人しかいない人間だった。

だから自分は替えが効くクローンの艦娘を提唱した。替えが効ない人間とは違って、死んだとしてもその分製造すればいい替えならいくらでも効く人造の艦娘。

今思えばクローン艦娘と言うモノを提唱した自分は、人として本当に最低、外道な事を考えてしまったものだ。

その時の自分はこれが人類、世界に良かれと思っての行動だった。

これで艦娘が死ぬのを防げるなら、と言う人命を重視した様で実際は軽視もいい所の考え。

作り出されたクローン艦娘達も自我があり、個性があった。人造人間でもやはり人間だった。

優秀なサンプルを選別する為に殺し合わせ、今の愛鷹が生き残った。

その愛鷹もクローンであるがゆえに短命だった。人並みの人生を享受出来なかった。

だから憎悪される。彼女と殺された分身達の無念。

この世に生を授かりながら、初めから人として生きる事など望まれていなかった。

単にいくらでも替えの効く消耗品としての存在を望まれた。

 

その罪滅ぼしと言う理由へのエゴを自覚しながら、日本艦隊の総指揮官の立場を選んだ。

死ぬまで総指揮官のつとめを果たす覚悟だった。

トラック基地への脅威がなくなった今、もう第三三戦隊を海外へ派遣し続ける必要は無い。

青葉の甲改二化は完了しているし、夕張が送って来ていた愛鷹の改装プランも承認済みだ。

第三三戦隊の帰国指令を出す時だった。

 

 

トラック基地に深海棲艦が侵攻し、防衛戦の結果勝利する事は出来たが、浦風が戦死した。

その一報は日本艦隊基地にも知れ渡っていた。

食堂で昼食を摂る青葉、鈴谷、熊野は浦風戦死の一報に沈んだ表情を浮かべていた。

「この間、霞が死んだばっかりじゃん……四十九日も経ってないよ」

悲しそうに言う鈴谷に青葉は呟くように返した。

「人間、死ぬ時は死ぬんですよ……この世に生まれた幸せ、喜び。それを享受する権利はあります。

でも艦娘は軍人です。深海棲艦との戦いの前では権利なんて意味を成しませんよ」

「ドライな物言いですわね、青葉にしては珍しい事」

少し驚いたように熊野がナイフとフォークを持つ手を止めて青葉を見る。

大尉である自分と鈴谷より一つ上の少佐に昇進し、更に甲改二化されてパワーアップしてからこっち青葉は前より落ち着いた感じがあった。

艦隊新聞の執筆はいつも通りだし、仲間への態度は基本変わらない。

しかし熊野と鈴谷が見る限り青葉は、最近前とはどこか変わっているようにも見えていた。

青葉自身は特に自覚していなかったが、自分を見る周囲の目が変わっているのには気が付いていた。

「そう言えば二人はこれから南部方面隊に行くんでしたっけ?」

ふと思い出したように尋ねて来る青葉に鈴谷が頷く。

「種子島基地に行くことになったよ。古鷹、加古も一緒にね」

「種子島基地? あそこは宇宙基地で海軍の作戦にはそんなに関与しないはず」

「重巡二隻と私と鈴谷の二隻を派遣する辺り、何か起きると見て間違いないでしょう」

淡々と語る熊野に青葉は種子島基地で何が行われるのか気になって来た。

調べてみる価値はありそうだ。

「ところで青葉。原隊の第三三戦隊っていつ帰って来るの?」

「三日後にはトラックを輸送機で発って帰ってきますよ。みんな元気かなあ」

「衣笠が派手にやられた、って聞いてるけど?」

そう問いかける鈴谷に青葉は少し不敵な笑みを浮かべる。

「ガサは簡単には死にませんよ。青葉の自慢の妹ですからね」

「だろうね」

微笑を浮かべる鈴谷に青葉も笑みを返した。

 

 

トラック基地での戦闘が終わって三日後。

日本に帰国指令が出た第三三戦隊は、四航戦を含む一部の艦娘を残して日本本土へ撤退する艦娘を乗せたC17輸送機に乗り込んだ。

負傷の傷がまだ癒えていない衣笠と愛鷹、それに戦死した浦風を収めた棺を載せたC17輸送機は、ス級の艦砲射撃や空爆で荒れたトラック基地を発った。

浦風を収めた棺を夕張と深雪は暗い表情を浮かべて見つめた。

「霞の事は好きにはなれなかったけど、艦娘として練度の高い重要な戦力だったし、デレた時のあいつの顔を見るとめっちゃくちゃ笑えた。

でも死んだあいつの遺体は回収できなかった……慰霊碑にも日本艦隊基地のあいつの墓に遺骨は存在しない。

浦風はその点、遺体が回収できて良かったのかもな。

でも深雪様の胸の内で渦巻くこの認めたくないこの気持ちは一体は何なんだろうな」

「艦娘は軍人だから、いつ死んでも文句は言えない。そう割り切りたいところはあるけど……」

そう返す夕張の表情は暗い。浦風の最期を看取っているばかりに精神的にダメージを負った感があった。

半年もたたない内に日本艦隊が二人もの艦娘を喪うのは久しぶりの事だ。

スプリングフィールドを入れると半年以内で三人も戦死した。

大勢の艦娘を短期間で失ったことは過去に例があるとは言え、再びそうならない様、皆生きて帰ることを目指して戦ってきた。

しかし死ぬ時はあっさり死んでしまうのだ。

勿論、今の深海棲艦との戦争で命を落としているのは艦娘に限った話ではない。

ただそう簡単に抜けてしまった戦力補填が出来ないと言う意味では、艦娘の死はかなり後に響くのだ。

ふと深雪の胸の内に愛鷹の様な別に死んでも、またその分作ればいい存在であるクローン艦娘はあながち間違った考えでは無かったのではないか? と言う疑問が湧いて出た。

自分みたいな人間は世界に一つしか咲かない花と同じだが、クローン艦娘なら壊れて使えなくなったらまた作ればいい、いくらでも替えが効く人工物と同じだ。

そう考えた時、思わず自分を殴りつけたい衝動にかられた。

今思ったことを愛鷹に面と向かって言ってみればどうなる?

愛鷹は大和のクローンだ。未成熟だったクローン技術で作り出された艦娘だ。

彼女には強い自我が存在する。

あまり自分の感情を積極的に出す方ではないが、一緒に死線をくぐって来た仲であるだけに、愛鷹の人柄は良く知っているつもりだ。

自分が来年には寿命を迎えてしまう事を自覚している。だから寿命を迎えるまで少しでも長く生きる事を望んでいる。

しかし長生きする事を望むなら、わざわざ危険と隣り合わせの前線部隊指揮官に等なる必要は無いのではないか? 後方で勤務すると言う選択肢もあったはずだ。

 

確かめたい。アイツは傷付くかもしれないが、なぜ戦うのか、その意志を確かめたい。

 

別キャビンにいる愛鷹の元へと向かった深雪だったが、当の愛鷹はシートに座ってすやすやと寝息を立てていた。

起こして聞こうか、と一瞬思ったが、その寝顔を見ると止めておいた方がいい、と言う結論に至った。

戦闘が終わり、帰国する輸送機に乗り込む直前までの三日間、愛鷹は酷く疲れた表情を浮かべていた。

寝顔を見る深雪の脳裏にふと、愛鷹は今何歳なんだ? と言う疑問が浮かび上がった。

生まれたのは四年程前だと言っているが、だから四歳と言う訳ではあるまい。

クローンの成長速度は一年で一五歳相当にまで行くと愛鷹自身が語っていた。

それを基にすると、愛鷹の肉体年齢は六〇歳前後になっている可能性もある。

六〇歳となればもう初老の域だ。疲れやすくなっても別におかしくない。

クローン故に老化の速度も常人より速いとも言っていたから、かなり無理をしている可能性はあった。

いや、無理をしていると言う自覚が実は愛鷹本人にはないのではないか? 

自覚がないまま体に容赦なく鞭を振るっているのではないか。

直ぐには起きそうにない寝顔を見ていると、そっとしておこうと言う気持ちになった。

日本に帰れば、また忙しくなるだろう。

第三三戦隊が次どこへ行くのかは深雪には分からないが、また戦場に出るまでの間くらいは愛鷹にゆっくりして欲しかった。

 

 

部屋で書類仕事をしていた武本のデスクに秘匿回線での通信が入った。

久しぶりに業務に復帰した大淀が繋いできた。まだ精神的に不安定の様ではあるが、比叡に無理をさせ続けたくないという大淀の意思をくみ取り、業務復帰を許可したのだ。

長門たちともしばしシャットアウトすると、秘匿回線をつないだ。

回線を繋いだデスクのモニターに有川が映った。

「有川か。今日は何の用だ」

(お前に頼みごとがあってな。重要な話だから秘匿で伝えに来た)

「傍受されたらまずい事のようだな」

(当然だ。さっそくだが頼みごとの本題に入るぞ)

前置きなどの面倒は割と省くタイプだ。いきなり本題に入って来る有川に驚きもせず武本は先を促した。

(地中海での深海の活動活発化が著しくなって来た。大規模な深海棲艦の侵攻が来る前兆と言ってもおかしくない。

だが情報が足りない。侵攻を行うと言うブラフで、別方面での大規模作戦行動の陽動の可能性もある)

「地中海の戦況は、それだけ拙いという事か?」

そう問いかける武本に有川は首を横に振った。

(小競り合い程度で艦娘には死者も負傷者も出ていない。戦闘はどちらかと言うと北海の方で盛んにやっている方だが、こちらでも死者が出るほどの激しさはない。

それだけに地中海における深海の行動が気になる。

一昔前なら偵察衛星で調べれば済む話だが、衛星とのデータリンクは深海が出てからこっち一度も復旧していない。

だが技術屋の連中が深海の迎撃を受けない衛星軌道を通って戻って来る偵察型SSTOの開発に成功した。

深海の航空攻撃を受けない空域に展開している無人通信中継飛行船や、地上基地からのレーザー通信で誘導管制が出来る優れものだ)

「偵察衛星に代わる情報入手手段が実現で来たって訳か」

(偵察衛星ほど長々と偵察を行えるわけじゃないがな。既に一号機が種子島基地で組み立てられて、打ち上げの準備に入っている。

南部方面隊に第六、第七戦隊の四人を派遣する指令はお前も聞いてるだろ?)

「ああ、古鷹くん、加古くん、鈴谷くん、熊野くんを送れってUNPACCOMからの指令は受けている。

つまり種子島基地からSSTOを打ち上げるから南部方面隊にもっと増援を送れって訳か」

(そうだ。深海の連中、それを察知したのかイリノイ旗艦のLRSRGの偵察情報から、相応の戦力を種子島基地近海に集結させているって報告を上げて来た。

トラック基地での戦闘で空母棲姫は結局攻撃できないまま取り逃がしたが、やつらが種子島基地に転進してくる可能性もある)

種子島基地は宇宙基地だ。これまで深海の攻撃を受けた事がない基地だったので対深海棲艦対策が充分な基地とは言い難い。

偵察型SSTO打ち上げに呼応して来るという事は、何らかの形で人類の新たな空中偵察手段を察知し、妨害しに入って来るという事だ。

「そのSSTOはどこへ向けて打ち上げるんだ?」

(地中海だ。主に島全体が深海の拠点になっちまったマルタ島を中心に深海の動きを偵察する。SSTO自体の帰着先はケープケネディの宇宙基地だ)

「よし、分かった。第二戦隊を中心とした増援艦隊を派遣するのを検討してみるよ」

(頼むぞ、地中海での侵攻作戦防止に役立つはずだ。海兵隊からも無人機の投入を打診して来た。

打ち上げまでの間、艦娘と基地防衛の時間稼ぎに使うと言ってる)

無人機か、と武本は思案顔になって顎を摘まんだ。海兵隊の無人攻撃機はMQ170だ。

(一個無人攻撃機航空団レベルを投入すると、海兵隊は申し出て来た)

「大体、五〇機くらいって事か。了解だ、準備に入る」

(俺から伝える事はこれだけだ。じゃあな。

……浦風は残念だった。あまり気に病みすぎるなよ)

 

そう残して有川は通信を切った。

 

 

「上手く行くと良いですね」

武本と有川の話を聞いていた大淀はヘッドセットから手を離し、独語するように呟いた。

外からの傍受の心配など無用だ。だが中からの傍受など流石の有川も想定していないだろう。

「そう……上手く行くと、ね」

 

 

暗い部屋の電灯のスイッチを入れる様に、意識が覚醒し愛鷹は目を覚ました。

ぐっと伸びをすると、大きく溜息を吐く。

久しぶりに何も考える事も、夢を見ることもなく、ぐっすりと眠れた気分だった。

基本寝る時は熟睡出来る方だが、今の気分はいつも以上によく眠れた感覚だ。

席の周りを見渡して誰も見ていない事を確認してから、制服の上着をめくって脇腹に巻かれた包帯の状態を確かめる。

傷口はしっかり縫合され、左肩の銃創も貫通していただけに手当も早かった。

少なくとも過去に負った負傷よりは、はるかにマシな怪我で済んだという事だ。

体は比較的軽い方の傷で済んだが、艤装や応急修理の限界から完全に破損した左足の主機は日本で完全修理する必要があった。

刀も実質新造しなおさないといけない。砲弾を切り落としたり弾き飛ばしたり、深海棲艦の艤装破壊に使っている内に刀に疲労がたまってしまった結果、折れた感があった。

定期的に刀を鍛え直す必要があるのだろうが、帯刀艦娘の刀の整備などが出来る拠点はかなり限られてくる。

戦闘に刀を使用する艦娘など日本艦隊か、欧州総軍所属の一部の艦娘程度と言う需要の少なさが関係しているし、刀を使う戦闘はおのずと艦娘自身の白兵戦能力、身体能力が大きく関係して来るから、向き不向きの個人差が如実に表れる。

それに刀を使ったとしても、敵砲弾を弾く、切り飛ばすにとどまる場合が多いから、愛鷹の様な近接戦闘に積極的に使用する艦娘自体かなり少ない。

一般で出回っている刀と使い方が違うだけに、艦娘が使う刀に用いられる材質は軽量かつ、耐久性が極めて高いレアメタルを複合精製しているものなので、おのずと製造コストも高くなっている。

艤装も同じだ。性能不足が否めなくなってきている特型駆逐艦である深雪の艤装ですら、軽装甲車輛一台分の開発・製造コストがかかっている。

戦艦クラスの艤装となれば国連海兵隊の主力戦車が一台作れるほどの予算がかかっている。

「艤装は消耗品、艦娘が助かればそれでも充分勝利である」とは言っても、そう簡単に壊されると修理予算もただでは済まない。

大破したら、損傷の程度によっては新造しなければならないくらいだ。

自分の艤装はどうなのだろうか、と考えると愛鷹がワンオフ的存在なだけに修理予算の額が何となく想像できた。

 

予定通りに行けば、あと四時間ほどで日本に着くはずだ。

腕時計でそれを確認すると、また瞼を閉じ、眠りに入った。

休める時は休んでおこう。日本に帰っても、また次の戦場が待っているはずだ。

そう考えている内に再び愛鷹は深い眠りに落ちた。

 

 

もうじき輸送機で仲間が帰って来る。

その事で少し心がうきうきとしていた青葉だが、何しないで待つのは性に合わない。

読書でもしようと書庫に行って読みたい本を借りる事にした。

新艤装のマニュアルは何回も目を通したし、部屋にある本も読み飽きた感があった。カメラでまた何か撮影しようかとも考えたが、良い被写体が思いつかない。

消去法で読書しかなかった

書庫から本を借りて自室へ戻る途中の廊下で、比叡とすれ違った。

軽く会釈を躱す程度だったが、比叡の顔が目に見えてやつれているのが少し心苦しい。

テンション自体はあまり大きく変わらないのだが、ロシニョール病の病魔の影響だろう。

手術治療は明日に控えているので、手術が成功すれば悪化は免れるはずだ。

愛鷹さんもロシニョール病患者、それも末期症状だったな、と思っていると後ろで比叡が荒い息を吐き始めるのが聞こえた。

振り返ると、壁にもたれて胸を抑えている。肩で息をしており、かなり辛そうだ。

「比叡さん、大丈夫ですか?」

心配になった青葉が尋ねるが、比叡が俯けている頭を振り向かす事は無い。辛そうに浅い呼吸をしている。

これはちょっと、いやちょっとどころではないだろう。

書庫から借りた本を入れた手提げ袋を肩に担ぐと、比叡の元へ駆け寄り自分より少し背が高い比叡の肩を担いだ。

「青葉の声、聞こえますか?」

荒い息を吐く比叡は軽く頭を縦に振る。

他人からの呼びかけに答えられる程度の余裕はあるみたいだ。

急いで病院へ、と思っても比叡自身の力が抜けかけているので、肩を貸して歩くスピードは思う様に上がらない。

無理をさせない程度に急いでいると、廊下の曲がり角から大井が現れた。

出撃時や普段の制服ではなく、香取型と同じ正装を着ている所からして教官職務の途中の様だ。

北上以外の艦娘と積極的にかかわる性格ではないが、青葉と比叡の姿を見ると驚いた顔になって駆け寄って来た。

「ちょ、どうしたのよ」

「見ての通り、比叡さんが急病ですよ」

「それは、見りゃ分るけど」

比叡の顔を覗き込んだ大井は症状の深刻さをすぐに捉えた。

「誰か呼んでくるから、一緒にいてあげて」

「はい」

大井が駆けだしていったのを見送っていると、比叡が遂に立つ事が出来なくなりへたり込んでしまった。

流石に肩を貸し続けるのも無理なので、座らせる事にした。

「……すいませんね、青葉さん」

辛そうに閉じていた目を開けて青葉を見た比叡の言葉に、青葉は首を振る。

「大井さんが人手を呼びに行ってくれました。ちょっとだけ頑張ってください」

「……明日……手術だった……のに。いち、にち……早くダメになっちゃいました」

「多分、緊急手術になると思いますけど……比叡さんなら大丈夫ですよ」

その言葉に比叡は力なく笑みを浮かべる。

「お、お姉さまも……頑張ったら……」

「喜んでくれますよ! 頼れる妹ネ、って言ってくれますよ。だからもう少しの我慢です」

「そうですね。そしたらまた……戦いに……」

一瞬だがそれよりは静養をと言いかけたが、頑張り屋の比叡にそれを言うのはどこか合わない気がした。

「ええ、またすぐに金剛さんと一緒に戦えますよ!」

その言葉に比叡は苦しそうな表情に精一杯の笑みを浮かべた。

座らせた比叡の傍で励まし続けていると、大井が呼んだらしい救急車のサイレンが聞こえて来た。

もう少しの我慢だ。

「青葉さん」

自分の腕を掴んだ比叡が呼びかけて来て、青葉は比叡を見返した。

「……甲改二と……少佐昇進……おめでとう、ございます」

そう絞り出すように言うと比叡は苦笑を浮かべた。

「言うの……ちょっと遅かったかな」

「恐縮です。良いんですよ、いつでも青葉は大丈夫ですから」

暫くして大井が救急隊員四人と金剛を連れて戻って来た。

掛け声と共に救急隊員の手で比叡はストレッチャーに載せられ、金剛が優しく呼びかける。

力なく笑う比叡に金剛は「頑張るデス」と笑顔で頷く。

「噂で聞いていたけど、やはりロシニョール病ね」

そう呟く大井に青葉は「ええ……」と返す。

比叡の額を撫でていた金剛が青葉に真顔を振り向けた。

「青葉、サンクス。比叡は任せてネ」

脈拍などを図った救急隊員の手で比叡はすぐに運ばれていき、金剛も付き添いとして一緒に行った。

「治るかしらね……」

「当たり前です」

少し不安そうに大井が運ばれていく比叡と付き添う金剛の背を見て言うと、強い口調で青葉が返した。

普段とは違う、少し荒げ気味の声の青葉に少し大井は驚きを感じた。

青葉ってこんなキャラだったかしら?

そう思えてくる程だった。

 

せめて比叡さんだけは助かって欲しい。

そう思う青葉の脳裏に愛鷹の姿が映った。

 

愛鷹さんは……比叡さんと違ってもう回復できない所にいる。

でも比叡さんは助かる見込みがちゃんとある。

助かる確率があるなら、その確率が例え一桁だったとしても、それに賭ける価値を青葉は感じていた。

 

 

輸送機が横田基地に着陸したのは日本時間の午後三時ちょうどだった。

浦風を納めた棺が運び出される間、一緒に輸送機に乗っていた艦娘達は横一列に並んで敬礼し、棺を見送った。

棺を載せた車が走り出すと解散、の号令がかかる。

「こんな光景は二度と御免だぞ……」

無念さと悲しさを滲ませた深雪の言葉が愛鷹の胸に刺さる。

「私のせいよ……気を抜いたりしていないければ……」

顔を追俯ける夕張にかける言葉が出ない。

そんな自分へのもどかしさを感じながら、愛鷹は「行きましょう」と夕張に促した。

 

日本艦隊統合基地に向かう列車の中で愛鷹は久しぶりに見る沿線の風景を眺めた。

第666海軍基地から空路で横田基地に降り、そこから列車で基地へと向かったのが昨日の事の様だった。

「今日で……いや、明日で三ヶ月か」

もう三ヶ月近くも経った事に軽い驚きを覚えた。

出撃、作戦行動、基地での負傷治療、息抜きを合わせたら明日で自分が着任して三ヶ月目になる。

想えば日本艦隊統合基地以外の日本の風景を、自分の目でちゃんと見た事が無かった。

着任する時は途中から車内で寝ていたから、沿線の風景を見ていなかった。

今日は起きてずっと眺めていよう、と窓の淵に頬杖をついて日本の風景を眺めた。

民間地などラバウルで第三三戦隊メンバーと外食した時程度しか見たことがない。

他の艦娘達の談笑には加わらず、一人沿線の風景を眺めていると、日本国内での人々の生活の営みと言うモノを所々で見る事が出来た。

車窓から見られる住宅やマンションに、人の生活風景が一つ一つ詰まっているのだと考えると、つい自分の生い立ちが気になってしまう。

自分は人工子宮から生まれ、同じ顔のクローン達と訓練や教育を送る日々だったから、家族と呼べる存在、概念が全くない。

知識でしか知らない世界なだけに、急に自分の生い立ちに劣等感を覚える。

別の客車に乗っている大和は「お姉ちゃん」を自称しているが、家族だと思った事は無い。もう一人の自分と言う存在だ。

いや、自分の方がもう一人の大和と言う存在か。

自分の知らない世界は本当に広いモノだ……と、車窓からの風景を眺めながら軽く溜息を吐いた。

深海棲艦の登場で、日本も少なからずの混乱に見舞われたし、海上交通路(シー・レーン)も一時期断たれたこともあって、沿線にスラムが形成された名残がある。

経済や産業、国力が低下すると、日本は国家としての体を為すのが精一杯だった。

原子力発電所や自然エネルギー発電以外の化石燃料発電所は多くが燃料難で稼働できず、深刻なエネルギー不足にも陥ったことで少なくない数の日本人が命を落とした。

艦娘の配備開始後は海上交通路の安全性も上がり、元通りの姿を取り戻しつつある。

それだけに艦娘は深海棲艦に対する切り札として見られるし、英雄視する動きも根強い。過剰に期待を寄せられることもしばしばだ。

 

「英雄、切り札……か」

 

ぽつりと何気なく呟く。

実際の所いくら持ち上げようが、艦娘はそこまで特別な存在と言う訳でもない。所詮は人間なのだから。

艦娘が人間ではなく、自分みたいなクローンか人造人間、アンドロイドだったら、世間からはどう映っただろうか。

考えると気に病みそうな予感がしたのでやめて、風景を眺める事を意識した。

ビルが立ち並ぶ都会が見えて来たが、眺めている内にトンネルに入ってしまい見る事が出来なくなった。

トンネルを抜ければまた別の風景が見られたが、程なく基地の近くまで続く長いトンネルに入った。

到着まで本でも読んでいよう、と私物を入れたカバンからペーパーバックを出して読書する事にした。

もう一時間もしない内に、日本艦隊の艦娘が我が家とする統合基地に帰り着く。

先に戻っている青葉はきっとホームで待っているだろう。

こちらの近況は聞いている筈だ。首を長くして帰りを待っているだろう。

 

 

書庫で借りた本を読んでいた時何気なく時計を見た青葉は、第三三戦隊メンバーを含む海外展開組を載せた列車が駅に着く頃になっているのに気が付き、本を閉じて駅へと向かった。

小走りで駅に向かい、プラットホームに付いた時すでに武本が来ていた。

艦娘が陸路で戻る時は必ず自ら出迎えに行くのが武本のスタイルだ。

青葉がホームに来たことに気が付いた武本が首を振り向けて来る。

「お、青葉くんも来たか」

「司令官もいつもの出迎えスタイルですね」

「久しぶりに帰って来るメンバー揃いだからね、浦風くんは……逝ってしまったけど。

生きて帰って来た艦娘を出迎えて、労をねぎらうのが私にできる事の一つだから」

そう返す武本はふと自分を見る青葉の目が普段とは違うのに気が付いた。

何か思うところでもあるのだろうか、思い当たるモノが思いつかないが。

「どうかしたかい」

そう問うと青葉は武本の目を見据えて静かに問い返してきた。

「もし、艦娘が別に生きて帰って来なくても問題の無い存在でも、司令官は出迎えていましたか?」

「と言うと?」

軽く目を細める武本に青葉は言い方を変えて再び問いかけた。

「艦娘が轟沈しても、失った艦娘はクローン技術でまた作って補充すればいい……文字通りの消耗品だったとしても、司令官は同じ事をしますか?」

「……その口ぶりからして、愛鷹くんの正体を知ったようだね」

そう告げる武本に青葉は「ええ」と短く返した。

「愛鷹さん本人が教えてくれましたよ。司令官が愛鷹さんを作り出す計画の提案者だったことも」

「いつかは知る事になるだろうと思っていたけど、彼女自身が教えてくれたんだね。

青葉くんの質問だが、私の答えはイエスだ」

真顔で自分の質問に対する回答を口にした武本の目を青葉は見つめる。

「例え、喪われたらまた作り出せばいいクローンだったとしても、私の部下であることに変わりはない」

「愛鷹さんから教えて貰った時の司令官への憎悪は、そう簡単には消せませんね」

その言葉に武本は滅多に見せない真顔と口調で応えた。

「彼女に許しを請う気は鼻から無い。この世に生を授かりながら、愛鷹くんや他のクローン達が迎える結末を作り出すきっかけ。

神の領域に手を出すきっかけを作ったその大罪。この十字架は一生背負っていく気だ。

 

人間である君達艦娘は世界に一つだけの存在だ。死んでしまったらその代わりなどどこにもない。

轟沈してしまったら戦力の維持が難しい。

 

だからクローン艦娘を量産し、戦力の維持を容易にする。

沈んだらその分をまたクローンで補填する。それが私の提唱したCFGプランだった」

「青葉は……嫌ですね。同じ容姿、同じ名前の自分が複数存在し、その存在が死んでも別に惜しくはない、また作ればいいと言う姿は。

深海棲艦に勝って海を取り戻す為なら、艦娘の一人や二人くらいは安い代償と言う扱い。

轟沈しても『ああ、やられちゃったか』程度にしか扱われない姿……青葉は、そんな姿は嫌です」

知らずと青葉の言葉に感情がこもり、両手が拳を作る。

初めて見る青葉の静かな激情を湛えた目を武本は受け止め続けた。

「戦いに勝つ為なら犠牲を厭わない……戦争で人間が勝つ為に取る手段は、時に人命軽視で強行する事だってある。

勝利は犠牲の上に成り立つ。その覚悟を持って軍服を着る事を志願した人間が軍人だ。

艦娘も同じ軍人だが、その存在は深海棲艦に唯一対抗できる切り札と言う面で、生存性をどこの兵科よりも優遇された軍人だ。

故に君たちをぞんざいに扱えば、人類に勝利は来ない。

それが分からなかった提督たちの手によって、艦娘は死んでいった」

そう語る武本に青葉は遅きに失した考えだとしか思えなかった。

確かに本名ではなく、艦の名前で呼ばれ、編成も艦隊と呼称される自分たちは人の姿をした兵器にも見える。

しかし中身はやはり人間だ。人間としての存在を望むのを捨て、「人間と同じ姿の兵器」の存在を望んだ訳では無い。

武本の「艦娘は替えが効かない人間」という見方は揺らぎがない。ただその揺らぎの無い見方が「替えが容易にきくクローン艦娘」というモノを思いつかせた。

「その認識が最初から海軍にあれば、例え轟沈してもまたクローンで替えを作れば済む、と言う『命を弄ぶ』司令官の発想が出る事も無かった。

でも、青葉は見ちゃいました。たとえクローンでも自我があり感情があり、『死にたくない』と望む愛鷹さんと言うクローンの思いを」

心なしか語尾が震えている青葉を見る武本は、どう言われるかは分かっているが、艦娘である青葉に確認するような形で聞いた。

「青葉くん。私への思いを、心の中で正直に思っていることを一言言ってくれ」

その言葉に若干迷いが青葉に出たが、「艦娘であり替えが存在しない青葉」に言って貰う事を望んでいる武本の目を見て、迷いを断ち切ると青葉は答えた。

 

「裏切られた、です」

 

自分達の生死をとても心配してくれる武本が、人間と同じように感情と自我を持つクローンの生死に関しては厭わない考えだった。

命を大事にしている様で、軽んじていた。

「いろんな艦娘の思いを聞いてきた。好意的なモノもあれば批判的なモノもあった。

青葉くんの『裏切られた』と言う思いの一言。今まで聞いてきた艦娘からの思いの中でも一番正直で真っすぐなモノだ」

「でも司令官が焼いてくれた世話は忘れません。だから青葉は司令官の事は好きですよ」

「ありがとう」

満足げに武本がほほ笑んだ時、列車が基地に入って来るのが聞こえて来た。

警笛を短く鳴らして、客車と艤装を載せている貨車を引く機関車が基地のプラットホームへと入り込んできた。

ブレーキの音を響かせながら列車が止まると、客車からトラックにいた艦娘達が降りて来た。

第五航空戦隊の翔鶴と瑞鶴。

第五特別混成艦隊の伊吹、鳥海、愛宕、天霧、白雪、負傷した左腕に包帯を巻いた初雪。

大和、矢矧、初霜、朝霜、涼月、時雨、雪風。

そして第三三戦隊の愛鷹、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳。

松葉杖を突く衣笠に青葉が心配顔を浮かべると、衣笠は大丈夫と言う様に笑った。

「皆、お帰り。そしてご苦労さま。

長旅で疲れただろう、ゆっくり休んでくれ」

労をねぎらう武本に艦娘達は「はい」と唱和した返事を返した。

 

「皆さん、お帰りなさいです」

笑顔を浮かべて第三三戦隊の仲間達を青葉は出迎えた。

「ただいま、青葉。衣笠さんがいなくて寂しくなかった?」

そう尋ねて来る衣笠に青葉は苦笑を浮かべた。

「ガサがいないとやっぱ部屋が寂しいよ」

「衣笠さんの、青葉がいない間頑張った土産話、後でたっぷり聞かせてあげるね」

「衣笠、一応青葉は上官だぜ?」

深雪が青葉の肩章を見てにやにや笑いながら突っ込む。

「姉妹艦ですから階級なんて気にする必要はありませんよ」

「でも昇任試験受けてたのね。近況報告なかったから知らなかったわ」

少し驚いたように言う夕張に少し得意気な笑みを青葉は向ける。

「青葉、甲改二化されてパワーアップしたんですよ。これからもっといい活躍が出来ますよ」

「へえ、どんな感じか気になるなぁ」

「夕張が気になるのは青葉の新艤装くらいだろ」

ツッコミを入れる深雪に夕張は「そんなことないわよ」と首を横に振る。

とは言え、具体的な改装内容を六人とも聞いていないだけに気になる所ではある。

「どんな感じなの、青葉のバージョンアップって?」

そう尋ねる瑞鳳に青葉は少し得意気な顔になる。

「航空巡洋艦ですよ、瑞雲一六機搭載出来ます」

「凄い搭載数ですね」

瑞雲一六機と言う数字に蒼月が驚く。

「まあ、詳しい話とかは談話室とかでしましょうよ。青葉の甲改二の内容を説明したいですし、青葉がいなかった間の皆さんのお話も聞きたいです」

「では、行きましょうか。我が家に」

黙っていた愛鷹が制帽の鍔を少し上げて、空を見上げる。

 

基地の外の世界は初めて見る風景ばかりだったが、我が家となった日本艦隊の基地は変わる所がない。

「愛鷹さんも元気そうで何よりですよ」

「相も変わらず負傷の連続でしたけど、生きて帰って来られましたよ」

「生きているって事はいいものですよね」

「全くです」

微笑を浮かべる愛鷹に青葉も微笑み返した。

 

 

基地の艦娘居住地へと歩いていく第三三戦隊メンバーを、別施設の窓から見る目があった。

「貴方を殺害すれば、仁淀は助かる……」

呟くように言う大淀は、第三三戦隊のメンバーでもひときわ背の高い愛鷹の姿を見て、持っているケースの重みを感じた。

書類ケースの中にはサプレッサーとP320拳銃が収まっている。

万が一、大淀自身の手で愛鷹を殺害せざるを得ない状況の時に備えて、用意された拳銃だった。

予備マガジン一個を含む二本のマガジンには.45ACP弾一〇発が装填されている。

最近射撃練習場で腕は磨いているから、ちゃんと当てられる自信はある。

まあ、そこまで予定の計画が失敗していくのは拙いのだが。

「生きていたのなら、後悔の無い程度に生きている事ね……」

 




トラックでの艦隊戦に終止符を打ち、日本に帰国した第三三戦隊のつかの間の休息の訪れです。

比叡が病を克服できるかは、今後の展開で明らかにします。

様々な人間模様が交錯し、青葉が武本へ初めて抱いた不信感を打ち明ける回にもなりました。

そして、第三三戦隊の深海棲艦との新たな戦いの舞台も近づいてきました。

更なる愛鷹と第三三戦隊の物語にご期待ください。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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謀略編
第三六話 戦う理由


書きたいと思っていたエピソードです。

本編をどうぞ。


第三三戦隊の七人は艦娘居住区でそれぞれ艦種ごとの寮に入っていった。

「じゃ、晩飯の時にでも会おうぜ」

私物を入れた頭陀袋を担いだ深雪は蒼月と一緒に駆逐艦寮へと入っていった。

瑞鳳も欠伸を漏らしながら別れる。

「ちょっとだけ昼寝してきます」

「ゆっくり休んできてください。次の仕事が来るまでしっかり休みましょう」

三人がそれぞれの寮への通路に消えると、愛鷹、青葉、衣笠、夕張は巡洋艦寮に入った。

懐かしさすら感じる日本艦隊基地の巡洋艦寮に戻る際中、青葉と衣笠は仲良く談笑し続けており、特に衣笠は青葉が不在の間の自分の活躍を自慢していた。

自慢する衣笠に青葉が凄いと褒めると、夕張が茶々を入れたり、訂正をかけたりして衣笠がむくれる一幕もあった。

二人の話を聞きながら、楽しそうだとほほえましい気分になる一方、衣笠の相手をする青葉の面構えが少し変わっているように見えて、甲改二化と少佐昇進は青葉にかなり変化を与えているのでは、と驚きを感じていた。

にこやかで朗ら、お調子者、その性格は初めて会った時から変わっていないが、少しばかり目に鋭さが宿っているようにも見えた。

頼りになる仲間で嬉しいモノだ、と思う一方新しい甲改二艤装の能力と言うモノを見てみたい気分でもあった。

今度演習を行う際に見られるかもしれない。

自分の艤装の修理が終われば、の話ではあるが。

 

青葉、衣笠、夕張と別れた愛鷹は久しぶりの自室に戻った。

日本を発つ前と変わらない部屋の風景だが、雨戸を閉めたままだ。

空気の入れ替えでもしようと、窓を開けて、雨戸を開けた。

すると窓の外にあるプランターで何かが動いた。

何だ、と思わず身構えると鳴き声が聞こえた。

 

鳥だ。

軽く驚きを覚えて鳥を見ると、鳥の方も見返してきた。

向こうにとっては、いきなり現れた愛鷹に驚いているのだろう。

灰色の背中、翼の上面と尻尾が青みかかった灰色、目は黄色い。

驚いたことにタカ科の一種のハイタカだった。外観的特徴から雄だ。

「雄のハイタカ……」

これが鳩やカラスなら大して驚きはしないが、まさか雄のハイタカがここにいるとは。

プランターの様子を見る限り、寝床にしていたらしい。

見た感じでは多分巣立って間もない、若い雄だ。

猛禽類のタカ目タカ科のハイタカは、割と日本での人間との関係は深い方だ。

タカ使いも存在する。

しかし、まさか愛鷹の部屋のプランターを若い雄が寝床に使っていたとは。

まだメスと結ばれていないようだ。

猛禽類なだけに鋭さのある外観だが、どこか可愛いようにも見える。

威嚇するように翼を広げることもなく、ハイタカは愛鷹を見つめている。

「……しばらく出て行く気はなさそうね」

軽く溜息を吐く。プランターには特に植木鉢を置く気も無いし、他の艦娘に迷惑をかけないのならそこにいてもいいだろう。

追い出す必要もない。

しかし、体長三〇センチほどのハイタカを見ていると、どこか愛嬌を感じて来る。

自分を見る愛鷹を真っすぐ見つめ返して来る。

「他のみんなに迷惑をかけないなら、そこにいてもいいわよ」

借り家みたいな場所のつもりだろうから、どうせすぐ出てくだろう。

窓を開けたまま私物を入れたバックを開けていると、急にハイタカが部屋に飛び込んできて愛鷹の右肩に乗っかった。

「ちょ、ちょっと……」

驚く愛鷹に対して意に介した様子もなく、ハイタカは肩に乗っかったまま降りようとしない。

やれやれ、と溜息を吐いてハイタカにそっと手を伸ばして掴むと、デスクの上に置いた。

再びバックに戻って入れていた私物をすべて出し、収納スペースに収めていると、またハイタカが右肩に飛び移って来た。

「……私の肩は止まり木じゃないんだけど」

少し困った顔をハイタカに向けると、ハイタカも愛鷹の顔を見た。

妙に興味深そうな目つきをハイタカから感じる。

愛鷹に懐いているのか、それとも元々人懐っこいモノがあるのか。

良く分からないが少なくとも悪気はなさそうだ。

「一緒にこの部屋で寝起きしたいのなら、私の生活の邪魔程度はしないでね」

左手で本棚に本を立てながら言うと、返事するかのようにハイタカは鳴き声を上げ、自分からデスクに移った。

 

 

派手に破損してしまってはいる愛鷹の艤装と、夕張の送って来ていた図面をノート端末で見ながら、明石は愛鷹の艤装の改装作業の準備を進めていた。

艤装技官数名と工廠妖精等も加わって、破損が酷い三一センチ三連装主砲を取り外している。

武装類はすべて廃棄処分だ。修理のしようがない。

超甲巡とは言え、そのバイタルパートがル級二隻の砲撃に耐えたのは驚きである。

中枢機能や艤装本体の破損は許容レベルだ。

武本から改装のGOサインは出ていたので、とりあえず愛鷹の意思確認ができ次第、改装か修理に留める予定だ。

改装する場合は予備装備として保管されている長門型の改艤装から外した四一センチ主砲二基を右舷、カタパルト二基、エレベーター二基装備のアングルドデッキ型飛行甲板を左舷にそれぞれ装備する。

他に背中の艤装には二五ミリ三連装機銃二基、一二センチ三〇連装噴進砲改二二基を備える。

また青葉甲改二化に合わせて採用されたHUDの標準装備、射撃管制などにコード式トリガーグリップではなく、スティック型射撃管制桿に変更と一新レベルの改装規模だ。

航空艤装には烈風改二を一六機、天山六機搭載する。夕張の改装案では烈風改だったが頭数の少なさを補うために烈風改二へ変更されていた。

他に電探も対水上、対空、射撃管制のどれも高性能モノ揃いだ。

超甲巡の時よりも火力や対空戦闘能力が大幅に向上しており、戦艦との砲撃戦も可能だ。

ただし装甲に関しては速力維持の面から改修による向上は余り望めそうにない。

一方で耐久性は四一センチ主砲を装備するだけに、その発砲の衝撃吸収などの面や航空艤装の重量維持の面から上がっている。

あくまでも巡洋艦扱いだった愛鷹が、この改装で航空巡洋戦艦に変更されることになる。つまり戦艦になるのだ。

図面や艤装の改修可能数値の上限の高さは正直、「戦艦として使っていても不思議ではないレベル」だ。

なぜ敵の巡洋艦は圧倒できるが戦艦には脆い中途半端な超甲型巡洋艦にしたのか。

自分の知らない所でそうしたのだろうが、明石に言わせてみれば「勿体ない」扱いだ。

取り敢えず修理する場所は、改装する、しないに関係なく共通する場所から始まった。

愛鷹が履いている主機も本格的修理をしなければならない。特に左足の主機は減速機とシャフト機能を破損して使いものにならない。

クレーンで持ち上げられた愛鷹の艤装から、三一センチ三連装主砲のアームを切断する作業が始まった時、工廠へ左手に何かを入れた袋を下げた愛鷹がやって来た。

「こんにちは」

「あ、愛鷹さん。いらっしゃいです……ってなんですかそれ?」

愛鷹の右肩に乗っかったままのハイタカを見て、明石は目を丸くした。

制帽の鍔を摘まんで軽く溜息を吐くと愛鷹は右肩に乗ったまま離れない、共同生活者を紹介した。

「留守中、部屋のプランターを寝床にしていたハイタカです。なんだか私のこの場所がお気に入りらしくて……」

「ハイタカ、え、タカですか⁉」

驚く明石に多少困った様に愛鷹は頷いた。

「基地の中にハイタカが入り込んでいたなんて……」

「何だか懐かれているのか、良い止まり木的な所だと思っているのか……良く分かりません……」

はっきりと困惑している愛鷹に、明石は初めて愛鷹から人間味を感じた。

 

初めて会った時と比べて、結構人間味が感じられるようになった感じだ。

氷のハートの持ち主に見えていたが、海外展開中にいろんな艦娘と触れ合ってきている内に氷が解けたようだ。

 

「あ、そうだ、話変わりますが愛鷹さんは改装案を受けますか? それとも元の超甲巡艤装に修理しますか?」

問いかけて来た明石に愛鷹はクレーンで釣りあげられている自分の艤装を見上げ、目を閉じる。

数秒程度何か考える様に目を閉じた愛鷹は、目を開けると明石に答えを口にした。

「改装をお願いします。改装された艤装運用のマニュアルや訓練期間、カリキュラムなどは?」

「用意済みですよ。主砲がパワーアップしていますよぉ? 

四一センチ連装主砲二基、これで戦艦とも渡り合えますよ」

「長門型からの流用品でしたね」

「はい、陸奥さんの連装主砲を二基移植します。結構拡張性が高い艤装で驚きましたよ。

超甲巡なんて何だか中途半端さがある艦種より、戦艦として新造すればよかったのに。

改装案では装甲強化も一応可能ではあるんですけど、三五・六センチ主砲の砲撃には何とか耐えられる程度の位までしか上げられませんね」

「装甲は大して変わらないと……」

少しがっかりした様な声の愛鷹に、明石は端末に表示される数値を見て返す。

「航空艤装がそれなりに重量あるので、艤装のバランス維持面で言うと、あまり装甲強化を行うと機動力が大きく落ちるんです。

機動力は愛鷹さんの最大のアドバンテージでしょうから、工作艦としてそれを尊重するとなると『被弾しない事』を前提に動いてもらうしか」

「やむを得ませんね。主機の修理も頼みますよ」

「暫く主機を修理に出しますけど、替えの靴はあるんですか?」

そう尋ねる明石に愛鷹は左手に持っていた袋から黒のローファーを出した。

「ちゃんと用意済みですよ」

「じゃ、主機の修理をするので靴は脱いでください」

頷いて大和型似の主機を脱ぐ愛鷹を見ながら、その主機の破損ぶりに明石は少しばかり緊張するものを感じた。

かなり傷だらけだ。夕張が応急修理をして使えるようにしたとは言え、主機自体の大規模修理も必要だろう。

主機を脱いで持って来ていたローファーに履き替えながら、愛鷹自身良くこんな状態になりながらも動いてくれたものだと自分でも驚いた。

「改装に関する訓練や教育課程は鹿島さんが資料を用意してくれているはずなので、後で行ってみてください」

「分かりました。因みに私の改装後の艦種は?」

「航空巡洋戦艦です。戦艦としてカウントされますよ」

「戦艦……ですか」

戦艦と言う言葉に反応する愛鷹の声が少し嬉しそうに聞こえる。

 

艤装には不釣り合いな程の火力かつ巡洋艦扱いから、相応の火力を持つ戦艦になれるのだから、気分が昂るのも無理はないかも知れない。

清霜が聞いたら羨ましがりそうだが、彼女の適性は駆逐艦だったからどんなに改修をしても、戦艦にはなれない。

 

「では改装作業の旨、よろしくお願いします」

「了解です」

一礼する愛鷹の肩の向きに合わせて、右肩のハイタカも位置をずらした。

 

愛鷹が工廠を後にし、早速作業だと手袋を嵌めながら「愛鷹と言う鷹の字が入った艦娘が本物のタカを飼う」と言う展開に、クスリと明石は笑みをこぼした。

もっとも愛鷹自身は飼うと言うよりは、共同生活と言っているあたりハイタカは居候者扱いなのだろうが。

 

 

右肩に止まったまま離れないハイタカに少しばかり図々しいモノを感じる一方で、常に一緒にいてくれる存在が出来た事への喜びの様なものもあり、無下に肩から降りてと言う気持ちにもなれず、結局ハイタカを右肩に載せたまま愛鷹は艦娘宿舎の談話室に行った。

ハイタカを肩に載せた愛鷹の入室に驚く目線に、やっぱり目立つなあ、と嘆息しながら自動販売機で缶コーヒーを購入した。

「あの……すみません」

ふと自分を呼ぶ声に愛鷹が振り返ると、護衛空母艦娘の神鷹が自分とハイタカを見ている。

「何か?」

「そのハイタカ……どこで?」

不思議そうな顔をする神鷹に、自室のプランターに住み着いていた下りを話すと、興味深そうな目になり右手で顎を摘まんでハイタカを見る。

「初対面でここまで人に懐いているハイタカは見たことがないですね」

そう語る神鷹を見返しつつ、確か着任前に読んだ艦娘の人事ファイルで、神鷹は艦娘になる前は鷹使いに長けた一族の生まれだったと言う事を思い出した。

彼女が鷹使いの技術を持っているかまでは分からないが、少なくとも素人よりは頼りになるかもしれない。

「鷹の使い手として、アドバイスいただけたら幸いなんですが……」

「そうですね、とても……えっと」

「愛鷹と申します」

「愛鷹さんにとても懐いている様に見受けられるので、可愛がってあげたらいい事があると思いますよ」

笑顔でそう告げる神鷹に、可愛がってあげるって……、と困惑しながらも肩に止まるハイタカに悪気は全くないのは一応わかるので、しばらく世話を焼くか、と割り切る事にした。

ご飯は何がいいのか、プランターではなく室内で一緒に生活するか、考えると改装を行うと言う忙しくなる時に、また別の忙しいオーダーが一つ増えた気分になり、再び溜息を吐いた。

「何か分からないことがあったら、私に聞いてください。

私、鷹使いの一族生まれなので、艦娘になる前、鷹使いの色々な事を教え込まれているので」

「では、何か困った時は頼みますよ」

缶コーヒーを飲みながら愛鷹は神鷹に頼んだ。

ハイタカも「よろしく」とでも言う様に神鷹に鳴き声を上げた。

 

 

各々の羅針盤からレーダーコンタクトの警報が鳴った。

日本艦隊統合基地東部哨戒線を哨戒中のユリシーズ、モントローズ、第六駆逐隊の暁、響、雷、電の六人は羅針盤からの警報に表情を硬くした。

羅針盤のレーダー表示を見たユリシーズが、レーダーで確認した深海棲艦の艦隊の数を告げる。

「レーダーコンタクト、敵艦影六を捕捉。重巡リ級二、駆逐艦ロ級四!

針路はこちらに取っているな……一戦交える気だ」

「重巡二隻と駆逐艦四隻、苦労はしなくて済みそうね」

特に気負った様子もなく言う暁に雷も得意気に頷く。

「場数を踏んでいる私達なら大丈夫ね」

「油断は禁物ですよ。まあ、この海域にelite級が出た事は無いから、緊張しすぎることもないとは思いますが」

そう返しながらモントローズは自身のMark Ⅷ 二〇・三センチ連装主砲の安全装置を外した。

既に主砲の安全装置は外し済みのユリシーズは、第六駆逐隊メンバーに「elite級が出た事は無い」と言うモントローズに、胸中で「だが化け物は出たがな」と付け加えていた。

ユリシーズの言う「化け物」とは勿論ス級だ。エクセターを殺害し、先に散った仲間との約束を踏みにじった巨大戦艦。

絶対に自らの手で地獄に送りたい戦艦だが、日本近海の哨戒活動を日本艦隊の艦娘と統合運用で行う様に原隊の本国艦隊から命令が入れられていたので、ス級の方から出てこない限りは会敵できそうにない。

そして今日もまた、いつもと大体同じ編成の深海棲艦艦隊を相手にする。

 

まあ、例え相手が輸送艦であろうと自分の務めは変わらない。

自分に課せられているのは極めてシンプルだ。命令を受け、引き金を引き、敵を沈める。

 

「全艦戦闘配置、対水上戦闘用意」

深海棲艦への殺意を込めた声で、ユリシーズは五人に命令を下した。

仲間と共に主砲と魚雷発射管での水上戦闘に備える電は、こんな戦いが一体いつまで続くのだろう、と素朴な思いを頭に浮かべていた。

深海棲艦を屠るのが艦娘の仕事とはいえ、時には捕虜にして何か情報を聞き出したり、そこから深海棲艦との対話の可能性を探れないのか、と思うことがある。

ここ最近、沖ノ鳥島やショートランド奪還、トラック基地侵攻阻止以外、世界各地での人類と深海棲艦との前線には大きな変化がない。

事実上の膠着状態で、北海で小競り合いか起こっている事以外、人類も深海棲艦も前線を上げる気配がない。

この機に深海棲艦と戦闘ではなく、対話と言う形での状況転換は望めないか?

そう思いながら電は徹甲弾を装填した主砲を構えた。

 

単従陣を組む深海棲艦の五隻はelite級やflagship級も無い、ごく普通の艦隊だった。

リ級を先頭に四隻のロ級が続航している。進路は変わる事は無く、六人とは反航戦を挑む形だ。

自分を含めた六人全員が主砲射程に捉えた時、ユリシーズの号令が下った。

「シュート!」

その指示通りに六人は主砲を撃ち放った。ユリシーズの五・二五インチ主砲、モントローズの二〇・三センチ主砲、第六駆逐隊の一二・七センチ主砲の砲声が同時に海上に響き渡る。

飛翔中に空気との摩擦で赤く光る砲弾が深海棲艦に向かって飛翔していく。

ユリシーズたちの砲撃開始とほぼ同時に深海棲艦も砲撃を開始した。

飛来する砲弾を各自の回避運動で躱しながら、外れた射撃に修正をかけて再び砲撃を行う。

一〇斉射以内に仕留めてやる、とリ級に第二斉射を放ったユリシーズの砲撃はリ級の回避運動で躱されたが、即座に送り込まれた第三斉射の二発が直撃する。

艤装から何かの部品の様なものが吹き飛ぶが、射撃能力自体は衰えず、自分を撃ったユリシーズへ反撃の砲火を放つ。

後ろのモントローズはまだ命中弾を出せていないが、狙い自体は正確で、第六駆逐隊の射撃の精度も悪くない。

深海棲艦からの砲撃は六人の周囲に至近弾の水柱を突き立てるが、場数を踏んできた六人のとる回避運動の前に当たる事は無い。

一方で第五斉射目でユリシーズ以外の全員が深海棲艦に命中弾を出していた。

第四斉射目で狙っていた先頭のリ級へ更に三発の五・二五インチ弾を当てると、リ級の艤装が破損して速度が低下するのが見えた。

追い詰める時だ、とユリシーズはリ級に再装填した徹甲弾を撃ち込む。

五・二五インチ主砲の砲身から砲炎が噴き出すと、後退し反動を制御する。

更に直撃を受けるリ級がユリシーズの方を見ながら生き残っている全火器で応戦するが、顔色一つ変える事無いユリシーズから慈悲無き砲弾の洗礼をさらに受ける。

砲撃を行うユリシーズの頭の中でそろそろ、敵駆逐艦からの魚雷が来るかもしれん、と魚雷への警戒心を強める。

しかし第六駆逐隊が砲撃を浴びせるロ級を見ると、既に中破した艦だらけになっており、魚雷発射どころではなさそうだ。

それでもロ級は主砲を第六駆逐隊に向け、射撃を続ける。

モントローズの砲撃を食らったリ級が艤装から黒煙を上げて射撃の構えを解くと、反転し戦線離脱を図りだした。

それを期に形勢不利を認めた深海棲艦は先に離脱するリ級を、比較的被害の少ない艦でカバーしながら後退を図るが、ユリシーズが「ストップ・ファイア」をかける事は無かった。

自身の第九斉射を受けたリ級が艤装から炎上しながら海上に倒れ伏し、モントローズの狙うリ級も背中から更に直撃を受けて、動きを止めた。

リ級離脱援護を行っていたロ級も、第六駆逐隊からの砲撃を前に次々に機能停止して行き、動かぬ残骸と果てた。

全艦が戦闘不能になると、ようやくユリシーズから「ストップ・ファイア」がかけられた。

六隻とも航行不能になっており、ロ級は既に沈没し始めている。

二隻のリ級はまだ海上にあり大破漂流中だが、放っておいてもどの道沈むだろう。

 

完全に瀕死と言えるリ級を見ながら電はふと、さっきの捕虜にする事は出来ないか?と言う思いが勃然と湧き上がって来た。

「何だか、敵とは言え可哀想ね……」

ボロボロになった瀕死のリ級を見て呟く雷に電が頷く。

敵艦隊の掃討完了報告を入れるユリシーズに寄った電は、ユリシーズが報告を終えると意見具申した。

「ユリシーズさん、意見具申いいですか?」

「何だ?」

自分に顔を振り向けるユリシーズに、電は正直な思いを口にした。

「リ級を……助けてあげてみませんか?」

「助ける? ……フム、では助けるか」

あっさりとユリシーズが意見具申を聞き入れてくれた、と電が喜びかけた時、五・二五インチ主砲の砲声が轟き、海上を漂うリ級に突き刺さった。

 

「え……?」

 

放っておいても沈没は免れない瀕死のリ級はユリシーズからの砲撃を受けると、爆発を起こして轟沈した。

二隻目のリ級にも同様に、まるで「死体蹴り」をするかのようにユリシーズは止めを刺した。

驚愕する目で電が見る中、二隻のリ級は苦悶に満ちた目でユリシーズ、モントローズ、暁、響、雷、電を見てそのまま波間に消え、水底へと沈んでいった。

 

「これが、敵を助ける、だ」

さも当たり前の様に言い放つユリシーズの涼しさすら感じる横顔に、電は唖然とした表情を向ける事しかできなかった。

傍らの雷も「そう言うのじゃないと思うけど……」と、完全に沈んだリ級二隻の艤装の残骸が上げる黒煙を凝然と見つめながら呟いた。

 

 

夕食時になり、腹が空腹を訴える音を立てた。

書類仕事の為に自室のパソコンのキーボードを叩いていた愛鷹は、一旦作業を中断し、制帽を被ると部屋を出て食堂へと向かった。

同居人となったハイタカには取り敢えずソーセージをご飯として与え、しばらく様子見だ。

何故ここまで懐かれるのかさっぱりではあるが、動物に懐かれるのも案外悪くない。

何か分からないことがあったら神鷹に聞けば大丈夫だ。

 

食堂では既に艦娘達が夕食を摂っていた。

いつものサンドイッチを買おうと思ったが、トレイに盛られた食事を摂る艦娘達を見ていると考えが変わった。

「たまには……何か定食でも食べようか」

食券を購入し、割烹着を着た鳳翔に渡した。

珍しく定食を注文して来た愛鷹に軽い驚きを見せつつも、鳳翔は焼肉定食を作って持ってきた。

「珍しいですね、いつもはサンドイッチばかりでしたのに」

白米をよそった茶碗を一緒に載せたトレイを渡しながら言う鳳翔に、愛鷹は少し笑みを浮かべて応えた。

「たまにはこういう食事もいいかな、と」

焼肉定食が盛られたトレイを持って空いている席に着くと、「頂きます」と言ってから箸と茶碗を手に取った。

本当にいつもサンドイッチばかりだったから、焼肉定食の美味しさはある意味新鮮だった。

おいしい、と思いながら箸を進める。

そこへ自分の食事のトレイを持って空席を探していた青葉が、愛鷹の向かい側が空いているのを見つけ歩み寄ってきた。

「ここいいですか?」

自分の向かい側の席の隣に立つ青葉に、頷くと青葉はトレイを置いて、愛鷹の向かい側の席に座った。

普段とは違う食事を摂っている愛鷹に、青葉は軽い驚きを覚えた。

「今日は焼肉定食ですか」

「たまには、サンドイッチじゃない食事もいいかなと思いまして」

キャベツを呑み下した愛鷹の言葉に、青葉は笑みを浮かべた。

「食べられるうちに美味しいものは食べておくものですよ」

「そうですね」

うっすらと笑みを浮かべながら応える愛鷹に、愛鷹さんも大分変って来たなぁ、と思いながら青葉は自分のネギトロ丼に手を付けた。

茶碗の白米をかき集めていると、青葉がふと思い出したように口を開いた。

「愛鷹さん、実は青葉この間怪奇現象じみた事体験したんですよ」

「怪奇現象?」

不思議そうな顔になる愛鷹に青葉は頷く。

「少佐への昇任試験を終えて、ほっと一息ついていたら、記憶がいきなり消えてて、気が付いたら基地の古い倉庫群で倒れていたんですよ。

若葉さんがタバコ吸いにやってきたら青葉を見つけてくれたんですが」

「瞬間移動でもしたのですかね」

思わず箸を止めて聞く愛鷹に、青葉は難しい顔になる。

「それが時計見たら結構時間過ぎてて、思い出そうとしても全く思い出せないんですよ。

まるで切り取られたように記憶が無いんです」

「摩訶不思議ですね。怪奇現象の類の存在は否定しませんが、青葉さんが体験するとは」

「自分でも思ってもみないタイミングでしたよ」

切り取られたように記憶が消える、か。

怪奇現象の類は結構知っているが、これは初耳だ。神隠しの類とも違う。

不思議なことが身近な関係の人間に起きたものだ。

「そう言えば愛鷹さんの艤装は結構派手に壊れちゃたらしいですが、大丈夫ですか?」

「航空巡洋戦艦として艤装は大規模改修を受けることになりましたよ。火力も陸奥さんの改までの艤装で使われていた主砲二基を移植します」

「お、パワーアップするっていう事ですね!」

「ええ。なので実は瑞鳳さんを編成から外して、原隊の第三航空戦隊に戻すことも考えています」

「瑞鳳さん抜きで航空優勢確保ですか?」

「烈風改二を一六機搭載するので、航空戦力による艦隊防空能力はそれほど落ちないはずですし、三航戦は稼働空母艦娘が減っているので」

確かに今三航戦には祥鳳のみしかいない。龍驤はまだ治療中で復帰にはまだ時間が必要だ。

「瑞鳳さん、受け入れてくれますかね」

「一応、第三三戦隊から除籍自体はしないつもりです。いざと言う時は助っ人として手伝って貰います。

でも、私と青葉さんの航空戦力だけでも防空戦闘は可能でしょう」

「まあ、そうですね……」

正直、瑞鳳は水上戦闘が出来ない分、足手まといになりがちな局面は何回かあった。

愛鷹が航空巡洋戦艦になるのであれば、瑞鳳を外した状態でも艦隊の航空優勢は確保出来る。

合理性を見れば瑞鳳を第三三戦隊の固定メンバーから外しても問題はない。

創設時からずっと戦ってきた瑞鳳がいなくなるのは寂しいが。

先に食べていただけに愛鷹が定食を完食するのは、青葉より先だった。

「ごちそうさまでした。私は書類仕事が少し残っているので先に戻りますよ」

「はい」

 

 

夕食を食べに深雪が駆逐艦寮から食堂へと歩いていると、晴れない顔の電が角を曲がって表れた。

今日は何食おうかな、と久しぶりの日本での我が家の夕食を考えると笑みが止まらない深雪は、元気のない電の姿を見て真顔になった。

「お、電。どうしたんだ、浮かない顔して」

急に声をかけられた電が少し驚いた様な顔をする。

やはりどこか普段と様子が違う気がした深雪は、電に問いかけた。

「何かあったのか?」

心配そうに尋ねて来る深雪に、電は今日あった出来事を話そうかと思ったが、話してどうにかなるモノか、と言う迷いから言葉を濁すような返事しか返せない。

落ち着きがどうもない電が心配な深雪は、食堂で聞こうと思うと、電の手を引いて歩き出した。

「飯でも食おうぜ。その時に話してくれよ。きっと肩の荷が下りた気分になれるって」

「はい……」

これだけ沈んだ顔になっている電は久しぶりだった。何かあったに違いない。

 

食堂で色々と注文した深雪とは対照的に、小食な量しか頼まない電の落ち込み具合に相当酷いことがあったらしいのは分かった。

何があったんだ、とただ事ではない気がしながら、一気に聞き出すことなく、少しずつ深雪は電から落ち込み気味の理由を聞き取っていった。

 

瀕死のリ級を助けたいと言う電に、ユリシーズのとった行動。

 

頭の中で纏め上げた、今日電が見てショックを受けた光景には確かに考えさせられるものがあった

今まで深海棲艦の生死についていちいち気にした事が無かっただけに、電の考えは彼女らしいものがあった。

確かに深海棲艦の事について分かっていることなど殆どない。

だから根本的な対応策がないまま、艦娘が命を張って戦闘を繰り返している。

そう言うところを見れば電の言う通り捕虜として連れて帰るのもアリだろう。

打開策がそれで見つかれば自分たちと深海棲艦との戦争に、何らかの転換点を見いだせるかもしれない。

ただ、それよりも深雪が引っかかったのは「瀕死の状態でどのみち沈むのは見えているリ級に、死体撃ちのごとく砲弾を撃ち込んだユリシーズ」のとった判断だった。

深海棲艦にそこまで徹底的になる必要など、無い。ただの弾の無駄打ちにも等しい。

一歳の躊躇もなく、「敵を助けるとは完全に殺す事」と主張するようなユリシーズの行動には、深雪も疑念がわく。

確かに深海棲艦は敵だ。だが、やり過ぎではないだろうか? 彼女のやり方は私怨からの私刑じみてもいる。

「助ける」とは死にかける命を死から守る事であって、敢えて早く死を迎えさせることではないはずだ。

 

後でユリシーズ本人に聞いてみよう。

 

深雪はから揚げを口に入れながら、そこまで情け容赦のないやり方に徹するユリシーズに聞く事にした。

 

 

書類仕事を終えた愛鷹はこれで一息つける、と達成感を感じながら軽く伸びをする。

「終わった……」

ご苦労様とでも言う様にハイタカの鳴き声が背中から聞こえる。

ひとまず吹きっさらしのプランターではなく、ちゃんとした寝床でも、と止まり木やらトイレやらを明石に頼んで分けて貰った木材でハイタカの為の寝床を作り上げるとハイタカは気に入ったのかそこにおさまる様になった。

「ちゃんとつがい作りなさいよ。あくまで借家だから」

振り返らずにハイタカに言うと、止まり木から肩に乗り移って来た。

ふざけているのか、結構真面目にこの場所が気に入ったのか。

迷惑な感じもあるが、どこか愛嬌がある気がしてくるハイタカに愛鷹は溜息を吐く。

まさか私がつがい相手だと思っているんじゃ……そりゃ「愛鷹」と「鷹」の字が入った名前とは言え。

ハイタカは肩に止まっている時は、耳や髪を齧って来る。痛くはない程度で気にはならないのだが、おもちゃにされている様でもありどう対応すればいいのか。

 

後で神鷹さんに聞いてみるか。

 

ふと葉巻を吸いたくなり、ライターと葉巻ケースに手を伸ばす。ケースを振ると一本しか入っていない。

別にタバコでも平気だが、ある程度の拘りはあるので市販品のタバコよりは葉巻がいい。

ポケットに入れて立ち上がると、肩に止まっているハイタカはぽん、とまた止まり木に戻った。

一服する時程度は肩から降りてくれるのはありがたい。

鍵を持つと、ローファーを履き、ドアノブに手を伸ばした時、「ちょっと出かけるね」とハイタカに振り向いて告げる。

ノブを回してドアを開けると、気をつけてとでも言う様にハイタカが鳴いた。

静かにしててね、と胸中で付け加えながらドアを閉め、鍵をかけると愛鷹は寮から出た。

 

禁煙場所が増えているのでどこで一服入れようかと考えている時、青葉が記憶の無いまま倒れていた倉庫群を思いついた。

気になった愛鷹はそこで何か青葉の身に何が起きたのか、葉巻を吸いながら探索でもしようと思い至った。

若葉が喫煙する所として選んでいるから、禁煙場所でもないだろう。

行く前にPX(酒保)に立ち寄ると、店員に葉巻の在庫を訪ねた。

「中佐が良く吸う銘柄を暫く切らしていたんですが、今日一個だけ在庫が確保できましたよ」

そう言いながら店員が残り一個になっていた葉巻の箱を渡してきた。

代金を払っていると、喫煙もほどほどにと店員に釘を刺された。

 

 

青葉が目を覚ましたと言う倉庫群に来てみると人気がなく、灯りも殆どない。

時間帯が時間帯なだけに僅かな電灯に照らされた場所で、葉巻を吸う。

静かな場所で、喫煙には持って来いな場所と言えた。

吸う時にちりちりと音を立てる先っぽと自身の靴音以外、本当に何の音もしないで少しばかり不気味さもある。

取り敢えず倉庫群を歩き回って見るが、特に何かあると言う様子はない。

殆ど扉が閉まっている倉庫ばかりで、中に入れない。扉が一応空いている倉庫の中に入って見ても、特段何かある訳でもない。

空いている倉庫には貨物コンテナが何個かおいてはあったが、閉じられて開けられないコンテナ以外、とりあえず開けてみても中は空っぽだ。

手持ちのハンドライトで中を照らして見ても何もない。

特に何か証拠や手掛かりと言えるものは無さそうだ。

余り深入りすると迷子になりそうな気がしてきたので、切り上げ、倉庫群を出る事にした。

もっと明るい時にまた来てみよう。

そう思いながらも、もう一つだけ、と開いていた倉庫の一つに入ってみる。

倉庫の中に入った途端、愛鷹は違和感を覚えた。

妙に中が暗い。密閉タイプの倉庫の様だ。窓は壁の高い場所に小さいあるものが殆どで、恐らく月灯りが良い時でもここは暗さを維持できそうなくらい真っ暗だ。

深入りすると良くない気がしてきて、愛鷹は踵を返した。

かかとでくるりと向きを変えた時、比較的低い位置にある窓の向こうの暗闇の奥に赤い光点が一つ見えた。

「ん、なんだろ」

目を凝らしてみた時、何かが頬を掠めとんだ。

背後で地面がえぐられる音がして、ぎょっとした愛鷹は思わず咥えていた葉巻を落とした。

「な、なに今の⁉」

どう言う状況だ、と警戒心が上がった時、遠くで小さな銃声が聞こえた。

 

狙撃。

 

それ以外思いつかなかった。

誰が、何のために、なぜ自分を、と言うのはここでは考えない事にして、ひとまず物陰に隠れる。

あの赤い光……レーザーポインター?

銃声が後から聞こえて来たという事は、距離が結構ある。

そしてこの暗さで掠れるほどの正確さ。暗視装置でも使っているのか?

指を舌で軽く撫でて、風向、風速、湿度を図る。

使用している弾薬が何かは分からないが、多分それなりに装薬は多い方だ。

走ってここから逃げるしかなかった。

今頃暗視装置でどこに消えたか探っているはずだ。

新しい葉巻の箱から一本出して、火をつけると適当に放り投げ、倉庫から出ると全力で走った。

小さい熱源だが次の弾への囮にはなるだろう。

全速力で走っている間、また銃弾が飛んで来る事は無かった。

 

 

艦娘全員で共有する談話室で一人、紅茶をすすっていたユリシーズは自分を呼ぶ声に気が付き振り返った。

真顔の深雪が自分の目を見ながら立っていた。

「何だ、深雪」

「お前に聞きたいことがあるんだ」

「私にか?」

何の話を聞く気だ。紅茶のカップをテーブルに置いてユリシーズは深雪に向き直る。

自分と正対するユリシーズに深雪は単刀直入に聞いてきた。

「お前はどう言う目的で深海棲艦と戦う?」

「……どういう目的……だと」

「もっと簡単に聞くと、『何故戦う』かな」

軽く腕を組むと、深雪の目を見据える。適当な答えを深雪が求めているとは思えない。

言葉を選びながら応える必要がありそうだ。

「単純に艦娘と言う軍人だから、だ」

「もし、目の前に瀕死でどの道沈む深海がいるとして、お前はそいつを見たらどうする?」

「それは簡単だ。止めを刺す」

「捕虜にして、そこから新しい深海棲艦との戦略を練るって考えもあるぞ。

分からないことだらけの奴らの情報が断片的でも何かしら分かる事があるかしれない」

なるほど、とユリシーズは深雪がなぜ自分に質問しに来たのかが分かった。

電から自分がした事を聞いたのだろう。

命の大切さを重んじる深雪には、自分のしたことが理解できない所があるのだろう。

「深雪よ、我々艦娘がなぜ必要とされる存在か分かるな? 深海棲艦と唯一対抗できる存在、それが艦娘。

今人類にとって深海棲艦を滅ぼし、海の自由を取り戻せるのは我々しかいない。

奴らに関する情報はたかが知れているのは事実だ。情報を集める必要もある。

 

だがな、お前と電が考えた事は既に実行され済みだ」

「何だって」

目を少し見開く深雪に、ユリシーズは静かに告げた。

「セイレーンキャッチ作戦。

私の母国が国連海軍の勅命で本国艦隊の一部を投入して行った深海棲艦の鹵獲作戦で、艦隊旗艦デューク・オブ・カンバーランド以下の六隻の艦隊で実行された作戦だ。

TF(タスクフォース)141と呼称されたカンバーランド以下の艦隊は、この作戦でネ級改を一隻捕らえる事に成功した。

捕らえること自体は難しくは無かった。

だが、深海はその後大量の戦力を動員して来た。ネ級改から情報を取られるのを防ぐ為として、もっともと言える反応だ。

TF141は捕らえたネ級改を輸送中に波状攻撃を受ける事になった。

ネ級改を奪い返される、又は沈められては払った苦労は無に帰する。だが折しもの悪天候で国連海軍は充分な支援が出来なかった。

 

作戦はカンバーランド以下全艦の撃沈・戦死、ネ級改自爆で失敗に終わった。

 

国連海軍はその後、北米艦隊、欧州総軍の一部を動員して再度の深海棲艦鹵獲作戦を実行したが、投入された艦娘はことごとく戦死し、鹵獲作戦も失敗に終わった。

分かるか? 全員死んだのだ」

「全員……」

 

愕然とした表情になる深雪を見るユリシーズの視界の端に、電が映った。

知らない内に電も来ていたようだ。

 

一人として帰って来る事が無かった鹵獲作戦。

デューク・オブ・カンバーランド……船団護衛中に重傷を負った自分を救助してくれた恩人。

彼女が命を落とした作戦は特殊作戦故に非公開部分も多く、ユリシーズが全容を知るまでずいぶん時間がかかったものだ。

 

「私も電の深海棲艦への思いは聞いたことはある。私から言わせてみれば甘い考えだとしか言えないな。

電よ、もしあの時奴を助けたら、どうなったと思う?」

「……みんな、沈められてしまっていた、ですか」

多少恐怖を滲ませている電の顔を見ながら、ユリシーズは頷いた。

「その通りだ。奴らは絶対捕虜を捕らせることはしない。

リ級を捕えたら何かしらの形でそれを察知し、総力を挙げて私達を殺しにかかって来ただろう」

「でも、日本のすぐそばの海ですよ。増援を要請したら」

道はそんな簡単にないはずがない、道はあると信じる電の言葉を押しかぶせる様に続けた。

「その増援の命まで奴らは潰しにかかっただろう。奴らは絶対仲間を捕虜にさせない」

「だから、殺した。けどな、お前のしたことは余計な事だったんじゃないか?」

そう言い放つ深雪に、軽く溜息を吐いた。

「深海棲艦に確実な死を与えただけだ」

「でも、やり過ぎではないのですか?」

そう尋ねて来る電の顔は知らない内に電なりの真顔になっていた。

「そうだな、放っておいてもどの道沈んだかもしれん。

だが、味方に回収される可能性がゼロであったとも言い切れん。回収された深海が修理を受けてまた戻って来た時、奴は再び私達を撃ちに、命を奪いに来る」

「深海棲艦と穏便に済ませる事は絶対できない、という事ですか?」

如何にも電らしい問いかけだったが、自分からしてみればやはり甘い見方だとしか言えない。

「電、お前は瀕死の深海棲艦を見た時、助けられるなら助けたいと思うようだな。

だが、深海棲艦の中には、お前が撃った弾で深手を負い、沈んだ奴は少なからずいるだろう。

 

深海棲艦を沈めた時、お前は『やった』『よし』と仲間と共に深海棲艦を沈めた時に思ったことが無いと言い切れるか?

仲間を傷付ける深海棲艦を沈めて、自らに課せられている任務を成し遂げた事への達成感を覚えた事が一度も無い、と言い切れるか?」

 

その言葉に電はぞっとした様な表情になった。

当然だ、そう思った事は何度もあったのだから……。

 

「私はただの一介の艦娘と言う軍人の立場でしかない。だが敢えて言わせてもらえるなら、電の考える事に残念だが私は賛同できん。

 

戦場はそもそも敵の命を奪うのが目的で行われる……それはすなわち自分も殺される可能性は何時だってあると言う意味。

 

その覚悟も無いまま、お前は艦娘となったのか? 適性を見出されて『海を護る為』と言う単純な考えでその制服を着る事を決めたのか?」

「おい」

静かに怒りを目に浮かべた深雪が自分を睨みつけて来るが、ユリシーズは構わず続けた。

「和平の道はない。人外の存在たる深海棲艦との戦いに生き残るには、深海棲艦の命を奪うしかない。

 

だが自分が沈めた深海棲艦を忘れるな。自分の手で沈めた奴らが沈むその姿を見据え、忘れるな。

 

何故なら……奴らは水底へ消え、その魂が地獄に落ちても自分の命を殺めた艦娘の事を忘れないからだ。

艦娘の攻撃を逃れた深海棲艦も、仲間を地獄へ送った我々の姿を絶対に忘れる事は無い。

 

次出会った時、奴らは仲間の仇を取りに来るだろう。我々の命を求めて仇を打ちに来るだろう」

「だから皆殺しにする。地球から一つとして残さず殲滅する。

それがお前の戦う理由なんだな?」

静かに聞く深雪の言葉に、深く頷いて肯定する。

「ああ、そうだ」

 

分かり合えない敵ならば、分かり合う事を諦め、どちらかが滅びるまで戦い続ける。

先に水底へ、墓地に、あの世に送られた仲間達の無念を晴らし、海の平和を取り戻す。

 

「悲しいな。他に道が無いと思う事しか出来なくなった奴って。

どんな時でも、必ず道はあるって考え続ける事が出来るのが人間じゃないのか」

一途の望みにかける表情を浮かべる深雪を見返しながら、自分も昔はそう思っていたことはある、とFR77船団が壊滅する前の自分を思い出した。

「私の考えを分かれ、理解しろ、受け入れろと強制する気はない。

一介の軍人、一個人の信念、戯言だと思ってくれても構わん。

 

だがな、これだけは理解して欲しい。

敵は自分を殺した相手を忘れない。だから私達も沈めた敵を忘れてはいけない、という事を」

 

 

誰もいない巡洋艦寮の談話室で工学雑誌を読みふけっていた夕張は、ふと誰かが走って来る音に気が付いた。

こんな時間に全力疾走してるの誰? と思った時、寮の玄関口ドアが開いて誰かが飛び込んでくるのが談話室からでも聞こえた。

眉間にしわを寄せて何事かと首をかしげていると、談話室へのドアが開き、愛鷹が荒い息を吐きながら入って来た。

「愛鷹さん、どうしたんですか」

工学雑誌から顔を上げて聞くが、ソファに座り込んで見たこともない程荒い息をしている愛鷹は答える余裕がないようだ。

ちょっと何事? と軽い驚き覚える夕張に、愛鷹は息を整えて応えようとするが、呼吸が追い付いていないのか、口からは苦しそうな息遣いしか出てこない。

落ち着くのを待ってから、改めて聞く。

「狙撃されました」

「は?」

どういう事、と夕張がぽかんとしていると、愛鷹は事の顛末を話した。

「銃声が後から聞こえる程の長距離から狙撃されたって、なんで愛鷹さんが」

意味が分からない。何故艦娘を銃で撃つのか。それも確実に殺しに来ている照準で。

愛鷹自身も分からないとしか言いようがない。

しかし狙いはかなり正確だった。

もう少しずれていたら、自分は死んでいただろう。

「提督に知らせないと」

工学雑誌をテーブルに放って、立ち上がると愛鷹は「待ってください」と制止をかけた。

なんで止めると言う顔になる夕張に、理由を話そうとするが、何故かという言葉が出ない。

ただ、武本に知らせるのは本能的に危ない気がしたのだ。

 

自分と言う存在を作り出した罪は自覚している武本が関与しているとは思えないが、全くないとは言い切れない。

愛鷹と言う歩く軍事機密の塊みたいな存在である事は当然自分の事だから分かっている。

そして自分の口から、軍内部の一部にとっては不都合な情報が漏れる可能性も充分あり得る。

クローン艦娘の愛鷹を暗殺しにかかる者が現れたという事は、むしろ起こり得る状況だったのかもしれない。

 

「愛鷹さんという艦娘を疎む輩が、暗殺を企んでいる。

これじゃ、ゆっくり寝る事も出来ませんね」

緊張で張り詰めた顔になる夕張に頷く。

暗い時間帯に一人で出歩くのは殺される可能性が高くなるだけに、暫くやめた方がよさそうだ。

寝ている間に襲われたら、と思うと本当にゆっくり寝ている事が出来ない。

どうすればいいのか……考えても対応策がすぐには出てこない。

「窓は雨戸で何とかなるとはいっても……あ、でももしかしたら」

ふと何か思いついた顔になる夕張は、愛鷹にちょっと待っててくださいと残して談話室を飛び出していった。

 

「私の敵は一体……」

自分に問うと答えはすぐに出た。

 

深海棲艦、それと同胞であるはずの人間。

戦慄を覚えると同時に、殺されてたまるか、と言う意地が湧き上がって来た。

思い通りに殺される気はない。かかって来い、来るなら来い……。

半分怒りも湧いてくる一方で、自分を暗殺する輩の攻撃に、周囲の誰かが巻き込まれたら……と言う不安も出る。

自分のせいで誰かが死ぬ。自分と言う存在がいる事で周りの仲間にまで危害が及ぶ。

 

「冗談じゃない……」

そう呟いていると夕張が何かのケースを抱えて戻ってきた。

「工廠に行ってみたら一個だけ使えるのがありました」

ケースを床に置くと、ふたを開けて夕張は愛鷹に中身を見せた。

「赤外線ジャマーです。これならサーマルスコープを使ってもジャマーの影響で狙う事は出来ません。

窓は明日防弾コーティング作業しましょう。今日はちょっと夜遅いので雨戸を閉めて寝るしかないですが」

「なるほど。この手があったか……」

「まずはこれで防御です。敵が分かったら」

「カウンターパンチです。ジャマー、お借りしますよ」

「バッテリーは連続稼働可能な時間は七二時間ですけど、ケーブルで電力を供給し続けられれば、稼働の上限は無視できます。

でも、なんで愛鷹さんを殺しにかかる輩が出るんですか……」

困惑する夕張に、愛鷹は静かに答えた。

 

「人間界に適応される摂理に、適応されない存在が出来た……。

 

計画が失敗に終わった以上、不完全な複製品は不要な存在です。

 

摂理に適応されない存在を作り出したばかりに、自らの立場を危うくした連中にとって、私は存在する必要なんてない……。

寧ろ消えて貰わないといけない。

 

その結果が深海棲艦に加えて、人間と言う新たな敵となって、私の前に現れた」

「深海棲艦以上に厄介な敵ですね」

そう呟く様に言う夕張に、愛鷹はその通りだと思った。

 

 

翌日、夕張に部屋の窓に防弾コーティング作業を施してもらった愛鷹は、自身の命が狙われている事を青葉、衣笠、深雪、蒼月、瑞鳳にも一人一人の場で打ち明けた。

どこに潜んでいるのか、分からないだけに暗殺者が現れた事を知った第三三戦隊メンバーの緊張感は並のモノでは無かった。

 

「なあ、愛鷹。お前は何故戦うんだ」

自身の暗殺者が現れた事を深雪に打ち明けると、深雪は自分の目を見据えて聞いてきた。

「僅かな余命を全うするなら、命の保証はない戦場に何でお前は行くんだ?

後方で秘書艦をやる事の方が、寧ろ安全じゃないか?」

 

その問いかけは、考えてみればもっともだった。

余命一年余りの自分が何故、戦死する可能性が非常に高い前線に赴いて戦うのか。

生きる事が出来る限り生きていたい、と願う自分の思いとは矛盾しているように見えるだろう。

 

「いつ戦死するか分からない戦場に、何故赴き戦うのか。

それが、艦娘に与えられた任務だからです。

命の保証はない戦場へ、可能な限り生き続けたいと願いながら何故出撃するのか。

それを全うする事が艦娘に与えられた使命だから……使命を全うする事を前提に作られた私には尚更それを果たす義務がある」

「自分が生み出された使命を果たす為、義務、だと?」

静かに返す深雪に愛鷹は続けた。

 

「私は海の平和を取り戻すための存在たる艦娘です。

それも艦娘であることを大前提に作り出された人造の艦娘。

 

生きるからには私は戦わなければならない。そうでなくして私には生まれた意味を見いだせない」

「戦わずに見いだせる道はないのかよ? 戦場で戦う事だけが『生きる為の戦い』とは限らないだろ」

別の道がある筈だと説く深雪に、愛鷹は生まれて初めて自分でも分かる弱音を吐いた。

 

「私だってそう思いたい! 

 

でも、私には見えないんです! 戦場以外に、作り出された自分の存在意義を見出せる場所が。

この矛盾に対する答えが私には分からない。

 

怖い……とても怖いです。

 

戦場で死ぬかもしれないと言う現実。

 

ただそれだけでも、本当は怖いのにそれから逃れられる所でも命の保証がない……。

 

他に道も、方法も……もう私には分からないんです……」

 

初めて見る、恐怖に震え、弱音を吐く愛鷹の姿を深雪は無言で見つめる事しかできなかった。

 

胸の奥深くに封じ込めていたモノ、いつか口封じされる日が来ると言う事への恐怖が愛鷹を襲う。

 

凄まじい恐怖に堪えきれない自分の心の叫びが、涙となって溢れ出た。

 

「私は……怖い……」

 

愛鷹にとって、陸は深海棲艦の恐怖から逃れられる安息の場所だった。

深海棲艦だけでなく、人間にも敵が現れた事は、もはや愛鷹には安息の場所が無い事を意味していた。

 

恐怖に震える愛鷹を見つめながら、深雪は静かに告げた。

「やらせねぇよ……この深雪様が……理不尽から守ってみせるってな」

 

立ち向かっていくしかない。逃げ込める場所なんてどこにも無いのだから。

 




ハイタカの登場は単なる「鷹が鷹を飼う」の様なギャグではなく、愛鷹の生きる姿を見つめる新しい目線が現れたと言う意味で、ハイタカを登場させました。

艦娘達が「何故戦うのか」というテーマは「自分達しか対抗できる存在がない」と言う単純な理由以外に何があるのか。
考えれば考える程奥が深いモノです。

ユリシーズはただ単純に深海棲艦を滅ぼす存在としかみなしている訳でなく、彼女なりの現実を見据えた結果から考え出した信念に従っているまでです。

余談ながら今回のエピソードには「鋼の錬金術師」の登場キャラ、ゾルフ・J・キンブリーの「戦争に対する彼の見方」に結構影響を受けてます。


存在を疎む勢力の魔の手の一発目を躱した愛鷹ですが、これは始まりにすぎません。
深海棲艦と人類と言う二つの敵に、逃げる場所がない彼女がどう立ち向かっていくのか。
次回以降、新たに改装された姿で戦場へ赴く事になる愛鷹の「自分が生みだされた理由を確かめる」物語を描いていくところです。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第三七話 狂気の白刃

自粛期間中、体調不良で半分モスボール状態で生きています……。

本編をどうぞ……。


「瑞鳳を三航戦に戻す、ですか?」

呆気にとられた様に返す瑞鳳に愛鷹は頷いた。

「第三三戦隊の編成自体から完全に外すと言う訳ではありません。

瑞鳳さんの力が必要な状況になった際は、三航戦からまた第三三戦隊に編入すると言うところです。

隊の防空能力は私の搭載機と青葉さんの搭載機で充分補えますし、対潜哨戒も私自身でも担当出来ます」

「そうですか……でもちょっと寂しい気持ちがしますね」

少し不満の混じる残念そうな表情を瑞鳳は浮かべた。

「もう関係はありません、の様な縁切りではありませんし、暇な時はいつでも遊びに来ても大丈夫ですよ」

「そうですね」

心配しないでと言う様に微笑を浮かべる愛鷹に頷きながら、ふと気になった事を尋ねる。

「改装の過程はどうです?」

「座学は終わりました。マニュアルは頭に入っていますよ。

新型艤装の方は今工廠で明石さん主導にて組み上げ中です」

「出来上がったら、私も見に行っていいですか?」

「ええ、構いませんよ」

その言葉にワクワクするものが込み上げて来る。

航空機運用の水上艦艇艦娘でも愛鷹は結構珍しい分類の艦種だ。

艤装のコンセプト自体は伊勢型の二人と似ているが、愛鷹の航空艤装は防空と対潜哨戒、早期警戒に特化しており敵艦隊への航空攻撃能力は無い。

 

航空巡洋戦艦。新型艦種なだけに中々興味が尽きないモノだ。

愛鷹曰く「超弩級巡洋艦の域は脱し切れていない」とは言うモノの、戦艦相手には火力不足だった三一センチ砲から四一センチ砲に主砲がパワーアップするだけに、苦戦を強いられる戦艦とも対等に渡り合える。

折れた刀の再生も完了し、更に愛鷹の追加発注でもう一本取り寄せており、航空巡洋戦艦として出撃する時には二本帯刀で行くことにもしているそうだ。

青葉の甲改二、愛鷹の航空巡洋戦艦化、つまり愛鷹改と色々な面で第三三戦隊の不足がちな攻撃力が向上している。

攻撃力と言っても第三三戦隊の本来の役割は偵察部隊なので、交戦はおまけ程度なのだがここ最近は普通に最前線投入も増えているし、何かとス級と遭遇するようになってから水上戦闘の回数も増えている。

あらゆる状況に対応する汎用さが必要になっていた。

 

 

「寂しい所ね、こんなところが基地にあったなんて知らなかったわ」

周りの倉庫を眺める衣笠に、青葉はキュロットのポケットから手帳を出しながら応える。

「国連海軍基地になる以前の物資保管庫地帯で、色々な装備品がここには眠っているんだって」

「例えば?」

「軍艦に使う艤装品や予備品。今じゃ生き残っているほとんどの水上戦闘艦艇がモスボール保管状態だから、また引っ張り出す時までここも騒がしくなる事は無いよ」

解説する青葉にふーん、と頷く衣笠の脇で青葉は自分が倒れているのが発見された場所と、愛鷹が狙撃された場所を確認した。

狙撃された位置は、愛鷹自身がうろ覚えになっているので一部憶測も混じっている。

手帳を見て参考になりそうな外観を探す。

一人で来るのもありだったが、また気絶させられたら青葉として困るので、足の骨折の治療を終えた衣笠を護衛兼助手として連れて来た。

「霊感とかあるのか、強いのか、とか分からないけど、静かすぎて不気味ね」

少し不安を浮かべている妹に、人気が本当に感じられない故に来る不気味さは青葉も感じていた。

こんな場所にわざわざ喫煙の為に来る若葉もまた凄いが。

空いている倉庫や封じられている倉庫を片っ端から調べていく。

自分が倒れていた場所にまた来て、色々物色するが特に証拠らしいものはやはりなかった。

あの時から既に五日程が経過してしまったのですでに回収されてしまったのかもしれないが。

「宝探しの宝は無さそう?」

「そうみたい……じゃ、愛鷹さんを狙撃した場所に行くか」

「どこだかわかるの?」

「愛鷹さんの断片的記憶情報が頼りになるね」

 

いきなり長距離から正確な狙撃を受けたら、誰だって慌てるだろう。

砲撃を受けるのとはまた別だ。所詮艤装が無ければ艦娘も人間。

対人兵器は充分有効だ。

しかし、一体どうやって暗殺者が忍び込んだのか。

基地のセキュリティシステムは万全であり、ハッキングを受けた形跡も無いと言う。

という事は内部関係者、つまり海軍内の者によると言っていい。

味方の中に敵が潜んでいる、という事は正直深海棲艦以上に厄介だ。

 

「ここかな」

青葉が足を止めた倉庫は他の倉庫と比べて日中でもあまり日が入らない場所だ。

中に衣笠と共に入って見ると殺風景ながら、どことなく何かが出てきそうな雰囲気もある。

周囲を見回しながらそこそこ広い倉庫内を見て回っていると、ローファーが何かを踏んだ。

何か踏んだ、と足元を見ると葉巻が落ちていた。愛鷹が吸っていたものだろう。

一応証拠品として持ってきた袋に入れて回収する。

少し離れた所には熱源デコイ役として愛鷹が投げた葉巻も落ちていた。

二つの葉巻が落ちていた場所から、愛鷹が隠れるのに使ったと思える錆びた発電機の傍に行くとき、地面にえぐり取られたような跡が残っていた。

外れた弾丸が穿ったモノだ。とすれば近くに銃弾が落ちているかもしれない。

不安げな表情で周囲を見回す衣笠を置いて探し回るが、そう簡単には銃弾は見つからない。

すでに回収済みの可能性だってある。

放置されている備品ケースに衣笠が腰掛けるのを尻目に、探し続けていると、壁に弾痕が見つかった。

陰になっている所だったので、すぐには分からない場所だ。

壁にめり込んでいる銃弾をスマートフォンのカメラで証拠写真として撮る。この銃弾はちょっと証拠品として回収するのは無理があった。

跳弾になってめり込んだのだとしたら、と着弾し弾かれた跡から辿ってみると狙撃に使えそうなスポットが見えた。

小さい窓から見える先には倉庫がいくつかあるが、音より先に銃弾が来たのだとしたら、近い所にある倉庫は考える必要がない。

 

「あそこか」

ケースに腰掛けて足をぶらぶらとさせていた衣笠を呼び、辺りを付けた場所へと向かう。

「証拠は、結構出た感じ?」

「そんなにってところじゃないけどね」

そう返しながら青葉は当たりを付けた倉庫に向かう。

 

他の倉庫と比べて一回り大きい倉庫への入り口はどれも鍵がかかっていて、中には入れなかった。

しかし、一個だけ最近使用した形跡があるドアがあった。

持って来たピッキング装備でドアの鍵の開錠作業にかかる。

「よくそんなものまで持ってたわね」

少し呆れたように作業を見る衣笠に、作業する手を止めずに青葉は答えた。

「ジャーナリストは真実の為なら手段を択ばない」

「それって、マスコミがマスゴミと呼ばれる理由と同じじゃない?」

「失敬だなぁ、ガサは」

溜息を吐きながら鍵を開錠した。

青葉ってやっぱヤバいわ、と色々な意味で時にとんでもない行動力を発揮する青葉に少し引くものを感じながら、ドアのノブに指紋取りシールを貼ってはがした姉に続いて衣笠も中に入る。

大型の精密機械を収容したコンテナがいくつもある倉庫だが、それらには目もくれずに青葉は高い場所を探す。

大きな倉庫なだけか、渡り廊下も複数ある。

ひとまずそこへの階段を上がり、愛鷹が撃たれた倉庫が見える場所、狙撃に適した場所を探す。

「どこに形跡があるのか分かるの?」

「自分だったらこうする、ってイメージしながら絞り込んでいくの」

そう返しながら狙撃に適した場所となる壁側の渡り廊下を、窓の外を見ながら歩いて見て回る。

下手なスナイパーだとは思えないから撃った弾の薬莢を残していくとは思えない。

しかし陣取った場所は何かしらの形で残っている筈。

 

「ここかな」

足を止めて、しゃがんでみると床にほんの僅かだが人がいた形跡がある。

広さ的に恐らく伏せた状態で撃ったはずだ。

バイポッドで銃身を固定し、愛鷹のいた倉庫に銃弾を撃ち込む。

針の穴に糸を通す様な技だ。

ひとまず現場写真をスマートフォンで撮影すると、他にも何かないか物色して回るが、流石に何もなかった。

見つけられるものはすべて見つけたと判断し、青葉は衣笠に「帰ろう」と告げた。

「何か見つかった?」

「伏せ撃ち姿勢、二脚で銃身を固定、そんな感じで撃った形跡はあったよ」

「良く分かるわね」

感嘆する衣笠に青葉は少し得意気な顔を返すと、二人は寮へ帰った。

 

 

一息入れようと自動販売機で缶コーヒーを購入し、外のベンチで飲もうと廊下を歩いていると封書を持った大淀が角を曲がって表れた。

仁淀が重傷を負って以来、塞ぎ込みがちだと聞く通り、目に鋭さが無い。

すれ違い様に軽く会釈をした時、大淀に呼び止められた。

「愛鷹さん」

「はい?」

振り返った愛鷹に大淀は何かを思い出したような顔を向ける。

「愛鷹さんあてにメッセージが来ていました。書留はダメ、口頭でと言われたので」

「私に? なんでしょうか」

尋ねる愛鷹に大淀は答えた。

「『揺り篭が動きだした』って、何かの合言葉みたいな物でした」

「『揺り篭が動きだした』?」

首をかしげる愛鷹に大淀は伝える事はそれだけです、と告げて愛鷹に踵を返した。

 

「『揺り篭が動き出した』ねぇ……」

缶コーヒーをベンチに座って飲みながら反芻する。

合言葉じみているが、ピンと来るものが思いつかない。

謎かけにも聞こえるが、どういう謎かけかもわからない。

何かの暗号か……。

「動き出した……過去形だからもう動いているって事よね……」

何だろう、と首をかしげる。

 

「どうした、難しそうな顔をして」

急に声をかけられ、少しビックリしながら声の主に振り返る。

天龍だ。

 

「ちょっと考え事をしてただけです、大丈夫ですよ」

「そうか。なんか結構難しいこと考えてそうに見えたから、ちょっと気になったんだが。

あれだぞ、悩み事って一人で抱え込むとめんどくせえ事にしかならないからな」

「ご配慮感謝です」

軽く一礼する愛鷹に天龍は愛鷹に顔を近づけて尋ねた。

「お前さ、戦闘で刀使うって聞いたんだけど」

「ええ、防護機能への負担軽減と深海棲艦の艤装破壊を兼ねて」

「弾弾き出来るんだな、スゲエじゃねえか」

「恐縮です」

「その言い方、どっかで聞いたセリフだな」

「青葉さんの真似ではないですよ」

そう返す愛鷹に、まあそうだな、と天龍は苦笑を浮かべる。

苦笑を浮かべている天龍を見返しながら、何かほかにも要件があるなと思っていると案の定天龍が本題を明かした。

「今日、夜空いてるか?」

「はい、今は半分非番状態ですが」

「今夜さ、ちょっと腕試させてもらってもいいか?」

「腕試し?」

何の腕試しだ、と疑念に思う愛鷹に天龍は上着のポケットからメモ用紙を一枚出して愛鷹に渡した。

受け取る愛鷹にじゃあな、と手を振って天龍は行ってしまった。

何だろうとメモ用紙を見ると、余計困惑する表情を愛鷹は浮かべた。

「刀持参で夜一〇時に四番倉庫群の『No444倉庫』で会おう」

何だか厄介な事になりそうだ、と言う悪い予感しかしない。

周囲を見回しても、天龍の姿はもうない。

溜息を吐きながら、無視する訳にもいかない、と夜一〇時に指定された倉庫に取り敢えず行ってみる事にした。

気が付けば冷めているコーヒーを飲み干すと、ゴミ箱に捨てる為ベンチから立ちあがった。

 

 

ホームに停車する客車に機関車が再連結される作業が行われる間、私物を入れた荷物を抱える艦娘が客車へと乗り込む。

種子島基地防衛の戦力増強のために派遣される、増援部隊第二陣だ。派遣戦力は第二戦隊の戦艦長門、陸奥と第一八駆逐隊の陽炎、不知火、黒潮、親潮の六人から成っている。

「では提督、行ってまいります」

先に乗り込んだ五人を代表する形で、前線へ派遣の為と日本艦隊戦艦部隊の戦力強化の面で秘書艦職から解かれた長門が武本に敬礼し、暫しの別れを告げる。

「皆を頼んだ。全員で帰って来るんだよ」

「ご期待に添えられるよう、努力します」

絶対出来る約束ではないのが長門には歯痒いが、出来ない約束を武本は求めないので「努力する」と言う言葉だけでも充分の様だ。

 

種子島への深海棲艦の攻勢の兆候はかなり高まっていた。連日偵察機が飛来して国連軍の守りや発射基地を偵察して来る。

偵察機へのスクランブル発進の回数も激増する一方だ。

強力な火力を有する長門型しか今の所送れる戦艦戦力はない状況だ。

トラックから帰還した第一戦隊の大和は、武蔵と信濃が別戦線に派遣中で部隊編成に組み込めない。

それに大和を派遣したら、ロシニョール病の手術を受けたばかりで絶対安静状態が続いている比叡が戦線離脱を余儀なくされた為、基地防衛戦力として必要最低限の戦艦戦力が金剛のみの状況だ。

頼りにしたい在日北米艦隊の戦艦艦娘のアラバマは、再建された父島基地に姉妹艦インディアナと共に派遣している為いない。

先の大規模艦隊戦(現在は「第四次沖ノ鳥島沖海戦」と名付けられた)で撃滅に失敗した沖ノ鳥島海域の深海棲艦の拠点は、その後海兵隊戦略航空軍団所属のB21爆撃機や一航戦による複数回の空爆作戦で被害を与えているものの、完全撃滅には至らず何とか小康状態維持をしているのが現状だ。

北米艦隊は北方海域戦線とパナマ戦線、欧州総軍への増援展開で余力がない。

 

連結が完了し、諸々の準備作業が終わると長門たちを載せた列車は出発した。

列車が見えなくなるまで敬礼で送ると、司令部施設へと戻るハンヴィーに向かった。

助手席に乗り込むと、運転席に座る三笠がハンヴィーを出した。

「秘書艦職、頂きますよ」

「仕事中の飲酒はここでは許さんよ?」

「はいはい、了解です」

流石に三笠も飲酒運転する程の馬鹿はしないだけに車内は酒臭くなかった。

舞鶴基地司令職を解かれ、秘書艦職を解かれた長門の後任として三笠が送られてきたのは一時間ほど前。

今しがた、長門たちを種子島基地に送る列車に乗ってやって来た三笠は、長門と共に秘書艦職を解かれた陸奥の後任となる鳳翔とペアを組んで武本の新しい秘書艦になった。

「最近、眠れてなさそうな顔ですね」

こちらに顔を向けることなく言う三笠に、武本は「ああ」と返した。

「三カ月以内に二人を喪い、一人が重病入院。精神的ストレスはかなり来ていると見た」

「提督としてその身を捧げる事を誓ったんだ、途中で辞める訳にはいかないよ」

「作られし艦娘の提案者。

その贖罪として、日本艦隊を預かる提督の職務を死ぬまで続けると言う一種のエゴイズムに染まり、事実上の独裁行為に走った、違いますか?」

そこそこ辛辣な言葉選びと、実際その通りである事、何より愛鷹との関係を言い当てた三笠に武本は驚いた。

驚きを浮かべた視線を送る武本に三笠は、フッと笑みを浮かべた。

「友人の死の真相を有川さんに教えて貰った時、彼女の事も一緒に知ったので。

心配しないでください、私は誰にも言いませんから」

「酒の約束は平気で破るが、人との約束は絶対に護る、それが君の取柄でもあったな」

「嫌味にしては軽度ですね、もっと酷い事を言ってもらえると思ったのに」

「アル中女と言えと? 悪い口を叩くのは昔から柄じゃないんだ」

アル中と言う言葉に三笠はクスリと笑った。まったくもってその通りである。

日中から酒を飲んでいるのは自分の事だから、良く分かっている。

同じ艦娘のネルソンも飲みすぎだと止めに入る事もあった。

完全に依存症だが、そうでもなければ気分を晴らせない時もある。

自分もかつては艦娘の黎明期と言える頃、前線配備されたし戦闘に参加した。

 

敷島型戦艦四番艦だった三笠は三人の姉妹艦の末っ子であった。艦娘としての経歴は三笠自身が一番早かった。

そして今では唯一の生き残りだ。

敷島、朝日、初瀬はとうの昔に戦死してしまった。自分だけ生き残ってしまった。

「護るほどの価値があったとは思えない」と今でも思う提督の護衛任務中だった。

重度のPTSDに苦しみ、再発を恐れた海軍上層部から一階級昇進の後、陸上勤務に移された。

リベルテもといアメリの手厚い看護を受けていた頃の話でもある。

 

「墓参りにはいつ行くんだ? すぐに忙しくなるぞ」

「今日中に行きます。あの子達を先に逝かせてしまった罪は私にもありますから」

「あれは私でも理不尽だと思うよ? いや誰だってそう思うだろう」

そう返す武本に三笠は頭を振った。

「それでも任務失敗と年下だったとはいえ、姉三人を喪った。

助けたかった、でも……助けられなかった。腕の中でするりと零れ落ちたぬくもり……。

任務失敗を責めないのは有難いですが、三人喪った事に変わりはないです」

「死んだ人間は帰って来ないからな」

「その通りですね」

 

 

天龍がNo444とプレートが書かれた倉庫に戻ると、広い倉庫につくられた「セット」のチェックを龍田、木曽、皐月が行っていた。

戻って来た天龍に気が付いた龍田が「どうだった?」と尋ねて来たので、天龍は親指を立てた。

「やるとなったらアイツは来るよ」

「刀の腕使い、どれほどのモノか確かめさせてもらおうか」

セットの調子を見てにやける木曽に皐月も頷く。

「ボクも見てみたいね。それで助かって来たって言う腕前、どんなものか見て見たいよ」

「やるとなったら、本気でやらないとな。実際指示書にはそうあるし」

「けどよ、この指示書。誰が作ったんだ? 大淀も知らないって言ってたけど」

そう言いながら天龍は封書から出した「帯刀艦娘近接戦闘演習(極秘)」を見て首をかしげる。

「海軍の上の人間だろうさ。俺達の知らないところで決められた事だろうよ」

深く考えても始まらんと割り切る木曽に、その通りだな、と頷くと天龍は倉庫内の「セット」を見て、今晩いいモノが見れそうだ、と多少心が躍るのを感じていた。

帯刀艦娘でも相当の腕利き、と聞く愛鷹だ。これくらいのセットならまあ楽だろう。

腕試しには持って来いの筈だ。

 

 

部屋に戻ると、止まり木でハイタカが寝ていた。

ここで共同生活を始めてからこっち、このハイタカは完全に愛鷹の部屋を自分の寝床として利用していた。

やれやれと頭を掻きながらも、共同生活している間にこのハイタカといても別に気が散る事も無いし、少しばかり安心感も出るので悪いことづくめとも言えない。

愛鷹としては、ちゃんとハイタカにはつがいを作り、ハイタカ達の世界で生きていて欲しいと思うのだが、この雄のハイタカは愛鷹と暮らしている事に満足を覚えている感があった。

 

猛禽類とは言うものの、妙に愛嬌を感じるこの子……なんなんだか……。

 

軽く溜息を吐きながらも、邪険に出て行けと言う気持ちが起きないだけに、自分もこのハイタカには心を許している感が強かった。

名前でも付けようか、と思ったが、それだと逆に好感が沸いて懐いてきそうな気がしたので、やめておいた方が無難だろう。

何度目か分からない溜息をまた吐くと、オーディオ再生器につないでいるヘッドフォンを被り、好きなジャズを選曲して聞き始める。

ジャズを聴きながら新型艤装のマニュアルを開き、色々細かいところに目を通した。

サイドスティック型艤装操作桿は射撃管制と航空艤装操作の二つがあり、主砲を含む火器を管制する操作槓は右手で、航空艤装の操作桿は航空艤装用なので左手で操作する。

航空艤装の操作槓はカタパルト射出、着艦誘導灯のオンオフ、着艦ワイヤーの再セット、とシンプルだが、射撃管制の場合は新装備のHUDを併用して全火器を使うだけにボタンやスイッチの数は多い。

主砲の口径が大きくなった分、やはり再装填速度は三一センチ砲より遅くなっている。陸奥の艤装の流用品だから仕方なしと言えば、仕方なしだ。

近接防空火器は噴進砲が備えられたので、前より多少充実している一方で、長一〇センチ高角砲は重量面でバランスが悪くなるため撤去された。

電測系は大きくは変わらないが、一部の射撃管制レーダーには手直しがかかっていた。

搭載する航空機は烈風改二を一六機、対潜哨戒の天山四機、AEW版天山二機。

艦隊防空担当の烈風改二は四機で一個小隊を編成する。コールサインは未定だ。

防空特化型艤装なので攻撃機を載せるのは出来ても、それを駆使した航空攻撃は出来ない。

主砲は慣れが必要になりそうだ。三一センチ以外に五一センチ砲を使った事はあるが、四一センチは使ったことがない。

明日辺り実際に艤装を付けて確認作業だ。

せっかくの新型艤装だ、青葉に記念写真撮っておいてもらうのも悪くはないかも知れない。

 

マニュアルのページをめくっている時、ふと一〇時に天龍に呼び出されていたのを思い出した。

面倒くさいなあ、と思いながらも黙ってすっぽかしてしまう訳にも行かない。

刀を持って来いと言っていたが、まさかチャンバラするとでも言うのだろうか。

それなら竹刀の方がいいと思うのだが。

夕食は早めに食べておいた方が良いかも知れない。食べた後では胃に悪い。

半分非番の様なものだとは言え、付き合わされる身にもなって見ろ、と愚痴をこぼしたかった。

 

ジャズを聴きながらマニュアルを読んでいると、ハイタカが目を覚ました。

「お目覚め?」

ハイタカの方を見ずに言うと、ハイタカは自分の肩に飛び移って来て、何か言いたげに髪の毛を引っ張った。

マニュアルを閉じてハイタカを見ると、窓と自分を交互にハイタカは見ていた。

お散歩って事か……何となく理解すると窓に近寄り、防弾仕様に改装してある窓を開けた。

するとハイタカは開けた窓から外へと飛び出していった。

窓を閉めながら「早めに帰って来なさいよ」と、飛び去るハイタカの後ろ姿に向かって愛鷹は静かに呟いていた。

 

 

右舷側の主砲取り付け作業が完了すると、後は細かい所の微調整だけとなった。

「よし、作業工程は九〇パーセント消化ってところかしら」

満足げにつなぎの腰に手を当てて明石は頷く。

三原と桃取は作業疲れから部屋で休んでいるので、明石と作業員、工廠妖精だけで愛鷹改の艤装の改装作業を行っていた。

ボロボロの半分スクラップ状態だった愛鷹の艤装はほぼ別の姿となって、修復された。

艤装の外観的共通点は背中側以外殆どない。

 

「お疲れ」

微調整中の明石たちの元に夕張が訪れてきた。

「どーも、良い感じに仕上がったわ。航空巡洋戦艦愛鷹改の艤装よ」

「へえ、中々インパクトがあるわね。超甲巡の艤装がこんなにまで変われるなんて」

「背中の艦橋型部分とか、まあ割かし残ってはいるわよ。でも武装はがらりと変わったし、戦闘機の発着艦も出来る」

ほお、と顎をさすりながら夕張は愛鷹改の艤装を見つめる。

超甲巡時代の面影は一部残ってはいるが、それでも改装規模は大きい。

元を言えば夕張が設計図の線を引いた艤装だ。その設計図を基に組み上げられた艤装は、実際に見ると中々いい感じに仕上がっている。

「第三三戦隊も改装ラッシュね。青葉と言い愛鷹さんと言い」

「私も正規ルートで改装されたら、どうなるかな」

「夕張は好きな時に好きな感じで艤装勝手にごちゃごちゃ組み替えてるから、別に改二化とかはいらないんじゃない?」

「自分で好き勝手にやれる範囲にも限界があるのよ」

そう返す夕張に明石はふーん、とだけ返した。

それにしても、やはり長門型の主砲二基の存在感は大きい。

これなら愛鷹さんも戦艦相手には苦労せずに済みそうだ。

 

ただス級を除けば……。

 

「何か、ス級対策の装備って開発されてないのかしら」

ふと呟いた夕張の言葉に明石は頭を振った。

「何の音沙汰も無し。上の方じゃ、大艦巨砲に対抗するには大艦巨砲で挑み返すべきか、航空攻撃で潰すべきかで悩んでるのかも」

「elite級だと対空戦闘能力はかなりのモノだったわよ。おまけに深海棲艦の方から誘導兵器を出してきたし」

「長距離誘導砲弾の話ね。どういう理論でやっているのは分からないけど、着弾予測位置を出せるし、精度も悪い方なら今のところは気にしすぎなくても何とかなるでしょ」

「そう言って失敗しないと良いけど」

実際にス級との交戦やその艦影を見ているだけに、夕張の言葉は重い。

「縁起を担ぐようになったの?」

「心配になって来ているだけよ」

「まあ、そうなるわね」

戦闘なんて全く想定していない工作艦なだけに、ス級の恐ろしさはイマイチ感じにくいが、知らなくてもいい事もある物だと割り切っておくべきところかもしれない。

話を変えようと思ったのか、夕張は青葉の新艤装について聞いて来る。

「青葉甲改二の艤装は、完全に新規に製造した奴なの?」

「工場から出荷したての新品よ。前の艤装からの変更点を抑えられる所は抑える一方で、変える所はがらりと一新。

これで青葉も結構仕事がしやすくなっている筈よ」

「私のいる第三三戦隊、結構パワーアップした部隊になれているかもしれないわね」

「火力と航空戦力で言えば、随分パワーアップしているわよ」

真顔で言う明石に頼もしい話だ、と夕張は口元に笑みを浮かべる。

後で愛鷹さんに感想聞いてみよう、と思いながら愛鷹改の艤装を見つめた。

ペンキを塗り直せば結構、良い感じに改装した艤装の感じになり得るだろう。

この艤装の使い手が、来年にはもういないのだと思うと、少しばかり胸が痛んだ。

 

 

これでどうだ? とばかりにフラッシュの手札を見せ得意気な顔になる衣笠に対し、愛鷹も自分の手札を見せた。

テーブルの上に出されたトランプカードの手札を見て、青葉が仰天した声を上げる。

「フルハウスですか⁉」

「うっそぉ……」

がっくりとうな垂れる衣笠に「どんまい」と肩を叩きながら、青葉は自分のストレートの手札を見てフォローにもならないか、と苦笑を浮かべた。

腕を組む愛鷹は少しばかり口元に得意気な笑みを浮かべていた。

「愛鷹、お前滅茶苦茶ポーカー強いんだな……」

観戦していた摩耶の言葉に、隣の鳥海がメガネをかけなおしながら頷く。

巡洋艦寮の談話室で開かれたポーカー対決は今の所、愛鷹がトップを独り占めしていた。

異様に強い愛鷹に他に参加している高雄と愛宕、足柄、鬼怒、アトランタも「何者なんだこいつ」と驚嘆する視線を送る。

制帽を目深にかぶっている上に、うっすらと口元に笑みを浮かべている以外はっきりと感情を出さない愛鷹は、周りからミステリアスなポーカー強者として見られていた。

「ここまで徹底的に負けたのは初めてね……まあ、スリー・オブ・ア・カインドだから当然でしょうけど」

テーブルの上に両肘で頬杖を突くアトランタが大きなため息を吐く。

「トーナメント対決はこれでお終いだね……くっそー、愛鷹さん強すぎてマジぱない!」

悔しそうに頭を抱える鬼怒に、自身もぼろ負けの足柄が「お金巻き上げられていないだけいいじゃない」と突っ込む。

「ポーカー運だけは生れつき恵まれているもので」

本当に自分でも驚くくらいポーカー運はあるよ、と胸中で呟いた時、巡洋艦寮の談話室のドアが開いた。

「こんにちわー、三笠ですー」

「み、三笠司令⁉」

試合を観戦するにとどめていた那智が入って来た三笠に驚く。

彼女の登場にその場にいたもの全員が驚きの目を向けた。

「舞鶴基地司令職から秘書艦職に転職しましたー、皆さんこれから宜しくね。特に那智ちゃん」

「ちゃん付けは止めてくれと……まあ、酒ならいつでも付き合うぞ」

「司令官の任務解かれていたんですか」

そう尋ねる高雄に三笠は頷く。

「青葉ちゃんの艦隊新聞とかに出てなかった?」

「青葉さんがまだ最新刊出してないので……」

そう返す高雄に三笠は意外そうな顔で青葉を見る。

自分としたことが、と最近甲改二化されてから急に増えたデスクワークで新聞執筆の時間が取れていなかった事に、青葉は頭を掻きながら三笠に応えた。

「す、すいません、青葉最近忙しくて新聞の取材捗らないモノで」

「少佐に昇進、甲改二化、結構ハードスケジュールだったしね。同時に二つやってのけるだけでもすごいけど」

しょうがないよ、と青葉をフォローする衣笠に確かに、と愛鷹も頷いていると三笠が初めて見る愛鷹の姿に興味深そうな顔になる。

「あら、貴方、もしかして噂の?」

噂って、何の噂が流れてるの? と聞きたくなりながら愛鷹は立ち上がって敬礼して名乗る。

「三か月ほど前に着任した超甲型巡洋艦愛鷹です」

「あらー、新人さんね。敷島型戦艦四番艦の三笠よ。これから宜しくね」

「はい、三笠さん」

散々な目に遭いながらス級を何隻か倒してきただけに、自分の名前もある程度は艦娘の間で知られているだろうが、三笠は艦娘とは言えある意味別格の艦娘提督だ。

もっと自分のことについて聞いているかと思ったが、それほどでもなかったか。

自分より小さい三笠が興味深そうな目で見て来るのが、地味に気になる。

「初対面なわけだし、ちょっとあなたとお話でもしたいわね。夕食までちょっとお話しない?」

「え、ええ、構いませんよ」

何の話をするのだろう、と疑問を持ちながらも愛鷹は三笠の元へ歩き出す。

途中、足柄とすれ違おうとした時、足柄に肩を掴まれた。

「次はフォー・オブ・ア・カインドで私が絶対勝つから覚えておきなさいよ」

ぼろ負けからの軽い恨みからか、少し棘のある彼女の言葉に頷く。

もう少し手加減してあげればよかったかな、と鋭い視線を送って来ていた足柄に何だか申し訳ない気持ちになりながら、先に談話室を出た三笠の後を追った。

 

 

何も言わないまま先を歩く三笠について行くと、彼女の自室に連れてこられた。

あがって、と告げる三笠に礼を言いながら、彼女が引っ越してきたばかりの部屋に上がる。

上物のウイスキーのボトルが部屋にあるのは、彼女らしいと言えば彼女らしい。

すすめられた椅子に座っていると、三笠はボトルを一つ開けてコップに注ぎながら、自分にも勧めて来る。

体質的に酒は飲めないので丁重に断る。

「まあ、そうよね。遺伝子構造上でもダメらしいし」

少し残念そうに言う三笠の言葉に、愛鷹の頭の中で一気に警戒度が上がった。

すると警戒心を抱いているのを見抜いているかの様に、三笠は微笑を浮かべながら愛鷹に向き直る。

「貴方が警戒する様な変な輩じゃないわよ。貴方の事、他の人よりは知っているってだけ」

それでも警戒心を解いた様子はない愛鷹に、三笠は脱いだ制帽を机に放って自分の椅子に腰かけるとコップに口を付ける。

平静を装っている様で、かなり自分に警戒している愛鷹になんでそんなにがちがちになってるのだろう、と不思議になって来た。

「どうかしたの?」

「三笠秘書艦、あなたは『自分たちにとって、不都合な存在がある』時、人間ってどうするか知っています?」

そう語る愛鷹に三笠は目を細めた。

酒が程よい感じで頭を回してくれる。

「その『自分たちにとって、不都合な存在がある』の言葉をあてはめられる世界次第になるわね。

そうね、常に命のやり取りをするギャングや私達のいる軍隊とかなら、『不都合』なら殺すわね。

口封じ、って言うところかしら」

細めた目で自分を見る三笠に、愛鷹は腕を組んで溜息を吐いた。

「何で今なんでしょうね。殺したければ、出来損ないはとうの昔に処分できたはずなのに」

「……教えて貰えるかしら? 何があったのか」

真顔で問う三笠の目を愛鷹は見据えた。信じても大丈夫な目であるかを確かめる様に。

暫しの間をおいて、三笠の目に満足した愛鷹は制帽を脱ぐと答えた。

 

「消されかけました、この間」

 

人の命、運命を扱えるのは神のみ許される所業。

その神の領域に手を出した結果、生まれたのが愛鷹。

神の領域に手を出す事は、人として禁忌の行為。当然手を出したものはどこからも、誰からもいい顔をされないだろう。

歩く軍事機密の愛鷹は確かに、その口から自身の出生をバラされたら困る輩は海軍内に一定数存在するはずだ。

「抹殺されかけたって訳ね。どうやって?」

「五日前の夜、葉巻を吸いに出たら長距離狙撃で」

「狙撃か……提督には……言う訳ないわよね。貴方を作り出すことを提唱した本人だし」

「三笠秘書艦はどの程度まで私の事を?」

「大体の事を有川中将から聞いたわ……私の親友の死の原因が貴方にもあった縁で、たまたま知ったの」

ウイスキーを注いだコップをまた口の中へ傾けた時、軽い音を立てて床に愛鷹の制帽が落ちた。

目を剥き愕然とした表情を愛鷹は浮かべていた。

初めて見る感情をはっきりと露わにした愛鷹は、震える口で言った。

「私の……せい……で……⁉ 三笠秘書艦の……」

「三笠でいいわよ。さん付けでもちゃん付けでも、好きなように呼んでいいわよ」

ちょっとキツイ話になるかも、と思いつつ三笠は飲んだウイスキーの溜息を深々と吐き、両手で抱えるコップの底を見ながら語った。

 

「まだ右も左も分からない貴方の教育を担当したアメリ・ロシニョールはね、私の古くからの親友だったの。

 

あの子が死んだのはあなたも知っていると思うわ。

でもね、私は彼女の死の原因が全然納得出来なくてね、ずーっと調べてたの。

艦娘時代、戦艦リベルテとして確かな戦果を上げていた彼女が、そんな死に方をするとは思えなかったから。

 

そして知ったのよ、アメリが死んだ原因を。

 

彼女、自分が見つけた艦娘特有の難病、ロシニョール病のワクチン開発をしてたの。

で、臨床実験をやる時ロシニョール病に罹っていた艦娘からウイルスを摂取した上で、自ら作ったワクチンを試した。

 

結果は、ウイルスが勝ち、アメリは死んだ。

親友が艦娘達の恐怖の的になる難病のワクチン開発に当たって、自分にウイルスを放ち、ワクチンを試すのはアメリ自身が元艦娘だったからできた事。

他の艦娘に上手く行くか分からない臨床実験台になって貰う気なんて、鼻から思いつかないあの子の、自分の命をかけた実験。

ロシニョール病のウイルス、その摂取元がまだ自覚症状が現れていなかった貴方だった」

 

ガタン、と椅子が倒れる音とよろめく愛鷹の足音が部屋に響いた。

 

「それって……私が……殺したも……」

私が殺したも同然だ、と言い終える事は出来なかったものの、頭の中で愛鷹は言い結んでいた。

自覚症状がない段階……施設にいた頃、血液検査は日常茶飯事だったからロシニョール病を発症した、と言う事は自分の知らない内に周囲は知っていたという事か。

だが、何より愛鷹にとって心を打ちのめしたのは、自分の体を蝕もうとするウイルスを使ってロシニョール博士が自分を実験台にしてワクチン開発のテストをしたという事だった。

自分の意思でロシニョール博士を手にかけたという訳でなはい。

だが、自分の体に取り付いた不治の病をワクチン開発の臨床実験の為に自分に移したばかりに、作ったワクチンが効かないままロシニョール博士は命を落とした。

 

博士の死の原因は……私のせいだ……私が博士を殺してしまった……私の体に現れた病を自分に移したばかりに博士は死んでしまった。

 

私のせいだ……私が殺してしまったんだ……私のせいだ……私が殺してしまったんだ……。

 

「同然? いいえ、違うわ。貴方は……」

俯け、頭を抱えこんでいる愛鷹に三笠は静かに否定するが、愛鷹は制帽を拾うと何も言わずに部屋を飛び出してしまった。

「ちょっと待って、待ちなさい!」

慌てて三笠は後を追うが、愛鷹は止まらずそのまま走り去ってしまった。

思っている以上にデリケートなところがあるとは思ってもみなかった。

責めるつもりも無く、ただ単に知って欲しかっただけだったのに。伝え方、いや説明の仕方に問題があったか……。

 

「何をやっているのよ、私は……」

自分への怒りで唇をかみしめ、壁を殴りつけた。

 

 

部屋に戻った愛鷹はベッドの枕元に顔をうずめて嗚咽を漏らした。

自分の体に現れた病魔を使って、自らのワクチン開発の臨床実験の被検体となったロシニョール博士。

勿論、愛鷹が直接手にかけた訳ではない。

しかし、愛鷹からすれば自分のせいでロシニョール博士が死んだのも同然だった。

「博士……ごめんなさい……」

 

ふと脳裏に施設時代の思い出がよみがえった。

他の教官たちがモノを見る目で自分たちに知識や技術を叩き込む中、学校の女性教師の様に自分たちに色々な事を教えてくれたロシニョール博士。

まだ幼さが残る自分達にとって、「先生」の様な存在だった。

自分達にとっては灯台の明かりの様な存在だった。

生きる事の素晴らしさを説いてくれた博士。

まるで我が子の様にクローンである自分たちを可愛がり、育ててくれた。

 

「選別試験」の後の転落人生の間、何度自殺を考えた事だろう。

それを思い留められたのも、博士の説いた「生きる事への素晴らしさ」だった。

その博士が命を落とした間接的原因が自分だったなんて、恩を仇で返した気分だ。

「博士……」

溢れ出続ける涙が枕に大きな染みを作った。

 

 

久しぶりの休暇状態とは言え、特にやる事が思いつかず、気分転換にと深雪は銃器の射撃場に訪れていた。

銃器保管庫で自分の手のサイズ的にあう拳銃を探していると、射撃場から銃声が響いた。

「誰かやってるのかな」

グロック19を選び、マガジン二個を手に射撃場に出る。

奥のレンジに一人、ヘッドセットを付けてレンジに向かって銃を撃つ者がいた。

大淀だ。

「あいつもここ来るんだ」

少し意外な気分だった。大淀と言えばデスクワークタイプだからあまり射撃場と縁があるような気がしなかった。

レンジの距離を設定し、ヘッドセットを被ると深雪はマガジンを挿入したグロック19を構えて、引き金を引いた。

いつも使っている一二・七センチ連装主砲とはまた別の反動を両手で抑え込みながら、的の中央を狙って撃つ。

久しぶりに拳銃を撃つだけに、そう思ったようには当たらない。

「当たんねぇな」

引き金を引き、撃ち出された銃弾がレンジに作る弾痕を見て、眉間にしわを寄せた。

マガジン全弾を撃ち尽くして、評価を見る。良くない。

一発はど真ん中の少し上に当たっているが、他は褒められない位置だ。

艤装の主砲と拳銃、反動制御が違うと、拳銃の時はこうも酷くなるのか。

大淀はどうなんだろう、と気になった深雪が見に行くと、丁度大淀も射撃を終えていた。

ヘッドセットを外して一息吐く大淀に、射撃の評価を尋ねた。

「よお、大淀。どうだい、評価は」

「み、深雪さん」

少し驚いた顔になる大淀だが、すぐに自分の評価を見せた。

「私のは、こちらに」

見せて貰った射撃評価はどれも高得点ばかりだった。

一発で全て仕留めている。点数で言えば百点満点だ。

「おお、スゲーじゃん。デスクワーク系艦娘とは思えない腕前」

「きょ、教育隊では射撃はトップクラスでしたよ。誰も聞いてくれないから知らないでしょう」

「マジか」

そんな隠れた特技があったとは。

これを生かせば、大淀の砲撃戦演習の命中率も上がるのでは? と随分前に見た大淀の砲撃戦演習結果を思い出す。

大淀の手にはP320拳銃、テーブルにあるマガジンの弾薬は、対人向けには威力が強い.45ACP弾だ。

随分威力ある弾使ってんな、と深雪は興味深そうに見ると大淀はマガジンを取り換えて新しいレンジを設定し始めた。

これ以上は大淀の集中力の邪魔になるな、と思い自分の使っているレンジの元へ戻った。

 

まさか、愛鷹と一番絡みの多い深雪に見られるとは。

教育隊での射撃成績など嘘だ。実際の自分の銃器射撃の精度は壊滅的にダメだった。

対人戦を考慮されていない艦娘なので、それほど問題にはならなかったが。

 

とは言え万が一の時代に備えて、ここを使う様になってから随分腕が上がった。

百点満点の成績は、正直今になって出せるようになった感じだ。

相手は、対人戦の訓練も受けた事がある艦娘だ。自分の手で撃って始末しなければならない段階に至った時は余り想定したくないが、備えておいて損はない。

取り越し苦労は、何も準備していなかった、よりずっとマシだ。

.45ACP弾は愛鷹に確かなダメージを入れられるから、と言う理由で選ばれた。

実際、戦闘中に愛鷹が被弾した後の行動記録などを見ても、彼女の肉体的撃たれ強さは分かる。

急所を確実に撃つ、それしか大淀自身の手で愛鷹を殺害する時の方法は無かった。

今日中に射撃訓練はやれるだけやっておきたかった。

明日、種子島基地で防衛艦隊の管制を担当する為に派遣されるからだ。

種子島基地、上手く行けばそこで片が付くかもしれない。

 

そう、上手く行けば……。

 

 

夜が訪れた日本艦隊基地だが、一部の施設では灯りが煌々と点いている。

艦娘の寮は消灯前とあってか随分静かだ。

そんな時間帯の中、愛鷹は天龍に言われた通りの倉庫へと向かっていた。

正直、今は全く付き合う気分になれないのだが、天龍がどこにいるのか分からないので今の自分の気持ちを伝えらない。

夕食も食べる気分に慣れず、結局抜いてしまっている。それくらい気分は塞ぎ込んでいた。

指定通りの倉庫はこの間狙撃された場所と違い、街灯が近くにあり何より使用感のある倉庫が他にもいくつかあるのが幸いだった。

予定時刻の五分前に付いたNo444倉庫の傍で、気持ちを和らげようと先日買ったばかりの葉巻を出し、火をつけた。

思い出せばこの葉巻、買ってからずっと吸っていなかった。

少しは気分が変わるだろう……葉巻を吸いながらそう考える。

一応、言われた通り作り直された左腰の刀を見やりながら煙を吸っていると、急に胸がざわつき出した。

嫌な予感と言うよりは、何か本能的なモノだ。

何だろうと思った時、軽く咽込む。煙を吸い込みすぎたか?

時計を見て時間だ、と思った時、愛鷹の体に発作のモノとは別の衝動が走り、咥えていた葉巻が口から零れ落ちた。

 

 

倉庫内で天龍と木曽、皐月が待っているとコツコツと足音が聞こえて来た。

腕時計を見た木曽が「時間通りだな、いやぴったりと言うところかな」と感嘆するように言う。

生真面目な奴じゃん、と天龍は口元を緩めて思うと、扉の向こうにいるであろう愛鷹に呼びかけた。

「おーい、愛鷹。待ってたぞー。入って来いよ」

言われた通り、愛鷹が無言で入って来る。腰には約束通り刀が一本持たれている。

入って来た愛鷹に天龍と木曽、皐月が歩み寄って挨拶するが、愛鷹は無言だ。

 

どうしたんだ、黙ってばかりだが……木曽が怪訝な表情を浮かべるが、天龍は構わずここへ呼んだ理由を説明する。

「特別実習って形で、帯刀艦娘の斬撃演習をやる事になったんだ。

俺と木曽と皐月で作った的全てを三分以内に全部刀で破壊する、っていうミニゲーム的な演習だ。

三分以内に終わればいいし、噂で聞くお前の腕なら一分で終わるだろうさ。

腕試しってのはこういう事。簡単だろ?」

 

愛鷹は尚無言だ。

「ねえ、愛鷹、聞こえてる?」

流石に変だなと思った皐月が尋ねるが、答えはない。

ガン無視か? 流石に何か言って欲しいなあ、と思った天龍は軽き溜息を吐く。

「黙ってないで、何か言ってくれよ。

 

内容は簡単だ、相手を斬り捨てりゃいいんだ」

 

「内容、斬り捨て……目標排除……了解……」

初めて口を開いた愛鷹だが、どこかロボットの命令復唱の様にも聞こえる。

なんかさっきから変だぞコイツ、と天龍が思った時、愛鷹が刀を抜き、三人に斬りかかった。

「おおい、馬鹿、待て! 俺たちにじゃなくて的を」

眼帯に覆われていないもう片方の目を見開いた木曽が言いかけた時、彼女の腹に愛鷹が繰り出した刀が貫通した。

小さな喘ぎ声を残して、刀を引き抜かれた木曽が崩れ落ちる。

「何やってんだ馬鹿野郎! 木曽を殺す気か!」

血の海に倒れる木曽と愛鷹を交互に見ながら天龍が怒鳴り、皐月が木曽の元へ駆け寄る。

白刃が暗闇で再び振られ、斬り裂かれる音と、皐月が倒れる音が響く。

 

やばい……。

 

何が何だか全く分からないが、愛鷹が今昼間見かけた時とは明らかに違う状態なのは明らかだ。

「愛鷹、怒っているなら謝る。でも、木曽と皐月を斬っちまうなんてお前査問会どころか軍法会議に」

そう言いかけた時、愛鷹が刀を構えて自分にも襲い掛かって来た。

危ない所で躱した天龍に、すかさず追撃の白刃が襲い掛かる。

自衛の為なら止むを得ない、と天龍が右腰の刀を抜いて愛鷹の斬撃を受け止めるが、受け流しても直ぐに態勢を立て直して愛鷹は襲い掛かって来る。

次々に繰り出される白い斬撃は紙一重の差で躱すか、受け止めるかだが愛鷹の素の体力は相当なモノであり斬撃を受け止める、受け流す腕がじんと痺れて来る。

 

一瞬、天龍と愛鷹の目があった。

 

愛鷹の瞳には、冷酷さ、明確な殺意、そして狂気が宿っており、見た者を視線だけで震え上がらせる凄味があった。

 

ビビってる場合どころか、暇すらないぞこれ……天龍の眉間に冷や汗が流れた。

激しい攻撃をして来ている様で、自身の斬撃の受け止めをどこか観察している様にも見えた。

 

こちらの動きを敢えて手加減した攻撃を繰り出すことで観察して、行動パターンや癖を読み取っているのか?

 

もしそうだとしたら、自分の動き方を完全に見終えた愛鷹が一気に総攻撃を仕掛けて来るのは時間の問題だろう。

この場をとにかく凌ぐには、と天龍が考える間にも、激しい斬撃が何度も自分を「殺し」にかかって来た。

「止めるんだ、愛鷹!」

とにかく愛鷹の行動を止めさせないと、本当に愛鷹が軍法会議にかけられるかもしれない。

自分のやらかし行為で仲間である艦娘を軍法会議に送る様な事になるのは冗談では無い。

しかし、天龍の言葉は一切届いていない様だ。斬撃は明らかに自分を傷付け、殺しにかかっている。

自分を切り殺したら、次は動けなくされた木曽と皐月だ。

誰かに知らせないと、自分はおろか二人が失血で死んでしまう。

だがどうやったら……。

防戦に手一杯の頭はそれ以上の余裕を与えてはくれなかった。

 

 

月明かりが美しい夜だった。

夜の月と基地の写真を撮ろうかと、磯波は消灯前に許可を取ってカメラを手にラフな私服に着替えて寮を出た。

この間、シーレーン防衛任務の四年連続勤労章を授与され、ボーナスも出ていたので少し引っ込み思案な磯波も上機嫌さが隠しきれなかった。

磯波自身は余り戦闘での功績は高くはないが、日本の生命線であるシーレーン防衛で確かな護衛実績は積んでいる。

地味で裏方な任務だが、正直護衛任務は一番性に合っている気がしていた。

その性に合う任務で功労章授与されたのだから、冥利に尽きるものを感じる。

軽く鼻歌を歌いながら、許可をもらえた時間中に良い写真が取れそうなスポットを探し回る。

今基地にいる艦娘は殆どが消灯時間の為寮にいるが、基地防衛艦隊のメンバーは決められたローテーション通りに出港して、基地近海の哨戒任務に就いている。

軍隊、それも戦時下の軍隊に昼夜は関係ない。

防衛体制の強化で最近は無くなったが、昔は日本本土の各基地に深海棲艦の空爆が何度も行われていた。

磯波自身も何度か基地防空任務で対空戦闘に従事した事がある。

破壊と再建を繰り返す基地の写真を戦場カメラマンの様に撮って記録に残していると、自分達が戦って守っている風景そのものを記録している気分でもあった。

特に意図して始めた訳ではなく、事実上海軍入隊前からの趣味がカメラ撮影であるだけだったが、磯波の撮る風景写真は良く青葉に提供を求められていたので需要を感じるとカメラを片手に風景写真を撮るのが時に楽しみにもなった。

気が付けばプロのカメラマンも使う高級カメラが手に入り、それで更に様々な写真を撮っていた。

「今日もいい夜景ね」

シャッターを切りながら、カメラのレンズを向ける先の被写体にそのままの感想を呟いた時、遠くで誰かが喚く声と金属が激しくぶつかる音が聞こえた。

ソナーで敵潜水艦の警戒を行う事は駆逐艦艦娘の共通任務であるし、専ら護衛任務担当の自分は対潜警戒でよくソナーマン役もやっているから耳は良い方だ。

地獄耳な気もしたが、耳を澄まして何事か聞いてみる。

 

天龍の声だ、かなり焦りと微かな恐怖を交えており、良い状況とは言い難い、窮地に陥っているらしいのが分かった。

これは誰かに知らせた方がいい。

直ぐに磯波は寮の方へと駆けだした。

 

 

息切れしかける自分をさらに追い込んで来る、もはや殺意以上の狂気が宿る白刃の嵐に、天龍は完全に追い詰められていた。

一方、愛鷹は息切れた様子一つ見せない。

「お前は……何者なんだ……」

恐怖に完全支配されかける天龍の問いかけに愛鷹は応じない。

無言で自分を殺しにかかって来る。狙った獲物は絶対に逃さないハンター、いや捕食者の様に獲物を追い込んで来る。

ただ恐怖に支配されかける天龍に残された思考力は、愛鷹の繰り出す斬撃にどこか必死さを思い起こさせていた。

まるで天龍を殺しておかないと、自分が殺されるとでも言う様な必死さ。

この状況になってどれ位経っているのか分からないが、先に斬られた木曽と皐月への心配が高まるのだけは分かった。

しかし、助けを求める暇が無い。防戦一方の自分には無理だ。

振るわれる白刃は、深海棲艦相手ではなく、明らかに対人戦を考慮した動きでもあった。

自分の様な帯刀艦娘は刀を使った対人戦訓練など受けた事がない。そもそも艦娘が対人戦を行う状況自体がない。

だが同じ艦娘の筈の愛鷹は対人戦を心得ており、しかもかなりの腕前の様だった。

どこでこんな教育を……と天龍が思った時、レアメタル複合材製の自分の刀が愛鷹の斬撃に屈した。

けたたましい音と共に白刃に敗れた愛刀が砕け散り、天龍は自分を護るモノを喪った。

刀が砕けると共に、恐怖に覆われかける自分を踏みとどめる事が出来ていた何かも砕けた。

僅差で斬撃を躱した天龍は悲鳴を上げて倉庫の入り口に向かって駆けだした。

もう木曽にも皐月に構っていられない、自分が殺されてしまう。

 

走る自分に愛鷹は走って追いかけて来なかった。

ドアに取り付いた天龍がドアノブを掴み回す。

しかし、ノブは回るが知らない内に鍵がかかったのかドアが開かない。

「ど、どういう事だよ!?」

焦りながらドアノブの鍵穴を見ると、いつの間にか鍵穴が潰されていた。

入って来た時にあらかじめ鍵を壊したのか?

凝然と破壊されている鍵穴を見ていると、愛鷹の靴音が背中から急速に迫って来た。

振り返った時、腹にかなりの勢いを付けた蹴りが入り、成す術もなく天龍は壁に叩きつけられた。

骨が何本か逝っていそうなほどの痛みにうめき声を上げた時、視界に愛鷹の足が映った。

 

「……や、やめろ……」

 

愛鷹の顔を見上げて命乞いをする天龍を、無言と冷酷な殺意の視線が見つめる。

 

「……やめてくれ」

 

震える天龍に向けて、愛鷹はゆっくりと右手の刀を両手で構える。

 

「お願いだ、殺さないでくれ!」

 

自分の急所、心臓に愛鷹は白刃の狙いを定める。

 

「止めろ、俺はまだ死にたくない! 殺さないでくれ……!」

 

もう見返すことが出来ず、目を閉じた時、愛鷹が一瞬何かに反応したような素振りを見せた。

直ぐにその素振りを消した愛鷹は天龍に向かって白刃を突き刺す力を入れた。

 

 

その時、数発の銃声が倉庫内に響き、愛鷹が苦悶の声を上げた。彼女の手から零れ落ちた刀が地面に転がる。

銃声とほとんど同時に鍵穴を潰されたドアや、別の入り口を蹴破ってM8ライフルを構えたMP(憲兵)が雪崩れ込んできた。

赤い血に染まる右腕を抑える愛鷹に海軍憲兵隊員数名がタックルをかけ、そのまま地面に倒すとまだ動く左腕を含む四肢を取り押さえ、行動の自由を奪った。

「確保ーっ!」

もがく愛鷹を数名がかりで取り押さえた憲兵の一人がそう告げると、冷たい大淀の声がかけられた。

「拘束し、営倉の独房に連行して下さい。抵抗する場合は死なない程度に銃弾を」

「愛鷹さん!」

「愛鷹!」

大淀の指示を遮るかの様に青葉と大和の呼ぶ声が愛鷹にかけられる。

二人の自分を呼ぶ青葉の声に、愛鷹が初めて反応した。

狂気から正気に戻った目が青葉に返され、口が開いて何かを言おうとする。

地面に押さえつけられている愛鷹の傍に屈んだ大淀は冷酷さを込めた目で何かを言おうとする愛鷹に、あの言葉を吐いた。

 

「貴方は……廃棄処分されるかもしれませんね……残念です……」

 

途端に激しい恐怖の表情を浮かべて一切の抵抗が止んだ愛鷹の両手に、頑丈な手錠がかけられる音が暗い倉庫内に響いた。

怪我しているんですよ! と抗議の怒声を張り上げる青葉と、愕然とした目で見る大和の前を、一切の抵抗をする素振りを見せなくなった愛鷹が憲兵に囲まれて連行されていった。

 




次回は愛鷹は営倉で取り調べと、軍法会議にかけられるか否かの調査が行われます。

また次回のお話でお会いしましょう。


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第三八話 真相究明

大遅筆となりました。
本編をどうぞ。


憲兵の銃撃を受けた右腕の治療を受けた後、放り込まれた狭い部屋のベッドの上に座る愛鷹は見るからに活気を失っていた。

面会は許可が下りなかったが、監視カメラでどうしているかを見る事だけは許された青葉は、何とかしたい気持ちばかりが先走っていた。

幸い、昨晩愛鷹の刀で斬られ重傷を負った木曽と皐月は一命をとりとめ、既に回復に向かっていた。

一方で愛鷹には傷害罪と傷害致死未遂の嫌疑がかけられ、査問会はどうしても免れない状況だ。

展開次第ではそのまま軍法会議に送られて有罪判決もあり得る。

故意かそれとも何らかの理由があってかは、残念ながら青葉には分からない。

何かの間違いであって欲しいが、どの道二人の艦娘に重傷を負わせ、一人を殺害しかけた行為は現実として存在している。

自分の上官である以上は、青葉にも何らかの事情聴取が取られるかもしれない。

 

 

初めて第三三戦隊が集まったミーティングルームに青葉が戻ると、衣笠、夕張、瑞鳳、深雪、蒼月、それに大和が集まっていた。

部屋に入って来た青葉に気が付いた六人からの視線から来る問いかけに、青葉は軽く溜息を吐いてから答えた。

「査問会は免れないそうです。軍法会議も多分視野に入っているかもしれませんね。

傷害罪と傷害致死未遂の二つで裁かれるでしょう」

「……理由が分からないわ。なぜ愛鷹さんが天龍と木曽と皐月を襲ったのか」

腕を組む夕張の言葉は部屋にいる全員が思う事だった。

先に狙撃された時の犯人があの三人であるか、については完全な白だ。三人ともその時は寮にいたアリバイが存在する。

「もし、愛鷹がこのまま軍法会議に送られたら、アイツはどうなっちまうんだ? 

最悪、有罪になった時艦娘がどういう処分を受けるか、前例がないから不安しかないぞ……」

頭を抱える深雪に、蒼月が恐る恐る受ける末路を言う。

「艦娘って、軍法会議にかけられて有罪判決を受けたら『解体』されるってどこかで聞いた気がします。

『解体』の内容は知らないんですが、多分艦娘としての全記録削除、艤装の廃棄エトセトラの上でなかった事にした後」

「塀の中暮らしか絞首台か、そこで言うと普通の犯罪者への裁判と同じね」

代わる様に末路を締めくくった夕張の口は重い。

やっと施設暮らしから解放され、艦娘として再出発したばかりの愛鷹がこんな結末を迎え入れるなど本人は勿論、青葉たちにとっても認められないモノだ。

 

 

「青葉が愛鷹さんの身に何が起きたのか、調べてみます」

腕を組んで瞑想するように目を閉じていた青葉が瞼を開けて、六人に告げた。

その提案に深雪が神妙な表情で見返す。

「やるしかないのは分かるけど、これは深雪様のおつむでも分かるぞ。

裏で誰かが手を引いてて、下手に探れば艦娘だろうと殺しにかかるって」

「私もそう思う。下手に探りを入れるのは拙いよ青葉。いつものパパラッチノリで出来る事じゃないわ」

「座して愛鷹さんの終わりを見届ける何て、青葉には出来ません。

ただの探り入れじゃないのは承知の上です。でも、青葉はじっとしていられません」

覚悟と強い決意を浮かべる青葉の顔を六人は何も言わずに見返す。

六人とも何も言わないが、青葉には探りを入れるのは止めておけと言ってもやめる気が無いのは分かっていた。

割と頑固な面を見せる事もある青葉の目を見れば、それは一目瞭然の事だった。

何も言わない六人からの視線に踵を返した青葉はミーティングルームを出て行った。

 

 

「面会禁止だと? どういう事だ?」

静かに、しかし微かな苛立ちのこもった声で武本はMPの少尉に尋ねた。

「自分は存じません。ですが愛鷹中佐とは誰も面会を許さないと言う申しつけが」

「誰が言ったのだ?」

「中隊長がです。自分も艦隊司令官である提督にすら面会は許さん、という指示に驚いてますよ」

どうやら憲兵少尉ですら理由不明のまま愛鷹の監視を行っているようだ。

「愛鷹くんはどうしているか分かるか? 健康に異常は?」

「三度の食事はちゃんと食べてます。カメラ越しではありますが、健康状態にも異常はないかと。

殆どベッドの上に座り込んで動きませんが」

「日本艦隊の艦娘を預かる身として、面会を許さんと言う話は納得できない。中隊長を呼んでくれ、私が直接話す」

「分かりました、少々お待ちを」

憲兵少尉がMP詰め所に入ろうとした時、武本の背中から「必要は無い」と声がかけられた。

武本が振り返ると、久しぶりに画面越しではなく、直に会う友人の有川がいた。

「有川じゃないか、何故ここに」

「査問会議の参加者としてだ。ちょっと話があるから来い」

 

有川に誘われて武本が連れて来られたのは監視カメラもない倉庫だった。

段ボールを積んだ棚だらけの狭い部屋に入った有川は、武本に向き直った。

「ここならまあ、大丈夫なはずだ」

「監視カメラを置いてない場所だな、何でここに俺を連れて来たんだ」

「監視カメラを見ている奴に知られたくないからだ」

そう答える有川に武本の表情が変わった。

「この基地に怪しい奴が入り込んでいると?」

「その可能性は否定できない。だが俺が伝えたい話は他にもある。

詳しい事は今調査中だが、666基地の再稼働を示唆する情報が出た」

そう語る有川に武本は眉間にしわを寄せた。

「666だと? あの基地は閉鎖したはずだ。もう……用済みだからな……」

「愛鷹も二度と戻らないと決めた『故郷』だが、資材や人員が666基地へ流れる情報を見つけた」

「……まさか、禁忌の行為を再開する気か? だが誰が」

 

思い当たるモノがない。

666基地、正式名称は「第666海軍基地」という名の国連海軍の先進兵器開発基地の一つだ。

昔の自分とは切りようの無い縁がある。何故なら武本が提唱したCFGプランを実行した基地だからだ。

そこでクローン艦娘の研究開発が行われ、愛鷹が生まれた。いわば第666海軍基地は愛鷹の生まれ故郷だ。

CFGプランの中止と共に施設の大部分は閉鎖されたが、一部施設は稼働を続けていた。

愛鷹と言う不完全クローン艦娘の収容所、檻として。

 

「この事は大淀経由で愛鷹にぼかした形でリークした。それとな、その愛鷹何だが問題が起きた。

 

アイツを排除する勢力の兆候が見られる」

「暗殺……という訳か?」

「ああ。こっちもまだ調査中だが……まあ、情報を掴むために動いている奴なら検討はついてるがな。

そいつの力をちょいと借りる」

「……青葉くんだな」

仲が非常に良いだけでなく、愛鷹が大和のクローンだと言う秘密を知る数少ない人間の青葉。

そして真実探求心と好奇心に富む情報戦に強いタイプだ。

情報戦に強いだけに、第三三戦隊に課せられた任務への適性はありと言えたし、豊富な実戦経験も生かせる。

それとムードメーカー的な役も果たせる明るい性格。

その出自から対人能力には難があると言われていた愛鷹の人柄を、今の状態にまで柔らかく出来たのは青葉と言う存在も大きい。

勿論他にも命の尊さを良く知る熱き心の持ち主の深雪という存在が、長生きできない体質から来る生への強い執着心を持つ愛鷹と馬が合うのもある。

第三三戦隊はその任務の性質上、本来は専門課程を受けた艦娘が配属されるべきなのだが、結成時からそれに対応できているのは愛鷹のみだ。

今まで大きな問題も無くやれて来たのは、ひとえに各メンバーの個々のスキル、練度の高さで補えていたからに過ぎない。

本来であれば専門課程訓練を受けた艦娘に早く交代させるのが、艦隊運用上妥当である。

にも拘らず武本がそれをしなかったのには、ちゃんとした理由がある。

 

それは、武本の命を弄ぶ発想から生み出され、悲惨な五年を過ごした愛鷹に「青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳の五人を基に日本艦隊、更には世界にいる艦娘達と友情を育みながら残された時間を送って欲しい」と言う、自分なりの愛鷹の人生の幸せ願っての事だった。

 

部隊運用上、適性のある艦娘を編入すれば、愛鷹は五人と別れなければいけない。

永遠の別れになる訳ではないとはいえ、生まれてこっち籠の中の鳥だった愛鷹には、いつも一緒にいる仲間の存在が必要だと武本は思っていた。

だから日本艦隊司令官と言う国連海軍内でも相応の発言力、そして愛鷹を作り出す計画に関わった一人としての人脈、それらを駆使し、可能な限りの手を打って、番号で呼ばれていた彼女に「愛鷹」と言う名を与えて、艦娘として正式に配属させた。

出来る事なら本来の戦艦として配属させたかったが、失敗作とみなし、早期の処分を主張する一派がまだいるだけに、愛鷹をその一派の目から隠すには艦種を変更せざるを得なかった。

 

 

巡洋艦を圧倒出来る過剰火力ながら、戦艦を相手にするには不足気味の火力と言う中途半端さを抱えた超甲型巡洋艦。

しかしデチューンされた艤装とは言え、その拡張性そのものは手付かずに残していた。

実はクローンの量産計画の中止、大和型改二への技術フィードバック等で必要性が薄れて幻に終わってしまった超大和型艦娘の艤装は、その更に上となる存在も考慮しての艤装設計であった。

つまり超大和型改、さらにその先の超大和型改二の存在を見越しているのが、今愛鷹が使っている艤装だ。

夕張は元より艤装整備専門家の工作艦である明石、そして使い手の愛鷹ですら気が付けない様オミットされた性能をすべて解除すれば、恐らくス級すら容易く撃破できる強力な火力を有する戦艦へと改装できるだろう。

とは言え、それが出来るなら今すぐにでもやるべきなのかもしれないが、計画が途中で中止になった影響で対応した火器の開発が図面の段階で終わってしまっているのだ。

つまり、今すぐやるとしたらスタッフを再招集して、開発をゼロから再開しなければいけない。

しかし、愛鷹と言う存在を排除する一派に遂に見つかった以上、それも難しい、いや不可能だろう。

 

それに国連海軍では戦艦ではなく航空戦力の拡充を優先する動きが強まっていた。

戦艦の火力と空母の航空戦力、この二つを両立させた艦娘の艦隊運用計画。

航空戦力強化という事では、既に赤城が改二化改装でその計画の第一段階を終えており、加賀にも間もなく改二化改装が実施予定だ。

更には大和型三番艦たる信濃の戦艦と空母のコンバート改装による艦娘の艦種変更運用システムの実装まで目指されている。

既に航空巡洋艦と攻撃型軽空母と言う形で、このシステムのテストベッド的な形で鈴谷と熊野が改装対応を受けられるようになった。

艦娘の艤装技術の発展は著しい。

そして艦娘が強くなるほど深海棲艦も比例するように強化されていく。

当然、最前線で戦う艦娘達には死の脅威の度合いが高まる事を意味していた。

明日訪れるやもしれぬ死と隣り合わせの日々。

 

 

そこへ有川の携帯電話が着信音を立てた。

ポケットから携帯電話を出し、受話ボタンを押す。

「私だ……ふむ、分かった。すぐ行く」

「急用か?」

電話を切りポケットに戻す有川に武本が問うと、有川は顔を向けて頷く。

「別の仕事だ、すぐに行かねばならん」

「気をつけてな、情報部って消される可能性あるんだろ?」

「その前に防ぐ。愛鷹だが、査問会議が開かれるまで警備は厳重にしとけ。

信用できるMPを何人か付けておくんだ」

「分かった」

頷く武本に見送られて、有川は部屋を出て行った。

 

 

No444倉庫の床にはまだ昨晩の騒動の後が遺されていた。

既に黒い跡となった床の血痕の生々しさに生唾を呑み込みながら、青葉は一人現場を観察していた。

砕け散った天龍の刀の破片や、銃撃で取り落とした愛鷹の刀はそっくりそのまま残っている。

一方的な戦いだったことは、何となく想像できた。

しかしなぜにそこまで愛鷹が本気で襲ったのかが分からない。

特に不仲だった訳でもないのに、明確な殺意を持って天龍を追い詰めた原因。

何か手掛かりが欲しい。が、青葉の求める情報は見当たらない。

「天龍さんにも少し話を聞くか」

そう呟きながら破壊されたままの扉を抜けた時、ふと足元に葉巻が一本落ちていた。

銘柄は以前見た覚えがある。愛鷹が吸っているモノだ。

ハンカチで拾って見つめる。不思議とあまり短くない。

吸い始めて直ぐに捨てた様な状態だ。

何度か喫煙している所は見かけているから、青葉にはわかる。こんな勿体ない吸い方を愛鷹はしないし、路上にポイ捨てすることもない。

きちんとシガーレットケースに入れて愛鷹はいつも回収している。

これが何か手掛かりかも知れない。

持って来ていたジプロック袋に葉巻を入れると、青葉は倉庫から離れ、少し考えてから試しに工廠へと赴いた。

 

実は心当たりがある話を思い出していた。

ずいぶん昔に読んだ小説で、タバコに仕込んだ薬物で吸った相手を軽い洗脳状態にすると言う描写だ。

うろ覚えながら煙草を吸ったキャラは、そのタバコを渡した相手の言う事に一時的に順応になる、という展開だった。

もしや葉巻に何か仕掛けが施されていたのかもしれない。

葉巻に含まれている成分などを分析できれば、と青葉は考えたのだ。

「……薬物系なら明石さんよりは、江良さんに頼んでみるか」

機械には滅法詳しい明石よりは、医療系では専門家になる江良に分析を依頼するのが寧ろ好都合だろう。

もっとも江良は医師であり、警察の鑑識の様な芸当が出来るか、不安はあったが江良を伝にして調べる事も出来るだろう。

青葉が立てた仮説では葉巻に何かしらの薬物が混入されていて、息抜きに吸った愛鷹は一時的にかなりの興奮状態になったのではないか?

クローン故に遺伝子を随分弄っているから、少し常人とずれた感覚を持っている愛鷹だ。

特に痛みにはかなりタフだと言えた。

クローン達の遺伝子に先天的に痛覚を常人より鈍くさせる処置が施されていた可能性はある。

実際、先天的な痛覚の障害の話をどこかで聞いた覚えがあった。

その面で見るとオリジナルになる大和を含め一般的な人間より体力、知力で一歩程は上回っていると言える愛鷹は大和のクローンであると同時に、受精卵の段階で遺伝子操作を行われたデザインベイビーの要素もある。

成長速度の促進でクローン艦娘の大量確保、痛覚の鈍化によって負傷による経戦能力の低下阻止、少ない食事で高い体力を維持できるエネルギー効率性の良さ、脳の思考力上昇による迅速な状況判断力、高い動体視力に体力、五感の強化もおそらく行われているだろう。

以前ラバウルで私服姿を見た時、ボディマス指数通り痩せてはいる方ではあったとは言え大和より少し筋肉が太かった覚えがある。

正直な話、愛鷹の様なクローンは寿命問題とロシニョール病への耐性さえあれば、既存艦娘を置き換える事も可能だ。

その範囲は恐らく全艦種に。クローン艦娘艦隊の出来上がりだ。

戦闘でクローン艦娘が死亡した時は、予備のクローンで補充すれば戦力維持は容易に行える。

最悪、捨て駒前提の作戦立案、艦隊運用も可能な筈だ。

自我を弱めれば、クローンは極めて上官の命令に従順になるし、個としての存在への拘りや生への思いも消す事だって可能な筈。

その点で言うと強い自我を持ち、時には生への執着を見せる愛鷹は量産に向いていると言い難い。

 

青葉の考え付くクローン艦娘の姿は、傍目にはロボットの様にも見えるが、ロボットより思考能力の柔軟さや電子機器ではない分の動作不良も無い。

考えていくだけで、その人間が求めるクローン艦娘の姿にゾッとするモノを感じてしまう。

作戦立案から実際の作戦実行までクローン艦娘の生命の配慮は必要なく、クローン艦娘自身も死への抵抗心が無ければ、例え腕や足の一本無くなっても、言われるがままに戦闘を継続する。

 

昔見たSF映画でクローンの兵士を大量生産して軍隊を作り、大規模な星間戦争に勝利する、と言う展開を見た覚えがあった。

SF映画なだけに、クローンが抱える諸問題は大体解決されていたが、複製の繰り返しで次第に遺伝子に異常が起き、本来弱められているはずのクローン兵の自我が強くなって命令を受け付けない、という描写も見た。

あれは何という映画だったかなぁ……。

 

クローン艦娘の事を考えると、作戦進行上の制約が大きい人間艦娘より戦術、戦略の向上が簡単になる事に気が付き、青葉にもかなり理にかなっているようにも思えて来た。

そして納得できそうな自分に悪寒すら覚えた。

自分は遺伝的に何か落ち度があって、クローンのオリジナルの選別から除外されたのだろう。

だがもし、青葉がクローンのオリジナルに選ばれた時、青葉と瓜二つのクローンが大量に生産され、使い倒されていく。

「狂ってる……狂ってるよ、こんなの」

 

しかし、人間が犠牲にならない戦争遂行となると、必要とも言えなくもない。

犠牲を厭わない作戦で深海棲艦を滅し、海の安全と平和を取り戻す。

そもそも艦娘の存在意義は深海棲艦の完全排除だ。しかし艦娘が人間であるという事から実行できずに終わっている所も多い。

それをすべて解決できるのがクローン艦娘……。

戦争の早期終結にも結び付けられる可能性だってある。人間艦娘の犠牲も無くなる。

では、戦争が終わったらクローンはどうするのか?

考えられる帰結は、少なくとも青葉には一つしかなかった。

 

 

病院の江良のオフィスで彼女と顔を合わせられた青葉は、回収して来た葉巻の鑑定を依頼した。

木曽と皐月の治療を行う際に、事の顛末を聞いていた江良は青葉の依頼に驚きはしたものの、拒否はしなかった。

青葉が見せる袋の中の葉巻を見て、腕を組んだ江良は少し考えてから青葉の頼みを受け入れた。

「口の堅い知り合いをいくつか頼ってみるわ。任せて」

「よろしくお願いします」

真顔で頼む青葉に江良は深く頷いた。

ついでに木曽と皐月の容態を尋ねる。

「頭が少し混乱状態なのを除けば、ぴんぴんしてるわ」

「それは良かったです」

ほっと胸をなでおろす青葉に、江良が軽く微笑んだ時、オフィスのドアがノックされた。

江良が入室許可する前にドアが開き、海軍の制服を着た男性士官二人がオフィスに入って来た。

腕章を見た青葉は拙い、と顔をしかめた。海軍憲兵隊の腕章、それにバッジを付けている。

「江良少佐、青葉少佐、私達は日本艦隊憲兵隊の者です。青葉少佐の回収した葉巻についてはこちらでお預かりさせていただきます」

有無を言わせない大尉の階級章を付けている憲兵の言葉に、江良が戸惑いを見せる一方、青葉が静かに江良の前に出る。

 

跡を付けられていた覚えはない……網を張られていたか? 強引に自分から奪うよりは先回りして押収?

こうやって原因究明に使えそうなものを自分が拾い集めて行った後、ハイエナの如く奪っていくやり方なのだろうか?

卑怯なやり方だ。だが、自分の行動を先読みし続けていたとは。

いや、同じことを考え付いていたから青葉の行動をトレースしていれば、自動的に手に入ると踏んでいたか?

 

対人格闘戦はあまり得意じゃないけど……力づくで奪うなら……。

 

そっと足をわずかに動かし青葉が両手に拳を作ると、大尉がもう一人に目配せした。

 

もう一人が携帯電話を出して、誰かに電話をかけると「俺だ、始めてくれ」とだけ相手に伝えると切った。

その様子を見ていた大尉が数秒おいてから、江良と青葉を見て告げた。

 

「監視カメラはこちらが今、制御を抑えさせていただきました。

葉巻の鑑定については海軍統合作戦本部情報部が引き受けます」

「お二人は憲兵では無いのですか?」

不信な顔を浮かべて江良の前に立った青葉に、憲兵大尉は静かに頷く。

「有川中将の指示を受けて、愛鷹中佐の傷害事件調査を行っています。

現在、査問会議の為憲兵隊が動いていますが、有川中将は情報部での独自調査を内密に進めております」

「何故です? 差し支えなければ私達にも教えて頂きたい」

珍しく軍人口調になる青葉に、大尉は腕時計を見てから答えた。

「中佐の暗殺を目論む一派が憲兵を掌握している恐れが出たからです。つまり、葉巻の証拠がもみ消される可能性がある。

憲兵隊の調査を操り、中佐に不利な形で軍法会議にかけられれば、こちらには成す術がない」

「お二方の事を信頼できる証拠は? そもそもなぜ情報部が憲兵隊に代わって調査を?」

鋭い視線で問う青葉に大尉は衝撃的な事実を告げた。

 

「はっきりとした確証はありませんが、艦娘内に愛鷹暗殺勢力への協力者が出ている可能性が浮上しました。

現在、味方が誰であるのか見極めるのがかなり難しい状況です。

ですが有川中将は愛鷹中佐の傷害事件の裏側を明し、助ける事を我々に厳命されました。

ここの監視カメラも最悪乗っ取りを受けている可能性すらある。時間をかけては、中佐の罪状軽減が難しくなる可能性があります」

 

信頼していいのだろうか? そうやってこちらを懐柔して引き渡させると? そうは簡単に問屋が卸すか。

 

疑念を浮かべた目で青葉が二人を見ると、江良が青葉にそっと耳打ちした。

「ここは彼らに賭けてみましょう」

「でも、この二人こそが愛鷹さん暗殺勢力の手下の可能性もありますよ?」

「でも、私の知人の手を借りるより早く結果が出せるかもしれない。

愛鷹さんの今の騒動の解明は青葉さんの手だけじゃ無理よ。ここは彼らに賭けてみましょう」

「でも……」

すぐに信頼しろと言われて信頼できるか、と言いたげな青葉に江良は静かに言った。

「暗殺勢力って言う輩だったら、有無を言わさずに私達の元から葉巻を奪うわ。それを敢えてしないで待ってくれている。

相手は一種の冤罪を愛鷹さんにかけるなら、艦娘を利用するような人達よ。

二人にはその強引さがない。それに二人の腰には拳銃も警棒もない」

その言葉に青葉ははっとして大尉ともう一人の腰を見た。

憲兵隊は常時P320拳銃と警棒を携帯しているが、二人は付けていない。憲兵隊のバッジと腕章こそあれど、常帯を命じられる装備を付けていない。

信用していいのかと言う疑問は残り続ける。が、この二人に渡せば事態が好転するのだとしたら、賭けてみる要素は大きい。

自分の前からどいた青葉に軽く頷くと江良は情報部の大尉に袋を渡した。

「頂きました。全容解明に尽くします。

調査結果はおってこちらのヘッドセットからこの周波数でお知らせします」

そう言って大尉は上着のポケットから小型のヘッドセットと周波数が書かれた小さな用紙をだし、青葉と江良に渡した。

小さい、髪で隠すことが出来る位のサイズのヘッドセットを見て青葉は慎重に聞く。

「こちらから問いかけは出来ない、一方通信ですか」

「こちらが動いている事を憲兵や憲兵を掌握している連中に気付かれる訳には行かないので、こんな形で信用しろと言われても出来るか、と思うのはもっともかとおもいますが。

ですが、結果が出次第、すぐに連絡を入れます。

バッテリーはONにしたままの状態でも七二時間持ちます。それまでには」

 

嘘を言っている目ではない、可能性があると言うなら賭けてみるか。

時間との勝負になりかねない。今の青葉には憲兵大尉の階級章を付けた情報部の部員を信じるしかなかった。

 

 

長い聴取が終わった後、味はまあまあな昼食を摂る。

施設時代を思い出しかける素っ気ないメニューを黙々と食べる愛鷹は、長い聴取と自身の置かれた状況から来る強い精神的な疲労を感じていた。

自分でも何故ああなったのか、全く分からない。ただ本能に従って動いていたような気がする。

そう、脳に植え付けられた何かに従うがままにと言う感じだ。

正直、天龍、木曽、皐月を襲った時の記憶があやふや気味で、自分でもよく思い出せない。

このまま査問会議を受けて、その後に来るであろう軍法会議の事を考えると、気が重くなった。

確実に自分は裁きを受ける身になり、艦娘人生は強制終了だろう。

そして、死ぬまで塀の内側だ。

 

惨めだ。

 

結局、艦娘として過ごせたのは一夜の夢の様なものでしかなかったのか。

五年前に生まれ、四年ほどの飼い殺しの様な日々を耐えて耐え忍んで、やっとつかんだ自由だった筈なのに。

泣きたい気分だったが、涙は出なかった。

もう、自分への酷な扱いなど慣れっこになってしまった気分だ。自分にはどうせこんな人生しかなかったのだと、半分自暴自棄も起こしかけていた。

ベッドの上に座ったまま何もしない時間だけが過ぎていく。

面会に来る人が一人もいないのが寂しい。青葉たちなら面会を求めてくると思ったのに来ない。

多分来ないのではなく、面会謝絶状態にされているのだろう。自分の意思に反して。

正直、話し相手が欲しかった。憲兵隊の取り調べは話し相手と言えるわけがない。

誘導尋問じみたところもあったが、そんなものに簡単に流される自分でもない。

当時の記憶こそ、何故か曖昧気味になっていたとはいえ、否定できるところは否定した。

ふと自分の部屋を寝床にしてしまったハイタカが気になった。

中々戻らない自分の事をどう思っているのだろうか。人とは違って鳥だし仲良くしようと思った事は無かったから、あまり気にかけていなかったが……今ではあのハイタカとすら会えない事が寂しかった。

 

独りぼっちは慣れているはずだが……こみ上げて来る寂しさが愛鷹の気持ちを滅入らせた。

 

 

査問会議は谷田川と三笠、それに派遣されてくる検察官などで行われる予定になっていた。

艦娘への査問会議は過去に何回か行われていたが、今回はこれまでとはかなり違う。

軍法会議も視野に入れたものだ。

査問会議はある意味、一般的な裁判での第一審の様なものである。

ここで決着がつくこともあれば、軍法会議で裁判が行われて判決が下される。

有罪であれば当然厳しい処罰が下される。

まさか、自分が査問会議と軍法会議の議長になるとは、と溜息を吐きながら武本は方々から取った調書に目を通していた。

天龍への事情聴取は既に終わっていた。

調書の文面では「明確な殺意と狂気が愛鷹を動かしている様だった」と天龍は語っている。

あの時はパニックを起こしたとはいえ、天龍は落ち着いてあの時起こったことを振り返り、詳細に記録していた。

「あいつは悪くない。ちゃんと帯刀艦娘の軽いテストみたいな事を指示して来た命令書の出所を確かめなかった自分に責任がある」

ラストを締めくくる天龍の言葉は、全面的に愛鷹を庇いたい一心が込められていた。

どんな処罰を受けても自分は文句を言わない、とも添えられていた。

今回の一件は確かに天龍にも一定の落ち度があるので、何かしらの処罰は下す予定だ。

調書を読みながら武本は愛鷹の行動に強い既視感を覚えていた。

 

そう、第666海軍基地でクローン達に行わされたバトルロワイヤル時を想い起させる。

偶然にしては出来過ぎている。どうにも、何らかの方法で愛鷹にバトルロワイヤルが行われた時と同じレベルまで、精神を追い込まないとできない行動力だ。

しかし、愛鷹がそう簡単に辛い施設時代を思い出すことが出来るだろうか? 

忘れはしないが、心の奥底にしまい込み、封印する術を心得ている様な彼女が天龍たちの挑発程度で暴走するだろうか。

クローン達にはブロークンワードを使う事で、その行動を封じられる様に予め遺伝操作が行われている。

しかし、闘志を焚き付ける様な特殊な工夫はしていない。強いて言えば恐怖程度だ。

一体何が起きたのだろうか……?

一つ確かなのはどう転んでも、木曽と皐月への傷害行為だけは何らかの形で処分を下さなければいけないという事だった。

 

 

あの時の事を根掘り葉掘り尋ねて来る青葉に、天龍はありのまま、自分が見た事全てを打ち明けた。

メモ帳に天龍の証言を書き取る青葉の顔と目が鋭い。単なる探求心所以とはとても言えない。

真実を明らかにすると言う使命感そのものだ。

下手なパパラッチ癖で接して来た時とは訳が違い過ぎる。自分の上官の不可解過ぎる暴走の裏に何かあると見抜いている様子だ。

天龍自身、あの時の事には自分なりに責任があると思っていた。それだけに営倉に入れられたまま面会も許されない愛鷹が可哀想で仕方が無い。

倉庫に現れ、突然の暴走、憲兵隊の突入まで事の顛末をすべて話した。

ペンをくるくると片手で回しながら唸る青葉に、天龍は愛鷹にかけられている罪状について聞いてみた。

「傷害罪は残念ながら免れませんね。余程のことがない限り懲役刑ないし執行猶予付きの刑罰が下るでしょう」

「俺のせいだってのに……」

首を垂れる天龍に何かしらの同情が湧いてくる。

青葉は発端らしきものの調査は情報部が解析しているから絶望はしていなかった。

もっとも手掛かりになり得る葉巻を情報部に渡す事には、一種の賭けをした気分ではある。

メモ帳に書き込んだ天龍の証言を見つめていると、いくつか気になる所があった。

あくまでも天龍が見た感じ、とは言え愛鷹には「殺意と狂気、そしてそれを自身の中で増長させるような恐怖に頭が支配されていた様にも見えた」と言うモノだ。

普段は温厚かつ物静かな愛鷹が、突然バーサーカーの様に暴れ出すには、やはり何かきっかけがいる。

メモ帳の文面を更に追っていくと、一つ興味深いモノがあった。

命乞いをした時、一瞬愛鷹の構えが止まった、と言うところだ。

その時だけ、感情が元に戻りかけたのか? 

いや、そうではないだろう。

青葉は以前愛鷹から身の内を明かされた時、同じクローン同士の殺し合いの話を聞いていた。

一人しか生き残れないクローン選抜のバトルロワイヤル。

 

命乞いをした天龍の姿が、バトルロワイヤルの際に殺害したクローンの命乞いが、本能的にフラッシュバックし、動きを鈍らせた。

そう考えるとしっくりくるものがある。

葉巻に仕込まれた薬物で異常な興奮状態になったのではなく、パンドラの坪に封印していたのであろうバトルロワイヤルをした時の狂気が、葉巻の薬物で蓋が外れ引き出されてしまっていた?

かなり納得は行くが、原因が葉巻だったと断定するのは早計だ。

そもそも愛鷹の買う葉巻はPX(酒保)でも普通に購入できるものだ。つまり愛鷹以外の人間が買ったら同様の状況は起こり得るのだ。

だが愛鷹の様な暴走を起こした者はいない。

次の手掛かりはPXだ。

辺りを付けた青葉は天龍に礼を言うと、メモ帳を仕舞ってPXへと向かった。

 

 

憲兵の長く、面倒臭さすら感じる聴取が終わり、憲兵隊員二人が部屋を出て行くと、蒼月は初めて不機嫌そうに頬を膨らませ、眉間にしわを寄せていた。

聴取内容は上官である愛鷹に関するモノだったが、どうにも愛鷹の過去の行動に問題は無かったのかと誘導するように聞いて来るのが気に食わなかった。

応えられるものは全て模範的か、戦闘時で出来る最善を尽くしたに終える事が出来るモノばかりだ。

どうにも憲兵隊には愛鷹を犯罪者として仕立てたい様な節が伺えた。

傷害致死行為はどうにもならないとはいえ、憲兵隊には愛鷹が意図的に天龍、木曽、皐月を襲ったような調書を作ろうとしているようにも見える。

それに流される程、蒼月も馬鹿でも情弱でもない。

 

自分でも驚く程最近肝が据わった感じがあった。

第三三戦隊の一員として従軍している間に、精神的に随分鍛えられたのかもしれない。

実戦が兵士の最後の訓練課程と何かで聞いたが、その通りだったのか。

それとも、この人と一緒にいれば大丈夫、と思える存在がいつもいたからか。

一緒にいれば大丈夫、と言える人物と言えば蒼月には愛鷹しか思い浮かばない。

勿論、第三三戦隊の仲間もそうだ。何かと世話を焼いてくれる深雪も頼もしい。

 

今頃別の場所で第三三戦隊仲間たちは憲兵隊の聴取を受けているのだろう。

後で……どう言う流れだったか、聞いてみよう。そう決めた蒼月は部屋を出て食堂に少し遅めの昼食を食べに行った。

 

 

空にジェットエンジンの轟音をやかましく響かせる二機の航空機に、熊野は不快な表情を浮かべて空を見上げた。

全翼無尾翼機である無人攻撃機MQ170の編隊だ。

海兵隊から航空戦力強化として種子島基地防衛勢力に組み込まれた無人の攻撃機。

種子島基地上空高度三万五〇〇〇メートルと言う、深海棲艦の高高度迎撃機ですら攻撃が出来ない高高度を漂う無人通信飛行船とマイクロウェーブを介したデータリンクシステムで繋がれた、人が乗っていない空の殺し屋。

対艦攻撃にはミサイルが使えないので、サーモバリック弾頭ロケット弾や対艦クラスター爆弾等を装備している。

飛び去る二機の無人機に「煩いですわね」と熊野は愚痴る様に呟いた。

相棒の鈴谷と共に種子島基地に派遣されてこっち、哨戒艦隊のメンバーとして出撃を繰り返す日々。

哨戒任務出撃など艦娘として毎度毎度の仕事であるが、空をいつも無人機が飛ぶと言う事には正直疎ましさがあった。

無人機は戦闘時には有人コントロールで戦闘を行うが、普段は自律AIのプログラムにのっとって飛ぶ。

人間は基地のコントロールルームで非常時に備えてモニターするだけ。

撃墜されても人的被害はない無人機。深海棲艦が存在するだけで起きる電子機器異常の対策を施された最新のデータリンクシステムで飼い繋がれた番犬。

データリンクシステムに異常、又は途絶したらすぐさまAI判断に移行し、自律機動攻撃を行えると言う優れモノ、と解説された。

しかし、熊野と鈴谷はあまり無人機を信頼していなかった。幾度とない死線を掻い潜って来た自分達からすれば無人機と言う「空飛ぶ計算機」には、想定外の状況に柔軟に対応できるとは思えなかった。

しかし、種子島基地の司令部はこのMQ170による艦娘への航空支援に、かなり頼り込んでいる印象が強かった。

 

無人機とは別に、基地の前線司令官の鍋島(なべしま)少将も正直好人物とは言い難い。

南部方面隊種子島基地防衛特別混成隊の指揮を執る鍋島は、艦娘の運用方法は心得ているのだが、自分達に放つ言動に反発したくなるものが多い。

「貴官らは前線に出れば一人の人間の命等ではない。戦場で敵を殺す一個たる戦力に過ぎん」

着任時にそう言い放った鍋島の態度はどうにも艦娘を「人ではなく、人をやめた人の姿をした兵器」と見ている節がある。

恐らく作戦遂行の為なら部下の犠牲も最悪止むを得ない。そんな考えを持つタイプの司令官だ。

余り上官にはしたくないと嘆息する熊野だったが、自分も軍人である以上は司令官の命令には従わなければならない。

 

そんな種子島基地には艦娘の運用施設がない為、支援艦「あきもと」を基地近くの港に派遣して艦娘達の前線基地にしていた。

防衛艦隊の航空戦力はトラック基地を巡る戦闘にも参加していた五航戦の翔鶴、瑞鶴のみ。

各艦娘のローテーションや配備先を考慮すれば、これが精一杯だ。

一方で長門と陸奥と言う戦艦戦力、古鷹と加古と言う重巡戦力もある。

軽巡神通率いる駆逐艦戦力も揃っているので、少なくとも水上部隊戦力は充実している方だ。それに熊野と鈴谷も加わっている。

それに仮設の基地航空隊戦力にMQ170があるから、航空戦力不足ではないはずだ。

それでも熊野を含む艦娘達には多少なりとも艦隊防空能力に不安を拭えていないのだが。

 

 

「熊野ー、どうかしたー?」

相棒の言葉に我に返った熊野は、何でもないと言う形で首を横に振った。

「楽な哨戒航海と言っても、気を抜いたら足飛ばされるかもしれないから、気をつけてよ」

そう言って海上監視をする鈴谷の言葉に、熊野は頷いた。

二人にとって、いや熊野にとって鈴谷の言葉は過去の教訓を忘れるな、と言う戒めだった。

昔、佐世保へ入港する際に深海棲艦の敷設した対艦娘機雷に接触して、右足を吹き飛ばされた苦い経験がある。

再生治療のお陰で助かり、足も元通りとは言え、ちょっとした気の緩みから一度死にかけた記憶は忘れがたい。

二人は第一〇駆逐隊の秋雲、夕雲、巻雲、風雲と組んで航空巡洋艦艤装で哨戒中だった。

搭載する瑞雲も駆使して対潜警戒も行っている。

同じ航空巡洋艦へと改装された青葉の甲改二艤装より搭載数に優れているが、水上戦闘能力を左右する火力の面では青葉が上で、魚雷発射管を常備できないが。

二人の改二艤装の一番の強みはやはりコンバート改装システムによって攻撃型軽空母になれることだ。

ただ艤装を航空巡洋艦から攻撃型軽空母にする際は、艤装の一部を換装する必要があり、しかも割と複雑な作業である為換装にかかる手間が大きく、艤装セッティングは状況に応じてよりは、状況を想定してが多い。

また攻撃型軽空母の際になると艤装燃費も悪い。

強くなれるのが良いが、艤装整備員泣かせな面があるので少しばかり申し訳ない気分にもなる。

帰ったら艤装整備員にサンドイッチでも奢ろう、と帰投予定時刻を勘定しながら熊野は水上警戒に戻った。

 

敵は、深海棲艦は必ず来る。SSTO打ち上げの時か、その直前に。

「お望み通り……海に沈めてあげますわよ」

真っ暗な海底に、再び。

 

 

ダメもとで再び愛鷹との面会に行った青葉は、憲兵隊の顔ぶれが全員入れ替わっているのに気が付いた。

面会許可を申告すると、意外な事に憲兵は通してくれた。

メンバーが入れ替わったのはローテーションからか、それとも……。

手錠を両手に繋がれた愛鷹は見るからに生気を失っていた。

目が死んでいる。動きも緩慢で普段見ていたきびきびとした動きが全くない。

強化ガラス越しの対面を果たせた青葉に、愛鷹が最初に言った言葉は「皆さんの調子は?」だった。

「皆元気ですよ。愛鷹さんの事、みんな心配してます」

「そうですか……元気で何よりです」

僅かながら嬉しそうな感情がこもった声だが、目には活力が出ない。

軽く溜息を吐きながら、青葉は愛鷹に問いかけた。

「愛鷹さん、『あの時』の前に葉巻買いましたよね?」

「ええ、切らしていたのでPXに行ってみたら、在庫が一つだけ入荷していたと」

「確かに一個だけの入荷だったんですね?」

確認する青葉の言葉に愛鷹は静かに頷いた。

狭い独房に閉じ込められる愛鷹は精神的な疲労が溜まっているのか、口調にはかなり投げやり気味になっていた。

恐らく、辛い施設時代を彷彿させられる独房に閉じ込められた結果、過去がいつもフラッシュバックしてしまっているのかもしれない。

少し目元にくまが浮かんでいる辺り、あまり眠れていないのも分かる。

「ご飯はちゃんと食べてます? あと睡眠は?」

「三回の食事は食べていますよ。睡眠は……お察しの状態ですが」

「青葉にも『あの時』の事話してもらえませんか?」

その頼みに愛鷹は首を横に振った。

「ごめんなさい、良く思い出せないんです。ただ何かに必死になっていたような記憶がぼんやりと残っているんですが……」

「そうですか……あの、青葉、こんな事を言うのは酷だと分かっていますが、敢えて言うとやっぱり査問会議は開かれるそうです」

「当然の話ですから、酷ではないですよ。当然の帰結です」

声から愛鷹は自暴自棄を起こしかけているのが伺えた。

査問会議、軍法会議。この二つでどうせ自分は有罪になって、僅かな余命を塀の中で暮らすのだと完全に諦観している節がある。

「青葉は……愛鷹さんのせいではない、って思っているんです」

虚ろな視線が返されると、青葉は続けた。

「確かに愛鷹さんは木曽さんと皐月ちゃんを傷付けてしまいましたし、天龍さんを危うく殺しかけた。

でも、それは愛鷹さんの自分の意思ではなく、誰かに仕組まれた展開だったのではないか? 青葉はそう思ってます」

「失脚させる為に、私に何か知らない間にマインドコントロールを施した、と?」

「まだ断定できませんけど、殺し屋が愛鷹さんを狙っているのは現実ですから」

すると鼻を鳴らして愛鷹は口元を少し緩めた。

「死んで欲しい……と言うのならもう死ぬ時なのかもしれませんね。先に逝った六四人の元に行く時が来ちゃったのかもしれません」

「まだあきらめるには早いですよ! 処罰は出ると思いますけど、軽くする事は出来る筈です」

「そう言っていただけるだけでも、私は青葉さん達と触れ合えて良かったと思いますよ。

冷たい独りぼっちの部屋で毎日毎日悲鳴を上げる体と戦う日々……それと比べたら、三カ月程度だったとしても私にはとても有意義な日々だったと言えます」

投げやりな声で返す愛鷹に、青葉は両拳を強く握りしめ、珍しく声を荒げた。

「愛鷹さんがいなくなっちゃったら、第三三戦隊は誰が指揮するんですか!? 青葉は嫌ですよ、青葉は愛鷹さんのサポート役です。

愛鷹さんの代わりに旗艦を勤めろなんて頼みは承服できません!」

「そんなことをすれば、抗命罪、上官不服従罪にかけられて降格処分と追加処分が付きますよ?」

「無茶苦茶な命令には逆らう権利があります」

真顔でじっと見つめる青葉に愛鷹は深々と溜息を吐いた。

「どの道、もうじき死ぬ運命の体です。その時が少し早くなっただけ。

青葉さんを含む皆さんから慕って貰えたその事実。それだけでも私はとても嬉しかった。

軍籍を抹消されても、私が存在した事は巡り合えた艦娘達の心の中で事実として残る。

ラバウルで言ったはずです。

 

刻みたい、この世に、この時に、私が生きていたことを遺したい、って」

 

「記憶違いでなければ、その後愛鷹さん自身が言ってたはずです。『それは死に物狂いな程困難な事だけど、やり遂げてみせる』と」

出来るのなら胸ぐら掴んででも喝を入れたい気分だったが、青葉にはガラス越しに叱咤する事しか出来ない。

気が付くと面会時間が終わりかけていた。

結局、元気を出すことも、前向きな姿勢にする事もかなわないまま今回の面会は終わりそうだ。

悔しさを噛み締めていると、愛鷹がふと思い出したように尋ねて来た。

「私の部屋に居候しているハイタカ、どうしました?」

「ハイタカ?」

思わず聞き返してから、部屋の窓のプランターにいるのを見つけられると、何故か愛鷹の傍にいる事を望んでくるハイタカの話を思い出した。

そう言えば最近見かけない。自分の寝床に戻れず野良状態でどこかを彷徨っているのかもしれない。

「寮に戻ったら私の部屋の窓を開けておいてください。餌くらいは自分で調達して来るでしょう」

「……分かりました」

軽く一礼した青葉は面会室を振り返る事なく出て行き、それを生気のない目で愛鷹が見送った。

 

 

司令官室で負傷治療を受けている艦娘のリストに目を通していた武本のパソコンの元に、谷田川から「国連海軍艤装設計局」からの指令書が上げられてきた。

「改二化指令書?」

誰に行うんだ? と首をかしげる武本は谷田川から送られて来た指令書を開いた。

改二化対象艦は二隻。驚いたことに指令書に書かれている名前は夕張と深雪だった。

あの二人の改二化指示とは、と軽い驚きを覚える一方で当然か、と頷けるものもある。

夕張も深雪もその功績と戦いぶりは称賛に値するが、深海棲艦に対抗するには不相応に改装が遅れている。

深雪の場合、踏んできた場数は同じ吹雪型の中でもかなりの数になる。

「第三三戦隊での働きぶりが高く評価された、という事か」

納得いく物を感じながら二人の装備を見る。

夕張はコンバートによる三形態への改装と言う改二改装だ。

改装内容は、主に対空戦闘能力向上の改二、対水上及び対地攻撃力向上の改二特、対潜及び対地攻撃両立の改二丁である。

コンバート改装は手間がかかる代物だが、夕張のはかなり改良されている。艤装の装備をユニット交換することで比較的短時間内に三種類の改二艤装形態を可能にしている。

ユニット式の装備交換は夕張が自分の手で自分の艤装に施しているが、改二化すると交換可能な装備自体が高性能化される。

改二特の場合、対艦及び対地能力を強化した反面艤装重量が重くなるため速力が低下してしまう問題点を持っているが、夕張の主機を内装型にすれば速力の低下を抑えられ、かつ旋回性能が多少向上する。

「内装型ってことはハイヒール型になるって事だから……トップヘビー気味になるんじゃないか?」

大丈夫か、と不安にはなるが夕張自身で何とかするだろう。

別ファイルに入っている深雪の改二化改装案を開いてみる。

主砲は一二・七センチ連装砲A型改三を両手持ち二基、六一センチ三連装酸素魚雷後期型を左右の両太腿に一基ずつの計二基。

外装型主機のソナーや電探も高性能化されている。簡単に言えば長女の吹雪に並ぶ汎用性の高い改二化か。

「連装主砲を両手持ちか、皐月くんの前例があるがあっちは単装砲だしな。一一駆から除籍されてからこっちよく頑張っているからな。

愛鷹の事もよく分かってくれるのは有難い」

夕張と深雪の改二化指令書にタッチペンで許可サインした。

改二化を喜ぶ一方で、二人の上官である愛鷹の査問会議の備えも進めなければならない。

艦娘への査問会議は数える程度しかないが、海軍軍人であることには変わりないので行われる展開そのものは普通の軍人に行われるそれと大差はない。

重罰など課したくない。友人の有川たちが真相解明に動いているからそれに託すしかない。

見守るしかできることの無い自分に不甲斐なさが込み上げて来た。

 

 

第三三戦隊のメンバーが思った以上に憲兵からの調書に耐え、さらに天龍や木曽、皐月も愛鷹に非はない、と調書に答えるのが大淀を苛立たせていた。

有罪判決の後、失脚させれば後は適当に「消す」ことが出来る筈なのだが、この分だと有罪にはなるが刑罰はかなり軽減されてしまう。

かなり不利な状況だ。

愛鷹自身は相当精神的に追い詰められているとは言え、それだけでは意味がない。

何より大淀を苛立たせていたのが、仁淀の治療の進行具合だ。

計画を始めてから全く音沙汰無いのである。ロシニョール病の治療は本当に行われているのか。

対面も出来ず、治療経過などの知らせが全く来ない。妹の為に手を血に染める覚悟を決めたのに、このままでは本当に自分の行いは報われるのだろうか。

その疑問と苛立ちが大淀の精神を不安定にしていた。

周囲からは仁淀の容態が芳しくない事で苛立っていると見えている様だったので、少なくとも今の所自身の行いがばれた様子はない。

天龍達が行った帯刀艦娘の訓練云々は、愛鷹排除派が作った計画書を基に自分が仕立てたモノ。

艦娘三人の命を引き換えに仕掛ける、と言う排除の為なら巻き込みの犠牲もいとわないやり方だが、大淀は指示されるがままに指令書を作成した。

そして愛鷹は一応、予定通り傷害致死罪などの嫌疑で拘束させられたが、どうにもここから先が上手く進まない。

妨害でも入っているのだろうか。

苛立ちが募る大淀だったが、あまり苛立つ自分を周囲に見せると逆に関心を引かれてしまうので、旨い具合に内心に押し込める事は出来ていた。

「いつになったら、終わるの……」

呟く様に苛立ちを吐く。

自室の外から汽笛が聞こえた。哨戒艦隊が帰投して来たようだ。

確か今出ていたのは鈴谷と熊野、第一〇駆逐隊だったか、と思っていると部屋のドアがノックされた。

「大淀、業務時間よ? どうかしたの」

陸奥だ。業務時間と聞いて大淀は時計を見た。五分前行動を心がけているのに、陸奥との仕事の交代時間まであと三分しかない。

いつも時間通りに仕事に来る自分が来ない事に不審に思った陸奥が、様子を見に来てくれたのだろう。

「はい、只今行きます!」

慌てて腰掛けていたベッドから立ち上がるとドアへと駆けよった。

不思議そうに自分を見る陸奥に一礼して自分の仕事場へと、大淀は走った。

 

何かおかしい、と陸奥は大淀の最近の動きに僅かな違和感を覚えていた。

日本艦隊基地で愛鷹が起こした騒動は陸奥も聞いていた。

それとどうも時期が合う様な大淀の情緒の不安定さの悪化。

大切な妹の容態が芳しくないと聞くから、それが気になって仕方が無い、と言うのなら納得いくが、それだけで終わらせられるものなのか。

何かおかしい。愛鷹、大淀だけでなく今の艦隊の状況そのものが、陸奥に何かおかしいと警鐘じみたモノを知らせていた。

 

 

木曽と皐月から話を聞き取った青葉はメモ帳をキュロットのポケットにしまって、病棟を出た。

腕を組んだまま惨事発生時の状況を整理すると、やはり愛鷹はあの時普段とは状況、いや状態がおかしかった。

二人の傷は動けなくはなってしまうものの、致死性はそれほど高くはない、ただ斬られて動けなくなる傷では無かった。

理性があの時の愛鷹に会ったのかどうかは定かではないにせよ、すぐに殺害する意思があったかと言う点においては恐らく否定できるだろう。

また木曽と皐月があの時、刀を持っていなかったという興味深い話が聞けた。

持っていなかったと言うよりは、外していたのだが、肌身離さず持っている天龍と違ってあの時は事実上丸腰だったという事が分かった。

帯刀艦娘と言っても天龍や愛鷹の様に肌身離さずの者もいれば、外している者もいる。

天龍があの時刀を持っていたから、愛鷹の混乱状態の頭は「脅威」認識していた?

もしそうだとすれば、納得出来るモノがある。

状況を後で整理しよう。葉巻の鑑定結果がいつ来るかは分からないが、耳に付けているヘッドセットから朗報が入るのを待つ時間はそれほど長くかからないはずだ。

 

 

便器の中が真っ赤に染まるを見ながら、もう一回愛鷹は激しく吐血した。

体が悲鳴を上げていた。服用しているテロメアがすり減るのを遅らせる抑制剤であるタブレットは知らぬ間に使い果たしてしまっていた。

この部屋でかかる心理的、体力的苦痛がかなり響いたのか。

タブレットの効果切れの禁断症状から来る苦しみと吐血は酷く、体が上げる悲鳴で頭が割れそうだった。

荒い息をしていると憲兵が飛び込んできたが、何を言っているのか分からない。

片手で胸を掻きむしる愛鷹に何か声をかけて来ているが、その憲兵の姿が施設時代の自分を監視していた監視員の姿に無意識に被せてしまう。

延ばされる手に激しい恐怖を覚えた愛鷹は憲兵の手を振り払い、「来ないで……!」と震えながら独房の隅に下がり、両手で頭を抱え込んで子供の様に懇願した。

その間にも耐えがたい体の悲鳴は愛鷹を痛めつけていた。

 

息苦しさが更に激しくなって来た時、口に何かを入れられ、強制的に呑み下らせられた。

何を呑ませた⁉ と思った時、急に体が落ち着き始めた。

 

「愛鷹さん聞こえますか? 江良です。

抑制剤をそろそろ切らすんじゃないかと思って、友人の伝を借りて予備を調合しておきました」

自分を呼びかけ、新たに作った抑制剤のタブレットを呑ませてくれた江良の顔を見返し、礼を言おうとしたが口が動かない。

落ち着くまで深呼吸を繰り返す自分の手に、江良が新しいタブレットが詰まったケースを握らせてくれた。

 

「劇薬ですね。友人がこんな劇薬調合は初めてだと言ってましたよ」

 

落ち着き始めた愛鷹から真っ赤になったトイレの中を見て、これが、愛鷹さんのこの世に生を授かった代償の結果か、と惨さすらを感じた。

そっとレバーを捻って血を流し、憲兵と一緒に起こしてベッドに横にさせる。

横になるや右腕で目元を覆った愛鷹が深々と息を吐くのを見て、何とか落ち着いたわね、と安堵する。

目で憲兵に合図をして江良は共に独房から出た。

独房の外で駆け付けた武本と大和を前にして、江良は静かに告げた。

「子供の様に眠りに落ちましたよ。もう大丈夫です」

安心したように軽く息を吐く武本と、深い溜息を吐く大和を見ながら、江良はドアを閉める間際に微かに聞こえた愛鷹のすすり泣く声の事は言わなかった。

愛鷹が吐く血と流す涙の元凶に、あまりにも無残な姿をこれ以上見せたくなかった。

 

苦しみながらも、愛鷹は足掻き続けている。死への悪足掻きを懸命に続けている。

これが人間の業の深さの答えなのか?

 

 

夕食後に行われた青葉への憲兵隊の調書は付き合いと、副官的立場故か、無駄にも思えるほど長く行われた。

これは誘導尋問級だ、と胸の内で汗をかきながら答えられるものにはすべて答え、否定出来るモノは全て否定した。

憲兵隊は愛鷹に不利な証言を引き出そうとしている様だが、ところがどっこい自分をそう簡単に舐めて貰っては困る。

こう言う状況には割とタフな方でもある青葉の調書は消灯時間直前まで行われた。

ようやく終わった後、シャワーを浴びて自室に戻ると、寝間着に着替えた衣笠が待っていてくれた。

「お帰り、青葉」

「ただいま、ガサ」

そう返しながら溜息を深々と吐いてベッドに直行する。

寝床に横になる自分を気遣う様に「大丈夫?」と衣笠が聞いて来る。

直ぐには答えず、少し目を閉じて軽く頭の中の整理を付けてから「休めば大丈夫かな」と青葉は答えた。

消灯時間が近づいてきた巡洋艦寮では、既に寝起きする艦娘達は当直以外部屋に入って寝床についているはずだ。

寝間着に着替えた青葉も二段ベッドの下段に横になり、毛布を被るだけだ。

部屋の電気を消した衣笠が自分の上のベッドに上がって横になる。

旗艦が拘束されている今、第三三戦隊のメンバーはただ何もしないまま待機する時間が続いていた。

じれったい気持ちを抱えたまま横になっていると、上段ベッド越に衣笠が「ねえ青葉」と呼び掛けて来た。

「気持ちいいベッドで寝られるのって、贅沢よね」

上段から問う様に聞く衣笠に青葉はその通りだと思った。

「安心して、ゆっくり寝られるベッド程、気分を落ち着かせられる物はないよ」

「……愛鷹さんは、どんなベッドで寝ているのかな」

不安げな声で言う妹の言葉に青葉は今日見た愛鷹の顔を思い出した。

目の下に浮かぶくま。寝心地自体はともかく、精神的に落ち着いている様ではないから、寝心地の良いベッドだったとしてもあまり眠れてはいないだろう。

「すぐに愛鷹さんは戻って来るよ、ガサ。信じて」

「青葉は……不安にならないの?」

「不安で一杯だよ。でも、青葉は信じてるから」

 

下から確かな意思で返す青葉の言葉に、私には信じる力がまだ足りないのか、と不安な気持ちで一杯でしかない今の気持ちの自分に、衣笠は軽く溜息を吐いた。

 

暗い部屋でお互いにおやすみ、と告げて青葉と衣笠は眠りに入った。

まだヘッドセットから音沙汰は無かったが、青葉は受信器をONにしたまま眠りについた。

バッテリーは七二時間持つ。それまでに答えが出ると信じながら。

 




今回のお話は大体が青葉の視点で進むことになりました。
クローン艦娘艦隊設立と言うモノへの青葉の考察シーンで、彼女が思い浮かべた映画は「スターウォーズ」であり、クローントルーパーの事です。

夕張と深雪の改二化ですが、夕張は概ね原作ゲームと同じです。
深雪に関しては弊小説の完全オリジナル発展形態となり、制服も長女吹雪と同じものになる予定です。

鈴谷と熊野のコンバート改装ですが、ゲームでは改装設計図が改装の度に消費される(軽空母から航巡に戻す時は必要なしですが)難点があり、鈴谷と熊野の航空巡洋艦形態と攻撃型軽空母形態の二隻持ち推奨の要因になっていますが、本作では設計図要素の代わりに、改装には複雑な作業と手間がかかる為、高い頻度での改装は整備員泣かせになる、と言う形で再現しました。

本作では史実では空母として完成した信濃が台詞で言及されている段階ではありますが、戦艦として登場しております。
信濃のゲームでの実装は現状いつかは不明ですが、コンバート改装で戦艦と空母の両方になれるより取り見取りな案は「今作オリジナル案」であり、鈴谷と熊野のコンバートはそれを見越したテストベッドと言う位置づけにさせていただいています。

愛鷹を巡った軍内での内部抗争の兆し、愛鷹の今後の処遇、そして隠されていた愛鷹の艤装の秘密。
一難去ってまた一難続きの愛鷹が顔を上げてまた歩き出せるか、次回以降にご期待下さい。


ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第三九話 第三三戦隊再編

イベント辛い~(-_-;)

本編をどうぞ。


変わりの無い独房生活は愛鷹から曜日感覚を失わせ、時間経過すら麻痺しかけていた。

三度の食事は出るが、外から送られてくるのはそれだけ。

読書も音楽鑑賞も全く何も与えられず過ごす日々。退屈を通り越してもういっそのこと死んでしまった方がいいのではないか、とネガティブな思考にも陥りかける。

死を選びかけると、必ず青葉のあの叱責が脳裏に蘇った。

諦めムードの自分に喝を入れてくれた青葉の言葉は、面会前まで腐っていた自分に多少気分を持ち返させてくれていたが、何もしない時間だけが過ぎると生きる事すら退屈になりかける。

江良から補充された薬を時々飲みながら、独りぼっちの寂しさを噛み締める。

 

慣れていたはずだったのに……一人っきりなんて気にならないはずだったのに……。

 

査問会議も開かれず、自分を独房に閉じ込めたまま無為な日々が続いているように思えた。

自分の事を誰もが忘れてしまったような気分にもなる。

人間にとって恐ろしいのは「死ぬ事と忘れ去られてしまう事」だと何かで聞いた覚えがあった。

全くもってその通りだった。

自由の身になれるなら、自由になりたい。

塀の中になるのは嫌だが、もうそうなってしまった時は受け入れるしかない。

極刑が言い渡されなければ、自分は軍刑務所で余生を過ごすことになる。

悔しいが生きている事が出来るのなら、刑務所の中で生涯を終えるのも案外悪くないのではないか?

我ながら多少自棄気味な事を考え付く。

 

変わりの無い日々があとどれくらい続くのだろうか……。

 

独房には窓がないだけに外を見る事は出来ない。

空を見る事が出来るだけでも、多少は違うと思うのだが、完全な密室である。

皆は元気かな、と第三三戦隊仲間の顔が脳裏に蘇る。

 

同時に大和の顔も最近頻繁に浮かび上がる様になった。

 

理由は自分でも分からない。

しかし、縁を切る事は不可能な存在であり、何かしらの形で何かを終わらせなければならない気がしていた。

だが何をすればいいのだろうか。

空っぽになりかける頭は答えを出せずにいた。

 

 

提督執務室に集まった一同の顔を見て有川は結果を告げた。

「デーン元帥直々に愛鷹への処遇を下された。

他艦娘への傷害行為による給与一カ月間の七五パーセント減俸と出撃禁止、及び謹慎三日間。

査問会議及び軍法会議の必要なし。

以上だ」

その言葉に青葉と大和、三笠、鳳翔、谷田川が顔をほころばせた。特に大和は嬉しさのあまり涙が溢れた。

安堵した様に武本も溜息を吐く一方で、有川に尋ねた。

「どれくらい骨を折った?」

「俺の骨全部かもな。本当に大変な減刑だったぞ。

本来なら最低三カ月は執行猶予付きの懲役刑が妥当ではないか、と言う元帥を説き伏せるのに随分苦労した。

青葉、お前のお陰だ」

「お役に立てて嬉しいです! 何かあったらまたよろしくお願いします」

「こら」

調子に乗った様に言う青葉を三笠が苦笑交じりに窘める。

安堵する武本は有川に顔を向けて問う。

「決め手はやはり」

「ああ、葉巻に含まれていた成分を検査した結果、かなり特殊な薬物が混入されてた」

「どんな効果があるのですか?」

尋ねる谷田川に有川は頭をとんとんと人差し指で叩いた。

「脳の自我を一定時間一部退行させる一方で、高興奮状態と五感の向上、人間としての攻撃性を極限にまで高める。

まあ、いうなれば何かトリガーになるモノがあれば一瞬で相手を圧倒する程の戦闘力を発揮させる訳だが、一定時間過ぎると極度の虚脱状態にもなる。

サルに投与した際の実験データがあった」

「まるで北欧神話のバーサーカーですね。

 

一度攻撃性を発揮すると忘我状態で鬼神の如く戦うけど、その後は虚脱状態になるって言う。

下手をすれば肉親まで襲うから、バーサーカーだけは独りぼっちで戦わさせられ、王たちもバーサーカーを護衛にした事は無かったと」

 

腕を組んで例える青葉の言葉に有川はああ、と頷いた。

「検出された薬物は特に捻ったネーミングじゃない、ベルセプタンって薬物だ。バーサーカーの古ノルド語やアイスランド語読みの『ベルセルク』といろんな薬に付けられている『~プタン』を合体させただけのネーミングさ。

それでこの薬物なんだが昔、中東の軍事国家の秘密都市で開発研究が行われていた。

兵士に投与する事で部隊の戦闘力を上げる、って算段だったが流石に危険性が高すぎて実際に投入される事は無かった。

 

ところが軍事国家で民主化のクーデターが起きた時にデータが方々に流出しちまってな。

そいつを入手したある反政府テログループが使った事がある。

投与された戦闘員で政府軍部隊をボコボコにしたは良いが、投与された戦闘員が自分の仲間まで攻撃しちまったせいでそこそこの規模があった組織は、狂戦士化した自分たちの仲間と撃ち合う羽目になって結果自滅している。

諸刃の刃以上にヤバい奴だ」

「天龍さんの話だと、相手を斬り捨てりゃいいと言ったら、急に襲ってきたって」

思い出したように言う青葉の言葉に大和と武本が何かに気が付いた様な顔になる。

「バトルロワイヤルを始めてやらされた時に受けた指示と大体同じだ」

「そうでしたね。確か『お前を殺しにかかる奴を斬り捨てればいい』だったはず」

偶然か、それとも天龍の挑発的発言が似ていただけだったのか。

今の愛鷹は落ち着いているが、憲兵の銃撃を受けた傷の手当てを受けている時、極度の虚脱状態に陥っていたのを武本は見ている。

「艦娘を襲わせ、三人を殺害させた後、殺人罪で起訴、失脚が狙いか」

「ほぼ故意に行わせたも同然ですから、有罪判決必須ですね。最悪極刑もあり得る」

三笠と鳳翔の言葉に青葉が戦慄した表情を浮かべる。

「どうにか防げたはいいが、これで諦める連中じゃあないでしょうね。次の手を打つはずだ。」

顎を揉む谷田川に一同は頷いた。

「次にどんな手を打ってくるか、それが分からん。艦娘の中に協力者がいる、と言うとこまでは一応掴めているが、それが果たして誰なのか」

「……絞り込めるとしたら、比叡さん、香取さん、鹿島さん、香椎さん、橿原さん、大淀さんかも」

該当しそうな艦娘の名前を上げる青葉だが、鳳翔が首をかしげる。

「もし容疑者がその六人だとして、動機が不明ですよ。

私が見て来ている限りでは愛鷹さんは嫌われ者だった様ではないですし、誰とでも丁寧に接する人だと思ってます」

いつもの静かなトーンで言う鳳翔の言葉に、青葉が気まずそうな顔になる。

ラバウルで愛鷹が霞と満潮とで蒼月を巡って喧嘩してしまったのを知っているからだ。

霞とは残念ながら和解する前に霞が戦死してしまったが、満潮とは霞が戦死した戦いの後、和解してそこそこ付き合いが増えていたから、満潮は容疑者に上げにくい。

そもそも満潮はまだラバウル基地にいるからこっちの現状を知らないはず。

「とにかく俺は探りを続ける。別の仕事もあるが、なあに、くそ野郎は追い込んでみせるさ」

任せておけ、と一同に少しばかり口元を緩める有川に大和が視線を向けるが、何も言わなかった。

「愛鷹は謹慎処分ですが、寮に閉じ込めるのは流石に愛鷹のメンタリティーへのダメージが大き過ぎるかと。

艤装装備は一切の許可を出さずのフリーハンド状態のまま三日間我慢で」

謹慎期間中の処遇を提案する谷田川に武本は頷いた。

「それで行こう」

 

 

解散となった一同だが武本は青葉を呼び止めた。

何の話かな、と青葉が武本と二人きりの状態になると、武本がデスクの引き出しからUSB七個を取り出し、青葉に差し出した。

「愛鷹くん本人の提案である第三三戦隊編成替えの話をUNPACCOMと付けておいた。

これが指令書だからみんなに配っておいてくれ。愛鷹くんのは青葉くんが預かっておいて欲しい」

「編成替え、ですか? 誰か新規参加でも?」

そう尋ねる青葉に武本は首を横に振った。

「瑞鳳くんは第三航空戦隊から第三三戦隊付き空母として配置換えだ。同時に第六戦隊第二小隊は第三三戦隊に移籍。

蒼月くんは第六三駆逐隊から正式に第三三戦隊直轄艦に移籍し、第六三駆逐隊は解散。日本艦隊統合基地直轄艦の深雪くんと夕張くんも第三三戦隊を原隊とする。

皆は所属する原隊から派出と言う形で第三三戦隊を形成していたんだ。

実のところ第三三戦隊は『他の艦娘との戦闘教義に適合出来ない即応予備部隊』の面もあってね、書類での編成上は旗艦の愛鷹くんだけしか固定配備された艦娘がいないも同然だった。

再編成で全員の原隊を第三三戦隊にすることが決定した」

 

他の艦娘と戦闘教義に適合出来ない、か。

確かに青葉は第六戦隊で改二化されたのが最後だったから、第六戦隊の部隊運用上「唯一の非改二艦の青葉自身の技量任せ」で強引に艦隊行動していた事があったのは否めない。

夕張はワンオフ、深雪は何でも屋と二人とも明確な原隊が無く、蒼月は一応第六三駆逐隊所属と言う原隊はあったが、同僚の紅月戦死後単艦所属状態だった。

それらをすっきりまとめ直したと言う訳だ。

 

七隻編成になるのが少し解せないが、恐らく誰かが戦闘不能になった時はその穴埋めとしてのバックアップメンバーという事だろう。

妹の衣笠と正式に第三三戦隊へ編入されるのは嬉しい話だった。

艦隊防空に関しては愛鷹、航空対潜哨戒は自分と言う役振り。瑞鳳は必要に応じて航空戦力による艦隊支援に徹すると言うところか。

 

三日間の謹慎が解かれたら、愛鷹は準備の終わった改艤装を装備して部隊は揃う。

戦艦と充分渡り合える火力向上を受けた愛鷹が喜ぶ姿を、青葉は見てみたかった。

 

 

独房のドアが開き、女性憲兵が入って来ると愛鷹は少し虚ろな目を向けた。

「中佐、あなたへの処分が決まりました」

「もう決まったのですか」

やけくそ気味に返す愛鷹は、どうせ自分の知らない所で被告人抜きの法廷判決が下されたのだろうと思った。

軍では時に被告人抜きでの法廷が行われることがある。

そう言うので自分の処分は決まったのだろう。

「中佐への処分は、三日間の一切の艤装の着用禁止、と言う形での謹慎処分と、一か月の七五パーセント減俸となりました」

「他は?」

「ありません。以上が中佐への処分内容です。ここから出ていいんですよ」

 

「……本当に?」

 

あまり感情を大きく出さない愛鷹の顔に、驚きが誰でも分かるレベルに現れた。

大罪を犯しながらこれだけの軽処分? 自分は夢でも見ているのだろうか。

 

「あの……」

何を言えばいいのか分からない愛鷹が唖然とする中、憲兵は愛鷹の手錠を外した。

「御咎め無しではありませんが、ここにいる必要はもうありません。

中佐は自由の身ですよ」

微笑を浮かべて言う憲兵に愛鷹は言うべき言葉を見つけられなかった。

何かの罠にも思えたが、言われるがままに靴を履かされ独房から愛鷹は出された。

独房の外に出ると、両手を前に組んだ大和が笑みを浮かべて立っていた。

「私は……」

「いいのよ。もう大丈夫。皆が帰りを待っているわ」

そう言って大和は自分の背中を軽く叩いて、去って行った。

 

三日間の一切の艤装の着用禁止が条件となった謹慎処分を言い渡された愛鷹は、厳罰とはとても言えない自分への処遇に自分でも信じられない気持ちばかりで、暫く独房のある建物の中の廊下で惚けた様な顔のまま壁に寄り掛かっていた。

一か月間の減俸は貯金で何とかできるし、謹慎期間の三日間程度は休養として受け入れれば問題なしだ。

現実を体が受け入れて来るまでずいぶん時間をかけた後、やっと愛鷹は足を一歩踏み出せた。

取り敢えず独房から解放された愛鷹がやりたくなったことは入浴だった。独房入りしてからこっちシャワーの一つ浴びてない。

制服も洗濯だ。少しばかり汗臭くなった気がする。

その前に天龍、木曽、皐月に謝罪をと思うが、謝罪に行くには今の自分は綺麗ではない。

身を清めてから行くべきだ、と自分に言い聞かせるとまずは寮へと向かった。

 

 

急にいなくなった自分の詳しい話は伏せられていたのか、巡洋艦寮に戻って来た愛鷹を見た足柄は随分驚いていた。

「どこへ行ってたの?。皆心配してたのよ、貴女の事」

「ちょっとした厄介事が起きて、その対応に駆り出されていただけです」

即行の嘘だったが、足柄はそれ以上聞く事もなかった。

「ねえ、今夜みんなでまたトランプゲームしましょう! リベンジしたいわ」

「いいですよ。三日間の休暇が出ているのでゆっくりしていられる時間は少し余裕があります」

そう言えば騒動の直前、カードで足柄は自分に大敗していたな、と勝利至上主義とも取れなくもない足柄のプライドをかけたリベンジ戦に愛鷹は快く受けた。

 

足柄と別れ、やっと自室に愛鷹は戻った。一週間も経たない間だったのに懐かしさすら感じる部屋は埃が溜まっている所もあり、掃除が必要だった。

ハイタカはまだここに居を置いているらしく、止まり木周りには獲物の残りが落ちていた。

ベッドの脇には完全修理が終わった内装型主機が揃えて置かれている。

掃除ペーパーやハンドクリーナーなどで部屋の埃を綺麗にしていく。

ついでに出しっぱなしだった本やごみ箱の中のコーヒー缶、メモ用紙の紙屑と整理整頓からゴミ箱の中のごみをゴミ袋に入れ、ベッドのシーツも張り直す。

シーツを張り、試しに一〇円玉を落としてみる。

 

「……九・九センチ、ってところか」

 

跳ねあがる一〇円玉の高さを見て、愛鷹は少し不満顔になる。

別に海軍教育隊で叩き込まれる、「ベッドのシーツは一〇年玉を落とした時、一〇センチ以上跳ねる程しっかり張れ」と言う訳でもないのだが、時間もある訳なのでもう一回整える。

初めてこの教育を受けたのは、やはり五年前の施設時代だが、跳ねなかった時の教官の制裁は忘れようがない。

苦い思い出ならいくらでもあるが、あれは今思うとまあまあマシな方だ。

何で旧海上自衛隊の教育隊で行われるのと同じ様な制裁を施設時代も受けたのかは正直解せないが、あの時の教官は日本人だったから、偶然自衛隊形式になったのかもしれないし、国連海軍直轄艦隊と言う世界中の礼儀作法を叩き込まれたうえで配属予定の自分達には、必要なしごき、だったのかもしれない。

 

張りなおしたシーツにもう一度一〇円玉を落として満足いく高さまで跳ね上がると、よし、と頷き、タンスから着替えとバスタオルを出して、一人浴場へと向かった。

流石にこの時間帯なら、誰もいないだろう。

シャワールームで汗を流し、石鹸で手足を綺麗にし、髪の毛もシャンプーで洗う。

体を洗い終えたらタオルを巻いて浴場の浴槽に浸かった。

タオルを体に巻くのは、自分の裸体を見られるのが恥ずかしいと言うのではなく、施設時代に受けた鞭打ちの傷跡隠しだ。

背中には実はかなり痛々しいレベルに鞭で何度も何度も打たれた時の傷跡が残っている。

他の艦娘が偶然見かけたら何の傷跡だ、と仰天するのは間違いない。

想えば浴場の湯に浸かった事は、自分の顔を見られる訳には行かない関係上、一度も無かっただけに、気持ちが非常にリラックス出来た。

いつもシャワーで済ませていただけに、浴場の湯船につかるのは気持ちがいい。

独房入りしていた時に溜まりに溜まり込んでいた疲労やストレスから、すべて解放されていく気持ちだ。

解放感から気持ちが良くなるところか、眠気すら感じてしまい、すこしウトウトしてしまった。

 

「あのー、起きてますか?」

不意に半分寝ていた自分に声をかけられ、愛鷹は驚きながら訪ねて来た相手を見返した。

比叡だ。

「ひ、比叡さん」

「湯船で寝ちゃうと、危ないですよ? 寝るならベッドで寝ましょう。お風呂上りに寝るベッドの睡眠は気持ちいいですよ」

自分の顔ははっきりと見てしまっている割には、ノータッチな比叡に多少驚きを感じながらも、言う事には間違いはない。

「お体の具合は?」

「時々倦怠感が酷くなる事はありますけど、手術を受けてちゃんと治療しましたから、大丈夫ですよ」

持ち前の朗らかさで返す比叡に、少し安堵のため息を吐く。

「まあ、術後経過は必要ですけどね」

「比叡さんなら、乗り越えられますよ。頑張って下さい」

自分に出来る励ましに比叡は嬉しそうに頷いた。

レベル4のロシニョール病患者の比叡と違って、もう引き返せないレベル5の自分。

 

せめて比叡は長生きしてほしい、それが愛鷹の願うところだった。

 

「で、大和さんに顔はそっくりですけど、体格が全然違うあなたは?」

少し不思議そうに聞く比叡に、やっぱりそうなるか、と諦観半分に愛鷹は溜息を吐いて答えた。

「愛鷹です。沖ノ鳥島の戦いで一度比叡さんとは艦隊を組んだことがあります。

実は大和の……一卵性双生児の妹ですよ」

完全に嘘だが、一卵性双生児と言う隠れ蓑なら、比叡相手には誤魔化せるはずだ。

本当は大和の遺伝子を基にして、人為的に受精卵に改良を施されたもう一人の大和、なのが自分の正体だが。

「……瞳孔の開き具合的に嘘言ってませんか?」

割と真剣な眼差しで自分の目を見て言う比叡に、愛鷹はやけに勘が良いな、と少し驚いた。

「私が嘘を?」

「瞳孔の開き具合、瞬きの回数、嘘を言う時人が良くやる挙動ですよ」

「よく見抜き方を心得てますね」

微妙に警戒心を上げながら返すと、比叡は軽く笑って答えた。

「一時期、練習戦艦として新しい子達の教導職をしてたことがあって、嘘をついている人の特徴って言うのを香取さんから教えて貰っていたんですよ。

……この体じゃ、もう前線に出るのは無理かな……練習戦艦の職に戻るのかな」

「レベル4なら望みはまだありますよ」

口調はいつもと同じ静かめだが、励ましたい強い気持ちから愛鷹は少し顔を俯ける比叡に言葉をかける。

寂しさすら感じる笑みを浮かべ比叡はありがとうございます、と一礼する。

「でも、ちょっと怖いんですよね……手術は上手く行ったとは言え、完治したかは分からない。

知らない内に悪化した状態で出て来たら、と思うと、時々すごく怖くなることがあるんですよ」

「ロシニョール病は……知らない内に病が更に悪化していた、っていうのは普通にありますからね」

 

私の体がそうなのだから、と内心で呟いた。

時期が近付いているのは分かっていたが……来年には自分は死ぬ。

どの道テロメアももう持たない。

 

「ロシニョール病に侵された艦娘の恐怖、本当に計り知れないモノですよ」

「何か知ってそうな口ぶりですね?」

顔は穏やかだが、目は鋭い比叡の言葉に愛鷹は半分白旗を上げていた。

「私はレベル5ですから。来年には……比叡さんとお別れです」

名前と同じ仰天声をよく上げると聞く比叡だったが、愛鷹の言葉に神妙な表情で聞く。

「もう……ダメなんですね、愛鷹さんは」

「ええ、来年には私はもう死んじゃうんですよ。戦の弾に当たってではなく……。

海の藻屑にならずに済むと言うのは、良い事なのか悪い事なのか……」

「人間を含む生物の祖先は海から来たんですよ? 海に還るとも取れるじゃないですか」

「海に還る……か。私もその一人になれるのかな……」

何気なく呟いた一言に比叡は首を傾げた。

「大和さんの双子の愛鷹さんだって当然その一人でしょう。違いますか?」

すると愛鷹は顔を俯けた。

何か気に障る事を言ってしまったか、と比叡がやっちゃったかと自分の失敗に思わず慌てかけた時、愛鷹が呟く様な小声で聞いてきた。

「比叡さんは、クローンでも人間だ、って思いますか?」

「クローンって、オリジナルの遺伝子から同じ動植物を複製するクローン技術の事ですよね?

人間のクローンだって、『複製人間』って事になるし、ちゃんと人間の文字が入っているんだから人間でしょう」

その時になって比叡は気が付いた。

もしかして、愛鷹さんは……。

 

「あ、愛鷹さんって……まさか」

「そう、そのまさかの通りですよ」

 

静かに答える愛鷹に比叡は言葉が出なかった。

顔を上げて、比叡を見る愛鷹の顔には悲しみが浮かんでいた。

「ロシニョール病に罹ろうがかかるまいが、どの道私はもう長くないんですよ。

寿命の進み方は私も知りませんけど、普通の人間で言えば来年で……九〇歳くらいになるのかな……。

大和の遺伝子いじって強引に一年で一五歳分年を取ってますから。二年目からは普通に一年に一歳なのか、それとも引き続き一五年加算なのか。

どだい、テロメアも来年には擦り切れてしまってる。艦娘として役立たずになっているでしょう」

「クローンの艦娘……SF映画の世界みたいですけど、現に愛鷹さんは私の目の前にいる。

 

そうですか……来年にはロシニョール病だけでなく、寿命の限界でも、愛鷹さんはいなくなっちゃうんですね」

「私としては、同じロシニョール病に罹る比叡さんには、それだけに諦めず長生きしてほしいんですよ。

既に治療の術がないレベル5の私……でも、比叡さんには長生きできる可能性の余地がまだ残っているレベル4。

長生きできる可能性がまだあるのなら、その可能性に比叡さんは縋り付いて欲しい。戦争が終わっても尚生きていて欲しい」

そう静かながら、願いを込めた言葉をかける愛鷹に比叡は複雑そうな表情を浮かべる。

「戦争が終わるまで長生きできたとしても、私には帰るべき家も、故郷すらも無いんです……。

深海棲艦の攻撃で海にあった私の故郷は、燃えながら沈みました」

「沈んだ?」

どう言う意味だ、と愛鷹は眉間に眉を顰めた時、昔深海棲艦の攻撃で日本初の洋上のメガフロート都市が破壊された惨事を思い出した。

 

確か今から二〇年程前の西暦二〇二九年。

東シナ海に建造されたメタンハイドレート採掘洋上プラントも兼ねた、メガフロート都市「海の希望」が深海棲艦の攻撃で破壊された。

備蓄されていたメタンガスの誘爆で大火災が発生しメガフロートは火の海と化し、さらにメガフロートの基礎部分まで破壊された結果、メガフロート自体も崩壊。

自衛隊や在日アメリカ軍、海上保安庁、更にはたまたまEEZ(排他的経済水域)を航行していた中国海軍の駆逐艦から遠洋漁業の漁船まで駆けつけて、懸命な救助作業が行われたが、海上にまで炎が溢れて救助は難航。

二〇〇〇人程の民間人が救助されたが、多くの住人は脱出できぬまま崩壊するメガフロートと共に沈み、三万人にも及ぶ犠牲者が出た。

比叡は、その時の生存者だったのだろう。

崩壊するメガフロート、漏れ出した化学燃料で燃える海。逃げ道を失った多くの民間人が焼き尽くされた。

その地獄を比叡は生き延びた。

以前愛鷹が見た人事ファイルなどで比叡は「頑張るから見捨てないで」と叫ぶことがあったそうだが、もしかしたら故郷を破壊され、家族を失った時の自身の体験が基になっているのかもしれない。

 

「帰るべきところがないなら、私は海の上で死ねるのならむしろ本望かもしれません。

金剛お姉さまには伝えてないけど、もし病で私が死んだら海に散骨して欲しい、って思ってます。

愛鷹さんは死ぬとしたらどこがいいですか?」

そう尋ねる比叡の言葉に愛鷹は少し間をおいてから答えた。

「陸です。陸でその時を迎えたい。出来れば……誰かに看取られながら」

 

誰も自分の事なんか気にもしてくれなかった施設時代とは違う、誰かに看取られながらの死。

今考えるのは不謹慎極まりないかも知れない。でもいずれ訪れる未来に心の備えをしておきたい。

 

「看取られながら……ですか。辛いことがあっただろうから私は愛鷹さんの詳しい過去とかは聞きません。

もし私が長生き出来るなら、愛鷹さんの最期を看取る一人になる事を約束しますよ。

 

……こんな事を言うのって、すごく失礼極まりないかもですけど、愛鷹さんの望む最期を見届ける人が欲しい、と言うのなら私は長生き出来る努力をしたい。

いや、長生きしなきゃいけない理由が見つかったかも」

何か意を決した表情になる比叡に、愛鷹は無上の喜びに似たモノを感じた。

自分と言う存在が、他人の生きる、生きていたい、この世に生まれた素晴らしさを享受し続ける目標となれた。

失敗品だの、出来損ないだの、さっさと死んでくれた方が清々すると言われ続けた自分が、他の人間が長生きしたいと望む礎となる。

 

「私の死を看取る為に、比叡さんが病を克服して長く生き続ける目標が出来た、と言うのなら私はむしろ嬉しい。

この世に生を授かったのなら、精一杯生きたい。誰かのその気持ちを強く持てるきっかけになれた。

比叡さんが病を恐れず、前に進み、生き続ける、その為ならば喜んで私は礎となりましょう」

「礎だなんて大げさな。でも、愛鷹さんもこの世に生まれた素晴らしさを共有する一人。

余命があるのならその余命の蝋燭の蝋がすべて消えるまで、生きましょうよ。この戦争がいつ終わるか、私には分からないけど、生き延びましょう」

 

そう言ってにっこり笑った比叡に、愛鷹も笑みを浮かべた。

「ええ。お互い、生きて生きて生き尽くしましょう」

 

 

新しい第三三戦隊の編成関連のデータを配って回った青葉は、自室に戻った後、ふと衣笠が話していたス級の誘導砲弾によるアウトレンジ砲撃の事を思い出した。

やけに第三三戦隊がス級と相手する確率を引いている気がする一方で、その分どう立ち回ればいいかも分かって来ている。

主砲が射撃不能になる内懐までの距離、それを補う大口径副砲、機動力、反面低い対空戦闘能力。

低い対空戦闘能力は、ツ級をも上回るelite級の相当な数の対空砲で補われているが、その分内懐に潜り込まれた時の大口径副砲は外されている。

今は特にすることがない青葉は、パソコンを開くと過去の戦闘データをデータサーバーからダウンロードして、まとめてみる事にした。

それで見えて来るス級への対応策があるはずだ。

水上火力重視型の検証は後にして、青葉はelite級の検証をしてみる事にした。

とは言ってもまだ確認されたばかりなので、elite級のデータは愛鷹が相まみえた後に書いた報告書を基に、弾き出すしかない。

トラックで初めて確認されたelite級はトラック基地への視認射程外からの長距離砲撃で、少なくない被害を与えている。

潜水艦による観測支援を受けながら基地に降り注いだス級の砲弾は三〇九発。途中観測支援の潜水艦を失ったから、砲撃はここで途絶えている。

少なくともス級elite級の砲弾搭載数が三〇〇発以上ある事は確かだ。

その後、砲弾の補給を受けて迎撃に出た愛鷹達に一五発の誘導砲弾を撃ち込んでいる。

愛鷹達が交戦中に誘導砲弾の射撃は行っていないから、正確な砲弾の補給数は不明。

誘導砲弾なんぞ、艦娘側にはない装備だ。

しかし深海棲艦は夜間の空を高速で飛び回る弾着観測機を用いて、そこそこの精度で砲弾を送り込んできた。

精密誘導には至っていないが、弾着範囲的に広域制圧型とも言える。

つまり被害を与える半径を広くすることで、それほど高い訳でもない誘導力を補っている。

 

ここで青葉が気になるのは、誘導砲弾の誘導システムだ。

恐らく誘導を担っていたであろう弾着観測機は観測機にしてはすばしっこく、そして長一〇センチ高角砲の射程外になるほどの高度から観測支援を行っている。

夜間ともなれば、高度が高いと海上の艦娘を確認するのは容易ではないはず。

夜間攻撃機と言う前例はあるが、あれは高角砲や機銃で迎撃可能な高度を飛ぶし、迎撃できるという事はお互い見える距離で交戦している。

しかし観測機は対空電探のレンジから言って、夜間では余程夜目を鍛えない限り人間の目で追尾するのは困難だ。

夜間でその高度と機動力で砲弾を誘導。

観測機に目があるのかは定かではないにせよ、砲弾をまあまあな精度で誘導している辺り何かしらの誘導装置を持っているのだろう。

送られるデータを基に砲弾自体が軌道修正をかけているのか、観測機が砲弾の終末誘導しているのか。

 

あの時、強力な対空逆探を装備していたのは大和だ。

もしかしたら大和の逆探に誘導電波の周波帯が記録されているのではないか?

そう思い、大和の逆探のデータログを探してみる事にした。

どこにログが残っているかは目星を付けてあったので、アクセスすること自体は簡単だった。

逆探のログを見ると、整理されていないせいか一応記録が残っている深海棲艦の出すレーダー系の周波帯がかなりある。

大和は対水上戦闘にも対空逆探を使うことがあるので、深海棲艦の水上艦の対水上電探の周波帯が結構残っている。

「使い分けくらいしてくださいよ……」

何気なくぼやきつつ画面をスクロールする。

深海棲艦も最近は強力な電測機器を何らかの形で実用化しているので、当然人類側が記録できるデータも増える。

それらの中から、まだ未発見の電波を探すのだ。

ここは夕張か明石に頼んだ方が良いかも知れないが、一応青葉は自分の手で探ってみる事にした。

ログに日付と大まかな時間帯をフィルターにセットして見ると、あっさりいらない分が切り取れた。

そして記録がある電波だけをフィルタリングして、未知の電波を探す。

大和はあの時も戦闘時に逆探を起動させていたが、大和がと言うよりは艦娘のパッシブ系の電測機器は艦娘自身で操作できる事はたかが知れている事が多い。

青葉自身も電測機器すべての操作をやり切れると言う訳でもないし、艤装によっては装備可能な電探、逆探の種類もばらけている。

統一可能な規格はあるにせよ、どうしても艦種によっては性能差が如実に表れる。

キーボードを叩きながら、解析系の専門ソフトをこっそり入れ込んでおいて正解だった、と少しにやける。

艦娘が使うPCは基本支給品で市販品レベルのが多いが、青葉は結構自力改造しているのでスペックは他の艦娘のより高い。

もっとも夕張や明石はもっとハイスペックなモノに魔改造しているのだが。

そう言う面では劣るだけに、青葉のパソコンでは解析には少し時間がかかる。

ハッキングよりはまあまあ楽かな、と思いながらパソコンの画面と睨めっこしていると、該当する電波のフィルタリングが完了し、一つだけ赤い表示と周波帯が表示された。

「これかぁ……」

深海棲艦が登場する以前の衛星経由データリンクシステムを用いた精密誘導砲弾のモノと比べたら、かなり低レベルだが、今はその低レベルでも充分通用する。

この周波帯をかき消す電波妨害を行えば、ス級の誘導砲撃は弾着観測機を撃墜せずとも、無効化できるかもしれない。

とは言え、特定する程度の事は出来るが、妨害電波を自力で作れるほどの技術は青葉にはない。

しかし、この周波帯を特定するだけでも大きな戦果かも知れない。

記録を取り、USBに落とし込むと青葉は明石のいる工廠に行って、明石と相談してみる事にした。

明石当たりなら何かできるかもしれない。ダメなら彼女経由で技術部系の組織に頼むまでだ。

 

 

ベッドの上にパジャマ姿で元気そうに部屋に入れてくれた木曽と皐月に、愛鷹はひたすら「ごめんなさい」と謝り続けた。

深く頭を下げて謝り続ける愛鷹に、木曽は「顔を上げろって」と諭すように声をかける。

「心配ない、一週間もしない内に俺と皐月は退院できるよ。

過ぎた事はもう戻らないんだし、あんまりずるずる引き摺るなって」

「愛鷹、ボクの方こそ何だかゴメンね。よく分からないけどボクも悪い気がするんだ。

愛鷹だけが悪いって訳じゃないよ。元気出してって」

今にも土下座すらしそうな愛鷹の謝罪姿勢に、木曽と皐月は逆に困惑しそうだった。

「傷跡ならもう消えてるし、後遺症も無し。

斬られた時は流石に痛かったけど、意外と早く治る程度の傷だぞ?

戦場でもっと痛い目に遭った事もある俺からすれば、こんなの唾で舐めれば治るくらいだ。

頭を上げろって。お前の処罰の方が俺は心配だぞ」

「そうだよ、愛鷹。艦娘続けられるの? 海軍から放り出されたりしないよね?」

そう問いかける皐月に愛鷹は自分へ下された処罰を告げた。

「三日間の艤装着用の厳禁と言う形での謹慎及び、一か月間の給与七五パーセント減俸と言う処分を下されました……。

こんなの罪状と比べたら軽すぎます……おかしいです。もっと重罪を課されるべきです」

「いいじゃねえか、三日もしたらお前また前線に戻ってヨシなんだろ? 戦ってなんぼの艦娘に復帰できるんだろ?

減俸はきついかも知れないけど、それで済んでよかったじゃねえか。なあ皐月」

「うんうん。今度一緒の艦隊組めたらボクはうれしいな。

まあ、いつもの船団護衛だろうけどね。

愛鷹の部隊の評判、時々聞いたけど帰還率は一〇〇パーセントじゃないか。誰一人死なずに済んでる。

巨大艦も何隻か撃沈してるじゃない。凄いよ、ホント」

ようやく顔を上げた愛鷹は二人からの視線から目を逸らさず受け止める。

全く責めるどころか、自分を励ましてくれるような木曽と皐月の柔らかな姿勢に愛鷹自身も内心困惑していた。

なぜこれ程までに許してくれるのだろう。自分は二人を殺めかけた加害者だ。

罵倒されて当然だし、一切の謝罪は通用しないはずだ。

なのに二人は寛容すぎる。そこまで自分を許してくれるのは何故なのか。

「この報いはいつか必ず何らかの形で受ける覚悟です。お二人にはその旨御約束します」

「報い何て、よせよ。俺達艦娘仲間だろ、そんなもんいらねえよ」

背中からかけられた言葉に愛鷹は振り返った。

天龍だ。ドアにもたれかかって愛鷹を見ている。

「良かったな、愛鷹。処分内容は提督から聞いた。

三日間艦娘として出撃出来ない上に演習すら駄目だなんて、ひでえ話だよな。給料もカットだろ。

なんか金に困ったら俺に言ってくれ。奢ってやるよ」

「そんな、奢ってもらうなんてとんでもない」

「良いから良いから、ほらもうオシマイ。

俺は元気。

木曽と皐月も元気。

オールオッケー、違うか?」

「天龍さん……」

自分に歩み寄った天龍は愛鷹の肩に手を置き、にっこり笑った。

屈託のない笑顔。淀みのない明るさ。

「三日間は出られないけど、その間は青葉に任せとけって。

あいつ、ああ見えて生真面目な所もあるから任せといて問題はねえ。衣笠もしっかり者だし、蒼月もいい面構えになったじゃねえか。

お前がいたからこそ、蒼月は精神的にも鍛えられたし、あのオドオドも鳴りを潜められた。

射撃スキルは文句なしだぜ? 

さっき提督から特一級射手の徽章を貰ってるの見たぞ俺。お前も見て来いよ」

「特一級射手? スゲエなそれ」

「ボクなんか準一級が関の山だよ」

蒼月に射撃の名手を示す特一級射手章が授与された事に、木曽と皐月が目を丸くする。

複数ある駆逐艦娘の艦種でも対空戦闘を重視しているだけに、秋月型は射撃の名手を排出しやすい方だが、蒼月以外に特一級射手章を持っている者はいない。

 

射撃の名手、ゴールドシャープシューターか……。

 

「ほら、お前の帰りを待ってる仲間がいるぜ。

蒼月の自慢話、たっぷり聞いてやれ愛鷹」

にっこり笑う天龍に愛鷹はほんの僅かだが口元を緩めて頷いた。

「ボクもみたいから蒼月連れて来て!」

「退院したら見に行けばいいだろ。慌てるなって」

身を乗り出す皐月に木曽が苦笑交じりに抑えた。

 

 

種子島基地の防衛司令部が急に慌ただしくなった。

SSTOの発着陸に使用される飛行場の格納庫の一つに、複数の大型モニターとオペレーターのコンソール、電源車などが置かれただけだが、防衛司令部としての機能は充分ある。

その格納庫転用司令部内にいた大淀は慌ただしくなる要員達の会話を地獄耳に聞き取っていた。

そして素早く頭の中で整理していくと、遂に来たかと多少緊張するモノを覚えた。

種子島基地近海の音響感知システム、SOSUSが複数個所で深海棲艦モノと思しき攻撃を受けて破壊された。

同時に近海を飛んでいた対潜哨戒機が二機消息を絶った。

場数を踏んでいる大淀は慣れっこだが、この場にいる司令部要員はそうでもないようだ。

基本後方での支援要員だった者達で構成されている分、本格的な攻撃を受けた時への心の準備が遅れている。

伝達が飛び交い、忙しく動き回る足音が格納庫内を騒がせていた。

 

「来たわね、いよいよ」

そう呟く大淀はふと制服の右ポケットに手を入れていた。

そこにある物を出して、じっと見つめる。

自分と仁淀が映る記念写真。去年の冬初めて二人揃って派遣された海外地であるフランス、ブレスト港で青葉に撮って貰った記念写真。

少しはしゃぎ気味の仁淀の笑顔と、柔らかく微笑む自分。

いつもの制服ではなく、お互いラフな私服姿だ。

仁淀はフランス派遣中に二〇歳の誕生日を迎え、大淀はと言うと既に誕生日を迎えて二七歳になっていた。

気が付けばもう三〇歳間近。

七つ下の仁淀はこの海外派遣が初めての海外旅行にもなった。

フランス、ブレスト基地とドイツ、ヴィルヘルムスハーフェン基地への深海棲艦の大規模な攻勢に対し、日本艦隊も増援艦隊を派遣して攻勢を退けた。

自分と仁淀は派遣部隊の指揮を執る谷田川のサポート役として随行し、三週間の大規模戦闘を主に陸上で司令部要員として支援した。

そして作戦終了が宣言された日はちょうどクリスマスの日だった。

仁淀はその先日、クリスマス・イブの夜に誕生日を迎えた。

作戦終了宣言後に、派遣部隊全員で仁淀の一日遅れの誕生日祝いをした。

 

初めての海外で初めての誕生日を迎えた仁淀。

実の妹ではないが、大淀にとっては実の妹の様に可愛がっている仁淀だ。

仁淀も自分を姉として慕ってくれるし、時にはライバルとしてお互い張り合った。

誕生日祝いの時の祝杯でお互いワイン飲み比べをし、それを青葉が焚き付けたモノだから酔った勢いで張り合いが始まり、最終的に酔い潰れて英国艦隊のネルソンに介抱される羽目になった。

化け物級の酒豪であるネルソンに迷惑をかけた形にはなったが、本人もノリノリで付き合っていたから寧ろ楽しんでいたし、仁淀とは引き分けという事で折り合いを付けた。

「大淀姉さんには別の所で一歩先を取りますよ」

帰国時に乗った輸送機の機内で仁淀は自分に言った。

 

一歩先か……。

 

ある意味、仁淀は死の淵で今自分より一歩先を行っていた。

 

 

自分の席のパソコンに上がってくる報告をまとめていると、自分を呼ぶ声がした。

振り返ると長門と陸奥が傍にいた。

「状況は?」

尋ねて来る長門に大淀は簡潔に判明している情報説明をする。

「当基地のSOSUS網の一部が深海棲艦によると思われる攻撃を受けました。

現在SOSUSによる対潜監視はかなり期待出来なくなっています。

また哨戒中のP1哨戒機シーガル1、2が消息を絶ちました。状況から見て撃墜されたと思われます」

「対潜監視システムを無効化されたか……。レーダーサイトなどへの被害は?」

「現時点ではまだ海軍、海兵隊のどちらのレーダーサイトにも被害はありません」

「レーダーサイトはまだ攻撃を受けていない? 対空対水上の全部が?」

首を軽く傾げる陸奥の言葉に、確かに深海棲艦の沿岸部攻撃にしてはセオリーにのっとっていないと大淀は思った。

大抵奇襲による対空レーダーサイト潰しを仕掛けるのが深海棲艦の特徴で、レーダーサイト破壊の後、またはほぼ同時進行でソナー監視網も無力化される。

迎撃態勢次第では被害を抑えられるし、返り討ちにして攻撃の出鼻をくじく事も出来る。

「セオリーを変えて来た、と言う事でしょうか」

「そうかもしれないが、対空レーダー網を最初に破壊しないのは少し引っかかるな。

基地上空の航空優勢はまだこちらが握っている訳だから、航空攻撃での基地攻撃は最初から捨てているのか?」

考え込む長門と同様に大淀と陸奥も何かおかしいと思った時、司令部の大画面モニターの一つに「緊急入電」の文字と警報が鳴った。

画面を見ると「日本国政府緊急事態宣言発令」の文字が出ていた。

大淀のパソコンにも同じものが表示された。

「先ほど日本国政府から九州地方沿岸部の各都市、自治体に対し緊急事態宣言の発令と共に沿岸部からの緊急避難命令と避難指示が出されました」

「民間への被害軽減策だな。対応が早い」

少し満足げな顔になる長門の横顔に陸奥も同じものを感じる。

 

日本に限らず、初動対応の遅れで深海棲艦による民間地への攻撃で各国は痛い思いをしているだけに、日本国政府の初動対応の速さは感心出来るモノだ。

さらに別の指示が入る。

 

「UNPACCOMから日本方面軍管轄下の航空及び水上航路には第一級警戒命令が発令。

輸送船団は最寄りの港に緊急退避、旅客機も最寄りの空港への緊急着陸が指示されています」

「一番基地に近い輸送船団は……第三〇駆逐隊が護衛するタンカー二隻か」

「宿毛湾基地に寄るわね。接岸はしないだろうけど」

「四〇万トン級タンカー二隻には狭い上に、もし積み荷に引火すれば市街地へのダメージが甚大なものになるからな。

沖合で投錨、乗員をヘリで回収して攻撃されない事を祈るだけだ」

万が一攻撃されたら、破壊された船倉から流出する燃料による周辺海域や沿岸部への海洋汚染被害は大きい。

海兵隊の司令部要員の一人が、格納庫にいる全員に聞こえる声で報告を上げた。

「国分基地、瀬戸内基地、川内基地の海兵隊基地より民間人の避難誘導の為、第八機動師団隷下の各駐屯部隊が動きました!」

「高遊原基地からはヘリも出ています。鹿屋基地は九州地方南部の防空体制に移行」

「国交省から関門海峡の三つのトンネルと関門自動車道の橋に利用制限がかけられました」

報告が飛び交い始めるのを聞きながら、民間への関門海峡のインフラ利用制限は九州地方に大きな影響が出ることになるのを三人は知っていた。

特に故郷が山口県である長門は、ほぼ目と鼻の先での被害を見ながら育ってきたようなものだ。

 

「九州地方へのインフラのダメージが大きくなる前に、ケリを付けねばな」

「地中海戦線のデフコンレベルが高い分、在日欧州総軍メンバーは大半が引き上げているからね。

アメリカ艦隊もカバーする海域が広いだけにこっちに回してもらえる艦隊も沖ノ鳥島方面の戦力が関の山。

必然的に日本本土防衛は私達で何とかしないといけない」

溜息を吐きながら腕を組む長門に、陸奥も少し不安気味な表情を浮かべる。

無意識に仁淀とのツーショット写真を入れたポケットに手が動いて、今は抑えないと、と自分に言い聞かせつつ大淀は深い溜息を吐いた。

「休み無し、ですね」

「休暇申請は出せるうちに出しておけよ? お前は最近無理をしている感じがあるからな。

休める時に休まないと体が持たんぞ。妹の元気な顔を見るには休養も必要だ」

「ありがとうございます」

さりげなく自分を気遣ってくれる長門に、大淀は感謝した。

 

 

渡された封筒から出て来たのは丸い形状の部隊エンブレムだった。

「エンブレム?」

「はい、再編成に合わせて衣笠さんと一緒にデザインしてみました」

得意気に笑みを浮かべる蒼月は自分の制服の左腕の袖に付けた部隊エンブレムを見せる。

面白いモノを考えたものだと思いながら愛鷹も制服の上に合わせてみる。

悪くない。

エンブレムには他に「UNITED NATION PEACE KEEPING NAVY」と「THE JAPAN FLEET」のロゴも入っていた。

 

中央に緑画面のレーダーフリップ、その両脇に銀翼、レーダーフリップの下にはクロスした愛鷹のモノをモチーフにした刀が添えられている。

クロスした刀の下には、エンブレムの下側の曲線に沿う形で第三三戦隊の意味する「33th SQ」の赤い文字が入っていた。

「良いですね、後で制服に縫い付けておきます」

「気に入って貰えてうれしいです。部隊スローガンも入れようと思いましたけど、止めました」

「どんなスローガンだったんですか」

「THE BOUND OF SISTERSって入れようと思ったんですけど、衣笠さんが似たタイトルの戦争ドラマがあるって言うので」

「そっちは確かブラザーズと言うモノだったはず。古いドラマですね」

確か第二次世界大戦に従軍したアメリカ陸軍兵士たちの実話をもとにしたテレビドラマシリーズのはず。

 

蒼月から貰った部隊エンブレムを制服の左袖の上腕骨部分に縫い付けると、中々いい感じに仕上がっており思わずにやける。

「どうかな?」

止まり木に止まっている同居人のハイタカにエンブレムを付けた制服の上着を見せるが、狩って来た小動物を食べるに忙しいハイタカは見てくれなかった。

ご飯中すみませんね、と軽く拗ねた様に溜息を吐く。

上着を着こんでいると自室のドアがノックされた。

「愛鷹さん、青葉です」

「どうぞ」

入室してきた青葉のセーラー服の左腕にも第三三戦隊の部隊エンブレムが縫い付けられていた。

「皆さんで第三三戦隊の記念写真撮ろうと思うんですけど、どうですか?」

「記念写真ですか。いいですよ」

あまり写真に撮られるのは過去の経験も相まって好きではないが、今回はそう言うのとはまた違う意味だろうから、愛鷹は頷いて椅子から立ち上がった。

「どこで撮るのですか?」

「初めて集まったブリーフィングルームで。青葉のカメラ用意しておきましたよ。

高解像度の優れものです」

「成る程」

制帽を被ると、青葉が制帽の鍔に手を触れて少し持ち上げた。

「目深に被らないで下さいよ、愛鷹さんが誰なのか分かりにくいです」

「敢えてそう言う事にするために被っているのですが」

「せめてみんな(第三三戦隊)の前でなら、そこまで深く被らなくてもいいと思いますよ」

「まあ、確かに」

 

青葉と共にブリーフィングルームに入ると、既にメンバーが集まっていた。

全員の左腕の肩袖に第三三戦隊の部隊エンブレムが縫い付けられていた。

「おー、愛鷹もつけたか。どうだ、深雪様版は」

得意気に笑いながら良い感じに特型駆逐艦のセーラー服の左肩袖に縫い付けられている深雪に、いい感じですねと頷く。

三脚にカメラをしっかり固定すると、顎を摘まんで青葉は記念写真の構図を考える。

「ただの集合写真じゃつまらないから、全員でエンブレムを見せながらの構図で撮りますよ」

そう告げる青葉に衣笠がもう一捻り入れたモノを提案する。

「ただ見せるんじゃなくて、見せつける感じでもいいんじゃない?」

「それ採用」

ぱちんと指を弾いて妹に向かって頷く。

一番背が高い愛鷹を中央にして、右翼に青葉と夕張、蒼月、左翼に衣笠、瑞鳳、深雪と置いた。

左斜め前を向いた形で並び、エンブレムが見える様にする。

シャッターをセットした青葉が何枚か撮るが、納得のいく構図ではない。

「ラフに行きましょう。ただの集合写真じゃあつまらないですよ」

「ラフに?」

首をかしげる愛鷹に深雪が首に飛びついて、自分の懐に抱え込む。

「ラフなスタイルで映るってのはこう言う奴さ」

各々好きなポーズをして愛鷹を囲む様に構える。

「お、良いですねえ。夕張さんもうちょい上体逸らせて」

「ちゃんと撮ってよ、青葉」

「瑞鳳さん良い感じですねぇ、軽く悩殺気味です」

「衣笠さんのは、青葉?」

「ヌード誌にでも出してみようか?」

「はっ倒すわよ」

妹からのキツイ視線を浴びながらタイマー設定すると青葉も仲間の所に入り左腕でガッツポーズをとる。

各々好きに構えて撮った写真をカメラが何枚か撮る。

言われていた通り、愛鷹は顔がちゃんとわかる様に制帽の被る角度を調整していた。

深雪に抱え込まれるようにとは言え、ラフなポーズと言えば精々Vサインしか思いつかないので、これはこれでありだろう。

撮り終ると、青葉はカメラに記録されている写真を見て、良い感じだと頷く。

全員、自然体な方の写真が生き生きしている。

何より愛鷹が滅多に見せない程、とても穏やかな表情を浮かべているのが良い。

オリジナルの大和と同じくらいの柔らかな表情もちゃんと出来るのだ。

経験的にラフなポーズと言えばVサイン程度しかないのだろうが、それは仕方が無いだろう。

 

愛鷹さんも、女性らしい穏やかで優しい笑顔をする事も出来るんだ……。

 

嬉しさよりちょっとした感動染みたものを感じる。

「後で焼き増しして、全員に渡しますね」

「お願いしますよ」

制帽を被りなおしながらそう頼んで来る愛鷹に、青葉は「はい!」と笑顔で答えた。

「良い顔でしたよ、愛鷹さん」

「そうですか?」

「ええ」

良い顔をしていたと言われた愛鷹は、嬉しそうに頬を少し赤らめた。

自分にとって、一生の宝物になるだろう。

 

 

凄い霧だ、視界が悪すぎる。

第一九駆逐隊と率いる神通は羅針盤の表示をホワイトアウトさせる羅針盤障害と同じくらい、視界もホワイトアウトさせる濃霧に只ならぬ警戒感を覚えていた。

霧中での衝突回避にある程度距離を取りながらの航行だった。

電探はホワイトアウト、視界も極端に悪いから自分の位置の把握も難しい。

通信障害もかつてない程に悪い。

そもそもこの季節でこれだけの濃霧がここに発生すること自体、かなりおかしい現象なのだが。

一五分毎の点呼を行いつつ、消息を絶った哨戒機を探すが、海上には残骸一つ見当たらない。

流石にこれは自分たちが危ないかもしれないと思い、神通は五〇メートル後ろの綾波に向かって「一時帰投します、各艦回頭用意」と呼び掛けた。

綾波、敷波、浦波から了解、と返事が返る。

しかし、磯波からの返事がない。

「磯波さーん?」

大声で磯波を呼ぶが、応答がない。

「磯波姉さん? どうしました?」

一番近くにいた浦波が尋ねても応答がない。

嫌な予感がした。

霧笛を鳴らして、磯波に返事を促す。

やはり返事がない。

「まずいですね……これは」

いつの間にか、磯波とはぐれてしまっていた。

昨日送られて来たばかりとは言っても、第一九駆逐隊は場数を踏んだ練度の高い駆逐艦娘だ。

磯波もそうなのだが、どんなプロでも時にはしくじる。

殊にこの季節外れの濃霧ともなれば、神通自身危ないモノを覚えていた。

「深入りし過ぎましたね、不覚」

「磯波を探しに行かないと」

不安顔で言う敷波の言葉に神通は頷くが、自分位置特定が困難なレベルの濃霧の中、探しに行くのもまた危険であると思っていた。

もし深海棲艦と鉢合わせしたら、対抗できるか。

何より通信不能状態の自分達の今の環境が歴戦の神通の頭に、迷いを作っていた。

五分毎に点呼を取っていれば、と自分の判断が悔やまれた。

先ほどより互いの距離を詰めて、神通は磯波の捜索に出る事にした。

仲間を置いて行きはしない。そう自分に言い聞かせながら。

 

 

「え、なに……?」

独りぼっちになって焦っていた磯波は霧の中で浮上して来る巨大な艦影を見て、驚愕した表情を顔に浮かべていた。

霧が少し晴れていたのは幸いだが、通信機は機能せず、電探も使えない。

落ち着かないと、と自分に言い聞かせるがこの濃霧の中、独りぼっちだとさすがに焦りもする。

何より、霧の中で恐らく一〇〇メートルもない先に巨大な何かが浮上して来るのは、恐怖すら感じさせる。

その「何か」を凝視していると、霧の中でも分かるくらいの大きな一本棒を「何か」は上げた。

角みたいだ、と磯波が思った時、磯波の存在に気が付いたのか「何か」は角の様な大きなものを仕舞うと、潜航する音を立てて、姿を消した。

後に残された静寂。何か見てはいけない様なモノを見てしまった気がする磯波は恐怖を感じる一方で今のは、深海棲艦なのか、味方の新兵器なのか、と考えあぐねていた。

ただ確かなのは、自分が完全に迷子の状態になって、孤立していると言う現実だった。

 




いよいよ次回から種子島基地をめぐる攻防戦が始まります。

再編成された第三三戦隊も種子島に召集され、防衛戦闘に当たります。

濃霧の中はぐれてしまった磯波が見た巨大な「何か」。
この「何か」が今後どう物語に絡むのか、追々描いていくつもりです。

自分が傷付けてしまいながら、寛容な姿勢で許してくれた天龍、木曽、皐月、計らずしも自分の素顔を見てしまっている比叡。
これからも愛鷹は様々な出会いと別れを経験していくことになります。

ではまた次のお話でお会いしましょう。


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第四〇話 霧中からの救難信号

約一カ月ぶりの投稿となります。

本編をどうぞ。


この話は深雪にすべきだろうか。愛鷹は自室で一人悩んでいた。

駆逐艦磯波の行方不明。

その捜索の為出撃した複数の偵察機から霧の中や、MADで巨大な潜水艦らしき反応を検知したと言う二つの重大報告が日本艦隊統合基地に届いたのは一時間前の事だった。

SOSUS網は随所で破壊されてその機能を大きく減じられている為、巨大な潜水艦らしきモノの正体が何なのか特定できていない。

国連海軍の潜水艦は殆どが予備役艦隊に編入されているし、日本にはそもそも潜水艦自体が無い。旧海上自衛隊、旧在日米海軍時代から運用されていた潜水艦は深海棲艦との戦闘で全艦失われているからだ。

今極東海域で潜水艦を保有しているのは精々、中国とロシアに原子力潜水艦、通常動力潜水艦が数隻ある程度だし、それらも既に大半が予備役艦隊に移籍済みで稼働していない。

中国がサブマリナー技術の維持の為に数隻程北海艦隊のカバー範囲内で練習艦運用している程度だ。

十中八九愛鷹は深海棲艦の潜水艦だと思っているモノの、MAD反応からしてあまりにも大きすぎる。

どの深海の潜水艦のサイズとも合致しない。

「新型か……」

そう考え付くのが自然だった。

 

未知の新型潜水艦。

 

それがウロウロする海域で磯波は消息を絶った。

海域では酷い羅針盤障害と霧が発生している為、神通達の捜索でも結局見つける事が出来ず、結局燃料切れで神通達は帰投を余儀なくされている。

霧の影響でSSTO打ち上げにも影響が出ており、早急なる対策が必要だった。

恐らく自分達にお呼びがかかるだろうが、自分は三日間艤装を着用する事を禁じられているから出撃出来ない。

歯痒い話だが致し方ない。

 

なにより気になるのが磯波だ。

哨戒航海だったから、長距離航海の装備ではない。

レーションも水もサバイバルキットにある三日分しかない。

何よりあの海域では深海棲艦が跋扈し始めているから、磯波単艦では遭遇しても逃げ回るしかない。

運よく会敵しなくて済んでいても、七二時間と言う人間の活動限界時間が存在する。

いくら艦娘でも休み無しで七二時間も航行し続けるのはかなり厳しい。

LRSRGのメンバーなら長距離航海に対応した訓練を受けているから、七二時間以上の連続航行は可能だが、勿論磯波はそんな訓練を受けていない。

はぐれてしまった分、焦りもするはずだから疲労もたまる速度が速くなる。

 

艦娘が一番疲労を感じやすいのは足だ。航行時立った状態で航行する分、足に疲労はすぐに来る。

主砲が手持ちタイプなら腕にも疲労が来るし、艤装を背負っている分腰や肩等にも疲労がじわじわと来る。

艦娘の艤装は装着の仕方が艦種によって異なりやすいとは言え、共通する部分としてはやはり腰だ。

愛鷹の艤装も腰部をメインに装着するので、腰が疲れたと思った事は普通にある。

また脚に疲労と言う点ではハイヒール型になる内装型は、実は疲労が溜まりやすい主機でもあった。

 

時間との勝負だ。

第三三戦隊も種子島基地へ恐らく派遣命令が下るだろうが、愛鷹の謹慎が解かれてから、になるだろう。

それまでは現地の艦娘で何とかしてもらうしかない。

それか自分以外のメンバーを先に送るのもありかも知れない。

 

「知らせておきますか」

そう呟いて椅子から立ち上がると制帽を被り、自室のドアへと歩き出す。

止まり木のハイタカはさっきの得物で満腹になり、眠気が来たのか寝ている。

お気楽な鷹だ、と内心呆れながらもすやすやと眠るハイタカが少し可愛く見えるので憎みに憎めないない。

野良の割によく人に懐くものだとため息が出る一方で、愛鷹も少しハイタカに愛着染みたものを感じていた。

 

 

駆逐艦寮に行く廊下を歩きながら深雪に知らせたら、探しに行くべきだと主張するだろうなと考えていると、自分を呼び留める声が背中からかけられた。

谷田川だ。

「副司令、何か?」

「第三三戦隊の種子島への派遣命令が提督から下された。列車で最寄りの駅まで移動してもらうから支度をしてくれ」

「私はどうすれば?」

「君も一緒だ。

軍優先と言えど、鉄道会社のダイヤに強引に割り込むには限界があるから、最低二日は列車移動だ。

種子島基地に着く頃には謹慎処分期限切れだ。ぶっつけ本番になるけど君の改艤装は種子島で実戦スタイルにて装備してもらう。

艤装を着用しなければいいだけの謹慎だから、ここで処分期間が切れるのを待つ必要は無い」

「列車で、ですか。空路の方が早いのでは?」

率直な疑問をぶつける。軍用列車で移動は珍しくないが、急いで移動する必要があるのなら輸送機を使えば半日で到着できる。

軍用列車の臨時ダイヤは民間への負担を考慮すると、急な割込みにも限界がある。

「九州地方以南は航空機の往来が制限されている。輸送機は撃墜されたら元も子も無いから使えない」

「成る程……了解しました。全員に召集をかけます」

「列車の出発は二時間後だ。晩飯は車内で摂ってくれ。状況説明とブリーフィングは現地で」

二時間後に出ると言う言葉に愛鷹は微妙にイラっとした。

実は時間前倒しして足柄が第五戦隊メンバーと共に挑んできたポーカーで、今夜限定の和牛定食の食券を見事足柄含む第五戦隊メンバーから巻き上げていたのだ。

せっかく美味しそうな和牛定食が食べられると思ったのに。たまにはいつものサンドイッチでは無い夕食を摂ろうと頑張ったのに苦労が水の泡だ。

舌打ちは堪え、ため息を吐くと「了解です」と敬礼し谷田川と別れた。

 

「和牛定食……私も限定品食べたかったな」

谷田川には聞こえない小さな声で悔しさを吐いた。

列車の中で食べるのと言えば、レーションか買い込んだ駅弁程度。

たまにはちょっと贅沢もしてみたかっただけに、がっかりする思いだった。

 

 

司令部の建物からもはっきりと見える霧。

完全な濃霧だった。

「海に出るようになって一〇年以上も経つが、これほどの濃霧は始めてだ」

霧を見ながら長門は呟いた。

この種子島でこれ程の濃霧が発生した事は過去に例がない。

十中八九深海棲艦が起こしたモノだと言っていいかもしれないが、こんな気象まで左右できる力を種子島一帯に展開できる力があるとは思わなかった。

いや、鉄底海峡を巡る六年前の大規模艦隊戦の際、海が赤く変色し、生態系も壊滅する侵蝕海域現象と言う前例はある。

あれもあれで超科学的な現象だ。この濃霧もそれの類だ。

しかも種子島一帯は強烈な電波妨害や通信障害を含む羅針盤障害も起きていて、TACAN(戦術航法装置)を備えていない艦娘には自分の位置すら特定し辛い状況だ。

 

この霧の向こうの中で磯波が行方不明になった。

責任を強く感じている神通は単独でも探しに行こうとするが、鍋島少将は許可しなかった。

妥当な判断だと思う反面、神通の思いは同じ艦娘として理解できた。

だからこそ、冷静になって不測の事態に備えて欲しいところだ。

駆逐艦娘一隻だけで、敵艦隊が展開し始めているであろうこの海域を航行するのは非常に危険だ。

一刻も早く探し出さなければ、と言う使命感や焦りは長門にもある。

霧が晴れるのを待つか、索敵部隊である第三三戦隊の派遣を待つか。

既に司令部は派遣を要請しているが、旗艦である愛鷹が不祥事で艤装着用を厳禁される謹慎処分を受けているのですぐには来られない。

元秘書艦としての伝を使って聞いたところでは、愛鷹は傷害事件を起こしてしまったらしい。

減刑中の減刑を受けたとはいえ、あの愛鷹の事だから処分が解かれるまで動きそうにない。

愛鷹は置いて、青葉に旗艦代理を任せて後から愛鷹が来る可能性もあるが。

腕を組んで海を見ていると、自分を呼ぶ声がした。

振り返ると「あきもと」に乗艦している艤装整備員の佐道(さどう)技術少佐だった。

「大佐、先ほど統合基地から長門型艤装とのデータリンク射撃システムに愛鷹改が接続可能なように一部改修を行え、と通達が届きました」

「愛鷹の改艤装にか?」

少しばかり驚きながらも、だが悪くないな、と胸中で頷く。

 

長門は改二化された際に、自身が旗艦を務める編成の戦艦の主砲射撃管制をデータリンクで一括管制し、複数の敵艦を同時に砲撃する特殊な統制射撃システムを運用できる。

最大二隻まで同時に長門の改二艤装が一括射撃管制可能で、長門以下三隻による連続砲撃で敵艦隊を蹂躙するこの砲撃システムは、通称「タッチシステム」と呼ばれており、ネルソン級戦艦やコロラド級戦艦の艦娘でも採用されている。

長門の今の艤装は日本艦隊を含む世界中の戦艦艦娘の射撃管制をデータリンクで統括可能なようになっている。

陸奥も改二化された際に同じ「タッチシステム」を載せているので、長門に代わって行う事も出来る。

そこへ愛鷹も加わると言う事か。

確か、陸奥の主砲を転用した艤装になっているから、対応能力が付与されても別におかしくは無いだろう。

接続可能なように改修を行うのは、それほど難しい話ではない。軽くOSを書き換える程度だ。

この改修を行うという事は、愛鷹は来てくれるという事だろう。

 

(少し二人で話をしてみたいな)

 

初めて会った時からこっち、愛鷹とはゆっくり話す時間があまりなかった。

今は解任されて第一戦隊の戦艦として前線配備が自分の仕事となるとは言え、かつては日本艦隊の秘書艦も務めた身だ。

秘書艦時代に愛鷹が着任し、その謎の多い経歴に少しばかり興味が湧いていた。

身の内を教える義務は無かったからあの時は敢えて聞かなかったが、評判や活躍は聞いていたし、取り下げにされていた青葉の昇任試験が認可され、少佐への昇進を果たしているだけでなく、引きこもりがちな蒼月に特一級射手章が授与されている辺り、愛鷹の下に配属されたメンバーはかなり活躍していると言えた。

部下が活躍しているという事は、愛鷹も確かな実績を上げているという事にもつながっている。

あまり口数が多いとは言えず、感情表現の起伏も乏しい彼女がここに来た時、暇があったら二人で話でもしてみたかった。

愛鷹自身の経歴の謎についても。

 

艤装のOS変更の仕様書を長門に渡した佐道は、海を見て軽く唸った。

「技術屋一筋とは言え、自分も海軍の士官。海に出た事はずいぶん昔にありますが、これだけの霧は見た事が無いですな」

「私もだ。北の海でこれほどの霧に遭遇した事はあるが……」

北の海と言っても長門も海外派遣経験があるから日本の北の海だけでなく、ベーリング海や北極海のすぐそばにも行ったことはある。

北の海は非常に寒く、そして濃霧が多発する為、艦娘が行動するには極めて厳しい世界だった。

欧州総軍でも北海を管轄する部隊のメンバーは、深海棲艦だけでなくその過酷な環境とも戦っていた。

「自分は機械の事しか分からない様な男ですが、SOSUS網の破壊と霧の発生には何か因果関係がある気がしますね」

「少佐の考える事は、間違っていないでしょう。深海棲艦はこれほどの霧とSOSUS網の破壊で隠しておきたい何かを、この海域に展開させているのかもしれない」

「厄介ですな。羅針盤障害レベルは5。通信は無人機のコントロール系以外、一部で完全に使えませんし、レーダーもノイズが酷くて使える時と電力の無駄としか言えない時がしょっちゅうです。

理論上、人間が丸焼きに出来るレベルの出力でレーダーをオンにしても、画面は視界と同じ霧の中のような有様になります」

「昔ながらの航海術で自分の位置を割り出すしかない、という事か」

そんなまさに五里霧中の海を磯波は一人で彷徨う羽目になっているのだ。

土地勘が効けば、と思うところもあるが、磯波の出身は種子島や九州でもなければ海とも縁がない内陸部。

以前、山育ちだと教えてくれたことがあったのを思い出した。何がきっかけで山育ちであることを教えて貰ったのだったか。

 

生きていてくれよ、磯波。

 

 

自室のドアをノックされた大和が誰だろうかとドアを開けると、私物を入れているらしいカバンを右手に持った愛鷹が立っていた。

「あら、どうしたの?」

「……これ」

少し素っ気ない声ながらも左手に持っていた何かを愛鷹は大和に差し出した。

今夜限定の和牛定食の食券だ。

「くれるの?」

目を丸くして大和は愛鷹を見る。この子が自発的にプレゼントを?

「足柄さん達とカードをして巻き上げたモノだけど、私は第三三戦隊のみんなと種子島に派遣されるから。

捨てるのも勿体ないから、大和に渡しておく」

素っ気ない口調は変わらず、人にモノを渡すには態度が良いとは言えないが、大和は愛鷹の差し出す食券を受け取った。

そのまま無言で踵を返す愛鷹の背中に大和は込み上げてくる嬉しさを抑えながら、見送りの言葉を告げた。

「気をつけてね」

「……あなたに保護者面されたくはない。ただ……」

何か言いかける愛鷹は少しばかりぎこちない頼みを大和に託した。

「私の部屋で居候しているハイタカの世話。神鷹さんが不在の時はあなたがしてあげて」

そして振り返ることなく愛鷹は靴音を響かせながら歩き去った。

 

両手で持つ食券を見下ろして、大和は持つ手が微妙に震えた。

何か熱いものが胸に込み上げてくる想いだった。

自分の手で手に入れたモノを自発的に愛鷹が大和に提供すると言う事は、お互い初めての事だった。

寧ろ、大和からすれば愛鷹に与えられるはずだった様々なモノを奪ってきた、と言う罪の意識しかない。

きっと楽しみにしていたであろう夕食の食券を、自発的に自分に提供する等、大和からすれば思ってもみなかった行動だ。

これからは自分が愛鷹に与えていく側だと思っていただけに、だ。

 

あの子の中で何かが変わった。

 

その答えが、頭の中に出た。

「有難く頂くわ」

もうその場にはいない愛鷹に感謝の言葉を呟いた時、頬を流れる何かに気が付いた。

「え? 涙?」

思いもがけず自分の頬を伝う涙を手で触った時、今まで流した嬉し涙でも特別の嬉しさがある涙だと大和は思った。

そして愛鷹の無事な帰還を、祈った。

 

帰ったらあの子の好きな……アイスクリームを奢ってあげよう。

 

施設時代、幼い頃の自分とそっくりのクローン達の中でも特にアイスクリームが大好きだった愛鷹に、この季節限定のアイスクリームを奢ってあげたい、と言う思いが大和の胸に沸いていた。

 

 

列車が出る前にと書き上げた艦隊新聞を投函する手続きを終えると、私物を入れたショルダーバッグを肩にかけて青葉は基地内移動用の高機動車に乗り込んだ。

広い基地内での移動時には車を使うのが早い。

最近投函出来ていなかっただけに、新聞の仕上げに少し時間がかかってしまい軍用列車が出る前にしては時間がシビアになっていた。

急げ急げとハンドルを握り、アクセルを踏んで高機動車を走らせていると、小走りに駅へと向かう愛鷹を見つけた。

傍に青葉は高機動車を止めて、窓から身を出して「乗っていきますか?」と尋ねる。

「助かります」

礼を言いながら愛鷹は助手席に乗り込んだ。

助手席のドアを締め切り前に青葉はアクセルを踏み込んで高機動車を出した。

「段々暑くなってきましたね」

ハンドルを切りながら愛鷹に話しかけると、溜息と共に愛鷹はその通りですと言うように頷いた。

「この季節はすこーし、呉で過ごした最後の夏を思い出します」

「そう言えば青葉さんは広島県生まれでしたね」

「ええ。艦娘になる前まで青葉は呉の高校に通っていましたよ。全然周りと馴染めなくて、ちょっと鬱屈気味でした。

艦娘適正が分かった時は迷わず海軍に入りましたよ」

「迷わず、ですか。何故です?」

「本能的に自分にはここしか生きて行ける世界が無いんじゃないか、って思っただけです。

家族もいないので、海軍なら衣食住にも困らないし。教育隊時代は辛かったけど、ガサや鈴谷や熊野、古鷹、加古と会えたのは良かったです」

「つまり……居場所が見つかったってことですか」

「そう言うところです。両親から貰った名前を失う事になるのが心残りでしたけど、名前と同じ青葉になれたのは良かった」

「青葉さん、本名も青葉だったんですか」

少し驚いた顔になる愛鷹に青葉は愛鷹に自身の本名を明かした。

「民間人時代は若狭青葉(わかさ・あおは)が本名でした。『あおば』じゃなくて『あおは』と言う違いもありましたけど。

同じ艦娘でも青葉の本名話したのは、愛鷹さんが初めてです」

艦娘同士で本名を教え合う事はあるとは言え。義務ではないから基本的に本名について知ろうと思う、教えようと思う艦娘は殆どいない。

信頼する妹にすら打ち明けていない辺り、過去の嫌な記憶とは別離を図っているのかもしれない。

「家族もなく、安定した高額収入も無い中、よく頑張りましたね」

自分とは別次元の苦労を重ねていそうな青葉に、愛鷹が言うと青葉は苦笑を交えて頷く。

「馴染めない学校生活でしたし、日本の内情も深海棲艦のせいで悪くなっていましたから。

それでも学問を身に着けるために勉強は頑張りましたし、授業料払うために家庭教師からコンビニのアルバイト、新聞社のアルバイトと副業を重ねてました」

「艦隊新聞の出来のクオリティーは新聞社でのアルバイト経験が反映されているんですね」

「そうですね。小さな地元紙でしたけど」

 

鬱屈した学校生活、寝る間も惜しむ学業課題消化、安いアルバイト掛け持ち。

新聞社は稼ぎが一番よく、案外性に合っている気もしていたが、自身の生れつきの本能か、青葉は艦娘として海軍に志願した。

苦学生だった青葉とは対照的に、妹になる衣笠は裕福な家庭育ちで令嬢でもあったが、家のしがらみに縛られない人生を目指して海軍に入ったらしい。

衣笠とは入隊時からのライバルで、よく張り合っていたが教育隊での日々を過ごす内に打ち解けていき、最終試験では僅差で青葉が衣笠を抜いて姉妹艦の長女となった。

容姿端麗、運動神経抜群、品行方正と中々衣笠の人柄や人気は高かった。

一方の青葉は苦学生上がりもあってか粘り強さ、土壇場での巻き返しを図る時の意地、中々の切れ味のある頭、緊急時における精神的余裕に定評があり、本来の素の明るい性格も評価されて青葉型の長女として配属が決まった。

重巡青葉として配属された時は、腰構え型の連装主砲で戦っていたが、射撃の度に腰部への負担が大きくかかるし、射撃速度や精度に難があり、改化された時に今の右肩背負い式の主砲艤装に換装された。

今では航空戦力を有する航空重巡洋艦だ。

種子島に着いたら、初めての甲改二艤装での戦闘になるだろう。

 

二人が駅に着くとディーゼル機関車が引く客車と艤装を収めたコンテナ貨物車輛が連結された軍用輸送列車が待っていた。

既に連結作業が終わり、出発時刻待ちだ。

ホームに上がると武本と明石が何か話し込んでいた。

何の話をしている? と素朴な疑問が浮かぶ中、青葉と愛鷹が近づいて来るのに気が付いた明石が愛鷹に敬礼した。

「愛鷹さんの新艤装はぶっつけ本番の勢いなので、私も同行して現場調整に当たることになりました。

よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、明石さん」

軽く一礼しあう明石と愛鷹。明石だけ前線に赴くのは沖ノ鳥島以来で久しぶりだ。

武本が愛鷹に向き直ると、重要案件を再度伝える。

「磯波が行方不明の状況が続いている関係上、君たちの手で探し出して連れて帰って欲しい。

例の巨大潜水艦情報収集も頼むよ」

「了解。全艦生きて帰りますよ」

「頼んだよ」

真顔で頼む武本に愛鷹も真顔で返した。

表面上、普通の上司と部下のやり取りに見えるが、実際は愛鷹を生み出すきっかけを作った張本人と、作られたばかりに短命な人生が最初から決まってしまった愛鷹という強い因縁関係を持つ二人だった。

責めを生涯負い続ける武本と、本心では武本を絶対に許す事は出来ない愛鷹の関係。

しかし、この真実を知るのは第三三戦隊を含めてごくわずかだ。

 

 

第三三戦隊と明石を載せた列車が出発し、見えなくなるまで武本は敬礼して見送った。

「健闘を祈る……!」

 

 

もはや画面は霧の中を映している様な表示で、レーダーは余りアテにならない。

やれやれと溜息を吐きながら、司令部業務を続けていた陸奥がコーヒーカップを手にした時、モニターに不鮮明な表示が突然現れた。

「何かしら……」

キーボードを叩いて確認を取ると、マーカーと共に不鮮明なシグナルと識別コードが浮かび上がって来た。

「JFG DD 《I……NAMI》?」

JFGは日本艦娘の事だ。DDは駆逐艦の艦種略号。

しかし、問題は名前がはっきりと表示されない事だ。「い〇なみ」という事は分かるが、一文字だけ表示されてなくなってしまっている。

発進するビーコンは「SOS」を繰り返している。

これは今行方不明の「磯波」の事だろうか?

識別コードの照合を始めるが、羅針盤障害の影響か、コードの表示の乱れが酷く、はっきりとした表示がされない。

判断に迷う案件だ。磯波がSOSを出して救援を待っているのかもしれないが、このシグナルが磯波のモノであると言う確証はない。

酷い羅針盤と濃霧。

SOSUS網の復旧は未だ目途が立たず、東海対潜哨戒機による索敵も困難を極めている。

「霧の中からの救難信号ね……」

腕を組んで軽く唸る。運よく磯波の救難信号を確認出来たのだとしたら、即救援部隊を送るべきだが、一文字抜けているのがどうも引っかかる。

識別コードも日本艦隊所属であることは辛うじてわかるが、それ以外の表示があやふやで一体誰の事なのかが分からない。

深海棲艦のブラフの可能性もある。

 

自分では決めかねる案件だ。司令官と長門で検討する必要がある。

取り敢えず表示されるシグナルに関する情報を書き取ると、それをもって鍋島司令官と長門の元へと向かった。

「濃霧の中からの救難信号、か」

 

罠かそれとも磯波の助けを求める声か。

判断に困る話だった。

 

 

種子島に展開する艦娘にとってこの濃霧と強力な羅針盤障害は、出撃の大きな障害になっていた。

あまりにも酷いモノだから、鍋島司令官も出撃は見送りを続けている。

何より不気味なのはちらほら確認され始めた新型の深海棲艦の潜水艦だ。

相当な消磁策を講じているのか、MAD反応も悪くなっている。

見えない新たな眼下の脅威と、濃霧の二つの脅威、いや恐怖が種子島基地を覆っていた。

 

 

第三三戦隊を載せた軍用輸送列車は出発したその日の内に大阪に到着した。

途中立ち寄った貨物駅でディーゼル機関車から電気機関車へと機関車を繋ぎ変える作業を行い、更に車内食として駅弁を受け取った。

民間ダイヤの余裕を縫う形で輸送列車は走るが、どうしても民間のダイヤと干渉してしまう際は、貨物駅に立ち寄って時間調節を行った。

夜になると八人は受け取った駅弁で夕食を摂り、一人一〇分のシャワールームを共有して体を洗い、個室で一夜を過ごす。

仕入れた駅弁に第三三戦隊仲間と明石が喜ぶ一方、初めて食べる日本の駅弁の地域性が味わえただけでもヨシとしよう、と愛鷹は一人不満面をしながらも諦めろと自分に言い聞かせる。

限定品を食べられなかった事に珍しく愛鷹は食関連で引き摺るモノを覚えた。

シャワーを浴びた後、寝間着に着替え個室のベッドに横になる。

昔使われていた寝台列車の客車を手直しして使っている為、ベッドの寝心地は悪くないが、愛鷹だけ日本人女性離れした長身にはベッドが少し狭く寝心地は決して良いとは言えなかった。

以前第三三戦隊が初めてラバウルに行く際に鹿屋基地へ赴く時も同じ列車で移動していたので経験済みとは言え、背中を伸ばして寝られるベッドではないのが愛鷹には少し不便だった。

一方、車内食はすべて立ち寄り予定の貨物駅で受け取る駅弁という事になっていたのは良かった。

国連海軍日本艦隊や日本に駐屯する海兵隊では、自衛隊時代から使われているレーションが今でも引き続き使われているが、時々海軍側に出回る在庫が足りず補充として国連軍共通のレーションにもなっているMREが支給されることがあった。

艦娘が列車で移動する時、駅弁を入手する時とレーションを利用する時があり、第三三戦隊が鹿屋経由でラバウルに行く時の車内食は日本のレーション三昧だった。

もし車内食が運悪く日本の軍用レーションではなく、MREになったらと思うと食に関して好き嫌いは無い愛鷹も少しだけ気落ちするため息が出る。

とても食えたものではないと散々コケにされる程不味かった昔のMREと比べ、かなり改善が行われ普通に美味しくなってはいるのだが、日本で日本製レーションが食べられる時は選んで食べたがる者は少ない。

因みに好き嫌いが無い愛鷹も流石に「無理!」と突っ返したくなったのは、ロシアの「段ボールの味がする」軍用クラッカーだった。

 

翌日の朝には輸送列車は広島県に入る所まで来ていた。

久しぶりに青葉が来ることが出来た生まれ故郷であるが、特段思い入れは無かったので車窓からの風景を見ようとすることは無かった。

民間の列車ダイヤとの都合がつかず広島で長い足止めを受けた為、夕刻になってようやく列車は山口県に入った。

日をまたぐ頃には山口県の西部にまで至り、二泊三日の車中泊を経てようやく列車は関門海峡を渡り九州に入った。

九州では民間の鉄道ダイヤが沿岸部を中心に大きく本数制限が実施されていた為、ここでは民間の鉄道ダイヤをあまり気にすることなく列車は走る事が出来た。

種子島基地への最寄り駅であり軍用空路が整備されている鹿児島航空基地の軍用駅に到着すると、第三三戦隊と明石は待っていたオスプレイ輸送機二機に乗り込み、愛鷹の謹慎処分が時効を迎えた一時間後に種子島の国連軍前線航空基地に着陸した。

 

「やっと着いたぜ」

オスプレイの後部ハッチから伸びをしながら深雪が降りる。

日本艦隊統合基地を出て三日目にようやくついた一同を、輸送トラック二台を引き連れた長門が出迎えてくれた。

少し移動時の疲労を見せる仲間に代わって、愛鷹が長門に挨拶をする。

「遅くなりました長門さん。第三三戦隊並びに明石只今到着しました」

「待っていたぞ。愛鷹」

旅路の労をねぎらう様に言う長門に愛鷹は軽く一礼する。

「輸送機から見る事が出来ましたが、種子島基地は島全体で霧に囲まれていますね」

完全に覆いつくすような霧を輸送機の中から見ていた愛鷹の言葉に長門はため息交じりに頷く。

「酷い羅針盤も発生しているから空路も安泰じゃない。レーダーも時にはまるでダメになる。

まるで島をこの世から遮断するような霧だ」

「普通ではあり得ませんね……この気象状況は」

周囲を見回して霧を見る愛鷹に長門は深く頷く。

「深海棲艦が起こす異常気象は何度も目にしているが、この状況は私も初めてだ。

霧も含め、雲で電子機器の具合が悪くなるのはおかしい話ではないが、これほどの濃霧は過去に例がない。

それだけに行方不明状態の磯波が皆心配だ……」

物憂げな表情を浮かべる長門の元に深雪が駆け寄って来た。

「長門、磯波は?」

ゆっくり頭を振る長門の反応に深雪が苛立ちを込めた舌打ちをする。

苛立ちを見せるその肩に愛鷹がさりげなく手を置く。

 

やはり少しばかり以前より立ち振る舞い、言動に人間らしさが増しているな……。

 

知らない内にイメージが大分変わったと軽い驚きを覚えながら、長門は第三三戦隊メンバーの艤装と明石を載せたトラックを「あきもと」に先に行かせる。

「詳しい話は司令部でしよう。鍋島司令官が待っている」

 

 

格納庫転用の司令部施設に長門と第三三戦隊の一同を載せたトラックが来るのを見る大淀の背後に、准尉の階級章を付けた男がいつの間に立っていた。

「ご用件は土屋准尉?」

振り返る事なく尋ねる大淀に土屋は答えた。

「中将から新しい指令が入りました」

「今日中にやれと?」

「いえ、少佐の出番はまだないです。

代わりにこれを預かってます」

そう言って土屋が差し出すUSBメモリーを後ろ手で受け取る。

「何ですかこれは?」

「これを基地のセントラルコンピューターにインストールして置いて下さい。

時期が来たらトラップが勝手に作動してくれます。先日のプログラムは」

「既にインストール済みです。でもあれでいいんですか?」

「今の所誰にもバレていないという事は、問題ないという事です。

もっとも情報部の一部が嗅ぎまわっている様なので気は抜けません」

やはり情報部が動き出している、か。

狂乱状態にさせた愛鷹を軍法会議で失脚させ、さらに余罪追加で極刑に誘導して消す作戦は失敗したが、次の抹殺作戦は既に始まっていた

「ところでいい加減仁淀の治療状況の説明位はしてもらってもいいのでは?」

やや苛立ちを滲ませた大淀が振り返ると、土屋はすでにいなかった。

まるで幽霊のように現れては消える……何者なのだろうかあの准尉は?

苛立ちと同時に自分の行っている事への恐怖心をじわりじわりと感じる。

「私も完全に引き返せない所に来ているわね」

そう呟きながらUSBを上着のポケットに入れ、大淀は司令部施設に戻った。

 

 

司令部に設けられた鍋島司令官の簡易オフィスに案内された愛鷹は、対面した鍋島に着任報告を入れた。

踵を揃え、敬礼をすると自身の名前と第三三戦隊のメンバー全員の名前を告げる。

鍋島も形式ばった言い方ながら答礼して応える。

「我が種子島基地にようこそ……現状は外を見ればの通りだ。貴様らの探り入れ能力の高さ、利用させてもらうぞ」

「はっ」

「時間が惜しい状況だ。二時間後に出撃して貰うぞ」

「二時間後ですか? ミッションタイムにもよりますが帰投時刻は日が暮れる頃になると思いますが」

「貴様ら、いや貴様が基地で不祥事を起こしてなければ面倒なことにならずに済んだかもしれんがな」

僅かに首をかしげる愛鷹に嫌味のこもった言葉を鍋島はぶつける。

溜息を吐きたくなる自分を抑える。言い逃れしようの無い事実だからあれこれ自分が言い返すものではない。

事前に聞いていた話だと、鍋島の艦娘への態度は良いとは言えないとの事だったが、嫌味を放った際に視界の端にいた長門の顔が少し硬くなるところからしてその通りだと分かる。

旧自衛隊時代からの続投組将官の一人で、一応艦娘運用経歴はそこそこあり、戦果も挙げている。

しかし艦娘が配備される艦隊の基地司令官には向いているとは言い難い性格故に、少将からの昇進が随分止まっている。

聞いていた通り余り上司にしたくない司令官だ、と苦手意識を感じながらもそれは胸の中にしまい込んでおく。

「まあ良い、時間は戻せん。

磯波の捜索だが、まあ目星になりそうなものは確認できている。貴様らの最初の任務はまずそれが本物かどうかを見極めて来ればいいだけだ」

「目星がついている?」

これは事前には聞いていない話だ。

案内してくれた長門を一瞥すると長門もこちらを見返す。

「話は長門に聞いてくれ、行ってよし」

「そういう事で、私から状況などを説明する」

「了解」

 

司令官オフィスを出た後、長門は愛鷹に「すまんな」と詫びの一言を入れる。

「私は別に……」

「普段からあんな態度だが、どうも上からSSTO打ち上げを巡って急かされているらしくて最近、司令官も苛立ちが増えているのだ」

「なるほど、戦果を上げられない自分への催促に苛立ちが募らせて、可能な限りマイルドにした上で原因となっている私達にぶつけていると」

「ぶっちゃけ言ってしまえばそうなるな」

苦笑を浮かべる長門に、今度は軽く溜息を吐いた。

確かにSSTO打ち上げが遅れている現状に国連軍の上層部で苛立ちが募る事は起こり得る事。

矢の催促が来れば、デリケートな扱いが必要な自分らに当たりたくなるものがあってもやむを得ないかも知れないが。

「ただ時間が惜しいのは事実だ。磯波の装備から言ってもう体力的にかなり限界が近づいているはずだ」

「海の上では休めるところはありませんからね……」

「この辺りでだとそうとも限らんぞ。哨戒コースから逸れた場所とは言え、海上プラントがいくつかある」

長門の言葉に愛鷹は少しだけ思案顔になる

「……メタンハイドレート鉱床の採掘リグですか。しかし今稼働中のモノはないはずでは?

種子島近海はデフコン1発令状態で民間人の避難命令が出ていますし」

「作業員は退避したが、リグ自体はあと一か月程無人で稼働していても問題がないようにされている。

完全に稼働を止めたら、再稼働には手間暇金もかかるからな」

「確かに」

もっとも磯波がリグに上陸出来ていたら、無線で一報ぐらいは入れるはずだが。

 

 

事前準備がされていたブリーフィングルームに長門は第三三戦隊のメンバーを通し、状況説明とブリーフィングを開始した。

「今回の第三三戦隊の任務は磯波の捜索及び回収にある。

現在ここ種子島海域では異常気象と言える濃霧に見舞われているだけでなく、強力な羅針盤障害と電波障害を受けており、通信、航法装置に大きな影響が発生している。

そんな五里霧中の中の磯波を探す事になるが、先程識別が困難ながらも艦娘のモノと思しき微弱な救難信号を発見した」

「他に所在不明の艦娘がいないなら、そりゃ磯波のモノじゃないのか?」

両腕を組む深雪の問いに長門はまあ、待てと片手で制すると部屋を暗くし、ブリーフィングルームの大画面モニターを起動させ、救難信号を表示した海図をモニターに出す。

「これがその表示だ。磯波がはぐれたと思われる哨戒航路から少し南に外れているが、ここから日本艦隊所属の艦娘と識別は出来ている救難信号を確認した。

問題はこの救難信号は艦娘の名前たる艦名がはっきりと表示されない事だ。見てくれ」

拡大された信号には「JFG DD《I……NAMI》」と言う日本艦隊所属の駆逐艦娘の名前が表示されているが、「い〇なみ」と一文字だけ不鮮明な表示になっている。

「磯波の事で間違いないように見えなくもないが、磯波と明確に表示されている訳でもない。

ヘリを飛ばして回収しようと思ったら、深海棲艦のデコイで……と言う展開もあり得る。表示が不明瞭である原因は確認する術がない。

それなら艦隊を出して確認しに行けばと言う解決策は勿論あるが、信号が発せられている海域では羅針盤障害レベルが非常に高く、強力な敵大艦隊がすぐそばにいる可能性すらある。

少将は極力現段階での戦力消耗は危険と判断して、斥候部隊である第三三戦隊に調査を要請したと言う訳だ」

「つまり防衛戦力温存を優先して、敵の大艦隊が展開しているかもしれない海域に取り残された可能性がある磯波を三日もほったらかしにしているって訳かよ」

憮然とした表情を浮かべる深雪に長門は「結果的にはそうなるな」と頷く。

「ただこの救難信号ははっきりと『磯波』のモノとは言っていない。

もし深海棲艦の設置したデコイであった場合、こちらが防衛戦力から割いた艦隊を出して探しに来たところを袋叩きにし、撃滅しにかかる可能性もある。

最悪戦力の逐次投入に繋がりかねない」

軍事的に見て、戦力の逐次投入は愚策、と言うのは今も昔も変わらない。

「つまり本物か、偽物か分からない救難信号を確認する為、どの程度かは分かっていない敵艦隊が布陣している恐れもある海域に第三三戦隊が確認する。

何匹いるかは分からない狼の群れに放り込まれた『らしい』と言う断定できない情報を頼りに、大切な羊を助けるべく単身乗り込む牧場主、と言う訳ですか」

溜息を吐きながらそう例える愛鷹に長門は頷く。

「判断できる情報が殆どない以上は偵察部隊であるお前たちに頼らざるを得ないと言う訳だ」

「引けばロイヤルストレートフラッシュか、はたまた破産か、のポーカーをする気分ですね」

「答えは二つに一つ」

そう添える青葉に彼女以外の全員がその通りだと頷いた。

ふと何かに気が付いた顔になった蒼月が長門に尋ねる。

「長門さん、この救難信号の位置は変わっているんですか? もし磯波さんがまだ動けるなら潮流次第ではそれ程流されたりはしないはず。

最低限の修正を行っていれば、何キロも流されたりはしない筈です。

もし救難信号の位置が時間と共に位置を変えている場合、自力で現在地から流されない様に修正をかけるのは出来ないデコイの可能性もあるはずです」

「一応追跡してみたが、位置は大きく変わっていない」

そう答える長門に蒼月は頷いて礼を述べた。

愛鷹の隣の青葉が出撃するメンバーを訪ねた。

「編成はどうするんですか?」

「この濃霧だと航空偵察は厳しいですし、発着艦も多分同じでしょう。

今回の出撃は私と青葉さん、衣笠さん、夕張さん、深雪さん、蒼月さんの編成で出撃です」

「おっと、衣笠さんの出番ですね。任せて下さい」

「やっぱ留守番かぁ」

やる気満々の衣笠が笑みを浮かべる一方で、留守番になる瑞鳳はやや気落ち気味の表情を浮かべる。

その瑞鳳を見やり、少し考えてからしょんぼりする瑞鳳にも愛鷹は役割を伝える。

「作戦中、霧が晴れるか通信障害が良くなれば艦隊の航空優勢確保の為に戦闘機隊を呼ぶかもしれませんから、瑞鳳さんは基地で待機しつつ戦闘機隊のスクランブルに備えて下さい」

「了解です」

少し安心したような表情になる瑞鳳の隣の夕張が「ちょっといいですか?」と手を上げながら訪ねて来る。

「万が一、敵の有力な艦隊と遭遇した時、私達が受けられる支援はあるんですか長門さん?」

「必要に応じて、になるが無人攻撃機による空爆支援はスタンバってあるが、艦隊による支援は出来ない」

「まあ、そうなっちゃいますよね」

引っ込む夕張とは違って深雪が疑念を浮かべた表情で長門を見る。

「長門、航空優勢も制海権も無いヤバい所に六人だけで乗り込むのはマズイんじゃねえか?

マジになって探せ、って言う割にいざと言う時の支援策が心細すぎる気がするぞ」

急を要する割には積極さに欠ける支援策に深雪が不満を見せる。

深雪さんの言う事は確かだ、と愛鷹も頷きつつ状況が逼迫しているだけに多少の火の粉は覚悟して行くべきと思っていた。

「……あくまで確認するだけ、の様な任務だから危険と判断したら作戦海域から直ぐに離脱します。

もし敵艦隊と交戦状態になったら、最低限の応戦をしつつ敵戦力把握も可能な限り行います」

「ま、そうなるだろうな」

これ以上言わなくても愛鷹は分かっている、と深雪はここでちょっと割り切っておこうと決めた。

ただ最後に「磯波の無事が確認出来たら、絶対連れ帰ろうぜ、な?」と愛鷹に釘を刺す。

勿論その時の状況次第にはなるとは言え、愛鷹も磯波が無事と分かれば可能な範囲で救助する気だ。

見捨てるつもりは全くない。

「では二時間後に抜錨です。作戦内容は救難信号の正体の確認です。

磯波さんであれば救助してこの基地に連れて帰り、敵の設置したデコイであると分かれば全速で離脱し再度の捜索に望みを託します。

時間的に言うと帰投は日没ギリギリになります。あまり長居は出来ない事を各自留意して置いて下さい」

「はい」

 

 

何気なく大和が談話室の窓の外を見ていると、武蔵が「どうかしたのか?」と尋ねながら歩み寄って来た。

「特に何かある訳じゃないけど……ね」

「一人で黄昏手いる様にも見えてな。最近何か悩み事抱えの様だが、何かあったのか?」

「ちょっと色々あって」

言葉を濁す姉の姿に、武蔵は逆に心配顔になる。

何か大きな悩み事を抱え込んでいる顔だ。自分と同じ改二化を受けてからこっちどうも笑顔の奥に何か闇を抱えている節があった。

あまり追求しない事にしていたが、最近思い悩む姿が増えている気がした。

「この際だ、私に悩み事をぶつけてくれてもいいのではないか?

私は武蔵、大和の妹だ。どこまで力になれるか分からんが……気持ちが少しでも晴れるなら、この武蔵に吐き出してくれていいのだぞ」

「心配してくれてありがとう。気持ちだけでいいわ」

自分の心配する視線すら見返せない姉に、武蔵は優しく声をかけ続ける。

「……たまには他人に頼れよ、大和。簡単に頼れる相手がいないならこの私程度には頼ってくれ。

私はお前の妹だろ?」

しばらく大和の反応を窺っていると、大和は「私の部屋で話しましょう」と武蔵を自室に誘った。

 

部屋に上がった武蔵に椅子を貸し、部屋のカーテンを全て閉める。

対面する形で自分の椅子に座ると、大きなため息を吐き大和は武蔵の顔を見据えた。

武蔵も見た事は殆どないと言っていい真顔で大和は妹を見る。

「……この話は、最高軍機級の極秘案件よ。あなたを巻き込みたくなかったからずっと黙っていたけど。

覚悟は良い?」

「大和の気が少しでも晴れるなら、晩飯抜きになる長話だろうと私は構わん。

口外無用は心得ているよ」

静かに返す武蔵にまた深い溜息を吐いた大和は机の引き出しから一枚の写真を取り出した。

差し出される写真を受け取ると、武蔵は不思議そうに見つめた。

大和とやや幼さのある大和似の少女が映っている。大和の実の妹だろうか。

幼さはあるが、姉に随分そっくりな顔立ちの少女の両肩に微笑みを浮かべる大和が手を置いていた。

「妹か……?」

「……その子はね、私なの。私の分身とも言えるわ」

「大和であり、大和ではない……」

呟く様に言いながら見つめる写真はどこかの施設で撮ったモノの様だ。

普段とは違って海軍の略装を着込んだ大和と、まるで囚人服にも見える白い上下を着る大和似の少女。

微笑みを浮かべる大和だがその表情にどこか悲しみを感じさせる。一緒に写る少女は無表情だが、その目には微かな殺意が伺える。

「その子は私のクローンよ。私の遺伝子を基に作り出された複製人間。

誕生した六五体の中で最後に生まれ、そして唯一生き残れた個体」

「……生きているのか? 元気なのか?」

「沖ノ鳥島海域で愛鷹っていう子と艦隊を組んだのを覚えている? その写真に写っているのは愛鷹よ。

正確に言えば後に愛鷹と言う名前で生まれ変わる事になる私のクローン」

「愛鷹……ああ、撤退支援の為に単独奮戦した」

「そう」

「……なるほどな、お前が暫く艦隊を離れていた事があったのは彼女達の為か」

 

その通りと頷いた大和は、CFGプランの内容、クローン艦娘の誕生とその扱いを武蔵に語った。

生まれながら長くは生きられない、使い捨てられても問題はないクローン技術での量産型艦娘計画の産物。

この世に生まれて、艦娘として生を授かったものの、未成熟なクローン技術故に短命であり、優劣を付ける為に殺し合わさせられ、唯一生き残る事を許された最後のクローン。

しかし、彼女が授かるはずだったモノ、苦難の果てに掴むはずだったモノ、それら全てを否定していくその後の扱い。

故に憎悪されるオリジナルの自分と、クローン艦娘計画の提案者だった武本。

 

「私の自惚れの結果出来てしまった私の『妹』よ」

「なるほどな……あいつの味わった苦しみ……想像を絶するものだな。生きているだけでも辛く厳しいのに。

それでもこの世に生を授かったなら、生きる努力をする為に足掻き続ける。

大した信念だ。

同時に大和が背負い続ける十字架、という事か」

愛鷹が今に至るまでに味わった苦痛、屈辱、悲しみ。自分には想像もつかない程壮絶である事は大和の話からも伺える。

人間の勝手に翻弄され、弄ばれた人生。難病発症の結果長くはない余生。

 

「なら何故、愛鷹は戦場に出る? 命を落とす危険と隣り合わせのあいつは何故、危険を冒してまで前線で戦う?」

「確かめたいのだと思う。あの子の本能的な何かが、自分が生まれた事の意味を確かめたいと言う探求心が。

行く先々で答えがあるかは分からなくても、探し続けたいのだと私は思うの」

 

そう語る大和に武蔵は静かに頷いた。

「そうか……お前も辛かったろうな。ずっと一人で贖罪の意識に苛まれる思い。

この秘密を知っているのはお前と私だけか?」

「あの子が率いる第三三戦隊の人達と、偶然知る事になった吹雪さんもよ。

皆、あの子の事を一人の人間として見てくれているわ。第三三戦隊の人達はあの子と共に歩んでくれる、あの子の生まれて初めての友達よ」

 

友達か……良い友達に恵まれたな、愛鷹。

第三三戦隊のメンバーの顔を思い出すと、武蔵は笑みがこぼれた。皆根の良い朗らかさのある艦娘ばかりだ。

そして命の重さと言うモノをよく知る艦娘だ。

 

 

濃霧と強力な羅針盤障害、電波妨害。視界はほぼゼロでHUDのレーダー表示もまるでダメだ。

左目に付けるHUDのレーダー表示が使い物にならない状態の為、愛鷹はバウソナーを起動させ、聴音による索敵にかけた。

レーダーと違い、自身の航行ノイズで感度が低下してしまうのがソナー索敵の弱みな分、第一戦速以上は出せないのが歯痒い。

慣熟運転抜きのぶっつけ本番の新艤装を装備した愛鷹だったが、艤装の操作方法は頭に入れていただけもありクセを掴むのは早く、すぐに艤装に馴染めた。

ただ主砲の旋回速度、砲身の上下運動はやはり前の三一センチ主砲より低下しているのが目下の悩みどころか。

射撃訓練を入念にやっておきたいところだが、演習している暇が無い。

仕方なく救難信号捜索出撃がてら航行しながらシミュレート射撃訓練を行い、大まかかつ最低限の使い勝手を掴む。

後は実戦で調べるしかない。

肝心な時に慣熟が万全ではない自分が情けなかった。

視界が悪いだけに互いの間隔を五メートル程度保つ様心がけ、五分に一回点呼を取る。

ソナー表示と海図を重ね、自分達の位置を随時確認した愛鷹は周囲を見回してみた。

 

濃霧が立ち込める一方、妙に凪いでいる海が言い知れぬ不気味な世界を醸し出している。

 

「……幽霊船でも出てきそうな海ね……流石に不気味過ぎる」

 

霊の類はこの世に存在する、と一応愛鷹も思っているが、実際に自分の目で見た事は無いし、幽霊よりは生きている人間の方が恐ろしいと思うタイプなので怖いと思った事は無かった。祟りや悪霊に関しては伝え聞くものの中には愛鷹も怖いと思ったが、海でそんな話は聞いたことは無かった。

祟りや悪霊の類とは別にマリー・セレスト号、オーラン・メダン号、ジョイタ号等の怪談話あるいはそれに匹敵する話は聞いているし、どれも笑えないくらい恐ろしい内容だが、艦娘の自分にしてみれば今は関係無い話だ。

とは言え今自分が進む海があまりに静かであり不気味過ぎて、流石に言い知れぬ恐怖は感じていた。

背後を見れば続航する青葉の航行灯の明かりがうっすらと見えた。

続航する青葉、衣笠、夕張、蒼月、深雪の五人は、先頭を進む愛鷹が引くウェーキ(航跡)を確認しながら離れすぎない様心掛けている。

ソナー表示に切り替えたHUDの表示を確認すると、あらかじめマークしていた救難信号の発生源に近づいているのが分かった。

そろそろ爪先のソナーでも何か聞こえる距離だ。

五分毎の点呼を行い、周囲警戒に専念する。視界がゼロと言っても、人間の五感まで無効化されている訳でもない。

濃霧の影響なのか、それとも何か特殊現象なのか、この季節にしては肌寒さすら感じる気温だ。

自分はコート無しでも制服が長袖だから問題はないが、続航する青葉ら五人の服装は半袖。

寒くないだろうか、と気にかかる。艤装の生命維持機能のお陰である程度の体温維持は出来るとは言え、寒さで五感をやられたら大事だ。

肌寒さのせいか、それとも今の気象状況と深海棲艦の脅威からの緊張か、メンバーの口数はゼロだ。

皆黙って警戒についている。

 

深呼吸をして気持ちを落ち着かせていると、ソナーに反応が出た。

「聴音探知。方位一-七-五、距離約二万、微弱なキャビテーションノイズを検知。

救難信号の発生源から誤差はプラスマイナス約一五〇メートル」

ヘッドセットに告げる声が知らずと小声になる。

ソナーで拾ったキャビテーションノイズを照合しにかかる。音が小さいので照合に時間がかかる。

照合する一方で愛鷹自身も耳を澄ませて、音の正体を確認する。

小さいエンジン音だ。アイドリング状態に近い。

聞こえるエンジン音は救難信号の発生源とほぼ同位置。確実に信号を発する何かの音と言っていい。

しかし、聞こえて来る音は艦娘の艤装の機関音とは微妙に違う気がした。

アイドリング状態にしても音が小さい。

まるでボートのエンジン音だ。深海棲艦の機関音でもない。

 

何の音?

 

疑念を顔に浮かべる愛鷹に急にHUDに表示される救難信号の発生源の名前表示がぶれ始めた。

「何かしら……」

何が起きている? と思いながらHUD表示を見ていると急に発生源のマーカーに名前と識別表示が現れた。

「救難信号の発生源から識別表示を確認! この反応は……《JFG DD IWANAMI》?」

「い・わ・な・み……。ん、《い・そ・な・み》じゃないですね」

読み上げた愛鷹の言葉に、不思議そうな声で青葉が返す。

表示ミスか? 羅針盤障害で信号送信に不具合が出たのだろうか。

救難信号の発生源まで五〇〇〇メートルを切る頃にはエンジン音がはっきり聴音できていた。

「艦娘の艤装の機関音ではないわね……この音は……複合艇?」

海兵隊が上陸作戦の際に先遣隊を上陸させる時や、特殊部隊を潜入させる時に使う小型ボートのエンジン音とそっくりだ。

なぜこんな所で複合艇が艦娘の救難信号を発しながら漂流を?

 

不審に思った愛鷹が更に接近し、複合艇のモノと分かる機関音の正体を確認しようと思った時、ぎょっとした深雪の声がヘッドセットから飛び込んできた。

「おい、うっそだろ! この識別表示は磯波のコードじゃないぞ!」

「何ですって⁉」

目を剥く深雪の言葉に夕張が同じ顔をしていると分かる声で返すと、深雪は震える声で続けた。

 

「しかもこのコード、深雪様は知ってるぞ。

 

こいつは……死んだ白雲の識別表示だ!」

 

その言葉を聞いて愛鷹は一瞬背筋が凍り付く様なモノを感じた。

思い出すと「いわなみ」と言う艦名は艦娘の名前として存在しない。

それどころか、旧海上自衛隊時代、更には大日本帝国海軍にも「いわなみ」と言う艦名は存在しない。

実在していそうで実在しない艦名。

 

一応「イワナミ」と言う名前は記録上存在する。

第二次世界大戦中のアメリカ海軍の潜水艦USS「フラッシャー」が日本海軍の夕雲型駆逐艦「岸波」他複数の商船と共に撃沈したとされる艦名だが、後に「アメリカ海軍で唯一、総計一〇万トン以上の艦艇を撃沈したと言うスコア稼ぎに作られた幻の駆逐艦」という事が判明している。

 

なら、何故あの「イワナミ」は救難信号を、既に戦死した白雲の識別表示を合わせて発信しているのか?

あの音と信号の発生源にはいったい何があるのか?

確認する必要があった。

が、長居している訳にも行かない。

 

「全艦、一八〇度回頭、基地へ戻ります。

ただ、このポイントで五分、いえ三分待ってください。私が救難信号の発生源の正体を確認してきます。

青葉さん、代行指揮権を一任します」

「待って下さい、青葉も行きます。愛鷹さん一人では危ないですよ!」

「……では夕張さん、三分過ぎても私と青葉さんが戻らなかったら先に作戦海域から離脱してください」

「置いて行けと言うのですか!? 冗談じゃないですよ!」

無茶苦茶言わないでと夕張が声を張り上げたが、愛鷹は青葉と共に救難信号の発生源へと増速して霧の中へと消えていた。

 

 

信号の発生源に辿り着いた愛鷹と青葉の目にそれはあった。

「これは……?」

愕然とした表情を浮かべる青葉が見つめる先にあったのは、アンテナを展開し、通信機と思しきモノとバッテリーを積んで、時々エンジンと舵を自動修正する複合艇だった。

「信号の発生源がこれですか」

「通信機、バッテリー、どれも海軍の最新鋭機器ですね。複合艇も真新しい」

ボートを調べる愛鷹が搭載されている機器の形式番号を見て、驚きを隠せない声で青葉に返す。

「全部新品です。深海棲艦が仕掛けた罠には見えません。

明らかに誰かが作ったモノです」

「じゃあ、一体誰が……」

さあ、と愛鷹も分からないと首を傾げた時、ボートから電子音が聞こえた。

「何かしら?」

電子音に気が付いた愛鷹が振り返った時、ピ、ピ、ピ、ピピピと言うまるでカウントダウンの様な電子音が聞こえ始めた。

 

 

この音……マズイ!

 

 

「青葉さん、危ない!」

ボートから猛ダッシュで離れ、突っ立っている青葉の腕を掴んで離れる愛鷹の背後で複合艇が爆発した。




……次回へ続きます。

劇中マリー・セレスト号、オーラン・メダン号、ジョイタ号の船名が登場していますが、全て実在の船かつ「怪奇現象」に見舞われた船舶です(本当に笑えないくらい怖い)。


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第四一話 変化する運命・変われない世界

タイトルはエースコンバット・ZEROのOPのモノをイメージしてます。

本編をどうぞ。


霧の向こうから突然聞こえて来た爆発音に夕張、衣笠、蒼月、深雪は目を剥いた。

「なに今の爆発音は⁉」

「衣笠、落ち着け。愛鷹ー! 生きてるかーっ!?」

引き攣った表情を浮かべる衣笠を宥めながら、深雪は霧の向こうにいる筈の愛鷹に呼びかける。

返事が返ってこない。もう一回深雪は呼びかけるが返事が無い。

四人が「まさか……」と思った時、霧の中から青葉を曳航索で曳航する愛鷹が咳き込みながら姿を現した。

「大丈夫か愛鷹」

「大丈夫、防護機能の展開が間に合って助かりました」

時々咳き込みながら答える愛鷹は大した傷もない様子だ。

曳航索で愛鷹に曳航されている青葉は意識が無いのか、糸が切れた操り人形のように力なく固定されている。

衣笠が呼びかけると唸りながら身じろぎした。

「青葉さんは気を失っただけですよ衣笠さん。

軽くガスを吸った可能性があるので、帰ったら医療検査を受けて貰いますが」

「良かった……」

ホッと胸をなでおろす衣笠に入れ替わる様に夕張が愛鷹に問いかける。

「何があったんですか?」

「説明は後回しです。今ので私達が出張って来ている事を深海棲艦が聞きつけているかもしれません。

一旦帰投します」

海域の離脱を宣言した愛鷹に深雪が慌てた様に制止する。

「おい、磯波の捜索は⁉」

「手がかりが無かったので、ここには磯波さんに関する情報は無いと見ます」

「けど、磯波を探さないと」

「今は無理です。ミイラ取りがミイラになっては元も子もありません!」

「でも!」

「死にたいのですか!? 死んだら磯波さんを探す事は不可能ですよ!」

食い下がる深雪に、珍しく焦りを滲ませた表情の愛鷹が一喝した。

「畜生!」

罵声を吐きながらも深雪はそれ以上食い下がらず、唇を噛みながら身を引いた。

その時、愛鷹の艤装に曳航索で繋がれた青葉が呻きながら身じろぎする。

「青葉、起きてよ。ねえ、起きなさいってば」

業を煮やした様に衣笠が青葉の両頬にビンタを食らわせると、青葉の目が開いた。

覗き込んで来る妹の姿を見て、惚けた様な青葉の顔が瞬時に目を覚ました顔に変わる。

「お、生きてる!」

「何よ、今まで死んでたって言うの?」

しっかりしなさいよと呆れ顔になる衣笠に苦笑を返しながら、青葉は愛鷹に礼を言いながら曳航索を外す。

体はぴんぴんしている青葉の姿に安堵を覚えながらも、確認するように体に異常はないか尋ねる。

「動けますか?」

「体はぴんぴんしてますから大丈夫です。艤装も無傷です」

その言葉に安堵のため息を吐くと全員に単従陣を組むよう指示する。

「単従陣を形成、第一戦速で海域を離脱します」

「了解」

五人が唱和する返事を返すと、先導する形で愛鷹は加速をかけた。

 

第一戦速で聴音による警戒を行いながら航行していると、霧が晴れ始めた。

視界が少しずつ良くなり始める一方、雲が出て来て日の光が乏しくなった。

おまけに日没時間が迫って来ていて余計に視界が悪い。

「拙いかもしれない……」

今会敵しても流石に視界が悪くて愛鷹も射撃を当てられるか少しばかり不安が出た。

HUDの視覚表示をサーマルモードに切り替えればある程度は霧の中でも見通せるが、探知範囲がそれほど広くはない為出会い頭の接触を防ぐ程度しか効果は期待できない。

そもそもサーマルモード表示は射撃時に使う表示機能だ。索敵に用いる事は想定していない。

それでも出会い頭の交戦になるよりはマシと割り切り、サーマル表示のHUDで周囲警戒を行う。

「愛鷹さん、基地に一報は?」

続航する青葉の問いに愛鷹は首を横に振る。

「ネガティブ、電波発信源を逆探されて逆に深海棲艦に位置を教える羽目になります。

電波管制レベル2を維持」

「了解です」

青葉が周囲警戒に戻る一方、愛鷹は爆発した複合艇の「爆発時に見えたモノ」を頭に思い浮かべていた。

 

防護機能を展開して自分と青葉を護った際に、一瞬だけ見えた複合艇が爆発する時の閃光に戦慄するモノを覚えていた。

爆発する際に見えた閃光はオレンジ色がかっていた。深海棲艦が使用する炸薬、爆薬のいずれの特徴に当てはまらない。

しかし、愛鷹は見た事がある爆発だった。

 

「RDX、可塑性爆薬……」

 

爆発時にオレンジ色の閃光を発するプラスチック爆薬ともC4とも呼ばれる爆薬だ。

軍だけでなく民間でも解体作業などで広く使われる、中々ポピュラーな爆薬である。

爆発の威力に優れるだけでなく、火に投げ込んでも燃えるだけであり、衝撃で暴発する事もまずない。

火に投げ込んでも爆発しないと言う特徴から、固形燃料として使う事も出来、舐めると甘い。

ただ爆薬の主成分であるRDXにはトリメチレントリニトロアミンと言う人体に有毒なモノが含まれており、これを吸い込むと大変なことになる。

水には溶けないから体には吸収しにくいものの、加熱・気化したエアゾルを吸い込めば急性中毒を起こしてしまう。

その為、固形燃料として使う時はガスを吸わない様に使う必要があるし、甘いからと言って食べたり舐めたりすれば当然病院送りになる。

複合艇を跡形もなく爆砕する程の爆発だった所からして、相当量のC4を積んでいたことは間違いない。

何故複合艇があんなところで艦娘の救難信号を発信し、自分が近づいたら爆発した理由が分からない。

何処かのテロリストか非合法活動家が仕掛けたモノにしては、かなり手慣れている感じがあった。

何より海軍の保有する最新鋭の通信機器を載せていた。反社会的勢力への流出を防ぐ措置が幾重にも取られている装備品だから、横流しされたモノとは思えない。

 

敵は身内である海軍内にいる。

 

その結論が出るまで長い時間は必要なかった。

そしてその身内が、日本艦隊基地で自分を抹殺しにかかっている勢力の事を意味する事に思い至るまで、さほど時間は必要なかった。

(どこまで追ってくる気……)

静かな怒りを覚えた。自分だけならまだしも危うく青葉まで巻き添えを食らうところだった。

(関係ない人間まで巻き込むなんて……天龍さん、木曽さん、皐月さんまで危うく死ぬところだった)

 

誰かに報告しておきたかったが、一体どこに自分を殺す勢力が潜んでいるかさっぱりだ。

こんな状態では磯波の捜索もままならない。早く見つけ出して連れて帰らないと磯波の体力が持たない。

艦娘として軍事訓練を受けている海軍兵士とは言え、艤装を外せば普通の人間。

焦りが愛鷹の胸の内に湧き出していた。

 

その時深雪の叫び声が焦りで頭の回転が鈍っていた愛鷹の耳に入った。

「警戒! 敵艦隊視認、リ級が三隻にロ級三隻! くそ、リ級はflagshipだ。

方位三-一-〇、敵速は恐らく第三戦速」

気が付くのがやや遅れたモノの、愛鷹はすぐに動いた。

「対水上戦闘用意! 左砲戦、雷撃戦準備!」

旗艦からの指示に五人が即座に主砲を構えた時、リ級三隻の砲撃が六人の周囲に着弾した。

散布界は広い。牽制射撃程度と言えるから慌てる事は無い。

「夕張さん、深雪さん、蒼月さんは駆逐艦、私と青葉さん、衣笠さんはリ級を相手にします。

ウェポンズフリー!」

指示を出した後、HUDでリ級に照準を合わせる。

風向、風速、湿度、温度と射撃時に関わる数値が表示される。距離はかなり近い。

お互い出会い頭と言う訳ではないようだ。強いて言えば思わぬ遭遇程度だ。

「結構便利ね……第一、第二主砲、弾種徹甲弾。

対水上戦闘、指標一番のリ級。主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

艤装の射撃管制スティックのトリガーを引くと、四一センチ連装主砲二基から四発の徹甲弾が轟音と共に撃ち出される。

陸奥の艤装から移植する際、明石が機転を利かして強制冷却装置を仕込んだお陰で、砲口から冷却水が流れ出し発砲時に過熱した砲身を冷却する。

流石に、慣れないと体に来るな、と四一センチ主砲の発砲時の衝撃に体に来るものを感じる。

しかし、衝撃には慣れが必要だが、照準を含めた射撃の慣れは早かった。

愛鷹へ砲撃を行うリ級を包み隠す様な四つの水柱が突き立ち、リ級がその中に隠される。

「第一射で挟叉か。なら次は当たる」

砲身冷却完了のブザーと再装填完了のブザーの二種類が鳴る。装填速度はやはり以前の三一センチよりは遅めだ。

第二射を放つと、二発はリ級の手前に着弾して水柱を高々と上げたが、二発はリ級を直撃していた。

艤装が一瞬で吹き飛び、誘爆したらしい弾薬類の火炎がリ級を包み込む。

「侮りがたいflagshipとは言え、四一センチはオーバーキルかな……」

轟沈するリ級を見て、やり過ぎた感を覚える。

 

HUD表示と素の射撃の腕、そして経験が「今だ!」と頭に告げた時、反射的に青葉は主砲の射撃ボタンを押していた。

二〇・三センチ連装主砲二基の砲身が砲炎を吐き出し、砲身が後退する。

撃ち出された砲弾が青葉を狙っていたリ級を打ち据え、砲塔一基をもぎ取る。

火力が低下し、本体にもダメージを受けたリ級の動きが鈍ったところへ、再装填が済んだ青葉の二〇・三センチ砲弾が直撃する。

さらに四発の直撃を受け、悲鳴を上げて炎に身を包まれるリ級を青葉は冷めた目で見つめる。

焔に包まれながらもがくリ級に対し、照準を合わせて射撃ボタンを押すと主砲が砲弾を砲炎と共に砲口からたたき出した。

止めの三射目を撃ち込まれたリ級は爆発炎上しながら海上に倒れ、そのまま海面下へと沈んだ。

同様に相手をしていたリ級を沈めたばかりの衣笠は、姉の砲撃を見て「容赦無さ過ぎ……」といつもと少し違う青葉の姿を見た気がした。

同時に以前よりリ級flagshipをあっさりと沈めてみせた姉の技量に感嘆した。

そんな妹の驚きの視線を送られる当の青葉は、左腰に左手を当て、冷めた目で沈んだ海上に浮かぶリ級の艤装の残骸が上げる黒煙を見つめていた。

 

あれが青葉の沈めた敵の墓標……。

 

甲改二によって強力になった自分の艤装火力に満足する一方、この艤装で始めて沈めた敵だと青葉は消え始めるリ級の残骸が上げる黒煙を見つめた。

 

愛鷹、青葉、衣笠がリ級を片す一方、夕張、深雪、蒼月らもロ級を片し終えていた。

「これで全部かな」

軽く溜息を吐く夕張が周囲を見回すと、ヘッドセットから愛鷹が集合をかけた。

ロ級三隻がややばらけて戦うので、夕張達もそれぞれ各個撃破でロ級を沈めたが、互いの距離がかなり開いてしまっていた。

やや相互援助しにくい状態になってしまったと後悔が夕張の脳裏をよぎった時、ソナーコンタクトの電子音が羅針盤から発せられた。

咄嗟に身構え、海面を凝視する。羅針盤表示を対潜警戒に切り替えて、ソナースクリーンモードにする。

自分のより高性能ソナーを備えている愛鷹も気が付いたらしく、「対潜警戒警報」を第三三戦隊のメンバーに出した。

他のメンバーも対潜警戒警報を聞くや、海面を凝視し、各々のソナーで海中を探る。

最初に気が付いた夕張の脳裏に、夜間の潜水艦の不意打ちで戦死した浦風の最期がよぎる。

あの時、もっと自分が気をつけていれば……と言う悔しみが夕張の胸にこみ上げて来る。

 

一方パッシブソナーで聴音を行う愛鷹はソナーから聞こえる音に怪訝な表情を浮かべていた。

聞いたことも無い推進音だ。水切り音も何かおかしい。

(この流体雑音(水切り音)……なにかしら)

深度そのものは比較的浅い。

厄介なことにさっきの戦闘による雑音が精密な聴音を難しくしていた。海上にはまだ撃沈した深海棲艦の艤装の残骸の一部が炎上しながら浮かんでいる。

ただ、正体不明の海中の物体のいる大まかな方角は分かった。

少しばかり考えた後、ある手を使う事にした。

「青葉さん、衣笠さん、私のすぐそばに集まって下さい」

「はい」

唱和する返事を返す青葉と衣笠が自分の傍に集まるのを見ながら、夕張にも指示を出す。

「夕張さん、ソナーのパッシブ感度を最大にして、私が向かう方の海中の聴音をお願いします」

「了解」

青葉と衣笠が傍に寄って来ると、手招きしてもっと近寄る様に指示する。

「密集してどうするんですか?」

そう尋ねる衣笠に、愛鷹は考えついた方法を教える。

「海中の不明体の周囲に航跡静波(こうせきせいは)を形成します。

水上艦であれば確かなのが作れますが、私の様な艦娘、人サイズのだけではこの艤装でもうまく形成できないかもしれない。

三人で密集して円状に航跡静波を作るのです」

「なるほど、外洋の音は航跡静波によって遮られ、形成された円の内側は静寂に包まれる」

良いアイデアだ、と青葉が感心したような顔になる。

 

青葉と衣笠と手がつなげる位の間隔で密集して大きく円を描く形で航跡静波を形成すると、夕張が愛鷹達の作った航跡静波の円の内側の海中の聴音を試みる。

深雪と蒼月は傍で警戒にあたる。

「ソナーコンタクト、聞き取りやすくなったわ……方位二-三-七、深度一二メートル、速力二一ノット」

そこまで告げた時、夕張は海中の物体から何かの音を聞きつけた。

何かの塊の内側から叩く様な音……。

「何か聞こえます! 叩く音が」

「叩く音……?」

夕張の報告にどういう事だと愛鷹もソナーで聴音を始める。

 

確かに何か叩く音が聞こえる。水切り音より聞き取りやすい。

「……み……わ……」

自然と聞こえてくる音がモースル信号のそれだった。慎重に聞き取る。

 

「……れ……い……そ……な……み……わ……」

 

自然と呟きあげた時、パズルのピースがはまったような音が聞こえた気がした。

「ワレ磯波! ワレ磯波、磯波さんのシグナル!」

「磯波だって⁉」

頓狂な声を上げる深雪に警戒を続けるように指示を出すと、愛鷹はアクティブソナーを一回打った。

ソナー表示にしたHUDにソナーのエコーが跳ね返り、表示された。

「な、なに、これ……」

思わず地が出た声で目を見開く。大きな物体、小型潜水艇程はあろう物体が何かを曳航している。

曳航されているのはワ級並みのサイズだ。

「ワレ磯波」はそこから聞こえた。

アクティブソナーで「ワレ、アシタカ」と打つと、叩く音が返された。

 

「……助けて……」

 

パッシブソナーで聞き取った青葉が返された音を呟いた時、愛鷹がいきなり猛ダッシュで海中の物体へと加速をかけた。

「あ、愛鷹さん!」

加速時に派手にたてられた波を被った青葉が少し咽ながら飛び出した愛鷹を見ていると、愛鷹は左腰から刀を抜いて柄を咥えると艤装を外して海中に飛び込んだ。

 

 

見つけた!

海中を泳ぐ愛鷹の目に巨大な物体が目に入った。

胸像程度の女性の形をした部分が自分を見るや、慌てて回頭する。

(深海棲艦の新型艦⁉)

驚きながらも回頭した物体が引くワ級サイズの物体に愛鷹は泳いだ。

加速をかける物体に逃げられる前に、咥えていた刀を左手に持ち、曳航索を切った。

そして物体に切れ目を入れると、刀をまた咥えて両手で切れ目をこじ開けにかかる。

しかし、開かない。それどころか曳航索が切れたせいか、切れ目からの浸水も相まってか沈み始めてしまう。

(くっそ! このままじゃ……)

切れ目に込める力を精一杯入れている時、推進音が聞こえ、真下で爆発した。

愛鷹と物体にふわりと浮く程度の爆発の衝撃波が押し寄せる。

さらに二つの推進音と真下での爆発音で物体と共に愛鷹は海上ギリギリまで浮き上がった。

見上げると青葉と衣笠の足裏が海上に見えた。

(もうちょっと……!)

苦しくなり始める息の中、これでどうだと咥えていた刀をてこにする形で切れ目をこじ開けると、簡易OBA(小型循環式潜水呼吸器)を付けた磯波が飛び出してきた。

かなり消耗している様ではあるモノの元気な目の磯波が自分を見返す。

(良かった……)

なぜか海中で熱く滲み始める視界の中で安堵した時、磯波が細い腕を伸ばしてきた。

その白く細い磯波の腕を、愛鷹の手がしっかりと掴んだ。

 

 

モニター越しのデーン元帥の言葉に武本は驚愕の表情を浮かべた。

「それは、本部長の決断ですか?」

(私ではない。海軍、海兵隊、それに国連の主要閣僚で決定した話だ)

「再考……は出来ませんか?」

(これは国連軍最高指令だ。君抜きと言う形になってしまった事に関しては、謝罪する。

だが、これ以上はひたすらの消耗戦になる。違うかね?)

その通りだと分かりつつも、武本は承服し難いモノを覚えていた。

 

沖ノ鳥島海域の深海棲艦の拠点への航空攻撃は結局、いくら行っても完全破壊に至る事が出来ず、逆に潜水艦隊に被害が出始めていた。

先日など爆撃に向かった一航戦の赤城が中破、加賀大破と言う損害を負わされ、返り討ちされる羽目になった。

B21爆撃機も三機が撃墜されてしまっており、少なくとも艦隊泊地としての機能を完成させることは防げてはいるモノの、対空防衛陣地として沖ノ鳥島海域の深海棲艦の拠点は事実上要塞化されていると言ってよかった。

これ以上の損害は日本艦隊への負担を考慮すると厳しいものがあった。

在日北米艦隊も小笠原防衛で手一杯になりつつあり、戦線をこれ以上延ばしてしまうとどこかでほころびが出来てしまう。

そこを突かれれば、こちらが更なる大損害を被りかねない。

代わり等ない艦娘が戦死する事態にもなりかねない。

 

そこで国連軍の総司令部が出した最終作戦が実行される事になった。

 

中国の遼寧省瀋陽基地に配備されているDF21 MRBM、つまり準中距離弾道ミサイルによる沖ノ鳥島海域への戦術核弾頭弾による核攻撃だ。

弾頭は国連軍結成後に中国で開発された純粋水爆。破壊力は一キロトン。

放射能による周囲への汚染を極力落としたいわゆる「綺麗な水爆」。

 

国連軍結成以来から深海棲艦の一大拠点への核攻撃は何度も主張されて来た方法だ。

結成前でも戦術核による報復は行われかけた事があったが、全て核兵器禁止条約が発射を検討した国々を思い止まらせてきた。

そもそも国連軍が結成されるまで、衛星通信網の遮断による各国の迅速な意思疎通が困難な状況下で、もし一発でも弾道ミサイルを撃ったらそれを自国への核攻撃と誤認して報復の核ミサイル攻撃が行われた場合、最悪全世界規模での核ミサイル攻撃が行われるところだった。

各国間の情報共有の困難さは結果として戦略兵器の使用を思いとどまらせることが出来たが、国連軍結成後は情報共有ルートが確立できたことで、深海棲艦の一大拠点があると思しき場所、あるいはある場所への戦術核兵器による即時殲滅戦が強硬に主張されていた。

特に地中海ではマルタ島、太平洋ではハワイ諸島が深海棲艦の一大拠点となっている事が判明しているだけに、戦争の早期終結にもと核兵器による戦争終結を叫ぶ軍首脳は少なくなかった。

勿論核兵器の安易な使用に慎重論を唱える、反対する軍首脳の声から国連軍結成後も核兵器の使用は一度として行われなかったが……。

「ここで核を使えば、有効な対応策と言う認識が広まって、世界各地の深海棲艦の拠点に対する戦術核兵器使用への躊躇いが失われかねません。

核兵器は我が国に一世紀以上前に落とされた時より遥かに進化している。破壊の力は我が国の二都市を焼き払ったものよりさらに強力なモノになってしまった。

無制限核使用の前例となりかねません。

 

元帥の力で何とか撤回を」

 

そう説得を試みる武本にデーンは感情を消した顔で返した。

(残念だが、既にDF21の発射準備許可が出された。今頃瀋陽基地ではミサイルの発射準備が行われているだろう)

「取り消す事は出来ないのですか」

(君と言う高官なら分かる筈だ。我々は引き返せない線を越えたのだと、な)

 

核を使えば、核で全てにケリが付く、その認識が広まってしまう……。

 

防ぎようにももはや防げない。

国連軍の中国方面軍に友人はいるが、弾道ミサイルを管轄する中国方面軍の部隊にはいないし、コンタクトを取るのも無理だ。

ロケット軍は今では当の中国共産党政府の手から離れ、新設の国連軍直轄戦略攻撃軍団指揮下に組み込まれている。

 

独自のアポで防ぐ手立てはない。

デーンとの通信を終えた武本は無力感に苛まれた。

 

 

支援艦「あきもと」に帰着した第三三戦隊のメンバーと、ずぶ濡れの愛鷹が曳航して連れて帰る事に成功した磯波の姿に、帰りを待っていた長門と陸奥、それに留守番役の瑞鳳は歓喜の笑みを浮かべた

既に待機していた医療班のストレッチャーに磯波は載せられ、陸奥が付き添った。

疲労の色を浮かべて、両ひざに両手をついて大きなため息を吐く愛鷹に歩み寄った長門は、びっしょりと濡れている愛鷹の制服の肩に手を置いた。

「よくやってくれた……詳しい話はあとで聞かせてくれ。司令には私から後で報告を上げる事を伝達しておく」

「ご配慮感謝します」

身を起こして敬礼をする愛鷹に答礼して、長門は持って来た毛布で体を包んであげた。

深海棲艦の潜水艦の曳航する輸送コンテナの様なモノをこじ開けて、磯波を海中から連れ帰した、と言う簡単な報告の通り愛鷹は全身びっしょり濡れていた。

濡れていないのは潜る時に脱いだと言う制帽程度だ。

「まずは体を休めろ。暖かい食べ物と休息を取れ」

「はい……久しぶりに水中で動き回っただけに、疲れました」

「ああ。よく磯波を連れて帰ってくれた。感謝する」

労う長門に目深に被る制帽からも見える愛鷹の疲労困憊の目が感謝の視線を送った。

 

 

シャワー室で冷えた体を温め、軽く汗も流すと替えの制服を着込み、「あきもと」の艦娘居住区にあてがわれた自室に入った。

ベッドに腰掛けると大きなため息を吐き、タブレット数錠を口に入れ、水ボトルの水で流し込む。

飲み終えてから、あの複合艇の事と、初めて見た深海棲艦の潜水艦を思い返した。

あの巨大潜水艦、ただの潜水艦には見えなかった。

海中で視界不明瞭と言う事もあり全型を見たわけでは無かったが、あの巨大潜水艦は一体何だったのだろうと言う疑問が勃然と湧いて来る。

部屋のパソコンを開いて報告書を作成しようとして、あの複合艇の事も書くべきか、と一瞬だが迷いが出た。

いったいどこに自分の命を狙う輩が出るか分からない中、この報告書をモニターされていたら……。

いや、どの道自分が帰投した以上はあの複合艇の事は報告されると分かる筈だ。

一抹の不安は残ったが、愛鷹は今回の出撃に関する報告書と深海棲艦の新型潜水艦に関する報告書を書いた。

 

「あの潜水艦……あれを隠す為にSOSUS網を破壊して回っていたのかしら……」

 

ふと呟いた自分の考えに対し、そうだとして破壊する分一体どんな能力を持っているのだろうか、と言う疑問が湧いて来る。

磯波を入れていた輸送コンテナの様なモノを曳航できていた辺り、かなりの機関出力を持ち、さらに静粛性にも優れていた。

後でソナーが拾った音紋を詳しく解析する必要がありそうだ。

あの輸送コンテナの様なもので磯波を運んでいたのは……磯波を捕虜または拿捕していたからか。

そのあたりの詳しい話はあとで本人から聞くしかない。

ふう、と溜息を吐きながら愛鷹はパソコンのキーボードに指を走らせ続けた。

 

 

支援艦「あきもと」艦内の大食堂では夕食の時間帯になった事もあり、夕食を摂りに来た艦娘達でにぎわっていた。

出撃から帰投した青葉と衣笠は、先にこの種子島に派遣されていた古鷹と加古と一緒に夕食を囲んだ。

初装備での出撃で青葉がリ級flagshipをあっさりと撃沈してのけた事を話すと、古鷹と加古は目を輝かせて喜んでくれた。

喜んでくれる二人に感謝すると、その戦いを見ていた衣笠が横からその時の様子を語る。

「結構容赦が無かったわよ。精度の高い砲撃で半分死体になっているリ級に砲弾をどかどかと当ててたわ。

それも全弾命中の勢いで」

「青葉って時々戦闘中容赦ないよな……あたしもちょっとビビることがある」

そう言う加古に当の青葉はそうかなあと言うように首を傾げた。

「もともとから青葉って射撃の技量は高いからそう見えるだけじゃないの?」

「いやあ、時々妙に殺意が高いのを見た事があるんだよ」

気のせいじゃないかと言う様な顔の古鷹に、加古は頭を振る。

そう言う風に見られていることに、青葉は少し意外な気持ちになる。殺意とかは特に意識した事は無いのだが。

単にみんなで生きて帰る。それが目的なだけだ。

「青葉だって、そりゃ一方的にやられたり、不利な状況の時は本気で立ち回りますよ。そうしないと生きて帰れませんからね」

「そう言う時に限って急に艦隊の皆も頑張り始めるから被弾率が下がるし、それ以上ヤバいことにならずに済むのよねえ」

実際に姉と窮地を何度も経験しているだけに語る事が出来る衣笠に、おだてられているのか、とすら思ってしまう。

 

射撃の腕と言えば、今日の出撃で深雪の行った雷撃は一種の神業だった。

 

浮上出来ない愛鷹と輸送コンテナの様なモノの状況を知るや、三発の魚雷を一発ずつ、愛鷹の真下かつ致命的なダメージが出ない絶妙な深度で爆発する様セットして発射し、魚雷の爆発する衝撃波で愛鷹を支援してのけたのだ。

深度が深すぎると衝撃波は充分な勢いを出せないし、浅いと愛鷹の体に大きなダメージを与えてしまう。

大和のクローン人間としてだけでなく、遺伝子にある程度手を加えた結果常人よりタフな造りになっている愛鷹も、結局は人間だから海中での爆発の衝撃波で負うダメージは等しくかかって来る。

そこを勘定して発射した魚雷のお陰で、何とか愛鷹と磯波を救出する事が出来た。

 

いろんな海域での戦闘で青葉は場数をかなり踏んできたが、あれほどの雷撃の腕は見た事が無かった。いやそもそも前例自体聞いたことが無い。

あんな技、一体どうやって取得したのか、と思っていると「ちーっす」と四人に鈴谷の声がかけられた。

夕食を盛ったトレイを持つ鈴谷と熊野が四人の座る長テーブルの隣にいた。

「隣いい?」

「どうぞどうぞ」

「ありがと」

テーブルに着く鈴谷と熊野の食器の内容は豪勢だ。

「結構食うなあ、二人とも」

感嘆する加古に熊野が微笑を浮かべて応える。

「霧が晴れて来たので、明日から五航戦の方々と哨戒任務ですの。

ですから食べられるうちに食べて、力を蓄えなくては」

「腹が減っては戦が出来ぬ、だよ」

「確かにそうだね」

そう返す古鷹は自分のトレイを見て少し思案顔になる。

小食気味なのでもう少し食べておいた方がいいか、と考えているようだ。

食堂の食事はバイキング形式だから、おかわりは自由。好きな量を艦娘がそれぞれトレイに盛る。

「太るとか思わないで、食べられるうちに食べておくべきよ古鷹」

そうアドバイスする衣笠に、古鷹は頷いた。

「全部食べたら、ご飯を納豆付きでおかわりして来るよ」

「納豆に含まれる納豆菌は体に良いから、美容と健康にうってつけ」

そう添える青葉に鈴谷が苦笑を浮かべた。

「ねばねばし過ぎるのが悩みどころだけどねえ」

「それは食べ方の方が悪いのではなくて?」

相棒の熊野からの絶妙なツッコミに鈴谷は降参だ、と軽く頭を垂れる。

話題でも変えようかと青葉は二人に明日の出撃編成を訪ねた。

「明日はどう言う編成で行くの?」

「さっき話した通りの翔鶴さん、瑞鶴さん、それと第二駆逐隊の村雨、五月雨とで。

私と鈴谷は航巡艤装にて出撃です」

そう説明する熊野に、ふと思い出したように衣笠が聞く。

「霧が晴れて来たって事は航空機を飛ばせる状況になったと?」

「そういう事。てかそうでなきゃ翔鶴さん達空母って言うのは出撃出来ないよ」

自身も改装では軽空母になれる鈴谷が答えると、青葉が考え込む顔になった。

「つまり、深海棲艦も航空攻撃を本格的に仕掛けて来るかもしれないって事か」

「まあ、そうなるよね。明日からの出撃、衣笠さんはお留守番になるのかな……」

「そこをどうするかは愛鷹さんと話して決めないと何とも言えないよ」

肩をすくめて返す青葉に鈴谷が顔を向けて来る。

「愛鷹さんって、そう言えば青葉たちがこっちに来てからまだ見てないね」

「戦隊旗艦なだけに報告書作成とかで忙しいんですよ」

「青葉って、第三三戦隊のサブリーダーでしょ? 手伝ってあげないとダメじゃん」

「デスクワークの類は大体自分で直ぐに片付けちゃうから、必要なければあんまり青葉は呼んで貰えないんですよね」

そこの所には不満がある様に青葉は顔をしかめた。何でもかんでも自分でやってしまいがちな愛鷹は、仕事が毎度毎度早くて自分が手伝いに入る隙も無い。

楽ではあるが、もう少し自分達を頼って欲しいし、自分達と一緒にいて欲しい。

だって、来年にはこの世を去る事が決まってしまっているのだから……。

 

少し儚い表情になる青葉に鈴谷は何か良からぬものを感じたが、それがどう言うモノかは分からない。

ただ青葉の見せるこういう顔は相当悲しい話ではあるという事程度は推し量れた。

 

 

報告書を書きあげ、司令部宛にメールで送付し終えると、一息入れる様にぐっと伸びをした。

そう言えば夕食はまだだった事を思い出し、制帽を被ると愛鷹は自室を出た。

流石に時間も時間帯なだけに夜勤になる艦娘や支援艦の乗員以外いない寂しい食堂で、券売機からチャーシュー麵とシーフードサンドイッチの食券を買う。

明日からまた忙しくなる。それも命のやり取りとなる激しいものが。

それに備えて少しは食べておかなければ。腹が減っては判断力が鈍ってしまう。

チャーシュー麵は長門から温かい食事を摂れ、と言われていたし、何より麺類は施設時代以外あまり食べたことが無かったから一編は食べておこうと思った。

サンドイッチを頬張り、チャーシュー麵の面をすする。

暖かい麺とつゆが疲労を訴える体を温めてくれた。

「美味しい……」

何気ない普通のチャーシュー麵の筈なのに、妙に愛鷹には美味しく感じられた。

自然と頬が緩み珍しく微笑を浮かべながら愛鷹はチャーシュー麵を食べた。

ネギ一つ、残さず食し、サンドイッチの最後の欠片を呑み下すと、軽く溜息を吐いて「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

食器を返すと、食堂を出て艦内通路をなるべく静かに歩き、支援艦の艦尾のキャットウォークに上がる。

腰掛けても問題ないかつ、どこかから撃たれても大丈夫な物陰でポケットから葉巻を一本出し、ジッポで火を点ける。

細い煙を吹きながら一息入れる。ちょっとした愛鷹の至福の時だ。

ストレス軽減に喫煙は切りづらい縁がある。

ヘビースモーカー一歩手前なのは自覚済み。体質的に酒が飲めない分、酒とタバコ両方をやる人間よりは体に負担をかけ過ぎてはいないはず。

葉巻を吸いながら、かなり霧が晴れて来た種子島の夜景を眺めるが、特に何か綺麗なモノが見えると言う訳でもなく、真っ暗闇だけが目の前に広がっていた。

特に何もない暗い海を見る。それだけでも充分疲れた頭を空っぽにしてリラックスする事が出来た。

 

何気ないこの一人でいる時間も自分には貴重な時間でもあった。

独りぼっちの施設時代と比べて、自分の事を好意的に見てくれる艦娘が大勢いる日本艦隊の仲間達。

青葉ら第三三戦隊のメンバーは自身の良き理解者だ。

ただの仲間とは言えないモノも少し感じつつあった。

 

「おや、先客がいたか」

ぼんやりと葉巻を吸っている愛鷹に長門の声がかけられる。

となりの用具入れに腰掛ける長門に愛鷹が一瞥すると、長門は特に何かをすると言う訳でもなく夜の海を眺めていた。

「長門さんは非喫煙者で?」

「昔は吸ってたこともあったが、今は止めたよ。

愛鷹は葉巻好きだな」

「特に高級品でもないですけど、多少銘柄にはこだわりがあります。吸うのはストレス軽減って意味でも、自分の趣味って意味でもです」

「タバコは?」

「葉巻を切らした時程度ですね。自分でもヘビースモーカーの一歩手前という事くらいは自覚してますよ」

そう語る愛鷹に長門は無言で見る。

「愛鷹も、変わったな。着任した時と比べたら」

「自分でも結構角が取れた、って思うことがありますよ」

そう返して来る愛鷹に長門はやはり着任時とはずいぶん変わって来た彼女の姿に感心するモノを覚えた。

自分でも昔と変わった気がすると語れるし、何より今自分と話す時の口調自体、初めて会った時より柔らかくなっている。

仲間の力のお陰と言うべきか。

「長門さんも、ここで海を?」

ふと尋ねて来た愛鷹に、長門は軽く頷いた。

「ただ海を眺めているだけで色々な事で頭が一杯一杯な時、頭の整理が付くんだ」

「私も同じです」

艦娘は海を眺めるだけで、気持ちの整理が付く、と言う共通点でも存在するのだろうか。

そんな疑問が頭に浮かんだ時、静かな声で長門が愛鷹に問うた。

 

「義務ではないのだが、経歴に謎が多すぎる愛鷹の昔が私は少し気になるんだが、もしよければ話してもらえないか?

いつも目深に被り続ける制帽で隠さなければならない素顔の理由も」

「かつての秘書艦として気になると?」

「いや、これは私個人の興味とでも言うべきかな。愛鷹と言う艦娘の事を知りたい、理解したいと言う興味と言ったところだ」

そう答えると、葉巻を手に取った愛鷹は煙ではなく、深い溜息を吐いた。

いつかは長門にも話すべきかもしれないと思ってはいた。

ただ、今の状況、自分の命を狙う輩が一体どこに潜んでいるか分からない中、これ以上秘密を明かして回る必要があるか。

長門が命を狙う勢力と通じていないとも限らない。

全く関係が無かったとしても、長門まで自分の命を狙う勢力からのやり方の巻き添えになる事もあり得る。

関係のない人間まで巻き添えになっていくのは、正直嫌だ。

しかし、長門の言い方には純粋に理解したいと言う彼女の本心が見えたような気がした。

 

「……不必要に口外しない、と言うのならお話しましょう」

「その覚悟無くして尋ねたりはしないさ」

優しい表情を返す長門に、もう一度深い溜息を吐いてから愛鷹は自分の身の上、出自を明かした。

 

全てを話し、今では命を狙われるまで至っている難しい状況の愛鷹の話を、長門は神妙な表情で聞いた。

「そうか……ただ一言で『辛かったな』で終わらせられるものでは無いな。……よく頑張っているな」

「生まれるなら、人間として、自然な母親のお腹の中から生まれたかった……。

例え病弱でも、周りから疎まれる様な存在として生まれたくはなかった。

戦う事でしか、自分の生きる意味を確かめる、感じる事しかできない存在などなりたくはなかった。

そして自分が恩師の死の遠因になっていたなんて……」

低い声で語る愛鷹にその複雑な心境を長門は静かに受け止めた。

「ロシニョール博士は……愛鷹と言う存在によって死んだのではなく、『教え子を護ろうとその身を捧げた』とも解釈できるぞ」

腕を組んで言う長門に沈んだ目を向ける。

「愛鷹は、自分がロシニョール博士を殺してしまったと思っている様だが、博士は病を発症しているお前を助けようと、自らワクチンの実験台となった。

結果は病に倒れ、帰らぬ人となってしまった訳だが、博士はお前が自分の発見した病気から救おうとしていたのではないか?

少なくとも私は、愛鷹のせいだ、とは思わんよ」

確かにそうとも考えられなくもない。クローン達の唯一の味方だったロシニョール博士ならそう考えたかもしれない。

そう考え付くのが寧ろ自然なのかもしれない。

「自分で抱え込みすぎるな愛鷹。私を含む味方はお前を裏切る事は無い。

頼るべき時は、頼れ。艦娘、いや人間は一人では生きていけないからな」

「……そう……ですね」

「第三三戦隊の仲間に、お前は仲間意識とはまた別のモノを感じている、と言ったな」

「はい。ただの仲間意識とは何だか違うような気がするんです」

そう答える愛鷹から長門は一旦視線を外し、顎を摘まんで軽く考えてみる。

少し間をおいて長門は辿り着いた答えを口にした。

 

「……愛鷹が感じているのは、家族意識かもしれんな」

「……家族意識……」

「珍しい話でもない。集団で過ごす内にそれまで孤独を感じていた人間は居場所を見つけたと同時に感じる事だってある。

生死を共にしてきた青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳。

血の繋がりは無くても、お前にとっては家族の様に大切な存在。違うか?」

「……はい」

「艦娘同士での家族意識は普通にある。ごく普遍的な概念でもある。

出自自体は確かに他の人間とは一線を画しているが、愛鷹もみんなと同じ世界にいる。

愛鷹と言う替わりのない一人の人間として、人間世界の中に存在している。

存在する事を許された人間だ、否定するなどもってのほか。いずれ、お前を排除しようとする者は報いを受ける。

絶望するには早い。愛鷹もこの世に生を授かる事を許された一人の人間だ」

「長門さん……ありがとう」

葉巻をシガーレットケースにしまいながら、愛鷹は長門に「ありがとう」と言う簡単ながら充分意味を成す礼を述べると、腕時計を見た。

「消灯時間ですね。今は何も起きていませんが……休むことが出来る内に私は休ませてもらいます」

「部屋まで送ろう」

消灯時間と言う言葉に自分の腕時計を見た長門は愛鷹と共に、居住区に戻った。

 

 

寝間着に着替えた愛鷹は、ふとカバンの中にしまっていた写真を手に取った。

日本艦隊統合基地を出る前に、青葉のカメラで撮った第三三戦隊メンバーとの写真。

思い思いのポーズを決める仲間達。

 

「私を含む味方はお前を裏切る事は無い」

 

そう言ってくれた長門の言葉に静かな安堵を覚えると、ベッドに横になった。

明日も生きよう。その為に生まれたのだから。

部屋の照明を消して程なく、愛鷹は深い眠りに落ちた。

 

 

デフコン1が発令されている地域とは思えない程の静寂が、霧が晴れた海に囲まれる種子島を包んでいた。

 

 

基地司令官室のベッドで睡眠をとっていた鍋島司令官は、突然自室のドアが開いて副官が飛び込んで来るのを感じると、副官に起こされるまでもなく自分で起き上がった。

「司令官、UNPACCOM経由で国連軍総司令部から緊急通告が入りました!」

「まずは落ち着け」

息を切らせる副官を制しながら上着を掴んで袖を通し、軍用ブーツを履く。

あっという間に身を整えた鍋島が息を整えつつある副官に緊急通告の内容を聞いた。

「何があった?」

「国連軍総司令部特一級暗号コードで、日本全土を含む太平洋西側一帯にタンゴ・ノヴェンバー警報です!」

「何だと! 確かか!?」

「はい、該当地域一帯は一時的な強電磁パルスによるシステムエラーに備えよ、と指示が」

略帽を被りながら鍋島は副官に尋ねた。

「目標は?」

「座標オスカー・アルファ・2・4・エコー・オスカー・2・5です」

「……まさか、あそこに⁉」

驚愕する鍋島は副官と共に直ちに司令部施設へと走った。

 

 

(……28……27……26……25……24……)

 

 

真っ暗闇に包まれたある軍事基地で何かのカウントダウンが始まっていた。

数両の大型車輛と機関銃を備え付けた高機動車輛にIFV(装甲歩兵戦闘車)が周りを警戒する中、カウントダウンは進んだ。

 

 

(……10……9……8……7……6……5……4……)

 

 

突然深いまどろみに落ちていたはずの意識が覚醒し、愛鷹は目を覚ました。

時計を見ると日の出の時間帯だ。起床時間までまだ少し時間がある。

だがそれとは全く別に今まで感じた事の無い、何かを感じていた。

何かが起きる。こんな胸騒ぎは初めてだ。

只ならぬ予感と大きな恐怖が胸に押しかかるようだ。

だが、その原因は一体なんだ……。

もう一度寝る気分にもなれず、そのまま起きて寝間着を脱ぎ、制服に袖を通した。

「何が起きる……」

自室の鏡を見ながら制帽を被り、鏡に映る自分に問いかけた。

鏡に映る真顔の自分から答えは来ない。

 

(3……2……1……発射!)

 

 

夜明けが近づき始めた頃に起床した鈴谷はちょっと朝の空気を吸おうと「あきもと」のフライトデッキに出てみた。

霧が完全に晴れ、久しぶりに見る朝日が水平線に見えた。

「綺麗な朝日。今日も頑張っていけそう」

ようやく自分と熊野に出番が来た感じがしていた。

もっとも今日は五航戦の二人と村雨、五月雨と空母打撃群戦力を組んでの哨戒任務だ。

会敵する可能性はあるだろうが、あまり気負い過ぎてもプレッシャーだけが来る。

何時もの様に少し警戒はしながら気楽に行こう、と思いながらフライトデッキを軽く一周する程度に歩いて回った。

踵が舵になってハイヒールの様になる自分の靴でフライトデッキの上をコツコツ鳴らしながら歩いていると、緊急警報が「あきもと」のスピーカーから流れた。

陸上施設からも同様の警報が流れ、文字通り鈴谷は飛び上がった。

「な、なに、何が⁉ つか、やべー警報じゃんこれ!」

誰ともなく喚く鈴谷に、「あきもと」のFICに詰めている当直要員の張り詰めた声が、スピーカーから流れた。

 

(全部署に緊急警報発令。繰り返す、緊急警報発令。

マルゴーマルマル、国連軍総司令部指令タンゴ・ノヴェンバーが発令。中国遼寧省瀋陽基地よりデルタ・フォックストロット・ツー・ワン一発が発射された!

目標沖ノ鳥島海域、座標オスカー・アルファ・2・4・エコー・オスカー・2・5。

全部署は対強電磁パルス障害防御! 

これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない!)

 

タンゴ・ノヴェンバー……MRBM……。

性格は軽いノリの女子高生の様な鈴谷だが、彼女も国連海軍の艦娘と言う大尉階級の海軍軍人。

何が何を意味しているかちゃんと理解できる。

「タンゴ・ノヴェンバーにデルタ・フォックストロット・ツー・ワン、中国……戦術核弾頭のDF21 MRBM!

まさか、沖ノ鳥島海域に戦術核攻撃⁉」

この間、自分も攻略に参加した沖ノ鳥島海域へ、準中距離弾道ミサイルによる戦術核ミサイル攻撃が行われた。

タンゴ・ノヴェンバーは即ちTactical Nuclear、戦術核を意味し「戦術」と「核」の頭文字をフォネティックコード読みしたものだ。

腕時計を見ると既に発射から五分過ぎている

「通告が遅い、提督は何やってんのよ……」

思わず武本に恨み節が漏れたが、武本の一存で決められる話ではない事にすぐに気が付き、落ち着けと自分の頭を叩いた。

しかし、鈴谷には許せないモノを感じた。

彼女の先祖は太平洋戦争の時、長崎への原爆投下によって瀕死の重傷を負った。

幼い頃からその話を何回も聞き、核兵器の恐ろしさを学び、中学校では長崎への原爆投下の日に核兵器反対宣言を行う役までやった。

 

先祖を故郷ごと焼き払った核兵器が、一〇三年ぶりに使用された。

 

普段見せる事ない鈴谷の腸が煮えくり返る程の怒りがその表情に現れた。

しかし、今の自分に出来る事などない。

人類は……核兵器を二度と使わないと言う誓いを破った。

それに対する激しい怒りが鈴谷の胸に吹き荒れた。

 

艦橋からフライトデッキに出るハッチが開いたかと思うと、中から愛鷹が飛び出してきて、空を見上げた。

とても見えるとは思えないが、今頃弾道軌道に乗って沖ノ鳥島海域へと向かっているであろうDF21を探している様だった。

怒りに震えている様な背中の愛鷹にそっと歩み寄った時、愛鷹が低く呟くのを聞いた。

 

「愚かな……」

 

その言葉に強い共感を覚えた鈴谷は愛鷹の隣に立つと、自分の思う気持ちを吐いた。

「愚かだよね。私達人間ってさ」

半分吐き捨てる様に言う鈴谷を愛鷹が無言で見返した。

自分より喜怒哀楽をはっきり表す鈴谷が怒りに震えている。

彼女の先祖が長崎で被爆した話は、人事ファイルにもあったから知っているし、中学生時代の話も聞いている。

「提督、じゃないよね。撃つ事を指示したの」

確認するかの様に訪ねて来る鈴谷に愛鷹は頷く。

「一方面軍の司令官レベルで決められる話ではありません。

核ミサイル攻撃を指示出来るのは国連軍でも上級将官中の上級将官と、国連の閣僚のみ。

武本提督、又は同格の海兵隊の将軍が核攻撃を要請しても、核ミサイル攻撃が行われる事はまずありません。

提督すら蚊帳の外に置かれた総司令部の事実上の独断でしょう」

「詳しいんだね……」

妙に指揮系統に詳しい愛鷹に言った時、聞き取り辛いくらいの小さな声で愛鷹が言った。

 

「クローンを作る事を考え付くだけでなく、核ミサイル攻撃を実行するなんて……どこまで人間は愚かなんだ……度し難い……」

愛鷹とは何度も会ったり、よく話したりした深い関係はないが、あまり感情を大きく顔に出さないという事は知っているし、そう言う姿を見た事はある。

だから今の愛鷹の表情に激怒がはっきりと表れているのに、軽い驚きを覚えると同時に、愛鷹さんもやっぱり人間らしい所があるじゃん、と胸の中で呟いた。

それにしても、と鈴谷は制帽の下から見える愛鷹の顔にデジャブを感じていた。

何処かで見た気がする顔だ。肝心な目元以上の部分が分かりづらいから、誰とは言えないが。

 

(ん、待てよ……顎の輪郭、髪型……そして声……)

 

空を睨む愛鷹は鈴谷の視線に気が付いていないのか、見返す事は無い。

そしてその顔を見ていた鈴谷は突然何かが結びつく様なモノを感じた。

 

(まさか! いや、これ以外ありえないよ……もしかしてこのデジャブの正体、大和さん?)

 

制帽の下からしか分からない愛鷹の顔の輪郭と声、そこから鈴谷は愛鷹から感じていたデジャブの正体に気が付いた。

そう、大和だ。日本艦隊の戦艦艦娘として、そして世界最大の火力を持つ戦艦艦娘。

しかし大和は日本艦隊統合基地にいる筈。

では目の前にいる愛鷹は……いったい何者……?

 

その時、スピーカーから沖ノ鳥島海域の目標座標にDF21が着弾した事を告げる報告が流れた。

 

 

着弾観測を行ったのはF/A18Fスーパーホーネット戦闘攻撃機を無人偵察機化させたRQ18F。

三機を高高度にデータリンクリレーする形で配置し、沖ノ鳥島海域上空に進出したRQ18Fが先の艦隊戦で撃滅できず、その後も消耗戦を繰り広げることになった海域から立ち上がる核兵器炸裂の煙を確認した。

 

高精度カメラは着弾地点を中心に対空防衛要塞化されかけていた島の焼けただれた表面を捉えていた。

陸上の深海棲艦の施設は炎上し、ある程度の規模は展開していた停泊艦隊も炎に包まれて次々に沈んでいく。

ある程度離れた深海棲艦の艦艇は爆風で薙ぎ払われ、もがいていた。

戦術核の炸裂で、艦娘スプリングフィールドや爆撃機パイロットなど少なくない犠牲を払った沖ノ鳥島海域の深海棲艦の拠点は一瞬にして焼き払われた。

そして焼けただれる大地に残ったのは、死だった。

 

 

RTB(帰投指示)を受けたRQ18F三機が翼を翻した時、着弾地点に一番近かった機体に奇妙なノイズが入った。

RQ18F自体の飛行に支障はなく無人機はそのまま帰投コースに乗ったが、中継映像を見ていた武本と秘書艦三笠、鳳翔は反応した。

「今のノイズは、一体」

若干困惑顔になる鳳翔に三笠は鋭い目で画像の途切れたモニターを見つめながら答えた。

「……メッセージ……かもしれませんね」

「私もそう思う。だが一体誰が、だけどね……」

腕を組んで考え込む武本としては、何か引っかかるモノを感じるノイズだった。

ただの核爆発によって起きたノイズとは思えない。何かのメッセージ染みたものがある。

しかし一体誰がそのノイズを出したのか。

深海棲艦だとでもいうのだろうか?

その場にいたのは深海棲艦しかいないから当然かもしれない。

つまり、初めて人類に何かのメッセージを送ったという事だろうか?

 

その時、ふと鳳翔が何かを思いついた様な顔になり武本に尋ねた。

「提督、先の程のノイズ。こちらでも一回再生できませんか?」

「偵察機のメモリーから引き出すと言う形になるし、偵察機を運用する航空隊に話を付ける必要があるからすぐと言うわけにはいかないが?」

「つまり出来るという事ですね。お願いします」

頼み込む鳳翔に武本は受話器を取ると必要機関に直接電話を入れた。

 

武本が話を付けて回っている間、三笠は鳳翔に何に気が付いたのか尋ねた。

「気が付いた……と言うよりは直感です」

「直感で何につなげたのです?」

そう問いかける三笠に鳳翔は自分の予測を話した。

「イルカです」

「イルカ?」

少し不思議そうな顔を浮かべる三笠に鳳翔は自分の仮説を話した。

「あのノイズ。イルカの鳴き声とほんの少しですが似ている気がしたんです。

イルカって、人が話しかけると物凄い速さでオウムみたいに返す事が出来るんです。早すぎて常人の耳ではただの鳴き声に聞こえますが、スロー再生で何と言っているかが分かるんですよ」

「深海棲艦が『イルカが人の言葉を返す時の要領でこちらにメッセージを送った』、と?」

「突飛な発想かもしれませんが……」

そう返す鳳翔の仮説に納得いく物があると思った時、武本が二人を呼んだ。

航空基地にデータリンクで先に届けられたノイズが、武本のデスクに転送されてきた。

何の加工処理もされていない生のノイズを武本はパソコンに表示した。

 

一〇秒もしないノイズを聞く。

 

そのまま聞いた分では、ただの無線のノイズにも聞ける。

しかし、目を閉じて聞いていた鳳翔は確信した顔になっていた。

「提督、再生速度を可能な限り落としてください」

鳳翔が武本に再生速度を可能な限り落とす様頼むと、武本はキーボードに指を走らせて設定を変えた。

最低値の再生速度にセットし、もう一度三人でノイズを聞く。

 

すると、電子ノイズではない、男性とも女性ともつかないいうなれば中性的な人の声が流れ出し、三人の表情が凍り付いた。

 

(ユルサナイ……ヨクモ……カクナドヲ……ユルサナイ……コロス……コロス)

 

ヒトの言葉になったのだ。放射能で苦しむ様な物言いだが、その分強い憎しみ、恨みが込められていて三人の肌をざわりと粟立たたせた。

深海棲艦は国連軍の核兵器使用に怒りを示した。

恐らく灼熱地獄と浴びてしまった放射能で苦しみながら、断末魔の恨み節を何らかの形でRQ18Fに送ったのだ。

「どうやら、我々は奴らの怒りを高い値段で買ってしまったようだ……」

「拙い状況、ですね」

そう返した三笠は武本の部屋のドアを性急に叩くノックに、行動が早い、と嫌な予感が走った。

入室許可を受けた谷田川が一枚の電文を手に血相を変えて飛び込んできた。

「提督、種子島からです!」

「何が起きた?」

「哨戒任務に出た五航戦及び第七戦隊の鈴谷、熊野、第二駆逐隊村雨、五月雨が謎の巨大艦からの砲撃を受けました」

「砲撃だと? 巨大艦はス級か?」

「いえ、未確認艦だとことです」

「それで六人は?」

「通信可能な空母翔鶴によると、全艦砲撃により大破。操舵、航行共に不能!」

「単艦で六人を一度に⁉」

驚愕した表情を浮かべる三人に谷田川が更に情報を伝える。

「また種子島基地も敵の空爆を受けました。損害は確認中ですが、トラックで確認された重攻撃機を見たと言う未確認情報も」

「トラックから空母棲姫が転進して来たか」

拙い状況だ、と四人は思ったが、最前線となった種子島は拙いでは済ませない状況になっていた。

 

 

(発、第五航空戦隊旗艦翔鶴。宛、種子島防衛司令部。

我、未知の巨大艦の浮上を艦隊前方に視認! 第二駆逐隊を前面に展開し状況把握……間違いないのね?

未知の巨大艦、移動開始! 方位一-八-〇、速度約五ノット。

展開する艤装と思しき物体に何らかの動きあ)

無線で状況を伝える翔鶴の言葉は砲声と爆発音によってかき消された。

悲鳴すら聞こえる事は無かった。

一方、発艦して艦隊の戦闘空中哨戒(BARCAP)についていた、瑞鶴搭載機の紫電改二の航空妖精からは悲鳴のような報告が入っていた。

 

(巨大艦から艦隊全艦に攻撃! 六門の大型主砲による同時砲撃です!

全艦大破、航行不能! これは……壊滅です)

(村雨の右腕が引き千切られました! 出血が酷い!)

(航巡熊野、呼びかけに応答しません! 意識不明の模様!) 

 

 

文字通り戦闘機隊の悲鳴の様な報告が無線機からガンガンと飛び出して来る。

 

未知の巨大艦……まさか、昨日海中で目撃した?

 

珍しく動揺をはっきりとその顔に浮かべる愛鷹は長門からの呼びかけに気が付くのが送れた。

「鍋島司令から指示が出た。第三三戦隊は直ちに出撃、全滅した空母機動部隊の捜索及び救援部隊本隊到着まで航空優勢と海域優勢確保せよ、だ」

自分と同様焦りを浮かべる長門の指示に愛鷹は頷くと、「あきもと」のFICから飛び出しドックへと走った。

ラッタルを駆け降りる中、艦内放送で第三三戦隊メンバーの緊急出撃指示も下される。

通路を走っていると艦内放送で続報が入った。

全員大破、航行不能と言っても辛うじて直接泳ぐ形で仲間も生死を確認して回る事が出来た五月雨の報告から、全員の息があり生きている事が確認できた。

しかし、予断を許さない状況だった。

「絶対……助ける!」

ドックへの最後のラッタルをほぼ飛び降りた愛鷹は、ドックへと走りながら胸に刻む様に呟いた。

 

 

「予定外の損害発生……でも、結構いいタイミングかも知れないわね」

状況確認の声、全滅状態に追い込まれた五航戦中核の空母機動部隊救援指示と、無人攻撃機の稼働機全機の航空支援準備を指示する声が飛び交う中、大淀は自分のコンソール端末に今朝土屋から受け取ったUSBメモリーをインストールする作業を進めた。

 




次回から種子島を巡る「五航戦という空母戦力無し」での戦いの火ぶたが本格的に切られます。

少しずつ変わって来る愛鷹の姿は、ある意味彼女の「成長」の様なモノです。

核攻撃は国連軍と国連の奥の手としての手段でしたが、結果は凶と出ます。

壊滅状態に追い込まれた五航戦中核の空母機動部隊(同シーンはエースコンバット7 DLCミッション1の揚陸艦パフィン以下の遠征打撃群全滅シーンのセリフを参考にしてます)の救援に赴く愛鷹達と、闇落ちすることになり暗躍する大淀の行動がどう結びつくのか。

書き辛い展開になる事だけは予告できます。

また次回のお話でお会いしましょう。


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第四二話 感情の無い翼

新艤装の取り回しに不慣れな愛鷹の奮戦と、予想外の悲劇の話となります。
本編をどうぞ。


航空優勢も海域優勢も確保できていない海へ飛び込む事になるだけに、愛鷹が下した出撃編成はまさかの全員出撃だった。

「ぜ、全員でですか!?」

驚く青葉の言葉はもっともだ。六の倍数編成でないと深海棲艦が艦娘を嗅ぎつけて来やすいと言うのはほぼ常識化している。

それでも第三三戦隊メンバーの七人全員で出る、と愛鷹は言い切っていた。

「今回、私達が敢えて攻撃を引き付け、空母機動部隊の方々を深海棲艦から護ります。

各艦は対水上、対空、対潜警戒を厳に。七隻での出撃は確かに六隻より深海棲艦から察知される確率が上がりますが、過去に七隻編成での出撃の前例があり、かつ発見される確率が八隻以上よりは随分マシ、と言う話はあります。

こちらは万全の迎撃態勢を取って、壊滅した空母機動部隊救援本隊到着まで敵艦隊を片っ端から沈めます。

激しい戦闘になる事を覚悟して下さい」

自身も覚悟を決めた目で言う愛鷹の言葉に、青葉たちも腹をくくった目で見返し頷いた。

初めての防空戦闘機隊運用となる愛鷹の搭載機烈風改二は一六機。四個小隊からなりコールサインはグリフィス、ドレイク、スカー、ファルコンである。

本来なら艦隊防空は愛鷹と青葉の航空戦力で充分だが、これは第三三戦隊のみでの戦闘を想定した航空戦力になる。

今回は全員戦闘不能にされた空母機動部隊の分の防空戦闘も考慮しなければならない。

その為には瑞鳳の戦闘機隊も必要だった。

航空支援は他にも種子島基地配備のUAVでも行うとは言え、すぐに来られる訳でもないし、UAVの支援能力は対艦攻撃に限定されている。

艤装装着を終え、機関部や艤装の電測類をAPU(補助動力装置)で起動させている中、空母機動部隊のメンバーから負傷者の状態の詳細が届いた。

右腕が砲撃の砲弾直撃で千切れ、破片が右目に刺さった村雨と、砲撃の砲弾を腹部に喰らった際、砲弾が貫通せず腹部に残ってしまった瑞鶴の容態が非常に危険だ。

他のメンバーも早期の手当てが必要だ。

機関部の回転数上昇を確認していると、既に準備を終えていた瑞鳳が意外な要求をしてきた。

「愛鷹さん、医療キットの入ったバック。持って行っていいですか?」

「……戦闘救命士の資格が無いと扱えない代物ですよ?」

怪訝な声で返す愛鷹に瑞鳳は少し得意気に笑った。

「資格なら持ってますよ」

 

支援艦「あきもと」のウェルドックで第三三戦隊の七人全員の出撃準備が行われる中、フライトデッキでは負傷者輸送に当たるHH60の発艦準備も進められていた。

パイロット二名、戦闘救命士二名が乗り込む。

紫のジャージ、ヘルメットを着用する燃料要員がHH60に燃料注入し、緑のジャージ、ヘルメットのデッキクルーが機外のチェックを行う。

第三三戦隊が空母機動部隊六名の海域優勢と航空優勢を確保次第、発艦し負傷者輸送及び機内での戦闘救命士による応急処置にかかる。

リフター1のコールサインを与えられたHH60の機長が計器チェックをしている最中、ウェルドックから出撃した第三三戦隊が単従陣を組んで海上をかけていくのが見えた。

「頼むぞ……」

そう呟きながら機長は発艦準備を進めた。

 

 

村雨を抱える五月雨は自分自身に「落ち着け」と言い聞かせながらも、右腕の二の腕まで吹き飛ばされ、右目に破片が刺さっている村雨の傷口に焦りを募らせていた。

応急処置可能な医療キットにある止血剤、抗菌剤、鎮静剤を打ち、止血バンドで二本きつく縛り包帯を巻いているとは言え、それを終えられるまでかなり出血してしまった。

当の五月雨自身、左足の一部が抉れ、何かの破片で額から出血する程の傷を負っているし、主機もまともに機能しないから自力で傷を負っていない足一本と両腕で泳ぐしかない。

機関部も損害が出たのか浮力発生が安定しないので、魚雷発射管と主砲は放棄して身軽にするしかなかった。

瑞鶴は腹部に喰らっており、赤黒い吐血を繰り返している。吐き出す血が赤黒いのは消化器官がやられて胃液が混じっている証拠だ。

脇腹と右足に喰らった翔鶴はまだマシな方で済んだらしく、自分の傷に応急処置をした後懸命に妹の看護を続けている。

熊野と鈴谷も深い傷を負っている。熊野は主砲に直撃を受け主砲の弾薬が誘爆し、爆砕された主砲の破片が胸部と腹部に深く刺さっている。

機関部も全損で全く動けない。

主機全部と、熊野同様主砲全損ながらも誘爆は免れた鈴谷が熊野に応急手当てをすると、立ち泳ぎで鮫除けの薬剤を周囲に巻いていた。

とんでもない威力の主砲六基で自分達を撃った巨大艦は、自分達に砲撃を行った後、潜航して姿を消した。

ソナーが大破していて五月雨には巨大艦がその後どうしたかは把握できない。

寧ろ、今は全員が深手を負っている中、救援到着まで持たせる事が最優先課題だった。

「村雨ちゃん、しっかりして!」

意識が無い村雨に必死に呼びかけ続けるが、村雨の反応が次第に悪くなっていく。

「村雨ちゃん! ああ、どうしよう……!」

「五月雨、落ち着いて! あんたがパニクったらダメ」

パニックになる寸前の五月雨に左腕が変な角度に向いている鈴谷が諫める。

辛うじて鈴谷の被害が一番軽く済んでいた。左腕の様子からして骨折している様だし、足にも貫通した破片の傷があるが脂汗を浮かべつつも鮫除け薬剤を巻ける程度の体力と気力は維持できている。

必死に虚ろな目になる村雨に呼びかけていると、翔鶴がヘッドセットから入ったらしい司令部からの通信を告げた。

「第三三戦隊が救援の為、こちらに向かっているそうです。ヘリも一機海域と航空の安全が確保され次第来ます」

「第三三戦隊は何分で来られそう?」

そう尋ねる鈴谷に翔鶴は左手の指を三つ立てた。

「三分か……」

「な、長い三分ですわ……ね」

応急処置中意識を取り戻した熊野が苦し気な表情で言う。

比較的種子島から離れすぎていなかっただけ、まだマシだ。

第三三戦隊が航空優勢と海域優勢さえ確保できれば、救難ヘリが駆けつけてくれる。

幸い、事前発艦した防空戦闘機隊は燃料に余裕があるので艦隊の防空を続行していた。

燃料切れになったら、航空妖精は機体を捨てるしかないが。

 

 

対潜警戒は青葉の瑞雲と愛鷹の天山で行い、第三三戦隊は最大戦速で空母機動部隊へと向かっていた。

ヘッドセットから入る空母機動部隊の負傷者の状況から、一刻を争う状況なのは明白だ。

彩雲AEWのスカイキーパーは何も言ってこない辺り、今の所深海棲艦の水上艦艇はいないようだが、残敵掃討に出てくる可能性はある。

 

今回の出撃では瑞鳳が戦闘救命士の資格持ちという事もあり、医療キットの入ったバックを背負い込んでいた。

実は瑞鳳が戦闘救命士の資格を持っていたのは、戦隊旗艦である愛鷹も初耳だった。

聞くと前職、つまり給油艦高崎の頃に戦闘救命士の資格を取っていたのだと言う。

愛鷹が読んだ人事ファイルは軽空母瑞鳳のものだったから、高崎時代のものに関しては大雑把な概要程度なだけに、ちょっとした驚きもあった。

自分も用具さえあれば戦闘救命士としてやれることは一通りできるが、瑞鳳も資格持ち言う存在は大きかった。

空母機動部隊のメンバー防衛中は自分も戦闘を行わなければならない関係上、水上戦闘は出来ない瑞鳳が空母機動部隊メンバーの看護に専念できる。

最も好ましいのはやはりヘリでの緊急搬送だが、今の海域の状況から言えばヘリが撃墜されてもおかしくない。

容態から言ってやはり村雨と瑞鶴が芳しくない。

二人とも最悪失血死してしまう恐れがある。止血剤を打ったとはいえ、艦娘が持ち運ぶもの程度では出来るものにも限界がある。

状況次第ではその場で手術もあり得る。

急がなければ、と思う愛鷹のヘッドセットにスカイキーパーから通達が入る。

(レーダーコンタクト! 艦影五、そちらに向かう。参照点より方位二-二-〇)

「敵艦隊か……艦種識別は?」

(軽巡ホ級一、ロ級四。敵艦隊の斥候あるいは警戒隊と思われる)

「了解」

こんな時に、と苛立ちが募る。

「会敵予想時刻は?」

(現在の速度、針路を維持する場合、二分で愛鷹の主砲射程内に)

「二分か、了解した。アウト」

「五隻ですか……ちょおっと面倒ですね」

眉間にしわを寄せる青葉は主砲艤装の安全装置を外す。

「海域優勢確保の面から、この艦隊を排除します。空母機動部隊の皆さんには遅れる事を伝えなければなりませんが……」

心苦しさを露わに告げる愛鷹に六人はそれでもやるしかないと分かっていた。

背中で感じる六人の意思に愛鷹は号令を発令した。

「対水上戦闘用意! 右主砲戦、雷撃戦準備」

そう告げるとHUDの表示を「航海」から「合戦」に切り替え、「対水上戦闘」「対空戦闘」「対潜戦闘」「対地戦闘」から「対水上戦闘」を選択する。

右手で握るスティックではなく、愛鷹の左目が見る表示をHUD側が確認して決めていく。

二回の瞬きで決定、一回で仮決定ししばし間をおいてもう一回瞬きで取り消しだ。

本来はスティックと併せて行うコマンドだが、明石がHUD側だけでも出来る様に微妙に修正をかけていた。

その為、ほぼハンズフリーに射撃管制が行える。

左目がやられたりしなければ左目が見る深海棲艦を火器管制装置が自動追尾し、主砲の照準を合わせ、愛鷹の射撃指示で発砲できので、右のスティックだけでも出来る事がHUDだけで火器管制を行えるのだ。

刀を持っている時などはHUDを併用すれば近接戦と中長距離砲戦が同時に出来る。

もっともそんな大混戦は愛鷹とて御免被りたいが。

電探表示と照らし合わせると、五隻の深海棲艦を意味するターゲットコンテナが表示された。

コンテナの隣には「OUT RANGE」が併記されている。射程外と言う意味だ。

愛鷹の主砲射程内に入れば自動的に距離の測定が始まって表示されるし、風向きや湿度、コリオリ偏差まで出て来る。

ナイトビジョン機能もあるから尚便利だが、かなり開発コストが嵩んでいそうだ。

(もし壊してしまった時に弁償しろ、何て言われたらたまったものじゃないわね……)

流石にそれは無いとは思いつつも、もし壊してしまった時に「この装備にいくらかかかっているのか分かってるのか」などと言われたらどうしたものか。

 

主砲射程に入るまで二分と言う割に、深海棲艦五隻はすぐに射程内に入った。

向こうも増速してこちらに向かってきているようだ。

HUDには既に狙いを付けているホ級が射程内に入っている事を知らせている。

確実に当てていきたいところなので、「SHOOT」の表示が出ても撃つ気はない。

「もう交戦距離ですよ? 撃たないんですか?」

既に射撃体勢を取っている衣笠が尋ねて来た時、頃合いよしと見た愛鷹は主砲に射撃指示を出した。

「右主砲戦、第一目標軽巡ホ級。主砲撃ちー方始めー!

発砲、てぇーッ!」

HUDではなく敢えてスティックのトリガーを引く。

四門の四一センチ主砲が轟音と共に徹甲弾と砲炎を砲口から撃ち出し、砲身を後退させる。

四発の砲弾が飛翔していく中、深雪が軽く笑うのが聞こえた。

「愛鷹がおっぱじめたぜ」

「全艦、必中距離に入り次第エンゲージ、交戦許可します」

そう告げる愛鷹に青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月が了解と応える。

先手を打たれた深海棲艦側は、飛翔して来た愛鷹の四一センチ砲弾が先頭のホ級を包み込むように着弾するのを見て、動揺を見せつつも直ぐに立て直し、射程内に捉えた第三三戦隊へ砲撃を開始した。

主砲再装填が三一センチ主砲よりやや遅い事に微妙に苛立ちを見せる愛鷹を尻目に、青葉と衣笠が発砲した。

二〇・三センチ主砲が砲炎と砲声と共に徹甲弾を放ち、ロ級へと砲弾が飛翔する。

回避運動で初弾を躱したロ級も二人に向かって主砲を撃ち出す。

(この距離で撃つ……あのロ級、elite級?)

青葉と衣笠へ反撃の砲火を浴びせるロ級に愛鷹はただのロ級では無いと見ていた。

元々ロ級は火力が深海棲艦駆逐艦でも高い方だ。アドミラル・グラーフ・シュペーが運悪く一発で大破した事がある。

冷却、再装填が完了した四一センチ主砲をホ級に向け直し、仰角と射角を微調整する。

四一センチ主砲から再び真っ赤な砲炎がほとばしり、四発の砲弾がホ級へと飛び出していく。

ホ級も主砲を撃ち返して来るが、愛鷹はひょいと体をずらすだけで躱していた。

乱射しているようにも見えなくはないが、それは愛鷹より主砲の速射性が高いから故。

精度調整をかけた砲撃が愛鷹の右手に至近弾の水柱を立てる。

次は当たると踏んでホ級が主砲に微調整をかけた時、愛鷹から放たれた主砲弾がけたたましい音と共に艤装を砕き、爆砕した。

戦艦の砲弾直撃にホ級が耐えられる訳がなく、一瞬でホ級が爆発炎を海上に吹きあげて轟沈する。

続航する青葉と衣笠はホ級に続航していたロ級に同時斉射を繰り返し浴びせる。

主砲の手数が減った青葉だが、その代わりに射撃管制系が改良及び性能向上が図れらているので、素の腕前と相まってロ級の周りに着弾の水柱を上げていた。

先に有効弾を与えたのは衣笠だった。ロ級に着弾の閃光が走り、黒煙を吹き上げる。

しかし、無印より強化されているせいか衣笠の二〇・三センチ砲弾の直撃にロ級は耐えた。

遅れて青葉もロ級に命中弾を与えるが、ロ級はやはり耐え、二人に反撃の砲撃を撃ち返してきた。

「ロ級、こんなに硬かったっけ!?」

「elite級なら少ししぶとくなるよガサ」

驚く衣笠にそう言いながらHUDの表示を見つめて狙いを定める青葉だが、確かにこのロ級はelite級にしては少しばかり硬めだ。

黒煙を吹きながらもロ級は自分たちに精度の高い砲撃を行って来る。

主砲を一基降ろし航空艤装を備えた分、自分の砲戦火力の手数は減っている。

早めにケリを付けなければ。

HUDに照準よしの表示が出ると、グリップを握る親指で発射ボタンを押す。

二〇・三センチ主砲が砲炎と砲弾を撃ち出し、砲身を勢い良く後退させる。

被弾していたロ級は回避行動に入るが、既に受けていたダメージが祟って動きが鈍くなっており、青葉からの砲弾二発をその身に受ける。

ロ級の砲身が折れ飛び、戦闘不能に陥ったロ級が速度を落とし、戦列から落伍していく。

ワンテンポ遅れて衣笠の砲弾がロ級に直撃し、激しい火災を発生させた。

なおも足掻く様に砲口を向けて来るロ級に仕上げの一撃を衣笠が撃ち込む。

直撃の閃光と轟沈する轟音が海上に響く中、青葉も落伍するロ級に止めの一撃を撃ち込む。

二隻のロ級が撃沈される中、瑞鳳のカバーに回る蒼月に代わり深雪と夕張がロ級と砲戦を継続する。

深雪の主砲から放たれる砲弾は確かにロ級を捉えているのだが、ロ級はがむしゃらさすら感じさせる勢いで撃ち返して来る。

「今日のロ級は何だかしぶとくなってるぞ」

驚きと何かへの疑念のこもる深雪の言葉に、夕張も相槌を打った。

「elite級は手強いとは言え、感じる殺意も高いわね」

一四センチ主砲から徹甲弾を放ち、ロ級に叩き込む。

直撃の爆炎と砕かれた艤装の破片が飛び散るが、ロ級はなんとか態勢を立て直し、精度の落ちた砲撃を行う。

何回斉射を撃ち込んだか分からなくなりながら、深雪が一二・七センチ砲弾をロ級に当てると、ようやくロ級は黒煙と激しい火災を起こして動かなくなった。

それに続いて夕張も一四センチ主砲の直撃弾を再びロ級に当て、ぼろぼろになったロ級は苦し紛れの一発を放ってようやく沈黙した。

夕張が相手にしていたロ級の砲弾が明後日の方向に着弾すると、愛鷹は「撃ち方止め」を指示した。

「妙に駆逐艦はしぶとかったですね」

全艦無力化を司令部に報告して溜息を吐く愛鷹に青葉が言うと、同感だと愛鷹は「ええ」と返す。

「elite級とは言え、所詮は駆逐艦。重巡の青葉さん、衣笠さんの砲撃なら直ぐに倒せるはずの存在でしたが……」

装甲でも強化したか? と疑問が湧くもののそれは後で考える事にして、愛鷹はヘッドセットに集合命令を吹き込んで全員を集める。

第三三戦隊メンバーが集結し、単縦陣を組みなおす中、深雪が眉間にしわを作って呟いた。

「連中やけに頑張ってたな」

elite級との交戦経験は深雪からすれば当たり前の様な話ではあるが、ここまで持ちこたえたのは初めて見る姿だった。

全員が五隻の深海棲艦から感じた同じ事を脳裏に浮かべながら、単従陣を組みなおし、最大戦速で空母機動部隊の元へと向かった。

 

 

ようやく到着した第三三戦隊のメンバーに翔鶴が安堵のため息を吐いた。

抱える瑞鶴は赤黒い血をまだ吐いているが、意識は何とか保てていた。

一方、村雨は昏睡状態に陥りかけており、非常に危険な状態だ。

医療バックを背負っている瑞鳳が瑞鶴と村雨の両方を見て、険しい表情を浮かべた。

どちらを先に手当てすべきか。

通常、衛生兵が手当てを優先するのは、早期に戦列に復帰できる負傷者だ。重傷者は応急手当でまずその場を凌ぐ。

飛行甲板、弓は健在の瑞鶴は手当てをすれば、空母艦娘としての戦力復帰が見込める。

翔鶴は航空艤装全損だから状況から見ると、瑞鶴を優先すべきかもしれない。

しかし、村雨は腕と目を片方失っており、その傷からの失血で出血性ショックを起こしかけている。

最悪、このままでは村雨が戦死することになってしまう。

考えあぐねる瑞鳳に愛鷹は敢えて何も言わなかった。

情か戦力確保か。瑞鳳の考えに自分の考えを挟めばむしろ余計決めかねることになりかねない。

全員が重傷を負っているから迷っている暇すら本来無いのだが。

すると震える声で瑞鶴が瑞鳳に頼んだ。

 

「む、村雨……を、お、お願い……わわ、私なら、まだ」

「瑞鶴」

自分より村雨を優先するよう頼む妹に翔鶴が心配顔を向けると、瑞鶴は震えながら笑みを浮かべる。

「村雨が……このまま、じゃ危ないよ……しょ、翔鶴姉」

そう言って咽る瑞鶴はまた赤黒い吐血をする。

「早く、村雨……を……。内臓の、一つやふた……つが駄目になっても」

「瑞鶴!」

「翔鶴さん、瑞鶴さんを呼びかけ続けて意識を保たせて。それとこれを」

瑞鳳は村雨の元へ向かいながら翔鶴に止血剤の注射器を放った。艦娘の医療キットより高い効果がある。

受け取った翔鶴は苦しみ、震える瑞鶴に止血剤の注射を行い、他愛のない日常話を瑞鶴に聞かせる。

自身も深手を負いながらも懸命に村雨を支える五月雨に止血剤を渡して、瑞鳳は医療バックから必要な道具を取り出して処置を始める。

顔が真っ白になりかけている辺り、失血量は致死量に迫っている。

血が無くては内臓や脳に酸素が送る事が出来ない。

生理食塩水の点滴でとにかくその場しのぎを行う一方、本格的な止血処置を傷口に施す。

 

手際の良い処置を村雨に行う瑞鳳に、あれなら何とか助かるかもしれない、と少し安堵しながら司令部に空母機動部隊のメンバーの状況を報告する。

(全員の傷は把握できたわ。あなたとして何か注文は無い?)

応じる陸奥の問いに、六人をもう一度見た愛鷹は険しい表情を浮かべた。

「六人とも動けそうもありません。いや、下手に動かせない。負傷者の傷からして私達だけでは防衛しきれないかもしれません。

空母機動部隊の方々の防衛の増援を送ってもらえれば、海域と航空優勢を確立できます」

(分かったわ。すぐにそっちに増援を回す様司令官に頼んでおく)

「一分一秒でも早く寄こして下さい。

合流前に一戦交えましたが、深海棲艦がいつもより妙に粘っていました……悪い予感がします」

(了解。助っ人をすぐに送るから何とか持ちこたえさせて)

「頼みましたよ」

 

血まみれの手袋で汗を拭い、瑞鳳は一息吐いた。

五月雨の行った応急処置より的確かつ後方に搬送するまでの間は充分持つ応急手当になった。

「これで村雨は何とか持つわ。五月雨、痒くなっても患部に当ててるドレッシング(創傷被覆材のこと)は外さないでね」

「はい」

頷く五月雨を背にして瑞鳳は瑞鶴の元へ向かう。

腹部に穴が開いて血が流れているが、背中には穴が開いていない。

砲弾がまだ体内に残ってしまっている。

赤黒い血を吐いている所から腸、いや位置からして肝臓がやられてしまっているかもしれない。

これは村雨より傷の状態が悪い可能性があった。

弾が不発状態だとしたら、摘出してしまった方が良いかも知れない。

万が一信管が作動したら瑞鶴の内臓は滅茶苦茶になってしまう。

「やるしかないか……」

バッグから手術キットを出そうとした時、愛鷹が警報を出した。

「スカイキーパーから警報発令。敵機を探知。

方位一-九-三、高度二〇〇、機数五〇。急速接近中」

「くっそ、この忙しい時に!」

悪態を吐きながら深雪が自分の主砲に対空弾を装填する。

 

愛鷹は航空艤装を展開すると一六機の烈風改二を発艦させた。

エレベーターで上げられてきた烈風改二が続々とカタパルトで射出されていく。

艦載機を撃ち出す一方で主砲に対空弾を装填し、左腕の機銃、一二センチ三〇連装噴進砲改二も準備する。

瑞鳳から事前に上げられていた八機と瑞鶴が上げていた戦闘機隊と、愛鷹から上がった戦闘機隊が合流し、深海棲艦の攻撃隊に向け針路をとった。

 

(グリフィス1からスカイキーパー、ターゲットマージ。

敵機を確認した)

(全機エンゲージ! 一機も艦隊に近づけるな)

(了解!)

数では劣るモノの、戦闘機隊の航空妖精の技量そのものは高レベルだ。

(グリフィス1、エンゲージ!)

(ドレイク3、エンゲージ!)

次々にエンゲージコールしていく戦闘機隊がフルスロットルのエンジン音を響かせ、深海棲艦の攻撃隊へ挑みかかる。

敵の機体はタコヤキのみ。深海棲艦が初期から使い続けていた攻撃機の姿はない。

三分の一程が戦闘機隊の前に立ちふさがる。

双方が銃撃の火箭を交えるのはほぼ同時だった。

機関砲の火箭が飛び交う中、被弾したタコヤキが黒煙を吐いて高度を落としていく。

爆散するタコヤキの炎を突き破る烈風改二に二機のタコヤキが襲い掛かるが、そこへ僚機が援護射撃を浴びせる。

愛鷹から発艦した烈風改二は今回が初陣とは思えないほどの切れのある機動力でタコヤキを次々に屠る。

負けじと瑞鳳、瑞鶴の烈風改もタコヤキと激しいドッグファイトを始める。

直掩機を突破した瑞鶴の烈風改数機が攻撃機に向かうが、最後の防衛戦として残っていたらしい八機のタコヤキの迎撃を受ける。

二重の防衛戦を敷いていたタコヤキの迎撃で烈風改二機が被弾し、砕け散る。

直掩機も何機かが攻撃隊へと引き返すが、その背中から烈風改の射撃が浴びせられる。

(ケツにつかれた、誰か援護を!)

(背中ががら空きだ)

(絶対に艦隊に向かわせん!)

銃撃を受けた攻撃機が爆発して次々に隊列から落伍するが、犠牲を無視する様に攻撃機は前進し続ける。

ぶら下げる爆弾や魚雷を艦娘に叩きつけるべく、落ちる味方に気遣う様子も見せない攻撃機とそれを護る護衛機が、烈風改や烈風改二と空に飛行機雲を絡め合わせる。

(雲逃げ込まれるな!)

(落ちる、落ちる!)

(僚機がやられた!)

(一〇倍にして返してやる!)

戦闘機隊の迎撃でタコヤキが数を減らしていく。

タコヤキ側も粘り強い抵抗を見せ、烈風改を一機、また一機と撃ち落とす。

(やられた、ベイルアウトする)

(ここじゃ救助は厳しいぞ)

編隊の三分の二を削り落とした烈風改と烈風改二にスカイキーパーの焦りを滲ませた警告が入る。

(全機、艦隊まで残り一キロを切った! 間に合わないぞ)

(味方機が被弾、ファルコン4!)

(パイロット一名が脱出、救助を!)

(しぶとい連中だ)

 

艦隊に迫るタコヤキと迎撃機の姿が目で見える距離にまで近づくと、愛鷹は戦闘機隊に離脱を指示した。

「艦隊からの対空射撃を開始する。全機、タコヤキから離れよ」

(申し訳ないです)

「あとは任せて、よく頑張ってくれたわ」

悔しそうに言うグリフィス1にねぎらいの言葉をかけつつ、愛鷹はタコヤキの攻撃機を見据えた。

機数はHUDに一三機と表示される。

「一三機か……。やるしかないわね。

敵機捕捉、右対空戦闘、主砲仰角最大」

四一センチ連装主砲二基が敵機に砲門を指向する。

「主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

射撃指示に即答する様に愛鷹の主砲が四発の砲弾を撃ち上げる。

炸裂する三式弾の散弾の雨がタコヤキを包み込み、火の塊へと変えていく。

爆発四散するタコヤキが黒煙を残し、その黒煙を破って僅かな生き残りが高度を下げ、攻撃態勢に入る。

「残り七機、蒼月さん!」

「はい!」

防空艦である蒼月が長一〇センチ高角砲で対空射撃を開始する。

蒼月以外の第三三戦隊メンバーの内、深雪と夕張が対空射撃の構えを取り、青葉と衣笠は洋上監視に当たる。

双眼鏡を手に青葉が監視を続けていると、近くの雲から回り込む様にタコヤキが姿を消すのが見えた。

爆装していない。戦闘機だ。

しかし、戦闘機の機関砲だけでも空母機動部隊のメンバーには大きな脅威だ。

「敵機視認! 方位一-二-〇、戦闘機四機が急速接近!」

青葉から発せられた警告に愛鷹は一二センチ三〇連装噴進砲改二を向けた。

「艦対空噴進砲、攻撃始め! 弾幕を張れ、近づかせるな!」

右側に指向可能な噴進砲二基から対空ロケット弾が弾幕を展開する。

六〇発の対空ロケット弾の濃密な弾幕に四機のタコヤキが突っ込み、残骸と化して現れる。

「やった、四機全機撃墜確認」

弾んだ声を上げる衣笠がグッドサインを送って来る。

少しだけ笑みを浮かべ返すと、噴進砲の再装填を指示する。

艤装妖精が噴進砲を冷却し、対空ロケット弾を再装填していく。熱くなった発射機を冷却し、三〇発全弾を再装填し終えるには多少時間が必要だ。

そこへ蒼月から報告が入る。

「蒼月より全艦、敵攻撃機の全機撃墜を確認」

「確認したぜ。ちぇ、深雪様の出番なしかよ」

攻撃機全機を撃墜した蒼月が軽く溜息を吐く。

対空レーダーで敵機の機影がいなくなった事を確認すると、愛鷹も溜息を吐いた。

「全艦、引き続き対空対水上対潜警戒を厳となせ」

了解、の返答が返される中、瑞鳳に瑞鶴の状況を聞く。

「瑞鳳さん、瑞鶴さんの容態は?」

(……よし。体内に残っていた砲弾を摘出しました。

ただ、内臓が複数酷いダメージを受けているので、本格的な手術治療が必要です。

多分、一部臓器は再生治療しないと無理かもしれません……)

そうヘッドセット越し返す瑞鳳の声越しに、医療用ホチキスで砲弾摘出した跡を縫合するのが聞こえた。

「ひとまず山は凌げそうですか?」

(すぐに搬送できるなら搬送したい、って感じですよ。

村雨他のメンバーも早く病院に送らないと)

確かにこの場で出来るのは応急処置。本格的治療は陸の病院でしかできない。

 

通信回線を切り替えて司令部の陸奥に状況を報告する。

「五〇機の攻撃隊から攻撃を受けましたが、戦闘機隊と対空射撃で撃退しました。

重傷の村雨さんと瑞鶴さんは、ひとまず凌げる程度の処置を瑞鳳さんがこなしてくれましたが、本格的な治療が必要です。

増援は?」

(第六戦隊の古鷹と加古、第一八駆逐隊の陽炎、不知火、黒潮、親潮が抜錨したわ。

ただ、まだヘリを回せる状況じゃないって司令が首を縦に振らないわ)

「六人加わるだけでも、こちらとしては助かりますよ。六人のETA(到着予定)は?」

(五分はかかるわ。今出したばっかりだから)

 

五分。戦場で言えば長い時間に思える。

 

「古鷹さん達と合流したら、ヘリを寄こして下さい」

(それで海域と航空の優勢を確保した、って事になるなら、ね。

こっちもさっき二回も爆撃を受けたわ。SSTOと発射施設は無事だけど、基地設備と一部民間地に損害が出てるわ。

民間人への被害は無いのが確認済み。こっちもこっちで負傷者の手当とかで忙しくなって来てる)

緊張を滲ませた声で返す陸奥の声越しに警報が聞こえた。

(また来たのね。長い一日になりそう)

「同感です」

 

対水上レーダーの表示を見て愛鷹は苦い表情を浮かべた。

「敵二個艦隊、レーダーコンタクト。リ級、ネ級主体の重巡戦隊です」

(そちらも忙しくなりそうね。UAVの航空支援を送るわ、三分でそちらに行ける)

「了解、感謝します。アウト」

 

 

リ級四隻、ネ級四隻、随伴の駆逐艦はロ級でこちらも四隻。

スカイキーパーから送られて来た敵の陣容に青葉は生唾を呑み込む。

増援の古鷹達の到着は五分。UAVは三分。

しかし、会敵する深海棲艦の重巡戦隊は二分で交戦可能距離に入る。

大破艦六隻を抱えているこちらとして、状況は不利だ。

一分でも時間を稼げればUAVが来てくれるとは言え、その一分すら長すぎる時間に思える。

しかし、やるしかない。守らなければならない六人の命がかかっている。

一二対六。数の差を覆すは自分たちの腕と連携。

グリップを握る手汗をハンカチで拭い、対水上戦闘に備える。

会敵予想時刻が迫る中、スカイキーパーから緊急報告が入った。

 

(スカイキーパーから全艦に警告。敵艦隊はflagship級リ級及びネ級elite級、駆逐艦はロ級elite級と識別。

さらに後方に戦艦ル級二隻とイ級後期型四隻の戦艦戦隊を確認)

 

 

その一報に全員の顔に緊張が走った。

せまるflagship級のリ級とelite級のネ級。深海棲艦の重巡は戦艦よりはマシとは言え厄介この上ない相手だ。

その中でも危険度が高いflagship級やelite級が複数となると、戦艦一隻よりも危険度はむしろ高いと言える。

そしてその後方からは二隻のル級も駆逐艦を引き連れて来ている。

 

「わ、私達だけで食い止められるの……?」

「いくら何でも手厳し過ぎるわ……」

眉間に冷や汗を浮かべる衣笠に、生唾を呑み込む夕張も頷く。

緊張を貼り付かせた深雪は、背筋が冷える気持ちだった。

「あの重巡、無印タイプで厄介この上ないってのに寄りにもよってflagshipにelite。

流石にケツに火が付いたなこれは」

「敵が強すぎますよ」

恐怖を抑えきれない蒼月が軽く震える。

青葉も膝が笑いそうな気分になるのを感じながら、深海棲艦の殺意の高さの原因が何となくわかった気がした。

 

もしかして……深海棲艦側は沖ノ鳥島への核攻撃に逆上している?

 

一キロトンの戦術核。それが作り出す死の範囲はそれほど広くはないが、破壊力は核兵器なだけにただの爆弾とはケタ違いだ。

焼き尽くされた仲間の恨み。ここで返す気か?

ここで返すに済めばいい方だが、他の戦線にも核攻撃を食らった情報はきっと共有するだろう。

最悪、不穏な状況が続く地中海で大規模な攻撃が地中海沿岸部全域に及ぶ可能性もある。

前線を押し返す勢いを得る事だって考え得る。

 

艤装を担ぐ右手が震えるのを感じた時、愛鷹が両腰の鞘から二本の刀を引き抜いた。

二刀流だ、と青葉が呟こうとした時、愛鷹が叫んだ。

 

「私達の命を求めるなら……お前達(深海棲艦)も命を捨てよ!」

 

いつもとは別の目になっている愛鷹を見た青葉はその長身から高い殺意を感じていた。

愛鷹の言葉は確かだ。撃っていいのは撃たれる覚悟があってこそ。

戦うしか、活路は無い。

 

 

水平線上に深海棲艦の姿が現れる。リ級の単従陣を右に、ネ級の単従陣を左に置き、ロ級の複縦陣がその後ろを固めている。

既に主砲をこちらに向けて、射撃体勢に入っている。

「スカイキーパー、現在確認できる敵艦以外に近海に敵艦隊は?」

(探知範囲が羅針盤障害で減退しているモノの、今の所他にレーダーコンタクトは無し)

「了解」

軽く深呼吸すると、両手の刀の柄を掴み直すと、愛鷹は号令を出した。

 

「機関最大戦速! 前へ出ます、各艦は後方より援護を!」

 

青葉たちから返事が返される前に、愛鷹の主機が最大戦速をかけ白波を蹴立てた愛鷹が艦隊前面に出た。

接近する深海棲艦は単独向かって来る愛鷹に主砲を向けると、一斉に砲撃を開始した。

多数の砲弾が降り注ぐ中、愛鷹は回避運動を行い、当たると見た砲弾を両手の刀で次々に薙いだ。

第一主砲を単従陣の先頭に立つネ級に向けると、口頭指示を出さずに撃つ。

ネ級は回避運動を取り、後続も散開するが、一発が先頭のネ級を捉えていた。

屈強な重巡として知られるネ級のelite級が直撃で姿勢を崩すが、立て直して二基の主砲で撃ち返す。

防護機能で弾くと第二主砲から二発の徹甲弾を撃ち出す。

回避運動で躱しにかかるネ級だが、再び一発の直撃を受け、艤装が爆発し黒煙の中に倒れる。

瞬く間にネ級一隻を屠る愛鷹にリ級二隻が背後を取り、主砲を撃つ。

二発が愛鷹に直撃するが、艤装のバイタルパートが耐えた。

第二射を準備する二隻のリ級だったが、そこへ青葉と衣笠の砲撃が飛来する。

二隻が射撃の構えを一旦解き、二人に向き直った時、青葉の主砲弾がリ級一隻に全弾命中した。

flagship級なだけに直ぐには沈まなかったが、大破と呼べる被害を受けたリ級の動きが鈍る。

もう一隻のリ級に第一、第二、第三主砲の三基から射撃タイミングをずらして撃った衣笠の砲撃が直撃する。

立て続けに被弾したリ級が膝を突きながらも応射の構えを取るが、その隣の僚艦が青葉の止めの一撃を受けて爆沈する。

爆沈する仲間に振り向くことなくリ級は衣笠に主砲を撃つが、回避運動で躱した衣笠が第二射を浴びせる。

先に逝ったリ級に続く形で二隻目が沈む。

 

二隻のリ級がやられる中、重巡ネ級三隻とリ級二隻から集中砲火を浴びる愛鷹がネ級の一隻に急接近する。

主砲の再装填が間に合わないなら、接近戦で艤装を破壊するのみ。

右手の刀を振るってネ級の主砲を切り落とし、左手に展開するリ級二隻に左腕の機銃で牽制射撃を行う。

ネ級の主砲全てを切り落とした愛鷹は、第一主砲を向けると自分を睨むネ級を見据えて至近距離から砲弾を撃ち込んだ。

轟沈するネ級から離れた時、残る四隻の重巡だけでなく、駆逐艦から援護射撃が始まる。

当たると見た砲弾を両手の刀で斬り飛ばし、流石に対応しきれない砲弾は防護機能とバイタルパートで防ぐ。

第二主砲をリ級に向けた時、ネ級一隻が背後から迫ると至近距離から愛鷹を撃った。

バイタルパート以外の箇所に一発被弾し、愛鷹の右頬を破片が切り裂く。

振り返ることなく第二主砲でリ級に徹甲弾を全弾叩きつけ、木っ端微塵に爆砕する。

一分もしない内に深海棲艦は重巡リ級三隻、ネ級二隻を失うが怯まず砲撃を愛鷹一隻に向ける。

 

激しい集中砲火の水柱の中で一旦回避運動に専念する愛鷹に、スカイキーパーから敵増援の報告が入る。

(レーダーコンタクト、ネ級四、イ級後期型二の重巡戦隊を確認。参照点より方位二-六-〇。

二-七-〇からホ級三、ロ級三の軽巡戦隊が接近を探知!

くそ、探知範囲が狭くなっている。会敵予想時刻……いや二つとも空母機動部隊に向かっていく)

「くそ、この忙しい時に!」

悪態をつきながら、両手の刀を振るってネ級の主砲全基を切り落とす。

するとネ級は主砲が無くてもとでも言う様に右手で殴りかかって来た。

ひらりと愛鷹は躱すと左足で思いっきりネ級を蹴りつけ、姿勢を崩させると第二主砲の砲弾をほぼゼロ距離から撃ち込んだ。

ネ級が爆発炎に包まれる中、蹴りつけた反動で後退した愛鷹は駆逐艦からの砲撃を回避しにかかる。

駆逐艦ロ級二隻が愛鷹に間断なく砲撃を浴びせる中、分離した二隻とリ級一隻が青葉と衣笠、更に夕張と交戦する。

二〇・三センチ主砲の砲弾が砲炎と共に青葉の主砲から放たれロ級に降り注ぐが、ロ級は潜航して砲撃を躱し、ドルフィンジャンプで海上に再び姿を現すと主砲を青葉に向けて撃つ。

何とか回避してのける青葉はHUD表示に「装填完了」の文字を見るや、主砲四門の斉射を撃ち込む。

二発がロ級の鼻先に落ちて水柱を高々と突き上げ、ロ級の前進を阻み動きが鈍ったところへ二発の二〇・三センチ砲弾が直撃する。

二発の直撃を受けたロ級がなお抵抗の素振りを見せるが、青葉は容赦なくさらに四発徹甲弾を放ち、ロ級を爆砕させた。

爆炎を海上に広げる近くのロ級が夕張の一四センチ主砲の射撃を躱しきれず複数直撃弾を受ける。

何とか耐えるロ級だが、戦闘不能になったらしく離脱を図る。

しかし、その先に待ち構えていた深雪と蒼月の砲撃が飛来し、そのまま成す術もなくさらに被弾し炎上しながら沈んでいった。

未だ健在のリ級と撃ち合う衣笠は、回避運動でこちらの射撃をことごとく躱していくリ級に舌打ちした。

砲撃を躱しながらリ級も主砲の射撃を繰り返すが、衣笠もフィギュアスケートの様に華麗な回避運動で躱し続ける。

互いに砲撃を躱すと主砲を向け合うが、ロ級を始末した青葉が衣笠の援護に入った。

別方向からの砲撃を察知したリ級が一瞬動きを鈍らせる。

姉からの無言の合図を受けた衣笠が主砲の全門斉射をリ級に向けて叩き込むと、六発全弾が命中した。

焔に包まれて沈んでいくリ級を尻目に青葉と衣笠は愛鷹の援護に向かい、夕張は一旦下がる。

 

駆逐艦ロ級二隻と撃ち合う愛鷹は距離を詰めて、挟み撃ちを仕掛ける二隻に回避と射撃照準を繰り返すが、四一センチ主砲の追随が間に合わない。

大口径化した分、装填速度だけでなく、砲搭の旋回速度も若干低下していた。

距離を取ろうにも、その隙を見せずに砲撃して来るので流石の愛鷹も手こずる。

真正面の至近距離からロ級が砲弾を撃ち込んできたので、咄嗟に防護機能で弾くものの、距離が近かったこともあってか衝撃で愛鷹の姿勢が崩れる。

その隙に背後を取ったロ級が愛鷹の頭部に照準を合わせる。

すると愛鷹の一二センチ三〇連装噴進砲一基がロ級に指向するとロケット弾を浴びせた。

思わぬ迎撃を受けたロ級が怯んだ時、青葉と衣笠の二人からの援護射撃がロ級の周囲に着弾する。

ロ級が回頭して青葉を狙うが、それよりも先に二人の主砲が放つ砲弾がロ級を捉えた。

当たり所が悪かったのかロ級が大爆発を起こして沈む一方、愛鷹が距離を取れないならその逆とロ級に迫る。

重巡同様斬り裂かれると判断したロ級が潜航して回避するが、あまり潜り切れない内に主砲弾二発が直撃した。

海中で被弾し爆発したロ級が突き立てる水柱が、一難を乗り越えた合図となった。

 

第一波を何とかほぼ愛鷹だけで防ぐが、戦艦ル級二隻と駆逐艦イ級後期型四隻の戦艦戦隊に、ネ級主体の重巡戦隊、ホ級主体の軽巡戦隊の三隊が距離を詰めて来ていた。

交戦可能距離までもう時間が無かった。

 

荒い息を繰り返す愛鷹がレーダーを見ると、戦艦戦隊が接近して来る方向には航行不能の鈴谷と熊野がいた。

戦艦とやり合える火力は自分しかいない。

直ぐに向かわないとと思った時、心臓に激しい苦しみが走った。

咄嗟に口に当てた右手に吐き出された血が溢れる。

(この程度の戦闘で……体が……)

また血を吐き出した口にタブレットを強引に呑み込ませ、悲鳴を上げ始めた体を落ち着かせる。

口元を右手の甲で拭った時、スカイキーパーから弾んだ声で知らせが届く。

(UAVの航空支援が作戦海域に到着! ヴァルハラ1-1、1-2、1-3、1-4、メタル1-1、1-2、1-3、1-4、バベル1-1、1-2、1-3、1-4の一二機だ)

「戦艦戦隊に何機か寄こして爆撃を」

この忙しい時に面倒な悲鳴を上げて、このポンコツ愛鷹! と自分の体を罵倒しながら鈴谷、熊野の方へと向かう。

主機こそ使えないが熊野を自分の艤装につかまらせて、鈴谷が片手で掻く様に泳ぎ少しでもと距離を取りにかかる。

愛鷹の異常を悟った青葉がサポートに回るべく衣笠と共に向かう。

 

今の戦力と急行している古鷹達、これだけでは守り切れないかもしれない。

そう思った愛鷹が陸奥に更なる増援を求めようとした時、陸奥の方から取り乱しかけた声で信じられない警報が愛鷹を含むその場の全員に飛んだ。

(みんな、緊急事態発生よ! UAVとのデータリンクが……!)

 

 

種子島の防衛司令部ではUAVを管制していたオペレーター達が悲鳴じみた声で叫んでいた。

「緊急事態発生、緊急事態発生! MQ170全機とのデータリンクにエラー発生!」 

「馬鹿な、今朝点検したばかりだぞ」

UAV技官の一人が驚愕の表情を浮かべる。

「MQ170の攻撃コマンドが自律攻撃コマンドにオーバーライトされます!」

「中断させろ!」

「ダメです、間に合いません! 全機の攻撃コマンドが自律攻撃にオーバーライト完了、自動爆撃モードになります!」

MQ170の攻撃コマンドは基本データリンクによってオペレーターがカメラ映像で確認し、攻撃目標を指示する形で爆撃を行う。

万が一深海棲艦の妨害でデータリンクに妨害を受けた場合に備え、MQ170のA.Iはデータリンクに異常が発生したら自動的に自律攻撃コマンドに移行する。

しかし、この自律攻撃コマンドは投入される場所に敵しかいない場合しか想定されていない。

つまりMQ170のA.Iだけでは深海棲艦と艦娘の区別が付けられないのだ。

攻撃目標を捕捉次第、MQ170のA.Iは愚直に眼下の「目標」に対し爆弾やロケット弾を撃ち込む。

 

その「目標」と識別した相手が例え「艦娘」だったとしても……。

 

 

(全艦、深海棲艦と距離を取って!)

「無理です!」

初めて浮かべる恐怖の表情で愛鷹が自分の方へ向かって来るMQ170四機を見つめながら返す。

四機の翼下のバイロンには対艦クラスター爆弾が二発吊るされていた。

深海棲艦の一個艦隊を丸ごと吹き飛ばせる威力、攻撃範囲を持つがその爆撃範囲にはル級二隻の戦艦戦隊だけでなく、自分と鈴谷、熊野、青葉、衣笠も入っていた。

投下コースに乗った無人機の行動に気が付いた四人が凍り付いた表情を浮かべる。

 

「全員、防護機能展開! 爆撃に備えて下さい!」

 

叫ぶ愛鷹に熊野が「誤爆」の二文字を頭に思い浮かべた時、鈴谷が自分の上に覆いかぶさった。

「鈴谷⁉」

「何とかしてみる!」

驚く熊野を鈴谷が身を挺して庇った直後、MQ170から無情な爆弾が投下され、大量の子爆弾が降り注いだ。

 

 

「古鷹から全艦へ。前方に黒煙を確認!」

「艤装CCSのリミッター解除とかしてなかったら、あたしらもあの中だった訳か……くそ!」

後ろで怒りを露わにする加古の言葉に、古鷹もその目に静かな怒りを浮かべていた。

第三三戦隊と空母機動部隊とは通信が途絶したままで、呼びかけに誰も応答しない。

ただ電探からMQ170の爆撃で深海棲艦も大きな損害を被っているのか、一旦撤退していく艦影が映っていた。

その時、黒煙の向こうから救難フレアが発射されるのが見えた。

ヘッドセットに手を当てて古鷹が呼びかける。

「こちら古鷹、増援六隻只今到着です。皆さん大丈夫ですか?」

すると砲声が轟き、空で爆発が起きた。

二機の無人機のものらしき物体が火達磨になって落ちていく。

再び砲声が轟くと、また二機の火炎が空に咲いた。

「おい、何が起こってんだ……!?」

困惑する加古に分からない、と古鷹が返そうとした時、ヘッドセットからノイズ交じりの深雪の怒声が六人の耳に入った。

(あ、愛鷹、お前何やってやがんだ! 気でも狂ったか! わっ!?)

再び爆発が黒煙越しに上がる。

 

(……全艦、無人機を敵機と判断し迎撃して下さい)

(了解……)

冷徹を通り越して冷酷、そして怒りに満ちた愛鷹の指示に、夕張が応えるのが聞こえる。

対空射撃の砲声が始まり、何が起こっているのか全く分からない古鷹達は余計混乱した。

 

(……古鷹、聞こえる?)

「陸奥さんですか? 私達の行くところで何が起こっているんですか?」

ここからでは何も分からない古鷹の問いに、陸奥は重々しい声で答えた。

それを聞いた古鷹は言葉を失った。

 

 

硝煙で黒ずんだ制服の右袖が切り裂かれ、その下に出来た裂傷の血で残る袖を赤く染めながら、愛鷹は無人機への対空射撃を続けた。

夕張、深雪、蒼月も沈んだ表情で射撃を続ける。

無人機の動きそのものは緩慢と言えるレベルだ。

一二機の無人機の内、爆弾をまだ抱える無人機を全て落とすと、怒りに満ちた愛鷹は唇を震わせながら呟いた。

 

「感情を持たぬ無情なる翼たちよ……その翼は、感情を持つ者の激情によってもがれると知れ!」

 

 

 

子爆弾が降り注いだ海上に大爆発と爆発炎が吹き荒れた。

防護機能ですら抑えきれない爆発に愛鷹は吹き飛ばされ、(誤爆……)と脳裏で呟いて意識を失った。

 

目が覚めた時、燃える海上の向こうで泣き崩れる衣笠と、必死に誰かの心臓マッサージをする青葉、茫然とする熊野と彼女を手当てする瑞鳳が見えた。

海上に倒れていたのに気が付いて身を起こし、一同の元へ向かった愛鷹は、青葉が一切の感情を失った目で一心不乱に心臓マッサージを行う血まみれの鈴谷を見て膝の力が抜けた。

 

「そ、そんな……」

愕然とする愛鷹の前で熊野に処置を済ませた瑞鳳が鈴谷の首筋を探り、医療バックからAEDを取り出した。

準備する瑞鳳の傍らで青葉が心臓マッサージを続けていると、僅かなうめき声を上げて鈴谷が目を開けた。

気が付いた熊野が鈴谷に飛びつき、自身の腹に巻かれている包帯から血が滲むのも無視して鈴谷に呼びかける。

 

「鈴谷、鈴谷! 聞こえます! 私ですわ、熊野ですわ!」

「……熊野ぉ、体……無事っぽい?」

「私より、鈴谷が……」

「デカい声で言わなくも……分かるって……」

 

取り乱す熊野に力なく笑う鈴谷は熊野のいない方へ顔を向けると激しく吐血した。

色が鮮やかで泡吹いている。

熊野が自分の手がその吐血に汚れるのも無視して鈴谷の顔を起こす。

「あ……ごめん、熊野……の手が……こりゃ、駄目か、な……」

「しっかりしなさい鈴谷、諦めてはいけませんわ!」

叱咤する熊野に鈴谷は右腕をゆっくり上げて熊野の頬を撫でた。

「暖かいね……熊野の肌……」

「鈴谷、しっかりして!」

「……瑞鳳……鎮痛剤……ある?」

その問いに瑞鳳は無言で頷く。

「ちょっと……さ、息……苦し……くてさ。打ってくんない?」

その頼みに瑞鳳は鎮痛剤の注射器を出すと無言で打った。

すっきりとした表情になった鈴谷は空を見あげた。

「良い空……じゃん……眩しいくらい……。

 

お天道さん……。

 

みんなの上で……ずっと、ずっと……見守って……あげててね……」

 

穏やかな表情で空を見上げる鈴谷がゆっくりと瞼を閉じ、熊野の頬を撫でていた右腕が海上にぱたりと落ちた。

 

 

その場に熊野の絶叫が響き渡った。

 

「鈴谷! 鈴谷! 

 

駄目です! 

 

逝かないで、逝っちゃだめ!

 

鈴谷ぁぁぁぁっ!」

 

狂乱状態になる熊野が鈴谷の体を揺さぶるが、鈴谷がそれに応じる事は無かった。

物言わぬ鈴谷の手首を探った瑞鳳は、腕時計を見て「お昼だ」とだけ呟いた。

衣笠が声上げて泣き、その体を青葉が抱いて頭を撫でた。

 

「嘘……でしょ……これは……何かの冗談ですよね?」

絞り出すような声、目の前の現実が受け入れられない顔の愛鷹が青葉に力なく問うと、青葉は涙のしずくを流しながら首を横に振った。

 

 

 

よくも……よくも……鈴谷さんを殺したな!

 

激しい怒りが愛鷹の心で吹き荒れ、射撃トリガーを引き続ける。

爆弾を全弾投下した無人機まで撃墜する彼女に夕張が制止に入る。

「愛鷹さん、撃ち方止め! 撃ち方止め! もう撃たないで!」

「殺してやる……殺してやる……」

普段とは想像もつかない程荒れる愛鷹に夕張は、艤装の安全装置に手を伸ばして切った。

そして発砲不能になってもトリガーを引いていた愛鷹の頬に思いっきり平手打ちをする。

「しっかりしなさい! 愛鷹!」

いつもの「さん」付け呼びではない夕張の言葉に、愛鷹は平手打ちされた頬に手を伸ばす。

少し腫れる程の勢いだった。

グリップから手を離し、うな垂れる愛鷹が膝立ちになりかけると夕張はその身を支えた。

「……まだ、戦いは終わってません」

そう語りかける夕張に、涙を流す愛鷹が見返した。

 

到着した古鷹達が、爆撃の至近弾で軽傷を負って座り込む深雪と蒼月に代わって周囲警戒についた。

 

 

爆撃でル級二隻を含む多数の深海棲艦を撃沈したが、データリンクのエラーで自律攻撃コマンドに移行していたUAVの爆撃は味方である艦娘、鈴谷の命まで殺めてしまった。

誤爆や誤射、味方の攻撃の巻き添えによる艦娘の犠牲者は前例が無い。

力なくコンソールに座る陸奥の肩に手を置く長門はやり場のない怒りに、拳を握りしめた。

自分と共に司令部に来ていた大淀は膝をつき、死んだ表情を浮かべている。

 

深海棲艦の攻勢を一時的に退けた、と判断した鍋島の指令でヘリが現場へと飛んでいた。

 

負傷した空母機動部隊のメンバーと。誤爆によって戦死した鈴谷の遺体回収の為に。

 




鈴谷の死の場面を書いている時、「プライベートライアン」でウェイド衛生兵が息を引き取るシーンがずっと脳裏から離れませんでした。


また次回の話でお会いしましょう。


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第四三話 赤い海 前編

月1投稿になりそう……。


デブリーフィングの為に、ブリーフィングルームに集まった第三三戦隊メンバーの元へ鍋島が長門を伴って現れた。

すると突然深雪が席を立って鍋島に向かって殴りかかった。

「こっの……!」

「止めろ」

「やめなさいって」

「やめなさい深雪さん、座って」

殴りかかろうとした深雪を長門、夕張、愛鷹が押し留めた。

その様を事務的な目で見る鍋島は落ち着くのを見計らってから切り出した。

「航空巡洋艦一隻を失ったが、主力空母は二隻とも撃沈は免れた。

誤爆被害は最小限に抑えつつ、敵艦隊には相応の損害を与えて一時撤退に追い込んだ。

今回の作戦は成功と見てよいだろう」

「なぁにが成功だ!」

吐き捨てる様に言う深雪に鍋島は多少むっとした表情を浮かべる。

本当に掴み掛りそうになった深雪を抑えながら、愛鷹は鍋島に問いかけた。

「司令官、MQ170のデータリンクエラーの発生タイミングが、偶然にしては出来過ぎていると思いませんか?」

「戦場で突発的な戦術上でのアクシデントは珍しくも無い。

 

それと全員医師の診察を受けろ。僚艦撃沈で貴官らは混乱している様だ。

今後出撃出来るかは診断内容を見て判断する。

 

また旗艦愛鷹はMQ170への必要以上の攻撃を行った独断行為に関して、尋問を行う」

その言葉に深雪は席を蹴って鍋島に詰め寄ろうとした。

すぐさま長門と愛鷹が制止に入る

「やめなさい」

「いい加減にしろ!」

席に抑え込まれる深雪はやり場のない怒りを浮かべた表情で愛鷹に尋ねる。

「この後尋問だぞ、良いのかよ」

「逆上してしまっていたのは、否定出来ませんから。

必要以上に無人機を撃墜したのは命令違反相当ですし」

そう深雪を諭すように言う愛鷹はどこか諦観した様子だった。

 

 

結局深雪を抑えながらのデブリーフィングとなり、解散になった。

ただし、愛鷹だけは鍋島と長門立ち合いの元の尋問は受けることになった。

査問会議ではなく、あくまで尋問とは言え、また罪を重ねてしまった感が拭えず、愛鷹にとっては酷く気分が悪くなるモノだった。

更にその後精神鑑定も受けるのは面倒この上なかった。

精神鑑定は割とすぐに済み、担当する医師も物腰が良かった。

「特に際立ったものはないな。君は単に逆上してしまっただけだ」

タブレット端末で結果を見た医師にそう告げられ、ほっと胸を撫で下ろす。

同時に既に行われているであろう仲間の鑑定結果を確認する。

「私の部下の結果は?」

「夕張、深雪、蒼月、瑞鳳に関してはほぼ問題はない。

ただ青葉、衣笠は精神的なダメージが大きい。回復させるには少し時間を置くべきだろうな」

そうなるか、と予測は出来ていたが実際にそうとなると複雑なモノになる。

 

青葉と衣笠は戦死した鈴谷とは同期生だ。

同じ厳しい訓練生活での苦労を分かち合い、艦娘になった後も所属部隊は違えど親しく付き合っていた仲だ。

突然の友人の死に動揺するのは当たり前だ。

自分も施設時代、苦楽を共にしていたクローン達とは割と仲間意識があっただけに胸が痛くなるほどわかった。

仲間意識ある同じ顔のクローン達と殺し合わせられる「選抜試験」の時、随分心に傷を負わされた。

左足にある傷跡は殺し合わせられた時、唯一負わされた傷である。

止めを刺した同じクローンの事を忘れない為にも、その傷跡は残すつもりだ。

やらされる度に心身ズタズタにされる思いだったが、死ぬか生きるかの選択肢しかないあの時、他に方法は無かった。

 

「味方の攻撃で殺されたら、死んでも死にきれないわよね……」

診察室を後にし、ひとまず「あきもと」の元へと戻った。

第三三戦隊の出撃指示は出ていないから、今は休んでおくべきだ。

戦闘配食の昼食を摂るべきだが、本音を言えば食欲など全く沸かなかった。

 

 

深海棲艦の攻撃は一旦止んでおり、艦娘達は五航戦による航空支援なしでの迎撃戦に備えるべく「あきもと」のウェルドックで待機していた。

第三三戦隊のメンバーは出撃待機からは外されているので、ドックにはいない。

鈴谷が爆撃に巻き込こまれて戦死したと言う話は既に知れ渡っており、悲しみが広がっていた。

ドックに置かれているパイプ椅子に腰かける古鷹は沈んだ表情を浮かべていた。

第六戦隊は鈴谷含む第七戦隊の同期生なだけに、鈴谷の死は古鷹の心に響いていた。

「古鷹、大丈夫か?」

少し控えめに聞いて来る加古に軽く頷く。

「私は大丈夫だよ加古。でも青葉たちが」

「……まあなぁ」

深々と溜息を吐く加古は自動販売機で買ったコーラに口を付ける。

炭酸を味わいながら、一応見て来た青葉、衣笠、熊野の事を思い出す。

 

三人とも酷く落ち込んでいた。特に熊野は霊安室に籠ったまま出て来ない。

泣き声が聞こえる辺り、自殺、という事は恐らく無いだろう。

もし自殺して後を追っても、鈴谷がそれは望まないと熊野も分かっている筈だ。

 

だから今はそっとしておくべきだ。

 

一方青葉と衣笠は別々の状態だった。

沈み込んだ表情でやるべき作業や戦闘配食を黙々と食べる青葉と、何をしようにも発作的に泣き出してしまい手が付かなくなってしまっている衣笠。

普段の明るさが完全に二人から消えていた。

加古の目からすると二人とも落ち着くまで休んでいるべきだったが、青葉は無理をして仕事に手を付けている感が否めない。

所属部隊の次席指揮官として、と言うのもあるのかもしれないが、今は自分の本当の気持ちを押し殺してまでやるべき状態じゃない。

ひょっとすると衣笠より青葉の方が、心理的なダメージが大きいのかもしれない。

相談相手として傍にいてあげたいが、自分は出撃準備部署がかかっている艦娘なので出来ない。

上官の愛鷹に任せる他無いだろう。

第三三戦隊の他のメンバーもそれなりにショックを受けている。

 

当然だ。

艦娘は人間だ。目の前で仲間が死んでしまったらその光景から来る心理的ショックは大きい。

負傷はしていなくてもPTSDによる戦線離脱が長引く事もある。

 

見守るだけが今のところ彼女たちへの対処法だった。

 

 

「こんな形になるなんて聞いていませんよ」

静かに怒りを宿した大淀の目に睨まれても、土屋は顔色一つ変えなかった

「爆撃の巻き添えによる殺害が失敗したとなった以上は、また別の策を取る事になります。

私は連絡役に過ぎませんので、中将からの指令を伝える以外大淀少佐にお伝え出来る事はありません」

「せめて仁淀の状況ぐらいは教えて貰ってもいいのでは?」

自分にとっては愛鷹の暗殺よりも仁淀の治療状況の方が気にかかる事だ。

同じ艦娘であるし、別に個人的な恨みは特にない愛鷹の殺害計画に手を染め切りたくないのが本音だ。

実質仁淀を人質にされた形で殺害計画に関わっているに過ぎない。

事前に土屋から渡されていたトラッププログラムでデータリンクエラーを起こし、無人機による誤爆に見せかけての愛鷹殺害は、巻き添えを食った鈴谷が命を落とすと言う完全に想定外状態だった

「自分は存じ上げません」

「嘘。あなたは知っている」

無表情に返す土屋に大淀は詰め寄ったが、土屋は答えなかった。

「またご連絡を入れます」

それだけ残して土屋は立ち去った。

 

利用するだけ利用して、結局は何も変わらないではないか?

後を追いかける気が何故か沸かず立ち尽くしかない大淀は頭を掻きむしった。

 

 

どうも最近おかしい、と言う事だけ朧気ながら感じていたが、そういう事か。

海軍准尉の階級章を付けている男と大淀が話し込んでいるのを、近くの建物の中から陸奥は聞き取っていた。

窓をわずかに開け、聴覚を研ぎ澄まして聞いてみれば、とんでもない案件だった。

 

愛鷹暗殺計画。そしてそれに加担している大淀。

 

仁淀は先の触雷で重傷を負って以来、集中治療病棟に送られてそのまま続報が無い。

秘書艦職をしていた間に、仁淀の治療経過の報告に変わりが無かっただけに、今彼女がどうなっているのか誰も知らない。

武本ですら知っている節が見られなかった。

しかし、自分の絶対音感持ちがここで意外な役立ちするとは思ってもみなかった。

 

実は自分の耳の良さはあまり知られていない。

ピアノ調律師の娘として生まれ、適性判明前まで父親と一緒にピアノの調律の手伝いをしていた。

自分も父の姿を見ているとピアノを弾く事だけでなく、その調律にも携わり始めていた。

そして生れ付きの天性か、ピアノ一つ一つのコンディションまで分かるようになった。

軽くピアノを叩くだけで、そのピアノがどれくらい使われているか、どこかに歪みがあるかないかまで分かった。

だから陸奥として家業を継ぎたいと言う思いは強かった。

それながら艦娘となる事を決意したのは、深海棲艦の地上攻撃で母を失った仇を取りたいという復讐心だ。

父も愛する妻を殺した深海棲艦の仇を取りたいと言う自分の決意を受け入れてくれた。

家業を継がない事に後ろめたさはあったが、父は自分の意思を尊重してくれただけでなく、「家業なら気にするな、お前が決めた進路に父さんは反対しない」と背中を押してくれた。

 

「強く生きるんだぞ」

 

家を出る最後の時の父の言葉が今も胸に刻まれている。

そんな父ももうかなりの歳だ。帰省できない身として出来る事は自分の給与からの仕送りだ。

 

戦争が終わって艦娘が不要になった時、もし除隊可能になれたら実家に戻るつもりだし、それまで父には生きていて欲しい。

そう思いながら人間と深海棲艦との戦いに身を投じて来たが、今自分が聞いた話は状況がまるで違う。

簡単に言ってしまえば、人間同士での争いだ。

艦娘を殺すなんて、よほどの事情がある筈だ。

確かに愛鷹は艦娘の中でも経歴から素顔まで謎が一番多い。

どことなく辛い過去を送り続けていた節は垣間見えていたし、今でもそれに苦しんでいる。

かなり陰謀級の裏事情がありそうだ。

知ってしまったからには、陸奥自身ももしかしたら消される可能性がゼロとも言い切れない。

ここで聞き耳を立てている事がバレたら、と思うと多少は自分の身にも警戒すべき状況だ。

もしかしたら鈴谷と同じやり方で事故を装った口封じもあり得る。

誰かに知らせておきたい話だが、どうするべきか。

ひとまず自分は「あきもと」に行って出撃準備だ。

司令部には長門が鍋島の補佐に当たっているから、前線には自分が出る事になる。

重要な大火力持ちの戦艦陸奥として、種子島防衛に当たるのが自分の仕事だ。

 

 

食堂で戦闘配食を摂った後、愛鷹はウェルドックに隣接する艤装整備場に向かった。

整備場では明石が作業員や工廠妖精、久しぶりに見る工廠妖精のチフちゃんもいる、と共に空母機動部隊のメンバーの艤装の破損状態を確認していた。

「明石さん、お疲れ様です」

挨拶を入れると明石は自分に顔を向けて「いらっしゃいです」と返す。

タブレット端末とタッチペンを手に明石が見る艤装の状態は、どれも損傷が酷い。

血糊がべっとりついた艤装の一つを見て、愛鷹は悲しげに目を細める。

亡き鈴谷の艤装だ。

使い手を失った艤装は使用可能部品撤去後、廃棄処分になる。その際ネームプレートだけは大切に保管するのが決まりだ。

爆撃に巻き込まれた自分たちの内、幸い自分と青葉、衣笠は防護機能で被害を免れたが、艤装の破損が酷かった鈴谷と熊野は満足なバリア機能を展開できなかった。

だから鈴谷はその身を挺して、自分より傷が酷かった熊野を庇い、命を落とした。

 

味方に殺されたら、死んでも死にきれない……空飛ぶ計算機が……。

 

吐き捨てたい気持ちを抑えながら、明石に向き直る。

「明石さん、私の艤装の事で相談なのですが」

「何かご要望ですか?」

タブレット端末にタッチペンで損害状態を記入する明石が顔を向けて来る。

「私の主砲、もう少し旋回能力と再装填速度を上げられませんか? どうしても使い辛みがあって」

「旋回速度と装填速度ですか……上げられるだけやって見ますけど、正直な話陸奥さんの主砲をチューンする余地があまり残っていないので……。

やれるだけやってみますけど、微増程度だと思っておいて下さい。

と言うより、愛鷹さんが無茶し過ぎな気もしなくはないんですけど」

「それは……否定できません、ね」

溜息を吐いて、鼻柱を摘まむ。

火力が大幅に上がって以前より充分戦艦と渡り合えるようになったのだから、もう少し射程を生かした戦闘スタイルにしていくべきかもしれない。

超甲巡時代の接近戦にもつれ込むやり方が癖になっていて、まだ抜けられていないのが反省点だ。

「それに下手に接近戦やり過ぎると、飛行甲板が破損して発着艦が出来なくなりますからね。

愛鷹さんの航空艤装は装甲空母じゃないから被弾には脆いんですから。さっき検査しましたけど、甲板の随所に砲弾の破片で出来た穴が開いてましたよ、カタパルトの制御システムまで破損しかねない穴でした。

アレスティングワイヤーも切れたら航空機は着艦できないし、甲板そのものに直撃食らって全損したら話にならない。

自分の艤装の特徴をよく考えて下さいよ、もう巡洋艦じゃないんですから」

「次からは気を付けます」

ぐさりと胸に突き刺さる明石の説教を愛鷹は素直に受け取った。

ずっと対水上戦闘を前提にした教育を受けていただけに、航空艤装に関する注意力が欠け気味だった感は否めない。

瑞鳳抜きでも艦隊防空出来る強みを自分で潰しては本末転倒だ。

 

少し気落ちしたような姿になる愛鷹を見ながら、まあ使い勝手がちょっと難しいのが航空艤装と大口径主砲を併用する航空戦艦艤装系の悩みどころではある、と明石も溜息を吐いた。

空母と戦艦の機能の両立は中々難しい所ではある。伊勢型、扶桑型で既に判明している課題だ。

日本艦隊以外の国の艦隊で航空戦艦系が流行らないのは、やはり砲戦と航空戦を両立するのには少し慣れが必要なのと、艤装そのものが複雑化してしまう事だ。

それでも日本艦隊が航空戦艦系に拘るのは、大型艦艇艦娘の適正者が途絶えている事だ。

元々日本の人口も減っているし、志願制故に一般人の中にいる適正者を募る状況に限界がいずれ来るのは分かっていたことだ。

適正があっても、適性値が要求を満たせないと艦娘候補生の段階で落ちてしまう。

そもそも明石自体、艦娘の適性と言うモノの具体的な判別が分からない。

何をもって適正者と見分けているのか等、実態が不明瞭である。一番わかりやすいのは身体的な成長の停止程度だ。

大型艦艇系への適性が途絶えて久しい中、久々に大型艦艇の艦娘として着任したのが愛鷹だった。

ただ愛鷹はワンアンドオンリー艦なのか、二番艦、三番艦の構想が全くない。

中型艦艇も適正者が途絶えてしまっている中、鈴谷の戦死と来てしまったのは戦力的に容易に穴埋めが難しい問題でもある。

特に航空巡洋艦と軽空母の両方をこなせる貴重な艦娘だった。

いつ自分が死ぬか分からないのが艦娘の仕事とはいえ、日本艦隊で霞、浦風、鈴谷と熟練艦娘三人が短期間の内に戦死したのは痛い話だ。

何か戦力補填が簡単ないい方法でも無いモノか。

 

「艦娘の戦力補充……クローン技術、とかで何とかならないモノなのかな……」

 

何気なく明石が呟いた時、愛鷹がいきなり明石の胸倉を足が宙に浮く程の勢いで掴み上げた。

身長差もさることながら、驚く程の愛鷹の腕力に仰天する明石が驚きと困惑を交えた表情を浮かべた時、小声で愛鷹が「すみません」と謝りながら手を離した。

少しだけ激怒した様な愛鷹の反応に驚きながら、何か気に障る事を言ったか、と自問自答するが思いつかない。

一方愛鷹は溜息を吐くと「急に無礼を働き申し訳ございません」と謝ると、明石が何か言う前に整備場から出て行ってしまった。

「ど、どうしたんだろ……」

何か気に障る事でも言ってしまったのだろうか。

しかし、身に覚えが無いだけに明石は困惑するしかなかった。

 

その時空襲警報が鳴り響いた。

重攻撃機を含む大規模な戦爆連合が種子島基地と「あきもと」に向かっている、と警告が流れた。

戦爆連合がこの艦にも⁉ 明石が冷や汗を浮かべた時、艦内に複数の警告が飛び交った。

(全艦に発令、対空戦闘用意! 全部署に対空戦闘部署発令!)

(ウェルドックの艦娘は対空装備。スクランブル可能な艦は随時出撃せよ)

(前部バラストタンクの排水及び後部バラストタンク注水用意。全艦艦内後方傾斜に備えよ)

(バラスト注水完了後、ウェルドックハッチ開放)

 

 

古鷹、加古、陽炎、不知火、黒潮、親潮、神通、名取、敷波、綾波、秋月、照月らが次々にウェルドックから発進し、二群の輪形陣を展開し対空戦闘の構えを取った。

出撃していく艦娘達を見送る瑞鳳は取り敢えず矢筒に戦闘機隊の矢を装備させて、自分にも出撃命令が下った時への備えを取る。

出撃指示が出た艦娘が全員出るとウェルドックのハッチが閉鎖され、バラストタンクの注排水が行われ艦内が水平に戻った。

後には瑞鳳だけがウェルドックに残った。

夕張は艤装整備場に行ったきりまだ戻らず、深雪と蒼月は無人機の爆撃時に一部破損している艤装の修理と燃料弾薬補給中だ。

旗艦の愛鷹と青葉、衣笠はウェルドックに姿を現さず、どこへ行っているのか分からない。

ただ、青葉と衣笠は同期生の鈴谷の死で精神的にダメージを受けてしまっているのですぐには出られないだろう。

軽く溜息を吐いた時、外から砲声が聞こえ始めた。

出撃した艦娘達の対空射撃の砲声だ。「あきもと」のCIWSの射撃音まで聞こえる。

遠雷の様な爆発音が轟き、爆撃が始まっている事が分かった。

戦闘機隊による迎撃が行われている筈だが、もう爆撃を許したという事だろうか?

「AWACSさえ上がっていれば……」

直ぐに回せるAWACSがない為、種子島基地は自前のレーダーで深海棲艦の攻撃を察知するしかない。

何処かもどかしい気分を覚えながら待機している時、爆発音と共に「あきもと」の艦体が軽く傾いた。

(敵弾、右舷至近距離に着弾!)

(ダメージコントロールよりCIC、右舷第四デッキに軽度の浸水発生)

艦内に乗員の報告が飛び交う。至近弾による浸水が起きたようだが「あきもと」の巨体からすればかすり傷程度だ。

とは言え投弾を許した状況という事は、敵機の爆撃を防ぎきれていないという事だ。

航空優勢を確保しないと誰か、または「あきもと」が被弾する事になる。

五航戦の二人が重傷で動けない今、艦娘にある航空戦力は第三三戦隊の戦闘機隊のみだ。

だとしたら出撃すべき状況の筈だが、爆撃を受けている中艦娘を出撃させるのは極めて危険だ。

航空攻撃を凌いだ後、定数割れの状態で出撃となるか。

 

そう思っている時、隊の愛鷹、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳に出撃指令がかかった。

同時に戦艦陸奥と軽巡大淀、駆逐艦長波、岸波、沖波、朝霜ら第三一駆逐隊への出撃準備も下る。

「出番の様ね」

そう呟いた瑞鳳は弓を手に取った。

 

 

肝心な青葉と衣笠が出撃可能な精神状態と言い難い状況の為、第三三戦隊は「あきもと」及び種子島基地防衛任務の為に陸奥を臨時編入する事になった。

また大淀に第三一駆逐隊の岸波たちをつけた臨時編成の水雷戦隊も編成し、爆撃が一段落し第二波襲来前に第三三戦隊と共に出撃となった。

ウェルドックで出撃準備を進める愛鷹に陸奥が歩み寄ると「よろしくね」と臨時編入としての挨拶を入れる。

「こちらこそです」

軽く一礼する愛鷹に陸奥は、ふと大淀他海軍関係者が命を狙っている事を教えるか一瞬迷った。

だが戦闘前に話すべき事も出ないか、と考え直し自分の艤装の準備を進める。

隣の愛鷹の艤装にはかつて自分が使っていた主砲がセッティングされていた。

自分が改二化された際に降ろされた主砲がまた使う機会に恵まれたのは、なんとも言い難い喜びがある。

グリップ操作槓で愛鷹が主砲の動作確認をするのを見て、自分が使っていた時より少し動きが速くなっている気がした。

「主砲の旋回性が上がっているわね。主砲の俯仰も早くなったかしら?」

「明石さんに少し無理を言って、可能な限り反応速度を上げさせて貰いました。

どうも三一センチの頃の癖が抜け切れてなくて、主砲の反応速度と再装填速度に不満があったのです」

「そう言えば、慣熟抜きでのぶっつけ本番の戦線投入だったわね」

改艤装の慣熟は愛鷹の不祥事と、種子島への緊急投入と言う時間的余裕の無さから、現地での実戦スタイルで行うことになっていた事を陸奥は思い出した。

飲み込みの速い愛鷹は慣熟抜きでも艤装そのものは割と使いこなせている様だが、自身の戦闘スタイルには戦艦の主砲はやはり不慣れが僅かにあるようだ。

元々三一センチ主砲で数々の修羅場を潜り抜けていただけに、そっちの方が馴染み深いし使い慣れていたのだろう。

「私の主砲を使ってみた感想は?」

そう問いかける陸奥に愛鷹は制帽の鍔を掴んで被りなおしながら簡潔に答えた。

「少し重いですが、威力はやはりビッグセブンのモノですね。

巡洋艦狩りには過ぎた威力です」

「それはまあ、そうなるわね」

苦笑を浮かべる陸奥に愛鷹もうっすらと笑みを浮かべた。

 

 

ウェルドックが開放され、準備の済んだ第三三戦隊と大淀以下の水雷戦隊が出撃する。

すぐさま愛鷹と瑞鳳は上げられるだけの戦闘機隊を出撃させた。

先の空母機動部隊救援任務での防空戦闘で愛鷹は烈風改二を三機失った為、補充を行うと共に小隊ではなくスカーとファルコンの二小隊を解散して、グリフィスとドレイクの二個中隊編成に組み替えた。

第一一八特別航空団第一中隊がグリフィス、第二中隊がドレイクのコールサインで呼称される。

瑞鳳から三六機の烈風改、愛鷹から一六機の烈風改二が上がり、瑞鳳搭載機の内、ストライダーとサイクロスプス以外の全小隊が種子島基地の防空任務に割り当てられ、「あきもと」含む艦娘の上空を護る戦闘機は八機の烈風改と一六機の烈風改二となった。

 

艦隊と支援艦防空は二四機の戦闘機が頼り。

後は艦娘達の対空射撃の腕前次第だ。

 

 

程なくして種子島基地の対空レーダーサイトが深海棲艦の攻撃機の編隊を探知した。

数は「あきもと」と種子島基地にそれぞれ六〇機ほどずつ。

戦闘機を駆る航空妖精さん次第だ、と愛鷹が思った時、瑞鳳が上げているAEW彩雲スカイキーパーから敵水上艦隊多数接近の報が入る。

編成を確認する瑞鳳の顔が一気に青ざめる。

敵は戦艦ル級改flagship型が六隻、重巡ネ級elite型六隻、ネ級改elite型二隻、重巡リ級elite型四隻、軽巡ヘ級flagship型二隻、雷巡チ級四隻、駆逐艦ロ級後期型エリート型六隻、ナ級Ⅱ後期型六隻。

戦艦六隻、重巡一二隻、軽巡二隻、雷巡四隻、駆逐艦一二隻、総計三六隻の大艦隊だ。

これほどの大規模水上艦隊を一度に送り込んでくるのは、そうある事ではない。

空母護衛にも付けているであろう戦力を考慮すると、相当な大艦隊が種子島近海に展開している可能性すらあった。

全員にこの報告が伝わると、全員生唾を呑み込んだ。

こちらの手元にはもうすぐに動員できる艦娘が長門と青葉、衣笠の三人しかいない。しかし、三人ともすぐに動ける状態ではない。

空母である瑞鳳は水上戦闘が出来ないから、艦娘側の戦力は中小艦艇艦娘を中心とする二二隻(二二人)。

火力では圧倒的に不利だった。

おまけに先のUAVデータリンクエラーの復旧作業が終わっていない為航空支援が来ない。

「流石にこれちょっとヤバいな……」

眉間に冷や汗を浮かべる深雪の言葉に、いつになく緊張する蒼月が頷く。

「予備戦力、まだ多数いますよね」

「ああ。もっといるだろうな」

「ス級がいないだけマシでしょうか?」

「あのバカ火力野郎抜きで、こっちは過去に何人も殺られているから……まあまあマシか」

慰めにもならねえ、と自嘲しながら深雪は主砲を持つ手の汗をハンカチで拭った。

 

正面からぶつかって勝てる相手ではない。

下手に挑んで更なる犠牲者を出すわけにはいかない。

何かいいアイデアは無いだろうか……。

海図を見つめる愛鷹はそう言えば、と前に長門から近海に複数のメタンハイドレート鉱床の海上プラントの話を聞かされたのを思い出した。

この種子島の近海には深海棲艦の攻撃が激しくなる少し前の海洋調査の結果、メタンハイドレートの鉱床が点在しているのが判明し、採掘プラントがいくつか立てられている。

種子島基地に一番近いプラントは試掘用のモノであり、埋蔵量は元々大したことが無かったため今は閉鎖されている。

しかし、掘りつくした訳では無いはずだ。

比較的その試掘プラント周辺の海底は浅くなっている。

「……これで行けるかもしれない」

そう呟いた時、二四機の戦闘機隊が会敵し、交戦を始めた。

 

 

瑞鳳から発艦した戦闘機隊と種子島基地の臨時飛行場から出撃した雷電の混成編隊が、種子島基地とSSTO施設を狙う深海棲艦の攻撃隊と交戦を開始する一方、艦隊と「あきもと」に向かって来る敵機には二四機の戦闘機のみで迎撃になった。

数の差はあれど、技量では後れを取らない戦闘機隊が攻撃隊を迎え撃つ。

(ターゲットマージ。敵機の攻撃機、全部重攻撃機じゃないか!)

(悪い予感がするな)

(そいつを杞憂にするつもりでやっちまおう)

二四機の戦闘機に対し、六〇機余りの深海棲艦の攻撃隊の約半分が向かって来る。機体はタコヤキだ。

(フォーメーションを崩すなよ、行くぞ!)

双方の発砲はほぼ同時だった。

烈風改二と烈風改の銃弾がタコヤキの放つ銃弾と絡み合い、双方で被弾した機体が黒煙を上げて落ちていく。

(ドレイク5がやられた!)

(くそ、開幕かよ。奴ら出来る機体ばかりだ)

ほぼ同数のタコヤキを相手にするだけに戦闘機隊は攻撃機に取り付けない。

重攻撃機の対艦攻撃能力は高いだけに、護衛機の防衛ラインを一刻も早く突破して撃墜しないと艦娘に被害が出る。

しかし護衛のタコヤキは腕利き揃いなのか、僅かに勝る物量と連携プレーで中々取り付く暇を与えてくれない。

(艦隊まで残り二万メートル、急げ、重攻撃機は一機も減っていないぞ!)

急かすように言うスカイキーパーの言葉にも焦りが滲む。

そんな中、二機の烈風改が背後を取られ、タコヤキの攻撃を受けて被弾し落ちる。

(こちらサイクロプス3、駄目だ、脱出する!)

(ストライダー2、被弾した。すまない、機体を捨てる)

(サイクロプス3とストライダー2のパラシュート確認!)

(くそ、ファイターパイロットの意地を見せてやれ!)

(陣形を立て直せ、エレメントを維持しろ!)

(邪魔な奴め、どけ!)

タコヤキが火を噴いて高度を落とす一方、烈風改が翼をへし折られて錐もみ状態で落ちていく。

二機の烈風改二からの攻撃を受けたタコヤキが木の葉のように回転して落ちていく中、ようやく二機の烈風改が重攻撃機に取り付く。

銃撃を浴びせられた重攻撃機が黒煙を吹いて高度を落とし始め、更に一機が落とされる。

そこへ護衛のタコヤキが舞い戻り、二機の烈風改は自分の身を護る為に攻撃を断念する。

(くそ、数で負けてないはずなのに、間に合わないぞ)

(結構派手にやったはずなのに減った気がしない!)

フルスロットルのエンジン音と機関砲の射撃音が青空に響き渡るが、重攻撃機を撃墜する音は混じらない。

粘り強い防戦に戦闘機隊はタコヤキを相手にするだけで精一杯だ。

 

 

無理みたいね……。HUDに表示される敵編隊の表示を見て愛鷹は軽く溜息を吐いた。

「こちら愛鷹、戦闘機隊各隊は重攻撃機から距離を取って下さい。スカイキーパー、長距離対空射撃を行います。

予測針路、高度を送られたし」

(了解、今送る。HUDで確認してくれ)

スカイキーパーから送られて来た敵機の情報がHUDに表示される。

対空射撃の構えを取る愛鷹に、陸奥が頼みを入れて来た。

「愛鷹、データリンク接続で私の主砲も連動させて」

「……それは私にタッチシステム管制で対空射撃をしろと?」

急な話に軽い驚きと困惑を覚えるが、あれこれ言っている暇はない。

「擬似的タッチ管制は……出来なくはない、ですけどね……」

 

真顔で頼んできた陸奥にそう返しながら、出来なくはない陸奥の主砲射撃管制システムを自分の射撃管制装置と連動させる。

本来愛鷹の艤装には専用のタッチシステム射撃管制機能はない。

一応被タッチシステム側の愛鷹でも、データリンク接続による照準共有を基にすれば、擬似的なタッチは可能とは言えかなり愛鷹の腕頼りになる。

不確定要素が多いながら、陸奥が愛鷹にタッチシステム管制を依頼したのは、自分より愛鷹の方が対空射撃に優れていると判断したからだろう。

 

軽く溜息を吐きながら、愛鷹は陸奥の主砲の射撃管制装置と自身の主砲の射撃管制装置をデータリンクで接続する。

「射撃管制、タッチシステム射撃管制にセット。タッチシステムデータリンク・アクティベート。

一部射撃管制をオフラインにセット、以後マニュアル・コントロールにて疑似タッチ射撃管制開始。

陸奥の主砲とのデータリンク接続を確認。

射撃照準は対空。全門三式弾改二装填」

HUDと射撃管制スティックを操りながら照準を接近する重攻撃機の群れに向ける。

射撃管制で補えない部分は自力で暗算する。

「全門三式弾改二装填確認。仰角、射角、コリオリ偏差修正よし。

射線方向クリア。

 

……照準よし!」

陸奥の四一センチ連装主砲と同三連装主砲が愛鷹の照準と連動して動く。

 

(行けるか? いや行くしかない!)

 

軽く唾を飲み込むと、愛鷹は射撃トリガーに指をかけた。

「長距離対空戦闘。タッチ管制艦指示の目標、主砲、撃ちー方始めー!

発砲! てぇーっ!」

 

トリガーを引いた直後、愛鷹と陸奥の主砲が一斉に火を噴き、周囲に衝撃波の波を押し広げながら四一センチ対空弾を空へ向けて放つ。

三〇機程の重攻撃機に向けて放たれた一四発の三式弾改二が近接信管を作動させ、爆発、散弾の雨を攻撃隊に叩きつけるように浴びせる。

凄まじい爆炎が重攻撃機を包み込み、すぐに黒煙へと変わり、そこから姿を現した重攻撃機は三分の二ほどの機体を失っていた。

たまげたもんだ、と深雪が口笛を吹く。

「相変わらず仕事がスゲエな」

「結構削れましたね。秋月姉さん、照月姉さんと一緒に頑張れば残りは私達でもやれそうです」

少し自信ありげに言う蒼月だが、長女の秋月は真剣な眼差しを崩さず敵機を見つめる。

「油断は禁物よ。照月、蒼月、主砲対空戦闘。残存目標に主砲を指向。

弾幕を展開するわ」

「了解、秋月姉さん」

頷く照月も長一〇センチ砲の砲口を重攻撃機へと向ける。

射程に入り次第三人の対空射撃が始まった。

高い速射性と強力な装薬で撃ち出される対空弾が重攻撃機の生き残り目がけて飛翔し、弾幕の嵐を叩きつける。

三人からの激しい対空砲火に重攻撃機は瞬く間に五機を失うが、残る重攻撃機六機が低空へと舞い降り始める。

「魚雷か、反跳爆撃か……」

重攻撃機の機動を見る夕張が見つめる中、超低高度に降下した重攻撃機がその胴体の下に細長い物体を現した。

 

魚雷だ。それも三本。

 

「全艦、弾幕を展開! 近づかせるな!」

凛とした陸奥の指示に秋月、照月、蒼月以外の駆逐艦娘や神通、夕張らも対空射撃を始める。

さらに増えた弾幕に怯む事無く重攻撃機が迫るが、激しい弾幕の雨が魚雷投下ポイントの前に立ちはだかる。

二機が同時に砕け散り、一機が姿勢を崩して海面に突っ込む。

「残り三機……艦対空噴進砲、攻撃用意」

中々落ちない三機の姿を見つめる愛鷹は、準備を整えている自分の対空火器に指示を出す。

周囲に炸裂する対空弾の散弾を浴び続けた結果、ボロボロになった重攻撃機の一機が力尽きた様に海面に突っ込んで白い水柱を突き上げた時、残り二機の重攻撃機が魚雷を投下した。

「敵機魚雷投下! 全艦回避運動!」

艦娘達が一斉に魚雷の射線上から離れるが、魚雷二発が「あきもと」に向かって伸びて行く。

巨大な艦である「あきもと」では直ぐに躱せない。

次弾装填が終わったばかりの愛鷹が主砲を向けた時、長波を先頭にした第三一駆逐隊の四人とそれを率いる大淀が魚雷目がけて射撃を開始する。

「やらせるか!」

主砲を撃つ長波の砲撃で一発が爆発するが、残る一発は「あきもと」へ白い航跡の筋を伸ばしていく。

 

いくら後方支援の艦とはいっても、あの巨体なら魚雷の一発でそう簡単に沈みはしないだろう、と愛鷹が思った時、大淀の「しまった!」と言う叫び声が聞こえた。

 

何事? と愛鷹が振り返った時、視界に大淀の一五・五センチ主砲弾が目に入った。

咄嗟に防護機能を展開するが、充分な防御率にまで上がる前に砲弾が直撃し、爆発する轟音が愛鷹の耳を聾した。

頭部に凄まじい痛みが走り、悲鳴にならない悲鳴を上げて愛鷹は仰向けにひっくり返る。

「愛鷹! 大丈夫⁉」

陸奥が制帽を吹き飛ばされ、頭から血を流して倒れている愛鷹の元へ寄る。

右の側頭部から出血する愛鷹は右手を当てて流れ出る血を抑えている。

無帽状態の愛鷹の傍に寄った陸奥が医療キットから止血剤のスプレーを出した時、爆発音が聞こえ「あきもと」の艦体が軋む音を立てた。

魚雷が命中してしまった。命中箇所から黒煙を吹きあげる「あきもと」から警報が鳴り響き、ダメージコントロール作業の指示が飛ぶ。

傷口に手を当てている愛鷹の手をどけて、陸奥が患部に止血剤を吹き当てる。

どうやら大淀の放った砲弾が跳弾になってしまい、愛鷹の頭に当たったようだ。

破片などは刺さっていないが、切り傷が刻まれている。

「瑞鳳、手当てをお願い!」

スプレーを吹き付けてその場しのぎ程度の止血をすると、陸奥は医療バックを持つ瑞鳳を呼ぶ。

流石に痛むらしく患部を触らない程度に右手を当てる愛鷹を見下ろした時、陸奥は愛鷹の容姿が大和そっくりな事に気が付いた。

制帽を目深に被っていた為、今まで気が付けなかったが、脱いでみれば容姿は大和と瓜二つだ。

(どういう事……?)

思わぬ素顔に陸奥が困惑していると、医療バックを背負った瑞鳳が駆けつけた。

「傷は?」

「跳弾した砲弾が頭に当たったわ。見た感じ切り傷で済んでるけど……」

容態を尋ねる瑞鳳にざっと自分が見た程度の具合を伝える。

呻く愛鷹に患部を見せて貰った瑞鳳は、これは痛いだろう、と切り傷と言うより裂傷に近い愛鷹の傷を見て、とりあえず止血剤と鎮痛剤を打つ。

傷口具合から絆創膏じゃ無理だと判断した瑞鳳は、バックから応急処置の道具を出し、応急手当を行った。

傷口に当てたドレッシングとそれを巻き付ける包帯をしっかり縛り、最後に白い覆いの右側が一部焦げた制帽を渡して愛鷹を陸奥と一緒に立たせる。

「艦内の医務室で処置を受けた方がいいかな」

「……この程度の傷……なんてことはありません……」

不安げに応急処置をした部分を見る瑞鳳に、阿弥陀被り気味になった制帽を軽く直しながら愛鷹は首を横に振った。

痛みが和らぎ始め、深い溜息を吐きながら軽い眩暈を覚えながらも自力で立った。

余り重傷ではない様なのが幸いだと陸奥が思った時、愛鷹が「見て……しまいましたよね」と尋ねて来た。

「見ちゃいけないモノだったのは承知してるわ。でも今ここで理由とかの説明は後回しよ。

敵の水上部隊をどうやって迎撃するかが優先事項」

「私にいい案がありますよ」

そう返す愛鷹に無言で先を促す。

「深海棲艦をお名前通り深海に戻すんですよ」

「え?」

どういう事? と陸奥が首を傾げた時、「こんの大馬鹿野郎!」と言う深雪の怒鳴り声と誰かを思いっきり殴り飛ばす音が聞こえた。

二人が視線を向けると、深雪に左頬から殴られた大淀が海上に尻餅をついて、殴られた時に吹っ飛んだメガネをかけなおしていた。

尚も怒り止まぬ深雪がもう一発を繰り出しかねない勢いになっていた為、慌てて陽炎ら駆逐艦と神通が間に入った。

殴り飛ばされた大淀を夕張と名取が立たせて、状態を窺っていた。

「お、怒るのは分かりますけど、暴力はダメですよ」

「そうだぜ。ぶちぎれるのは分かるけどよ、今のはちとやり過ぎだぞ」

誤射に怒りを露わにする深雪に蒼月と朝霜が落ち着けと抑え込む。

「跳弾でも誤射してもろに当たってたら愛鷹も危なかったんだぞ!」

「深雪さん、暴力はダメです。私の事を気遣ってくれているのは分かりますが、殴って何か変わると言う訳ではありません」

「お前はいつもそんな姿勢だから」

「私は、ほら、生きているんです。ちゃんと二本の足で立っています」

落ち着けと愛鷹も抑えに入ろうとした時、一同のヘッドセットに緊急通信の電子音が鳴った。

司令部に残って鍋島司令の補佐に当たる長門からの通信だ。

 

(皆、よく聞いてくれ。鍋島司令経由で武本提督から指示が出た。

SSTOのこれ以上の発射遅滞は欧州への脅威対応に支障きたす為、明日早朝SSTOの発射を強行する事をUNPACCOMと協議の末決定。

明日〇四三〇までSSTO発射施設及び当該海域における可能な限りの航空優勢の確保に努めよ。

以上だ)

 

言うは易く行うは難し、とは何とやらと軽く溜息を吐きながら愛鷹は意見具申を入れた。

「長門さん、愛鷹です。ちょっとそちらで鍋島司令と行って貰いたい事があるのですが」

(何だ、面白い作戦でもあるのか?)

聞いていたらしい鍋島が長門に代わって出る。

「そんなところです。ただ、現場判断では関係ない第三者に迷惑を入れかねないので、ちょっと国交省や水産庁とかに話を入れるかもしれませんが」

(各省庁との話付けか。ふむ、続けろ)

先を促す長門に愛鷹は海図をHUDに表示させ、種子島から少し離れた座標を長門のコンソールに送った。

「ここにある資源試掘プラントD11を利用した作戦です」

(D11……ああ、水産庁がかなり前にこの海域でのメタンハイドレート試掘の時に調査用として立てたやつか)

「はい。そこのプラントを用いた作戦になります。一言で聞くとすれば、そのプラントを派手に破壊することになっても良いかどうか、です」

(ほう……)

「あのプラント一帯にはまだ少量のメタンハイドレートがあり、比較的深度も浅い場所です。

深海棲艦の艦隊をうまくそこへ誘引出来れば、今日中にケリがつくかもしれません」

(今日中か)

「希望的観測もありますが、そちらで出来れば三〇分以内で関係省庁と話を付けて欲しいのです。

こちらへと進軍する深海棲艦の水上部隊の進撃速度を勘定した作戦なので」

(水産庁と国土交通省と霞ヶ関にも範囲が広がりそうだな)

しかし、悪くないとでも言う様な声になる鍋島に愛鷹は作戦計画を伝えた。

 

愛鷹の提案した作戦は、

第一段階・一個艦隊を用いて深海棲艦の艦隊を資源試掘プラントD11の近海へ誘引。

第二段階・海底のメタンハイドレート鉱床に魚雷を撃ち込んでメタンの泡を吐き出させ、敵艦隊を泡の海に沈める。

 

最終段階は残存敵艦艇の掃討及び全艦の帰還、と言う形で締めくくられた。

 

「敵水上部隊がこの基地を含むAO(作戦海域)に至るまでのETA(到着予定)は、深海棲艦が現在の速力を維持した場合希望的に見積もって四〇分が限界です」

(了解した。貴様の作戦を関係機関と共有して話を付ける。誘引を行う囮艦隊の人選は貴様に任せる)

「ありがとうごさいます」

艦娘への態度は良いとは言えないが、戦闘中となると防衛戦力として他に替えが今の所ないからか、少なくとも愛鷹からすると鍋島の反応は積極的とも好意的とも取れなくはなかった。

私情は戦闘中挟まない公私を分けた対応が出来る海軍司令官という事か。

「確かに無能だったらとっくその座を追い出されている立場よね」

口に出して呟きながら、愛鷹は囮艦隊の人選を行った。

囮艦隊の旗艦は言い出しっぺの自分と、速度、経験の豊富な艦娘の中から選ぶ必要があった。

行く先が地獄でも付き合うと言いだす深雪は勿論編入する一方、最高速力が今一つである夕張は外し、古鷹と加古の二人の重巡と神通を選んだ。

対空戦闘能力の高い蒼月は種子島基地防衛に残しておきたい為、代打者に秋月を選んだ。

囮艦隊の人選を済ませた愛鷹が五人に召集をかける。

初めて艦隊を組む間柄になる神通と秋月に「お二方の実力、見せて頂きます」と敬礼して頼み込む。

「こちらこそ、水上戦闘はお任せください」

「対空戦闘はこの秋月にお任せ下さい。どうぞよろしくお願いいたします」

踵を揃えて愛鷹に返礼する神通と秋月の顔には場数を踏んでいる経験者の余裕があり、愛鷹としては頼もしさを覚えさせる二人だ。

古鷹と加古の二人とは、沖ノ鳥島海域での戦いで共闘経験があるので互いに面識のある関係同士だ。

「なあ、この作戦なんか名前とかあるの?」

第三主砲の作動状態を確認する加古の問いに、そう言うモノへの発送が全くなかった愛鷹は首を横に振った。

「特に名前などは……」

「メタンハイドレートのガスによる泡ブクで海底に送り返すのだから……泡、バブル作戦なんてのはどうでしょう?」

そう提案する古鷹に、失敗した時の「水泡に帰す」と言うのを連想しながらも、敵の作戦が水泡に帰すと考えればよしと自分に言い聞かせて、即効の「バブル作戦」と呼称を決めた。

 

ダメージコントロールで被弾した区画への防水作業を終えた「あきもと」から整備艇が発進し、囮艦隊のメンバーへ既に消費済みの量の燃料を補給する。

補給作業が行われる中、愛鷹は右側頭部の応急処置部分から一旦包帯をほどき、傷口の具合を陸奥に確かめてもらう。

「止血は出来てるわ。もう新皮が形成されて来てるくらいよ。

絆創膏を貼っておくだけでも充分かも知れないわ」

「ではその処置にやり直しておくとしますかね」

「私がやってあげる」

傷口に貼る医療キットの絆創膏を陸奥に貼って貰っていると、鍋島から通信が入った。

(関係先機関からGOサインが出た。戦時だから非常招集もかかっているだけに思ったより早く終わった。

D11他、いくつかのリグは破壊することになっても、こちらからは一切の責任追及と被害補償、責任者への責任を問わない、だそうだ)

「話が分かる文官揃いでよかったです」

(全くだ。準備は出来たな?)

「はい。私と古鷹、加古、神通、深雪、秋月による囮艦隊で敵艦隊の誘因を図ります。

そちらにいる長門さんの手も、万が一に備えてお借りしたいところではありますが」

(長門もそちらに回すが、長門は種子島基地防衛に回す。後は貴様らの経験と技量で何とかしろ。

成功を祈る。アウト)

通信を切る鍋島にヘッドセットから手を離した深雪が「何が成功を祈るだよ……」と軽く溜息を交えて呟いた。

空母機動部隊のメンバー救援任務のデブリーフィングで鍋島が翔鶴、瑞鶴、鈴谷を人として見ていた節が無いのが不満だった。

 

戦死した鈴谷には死んでも死にきれない無念があったはずだ。誤爆と言う味方に殺される結末など無駄死に以外の何物でもない。

どこかしら無理している印象も否めない愛鷹に視線を向けた時、愛鷹は囮艦隊旗艦として隊列形成を自分たちに指示するハンドサインを送るだけで振り返る事は無かった。

 

愛鷹。死にたくないと言いながら、お前は何でいつも身の安全など誰も保証できない最前線に立つんだ?

 

自分に残されたわずかな寿命を全うしたいと語る愛鷹と、命の保証なき最前線に進んで立つ愛鷹と言う、相反する姿を覚えながら深雪は最後尾に並んで出港した。

 

 

囮艦隊が出撃して程なく長門が「あきもと」から青葉と衣笠を伴って現れた。

(もう再出撃可能なくらいに精神を立て直せたの?)

戦列に復帰する青葉と衣笠に対し陸奥が軽い驚きを覚えていると、長門が自分の元に寄って来た。

「待たせたな」

「いいの長門? 青葉と衣笠の精神状態」

「完全に立て直しきれた訳では無いが、戦闘に参加できる程度なら行けるだろう。

私も今は無理に戦列に復帰しなくても良いと思うが、青葉曰く姉妹揃って『じっとしてられない』そうだ。どの道人手は欲しい」

硬い表情を浮かべる長門に一抹の不安を抱く陸奥だったが、確かに今は一人でも多くの人手が必要な事に変わりない。

鈴谷を失い熊野の戦線離脱を余儀なくさせられ、更に空母機動部隊は全く使い物にならない今、戦える艦娘は貴重だ。

 

「長門、ちょっといいかしら?」

「何だ」

手招きする陸奥に長門が寄ると、陸奥はヘッドセットを叩いて手刀を切る仕草をした。

無線を切れ、と言うハンドサインだ。どういう事だと思いながら一応ヘッドセットの無線機能を一度シャットアウトする。

「この事は大淀に知られる訳にはいかなくて。

長門、理由は今の所分からないけど、愛鷹の命を狙う一派がこの基地にいるわ」

「何だと……!?」

驚愕する長門に陸奥はちらりと大淀を見やり、驚きを隠しきれない長門に偶然知った事を明かす。

「おまけにその一派には大淀も関わっているみたい。何がきっかけであの子が外道に染まっているのか今は分からないけど」

「大淀が愛鷹の命を狙う一派の手先に……なるほど。

待てよ……」

ふと長門はこれまで種子島基地に愛鷹が来てから起きた事を整理してみると、ある程度納得出来る事があった。

いや、全て辻褄が合うと言うべきか。

 

「この事を知っているのは?」

「私と貴方だけね。青葉たちにも大淀の事は話してないわ」

そう返す陸奥に長門はまあ、今はそれが妥当かと頷く。

「推測が一部混じっているが、これまで第三三戦隊が種子島に来てから起きている事を精査すると、大淀が間接的に関わって来た可能性がある。

アリバイがない訳でないが、大淀が愛鷹の殺害を目論む一派の手先になったのだと仮定すると、先の誤爆も駆逐艦娘『いわなみ』の件も全て納得がいく」

「……全部裏で大淀が関わって来た……誤爆は実は誤爆では無い?」

目を細める陸奥に長門は頷く。

「技官がサーバーをチェックしたら、UAVのOSに外部から接続を受けた痕跡が見つかった。技官の話では記録に無いアクセスだそうだ。

これが大淀によるものだとすれば、アイツが何かウイルスなりバグなりをUAVに仕込んでいたとすれば、あのドローン空爆は愛鷹を巻き添えに見せかけての殺害が目的だった可能性がある」

「つまり、鈴谷はその巻き添えの犠牲者……」

「恐らくは、な。『いわなみ』の件に関しては大淀にアリバイがあるからアイツが直接やったとは言えないが、普段から司令部にいたあいつなら事前に準備を出来た話だとすると納得がいく。

問題は何故あいつがそんな外道に走っているかだが」

そこに納得いく答えが無い長門に、陸奥は仁淀の話を伝えた。

仁淀の命と愛鷹の命を天秤にかけられ、事実上強制的にやらされているとすれば、何か決定的な打開策に繋がり得るかも知れない。

「それが事実だとしたら……アイツとしても本心でやっているとは言い切れんな」

「仁淀を人質にする形で服従を余儀なくされたのだとしたら、万が一あの子が逮捕されても情状酌量の余地が残るわね。

軍法会議モノの話とは言え、あの子の減刑に役立つかも」

そう語る陸奥に同感だと頷く。

「何故愛鷹が命を狙われなければいけないのか、は私にもよく分からないけど、顔が大和とそっくりなのを考えると何か裏話があるわね」

「……アイツからは不必要に喋るなと言われているから黙っていたが、お前もこの騒動に関わったのなら知っておいても損は無いと思って明かす。

アイツは大和の遺伝子を基に作られた大和のクローンだ。詳しい話はここで話しきれないが」

「ホントなの?」

驚きを浮かべる陸奥に長門は「あいつが直接教えてくれた」と返す。

「提督に報告するべきか否かだが、通信関連に監視が入っている可能性を踏まえると、すぐにはいかんな」

しかしこのまま放っておけば一体どんな破壊工作に遭うか分からない。

直接知らせるにしても、長門か陸奥かがこの場を離れて行うとしても今の二人の立場から言えば難しい話だ。

代役を立てられれば良いのだが……。

 

 

「羅針盤障害レベルが急激に上がり始めました! 障害レベルが急激に上昇中」

自分の羅針盤を見て告げる神通にかかったか、と思った時艤装CCSから初めて聞く報告が上げられた。

方位磁石が突然高速回転し始めたのだ。

更に腕時計を見ると時計の針が急激に回り始めていた。

「これはちょっと拙い……」

眉間にしわを寄せる愛鷹は、海図を取り出してある程度の勘と原始的なやり方で自分の位置を特定する。

方位磁石と腕時計が使えないとなると、日光を利用して東西南北を図るしかない。

しかし、方位磁石まで狂わされる障害は愛鷹も聞いたことが無い。

どう言うからくりが働いているのか、と首をかしげたくなった時、海上を監視していた古鷹が何かに気が付いた。

「……あれは……加古、見て」

「何だ……おいおい、マジかよ」

「どうかしました?」

緊張した表情を浮かべる二人に愛鷹が尋ねると、古鷹は右前方の海上を指さした。

双眼鏡を手に愛鷹が見てみると、青い海上に赤いモノが広がっていくのが見えた。

「海が赤くなっている? 赤潮か……」

それにしてはやけに血の色染みた色合いだ、と思った時神通が目を剥いた。

「あれは……まさか⁉」

「愛鷹、気を付けろよ。神通は目が良い。

神通がヤバいと思う風景があるって事は、ただのヤバい状況じゃないって事だ」

何事と神通に問おうとした愛鷹に深雪が忠告する。

了解ですと感謝しつつ、神通に尋ねる。

「あの変色は見覚えがあります。多分古鷹さんと加古さんも」

「あたしには馴染み深いくらいね……愛鷹、変色海域現象が発生しているぞ!」

加古の言葉に愛鷹は驚愕した。

変色海域現象って、まさか……。

 

次の瞬間、一同が航行する海は赤く変色した世界に変貌していた。

 

金属が得体のしれないモノに蝕まれる様な音が六人の艤装から発せられ、古鷹、加古、神通が聞き覚えあると言いたげな顔で互いの艤装を確認する。

その時、突然愛鷹のソナー、レーダーがブラックアウトし、主機からエラーの警告が発せられ、目に見えて愛鷹の航行速度が落ち始めた。

「どういう事、艤装CCS報告を」

いきなり機関不調か? と愛鷹が困惑気味に艤装CCSからの報告を待っていると深雪が眉間に汗を浮かべた。

「拙いぞ……愛鷹の艤装には『耐性』が無いのかも知れない」

「艤装への侵蝕破損……ですか。噂には聞いていましたけど」

自分の艤装に刻まれる軽度の損傷の跡に、秋月が険しい表情を浮かべる。

 

「海の色が真っ赤……これが噂に聞く鉄底海峡を巡る攻防戦で発生した変色海域の現象……」

CCSからの報告に唇を噛みながら独語するように呟く。

主機に原因不明の破損が発生し、今の自分には全速発揮が不能になっていた。

良くて第四戦速が関の山だと言う。機動力を一部もがれてしまっていた。

 

「長い戦闘は出来ない……って訳ね」

 

問題発生に継ぐ問題発生、と言う状況に愛鷹は危機感を募らせた。

赤く変色した海では艤装に原因不明の侵蝕が発生し、長時間いればいる程重大な損傷を受けてしまう事が報告されていた。

ある程度の対策を行えば被害は減らせると言うが、自分の艤装にはあまり効いていないのか。

最悪艤装が全損して行動不能にさせられる赤い海の中に放り込まれた六人の進む先には、分厚い雲が近づいていた。

 

「文字通り、雲行きが怪しいわね……」

 

胸の内に湧き出す不安と恐怖から来る動揺が強いプレッシャーとなって愛鷹に圧し掛かろうとしていた。

 




予告として、艦これの2020年冬イベントの内容次第では去年のシングル作戦ベースのエピソードと一緒に展開するかもしれません。

また次回のお話でお会いしましょう。


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特別予告編風Ⅰ改

以前ノリと勢いで書いた特別予告編風の出来が、ノリと勢いだった故に納得出来なくなった為、エースコンバット7DLCミッショントレーラーベースの特別予告編風Ⅰをボリュームアップする形でリメイクしました。
一部台詞や発言するキャラ、展開に変更が入っています。

「AVE BELKA」または「ALICORN」を流しながらご鑑賞ください。


有川「さて問題だ、諸君。どうしたら愛鷹を死なせずに済む?」

 

モニター画面に表示される生硬い表情の愛鷹の写真と黒線塗りつぶしだらけのプロフィール。

 

 

「抜錨だ……準備ができ次第出港せよ!」

顔を上げて出撃を命じる長門。

ハッチが開き愛鷹改を中心にした水上連合艦隊が並ぶ支援艦のドック。

その先に広がる青い海原。

 

武本「作戦の目的は敵新型深海棲艦を撃滅する事だ」

海上を進む大勢の艦娘達。その先頭を征く愛鷹改、青葉甲改二、衣笠改二、夕張改二、深雪改二、蒼月。

 

有川「有川大翔。国連軍国際統合作戦本部情報部部長だ。このス級の戦略的脅威度は我々の水上打撃連合艦隊の総力に匹敵する」

大画面モニターの傍で名乗る有川。画面に表示されるス級の諸データとCGグラフィックシルエット。

表示される戦艦四隻の表示入りの水上打撃連合艦隊編成と、それにイコール表示されるス級。

 

 

無数の深海棲艦艦隊と突き上がる轟沈の水柱と黒煙。

 

深雪「結構沈めた筈だけど減った気がしねえ!」

 

主砲を撃ち放つ愛鷹。魚雷を発射する青葉と援護射撃する衣笠。

ナ級後期型Ⅱへ魚雷を撃つ夕張、深雪、蒼月。

 

???「撤退は許さん。五分ぐらい耐えられずに何が精鋭艦娘艦隊か」

33SQと表示される第三三戦隊の表示と後方に表示される三つの艦隊表示。

 

主砲でネ級を吹き飛ばし、轟沈するネ級の爆炎を突き破る愛鷹。

 

有川「第三三戦隊旗艦の愛鷹。彼女が海軍内で何と呼ばれるようになったか、知ってるか?」

問いかける有川に首を振る愛鷹以外の第三三戦隊のメンバー。

 

白刃を振るい、最大戦速で海上を駆けていく愛鷹。

 

有川「答えは『アンツィオの英雄』」

大画面モニターに表示される硬い表情の愛鷹の写真。

 

 

???「想像せよ、艦娘諸君。

諸君らはこの終わり無き戦争を、後世に悲嘆を残すことなく終わらせる能力を持っている」

薄暗い部屋に整列した集団の中で拳を握りしめて聞く幼さのある愛鷹。

 

チェスボードで繰り広げられる一人チェスの激戦。

 

進撃する無数の深海棲艦と赤と黄色に光るス級。

 

表示される東南アジアの海図。

赤く表示される東南アジア諸国の海。

 

 

夕張「深海有翼一角棲姫を確認。行くわよ」

蒼月「派手にやってやりましょう!」

対潜能力の高い形態の改二化姿の夕張と、改化され自信のある顔立ちの蒼月。

 

 

???「紛い物など不要。そう言えなくは説得力はないぞ」

 

振り返り目を剥いて怒りの表情を浮かべる大和。

 

憎悪を込めた目で誰かを見る愛鷹。

 

 

編隊を組んで飛び抜ける黒いタコヤキを追う蒼月の頭。

蒼月の後ろから必死の形相で主砲を撃つ深雪。

深海棲艦目がけて直に矢を撃ち込む瑞鳳。

 

取り乱す一歩手前の表情で主砲を撃ちながら猛ダッシュしていく愛鷹。

緑色迷彩の改二姿で艦載機の矢を放つ瑞鳳。

 

展開する六基の主砲から砲撃の砲火を放つ深海棲艦の巨大潜水艦と打ち上げられるロケット弾の弾幕。

巨大潜水艦から発艦していく黒いタコヤキ。

 

ユリシーズ「救済が! 

必要なのだ、先に逝った仲間達(艦娘)の為にも!」

誰かの血に塗れた手を握りしめ、絶叫するユリシーズ。

その背後で砲撃を行うアラバマ、アドミラル・グラーフ・シュペー、ガングート。

 

 

武本「世界に適応されるはずのルールが適応されない存在がある」

 

炎に消える愛鷹が映る集合写真。

 

武本「戦争が終わってしまえばもう艦娘は不要な存在だ」

重い表情で呟く武本とそれを聞く真顔の瑞鳳。

 

 

砲弾の直撃に砕け散る刀と、驚愕する愛鷹の表情。

 

 

夕張「提督、質問です。私達の敵は一体なんです?」

黒煙が周囲に上がる海上で険しい表情をして尋ねる夕張。

 

 

青空を飛んで行く瑞雲とそれを見送る青葉。

その隣で太陽の光に眩しそうに目を細める衣笠。

 

 

長門「我が艦隊は現時刻を持って国連海軍艦隊より離脱する」

真顔で宣言する長門とその後ろにいる陸奥他の艦娘達。

 

 

大淀「戦闘を停止し撤退して下さい!」

モニター表示を見て凝然とした表情を浮かべてヘッドセットのマイクに告げる大淀。

 

燃え上がる国連軍の旗。崩壊する街の風景。

赤く染まっていくイタリア半島の画像表示。

イタリアのアンツィオへボスポラス海峡から引く形で伸びて行く航路表示。

 

 

秋月「愛鷹さん、逃げて!」

恐怖を浮かべた顔で叫ぶ秋月。

 

 

彗星の爆撃で吹き飛ぶ深海棲艦の陸上施設。

撃墜される僚機に構わず魚雷を投下していく流星の編隊。

 

愛鷹「退路は無い! 生き残るには相手の命を奪うしかないぞ!」

爆風にポニーテイルを揺らしながら両手に持つ刀を握りしめ、鋭い視線を浮かべていつもと違う口調で怒鳴る愛鷹。

 

青葉の主砲砲撃で吹き飛ぶflagship級のリ級。

両手で構える主砲を撃つ夕張。

 

飛来する巨大な砲弾。

着弾の閃光と共に突き上がる巨大な爆発と水柱。その中で揉まれる艦娘達の姿。

 

不知火「殺してやるーっ!」

倒れ伏す誰かの前で血に染まった手で主砲を構え、涙を流しながら怒りの形相を浮かべて叫ぶ不知火。

 

(……誰かの哄笑……)

 

主砲から砲撃の閃光と黒煙と共に砲弾を放つガングート。

 

画面に表示される「Lost」と添えられているハワイ諸島。

 

瑞鳳「攻撃を禁止します!」

弓を片手に洋上でヘッドセットに向かって怒鳴る瑞鳳。

 

推定損耗率30パーセントと言う表示。

 

墓石の前で泣き崩れる喪服姿の三笠。

 

愛鷹「私だって人間として生まれたかった!!」

小高い丘の上で空へと涙を流しながら悲痛に叫ぶ愛鷹。

 

梯形陣を組んで砲撃準備に入る長門、陸奥、大和、武蔵、信濃、ガングート、アラバマ、アイオワ。

 

モニターに表示される「UNKOWN」表示の気象マーカーとその中へと入る針路表示の深海棲艦の大艦隊マーカー。

 

ハワイ諸島オアフ島の表示に合わせられていく照準マーカー。

 

衣笠「どうするの⁉」

黒煙の煤で汚れた頬で振り返る衣笠。

青葉「法を無視したら艦娘以前に軍人じゃなくなる!」

冷徹な表情で応える青葉。

 

展開するアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦、昆明型ミサイル駆逐艦、アドミラル・ウシャコフ級重原子力ミサイル巡洋艦の艦隊。

その艦隊各艦のVLSから打ち上げられていく巡航ミサイル。

 

深雪「なら軍人なんか辞めてやるぜ!」

怒りの形相でクロスしていた主砲を持つ両手の構えを解いて怒鳴る深雪。

 

 

そびえ立つ巨大な水柱の大群の中に一人、大口径三連装砲塔四基を備えた艤装を纏って立つ愛鷹の姿。

水柱と爆風に吹かれても崩さない真顔。

 

 

愕然とした表情で震える自分の手を見る包帯だらけの青葉。

 

 

大和「生きているのよ……! 分からないの私が!」

大怪我を負い虚ろな目の愛鷹の左手を取って呼びかける大和。

 

 

瑞鳳「ス級flagship級の大艦隊を視認!」

大型の手持ち双眼鏡で水平線を見ながら震える声で告げる瑞鳳。

レンズに映るス級flagship級の大群。

 

 

 

 

 

夕暮れの岬の上で右腕無き右肩に止まるハイタカに、優しく微笑むやつれ切った無帽の愛鷹……。

 




ラストの愛鷹の姿。なぜそうなっているのか。
分かる時は何れ訪れます……。


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第四四話 赤い海 中編

年内投稿を目指して無理した甲斐があったか……。

本編をどうぞ。


敵大規模艦隊の半数程が愛鷹率いる艦隊の方へと進路を変更したと言う情報が入ると、艦娘達から安堵のため息が上がった。

戦力差は種子島基地防衛に当たる艦娘艦隊からすれば、かなり楽な数になった。

一方で、愛鷹達六人は倍以上の戦力と相手する羽目になっていた。

不安要素としてはどのチャンネルで呼びかけても愛鷹はおろか、誰一人返事が返ってこない事だった。

強力な電波妨害と通信妨害が発生している為、種子島基地から行方を探るのは事実上不可能になっていた。

ようやく岩国基地からAWACSが上がったモノの、海域に到着するまでにはどうしても時間がかかる。

後手に回りっぱなしの状況に、長門は焦りに似たモノを感じていた。

心配なのはやはり愛鷹率いる艦隊の安否だ。通信も取れず、レーダーで捕捉する事も出来ない。

生きているのか全滅してしまったのかすら分からない。

しびれを切らした青葉が瑞雲を発艦させて行方を追っているが、今の所安否は不明だ。

 

生きて帰れよ……。

 

胸中で六人の無事な帰還を長門は祈った。

 

 

レーダーは使用不能、通信関連も軒並みダウンした現状頼れるはソナーと目視だけだった。

主機に異常をきたして速力が低下した愛鷹に合わせて航行するしかない艦隊は、オイル試掘リグへの到着予定が大幅に遅れていた。

ダメージコントロールでの復旧も無理だし、下手に主機に無理を強いれば余計に異常が起きる可能性もある。

 

厄介な状況……。

 

ある意味機動力が取柄とも言える自分の艤装の長所を封じられている事に、愛鷹は苛立ちを募らせていた。

HUDのレーダー表示は「OFFLINE」としか表示されず、復旧の見込みがない以上目視による警戒監視しかない。

AEW天山を上げたが、変色海域内ではAEW天山のレーダーですら無効化されていた。

更に厄介なのは分厚く黒い雲に空が覆われてしまっている事だ。太陽光を用いた天測航法が出来なくなっている。

方位磁石と腕時計も使えない為、自分達の正確な位置すら把握し辛い。

辛うじて風向から方位を割り出していたが、風向きまで変われば流石の愛鷹もお手上げになる。

 

戦術的誤算は流石にどうもならないわね。

 

胸中で呟いた時、双眼鏡で水上監視を行っていた神通が警報を上げた。

「右三〇度、距離二万に艦影複数を視認。深海棲艦の艦隊です!」

「数は⁉」

主砲を構える加古の問いに神通は「六隻です」と返す。

愛鷹も神通が告げる方向へ双眼鏡を向けて確認する。目の良さなら神通にだって負けない自信はある。

「ル級改一、ネ級一、ネ級改二、ナ級二か……」

大した陣容だ。そして脅威でもある。

一戦やるしかないだろう。

 

「全艦、合戦準備、合戦準備。対水上戦闘用意! 右砲戦、雷撃戦用意」

号令が下るや、全員がそれぞれの得物を構え深海棲艦へ射撃の構えを取る。

HUDが使えない為、愛鷹の主砲はマニュアル・コントロールだ。敵に有効弾を与えられるかは自分の射撃の腕次第。

ル級改を相手にする事になるが、ル級改は大変にしぶとい戦艦なだけに四一センチ主砲でも即座に無力化するのは厳しいだろう。

少しラウンドが長引きそうだ。

 

「ル級改は私が引き受けます。皆さんは重巡と駆逐艦を」

「了解です」

旗艦からの指示に古鷹が頷く。

 

頭はこちらが抑えている、上手く行けば丁字戦でやれるかもしれない。

主砲は既に徹甲弾を装填して発砲待機中だ、射程内に捉えればすぐに撃てる。当たるかどうかは深海棲艦の動き次第。

深海棲艦側も主砲を向けて攻撃の構えを取っており、戦艦としての存在感を見せるル級改の主砲が自分たちに狙いを定めていた。

あれに撃たれたら一溜りもない、と愛鷹が眉間に汗を浮かべた時、ル級改の主砲が火を噴いた。

「敵艦発砲!」

緊張気味の声を秋月が上げた時、愛鷹も主砲砲撃を開始した。

「目標、敵戦艦ル級改。主砲、撃ちー方始めー!

発砲、てぇーっ!」

四一センチ連装主砲の砲口から真っ赤な火炎が迸り、反動で砲身が後退する。発砲の火炎を吐き出す砲口から徹甲弾が撃ち出され、愛鷹の狙った位置へと飛翔していった。

先手を打ったル級改の砲撃が着弾するのが早かった。

八発の主砲の砲弾が愛鷹から一〇メートルと離れていない所に着弾し、高い水柱を突き立て、高波と衝撃波を六人に叩きつける。

大した威力だ、と一番弾着地点に近かっただけに衝撃波を強く受けた愛鷹が思った時、自分の砲撃が着弾した。

ル級改から五メートルと離れていない所に着弾している。精度ではこちらが上だ。

そして速射性も。

再装填が完了した主砲から発砲用意よしのブザーが鳴る。

照準を微調整していると、深海棲艦はル級改とナ級、ネ級とネ級改、ナ級と二手に分かれた。

古鷹を先頭に加古と神通、秋月、深雪がネ級とネ級改、ナ級へと進路を変更した。

 

分離する間際、深雪は愛鷹に振り向くと無言で親指を立てて頷くと、振り返ることなく古鷹達に続いた。

無言だが、「幸運を」と言うジェスチャーは分かる。

 

深雪さんも、と胸中で呟きながら、愛鷹はル級改へ二射目を放った。

発砲を確認したル級改が回避運動を取り、ナ級が前へ出る。

雷撃と対空戦闘に優れる駆逐艦であり、数ある深海棲艦の駆逐艦でも極めて脅威度の高い艦だ。

まずはナ級から無力化するか、と第三射を再装填しながら考えた時、ル級改が第二射を放ってきた。

お互い距離が縮まって来ている。万が一に備えた方がいいか、と左手で刀を鞘から抜きながら思っているとル級改の砲弾が迫って来た。

「面舵一杯、最大戦速」

厳密には今の自分には最大戦速まで上げられないが、いつもの癖で指示を出す。

右手へと回頭した愛鷹の背後でル級改の砲撃が着弾する。背中で感じる衝撃波が息苦しさを覚えさせる。

接近するナ級へ主砲を指向し、発砲の構えを取る。駆逐艦なだけに動きは俊敏だ。

装填完了のブザーを聞くと、ナ級の予測針路上に愛鷹は砲撃を行った。

四一センチ主砲の砲弾が轟音と共に放たれ、三一センチ主砲よりも強力な発砲時の衝撃を愛鷹にもぶつけて来る。

歯を食い縛って堪える愛鷹が見る中、ナ級の周囲に水柱が突き立つ。

手応えは無い。挟叉にはなった様だが直撃では無い。

もう一発、と思った時ナ級が魚雷を放った。

「右舷、敵魚雷接近!」

ウィングに付く見張り妖精の報告が上がる。

「取り舵一杯!」

即座に左手へと舵を切った愛鷹だが、先読みしていたらしいル級改の砲撃が飛んで来た。

自分に向かって伸びて来た雷跡二本を躱しながら、飛来する砲弾の弾道を見極め、面舵五度修正をかけると左手持ちの刀を振るった。

二発の砲弾が切り捨てられ、海へと突っ込む。周囲に着弾する外れ弾の衝撃に揉まれながらも、愛鷹は速度を落とさず主砲の狙いをナ級に定める。

集弾性の高い砲撃を浴びせて来たル級改を一瞥した時、再びナ級は二発の魚雷を発射した。

舌打ちしつつ、回避運動を取る。

当たってたまるか、と自分に向かって迫る白い二本の航跡を躱すと、ナ級へ向けて微妙に第一主砲と第二主砲の砲撃をずらして撃つ。

飛翔して来た四一センチ主砲弾二発が目の前に着弾し、鼻先を抑えられたナ級が微妙に速度を落とした。

そこへ発砲タイミングをずらした二発がナ級に直撃した。

もろに四一センチ主砲弾二発を食らったナ級が轟音と共に大爆発し、細かい破片を周囲に撒き散らして果てる。

轟沈したナ級を一瞥しながら、愛鷹はル級改に主砲を向けた。

僚艦の轟沈に動揺した振りも無く、ル級改は砲撃を愛鷹に向けて行った。

お互いの距離が流石に近かったのとナ級との戦闘直後なだけに、回避運動では回避しきれない。刀を振るって三発を切り落とすが、残る砲弾が自分の周囲に着弾して爆発する。

「触発信管ね……」

防護機能で破片を弾きながらも、打ち消しきれない衝撃波に体を揉まれる。

やられて溜まるか、と再装填が終わった主砲をル級改に向けて放つ。

四発の主砲弾が空気抵抗による摩擦熱で真っ赤に光りながら飛んで行き、ル級改の艤装に着弾の爆炎を瞬かせた。

二つの爆発光と火炎によし、と思った時ル級改が反撃の砲火を放つ。

当たるか、と面舵に切る。今度は全弾躱せる余裕があった。

背後に着弾し爆発するル級改の砲撃を背中で感じながら、愛鷹は刀を構えてル級改へ吶喊した。

接近戦を挑んできた愛鷹にル級改は全速後進をかけるが、間に合わず内懐に迫った愛鷹の振るう白刃の洗礼を受けた。

瞬く間に主砲全基を切り裂かれ、戦闘能力を失う。

何も出来なくなったル級改が愛鷹を睨みつけた直後、四発の四一センチ主砲弾がル級改に至近距離から撃ち込まれた。

 

一瞬だが愛鷹を睨むル級改と視線が合った。

 

激しい憎悪を浮かべるル級改の目に感情を吹き消した愛鷹の目が見返した直後、ル級改は爆炎の中へ消えた。

 

 

直撃の閃光が二つ走り、ネ級改の艤装から何かの破片が飛び散る。

しかしネ級改は被弾の衝撃で少しよろけはしたが、直ぐに姿勢を立て直して主砲を構える。

硬い……! 自分の砲撃を食らっても中々参った様子を見せないネ級改に、古鷹は右目を細めて焦りを滲ませた。

後ろでは加古がネ級と砲戦を続行しているが、ネ級もかなり粘っており致命打を与えるに至っていない。

(最低でも五発は当てているのに……やけに硬い、硬すぎる)

ネ級改との交戦は初めてではないが、ここまで粘ったネ級改は前例がない。

二、三発当たってしまえば中破ないし大破まで持ち込めたはずだが、全く参る気配が無い。

装甲を強化したのか、と古鷹が思った時、ネ級改の主砲に砲撃の閃光が走る。

回避運動を取ってギリギリの距離で砲弾を躱すが、至近弾の立てる水柱と波が視界を奪う。

右腕の主砲を構え直し、狙いを定めている時、後ろでけたたましい音と共に加古の悲鳴が上がった。

「加古!」

振り返った古鷹の目に、魚雷発射管に被弾して倒れる加古の姿が映った。

安全装置をかけていたので誘爆はしなかったものの、ぐしゃりとひしゃげてしまっている魚雷発射管は見るからに使い物になりそうにない。

「くっそ……魚雷発射管、緊急パージ!」

右足を抑えながら加古が指示を出すと、大破した魚雷発射管が自動的に外れて海中に没していった。

被弾時の爆発で右足を負傷したのか動けなくなる加古に古鷹が呼びかけながら近寄ろうとした時、何かに気が付いた様な顔になった加古が古鷹に向かって怒鳴る。

「馬鹿! 集中しろ! ネ級から……」

そう言いかけた加古の周囲に着弾の水柱が包み込む。

「古鷹より各艦、加古被弾。右足を負傷して航行不能、援護に入ります」

ヘッドセットに吹き込みながら加古によると助け起こす。

真っ赤な血が流れる右足を抑えていた加古が、助け起こして担ごうとする古鷹に目を剥く。

「何やってるんだ! あたしに構ってないで……」

「加古を失う訳にはいかないよ!」

そう言い返した時、ネ級とネ級改の二隻からの砲撃が二人のすぐそばに着弾する。

次撃たれたら逃げられない。

何とか妹を担いで離脱を図る古鷹が背後を振り返った時、別の方向から飛翔音が聞こえた。

動きの鈍い古鷹と加古に気を取られていたネ級とネ級改が気付いた時、四一センチ砲弾が轟音と共に二隻に直撃した。

流石に戦艦級の砲弾の直撃には耐えられず、ネ級とネ級改は大破し、ネ級の方は炎上しながら早くも沈没し始める。

何とか浮かんでいるネ級改がもがいていると、再び四一センチ砲弾が直撃し、爆炎の炎と黒煙を海上に広げた。

止めを刺されたネ級改が沈没し始めた時、古鷹のヘッドセットに愛鷹の声が入る。

(古鷹さん、加古さんの状態は?)

「右足の魚雷発射管周りに破片が……出血が酷いです。でも動脈は大丈夫そうです」

「……けど、足に力が……」

「……折れてるかもね」

変な方向にねじれている加古の足を見て、サバイバルキットの止血剤と鎮痛剤の注射を打つ。

痛みに顔をしかめていた加古の表情が和らいだ。

遠くではナ級とネ級改とやり合う神通、深雪、秋月の砲声が聞こえる。数ではこちらが上だが、ネ級改がしぶとく三人に苦戦を強いていた。

(加古さんの手当てを頼みます、私は神通さん達の援護に入ります)

少し離れたところを航行している愛鷹が手を振っているのを確認した古鷹は「了解です」と返しながら手を振り返した。

 

(今潜水艦にでも狙われたら……)

大破ではないが航行不能になった加古は潜水艦には絶好の獲物。

時間をかけていられない。どこに潜水艦がいるのか今の自分には探る術がない。

天山を出せば探せるが、今はそれどころではない。

ネ級改とナ級との砲戦に神通と深雪、秋月は直撃こそ受けていないモノの、至近弾による切り傷が体に刻まれている。

装甲が妙に硬いネ級改に四一センチ主砲の狙いを定める。

「神通さん、深雪さん、秋月さん、横から失礼しますよ」

(愛鷹さんですか? 了解、上手くそちらの射線に追い込んでみます)

自分の考えをすぐさま理解する神通に「流石は二水戦の鬼です」と感心しながら、主砲の照準をあわせた。

「深雪さん、秋月さん、方位三-〇-五へ。二隻を誘引して下さい」

「はいよ!」

「了解」

転進した二人が主砲を撃ちながらネ級改とナ級の気を引く。

牽制射撃に過ぎないと思ったネ級改がナ級に深雪と秋月を任せて神通に向き直った時、神通は一四センチ砲を全門斉射した。

精度は高かったものの、全弾を躱して見せたネ級改だったが、神通の射撃は愛鷹の主砲の砲声をかき消す為の囮射撃でもあり、愛鷹に絶好の射界を与えていた。

軽巡風情に、とネ級改も苛立っていたのだろう。

予期せぬ方向から飛んで来た大口径主砲弾が直撃した瞬間、ネ級は驚愕の表情を浮かべたが、直撃を受けた主砲弾薬庫の誘爆でそれ以上の事を知る前に轟沈して果てた。

「お見事です」

「神通さんも」

互いに親指を立てて深雪と秋月の援護に向かうが、ちょうど二人はナ級を沈めた所だった。

黒煙を上げて沈むナ級を見やりながら、深雪は左腕で額の汗を拭った。

「手こずらせやがって」

溜息を吐いて主砲の残弾をチェックしていると、秋月が呼んだ。

「深雪さん、すみませんがちょっとお手伝いを頼めますか?」

「どうした?」

振り返って寄った時、彼女の長一〇センチ主砲が真っ赤に焼けているのに気が付いた。

連射し過ぎて砲身が過熱、摩耗してしまっている。これ以上撃っても当たらないし、変色海域内だから何が起きるか分からない。

砲身が爆発したら目も当てられない。

「砲身交換の手伝いだな。任せろ、蒼月の面倒見る時に覚えた」

「あの子のお陰で覚えて頂けたとは」

「あいつはスゲエぞ。射撃の腕は特一級だからな」

「長女として誇り高いですね」

太ももに装備している予備砲身を引き抜いて深雪に一旦渡すと、焼けた砲身の固定を解除し、グローブをはめた手で引き抜く。

彼女の長一〇センチ砲は「長一〇センチ砲ちゃん」と呼ばれるロボットが半自動操作しているが、今はスリープモードにされて静かだ。

使い物にならない砲身を投棄すると、深雪から渡された予備砲身をセットして固定する。

「結構簡単だよな」

「軽機関銃の銃身交換並に簡易化されているんですよ」

解説してくれる秋月に便利だな、と思った時愛鷹から集合がかけられ、二人は手を振る旗艦の元へと向かった。

 

 

偵察に出していた瑞雲からの報告にぞっとするモノを感じながら、青葉は偵察続行と愛鷹達の安否の捜索を命じた。

ヘッドセットから手を離して、自分を見る長門に搭載機からの報告を告げた。

「変色海域を確認したとの事です。鉄底海峡の時観測されたモノよりかなり艤装や電子機器への影響は大きい様です。

電探での索敵が不能になるどころか、自分の位置すら特定困難になると」

「愛鷹達はその中か」

険しい表情になる長門に真顔の青葉が無言で頷く。

「海域の拡大などは?」

「今の所確認できていません。ただ、変色海域内は分厚い雲に覆われているので、もしかしたら愛鷹さん達にとっては自分達の位置特定が困難になっている可能性も」

「連絡が取れないのはそのせいか……」

腕組をする長門に衣笠が尋ねる。

「増援を送るべきじゃないんですか?」

「いや、以前の変色海域とは恐らく勝手が違う。下手に艦隊を送り込んで二次的被害を出す事にもなりかねない。

航空偵察で何とか愛鷹達の安否程度を確認する以外は、今の所打てる手は無いだろう。

それに、敵の水上艦隊もそろそろお出ましになる筈だ」

「その割には、何だか静かですね。有力な大艦隊がこっちに向かってきている筈なのに」

疑念を浮かべた表情の青葉が羅針盤の電探表示を確認する。

二〇隻ほどの艦隊が表示されている。まだ視認出来る距離にはいないが、もうじき交戦距離に入る筈だ。

岩国から上がったAWACSももうじき種子島をカバーできる空域に到達する。

空の目が加われば、こちらとしては優位に立てる筈。AWACSの目なら変色海域内も見えるかもしれない。

そう思っていると、青葉を含む艦娘達のヘッドセットにAWACSからの通信が入った。

(こちらAWACSオラクル。作戦管制可能空域に到達した! 待たせて済まない)

「オラクル、こちら艦隊旗艦長門だ。変色海域にいる可能性がある味方艦隊の行方は探知可能か?」

(ネガティブ、そちらの海域はこのAWACSの目でも見通す事が出来ない。

変色海域へ向かう敵増援と思しき艦隊を探知した。君らの近くだ)

「何だと?」

オラクルからの情報に長門と青葉の表情が変わった。

二人が羅針盤の電探表示をもう一度見ると、自分達へ向かって来ていた敵艦隊が変針して変色海域へと向かっていた。

「敵前で進路変更……戦力差から交戦を諦めた?」

深海棲艦とて馬鹿ではない。戦力差を無視して突っ込んで来る脳筋ではないが、ここまで来て回頭と言うのも妙だ。

自分達と事を構える為に進撃してきていた筈ではないのか。

突然敵前で回頭し、変色海域へ向かう深海棲艦の狙いとは……変色海域にいるのは愛鷹以下の六隻の艦娘だけ……

 

「もしかして、あの艦隊は種子島攻撃と見せかけて私達をここに留め置かせる為の陽動だったんじゃ」

何かに気が付いた顔になる陸奥の言葉に、青葉は顔から血の気が引く気がした。

 

深海棲艦は愛鷹達を確実に物量で屠るつもりだ。

向こうからすれば、航空巡洋戦艦となった愛鷹は自分達の敵に現れた新鋭艦である。

ス級を含む多数の艦艇を殆ど単独で撃沈している愛鷹は、深海棲艦からすれば相当な脅威だ。現に種子島の段階でネ級とリ級からなる重巡戦隊を第三三戦隊仲間と共に交戦した時、大半は愛鷹単独で撃沈している。

既に深海棲艦側も愛鷹の存在は認めていた筈だから、新形態になった彼女を生半可な数で屠れるとは思っていないのだろう。

当の種子島への攻撃は航空攻撃で何とかするのかもしれない。どの道こちらには直ぐに展開可能な航空戦力は瑞鳳のみだ。

重攻撃機の存在が確認されている辺り、空母棲姫を含む空母機動部隊が種子島近海に展開しているのは確実。

補給と航空隊の再編を終えたら、また空爆の為に戦爆連合を送り込んでくる可能性は高い。

「なんてこった、何もかもこちらが後手に回ってしまっていますよ」

先手を打たれっぱなしの不甲斐なさと、自分への苛立たしさから頭を掻く青葉に衣笠が心配する目を向ける。

どうにかして愛鷹達に敵が総力戦をかけて来ていることを知らせなければ。

だがどうすればいい。通信が出来ない以上はどうにもならない。

せめて、今どこに愛鷹達がいるのかさえ分かれば。

「ねえ青葉。青葉の瑞雲で愛鷹さん達がいる所を探る事って出来ないの?」

考えあぐねる青葉にふと思いついたように衣笠が聞いて来る。

妹の提案にハッとして左足にマウントしている航空艤装を見た。一六機の瑞雲が搭載され、運用可能な航空巡洋艦である自分。

 

この艤装の力を今使わずしていつ使う? なぜもっと早く気が付かなかった?

 

「流石ガサ、青葉の妹だね」

指を鳴らす青葉はキュロットのポケットに入れていた海図を出した。

通信不能な変色海域の範囲と愛鷹達の向かう試掘リグの位置。道中の交戦は避けられない事を見越しての誤差を大まかに予測すれば、瑞雲による捜索の範囲はある程度は絞り込める。

行動範囲を想定しつつ、ペンで瑞雲の航路を策定する。

変色海域内では通信や電探が使用不能なのを勘定に入れ、一六機によるカバー範囲を割り当てていく。

頭の中で暗算を重ねながら瑞雲による捜索範囲を策定し、纏め上げると長門を呼んだ。

「長門さん、青葉の瑞雲で愛鷹さん達の位置の特定にかかる事を具申します」

「まだ上げていない一五機の瑞雲、全機上げられるのか?」

そう尋ねられると青葉は頷いた。

「全機飛ばせられる稼働状況です」

「よし、青葉の瑞雲で愛鷹達を捜索して、その後どうする?」

そう尋ねて来る長門に青葉は迷わず答えた。

「深海棲艦が艦隊ではなく航空攻撃でここを潰す気なのだとすれば、ここに青葉たちがずっといる必要は無いでしょう。

最低限、一個艦隊程度を残して後は全員で愛鷹さん達の援護に向かうべきです。

敵艦隊がどの程度の戦力を今の所ここに展開しているのか、それは分かりませんがもし愛鷹さん達が道中交戦を繰り返していれば、その分だけ深海棲艦側も手数を失っている筈。

随伴している古鷹、加古、神通さん、深雪さん、秋月さん達なら楽観視は禁物とは言え場数を踏んでいますからそう簡単にはやられていない筈です」

自分の考えを交えて応える青葉に、長門はすぐには返さず腕を組んで考え込む。

ここにいる主力艦隊の自分達が離れている隙に、未確認の水上部隊の接近を許す可能性もゼロではない。

青葉の計画は希望的観測に頼った面が大きい。深海棲艦がそう動くであろう、愛鷹達なら簡単にやられる訳がない、と言う思い込みとも言える所だってある。

 

しかし、種子島基地の航空戦力はまだ壊滅的な打撃を受けている訳では無い。

誤爆で鈴谷を殺してしまったとはいえ、艦娘が近くにいないのであればMQ170による空爆を実行可能だし、重傷を負って戦闘不能の五航戦搭載機を陸上に移して基地航空隊運用に当てれば対艦攻撃も可能だ。

陸上基地に配分して戦力を損耗してしまった場合、五航戦の二人が戦列復帰した時に搭載可能な航空戦力が無くなっている状況にもなり得るが、翔鶴、瑞鶴が負った傷を考えると仮に航空隊が損耗してしまったとしても、補充再編成が終わるまでに二人が戦列に復帰できる見込みは薄い。

それに今の自分達にはオラクルと言う地上レーダーサイトより広い探知範囲を持つAWACSの目がある。

ここで座して仲間を見殺しにするよりは、博打要素が大きいとは言え賭ける価値のある作戦だろう。

「なるほど……中途半端な艦隊戦力を割くよりは現実的だな。

よし、青葉は瑞雲を発艦、愛鷹達の位置特定に努めろ。私は鍋島司令に意見具申をして艦隊の出撃の可否を求めてみる」

何もしないまま時間だけを潰すよりは何か変わるかもしれない事に賭ける。

 

これまで先手を打たれっぱなしだったこちらからの反撃開始だ。

 

 

ずきりと痛む左腕から出血が止まらない。

制服の左袖は派手に引き千切られて二の腕が丸出しになっていた。そしてそこに受けた傷からは出血が止まない。

止血剤と抗菌剤、鎮痛剤の注射を打つが、絆創膏ではカバーしきれそうにない。

「さっきの重巡は、中々出来る奴だったわね……」

無傷の右腕で左腕の患部に止血効果の高い包帯を巻きつけながら、自分の左腕に思わぬ大ダメージを与えて来たリ級に苦々しい思いを吐く。

ネ級よりはマシだが、体に直に直撃したら流石に痛い。

他のメンバーも大なり小なり損害が蓄積している。はっきり言えば皆満身創痍寸前だ。

六隻の艦隊の波状攻撃は一回一回の強さ自体はそれほどではないが、対応している内に全員に疲労が溜まりつつあった。

防護機能の展開が変色海域によるせいなのか安定しなくなって来ており、現にそのせいで防げるはずのリ級の砲撃で腕をやられた。

止血包帯を巻き終えると、消耗の色を見せる仲間を振り返る。

応急処置しか出来ていない加古が一番消耗しているのは明らかだ。

足をやられ、古鷹が肩を貸していないと動くのもままならない。肩を貸している分、古鷹の体力消耗も濃い。

一方で交戦回数はどんどん増えており、完全に作戦は狂っていた。

種子島基地との連絡も出来ないし、電探類は復旧の目途も立たない以上は自力で何とかしないといけない。

正直な所、自分の主機の不調よりも足をやられて満足な自力航行がやりにくい加古が、艦隊行動上の支障になりつつあった。

連絡が取れない以上は救援も呼べず、自力での撤退も羅針盤自体が機能不全を起こしているから航路を誤ったら、どこへ行く羽目になるかも分からない。

辛うじて愛鷹の記憶頼りに航路を修正しているとは言え、完全に修正しきれているか愛鷹自身も自信が持てない。

変色海域に突入した時点で引き返すべきだった、と判断ミスをした自分が憎い。

可能であれば自分が搭載しているAEW天山を飛ばして連絡を付けたいが、方位特定が困難かつ電探が機能しない状況下では万が一戦闘機に襲われた場合撃墜される可能性が高い。

振り切る事が出来ても、方角が分からなくなって迷走しかねず、最悪そのまま燃料切れで墜落だ。

 

それにしても、と愛鷹は交戦して来た深海棲艦の艦隊編成の陣容と今の損害、損耗状況を比較する。

 

ネ級やネ級改、リ級と言った重巡やツ級、チ級と言った軽巡が多く含まれる巡洋艦戦隊とその随伴駆逐艦に襲われる回数と比べれば、この損害はある意味軽度と言えなくも無い。

加古の戦闘力低下もあってか、大型艦である自分にかなり火力が集中されて来ている感がある。

全て返り討ちにしているとは言え、こちらも左腕には手傷を負わされている。

戦力の逐次投入と言う愚策をしているかと思ったが、こちらの疲労を誘い、消耗しきったところへ一気に殲滅戦を加える為に、敢えて波状攻撃を繰り返しているのか。

そうであるなら、格好の的になっている筈の加古と随伴の古鷹が未だ健在でいられる理由は?

動きは緩慢とは言え、砲戦能力そのものはまだ維持できている二人だ。自分へ砲撃を浴びせる深海の巡洋艦を何隻も撃破して援護してくれている。

深海棲艦の方からすれば二人の脅威度は高い筈。動きが鈍くされている今こそ、手っ取り早く始末する方が後々楽な筈だ。

それなのに相応の応射こそされど、二人はスルーされている方だ。

 

何故、いや……、

 

「もしかして……」

 

深海棲艦の一番の狙いは自分(愛鷹)自身?

 

こちらが応戦する事で逆に深海棲艦側は自分の戦闘力を図っている?

確かに改装された自分は新型艦クラスだ。火力も向上し高耐久性と回避力に優れている事で恐れられているネ級改すら、数回か一発で撃沈している。

あっさりネ級改などの重巡を屠れる射撃の腕は、巡洋艦キラーだった超甲巡時代から殆ど変わっていない。

主砲の反応速度の遅さには微妙に慣れないが、そこはある程度カバーしきれている。

もし、敵の狙いが自分にあるのだとすれば……。

 

 

一人離れた場所で考え込む愛鷹を見やりながら、加古の傷の具合を確かめる。

あまり動かしてはいけない傷なのだが、救援が呼べない状況ではどうにもならない。

手持ちのサバイバルキットの鎮痛剤では痛みを我慢しきれる時間にも限界がある。

脂汗を浮かべている辺り、加古に蓄積して来ている疲労は限界寸前だ。

自分も自分で至近弾の破片で小破レベルの損害を受けている。正直な所自分も加古を抱えたままいつまで持つか分からない。

「……古鷹……」

ふと自分を呼ぶ妹に古鷹が顔を向けると、何か覚悟を決めた様な真顔を加古は向けていた。

「これ以上あたしは無理だ。置いて行ってくれ。このままじゃ古鷹もお陀仏だ」

「な、なに言っているの! そんな事出来ないよ」

「あたしが足手まとい気味なのは、あたしが一番分かってる。艦隊運動に支障が出ちまってる重荷は捨てた方がいい。

なあに、まだまだ弾はある。砲撃戦なら大丈夫さ」

「そんな、お姉ちゃんとしてそんな事出来る訳ないじゃない!」

自分を置いて行けと言いだす加古を叱責しながら肩を担ぎなおす。

絶対置いて行くものかと加古の右腕を掴みなおした時、加古がその手を乱暴に振り払った。

自重に耐えきれず海上に座り込んでしまう加古は全員に聞こえる声で告げた。

「あたしはもう無理だ。置いて行くんだ」

「何言ってやがる⁉」

目を剥いて怒鳴る深雪に加古は静かに返す。

「任務優先だ、足手まといのあたしは皆の重荷だ。置いて行けば敵さん撃滅が楽になる。

大丈夫だ、まだまだ主砲の弾はある。一人になっても簡単にやられたりしないよ」

「加古さん」

何て事を言いだす、と神通も表情を険しくする。

 

自分に注がれる視線に加古は、当然と言えば、まあ当然な反応だよな、と思うも決めた事は変えない気だ。

満足な自力航行が出来ない以上、作戦に支障が出ているのは確実。

それにこれ以上動くと足だけでなく、交戦中に受けて来ている傷から来る痛みで辛かった。

本当なら動きたくない程、痛みで辛い。流石に寝る訳にはいかないが、動くのがかなり辛いのだけはどうにもならない。

ずっと我慢し続けていたが、これ以上は耐えられない。自分を担いでいる古鷹の体力も奪ってしまっている。

足手まといは御免だ。だが独りぼっちになるという事は、深海棲艦の艦隊に捕捉されて袋叩きにされても、援護してもらえないという事にもなる。

それくらいは勿論分かっている。五対五で助かるか轟沈・戦死の結末になるのは。

自分の存在が結果的に全員の死に繋がりかねない。その想いがいつしか胸の内に沸いて、戦闘を繰り返す内に強くなっていた。

 

節約しながら使っていた鎮痛剤をもう一本打っておくか、と自分の右足を見た時、艦隊旗艦の愛鷹の足が視界の端に映った。

怒られるな、と苦笑を浮かべかけた時、強い力で加古の胸ぐらを掴みあげた愛鷹は、加古の左頬へその場に響き渡る程の音を立てる平手打ちをした。

「あなたと、私達がこの赤い海で戦っている辛いこの時! その努力を無駄にする我が儘は私が許しません!」

一喝する愛鷹を加古が驚きを浮かべながら見返すと、愛鷹は包帯を巻いている左腕で自分を掴み上げていた。

あたしの体重、いや艤装込みで何キロか知ってるか、と思わず聞き返しかけた時愛鷹の左腕に巻かれた白い包帯に赤い染みが広がり始めた。

流石に痛むのか、胸ぐらを掴む拳に力が入るのが分かった。

「お、落ち着けって愛鷹! お前左腕の」

「ええ、ええ、痛いですよ。痛くてたまりません。

この痛みは生きている事への実感です。あなたも右足と体中から来るじわりじわりとした痛みで限界でしょう。

でも、だからと言って自身の命を危険にさらす発言、行動は上官として見過ごせません!」

凄まじい剣幕で言う愛鷹に圧倒される加古が、とりあえず何か言い返そうとした時、愛鷹の表情が苦悶に歪んだ。

一瞬で左腕の力が抜け、加古が海上に再び尻餅をつくと愛鷹は誰もいない所へ顔を向け、右手を口元に当てた。

激しく咽込む音と共に、右手に何かを吐き出す音まで聞こえた。

上半身を折る程苦悶の声を上げる愛鷹を全員が見つめる中、海上に右手で抑えきれなかったものがこぼれた。

 

鮮血だった。

 

血相を変えた深雪が愛鷹に寄って声をかけると、苦悶の声を上げて咽込む愛鷹の上着を探って何かのケースを出した。

ケースを振ってタブレットを何錠か出すと愛鷹の口に深雪はそれを呑み込ませた。

何とか飲みだした愛鷹が荒い息を吐きながら何とか落ち着く。

「もう、大丈夫か?」

背中をさすりながらそっと尋ねる深雪に愛鷹は軽く頷く。

 

「愛鷹さん、その苦しみ方……」

口に手を当てていた秋月が何かを思い出した様な口ぶりで尋ねると、深雪が怪訝な顔で聞いた。

「知ってるのか?」

「はい、ロシニョール病患者の苦しみに見られるモノがあります」

 

臆する事無く言う秋月に神通、加古、古鷹が反応した。

 

当然だ。この場にいる者の内、古鷹と秋月、深雪以外の三人はロシニョール病に侵されている。

神通と加古は初期症状段階になるレベル1であるが、今の所これ以上悪化した事は無い。

しかし、愛鷹の苦しみ方と似た苦しみを二人とも最低一回は経験している。

加古の場合、古鷹が傍にいる時に初期症状の苦しみを見せた為知っていた。

秋月以外の仲間が反応するの見る深雪は、みんな隠してたのか、と痛まれない気持ちになる。

「何で知ったんだ、秋月は」

静かに問いかける深雪に秋月は少し間をおいてから答えた。

「鈴谷さんが、一人苦しんでいるのを以前見ました。

軍医さんを呼ぶ時、『熊野には言わないで』って口外を禁止されていたので。

艦娘同士あんまり意識しなくて良いってよく言いますけど、一応私は鈴谷さんより階級が上なので」

そう言えば秋月は少佐だったな、と大尉階級の鈴谷との階級差を思い出した。

階級云々での堅苦しい関係は嫌う鈴谷だったし、艦娘間では階級などと言うモノは多少の待遇と昇給以外の差にはならない。

階級上は上官になる相手に普段からタメ口など当たり前の世界だ。

さん付け、ちゃん付け、くん付け、呼び捨ては無意識にやっていても問題ない。

この場で一番階級が高いのは愛鷹だが、三つ下の深雪は普段から呼び捨てているし、愛鷹がそれを咎める事も咎めようと思った事すらない。

他のメンバーも無意識にさん付けしているだけだ。

ただ中には艦娘とて軍人と言うところから来る階級意識が働く事もあり、この場で言うと真面目な性格の秋月にはそう言う気質があった。

階級から言えば下になる鈴谷の頼みに、階級で言えば上になる秋月。

直属関係ではないにせよ、上官として尊重したいものがあったのだろう。

 

「真面目……です、ね……」

軽く咳き込みながら愛鷹が感心すると、秋月は真面目な表情に心配するものを浮かべる。

「愛鷹さんもロシニョール病に」

「ええ。まあ、少し話が違いますけど」

曖昧気味に語る愛鷹に深雪以外の顔が疑念を浮かべた時、吐血時の跡を口元に残したまま愛鷹は向き直った。

「突然ですが、現時刻を持って同隊の指揮権を古鷹さんに委譲、旗艦愛鷹は艦隊より単独離脱します」

「何だって?」

急に何を言い出す、と問い返す深雪の考えは愛鷹を見る他の四人と同じだった。

五人からの視線を逸らすことなく受け止め、愛鷹は静かに、しかし確かな決意ある表情で続けた。

「深海棲艦の狙いは私達の撃滅ではなく、私だけにあると見ました。

そうであるとすれば、試掘リグへ向かうは私だけでも充分です。皆さんは当海域から離脱、避退し救援を待って下さい」

「でもどっちが北で南なのか分かりません。羅針盤も機能しないし、時計も方位磁石もダメです」

そう返す神通に愛鷹は艤装の風向計を見て応えた。

「出撃前の気象予報では風向は三〇度から三五度の範囲。風自体は変色海域に入ってからも変わっていません。

現在の位置は風向計から出る方角、これまでの戦闘による航路の誤差を勘定に入れた上で考えれば、種子島基地の南東約三〇キロ圏内。

多少の誤差は発生することになるかもしれませんが、どっちへ向かっても日本の沿岸部に向かえる方角に向かって進めば、陸に上がれるはず。

地形から現在地を特定すれば、後は何とかなりますよ」

成る程と全員が感心するが、すぐに深雪が「けどさ」と別問題に切り込む。

「お前だけで行くってのか?」

「魚雷を二本程度頂けたら、後は自分で何とか出来ますよ。私が目当てかつ単独になれば、振り向けている戦力を全力で投入して来る筈。

追って来る深海棲艦が多ければ多い程、それイコール失う戦力は多くなる」

「……二本で本当に行けるか分からないと思いもいます。最低限の随伴艦はいるでしょう」

腕を組み、片手で顎を摘まむ神通の言葉に愛鷹以外の全員が頷く。

 

誰かが一緒について行かねばならない、いやそうしなければ愛鷹の負担が大きすぎるし、一人で行かせられない。その意識は五人とも同じである。

加古は流石について行くことが出来ないから、志願しないのは分かっているが、絶対ついて行くぞと言う他の四人の視線に愛鷹は溜息を吐いた。

四人から感じる意志の強さは、例えダメだと言っても意地でもついて来る勢いだ。

少し考え込んだ愛鷹は一人を指名した。

「秋月さんだけ随伴を許可します」

その言葉に深雪が驚いた。当然自分だと思っていただけに驚きは大きかった。

「あたしは」

「深雪さんだからこそ、航行能力が低下している加古さんと曳航する古鷹さんに付いていて欲しいのです」

 

長い付き合いから来る信頼あってこそ、あなたには加古と古鷹と一緒にいて欲しい、と言う思いの愛鷹の意図は深雪も理解出来た。

だからこそ、付き合いが長いからこそ自分が一緒にいてやらねばならない、との思いが強かった。

しかし、愛鷹も一度決めたらそう簡単に自分の考えを変える事は無い頑固な一面がある。

「愛鷹だけじゃ荷が重い。秋月より深雪様がついて行くのがいいだろ」

「その確かな使命感だからこそ、深雪さんに頼みたいのですよ」

 

(ったく、頑固者め……)

静かに返す愛鷹のその決意は、やはり深雪には覆そうになかった。

 

そして艦隊は愛鷹、秋月と古鷹、加古、神通、深雪の二手に分かられた。

作戦難易度は極めて高いことになるが、やむを得ない。

生への執着こそ確かに強いが、「仲間を護りたい」とういう意識も愛鷹には根強かった。

「秋月、しくじるんじゃねえぞ」

「心得ておりますよ。そえが駆逐艦の使命ですから」

別れ際に愛鷹随伴につく自分に託す深雪へ、確かな使命感を浮かべて秋月は力強く頷いた。

.

 

(その意見具申はこの基地の防衛上、とても認めがたいな)

作戦を話し、艦隊の出撃許可を求めた長門に、鍋島は聞き終えてから長門に返した。

聞き終える前に駄目だと言って来るよりは、まだマシではあるが最初から認めない姿勢を崩す気が無いのは声で分かる。

「ですが、賭けてみる要素はあると思います」

(貴様、その大博打の結果主力艦隊艦娘全員が全滅する可能性が全く無いと言えるのか。

六隻の艦隊艦娘を対価に倍の水上打撃連合艦隊一二隻を轟沈の危険にさらすと言うのか? 日本艦隊に二隻しかない四一センチ主砲の大火力戦艦二隻を失う可能性がある大博打など、認める訳にはいかんな)

「六人を見殺しにすることになりかねません」

(長門以下主力艦隊は現海域にて待機。SSTO打ち上げまで同海域における深海棲艦の侵攻への遅滞戦闘を継続せよ。

時間を稼げればよい、これは命令だ。分かったな)

結局そうなるか、と予測出来ていたがヘッドセットの通話スイッチから一旦手を離して長門は溜息を吐いた。

長門が決めた編成は、自分と陸奥、青葉、衣笠、夕張、名取、蒼月、陽炎、不知火、黒潮、綾波、敷波の一二名からなる水上打撃連合艦隊だ。

大淀以下の残る艦娘は種子島に残す最低限の勢力となる。

大淀を編成から外したのは、「誤射に見せかけて愛鷹を殺害しかねない」と言う面もあった。流石に「あきもと」防衛戦の際は偶然からの彼女のミスだったのだろうが、この期をと凶行に及びかねない可能性はあった。

異論は認めんと言う勢いの「命令だ」台詞に、長門は一種の覚悟は決めていた。

周りの陸奥、青葉、衣笠、夕張、蒼月ら連合艦隊として連れて行く艦娘達の顔を見て一人一人の目を見てから頷くと、長門は再び通話スイッチを押して宣言した。

 

「我が艦隊は現時刻を持って国連海軍艦隊より離脱する」

 

(何を言っている⁉)

驚いた鍋島の声が返って来る。言った通りのまで、別に謀反ではない、と長門は胸中で呟きながら「行くぞ」と一一人に告げた。

前衛に青葉と衣笠を置く形の水上打撃連合艦隊を組むと、艦隊は両舷前進原速をかけた。

 

(アオバンド1より青葉、我ウェイポイント2通過しウェイポイント3へ向けて飛行中。

ウェイポイント3は現在の位置から恐らく変色海域になると思われる)

「了解。対空対水上警戒を厳とされたし……気をつけて下さいよ」

(ラジャー)

通信を終えた青葉は、愛鷹達の捜索に出した瑞雲全機の進出ポイントを海図に書き込んだ。

事前に策定した捜索範囲は、試掘リグを中心とし道中で戦闘を交えている可能性を踏まえたものだった。

変色海域の広さはオラクルからの情報では試掘リグを含めた半径六〇キロ前後に、円状に形成されていた。

青葉も参加した鉄底海峡海戦の際も変色海域は円状に形成されていたが、あの時とは違い海域の広さは変わらず、範囲も小さい。

まるで何かを隠すように形成されている。

もう一つの違いは鉄底海峡戦の時と違って、一切の連絡や索敵が不能になっている事だ。

電波系は軒並み使い物にならない。オラクルのレーダーでも無理だ。

だが電波こそ確かに使えないが、可視光線レーザーまでは無力化されていないのが、先に出した瑞雲の情報収集の結果で判明していた。

青葉に搭載されている瑞雲には他の瑞雲と違い、可視光線レーザー通信装置が搭載されていた。

ただ瑞雲に搭載できるレーザーの照射範囲には、瑞雲の機体サイズから来る出力上の限界があるので、青葉は変色海域内では照射可能範囲内に二段構えとする形で捜索網を策定した。

変色海域外、変色海域中継点、変色海域深部捜索、一二機の瑞雲によるリレー形式で捜索を行うのだ。

随時レーザーで連絡を取り合い、万が一撃墜された時に備え後詰めに三機を準備させている。先行して出していた一機は今補給、簡易点検作業中だ。

コールサインは青葉と周波帯を意味する英語のバンドを組み合わせたもので、ちょっとしたネタ的なものだ。

 

「あいつが旗艦をやっているのだから、そう簡単に六人が全滅するとは思えんが……全員生きてろよ……」

「気になる?」

腕を組んで呟く長門に陸奥が聞き返す。

「愛鷹の事だ。堅実かつ慎重、時に大胆。そう評価できる実績を上げて来ている。

大胆を通り越して無謀とも言えなくもない時をやらかすが、無謀から必ず生きて帰って来る強運。

隷下の第三三戦隊も重傷者こそ出ていはいるが、作戦難易度から見れば誰一人として失われていない。

アイツの指揮能力と判断力には、多少なりと未熟さが見受けられるが、そこから生まれるミスをカバーして全員で帰る事を可能にしている」

「確かに」

「指揮能力と判断力は、まああいつの経験の浅さ的に言えばどうにもならん。逆に言うとあの浅さにもかかわらず、相応の実績を上げているのは驚くところも大きい」

 

昨晩に愛鷹から聞かされた愛鷹自らの生い立ちを長門は思い出した

僅か一年で一五歳相当にまで成長し、その間に徹底的、いや苛烈な訓練と教育を受けた。

その後の優劣を決める壮絶な殺し合い。

完璧さを求められたクローン艦娘だから、一定以上の指揮能力と判断力が下せる様に調整が入っているのかもしれない。

そしてそのクローン達の中で「最優秀」と認められた事になる愛鷹。

長門とて最初から艦隊旗艦を務めていたわけでは無い。長門型の長門として着任したての頃は先任の敷島型戦艦の隷下で動いていた。

今は現役から退いているとは言え三笠が直属の上官だった事もある。

一方、愛鷹は着任時から第三三戦隊と言う艦隊の旗艦と言う重役ポジションを任されている。

普通なら着任したばかりの艦娘が最初から旗艦としてデビューする事は無い。

駆逐隊、巡洋艦戦隊、戦艦戦隊、航空戦隊の旗艦あるいは嚮導艦、と言う点でならごく普通にあるが、艦隊そのものの旗艦は先任になる艦娘が担当する事が多い。

軍隊と言う関係上、艦娘も経験が無ければ上に立つことは許されない

一時期ソロモン方面艦隊第八艦隊では駆逐艦であり、当時はまだ中尉だった雪風が艦隊旗艦を務めていたのも、負傷で戦線離脱を余儀なくされた旗艦鳥海以上の経験持ちの艦娘が第八艦隊にいなかったからが故だ。

それほど艦娘の世界では階級や艦種より経験がモノを言う。上座も下座も無い円卓のような世界だ。

 

本人達に聞かねば分からないが、愛鷹が旗艦として着任した際の第三三戦隊メンバーからの心象と言うモノも気になる所だ。

例え愛鷹があらゆる状況を想定した戦闘シミュレーションを受けたとしても、それは基礎的なモノにしかにならず実際の戦闘経験にはならないのだ。

経験。

それが愛鷹には一番求められている要素であり、彼女も一秒でも長く生きる事でそれを得られるのを望んでいた。

 

 

「頭に入れてある知識と情報は力なり」

ふう、と溜息を吐きながらそう呟く愛鷹の視線の先には目指していたメタンハイドレートの試掘リグがあった。

赤い海の中に錆びた構造物としてそびえる試掘リグは、塩害による赤錆が酷く、赤い海と相まって中々の不気味さを放っていた。

しかし、愛鷹と続行する秋月からすれば、試掘リグの存在は灯台と同じだった。

試掘リグの向きを見ればどちらが北で、南で、西か、東か、判別可能なのだ。

 

偽装航路込みで種子島へ帰る際の進路を策定して、海図に記入していると双眼鏡で水上監視を行っていた秋月が「水平線上に艦影多数を捕捉」を報じた。

(意外と早かったわね)

どうやっても第四戦速が限界の自分を追撃する深海棲艦との距離はかなり縮まっていたようだ。

海図を見て鉱床のある方位を確認する。

絶妙なタイミングかつ、自分達まで巻き込まれる前に離脱できる鉱床を狙撃する必要があった。

「対水上監視頂きます。秋月さんは敵の方角を測定して下さい」

「了解」

秋月に代わって双眼鏡を覗き込む愛鷹の後ろで、海図と試掘リグの両方を見ながら秋月は敵の方角を割り出す。

「方位二-四-二です」

そう返す秋月に愛鷹は無言を返した。

何か考えているのか、と思ったが振り返る秋月に見せるその背中は何かがおかしい。

「……愛鷹さん?」

何となく答えは分かっていたが控え気味に聞く秋月に、愛鷹は流石に緊張を浮かべた声で返した。

「思っていた以上に多い……flagship級ル級二個戦艦戦隊分八隻込みで四群級の大艦隊です」

「よ、四群⁉ つまり二四隻も」

頓狂な声を上げながら秋月も双眼鏡で見ると、水平線上に単従陣を四列組んだ深海棲艦の大規模水上艦隊がこちらへと進軍していた。

方角と予想距離を見て、位置を変える必要があるわね、それも多少の演技を見せながら……と自分たちの立ち位置と深海棲艦、そしてその間に挟むメタンハイドレート鉱床の位置を脳裏で照らし合わせながら呟く。

主機と艤装からはカチン、カチン、と変色海域で破損していく音が段々増えていた。

(時間をかけていたら、艤装全損で航行不能になるわね……瞬発力も抑えた方がいいかも知れない)

「艤装CCS、リミッター制限レベル1。突発的加速を禁止」

そう艤装にボイスコマンドする自分へ秋月が不安そうな目を向けて来る。

「大丈夫、二人で生きて帰る事を前提にした作戦です。ご心配なく、何かあったら私が何か考えます。

帰り道を見つけますよ」

 

薄っすらと自信を浮かべる顔を自分に向けて、優しく静かに語る愛鷹に「どこかで見た、感じるモノ」を覚えながら秋月は頷いた。

多少のAI機能を持つ長一〇センチ砲ちゃんも不安そうな反応を見せて来る。

「大丈夫よ、長一〇センチ砲ちゃん。ちゃんとお家に帰れるからね。

愛鷹さんについて行けば生きて帰れる」

宥める相手の長一〇センチ砲ちゃんに語る秋月の言葉が、少しだけ愛鷹にプレッシャーかけて来る。

本人は意図したつもりは無いだろう。ただ双眼鏡で見える大艦隊の戦力と自分たちの状況を見れば、決して気を抜けない。

最悪刺し違える最期が脳裏をよぎるが、それが秋月を巻き込みたくない思いを強めて来ていた。

 

(ここで死ぬ気なんて、無い。私が死ぬのは陸の上。

陸の上の真っ白なシーツで整えたベッドの上が私の終焉の場所。この赤い海なんかじゃない。

 

絶対生きて帰る……みんなで!)

 




種子島の戦いのケリをつける後編は2021年一月以内を目指していこうと思っています。

良き年末を。よいお年を。
また次回のお話でお会いしましょう。


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第四五話 赤い海 後編

ようやくモチベを取り戻して書き上げる事が出来ました。

本編をどうぞ。


青葉に搭載されている瑞雲が一報を入れて来た。

コールサイン「アオバンド3」の報告から不明だった愛鷹達の状況がようやく判明し始めた。

最初の一報は、中破した加古を連れて航行する古鷹達発見の報告だった。

瑞雲に気が付いた深雪からの発光信号で愛鷹、秋月のみで試掘リグへ向かった事、深海棲艦の狙いが愛鷹のみであるという判断から秋月だけと言う最低限の護衛だけで試掘リグに向かったと言う現場判断も判明した。

時計で確認してみれば、愛鷹が秋月と共に古鷹達と別れてから既に四〇分以上過ぎていた。

何事も無ければ既に愛鷹はリグに到達している筈だ。

無事だと良いけど、と二人の身を案じる青葉の前で長門がオラクル経由で古鷹達の回収を要請していた。

種子島基地の鍋島司令に一報を入れても、恐らく聞き入れはしないだろう。オラクル経由で長門を含む艦娘は鍋島から離反、反乱艦隊とみなされ何が起きても責任を負う事は出来ない、と宣言している事を知らされていた。

勿論長門からすればその扱いになる事は「離脱宣言」時に想定済みだ。

そこでオラクルが発見して回収を要請した事にする旨を伝えると、オラクルは快く引き受けてくれた。

寧ろ長門たちを反乱艦隊と見なしていなかった。

(そちらからの要請は承った、こちらで行っておく。

反乱艦隊と見なされてしまった孤独な君達だが、レーダー上の光を見つめながら君たちの無事を祈る者たちがいる事、肩を持ってくれる存在がいる事を思い出すんだ。

私がその一人だ)

「有難い、迷惑をかけて申し訳ない限り」

(仲間を見捨てない気持ちは私も同じだ。頑張ろう)

基本的に事務口調ながらよく励ましてくれる好人物なのが長門や青葉たちに安心感を与えてくれた。

 

 

額を触ると火傷しそうな程暑くなっていた。

ぐったりとする加古は明らかに何か病を発症していた。

状態を窺う古鷹はまず持病の再発を疑ったが、それとは違うようだった。

何かの感染症だろうか?

目を閉じて苦しそうに息をする加古にどうすればいいのか分からないまま、古鷹は加古の曳航を続けた。

力が抜けた加古を一人で曳航するのはかなり難しかったが、深雪と神通を警戒から解く訳にもいかないし、姉としての使命感から辛み一つ吐く事無く加古の曳航を続けた。

青葉搭載の瑞雲に発見して貰えたのは、その点で幸いだった。

捜索網を張っている青葉の瑞雲に状況を伝えると、取り舵五度の修正で種子島基地へ一直線に辿り着けるルートを送ってくれた。

海図で確認した深雪は一時間もかからずに帰られる、と算出したが加古がダウンしてしまったおかげで、一時間で帰られるか怪しい所だった。

四人の脳裏に不安を広げる要素がまた一つ出ていた。

微妙に周囲が暗くなってきた事だった。

想えば既に昼を過ぎている。夕暮れまでまだ時間がある筈だが、侵蝕海域内では時計すら狂わされて時間計測が出来ていない。

単に曇天が濃くなっただけなのか、日暮れが近づいているのか。

「古鷹……」

ふとぐったりとする加古から呼ばれ、古鷹は「加古?」と窺う様に尋ねる。

「諦めるのは……愛鷹……さんに……怒られ」

「今は喋らない方が良いかも知れないから、加古は寝てていいよ」

優しく語る古鷹に加古がうっすらと目を開ける。

混濁気味の意識だ。

「ごめん加古、ちょっと前言撤回するね」

古鷹は左目の義眼の瞼をいったん閉じると、微妙に加減して義眼に仕込まれている探照灯を点けて加古の目を見る。

ペンライト程度の光量で加古の瞳孔の反応を窺うと、加古が激しく身悶えした。

「おい、大丈夫なのかよ」

焦りを滲ませた声で聴いて来る深雪に、古鷹は唇を噛んで直ぐには答えなかった。

加古の症状はおそらく破傷風。しかし海上で感染する感染症ではない。

作戦が始まる前に種子島基地での野外業務中に擦り傷程度の怪我した事があったから、その時菌が体内に入って潜伏していた可能性が高い。

治療は可能だが、破傷風は致死率が比較的高いから早急に手当を施さないと命に関わる。

だが生憎手持ちの医療キットでは破傷風対策が出来ない。陸上で感染する感染症には対応した内容ではないからだ。

まさかのダブルパンチ状態だ。

出撃前は元気だったのに、なぜ急に? と疑問が湧くが今いる変色海域内で起きている事を考えると、機械である艤装には影響が出ているのに人体に影響が出ていない方が寧ろおかしいのかも知れない。

妹の肩を担ぎ直しながら今攻撃を受けたら確実にアウトね、と焦りを募らせた時前衛を務める神通が何かに気が付く素振りを見せた。

「……ローター音が聞こえます」

「お、救助ヘリか?」

「視認できませんが……いえ、前方に青い水平線を視認! 変色海域からの離脱エリアに到達できた模様です」

安堵する息と共に告げる神通の言葉に、深雪と古鷹も安堵のため息を吐いた。

気が付けば雲が薄くなり始めて、周囲が明るくなって来ていた。

気を緩めたらアウトだ、と三人が気を入れなおした時ヘッドセットから軽いノイズ交じりに呼びかけが入って来た。

 

(こちらリフター1、古鷹、加古、神通、深雪へ一方通信。レスキューナイトホーク一機でそちらを捜索中。この通信を受信出来たらそちらの位置を送られたし、オーバー)

 

即座に神通が答えた。

「こちら神通。リフター1応答を」

(こちらリフター1、古鷹、加古、神通、深雪へ一方通信。レスキューナイトホーク一機でそちらを捜索中。この通信を受信出来たらそちらの位置を送られたし、オーバー)

こちら側では受信は出来ているが、レスキューナイトホークには送信がまだ届いていないのか、リフター1が神通の応答に気が付いた様子が無い。

変色海域内で通信装備の機能を弱体化させられたか。

更に三回ほど神通が呼びかけるとリフター1が反応した。

「現在地は不明なるも、間もなく変色海域から離脱可能です。あ、そちらを視認しました」

目の良い彼女が見る先にレスキューナイトホーク一機が見えた。

神通が見る先を双眼鏡で見た深雪は、サバイバルキットに入れてある位置マーキングフレアを出した。

海上の艦娘は空から見ると案外見えにくい存在でもある。航跡も船舶と比して小さい為、波が高いと航跡が高波で視認し辛くなり空から位置を確認するのが困難になる事がある。

手っ取り早く見つけ貰うならフレアで自分の位置を知らせる方が早い。

「こちら深雪。リフター1、こっちの位置確認に赤のフレアを焚く。

加古が破傷風っぽい症状を発症しているから手当の準備を頼むぞ」

(了解)

GOサインを確認した深雪が赤いフレアに点火し、右手で大きく振ると一同の耳にローター音がはっきりと聞こえ始め、HH60Kの機影が近づいてきた。

(フレアを確認した、今行くぞ)

 

 

双眼鏡で確認できるル級八隻を含む四群二四隻の大艦隊の陣容を見て、流石に愛鷹も足が震えそうになるモノを感じた。

こちらは二隻で、しかも自分の艤装は火器管制以外不調塗れで機関も全速を発揮できない。

火力ではル級に負けないが、取り巻きには強力なflagship級のネ級、リ級、更にネ級改の重巡が付いていた。

軽巡も雷装が高いチ級やツ級もいるが、駆逐艦は少ない。

「ル級flagship級八、ネ級flagship級二、リ級flagship級四、ネ級改elite級二、チ級二、ツ級二、ハ級四か」

戦艦八、重巡八、軽巡級四、駆逐艦四と大軍中の大軍だ。

大した陣容、そして殺意だと深海棲艦の徹底的戦力投入ぶりに舌を巻きたくもなる。

出来るだけ距離を取っておかないとメタンハイドレートの罠に入れても、こちらが離脱出来なくなってしまう。

動くなら早めがいいだろう。

「では行きますか。対水上戦闘用意、黒二〇、取り舵五度、左砲戦用意。

秋月さん、しっかりついて来てくださいよ」

「はい!」

力強く答える秋月に頼もしさを感じながら、愛鷹は発揮可能な限りの速力を機関部に指示する。

海図を見て深海棲艦の艦隊と自分らの位置、更にメタンハイドレートの鉱床の位置を確認する。

ちょっかい程度に砲撃を行って引き付け、長距離雷撃に見せかけて秋月に鉱床へ魚雷を撃ち込ませる。

射撃管制スティックを握ると、目視照準で深海棲艦の艦隊の前衛のリ級に狙いを付ける。

この距離では流石に自分でも初弾命中はまず無理だ。主砲艤装の慣熟も納得のいくレベルでは無い。

牽制射撃程度だ。

「左砲戦用意。第一目標敵艦隊前衛リ級。仰角最大、弾種徹甲弾。

主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

最大仰角にした主砲のトリガーを引くと、四一センチ連装砲二基四門の砲口から火炎が迸り、黒煙に取って代わられる。

徹甲弾が撃ち出され、反動で砲身が勢いよく後退した。

砲身を冷却しながら次弾装填を行う一方、弾着時間を頭の中でカウントする。

時計が使えないからカウントは自分の頭でやるしかない。

弾着まで一〇秒と頭の中でカウントし始めた時、深海棲艦の艦隊が動いた。

戦艦、重巡、軽巡と駆逐艦の八隻ずつの三群に分散したのだ。

(分散されたか……三群で包囲陣形を形成して撃滅を図るか……足の速い軽巡と駆逐艦を前に出して足止めを図り、こちらの動きを抑えた後戦艦と重巡の集中砲火で短期決戦と来るか)

恐らく後者だろう。

加速をかける軽巡と駆逐艦を見てそう思った時、自分の放った砲弾四発が着弾した。

狙いを付けていたリ級からそこそこ離れたところに突き上がる水柱を確認する。精度そのものは案外悪くない。

自分と秋月の航路は敵艦隊の前面を横切る形になっている。軽巡級四隻と駆逐艦四隻は進路を変更してこちらの頭を抑えにかかっていた。

あの数の軽巡と駆逐艦なら、自分と秋月でも何とかできるかもしれない。

高脅威目標は戦艦と重巡。敢えて頭を抑えられた状態にして戦艦と重巡をメタンハイドレートの鉱床へ誘引して一網打尽と行くか。

「取り舵一杯、最大戦速。八隻の戦艦群を目標A(アルファ)、八隻の重巡群を目標B(ブラボー)、軽巡と駆逐艦八隻を目標C(チャーリー)と呼称。

Cは放置、AとBに一時接近してメタンハイドレートの鉱床へ誘引します。

秋月さん、魚雷発射準備。長距離雷撃に見せかけて鉱床へ撃ち込んでもらいます。信管は遅延と時限にセット、発射時機は私が決めます」

「了解です」

そう返しながら秋月は背中の魚雷発射管の安全装置を解除した。

二人が戦艦と重巡側へ向かう針路をとると、目標Cの軽巡と駆逐艦は二人の後背へと回り込む進路に転進した。

一方、戦艦と重巡は向かって来る愛鷹と秋月に砲門を向けると、一斉に砲撃の火ぶたを切った。

思わず身構える秋月に「離れないで」と静かに言うと、両腰の刀を引き抜く。

空と水上の両方を見て愛鷹が推定弾着時間を図っていると、大量の砲弾が二人の頭上に現れた。

砲弾の雨を見てまだ大丈夫と確信する。散布界は広い、着弾時の破片に備えた防護機能を展開する必要もないだろう。

程なく大量の砲弾の雨が着弾し、無数の水柱が二人を囲い込む。

軽く秋月が息を呑むが愛鷹は落ち着いて敵艦隊を凝視する。

水柱が突き上がる中、戦艦、重巡計一六隻は二回目の斉射を放った。

恐らく次の第三斉射を放ったら、重巡群の目標Bは加速して自分と秋月の右舷側か左舷側を抑え、戦艦群の目標Aは正面または重巡群が塞いでいない側に遷移して集中砲火の構えを敷くだろう。

AとBの陣容から見るにBが出るはこちらの右舷側。ル級はリ級やネ級より低速だから今の進路を維持して砲撃の構えを維持するだろう。

第三斉射が来る直前に再度転舵し、重巡群であるBに退路を塞がれる前に離脱だ。

この水柱の雨なら逆に秋月の魚雷発射を隠せるかもしれない。海中も外れ弾の着水音で聴音は困難になる。

「秋月さん、私が合図したら転舵します。目標Cの動きは?」

「目標Cは私達のバックを取りました。退路はありません」

緊張を滲ませた声で返す秋月に「了解」と返した時、目標AとBからの第二斉射の飛翔音が聞こえ始めた。

(弾着まで一〇秒か……一〇秒を切ったら第三斉射を放つはず。チャンスは一回)

知らずと眉間に汗が滲み出す。

飛翔音が極限にまで高まった時、愛鷹は号令を下した。

「取り舵一杯用意。左舷九〇度へ一斉回頭。回頭後魚雷攻撃始め。目標右七五度、海底へ向けて発射。時限信管を四〇秒にセット」

取り舵を指示する愛鷹に続いて秋月も転進に備えつつ魚雷発射管を構え、魚雷に指示された通りの諸元を入力する。

「用意よし!」

即座に準備を終えた秋月が愛鷹に告げた時、第二斉射の砲弾の雨が二人を包み込んだ。

直撃も至近弾も無い。距離が縮まっていたのでさっきよりは弾着位置が近くなっていたが問題はない。

今だ、と愛鷹は取り舵に切ると同時に秋月に魚雷発射を指示した。

「魚雷攻撃始め!」

「魚雷発射管一番から四番全門発射始め!」

秋月の魚雷発射管から四発の魚雷が圧搾空気で撃ち出され、海中へと飛び込む。

全弾発射完了を確認した愛鷹と秋月は水柱が周囲に突き立つ中、取り舵を切り、針路を変更する。

水柱が全て崩れ、視界が良好になった時、深海棲艦の艦隊の布陣は愛鷹の読み通りになっていた。

 

「秋月さん、前へ。後衛は私が務めます。最大戦速、回せるだけ回して下さい! 艤装CCSリミッター全解除」

 

その指示に秋月は驚いた。愛鷹の艤装は侵蝕破損しているからリミッターを解除したら余計に破損しかねない。

危険だ、と言いかけたが、秋月が言う前に愛鷹が自分を見て「構うな!」と無言の指示を送って来た。

四〇秒後にはメタンハイドレートの鉱床が爆破され、メタンハイドレートの泡で浮力が失われる。

そうなれば深海棲艦の艦隊は泡の中へ沈むことになるが、こちらも距離を取らないと一緒に泡の中。構っていられない。

秋月の主機が最大戦速をかけ、加速し始めると同時に愛鷹の主機もリミッターの全てを解除して無理を承知で加速をかけた。

後を追う様に目標Bの重巡八隻からの砲撃が飛来する。

防護機能の弱い秋月に代わって後衛に出た愛鷹が防護機能を展開する。

数発が愛鷹の防護機能バリアで弾かれ、さらに数発が両手の刀で斬り捨てられるか、あらぬ方向へと弾かれる。

二人の行動は想定外だったのか、深海棲艦の反応は遅い。

 

目標Aの戦艦は二人の右舷側に梯形陣を敷いていたが、水柱で二人の姿が見えなかった為変針に気が付くのが遅れていた。

一方の目標Bの重巡八隻は即座に追撃をかけるが、誤射に備えてある程度距離を取ってしまっていた為二人の背中を追うには距離が開き過ぎていた。

戦艦が主砲を回して愛鷹と秋月に砲門を向け直すが、重巡八隻が最大戦速で追撃をかけた為誤射の危険性が生じたが構わずネ級、リ級、ネ級改の合計八隻は愛鷹と秋月の後を追った。

目標Cの軽巡と駆逐艦も二人を追撃にかかった時、不気味な音が海底から響き渡った。

 

「とった」

 

珍しくはっきりとその顔にほくそ笑む表情を浮かべた愛鷹が見る中、メタンハイドレートの泡が深海棲艦の艦隊を包み始めていた。

愛鷹にとって嬉しい誤算だったのは、目標Cの軽巡と駆逐艦が泡に吞まれ出す目標AとBの救援に向かった事だった。

それはCも泡の中へ沈む事と同じだった。

 

 

泡が治まった後には静けさが残った。

二四隻の深海棲艦の艦隊はメタンハイドレートの泡に吞まれ、海底へと送られた。

メタンガスの匂いが微かに鼻を突く。

「やりましたね!」

「ええ」

作戦成功に秋月が笑みを浮かべると、愛鷹も安堵のため息を吐いた。

これで深海棲艦は空母以外の戦力の大半を喪失した筈。航空攻撃をなおも強行するか、あるいは撤退するしか残された道はないだろう。

「……減速赤二〇」

一旦減速して帰りの進路を策定しようとした時、破損音が主機から響いた。

左の主機から黒煙が上がり、左足から鋭い痛みが走った。突然の痛みに思わず顔をしかめた時、左足の主機が動きを止めた。

警報が艤装CCSから鳴り響く。変色海域で侵蝕破損していた愛鷹の主機がリミッター解除の無理をし過ぎたせいか遂に左の主機が全損して航行能力を失っていた。

舵は動くが、推進力を発揮出来なくなってしまっている。

「愛鷹さん、大丈夫ですか?」

「左の主機が無理し過ぎて駄目になってしまいました……右の主機はまだ大丈夫みたいですが……」

「仕方がありませんね。ゆっくり帰りましょう」

「そうですね」

軽くまた溜息を吐いた時、HUDに「RESTRAT」の表示が浮かび上がった。

使用不能になっていたHUDの表示が再起動し始めると共に、各種電測機器も次々に再起動し始めていく。

電探も限定的ながら画面に捜査範囲を表示し始めた。

「電子機器が復旧し始めている……方位特定が可能になりました! 変色海域の濃度も低下しています」

そう告げる秋月の言葉通り、海の色が赤から青へゆっくりと変わり始めていた。

「赤い海が青い海に戻る……」

 

これで終わりか……これで……無念の死を遂げた鈴谷の分も終わりに出来たのか?

そう自問自答しても、まだ分からない愛鷹は取り敢えず対潜哨戒の天山を発艦させた。

 

「帰りましょう。新針路三-五-〇、両舷前進原速。海域を離脱します」

 

 

 

アオバンド隊の瑞雲各機が変色海域の消失を告げて来ると同時に、オラクルのレーダー捜査範囲も復活していた。

AWACSの強力なレーダーの目が復活した事に一同が安堵のため息を吐いた。

「愛鷹さんと秋月さんは?」

捜査範囲が復旧したオラクルに確認を入れる青葉に、オラクルは「ちょっと待っててくれ」とすぐには答えなかった。

一瞬不安になる青葉だったが程なく、原速で帰路に就く二人のシグナルを確認した事をオラクルが教えてくれた。

(二人の信号を確認した。原速で帰還の途についている。今コンタクトを試みている)

「了解」

後はオラクルに任せても問題は無いだろう。瑞雲全機の帰投を命じても大丈夫だ。

ちょっと基地に頼み事があると鍋島が聞き入れるとは思いないが、頼みごとに借りたいと言う長門に一機貸して種子島へ飛ばした以外の全瑞雲に帰投を命じる。

 

その帰投する瑞雲の一機、アオバンド6から緊急入電が入った。

(オラクル、こちらアオバンド6、我新たな敵艦隊を捕捉! 空母棲姫級三隻を中核とした空母機動部隊一二隻を確認。

参照点より方位一-五-〇、針路を北西に取っている)

(こちらでも捉えた。種子島基地に進軍して来ていたのと同数の艦隊と共に、愛鷹と秋月のいる方角へ向かって行く! やつらは残る総力を上げて二人だけでも始末する気だ)

「敵艦隊の内容は⁉」

即座に確認を取る長門に、オラクルはやや間をおいてから答えた。

(敵艦隊は空母棲姫三、軽空母ヌ級改一、ネ級elite級二、ヘ級二、イ級後期型四の空母機動部隊並びに、ネ級elite級四、チ級二、ナ級六の水上連合艦隊だ)

二四隻の大艦隊が、秋月と愛鷹の二人の元へ……。

いくら何でも絶望的な物量差だ。巡洋艦キラーである愛鷹でもこれには対抗しきれるとは思えない。

何が何でも殺しにかかる深海棲艦の殺意に青葉が戦慄していると、長門が号令をかけた。

「最大戦速、新針路一-二-〇! まず敵水上連合艦隊を屠り、その後残る空母機動部隊を掃討する。

全艦、この長門に続け!」

全速を指示する長門に青葉、衣笠、夕張達の「了解」と唱和した返答が返された。

 

 

対潜哨戒に出した天山からの緊急連絡に、愛鷹は直ちに全烈風改二を発艦させた。

一六機の烈風改二に対し、空母棲姫から放たれた攻撃隊の数は約八〇。

重攻撃機だけでなく黒塗装型、それも夜間型とはまた別の新種と思しきタコヤキまでいると言う。

(新型機……そんなものまで投入して来たか……)

余程殺したいのか……。

八〇機も来たら、いくら自分と秋月でも果たして裁き切れるか。

防空隊を突破され、自力での対空戦闘と回避運動時に片肺の自分に躱しきれるか。

不安が残る愛鷹が軽く生唾を呑んだ時、ヘッドセットが着信音を立てた。

(こちらAWACSオラクル。愛鷹応答されたし、オーバー)

AWACS? 自分が知らない間に増援として来ていたのか。

「オラクル、こちら愛鷹。現在こちらへ接近する敵機多数を確認。こちらの対空戦闘能力では対応困難、支援を揉む」

(了解、現在長門以下一二隻がそちらの支援の為急行中だ。合流まで何とか持ちこたえろ)

結局、こちらで何とか凌ぎ切れ、ですか……。溜息を吐きながら「了解」と返す。

四一センチ主砲に対空弾を装填していると戦闘機隊から「コンタクト」の報告が入った。

「長い戦闘になる可能性があります、兵装をあまり消耗させ過ぎない様に」

(了解、ドレイク1エンゲージ)

(各機続け)

無線越しに寡兵の戦闘機隊一六機が大編隊に挑むのが聞こえ始める。

半分いや三分の一程度削られれば……。

残る敵航空戦力はこちらの弾幕で防ぐしかない。いや防ぐよりは凌ぐと言うべきか。

凌ぐ程度なら無理に対空射撃する必要もないかも知れない。

海上と言う遮蔽物無き場所で艦娘が身を隠す手段は、煙幕の展開だ。ただ煙幕の展開は機関部へ少し無理を強いるデメリットがあるし、それ以外のデメリットもかなりある。

だが、今はそれしか無い。使える手段は何でも使うしか無い。

自分の艤装機関部にはこれ以上の負荷はかけられないから、秋月に展開してもらうか、効果時間の限られる煙幕弾を焚くしかない。

「秋月さん、煙幕展開は出来そうですか?」

「五分程度までなら機関部は持つと思います」

そう返しながら手袋を外した秋月は指先を軽く舐め、風の強さと向きを図る。

「風は比較的弱いので拡散し切る心配はないでしょう」

「そうだと良いんですが」

腕時計を見た愛鷹が軽く溜息を吐く。風は今の所確かに弱いが、種子島の南方では今年で三個目に発生した台風が日本へ向けて北上中だ。

気象予報通りならそろそろ風力が増して来る筈。

頭の中でどう計算しても、風速強くなる前に離脱出来るとは思えない。

一回程度なら煙幕でしのげるだろう。しかし、波状攻撃されたら煙幕を充分に展開し切るのは難しくなる。

眉間に汗がにじんだ時、HUDに《TARGET MERGE》の表記が現れ、自動的に対空レーダー表示が現れる。

 

思っていたより速い……。

 

まだ目視出来ない距離だが、愛鷹のレーダーは既に捕捉済みだった。

(こちらグリフィス1、新型の黒タコヤキ全機を取り逃がした! しかし他を防ぐだけでこちらは手一杯だ!)

「全部が押し寄せるよりはマシです。ありがとう」

奮戦する戦闘機隊に礼を告げると秋月に煙幕展開を指示する。

「半径三〇〇メートル程の円状に展開して下さい」

「はい」

魚雷発射管の接続部分近くの放熱ファンから黒煙を吐き出させながら、秋月が煙幕の展開を始める。

機関部に負荷をかける為あまり速度を出せないが仕方ない。

「煙幕を展開したら、今度は秋月さんの弾幕精度となるか」

自分の対空火器は主砲以外、左腕の対空機銃と噴進砲。秋月は長一〇センチ砲だが煙幕を張ると秋月の対空電探の精度の関係上、命中率がやや下がる。

秋月型の対空射撃は対空電探と目視を合わせて行うモノなので、煙幕展開は本来相性が悪い。

しかし、これらのデメリットがあり、起きる事は理解済みだ。

それを理解した上で愛鷹は展開を指示したのだ。

 

なら、自分のレーダーとリンクさせて統制対空射撃と行くか? 

 

蒼月との連動射撃を想定した造りだから可能ではある。

しかし、まだテストもしていないやり方だ。慣熟抜きのぶっつけ本番になる自分の艤装の実戦投入だから当然なのだが、秋月型でも統制対空射撃の経験者は少ない。

多少の不安要素はある。だが他に手段はない。

煙幕を展開し終えた秋月が戻って来ると、愛鷹はぶっつけ本番技を強行する事にした。

「秋月さん、統制対空射撃を行います。私のレーダーで敵を照準、管制しますから、秋月さんはそれに基づいて射撃を」

「あ、愛鷹さんとの統制対空射撃の演習はやったことがありません! 私自身も指を折って数えられるくらいの経験……上手く行くか分かりませんよ」

「しくじってもあなたの責任ではりません。やりますよ」

強引に指示する愛鷹に、何かあったら深雪さんに怒られますよ、と胸中で呟きながら秋月は統制対空射撃の為にデータリンクシステムを起動させた。

 

統制対空射撃は一種のタッチ射撃とも言える。

対空射撃指示を行う旗艦艦娘が配分した目標に対し、随伴の防空艦娘の対空火器が自動的に射撃を行うモノで近年導入が始まったばかりだ。

アトランタ級軽巡洋艦の艤装に優先的に改修が施され始めているシステムで、愛鷹のはアトランタ級以外では初めての搭載でもあった。

愛鷹自身、マニュアルを読んだ程度で訓練していない。

何でもかんでもぶっつけ本番まみれだな、と一週回って苦笑したくなる。

主砲の対空弾の射程圏内に黒タコヤキが進入するまでに準備を整え、砲撃準備に入る。

(速い……これ程の速さで飛ぶ深海棲艦の艦載機は初めて……やはり新型……)

HUDの表示を見つめながら主砲の照準を合わせる。

「主砲……照準よし……射線方向クリア、用意よぉし」

スッと軽く息を吸うと凛と張った声で吐く様に号令を出す。

「主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

主砲発砲のトリガーを引き絞ると、四一センチ連装主砲二基の砲門から紅蓮の砲炎が迸った。

四発の三式弾改二が空中を飛翔して行き、瞬く間に空中へと消えていく。

防空隊を突破した黒いタコヤキの数は六〇機余り。

何機削れるか、と思いながらHUDの対空レーダー表示を見つめていると、遠方で対空弾が炸裂する轟音が聞こえた。

近接信管によって黒タコヤキの編隊内で起爆した四一センチ対空弾四発の対空散弾の雨。無数の散弾に絡めとられた黒タコヤキの数が《KILL 12》とHUDに表示された。

一二機撃墜……まあまあ、と言ったところだろう。

次弾装填の余裕はない。

「一二機、ですか」

「新型相手に一二機は上々ですよ。来ます、対空戦闘! 統制対空射撃用意!」

「はい!」

 

HUDに《DATE LINK ONLINE》と表示される。

統制対空射撃の《CONTROL AA FIFGT MODE》を選択すると対空レーダー表示が出た。

レーダーによる交戦表示範囲の《RANGE》を目視射程の《SHORT》にする一方、対空捜索範囲は《MIDDLE to SORT》と中距離から近距離へと自動的に切り替わる様にする。

自分が行う統制対空射撃は対空レーダーで捜索した敵を自動で追尾し、射撃システムが自動的に艦隊にいる各艦娘の対空火器を射程と脅威度に応じて射撃させるモノだ。

脅威度に応じた最適な対空火器を射程毎に割り当てて、撃墜するまで射撃レーダーが敵を追尾し、射撃管制指示を行う。

一人の艦娘に出来る統制対空射撃可能な総艦娘数は最大一個艦隊分六隻までだが、理論上AWACSと統制対空射撃可能艦娘を複数置くことで相応の規模の早期警戒網を構築すれば、連合艦隊編成以上の大規模艦娘艦隊の統制対空射撃が可能だ。

中距離表示の対空捜索レーダーに表示される機数は五二。まず迎え撃つ事になる火器は秋月の長一〇センチ砲だ。後は自分の噴進砲と機銃。

煙幕を展開していたから敵機はこちらを視認しにくくなっている筈だ。

「方位一-五-〇、敵針三-三-五、高度六〇〇。敵機影五二、急速接近中」

そう告げる愛鷹の言葉に秋月が額の汗を拭った時、長一〇センチ砲ちゃんが指示も操作もしていないのに勝手に射撃の構えを取る。

統制対空射撃の射撃管制下に入ったら自分で狙う必要は無いし、今の自分には煙幕が邪魔で正確な対空射撃が出来ない。

対空捜索レーダーの表示が《SHORT》になると、《READY TO FIRE》の文字が距離表示と共に出る。

「対空戦闘、第一目標から第八目標を捕捉」

 

《ENGAGE》

 

その表示を見るや愛鷹は統制対空射撃を始めた。

「旗艦指示の目標、統制対空射撃、撃ちー方始めー! 発砲、てぇー!」

直後、秋月の長一〇センチ砲ちゃん二基が彼女ではなく愛鷹の管制に従って対空射撃を始めた。

先程射撃を行った四一センチ主砲より小さい口径だが、高初速の鋭い砲声が連続して周囲に響き渡る。

自分で狙って、自分のではない他人の艤装が撃つと言う少し違和感を覚えながら愛鷹はスティックのトリガーを引き続ける。

左目で見るHUDに早々「KILL」の文字が表示され始める。

遠くで対空弾の炸裂する砲声が響き、撃墜された黒タコヤキが落ちていく音が聞こえて来る。

射撃開始から一〇秒程度で最初に狙った八機を始末すると、自動的に新たな脅威に射撃管制装置が対応を始める。

「第一目標から第八目標を撃墜。新たな目標、第一四から二二。仰角、射角調整」

「速い……!」

防空駆逐艦である自分よりも早々と八機撃墜してのける愛鷹に秋月は驚きを隠せない。

そんな自分に構わず愛鷹は脅威度の高い新たな八目標へ照準をわせると射撃指示を送る。

今度の八機は高度を下げ始めている編隊。高度から見て恐らく雷撃隊。

こちらのレーダーの高さでは、低空に降りられると捕捉するのにぶれが起きやすくなる分厄介だ。

「続けて撃て、発砲!」

トリガーを引き、秋月の長一〇センチ砲で迎撃する。低高度に降りる際、魚雷発射に備え多少速度は落とす筈だ。

僅かなタイミングで仕留めるしかない。

敵編隊の目の前に猛烈な弾幕が展開され瞬く間に三機が墜ちる。

僚機の被弾撃墜や弾幕の爆風に揉まれながらも、黒タコヤキは怯まず突っ込んで来る。

左目で見るHUDのレーダー表示では既に新たな八目標を追尾していた。今狙っている五機を始末したらすぐに対応しないと拙い。

四門の主砲の連射音が轟く中、その砲口の先で炸裂する対空弾が更に二機を仕留め、残る三機にも至近弾の破片を当てる。

細長い長一〇センチ砲の砲口から撃ち出される対空弾が黒タコヤキの周囲に飛翔して行き、近接信管が作動した砲弾が散弾を空中に撒き散らし、黒タコヤキへダメージをじわりじわりと与える。

しかし僚機の撃墜から立ち回り方を早々に覚えたのか、微妙な回避機動で致命的なダメージを受け流している様だった。

厄介な相手だ、と思いながらHUDの照準レティクルを見つめつつ、新たな対空目標の脅威度も事前に図る。

煙幕のせいで見え難い所の空で爆発する対空弾の砲声に、撃墜の爆発音が混じる事も無ければ、制御不能になって落ちていく効果音も聞こえない。

レーダーが捉えた敵機が尚もこちらへと向かって来るのがHUDに表示されている。

 

(もうボロボロでしょ……普通の艦載機なら落ちてもいてもおかしくない。なんて耐久……)

 

頑丈な新型機に対し、じわりと眉間に焦りの汗が滲んだ。

このペースでは流石に対応が遅すぎるか。三機を早々に片付けられ他は良いが、向こうも学習速度が速いのか立ち回り方がいい。

 

更に一機落としたところで照準をリセット、見切りを付けて新たな八目標を狙う。残る二機の雷撃は回避運動だけで充分だ。

次は既に低高度に降りている別の雷撃隊。発射に備え既に減速している。

 

(あの距離で撃っても流石に当たらないだろけど……散開斉射でバラまかれたらちょっと面倒か)

 

煙幕を展開しているから精密な射撃は出来ない筈だが、それを見込んでバラ撒く様に魚雷を撃たれるとこちらも動きを制限される。

撃たれる前に撃ち落とすしかない。速度がやや落ちている分狙いは少し付けやすい。

照準を合わせ直した長一〇センチ砲の小刻みの良い砲声が、再び連続して響き始める。

一機を撃墜した時、ヘッドセットからドレイク1の通信が入った。

(こちらドレイク1。グリフィスに他を任せ現在そちらに急行中。そちらの状況は? オーバー)

「押されかけています」

(何とか持ちこたえてくれ、ETAは一分後だ。ドレイク1アウト)

一分……長いな。四機目を撃墜しながら航空支援到着予定時間を頭の中でカウントする。

六機目を撃墜した時、HUDに《WARNING》の表示が出る。

迎撃限界ラインまでもう余裕が無い。それどころか長一〇センチ砲の砲身も摩耗していて、今のペースで撃ち続けていたら照準に影響が出るレベルになるのも時間の問題だ。

「秋月さん、砲身の交換準備を。この攻撃を凌いだら即交換して下さい」

「了解。もうちょっと頑張ってね、長一〇センチ砲ちゃん」

振り返らずに指示して来る愛鷹に応じながら、秋月は奮戦する長一〇センチ砲ちゃんに優しくエールを送る。

 

空に咲き乱れる対空弾の黒い爆炎で狙っていた敵機の最後の一機が落ちた時には、もう他の敵機が攻撃位置に付こうとしていた。

(速いだけでなく、耐久も高いか)

HUDに表示される敵機の展開状況を見つめながら、黒タコヤキの脅威度とその厄介さに危うい予感を覚える。

これが今後大量に出るのか? と思うと今の自分の烈風で果たして対応し切られるのか。

秋月の長一〇センチ砲の射撃音が一旦止み、新たな対空目標へと照準を合わせ直して砲撃を再開する。

今は左翼の敵を集中的に狙っている分、右翼が薄いから敵機もそちらへと移りつつある。

右翼からの敵には愛鷹の噴進砲と対空機銃で対応するしかない。ただ噴進砲は弾幕を一回しか張れないからタイミングを間違える訳にはいかない。

五二機中撃墜二〇機を数えた時点で、右翼に展開する敵機が攻撃位置についていた。

しかし、煙幕のせいか上手い射点を捉えられていない様だ。とは言え左翼で迎撃を受ける僚機が愛鷹と秋月の位置をトレースし、大まかな場所へ爆弾や魚雷を落とす可能性はある。

左翼の敵機は比較的高度が高く、右翼の敵機は高度が低い。左翼から急降下爆撃、右翼から雷撃の挟撃か。いや右翼の敵機編隊の一部が魚雷を投下するには少々高度が高すぎる位置にいる所からして、反跳爆撃の為の爆弾を抱えているかもしれない。

更に二機を撃墜した時、秋月がヘッドセットに手を当てた。

「聴音探知、魚雷馳走音です! 参照点から方位一-三-〇、敵針二-〇-〇から二-五-〇より敵速四七ノットで一二発急速接近中!」

ソナーが侵蝕海域で破損させられた自分に代わって、秋月がソナーで探知した敵機の投下した魚雷の来る方向と数を知らせて来る。

「距離は?」

「約二〇〇〇メートルです」

「バラ撒いてきたか……煙幕で見えないとはいえ、射界を絞っている」

迂闊に回避運動を取る訳に行かない。そう思いながらトリガーを引いていた時、HUDに《ALRET》の表示と共に長一〇センチ砲の砲身のオーバーヒートを知らせて来た。

《OVER HEAT》の文字を見て、やはり慣れていないとダメか、と悔しい気持ちが込み上げる。

「愛鷹さん、長一〇センチ砲ちゃんの砲身が限界です!」

「交換している余裕はありません、回避運動を優先します。面舵一杯、新針路〇-五-〇、第四戦速」

一部破損している自分の主機に鞭を打って、秋月と共に回避運動に入る。

当然ながら、こちらからの対空砲火が止んだ事に黒タコヤキが気付かない筈がない。

高度を上げた黒タコヤキが煙幕の頂上の穴から愛鷹と秋月目がけて急降下爆撃を始めた。

逆落としして来る黒タコヤキが急降下の鋭い音を立てながら降下して来る。

煙幕に出来ている僅かな隙間からこちらの位置を見出したのか、黒タコヤキの投下した爆弾は回避運動する二人の直ぐ傍に着弾した。

至近距離で白い水柱を高々と上げる爆弾に揉まれる中、防護機能で何とか致命的ダメージを受け流す二人だったが、駆逐艦娘である秋月の防護機能では至近弾の爆発を完全には防ぎきれない。

そもそも爆弾に充填されている爆薬の量が多すぎた。

刀で直撃弾や至近弾と見た爆弾を切り裂いて無力化していく愛鷹と違い、回避運動と防護機能でしか防げない秋月の体の随所に鋭い痛みが走る。

体中に至近弾の破片で斬り裂かれる痛みを堪えながら、両腕で顔面を覆って目を閉じて歯を食い縛る。鈍い爆発音が響き、愛鷹が被弾する音が聞こえるがどうする事も出来ない。

「あし、たか……さ」

「喋らないで!」

強化された艤装の装甲で弾き返したお陰なのか、被弾のダメージを感じさせない声で返す愛鷹に、流石大型巡洋艦……いえ巡洋戦艦ですね、と秋月が思った時、噴進砲と機銃の射撃音が轟き始めた。

 

至近弾被害で秋月が中破状態なのは見ずとも分かった。

ここで右翼からの敵機が投下した魚雷に、まだ投下されていない反跳爆撃の爆弾が当たったら秋月への大ダメージは免れない。

目視で確認できた魚雷の航跡へ機銃を撃ち放って破壊を試みると共に、噴進砲で反跳爆撃を仕掛けようとする敵機に牽制の弾幕を張る。

左腕に二基装着されている三連装機銃で魚雷へ射撃を行うが、対空射撃とは訳が違うだけに直ぐには撃破と行かない。

何とか二本の魚雷を撃破し水柱を二つ突き立てる。

撃破した二本の魚雷の射界内に入ってしまえば、いやそこを狙って反跳爆撃の爆弾が飛んでくる可能性が高いか。

舌打ちをした一瞬の気の逸れを突く様に、急降下爆撃の最後の一発が愛鷹の第一主砲の天蓋右側に着弾した。物凄い爆発が起き、けたたましい音と共に第一主砲の右側がひしゃげる。一部は抉れて破片を右舷側に吹き散らし、右砲の砲身が吹き飛んだ。

爆発の炎と顔に吹き付ける衝撃波に呻き声を上げながら第一主砲弾薬庫に注水、消火指示を出して誘爆被害を防ぐ。愛鷹自身にはかろうじて防護機能で致命的な怪我を負わずに済むものの、第一主砲中破で砲戦火力が半減してしまった。

残る第二主砲のみで水上戦闘をするしかない。

爆発の黒煙を軽く吸い込んで咽込んでいると、あの衝撃が体に走り抑える間もなく込み上げて来た鮮血が口から吐き出された。

「この程度で……」

咽込むのに乗じる様に込み上げて来た二回目の吐血を左手で抑えるも、どうしてもこぼれる血が手の甲を赤く染める。

左手を赤く染めた血を睨んで、拳を作りながら恨めしいモノを噛み締める。悲鳴を上げ始める体にタブレットを数錠呑みこんで(黙れ!) と目を細め歯を噛み締めて喝を入れた。

赤く染まっている左手の拳を開いた時、何かを切り離す音が何回か聞こえた。

爆弾投下の音だ。

「秋月さん、私の後ろへ回って下さい!」

「あ、あし、たかさん……それじゃ」

「話せるうちに早く!」

何とか大破の一歩手前で踏み留まっている秋月に自分のすぐ後ろに付く様に指示すると、両手の刀を構え直す。

第一主砲中破時の爆発音で耳が一時的にやられかけていたが、何とか回復しつつあった。元に戻りつつある聴覚で石の水切りの要領で海面をスキップして来る爆弾の位置と数、距離を測る。

躱せられるなら躱したいが、対空レーダーにはまだ攻撃態勢にある四機の機影が映っている。まだこちらを攻撃した気配はない。

自分が被弾したのは確認済みだろう。正直なところもう煙幕は用済みだ。

視界に一〇本もの雷跡が見えたが、回避運動を取るまでもなく自分と続行する秋月の左右を通り過ぎて行った。

魚雷との距離次第では近接信管で被害を受ける所だったが、幸いにも一発も爆発する事は無かった。

一方で投下された爆弾はまだ躱せていない。

一時的に馬鹿になりかけた聴覚が感覚を取り戻すと、八発もの爆弾が海面をジャンプしながら飛翔して来るのが聞こえた。

「爆弾と追い駆けっこね」

呟きながら黒煙の向こうから密集して飛んで来た爆弾を見据え、両手の刀を構え直すと当たると見た爆弾数発を刀で薙ぎ、切り裂いた。

外れた爆弾が遠くで虚しく爆発する音に安堵する間はない。攻撃態勢に入る四機に加え更に四機が反対側から回り込んで来る。

しかし、そこへ味方機の識別がHUDに表示された。

《DRAKE SQUADRON》の表示にやっと来たか、と今度は安堵の溜息を吐いた。

(こちらドレイク1、愛鷹。生きてるか? これより防空支援に入る。各機続け!)

 

 

浴びせられる二〇・三センチ主砲弾を右に左にと躱して粘り強い抵抗を見せるナ級へ、これでどうだ! と九斉射目の二〇・三センチ主砲弾を叩きつけ、ようやく轟沈させると、深々と青葉は溜息を吐いた。

左側頭部にかけているHUDには壊滅していく深海棲艦の水上連合艦隊が表示されていた。

開幕で長門と陸奥のタッチ射撃でネ級elite級全艦が轟沈ないし大破したものの、残る取り巻きは頑強に艦娘達に抵抗して来た。

鍛え上げて来た練度で何とか返り討ちにしたが、こちらも全員小破レベルの手傷を負わされていた。

残弾はまだ充分とHUDの表示を見て頷くと、一旦主砲艤装を肩から降ろす。

右肩で背負うこの艤装は発砲の度肩に衝撃を与えて来るから、結構肩が凝る艤装でもあった。

艦娘になりたての頃使っていた主砲艤装は腰撃ちだった分、ヘルニアを心配する程腰に負荷がかかったので、今の肩で担ぐ主砲艤装にしたわけだが今のは今ので肩にそれなりの負荷はかかる。

両手で主砲を構える衣笠も長引く戦闘の後は両腕に湿布を張っている事もあった。

艤装を下ろした肩を軽く左腕で揉んでいると、硝煙で煤けた制服をはたきながら衣笠が寄って来た。

「青葉、大丈夫?」

「あー、肩っ凝ったみたい。ガサ、ちょっとマッサージして頂戴」

「はいはい」

青葉の頼みに軽い口調で返しながら右手で衣笠は青葉の右肩を捥ぐ。

「どう?」

「あー、気持ちいい……指圧師に転職しても食べて行けるよ」

「軽口が言えるって事はもう良いみたいね」

「もうちょいお願い」

 

ようやく殲滅出来た敵艦隊の残骸が上げる黒煙を眺める長門の元へ、陸奥が艦隊各員に集合をかける。

(こちらオラクル。敵艦隊の殲滅を確認した。敵空母棲姫級中核の艦隊は現在愛鷹と秋月へ向けて進撃を継続中。

双方が現在の速力を維持した場合、邂逅予定は約一〇分後になると思われる)

「長門了解。二人の状況は?」

(何とか空爆を切り抜けたものの、愛鷹は第一主砲中破使用不能、秋月中破戦闘力低下と厳しい状況だ。今の二人にはあの艦隊は脅威過ぎる)

「了解した」

四一センチ連装主砲一基だけで、空母棲姫三隻含む大艦隊と相手取るのは流石に愛鷹には荷が重いと言うレベルでは無い。

秋月も中破して戦闘力も低下している。これ以上は耐えられない筈だ。

「すぐに向かうぞ……それまで、持ちこたえろ」

 

 

鹿屋基地に着陸したオスプレイから車椅子に載せられた熊野と、鈴谷の遺体を収めた棺が降ろされて来た。

どんよりと曇り切った目の熊野が、厳かに霊柩車へと運ばれていくかつての相棒を収めた棺を見送っていると、久々に白い礼装に身を包んだ姿の武本が熊野の元へと歩み寄って来た。

「て、提督」

慌てて敬礼しかける熊野を無言で制すると、「傷は?」と静かに聞いてきた。

「見ての通りの有様です」

「ああ……残念、と言い切れないな鈴谷くんは……惨い、惨すぎる」

悲痛な表情から絞り出すような武本の言葉に、熊野は無言を返事とした。

こんな形で鈴谷が命を落とす事になるとは。何とも言い難い無念、やり場のない思いが二人の胸の内に渦巻いていた。

無人機のエラーは結局サーバー側に何らかのバグが起きた、と言う程度しか解明できなかった。当の無人機側にはハッキングを受けた形跡は残っていなかったから、基地のサーバー側に問題があるとしか言いようが無いのだが、詳細が解明出来る見込みが無いとの報告が上げられていた。

霊柩車に棺が納められるとその場にいる海軍兵士達が一斉に敬礼して、クラクションを長々と鳴らしながら走りだす霊柩車を見送る。

「提督、私は」

「君は暫く病院で過ごして貰うよ。最上くんと三隈くんが心配して待っている」

「傷はすぐに治ると言われましたが」

「医者が良いと言うまで私は君を前線には出さない」

有無を言わせない口調で告げる武本に、抗弁する気力を熊野は失った。相棒を失ったお陰で胸にぽっかりと開いた空虚の穴は一カ月や二カ月で塞げそうな気はしない。

傷そのものはすぐに治せるだろう。しかし熊野の心の傷が癒えるには時間が必要だった。

付き添っていた衛生兵に代わって熊野の車椅子を押して、基地施設へと歩き出した武本にふと熊野はオスプレイで種子島を発つ前に長門から「提督に直接渡して欲しい」と頼まれていたメッセージ書を上着のポケットから出した。

何の変哲もない封筒を軽く見て、要件も何も書いていないそれを武本に渡す。

受け取った武本は「ありがとう」と返すと熊野と共に基地施設の中へと入った。

 

 

先の爆撃で直撃こそなかったものの、愛鷹に抱えられている秋月の状況は良いとは言えなかった。

至近弾の破片で斬り裂かれた制服の下の傷から痛々しく出血しており、疲労もかさんでか秋月の反応が悪い。何とか絆創膏や包帯で止血を含む応急処置を施したものの、秋月自身での戦闘はかなり厳しい状態だ。

今襲われたら絶好のカモだ。自分は主砲塔一基が使用不能だから水上戦闘能力が半減している。

とにかく逃げるしかない。長門率いる艦隊が救援に向かってきているとは言え、自分達が先に空母棲姫三隻を中核とした艦隊に捕捉される可能性が高かった。

ボロボロの秋月を抱える形で航行する愛鷹のヘッドセットに、AEW天山「シルバーアイ」からオラクル経由で警告が入った。

(こちらシルバーアイ、空母棲姫三隻の空母機動部隊が間もなく視認射程内に入る。

おおよそ五分後には長門以下の艦隊が到着する、それまで回避運動で躱し続けるしかないだろう)

「愛鷹了解、警戒監視を継続して下さい。身の危険を感じたらすぐに離脱を。残燃料にも十分注意して」

(了解)

爆撃の至近弾の破片で飛行甲板はボロボロだった。カタパルトとエレベーターは生きていたのでシルバーアイを射出来たが、着艦ワイヤーと着艦デッキが実質使用不能の状態だ。

装備妖精のダメコンで復旧作業が行われているモノの、燃料弾薬が続きそうにない戦闘機隊は全機種子島に向かわせていた。

今の自分には防空の為の戦闘機一機も無い。更に負傷した秋月を抱えたまま空母棲姫三隻を中核とした艦隊に捕捉されかけている。

秋月を事実上曳航する形になっている分、発揮可能な速力は更に低下していたし、流石の愛鷹も疲れを感じ始めていた。

慣れない艤装でのぶっつけ本番を繰り返し過ぎたせいか、いつもより疲れが溜まって来ている感があった。

体の老化もあるのだろうか? と思った時、轟々とした遠雷の様な砲声が遠くから轟いた。

(あの発砲音は空母棲姫の大口径主砲の砲声か)

距離からしてまだ正確にこちらの位置に射弾を送り込めるとは言えないが、先手を打ってイニシアティブを握るつもりか。

今の自分に制空権は完全にない。すぐに空母棲姫から観測機が進出して来るだろう。

弾着観測射撃を行われたら、一方的にやられてしまう。秋月を抱えたままでは戦えないが、放り出す事は出来ない。

砲声が響いてから程なく大口径主砲の砲弾が周囲に雨あられと降り注いだ。

散布界は広いから至近弾にもなっていない。しかし、射程に捉えられていると言う強いプレッシャーを愛鷹に与えていた。

再び水平線の遠くから砲声が響き、砲弾多数が飛翔して来る。

空気を切り裂く甲高い飛翔音と共に砲弾が着弾し、海面に大きな水柱を多数突き立てた。

 

突き上がる水柱を見ている内に、自然と涙がこぼれた。

 

悔しい。

 

その一言で今の自分の気持ちは言い表せられた。

今日一日にあった事全てを思い返すと、何もかも自分の未熟な面が諸に出て来てしまった感が拭えない。

施設時代に様々なシミュレーションや訓練、講義を受け、同じ「自分達」同士で殺し合いまでやった。

「深海相手の殺し屋」として引き金を引く術を学び、硝煙と血の匂いを実際に嗅いだ。苦痛に塗れた過程と牢獄生活の様な日々を送った。

文字通り血の滲む努力をして、一線級の艦娘と同じレベルにまで達していると評価されたのに、いざ実戦に出てみればぼろぼろとにわかだった自分が露わになって来ていた。

所詮「クローンの即席艦娘」は「人間の艦娘」には経験と時間、場数で劣っていたという事だろう。

込み上げて来る悔しさと不甲斐なさと共に、未熟、の二文字が脳裏にはっきりと浮かび上がった。

至らない自分のせいで自分が死ぬのは因果応報だからまだいいとしても、その至らない自分のせいで秋月と言う仲間まで巻き添えに仕掛けている。

どうして、と問う自分に、それは自分の想像力不足だ、と唾棄する自分がいた。

 

(やはり来たぞ、複数の機影を探知。これは空母棲姫が送って来た弾着観測機だ)

オラクルの警告と共にHUDに対空レーダーが捉えた深海棲艦の弾着観測機が表示された。

もう逃げられない……。じき一方的に撃たれる状況になる。

 

やがて砲声が轟き、甲高い飛翔音が多数頭上から押し寄せて来た。

(飛翔体を確認! 弾着まで一〇秒!)

警告がオラクルから入り、来る、と身構えた時、周囲にさっきよりもかなり近い場所にまとまって着弾の水柱が突き上がった。

空母棲姫の主砲の発射速度は毎分約四発と言われている。射角修正などで多少ブレはあるだろうとは言え、おおよそ二〇秒程したら次の砲撃が来る。

数えていると思った通りのタイミングで砲声が響き、大きな砲弾が多数降り注いだ。

周囲を囲い込む様に立ち上がる水柱を見て、愛鷹は絶望感を覚えた。

「挟叉された……」

次撃たれたら秋月を放って刀で防御するか、自分の身をもって巻き添えにしてしまった秋月の命だけでも護るか。

死にたくはないが、自分を取るか、秋月を取るかの二択を強いていた。

主砲で弾着観測機を撃墜すれば時間稼ぎ出来るだろうが、弾着観測機を撃ち落とすにはこの主砲の仰角が足りていない。

そもそも観測機を主砲で迎撃すると言う発想を思いつくのが遅かった。

悔しさから来る涙がまた目から溢れた時、朗報の様な電子音がヘッドセットから響いた。

(愛鷹、聞こえるか? こちらアオバンド1。これより防空支援につく)

(いいぞ、青葉搭載の瑞雲だ。アオバンド、やってくれ)

HUDに四つの《ALLY》の文字が映し出され、すぐにオラクルの手で愛鷹の元に識別登録がオーバーライドされた。

頭上に聞きなれたエンジン音が四つ響き出し、《AOBAND》のコールサインの瑞雲四機が空母棲姫から送られて来た弾着観測機に襲い掛かるのが聞こえた。

呆気なく訪れた別の形での「終わり方」に、半分惚けた顔になる愛鷹のヘッドセットへ聞き親しんだ声が沢山飛び込んできた。

(愛鷹、聞こえるか? 助けに来たぞ)

(待たせました愛鷹さん! もう大丈夫ですよ)

(衣笠さんも参上です!)

(みんなで《助太刀》に来たわよ)

長門、青葉、衣笠、陸奥の順にヘッドセットから入る声と共に、聞きなれた、一番馴染みのある砲声が愛鷹と秋月の窮地を吹き飛ばしにかかった。

 

 

「愛鷹さん聞こえますか? ……大丈夫ですか?」

ヘッドセットに向かって青葉が呼びかけ続けても、愛鷹は沈黙したままだった。

まだHUDには健在である表示が出ているモノの当の愛鷹が沈黙したままだ。

応答が出来ないのなら、代わりに秋月経由でと思った時、ヘッドセット越しに泣く声が聞こえた。

「……え……」

聞こえて来た泣き声に、青葉がきょとんとした表情になる。

しかし無理も無いだろう。聞いたら誰もが同じ表情になる筈だ。

それは初めて大きな声を上げて泣きじゃくる、愛鷹の泣き声だったのだから……。

 




次回の投稿がいつになるのか、正直自分でも分かりませんが年内に二、三本出して新たな舞台へとつなげていきたいと思っています。

未慣熟の状態でぶっつけ本番続きの愛鷹が次はどこへ赴く事になるのか。

次回から種子島の物語にケリがつきます。

ではまた次回のお話でお会いましょう。
感想、コメントお待ちしています。

(正直、褒めも酷評もどっちの感想も来ないので筆が進みづらい……)


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第四六話 血の絆

モチベーションを少しずつ立て直しながらコツコツ書いてます。
(自分でもびっくりするほど早く投稿できたかも)

注:タイトルを変更しました


負傷した熊野を海軍病院へ送る手続きを終えると、武本は長門から熊野を介して自分へと届けられた封書の封を開けた。

メッセージを一読し終えると、直ぐに自分の携帯電話を出して有川へ繋ぐ。

五秒も経たずに有川が出た。

(俺だ)

「有川。君の部下か腕利きをこちらに今すぐ送って欲しい。愛鷹くんが危険な状態だ」

声で事情をすぐに察したらしい有川は少し考え込む声を返す。

(……分かった。すぐにチームを種子島に送る。熊野と鈴谷を載せて来たオスプレイの再離陸には何時間かかる?)

「簡単な整備点検込みで三時間もかからんだろう」

腕時計を見て返す武本に対し有川が受話器越しに頷くのが分かった。

(結構だ。俺も先遣チームを追って現地入りする。お前は先に基地へ帰れ)

「日本艦隊の総司令官として、それは聞けないな」

(まあ、お前も無縁な話では無いな。好きにしろ)

「そうするよ。じゃあな」

電話を切った武本は携帯電話を上着のポケットにしまうと、借りている私室へと大急ぎで戻った。

この動きにくい礼装より、普段の略装の方がやはり過ごしやすい。

 

 

日が暮れた種子島基地のグラウンドに基地防衛に参加した艦娘達が集められた。

グラウンドに置かれた演台に長門が立つと、グラウンド中に響く大きな声で告げた。

「作戦完了を宣言する」

「そいつは本当なんだろうな?」

朝霜が腕を組んで聞くと、長門は目を瞑って深く頷いた。

「ああ、終わりだ」

歓声も無い、ただ安堵のため息がグラウンドに集められ他艦娘達から上がった。

激しい深海棲艦の種子島基地への攻撃は、艦娘達の奮戦で完全に返り討ちとなった。投入戦力のほぼすべてを失った深海棲艦の艦隊のわずかな残存艦艇は海域から離脱し、鍋島司令から海域と航空の安全確保が宣言された。

 

一方で艦娘側も鈴谷と言うかけがえのない人間を失った。

他にも翔鶴、瑞鶴、村雨、五月雨、熊野が大破・重傷、秋月、加古中破と皆総じて大なり小なりな被害を被っている。

殊に瑞鶴はやはり内臓を多数破壊されてしまっており、当面戦線への復帰は望めそうになかった。再生治療の経過具合にもよるが半年近くは無理になる可能性があった。

村雨も一命はとりとめたが、喪った目と腕を再生させる為にこちらも長期間の戦線離脱は免れない。

破傷風を発症した加古は既に治療を受けて早くも回復途上にある。秋月の負傷の手当ても順調で深刻な傷には至らなくて済んでいた。

軽傷者の手当ても済み、ひとまずは凌ぎ切った感じだ。

 

「三時間程したらSSTOが打ち上げられる。我々の『命』を賭して護った『希望の目』だ」

弛緩する空気が立ち込みだす一同に長門は続けた。

それとな、と胸中で溜息を吐きながら長門はまた目を閉じて溜息を吐く。司令部に出頭した自分に下された鍋島からの「処分」を伝えなければならない。

 

「なお、この長門は上官不服従及び抗命、反逆行為から本日より一階級降格と三週間の一切の戦時作戦参加権限の剥奪。また基地内での一部行動制限付き謹慎を命じられた。

緊急事態以外、三週間私は一切の艦娘としての任を解かれる。

ただ、私について来てくれたみんなには一切の御咎めは無い」

 

「長門さん……」

独断で愛鷹救援に向かった全責任を取る長門に下された処分の大きさに、艦娘達はざわりと総毛立つ一方で、安堵もしていた。

帰港する際にはMPに取り囲まれる事も覚悟していたが、帰って来た一同の元へMPが一名長門に出頭を命じに来ただけであとは普段通りの終わり方だった。

 

三時間ほどした深夜にSSTOが種子島基地から打ち上げられる。

目標は地中海。不穏な動きを見せる深海棲艦を地球往還軌道上から偵察して、北米のケープケネディ基地に帰着する。

SSTO偵察作戦の第一号の結果次第で地中海で何が起きるかが変わる筈だ。

 

 

負傷者をピストン輸送で九州へと後送するC2輸送機の一つに乗り込んだ武本は、機内のキャビンに有川と部下らしき四名の男性兵士を見つけた。

武本より先に有川があいさつ代わりに軽く手を上げる。

「お前がもう来るとはな。何時もどこにいるんだ?」

「それは話せんな。仕事柄お前でも明かせないんだ。まあ、言えるのは世界中が俺の仕事場って事だ」

「なるほど。お仲間は四人か」

そう尋ねる武本に有川は軽く首を振った。

機密事項案件でもあるだけに、武本はそれ以上の詮索はしない事にして座席に座った。

シートに座ると有川が尋ねて来た。

「基地は誰に任せた?」

「谷田川に任せたよ。彼ならきちんとやれる。勤務成績もいいし、みんなからの信頼も確かだから昨日彼の准将への昇進推薦状を書いたよ」

「准将つったって、海軍じゃ実質少将だがな」

軽く笑う有川に確かにと武本は軽く息を吐いた。国連海軍では准将は基地司令官職階級であり、扱い上は少将と変わらない。

かつてのアメリカ海軍で用いられていた階級形式を国連海軍の階級として一部反映した結果海軍准将の階級が誕生した。便宜上は少将と同格だが海軍准将は下級少将と言う扱いになる。

「俺をここに呼ぶよう頼んできたのはお前だったが、お前に頼んできた奴は誰だ?」

「長門くんだ。負傷して後送されて来た熊野くんをメッセンジャーとして俺に応援要請を送って来た。

鈴谷くんの戦死を聞いて、飛んで来ていたのが功を奏したかも知れないな。結果的に早くお前に連絡を入れてこうする事が出来ている訳だしな」

「自分が動くと身バレもするし、手も離せんから、鈴谷の遺体と共に後送する熊野に直にメッセンジャーとしてお前に応援を呼ぶよう頼んだって訳か。

今は降格させられたと言っても、それ以前では大佐にまで上り詰める頭脳は確かだな」

ニヤリと笑う有川に向かって軽く頷き、自慢気に返す。

「秘書艦を長く務めていた彼女の実力は伊達じゃない」

 

それから程なくC2輸送機は種子島基地へ向け夜の空へと飛び立った。

 

 

破壊された第一主砲を診ていた明石がまとめ上げてくれた損害報告情報に、愛鷹は眩暈染みたものを感じた。

元々陸奥の主砲のお古だったとは言え、自分の使い方の激しさのせいか早くも主砲の使用耐久が限界になってしまっていたらしい。

修理は可能だが、ここは思い切ってお古の主砲から新規の主砲に換装するのが戦力の確かな強化になるかも知れない。

そうだとしたら、と換装可能な主砲のリストをタブレット端末で検索する。

今の艤装の耐久性では四一センチ以上の主砲は載せ辛いし、載せても取り回しが極端に悪くなる。ターレットを回すモーターが対応し切られないのだ。

モーターそのものを入れ替えれば四一センチ以上の大口径主砲は載せられるが、今度は航空艤装側の重量を重くしなければバランスが釣り合わなくなり、バラストタンクを増設しないと右側に傾いだ状態になってしまう。

溜息を吐きながら、いっそ自分で再構築してしまうか、と考え直すとパソコンを立ち上げて艤装の再設計を自分自身で始めた。

主砲の取り回し、射撃精度、反応速度、射撃管制装置でかけられる補正諸々を勘定に入れて線引きをして、愛鷹独自に自分の今の艤装を再設計した。

まず今の陸奥の艤装から移植した主砲はすべて撤去し、新たに長門型戦艦改二の為に開発された四一センチ三連装砲改を第一主砲として一基、四一センチ連装砲改二を第二主砲として一基の三連装砲と連装砲の混載とした。

また航空艤装側にも新たに一〇センチ連装高角砲改を二基備えて対水上と対空火力を増強させつつ、バランス維持を図った造りとする。

艦対空噴進砲や機銃、レーダー類他の電測類はそのままだが、火器管制系は主砲の換装と高角砲の増設から一部書き換えやアップデートが必要だ。

 

また航空戦力の編成も見直しを行う。

現在の烈風改二戦闘機一六機と天山六機の編成である第一一八特別航空団の編成を、烈風改二を二〇機に増強し、天山は高度なAEW(空中警戒)とASW(対潜哨戒)の両方をこなす事の出来る天山一二型甲改の第一一八特別航空団仕様として二機配備する事にした。

これで瑞鳳を編成に入れない時でも、自力で天山一二型甲改による索敵や対潜哨戒が可能だ。

対潜哨戒をするには天山一二型甲改二機でも流石に心もとなさすぎるが、対潜哨戒は青葉の瑞雲に振っておけば問題はないし、深雪や蒼月、夕張もいる。

青葉の瑞雲は出来れば今のよりスペックを上げた12型に変更する事も視野に入れておきたかった。幸い彼女の航空艤装は様々な水上機に対応した造りになっているので、水戦、水爆、水偵で「乗せられないモノはほぼない」様な汎用性がある。

愛鷹に艦載する第一一八特別航空団は烈風改二の戦闘機隊は四機一個小隊を五つ編成し、コールサインをそれぞれグリフィス、ドレイク、ハーン、タナガー、ヒットマンとし、AEW担当の天山一二型甲改の方はコールサイン・ギャラクシーと名付けた。

 

「明石さん達にはちょっと無理を言うかも知れないけど、これが最適解な艤装か……夕張さんの設計も悪くなかったけど、既存品流用の継ぎ接ぎ感があったかな……」

ぶつぶつ呟きながら設計図を引くのに使うタッチペンで顎を突いていると、自室のドアがノックされた。

「どなたで?」

(明石です。愛鷹さんの靴の修理が終わったので届けに来ました)

変色海域で破損した自分の主機兼靴の修理を行っていた明石がわざわざ届けに来てくれた。

ペンを置いてドアに歩み寄って開けると、主機を入れた紙袋を明石は「はい、どうぞ」と差し出した。

「ありがとうございます、ご迷惑をおかけしました」

「修理屋の私なら、これくらいの損傷は軽食片手にでも出来ますよ。ん? パソコンで何やっていたんです?」

紙袋を受け取る自分の後ろのパソコン画面に表示される艤装の図面、それも見慣れないモノだっただけに、目ざとく気が付いた明石へ彼女らしさを感じると自室に招き入れた。

軽く恐縮しつつ興味津々の顔で画面を覗き込む明石に、自分で再設計をした艤装の設計概要を話した。

「私なりに今の艤装を見直して、諸々の計算を踏まえた上で再設計したのです。

ざっくりいうと砲熕艤装は陸奥さんの主砲は全部降ろして、新たに今でも新規の在庫がある四一センチ主砲系に変えています。

重量バランスも見込み、航空艤装側には対空と対水上の両方を兼ねた高角砲を増設しました。

増えた重量分の速度の低下に関しては、今の機関部の出力の上限値のアップデートで低下分を補えます」

「はえー、凄いですね。航空巡洋戦艦じゃなくて、工作艦としても食べて行けるくらいの工学知識量ですね。

どこでこんな専門課程学んだのです? 

工作艦は人手不足になりがちだから、愛鷹さんみたいな人がいると逆に助かるんですよね」

「まあ、昔色々と……私は『サポート屋』の艦娘ではなく、『殺し屋』の艦娘として養成されたので」

濁し気味になる口調の愛鷹に構わず、自身の好奇心に任せて明石は続けて来る。

「非番の時は手伝って下さいよ、私と三原、桃取、工廠の作業員、工廠妖精でも本当に忙しくてしょうながない時が結構あるんですよ。

夕張や飛鷹もメカニックとして手伝ってくれますけど、人手は一人でも多くいた方がマンパワーも減らせるし」

「考えておきますよ」

「ま、愛鷹さんが自作した設計図な訳だから再構築期間中工廠には必ず来て貰いますよ。あ、そうだ」

ふと何かを思い出した表情になった明石は上着のポケットに手を入れると、メモ用紙を出して愛鷹に差し出す

「大淀から渡して欲しいって言われたので。お話があるとか」

「お話?」

メモ用紙を受け取りながら軽く怪訝な声で返す。自然と右側頭部の傷が疼く。

「何だか相談があるらしいですよ。私相手でも無理っぽくて、どうしても愛鷹さんと二人っきりで、って」

「私が、ですか……」

相談と言われても……と困惑染みたものを感じる。人生相談は得意な分野ではない。

寧ろ、今日長門たちと合流を果たすまで大声で泣いていた自分が相談される側な気もする。

 

(そう言えば、仁淀さんが重傷を負って入院中だったか……何か悩みでもあるのかな……)

 

メモ用紙には「二三:〇〇に北A1倉庫で」と書いてあった。

倉庫でお話? また嫌な予感が脳裏を一瞬過った。

先日倉庫で狙撃されたり、薬物で錯乱状態にさせられて傷害事件を起こしたりと、夜の倉庫で問題が起きてばかりなので流石に愛鷹にも不安は出る。

夜の倉庫等もはや自分には問題事の定番の舞台。

ただ北A1倉庫と言えば、基地では別に離れたところと言う程の場所でもなく、人通りもままあるから、何かあったらすぐ誰か駆け付けられるだろう。

大淀が待っているし、薬物仕込みへの立ち回りならもう心得ているので、また薬物でハイな状態にさせられたりはしないはずだ。

この手の訓練までさせられているから、そこそこ諜報機関のやり手の真似も出来なくはない。一応用心対策程度はしておいてから行くべきだろう。

正直な所何か悩みがあるのなら一緒に考えて上げたいと言う気持ちはある。自分自身も悩みどころだらけの身体と人生だ。

早めに夕食を済ませて会いに行った方がいいだろう。

SSTOの打ち上げを見上げる事も出来るかもしれない。

 

 

結局は私でやるしかないのか。

土屋からの最終指示が下された。直接愛鷹を抹殺する事だった。

自分に指示されたのは愛鷹のおびき出しと、用意されているP320拳銃で行動力を奪うレベルに銃弾を撃ち込む事。

対人戦慣れしていない自分には、恐らく止めになる致命傷を与え切れられないだろうという事で、大淀がP320で不意打ちをして土屋が止めを刺す、と言う運びになった。

何で早く死んでくれなかった……結局、私が直接……。あの子が早く治る保証は、貴女が早く死ねば早く保証されるのに。

苛立ち染みたものを表情にありありと浮かべながら、大淀はP320のマガジンに銃弾を装填する作業をしていた。

P320のマガジンに装填されるのは45ACP弾。自分に用意されたのはサブコンパクトなのでマガジンには六発装填できるし、事前にチェンバーに一発装填した状態でなら、マガジンと併せて七発。

対人弾として威力は大きいが、艦娘として、人間としてタフな造りにされている愛鷹には全弾をヘッドショットにでもしない限り殺害は無理だろう。

しかし、愛鷹もこの手の抹殺方法などには薄々感づいている筈だから、何かしらの対策を取った上で自分の元に来る可能性があった。

だから大淀のエイムが確かだったとしても確殺できるかで不安要素がある為、あくまでも大淀は胴体を狙って動きを鈍らせ、そこを別のポジションから土屋が止めを刺すと言う運びになった。

基地の中での銃撃なので、P320の銃口にはサプレッサーが装着されている。消音機能が高く銃声がバレにくい一方銃口が少し重くなる為、リコイルは低めだが精度がやや落ちる。

マガジンに銃弾を装填し終えると、グリップに刺し込む。チェンバーにはすでに一発装弾済みだ。

サブコンパクトにサプレッサーを付けただけに重みが増しているが、銃からはそれ以上の重みを感じさせてくる。

当然だろう。自分がこれから撃つ事になるのは深海棲艦ではない。同じ人間、艦娘だ。

今の自分の心に迷いはない。迷いを捨ててこの道に染まった、いや自らの意思で堕ちたのだ。

(恨みがある訳ではありませんが……あの子の為なのです)

黒いポリマーフレームのP320を暫く見つめた後、セーフティをかけ上着のポケットにしまった。

 

 

深海棲艦の攻撃で被弾した部分の修理が進む「あきもと」の艦内食堂は、ドック入り前までの修理に駆り出された乗員たちでごった返していた。

疲れた顔で戦闘配食ではない食事を頬張っていた。

艦娘達を見かけると皆「ご苦労様でした」と一礼して来た。

「あきもと」に被害を出してしまったのは他ならぬ自分達なのに、余計な仕事を増やしてしまった自分達に何故。

そう疑念を思い浮かべる愛鷹に隣の席で夕食を摂る青葉が教えてくれた。

「鈴谷の事へのお悔やみも兼ねての謝礼ですよ」

「そうなんですか」

軽い驚きを覚えると同時に、鈴谷の名前に愛鷹の表情が曇る。

 

 

浦風

 

鈴谷

 

自分が着任して以来日本艦隊から出た艦娘の戦死者の名だ。

日本艦隊に愛鷹が着任してから「日本を拠点とし始めた海外艦娘」だとエクセター、メルヴィン、ノーザンプトン、スプリングフィールドの四人も追加出来る。

エクセターは知らぬところでだが自分とは因縁深いス級にやられ、メルヴィン、ノーザンプトンは直接ではないが自分とは縁がある地で、そしてスプリングフィールド、霞、浦風、鈴谷は自分が進出した先で命を落とした。

 

今までを思い返してみると自分が死神にも思えて来る。

 

征く先々で誰かが命を落とす事になる存在。

次に行く地でまた誰か死んでしまう事になるのだろうか? 第三三戦隊の仲間の誰かが死ぬ事になるのだろうか?

着任以来、苦楽を共にしてきた仲間が、他の艦娘が、人々が自分のせいで、と思うと急に気が重くなってきた。

この世に複製した遺伝子を好きな様に弄繰り回した生を授かった自分。

モルモット扱いの幼少期。

データを取るだけ取って、結局その後はいらない玩具の様に捨てられた人生になりかけただけに、「意地でも生きてやる」と言う生への執念、執着、渇望で今まで生きて来たが、まるでその代償の様に周りに人間が死んでいく様に思える。

 

「考え過ぎ、かな……」

 

思わず口から零れるその言葉に、カレーライスを口に入れる手を止めた衣笠が不思議そうな顔を向けて来る。

「どうかしました?」

「……私……」

言おうと思ったが口から言葉が出ない。言った方が楽になるのは分かっている。だが口から出て来ない。

同時に無性に言葉では表せない激情が込み上げて来た。

怒り、悲しみ、後悔、痛み、あらゆる負の感情が混ざり合って胸の内をぐるぐると走り、それが現れた震える右手の中で割り箸がばきりとへし折れた。

何か思うところがあるのは理解出来るが、それが何なのかはっきりと分からない青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳からの視線に耐えきれず、愛鷹は無言で席を立った。

「どこへ行くんです」

そう問う青葉に答えず歩き出す愛鷹の左手を衣笠が掴んで引き留めたが、強引に振り払う。

「待って下さいよ。悩みがあるなら一緒に考えますよ?」

尚も引き留めようとする衣笠に急に腹が立った。柄にもなく語気の強い言葉が口から飛び出した。

 

「ほっといてよ!」

 

語気強い、いつもとは違う口調の自分の言葉に衣笠だけでなく、席を立って後を追いかけた深雪すら凍り付いた。

直ぐにやらかした、と後悔の念が滲んで来たが、謝る気分が沸かずそのまま本能的に食堂から出た。

仲間達は追って来なかった。

 

何故、急にあんな調子に。

しょげた顔で席に座る衣笠と愛鷹が出て行った出口を交互に見ながら、不思議になった青葉は思考を巡らせてみるが、思いつくものが無い。

読心術なんてものは心得ていないし、詮索は好きな分野とは言えこれ以上愛鷹の事を細かく詮索するのは流石に憚れた。

ただ、悩みがあるならぶちまけて欲しかった。ここの六人では無理なら自分と二人っきりででも。

後で自分から行ってみるか。衣笠も付いて来そうだが、今の所その厚意は自重させておくべきだろう。

「愛鷹さん、どうしたのでしょうね」

軽く困惑顔を傾げる蒼月は向かい側の席の深雪に尋ねるが、分からんと言う様に深雪は首を横に振った。

代わりに天ぷら蕎麦を呑み下した夕張が軽く溜息を吐くと、少し考えこんでから蒼月に返した。。

「愛鷹さんなりに中々打ち明けるのも憚られる悩みがあるんじゃないの」

「私達相手でも腹を割って話せない事なんですかね」

そう呟く蒼月に同じことを考えていた衣笠が頷く。

生まれ育ちが普通の人間とはまた違う分、抱える悩みも自分達とはベクトルがズレたものになっているのかも知れない。

その認識だけは一同共通意識だった。

 

 

食堂を飛び出しても行く場所が思いつかず、結局葉巻が吸いたくなって以前長門と対面したあの場所へ行った。

少しは気分が変わるだろうとポケットから一本出して、火を付けて軽く吸う。

溜息を共に煙を吹きながらぼんやりと葉巻の先の赤い火を見つめる。吸うとちりちりと言う音が立った。

自分がいるせいで誰かが死ぬ、と言うのは恐らく考え過ぎなのかもしれない。しかし、そうでないとしても自分を責めてしまう気持ちがあった。

大切な仲間、家族である第三三戦隊のメンバーに当たるようなあの発言した自分には後悔しかない。

人生経験の短さ故に起こすミスとそこからの後悔に自分は弱いのかもしれない。

長生きしたい、と思っても体を蝕む病魔と自分自身の今の身体そのものがそれを不可能にしていた。

クローンであるが故に、寿命が常人より長く求められていない自分は人並みに何十年も生きる事が出来ない。

それだけではなく、実は愛鷹にはもう一つ身体的に深刻な悩みがあった。

現状ただでさえ今を維持するだけで精一杯の細胞分裂の身体なので、万が一の四肢欠損などの重傷を負った時、再生医療で復元を行おうにも複製に必要な量の染色体が足りない可能性が充分にあったのだ。

腕を失ったら腕は残りの一生元通りにならず、足も失ったら元通りに成る事は無い。

臓器も同じなのでドナーが必要だが、自分に合う臓器提供者が見つかるかは極めて怪しい。

そもそもクローン艦娘は消耗品として扱う事が前提になっていたから、戦列に参加できなくなった個体が出たら変わりを作ればいい、で済まされていた。

 

ハイスペックかつ消耗品としての代替速度の速さ、ロシニョール病への耐性、まあまあ求められた寿命。

愛鷹が満たす事が出来たのはハイスペックと言う要素のみだけ。

クローン艦娘は単純なる大和の複製人間と言うよりは、知力と体力の向上も遺伝段階で加えられていたのでデザインベイビーの要素もある。

量産したクローンは戦争が終わった後の問題も残る観点から、さほど長い寿命は期待されていなかったが愛鷹達の場合は余りにも短すぎた。

また上官の命令に文句無しに従う服従性を高める為に、自我を弱める操作を加えた筈だったが技術的に不十分だったせいで、実際に生まれたクローン達には確かな自我、個性が植えついていた。

 

願わくば自分達の研究成果を基にした改良型のクローン艦娘の研究が進んでいないと良いが、と「同じ短命前提な消耗品としての命の道を歩んで欲しくない」と言う強い願望が愛鷹の胸中に強く湧いていた。

しかし、自分が着任してから七人もの艦娘が死亡した事は大きいだろうし、その分の戦力補填の目途は立っていない。それこそクローン技術でも用いらなければ完全代用が効かない。

自分の様な前例を基に改良を加えたクローンの研究が進んでいるのでは? と思うと悪寒が走った。

あながちやりかねない人間が多いだけに、またやろうとする可能性は極めて高い。

現在進行形で艦娘の戦死者は出ているのだから、戦力補填の為、と言う大義名分の下にやっている可能性はある。

やめて、と言う切なる願いが愛鷹の胸を苦しくした。

 

 

就寝時間が近くなっていた艦娘寮の大和の部屋の電話が着信音を立てた。

寝間着に着替えて寝る前に静かな音楽を聴いていた大和は、レコーダーを止めて電話の受話器を取った。

「はい」

(大和くんか)

種子島に行っている武本からだった。

「どうかされたのですか、こんな時間帯に」

(君に伝えておくべき事があってね。落ち着いて聞いて欲しい。

愛鷹の命を狙う連中がいる。奴らは無人機を使って誤爆に見せて彼女を殺害しようとした様だが、無人機そのもののミスで鈴谷くんが死んだ。

恐らく、いや、これから確実に彼女の命を奪う為に何か行動を起こすだろう)

「……」

言葉が出なかった。

他者に不都合な事を言いふらかす様な性格ではないから、愛鷹の口からクローン艦娘計画の全容を海軍内だけでなく、民間にまでも漏洩させられる可能性はまずない。

非情な計画、その産物たる愛鷹。確かに全容を明かされたら関係各所や関係人は非難の雨を浴びるし、関係者によっては今の地位を失う内容だ。

自分と武本がそうだった様に愛鷹は自分達を作り出した関係者の多くを憎んでいる。愛鷹は「生きる」と言う事で無言の復讐をしているが、関係者にとっては彼女が今生きているだけでも充分脅威になっている状態だ。

 

動く重要機密の愛鷹を野放しにして置くと不都合な真実が明かされるか分からない、と言う「恐れ」から口封じに動き出したか。

受話器を握る手に力がこもった時、武本からさらに驚く話が告げられた。

(愛鷹くんの殺害だが、どうやら仁淀くんを事実上人質に取られた大淀くんが加担しているらしい)

「そうなんですか⁉ 大淀さんがあの子の命を」

(仁淀くんと言うかけがえのない妹と対価にさせられてしまったらしい。

実はさっき谷田川に確認を取らせたが、仁淀くんはもう今の病室にいない。知らぬ間に身を移された様なんだ。

有川の話だと恐らく数日前か一週間前の間に仁淀くんの身を奪われた可能性がある。どこに連れていかれたかは分からないが)

話を着ている内に居ても立ってもいられない気持ちが湧いてきた。ここでじっとしている訳にはいかない気持ちが。

あの子を、大切な妹を護らないと。

「私もそちらへ伺います」

それだけ返して武本からの返事も待たずに電話を切ると、普段来ている制服とは違う黒い一般海軍制服をクローゼットから引き出して着替えると、外泊許可書と基地の車の借用書を書き上げ、谷田川へ送った。

急な外泊許可書と車の借用書提出に谷田川は驚いた様子もなく、許可を出した。

きっと大和が準備している間に武本が先回りして許可を出すようにしていたのかもしれない。

最低限の荷物を入れたショルダーバッグを担いで、借り受けた白の乗用車に乗り込み、慌ただしくエンジンをかけるとアクセルを踏み込んだ。

 

 

真夜中の種子島基地からSSTOがブースターから眩い閃光と大量の噴煙を吹きながら、夜空へ向かって打ち上げられた。

何の妨害も無く、艦娘達が守り通したSSTOは初めのところはゆっくりと浮かび上がる様に上昇して、数秒後にはあっという間に真っ暗な夜空の彼方へと消えていった。

蛍の様に煌々と輝きながら空の彼方へ飛んで行ったSSTOを見送った愛鷹は、大淀に指定されていたA1倉庫に向かった。

監視カメラも普通にあり、となりのA2倉庫では復旧作業の騒音も聞こえるくらい周囲には人通りもある。

爆撃を受けた場所でもあるので、そこかしこに車輛が走り、作業員も動き回っていた。

A1倉庫は窓ガラスにひびが入っただけで済んだ倉庫だった。仮の板で窓は封じられている。

窓全てが交換待ちの間、打ち付けられている仮の板で中を覗き込むことが出来なくなっているのが気がかりだったが、周囲の人通りに多さに安心感が湧く。

この時間でも復旧作業の作業音がうるさいくらいだ。

 

さて、とA1倉庫の前に来た愛鷹は左袖に軽く触れた。

長刀は置いてきたが、何かあった時に備えての護身用に左袖にスタンガンを忍ばせていた。軽く動作をするだけで袖から展開して使える。

アサシンナイフと違って致死性は無いから護身として持ち歩く分には問題ない。

ひとまず倉庫の周囲をぐるりと周ってみる。どの入口シャッターは閉じられており、通用口が一つ空いているだけだった。

何をしまっている倉庫なのかは知らないが、弾薬類など危険物を置いているマークは付いていない。

特におかしなところは無い備品庫、と言ったところだ。中の照明も点いている。

大丈夫そうだ、と判断して倉庫の通用口のドアを開けた。

 

 

ドアが開く音と、入って来た愛鷹のこつこつと言う足音が倉庫内に響いた。

「大淀さん、いますか? 愛鷹です」

自分を呼ぶ声に直ぐには答えず、まずはサプレッサーを付けたP320のセーフティを外して軽く息を吸う。

「大淀さん?」

倉庫内に響く声で尋ねる愛鷹に、大淀は答えた。

「ここにいます。お待ちしておりました」

 

 

待っていた、と返して来るが倉庫内のコンテナや備品を入れた箱の山から大淀が姿を現す気配が無い。

何か変だ、と不穏なモノを感じながら左袖のスタンガンをいつでも展開出来る様にし、倉庫内を歩いて大淀を探す。

「大淀さん、どこです?」

段々と嫌な予感が増し始める。しかし、無断で引き返すのも憚られた。

少し探してから一旦引き返すか、と決めてコンテナを積み上げている一路を曲がった時、いきなり屋内の照明が消えた。

突然周囲が真っ暗になり愛鷹の心臓が飛び上がりそうになる。

停電を疑ったが、外からは工事の音が聞こえる。

また照明が付く見込みが望めず、しかも夜目を効かせにくい閉所の為、流石に危ない予感がして、一旦コンテナの壁を頼りに元来た道を戻る事にした。

「電気が……大淀さん、どこですか。照明が無くてどこにいるのか分からないのですが」

返事が来ない。いよいよこれは危ない予感がした。

元来た道を手探りで戻る。

「真っ暗で何も見えないから一旦照明の電源探ししてますよ。暗いと何もみえませんから」

 

 

そう、暗いと目では見る事は出来ない。

しかし音は聞こえる。外から聞こえる工事の騒音と、こつ、こつ、と響くハイヒール型の愛鷹の主機の足音が。

工事の騒音と愛鷹自身の足音で、大淀の足音はかき消されていた。

向こうは困惑と動揺で事態を理解し切れていないまま、入って来た道を戻っている。

土屋と打ち合わせた場所に陣取ると、愛鷹が現れるのを待った。

ゆっくりと愛鷹の足音が近づいて来る。暗いので転んだりしない様に足元を警戒している様子だ。

視線は下向きだろう。自分の姿が目に入ったら顔を上げる筈。そして上げた愛鷹の視線に入るのはP320の銃口だ。

分かりやすいあの高い足音が目の前まで近づく。

(あと五メートルです)

耳に付けているヘッドセットからナイトビジョンで監視している土屋の囁くような知らせが入る。

(合図したら照明を付けるので撃って下さい)

了解とヘッドセットを三回指でたたいて答えた。

更に足音が近付く。外からは工事の音とトラックが止まる音が聞こえて来る。

土屋の声がヘッドセットから入った。

 

(照明を点けます、備えて)

 

灯りが付くのに備えた直後、何かに気が付いたかの様に愛鷹が止まった。

しかし、もう遅い。

 

照明が点き、眩しい灯りが開いていた愛鷹の瞳孔を一時的に目眩ました。

眩しい! と思わず強く目を閉じた時、大淀の声が右手から聞こえた。

 

 

「お待ちしておりました。愛鷹さん。

 

 

さようなら」

 

 

躊躇いは無かった。練習通りの構えで愛鷹に向かってP320の引き金を引いた。

サプレッサーで発砲音を大幅に減じられ、外の工事の音で更に倉庫の外側に銃声が聞こえる事は無い。

引き金を引くと、サプレッサーを付けた銃口から45ACP弾が静かな銃声と共に撃ち出され、愛鷹を撃ちぬいた。

 

 

突然体に走った衝撃に理解が追い付かなかった。

発作とは違う衝撃。前に経験した事のある衝撃。銃撃の衝撃だった。

クローン選抜試験の時、同じクローンの撃った弾を食らった経験があるから、銃弾をもろに体に受けた衝撃と何とか理解した時、二回目の銃撃の衝撃が体に走った。

銃弾を受ける度に体に激痛が走り、後ろへとよろめく。五発目が左袖のスタンガンを正確に撃ち抜き、六発目が右足の脛を撃ち抜いた。

後ろへとよろめいていた体が背後のコンテナにぶつかり、そのまま愛鷹はコンテナにそって崩れ落ちた。

右手で一番出血が酷い傷口を抑えていると、込み上げて来た血反吐を堪えられず吐く。

浅い息をして喘いでいると、視界に誰かの足が映った。

見覚えのある足、明石、いや大淀の足だ。

「おお……よど……さん……」

苦痛に表情を歪ませながらなんとか顔を上げた時、うっすらとサプレッサーを付けた銃口から煙を上げる拳銃を構えた大淀が目に入った。

 

 

「……な……なぜ……⁉ な……ぜ……あなた……が……」

 

「こうしないといけなかったんです」

そう告げながら大淀は愛鷹の心臓部へ狙いを定めた。とどめは土屋が刺す事になっているのだが、この状態ならもう愛鷹に反撃の手段はない。

「悪く思わないで下さい、愛鷹さん」

そう言いながら引き金の人差し指に力を入れようとした時、うな垂れる様に顔を俯けた愛鷹がぼそりと呟いた。

 

 

「な……るほど……おたが……い……操り……にんぎょう……だったか……」

 

 

何を言っている? まあ、いいか、と気にせず大淀は引き金を引いた。

 

びくんと愛鷹の身体が跳ね、傷口を抑えていた右手が弛緩した。

この傷ではどの道持たないだろう。後は土屋が片付ける筈だ。

銃を上着のポケットにしまうと、大淀は愛鷹を置いて歩み去った。

 

 

高速道路を休憩無しに大和は車を走らせた。

SAにも立ち寄らず、深夜帯の道路で法定速度を上回る寸前の速度で飛ばした。

長距離トラックやバスを追い抜きながら走っている時、急に胸騒ぎがした。

嫌な胸騒ぎだ。何か良くない事が起きた時感じる胸騒ぎのそれだった。

「愛鷹……」

絶対、愛鷹に何かあったに違いない。無事でいて、と願いながら更にアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

通用口の扉が閉まった後、暫く愛鷹はコンテナにもたれ座った状態で自分の血の海に沈んでいた。

六発の45ACP弾の受けた銃創から血が溢れ、愛鷹の意識を奪っていた。

傍目には完全に絶命している様にしか見えない。が、大淀が倉庫から出て行ってから少しすると左足の爪先が少し動き、とん、と地面を叩いた。

すると弛緩していた両腕がゆっくりと動き、深く出血している傷口を抑えにかかった。

弱々しい力で何とかしようと抑えるが、指の隙間からも血が溢れる。

(随分、威力……ある弾薬……使ってるわ、ね……ソナーに感なし……か)

主機の爪先のソナーで地面を叩いて周囲を限定的に聴音。

昔、青葉と初めて対面した時にやったやり方で周囲に誰もいない事を確認した愛鷹は、苦悶の表情を浮かべながら歯を食い縛り、感覚が生きている左足を軸に立ち上がろうとする。しかし、右足が逝ってしまっていて力が入らず立てない。

そのまま元の位置にずるずると座り込んでしまう。

このまま失血し続けたら、出血性ショックで脳や臓器などの体内に酸素を送れなくなってしまう。

その先のオチは死だ。

歩けないなら、這ってでも、と両腕を伸ばしかけた時、自分の目の前に立つ足を見てぎょっとした。

大淀とは違う、誰かの足。霞かける視界の中ゆっくりと顔を上げると、見覚えのある面が自分の頭にサプレッサー付きのベネリM3ショットガンを突き付けていた。

 

 

「……そう言う……訳……か」

「そういう事です」

掠れそうな声で呟く愛鷹に土屋が冷たい声で返す。

M3の銃口を見て、装填されているのはスラグ弾か、フレシェット弾か、と考えかけ、やめる。

ショットガンで頭部一撃など、確殺そのもの。この距離で、土屋の様なプロが外す訳がない。

 

ああ、大淀さん……なぜこんな男に……あなたも消されてしまう……自分を始末したら、この男が次にするは大淀の始末だ。

 

だが自分に出来る事は何一つない。万策尽き果てた今の自分に出来るのは苦しむ事無く死ねる事を祈るだけだ。

どう足掻いても今の自分に助かる道は何一つなかった。ショットガンの弾を喰らって死ぬ末路を辿る事しか出来ない。

悔しさ、悲しさ、無念、無力感が混ざり合った思いから最後に流す涙が両目からとめどなく溢れる。

静かに涙する愛鷹だが命乞いはしなかった。

 

 

全てを理解した愛鷹が目を閉じ、もはやどうしようもない展開を受け入れるのを確認した土屋がM3ショットガンの引き金に指をかけた。

 

 

直後、土屋が入る時鍵をかけたドアが開かれ、中に何かが放り込まれた。

振り向く土屋が目を覆った時、放り込まれたモノが炸裂した。

 

眩い閃光が瞼を閉じていた愛鷹の瞳孔を突き、耳が凄まじい耳鳴りで何も聞こえなくなった。

 

ようやく全てが治まった時、自分の身体を誰かが強く抑え、何かを指示する声が聞こえた。

うっすらと目を開けると霞かける視界の中で武本と青葉が自分を覗き込んで何かを叫んでいる。

視界をずらすと頭を撃ち抜かれ血の海に沈んでいる土屋の死体を、五〇口径拳銃を持った有川とM8ライフルのコンパクトカービンモデルを持った数名の部下がその周りを囲んでいた。

助かった? 何が起きている?

状況を把握しようとした愛鷹の思考が、スイッチを切る様に切れた。

 

 

がくりとうな垂れて無反応になる愛鷹に青葉は取り乱した。

「愛鷹さん! 愛鷹さん、しっかりして!」

両腕で愛鷹の体を揺すっても答えない上官に、パニックになりかけた時、愛鷹の首筋に手を伸ばした武本が青葉に告げた。

「大丈夫だ、まだ脈がある! おい貴様、衛生兵を呼べ、今すぐ!」

武本の指示に有川の部下はもう救急車が向かっている事を伝えて来た。

 

 

有川が倉庫の外に出ると、部下たちに拘束されて地面に膝立ちにされた大淀が力なく待っていた。

自分の前に立つ有川に大淀は視線を合わせず、地面に視線を落としていた。

「馬鹿だよお前……大馬鹿野郎が……」

静かに大淀に向かって呟く有川はしゃがみ込むと、そっとうな垂れる大淀の顎を持ち上げて自分と視線を合わさせる。

色の無い虚無を湛えた目が有川を見返す。

「艦娘が査問や軍法会議の類に掛けられたことが一度たりとも無かった訳では無い。

だが、その殆どは『当該艦娘以外に替えが無い』と言う理由で懲役も禁固も下った事は無い。何よりそこまでの大罪を犯す馬鹿がいなかったからな。

だが今回ばかりは少し話が異なる。

 

艦娘による艦娘銃撃事件。

 

あの傷だ。いくら愛鷹と言えど被弾箇所から言って瀕死レベルの傷。

傷害事件と言って間違いはない。それにお前が自ら引き金を引いた以上は、傷害罪だけでなく、殺人未遂の罪状も付く。

それに艦娘の無許可銃器所持と使用の罪。

只では済まされんな……」

「軍法会議で即刻有罪、艦娘籍剥奪の上、『解体』されて懲役刑……ですよね」

そう尋ねる大淀に有川は直ぐには答えなかった。何か考え込む表情で大淀を見つめる。

何もかも終わったと悟っている彼女に有川は処遇を伝えた。

「お前の身柄は我々情報部が引き取る。引き取ると言うよりは保護だ。

愛鷹抹殺の一派についての事を洗いざらい話して貰う。それと連中を根絶やしにするまでは大淀は別部署へ移動と言う扱いの上で我々の保護監視下に置く。

愛鷹を抹殺しようとした連中が、お前を口封じにしに来るのは確実だ。あの男の死亡は直ぐに連中も気が付くだろうしお前が拘束された事にもすぐに察知するだろう。

 

それとな、お前が何故この凶行に出たのかの事情は分かった。情状酌量の余地ありと弁護を立てる事も出来る。

事情からしてこの件は外部には一切機密だ。デーン元帥にだけは伝えるが、それ以外の部署や人間には伝えん。

全ての真相は情報部が隠蔽、愛鷹は外部からの侵入者に銃撃され重傷と言う体裁を取る。

お前には相応の処罰を下るだろうが、『解体』や豚箱生活は無い。まあ後者は似た場所で暫く過ごす事にはなるだろうが」

「私は艦娘のままの扱いになると?」

少し信じられないと言う表情で言う大淀に、有川は静かに返した。

「お前以外に一体誰が軽巡大淀になる? 誰が仁淀の姉として在籍する? 偽りの姉はいらんだろう」

仁淀の名に何かに気が付いた顔になる彼女に対し、約束するように有川は告げた。

「お前の妹は必ず奪還する。生きてお前の元に返してやる。それが叶うのが何時になるかは分からんが、お前が大人しくしていれば、必ずまた会えるだろう」

「中将……本当に……」

「俺も一人の男だ。一人の女との約束を違える気はない。約束しよう、仁淀は必ず連れて返してやる。

その為にお前は暫く我々の監視下にいて貰う。いいな」

それだけで大淀は充分だったようだ。即刻重罪の判決を下されて犯罪者として扱われ、残る一生を塀の中で過ごすことになると思っていただけに。

勿論御咎め無しではない。降格処分や謹慎など相応に重い罰は下る筈だ。

しかし軽巡艦娘大淀の身を剥奪される事は無い。

「有川中将……ありがとうございます」

「事情を知れば、アイツも許してくれるだろう」

「愛鷹さん……私としては許されなくていいです。何をどう言い繕うが、私の引いた引き金の銃弾で……。

容態は?」

「あの出血だ。流石の愛鷹もICUで長期療養が必要だろう。見た目こそ二〇代の若々しい美人女性と言えど、中身の肉体年齢はもう高齢者の域だ。

再生医療での限界も近いだろう」

 

調査したところ愛鷹の過去のDNAデータが見つかり、そこから本来の推定年齢を計算した所、愛鷹は一般的な人間の年齢換算で言えば八〇代に差し掛かる年齢になっていた。

一年で一般的な人間の年齢換算で一五歳相当にまで成長するクローン故に、加齢速度は常人の一五倍だった。

五年前に生まれた愛鷹は現在進行形で急激に歳を取っており、既に七五歳以上と判断されている。もしかしたら喜寿を迎えている可能性もあった。

遺伝的に強化されているお陰でまだ見た目相応の運動が可能とは言え、寿命を迎えるころには恐らく老衰で動く事もままならなくなっている筈だ。

彼女が服用している抑制剤で、辛うじて再生医療の為に必要な細胞分裂は出来るだろう。しかし、何回も出来るとは言い難い。

再生医療可能な回数は良くて二回か三回程度だろう。

ロシニョール病も相まってどの道来年の初めか、今頃には愛鷹は寿命を迎えてこの世を去るだろう。

悲しい事ではあるものの、クローンとして生まれたが故に長生きする事は出来ないのが愛鷹だった。

 

 

程なく救急車が駆けつけ、愛鷹は基地の病院に搬送された。

 

 

海上を航行する時とはまた勝手が違うだけに、長時間の運転の疲労と眠気に少し休もうと大和が名古屋サービスエリアに乗り入れるとヘリポートにHH60がエンジンをかけた状態で駐機されているのが見えた。

どうかしたのだろか? と首をかしげているとサービスエリアの建物から海軍兵士二名が出て来て、大和の車に駆け寄って来た。

事情を察し、駐車場に車を止めると大和は荷物を持って降りた。

駆け寄って来た二名は大和に対し敬礼すると、ヘリへと連れて行った。

「何かあったのですか?」

「種子島基地から大佐を直ぐに鹿屋の軍の医療センターへ呼んでくれと武本提督から指示がありまして。

詳しい事情は自分達も存じません。大佐はヘリで鹿屋の軍医療センターへ移動して貰います」

「私がここに来ると何故」

「車は軍の所有物ですから。ビーコンがついているので位置情報は軍の管理センターで把握済です」

なるほど、と知らなかった管理体制に感心しながら、自分が向かう先の名に不安が爆発的に広がっていた。

どう考えても愛鷹がタダで済んでいる訳でないみたいだ。

 

 

種子島基地の病院で応急処置を受けた後、本格的な手術の為に愛鷹が鹿屋基地の傍にある国連軍医療センターに移されてから半日以上過ぎた。

待合室でずっと待ち続ける青葉達はトイレと水を飲む時以外その場から離れず、ひたすら手術室から愛鷹が出て来るのを待った。

全く寝ていない仲間達が次第に睡魔に負けて眠り込んでいく中、濃いクマを目の下に湛えながら青葉だけ起きて待ち続けていた。

寝息を立てて待合室の長椅子に眠る衣笠の毛布を掛け直していると、手術室の赤い「手術中」が表示消えた。

ドアが開き、中から疲れた表情の外科医が出て来る。

「先生、容態は?」

駆け寄って尋ねて来る青葉に外科医は深い溜息を吐いて答えた。

「出血性ショックを起こしかけていた。つまり失血死寸前だったよ。血が足りないから人工血液で辛うじて命を繋いでいる。

容態は……安定しているとは言い難い。人口血液ではない輸血が大量に必要だ」

その答えに青葉は言葉を失った。

 

輸血さえ何とかなれば愛鷹の容態は好転する。その為には同じA型の血液が大量に必要だった。

しかし彼女の血液型はクローン独特の血液型故に普通のA型の血液が効かない特徴がある。

遺伝上愛鷹の血液と互換性のある人間は大和しかいない。だが大和が今いるのは日本艦隊基地。

連絡を入れたらすぐに来るだろうが、それまで愛鷹が持つか。

何とか人工血液でその場凌ぎをするしか無いとは言え、早急に適切な輸血を行わないと、また厳しい山場が来る可能性があった。

手術室のドアが開き、中からベッドに載せられた愛鷹が運ばれて来た。

ベッド備え付けの心拍センサーが立てる電子音が、辛うじて愛鷹がまだ生きている事を示していた。

「見ての通り、意識不明だ……心拍、血圧全て超低空飛行と言ったところになる。集中治療病棟に移すから、皆との面談はそこで出来るよ。

もっとも、意識を取り戻すかはまだ分からないが」

そう告げる外科医の口は重かった。

 

 

鹿屋基地のヘリポートにタッチダウンしたHH60のスライドドアが開くと、中から大和が飛び出して来て、待っていた武本の乗る高機動車に乗り込んだ。

助手席に乗り込んだ大和がシートベルトを締めるのを確認すると、武本は医療センターへと高機動車を走らせた。

「提督、あの子は」

「迎えを寄こしておいて正解だったよ。愛鷹の容態が芳しくない」

「どういう事です?」

緊張した表情になる大和に落ち着いて聞いてくれ、と前置きしてから愛鷹の容態を教えた。

「彼女の抹殺を目論む一派に強制的に取り込まれていた大淀くんに撃たれて意識不明の重傷だ。

六発被弾して出血量が致死量一歩手前の所にまで及んでいる。今人工血液の輸血で命を繋いでいるが、正直『自然の血液』による輸血が必要だ」

その言葉に大和は絶句した。

 

艦娘一人抹殺の為なら、艦娘を一人取り込んで手先にしてでも殺すと言うのか。

 

失血死寸前から辛うじて助かったとは言え、予断を許さない容態。

「今大淀くんは有川の元に引き取られて、保護監視下に置かれている。大淀くんまで口封じされる可能性もあるからな」

「そう、ですか……」

うな垂れる大和が呟くように返す。

どこか絶望的な心情になっている大和へ武本は一つ頼みを入れた。

「愛鷹の治療の為に、君から輸血の為の採血を行いたい。君しか血液の相性が合う人間がいないんだ。

輸血さえ出来れば、状況が好転する可能性がある」

その言葉に顔を上げた大和は力強く答えた。

「あの子の為なら血でも腎臓でも肝臓でもなんでも差し上げます」

 

 

季節外れの霧が海上を立ち込める中、軽巡艦娘シェフィールドは不安な表情を浮かべていた。

地中海防衛の為に派遣されたシェフィールドは、自分より先に派遣されていた第七駆逐戦隊のジャーヴィス、ジェーナスと共に小規模な警戒隊を組んで、哨戒任務についていた。

現在位置はサルディーニャ島カルボナーラ岬沖の東二〇キロ。万が一の時の味方航空機の航空支援が直ぐに可能な範囲だ。

地中海で、しかもこの季節に霧が立ち込めるのはまずありえない。霧の濃さはそれほど濃くはないが、見通しは良いとも言い難い。

ヘッドセットに手を当てて前線司令部との無線状況を確認する。

「コマンドポスト、こちらホテル6。無線チェック、オーバー」

(ホテル6、こちらコマンドポスト。無線感度は良好、問題ない)

「了解、定時報告入れます。現在カルボナーラ岬沖東に二〇キロ、哨戒エリアE3を哨戒中。

レーダー、ソナー共に敵影及びコンパスジャミングの兆候無し。引きつづき警戒を続ける」

(了解した6)

「以上、じゃ、次の報告まで。アウト」

最後はいつもの素の口調で残して、無線を切ると後ろを振り返り、続航する二人の姿を確認する。

(ちゃんとついて来ているね、オーケー)

ここではぐれたりしたら探すのには苦労しそうだ。互いに離れずの警戒監視だが、念の為もう少し間隔を詰めた方が良いかも知れない。

「全艦、距離を一〇〇まで詰めて。霧で互いを見失わない様に」

そう指示しながら双眼鏡で周囲警戒に入った時、同じように双眼鏡で警戒についていたジャーヴィスが何かに気が付いた。

「方位一-七-〇に不明艦影あり。IFFノーコンタクト……どこかで見た様な」

ジャーヴィスからの報告のある方をシェフィールドも見ると、霧の向こうに巨大な艦影らしきものが見えた。

「なに、あれ……IFFノーコンタクト。レーダーには映ってるか……でもいつの間に」

あんな巨大なサイズの影が、いつの間に……深海棲艦の艦影だろうか。しかしシェフィールドの記憶にはない姿だ。

霧が絶妙にはっきりとした姿を確認できなくさせている。

「もしかして、報告にあった新型艦か?」

確かス級とか言う化け物の様な大火力を誇る戦艦だと聞く。太平洋では既に何隻か確認され、味方と交戦しているが地中海ではまだない。

こちらにも配備されたのだろうか。

疑念と警戒を湛えたシェフィールドが見つめる中、巨大な艦影は霧の向こうへと姿を消した。

 

 

真っ暗な世界に一人浸るような感覚。

上下左右の概念も無い、ただ何かに浸っているような感覚。

どこにいるのだろうか。ここは何なのだろうか。今自分はどうなっているのだろうか。これから自分はどうなるのだろうか。

分からない。何一つ分からない。判断材料が全くないのでは考える事が出来ない。

いやそもそも脳が考えようとしなかった。体もろくに動こうとしない。

何かにべっとりとくっついて、そのまま全てを失ってしまったような気分だ。

何故こうなっているのか自分でも分からない。考える事が出来ないし考えようともしないから。

 

これが所謂全てが無に帰する「死」と言うモノなのだろうか?

 

受け入れたくもないが、もう受け入れるしかないのならこのまま……、

 

 

「この馬鹿! あんたがこっち来るタイミングじゃないでしょ!」

 

 

いつか聞いた、懐かしさすらある怒鳴り声に反応する自分に、声の主は叱咤するように怒鳴った。

 

「あんたの為に大和さんが血を捧げているのよ。あんたに生きて欲しい為に。

あんたも生きていたいのでしょ?

なら、生きなさい。生きる為に足掻きなさい!

 

本当は認めてあげるべきだったのに……結局認めてあげる事が出来ないまま、この世界に来ちゃった私の代わりに、蒼月の傍にいてあげて。

 

だから……生きなさい、目を覚ましなさい、愛鷹の馬鹿!」

 

 

「霞……さん……」

生きろと叫ぶ霞の名を呟く様に呼んだ時、愛鷹はゆっくりと目を開けた。

薄暗い建物の部屋の天井を見上げ、ふと右手側にいる誰かを見る。

突っ伏す形で寝ているサイドテーブルに、空っぽの栄養ドリンクの瓶数本を置いた大和がいた。

 

「お……姉……ちゃん……」

 

ぎこちないながら、愛鷹は初めて大和を「お姉ちゃん」と一切の蟠りの無い心で呼んだ。

ぐっすりと眠る大和がそれに応える事は無く、愛鷹も再び目を閉じ眠りに落ちた。

 




轟沈回とは異なる形でショッキングなお話となりました。

今回初めて愛鷹の予想される年齢を明かすに至り、また一つ彼女に纏わる謎を公開いたしました。
次回から物語は新たな舞台と局面へと移ります。
そこで愛鷹と艦娘達が待ち受けるモノ。どのような戦いと物語となるか。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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欧州北海編
第四七話 始まりが故に


弊SSで既に戦死しているノーザンプトンが艦これ本家に実装され、初期設定に大失敗した気持ちしかない今のイベントをやりながら、本編より欧州編と言う新たな展開をお送りいたします。

本編をどうぞ。


西暦二〇四八年八月三〇日。

 

始まりは何時もの様に突然訪れた。

ティレニア海を哨戒する無人哨戒機多数が同時に連絡を絶ったのが、地中海を巡った大規模な戦いの狼煙となった。

 

無人哨戒機多数との連絡途絶に、国連軍欧州総軍が即座にデフコンレベルを2に上げてから二時間後。

イタリア西海岸からフランス東海岸、更にはジブラルタル海峡にかけて深海棲艦の大規模侵攻が始まった。

沿岸部と言う沿岸部の街、軍施設に対し戦艦棲妃、戦艦水鬼の大規模戦艦戦隊の艦砲射撃と、空母機動部隊からの黒タコヤキや重攻撃機による猛空爆が開始された。

デフコンレベルが2に上げられてから即座に民間人の避難誘導を始めていた国連軍だったが、沿岸部への攻撃は国連軍側の想定速度を遥かに上回る勢いで始まり、民間人の避難を優先していた国連軍欧州総軍の沿岸部の部隊は早々に随所で退路、進路を絶たれ、孤立していった。

 

(こちら、アンツィオ西部防衛部隊のデルタ4-1だ! 激しい艦砲射撃で民間人の救出隊が動かせない、誰でもいいから海の化け物を何とかしてくれ!)

(ゴライアス1よりコマンドポスト、アンツィオ沖合に深海棲艦の大規模な揚陸部隊を確認した。やつらアンツィオに上陸する気だ)

(オイル漏れ発生だ。主要補給路までは持ちそうにない! ランナー3-2は着陸を試みる。着陸を……)

(ディシプル4、こちらコマンドポスト。アンツィオ北西部の戦況を知らせ。オーバー)

(コマンドポスト、こちらディシプル4だ! 敵新型巨大艦の砲撃を受けている、指揮官K.I.A、部隊は壊滅状態、民間人救出隊援護は無理だ! ブロークンアロー! ブロークンアロー!)

(コマンドポストからアンツィオ防衛部隊の全部隊へ。民間人救出隊の第一陣のリフター2-1、2-2、2-3が出発した。

リフター2-4からの民間人救出隊は発進スタンバイ)

(ローパー5からコマンドポストへ! 5-2がダウン! こちらも被弾した! 航空優勢が確保出来ていないぞ、どうなってるんだ⁉)

(アトラス2-1からコマンドポスト、民間車輛がアンツィオ防衛線南部の三キロほど近くを走っているのを確認した! 今から救出を試み)

 

入って来る無線はどれも阿鼻叫喚ばかりだった。

「入って来るのはどれも悲鳴ばかりか……」

ヘッドセットを殴り捨てたい気分になりながら、ユリシーズはネルソン、アークロイヤル、シェフィールド、ジャーヴィス、ジェーナスと共にサルディーニャ島からの最後の民間人救出輸送船団の護衛に当たっていた。

「状況は芳しくないか」

無線を聞くのを止めたネルソンが溜息を吐くのを見て、ユリシーズは頷いた。

「どこもどの部隊も寸断され、防衛も民間人救出も満足に出来ていない様です。例の巨大艦ス級はアンツィオ方面に展開している様です」

一か月ほど前に打ち上げられたSSTOの偵察の第一回で、マルタ島の偵察が行われた結果、かつてない程の深海棲艦の大艦隊が集結しているのが確認された。

事態を重んじた国連軍は更にケープカナベラル基地、バイコヌール基地等からのSSTO偵察を続行したところ、地中海に展開する深海棲艦の大規模侵攻艦隊には巨大艦ス級が少なくとも八隻いるのを確認する事が出来た。

欧州総軍は地中海沿岸部からの民間人の全面的な疎開計画を始めていたモノの、対象範囲の広さから一度には実施できない為段階的に始めていた。

しかし深海棲艦の侵攻速度が想定以上に速く、先手を打った筈の対応があっという間に後手に回っている状況だった。

幸い自分達が護衛に当たっていたサルディーニャ島の民間人避難はこの護衛任務が完了すれば、民間人の犠牲者ゼロで成功する。

民間人に被害を出さない為にも、英国艦隊の意地をかける勢いで六人は二隻のフェリー護衛に当たっていた。

ホテルエコー6船団と呼称された民間人避難輸送船団の護衛はアークロイヤルが艦載機、ソードフィッシュが対潜哨戒を、フルマー戦闘機が船団のBARCAP任務を行い、ユリシーズとシェフィールド、ジャーヴィス、ジェーナスが対空対水上対潜警戒、ネルソンが対水上と船団の目的地ツーロンとの通信役兼旗艦と言う役割分担で行っている。

深海棲艦の大規模侵攻が広範囲に及んでいるだけに、ツーロンも決して安全ではない。既に何度か空爆を受けており、防衛に当たっていたフランス艦隊の戦艦リシュリューが被弾、艤装損傷により戦線からの一時離脱を余儀なくされている。

基地自体はフランス地中海艦隊の要衝なだけに護りも硬く、空爆被害の拡大は辛うじて防ぐことに成功している様で、その事が六人に心理的な余裕を与えてくれていた。

 

ツーロン基地入港まで後四時間ほどになった時に、フランス方面軍のラファール戦闘機と、フランス艦隊の水上機母艦艦娘コマンダンテストが寄こしたラーテ水上爆撃機が上空直掩と対潜警戒援護に着いてくれた。

同時にコマンダンテストのラーテ経由で戦況の詳しい推移が入った。

かなりの苦戦を強いられている様で、特にイタリア艦隊は防戦一方であり、被害も甚大。艤装を地上で破壊されて行動不能の艦娘もいると言う。

イタリア艦隊が大損害を受けているのは、既にフランス艦隊が地中海に割いていた戦力を大西洋側に回して結果、手薄気味になっていたのもあるだろう。

フランス艦隊は大西洋からの深海棲艦の小競り合い的侵攻に消耗しており、轟沈こそなかったものの戦線離脱によって不足する防衛戦力維持の為に、地中海側から艦隊戦力を抽出して大西洋側に回していた。

その為共同戦線を張るイタリア艦隊、ギリシャ艦隊、特に主戦力となったイタリア艦隊に大きな負担がかかる事になってしまっていた。

ドイツ、英国、ポーランドなどの北欧からの派遣部隊は北海側からの侵攻にも対応しなければならない為大規模な部隊抽出が難しい状況だ。

英国が地中海に送り出せたのは今船団護衛に付いている六人と、派遣部隊総旗艦を務めるウォースパイトの併せて七人のみ。貴重な本土防衛の本国艦隊から割いた戦力だ。

ドイツ艦隊からも戦艦ビスマルクをはじめとした艦隊が派遣されているが、民間人救出と沿岸部防衛で早くも消耗し始めているらしい。

状況は芳しくない、と六人の胸の内に不安が広がり始めた。

 

 

不安な気持ちを胸の奥に押し込んだ六人が護衛を続ける中、船団は何事もなくツーロン基地に入港した。

自分達以上に安堵した表情で下船していく避難民にユリシーズが安堵のため息を吐いていると、先に艤装を解除して一息入れに行っていたシェフィールドがやって来た。

「ユリシーズ、新しい情報が来たわ」

「何があった?」

良からぬ予感を感じ、顔に緊張感が戻るユリシーズにシェフィールドも緊張感を滲ませた口調で告げた。

「ブレスト港を始めとしたフランス大西洋側、更にノルウェーへの侵攻も始まってる。拙い事にパイパーとエコーフィスク油田一帯の制海権が危機的状況になりつつあるわ」

「何だって!? ノルウェーには確か北米艦隊が防衛についていた筈だが」

「旗艦ワシントンがやられたの。幸い死んではいないけど、大破・戦線離脱を余儀なくされて、今は代行指揮をヘレナが採っているけど完全に押されているわ。

明日には原油価格が大荒れするわね」

「油田地帯をやられたら、世界経済にも影響は大きいからな……しかし、制海権を握っていた筈の海域を陥落寸前にまでやられるとは。

この戦、しばらく寝る暇もなくなりそうだな」

ため息交じりに呟くユリシーズにシェフィールドは静かに頷いた。

 

 

つけているテレビのニュース映像からは中東での新たな動乱発生を報じていた。

(昨日からのヨーロッパ全域に及ぶ大規模な深海棲艦の侵攻が始まって以降、中東のラザディスタン、ウルジクスタンでは呼応するかのように動乱が再発しています。

ラザディスタンでは連日反政府テログループによるテロが相次ぎ、ラザディスタン軍及び国際停戦監視軍との戦闘も始まっています。

首都では既に一七件もの市民や国軍、国際停戦監視軍を巻き込む自爆テロが発生し、国内各地でもテロや国軍、国際停戦監視軍との戦闘が激化するなど治安の悪化は進む一方で、ようやく兆しの見えていた平和への道がまた一歩遠のいてしまった形になっています。

ウルジクスタンではロシア方面軍主導の国際停戦監視軍駐留に対する国内感情の反感が高まりを強め、それに乗じて沈静化していた反政府組織が勢いを取り返しつつある模様です。

国連ではロシア主導からアメリカと英国を主導とした部隊へ編成を切り替える事が決定したウルジクスタンへの停戦監視軍の陣容ですが、そこへ深海棲艦の大規模侵攻で北海航路が閉鎖された結果速やかなる米英主導の停戦監視軍部隊派遣は難しいのが現状です。

首都を含む大規模都市では、国連による国内経済資源の搾取を許した現政権を打倒せよ、と言う反政府組織の呼びかけに呼応したデモ隊と治安部隊との衝突が絶えず、ウルジクスタンの油田地帯でも国際停戦監視軍や国軍の駐屯地を狙った攻撃が始まっています。

ヨーロッパへの深海棲艦の大規模侵攻とウルジクスタンでの情勢悪化により、油田市場は荒れに荒れを見せ……)

「酷い荒れっぷりね、中東は」

げんなりとした表情で言う陽炎に、ああ、と深雪は艦隊新聞を読みながらため息交じりに返した。

「ヨーロッパじゃ、大荒れだ。司令官は昨日から霞が関に詰込みだってよ」

「あたしらの誰かも助っ人としてヨーロッパに行くことになるのかしらね」

「そうなるだろうさ、何せ向こうは猫の手も借りたいてんやわんやだ。もっとも北海航路全面が閉鎖されているから、空路は無理だな。

シベリア鉄道を使うしかない」

「時間かかる移動手段ね。乗った事あるけど、列車の旅って随分暇よ」

嫌だな、と言う表情を見せる陽炎に深雪は苦笑した。

「日本の列車旅とはスケールが違うぜ」

「んな事は知ってるわよ。あんたの部隊あたりは召集がかかるんじゃない?」

「まあ、そうだろうな。武装偵察艦隊だから、敵地に乗り込んで情報かっさらってずらかる」

軽めの口調で語る深雪に陽炎は神妙な顔で尋ねる。

「あんたの艦隊の旗艦、大丈夫なの?」

「大丈夫って、何がさ?」

新聞から目を離した深雪に真面目な顔持ちのまま、陽炎は問う。

「どっかの誰かに撃たれて、重傷でしょ? 入院したって聞いたけど」

「あれか。それなら心配すんな」

けろりと返す深雪に、陽炎は不思議そうな表情を浮かべる。

「随分楽観的な姿勢じゃない。あんたらしいとは言え」

「あたしの言葉信じられねえ、ってなら証拠は今聞こえるあの音が証明しているよ」

新聞に目を戻した深雪は窓を目で見やる。

窓の外からは小口径主砲の発砲音が響いていた。

「海防艦の子達の砲術演習ね。確か松輪たちが受けていたか。それとこれが関係あるの?」

「当たり前よ、なんたって今日は特別教官役にあいつがついてるんだからな」

 

 

海防艦艦娘の主砲射撃演習結果を見ていた香取は、タブレット端末に表示されたその命中精度に驚いた。

前と比べてかなり向上している。

「大変な腕前になりましたね、皆さん。よく練習された事で」

褒める香取に大東が得意気に笑いながら返す。

「へへ、アイツのお陰でめっちゃ当てられる様になったぜ」

「大東、駄目よアイツ、何て呼び方は。ちゃんと愛鷹教官って呼ばなきゃ」

妹の口の利き方を咎める日振に大東はけろりと「別にいいじゃん」と返す。

射撃成績が特に良くなった松輪は相変わらずもじもじとした姿勢ながら、少し満足げでもあった。

謙虚な択捉も珍しく自慢げに腕前の向上を語っている。

八丈や、石垣、平戸、佐戸らも砲術の腕が上がっており香取として全員合格点を与えて問題は無かった。

「素晴らしい向上ですわ。よいご指導をされたようですね、愛鷹さん」

タブレット端末から視線を隣の愛鷹に向けて言う香取に、練習艦艦娘の制服に身を包んだ愛鷹は「恐縮です」と返し微笑を浮かべた。

練習巡洋艦として気になるところが多くあるだけに、参考に出来る要素があれば、と香取は愛鷹に尋ねる。

「お聞かせいただけたら幸いなのですが、どのような指導内容だったのですか?」

「複雑な理論も教科も教えていません。私は彼女たちの素質を引き出す為の手助けになるヒントを与えた過ぎません」

「そのヒントとは?」

軽く首をかしげる香取に愛鷹は「想像力ですよ」と返す。

「五日間の強化期間中、彼女たちの素質を発揮するヒントを探すのが私の仕事でした。

凪の水面にある動かぬ的を狙うより、時化と強風の彼方にある的に当ててこその砲術。先日の台風では安全管理に気を使いながら、実際にそれを行いました」

「台風の中で砲術演習を?」

驚く香取に愛鷹は無言で頷く。

「勿論簡単な事ではありません。そこで私が行ったのが想像力を磨かせる事です。

波の高さ、潮流、風向き、湿度、自身の安定性。敢えて主砲射程の一・二倍の場所に標的を置き、砲弾をどうやって標的に向かって送り込むか、その為にはどうすればいいか。

難しい目標を定め、それを達成する為に腕と、腕を磨くための想像力を構築する。

射程外でも、風に載せれば風が足りない分を運んでくれます。雨が降っている時は気圧も下がり、弾速を左右する空気抵抗が減りますから。

不足する射程を補ってくれる風向きを読み取り、潮流と嵐の天候情報を頭で勘定して、それを基に標的が今どういう状態で浮かんでいるかをイメージする」

「イメージトレーニングがメインだったと」

「そうなりますね。それを少し補う形で座学も少しやりましたが。

外れても叱責はしません。過度に叱れば脳が委縮し、何故ダメだったのか、どうすれば改善できるか考える為の思考力が衰え逆効果でしかない。

重圧にならない程度に厳しく、上手く行ったらしっかり褒める。それだけです」

そう語る愛鷹の高度な砲術講習の結果は、六人の海防艦娘のスナイパー張りの命中精度成績となって表れていた。

感嘆する一方で香取は一体どこの誰がこの技術を愛鷹に伝授したのか、と気になる。

「どこでこの様なやり方を?」

「……話せないんです。残念ながら」

「あら……そうですか」

残念、と言う表情になる香取に申し訳ない気持ちになりながらも、話すと自分の出自やそれに関する軍内部の良くない面にも関わって来るだけに明かす事は出来なかった。

演習終了、用具収めと指示しながら香取は愛鷹に最後に聞いておきたかった事を尋ねる。

「砲術に関して愛鷹さんは何か持論とかありますか?」

「そうですね……『敵艦ではなく敵の命を撃つ。それが砲術』。これが私なりの砲術の持論です」

中々物騒なモノを思い起こさせる持論だが、その持論と技術力が彼女本人の砲術指導の表れなのか、と香取は理解した。

 

 

砲術演習を終え、自室に戻った愛鷹をハイタカが出迎えてくれた。

「ただいま、ハッピー」

お気に入りらしい右肩に止まるハイタカに「ハッピー」と言う名で呼ぶと、ハイタカは答える様に鳴いた。

種子島で大淀に撃たれて重傷を負い、大和からの輸血を受けて何とか全回復に持って来る事が出来たのは一週間前の話だ。

完治と共に我が家の日本艦隊基地に帰ると、部屋で待っていたハイタカに愛鷹は「ハッピー」と言いう名を付けて、正式に同居人として迎え入れた。

心の赦し処として、癒し処として、もうハイタカの存在は無視できない自分がいた。

ハッピーと言う名前を付けて貰えたハイタカは前以上に懐き、愛鷹も懐くハッピーの事が可愛いと思うようになって来た。

首の下を撫でてあげるとハッピーは気持ちよさそうな顔で鳴いた。

 

 

輸血を受けてから二週間程でどうにか自力で歩けるほどにまで回復出来た愛鷹は、リハビリを急いだ。急ぐあまり青葉たちからはもう少しゆっくりしろと制される程だった。

松葉杖を頼りにリハビリを行う自分だったが、まだ満足に歩くには不十分な状態。

それでも、残る余命を座してベッドの上で過ごすことになるのには気が落ち着かなかった。

何かの執念か、執着に囚われていたのかもしれない。

そんなある日、松葉杖を突いてリハビリ中の自分を見つけた大和は無言で自分の頬を勢いよく平手打ちした。

何をする、と平手打ちされた頬に手を当ててながら張り飛ばして来た相手を見ると、我慢できなくなった感情を浮かべて大和は怒鳴った。

「いい加減、無理をするのは止めにしなさい!」

「無理って……」

どう言う意味かすぐには分からず、勃然と呟くように返す愛鷹に大和は無言で病室へと自分を連れ返した。

昔の自分なら大和に触れられる事すら拒んだだろう。自分のすることを否定されたら、即座に言い返していただろう。

だが、今の自分の心の中に大和に対する蟠りや恨みと言うものは薄れ始め、変わって自分でもよく分からない、言い表せない別の感情が強く湧いていた。

この胸の内に沸く大和への感情は何なのだろうか。連れ戻された病室のベッドの上で長い時間をかけ考えた。

疑問を抱いていた自分の脳裏をふと目を覚ました時、大和にかけた自分の第一声を思い出した。

あの時、自分は大和を「お姉ちゃん」と呼んだ。

あれほど憎悪し、忌み嫌い続けていた大和を蟠りも負の感情も無いまま「お姉ちゃん」と呼んだ自分。

ベッドの上でぼんやりと考えていた時、初めて自分の心の中で「大和を赦す心」が自分の中で主導権を取り、今では大和を憎悪対象と見なしていない事に気が付いた。

ずっと恨み続けて来た相手の大和。しかし、今の愛鷹には恨みは薄れ、感謝の気持ちが少しずつ湧き上がって来ていた。

 

「この世に連れて来てくれてありがとう」

 

そう言えたらどんなに今の自分はすっきりするか。そう思うところがあった。

直ぐに言い出せないのはやはり長年抱いていた負の感情が、そう簡単に大和に感謝の気持ちを述べたいと思う自分を許せなかった。

今はまだその時ではない。そういう事なのだろう。

 

 

霞が関の日本方面軍統合司令部から武本が帰ると鳳翔が執務室で出迎えた。

疲れを滲ませた顔の武本は鳳翔が入れた茶を飲み、一息入れた。

「お疲れ様です」

「ありがとう。地中海はかなり拙い戦況になっているよ」

「芳しくない戦況なのですね」

真剣な表情になる鳳翔に、そうだと頷く。

芳しく無い、では済まない様とも言える。どうなっているのか、詳しい状況を谷田川と三笠にも説明しなければならない。

「ああ。谷田川と三笠くんを呼んでくれ。状況を説明する」

「了解です」

 

直ぐに谷田川と三笠が武本の執務室へ出頭してきた。

二人を出迎えた武本は部屋を一時入室禁止、窓のシャッターも閉めると、部屋の壁にある大画面作戦ディスプレイを点けた。

キーボードとマウスホイールを操作して、霞が関から持ち帰った戦況情報をディスプレイに表示する。

「戦況は?」

そう尋ねる三笠に答える様に、欧州各地の友軍と深海棲艦の戦力展開配置をディスプレイに出す。

「見ての通り最悪だ。欧州各方面で前線が後退している。北海油田は陥落寸前で北海方面の友軍艦隊は半壊している。

地中海とフランス大西洋側の戦況だが、味方は壊滅的打撃を受け、防衛線の構築もままならない状況になっている。

八時間前、サルディーニャ島からの通信が途絶えた。恐らく全滅だろう。通信途絶前に現地守備隊から入手できた情報からス級が確認された。

SSTOでの偵察情報で八隻が確認されていたス級だが、サルディーニャ島攻略に深海棲艦は一隻を投入していたらしい。

アンツィオには二隻、その他の地中海の西岸部で三隻、フランス大西洋側で一隻、ジブラルタルで一隻。Elite級と通常型が四隻ずつだ。

欧州総軍はこの戦艦の火力に成す術なく壊走状態だ。沿岸部の防衛を断念して防衛戦を内陸部へ下げている地域もある」

「味方の損害は言うまでもない有様、って訳ですか」

真顔で言う谷田川に武本は無言で頷いた。

「かつてない物量ですね」

ディスプレイを見て呟く鳳翔に、三笠が相槌を打つ。

「かつてないレベルの物量ですよ。提督、敵の狙いは何だと思いますか?」

「奴らの目的は北海油田の制圧によるこちらのエネルギー供給量の遮断及び、サルディーニャ島、アンツィオを制圧しそこを橋頭保にイタリア半島分断、地中海西岸部の完全掌握、だろうな。

フランス大西洋側への攻撃はこちらの防衛戦力を一定数防衛に割かせる為のモノで、フランス大西洋側への上陸作戦は恐らく無いだろう。

北海油田がやられたら人類の石油資源の類はシベリアの各油田地帯頼りなる。中東の油田地帯は治安悪化で当面宛には出来そうにない。

早急に対処する必要がある。そこでだ」

霞が関と国連軍統合作戦司令部との間で決定された日本艦隊への指令を武本は持ち出した。

「我が日本艦隊からも派遣部隊を抽出する事となった」

「まあ、そうでしょうね」

当然の帰結だろうと言う顔で三笠が頷く。一方ディスプレイから顔を上げた谷田川は少し表情を険しくして日本艦隊の現状を告げる。

「あまり大規模な戦力は派兵できませんよ。太平洋防衛の戦力をあまり多く割けませんからね。現在は小康状態とは言え、ウチは今年に入って霞、浦風、鈴谷を短期間で失ってしまっています。

本土防衛や東南アジア、ソロモン方面展開中の各艦隊戦力にあまり余裕はありません」

「理解している。欧州総軍もその点は理解を示しているよ。

今回UNPACCOMと欧州総軍、国連統合作戦本部の会議でLRSRGの戦力補填として第三三戦隊の派遣が直に指定された」

「偵察艦隊の第三三戦隊をですか。SAUの第三三戦隊を指定するとは向こうの手数不足は余程ですか」

「全部隊を欧州総軍に割り当てられるほど、LRSRGも大所帯じゃない」

「猫の手も借りたい、って訳ですか」

成る程と頷く谷田川に武本は続ける。

「派遣部隊指揮官は私が務める。私が不在の間、谷田川は日本艦隊司令官代行だ。それと少将昇進が決定した」

「昇進ですか。基地司令官職兼務なら下級少将の准将のO-7に?」

「ああ。RDMLだよ、明日にも階級章などが届く」

「ありがとうございます。提督」

一礼する谷田川に鳳翔と三笠が拍手で昇進を祝った。

微笑を浮かべながらも直ぐに武本は話を本題へと戻す。

「谷田川の昇進は決まったが、欧州総軍からの要求兵力がまだ決まったわけでは無い。

こちらの艦隊戦力を大きく減じない程度の派遣戦力が必要だ」

「五航戦の原状復帰が見込めないのを見ると、空母戦力では大鳳以下四隻の第七航空戦隊しか回せませんね。鈴谷戦死と熊野の長期戦線離脱で予備空母戦力の九航戦を本土防衛に張り付けなければなりませんし、龍驤の復帰はまだ時間がかかるから三航戦は祥鳳と改二化が完了した龍鳳のみです。

一航戦は東南アジア、二航戦はソロモン、四航戦はトラック、八航戦は北方で必要です。

戦艦戦隊は各方面で必要ですから信濃他全員を本土に残し、大和と武蔵を割り当てては?」

「私は谷田川副司令の案が良いと思います。今本土にある戦艦の内、金剛さんは本土防衛に貼り付かせておかないといけませんし、比叡さんは病気もあって回せそうにありません」

そう提案する谷田川に三笠が同意する。二人の考えが今の所空母と戦艦戦力では最適だろう。

「戦艦の手数が少し心もとないかも知れないな。敵の数を見てもこちらはこちらで送り出せる量に限りがある。頭数の少なさを補うには質で補うまでだ。

巡洋艦と駆逐艦は第四戦隊と矢矧を旗艦とした第二水雷戦隊を編成。第一一、一八、一九駆逐隊を二水戦に編入。それと伊吹、直掩に呉基地警備隊の天霧と狭霧を付けよう」

「伊吹さんもですか」

少し驚いた顔になる鳳翔に武本は無言で頷く。

「搭載機数は少ないが、彼女のジェット艦載機に匹敵する深海棲艦の艦載機は無い。質で補うとはそういう事だ」

「なるほど」

理解したと頷く鳳翔の横から三笠が武本の提案した派遣部隊のメンバーをまとめたリストを。タブレット端末を使ってディスプレイに表示させた。

「メンバーはこちらになりますね」

 

欧州派遣艦隊

 

第三三戦隊

愛鷹(戦隊旗艦)、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳

 

第一戦隊

大和、武蔵

 

第七航空戦隊

大鳳、黒鳳 蒼鳳、赤鳳

 

第四戦隊

高雄、愛宕、鳥海、摩耶

 

第二水雷戦隊

矢矧(二水戦旗艦)

 

第一一駆逐隊

吹雪、初雪、白雪、叢雲

 

第一八駆逐隊

陽炎、不知火、黒潮、親潮

 

第一九駆逐隊

綾波、敷波、磯波、浦波

 

伊吹、天霧、狭霧

 

第一八駆逐隊は本来陽炎、不知火、霞、霰で編成していたが、一時的に第八駆逐隊に編入していた霞が戦死した為、霰を五十鈴旗艦の第三一戦隊に預け、第一五駆逐隊の黒潮、親潮を編入して再編成している。

 

「全部で三四人。艦隊旗艦は誰に?」

「大和くんだ。第三三戦隊込みで派遣部隊の艦隊総旗艦を担って貰おう。次席旗艦は武蔵くんだ。

まあ第三三戦隊はLRSRGの指揮下に組み込まれるだろうから、基本的に第三三戦隊が行動する上での旗艦は愛鷹くんである事に変わりなしだ」

三笠の問いに武本が大和を指定すると、三笠はタブレット端末のタッチボードで大和の名前の脇に「派遣部隊艦隊総旗艦」の文字を追加する。

「では全員分の編成と派遣部隊に関する命令書作成に取り掛かりますね」

「よろしく頼む。鳳翔くんも手伝ってあげてくれ」

「承知しました」

二人が一礼して命令書作成の為に部屋を出ると、武本はディスプレイを消し、シャッターを開ける。

部屋に日光が再び差し込んで来ると、少しその眩しさから瞼を細める。

「良く晴れてるな」

「ええ、気温も上がって夏ですよ」

「暑いのは嫌いだな」

「同感です」

二人だけの時でしか使わない先輩と後輩の口調で武本と谷田川は話す。

「愛鷹くんは初めての地中海ですよね。彼女、ラバウルの方には行った事ありますけど、勝手がまた違うヨーロッパとか大丈夫ですかね」

「俺もついて行くし、彼女はバイリンガルだからイタリア語、フランス語、スペイン語、ラテン語系からギリシャ語、まあ語学で困る事はまずない。

心配はないよ」

「バイリンガルとは羨ましいっすね。自分は英語とドイツ語がちょっとですよ」

羨ましそうな顔をする谷田川に胸中で愛鷹がバイリンガルになる事を強要された生い立ちを話したくもなる。

ふと、思えば様々な事を強制的に叩き込まれたクローン艦娘達の中で、愛鷹だけは語学系には熱心に取り組んでいたのを思い出した。

他のクローンが命ぜられるままにやっていたのに対し、彼女だけ積極的に語学研究に励んでいた。

多分語学講師がクローン達には優しく接してくれた数少ない人間だったから、かも知れない。

あの講師の名前はなんと言ったか……。

 

そこへ部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「だれか?」

「青葉です」

ドア越しの訪問者に誰何した武本に青葉の返事が返る。

何か用でもあるのだろうか、と思いながら入室を許可する。

「失礼しまーす」

「提督、お邪魔しまーす」

青葉に続いて衣笠も入って来た。青葉の手には取材の時に使う手帳が握られており、衣笠はカメラ持ちだ。

成る程、艦隊新聞の取材か。毎度の事を忘れかけていた。

「司令官、アポなしですけどネタの匂いがするので取材いいでしょうか?」

「欧州方面の情報なら大量にある。ついでに言うと君達二人の所属する第三三戦隊の出番だ。

特大の大仕事になるぞ」

その言葉に青葉は待っていましたとばかりにやりと笑い、衣笠は「特大の大仕事」に緊張した表情になった。

 

 

「分かっとる! 深海棲艦を叩き返せと言う話ぐらい分かっとる! だからこそきちんとした補給を寄こせと言っておるのだ!」

ツーロン海軍基地に置かれた欧州総軍前線作戦本部の一室から、英国艦隊派遣部隊司令官ジョセフ・ロックウッド少将のドラ声が響いた。

またか、と嘆息しながらウォースパイトは書類の束を抱え直すとロックウッドの部屋のドアをノックする。

「あ、誰もでも良い、入れ」

「失礼します」

ドアを開けたウォースパイトの先で、デスクの電話の受話器を少し乱暴に戻すロックウッドが憮然とした表情で椅子に座っていた。

ハイヒールの踵を揃えて入室時の敬礼しようとする自分を制し、コーヒーカップの中身を呑む上司に端折っていいと理解したウォースパイトは持って来た報告書の束をデスクに置いた。

「補給はまた遅れたのですね」

「ああ。全く弾も燃料も物資も何も無ければこっちはどうにもならんと言うのにだ」

「ネルソンの主砲弾ですが、補給部隊の話ではAP(徹甲弾)の残弾は主砲弾をフル搭載で出撃する場合、もって三回が限度との事です。腹八分で四回と」

「肝心なビッグセブンが全力モードで三回か……そろそろ君を代わりに出すしか無い様だな」

やれやれと深いため息を吐くロックウッドに、うっすらと笑みを浮かべてウォースパイトは軽く胸を張って応える。

「私も戦艦です。ネルソンにしか出来ない事は出来ませんが、戦艦として出来る事は出来ますよ。任せて下さい」

「先輩ツラして彼女を怒らせたりしないでくれよ?」

「あら、提督はご存じないのですか? 彼女、私より年上に見えて後輩なんですよ」

「え、そうだったか?」

きょとんとした表情になるロックウッドにウォースパイトはロックウッドのデスクの上に置かれていたタブレット端末を手に取ると、人事ファイルを開き自分とネルソンのデータを並べて表示し、ロックウッドに見せる。

「私は今三二歳、彼女は二五歳。七つも違うんです」

「じょ、女性、それも艦娘の年齢を自分から明かされるのは、私の人生では初めてだな」

驚いた表情でタブレット端末のデータを見るロックウッドに年下である事を気にするあまり、本当は自分には頭が上がらない一面があるネルソンのことを話してやろうかと思ったが、先輩として後輩の赤面面は見たくないので止めておく事にした。

自分より高火力艦である分、最近ネルソンは出撃回数が多い。燃費こそ悪いモノのその大火力で基地への侵攻を目論む深海棲艦の戦艦戦隊をことごとく返り討ちにして、自分はその重装甲で跳ね返し、耐えている。

だがその火力を発揮するだけの弾薬の補給が滞り始めていた。一番の理由は補給空路の安全性確保が出来ていない事だ。

陸路は沿岸部から自主避難する民間人の車でどこも詰まっており、防衛戦構築の為の部隊移動もままならない。

しかし基地周辺の航空優勢は確立されているとは言い難い。空爆が絶えず飛来するようになってから、輸送機や補給物資が地上で破壊される事もしばしばだ。

鉄道はツーロンへ至る橋が数か所爆撃で破壊された為、補給物資を載せた軍用列車の多くは迂回ルートを強いられ、鉄道網自体も渋滞している。

「弾が来るまでは今あるモノで何とかせんとな」

「燃料と食事の備えは大丈夫ですから、空腹で動けない、って事は避けられますね」

「腹が減っては何とやらだ」

腕を組んで頷くロックウッドにウォースパイトは笑みを返すと用件も済んでいる事なので退室した。

 

 

夕食を済ませた愛鷹が足柄と足柄に強引に参加させられた那智、利根と巡洋艦艦娘寮の談話室でポーカー試合をしていると、青葉がパタパタと走る音を立てながら談話室へと駆けこんできた。

「た、大変です!」

「何事じゃ?」

カードの手札から顔を上げた利根が聞き返し、愛鷹、足柄、那智も青葉を見る。

「日本艦隊からも欧州に大規模戦力を派遣する事が決まりました!」

「大規模ですって?」

「どの程度の戦力を派遣すると言うのだ」

聞き返す足柄と那智に上着のポケットに入れていた手帳から派遣部隊の詳細を四人に伝える。

含まれる戦力に第三三戦隊が含まれているという事に、愛鷹が反応した。

「私達も地中海へ?」

「ええ。ただ第三三戦隊は派遣部隊とは別枠運用になるようです。司令官の話だとLRSRGの指揮下に入ると」

「北米艦隊主導で設立された長距離戦略偵察群か。偵察艦隊の第三三戦隊の出番と言う訳だな。

いや、第三三戦隊の手も必要な程向こうの戦力は逼迫か余裕がなくなって来たのかもしれんな」

軽く考え込む那智の言葉に大体そう言うところだろうと愛鷹も頷きながら、自分のカードの手札をテーブルに置く。

「フラッシュです」

置かれた手札を見て三人が深いため息を吐いてそれぞれの手札を放ってうな垂れる。

足柄はストレート、那智と利根はツーペアだ。

ポーカーに置いて愛鷹は一回も負けた事が無い豪運を発揮しており、ポーカー王者としてもはや有名だった。

「足柄、おぬしのせいで大損だぞ。覚えておけ」

多少恨めしそうな顔で利根が足柄を睨む。中々凄味のある睨まれ方にたじたじになる足柄に自分はどう言うリアクションすればいいのか、と愛鷹は困惑しつつカードを纏めてオッズも片付ける。

賭け対象として出された間宮の甘味処特別権を頂き、ポケットにしまい込むと三人に礼を言って席を立つ。

すると待っていたかの様に館内放送で艦娘の招集が鳳翔のアナウンスで流れる。呼び出される名前は全て欧州への派遣部隊のメンバーの名前だった。

「早くもブリーフィングか?」

「早いに越したことはないからのう。急いだほうが良いぞ二人とも」

スピーカーを見上げる那智に頷きながら利根は愛鷹と青葉に急いでいくよう促した。

無言で頷いた二人は駆け足で出頭指示が出たブリーフィングルームへと向かった。

 

 

ブリーフィングルームには既に派遣部隊の艦娘達が大勢集まっていた。

夕食後の風呂上りから慌ててやって来た者もいる。

召集指定時間以内に全員が集まり、それから三分ほどして武本が鳳翔と日本艦隊統合基地の作戦参謀数名を従えて入室して来た。

ブリーフィングルームの席から立った一同が武本に対し一礼し、武本も答礼すると作戦参謀たちが集められた三二名の艦娘へ欧州の戦況解説と部隊内容などの情報を入れたタブレット端末を配って回った。

配布が終わると部屋の証明が落とされ、ブリーフィングルームの大画面モニターに欧州の地図が表示された。

解説の為に資料を書き込んだタブレット端末を手に武本が状況解説を始める。

「欧州に関する状況を説明する。

現在欧州総軍と北米艦隊第二艦隊を主力とした欧州増派任務部隊の艦娘艦隊の戦線は崩壊の危機に瀕している。

イタリア艦隊は目下、現状戦力での戦線維持で手一杯となっており、反攻作戦を行えるほどの余力を失っている。

フランスやドイツ、英国、ロシア等の艦隊も北海や大西洋側からの深海棲艦の猛攻に対応する為に戦力を割く必要がある為、これ以上のイタリア艦隊の支援が現状不可能な状況だ。

北米艦隊もほぼ同様である。欧州における我が軍は劣勢にあると言っていい」

欧州、特に北海とイタリア西岸部が深海棲艦の勢力下に落ちたことを意味する赤に塗りつぶされ、その他の海域も味方を意味する青いマーカーが深海棲艦を示す赤いマーカーに押されているのが表示される。

「そこで我々日本艦隊は欧州総軍支援の為に三四隻の艦娘からなる艦隊を派遣する事を決定していた。この場には今いないが呉基地の天霧、狭霧も今回の派遣部隊に参加する為現在横田基地へ向かっている。

我が日本艦隊派遣部隊は明日早朝横田基地よりC17輸送機に搭乗、ウラジオストック経由で一端補給後そこから深海棲艦の航空攻撃がまだ及んでいないムルマンスクへと渡る。

日本艦隊の任務はまず北海の制海権奪還とこれの確立だ。皆も知っての通り北海の制海権は事実上陥落した事で北海油田が一時閉鎖された。この結果世界の原油市場は暴落して世界経済に大きな影響が出てしまっている。

経済だけでなく、油田地帯の機能停止は我が国連軍の燃料事情にも大きく影響を与えて来る。既に世界各地での停戦監視軍及び海軍艦隊に一部影響が発生している。

明朝の横田基地からの出発時刻はまだ調整中だが、皆は即時荷造りの上二二:四五に駅に集合。二三:〇〇に列車は出発し横田基地へ向かう。

作戦参加艦娘の諸君らの内、第三三戦隊はLRSRGの指揮下に一時編入。同部隊の司令の元で作戦行動に当たってもらう。

北海を片した後、日本艦隊は地中海へ転進し、地中海での深海棲艦撃滅に当たる。

 

注意点として地中海戦線にて巨大艦ス級が八隻確認された。無印とelite級が各四隻だ」

 

ス級が八隻もいると言う武本の言葉に、その場の温度が数度下がったかのような空気になる。

説明を聞いていた青葉は隣の愛鷹が軽く息を呑むのが分かった。

(毎度愛鷹さんのいくところにス級があり、ですよね……)

ス級との交戦回数と撃破回数も多く、その際の命にかかる局面の数も少なくないだけに、はっきりとは顔に出さずとも愛鷹が恐怖を覚えているのは青葉も感じる事が出来た。

「派遣部隊司令官は私が行う。皆と共に私も欧州に行くよ。

派遣前に関する私からの説明は以上だ。皆から何か質問は?」

武本の言葉に大鳳が挙手した。

「随伴の駆逐艦の頭数が少ない気がするのですが。もう一個駆逐隊を割く事は出来ないのでしょうか?」

「駆逐隊に関しては日本艦隊としての各戦線維持の関係上これ以上は無理だ。シーレーン防衛の駆逐隊を割く訳にもいかない。

ハードスケジュールにはなるが一二人の駆逐艦のみんなには頑張って貰いたい」

「心配すんな大鳳。あたしもいるから」

駆逐艦娘の数に不安を述べた大鳳の肩を摩耶が叩いてにっと笑う。

対空戦闘に滅法強い摩耶だから対空戦闘に関しては彼女に任せておけば確かに対空面では問題ないはずだ。

「対空は摩耶や戦闘機隊もいるし、自前の対潜航空戦力もある訳だから、姉さんが心配する程駆逐艦の頭数は心配いらないでしょ」

便乗するように黒鳳も言う。

「そうなると良いけど……」

仲間と姉妹の励ましを受けても多少不安は残る表情を大鳳は浮かべる。デビューしたての頃は新鋭艦ともあって敵の潜水艦隊に目を付けられ散々追いかけ回された苦い過去が大鳳にはある。

他に質問が無いかと問う武本に一同から更に質問が続いて行き、ブリーフィングルームでの質疑応答がその後三〇分ほど続いた。

 

 

最後の質問への回答が終わり解散となった後、一人港の埠頭に愛鷹は出向くと葉巻を吸った。

ジッポで火をつけた葉巻を吸いながら、久々に晴れている夜空の下の港の海を眺める。

何も考えずにいたい思いで、この場で葉巻を吸いに来たのだが今は頭の中の整理がつかない。

ぐるぐると休めたい頭の中が激しく回っており、気温もあってか制帽の下の頭の中が酷く暑く感じられる。

「ここにいたのね」

背後からかけられた大和の声に愛鷹は振り返らず軽い溜息を返す。

「一服の場を乱しちゃったかしら?」

「別に……」

少々素っ気ないながらも、何か考え詰めた言葉に大和は愛鷹の右隣に立つと、俯けられている彼女の顔を窺う。

自分と同じ髪型の髪に隠された顔だが、言わずとも愛鷹が強い不安を感じているのははっきりと分かった。

先を促さず、静かに待つ。

二人だけの夜空の下の埠頭は静かだ。波は穏やかで沿岸部の街灯りが良く見える。時折吹く風が二人の長い髪を揺する。

何気なく静かね、と言いかけた時、愛鷹が大和に重い口を開いた。

「私……怖いの……ス級がいるって話を聞いた時、物凄く恐くなったの……」

重い口ぶりで語る愛鷹に大和は無言を返す。葉巻を手に口から煙を吹きながら愛鷹は続けた。

「それにス級が怖いだけじゃないの……私が行く先々、関連する所で誰かが命を落として逝く。

スプリングフィールドさん、霞さん、浦風さん、鈴谷さん、私が赴いた直接向かった戦場で命を落とした艦娘は四人もいる。考え過ぎなのかもしれないけど、こうも立て続けに私が行った先で人が死ぬと思い込んでしまうのよ。

 

自分は『死に神』なんじゃないかって」

ずっと心の中で抱え込んだまま中々周りに打ち明けられないままだった自分の悩みを初めて大和に告白する。

少し震えているかのような声で打ち明けた愛鷹の横顔から目を夜空に移して、大和はしばし考え込む。

 

「……似たような悩みも持っている人なら何人かいるわ。雪風さんや時雨さん、初霜さん、いえ皆、誰しもが一度ならずと思う事よ。

自分が行く先で誰かがやられてしまう。それが立て続けに起きた時、自分では自覚が無くても周りから『死に神』扱いされる時もあるわ。

 

でもね愛鷹。軍人の戦いには犠牲と言うモノがどうしても付きまとうモノなのよ。犠牲が起きれば人は精神的にダメージを受けてしまう。

そうならない為に、軍人、特に私達艦娘は『護る為』にお互い命を張って生きて帰る事を目指すの。生きて帰る事は誰かに死の別離の悲しみを与える事が無い。

私達の戦いには意味がある。それは死なない事、生きる事。

戦いの中で誰かが傷付く事はあるし、一瞬の気の緩みからの死を迎える事もある。

それらを決めるモノは上官の指示、作戦も加味されるけど、大体は『運』によるわ」

「『運』……」

ぽつりとつぶやく愛鷹に大和は空を見つめながら続ける。

「どう動くのか分からない深海棲艦と言う敵相手に、私達はその身を『運』に委ね、その中で生きて帰る事が出来るように努め、戦うの。

あなたの思う事は、誰しも一回は感じる事よ。

生きるか死ぬかの隣りあわせの戦場で自分だけ助かったり、無傷である事が続いたりすれば自分は周囲に悪い影響ばかり与える疫病神なんじゃないか、って思い込んでしまう。そう思い込むのは一番仲間を大切に思っているからこそそう思ってしまうのよ。

大切だから傷つき命を落とすと自分のせいだ、と自責の念に囚われてしまう。仲間も大切に思うのは大事な事よ。だからこそ自責の念に囚われ過ぎず、どうすればそうならないかを考えていく。

前を向いて、顔を上げて、過ちを繰り返さない、繰り返さない為にはどうすればいいか、それを考える。

確かにあなたの行く先で立て続けに人が亡くなったのは事実。でも、過ぎた過去を悔やみ続けても始まらないわ。

悔やみ、そこからどうすればまた悔やまずに済むか考える。仲間の為に、仲間が傷付かない為に自分はどうすればいいかの答えを考える。

考えに考えて、ちょっと時機を見て頭を休めたら、また考える。

ずっと考えっぱなしだと頭が疲れちゃうから、休める時に休み、休みを終えたらまた考える。

考える事で人はどう生きていく事が出来るか、どう生きるべきか、これからどうして行けばいいかの見極めをつけていく事が出来る。

 

あなたは人間よ。それを考える力と時間がある。大丈夫、あなたなら出来るわ」

「考えていれば、私は『死に神』じゃなくなると?」

自分に顔を向けて尋ねる愛鷹に大和は微笑を返す。

「あなたは『死に神』じゃないわ。私の大切な妹よ」

「お姉ちゃん……」

その言葉に大和は驚いた。ずっと自分の事だけは大和と呼び捨てていた愛鷹が自分の事を姉と呼んだ。

驚きを浮かべている大和に愛鷹は視線を足元に落とす。

「自分でもよく分からない……でも、今の私の心の中では大和の事を『お姉ちゃん』と呼ぶ事が出来る。

一切の淀みも蟠りも何もない、すっきりそのまま大和を『お姉ちゃん』と呼べる……何故だかは自分でも分からない。

 

でも……もう一つ……言わせてくれるかしら」

 

顔を上げて自分に向き直る愛鷹に、大和も向き直って無言で先を促した。

 

やっと言うべき時が来た、いや言う事が出来る様になれたのかも知れない。自分の中で一つの整理がついたのかも知れない。

そして呼ぶべき真の呼び方が自分の中で定まった気がした。ここでそれを言うチャンスを逃しては勿体ないだろう。

今ここで言ってしまった方が、お互いすっきり出来るだろう。

 

 

「この世に生を与えてくれて、ありがとう。

 

今まで拒絶し続けてごめんなさい……お姉ちゃん、いえ……

 

 

お母さん」

 

 

そう言って深く頭を下げる愛鷹の両頬に手を添えて持ち上げると、大和は熱くなって来た目頭に熱い物を湛えて見つめる。

 

『お母さん』

 

そう呼んでくれた愛鷹が今は本当に自分の娘の様に愛おしい。妹と見ていた自分より愛鷹は自分を「母」として見てくれた。

確かに遺伝子的に見ると自分と愛鷹の関係は、自分が思っていた姉妹と言うよりは愛鷹の言う通り母と娘の関係だったのかも知れない。

その事に気がついてやれなかった自分が悔やまれた。

 

震え出す自分の視界と愛鷹の姿が滲んで消える前に、大和は愛鷹、もう一人の自分、娘の身体を強く抱きしめた。

抱きしめられた勢いのあまり足元で愛鷹の口元から零れた葉巻が小さな音を立てて転がる。

「私もこんな理不尽な形であなたに生を授からせてごめんなさい。

本当の人なりの時を過ごせる人間として生まれていたら、あなたにとってもどんなに素晴らしい事だったか。

 

そうしてあげられなくて、本当にごめんね……」

 

自分を強く抱きしめ、喉を詰まらせながら謝る大和の身体を愛鷹はそっと抱き返した。

 

 

「これが……真実と和解の時、ですね……」

サイレントシャッターモードのスマホで大和と愛鷹の静かな和解の場を物陰からそっと写真に収めながら、青葉はにっこりと笑みを浮かべた。

どこに行ったのやらと探しに来てみれば、二人にとって特大の特ダネが待っていたとは。

この愛鷹の人生にとって大きな転換点とも言える光景を写真に収めずにはいられない自分がいる。

ちゃんとしたカメラでないのが自分には残念だ。だが記録するのに高級も普通も関係ないだろう。

 

 

抱き合う愛鷹と大和、それをこっそり見守る青葉の居る埠頭の頭上で微妙に陰っていた夜の月がはっきりと顔を出した。

まるで和解した愛鷹と大和の二人のこの場を祝うかの様に。

 

祝う様に輝く月を見上げた三人は独語する様に、まるでうち合わせていたかのように同じ事を呟いた。

 

 

「こんなに月が美しいと、忘れない夜になりそう」

 




次回より物語の舞台は本格的に欧州へと移ります。
和解を果たした愛鷹と大和の関係がこれからどう進んでいくか、欧州で愛鷹がどのような物語に出くわすか。

次回をお待ちください。


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第四八話 境目

イベントと新作、今作の執筆同時進行で艦これ関連ではどちゃくそ忙しくなっている空衛です。

欧州編序盤のちょっとしたドラマ回となります。
本編をどうぞ。



三四人の艦娘とその艤装、それに武本と作戦参謀数名を載せたC17は一度ウラジオストックに立ち寄った。

北極海空路の航空優勢を一旦確認する為でもあった。

ウラジオストックの空軍基地に着陸したC17が離陸するまでの間、ウラジオストックの街に繰り出しても良いと許可を受けた艦娘達は私服に着替え、自身が民間人時代の頃とは別人であると言う偽装証明書を手にウラジオストック観光に出た。

偽装証明書を持つ理由は、「万が一、街中で艦娘の親族と出くわしてしまった時、その親族に強引に連れ戻される事を防ぐ為」であった。

艦娘は皆、深海棲艦と言う人間とは違う敵と戦う危険な任務に付いている。それだけにその危険さから艦娘の親族に艦娘としての籍を捨てて連れ出そうとする可能性も無くはない。

勿論そのような行いは重大な違法行為だが、「大切な家族」を護る為なら人間は何をするか分からないし、艦娘の中には多少ホームシックを覚える者もいるにはいるから予防策は必要だった。

 

厳しい戦いの前に英気を養っておけ、という事なのだろうか。

何にせよ、愛鷹にはウラジオストックは初めての地だから観光してみたい気分はあった。

しかし第三三戦隊はLRSRGの指揮下に入れられると言う編成運用上の特殊さからか、一旦途中停止している日本艦隊とは別に第三三戦隊と現地のLRSRG司令部との連絡調整は行われた。愛鷹は戦隊旗艦として同席しなければならず観光している暇はあまり残されていなかった。

 

テレビ会議を終えた後、誰もいない喫煙室に入った愛鷹は久しぶりに引っ張り出して着ているコートのボタンを外し、制帽を脱ぐと大和譲りの長いポニーテイルの髪を撫でた。長いと言っても大和の半分程度だが、大和に憧れて同じ髪型に伸ばしている矢矧に次ぐ長さだ。

美容っ気はあまり無いが、普通に髪の手入れぐらいはしてはいる。

人目が無い喫煙室で一人ラフな格好になった愛鷹は葉巻をポケットから出して口に咥え、ジッポで葉先に火をつけた。

口先からふう、と煙を吐きながら時計を見る。もうじき夕食の時間帯だ。青葉達は街に繰り出しており、ウラジオストックの国連海軍基地に今いる艦娘はこのウラジオストックを拠点とするロシア太平洋艦隊所属艦娘くらいだ。

夏とは言ってもウラジオストックの気温は日本ほど高くない。それに今年は珍しく冷夏に見舞われており、朝晩は多少肌寒さもある。

喫煙室は暖房が効いており、多少暖かい。

少し疲れた、と訴える頭からボーっと葉巻を吸っていると、喫煙室に入って来る靴音に気が付いた。

(この足音……)

久しぶりに聞く、と思った時、久しぶりに聞く声が愛鷹にかけられた。

 

「よお、大和。久しいな……ん、貴様は……」

 

拙い、と愛鷹は葉巻を咥えたままの顔を凍り付かせた。喫煙室に入って来たガングートは不思議そうに自分の面を見つめている。

「大和……ではなかったか。中佐、失礼した。自分の知る顔とよく似ていたモノだったものでな」

「ガングートさん。私は……大和ではありませんが……まあ、大和みたいな奴ですよ」

葉巻を口から取って灰皿に押し付けると、制帽を被り直しラダーヒールを揃えて敬礼する。

「お久しぶりです、ガングートさん。愛鷹型超甲型巡洋艦愛鷹改め、愛鷹型航空巡洋戦艦愛鷹です」

「愛鷹⁉ 貴様、その素顔は大和と瓜二つではないか。まさか貴様、血縁者か?」

混乱と困惑するガングートに愛鷹はどこから説明したものか、とまず話の切り出し口に頭を抱え込みたくなった。

「私は……ガングートさんは口の堅そうな方なのでお話しましょうか。私の正体ってモノを」

「貴様に事情があるなら、別に無理する事は無いが。まあいい、少し興味が湧いた。聞かせてくれ」

一卵性双生児だとでも思っているのだろうか。まあクローンと言う身の内がバレない限りは双子と思われても別におかしくは無いだろう。

制帽をまた脱いで素顔を晒した状態で愛鷹は、自分の出生を掻い摘んでガングートに打ち明けた。

軍の最高機密である事を事前に告げて話す愛鷹に、ガングートは神妙な顔持ちで終始聞いていた。

「そうか……要らぬことに詮を入れてしまった様だな。申し訳ない。

貴様の苦労、中々のモノだな……」

「ガングートさんが物分かりの言い方でよかったです」

「随分と酷い目に遭わされたものだな……私もそこそこ地獄は見たが……」

「ガングートさんは何を見たのです?」

静かに問う愛鷹にガングートはふっと薄く笑った。

その笑みの下にあるモノは、と愛鷹がガングートの白い顔を伺おうとした時、スラヴ人の艦娘は愛鷹が片手に持つ制帽を取って愛鷹に被せると手を引いて喫煙室から連れ出した。

「行こう。いい店を知っている。イキの良い所だ」

 

 

基地でガングートが借り受けたUAZハンターに揺られて愛鷹が連れ出されたのはウラジオストックの下町にある小さなバーだった。

車を見せの前で止めたガングートは「ここだ」と言ってUAZハンターから降りた。

助手席から道へと降りた愛鷹は店の名前を見て眉間にしわを寄せた。

「バーって、酒飲んだら車の運転は出来ませんよ。法律違反です」

「帰りは貴様が運転すれば問題ないだろ」

「……確かに」

UAZハンターなら自分でも運転できる。ガングートの代わりに運転するくらいは容易い話だ。

やれやれ、と腰に手を当てて軽くため息を吐く愛鷹を一瞥しながらコートを羽織りなおしたガングートは店に入った。

「よう、オヤジ。また来たぜ」

バーの店主に挨拶を入れるガングートに続いて店に入る愛鷹は店内から漂うヴォトカの匂いに顔をしかめた。

結構な度数を行っている酒を扱っている店の様だ。店内には漁師や市民が何人か詰めており、夕食を楽しんでいた。

店のおすすめ料理をガングートが店主に注文しに行っている間、二階の席を取って来いと言われた愛鷹は店内の内装を鑑賞しながら、狭い階段を上って海が見える二階の隅っこの二人テーブルを取った。

木で出来た階段の床を踏む度大きな足音が立つ。ハイヒールの様になっているラダーヒールのせいもあるだろうが、それでも結構店の築年数はありそうだ。

二階に客はおらず静かだった。

椅子に座りながら夕暮れのウラジオストックの街並みを眺める。少し離れた埠頭にはかつてのロシア太平洋艦隊旗艦であり、ロシア連邦海軍太平洋艦隊のわずかな生き残りの一隻であるミサイル巡洋艦ヴァリャーグが見えた。

深海棲艦を相手にロシア海軍太平洋艦隊の通常艦艇も多数失われ、ヴァリャーグを含む生き残り数隻は保管状態だ。

もっともヴァリャーグを再運用する気は海軍内ではもう無い。一九八三年進水の艦だから艦齢は既に五〇年以上経過している。

元乗員やロシア太平洋艦隊旗艦保存協会や寄付金などでヴァリャーグは、今は記念艦として保管されていた。

二人分の料理を持ってガングートが二階に上がって来た。

「ボルシチとピロシキだ。温まるぞ」

「良い店ですね。海が見えて景色もいい」

「だろう」

テーブルにボルシチとピロシキの皿を置くとガングートは自分の制帽を脱いで椅子に座った。

制帽を被ったままの愛鷹に脱ぐように促す。

「案ずるな。二階は基本貸し切りだ」

「ではお言葉に甘えて」

制帽を脱いだ愛鷹は熱々のボルシチに目を落とした。

腹が正直な音を立てた。

「さあ、食おうか」

「はい」

 

それから二人は静かに食事を満喫した。

中々の美味だ。ウクライナの伝統的な料理だが、レシピは多種多様である。

この店では港町なだけに仕入れ易い食材である魚を具材とした料理だった。

一通り平らげ、ピロシキの残りを齧っていると、グラスの中のヴォトカを飲み欲したガングートが口を開いた。

「愛鷹、貴様は『境目』とは何なのか考えた事はあるか?」

「はい?」

急になんだ、ときょとんする愛鷹にアルコールが入った顔でガングートは続ける。

「私は、今はロシアに帰属するロシア人だが、この体にはロシアの民の血とエストニアの民の血が流れている。

私の故郷はイダ=ヴィル。エストニアとロシアの国境の傍にあるエストニアの一地方だ」

そう語るガングートの目は遠いモノを見る目だった。

イダ=ヴィル……確か二〇二五年にロシアとエストニアとの紛争が起きた時、主戦場となった地だ。

そう言えば初めて会った頃、ガングートは自分の故郷は戦火で焼けたと語っていた。

すっかり忘れていたし、ガングートにとって暗い出来事だろうからその時はあまり深く聞こうとはしなかったが。

「あの時、私はまだ七歳だった。だがあの光景は忘れる事は出来ない……私には世の中が大きな混乱に見舞われている事がおぼろげにしか分からなかった。

 

あの日の夜、家で寝ていた私は轟音と共に飛び起きた。窓の外を見ようとした時父に外を見ずベッドの下に潜り込めと言われた。

その父の言葉通りベッドの下に私は飛び込んだ。何度も鳴り響く轟音……今では聞きなれている音だが、七歳だった私は怖くてたまらなかった。

鳴り響く爆発音の怖さに私は耐えきれず、父と母を呼んだ。傍にいて欲しかった、あの温もりがあれば恐怖を乗り越えられそうな気がした。

 

だが父と母が私の求めに応じる事は無かった。家の傍に爆弾が落ち、我が家は崩れ、父と母はその時死んだ」

 

自分の過去を語るガングートの横顔を見つめながら愛鷹は無言で聞き続ける。

 

「ベッドのお陰で、掠り傷で済んだ私が轟音の止むのを見計らって外に出た時には朝になっていた。

外に出た我が故郷はロシア軍とエストニア軍の戦闘が一時止まり、戦災した民間人の救助作業が始まっていた。

 

瓦礫となった我が家の外……何もない光景……救急車が走る音、泣き叫ぶ声。

何が起きたのか、私はすぐに分かった。いや分からせられた。

 

友達の家に助けを求めに行くと、私は追い払われた。ロシアの血が混じる人間はこの地から去れと友達の両親から門前払いを受けた。

友達の両親だけではない。近所の生き残りが手のひらを返す様に私を白眼視した。

 

私は泣いた。私はエストニア人なのに何故同じエストニアの民から忌み嫌われなければならないのか。

 

皆、ロシア軍とエストニア軍との戦闘に巻き込まれ、何もかも失っていた。向けどころが見つからない怒りが私の様なエストニアとロシアのハーフの人間に向けられた。

ロシアの血。それが私を故郷から追う理由となった。私は……故郷が好きだった。友達と別れたくなかった。

だが世の中が、大人たちがそれを許してはくれなかった。

 

心はエストニアにある。だがロシアの血がこの体に流れている私はイダ=ヴィルの地を永遠に去る事を求められ、小さかった私は抗う術もないまま身一つで故郷に別れを告げた。

それから暫く、私の生活はライフルを持って弾の下を掻い潜るのが当たり前になった。

少年兵として売られ、買われ、こき使われた。

私の本当の『持ち主』が誰なのかはっきりと分からぬまま、言われるままに銃を撃って相手を殺す日々。

女だから侵されそうになった時もあった。その時私は相手を殺してでも逃げた。だが逃げた先でも結局銃を握らされ、同じような境遇の子供たちと共に殺し合いの肩を持たされた。

 

何もかも嫌になって一人で脱走して、当てもないまま歩いていた私を通りかかりの軍の兵士が拾ってくれた。

ロシア海軍歩兵大隊の指揮官だったニコラエ・アンドレーエフ少佐。

 

そう、今の私の上官だ。

 

彼に拾われ、いきさつを知った提督に私は保護された。私はロシア人難民と言う偽りの身分を得てロシアの民となった。

そして偽りの身分を得た私を提督が保護者となって育ててくれた。

我が娘の様に育ててくれた提督の目にはエストニアもロシアも関係ない、全てを大人に奪われたちっぽけな少女が映っていた。

 

提督の披保護下で育った私に艦娘としての適性が判明した時、提督は艦娘になる事を、軍人になる事に初めは反対した。

だが、私には分かっていた。

一度戦場に出たものは一生戦場とは無縁のままでいる事は出来ないのだと。艦娘として生きる事は生まれながらの定めだったのだと、な」

遠い目になるガングートに愛鷹は悲しそうに呟いた。

「悲しい生き方です、それは……」

「ああ、悲しいな。だから悲しくない世界を実現する為に私は軍人となった。

軍人としての私に護るべきものの境目などない。

 

境目によって国を追われた私だ……望まぬ境目。

 

世界ではまだ人間同士で争いが続いている。深海棲艦と言う共通敵が現れたのにもかかわらずだ。

何故なのだろうか。民族や国、国境と言う境目だからか……そんなものは人間には必要なのだろうか」

そう語るガングートに対し、手にしたコップの中のミルクに目を落として愛鷹は少し考え込んだ。

「……私も軍人です。軍人として政治的な事に深く関わらない事を誓った人間。

でも、施設時代に教え込まれた事の中には世界情勢って言うモノもありました。

軍人として政治的活動関与はしない。正直私には戦争も嫌いですが、政治の世界でも行われている争いも嫌いです。

でも無関心ではあってはならないと思うから、目を背けずに自分なりに考えもしました。

 

確かに世界に境目なんて本当は必要ないのかも知れません。

 

でも無くすだけでは変わらないでしょう……世界を変えるのは境目を無くすのではなく、互いを信じあう事だと思います。

信じあう事で人と人との間に疑いも、不和も生まれない。相手を信じれば、争う事無く互いに武器を置く事が出来るでしょう。

 

でも、それが出来ないのも人間です」

そう言って愛鷹はコップの中のミルクを飲み干した。

赤い顔で愛鷹を見るガングートは深いため息を吐くと、ウォトカの瓶に残っていた残りをグラスに注いで飲み干す。

流石に飲み過ぎでは、と心配になる愛鷹だが本人は飲まずにはいられない様だ。

まあ、無理もあるまい、と愛鷹は胸中で頷く。自分も散々な過去を歩んできたが、ガングートの生い立ちも中々壮絶だ。

幼い頃に戦災孤児となり、自らも銃を取って少年兵として戦場で生活を送り、その身を買われ、売られを繰り返した。

直接的な深海棲艦によるものではなく、人間同士の争いが原因でガングートの人生は滅茶苦茶にされてしまった。

本当の彼女はエストニアと言う故郷を愛する一人の人間でいたかったはずだ。それを国の違いと言う大人たちの都合が許さなかった。

境目と言うモノは本当に人間の平和に必要なのか。そう思う彼女の本音が伺えた。

きっとガングートの心は、強引に追い出された故郷と言うモノにまだしがみついているのかも知れない。

「故郷か……」

 

私には帰るべき故郷など、ない。生まれ故郷は自らの意思で捨て去った。

今は日本艦隊統合基地が自分の故郷だ。

 

 

ふと気が付くと椅子の背もたれに寄り掛かったガングートは静かに寝息を立てていた。

すうすうと寝息を立てる彼女の顔が一瞬、全てが変わる前の七歳の頃のあどけない少女のモノに見えた。

軽くため息を吐いた愛鷹は席を立つと制帽を被り、コートを着ると眠るガングートに制帽を被せ、コートを羽織らせると肩を担いで階段を下りた。

以外と軽い彼女を担ぎながら一旦一階のテーブルの席に置いて、会計を済ませると、またガングートを担いで店の前に止めていたハンターUAZの助手席に乗せた。

「お嬢ちゃん、また機会があったらおいで」

「スパシーバ(ありがとうございました)」

朗らかに別れの挨拶を送る店主に礼を述べると、車に乗り基地へと愛鷹はハンドルを切った。

 

 

翌朝、空路の安全確認が取れた日本艦隊のメンバーとロシア太平洋艦隊からの派遣部隊を載せた輸送機がムルマンスクへと飛び立った。

 

 

「うっ……」

軽い呻き声を上げた時、意識が覚醒し、青い空が目に入った。

酷い耳鳴りが止まず、青い空も時々変に歪む。自分が仰向けになっているのに気が付くまでしばし時間がかかった。

やっと耳鳴りと視界の歪みが止んだ時、爆発音と発砲音が馬鹿になっていた耳に入り込む。

「ウォースパイト! いつまで死んだふりをしているつもりだ!」

切羽詰まったユリシーズの叫び声に飛び起きようとした自分だったが、右足に力が入らない。

そのまま立てずにもがく自分の視界に、血まみれになって倒れている仲間の姿が目に入った。

 

ジェーナスだ。

 

「ジェーナス!」

「奴はまだ生きている! だが傷が酷くて動かせん! ウォースパイト、貴様は」

「足が……右足をやられたわ」

激しく出血している右足の傷を見てユリシーズに返す。ダメだ、立てそうにない。

折れているかもしれない、と歯がゆい思いを噛み締めながら半壊している艤装からスプリント(添え木)を出して巻き付け、出血が酷い傷口の止血の為に止血剤の注入器を出す。

見たところ右足に出来た傷口は大きい。動脈は辛うじて無事かもしれないが、右足を染める赤い血の量が多い。

傷口に注入された止血剤のキトサンが血を吸って膨らみ、あっという間に傷口を止血する。鎮痛剤も打って傷口に包帯を巻きつける。

これでよし、と頷いたウォースパイトはまだ動く左足で這う様に泳ぐ。艤装は浮力を維持する事しか出来ない程損傷していた。

ジェーナスを助けなければ、と泳ぐウォースパイトの真正面に何かが立った。

顔を上げるとネ級改が大破した自分の前に立っている。

拙い、今撃たれたら自分は成す術がない。火器が使用不能状態だ。

そう言えば、何故こうなった?

考える事がいくつも同時に頭に出て来てそれらを処理する前にネ級改が自分に主砲を向ける。

そこへ、空気を切り裂く甲高い音を立てて六インチ弾がネ級改の頭部に炸裂する。特徴である角が折れ飛びネ級改自体も吹っ飛ぶ。

「ウォースパイト、撤退するわよ」

駆け付けたシェフィールドがそう告げながらウォースパイトを担ぎ上げる。

「撤退って、ジェーナスは」

「無理よ! 今すぐ撤退しないと私達は全滅してしまう!」

「仲間を置いて逃げるなんて、出来る訳が」

抵抗するウォースパイトに構わずシェフィールドは戦艦ウォースパイトの曳航を始める。

背後でジャーヴィスとユリシーズが応戦するのが聞こえる。

振り向くウォースパイトに巨大な艦影目に入り込む。

巨大な一二本の大口径主砲の砲身から発砲時の砲煙を薄っすらとたたえる巨大戦艦。禍々しさを思い起こさせる圧倒的なその姿に戦慄を覚えた。

「巨大艦……ス級」

 

そうだ、とやっと思い出す。

 

ユリシーズ、シェフィールド、ジャーヴィス、ジェーナス、そして自分の五隻でツーロン基地近海の哨戒に出て暫くして、どこからともなく飛来した巨弾に自分達は翻弄された。

AWACSからの情報を待っている間に至近弾で吹き飛ぶジェーナス。救援に入った自分も至近距離に着弾した巨弾に薙ぎ倒された。

完全に無力化された自分とジェーナス。残るユリシーズとシェフィールド、ジャーヴィスの抵抗も押し寄せる深海棲艦を前に防ぎきれそうにない。

行動不能の自分、戦艦を優先してジェーナスと言う駆逐艦を見捨てる。いや、まだ意識のある自分の方が助かる可能性が高かったからだろうか。

しかし、仲間を置いて撤退など出来る訳がない。

「ユリシーズ、ジェーナスを」

「無理だ、助けに入れない!」

主砲を撃ち放ちながら返すユリシーズの周囲に彼女の砲門数の数倍はあろう水柱がそそり立ち、傍目にはユリシーズがやられたようにも見える。

林立する水柱の中から飛び出して来たユリシーズが応射すると、遠くでロ級が爆沈するのが聞こえた。

「くそ、沈めても沈めてもきりが無い! 全員撤退だ、撤退しろ!」

「旗艦は私よ、撤退は許可しません! ユリシーズはジェーナスの救援に」

「今すぐみんなで逃げないとみんな死んじゃうよ。アイツは私達じゃかなわないわ」

震える声でジャーヴィスがウォースパイトを諭す。ス級と交戦したことがあるジャーヴィスの表情はトラウマが蘇っているらしく恐怖に満ちていた。

でも置いてくなんてとウォースパイトが抗いかけた時、ジェーナスが顔を上げた。

意識がある! そうウォースパイトが希望を感じた時、ジェーナスは大破している自分を見て何か言った。

砲声と爆発音でよく聞き取れなかったが、口の動きで何と言っているのかが分かった。

 

『GO……(行って……)』

 

愕然とするウォースパイトが見る中、激しく血反吐を吐きながらもジェーナスは今度こそはっきりと聞こえる声で「行って! 構わず行って!」と叫んだ。

 

離脱していく四人の姿を見送ったジェーナスは深海棲艦に向き直ると、不敵な笑みを浮かべて一門だけまだ発砲可能な主砲を構えた。

ただ蹂躙されて死ぬのはまっぴら御免。弾が尽きるまで戦って仲間が逃げ切れるまでの時間を稼げるなら、それはそれで自分にとって、駆逐艦として本望だ。

どの道長くはない……右わき腹からあふれ出る血を見て、自分に残っている時間はあまり無いだろうと悟る。セロックス止血剤などのサバイバルキットの入っていた艤装は引き千切られて沈んでしまったから、応急手当のしようがない。

自分は一番深海棲艦艦隊に近い位置にいたから、援護を受けるのも無理だし、助けに入ったところをやられる危険もあった。

「Good Luck everybody(幸運を、皆)……さあ、かかってらっしゃい!」

血痰を海面に吐き捨てながら深海棲艦の艦隊に向かってジェーナスが吼えた。

 

 

背後で響く四・七インチ主砲の砲声にウォースパイトが振り返りかけると、ユリシーズがそれを制した。

「振り返るな……」

非情な言葉ではあったがウォースパイトは分かっていた。ユリシーズにとって味方を置いて撤退する事は彼女にとって自害したくなるほどの屈辱なのだと。

「これで私は天国には行けなくなったな」

「なら、私も一緒にあなたと同じ地に行くわ。神がそれを許すなら、ね」

屈辱と失意に苛まれるユリシーズの呟きに、シェフィールドが静かに返した。

 

 

それから数時間後。ロックウッドの指示でHH60Kがジェーナス捜索に出たものの、彼女の姿はどこにもなくなっていた。

燃料が続く限りの捜索が行われるもジェーナスの艤装の残骸の一つ、彼女の遺体自体も見つける事が出来ないまま、捜索は打ち切られ欧州総軍海軍本部はジェーナスを「M.I.A(戦闘中行方不明)」と認定した。

「K.I.A(戦死)」としなかったのは遺体が見つかっていない段階で戦死と決めるのは早計、と言うロックウッドの猛反対からだった。

 

 

「装甲強襲支援艦?」

聞きなれない艦種だ、と聞き返す愛鷹にLRSRGの作戦参謀アルフレッド・オハニアン大佐はタブレット端末にその概要図を表示して見せる。

「かつてのズムウォルト級ミサイル駆逐艦USS『ズムウォルト』から武装を撤去して、艦尾に一個連合艦隊とプラスアルファ六人分の一八隻分の艦娘支援設備とウェルデッキを設け、特殊カーボンと超軽量金属の複合装甲で艦体を覆いつくし防御力を格段に高めてある。

通信設備も強化してあるから羅針盤障害影響下でも充分使える。

揚陸艦ベースの支援艦と比べたら出来る支援能力は限られるが、後方展開が前提の支援艦と違って積極的に前線に出て君らを支援出来る機動力と防御力を持っている。

武装は深海棲艦にも追随可能な様にターレット回転速度を上げたMk110 Mod2五七ミリ単装速射砲三基、Mk38 RWS四基だ」

渡されたタブレット端末に映し出される装甲強襲支援艦「ズムウォルト」に関する詳細なデータの頁を、スライドしながらつぶさに見ていく。

武装が変わった以外に外観はあまり大きく変わっていない。一方で特殊装甲を施した結果理論上はル級の砲撃にも耐えられる程度の耐久性を持っていた。

艦娘支援設備はヘリ甲板下一杯に設けられており、驚く事に艦娘発艦用カタパルトを艦尾に三基備えていた。

「カタパルト装備ですか。初めて見る装備です」

「これまでの自力での加速からカタパルトを用いる事で、一気に第一戦速まで速度を付けた状態で海に出る事が可能だ。

別に複雑な機構にはなっていない。足首周りを固定したら電磁カタパルトが艦娘を固定した滑走パネルを射出、レール終端部に到達時に慣性で艦娘は海に飛び出る形だ。

一日程度の慣熟で誰でも使いこなせる」

「まるでSFの世界の様ですね」

嘆息のため息を吐く愛鷹にオハニアンも頷く。

「戦争も兵器も変わるものだ。それとは逆に人間は馬鹿になっていくものだがな」

その言葉に流石の愛鷹も苦笑が浮かんだ。

「自虐ですか」

「軍人だからこそ言える自虐ネタだよ」

自らもにひにひと笑みを浮かべているオハニアンに面白い人だ、とちょっとした好感を抱く。

「君達には北海での作戦に付くにあたりこの艦を母艦として貸与する。こちらの損害も酷いものだから利用する艦娘の定数割れも深刻だ」

「七人相手に一八人分もまかなえる艦を当てるのは費用対効果が悪そうですね」

「いや、これで君たちの作戦が上手く行き、かつその作戦が他の作戦の成功につながるなら寧ろ丁度良いくらいだ」

「なるほど。艦長はイーサン・レイノルズ大佐、副長兼TAO(戦術行動士官)アンドレア・ドイル中佐……」

乗員名簿を見ると艦の運用に一〇〇名、艦娘支援設備要員が一〇〇名の二〇〇名が乗り込んでいる。

省力化の結果一万トンを超える駆逐艦でありながら、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の乗員数である三〇〇名よりも少ない乗員数で運行可能だ。

(大型艦の割には乗員数が少ない……ダメコンとか大丈夫なのかな……)

多少不安も無くはないが、そこは装甲と幾重にも設けられた防護システムで何とかするのだろう。

レイノルズの経歴欄を見ると「オペレーション・パシフィック・フリーダム」に従事して無事生還した経歴が書いてある。

(あの作戦を生き延びた……)

経歴欄の所にかかれているレイノルズの経歴を見て行く内に軽い驚きを覚えた。

 

作戦の中核を担う二隻の空母を含む大半の艦艇を喪失する大惨敗を喫したハワイ奪還作戦である「オペレーション・パシフィック・フリーダム」。

当時まだミサイル駆逐艦だった「ズムウォルト」には航海長だったレイノルズが乗り込んでいた。

多くの艦艇が撃沈される中、「ズムウォルト」も大破しSMC(Ship Mission‘s Center のこと。CICの発展形態)も破壊され艦長以下の艦首脳部が壊滅する中、艦長代理として「ズムウォルト」の指揮を執るだけでなく、撃沈艦艇の生存者を大勢救助して見事脱出に成功。

帰還後、名誉勲章、海軍十字章を授与され「ハワイの英雄」と称えられている。

作戦後は戦闘艦艇が前線に投入されなくなった為、別部署勤務となるも装甲強襲支援艦として再就役することになった「ズムウォルト」の艤装委員長兼「装甲強襲支援艦としての『ズムウォルト』」初代艦長に就任している。

(名誉勲章を授与され、「英雄」と称えられる方……かなりの大物に違いないわね……)

これから対面することになるであろう人物の顔写真を見て、軽く緊張する。

それを察したオハニアンは微笑を浮かべて端末に目を落としている愛鷹の肩を叩く。

「そう硬くなるな。今から『ズムウォルト』へ案内しよう」

 

 

オハニアン大佐に連れられて、ムルマンスク港の埠頭に係留されている装甲強襲支援艦「ズムウォルト」の元へと向かう。

装甲で艦全体が強化改修された「ズムウォルト」は見た目こそ大きく変わらないが、二基の一五五ミリAGS(先進砲システム)が無くなった為、すっきりとした外観にもなっていた。

タラップを渡って「ズムウォルト」に乗り込んだ先でレイノルズ艦長がドイル副長と共にオハニアンと愛鷹を出迎えた。

海軍迷彩服を着て識別帽を被った二人が敬礼して出迎える。

「ようこそ我がUNDS『ズムウォルト』へ。艦長のイーサン・レイノルズ大佐です」

「副長のアンドレア・ドイル中佐です」

過去の経歴もあってか四九にして早くも白髪が混じっているレイノルズと、戦時昇進して来た若々しさがまだあるドイルと対照的な姿の二人だ。

オハニアンに続いて愛鷹もラダーヒールを合わせて答礼する。

「本艦にお世話になります愛鷹です。宜しくお願い致します」

流暢な英語で返すと、にっと笑ったレイノルズが流暢な日本語で話す。

「英語が随分達者だな、中佐」

「艦長も日本語がお上手で」

せっかくなので日本語で返す。

「意思疎通の為に日本語を習っておいて正解だったよ。ずいぶん昔にリムパックで役立った」

「リムパックですか。本当に海には長くおられるのですね」

「いや、オペレーション・パシフィック・フリーダム以来ずっと港のタグボートの艇長ばかりで外海らしい外海に行った事がない。

装甲強襲支援艦として再就役する本艦の艤装委員長として呼び出されてから、乗員一同猛訓練を積んでブランクを取り戻したつもりだが」

苦笑を交えながら語るレイノルズだが船乗りとしての確かな目をしているのは愛鷹にも分かった。

(あの戦いを生き延びたのはやはり伊達じゃない……)

一三年のブランクを思わせない目にやはり愛鷹も緊張してしまう。何より相手は自分より階級が上だ。日本艦隊では階級の差をあまり意識しないでやって来られたが、ここでは多少勝手が違うだろう。

「どうした、緊張するか?」

「は、はい」

「正直者だな。私も君の背の高さにはちょっと緊張したが……中々の別嬪さんだな」

「ラダーヒールで水増ししているだけです。恐縮です」

しげしげと自分の面を見るレイノルズに愛鷹は制帽の下から大和譲りの容姿を見せる。目深に被っているので大和と同一とは見破られにくい筈だが。

もっとも大和と容姿が同一と言っても、バイリンガルである事を目的に多少遺伝子を改良しているので、多言語を流暢かつ訛りなく話せるよう僅かだが顎を含む声帯面で変更が加えられている。

妙に愛鷹も気を張ってしまう相手だが、その相手から別嬪さんと褒められた事に嬉しさも感じる。美人だとか今まで意識してきた事は無かったし、褒められようと思った事も無かっただけに、何気ないレイノルズの言葉に愛鷹は率直に好感を抱いた。

 

美人と褒められた愛鷹が恐縮です、と返すのを見て、ドイルは微笑を浮かべる。

聞いていた感じと違って、割と乙女な艦娘だ。自分より少し歳下だろうか。

ひょろりと高い背丈が少し羨ましい。自分もバスケットボールで結構運動して来た身だが、思ったほど身長は伸びなかった。

素で中々の背丈がある愛鷹は見た感じスタイルも良さげだ。

(まあ艦娘も元はと言えば同じ人間だから、ふたを開けてみれば普通の女性、っていうのはよくある事よね)

レイノルズと会話を交わす愛鷹を見ながら考えていると、レイノルズが「副長」と自分を呼んだ。

即座に自分の世界から戻り、上官に向き直る。

「愛鷹中佐に艦内を案内してやってくれ。この艦に乗り込む第三三戦隊の艦娘のガイドも君に任せる」

「了解しました。では愛鷹中佐、艦内旅行へご案内します」

 

 

装甲強襲支援艦として大規模改装を受けただけに、愛鷹が知っている「ズムウォルト」と艦内の構造は大分変わっていた。

舷側側はほぼ全て防御区画として細分化され、ダメージコントロール設備も充実している。

オペレーション・パシフィック・フリーダムの時破壊されたSMCは再建の折により充実かつ高度な仕様へとアップデート改装されており、内部はまるでSF作品の宇宙戦艦の指揮所の様になっていた。

タッチパネルや大画面スクリーンに溢れる薄暗いSMCを見て回った後、「ズムウォルト」の艦娘支援設備へと案内される。

三基の艦娘カタパルトが設けられたウェルドック内は揚陸艦ベースの支援艦より手狭感はあるものの、自分の様な大型艦娘の艤装を運ぶ天井クレーンや艤装整備場などの支援設備は整っている。

ドック内の直ぐ傍に艦娘のモノとは別の武器庫があるのを見つけ、何に使うモノなのかドイルに尋ねる。

「本艦の敵地殴り込み、と言う任務における性質上、ドック内に敵が乗り込んでくる可能性も皆無とは言えないので、閉所向きのロケットランチャーやグレネードランチャー、対物狙撃銃、高初速高威力アサルトライフルを収容しています」

「……デッキのハッチを破られ、乗り込まれた時に備えて、ですか」

「最悪の事態を想定しておいてこしたことは無いですからね」

せっかくなのでドイルは武器庫へ愛鷹を案内した。

鍵を開け、中へ入ると対人向けではない銃火器が大量に収められていた。

「AT4にSMAW-NE、バレットM82A3、あらQLU11にまで」

「Mk19に代わって一一式狙撃グレネードランチャーを新規配備しております」

「アメリカ製の軍艦に中国製の重火器とは国際色を感じますね」

「今の我々は国連軍ですから」

確かにその通りである。

使用する際制限が付くモノもあるにはあるが、撃退する意思を感じさせる武器庫のラインナップ内容だった。

M8ライフルに装填する弾薬ケースの一つを開けてみると、対人使用には過剰威力である弾薬が入っていた。

一発を手に取り、しげしげと見つめる。もし防護機能なしの自分がこれに撃たれたら、大淀の時とは違って二、三発でお陀仏だろう。

高威力な分反動も大きくなるから、M8ライフルもリコイル制御重視のカスタマイズが施されている。

これが使われる局面が無いと良いが。

 

武器庫を出ると、試しにカタパルトに乗ってみる事にした。

発艦テストプログラムで起動するカタパルト設備を見て、ドイルに指定されたパネルに立つ。

レールの下の非常灯が黄色に光り出すと、警報が鳴りパネルが変形し自分の踝の辺りを射出バーが掴んだ。

(発艦時はそれなりの加速Gがかかるので前傾姿勢しておくと良いでしょう。腕は自由に。宇宙戦艦から発艦するロボットみたいにカッコよく構えてみるのもありでしょうね)

発艦管制指揮所からマイク越しに告げるドイルに苦笑を浮かべて返す。

「そう言う趣味は無いですね。内装型、外装型の両方に対応している作りですか」

(LRSRG艦は内装型主機揃いとは言え、他国の艦娘が運用する事も考慮してあります)

そう説明するドイルに、なんとも便利な世界だと感心する。それと同時にここには「境目」等全く無い世界なのだと実感させられた。

カタパルトテストを終えると艦娘居住区等の残る「ズムウォルト」の艦内各所を見て回り、艦内旅行は終わった。

「なかなかいい艦ですね。乗員の皆さんも練度が高そうで。支援艦として頼りになりそうです」

「困ったらいつでも言ってください。全力でサポートしますから」

感想を述べる愛鷹にドイルはにっこりとほほ笑んで応えた。

 

 

「ズムウォルト」から降りた後、愛鷹は第三三戦隊を招集して支援艦として、拠点として利用する「ズムウォルト」を説目すると同時に全員でのカタパルト慣熟訓練を実行した。

艦娘側が頭に入れるべきマニュアルを七人全員で読みふけり、座学試験もレイノルズ担当の元で行う。

座学そのものは至って簡単だったが、実技となると簡単にはいかない。最低でも一日はかかる実技過程だ。

停泊状態から洋上を航行中の状態からのカタパルト発艦試験は、特に発艦時の加速Gに一同手間取る事となった。

発艦時の艤装重量と加速のGを勘定して自分の姿勢をうまくとらないといけない。

飲み込みが早い愛鷹以外の六人は慣性で仰け反ってしまい、海に出た途端上手く乗り出せずに転んでしまいがちだった。

それでも四時間連続で徹底的にやり込むと全員でコツが掴め始め、上手く発艦出来る様になった。

「なかなか上達が早いじゃないか」

ウェルドックで訓練を見ていたレイノルズが感心すると、少し上機嫌な表情で衣笠が「当然ですよ」と答える。

「艦娘がカタパルトで発艦って、本当にSFロボット作品の世界みたいですねえ」

スポーツドリンクを飲みながらタオルで汗を拭く青葉の言葉に夕張、深雪、蒼月、瑞鳳も頷く。

「カタパルト発艦時に第一戦速まで一気に加速できる分、燃料の消費節約にもなるから良いアイデアよ。

長距離航海を目的としているLRSRGらしい装備の艦ね」

タブレット端末を取って「ズムウォルト」のデータを見る夕張が顎を摘まんで何か考え込む。

自分の艤装の装備換装がやりやすい事に少し驚いている様だった。

揚陸艦ベースの支援艦と違って、基は大型駆逐艦だから、彼女からすると思っていた以上に「ズムウォルト」の支援艦としての能力は高く感じられる様だ。

 

実は今回の派遣前に第三三戦隊は総じて新たなグレードアップを受けていた。

まず愛鷹は自身が設計した通りの艤装に武装と機関部が改修、改装されて対空、対水上火力が向上した。

四一センチ三連装砲一基、連装砲一基の主砲は、お古ではない、長門型等と共通の生産ラインから供給された新規装備品だ。

一〇センチ連装高角砲改も増設され、中距離対空火力も備えられている。

 

航空部隊も第三三戦隊所属艦の内航空機を運用する愛鷹、青葉、瑞鳳の航空隊は全て第一一八特別航空団に統合された。

編成上第一一八特別航空団の第一航空群が瑞鳳の艦載機、第二航空群が愛鷹の艦載機、第三航空群が青葉の艦載機となる。

瑞鳳、愛鷹の烈風改二は第一一八特別航空団仕様として専用編成となり、AEWとASWをこなす新規機体の天山一二型甲改も配備された。

青葉の瑞雲も性能向上型の瑞雲12型第一一八特別航空団仕様へと強化され、対潜と索敵、限定的な制空戦闘、弾着観測などの多用途任務に対応させられている。

 

また夕張と深雪は事前にGOサインが出ていた通りの改二が施された。

夕張はコンバート改装で三形態への装備がスタンダードフレックス機能の活用で、用意かつ手軽に行えるようになった。

彼女としては甲標的を用いた長距離精密雷撃が出来る他、艤装のハードポイントが多い改二特が好みらしい。

改二特にすると甲標的の搭載とハードポイントの増備で艤装重量が増大し、結果的に発揮可能速力が低下してしまう為、艤装内にタービンを増設してそれまでの外装型主機と違って愛鷹に似た内装型主機にする事で速力低下を補っている。

深雪に施された改二は、それまでの一二・七センチ連装主砲から一二・七センチA型改三高射装置付き二基となり、両手持ちの二刀流構えとなった。

魚雷発射管も六一センチ三連装酸素魚雷発射管後期型二基へとアップグレードされ、対水上対空火力が増強されている。

対潜装備も四式水中聴音機が標準装備となり対潜攻撃力も上がっている。

制服もそれまでのセーラー服から長女吹雪と同じカラーリングのモノへと変更されている。

蒼月はこれまでの戦功などから蒼月改へと改装された。

装備する電探が四二号対空電探改二となり、対空捜索能力が大幅に向上した。高射装置も新型のモノへと換装され射撃精度の向上も図られている。

対潜装備は深雪と同じく四式水中聴音機だが、蒼月は愛鷹の様な爪先に入れたバウソナータイプとなっている。

既に改二が施されている青葉、衣笠、瑞鳳はそのままだ。

 

種子島で大淀の銃撃された愛鷹が治療中の間にバージョンアップされた第三三戦隊は愛鷹が退院して改装を受けた後、新たな出撃指示が来るまで新形態への慣熟を入念に行っていた。

色々とぶっつけ本番な準備不足な面を技量で補い続けて凌いだ種子島の時とは違う、準備万端な状態だ。

今回の北海への派遣はバージョンアップされた第三三戦隊初の任務となる。

 

 

第三三戦隊のカタパルト発艦訓練の慣熟がおおよそ終わり、すっかり慣れた一同が一息入れていると、SMCに戻っていたレイノルズがウェルドックに現れて愛鷹達をブリーフィングルームへと呼んだ。

任務が舞い込んできたか、と全員が察する。

一八人分の席があるブリーフィングルームへに入って来た一同を前にレイノルズは任務の概要を簡単に伝えた。

「深海棲艦の猛攻を受ける絶対防衛戦略海域C8Sにあるキース島の友軍への補給路が絶たれて以来、現地守備隊は燃料弾薬の欠乏が起き始めている。

そこで輸送機による強行空輸による補給作戦を行う事となった。欧州総軍司令部はその折に近海に展開するであろう深海棲艦の機動艦隊の展開状況の把握に努めよ、と指令を出して来た。

本艦はこれよりムルマンスク港で補給を行った後、諸君らと共にC8S海域へ向かう」

「補給には何時間かかりますか」

腕を組んで聞いていた愛鷹の問いにレイノルズは短く「五時間だ」と答えた。

「燃料と君たちの艤装装備品、その他の補給物資の積み込みや補充に急いでも五時間はかかる。任務の詳細についてはムルマンスク港に帰港したら追って知らせる。

まあ君達は出撃前にムルマンスクの街に出て飯でも食ってきたまえ。

生きてここに帰って来られるかは正直私には保証できない。必ず作戦通りに物事が運ぶとは限らんだけに、誰かが命を落とす事もあり得る。

それにこれから休んでいる暇は殆どなくなる。作戦行動前の最後のリラックスタイムとして楽しんできなさい」

「良いのかい艦長」

少し怪訝な表情で尋ねる深雪にレイノルズは無言で頷いた。

「でも私達ロシア語分からないわね」

英語は話せるがロシア語は簡単な単語程度と言う衣笠が、言葉の壁を指摘すると青葉が問題ないと言う様にその肩を軽く叩く。

「大丈夫だよガサ。愛鷹さんが通訳してくれるよ。ちょっとだけなら青葉もロシア語分かるし」

「え、青葉ロシア語分かるの?」

「日常会話レベルまでは行かないけど、多少はね」

意外な青葉の語学力に驚く衣笠に夕張と瑞鳳、蒼月も意外だ、と言う顔になる。

「まあ、責任者として私が基本通訳やりますから大丈夫ですよ。それに国連軍海軍基地もある面、少しは英語も通用するでしょう」

心配しなさんなと言う風に愛鷹が一同に語る。

ふと何かを思い出した様に蒼月がレイノルズに尋ねる。

「私はウラジオストックで初めてボルシチ食べたのですど、ムルマンスクではまた別のボルシチとか食べられますかね」

「お前最近食べ物の事しか考えてないのか?」

苦笑を浮かべて突っ込む深雪に蒼月は食い意地の貼り過ぎた事を謝った。

二人のやり取りに軽く笑いながらレイノルズは蒼月に向き直った。

「ボルシチの旨い良い店なら幾つか知っている。私も時々行く店で英語も通用する。愛鷹にガイドしてもらうと良い」

「ガイドって言われましても自分は、ムルマンスクは始めて来た街なのですが」

「地図を渡しておく。地図くらい貴様も読めるだろう?」

「地図は読めても土地勘が無いのですが……」

「それほど海外から来た初心者に向いていない店は除外しておくから問題はない。四時間以内を目安に艦に戻ってきておけば大丈夫だ」

そう語るレイノルズにロシア語は確かに分かるけど、本当に大丈夫かな、と不安になるがそんな自分をよそに青葉達はご馳走になっておこうと軽くはしゃいでいた。

これはこれでいいかも知れない。誰もそうなりたくはないとは言え、戦場で誰かが沈む可能性はゼロでは無いのだ。

ほんの僅かに与えられた楽しみを楽しんでおいた方が悔いは残らないだろう。

自分もムルマンスクと言う地は初めてだから少しだけ観光はしてみたいと思っていたところだ。

(戦争も無く、クローンでもない、ただの人間としてこの街を訪れる事が出来て居たらなあ……)

ふとそう自分の出自そのものへの悔いが、どうしても沸いて来てしまう生れつきの悩みが胸の内に沸いて来た。

海外派遣と言う軍人としての来訪ではない、一人の民間人としての来訪をしてみたかったものだ。

(せっかくだし、皆の分も奢る勢いで散財するか)

そう考えた時、手元の貯金が少し気になった。

 

 

港に「ズムウォルト」が帰港し、一同がレイノルズのおすすめ先の店に行く前に、一旦愛鷹は銀行に赴いて貯金を下ろした。

ルーブル紙幣を財布にしまいながら、どれくらいこのルーブル紙幣が六人と自分の料理代で消えることになるのだろうか、と思うと苦笑いが出かけた。

ショルダーバッグに財布をしまって海軍基地へ海沿いの道を歩いていると、愛鷹が通りかかったベンチの一つに座っていたコートを着てカウボーイハットを目深に被った男が愛鷹を呼んだ。

「よお嬢ちゃん」

日本語だった。だがどっかで聞いた覚えのある声だ。自分以外男の傍には誰もいないから呼び間違いは無いだろう。

少し身構えながら振り返ると、男は帽子を上げて軽くにやけた表情で愛鷹を見た。

「……久しぶりだな、シックス・ファイブよ」

「⁉」

シックス・ファイブ。それは自分がクローン艦娘として生まれた時つけられた呼称の一つ。リプロダクト、ベレーガモンドの名で呼ばれる以前の時の名だ。

何故その名をこの男は知っている? いや、この声は聞き覚えがある。

「誰です、あなたは?」

思わず身構える。護身装備が一切ないから取れる手段は格闘技くらいだ。今の時間帯なら騒動の一つ起こせば警察も来るだろう。

先日に大淀に撃たれ、土屋に止めを刺されかけただけに警戒心が一気に高まる。

周囲に仲間がいるか探る愛鷹に男は笑いながらそれを制する。

「心配すんな。久しぶりに会えて懐かしくなっただけだ。覚えてるかい俺の事」

ひょうひょうとした態度の男を見ていた愛鷹は男の正体を思い出した。

 

「……ケニー・ブラックバーン……」

 

思い出した愛鷹は男の名、ケニー・ブラックバーンの名を呟く。それと同時にブラックバーン同様懐かしい気持ちと愛着も蘇って来る。

周囲に殺気などを感じず、待ち伏せ等の伏兵の気配もない。ただ単純に四年越しの再会なのだと分かった。

「大きくなったなあ。いい女になったんじゃないか?」

「体格は別にあなたが思っているほど変わってませんよ……ブラックバーン先生……」。

 

ブラックバーンは愛鷹が施設時代、ロシニョール以外親身に接してくれた数少ない人間であり、バイリンガルとしての力を磨かせてくれたある意味恩師でもあった。

 




今回、ガングートの幼少期、北海で活動することになる愛鷹達第三三戦隊の活動拠点の紹介、パワーアップした第三三戦隊の紹介回となりました。
ガングートの回顧描写に関してはエースコンバットゼロのラリー・フォルクを少しイメージした作りになっています。

今作オリジナルの深雪の改二は、航空巡洋戦艦愛鷹の新規艤装考案する際と同じく艦これwiki等で現実的な装備を選択して設定しております。

装甲強襲支援艦「ズムウォルト」の元であるミサイル駆逐艦USS「ズムウォルト」に関しては、正直リアルでの同艦の扱いがかなり流動的ですが(インディペンデンス級LCSの早期退役まで決定するし……)、今作ではハワイ奪還作戦まで「一五五ミリAGSを用いて現役だった」と言うIF扱いとなってます。
リアルで退役が決定しているインディペンデンス級LCS(沿海域戦闘艦)に関しては後々軽支援艦として登場させる予定ですが、そちらはモスボール保管等で生き残っていた設定になります。
タバコの「わかば」販売終了や、執筆時点では未実装艦娘だった為今作では既に故人扱いだったノーザンプトンが本家実装と、いろいろ修正を余儀なくされている本作の執筆状況です。

今回、戦闘中行方不明となったジェーナスですが、彼女がどうなってしまったかについては今の時点で明確にする事は出来ませんが、欧州編の物語の進行と共に明らかにしていきます。

予告として、第三三戦隊のメンバーと艦娘に関する本作での設定をより掘り下げた回を投稿する予定です。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第四九話 C8S海域偵察作戦

最新回お待たせです。

(新キャラとタイトル内容を一部変更しております)


ブラックバーンとの再会は愛鷹にとって想定外の事ではあったが、別段悪い事でもなかった。

人間として見てくれない周囲の中、ブラックバーンは愛鷹達の事を、語学を教える生徒として扱い、向きあった。

外交武官だったブラックバーンは多国語に長けており、故に愛鷹達クローンの語学分野での教育担当となった。

親身な接し方をしてくれた方だっただけに、愛鷹の心象は良かった。

 

「シックス・ファイブは今じゃ海軍中佐か。出世したな」

「今はシックス・ファイブではなく愛鷹型航空巡洋戦艦愛鷹って名前です。本当の艦娘として生きているんですよ」

そう答える愛鷹にブラックバーンはほう、と面白そうな笑みを浮かべる。

「艦娘としての名を正式に貰えたのだな」

「私の今の名前を知らない割には、何故私があの時のクローンだと分かったんですか?」

そう尋ねる愛鷹にブラックバーンは簡単な事だというように答えた。

「お前の歩き方の特徴は忘れていないさ。初めて内装型主機を履いて歩いた時のお前の足音は覚えているし、今聞いた時の足音はその時とぴったり一致する。

人間、歩き方、足音で個性は出るもんさ」

「なかなかの記憶力ですね」

確かに今の自分の靴は普段から履いている内装型主機。ブラックバーンとは施設時代一年程度の付き合いだったが、その間に同じものを履いて歩くテストはしていたからその時の足音を覚えていたのだろう。

しかし、些細な足音の違いをも覚えているとは流石としか言いようがない。

「先生は今ここで何を」

「欧州総軍の予備役兵として召集がかかるまでこの街で待機中だ。俺は海軍じゃなくて海兵隊だからお前さんらと違って動員にも優先度ってのがある。

オッサンの俺には直ぐには来ないのさ。外交武官としての経歴以外取柄もないから、銃を担いで走る役には向いていないし、部下を大勢任されて戦場で指揮を執る役にも向いていない。

だが予備役と言っても軍人だ。本当にヤバい時に召集が来るまでひとまずこの最前線の街で待っている事にしたのさ」

「なるほど……先生、一つお願いしたい事があるのですが」

語り口からしてある事に気が付いた愛鷹はブラックバーン頼みを入れた。

「なんだ」

「ムルマンスクの土地勘は?」

「あるよ」

「私の部下六人に良い料理が出るお店、案内してもらえませんか? 先生は現地で雇ったガイドって事で」

「構わんが、俺の素性を隠す必要は無いんじゃないか?」

確かにそれもそうである。第三三戦隊のメンバーは自分の素性を知っているし、身の上のことも知っている。今更ブラックバーンくらい隠す事は無いだろう。

 

出撃までの間、ブラックバーンに良い店の案内を頼む約束を付けた愛鷹は一旦海軍基地に戻ると、待っていた青葉たちを小型バンに乗せ、途中待っていたブラックバーンを拾うと彼の案内でムルマンスクでも一番いいとされる店に赴いた。

意外な場での再会を知らされた青葉たちは、ブラックバーンに施設時代の愛鷹の語学への取り組みの回想話に聞き入りながら、食事を楽しんだ。

「愛鷹さんの教育係の中に良い人もいたんですね」

ピロシキを齧る青葉の言葉に愛鷹は軽く頷き、ブラックバーンは苦笑を浮かべた。

「愛鷹の周りにいた連中はクソッタレが多かったからな。俺もクソッタレどもの一人だった訳だが、愛鷹にはどうやら許して貰えていたらしい」

ビールのジョッキを傾けながら返すブラックバーンへの第三三戦隊メンバーの心象は、愛鷹自身がブラックバーンに好意的な姿勢だった事や海兵隊中佐と言う肩書を無視したフランキーな接し方もあってとても良かった。

「そう言えば愛鷹さん、全員がクローンの事に冷たかったとは言って無かったですね」

思い出した様に言う青葉にそうね、と魚料理を食する衣笠が頷く。その隣で店一番の目玉料理を平らげた蒼月が軽いため息交じりに一同に言う。

「海兵隊の人は誠実な人間揃いって聞きますよ。ブラックバーン中佐はその一人という事なのでは」

「浮気離婚している男だぜ俺は。いい女には目が無くてな、お嬢ちゃん、機会があれば俺と一緒にならないかい?」

にやけながら蒼月に顔向けて返すブラックバーンを一瞥した愛鷹が軽く軽蔑するように鼻を鳴らす。

《Everybody. This is real scum》

《Thank you !》

《My pleasure》

英語で一同に告げる愛鷹にブラックバーンは動じた様子どころかその通りと言う様に返す。

「なんて言ってたんだ」

会話が頭に入らなかった深雪の問いに青葉が答えた。

「愛鷹さんが《皆、コイツが真のクズ野郎です》って言って、ブラックバーンさんが言葉通り、で愛鷹さんが《どういたしまして》って」

「青葉、英語読解力早いわね」

口の中のモノを呑み下した衣笠が驚くと少し得意気に青葉は笑みを浮かべる。

「伊達に英語検定一級の持っている訳じゃないよ。《My pleasure》は英国紳士的な『光栄です』の意味だから、愛鷹さんかなり皮肉入れてますね」

簡単に解説しながら聞いて来る青葉に愛鷹はブラックバーン本人の前で堂々と答える

「浮気する男って言うのが私は大嫌いです。人間関係に不真面目過ぎる。そこの点でブラックバーン先生は汚い」

「だから《Real scum》って呼ばれたわけだ。Scumは日本語で水面に浮かぶクズの事だよ」

全く懲りた様子もなく第三三戦隊メンバーに解説するブラックバーンに一同は軽く引いた。

「愛鷹さん、単純に英語上手いだけじゃなく嫌味を効かせた言い回しも得意なんですね」

想像できるブラックバーンの女性関係と、それに呆れかえっている愛鷹の言い回しのセンスの両方に瑞鳳が引き気味な表情を浮かべた。

軽蔑した様にブラックバーンを見る愛鷹だが、それでもかつて親身に接してくれた恩は忘れていないらしく、ブラックバーンを完全に否定し切るような姿勢は見せなかった。

「クズはクズでもロシニョール博士以外にブラックバーン先生とか何人かは本当に良い人がいましたよ。

ちゃんと私達を人として見てくれた。それだけに恩は忘れていません」

そう言って少し穏やかな表情に変わる愛鷹を見ていると、例えプライベートの交友関係はダメでもクローン艦娘を人間として見てくれた、それだけでも充分嬉しいと思っているのが伺えた。

自然に生まれた人間になれなかった愛鷹を人間として見てくれる。彼女にとって作り物なのか人間なのかの自身の存在に悩んでいただけに、人間と認めてくれる人が一人でも多くいただけでも少しは心が安らいでいたのかも知れない。

 

第三三戦隊メンバーとブラックバーンと食事する愛鷹も心が落ち着く思いだった。

確かに女性関係は酷いが、自分らクローン艦娘には結構親身に接してくれたブラックバーンだ。一年程度の付き合いだったとは言え、彼に向けている恩情は今も変わらない。

腕時計を見てあと三時間後にはこの一時の安らぎも終わり、激しい戦いの中へ全員で身を投じることになる。

全員で生きて帰る。それが自分と仲間達に課せられた使命だ。

誰一人欠けず、皆で生きて日本に帰る。

一人静かな熱意を胸に秘めながら愛鷹は食事を堪能した。

 

 

一時間以上ゆっくりと食事を堪能した第三三戦隊のメンバーがブラックバーンに礼を述べると、ブラックバーンは「お安い御用さ」と屈託のない笑みを浮かべた。

気前よく食事代は彼が全額払ってくれる事になった。愛鷹としては、この際なので無理に散財せず恩師の厚意に頼る事にした。

第三三戦隊メンバーやブラックバーンに一服して来る事を告げた愛鷹は、店の喫煙コーナーが設けられているテラスで葉巻を吸った。

葉先から煙をくゆらせ、テラスに寄り掛かってムルマンスクの街並みをぼんやりと眺める。

車のクラクションと町の喧騒。夜を迎えつつある町の街灯がまぶしかった。

ふと自分の手を見つめる。

知らずと自分の手の平と甲に血管が薄っすらとだが浮かんできている様な気がした。少なくとも前よりは見える方だ。

(老化か……)

自分の手に老化の現われの兆しを感じ取った。クローン故に訪れる早い死期。

この手にいつかその兆しが刻まれると思っていたが、どうやらその時が訪れつつある様だ。

溜息を交えながらも今自分に出来るのは「今を精一杯生きる事だ」と言い聞かせた。自分に出来るのは本当にそれしかないのだから。

 

会計を済ませて基地へ帰る為に店を出ると周囲はすっかり暗くなっていた。

先に小型バンに青葉達を乗せた愛鷹は、コートを着こんでカウボーイハットを小脇に抱えたブラックバーンに向き直った。

「今晩はありがとうございました」

一同を代表して改めて礼を述べる愛鷹にブラックバーンは少し真顔になると、彼女の肩に手を置くとコートのポケットから包装紙に巻いた小物を差し出した。

何だろうと少し不思議そうに首をかしげる愛鷹に顔を寄せてブラックバーンは小声で教えた。

「お前へのプレゼントだ。手にはめておけ」

「はっ⁉」

「馬鹿、指じゃねえよ。手だよ手。手袋さ……お前の老いは手から現れ始める。隠すのに丁度いいはずだ」

自分に包装紙に包んだプレゼントを渡すと、ブラックバーンはカウボーイハットを被り直し、小型バンに乗っている青葉たちにも聞こえる声で別れを告げた。

「じゃあな。またどっかで会おうな。あと俺より先に死ぬんじゃねーぞ」

「ありがとうございました」

バンから青葉たちの唱和した礼に手を振るとブラックバーンはくるりと背を向けて何処かへと去って行った。

プレゼントをコートのポケットに入れた愛鷹もバンに乗り、海軍基地へと一同は戻った。

戻る車内で青葉から何を貰ったのか尋ねられたが、愛鷹は「秘密です」とだけ返し、プレゼントの中身を教える事は無かった。

 

 

 

霧が深く立ち込める北海の孤島。キース島。

国連海兵隊欧州総軍ドイツ方面軍第一三装甲擲弾兵師団第四一装甲擲弾兵旅団第四〇一装甲擲弾兵大隊が守備隊として駐屯するこの島にも、深海棲艦の砲火は向けられていた。連日の空爆によって守備隊は日に日に消耗し、防空能力や早期警戒網の復旧も遅れ始めていた。

そして三〇〇〇人の島民の内、半数余りの島民が逃げ遅れ、守備隊と共に取り残されていた。

 

空気を切り裂く様な轟音がキース島の空一杯に広がり始め、島にいた誰もが空を反射的に見上げた。

真っ赤な一二個の火球が空を見上げた者の目に映り、程なく基地や市街地に火球は降り注いだ。

轟音と共に建物や車輛が地面に突き立つ爆炎と土煙で吹き飛ぶ。

「敵襲!」

海兵隊員の誰かが叫び、敵襲を告げる警報が島中に響き渡る。

民間人が着の身着のまま最寄りのシェルターへと走り出し、海兵隊員の一部や警官がその誘導に当たる。

基地では被害報告を求める声が飛び交い、どこからの攻撃かの特定が始める。

混乱するキース島に再び一二個の巨大な火球が降り注ぐ。基地と市街地合わせて一二個の巨大なクレーターが爆炎と共に出現する。

直撃を受けた建物が全壊し、至近距離の爆発で四〇トンほどの重量がある装甲歩兵戦闘車が横転する。

悲鳴と怒号、助けを求める負傷者の喘ぎ声が飛び交う中、レーダーサイトから一二個の火球をトレースした情報が守備隊司令部に上げられてくる。

「超射程の艦砲射撃です! 手が出せません!」

「深海棲艦の超射程攻撃にしては恐ろしく正確です!」

「民間人の非難を急がせろ」

バケツをひっくり返したような騒ぎになる守備隊司令部に三度目の着弾の轟音が轟く。

デスクのコーヒーカップが着弾で三度目の転がりを見せるが、誰も構ってはいない。

不気味な轟音と地鳴り、そして揺れが半地下の司令部を襲う。

「レーダーサイトから入電、敵は水平線の向こう側から撃っている模様」

「水平線の向こうから⁉ 一方的に撃たれまちまうぞ」

「砲兵隊、応射出来んのか⁉」

「敵位置が不明では、敵艦の場所へ砲弾を送り込めません! ドローンで終末誘導するしかありませんが、航空優勢かとれていない空域では観測ドローンがやられます」

「撃墜覚悟で出せ! 一方的に撃たれて終わりでは話にならんぞ」

「ドローンは紙飛行機じゃないんですよ!」

「いいから出せ!」

司令官の強引な指示で砲兵隊の観測ドローンが砲弾の飛んで来る方向へと発進する中、また艦砲射撃の砲弾がキース島に着弾する。

「レーダーサイトから入電、対水上警戒レーダーアレイを破壊されました!」

「民間人にも被害は発生! 死傷者を最低二〇名確認」

「民間人の避難誘導を急げ!」

遂に民間人にも被害が出てしまい、守備隊の司令官や隊員が悔しさと怒りに震える中、嘲笑うかのように砲弾は着弾し続ける。

被害報告が一二個の砲弾が着弾する度に一二個ずつ入り、司令部での混乱へ拍車をかける。救急車と消防車のサイレンが市街地に飛び交い、誰かが泣き叫ぶ声がそれに交じって響く。

「観測ドローン、目標地点に到達。光学観測データ来ました」

「スクリーンに出せ」

ドローンが送って来た深海棲艦の艦影が司令部の大画面スクリーンに映し出される。

巨大な一二本の砲身から放熱の陽炎を祟らせる巨大な艦影。ス級だ。護衛であろう軽巡ト級一隻と駆逐艦ナ級四隻が周囲に輪形陣を展開している。

「ドローンの高度を上げろ。ト級とナ級の対空射撃性能は侮れん」

「ドローンより観測データ来ました!」

「砲兵隊へ送れ、一矢くらい報いろ」

 

キース島に展開する第四〇一装甲擲弾兵大隊の砲兵隊のM777一五五ミリ榴弾砲に、観測ドローンから送られて来たデータが届けられ、隊員が砲弾を装填しながら座標を合わせる。

「修正射、座標、二二九四、五〇〇二、観目方位角五〇一二。目標巨大艦ス級、効力射は『特大のやつを頼む』だそうだ」

「目標は静止しているのか? あとデータは正確なんだろうな?」

砲兵隊の長距離砲撃は僅かでも数値のずれが起きれば、その分大幅に着弾位置がずれてしまう。それだけに砲兵隊員の心配はもっともだった。

とにもかくにも発砲準備を終えた砲兵隊が、艦砲射撃でこっぴどくやられる基地や市街地に痛まれない思いを抱きながら反撃の砲撃を行う。

「フォイヤー!」

一五五ミリ榴弾砲四基が一斉に火を噴き、TOT(同時弾着)までのストップウォッチがスタートする。

カウントダウンが始まる中、すぐさま次弾装填作業が始める。

「弾着、今!」

「司令部より入電。目標左に七〇〇メートル逸れた模様」

「諸元修正急げ!」

すぐさま座標修正が始める。方位盤を回して射角を調整する。

その時、司令部との連絡要員が血相を変えて叫んだ。

「飛翔体がこちらに向かって急速接近中!」

「飛翔体だと!?」

「拙いこっちが狙われている!」

「着弾位置特定。ここに落ちます!」

砲兵隊の隊長は即座に部下に向かって退避を指示した。

「第二射の応射は間に合わん! 総員退避! 機材は放棄、とにかく逃げろ!」

砲座についていた要員が転がる様に榴弾砲から駆け出し、陣地から脱出を試みる。

そこへ非情にもス級からの砲弾が着弾する。

纏まって着弾した一二発の砲弾で四門のM777が空中高く舞い上げられ、砲身や砲架、タイヤが舞い上げられた衝撃でバラバラに千切れる。

砲弾と装薬が誘爆し、退避が送れた砲兵隊の隊員や車輛が盛大な火球と黒煙の中に消えた。

 

砲兵隊陣地が瞬く間に壊滅し、反撃手段を失ったキース島はその後三〇分近く艦砲射撃を受け、島中が砲弾の穴だらけにされた。

同時に守備隊の戦力の大半も戦闘不能に追い込まれる事となった。

 

 

 

キース島近海にス級現る、の報告はC8Sへと進出する「ズムウォルト」にも届けられた。

SMCに呼び出された愛鷹は待っていたレイノルズからス級が現れたことを知らされた。

「キース島にス級が?」

「うむ。恐らくフランス大西洋側に展開していた艦だろう。フランス方面軍が行方を見失って二日が経っている。

ス級の速力から言ってキース島攻略の為に転進して来て、補給後艦砲射撃を行ったというところだろう。水平線の向こうからの長距離射撃でキース島の守備隊を壊滅させた。

これを受け、国連軍欧州総軍司令部はキース島からの残留民間人の大規模一斉撤退作戦を決定した。決定事項ではないが最悪島の放棄も検討している」

「放棄、ですか……」

その言葉に間に合わなかった、と言う苦い思いが込み上げて来る。唇を噛む愛鷹の心中を察したレイノルズがやんわりとほほ笑む。

「君のせいではない。民間人の避難がまだ完全に済んではいなかった島だ。ス級が散々荒らしまわった後なら補給中の筈。その間に島民の全面撤退を一挙に実行する」

「キース島を最悪放棄した場合のこちらの損害が気になります。あの島は絶対防衛戦略海域内の防衛拠点の一つです。

島を放棄すれば、防衛網に穴が開き、そこを突かれて戦線が瓦解する可能性もあります」

「そうなる前に手を打つさ。上の連中がそれを考えている。我々の任務はキース島近海の敵情把握だ。

キース島守備隊の観測ドローンがス級以外にト級一、ナ級五を確認している。だが補給艦の存在を考えるとその護衛艦はいるだろうし、ス級の艦砲射撃以前に空爆も行われていたから空母が近海をうろついている可能性もある」

「補給艦隊、攻略部隊本隊、警戒隊、空母機動部隊……六群から八郡程度の艦隊が遊弋している可能性がありますね。

欧州総軍司令部はこちらが敵情把握後はどうする気なのでしょうか」

「そこまではまだこちらには知らされていないが、日本艦隊と再建中の北米艦隊の共同作戦で囮作戦なり撃滅作戦に出るだろうな」

初戦で大破した北米艦隊旗艦の戦艦ワシントンは、体の方の傷が浅かった事もあり艤装の修理が完了次第戦線復帰可能とされていた。

そのワシントンが所属する北米艦隊第九九任務部隊は他に空母サラトガ、ホーネットが中破、航空戦不能で戦線離脱と主力艦娘を多数無力化される大損害を被っていた。

「事前に予定されているキース島での作戦海域到達は明日だ。それまでに具体的な命令が届くだろう」

「明日の天候は?」

そう尋ねる愛鷹にドイルが答えた。

「キース島一帯は明日終日曇りの予報です。波の方は比較的穏やかと見積もられています。少なくとも艦娘が航行する分には問題ない高さですよ」

「曇りですか……航空偵察にあまり影響が出ないと良いんですが」

瑞鳳の天山による広域航空レーダーによる合成開口捜査網で早期にケリをつけるつもりだったが、天候次第では艦隊による偵察も必要だろう。

明日の天候次第だ。

 

 

SMCを出てヘリ甲板に出た愛鷹は海を眺めながらポケットから葉巻を出すと、咥えてジッポで葉先に火を点けた。

北大西洋の夏は意外にも気温は低めだった。地球温暖化で多少なりとも平均気温は上がっているのだが、それでもまだ肌寒さすら感じられた。

明日の天候を予感させるように空には雲が随所に浮かんでいる。雨になったら厄介だ。

衛星経由のネットワーク網が利用不能な今、気象衛星も例外ではない為、昔の様な衛星を用いた正確な天候予報は期待出来ない。

煙を口先から吹きながら艦尾から延びるウェーキも見る。波は穏やかだが、明日はどうなるか。

葉巻や自分の体で確認できる限り気圧は低くは無いが、大西洋の波は太平洋とはまた違うと聞くから注意が必要だろう。

愛鷹にとっての懸念事項はキース島近海が昔から航行の難所であるという事だった。

近海の海底火山脈やそれに起因する形での潮流の速さ等で、キース島近海では過去に何度も海難事故が起きている。

人間の比ではないサイズの船舶すら航行する際難所があちらこちらに存在する。当然人サイズの艦娘には何倍もの航海の難所になるだろう。

しかし、それは深海棲艦にも当てはまる筈だ。ス級や棲姫級などの大型艦を除けば大体の深海棲艦の艦艇も艦娘とあまり大きくサイズは変わらない。

ス級も巨大艦とは言え「ズムウォルト」よりはサイズで言えば小さい。沿岸警備コルベットくらいの大きさだ。

敵味方に等しくかかる自然の条件を活用すれば、キース島近海における深海棲艦の艦隊展開状況把握も早期に終わらせられるかも知れない。

 

葉巻の煙を口から吹いた時、ふと大和の事を思い出す。

第三三戦隊が任務につく前から船団護衛等の任務に早速駆り出されていたが、元気にやっているだろうか。

この大西洋での戦闘経験は大和も過去の海外派兵で何度も経験済みだ。自分より場数でははるかに上回っている。

対して自分はシミュレーターでの経験しか無いし、これまでの経験からそのシミュレーター実習による経験も次第にあてにならなくなって来ている感がある。

実質未熟で経験不足な自分に果たしてこの大西洋の海で上手く立ち回り切れるのか、第三三戦隊の仲間達と共に生きて帰られるのか。

少しばかり自信が無くなって来るのが自分でも分かった。

ため息交じりにまた葉巻を吸った煙を吐く。

物憂げな自分の表情と心を映す様に空はどんよりとした雲に覆われていた。

 

「……大和……私……上手くやれるかな……」

 

不安になって来た愛鷹は今ここにはいない大和の名を呼ぶ。呼んでから、おかしなものだ、と何度目か分からないため息を吐いた。

昔の自分は大和の事を徹底的に拒否して来た。この世に無責任な形で生を授けさせた元凶の一人として憎んだ。

それが気付けば今では何故か傍にいて欲しいと思うような気分になる程、依存している。

何が原因だろうか、何がきっかけだろうか。

大和の自分に対する真摯な姿勢、贖罪の姿勢とそれに対する自分の「赦し」の思いだろうか。

もしかしたらそうなのかも知れない。

自分も自分で変わって来たな、と日本艦隊に配備された時と今とを思い比べてその差に軽い驚きを覚える。

「憎しみは何も生まない……とよく言うけど……その通りか」

深い溜息と共に思い浮かべた言葉を吐く。

 

「向かい合って初めて本当の自分の姿に気が付く……似てはいるけど、正反対ね……鏡の存在か」

 

自然に生まれた大和と、人工的に生まれた自分。人間として人なりの寿命を持つ大和と、限られた寿命しかない自分。

考えれば考える程、クローンでありながら対極的な自分と大和の差が思い浮かんでくる。

殆ど同じなのは容姿だけ。中身は完全に別人。自分はやはりクローンと言うよりは愛鷹と言う一人の人間なのだろう。

限られた寿命の中で自分は自分に出来る事をして精一杯生きる。それが、自分が自分に誓った自分達を作り出した者達への「復讐」なのだ。

 

「歯車の意地を見せてやる……」

静かな熱情を湛えた目で愛鷹は大西洋の水平線の先を見つめた。

 

 

病室の扉がノックされ、ベッドに横になっていたウォースパイトが入室を許可するとネルソンが入って来た。

沈痛な表情のネルソンの顔から嫌な予感を感じ取りながら具合を窺う彼女に微笑みながら問題ないと返す。

「それで、何かあったの……?」

「うむ……それがな……」

頷きはしたもののネルソンは直ぐには答えなかった。先を急かさず、静かに彼女が先を続けるのを待つ。

顔を舌に向けたネルソンが肩を小刻みに震わせ、スカートの上に載せた両手の拳を強く握りしめる。

いい知らせではない、と再認識した時、ネルソンが顔を上げた。瞼一杯に湛えた涙を右腕の拳で拭うと堪え切れない思いをそのままに、先輩のウォースパイトにロックウッドから伝えられたことを明かした。

「六時間前……ポメツィアの友軍がジェーナスの艤装の残骸の一部を発見した……総軍司令部は、その残骸の状況からジェーナスのステータスを……K.I.Aに変更した……提督は反対したが……総軍司令部は、生存は絶望的と判断した……」

声を詰まらせながら語るネルソンにウォースパイトは静かに頷きながら聞き届けた。

ずっと自分の胸の内に堪えていたものがウォースパイトと言う先輩の前で堰を切って流れ出し始めたのだろうか。静かにネルソンが啜り泣き始める。

きっと周囲がジェーナス戦死と言う判定に沈む中、自分だけは、と周囲の士気を鼓舞し続け、ジェーナスの死を認めない姿勢を彼女なりに貫いていたのだろう。

本当の自分はそうではなかった。仲間の死に嘆き悲しみたかった。

だがネルソンにはネルソン級戦艦一番艦ネルソンとしての誇りと立場があった。己の高いプライドが自分と仲間を鼓舞していた。

それも先輩のウォースパイトの前で遂に崩れた。いや、ウォースパイトの前であったからこそ本当の自分の心をさらけ出せたのだろう。

「貴女のせいではないわ。ネルソン」

「だが……余が前線に出られていれば……」

「ネリー、貴女は今あなたが出来る事を為すまでよ。それにジェーナスの遺体が見つかった訳では無い。艤装の残骸の一部が見つかって司令部がそれだけでK.I.Aと判断した。それだけよ。

ロックウッド卿は諦めていない、違う?」

恐らく英国艦隊では自分だけが知っている、ネルソンのファーストネームで彼女を呼びながらウォースパイトは希望を失うなと励ます。

顔を上げて右腕の袖で目元を拭いながら、ネルソンはウォースパイトを見返す。

「久しいな、その名で呼ばれるのは……そなただけであったな、余の真の名を知っているのは」

「どんなに上流階級の立ち振る舞いをしても、貴女の本当の故郷であるロンドンの下町生まれ育ちの節は隠せないわ。少なくとも私にはね」

優しく微笑むウォースパイトだが、ジェーナスの生存が絶望的と見なす欧州総軍司令部の判断には頷けるものがある。

ジェーナスが行方を断って既に七二時間が経過している。彼女が負っていたあの傷を思い返せば二四時間持つかすら怪しい。

生存は絶望的、と判断する司令部の考えに頷けるものがあった。

しかし、ロックウッドの考える通り遺体そのものが見つかった訳では無い以上、完全にジェーナスが戦死したと見るのもまた早計に思える。

戦闘中行方不明になった艦娘が生存は絶望的と見なされ、戦死判定を受けたが半年以上も過ぎた後に奇跡的に発見され生還したと言う話も存在する。

ジェーナスはその例に当てはまる筈だ。絶望にはまだ早い。

「絶望しないでネリー。ジェーナスは生きている。絶対何処かで救援を待っているわ」

「ウォースパイト……」

「ロンドンの下町っ子って中々諦めの悪い子揃い、ってよく聞くの。ジェーナス、ああ見えて貴女と同じロンドンの下町生まれの子だから。

着任したばかりの頃、あの子ったら私にコックニーで減らず口叩いてきた事あったのよ? それくらい威勢のいい子がそう簡単に死ぬ訳がないじゃない」

「そう……だな……」

絶望はまだ早いと説くウォースパイトにネルソンはぎこちなく頷いた。

自分も早く戦列に復帰できれば、と思うウォースパイトだが足の怪我は思っていたよりも深くまだ完治には時間がかかりそうだ。

修復剤を使えば手早く済むが、英国艦隊ではかつてセイロンでの大敗の要因の一つが修復剤の多用だっただけに、使用には慎重になる風潮があった。

ウォースパイトはセイロンでの戦いには従軍していないが、惨状は聞いているし、諸刃の剣的な扱いである修復剤の副作用も知っているから服用するのは躊躇われた。

可能な限りの現行法での治療で戦列復帰を目指すしかない。ロックウッドには迷惑をかけるが、彼なら理解してくれるだろう。

そして自分が戦列復帰までの間、後輩のネルソンに艦隊を託すしかない。

 

 

翌日。

「ズムウォルト」のブリーフィングルームへ召集がかけられた第三三戦隊メンバーはレイノルズから欧州総軍司令部から入って来た指令を伝達された。

「キース島からの民間人の全面退去が九月一四日に行われる事になった。作戦名は『ブロッケードランナー』。

我々はブロッケードランナー作戦に先立ち、キース島近海に展開している深海棲艦の展開状況を把握する為にキース島近海に展開、武装偵察作戦を実施する。

偵察作戦に掛けられる時間は最大七二時間、つまり三日だ」

「三日で深海棲艦の展開状況を把握せよ、ですか」

神妙な表情の青葉が呟く。

三日と言う限られた時間内に深海棲艦の展開状況を把握せよ、と言う時間制約が第三三戦隊の一同に無言の圧をかけていた。

張り詰めた表情になる仲間達を見ながら愛鷹はブリーフィングルームの大画面ディスプレイを点け、偵察作戦を実行するキース島近海の海図を表示した。

「キース島での偵察作戦は島を中心に半径五〇キロ圏内を目安に実行します。偵察作戦は航空と艦隊による同時進行で行います。

瑞鳳さんの第一航空群で偵察作戦を実施する四エリアの内、Nフィールド、Wフィールド、Sフィールドの三エリアを航空偵察。

残るEフィールドを私と青葉さん、衣笠さん、夕張さん、深雪さん、蒼月さんの水上偵察艦隊で水上偵察します。

今作戦では私達第三三戦隊には欧州総軍からホワイトハウンドのコールサインが付与されています。

青葉さんはホワイトハウンド1-1、衣笠さんはホワイトハウンド1-2、夕張さんはホワイトハウンド2-1、深雪さんはホワイトハウンド2-2、瑞鳳さんはホワイトハウンド3-1、蒼月さんはホワイトハウンド3-2。私はホワイトハウンド0-0となっています。

まあ作戦中その事を常に意識しておく必要はあまりないと思いますが。

またブロッケードランナー作戦には欧州総軍から四隻の艦娘が避難民を輸送する客船護衛の為に増派されてきます。

北米艦隊のフレッチャー級駆逐艦キーリング、北米カナダ艦隊のフラワー級フリゲートのダッジ、英国艦隊のトライバル級駆逐艦ジェームス、ポーランド艦隊のグロム級駆逐艦ヴィクトールの四人から成る護衛部隊で部隊コールサインはグレイハウンドとなっています。

偵察作戦完了後、私達はグレイハウンド隊と共に客船を護衛、民間人退去作戦のブロッケードランナー作戦を完遂させます」

一旦そこで締めくくる愛鷹は、質問は? と第三三戦隊の仲間達に目で問う。

その問いに夕張が挙手する。

「客船一隻で島民全員を運ぶのですか?」

「動員する客船『オーシャン・ホライゾン』は旅客定数約二七〇〇人の大型クルーズ客船です。キース島の民間人と守備隊の負傷兵を纏めて運べる程のサイズです。

船員も船会社が志願で集った選りすぐりが乗り込んでいるそうです。

今どこの民間船会社も深海棲艦の攻撃で船員を失いたくない中、民間人の避難の為に助力してくれる勇気ある船員ですよ」

民間船舶会社はどこも欧州での情勢悪化で株価が暴落して経営難続きになりつつあると言う。そんな中で海軍の要請に応じた客船の乗員の勇気は自分達と同じだ。

「こっちが深海棲艦の展開状況を把握して、逃げ道を見つけたら客船にキース島の民間人を載せてずらかるって訳か」

腕を組んで聞いて来る深雪に愛鷹はその通りだと頷く。

するとそれまで黙って聞いていた蒼月が懸念事項を口にした。

「でも、逃げ道を見つけたとして、その逃げ道の航空優勢と海域優勢が確保されていなかったら客船は危ないのでは?」

「ブロッケードランナー作戦に参加する艦娘はグレイハウンド隊と私達だけなんですか?」

続く形で聞いて来る衣笠に愛鷹はやや表情を暗くして頷く。

「作戦に参加する護衛部隊の艦娘は先のグレイハウンド隊の四人だけです。それ以上の増員の余裕はありません」

「二〇〇〇人近い民間人と負傷兵乗せた客船一隻を守るのに、流石に頭数が少なすぎませんかね?」

流石に不安だ、と青葉も言葉通りの表情になる。

戦力不足、と言う状況に第三三戦隊のメンバーは不満を抱いた。護るべき対象に投資する戦力が少なすぎる。

その思いに答えるかのようにレイノルズが口を開いた。

「欧州総軍が初戦で受けた打撃はここまで響いている、という事だ。

後顧の憂いを断つ為に敵艦隊を発見し次第、撃滅する捜索撃滅戦を現場判断で行うのも作戦の手段の一つとして採用するのもアリだ。

ただ、敵艦隊の陣容は不明瞭だが少なくともス級とト級、ナ級からなる艦隊が確認されているのだけは留意して置く様に」

「捜索撃滅戦ですか……天候次第では水上戦闘も厳しくなりますよ」

険しい表情を浮かべてディスプレイに表示される天気予報を青葉は見る。

 

雲量は予報ではブロッケードランナー作戦開始まで一〇〇%。つまり曇りの日がずっと続く。

衛星を使った天気予報より精度が低下しているから好天する可能性も無くは無いが、偵察作戦中はほぼ曇り空の下でやる事になりそうだ。

波の高さも気になる。太平洋とは違った荒れ方をするだけに、波浪が酷いと艦娘の行動力に大きく影響を与えかねない。

 

「天気に恵まれない作戦になりそうですね」

ぽつりとつぶやく瑞鳳の言葉に全員が相槌を打った。

 

その時艦内電話の受話器が着信音を立てた。

直ぐにレイノルズが受話器を取る。

「私だ」

(艦長、ドイルです。欧州総軍司令部よりネイヴィーレッドが入りました)

ネイヴィーレッド。海軍の上級司令部との直接通信が取れる特別通信回線だ。

「了解、今出る」

即座にネイヴィーレッド専用の赤い受話器を取り、欧州総軍司令部からの特別通信回線で入った通信を聞く。

 

(赤い受話器……ネイヴィーレッドか。何か特別指示でも来たのかしら……)

受話器越しに小声で話をするレイノルズの背中を愛鷹が見つめていると、程なく受話器を置いたレイノルズが愛鷹達に向き直った。

「たった今欧州総軍司令部から連絡が入った。

 

我が方の被害の多さと艦隊の再建が間に合わまない点から、アンツィオを中心とした半径一〇〇キロ圏内の放棄が決定した」

 

レイノルズの言葉は完全にアンツィオ陥落を意味するモノだった。

 

 

アンツィオ放棄が決定する中でもアンツィオ市一帯では尚も国連軍海兵隊と深海棲艦地上部隊との激しい地上戦が繰り広げられていた。

進撃する砲台小鬼の群れに対し、アリエテ戦車とレオパルト2A7戦車、ルクレール戦車から成る混成機甲部隊が装甲歩兵戦闘車と共に砲撃を浴びせ、逃げ遅れた民間人の避難完了までの時間稼ぎを図る。

一二〇ミリ砲の砲声が轟き、その後方からは砲兵隊の効力射支援が飛来する。

群れを成して進撃して来る砲台小鬼が一体、また一体と倒されるが、砲台小鬼からの砲撃によって小隊単位で戦闘車輛が撃破されていく。

圧倒的火力を誇る砲台小鬼に対し苦戦を強いられる地上部隊を掩護すべく、マングスタ攻撃ヘリの編隊が到着し対地ミサイルを放って近接航空支援を行うが、反撃の対空砲火でヘリが数機撃墜される。

ヘリ部隊の損害が甚大なモノになる前に増援としてさらにA10対地攻撃機が来援し、離脱するヘリ部隊に代わって集束爆弾やナパーム爆弾、無誘導爆弾、それに三〇ミリガトリング機関砲による空爆を行うが、進撃を食い止め切れない。

波のように押し寄せる深海棲艦の地上部隊に、欧州総軍司令部は更にAC130Jゴーストライダー対地攻撃機も送り込む。

旋回しながらAC130が一〇五ミリ榴弾砲と三〇ミリ機関砲の砲弾の雨を降らせ、地面を掘り返すような猛烈な砲撃で砲台小鬼をダース単位で撃破する。

しかし、対空射撃で一機が被弾し、撃墜されてしまう。

A10対地攻撃機の編隊がまた飛来して爆撃を行うが、砲台小鬼の猛烈な対空射撃が始まるや爆撃準備の為に低空飛行中だったA10までもが撃墜される。

撃墜され操縦不能になる航空機が成す術もなく眼下の大地に墜落し、焼け焦げた鉄屑と化す。

 

いつしか大地には大量の鉄屑となった軍用車輌や航空機、焼き払われた都市の廃墟、そして死体の山が積まれていた。

 

 

欧州総軍総司令部が置かれているドイツのラムシュタイン基地では、イタリアと北海を主戦場とした戦況報告が逐一上げられており、司令部要員の多くは休む時間を削ったり、頻繁に交代を入れながら対応に追われていた。

LRSRGに身を預け、今は作戦展開中の第三三戦隊の身を思いながら武本も司令部で対応に追われている。

日本艦隊は北海戦線での深海棲艦の機動部隊との交戦に入っており、黒鳳を被弾で戦列から外されながらも、ヲ級改とヌ級で構成された空母機動部隊を既に二つ無力化していた。

随分酷く押されているもんだ、と眠気覚ましに缶コーヒーを片手に休憩室で一息入れていると、自分と同じ中将の階級章を付けた提督が休憩室に入って来た。

自然に入って来た提督と武本が同時に顔を合わせると、「よお」とお互い自然体に挨拶が出た。

「久しぶりだな、ターヴィ」

「武本も久しぶりだな」

ミヒャエル・ターヴィ中将。ドイツ艦隊北海任務部隊司令官だ。武本とは古くからの知り合いである。

「君も今じゃここで缶詰か」

「ああ。二日前からな。今までターヴィはどこで?」

「ヴィルヘルムスハーフェン基地からさっき戻って来たばかりだよ。ドイツ艦隊も二四時間体制で北海防衛中だ。

奴らの奇襲攻撃でシャルンホルスト、ティルピッツを早々に戦列外にされたから艦隊のローテ、特に大型艦は大変だよ」

「初戦で打撃を受けるとやはり辛いな。フリードリヒ・デア・グロッセは?」

「ビスマルク、ブリンツ・オイゲン、アドミラル・グラーフ・シュペー、レーベリヒト・マース、マックス・シュルツと共にキース島近海への展開準備中だ。

戦死者が出ていないだけ、まあめっけもんだけどな」

そう言ってからふと思い出した顔になりターヴィは沈痛な表情で武本に頭を下げた。

「すまない、君は今年で三人喪っていたね。軽率だった」

「いや、君が気に病まなくていいよ……全責任は日本艦隊を預かる俺にある。ただ、亡くなった彼女達は残念だよ。

これに加えて北米艦隊で三人、英国艦隊で一人、俺の担当する海域で失った。スプリングフィールドに関しては完全に俺のせいだ」

「上に立つ者として十字架を背負うのは中々に辛いな。でも投げ出さずに向き合い続けている君は凄いもんだよ」

「どうも。一杯奢るか?」

「ああ。紅茶が飲みたくてな。グラーフ(空母艦娘グラーフ・ツェッペリンのこと)のコーヒーも良いけど、甘党なもんで」

武本が自動販売機のディスプレイをタッチして、ターヴィの好きな味を設定するとすぐに温かい紅茶が淹れられた。

カップを渡すとターヴィは礼を言いながら香りを嗅いで一口飲む。

「美味い。いいね」

 

それから少し二人は再会がてらの「友人」としての会話を交えた。

「君の所に新規に艦娘が着任したと聞くよ。どんな艦娘なんだい?」

「新規艦娘……ああ、彼女か。愛鷹って子だよ。超甲型巡洋艦として着任して今は改装されて航空巡洋戦艦として新編の第三三戦隊を率いている。

優秀な艦娘だよ、巨大艦ス級を複数隻単独撃沈してのけている。まあかなり無茶もやるのが彼女の問題点と言ったところなんだがね」

「ス級か。キース島の友軍を壊滅させた例の巨大戦艦だな」

表情を暗くして真顔になるターヴィに武本は相槌を打つ。

「太平洋では四隻が同時展開していたことがあったが、こっちでは倍の八隻が各戦線を滅茶苦茶にしているな」

「従来の深海棲艦だけでも厄介この上なかったのに、ここに来て新たな深海棲艦の登場だ。しかも並の火力では通用しない。

報告書では一〇〇〇ポンド爆弾の直撃にすら耐えたと聞くけど、本当なのか?」

「さっき話した愛鷹が目で確認した。間違いはない。防御力は並のモノじゃない」

「厄介だな……」

険しい表情を浮かべてターヴィは紅茶をすする。

自分の缶コーヒーを飲み欲した武本がゴミ箱に缶を捨てていると、ターヴィは愛鷹の事について尋ねて来た。

「どんな艦娘なんだい?」

「そうだな……冷静沈着かつ物静か。クールビューティーだけど中身は意外と乙女、って感じだな。

部下の面倒見も悪くない」

そう語る武本に興味深そうにターヴィは頷く。

「第三三戦隊は愛鷹と誰とで構成しているんだい?」

「青葉型の青葉、衣笠、夕張、特型駆逐艦深雪、秋月型防空駆逐艦蒼月、祥鳳型軽空母瑞鳳だ。

基本的には以上の六人から五名を選抜して艦隊を組んでいるが、七隻編成で出た事もある。武装偵察を主任務とした特別編成部隊だ」

「衣笠、蒼月、瑞鳳以外は少々型落ち気味じゃないか? 大丈夫なのかい?」

「青葉は航空巡洋艦形態である甲改二化、夕張も改二化、深雪も改二化されているし、蒼月も勲功を認められて蒼月改へと全体的にパワーアップしている。

メンバーの練度も全く問題ない。蒼月だけは多少経験に不安があったけど、場数を踏んで成長した」

「なるほど。ところで愛鷹は初着任で戦隊旗艦の様だけど、ちゃんと艦隊旗艦過程は履修済み何だろうね?」

「それに関しては問題ない。第三三戦隊から負傷者が出た事はあっても、轟沈による戦死者が出ていないという事は愛鷹の指揮能力と判断力によるモノと言っていい」

そう解説する武本にターヴィは納得した表情になる。

紅茶をすすり軽くため息を吐くと、呟く様に武本に言う。

「ちょっと会ってみたいな。興味が湧いてきたよ、愛鷹と言う子に」

「今はキース島での偵察作戦に参加中だから、当面は会えないな。作戦が完了したら会う機会を見つけてみるよ」

「ありがとう。さて、仕事に戻るとしようか」

空になったカップをゴミ箱に入れるターヴィに向かって頷くと武本は司令部の作戦室へと二人で向かった。

 

 

キース島近海に進出した「ズムウォルト」が第三三戦隊による偵察作戦開始を開始したのは予定より一日早めた九月一〇日の事だった。

作戦内容は瑞鳳が「ズムウォルト」のフライトデッキから航空偵察隊を発艦させて予定エリアを偵察、その他のメンバーで航空偵察ではカバーし切られない海域の偵察、と言う運びになった。

 

「ズムウォルト」の艦尾のウェルドックハッチが開き、まず深雪、夕張、蒼月がカタパルトに乗る。

発艦警報が鳴り響く中、三人の乗った発艦パネルがレールに接続され、踝辺りをランチバーが固定する。

《艦首針路固定。全艦ウェルドックへの注水による艦内後方傾斜に備えよ》

《カタパルト一番から三番、ボルテージ上昇。発艦重量確認よろし》

《深雪、夕張、蒼月の機関部並びに主機の回転率異常なし》

《艦娘戦術データリンクアクティベート確認。IFF正常》

《ランチバー固定を確認》

《発艦針路上に障害物無し、進路クリア。ホワイトハウンド2-2発艦シークエンスに移行、発艦を許可する》

「了解! ホワイトハウンド2-2、特型駆逐艦深雪、出撃するぜ!」

黄色のジャージとベスト、緑のヘルメットを被った発艦士官が右手を振って機関出力アップの指示を送る。

深雪と夕張、蒼月の主機が出力を上げ、発艦に必要な出力を上げると三人は発艦士官に親指を立てる。

GOサインを確認した発艦士官が艦尾方向、艦内の安全を確認すると身を屈めて右手を艦尾方向に伸ばした。

それを確認した発艦指揮所のカタパルト要員が、まず深雪のカタパルトの射出ボタンを押すと発艦警報が鳴り、深雪がカタパルトで一気に第一戦速へと加速して海へと飛び出す。

続いて蒼月の発艦となる。

《続いてホワイトハウンド3-2、発艦シークエンスに移行、発艦を許可する》

「了解、ホワイトハウンド3-2、秋月型防空駆逐艦蒼月、行きます!」

前傾姿勢を取った蒼月が発艦警報と共に射出され、続いて夕張が発艦する。

《ホワイトハウンド2-1、発艦シークエンスに移行、発艦よろし》

「了解! ホワイトハウンド2-1、軽巡夕張、出撃!」

三番目の夕張の発艦に発艦指揮所で射出要員がカタパルト射出ボタンを押し、発艦警報が鳴ると夕張を固定していた発艦パネルが加速をかけた。

 

艤装を接続し終えた愛鷹が発艦パネルの上に立つと、右手に青葉、左手に衣笠がカタパルト発艦パネルに立つ。

「青葉、愛鷹さん、お先に行きますね」

「無様にこけないでね」

にやけ面で妹に軽口をたたく青葉に衣笠も「青葉も開幕ずっこけても知らないからね」と返すと前傾姿勢を取って発艦に備えた。

《ホワイトハウンド1-2、発艦シークエンスに移行。発艦よろし》

「青葉型重巡衣笠、ホワイトハウンド1-2、出撃よ!」

発艦申告を告げた衣笠が発艦警報が鳴った後に発艦すると、次は青葉の番である。

「先に行きますよ愛鷹さん」

横目で愛鷹に告げた青葉の踝の辺りをランチバーが固定し、青葉は正面を見据える。

《ホワイトハウンド1-1、発艦シークエンスに移行、発艦よろし》

「了解、第三三戦隊ホワイトハウンド1-1、青葉型重巡青葉出撃しまーす!」

発艦警報が鳴ると青葉の発艦パネルが加速をかけた。

 

部下が全員発艦するのを確認した愛鷹はタブレットを数錠飲んで軽くため息を吐く。

ス級がいると言う情報に恐怖心はあった。だが、状況次第と立ち回りでなら何とでもなる筈だ。

ランチバーが踝を固定し、艤装の主砲類が発艦時に備えて重量バランスを考慮して多少向きを変える。

《カタパルトボルテージ、一八〇でキープ》

《特殊コアと艦娘とのリンクに異常なし。平常値をキープ》

コートのポケットから先日ブラックバーンからプレゼントされた手袋を出す。白い頑丈な素材の生地だ。

老化の兆しを薄っすらと滲ませてきている手に手袋を嵌める。中々嵌め心地の良い手袋だ。

《発艦針路上に異常なし。進路クリア。ホワイトハウンド0-0、発艦シークエンスに移行、発艦を許可する》

発艦指揮所のGOサインを聞き愛鷹は正面を見据えると、手袋を嵌めた両手で艤装操作グリップを握りしめ発艦申告を告げた。

「第三三戦隊愛鷹型航空巡洋戦艦愛鷹、ホワイトハウンド0-0、出る!」

発艦士官が右手を振って出力上げを指示して来る。規定通り主機に第一戦速までの主力を出させると親指を立て、敬礼を送った。

答礼した発艦士官が身を屈めて右手を艦尾方向へ延ばすと、愛鷹は軽く腰を落としてカタパルト発艦時のGに備えた前傾姿勢を取る。

発艦警報が鳴った直後、加速のGが体にかかり愛鷹を一気に第一戦速へと加速させ、大西洋の海へと射出した。

 

曇天の下で第三三戦隊水上部隊は単従陣を組むと、予定していたキース島偵察エリアの一つであるEフィールドへと進出した。

 

 

一方「ズムウォルト」の艦尾のヘリ甲板では瑞鳳が弓を構えて偵察機である天山一二型甲の発艦作業に当たっていた。

彩雲から天山一二型甲に統一し、搭載機数は一六機に減じてはいるが索敵能力自体は維持されている。

三海域へそれぞれ二機ずつ発艦させ、機上広域索敵電探を積極出来に活用しながらの航空偵察だ。二機で行うのは情報確認の確実性を上げる為である。

「この天気で、果たしてどの程度航空偵察が捗るかな」

厚い雲に覆われた空を見上げる瑞鳳の顔は晴れ晴れとしないものだった。

 

 

「ズムウォルト」から発艦した愛鷹以下Eフィールドへの水上偵察隊は出撃から三〇分程でEフィールドへ到達した。

海域に到達すると愛鷹は母艦「ズムウォルト」にEフィールドでの作戦開始の報を入れる。

「こちらホワイトハウンド0-0、我AOに進入。作戦行動を開始する」

旗艦愛鷹に続く青葉は瑞雲12型の発艦作業を始めていた。

種子島の時と同じアオバンドのコールサインの瑞雲12型を二機のエレメントを組ませて四隊発艦させる。

カタパルトから乾いた音を立てて瑞雲が射出され、エンジン音を立てながら曇天の空へと上昇していく。

先行していく青葉の瑞雲に続き、愛鷹からはコールサイン・ギャラクシーの天山一二型甲第一一八特別航空団仕様のAEW機(早期警戒機)仕様を上げる。

カタパルトから天山が一機発艦して瑞雲隊よりも高い高度へと上昇していくのを見送りながら、愛鷹は始まった偵察作戦が上手く行くことを胸の内に祈った。

 




小話・絶対防衛戦略海域C8Sの名前の元ネタはエースコンバットゼロの「円卓」ことベルカ絶対防衛戦略空域B7Rです。

M.I.AからK.I.Aへと状況を変更されたジェーナスですが、彼女が本当に命を落としたのか、については今は話せません。
ただ、ウォースパイトの様に「絶望にはまだ早い」とだけは言えます。

ブロッケードランナー作戦に参加するグレイハウンド隊の駆逐艦キーリング、ジェームス、ヴィクトール、フリゲートのダッジの四人は映画「グレイハウンド」及びその原作C・S・フォレスター氏の「駆逐艦キーリング」を基にした登場となります。

ドイツ艦隊北海任務部隊司令官のミヒャエル・ターヴィ中将は、同じハーメルンユーザーで「艦これ ModrenRecord」シリーズの作者の箕理・田米李さんに許可を頂きご本人をイメージしたキャラとモチーフ名となっております(あまり名前に名残はないかも)。
愛鷹誕生のきっかけを作る闇を持つ武本とは、また一味違った癖者です。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。
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第五〇話 試練の海 前編

イベント告知が来たので大急ぎで書き上げました。遂に本編五〇話目です
新手ですが新種ではない新型深海棲艦の登場回です。



 曇天化の元で始まった偵察任務の動きは、まず瑞鳳の航空隊偵察が深海棲艦の艦隊を発見した。

(こちらギャラクシー。ターミガン3-1より敵艦隊発見の報あり。ト級一、ヘ級二、イ級後期型三からなる警戒部隊の模様)

 ターミガン3-1はターミガン3-2と共にSフィールドを偵察していた機体だ。

 手持ちのPDAと海図に発見された敵艦隊の位置情報を愛鷹が書き込んでいると、今度はNフィールドを捜索中のターミガン1-1からヘ級一、ロ級五からなる水雷戦隊発見の報が入る。

 腕時計を見ると作戦開始からまだ二時間も経っていない。二時間以内に早くも二つの敵艦隊を発見するとは。

 そこそこの数の艦隊が展開しているのだろうか。

キース島一帯の偵察海域は、三フィールド毎に天山一二型甲の機上電探索敵能力の限界に近い範囲になる一〇〇キロ圏内で行っている。

 愛鷹達が担当するEフィールドも同じ範囲で行っているが、こちらは人間であるが故に航空機索敵より限界がある艦娘の不足分を補う為に、天山一二型甲よりは航空索敵能力には劣るが、人間よりは索敵能力の高い青葉の瑞雲12型で補っている。

 Eフィールドの索敵はZ字を逆にした航路で捜索しながら行っていく。Eフィールドは愛鷹がキース島に設けた索敵エリアの中でも、比較的航行のしやすいエリアで無人島も多くウェイポイント設定もしやすかった。

とは言え、海底火山活動はそれなりに活発で海中の騒音は常に酷く、変温層の変動と海中の潮流も早い為対潜警戒の面では不利な所があった。

 もっとも海中を進む潜水艦側にとっては航行の難所である条件が揃っているので、愛鷹はEフィールドには潜水艦は恐らくあまり展開していないだろうと踏んでいた。

 深海棲艦もこの海域の海中の特性を見越し、潜水艦隊に代わって重巡級や軽巡級を基幹とした水上警戒部隊を複数配置している筈だ。

 もし水上警戒部隊を発見した時はどうするか。

 始めは偵察に徹し、出来るだけ交戦し無い方針だったが、ブロッケードランナー作戦に参加できる味方艦娘が四人だけと知ってからは、積極的に潰していく捜索撃滅戦に切り替えていた。

予定航路を航行する愛鷹が気がかりにしていたのは空母の存在だ。

 キース島への空爆は何度か行われているが。それらは全て青いオーラを纏った通常型でタコヤキや重攻撃機などは確認されていない。

 もっとも通常型とは言え青いオーラを纏っているとなれば、一般的なヲ級やヌ級当たりの空母が運用しているのは間違いないし、性能もそこそこ高い。侮っては拙い航空機だ。

 第三三戦隊の今の防空航空戦力は愛鷹の烈風改二二〇機の練度次第と言うところだ。青葉の瑞雲12型は出来るだけ対潜哨戒や偵察に温存して、防空戦闘には使いたくなかった。

 

「見渡す限り、陰鬱な雲ばっかりね」

 双眼鏡を覗いていた夕張がため息交じりに呟く。

低く垂れこめる雲がまだ昼間にも関わらず薄暗い世界を作り出している。日の上りに関しては北海の時間帯と慣れ親しんだ日本の時間帯とで差があるとは言え、今の時間帯は北海でも晴れていれば青空が見られる。

 しかし今は生憎分厚い雲が空を覆いつくしていた。

(目を細めてみれば、生まれ故郷の海にそっくり……)

 口には出さずに愛鷹は胸の中で呟いた。愛鷹の生まれ故郷は北海ではなく、別の北の海の孤島だが。

「波が高くなってきましたねえ。大体一メートルくらいでしょうかね」

 空と同じ様に表情を曇らせた青葉が自分の背中に向かって言う。

 波が高くなっているのは第三三戦隊メンバーにはいい話ではない。所詮人間サイズの艦娘にとって波が一メートルでもあれば安定性に大きく影響される。

 勿論ほぼ同サイズの深海棲艦も同じ影響を受けるが、巨大な棲姫級ならある程度はそれらを打ち消せる。

 第三三戦隊で一番の大型艦である愛鷹の安定性でも、今荒くなり始める波の高さには敵わない所がある。

「思っていた以上に天候悪化が進んでいますね。各艦距離を離さないで。深雪さん、殿の蒼月さんがしっかり付いて生きているか常に確認を」

 ヘッドセットに続航する深雪に北海での経験が皆無な蒼月の面倒見を頼むと、元気な声が返る。

「はいよ! 蒼月、フラフラしないで深雪様のケツについて来いよ」

「しっかりくっついていますよ」

 深雪同様元気な蒼月の声がヘッドセットから聞こえて来る。

 自分も北海の海は初めてだが、荒天下航行は施設時代にずぶ濡れになりながら何度も何度も繰り返しているし、航行訓練自体はそれこそ施設時代休み無しに叩き込まれたから問題ない。

 波の高さの問題なら既に沖ノ鳥島でもっと酷いのを経験したからその時の経験が自分の中に生きてはいる。

 だが蒼月は自分とは違って駆逐艦だから艤装の航行能力や経験、環境への適応性に劣っている。蒼月本人がそもそも第三三戦隊に引き抜くまで引き籠りがちだったから、外洋航行経験の差では自分より劣っている面が大きい。

 青葉、衣笠、夕張、深雪、瑞鳳はその点経験豊富だし、全員欧州への派遣経験が一回はあったから全く不慣れな海と言う訳ではない。

 ホームグラウンドの海でもないが、航海の経験の差では確かなものがある。

 風が少し強くなって来ているのが気になる。低気圧でも近づいているのだろうか。

 予報では嵐や低気圧の類は未確認だったが、気象衛星が使えないので精度は不十分だから知らぬ間に発生していてもおかしくない。

 舌で唇を舐めて湿度を図る。唾が唇にじわりと滲み続けるから湿度は高い。気圧も低めだ。

 これは近い内に海が荒れる予感がした。

 自分の腰ほどもある波を一つ越えながら、肌寒さを少し感じる。気温は以前と比べて上がっているとは言っても二五度も行っていない。

「皆さん、気分は?」

「ちょっと肌寒いですね」

 出撃以来ずっと黙っていた衣笠が初めて返す。天候が悪いと衣笠は口数が少なくなりがちだった。

 青葉や本人も言っていたが雨女を気にするし、晴れ空の時は調子が良いのは良く見ているから今の衣笠の気分が微妙に沈んでいるのは分かった。

「やっぱり……ちょっと積みすぎたかな、って感じです」

「相変わらず過積載だな」

 そう答える夕張に深雪がため息交じりにぼやいた。

 双眼鏡で警戒監視に当たる青葉は特に何も言わないが、あまり晴れた表情ではない。最後尾の蒼月は深雪の後を追い駆けるのと警戒監視で忙しいらしく体調がどうのこうのは頭に無い様だ。

 ふと上空で光を見つけた。設定した逆Z字航路の変針点の最初のポイントに先行して向かわせていた青葉の瑞雲12型からの変針を知らせる発光信号だ。

 変針点を間違えない様にあらかじめ愛鷹は、青葉に偵察航路上の二つの変針点と、偵察航路を終えた後の帰投時の変針点の三か所に瑞雲12型を待機させていた。

「愛鷹より全艦、アオバンド9より変針点発光信号確認。取舵一杯。新針路一-〇-〇へ。速度は維持」

 そう告げた愛鷹が体を左に傾けながら取り舵に切って進路を変更する。それに続く形で単従陣を組んでいる青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月が回頭を始める。

 

 敵影発見の報も入らないまま一時間が過ぎる。

 ウェイポイントに設定したキース島近海にある小さな無人島だらけのアズナブール諸島に差し掛かる。

一時間もあれば一周できそうな孤島の群れを横目に航行していると、ギャラクシーから通信が入った。

(ターミガン2-1より深海棲艦艦隊発見の報あり。リ級三、イ級三の重巡戦隊の模様。数二を同時に確認)

「重巡戦隊二つ。リ級の種類は?」

(flagshipとeliteが三隻ずつの模様。イ級は後期か通常かは確認困難との事)

「了解、中継と警戒監視を続行せよ。アウト」

 flagship級のelite級のリ級が合わせて六隻は第一関門になる得る障害だ。未確認の敵艦隊の存在も併せてリ級が最初の問題点だ。

 重巡が今発見された六隻だけならまだ勝機はある方だ。これが後数個あったら流石に厳しい。ネ級もいたら頭数で劣るこちらにとっては分が悪いし、戦艦戦隊もいたらなお分が悪い。

 いくら自分と青葉と衣笠がいると言っても、今回の任務は基地航空隊の航空支援などが得られない。

 PDAに位置情報を記入しているとターミガン1-1からリ級elite二、ト級一、イ級三の艦隊発見の続報が入る。

それらもPDAに記録しながら、まだ重艦艇が見つからない事に不思議な気持ちになる。

ス級もいるはずの海域なのに見つかるのは重巡以下の艦艇ばかりだ。

 

(何かおかしい)

 

 はっきりと嫌な予感染みたものを、偶然とは思えないモノを感じる。これまでキース島へ行われて来た攻撃の規模と釣り合わない。

何処かに主力がいる筈だがまだ気配を感じない。

「何と言うか、静かですね……深海棲艦は何考えているんですかねぇ……」

 同じ事を考えていたらしい青葉の言葉に愛鷹は無言で頷く。

腕時計と天測航法で現在位置を確認する。海が荒れ始めたせいか思っていたより予定航路スケジュールに遅れが出ていた。

 遅れの発生がどの程度三日と言う限られた偵察期間に影響を与えるか。

 先行きを危ぶむ愛鷹が海図をポケットにしまって双眼鏡で周囲警戒に戻った時、第三三戦隊の針路上を偵察していたアオバンド11から緊急電が入る。

(こちらアオバンド11、コンタクト。リ級elite三、ホ級一、イ級二の艦隊を捕捉。距離三万、方位二-一-〇、敵針一-五-〇。いや敵艦隊増速し変針、そちらへ針路をとった)

「了解。アオバンド11は敵艦隊の対空砲火に注意しつつ追跡を継続。我が方は敵艦隊を撃滅する。

旗艦愛鷹より全艦、リ級三、ホ級一、イ級二の艦隊を偵察機が捕捉しました。敵艦隊は変針増速してこちらへ接近中。我々はこれを迎え撃ちます。

全艦、戦闘配置。対水上戦闘用意! 最大戦速、黒二〇」

 続航する五人からの了解、の返事が唱和して返される。

 戦闘配置並びに対水上戦闘用意を発令したは良いが、この荒波の中でどれ程射撃精度を維持出来るだろうか。

また一つ高い波を越えながら愛鷹は敵艦隊が来るであろう右手の海上を見て目を細める。

 HUDに《STANBY》と表示される。同時に湿度、温度、風向き、風速等の各種気象データも表示された。

 上下に大きく振れるピッチスケールが今の自分達の安定性の悪さを教えて来る。

 これはかなりの近距離砲戦でないと命中率が大幅に低下しそうだ。だが近距離での砲戦は必然的に被弾する可能性も高まる。

冷や汗が制帽の下の額に滲む。

 敵艦隊は上空のアオバンド11には構わずこちらを目指していた。程なく愛鷹の水上レーダーでも艦影を捕捉出来た。

 シークラッターのせいでHUDに表示される艦影が安定しない。レーダー管制射撃でもあまり精度は期待できる気がしなかった。

 HUDに《RANGE ON》と表示されると、牽制射撃と精度の確認の為に愛鷹は主砲の砲撃を行った。

「第一目標敵重巡リ級。右対水上戦闘」

四一センチ三連装主砲と連装主砲の二基が右舷側を指向し、砲身が仰角を調整する。

「主砲撃ちー方始めー。発砲、てぇーっ!」

 五門の主砲の砲口から砲炎が迸り、火炎と共に砲身が勢い良く後退する。撃ち出された四一センチ主砲弾が飛翔音を立てながら鈍色の空を駆け抜けていく。

 ああ、これはダメだ、と直感で愛鷹は砲弾の着弾予測を悟った。

 飛翔していく砲弾の光が敵艦隊より随分手前に落ちて行く。

「諸元修正急げ」

 再装填と主砲の射角修正を行っていると、レーダーに表示されている敵艦隊が針路を変えた。

「敵艦隊進路変更。新針路〇-九-〇。接近戦を挑むか……面舵一杯、艦隊新針路二-七-〇へ」

「新針路二-七-〇、ヨーソロー。反航戦ですか」

 そう確認して来る青葉に無言で頷く。反航戦は砲撃の回数が限られてくるから命中精度が重要だ。

 単従陣を維持する第三三戦隊と反航戦を描く深海棲艦艦隊も主砲射程圏内にこちらを捉えるや、砲撃を開始する。

 艤装内に新設されたCICから装備妖精の張り詰めた報告が入る。

(ESM(電波逆探知機)探知。敵艦隊よりレーダー照射、ロックオンされました!)

 この波でなら向こうもそう簡単には当てられない筈。

そう踏む愛鷹が曇天の空を見上げていると深海棲艦が放った砲撃が飛翔して来た。

 念の為に左手で右の腰の刀の柄を掴むが、引き抜くまでもなく敵弾は第三三戦隊の居ない所へと着弾する。

 やはり向こうも荒波で中距離での砲撃精度が低下している。お互い近距離での砲戦でないと有効弾は望めそうにない。

脅威はリ級。自分がなるべく早くに始末しないと第三三戦隊の仲間達が危ない。

 反航戦なだけに距離が急速に縮まる。再装填が終わり諸元修正を終えた主砲を構え直すと、HUDと荒波の向こうの敵艦の両方を睨みながら第二射を放つ。

 四一センチ主砲五門の砲口から徹甲弾が火炎と共に撃ち出され、空気を切り裂く飛翔音と共にリ級へと伸びて行く。

今度は距離も縮まっていただけにリ級の鼻先に着弾した。

「いいわね」

 いける、と思った時、深海棲艦側も砲撃を行った。

 本来速射性では向こうが上だ。にも拘らず今更ながらの第二射という事は、向こうも距離を縮めた事で必中の狙いを澄まして有効弾を送り込んできているという事だ。

 次は当たる、その直感に体が自然に動いた。

 右腰の鞘から抜かれた刀が耳で感じ取った敵弾を一凪して無力化する。第二弾も落ち着いて弾道を読み切り明後日の方向へと弾き飛ばす。

他の砲撃の砲弾が第三三戦隊を挟叉するが、誰も動じない。

「全艦、右砲戦、雷撃戦準備! 旗艦指示の目標に対し各艦各個に攻撃始め」

 続航する仲間に指示を下しながらリ級に対し再装填と諸元修正が終わった主砲を向け直し、三度の砲撃を行う。

 発砲遅延装置で微妙にずれて響く五回の砲声と共に砲弾が撃ち出され、真っ赤に焼けた砲弾が轟音を立てながら空中を飛翔していく。

 背後から青葉と衣笠の主砲発砲音も聞こえて来た。

二番艦、三番艦のリ級の周囲に青葉と衣笠の砲撃が着弾する。当てるにはもう数斉射必要な精度だ。

 一方自分の砲撃は僅かにリ級を捉え損ね、右舷側の至近距離に着弾し、四一センチ主砲弾の立てた水柱がリ級の姿勢を大きく崩していた。

 再装填を急ぐ愛鷹が深海棲艦艦隊を見つめていると、自分の砲撃の結果姿勢を大きく崩された一番艦リ級のせいで深海棲艦側の隊列に乱れが生じた。

 水柱に煽られているリ級を見据えながら冷静に、落ち着いて再装填が終わるのを待つ。

《RELOAD COMPLETE》の表示が出ると射撃トリガーを引き絞った。

 直ぐ傍に突き立てられた水柱に煽られていたリ級が立て直して愛鷹へ向けて砲撃を放った直後、先んじて放たれていた愛鷹の砲弾がリ級を捉える。

轟音と爆発音が海上に轟き、リ級が爆発炎と黒煙の中に包まれる。

 一番艦轟沈を確認する愛鷹の背後から青葉と衣笠の主砲斉射の砲声が轟く。

二番艦のリ級を狙う青葉の砲撃が二番艦の左舷側に着弾する一方、三番艦のリ級を狙った衣笠の砲弾は三番艦の鼻先に着弾する。

 やはり波に煽られて二人の射撃の精度が低下している。もっと距離を詰めないと有効弾は難しい。

 だが距離を詰めるという事は必然的にこちらが被弾する確率も上がる。ハイリスクハイリターンだ。

何とか躱してくれる事を祈りながら愛鷹はホ級とイ級の動向を窺う。

 するとイ級が揃って潜航し、単従陣から離れた。まるで愛鷹に見られているのに気が付いたかのような挙動だ。

 軽く舌打ちをしてHUDの表示をソナーに切り替える。左手の刀を一旦鞘にしまい込み、その手でヘッドセットを抑えて聴音の為に耳を澄ませる。

 ソナーから聞き取る海中の音に再度舌打ちをした。海底火山の泥流音が聴音を難しくしている。

 

 酷いノイズに塗れた海中の向こうを見透かすように聴音する愛鷹の背後では青葉と衣笠の砲撃が続いていた。

「発砲、てぇーっ!」

 HUDと敵艦の両方を睨み、左手で握る射撃グリップの砲撃ボタンを押すと、青葉が右肩に担ぐ二〇・三センチ連装主砲二基が発砲の砲炎を瞬かせる。

 迸る火炎を突き破って撃ち出された徹甲弾が青葉の狙っている二番艦リ級の左舷側に着弾する。

(またずれてる)

 荒波で上手く当てて行けない自分にじわりと焦りを感じるが、深海棲艦側も一番艦轟沈の影響で陣形再編に手間取っている。

チャンスを逃す手はない。再装填を終えた主砲を構え直すと砲撃ボタンを押す。

 砲声が四回響き、四発の砲弾がリ級二番艦へと飛んで行く。後ろの衣笠も続けて発砲する。

 刹那、リ級二番艦に青葉の放った主砲弾直撃の閃光が走った。直撃を受けたリ級が姿勢を崩すのが見せる。

 ほぼ同時に衣笠の砲撃も三番艦リ級に着弾する。

 二人同時にそれぞれの目標に直撃弾を出すが、流石に二人の砲撃の一撃程度ではリ級は沈まない。

即座に被弾箇所から黒煙と体液らしきものを流しながら反撃の砲撃を放つ。

 アレは当たらない、と青葉が直感で感じ取った自身への砲撃の砲弾が海面に着弾し、跳弾となって何処かへと飛び去る。

三番艦からの砲撃も衣笠を捉える事は無い。

 行ける、と青葉が再び砲撃を行うと四発中二発がリ級に命中した。すでに一発喰らっていたリ級に新たに二発命中するとリ級は悶え苦しむ様に黒煙を吐きながら膝をつく。

 衣笠は青葉より主砲の数が一基多い分、投射できる火力も多いだけに三番艦には三発もの直撃弾を叩き付けていた。

 二番艦同様大破確実の被害を受けた三番艦が炎上する中、続航していたホ級が前へ出て青葉と衣笠に主砲の速射を始める。

 すると前へ出たホ級へ夕張は甲標的を発進させた。魚雷二発を備えた小型潜水艇が海中に躍り出て青葉と衣笠へ牽制射撃を行うホ級へと忍び寄る。

 青葉と衣笠に気を取られて主砲を速射するホ級へ距離を詰めた甲標的は、躱し様の無い距離から搭載する魚雷二発を発射して即座に反転する。

 魚雷航走音を探知したホ級が即座に回避運動に移るが、至近距離まで肉薄して放たれた魚雷がホ級を逃さない。

二発とも直撃し、二つの水柱の中でホ級が轟沈の閃光と爆発音を上げる。

 甲標的を用いた遠隔精密雷撃で夕張が軽巡一を撃沈する中、青葉と衣笠も大破したリ級へそれぞれ止めの一撃を撃ち込む。

 二人の砲撃が揃ってそれぞれが狙っているリ級に着弾し、止めを刺された二隻の重巡が炎上しながら波間の下へと消える。

「撃沈確認! 見事なもんだ!」

 弾んだ声で深雪が三人の戦果を褒めた時、聴音を行っていた愛鷹から警報が飛ぶ。

「魚雷航走音探知。雷数八、散開斉射でこちらへ急速接近中。方位一-八-〇、敵針〇-四-五。距離二〇〇メートル、回避運動!」

 潜航した状態でイ級が魚雷全弾を発射していた。海中の騒音に紛れて意外と近くから発射していた。

 回避運動を取る第三三戦隊の直ぐ近くを白い雷跡が過ぎ去る。一発は蒼月のすぐ後ろを通り過ぎて近接信管を爆発させ蒼月の姿勢を崩し、一発が青葉のローファーの裏の舵を掠め、彼女の肝を冷やす。

 潜水艦ではない可潜艦であるイ級は長くは潜航出来ないだけに浮上して来る所さえ分かれば、勝利は第三三戦隊のモノだった。

「イ級浮上します、方位二-〇-〇、距離二五〇。全艦一斉撃ち方用意」

 ヘッドセットに当てていた左手を上げる愛鷹の視線の先でイ級が浮上する。

「砲撃、始め! てぇーっ!」

 二〇・三センチ、一四センチ連装砲改、一二・七センチ連装砲A型改三、長一〇センチ高角砲の一斉射撃がイ級二隻に浴びせられる。

 波の影響で直ぐには直撃弾を出せないが、二隻の周囲に着弾の水柱が林立する。

「随意射撃、続けて撃て! 発砲!」

 冷徹に指示を下す愛鷹の指示の元、間断の無い射撃が二隻の駆逐艦に浴びせられる。イ級が反撃の砲撃を衣笠目がけて放ち、不意打ちを食らった衣笠の背中の艦橋部分を鈍い金属音を立てながら一発が掠めて飛ぶ。

「うわぁっ!」

 掠め飛んだ砲弾に衣笠が驚きの声を上げた時、イ級一隻が直撃と爆発の轟音を上げる。

 海上に爆発と水柱を突き上げて爆沈するイ級に続いて、もう一隻が被弾しそのまま黒煙を上げて瞬く間に波間の下へと姿を消した。

 六隻全艦撃沈を確認した愛鷹が深々と溜息を吐くと、乱れかけている単従陣の再編と被害確認を取る。

 幸いにも蒼月が至近距離で爆発した魚雷の爆圧で舵に微ダメージと、衣笠が艦橋に掠り傷をつけられた以外に被害は無かった。

 微ダメージを受けた蒼月に寄った夕張が蒼月の足元に屈んでハンド工具セットを艤装から取り出し、爆圧でダメージを受けた主機の舵の不具合を修整する。

「夕張さん、蒼月さんの舵のダメージの度合いは?」

「大したことはりません。三分もあれば元通りです」

 確認を取る愛鷹に夕張は手早く蒼月の舵の不具合を治しながら答える。

 蒼月と夕張が一時的に戦列外なのでそれ以外のメンバーで修理完了までの警戒に当たる。

 手早く済ませた夕張がポンと蒼月の主機の脹脛を叩いて「これでよし!」と頷いた。

 

 修理が終わるまでに愛鷹もタブレットを数錠呑み込んで体が悲鳴を上げのを予防すると、隊列の再編をかけ、元の進路へと舵を切った。

 時計を見ると思っていた以上に時間を戦闘に割いていた。偵察任務に戻らないとスケジュール以内に深海棲艦の展開状況把握が終わらない。

 遅れを取り戻さないと、と焦りがじわりと額に汗となって滲んだ。

 

 

 隊列を再編して元の偵察航路へ戻った後、ターミガン1-1と3-1から軽巡戦隊と重巡戦隊をそれぞれ一つずつ発見の報告が入る。

PDAに情報を書き込む一方で、重艦艇が中々見つからない事に愛鷹は嫌な予感を感じていた。

 どうにも様子がおかしい。見つかる敵艦隊はどれも警戒部隊の範囲内だ。

 巡洋艦戦隊は決して侮れない戦力とは言え、もっと脅威度の高い戦艦や空母が未だに見つからないのが愛鷹には気がかりだった。

 一応まだ任務は始まったばかりとは言え、自分で見る限り天候の悪化が予想されるだけに時間的余裕はあまり感じない。

 良くて天候が持つのはあと一日程度か。

 なるべく早く敵艦隊の展開状況把握を終えないと、ブロッケードランナー作戦に影響を与えてしまう。

 今この時も多くのキース島の民間人や、ス級の艦砲射撃で負傷した軍民の負傷者は島からの脱出の時を待っている。

 人々の為にも、と愛鷹はじわりと滲む額の汗を右手の甲で拭った。

 

 

 二度目の変針点を迎えて進路を北西に切り替えた時、最後の変針点で待機しているアオバンド12から通信が入った。

(こちらアオバンド12。我機上レーダーにて深海棲艦の艦上偵察機を発見。反応から通常型と見られる。種別は不明)

「通常型の艦上偵察機がこの海域に?」

 空母機動部隊がこのEフィールドに展開しているのか?

 通常型の艦上偵察機はそこそこ足が長い。具体的な航続距離は不明だが天山一二型甲より少し長い程度だとされている。

 往路などを考えたらそう遠くない所に空母機動部隊がいる、と考える愛鷹は青葉に瑞雲12型の偵察増備を命じた。

 瑞雲12型の足の速さなら通常型艦上偵察機の後も追える。トレースして敵空母の位置を特定するのも可能な筈だ。

「アオバンド15、16発艦!」

 カタパルトから乾いた射出音が聞こえ、青葉の構える飛行甲板から瑞雲12型二機が発艦する。

 エンジン音を空に響かせながら二機の瑞雲が、アオバンド12がレーダーで捉えた偵察機の居る方へとギャラクシーの空中誘導の元向かう。

 もし空母がいるとしたら、次は対空戦闘か、と主砲に対空弾を装填しようかと考えていると、ギャラクシーからも艦上偵察機をレーダーで探知したと報告が入る。

 入って来る報告に青葉が腕を組み、片腕を顎に添えて唸る。

「こちらに気が付いたんでしょうかね」

「まだ分かりません」

 頭を振って返しながらも深海棲艦の艦上偵察機に察知されない様に全員の対空電探を一旦停止させる。

 暫くして瑞雲が偵察機をレーダーで捕捉し追跡に移ったことを知らせて来た。

 こちらの位置を悟られない様に対空レーダーを切っている関係上、広域対空警戒管制はギャラクシー頼りだ。

 目と耳での監視も行うが、レーダーが使えない分自力での探知範囲は狭まる。通信を傍受やこちらの位置を通信で特定されない為にも通信はギャラクシーからの一方通信のみだ。

 捜索撃滅戦の筈が、身を隠していなければいけないとは、面倒な事だ、と愛鷹はため息を吐く。

 ソナーの聴音は相変わらず火山活動による泥流音でノイズが酷くろくな探知範囲を得られない。

 天山偵察隊からはターミガン2-1からヘ級二、イ級四の水雷戦隊発見の報が入った以外に続報が入らない。

 第三三戦隊のメンバーは皆黙って警戒監視に当たっている。普段なら誰かしら雰囲気やモチベーション上げに軽口の一つ叩いていただろうが、今は誰も喋る気にはならない様で口を開く様子はない。

 任務に集中している、と考えればよいと思いながらも、あまり黙り込んでしまうと流石に愛鷹も全員の士気が心配になる。

 天候は相変わらず荒れ気味で航行スケジュールには遅れが生じている。

 荒天を見越して深海棲艦の主力艦隊は一旦キース島近海から避退したのだろうか。そう考えるとしっくり来るものを感じ始めた時、愛鷹のヘッドセットにギャラクシーから通信が入る。

(敵偵察機、進路変更方位二-五-〇へ変針。高度速度そのまま)

方位二-五-〇に向かった……そこに母艦がいるのだろうか。

 急に嫌な予感が愛鷹の脳裏を走る。何か良くない事が起きそうだ。

 装備妖精に発光信号を続航する青葉達に向けて打たせる。

「発光信号。《旗艦愛鷹より各艦へ伝達。敵偵察機進路変更、母艦は未だ探知できず。全艦通信管制維持》」

「了解」

 発光信号灯を構えた装備妖精が続航する後方の青葉達へと発光信号を送る。

 青葉から衣笠、夕張、深雪、蒼月へとリレーする形で愛鷹からの発光信号内容が伝達される。

 伝達が終わった時、右舷側を警戒監視していた装備妖精が反応した。

「雷です」

「嵐が近付いているか」

 嫌な予感が的中した、と愛鷹が思った時CICの装備妖精が緊迫した声で報告を上げる。

「方位二-五-〇より対水上レーダー波を逆探。反応は一」

「反応は一つ? もう一度確認を。見張り員、敵艦影は?」

訝しむ愛鷹はマストの監視装備妖精に聞く。

「確認できません」

「……」

 心臓の心拍数が上がるのが分かった。何かがいる。このEフィールドに何かがいる。敵の主力艦隊か、それとも別の何かが。

 ただ、ス級の予感がしなかった。愛鷹自身も良くは分からないがこの予感はス級ではない、と言う自信があった。

 

 動きが出たのはそれから三〇分程してからだった。

 CICからESMにて射撃管制捜索レーダー波を逆探知した、と言う報告が入った。

 即座に愛鷹は「電波管制解除」を命じると、自分の対水上レーダーを再起動させた。

 HUDのレーダーチャートに艦影が一つ映る。

(一隻? 何だろう……)

 深海棲艦の艦艇が単艦行動するのはあまりない。はぐれたり、斥候として駆逐艦が一隻航行している事はあるが。駆逐艦がこの距離で逆探知できる対水上レーダーを搭載していると言う話は聞いたことがない。

 高性能駆逐艦であるナ級でもここまでの探知範囲は持たない。このレーダー捜査能力も持っているのは大型艦、大体戦艦か空母なみだ。

 しかし、戦艦や空母が随伴艦もなしに単独行動する事はまずない。

 ではあれは何だ? と疑問が愛鷹の脳裏に浮かんだ時、レーダーチャートに表示されている敵艦表示が針路を変更してこちらへと向かって来た。

(ギャラクシーから愛鷹。ボギーが急速接近中、速い、速いぞ。交戦に備えよ)

「了解、追跡を続行せよ」

 レーダーでも急速にこっちらへと向かって来る敵艦が捕捉出来た。

(何者なんだコイツは……まっすぐ向かって来る……)

 心臓の動悸が緊張で更に激しくなり微妙に息苦しさを感じる。タブレットを数錠また呑み込んで接近する敵艦に備える。

「全艦、アンノウン急速接近中。対水上戦闘用意」

「アンノウン?」

 アンノウン、て何ですかと言いたげな青葉の言葉に答える様に愛鷹のマストの監視装備妖精がゾッとする報告を入れた。

「艦影捕捉! 敵艦は戦艦レ級!」

「れ、レ級⁉」

 戦艦であり、航空母艦並みの艦載機運用能力、更に重雷装艦であり、対潜攻撃も可能な深海棲艦の万能戦艦。隙が無いその武装で艦娘を苦しめて来た相手だ。

 レ級の航空戦力は単艦でヲ級やヌ級からなる空母機動部隊に匹敵する。

 キース島を空爆していたのはレ級の艦載機だったと言うのだろうか。しかし主に太平洋のコードネーム・サーモン海域北部でしか活動していない筈のレ級が何故ここに。

 それに、と愛鷹はもう一つ疑念が沸いた。確かにレ級の艦載機運用能力は空母機動部隊一つに匹敵するが、事前情報から推測する辺りキース島を爆撃していた航空戦力とレ級の航空戦力では釣りあっていない所がある。明らかにレ級単艦の航空戦力を上回っている。

 やはり別個に空母機動部隊がいるのだろうか、と思っていた時、見張り妖精が裏返った声を上げた。

「レ級のオーラがおかしいです」

「オーラがおかしい?」

 どう言う意味だ、と言う様に聞き返す愛鷹に見張り妖精は震える声で返した。

「黄色のオーラです。ああいうのはflagship級固有のオーラです」

「でも、レ級にはflagship級はいない筈。それに確かレ級にはレーダーは搭載されていない……」

 そう呟いていた時、パズルのピースが嵌まるような音が愛鷹の頭の中で聞こえた。

 

 確認されているレ級の航空戦力を上回る航空勢力を運用出来る、新型のレ級……黄色のオーラを纏った新型のレ級flagship級……。

 

 拙い、これは拙い。

ス級と対峙して来た時とはまた別の恐怖感を感じた時、CICから「敵艦よりレーダー照射、ロックオンされました!」と報告が入る。

 どうする、威力偵察として交戦するか、それとも一旦退却するか。

 迷っていると砲弾の飛翔音が空の彼方から響いて来た。

レ級の主砲はずば抜けた大火力と言う訳ではなく、ル級flagship級とは大差ない。だがそれは既存データのelite級までのレ級のデータ。

 今会敵した新種のflagship級と思われる、いやflagship級のレ級の火力は未確認だ。

 砲弾の飛翔音に耳を澄ましていると、狙われているのは自分だけだと分かった。

 即座に両腰から刀を引き抜き、飛翔して来たレ級の砲撃の内、直撃すると見た砲弾だけを切り飛ばす。

外れた砲弾が愛鷹の周囲に高い水柱を突き上げる。

 切り裂いた砲弾の硬さに腕に微かな痛みが走る。自分はまだレ級との交戦経験は無いがス級の砲撃を切り裂いた時とはまた違った辛みが腕に走る。

 弾芯に新型の素材でも使っているのだろうか、と思っているとまた飛翔音が響いて来て自分に降り注いできた。

 レ級も荒天の波で正確な射撃が出来ていない様だが、それでも恐ろしく正確な射撃と速射で砲弾をこちらへと撃ち込んで来る。

 至近弾の水柱を突き破りながら、愛鷹は撤退を発令した。

「全艦、撤退、撤退! 敵艦は戦艦レ級の新型flagship級の模様。私達の手に余る敵です。全艦、一時撤退!」

「反転一八〇度、最大戦速!」

撤退を指示する自分に続き、青葉が補う様に指示を出す。

 

 一目散に離脱にかかる第三三戦隊に対し、レ級flagship級は追撃を止めようとしない。

 背中を見せて離脱を図る六人にレ級flagship級は間断の無い砲撃を浴びせて来る。

 第三三戦隊の周囲に至近弾の水柱が林立し、炸裂した砲弾の破片が一同の身体を切りつける。

「このままじゃ一方的にやられますよ!」

 逼迫した表情で殿を務めている愛鷹に青葉が言った時、愛鷹の艤装のバイタルパートにレ級の砲撃の直撃の閃光が走る。

 爆発炎が走り、愛鷹が突き飛ばされた様によろめく。砲撃は辛うじてバイタルパートで弾けたようだが、直撃を受けたという事はレ級の次からの砲撃も当たるという事だ。

 愛鷹を焦らせたのは直撃を受けたという事だけでなく、レ級の追撃速度の速さだった。ス級には劣るが恐ろしく速い。

最大戦速で離脱にかかるこちらに対し余裕で距離を詰めて来ている。

 

 やるしかない。

 

 そう決意すると愛鷹は青葉に手短に指示を下す。

「第三三戦隊は直ちに現海域を離脱。旗艦愛鷹はこれより遅滞戦闘に入る。第三三戦隊臨時旗艦は青葉に一任。戦隊は海域からの離脱を優先せよ」

 その言葉に深雪が抗議の声を上げた。

「ばっきゃろう! レ級相手に、それも新種のレ級相手に愛鷹だけで相手出来る訳ねーだろ! 全員で返り討ちにしてやるのがここは定石ってもんだろ!」

「レ級の戦闘能力が不明な今は逆に全員で交戦するのは危険です。皆さんの火力では太刀打ちできません、私が直に相手取って戦闘能力を確かめます。各艦は離脱を優先。後で『ズムウォルト』で会いましょう。私が帰った時に備えてコーヒーを淹れておいてください」

 そう告げると、愛鷹は反転して自分達へと砲撃を繰り返すレ級へと立ち向かっていった。

 

 

 別に無理をして倒す気はなかった。レ級flagship級の能力を確認したいだけだ。

 とは言え、elite級までに時点ですでに脅威度はずば抜けて高い。二隻のレ級elite級で一個艦隊六隻を壊滅させた言う事例も存在する。

 それだけに侮れない存在だが、今の自分には天候と言う最大級の味方がいる。

 波が高いから流石のレ級の新種flagship級でも自分へと放つ砲火は当たらない。さっきのは単調な動きをしていたからだったし、バイタルパートでも特に重要装甲部分に運よく当たったからこちらは大破を免れた。

 とは言え、艤装の装甲の多くは超甲巡の頃から据え置きな部分もあるので油断は出来ない。

 左目のHUDのピッチスケールの上下が心なしか大きくなって来ている。波が大きくなり始め、いよいよ天候が悪化し始めたか。

唇を舐めるとじっとりと涎が唇を濡らす。湿度は極めて高く、気圧も体感で分かるほど下がっている。

 悪天候は砲撃時の砲弾の空気抵抗が下がると言う面では別に悪くは無いが、敵味方の海上での安定性をはじめとするコンディションは悪化する。

 雨が降れば目視もし辛い。

 心なしか視線の先のレ級が霞んで見える気がした。しかし、レ級の発砲のマズルフラッシュははっきりと視認出来る。

レーダーでもレ級の姿は確認出来る。ESMでは尚も強力なレーダー照射を感知しているからお互いの位置は特定しあっている状況だ。

 無駄弾を撃たず、刀でレ級の砲撃を躱し、弾き、斬り裂きながら様子を窺う。こちらが撃って来ないと見るや増速して距離を詰め、必中弾を送り込みにかかって来る。

 そうは行くか、と波とレ級の位置の両方を見切りながら舵を切る。

 外れた砲弾が轟音を立てて荒波の中に水柱を高々と突き上げる。

過去に記録されたレ級との戦闘記録動画で見た水柱と見比べる辺り、恐らく砲の口径は変わらない。

 ただ砲身長は長いのか聞こえる砲声から推測できる砲初速はかなり速いし、連射速度も戦艦の主砲としては速い。

 自分の四一センチとほぼ同じくらいの速射性か。

 再び飛来する砲弾の弾道を見切り切り裂きながら、そろそろこちらも何発か撃ち返してやるか、と主砲射撃スティックに手を伸ばす。

 流石にコンディションは悪いな、と思いつつ主砲の仰角、射角を調整する。

 レ級からは砲撃がひっきりなしに飛んでくるが、波の上下や潮流を生かして上手く回避運動を行えば案外うまく躱せた。

「よーし、そのまま、そのまま、こっちに来なさい……頂いた」

 今だ、とHUDで捉えるレ級にレティクルを合わせ、スティックの射撃トリガーを引くと第一主砲の三門の主砲の砲口が火を噴いた。

 こちらの発砲に気が付いたレ級は即座に回避運動に入る。右へとステップ回避するレ級へ第二主砲の二門が砲撃を行う。

 今度は左へとステップ回避するレ級を見据えて、二基の主砲の射撃諸元を修整する。

「次は右へ行くか……いや左ね」

 グリップのカーソルを左に回し、トリガーを引くと第一主砲が再び砲撃の砲火を轟音と共に放つ。

 そしてレ級は狙い通りの位置に動いていた。

 着弾の直前、レ級が両腕を顔面の前でクロスするのが見えた。四一センチ主砲弾二発がレ級に着弾し、命中の爆発音と閃光がレ級に走った。

 手応え耐えそのものはあったが、撃破した手応えは無かった。直撃させた程度の手応えだ。

 まあ新種のレ級が自分の主砲射撃でそう簡単にやられる訳がないだろう。それくらいは分かっている。

 案の定、直撃時の爆発の黒煙が晴れる前に、その黒煙の向こうからレ級の砲撃が飛んでくる。

 音で弾道を予測して姿勢を屈めて避ける。

 波の向こうに見えるレ級が少し苛立ちを見せているのが何となくだが察せた。

 これ程撃っても当たらなければ確かに焦れもするだろう。自分も荒天下でなければ外れまくったら確実に苛立つだろう。

 しかし、今の海上は波が高く時折その高波でお互いの姿が隠れる悪天候下だ。レーダーの目で辛うじて捕捉出来ている状態だ。

火力のごり押しス級を相手にするよりはまだマシだ、と思った時、レ級が魚雷を発射するのが見えた。

 発射雷数は五発。全弾当たったら自分の足は木っ端微塵だ。足どころか自分自身が木っ端微塵になるかもしれない。

 ソナー表示をHUDに重ねて表示させるが、やはり海中でのノイズが酷い上に最大戦速で航行する自分と荒れる海の波の音で聴音は難しい。

 ただ、五発の推進音がこちらへと向かっているのは聞こえた。

「当たらなければどうってことは無い」

 独語する様に呟きながら回避運動に入った時、魚雷の一発が爆発した。

 魚雷の爆発音でソナーの聴音が不能になる。しかし、自分の居る場所からは随分離れたところで爆発したのが気になった。

 爆発音で聴音不能なソナーを一旦切って、海図を表示し魚雷爆発ポイントと合わせる。

「なるほど」

 海図を見て魚雷が爆発した原因を察した。調停深度と射角を誤って魚雷が浅瀬に突っ込んで自爆した様だ。

 だが爆発した魚雷は一発。残る四発は爆発していない。海底に突き刺さって動きを止めたか?

 不発の四発の魚雷に不信感を抱きながら、雷撃の次はこれだと再び始まる砲撃からの回避にかかる。

 火力は低下した様子もなく、精度も変わっていない。自分の砲撃の直撃はレ級の防御力を前に無効化されたらしい。

 大和型の砲撃にも時には耐えると言うレ級elite級の耐久力を考えたら、上位種flagship級ともなれば自分の砲撃は効かない、という事だろうか。

 流石に火力で倒せないと言うのは厄介である。自分より強力な火力を持つ艦娘はこの海域に投入されない為、あのレ級を倒すとなれば自分が頑張って牽制しながら魚雷による近接雷撃で仕留めるしかない。

 可能なのは青葉、夕張、深雪、蒼月。一番宛に出来るのは雷撃戦エキスパートの深雪だが、その深雪を潰されたら拙い。他の三人の雷撃戦の腕前は悪くないが、残念ながら深雪の腕前には及ばない。

 どう攻める、今は仕留める必要は無いとは言え、この海域でス級を除くと最大級の脅威であるレ級flagship級を見据えながら、愛鷹は考える。

 飛来する砲撃を躱しながら、また一撃撃ち返す。四一センチ主砲弾が轟音を立てながら鈍色の空中を駆け抜け、レ級に着弾する。

 距離が比較的近いだけに、波によるブレで全弾命中とは行かずとも一発は当たった。

 命中の手応えはあった。だが撃破の手応えは無い。

(やはり硬い)

 レ級からのカウンターアタックの砲撃を左にステップ回避で躱しながら歯を噛み締める。

 流石は太平洋南方戦線で国連軍の攻勢を幾度も撃退している戦艦だ。上位種ともなれば手強さは更に上である。

 今相手しているflagship級でこれだが、波が穏やかな時のelite級だったらどうなっているだろうか。交戦した事がまだないので何とも言えないが、恐らく苦戦する事は間違い無い。二隻で六隻の艦娘艦隊を壊滅状態に陥らせられる相手だ。

 そろそろ潮時か、と思いながら左へと舵を切って砲撃を回避する。さっきからレ級の砲撃はやけくそにでもなったか精度が落ちていた。

 一方の愛鷹も狙って撃った砲撃の精度も二発に一発で命中になっていた。

 海図をHUDに表示して現在位置を確認する。砲撃回避を繰り返していたら随分お互いの位置が入れ替わっていた。

 五回以上も変針している。キャットファイトではないが巴戦に近いレベルの激しい入れ違いをしていた。HUDに表示される自分とレ級の航跡表示が入り混じっている。

 飛来する砲撃をひょいと躱して再びHUDの海図を見る。

 

 幸い、離脱するなら丁度いいポジションだった。

 

 頃合いもいい、引き上げようと決めた。青葉達は既に戦域外に離脱してレーダーにも映っていない。

「ギャラクシー、第三三戦隊の状況は?」

(前進して来た『ズムウォルト』に収容された。天候の悪化が酷い、そろそろ離脱しないと拙いぞ)

「了解、これよりAOより」

 そう言いかけた時、ソナーで魚雷航走音がはっきりと聞き取れた。雷数は四発。

「なに⁉」

 目を剥いて魚雷の来る方向へ目を向ける。白い殺人鬼の航跡以外は何もいない。

 潜水艦が海中の騒音に紛れて伏撃していた? いやこの海域の深度と地形では潜水艦は機動が制限されるし、潮流も早いから伏撃には不向きだ。

 

 

 じゃああの魚雷は誰が……。

 

 とにもかくにも回避運動を行うが、二発が直撃コースに乗っていた。

 即座に左腕の対空機銃で海面を撃ち、魚雷の破壊を試みる。

機銃だけでなく、高角砲も動員して海面に弾幕を張る。その間にもレ級から砲撃が飛来し、回避運動にかかりたい愛鷹の動きを牽制する。

 魚雷一発を何とか撃破し、その爆発の煽りを受けた二発目の進路が逸れた。

 アレは当たらない、と確信した愛鷹だったが、魚雷に気を取られレ級の砲撃に僅かに気が付くのが遅れた。

 咄嗟に防護機能最大展開で防ぐが、かざした手がじんと痺れる程の爆発が起きる。咄嗟だったので衝撃の受け身も満足に取れず二、三歩よろけた。

 思わずよろけて、(しまった!) と声に出さずに悲鳴を上げた時には遅かった。

 近接信管で起爆した魚雷の爆発が愛鷹を襲う。砲撃防御に防護機能のリソースを割いていた分魚雷の爆発を防ぎきれなかった。

 右足に焼けつくような痛みが走り、右下半身全体にも痛みが走る。

 歯を食いしばって痛みを堪えるが、胸から込み上げて来た熱い物を堪え切れず海に向かって吐き出す。

 

 しまった……発作だ……薬の効果が切れてる……。

 

 震え出す視界に吐き出された血が海上に血だまりを作っているのが見えた。

 タブレットを呑もうにも波の揺れと手の震えでポケットに手が延ばせない。拙い、これは拙い。

 波に揺られるままになる自分に対し、レ級は畳みかける様に砲撃を行う。刀を構える力も出ず、嘔吐と共に血反吐をまた吐く。

 何だってこんな時に、と激しくなる心臓の動悸と悲鳴を上げる体のダブルパンチに荒い息を吐いているとレ級の動きに変化が出た。砲撃を止めて海面を見て何かに警戒している様子だ。

 どうしたんだろう、とレ級の砲撃が止んだ内にとタブレットを数錠何とか掴み出して口に入れる。効果が出るまでしばし時間がかかった。

 何とか体が落ち着いた時、レ級の足に赤いものが付着し、その周囲に何かが立っているのが見えた。

 

あれは……鮫の背びれ?

 

 もしかして、とレ級が砲撃を止めた理由を悟る。自分が海に向かって吐いた時の血が波に乗ってレ級の足に付着し、偶然近くを遊弋していた鮫が血の臭いを嗅ぎつけて集まって来ている?

 ならレ級が鮫に気を引かれている内に離脱しよう、と愛鷹は右足の痛みに鎮痛剤を打ってひとまずその場からの離脱を優先した。

 少し距離を取ってから右足を見ると、主機から損傷の火花が散り、膝から下が鮮血で染まっている。主機も血まみれだ。

止血と、主機の血を拭き取らないと、レ級に向かっていた鮫が自分の方にもよって来かねない。

 ひとまず止血剤を打ち、使い捨て滅菌消毒タオルで主機の海面接地面近くの血を吹き取る。鮫除けの薬剤を主機に塗り血の匂いを消す。

 魚雷の爆発で受けた足の傷はそれほど深く無いのが幸いだった。包帯を巻きつけてその場の応急処置を済ませる。

 鮫の群れに襲われてレ級も全速で離脱を余儀なくされたらしく、ひとまず助かった事に愛鷹は安堵のため息を吐いた。

 

 「ズムウォルト」への帰路、愛鷹は海図を見て自分を襲って来た四発の魚雷の正体に気が付いた。

 先にレ級が発射した五発の魚雷が航走を止めたポイントと、自分が雷撃を受けたポイントはほぼ同じ。

 魚雷一発が浅瀬に突っ込んで爆発し、他の魚雷も迷走するか浅瀬に突っ込んで動きを止めたと思い、砲撃を躱しながらレ級の動きを探るのに夢中になっていたが、そう言う事かとやっと理解する。

 レ級が撃った魚雷の一発はソナーの聴音を掻き乱す為わざと海底に突っ込んで爆発し、残る四発は一旦動きを止めて愛鷹がレ級の攻撃を回避し、位置を変えて行く間に動きを止めた位置に来るまで息をひそめて待ち伏せしていたのだ。

 つまりレ級の砲撃は事前に撃った魚雷の待ち伏せポイントへ愛鷹を追い込む為のモノだった。

 

 狡猾な作戦だ、と愛鷹はレ級の取った作戦に舌を巻く。flagship級なだけに頭も切れる様だ。

 もしあと少しでも気が付くのが遅れていたら、自分は魚雷四発をもろに喰らって海の底だっただろう。

 大きなため息を吐きながらギャラクシーにターミガン各偵察隊に一時帰投を指示する。

 天候の悪化が進んでいる以上、これ以上の航空偵察は難しい。遭難機が出たら貴重な瑞鳳の航空戦力がそがれてしまう。

 「ズムウォルト」との会合地点を確認しながら、自分とレ級の場に割って入り込んできた形の鮫に感謝の意を覚える。

 血の臭いを嗅ぎつけて寄って来る鮫は艦娘が洋上で負傷した時、深海棲艦とはまた別の意味での脅威だが、今回愛鷹には偶然にも味方となってくれた。

 レ級に寄ってたかって来たあの鮫の種類は何というのかは分からないが、海洋生物を味方に付けられた自分の運の良さに軽く驚きもする。

「カードゲーム以外にも自分には自然の生命を味方に出来る運でもあると言うのかしら」

 沖ノ鳥島海域への偵察作戦に赴く際、イルカの群れが戯れて来た時の事を思い出しながら愛鷹は「ズムウォルト」への会合地点を目指した。

 

 

 ウェルドックが開けるギリギリの波の中、どうにか「ズムウォルト」へ帰投した時には流石の愛鷹もくたくたに疲れていた。

 艤装を外すとどっと溢れる疲れにドックのデッキ上でへたり込みそうになるが、事前に来ていた医療班のストレッチャーに載せられて一旦医務室へと運ばれる。

 魚雷の爆発で負った傷を手早く処置し、一時間余りで普通に歩ける様になる程度に回復した。

 手当を終えた後、とにかく疲れた愛鷹が休憩室へと入ると、中でテーブルの上にコーヒーカップを置いた青葉がノートPDAを片手に待っていた。

「お帰りなさい愛鷹さん。また無茶しましたね」

「ただいまです青葉さん。無茶したと聞いた大和に後で怒られそうです……」

 流石に気落ちした声で返す愛鷹に青葉は一瞬苦笑を浮かべるも、すぐに吹き消して持っていたノートPDAを愛鷹に見せた。

「今日の偵察で発見した敵艦隊の総数と陣容、展開位置を纏めておきました。それとレ級flagship級の事も」

「敵艦隊には恐らく空母機動部隊はいないでしょうね。キース島を空爆していたのはレ級flagship級の艦載機と見て間違いない。

今回確認されたflagship級は既に確認されているelite級より多くの艦載機を運用出来る航空機運用能力を備え、更にレ級として初めてレーダーも備えている。

 射撃精度は荒天下とあってあまり高くありませんでしたが、波が穏やかな時に対峙したら、艦隊には相当な脅威となるでしょうね」

「レ級flagship級のその他の特徴は何か分かりましたか?」

 そう尋ねる青葉に少し温くなったコーヒーカップを取って口に付け、深々と溜息を吐きながら愛鷹は一旦ソファアに腰掛ける。

 随分疲れたんだな、とコーヒーを飲んで癒されているらしい上官を見つめながら、制帽の下からみせる愛鷹の疲労の色を青葉は感じとる。

 暫し目を閉じて一息入れ終えた愛鷹はようやく青葉の問いに答えた。

「私の火力では残念ながら太刀打ちできそうにありません。雷撃戦でなら勝機はあるかもですが、今の天候と隙の無いレ級の戦闘力を鑑みると雷撃で仕留めるもかなりのハイリスクでしょうね」

「天候とス級と新種のレ級flagship級。課題が山積みですね」

 そう呟く青葉の表情はいつになく暗いモノだった。

 

 

 今の第三三戦隊の手持ちの戦力でキース島近海の敵艦隊を可能な限り撃破するか、敵艦隊の展開状況を解析してブロッケードランナー作戦の抜け道を洗い出すか。

 愛鷹達に残された時間に余裕はなかった。

 




今回の本編から別作品で指摘を受けた行頭一文字落としを入れて行きます。

レ級flagship級は本家ゲームには無い、本作オリジナルのレ級の形態です(私も5-5で毎度コイツにやられてます)

今回のお話では映画「グレイハウンド」の戦闘シーンを少し頭でイメージしながら、映画「グレイハウンド」と同じシチュエーションの悪天候下で艦娘が戦うとどうなるか、を念頭に第三三戦隊の戦いを描いています。

夏イベントを挟む事になると思うので、次回の投稿は(かなり)遅れるかもしれません。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第五一話 試練の海 中編

 本編お待たせです。


 欧州総軍司令部に休みは無い。

 四六時中司令部に籠る武本やターヴィら司令部要員に入る戦況報告は、いいニュースと悪いニュースの両方が入れ違いに入って来ていた。

 欧州戦線の戦況は日本艦隊を投入した事で、まず北海戦線が劣勢から拮抗へと戦況の立て直しが始まっていた。船団護衛から艦隊戦に至るまで、日本艦隊来援の結果瓦解寸前での立ち直りだった。

 一方、地中海、フランス大西洋側などでは未だに戦線の縮小や後退が相次ぎ、一部地域では民間人の避難が間に合わず取り残されている状況だ。

 日本艦隊同様に欧州へと増派されている北米艦隊の再編成は進んでいるが、艦隊戦力としてはまだ心許なさすぎた。

 イタリアではアンツィオ放棄の結果イタリア半島の防衛線が壊乱状態となり、特にアンツィオと言うところから半島に軛を撃ち込まれ、補給線が絶たれる結果となった南部の部隊や民間人が各地で取り残されていた。

 イタリア南部では軍民共に見捨てられてしまったのではないか? と言う意識も出始めており、軍兵士の士気にも影響が出始めている。

 協議や作戦立案が行われる司令部にレ級flagship級の情報は凶報の一つでもあった。

 愛鷹がまとめた報告書が司令部内でも共有され、その戦闘能力に司令部要員は一同に頭を抱えた。

 

「とうとう欧州にもレ級が出てしまったな」

 苦々しい表情で呟くターヴィに武本は溜息交じりに相槌を打った。

「しかも新種のflagship級だ。こいつが大量に出て来たら手に負えん。

ただ留守番の部下に指示して、既にレ級が確認されているサーモン北方に第二五航空戦隊の二式大艇による長躯航空偵察を行わせて確認を取ったが、今の所サーモン北方にはflagship級はいないらしい」

「今はいないだけで、今後現れる可能性はあり得るんじゃないかな」

「それは否定できん」

 日本で留守番指揮を執る谷田川に命じて、秋津洲と千早の二人から成る第二五航空戦隊の二式大艇で既にレ級が確認されているサーモン北方を長躯航空偵察させたところ、今の所はサーモン北方海域にいるレ級に変化はないとの事だった。

 しかし、その状況もいつまで続くか。

 別事案で気がかりな事も谷田川が知らせて来ていた。沖ノ鳥島海域で新たな火山活動により新島が新たに出現したらしい。

 今は強い火山ガスが噴出しておりとても生物が近寄れる状況ではないとの事だが、制海権を完全に確立したとは言い切れていない沖ノ鳥島海域に新たに新島が誕生した事は、先の核攻撃で壊滅した拠点に代わる深海棲艦の拠点になりかねない可能性をはらんでいた。

 日本艦隊として欧州に大規模な艦隊を派遣している現状、今日本艦隊が担当している各戦線を維持するのが関の山だ。

 谷田川が寄こしてきた報告では欧州に艦隊を派遣して以降、散発的とは言え各戦線で深海棲艦機動部隊との小競り合いが頻発していると言う。

 早期に欧州の戦いにケリをつけ、日本艦隊の担当戦線に戦力を戻さないと、せっかく拮抗状態の太平洋戦線が崩壊しかねない。

 欧州でかけられる時間は長くは無かった。

 

 

 

「次の指示があるまで待機せよ」

 そう告げられて半日余りが経過した。

 自室で取り敢えず待つ愛鷹は、パソコンで欧州総軍司令部の報道官による記者会見の様子を見ていた。

 リアルタイムではない、数時間前のモノだが最新の国連軍の情報発信を見てみようとレイノルズに少し無理を言って記者会見の様子を撮ったものを寄こして貰った。

 どこの軍首脳部も最善を尽くし、戦線を押し返し、必ず深海棲艦に打ち勝つ旨を述べているが、愛鷹は軍の上に立つ各国の政治家の首脳の本音が分かっているだけに、冷笑を浮かべて見ていた。

 欧州総軍は国連軍でも一番規模の大きな連合軍組織の一つだが、足並み自体実際は悪い。元々母体であるEUの足並みは、英国が離脱してから複数の国がEU離脱を表明しては取りやめの連続だったくらい足並みはそろっておらず、今に至るも足並みの不統一さは治っていない。

 国連軍と欧州総軍健軍初期は上手くやれていたのだが、長期化する戦争で早くも組織としての未熟な面が露呈し始めて、利害と打算の産物化している。

 軍部は協調路線を取ろうと必死だが、各国の政府首脳は「損害は他国に押し付け、自国の被害は最低限に」「隣国は自国の防波堤に」と言う意識に囚われているから、派遣軍の派遣意義も実質「自国領内に被害が出る前に隣国の時点で抑える」と言う建前の下でやっているに過ぎない。

「何が国際連合軍よ……」

 会見を見終えてから愛鷹は欧州総軍の実情に唾棄した。

 確かに深海棲艦の猛攻が今回の劣勢の原因ではあるが、もう一つの原因はその劣勢になっても真面目に協調路線を取ろうとしなかった欧州各国の政府首脳の対応の遅さにあった。

 所詮深海棲艦と言う共通敵を前に、国連の名の下に強引に纏め上げた烏合の衆に過ぎなかった訳だ。

 戦争が長期化しているのも、はっきり言ってしまえば強引な国際統合の弊害だ。対立と歩み寄りの繰り返しをしてきた大国の利権絡みの歴史は未だに続いている。

 国連の権利そのものは以前より強固なモノとなっているとは言え、その水面下ではイニシアティブを取ろうとする大国の思惑が常に跋扈している。大体はアメリカ、ロシア、中国、英国、インド、フランス等の国々であり、国連軍結成前は核兵器を保有して核戦略を立てていた国々だ。

 特にアメリカとロシアは本来ならさっさと手を組んで大規模な反転攻勢に出ればいいのに、自国艦隊の損害を理由に大規模な統合作戦に消極的な姿勢を幾度となく繰り返して来ている。深海棲艦出現前の海軍大国中国は自国に艦娘適正者が極めて少ないと言うやむを得ない理由があるから仕方ないとしても、国連軍創設後もその戦力は非常に有力な米露の足並みが不揃いな現実は対深海棲艦戦略上足かせにもなっている。

 こうやって政治家が何時まで経ってもグダグダな足並みを続けている内に、最前線で戦う将兵や艦娘は血を流し続けている。

 艦娘の犠牲の遠因には揃わぬ政治家の足並みのせいで命を落とした、とも言えるし、それがクローンによる戦力補填提案にもつながっている訳だから、政府首脳の足並みの悪さ、連携の不統一の結果の一つが愛鷹と言う存在を生み出している訳だ。

 愛鷹が政治屋レベルでの争いを嫌う理由は自分を産みだした原因が政争にもあるからでもあった。その意味で一度ならずと世界全体を呪った事もある。

「下らない」

 パソコンの画面を消して後頭部に手を組んで椅子の背もたれに深く身を預けながら呟く。

 深海棲艦のお陰で世界は確かに国連の名の下に一つになったが、足並みの悪さは治っていないし、治す気すら伺えない。そんな政治屋レベルの怠慢のツケを自分達は血であがなっている訳だ。特に自分は血だけでなく寿命まで対価とさせられている。

 この分じゃ自分が生きている内に世界の真の統一どころか、深海棲艦との戦争終結も見届けられないだろう。そう思うと急に悲しくもなった。

 情けないモノだ、と嘆きたい気分になると無性に葉巻を吸いたくなる。ただ手持ちの葉巻にも限りがある。

 タバコで我慢するか。そう考え付いて組んでいた足を解くと愛鷹は引き出しに入れていた市販のタバコの箱を手に取り、ヘリ甲板へと向かった。

 

 

 陰湿な天気だった。ヘリ甲板に上がってタバコに火をつけて空を見上げて見ればどんよりとした鈍色の雲が空を覆いつくし、艦娘が航行するには少々厳しいと言わざるを得ない高波が海上に吹き荒れていた。

 愛煙している葉巻とは違った味のタバコのニコチンに違和感を覚えながらも、それでもストレス軽減になるならまだいい方だ、と自分に言い聞かせる。

 「ズムウォルト」艦内のPX(酒保)に自分が好む葉巻は置いていないから、本当に吸いたい時に備えて今は市販のタバコで我慢だ。

 口からタバコの煙を吹き、海を眺める。こんな悪天候下では艦娘の作戦行動は無理に等しい。

 しかしブロッケードランナー作戦が迫る中、レ級flagship級を含む深海棲艦の艦隊を排除しないとキース島からの撤退難民や将兵を載せた客船を危険に晒す事になる。

 味方の艦娘は駆逐艦三とフリゲート一だけ。現状それ以上の増援は望めない。

 本来は偵察が任務の第三三戦隊だが、ブロッケードランナー作戦実施前に前路掃蕩の意味も兼ねてこちらから打って出る必要もあるだろう。

 そうとなれば作戦目標はただ一つ。レ級flagship級の排除だ。あれが現状ス級を除けば最大級の高脅威目標である事に変わりはない。

 火力ではレ級に勝る艦娘はこのC8Sにいない。だが雷撃戦でなら勝機がある。

 ただその雷撃戦に勝機をかける場合、問題点がいくつかあった。

 まず一つ目が天候だ。現状好転するかどうかは全く持って不明。天候が回復し、波が落ち着けば戦闘の機会もあるが、正確な天気予報が絶たない今の気象予報事情ではC8S海域での天候がこのままなのか、好転するかどうかは文字通り天に祈るしかない。

 二つ目に雷撃戦の命中率だ。艦娘の魚雷は今の所無誘導魚雷しか存在しない。故に当たるかどうかは魚雷を撃つ艦娘の技量に委ねられている。

 愛鷹として一番宛にしている深雪は雷撃戦のエキスパートだが、レ級flagship級がそう簡単に被弾する様なやわな相手だとは思えない。

 三つ目の問題点が魚雷攻撃時はどうしても回避運動能力に制限がかかる事だった。砲撃と異なり攻撃中に過度な変針を繰り返し過ぎると射角、射点がズレてしまい、諸元通りの位置に魚雷が行く可能性が無くなってしまう。

 レ級flagship級の事だから恐らく自分が魚雷で狙われている事を察知したら、即座に潰しにかかるだろう。片っ端から魚雷攻撃可能な第三三戦隊のメンバーを潰されたら、こちらとして手の出し様がない。

 愛鷹が刀で武装を無力化すれば時間稼ぎにはなるだろうが、深海棲艦側の工作艦で応急修理がされて戦線復帰してきたら意味がない。時間稼ぎではなく完全に撃滅しておくことで後顧の憂いを断つのが最善の策だろう。

「打って出るしかないか」

 空と海の両方を睨みながら愛鷹は静かに、決意を湛えた目で呟いた。

 

 

 打って出る事を決意した愛鷹だったが、彼女の意思に反して海上の天候が回復する様子は中々なかった。

苛立ちを募らせる愛鷹は次第に口数が減り、元々あまり変化が大きいとは言えない感情の起伏が余計に小さくなっていた。

ただ、終始苛立っている程度の事は青葉達には分かった。

 ブロッケードランナー作戦実施前日になっても天候は一向に回復せず、艦娘の出撃不能状況が続いていた。

 代わりに瑞鳳の天山で航空偵察が続けられ、敵水上艦隊の展開状況の把握だけは続けられた。

 その結果、巡洋艦を主体とした艦隊が最低でも一〇群確認された。リ級などを始めとした巡洋艦級が多数展開しているのが判明したのはブロッケードランナー作戦実施前に当たって大きな成果と言えた。

 愛鷹にとって幸いだったのは頑強な巡洋艦であるネ級改がいない事だった。

 巡洋艦キラーの自分がいるとは言え、ネ級改は他の海域での交戦報告から打たれ強さが向上していると言う解析結果が出ており、高脅威目標リストの順位が無印の戦艦ル級やタ級はおろか、elite級のル級やタ級すらを凌駕していた。

 手数の限られている自分達にとってネ級改は機動力が戦艦より高いの合間って厄介な相手であった。

 

 

「だからぁ、レールガンとか陽電子砲とか、そう言うスゲエもんはないかと言ってるんだ!」

 苛立ちと焦りを滲ませる深雪の喚き声が「ズムウォルト」の艤装整備場に響く。その問いを叩き付けられている夕張はコーラを片手にため息交じりに返す。

「貴女の六一センチ酸素魚雷だって全弾直撃させたら棲姫級くらい結構いけるモノよ。要は当てる事よ。片目瞑ってよーく狙う。これ一択じゃない。当たってどっかーん、万事解決」

 コーラの缶を持った手で言葉通り片目瞑って撃つ仕草をした夕張は缶に残っていたコーラを飲み干す。

 やはり炭酸は旨い。何時出撃がかかるか分からない中、艤装の整備に余念がない自分には天ぷら蕎麦に代わっていいストレス発散材料だ。

「じゃ、私忙しいから。深雪も暇なら自分の艤装の整備くらい自分で入念にやっておきなさい。

 そうすれば片目瞑って撃てば当たる攻撃が当たるわよ」

 そう言ってゴミ箱に捨てて来てと空になったコーラの缶を押し付けて仕事に戻る夕張に、深雪は呑気によく言うと思いながら食い下がる。

「棲姫級どころじゃない奴が出たらどうするんだよ! その時は」

「その時はもう片方も瞑りなさい」

 つまりお手上げだ、と言う夕張の言葉に深雪は床にコーラの缶を投げつけた。

 

 

 ブロッケードランナー作戦実施前日になって急遽提出された作戦書類を読んだ武本は目を疑った。

 作戦名オペレーション・ブラックピット。その作戦内容はキース島から撤退する難民と将兵を載せた客船「オーシャン・ホライゾン」そのものを囮にしてレ級flagship級を始めとする深海棲艦の艦隊を誘引。引き寄せられて来た深海棲艦の艦隊を直掩に付く第三三戦隊が迎撃に付く、と言うモノだった。

 この作戦に欧州総軍は英国艦隊の空母ヴィクトリアスと、北米艦隊の第九九任務部隊から戦列に復帰したての戦艦ワシントンをグレイハウンド隊に追加して戦力の強化を図っていた。

 英国艦隊からなけなしの精鋭空母一隻と北米艦隊派遣部隊の戦艦一隻が増援として来るとは言え、護衛対象の客船を囮として深海棲艦の艦隊を誘引すると言うあまりにもリスキーな作戦内容に武本は立案者の名を探った。

 作戦概要が書かれた書類の最後に立案者の名が書いてあった。そしてその名前に武本は思わず二度見した。

 作戦立案者はターヴィだった。

 どういう事だ、と武本は流石に理解が出来ずターヴィの下へ直に赴いて彼が立案した作戦なのか問うた。

半分逆上気味な武本の問い詰めを静かに聞き終えたターヴィは全く悪びれた様子もなく、静かに自分が立案した作戦だと認めた。

「第三三戦隊のこれまでの戦績報告書を読ませてもらった。その上でこの高難易度ミッションを任せるに充分だと判断した」

「馬鹿野郎。『オーシャン・ホライゾン』そのものを囮にするなんて正気の沙汰じゃないぞ。護衛対象を撒き餌にするなんてもし乗船する民間人に被害が出たらどう責任を取る気だ」

「それを防ぐ為に、英国艦隊と北米艦隊に無理を言って空母と戦艦を一隻ずつ抽出したんだ。二人とも練度、経験は充分だ。グレイハウンド隊に編入しても上手くやれるはずだ」

「筈だ、と言う不確定要素に賭ける気か。それに第三三戦隊だけで押し寄せる深海棲艦の艦隊をすべて叩かせると言うのか? 

 確かに第三三戦隊は相応の場数を踏んでいる。だが、いくら何でも彼女達だけで大量の敵艦隊を相手取らせるのには無茶が過ぎる」

「上空援護は瑞鳳が。第三三戦隊そのものへの航空支援はヴィクトリアスが行う。問題はない」

「問題はないって……」

 なぜそうも言い切れる、と友人の顔を見て武本は困惑した。ターヴィは至って真面目に答えているが、作戦内容はリスキーすぎる。

 

 

 護るべき対象の客船を囮にしてそれによって来る深海棲艦を、第三三戦隊とヴィクトリアスの航空戦力で撃退。

 

 言うは易く行うは難しだ。第三三戦隊は確かに場数をかなり踏んで来ているし、個々の戦闘能力も折り紙付きだが、キース島近海に展開しているであろう深海棲艦全てが一度に集まって来たら守り切れるとは思えない。

 ヴィクトリアスの航空支援があるとしてもだ。

「これは総司令部も認可した作戦だ。武本、彼女達を信じよう。どの道ブロッケードランナー作戦実施延期は出来ない」

「後ろで見ているだけの我々の怠慢のツケを、前線で戦う部下や護るべき市民の血で購う事態だけは避けねばならんのだぞ。不確実性の高い作戦は第三三戦隊の上司として認められない」

「何度も言うがこれは既に欧州総軍司令部の決定事項なんだ。今更変えられないんだよ」

 申し訳ないが折れてくれ、と言う顔で言うターヴィに武本は苦虫を嚙み潰した様な表情でため息を吐いた。

 

 

 欧州総軍司令部から送られて来た作戦指示書を読んだ愛鷹はそのハイリスクな作戦内容に憤りを通り越して溜息しか出なかった。

 護るべき客船そのものを囮にしてよって来る深海棲艦を第三三戦隊と増援の空母ヴィクトリアスの航空戦力で各個撃破し、これを後のキース島一帯に布陣する深海棲艦掃討戦そのものにつなげる。

 深海棲艦がそんな甘い相手な訳がない。一か月以上前の戦術核攻撃を行って以来、深海棲艦の殺意は全体的に上がっていると言えるからこれまで通りのセオリーが通じとは思えない。

 しかし、今更意見具申した所でこの作戦指令が覆される可能性は無い。やれと言われたらやるしかない。

 作戦のミスは絶対に許されないだけに、愛鷹の胸の中で責任の二文字が重く押しかかった。

 

 ミスが許されない護衛作戦、と言う凄まじいプレッシャーに何度目か分からないため息を吐きながら、一旦ブリーフィングルームに第三三戦隊仲間を集めて作戦内容を伝達した。

「リスキーな作戦ですね」

 渋面を浮かべる蒼月の言葉に他のメンバーも同感だと頷く。

「護衛対象を餌に、私達で遊撃作戦を展開。打ち漏らしたらグレイハウンド隊に任せるしか無いとは言え、グレイハウンド隊の戦力が心もとないですね」

 瑞鳳が腕を組んでブリーフィングルームの大画面モニターに表示されるグレイハウンド隊の戦力を見ながら不安げに呟く。

 グレイハウンド隊の戦力は戦艦ワシントン、空母ヴィクトリアスで増強されているとは言え、艦隊戦に向いている戦力とは言い難い。フリゲートのダッジは特に艦隊戦に不向きだ。

 何か確信でも持っているのだろうか、と欧州総軍司令部が下した判断に愛鷹も疑念に思っていると黙って聞いていた深雪が口を開いた。

「こっちは一三人、向こうは六隻か一二隻……数では負けてない。違うか?」

「確かに単純な頭数で言えばこっちが勝ってるけど……」

 こちらは純粋な対水上戦闘可能な艦娘はそこからマイナス三人だから逆に劣っている、と衣笠が無言で実情を返すが深雪は何かしら彼女なりに自信があるのか不安な表情を見せない。

「このキース島一帯の制海権を維持するとなれば、避難民を載せた客船への攻撃に割く戦力はそれほど多くない可能性がある。

 もしかしたらレ級flagship級一隻を差し向けて来るだけかもしれない。単艦で一個艦隊を相手取れるレ級一隻が敵の繰り出す全戦力だとした場合、逆にこちらは頭数を生かして返り討ちにしてやる事も不可能じゃない」

「たらればが前提の作戦立案や想定はリスクが高いですね。でも、深雪さんが言う通り深海棲艦としてキース島一帯の制海権を今後も維持するとなれば客船攻撃に何個も艦隊を差し向けて来るとは思えない。

 多くて二個か三個艦隊。ス級だとこちらとしては手の出し様がなくなりますが、巡洋艦級メインの敵艦隊しか現状確認されていない。

 増援が送られていたらそれまでとは言え、天候悪化は深海棲艦にも航行能力に等しくデバフをかけるし、深海棲艦とてこちらの抵抗で無傷で済んでいると言う訳でもない」

 そう語る愛鷹に青葉が何かに気が付いたように顔を上げ、尋ねて来る。

「日本艦隊の作戦行動で結構戦線を押し戻せている感じですか」

「ご名答です。第一戦隊と第四戦隊を中核とした水上打撃部隊及び第七航空戦隊の航空作戦の結果、北海での国連海軍の戦線崩壊は回避できました。

 戦況は拮抗にもつれ込んでいる模様です。この間にドイツ艦隊、北米第九九任務部隊、ロシア艦隊等の各国艦隊は再建再編を急ピッチで進めているとの事」

 日本艦隊の来援は結果として総崩れになりかけていた欧州総軍の艦娘艦隊再建の時間稼ぎになっていた。撃沈され、戦死さえしなければ艦娘は新しい艤装を纏って戦線に復帰できる。

 現時点で欧州総軍が払った艦娘の犠牲は英国艦隊の駆逐艦ジェーナス一隻とされているが、艤装の残骸の一部は発見されても遺体そのものを確認した訳では無い、と言う理由から未だ根強く生存していると言われている。

 ジェーナスの生死に関して愛鷹は残念ながら問題外の立場なので何とも言えない所があるが、生きていて欲しいと言う思いは深く理解出来た。

 

「北海戦線が拮抗状態にもつれ込んだ事で結果的に深海棲艦も戦力的に余裕が無くなっている可能性もありますね。

 そうなればキース島に戦艦を含む有力な機動艦隊をこれ以上増派して来る恐れは低いかも知れません」

 顎を摘まんで考え込む表情で言う青葉に愛鷹は同意だと頷いた。

「その仮定が恐らく正しいかも知れませんね。現にここ北海戦線での拮抗状態を押し戻される兆候がない」

 もしかしたら不安材料は第三三戦隊がキース島一帯で発見した深海棲艦だけで済むかも知れない。

 それ以外で愛鷹にとって一番の懸念材料はス級だが、それに関しては夕張が対抗手段ならあると告げた。

「以前青葉が解析した誘導砲弾の誘導電波にジャミングをかければ長距離砲撃は無効化出来ます。

青葉や瑞鳳、愛鷹さんの搭載機に特殊な電波妨害装置(ジャマーポッド)を外付けすればそれで誘導砲弾砲撃を行えない状況にする事が可能です」

「ジャマーポッドはあるの?」

 そう尋ねる瑞鳳に夕張は勿論と頷く。

「『ズムウォルト』の艦内工場でも製作可能よ」

 

 ジャマーポッドを第三三戦隊の電子戦担当艦上機に装備してス級の誘導砲弾による長距離射撃を無効化。これだけでブロッケードランナー作戦の難易度は随分下がる筈だ。

 艦娘と違い「オーシャン・ホライゾン」は小回りが利かない分、ス級の長距離砲撃に脆い。当たれば乗船する民間人や負傷兵に被害が出かねないが、未然に防ぐ措置は立てられる。

 

 ス級が長距離砲撃を捨てて、近接砲撃戦を挑んで来たら……腹をくくって自分が攻撃するしかないか。

 

 もしス級が接近戦を挑んで来た時の事を考えると、結局は自分が何とかするしかないと言う事に関しては流石に愛鷹も気が萎えそうだった。

 あんな巨大艦に何度も挑んで来た訳だが、死ななかったのは正直不思議でしかない。綱渡りをする以上に危険な相手だから、今の本音を言いうなら自分だけで対処するのはもうまっぴら御免である。

 死にかけた局面が幾度となくあっただけに、愛鷹とてトラウマ染みたモノをス級に抱えていた。

 

「愛鷹さん?」

「はい?」

 自分を窺う青葉を見返すと、青葉は愛鷹の手を見て案ずるように聞く。

「震えていますよ、手」

「そう、ですか?」

 手袋をはめた手を見ると確かに小刻みに震えていた。発作とは違う、本能的な恐怖からの震え。

 そっと掌に握りこぶしを作って震えを抑える。

 すると手に拳を作って震えを抑える愛鷹に深雪が何かに気が付いたように首を傾げた。

「そう言えば、最近いっつも手袋してるけどどうしたんだ?」

「これですか? まあ、そうですね……」

 仲間、互いに死線をくぐって来た姉妹、家族のような関係とは言え、少し言うのは憚られる。

 やや間をおいてからため息交じりに愛鷹は答えた。

「老化が大分手に浮かんできまして。手袋で隠している感じです」

 そう言って愛鷹は手袋外して一同に自分の手を見せた。

 元になった大和は青葉と衣笠より一つ上、夕張と同い年だから手の状態はほとんど同じだ。

 しかし、愛鷹の手はクローン故に老化が既に刻まれ始めており、同世代と比べて老けて見える手の姿だった。

「ああ、言う程酷くは無いと思うけど、隠したくなる気持ちも分かる老け具合だな」

 すまんと言う表情になる深雪の頭を軽く夕張が叩いた。

 

 

 ブロッケードランナー作戦実施前日にオスプレイ輸送機でグレイハウンド隊の六名が「ズムウォルト」へと輸送されて来た。

 母艦運用場所を同じとする為であると同時に、作戦前の打ち合わせも兼ねていた。

 味方艦娘六人とその艤装を載せて来たオスプレイが着艦する際には愛鷹もレイノルズと共に出迎えに行った。

 小柄な体躯の駆逐艦キーリング、ヴィクトール、ジェームス、更に小柄なフリゲートのハリー、そしてすらりと背の高い戦艦ワシントンと空母ヴィクトリアスが降りて来ると愛鷹はレイノルズ、それにドイルと共に出迎える。

 グレイハウンド隊の旗艦はあくまでキーリングが務めているのでキーリングが三人の前に小走りに駆け寄ると、敬礼して着任報告を告げる。

「駆逐艦キーリング以下、グレイハウンド隊六名只今を持って装甲突入支援艦『ズムウォルト』に到着しました。着任許可願います」

「許可する。『ズムウォルト』へようこそ。長旅ご苦労」

 答礼もを持って答えるレイノルズはグレイハウンド隊の面々にブリーフィングルームで話そうと告げ、愛鷹とドイルと共にブリーフィングルームへ六人を連れて行った。

 ブリーフィングルームへ向かう途中、愛鷹にワシントンが肩を叩いて尋ねて来た。

「ねえ、ちょっといいかしら?」

「はい、何でしょうか?」

「以前、貴女と私、会った事無いかしら? 貴女のこと何処かで見た事がある気がするのだけれど」

 言われてみればワシントンとはラバウルを拠点にしていた時、ショートランド奪還作戦の際に少しだけだが会った事があった。

「ショートランド奪還作戦以来ですね。ご無沙汰しております」

「あら、やっぱり。ここでも宜しくね」

「はい」

「二人とも面識があったの?」

 話を交わす愛鷹とワシントンにヴィクトリアスが少し意外そうに首を傾げて二人に聞く。

「ショートランド泊地奪還作戦の時、少しだけ」

 そう答える愛鷹になる程、と言う表情でヴィクトリアスは頷いた。

 

 ブリーフィングルームでグレイハウンド隊に欧州総軍司令部から下命されたブラックピット作戦の内容が共有される。

 ブロッケードランナー作戦と同時進行するブラックピット作戦にキーリング以下グレイハウンド隊は渋い表情を浮かべて聞いていた。

「ハイリスクな作戦ですね。大丈夫なんですか」

 ジェームスの懸念する言葉にヴィクトールとダッジが同感だと頷く。

「その為に本土防衛部隊から私が引き抜かれて来たのよ。腕利きの航空機を載せて来たから、グレイハウンド隊の航空支援は任せて」

 自信ありげに三人に告げるヴィクトリアスに三人が本当に大丈夫だろうか、と顔を見合わせる。

護衛部隊の旗艦を務めるキーリングの視線が愛鷹に向けられる。

「こちらの戦力は増強して貰ったとはいえ、弱編成です。確認されている敵艦隊は通商破壊戦に充分な戦力。それにレ級flagship級にス級もいる。

 もしそれらが押し寄せて来た時、客船に被害が出たら我々として民間人に面目が立ちませんよ」

「用心棒としての使命を可能な限り尽くします。我々とてただでやられる気はありませんし、やらせる気はない。

 グレイハウンド隊は取りこぼしの様な敵や潜水艦に留意して頂ければ幸いです」

「潜水艦は確認されていないと聞くが?」

 ダッジの問いに愛鷹は軽くため息を吐いてこれまでの自分達のもどかしい状況を説明した。

「悪天候で予定していた偵察行動が充分に行えず、水上艦隊しか現状偵察活動で確認する事が出来なかったのです」

 ブロッケードランナー作戦実施日に天候が回復する、と言うぶっつけ本番強制の様な天候の移り変わりには愛鷹も苛立ちを募らせるばかりだった。

 それを胸の鞭に押し留めながら自分の敵艦隊の展開状況の考察をグレイハウンド隊の面々に伝える。

「確かに敵水上艦隊は多く確認されていますが、その全戦力を『オーシャン・ホライゾン』攻撃に割くとは思われません。

 この海域での海域優勢を確保し続けるのだとしたら、寧ろ客船への攻撃に戦力をあまり沢山割き過ぎたくない筈。

 重巡部隊二ないし三個艦隊あるいは、レ級flagship級単独による強襲の可能性が高いかと。

 潜水艦隊に関してはブロッケードランナー作戦の航路上の海域を見る限り、潜水艦の行動力を制限する地形が続いています。

もしいたとしてもグレイハウンド隊の戦力でも対処可能な程度の潜水艦しか恐らく展開していないでしょう」

「希望的観測が過分に含まれますね。しかし、それに賭けるしかないか」

 やや肩を落として言うキーリングに愛鷹は何とも申し訳ない気持ちを噛み締める。

 表情を曇らせる愛鷹の肩にレイノルズが手を置く。

「貴官のせいではない。寄こしてくれる戦力をケチる上に問題がある。

 だがそれを今嘆いても始まらん。今ある戦力で出来る限りの事をやり尽くすだけだ」

「その為に病み上がりのワシントンを無理矢理引っ張り出して来たのでしょ?」

「病み上がりって何よ! そんなのじゃないわよ、志願して来たの」

 ダッジの言葉にワシントンが顔を赤くして返す。

「しかし、負傷完治からまだ日が浅い。本当に大丈夫なのか?」

 心配そうに問うヴィクトリアスにワシントンは無言で上着を捲って腹部を見せる。縫合済みの痕が彼女の腹部に残っていた。

「しっかり縫ってあるし、医者も大丈夫って言っていたわ。大丈夫よ」

 縫合した痕を見て逆に心配になる愛鷹だったが、艤装の防御力はワシントンの方が愛鷹のモノよりはるかに高いから恐らくは大丈夫なはずだ。

 

(そう思って失敗しないと良いけど)

 

 一抹の不安を脳裏に浮かべながらも、ワシントン次第だ、と自分に言い聞かせる。

 装甲、防御力共にまだ中途半端な面がある自分と違って純粋な戦艦なだけに高水準に纏まっているワシントンの持つ頑強さを信じるしかない。

 それに当たらなければどうと言う事でもない。

 

 

 グレイハウンド隊とホワイトハウンド隊こと第三三戦隊を合わせた共同ブリーフィングも実施され、作戦前の顔合わせを情報共有が行われた。

 ワシントンが青葉の顔を見るや見る間に顔を青ざめさせたので何事かと愛鷹が訝しんでいると、衣笠がそっとワシントンの弱みを青葉が握っているらしいと言う事を教えてくれた。

「青葉に弱みを握られている艦娘って結構いるんですよ。それで結構アドバンテージを取っちゃっている事も」

「なるほど……」

「単純に好奇心旺盛なのは良いんですけど、それが祟って『お前は知り過ぎた』って事にもなってたり」

「それに関しては自業自得としか言いようがありませんね」

 ばっさりと切って捨てる様に言ってしまう愛鷹に衣笠は、姉の事を大事にしてくれる上官も限度を越えたらフォローしてくれない無慈悲さを感じ取った。

 ブリーフィングルームに集まった一三人の艦娘とレイノルズ、ドイルとでブロッケードランナー作戦とブラックピット作戦の両方の打ち合わせ、作戦共有を行う。

 各自渡されたノートパッドPDAを見ながらレイノルズの作戦説明を聞く。

「明朝九月一四日。一時本艦はベルゲン港に入港し、そこで『オーシャン・ホライゾン』と合流。同船を護衛しつつキース島に向かい同島の避難民及び負傷兵を収容後、ベルゲンへ帰投する。

 グレイハウンド隊は『オーシャン・ホライゾン』の護衛、ホワイトハウンド隊は『オーシャン・ホライゾン』に接近する深海棲艦を各個要撃、撃破せよだ。

 ホワイトハウンド隊への航空支援はヴィクトリアスが実施する。

 ベルゲンからキース島まで何事も無ければ片道二日。避難民と負傷兵の収容に一日。何事もとなければ作戦は五日で終わると見積もられている。

 勿論、深海棲艦は襲って来るだろう。戦術的レベルの予測は難しい。何があっても大丈夫な様に各員艤装の整備と点検、各自の体調管理をしっかりと行っておくように」

 そう厳命するレイノルズに一三人の艦娘が「了解」と唱和する声を返す。

「一応ベルゲンから航空隊の支援を受けられなくはないが、ベルゲンには艦娘への近接航空支援向きの航空戦力が無い。

 実質P8哨戒機による洋上警戒監視くらいだ。ただキース島一帯は航空優勢が確保できていない空域でもあるのでP8が増派される可能性は低い。

 陸上部からの航空支援は無しと思っておいて貰いたい」

「こっちの航空戦力はヴィクトリアスと瑞鳳と愛鷹と青葉だけか」

 厳しい戦いになるぞ、と言う予感を覚えているらしい深雪が頬杖を突いたまま手持ちのノートパッドを睨む。

「敵艦隊がどれくらいの規模で押し寄せて来るかですね。これが結構重要です。六隻、七隻単位ならまだしも一二隻の連合艦隊規模で押し寄せられたら第三三戦隊に戦力でも防ぎ切れるか。

 六隻、七隻単位の数では拮抗状態であったとしても、波状攻撃をかけられたら防ぎ切れない。最悪、連合艦隊編成規模と相手取るより悪い結末になるかもしれない」

 憂慮する青葉にヴィクトリアスが優しく微笑みかけて告げる。

「そうはならないわよ。私のWING(空母航空団)もある。一個艦隊くらいなら私のWINGでも相手取れるわ」

「ヴィクトリアスさんの空母航空団編成は?」

 質問して来た青葉にヴィクトリアスはノートパッド共有で自分の空母航空団編成を示した。

「SB2C-5ヘルダイバー艦上爆撃機一八機、バラクーダMkⅡ艦上雷撃機一八機、コルセアMkⅡ艦上戦闘機一九機、フルマー偵察機二機よ。

 クセは確かにあるけどバラクーダは良い機体よ。まあ、第三三戦隊のテンザンには劣るけど」

「TBM-3Dアヴェンジャー攻撃機は使わないんですか?」

「自国産機体の方がやっぱり使い馴染みが良いものよ」

 空母艦娘ならではの艦載機との相性を語るヴィクトリアスに、青葉がその場の勢いで取材モードになりかけるが直前に愛鷹がその肩を叩き我に返らせて止める。

 取材モードになりかけた青葉を制すると一同に制空戦闘に関する捕捉を愛鷹が入れる。

「制空権争いとなった場合は瑞鳳さんと私、それにヴィクトリアスさんの航空団の戦力で行います。

 キース島一帯に展開している深海棲艦の航空戦力はレ級flagship級のモノに限定されていますから、三艦共同防空体制で。

 ヴィクトリアスさんのコルセアも戦闘機として優秀なので頼りになるでしょう」

「対空戦闘は任せて下さい」

 脇から意気込みを見せる蒼月に深雪だけでなくキーリング、ジェームス、ヴィクトール、ダッジまでもが「負けないぞ」と言う表情になる。

 

 仲間達の士気は旺盛であり、そこの所では問題は無さそうだった。

 対空、対潜は恐らくこの面子の力があれば大丈夫だろう。

懸念する所はやはり対水上戦闘だった。

「のっぽさん、深刻なツラして大丈夫か?」

 不安を隠しきれない愛鷹の心情に気が付いたらしいヴィクトールが伺う声を寄こす。

「ちょっとイーグル、のっぽさんじゃなくてちゃんと愛鷹さん、って呼ばないと」

 眉を吊り上げたジェームスがヴィクトールを『イーグル』と呼びながら窘める。

『イーグル』ってなんだ? と思った愛鷹がノートパッドで調べて見るとグレイハウンド隊におけるコードネームだった。

 グレイハウンド隊のキーリングのコードネーム自体も「グレイハウンド」、ジェームスは「ハリー」、ダッジは「ディッキー」、ヴィクトールは「イーグル」。

 途中編入のヴィクトリアスとワシントンにはコードネームは無かった。

「まあ、のっぽなのは否定できませんから。そんなに硬くならないで」

 素でワシントンを越える長身なだけに「のっぽ」呼ばわりされるのはもはや不可抗力でもあった。長身の事を揶揄されるのは別に苦では無かったので生真面目そうな英国艦娘のジェームスに苦笑を交えながら返した。

 そんなのでいいのか、と言いたげな表情になるジェームスだったが、本人が良いなら良いじゃないかとダッジが諭し落ち着いた。

 もう一つ気になるのがワシントンの状態だ。

 上着を捲ってみせて来たあの縫合の痕。はっきりと言って不安材料でしかない。被弾でまた傷口が開かないと言う保証がないだけにワシントンのあの傷口の痕は懸念材料の一つでしかない。

 無論戦艦だからそう簡単にやられるとも言えないが、小さな綻びが大きな傷口へと発展してしまう事例はよくある。

 大丈夫だろうか、と言う不安が愛鷹の脳裏から剥がれなかった。

 

 

 ブリーフィングルームでの打ち合わせと作戦共有が終わり、解散となった後愛鷹はワシントンの部屋を訪れた。

「どうかしたの?」

 来訪した愛鷹に不思議そうに聞くワシントンの顔は元気そのものの一方、愛鷹はの表情は晴れない。

「ちょっとお話したくて。よろしいですか?」

「ええ。いいわよ」

 ワシントンも海軍中佐の階級持ちなだけあって部屋の待遇も自分と同じだ。

 通された船室で愛鷹は率直にワシントンに自分が抱えている事をぶつけた。

「率直に聞きますがいいですか?」

「何かしら?」

「貴女が先程見せてくれたお腹の縫合の痕。大丈夫なんですか? 私も医療の学くらいあります。

 その傷跡、はっきり言いますが万が一の被弾時に開きかねない可能性がありますよ」

 遠慮も無くはっきりと言う愛鷹にワシントンは軽くため息を吐いた。嘘も冗談も無しに包み隠さず話して欲しいと願う目で見られた彼女は諦観した様に再び溜息を吐くと愛鷹を見て答えた。

「……初戦で大破して全治一か月と宣告されたわ。

 私としても本当はゆっくりと治療しておきたかったのだけれど、本国から動けるなら修復剤使ってでも動かせ、の催促が飛んで来て。仕方ないから修復剤を併用して高速回復させて来たの」

「そんな……強引に……」

「上の人たちは政治家なの。あの人達は自分達の利権や発言力、影響力、その他の為なら自分の旗や部下を使ってでも尻拭いする。

 軍人である私達はそれをやらされることになっても文句を言う事は許されない。軍隊は上から下の一方通行世界。

 それに私が大破した事で北米艦隊がこの海での制海権維持の困難を招いたのよ。私にも責任があるわ」

「政治家の利権、面子、対面維持の為に命を賭けていたらいくつあっても足りないでしょう。あなたの一つしかない命を持って償うなんて事をやってる余裕なんてない」

 人生は一度っきりしかない。やり直しは効かないのだ。命を持って償えなど冗談でもない。

 艦娘の命まで政治家の怠惰のツケ払いに利用されるなど、愛鷹にとって言語道断そのものだ。

「大丈夫よ。これでも結構場数は踏んでいるわ。サウスダコタに馬鹿にされている余裕なんてないわよ」

「ライバルとて、ライバルが死んだら悲しむでしょう……」

 欧州総軍の下した判断に憤りを覚えながらも、今更交代要員を送ってもらえる余裕もまた無いだけにここは諦めるしかなかった。

「自分の命を大事に動いて下さい。誰一人として死んで欲しくないんです」

「承知しているわよ。あなたこそ要撃行動に当たるだけに危険度はあなたの仲間共々高いわ。

 レ級flagship級。太平洋でレ級と戦った事は私にもあるから奴の厄介さは知っているわ。気をつけてね」

 

 

 ワシントンの船室を後にした愛鷹は深々と溜息を吐いた。

「心配する側が心配されるなんて……」

 一種の情けなさが込み上げて来て左手をうな垂れる頭にあてた。

 

 

 少ない戦力、リスキーな作戦。その二つを抱えたブロッケードランナー作戦とブラックピット作戦の実施を前に「ズムウォルト」はノルウェーのベルゲン港に入港した。

 ベルゲンの港で護衛することになる客船「オーシャン・ホライゾン」を目にした愛鷹は、「オーシャン・ホライゾン」のその巨体から自分へ強いプレッシャーを与えて来るのを感じ取った。

 乗船することになる民間人、負傷兵の数を考えるだけで頭が火照って来る。いやプレッシャーで心が負けそうだ。

 こんな気分になるのは初めてなだけに、口から漏れる溜息の数も増える一方だった。

「オーシャン・ホライゾン」の船長と最後の打ち合わせも行うと、時間が惜しいと言う様に二隻の船は港を抜錨した。

 遠くなっていくベルゲンの風景をヘリ甲板から眺めていると、背後から軽い足音が寄って来て自分の右に並んだ。

 青葉だった。珍しくコートを羽織っている。

「最近、表情が晴れませんね。大丈夫ですか?」

「大丈夫……では無いですね」

 ぽろりと零れる愛鷹の本音に青葉は腕を組みながら返す。

「愛鷹さんが思っている事は大体予想がつきますよ。青葉だって馬鹿じゃありませんから」

「すみません頼りない上官で」

 詫びる愛鷹に青葉は苦笑を浮かべ頭を振った。

「頼りないなんて事はありませんよ。愛鷹さんのお陰で第三三戦隊は何度となく窮地を乗り越えて来られたんですから。

 今回も問題が山積みですけど、これまでも同じ様な局面を何度も乗り越えて来たんですよ。今度もやれます。

 戦うのは愛鷹さんだけじゃないんですよ。青葉達もいるんです」

 味方は、仲間はいる、そう強い意志を湛えた目で告げる青葉にそうですね、と思いながら頷く。

 こう言う時、もう我慢出来ないと、急に湧いて出た欲に駆られてポケットから葉巻を出すと、口に咥えてジッポで葉先に火をつけた。

 すると隣の青葉もポケットから市販のタバコの箱を出すと一本出して口に咥えた。

「火を貸してもらえませんか?」

 意外な青葉の喫煙姿に驚きながら自分のジッポを貸すと、青葉は慣れた手つきで煙草の葉先に火をつけて煙を燻らせた。

「青葉さんって煙草吸いましたっけ?」

「お酒はあまり好きじゃありませんが、別に全く飲めないわけでは無いし、煙草も同様ですよ」

 口元からふぅーっと煙を吐きながら青葉は返す。意外と青葉の喫煙姿は似合っている。

 知らなかった、と頼れる重巡艦娘の意外な一面を目の当たりにしながら自分も葉巻を口に咥えて煙を軽く吸う。

 体に毒なのは承知だが、今の自分にはニコチンが無いとやっていられない。ニコチン依存症になっているのはとっくの昔に理解している。

「今回は前とは違った激しい戦闘になるでしょうね。海の気象状況は良い方になると言われていますが」

「愛鷹さん、何でもかんでも一人で背負い込もうとしないで下さい。青葉達をもっと頼ってくれていいんですよ。

 そのための第三三戦隊なんですから。青葉達は愛鷹さんの『頼れる仲間』ですよ」

 重い口調で告げる愛鷹に青葉がその背を軽く叩き檄を入れる様に返す。

 味方は自分だけでは無い。いざと言う時は仲間を頼れ、と励ましてくれる青葉に愛鷹はどう返せばいいのか分からなかった。

 ふと制服の左腕に縫い付けている第三三戦隊のワッペンに手を伸ばしながら、「頼れる仲間」の存在を思うと逆に保護者のような感情が働いて来る。

 誰一人として死なせたくない。その思いが強く働いて来た。

 不思議なモノだ。昔の自分は第三三戦隊の仲間達に「自分の盾になれ」と命じた事もあった。任務の為なら命を危険に晒す事もあった。

 今はそれがとても自分にとって恐ろしく、躊躇われる行いだった。

(私は上に立つ存在として未熟過ぎるのかな……)

 ふとそんな思いが脳裏をよぎる。

 ならば未熟から慣熟させるしかない。艦娘としての経験で圧倒的に不足している自分にとって何もかもが勉強だ。

 

(作戦を成功させ、皆で生きて帰る。やる事をやるまで。果たす事を果たす。それだけ……)

 

 難しく考え過ぎる事はない。やるべき事を、成すべき事を果たすのだ。

 自分に出来ない事は出来ない。だが、その自分に出来ない事をやってくれるのが自分の仲間なのだ。

 やってみせよう、やってのけてみせる。自分が、自分達がやってのけなければ命に関わる人々がいる。

 

 自分も艦娘と言う海軍と言う組織を回す歯車の一つ。歯車には歯車なりの意地と勇気が生まれるものか。

 歯車が沢山かみ合って組織が成り立つ。愛鷹と言う存在も第三三戦隊の主軸となる歯車であり、青葉達はそれを支える別の歯車。

(結局、いつもと変わらない訳か。歯車の意地と覚悟を見せるだけね)

 考え続け、悩み続けたここ数日の落としどころが付いた気がした。

 何かに納得した思いを葉巻の煙と共にそっと口から吐いた。

 

 

 司令部の窓から鈍色の空を見上げながら、武本は一人海の向こうで作戦に当たる愛鷹達の事を想った。

 自分の安易な着想から生み出され、それに目を付けた大人達の勝手気まま、利権、私欲に塗れた手に約束された生涯を汚されたクローン艦娘。

 今ここにいる自分に出来るのは彼女と彼女の仲間の無事を祈るだけだった。

 いつもと変わらない、部下の無事を遥か後方から祈るだけしか出来ない自分。お膳立てしか出来ない自分。

(こんな事しかしてやれん大人だが、だからこそ投げ出せん立場だ……。俺には俺にしか出来ん事がある。俺にしか出来ない事がある。

 だから……皆、無事で生きて帰って来い)

 愛鷹と言う存在を作り出した元凶なりの責任を果たす。その強い意志と共に武本は愛鷹の健闘を祈った。

 

 

(ホワイトハウンド隊、グレイハウンド隊、ミッションタイムクリア。全艦発艦せよ)

(ウェルドックハッチ開放。ウェルデッキ注水始め、カタパルトセットオン。全艦艦内後方傾斜に備えよ)

(ハッチ開放よし。艦尾方向に障害物無し。進路クリア、グレイハウンド隊、発艦よろし)

 発艦士官の合図と共にグレイハウンド隊の艦娘がカタパルトで次々に打ち出されていく。

 艤装を装着して発艦待ちの愛鷹に対し、ワシントンが発艦間際に投げ敬礼を送って来た。

 答礼する愛鷹に貴女なら出来る、と言う様に軽く頷いたワシントンは発艦警報のホーンと共にウェルドックから高速で打ち出されていった。

「さぁて、仕事の時間だぜ愛鷹」

 いつもと変わらない調子の口調の深雪に頷きながら愛鷹はカタパルトデッキの上に立った。

「瑞鳳さん、防空支援頼みますよ」

「任せて下さい!」

 艦に残って部隊支援に当たる瑞鳳が元気よく返すのを見て仲間達に問題はない、と再度確認すると自分の右手を見つめた。

 大丈夫、皆がいる。皆がいれば私も大丈夫だ。

 先行して発艦する第三三戦隊メンバーの発艦申告が終わると、カタパルトが稼働する音がして仲間達が出撃していく。

(ホワイトハウンド0-0、発艦シークエンスに移行。発艦用意)

「了解」

 カタパルトのランチバーが自分の踝の辺りを抑え、加速のGに備え軽く前傾姿勢を取る。訓練通りだ。

(進路クリア。ホワイトハウンド0-0、発艦を許可する)

「ホワイトハウンド0-0、第三三戦隊一番艦愛鷹。出る!」

 その発艦申告の直後、発艦警報が鳴り愛鷹の身をカタパルトが大西洋の海へと打ち出した。 




 今回のお話より21年夏イベでお出迎えした空母艦娘ヴィクトリアスの登場となります。
 構想の加筆修正の結果「試練の海」は複数部構成と変更をかけています。

 ちょっとしたネタ展開を今回も本編中取り入れております(深雪と夕張とやり取りのところ)。

 次回は戦闘メインの回となると思います。何時投稿できるかは……。

 感想評価、ログイン外からもお待ちしております(来たら本当に嬉しいです。更新速度も上がるかも)

 ではまた次のお話でお会いしましょう。


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第五二話 試練の海 後編

 最新話お待たせです。
 秋刀魚イベント後段作戦前に何とか書き上げました。
 本編をどうぞ。


 AEW任務に当たる愛鷹搭載機の天山、コールサイン・ギャラクシーがカタパルトで打ち出される乾いた音が鳴った。

 エンジン音を立てながら上昇していくギャラクシーの機影を見送ると愛鷹は対水上警戒監視に付く。

 ブロッケードランナー作戦及びブラックピット作戦開始からすでに一時間。深海棲艦の海域優勢下に入っている。

 いつ深海棲艦が襲って来てもおかしくない状況だ。

 対水上レーダーは最大出力で捜査、ソナーも感度最大で聴音。

 幸い天候は晴れ、波の高さも砲撃戦を行うにはそれほど支障は出ない。

 作戦期間は五日。一日一日が長く感じられそうになる作戦期間だ。

 遊撃部隊として警戒監視に当たる第三三戦隊は「ズムウォルト」と「オーシャン・ホライゾン」の二隻とグレイハウンド隊の周囲を猟犬の様にぐるぐると回る哨戒コースを描き、いつ襲って来るか分からない深海棲艦に備えていた。

 

 

 片道二日。休みはほぼなし。キース島で一日休めるとは言え、その間に誰かが戦列を離れる事態が起きれば、残る艦娘にかかる負担が増える。

 気の抜けない九六時間になりそうだった。

 こちらが偵察活動を行えない間、深海棲艦が増援部隊を展開して来ていないと言う保証は無いだけに愛鷹はいつにも増して無口になっていた。

 水上艦はともかく、潜水艦隊が展開していたら、と思うと不安が膨れ上がる。

 なるたけ潜水艦の展開し辛い海域を選んだ航路とは言え、全く潜水艦がいないと言う訳ではない。

 深海棲艦の潜水艦でもflagship級ともなれば、その航洋性、機動性も高くなるだけにキース島一帯の潜水艦の航海の難所をうまく切り抜けるかも知れない。

 いないに越した事は無いとは言え、もし事前情報以上の数の潜水艦が展開していたら厄介だ。

 青葉からは対潜哨戒に当たる瑞雲が発艦して航空対潜哨戒網を敷いているので、比較的広域対潜哨戒が出来るのは有難かった。

 グレイハウンド隊もキーリング、ジェームス、ヴィクトール、ダッジの四人はASW(対潜任務)に関してはプロの域だから、潜水艦が出たら彼女達に一任すると言う手はある。

(潜水艦はグレイハウンド隊でも何とかなるとして、問題は水上艦……)

 脳裏を離れないレ級flagship級の存在。推定されるレ級flagship級の航空戦力は軽空母ヌ級数隻分だ。

 こちらは自分と瑞鳳、ヴィクトリアスの航空戦力のみ。練度は充分だが、それでも愛鷹の不安を払拭できてはいない。

 不安なのか、心配なのか、自分でも分からなくなる愛鷹は神経質にギャラクシーに敵影が無いかの確認を入れていた。

「ちょっと落ち着けよ愛鷹。深雪様たちもいるんだからいつもみたいに大船に乗った気分になれって」

 見かねた深雪が宥める様に愛鷹に声をかける。

 詫びの一言を返しながら、深雪の言う通りちょっと落ち着かないと、と自分を制する。

 とは言え、レ級flagship級の存在とス級の存在はどうしても愛鷹から落ち着かない気持ちを植え付けていた。

 

 

 ベルゲン出港から六時間あまり。「ズムウォルト」から出撃して四時間余りになって青葉の瑞雲がMAD反応報告を入れて来た。

(アオバンド3より旗艦愛鷹へ。MADにて磁気反応感あり。数は二、いや三)

「了解、アオバンド4、5はアオバンド3の支援に回り、磁気反応の正体を正確に特定されたし」

(ラジャー)

 二機の瑞雲を支援に回す指示を出しながら、アオバンド3が磁気反応を検知した海域をHUDで確認する。

 海底鉱脈があるとされるエリアだ。MADは海底にある金属になら何でも反応するし、報告のあったエリアには昔の海難事故によって沈んだ沈没船の情報もある。

 反応が沈没船であった可能性も否定できない。

 HUDの表示を対空レーダーに切り替えていると、艤装内のCIC妖精から緊迫した報告が上げられてきた。

(ソナーコンタクト! 方位〇-〇-一、距離三〇〇〇。ソ級flagship級機関音探知。数二)

「ソ級が二隻も? 確かですか?」

(間違いありません。ソ級独特の身軽な音紋です)

 事前の情報とは違う深海棲艦の潜水艦出現に愛鷹は唇を噛んだ。

 やはり、増援が来ていたか。水上艦は監視出来ても、潜水艦の動向調査には限界があったこちらの隙を突いて別海域から潜水艦を回して来ていたか。

 潜水艦なら荒天の影響は受けにくいし、ソ級は確かに身軽と形容される程機動性が良いからキース島近海の潜水艦の行動制限条件もある程度は耐えられるのかも知れない。

 青葉の瑞雲の対潜哨戒の網をくぐって来たか、或いはずっとここに機関停止して鎮座して待ち伏せていたか。

 ヘッドセットの通知スイッチを押すと、第三三戦隊とグレイハウンド隊に警報と戦闘配置を命じる。

「ホワイトハウンド0-0より全艦、ソナーコンタクト。方位〇-〇-一、距離三〇〇〇に潜水艦ソ級flagship級二隻。

 全艦、対潜戦闘用意」

(こちらディッキー。イーグルと共に潜水艦迎撃の許可を願う)

(グレイハウンドよりディッキー。許可する、ソ級を水底へ送ってやれ)

(了解。Let’s go the hunt!)

 グレイハウンド隊のダッジとヴィクトールの二人が戦列から離れて、潜水艦が探知された方へと向かう。

「潜水艦狩りは彼女達に任せ、こちらは対水上対空警戒に専念させて貰いましょうかね」

 独語する様に呟く愛鷹が見つめる中、小柄なディッキーことダッジと少し背の高いヴィクトールの二人がソ級のいる方向へと向かっていく。

 波間の向こうに小さくなっていく二人の姿をレーダーでも追跡していると、ヴィクトールとダッジが砲撃を開始した。

(こちらディッキー。敵潜潜望鏡二つを視認。現在砲撃中)

 潜望鏡深度にいる潜水艦であれば、水上からの砲撃の水中弾でダメージを入れる事も可能である。爆雷を用いる方が効果的なのは確かだが、爆雷は投射位置に付くまでに敵潜に逃げられる可能性もある。

 ダッジとヴィクトールの二人の主砲と機関砲の砲撃音が海上に響く中、爆雷投射ポイントへとダッジがダッシュを駆ける。

 主砲と機関砲で牽制射撃を続けるヴィクトールの支援が行われる中、小柄なダッジがソ級の直上に到達すると艤装の爆雷投射器から爆雷を海中へと投げ込み始める。

(グレイハウンド、こちらディッキー。現在爆雷攻撃中)

 乾いた投射音がダッジの艤装から発せられ、四発の爆雷が海中に沈む。数秒後海中に投じられた爆雷が爆発し、海上に爆発の水柱を突き上げた。

 四発の爆雷が爆発すると愛鷹のCIC妖精が爆雷の爆発による聴音能力低下を報告して来た。

 ソナー感度回復まで待っているとアオバンド3の支援に向かった4、5から敵潜探知の連絡が入る。

(ソノブイ聴音によりソ級elite級と判定。数は三、方位〇-六-五よりそちらへ進撃中)

「潜水艦の待ち伏せか……いやelite級の方は寄って来ただけかも知れないわね」

 また一人独語しているとダッジがソ級flagship級一隻を沈めた事を知らせて来た。

(ディッキーより全艦。ソ級flagship級一隻撃沈を確認。残る一隻を現在追跡中)

(グレイハウンドよりディッキー。早めに仕留めて隊列に戻れ)

(了解)

 一任しておいて正解、と思えるくらいダッジは上手い事ソ級flagship級を仕留めていた。

 暫くして愛鷹のソナーの感度が戻ると、ダッジの直ぐ傍にソ級flagship級がいるのが聞こえた。

 危ない、と警報を出そうと思った時同様に探知していたらしいヴィクトールが無線でダッジの援護に入る事を告げて来る。

(こちらイーグル。ディッキーの背後に敵潜探知。最大戦速で向かい援護する)

(ディッキー了解。こちらも取舵一杯で敵潜攻撃態勢に入る)

 バディを組むヴィクトールが加速をかけ爆雷を投射し始めると、ソナーがまた爆雷の爆発で聴音困難になる。

 ダッジとヴィクトールの二人が対潜攻撃の仕上げにかかるのを見守りながら、愛鷹は青葉に発見したソ級elite級への攻撃に瑞雲を増派するよう指示する。

「対潜攻撃役の瑞雲を出して探知したelite級を攻撃して下さい。船団に近づかせる前に仕留める様に」

「了解です」

 背後からカタパルトの連続射出音が響き、四機の瑞雲が対潜攻撃に出撃していった。

 遠くなっていく四機の機影を見送り、水上警戒に戻っているとダッジが仰天した声を上げた。

(ソ級浮上! やつは砲戦でもしようと言うの?)

(よし、袋叩きにするぞディッキー)

 爆雷攻撃で潜航不能になったらしいソ級が浮上して来たのを見たヴィクトールは一二センチ連装主砲をソ級へ向けると砲撃の火蓋を切る。遅れてダッジの一〇・二センチ単装砲の砲声が轟く。

 浮上せざるを得ないソ級flagship級は生憎水上戦闘が出来る兵装を持ち合わせていないだけに、出来る事は逃げるか一方的に殴られるだけだった。

 程なくソ級の艤装に直撃弾の爆破閃光が走るとソ級は動きを鈍らせた。

 ダッジが単装砲の砲弾を撃ち込み、四〇ミリボフォース機関砲の砲弾まで雨あられと浴びせながら接近するとソ級は必死に逃走にかかる。

 しかし五〇メートルと行かずにダッジが追い付いた。逃がさんと彼女の足がソ級を踏み押さえつけ、四〇ミリボフォース機関砲弾を徹底的に撃ち込む。

 仕上げに単装砲の徹甲弾を一発撃ち込み被弾したソ級の艤装から漏れたオイルに塗れた足を離すと、ソ級flagship級は波間の下へと静かに消えて行った。

 オイル塗れになっているダッジの主機を見てヴィクトールがたまげた様に口笛を吹く。

「靴が敵潜の油まみれだよディッキー」

「走ってればこんな汚れ勝手に落ちるわよ。さ、戻ろっか」

 

 

 隊列に戻るダッジとヴィクトールを確認しながら瑞雲四機による対潜攻撃の方に愛鷹は意識を向けていた。

 ETA(到着時刻)は五分後、とレーダー表示で確認しているとギャラクシーから対空警戒警報が飛んだ。

(こちらギャラクシー。レーダーコンタクト。方位〇-二-〇より敵機多数飛来を確認)

 その報告に愛鷹は眉間に皺を寄せた。飛来する方向がノルウェーの陸上部からである。

(どういう事……空母機動部隊がそっちに展開しているという事?)

 C8S海域に展開する深海棲艦側の航空支援だろうか。しかし、仮に飛来する方向に艦隊が展開していたとしたらいつ展開していたのか? 

「もしかして……地上型深海棲艦の基地航空隊?」

 そう考えるのが妥当かも知れない。飛行場姫あたりがこっそりノルウェーのどこかに基地を築いているのかも知れない。

「CIC、敵編隊をトレース。飛行場姫がいる可能性がある。飛行場姫の位置を割り出して」

(了解、解析します)

 CICからの返答を聞いた後、対空戦闘用意を発令する。

「ホワイトハウンド0-0より全艦、対空戦闘用意! 戦闘機隊は直ちに発進」

 愛鷹の左舷の航空艤装が展開され、エレベーターで上げられてきた烈風改二の戦闘機隊が続々と発艦を始める。

 カタパルトの射出音と烈風改二のエンジン音が響き渡る中、ギャラクシーから接近する敵編隊の続報が入る。

(敵編隊は深海空要塞二〇、深海猫艦戦改二〇、計四〇)

 深海空要塞……深海棲艦の陸上機だ。護衛は白タコヤキもとい深海猫艦戦改。手強い相手だ、空要塞の空爆能力はカテゴリー上で言うと重爆撃機に匹敵するだけに極めて高い。

 陸上機がいるという事はノルウェーのどこかに飛行場姫が基地を築いているのは間違いない。深海棲艦の空母では空要塞は運用されていない事が確認されている。

 空要塞に匹敵する爆撃能力も持っているのが重攻撃機こと深海重攻撃機だが、あちらと違って空要塞は爆弾による爆撃しかしない。

 第二波に備えて瑞鳳の戦闘機隊もスタンバイするように指示を入れる。

 五分程で愛鷹の艦載する烈風改二の三個小隊一二機が発艦した。事前準備を入念に行っていた事もあって故障機は無かった。

(こちらヴィクトリアス。コルセアを八機発艦させてBARCAPに当たらせる)

(こちらホワイトハウンド3-1瑞鳳です。烈風改二、二個小隊を上げました)

「ホワイトハウンド0-0、愛鷹了解。戦闘機隊は発艦後空中警戒機ギャラクシーの管制下に入れ」

 航空妖精二八人から了解の返事が返る。

 発艦したのは愛鷹のグリフィス、ハーン、ヒットマンの三個小隊と、瑞鳳のメイジ、ゴーレムの二個小隊、ヴィクトリアスのコールサイン・シェパードで呼ばれるコルセア戦闘機二個小隊。

 全部で二八機の防空隊だ。

 高度を上げて行く戦闘機隊を見送ると、愛鷹は第三三戦隊に陣形を輪形陣へ移行するよう指示する。

 左舷艤装に増設された高角砲や艤装各部の機銃、噴進砲が仰角を取り、対空迎撃態勢を取る。

 愛鷹を中心とした輪形陣を組んだ第三三戦隊が敵編隊と「オーシャン・ホライゾン」との間に位置する場所に布陣していると、戦闘機隊が交戦を告げた。

 

 

 

(ギャラクシーより防空隊各隊。敵編隊方位〇-二-〇、高度エンゼル・スリー。機数は四〇。艦隊に向けて急速接近中。

 全機ウェポンズフリー、交戦を許可する)

(ヒットマン1よりギャラクシー、ターゲットマージ。エンゲージ)

(グリフィス1エンゲージ)

(ハーン1エンゲージ)

(ハーン5エンゲージ)

(シェパード2-1エンゲージ)

(シェパード1-1エンゲージ)

(メイジ1エンゲージ)

(メイジ3エンゲージ)

(ゴーレム1エンゲージ)

 二八機の戦闘機がフルスロットルのエンジン音を立てながらタコヤキと空要塞計四〇機の編隊へと挑みかかる。

 高度では防空隊が下だったが、タコヤキは空要塞から離れず盾になるかの様に防空隊と護衛対象との間に自分達を入れていた。

 先手を切ったのは防空隊の烈風改二だった。機関砲の射撃音が轟き、空要塞へと火箭を伸ばす。

 その間に入る様にタコヤキがバンクして軌道を変更し、二機ずつの編隊に分れて防空隊に対して応戦を試みる。

 タコヤキ側も射撃の火ぶたを切り、双方の銃撃の銃声が空に響き渡り、それに被弾した機体が立てる悲鳴が混じる。

 盾になる事を意識しているのか、回避機動を取らなかったタコヤキ数機が瞬く間に撃破され、黒煙を吐きながら高度を墜とし、火達磨になって空から転がり落ちて行く。

 数では上の防空隊の攻勢に空要塞の護衛のタコヤキも猛然と応戦する。背後を取りに来る烈風改二やコルセアに対して、編隊を維持しながらブレイクしてやり過ごす。防空隊は深追いせず、空要塞へと迫る。

 空要塞へと迫る烈風改二二機にタコヤキ一個小隊四機が囲い込む様に襲い掛かると、二機は揃ってローリングしながら銃撃を交わし一時離脱する。

(こちらハーン3、囲まれている、援護を頼む)

(こちらハーン1。3、4は方位二-八-五に飛べ。タコヤキ四機を挟み撃つぞ)

(3ウィルコ。4付いて来い)

 遅れて二機の烈風改二二機が到着し、回避機動を取りながらリーダー機の指示する方向へ飛んでいた僚機二機の援護に入る。

 ハーン1と2が牽制射撃を行っている間に3,4は体勢を立て直す為にインメルマンターンで高度を上げながら反転する。

 3、4の二機が反転して挟撃態勢に移ると、ハーン1と2もタコヤキを追い込みにかかる。

 烈風改二が二手に分かれて追い込みにかかって来ている事に気が付いたタコヤキ四機が高度を下げ、離脱を図るがハーン隊の四機はエンジン音を高々と鳴らしながら追撃に入る。

 性能向上のチューンが施された第一一八特別航空団仕様の烈風改二の轟々たるエンジン音が四つ空に響き、それに割り込む様に機関砲の射撃音が鳴り響く。

 被弾したタコヤキが黒煙を吹き始め、一機は錐もみ状態になりながら高度を落とし、二機が動きを鈍らせる。被弾を免れた一機はブレイクして離脱を図るが、先を読んでいたハーン1、2の十字砲火を浴びて爆散する。

(スプラッシュワン)

(やるじゃないか)

 四機のタコヤキが戦列外になる中、残るタコヤキは一二機に減っていた。数で劣勢ながらも粘り強く応戦する。

 タコヤキの戦術は防空隊を撃墜するより、空要塞を攻撃しようとした瞬間に銃撃を加えて妨害するのを重視している為もあって、明確に落としにかかって来るより嫌らしい動き方をしてくる。

 空要塞への射点に付いたと思ったところへ銃撃の火箭がすぐそばを飛び抜け、コルセア二機が危うく被弾しかける。すぐさま僚機二機が援護に入るとタコヤキはフルスロットルで離脱していく。

 一撃離脱、ヒットアンドウェイで妨害を繰り返すタコヤキだが烈風改二二機が空要塞一機に銃撃の火箭を撃ち込む。被弾した空要塞が黒煙を吐きながら高度を落としていく。

(ヒットマン1、敵機撃墜)

(ヒットマン2、ガンズ・ガンズ・ガンズ)

 空要塞側も自己防衛の機銃で弾幕を張るが、ヒットマン1、2はやすやすと火箭を躱して空要塞二機目を共同で撃墜する。

 そこへタコヤキ二機が空要塞防衛の為に駆け付けるとヒットマン1、2は攻撃を止めて回避に移る。

 ヒットマン1、2が離脱すると、今度はゴーレム隊の四機が空要塞に襲い掛かりあっという間に四機を撃墜して一機を損傷させる。

 護衛のタコヤキは六機へと数を減らしていたが、空要塞はまだ半分以上健在だった。

 懸命に防戦に当たるタコヤキに容赦なく攻撃の手を加えて防衛線を突破した烈風改二やコルセアが空要塞に迫る。

(シェパード1-1、Fox3!)

(こちらギャラクシー。敵重爆の約半分を撃墜。いいぞ、その調子だ、もっとやってくれ)

 警戒機の励ましに答えるかのように烈風改二、コルセアの銃撃音が唸り声をあげ、空要塞がまた一機、また一機と撃墜されていく。

 残存するタコヤキが尚も妨害に入るが八機の烈風改二が相手取ると空要塞の護衛どころでは無くなる。

(捕まえろ、もう一度右だ)

(くそ、こちらシェパード1-3、被弾した! 空要塞の反撃を食らった。左翼の油圧低下)

(1-3離脱しろ。1-4、1-3のエスコートを頼む)

(ラジャー)

(空要塞の対空防御に気を付けろ。気を抜いたら撃ち抜かれるぞ)

(上方へ回り込め、対空火器が少ない)

(グリフィス1、一機撃墜)

(やるな)

 烈風改二からの集中砲火を浴びる空要塞が見る影もない程数を減らした時、被弾した一機が大爆発を起こした。

(うおぉ、大当たり! 敵の爆弾倉の爆弾を吹っ飛ばしたぞ)

(デカい花火が上がったな。この機体からも見る事が出来ていたらな。空要塞の残りは一機だ……ん、ちょっと待ってくれ)

 上機嫌そうなギャラクシーの声が一転して緊張したモノに代わる。

(どうしたギャラクシー?)

(新たな敵機を探知。方位一-五-〇、高度五〇〇、機数四〇。速い、速いぞ。こいつは艦載機だ)

 

 

「新たな敵機? 方位的にレ級flagship級の航空隊か」

 来たか、と敵機の来る方向へ目を向ける。

(ホワイトハウンド3-1、瑞鳳です。防空隊三個小隊を上げます)

「了解。各艦、防空隊が防ぎ切れない可能性もあります。対空迎撃用意」

(了解)

(Roger)

 グレイハウンド隊の分も含めて英語で通知する愛鷹に日本語と英語の二種類の言語で返事が返る。

「ズムウォルト」のヘリ甲板から防空隊を発艦させる瑞鳳の弓の音が微かに聞こえて来る。

 空要塞の方は問題ない、と判断した愛鷹は第三三戦隊を新たな敵編隊の来る方向へと転身させ、「オーシャン・ホライゾン」との間に割り込ませる。

 ストライダー、サイクロプス、ガーゴイルの三個小隊が迎撃に向かう中、愛鷹は烈風改二の防空隊が交戦する前に主砲による長距離対空射撃を試みる事にした。

「全機射線上より退避。高度八〇〇メートル以上へ上昇」

 HUDで《ALLY》表示の味方機一二機が指示通りの高度に到達して射線を確保すると、愛鷹は射撃スティックを握り四一センチ主砲の照準を定める。

「CIC対空目標の軌道を正確に解析して下さい。諸元解析完了次第、撃ち方始め」

(今やっています、お待ちを)

 CIC妖精が答える間に五門の主砲に三式弾改二を装填し射撃準備を整える。

(こちらCIC敵機の予測軌道算出。主砲諸元入力よし)

「目標情報確認。射線方向クリア、主砲対空戦闘、攻撃始め」

 HUDに《AIR to AIR TAREGET CUNFIRMED》と表示され、《AIR to AIR ENGAGE》と代わる。

「CIC指示の目標。エアキルトラック1022から1027まで主砲撃ちー方始めー、発砲! てぇーっ!」

 四一センチ三連装主砲と連装主砲が発砲の轟音を上げ、反動で砲身を勢い良く後退させた。後退する砲身とは逆に砲口から撃ち出され飛翔していく砲弾が橙色に光りながら空を駆けて行く。

 次弾装填は間に合わないと判断して、弾着までの時間を腕時計で測る。

 長距離射撃なだけに、着弾まで時間がかかる。発砲を検知して編隊を分散させられたら、三式弾改二の対空散弾もどの程度効果が出るか。

「着弾まで一〇秒……スタンバイ、マークインターセプト」

 HUDにカウントが表示され「0」になった時、《Kill》の表示が多数表示された。

 五つの対空目標を起点に主砲の対空弾を送り込んでいる為、そこから更に複数の敵機を対空散弾が捕捉して撃破していた。

 HUDにて一一機を撃墜した事を確認し、まあまあ長距離砲撃にしては上出来と納得する。

 残りは四九機。一二機の戦闘機でどれ程削れるだろうか。

 HUDで《ALLY》一二機が五〇機近い敵機に挑んでいくのが表示される。

 ギャラクシーの情報から艦載機はレ級flagship級のモノだろう。キース島への空爆時にとられた事前情報からタコヤキと重攻撃機の二種類が確認されている。

「深海猫艦戦と地獄艦爆、それと重攻撃機全部で六〇。空要塞より危ないかも知れないわね」

 一二機の防空隊の迎撃を受け、一部がドッグファイトに入るのをHUDで確認しながら独語していると、ギャラクシーから更に別の警報が入る。

(全艦よく聞け。方位一-八-七より敵艦隊接近中。リ級flagship級二、ロ級四。距離三万。船団へ急速接近中)

 

 来たか、敵水上艦隊。

 

 来ると分かっていても少しばかり緊張するモノを感じながら愛鷹は主砲に徹甲弾を装填させ、待機に入る。まだ敵の攻撃編隊は健在だ。

「ギャラクシー、空要塞を迎撃した防空隊を新たな敵機迎撃にも向かわせて下さい。ただし残弾が少ない機体は戦闘空域を離脱し着艦可能になるまで待機」

(了解した)

 先に空要塞を迎撃した防空隊にも迎撃を手伝わせるように指示を出していると、今度は哨戒中の瑞雲から敵潜発見の報告が入る。

「この忙しい時に」

「敵艦隊の待ち伏せ海域に入り込んだのかも知れませんね」

 悪態をつく愛鷹に青菜が主砲を担ぎ直しながら言う。

 相槌を打ちながら敵潜を発見した瑞雲、アオバンド1に敵潜の正確な情報を聞き出す。

(敵潜水艦、ソ級elite級。数三。船団との距離八〇〇〇)

「八〇〇〇? 近い近すぎる」

 思い出せばアオバンド1は燃料切れで帰投中の機体だった。帰投中に敵潜を探知したと言うところか。

「グレイハウンド、キーリングさん迎撃を頼みます」

(了解した。ディッキー、我に続け。ワシントン、次席指揮を一任する。ホワイトハウンドの対水上戦闘を援護せよ)

(ディッキー了解)

(ワシントン了解したわ)

 キーリングとダッジの二人が船団から離れて敵潜迎撃に向かう一方、ワシントンを中心にグレイハウンド隊の残りが隊列を組みなおして第三三戦隊の支援態勢に移る。

(ヴィクトリアスから愛鷹へ。今からなら攻撃隊を発艦させて敵艦隊を撃滅する事も可能だけど、どうする?)

「ヴィクトリアスさんの航空隊は対艦装備で五分発艦待機。別働隊出現に備えて下さい」

(了解)

 

 

 意外な事にヴィクトリアスは日本語が堪能だったので彼女とは時に英語、時に日本語で交信を交わしていた。愛鷹としてはヴィクトリアスの話し易いであろう英語を重視しての会話にしていたが、ヴィクトリアスの方から日本語で話しかけて来た時は日本語で話していた。

 彼女と同じ英国海軍艦娘ジェームスと英語の発音の僅かな違いから、ヴィクトリアスはイングランド出身である事が伺えた。因みにそのジェームスからはウェールズ訛りが感じられる辺り彼女は英国のウェールズ出身だろう。

 

 

 深海棲艦艦隊との戦闘間にタブレットを数錠飲んでおく。錠剤を呑み下しケースを艤装にしまい込むと深呼吸して気持ちを整える。

 これで準備よしだ。

 

(敵艦隊、船団攻撃可能範囲到達まで約一〇分)

「猶予は一〇分」

 噛み締める様に呟いていると、防空隊の一機から苦みを露わにした声で通信が入る。

(こちらサイクロプス1。すまない、取り逃がした敵機八機がそちらに向かった! 重攻撃機六機、艦爆タコヤキ二機だ)

「了解。対空射撃で対応します」

 敵機残り八機。自分と蒼月の対空射撃で何とかなるかもしれない。ただ波がやや高めなので蒼月の射撃の安定性に不安があった。

 HUDで確認しながらこちらへと迫る八機の攻撃機に高角砲の照準を合わせる。左腕と艤装の機銃も射撃準備よしだ。

 重攻撃機は蒼月に任せ、自分は艦爆タコヤキを先に狙うとしよう、と決めるとHUDで射撃目標配分を行う。ギャラクシーからのデータリンクで敵機の識別は既に済んでいる。

 《TATEGET IN RANGE》の表示が出ると対空レーダーと連動している高角砲が正確に敵機に向けて砲口を指向する。

「旗艦愛鷹より蒼月、対空戦闘用意。旗艦指示の目標、攻撃始め!」

 号令を発令するとデータリンクで配分されていた目標に対して蒼月の長一〇センチ砲が砲撃を開始する。僅かに遅れて愛鷹の一〇センチ連装高角砲改二基も砲撃を開始した。

 近接信管が起爆した対空弾が敵機の周囲で爆炎の炎と黒煙を瞬かせ、散弾を叩き付ける。小気味いい砲声が連続して響く中八機の攻撃機隊は怯む事無く艦爆タコヤキは反跳爆撃に、重攻撃機は雷撃の為の投下コースに乗る。

 やらせるか、と愛鷹と蒼月が猛然と砲撃を行い、第三三戦隊の他の艦娘も対空射撃を開始して支援に回る。

 濃密な対空砲火が八機のを取り囲み、重攻撃機一機が爆散する。

 二機目、三機目と蒼月の対空射撃で重攻撃機が撃墜され海に突っ込んでバラバラになると、重攻撃機の残りは蒼月に針路を向けて魚雷をやや遠いところから投下した。

 それに合わせて艦爆タコヤキも蒼月に目がけて爆弾を投じ、反転離脱を試みる。

「蒼月さん、回避!」

 集中砲火を受ける形になった蒼月に向かって愛鷹が叫ぶ間に蒼月は最大戦速で回避運動に入る。

「援護するぞ」

 主砲を海面に向けて構えた深雪が蒼月に向かって伸びて行く魚雷の航跡へ砲撃を開始する。

 水中弾となって海中で爆発する深雪の主砲砲撃によって魚雷一発の軌道が逸らされ、一発が誤爆して果てる。

 残る一発を蒼月は回避すると、飛来して来た爆弾二発も何とかギリギリのところで体をのけ逸らせる形で躱す。

 肝を冷やした表情を浮かべながらも無傷の蒼月が愛鷹に向かって親指を立てて無事を知らせて来る。

「全員無事ですか?」

 念の為蒼月以外に被害がないか確認を取ると四人から「被害なし」の報告が返される。

 攻撃が蒼月に集中された結果、愛鷹を含む他の艦娘や「ズムウォルト」「オーシャン・ホライゾン」に被害が出なかった形だった。

 対空防衛網潰し……DEAD(敵防空網破壊)系の攻撃をされたらこちらとしては辛いものである。

「よし、次行きますよ。対水上戦闘用意。第三三戦隊全艦、面舵一杯」

「おもーかーじ一杯、ヨーソロー」

 号令と共に舵を切る愛鷹に復唱しながら青葉が続いて右へと舵を切る。

 

 

 深海棲艦艦隊迎撃に向かう第三三戦隊を横目にキーリングもダッジと共に対潜迎撃を開始する。

 ソナーで捉えた敵潜水艦の方へと全速力で向かっていると、先行するダッジが潜望鏡発見の報を上げる。

「潜望鏡発見。数一、方位〇-〇-八、距離一五〇〇」

「ディッキー、随意射撃を許可する。敵潜水艦に潜らせるな」

「了解」

 ダッジの主砲砲撃が始まり、ソ級の潜望鏡の周囲に着弾の水柱を突き立てる。

 潜望鏡は一つだが、ソナーで探知するとその周囲に僚艦二隻がいる。

「ディッキー、砲撃を継続しつつ方位三-〇-〇へ転針しろ。挟み撃つぞ」

「ディッキー了解」

 取り舵に転舵するダッジとは逆にキーリングは面舵に舵を切る。キーリングも潜望鏡を確認するとMk30改五インチ単装主砲で砲撃を開始した。

 愛鷹の四一センチ主砲やワシントンの一六インチ主砲よりは豆鉄砲ながら、高い初速と確かな精度を誇る五インチ砲が連射して潜望鏡の周囲に白い水柱を林立させる。

 射程に収めた四〇ミリ機関砲までもが射撃を開始した時、キーリングのソナーが水中での爆発音を捉えた。

 撃沈とは異なる爆発音。自分かダッジの砲撃が直撃したのだろう。

ソナーで聴音を続けていると損傷したらしいソ級がメインタンクブローをかけて浮上するのが分かった。

「ディッキー、注意しろ。ソ級が浮上する。奴は浮上砲撃戦を挑むかも知れない」

「了解した。殴り合いなら望むところよ」

 拳を突き合わせてにやけるダッジの前方にソ級が浮上して来る。

 他にもいる潜水艦に対処する為にキーリングは増速してまず一隻目の上へと向かう。

 すると彼女の視界に二本の雷跡が見えた。ソ級からの反撃の一撃だろうか、牽制の一撃だろうか。

 回避行動を取って二本の魚雷を躱していると、見張り員妖精が「雷跡視認! 方位〇-〇-〇」と叫ぶ。

 咄嗟に新たな魚雷の来る方向へ顔を向け、唇を噛む。嫌らしい事に二発の魚雷が間をおいて更に接近して来る。だが今転舵すればせっかく切った先の二発の魚雷の射線に戻ってしまう。

(ギリギリまで引き付けてから一気にブレイクして躱すしかない)

 まず二本の魚雷をやり過ごす為に針路を維持する。四発の魚雷の位置を交互に確認して舵を切るタイミングを見計らう。

 最初の二発を何とか躱すと第二波の回避にかかる。

「面舵一杯! 右舷機関前進一杯、左舷機関後進一杯!」

 左右の足の主機にそれぞれ逆の推進をかけて旋回半径を狭くする。自分のスクリューノイズが増してやや聴音が難しくなるがやむを得ない。

 白い航跡を引きながら迫る二発の魚雷を凝視しながらひたすら舵を切る。心臓の鼓動が早まるのが分かった。

「総員対ショック姿勢、衝撃に備え!」

 万が一の時に備え、装備妖精に被弾時の衝撃に備えるよう叫ぶ。

 キーリングが見つめる中魚雷二発のうち一発が彼女の直ぐ傍を通り過ぎ、もう一発が主機の靴底を擦りながら掠める。

 近接信管が作動しなかったことにホッとしつつ、キーリングは舵を切ってダッジの支援に向かう。

 浮上したソ級と砲撃戦を行っているダッジへと最大戦速で向かっていると、彼女からもう一隻をロストしたと言う報告が入る。

「了解、留意する」

 ソ級の単装高角砲とダッジの一〇・二センチ単装砲、四〇ミリ機関砲を駆使した砲撃戦は並と互いの背の高さも相まって中々決着がつかない。

 ロストしたと言うもう一隻は後にして、まずは浮上しているソ級を片付けるのを先にする。

「ディッキー、変針しろ。射線に君がいて撃てない」

「ディッキー了解。面舵に転舵し射線を開ける」

 小柄なダッジが右に舵を切ってキーリングの砲撃の射線を確保する。

 射線が完全にクリアになるまでキーリングは主砲と機関砲の全てをソ級へと指向する。

 波がやや高くなっているせいで小柄なダッジの動きが鈍い。転舵して加速をかけるのが見えるが波のせいで素早くは動けない様だ。

 そもそもフラワー級の機関自体あまり突発的な加速に優れていないから止むを得ない。

 面舵に舵を切ったダッジがキーリングの砲撃の射線から退避するとキーリングは双眼鏡を覗き込みながら砲撃の照準を合わせる。

「全砲門撃ち方」

 ソ級を睨みながら砲撃はじめ、と言おうとした時突然ソ級の高角砲が火を噴いた。

 体に衝撃と共に鋭い痛みが走り何かが壊れる音が響く。くぐもった悲鳴を上げながらも致命傷ではない、と自分に言い聞かせると「全砲門撃ち方始め!」とソ級を睨みながら攻撃指示を下した。

 五インチ単装砲と四〇ミリ機関砲の一斉射撃が始まり、ソ級の周囲に着弾の白い水柱を多数突き立てる。ソ級もまた一発撃ち返して来るが今度は躱してのける。

「沈め!」

 主砲と機関砲を撃ち散らしながら短く呟いた時、ソ級の艤装に直撃の閃光が走り、爆発音が海上に轟いた。

 止めの一撃を更に撃ち込み続けるとソ級は炎上しながら波間へと水蒸気の白い煙を上げながら沈んでいった。

「よし……。うッ!」

 被弾した箇所から痛みが再び走る。撃たれたところは四〇ミリ機関砲の銃座を一つ破壊し、破片が左腕を切り裂いて出血させていた。

 破壊された機関砲の砲座から出火して火が左上半身を焼きかけていた。戦闘が一段落したのを見計らって装備妖精が消火ホースを手に消火作業に当たる。

「ディッキー、こちらグレイハウンド。我被弾せり。損害および負傷は軽微なれどダメージコントロールの為一時的に戦線を離脱する。残りのソ級は申し訳ないがそちらだけで頼む」

(ディッキー了解。すぐ終わらせる)

 艤装からファーストエイドキットを取り出して包帯と止血剤、痛み止めの注射器を取り出す。

 手早く注射器を打ち、左腕に止血包帯をしっかりと巻き付ける。

「まさか潜水艦の砲撃で手傷を負わされるとは……」

 潜航不能にされたソ級の窮鼠猫を嚙む一撃にキーリングは舌を巻きながら治療を終わらせるとダッジの支援に向かった。

 ソナーで捕捉したらしいソ級へ爆雷を投げ込むダッジが自分の左腕の包帯を見て窺う視線を送って来るが、キーリングは攻撃に専念するよう促す視線を返す。

 爆雷の爆発でソナーが一時的に効かなくなる間、感覚が戻った左手で爆雷投射機のトリガーグリップを握る。

 海中内の騒音が治まると、ソナー感度をリセットして聴音に当たる。

 ヘッドセットから聞こえて来る海中内の音をに耳を澄ませて聞いていると、ソ級の艤装の潜航耐圧殻が破損して浸水している音が聞き取れた。

 相変わらずダッジは仕事が早い、と仲間の対潜攻撃の速さに感心しながら止めの爆雷攻撃を二人で同時に放つ。

 海上に投射された爆雷の爆発時の水柱が八つ突き立つと、もろに直撃を受けたらしいソ級の艤装が爆発して爆沈する音が騒音塗れのソナー越しに聞こえた。

「クリア!」

 そう告げるダッジの前方で爆沈したソ級の艤装の残骸の一部が浮かび上がって来た。

 

 

「主砲撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

 号令と共に引かれた射撃トリガーの発する信号を受けた愛鷹の四一センチ主砲五門が火を噴く。

 轟音を上げて砲弾が撃ち出され、砲口から砲炎を迸らせる。

主砲から撃ち出された白い徹甲弾が愛鷹の狙うリ級へと飛翔していく。

 回避行動を取るリ級の間右に着弾するのをHUD越しに確認しながら次弾装填と諸元修正を行う。

 後ろから青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月がそれぞれの目標に対して射撃する砲声が聞こえる。青葉と衣笠は共同でもう一隻のリ級を、他の三人はロ級を狙っていた。

 第三三戦隊と深海棲艦艦隊六隻は反航戦で交戦を開始していた。既に蒼月の速射でロ級一隻が早々に被弾して戦列から離脱していった為、愛鷹以外のメンバーは狙う目標を絞って戦う事が出来た。

 青葉と衣笠の二人から交互に射撃をリ級に浴びせて射撃の隙を与えさせない一方、青葉は衣笠にハンドサインで援護を指示してリ級へと接近する。

 左足にマウントしている魚雷発射管をスタンバイして魚雷攻撃で仕留めにかかるが、青葉が戦列から離れて魚雷攻撃態勢に入ったのを見た愛鷹から戦列に戻るよう強い口調で指示された。

「戦列を維持して下さい」

「魚雷攻撃で一気にカタを付けさせてくださいよ」

「魚雷は温存です。命令です、隊列に戻って」

 やらせてくれと嘆願する目で見て来る青葉に対し、反論は許さんと言う強い口調と視線を返す愛鷹に青葉は仕方なく従った。

 隊列に戻る青葉を見ながら愛鷹は第三三戦隊全員に「魚雷使用は禁止」と命じる。

「え、魚雷使用禁止? なんでだ?」

 怪訝な表情を浮かべて尋ねる深雪に答えないまま愛鷹は再装填が終わった主砲を撃ち放つ。

 諸元修正を行い、砲口の向け先を微妙に調整した四一センチ主砲の砲口から真っ赤な砲炎が迸り、五発の徹甲弾をリ級へと送り出す。

 先に着弾した水柱で愛鷹の主砲の口径とその射撃精度に気が付いていたらしいリ級が射撃に構えを解いて回避行動に入る。

 無暗に動かずひたすら面舵に切って全弾を躱すリ級を見据えて、分かっているな、と愛鷹は口に出さず胸中で呟く。

 当たったら一撃で轟沈してしまう砲撃を高精度で撃ち込んで来る愛鷹の攻撃は脅威だから、まず回避に専念して後続艦へ狙いが向けられない様にする時間稼ぎに専念するのが今は得策だと考えたのだろう。

 リ級でもflagship級なだけに頭が切れ、判断力も早い。少し感心しながら反航戦なら距離を詰めやすい、と判断して左手を右腰の刀の柄にかける。

 引き続き主砲はリ級へと再装填した砲弾を撃ち込むが、リ級はギリギリのところで全弾を回避していく。至近弾のダメージは受けている筈だが深刻な訳でもない様だ。

 波が高くなって来ているのが双方の射撃に障害になっていた。波間に揺られている間に狙いが大きく上下にブレてしまい撃つタイミングを間違えると明後日の方向へと砲弾が飛んで行ってしまう。蒼月は速射による弾幕でロ級を瞬く間に大破させたとは言え、波で一撃が逸れたところを突かれて逃げられてしまっていた。

 波のお陰で深海棲艦の砲撃も第三三戦隊に届かないが、至近弾の水柱は六人とも被っている。

 太平洋の波とは一味違う荒れ具合に慣れないモノを感じながら愛鷹は一人、距離よし、と見たところで一人加速をかけリ級に迫った。

 単に距離を詰めて必中を期するのとは動きが違う、と察したリ級が慌てて取り舵に転舵するが、愛鷹のダッシュ力と動きが速すぎた。

 鞘から引き抜かれた白刃がリ級の主砲を始めとする砲熕艤装を切り裂き、瞬く間にリ級は武装を無力化される。驚愕するリ級に主砲を向けた愛鷹は何も考えないまま発砲トリガーを引いた。

「相変わらず仕事がはえーな。深雪様も負けてられないぜ」

 大したもんだと言う口調で深雪がリ級を轟沈させた愛鷹を見ながら呟く。

 愛鷹が刀を鞘に収めていると青葉と衣笠の集中砲撃を受けていたリ級が被弾して姿勢を崩す。しかしflagship級なだけあって打たれ強さで辛うじて大破手前まで踏み留まり、反撃の一撃を放つ。

 海面に跳弾した一発が青葉の背中の艤装の艦橋部分のレーダーを一部吹き飛ばし、もう一発が直撃でやったと思い込んでいた衣笠の右手の主砲に直撃する。

 二人分の悲鳴が同時に上がり、爆発音が響く。

「青葉さん、衣笠さん、被害報告」

 慌てずに状況把握に努める愛鷹に二人から直ぐに被害報告が入る。

「青葉です。跳弾が対空電探に直撃。対空電探使用不能」

「衣笠です。第一主砲に直撃。主砲塔全壊使用不能」

「了解、怪我は?」

 その問いに二人からは揃って「ありません」と返される。

 怪我が無い事に安堵しながらも青葉は対空電探の目を潰され、衣笠は火力を一つ減じられた事に歯噛みする。

 二人に被害を与えたリ級に向き直ると主砲を向け、「沈め」と呟きながら発砲する。愛鷹から向けられた巨大な砲口を目にしたリ級に恐怖の表情が浮かぶが慈悲は無かった。

 二隻目のリ級が轟沈する爆発音が轟く中、残る三隻のロ級は逃げ腰になっていた。主力艦のリ級flagship級二隻を失って及び腰になったロ級が散発的な砲撃を行いながら回頭を始め、離脱を図る。

 撤退するなら深追いしなくてもいいか、と撃ち方止めを出そうと思った愛鷹だが、後の事も考えておくとやはり仕留めておくのが良いだろうと考え直し、追撃を命じる。

「りょぉっかい!」

 そうでなくっちゃな、と言う表情で深雪が両手の主砲から徹甲弾をロ級に叩き付け、続く蒼月と夕張も主砲から徹甲弾をロ級に浴びせる。

 長一〇センチ高角砲の連射音がロ級の被弾音と重なり始め、それに夕張の一四センチ連装砲改の発砲音と着弾音、破壊音が混じる。

「無駄弾を撃たない様に」

 腕を組んで三人の追い込みを見つめながら、これからあと何回敵艦隊が来るのか、と思うと流石の愛鷹も不安を隠しきれない表情になった。

 程なく三人から敵艦撃沈の報告が入ると隊列の再編をかけた。

 ギャラクシーに尋ねてグレイハウンド隊の状況も確認する。キーリングがソ級の思わぬ反撃で小破していたが深刻な被害では無かった。

 海域から深海棲艦の反応はクリアになっていた。今の内に防空隊を収容して補給を行っておいた方がいいだろう。

 発艦させていた防空隊全隊に帰還命令を出していると、ギャラクシーから別の報告が入る。

(深海棲艦艦隊を探知方位二-一-七、艦影六。ト級一、ツ級一、イ級四。船団へ向けて進行中)

(こちらヴィクトリアス。私の航空団が相手をするわ)

「相手は対空戦闘能力に優れたト級とツ級ですよ、大丈夫ですか?」

(心配ご無用。そう言う手強い奴らになれている航空妖精ばかりだから)

 言葉通り心配するな、と言う口調で告げるヴィクトリアスにお言葉に甘えるか、と決めた愛鷹はヴィクトリアスに深海棲艦艦隊への攻撃を依頼し、自分達は一旦ほんの小休止を挟む事にした。

 ベルゲンを出港して大分経つ。栄養補給と水分補給をしておかないと先が持たない。

 

 グレイハウンド隊にも少し小休止すると通知を入れてから第三三戦隊全員で作戦前に支給された新メニューのレーションと、エマージェンシーウォーターレーションと言うパック水を飲む。

 タブレットを発作が起きる前に数錠口に入れて、パック水で流し込む。封を切ったパック水は薬品臭が酷く恐ろしく不味い水だった。

 飲み干した水の口に残る不味さに流石の愛鷹ももろに表情を歪ませた。どうして軍用のレーション系と言うのはこうも不味いモノが多いのだろうか。

 空腹から安易に携行食糧を消費させないために敢えて軍用レーションは不味く味付けしていると聞くが、せめて水くらい何とかならなかったものかと溜息が出た。

「なにこれまっず!」

 自分と同じ感想を吐く夕張がパック水のレトルトパックを手に表情をぐにゃりと歪ませる。

 他のメンバーも美味しいとは言えないレーションのゼリーとそれに輪をかけた不味さの水に表情が晴れない。一応ゼリーは少し甘いのが幸いであった。

 

 口に残る不味い味に愛鷹が渋い表情を浮かべていると、ヴィクトリアスから敵艦隊撃滅の報が入った。

 低高度からの進入で敵の防空探知網を掻い潜り、あっさりと対空砲火を潜り抜けて爆弾と魚雷を叩き付けて殲滅してしまったらしい。

 被弾機二機以外撃墜機も無かった。彼女の高い練度の航空団が見せる鮮やかな仕事ぶりだった。

 仕事が早くで何より、とゼリーを飲み下しながら出撃後初めて満足げな表情を愛鷹は浮かべた。

 

 

 美味しくない食事を終えた第三三戦隊が戦列に復帰するまでに新たな深海棲艦が押し寄せる事は無く、その後交戦を経験することの無いまま北の国の夜を迎え、片道二日の航程の一日目が過ぎた。

 何事も無いのは良いが、静かすぎるのも逆に不気味だ。

 そう思いながらキース島までの行く道を航行する愛鷹は定期的にギャラクシーやアオバンド隊などと密接に連絡を取り合い、警戒態勢を強めた。

 ここに味方は自分達しかいないと思へ、その思いでやる愛鷹に青葉が気を張り過ぎ、とフォローする。

 フォローされても神経質気味になる愛鷹には慰めにならなかったが、彼女の思惑に反して深海棲艦が襲撃して来る事はそれっきりなく、潜水艦ソ級一隻がグレイハウンド隊の手で探知されて撃沈する一幕があった以外、結局何も起きないまま船団は二日目の夕方キース島の港に入港した。

 

 

「……酷い……」

 廃墟と化した街並みが並ぶキース島の街並みを見て愛鷹は悲し気に呟いた。

 「ズムウォルト」の艦内にあった旅行本では綺麗な街並みが並ぶキース島の風景は、瓦礫と廃墟に変わり果てていた。

 キース島に到着した第三三戦隊とグレイハウンド隊は「ズムウォルト」に引き上げて二四時間の休憩を挟む事となった。

 その間に港の埠頭に接舷した「オーシャン・ホライゾン」は民間人と負傷兵の搬入作業に取り掛かった。

 港の埠頭で廃墟となったキース島の港町を愛鷹が見つめていると、「オーシャン・ホライゾン」からあまり聞きなれないディーゼルエンジンと誘導員のホイッスルが聞こえた。

 「オーシャン・ホライゾン」にはキース島への増派部隊が載せられているとレイノルズが言っていたからその部隊だろうか。

 視線を向けて見るとK9自走砲とK10弾薬運搬車、軍用トラックが埠頭に「オーシャン・ホライゾン」の車輛ランプから搬出、揚陸されていた。

 背後から聞き覚えのある特徴的な足音が聞こえ、「愛鷹さん」と自分を呼ぶ衣笠の声がする。

 首を軽く向けると青葉と衣笠が並んで自分の後ろにいた。青葉はカメラを持っているあたりキース島の写真撮影に出向いていたのだろう。

 行動が早い青葉さんだ、と思いながら一緒にいる衣笠は差し当たり青葉が我を忘れてカメラを持って暴走しないのを見張る為、と言ったところだろうか。

 何か用か、と自分から聞こうとした時衣笠が先に口を開いた。

「晩御飯ですよ。今日はカレーですよ」

「衣笠さんの好きなご飯ですね」

「はい。ところで何を見てるんですか?」

 そう尋ねる衣笠に愛鷹は無言で揚陸作業が進むK9自走砲部隊を指さす。

「あれって、自走砲ですか?」

「ええ。海兵隊のK9自走砲ですよ」

「K9って韓国の自走砲ですよね? 韓国方面軍も派遣されているんですかね」

「と、言うよりは韓国が昔フィンランド軍に輸出したモノでしょうね。車体にフィンランドの国旗が見えます」

 車体にかかれているフィンランドの国旗を、自分を遥かに上回る視力で見つけた愛鷹の目に衣笠は驚嘆した。

 フィンランド方面軍の海兵隊の砲兵隊が増援部隊として送り込まれて来た、と言うところだろうか。確かス級の砲撃でキース島の砲兵隊は壊滅していたからそれを補う為だろう。

 搬出されてくるK9自走砲とK10弾薬運搬車はそれぞれ一〇両。砲兵中隊は榴弾砲が五門配備されているからつまり二個中隊分だ。

「フィンランド方面軍、まあ実質フィンランド陸軍か、その自走砲部隊がキース島の増援部隊ですか」

「ス級の砲撃でキース島に配備されていたドイツ方面軍の砲兵隊が壊滅しちゃったからね。」

 さらっと興味深そうに自走砲部隊を見る妹に青葉が背景を含めた解説を簡単にする。

 解説する青葉に顔を向けた愛鷹はカメラと青葉を交互に見ながら尋ねた。

「いい写真は撮れましたか?」

「NOです。キース島はどこもかしこも廃墟の山です。ス級の艦砲射撃の被害は思っていたよりも甚大の様です。市民病院も破壊されて、軍の野戦病院が代わりをやっています」

 早速入手して来たらしいキース島の被害状況を教えてくれる青葉に愛鷹は腕を組んで聞く。

「市民の被害は?」

「残留民間人の内死者は三七人、行方不明者はまだ三人いるそうです。負傷者は一〇五人。民間地も無差別に攻撃されたらしく、バンカーへの避難が遅れた民間人に被害が出ていました」

「三人の行方不明者は……望みはあるんでしょうかね」

「正直厳しいです」

 はっきりと告げる青葉に愛鷹は深い溜息を返した。

 首を垂れる愛鷹に今度は青葉が尋ねる。

「それにしても、何でフィンランド方面軍の自走砲部隊を派遣して来るんでしょうかね。ノルウェー方面軍の方が地理的に近いのに。それかドイツ方面軍から増援部隊を送るのが普通な気がしますけど」

「ドイツ方面軍はイタリア方面へ派遣軍を送っていて余裕はありませんし、ノルウェー方面軍は深海棲艦の自国領への侵攻作戦への防戦で余裕がありませんからね。

 フィンランド方面軍は自国に侵攻を受けていない分、地上部隊戦力に余裕があるのでノルウェー方面軍への地上部隊増援はスウェーデン方面軍に任せているのでしょう。他の国々も余裕がないので」

「ノルウェー方面軍の艦隊は……艦娘っていましたっけ?」

 そう尋ねる衣笠に愛鷹は組んでいた腕を解いて片手を顎に当てて首を軽く捻り、仕舞い込んでいた脳内の情報を思い出す。

「確か……ああ、欧州総軍スカンジナビア統合艦隊に小規模ながら艦娘艦隊を保有していますね。スカンジナビア半島の三国の艦娘全部を合わせても規模が小さくて沿岸防衛がやっとです」

「スカンジナビア半島の方面軍も艦娘を持っているんですか」

 初耳だ、と言う顔の衣笠を見ながらチラッと青葉の方も見る。案の定と言うか青葉はそうでもないと言う表情をしている辺り、やはり情報通な青葉はスカンジナビア統合艦隊の艦娘も知っているのだろう。

「青葉さん、問題です。スカンジナビア統合艦隊旗艦の艦娘の名前は?」

「え、あ、えーっと、スウェーデン艦隊の海防戦艦スヴァリイェ……だった筈。去年の艦娘艦隊人事録情報のなので代わっているかもですが」

「惜しいですね。今年の春からはフィンランド艦隊の海防戦艦イルマリネンが務めています」

「良く知ってますね」

 流石だと言う顔で衣笠が褒める。

 まあ、会った事も無いんだけど、と胸中で付け加えながら愛鷹は葉巻を出して口に咥えた。

「あの、聞くのもあれかも知れませんけど、肺がんとかの心配は無いんですか?」

 案じる表情で聞いて来る青葉に、ジッポで火を点けかけていた愛鷹は手を止めると、素っ気なく答える。

「肺がんになる前に寿命が来ますよ」

 それだけ答えるとジッポで葉先に火をつけて、愛鷹は喫煙の煙を燻らせた。

 煙を吹きながら葉巻を片手に二人に向き直る。

「二人とも休める時に休んで置いて下さいね。お二人は私とワシントンさんに次いで砲撃戦火力に優れますから。巡洋艦相手には欠かせません。

 青葉さんはその雷撃戦能力がス級を仕留めるかもしれない可能性を秘めている。温存して置いて下さい」

「だから昨日魚雷はダメ、って言ったんですね。了解です。デカ物相手に取っておきますね」

「青葉って雷撃戦上手いの?」

 そう尋ねて来る衣笠に青葉は少しむくれ面をして返す。

「青葉の魚雷発射管はお飾りじゃないんだよ。ちゃーんと訓練を重ねに重ねてるからね」

 自慢げに言う青葉を脇から見て、頼もしい限りだと愛鷹は思った。

 

 青葉、夕張、深雪、何かあった時この三人の雷撃戦能力がカギになるかもしれない。そう考えながら愛鷹は葉巻を口に咥えて煙を吸った。

 吸い過ぎて軽く咳が出た。咳が出る程吸うのは今まで経験した事が無かったが。

 青葉の指摘通り肺がんの可能性も全くないとは言い切れない。肺がんを発症する前に自分は寿命を迎えそうな気がするが、必ずしもそうとは言い切れない。

 

 

「……歳かな」

 

 

 二人に聞こえない小さな声で愛鷹は込み上げて来た本音を漏らした。

 




 今作におけるネタには航空関連でエースコンバットを盛り込んでいますが、愛鷹のAEWギャラクシー、ヒットマン隊のネーミングはプロジェクト・ウィングマンのAWACSギャラクシーと主人公部隊ヒットマン隊から取っています。

 キーリングとダッジの二人でソ級と戦うシーンは映画「グレイハウンド」のワンシーンを基にして描いています。
 
 今作の世界観は西暦2048年の世界ですが、五二話劇中の「韓国方面軍」のワードの通り一応まだ朝鮮半島は南北に分れた状態と言う扱いになっています。
(K9自走砲は現実でもフィンランド、ノルウェーなどに輸出されている装甲車輛です)

 次回からはベルゲンへ戻る船団護衛に当たる愛鷹達第三三戦隊とグレイハウンド隊と深海棲艦との戦いがメインになる予定です。

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 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第五三話 迫り来る巨艦 前編

 PC新調やらリアルで色々ありながら何とか2021年内に最新話投稿です。
 本編をどうぞ。


 キース島の避難民と負傷兵の乗船が行われる中、一時の休みを取っていた第三三戦隊とグレイハウンド隊の全員にブリーフィングルームへの召集がかけられた。

 支援艦「ズムウォルト」のブリーフィングルームに集まった一三人の前に現れたレイノルズとドイルはスクリーンを起動させると、欧州総軍司令部から入ったと言う作戦指示書を一同に説明した。

 その内容は第三三戦隊の戦力を持ってキース島近海にス級を誘引し、それを増援部隊としてキース島に揚陸されたばかりのフィンランド方面軍砲兵隊による遠距離射撃で撃沈する、と言う作戦だった。

「第三三戦隊の戦力だけでス級を誘引、ですか。しかし、ス級を誘引するとなればもっと何か確かな撒き餌が必要だと思うのですが」

 そう聞く愛鷹にレイノルズは心配ないと言う様に彼女を見返した。

「大丈夫だ。欧州総軍司令部がス級を誘引の触媒は既にあると言っている」

「どういう事です?」

 怪訝な表情になる愛鷹にレイノルズは愛鷹を見据えて告げた。

「君自身が触媒だ。欧州総軍司令部が言うには君がいればス級は必ず寄って来ると言っている。現に過去のス級との交戦データの記録でも、ス級のいる所に愛鷹ありだ。

 過去の戦訓から君がいればス級は必ずキース島の近海に現れると判断したって訳だ」

「……は?」

 流石に意味が分からない、とはっきり困惑する表情になる愛鷹を他の艦娘達が見つめる。

「理由が単純すぎませんかね? 根拠としても不正確ですよ、単に愛鷹さんがいるからス級が来る、と言うのは偶然の一致だっただけかも知れない。

 何をもってそこまで自信をもって愛鷹さんがいるからス級が来る、と言えるんですか」

 眉間に皺を寄せ、やや険しい表情で青葉が尋ねると、ドイルは肩をすくめて首を軽く傾げた。

「司令部には何か判断を決定づける根拠があるみたい。それが何なのか前線のこちらには教えてくれないのだけど。

 艦長も疑問に思って一応聞いたんだけど軍機を盾に教えられない、の一点張り」

「何か臭くないか……怪しいぞ」

 腕を組んで訝しむ深雪の言葉に艦娘達、特に第三三戦隊のメンバーが頷く。

 軍機を盾に教えて来ないと言うのは不自然さが拭えない。怪しい雰囲気が強く匂う回答だ。

 これまでに愛鷹の命を狙った暗殺行為は何度か行われて来ただけに、欧州総軍司令部内に深海棲艦との戦闘を利用して愛鷹を抹殺しようとしている動きがあるのではないか、と言う疑念が第三三戦隊のメンバーにあった。

 一方、そう言った事情を知らないグレイハウンド隊の面々は触媒とされる愛鷹の事を物珍し気に見ていた。

 どうも嫌な予感が、いや嫌な背景を感じる、と思いながらも現場レベルで訴えても決定が覆る事は無いのも愛鷹は分かっていた。

 こうとなれば現場レベルで何とかするしかない。自分を抹殺する為に敢えて高難易度ミッションを押し付けて自分を消そうとしているのなら、逆に達成してその目論見をひっくり返すだけだ。

 あとで「お前は活躍し過ぎた」と刺客が来たら、その時は正当防衛の名において返り討ちにしてやるまでだ。

 今は目の前の課題に集中するとしよう。ス級はどの道排除しなければならない脅威だ。C8S海域での制海権確保だけでなく、北海全体の制海権の安定化にもつながると考えれば、やりがいのある作戦とも考えられなくもない。

 ただ……と愛鷹はキース島一帯の状況をモニターしたスクリーンを見て考え込む。ス級だけでなくこのキース島近海に展開する深海棲艦には新種のレ級flagship級や、イ級やロ級と比べ物にならない性能を誇る駆逐艦ナ級等の強力な艦艇が進出してきているからス級以外の艦艇も脅威である。

「司令部は今回の作戦の帰還率とか弾き出しているのですか?」

 尋ねる愛鷹にドイルがノートPDAを操作して、スクリーンに欧州総軍司令部が送って来た結果を表示した。

 

『Survival Rate 40%』

 

 帰還率四〇パーセント……第三三戦隊のメンバー七人中、六人で出撃したら大半は帰って来られない可能性あり……。

 

「みすみすこんな数字を許す必要はない。現場レベルでの裁量を認められている。そこで、『現場レベル』での裁量判断でグレイハウンド隊のヴィクトリアスの航空団による第三三戦隊への艦隊航空支援を実施する」

「あら、ここで私の出番なのね。了解したわ」

 椅子に座って話を聞いていたヴィクトリアスが手を打ち合わせて頷く。

「幸い、ヴィクトリアスの空母航空団は損耗率が皆無だ。彼女の航空団を用いて第三三戦隊が誘引するス級の随伴艦隊を攻撃する。

 敵艦隊の頭数を一隻でも減らせられれば、第三三戦隊の負担も軽くなり、尚且つ帰還率も上がる筈だ」

「帰還率ねえ……」

 説明するレイノルズの帰還率と言う言葉を聞いて、嫌な言葉だ、と言いたげな表情を深雪が浮かべる。

「また今作戦よりグレイハウンド隊のヴィクトリアスにはコールサインが新規に当てられる。ヴィクトリアス、君のコールサインはロビンだ」

「グレイハウンド隊のヴィクトリアスもといロビンね。了解よ」

「私にはコールサインなし?」

 不思議そうに尋ねるワシントンにレイノルズはそうだと頷く。

 そのワシントンを一瞥しながら愛鷹は出撃に当たっての編成を考えた。

 水上戦闘が中心となる遊撃戦になるのは想像に難くない。その場合、水上戦闘に不向きな瑞鳳は「ズムウォルト」で艦隊支援に徹させるのが一番だろう。

 だが、第三三戦隊の戦力と火力だけでは流石に心許ない気もする。もう少しでも頭数と火力が欲しい。

 下手に数を増やす訳にもいかないし、艦隊運動の経験も少ないがグレイハウンド隊のメンバーから共同作戦要員を一人抜き出して七隻編成で挑むのが良いだろう。

 その場合、キーリング、ダッジ、ヴィクトール、ジェームスはブロッケードランナー作戦の為にも温存する必要があった。消去法で考えてワシントンしかない。

「メンバーはどうします愛鷹さん?」

 第三三戦隊のナンバー2の青葉の質問に愛鷹は自分のノートPDAを手早く操作して、出撃部隊の編成表をスクリーンに出した。

「私、青葉さん、衣笠さん、夕張さん、深雪さん、蒼月さん、それにグレイハウンド隊のワシントンさんをホワイトハウンド4として現場裁量で臨時編入。七隻の遊撃部隊編成で挑みます」

「あら、私も一緒に戦列に並ばせてもらうのね。光栄だわ。でも大丈夫かしら、あなたとは艦隊運動練習した事は無いわよ」

「私の方から合わせに行きますよ。ワシントンさんの経歴的に蒼月さんと深雪さん以外の第三三戦隊のメンバーとの艦隊運動経験は問題ないでしょうし」

 ノートPDAに表示される彼女の経歴を見て愛鷹は言う。ワシントンは実際、青葉と衣笠、夕張とは自分が愛鷹として着任する以前の段階で、ソロモン戦線で共闘経験があった。

 昔の経験がまだ生きていれば問題ないし、この三人は物覚えも良いし艦娘としての技量も高い。

 一方、演習中の事故で戦線離脱が長期化して結果正規艦隊籍を外された結果、ワシントンと共同作戦経験がない深雪と、そもそも第三三戦隊のメンバーとして抜擢前は本土防衛艦隊に事実上の引き籠りだった蒼月はその場合わせでの艦隊運動になる。ここに関しては留意が必要だった。

 

(まあ、深雪さんも蒼月さんも艦娘としての技量に問題自体は無いだろうから、深刻な問題としてとらえる事は無いかな)

 

「戦艦ワシントンが万が一大破したらグレイハウンド隊の戦力が低下する事になるが大丈夫だろうな?」

 やや心配そうにレイノルズが尋ねて来る。彼に向き直った愛鷹は「同じですよ」と答える。

「オッズをケチれば結果はワンペアのブタ。賭け倍率を読み違えていたとしても結果はワンペアのブタ。その二つの結末にならない様、努力するだけです。

引く手札はワンペアの豚かストレート勝ちの二つに一つ」

「お前にはポーカーの癖があるのか?」

「カードゲームなら負け所無しです。あくまでカードゲームではですけど」

 少しだけ胸を張って応える愛鷹に、レイノルズはそうかとやんわりとほほ笑む。

 そこで瑞鳳が挙手して質問を求めて来た。

「瑞鳳さん何か?」

「今回の私の役割は? まさかここの留守番で終わりですか?」

「いいえ、瑞鳳さんにも航空支援を行って貰いますよ。戦闘機隊による防空支援と天山による広域索敵網の構築です。

 早期警戒網を構築してス級を早期に探知してしまえば、後はこちらが勝ちに行くだけです」

「勝ちに行くと言っても、これまでに何隻もの艦娘を大破させて来た巨大艦だぞ。楽観的に見積もって手痛い目に遭ったら目も当てられないぜ?

 今回、連中にはレ級flagship級だっているんだからな」

 重要な事を忘れるなよ、と釘を刺す様に深雪が愛鷹を見て言う。

「今回はあくまで誘引ですから。ス級を仕留めるのはキース島の砲兵隊です。一番留意しておくべきは随伴艦になる可能性があるレ級flagship級とナ級他の深海棲艦と見るべきでしょう。勿論ス級も相応に視野に入れておくべきです」

「作戦は誘引、となれば、予め砲兵隊の効力射のエリアを設けて、そこへ誘い込むのが最善では? 行き当たりばったりな誘引作戦は失敗を招きますよ。

 誘引するとなれば先のキース島近海偵察作戦で用いたN、E、W、Sの四フィールドグリッドを流用した誘引エリアを設けるべきだと思います。

 青葉としてはキース島近海の島々が比較的多いNフィールドに誘引して、砲兵隊に座標指示をするのが良いかと考えます。

 Nフィールド側は無人島がそこそこ多い分、こちらの機動性を制限しますが、その制限は当然深海棲艦とて同じです。殊にス級は機動性が異常に高い。

 巨大艦ス級の機動力を制限する意味でもNフィールドへの誘因がベストかと」

 スクリーンを見ながら青葉が自身の考えた作戦を進言する。それに対し、地理的に不利な要素がリスキーだと衣笠が指摘する。

「私達日本の艦娘には慣れない海で、かつ機動力が一部制限されるNフィールドで戦うとなると、相応のリスクはかかるわよ青葉。帰還率40%が現実になるかもしれないわ」

「そうはならないよ。天候は予報では良いから風に流される可能性は低いし、潮流は深海棲艦出現後も変化していないから海図通りの環境をこちらは想定出来る。

 土壇場で潮流や風の吹き変わりが深海棲艦の手で起こされたとしても、Nフィールドの地形である程度はチャラに出来る筈」

「『筈』と言うのが付くのが上官としては懸念事項ですが、Nフィールドへ誘引しての攻撃作戦自体には私としては賛成です。砲兵隊側としても陣を構えている向きがぴったりです。

 あとは砲兵隊との密接な通信網の構築が重要です。そこでハブとして瑞鳳さんの天山が重要な訳です」

「なる程です」

 納得したと言う表情を浮かべる瑞鳳が頷く。

 瑞鳳の顔を見てノートPDAに作戦内容をまとめたレイノルズはスクリーンに表示し、艦娘達と共有するとスクリーンの前に立って最終確認を始めた。

「よし、作戦の内容を整理、再確認する。よく聞け。

 

 我々の任務はキース島Nフィールドにス級を含む深海棲艦の艦隊を誘引する事だ。

 まず第一段階。瑞鳳の天山でキース島近海のN、E、W、Sの全域に広域捜索網を形成。ス級を捜索する。

 第二段階、そこから得た情報を基にス級の座標を特定し、臨時遊撃部隊編成の第三三戦隊がNフィールドのス級に近い位置に展開。誘引を開始する。

 天山部隊の捜索網は戦術データリンクで第三三戦隊と共有される。ス級の移動速度は相当なモノだ。すぐに追い駆けて来るだろう。

 最終段階は愛鷹を餌に誘引して来たス級を味方砲兵隊が一斉射撃で撃沈だ。

 なお砲兵隊への座標指示は愛鷹以外の艦娘に任せる。ス級は過去の戦訓からして何らかの形で愛鷹を優先的に攻撃する可能性がある。故に愛鷹が座標指示を行うのは無理がある。

 青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、それにワシントンの誰か一人でもいいからス級の現在位置を砲兵隊に送るんだ。今作戦に当たり本艦の技術部が作戦参加艦娘全員分のHUDを用意する事が出来た。

 これを装着する事で迅速かつ確実な砲兵隊への座標送信が可能になる。HUDには海図とレーダーを合わせて表示する事が可能だ。三人からの共同観測が一番確率が上がるが、ス級が引き連れているであろう随伴艦の事を考えれば無理は出来ない。

 一人でもいいからス級の現在位置を砲兵隊に送れ。そうすれば後は砲兵隊がケリをつけてくれる」

「もし、砲兵隊が砲撃を外した場合は?」

 万が一の時の事を聞く夕張に、愛鷹が答える。

「K9自走砲の毎分射撃速度は最大で八発です。最低でも七秒は待たないと次弾装填が間に合いません」

「二度目以降のチャンスが皆無と言う訳ではないという事ですね」

「そう言う事です。二回目以降が直ぐに来ると言う訳ではありませんが、一回勝負ではない事は確実です」

「Nフィールドで展開可能な海域でも、砲兵隊の射程から出てしまったら話にならない。島からの距離は最大でも四〇キロまでだという事を頭に入れておくように」

「K9自走砲の最大有効射程は?」

 ふと思い出した様に尋ねる蒼月にレイノルズはスクリーンにK9自走砲のスペックを表示した。

「ロケットアシスト砲弾のRAP弾で最大五三キロだ。衛星が使えたら最大一〇〇キロまで砲弾を飛ばせる」

「M107榴弾で射程は一八キロですか」

 艦娘の艦砲では到底届かない距離まで砲弾を飛ばす能力に蒼月が軽く唸る。

「そもそも口径が違いますからね。艦娘の砲熕兵装より多くの装薬を使える一五五ミリ砲。弾頭に装填される炸薬の量も桁違いです」

 スペック表を見て解説する愛鷹に一同が頷く。艦娘の主砲より物理的に大口径な分、装薬や弾頭の炸薬は艦娘が撃つ砲弾のモノより多い。

 艦娘の砲弾には新開発の超高性能小型炸薬と、新開発の弾芯が用いられているとは言え、単純な破壊力ではやはり自走砲には劣っている。

「作戦開始は一二時間後だ。それまでに各自艤装の点検をしっかりと行っておけ」

「一二時間後……ですか」

 腕時計を見た愛鷹は作戦開始時刻と天候を頭の中で勘定する。予報だと明日は晴天。視界は良好だ。

 同様に腕時計を見る深雪がカレンダーも見ながら呟く。

「半日後の明日か」

「そうだ、分かったら全員その重いケツを椅子から引っぺがせ」

 

 

 

 ブリーフィングルームを出た艦娘達の内、衣笠、夕張、深雪、蒼月、ワシントン、瑞鳳は艦内工場に呼び出され、そこで3Dプリンターで部品を製造して組み立てられた艦娘装備型HUDの扱い方の手ほどきを受けた。

「へえ、こんなのをいつも愛鷹さんや青葉は使ってるんだ。中々便利じゃない」

 左側頭部の方に装着するHUDを付けた衣笠が感心した声で感想を口にする。

「でも結構値段張るんじゃないのこれ?」

 HUDの付け具合を調整する瑞鳳の言葉に、「ズムウォルト」の技術長が頷く。

「海兵隊で試作モデルの運用試験が行われているし、昔開発されていたのと比べりゃ大分安くはなったが、艦娘用に再設計されたので全地形対応軍用四輪バギー一台が買える」

 その回答に深雪がたまげたと言う様に口笛を吹く。

「クッソ高い装備壊したら後で弁償しろ、って事は無いよな?」

「流石にそれは無い」

 苦笑交じりに技術長が首を振って否定すると六人は少し安堵した様にため息を吐いた。

「瑞鳳のHUDには天山とのデータリンクでマップに深海棲艦の展開状況が簡単に表示できるようになっている。航空管制も同時に可能だ。

 マップは各グリッドに区切られ、それを基にして艦載機を誘導する事が出来る」

「ホントお高い金をかけるだけあって便利ですねえ」

 各表示機能を切り替える瑞鳳は一つだけ不満点を述べた。

「横文字ばっかりなのが個人的に不満ですね」

「日本語対応のインターフェイスの用意が間に合わなくてな。まあ、君らの英語力なら読めない事は無いだろう。用意が出来たらすぐに調整しておくよ」

「国際言語な英語なだけまだ良いじゃない。これがロシア語とか他の国の言葉だったらもっと大変よ」

 そう瑞鳳に言う夕張に、瑞鳳が尋ねる。

「ロシア語とかって、ロシア語って結構難しいの?」

「パソコンの自動翻訳なんか宛に出来ないレベルよ。言い回しとかも独特」

「なるほど」

「言語って言い回しが難しいですよね。日本語だってそう言うところありますし」

「それなんだよな」

 HUDを外しながら言う蒼月に技術長が相槌を打った。

 

 

 ヘリ甲板の一角で葉巻を吸って一息入れる愛鷹の背後から青葉の足音がした。

「やっぱりここにいましたか」

「ここ以外に一服できるところがないので」

 葉巻を片手に煙を吹きながら返す愛鷹に、青葉は横に並ぶと真顔で問うた。

「今回の作戦。何か裏で動きがあると思いませんか?」

「作戦難易度自体は確かに高いですが、高すぎるって事も無いのでは?」

「そうじゃなくて、この作戦、愛鷹さんを意図的に沈める為に立案された様なレベルじゃないかって事です」

「……それはあり得ますね。提督に聞けば何か分かるかもですが、まあそんな事したら傍受されるでしょうね」

 さばさばと答える愛鷹を見やって青葉は懸念する口調で続けて聞く。

「いいんですか、こんな調子で」

「他に今のところ打てる手がありません。有川中将ら情報部がある程度対策はしているでしょうし、私を疎む一派の掃滅を窺っているでしょうけどそう簡単に尻尾を出す様な連中でもないでしょう」

 そこまで言ってから、ふと自分を抹殺する一派に取り込まれた結果、自分を銃撃する羽目になり、今は有川の下に引き取られている大淀の事を愛鷹は思った。

 元気にしているだろうか。仁淀とは再会できただろうか。

 事情を聞けば、愛鷹も大淀にもやむを得ない理由あっての事だったと理解はした。銃撃されて危うく死にかけたとはいえ、決して本意では無かった。

 会って話がしたい、と言う望みすら沸いていたが、何を話せばいいか、と言う迷いもある。

 ただ、大淀と直に会って彼女からの謝罪を受け入れたいと言う気持ちがあった。

「休める時に休んで置いて下さいよ青葉さん。次席旗艦なんですからね。万が一私に何かあったら第三三戦隊の指揮は青葉さんが取ることになりますから」

「青葉達を残して先に死ぬ、何て事は止めて下さいよ?」

「勿論死ぬ気はありません。ですが、万が一の時ってのはどうしても起きうる事ですから、それに備えておいてこしたことはありません」

 死ぬ気などはなっからないが、死と言うモノは理不尽にも訪れるモノだという事は身をもって経験しているだけに、気の抜けない作戦になる事は覚悟していた。

 自分が死ぬのは嫌だが、それと同時に仲間が死ぬのももっと嫌だ。全員で生きて帰る。その為の努力は惜しむ気はない。

「青葉としてですが、同も嫌な予感がするんですよ。何か大きな陰謀めいたものを感じる」

「ジャーナリスト精神を極めたらそうなるんですか?」

「と言うよりは、人間としての経験がそう言っています。マウント取りみたいな発言になりますが、愛鷹さんより長いこと生きているだけに人生経験の面からそう言う本能的な警告が自分でも分かるんですよ」

 確かに、自分は生まれて五年程度。青葉は二七年も生きている。人生経験則の多さで言えば青葉は自分より豊富だ。

 敬語口調で話されているとは言え、本来であれば自分の方が青葉の後輩である。本当の年齢差なんて気にしないのが艦娘同士での暗黙の了解とは言え、多少なりとも愛鷹にも気になる所ではあった。

「お互い死なない様、背中は頼みますよ、先輩」

「せ、先輩だなんて、青葉照れますよ!」

 文字通り顔を赤くして青葉はそっぽを向いた。

 

 

「フランス大西洋側とジブラルタルのス級がいなくなった?」

 怪訝な口調で聞き返す武本にターヴィは確かだ、と返す。

「両方面のス級がいなくなった事で、民間人救出隊の一部が動けるようになった。今、ス級がいなくなった二つのエリアで取り残されていた残る民間人全員の救助活動が急ピッチで進められている。

 穴を埋める形で戦艦棲姫やレ級が何隻か確認されているが、何とか対応できる数だ」

「レ級? 新種のflagship級か?」

「いや既存のelite級と無印がごく少数だ。ス級の代役は基本的に戦艦棲姫が担っているらしい」

 ス級の戦線離脱。補給の為に一時下げられたのだろうか。それとも別方面に一極集中投入するべく動いたか。

 地球海西部は北海戦線に日本艦隊が来援して以降戦線が膠着し進退は無い。地中海東部、つまりギリシャ方面は今のところ深海棲艦の空母機動部隊による沿岸部への空爆が行われている以外に目立った動きはない。

 フランス大西洋側とジブラルタルのス級が姿を消した、となれば、まだ本格的侵攻が始まっていない地中海東部への艦隊戦力の増強目的に回航されたか、補給のためいったんどこかへ下げられたか、はたまた別戦線へ投入されたか。

「それとなんだが、英国本土防空軍所属のRC135が奇妙な電文を傍受した。ス級の動向と関係があるのかさっぱり分からないが」

「奇妙な電文?」

 なんだそれは、と聞き返す武本にターヴィは傍受した電文の内容を話す。

「まるで意味を成している様に見えない文字の羅列が組まれた電文がどこかから大西洋北部へ向かって発信されていた。

 発信源の特定は行ったが、特定前に電文は途切れ、以降コンタクトは無い」

「どっかの誰かがこの混乱下に乗じて余計引っ掻き回そうと発信したか? いまだに深海棲艦相手に頓珍漢な理論をかましている輩はいると聞くが」

「そこは分からない。意味を成している様に見えない文字の羅列と言っても、それが暗号な可能性もあるし。

 ひとます情報部がその電文を解読中だ」

 有川の部署……アイツも愛鷹抹殺一派の掃除で忙しい所に訳の分からない電文の正体特定とはご苦労なモノだ。友人の苦労を思いながら武本はコーヒーを飲んだ。

 ただ、武本としても意味を成している様に見えない文字の羅列の電文の中身が気になった。

 どのような電文なのか、写しでも寄こして貰いたいところだった。

 それをターヴィに頼むと二つ返事で了承された。

 自分で分かる事は限られているだろうが、少ない可能性に賭ける価値は皆無ではないだろう。

 それで防げる事があるなら、防ぐまでだ。

 

 

 大西洋北部キース島近海。

 第三三戦隊の作戦行動支援の為に、ベルゲンから飛び立ったトゥームストーンのコールサインで呼ばれるP8ポセイドン哨戒機四機が夜明け間近の空を飛んでいた。

 四機のP8哨戒機は各四機の護衛のP51Dムスタング戦闘機を引き連れて、航空優勢が取れていないキース島近海を強行偵察していた。

 第三三戦隊がス級誘引撃滅作戦に出ると聞いた武本の計らいで、ベルゲンから発進した四機の哨戒機は第三三戦隊の広域捜索網構築に先立っての情報収集に当たっていた。

 少しでも艦娘の苦労を軽減したい、と言う武本の計らいであったが、航空優勢が取れていない空を飛ぶだけあってP8哨戒機の乗員は強い緊張感を持って挑んでいた。

 護衛の為に各機に四機ずつの護衛機が付いているとは言え、戦闘機の大群に襲われたら全速力で逃げるしかない。

 搭乗員達も相応の覚悟を持って任務に挑んでいた。この任務の成果如何でキース島の民間人と負傷兵を輸送する船団の安全が左右される、と四機合わせて三六名の搭乗員全員が同じことを思っていた。

 欧州総軍司令部が気になる一報を送って来たのは、四機の哨戒飛行が予定の半分を消化した時だった。

 この海域へ向けて「意味を成している様に見えない文字の羅列」の電文が送られている、と言う情報が欧州総軍司令部から送られて来たのだ。

 そりゃ一体どういう意味だ? と四機合わせて三六人の搭乗員全員が首を捻りながら、情報に留意しつつ偵察飛行を続けた。

 すでに既知扱いに認定された深海棲艦の艦隊を複数探知していたが、新手の情報は今のところ無いに等しく、深海棲艦側も対空射撃や戦闘機による迎撃を行わないだけに少しばかり四機のP8の搭乗員たちにも弛緩した空気が流れていた。

 そんな緩みかけた空気を絞める情報が上げられたのは、そろそろ全機が燃料切れでRTB(基地帰投)になる間近のところでだった。

 トゥームストーン2のコールサインで呼ばれるP8哨戒機の合成開口レーダーが、不明目標を捕捉したのだ。

「合成開口レーダーにマージ。巨大なレーダー反応、キース島のWフィールドを北上中。恐ろしく速い!」

「目標の識別を急げ!」

 TACCO(戦術士官)がオペレーターの航空士に指示を出す。五名の航空士のオペレーターとTACCOを務める二人の士官がコンソールを操作して目標の識別と評定を行う。

「アンノウンを正確に評定中。解析にもう少しお時間を」

「なるべく急げ。そろそろヒュールビンゴで帰投しなければならん」

 コンソールと格闘する航空士オペレーターに発破をかけるTACCOの顔に焦りが滲む。

 燃料切れで帰投しなければいけないタイミングで不明目標探知とは、とP8の搭乗員たちがタイミングの悪さに悪態をついていると、オペレーターが確認された目標の正体を割り出した。

「アンノウンの正体を特定。これは……ス級です! 数二。二〇ノットで北上中」

「ス級だと⁉ この海域に? まさか、フランス大西洋側とジブラルタルから姿を消した奴か」

「地理的に言って間違いないかと」

「無補給でかつこんな短時間でこの海域に進出したと言うのか?」

 信じられん、と言う顔になるTACCOにオペレーターが新たな目標探知と告げる。

 即座に正体の特定作業が行われ、輸送補給艦ワ級flagship級四隻と既にこの海域に展開していたス級一隻、輸送補給艦ワ級flagship級の随伴艦と思われる駆逐艦ナ級一隻が識別特定された。

「この海域に全速力で進出して来たス級への補給艦隊でしょうね」

「つまり、この海域に進出したは良いが暫くは補給の為に時間を割く必要があるという事か。移動速度と距離的に言えば相当な燃料を……連中の燃料なんぞ知らんが、まあ消費している筈だから補給には時間がかかるだろうな」

「とは言え、事前に給弾系の補給は行ったうえでこの海域での補給を燃料系に限っていれば、補給時間は短縮できる筈です。

 腹八分で切り上げ、友軍の作戦行動を阻害しにかかる可能性もあり得ます」

「厄介な事になったな。この海域だけで三隻のス級だ……」

「特定の艦娘にス級を誘引する能力があると言う噂があります。そうだとすれば彼女の存在は疫病神という事に……」

「噂や憶測を安易に信じるな。確実な情報を信じろ。艦娘への悪評も慎め」

 不安げな表情で呟くオペレーターをTACCOの一人が一喝する。

 とにかくデータリンクで前線部隊の各拠点と支援艦「ズムウォルト」にス級増援二隻現るの急報を発令しながら、トゥームストーン隊は燃料切れで帰還の途に就いた。

 

 

 

 既知のス級一隻に加えて、フランス大西洋側とジブラルタルから回航されたと思しき二隻のス級現るの報告を聞き、愛鷹はゾッと悪寒を覚えた。

 他にもレ級flagship級と言う既に厄介な敵がいるにも拘らず、更に強力な戦力をこの海域に送り込んで来た。

 なんて疫病神なのだろうか、とス級を誘引出来ると言われる自分自身の存在を呪いもした。

 自室の机の上で頭を抱えて突っ伏していると、自室のドアがノックされた。

「入って……」

 やけくそ気味に入室を許可すると、聞き覚えのある足音が部屋に入って来た。

 部屋に入った青葉に反応はしているものの、頭を抱えて机に突っ伏す愛鷹は顔を向けなかった。

「愛鷹さん……」

 心情を案ずるような声を送る青葉の言葉すら、嫌に感じる程愛鷹は気分を滅入らせていた。

 何か言おうとした青葉の先を遮る様に突っ伏したまま愛鷹は吐き捨てる様に言った。

「サンバイですよ! イッパイでも大変な敵がサンバイ! 司令部が出した帰還率40%の根拠が分かった気がしますよ」

「愛鷹さん……」

「疫病神ですよ、私は……それ以前にもはや死に神ですらある! あんな巨艦、どうやって相手しろと? また私が刺し違える勢いで仕留めろと?」

 自分の前で弱音交じりの本音を吐き散らす愛鷹に青葉はかける言葉が無かった。

 今にも泣きそうな上官の傍らに立った青葉に初めて愛鷹が顔を向ける。搔きむしったらしい愛鷹の長髪がバサバサとその顔にかかる。

「刺し違える勢いで仕留める必要はありません。青葉達は全速力で走り回って砲兵隊に仕留めて貰う手伝いをすればいいだけですよ」

「そんな簡単に行く相手だと思いますか? 太平洋で一体何隻の艦娘が相次一隻相手に撃破されたかお忘れですか?」

「忘れてはいませんよ。でも、愛鷹さん、青葉達がここでス級を仕留めるお膳立てをやり遂げないと民間人や負傷兵を載せた『オーシャン・ホライゾン』は出港できないどころか、キース島に停泊したまま撃破されてしまうかも知れないんですよ。

 今ここで青葉達第三三戦隊が頑張らないと、救える命が救えないんです。軍人が果たす使命は命を賭してでも、民間人を守る事にあるんです。

 ひと踏ん張りしましょう、少し持ちこたえるだけでいいんです。アイツを何とかしなければどの道退路は無いんです」

「う……」

 いつになく、いや普段見せたことがない程に恐怖に怯える愛鷹に無理もないモノを覚えながら、青葉は予め決めていた事を切り出した。

「愛鷹さんが指揮を取れないと言うのなら、青葉が旗艦となります。愛鷹さんはここに残って船団護衛艦になって下さい」

「な……!?」

 腹を決めた表情で告げる青葉に驚愕する表情を愛鷹は浮かべた。

 驚きに揺れる上官の顔を見据える青葉の腹の中は決まっていた。やるしかないのだ。ス級三隻はどう足掻いてもこの先障害になる存在。

 排除する今のチャンスを逃す手はない。しかし、難敵中の難敵である事は青葉もよく知っている。太平洋でス級と対峙した時の恐怖は今でも覚えている。

 しかし、今回の作戦で自分らが無理に倒す必要はない。やりようはある。そう見込んでいた。

 腹を決め、指揮を執る事が出来ないのなら次席旗艦の自分が指揮を執る。そう宣言する青葉から顔を逸らした愛鷹は深く溜息を吐くといつものタブレットを呑み込んで、再び深呼吸する。

「指揮権の移譲は……出来ません」

「愛鷹さん……」

「……やりましょう。歯車が仕事をしなくなってしまっては、私を含む世の中が動かない」

「青葉達も頑張ります。愛鷹さんだけに苦労はかけさせません」

「ありがとう、青葉さん」

 鼓舞してくれた青葉に感謝を述べると愛鷹は制帽を被って立ち上がった。

 頼れる仲間は最高だ。今更ながらの様に思い返す愛鷹に青葉が静かにほほ笑みかけた。

 

 

 翌日。

(General Quarters, General Quarters. All hands man your battle station)

 支援艦「ズムウォルト」艦内に戦闘配置の号令がかかり、乗員がそれぞれの部署へと駆けだした。

 第三三戦隊の艦娘達は艦尾のウェルドックに集まり、艤装を装着し、カタパルトデッキの上に立つとドック注水を待った。

 出撃準備を整える六人の前に立った愛鷹は、ドック内の作業音に負けない大声で一同に作戦前のおさらいを行った。

「皆さん、作戦前の最後の確認です。トゥームストーン隊の事前情報からターゲットであるス級はNフィールドの南西約二五キロに展開していると思われます。

 私達は第三戦速でまずス級のいる海域へ向かい、ス級を含む艦隊をNフィールドのライオネル諸島へ誘引。そこで遅滞戦闘を行いながら砲兵隊による長距離射撃によるス級撃滅を図ります。

 砲兵隊のコールサインはロングキャスター、1と2です。ロングキャスタ―への効力射指示は敵が私を集中的に狙う予測から私が行うのは恐らく無理なので、皆さんに一任します。

 一人でも多く正確な座標をロングキャスター隊に転送して下さい。三人による三艦共同観測なら精度は極めて高くすることが出来るでしょう。ですが、上手く行かないのが戦場の常です。無理に三隻共同観測に拘らず、状況に応じて対応をお願いします」

「了解」

 唱和した返事が六人から返される。

 やる気満々、元気も一杯な六人の顔を一人一人見返すとカタパルト発艦準備に移る。

「いつも通りに行きます。深雪さん、夕張さん、蒼月さん、先行して出撃。続いて青葉さん、衣笠さん、ワシントンさんです。私は最後に発艦します」

「了解!」

「了解です」

「はい!」

 先行して発艦する深雪、夕張、蒼月から元気な返事が返った時、ウェルドック内に「ドック注水、艦内後方傾斜に備えよ」の警報が飛び、アラームが鳴り響く。

 ウェルドックのハッチが開放され、ポンプとハッチから大西洋の海水がドックへと流れ込む。

 五分と経たずにドック内の注水が完了し、カタパルトがアクティブになる。

 カタパルトに立った深雪、夕張、蒼月の三人をランチバーが固定すると、発艦士官の合図と共に次々に発艦していった。

(カタパルトボルテージ上昇、70,80、90、ポイント15、48、32確認)

(オーケーです、打ち出し準備完了です)

(第一発艦終わりました、次の艦娘確認して下さい)

(重巡青葉、衣笠、戦艦ワシントン発艦!)

 カタパルトの作動音が艦内に響き、再び三人の艦娘が射出される。

 全員の発艦を確認した愛鷹は滑走用ランチバーが元の位置に戻った第一カタパルトの上に立った。

 緑のジャージを着たカタパルト要員が発艦重量を書いたボードを右舷側のデッキの手すり越しに愛鷹に見せて来る。

 確認のジェスチャーを送るとカタパルト要員は親指を立ててデッキから降りる。

(ホワイトハウンド0-0、発艦シークエンスに移行。発艦を許可する)

 黄色のジャージとベスト、緑のヘルメットを被った発艦士官が愛鷹に向かって右手を掲げて右手をくるくると回す。機関出力が上げろの指示だ。

 ランチバーで固定された主機が第一戦速まで加速すると、カタパルトの警告灯がグリーンに変わり、それを確認した発艦士官が発艦針路上、艦内各所を指さし確認して準備よしと安全確認を終えると身を屈めて、右手を艦尾方向へと伸ばした。

「ホワイトハウンド0-0、第三三戦隊一番艦愛鷹、出る!」

 発艦の加速に備える姿勢を取った愛鷹が身構えていると、カタパルト要員がカタパルト射出ボタンを押し、カタパルトが一気に愛鷹を大西洋の海へと打ち出した。

 

「さ、行くわよ! 偵察隊、戦闘機隊、発艦!」

 ギリギリとしなる弓を構えた瑞鳳が艦載機の矢を放つ。

 ヘリ甲板上で最適な発艦針路の為の風を肌で感じ取り、行け、念じた矢を右手が離すと弓が勢いよく矢を空へと打ち出す。

 空に戦闘機隊三個小隊一二機と偵察隊一二機を撃ち出し終えると、新装備のHUDをオンにして航空管制モードを起動する。ヘッドセットの通知ボタンを押して愛鷹に戦闘機隊と偵察隊を発艦させたことを知らせる。

 警戒陣の隊列を組んでス級が最後に確認された海域へまず向かう愛鷹達に瑞鳳は「幸運を」と呟きながら見送った。

 

 

 最後にス級が観測された海域へ天山偵察隊が捜索網を展開し始める。Wフィールド近辺に捜索網を構築すればすぐに見つかるはずだ。

 Wフィールドへまず第三戦速で向かう第三三戦隊は先頭を愛鷹、二番艦に青葉、三番艦に衣笠、四番艦にワシントン、五番艦に夕張、六番艦に蒼月、七番艦に深雪と言う隊列を組んでいた。

(フェーザント1から旗艦愛鷹。我が隊はWフィールド南部作戦エリアに到達せり)

(ターミガン1から旗艦愛鷹。我が隊、Wフィールド北部AOに進出せり)

「了解、各機は対空射撃及び敵迎撃に警戒しつつス級を捜索せよ、アウト」

 通知スイッチを切りながらタブレット錠剤を呑み下して発作を事前に予防する。最近の発作の頻度が早い。無言で体が老化とそこから来る体の限界を示していた。

 コールサイン、フェーザント、ターミガンの二隊各六機の偵察機がWフィールド一体に捜索網を構築して偵察行動を開始するのをHUDで確認する。

 今回の作戦では第三三戦隊所属艦娘は全員HUDを装備している。リアルタイムで偵察隊の情報はデータリンクでHUDに共有されるので、素早い作戦行動が可能になっていた。

「こういうの前から使ってた愛鷹と青葉は恵まれてて羨ましいぜ。ポンコツ特型駆逐艦には縁のない装備だと思ってたよ」

 HUDをいじりながら深雪が嘆息を漏らす。

「私達での運用データを基にいずれは全艦娘標準装備品が開発されるでしょう。船団護衛艦の海防艦辺りも装備する日は遠くないかと」

 いつかは、と返しながら愛鷹は偵察隊とのデータリンクを開いて広域表示の海図と、各偵察機の現在地を重ねた。

 天山各機がレーダーでカバーしあえる範囲で捜索網を形成して、ス級を含む深海棲艦艦隊の捜索に出ている。

 直ぐにヒットするか、しばらく時間がかかるか。それとも出てきたこちらに向こう側から反応して接近して来るか。

 第三三戦隊所属艦娘では唯一愛鷹だけ装備している三二号対水上電探改をフル回転させて警戒に当たる。さらに今回の作戦で参加させたワシントンも愛鷹に告ぐ索敵能力を誇るSGレーダーを回して索敵に当たっている。

 この電探(レーダー)波を逆探してこちらの位置を探って来ている場合もある。それならそれで寧ろ好都合だ。

 問題は、ス級を含む艦隊と出くわした時、その大火力からどれくらい逃げ続けられるかだ。

 あの一撃を食らったら、いくら防護機能を展開しても大破は免れない。最悪当たり所が悪かったら一撃で轟沈、あの世送りだ。

(何か妙だな……)

 ふと無線越しにギャラクシーが呟くのが聞こえた。

「どうかしました?」

(解読不能な電文がこの海域に向かって発信されている。なんて言っているのかさっぱりだ……一応文字変換は出来るのだが、意味を成している様に見えない文字の羅列にしか変換できない)

「それは」

 どういう事? と聞きかけた時、フェーザント2から緊急電が入った。

(こちらフェーザント2、レーダーに反応。機上員が目視でウェーキを複数視認。旋回して確認に向かう)

「了解、敵艦隊の可能性があるのである程度距離を取って確認を。データリンクでカメラの映像を共有して下さい」

(了解、リンク17接続)

 フェーザント2から送られてくる映像がHUDにも表示される。水平線上に大型艦の艦影とウェーキ(航跡)複数がやや粗い画像越しに見えた。

 発見される可能性もある為、一旦フェーザント2は高度を落とす。水平線の丸みを利用して隠れながら進むフェーザント2のカバーに他のフェーザント隊機が応援に向かう。

「グリッド1アルファにス級……いや、違う……?」

 もしス級なら対空レーダーでとっくに捕捉している筈だ。ス級でなくても随伴艦の対空レーダーで既に捕捉されていてもおかしくない。

 ヒットするにも早すぎるし、あれは違うのではないか、と首を傾げていると拍子抜けしたフェーザント2の報告が入る。

(なんだ、ありゃ、漁船だ。正体は漁船三隻。ギャラクシー、船体にかかれている識別コードから船籍識別頼む)

(……キース島の漁業組合所属漁船に一致するデータあり。妙だな、こんな海域に漁船が出張っていると言う情報は聞いていないぞ)

 漁船? なぜこんな海域に三隻も?

 疑念を深める愛鷹はフェーザント2に漁船の船上に人影がないか確認に当たらせる。

(船上に人影らしきもの見当たりません)

 おかしい。キース島から事前届け無しに無断で脱出した島民がいたとしても、船の上で隠れられる場所は限られる。

 しっかり確認を行うよう指示を出しながら、フェーザント2の支援に向かっていた他のフェーザント隊機を元の位置に戻らせる。

 無人、と言う二文字が脳裏をよぎる中、ギャラクシーから「意味を成している様に見えない文字の羅列」の送り先が判明する。

「グリッド3ブラボーに向かって……」

 直感、本能的な何かが自分を動かすのが分かった。HUDで電文の送り先を海図に重ねて表示させ、答えを出す。

 グリッド3ブラボーの位置はNフィールド南西部。

「フェーザント各機。Nフィールド南西部に進出し、捜索網を形成せよ。ス級は恐らくそこにいる」

 了解、の返事がフェーザント隊機から返される。

ス級はそこにいる、その自信が不思議と胸の内に沸いていた。本能的何かかが愛鷹を導いていた。

 気になるのはギャラクシーが捉えた「意味を成しているように見えない文字の羅列」が組まれた電文だ。

 発信されている方向と鑑みると、ス級を誘引しているようにも思える。それは良いとして、問題はだれが何のために発信しているかだ。

 深海棲艦が送信しているとみるのが妥当、なのかもしれないが、愛鷹にはどうにも引っかかるものがあった。

 単に深海棲艦が安易に傍受されるような電文を発信するだろうか。傍受されるのを見越して意図的にこちらには「意味を成しているように見えない文字の羅列」にしか見えない暗号を組んでいる可能性も皆無ではない。

 しかし、愛鷹の頭が告げていた。これは仕組まれたものだと。

 

(罠臭いわね……なら罠に飛び込むか?)

 

 博打が過ぎるが、これしかないだろう。罠にかけてくるなら罠に飛び込む。ハイリスクは犯したくないが、死中に活を求めるという手でもある。

 

 

 

 程なくして、フェーザント3から「ス級含む有力な艦隊を発見」の報が入った。

 発見された艦隊はス級三隻、駆逐艦ナ級flagship級二隻、ネ級改一隻。

 ナ級はともかく、ネ級改は事前偵察では発見していない艦だ。どこからやってきたのか。

 ス級だけでも充分厄介なのに、その取り巻きが寄りにもよって手練れ級だ。

「厄介ね……」

 独語する様に呟きながら第三三戦隊全艦に対水上戦闘用意を発令し、最大戦速へ加速をかける。

主砲に徹甲弾を装填し、航空艤装を格納する愛鷹のHUDに《各部戦闘用意よし》の表示が出る。

 第三三戦隊全艦も戦闘配置が完了し、まずはス級がいる海域へと七人全員で向かう。

「ギャラクシー、敵艦隊の現在位置を随時トレース。妙な動きを見せ次第直ちに報告を」

(了解)

 自分に続航する青葉、衣笠、ワシントン、夕張、蒼月、深雪をちらりと一瞥して問題ないか確認をとる。

 ス級との戦いというよりは取り巻きのナ級とネ級改との戦いになりそうだ。ス級は砲兵隊が始末してくれるからこちらは被弾しないように動くだけ。

 簡単そうに思えて、案外そうでもない。ス級の火力は異常だし、ナ級、ネ級改ともに性能面でそれぞれ駆逐艦、重巡としては極めて強力だ。

 もしかしたら、ス級よりナ級、ネ級改で思わぬ被害を被りかねないかも知れない……そんな予感が愛鷹の中でしていた。

 

 最大戦速でス級がいる海域へ向かう中、キース島の砲兵隊に射撃準備を要請する。

 ヘッドセット越しに待ってましたとフィンランド語訛りの英語で返される。

 準備はよし、と思っているとギャラクシーからス級を含む艦隊に動きが出たことが告げられる。

(敵艦隊転進。参照点より方位〇₋四₋〇、速力三〇ノット。全速力でそちらを追尾中)

 撒き餌にかかった。その言葉が脳裏に浮かぶ。

 ここからが本番、と生唾を飲み込む。

 敵艦隊は全速力でこちらを目指している。随伴のナ級とネ級改はス級のお化けな速力は出せないので、必然的に深海棲艦艦隊の速力はナ級とネ級改の最大速力に合わせざるを得ない。

 猶予はある。そう見た愛鷹は予定通りにキース島Nフィールドへ戦隊を転進させ、最大戦速でNフィールドへと進出する。

 胸の動悸が緊張で激しくなるのを感じる。いよいよス級三隻を含む有力な艦隊と会敵だ。

 レ級flagship級がいないだけまだ脅威度は低いが、増援艦隊を引き連れて来る可能性もゼロではない。

 Nフィールドへ全速力で進出する第三三戦隊だが、全速力で航行している割には深海棲艦との距離が徐々に縮まっていた。

 原因はワシントンだった。高速戦艦にカテゴライズされるとは言え、発揮可能速力は最大で二八ノット。第三三戦隊の中では一番低速だ。

 低速といえば改二特の夕張も発揮可能速力は最大二五ノットなのだが、彼女の場合は増設ハードポイントにタービンユニットを追加で搭載しているので発揮可能速力が三〇ノットに向上している。

 勿論ワシントンの低速は織り込み済みだ。仮に追いつかれたとしても、回避行動で振り切るだけだ。

 Nフィールドへ差し掛かった時、ギャラクシーからス級の弾着観測機の誘導電波を逆探した報告を寄せられる。

 以前トラック島基地での戦いで出くわした時、誘導砲弾で自分達を長距離砲撃して仕留めようとしたあの光景が脳裏によみがえる。

 こちらは最大速力で前進中だ。回避運動をとればその分だけ予定ポイント進出が遅れる。

 対抗手段発動だ。愛鷹はギャラクシーにECM(電波妨害)をかけるよう指示する。誘導砲撃の誘導電波は青葉が解析してすでに判明している。

 ジャミングで誘導電波を打ち消せば誘導砲弾による長距離砲撃は出来なくなる筈だ。

 案の定、ECM、ジャミングを開始すると誘導砲弾による砲撃が飛んで来なかった。

「青葉さんの電波解析が役立ちましたよ」

「いやあ、解析した甲斐があったものですねえ」

「なーに天狗になってるのよ」

 振り返ら得ずともにやけていると分かる青葉の言葉に、衣笠が突っ込みをかける。

 二人のやり取りを聞いて軽く頬を緩めた時、ギャラクシーから新たな情報が入り、HUDに情報が共有された。

 誘導砲弾による長距離砲撃ができないと分かるや、ス級三隻はさらに増速をかけた。ナ級とネ級改を置いて、先行して第三三戦隊を追撃しにかかっている。

 弾着観測機自体も急速に近づいていると報告が入る。通常の弾着観測機でこちらを攻撃する算段だろう。

 そうはさせまいと、即座に格納していた航空艤装を展開させると、ヒットマン隊を発艦させ、弾着観測機迎撃に向かわせる。

 烈風改二戦闘機四機が上昇して弾着観測機迎撃高度に向かうのを見送ると、再び航空艤装を格納し水上戦闘に備える。

(タリー1バンディッツ。ターゲットマージ。ヒットマン1エンゲージ)

 弾着観測機を発見したヒットマン隊が攻撃を開始したことを告げて来る。

 相手は空戦能力は無いに等しいはずだから手早く終わるだろう。

 そう考えている内に早々に弾着観測機撃墜の知らせがヒットマン隊から入る。

 弾着観測機を失ったら、さらに速力を上げて追撃してくるだろう。いよいよだ、と自分の右手を愛鷹は見つめた。

 手袋をした手が心なしか震えている。恐怖からではない、静かなる武者震い。

 

(奮い立つ? なら奴を沈めて見せなさい)

 

 ぐっと手のひらを握りしめ、また開くと右手をトリガーグリップに戻し、左手で長刀の鞘を握った。

 しばらくして愛鷹の電探がス級をとらえた。

 こちらが捉えたと言う事は向こうも捉えていると言う事だ。そう考えているとCICからス級から水上レーダー照射を受けたと言う報告が上げられてくる。

 来る、と肌で感じた時、遠くで雷鳴のような砲声が轟き、甲高い口笛の様にも聞こえる飛翔音が頭上から急速に迫ってきた。

 至近弾でも致命傷だ。

「全艦随時回避運動。最大戦速を維持しつつ衝突に注意!」

 回避運動を指示しながら自分も取り舵に転舵し、ス級からの砲撃を躱しにかかる。

 

 

 キース島沖合で愛鷹達第三三戦隊とス級三隻を含む深海棲艦艦隊との戦いの幕が切って落とされた。




 次回は来年となります。

 次回はいよいよ愛鷹達第三三戦隊とス級三隻を始めた深海棲艦艦隊とのキース島沖合での激闘が始まります。
 
 来年も本作及び空衛命自の艦これワールド各作品をよろしくお願いします。
 よい年末年始をお過ごしください。

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 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第五四話 迫り来る巨艦 後編

 冬月実装がほぼ確定した艦これに心なし気持ち踊ってます。
 節分任務終わらせる中第五四話も終わらせました。
 書き上げて、読み返してから自分から出た一言、「ナニコレ?」

 本編をどうぞ。


 巨弾が空を切り、海上に着弾する。

 明確な殺意を持った破片が着弾の爆発と共に周囲にばら撒かれ、防護機能を最大出力で展開する第三三戦隊の艦娘達を翻弄する。

「散開し、回避に集中! 応戦は二の次に! 一発でも食らったらお陀仏です」

 森の様に突き立つス級の砲撃の水柱に揉みくちゃにされながら愛鷹は第三三戦隊のメンバーに向かって叫ぶ。

 敵の砲弾は着弾してすぐに爆発する当たり、着発信管。弾頭は破片による殺傷を目的としたHE弾。つまり徹甲弾と違って貫通力はない。

 だがス級のHE弾は只のHE弾ではない。散弾一発が防護機能無展開の巡洋艦級の艦娘を容易に切り裂く威力を持っている。戦艦級とてその散弾を食らえば無傷では済まない。

 HUDには早くも防護機能に過負荷がかかっている事を示す警告表示が出ていた。

 三隻からの砲撃ともなれば、散布界が互いに離れていても容易にカバーしあえる位の散弾をばら撒ける。

 青葉たちが上げる悲鳴を聞きながら、予定エリアまでの辛抱だと自分自身に言い聞かせ愛鷹は進路前方を見据える。

 キース島Nフィールドのス級誘因エリアは目の前だ。予定エリア近辺の島々が目視出来る。

 ヘッドセットの通知スイッチを押してギャラクシーに中継を頼むと、待機している砲兵隊、ロングキャスター1、2と回線を繋ぐ。

「ホワイトハウンド0-0よりロングキャスター1、2へ」

(どうぞ0-0)

「まもなく予定エリアに到着します! 砲撃準備を」

(了解、こちらの準備はすでに整っている。座標を転送してくれたら直ぐにそこへ砲弾を送り込んで見せる!)

「頼みますよ」

 通知スイッチから手を放してギャラクシーがHUDに送ってきた弾着予想座標を見て、再び進路を変更した時、ギャラクシーが舌打ち交じりに急報を入れて来る。

 

(警告、ボギー3、急速接近中。参照点より方位〇-三-〇。艦種識別、ネ級改一、ナ級flagship級後期型二。

 ス級の随伴艦三隻がそちらが回避行動で進行速度が鈍っていた隙に回り込んできたぞ)

 

 三隻のス級の取り巻き三隻が回避行動に専念している間に北方から回り込んできていた。

 毎分三発程度の速射で三隻合わせて三六発の巨弾を送り込んでくる三隻のス級の攻撃を回避するだけでもかなり手一杯なところに、少々厄介な展開になりつつある。

 ここはいっそ各個撃破のリスクを冒して、自分だけ戦隊から離脱して砲撃とス級を誘引し、ほかの六人でネ級改とナ級の相手をさせるか。

 

「全艦に通達。予定エリア侵入後、旗艦愛鷹は単艦行動に移行。以後指揮権を次席旗艦青葉に委譲します。各艦は次席旗艦青葉の指示に従って砲兵隊への座標支持を行って下さい」

「愛鷹さん単独でやるつもりですか⁉」

 驚く青葉に「頼みましたよ」と告げると、HUDの海図表示を見る。

 Nフィールドの予定エリア到達まであと一〇秒。北方から回り込んでくる深海棲艦三隻と艦隊が会敵するまで約八〇秒。

「スタンバイ」

 右手を掲げる旗艦に青葉が深いため息をヘッドセット越しに送ってくる。

 復命は? と問おうとした時ヘッドセットから青葉が第三三戦隊各艦に指示するのが聞こえてきた。

「次席旗艦青葉、指揮権を頂きました。次席旗艦青葉ホワイトハウンド1-1より各艦、転進面舵、新進路〇-九-〇。赤黒なし。

 左砲戦、雷撃戦よーい!」

 それでよし、と頷くと時計とHUDを交互に見て愛鷹自身は取り舵一杯に備える。

 

 一〇秒をカウントした時、「マーク!」と青葉たちに聞こえる様に大声で叫びながら愛鷹は取り舵に転舵し、戦隊から離脱した。

 

 

 砲戦準備をした青葉の視界にネ級改とナ級の三隻が見えた。

 HUDで方位、距離を測定する。水上電探で正確な測距も行う。

「ホワイトハウンド1-1、1-2、4は第一目標ネ級改を攻撃。ホワイトハウンド2-1、2-2、3-2は第二、第三目標ナ級を攻撃。

 第二、第三目標攻撃指揮はホワイトハウンド2-1に委譲します。

 主砲射程内に入り次第、全艦統制砲撃戦始め」

 了解、の唱和した返事が青葉に返される。皆愛鷹さんに代わって指揮を執る自分の言う事にすぐに付いて来てくれてる。

 少しばかり感慨深いものを味わいながら支持を伝達し終えると、青葉は主砲の射撃グリップを構えて安全装置を解除する。

 間断無く飛来するス級の艦砲射撃の突き上げる水柱に揉まれる愛鷹に心配そうな目を一瞬送るが、愛鷹は青葉からの視線に構っている余裕はないようだ。

 ネ級改とナ級攻撃の為にさらに艦隊を二分する。手早くネ級改を仕留めて、ナ級を相手にすることになる夕張と深雪、蒼月の支援に行かねばならない。

「夕張さん、深雪さん、蒼月さん、気を付けて」

「そっちもね、青葉」

 ナ級へと向けて深雪と蒼月を連れて加速していく夕張から幸運をのジェスチャーを受け取る。

 青葉と衣笠、ワシントンの三人はネ級改へと単縦陣を維持して突撃する。

 主砲をネ級改へと指向すると、向こうもこちらへ主砲搭を向けているのが見えた。

「青葉、狙われてるわよ!」

 妹からの警告に無言で頷きながら、ネ級改を見据えて主砲の発射ボタンに指を駆ける。

 HUDに「RANGE ON」の表示が出るや、ネ級改のターゲットコンテナにレティクルを合わせて射撃号令を下す。

「左対水上戦闘、旗艦指示の目標。主砲撃ちー方始めー、発砲! てぇーっ!」

 右肩に担ぐ二〇・三センチ連装主砲二基が発砲の火蓋を切る。火炎が砲口から迸り、徹甲弾をネ級改へと叩き出す。

 続行する衣笠、ワシントンも続けて発砲する。自分と同じ二〇・三センチ三号連装主砲の砲声と、一六インチMk6 mod2三連装主砲の砲声が背後から轟いてくる。

  三人からの集中砲火に気が付いたネ級改が射撃の構えを解いて回避運動に入る。

 取り舵と面舵の両方を不規則にとってジグザグに航跡を描いて回避運動をとったネ級改の周囲に、着弾の水柱が付き立つ。

 至近弾すら無しの三人の第一斉射にそう簡単にはやられてくれないよね、と青葉が思った時、ネ級改の主砲に発砲の閃光と砲煙が走る。

 計一九発の砲弾の雨を易々と搔い潜ったネ級改が素早く射撃の構えをとると、青葉達からすればきちんと狙ったのかの見極めも難しい程のスナップショットを青葉に向けて放った。

 飛翔音を立てながら砲弾が空中を駆け、青葉に迫る。

「面舵一杯、右舷機関三分の二、左舷機関前進一杯」

 空にかすかに見えた砲弾とHUDの表示を交互に見て、青葉が回避機動に移る。あんなのは当たりはしない、と自分に言い聞かせ、慌てそうになる自分を落ち着かせる。

 自分の左舷側に着弾の水柱が突き上がる。

 今度はこっちの番、と再装填が終わった主砲を構えなおし射撃グリップに指をかける。

「諸元修正、よし。目標位置を正確に評定。主砲撃ちー方始めー! 発砲!」

「発砲! てぇーっ!」

「Target in sight. Fire!」

 衣笠、ワシントンも続けて発砲し、主砲の砲声が殷々と周囲に響き渡る。

 距離が詰まっていただけあって、今度の砲撃はネ級改のすぐそばに着弾した。

 回避運動を事前に取っていたとはいえ、三人の中で一番精度の高い砲撃を行うワシントンの一六インチ弾がネ級改から一〇メートルと離れていないところに着弾する。

 三人が主砲の再装填にかかっている間、ネ級改が反撃の一撃を放つ。

 今度も狙われていたのは青葉だった。ネ級改はどうやら一番艦を優先して狙う事にしている様だ。

 互いに距離を詰めていると言う事は、互いに被弾する確立も上がっていると言う事だった。

 今度は取り舵に切って砲撃を躱す青葉だが、ネ級改の砲撃が思ったよりも近くに着弾し、流石に冷や汗が出る。

「早いところ仕留めないと拙いですねぇ」

 主砲射撃グリップのカーソルを親指で操作してレティクルをネ級改に合わせながら呟く青葉の耳に、主砲再装填完了のブザーが入る。

 第三斉射を続行する二人と共に放った時、早くも再装填を終えていたらしいネ級改の主砲の砲口にも発砲の砲煙と閃光が走る。

 互いにほぼ同時の発砲だっただけに、砲声が互いに重なって聞き取りにくかった。

 ネ級改の主砲砲撃の弾道を見極める青葉の脳裏で本能的に「危ない」と言う警告が走った。

 回避が間に合うか、と逡巡しながら面舵に切った時、衣笠がワシントンの名を呼ぶ声が聞こえた。

 どうしたの、と青葉が尋ねようとした時、彼女の視界の前にワシントンの大きな艤装が割り込んで来た。

「ワシントンさん⁉ 何を⁉」

「ネ級改の砲弾くらいなら……」

 仰天する青葉の問いにワシントンが答えかけた時、彼女の艤装の装甲版にネ級改の砲弾の直撃の閃光が走る。

 歯を食いしばって堪えるワシントンのくぐもった声が爆発音に交じって聞こえた。

「ワシントンさん!」

「大丈夫よ」

 身を案ずる青葉の言葉に落ち着いた声でワシントンは問題無いと返す。

ほっと溜息を吐く青葉の前でワシントンは主砲をネ級改に向けると、「Fire!」の号令と共に徹甲弾を放った。

 ネ級の艤装に今度こそ、直撃の閃光と爆炎が走る。

「Hold target. Hold target. Concentrate Fire! Concentrate Fire!(ターゲットを維持、集中砲火、集中砲火!)」

 英語で捲し立てるワシントンに指揮権を奪われた様な気分を少し感じながら青葉、それに衣笠がネ級改へ砲撃を送り込む。

 一六インチ弾を食らって流石にダメージを受けた様子のネ級改が動きを鈍らせるが、戦闘可能ならしく反撃の砲火を着弾の黒鉛越しに瞬かせる。

 ネ級改の砲撃は一番距離と脅威度が高いと判断されたワシントンに集中的に向けられていた。対空機関砲まで動員してワシントンへ砲火を浴びせ始めるネ級改に対して、ワシントンは装甲をうまい事駆使して防ぎ、その間に青葉と衣笠が主砲弾を何発もネ級改に叩き付けた。

 しかしノーマルのネ級と違ってワンランク上の耐久と装甲を持つネ級改はワシントン、青葉、衣笠からの集中砲火を浴びてもなお反撃してきた。

 ネ級改の近距離からの砲撃に、ワシントンが一瞬姿勢を崩す。その隙にさらに一発をネ級改がワシントンに撃ち込む。

 突然静かになるワシントンに尚も砲撃が向けられている間に、青葉と衣笠は増速をかけ近接砲撃を仕掛けネ級改を追い込む。

 二人が浴びせる砲撃の着弾の爆炎がネ級改の艤装と本体にいくつも咲き乱れ、流石のネ級改も二人方の集中砲火を前に深刻なダメージを受けた様子を見せ始めた。

 動きが鈍ったネ級改が転進の構えを見せた時、青葉の左足にマウントされている魚雷発射管から魚雷一発が発射された。

 何らかの深刻なダメージを負ったらしいワシントンにこれ以上負担をかけられないと判断した青葉は一発で蹴りを付ける算段だった。どの道あのネ級改の状況は大破と見て良いから一発で充分だった。

 ソナーにも被害が及んでいるのか、それとも注意力が低下していたのか、ネ級改が青葉の発射した魚雷に気が付いた様子はなく、海上に薄っすらと漂う黒煙越しに魚雷命中の水柱と爆発の炎が見えた。

 ネ級改が倒れ込む様に波間に消えて行くのを見送りながら、青葉は突然沈黙してしまったワシントンに衣笠と共に寄る。

「ワシントンさん? 大丈夫ですか?」

 様子を伺う青葉にワシントンが顔を向ける。吐血の跡があった。

 状況を察した青葉と衣笠が慌てて駆け寄ると、ワシントンの白い上着の腹部が真っ赤に染まっているのが分かった。

「大変! 酷い傷ですよ! 止血しないと」

「ガサ、止血を! 青葉はワシントンさんを支えてるから」

 辛そうな表情を浮かべるワシントンを支える青葉に指示され、大急ぎで艤装からファーストエイドキットを取り出した衣笠が止血剤をワシントンに打つ。

 戦場での死因の大半が失血死によるものだ。止血する事でまず最初の難関を防ぐ事が出来る。

「しくじったわ……傷口が開いたみたい……最後の最後で……ラッキーショットを……貰うなんて……」

 脂汗を浮かべ、浅い息をしながら途切れ途切れにワシントンが青葉に言う。

 ひとまず衣笠の手で止血が行われた。鎮痛剤の注射器も打ち、消毒剤を湿らせた滅菌タオルで幹部を拭う。

「拙い、縫合後から出血しているわ。止血剤を打ったとはいえ、これ以上の戦闘継続は無理よ」

「私……の艤装に簡易手術キットが……傷口を再縫合すれば、まだ」

 傷口を消毒して、綺麗にしてもまた傷口から血が滲みだしてくるのを見て焦りを浮かべる衣笠に、ワシントンは艤装に格納している簡易手術キットを教えた。

「これ以上の戦闘継続は無理ですよ。護衛を付けて、『ズムウォルト』に戻します」

「で、でも……私が」

「ダメです」

 まだやれる、と言いたげなワシントンに険しい表情になった青葉が首を横に振る。

 でも、とワシントンが言おうとした時、彼女の口から再び鮮血が零れる。

 

 これは見た目以上に深刻なダメージを受けている様だった。

 

 遠くで砲撃の雨を躱すのに必死になっている愛鷹に、聞いている余裕がないのは分かりながらも青葉はヘッドセットの通知スイッチを押すと愛鷹にワシントンの状況を伝えた。

「ホワイトハウンド1-1青葉より旗艦ホワイトハウンド0-0愛鷹さんへ。ワシントン大破、深刻なダメージを受けている為これ以上の戦闘継続は不可能。後退を具申します」

(ワシントンさんの、容体、はどうですか⁉)

 猛砲撃を受ける轟音がヘッドセット越しに聞こえてくる。回避運動で精一杯らしい愛鷹に「良くないです。自力航行困難です」と返す。

(了解しました、蒼月さんを護衛にしてワシントンさんは後退して下さい。『ズムウォルト』からヘリを寄こす様連絡も)

「了解です。愛鷹さんも気を付けて。なるべく早く援護に向かいます、アウト」

 

 

 間断無く浴びせられた長一〇センチ高角砲の砲撃を浴びたナ級が激しく炎上し、黒煙を上げながら沈黙する。

 大破確実と言える被害を与えたと判断した深雪と蒼月は、ナ級と交戦する夕張の支援に回る。

 そこへ青葉から負傷したワシントンの護衛に着くよう蒼月に指示が入る。

 ヘッドセットの通知スイッチを押しながら「了解です」と蒼月は答え、進路を変更してワシントンの方へ向かう。

 すれ違いざまに蒼月は深雪と無言で拳をぶつけ合った。

 夕張とナ級の砲撃戦は長引いていた。高性能駆逐艦として恐れられるナ級なだけあって夕張でも火力面では拮抗している。

 おまけにナ級はレーダーを搭載しているので地味に砲撃と雷撃の精度が高い。

 繰り出される甲標的の雷撃、一四センチ連装砲の砲撃をことごとく躱し、反撃の五インチ弾を夕張に撃ち返している。

 だが急接近してくる深雪に気が付いたナ級が数的不利を悟って攻撃の手が緩やかになった。

「援護をお願い!」

「任せろ!」

 援護射撃を要請する夕張に深雪がすかさず一二・七センチ連装主砲で援護射撃を開始する。

 砲撃の手を緩めたナ級の周囲に夕張と深雪から浴びせられた砲撃の雨が降り注ぎ、着弾の水柱が周囲に林立する。

 劣勢に陥ったナ級だが、砲を深雪に向けなおすと速射で応戦を試みる。

 五インチ砲弾の雨が深雪に降り注ぐが、右に左にランダムな回避運動をとって全速力でナ級へ吶喊する深雪はナ級に至近弾すら許さない。

 逆に深雪が放つ砲撃はナ級の至近距離に着弾する。ナ級の右厳に着弾させた深雪は夕張に無言の合図をした。

 暗黙の了解で再装填が終わった甲標的が夕張の艤装から発進し、ナ級のすぐそばへと忍び寄る。甲標的接近の間に調音で悟られない様に夕張と深雪の砲撃は継続してナ級の周囲に着弾した。

 牽制半分、撃沈させる勢い半分の砲撃が二人から降り注ぐ中、甲標的が絶妙なポジションについて魚雷を発射する。

 集中砲火を浴びるナ級が回避運動に気を取られている隙をついて放たれた魚雷一発がナ級に命中する。

 轟音と真っ赤な火炎がナ級の舷側に走り、一気に行き足を奪う。

「脅威全排除!」

 やったね、と弾んだ声を上げる夕張に深雪も無言で笑みを浮かべて右手の親指を立てる。

 これでネ級改とナ級の三隻の随伴艦は全滅だ。

 第三三戦隊の被害はワシントン大破と少なくない損害を被ったが、それ以外の被害はない。

 後送されるワシントンの回収の為に「ズムウォルト」からは既に戦闘救難ヘリが発艦して、彼女と護衛する蒼月とのランデブーポイントへ急行していた。

 ワシントンの事は蒼月に任せ、青葉と衣笠、夕張と深雪はすぐに遅滞戦闘を続ける旗艦愛鷹の元へと向かう。

 

 ス級からの猛砲撃をことごとく躱してのけている愛鷹だったが、防護機能は至近弾ダメージだけで既に飽和寸前だ。

 一刻も早くキース島の砲兵隊に座標を送って砲撃支援でス級を撃沈しないと、愛鷹が持たない。

 そんな第三三戦隊の元へギャラクシーが警告を発する。

(全艦コーション。参照点より方位二-七-〇より新たな艦影捕捉。敵増援艦隊だ。 反応は……リ級一、ツ級一、ハ級四)

 この忙しい時に、と深雪が歯噛みした時、青葉から深雪に伝達が入る。

 

(深雪さん、砲兵隊へ座標指示を。青葉と衣笠、夕張さんの三人で敵増援艦隊を迎え撃ちます)

(さ、三人で六隻とやりあうっての?)

 大丈夫かそれは、と衣笠が焦りを見せるが青葉はやるしかない、と返して通信を切った。

 やれと言われたらやってやる、と深雪はHUDの表示をナビゲートモードに切り替え、愛鷹へ砲撃を続けるス級を画面にとらえる。

 座標指示準備を行う深雪に夕張が無線を使わずに大声で応援を送る。

「頼むわよ、深雪!」

「分かってるって」

 元気よく返しながらも、眉間には汗を滲ませながら深雪はHUDに表示される座標の数字を見つめ、キース島に展開する砲兵隊とデータリンクする。

「ロングキャスター1、2へ、こちらホワイトハウンド2-2。感度は良好なりや?」

(どうぞ2-2、感度良好だ。座標指示の用意は)

「今送る。目標位置グリッド29950113、マイナス90085579、オーバー」

(座標確認……砲撃開始! Fire misson danger close. Ampua!)

 英語とフィンランド語交じりの返信が返され、「Ampua!(フィンランド語:撃て)」の言葉の直後、K9自走砲一〇門が斉射を行う轟々たる砲声がヘッドセット越しに届く。

 

 頼むぞ、砲兵隊……。

 

 水柱に翻弄されかける旗艦愛鷹を見つめながら持ち堪えてくれ、と愛鷹にも念じているとギャラクシーからレーダーで砲兵隊の砲撃を捉えた事が通知される。

(こちらギャラクシー。キース島からの飛翔体一〇発を確認! TOT(同時弾着)まで一〇秒)

「TOT一〇秒、了解! 愛鷹! 砲撃が来るぞ! デンジャークロースだ!」

(了解です! 深雪さん、指示した位置にスモークグレネードを投げて下さい。そこに一旦隠れます。深雪さんは煙幕展開後全速で離脱)

「了解した。白のスモークグレネードを投げるぞ」

 洋上で機関に負荷をかけずに煙幕を展開できるスモークグレネードを深雪が愛鷹にHUD共有で指示された位置に投げると、ス級の砲撃の隙を突いた愛鷹がその中へと飛び込む。

 深雪自身も最大戦速で離脱していると飛翔音が急速に頭上を通り過ぎ、ス級のすぐ傍に巨大な水柱を突き上げた。

 ス級がス級に撃たれたと思わせる程の水柱が一〇個同時に突き上がるのを見て、深雪はすぐにス級の動きを見つめながら座標修正を指示する。

「TOT確認。修正037、025」

(037、025、Roger!)

 次弾の装填と発砲まで暫し時間が必要だ。

 突如至近距離に着弾したロングキャスター隊からの砲撃にス級は砲撃の手をやめて、様子を伺っている。   

 いや、困惑している様にも見える。

 どこかに着弾観測機がいるのかと思ったのか、対空砲火を何もいない虚空へと打ち上げ始める。

 かかった、空に敵がいると勘違いしている。チャンスだと深雪がにやりと口元を緩めた時、愛鷹を包んでいた煙幕が薄れ始めた。

 在庫は残り五個。大事に使え、と自分に言い聞かせながら、全速力で愛鷹の方へと近づきながらもう一個スモークグレネードを出して愛鷹の傍へと投げ込む。

(諸元修正、次弾装填完了。斉射用意、Ampua!)

 再びフィンランド語で「撃てーっ!」と号令する掛け声がヘッドセット越しに響き、K9自走砲一〇門二個中隊分の砲声が遅れて響く。

 ヘッドセット越しに煙幕の中で愛鷹が噎せ込むのが聞こえる。

「大丈夫か⁉」

(大丈夫です、ちょっとスモークを吸っただけです)

 発作を心配する深雪にガスを吸っただけだと咳交じりに愛鷹が返す。

 声からして問題なさそうだ、と安堵する深雪にギャラクシーから飛翔体一〇発飛来の報が入る。

 

(当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ)

 

 対空射撃を継続しながら単縦陣を維持して進むス級を見つめる深雪が念じていると、飛翔音が迫り、深雪の鼓膜を聾した。

 どこからの砲撃だ、と右往左往するス級三隻の内、先頭のス級の艦上に直撃の閃光が走った。

 これまでス級が食らった攻撃の中ではトラック島を巡る戦いででF35が差し違える勢いで体当たりした時を除けば最大級のモノだった。

 一〇発の一五五ミリ榴弾砲の砲弾の内半分の五発が同時に着弾すると、直撃を食らったス級の艤装が轟音を上げてひしゃげ、巨大なハンマーで叩き潰されたが如くの惨状に変わり果てる。

 大爆発がス級の艦上に吹き荒れ、瞬く間にス級の生き足が鈍る。

「着弾確認! ス級一番艦に命中確認!」

(了解!)

(見事な射撃指示です、深雪さん)

 煙幕越しに褒めて来る愛鷹に「サンキューな」と返しながら深雪は二番艦に照準を合わせると、座標をロングキャスター隊に送る。

 再装填と座標入力が終わったロングキャスター隊が三度目の斉射を行う。

 スモークグレネードのスモーク内に隠れる愛鷹に砲撃を向ける事はなく、空に敵がいないと分かったらしいス級が対空射撃を止めて様子を伺う素振りを見せる。

「勘付いたか? そうでもないか……?」

 遠くに見える三隻のス級を見つめる深雪がス級の様子を伺っていると、ギャラクシーから「飛翔体を確認、弾着まで一〇秒」と通達が入る。

「一〇秒……マーク」

 腕時計の秒針でカウントしていると轟々たる砲声が頭上から迫り、ス級へと飛んで行った。

 刹那、二番艦にまばゆい閃光が走った。深雪がいる位置にまで衝撃波が及ぶ程の大爆発が起こり、ス級二番艦が燃える松明と化す。

「当たり所が悪かったみたいだな……こちら2-2、ス級二番艦に全弾直撃を確認、ドンピシャだ!」

 燃える残骸と化するス級を見ながら深雪がロングキャスター隊に弾着効果を報告していると、ス級三番艦が二番艦の残骸に追突するのが見えた。

 一応航行可能で舵も効いた一番艦と違って、二番艦は一瞬で航行不能になった為、三番艦がその残骸を躱す時間的余裕がなかった様だ。

 玉突き衝突で三番艦が二番艦の残骸にハマって身動きが取れなくなるのを見て、深雪は「ゲームセット」と呟いた。

「弾着修正、002、003」

(002、003了解!)

 復唱する声をヘッドセット越しに聞きながら、もうスモークグレネードはいならないだろう、と思い直してピンに指をかけいたスモークグレネードから手を離す。

 諸元修正を行う声がヘッドセット越しに聞こえる中、スモークが晴れて中から愛鷹が現れた。

 至近弾のダメージを受けたらしい制服が随所で破けたり、ささくれ立っており、切り裂かれた袖の下の腕からは血が滲んでいたが軽傷の範囲で済んでいる様だ。

「やりましたね」

「あったりまえさ」

 にやりと笑う深雪に愛鷹は微笑を浮かべて互いに拳をぶつけ合う。

 二人が拳をぶつけ合っている中、一番艦が突如大爆発を起こして砕け散った。火災の延焼消火が間に合わず、弾薬庫に誘爆を起こしたらしい。

 二番艦、三番艦は衝突して動けなくなっている。

 先程までの猛砲撃が嘘の様に止み、愛鷹がこれで終わりなのか、と拍子抜けする思いを浮かべていた時、ギャラクシーから敵増援探知の報告が入る。

(敵増援数三隻。この反応はレ級flagship級一、リ級flagship改二隻だ!)

「めんどくさいのが来たぞ!」

 主砲を構え直して深雪がギャラクシーにレ級とリ級合計三隻から成る艦隊の来る方位を訪ねる。

(参照点より方位三-五-〇)

「了解、青葉さん、そちらの様子は」

(ハ級は全艦撃沈し、現在リ級とツ級と交戦中! リ級はⅡflagship級、ツ級はelite級な為手こずってます! ガサ、左翼はお願い! 夕張さん、伏せて!)

 砲撃戦で忙しい青葉が砲声に負けない大声で吹き込んで来る。

 ヘッドセットから手を離した愛鷹は深雪を見る。

「青葉さんたちは手が離せないようです。蒼月さんはワシントンさん護衛でしばらく手が離せない……深雪さん、やってくれますね?」

「任せろ、深雪様が愛鷹を守って見せるって」

 言い切ってしまう深雪に頼もしい限りだ、と思いながら愛鷹は絆創膏を切り傷の患部に張り付けて応急処置を済ませると、左手で刀を引き抜き、深雪と共にレ級flagship級とリ級flagship改三隻の艦隊に挑みかかった。

 

 ケリをつけてやる。

 

 

 レ級flagship級以下三隻の艦隊が来る方向を愛鷹が殺意を湛えた目で見据える。

「作戦は?」

 背後から問う深雪に愛鷹は手短に説明する。

「リ級Ⅱflagshipをまず片付けます。二隻を撃沈後、レ級flagship級を私が牽制しますので、その間に深雪さんは雷撃でレ級flagship級を撃破してください」

「了解だ。青葉達は大丈夫かな」

「青葉さん達なら大丈夫ですよ」

 振り返らずに言い切ってしまう愛鷹に、信頼されてるんだな青葉は、と深雪は微笑を浮かべた。

 

 リ級flagship級の中でも上位種と言えるflagshipⅡに手こずる青葉と衣笠に対し、夕張もelite級のツ級と激しい砲撃戦を繰り広げていた。

 一四センチ連装主砲が何度目か分からない斉射の炎を放ち、直撃を受けたツ級が一瞬姿勢を崩す。

 しかし、まるで夕張の砲撃など大したことが無いとでも言うかの様にすぐに立て直したツ級が砲撃を放ち、魚雷を流す。

 白い航跡を引く殺人鬼が夕張の足元を掠め、速射される砲撃が彼女の周囲に至近弾の水柱をいくつも突き立てる。

「これ、ちょっとヤバくない……?」

 主砲の発射トリガーを引き絞り、主砲を発砲しながら夕張が冷や汗と共に呟いた時、水柱の轟音にかき消されて聞き取るのが遅れたツ級からの一弾が夕張を捉えた。

 ツ級に直撃弾を与え続けていた夕張だったが、遂に被弾した。軽巡と言え、ツ級、それもelite級の砲撃はノーマルのツ級の砲撃よりワンランク上なだけに、夕張が受けたダメージは只では済まなかった。

 被弾の衝撃で彼女が大きく姿勢を崩す。HUDに「Damege Report」の表示が出て、自動的に被弾個所と被弾部位が表示される。

 左肩に走る激痛にこれは只じゃ済んでないわね、と夕張がHUDの表示を見て損害を確認する。

 第二主砲沈黙、甲標的発射管及び発電機室損傷、予備電源に自動接続、と肩に食らったダメージ以上の被害を被った艤装の損害報告に舌打ちをする。

 発電機室がやられたと言う事は、防護機能展開の為の電力供給が予備電力であるバッテリーに切り替わったと言う事になる。

 バッテリーでも防護機能は維持できるが、発電機と比べたら展開可能時間はたったの五分。それもさらに直撃を受けなければの話で、被弾して電力を消費すればバッテリーの消耗は早まり、最悪防護機能は失われてしまう。

 再度舌打ちをしながら、残る第一主砲でツ級にカウンターアタックをかけた時、戦闘力、防御力が大きく低下している夕張にさらにツ級が直撃弾を与えて来る。

 胸に走る衝撃に肋骨が折れるのを感じ取った。防護機能がなかったら胸に大きな穴が開いて即死だっただろう。

 それでも被弾して欲しくない場所に被弾した自分の動きの鈍さと精確なエイム力のツ級を呪った時、口にこみあげて来るものを堪え切れず、夕張は音を立てて吐き出した。

 鮮血が口から吐き出され、噎せ込む。噎せ込む度に肋骨が逝かれた胸部に激痛が走る。

 痛みのあまり動けなくなる自分にツ級がさらに砲撃を強める。

「チートじゃない……ツ級ってこんなに強かった?」

 モルフィネの注射器を打ち、胸部に走る激痛を和らげながら夕張はツ級を睨んで恨み節を吐く。

 痛みを軽減させる処置をしたばかりの自分に更に直撃弾の爆発が走る。辛うじて防護機能と装甲が弾くが、バッテリー残量がごりっと減る。

「青葉、衣笠、どっちもで良いから援護を! ツ級にやられてこっちは」

 リ級と交戦中の青葉と衣笠の二人に援護を要請した時、夕張の頭にツ級の放った一弾が直撃した。

 艦娘の防護機能の中でも胸部と頭部の強度は一番高い。それでも、衝撃までは緩和してくれる訳ではない。

 物理的な衝撃が夕張の頭部を強打し、夕張の意識が一瞬にして暗転した。

 

「夕張被弾、沈黙!」

「沈黙⁉ 夕張さん、返事を。応答してください!」

 ようやくリ級Ⅱflagshipに直撃弾を与えて動きを鈍らせたばかりの青葉に、見張り員妖精から焦燥をあらわにした声で報告が入る。

 海上に倒れ伏す夕張が頭から血を流しているのを見て、拙い、と青葉は胸中で夕張の危機を悟る。

「ガサ、リ級の相手はお願い! 青葉は夕張さんの救援に入る」

「分かったわ!」

 主砲を放ちながら頼みを承諾する妹にありがとうと口には出さずに礼を言いながら、動かない夕張にとどめを刺そうと接近するツ級に青葉は主砲砲撃で牽制射を与える。

「夕張さん、応答してください! 夕張さん! 返事をして!」

 頭が吹き飛んでいないあたり頭部へのダメージは恐らく防護機能で抑えられている筈だが、見て見ない限り分からない。

 動かなくなった夕張に気を取られていたツ級は夕張の主砲より威力がある青葉の二〇・三センチ主砲の砲撃でダメージを受けた素振りを見せる。すでに夕張と撃ち合っていただけにダメージが嵩んでいたのかもしれない。

 遁走にかかるツ級だったが、突如ツ級の足元で爆発が起き、ツ級を水柱と爆炎が包み込み、水底へと一瞬にして沈む。

 当たるか外れるか半分半分で青葉が撃った魚雷一発がツ級を捉えたのだ。その事をツ級は知る由もないまま海底へと沈む。

 轟沈するツ級を見やりながら、青葉は夕張の救護に入る。

 夕張の装備妖精が夕張の首筋を探っていた。大急ぎで寄ってきた青葉に夕張の首筋を探っていた装備妖精が親指を立てた。

 脈はある。その知らせにほっと溜息を吐きながら、青葉の手で夕張の様子を伺う。

 頭部への直撃時の衝撃で脳震盪を起こして気絶したらしい。大丈夫だ、と頷きながらファーストエイドキットから包帯と消毒剤諸々を出して応急処置をする。

 ワシントンに加えて、夕張も戦闘不能か、と歯噛みしながら夕張の傷口を手早く応急処置していく。

 HUD共有でバイタル被害を確認し、唾つけておけば大丈夫と言うレベルではないが、この傷なら死ぬ事はないと判断する。

 肋骨が折れているのが心配だった。生憎肋骨の骨折用の添え木や包帯まではファーストエイドキットには含まれていない。

 HUDをレーダー表示に切り替えると、救難ヘリにワシントンを託した蒼月が戻ってくるのが表示されていた。

 無線を蒼月に繋ぐと青葉は夕張を「ズムウォルト」まで護送する様に頼む。

(りょ、了解しました!)

(待って青葉、今から私が向かうから蒼月は愛鷹さんの援護に向かわせた方が良いんじゃない?)

 無線に割り込んで来た瑞鳳に、「今どこです?」と問う。

(今発艦するところ。コンバットメディック役の瑞鳳に任せて蒼月は戦線に戻すべきじゃないかしら)

「……そうしましょう。瑞鳳さん、夕張さんの場所に着くまでどれくらいかかりそうですか?」

(五分もあれば付けるよ)

「了解、頼みましたよ。蒼月さん、衣笠の支援に回れますか?」

(心配ご無用青葉、衣笠さんなら今しがたリ級Ⅱflagshipに痛いのをぶっ食らわせたところよ)

「その様子なら大丈夫だね……なるべく早くリ級Ⅱflagshipを始末して蒼月さんと一緒に合流して」

(了解よ)

(了解です)

 衛生兵資格持ちの瑞鳳に夕張の回収を任せると、青葉は夕張の周囲に鮫除けの薬剤を散布して血の匂いによって来る鮫に備えた。

 遠くで衣笠がリ級Ⅱflagshipを仕留める爆発音が聞こえた。

 

 これで敵の増援艦隊第一陣を退けたか、と安堵のため息を吐きながら、第二陣のレ級flagship級とリ級Ⅱflagship三隻からなる艦隊と交戦する愛鷹と深雪の様子を電探表示で伺う。

 ちょうど交戦開始する所の様だった。練度では問題無いとは言え、やはり数的に不利だ。火力でも深雪は魚雷以外にリ級Ⅱflagship級に勝っているところがない。

 すぐにでも急行しないと愛鷹と深雪が撃沈されかねない。

 レ級flagship級とやりあった事はないが、elite級となら青葉も交戦経験はあるし、そのレ級elite級に青葉も手酷くやられた経験がある。

 flagship級となれば厄介さはワンランクかツーランク上だろう。

 

 

 四一センチ主砲五門の砲声と共に徹甲弾が砲煙を纏いながら叩き出され、第一目標のリ級Ⅱflagship級に向かって飛翔していく。

 ただのリ級より格上に当たるflagship級のⅡなだけあって初弾命中とはいかない。幸いなことにリ級Ⅱflagship級はレーダーを装備していないのでリ級Ⅱの放つ砲撃精度に関しては特段高いと言う訳でもなかった。

 しかし回避されてしまうと次弾装填までの時間が惜しいのも確かだし、遥かに脅威であるレ級flagship級もいるから早期に決着をつけないと拙い。

 諸元修正と再装填が終わった主砲を構える愛鷹の周囲にリ級Ⅱとレ級flagship級の放った砲撃が着弾する。

 愛鷹と深雪の二人と、レ級とリ級Ⅱの三隻は同航戦を描く形で西へ進路をとって撃ち合っていた。

 深雪は主砲射程外の為一発も撃たずに続航している。何度か深雪へ飛んでくる砲撃もあったが、愛鷹の防護機能と刀を使った防御で被害は二人とも無い。

 被害は無くても、ケリを早くつけないとレ級flagship級に本気で暴れられたらこちらは火力負けしてしまう。

 修正した諸元をHUDで見て少し考えこんだ愛鷹は、手動入力で第一主砲と第二主砲の射角を少しずらした。

「第二主砲、撃ちー方始めー! 発砲!」

 まず第二主砲を撃ち、二発の四一センチ弾をリ級Ⅱに向けて放つ。

 砲撃を確認したリ級Ⅱが面舵に切って回避する。その動きを見て愛鷹はすかさず第一主砲を撃ち放った。 

 面舵に切ったばかりのリ級Ⅱが愛鷹の砲撃に気が付いて舵を切るが、実はリ級Ⅱの舵の反応速度はほんの僅かだが他のリ級シリーズより落ちていた。

 回避を始めれば一気に回避してしまうのだが、舵の反応速度では実は微妙にタイムラグがあるのがリ級Ⅱの特徴だった。

 身体も倒して回避にかかるリ級Ⅱの艤装に、愛鷹の砲撃が直撃する。ネ級改のような高耐久は持ち合わせてないだけにリ級Ⅱが瞬く間に大破する。

 火器をあらかた潰されたリ級Ⅱがようやく効いた舵の方向へと転舵し、ありったけの速度を出して離脱していく。

 逃げるのなら、別にいいだろう。あの損傷ならいくら現場での回復能力に優れている深海棲艦とて、ワ級等の修理機能を持つ支援艦艇のバックアップ抜きには全回復は無理だ。

 第二目標のリ級Ⅱへ照準を合わせる。

「いいぞ、二対二だ愛鷹。負ける筈ねえ!」

「深雪さん、リ級Ⅱを撃破したらエンジンブーストを起動して一気にレ級に肉薄し、魚雷攻撃をお願いします」

「任せろ」

 主砲を放ちながらヘッドセットで深雪にレ級への魚雷攻撃に備えるよう指示する。

 速射で愛鷹と深雪に砲撃の雨を降らすリ級Ⅱに対して、レ級は散発的な砲撃を行うだけになっている。

 心なしか、二隻の間隔も開いている。何か考えがあるのか? と愛鷹が疑った時、レ級の航空艤装から艦載機が発艦した。

「水上戦闘中に艦載機を発艦させた⁉」

 艦娘側ではまずやらないやり方に打って出るレ級に深雪が驚きの声を上げる。

 愛鷹と深雪に向かってレ級が発艦させたのは八機の艦爆だった。elite級と同様の機体、飛び魚艦爆だ。

「対空戦闘用意! 深雪さん」

「おうよ! 深雪様の弾幕を食わらしてやるぜ」

 両手に構える一二・七センチA型改三高射装置付きの仰角を取りながら深雪はレ級の放った艦爆隊を見据える。

 艦爆だから攻撃方法は爆撃。雷撃機と違って急降下爆撃か、反跳爆撃の二択だ。

 厄介なことになる前に仕留めるぞ、と深雪が一三号対空電探改が捉えた艦爆に対して対空射撃を開始する。

 愛鷹の四一センチ主砲より小さな砲声が響き、対空弾が撃ち出される。

 近接信管で艦爆の周囲に爆炎が吹き荒れる。牽制ではない、撃墜する勢いで撃ち上げられる対空弾の散弾に艦爆八機はグラグラと揺れる。

 タコヤキと呼ばれる艦載機程強くはない。とはいえ、ぶら下げている爆弾の威力に何らふざけたところはない。

 当たれば深雪なら一撃で大破確定だ。愛鷹とて当たり所次第では深刻なダメージを被りかねない。

 リ級Ⅱに砲撃を行う愛鷹が左舷の高角砲を自動照準管制で起動させるが、砲戦が右砲戦故に高角砲はその設置場所から指向出来なかった。

 対空噴進砲と左腕にマウントされた機関砲しか対空射撃に使えるものがない。そのうち機関砲は愛鷹の剣裁きを制限してしまうので事実上愛鷹の防空手段は噴進砲と深雪のエアカバーだけだ。

 防空は深雪に一任して、自分は早くリ級Ⅱを仕留めなければ。微かな焦りを覚えながら右に左に回避行動をとって自分の砲撃を躱してのけるリ級Ⅱを睨む。

 砲撃を止め、回避に専念するリ級Ⅱは第一目標のリ級Ⅱよりも面倒な相手になっていた。至近弾は与えているが、有効打には程遠い。

 中距離砲戦を捨てて、深雪共々吶喊して必中を期するか。いやレーダーを備えているレ級もいるから近づくのは危険だ。

 ちまちまと砲撃を続けるか、それともここは思い切ってレ級に制圧射撃を行うか。

 

 そこへ、青葉から通信が入る。

(愛鷹さん、待たせました。衣笠と蒼月さんと共に参上です)

「夕張さんは?」

 別動隊を始末した青葉、衣笠、蒼月の三人をレーダーで認めながら、夕張の表示が無い事に愛鷹が尋ねるとやや沈んだ声で青葉は答える。

「ツ級との砲戦に撃ち負けて大破です。瑞鳳さんが今曳航して『ズムウォルト』へ回収してくれました」

「了解。青葉さん、衣笠さん、蒼月さんはリ級Ⅱを攻撃してください。ギャラクシー、敵の増援の様子は?」

(ネガティブ、敵の反応はない。奴らリ級Ⅱとレ級を送り込んでからこっち増援を送る気配がない)

 

 この海域に展開する深海棲艦もス級三隻が撃沈破されて、攻めっ気が落ちたか。

 

 ならば好機かもしれない。レ級flagship級を撃破すれば、高脅威目標は殆どいなくなったも同然だ。

 今の問題は上空の艦爆八機。なかなか攻撃して来ようとしない。

 牽制目的か、こちらが油断した隙を待っているのか。深雪が対空射撃を行っているが、一機も撃墜出来ていない。

「落ちろ! 落ちろってんだよ!」

 流石にいら立った声を上げる深雪が引き金を引き絞り、対空弾を撃ち上げる。

 艦爆一機のすぐ傍に爆炎が咲いた時、ダメージが限界になっていたらしい艦爆が黒煙をふきながら高度を急激に落としていく。

「一機撃墜! トラック3302照準、発砲、てぇーっ!」

 ようやく落ちた艦爆に安堵する間もなく、二機目に照準を合わせて深雪は砲撃を開始する。

 ふと愛鷹が落ちて行く艦爆を見ると、パイロンに爆弾の影がないのが見えた。墜落前に投棄した様子は無かった。

 もしかして、艦爆隊は爆装していない?

 目を凝らして艦爆隊を見上げると、八機全機のパイロンに爆弾が懸架されていないのが見えた。

 爆装していない……なら攻め方を変えるか。刀を構え直した愛鷹は作戦変更を深雪に伝える。

「深雪さん、対空射撃で援護を。私はレ級に吶喊します」

「おいおい艦爆から袋叩きにされるぞ?」

「あの艦爆は爆装してません。恐らく弾着観測機かこちらの動きを牽制する為だけに発艦したのでしょう」

「なんだ、ただの嫌がらせだったのか……よし、このままじゃ埒が明かないしな、分かった。死ぬなよ」

 主砲はレーダー自動射撃管制に任せ両手で刀を構えると愛鷹はレ級に向かって進路を変更した。

 こちらへ最大戦速で接近してくる青葉、衣笠、蒼月にハンドサインを送ってリ級Ⅱへ向かわせる。

 自分へ急接近してくる愛鷹にレ級が砲撃の火蓋を切る。

 CICからレーダー照射を受けている報告が上げられてくるが構わずレ級flagship級に突撃する。

 レ級からの砲撃が飛来するが、弾道を読み切った愛鷹の刀で直撃弾はことごとく切り落とされ、弾かれてあらぬ方向へと飛ばされる。

 流石に拙いと言う顔になるレ級に愛鷹は主砲を指向し、無言で発砲する。この距離ならそこそこダメージは入るのでは? と言う希望的観測だったが、レ級は腕をクロスして砲撃を弾く。

 

 この距離からの砲撃すら無効化されるなんて……こっちは艦娘用に作られた強化APDS弾だと言うのに。

 

 防御力はやはりflagship級なだけに化け物か。しかし、この刀による近接攻撃までは想定して無い筈。

 自分の接近を許したレ級が主砲を乱射して弾幕防御に出る。愛鷹の周囲に多数の水柱が突き立ち、彼女から視界を奪う。

 だが距離はもう手を伸ばせば届くような距離だ。貰った、と愛鷹がほくそ笑みかけた時、まだ距離がある段階でレ級が腕をクロスして防御の構えを取った。

 刹那背後からプレッシャーを感じた時、飛翔音が背後から迫った。

 

「なに⁉」

 

 咄嗟に振り返った時、なんと青葉達からの砲撃の雨を掻い潜りながらリ級Ⅱが愛鷹へ向けて放った砲弾が彼女の視界に大きく映っていた。

 

 拙い!

 

 咄嗟にかざした右手で防護機能を展開する。派手な爆発が走り、衝撃が右腕をじんと痺れさせる。

 右腕の感覚が一時的にマヒし、刀に手を添えるどころではなくなってしまう。痛みを堪える愛鷹にリ級Ⅱがレ級への同士討ち上等で放つ援護射撃の次弾を放とうと主砲を構える。

 再装填が終わったリ級Ⅱの主砲が愛鷹に向けられた時、その艤装に青葉からの主砲弾が直撃し、リ級Ⅱの姿勢が崩れる。

「お前の相手はこっちだ!」

 続航する衣笠と共に青葉が集中砲火をリ級Ⅱに浴びせる。

 邪魔を入れてきたリ級Ⅱに青葉と衣笠が挑みかかるのを確認した愛鷹がレ級に振り返った時、レ級は魚雷を発射した。

 一〇本近くの白い雷跡が急激に愛鷹に迫る。咄嗟に愛鷹は魚雷群の鼻先に主砲を向け、信管設定を着発にして撃つ。

 海面に五発の砲弾が突き立てる水柱のカーテンが出来上がり、魚雷群の半数が爆発に巻き込まれて誤爆する。

 自分の左右両側を逸れた魚雷が通り過ぎるのを一瞥しながら、レ級に吶喊し、刀をその艤装に向けて振るう。

 第一主砲の砲身が切り落とされて無力化される。が、レ級は第二主砲を構えると自分にもダメージが及ぶ事も厭わずにゼロ距離射撃を試みた。

 咄嗟に左舷の飛行甲板を第二主砲の砲撃の盾にする。轟音と共に飛行甲板に大穴と爆発の炎が走り、着艦フックやカタパルトが吹き飛ぶ。

 航空艤装を丸々お釈迦にしながらも、辛うじてレ級の砲撃を防いだ愛鷹は、次弾装填完了前に第二主砲の砲身を薙ぐ。

 主砲全基を無力化されたレ級だったが、今度は右腕で愛鷹を殴りつけにかかった。

 流石にこればかりは躱す体制をとる余裕がなく、愛鷹の顔面にレ級の拳が炸裂する。

 顔面にパンチを食らった愛鷹の目から火花が散り、思いのほか強いその拳の勢いに押されて後ろへとよろける。

 するとレ級はスタンした愛鷹にタックルをかけ海上に彼女を押し倒す。体格差では愛鷹が圧倒的に背が高かったが、レ級は機関部を最大戦速にして体当たりしていた。

 馬乗りになってきたレ級が愛鷹の顔面に拳の嵐を浴びせる。愛鷹の鼻と口から血が流れだす中、愛鷹は左足でレ級を蹴り飛ばして引きはがす。

 一時後ろに蹴り出されたレ級だったが、即座に起き上るとまだ倒れている愛鷹の左足を艤装でがっちりと嚙み咥えた。

「肉を切らせて骨を切る!」

 左足に走る痛みを堪えながら、愛鷹はレ級の艤装にがっちりと噛み加えられている左足の主機を脱ぎ捨て、右足だけで海上に立ちながら刀を構える。

 一瞬だが迷いが出た。タ級を刺殺したラバウルでの戦いの光景が脳裏をよぎる。

 

 隙が一瞬出来た愛鷹にレ級は、脱ぎ捨てられた主機を吐き出させながら機関砲の射撃の雨を愛鷹に叩き付ける。

 

 防護機能がHUDで一気に飽和寸前になりかけるのが表示される。

 

 迷うな!

 

 

 半ば強引に決めた愛鷹は右足で海面を蹴ると、刀をレ級の腹部へ突き立てた。

 突っ込んだ勢いで今度は愛鷹の方からレ級に体当たりする。刀の切っ先がレ級の胴体を貫通し、体液にまみれた白刃がレ級の背中に突き出る。

 

 脳裏に施設時代、自分と同じクローン相手に同じ様なことをやった光景がフラッシュバックして来るが、覚悟を決めてやった事もあってか、深刻と言える程の精神的なダメージは直ぐには無かった。

 

 それでも激しい頭痛が突発的に訪れ、呻き声を漏らしながら、刀をレ級から引き抜く。

 

 流石にこれは大ダメージになったらしいレ級が腹部を押さえ、無事な機関部に全速の加速をかけて離脱していった。

 

 ここで「苦しみ」が愛鷹に牙を向いた。

 

 施設時代に味わったクローン同士の殺し合いの苦しみとその時の光景が脳裏に激しくフラッシュバックして、愛鷹は追撃どころではなくなっていた。

 もっとも左足の主機も脱いでしまっているから、全速発揮もできないのだが。

 激しい頭痛が頭を割らんばかりに襲い、その過度なストレスからか発作の症状まで愛鷹の体を襲う。

 咳と吐血、体中を襲う言い表せようの無い痛みと苦しみ、胸を圧迫するような息苦しさが刀を再び深海棲艦相手と言え使った事を責め立てるかの様に押し寄せる。

 誰かが責め立てるかの様な声すら聞こえる気がした。

 震える手で血だらけの口にタブレットを数錠入れて吞み下しても、苦痛はすぐには止んでくれない。

 

「……痛いよう……痛いよう……」

 

 幼児の様な苦しみの言葉を吐き、声にならない苦痛の喘ぎ声を上げた時、限界を超えた脳がぷつりと音を立てて動かなくなり、愛鷹の意識が途絶えた。

 

 

(こちらギャラクシー。青葉と衣笠が攻撃していたリ級Ⅱの撃沈を確認。残存艦爆隊及びレ級の戦域外離脱も確認。

 ス級二番艦、三番艦はエコーが小さくなっている。沈没は時間の問題かもしれないがとどめを刺してくれロングキャスター隊)

(了解だ、ギャラクシー。座標送れ)

 ヘッドセット越しにギャラクシーとロングキャスター隊がやり取りするのを聞きながら、青葉は衣笠、深雪、蒼月と共に、愛鷹の方へと向かっていた。

 洋上に倒れ伏す愛鷹の片手に握られる刀にレ級の体液が付いているのを見て、またやっちまったのか、と深雪が気まずそうな声を上げる。

「愛鷹さん、レ級相手に刀を」

「あいつ、ラバウルでの戦いの時もタ級相手に使って刺殺して、その時昔を思い出して発狂しちまったんだよ……今回は自分の意思でやったようだけど」

「無理しないで下さいよ愛鷹さん……いつも愛鷹さんは無理をするんですから……」

 海上を漂う愛鷹の左主機を衣笠が拾っていると、彼女の耳にぐったりとしている愛鷹を担ぎ上げる青葉が珍しく厳しい口調で呟くのが聞こえた。

 

「馬鹿ですよ愛鷹さんは……馬鹿じゃないの……」

 

 容赦無しにまるで切って捨てる様に呟く青葉へ衣笠が「言い過ぎよ」と言おうとした時、遠くで大破漂流中のス級に止めを刺す着弾音と爆発音が轟いた。

 

 

 とどめを刺されたス級二隻が上げる爆発炎と立ち上る黒煙が戦闘終結の合図を告げていた……。




 レ級flagship級と愛鷹との肉弾戦、もう自分でもナニコレ感しかなかったです。
 多分もうやりません。てかやりたくない。
 
 K9自走砲によるス級の長距離砲撃攻撃の場面はアルドノア・ゼロの「カエル頭」ことソリス戦を元ネタにしています(座標とかまんまソリス戦のイナホのセリフです)。
 
 ネ級改とエリツがやたら強く描かれてますが、これは先年のイベントでイントレピッド堀りでネ級改に苦戦させられた経験と、5-4でエリツに辛酸をなめさせられた経験の反映です。

 次回投稿は二月をめどにしたいところですが、冬イベントの予告もあるので伸びるかもしれません。
 出来るだけ詐欺にならないよう善処します(前科持ち)

 ではまた次回のお話でお会いしましょう


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第五五話 封鎖網

 


 ス級三隻を排除する事に成功し、レ級flagship級を撃退、その他の艦艇も全艦撃沈。

 第三三戦隊の損害は戦艦ワシントン、軽巡夕張大破、航空巡洋戦艦愛鷹中破。

 敵に与えた損害と照らし合わせれば、第三三戦隊が果たした戦果は大戦果と言ってもいい。

 とは言え、手放しでは喜べないものを青葉は心の中に抱えていた。

 何と言っても大破したワシントンと夕張の傷は重傷である。幸い愛鷹の傷は酷くなく、大破した航空艤装は「ズムウォルト」の艦内艤装工場で修理済みだが、現状第三三戦隊、グレイハウンド隊ともに頭数を一つずつ削られてしまっていた。

 さてどうしたものか、とまだ医務室に入院中の愛鷹に代わって第三三戦隊のブロッケードランナー作戦の折り返し部分の指揮を代行する青葉はブリーフィングルームで衣笠ら第三三戦隊のメンバーと、キーリングらグレイハウンド隊のメンバー、それにレイノルズと共に腕を組んで協議していた。

「今日だけでサンバイのス級を撃沈し、レ級flagship級にも深手を負わせて退却に追い込んだ。

 しかし、青葉及び瑞鳳の搭載機の偵察で敵は軽巡と駆逐艦を中核とした水雷戦隊を多数この海域に展開させている」

 プロジェクターにキース島とベルゲンまでの海図に確認された水雷戦隊の位置と数を表示させて、レイノルズは状況説明を進める。

「確認されただけでも八群以上だ。殆どがト級とホ級を各一隻ずつ配備した上にイ級後期型またはロ級後期型が四隻だが、一群はト級二隻とナ級四隻からなっている。

 敵艦隊はこの海域における主力艦を多数喪失して軽艦艇の物量戦で我々に圧力をかけてきている」

「こちらはワシントン、夕張が大破して戦線離脱。ホワイトハウンド、グレイハウンド両隊ともに一隻ずつ戦闘不能か」

 やや沈んだ声でヴィクトールが呟くと、それとは対照的な表情でジェームスが彼我の戦力差を表示した図を見ながら返す。

「全体的な数ではこちらが劣勢。それに変わりはない。だけど二隻を戦列から失ったとは言え、轟沈で失われた訳じゃない。

 それに向こうはス級、リ級Ⅱを複数喪失したし、レ級flagship級にも深手を負わせている。

 戦力差は絶望的なほど開いていない、むしろイーブンと見るべきじゃないかな」

「愛鷹はいつ戦列に復帰できるのです?」

 そう尋ねるキーリングにレイノルズはまだわからんと首を振る。

「医師の診察では外傷は大したことは無い。ただ極度な心理的ストレスで疲弊しているらしく、暫く療養が必要だとの事だ」

「療養って、どれくらい?」

 首をややかしげて問うヴィクトリアスにレイノルズは右手の指を三本立てて答える。

「三時間程度は休ませないと拙い。もっとも早くて、の見積もりだ」

「三時間後。夜ですね。夜陰に乗じてベルゲンへ帰路に着く事になりますよ」

 溜息を交えながら時計を見る蒼月の言葉に青葉は首を振る。

「この海は日本と比べて緯度が高い関係上、この季節は白夜、つまり日が沈まない季節です。

 真昼間より太陽の光は劣りますが、それでもなお明るいくらいなので、夜陰に乗じてって事は無いですよ。

 まあ、それは敵味方に等しく訪れている気象条件なんですけどね」

「そっか、今この海は日没がそうなってるんだっけ」

「北極圏の日没が遅いのはこの季節特有の現象でしたね」

 解説してくれた青葉の言葉で思い出したように衣笠と蒼月が頷く。

 一方で瑞鳳が手持ちのノート端末で気象予報図を見ながらため息交じりに語る。

「でも、航空作戦を行うには流石に暗いわね。それに気温も微妙よ。航空艤装に影響が出かねないわ」

 低温環境下では航空艤装の運用にも影響が出る事を指摘するとヴィクトリアスがそれは大丈夫とほほ笑みかける。

「それなら、航空艤装に寒冷地装備甲板要員の装備妖精を装備していれば大丈夫よ。まあ装備妖精を増員する関係上搭載機にちょっと影響が出るんだけど」

「それなら問題ないですね」

 安心したように瑞鳳が安堵のため息を吐く。

 出来るなら、ヴィクトリアスの航空攻撃だけで撤退の活路を切り開けないものかと青葉はノート端末を見ながら考え込むが、流石に無理がありそうだった。

 ト級がいるのがネックになっている。ト級はト級でもただのト級では無い。対空迎撃能力が大幅に強化されているflagship級のト級なのだ。

 いくら練度の優れているヴィクトリアスの航空戦力でも、複数回出撃したらあっという間に壊滅的な打撃を受けてしまいかねない。

 ここはやはり水上戦闘でケリをつけるしかないだろう。

 現状水上砲戦が可能なのは自分と衣笠、深雪、蒼月、キーリング、ジェームス、ヴィクトールのみ。レイノルズの言う通り三時間待てば愛鷹が戦列に復帰できるから、水上戦闘で火力差は無い。

 ただ敵艦隊は八群以上もいるし、この他にも未確認の艦隊がいる可能性は充分あった。少数ではあろうとは言え潜水艦の潜伏もあり得る。

 特に厄介なのが一群だけ確認されているト級flagship級二隻とナ級後期型Ⅱflagship級四隻からなる水雷戦隊だ。

 砲撃戦、雷撃戦に隙のない重武装、重火力艦揃いであり、カテゴリーで言えば重水雷戦隊に値する。

ト級とナ級はこれまで確認されていなかった艦種だっただけに、深海棲艦がこの海域に増援部隊を展開させている可能性もあった。

 増援部隊の前衛がト級とナ級であり、本隊はル級改やヲ級改または棲姫級の戦艦や空母を中核とする機動艦隊と言うのはあり得る。

 

 一方で北海における深海棲艦は日本艦隊の増援を受けて以来勢いを取り戻しつつある欧州総軍艦隊の反転攻勢を受けて守勢に回りつつあるから、もしかしたら大規模な機動艦隊を増派して来る余裕がない、と言う見方もあった。

 ス級撃沈と時を同じくして伊吹率いる第五特別混成艦隊の攻撃で深海棲艦は二隻のヲ級改flagship級を撃沈され、タ級elite級一隻も大破する被害を受けている。

 伊吹以下の第五特別混成艦隊は愛宕、摩耶、初雪、白雪、天霧を護衛に休みなく北海を駆けまわって深海棲艦艦隊に対して遊撃行動に当たっているらしい。

 なお天霧は欧州派遣中に改二艤装が開発完了したのを受けて、日本艦隊が拠点としているキール港で改二化改装を受けており、第五特別混成艦隊の戦力強化が図られている。

 他に七航戦や第一戦隊の攻撃で戦艦棲姫一隻を始めとした複数の主力艦を撃破する事に成功しているとも言う。

 深海棲艦もロシア欧州総軍隷下のロシア欧州艦隊旗艦の戦艦艦娘ソヴィエツキー・ソユーズと軽巡艦娘マクシム・ゴーリキーを撃破しているが、決定打を与え切る前に二人が離脱したため撃沈には至っていない。現在撃破された二人のロシア艦隊艦娘は治療を受けて戦列復帰を急いでいる。

地中海の戦況は北海方面で国連軍が優勢に立ったのもあって前線の士気が取り戻りつつあると言う。

 地上戦の戦線のいくつかは押し返すことにも成功している。

 

 ただイタリア方面の戦況は依然良くない。崩壊したアンツィオ防衛線を中心にイタリア半島は分断状態になり、半島南部に取り残された国連軍と民間人はアドリア海から空路で補給と脱出を試みている。

 分断されたイタリア半島南部に取り残された民間人の数は推定一〇〇万人余り。

 同様にイタリア半島南部に取り残されている国連海兵隊はイタリア方面軍約四万人とドイツ、フランス、ベルギー、オランダから派遣された国連海兵隊約二万人。

 軍は空路での民間人避難を試みており、再建したイタリア艦隊の艦娘とギリシャ艦隊の艦娘とで連合艦隊を編成してアドリア海の制海権と制空権の維持に努めているが、如何せん取り残されている民間人の数に輸送機が足りていないのが現状だ。

 そんな中でドイツ方面軍は派遣軍の被害の大きさを理由に派遣軍の打ち切りを持ち出して、欧州総軍内で批判を浴びる失態を冒している。

 

 ブリーフィングルームで敵水雷戦隊の位置を全員で共有していると、ブリーフィングルームへのドアが開き、少し疲労を湛えた顔の愛鷹が入って来た。

 ブリーフィングルームに入室して来る愛鷹の姿を見て一同が驚きの目を向ける中、視線に気が付いた愛鷹は疲れた様子を隠さず正直に答えた。

「はい、皆さんの思う通り万全じゃないです。でもじっとしているのも出来ないもので。ブリーフィングルームで情報共有くらいならと軍医も許可してくれました」

「無理をするなよ。貴様はこの艦に乗り込む艦娘では一番火力が高いんだからな?」

「イエッサー」

 念を押すように告げるレイノルズに抜けきらない疲労を交えた返事を愛鷹は返えす。

 歩き方からも疲労を伝えさせて来る足音を立てながら愛鷹は手近な椅子に座って、自分のノート端末を開く。

 溜息を軽く吐いた青葉は衣笠の隣の席から立つと愛鷹の隣の席に座りなおした。

「無理ばっかしないでくださいよ」

 少々青葉も看過出来ないと苛立ちを露にした声で愛鷹を睨む。それに対して愛鷹は珍しくあっさりと観念した様子で返した。

「今出来る範囲の事だけやらせて下さい。それ以上は自粛しますから」

「休んでいて貰わないと本当にみんなが困るんですからね? 愛鷹さんは旗艦なんですよ、分かってますよね?」

 普段のお惚けたお調子者かつ陽気な性格では無い、真面目そのものの顔で説教する青葉に愛鷹は一言一言に分かったと言うように頷いた。

 疲労が抜けきっていない顔を浮かべながら、愛鷹はノート端末の敵水雷戦隊の配置情報を見る。

 敵はこれだけか? と多少意外に思い青葉に顔を向ける。

「確認された敵はこれだけですか?」

「瑞雲及び天山による航空偵察の結果、現時点で判明している敵艦隊の総力はこんなところです。

 リアルタイムで今航空偵察中ですが、ト級とナ級からなる重水雷戦隊を発見したのを最後に、新しい発見はありません。

 そろそろヒュールビンゴで偵察機各機は帰投します」

「あらかたリ級などの主力艦は後退したか沈んだかになって、向こうも戦力の再編成中と言ったところかしら……」

 ノート端末を片手に考え込む愛鷹を軽く見やりながら、青葉も思案顔になる。

 しばしの沈黙後、青葉はノート端末を片手に自身の考えを口にした。

「向こうも無尽蔵に戦力がある訳ではないでしょうから、艦隊の再編成、クールダウン期間は必要でしょう。

 この海域における主力艦だったリ級を多数喪失し、それ以外の軽巡も複数撃沈されてますから向こうが受けた打撃はそれなりに大きい筈です。

 それにレ級も深手を負ってますから、不足している火力の代わりに数でこちらを圧倒しにかかる算段かもしれません。

 軽巡と駆逐艦が主体と言っても数では向こうが上ですし、決して駆逐艦や軽巡も侮れないか力を発揮しえます」

「駆逐艦とて、魚雷があれば大型艦に手痛い打撃を与えられるからねえ」

 青葉の言葉にヴィクトールが相槌を打ちながら頷く。

 ベルゲンまでの帰路をどうするかの協議に入った時、一同のノート端末に航空偵察に出ていた各機から「ヒュールビンゴ」の宣告が出た。

 帰投の宣告と共に、偵察機からの偵察情報が最新のものにアップデートされて、各自の端末に表示される。

 最新の深海棲艦の各艦隊の位置情報を見て、一同が険しい表情を浮かべる。敵の水雷戦隊はキース島とベルゲンとの航路に封鎖網を敷くように布陣し始めていた。

 相手は軽巡と駆逐艦主体であり、重巡級や戦艦級、空母級は一切確認できない。しかし、封鎖網を敷くように布陣する敵艦隊の総数は更に増えて一〇群にも膨れ上がっていた。

 偵察機が帰投するまでの間、第三三戦隊とグレイハウンド隊、それにレイノルズとで協議が進められる。

「守ったら負けるのは戦いの定石。ここは打って出るのが一番でしょう」

「打って出るって言っても、こっちの頭数は中途半端な状態なのよ」

 積極策を進言する青葉に衣笠が一人ずつ頭数が抜けている第三三戦隊とグレイハウンド隊の状況を指摘する。

 それを考慮した案を青葉は提案する。

「ここは第三三戦隊とグレイハウンド隊の艦隊戦力をシャッフルして再編成するんですよ。

 攻勢に出る第三三戦隊は愛鷹さん、青葉、衣笠、瑞鳳さんの四人に限定し、残る全戦力をグレイハウンド隊に割り当てて『オーシャン・ホライゾン』の護衛に回すんです。

 瑞鳳さんは専ら『ズムウォルト』艦上から第三三戦隊支援に徹してもらう算段になります。

 高火力艦の一極投入で敵封鎖艦隊の封鎖網に穴をあけ、そこを一気に突っ切るんです」

「六〇対四。でも私は制空戦闘と偵察以外戦闘に寄与しないから、事実上は六〇対三。つまり戦力差は二〇対一……」

 激突する戦力差を勘定する瑞鳳の顔がみるみる青ざめる。

 するとそれまで黙って聞いていたレイノルズが口を開いた。

「一ついい情報がある。気象予報によれば残る作戦期間中の天候と波の高さは良好と見積もられている。

 つまり、波と風の影響をあまり考慮しないで戦う事が出来ると言う事だ。勿論深海棲艦にも同じ条件が揃う訳だが、天候の面で戦いやすさはこの任務期間中で一番と言えるだろう」

 所詮は人サイズの艦娘にとって、天候が味方してくれるのは大きい。波が少しでも高かったり、風が強かったりすると砲撃、雷撃の精度に大きく影響して来るのだ。

 次席旗艦の作戦具申に愛鷹はこれに賭けるのが現状一番無難な気がしていた。

 敵艦隊は数で圧倒しているが、火力ではこちらが上だ。火力面で拮抗可能な高性能艦であるト級flagship級とナ級Ⅱflagship級からなる艦隊は現状一個艦隊のみしか確認されていない。

 かなり広範囲にわたって航空索敵を行って、一個艦隊しか見つからない当たり、ほかにト級とナ級からなる艦隊はいないだろう。

 となれば、敵はト級ないしホ級とイ級ないしロ級からなる水雷戦隊だ。アップデートされた最新の偵察情報からト級は全艦無印、ホ級は全艦flagship級、イ級とロ級は全て後期型でこちらも全艦無印。

 封鎖網を構築するためにありあわせの艦艇をかき集めた感があった。

 ト級とナ級Ⅱからなる艦隊が不安の種ではあるが、それ以外を除けば比較的組し易い相手と言えた。

 

 そうとなれば、作戦を立てるのも早かった。

 

 青葉の具申通り、第三三戦隊は愛鷹、青葉、衣笠で封鎖網突破部隊を編成し、瑞鳳が「ズムウォルト」艦上より航空支援を実行。

 残るキーリング、ジェームス、ヴィクトール、ダッジ、ヴィクトリアス、深雪、蒼月の七人の遊撃部隊編成で「オーシャン・ホライゾン」の護衛任務を実行する。

 これで作戦方針は決定となった。

 

(三人対多数か……)

 

 顎をつまみ愛鷹は腕を組みなおす。増援は無い以上、この戦力で頑張るしかない。

 封鎖網を突破してしまえば、こちらの勝ちだ。

 まさに「ブロッケードランナー」(封鎖網突破船)と言う作戦名通りの展開だ。

 深海棲艦が奇行さえしなければ、こちらの勝ちは確定だ。

 数が多いので圧倒されかねない危険もあるが、そうなる前に突破するしかない。

 幸い「オーシャン・ホライゾン」は大型クルーズ船としては足が速い船だった。巡航速力でも二五ノット。最高速力で三〇ノットは出る。

 これはかなり幸いな話と言える。いくら艦娘が高速艦揃いでも護衛される側が低速だったら、当然護衛する艦娘もそれに合わせなければならない。

 だが護衛される側も高速であればその問題もない。

 

 やれるかもしれない、その確信が愛鷹の胸の中に芽生えていた。

 

 

 解散後、愛鷹は医務室に足を向け、夕張とワシントンの見舞いに向かった。

 縫合した傷が開いてしまったワシントンの傷は、再縫合されて腹部に包帯をぐるぐる巻きに巻き付けられていた。

 胸部と左肩、それに頭部に被弾した夕張は酸素マスクを付けられた状態で静かに眠っていた。心拍計の電子音が規則正しい電子音を放ち、夕張の容体が安定している事を告げていた。

 ほっと安堵をのため息を吐き、医務室を後にしようとする愛鷹をワシントンがベッドの上から呼び止めた。

「作戦はいつ再開されるの?」

「私にかけられたドクターストップの三時間が経過次第、すぐに。貴女はここでお留守番です」

「もう傷は癒えたも同然よ! 私も」

「駄目です。ワシントンさんはここで待機です」

「でも」

「駄目です!」

 縋るような目で自分も参加させてくれと頼むワシントンに、愛鷹は強い口調で退けた。

 悔しそうな視線が愛鷹に突き立てられるが、程なく諦めの視線に代わる。

 それでいいのだ、と愛鷹は胸中で頷きながら医務室を出た。

 ベルゲンまでの封鎖網を敷く敵艦隊は数だけ集めた雑魚敵揃いかも知れないが、そうやって相手を侮っていたら思わぬ被害を被りかねない。

 相手が火力でしたとは言っても数では圧倒的に勝っているのだ。立ち回りにしくじれば囲まれて集中砲火を浴びかねない。

 如何に早く囲まれる前に封鎖網を突破するかがベルゲンへの帰路の戦いの焦点となるだろう。

 

 

 休憩室に立ち寄った愛鷹はそこでいつもの葉巻ではなく市販の煙草に火をつけて一人喫煙休憩を入れた。

 ネクタイを緩め、上着も着崩した状態で足を延ばして喫煙を一人堪能する。

 制帽だけは身バレしたくないので脱がなかった。

 天井を見上げてふうと煙を吐いた時、休憩室のドアが開き、ヴィクトールが入って来た。

「お、先客がいたか。邪魔したかな」

「いいえ。ここは共有空間ですから大丈夫ですよ」

「そうかい、では遠慮なく」

 にっこりと笑顔を返すヴィクトールはポケットから自分の煙草を出すと葉先に火をつけた。

 青葉以外にもこの艦に乗り込む艦娘に喫煙者がいたとは、と少しだけ驚きを浮かべた顔で愛鷹が喫煙を満喫するヴィクトールを見やると視線に気が付いたヴィクトールが煙草を片手に口を開く。

「グレイハウンド隊では、唯一の喫煙者だよ。私なら二〇歳はとうに過ぎているからね」

「グレイハウンド隊は貴女以外は未成年揃いですか」

「いや、そうじゃなくて私が知っている限りじゃ二〇を超えているのは私だけ、ってこと。他のメンバーの実年齢は聞いたことがないな」

 知っておく必要はないから聞いていないだけ、と言う事か、と愛鷹は納得する。

 艦娘同士で実年齢込みで自分の踏み込んだ話をする者は少ない。身分をある程度隠した同士なのが艦娘だから、当然と言えば当然ではある。

 せっかくだったので愛鷹は少しはコミュニケーションでもしておこうとヴィクトールに尋ねた。

「ヴィクトールさんはどこで英語を? 貴女の英語はクイーンズイングリッシュの様ですけど」

「ご名答。私の英語はよくポーランド訛りの英国英語って言われるけど、その通りだ。

 これでもオックスフォード大学に留学したことがあるんだよ」

「へえ、確かな学歴持ちなのですね」

「そんなに優等生だったわけじゃないけどね」

 苦笑交じりにヴィクトールは名門校に留学した割には成績はそれほどではなかったと学生時代を振り返る。

「君はどこの学校を出たんだい? 中々教養は高いようだけど」

「国連海軍国際士官学校を出ました。語学力なら自信はありますよ」

「へえ、君中々のエリートさんだったんだ。国際士官学校かあ……凡人の私にはキツイ学校だな」

「学歴が大事とは限りませんよ」

「そうだね。学は大事だけど、殺しの技術なんて、戦争が終わった後用が無くなるであろう私らにとっちゃ、使い道は今の内だけだからねえ。

 本来なら戦争の技術を学ぶより、ご飯を作る技術、裁縫する技術、人の面倒を見てやれる奉仕の面がずっと役立つよ」

 そう語るヴィクトールに愛鷹は何気ない質問をぶつけてみる。

「ヴィクトールさんはこの戦争が無かったら何になりたかったんですか?」

「私かい? 英語の教師になりたかったね。英語教師になりたくてオックスフォードに留学したんだけど、留学してみて気が付いたよ。

 英語教師なんて自分のやる事じゃないなってね。まあ、教師になる夢は変わらなかったから海軍に入る前は数学の教師のアルバイトをしていたよ」

「軍人以外の夢があるのは良い事ですよ。私には……」

 ふと自分の事を深く語りそうになって口を閉じる愛鷹に、ヴィクトールは不思議そうな顔を向けるが詮索はしなかった。

 事情が何かあるのだろうと察するヴィクトールは短くなった煙草を灰皿に押し付け、愛鷹に向き直った。

「戦争が終わった後の事なんて、今から考えておくのも遅くはないよ。

 時間はたっぷりあるさ。軍人として、殺し屋生業の道だけが艦娘の生き方じゃないさ。別の生き方だってあるよ。

 君にも、ね」

 

 

 バイコヌール宇宙基地からSSTOによる最新の偵察画像が届けられた欧州総軍司令部で、新たな動きが出た。

 艦隊司令官や参謀達を招集した作戦会議室の大画面モニターに、SSTOによる偵察が行われたアンツィオの偵察画像が表示された。

 多数の深海棲艦がアンツィオ港に展開し、陸上部には陸上型深海棲艦が多数展開し要塞化が進んでいるのが画像を見る限り容易に判別出来た。

 興味深いのは「UNKNOWN」と表記された球状に尻尾を生やしたような物体がいる事だった。

「なんだこいつは……」

 タブレット端末を片手に首をかしげる武本は、「UNKNOWN」を横に書き込まれた未知の深海棲艦らしき姿を見つめた。

 ナ級の様にも見えるが、サイスがおかしい。隣にいるル級とサイズ的に言えば大差がない。

 ナ級の新種の艦種あるいは深海棲艦の新型艦と見るのが妥当だろうか。

 もし新型艦なら現状、ス級に加えてレ級flagship級と言う新型種の登場に手を焼いている国連軍にとって新たな脅威の出現になりえるかも知れない。

 一方武本がいる作戦会議室では作戦参謀の一人が自分のタブレット端末を片手に、アンツィオ一体の敵勢力の状況と、防衛線の戦況、それにイタリア半島南部の民間人の避難状況を出席している艦隊司令官や他の参謀達を相手に説明する。

 

 イタリア半島南部に取り残されている民間人の数は一〇〇万人。それを守る欧州各国の海兵隊は日に日に消耗を重ねており、空路での補給で辛うじて戦線を維持しているのが現状だ。

 深海棲艦の攻勢は北海での戦況が日本艦隊の活躍もあって国連軍優勢に傾きつつある中、比例するかの様に和らぎ始めており、イタリア半島を分断した戦線は拮抗状態にもつれ込んでいる。

 この機を逃さずに英国とアメリカから空路で運ばれてきた海兵隊の増援部隊がフランスのサン=ナゼールに集結中だ。

 アメリカから送られてきたのは海兵隊北米陸上軍第一機甲師団愛称オールド・アイアンサイズと第三歩兵師団愛称ロッキー・ザ・ブルドッグの二個師団だ。元アメリカ陸軍の精強な師団である。

 英国から送られてきたのは英国海兵隊陸上軍第三歩兵師団と第四〇コマンドー。英国海兵隊陸上軍第三歩兵師団の元は元英国陸軍第三歩兵師団であり二個機械化旅団と一個軽旅団、一個歩兵旅団からなる。

 北米から送られ来た部隊は北米における西海岸防衛線から引き抜かれた部隊であり、いわば北米方面軍が奮発して抽出した戦力ともいえる。

 欧州総軍への北米方面軍からの第一機甲師団と第三歩兵師団の派遣自体は、欧州での深海棲艦の大攻勢が始まった直後の九月二日から始まっていたが、北海方面の制海権と制空権の喪失を受けて展開スケジュールに大幅な後れをきたしており今になてようやく全軍が欧州に展開を果たせたと言う事である。

 北米方面軍と英国方面軍からの強力な地上戦力の増派により、アンツィオ北部防衛線からの反転攻勢計画が進められていた。

 そんな中アンツィオの深海棲艦群の中から発見された新種の深海棲艦。これが大規模な地上部反抗作戦を行う上での障害になりえる可能性はあった。

 イタリア艦隊、フランス艦隊、ギリシャ艦隊を中心に地中海の海上戦線は辛うじて拮抗状態に持ち込みつつあるものの、予断は許さない状況だ。

 とは言え、日本艦隊の助力もあって優勢になるつつある北海の制海権をこのまま奪還できれば、北海に振り向けている艦隊戦力を地中海に回すことで地中海における陸海空大規模反攻作戦にも繋げる事が可能になるはずだ。

 既に欧州総軍司令部では地中海反攻作戦であるオペレーション・メディトレニアン・フリーダム、「地中海の自由」作戦を立案している。

 計画では地中海全体を深海棲艦の手から奪還する大規模な作戦計画であり、最終目標は深海棲艦の地中海における一大拠点マルタ島奪還である。

 かつてないレベルの大規模作戦になる事が予想出来るだけに、今戦力を消耗してしまう訳にはいかないのもまた国連軍がかかれるジレンマとも言えた。

 準備が進む「地中海の自由」作戦の為に、欧州総軍加盟国の揚陸艦の動員も進められている。

 ただ北海方面の制海権がまだ確保できていない為に、ドイツ艦隊やオランダ艦隊、英国艦隊などに配備されている揚陸艦が回航出来ていない。

 「地中海の自由」作戦の為にも、北海方面の制海権の奪還は早急なる課題でもあった。

 

 

(ホワイトハウンド隊、グレイハウンド隊、ミッションタイムクリア)

「了解。ホワイトハウンド0-0愛鷹、作戦行動に入る」

 ギャラクシーからの通告を聞いて、愛鷹はヘッドセットの通知ボタンから手を離すと、続航する青葉と衣笠に振り返らずに右手を掲げて、人差し指と中指を伸ばした手首をくるくると回して「各艦続け」のハンドサインを送る。

「全艦、第一戦速、黒一〇」

 三人の主機が加速をかけ、後方に「オーシャン・ホライゾン」「ズムウォルト」他護衛に着く七人の艦娘を残して先行する。

 先行する愛鷹、青葉、衣笠の主砲の砲栓が装備妖精の手で外され、各部署へ各妖精が配置に着く。

 ベルゲンまで帰路二日の行程が始まった。

 深海棲艦の封鎖網はキース島近海に展開しているので、接敵は遅かれ早かれと言った事になるだろう。

「敵艦隊は比較的組し易い方の敵とは言え、数では向こうが圧倒的に多い状況です。二人とも気を抜かないで。

 下手をすれば囲まれて袋叩きです」

「了解です」

 警告する様にいう愛鷹に青葉と衣笠から唱和した返事が返される。

 随伴艦に駆逐艦がいない為、潜水艦が出てきたら青葉の瑞雲による対潜哨戒だけが頼りだ。

 キース島近海およびベルゲンまでの海路は潜水艦が航行するには向いていない地形とは言え、まったくいない訳ではない。

 念には念を入れよ、と自分に言い聞かせる愛鷹の耳に青葉が対潜哨戒機の瑞雲を発艦させるカタパルトの乾いた音とエンジンの咆哮が響いた。

 対潜爆雷を翼下に抱えた瑞雲八機がエンジンの音を響かせながら、哨戒を担当する海域へと進出していく。

 ギャラクシーの空中警戒管制があるが、自分でも確認するに越した事は無いので、愛鷹達もレーダーを起動し、装備妖精と共に双眼鏡を片手に水上警戒に当たる。

 上空には瑞鳳とヴィクトリアスから発艦した戦闘機隊が万が一の上空援護の為に待機していた。

 

 

 

(警報、レーダーコンタクト。敵艦隊インバウンド、参照点より方位〇-五-〇。艦隊総数一二、艦種はト級一、ホ級一、ロ級一〇)

 キース島を立って僅か二時間余りで敵水雷戦隊の出現をギャラクシーが通知して来る。

 一二隻、艦隊の構成からしてト級とホ級が率いる水雷戦隊が連合艦隊を組んで数で押しつぶしにかかってきた形だ。

「全部署に発令。合戦準備、合戦準備、全艦対水上戦闘用意。砲戦、雷撃戦に備え」

 先行部隊旗艦愛鷹から第三三戦隊、グレイハウンド隊、それに「ズムウォルト」と「オーシャン・ホライゾン」に戦闘配置の警報が飛ぶ。

 

 前衛を務める形の愛鷹からの警報に「オーシャン・ホライゾン」船内では乗員が乗船する避難民に船内アナウンスで警告を出す。

(船長より乗船する皆様にお知らせします。深海棲艦が出現したと海軍部隊より通報が入りました。

 これよりデッキを全面閉鎖致します、乗船する皆様は係員の指示に従って船内中心部に避難をお願いします。

 救命胴衣をしっかり着用し、落ち着いて係員の指示に従ってください)

 

 護衛する「オーシャン・ホライゾン」の船内から緊急警報のアラームが鳴り響き、デッキに出ていた避難民が乗員の指示に従って船内に戻る。

 戦闘配置に着く深雪の耳に「オーシャン・ホライゾン」に乗っている民間人から「頼みましたよ艦娘の皆さん!」と声援が聞こえたが、生憎ドイツ語だった為英語が多少は成せる程度しか海外語が分からない深雪には何と言っているのか分からなかった。

 ただ、手を振って頑張れ、と言うような声援には深雪にも聞こえたので手を振り返すくらいの反応はした。

 手を振り返すと、避難民は乗員の指示に従って救命胴衣を着込みながら船内に戻った。

「なんて言ってたんだろうな……」

 一応手を振りはしたものの、なんと言っていたのか分からない自分の語学力の低さを痛感していると、聞こえていたらしいヴィクトリアスが教えてくれた。

「『頼んだぞ、艦娘の皆』って言ってたのよ」

「お、通訳サンキューな、ロビン」

「ロビンね……ヴィクトリアスでいいわよ」

 コードネームで礼を述べる深雪に、その名には慣れないという表情を浮かべながらヴィクトリアスが返した。

 

 

「最大戦速! 増速黒二〇、進路〇-五-〇度ヨーソロー!」

「ヨーソロー」

 増速を駆ける愛鷹に青葉が復唱しながら続き、衣笠がしんがりを務める。

 突撃を開始した三人に対して、深海棲艦一二隻は主砲を構えて砲撃準備の構えを取り、愛鷹達が射程に入るのを待つ。

「陣形変換。青葉さんは右翼、衣笠さんは左翼に展開」

「了解」

 旗艦の愛鷹を先頭にした逆V自陣形に素早く移行する青葉と衣笠をHUDで確認すると、愛鷹は主砲の射撃スティックを握り、主砲の照準を合わせた。

 物量差は四対一。如何に早く敵艦隊を撃滅出来るかにかかっていた。

 距離を詰めて、必中射程から確実に撃破するか、ある程度の距離を維持して安全を確保しながら交戦するか。

 愛鷹が選んだのはそのいずれでもなかった。

 五門の主砲を構え、照準を正確に合わせる。先に射程に収めた深海棲艦側の砲撃が始まるが、初弾は全弾外れる。

 射撃トリガーに指をかける青葉と衣笠の気配を感じ、「まだです」と制する。

 砲撃を浴びて焦りをジワリと滲ませる二人の思いを感じながら、左手を掲げてヘッドセットに吹き込む。

「スタンバイ……スタンバイ……」

 HUDでは既に照準を合わせた敵艦との距離が必中射程を切っている事を告げていた。

 今だ、と深海棲艦艦隊の四度目の斉射を切り抜けた直後、愛鷹は攻撃指示を発令した。

「全艦、対水上戦闘、旗艦指示の目標。全砲門撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

 号令と共に愛鷹の左腕が振り下ろされ、四一センチ主砲五門、二〇・三センチ主砲一〇門、長一〇センチ高角砲四門の文字通り全砲門斉射の砲声が轟いた。

 砲声と砲煙が砲撃の火蓋を切った一九門の砲門に走り、撃ち出された砲弾が真っ赤に輝きながら狙った敵艦に向けて飛翔していく。

 距離はもう第三三戦隊と深海棲艦とも互いに目の前と言える至近距離だ。深海棲艦が第五斉射を放つが三人は防護機能も駆使してギリギリの距離で全弾を躱す。

 一方、砲口と射角を微妙にずらしていた愛鷹の四一センチ主砲三連装一基、連装一基の計五門から放たれた主砲弾は、ト級、ホ級、それにロ級三隻にそれぞれ一発ずつ命中した。

 瞬く間に五隻の敵艦が大破炎上し、ロ級に至っては早くも黒煙を上げながら波間に艦体を沈め始める。

 両翼を固める青葉と衣笠の砲撃も初弾命中を果たし、ロ級をそれぞれ一隻ずつ仕留める。

 一瞬で一二隻中七隻を撃沈破した三人は、主砲の再装填中に揃って大破航行不能になった深海棲艦艦隊の中央を突っ切ると、背後を取った残る敵艦五隻に砲門を向けると再装填が終わった砲門を指向し、発砲した。

 四一センチ主砲の再装填が間に合わないので、長一〇センチ連装高角砲をロ級二隻に指向した愛鷹が速射の砲撃の雨を浴びせ、回答が間に合わないロ級の背後から砲弾を雨あられと叩き付ける。

 青葉と衣笠の二人もロ級二隻を瞬時に仕留め、残る一隻に集中砲火を浴びせる。

 深海棲艦側が対応しきる前に、ほぼ一瞬で、一二隻の深海棲艦水雷戦隊は全滅した。

 大破航行不能の残存艦艇に仕上げの砲撃が撃ち込まれ、爆発音と残骸が上げる黒煙が海上に立ち上った。

 

「凄い……」

 瞬く間に敵艦隊一二隻を撃破した愛鷹、青葉、衣笠の腕前にヴィクトリアスが驚嘆の言葉を漏らす。

「主砲の砲門を一門ずつずらして同時に多数の目標を仕留める。初めての射撃演習の時に見せた腕前だが、いつ見ても愛鷹の射撃の腕前の高さには舌を巻かされるな」

 感心しながら愛鷹がやった射撃方法に深雪は言葉通り舌を巻いた。

 チートを疑う砲術の腕の良さは、クローンとして素で優秀なところもあるのだろう。しかし、それに追いつける青葉と衣笠の射撃の腕前もなかなか見事なものである。

 前衛を務める三人が撃破した深海棲艦の封鎖網を突破する「オーシャン・ホライゾン」と「ズムウォルト」、それにその護衛の艦娘の後背に新たな敵艦隊が出現する。

 ポンとレーダーに現れた深海棲艦の水雷戦隊を探知したギャラクシーから警戒任務に就く愛鷹達に通報が飛ぶ。

 数は再び一二隻。軽巡の内容は同じだが、駆逐艦がイ級後期型になっている。

「方位三-五-〇へ一斉回頭。とぉーりかーじ!」

 回頭指示を出す愛鷹が取り舵に舵を切ると、青葉と衣笠も続けて舵を切って後に続く。

 逆V字陣形を維持して「オーシャン・ホライゾン」と「ズムウォルト」と護衛に着く七人とすれ違う。

 特に言葉を交わすことなく二つの集団はすれ違い、愛鷹達は深海棲艦へ、「オーシャン・ホライゾン」と「ズムウォルト」らはベルゲンへと急ぐ。

 

 

 全速力で向かってくる深海棲艦の艦隊に対して、愛鷹達も最大戦速を維持して反航戦を挑む。

 射程に入り次第即座に砲撃を開始する深海棲艦の攻撃に対して、三人は必中距離まで堪える。

 そして愛鷹の合図と共に一斉攻撃の火蓋を切り、瞬く間に約半数の敵艦を仕留める。

 愛鷹の放つ主砲弾は面白い様に、まるで吸い寄せられるかのように敵艦に直撃し、直撃を受けたイ級五隻が一度に轟沈する。

 青葉と衣笠が狙ったイ級は攻撃を何とか躱しにかかるが、即座に再装填を終えた二人の第二射の直撃を受けて大破炎上し生き足を止める。

 密集していると拙いと判断したらしい深海棲艦は、残存するト級、ホ級、それにイ級三隻の五隻が散開して三人を包囲しにかかる。

 三人は包囲網が完成する前に全速力で網の目の薄いところを突っ切り、速度を維持したまま大回りのターンを描いて残存艦艇の方へと戻る。

 陣形を維持し、愛鷹の「攻撃はじめ!」との号令の後、三人の主砲が発砲の砲火を放ち、徹甲弾を深海棲艦に叩き付ける。

 四一センチ主砲弾を食らったト級とホ級が轟音と閃光を放って吹き飛び、二〇・三センチ主砲弾を受けたイ級が瞬く間に沈黙する。

 一隻だけ残存していたイ級が一矢報いようと、愛鷹、青葉、衣笠の三人目掛けて魚雷全弾を発射し、青葉に対して砲撃の応射を試みる。

「ブレイク! ブレイク! ブレイク!」

 愛鷹の警告が青葉と衣笠に飛び、彼女自身も魚雷の回避にかかる。

 砲撃で回避行動がとりづらい状況の青葉に、衣笠と共に援護射撃を行い、離脱のチャンスを作る。

 二人の援護射撃で離脱のチャンスを得た青葉が最大速力で魚雷と砲弾を躱し、それを確認した愛鷹、衣笠も魚雷を回避しにかかる。

 イ級の雷撃は三人からの砲撃を受ける中で放たれた割には精度は良かっただけに、すぐそばを白い航跡を引きながら通り抜ける魚雷に愛鷹達の額に冷や汗が滲む。

 辛うじて魚雷を回避した三人がイ級に砲門を向けると、愛鷹の「攻撃はじめ!」の合図と共に一斉射撃を浴びせ、五秒と経たずに撃沈する。

「旗艦愛鷹よりギャラクシー。我敵艦隊全艦を撃沈」

(こちらからも確認した。こちらのレーダーに敵影は無し。引き続き警戒を厳にせよ)

「了解」

 確認の報を聞いて安堵の深呼吸を吐く。

 ひとまず波状攻撃を仕掛けて来た二四隻の深海棲艦を三〇分と経たずに殲滅した。

 しかし、まだベルゲンまでの航路はまだ八割以上残っている。

 敵艦隊の推定総数は六〇隻。そのうちの二四隻を殲滅したとはいえ、まだ三六隻がこの海域に展開して自分達を待ち構えている。

 気が抜けない上に、休む事もできない行程が続きそうであった。

 

 

 警戒待機中のギャラクシーが燃料切れで補給の為に帰投が必要になったのを見計らい、瑞鳳から代役の空中警戒機スカイキーパーが発艦する。

 幸いにも「オーシャン・ホライゾン」を護衛する第三三戦隊とグレイハウンド隊を襲撃する深海棲艦はベルゲンへの航路の最初の一日目の時点で愛鷹達が交戦した二四隻以外は襲来せず、無事日をまたぐ事が出来た。

 日が沈まない季節とは言え、明るさは昼間程ではない。

 愛鷹にとって少し気がかりなのは自分たちが侵入し始めている海域では潜水艦の活動が比較的盛んであることだった。

 

 

 夜間の対潜戦は艦娘にはあまり分の言い戦いができる時間帯ではない。

 視界が確保出来る白夜なのが少し幸いではあるが、潜望鏡を確認しづらい明るさと見通しだった。

 そんな中で駆逐艦娘ヴィクトール、コールサイン・イーグルから潜望鏡らしき影を確認、の警報が飛び一同に緊張が走った。

 キーリングからヴィクトールとジェームスの二人で確認に向かうよう指示が出ると、二人は隊列を離れてヴィクトールが潜望鏡を見つけた方向へと舵を切る。

「注意してねイーグル」

「了解だよ」

 視界の良さは一〇〇%ではない。二人はソナーを起動して調音に当たる。

 ヘッドセットから潜水艦の機関音は聞こえてこない。機関停止して無音潜航状態なのかもしれない。

 双眼鏡で海上を警戒するヴィクトールの目に自分が見つけた双眼鏡らしき影は見当たらない。

 こちらの追跡に気が付いて急速潜航して、今は無音潜航でやり過ごす気だろうか。

 双眼鏡で警戒するヴィクトールに代わってソナーで調音を続けるジェームスは両手をヘッドセットに当てて耳を澄ます。

 どんな音も聞き逃さない、とジェームスが調音を続ける中、ごぽっ、と言う泡の音が彼女のソナーからヘッドセットを介して耳に入る。

 反射的に突発音、と叫びそうになって違う、と自分で即座に口に出す前に訂正する。

「今の音、なんだと思う?」

 自分と同じくソナーは聞いている筈のヴィクトールにジェームスは問うと、ヴィクトールは双眼鏡を覗き込んだまま答える。

「今のは海底火山の噴流音だね。発射管注水音や魚雷発射時の突発音とは違う奴だ。

 ちょいとここの海域は厄介だぞ。レイヤー(変温層)が複雑だから、潜水艦にとっては隠れ蓑が多い」

「ベルゲンまでの航路で唯一潜水艦の活動が盛んになれる場所ね。行きは問題なかったけど」

「行きはよいよい、帰りは恐い、って奴だねえ」

 会話を交わす二人の耳に再び海底火山の噴流音が入る。

 と、同時にジェームスより耳の良いヴィクトールの耳に噴流音とは異なるような音がかすかに聞こえた。

「ん、なんだ?」

 反射的にヘッドセットに手を当てて耳を澄ますが、異音は止んでしまった。

 噴流音とは別の音だったが、潜水艦の魚雷発射管の注水音や魚雷発射の突発音とはやはり違う。

 気のせいだろうか、とヴィクトールがヘッドセットから手を離して双眼鏡を持ち直す。

(グレイハウンドよりイーグル、ハリー。進捗は?)

 キーリングからの通信にヴィクトールが出る。

「ノーコンタクト。気のせいだったかのかもしれない。ただ何となくだけど潜水艦が潜んでいそうな気配はある」

(敵潜の方がやり過ごそうとしているなら、深追いせず戻っても良いわよ)

「いや、もう少し調べてみる。後顧の憂いって奴は絶っておきたいからね」

(了解した。気を付けてね)

 案じるような口調のキーリングに「すぐ戻るよ」とヴィクトールが返した時、彼女の装備見張り員妖精が反応した。

「方位〇-七-二に浮遊物を視認」

「浮遊物?」

 何だそれは、とヴィクトールが聞き返そうとした時、彼女の靴に何かが触れた。

 

 コン、と言う小さな衝撃音が足元で起き、ヴィクトールが足元を見た直後、轟音と共に彼女の右足先で爆発が起きた。

 

 突如相棒の身体が足元での爆発で軽く浮き上がるのを見て、ジェームスは「敵襲!」と叫び警報を鳴らした。

 海上に仰向けに倒れ込むヴィクトールに駆け寄ろうとするジェームスに、ヴィクトールから「寄……っちゃだめ……だ」と苦しそうな声で制止を受ける。

「敵は……機雷を……撒いている筈だ。足を……吹き飛ばされたく……なかったら、機雷に」

「イーグル喋らないで! じっとしてて、機雷に警戒しつつ今行くから! こちらハリー、イーグル、敵潜の敷設したと思われる機雷に触雷。損害不明」

(こちらグレイハウンド、了解。ディッキーを応援に送るわ)

「急いで、ヴィクトールの怪我の様子は分からないけど、タダでは済んで無い筈よ」

(こちらディッキー。現在機雷に警戒しながらそちらへ接近中。イーグル、状況は?)

「右舷機関部……をやられた……右足が冷たい……足はくっついているみたいだ……」

 何とか話せる辺り、機雷の威力はそれほどではなかったらしい。

 機雷警戒をしながらヴィクトールの元に着いたジェームスはファーストエイドキットを出してヴィクトールの手当に入った。

 右足が血まみれになっており、右半身にもダメージを負っているのが分かった。機雷の爆発で右足のメリージェーン風の靴と主機部分は完全に吹き飛んで無くなっており、裸足の足が力なく海の上に浮かんでいた。

「靴と機関部が丸ごと吹き飛んでいるけど、そのお陰で致命傷は免れたっぽいよ。大丈夫よ、イーグル。貴女は助かるわ」

「……そうかい。それは……よかった……」

 安堵する様にほほ笑むヴィクトールの患部を手早くジェームスは手当てする。

 左足の主機は生きているから肩を貸せば航行は可能だ。

 包帯を巻き終えて、肩を担ごうとした時、接近するダッジの方から潜水艦発見の警報が飛ぶ。

「早いところ……逃げよう……肩を貸してくれ」

「分かったからイーグルは黙ってて」

 肩を貸そうとジェームスが屈んだ時、彼女の装備見張り員妖精が「雷跡視認! 右舷〇-一-〇!」と叫んだ。

 咄嗟に振り返って魚雷が回避不能な距離に迫っているのを見て、「総員、衝撃に備え!」と叫んでジェームスは目をつむった。

 その時、ヴィクトールがジェームスの肩を振り切って魚雷が来る方向へ身を投げた。

 

 薄暗い海上で爆発音と閃光が同時に走った。

 

 

 敵潜水艦の襲撃を受けている、とキーリングから警報と報告が入る中、愛鷹と青葉、衣笠も対潜警戒と機雷警戒に入っていた。

 無線が混線してはっきりとは分からないが、ヴィクトールが触雷して中破したらしい。

「大丈夫ですかねえ」

 不安げに呟く青葉に「祈るしかないよ」と衣笠が返す中、遠くで二回目の爆発音が聞こえた。

 英語で喚く声が無線で複雑に交じり合い、混線する無線がやかましくなる。

 無線の内容を聞く愛鷹が顔を俯けるのが分かった。

「何かわかったんですか?」

 尋ねる青葉に愛鷹は悲しそうな声で返した。

「祈るしかない……犠牲者の為に……」

「え?」

 何のことです、と青葉が問おうとした時、キーリングから悲痛な声で(イーグルがやれらた! イーグル死亡! こちらグレイハウンド、K.I.A一名。駆逐艦ヴィクトール)の宣告が入った。  

 

 

 ダッジが投射した爆雷でヴィクトールに止めを刺した潜水艦ヨ級flagship級は撃沈された。

 懸命にヴィクトールの応急手当をするジェームスだったが、潜水艦の雷撃から彼女を庇ったヴィクトールが意識を取り戻す事は無かった。

 救援ヘリがヴィクトールとジェームスを「ズムウォルト」へ運び、ヴィクトールは医務室で懸命に死に抗う蘇生措置を受けたが、手当の甲斐なくグロム級駆逐艦娘ヴィクトールは息を引き取った。

 

 

 突然の、不意打ちの様なヴィクトールの死の知らせに愛鷹は無言で首を垂れた。

 昨日何気ない会話を交わしたばっかりだったのに。突然、文字通り呆気なくヴィクトールの命が失われた。

 駆逐艦娘ヴィクトールと言う一人の人間が命を落としたことに、愛鷹は込み上げてくる無力感に苛まれた。

 せめて、死の間際、苦しまなかったことを祈るしかなかった。

 

 同時にベルゲンまでの航路、残り半分と言う現実が愛鷹に強いプレッシャーとなって押し寄せて来た。

「残り半分……」

 

 

 ヴィクトールの戦死で見るからに士気が低下したグレイハウンド隊だったが、休み間を与える深海棲艦ではなかった。

 医務室でヴィクトールの死が宣告されて二時間後。スカイキーパーが封鎖網を構築して船団を待ち構えている深海棲艦を探知した。

 総数は三六隻。想定されている残存艦艇の数と一致する。深海棲艦は残る全戦力を新たな封鎖網構築に振り向けて来た形だ。

 六隻の艦隊が重圧な封鎖網を敷いているのが残る一〇人の艦娘にHUD画面に共有された。

 封鎖網の最後の布陣に着く艦隊の構成を見て愛鷹は唇をかんだ。

 ト級flagship級とナ級Ⅱflagship級後期型からなる重水雷戦隊だ。前衛五群でこちらの消耗を誘い、消耗した時を突く様に真打の重水雷戦隊の火力をぶつけて来る算段だろう。

 だがここで深海棲艦に負けて護衛を失敗したら、「オーシャン・ホライゾン」に乗る避難民と負傷兵の命だけなく、戦死したヴィクトールに顔向けできない。

 母国語訛りの英語を話す朗らかなポーランド人艦娘の顔を思い浮かべながら、愛鷹は戦死した彼女の為にも、と護衛任務の成功を誓った。

「絶対に……やり遂げる……!」




 駆逐艦艦娘ヴィクトール戦死は「駆逐艦キーリング」の原作と同様にすることを前々から決めていたので変えようがなかったとは言え、自分でもやはり辛い描写でした。
「ブラックホークダウン」のピラ軍曹が戦死したシーンを思い浮かべながら彼女の最期を書いていました。

 ヴィクトール戦死の知らせを聞いた時の愛鷹の反応は「ブラックホークダウン」でピラ軍曹が戦死した知らせを聞いたスティール大尉をイメージしています。


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第五六話 雷跡

 三月中の投稿が出来ず申し訳ないです。
 本編をどうぞ。


 キース島からの撤退船団護衛部隊の駆逐艦娘ヴィクトールが撃沈され戦死した、と言う知らせは欧州総軍司令部にもすぐに入った。

「おお、なんてことだ……彼女の家族に何とお詫びすればよいのだ……」

 悲嘆にくれた表情を浮かべてポーランド艦隊の連絡将校のヴォイテク大佐が首を垂らすのを見て、武本とターヴィは痛まれない気持ちになる。

 ポーランド艦隊は小所帯なだけに提督と艦隊参謀等のポーランド艦隊司令部と艦娘との間はかなり近いものだったらしく、それだけにヴィクトールを失った悲しみはかなり大きいようだった。

 目頭を押さえてうな垂れているヴォイテク大佐に武本が同情心を覚えていると、何を言っているのやらと少し呆れたような溜息を吐く声が聞こえた。

「たかが艦娘と言う軍人一人の死に、大佐は悲嘆に暮れ過ぎる。彼女が身に纏う軍服が死に装束となる事くらい、自身が軍人である艦娘なら承知の事であろう」

 その言葉を吐いたのは誰だ、と武本は思わず言葉の主に振り返る。

 欧州総軍ロシア方面軍海兵隊の将軍の一人、イゴーリ・コベレフ大将だった。

「艦娘一人の死がどれ程の損失であるのか、お分かりなのか大将閣下は」

 流石に憤りを見せるフランス艦隊司令官のナサニエル・ベタンクール大将がコベレフを鋭い目でにらみつける。

 司令部にいる艦隊司令官や参謀達から非難の目線がコベレフに浴びせられる中。コベレフは再び溜息を吐くと顔を上げて非難する目線を見返す。

「所詮艦娘とて我々国連軍の軍人と命の重さと比べて見れば重すぎもせず、軽くもない。艦娘は人間だ、一人の人間と命の価値は同等。

 替えは効かん存在が一人、軍人が一人死んだ。それだけだ。我が海兵隊を見ろ、イタリアを始めとする世界中で同志が日々ダース単位で命を失っているのだぞ。

 ヴィクトールと言う艦娘と同じ一人の人間達が毎日イタリア半島を守ろうとして命を散らし続けている。

 大概にせよ海軍。艦娘の命は特別な命ではない。結局その命は一人の人間と同価値だっただけだ」

 確かにコベレフの言う通りでもあった。艦娘は確かに海兵隊員と違って容易に替えが効かないと言う一点を除けば、結局は一人の人間であり、海兵隊の兵士だけでなく、今この欧州総軍司令部にいる全員とも命の重さはまったく同じ。

 軍人が一人死んだだけだ。そう言い切ってしまうコベレフに腹立たしそうな表情を海軍高官や参謀達が向けるが、当の本人は発言を撤回する気は無いようだった。

(コベレフ大将の言う事も全く間違ってはいない。だけど、艦娘は本当に海兵隊員一人の命と違って替えが効かなさ過ぎるんですよ)

 面と向かって言えない自分の度胸の無さに煮え切らないモノを覚えていると、武本のデスクのパソコンに日本艦隊統合基地で留守電をしている谷田川から封緘された秘匿通信の電文が表示された。

 秘匿通信? なんだ? と首をひねりながら自分のIDを入力して開封すると谷田川が送ってきた電文が開かれる。

 

 太平洋方面、と言うよりは日本本土近海での深海棲艦の動向を綴った報告書だった。

 

 欧州で深海棲艦の大規模な侵攻作戦が行われる中、日本本土近海でも深海棲艦の活動が日増しに盛んになっているとの事だった。

 ここ五日間で襲撃された民間商船の船団は七つ。護衛失敗は無いモノの、船団護衛に当たっていた第五戦隊の羽黒や駆逐艦神風、空母雲鷹等複数の艦娘が大破させられる被害が増えつつあった。

 国連軍が欧州に戦力を割いている間に、手薄気味な地球の反対側の日本へ攻め入る可能性も捨てきれない、と谷田川は電文に添えていた。

 一方で自分が不在の間に新たに艦娘が着任した、と言う報告もあった。夕雲型駆逐艦艦娘として妙風、村風、清風の三人が新規に艦娘として着任した。

 自分が不在の間に谷田川は大湊基地司令官だった湯原真一大佐を自分の副官として呼び寄せて、鳳翔、三笠等の秘書艦と艦隊参謀達と共に艦隊の指揮に当たっていた。

 上手くやっている様で何よりだ、と安堵する。電文の最後で『先輩はそこでの艦隊指揮に専念して下さい。健闘を祈ります』と谷田川は締めくくっていた。

 提督と呼ばずに「先輩」とつける所が谷田川らしいと言えた。

 

 

 薄暗い海上に再び明かみが戻って来た。

 腕時計を見ると朝になっていた。北海の天候と時間帯、太陽が昼夜ではっきりと入れ替わる日本の時間帯と天候慣れした身の愛鷹には不慣れなものであった。

 ヴィクトールの遺体を「ズムウォルト」に収容してからこっち、深海棲艦側からの攻撃は無く、船団はベルゲンへと向かっていた。

 ただ深海棲艦の残存艦隊による封鎖網を強行突破するルートから、現場判断で迂回するルートを取った為、必然的に航路は長くなり、護衛に当たる愛鷹を始めとする艦娘達には疲労がじわりじわりと滲み始めていた。

 艦娘用の洋上レーション類を摂っていればスタミナと水分程度は回復出来るものの、それでも疲労は少しずつ各々の体に押し寄せて来る。

 特に愛鷹、青葉、衣笠の三人は前衛警戒を務めている分、不眠不休状態なだけに、眠気も多少なりとも覚える。

 一応レーションに含まれるドリンクにはカフェインとアルギニン等の目覚まし成分は含まれているが、無論効果時間が無限に続くわけでもなく、過剰に摂取も出来ないので使い処による。

 正面からの戦闘を避け、迂回ルートを取りつつも、引き続きAEW天山や瑞雲による念入りな航空偵察と早期警戒網を構築して警戒に当たる。

 迂回ルートをとったお陰で封鎖網を構築している深海棲艦の水雷戦隊六群中、三群とは大きく距離をとることが出来ていた。

 しかし、ト級flagship級とナ級Ⅱflagship級後期型からなる重水雷戦隊とホ級一隻、ロ級後期型五隻、へ級一隻、イ級後期型五隻からなる水雷戦隊からはどうあがいても逃れようがない。

 特に最後衛についていた重水雷戦隊はこちらがどのルートをとっても対応出来る布陣だったから、どの道重水雷戦隊との交戦だけはやらねばならなかった。

 相手は一八隻。対する船団側は前衛戦力である愛鷹、青葉、衣笠とヴィクトリアスの航空戦力が頼りだ。

 少しでも愛鷹達のへの負担を減らそうと、ヴィクトリアスは対空戦闘能力の低いホ級率いる水雷戦隊への航空攻撃を提案して来た。

 彼女の提案は即採用され、天候と視界の回復を待って行われる事となった。

 ホ級とロ級からなる水雷戦隊へ攻撃隊の準備を終えたヴィクトリアスが攻撃隊を発艦させたのは、午前八時を過ぎた時だった。

 ヘルダイバー艦爆六機、バラクーダ艦攻六機、コルセア艦戦六機、誘導役のフルマー偵察機一機の計一七機の戦爆連合攻撃隊が明るくなった空へと上がっていく。

 ギャラクシー経由で編隊の位置情報を確認した愛鷹は、果たして何隻落とせるか、とHUdを見つめながら腕を組んだ。

 全艦が無印級であるので、elite級やflagship級と比べたら手強さは無い。しかしだからと言って気を抜けば沈むのはこちら側になると言う現実は変わらない。

「グッド・ハンティング」

 HUDに表示される編隊を見つめながら、愛鷹は既に見えない所にいる攻撃隊の健闘を祈った。

 

 

(タリーホー。エネミー、ツー・オクロック・ロー。ストリームリーダーからストリーム2、3。攻撃開始)

(ラジャー、ストリーム2-1から2各機、続け)

(ストリーム3-1よりストリーム3各機、降下するぞ)

 ストリーム2のコールサインで呼ばれるヘルダイバー艦爆六機が高度を上げて急降下爆撃の体制に入る一方、ストリーム3のコールサインで呼ばれるバラクーダ艦攻六機は機体下部に抱いている魚雷を深海棲艦に見舞うべく、低硬度へと高度を下げて行く。

 眼下の深海棲艦艦隊から対空砲火が撃ち上げられ始めるが、弾幕は薄い。

 牽制にもなっていない薄い対空射撃を易々と躱しながら、それぞれ六機ずつの艦爆と艦攻は爆撃コースに入る。

 機関砲による対空射撃も始まるが、装備しているのがホ級なだけに弾幕にすらならず、形勢不利を悟ったロ級五隻が散開して回避運動に入る。

 ロ級五隻のそれぞれの直上に付けたヘルダイバー艦爆六機がダイブブレーキの音を響かせながら急降下爆撃に入った。

 急降下速度をダイブブレーキで調整しながら爆弾槽のハッチを開け、航空妖精が照準器越しに狙いを定める。

 タイミングを見計らって航空妖精が投下レバーを引くと、爆弾槽から誘導桿によって一〇〇〇ポンド爆弾を引き出される。

 投下された爆弾が空気を切り裂く甲高い音を立てながら落下していく一方、ヘルダイバー艦爆六機は投弾するとすぐに機首を引上げ、上昇に転じる。

 ウェーキをなびかせながら全速力で回避運動しにかかるロ級一番艦の艦上に直撃の閃光が走り、続けて二番艦、四番艦、五番艦に直撃の閃光が走り、爆発の炎が走る。

 三番艦は辛うじて回避運動が間に合って爆弾の直撃は免れるが、至近弾で舵が故障し、そのまま大破炎上する二番艦の残骸に衝突する。

 艦爆六機のBDA(爆撃効果)を評価すべく、ストリーム1-2のコールサインで呼ばれるコルセアが降下して黒煙を上げる駆逐艦五隻に向かう中、残るホ級に艦攻六機が群がり、魚雷を投下する。

 全方位から投下された魚雷にホ級には躱し様がなく、二発の魚雷の直撃を受けて轟音と共に火柱に包まれる。

(ストリーム1-2よりストリームリーダー。駆逐艦五隻の沈黙を確認)

(ストリームリーダー了解)

(ストリーム2-1より1-1。ホ級に魚雷直撃、轟沈を確認)

 五分と経たずにホ級に率いられていた水雷戦隊は全滅していた。

 六本の黒煙が海上に立ち上がる中、編隊を組みなおしたストリーム隊に対して、ヴィクトリアスから「RTB」がかけられた。

 

 敵水雷戦隊全滅。その報告はヴィクトリアスから直に伝えられてきた。

これで対峙する深海棲艦艦隊の数は一二。少しでも数を減らして置いて欲しい身である愛鷹はヴィクトリアスに攻撃隊の補給後、再出撃してへ級率いるもう一群に打撃を与える様に要請を出す。

(了解したわ)

「頼みましたよ」

 承服するヴィクトリアスとの通信を切ると、HUDに表示される敵艦隊二郡の内、一番脅威の高いト級flagship級とナ級Ⅱflagship級後期型からなる重水雷戦隊にどう対処するか考える。

 ヴィクトリアスの航空攻撃を送っても、対空戦闘能力が他の水雷戦隊と比べて段違いに強いこの重水雷戦隊の前には無力に等しい。

 全滅してしまう可能性すらある。意味のない航空攻撃をしてヴィクトリアスの航空団にいらぬ損耗を払わせたくはない。

 しかし、ナ級Ⅱflagship級後期型は遠距離からレーダーを組み合わせた極めて正確な照準の雷撃を放ってくる難敵中の難敵だ。砲戦火力も駆逐艦ながら軽巡クラスのパワーを誇る。

 最強スペックと言えるナ級Ⅱflagship級後期型が四隻。ス級よりかはマシかも知れないが、気の抜けない敵であることに変わりない。

 ナ級Ⅱflagship級後期型だけではなく、ト級flagship級も水上戦闘能力は極めて高い。こちらの手数が事実上三人なのを考慮しても数的にも質的にも劣勢だ。

 三人で一隻ずつ片していくか、それとも青葉、衣笠を分離して戦わせるか。後者は各個撃破される可能性があるのでNGだろう。

 ここを突破すれば後にいる深海棲艦はいない事を考えて、「オーシャン・ホライゾン」護衛に付けている駆逐艦を三人引き抜いて数を補うか。

 だが、こちらの駆逐艦艦娘の火力はト級にもナ級Ⅱにも劣る。頭数だけ増やしても被害が増えるだけで終わる可能性すらあった。

 最悪、駆逐艦艦娘側にヴィクトールに続く犠牲者が出しかねない。

 それに洋上の深海棲艦は確かにいないものの潜水艦が展開している可能性も考慮すれば、「オーシャン・ホライゾン」の護衛の艦娘は割くべきではない。

 やはり自分と青葉、衣笠の三人でやるしかないか。

 

 こちらのアドバンテージはト級、ナ級Ⅱを上回る個々の火力と機動力、それに練度だ。

 愛鷹、青葉、衣笠の主砲は直撃すればト級、ナ級Ⅱの全装甲を貫ける火力がある。

 機動力においても三人の鍛え上げ抜いた操艦技量は伊達ではない。

 そして操艦と砲撃の腕前は三人とも高いレベルにある。

 

 最後の一押しは三人でやるしかない。

 

 決断した愛鷹は数で上の重水雷戦隊との交戦方法を考える。

 重水雷戦隊の頭を押さえて、こちらの火力と射程を生かし、数の不利を補う。

 如何に早く敵艦隊を無力化していくか、という時間との勝負にもなる。ナ級Ⅱが魚雷攻撃に入ればこちらは交戦を捨てて回避に専念する事を余儀なくされるだろう。

 現在の速度を維持すれば重水雷戦隊との交戦まで一時間強。

 それまでにもう一群をヴィクトリアスの航空攻撃で始末すれば、数的不利はある程度抑えられる。劣勢にあることに変わりはないが、一二対三よりは六対三の方がまだ救いがある。

 

 前進を続ける愛鷹にヴィクトリアスから第二次攻撃隊が発艦した連絡が入る。

 空中警戒を続けるギャラクシーから特に続報は無い。今愛鷹達の近辺にいる深海棲艦二郡以外にこの海域に襲来する敵艦隊は無いようだ。

 水上艦隊で警戒すべきは他にないとして、別個に警戒すべきはやはり潜水艦隊だろう。

 アオバンド隊が既に二隻のソ級をMADで検知していた。船団からは遠く離れているので気にしなくてもいいレベルだが、ほかにも潜んでいる可能性がある。

 対潜哨戒の瑞雲と天山を青葉と瑞鳳から飛ばして、潜水艦への警備行動を続ける。

 三〇分程してヴィクトリアスから第二次攻撃隊の攻撃戦果が報告された。

 爆撃効果は大。敵艦隊は全滅。我が方被害なし。

 これで残る敵艦隊はト級flagship級とナ級Ⅱflagship級からなる重水雷戦隊一群のみ。

 HUDでギャラクシーが探知している重水雷戦隊の位置を再確認していると、青葉が意見具申をしてきた。

「青葉より旗艦愛鷹さんへ意見具申」

「なんです?」

 振り返って次席旗艦の青葉を見つめると、青葉は艤装を担ぎ直して具申内容を口にする。

「こちらから重水雷戦隊へ撃って出ませんか?」

「向こうから来るのを待つのではなく、こちらから撃って出て撃滅する、と?」

「重水雷戦隊のナ級Ⅱflagship級の雷撃戦能力は極めて高いです。遠距離から極めて正確な雷撃を放ってくる高脅威目標艦です。

 船団と距離を離さずに戦った場合、重水雷戦隊の突破を許したら、追撃する猶予がありません。

 こちらから撃って出て、船団と距離がある内に捕捉して撃滅するべきかと。船団との距離をとった状態でなら、こちらが体勢を立て直して追撃する時間的猶予が生まれます」

「誰かが被弾大破して漂流する状態にあった場合、救助がすぐには来られない可能性もありますよ?」

「どの道深海棲艦と交戦に入ったら、救助のヘリも艦娘も寄こす暇はないから同じですよ」

 なるほど、と愛鷹は頷く。その作戦が今の状況下で一番効果的かもしれない。

 今、愛鷹達前衛部隊と「オーシャン・ホライゾン」とその護衛の艦娘達との距離は一〇キロ。

 この距離のまま重水雷戦隊との交戦に入った場合、万が一突破されたら火力で劣る艦娘しか後はいない。

 逆にこちらから重水雷戦隊へ接近した場合、距離は二五キロ以上にまで離す事が出来る。

 敵艦隊に突破を許しても、こちらが体勢を立て直して追撃する猶予が生まれる。

 

「やるしかないわね」

 制帽の鍔を掴んで被り直しながら軽くため息を吐くと、愛鷹は船団護衛の旗艦を務めるキーリングに通信を入れた。

「重水雷戦隊へこちらから撃って出て接近戦を挑みます」

(了解です。ト級flagship級とナ級Ⅱflagship級、どちらも難敵です、気を付けて。ご健闘を)

「ありがとう、グレイハウンド」

 礼を述べると、一旦タブレットを数錠出して口に入れ、戦闘中の禁断症状などの発作に備える。

 錠剤を呑み下し、深呼吸をして気持ちを整えると、凛と張った号令を青葉と衣笠に下す。

「戦隊前へ! 増速黒二〇、第三戦速。対水上戦闘用意!」

「了解!」

 二人からの唱和した返事を背中で聞きながら、愛鷹は第三戦速へと加速をかける。

 第三戦速へ加速する三人に反応するかの様にギャラクシー経由で送られてく深海棲艦重水雷戦隊の位置が変わる。

 重水雷戦隊も加速をかけて、愛鷹達に向かってくる。

 向こうの狙いは船団か、こちら(前衛部隊)か。

「取り舵二〇度、新進路二-四-〇度。ヨーソロー」

 回頭指示を出して左へ舵を切る愛鷹に続いて青葉、衣笠も取り舵に舵を切る。

 すると重水雷戦隊の進路も変わり、進路を変更した愛鷹達に向かって舵を切った。

「向こうの狙いは私達か」

 独語する様に呟いた時、HUDの海図表示に乱れが生じ、羅針盤の方位表示も狂いだした。

「羅針盤障害発生! 障害レベル3」

 自分のHUDに表示される羅針盤障害の障害度を衣笠が報告する。

 深海棲艦が引き起こす羅針盤障害。いつもの事とは言えこれで正確な進路の策定や方位の特定が難しくなる。

 ギャラクシーとのデータリンク通信にもダメージが出ているのか、データリンク通信に切り替えても表示が安定しない。

 ジャミング系は厄介だが、嘆いても始まらない。

  彼我の距離は現在一〇キロ。数分で愛鷹の主砲の砲戦射程内に入る。

 とは言っても最大射程から撃ったところで、いくら愛鷹の腕でもそう簡単に当たらない。それに相手はト級flagship級とナ級Ⅱflagship級。回避運動能力も高い。

 目でしっかり見える距離での撃ち合いが望ましい。ただし当然その距離になるとナ級Ⅱflagship級の正確無比な魚雷攻撃にも晒される事になる。

 

 愛鷹はまだナ級Ⅱflagship級と交戦した経験は無いが、施設時代にシミュレーション訓練でなら経験がある。所詮はシミュレーションとは言え、理不尽な程の遠距離からの魚雷攻撃の当たり判定に憤慨した記憶があった。

 シミュレーションでは当たり判定で済んだが、今は違う。当たれば確実に愛鷹とて大破は免れない。青葉と衣笠も同様だ。

 敵に魚雷を撃たせない事が重要だ。

 こちらのアドバンテージは火力と機動力。万が一魚雷を撃たれたら回避に専念。次弾を撃たれる前に砲撃で撃沈。

 

(やれることをやるまで、いつもの通り)

 

 セオリーと言うべきか、いつも通りの感覚と言うべきか。

 空中で警戒中のギャラクシーとのデータリンクが使い物にならないので、三人の電探は最大出力で捜査に当たる。

 逆探知機(ESM)でも既に深海棲艦側のレーダー波を逆探知していた。

 レーダーだけでなく、三人の艤装の各所に見張り員妖精が立ち、深海棲艦の索敵に当たっていた。

 彼我の距離が五キロを切った時、愛鷹の艤装のマストで警戒に当たっていた見張り員妖精が「敵艦捕捉!」と叫ぶ。

 見張り員妖精の目は三人の中でも一番視力が良い愛鷹よりも優れている。マストの見張り員となれば、愛鷹よりも視点が高い位置にある分、より遠くを見る事が可能だ。

「右二〇度。距離約四キロ。ト級flagship級二、ナ級Ⅱflagship級四、単縦陣を組んでこちらに接近中」

「見張り員は警戒を続行。海面の雷跡に注意。ソナー、僅かな音も聞き逃すな」

 見張り員妖精に指示を出しながら、愛鷹も双眼鏡で深海棲艦の方を見る。

 魚雷を撃った気配は今のところない。

「全艦右砲戦、準備。弾種、徹甲弾、全門装填。撃ち方待て」

 双眼鏡から右手を離し、主砲射撃グリップを掴み、主砲を右舷に指向する。

 既にHUDの表示は射撃管制に切り替えてある。「Range On」の表示が出るが、愛鷹はトリガーを引かない。

 敵の頭を抑えるには今の速度では不十分だと判断し、自分と青葉と衣笠に最大戦速を発令する。

 艤装からエンジンテレグラフのベルが鳴り、履いている主機が増速をかけて白波が大きくなり、航跡が伸びる。

 愛鷹達の増速に気が付いた深海棲艦側も増速をかけるが、ダッシュ力は愛鷹達が上だった。

 敵の生き足とイニシアティブの先取りも兼ね、愛鷹は射撃グリップのトリガーに指をかけ、青葉と衣笠に攻撃許可を出した。

「右主砲戦、随意射撃、各艦各個に攻撃はじめ!」

 無言で了解の返事が返され、青葉と衣笠が「撃ちー方始めー、発砲!」の号令を発しながら主砲を発砲する。

 愛鷹も主砲の射撃グリップを操作して仰角と射角を調整すると「撃ちー方始めー」の合図と共にトリガーを引いた。

 先に撃ち出していた二〇・三センチ三号砲に続いて、四一センチ主砲五門の砲声が海上に轟く。

 赤く光る砲弾が海上を駆けて行き、深海棲艦の鼻先に着弾する。直撃を意図してはいないとはいえ、そこそこ着弾位置は先陣を切るト級の近くに着弾する。

 先手を打たれた深海棲艦側も遅れて砲撃を開始する。六隻からの発砲音が響き、飛翔音が鋭い音を立てて急速に迫る。

 ト級もナ級Ⅱもレーダーを備えているだけあって、着弾位置は三人からあまり離れていない所に着弾する。

 ジグザク航行して回避をしたいところだが、肝心の丁字有利を描くタイミングの時に重要な進路を取れていなかったら意味が無いのでこのまま直進を続ける。

 ト級flagship級とナ級Ⅱflagship級の優位はもう一つあり、三人の主砲より速射性に優れているという点だった。

 初弾が着弾して間もなく、次弾の発砲が行われ、二射目がすぐに飛来する。

「敵艦隊一番艦から六番艦に発砲炎!」

 緊張した声で告げる見張り員妖精の報告からさほど間を置かずに深海棲艦の放った砲撃が着弾する。

 全弾が愛鷹の周囲に着弾する。

「狙いは私か」

 水柱を突き抜けながら狙いが自分に向けられている事を確認する。

 集中砲火されているとは言え、仮に当たっても愛鷹の防護機能ならト級flagship級とナ級Ⅱflagship級の砲撃は易々と弾ける。

 砲撃の直撃自体は愛鷹は気にしていなかった。怖いのは魚雷攻撃だけだ。

「第二射、装填よし、測的よし、撃ち方用意良し」

「第二射 てぇーっ!」

 号令と共に引かれたトリガーに反応して、主砲五門が発砲の火炎を放つ。真っ赤な砲火と発砲煙が後退する砲身の砲口から迸り、撃ち出された徹甲弾が狙いを定めるト級の傍へ飛んで行く。

「敵艦隊に動きあり、ナ級Ⅱ魚雷発射体制に入りました!」

 

 見張り員妖精の言葉に愛鷹は来るぞ、と気を引き締め直す。

 

「CIC、水測員。魚雷の音を聞き漏らすな」

(CIC了解)

 艤装内部のCICに詰めている水測妖精がヘッドフォンに両手を当てて聴音に注力する。

 発砲した主砲の砲身の仰角をゼロにして再装填を行っていると、見張り員妖精が叫んだ。

「ナ級Ⅱ、魚雷発射! 各艦五発です!」

「全艦、ジグザグ運動にて回避! 全弾回避せよ!」

 回避運動を命じる愛鷹に青葉と衣笠は即座に射撃の構えを解いて回避行動に入る。

 CICの水測員が聞いているパッシブソナーをヘッドセットに共有してもらい、愛鷹自身の耳で魚雷の聴音を行う。

 

 来た! 速い。

 

 ソナーが捉えた恐ろしく速い魚雷の馳走音がヘッドセットから響く。

「敵魚雷接近! 方位〇-五-〇、敵針二-〇-〇、敵速五〇ノット!」

「面舵一杯! 右舷機関後進一杯、左舷機関前進一杯」

 急速に右ターンをかける愛鷹の視界に五本の雷跡が入る。通常の深海棲艦の魚雷と比べて明らかに航走速度は速い。

 面舵に目いっぱい舵を切って回避を試みる愛鷹の左側面を五本の魚雷が高速で通り抜けて行く。幸い近接信管が作動する事も無く、ナ級の放った魚雷を回避する。

 すると安堵の溜息を吐く間もなく、第二弾が迫っている事を水測員が告げる。

「第二弾接近! 第一弾と同方位、同数!」

 真正面から迫る五発の魚雷の雷跡を見据え、今度は取り舵を指示する。

「取り舵一杯、右舷前進一杯、左舷後進一杯」

 全力で取り舵に舵を切る愛鷹の視界に五本の雷跡が入る。距離が近い。

 高速で迫る白い航跡を注視する愛鷹が「全艦、右舷衝撃に備え!」と装備妖精に警告を出した時、右側面ぎりぎりを五本の魚雷が流れて行った。

 一番近い魚雷の近接信管が爆発して、大きな水柱を突き上げる。爆発と破片を防護機能で防ぎながらもその爆発の威力に愛鷹は冷や汗を浮かべる。

 近接信管が作動して爆発した魚雷は一発。しかし、その爆発の威力は並のモノではない。

 爆発と破片を受け止めた防護機能が一瞬で危険域に突入したことを示す「CATION」の文字がHUDに表示される。

 なんて威力だ、と早くも崩れ始める水柱を横目に主砲をナ級に指向する。

 魚雷を斉射したからには次弾装填には時間がかかる。ナ級がどれほどの高性能艦であろうが、再装填には時間がかかるはずだ。

 因みに魚雷に関しては発射管に装填されている即応弾だけしか使えない艦娘と違って、深海棲艦の場合は予備弾が存在する事が分かっている。

 再装填すればまた撃って来る筈だ。撃たれる前に、沈めないと海の底に沈むのはこちらだ。

「射角よし、仰角よし、射撃認証完了。目標、ナ級一番艦、撃ちー方始めー、発砲!」

 四一センチ主砲をナ級に向け、射撃グリップのトリガーを引く。轟音と共に徹甲弾が撃ち出され、砲煙と共に砲身が後退する。

 発砲する自分に続くように青葉と衣笠の二人分の主砲の発砲音も響く。

 愛鷹達の発砲に合わせて、小太鼓を連打するような砲声が深海棲艦側からも響き、互いの放った砲弾が空中ですれ違う。

 飛翔して来る敵弾を見据え、刀を構えると当たると見た砲弾を的確に斬り飛ばし、弾き飛ばす。

 続航する青葉と衣笠から直撃を受けた爆発音も被害報告は無い。二人とも回避に成功している。

 一方、愛鷹達の放った砲弾はナ級一隻を捉えていた。爆破閃光が走ったナ級は愛鷹が狙った艦だった。

 四一センチ徹甲弾の直撃を受けたナ級がけたたましい轟音を上げて炎に包まれる。駆逐艦相手に戦艦級の徹甲弾の直撃は一発で致命傷だ。

 丸いナ級の艦体に大穴が開き、そこから紅蓮の炎が吹き上がる。航行速度もみるみる低下し、ナ級一番艦が動きを止める。

「ワンダウン」

 ナ級一番艦を撃破したのを確認した愛鷹が呟いた時、深海棲艦側がまた砲撃の砲火を瞬かせる。

 本能的に自分に集中砲火が浴びせられていると分かった。

「回避! 面舵一杯!」

 回避を命じながら体ごと右に倒し、右に急旋回して降り注ぐ敵弾を躱す。いくらト級とナ級の主砲弾が自分の装甲を撃ち抜けないと言っても、非装甲区画やレーダーアレイなどにラッキーショットを貰って戦闘不能になっては話にならない。

 視界一杯に至近弾となった敵弾の突き上げる水柱がそそり立つ。

「CICより愛鷹。敵艦隊よりレーダー照射多数。本艦が集中的に狙われています!」

「上等よ!」

 魚雷さえ躱してしまえばあとは防ぎ様がある敵艦だ。砲撃くらいなら耐えられる。

「青葉さん、衣笠さん、敵艦隊の砲撃は私に集中しています。私に攻撃が向けられている隙に敵艦を撃破して下さい」

「また、愛鷹さんが囮になるんですか⁉ 無茶もそろそろいい加減にしないと命がいくつあっても足りませんよ!」

 自分の指示に対して説教で返してくる青葉だが、言われた通り愛鷹へ砲撃を浴びせるナ級二番艦に照準を合わせ、発射ボタンを押す。

 衣笠も無理しすぎだ、という表情を浮かべながら両手に持つ主砲を構えト級へと二〇・三センチ砲弾を撃ち放つ。

 ナ級二番艦の至近距離に青葉の砲撃が着弾し、ト級二番艦の艦上に衣笠の砲撃が着弾する。

 至近弾を受けたナ級二番艦が姿勢を若干崩し、直撃を受けたト級二番艦が艦体を震わせる。

 重巡級の砲撃に耐えるト級だったが、すぐに衣笠の左足にマウントされている第三主砲からの砲撃が直撃する。

 砲撃を受けても尚愛鷹へ砲撃を続けるナ級二番艦に青葉の砲撃が飛来し、発射された四発の砲弾の内、二発が直撃し、ナ級の艦上に直撃の閃光と爆炎を噴き上げる。

 二人の砲撃を受けたト級とナ級がそれぞれ中破程度の損傷を受ける中、残る二隻のナ級は再装填が終わった魚雷を愛鷹へ向けて放つ。

 何が何でも愛鷹だけは殺してやる、と言わんばかりの一〇発の魚雷の航跡が愛鷹へと迫る。

 どちらに舵を切っても躱し様がない一〇発の魚雷の群れが高速で迫る中、愛鷹は主砲をナ級から海面に向け、海面に伸びる白い航跡を見つめてタイミングを計る。

 今だ、と主砲のトリガーを引き、海面へと主砲弾を撃ち込む。海上に着弾の水柱が突き上がり、ワンテンポ遅れて海中に飛び込んだ砲弾が爆発する。

 魚雷群の半数が海中で爆発した五発の砲弾の爆発で誤爆し、意味のない場所で水柱を立ち上げる。

 それでも残る半数の魚雷が愛鷹の至近距離で近接信管を作動させ、大爆発の轟音と水柱を森の様に立ち上げて愛鷹を包み隠す。

 傍目には轟沈したかのように見える光景だが、包み隠す様に立つ水柱の中から愛鷹が突き破る形で飛び出してくる。

 数度にわたる発砲で過熱している愛鷹の主砲の砲身が。突き破った水柱を被った際に水蒸気の煙を白く上げる。以前使っていた三一センチ主砲と違って、今使っている四一センチ主砲は冷却装置が無い為砲身冷却が出来ないだけに、降りかかる海水で砲身が冷却された形だった。

 何とか魚雷を躱してのけた愛鷹にト級とナ級からの砲撃が再開される。

 魚雷を回避した安堵の溜息を吐く間もなく、間断なく降り注ぐト級とナ級の砲撃の回避にかかる。

「愛鷹、五秒でいいから直進してくれ! 主砲の照準が合わせられない!」

 回避運動を続けすぎて、砲の指向が間に合わない事に我慢できなくなった砲術妖精が愛鷹に抗議を入れるが無視して愛鷹は舵を切る。

 当たったらこっちがゲームエンドなのだ。自分が撃たなくても青葉と衣笠に任せればいずれは敵艦隊も沈黙する。

 そう考えていた矢先、砲弾一発が第一主砲の天蓋に直撃する。爆発の衝撃はと破片は防護機能で防げるとは言え、衝撃までは防ぎきれない。

 突き飛ばされたような衝撃を受けて愛鷹がぐらりと姿勢を崩す。即座に立て直しを図る彼女にト級とナ級の猛砲撃が襲い掛かる。

 第一高角砲が直撃を受けて粉砕され、吹き飛んだ砲身やシールドなどの部品が宙を舞い、火災が発生する。

「第一高角砲に直撃、火災発生! 延焼を止めろ!」

 CIC妖精のダメコン指示をヘッドセット越しに聞きながら、流石に無傷ともいかなくなり始める自身の損害に愛鷹は唇をかむ。

 ト級とナ級の猛砲撃は、しかし青葉と衣笠の砲撃がナ級二隻を捉え始めると同時に形勢は愛鷹達に傾き始めた。

 二人の放つ二〇・三センチ主砲弾がナ級の艦上に直撃の爆破閃光をいくつも走らせ、三番艦が炎に包まれて転覆する。

 残る四番艦も青葉の砲撃を受けて機関部が損傷したのか速度を落とし始める。

 魚雷を持たないト級は尚も愛鷹へ砲撃を続けるが、随伴のナ級二隻が沈黙するのを見計らって愛鷹が四一センチ主砲を向け、発砲すると流石に形勢不利を悟って砲撃を止めた。

 動けない僚艦を見捨てて離脱を図るト級二隻だったが、愛鷹からの追い打ちが既に衣笠の砲撃で手負いのト級二番艦の艦体に爆発の閃光と炎を走らせ、艤装を打ち砕く。

 大口径主砲の砲弾の直撃を受けたト級がみるみる速力を落とす。仕上げの砲撃が愛鷹から撃ち込まれると、花火の様な爆発を起こしてト級が海面下へと死の沈降を始めた。

 炎上する艤装と海水がぶつかって起きる水蒸気の白い煙に包まれてト級が沈んでいくのを見やりながら、愛鷹はまだ海上に浮かんでいるト級に目を向ける。

 離脱を諦めたと見える動きを取るト級は一転して進路を愛鷹に向けると、主砲を撃ち散らしながら吶喊を始める。

 差し違えてでも、という意思を愛鷹は感じたが、それ以上のモノを考える事は無く、主砲の照準を定め、ト級に向かって砲撃を放った。

 真正面から殴り飛ばされたように吹き飛ぶト級が艤装の破片をまき散らしながら轟沈し、吹き飛んだ艤装の残骸が海上で黒煙を上げる。

「全艦、撃ち方止め」

 砲撃やめの指示を青葉と衣笠に出し、海上を見回す。

 大破して動けないナ級四隻がまだ海上に浮かんでいるが、助ける味方艦もない中で四隻に残されている道は自沈しかなかった。

 案の定、愛鷹が見つめる中、大破漂流する四隻のナ級は次々に自爆し、炎上しながら沈んでいった。

「ギャラクシー、海域はクリアになりましたか?」

(イエス・マーム! オールクリアだ。敵の反応ゼロ、海域優勢を確保したぞ)

「そう、それならいいです」

 ようやくつける安堵の溜息を深々と吐きながら、愛鷹は左手に持つ刀を鞘に納めた。

 ヘッドセットの通話ボタンを押して、後方のキーリングに繋ぐと重水雷戦隊相手に勝利したことを知らせた。

(ラジャー、全員無事で何よりです)

「残る航程を気を抜かずに行きましょう。艦隊の再集結を」

(了解)  

 

 

 重水雷戦隊を殲滅し、水上艦隊による包囲網を突破する事に成功した愛鷹達はベルゲンへ一路進路と取った。

 ベルゲンまであと少し。短い様に思えて、長かった航海がようやく終わる。その事実に愛鷹は安堵の溜息を吐きつつも、帰路に撃沈され戦死したヴィクトールの事を思うと急に痛まれない思いにもなる。

(港に寄港したら……そうね、シャワーを浴びて少し眠りたいところね)

 体が訴える疲労は眠気と共に押し寄せつつあった。

 制帽の鍔を掴んで被り直していると、HUDのレーダー表示に味方機の表示が出た。P8対潜哨戒機だ。

 ヘッドセットに着信の電子音が鳴り、P8からの通信が入っているとHUDに表記が出る。通話ボタンを押して愛鷹はP8との回線を開く。

(ポセイドン1よりホワイトハウンド及びグレイハウンド、聞こえるか?)

「こちらホワイトハウンド0-0感度は良好、問題無し」

(こちらグレイハウンド、通信状態は良好なり)

 お出迎えかな、と愛鷹がコールサイン・ポセイドン1で呼ばれるP8が飛んでいる空を見上げた時、P8が警報を寄こして来た。

(通知する、当機のソノブイが深海棲艦の潜水艦隊を探知した。elite級ソ級二隻とflagship級ヨ級二隻が近くを遊弋している。対潜警戒を厳にされたし、オーバー)

「潜水艦隊⁉ まだ敵がこの近くにいたの?」

 青い表情を浮かべる衣笠が呻き声をあげる。青葉も苦い表情を浮かべながら、ソナー聴音モードに機能を切り替えたヘッドセットに手を当てて聴音を試みる。

 船団の航行速度が速いせいもあって、自分達の航跡音が邪魔でうまく聴音出来ない。速度を落とす必要があった。

「青葉より旗艦愛鷹さんへ意見具申。ソナー感度が低下している為、強速まで減速する事を提案します」

「了解、全艦赤二〇、両舷前進強速」

 前衛の三人が減速すると、後方の「オーシャン・ホライゾン」と「ズムウォルト」、それにその護衛の艦娘達も減速をかける。

 聴音を始める艦娘達の耳に海中の音がヘッドセットを介して入る。

 潜水艦の航行音、機関音一つ聞こえない。

「いない……のかしら?」

 ヘッドセットに手を当てて呟く衣笠に青葉は首を振る。

「いいや、絶対いるよ。青葉の勘がそう言ってる」

「機関を停止して無音潜航……か」

 ヘッドセットに手を当てて、HUDのソナー反応を見た愛鷹は唇をかむ。息をひそめられてはこちらからは探知のしようがない。

 対潜哨戒の瑞雲12型のMAD探知で何とかするしかない。

 MAD捜査を指示しようとした時、衣笠が愛鷹に意見具申をしてきた。

「衣笠より旗艦愛鷹さんへ意見具申。アクティブソナーを使いませんか?」

「アクティブソナーを? 確実性は上がりますが、逆にこちらが察知される可能性も高まりますよ」

 アクティブソナーを使う時に伴うデメリットを懸念する愛鷹だったが、衣笠はやろうと主張する。

「このままじゃ埒が明かないですよ。アクティブソナーを使って手っ取り早く敵潜を捕捉して、後方の駆逐艦の娘に対処して貰った方が直ぐに解決出来ますよ」

「敵潜が逆にどこに潜んでいるのかさっぱり過ぎる中でアクティブソナーを使うのはリスキーすぎるよガサ。ピンガーを打った直後に魚雷が飛んで来るかも知れないし」

「その時はダッシュ力勝負よ」

 最大戦速に一気に加速すれば解決だ、と主張する衣笠に話を聞いていた愛鷹は難色を示す。

「ダッジさんは衣笠さん程の瞬発力を発揮出来ません。アクティブソナーを使うのは禁止です。青葉さんの瑞雲隊によるMAD探知で敵潜のおおよその位置を割り出してから、です」

「つまり最終的には使うと?」

 確認する様に訪ねて来る青葉に愛鷹は頷く。

「MAD探知で済めばそれでよしです」

「積極策に出た方が早く帰ることが出来ると思いますけど」

「私は……誰も沈ませたくないんです」

 なおもリスクを冒してでもアクティブソナーを使う事に拘る衣笠の呟きに、愛鷹はやや俯けがちに視線をそらして返す。

 視線を逸らす愛鷹を見つめる青葉には「誰も沈ませたくない」という発言から、愛鷹がヴィクトールの死が相当響いているのが伺えた。

 

 

 対潜哨戒に当たる瑞雲12型のMAD探知でおおよその位置を何とか割り出してみたものの、正確な評定が出来ない、という答えに愛鷹は頭を悩ませた。

 おおよその位置は分かったが、誤差が人サイズの艦娘からすると広すぎるのだ。

 少なくとも一番近くて一〇〇〇メートルは離れている筈だが、九〇〇メートルかも知れないし、一一〇〇メートルかも知れない。

 やはりアクティブソナーを使うしかないか。

 意を決して、アクティブソナーを使う事にする。ただし、ピンガーを打つのは自分だ、と決めていた。

 対潜攻撃役として深雪と蒼月を呼び寄せながら、愛鷹は爪先のバウソナーからアクティブソナーのピンガーを打った。

 コーン、と言う探信音が足先から放たれ、海中に木霊していく。

 

 

 深海棲艦の潜水艦の反応は早かった。

 

「ソナーに感あり! 魚雷六向かってきます! 方位〇-二-五、敵針二-〇-五、敵速四〇ノット以上!」

 パッシブソナーを聞いていた青葉の叫び声に愛鷹は即座に回避運動と探知した位置に深雪と蒼月を向かわせる。

「前衛部隊全艦、第三戦速、回避行動始め! 深雪さん、爆雷三発用意!」

「右舷投射機用意良し! 射線方向クリア!」

 発射準備を既に整えていた深雪からの返事に愛鷹は攻撃命令を出す。

「爆雷投射始め、サルヴォー!」

 乾いた投射音が潜水艦がいる位置へと向かった深雪から発せられ、爆雷三発が海面に着水し、海中へと沈降していく。

 調停深度で爆発する爆雷が海上に水柱を三本突き上げる中、愛鷹は蒼月に爆雷攻撃の第二波を指示する。

「蒼月さん、セカンド・サルヴォー、爆雷三発投射始め!」

「りょ、了解! 左舷投射機用意良し! 調停深度良し、射線方向クリア」

「爆雷投射始め! てぇーっ!」

 今度は蒼月の艤装の左舷から三発の爆雷が投射され、海面に着水する。

 海中で三回の爆発音が鳴り響き、深海棲艦の潜水艦の艤装が損傷する音が爆発音に交じって微かに聞こえる。

「雷跡視認! 方位〇-二-五! 二発です」

 見張り員妖精がマストの見張り所から視認した雷跡の方位と数を愛鷹に伝える。

(二発? 水測員は六発を探知している筈じゃ……)

 疑問符を浮かべながら回避運動を行って二発の魚雷を躱した愛鷹に、見張り員妖精が更に続報を入れる。

「さらに雷跡確認、数四。敵針二-一-〇、衣笠へ向かう!」

 見張り員妖精が告げる方位へ視線を向けると白い雷跡が四本、回避運動を行っている衣笠に向かって伸びて行っていた。

 ジグザグ運動で丁度取り舵に転じたところだった衣笠の進路へ四発の魚雷が伸びて行く。今から衣笠が面舵に転舵して回避にかかっても、彼女の今の速度では舵が反応するまでのタイムラグ的に間に合わない。

 恐怖に怯え切った表情を浮かべる衣笠に四発の魚雷の航跡が伸びて行く。

 

「やらせるかぁッ!」

 

 妹へと延びて行く雷跡の前に青葉が喚き声を上げながら割り込んでいった。

「駄目、青葉!」

 制止する衣笠の叫び声が走るが妹の盾に入った青葉が速度と進路を変える事は無かった。

 いくら重巡と言えど、四発の魚雷の直撃を受けたら青葉とてただでは済まない。最悪轟沈もあり得る。 

 

 

 やらせるか!

 

 

 咄嗟に愛鷹は衣笠に向かう魚雷に割り込んだ青葉のすぐ傍に主砲の砲口を向けると、ほぼほぼ直感で引き金を引いた。

 砲声が轟き、雷跡四本の目の前に愛鷹の主砲弾五発が着弾し、爆発した。

 四一センチ主砲弾の爆発と誘爆した魚雷の爆発の爆風を諸に食らった青葉が海上になぎ倒される。

「青葉!」

 絶叫の様な衣笠の叫び声が再び走り、海上に倒れる青葉の元へと駆け寄る。

 倒れている青葉を起こすと、奇跡的にも青葉は無傷だった。

「青葉、大丈夫⁉」

「だ、大丈夫……愛鷹さんのお陰だよ」

 えへへ、と力なく笑って見せる青葉の元へ愛鷹も駆けつける。

 ナイスな射撃でした、と青葉が言おうとした時、愛鷹は無言で青葉の左頬を張り飛ばした。

 言わなくても分かるな、という目で睨みつけて来る愛鷹に青葉は一言「すいません」と詫びた。

 青葉にしてみれば、衣笠が死ぬか自分が死ぬかという選択になるが、妹が傷つくのを黙って見過ごす事は出来なかった。

 少しくらくらする頭を抑えながら深い溜息を吐いた時、深雪と蒼月から敵潜水艦撃沈の報告が入る。

 撃沈した敵潜水艦の数は一隻。ポセイドン1が探知した数は四隻だから残り三隻はいる。浮かび上がってきた残骸から、撃沈した深雪はソ級と判断していた。つまり残りはヨ級二隻とソ級一隻。

 対潜警戒を厳に、と愛鷹からの指示が下り、船団は対潜警戒に注力しながらベルゲンへの残りの航路を進んだ。

 

 

 そして三時間後。

 

 船団はベルゲン港に到着した。

 ノルウェー艦隊の駆逐艦艦娘スレイプニルとエーギルが先導する中、ヴィクトールという駆逐艦艦娘を一人失いながら護衛対象である「オーシャン・ホライゾン」そのものを護衛し切ったホワイトハウンド隊とグレイハウンド隊はベルゲンの港へと進入した。

「着いたのね……」

 安堵の溜息を吐く愛鷹は第三三戦隊に微速前進を命じ、ゆっくりと埠頭へタグボートに押されて接岸を始める「オーシャン・ホライゾン」を見守った。

 デッキには避難民が姿を現し、ようやく到着したベルゲンの街の風景を見て愛鷹同様安堵の表情を浮かべている。

「愛鷹、見えるか。あれが深雪様たちが守った人々の笑顔だぜ」

 接岸作業が進む「オーシャン・ホライゾン」を眺める愛鷹に寄って来た深雪が避難民を見て言う。

「ヴィクトールさんが命を賭して守った笑顔ですね……」

「……人間どうやっても結局死ぬ時は死ぬさ。好きに生き、死ぬ時は死ぬ。それが艦娘であり人間さ」

「……」

 無言を返す愛鷹の背中を叩いて「ズムウォルト」へと引き上げる深雪の背中を見つめながら「好きに生き、死ぬ時は死ぬ……か」と深雪の言葉を口にする。

 死には抗いたい。それが可能限り出来るのなら自分は死に抗いたい。

 誰にも死んでほしくないし、自分も本当はまだ死にたくない。

 だが人間死ぬ時は死ぬ。ヴィクトールは死んだ。揺ぎ無い事実だ。

 自分の見て来た、関わってきた場だけでもノーザンプトン、スプリングフィールド、霞、浦風、鈴谷が死んだ。

 それに欧州総軍はM.I.Aになっているジェーナスの扱いも戦死に区分しようとしている。

 一体、これまでの戦争で何人の艦娘が死んだのだろうか。

 ふとそんな事を考えた時、遠からず自分も死亡した艦娘のリストの仲間入りをする事になる未来に、気持ちが塞ぎ込みそうになる。

 覚悟はしていても、今いる自分が来年の今頃には寿命で死を迎えていると言う事を想像するだけで悲しくなった。

 怖いと言う死への恐怖よりも、悲しさが胸に込み上げてくる。

 ようやく一息入れられる、と安堵の表情を浮かべながらもヴィクトールの死という事実がその表情に陰りを見せている仲間達の顔を見ながら、今の大事に生きようと愛鷹は自分に言い聞かせた。

 

 

 霊安室に安置されていたヴィクトールの遺体が棺に納められて、港で待っていた霊柩車へと運び込まれるまでの間、制帽着用したホワイトハウンド、グレイハウンド両隊の艦娘は、レイノルズとドイルら「ズムウォルト」幹部一行と共に一列に並んで敬礼をして棺を見送った。

 遺体はヴィクトールの祖国ポーランドに返還されると言う。

 霊柩車に納められた棺を見送るキーリングの手にはヴィクトールのドッグタグが握られていた。

 クラクションを高々と鳴らして走り去る霊柩車を見送った一同に「分かれ、解散」がかかった後、愛鷹はキーリングに歩み寄り、ドッグタグを見せてくれと頼んだ。

 無言でキーリングから渡されたヴィクトールのドッグタグには《PDD03 Elwila Grabowski Blood Type O PC》と書かれていた。

「エリヴィラ・グラボウスキー。血液型O型。ポーランド・カトリック教徒……か」

 ポーランド・カトリックと言ってもポーランド国内でポピュラーな宗派ではない。ポーランドではローマ・カトリックが広く浸透している。愛鷹が知っている限りではポーランド人の大多数がローマ・カトリック教徒だ。

 そんな中でもヴィクトールはポーランドで少数派の宗教の信者だったと言う事になる。

 意外な素性の持ち主もいたものだ、とヴィクトールもといエリヴィラ・グラボウスキーのドッグタグを眺める。

「彼女が死んで初めてヴィクトールの本名を知りましたよ。こんな形で知ることになるとは……」

 意気消沈するキーリングの肩に手を置いて慰める愛鷹は、ふと自分の胸元に手を当てて制服の下に付けているドッグタグを探る。

 自分も艦娘であるだけにドッグタグは持っているが、書かれている内容の半分は今の自分の身分を保証する為に書かれたものだ。

 一応、クローンである素性を隠す為と、そもそも愛鷹と言う艦娘名で名乗っていくのにも限界があると言う事で鷹野愛美(たかの・まなみ)と言う偽名を与えられているが、正直この名前に馴染んだ事は無いし、人前で名乗った事も無い。

 血液型はA型だが、ただのA型ではないし、宗教は適当に日本人にポピュラーな宗派を与えられているだけだ。認識番号は軍人とそしての身分証明にしか使えない。

 自分が自分であることを示しているのは血液型だけ。そう思うと寂しい自分のドッグタグは寂しいものだ、と少し虚しい気持ちにもなる。

 

 

 キース島での護衛任務を終えた第三三戦隊は欧州総軍から任務終了に伴い日本艦隊へ指揮権を戻される事になった。

 ベルゲンから輸送機で一足先に欧州派遣日本艦隊が拠点を構えるキール軍港に返された愛鷹達は、武本の出迎えを受け、護衛任務の労を労われた。

 日本艦隊は北海に残存する深海棲艦の機動艦隊との最後の艦隊決戦を挑むべく、北米艦隊やドイツ艦隊と共に作戦準備に取り掛かっていた。

 第三三戦隊も北海に展開する深海棲艦の掃討作戦に駆り出される事になる。

「北海でケリをつけられれば、我々は持てる戦力を地中海に投入して、一大反攻作戦に転じる事が出来る。

 だから……敢えて言わせてくれ。皆、死ぬなよ」

 北海での作戦に駆り出される第三三戦隊に現在の状況を説明した武本はそう告げて締めくくった。

 

 

 宛がわれた第三三戦隊の各々の私室の一つで愛鷹は自分のドッグタグを引き出して、眺めていた。

「ロシニョール先生、先生は言っていましたね……『あなた達に未来は無い。だけど明日を夢見る事は出来る』と。

 でも、私が今を必死に生きようとすればする程、明日が遠くなっていく気がします。

 戦争の終わりを私は見てみたい。でも、私が生きている内には無理かもしれません……」

 ドッグタグを見つめながら、亡き恩師へ思いを馳せながら愛鷹は一人語る。

 左手の掌の中にあるドッグタグを握りしめて、宙を見上げる。

「今を大切に生き、自分と仲間を大切にする。そうして私が生きた事を皆の記憶の中に刻む。

 それが私が、私達艦娘達が生きた証になる。

 

 そうですよね、先生」

 

 




 私の弊小説の一つ『「私達」の戦争』の登場人物である湯原真一と駆逐艦清風、村風、妙風が今回名前だけですが登場しておりますが、これは『「私達」の戦争』が「この世に生を授かった代償」の後日談設定として考案した時の名残です。
 ただし「この世に生を授かった代償」の方としてのオチを決定してあるのと、登場人物を共有している以外に世界線は全く別なので、この二つの作品との時間軸は繋がっておりません。
 
「タナガー艦娘転生海戦譜」『「私達」の戦争」』どちらも牛歩状態ながら続きを書き続けております。
 
 感想評価、非ログインからも広く受け付けております。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第五七話 脅威の在処

 本家ブラウザ版大和改二実装の結果、弊SSで色々とまた設定面で加筆修正が必要になって嬉しい悲鳴がでております。

 本編をどうぞ。


 キール軍港の近くにある軍病院にベルゲンに錨泊中の「ズムウォルト」から降ろされたワシントンと夕張の二人が搬送されてきたのは、第三三戦隊がキース島における任務を終えた三日後の事だった。

 輸送機で近くの空港まで運ばれてきた二人は、空港から軍の救急車に乗せられてキール軍港近くの軍病院に収容され、そこで愛鷹と再会した。

 驚くことに深手を負っていた筈の二人は既に完治寸前のレベルに回復していた。

 修復剤を使ったのか? と怪しむ愛鷹に夕張自身が自分に行われた治療法を解説した。

「ナノピタルって言う、修復剤よりもローリスクで済む新治療薬を投与されたんです。

 修復剤は患者に急激な細胞分裂を引き起こして失った四肢や臓器、患部の治療を行うのですが、その半ば強引な細胞分裂を患者自身に促す事から副作用の危険性が非常に高いんですよ。

 ナノピタルは医療用のナノマシンを用いて人工的に急激な回復を行い、更に修復剤よりもよりマイルドに自然治癒能力を向上させる働きがあるんです。

 ナノピタルのナノマシンによる人工的な回復はあくまでも一時的で、ナノピタルの投与によって急激に上げられた自然治癒力がナノマシンが一時的に繋いでいる治癒期間をすぐに補ってくれる様になるんです。

 修復剤よりも若干コスト増しかつ、治癒までの期間が微妙に長い欠点はありますが、患者への副作用が修復剤よりも大幅に軽減されて、連続投与も可能になっているんですよ」

「なるほど……。ナノピタルですか。噂には聞いていましたが、もう臨床実験まで住んで実践投入が始まっていたなんて」

 投与する患者に対して強い副作用を引き起こす恐れのある修復剤と同レベルの治癒力を持ちながら。副作用を極限まで抑えた新薬であるナノピタルは少なくとも自分が誕生した時には既に開発が始まっていた。

 夕張の言葉通り成分として含まれるナノマシンで欠損した四肢や病の治療を行い、修復剤よりも副作用系を抑えた高速自然回復能力で完治させるナノピタル。

 使いようによってはロシニョール病にも効果がありそうな気もしなくはない。問題はナノマシンとそれによって促される自然治癒力がどこまでロシニョール病に有効かだが。

 

 ロシニョール病は艦娘となった人間にしか発症しない。故にマウスやサルを用いた臨床実験などが出来ないから、ロシニョール病を抱えた艦娘を使って実験を行わなければない。しかし、ロシニョール博士がそうだったように万が一の場合艦娘そのものを喪うリスクを抱えているが故にこの手の分野の研究は進んでいない。

 ロシニョール病の末期患者である自分の血液をどこかの研究機関に提供して、それをサンプルに研究を、と言う考えはあったが、自分の存在を疎む輩がまだ周囲にいる可能性が捨てきれないだけに、迂闊に大きな行動は起こせないのが悔やまれた。

 まあ、自分が行動を起こさずとも誰かしら何か行動を起こしていそうではあるが。

 ナノピタルを投与したお陰で夕張の怪我の回復も早く、二日あれば全快するとの見込みだった。

 

 夕張の戦列復帰をもって第三三戦隊は北海での新たな任務に就く事になる。

 その内容は北海での深海棲艦との艦隊決戦を前にした敵艦隊の状況把握、と言うモノだった。

 具体的な任務内容は、北海に残された敵深海棲艦艦隊の残存兵力の正確な把握と、主力基幹艦隊の展開位置の把握。

 この北海の制海権を奪還する事で国連海軍は一気に戦局を優位に進めようと考えていた。

 北海の深海棲艦を撃滅後、持てる艦隊戦力を全て地中海方面に投入し、地中海全面反攻作戦に転じる。

 この目論見を知ってか知らずか、深海棲艦も北海での最後の抵抗を激しくし、哨戒に当たる艦娘艦隊とは頻繁に小競り合いを繰り返していた。

 北海での艦隊決戦を見込んで、国連海軍は日本、アメリカ、英国、ドイツを中心とした混成機動艦隊を結成していた。

 既に艦隊の結集は完了しており、参加する日本艦隊は欧州に送った全艦娘を投入する予定だ。

 北米艦隊、つまりアメリカ艦隊も第九九任務部隊を中核に艦隊を再編し、英国、ドイツも既に作戦参加艦娘の準備を終えていた。

 後は北海のどこに深海棲艦の主力艦隊が展開しているのか、と言う敵情把握が課題として残っていた。

これまでの戦いで北海を蹂躙していた深海棲艦側も戦力をすり減らしていると見られており、艦隊の総力差は国連海軍側がやや劣勢程度と見積もられている。

 キース島からの撤退船団護衛に当たった愛鷹達を航空攻撃した深海棲艦の陸上航空基地は位置をトレースした結果、現在地が特定されノルウェー方面軍の地上軍一個旅団が攻略作戦に当たっている。

 北海の残存深海棲艦との決着をつける為にも、敵の残存艦隊戦力把握には第三三戦隊の存在が必要だった。

 先行して偵察行動に当たっていた長距離戦略偵察群(LRSRG)の艦隊は連日の出撃で疲弊し、被弾損傷艦娘も嵩んでおり部隊行動が既に限界に達している。

 同じ索敵攻撃部隊の第三三戦隊の出番が回って来ていると言う訳だ。

 北海での偵察任務にあたる第三三戦隊の支援に当たる「ズムウォルト」はスウェーデン艦隊の航空巡洋艦艦娘ゴトンランドとノルウェー艦隊の駆逐艦艦娘四隻の護衛の元キール軍港に回航中だ。

 明日には到着予定である。

「艦隊決戦への前哨戦、か……」

 自分達が担う役割を口にするだけで、その大任に愛鷹は緊張するものがあった。

 

「LRSRGの損害、重巡デモイン、駆逐艦ハムナー、エパーソン、カースル大破。新型戦艦及び随伴艦艇に返り討ちにさる、か」

「深海棲艦、またも新型艦を投入して来たか」

 損害報告書を読む武本の横からコーヒーカップを片手にターヴィが覗き込む。

 覗き込んで来るターヴィにも報告書を見せながらLRARGが会敵したと言う新型戦艦についての分かっている情報を武本は伝える。

「レ級flagship級とはまた別に新型種を出してきたようだが、火力は直撃を受けたデモインの損傷具合からしてス級の様な大口径ではないようだ。

 ル級やタ級と同程度の口径と見て良い。ただ、レーダーを装備しているから砲撃の命中精度はかなり高い様だ。単艦でハムナーも大破させてきた辺り、小型艦娘対策にもなる高角砲も優秀のようだ」

「最高だな」

 報告書をめくりながらターヴィは口笛を吹く。

 主砲は一六インチ級、レーダーを備え、高精度の高角砲も装備。ただし全容を掴んだ写真が無い。

 デモイン以下交戦したLRSRGのメンバーの艤装のガンカメラは見事に的確に狙撃を受けて破壊されており、体へのダメージが比較的軽かったエパーソンのスケッチ画一枚が頼りだった。

 報告書に添えられていたスケッチ画にはまるでカニに乗った少女の様な深海棲艦の姿が描かれていた。エパーソンの記憶頼みのスケッチ画故に不明瞭な点が多いモノの、大まかなシルエットは判別出来た。

「まるでカニみたいな艤装だな」

 そう呟くターヴィに武本も頷く。

「魚みたいな形状の深海棲艦もいるし、棲姫級で言えば海洋生物を改造したような深海棲艦は珍しくもないがな。ただ戦艦級で海洋生物を改造したような艤装はあまり例がない」

「それにしても主砲が一六インチ級とは深海棲艦にしては随分と大人しい新種だな。ス級みたいな火力バカを登場させてきた割には」

「ス級は巨艦過ぎて深海棲艦でも扱いに苦慮していると言う解析結果もある。取り回しと扱いに慣れた艦砲を装備して比較的オーソドックスな設計に留めた新型艦の方が配備と量産に向いているのだろう。

連中にコストパフォーマンスの概念があるのかは知らんが」

「しかし北海での劣勢を補う為にレ級flagship級に加えて新型戦艦も投入したと言う訳だが、連中はス級を喪って戦力に余裕がなくなっていると見て良いかもしれんな」

「同感だ。欧州での大規模攻勢開始時と比べて北海での深海棲艦の攻勢は勢いを失っている。補給線が伸び切ってしまったせいか、或いは我が日本艦隊の漸減邀撃で戦力をすり減らしているか」

「もしくはそのどちらともとれる。北米艦隊の潜水艦スキャンプ達とドイツ艦隊のU511達のスコアは見たか?」

 そう問いかけるターヴィに武本は無言で首を振る。

「輸送船ワ級を通算五〇隻撃沈だ。深海棲艦の兵站への圧力に充分なっているだろう」

「五〇隻か。それだけ沈めれば流石に深海棲艦側も補給面で艦隊の身の振り方も考えるだろうな」

流石に深海棲艦側も五〇隻の補給艦としての役割を担う輸送艦ワ級を喪えば、艦隊の行動能力に影響が出る筈だ。

 そんな中で新型戦艦を回航して来たと言う事は深海棲艦側も残存戦力を振り絞って国連海軍の反攻作戦を打ち砕こうとしているのかも知れない。

 デモイン達が上げた報告書に目を通しながら武本はある一点に目が留まった。

「青い、ワ級?」

 艦隊に随伴していたと言うワ級に関する報告だった。これまでに確認されているワ級はオーラ無し、赤オーラのelite級、金色のオーラのflagship級の三種が確認されている。しかし、デモイン達の報告では青いオーラを纏ったワ級がいたと言う。

「ワ級の新型種か?」

 何か嫌な予感が武本の中で走る。ワ級もflagship級の前例があるから重巡クラスの火力を発揮しても別に不思議ではないが、それとは別の悪い予感が武本の頭の中で警鐘を発していた。

 

 ノルウェーの某所。

 飛行場姫が確認されたノルウェー領内ではノルウェー方面軍地上軍と飛行場姫の護衛する陸上型深海棲艦との戦闘が続いていた。

 攻略作戦を試みる地上軍司令部にその日、新型兵器が投入された。

 一二台の大型軍用トレーラートラックで運ばれてきた「ソレ」は司令部に着くと覆っていたシートを剝がされ、前線司令部要員や将兵の前に姿を見せた。

「UNAT。Unmanned Armored Trooper(自立起動装甲歩兵)。次世代の陸戦装備として国連軍先進兵器技術研究部が開発した陸戦UAVです。

 完全自立制御の為、人間が制御する必要はありません。深海棲艦の電波障害を解析して無効化するキャンセラープログラムが装備されているのでこれまでのUAVよりも自立制御面で大幅に安定性が上昇しています」

 スイッチ一つ入れただけで自動で四本の足で起き上ってトレーラーから降り、司令部要員の前に整列する四足歩行陸戦兵器をUNATを引っ提げて来た技官が解説する。

「武装が無い様だが?」

 飛行場姫を攻撃する地上軍旅団司令官が技官に尋ねると、技官は持っていたノート端末の表示を切り替えてUNATの武装の概要を見せる。

「オプション装備型の為、なんでも装備可能です。戦車砲から二〇三ミリ級の榴弾砲、多連装ロケット砲、地対空ミサイル、対空機関砲まで。勿論レーダー搭載ユニットで榴弾砲や対空機関砲、ミサイルの火器管制支援も行えます。

 基本一ユニット一二機で構成します。支援砲装備の場合は三門の榴弾砲で支援砲撃を。戦車砲と機関砲を装備すれば戦車中隊と同レベルの火力を、地対艦ミサイルを積めば一個中隊レベルの火力を発揮します」

「つまり無人の多目的機甲部隊と言う訳か。だが歩兵の随伴無しでは対歩兵戦にもろくは無いか?」

「UNATが想定している敵は深海棲艦です。対人戦は想定していません。対歩兵戦の戦場は人間が介入して判断を下さねばならない戦場ですが、対深海棲艦相手なら歩兵の随伴は無くても問題ありません。

 寧ろ、UNATが装備しているアクティブ防護システムが作動した場合、随伴歩兵がいた時は同士討ちになります」

「深海棲艦相手の事だけ考えたロボット兵器と言う訳か。まあ、こいつらが仕事をしてくれると言うなら試してみようか。

 昨日の攻勢作戦だけで砲台小鬼の奴の砲撃で三七人も失った。旅団の戦闘部隊の損耗率は早速無視出来んレベルになりつつある」

「数える事が出来たドッグタグだけで一五六名、遺体の一部が発見できた者も含めれば我が旅団の犠牲者は二〇〇名を超えます。

 兵たちへの心理的影響も無視出来ません」

 司令官の傍らで話を聞いていた副官が深刻な犠牲者数を口にする。

 旅団司令官は一二機のUNATを見上げながら内心無人兵器と言うモノに戦場を任せなければならない事への忌々しさを覚えながらも、これ以上の部下への犠牲を抑えられるのなら、と言う思いから技官に向き直ると武装させるよう命じた。

「直ちに戦線に投入だ。ところで技官、君は従軍経験は?」

「マリウポリに三年間工兵として派遣され不発弾処理などの従軍経験があります。小官も弾の下と死線を潜った事はあります」

「マリウポリか! となるとウクライナでの停戦監視任務か。まだ戦闘が続いていると聞くが」

「はい。小官が派遣された時はまだ……」

 

 

 着弾の轟音と水柱が自分の周囲に突き立つ。

「シズメ! シズメ!」

 どこか嗤う様に響く何かが人間離れした叫び声。

 激しい砲火に晒される第三三戦隊の面々は懸命に回避行動をとるが、止む事のない砲撃の雨は容赦なく彼女達を殺しにかかる。

 回避! と叫ぶ愛鷹の目の前で降り注ぐ砲火の雨に呑み下される様に青葉が、衣笠が、夕張が、深雪が、蒼月が、瑞鳳が朱に染まって倒れてゆく。

 仲間たちが次々に討ち取られてゆく中、回避行動をとる愛鷹だけ至近弾一発も許さないくらい不可思議な状況だった。

 自分以外の全員が撃破されたその光景を成す術もなく見つめる愛鷹に、致命傷を負った六人が一様に死線を向けて問う。

「何で愛鷹さんだけ生きてるの? 私達は死んだのに」

 

 

「!」

 反射的に右手を伸ばす愛鷹が目を覚ました時、仰向けになっている視界の虚空を右手が搔いていた。

 耳を聾するような轟音も、砲声もない。聞こえるのは荒い自分の息遣い。

 今目に映っているのは戦場と化した海の上ではなくキール軍港基地に宛がわれた愛鷹の自室の天井。

 虚空を搔いていた右手を額に当てると、風呂上りかと思う程に汗でびっしょりと濡れていた。

「夢か……」

 夢、それも悪夢の類いだ。

 大きな溜息を吐きながら身を起こして鼻柱を揉む。くらくらとしそうな頭が火照っているのが分かった。

 妙に現実味のある夢だ、と悪夢を思い返しているとコツコツと歩いてくる足音が近づいて来て、自室のドアをノックした。

「愛鷹さん? 起きましたか? 青葉です。第三三戦隊にブリーフィングルームに出頭命令が出ました」

「今行きます」

 ドアの向こうからいつもの元気な青葉の声が聞こえ、それに安堵感を覚えながら返事を返す。

 毛布から裸足の両足を床に付けて、サイドテーブルに置かれた鏡を見る。制帽と上着、ネクタイ、ニーソックス、靴を脱いだだけの仮眠の格好をした自分が鏡から見返してきていた。

 

 

(二か所の拠点に同時に捜索を仕掛けました。結果から言いますと大きな進捗はありません。

 幹部二名は隠し持っていた毒薬で自決した為、重要情報の入手は叶いませんでした。しかし、パソコンの内部データは確保できました。

 高度に暗号化されており解読には時間がかかりそうです)

 秘匿テレビ回線通信で報告をする部下の一人に頷きながら聞いていた有川は、一つ質問を出す。

「仁淀の身柄に関して何か情報は?」

(残念ながら仁淀の身柄に関する情報はまだです。暗号の解読が出来れば何か分かるかも知れませんが)

「了解した。引き続き調査を続けろ。慎重にな」

(は)

 秘匿通信を切った有川は溜息を吐きながら椅子に深々ともたれかかる。

 その脇のデスクに誰かが茶を入れた湯呑を置いた。

「中将。お疲れ様です」

「すまんな大淀」

 今では有川の専属秘書の様な形になっている大淀が入れてくれた茶を口に運びながら、有川は再び深い溜息を吐く。

「あの中将、仁淀は……」

「君の情報を基に確認出来た拠点は全て捜索した。今その残っていた二つを強制捜索したところだ。進捗は芳しくない。

 仁淀の姿はどこにもない。ただデータを一部各所で確保する事には成功している。高度に暗号化されているし、断片的なものだからそれらを一つ一つ繋いで解析するのにかなり時間がかかるだろうが」

「そうですか……」

 何となく分かってはいたがやはりそうだったか、と言いたげな表情を浮かべる大淀に有川は敢えて何も言わずに茶を口に流す。

 愛鷹を銃撃した直後に有川率いる情報部に拘束され、以来保護も兼ねて有川の元で行動している大淀は愛鷹暗殺に動く組織の情報提供と仁淀奪還の行動に手を貸していた。

「中将、聞きたいことがあるんですが」

「なんだ」

 湯呑をデスクに置きながら大淀を見返すと、有川を真顔で見据えながら大淀は問うた。

「何故、愛鷹さんを狙う暗殺組織はそこまで執拗に愛鷹さんを狙うんですか。

 それと愛鷹さんって大和さんのクローンだと言うのは存じてますが、それ以外の事をもっと深く教えて欲しいのです。

 再会出来た時に備えて、愛鷹さんの事をもっと深く理解しておきたいのです」

 彼女にももっと詳しい事を話しておくべきだったな、と有川は思いつつ、案外愛鷹の事を詳しく暗殺を要求してきた組織から教えられている様でそれ程でもなかった所がある大淀に意外さを感じる。

 向かいの席に掛ける様に促し、大淀が椅子に座るのを待ってから有川は話を始めた。

 

「愛鷹だが、確かにあいつは大和のクローンだ。だが只のクローンじゃない。常人と比べて自然治癒力、学習能力、身体機能、あらゆる面で強化、高速促進が出来る様に遺伝子を操作されている。いわばデザインチャイルドであり、一種の強化人間だ。

 元から『人間としての艦娘』ではなく、『兵器としての艦娘』が設計の根幹にある。だから人間兵器として不要と判断されたモノは生れつき持っていない」

「不要なもの?」

 首を軽くかしげる大淀に有川は大淀の腹を指さす。

「艦娘はもとはと言えば人間の女性だ。月経などに悩んだこともあるだろう? 愛鷹は『兵器としての艦娘』として遺伝子設計がされたからその身体には生殖機能が生まれつき備わっていない。

 クローンだとか、遺伝子操作だとかをされて色々人間の女性とは身体的にも一線を画している面がある愛鷹の最大の相違点がそこだ。女性としての機能があいつの身体には無い」

「つまり愛鷹さんが仮に戦争を無事に終えて、戦後結婚して家庭を設けても子供まで授かる事は出来ないと」

「そういう事だ。生殖機能が省かれている理由は他にもあって、万が一深海棲艦にクローン艦娘が鹵獲された時、彼女達の生殖機能を逆利用して深海棲艦を増産する事につながる可能性を防ぐと言う意味合いもあった。

 深海棲艦がどうやって同型艦を増産しているのかは全く判明していないが、仮に人間と同じか、無性生殖とかの類で自分達を増産しているのだとした場合、鹵獲された艦娘がその手に利用される可能性が全くないと言いきれない。

 実際に撃沈された後深海棲艦に鹵獲されて蘇生した艦娘はいる。彼女達の深海棲艦時代の記憶が殆ど本人の脳から失われているから、そこから深海棲艦についての解析は出来ていないが、『艦娘が深海棲艦に鹵獲され深海棲艦として逆利用された』と言う実例は存在すると言う訳だ。

 幸い、鹵獲された艦娘を利用しての深海棲艦の増産は確認されていないが。

 愛鷹は人間兵器として、寿命を除けばほぼ完璧なレベルにそのスペック基準を満たしている。彼女が何らかの高度な医療技術を持つ犯罪組織や反政府勢力等の悪人の手に渡った場合、彼女の遺伝子を利用して更に使い捨ての人間兵器が増産される可能性があるんだ。

 国連の名のもとに世界の国の多くが統合化されたとはいえ、それを批准していない国も存在する。テロ支援国家と断じられている国が殆どだ。

 そういった国の中にはどっかから金を仕入れて自国軍の強化に努めている。だが所詮は統率が取れていない反統合政府勢力だ。国連軍の総戦力と比べたら話にならない戦力差がある。

 そういった国々に愛鷹みたいなクローン艦娘の情報が洩れて、拉致されたらどうなるか。数年、或いは数か月以内にクローン艦娘の技術を用いたクローン兵団が誕生して国連軍の戦力にも並ぶ大軍隊を作り出しかねない

 それが実現すれば深海棲艦との戦争で忙しい国連軍対反統合政府勢力国家軍と言う三つ巴の戦争が始まる恐れがある。

 話が出来すぎているように聞こえるかもしれんが、これを本当にやりかねない危険性を孕んだ国は実際に存在するんだ。悪い事にそう言った国は国連の手が及ばない様にあの手この手の鎖国政策をとっているから簡単に内情を知ることが出来ない。

 一方国連は巨大組織だ。巨大過ぎると言っていい。小さな綻び目は目立ちにくい巨大組織だ。そういった目立たない綻び目を利用して反統合政府勢力は力を維持していると言う訳だ。

 そう言った今の世界秩序そのものに影響を及ぼしかねないクローン艦娘の愛鷹が特にこれと言った拘束も無しに動き回っている。

 愛鷹は艦娘としての運用だけでなく、二重スパイ運用も想定して対人戦の心得もみっちり仕込まれているから、拉致しようとするような輩は大抵単独で返り討ちに出来る実力は持っている。

 だがあいつの心の中はそういった対人戦も想定した上で行われた『選抜試験』、つまりクローン艦娘同士で行われた優劣の決定の為の殺し合いで負った重度のPTSDがあるから、対人戦が発生した時にPTSDの症状でまともに戦えるか怪しい面がある。現に何度か深海棲艦相手の近接戦闘であいつはPTSDを発症して一時的に使いものにならない状態に陥っている」

「難しい事情ですね……」

 勝手に生み出され、勝手にその存在を疎まれて、勝手に消されそうになる愛鷹の身の上に大淀は悲しみを覚える。

 そんな愛鷹の事を手に掛けかけた自分が言うのもどこかおかしい気もしなくはないが。

「あいつにも人間として生きる自由くらいある。その自由を守ってやらればならん」

 湯呑に口を付けながら有川は言う。

 

 暗号化されている情報の解読が出来れば、大きな前進となる筈だ。時間はかかるだろうが、今自分が一人の艦娘の為に出来る事はこれくらいだ。

 この世に生を授かったからには本人が望む限り生きる自由があると有川は考えていた。故にそれを否定する人間が彼の心の中では許せなかった。

 もっとも情報部の一員として自分自身の手で殺害した人間の数を考えれば、自分が言えた事でもない、と自分を嗤ってもいた。

 しかし艦娘も人間。一人の人間の命とその価値は同価値。軽すぎもせず重くもない。

 人間の命の価値は等しい。クローン人間であろうと人間とその命の重みは変わらない筈だ。

 生きたいと望む愛鷹の思いを自分は可能な限り叶えさせるのが有川に今「出来る事」だった。

 

 キール軍港の軍施設のとあるブリーフィングルームに集まった第三三戦隊のメンバーは全員が元気な顔で揃っていた。

 負傷から復帰した夕張も元気そうな顔でブリーフィングルームで待つ青葉達と談笑していた。

 既に席に着いて待っている夕張の隣に座った愛鷹は一緒に入院していたワシントンの具合を尋ねた。

「ワシントンさんの怪我の具合はどうでしたか」

「本人はピンピンしているんですが、医者の許可が下りなくてまだ病床にいます」

「元気になっているのは何よりです」

 安堵の溜息を吐き、ベッドの上でもじもじしていそうなワシントンの姿を考えると自然と愛鷹の口元に笑みが浮かびかける。

 ブリーフィングルームに第三三戦隊のメンバー全員が揃ってから五分程して武本とターヴィ、それと中将の階級章を付けた厳つい顔立ちの男性提督の三人が作戦参謀二人を従えて入室して来た。

 武本に続いて入室して来たターヴィと中将を見て深雪が首をかしげて愛鷹に聞く。

「誰だ、あの偉そうなオッサンは?」

「ちょっと、聞こえるわよ」

 慌てて衣笠が窘めると既に聞こえていたターヴィが「実際、偉いんだよ」と自分の階級章を指さしてにやりと笑う。

 一方中将の階級章を付けた厳つい顔の男性提督は深雪の反応に一瞬じろりと視線を向けるが特に何も言わなかった。

 中将の階級章を付けた男性提督の制服の胸に付けられた長槍をクロスさせた徽章を見て、愛鷹は軽い驚きを覚える。

 長距離戦略偵察群の徽章だ。長距離戦略偵察群の中将が第三三戦隊のブリーフィングに来たと言う事は、また少しばかり特殊な偵察任務に就く事になると言うのだろうか。

 一同の前に立った武本がブリーフィングを始める前に、長距離戦略偵察群の徽章を付けている中将を紹介した。

「ジョー・《サイクロン》・シンプソン中将だ。サイクロンはミドルネームではなく彼がアヴィエイター時代の頃のTACネームだ」

「元戦闘機乗りですか。空から離れて大分経つのでは?」

 興味が湧いた顔になる青葉にシンプソンは「F-35Eに三年前まで実際に乗っていた」と返す。

 F-35E……国連軍で開発中のF-35戦闘機の最新バージョンだ。確かアメリカのVX-31こと第三一航空試験評価飛行隊「ダストデビルズ」で実戦配備に向けた試験評価中だったと愛鷹は記憶していた。

「人手が足りないと言う事と、別の仕事もあると頼まれて長距離戦略偵察群に移籍になった」

「元トップガンの教官もやってた方だ」

 そう第三三戦隊のメンバーにターヴィが教える。

「元トップガンの教官職にも就いていた中将が、なぜ長距離戦略偵察群なんかに」

 率直に疑問を口にする青葉にシンプソンは自分の経歴を含めて簡単に解説した。

「私は昔、『太平洋の自由』作戦や、それ以前の艦娘が活躍する前の海軍でF-35に乗って強行偵察するのが仕事でな。

 『太平洋の自由』作戦で母艦のUSS『バラク・オバマ』がやられて以来はダストデビルズやトップガンで仕事をしていた。

 まあ君らには関係ない話だがな」

「航空偵察任務が得意なF-35パイロットだったんですね」

 感心する青葉にシンプソンは軽く鼻を鳴らして「もう昔の話だ」と呟きながら武本に顔を向ける。

「それより仕事の話に戻そうか、武本提督」

「そうだな。第三三戦隊の皆、キース島からの避難民輸送船団護衛、ご苦労だった。尊い犠牲者が出てしまったのは残念だった。

 だが気に病み過ぎないで前に進むことを今は考えよう。

 では君たちへの新しい任務を伝達する」

 そう言って武本はブリーフィングルームの大画面モニターを付けて、自分のノート端末を操作し作戦エリアとなる海域の海図を表示させた。

 北海フェロー諸島近海のマップが大きく表示される。

「深海棲艦の残存機動艦隊がここフェロー諸島の沖合に集結中だ。敵は北海での我が軍の漸減作戦の結果戦力を損耗し、以来フェロー諸島近海に残存艦隊を終結させ、最後の抵抗を見せようとしている。

 第三三戦隊はフェロー諸島近海を武力偵察。同海域に展開する深海棲艦機動艦隊の敵戦力の規模の把握と、艦隊の中核となる機動艦隊本隊の位置の把握に当たれ」

 

 第三三戦隊の新しい任務先はフェロー諸島近海の半径二〇〇キロ圏内、総行動範囲は四〇〇キロにも及ぶ。

 艦娘母艦の支援なしでは活動するのが厳しい広さだ。最寄りの港からもかなり離れているし、フェロー諸島を拠点とすることはフェロー諸島自体が現在深海棲艦によって封鎖されている状態にあるだけに無理だ。

 

「フェロー諸島近海に展開する深海棲艦に関して長距離戦略偵察群から共有しておきたい情報がある」

 シンプソンが自身の端末をタップして彼の持ってきた情報をモニターに共有表示させる。

 スケッチ画がモニターに表示されると愛鷹はなんだろと少し身を乗り出す。

「長距離戦略偵察群第一〇任務隊の重巡デモインがスケッチした新型艦の絵だ。ガンカメラが軒並み破壊された為このような絵でしか伝えられないが、深海棲艦に新型戦艦が確認された。

 ス級、レ級flagship級に続く深海棲艦の新型戦艦だ。ただ火力自体はス級の様な怪力さは無いと見られている。現にこの深海新型戦艦の砲撃を食らった第一〇任務隊の全員が生還している。

 無傷ではないが」

「ス級やレ級の砲撃には及ばずとも、強力な火力を持つ新型戦艦が北海に展開していると」

 そう反応する愛鷹にシンプソンはその通りだと頷く。

「この新型戦艦の対水上戦闘能力及び対空火力の評価も貴部隊の任務となる」

「つまり、私の少ない航空戦力で敵対空砲火の的になって新型戦艦の対空砲火の評価を行えと?」

 憮然とした表情で瑞鳳が尋ねる。対空砲火の評価となると撃墜機発生も前提となりやすい。瑞鳳の艦載機は搭載機数がもともと少ないだけに一機たりとも失いたくないのが彼女の本音だし、何より自身の艦載機に強い愛着を持っているだけに被撃墜機が発生する事を前提とする任務は彼女の性格から言って否定的な姿勢になっても無理はない。

「身も蓋も無い事を言えばそうなる」

 瑞鳳の思いに大した反応をした様子もなくシンプソンは答える。

「艦娘は安易に替えが効かないが、航空戦力ならいくらでも替えは効く」

「航空妖精と言えど、特別編成部隊の航空妖精となれば、撃墜による熟練度の低下の回復には時間がかかります。

 補充は可能でも再編成と再度の練度付けには時間がかかるんですよ」

「だが、艦娘という人間一人を失った時の戦力を回復させるよりは短くて済む」

 シンプソンの航空妖精の存在の重さへの認識に瑞鳳はじわりとその表情に怒りを滲ませ始める。

 航空妖精は確かに人間ではない。いくらでも替えは効く方の消耗品な面は人間より高めだ。

 しかしだからと言って、空母艦娘の中で航空妖精をぞんざいに扱う艦娘はいない。皆相応に自分の航空妖精に愛着を持っており、手塩をかけて練成して来た存在だ。空母艦娘と航空妖精とは深い友情と信頼で結ばれている戦友と言っていい。

 それだけに深海棲艦の対空砲火で航空団が全滅した空母艦娘の中にはあまりのショックに精神を病んだ者もいると言う。

 握りしめた拳を震わせる瑞鳳にシンプソンは目を見据えて告げる。

「勘違いして欲しくないから敢えて言うがな、何も艦載機を落とされて来いと言っているのではない。

 敵の対空砲火の評価を行えと言ったのだ。一機に二機の被撃墜機が出る事は毎度の作戦の事だろう」

「元戦闘機乗りだった提督の言葉とは思えませんね」

 思いつける限りの悪態を瑞鳳がシンプソンに向かって吐いた時、愛鷹が彼女の肩を掴んで無言で制止する。

 それくらいにしておきなさい、と目で告げる愛鷹に瑞鳳はでも、と縋るような思いを込めた目で見返す。

 敵の対空戦闘能力がツ級やナ級、ト級を凌ぐモノだった場合、瑞鳳の特別編成の第一一八特別航空団機にも被害が出かねない。

 手間暇かけて育て上げた航空妖精を危険に晒すのは憚れます、と瑞鳳は目で愛鷹に訴える。

「シンプソン提督の言う通り、落とされて来い、と言う訳ではありません。敵の対空戦闘能力を評価できればいいだけの話です」

「新型戦艦の対空戦闘能力次第では偵察機が全滅する可能性もあります」

「偵察機はなるべく敵対空射撃の届かない高高度に展開し、戦闘機を一撃離脱の要領で突入させて敵の対空戦闘能力を評価しましょう。

 この手なら被撃墜機の発生率は下がる筈です」

「その作戦が上手く行くと良いんですけど……」

「ならなおの事自分の航空妖精を信じるべきです」

 目を見据えて告げる愛鷹の言葉に瑞鳳は硬い表情で頷いた。

 二人の話が終わるのを待ってシンプソンは「次だ」とモニターに表示する共有情報を切り替えた。

「この新型戦艦が確認された海域では輸送艦ワ級の新型種と見られる艦が同時に確認されている。

 こいつが何の役割を果たすのか、elite級、flagship級とどの程度の戦闘能力の差があるのか、詳しい情報は一切分かっていない。

 一つだけ確かなのはこのワ級の纏うオーラがこれまで確認されているいずれにも該当しない青いオーラだと言う事だ」

「青いオーラのワ級……」

 独語する様に呟いた愛鷹は無意識のままに腕を組みかえる。

 青いオーラなど初めて聞く。深海棲艦のflagship級改に相当する艦艇が目から青いオーラの様なものを出している事はあるが、艦体全体から放つオーラは赤と金色しか確認されていない。

 ここに来て青。耐久も戦闘能力もすべてが謎。モニターに表示される情報はデモイン達が新型戦艦に随伴している青いオーラのワ級を目撃した、程度しかない。シンプソンの言う通り詳しい情報は一切分からない。

 このワ級も含めて第三三戦隊が調べる必要があると言う事だ。

 新型戦艦もだが、青いオーラのワ級に愛鷹は何か嫌な予感が脳裏を過った。何がかは分からないが本能的な危険さを感じていた。

 本能だけでは根拠に乏しい、もっと説得力のある具体的なものは無いかと考えるが思いつかない。

 そもそも青いオーラのワ級は写真すら無いから、既存のワ級と外観差はあるのか、装備する火器の性能自体も分からない。

 

(新型戦艦よりこのワ級がかなりのキーになるかも知れないわね)

 

 腕を組んで考え込みながら今度は無意識に長い足を組む。片手を顎に当てて考え込みながらフェロー諸島一体の作戦海域を表示する海図を見つめる。

 いつもの通り第三三戦隊で出撃してまずは瑞鳳の航空偵察。広大な海域を複数のグリッドで細分化して、一つ一つ瑞鳳の天山で調べて行く。

 敵艦隊の主力がどこに布陣しているかを突き止めるのが急務ではあるが、愛鷹として青いオーラのワ級の存在がどうにも気になる。

「作戦期間は?」

 そう尋ねる愛鷹にシンプソンは人差し指を立てる。

「一週間だ。天候によっては延期も視野に入れるが、気象班によるとフェロー諸島一帯の今後一週間の天気予報は晴れと予測している。

 懸念事項になりかねない低気圧もない。風はその日によって変わるかも知れんが」

「一週間ですか」

 長めの様で短くも感じそうな期間を口にする愛鷹に武本が尋ねる。

「メンバーはどうするのかな」

「……航空偵察となる関係上瑞鳳さんも今回は動員します。ですが新型戦艦及び新型種のワ級の存在も考慮すると艦隊の火力は少しでも多く欲しい。今回の偵察作戦は全艦による全力出撃とします」

「わお……」

 久々の全員での出撃ですか、と言う顔を青葉が浮かべる。

 七隻(七人)による全力出撃。編成は七隻と言う関係上遊撃部隊と言う扱いになる。

 六の倍数で組むのと違い、深海棲艦に察知される可能性が若干高まるが、七隻で組んだ時の被発見率は六の倍数隻または七隻の遊撃部隊編成以外の数で組んだ数よりはまだましだ。

 どうやって深海棲艦がこちらの存在を察知しているのかは不明だが、なんにせよ七人全員で今回は組んで出撃だ。

 総行動範囲四〇〇キロの海域を天山の行動範囲に合わせてグリッド化して索敵エリアを策定する必要があった。

「支援艦は勿論ありますよね?」

 そう尋ねる衣笠に武本が頷く。

「キース島の船団護衛時に利用した『ズムウォルト』を引き続き母艦として運用する」

「『ズムウォルト』の支援能力を積極的に活用すれば作戦も早期に終わらせられるだろう。今回の『ズムウォルト』には最新鋭の空中警戒機を搭載する。これと連携すればより効率的かつスムーズに航空偵察を完了することが可能になるだろう」

 希望的観測に基づいて言い切るシンプソンに深雪と夕張が胡散臭そうな表情を浮かべて顔を見合わせる。

「そう言って失敗しないと良いんですがね」

 思っている事をそのまま口にする夕張にシンプソンは一瞬じろりと目を向けるが何も言わなかった。

 武本が作戦参謀に合図を送ると、作戦参謀の一人が座っていた席を立ってタブレット端末を片手にシンプソンの言う最新鋭の空中警戒機について説明を始めた。

「MV-38コンドル輸送機を改造したEV-38コンドル・アイを艦載警戒機として第三三戦隊のバックアップに当てます。

 EV-38と瑞鳳の天山隊と第三三戦隊をデータリンクにてリアルタイムで情報共有出来る様にします。EV-38を用いることでAEW任務に当たらせる天山を無くす事が出来、結果的に天山隊を全機偵察に割り振ることが可能になります。

 また同機のデータ処理能力はAEW天山よりもはるかに大容量かつ処理速度に優れている為、得られたデータの解析などを瞬時に行う事が可能になっています」

「なかなかの優れものですね」

 むう、と感心したように瑞鳳が唸る。

 搭載する天山一二型甲改第一一八特別航空団仕様機一七機全機を偵察に割り振ることが出来る。勿論ローテを組むから一七機を一斉に飛ばす事は無いが、AEW任務の為に最低三機は普段確保しておく必要があったのを省く事が出来た訳だ。

 第三三戦隊の対潜哨戒は青葉の瑞雲12型第一一八特別航空団仕様機で行えばいい。

 愛鷹の天山一二型甲改は予備戦力として待機だ。

 部隊の上空援護は瑞鳳に搭載される三六機の烈風改二と愛鷹の二〇機の烈風改二の計五六機。空母ヲ級flagship級一隻ないし軽空母ヌ級flagship級改くらいの航空戦力相手なら充分相手取れる戦力だ。

「作戦開始は明日だ。各員今日中に荷物をまとめて支援艦『ズムウォルト』に乗艦し待機せよ。愛鷹くんは後で第三三戦隊の偵察作戦計画書を私に提出する様に。

 ブリーフィングは以上、解散」

 解散を武本が告げ、作戦前の総合ブリーフィングは終了となった。

 

 

 その後愛鷹はブリーフィングルームで出会った作戦参謀二人と共に第三三戦隊によるフェロー諸島近海の偵察作戦計画書を作成し、武本の元に持って行った。

 武本一人しかいないオフィスに計画書を提出した愛鷹は「ご苦労様」と言いながら受け取ってくれた武本に一つ聞きたいと思っていた事を尋ねる。

「大淀さんは元気ですか?」

「大淀くんか……そうだな、詳細をここで話す事は出来ないが、元気にしていると言う知らせは聞いているよ」

「そうですか。それならいいです」

 ふっと軽く安堵の溜息を吐く自分に武本は作戦計画書が入力されているタブレット端末をデスクの上に置きながら、少し遠慮がちに愛鷹に自分が心配している事を伺う。

「身体はどうだ」

「元気ですが」

「いや、体調と言うよりは、ああ、そうだな老化はまだ問題ない感じか、と言うところだ」

 そういう事か、と質問の意味を理解した愛鷹は手袋を外して手の甲を見せる。

「少し、手に老けが浮かび始めました。提督には話してませんでしたが、ムルマンスクでブラックバーン先生と再会し、その時この手袋をプレゼントされました。

 あと、やはり疲れやすさは以前より体感速くなっているかもしれないです」

「そうか……薬はちゃんと飲んでいるか?」

「はい」

 自分の保護者の様にいろいろと聞いてくる武本に対して、少しばかり煩わしさを覚えながらも質問には答える。

 武本としては愛鷹を生み出す事を提案し、そのプロジェクトにも携わっていた愛鷹生みの親の一人であり、愛鷹達クローン艦娘に対して行われた仕打ちに心を痛めた数少ない人間だっただけに贖罪意識等から気遣ってくれているのかも知れないが、当の愛鷹からすれば余計なお世話と言う認識しかない。

 ただ愛鷹とて武本の反省の意は認めている。認めているからこそ許せない、と言うのもあった。

 人並みに生きる事が出来ないこの身体として生み出した人間を許せないと言う思いは未だに根強い。大和を許したのは自分にとってもかなりの例外中の例外の範囲だ。

 使い捨てられる事前提で生み出された短命なる自分達。それを発案した武本に抱く憎しみは拭えようが無い。例え武本本人が何度でも頭を下げて詫びようと愛鷹が抱く気持ちは変わらない。

 それでも気遣ってくれるその気持ちは素直に感謝していたし、上官として世話を焼いてくれる事にも同様い感謝の念を抱いていた。

 煩わしさや消せない憎悪はあるものの、親身に接し、気遣い、世話を焼いてくれるその姿勢には素直に謝意を言える。

 デスクから退室する愛鷹の背中に向かって武本は一声をかけた。

「無理はするなよ」

「……ありがとうございます。失礼しました」

 敬礼して、デスクから退室する。閉めたドアに背中をもたれさせて深々と溜息を吐く。

 

「大淀さんが不在の理由を知ってるんですか」

 

 突然自分に尋ねて来る声に愛鷹はびくりと体を震わせ、声の主の方を向く。

 伊吹だ。コツコツと廊下内に足音を響かせながら真顔で愛鷹に歩み寄って来る。

 まさか、武本との会話を聞いていた? 少しばかり焦りを覚えながらもポーカーフェイスを保ちながら伊吹に向き直る。

「ずっとみんな不審に思っていたんですよ。大淀さんが突然いなくなった事に。

 表向きは急な部署異動命令で、とされていますけど、あまりにも唐突過ぎるし、異動すると言う大淀さんの部屋から私物を運び出したのは大淀さん本人ではなかった。

 だが、貴女は何かを知っている。大淀さん絡みで」

「私は何も知りません。生憎ですが」

「しかし、何か妙ではありませんか?」

 自分の前に立って見上げる形で問う伊吹の目は真剣さそのものだった。

「妙とは?」

 そう聞き返す愛鷹に伊吹は鋭く切り込む。

「種子島で貴女が過激派組織に襲われたその僅か数時間後に同じ島にいた大淀さんだけ部署異動命令が出て、誰にも挨拶を残さず、具体的な異動先を誰にも知らせないまま失踪する何の様に大淀さんは姿を消した。

 そしてほぼ同日に呼ばれてもいないのに単独で突然九州の軍病院にやってきた大和さん。

 何か裏があるとしか思えないこの展開を誰が怪しまないと思いますか。そしてその時、貴女は同じ場にいた。

 真実を知っているのは貴女と提督と大和さん以外、誰がいましょうか?」

 伊吹の鋭い着眼に愛鷹はどう答えようか、とすぐに考えを巡らせる。

 まさかとは思うが伊吹まで大淀同様自分を抹消しようとする組織の手使いである可能性が全くないと言う訳では無い。

「生憎にですが、私は大淀さんが今どこにいるのか本当に知りません。むしろ私が知りたいくらいです。

 ですが、元気にしているのは確か、とだけはお答えできます」

「なる程……ところで最近、興味深い噂を耳にしたんですが」

「なんです?」

 尋ねる愛鷹に伊吹は場所を変えようと誘って来た。

 警戒心が一気に跳ね上がるのを覚えながらも、何かがおかしいと気が付いたらすぐに逃げられるようにしようと用心しながら伊吹の後をについて行った。

 

 

 伊吹が愛鷹を連れ出したのは司令部施設の屋上にある休憩所だった。

 ここなら誰もいないでしょう、と室外機が数個離れたところにあるだけの屋上を見回して伊吹は頷くと、愛鷹に向き直った。

「さて、私が聞いた話をしましょうか。いや聞いた噂と言う感じでしょうか」

 良いですか? と目で問う伊吹に愛鷹は無言で先を促す。

 伊吹は屋上から見える港の方に姿勢を変えて、愛鷹に背中を向けた状態で話を切り出した。

「単刀直入に本題に入ります。艦娘の戦死による戦力の損耗。これを解決するのは容易ならざる問題。

 この解決するのが困難な問題を一気に解決できる方法がかつて編み出され、実行されたが、計画の予定に見合った成果を上げきれずプロジェクトは中止となった。

 その計画とは、ある艦娘の遺伝子を基に遺伝子改良とクローニングによって人為的に艦娘を量産していくと言うモノ。

 成果に見合った実験体は完成しなったが、ある程度の要求値を満たした実験体が一体、五年前に誕生した。

 奇しくも貴女が軍籍登録された年に。

 そして貴女は軍籍登録を得てから、その超甲型巡洋艦として即座にデビューしてもおかしくない高い才能、技量、諸々を持ち合わせながら艦娘としての正規デビューに至るまで五年もかかった。

 どれ程複雑な機構の艤装だとしても、実戦配備に五年もかかる事はあり得ない。

 ここで一つ気になる事があります。艦娘としての超甲型巡洋艦『FG B65』の艤装開発は一年足らずで完了し、生産された。

 それも西暦二〇四七年に」

「何が言いたいのです?」

 思わず鋭い口調になりながら伊吹の背中に向かって聞く愛鷹に、伊吹はラダーヒールを軸にくるりと回って愛鷹に向き直ると、両眼を見据えて告げた。

「貴女が、国連軍史上最も悪名高い人造人間開発計画である『クローニング・フリート・ガール』プランで生み出されたクローン艦娘の実験体として完成した『遺伝子複製改造艦娘実験体第六五号』その人なのでは?」

 

 遺伝子複製改造艦娘実験体第六五号、随分久しぶりに聞く自分の呼び方だ。

 施設自体様々な呼び方で呼ばれた時の呼び方の一つがそれだった。

 ふう、と大きな溜息を吐いた愛鷹はおもむろにコートを脱ぐと制服の袖を肩まで捲って、普段まず見せたことが無い腋窩を伊吹に見せた。

 愛鷹が見せる腋窩には「CGF-X No.65」と言う刻印が刻まれていた。

「これで答えになりましたか?」

 そう聞く愛鷹に伊吹はやはり、と納得した様に頷いた。

「ずっと貴女がクローン艦娘なのでは、と思って個人的に探っていたんですよ」

「それは……貴女個人の欲求の範囲内での話ですか?」

「ええ。初めて貴女を目にした時、誰もが思う筈です。『誰かに似ている』と。

 しかし、それが誰なのか、すぐに思いついた人はそういないでしょう。ですが、顎の輪郭、声質、目深に被った帽子越しにも分かる全体的な類似点から貴女が大和さんと何らかの関係性を持つのは考えれば思い至れます。

 実はこの事に勘付いていたらしい艦娘が一人私の身近なところにいたのです」

 その言葉に、愛鷹は疑念を覚えた。一番自分の正体を知っている第三三戦隊と伊吹は親密と言える程の交流は見たことがない。

 第三三戦隊のメンバー経由で情報漏れした可能性は低い。そもそも自分が命を狙われていると言う事は第三三戦隊メンバーも承知の事だから郊外無用なのもまた重々承知している。

 

 一体誰だ、と思いながら伊吹に聞く。

 

「誰です?」

「鈴谷です。最後に更新された彼女の日記で分かりました。

 種子島で無人機の誤爆を受けて戦死した鈴谷ですが、彼女の遺品を整理した時、出撃直前の日付だけ更新していたんです。

 彼女の最後に更新された日記にこう書いてあったんです。『さっき気が付いたんだけど。もしかして愛鷹さんって大和さんと何か関係があるんじゃね?』と」

 

 鈴谷は第七戦隊の艦娘であると同時に鈴谷と熊野で組む「攻撃型軽空母打撃群」の艦娘でもあり、伊吹は当初この鈴谷と熊野の二人の空母形態の正当進化型軽空母艦娘として着任するはずだった。

 伊吹型軽空母として着任前に、ジェット艦載機を搭載した空母として再度計画が見直された結果、鈴谷と熊野の正当進化型軽空母とは全く異なる空母として着任した訳だった。

 別名改鈴谷型軽空母とも呼ばれる鈴谷と熊野の空母形態、そしてその発展型として予定された伊吹。

 縁がない方がおかしい話である。

 愛鷹は詳しくは知らなかったが、伊吹は鈴谷と熊野の空母形態の正当進化型として計画された縁から二人とはよく知る関係だった。

 仲も良かっただけに負傷して後送された熊野に代わって、鈴谷の遺品整理に当たったのが実は伊吹だった。同じ第七戦隊の最上と三隈は北方海域での任務にあたっていた事もあり手が離せず、結果として仲の良かった息吹が鈴谷の遺品整理として呼ばれた。

 愛鷹はこの間大淀に銃撃された負傷で入院中だったこともあって把握出来ていなかった。

 

(友人の死をきっかけに深く自分の謎について詳しく調べるようになったと言う訳か)

 

「調べて行く内に、海軍内部で不審な事が何度か起きていた事も分かりました。

 見知らぬ海軍中尉が基地に出入りしているのが目撃されたり、青葉が意識を失った状態で基地の倉庫群で倒れていた等。

 そして種子島での不可解な無人機の暴走。出来過ぎた段階での暴走によってあなたを含めた艦隊は誤爆され、鈴谷が死んだ。

調べて、考えていけばおおよそ見当は付きました。貴女を殺そうとしている軍の組織がいる。

 鈴谷はその巻き添えとなって死んだ」

 自分に向かって話を語る伊吹の両眼を見つめて愛鷹は一言、確かめる様に彼女に聞く。

「……私を憎みますか?」

「……今はまだ分かりません。ですが、調べてみれば今のところ一〇体ゼロで貴女に落ち度はない」

「しかし、私の答え方次第では私にも落ち度があると言う事になる。そういう事ですか?」

 愛鷹のその言葉に伊吹は悲しみが籠っているのを感じ取った。

 

 この人は分かっている。自分のせいで鈴谷が命を落とすことになったと言う事に。不幸にも巻き添えを受けた鈴谷の死を悼み、嘆き、悔いている。

 意思を確認出来た、と確かめたかったことを確認した伊吹は屋上の一角、室外機の一つの方へ顔を向けるとその陰にいる人物に声をかけた。

 

「銃を下ろして下さい、青葉」

 なに⁉ と思わず驚く愛鷹が室外機の方を振り返ると、伊吹の方へ両手で構えるP320の銃口を向けながら青葉が姿を現した。

 いつの間に伊吹と愛鷹のいる屋上に上がって見ていたのか、と愛鷹が驚きを浮かべる中、無言で銃を構えて伊吹に歩み寄る青葉は愛鷹の隣に立つと相手の目を鋭い眼光で見つめながら「一つ聞きます」と質問をぶつけた。

「伊吹さんは、誰の味方ですか?」

 銃口を突きつけて問う青葉が握るP320を見て愛鷹は息をのむ。セーフティーは解除されえている。引き金を引けば伊吹に向かって銃弾が発射される。

 突き付けられる銃口に臆した様子もなく伊吹は青葉の質問に簡潔に答えた。

「私は艦娘の味方で、仲間です」

 

 




 今回登場した深海棲艦の新型戦艦とは深海ワシントンもとい戦艦新棲姫のことです。
 戦艦新棲姫と第三三戦隊がどう戦っていくことになるのか、未知のワ級の正体とは、等次話を首を眺めにしてお待ち下さい。

 劇中登場したUNATとはアーマード・コアVDに登場したUNACが元ネタです。
 
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第五八話 盲目の海

月一投稿が限界になりつつある弊SS最新話です。


 キール軍港の艦娘艤装工廠から搬出されてきた艤装を見て大和は軽く唸り声をあげた。

 改二重艤装。日本で設計とテストが進められていた自身の艤装の最新形態。連装砲だった主砲は五一センチ三連装砲と信濃のモノと同じものに換装され、更に航空艤装が強化されて水上戦闘機や水上爆撃機が最大三六機搭載可能になっていた。

 三連装砲に換装された結果、機関出力も強化はされているが艤装の重量増加から発揮可能速力は改二艤装よりやや低下している。

 艦娘大艦巨砲主義を極めた自分により汎用性を高めた艤装に設計の手直しが施された感じだ。

 ソナー系も零式水中聴音機から四式水中聴音機等多彩なソナーが搭載可能になり対潜能力も強化されている。

 技官曰く出来ないのは魚雷戦くらいだ、と言う程だ。レ級程の万能さは無いがそれでも既存の艦娘としての性能で言えば最高レベルの火力と防御力を持っている。

 トレーラーに乗せられて搬出されてきた改二重艤装を眺め、それにそっと手を触れる。

 超大和型戦艦の艤装の開発プランの一つから更に組み上げられた自分の艤装。強化される事は素直に嬉しいが、この自分の艤装の強化の過程で本来超大和型として就役するはずだった愛鷹ら自分のクローンたちが本来掴むはずだった栄光を自分が握っている事に罪悪感も覚える。

 既に愛鷹は「ズムウォルト」に第三三戦隊の仲間と共に乗り込んで出港しているので自分の改二重艤装の事は知らないだろうが、知ったらどんな顔をするだろうか。

 自分であり自分では無い者に与えられるはずだった大艦巨砲主義艦娘の栄光を結果的に持つことになった自分が出来る事は何だろうか、と自問自答しながら改二重艤装の周りを一回りしていると、「ほお、これは凄いな」と工廠内に武蔵の声が上がった。

 姉の大和の改二重艤装を眺めながら両腰に手を当てて歩み寄って来る武蔵に、大和は無言で艤装を見つめる。

「どうした、素直に喜べよ」

「……この艤装を作る為の労力を払ったのは私の分身達。そして彼女達に本来与えられるはずだった艤装の姿ともいえるわ。

 まるで私がこれを身に纏うのは、彼女達から簒奪したような気がしてしまって、気後れするわ……」

「もういない大和のクローンたちの分もこの艤装を纏って海に出る事が償いになるだろうさ。気に病み過ぎるなよ」

 そう言って自分の肩に手を置く武蔵に顔を向けて、「そうね……」と返しながら溜息を吐く。

「愛鷹達クローンたちの栄光を奪った身分なら、この私も同じさ。超大和型の艤装の技術をフィードバックしたのが大和型改二艤装のコンセプト。大和に限らず私も同じ十字架を背負っているのさ」

「ごめんなさい武蔵。貴女には別に」

「なあに、私と大和と信濃は姉妹だろ。少なくとも私相手に気に病み過ぎるな。

 それに愛鷹は愛鷹なりの艦娘としての道を既に独自に歩んでいるじゃないか。もう過ぎてしまった事だ、彼女達の事を思うなら寧ろこの艤装を胸を張って身に纏うべきさ」

「ありがとう武蔵。そう言ってくれるとお姉ちゃん嬉しいわ」

 微笑を浮かべて妹に礼を述べながら、武蔵の言う通りだな、と自分でも頷く。

 もういないクローンたちに代わって自分がこの艤装を纏って精一杯今を生きる事で報いられるだろう。人並みの生を甘受できなかったクローンたちの分も生きる事が残された自分に出来る償いになるのだと。

 でも、出来る事なら愛鷹にもこの艤装を纏ってもらいたい思いもあった。

 本来超大和型艦娘としてデビューするはずだった愛鷹こそ、本来この艤装を纏うに相応しい立場だった筈だ。

 マッチング出来るかは分からないが、いつか出来たら……。

 

(艦首進路固定、ウェルドック注水用意)

(バラストタンク注水始め、全艦艦内後方傾斜に備え)

(ウェルドックハッチ開放、第三三戦隊発艦位置へ)

 開かれる「ズムウォルト」の艦尾ハッチの向こう側に鈍色の空と紺碧の海が広がっていた。

 水平線上を見据える第三三戦隊の七人がカタパルトデッキの上に立ち、先行する深雪、蒼月、夕張の三人がカタパルトで射出されていく。

 タブレットの錠剤を口に入れて呑み下す愛鷹を横目に青葉は衣笠、瑞鳳と共に起点に戻ったカタパルトの射出パネルの上に立った。

 もう一度愛鷹に目を見やる。人目を盗んで制帽を被り直している愛鷹に特に変わった様子は無い。

 キール軍港を発つ前の伊吹に自身の秘密を迫られたり、今回の作戦の最終打ち合わせなどであまり休んでいない筈だが特に疲れた様子は見せていない。

 身体の老化は進行していると言うが、まだこの程度でへこたれる体ではないか。

 それならそれでいいのだけど、と思う青葉は踝辺りをランチバーが抑えるのを感じ、発艦の順番が来た事に意識を向ける。

 発艦士官が右手を上げて手首をぐるぐると振り回すのを見て、青葉達は機関出力を上げる。

 ウェルドックにいる各デッキクルーからのGOサインを確認した発艦士官が身を屈めて発艦のGOサインを出すと、カタパルトステーションのカタパルト要員が射出ボタンを押した。

 あっという間に打ち出されて大西洋に飛び出していく青葉達を見送った愛鷹は、起点に戻った第一カタパルトの射出パネルの上に立った。

(第一カタパルトボルテージ上昇、七〇、八〇、九〇、ポイント一五、三二、確認)

「発艦用意良し」

 踝の辺りをランチバーが抑え込むと愛鷹は軽く身を屈めて発艦姿勢を取る。

 発艦士官が発艦のGOサインを出すと愛鷹の足元で作動音が響くと同時に加速のGが身体に押し寄せた。加速の勢いで一気に目に映る風景が「ズムウォルト」のウェルドックから鈍色の空と紺碧の海へと変わる。

 射出された愛鷹が軽い挙動で両足を大西洋の海面に付けると、足首の高さにまで白波が立ち上がる。

 既に先行して発艦していた青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳と合流し単縦陣の隊列を組む。素早く単縦陣を組んでのける第三三戦隊の仲間達の動きに慣れた動きを覚えながら先頭を切る愛鷹は偵察を行う海域へと進路を取った。

 

 愛鷹達が発艦するのと同時に「ズムウォルト」の飛行甲板では、二基のティルトターボファンエンジンの音を響かせながらMV-38コンドル輸送機を改造したAEW機EV-38コンドル・アイが発艦した。

 コールサイン・コマンチ1-1で呼ばれるEV-38は発艦して直ぐに機上の合成開口レーダー等のセンサーを起動させ、第三三戦隊の周囲警戒に当たった。

 

「偵察機隊発艦始め!」

 作戦海域に入って直ぐに瑞鳳から偵察隊の天山の発艦が始まる。

 七人のHUDに偵察部隊の第一陣である八機の天山が表示される。すると愛鷹達のHUDに自動的に「DATE LINK ONLINE」の表示が現れるや、コマンチ1-1との戦術データリンクが接続された。

 七人が装備しているヘッドセットからコマンチ1-1からの通信もつながる。

(こちらコマンチ1-1。データリンク接続完了。現在当海域に展開している深海棲艦のものと思われる羅針盤障害の影響で本機による探知範囲は現在貴艦隊の半径五〇キロが限界だ)

「了解コマンチ1-1」

 ヘッドセットに返信を返して通知スイッチを切ると、双眼鏡を手に愛鷹は周囲警戒に当たる。

 彼女の肩や艤装のあちこちに見張り員妖精も立ち、レーダーもフル稼働で索敵に当たる。続航している青葉達でも同様に見張り員妖精が各所に立ち、電探が回っていた。

 第三三戦隊でレーダーを用いた索敵を行っているのは愛鷹、青葉、衣笠、夕張であり深雪と蒼月は足裏に装備されている四式水中聴音機で水中聴音に当たっていた。レーダー、ソナーによる索敵を担っていない瑞鳳は自身の航空隊の管制を掌っていた。

 コマンチ1-1とデータリンクを接続した天山八機の偵察状況がリアルタイムで七人のHUDに共有される。既に羅針盤障害が発生していると言う事はこの海域には深海棲艦がどこかに展開していると言う事の表れだ。

 偵察機の目で見えないなら、艦娘である自分の目で深海棲艦を先に見つける事は無理だが、潜水艦の潜望鏡程度ならと言う事で愛鷹は双眼鏡を手に海面を眺めるが、レンズに映るのは紺碧の海ばかりで何も異常一つ見受けられない。

 本当に深海棲艦がこの海域にいるのか? と疑いたくなるレベルで妙に静けさに包まれている。

「何か見えます?」

 確認する様に後ろの青葉に聞くが、答えは「何も……静かです」だった。

 

 

 ターミガン1-1のコールサインを付与された天山一二型甲改第一一八特別航空団仕様機は発動機の音を響かせながら機上の電探と航空妖精の目を駆使して偵察飛行を行っていた。

 鈍色の空が周囲に広がり、眼下には紺碧の海が広がっている。

 母艦艦娘の瑞鳳を発って三〇分。接敵も無く、機器の不調なども起きずただ遊覧飛行をしているかのような空気が流れる。

 しかし、第一一八特別航空団仕様の天山一二型甲改に備えられている機上逆探知機等の電子機器では深海棲艦がいる事を示す羅針盤障害を捉えていた。しかし広域に万遍なく広がっている為、羅針盤障害の発生源を逆探することは叶わない。

 機器から羅針盤障害の影響によるジジジと空電音の様な雑音が立つ。ずっと聞き続けていると不快に思えて来るがこれをシャットアウトする方法は今のところ見つかっていない。寧ろこの音がしている方が敵がいると確実にわかると思うだけ、気持ち的には楽になるだろう。

「何か見えるか」「なにも」と言うやり取りが何度も飽きることなく航空妖精の間で交わされる。

 羅針盤障害の影響は生じているのだからどこかにいる筈なのだが、接敵は全くない。空母を含む機動艦隊がいる筈なのに戦闘空中哨戒機の機影すら見つからない。

 と、ターミガン1-1の後席員がMADのスコープが反応している事に気が付いた。

「コマンチ1-1、こちらターミガン1-1。MADに反応あり、深海棲艦の潜水艦と思われる」

(了解、そちらの現在位置は把握している。対潜哨戒のアオバンド2-1と2-2を向かわせる。オーバー)

「ラジャー、アウト」

 

 

 ターミガン1-1がMADで探知した深海棲艦の潜水艦の状況確認と撃沈も兼ねて青葉から瑞雲12型二機が発艦した。

 コマンチ1-1がマークした海域へと飛んだ瑞雲12型二機は指定海域に到達すると、まずアオバンド2-1がソノブイを投下し聴音で深海棲艦の潜水艦探知に当たる。

「ソノブイに反応あり! 敵潜水艦推進音、数四。ヨ級flagship級一隻、ヨ級elite級三隻を探知」

「よし、2-2、爆雷を投下しろ。一隻でも多く沈めとけ」

(ラジャー)

 アオバンド2-1からの攻撃指示を受けた2-2が抱えて来た爆雷をソノブイで探り出した深海棲艦の潜水艦のいる場所へと投下する。

 海上に急速潜航で退避にかかるヨ級のバラストタンクが放出したエアーの気泡が浮かび上がるが、その頃には既に爆雷が海中に投じられていた。

 瑞雲12型の翼下に装備されていた二発の爆雷が投下され、海中に着水して程なく爆発する。海上に二つの水柱が突き上がり、一発がヨ級を捉えたのか黒い水柱となって海上に突き上がる。

「どうなった?」

「低空に降りてみよう」

 戦果を確認すべくアオバンド2-1の瑞雲12型が機首を下げて低空へと舞い降りる。

 高度を下げて対地高度を低くとったアオバンド2-1の航空妖精は紺碧の海に目を凝らして、2-2の攻撃効果を確認する。

 旋回しながら海上を凝視する航空妖精の目に紺碧の大西洋の海にヨ級の艤装の残骸が海上に漂っているのが見えた。

「ヨ級一隻の撃沈を確認」

「残り三隻は、どうしようもないな」

 爆雷が二発しか詰めない瑞雲12型では残念ながら一隻を沈めるのが関の山だ。

 航空妖精が「RTB」を宣告すると母艦艦娘である青葉から2-1は残って潜水艦の追跡を続行する様にとの指示が出た。

 2-1が探知したヨ級四隻を攻撃する為に、後詰のアオバンド1-1、1-2、3-1、3-2が爆雷を抱いてこちらに向かっていると言う。

「了解、2-2より2-1へ。こちらは2-1の空中警戒待機に入る」

「2-1ラジャー」

 瑞雲12型の対空兵装は戦闘機程強力では無いモノの、深海棲艦の偵察機を追い払うくらいの事は可能だし、限定的な空中戦も出来なくはない。

 用心棒として編隊長機の護衛に着く2-2と、ソノブイからの信号の解析に務める2-1が低空を低速で旋回しながらヨ級三隻の追跡を続ける。

 ヨ級は一隻を撃沈されてからはバラストタンクをブローして再び浅い深度へ浮上して来ていた。潜水艦と言っても無限に深深度を潜航し続けられる訳でもない。

 手を伸ばせば海面に届きそうな低空を旋回しながら、一隻が沈んでいこう離脱を図る様に進路を変えて航行するヨ級三隻の追跡を行う瑞雲12型二機のエンジン音だけが海上に響き渡る。

 程なくしてそこへ六機の瑞雲12型のエンジン音が加わった。

「2-1から各機へ。敵潜水艦の潜航ポイントに発煙弾を投下してマーキングする」

 ヘッドセットに吹き込んだアオバンド2-1の機長の航空妖精が合図をすると、後席の航空妖精が発煙弾を海上に投下した。

 海上にモクモクと潜水艦の位置をマーキングする赤いスモークが吹き上がる。

 確認した六機の瑞雲が二機ずつ翼下に吊るしていた爆雷を海中へと投じ始める。

 海中で二発ずつの爆発音と水柱が海上に突き上がり、それに交じる様に一本、また一本とヨ級を破壊した事を示す黒みがかった水柱が立ち上る。

 六機全機が爆雷を投じ終えた後には撃沈された三隻のヨ級全艦分の艤装の残骸が海上に漂っていた。

 

 潜水艦ヨ級四隻を撃沈、と言う報告がコマンチ1-1経由で愛鷹達にも報じられる。

 潜水艦隊がいる事に特段驚く事も無く愛鷹はヘッドセットに撃沈報告をしてきたコマンチ1-1に「ラジャー」と返答を吹き込んだ。

 第三三戦隊の周囲の対潜警戒するアオバンド4-1と4-2のMADには潜水艦の反応は得られない。少なくとも第三三戦隊の周囲には潜水艦はいないようだった。

 潜水艦はいないが、水上艦艇がいる事は羅針盤障害が発生している事からして確実だ。

 しかし、それにしては一向に羅針盤障害を発生させている筈の深海棲艦の水上艦艇が見つからない。瑞鳳の偵察機隊は第一陣のターミガン隊が燃料切れで「RTB」となり、第二陣のフェーザント隊が発艦していた。

 レーダーをフル稼働させて索敵に当たる第三三戦隊本隊でも今のところ手掛かりは無しだ。

 そう簡単に見つからないだろうとは言え、何かがおかしい、と愛鷹は疑念を浮かべていた。羅針盤障害の影響度合いからして航空偵察の範囲から言えば一個艦隊くらいは既に見つけていてもおかしくは無い筈だ。

「何かがおかしいわね……」

 独語する様に呟きながらHUDに表示される羅針盤障害の影響度合いの表示を睨む。

 一向に変わることなく表示される「2」と言う影響度合いの表示に、違和感を強く覚え始める。

 こちらは第一戦速でフェロー諸島に向かって航行中だ。深海棲艦の艦隊がどこにいるかにもよるが流石に検知して以来ずっと減退も増長もせずに「2」と表示されるのは何かがおかしい。

 新手の妨害工作をしているのだろうか、という新たな疑念が愛鷹の胸の中で湧き上がる。

 この海域には深海棲艦の新型戦艦と青いオーラのワ級が潜んでいると言う事前情報がある。この不自然な羅針盤障害の影響度合いの原因は、もしかしたらそれにあるのかも知れない。

 逆探知して羅針盤障害の発生源を特定出来れば話は早いのだが、逆探知が一向に出来ない。不自然な波長で逆探知機でもどこから発生しているのか特定できないのだ。

 HUDに試しに障害の影響を表示させてみるが、うっすらとしたホワイトアウトの画面が出るだけで何もわからない。

「まるでジャックされているかのような気分ですね」

 何気なく夕張が呟くのが聞こえた。

 

(ジャック……電波ジャック……ハッキング? もしかしてハックされてあらぬ方向へ誘導されている?)

 

 不意に湧き上がった新たなる疑念にその可能性について考え込む。

 敵が電波ジャックによるアクティブステルスで自分達の位置を電子的に隠しているのだとしたら?

 海上で電波が通るのはどんなに遠くても二〇キロ程度が限界だ。それ以上は地球の水平線の曲射の影響で意味が無くなる。

 だがソナーなら海中の音を空気よりも速く、遠いモノでも伝達してくれる。深海棲艦がいるのは自分達と同じ海上だ。海中の音を介すれば位置が掴めるかも知れない。

「全艦両舷減速、赤二〇」

 続航する六人に減速を命じると愛鷹は爪先のバウソナーに仕込まれている零式水中聴音機で聴音を図る。

 目を閉じてヘッドセットに手を当てて耳を澄ませる愛鷹の耳に、ごく僅かながら自分達のモノとは異なる推進音が聞こえて来る。

 音紋照合を行うと、一致する結果が出た。戦艦ル級flagship級の推進音だ。ル級らしいやややかましい推進音と随伴する艦艇の推進音がソナーで微かに聞こえる。

「方位……〇-五-〇……距離は一五キロから二〇キロくらいか……。第三三戦隊全艦回頭、新進路〇-五-〇、速力まま」

 復唱する青葉達の返事が返される中、愛鷹が先に舵を切る。

敵艦隊の推進音を頼りに変針した愛鷹のヘッドセットに、ル級以外の深海棲艦の推進音が次第に明瞭に入って来た。

 音紋を照合していくと艦隊規模は一二隻の連合艦隊編成であるのが分かった。

 艦隊旗艦らしきル級が一隻、随伴にツ級flagship級一隻、駆逐艦ハ級後期型elite級二隻、PT小鬼群が六隻、ワ級が恐らく二隻。

 ワ級は一隻がflagship級だが、もう一隻はワ級の推進音をしているものの、微妙に聞き慣れない音だ。

(この推進音……噂の青いオーラのワ級?)

 その可能性が高いと言えたが、確証はない。もっと接近して情報を得たい。

 ヘッドセットから手を離して艦隊増速を命じた時、突如HUDがホワイトアウトした。

「一体なにが……⁉」

「電探、通信系が一斉にダウン。データリンクもシャットダウンされました!」

 一瞬、状況が呑み込めずに棒立ちになる愛鷹に、レーダーに加えてヘッドセットを介した第三三戦隊同士での通信すらダウンした事を青葉が知らせて来る。

「データリンクも? コマンチ1-1応答せよ、コマンチ1-1」

 コマンチ1-1に呼びかけを行うが、愛鷹のヘッドセットからコマンチ1-1から応答が入る事は無かった。

 HUDの表示を切り替えてみるとレーダーは完全に使用不能。第三三戦隊同士での通信、データリンクもダウンしている。

 辛うじてソナーだけは無効化されていないが、本能的に愛鷹は危険を悟っていた。深入りは禁物だ。

「反転、全艦現海域を離脱」

「え、なんですか、よく聞こえないです!」

 最後尾の瑞鳳から愛鷹の指示を聞き返す声が返される。戦隊同士での通信まで阻害されている状況であることすら共有し切れていない。

「全艦反転! 現海域を一時離脱します!」

 最後尾の瑞鳳にも聞こえる声で愛鷹が指示を発令すると、七人は一斉に一八〇度回頭して元来ていた航路を戻る。

 しかし、方位を確認しにかかった愛鷹はHUDの方位表示板まで機能停止している事に気が付いた。

 腕時計を見るとこちらは動いているので腕時計を用いて方位の算出は可能だった。最新の電子腕時計ではなく、ネジ巻き式のアナログ腕時計を身に着けていたことが幸いした。

 ひとまず腕時計で方位を再計算した愛鷹が反転して隊列が逆になった第三三戦隊の先頭に立って、先導に当たる。

 愛鷹、瑞鳳、蒼月、深雪、夕張、衣笠、青葉と言う先程とは愛鷹だけ前後を入れ替えた単縦陣で一時離脱を試みる。

 羅針盤障害の影響、それも方位が分からなくなると言う最上位クラスの障害を受けているが、羅針盤障害の影響はあまり受けない筈のデータリンクや艦隊内ヘッドセット通信すらダウンするのは流石に常軌を逸している。

 ただの羅針盤障害とは別の何かが、こちらの電子機器を狂わせている。そうとしか考えられない。

「瑞鳳さん、航空偵察隊との通信は?」

「全然駄目です、回線がダウンして何も音すらしないです」

 振り返って尋ねる愛鷹に瑞鳳はヘッドセットに手を当てたまま頭を横に振る。

 唇を噛んで、ひとまずこの「盲目」状態から脱せられるところまで離脱しないと、と愛鷹が思っていると最後尾の青葉が「コンタクト! コンタクト!」と深海棲艦艦隊発見を叫ぶ。

「三時方向、距離凡そ一〇〇〇。軽巡へ級flagship級一、重巡ネ級elite級二、防空巡ツ級elite級一、駆逐艦ハ級後期型elite級二を視認!」

 艦隊内同志の無線がダウンしているだけに、全員によく聞こえる程青葉の声も大声になっていた。

 方位が正確に分からない上に通信もダウンしている状況下で交戦は危険だ。

「全艦最大戦速! ウェポンズ・ホールド。今は逃げます」

「了解!」

 唱和した返事が自分へ返される中、愛鷹と言うと青葉が発見した深海棲艦に双眼鏡を向けていた。

 単縦陣を組んだ六隻の深海棲艦の艦隊がまっすぐこちらを目指して前進して来ている。

 捕捉されているのは明らかだ。あの距離ならまだネ級の主砲射程外だが、距離を詰められたら不利なのはこちらである。

 せめてこの「盲目」状態から脱せられれば交戦可能になるのだが。

 

 一〇分ほど走ってようやくレーダー、通信、データリンクが復旧し「盲目」状態から脱する事が出来た。

 尚も深海棲艦の艦隊は追って来る。一戦交えるしかないだろう。

 素早く愛鷹は二つの指示を出す。

「深雪さん、蒼月さんは瑞鳳さんを連れて退避。青葉さん、衣笠さん、夕張さんは私と一緒に敵艦隊を迎撃します。

 全艦対水上戦闘用意!」

「了解!」

 直ちに瑞鳳の前後に深雪と蒼月が付いてそのまま離脱していく。代わって青葉、衣笠、夕張が愛鷹の後ろに回って単縦陣を組み、戦闘態勢に入る。

 右舷の艤装の五門の主砲をネ級の一番艦に指向し、発砲準備を整える。

「目標、ネ級elite級一番艦。撃ち方用意!」

 二基の四一センチ主砲の五門の砲身が仰角を付ける。

 発砲用意良し、のブザーが鳴り響き、HUDに「LOCK ON」の表示が現れ愛鷹が射撃トリガーに指をかける。

 その時、再びHUDがダウンした。

「なに⁉」

 各種機能のトラブルシュートを行うとさっきの「盲目」状態が再び発生していた。

「全艦砲撃待て! 何かがおかしいです、一旦ここは全速で『ズムウォルト』に退却します」

「なにもしないまま退却ですか」

 拍子抜けた様な声で夕張が返した時、深海棲艦側が発砲した。

「発砲煙見ゆ! 真正面!」

 見張り員妖精が双眼鏡を覗き込んで叫ぶ。

 主砲射程内に捉えられていたか、と愛鷹が舌打ちをしながら左腰の刀を引き抜く。

 あの距離なら初弾命中は無理だろう、と思っていた時、彼女の視界に急接近する砲弾の雨が映った。

 多数の砲弾が着弾の轟音と共に愛鷹の周囲に水柱を多数突き立てる。

 着弾の水柱を浴びながら、即座に回避運動を命じる。

「面舵回避!」

 右に一五度舵を切る愛鷹に続いて続航する青葉達も面舵に舵を切る。

 回避運動を行う愛鷹達に深海棲艦が放った次弾の雨が降り注ぐ。四人が降り注ぐ砲弾を搔い潜り、水柱の間を縫っていると、別方向から砲弾が降り注ぐ音が愛鷹の耳に聞こえて来た。

 先頭を走る愛鷹の周囲に新たに飛来した砲弾が着弾する。巡洋艦級のモノとは別の戦艦クラスの砲撃を現す巨大な水柱が突き上がる。

 聴音探知したル級の砲撃か、と水柱を見上げて砲撃の正体を悟る。砲弾が飛翔して来たのは右舷方向。

 となると、聴音探知した敵艦隊も加勢に来ている可能性があった。ワ級は分離しているだろうから艦隊はル級と駆逐艦、PT小鬼群くらいか。

「反撃を!」

「距離、方位が分からない、当たる筈がないよ!」

 咄嗟に反撃を主張する衣笠に青葉がホワイトアウトしたままのHUDを見て返す。

「構わない! 砲戦用意! 右舷不明目標、推定距離三〇〇〇!」

 一切の迷い無しに愛鷹は砲戦用意と合戦準備を発令する。砲術妖精が復唱し、二基の主砲が右舷を指向する。

 当てずっぽうの砲撃を愛鷹が放つ。牽制射撃にもなっているか怪しいが、ル級に何かしらカウンターをしておかないと拙い気がしていた。

砲弾を撃ち放った愛鷹の耳に飛翔音が聞こえた。ル級の放った砲弾の音だ。正確な方位は不明だが大まかな方角はつかめた。

 空を見上げると黒い点の様な砲弾が複数飛翔して来るのが見えた。

 あれは当たらない、と思った通り砲弾は愛鷹の周囲に水柱を突き立てるに留まる。直撃は免れたとはいえ挟叉はしている。

 

 次は当てて来る……一筋の冷や汗が愛鷹の額を伝う。

 

 次弾装填良し、のブザーが鳴り響く。愛鷹は右スティックで主砲の射角を調整すると引き金をを引き絞った。

 音を頼りに射角を付けただけなので、仰角が足りているか分からない。この牽制射で終わりにして離脱しよう、と決めるが愛鷹達の周囲に先に会敵した深海棲艦が放った砲弾が着弾する。

(まずはこいつらを振り切らないと)

 直撃は無いとはいえ、至近弾を次々に送り込んで来る連中だ。本来なら手早く始末出来る相手だが、生憎こちらは照準系が死んでいる。

 不利な状況で無理に戦って負傷者を出す訳にはいかない。

「青葉さん、魚雷全弾発射。敵艦隊に向けて扇状に斉射して牽制攻撃。敵艦隊が回避運動にかかる隙を突いて離脱します」

「了解!」

 青葉の左足にマウントされた飛行甲板の下にある四連装酸素魚雷発射管がぐるりと回転して発射口を深海棲艦へと指向する。

 HUDを用いた照準が出来ないので、青葉は右手の掌を伸ばし、指を扇状に広げて目測で照準を付ける。

「発射管一番から四番まで発射雷数四……単散々布帯角度三度……射線方向クリア、魚雷発射攻撃始め! てぇーっ!」

 魚雷発射管から四発の魚雷が連続して圧搾空気で撃ち出され、海中へと飛び込む。

 ローファーの裏側に付いている四式水中聴音機が四発の魚雷が異状なく航走を開始している事を聞き取る。

「魚雷全弾異状なし、魚雷馳走中」

「了解。全艦一斉回頭用意。回頭後両舷前進全速」

 三人から了解と言う返事が返される中、深海棲艦側が隊列を乱すのが見えた。互いの距離が短かったのもあって、青葉の放った魚雷は直ぐに深海棲艦側もソナーで察知した様だった。

「今です! 取り舵、取り舵一杯! 最大戦速、黒二〇!」

 一斉に左へと舵を切る四人にル級が放った砲撃が飛来する。今しがた自分達がいた場所にル級が放った砲弾が着弾し、巨大な水柱を突き立てる。

 最大速力で離脱を図る第三三戦隊に対して深海棲艦側はル級の砲撃で追撃を図ったが、二斉射放って結局直撃弾なしに終わって射程外に逃れられるとそれ以上の追撃はせず諦めた。

 一番近くにいた艦隊も、青葉からの魚雷四発の回避運動にかかっている間に距離を引き離されてしまった事もあってか、追ってくる事は無く反転して去っていった。

 

 

 深海棲艦を振り切って五分ほどでHUDとレーダー、通信全般が再び復旧し、先に離脱していた瑞鳳達とも何とか合流を果たせた。

 辛うじて被弾艦無しで終わったとは言え、偵察任務が阻害されて失敗に終わった事に愛鷹は唇を噛んで苦い思いを堪えた。

 航空偵察隊は何とか風向を基に方位を算出して全機が「盲目の海」から脱出し、瑞鳳に収容されていた。

 被害は無しに終わったモノの、深海棲艦に見事妨害と撃退を食らった結果になり、流石の愛鷹も気落ちしていた。

 意気消沈しているのがはっきり表れている愛鷹の背中に何と声を掛けたらいいか、と青葉が悩んでいると「ズムウォルト」の艦影が見えて来た。

 コマンチ1-1は既に帰投しており、ヘリ甲板から格納庫へ収容する作業が行われていた。

 自分達とはまた別にAEW機が何か情報を得ていたりしないだろうか、と青葉が格納庫内へと収容されるEV-38を見上げているとHUDに収容用意の表示が出た。

 第三三戦隊の七人が「ズムウォルト」のウェルドック内に入ると、艦尾のハッチが閉鎖され、バラストタンクの注排水が始まり艦尾側に傾斜していた「ズムウォルト」の姿勢が水平に戻る。

 ドック内の排水が終わる前に、ガントリークレーンで青葉、衣笠、夕張、深雪、瑞鳳の五人は一旦懸架され、ロボットアームが五人の靴底に取り付けられている主機や舵を取り外していく。外装型主機艦娘はこういった解除作業が艦娘母艦や基地のドックで必要となる。

 対して愛鷹と蒼月は内装型なのでその様な作業が必要なく、クレーンで艤装を取り外した後は靴から海水を滴らせながら作業甲板のデッキへと直に足を付けていた。

(ウェルドック排水作業完了)

(バラスト復元完了。全艦部署復旧、通常業務に戻れ)

 艦内アナウンスが響くウェルドックから第三三戦隊の一同はデブリーフィングの為にブリーフィングルームへと向かう。

 心なしか足取りが重くなっている愛鷹に青葉が無言で肩を叩く。元気がない顔を向けて来る愛鷹に青葉はこんな日も起きる事があると言う思いを込めて微笑んだ。

 

 ブリーフィングルームにはレイノルズとコマンチ1-1の乗員四名も来ていた。

 愛鷹が第三三戦隊の受けた「盲目」状態と言える今までに無い程の深刻な羅針盤障害の事を事細かく報告し終えると、レイノルズはコマンチ1-1の乗員(TACCO)の報告を聞く。

「愛鷹中佐の仰る通り、当機も完全に何も探知も通信管制も出来なくなりました。データリンクもダウンです。

 ただその今までにないレベルの強力な羅針盤障害の発生源の方角は特定する事は出来ました」

「発生源はどこから?」 

 TACCOの報告を聞いていた愛鷹が顔を上げて少し身を乗り出す。

 ノートPDAを操作してブリーフィングルームの大画面モニターに海図と探知した羅針盤障害の発生源の方角をTACCOが表示させる。

「方位二-八-〇、速力は最大で二三ノットで移動していました」

「二三ノット……ワ級が発揮できる速力と一致しますね」

 腕を組み、片手で顎を摘まんだ青葉が画面を見る目を細くする。

 ワ級と聞き愛鷹はソナーで探知した敵艦隊には確かにワ級の機関音が含まれていたのを思い出す。

 探知したワ級の機関音は二つ。一つはflagship級のワ級の機関音で間違いなかったが、もう一つのワ級の機関音は初めて聞くものでワ級の機関音に極めて類似した新種の機関音と言えた。

「ソナーで探知した敵連合艦隊はル級一隻とワ級一隻、ワ級に類似した機関音の艦一隻、ツ級一隻、ハ級二隻、PT小鬼群が六隻。

 艤装のAIS(自動船舶識別装置)の航法記録のデータをサルベージして見ないと分かりませんが、コマンチ1-1が検知した羅針盤障害の発生源の方角と一致するのであれば、敵連合艦隊のどれかの艦が羅針盤障害を引き起こしていた可能性が考えられますね」

 両腕を組んで考える愛鷹が自身の考えを口にした時、どうにも彼女の中でワ級の機関音に酷似した新種の機関音イコール青いオーラのワ級なのでは、と言う疑念が浮かび上がって来た。

 証拠はない、が状況的に見て可能性は極めて高い。青いオーラのワ級が艦隊にいてそのワ級の仕業だったとしたら?

「もしかしたら青いオーラのワ級は羅針盤障害を引き起こす電子戦型……とでもいうべきかしら……」

 愛鷹の呟きに夕張が素早く反応する。

「強力な羅針盤障害を引き起こす電子戦型のワ級、ですか。もしそうなら電子戦型ワ級を潰さないとこの海域での任務は始まりませんね」

「でも、電子戦型のワ級が必ずしもいると決まった訳でもないんじゃない?」

 そう反論する衣笠に夕張は頭を振って反論する。

「既に北海には新種のレ級flagship級や新型戦艦が投入されているのを考えれば、もう一種くらい新型艦艇が出てきていてもおかしくはないわよ。

 深海棲艦側としても国連海軍の反転攻勢で北海での勢力圏は縮小傾向にあるのだから、ここで新型艦艇を投入して戦線の崩壊を防ぎたいはず」

「出し惜しみ無しの総力戦を向こうも仕掛けて来ているって事か。確かに北海での深海棲艦も勢いは大分弱まって来てるよな。

 電子戦型のワ級とかを出してきて、広域に羅針盤障害を起こしてこっちのセンサー類を軒並み狂わせてこの海域でのイニシアティブを握ろうって算段なのかもな」

 深雪としても考えられる展開、状況を語る。

 ノートPCを使って自分のAISの航法記録を調べていた愛鷹は、サルベージした記録と海図を重ねて表示し答えを導き出した。

 羅針盤障害の発生源の方角とソナーで探知した敵艦隊の方位は同じ。

 仮にこの強力な羅針盤障害を引き起こす犯人が青いオーラのワ級、電子戦型ワ級だとする場合、問題はどうやってこのワ級を撃破するかだ。

 データリンクもダウン、通信もシャットダウン、方位も特定できなくなる。単なるジャミングの類いとは異なる現象だからECCM等でどうにかなる訳でもない。

「電測機器が使えなくても、ソナーは使えましたよね?」

 そう尋ねて来る青葉に愛鷹は無言で頷く。

「つまり『目』は見えなくても、『耳』は聞こえる。音を頼りに敵艦隊を探知して接近。攻撃、これしかないでしょう」

「でも敵の数はこちらの倍ですよ?」

 一二隻もいる連合艦隊編成の敵艦隊の頭数を指摘する蒼月に青葉は問題ないと首を振る。

「戦艦はル級一隻だけ。今の愛鷹さんなら充分に相手出来ます。残るはツ級が一隻、ハ級が二隻、PTが六隻。

 PTは回避と雷撃戦能力が極めて高いですけど、砲戦火力は雑魚のレベルです。それにワ級二隻を護衛しないといけない敵艦隊の都合を考えれば、『目が見えない』と言う一点を除けば攻撃に重点を置けるこっちが有利です」

「となれば、全員のソナーを少し手を加えておくのがいいかもしれないわね」

 夕張が自身のタブレット端末で第三三戦隊のメンバーのソナーの索敵能力を見て呟く。

「ソナーの改修をすると?」

 問いかける瑞鳳に夕張はその通りと頷く。

「全員の四式水中聴音機を愛鷹さんの零式水中聴音機と同レベルの索敵能力がある程度に引き上げる感じね」

「次の出撃の前にソナーの改修を行っておくとして、メンバーは引き続き固定か中佐?」

 それまで黙って聞いていたレイノルズが愛鷹に顔を向けて問う。

「通信系が軒並み使えないので、航空管制が出来ないと言うところを鑑みて瑞鳳さんは今度の出撃では外します」

「またお留守番ですか……」

「留守番も大事な仕事です」

 気落ちした声を上げる瑞鳳にいささか申し訳ない気持ちになりながらも、留守を守ることも大事だと彼女に言い聞かせる。

 それに戦闘救命士としての資格を持つ瑞鳳を待機状態にしておくことで、いざという時に備えられる。

 やる事が決まれば、後は実行に移すのみだった。

 デブリーフィングが終わるや夕張は「ズムウォルト」の艦内作業場に向かい第三三戦隊の青葉、衣笠、深雪、蒼月、それに自分のソナーの改修作業に取り掛かった。

 本来この手の仕事は普段明石達工作艦艦娘の仕事だが、今のこの場でそれと同じことが出来る艦娘は夕張しかいなかった。

 

 

 エンジニア数名と共にソナーの改修作業にかかる夕張から最短で四時間で仕上げると告げられた愛鷹は、船室に戻って仮眠をとることにした。

 他の艦娘も仮眠や食事等ひと時の休息を挟み、次の出撃に備えた。

 

 金属の歩行音を立ててUNAT一二機がかつては森林だった荒野を進む。

「まもなく攻撃ポイントに到達します」

 UNAT一番機のカメラから送られてくる映像が投影されたスクリーンとコンソールのモニターを交互に見ながら、技官がノルウェー方面軍地上軍旅団の司令部要員に告げる。

「さて、新型無人陸上兵器、どれくらいの実力を見せてくれるのか」

 両腕を組んでスクリーンを見まもる旅団長の言葉は、旅団司令部要員全員の思いでもあった。

 四足歩行無人自立機動兵器UNAT一二機が目指す先には、飛行場姫と砲台小鬼が防備を固める深海棲艦の陸上基地があった。

 この深海棲艦の陸上基地攻略の為にノルウェー方面軍の地上軍一個旅団が投入されて、一進一退の攻防戦を繰り広げていた。

 人員の損耗が激しくなってきた中、増援として、そして新兵器の実戦投入と言う面も含めて今回新型UGVであるUNATの戦線投入となった。

 一二機のUNATの武装は一二〇ミリ滑腔砲一門、七・六二ミリミニガン二門、四〇ミリグレネードランチャー二基、アクティブ防護システムと言う内容だった。UNAT自体は武装は施されておらず、状況に応じて装備されるオプション装備形式となっている。

「目標ポイントに到達、サーマルにて砲台小鬼六基を確認。交戦開始」

 淡々とモニタリングと管制を行う技官の声が旅団前線司令部内に上げられる中、一二機のUNATの一二〇ミリ砲が砲台小鬼に対して砲撃を開始する。

 レーザー測距装置で照準が合わせられた砲台小鬼に対してUNATの一二〇ミリ砲からHEAT-MP弾が撃ち出され、砲台小鬼四基に次々に着弾する。

 着弾する対戦車榴弾の直撃に砲台小鬼が悲鳴のような声を上げる中、次弾装填が終わったUNATが第二射を放つ。

 まだ狙われていない砲台小鬼が応射の砲撃を放つと、それを確認したUNATは図体に見合わず素早いステップで回避する。

 傍に着弾した砲弾に煽られる事も無く、UNATは体勢を立て直すと砲撃を放ち、砲台小鬼二基を更に撃破する。

 一二〇ミリ砲の発砲音が響く中、ミニガンとグレネードランチャーも発砲を開始し、被弾して炎上する六基の砲台小鬼に止めを刺す。

 ミニガンから電動鋸の様な発砲音を立てて無数の銃弾を浴びせられた砲台小鬼が、突如全身から炎が迸り、真っ赤な炎に包まれて砲台小鬼が次々に消滅していく。

 六基の砲台小鬼の全機撃破を確認したUNAT一二機は、引き続き飛行場姫への攻撃の為に前進を再開する。

「敵防衛ライン突破。飛行場姫本体への攻撃に移行します」

「UNAT、中々やるな」

 無人兵器は好かないモノの、結果として部下に死傷者を出さなくて済むUNATと言う新兵器に旅団長は複雑な思いを抱えながらも、その有用性を認めていた。

 迎撃に出た砲台小鬼が全滅した飛行場姫から、せめてもの抵抗として数機の戦闘機が発進して、UNATに機銃掃射を行うが、UNATの装甲はそれを弾き、逆にミニガンの対空射撃で一機を返り討ちにする。

 程なく飛行場姫本体を射程に捉えたUNAT一二機は全火器を飛行場姫に向け、砲撃を開始した。

 HEAT-MP弾、七・六二ミリ弾、四〇ミリ焼夷グレネードが雨あられと飛行場姫に浴びせられ、蜂の巣にされた飛行場姫が悶え苦しむ様にのたうち回る。

 被弾した地上施設が次々に爆散して破片を周囲にばら撒き、炎上していく中、飛行場姫自体も猛炎に包まれて地面に倒れ込む。

「あばよくそったれ……」

 カメラ映像を見つめる司令部要員の一人がいい気味だ、と言う顔で飛行場姫の最期を見つめた。

「飛行場姫に完全沈黙を確認」

「よし、第三大隊前進。飛行場姫が復活できない様に更地にしたところを確保せよ」

「了解」

 旅団長から前進指示を受けた大隊の車両部隊が動き出した。レオパルト2A7戦車を先頭に機甲部隊がUNATの切り開いた道を進み、飛行場姫がいた場所へと進撃する。

 燃え尽きて破片一つ残さずに消えた砲台小鬼六機がいた場所を通り過ぎ、撃破された飛行場姫が場所に大隊が到着した頃には飛行場姫や周囲の陸上深海棲艦施設は全て燃え尽きて、そこに基地があった程度の痕跡だけを残して全てが消えていた。

 

 

 夕張と「ズムウォルト」のエンジニアと手でソナーの改修作業が終わった第三三戦隊が再出撃をしたのは、予定よりも二時間遅れての事だった。

 改修したソナーは驚くほどに感度が良く、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月のヘッドセットからは海中の音がつぶさに分かる様になっていた。

「最大探知距離は前より三割増し、ってところかな。流石は夕張さん」

 ソナー表示に切り替えたHUDの表示を見る青葉が改修効果と夕張の技術力に感心する。

 第一戦速で前進する第三三戦隊を引き続きコマンチ1-1が空から管制していた。そのコマンチ1-1から羅針盤障害検知、の一報が入る。

(参照点より方位二-八-〇、移動速力二三ノット。敵針は〇-九-〇。障害レベル5。三分後に障害圏内に突入する。

 障害圏内に突入後は本機からの管制は出来なくなる。申し訳ないが以後は独力で戦闘を行ってくれ)

「了解」

 コマンチ1-1との通信を終えると、愛鷹はヘッドセットの通知ボタンから右手を離し射撃グリップに手を添える。

 通告通り三分後にはレーダー、通信系が全てダウンし、コマンチ1-1との連絡も、第三三戦隊同士での通信も出来なくなった。

 代わりに六人全員のソナーが索敵と敵艦隊の捜索に当たる。

 電子的に盲目にされても、音までは無力化されていなかったのは幸いだった。

程なくして六人のソナーに先の出撃で愛鷹が捉えた深海棲艦一二隻の推進音が聞こえて来た。

 音にすがって進路を変更し、前進する愛鷹達はハンドサインと発光信号を駆使して会話による聴音の阻害を防ぎつつ、艦隊内の意思疎通を取る。

 一番背が高い愛鷹の頭頂部、制帽の上に立って索敵警戒を行う見張り員が艦影を双眼鏡で捉えると、愛鷹に艦影見ゆを伝える。

「左二〇度、ル級らしき艦影見ゆ」

「戦隊。取り舵二〇。第二戦速」

 静かに、短く五人に指示を出しながら愛鷹は第一戦速から二戦速へ加速する。

 HUDに表示される機関音が大きくなるにつれて、愛鷹の目でもル級とツ級を含む深海棲艦艦隊の艦影が見えた。

「敵艦、見ゆ。全艦合戦準備、対水上戦闘用意!」

 戦闘配置を命じる愛鷹に、初めて青葉達が「了解」と唱和した返事を返す。

 すると、既に探知していたらしい深海棲艦艦隊から発砲音が轟いた。砲声からしてル級だけのようだ。

 確実に敵艦の艦影をこの目で捉えた状態での有視界戦闘が好ましい状況なだけに、愛鷹は射撃グリップの引き金を引きたい衝動にかられながらもそれを抑え、第三三戦隊に「最大戦速、二-八-〇度ヨーソロー」と指示を出す。

 先に発砲したル級の砲撃が艦隊の右舷側に着弾して水柱を突き上げるが、至近弾にすらなっていない。虚しく突き上がる水柱を横目に第三三戦隊は深海棲艦艦隊へと吶喊する。

 ル級の砲撃が続く中、見張り員妖精が「新たな敵艦見ゆ!」の報告を上げる。

 別個に交戦したネ級を含む艦隊か? と愛鷹が尋ねようとした時、「PT小鬼群六隻、急速接近中!」と見張り員妖精が叫ぶ。

PT小鬼群は回避と雷撃戦能力が極めて高い事で知られていた。過去に艦娘一個艦隊がPT小鬼群の大群の襲撃を受けて壊滅状態に追い込まれた事すらあった。

 先にこいつらを片してからか、と愛鷹が高角砲をPT小鬼群へ向ける。愛鷹の主武装である大口径の主砲はPT小鬼群を攻撃するのには向いていない。

 青葉、衣笠、夕張も主砲では無く、二五ミリ対空機関砲をPT小鬼群に向ける。一方、深雪と蒼月の主砲はPT小鬼群に有効なので二人は主砲の砲門をPT小鬼群に指向する。

 耳に触る笑い声の様な声を上げながらPT小鬼群が急接近してくる中、第三三戦隊は一斉に砲撃の火蓋を切った。

 浴びせられる砲火に、PT小鬼群は一斉に散開して回避運動にかかる。恐ろしく素早い機動性に第一射は全て虚空へと飛び去り、逆にPT小鬼群は魚雷を各艇二発ずつ発射する。

 強化されたソナーで魚雷群接近を探知した第三三戦隊が回避運動で全弾回避を図る中、ル級の援護射撃が第三三戦隊の周囲に着弾する。

 散布界はまだ広い。精度は荒いが、いずれ正確な位置に送り込んで来る筈。当たったら自分以外の艦娘は一発で中破ないし大破レベルの威力の砲撃を放つル級の存在に愛鷹は緊張感を噛み締めながら高角砲による射撃をPT小鬼群へ向ける。

 嫌らしい程にひょいひょいと砲撃を躱していくPT小鬼群だが、蒼月の長一〇センチ高角砲の砲撃が一艇を捉える。

 被弾してしまえば脆いPT小鬼群の一艇が一瞬にして轟沈する中、残り五艇が再び魚雷を放つ。PT小鬼群の様な機動力は無いものの、ソナーですぐさま探知した第三三戦隊はすぐさま回避、自分達に伸びて来る白い雷跡を全弾回避する。

 魚雷発射直後のPT小鬼群の動きが鈍った隙を突いて、深雪と蒼月が更に一艇ずつPT小鬼群を撃沈する。

「いいぞ、六対三だ。負ける筈ねえ!」

 主砲の次弾装填を行いながら深雪がにやりと笑った時、ル級の放った砲弾が深雪のやや近くに着弾する。

 流石に無視出来ない脅威であることに焦りを覚えながらも、愛鷹は何度目か分からない高角砲の砲撃をPT小鬼群へ向けて撃つ。

 深雪と蒼月を分離して、PT小鬼群に対応させ、自分と青葉、衣笠、夕張は深海棲艦艦隊本隊を攻撃するか、と一瞬考えるも方位がはっきりと分からない現環境下で艦隊を二分するのは悪手と判断し、まずはPT小鬼群の撃滅に専念する。

 青葉と衣笠の機関砲の砲撃でPT小鬼群一艇が被弾し、速力を落とすと、そこへ夕張の止めの砲撃が直撃し、PT小鬼群が更に一艇沈む。

 残り二艇のPT小鬼群は再び魚雷を発射するが、発射と同時にそれを探知した第三三戦隊の回避運動であっさり回避される。

 逆に深雪と蒼月の砲撃がPT小鬼群の残り二艇に着弾し始めると、一艇は艤装から激しく炎上しながら明後日の方向へと走り出し、もう一艇は火災の炎と黒煙を上げ、生き足を止める。白い水蒸気が黒煙に代わってその姿を包み隠し、六人のソナーに沈没していくPT小鬼群の艤装の破壊音が入る。

 操舵不能になってどこかへと走り去っていくPT小鬼群に止めはいらないと判断した愛鷹は、砲撃目標と進路を変更した。

 五分と経たずに第三三戦隊六人全員の目にル級一隻、ワ級二隻、ツ級一隻、ハ級二隻の艦隊が目に入る。

 射撃グリップを操作して目視による直接照準をル級に合わせた愛鷹は、五人に射撃指示を発令した。

「各艦、随意射撃。各個に撃ち方始め!」

「てぇーっ!」

 主砲艤装を構える青葉が射撃号令を発した直後、六人全員の主砲の砲門に発砲の火焔が迸った。

 




 感想評価ご自由にどうぞ。
 次回も第三三戦隊の戦いを描いていきます。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第五九話 転換点

 2022年夏イベ前に投稿です。
 ピクシブの方で異聞坊ノ岬イベントの小説も投降し始めましたのでそちらもよろしくお願いいたします。


 第三三戦隊から放たれた砲弾が空中を飛翔していき、各自が狙った深海棲艦の傍に着弾の水柱を突き上げる。

 愛鷹が狙っていたのはル級flagship級だった。唯一ル級と正面から砲撃戦を挑んで打ち勝てる見込みがあるのが愛鷹の四一センチ主砲だけに、自然と彼女がル級を相手取る事になっていた。

 青葉と衣笠はツ級を、夕張と深雪、蒼月はハ級を攻撃していた。

 相手もflagship級とだけあって、回避運動にキレがあり第三三戦隊の砲撃も初弾は易々と躱される。

 次弾装填を行っている間に深海棲艦側も輸送艦であるワ級まで備砲で反撃を行って来た。ワ級と言えど、一隻は巡洋艦レベルの火力があるflagship級なだけに侮れない。

「てぇっ!」

 射撃の号令の一言と共に愛鷹は射撃トリガーを引き、手動照準でル級に指向された四一センチ主砲五門が発砲の火焔を砲口から迸らせ、反動で砲身を交代させる。

 撃ち出された一式徹甲弾改が轟音を上げて空中を飛翔していき、ル級の至近距離に着弾の水柱を上げる。

「第二射、近! 修正上げヒト(1)!」

 CIC妖精が射撃諸元の修正を行い、四一センチ主砲五門の砲身が微妙に仰角を変える。

 次弾装填中の愛鷹の耳に遠方からル級が放った射撃の砲声が聞こえて来る。本能的に直撃すると悟った彼女が鞘から刀を引き抜き、虚空を睨む。

 飛翔して来るル級の砲撃を見切った愛鷹の滑らかな剣裁きで彼女に直撃するはずだった二発の砲弾が切り裂かれ、鈍い金属音を上げて真っ二つにされた敵砲弾が無力化されて海上に落ちる。

 切り裂かれて無力化された砲弾の断片が愛鷹の周囲に水柱を突き上げて海中に沈んでいく中、再装填が終わった彼女の主砲が発射準備完了のブザーを鳴らす。

「発砲、てぇっ!」

 射撃号令と共に引かれた射撃トリガーが五門の主砲に発砲を促し、連続した五回の砲声が愛鷹の艤装から轟く。

 発砲した砲身から燃焼ガスが噴き出された後、砲身を一旦水平にして再装填を行う。

 再装填中、愛鷹の目が放たれた自分の射撃の成果を確認する。

 狙われていたル級も当たると感じたのだろうか、取り舵に切って回避運動を図り、攻撃を躱す。惜しい所に愛鷹の放った砲撃が着弾する。

 応射の発砲炎をル級が艤装に瞬かせると、海上に砲声が轟き、程なくして虚空からル級の放った砲弾が愛鷹へ降り注いだ。

 取り舵に切った分、諸元が微妙に狂ったのか砲撃は彼女の周囲に水柱を突き立て、何発かが愛鷹の直下で水中弾となって爆発する。

 足裏からドドンと言う爆発音が響き突き上げるような衝撃が足元から伝わるが、主機にも舵にも被害は無い。

 次は当てる、とル級を見据えて愛鷹が再装填が終わった主砲の射撃トリガーに掛ける指に力を込めた。

 

 四一センチ主砲の砲声が砲口から砲煙と火焔を伴って放たれた時、青葉、衣笠の二人が狙うツ級の艤装に二人からの砲撃が一発ずつ着弾する。

 軽巡級と言えど流石にflagship級なだけあり、ツ級は二人からの砲撃の直撃弾二発程度で参る相手ではなく即座に立て直して反撃の砲撃を青葉へと放つ。

 身体そのものを右に傾けてツ級の砲撃を躱してのける青葉が主砲を構え直し、照準をツ級へと合わせる。衣笠からの暗黙の発砲用意良しの合図を受け取るや青葉は射撃トリガーの発射ボタンを押し込んでいた。

 青葉の右肩に担がれている主砲艤装の二〇・三センチ三号砲四門が発砲の火焔を砲口から放つと、ほぼ同時に衣笠の両手持ちの二基の主砲と左足の主砲の計六門からも砲撃の火焔が放たれる。

 二人からの砲撃に対してツ級も速射で応戦を試み、青葉の周囲に砲撃の雨が降り注ぐ。

 回避能力に優れるツ級なだけあってそう簡単に直撃弾は得られないが、青葉と衣笠にも被弾は無い。

 何度目か分からない砲撃を躱した後、スナップショットの要領で青葉が砲撃を放った後、ツ級の艤装に青葉の砲撃が直撃する。

 ぐらりとツ級が体勢を崩したところへ畳みかける様に衣笠からの砲撃が降り注ぎ、ツ級の火器が軒並み破壊される。

 それでもなお屈しないツ級は生き残っていた魚雷発射管を青葉へと指向するが、その魚雷発射管から魚雷が射出される前に青葉と衣笠が放った斉射の射撃が着弾した。

 二人からの集中砲火計一〇発が直撃するとツ級は悶え苦しむ様にのたうちながら炎に包まれて海上に倒れ込む。火災の炎が海水とせめぎ合い水蒸気の白い煙を周囲に噴き上げる。

「ツ級flagship級の撃沈を確認」

 癖でヘッドセットに吹き込んでから、今は強力な羅針盤障害で使用不能になっている事を青葉は思い出す。

 次に狙うは……と目標を見定めた青葉は衣笠にハンドサインを送って青いオーラを放つワ級に射撃の照準を合わせる。

 よく見ると青いオーラのワ級はこれまでに確認されているワ級とは少し違った外見をしていた。何かの電子戦アレイの様な構造物がその艤装にいくつも突き立っている。

 電子戦型のワ級、と言う仮説はあながち間違っていないのではないか、と狙いを付けたワ級を睨みながら青葉は衣笠と共に青いオーラのワ級へ砲撃を開始する。

 するとそれまで夕張と深雪、蒼月に対して牽制射撃感覚で備砲で応戦していたワ級flagship級が増速をかけ、青葉と衣笠の砲撃の間に割って入った。

 青いオーラのワ級は装備が重いのか動きが鈍いのに対してワ級flagship級はそれよりかはまだ自由が効く方だ。二人からの砲撃に割って入ったワ級の艦上に直撃の閃光と火炎が立ち上がる。

「盾になった⁉」

 目を剥いて驚きの声を上げる衣笠と違って、狩人の目になった青葉は良いでしょう、ならまずはそちらから始末してあしあげましょう、と決めると左足にマウントされた魚雷発射管をワ級flagship級へ指向する。

「発射管一番二番、用意良し……てぇーっ!」

 左足の魚雷発射管から二発の魚雷が圧搾空気で撃ち出され、海中へ飛び込むとモーターを駆動させて馳走を開始する。

 備砲で青葉と衣笠に牽制射撃を試みるワ級flagship級へ見えない航跡を引く酸素魚雷二発が忍び寄っていく。ワ級にはソナーが備わっていないのか、青葉の放った魚雷に気が付く様子は無い。ましてや青葉が放った魚雷は航跡をほとんど引かない酸素魚雷だ、視認する頃には回避は困難だろう。

 腕時計を見て命中の時を待つと、ワ級flagship級の左舷の舷側に魚雷二発の命中の火焔が突き上がる。火炎は黒煙へととってかわられ、夥しい浸水によってワ級flagship級は大傾斜を始める。

 情け無用とばかりに青葉と衣笠からとどめの砲撃が浴びせられ、左舷に傾斜するワ級の艤装に着弾の閃光と火炎がいくつも走る。

 積載物資に引火爆発したワ級flagship級が大爆発を起こし、きのこ雲状の黒煙を海上に立ち上らせる。

 邪魔になっていたワ級flagship級を撃沈し、改めて砲撃目標を青いオーラのワ級へ定めた青葉と衣笠は鈍足で離脱を試みる青いオーラのワ級へ砲撃の火蓋を切った。

 装備が重いのか、回避運動を試みる青いオーラのワ級の動きは鈍く、青葉と衣笠の砲撃は初弾から命中を果たした。

 電子戦アレイの様な構造物が吹き飛び、火災の炎が青いオーラのワ級を包み始める。

 すると、突然青葉のHUDが「RESTART」の文字を表示すると、「HUD ONLINE」の表示が続けて現れ、電探、通信、データリンクの全てが復旧を果たした。

「HUD再起動。え、あいつに砲撃を当てたら治ったんだけど……」

 何が起きたと衣笠の毒毛を抜かれた様な反応に対し、青葉は確信を持っていた。

 あの青いオーラのワ級は電子戦タイプのワ級だ。電探、通信、航法管制、データリンクの全てを強力な羅針盤障害でジャミングする新型種。

 だが防御力はさほどでもない。電子戦アレイを艦上に付き合立てている関係上、それらが破壊されてしまうと一気にその価値を喪う。電子戦アレイには装甲の類は施せていない様だ。

「電子戦型ワ級、さしたありデンワとでも呼ぶべきかな」

 その場での思い付きの略称を口にしながら衣笠とのデータリンクを復旧させると統制砲撃で電子戦型ワ級に止めの砲撃を浴びせる。

 二人からの砲撃に内部の電子機器がショートしているらしい火花を散らしながら、電子戦型ワ級が大火災の炎に包まれ行き足を止める。

 HUDが復旧したとなれば数的有利も相まって第三三戦隊が優勢となっていた。

 愛鷹のHUDも復旧し、射撃に必要な全制御系が元通りの表示をHUDの画面に表示する。

 

 今更治ってもね……と胸中でつぶやきながら既に何発か当てているル級に精度が向上した砲撃を叩き付ける。

 四一センチ主砲弾を何発か被弾して損傷を重ねていたル級に、精度が元通りになった愛鷹からの五発の砲弾が直撃する。

 轟音と共にル級の艤装から破片が舞い上がり、吹き飛んだ砲塔や艤装の破片が海上にまき散らされる。

 尚も屈しないル級に対し、愛鷹は左手に構えた刀を手にル級へ転進するや最大戦速で接近し、まだ稼働しているル級の主砲の砲身を切り落とす。

 ぎらりとル級が愛鷹を睨みつけて来るが、冷徹な愛鷹の目が見返した時、彼女の主砲がル級の鼻先に向けられていた。

 死刑宣告の様な再装填完了のブザーと発砲のブザーが鳴り響き、ル級のゼロ距離から愛鷹は砲撃を撃ち込んだ。

 ゼロ距離射撃に戦艦のル級が吹き飛ぶ一方、反動を生かして愛鷹は後方へと軽いステップで下がる。

 艤装深くに撃ち込まれた五発の砲弾が誘爆を引き起こし、ル級がもがく中眩い閃光と轟音を発して弾薬庫が誘爆してル級が爆発四散する。

 海上に火焔と黒煙を立ち昇らせて海中へと没していくル級の残骸を見つめながら、愛鷹は復旧したHUDのレーダー表示で他の深海棲艦の状況と第三三戦隊の被害確認を取る。

 こちらの被害はゼロで、夕張と深雪、蒼月の三人の集中砲火を浴びたハ級は早々に轟沈して全滅していた。蒼月の長一〇センチ高角砲の連射でハ級が五分と経たずに被弾して轟沈していたが、砲身を摩耗してしまっており、夕張に手伝ってもらいながら砲身交換を行っていた。

 二隻のワ級も撃沈。特に青いオーラのワ級に青葉と衣笠がダメージを与えてから羅針盤障害の全てがクリアになっていた。

 あの青いオーラのワ級はやはり羅針盤障害を引き起こす中核となっていた艦だったかと愛鷹が考え込んでいると、コマンチ1-1との通信が繋がった。

 

(コマンチ1-1より愛鷹へ。聞こえるか?)

「感度良好です、どうぞ」

(そちらへ向かう深海棲艦の艦隊を捕捉した。参照点より方位一-八-〇。艦種特定、軽巡へ級flagship級一、重巡ネ級elite級二、防空巡ツ級elite級一、駆逐艦ハ級後期型elite級二)

 

 別動隊が援護に来た様だった。どうするか、このまま交戦するか、それとも一旦引くか。

 データリンクを介して敵艦隊の位置と母艦である「ズムウォルト」の場所を勘定して、やり過ごすのは無理だと悟る。

 

「戦闘部署はそのまま、二戦目用意!」

「またお客さんかよ」

 やれやれ、と頭を掻きながら深雪が両手持ちの主砲を構え直す。

 さっきまでの電子機器の目を封じられらた戦いと違い、今度はコマンチ1-1の支援を受けらる分、分がいい戦いが出来そうだった。

 リンク17と呼ばれる艦娘用データリンクがコマンチ1-1との間で接続されると、HUDにコマンチ1-1が捉えた深海棲艦艦隊の動向がリアルタイムでハイライトされた。

「右主砲戦用意!」

 砲戦準備を命じる愛鷹の号令に合わせて第三三戦隊の仲間五人も右舷側へと主砲を指向する。

 羅針盤障害による第三三戦隊の電子機器攪乱と言うアドバンテージを喪ったにも拘らず、深海棲艦艦隊は吶喊を止めようとしない。弔い合戦と意気込んでいるのだろうか。

 撃ち方用意、と射撃グリップのトリガーに指をかけた時、再びコマンチ1-1から通信が入る。

(警告、新たなボギーを探知。遠いが、そちらへ向かっている。艦種は現在特定中、解析完了次第追って知らせる)

「了解」

 ヘッドセットに確認の旨を吹き込んで射撃グリップに手を戻す。射程距離に収めているが、必中を期してもう少し距離を詰めておきたい。

 愛鷹が狙うのはネ級elite級。自然とだが彼女が狙う目標が敵艦隊の中でも最も脅威度の高いと判断したネ級だった。

 五門の主砲の砲身が仰角を取ってネ級へと砲口を差し向ける。真っすぐにへ級を先頭にして単縦陣で第三三戦隊へと突撃する深海棲艦に対して、第三三戦隊は丁字有利を描いていた。

「撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

 凛とした愛鷹の射撃号令がその口から発せられると、引き絞られた射撃トリガーの攻撃信号を受けた五門の四一センチ主砲が発砲の火焔を放つ。

 轟々とした砲声が五回轟き、砲弾五発がネ級elite級目掛けて飛翔していく。

 砲弾の接近を悟ったネ級が回避運動を試みる中、その周囲を包み込む様に五発の主砲弾が着弾する。

 包み込む様な着弾の水柱にネ級が右に左にともみくちゃにされる中、射程に収めた青葉、衣笠も砲撃を開始する。

 二人の砲撃はもう一隻のネ級elite級に向けられていた。頭を抑えた丁字有利を第三三戦隊は引いているだけあって、深海棲艦に対して有利な砲撃を浴びせていた。

 青葉型の二人から集中砲火を浴びせられるネ級elite級が応射の構えをとる中、ツ級とハ級の三隻が増速して前に出て来る。

 主砲を撃ち散らしながら前進して来たツ級とハ級に対して夕張と深雪、蒼月が前に出て対応を始める。

 夕張の一四センチ連装砲と深雪の一二・七センチ連装砲、蒼月の長一〇センチ連装高角砲が攻撃の火蓋を切り、間断の無い砲撃の雨をツ級とハ級へ浴びせ始める。

 勿論ツ級とハ級も撃たれっ放しではなく、主砲射程に収めた夕張、深雪、蒼月に砲撃を開始し、応射を開始する。

 応射を開始するツ級とハ級に対して、夕張と深雪が一発一発の精度を重視した射撃を返すのに対し、蒼月は長一〇センチ高角砲の速射性を生かした猛砲撃をハ級へ浴びせる。

 接近を許さない蒼月の猛砲撃にとらわれたハ級が被弾の火焔を艤装に走らせ、姿勢を崩すとさらにそこへ蒼月から次弾が次々に着弾する。

 次弾装填が速い長一〇センチならではの速射にハ級が瞬く間に反撃能力を喪って海上に燃える松明と化して停止する。

 反撃らしい反撃すら出来ない内に蒼月によって無力化されたハ級と違って、残るツ級とハ級それぞれ一隻はしぶとく夕張と深雪との砲火を交える。

 砲撃を行う夕張はツ級の姿を見てぎりっと歯を噛み締める。この間キース島からの帰路でツ級に手痛い一撃を食らって戦闘不能にされた苦い経験は記憶に新しい。

 右手に持つ一四センチ単装砲と艤装左右両舷にマウントされた二基の一四センチ連装主砲の狙いをツ級に定め、引き金を引く。

(片目を瞑ってよーく狙う……)

 狙いを澄ました夕張の砲撃がツ級の至近距離に着弾の水柱を立ち上げる。射角を微妙に修正し、修正データを入力し終えた主砲の引き金を引き絞る。

 愛鷹や青葉型のモノよりも小口径な分、軽めの砲声が夕張の艤装から発せられ、赤く光る砲弾がツ級へと飛翔していく。カウンターの一撃をツ級が放つのを見た夕張が面舵に舵を切って回避する中、夕張の放った砲撃がツ級を捉える。

 二発の一四センチ砲弾の直撃を受けたツ級がぐらりと一瞬その身を揺らがせる。火災の炎を艤装から上げながらも何とか立て直したツ級が夕張へと反撃の砲撃を放つ。

 そこへ、ハ級を始末した蒼月が援護射撃を開始し、ツ級の艤装に長一〇センチ高角砲の砲弾が次々に着弾し始める。

 とは言え、ツ級もelite級なだけあってなかなか怯む事無く夕張へ砲撃を継続する。

 周囲に林立するツ級からの砲撃の水柱を右に左にジグザグ運動で回避し、落ち着いて照準を合わせた一四センチ主砲の引き金を引く。

 砲声が響き渡り、発砲時の砲煙が砲口からなびく。次弾装填を急ぐ中、ツ級に夕張の主砲弾四発が直撃するのが見えた。手痛い一撃になったのか、ツ級が速力を落とし始める、艤装上で発生している火災は勢いを増し、悶え苦しむ様にツ級が身をよじらせる。

 砲撃も回避運動も出来なくなったツ級に夕張がとどめの砲撃を浴びせると、ツ級の艦上でひときわ大きな爆発が走り、そのまま倒れ込む様に海中へとその身を没していった。

 前へ出て来たツ級とハ級をそれぞれ一隻ずつ撃沈した第三三戦隊だったが、ネ級とへ級は未だ健在だった。

 健在とは言ってもツ級とハ級合わせて二隻が撃沈された頃には青葉と衣笠から撃たれていたネ級にも直撃弾が出始め、愛鷹と交戦していたネ級に至っては二発の直撃を受けていた。

 被弾のダメージで攻撃に勢いに衰えが見え始めるネ級二隻に愛鷹、青葉、衣笠は砲撃を継続する。被弾によって目に見えて回避能力が低下したネ級の艤装艦上にさらに直撃の爆破閃光と火炎が走る。

 愛鷹が放った四一センチ主砲弾を更に被弾したネ級が力尽きた様に海上に倒れ込み、そのまま海中へと身を沈めて行く。

 青葉と衣笠から集中砲火を浴びていたネ級は何とか一発を青葉の至近距離に着弾させ、破片で青葉の右腕にかすり傷を負わせたが、それが限界であり、衣笠からの援護射撃を受けた青葉の砲撃を受けてネ級が艤装で発生した火災の炎に包まれる。

 一方、ハ級と交戦する深雪は思いの他彼女の砲撃を躱してのけるハ級に手こずっていた。

 苛立ちの舌打ちを何度もしながら深雪の主砲がハ級へ何度目か分からない砲撃を行う。

 ハ級へ放たれた主砲弾が回避に徹するハ級の舷側に着弾の水柱を突き立てるが、ダメージを与えるには至らない。

 そこへ夕張を支援していた蒼月が今度は深雪の支援に回って来た。長一〇センチ高角砲の連射音が海上に響き渡るや、ハ級の行く手を阻む様に砲弾が次々に着弾し始める。

「今だ!」

 チャンス、と口にした深雪の斉射がハ級に向かって飛翔していき、今度こそハ級の艤装上に直撃の閃光が走る。

 当たってしまえばこっちのものだ、と深雪が次弾装填を終えた主砲を向けて引き金を引く。撃ち出された砲弾がハ級に次々に着弾し始めるが、ハ級は尚も反撃の砲火を撃ち出す。

 至近距離に着弾し、自身の背丈を超える高さの水柱を掻い潜り、水柱の海水を浴びて白い蒸気を上げる主砲の砲身を見やりながら深雪は再装填が終わった主砲の発射トリガーを引く。

 口笛の様な飛翔音を立てて飛翔していく深雪の主砲弾がハ級の艤装に着弾し、ハ級が大きく姿勢を崩す。畳みかける様に深雪が砲撃を続行し、蒼月も援護射撃を継続する。

 ようやくハ級が沈黙し、艤装上で発生した火災の炎に包まれて停止した時、深雪と蒼月の主砲の砲身からは白い煙が立ち上がっていた。

「やべえな、ちょっと撃ち過ぎたかもしれねえ」

 予備砲身を備えている蒼月と違って深雪には予備の砲身は備えられていない。ただ、深雪の場合は砲身が摩耗したと言うよりはオーバーヒートしたと言うべきだろう。

 蒼月の長一〇センチは連射をし過ぎた結果早くも砲身が摩耗しており、自動で摩耗した砲身が排出されると、蒼月の手で太ももに備えられた予備の砲身に交換する作業が行われていた。

 二人が主砲のクールダウンタイムを挟んでいる間、ツ級を仕留めた夕張はへ級へと向かい、主砲で牽制射撃を行いつつ、甲標的を発進させる。

 近くでネ級と交戦する愛鷹の砲声に遮られて甲標的の航走音を聞き逃したらしいへ級に向かって、甲標的が二発の魚雷を発射する。

 すぐ傍で発生した魚雷の馳走音に気が付いたへ級が回避運動を試みるが、間に合わず魚雷一発が直撃する。当たり所が悪かったのか、へ級が海上に大爆発の火焔を立ち上げて轟沈し果てる。

 残存する深海棲艦が全艦撃沈されるのを確認した愛鷹はヘッドセットの通話ボタンを押して、全員の安否を確認する。

 異常なし、の返事が五人から返されると、愛鷹は安堵の溜息を深々と吐いた。溜息を吐くと微妙に胸に痛みが走るのを感じ、タブレット錠剤を口に入れて調子を整える。

 戦隊再集結をかけていると、別方位から接近する敵艦隊の解析に当たっていたコマンチ1-1から続報が入る。

 

(接近する敵艦隊の解析完了。空母ヲ級flagship級二隻、重巡ネ級elite級二隻、軽巡へ級flagship級一隻、防空巡ツ級一隻、駆逐艦ナ級elite級二隻、ハ級後期型三隻、不明艦一隻)

「不明艦……?」

 聞き慣れない不明艦と言うワードに反応する愛鷹にコマンチ1-1は(先に確認された新型戦艦かも知れない)と返す。

 データリンクを介して敵艦隊の位置情報を確認する。数で劣る上にヲ級flagship級二隻が随伴しているとなると、流石に荷が重い。幸い、今から「ズムウォルト」に撤退すれば、振り切れそうだ。

 だが、当初の目的である新型戦艦の戦闘能力の評定と言う任務がある事を愛鷹は思い出す。

 ヘッドセットの通話ボタンを押して、「ズムウォルト」で待機している瑞鳳と連絡を取る。

「瑞鳳さん、出番です。方位一-三-〇から第三三戦隊へ接近を図る敵艦隊に戦闘機隊と観測データ収集のための天山二機を上げて下さい」

(戦闘機隊は何機上げますか?)

「可能な限り多数を。相手にはflagship級のヲ級が二隻います。強襲航空偵察になりますから可能な限り多数の戦闘機を上げて、敵新型戦艦の達空戦闘能力の評定を行って下さい」

(……了解しました)

 対空砲火の中に鍛錬を共にしてきた航空妖精を突っ込ませると言う事に引け目を感じる瑞鳳だったが、僅かな間をおいて承諾する旨を返す。

 

 深海棲艦の新型戦艦の対空戦闘能力を調査するべく瑞鳳が発艦させた威力偵察攻撃飛行隊は烈風改二が二四機、天山一二型甲改二機の計二六機だった。

 発艦した威力偵察攻撃飛行隊は帰投する第三三戦隊の頭上をすれ違い、追撃を仕掛けて来る敵艦隊に迫った。

 上空直掩についていたタコヤキこと深海猫艦戦四機がインターセプトの為に進路を変更し、更にヲ級flagship級二隻からそれぞれ四機が発艦する。

 計一二機の迎撃機に対して、威力偵察攻撃飛行隊の先頭を切るゴーレム1の航空妖精が目視するや「タリホー」と敵機発見をコールする。

(全機エンゲージ、迎撃機を排除せよ)

 コマンチ1-1からの攻撃許可を受けた烈風改二の航空妖精が一斉に「了解」と返し、交戦距離に収めたタコヤキに対して攻撃を開始する。

 空に発動機の唸り声が鳴り響き、旋回するタコヤキの飛行音がそれに交じる。双方の射撃音が飛び交い、赤い曳光弾が互いを捉えようと絡み合う。

 早々に被弾したタコヤキ数機が推力と揚力を喪って高度を落としていく。一方烈風改二もストライダー2が被弾し、戦線離脱を余儀なくされる。

 照準を合わせたタコヤキに銃撃を浴びせ、着弾の閃光と破片が飛び散るのを確認したガーゴイル1の航空妖精が僚機からの警告に、虚空へと振り返る。

 二機編隊を組んだタコヤキが烈風改二に下方から襲い掛かろうとしていた。狙われていた烈風改二のガーゴイル1の航空妖精は即座にバレルロールし、左垂直旋回でブレイク、僚機が援護に回る。

 タコヤキ二機から射撃時間が長めの銃撃が飛んで来るが、距離がやや遠かったのもあって全弾が虚空を掻く。

 操縦桿を倒し、フットバーを踏み込み、スロットルを押し込んで全速旋回した烈風改二が編隊を組み直して襲い掛かって来た二機のタコヤキト正対する。

「敵機、ヘッドオン。ガーゴイル2いくぞ!」

(了解!)

 正対した状態からタコヤキに対してガーゴイル1の航空妖精が射撃トリガーを引き絞った時、同じように機関砲の射程内に捉えていたタコヤキからも銃撃が飛んで来る。

 ダッチロールで銃撃を躱した航空妖精は、僚機のガーゴイル2も左ヨーでタコヤキの攻撃を躱したのを確認する。

 一方のタコヤキ側はこちらの攻撃を食らって黒煙を引きながら高度を落としていく。致命傷ではない様だが、かと言って戦闘可能な訳でもないようでそのまま戦闘エリアから離脱していくのが見えた。

 無線からは他の烈風改二の航空妖精がタコヤキを圧倒しているのが伺えた。

(右だ、右旋回!)

(ガンズガンズガンズ!)

 銃撃音が何度となく響き渡ると数で劣勢のタコヤキがまた数機、撃墜される。

 こちらが優勢だな、と確信したガーゴイル1の航空妖精は天山二機がいる方を振り返って、安否を確認する。

「フェーザント1、2、無事か?」

(高みの見物中だ。そちらが優勢なのが良く分かるぞ)

「無事なのは何よりだ」

 安堵した時、僚機のガーゴイル2がガーゴイル1に向かってバンクした。

 何だ? と僚機を見ると眼下を見ているガーゴイル2から無線で連絡が入る。

(敵艦隊を目視で確認、三時方向下方)

 ガーゴイル2が言う方向をガーゴイル1も見ると、一二隻の深海棲艦艦隊が引く航跡が紺碧の海上に引かれているのが確認出来た。

「了解、こちらでも見えた。ガーゴイル1よりコマンチ1-1及び展開中の全機へ。ガーゴイル1と2はこれより降下し、敵新型戦艦の対空戦闘能力の評価を行う」

(ゴーレム1了解、気を付けて行えよ)

 ゴーレム1を始めとした各機から注意しろ、と口酸っぱく言われるのに対してガーゴイル1はまとめて分かったと返すと、ガーゴイル2と共に新型戦艦の方へと降下を開始した。

 見慣れた艦影に交じって一隻だけ見慣れない艦影が混じっていた。降下して来る二機の烈風改二に対して僚艦が対空射撃を開始するが、重い攻撃兵装を積んだ攻撃機と違い身軽な戦闘機なだけあって烈風改二の周囲に対空砲火の爆炎が咲く事は無い。

 フルスロットルで艦隊の中央に位置している新型戦艦へと突撃するガーゴイル1と2に対して新型戦艦が高角砲を撃ち始める。

 途端に機体の周囲でドンドンと爆発音が響き渡り、飛散して来た散弾が機体を叩く。

「⁉」

 敵新型戦艦の濃密な弾幕にガーゴイル1が驚きのあまり目を剥きながら、両手で操縦桿を握り、右に左に舵を切っ弾幕を回避する。

 空気を切り裂くような飛翔音と共に対空機関砲の射撃まで飛来し、掠った数発がコックピット内に不気味な音を立てる。

「ヤバい!」

 ブレイクして離脱を図ろうにも、今旋回したら速度が落ちて格好の的になる。かと言ってこれ以上肉薄するとさらに精度が上がった対空射撃が雨あられと飛んで来る。

 ええい、ままよと逆にスロットルレバーを押し込んで新型戦艦の方へと加速し、その艤装上へ射撃トリガーを引き絞る。

 機関砲弾の着弾の閃光が新型戦艦の艦上に走るのが見えたが、牽制射撃程度なので有効打にはなっていない。

 それでも何とかガーゴイル1はガーゴイル2と共に新型戦艦の頭上を通過し、離脱体制に入る。

 操縦桿を引いて上昇態勢に入った時、ガーゴイル1と2の突入を観測していたフェーザント1、2から通信が入る。

(敵戦艦の対空戦闘能力評価は充分だ。今すぐ離脱しろ)

「了解、これより」

 離脱する、と言いかけたガーゴイル1の左手で突如ガーゴイル2の機体が爆散した。

「ガーゴイル2!」

 僚機の突然の最期にガーゴイル1が叫んだその時、ガーゴイル1の烈風改二の左翼が新型戦艦の対空射撃で叩き折られた。

 制御を喪い左にぐるぐるとロールしながら急激に高度を落としていく烈風改二のコックピット内に、ガーゴイル1の航空妖精の悲鳴が響き渡るが、程なくそれは海中に突っ込んでばらばらになった機体と共に消え去った。

 

 無線越しにガーゴイル1が残した最後の悲鳴が途切れるのを瑞鳳は聞き届けた。

(ガーゴイル1、2、ロスト。脱出は出来なかった模様)

 二機が撃墜されるのを確認したゴーレム1からの通信に瑞鳳は右手に知らずと力が入り拳を作った。

「了解。全機、RTB」

 短くヘッドセットに吹き込んで通話ボタンから手を離す瑞鳳の背後で、飛行甲板へ出る水密扉のハッチが開く音と、コツ、と言う愛鷹の足音が聞こえた。

 飛行甲板の端に立つ自分へとコツコツと足音を響かせて歩み寄って来る愛鷹に背中を向けたまま、瑞鳳は虚空を見上げた。

「瑞鳳さん、航空偵察の結果は?」

 何も知らない愛鷹が瑞鳳に尋ねた時、片手に弓を持ったまま瑞鳳が振り向きざまに愛鷹に抱き着いて来た。

 な、なんだ、と愛鷹が驚く中、彼女の胸の中に顔をうずめた瑞鳳が「ちょっとだけ、こうさせてください……」と沈み込んだ声を出す。

 心境を察した愛鷹は軽くため息を吐くと、自分の胸の中に顔をうずめたままの瑞鳳の肩にそっと手を置いた。

 

 キール軍港の武本の元へ愛鷹からのフェロー諸島一帯の偵察結果の報告書が届けられたのはそれから一週間後の事だった。

 フェロー諸島近海に展開する深海棲艦は新型戦艦を含む艦隊を北極海方面艦隊増援総旗艦艦隊と呼称された上で、その他にも深海棲艦北極海方面艦隊とカテゴライズされた上で軽巡戦隊一個、警戒隊一個、重巡戦隊二個、連合艦隊編成の強襲部隊一個の水上艦隊が確認された。

 水上艦隊の数で言えばさほど問題はない。第三三戦隊の偵察作戦中に強力な羅針盤障害を発生させていた電子戦型ワ級を含む連合艦隊プラス、一個艦隊を殲滅しているのでフェロー諸島近海に展開する深海棲艦北極海方面艦隊の水上艦艇はさほど多くは無い。

 問題は三群も確認された潜水艦ヨ級の存在だ。どれもflagship級とelite級で構成されており、雷撃戦能力と合わせて侮りがたい脅威である。

 対抗する国連海軍の艦隊は日本艦隊から大和型戦艦二隻で構成された第一戦隊、第七航空戦隊の大鳳、第四戦隊の高雄、第二水雷戦隊の矢矧、第一一駆逐隊の艦娘、そして全艦隊の前衛を担う第三三戦隊を投入する事になった。

 この他に北米艦隊から戦艦ワシントンを旗艦に空母サラトガ、重巡ヒューストン、軽巡ヘレナ、駆逐艦フレッチャー、ジョンストンからなる第九九任務部隊、英国艦隊から地中海戦線から引き抜かれた軽巡ユリシーズと装甲空母ヴィクトリアスの二人とドイツ艦隊のビスマルク、重巡プリンツ・オイゲン、装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペー、駆逐艦マックス・シュルツの四人を合わせた英独合同任務部隊が投入されていた。

 日米英独の四か国からなる国連海軍合同任務部隊は既に集結地キール軍港で艦隊運動訓練を入念に行っており、いつでも出動可能な状態だ。

 総勢二九名の艦娘を支援するのはヴァルキリー級大型支援艦「マナナン・マクリル」。沖ノ鳥島海域での戦いで投入された「しだか」の同型艦だ。

 キース島からフェロー諸島一帯偵察任務にあたる第三三戦隊を支援し続けた「ズムウォルト」は一時、補給と整備、乗員の休息の為にキール軍港に留め置かれる。

「北海を我が物に奪還出来れば、欧州での戦況も潮目が変わるかも知れんな」

「まだ分からん」

 コーヒーを差し入れて来たターヴィの楽観的な発言に武本は首を振る。

「ス級はまだ五隻健在だ。戦艦水鬼や空母棲姫等もいる。それにアンツィオに居座っている謎の深海棲艦も気になる。

 北海でケリを付けられるとしても、地中海戦線で泥沼化する可能性は充分あり得る」

「ま、それは確かにそうだな」

 自分のコーヒーカップを片手にターヴィは頷く。

 辛うじて地帯戦術の結果、海上での戦いは五分五分に持ち込めているし、陸上部でも北米方面軍から引き抜かれた二個師団の増援もあって戦線は膠着状態に入っていた。 

 アンツィオを失陥後、国連軍はローマに全体防衛線を敷いて深海棲艦の侵攻を食い止めており、一部地域では反転攻勢に出られるほど立て直していた。

 一方、分断された結果補給が経たれたナポリは放棄が決定され、イタリア半島南部防衛線は縮小が進み、市民の避難はアドリア海を経由してクロアチアへと脱出が進められていた。

 イタリア半島南部から脱出してきた大量の避難民が流れ込んだクロアチア国内では早くも国連本部に対して人道支援の増強を求める声が寄せられ、国連の人道支援団体が避難民のケアに回っていた。

 イタリア半島南部に取り残された国連軍は避難民を輸送する輸送機がクロアチアからイタリアへ戻る際に補給物資を満載して補給を継続しているが、それでもじりじりと劣勢に立たされつつあった。

 どうにもならないのがス級による長距離艦砲射撃であり、ス級の連日の様な艦砲射撃でアンツィオ以南のイタリア半島南部ティレニア海側の港湾都市は軒並み壊滅し、国連軍は充分とは言い難い補給も相まって防衛線を内陸部に形成して守勢に回らざるを得ない状況だ。

 一回はMQ170無人機によるス級への航空攻撃が実行されたものの、深海棲艦の猛烈な対空射撃とタコヤキなどの戦闘機部隊を前に全機撃墜の憂き目にあっている。

 どうしても海上からの艦隊決戦でス級を仕留めるか、艦娘による砲撃弾着観測をもって撃破するしかないようだった。

 前者の場合、現状ス級に対抗しえる火力の艦娘がいない為、苦戦は必須だ。後者も弾着観測を行う艦娘が無力化されてしまえばそこまでであるが、現状最も犠牲が少なくて済む方法でもある。

「誰も死なせたくはない……」

 今年だけでも戦死した艦娘はノーザンプトン、スプリングフィールド、メルヴィン、エクセター、霞、浦風、鈴谷、ヴィクトールの八人。

 おいそれと補充が効かない艦娘戦力だし、艦娘も一人の人間だ。特別扱いのし過ぎも考え物とよく言われるとは言え、過去に「命を消費する」行いに関わっただけに部下をこれ以上喪いたくないと言う切実な思いが武本の中で膨らんでいた。

 

 キール軍港に第三三戦隊が帰着してから三二時間後、支援艦「マナナン・マクリル」はフェロー諸島へ向けて出港した。

 半減上陸休暇すら無しの再出撃となった第三三戦隊のメンバーは、「ズムウォルト」から「マナナン・マクリル」へと拠点を移し、船室で作戦前の僅かな休憩を挟んでいた。

 夕食を摂った愛鷹は「マナナン・マクリル」の艦尾のキャットウォークに出ると、一人葉巻を吸って一息入れていた。

 葉巻を吸うと葉先でチリチリと小さな音が立つ。愛煙家の愛鷹にとっては至福の時間でもある。

 艦尾側へと延びる航跡を眺めていると、傍の水密扉が開き、大和が艦内から出て来た。

「あら、邪魔しちゃったかしら?」

「別にいいわよ」

 申し訳なさそうな顔になる大和に吸った煙を吐きながら返す。

 愛鷹の隣に立った大和はキャットウォークの手すりにもたれかかって海を眺める。

 特に話す事も無いらしい大和に愛鷹は何気なく話題を振る。

「改二重が実装されたそうね」

「ええ。私も航空戦艦よ。貴女ほどの制空戦闘能力がある訳じゃないけど」

「火力では圧倒的に大和が上じゃない。羨ましいわね」

 軽くため息を交えて言う愛鷹に大和はごめんなさい、と謝る。

「別に責めてる訳じゃ無いわよ」

 苦笑交じりに返しながら愛鷹は葉巻を吸う。

「まあ……やっぱり羨ましいわね……五一センチ砲の火力は」

 吸い込んだ煙を吐きながら空を見上げて呟く愛鷹に大和は無言を返す。

 二人に足元から響く「マナナン・マクリル」の機関音や艦内放送で乗員を呼び出すアナウンスが時折流れる以外は静かだ。

「静かね」

「ええ」

 また何気なく言葉をかける愛鷹に大和は海を眺めながら頷く。

 葉先が短くなってきた葉巻を吸う愛鷹にふと大和は海へ向けていた視線をもう一人の自分に向けて聞く。

「もし、今以上の艦種の艦娘になれる時があったら貴女はなりたい?」

「……具体的に言ってもらえないかしら」

 微妙にぼかした発言をする大和に愛鷹は意図をはっきり言う様に促す。

 軽く溜息を吐いた後、大和は愛鷹に向き直って改めて問う。

「貴女も戦艦艦娘になる事が出来たら、なりたいかしら?」

「私が、一体どういう戦艦になると……? 大和型改二以上の戦艦艦娘の構想があるとでも?」

 少し訝しむ様な目線で愛鷹は大和を見返す。見返す愛鷹に大和は真剣な眼差しで頷く。

 短くなった葉巻をシガーケースに仕舞い込むと愛鷹は大和に先を促した。

「私への改二重の実装後、あるプロジェクトの話を聞いたの。プロジェクト・ハリマ。ス級に対抗出来る火力を持つ戦艦艦娘の艤装の開発計画」

「……適正者が現れたと言う事? でも、大和型を凌ぐ戦艦は第二次大戦以降一隻も計画されていないわ……どうやって艤装の特殊コアと適正者のエレメントを形成すると……」

 艦娘とは艦娘となる女性の中に宿る「第二次世界大戦時までに建造ないし計画された軍艦に関するあらゆる記憶」が艦魂となり、それが艤装の特殊コアとリンクする事で艦娘と言うエレメントを形成している。

 人工的に艦娘を作り出す事が極めて難しい要因がこの艦魂の元となる「記憶」を体内に宿している人間がいないからだ。

 そんな中で例外的に誕生したのが愛鷹である。彼女の艦魂は人工的に作り出された言わば疑似的な「記憶」である。やりようによってはいくらでも上書きして書き換える事も可能だ。

「まさか……!」

 考え込んでいた愛鷹は思い至った結論に思わずたじろいだ。

 自分の艦魂と特殊コアの内容を書き替えてしまえば、超甲型巡洋艦をベースに発展させられた航空巡洋戦艦に留まらない艦種へとさらに発展する事も可能なのである。

「そう、プロジェクト・ハリマによって開発が進む戦艦艦娘の艤装を使いこなせる艦娘は貴女だけ。

 貴女は知らなかったようだけど、過去にス級を何隻も撃沈してのけている貴女に着眼した国連軍技術開発部が貴女の艦魂のデータを基に開発を進めているそうよ。

 プロジェクト・ハリマが完成したら、貴女は戦艦艤装を与えられる」

「私が戦艦に……」

 元はと言えば愛鷹は大和型を凌ぐ戦艦になる筈だった。それが大和型改二の艤装の開発によって存在意義を失い、愛鷹は超甲型巡洋艦へと落とされた訳だった。

 気持ちの整理がつかない話に愛鷹はもう一本葉巻を吸いたい気分になる。しかし、あまり吸い過ぎると肺がんを発症する可能性が高まるので、いま二本目を吸うのは躊躇われた。ただでさえ短い寿命をより縮める事は流石に愛鷹もやらない。

「突然こんな話をされて戸惑うだろうけど、いつかは知る事になる事実だと思って伝えたの」

「拒否権はあるの?」

 そう問いかけて来る愛鷹に大和は意外な気持ちになる。

「戦艦になりたくないの?」

「私は……今ある自分が重要なの。別に高い世界を望んでいない訳では無いけど、今ある日常、艦娘としての人生、これが戦艦になった途端喪われる事があるのだとするのなら、私は戦艦になるのを辞退したいわ」

「でも、今のままじゃス級には勝てない」

 抑揚のある言葉で告げる大和に愛鷹は両手に拳を作った。言われずともその事は分かっている。

 しかし、もう自分にあるものをこれ以上失いたくないと言う一種の恐怖が愛鷹を束縛していた。故に戦艦になった際に今ある自分の全ての何か一つでも失われる事になるのだとしたら、それはそれで得る事よりも失う事の痛みが上回るだろう。

「大和は、私に戦艦になれと言うの?」

「強制する気は無いわ。でも、今の貴女ではス級と対峙した時、死の危険が極めて高い戦い方でしか倒す術がない。

 プロジェクト・ハリマで開発されている艤装を纏えば、貴女は死の危機を下げる事が出来る。一分でも一秒でも人としていきたい貴女の希望が実現する」

「力を手に入れると言う事は、何かを代償として失う事と同義よ。私は人間。艦娘と言う人よ。兵器じゃないわ」

 知らずと自分の意思を主張する愛鷹の言葉に力が入る。

 強い意志をもって自分を見る愛鷹に大和は無言で目を閉じると、キャットウォークへ出る艦内水密扉に歩み寄った。

「よく、考えておいて」

 それだけ言って大和は艦内へ姿を消した。

 

「ふーん、プロジェクト・ハリマねえ」

 ハッキングで入手した国連海軍の最新艤装開発情報を眺めながら、青葉は船室の自室に持ち込んだPCの画面に表示された記事の全文に目を通していた。

 大和型改二ですら対抗が困難とされるス級を、その新型艤装の火力で打ち破る最新鋭艦娘艤装。

 主砲は五五口径五六センチ三連装四基と言う破格の大口径主砲である。艦娘間データリンクも搭載しており、統制特殊砲撃も可能だ。

 大和型改二艦娘二隻を随伴艦としてデータリンクで接続して統制特殊砲撃を行った場合、サーモン北方に居座っている南方戦棲姫と戦艦レ級elite級二隻からなる強力な機動艦隊を文字通り瞬殺する事も可能と試算されている。

 その強力無比な新型艤装は巨大戦艦艤装であるにも拘らず、三〇ノット以上の高束力を発揮しえる機関を搭載しており、展開可能な防護機能の防御力も理論値上ス級の砲撃すら防ぐ事も可能だ。

 文字通り最強を目指した戦艦艦娘の艤装である。運用に当たってのコストは当然ながら破格ではあるが、それに見合った戦闘能力と言える。

 この艤装を運用する艦娘は既に候補者が決定されていた。

「愛鷹さん……」

 記事にある愛鷹の名を見て青葉は短くその名を呟く。

 人為的に作り出された艦魂の艦娘であるが故に、愛鷹はこの新型艤装を身に纏える唯一の艦娘であると言っていい。

 彼女自身の意思を別とすれば、この艤装が完成し、実戦に投入されれば国連海軍はス級に対抗出来る艦娘を手に入れたと言っていい。

 ス級に現状対抗するには艦娘による近接戦闘か、魚雷攻撃、砲兵隊による間接照準射撃くらいしか手は無い。航空攻撃でも無印のス級を大破させるのが関の山だったし、航行能力を奪うにまで至れなかった。

 それらの問題すべてを解決出来る火力の艤装。だが問題はその艤装を愛鷹が身に纏う事を承諾するか否かだ。

 運用予定の艦娘の意思を最初から想定していない中でスタートしている艤装開発に、青葉は愛鷹の事が哀れに思えた。

 生れた時から自分の意思など最初から無視された世界で育てられ、棄てられかけたクローンの艦娘だ。今は一定の居場所を保証されていると言え、存在を疎まう輩に未だに命を狙われている。有川中将率いる情報部が対応に当たっているので当面は安泰と見るべきだろうが、それとはまた別の愛鷹を悩ませる案件が出現したと言う訳だ。

「命は、玩具じゃないんだよ」

 静かなる怒りを込めて呟いた青葉はプロジェクト・ハリマの計画書の記事を消した。

 

 キャットウォークの手摺を掴んで愛鷹は眼下の海面に向かって吐血した。

 一服前に薬を飲んだはずのなのに、突然の発作に見舞われた身体が耐え難い痛みと苦しみを訴える。

 激しく噎せ込み、震える手でポケットからケースを出し、その中から錠剤を口に入れて何とか苦しみと痛みを抑え、肩で息をする。

「私の命は、一体なんなの?」

 自分の知らぬ間、知らぬところで進められるプロジェクト・ハリマの艤装。

 いつまで自分の意思は無視され続けるのか。

 無言の怒りに任せた彼女の拳が手摺を殴りつけた。

 

 

 深海棲艦の手に墜ちたアンツィオの上空を高速無人偵察機雲竜10が飛んでいた。

 中国製の高速無人偵察機は今では人間は一人もいないアンツィオの市街地上空を通り抜け、港湾部へと進路を変える。

 深海棲艦の電波妨害の影響で無人機とのデータリンクも三分に一回は発生する中で、辛うじて最新の電波妨害処置でドローンオペレーターの操縦を受け付けている状況だ。

 その雲竜10のカメラに、謎の深海棲艦が映される。

 カメラがズームアップして謎の深海棲艦を拡大撮影しようとした時、謎の深海棲艦が雲竜10に艤装を向けて砲撃を開始した。

 電波妨害の影響で満足な回避運動も出来ない無人機が成す術もなく撃墜される。

 しかし、その収音マイクは撃墜直前に謎の深海棲艦が放ったあるモノを国連海軍欧州総軍司令部に送り届けていた。

 

 

(ヒャーッ! キヤガッタ……カァ……ッ。オシオキ……シナイト……ネエ……ハジメルヨォッ!)

 

「しゃ、喋った……⁉」

 人間の言葉を介したことが今までなかった筈の深海棲艦が初めて明確に喋った事に司令部の一同は驚愕の表情を浮かべていた。

 その中で一人ロックウッドは喋った深海棲艦の声に既視感を覚えていた。

「聞き覚えのある声だな。だが、一体誰だ……?」




 久々のあとがきでの小ネタ紹介

 コマンチ1-1・「トップガンマーヴェリック」で終盤マーヴェリック達を管制していたE-2ホークアイのコールサインより
 プロジェクト・ハリマ・「レッドサンブラッククロス」の戦艦播磨より。
 支援艦「マナナン・マクリル」・「銀河英雄伝説DNT」に出て来るフィッシャー准将の座乗艦より。
 
 感想評価 ご自由にどうぞ。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第六〇話 フェロー諸島沖艦隊決戦 前編

 いよいよ北海戦線大詰めです。


 ブリーフィングルームに招集をかけられた艦娘二九名の艦娘を前に、支援艦「マナナン・マクリル」の艦長ハリソン大佐と副長のラップ中佐の二人が作戦指令書を片手に作戦前のブリーフィングを始める。

「作戦ブリーフィングを開始する。

 国連海軍による北海の深海棲艦掃討戦もいよいよ最終局面を迎えた。我々は現有戦力全てを上げてフェロー諸島沖合の深海棲艦北極海艦隊に艦隊決戦による決着を試みる。

 本作戦は四個艦隊を出撃させる。第一群は日本艦隊より大和、武蔵、高雄、矢矧、吹雪、叢雲、第二群は偵察及び艦隊前衛を担う第三三戦隊、第三群は北米艦隊、第四群は英独連合艦隊にて構成する。

 まず、第三群のサラトガと第四群のヴィクトリアスの航空戦力をもってフェロー諸島における航空優勢の確保を第一段階の目標とする。

 第二段階は確保された航空優勢支援の下、敵水上艦隊を捕捉、各個撃滅だ。今作戦では取り残し一つ無しの殲滅戦を司令部から命ぜられている。

 最終的には艦隊決戦をもって敵艦隊掃討になると思われるが、敵が必ずしもこちらの思惑通りに動くと限らない。

 そこで第二段階では前衛艦隊を務める第三三戦隊には空母大鳳と白雪、初雪を編入、敢えて艦隊の頭数を六の倍数外にして敵艦隊に早期捕捉される編成を逆利用し、敵艦隊を誘引。我が方の主力艦隊前面に敵艦隊主力を引きずり出してもらう。

 第三三戦隊は相対的に敵艦隊からの攻撃が集中する事になる。心してかかってくれ」

 深海棲艦に捕捉されない戦術、と言えば色々あるが、その内の一つに「艦隊の頭数を六の倍数で統一する」と言うのがある。

 不思議な事に六の倍数で組んだ場合、深海棲艦に早期捕捉される可能性がそれ以外の数で組んだ時よりも相対的に下がると言う研究結果がある。六隻を艦隊編成上の一単位とするのはこれが理由だ。

 第三三戦隊の様に七隻編成でも早期捕捉される可能性は低くなるが、七隻編成を一単位として七の倍数で艦隊編成の定数を増やすと深海棲艦に早期捕捉される可能性は極めて高くなる。

 大鳳と白雪、初雪を編入する事で一〇人編成になる第三三戦隊は、この早期捕捉されるリスクを敢えて犯すことで誘蛾灯の様な役目を担う事になる。

 敵艦隊が最初に差し向けて来る可能性があるのはやはり艦載機だ。ヲ級flagship級二隻から発艦した攻撃機や爆撃機が爆弾を抱えて押し寄せて来る可能性が一番高い。

 その点、誘蛾灯の役割を担う第三三戦隊は迎撃に特化出来る為、艦娘側として事前に用意すべき装備構成が簡単になるメリットがあった。

「艦隊の配置状況に関してだが、まず前衛は第二群の第三三戦隊。その後ろに第一から第四群の全軍を展開させる。

 第三三戦隊と後方の三群との距離は相互支援が容易な距離一五キロを維持する様に。

この海域では敵の潜水艦隊が多数出現している。対空警戒と共に対潜警戒を厳にするよう努めてくれ」

「第三三戦隊を誘蛾灯として扱うとして、おびき寄せた深海棲艦をどう攻略していくかですね」

 艦隊総旗艦を任される大和が腕を組んでブリーフィングルームの大画面モニターに表示される海図を注視する。

「敵の本隊主力艦は新型戦艦一隻、ヲ級flagship級二隻、ネ級elite級二隻。このうち新型戦艦の装甲がどの程度強靭なのかは不明。

 ちまちまと通常砲戦していたら狙いすました一撃を貰ってこちらが大破、と言う事もあり得るな」

 隣の武蔵が語る言葉に大和は頷きながら、新型戦艦の装甲くらいは大和型のデータリンク特殊砲撃で何とかなるかも知れない、と踏んでいた。

 問題は特殊砲撃を行えるまでに至れるかである。大和か武蔵のどちらかが新型戦艦との交戦前に大破してデータリンクが接続できなくなれば、特殊砲撃に賭けた話はご破算だ。

 一応ワシントンとビスクマルク、愛鷹もデータリンク接続で管制下に入れられとは言え、再接続にはある程度の時間がかかる。再接続中にワシントン、ビスマルク、愛鷹も撃破されてしまったら、ノーガードの殴り合いで決着をつけるしかない。

 艦載機による航空攻撃は勿論却下だ。随伴艦の対空戦闘能力はもとより、新型戦艦自体の対空戦闘能力が極めて高いから、サラトガ、ヴィクトリアスの航空団が最悪全滅する可能性すらある。

「可能な限り多数の随伴艦を減らす事が重要ね。幸い深海棲艦には新型戦艦以外に戦艦がいないわ。水上砲戦火力ではこちらが圧倒出来ている。

 航空戦力もヲ級flagship級二隻に対してこちらは対艦攻撃に用いる事が出来る空母が最低三隻もいる。航空優勢の確保さえ出来れば、航空攻撃で敵艦隊を削り落とす事も可能ね」

「私の航空戦力ですが、第三三戦隊にて誘蛾灯の役割を果たすと言う作戦綱領の関係上、今回は艦載機戦力の大半を戦闘機で固める必要があるので、実質対艦攻撃可能な空母の数はサラトガさんとヴィクトリアスさんの二人に留まります」

 忠告する様に口を挟む大鳳に大和は心得ていますと頷く。

 こちらが取れる戦術は、第三三戦隊に敵の航空攻撃を集中させ、敵艦載機戦力を削り落とし対艦攻撃が出来なくなるまで消耗させ、敵艦隊の打撃力の片方を削ぐ、と言うモノが最初の一手となるだろう。

 当然ながら第三三戦隊には激しい爆撃が降り注ぐことになる。ある意味では被害担当役と言える。

 初手からまずは第三三戦隊が深海棲艦の航空攻撃を一手に引き受け、他の三群に被害を一切出さなければそのあと反転攻勢で一気に敵艦隊を押しつぶせるかもしれない。

 第三三戦隊には面倒な役を押し付ける事になるが、これが一番の作戦だろう。

「誘蛾灯の役割を担うだけに、こちら(第三三戦隊)の被害も一番多くなるかも知れないですね」

 それまで黙って聞いていた愛鷹がため息交じりに呟く。

 溜息を吐く愛鷹の横顔を見て、胸の内に申し訳なさを覚えながらも敢えて大和は何も言わなかった。

 彼女なら分かってくれる。分かった上で最善の行動を取って皆を生還させてくれるだろう。

 

 ブリーフィング終了後、作戦開始時刻までに全艦娘が「マナナン・マクリル」から発艦し、作戦位置へと前進した。

 前衛を務める第三三戦隊の先頭を切る愛鷹は腕時計で作戦開始を確認すると、航空艤装を展開してヒットマン、ドレイクの二小隊を上空直掩隊として発艦させた。

 瑞鳳と大鳳からも烈風改二が八機ずつ発艦して戦闘空中哨戒に当たる。青葉からは対潜哨戒の瑞雲が発艦し、対潜哨戒網を構築する。

 後方に控える「マナナン・マクリル」からはEV-38コンドルアイ、コールサイン・バードアイが発艦して艦隊の早期警戒管制に着いた。

 戦隊旗艦愛鷹を含めて青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、白雪、初雪、瑞鳳、大鳳の計一〇名からなる第三三戦隊は第三警戒航行序列を組んで対空迎撃の構えを取る一方、夕張、深雪、蒼月、白雪、初雪の五人はソナーによる対潜警戒にも注意を払っていた。

 天候は晴れだが、雲が微妙に多目で敵機が隠れる事の出来るサイズの雲がいくつも浮かんでいる。愛鷹の艤装の対空レーダーなら余裕で補足出来るが、他のメンバーの対空電探は雲の影響で探知しづらい様だった。

 それに加えて早くも羅針盤障害が発生して、レーダーの探知距離も微妙に狭まっている。今のところ障害レベルは1だが、この後増大するかもしれない。

 第三三戦隊が事前に収集した敵艦隊の情報は全員周知済みではあるが、愛鷹としては気が抜けない。沖ノ鳥島海域での艦隊戦の際、土壇場でス級が増強されていた事が判明し、それが原因で艦隊が壊滅、スプリングフィールドが撃沈戦死し、艦隊も潰走を余儀なくされた。

 このフェロー諸島一帯に知らぬ間に深海棲艦の増援が来ているかもしれないと思うと、緊張感が否応なく胸の中で高まる。

 レ級flagship級や電子戦型ワ級、そして新型戦艦と新型艦艇を複数投入して来ている深海棲艦なだけあって、どんな奇行や奇策を打ち出してくるかも分からない。

 もっとも深海棲艦とて無尽蔵の戦力を持っている訳では無い。もし無尽蔵の戦力があるならそれをもって補充し続ける事で日本艦隊の増援すらも退けていた筈だ。高度な戦略的後退をしたのではないか? と言う疑念も無くは無いが考え過ぎても始まらないと首を振って、今取り掛かっている作戦に専念する事にする。

 作戦海域に進出して三〇分後、コンドルアイから敵機補足の報が第三三戦隊と後続の艦隊へ告げられる。

(レーダーコンタクト、敵編隊を捕捉。機数四八機。参照点より方位三-五-〇。第三三戦隊へ向け接近中)

「来たか……第三三戦隊全艦、対空戦闘用意!」

「対空ぅ戦闘よぉーい!」

 戦闘用意を発令する愛鷹に続いて青葉が復命の声を張り上げる。

 対空戦闘用意が発令されるや、第三三戦隊のメンバーはそれぞれの得物を構え、対空迎撃の構えを取る。

 対空迎撃の構えとなる輪形陣の中心に瑞鳳と大鳳を置き、先頭を愛鷹、殿を夕張、右翼に青葉、深雪、蒼月、左側に衣笠、白雪、初雪が布陣しそれぞれの主砲を空へと向ける。

 第三三戦隊が対空迎撃の構えを取る中、愛鷹、瑞鳳、大鳳から発艦した二四機の戦闘空中哨戒部隊が深海棲艦の攻撃隊を迎え撃ちに向かい、更に増援の烈風改二が瑞鳳から一個小隊四機、大鳳から二個小隊八機上げられる。

 合計三二機の迎撃機隊が四八機の深海棲艦攻撃隊へ接近すると、護衛の艦載機が編隊から離脱、加速し 烈風改二へと果敢に立ち向かっていった。

 しかし、その数は迎撃機部隊の半分にも満たない。

(ヒットマン1から全機、前方方向にボギー確認。機数一二機、エンゲージ!)

(ドレイク1エンゲージ)

 迎撃機部隊の戦闘機各機が「エンゲージ」をコールすると、スロットルを開き、加速して向かってくる深海棲艦艦載機へ攻撃を開始する。

 相手は深海猫艦戦改、タコヤキだ。赤いオーラを纏う一種の上位種でもあった。

 蒼空に烈風改二の機関砲の銃撃音が走り、それが合図となって空中戦が始まった。エンジンの咆哮と機関砲の射撃音が空に飛び交い、タコヤキの全力旋回の音と応射する機関砲の砲声がそれに交じる。

 二機一組の編隊を組んで数で押す烈風改二にタコヤキ側も二機一組の編隊で応戦を試みるが、烈風改二側は数の有利を生かし、囲い込む。

 烈風改二の編隊の後ろを取ったタコヤキの後ろを別の烈風改二の編隊がとって攻撃の機会を与えない内に、タコヤキ側は更に別の方角から飛来した烈風改二の攻撃を受けて撃墜される。

 押されるタコヤキ側も懸命に応戦するが、烈風改二のキレのある機動で放たれた曳光弾はことごとく虚空を掻いていく。

 狙われていた烈風改二が回避機動している間に別の烈風改二がタコヤキを横から狙い撃ち、機体に二〇ミリ弾の破孔を突き開けて行く。被弾したタコヤキが黒煙を引きながら高度を失って眼下の海上へと落ちて行く。

護衛の戦闘機隊であるタコヤキを次々に撃破し、防御網を突破した烈風改二が深海棲艦攻撃機部隊に襲い掛かる。

 深海地獄艦爆、深海復讐艦攻に群がった烈風改二が二〇ミリ機関砲の砲口に発砲炎を瞬かせ、銃火を攻撃機に浴びせる。

 被弾した二種類の攻撃機が黒煙を吹きながら制御を失って高度を落としていく。右に左に懸命に回避運動を取る艦爆、艦攻の背後を身軽な機動で奪った烈風改二が銃撃を浴びせる度に艦爆、艦攻が落ちて行く。

 貪り食われ、溶け墜ちる様に数を減らしていく深海棲艦の攻撃機部隊だったが、烈風改二がタコヤキとの戦闘で弾薬を損耗しすぎていたのもあって攻撃継続が困難になった烈風改二が逃した六機の艦爆と、四機の艦攻が最終的に生き残ってしまった。

 

 

 弾薬を使い果たしてしまった烈風改二が取り残した一〇機の深海棲艦攻撃機隊をHUDで確認した愛鷹は、射撃グリップを操作して主砲を攻撃機が飛来する方向へと指向する。

 仰角を取って砲身を持ち上げる第一、第二主砲が左舷側を指向し、その間に揚弾機が砲身内に三式弾改を装填する。

「目標補足。主砲三式、左対空戦闘! CIC指示の目標」

 HUDで波の動揺やコリオリ偏差など射撃諸元を修正し、照準を合わせた愛鷹は凛と張った声で射撃号令を下した。

「撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

 五回の連続した砲声が海上に轟き、愛鷹から撃ち放たれた五発の四一センチ三式弾改が空中を飛翔していく。

 発砲した主砲が砲身を下ろし、腔内の発射ガスを放出する。

 次弾装填を行わせながら愛鷹はHUDに表示される着弾までのカウントダウン表示を見つめた。

 CIC妖精もモニターに表示されるカウントダウンを見つめ、一〇秒前になった時に「着弾まで一〇秒!」とヘッドセットに吹き込み愛鷹に知らせる。

「インターセプト五秒前、スタンバイ……」

 五秒後に彼方の虚空で愛鷹の放った三式弾改が炸裂するのが微かに見えた。愛鷹と蒼月の鷹の様に高い視力の目がその爆破閃光を視認する。

 対空レーダーに表示される攻撃機が三機にまで数を減らしていた。

 三機に減った攻撃機だったが、攻撃の意思は固いのか反転する事無く低空へと降下し始める。その機動から愛鷹は残存する三機すべてが艦攻だと見抜いた。艦爆は全機撃墜したが、艦攻が三機生き残っていた。

 低空に降りられるといささか厄介だ。近接信管が海面に乱反射して誤作動しかねない。如何に早期に始末出来るかは防空艦である蒼月と左翼を固める衣笠、白雪、初雪の技量次第だ。

 射程に捉えた蒼月の長一〇センチ高角砲が早くも砲撃を開始する。低空を飛行する艦攻に対して蒼月の長一〇センチ高角砲も水平射撃で弾幕を展開する。

 機体の周囲に近接信管の爆発の爆炎が無数に咲き乱れ、海上に爆破した長一〇センチ高角砲の対空弾の爆発音が何度も何度も響き渡る。

 一機が直撃を受けて爆散し、海上へ四散した機体の残骸を投げ込む。二機目は至近弾で機体を穴だらけにしながらもなんとか機体を持ち直し、遠めに魚雷を投下し離脱する。

 残る一機は二機目が攻撃を引き付けている間に第三三戦隊へと肉薄を続けるが、白雪と初雪の主砲対空射撃の十字砲火を浴びてあえなく爆散して果てる。

 二機目が投下した魚雷は愛鷹が発した回避運動指示に従って第三三戦隊全艦が統率の取れた回避運動を行った事で外れ、近接信管を作動させる事も無く虚しく海中を進んでいった。

 全機撃破を確認すると、愛鷹は弾薬を使い果たした戦闘空中哨戒隊に補給の為の帰還を命じる一方、別動隊を発艦させるよう瑞鳳と大鳳に指示する。

「なんか、あっさり終わったわね」

「毎回これくらいの加減の方が楽でいいですよ」

 砲声が止んで静かになった海上で夕張は撃墜したタコヤキ艦攻の残骸が海上に漂うのを見ながら呟くと、右手に持つ航空艤装を右肩に置いて大鳳が夕張に返す。

 それは確かにそうだが、案外あっさり終わり過ぎると肩透かしを食らった気分にもなるだけに、夕張としては張り合いがない様にも感じてしまう。

 第二波は来るだろうか、と愛鷹が空を睨み上げていると、彼女のソナーに反応が出た。

「やっぱり隠れていたわね……」

 HUDの表示をソナーモードに切り替えて、そのエコーを見つめて愛鷹は眉間に皺を寄せた。潜水艦だ、恐らく事前に確認した潜水艦隊で間違いないだろう。

 ヘッドセットに片手を当てて耳を澄ませる。ソナーモードにしたヘッドセットから聞こえてくるのは自分達の機関音ばかりで聴音が難しい。

「全艦両舷前進原速、赤二〇。対潜戦闘用意」

 陣形を対潜陣形である第一警戒航行序列に変えても良かったが、対空警戒陣形である第三警戒航行序列でも対潜攻撃能力に影響が出る訳でもないので、陣形はそのままに対潜戦闘部署を発令する。

 夕張、深雪、蒼月、白雪、初雪がその手に対潜爆雷を構えてソナーモードに切り替えたヘッドセットに耳を済ませる中、青葉から発艦した瑞雲12型二機が第三三戦隊の周囲に飛来し、対潜警戒飛行に入る。

 片方がMADで潜水艦を探知し、もう一機が翼下の爆雷の安全装置を解除し、対潜爆撃態勢に入る。

 海上に吹き流れる風の音以外、誰も声を発さない中、MADで位置を正確に評定した瑞雲12型二機が爆雷を海中へと投じる。

海上に二つの水柱が突き上がり、一つが黒い油交じりの濁った色の水柱となって突き上がる。潜水艦一隻を仕留めたのは確実だ。

 爆雷二発の爆発音で海中の音が攪乱され、聴音が困難になる中、減速した第三三戦隊に合わせて後方の三群の艦隊も減速する。

 暫くして海中の音が静まった時、愛鷹がソナーモードに切り替えているHUDの表示を見ていると、それに表示されるソナーの反応に肌が粟立つのを感じた。

「敵潜水艦探知、数は……」

 ヘッドセットに手を当てて聴音する青葉も言葉を失って続く言葉が出ない。

「なに、どうしたっていうのよ?」

 青葉程ソナーの感度が良くないだけに状況が分からない衣笠が青葉に先を促すと、青ざめた顔で青葉は答えた。

「潜水艦だらけだよ……探知出来るだけでも一一隻」

「まさか、この海域に展開していた全潜水艦が寄って来たって事?」

 緊張した表情で瑞鳳が海中を見やった時、愛鷹の艤装上で海面監視をしていた見張り員妖精が叫んだ。

「機雷を確認! 浮遊機雷だ!」

「全艦、機関停止!」

 咄嗟に機関停止を叫ぶ愛鷹の脳裏に、キース島からの帰り道、機雷に触雷して大破し、その直後潜水艦の魚雷攻撃を受けて撃沈戦死した駆逐艦娘ヴィクトールの顔が過った。

 第三三戦隊の一〇名の艦娘の艤装から機関停止を告げるエンジンテレグラフのベルが鳴り、一同はその場に停止した。

 見張り員妖精だけでなく、愛鷹も双眼鏡を手に前方の海上を凝視する。黒い点の様なものが複数、いや多数海上に浮遊しているのが見えた。

 誰かが触雷する前に機雷源が前方に広がっているのが分かっただけまだましではあるが、前進を封じられた第三三戦隊の周囲には潜水艦隊が群がりつつある事に愛鷹は焦りを覚えていた。

 動きを止めた第三三戦隊の左右両翼に回り込む様に深海棲艦の潜水艦が寄って来ているのがソナー越しに聞こえて来る。

「左に五隻、右に六隻」

 ヘッドセットに手を当てて聴音に耳を澄ませて敵潜水艦の展開状況を確認すると、さてどうするか、と思慮を巡らせる。

 機雷源を回避すべくどっちかに転進しても、左右どちらかの潜水艦隊からの魚雷攻撃に身を晒すことになる。

 数が少ない左手に転進して、対潜攻撃でごり押しするか、と考えるもその数の差を補う様に潜水艦隊はヨ級flagship級を三隻含む。雷撃戦能力の高い敵を正面から強行突破するのはリスクが大きすぎる。

「意見具申いいですか?」

 ふと青葉がヘッドセット越しに愛鷹に意見具申を求める。

「何でしょう?」

「機雷源は浮遊機雷なんですよね? 艦隊の陣形を第一警戒航行序列に切り替えてありったけの火力を機雷源に投射して啓開航路をこじ開けてそこから潜水艦隊の背後に回り込むと言うのは?」

「それで行きましょう。艦隊全艦陣形転換、第一警戒航行序列へ移行後水上砲戦用意! 全火力を海上へ投射」

 了解、の唱和した返事が返され、即座に第一警戒航行序列へと陣形転換した第三三戦隊の内、瑞鳳と大鳳以外のメンバーは海上へ砲門を指向すると愛鷹の攻撃指示と同時に一斉砲撃を海中へと撃ち込んだ。

 前方で誘爆した機雷源が爆発し、水柱のカーテンを突き上げる。

「そう簡単に切り開けないか」

 誘爆した機雷を見て愛鷹は唇を噛んだ。目視で確認出来た機雷で爆発したのは最前列の機雷だけだ。

 足止めを食らっている間に、敵の潜水艦隊が両翼から挟撃を行えるポジションに着ける時間が稼がれてしまう。一刻も早く機雷源を突破しなければ、と胸中で呟きながら愛鷹は第二斉射を海中へと撃ち込む。青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、白雪、初雪の主砲の砲声がそれに続き、放たれた大小の砲弾が海中へ飛び込んで爆発する。

 再び海中で爆発が起こると同時に海上に誘爆した機雷の爆発の水柱がカーテンとなって突き上げる。

 砲撃を継続する青葉はヘッドセットに手を当てて自分の航空隊との通信を開くと、対潜攻撃を要請した。

「敵潜水艦隊は、第三三戦隊の左右両翼から挟撃を試みています。敵速は遅い、正確に狙い撃ちして第三三戦隊が機雷源突破までの時間稼ぎを」

「了解」

 瑞雲12型各機から復命の返事が返され、四方に散っていた青葉の瑞雲12型が戻って来る。

 身動きが取れなくなっている第三三戦隊の周囲を起点に、瑞雲12型が海中へとソノブイを投じ、MAD探知を試みる。

 探知出来次第、瑞雲12型が爆雷を投じてヨ級elite級二隻を撃沈するが、flagship級のヨ級は対潜爆撃に耐えてしまった。傷ついた船殻から酷い航行音を立てながらも、前進し続ける。

 元々ヨ級flagship級の船殻の耐久性は硬い方なだけに、瑞雲12型の対潜爆雷では直撃しない限りは若干威力不足な面があった。

 それでも第三三戦隊を左右から挟撃しようとしていた潜水艦ヨ級の艦隊は対潜攻撃で各艦が損傷を受けた結果前進速度が低下し、結果的に第三三戦隊が機雷源に啓開航路を作る猶予を生んでいた。

 第三斉射を海中に撃ち込み、手ごたえを感じた愛鷹は第四警戒航行序列に陣形を切り替えさせると、即座に第一戦速に加速して第三三戦隊の先頭を切って機雷源に出来た「啓開航路」を突き進んだ。

 離れずに付いて来る第三三戦隊のメンバーに一瞬振り返ってその無事を確認する。

 潜水艦隊に位置を教えてしまうのを覚悟で、アクティブソナーの短信音を放ち、機雷の展開状況を把握すると自分達の左右両側に機雷がそれぞれ八発ずつあるのが分かった。正面には機雷の反応は無い。

「行けます、突破口開けました!」

 HUDで共有した機雷源の状況を見て青葉が弾んだ声を上げる。

 ここで即座に愛鷹は夕張と白雪、初雪を右翼、深雪、蒼月を左翼の深海棲艦潜水艦隊へ向かわせた。

「夕張さんは白雪さん、初雪さんと共に左翼の敵潜水艦を、深雪さん、蒼月さんは右翼の敵潜水艦を攻撃。青葉さんは瑞雲で両隊の援護を」

「了解」

 唱和した返事が六人から返される。

 二手に分かれ、左右の敵潜水艦を後背から攻撃しにかかる第三三戦隊の仲間を見送った愛鷹は、残る青葉、衣笠、瑞鳳、大鳳と共にその場で待機に入る。

 すると突然、ヘッドセットからコンドルアイから緊急警告が入って来た。

(第四群に緊急警告、敵艦隊一二隻が急速接近中。参照点より方位一-八-五、距離一万。第四群は直ちに迎撃態勢に入れ)

 

 双眼鏡で見る水平線上の先に一二隻の艦影を確認したユリシーズは、その中に深海棲艦北極海艦隊の新型戦艦が含まれているのに気が付いた。

「敵本隊が打って出て来たか……やらせるか、戦闘用意!」

 主砲を構えて迎撃態勢に入るユリシーズが前に出るとそれに続いてビスクマルク、プリンツ・オイゲン、アドミラル・グラーフ・シュペーも迎撃の構えを取る。一方、マックス・シュルツはヴィクトリアスに随伴して退避を試みていた。

 水上砲撃戦装備を持たない空母であるヴィクトリアスは砲戦の的にしかならない。上げられる艦載機を上げて敵艦隊を迎撃しようにも彼女の航空団の搭載機数では対空砲火で全滅しかねない。

「アドミラル・グラーフ・シュペーよりバードアイへ。第一、第二、第三群に救援要請。我、これより敵主力艦隊と交戦に入る、可及かつ速やかなる増援を求む」

 ヘッドセットに増援を要請するシュペーにバードアイから(了解、直ちに向かわせる)と応答が返される。

 味方が来るまで自分達は遅滞戦闘に徹する事になるが、数で圧倒的に不利だ。新型戦艦一隻以外に敵艦隊は水上砲戦に参加できないヲ級flagship級を除いてもネ級elite級二隻、へ級flagship級一隻、ツ級一隻、ナ級elite級二隻、ハ級後期型三隻がいる。

 どれだけ持ちこたえられるか、とシュペーがじわりと焦りの汗を額に滲ませる。

 前進して来る新型戦艦の艦隊に対して、長射程の主砲を持つビスクマルクが最初に迎撃の砲撃を開始する。

「Feuer!」

 その一声と共に彼女の三八センチ連装主砲四基が砲声と砲煙を放つ。FuMOレーダーで照準を合わせられた主砲から打ち出された三八センチ徹甲弾が空中を飛翔していき、敵艦隊の前衛を務めるへ級とツ級の傍に着弾の水柱を突き立てる。

 遅れてシュペーも彼女のFuMOレーダーで測距したナ級に対して、彼女の艤装に備えられた二八センチ三連装砲二基の砲口に発砲の砲煙を迸らせる。

「ナ級に魚雷を撃たれたら厄介よ! ユリシーズ、プリンツ・オイゲン、ナ級に火力を集中して! それ以外は私達が抑える!」

「Jawohl!(了解)」

 ドイツ人のプリンツ・オイゲンと共にユリシーズもドイツ語で復命すると、二人はそれぞれの主砲をナ級へ指向した。

 主砲の射程に先に捉えたプリンツ・オイゲンのSKC/34 六五口径二〇・三センチ連装主砲が火を噴き、空中に徹甲弾を飛翔させていく。遅れてユリシーズの五・二五インチ(一三・三センチ)連装両用速射砲が砲撃を開始する。

 プリンツ・オイゲンの少しばかり幼さを感じさせる声の「Feuer!」に続いて、ユリシーズの「Shoot!」と言う鋭い声が発せられると、二人の艤装の主砲が発砲し、徹甲弾をナ級へと打ち出していく。

 深海棲艦もネ級elite級二隻とへ級、ツ級が砲撃を開始し、ビスマルクとシュペーの周囲に至近弾を撃ち込んでいく。林立する水柱を突き破って二人が姿を現すと、「Feuer!」の号令一過、三八センチと二八センチの二種類の砲声が轟く。

 ナ級に対して猛砲撃を加えるプリンツ・オイゲンとユリシーズに、狙われるナ級も主砲の砲火を艤装上に瞬かせ、打ち出された砲弾を二人へと飛ばしていく。

 強力かつ精度の高いレーダーを備えたナ級らしい精度の高い砲撃がプリンツ・オイゲンとユリシーズの二人に降り注ぐ。回避運動で砲撃を躱しつつ二人はナ級へ応射を放つ。

 レーダーの精度で言えばユリシーズもナ級に劣らない。いや彼女にはナ級のレーダーに自身のレーダーが劣る訳がないと言う一種の自信があった。それを裏付ける様に彼女の砲撃はナ級のすぐ傍に次々に着弾していた。直撃弾は得られていないが、ナ級が高脅威となりえる最大の要因である魚雷攻撃に入らせられていないだけ優勢と言ってよかった。

 砲撃を継続するユリシーズだったが、彼女の艤装内のCIC妖精がレーダーで捉えた対空目標を見て警報を彼女に上げる。

「敵艦隊の後続の空母より、小型機多数発艦!」

「Shit! この忙しい時に」

 普段戦闘中に唱えている神への祈りもこの時は口にする暇もなく、ユリシーズは即座に対空戦闘部署を発動し、ナ級へ向けていた注意を空にも向ける。

 距離がそれほど離れていないだけに、ヲ級flagship級二隻が放った攻撃機は直ぐに飛来した。レーダーで確認できただけでも五〇機はいるだろうか。

「ユリシーズ、エアカバーをお願い! 私はナ級を攻撃するよ!」

「任された!」

 対空戦闘能力に置いて自身よりユリシーズの方が上手なのを承知しているプリンツ・オイゲンからの頼みを承服したユリシーズは、対空弾を装填した主砲を空へと向けて対空射撃の構えを取る。

 深海棲艦の艦爆と艦攻をその碧眼で捉えたユリシーズが「Shoot!」と叫ぶや、五・二五インチ連装両用速射砲が対空射撃を開始する。

 四〇ミリポンポン砲と二〇ミリ機関砲も空へ向けて射程に入るまで待機させる中、弾幕を張るユリシーズの砲撃で艦爆二機が速くも被弾する。

 黒煙を引きぐるぐると回転しながら海上へと落ちて行く艦爆を尻目に残る艦爆と艦攻は攻撃態勢に入る。高度を上げて急降下爆撃のポジションへ向かう艦爆に対し、艦攻は低空へと降下して腹に抱える魚雷の投下ポジションを取りにかかる。

「弾幕を張れ! 近づかせるな!」

 ユリシーズの叫び声に反応する可能ようにポンポン砲と二〇ミリ機関砲が対空射撃の火箭を空へと放つ。

 空一杯に彼女が放った主砲の対空弾の炸裂する砲声が響き渡り、そこへ対空機関砲の連射音が入り混じる。

 濃密な弾幕を張るユリシーズの対空射撃によって艦爆三機、艦攻二機が燃える火球と化して果てるが、敵機は怯む事無く進撃して来る。

 一〇機ほどの深海棲艦の艦爆がプリンツ・オイゲンへと急降下爆撃を開始し、ユリシーズに対しても四機の艦爆と六機の艦攻が爆弾と魚雷を投じる。

 彼女の二センチ四連装Flak38が対空射撃を開始して爆弾を投じる艦爆へ牽制射撃を加え、爆弾投下コースをずらしにかかるが艦爆は臆することなく彼女へ次々に爆弾を投下して機首を引き上げ離脱していく。空気を切り裂く口笛の様な甲高い音を立てて、プリンツ・オイゲン目掛けて深海棲艦の艦爆が投じた爆弾が迫る。

「回避しろプリンツ・オイゲン!」

 対空射撃をしながらユリシーズが叫んだ時、プリンツ・オイゲンの艤装に爆弾命中の爆破閃光が走り、彼女の上げる悲鳴が爆発音に交じって上がる。プリンツ・オイゲンに当たった爆弾は一発だけではない。二発、三発と直撃と爆発の轟音が響き、火焔と黒煙に華奢な体が包まれていく。

「畜生!」

 確認出来るだけでも三発の爆弾を被弾したプリンツ・オイゲン救援に直ぐに向かいたい気持ちを抑え、ユリシーズは自身を狙った航空攻撃の回避を試みる。

 艦爆と艦攻合計一〇機の爆撃と雷撃に晒されたユリシーズは、咄嗟に機関部を不完全燃焼させ、煙突から黒煙を吹き上げさせ煙幕を展開し始める。右に舵を切って被弾して動きを止めたプリンツ・オイゲンを取り囲む様に一周して煙幕のカーテンを張る。

 一通り煙幕を展開し終えると、ユリシーズはビスクマルクに被害報告を上げる。

「こちらユリシーズ。プリンツ・オイゲン被弾、確認出来るだけでも爆弾三発を被弾。現在本艦も応戦中」

(了解、身の安全を優先して頂戴。こちらはこちらで何とかするわ)

 ラジャー、とユリシーズが返した時、彼女の周囲に煙幕によって外れた急降下爆撃の爆弾が着弾した。

 右舷側の少し離れたところに三発着弾して高い水柱を突き立てる。残る一発は? と耳を澄ました時、頭上に急激に爆弾が接近する轟音が響き渡った。

「拙い!」

 咄嗟に防護機能を最大出力で展開するも一瞬間に合わず、彼女の艤装に艦爆が投じた爆弾が命中した。

 煙幕を張っていた煙突の一本が根元から吹き飛び、激しい衝撃が彼女を突き飛ばす。

「被害確認!」

 CIC妖精に被害報告を求める彼女の口に、破壊された煙突から漏れ出す排煙が流れ込み、吸ってしまった排煙にユリシーズは激しく噎せ込んだ。

「第一煙突及び排煙装置大破、火災発生!」

 艤装で発生した火災と破損した煙突と排煙装置から漏れ出す煙が容赦なくユリシーズを襲う。煙幕を展開したばかりとあってまだ機関部は不完全燃焼を続けており、大量の黒煙が煙突基部から漏れ出し諸にユリシーズを包み込む。

 煙を吸って噎せるだけでなく、目も開けてられない状況だ。いっそ艤装だけでなく身体にも破片が刺さるなりの直接的な被害が及んでいた方がましでもあった。

「き、機関、停止……」

 激しく噎せながら排煙を止めるにはこれしかないと機関停止を喘ぎ喘ぎに指示する。ダメコン妖精が艤装内から飛び出して来て、火災箇所への消火作業に取り掛かった。

 敵だけでなく排煙とも戦わねばならないユリシーズのヘッドセットにCIC妖精が更に厄介な一報を入れる。

「アズディックに反応あり、敵艦攻が魚雷を投下した模様!」

「ほ、方位……は……!?」

「方位二-〇-一から三発、三-五-〇より三発、敵針はそれぞれ本艦に向かってきています」

 煙突と排煙装置が壊れてまだ不完全燃焼させた時の排煙が出ている中、機関部を起動させれば今以上の排煙に包まれて一酸化炭素中毒になりかねない。だが、機関部を起動して回避運動しなければ魚雷を全弾食らって轟沈しかねない。

 ええいままよ、と機関部を強引に起動させてユリシーズは魚雷の回避にかかる。ぼっと排煙が噴き出したが、ようやく通常燃焼に戻ったのと航行を再開した結果煙が後ろに流れた結果、ユリシーズは煙の中から脱する事が出来た。

 背後を振り返ると彼女の背中を回避した魚雷六発が通り過ぎていく。そのまま破壊された第一煙突を見て派手に開いている破孔を見てユリシーズは顔をしかめた。

「でかい穴が開いたな……」

 また咳き込みながら、ユリシーズはプリンツ・オイゲンの救援に向かった。

 幸い、プリンツ・オイゲンの被害は主砲二基が大破していたものの身体そのものはそれほど深刻な怪我はない様で、自分でファーストエイドキットの包帯を巻いていた。

「プリンツ・オイゲン、怪我は」

「私は大丈夫。それよりユリシーズはビスクマルク姉さまのところへ」

「……分かった」

 深海棲艦の艦隊は艦娘の巡洋艦二隻が被弾して応射が止むと、止めを刺すことなくビスマルクとシュペーへ向かっていた。

 金属のけたたましい音と共にネ級の砲撃を装甲ではじき返したビスクマルクは、圧倒的に不利な状況下でシュペーと共に懸命に応戦を続けていた。

 バードアイからは他の艦隊が向かっていると言う報告が入っていたが、第二群の第三三戦隊は別動隊の奇襲を受けて応戦中らしい。

「敵の作戦にはめられたわね……」

 三八センチ主砲をネ級に向けて放ちながら、ビスクマルクは深海棲艦の取った作戦を汲み取っていた。

 前衛として前に出した第三三戦隊を用いて深海棲艦を誘き出そうとした国連海軍と思惑とは裏腹に、深海棲艦は第三三戦隊を無視して一個艦隊の数で劣るビスクマルクら第四群を始めに艦娘艦隊の主力を直に本隊の戦力で強襲しにかかったのだ。

 このままでは各個撃破されてしまいかねない、と言う焦りがビスクマルクの中で浮かび上がった時、ネ級のモノでもへ級のモノでもツ級のモノでもない大口径の主砲の砲声が彼女の耳に聞こえて来た。

 第三群の援軍か、と一瞬期待が湧いたが、轟いた砲声は深海棲艦本隊の方から聞こえていた。

 それまで一発も撃っていなかった新型戦艦が遂に砲撃を開始したのだ。

 

 轟いた砲声はシュペーの耳にも聞こえていた。第三群のワシントンの主砲の砲声によく似ているが、砲声がしたのは深海棲艦本隊の方角からだ。

 水平線上に発砲炎が瞬くのがシュペーの視界にも見えた。

「撃って来た!」

「回避!」

 即座にビスクマルクの指示が飛び、ビスマルクとシュペーは揃って回避運動に入る。

 複雑な航跡を引いて回避を試みるシュペーの頭上から轟音を上げて黒い飛翔体が降り注ぎ、周囲に囲い込む様に至近弾の水柱を突き上げる。

 何て正確な射撃、と驚愕するシュペーの耳に新型戦艦の第二斉射の砲声が入る。

「当たってたまるか!」

 歯を食いしばって左に舵を切るシュペーだったが、それを予期していたかのように新型戦艦の放った砲撃が彼女を捉えた。

 艤装と身体に直撃の衝撃が走り、そのままシュペーの身体は海上になぎ倒された。身体への致命的なダメージは防護機能が削り落としにかかるが、それでも防げなかったダメージ、それも深刻なダメージがシュペーの身体に傷を負わせる。残念ながら彼女の二八センチ装甲では新型戦艦の砲撃は防ぎきれなかった様だった。

 海上に倒れるシュペーにそれ以上の砲撃が降り注ぐ事は無く、朦朧とする意識の中、シュペーはビスクマルクが応戦する姿を見つめた。

 迂闊に近づきすぎたへ級に三八センチ主砲弾を叩きこんで一瞬で轟沈させてのけたビスクマルクに、新型戦艦の砲撃が着弾する。爆発炎と黒煙、それと血飛沫を上げてビスクマルクが海上に倒れ込む。

(駄目だ、私達では新型戦艦に対抗出来ない……悔しい……)

 込み上げて来る悔しさに動く右腕で拳を作るが、無力化されたシュペーに出来る事は無かった。

(せめて、ヴィクトリアスとマックスだけは離脱出来ていれば……)

 そう願うシュペーの視界にへ級を失いながらも第四群を撃破した深海棲艦本隊の姿が見えた。

 大破して航行不能の自分とビスクマルクに一瞥もせずに深海棲艦本隊は第三群へと進路を取った。

 

 第四群が撃破されたとの報告がバードアイから送られてきた時、愛鷹達は重巡リ級改flagship級一隻と、リ級flagship級一隻、ツ級elite級一隻、ハ級後期型elite級三隻と交戦中だった。

 目元から青いオーラを滾らせるリ級改flagship級に四一センチ主砲を指向し、発砲の火焔を迸らせる愛鷹のヘッドセットから戦艦ビスマルク、装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペー大破、戦闘、航行不能、重巡プリンツ・オイゲン中破、軽巡ユリシーズ小破と言う奇襲を受けた第四群の被害報告が上げられてくる。

 幸いにもヴィクトリアスはマックス・シュルツと共に救援に向かう第一、第三群と合流を果たすことに成功していた。

 こちらも第四群の救援に向かいたいが、思いのほか今愛鷹達が相手にしている重巡戦隊が手こずる相手であり、愛鷹の主砲砲撃も中々命中弾を得られていない。

 青葉と衣笠はいつもの様にペアを組んでflagship級のリ級と交戦し、既に何発か直撃弾を与えているが、致命的ダメージは与えるに至っておらず、尚も応射してくるリ級の砲撃で青葉が背中に背負っている艦橋艤装部分に被弾して小破していた。

 数では勝っているがリ級改の存在が厄介だ。砲撃戦火力は無印の戦艦ル級やタ級にも匹敵するだけに、愛鷹の装甲でもぎりぎり耐えられるかの大火力を放ってくる。

 ハ級は既に深雪、白雪、初雪が三人がかりで攻撃し、ツ級も夕張が蒼月の援護の下攻撃しているが、撃破に至っていない。

 リ級改とリ級は攻撃にウェイトを置いた動きをしているのに対し、ツ級とハ級は回避に集中している感じだ。現に射撃の腕前は一級レベルの蒼月の砲撃すらツ級は躱している。 

 苛立ちを覚えながら何度目か分からない斉射をリ級改へ放った時、愛鷹のヘッドセットからバードアイより新たな敵艦隊接近の報が上げられる。

 事前に存在が確認されていた深海棲艦の警戒隊と軽巡戦隊がこちらに向かって接近中との事だ。

 更に重巡戦隊一個が深海棲艦北極海艦隊本隊に合流して、第一、第三群へ向けて進撃中との事だった。

「第一、第三群の援護は無理ね」

 HUDで接近して来る二群の敵艦隊の位置を確認して、愛鷹は唇を噛む。

 射撃諸元を修正した砲撃をリ級改へ向けて放つと、一旦射撃グリップから手を離し、ヘッドセットの通話ボタンを押して大和に繋ぐ。

「第三三戦隊旗艦愛鷹より第一群旗艦大和へ。我、敵艦隊三群と交戦中。そちらの援護には回れない、オーバー」

(了解、こちらはこちらで何とかします。第三三戦隊は目の前の敵だけに集中して下さい。アウト)

 艦隊の頭数では拮抗しているが、第一、第三群には大和型改二が二隻、ワシントンと戦艦が三隻もいる。対して深海棲艦の方は戦艦戦力が新型戦艦が一隻だけ。合流したリ級flagship級の存在が面倒ではあるが、火力では負けていない。

 こちらが対峙している敵艦隊に集中していても問題は無いだろう。そうと判断すれば愛鷹としては荷が軽くなる思いでもあった。

 再装填完了のブザーが鳴り、射撃グリップに戻した右手の人差し指がトリガーを引き、HUDで照準を合わせたリ級改目掛けて射撃の信号を主砲へと送る。

 発砲遅延装置で微妙にずらされた主砲斉射の砲声が轟き、愛鷹の主砲から四一センチ主砲の徹甲弾が叩き出される。

 狙われているリ級改からも砲撃が飛来するが、左手に握る刀が直撃弾を瞬く間に切り裂き、無力化していく。自身に向けられて来た砲撃を無力化する事には成功したが、一方で愛鷹の砲撃もリ級改の素早い回避運動で躱される。

 命中弾をなかなか得られない事に苛立ちを募らせた愛鷹は左手に構える刀の持ち方を器用にて先で構え直すと、主機に「最大戦速」を命じ、リ級改目掛けて突撃を開始した。

 それまで一定の距離を維持して砲撃戦を行っていた艦娘が突然進路を変更し、自身目掛けて突撃して来るのにリ級改は焦りを覚えたのか、精度を捨てた弾幕射撃を愛鷹へ向けて浴びせ始める。主砲、副砲の砲撃が愛鷹目掛けて浴びせられていくが、弾道を見切った愛鷹の最小限の回避と刀さばきで全弾を躱してのける。

 左手に持つ白刃に流石に怯えた表情を見せたリ級改が砲撃を止めて、逃げの姿勢に入るが、最大戦速で離脱をかけたリ級改の艤装に、愛鷹の艤装から延ばされ、投げかけられた錨鎖が引っかかる。

 つんのめるリ級改に錨鎖を巻き取る勢いをつけて急接近した愛鷹は、リ級改の艤装に左手に持つ白刃の切っ先を振るい、砲身を悉く切り落とした。

 艤装を破壊されて手が露出したリ級改がその手に拳を作って愛鷹を殴りつけようとするが、素早くその殴打を躱すと、主砲を向け、ゼロ距離射撃を撃ち込む。四一センチ主砲弾五発のゼロ距離射撃を受けたリ級改が爆発音と黒煙、火焔に包まれて四散し、海上に破片を散らして果てる。

 ようやく一隻撃沈、と浅い息でスコアをカウントする。少し離れたところでリ級flagship級と交戦する青葉と衣笠の砲声が聞こえた。

 二人の方を見ると先に被弾していた青葉だけでなく、衣笠の艤装からも黒煙が上がっていた。知らぬ間に彼女まで被弾していたらしい。

 援護に向かうか、と一瞬迷うがあの二人なら大丈夫だろう、と考え直し、接近する警戒隊と軽巡戦隊に備える。

 

 ハ級と交戦する深雪、白雪、初雪の三人も簡単に直撃弾を与えさせてはくれない三隻のハ級に苛立ちを覚えながらも、何とか三人それぞれ一発ずつの直撃弾を与える。

 白雪は苛立ちのあまりか、普段の弾幕射撃戦闘スタイル故か、両手で構える一二・七センチ連装砲A型の砲身からうっすらと白煙が上がる程の速射をハ級に浴びせていた。一方の初雪は一発一発の射撃の精度を重視している為か、白雪と比べて発砲回数が少ない。

 続航する二人に時折気を配りながら深雪も両手持ちの一二・七センチ主砲を撃ち放つ。回避能力が高いハ級の艤装に跳弾の閃光が走るのが一瞬見えた。

 魚雷を撃ち込んでやりたい気持ちが深雪の中で盛んに主張を繰り返していたが、使用回数は一回きりの駆逐艦最大の切り札の魚雷を撃つのは躊躇われる。誘導魚雷でもないから外してしまったらどうしようもない。

 じれったい思いを抱えながら砲撃を続けていると、ようやくハ級に直撃弾の着弾閃光が見えた。

「ったく、じれってぇよな」

 苦々しさを含ませた口調で主砲の照準を合わせ、発砲のトリガーを引く。苦し紛れの反撃の砲撃が飛来して来るが、深雪はひょいと体を傾けてそれを躱す。

 深雪の放った砲撃がハ級に着弾し、ぼうっと言う轟音と共にハ級が眩い火焔に包まれる。

「主砲、撃ちー方ー止め!」

 射撃停止の号令を口にして、続航する白雪と初雪へ振り返る。なおも攻撃継続中の二人が狙うハ級は数発被弾していたが尚も応射を続けていた。

「水上目標トラックナンバー2611及び2612、尚も健在。以前、白雪、初雪と交戦中」

 マストの見張り台にいる見張り員妖精が白雪と初雪と交戦するハ級の状況を深雪に知らせて来る。

 白雪の砲身が過熱で白煙を上げ始めているのが深雪からも見えた。撃ち過ぎて砲身冷却が間に合っていない。

「白雪の奴、撃ち過ぎだって……白雪を援護するぞ。面舵一杯、水上戦闘、右砲戦トラックナンバー2611、主砲撃ちー方ー始めー!」

 指向し直された深雪の主砲が砲撃を再開する。連装砲の砲撃音が二回連続して響き渡り、打ち出された四発の砲弾が白雪の砲撃の回避行動に気を取られているハ級の傍に着弾する。

「沈むまで撃て!」

 次弾装填が完了した主砲を再び放つ。白雪だけでなく深雪からの砲撃にも意識しなければならなくなったハ級の動きが鈍ったところへ、白雪の砲撃が着弾し、続けて深雪の砲撃も一発が直撃する。

 爆破閃光が三度、ハ級の艤装で走り、吹き飛んだ艤装の破片や部品の欠片が海上にばら撒かれる。被弾箇所方火災が発生し、動きが更に鈍くなったハ級に白雪からのとどめの砲撃が着弾する。

「主砲、撃ちー方止め。はあ、深雪ちゃんありがとう」

「お安い御用さ」

 礼を述べる白雪ににっと笑って返しながら深雪は初雪の方を見る。発射弾数で勝負に出る白雪と違い、精度重視の砲撃を意識している為か、初雪の主砲の砲身は白雪と違って過熱し切っておらず、砲撃の精度も高い。

「初雪、援護はいるか?」

「あたしだって、ハ級ぐらい自分でやるよ」

 念の為聞く深雪にぼそりとした初雪の返事が返される。

 僚艦が全滅して残るハ級は覚悟を決めたらしい。回避行動を止め、初雪に向けて進路を取ると砲撃をしながら吶喊を開始した。

「トラックナンバー2612、初雪に向け転進、真っすぐ突っ込んで来る!」

 見張り員妖精が見張り台から身を乗り出して叫ぶ。

「初雪を援護するぞ、主砲、正面砲戦、トラックナンバー2612、撃ちー方ー始めー、発砲!」

 援護不要と本人から言われたものの、不安になった深雪は主砲をハ級に向けると発砲のトリガーを引いた。

 ハ級の周囲に深雪の砲撃が着弾し始め、至近弾でハ級の艦体が左右にぶれる。その間に初雪の砲撃がハ級に着弾し、ハ級の艤装上に破孔が生じる。

 尚も突撃を止めないハ級に砲身を呼びの物と交換した白雪からの砲撃も飛来し、三人の艦娘からの集中砲火を浴びたハ級が多数被弾して発生した火災の火焔に呑み下される。

「全艦、主砲撃ちー方止め」

 砲撃停止を指示する深雪の指示に白雪と初雪が主砲のトリガーから指を外し、一息吐く。

 やっと全艦撃沈、と深雪自身も一息吐いた時、三人の周囲に別方向から飛来した砲弾が着弾した。

 なんだ、と振り返す深雪の頭上で見張り員妖精が双眼鏡を覗き込み、水平線上を凝視しながら喚く。

「左一八〇度、敵軽巡戦隊急速に近づく! 更に後方に警戒隊を確認!」

「第三ラウンドか」

 主砲を構え直す深雪が白雪と初雪を従えて接近して来る深海棲艦の二群に向けて進路を取った時、三人のヘッドセットに愛鷹から彼女としては珍しく焦りをはっきりと滲ませた声で報告が入った。

(リ級flagship級撃沈なるも、青葉さんと衣笠さんが中破! 損害大きい)

 




 次回、フェロー諸島沖艦隊決戦 後編をお届けします。
 
 感想評価、ご自由に。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第六一話 フェロー諸島沖艦隊決戦 後編

最新話投稿です。
欧州北海編最終回です。


「ヴィクトリアス・スコードロン、発艦始め!」

 しなるアーチェリーの弓型の航空艤装の弓に発艦矢をかけたヴィクトリアスがパッと右手を離すと、矢が勢いよく打ち出され、しばしの飛翔の後矢は閃光と共にバラクーダMkⅡ艦上攻撃機六機を出現させる。

 既に発艦していたSB2C-3ヘルダイバー艦上爆撃機六機とコルセアMkⅡ艦上戦闘機六機とバラクーダが合流すると、一八機の攻撃隊は苦戦を強いられている第二群の第三三戦隊への近接航空支援に向かった。

 青葉型重巡艦娘の二人がリ級flagship級一隻相手に中破させられる被害を被る中、第二群は更に軽巡戦隊と警戒隊との交戦が控えていた。

 一二隻の深海棲艦の波状攻撃に流石の第二群旗艦の愛鷹も危険を感じたのだろう。第四群壊滅を生き延びたヴィクトリアスに航空支援要請を送って来た。

 航空支援要請を受けて、すぐさまヴィクトリアスは承諾し一八機の攻撃隊を発艦させた。避退して合流した第一、第三群の航空支援はサラトガが行ってくれるから自分は第二群支援に全航空戦力を割り振っても問題は無い。

 第一、第三群の一八人の艦娘からなる艦隊は、壊滅した第四群の残存艦娘のヴィクトリアスとマックス・シュルツを加えて深海棲艦北極海艦隊の本隊へ向けて前進していた。

 頭数ではこちらが上だ。戦艦の数もこちらが大和、武蔵、ワシントンの三人がいるのに対し、深海棲艦側は新型戦艦が一隻だけ。

 火力で圧倒出来ている。負ける筈がない、第四群の敵討ちだ、と第一、第三群の誰もが意気込んでいた。

 

 ストリームリーダーのコールサインで呼ばれるコルセアMkⅡの航空妖精は眼下にウェーキを引いている深海棲艦の艦隊を視認すると、無線のマイクに「タリー、シックス・エネミー」と吹き込んだ。

 ストリーム2-1のコールサインで呼ばれるヘルダイバーの編隊の編隊長機の後席側の航空妖精が双眼鏡で眼下の深海棲艦艦隊を確認すると、軽巡へ級とホ級それぞれflagship級一隻ずつと駆逐艦ハ級elite級一隻、ハ級無印三隻の艦影が確認出来た。

「敵警戒隊と思われる、ツ級の艦影は無し」

「軽巡戦隊はどこに行った?」

 機長を務める航空妖精の問いに、後席員の航空妖精は双眼鏡を手に周囲を見渡すが艦影一つ見当たらない。

「艦影見えません、バードアイなら見えているかも」

「……取り敢えず、目の前の敵艦隊を叩く。ストリーム2各機、続け」

 ラジャーの返答がストリーム2-2、2-3、2-4、2-5、2-6から返される。

 ストリーム2編隊の攻撃開始とともにストリーム3のコールサインで呼ばれるバラクーダ六機も低空へと降下を開始し、胴体下に抱いている魚雷による雷撃態勢に入る。

 攻撃態勢に入ったストリーム2、3の編隊を確認した深海棲艦艦隊から対空砲火が飛び始める。対空艦であるツ級がいない分、対空砲火は濃密とは言い難く攻撃隊の周囲に外れた対空弾が虚しい黒煙を瞬かせる。

 ストリーム2-1が操縦桿を倒し、急降下爆撃に入ると僚機も続いて急降下爆撃に入る。六機のヘルダイバーが狙うはへ級とホ級だ。

 二隻の軽巡から対空砲火が飛来し、ヘルダイバー六機の周囲に対空弾を炸裂させるが、対空弾の散弾が飛び散った後には既にヘルダイバーはいない。

 ストリーム2各機の航空妖精がダイブブレーキを展開させ、急降下速度を抑える。ぐっと抑える様にヘルダイバー六機がその降下速度を緩める中、照準器の中にヘ級を捉えたストリーム2-1の航空妖精が爆弾投下のレバーに手をかける。

 後席員の航空妖精が高度を読み上げる中、近づくにつれて精度が増してくる対空砲火を掻い潜り、ストリーム2-1は爆弾槽を開き、爆弾投下のレバーを引いた。

 誘導悍が爆弾を爆弾槽から引き下ろし、投下された爆弾が狙いを付けたへ級へと金切声の様な落下音を上げながら迫る。

 回避運動を試みるへ級だが、引き起こしぎりぎりの高度から投下された爆弾三発の内、二発が躱しきれずに着弾する。爆破閃光がへ級の艤装上に二つ走り爆炎と黒煙が吹き上がる。船殻にもダメージが入ったのか速力を急激に落としていく。

 続航するホ級の艤装にも同様に二発の爆弾が命中する。ワンテンポ挟んで二回の爆発がホ級の艤装上で炸裂すると軽巡洋艦は姿勢を大きく崩し、黒煙を上げて先に被弾したへ級と同様速力が低下し、そのまま海上に停止してしまう。

 二隻の軽巡が沈黙する中、ハ級四隻は懸命の回避行動でバラクーダ六機のストリーム3編隊の雷撃を躱しにかかるが、手を伸ばせば届きそうな程の近距離から投下された魚雷六発が容赦なくハ級に襲い掛かる。

 乾いた作動音がバラクーダ六機の胴体下で響くと、投下された魚雷六発が海中に飛び込み、モーターを作動させて白い航跡を引きながらハ級に迫る。

 ハ級elite級の舷側に直撃の水柱が突き立つと、遅れてハ級二番艦、三番艦と全艦の舷側に一本ずつの水柱が突き上がる。

 投下された魚雷六発中、四隻全てに一発ずつ四発が命中した後、海上に動ける深海棲艦は一隻も残っていなかった。軽巡も駆逐艦もどの艦も炎上して航行不能に陥っていた。

 攻撃効果を確認したストリームリーダーはバードアイにBDA(爆撃効果)を報告する。

「ストリームリーダーからバードアイ。敵艦隊全艦の沈黙を確認。敵艦隊は無力化された」

(了解)

「ところで軽巡戦隊はどこに行った?」

(探しているが、深海棲艦の羅針盤障害の影響でセンサーの反応が不安定だ。警戒監視は続けるが確実に見つけるのは難しい)

 羅針盤障害。電子戦ワ級を事前に第三三戦隊が撃破したお陰で、電子戦ワ級の発していた深刻な羅針盤障害は排除出来たとは言え、既存の深海棲艦の発する羅針盤障害自体はどうしても取り除けない。

 行方が分からない軽巡戦隊、へ級とホ級のflagship級一隻ずつとツ級二隻、駆逐艦ハ級後期型からなる艦隊が気がかりではあるもののひとまずやる事をやったストリーム隊は集合するとヴィクトリアスへ帰還した。

 

 負傷した青葉と衣笠の手当を瑞鳳と共にしながら愛鷹はHUDとバードアイとの通信を基に深海棲艦の動きを考えていた。

 こちらに向かっていた筈の軽巡戦隊が急遽転進して姿を消し、お陰で警戒隊のみとなった敵の増援は結果としてヴィクトリアスの航空隊が殲滅した為、第二群は負傷した青葉と衣笠の手当に時間を割く事が出来た。

 青葉は腹部と艦橋艤装に被弾し、腹部と右肩から出血していた。衣笠は左足を骨折し、第三主砲も破壊されていた。

 二人とも軽いとは言い難い怪我ではあったが、少なくとも重傷ではない。青葉の腹部の出血は止血が出来たし、衣笠もサムスプリントと呼ばれるアルミ製の添木を巻き付けて何とか骨折箇所の固定は出来た。

 二人とも航行に関しては全力発揮は不能だが、微速でなら何とか動けなくもない。ただ衣笠は左足が逝っている分肩を貸す必要があった。

 包帯を巻き終えた愛鷹が青葉と衣笠の顔色を窺い、何とか動けそうなのを確認するとバードアイに「マナナン・マクリル」への回収を要請した。

「ま、まだやれます。青葉なら主砲は健在です……」

 まだ戦えると訴える青葉が咳き込み、血痰を吐き出す。無事な左肩を掴んだ衣笠が青葉にここは一旦引こうと目で告げた。

 悔しそうな表情を浮かべながら青葉は顔を俯けてため息を吐いた。

「白雪さんは青葉さんと衣笠さんを『マナナン・マクリル』まで送ってください。大鳳さん、瑞鳳さんも一緒について行ってあげてください」

「了解しました」

 護衛役を頼まれた白雪がすぐさま復命し、遅れて大鳳も「はい」と答える。

「残りはどうするんです?」

「夕張さん、深雪さん、蒼月さん、初雪さんは私と一緒に来てください。軽巡戦隊を追撃します」

 尋ねてくる夕張に愛鷹は深海棲艦の軽巡戦隊追撃を行う事を告げる。

「見当はあるのか?」

 深雪の問いに愛鷹は無言で頷く。

「敵軽巡戦隊は私の読みがあっていれば本隊の援護に向かっている筈です。第一、第三群の横合いから奇襲を仕掛けて混乱を誘い、本隊が混乱している間に第一、第三群を各個撃破する手に出るでしょう」

「敵は戦艦が一隻だぜ? 軽巡戦隊で奇襲してこっちの本隊に混乱を起こすのは取り敢えず分かるとして、大和型二隻とノースカロライナ級一隻の三人の戦艦艦娘がいるこっちがそう簡単にやられると思うか?」

「常に最悪の状況を想定して、初めて状況に対処できるものです。大和の事だから、武蔵さんとのデータリンク特殊砲撃に賭ける筈。その武蔵さんが撃破されたら、データリンク再接続でワシントンさんを特殊砲撃管制下に入れる必要がありますが、データリンク再接続には若干の時間を要します。

 再接続中に艦隊が蹂躙される事も視野に入れるべきでしょう。勿論、武蔵さんまたは大和が撃破されず、データリンク特殊砲撃が全て上手く刺されば一時間以内に敵艦隊全てを撃滅するのも不可能じゃありません」

「なるほどねえ」

 そういう事かと深雪が軽く頷く。

 続けて愛鷹は瑞鳳と大鳳、白雪に「マナナン・マクリル」へ一時後退後の指示を伝える。

「『マナナン・マクリル』に一時後退後は母艦の護衛任務に当たってて下さい。戻るべき場所が深海棲艦にやられたら私達は詰みますから」

「了解です」

 三人が揃って応じると、愛鷹は準備の終わった艦隊を二分し、行動を開始した。

 戦闘可能な愛鷹、夕張、深雪、蒼月、初雪が軽巡戦隊追撃の為に進発した後、分かれた大鳳、瑞鳳、白雪の三人は負傷した青葉、衣笠を連れて「マナナン・マクリル」から発艦したHH60とのランデブーポイントへと向かった。

 

 HH60のキャビンから支援艦「マナナン・マクリル」のフライトデッキを見下ろした瑞鳳は、フライトデッキにいるもう一機のHH60からストレッチャーに乗せられた二人の艦娘の姿を認めた。

 ビスマルクとシュペーだ。大破漂流していた二人に深海棲艦は止めを刺さなかったらしい。ユリシーズとプリンツ・オイゲンの二人も衛生兵に担がれて艦内の医務室へと運ばれていくのが見えた。

「『マナナン・マクリル』、リフター6だ。アプローチを開始する」

(ラジャー、6。着艦を許可する)

 コックピットからHH60の機長が「マナナン・マクリル」の航空管制指揮所と交信を行うのがヘリのローター音越しに聞こえた。

 黄色ジャージの誘導士官の着艦誘導の下、「マナナン・マクリル」へアプローチをし、そのまま着艦したHH60のスライドドアが開かれると、事前に待機していた医療班が青葉と衣笠の二人をストレッチャーに移した。

 フライトデッキに履物のぽっくりをコンと鳴らしながら瑞鳳も続けて降りる。

「さあて、それじゃ一旦艤装の整備と補給を簡単に済ませたら、母艦の護衛任務と行こうか」

「護衛に当たれる艦娘が空母二隻と駆逐艦一隻で大丈夫なんですかね。正直駆逐艦が私一人だけとなると、お二方の援護を完遂できる自信が」

 いささか不安げに瑞鳳を見る白雪の言葉に、瑞鳳は問題ないと首を振る。

「白雪は大鳳の護衛に徹してていいわ。私の事は良いから」

「瑞鳳さん?」

 その判断で大丈夫? と目で問う大鳳に瑞鳳は自信ありげに見返す。

「対潜哨戒と対空警戒なら私の艦載機で対応出来るから。大鳳さんは対艦攻撃が可能な航空隊編成に切り替えて、万が一の敵艦隊邀撃に備えて」

「了解」

 その後三人は「マナナン・マクリル」の艤装整備場に一旦向かい、艤装の最低限の整備と補給を行った。大鳳は対空迎撃特化の航空隊編成から、対水上攻撃可能な航空隊編成に航空艤装を組み替え、白雪は爆雷や主砲の対空弾を増備または補充した。

 二人を率いる事になる瑞鳳も航空隊の装備を補充し、艤装の燃料を補給し終えると、三人揃って再び「マナナン・マクリル」から発艦した。

 瑞鳳が母艦の前衛に、大鳳と白雪が母艦の後衛に回り、「マナナン・マクリル」の前後を挟む形で三人は護衛任務に就いた。

「皆、無事に帰って来てね……」

 今頃、この海域のどこかで交戦しているであろう仲間達に思いを馳せながら、瑞鳳は対潜哨戒機の矢を空へと放った。

 

 第一、第三群の二個艦隊、一二名の大艦隊は大和、武蔵、ワシントンを先頭とした第四警戒航行序列を組んだ六名と、矢矧を先頭とした第一一駆逐隊と軽巡ヘレナの四人からなる単縦陣の二群に別れて深海棲艦北極海艦隊本隊との交戦を目指して前進していた。

 一時合流を果たした第四群の残存艦娘のヴィクトリアスとマックス・シュルツは共に「マナナン・マクリル」へと下がらせ、バードアイに誘導された艦隊は各自水上戦闘部署を発令して戦闘に備えていた。

 随伴するサラトガからは上空警戒に当たる戦闘機隊が発艦して艦隊のエアカバーを担っていた。深海棲艦側にはヲ級flagship級が二隻いるが第三三戦隊との交戦などで搭載機数は減っていると思われていた。実質航空戦力差は拮抗しているだろうと艦隊旗艦を務める大和は考えていた。

 腕時計を見て時間だと胸中で呟いた大和は、続航する矢矧とヘレナ、第一一駆逐隊の六人へ発光信号を送る様装備妖精に指示する。

 大和からの指示を受けた矢矧とヘレナ、第一一駆逐隊が増速して艦隊から離脱し、進路を南へと取る。

 艦隊を二分した時、バードアイから敵艦隊の動向の報告が入る。

(敵本隊、貴艦隊へ向けて前進中。参照点より方位一-九-〇、交戦までおおよそ三分)

「了解、旗艦大和より各艦へ伝達。敵深海北極海艦隊本隊との決戦を挑みます。この戦いで北海及び北極海の制海権の命運が決まるでしょう。各艦、一層奮励努力し、そして生きて帰る事を心がけてください」

 ヘッドセットのマイクに全艦娘へ向けて伝達を終えると、大和は艤装のデータリンクの接続状況を確認した。

 武蔵との連動射撃で一機に片を付ける算段だ。大和の頭の中で考えていた作戦は、矢矧とヘレナと第一一駆逐隊で敵艦隊の左側面を抑えながら本隊は敵艦隊の正面を取り丁字有利で一気に特殊砲撃で主力艦を殲滅する、と言うモノだった。

 作戦通りに既に矢矧とヘレナ、第一一駆逐隊の六人は艦隊から分離して加速、敵艦隊の左側面へと進出しつつある。

「全艦、水上戦闘用意! 右砲戦、雷撃戦用意」

 艦隊旗艦を務める大和の凛と張った号令が下される。彼女の艤装上で五一センチ三連装主砲が右舷側へ指向し、仰角を取る。主砲内へ一式徹甲弾改が装填され、装填完了のブザーが鳴り響く。

 続航する武蔵の五一センチ連装主砲でも同様に一式徹甲弾改が装填され、装填完了のブザーが鳴る。特殊砲撃データリンク接続を行っていないワシントンの主砲も徹甲弾装填完了のブザーが鳴り響いていた。

「第一戦隊、撃ち方用ー意!」

「武蔵発砲用意良し! いつでも行けるぞ大和」

 姉の射撃準備指示に武蔵はやる気にあふれた顔で返す。

 遠くで砲声と爆発音が鳴り響くのが大和の耳に入る。主砲射程内に収めるべく前進を続ける自分達に先行して深海北極海艦隊の左側面に出ていた矢矧以下の艦隊が、大和たちに先駆けて交戦を開始していた。

 大和と武蔵、ワシントンに続く高雄、ヒューストンも砲撃準備完了と報告を上げる。一方、水上戦闘兵装を持たないサラトガはフレッチャーとジョンストン護衛の下、艦隊から離脱しバックアップ体制に入る。

「重巡高雄及びヒューストン。第一戦隊援護に出ます。増速、黒二〇!」

「ヒューストン、ラジャー、後に続きます」

 高雄がヒューストンを従えて深海棲艦艦隊へと突撃を開始する。敵艦隊の前衛となっているネ級とツ級を排除するのが二人の役目だ。

 増速して前へ出た高雄とヒューストンの二〇・三センチ主砲が射程に捉えた深海棲艦目掛けて火を噴き、ターゲットとして定めたツ級の周囲に初弾を送り込んでいく。

 一方先んじて深海北極海艦隊の左側面より攻撃を仕掛けた矢矧、ヘレナ、吹雪、叢雲は早くもハ級後期型二隻を屠っていた。今はナ級elite級二隻と残るハ級後期型一隻と砲戦を展開している。

「敵新型戦艦、主砲射程内に入る。特殊砲撃データリンクオンライン。いつでも行けます」

 大和と武蔵の主砲射程内に新型戦艦が入った事を大和の艤装CIC妖精が告げる。

 いつでも五一センチの猛砲撃を浴びせられる、と言う装備妖精に大和は発砲指示を返さず、更に距離を詰めて必中を期した。

「もう少し引き付けます」

「必中射程内から袋叩きか、悪くない」

 新型戦艦からの反撃を食らうリスクも上がるが、今の距離から撃っても命中弾は半分程度だろう。全弾当てて行く気でいた大和は更に距離を詰める手に出る。

 敵新型戦艦は当に自身の主砲射程内に大和と武蔵を収めている筈だが、やはり距離が離れている事もあってかまだ撃っては来ない。

 確実に当たる距離になるまで無駄弾を収めるつもりか、と大和が水平線の先にいる新型戦艦を見て目を細めた時、バードアイから警報が入った。

(索敵システムに艦影複数! 艦種識別……これは、深海棲艦軽巡戦隊か)

「方位は?」

 即座に問う大和にバードアイも即答する。

(方位〇-〇-〇、第一戦隊及びワシントンへ急速接近中)

 拙い、と大和は眉間に焦りの汗を浮かべた。軽巡戦隊を相手に出来る艦娘が大和達の周囲にいない。フレッチャーとジョンストンはサラトガの護衛で必要で外せない。

 警報を受けて第一戦隊援護の為に高雄とヒューストンが反転を試みるが、ネ級が追いすがって来て二人へ猛砲撃を浴びせ始める。

 バードアイが指示した方角へ目を向けると、へ級flagship級一、ホ級flagship級一、ツ級二、ハ級後期型二からなる軽巡戦隊が猛スピードで大和達目掛けて吶喊して来るのが見えた。

「私が相手するわ、大和と武蔵は行って」

「ワシントンさん」

 最後尾のワシントンが主砲を構えて軽巡戦隊の前へと出ると、主砲、副砲、更には対空機関砲の全火器を軽巡戦隊へ指向して迎撃を試みる。

 轟々たる砲声を上げてワシントンの一六インチMk6 mod2主砲が火を噴き、軽巡戦隊の周囲に徹甲弾を撃ち込む。五インチ連装両用砲と四〇ミリ四連装機関砲も速射の轟音を上げて弾幕を張る。

 深海棲艦の軽巡戦隊はワシントンの猛砲撃に怯む事無く速度を維持し、真っすぐに大和と武蔵へ突っ込んでいく。

 余りの速度にワシントンのSK+SGレーダーによる射撃管制も修正が追い付かない。それでも五インチ弾がハ級後期型一隻を捉え、損傷したハ級が黒煙を上げながら速度を落とし、隊列から落伍する。

 ハ級一隻を隊列から切り落としたワシントンの砲火は続けてもう一隻のハ級後期型を四〇ミリ機関砲の集中射撃で落とす。四〇ミリ機関砲弾の猛射を浴び、艤装を蜂の巣にされたハ級が破孔から火災の炎を上げて一隻目と同様動きを鈍らせる。

 駆逐艦二隻が脱落した軽巡戦隊だったが、大破ないし中破して戦列から脱落するハ級に振り返ることなく吶喊を続ける。

 やらせるかとワシントンからの猛砲撃がへ級、ホ級、ツ級目掛けて浴びせられる。一六インチ主砲、五インチ両用砲、四〇ミリ機関砲の全てが四隻へ火力を投射する。

 だが的の大きさで言えばハ級よりも大きい筈のへ級、ホ級、ツ級の軽巡四隻は、ワシントンの砲撃を悉く躱し、有効弾を得られないまま四隻の軽巡は魚雷発射管を大和と武蔵に向けた。

「撃て! 逃がすな!」

 鋭いワシントンの射撃指示の号令に応える様に一六インチ主砲が魚雷発射体制に入ったへ級を捉える。着弾した徹甲弾がへ級の薄い装甲を容易く射抜き、主要な艤装を軒並み叩き潰す。それに加えて大口径の砲弾が至近距離から直撃した衝撃でへ級の艦体が文字通り吹き飛ぶ。

 一瞬で無力化されたへ級にそれ以上は構わず、ワシントンはホ級へ照準を合わせる。一六インチ主砲は再装填が間に合わないので、五インチ両用砲と四〇ミリ機関砲で迎撃する。

 速射する五インチ両用砲と四〇ミリ機関砲の断続的な射撃音が海上に響き渡る中、大和と武蔵の一〇センチ連装高角砲群も応射を開始する。

 大和と武蔵の頭部のヘッドギア型測距儀による射撃管制を受けた一〇センチ連装高角砲群の速射が残る三隻の深海棲艦軽巡に浴びせられる。

 頭部のヘッドギア型測距儀と言う視認照準装置タイプの射撃管制なだけあって二人の砲撃は精度が高く、数回の斉射の後ホ級が大和と武蔵の集中砲火を浴びて轟沈する。

 だが、ツ級二隻は防ぎきれなかった。魚雷発射管から魚雷を放ったツ級二隻の内片割れは再装填が終わったワシントンの主砲の砲撃をその背中から食らって爆散したが、既に放たれた魚雷は全て武蔵へと向かって航跡を伸ばしていた。

「回避して武蔵!」

 叫ぶ大和に武蔵は大きな艤装そのものを左に倒して取り舵回避を試みる。ツ級の放った魚雷は全部で一〇発。全弾食らったらいくら大和型改二と言えど無事では済まない。

 左舷艤装の一端が海上に触れてウェーキを引く中、武蔵の左右をツ級が放った魚雷が通り抜けていく。一本、また一本とギリギリのところを武蔵は躱していくが、二発の魚雷が躱し様の無い直撃コースに乗っていた。

「総員衝撃に備え!」

 艤装内の装備妖精に衝撃に備えるよう叫ぶ武蔵が防護機能を足元に展開し、舌を引っ込め、歯を食いしばって直撃の衝撃に備える。

 躱し様の無かった二発の魚雷が武蔵の左足の下で爆発すると、二本分の魚雷の爆発の水柱が彼女の左側で突き立ち、大柄な彼女の身体と巨大な艤装が右側へとのけぞった。 

「武蔵!」

 妹の身を案じてその名を叫ぶ大和のヘッドセットにバードアイから悪い知らせが入る。

(武蔵との特殊砲撃データリンクが途絶! 特殊砲撃不能!)

 その知らせに大和は胸中で(畜生!)と悪態と呪いの声を上げた。

 魚雷二発の被弾で、武蔵の特殊砲撃データリンクシステムが破損した様だった。元々特殊砲撃データリンクシステムは構造がデリケートであり、被弾損傷に脆いデメリットがあった。

「すまん、大和……やられた」

 左足を抑えて喘ぐ様に詫びる武蔵に大和は舌打ちしたくなるのを抑えて、ワシントンに呼びかける。

「ワシントンさん、特殊砲撃データリンクを接続して下さい。二人でやります」

「了解、ウォームアップに一分頂戴!」

 一分、なんとも長く感じられる時間だろうか。

 歯がゆい思いを感じた時、水平線上から大口径主砲の砲声が鳴り響くのが大和の耳に入った。

 新型戦艦が砲撃を開始していた。

(飛翔体を確認。着弾まで一〇秒!)

 再度舌打ちをしたくなりながら、大和は最大戦速へ加速し、面舵に切って回避運動を試みる。ワシントンも増速して反対の取り舵に切って回避する。

 一〇秒後、二人のすぐ傍に新型戦艦が放った砲撃が着弾する。轟音を上げて着弾した新型戦艦の砲弾が巨大な水柱を海上に立ち上げ、大和とワシントンの二人を翻弄する。

 第四群のビスマルクとシュペーが瞬く間に撃破させられたのも頷ける高精度の砲撃に大和は唇を噛む。

 悪い事は続くものでワシントンから、砲撃を受けた影響でデータリンクシステムがダウンして再起動を余儀なくされていた。再起動できるだけまだマシだったが、これ以上はもう特殊砲撃に拘り続けていられない。

 いや最初から特殊砲撃に拘る必要すらなかったのかも知れない。遅い後悔をしながら大和は主砲の砲口を新型戦艦に向けると、射撃号令を発した。

「主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇーっ!」

 発砲の号令と共に新型戦艦へ向けてサッと延ばされた大和の左手と同じ方向を指向した五一センチ三連装主砲の砲口から発砲の閃光と砲煙、そして轟々たる砲声が迸る。

 五一センチ三連装主砲二基から放たれた一式徹甲弾改六発が空中を飛翔して行く。砲撃を行った主砲が再装填の為に砲身を水平にして再装填を開始する中、大和は着弾までの一〇秒のカウントダウンを始める。

「五秒前……弾着、今!」

 腕時計と新型戦艦を交互に見る彼女の目に、新型戦艦の右側面に着弾した五一センチ弾六発の六本の水柱が見えた。

 初弾命中は無理だとは分かっていても、外れるのは戦艦艦娘としてやはり悔しい。

 主砲の再装填を進めながら、諸元の修正を行う大和に新型戦艦からの二斉射目が飛来する。

 あれは無理そう、と歯を食いしばって衝撃に備える大和の身体に新型戦艦からの砲撃が直撃する衝撃が走る。辛うじてバイタルパートで全弾弾き飛ばしていたが、衝撃で大和の身体が艤装諸共大きく揺らぐ。

「そ、それで直撃のつもり?」

 強がり半分に吐き捨てる大和の主砲艤装から再装填完了のブザーが鳴り響く。砲身内に徹甲弾を装填し終えた五一センチ三連装主砲が修正された諸元に基づいて仰角を取り、射撃指示を待つ。

「撃ち方始め! 発砲!」

 第二射を放つ大和の全身に発砲の衝撃がずんと走る。発砲の砲煙と閃光が一瞬彼女の視界を奪う。

 再び着弾までのカウントダウンを始める大和のヘッドセットに、別の場所で戦ているヘレナの発する緊急電が入る。

(やられた、こちらヘレナ、被弾した! ナ級から離脱す)

 ヘレナが言い終える前に無線に強いノイズが入り、彼女からの通信が途絶える。

「ヘレナさん⁉」

 まさかと思いヘッドセットに手を当ててヘレナを呼び出す大和に一緒に戦っている吹雪から返信が入る。

(こちら吹雪、ヘレナさんが大破。戦闘不能、私が護衛しヘレナさんを離脱させます)

「了解、矢矧、叢雲、危なくなったら直ちに離脱して」

(ヘレナを大破させたナ級にやった事への対価を払わせてから離脱するわ)

 強気の姿勢で答える矢矧の返信に、「了解」と返しつつ、大和は自分の第二斉射の効果を確かめる。

 第二射は惜しくも左側に逸れていた。右に逸れた分の修正が大きすぎたようだ。

 大和の砲撃着弾から一拍、新型戦艦の主砲艤装に発砲の閃光が走る。

「防護機能最大! 次弾装填急げ!」

 守りに入る大和に新型戦艦の放った砲撃が迫る。轟音を立てながら大和の頭上から飛翔して来た新型戦艦の砲撃は今度は外れ、大和の周囲に着弾し水柱を林立させる。

 目の前に壁の様に立ちはだかる水柱を強引に突き破った大和の主砲艤装から装填完了のブザーが鳴り響く。

「距離よし、仰角よし、射線方向クリア。主砲、撃ちー方始めー!」

 砲身を虚空へ持ち上げた五一センチ三連装主砲に発砲を指示すると、めくるめく発砲の閃光が砲口から迸り、轟音とともに叩き出された一式徹甲弾改が空中へと飛翔して行く。

 ここで新型戦艦が動きを変えた。大和に主砲を向けつつ、取り舵に転舵して大和の砲撃を回避しにかかっていた。

 あれだけ動かれたら砲撃は外れる、と目に見えて分かる程の回避に大和はため息を吐く。再度の修正が必要だ。

 だが裏を返せば確実に当たるかも知れなかった砲撃に危機感を感じた新型戦艦が、攻撃を一旦止めて回避に専念せざるを得なくなったとも考えられなくもなかった。

 特殊砲撃に掛けていた大和が特殊砲撃を捨てての通常砲戦に以降した為、データリンクをセットアップ中だったワシントンももう特殊砲撃に拘らず砲門を新型戦艦に指向して砲撃を開始していた。

 一方中破して特殊砲撃が不能になった武蔵は最大速力発揮は出来ないものの、前進強速で自身に魚雷を撃ちこんだツ級の後を追っていた。

 高雄とヒューストンは尚もネ級と交戦中だ。右に左に器用に回避行動を繰り返すネ級elite級相手に高雄とヒューストンは中々有効弾を得られず、打ち出された砲弾は虚しく外れて行く。

 ナ級elite級二隻とハ級後期型と交戦する矢矧、叢雲は何十回目か分からない斉射の末、ハ級を撃沈し、ナ級elite級との砲撃戦に移行している。軽巡並みの火力と雷巡並みの雷撃戦能力を誇るナ級elite級なだけあって、矢矧と叢雲は苦戦を余儀なくされていた。

 深海棲艦も北極海艦隊の本隊とだけあってか、練度も高い様だ。まだ他にも艦隊から分離して作戦海域外を遊弋しているヲ級flagshipが二隻いる。

 北極海艦隊が劣勢に陥った時にヲ級flagshipが近接航空支援に入ったら艦娘側にはいささか不利である。艦娘側にもサラトガがいるとは言え、彼女だけでは海域のあちらこちらに散ってしまっている艦隊全体にエアカバーを行うのは無理だ。

 戦線が拡大してしまっているのは拙い、と大和は焦りを覚えるが今彼女に打てる手はない。それよりも自分はまずあの新型戦艦をどうにかしないといけない。

 修正を余儀なくされた主砲の射角と諸元を修正していると、逆探のスコープを除いていたCIC妖精が新型戦艦からレーダー照射を受けた事を知らせて来る。

「水上電探による電探射撃。厄介ね」

 大和の備える電探でも出来なくはないが高い精度は期待できない。アメリカ艦娘が備えている高精度のレーダーに換装する計画もあるにはあるが、部品の互換性や電力の供給能力等の問題から実現に至ってない。

 新型戦艦からレーダー照射を受けて間もなく、新型戦艦の艤装上に発砲の閃光と砲煙が走る。

 鷹のように鋭い大和の目が飛翔する新型戦艦の放った砲撃を捉え、予め艤装のバイタルパートをその前に差し出す。

 衝撃と轟音が大和の艤装上に響き、大和自身の身体にも衝撃による微ダメージを与える。新型戦艦の放った砲撃は彼女のバイタルパートを射抜く程の威力も貫徹力もない。だが砲撃の命中精度はレーダーを射撃管制に用いているだけあって高い。

 同じ戦艦として、負けられない意地が大和の胸の中に沸く。

 近くで同様に新型戦艦へ砲撃を継続するワシントンも大和に負けじと一六インチ主砲を交互撃ち方に切り替え、連射で勝負に出ていた。

 SK+SGレーダーによる確かな射撃管制の元撃ち出される一六インチ主砲弾は新型戦艦のすぐ傍に砲弾を送り込んでいる。だが、命中弾は中々得る事が出来ていない。惜しいところでワシントンの砲撃は躱されているか、外れていた。

 苛立ちを募らせるワシントンが舌打ちをした時、彼女の艤装から特殊砲撃データリンクがオンラインになった電子音が鳴った。

「遅いのよ……大和、特殊砲撃データリンクがオンラインになったけどどうする?」

 一応尋ねるワシントンに大和が返事を返そうとした時、離れたところから爆発音が鳴り響き、高雄の悲鳴が聞こえた。

 振り返る大和の目に、艤装と制服から炎が上がり、もがく高雄の姿が見えた。第一主砲の砲塔がひしゃげ、そこから激しい炎が噴き出ている。運悪くネ級の砲撃が第一主砲を全壊させただけでなく、装薬類に引火して大火災が発生してしまったらしい。

 ヒューストンが援護に入ろうとするも、未だ健在なネ級と武蔵を振り切ったツ級が単艦となったヒューストンを包囲して集中砲火を浴びせ始めていた。

 拙い、と大和の眉間に冷や汗が滴り落ちる。高雄の火災は自動消火装置で消火が始まっているが、火災以外にもダメージはあるらしく彼女の動きが鈍い。

 咄嗟に下せる判断は一つしかない。

「ワシントンさんは高雄さんとヒューストンさんの援護に回ってください。奴は私が相手をします」

「……Copy Good Luck Mighty monster」

 母国語で大和に幸運をと告げたワシントンは反転して高雄とヒューストンの援護に向かった。

 ワシントンの背中を見送った大和は新型戦艦に向き直り、手汗がにじむ両手の掌をぐっと握りしめ、敵を見据える。

 同様に見返してくる新型戦艦を鋭い目で睨みつけながら大和は敵に向かって言った。

「一騎打ちよ、邪魔は入らない、僚艦もいない。貴女と私、勝った方が北極海の覇者よ。セーフティーは切った、本当の勝負よ」

 応答の合図の様に新型戦艦の艤装上に発砲の砲煙が迸る。鏡の様に大和の五一センチ三連装主砲の砲口からも砲煙と閃光が走った。

 同航戦を描く二人の砲撃は、互いに互いの目標を打ち据えた。

 大和の砲撃が遂に新型戦艦の艤装上に着弾し、爆破閃光と黒煙を放つ。ほぼ同時に大和の艤装上にも新型戦艦の砲撃が着弾する。

 激しい衝撃に歯を食いしばって堪える大和にCIC妖精から被害報告が次々に上げられる。

「第一、第三高角砲、全壊!」

「敵砲弾、第一甲板を貫通し、第二甲板で爆発!」

「第一機械室にて火災発生! 消火作業急げ!」

 バイタルパートで守られていない箇所で被弾による艤装の損傷が発生していた。 

 ダメコン要員が損傷個所の応急処置に向かう中、大和の砲撃も新型戦艦に一定のダメージを与えていた。五一センチ砲弾三発が直撃し、艤装の装備品のいくつかが破損しているのが伺えた。

 だが致命傷には至っていない様だ。特に主武装たる主砲は全てが健在の様で、再び大和へ砲撃の砲火を放って来る。

 連射速度は大和より早い。戦艦艦娘が備える大口径主砲の中でも特大サイズである大和の主砲はその分、再装填に時間がかかる。

 砲術妖精が一秒でも早く再装填を終えようと奮闘する中、新型戦艦の放った砲撃が再び大和を捉える。

 今度は予めバイタルパートで防ぎにかかったものの、一発が大和の頭部に命中する。防護機能で完璧に防いだものの鈍器で思いっきり殴られた様な衝撃が頭を打ち据え、身体にもじんと痺れかける衝撃が彼女を襲う。

 立ち眩みが発生し、視界がぼやけ頭がふらふらとする中、再装填完了のブザーが鳴り響く。

「諸元そのまま、発砲! 撃て!」

 頭を抑えながら射撃号令を下す大和に、自身の主砲の轟音と発砲の衝撃が押し寄せ、頭部への被弾の影響でぐちゃぐちゃになりそうな頭に別の衝撃が走る。

 ノーガードの殴り合いだ、と挫傷を起こしかけた脳で必死に新型戦艦を見据え続ける。

 再び新型戦艦の艦上に着弾の閃光が光り、爆発炎が敵戦艦を包む。これで逝く様な楽な相手ではないと見る大和の思惑通り、依然として健在な新型戦艦が爆発炎の中から姿を現す。

 援護射撃を望める味方艦娘がいない今、新型戦艦を相手に出来るのは自分しかいない。ここが踏ん張りどころだ、と自分に言い聞かせ、ガードに入る。次は新型戦艦が撃って来る番だ。

 案の定放たれた新型戦艦の砲撃が三度大和を打ち据える。第一主砲の天蓋に直撃弾が二発、バイタルパートで他の砲弾を弾く。

 第一主砲の天蓋に直撃したものの、角度が悪かったのか跳弾となった敵主砲弾が火花を散らして虚空へと弾き飛ぶ一方、バイタルパートを打ち据えた敵砲弾は耳を聾する轟音と共に弾き返される。

 先程の被弾でぐちゃぐちゃになりかけた視界が元通りになり始める中、大和は不敵な笑みを口元に浮かべた。

「大和型改二の装甲と火力は伊達じゃないのよ」

 それは世界最強と謳われる戦艦艦娘の誇りの表れでもあった。

 装填完了のブザーが鳴り響く。大和は元通りになる視界に新型戦艦を見据えながら「発砲! てぇーっ!」と号令を発した。

 轟々たる砲声が海上に轟き、空中に砲弾を飛翔させていく中新型戦艦も再装填が終わった主砲を撃ち放つ。

 来る、と大和が宙を見上げた時、彼女が右手に持つ傘に新型戦艦の砲撃が直撃し、大和の右手から弾き飛ばす。遅れて飛来した砲弾が傘で形成されていた防護機能が一瞬削がれた彼女の右腕に直撃した。

 右腕に爆発の衝撃が走ると同時に鋭い痛みが走った。声にならない悲鳴を上げる大和の口から血が吐き出される。

 大口叩いた傍からこれとは様がないわね、と左手で右腕を抑えながら口の中に血とは別の苦々しいモノを噛み締める。それよりも格下の戦艦に撃ち負けかけている自分が情けなかった。

 非常警報が艤装から鳴り響き、肩で息をする大和に装備妖精が被害報告を入れるが右腕の痛みが脳を支配して報告が頭に入らない。

 馬鹿になりかける頭で辛うじて痛み止めの注射を艤装内のファーストエイドキットから出して刺し、痛みだけは押さえる。

 改めて右腕を見て大和はぞっとした。防護機能がほぼ削がれた状態でまともに食らったせいで右腕の脇の下辺りがぐちゃぐちゃになって骨が見えていた。当然ながら出血も酷い。

 こういう時、どういう応急手当てをするのだっけ、と講習で教わった事を必死に思い出そうとする中、装備妖精達がファーストエイドキットの中身をもって破壊された右腕の患部の応急処置に当たった。

 そうだ、自分の場合は戦闘中は戦闘に専念して患部の処置は装備妖精が行ってくれるんだった、と思い出す。

 傷口に気を取られていた大和にまた新型戦艦の砲撃が飛来する。応射していられない今は一旦回避優先と大和は無傷の二本の足が履く主機に最大戦速を命じ、面舵に舵を切って回避行動を取る。

「まだよ……まだ、やれる」

 そうは言いつつも深刻な怪我を負った大和は単独戦闘は危険だった。だが援護出来る艦娘がいない。

 血痰を吐き出して新型戦艦を見据えた時、回避行動するしか手がない大和に畳みかける様に新型戦艦は斉射を放った。

無傷の主機と舵を駆使して何とか全弾回避するが、負傷が祟って応射が出来ない。残る左腕と頭部の視認照準測距儀は健在で砲撃自体は可能だが、破壊された右腕の応急処置が終わるまで応射は出来ないのだ。

 このままでは、と歯を噛み締めた時、バードアイから通信が入った。

(索敵システムに艦影複数)

「別動隊?」

 この忙しい時に未発見の敵艦隊か、と身構える大和だったが、バードアイから続けて送られてきた通信は想像とは違った。

(識別信号に該当あり。これは、愛鷹率いる第三三戦隊だ!)

 第三三戦隊。その名前に大和はハッと気が付く。別行動を取っていた第三三戦隊が来援したのだ。

 

 愛鷹! 来てくれたのね!

 

 顔を輝かせて第三三戦隊が来る方向を見た大和の視界に、最大戦速で新型戦艦へ突撃しながら主砲を指向し、一斉射撃の砲火を放つ愛鷹以下、夕張、深雪、蒼月、初雪の五人の姿が見えた。

 

 

「第一戦隊大和の援護を行う。弾薬の残弾は気にするな! 全艦、全火力を敵新型戦艦に投射せよ、撃ち尽くせ!」

 四一センチ主砲五門と長一〇センチ高角砲を新型戦艦へ向けて撃ち放ちながら愛鷹は夕張以下の第三三戦隊の仲間に向かって全力射撃を指示した。

 深雪、初雪の一二・七センチ主砲弾と蒼月の長一〇センチ高角砲弾が雨あられと新型戦艦へ浴びせられ、夕張からは一四センチ主砲弾と甲標的が放たれる。

 小口径砲弾多数と四一センチ主砲弾複数が着弾した新型戦艦がその身を悶えさせる。既に大和との交戦で少なくない損害を受けていた艤装に愛鷹以下の五人からの集中砲火を受けてさらにダメージが嵩んでいく。

 休みなく浴びせられる砲撃の合間に夕張から放たれた甲標的が新型戦艦目掛けて魚雷二発を発射する。

 着弾の火焔に包まれる新型戦艦の舷側に二本の水柱が突き立ち、新型戦艦がぐらりと揺らいだ。

「判断を誤らないでね……大和」

 新型戦艦を見据えた愛鷹が主砲の第三斉射を放った時、大和から愛鷹達へ通信が入った。

(第三三戦隊は高雄さんとヒューストンさんの援護に回ってください。ワシントンさんは特殊砲撃データリンクをオンラインへ。敵戦艦に特殊砲撃による一斉射撃をもって撃沈します!)

 指示を受けた六人から「了解!」の唱和した返事が返される。

 被弾した高雄の援護に入ったワシントンの砲撃でネ級elite級一隻が撃沈され、残る一隻との砲撃戦となっていたが、参上した愛鷹以下の第三三戦隊が入れ替わり、残存するネ級へ砲火を開くとワシントンは砲撃を止め、大和の元へ引き返した。

「特殊砲撃データリンク・バックオンライン。二番艦ワシントン、特殊砲撃、Ready to Fire!」

「梯形陣二番艦に移行せよ。敵戦艦への射撃諸元を共有」

 大和の左斜め後ろに着くワシントンの主砲が特殊砲撃管制を担う大和の手で遠隔操作され、砲口を新型戦艦に指向した。

 五一センチ三連装主砲と一六インチ三連装主砲が第三三戦隊の急襲で損傷、混乱する新型戦艦に向けられる。

「大和、攻撃準備完了!」

「ワシントン、Standby!」

 二人の姿を認めた新型戦艦が破損著しい艤装を動かして、主砲を二人へ指向する。だが、もう遅い。

 すうと軽く息を吸った大和はこれでケリをつける、と言う硬い決意と共に凛と張った声で射撃号令を下した。

「特殊砲撃管制艦指示の目標、撃ちー方始めー! 発砲! てぇーっ!」

「Fire! Fire all!」

 一斉に鳴り響いた五一センチ三連装主砲と一六インチ三連装主砲の斉射音が新型戦艦と艦娘との戦いのゲームエンドの合図となった。

 データリンクによって共有された射撃諸元と特殊砲撃の管制を掌る大和によって統制された二隻の艦娘の一斉射撃が手負いの新型戦艦に吸い込まれる様に着弾していく。

 文字通り吸い込まれる様に全弾が新型戦艦に着弾し、傷ついていたその艤装に巨大な破孔を穿つ。副砲やレーダーがバラバラになって吹き飛び、カニの様な艤装のカニの足の部分が折れ飛ぶ。そして五一センチ一式徹甲弾改と一六インチSHS(超重量砲弾)が新型戦艦の主砲を射抜き、轟音と共に全て爆砕して吹き飛ばすと、遅れて露になったバーベットから弾薬庫に飛び込んだ一式徹甲弾改とSHSがその中で起爆する。

 目をくらませる閃光と耳を聾する爆発音が新型戦艦から走った直後、弾薬庫誘爆の大爆発の火焔が難敵新型戦艦棲姫を包み込んだ。

 残る人の姿をした上半身とカニの足の様な部分で空を掻く様にもがく新型戦艦を猛煙と火炎が包み込む。

 火焔が海水とせめぎ合い、白い水蒸気の煙を噴き上げる中、誘爆で開いた破孔から急激に浸水する新型戦艦が急速に大傾斜し始め、程なく新型戦艦は転覆した。

 完全にひっくり返った新型戦艦の艤装が全ての活動を止め、裏返った新型戦艦はその後、ごぼごぼと言う気泡の音を立てて沈没した。

 

 

 戦闘は艦娘の勝利が確定していた。

 残存するヲ級flagship二隻は進路を変え、海域からの離脱を図った。ナ級elite級二隻は矢矧と叢雲との激戦の末大破して漂流中だ。どの道止めを刺されて終わりだろう。

 他の深海棲艦北極海艦隊本隊を構成していた深海棲艦艦艇も艦娘との交戦で撃沈されるか、大破航行不能で結局は沈むしか残された道はない。

 せめて、自分達だけでも北極海から離脱し、遥か遠くのカサブランカ沖の味方深海棲艦と合流出来ればとヲ級flagshipの二隻が遁走を図る。

 だが、二隻の空母ヲ級の前に立ちはだかる艦娘がいた。

「どこを行く気だ? 貴様らに帰る所は無いぞ?」

 ツ級の雷撃で全速発揮は不能でもヲ級の進路の先回り程度は出来た武蔵がにやりと不敵な笑みを浮かべヲ級に五一センチ連装主砲を指向し、答えを待つことなく海戦の仕上げの砲撃を放った。

 

(バードアイから作戦海域に展開する全艦娘へ。敵性反応の全滅を確認! よくやった全員。我々は北海及び北極海を奪還したぞ!)

 

 

 終わった……北極海、北海で繰り広げられていた深海棲艦と人類の戦いが終わった。

 その事実が辛うじて維持されていた大和の意識を瞬く間に鈍らせていき、負傷で体力を消耗していた大和は前のめりになって倒れかけた。

 その長身を愛鷹が受け止め、脂汗を掻く大和の顔を見つめた。

 自分には口酸っぱく無茶をするな、と言う癖に今回は大和自身が無茶をしてくれた。右腕は再生手術が必要だろう。千切れていないだけまだマシではあるが、負傷の治療でどれ程入院する事になるか。

 とにかく、一つの区切りがついた。北海、北極海の制海権を奪還した国連軍はこれで全戦力を地中海へ振り向ける事が出来る。

「ひとまずは終わらせられたな、愛鷹。さてここからが正念場だ」

 大和を支える愛鷹に近づき、一緒に大和の身体を支えに入る深雪が言う。

 無言で頷いた愛鷹は深雪と共に「マナナン・マクリル」へ進路を取る一方、武蔵から第一群、第三群各艦娘に「集レ、集レ」の信号が発信された。

 北海及び北極海の制海権を奪還した国連軍はその日の内に英国、ドイツ、オランダ等から集結地として定められたフランスのブレストへ向けて揚陸艦が出港した。

 地中海へ回航される事になるこれらの艦艇は「地中海の自由」作戦に備えてブレスト港で準備を整えた後、ジブラルタル海峡を経由してツーロン港に再集結し、作戦開始を待つことになっていた。

 北海及び北極海の制海権奪還後、地中海を中心とした深海棲艦の攻勢は止まり、イタリア半島での地上戦も北米方面軍から送り込まれた二個師団を中核に再編成された国連軍地上軍の反転攻勢が始まりつつあった。




次回から欧州地中海編となります。

感想、評価ご自由にどうぞ。感想が来ると中の人のモチベが上がります。

ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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艦娘関連用語集及び第三三戦隊人事書

「この世に生を授かった代償」時空における艦娘の設定と第三三戦隊のメンバーについての深堀設定です。
 軍の機密資料スタイル(エセスタイル)で書いています。



・艦娘に関して

 機密ファイル指定Lv99。 

 同ファイルは方面艦隊司令と海軍作戦本部部長、海軍参謀総長の三人の同意無しの閲覧許可を認めず

 

・艦娘に付いて

 艦娘とは人間の女性からの志願、各国海軍(海上自衛隊)からの志願者から艦娘適正が確認された者を採用し、各種必要過程・訓練を修了した後に第二次世界大戦時に活動していた軍用艦艇の名を冠して配備される。

 

 

・艦娘の艦娘適正とは?

 艦娘とは、艦娘となる女性の家系上に第二次世界大戦時に活動した軍用艦艇に乗艦していた乗員がいた場合、その家系を辿る形で往時の艦艇の艦魂(ふなだましい)が肉体内に潜在的に宿っているのが大きな特徴である。

 当該艦艇が撃沈され、その際に全乗員が死亡していたとしても、撃沈前に部署異動などで艦を離れていたり、乗艦していた経験があれば艦魂が分霊される形で引き継がれている模様。

 艦娘が戦死しても、その艦名が引き継がれないのは、この艦魂が艤装とリンクする事が出来るのが事実上一回しかない為であり、艦娘が撃沈、戦死してしまうとその艦魂は失われてしまう。

 また仮に艤装を新造したとしても、同じ艦艇に乗り込んでいた経験のある者が家系上いたとしても、該当艦娘候補者の艦魂自体が再度の艤装とのリンクを永久に拒んでしまう。

 アメリカでは撃沈された艦娘の再襲名時に「Ⅱ」と付けることで解決を図っているが、現状失敗している。

 

 艦魂と第二次世界大戦地に活動していた艦艇の名を冠し、当時の各種サルベージデータ類をフィードバックした艤装(後述の特殊コアを内蔵)をリンクさせることで、初めて「艦娘」と言うモノが成り立つ。

 艤装が損傷しても艦娘が無事だった際に一時的に同型艦艦娘の艤装が流用する事が出来るのは、同型艦であれば艦魂が疑似的にリンクを維持できるからである。

 ただし艦のタイプが異なって来ると流用にも限度が生じて来る。準同型艦程度の繋がり、例えば日本艦隊の特型駆逐艦の場合、特型ⅠとⅢまでなら一応艤装の流用は可能である。

 

 

・艤装

 艤装は艦娘を構成するいわばコアが存在する。各種第二次世界大戦時の実艦のサルベージデータがインプットされた特殊コアが艤装内部に存在し、同コアと艦娘がリンクする事で艤装は起動する。

 起動した艤装は各種武装の火器管制、生身の人間である艦娘を過酷な環境である海上の気候から深海棲艦の攻撃に至るまでを防護する防護機能を発生させる。

 防護機能は各艦種事に「耐久」が設定されており、駆逐艦なら低く、戦艦なら高くなっている。

 小型艦娘程艤装重量は軽く、大型艦娘程艤装重量は重くなる関係上発揮可能速力や回避能力に差が生じる。

 機関出力も小型艦娘程低めであり、大型艦娘程大きくなる。小型艦娘にタービンユニットを増設する事で機関出力を向上させることが出来る。

 艤装にはハードポイントが設定されており、これらに各種火器や機関部をセットし、管理する。

 ハードポイント内と増設ハードポイントにタービンユニットを設ける事で、機関出力を最大一二〇パーセントまで上げる事が出来、速力と機動力の上限を引き上げる事が出来る。

 

 

・建造

 一連の艦娘となる女性の肉体内に潜む艦魂を召喚し、艤装の特殊コアとリンクさせるまでの過程を基本「建造」と呼称する。

 この過程に関してはいわゆる「降霊の儀」とも言えるものであり、艦種によってこの建造に至るまでの時間が異なっている。

 理由としては大型艦娘程、史実の大型艦艇には多数の乗員が乗り込んでおり、小型艦娘程史実の乗員は少なかったためと思われる。

 艤装の特殊コアのサルベージデータと艦娘内の艦魂が完全にマッチングして初めて「建造」は完了する。

 

 

・改装

 艤装の特殊コアに一部アップデートを施し、艦娘の艦魂と共にその性能を向上させたり、飛躍的に改善するモノ。

 後者の好例が「改二化改装」であり、改二化の折には艦魂の能力と共に艦娘の身体的特徴の一部も解放される為、一気に外見が化けやすい。

 

 

・火器

 艦娘の火器は、理論上は駆逐艦娘が戦艦艦娘の主砲を発砲させることは可能ではある。

 ただし「設置して発砲」する分であれば影響はないモノの、「構えて発砲」するとなると、その強反動によって脱臼、骨折に至るまでのリスクが伴う。

 駆逐艦娘の艤装の防護機能によるパワーアシストであれば、軽巡洋艦の主砲までなら連射は不能な程度に扱えるが、重巡以上は事実上不可能である。

 トリガー自体は退くことは可能ではあるのの、発砲時のパワーアシスト機能の上限値を越えている為反動を吸収しきれず、腕を痛める、肩を脱臼する、最悪骨折の危険が伴っている。

 戦艦艦娘が駆逐艦などの小型艦娘の主砲を扱う事は、艤装のパワーアシスト機能の上限値上問題ない為、リコイル無しに発砲する事が可能である。

 空母艦娘は水上戦闘に用いる砲熕兵装に対応したパワーアシスト機能が備わっていない為、素で腕力に優れているのであれば駆逐艦程度の火器は扱うことは可能であるものの、空母艦娘が砲熕兵装を用いて戦闘を行う事は現実的ではない。

 そもそも空母艦娘は総じて腕力が重要な艦種であるが、それらは発着艦などの航空機運用に求められており、砲熕兵装を現場運用して腕を痛めては本末転倒となる。

 艦娘の火器は各艦種事にハードポイントの上限がある為、この上限を超えた数の武装を装備する事は基本出来ない。

 上限を超えた武装を搭載するには増設ハードポイントを用いる必要があるが、増設ハードポイントの耐久性から小口径砲等の武装搭載は出来ずほぼ近接防空火器やタービンユニット、レーダー類、ソナー等に留まる。

 潜水艦艦娘はその特性上艤装の構造や防護機能のリソースの大半を水圧、気圧等の生命維持と静粛性機能の保持に割り当てられている。

 また「潜水行動」と言う任務の特性上、潜水艦娘はダイバー資格一級を習得する事が義務化されている。

 

 

・特記

 改大鳳型及びアラスカ型などの実際に就役していない、又は第二次世界大戦に間に合わなかった艦を基にした艦娘について。

 

 就役できないまま終わった大戦時の艦艇の名を冠した艦娘や大戦後就役の艦の名を冠した艦娘に艦魂が宿る原因については、後者は基本大戦中就役艦と同じ理論で説明付けが出来る。

 就役できなかった、計画段階で終わった艦の名を冠した艦娘に関しては、当該艦艇の実艦データを回収して艦魂召喚のコア形成の為のサルベージデータをほぼ人為的に作り出す事が出来たモノである。

 艦娘となる女性に関しては、計画に携わった関係者が家計上いれば人為的に艦魂を召喚し、人為的に作り出せたコアとリンクさせることが出来る。

 ただしこのリンクは極めて手間、過程、予算面から見て量産には全く向いていない為、日本艦隊の改大鳳型やアラスカ級大型巡洋艦などごく少数量産するだけにとどまった。

 

 

 これらの艦魂を人為的に召喚、艤装と人為的にリンクさせる技術を基に、より量産性と汎用性を求めたのがCFGプランにおけるクローン艦娘である。

 超大和型戦艦や超甲型巡洋艦はそのデータが計画開始段階で散逸、失われて殆ど残っていない為、国連海軍はこれらを全て先に建造した改大鳳型空母艦娘でのデータを基にして、ゼロから作り出す事を試み、一応の成功を収めた。

 六五番目、もとい現在の愛鷹はゼロから艦魂を作り出し、ゼロから作り出したコアとリンクさせた完全な人工形成艦娘であり、一般的な艦娘とは一線を画している。

 なおこの愛鷹のリンクには実の所安定性があまりいいとは言い切れない所があり、リンクの波から身体へ少なからず悪影響を与えている面がある。

 愛鷹が吐血するのはこのリンクの波からの反動が体に過負荷をかけている面もあり、現在進行形で老化著しく、ロシニョール病の抑制剤の禁断症状とその副作用に蝕まれやすいクローン艦娘の愛鷹にはかなり運用上厳しい側面があり、総じて愛鷹と言う艦娘はデリケートな存在と言える。

 

 CFGプランはこの人工形成艦娘を量産するという当初の予定が遅々として進まず、誕生したクローンもその出来が要求を満たしきれていない為、目ぼしい成果が上げられたとは言えず、増大する補正予算に見合った成果が出ないままの計画に予算上の打ち切りを受けたのもプランの瓦解の原因となっている。

 

 

 

 

第三三戦隊人事ファイル

 

・青葉型重巡洋艦青葉

本名:若狭青葉(わかさ・あおは)

西暦二〇二二年九月二五日生まれ

出生地;広島県呉市

現所属部署:日本艦隊第三三戦隊第一小隊

前所属部署:日本艦隊第六戦隊

現所属基地:日本艦隊統合基地(横須賀)

前所属基地:日本艦隊西部方面隊呉基地

階級:少佐

賞歴:四年勤続章・六年勤続章・八年勤続章・パープルハート勲章・銀星章・シルバーシューター章・重巡洋艦艦娘徽章・体力徽章

その他:複数の章を推薦されているが、自身の普段の素行から見送りになっているモノが多い。

 青葉本人の普段のオフの時の素行や態度などから、妹の衣笠と比べて前述の通り低評価する声があり、長らく青葉自身の大規模改装へのネックの一つとなっていた。

 しかし軍人としての戦闘技能や頭脳においては極めて優れており、通常勤務時の勤務態度自体も優秀である。

 マイナスポイント評価が無ければ既に中佐以上に出世していてもおかしくないが、当の本人がどちらかと言うと裏方、縁の下の力持ちタイプであるが故に出世欲がなく昇進していない。

 第三三戦隊配備後は上官である愛鷹の指導から本人の内なる能力が再度開花しつつあり、海軍内での評価が見直されつつある。

 一般家庭出身であり、深海棲艦の出現後の混乱期両親が交通事故で死亡後、日本政府からの孤児年金やアルバイト等のわずかな手当てを糧に生活していた。

 普段からおちゃらけた明るく、快活、温厚な性格だが、戦闘時には冷静な対応を見せる。海軍入隊前は今とは正反対な性格だった。

 後輩などの面倒見は悪くは無いが、そもそも本人が自分にマイペースな為面倒を見切れていない。

艦娘配備前の新聞社でのアルバイト経験や、青葉自身の好奇心旺盛な面から非番時は基地内での取材活動に勤しんでおり、それらの取材情報から艦隊新聞を自主発刊している。

 艦隊新聞は日本艦隊内での艦娘同士の情報共有等にも役立っており、重宝されている。

 ハッカーとしての技量も高い事から艦娘内の情報に詳しく、艦娘には弱みを握られているモノが少ない為、ひそかに恐れられている。

 戦功章を複数授与され、「ソロモンの狼」の二つ名を持つ武功も持つなど普段の素行からは思えない程よく活躍している。

 情報通な面や探求心の高さ、運の良さ、戦闘技能の優秀さ、コミュニケーション能力の高さから第三三戦隊第一小隊配備となった。

 

 

・青葉型重巡洋艦衣笠

本名:笠月絹恵(かさづき・きぬえ)

西暦二〇二二年一〇月二四日生まれ

出身地:徳島県徳島市

現所属部署:日本艦隊第三三戦隊第一小隊

前所属部署:日本艦隊第六戦隊

現所属基地:日本艦隊統合基地(横須賀)

前所属基地:日本艦隊西部方面隊呉基地

階級:大尉

賞歴:四年勤続章・六年勤続章・八年勤続章・パープルハート勲章・シルバーシューター章・重巡洋艦艦娘徽章・体力徽章

その他:青葉と比較し普段から性格的にしっかりしている為、海軍内部での人事評価はおおむね好意的かつ評価は高い。

 青葉同様戦闘技能、勤務成績は優秀であり、改二が実装される事からも彼女の普段からの優等生ぶりがうかがえる。

 運動面に秀でており、特にボルダリングと野球、ソフトボールが得意である。その為体力徽章系ではかなり多数授与されている。

 性格は姉と同じく快活だがお転婆娘な面もある。

 ただ姉の青葉と違って運動面以外に際立った高評価ポイントが少なく、それ故か聊か器用貧乏気味な立場でもある。

 世話焼きな性格もあって後輩などの面倒見は良く、マイペースでフリーダムな姉に代わって周りの面倒を見る事が多い。

 カレー好きであり、足柄とはカレー大会でのライバル同士である。目下勝率は五分五分。

 富裕層、いわゆるところの上流階級出身であり、先祖には華族(勲功華族)もいる由緒ある家系の生まれ。深海棲艦の出現後の混乱期も特に不自由なく過ごしている。

 家督を継がせたい両親に反発、事実上弟に家督を押し付ける形で海軍に入隊している。

 しっかり者の性格からの艦娘としての優秀さからの周囲からの高評価に困惑している時、青葉からそれを自身の生まれを鼻にかけている節があるのでは、と指摘されて以来青葉並みにおちゃらけだす事が増え始めた。

 ファッション好きであり、自分自身の外観をあまり飾らない姉の青葉を自分の趣味に付き合わせて振り回す事もある。

 生まれ育ちからの社交性の高さ、諸々の優等生ぶり、姉と同じコミュニケーション能力の高さから第三三戦隊第一小隊配備となった。

 

 

・夕張型軽巡洋艦夕張

本名:張本裕香(はりもと・ゆうか)

西暦二〇二一年三月五日生まれ

出身地:北海道夕張市

現所属部隊:日本艦隊第三三戦隊第二小隊

前所属部隊:日本艦隊第六水雷戦隊→日本艦隊直轄艦隊

現所属基地:日本艦隊統合基地(横須賀)

前所属基地:日本艦隊南部方面隊佐世保基地

階級:大尉

賞歴:四年勤続章・六年勤続章・八年勤続章・シルバーシューター章・軽巡艦娘徽章・技術試験科徽章・司令部付き勤務章・艦隊旗艦幕僚過程徽章・兵装実験科勤務章

その他:主に軽巡洋艦の兵装実験・運用テストなどを見込んで艤装ハードポイントが多く作られているのが彼女の艤装の大きな特徴である。

 軽巡洋艦として最大発揮速力は比較的控えめであるが、ハードポイントの大さと兵装搭載可能自由度の高さが売り。

 兵装実験軽巡としての任務及び色合いの濃い艦種に見合った技術肌の女性。北海道科学大学高等学校を受験し、飛び級で三年生の過程を履修した後海軍に入隊。

 技術畑を歩みながら艦隊旗艦としての幕僚過程も受講し修学している。

 明るい性格で人当たりも良いが、艤装関連となれば何かにつけて搭載・実験運用したがる癖がある。

 周囲からの受けが良く、本人も大勢の場で楽しむ事を好む社交派。

 工業系学校の成績はトップクラスであり、モノ作りも趣味の一つ。その為暇な時は艦娘に頼まれて鍋の制作から電子機器の修理まで何でもこなす。

 工具類の扱いは勿論得意であり、また工作艦程ではないが前線での艦娘の応急修理技能も持つ、一種の整備兵としての一面もある。

 家系はかつて夕張炭鉱業界を支えた財閥の一つで夕張市の炭鉱閉山後は別業界で富を得る。衣笠の生まれ元である笠月財閥とは提携関係にあった。

 ただし夕張と衣笠双方とも面識はない。天ぷら蕎麦が好物であり、夜勤時の楽しみとしている。

 第六水雷戦隊旗艦を務めていたが、ウェーク島奪還作戦、通称W作戦で指揮下の駆逐艦如月が撃沈された際、如月撃沈の責任をとる形で第六水雷戦隊旗艦を辞任している。この時の如月喪失が夕張に「先頭に立つ者」としての自信と意欲を失う事になり軽度のPTSDを診断される。

 なお駆逐艦艦娘如月は「撃沈」後二年程消息不明となっていたが、鉄底海峡海戦の最中偶然発見され艦娘籍に復帰を果たしている。

 明るい、社交的な性格、簡易工作艦としての役目を果たせるバックアップポジションとの適応性の高さ、軽巡洋艦としての任務の多用途性の高さが評価され第三三戦隊第二小隊配属となった。

 

・吹雪型駆逐艦深雪

本名:卜部深雪(うらべ・みゆき)

西暦二〇三〇年六月二六日生まれ

出身地:京都府舞鶴市

現所属部隊:日本艦隊第三三戦隊第二小隊

前所属部隊:日本艦隊第一一駆逐隊→日本艦隊直轄艦隊第一四駆逐隊

現所属基地:日本艦隊統合基地(横須賀)

前所属基地:日本艦隊西部方面隊呉基地

階級:中尉

賞歴:体力徽章・駆逐艦娘徽章・特一級魚雷戦章・訓練教育隊付き勤務章

その他:第三三戦隊に配属された駆逐艦娘の一人。

 極めて優秀な雷撃戦技量の持ち主であり、特型駆逐艦娘の中では随一の腕前を誇る。

 砲術、対空戦、対潜戦に関しても非凡な戦闘技量の才能を持ち、駆逐艦としての汎用性は極めて高レベルにある。

 欧州派遣前に改二が特別実装されたところからも彼女のその類まれな艦娘としての素質が伺える。

 かつては第一一駆逐隊に所属していたが、二〇四一年の荒天下での演習中第六駆逐隊電の魚雷誤射を受けて瀕死の重傷を負い、戦線離脱を余儀なくされる。

 回復の見込みが中々立たなかった為、結果的に第一一駆逐隊から除籍。第一一駆逐隊は叢雲を編入して再編成される事になる。

 怪我からの復帰後は専ら部署のたらい回しが続いたが、結果としてそれが深雪に様々な経験を与える事となる。

 一時期は臨時編成部隊である第一四駆逐隊の嚮導艦(駆逐隊旗艦)を務めていた事もある他、艦娘候補生の助教として夕雲型、松型、その他補助艦艇艦娘の教育を担当したこともある。

 人命を重視する性格であり、それ故に命令違反も辞さない、作戦内容によっては服従しない等軍人しての素行にやや問題があり、それもあって前線部隊への再配属見送りが続いた。

 彼女がその様な傾向に走る原因となったのはセイロン方面での国連海軍の制海権奪還作戦、オペレーション・フレンド・ストライクの失敗がある。

 同作戦は作戦指導部の致命的戦略判断ミスによって艦娘の大量喪失に至る大敗を喫した戦いであり、作戦に参加した英国艦隊は参加艦娘一六隻(一六人)中一二隻を戦死により喪失し、日本艦隊からも第六駆逐隊の暁、雷、電の三名が犠牲となった。

 深雪はこの作戦に第一一駆逐隊所属時代に参加しており、撤退戦となった同作戦で全滅した第六駆逐隊の生き残りの響を救助した縁がある。

 出自は消防官の家の出であり、父親は深海棲艦の攻撃を受けた沿岸部での救助活動で勇敢な行動で名を馳せている。

 艦娘適正持ちと判明後は若干九歳と言う異例の若さで海軍に入隊。海軍入隊以来海軍を生家としてきた一面がある。

 軍人としての素質は高い一方で、前期の通り人命軽視の作戦に対して抗命行為や不服従等の問題行為が目立ち、経歴や素質の割にはあまり出世していない。

 一説には抗命、不服従等の問題点が無ければ少佐クラスに出世していてもおかしくない逸材とされる。

 座学の成績は平凡レベルだが、実技の成績はトップレベルであり、考えるよりも先に行動するタイプ。ただし人命が絡むレベルになると極めて慎重な一面も見せる。

 第三三戦隊旗艦愛鷹からは人命を重視する性格に一目置かれている。

 駆逐艦として非凡な才能と技量、汎用性を持つ事、人命を重んじるところ、大元の所属部隊がない事から第三三戦隊所属艦娘となった。

 

・秋月型防空駆逐艦蒼月

本名:筑地碧(つきじ・あおい)

西暦二〇ニ九年七月一四日生まれ

出身地:福岡県福岡市

現所属部隊:日本艦隊第三三戦隊第二小隊

前所属部隊:日本艦隊第一一水雷戦隊第六三駆逐隊

現所属基地:日本艦隊統合基地(横須賀)

前所属基地:日本艦隊東部方面隊横須賀基地

階級:少尉

賞歴:体力徽章・駆逐艦娘徽章・特一級射手章・司令部付き勤務章

その他:深雪と同じ第三三戦隊に配属された駆逐艦娘。

 ずば抜けた対空射撃技量の持ち主であり、視力は二・〇。動体視力、バランス感覚にも優れている。

 艦隊防空を担う秋月型の中でも後期型に位置する。対空射撃の腕前は秋月型の長女秋月よりも優秀であり、命中精度は極めて高い。

 また対水上戦闘でも主砲の速射を生かしたスピーディーな戦いを得意としている。

 対潜戦の技量は並であり、その点を深雪がカバーしている所がある。

 非常に射撃の腕前が優れている優秀な艦娘だが、ずば抜けた素質に反して本人は極めて臆病な性格。

 自分に自信が持てないタイプでもあり、艦娘候補生時代メンタル面で落第しかけた程。

 艦娘配備後、彼女のメンタルは一定の向上を見せたが第六三駆逐隊配属艦娘が尽く戦死していくのを見て一転して臆病な性格になる。

 第三三戦隊に配属後は再びその才能を発揮しつつあり、軍内部でも再評価の動きがある。

 臆病ではあるものの、土壇場での踏み止まりには定評がある。

 第三三戦隊に配属前は日本艦隊統合基地の防衛艦隊の防空の中核を担っており、海外派遣や地方支部派遣経験が殆どない。

 その為、実質第三三戦隊で積んでいる数々の戦いが彼女のデビュー戦になっている面がある。

 家元は福岡県に拠点を置く貿易商人であり、主に中国、韓国、台湾を窓口に商売を行っていた。

 幼少期は貿易商人の父親に連れられて中国、韓国、台湾を巡っており、その時の経験から北京語、朝鮮語(韓国語)、学老語が話せる。

 韓国から日本に帰国する船が深海棲艦の攻撃を受けて撃沈された際、両親を亡くし、以後父方の祖父母の元で育った。

 艦娘適正判明後、艦娘適正者を欲していた当時の軍によって「高齢の祖父母の面倒を国が見る見返りとして艦娘となれ」と言う条件を提示され、艦娘となる事を半ば強制された艦娘の一人である。性格に反して軍人になったのはこれが大きな要因である。

 半ば強引に艦娘にされた割には軍自体にはさほど否定的な心象は持っておらず、寧ろ祖父母の面倒を見てくれる見返りが果たされている事から感謝の念も持ち合わせている。

 なお艦娘となる際、かつて深海棲艦の攻撃から救助してくれた現日本艦隊総司令官の武本生男提督のスカウトがあった模様。

 余談だが食いしん坊な一面も持ち合わせている。

 防空駆逐艦として極めて優秀な事、彼女を前線に出すように要望する声に応じる形で第三三戦隊に配属となった。なお彼女が第三三戦隊に配属後元所属部隊であった第六三駆逐隊は解隊されている。

 

・瑞鳳型航空母艦瑞鳳

本名:鳳瑞樹(おおとり・みずき)

西暦二〇二六年六月一九日生まれ

出身地: 滋賀県草津市

現所属部隊:日本艦隊第三三戦隊第一小隊 

前所属部隊:日本艦隊第六艦隊補給隊→日本艦隊第三航空戦隊

現所属基地:日本艦隊統合基地

前所属基地:日本艦隊西部方面隊佐世保基地

階級:少佐

賞歴:四年勤続章・軽空母艦娘徽章・弓道徽章・補給艦艦娘徽章・司令部付き勤務章

その他:第三三戦隊に転属となった軽空母艦娘。

 元々から空母艦娘だったわけではなく、日本艦隊第六艦隊(潜水艦隊)の高速補給艦高崎として艦娘デビューした。

 日本艦隊における艦娘航空戦力増強計画の折に、補給艦から軽空母へと転向した。

 見た目こそ未成年それであるが、二〇二六年生まれの為中身はれっきとした成人である。

 一三歳の時に艦娘適正が発覚し、実家の意向から海軍に入隊。当初配属された補給艦高崎時代は鳴かず飛ばずの経歴であったものの、空母艦娘へ転向後は第三航空戦隊の主力艦として各地で活躍。

 第三三戦隊に配属された艦娘では実戦経験もきわめて豊富な歴戦の艦娘でもある。

 汎用性の高い軽空母であり、対艦攻撃から対潜攻撃、制空戦闘に至る幅広い運用が行える。

 特に彼女には零式大型調音機(ソナー)が装備されており、素での対潜索敵能力に秀でている。ただし彼女自身に対潜装備は無い為、対潜攻撃は艦載機頼りである。

 第三三戦隊では対艦攻撃を全面的に運用面から除外し、艦載機の比重を戦闘機と哨戒・索敵機に割り振ることで第三三戦隊における航空索敵と航空対潜哨戒、早期警戒を担当する。

 また補給艦高崎時代に戦闘救命士としての訓練も受けており、第三三戦隊ではコンバットメディックとしてのポジションも担う。

 生まれは滋賀県草津市であり、艦娘になる前は海とはあまり縁がない生活をしていた。

 実家は酒屋であり、酒造りも営んでいる酒造会社。

 全日本小学生弓道大会全日本一位の猛者でもあり、趣味としても弓道をたしなむ。

 航空機が大好きな航空機ファンであり、航空機プラモデル制作も好きなモデラー。日本艦隊統合基地の倉庫を一つ借り入れてそこに制作した航空機模型を飾っている。

 成年後は大の酒好きとなり、夜な夜なビールを愛飲していた事もあるが、それが祟って急性アルコール中毒を起こして一時入院した事から六年勤続章を取り逃がしている。

 弓道、航空機模型製作の他に料理も好きであり、特に彼女自身の大好物でもある卵焼きを焼くのが得意でもある。

 彼女の卵焼きは非常に評判が高く、瑞鳳が卵焼きを焼く日は食堂に行列ができる程。

 第三三戦隊配属の艦娘の中では唯一「負の面」と言える過去が殆どない稀有な存在である。

 あまり知られていないが互いに先輩後輩の関係でもある(瑞鶴が先輩で瑞鳳が後輩)第五航空戦隊の瑞鶴とは本名の瑞樹の部分が同じと言う関係もでもある。

 航空機好きと言う趣味もあって、第二五航空戦隊の水上機母艦艦娘秋津洲やドイツ艦隊空母艦娘グラーフ・ツェッペリンなどとは気が合う等、航空機を介した交友関係も広い。

 なおグラーフ・ツェッペリンと交友を持った際にドイツ語を教えて貰った事があり、ある程度ならドイツ語も話せる。

 小柄な体躯が彼女の中ではコンプレックスになっている一面がある。

 新設の索敵攻撃部隊での航空作戦任務全般及び戦闘救命士としての資格持ちから第三三戦隊に配属となった。

 旗艦愛鷹が航空巡洋戦艦化されてからは、後方からのオペレーター任務に就く事もある。

 

 

・愛鷹型超甲型巡洋艦愛鷹

本名:遺伝子複製艦娘実験体第六五号

西暦二〇四三年?月?日(一二月二七日説あり)

出身地:国連海軍第666海軍基地

現所属部隊:日本艦隊第三三戦隊第零小隊

前所属部隊:国連海軍先進兵器技術開発部第一〇課

現所属基地:日本艦隊統合基地(横須賀)

前所属基地:国連海軍第666海軍基地

階級:中佐

賞歴:重巡洋艦艦娘徽章・戦艦艦娘徽章・特一級射手章・体力徽章

 索敵攻撃部隊である第三三戦隊の旗艦を務める艦娘。当初は超甲型巡洋艦として第三三戦隊に配属されたが、後に夕張の改装設計案を基に航空巡洋戦艦へと艦種を変更した。

 特一級射手章の通り射撃の腕に優れた大砲屋であり、また卓越した剣士でもある。

 素で教養が高く、体力、持久力も極めて高い。十八番分野は語学で多国語を自由自在に操るマルチリンガル。

 軍人としての非の打ち所がないハイスペック艦娘である。

 普段から制帽を目深に被っており、素顔は分かり辛くなっている。愛煙家であり葉巻を愛縁するが、煙草も時に嗜む。

 ポーカーを始めとするカードゲームに関してはめっぽう強く、艦娘同士の試合で負けた事は一度もない。

 基本的に冷静沈着な人物であり、表情の起伏に欠ける嫌いがあるが、時にそれを忘れさせるほど感情を露にするなど感情表現自体は決して薄い訳ではない。

 出自は「Clone Fleet Girls」計画で日本艦隊の戦艦艦娘大和の遺伝子を基に、そこからさらに遺伝改良を施された上で誕生した大和のクローンでありデザインチャイルド。

 クローンとして誕生時、加齢速度が一五倍になっている為、一年で一五年分の歳を重ねる分、成熟も早く急激な老化に苦しんでいる。

 またクローンとしてのテロメアの分裂問題の抑制が出来ておらず、急激な加齢と合わせて生まれつき極めて短命な人間であることが運命づけられてしまっている。

 上述の寿命関連の問題点もあり、クローンとしての完成度の評価は九〇パーセントと評価されている。

 生まれつきの問題点や艦娘固有の難病である急性ロシニョール病の末期患者であり、それ故に常人とは比べ物にならない程の短命である。

 第三三戦隊に配属された艦娘は総じて一五歳以上であるが、愛鷹だけは二〇四三年に生まれたばかりであり、実のところ誕生からまだ五年しか過ぎていない。

 が、彼女の加齢速度はクローンとしての試製量産を見込んで一五倍に設定されている事から実年齢は既に七五歳を過ぎており、この点では第三三戦隊で一番の年長者である。

 クローン艦娘としての出来は寿命を除けば完璧であり、一人の人間としてみてもありとあらゆる分野でハイレベル。

 ただし、艦娘としての実戦経験はシミュレーター経験しかない為、経験面で言うと蒼月にすら圧倒的に劣っている。

 クローン艦娘は一五〇体が製造され、うち七五体が誕生、六五体が成長した。愛鷹はこの一五〇体のクローンの中でも最後に製造されたクローンである。

 クローンの優劣を確定化させる「選抜試験」でクローン同士の殺し合いを唯一生き延びることが出来た一方で、特定条件を満たすと当時を思い出してしまい、物事に手が付かなくなるレベルに心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむという悩みを抱えている。

 またクローンとして短命である為に延命措置として服用しているテロメア分裂の抑制剤の副作用が極めて強く、艤装とのマッチングの揺らぎも相まって身体的にみると極めてデリケートな作りである。

 急性ロシニョール病は現在末期状態であり、余命は一年程度と見込まれている。

 この様に出自が極めて特殊であることや、生まれつき短命であること等から生への願望や欲求、執着が強い。

 凄惨な過去を経験しているだけあって、人命については彼女なりに深く考えており、人命重視の思想である深雪とは波長が合う。



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欧州西地中海編
第六二話 向かうべき地


 今年最後の「代償」のお話です。
 


 カレンダーを捲り、引きちぎる音が室内に響いた。

「一〇月か……」

 カレンダーに書かれた「October 1th」の文字を見て愛鷹は小さな溜息を交えながら呟く。

 北海及び北極海での制海権を奪還した国連海軍は、全艦娘戦力を地中海に回して反転攻勢に出ていた。

 しかし、いまだに健在なス級を始めとする深海棲艦の機動艦隊が地中海の各所で抵抗を続けており、戦局は再び膠着状態に入っていた。

 愛鷹を始めとする日本艦隊の艦娘はツーロン港に拠点を移して以降、随時現地艦隊のバックアップとして駆り出される日々が続いていた。

 北極海の戦いで負傷した青葉と衣笠は昨日退院し、輸送機でツーロン港へと移送中だ。

 日本艦隊の抱える問題は大和と高雄の長期戦線離脱にあるだろう。北極海で新型戦艦との砲撃戦で右腕を破壊された大和は当面の間入院を余儀なくされ、高雄も火傷の傷が深く治療にはしばしの時間を要すると診断されていた。

 大和が戦線離脱を余儀なくされた結果、彼女が担っていた欧州派遣艦隊総旗艦の任は妹の武蔵が預かる事になった。

 カレンダーの九月の分をゴミ箱に放り込むと、新たに宛がわれた自室のベッドにごろりと横になる。

 天井をぼんやりと見上げながら、ふと日本艦隊統合基地に置いて来たハイタカのハッピーの事を思い浮かべる。

「ハッピー、元気かな……」

 面倒は神鷹らに頼んでおいたとは言え、やはり気にはなる。元気に過ごしているだろうか、ちゃんと食事はとっているだろうか、と同居人の事がいささか気がかりになる。

 真っ昼間にも拘らず、今の自分は暇だ。本来なら愛鷹の様な主力艦娘は猫の手も借りたい程忙しい筈なのだが、北極海での功績から一日だけ休暇を出されていた。

 一日だけではツーロン基地周辺の観光も出来やしないし、欧州一体の情勢悪化で沿岸部の住民の避難が進んでいる今、街に繰り出しても閉まっている店ばかりで観光どころでもない。

「暇ね……」

 口から出る言葉が全て呟きのレベルになるが、話し相手が居ないのでどうにもならない。夕張や深雪たちは自分と違ってツーロン基地周辺の対潜哨戒任務に駆り出されて居ないし、瑞鳳は第三三戦隊全艦分の艦載機の整備で忙しい。

 再びため息を吐きながらベッドの上で寝返りを打つと毛布をかぶって目を閉じた。眠れる内に睡眠でもとっておこう。

 

 寝落ちしてからどれくらい経ったか、ドアをノックする音で目が覚めた愛鷹は、目をこすりながら時計を見やる。

「どなた?」

「鳥海です」

 誰何すると愛鷹の部屋にドア越しに鳥海の声が響く。

「愛鷹さん、青葉さん達が着きましたよ。同時に出頭命令が出ました、第二会議室にお越しください」

「了解です」

 ベッドの上で伸びをして、部屋着を脱ぎ、制服を手早く身に着けて行き、制帽を被る。

 ドアに向かおうとしてペタペタと言う足音で、靴はおろかソックスすら履き忘れた事に気が付く。

 寝ぼけてる、とポンポンと頭を叩きながらニーソックスと靴を履き、改めてドアに向かう。

 ドアを開けて自室を出るとメガネをかけた高雄型重巡艦娘の末っ子である鳥海が待っていた。

「お昼寝中でしたか、よく眠れまして?」

「二時間ほどは。で、出頭命令とは?」

「さあ、ただ、私を含めて高雄以外の四戦隊他複数の艦娘に第二会議室へ出頭命令が出ている様です」

「ふーん……」

 制帽の鍔を掴んでぐっと目深に被り直しながら、鳥海と共に第二会議室へ向かう。

 

 

 第二会議室はブリーフィングルームも兼ねた部屋だった。

 愛鷹が鳥海と共に部屋に入ると、既に四戦隊の愛宕と摩耶、空母艦娘の伊吹、駆逐艦娘の陽炎、不知火、綾波、敷波、それと北米艦隊の艦娘の空母艦娘イントレピッドと駆逐艦娘フレッチャーとジョンストンがいた。

「何が始まるんですかね」

「さあ……四時までには全員集まれとしか私も聞いてません」

 何気なく尋ねる愛鷹に鳥海も首をかしげる。

 と、愛鷹と鳥海の背後でドアが開く音がして、どやどやと第三三戦隊の仲間達が入って来た。キール軍港の病院から空路で来たばかりの青葉と衣笠もいる。

 自分の姿を見た青葉がニコリと笑顔を振り向けて挨拶を送って来る。

「ご無沙汰しています愛鷹さん」

「ご無沙汰、と言う程別れてもいないですけど、衣笠さん共々青葉さんも元気そうで何よりです」

「ガサ共々、怪我は軽く済みましたから」

 けろりと返す青葉に愛鷹は軽く安堵の溜息を吐く。

 入室して来た青葉と衣笠に、摩耶が座っていた椅子から首を回して振り返り、同様にキール軍港の軍病院に運ばれた長女高雄の事を尋ねる。

「高雄の具合はどうだ?」

「意識はあるんだけど、火傷の範囲が広くて暫く動かせないわ」

 両腰に手を当てて衣笠が答える。暫く動かせない、と言う彼女の答えに摩耶は気落ちした様にため息を吐いた。

「姉貴、手紙も連絡も寄こさねえからどうしてるかと思ったら、そっか、思った以上に悪いのか」

「連絡を寄こせる様な状態じゃないだけで、意識はあるし、普通に会話もできるわよ。私達が発つ前までには何とか両腕が動かせるようになっていたし、明日には両足を動かせるようになってるわよ」

「けどよ、身体の三〇パーセントも焼けたんだろ……姉貴を疑う気は無いけど、マジで大丈夫か……」

 本当なら傍で看病してやりたい気が山々なのだろう。心配でならない表情の摩耶の背中を愛宕がそっとさする。

 一方、会議室に集まった艦娘の数を見て愛鷹は何がこれから始まるのだろう、と疑問に思っていた。会議室に集まった艦娘の数は総勢一八名。連合艦隊編成を組んでも尚お釣りが出る艦娘の頭数だ。これだけの数の艦娘を集めて何をすると言うのか。

 四時を過ぎたら何か分かるかも知れない、と時計を見上げあがら手近な椅子に座る。

 北米艦隊のイントレピッドとフレッチャー、ジョンストンの三人は日本語達者な事もあって、陽炎らと親しげに会話を交わしている。

 艦娘は国連軍として活動すると言う名目上、自国語以外にある程度は英語を話せる位の英語力が求められているので、この場にいる日本艦隊の艦娘は総じてある程度は英語を話せるが、イントレピッドとフレッチャー、ジョンストンは積極的に日本語を使って日本艦隊の艦娘とコミュニケーションを楽しんでいた。

 確か……と愛鷹は依然読んだこの三人の人事ファイルを思い出す。三人とも旧在日米軍の家庭で育った事もあり、母国語を話す時間と日本語を話す時間は同じくらいだと言う。イントレピッドは多少母国語の訛りが残るものの三人の日本語は日本人から聞いても支障ないレベルに確かだった。

 日米合同艦隊となるのだろうか? と思う一方で一八人の艦隊で一体どこへ攻め込むのかと言う疑念が愛鷹の中で湧く。

 戦艦が一隻もいないのがこの場に集まった艦娘の特徴でもある。水上打撃火力で戦艦程頼りになる存在は無い。

 一方でその戦艦に匹敵する航空打撃艦である空母艦娘が二人もいる。伊吹はジェット機空母だし、イントレピッドはエセックス級空母艦娘ならではの大規模な航空戦力を有しているからこの二人の航空戦力だけでもかなり強力と言える。

 戦艦が無いとはいえ、代わりに改二化された青葉型重巡二隻に素の艤装性能に優れる高雄型の愛宕とその高雄型の改二化艦娘の鳥海と摩耶の五人の重巡艦娘もいる。水上戦闘要員として頼りにして良いのは間違いない。

 駆逐艦艦娘に関しても、改二化され艤装性能が向上した陽炎型の陽炎、不知火に、同じく改二化されている特型駆逐艦の綾波、敷波、深雪もいるし、北米艦隊のフレッチャーは制服を見た感じではMkⅡ形態で現在運用中のようだ。

 軽巡が夕張のみと軽巡事情はいささか心許ないが、まあどうにかなるだろう。

 非改二艦娘もいるにはいるにせよ、総じて練度も高い艦娘が揃っているから艦隊戦力のバランスは優れていると言える。

 どういう作戦を企図しているのか、と思いながら四時になるのを待つ。

 

 四時になってから更に五分程して第二会議室のドアが開き、武本と北米艦隊欧州派遣艦隊司令官のブラッドショー少将、それと欧州総軍の作戦参謀二名の計四人が入室して来た。

 起立しかける艦娘達にそのままでいいと制しながら武本は会議室の演台に立ち、ブラッドショー少将と参謀二人はその隣に置かれているテーブルの席に座った。

「全員揃っているな、よし。今回諸君に集まって貰ったのは新設の機動艦隊結成に当たって諸君らを編入する為だ。

 我が軍は北海、北極海の深海棲艦を完全駆逐して以来、動員可能な艦娘戦力をここ地中海へ投入して反転攻勢の時を伺って来た。

 その時が来たと言う訳だ。我が軍は、これより『地中海の自由作戦』、オペレーション・メディトレニアン・フリーダムを発動する。

 その第一段階として発動されるデュアルワイルダー作戦の西部進撃部隊の前衛部隊として諸君らを投入する事となった」

 そこまで言って武本は作戦参謀に合図をすると、参謀は部屋の照明を消し、第二会議室の大画面液晶パネルに地中海を中心とした地図を表示させた。

 

 イタリア半島はアンツィオを中心に赤く塗りつぶされた場所が広範囲にわたって広がっている。深海棲艦の地上軍によって制圧された場所だ。

 この他にイタリア南部のシチリア島やマルタ島の他、地中海西部のサルディーニャ島、コルス島、マリョルカ島、メルカ島、アイビッサ島、フォルマンテーラ島も深海棲艦によって制圧され赤く塗りつぶされていた。

 全体的に地中海全域が深海棲艦の手に墜ちた状態である。

 そんな敵地と化した地中海をジブラルタル海峡とクレタ島を起点とする形で青い大きな駒が二つ表示される。

 

「オペレーション・メディトレニアン・フリーダムの第一段階のデュアルワイルダー作戦の作戦目標は深海棲艦の手に奪われたアンツィオの奪還にある。

 ジブラルタル海峡とクレタ島の二正面から我々はアンツィオを目指しつつ、地中海の制海権を奪還。深海棲艦の撃滅を実行する。

 我が日本艦隊は北米及び、欧州総軍英国艦隊、ドイツ艦隊と共に多国籍艦隊である西部進撃部隊を形成。ジブラルタル海峡よりアンツィオを目指す。

 クレタ島からは欧州総軍のイタリア艦隊、フランス艦隊、ギリシャ艦隊等欧州総軍の各国艦隊が参加し、東部進撃部隊を結成し同様にアンツィオを目指す。

 アンツィオを目指す傍ら我が西部進撃部隊は地中海西部の各島々の奪還作戦も並行して実行する。艦娘各員は地中海に存在する深海棲艦の全力排除、制海権の奪還を主目標として作戦に従事してもらう。

 西部進撃部隊の前衛を務める諸君ら一八名の精鋭は本日をもって航空巡洋戦艦愛鷹を旗艦に、第三三特別混成機動艦隊として編成する」

(第三三特別混成機動艦隊、か)

 

 新編艦隊の名前を聞き愛鷹は胸中でその名を独語する。主力艦隊の前衛を務める、と言う意味では第三三戦隊時代から大して任務の内容そのものは変わっていない。

 ただ大幅に配備される艦娘が増員されたのが特徴だろう。連合艦隊編成一二名を組んで六名のお釣りが出る頭数だ。現場判断で随時編成を変えられると言う利点がある。

 黙って武本の説明を聞く艦娘一同に対して、武本は作戦内容の伝達を続ける。

「第三三特別混成機動艦隊は、明日ジブラルタル海峡基地へ移動し、現地にて待機中の艦娘母艦『ズムウォルト』に乗艦。西部進撃部隊の前衛としてまず主力艦隊の前路掃蕩と地中海西部の敵情把握に当たって貰う。場合によっては君達を用いた威力偵察、囮任務部隊の役割も担ってもらう状況が発生するだろう。

 地中海に展開する深海棲艦の布陣状況は 詳細は不明だが欧州全域で確認された深海棲艦の最大火力艦であるス級八隻の内既に三隻は撃沈されている為、残りは五隻と見られる。深海棲艦がス級を増派したと言う様子は今のところ確認されていないが、最大限の警戒は怠らない様に。

 海上でのデュアルワイルダー作戦の成功をもって、イタリア半島北部から国連軍地上軍が前線を押し上げ、陸と海からの二正面よりアンツィオに雪崩れ込む。

 アンツィオに展開する深海棲艦だが、これも現状詳細は不明なところが多い。少なくとも戦艦棲姫や空母棲姫の姿が確認されている。

 また留意点が一つある、よく聞いてくれ。先日、アンツィオを無人機で偵察した際、新型の深海棲艦の存在が確認された」

 

 新型の深海棲艦、と言う言葉にざわりと愛鷹の肌が粟立つ。まだ深海棲艦には新型艦がいると言うのか。未確認の深海棲艦となるとどれ程の戦闘力を持つのかと言うデータが一切ないから手探りの戦闘になるのは確実だ。

 

 液晶パネルに無人機偵察を行った際に撮影されたと見られる新型艦の写真が表示される。

「まるで馬鹿デカいナ級だ……」

 摩耶が呟く通り見た目は巨大なナ級の様な姿にも見えるが、細部の艤装が違う。

「見た目はナ級に似ていなくもないが、ナ級の如く恐ろしい雷撃戦火力と対空戦闘能力、侮れない砲撃戦火力を持つのかは現状分からない。

 ただし、一つ特徴としてこの深海棲艦は人語を介すると言う事が判明している。偵察機はこの画像を撮影した直後に撃墜されたが、撃墜される直前にこの新型深海棲艦が喋ったと思われる声を収録する事に成功した」

「人語を話す深海棲艦……つまり、人類の知識を一部持つ深海棲艦と言う事ですか」

 メガネの位置を正しながら鳥海が推測した新型深海棲艦の持つ能力を口にする。

「人類の知識を持つ、つー事はこっちの戦術を知っている可能性もあるって訳か?」

 そう尋ねる摩耶に鳥海は肩をすくめながら首を振る。

「そこまで知っているかは私も分からないわよ……」

「この深海棲艦は現時点ではアンツィオから離れたと言う情報がない当たり、拠点防衛に着くタイプの深海棲艦であると見られる。

 詳しい情報は君たちが直接会敵して収集して貰う事になる。危険な任務ではあるが、可能な限りの支援を約束する」

 そう言い切る武本に愛鷹が挙手し、質問をぶつける。

「支援を約束すると言いましたが、具体的にはどういった支援を受けられるのですか?」

「後方に展開する西部進撃部隊には北米艦隊から抽出された空母『ドリス・ミラー』も含まれる。同艦から航空妖精が乗る陸攻部隊を発艦させ、随時君たちへの航空支援を可能とする。

 また、マリョルカ島を奪還する事が出来れば、現地の飛行場からAC130ガンシップを進出させることも可能になる。航空優勢を確保する事が前提になるが、より強力な火力支援を行う事が可能になる筈だ」

 誘導弾に頼らない武装を搭載するAC130は、艦娘を支援する作戦機の中でも航空妖精が乗り込む陸攻部隊よりもより強力な火力を集中的に投射可能なので、かなり航空支援を行う機体としては頼りになると言える。ただし自衛火器が全くないので航空優勢が確保されていない空を飛ぶ事は出来ない。

 AC130による火力支援を受けるには、深海棲艦の空母部隊を排除する事が前提になるだろう。

「他にも後方の主力艦隊から敵艦の位置を座標指定する事で効力射支援を行わせることも可能だ」

「なる程」

 前線で孤立する事態にならなければ、第三三特別混成機動艦隊は友軍の支援の下、存分に戦えると言う事だ。

 勿論、何事も想定通りに運ばないのが戦場の常だ。必ず支援が受けられると言う保証はない。

 とは言え、国連海軍としてもこれだけの規模の前衛艦隊をみすみす失う様な事態は起こしたくない筈だ。第三三戦隊として活動していた頃、と比べればバックアップはかなり手厚くなったと考えるべきだろう。

「作戦の要であるデュアルワイルダー作戦の概要はどうなっているのです?」

 武本に挙手して作戦概要を尋ねる青葉に、武本は作戦参謀に合図を送ってパネルの表示を切り替えさせ、作戦の概要を表示させた。 

「艦娘艦隊への航空支援を可能とする、と言う意味でまず我が西部進撃部隊が最初に攻略を目指すことになるのはマリョルカ島を始めとしたバレアレス諸島の奪還作戦になる。

 西部進撃部隊が深海棲艦を撃滅、制海権を奪還の後、英国、フランス、ドイツ艦隊の揚陸艦に分乗した海兵隊がバレアレス諸島の各島に上陸作戦を実施し奪還に当たる。

 バレアレス諸島を奪還の後、コルス、サルディーニャの二つの島の奪還作戦に当たる。この二つの島を奪還する為の橋頭保を築くと言う意味でも、バレアレス諸島奪還の意味合いは大きい。

 一方の東部進撃部隊はイオニア海の制海権の奪還とシチリア島の奪還、メッシナ海峡突破が主な任務となる。シチリア島を奪還しそこに橋頭保を確立すれば、我が軍は今次作戦最終目標である地中海における深海棲艦の一大拠点であるマルタ島へチェックメイトを仕掛ける事が出来る。

 日本艦隊が東部進撃部隊の作戦に関与する事は無いと思うがな」

「マルタ島奪還も今次作戦の目標、と?」

 目を細めて聞き返す愛鷹に武本は無言で頷く。

「アンツィオを奪還して、更にマルタ島へ逆に攻め込んで地中海そのものを奪還する、って訳か」

 地中海の東西から進撃する国連海軍の進撃コース表示を見つめて深雪が呟く。

 パネルに表示される西部、東部進撃部隊の進撃コース表示は、何の障害も無くデュアルワイルダー作戦の最終目標、アンツィオを目指しているが、その道中にどれ程の深海棲艦が待ち受けているかは表示されていない。

 本当に何も事前情報が無いのか、とフレッチャーが武本に質問する。

「五里霧中と同じレベルに地中海の敵情は不明なのですか? 何か一つでも分かっている敵艦隊の展開状況などは?」

「深海棲艦が地中海一帯に羅針盤障害を起因とした大規模な通信障害を引き起こしているせいで、本当に五里霧中状態だ。敵も無尽蔵の戦力がある訳では無いだろうが、どこに具体的にどの規模の艦隊が展開しているかは全く持って不明だ。

 艦隊前進を前に敵艦隊の敵情把握に当たらせて来た第三三戦隊に、今回大幅な人員増強を行って第三三特別混成機動艦隊として再編成した理由もこのためだ。把握しなければならない敵の規模が大きい事予想される為、偵察を担う前衛部隊を大幅に強化すると言う手に出た訳だ」

「I see(なるほど)」

 地中海は太平洋や大西洋と比べて規模は確かに小さい海だが、それでも広大な面積がある海である。

 西部進撃部隊が担当する区域だけでも、第三三戦隊七隻だけで捜査しきれる範囲とは言い難い。単純な対応策として、人員増強で偵察戦力を強化したと言う訳だが、旗艦を務める愛鷹として艦隊運動を取った事のない艦娘を新たに複数編入するとなると、作戦前に艦隊運動演習を入念に行っておきたいところではあった。

 何しろ地中海にどの程度の深海棲艦がどこにいるのか分からないのだ。霧の中を手さぐりに動く事になる以上は、暗黙の了解で互いの位置をカバーしあえる位の艦隊運動能力は得ておきたい。

 幸い、日本艦隊艦娘の多くは過去の作戦で艦隊運動を共にしたことがある同士なのでさほど時間はいらないだろう。

 北米艦隊の三人も、比較的日本艦隊との共同作戦経験が豊富な三人だから経験の面で不安があるのは愛鷹自身と蒼月、伊吹くらいだろう。

「艦隊旗艦として、全員での艦隊運動演習をある程度こなしておきたいのですが」

 そう進言する愛鷹に武本は指を三本立てて応えた。

「作戦準備期間として第三三特別混成機動艦隊に三日の時間を与えられる。三日で何とか意思疎通から回頭指示の伝達まで実戦レベルにまで上げてくれ」

「三日、ですか。了解です」

 艦隊運動演習に掛けられる期間は三日。その間に徹底的な艦隊運動演習と最低限の戦闘関連の演習もやっておきたい。

 早速脳内でスケジュールを立て始める愛鷹をよそに作戦伝達はそれで終わり、解散となった。

 愛鷹の隣の席に青葉が座り、メモ帳とペンを出す。

「スケジュール、どうしましょうか」

「一八人全員、素人では無いですし、基礎的なところは省けるだけ省いても問題ないでしょう。

 艦隊運動だけでなく、全員で可能な限り演習弾を使った模擬戦もやっておきたいですね。参謀役、頼みますよ」

「お任せを」

 

 演習スケジュールの立案にかかる愛鷹と青葉以外の第三三特別混成機動艦隊のメンバーは各自自室に戻り、支援艦「ズムウォルト」に移動するための準備を始めた。

 準備とは言っても、手持ちの荷物は大して多くないし、普段から整理整頓しているから出発準備にかかる時間はそれ程必要でも無かった。

 衣笠も一〇分程度で着替えを詰めたショルダーバッグを揃え終え、暇になった。そもそもついさっきツーロン基地に来たばかりだったから私物を広げる暇も無かった。

 同室の青葉の荷物は青葉自身でやるから手を付けないとして、暇になってしまうのはやはりつまらないので宿舎を出てツーロン基地内を散歩する事にした。

 臨戦態勢下にあるツーロン基地の各所に対空砲陣地が築かれ、トラックや軽装甲車輛がひっきりなしに走り回っていた。

 増設された近隣のVTOL機基地ではMV-38コンドルやMi-240スーパーハインドと言った輸送機が離着陸して補給物資や人員の輸送作業に当たっているのが見えた。

 ターボファンエンジンの音を響かせながら頭上を航過していくコンドル輸送機を見送りながら基地内を歩いていると、角の先からフランス語で会話する声が衣笠の耳に入った。

 姉に感化されて大分はっちゃけるお転婆娘ではあるが、これでも生まれは良家の令嬢でもある。特に家の都合で海外系の企業と繋がりがあった事で両親からは海外の言語についていくらか仕込まれてきた衣笠だ。真面目に取り込もうとしなかったとは言え英語とフランス語程度なら分かるくらいの語学力は実は身に着けている。

 マルチリンガルの青葉や愛鷹とは比べるまでも無いが、それでもまだいくらか多言語は話せる衣笠が聞こえてきた会話に聞き耳を立てた。

「明日、イタリアへ派遣か」

「嫌だよなあ、海外派遣なんてよ。イタリア人の問題はイタリア人で解決しろってんだ」

「だよな、なんでフランスがイタリアの助力なんかしなきゃいかんのだ」

 男性兵士数人の会話なのは聞いてて分かる事だが、国連軍の兵士であるにも拘らず彼らの話す口は明らかにネガティブなモノだった。

 今の国連軍は国連加盟国の固有の軍事力を全て国連に委ね、国連が全軍事力の指揮権を有している。

 日本艦隊と名打っている衣笠を含めた艦娘達も日本政府からの指示は受け付けない。艦娘を含めた国連軍の兵士に指示を出せるのは国連軍司令部だ。

 つまり各国の意向どうこうではなく、国連と言う世界統一政府機関の意思決定で各軍は世界各地へ派遣されるのが国連軍兵士としての常識である。その筈なのだが、会話するフランス方面軍所属らしき兵士たちの話す内容は海外派兵に極めて否定的だった。

「イタリアの問題は、イタリア人でけじめを付けろって事だよなあ。なんで俺たちフランス人まで血を流してまであの半島を守らなきゃいけないんだか」

「イタリアが失陥しようが別に知った事はねえしなあ」

「ちょっと」

 流石に聞き捨てならない、とハイヒールの踵を威圧的に鳴らしながら衣笠は流暢なフランス語で会話の主達に踏み込んだ。

 衣笠の姿を見た三人の海軍兵士は、彼女の肩についている大尉の肩章を見て表情を硬くした。三人とも三等兵曹だ、彼女よりもはるかの階級は下である。

「今の話、どういう事よ? 貴方達、国連軍の兵士でしょ? 国がどうこう関係ない組織に身を置くと入隊する時に誓ったんじゃないの?」

「……」

 入隊時の宣誓は国連軍として活動する、と言う事だけに言語以外に宣誓内容は世界共通だ。衣笠が入隊時に誓った文言は三人の兵士たちもフランス語で誓った事である。

「イタリアに住まう人々だって、貴方達と同じヨーロッパに住まう人々よ? 隣人と見捨てる気?」

「……失礼ながら大尉は艦娘でありますか?」

 一人が衣笠に尋ねる。そうだと胸の艦娘重巡徽章を見せながら衣笠は頷いた。

「自分らに限った話ではありません。ドイツの連中もブリテンの連中も、何なら先日北米から派遣されて来た北米地上軍の連中もみんな同じ事言ってました」

「え……」

 どういう事、と眉間に皺を寄せる衣笠にフランス艦隊の海軍兵士は続けた。

「どこの国の連中も、そもそもの話イタリアの奴らも同じですよ。他国の為に国連の名の下に死ぬ気はない。上からやれと言われたから俺達は従っているだけ。軍に入ったのだって皆食って行く為、生活の為ですよ。国連軍の為なんて理想や大義を掲げて軍に入る奴なんてほとんどいません。

 艦娘くらいですよ、利他的な思想で他国の為に命を喜んで投げ出しているの何て。自分らには理解出来ません、その精神が」

「……」

 フランス方面軍に限った話では無い、どこの国の方面軍兵士も皆、他国の為に国連軍の名の下に死ぬ気はない、その言葉に衣笠は眩暈を感じた。

 理解出来ない、と言い放つ兵士の言葉に衣笠は何も言わずにその場を離れた。

 

 少なくとも艦娘の間では国連軍の名の下に深海棲艦を打倒し、海の自由を取り戻す、と言う大義名分が結束の理由でもあった。

 この理想像が艦娘同士でグローバルな世界を作り出し、国境を越えた軍組織構造が作り出されていた。

 だが、非艦娘の国連軍兵士からすれば所詮国連軍など食って行く為、生活の為の営みの場に過ぎない、と言う現場の兵士たちの本音を衣笠はこの時初めて知った。

 彼らからすれば国連軍の大義名分などどうでもよい、他国の事だって知ったこっちゃない、利己的思想が非艦娘国連軍兵士の共通思想だと言う事実に衣笠はそれなら、先に散っていった艦娘達はなぜ死んだ、何のために死んだのだ、と言う疑念が沸き起こって来た。

 信じていた筈の世界に裏切られる思い。全員がそうでは無いだろうとは言え、母数の数で言えば、人々の意思は結局のところ世界は未だにステンドグラスの絵のようにバラバラのままと言う事なのだろうか。

「なんで、何の為に戦ってるのかしらね……」

 歩く足を止めてぽつりと呟く衣笠に答える声は無い。

 

 翌日からジブラルタル基地へ移動した第三三特別混成機動艦隊全員による艦隊運動演習と戦闘演習が始まった。

 愛鷹は愛鷹自身を分艦隊旗艦とし隷下に青葉、衣笠、愛宕、鳥海、摩耶を加えた主力隊、夕張を分艦隊旗艦とし、深雪、綾波、敷波、陽炎、不知火を隷下に入れた水雷戦隊、それと瑞鳳を分艦隊旗艦としイントレピッド、伊吹、フレッチャー、ジョンストン、蒼月が隷下に入る支援隊の三隊に艦隊を分割し、それを基礎編成として更にそこから随時メンバーを入れ替えた編成パターンをいくつも繰り出してそれに応じた艦隊運動演習を行った。

 全員、それなりに経験と場数は踏んできているだけあって、愛鷹の繰り出す編成パターンに応じた艦隊運動は的確にこなしていき、大きな乱れも特になくスムーズに演習は進んだ。

 戦闘演習においても、各自空母三人を除く全員の射撃の腕前は極めて確かであり、不安要素は見当たらなかった。

 対空戦闘に関しては摩耶と蒼月、フレッチャーとジョンストンが居れば大体の事は解決出来るだろう。対潜戦闘に関しても、駆逐艦艦娘全員のスキル的に不安に感じる所は全くない。

 念を入れて三日の期限を貰ってはいるが、一日チョンボしても別に問題は無いくらいのレベルで全員の航行、戦闘スキルは確かだった。

 

 徹底的な艦隊演習を行って二日目を終えた日の夕方。演習に関する報告書を書き上げて武本に提出した愛鷹が伸びをして自室のベッドにごろりと横になっていると、衣笠が部屋を訪れた。

 急にどうかしたのかと部屋に招き入れた愛鷹の前で衣笠は低い声で愛鷹に問うた。

「愛鷹さん、私達って何の為に戦っているんでしょうか?」

 そう尋ねる衣笠の表情からして何かあったらしいことを察した愛鷹は、神妙な表情で何があったのか先を促した。

 肝心な主語を抜かしていた事に謝りながら衣笠は先日フランス方面軍の兵士たちから聞いた事を話した。国連軍一般兵士たちの間で共通思想となっている利己的な思想、艦娘とは相反する自国至上主義な考え。

 また難しい話題を振って来たな、と溜息交じりに腕を組みながら愛鷹は天井を仰いだ。

「……今の世界は、深海棲艦と言う共通敵を前に強引に国連の名の下に統合した世界、ですからね。

 それまで国境と言うモノで守られていた各国の世界が、この国連の名も元に勧められたグローバル化で強引にその敷居を下げられた結果の弊害は発生しているのが現状です。

 元々は国境を敷き言語も違えるレベルに違いを置いておきたかった関係の国を無理やり統合化した訳です、国連の強権的な行動や発言に不満を持つ人日がいるのは当然な事ですし、軍に入った理由が生活の為、と言うのも理解出来る話です。軍にいれば衣食住に困りませんし、削減される恐れも無い給与もしっかり出る。

 過酷な軍隊生活に目を瞑れば、軍人と言う職業は収入源としては魅力的ですから」

「全部割り切るしかないって事ですか」

 しょげた表情で聞く衣笠に、愛鷹は少し考え込む。

「兵士達の本音はそうだったのかも知れない。でも私達艦娘が深海棲艦を退けた結果守られた人命がある。

 キース島の避難民を例にとってみれば分かりやすいでしょう。私達があの時避難船を護衛しなかったら、乗船していた民間人は深海棲艦に成す術もなく殺害されていたかもしれない。

 少なくとも、私達艦娘の戦いには意味があります。やらなくてはならない使命がある。やり遂げなくてはならない意義がある。

 無意味な戦争ではありませんよ。国連軍の一般兵士はそうでは無くても、私達は違う。私達は私達です。彼らは彼ら。気にし過ぎる事も無いですよ。ほっとけばいいんです。どの道世界中の人間が同じ考えを持つ事なんて無理なんですから」

「そっか、そうですよね」

 少し元気を取り戻した様に衣笠はその顔に微笑を浮かべた。

 その笑顔に見て愛鷹自身も少し安心感を覚える。

「青葉さんにはこの事は話さなかったんですか?」

「青葉より、なんて言うか愛鷹さんの方がこの手の話題に向いてる気がして」

「そうは言われても、私も全知全能たる神ではありませんからね」

 分からぬ世界は分からぬと返しながら愛鷹はベッドから立ち上がってコーヒーポットとカップに手を伸ばし、コーヒーをカップにそそぐ。

 コーヒーを旨そうに飲む愛鷹に衣笠は少し申し訳なさそうに「失礼しました」と頭を下げて椅子から立ち上がった。

「急にお邪魔してすいませんでした。何か衣笠さんにもお手伝い出来る事があったら呼んで下さい」

「ええ、その時は頼みますよ」

 と言っても、書類仕事はひと段落ついているし、衣笠に手伝ってもらう事も無いのだが。

 

 部屋を辞した衣笠を見送った後、コーヒーカップに口を付け、微糖のコーヒーを飲みながら愛鷹はふとキール軍港の軍病院にいる大和の事を思った。

 今頃どうしているのだろうか。リハビリ中らしいのは青葉から聞いたが。

 両利きの自分と違って右利きの大和だ。右腕を破壊されたせいで利き腕が使えない不便な状況を強いられている。リハビリ生活も上手くやれているかどうか。

 もう一人の自分の事に思いを馳せていると、ふといつもは大和からその身を案じられていた側の自分が、逆の立場になっている事に気が付き、人知れず口元に苦笑が浮かんできた。

 まあ、案外いいモノ食べて後方での一時の休みを満喫しているんじゃないだろうか、と考えながらカップのコーヒーを飲み干す。

 自分もここでいい飯を食べるとしよう、と夕食の時間帯になった食堂へ愛鷹は足を向けた。

 

 

 愛鷹から艦隊の習熟は問題無し、即日出撃可能と言う報告が上げられてきたが、作戦開始の時刻そのものは変えられないので、武本は第三三特別混成機動艦隊のメンバーに待機を命じる一方、愛鷹にだけ基地から数十キロ離れた町チピオナへ向かうよう内容を伏せた指示を出した。

 単独行動は過去の愛鷹の経験から言って危険であると言う事で青葉と衣笠を連れて行け、と指示する武本の命令に従って愛鷹はこれも武本が用意してくれた乗用車に乗り、メモ帳にメモした場所が記された指定された町へと向かった。

 チピオナへハンドルを握る愛鷹がナビに従って車を走らせる中、後部座席に座る青葉と衣笠は窓の外から見えるスペインの風景を堪能していた。

 ハイウェイ381号線を乗用車で飛ばす。山中を抜け、街中を抜け、ロタ海軍基地があるロタを通りチピオナの町内へ入る。

 ジブラルタル基地まで一日で往復するには充分な距離だが、明日からデュアルワイルダー作戦の西部進撃部隊の前衛を務める大作戦が待っているだけに、あまり長居は出来そうにない。

 そもそも一体チピオナで何が待っているのだろうか、と言う疑念が愛鷹の中で渦巻いていた。ただ、用意された車は只の車ではない辺り、愛鷹の存在を疎む一波の襲撃に備えた準備がされているのは分かった。

 実は出発前に青葉と衣笠が来る前に用意された乗用車を色々調べた結果、ボディ、窓ガラスは防弾、車内には古いながら強力な弾丸を詰めたAR15が二丁備えられているのが分かったのだ。明らかに軍の要人輸送用の防護車。

 そんなものをわざわざ艦娘の外出の為に貸し与える程本来海軍は気前は良い訳では無い。

 武本が裏から根回しして用意したのは想定出来るが、これを用意すると言う事は相応に襲われる可能性も視野に入れていると言う事だ。

 しかし一体何に襲われるのか、と訝しみながらハンドルを切る愛鷹の目に答えが見えてきた。

 如何にもアウトローな佇まいを漂わせる男たちが進入した街中に車とセットでたむろしている。

「うわ、おっかなそうなオッサンがいっぱい……」

「あれはマフィアだね。スペインにも結構いるんだ……」

 衣笠にマフィアだと教える青葉の表情が硬くなる。

 緊張感を一気に高める二人に、愛鷹は努めてリラックスした姿勢で二人に言う。

「マフィアなんて、どこの国でもいますよ。南米ならマフィアより麻薬カルテルが顔をきかせてますけどね。変に身構えるより、肩の力を抜いて楽にして、笑顔を向けた方がやり過ごせますよ」

 そう忠告する愛鷹に青葉はこわばった表情を浮かべながら訪ねる。

「愛鷹さん、アウトロー社会の事も分かるんですか?」

「入れ知恵程度なら」

 そう返しながらナビで目的地がもう目の前と言う通知に愛鷹はブレーキに足をかけた。

 街を通り過ぎる際に、マフィアだけでなくPMCの会社のロゴが入ったバンの姿も愛鷹は見かけた。

 

(USET ARMS社のバン……なぜこんなところに?)

 

 マフィアに雇われたか? と言う疑念が過るがUSET ARMS社の様な官営企業と主に契約するPMCがマフィアの様なアウトロー集団と契約をするとは思えない。

 何だろうか、と首をかしげながら愛鷹はナビで目的地と定められたところの駐車場に車を停めた。

「ちょっと行ってきます。二人は車で待っててください」

「りょーかいです」

 車内に残った青葉と衣笠に背を向けると、愛鷹はメモ帳の番地表示を頼りに歩き出した。

 

 

 目的の場所はすぐ見つかった。噴水のある小さな公園。

 石畳の道をコツコツと足音を鳴らしながら歩いて公園に入ると、見覚えのある男女がベンチに座っていた。

 公園に入って来た愛鷹の姿を認めた男女二人が立ち上がると、小柄な女性がメガネをかけ直しながら愛鷹に軽く手を振った。

「大淀さん⁉ それに、有川中将!」

 今は情報部の元に身元を引き取られている大淀とその情報部のリーダーである有川がいた。

 驚く愛鷹に大淀がおずおずと少し気まずそうに近付きながら挨拶をした。

「ご無沙汰しております、愛鷹さん」

「大淀さんも、お久しぶりです。お元気そうで」

 大淀の格好は見慣れた海軍の制服ではなく私服だったが、アンダーリムの特徴的なメガネとカチューシャで一目で大淀だと分かった。

「どうしてここに?」

「有川中将と仕事でこの地に来てまして、偶然愛鷹さん達もジブラルタル基地に来ていると聞き、中将にお願いしてここに愛鷹さんを読んで欲しいと。どうしても私の口から言いたいことがあったので」

「何です?」

 背後に立つ有川は無言で愛鷹と大淀の方を見つめている。介入する気はないのは見て分かった。

 実質二人っきりの状況で大淀は愛鷹の目を見据えると、深く頭を下げて謝罪した。

「あの時は本当にごめんなさい。ただ貴女にこの一言が言いたかったのです」

「あの時……ああ」

 一か月ほど前、種子島で大淀に銃撃された時の事を思い出す。やられた本人でありながら欧州派遣後の任務など色々あり過ぎて忘れかけていた。

 

 仁淀の身柄と引き換えにやらされた、と言う事実は愛鷹も聞いていた。当然だがやってよい事ではない。厳罰に処される事案だ。

 しかし愛鷹自身は大淀の事を攻める気持ちは微塵も湧かなかった。あったのは同情と憐れみだった。

 大切な妹の事のあまり周りを見る目を失ったばかりか、自分すらを失いかけた大淀だがそんな彼女を責め立てる気持ちにはなれない。

 かつて大勢のクローンの命を殺めて来た自分自身とどこか被さる影を感じてしまうのだ。大淀がやった事は確かに利己的ではあったが、愛鷹自身も生き残りたいと言う利己的な考えから自分と同じ顔、同じ姿の少女達を大勢殺して来た。

 それしか取る選択の手段が無かった、と言う追い詰められた境遇同士。

 

「もういいですよ、気に病まなくて」

 頭を下げる大淀の両頬に手を当てて頭を起こしながら愛鷹は許した。

「……いいんですか」

「それしか選択の手は無かった。少なくとも貴女にはあの時、私を撃つ以外の手が無かった。鈴谷さんの一件は度し難いですが、それに関しては最上さんや三隈さん、熊野さん相手に言うべきでしょう。もっとも事態を隠蔽しておきたい軍部としては、大淀さんのせいだったと言う事は口外無用にしているでしょうからあの三人が知る事は無いでしょうけど」

「……」

「もう過ぎた事です。貴女は反省して償いをしている、違いますか?」

「……はい。愛鷹さんの命を狙う一派の後をあの日からずっと有川中将と共に追っています。進捗は今のところそれ程ではありませんが」

「そうですか」

 

 ここ最近ずっと基地に姿を見せなかった理由がそれだったか、と心の中で納得する。

 自分を暗殺しようとした一派から離反し追う側に回ったと言う事か。

 

「仁淀さんの消息は?」

「それもまだ分かりません。ですが候補地は絞り込めつつあります」

「具体的には?」

 核心に触れて来る愛鷹に大淀は一瞬、言っていいのか迷う素振りを見せたが、隠すべきではないと即座に考え直し、小声で答えた。

「キス島の第666海軍基地が一番怪しいと見ています」

「あそこが……?」

 

 キス島とは、アリューシャン列島キスカ島の沖合にある島だ。

 そのキス島がある海域は深海棲艦の出現後は羅針盤障害が極めて強い海域でもあり、同時にそれ以前から近海に眠る鉄鉱脈が発する磁器の影響が極めて強く、航法機器が狂う事で有名な場で古来から波の高さも相まって航海の難所とされてきた。

 その島にある第666海軍基地が一番臭いと言う。あながち間違ってはいないのではないか、と言う思いが湧いて来る。

 何故なら愛鷹が誕生したのはそこ(キス島第666海軍基地)だったからだ。人造艦娘の実験を繰り返し、その結果クローン艦娘を製造した基地。

 何らかの人体実験を行うのであればそこが適地と言える。

 そこにもし仁淀が移されているのだとしたら、何が行われているか。彼女の肉体を利用してまた新たな手段で人造人間の開発を行う気だろうか。

 

「他にもあの子が移されているんじゃないかと踏んでいる場所はあるんですが、一番人目に付かなくて一番アクセスしづらい場所と言ったらあそこしかないので」

「確かに今の季節はキス島に上陸するのは困難ですからね……」

 

 キス島一帯は深海棲艦の脅威が僅かながら存在する。同地を管轄するロシア太平洋艦隊の手でほぼほぼ同海域の制海権は奪還されているが、ポイント・アルファ・リマと呼称された島に居座る北方棲姫が悪天候を味方に国連海軍の討伐艦隊を悉く返り討ちにしてきている為未だ攻略出来ず脅威として残っていた。

 ポイント・アルファ・リマへの深海棲艦の補給路も絶たれて久しい為、キス島まで北方棲姫が発進させられる陸上機の稼働率は低下している筈だが、島の防衛力低下を補う様に天候異常が頻発している為、完全な撃滅が困難であり結果アリューシャン列島一帯の制海権の完全確保はなっていない。

 そんな立地の悪さを上手い事利用すれば隠し事にはもってこいの場所でもある。

 そもそもキス島は民間航路の海図にも載っていない島だ。火山噴火で出来た新島であり、国連軍が発足する前にアメリカ海軍が発見した島である。キス島が発見されて以来、島の周囲の海域への民間船の接近の禁止が定められ、島には気象観測を目的とした軍事基地が建設された。

 それが何時しか立地条件から海軍の秘密研究所へと変わり、紆余曲折の末愛鷹誕生の地へと至った。

 

「私が日本艦隊に着任する前まであの島にいましたが、基地機能は半分以上閉鎖されて基地そのものを閉鎖する動きすらありましたが……まさか」

「そのまさかを確かめる為に、今度の上陸可能時期に査察目的で上陸する予定です。そこで何か分かるかも知れない」

「成功を祈りますよ。貴女と仁淀さんのご無事もお祈りします」

「愛鷹さん、本当に……ありがとうございます」

 許してくれた事、自分の事を思ってくれ、心配までしてくれたことに感謝の念を述べながら大淀は愛鷹の手を取ってぎゅっと握りしめた。

 自分の手を取る大淀の手を握り返す愛鷹が口元に微笑を浮かべていると、二人の元に有川が静かによって来て大淀の肩を掴んだ。

「そろそろ時間だ。行くぞ」

「はい」

 硬く握っていた手を離しながら大淀はもう一度愛鷹の方を見ると、微笑む彼女に微笑みを返した。

 大淀さんらしい綺麗な笑顔だ、と見つめ返す愛鷹に有川は周囲に目を向けながら言った。

「気を付けて帰れよ。この辺りマフィアが出張っている上に、我々を付け回している連中がいるのが判明している。

 お前を殺そうとした輩が我々を追っている可能性が高い。護衛を当てたやりたいところだが、生憎こちらも人員の余裕がない。一応ここに来る時に使ったであろう381号線が通っているアルカラデロスガスレスにあるホテル・ラ・パルモサで『GEAR』と言うPMCが護衛についてくれる。

 お前が乗ってきた車のビーコンはGEARの連中も把握しているからアルカラデロスガスレスに入ったら向こうから合流してくれるだろう。

「PMCが護衛とはVIPになった気分ですね」

「VIPと言うよりはお前は抹殺派からすればHVT扱いだけどな」

「確かに。しかし、ここからアルカラデロスガスレスは遠いですね。それまでに襲われないと良いんですけど」

「その予防策として小銃付き防弾乗用車をお前に貸させたのさ」

「なる程」

 武本提督の根回しと言うよりは有川中将の進言によるところが大きいと言う訳か。

 納得する愛鷹に大淀と有川は別れを告げて公園から去った。

 愛鷹も用はないと公園の風景を少し眺めてから、乗ってきた車の元へ戻った。

 

 車内では青葉と衣笠が持ち込んでいた携帯ゲーム機で対戦ゲームして待っていた。

 足音を響かせながら車に戻って来た愛鷹に気が付かない程ゲームに熱中している二人に、窓ガラスを叩いて戻った事を無言で知らせながら運転席に入る。

「用件は済んだんですか?」

 ゲームを中断して聞いて来る青葉に「ええ」と答えながらシートベルトを締め、エンジンをかける。

「結構すぐ終わりましたね。何していたんですか?」

「まあ、色々私事ですね」

「なんですかそれ、青葉にも教えてくださいよお」

 ねだる様に迫って来る青葉を軽くあしらいながら二人がシートベルトを締めるのを確認すると、愛鷹はアクセルを踏み込んだ。

 

 381号線に乗り入れ道なりに車を走らせていると、途中で二台のバンが三人の乗る乗用車の後を追う様について来た。

 いつもの葉巻ではなく、市販の煙草を吹かしながらハンドルを握っているとバックミラー越しに追いかけて来る二台のバンが見えた。

(GEAR社のバンじゃないわね……あのバン、さっき見たUSET ARMSの車じゃ)

 嫌な予感が急に胸の中に湧いて出る。ハンドルを握る手にじわりと手汗がにじみ出た。

 そんな不安を覚える愛鷹の心中に構わず、青葉と衣笠は対戦ゲームに熱中している。

 381号線は計ったかの様に愛鷹達が乗る乗用車と後ろの二台のバン以外、車の往来が無い。深海棲艦の出現以来、沿岸部一帯の民間人の疎開が行われているのもあって、民間車輛の往来がそもそも無かった。

(軍のお仲間、と言う訳でもなさそうね)

 バンの車内は窓ガラス越しには見えない。だが、もう勘が危うい事を示していた。

 無言でギアを入れ替え、アクセルをさらに踏み込み加速する。三人の乗る乗用車が加速すると二台のバンも加速して追いかけて来た。

「嫌な予感がしてきた」

 そう呟いた時、バックミラー越しに二台のバンの天井からそれぞれ二人の男が身を乗り出し、何かを構えた。

 バックミラー越しに四人の男たちが構える者を見て愛鷹は戦慄を覚えた。

(AK-37!?)

 国連軍規格弾薬六・八ミリ弾を使用するロシア製の新型アサルトライフルだ。そのライフルの銃口が三人の乗る乗用車に向けられている。

「拙い狙われている」

「なんです?」

 対戦ゲームの敗北BGMに萎えた声を上げていた青葉が聞き返した時、銃声が後方から響き、銃弾が三人の乗る乗用車を打ち据えた。

 

 




 来年も愛鷹達の物語にお付き合いいただけたら幸いです。
 次回は少し路線がずれますがちょっとした愛鷹達のガンアクション回になります。
 よい年末を。良きクリスマスを。
 


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第六三話 銃撃戦

2023年最初にお送りする「代償」のお話です。
尺はやや短めです。


 銃撃音が響くや、愛鷹達が乗る乗用車を銃弾が立て続けに着弾した。後部の窓ガラスに着弾痕が幾つも出来、車体にも着弾音が走る。

「ひっ!?」

 同時に呻き声を上げて身を屈める青葉と衣笠だったが、愛鷹がアクセルを更に踏み込み加速した反動でシートに押し戻される。

「じゅ、銃撃ですよね!? なんで青葉たちが撃たれるんですか!?」

「狙いは私でしょうね……」

 ハンドルを握りしめながら青葉に返しつつ、サイドミラー等で追っ手のバンを見据える。

 こちらが加速すれば向こうも加速して追いかけて来る。残念ながら振り切れそうにない。

 再び銃撃音が鳴り響き、バリバリと車体と窓ガラスに銃弾が着弾する音が走る。

「愛鷹さんも伏せて下さい!」

「大丈夫です、この車は防弾ですから」

 再び身を屈めて頭を抱え込みながら、同じように伏せるよう言って来る衣笠に乗用車が防弾仕様であることを教える。

 

 防弾仕様と言っても、ライフル弾や拳銃弾が防げる程度だ。ロケット弾でも撃ち込まれたら全員車ごと爆散してしまうだろう。

 最大速度で振り切ろうにも、バンの最高速度の方が寧ろ上なのか振り切れそうにない。

 どうする、このままGEAR社が待っているアルカラデロスガスレスまで何とか耐えるか? 車の防弾仕様も六・八ミリ弾までなら何とか耐えられるはずだ。

 タイヤを撃たれたらお終いかもしれないが、愛鷹とてただ車が運転できる程度の運転技術に留まる訳では無い。宙返り以外なら何でも出来ると言う様な自信すらある。

 ただ青葉と衣笠を巻き込んでしまった、と言う事が酷く愛鷹の心を傷つけた。謝っても謝り切れないくらいの悔恨が湧いて来る。

 申し訳なさで一杯の愛鷹だったが、車が防弾仕様と分かると落ち着いたらしい青葉が背後を振り返ってバンの方を見る。

 

「しゃらくさいですねえ……」

 珍しく怒りをハッキリと露にした口調と表情を浮かべる青葉は、後部シートを倒して荷台の方へと這い出した。

 それを見て一番驚いたのは衣笠ではなく愛鷹だった。

「な、なにをする気です青葉さん⁉」

「防弾仕様と言う事はこの車って軍の高官用の車ですよね? 荷台に自衛火器が二丁備えてある筈です」

「まさか、応射するとでも!? 相手は恐らく殺しのプロですよ」

 困惑を露にする愛鷹に青葉ではなく衣笠が応えた。

「大丈夫ですよ。青葉、海軍学校で銃器の射撃はトップクラスでしたから。射撃場に普段行ってないから腕が衰えているか、そのままかは分かりませんけど」

「そうだとしても、危ないですよ。何とか振り切れるか、護衛のPMCとの合流地点まで耐えるしかないです」

「護衛のPMC?」

 二人そろって聞き返してくる。チピオナで有川中将から伝えられていたGEARの事をまだ伝えていなかったことを思い出し、手短にその事を教えた。

「頼もしい話ですけど、その街まで行かないと護衛のPMCとやらは用心棒として働いてくれないじゃないですか。それまで青葉達で凌ぐしかありませんよ」

 青葉の言う通りではあるが、愛鷹としては銃を握って相手を殺傷する行為が憚られた。施設時代のクローン同士の殺し合いが今でもPTSDとして強く彼女の心を苦しめているだけに、苦しみたくない思いが勝ってしまうのだ。しかし、だからと応射するその手を青葉に任せてしまう事も尚の事憚られた。

 再び銃弾が車体を打ち据える着弾音が車内に籠る様に響く。

 

 運転席の愛鷹が決断出来ない内に、荷台から隠す形で仕舞い込まれていたAR15を一丁取り出した青葉は動作チェックを始める。

 チャージングハンドルを何度か引きチェンバー内がクリアなのを確認し、フィールドストリッピングの様に中折れ式に分解して機関部をあれこれ調べて回る。愛鷹を狙っての事だとしたら万が一応射できる防具に何か細工をしていてもおかしくはない。接着剤でも詰められていたら暴発して最悪それで死ぬかもしれないのだ。

 

 手早く確認を行う青葉の手つきに、衣笠が感心した様に見つめる。

「相変わらず、銃の扱いが上手いわね」

「海軍に入る前、ちょおっと、ね」

「何よ、ヤクザとかにでも教わってたの?」

 自分にも教えていない事がまだあるのかと身を乗り出す衣笠の前で、分解チェックをしていたAR15を組み上げ、マガジンを挿入し、チャージングハンドルを引く。初弾がチェンバー内に装填される音が車内に響いた。

「ちょ、青葉さん、本当にやる気なんですか!」

「やらなきゃやられる。深海棲艦と戦ってた時と同じですよ。相手が同じ人間であろうと。殺しにかかって来るのなら敵です」

 容赦なしの姿勢を見せる青葉に流石の愛鷹も冷や汗を浮かべながら引いてしまった時、後方でポン、という間抜けた音がした。

 反射的にグレネードランチャーの発射音、と判断した愛鷹がハンドルを右に切る。乗用車の左手で小爆発が起き、四散するアスファルトの破片が車体を叩いた。

 

「ダネルMGL! 拙い」

 サイドミラー越しにバンから身を乗り出している男の一人が構えている得物を見て愛鷹は呻くようにその名を口にする。

 六連発のリボルバー式のグレネードランチャー。目新しいモノではない割と骨董品の域にあるものだが、発射される擲弾の威力にふざけたところは一切ない。

 再びグレネードランチャーの発射音が響き、発射された擲弾が愛鷹達の車に迫る。

 左にハンドルを切って躱す愛鷹の右手で小爆発が起き、道路に小さな破孔が穿たれる。爆発の規模は小さいが、当たれば防弾仕様のこの車でも大破は免れない。

 ダネルMGLは六連発。今二発撃ったからあと四発は来る。

 GEAR社が合流する町まではまだ距離がある。このまま振り切れる様子はない。

 どうする、青葉に応戦を任せるか? いや危険すぎる。いくら射撃が得意とは言っても、明らかに相手は殺しのプロ、対人戦を生業とする殺し屋の手だ。肩やこちらも一応「深海棲艦を専門とする殺し屋」ではあるが、戦い方が違う。艤装の防護機能の加護が無い今、生身の艦娘はライフルの銃弾でも殺せる。

 やるか、やられるか。確か車内に備えられているAR15は二丁。青葉だけでなく愛鷹自身か衣笠にも応戦する術はある。

 だが愛鷹には対人戦をやると施設時代の「選抜試験」での殺し合いのPTSDが再発すると言う問題があった。撃って来る集団の相手を撃てば、愛鷹はPTSDの再発で苦しむ事になる。何度か経験している体験なだけに、戦うしかないと分かっていても踏み出せなかった。

 では衣笠に青葉の援護を任せるか? いや確か第三三戦隊結成前に読んだ艦娘人事ファイルでは衣笠の銃器射撃適正は青葉と対照的に最下位だった筈だ。

 やはり自分が銃を握って応戦するしかないのか。

 暗然とした気持ちが胸の中で広がる中、青葉は車の右側の窓を開けて身を乗り出そうとした。

「青葉さん!」

「愛鷹さんは運転に専念しててください! 青葉が何とかします!」

 愛鷹が何か言う前に青葉はAR15の引き金を引き、追っ手の車のサンルーフから身を乗り出して撃って来る男達に銃弾を浴びせた。

 ライフルを構えて身を乗り出した青葉の姿を見て即座に車内に引っ込んで応射を躱した男達は、窓を開けて身を乗り出し、グレネードランチャーを発射した。

「グレネードランチャーが来ます!」

「掴まって!」

 二人に向かって叫びながら愛鷹はハンドルを切る。急旋回の勢いで車外に放り出されない様に青葉の身体に衣笠がしがみ付く。

 三発目は思っていた以上に三人の車の左側面の傍に着弾した。爆発の衝撃で左側のタイヤが浮いた。

 必死にハンドルを切って車体の姿勢を元に戻す愛鷹の耳に、青葉が撃つAR15のセミオートの銃声が入る。

 単射であるセミオートオンリーのAR15を撃つ青葉に、二台目のバンから二人がサンルーフから身を乗り出し、ドラムマガジンを装着したAK-37による制圧射撃を浴びせて来る。

 即座に車内に引っ込む青葉だが、何発かがその身体を掠める。青葉が開けた窓から銃弾が二、三発車内に飛び込んできて助手席のシートにめり込む。

「タイヤ! タイヤを狙って下さい!」

「狙おうにも相手はドラムマガジンですよ! いつ射撃が止むか分かりません!」

 着弾する銃弾の音に負けない声で青葉が愛鷹に向かって喚く。

 ドラムマガジンは通常のマガジンと比べて装弾数が多いからライフルを軽機関銃の如く連射出来る強みがあった。ドラムマガジンを装着したAK-37を撃っているのは二人だが、交互に撃って弾切れによる射撃の隙を上手い具合にカバーしあっている。

「もう一人、銃を扱える人が居たら……ガサは肝心な時に役に立たないし」

「何かそれ言われると腹立つけど、こればっかりは反論出来ないわね」

 マガジンの残弾を確認しながらぼやく青葉に衣笠は口を尖らせる。

 再びグレネードランチャーの弾が飛来し、三人の乗る車の傍に着弾して車を大きく揺さぶる。

 このまま迷い続けていたら三人揃ってあの世だ。覚悟を決めるしかない。

 腹を括るしかない。人を撃たずとも、タイヤを撃って追って来られない様にするくらいなら自分でも出来る。

 手汗でびっしょりの両手でハンドルを握り直してやるしかないと決めた愛鷹は、飛来したグレネードランチャーから残る残弾を数え直す。

 四発撃ったから、シリンダーには後二発の装填されている筈。つまり、残る二撃を躱せば一度リロードタイムを挟む必要があると言う訳だ。

「後二発、それで一旦リロードタイムに入りますね……衣笠さん」

「はい?」

 不意に呼ばれた衣笠が振り返ると、バックミラー越しに彼女の顔を見返しながら愛鷹は頼みを入れる。

「車の運転は出来ますよね?」

「自動車の運転なら得意ですけど」

「グレネードランチャーのリロードタイム中に私と運転を代わってください、私が青葉さんに加勢します」

「で、でも出来るんですか? 愛鷹さん、確か対人戦は得意でもそれがトラウマだったんじゃ」

「やりようはあります。お願いします」

「……わ、分かりました」

「わーお、ガサの運転とは久々だね」

 緊張した表情で頷く衣笠の横で、青葉が少し驚いたような表情を浮かべる。

 五度目のグレネードランチャーの発射音が鳴り、今度は側面ではなく三人の車を飛び越えて目の前に着弾する。飛散する破片がフロントガラスを含めた車体前面を殴りつけた。

「あと一発」

 衝撃で噛みそうになった舌を引っ込めながら呟いた時、その六発目が飛来した。

 バックミラー越しに弾道を見切った愛鷹がハンドルを切り、躱された擲弾が車の右側に着弾する。

「今です、衣笠さん!」

 運転操作を切り替えるタッチパネルディスプレイで三〇秒間オート運転に切り替えると愛鷹はシートベルトを外して助手席に移る。

 すぐさま後部座席から衣笠が運転席に体をねじ込み、ハンドルを握り、アクセルに足を置く。二人が入れ替わっている間に青葉がAR15で牽制射撃をバンに向けて浴びせる。

 素早く愛鷹が後部座席に移動すると、荷台に仕舞われているもう一丁のAR15と備えられていた予備マガジンを全て取り出す。

 応射前に青葉がやったのと同じ銃のチェックを手早く行って、細工がされていないか、作動不良になる原因はないかを確認するとマガジンを装着し、チャージングハンドルを引く。初弾がチェンバー内に装填される音が車内に響いた。

「フリップアップサイト……ACOGサイトかせめてホロサイトだったら良かったのだけど」

 本来はバックアップ目的のアイアンサイトだ。精密照準射撃は専門のサイトより難しい。普段の艤装で培った射撃技術で何とかするしかない。

「リロード!」

 AR15の弾が切れた青葉が空のマガジンを外して予備マガジンをすぐさま装着し、ボルトリリースボタンを叩く。

 青葉が身を乗り出している右の窓とは反対側の左の窓を開けた愛鷹は、バンの方の注意が青葉に向いている隙を突く形で、一台目のバンのタイヤを狙う。

 一台目のバンの男の一人が愛鷹に気が付き、AK-37を向けるが、即座に愛鷹はバンのタイヤに向けて引き金を引いていた。

 二発の銃声が鳴り響き、弾丸がタイヤに吸い込まれる。が、愛鷹が期待したバーストの音はせず、小さな着弾音を立てて弾が弾かれた。

「嘘でしょ、ライフル弾を弾くなんて只のバンじゃありませんよ!」

「ま、弾薬はM856A1ですからね……貫通力の評価に関してはブレがある弾薬ですし」

 ライフル弾を弾き返すバンのタイヤを見て驚愕する青葉に対し、愛鷹は半分驚きながらも半分は納得していた。

 

 事前に備えらえていた銃を調べた際、勿論弾薬も調べた。M856A1はそれなりの貫通力はあるのだが、バンのタイヤはM856A1程度のライフル弾では撃ち抜けないくらい硬いらしい。

 人に向けて撃てば生身の身体にはもちろん脅威だが、ボディアーマーや装甲版、防弾仕様のものに対しては少々貫通力に劣る弾薬な分不利であった。

 装甲車のコンバットタイヤか、とその頑丈さに驚きながら、代案を考える。

 その間に青葉は容赦なく撃って来るバンの男達に対して銃撃を浴びせる。だがセミオートな分、連射出来るAK-37より制圧力に欠けた。

 

(タイヤが無理なら窓はどうかな)

 

 フロントガラスに撃ち込みまくって視界を奪うのはどうか、と考え付き、銃口を一台目のバンのフロントガラスに向けて引き金を引く。

 バンのフロントガラスに白い着弾孔が出来るのが見え、行ける、と愛鷹は確信するとフロントガラスに万遍なく銃弾を撃ち込んだ。

 割れはしないがその分白い着弾孔となってドライバーの視界を奪う。サンルーフから身を乗り出す仲間が方向指示するお陰で辛うじて進路を維持できている様だが、その仲間を車内に引っ込めさせた状態で障害物にでもぶつければ無力化できるだろう。

 一旦、バンのフロントガラスに全弾撃ち込んで撃ち切ったマガジンをリロードし、二台目のバンのフロントガラスに狙いを付けた時、一台目のバンのサンルーフから長い筒を構えた男が身を乗り出そうとしていた。

 ぎょっと目を見開き、長い筒の名を口にした。

「MATADOR!」

「対戦車ミサイルですか?」

 愛鷹の叫びに青葉が目を見開いて聞いて来る。

「ミサイルじゃなくてロケットランチャーです! 衣笠さんジグザグ運動! ロケットランチャーの弾頭はアニメみたいに飛んで来るのが見える代物じゃありません!」

「了解! しっかり掴まっててください!」

 その言葉の直後に衣笠は右に左にハンドルを切って蛇行運転に入る。

 愛鷹と青葉は下半身で車内に身体を固定して蛇行運転の慣性に耐える。右に左にと視界が揺れ動く中、愛鷹はAR15を構え直し、ロケットランチャーを構える男の腕を狙う。

 胴体に撃ち込んでもアーマーを着込んでいるのが見えるから、M856A1では貫通出来るか分からない。それにやはり殺傷は憚れた。

 腕なら死にはしない。

 右に左にとハンドルを切る衣笠だが、パターン気味なハンドル捌きになりがちだ。動きを読まれると危機感をあらわにした青葉が衣笠に向かって叫ぶ。

「もっと不規則に蛇行運転をして!」

「いや、五秒だけ直進して下さい。相手の射手の腕を狙い打ちます!」

 無言で言われた通りに衣笠は五秒、ハンドル捌きを止める。その間に愛鷹はMATADORロケットランチャーを構える男の腕を狙い撃った。

 すうっと息を吸って軽く止めると、フリップアップサイト越しにロケットランチャーを構える男の腕に狙いを澄まし、引き金を引き絞った。

 銃声が一発響き、放たれた弾丸がランチャーを構える男の腕を捉える。ロケットランチャーが車内に取り落とされるのが見えた。

「ナイスショット!」

 親指を立てる青葉に愛鷹はウィンクで答える。

 その後、衣笠のランダムな左右への切り替えしハンドル捌きで愛鷹と青葉ともに銃の照準どころではなくなったが、それは追っ手のバンも同様で、銃撃が止んだ。

 一旦車内に引っ込む愛鷹と青葉はマガジンを引き抜き、残弾を確認する。互いに残り数発と言う具合だ。

 予備マガジンはあるが、予備弾薬は無い。それぞれ残り三つずつ分しか残弾は残っていない。

 GEARと合流するアルカラデロスガスレスまでまだ二〇キロ程ある。

「弾を大事に使って下さい」

 予備マガジンを渡しながら言う愛鷹に青葉は無言で頷く。

 バンは二台ともまだ追ってくる。フロントガラスを潰された一台目はサンルーフから同乗者が身を出して方向指示する事で追跡を続けている。

 銃撃戦は埒が明かないと見たか、二台とも急激にスピードを上げて愛鷹達の車に迫る。

 

「もっと加速してガサ!」

「これが精一杯よ!」

 追い上げて来るバンを見た青葉の言葉に、ヒールサンダル履きの足で床に張り付くまでアクセルを踏み込んだ衣笠が頭を振る。

 左右から挟み込む形でバンは乗用車に並ぶ。そのバンに車体色と殆ど同じ色書かれた文字を見て愛鷹は舌打ちをする。

「やはりUSET ARMSか」

 同様に右手から挟み込みにかかるバンの側面に書かれた「USET ARMS」の文字を見た青葉が驚きをその顔に浮かべる。

「欧州最大のPMCじゃないですか。ロシアの無法地帯で有名なザコフ市での治安維持活動を行っていて、真意は不明ですけどロシアの科学企業である『Gaiaグループ』の研究施設で民間人殺害事件を起こしたとか良くない噂が付きまとってるとか」

「よくご存じですね青葉さんは」

 その情報通に驚きと何か呆れに似たものを覚えながら返した時、左右から挟み込む二台のバンが急激に乗用車に同時に体当たりを敢行して来た。

 衝突音が響き、三人の悲鳴が上がる。バン二台の体当たりで大破するようなやわな車ではないが、みしりと車のフレームが不気味な音を立てる。

「またバンが来ます!」

 AR15を構えながら青葉が叫ぶ中、愛鷹は衣笠に急減速を命じた。

「ブレーキを踏んで、目一杯!」

「はいッ!」

 即座に衣笠はアクセルを目いっぱい踏み込んでいた足をブレーキに移して思いっきりブレーキを踏み込む。

 タイヤが急停止の悲鳴を上げ、愛鷹と青葉の二人の身体が慣性で運転席と助手席にそれぞれ押し付けられる中、三人の車の目の前で二台のバンが衝突する。

「面舵、最大戦速!」

 艦娘ならではの癖で運転指示を下す愛鷹に迷う素振りも無しに衣笠はハンドルを切り、アクセルを踏む。彼女のサンダルのヒールがペダルを踏む際に引っかかって微妙に反応がずれながらも、衝突して反動でぶらついている二台のバンを追い越し、一気に距離を離しにかかる。

 フロントガラスが着弾痕で真っ白になって見えなくなっているバンの方は、仲間と接触した際にハンドル捌きに失敗してそのまま路肩に突っ込んで止った。

「一台脱落! もう一台はまだ追ってきます!」

「しつっこいわねえ! しつこい男は嫌われるわよ」

 銃を構えてバンが追ってくる事を知らせる青葉の言葉に衣笠は悪態を吐く。

 またフロントガラスを着弾痕だらけにして視界を奪ってやるかと愛鷹がAR15を構え、フロントガラスに照準を合わせ、引き金を引く。

 二発撃ちこんだところで、サンルーフから身を乗り出した二人組がドラムマガジンを装着したAK-37の弾幕射撃を浴びせて来た。

 急いで車内に引っ込む愛鷹に代わって、青葉が身を乗り出しライフルを構え、AK-37を構えている男の一人を狙う。素早くトリガーを引かれた青葉のAR15から三発の銃弾がAK-37を構える男の胸部に当たるが、ボディアーマーに吸われてしまったのか、一時的に射撃を止めさせるぐらいに留まった。

「これじゃ埒が明かないし、弾も持たないわね……」

 一旦AR15から引き抜いたマガジンの残弾を確認しながら愛鷹はため息を吐く。

セミオートな分、フルオートタイプのライフルよりかは弾の消費は抑えられているが、予備弾薬が無い為マガジンに弾薬の補充が出来ない。

 対してUSET ARMS側は大量の弾薬を有しているのか、銃撃が絶える様子はない。

 青葉と愛鷹と交互に撃つ事で射線を一方に絞らせることは防いでいるが、エイムを両方に置かれたら応戦する暇も無くなる。

 早めにケリを付けなければ、とマガジンを入れ直した時、応射していた青葉がバンからロケットランチャーを構えた三人目の男がサンルーフから身を乗り出すのを確認した。

「またロケットランチャーが!」

「発射される前に射手を無力化して下さい!」

 窓から身を乗り出してライフルを構えようとしたが、AK-37の制圧射撃が二人の応射を阻んだ。

 拙い、と本能的に感じた時、後方でMATADORロケットランチャーが発射される音が鳴り、撃ち出されたロケット弾が三人の乗る車に迫った。

 バックミラー越しにロケットランチャーを構える男を見ていた衣笠が咄嗟にハンドルを切ったのが幸いして、ロケット弾は三人の乗る車の右側面を掠めるように飛び抜け、車の目の前に着弾した。

 グレネードランチャーの爆風よりも大きな爆風が乗用車を上向きに持ち上げ、持ち上がった勢いで軽くジャンプする様に車が宙を浮く。

 三人の呻く様な悲鳴が上がる中車は前輪から再び地面に着地する。着地の衝撃で愛鷹と青葉は強か前席のシートに頭を打ち付ける。

「ナイスハンドル捌き!」

 打ち付けた額をさすりながら青葉が衣笠に賛辞を贈るが、当の彼女はロケット弾の爆発に驚く余り目と口が開いたまま硬直していた。

 硬直している衣笠に気が付いた青葉がその肩を掴んで揺さぶって我に戻す中、愛鷹はマガジンを交換して新たに三〇発の弾丸を装填すると、窓から身を乗り出してAK-37を構える男二人に狙いを定めた。

 二人から制圧射撃が飛来する前に、二人の右腕を正確に狙いを澄ました愛鷹の銃撃が射抜く。間を置かずにボディアーマーにダメ出しの二発が立て続けに撃ち込まれて着弾の衝撃で二人が怯みを見せる。

 やったか、と愛鷹が様子を伺う中、バイポッドを展開したAK-37を左手に持ち替えた二人が射撃を再開する。

 左手で撃っている為か先程よりもエイムに精確さを欠く射撃が飛来する。

「青葉さん、援護を」

「了解!」

 援護射撃を開始する青葉がAR15を連射し、バンに向かってセミオートの制圧射撃を行う中、まぐれ当たりさえなければ問題ないと判断した愛鷹が落ち着いて二人の男の左腕を狙い撃つ。

 両腕を撃ち抜かれた二人がダメージから車内に引っ込むのを確認し、射手二人は無力化した事にひとまず安堵する。

 もう戦闘可能なPMCはいないでだろうと思いながら様子を伺う愛鷹と青葉の目に、MATADORロケットランチャーを構えていたのと同じUSET ARMSのPMC要員が大きな銃器を取り出して構えた。

「PKP68!」

 こちらに銃口を向ける銃器の名を愛鷹が口にした時、六・八ミリ弾を使用するロシア製の軽機関銃の猛烈な弾幕射撃が三人の車を撃ち据えた。

 ストッピングパワーに優れる改良型のPKP軽機関銃から撃ち出される六・八ミリ弾は徹甲弾なのか防弾仕様の三人の車の窓ガラスを容易く粉砕し、車体にも破孔を無数に穿った。

 けたたましい破砕音と共に後部の窓ガラスが砕け散り、破片が三人に降りかかる。

「伏せて!」

 青葉と衣笠に身を屈める様に叫びながら愛鷹も頭を抱えてシートの間に身を伏せる。

 ベルト給弾ではないボックスマガジンだったのは見えていたから、最大でも連射出来る弾数は二〇〇発。二〇〇発の六・八ミリ弾の雨を凌げば応射の機会も来ると意図的に楽観視する愛鷹だったが、猛烈な軽機関銃の射撃はそれまでのAK-37を凌ぐ火力だった。

 両サイドのバックミラーが吹き飛び、車体のフレームそのものがボコボコにされ始める。

 損傷でみしりと不気味な音を立て始める車に不安げな目で衣笠が愛鷹に問う。

「車、持つと思います?」

「どうでしょうね」

 その時、バン、と言う破裂音と共に車体が後方に傾斜し、目に見えて車の速度が低下し始めた。

「しまった、タイヤをやられた!」

 呻く様に愛鷹が言った時、猛然と発進する車の音がしたかと思うや別の銃声が走り軽機関銃の射撃音が止んだ。

 

 車体を地面に擦りながらも尚も走行を続ける車内で、急に様子が変わった事に訝しみながら恐る恐る顔を上げる愛鷹の目に、二台の白いバンに乗った男達がUSET ARMSのバンに対してM7A2アサルトライフルで攻撃しているのが見えた。

 白いバンの正面に描かれた紋章を見て護衛に就くと有川から聞かされたGEAR社のバンだと分かった。

「GEAR社! 来てくれたのね」

 護衛のPMCが救助に来てくれた、と分かった途端に溢れ出す安堵の溜息と弛緩する手からAR15が車内に転がり落ちた。

「助かったんですか?」

「そうみたいだね」

 拍子抜けた様な表情を浮かべながら青葉と衣笠が頭を上げて後ろを振り返る。

 USET ARMSのバンはGEARのバン二台からの突然の攻撃で混乱しつつも、PKPを向けて応射を試みていた。それまで戦闘に加担して無かったドライバーと助手席の者もサブマシンガンやハンドガンでGEARのバンに射撃し抵抗を試みる。

 しかし、二台のGEARのバンから浴びせられる弾丸の数は、その数倍の量だった。激しい銃撃音が二台のバンから発せられる度に、大量の弾丸がUSETのバンへ撃ち込まれる。

 GEARのPMCが使うM7ライフルも六・八ミリ弾を使用するライフルだ。M7ライフルの最新モデルであるM7A2は国連軍でも北米方面軍以外の方面軍でも正式採用が始まり部隊配備が進められている小銃である。

 多勢に無勢だった。GEAR社のPMCから激しい銃撃を浴びせられたUSET ARMSのバンは瞬く間に制圧され、走行不能になった。

 フロントから白い煙を上げて停車するUSET ARMSのバンを、GEARのバンから降りたPMCが包囲し、ドアを開けて内部を確保していく。

 些か荒っぽい手つきで車内に残っていたUSETのPMCをGEARのPMC要員が拘束して、車内に不審物がないか調べて行く。

 一方タイヤをやられて走行困難になった車を停めた愛鷹達の元へ、GEARのリーダーらしい男がM7を持って駆け寄って来た。

 AR15を両手に警戒する愛鷹と青葉にM7を後ろに回して両手を上げたリーダーらしき男が愛鷹に向かって尋ねる。

「愛鷹中佐ですね? GEAR社の者です。襲撃を受けているとは知らなかったもので来援が遅れました。申し訳ないです」

「本当に味方なんでしょうね?」

 AR15を構えて尚も警戒を続ける青葉にリーダーらしき男は若干困惑した様な仕草をしつつも、「信じて戴きたいです」とだけ答える。

「信じましょう、どの道彼らが居なかったらUSET ARMSにやられていたところでしたから」

 青葉が構えるライフルの銃身に手を置いて下げさせると、愛鷹は車から降りリーダーらしき男に歩み寄ると身分証明書の提示を求めた。

「自分はGEAR社のイェゴールです。GEAR社スペイン支部に所属しています」

 差し出された身分証を手に取り、見つめる。見た感じでは偽造証明書の路線はなさそうだ。

 身分証からしてどうやらウクライナ人の様である。

 ひとまず信用しても大丈夫だろうと判断した愛鷹は、乗っていた車を後ろ指で指す。

「見ての通り、私達の車はボロボロで走行困難な有様です。護衛も兼ねて貴方達の車でジブラルタル基地まで送っていただけたら幸いなのですが」

「勿論構いません。お連れは二人ですか?」

「ええ」

「中佐一同をジブラルタル基地までお送りしましょう。それが、軍との契約内容ですので。あのUSET ARMSの奴らは部下に対処させます」

「感謝します」

 スラブ訛りの英語で快く請け負ってくれるイェゴールに愛鷹は礼を述べた。

 

 

 イェゴールのバンでジブラルタル基地まで送ってもらう間、愛鷹は自分を抹殺しようする一派が珍しく明るさまなやり口で自分を抹殺しにかかって来た事に危機感を覚えていた。

 これはこれで終わりなのではなく、始まりなのではないか。

 これからデュアルワイルダー作戦の西部進撃部隊として作戦行動に入ると言う時に、もしや抹殺派による妨害が作戦中に入ったりでもしたら?

 あながちおかしな話ではない。現に種子島では無人機の行動プログラムを大淀を利用して改ざんして結果巻き添えを食う形になった鈴谷が殺害された。

 今回は危うく青葉と衣笠の二人まで巻き添えに仕掛けた、と言う事実に暗澹したものが胸の中にこみ上げて来る。

 深海棲艦と戦うだけでも生死の保証はないと言うのに、その深海棲艦とは無縁でいられるはずの地上で同じ人間から襲われるのではやるせない。

 自分だけが死ぬのならまだしも、今回の様に周囲の艦娘すら巻き添えにする事も厭わないやり口が今後続かないとも限らない。

 せめてデュアルワイルダー作戦中にその様な魔の手が同胞から伸びて来ない事を祈るばかりである。

 これから始まる作戦で愛鷹は一七名の艦娘を率いて深海棲艦と戦う事になるのだ。容赦のない明確な殺意の塊が大勢徘徊する海に赴く。

 そんな時に本来同胞であるはずの人間から襲われたら対応する暇があるかどうか。深海棲艦と戦うだけでも精一杯なのに、人間から隙槍を食らう可能性まで考慮しないといけないのはマルチタスクが得意な愛鷹と言えど無理が大きい。

 ただ今回派手な行動を取ってしまった以上は抹殺派も、有川中将率いる情報部からの更なる追跡を受けるリスクを大きく犯した事にもなる。

 そう考えると、自分の知らない所で既に有川達は抹殺派の追跡に乗り出しているのではないか。追っ手から逃れる為に今後暫くは寧ろ安泰なのではないか。

 そう考えるのがしっくりきた。情報部の活動能力は伊達ではない。表沙汰になっていない情報部による工作活動は数知れない。

 下手に尻尾出した今回の襲撃を機に、逆に自分の首を絞める結果になったと考えて今は艦娘としての任務に専念するのが良いだろう。

 二つの敵を同時に相手する暇はない。

 

 

 ジブラルタル基地に帰り着くと送ってくれたイェゴール達に再び礼を言って愛鷹と青葉と衣笠はバンから降りた。

 ほっとした様に安堵の溜息を吐く青葉達を先に基地内に帰らせると、愛鷹はイェゴールに右手を差し出した。

「仲間の命と共に助けて戴いた事、深く感謝します。御恩は忘れません」

「これが我々の仕事ですので。後々軍にはこの一件について詳しい報告書を上げる予定です」

「その報告書ですが、出来れば封緘にして情報部に提出する事をお願いしたいのです。事がことなだけに、軍部のどこかで抹消される可能性があるので」

「了解しました。その点を考慮して対策をしておきましょう」

「ご迷惑をおかけしますね」

 重ね重ね礼を述べる愛鷹にイェゴールはにこやかに笑って手を振る。

「これが仕事なので。それ程深くお礼を言われると、何だかこそばゆいモノですよ」

「本来なら弱者を守るべき軍人を護衛するとは、PMCと言う仕事も中々大変ですね。お仕事大変かと思われますが、どうかお元気で」

「中佐も、航海の安航をお祈りします。では自分らはこれにて失礼します」  

 一礼して三人に別れを告げたイェゴールはバンのドアを締めるとドライバーに「出せ」のハンドサインを出した。

 街中へ消えて行くバンを見送った三人は基地の中へと入り、愛鷹は取り敢えず破壊されて失った乗用車に関する各種始末書類を書くため宿舎の自室に戻った。

 本来なら書く必要のなかった筈の書類を書き上げ、書面にしたためて基地の司令部に持って行って提出する。

 艦娘が基地の外で銃器を使用したことでお咎めが入るかと内心冷や冷やしたが、管理部の兵士は事務的に提出された書類を受け取って、中身を読んで印鑑を押した。

 特にお咎めなしで済んだ事に安堵する一方、一息付けている間も無く直ぐに宿舎に戻ると私物を纏めて基地に係留されている支援艦「ズムウォルト」の元へ向かった。

 

 デュアルワイルダー作戦に当たって第三三特別混成機動艦隊支援の為に北海から回航されてきた「ズムウォルト」は堂々たる姿をジブラルタル基地の埠頭に留めていた。

 先に利用した時に世話になったレイノルズやドイルたちは上陸中で丁度いなかったが、顔は覚えていた当直士官が出迎えてくれた。

「また中佐のご支援に当たれるとは光栄です」

「こちらこそ、また世話になりますよ」

 簡易的な挨拶を交わして「ズムウォルト」の艦内の居住区に向かう。宛がわれた愛鷹の自室に入り、私物を入れたバックを降ろす。

 それ程長い期間離れていた訳ではないのだが、再び乗艦すると懐かしさが胸に湧き上がって来る。陸上とは別の安心感がある。

 自分を疎み、抹殺しに来る一派の手が及ばない、その安心感を得られるだけでも彼女の心生安らいだ。長身の自分には少しばかりベッドが狭いと言う事を除けば安全地帯と言ってもいいかも知れない。

 安心感と長距離の運転からの疲れから眠気が押し寄せ、軽く仮眠をとっておこうと愛鷹は制帽と靴だけ脱いでベッドに横になると目を閉じ軽く眠りに落ちた。

 

 

 イェゴールから送られてきたUSET ARMSとの交戦記録を読みおえた有川は報告書を閉じると、軽く溜息を吐いた。

 まさか官営系のPMCを使って愛鷹を襲撃するとは盲点だった。

 GEAR社の調べではUSET側はごくごく単純に攻撃を依頼、指定されただけでありあまり情報は得られそうにない。依頼交渉に当たった窓口の相手も尻尾はつかめそうになかった。

 USETへの任務依頼の報酬は後日払いとされているが、恐らくは踏み倒されるか、国連軍の予算からこっそり間引かれる形で支払われるだろう。

 しかし、まさか自分達との会合直後に襲われるとは、こうなると事前に分かっていれば情報部で護衛しておくべきだったと悔やまれるものがある。最終的にはGEARの護衛が間に合ったおかげで事なきを得たものの、万が一の事がありえたと思えば今回の一件は辛勝だったと言える。

 明日から愛鷹は作戦行動に入ると有川は聞いていた。せめてその期間中任務に専念出来る様にこちらも愛鷹抹殺派の動きを牽制、制圧出来ればと彼としても思わない所ではない。

 深海棲艦と正面から戦うだけでも精一杯になる戦場で、不意に味方がいる筈の背中から撃って来る相手にはどうしようもない。

 その状況を可能な限り防がねば、種子島での鈴谷の一件の再来になりかねない。

「深海棲艦も深海棲艦だが、本当に厄介な敵は同じ人間なのかもしれんな」




(Youtubeで素晴らしいガンファイト動画見て執筆が進んだのはナイショ)

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第六四話 それぞれの戦線

(榛名改二乙だか丙だかはともかく、本当に本家ブラウザ版でも深雪改二が実装されるとなりぶったまげてます)


 欧州で深海棲艦と国連軍との戦いが続いていた頃、地球の反対側の日本艦隊統合司令部では不穏な知らせが連日留守を預かる谷田川の元へ届けられていた。

「空母棲姫を中核とする空母機動部隊か」

 潜水艦隊による偵察結果の報告や、哨戒機などから上げられた深海棲艦の目撃情報を基に精査された深海棲艦の動向をまとめたディスプレイに、新たに追加された深海棲艦艦隊の表示を見つめて呟く。

 欧州方面に艦娘艦隊の主力艦隊の多くを割いている国連軍にとって、現状太平洋方面は日本艦隊と主力艦隊が引き抜かれた北米艦隊だけで戦線を維持している状況だ。

 太平洋方面での戦況は現状膠着状態にあり、目立った戦闘は起きていない。ショートランド泊地奪還以降は目立った前線の押上げもなく、時たま飛来する深海棲艦の重爆編隊と各地の基地航空隊が空戦を行っているくらいであり、艦隊戦は起きていない。

 海上交通路の対潜哨戒に当たる海防艦艦娘らからは、複数の潜水艦撃沈の報告が上げられているがそれ以上の事は起きていない。民間船舶への深海棲艦による襲撃も起きておらず、平和と言えば平和な状況だった。

 それが逆に不気味と言えた。

 現に積極的な攻勢こそ仕掛けて来ないとは言っても、有力な深海棲艦艦隊が幾つか目撃されている。襲ってこないだけで、深海棲艦は太平洋のどこかへ大規模侵攻を行う為の戦力の再編成をどこかで行っているのではないか。そういう考えが日本艦隊司令部内で出ていた。

 谷田川自身、欧州に主力を割いている現状手薄になっている太平洋方面に深海棲艦が仕掛けて来る可能性は高いと思っていた。

 問題はどこに仕掛けて来るか、である。候補となる侵攻先は西太平洋に数多くある。国連軍の戦略的重要拠点は南はラバウル、中部太平洋はグアム、北は北方四島、アリューシャン列島に至る広大な戦域だ。

 太平洋に展開する艦娘戦力で戦艦や空母などの重戦力を有しているのは日本艦隊だけである。勿論その数には限りがあるから広大な西太平洋全域をカバーする事は不可能だ。限りある戦力で侵攻に対処しなければならない。

 一応国連軍太平洋方面軍司令部の見解では、深海棲艦が侵攻すると予想されている場所は、ラバウル、単冠湾、グアムの三か所に絞られていた。だがこの予測通りに敵が動くとは限らない。

 一つ気になるのが、今年の中旬核攻撃が行われた沖ノ鳥島海域の旧深海棲艦拠点一体での深海棲艦の活動状況だ。

 放射能レベルは低下し、艦娘を含めた人間の行動も可能なくらいになっている中で深海棲艦の艦隊が再び確認された。現時点ではホ級やヘ級率いる小規模な水雷戦隊しか確認されていないが、その水雷戦隊は沖ノ鳥島海域に対する調査艦隊である可能性が指摘されていた。

 再度の深海棲艦の拠点化が可能かの調査を行っている艦隊ではないか、と言う指摘に谷田川はここがミソかも知れないと考えていた。

 当面、日本艦隊は沖ノ鳥島海域を中心に重点的に偵察、哨戒を実施するべきだろう。

 

 総司令官の武本や大和型艦娘など少なくない数の艦娘を欧州に送った日本艦隊だが、留守を守る艦娘へのアップデートとなる改二化改装が相次いで行われており戦力の強化が進んでいた。

 比叡は姉の金剛同様改二丙へと改装され、現在は秘書艦職についている鳳翔にも過去の戦傷で低下した彼女の艦娘としてのステータスを補う新型の改二艤装が開発され予備戦力として鳳翔改二が実装された。

 その他、最上や球磨、多摩、曙、高波、山風等に続々と改二改装が実施され日本艦隊の艦娘戦力の大々的な強化が図られていた。

 開戦時と比べれば日本艦隊の艦娘戦力は大幅にその質を向上させていると言えた。

「戦力の強化は出来ている……あとはその今ある戦力でどれ程やれるか」

 ここ一か月の間に改装とそれに伴う新艤装への慣熟を終えた艦娘のリストを眺めながら呟く谷田川と共に、提督執務室でデスクワークをしている鳳翔の脇の電話が鳴った。受話器を取って「はい」と二言三言応えた鳳翔は谷田川に顔を向ける。

「提督、市ヶ谷からです。日本方面軍総司令部とテレビ会議要求が」

「分かった、繋いでくれ」

 鳳翔に回線を繋ぐよう頼みながら谷田川自身はリモコンで提督執務室の窓のシャッターを閉じさせ、同時に部屋のドアをロックする。

 閉鎖状態へ移行する提督執務室の照明が切られ、大画面モニターが点灯し、市ヶ谷にある日本方面軍総司令部の会議室との回線が開かれる。

 液晶パネル越しに市ヶ谷の日本方面軍総司令部に務める日本方面軍総司令官板垣大将、本土防衛総隊司令官土方大将、海兵隊司令官迫水中将、海兵隊航空軍司令官桐谷中将、首席参謀瀬良准将、情報参謀上島准将と言った司令部の面々が映し出される。

 海軍の谷田川だけ、会議室にいない形ではあったが板垣大将が谷田川と会議室に集まった一同を見渡して口を開いた。

 

≪全員招集できたようだな。それでは緊急の要件で日本本土防衛に関する会議を開く。

 まずは首席参謀、瀬良准将≫

≪は、では。ご存じの通り、深海棲艦の西太平洋における活動が活発になって来ております。海軍及び我が日本方面軍を隷下に収める国連軍太平洋方面軍司令部の分析ではラバウル、単冠湾、グアムの三か所に侵攻予測を立てていますが、深海棲艦の活動、行動を完全に予期するのは困難です。

 日本本土へ王手を直にかけて来る可能性も無いとは言い切れません。それを裏付ける様に沖ノ鳥島海域での深海棲艦の活動報告が日本艦隊総司令官代行谷田川少将より報告が上げられております。

 民間への被害は起こり得る前に防ぐのが我々の責務です。防衛大綱に関して諸君らから何か気になる事などを含めて、忌憚のない意見交換を求めます≫

≪海軍としては日本本土への侵攻の可能性はどの程度あると見積もっておるのかね?≫

 谷田川の顔を見て本土防衛総隊司令官の土方大将が問う。

「スーパーコンピューターなどを駆使してのシミュレートでは現在、凡そ二〇パーセント。これは国連軍太平洋方面軍司令部が立てた三か所の我が軍の重要拠点への侵攻の可能性の確立とほぼ同値です。

 深海棲艦の活動範囲は神出鬼没であり、国連軍太平洋方面軍司令部の立てた侵攻予測ポイントを通り越し、日本本土へ直接攻撃を仕掛けて来る可能性が憂慮されます。

 無論、洋上での防衛行動に当たるのが我々海軍の務め。万が一の場合は最大限の防衛戦に当たる事は約束しますが、ご存じの通り深海棲艦の巨大艦ス級が複数投入された場合、我が方は火力で圧倒される公算大です」

 

 確率二〇パーセント。決して低い数字とは言い難い。寧ろ試算結果としては高い数値である。

 

≪宜しいでしょうか≫

 挙手して発言を求める迫水中将に板垣が許可する。

≪海兵隊として、万が一海軍艦隊が深海棲艦の防衛戦を突破した場合に備えて、事前に沿岸部の住民に対する内陸部への集団疎開を行っておきたい所存です。

 日本全土に住まう沿岸部住民は各都道府県で異なりますが、太平洋側だけでも総計で三〇〇〇万人を超える事は国交省の昨年度の統計から判明しています。

 首都東京を始め、沿岸部の民間人を土壇場で緊急避難させるのは我が海兵隊及び警察、消防の手に余ります。

 沖ノ鳥島海域で再び深海棲艦の活動が確認された、と言う事は拠点化を目論んでいる公算が高いと小官は考えます。いつその地から大規模な侵攻部隊が日本へ押し寄せるか分からぬ状況。計画的に沿岸部、特に太平洋側の民間人を内陸部へ予防措置として疎開を行わせるべきだと小官は進言する所です≫

≪確かに民間人に被害が生じる前に事を収めるのが我々の共通認識だ。だが、板垣中将、まだ深海棲艦が沖ノ鳥島海域に再拠点化を行ったと言う訳では無い段階で民間人へ内陸部への疎開を命じるのは民間人への負担が大きいのではないかね?≫

 時期早しではないかと反論する桐谷中将に迫水は視線を向けて答える。

≪無論時期は調整するべきでありますが、沖ノ鳥島海域と海を挟んだ地に住まう三〇〇〇万の民間人を一度に疎開させるのは大きな混乱を引き起こします。ぼやの段階で火災へと発展すると見て避難を開始しておかねば取り返しのつかない事態になりかねません≫

「住民の疎開。簡単に言わないで下さい迫水中将」

 黙って聞いていた谷田川が不意に口を挟むと、ディスプレイの向こう側にいる会議室の全員の視線が彼に向けられる。

 向けられてきたすべての視線を受け止め名ながら谷田川は自身の意見を述べた。

「最悪の事態が発生した場合、住民の疎開はする事になりましょう。ですが、疎開すると言う事はそれまでの日常生活、職場、家財、何もかもすべて捨てて逃げろ、と言う事です。

 一度失ってしまった日常や家財の再建は、民間人の個人の力では極めて困難です。無論そうなる前に食い止めるのは我々海軍の務めですが、民間人の生活を考慮せずに疎開だ、避難だ、を要請する事は一人の人間として賛同いたしかねます。

 情報収集が現状不十分な段階で民間人に疎開を求めるのは彼らにとって厳しい状況に追い込みかねません。国内経済、工業、諸々にも影響が生じます。情報が十分に揃うのを待ってから住民の疎開云々は判断すべきでしょう」

≪だが、太平洋側沿岸部だけでも三〇〇〇万だ。数字では分り難いだろうがこの数は膨大に一言に尽きる。深海棲艦の狙いが日本本土と分かった時点で即座に疎開に移せる数でない≫

 そう反論する迫水の顔を見据えて谷田川は対論を唱えた。

「民間の報道機関に深海棲艦の動向を逐次流しましょう。民間へ自主的な移動を促すのです。危機意識が高まれば内陸部に親戚などの頼り手がある民間人は移動させられる子供や高齢者などを自主疎開するくらいの行動はするはずです。

 開戦初期の沿岸部への深海棲艦の攻撃が記憶に残る世代は多い。報道機関からの深海棲艦の情報で自主行動を起こす民間人は出ましょう」

≪つまり、現状は民間側の自主行動に委ねるのが現状の最善策と言う訳か≫

「その通りです」

 なる程、と谷田川の意見に会議室の面々が頷く。

 

 

(市ヶ谷の連中とて素人ではない。だが前線から遠く程後方には前線で考えうる策が頭に浮かばない事がしばしばだ。

 時に自軍有利に事が進んでいる状況下。優位と言う状況は麻酔が効くかの様に指揮官の判断力と頭脳を鈍らせる。

 現時点で太平洋方面の戦況はその『優位』と呼べる状況下にあると言っていい。サーモン北方、KW環礁、かつての激戦区は今や我が軍の支配権となり、広大な太平洋が深海棲艦の牙城となったハワイとの間に見えぬ壁となって我々と奴らの間に立ちはだかっている。

 この状況で指揮官たちの判断力の鈍化が慢心となり、思わぬ損害と被害の元となる。俺達はそれを痛い程教わって来た。

 艦娘を始めとする将兵と言う血肉の代償を支払って……)

 口には出さずに谷田川はディスプレイの向こう側に居座る日本方面軍の幕僚や司令官たちの顔を見つめながら胸中で呟いていた。

 

≪民間及び国営放送を含めた報道機関への情報共有を徹底し、万が一の事態に備える。現状我々が取れるカードはそれだけだな≫

 とんとんと人差し指で机をたたきながら土方が言う。

 全員が相槌を打つ中、迫水は谷田川に艦隊の状況について確認を取る。

≪我が日本艦隊の艦隊戦力と海上交通路の保全状況はどうか≫

「改二化の予算が承認された艦娘の改二化改装とその慣熟は概ね完了しております。

 現在は第三戦隊の戦艦艦娘榛名の第三改装、白露型駆逐艦艦娘の時雨の第三改装の予算審議を国連軍上層部に提出した所です。予算の認可が下り次第、艤装メーカーに新型艤装の発注を行います」

 

 かつて防衛省と財務省で装備の予算審議を行っていた自衛隊時代とは異なり、全軍の指揮系統を国連軍に預けている今の日本方面軍では装備調達関連の予算審議も国連軍内部の専門部門で行われている。

 どう言った判断基準で艦娘の改二化の改装判断が行われているのかは谷田川自身も把握していないが、国連軍内の兵器局の部署「チャーリー2」が主に艦娘の改装に関する全決定権を担っていると言う。

 

「海上交通路の状況ですが、深海棲艦の通商破壊が今年に入ってから最盛期と比べて九〇パーセント減少した結果ほぼ制海権を維持出来ている状況にあり各輸送船団はそのほぼ全てが既定の航行計画通りに物資輸送を実施できています。

 ただし海防艦艦娘による深海棲艦の潜水艦撃沈の報告は週に二、三件の割合で上げられています」

≪西太平洋の制海権は事実上我が軍が掌握しつつあると言う事か。一昔前からは考えられない事だな≫

 少し遠い目になって言う板垣に谷田川を含めた一同が頷いた。

 艦娘が配備される前、通常艦艇だけで海上交通路の防衛を行っていた時は日々入って来る損害と被害に日本の防衛を掌る司令部要員は青くなったものだった。

 通常艦艇では深海棲艦相手には成す術がないだけに、一〇隻の船団と護衛を組んで一隻でも港に辿り着ければ良い方だった。

 今では輸送船団の港への帰着率は一〇〇パーセントにはならずとも九九パーセントは維持出来ている。

 資源の多くを輸入に頼り日本にとって海上交通路の保全は日本と言う国の存在そのものに関わって来る。故に海軍が果たす役割は極めて大きい。

  深海棲艦の脅威に対抗するだけが海軍の務めではないのだ。

 

 谷田川が日本本土で防衛問題込みの会議に参加している頃、地球の反対側ジブラルタル基地を出港した国連軍西部進撃隊の艦隊は地中海へと乗り出していた。

 

 反攻作戦の開始だった。

 

 アルボラン島を通過した所で西部進撃隊の前衛部隊を務める第三三特別混成機動艦隊は母艦「ズムウォルト」より進発し、西部進撃隊本隊の前路の偵察任務に出撃した。

「両舷前進強速」

 第三三特別混成機動艦隊の旗艦を務める愛鷹の号令が下るや、彼女を基幹とし空母イントレピッド、摩耶、鳥海、愛宕、フレッチャー、ジョストンの七隻からなる第一群と、青葉、衣笠、瑞鳳、伊吹、蒼月、陽炎、不知火からなる七隻の第二群に分かれた一四人の艦娘が地中海の海を進んだ。

「航空隊は偵察機の発艦始め」

「Roger」

 航空偵察隊の発艦を指示する愛鷹にイントレピッドは頷くと偵察爆撃機隊のSB2Cヘルダイバーを発艦させた。

 彼女のボルトアクションライフル型航空艤装から射出されたヘルダイバーが編隊を組んで各方面へ前進していく。エセックス級空母ならではの大規模な航空戦力を有する彼女ならではの物量が空を舞った。

「事前偵察情報無き海域、か」

 

 飛び立っていく偵察機隊を見上げながら愛鷹は呟いた。

 地中海の深海棲艦の展開状況を把握するの阻むのは通信障害だけではなく、国連軍の航空基地への深海棲艦の空爆で偵察に使える哨戒機の多くが地上撃破されてしまったのもある。目下多くの飛行隊が再建途上であり艦隊の支援は行えそうにない。

 哨戒機飛行隊の再建と再編成を待ってからでもよかったのではないかという気持ちもするが、欧州総軍司令部は作戦決行時期の変更をする事は無かった。

 嫌な予感がしないでもないが、いつもの事だと今は割り切るしかない。

 青葉に指揮を任せている第二群の瑞鳳からも偵察機が発艦し、航空偵察ゾーンへ天山を進出させていった。

 いつも航空偵察の任務を任せている瑞鳳に加えてイントレピッドの航空隊も加わっているだけに、此度実施された航空偵察の範囲は第三三戦隊の頃と比べると大幅に拡大されていた。

 偵察機から送られてくる偵察情報は「ズムウォルト」から発艦したEV-38を介して全艦娘にデータリンクで中継され、リアルタイムで確認可能だ。

 旗艦を務める愛鷹のHUDには早くも偵察機の進出状況がハイライトされている。愛鷹直卒の第一群の前方に展開する第二群からは青葉から対潜哨戒任務にあたる瑞雲が発艦して、第一、第二群の周囲で対潜哨戒と警戒に当たった。

 通信障害が発生して航空偵察が阻まれているとは言っても、それはあくまでも艦娘の装備以外の通常兵器に限った話なのか、艦娘間データリンクには特に異常は見られない。先行する青葉以下の第二群との通信状況も良好だ。EV-38とのデータリンクと通信も特に問題は無い。

 まだ深海棲艦の障害レベルが高くない海域なのかもしれないが、いずれにせよ先へ進まない事には分からない。

 少なくともアルボラン島までは深海棲艦は進出していない。地中海には相当数の深海棲艦が展開している筈だが、なんだかんだ言って日本艦隊がやって来るまで欧州総軍の各国の艦娘艦隊が地中海の各地で深海棲艦の艦隊と交戦していくらかは撃破しているから、総兵力はある程度は減少している可能性はある。

 愛鷹個人の不安要素としてはやはりス級の存在だ。艦娘には現状ス級に正面から対抗可能な火力を持つ者が無い以上、何らかの艦娘以外の手段を用いて撃沈しなければならない。

 これまでに撃沈が確認されたス級は全て無印。elite級のス級は全艦が健在だ。無印のス級もまだ一隻は残っている。

 地中海各地を散々荒らして回り、国連地上軍に大きな損害を与えてきたス級だが、少なくともここ三週間は目撃情報が無い。航空偵察を含めた通常兵器による偵察が深海棲艦の起こす通信障害で出来なくなってしまった為、最新の情報が得られなくなっていると言う状況を加味してもス級を見た、と言う国連軍の将兵は出ていない。

 考えうるのは、ス級を酷使し過ぎた結果オーバーホールを含めた整備と補修が必要になり、どこかの深海棲艦のドックに下げられていると言う事だった。実際ス級が目撃されなくなった日を境に戦艦棲姫が交替する様に展開して来ているのが確認されている。

 その戦艦棲姫も、戦艦夏姫と言う戦艦棲姫のマイナーチェンジ型だと言う。火力は圧倒的であり防御力も抜かり無いがス級程の絶望的な戦力差は無い。

 戦艦夏姫。愛鷹と蒼月と伊吹は戦艦棲姫系との交戦経験は無いが、第三三特別混成機動艦隊に属する艦娘の全員が戦艦棲姫との交戦経験を持つ。とにかく火力が高く、大破状態に追い込んでも艦娘をカウンター攻撃で大破させに来た言う。

 ス級が登場する以前は深海棲艦の中でも砲撃火力に特化した火力脳筋艦だったが、ス級の登場で一気に二線級になった感は否めない。それでも圧倒的火力投射能力は健在だ。愛鷹の強化された主砲でもぎりぎり対抗出来るくらいの相手である。

 楽になったのか、そうでもないのか。もし深海棲艦がス級の整備補修を終えて戦線に復帰させたら、と思うだけでも愛鷹の背筋はひんやりと冷たくなる。

 艦隊司令部は第三三特別混成機動艦隊にあらゆる支援を約束すると言ったものの、戦術レベルでは常に想定外の事が起こりうるのが常だ。予想の斜め上を行く経験は愛鷹自身も何度となく味わっているだけに安心しきれない。

 あれこれ気を揉む彼女にイントレピッドから発艦した偵察機から深海棲艦艦隊捕捉の第一報が入る。

 

(ブルーバイキング5-1より通知する。軽巡へ級flagship級一、重巡ネ級elite級二隻、防空巡ツ級一隻、駆逐艦ロ級後期型二隻の艦隊を確認。目標位置は……)

 

 送られて来た敵艦隊の位置情報に鳥海がメガネの位置を正しながら呟く。

「思ったよりも近いですね」

「近いっちゃ近いが、そう大した戦力でもないだろ」

 両手の拳を揉みながら返す摩耶に鳥海はふっと口元に不敵な笑みを浮かべながら頷く。

 始末は難しくない、と言う認識は愛鷹も同じだった。今回の任務は敵情把握と前路掃蕩、可能な範囲で敵艦隊の撃滅も行う。

「旗艦愛鷹より伊吹さんへ。航空隊発艦準備、航空攻撃を持って敵巡洋艦戦隊を撃滅します」

「了解」

 直ちに伊吹が展開した航空艤装のエレベーターから翼をたたんだ橘花改と景雲改の二機種が飛行甲板へと上げられ、高まる二種類のジェットエンジンの音が彼女の艤装上で響き始める。

 橘花改が四機と景雲改が六機。景雲改は今回の欧州派遣に当たって新規に伊吹の艦載機として積み込まれたものだと言う。橘花改が制空戦闘をこなしながら爆撃が出来るのに対して、景雲改はその逆の性質と言っていい。

「良い艦載機使ってんな」

 発艦準備を進める伊吹に摩耶が橘花改と景雲改を見て物珍しそうな目を向けると、伊吹はドライな眼差しで答えた。

「勇敢でも賢くても幸運でも、墜ちるときは墜ちる機体です」

「ま、そういう時もあるだろうな」

 どんな航空妖精が乗っても落とされる時は落とされるとドライに言い切る伊吹に、摩耶は自身の対空艤装を見やりながら頷いた。

 通称「対空番長」と呼ばれる程、摩耶は対空艦として重宝されてきた重巡艦娘だ。彼女の対空戦闘能力は秋月型には一歩譲るが決して無視出来ない戦力である。模擬戦で摩耶の対空射撃を突破した艦娘航空隊は極僅かだと言う評判からも彼女の射撃の腕前が伺えた。

 程なく射出準備を終えた橘花改と景雲改計一二機が伊吹の航空艤装のカタパルトから射出された。

 ブライドルレトリバーで引かれる形でカタパルト射出された一二機は瞬く間に青空へと編隊を組んで上昇していき、ジェットエンジンの轟音を残して敵艦隊へと飛び去って行った。

 

 

 伊吹から攻撃隊が発艦してから一〇分程過ぎた時、新たに二群の深海棲艦艦隊が確認された。

「ハ級elite級一、ロ級後期型、PT小鬼群三の艦隊と、ハ級elite級三、PT小鬼群三の艦隊か……」

 二群の艦隊を発見した瑞鳳の偵察機、フェーザント2-1と2-2からの報告を聞き愛鷹は薄らとだがその顔に渋面を浮かべる。

 PT小鬼群は厄介だ。基本的に大口径主砲では追随困難な高機動で艦娘を翻弄しつつ、肉薄魚雷攻撃を仕掛けて来る。過去の作戦でPT小鬼群の肉薄攻撃を食らって大破した艦娘は数知れない。辛うじて有効な対処法は小型艦娘の主砲や機関砲による水上射撃だった。

 またハ級elite級もいささか面倒な相手である。PT程ではないが高い回避運動性能と侮りがたい火力で大型艦娘すら大破させに来る強力な攻撃を放つ駆逐艦だ。イ級やロ級とはまた別次元の脅威度がある。

 こちらにはイントレピッドと伊吹の航空戦力があるが、PTの回避性能は航空攻撃すら悠々と躱してのける。対空戦闘能力自体は低いが、その低い戦闘能力を回避能力で補っている形だ。

 前路掃蕩が任務の第三三特別混成機動艦隊とは言え、流石に相手をしたくない敵艦隊である。だが任務の性質上は相手取らねばならない。

 PT小鬼群を含む二群への対処を任せる艦隊編成を愛鷹が考案していると、ヘッドセットから伊吹から発艦した攻撃隊が交戦を開始する無線が入って来た。

(タイタン1よりアウル1、ホワイトホーク1へ、攻撃開始)

(了解、アタックポイントを確認。爆弾投下用意)

 

 艦隊防空を担うツ級から猛烈な対空射撃が一二機の攻撃隊に向かって撃ち上げられる。

 橘花改と景雲改の編隊の周囲に対空弾が炸裂する爆炎が咲き乱れ、そこにネ級を含む僚艦が撃ち上げる対空砲火も混じる。

 対空機関砲の火箭まで撃ち上げられてくる中、爆撃コースを確保した景雲改二機がジェットエンジンの音を響かせながらツ級へと吶喊する。DEAD、敵防空網破壊攻撃だ。ツ級を排除すれば味方機の対艦攻撃がしやすくなると踏んでの爆撃だった。

 防空艦なだけに激しい対空砲火を撃ち上げて来るツ級だが、景雲改の速度に追随しきれていない。まぐれ当たりの様な至近弾こそあれど、対空弾の散弾は景雲改に致命的なダメージを与えるには至らない。

 最も景雲改を駆る航空妖精はツ級の弾幕にいつ落とされるか内心冷や冷やしながら操縦桿とスロットルレバーを握りしめていたのだが。

 距離が近づくにつれて対空機関砲の弾幕まで浴びせられる中、「タイタン1、爆弾投下」と航空妖精が爆撃をコールすると景雲改の胴体から五〇〇キロ爆弾が切り離されツ級へと迫る。二番機が続けて爆弾と投下し、二機は揃って機首を上げて離脱に入る。

 投下された爆弾は一発は外れて跳弾となって海面を跳ねながらなんとロ級に命中し、残る一発がツ級に直撃した。

 海上で爆発と爆炎が二つ生じ、黒煙が二本遅れて青空へと立ち昇っていく。被弾したロ級とツ級は早くも動きを止め、対空射撃も停止していた。

 ツ級の対空射撃が止むや、他の橘花改と景雲改も爆撃を開始する。残るネ級やへ級、ロ級が対空砲火を撃ち上げ応戦を試みるが、防空艦であるだけでなく、艦隊全体の防空指揮も担うツ級を失っては効果的な対空射撃も難しい。

 各艦がバラバラに撃ち上げる対空弾を悠然と躱した橘花改と景雲改が腹に抱いていた爆弾を深海棲艦艦隊の各艦に投下していく。音速に迫るジェット機の運動エネルギーも相まって叩き付けられた爆弾は残る四隻の深海棲艦艦隊の全艦に深刻な損傷を与えた。

 へ級とロ級は早くも片舷に大傾斜を始めて波間に没しようとしていた。ネ級とツ級は辛うじて浮かんでいたが、その兵装は沈黙し、航跡も短くなっていた。

 止めを刺す様に橘花改が低空に舞い降りるや三〇ミリ機関砲の掃射をネ級とツ級に浴びせる。連射音が響き渡り、低レートながら高威力の三〇ミリ弾が瀕死のネ級とツ級に着弾し、深手を負った艦体の傷を更に抉る。

 反復して掃射を行った橘花改四機の三〇ミリ弾が尽くと、橘花改の一番機、タイタン1から攻撃終了が宣言された。全機が撤収する為再度編隊を組み直した時、海上には沈没は時間の問題となったネ級とツ級、それに先に沈没したへ級とロ級の残骸が上げる黒煙が残されていた。

 

(目標への攻撃完了。全艦の沈黙を確認、BDAは効果充分と判断セリ。ワレこれより帰投する)

「了解」

 最初の敵艦隊への航空攻撃は上手く行った。次はPTを含む二群の艦隊への対処だ。

 正直愛鷹としては後続の主力艦隊に任せてもいい気がしなくも無いが、前衛部隊である自分達の任務であるし、PTとハ級ぐらいなら練度で負けていない第三三特別混成機動艦隊の艦娘でも対処は不可能では無いと思っていた。

 無論適切な人選が大事である。ひとまず「ズムウォルト」で待機していた夕張、敷波、綾波、深雪の四人を呼び出して第三群を形成し、それに蒼月とジョンストンの二人を加えて先行させることとした。

 第三三特別混成機動艦隊の後方を征く「ズムウォルト」の後部ハッチが開き、夕張と敷波、綾波、深雪の四人が発艦し、隊列を組んで愛鷹率いる第一群を追い抜いていく。

 追い抜きざまに夕張は軽く愛鷹に敬礼して指揮権を頂いたことを確認する。

「夕張、分艦隊旗艦頂きました。先行します」

「気をつけてくださいね」

 第一群から分離したジョンストンが夕張を先頭にした単縦陣の隊列に加わり、さらに第二群から分離した蒼月が殿と務める形でその陣形に加わった。

 五人の駆逐艦娘を率いて先陣を切る夕張が加速し前進していく。先行する形で前進を開始した夕張以下の艦隊の後を見送る第三三特別混成機動艦隊の艦娘達は、警戒監視を強めた。

 第一群はジョンストンを分派した分、対潜哨戒と対潜攻撃可能な艦娘がフレッチャーのみとなった為、イントレピッドからTBM-3W+3Sアヴェンジャー艦上攻撃機を対潜哨戒機として発艦させて対潜哨戒と警戒に当たらせてフレッチャーの負担を補った。

 

 先行する夕張以下六人の艦隊が最初の深海棲艦艦隊小艦隊と会敵したのは、本隊から分離して一〇分程度の事だった。

「水平線上に艦影を確認! 右二〇度、艦影六。駆逐艦三、PT小鬼群三と認む!」

「電探でも敵艦影を捕捉。見張り員の報告と同じです」

 先頭を進む夕張の見張り員妖精とCICの電測員妖精からほぼ同時に二つの報告が夕張へと上げられる。

 夕張自身も双眼鏡で見張り員妖精が示した方角を確認する。赤いオーラの艦影が三つ。航空偵察で確認されたハ級elite級三隻に間違いない。三隻の駆逐艦にやや遅れる形でPT三隻が続航しているのが見える。

「水上戦闘用意! 面舵五度、水上戦闘左砲雷同時戦」

 分艦隊旗艦夕張の号令の元、続航する敷波、綾波、深雪、蒼月、ジョンストンの五人の主砲と魚雷発射管が左舷を指向する。

 六人の頭上を青葉から発艦した瑞雲一機が支援の為に飛んでいた。弾着観測支援を行ってくれるから正確な射撃データを得る事が可能だ。

「瑞雲に発光信号送れ、ワレこれより会敵す。変針点通過、面舵五度、左砲雷同時戦に備え」

「了解」

 最も前進している自分達の居場所を自ら電波を発する事で他の深海棲艦艦隊に知られる事を防ぐ為、夕張は敢えて無線ではなく発光信号による中継リレー通信を要請した。

 指示を受けて瑞雲へ向けて装備妖精が発光信号を送ると、上空を飛ぶ瑞雲が後方の第一、第二群の方へ中継する形で発光信号を送るのが夕張達の目からも見えた。会敵を本隊に知らせた様だ。

 

(第三群、夕張より発光信号。変針点通過、面舵五度、左砲雷同時戦に備え。先行する第三群は単縦陣の戦闘隊形を維持、尚も増速中)

(第二群分艦隊旗艦青葉より入電、我未だ敵潜水艦隊を確認出来ず。されど敵潜水艦の気配あり、全艦対潜警戒を厳となせ)

「了解」

 夕張と青葉からの二つの報告に応じながら愛鷹はHUDで前方を進む第三群の展開状況を確認する。EV-38がリアルタイムで追跡しているのをデータリンクで共有しているので、第二群と第三群がどう動いているのかが愛鷹に手に取るように分かった。

 左砲雷同時戦に入った夕張以下の第三群は主砲射程内に深海棲艦を収めるべく増速し、深海棲艦艦隊も増速して交戦の構えを取っている。

 表示を切り替え、青葉の艦載機である瑞雲が形成する対潜哨戒網をHUDにハイライトする。潜水艦の気配ありと青葉は言ってきたが、少なくともHUDには潜水艦のマーキングは表示されていない。ただ瑞雲の搭載するMADに反応が出ているのでいないとも限らない。ただMADは海底にある磁気を発するものなら何でも探知してしまうので、沈船等の可能性も無きに非ずだ。

 無論、警戒するに越した事は無い。

 

「左砲戦、主砲撃ちー方始めー! 発砲、てぇーッ!」

 左舷に主砲を指向した夕張が艤装管制グリップのトリガーを引き絞ると、一四センチ連装主砲二基が火を噴いた。

 発砲の砲声と衝撃波を伴いながら主砲の砲身から撃ち出された四発の徹甲弾が、ハ級elite級に向かって飛翔して行く。続航する蒼月、ジョンストンの長一〇センチ高角砲とMk30改五インチ単装速射砲の砲声が一拍遅れて続く。

 敷波と綾波、深雪の三人は夕張から分かれてPTへの対応に入っていた。三人の一二・七センチ連装主砲の砲声が相次いで海上に響き渡り、PTの神経を逆なでする笑い声がそれに交じる。

 小太鼓を連打するような連射を繰り返す蒼月とジョンストンの主砲から、鶴瓶撃つように砲弾がハ級へと飛んで行く。ジョンストンのGFCS射撃管制レーダー連動の主砲は極めて正確に敵艦の元へ砲弾を送り込んでいる。ハ級の周囲にMk30改の五インチ砲弾が突き立てた水柱が林の様に林立し、ハ級の艦影を包み隠す。

 レーダー連動の射撃管制装置を持たない蒼月は、その優れた視力を持ってハ級の元へ長一〇センチ高角砲の砲弾を撃ち込んでいた。ハ級の前後左右に蒼月が放った射撃が着弾する。

 勿論、ハ級も撃たれっぱなしではない。ハ級の小口径主砲が発砲の閃光を砲口に瞬かせ、発砲炎が水平線上に三つ瞬くと三つの砲声が遅れて響き渡る。

 鋭い飛翔音を上げながら飛来した砲弾が夕張、蒼月、ジョンストンの周囲に着弾し三人に至近弾の水柱を浴びせる。

 小口径主砲と中口径主砲の砲撃戦が繰り広げられる中、最初に有効弾を得たのは蒼月だった。

 蒼月が狙うハ級二番艦の艤装上に着弾の閃光が走り、何かの部品が爆炎越しに宙を舞う。ぐらりと被弾の衝撃でハ級が艦体をくねらせ、黒煙を吐きながら悶え苦しむかの様にその傷ついた艦体を震わせる。

 遅れてジョンストンが放った斉射がハ級三番艦を捉える。二発の五インチ砲弾が立て続けに着弾し、主砲が破壊され、魚雷発射管にも着弾してこれを無力化する。瞬く間に機関砲以外の前兵装を潰されたハ級だったが、機関砲があればまだ戦えると言わんばかりに進路を変えて距離を詰めにかかる。

 二人がハ級に有効弾を送り込んで二斉射分の時間をとって夕張もハ級一番艦に直撃弾を出す。蒼月とジョンストンの二人の主砲よりも威力の高い一四センチ弾が直撃するや、着弾の閃光と艤装の何かが爆砕される爆炎が同時に走る。被弾箇所から火焔が噴き出し、モクモクと黒煙を上げながらハ級が速力を徐々に落とす。

 次弾装填を終えた主砲を三人が揃って撃ち放つと、驚いたことに主砲を破壊された三番艦以外の二隻のハ級の艦上でも同様に主砲の発砲炎が瞬いた。

 被弾により正確な照準が難しくなっていたのだろう。ハ級が放った砲撃は三人の頭上を飛び越して何もない海上に着弾し、海中へと沈んで行った。

 距離を詰めて機関砲による射撃を試みようとするハ級三番艦にジョンストンの砲撃が立て続けに着弾し、遅れて二番艦、一番艦に蒼月と夕張の砲撃が着弾する。夕張の砲撃を食らったハ級一番艦がアッパーカットを食らったかのようにその艦体を跳ね、ワンテンポ遅れて大爆発の閃光と爆炎の中に消える。

 轟沈する一番艦に続き、ハ級二番艦に蒼月からの連射が命中する。ジャブを左右から食らう様に右に左に被弾の衝撃で振れるハ級二番艦の艦上で激しい火災が発生し、みるみる二番艦が速力を落とし、前のめりになりながら大きく傾斜を始める。

 ハ級三隻の撃沈を確認した夕張はヘッドセットに手を当てて通話スイッチを押すと、PTを交戦する深雪に状況を尋ねた。

「そっちはどう?」

(取り込み中だ)

 

 PT三隻と交戦する深雪、敷波、綾波の三人の主砲が火を噴く度に、PTは素早い急旋回を繰り返して悉く降り注ぐ砲弾を躱していく。

 回避一辺倒なだけあって、持ち前の魚雷を発射できる体制には入らせていないが、神経を逆なでする笑い声の様な声を上げてPT小鬼群は深雪たちを挑発する。

 黙っていれば中々攻撃が当たらないじれったさだけで済むPTだが、挑発するような笑い声を浴びせられると深雪の頭に血が上り始める。

 だが、それがPTの戦術だ。艦娘の攻撃を徹底的に回避しながら挑発し、怒り心頭にさせて視野狭窄を誘い自分達の有利な状況を作り出して魚雷を撃ち込む。氷のように冷静になれ、と自戒を込めながら深雪は主砲を撃ち放つ。

 PTは回避一辺倒なだけあって、貧弱な備砲による応射は無い。元々備砲を用いての砲撃戦を挑んで来る事自体が稀である深海棲艦だ。回避能力と雷撃戦能力に特化している深海艦艇と言える。

 動きを先読みするのも難しい程よく動くPTに深雪らは募る苛立ちを堪えながら、主砲を撃ちこむ。動きはトリッキーとは言え、決して攻撃の通用しない敵と言う訳でもない。

 対空機関砲による対水上射撃が最も効果的だが、生憎三人の艤装には対空機関砲が備わって無い。その代わり、構える腕で直接照準できる主砲がある。

 膠着状態が続く深雪たちに夕張、蒼月、ジョンストンが加勢に加わった。

 深雪、敷波、綾波の三人が牽制射撃を加えPTの動きを封じ、魚雷発射体制への移行を出来なくする一方、夕張達は機関砲の射程圏内へと接近し、主兵装の魚雷が撃てないPTに対して数少ない有効策である対空機関砲による水上射撃を行う。

 夕張と蒼月の二五ミリ機関砲とジョンストンの四〇ミリ機関砲の掃射音が鳴り響くや、海上に着弾する機関砲弾が作り出す水柱の壁が現れる。

 駆逐艦娘三隻からの砲撃で動きと攻撃の機会を封じられたPTの艦体に、夕張達からの機関砲射撃の銃火が着弾する。一発一発のダメージは砲撃よりも低いが、防御力自体は皆無のPTに直撃弾を得られただけでもかなり意味は大きかった。

 被弾した影響で機動力が衰えるPT三隻に六人から集中砲火が浴びせられる。主砲、機関砲を動員した全力射撃はPTの周囲に無数の水柱を突き立て、その小柄な艦体を包み隠す。硝煙が混じり薄汚れた水柱が無数に突き立つ中、被弾したPTの爆発炎がカーテンの様に立ちはだかる水柱の向こうで煌めく。

 集中砲火を浴びせる夕張達の目に突如目くるめく閃光が走ったかと思うとPTの一隻が大爆発して果てる。無防備な魚雷発射管に被弾して誘爆した自身の魚雷に自身を砕かれたらしい。

 残り二隻のPTは形勢不利を悟って離脱を図ろうとするが、六人の艦娘から雨あられと浴びせられる砲撃を前に離脱の機会を失していた。

 蒼月の長一〇センチ高角砲から撃ち出された一撃が二番艇を捉え、続けてジョンストンの四〇ミリ機関砲の射撃が三番艇を捉える。銃砲弾に絡め取られたPTが小爆発を起こして黒っぽい破片を周囲に散らし、瞬く間に波間の下へと撃破された艦体を沈めた。

 ソナーで海面下に没したPT小鬼群が沈降しながらバラバラに分解されていく音を聞き取った夕張が「撃ち方止め」を命じる。

「相変わらずめんどくせえ奴だな」

 積もり積もった怒りを吐き出す様な口調で言う深雪に、敷波も深々と溜息を吐き出しながら相槌を打つ。

「あんな奴らと相手するのが得意って言う天霧はどう言う素質なんだろうね」

「素質と言うか、一種の才能なんじゃねえか?」

「ん、ま、確かにあそこまで来ると才能かもね」

 隊列を組み直した第三群は続けて、もう一群のPTを含む深海棲艦艦隊への対応に向かった。

 

「了解」

 EV-38経由でハ級とPTからなる深海棲艦艦隊撃破の報告を受けた愛鷹は引き続き夕張達にもう一隊への対応に当たるよう指示を下した。

 言われるまでも無く既に向かっていると夕張自身から返事が返される。

「仕事が早い様で何よりです」

(どうも)

 ふふっとヘッドセット越しにも微笑むのが分かる声で夕張は返すと、もう一隊の深海棲艦艦隊への対応の為に通信を切った。

 ヘッドセットに当てていた手を離し、視線を周囲の警戒に向ける。青葉の搭載する瑞雲が探知した潜水艦の気配は、複数の瑞雲を追加投入して重点的に調べた結果確信に変わりつある様だった。

 第二群に随行する瑞鳳から対潜哨戒用の天山が対潜爆弾を抱いて発艦し、青葉からも一時帰投し補給を終えた瑞雲が対潜爆弾を抱いて再度発艦する。

 先行する青葉のヘッドセットに瑞雲の一機から、敵潜水艦の艦影みゆの報告が入る。

「艦種は?」

(ソ級flagship級一、ヨ級flagship級一、ヨ級elite級二を確認)

 空中から浅深度潜航中の深海棲艦の潜水艦四隻を視認した瑞雲からの返事に、青葉は唇を噛んだ。

 ヨ級はともかく、ソ級のflagship級は極めて厄介だ。瑞雲の対潜爆撃すら時には耐える程の高耐久の潜水艦である。

「展開中のアオバンド全機に通達。敵潜が撃沈するまで対潜爆弾を投下、確実に仕留めて下さい」

 ヘッドセットに当てる右手とは反対側の左手で手刀を作り、仕留めよ、の台詞と共に青葉は手刀を切る仕草をする。

 攻撃指示を受けた瑞雲全機から「了解」の唱和した返事が返され、攻撃態勢に入った瑞雲が海中にいるソ級とヨ級からなる四隻の潜水艦隊目掛けて対潜爆弾を投下する。

 ソナーで瑞雲の発動機の音を聞きつけていた四隻は即座にメインタンクをブローし、ベントを開いて急速潜航を開始する。いそいそと潜航する四隻の周囲に着水した対潜爆弾が沈降していき、磁器信管が作動した爆弾が四隻の前後左右で爆発する。

 海上に爆発した対潜爆弾の水柱が突き上がる中、遅れて到着した瑞鳳の天山一二型甲改も胴体下に抱いた対潜爆雷で対潜爆撃を開始する。

 投弾を終えた瑞雲が機関砲で天山に潜水艦が居た位置をマーキングし、それを目印に天山四機が爆雷を投下する。海上に再び爆雷爆発の水柱がそそり立ち、二つの黒いモノが混じった灰色の水柱を立ち上げる。

 爆撃が一通り終わった後、瑞雲と天山が周囲を旋回して様子を伺うと、海上にヨ級の艤装の残骸が浮かび上がって来た。

 二隻分の残骸を確認した天山が二隻撃沈の報告を全隊に伝える。報告を受け取った青葉はMAD監視の為に二機だけ残して他の瑞雲は対潜弾の補充の為に帰投するよう指示を出し、瑞鳳も爆撃を終えた天山全機に帰投を命じる。

 残置した二機の瑞雲が対潜爆雷が集中投下された場所の周囲を旋回していると、海上に気泡が浮かび上がって来て、再び空中から見える深度にソ級とヨ級の二隻が浮上して来る。深深度潜航は無理なのか、再度潜航する様子は見えない。

「敵潜水艦、損傷により深深度潜航不能になったと思われる」

 無線機にそう吹き込む航空妖精に通信を中継するEV-38から「了解した」と返事が返って来る。

 残る二隻の敵潜水艦は損傷して潜航不能、と言う報告を聞いた不知火が青葉に向き直って自身の意見を具申する。

「陽炎と共に対潜掃蕩に出る事を具申します」

「ちょっと、不知火。駆逐隊のリード艦娘は私よ」

 対潜爆雷を掴んで狩りに行かせてほしいと青葉に頼む不知火に陽炎が釘をさす様に横から口を挟む。

 分艦隊旗艦として、どう判断を下すかと少し考えた青葉は不知火の具申を却下し、陣形を維持するよう指示を下す。

「却下します。陽炎さん、不知火さんは引き続き第二群の対潜、対空警戒に当たってください」

「……了解」

 少し不満そうな表情を浮かべながらも不知火はそれ以上は言わず大人しく引き下がった。

 程なく、対潜攻撃を行った青葉の瑞雲隊が帰投した。青葉は前進原速まで減速して左足にマウントしている飛行甲板を左手に持って身を屈めると、デリックが海上に着水した瑞雲を一機ずつ収容していった。一〇分以内に全機を収容すると対潜弾の補充を終えた四機を直ちにカタパルトで射出し発艦させた。

 

 

「甲標的、発艦始め」

 夕張の発艦指示が下るや彼女の艤装のスロープを甲標的が滑り降りて海中へと進入していった。

 ハ級elite級一隻、ロ級後期型二隻、PT小鬼群三隻からなる深海棲艦艦隊に対して、夕張は再度水上戦闘用意を発令すると共に、PTよりは狙いやすいハ級とロ級に対して甲標的による遠距離雷撃を敢行する事とした。

 発進した甲標的が探知されない様、牽制の砲撃をハ級に向けて放つ夕張を尻目に、海中へと潜った甲標的は静かにハ級の足元へと忍び寄る。

 主砲射撃を行う夕張、深雪、敷波、綾波、蒼月、ジョンストンの砲撃にハ級とロ級も備えられた艦砲で応射する一方で、PT小鬼群三隻は加速して六人へ吶喊していく。

 距離を詰めて魚雷攻撃を敢行するのは明らかだった。だが距離を詰めると言う事は六人からの集中砲火を浴びやすくなると言う事でもある。

 夕張の指示で即座にPTへの対応を始める深雪、敷波、綾波からの砲撃にPTは右に左に舵を切って回避運動を繰り返す。有効弾は得られないが、魚雷の発射点につかせることは防げていた。

 三人がPTを牽制している間に、蒼月がロ級二番艦に命中弾を得る。だが致命的ダメージには至らなかった様で、即座にロ級二番艦は蒼月に主砲の照準を合わせて反撃の一撃を放つ。

 ギリギリの距離で回避運動で躱す蒼月の艤装を擦り、火花を散らしながら跳弾となったロ級の砲撃があらぬ方向へと弾け飛んで行く。

 ひやりと肝を冷やす蒼月だったが、長一〇センチ高角砲は射撃を継続していた。撃ち出された徹甲弾は再びロ級を捉え、損傷を与えて行く。

 長一〇センチ高角砲の連射を行う蒼月のそれよりもさらに連射速度の高いMk30改五インチ砲を速射するジョンストンの砲撃はロ級三番艦に複数の命中弾を得ていた。被弾で魚雷発射管が機能を失い、主砲だけで応射するロ級にジョンストンからの速射砲撃が次々に着弾する。

「More Shells!」

 母国語で叫ぶ彼女の艤装に備えられているMk30改五インチ砲が応える様にさらに砲弾をロ級へと送り込む。  

 応射の発砲炎を砲口に瞬かせる間もなく、立て続けに着弾した五インチ砲弾がロ級の艦体を打ち砕き、艤装を破壊し、主砲の砲身を叩き折った。機関部にまで及んだダメージでロ級が被弾痕から黒煙を上げて速度を落としていく。

 僚艦二隻の被弾に怯む事無く夕張に主砲を撃ち放つハ級elite級だったが、突如その舷側に魚雷命中の水柱が突き上がり、爆破閃光と爆炎が炸裂する。夕張から発進した甲標的による雷撃が命中したのだ。

 被弾によって瞬く間に大破し、航行不能になるハ級に夕張から容赦なくとどめの砲撃が飛来する。魚雷が命中した際に全動力を喪失したのか、ハ級は動かなくなった状態で成す術もなく一四センチ弾を浴びて行く。ハンマーで叩き潰される様にハ級の艦体が被弾の度に変形し、発生した火災がハ級elite級を包み込んでいく。

「撃ちー方止め」

 もう充分だろうと夕張は大破炎上するハ級を見て砲撃の手を止める。残るロ級二隻も蒼月とジョンストンからの仕上げの砲撃を食らって波間へとその艦体を沈めつつある。

「そっちはどんな状況?」

 ヘッドセットに手を当てて深雪にPTとの交戦状況を尋ねると、答える様にPT一隻が綾波の砲撃で爆沈する音が聞こえて来た。

「やーりましたー」

「ま、これならなんとかなるかな」

 一隻を撃沈して喜ぶ綾波に深雪も上手く行きそうな予感がした。

 久しぶりに交戦するPTなだけあって、一回目の交戦時は感覚がつかめず有効弾を得られずじまいだったが、一回交戦してしまえば昔の感覚が戻るものだった。

 綾波の撃沈に続き、敷波が主砲弾をPTに命中させる。一撃での轟沈には至らなかったが、それでも防御力皆無のPTには敷波の砲撃は一発だけでも大ダメージ確定だ。右に左に照準を翻弄させて来た機動力が一瞬にして失われ、炎上する標的となってPTは動きを止める。

 鼻を鳴らす敷波がとどめの一撃を放つと、被弾したPTは爆散して破片を四方に散らして轟沈した。

 残り一隻。深雪が受け持つPTだけが未だ健在だった。

「片目瞑ってよーく狙う……」

 台詞通り片目を瞑り、狙いを定める深雪の視線の先で回避運動と言うよりはでたらめに動き回っているように見えるPTが一瞬の隙を見せた。

 深雪が正確無比な射撃をPTに送り込むのと、PTが魚雷二発を発射するのは同時の事だった。魚雷を放ったPTは魚雷発射体制に入った隙を突かれて被弾、轟沈するが、既に放たれた魚雷二発は深雪へと真っすぐ航跡を伸ばしていく。

「面舵一杯、左後進一杯、右前進一杯!」

 即座に回頭指示を下し、全力で右旋回する深雪のすぐ傍をPTの放った魚雷の航跡が通過していく。近接信管が作動し、爆風が深雪を煽るが致命的な損傷は出なかった。

 

 敵勢水上艦隊全艦撃沈、我が方被害なし。その報告がEV-38から愛鷹へと送られてくる。

 損傷を受けた二隻の潜水艦は対潜弾の補充を受けた瑞雲四機の追撃を受けて撃沈され、潜水艦隊の制圧も完了していた。

 ここまでは全くの問題も無く進行中。良い事ではあるのだが、上手く行き過ぎて逆に恐ろしくなってくる。不安要素を駆り立てるのは何よりも深海棲艦艦隊の新規発見が無い事だった。PTを含む二群の水上艦隊とソ級を含む一群四隻の潜水艦隊。それだけしか今のところ発見出来ていない。

 地中海の深海棲艦艦隊の展開状況が全く持って不明だとは言っても、イントレピッドや瑞鳳から偵察機を盛んに飛ばしているにも拘らず、その索敵網に引っかかる深海棲艦艦隊がいない。

 

(静かすぎる)

 

 嫌な予感が、それも自分達では対応しきれない敵がどこかにいる気配が胸の中で騒いでいた。

「妙ですね。いくら事前偵察が出来ていないから展開状況は不明とは言っても深海棲艦にとって地中海は現状欧州で最後のテリトリー。

 その割には防備が手薄過ぎます」

「まあ、まだ最初の攻略目標のアイビッサ島にすら到達して無いからな。敵さん、島の周囲に防衛線を敷いて待ち構えてるかも知れねえぜ」

 愛鷹同様違和感を覚えていたらしい鳥海の疑問に摩耶がこれからが本番だろうと彼女なりの予想を口にする。

 確かにまだ艦隊は攻略目標のメノルカ島、マリョルカ島はおろかアイビッサ島にすら到達していない。国連軍の勢力圏内にあるアルボラン島を通過したばかりである。

 やはりマリョルカ島やアイビッサ島などの主要な島々に防衛艦隊を展開して、ディフェンス重視の布陣を敷いてこちらを待ち構えているのだろうか。先程交戦した二個水上艦隊と一個潜水艦隊は哨戒と偵察を兼ねた艦隊なのではないか。

 分からない。情報が不十分だ。航空偵察の範囲をもっと広げる必要がある。しかし、SB2Cヘルダイバー、天山共に航続距離の問題もあって現段階ではアイビッサ島まで偵察する事は出来ない。

 カルタヘナ沖合まで進出できればアイビッサ島への航空偵察と周辺海域の深海棲艦の布陣状況の偵察は実施できるだろう。

「長い偵察作戦になりそうね……」

そう呟く愛鷹だったが、五分と経たずにEV-38から「敵大編隊接近を探知」の警報が入る。

 直ちに第一、第二、第三群の全艦娘に対空戦闘用意の号令が飛ぶ中、愛鷹はEV-38に敵機が飛来した方向を尋ねる。

(敵機はアルジェリア、オラン方面から飛来)

「オラン……深海北アフリカ部隊か」

 北アフリカを制圧している深海棲艦の陸上基地、恐らくは飛行場姫が放った攻撃隊だろう。空母と違って爆装の搭載量が多い陸上機を放ってきている筈だ。爆撃の脅威度は極めて高い。

 三群に分かれている第三三特別混成機動艦隊の全群を狙ってくるか、一群に絞って攻撃を集中して来るか。

 解析するEV-38からの報告を待つ間、愛鷹は航空艤装を展開してグリフィス、ドレイク、ハーン、タナガー、ヒットマンの全戦闘機小隊を発艦させた。

 乾いたカタパルトの射出音が航空艤装から響き渡る中、解析を終えたEV-38から敵機群が向かう進路が通達される。

「深海解放陸爆Aceと深海解放陸爆、それに深海双発陸爆Aceと深海双発陸爆がそれぞれ四〇機とタコヤキが二〇機がこっちへ向かってる……か」

 愛鷹とイントレピッドと言う大型艦娘二人がいる第一群を最大級の脅威をみなし、陸上爆撃機と戦闘機隊であるタコヤキからなる大編隊を仕向けたと言う所だろう。

 そのイントレピッドからもF6F-5が発艦して愛鷹の烈風改二と共に上空直掩に当たる。

 対空戦闘、と言う事もあって対空艦を務める摩耶は意気込んでいた。

「望み通り全部叩き落してやるぜ」

 拳を手のひらに打ち合わせて舌なめずりする摩耶に頼もしさを感じた時、上空直掩に上がったグリフィス隊以下の戦闘機隊が交戦を宣言した。




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第六五話 東進開始

 三月はランカーやったり艦これイベントやったりとにかく忙しかったです。
 が、ちまちまと第六五話自体は書き進めていました。
 その成果をお届けできて居れば幸いです。


 対空戦闘用意を発令する第一群の元へイントレピッドが上げた偵察機から深海棲艦艦隊発見の報が入る。

「軽空母ヌ級elite級一、重巡リ級flagship級二、防空巡ツ級一、駆逐艦ハ級後期型二からなる艦隊が二つに、重巡リ級flagship級一、軽巡ヘ級flagship級一、防空巡ツ級一、ハ級後期型elite級三からなる艦隊が二つ、戦艦ル級flagship級二隻と重巡ネ級elite級と防空巡ツ級が一隻ずつと駆逐艦ハ級後期型elite級二隻の艦隊、か」

 一気に五個の艦隊を発見するとは。戦艦ル級flagship二隻とネ級elite級一隻を含む艦隊は流石に第三三特別混成機動艦隊の手に余る。

 だがそれ以外の敵艦隊なら順繰りに相手をしていけば勝てなくはない。後続の主力艦隊にル級flagship級を含む艦隊を任せ、第三三特別混成機動艦隊はそれ以外の艦隊へ対処するのが良いだろう。

 艦隊戦に移行する前にまずは接近中の深海陸上爆撃機の空爆を切り抜けなければならない。

 愛鷹、イントレピッドから発艦した戦闘機合計五六機が、護衛機も含めて一八〇機にも上る深海棲艦の陸上爆撃機部隊へインターセプトを開始していた。

 航空巡洋戦艦である愛鷹から発艦した五個小隊の烈風改二がタコヤキを相手にスロットルを全開にして交戦を開始する中、イントレピッドから発艦したF6F-5ヘルキャット戦闘機三六機が一六〇機にも上る深海陸上爆撃機へ攻撃を開始する。

 烈風改二とF6F-5の編隊は二手に分かれて烈風改二二〇機がタコヤキで構成される護衛戦闘機隊を誘引し、陸爆から引き離す。

(ヒットマン1、ガンズガンズガンズ!)

(グリフィス1、スプラッシュワン)

 同数のタコヤキを相手取る烈風改二が作り出す間を縫ってF6F-5三六機が深海陸爆の編隊へ襲い掛かる。

 一二・七ミリブローニング機関銃の射撃音が幾つも響き、放たれた銃弾が陸爆を捉える。四機編隊を組んだまま銃撃を行って一撃離脱攻撃を行うF6F-5に深海陸爆から応射の弾幕が飛ぶ。

 弾幕を張る陸爆の銃火をロールや背面旋回で躱したF6F-5が再び陸爆に銃撃を加えると、九機の陸爆が黒煙を引きながら失速して高度を落とし始める。

 リアタックを仕掛けるF6F-5に集団陣形、通称コンバット・ボックスを形成して陸爆も応射の銃火を飛ばす。飛翔音を立ててF6F-5の編隊へと陸爆の自衛機銃の銃弾が赤い鞭の様な火箭を右に左に振り回し、F6F-5に接近を阻む様に弾幕を形成する。

 F6F-5は弾幕を上手く躱しながら応射の火箭が手薄な下方に回り込み、上昇しながら陸爆の腹部へ銃撃を撃ち込む。

 また陸爆が多数炎上しながら高度を落としていく中、烈風改二との交戦を振り切ったタコヤキ三機が各個にF6F-5へと迎撃を試みる。

 太陽を背にして上方からF6F-5へ襲い掛かるタコヤキの機影を確認した僚機からの警告で、狙われていたF6F-5は一斉にブレイクして散開回避し、タコヤキからの銃撃を躱す。銃撃を行って、そのままF6F-5の下方へ一撃離脱を行うタコヤキに対しすぐさま編隊を組み直したF6F-5の一編隊が追撃を仕掛ける。

(コバルト1-1、敵機が離れるぞ、追跡する!)

(逃がすな!)

(敵機補足、攻撃する!)

 照準悍にタコヤキを収めたF6F-5の航空妖精が射撃トリガーを引き絞ると、ブローニング機関銃が射撃を行い放たれた銃弾がタコヤキへと銃火を伸ばす。四機から浴びせられた銃弾は単機だったタコヤキを包み込む様に絡め取り、被弾してバラバラに打ち砕かれたタコヤキの機体の残骸が眼下の海上へと落ちて行く。

 他の二機のタコヤキは編隊を組んでもう一つのF6F-5の編隊に挑みかかったが、二機編隊二手に分かれた四機のF6F-5のチームプレーを前にあえなく敗れ去った。浴びせられた一二・七ミリ弾の猛射を食らったタコヤキが四散し、黒煙を引いて残骸が落下していく。

 三機のタコヤキを返り討ちにしたF6F-5は再び陸爆の編隊へと攻撃を仕掛ける。狂ったように陸爆側も弾幕を張って牽制を行うがヘルキャットを駆る航空妖精達が怯む事は無い。

 吶喊して体当たりしそうな程の至近距離から放たれた銃弾が陸爆を一機、また一機と撃墜していく。何機かは爆弾槽の爆弾に被弾して誘爆の火焔の中に消える。

 三六機のF6F-5の銃撃が繰り返される度に多数の陸爆が撃墜されて空中に散って果てるが、八機はタコヤキを相手にした分弾薬を余分に消耗しており、全機を撃墜するのはF6F-5の弾薬搭載量から言って無理があった。

 それでも半数以上の陸爆をF6F-5は撃墜し、烈風改二もタコヤキの九割を撃墜して一機の損害も出さずに済んでいた。愛鷹、イントレピッドの両名の艦娘の練度同様、航空妖精の練度は深海北アフリカ部隊の航空部隊を凌駕していた。圧倒的練度と機体性能を駆使して返り討ちにしていく烈風改二とF6F-5の最大の敵は寧ろ自身の弾薬搭載量だった。タコヤキ、陸爆との一回の交戦で全機が機銃弾を撃ち尽くしてしまったのだ。

 二〇ミリ機銃を搭載する烈風改二は元々弾薬搭載量が少なく、F6F-5はもう少し多かったが陸爆の数が多かったのもあってやはり全機を撃墜するには不十分だった。

 それでも大半の陸爆を撃墜した第三三特別混成機動艦隊の戦闘機隊は一時別エリアに移動して、母艦がいる艦隊が空襲を切り抜けるまでの間待機と空中警戒に入った。

 

 

(敵機、残存機数六九機。進路速度を維持し尚も接近中)

 EV-38からの報告に愛鷹は主砲を陸爆の接近する方向へ指向して対空戦闘の構えを取る。

 データリンクで精確な高度、速度などのデータを射撃諸元に変換して射撃管制装置に入力した愛鷹CICの装備妖精が「射撃諸元入力完了! 撃ち方用意良し!」と告げる。

 四一センチ三連装砲改二と四一センチ連装砲改二それぞれ一基ずつが設けられた愛鷹の右舷側の艤装上でその二基の主砲が右舷側へと主砲を指向する。

 揚弾機が砲身内部に三式弾改二を装填し、ラマーが装薬を三式弾改二の後部に押し込み尾栓が締められる。砲身が陸爆が接近して来る虚空へと持ち上げられ、CICが算出した射撃諸元に基づいて仰角を取る。

 データリンクでHUDに表示される陸爆の機影を確認していた愛鷹が、HUDに「Range On」の表示を確認すると射撃グリップを掴み、トリガーに指をかけた。

「射線方向クリア! 対空戦闘、目標、接近中の敵機! 主砲、撃ちー方始めー!」

 凛と張った声で対空戦闘の号令を発令し、続けて砲撃の号令を下す。

「一、二番、発砲! てぇーッ!」

 五つの砲声が愛鷹の艤装上で轟く。発砲遅延装置で交互撃ち方を行う四一センチ主砲の砲口から発砲の閃光が目くるめく。砲煙と共に砲身が勢いよく後退し、撃ち出された三式弾改二が空中を飛翔して行く。

 五発の三式弾改二が陸爆の元へ到達するまでの時間を腕時計で計測する。秒針が着弾までのカウントダウンを行うのを無言で見つめる。

「一〇秒前。マーク・インターセプト!」

 

 三式弾改二の信管は改良型近接信管。時限信管とは違って至近に敵機が居ない限り爆発する事は無い。

 弾頭から発せられるドップラー波を反射した敵機を探知した五発の三式弾改二が陸爆の編隊のど真ん中で炸裂し、無数の散弾を周囲にまき散らす。

 オレンジ色の花火の様な無数の対空散弾が陸爆の編隊に降り注ぎ、可視出来る散弾と不可視の散弾が六九機の陸爆に死の破片を叩き付ける。

 多数の陸爆が三式弾改二の餌食となり、爆散、或いは炎上しながら高度を落としていく。

「敵機約三分の一の撃墜を確認」

「サヴァイブターゲット四七、距離五五〇〇、急速に近づく」

 レーダーディスプレイに表示される敵機の表示を見て逐次報告を上げるCIC妖精の告げる通り、陸爆の編隊が第一群の全員の目で見える距離に迫っていた。

「主砲、三式弾改二再装填完了。射撃諸元、入力良し、撃ち方用意良し」

「間に合った? なら撃つか。主砲一番、二番、三式弾改二、斉射始め!」

 艦載機等の小型機と違い速度がやや遅いのもあって愛鷹の主砲の再装填が間に合ったのは愛鷹自身の対空戦闘経験でも珍しい事であった。

 三式弾改二の再装填が終わった五門の主砲が再び仰角を取り、砲口を敵機群へ向ける。

「対空戦闘、主砲、撃ちー方始めー! 発砲! てぇーッ!」

 再び発砲炎が五門の砲口から迸り、砲煙が砲口から噴き出す。撃ち出された三式弾改二が青空にオレンジ色に輝きながら飛翔して行く。

 距離が縮まっていた事もあって着弾は早かったが、流石に陸爆の編隊も二度目は無かった。愛鷹の主砲発砲を確認するや即座に散開して相互の距離を取った陸爆の編隊に三式弾改二は効果的な散弾を送り込めなかった。

 五機が被弾したものの、撃墜は三機に留まり、二機は反転して離脱していく。

 残り四二機は再度編隊を組み直すと、攻撃態勢に入る。

「全艦、対空戦闘。旗艦指示の目標、主砲、機銃、噴進砲、自由射撃!」

「Copy! All mounts fire at will!」

 第一群の防空艦を担うフレッチャーが返事を返すやGFCSレーダーと連動したMk30改五インチ単装砲を敵編隊へと指向する。

 中距離の防空戦闘を担える防空重巡洋艦である摩耶が三式弾改二を装填した主砲を発砲し、更に二五ミリ三連装機銃や高角砲による対空射撃も開始する。摩耶の発砲に続いて鳥海、愛宕、愛鷹の高角砲が迎撃を開始し、遅れてフレッチャーの主砲も砲撃を開始する。

 空一杯に墨汁の墨を垂らした様な対空弾の爆炎がパッパッと咲き乱れ、四二機の陸爆に対空弾の散弾を叩き付ける。

 長射程を誇るフレッチャーの四〇ミリ機関砲の弾幕が陸爆を一機捉えると、四〇ミリ機関砲弾を多数機体に受けた陸爆がバラバラに砕かれて果てる。

 摩耶の高角砲の速射で陸爆二機が同時に被弾して姿勢を崩し、立て直せないまま海上へと墜落していく。高初速を誇る愛鷹の高角砲から撃ち出された対空弾が陸爆一機に直撃し、諸に対空弾を食らった陸爆が大爆発を起こし周囲の機体を三機も巻き込んで爆発四散する。

 対空艦では無い鳥海と愛宕は対空戦闘を得意とする摩耶、愛鷹、フレッチャーの射撃の補完と牽制、それとイントレピッドの直掩に当たり、自前の対空火器が少ないイントレピッドの左右両側を固める。

 各艦娘の対空射撃の砲声が海上一杯に響き渡り、誰かが何か呟いても砲声でかき消される状態だ。もっとも全員が対空戦闘に集中していたので誰も無駄口を発していなかったが。

「方位〇-八-七より陸爆二機本艦へ急速接近!」

 CIC妖精からの報告に愛鷹は低空飛行で自分へ向かって接近して来る陸爆の姿を視界に収めると、即座に対抗策を打ち出す。

「艦対空噴進砲、攻撃始め!」

 艤装に備えられている一二センチ三〇連装対空噴進砲二基が愛鷹の攻撃指示で発射口を陸爆が飛来する方向へ向けると、一斉に噴進砲弾を斉射した。

 無誘導弾であり対空ミサイルでは無いので斉射された噴進弾は弾幕を形成して陸爆に襲い掛かる。無誘導とは言っても心理的効果は高く、陸爆二機が怯むのが見えた。

 怯みを見せた陸爆目掛けて高角砲、機銃の近接射撃が一斉に浴びせられ、弾幕を浴びた陸爆が一機バラバラに砕け散りながら海上へ残骸を突っ込んだ。

 残る一機は強引に爆弾を投下して機首を引き上げたところへ二五ミリ機銃弾を食らって制御不能になり、一機目と同じ末路を辿った。

 二機目が投じた爆弾は海上を跳ねながら愛鷹に迫るが、強引に投下した分、照準の詰めが甘かったのもあって愛鷹は余裕で面舵に舵を切って回避出来た。

 他の陸爆も第一群の艦娘の猛烈な対空射撃に直撃弾を一発も得られていない。摩耶とフレッチャーの対空射撃で一機、また一機と陸爆が射点につく前に撃墜され、残る機体は遠目から運頼みの爆撃を行って離脱を図る。

 運頼みで投下された爆弾はどれもその弾道を読み切った第一群の艦娘達の回避運動によって躱され、虚しく海上に外れ弾の水柱を突き立てるにとどまった。

 四二機の陸爆が撃墜されるか、外れ弾を投じて離脱するかのどちらかで終わると旗艦である愛鷹は「撃ち方止め」をヘッドセットに向かって吹き込んだ。

 ぱたりと対空射撃の砲声が止み、海上に静けさが戻る。

「各艦、損害報告」

 一応全員に視線を向けながら損害確認を取る愛鷹に、五人から異常なしの返事が返される。

 被弾艦無しの報告に安堵の溜息を軽く吐くと、無線周波数を切り替えたヘッドセットに手を当て、上空で待機していた戦闘機隊に母艦への着艦を指示する。

 空襲が止んだ今の内にと戦闘機隊がイントレピッドと愛鷹の飛行甲板へ次々に着艦し、補給作業の為一旦格納庫へと収容されていく。航空艤装妖精が着艦機をエレベーターへと押して行き、ベルが鳴り響くと戦闘機を乗せたエレベーターが格納庫甲板へと降ろされていく。

 最後の一機を収容した愛鷹に航空艤装妖精が親指を立てて「全機収容完了」のサインを見せる。

「未帰還機無し、か。初回はワンサイドゲームで何より」

 全機帰還した事にほっとしながら再補給を急ぐよう航空艤装妖精に頼む。「了解」と航空艤装妖精が敬礼して答えると自身も補給作業に当たるべく格納庫へと飛び込んで行った。

 

 

 前進を続ける第三三特別混成機動艦隊より深海棲艦の戦艦ル級を含む有力な艦隊の情報を得た西部進撃隊本艦隊旗艦空母「ドリス・ミラー」から、モスキート陸上攻撃機四二機とスピットファイア艦上戦闘機二四機が発艦した。

 艦上戦闘機仕様のスピットファイアはまだしも、モスキート陸上攻撃機は本来は陸上基地からの運用機体だが、航空妖精が運用するサイズの陸上攻撃機であれば全長三三三メートルもある「ドリス・ミラー」の飛行甲板でもオプション装備無しに発着艦が出来た。

 甲板上に並べられたスピットファイアとモスキートが艦首及びアングルドデッキ上を滑走発艦していくのを、デッキクルーが見守る。力強いエンジン音が飛行甲板上に鳴り響く中、一機また一機と空へと舞い上がっていき、一〇分程度で全機が発艦した。

 発艦した六四機の攻撃隊は、「ドリス・ミラー」の艦載機であるE-2Eアドバンスト・ホークアイⅡ早期警戒機が空中警戒管制指揮を執り、第三三特別混成機動艦隊の偵察機が位置を報じた場所まで攻撃隊を誘導を行った。

 

 戦闘機隊の補給作業に取り掛かる第一群の頭上をスピットファイアとモスキートからなる攻撃隊が通り過ぎて行った。

 エンジン音に気が付いた愛鷹が空を仰ぐと、編隊を組んだ六四機の攻撃隊が第一群の頭上を通り過ぎ、第三三特別混成機動艦隊偵察機が発見した戦艦ル級flagship二隻を含む艦隊へと向かって行った。

 無言で機影を見つめる愛鷹の肩や艤装上で手空きの装備妖精が歓声を上げて編隊を見送った。

 

(ソノブイ探知。第二群右九〇度、距離一万二〇〇〇、速力一二ノット。潜水艦ソ級flagship級一、同elite級四を確認。目標群アルファと認定。

 深さ一〇、八、潜望鏡深度へ浮上中の模様)

 対潜哨戒に出していた瑞雲からの潜水艦発見の報告が第二群旗艦青葉に上げられる。

「対潜戦闘用意、第二群黒二〇、全艦第三戦速。面舵一杯」

 戦闘用意を命じる青葉の号令と共に彼女の艤装上で戦闘配置のベルが鳴り響き、装備妖精が対潜戦闘部署につく。続航する衣笠、瑞鳳、伊吹、陽炎、不知火でも対潜戦闘用意の号令が発令され、陽炎と不知火の二人が爆雷を構える。

 対潜戦闘用意の発令を受けて瑞鳳は即座に対潜装備の天山一二型甲改四機を発艦させ、青葉自身も対潜爆弾を装備した瑞雲を四機発艦させる。瑞鳳の弓から射出された天山は三機が六発の対潜爆弾を備え、一機はMADとソノブイを装備してソ級の精確な位置の評定に当たる役を担った。青葉が左腕に構えた飛行甲板のカタパルトから乾いた射出音と共に瑞雲12型第一一八特別航空団仕様機が連続射出され、空中へ対潜爆弾二発を抱いた四機の瑞雲が舞い上がる。

「敵潜に魚雷発射点につかせる前に撃沈を。確実に撃沈して下さい」

 ヘッドセットの通話スイッチを押して対潜攻撃に向かう編隊に指示を下す青葉に、天山、瑞雲それぞれの編隊長から「了解」の応答が返される。

 まだまだ敵潜水艦は複数潜んでいるだろうと踏む青葉は更に対潜装備の増援四機の瑞雲の準備にかからせる。

 ソ級五隻からなる潜水艦隊発見から三分後、別の瑞雲から新たな敵潜水艦隊発見の報告が上げられる。

「ソ級flagship級一にelite級が三隻、か」

 数ある深海棲艦の潜水艦の中でもソ級は厄介さが際立つ。対潜爆雷の攻撃を躱す事もざらにあるし、カウンター雷撃で大損害を被った艦娘は数知れない。脅威度は水上艦とは別次元で高い。

 事前に敷設したソノブイで探知されたソ級五隻の艦隊に向かった天山と瑞雲それぞれ四機の内、速度に優れる天山が先に空中からも視認可能な深度にいるソ級に対して対潜爆弾による攻撃を開始した。

 空中からも視認可能と言う事もあってMAD搭載機は攻撃効果確認の役に回り、対潜爆弾を抱えて来た三機の投じた対潜爆撃の評価を行う。

 海上に海中で爆発した対潜爆弾の突き立てた水柱が一八本立ち上り、幾つかが黒く濁った水柱となって海上にそそり立つ。

 水柱が崩れ去り、海上に静けさが戻る中海上には二隻のソ級の残骸が浮かび上がっていた。残る三隻はどこへいったかを正確に評定する為、対潜索敵装備の天山はソノブイを海中へ投下して捜索に当たった。

 遅れてやって来た瑞雲から敵潜水艦の位置を問われた天山隊は「スタンバイ」とだけ返し、残る三隻のソ級の位置を探る。その間瑞雲四機は天山隊が行った対潜爆撃の場の周囲を旋回して待機する。

(ソノブイに反応あり、ソ級三隻、flagship級一、elite級二。深度一〇、急速潜航して遁走を図っている模様)

(逃がさん、アオバンド4-1からアオバンド4各機、続け)

 ソノブイで判明したソ級三隻の位置へ向けて瑞雲四機が転進し、まず一番機が胴体に抱いていた対潜爆弾を海中へと投下する。

 二発の対潜爆弾が海中で爆発すると、海上に白い水柱を突き上げる。濁りの無い綺麗な水柱。外れと見て良いだろう。

(4-2から4-3、4-4へ、一気に片を付けるぞ)

(了解)

 残る三機の瑞雲がソ級三隻がいるとされるポイントへ対潜爆弾を投じる。海上に六本の対潜爆弾の爆発の水柱がそそり立ち、三本が黒く濁った様な水柱となって突き立つ。

 ソノブイで海中を探査する天山の航空妖精は海中でソ級三隻の艤装が破壊され、分解される音を確かに捉えた。六〇キロ級の対潜爆弾の爆発で致命傷を負い浮上できなくなったソ級三隻の艤装が沈降するにつれて増大する水圧に押しつぶされ、破損部位からゆっくりと部品がはがれて行く音が聞き取れた。

(残存するソ級三隻の撃沈を確認)

「青葉了解、全機帰投せよ」

 攻撃効果を確認した天山と瑞雲に帰投を命じた青葉は第二群に減速を命じ、瑞雲の収容準備に入る。

 減速して収容態勢に入る間無防備になる青葉の周囲を陽炎と不知火が警護する様に展開し、対潜爆雷を構えて海上を凝視した。

 海上へ着水した瑞雲四機をしゃがんだ青葉が一機ずつ収容していく間、飛行甲板を広げた瑞鳳にも天山が着艦していく。二人が航空機の収容作業に当たっている間、陽炎と不知火だけでなく衣笠と伊吹の三人も双眼鏡を手に海上に潜望鏡はないか、不審な艦影はないか警戒に当たる。

 天山全機が無事着艦し、エレベーターで格納庫へ降ろされるのを見て瑞鳳は青葉に振り返って収容完了を告げる。

「こっちは全機収容完了よ。青葉は?」

「今こっちも終わりました」

 最後の一機がデリックで飛行甲板に戻されるのを見て青葉は瑞鳳に向かって頷く。二人の航空機の収容完了を持って第二群は再び陣形を組み直し、前進を再開した。

 再び第三戦速へ加速する第二群から対潜爆弾の補充を受けた青葉と瑞鳳の艦載機が再び発艦し、目標群ブラボーと認定されたソ級flagship級一、elite級三からなる四隻の潜水艦隊へ向かう。

 第三戦速で第二群の先頭を航行する青葉の艤装内のCICで四式水中聴音機のヘッドフォンを被って聴音を行う水測妖精が、ヘッドフォンに手を当てながらマイクに「ソーナー探知」と吹き込む。

「左七〇度、距離六〇〇〇、ソ級flagship級一、同elite級三。目標群ブラボーと同一目標と見られる」

「思ったよりも近い」

 急激に高まる緊張感で心拍数が上がるのを感じながら、青葉は陽炎と不知火に対潜攻撃用意を発令する。

「一八駆、対潜攻撃用意! お願いしますよ」

「了解! 一八駆、陽炎前に出るわ!」

「不知火、後に続きます!」

 二人が増速して前に出る中、青葉のCICからは水測妖精が引き続き目標群ブラボーの位置を伝達する。目標群ブラボーの位置をデータリンクで確認した陽炎と不知火が四隻のソ級の元へ向かい、それぞれ左手と投射機に爆雷を構える。二人の接近を探知したソ級はカウンターの雷撃を行うよりも潜航して回避する事を選んだのか、バラストタンク注水音とベント解放音が確認された。

 水測妖精がソーナーで聞く音源を共有したヘッドセットでソ級が急速潜航で回避にかかっている事を聞き取った青葉は、陽炎と不知火に攻撃開始を指示した。

「逃げられる前に仕留めて下さい」

「了解! 右舷投射機、射線方向クリア、てぇッ!」

 攻撃指示と共に陽炎の艤装に設けられた三式爆雷投射機から爆雷が射出され、海中へと投じられる。

 遅れて不知火も陽炎とは反対側の左舷投射機から三式爆雷を投射する。二人からそれぞれ四発の爆雷が投射機から投射され、海中に沈んで行く。

 推定深度に調停された爆雷が海中で爆発し、ソーナーの音界を一時的にその爆発音で攪乱する。八発の爆雷の爆発音が海中で炸裂し海上に同じ数の水柱が立ち上る。海中がノイズでかき乱される中、聴音デシベルを調整した四式水中聴音機で青葉は聴音探知を継続する。

 程なくしてソーナーが復旧し、聴音が可能になる。ソ級の推進音が四つ聞こえ、一つはバラストタンクが損傷したのか激しくエアーが漏れる音がヘッドセット越しにも聞こえた。

「敵潜水艦位置、北に一五メートルずれました」

「オーケー、止めを刺すわ」

 左手に構えていた四発を青葉の指示する位置へと陽炎が投じる。遅れて不知火も左手に持っていた四発を海中へと投げ込む。

 再度海中で八発の爆雷が爆発する音が炸裂し、ソーナーの効果が無効化される。海上には八つの水柱が突き立ち、その水柱を陽炎と不知火が左右から挟む様に布陣する。二人の手慣れた挙動は改二化された駆逐艦艦娘ならではの熟達した動きと言えた。

 八発の爆雷の爆発音が静まると、二隻のソ級の推進音が消滅し、二隻分の残骸が沈降する音が聞こえた。

「まだ二隻残っています、恐らくソ級のflagship級とelite級が一隻ずつ」

「しぶといわね」

 爆雷投射機に爆雷を再セットしながら呟く不知火に陽炎が相槌を打ちながら応える。

「まあ、ソ級だものねえ。カチカチに硬い潜水艦なだけあるわよ。次でやるけど」

 次で確実に仕留める、と言う陽炎に不知火はそうだなと頷き、二人は発射時期を合わせて三度爆雷を四発投射する。

 三度目の正直と投じられた爆雷が海中で爆発すると、青葉のソーナーにソ級の上げたらしい悲鳴が一瞬聞こえた。

「やった……?」

 ヘッドセットに手を当てて聴音を継続する青葉の耳に、艤装が圧壊して沈んで行くソ級二隻の沈降音が静かになっていく海中のノイズ越しに聞こえて来た。

「攻撃効果はどう?」

 自身のソーナーよりも優れた聴音能力を持つ青葉ヘソ級への攻撃効果を尋ねる衣笠に青葉は右手の親指を立てた。

「撃沈確認、見事です」

「どう? 一八駆の対潜攻撃の腕前は、少しは参考になったかしら?」

「たかが四隻のソ級程度で天狗になるのもいかがかと」

「もう、不知火ったら。自信がないよりも自惚れるくらいの方が幸先良いモノよ?」

 調子に乗った様に軽いノリで青葉に答える姉を諫める不知火に軽いノリのまま陽炎は返す。

 そういうモノだろうか、と顔で答える不知火に陽炎はそういうモノよとウィンクした。

 

 敵潜水艦二群を撃破、我が方損害無し、との報告が第二群旗艦青葉から上げられて来た頃、先行して戦艦ル級flagship級二隻とネ級elite級一隻を含む艦隊を攻撃したモスキート陸上攻撃機の編隊から攻撃効果の報告が愛鷹にも共有されてきた。

 戦艦ル級flagship級二隻とも撃沈確実、ネ級elite級及びツ級大破航行不能と認む。無傷の残存艦艇はハ級二隻のみ。

 恐らくネ級とツ級はハ級の手で雷撃自沈処分されるだろう。大破した状態ではネ級もツ級も艦娘からすればいい射的の的でしかない。航行不能では前進して来る艦娘艦隊を前に自沈するしか道はない。近海の他の深海棲艦艦隊が救援に向かったとしても二次被害を起こすだけだ。

 しかし、四二機のモスキートで挑んで戦艦二隻撃沈、重巡と防空巡一隻ずつ大破で攻撃終了とはいささか物足りなさも感じなくはない。ツ級の防空能力に加えてル級とネ級の対空戦闘能力も高い事も相まって上手く攻撃が通らなかったのかも知れないし、そもそもモスキートの爆装搭載量が些か物足りなさを感じさせるのも原因だったかもしれない。

 とは言え、高火力艦三隻を含む艦隊を壊滅させたのは大きい。願わくば全滅させて欲しかった気もしなくはないが、ハ級二隻程度なら第三三特別混成機動艦隊の艦娘に敵でもない。

「と、なると残るはヌ級を中核とする空母艦隊が二つに、リ級を中核とする艦隊が二つか」

 ノートタブレット端末で確認された深海棲艦艦隊の位置を確認しながら呟く愛鷹は、この四群の艦隊をどうするかと言う判断を迫られた。

 敵艦隊の展開状況を把握するのが自分達の仕事とはいえ、前路掃蕩もまた任務の一つだ。航空攻撃で二群程度は削っておきたい気もしなくはない。

 しかし、余りここで兵装を消耗するとまだまだ未確認の敵艦隊を相手取る時に詰む事にもなる。後方の本隊に任せて、第三三特別混成機動艦隊は偵察と対潜掃蕩に務めるのが最善策だろう。

「全艦、艦隊編成を再編。夕張さん、深雪さん、綾波さん、敷波さんは『ズムウォルト』へ後退し待機に入ってください」

(了解)

(了解です)

 青葉と夕張から復命の返事が返され、第三群を形成していた蒼月とジョンストンがそれぞれ元々形成していた第一群と第二群の航行序列に戻る。夕張と深雪、綾波、敷波の四人は愛鷹の指示通り「ズムウォルト」へ帰投し、即応待機に入る。

 深海棲艦の空爆と潜水艦二群を撃破した第三三特別混成機動艦隊は、引き続き偵察機による索敵を続行し敵情報が皆目分からない西地中海の深海棲艦艦隊の展開状況を探った。

 

 艦隊がカルタヘナ沖合にまで進出した時、再びオラン方面から陸爆とタコヤキからなる深海陸上航空攻撃部隊が飛来した。

 EV-38が察知した攻撃部隊は深海双発陸爆二〇機とタコヤキ一二機。今日最初に受けた空爆時と比べるとかなりその頭数が減っていた。初手の空爆時に受けた損害が大きく、飛行場姫への補充が間に合っていない状況下で空爆を敢行したのかも知れない。

 イントレピッドにF6F-5による迎撃を指示し、愛鷹もヒットマン小隊を発艦させる。

 第一群から総計一六機の迎撃機が上げられ、さらに第二群の伊吹からも橘花改四機が増援として送られてきた。

 空戦は瞬く間に始まり、瞬く間に終わった。愛鷹が三式弾改二を装填した主砲を撃ち放つ事も、摩耶とフレッチャー、ジョンストンの高角砲が対空弾幕を張る事も無いまま迎撃隊によって深海棲艦の陸上航空攻撃部隊は撃滅された。

 その後も三〇機程の数の陸上爆撃機と護衛のタコヤキからなる航空攻撃部隊が第三三特別混成機動艦隊の頭上に押し寄せたが、数が少ないのもあって殆どが艦隊を見る前に迎撃隊による迎撃を前に全滅して終わった。

 とは言え、波状攻撃もあって特に集中攻撃を受けた第一群の艦娘に集中して疲労が嵩み、第七波を受けた際には摩耶の対空射撃が明後日の方向に飛んで行き、一機の陸爆の侵入を許す事態まで起きた。

 幸い、愛鷹の長一〇センチ高角砲の対空射撃で事なきを得たものの、波状攻撃と言う手段に愛鷹はあまり良くない兆候を感じた。

 今日は防げたとしても、明日、明後日はどうなるか。

 

 

 その日の内に更にオラン方面から二度の空爆を受けた第三三特別混成機動艦隊だったが、全ての航空攻撃を凌ぎきり一日目を終えた。

 全艦が日没前に「ズムウォルト」に帰投した。負傷者が一人も出なくて済んだのが旗艦を預かる愛鷹として何より安堵した事であった。装備を外した艦娘から艤装を預かった「ズムウォルト」の艤装要員は直ちに消耗した弾薬、燃料、艦載機と艤装の整備に入った。

 一方一時の休みを得た第三三特別混成機動艦隊の艦娘達は居住区に向かい、短いながらの休息時間を取った。

 夜間も偵察は続航するが、出撃する艦娘には制限がかかるし、この先の作戦上初手から疲労が嵩む出撃は繰り返したくないのが愛鷹の考えだった。

 一応一時間の休憩を挟んだ上で、自分と青葉、鳥海、蒼月、陽炎、不知火で二一時まで偵察を行う予定だった。日本本土から夜間作戦を実施可能な新型の瑞雲である試製夜間瑞雲が八機航空妖精とセットで「ズムウォルト」にMV-38で空輸補給される形で届けられており、青葉の瑞雲12型第一一八特別航空団機八機と入れ替える形で補充整備が行われていた。

 夜間瑞雲の実戦テストも兼ねて、二一時までの夜間索敵を実施する予定だった。

 

 艦内の食堂で戦闘糧食の食事をとってトイレ休憩も終えた愛鷹が「ズムウォルト」の艤装整備場へ赴くと、青葉が整備場の一角で装備妖精と共に日本本土から送られてきた夜間瑞雲のマニュアルを読んでいた。

「調子はどうです?」

「ん、丁度探しに行こうと思っていたところです。中々良い装備を融通して貰えましたよ」

 そう言いながら青葉は愛鷹にもマニュアルを表示したタブレット端末を見せる。

「概要としてはアメリカで開発された小型高出力発動機を搭載した瑞雲改二に更に夜間作戦能力を付与した特別仕様機、と言う感じです。元々は四航戦の伊勢さん、日向さん向けに量産配備が進められていた第六三四航空隊の所属機です。

 元々瑞雲改二と言う機種そのものが艦娘艦隊編成に当たって新規に開発された航空機であり、一〇〇年ほど前に実際に空を飛んだ瑞雲にはそもそも『瑞雲改二』なる機体は存在しないんですよね。艦娘艦隊編成時に当たって新規に設計、開発されたこの瑞雲改二ですが肝となるエンジンの開発に難航したと言う経緯があります。結局瑞雲改二に求められた高出力かつ小型の航空機エンジンは日本では開発出来なかったので、海外のロッキード・マーティン社やマクダネル・ダグラス社、BAEシステムズ社等に競合発注して、最終的に新興企業であるGAことグローバル・アーマメンツ社が新型エンジンを開発した事で成就した機体ですね」

「機体そのものは日本で開発できたが、エンジンは海外製と」

「そう言う事です。日本って昔から航空機の開発があまり得意じゃ無かったりしますからねえ……」

 語尾を濁す青葉の言う通り、日本の航空機開発は失敗と打ち切りの連続だ。艦娘艦隊に配備される航空機も例外ではないと言う事だろう。しかし実戦配備を求められる機体の開発プロジェクトをそう簡単に打ち切る事も出来ないので、海外に助力を求めたと言う所だ。

「で、アメリカのGA社で開発された新型エンジンを載せたこの瑞雲改二の夜間仕様機である試製夜間瑞雲ですが、標準装備として照明弾、機上電探、航空妖精用の暗視ゴーグルと夜間の航空オペレーションに必要な装備を一通り揃えている、と言ったところです。

 爆装、空戦能力も相応にありますね。出来ないのは精々雷撃位でしょうか」

「レシプロ機に現代戦闘機と同レベルのマルチロール性を追求されましてもね……」

 航空妖精用の暗視ゴーグルが開発されただけでも大したものである。艦娘用の暗視ゴーグルすらろくすっぽ配備されていないと言うのにだ。夜間の暗さに目が慣れた状態で食らうと一番目に来る照明弾による目つぶし攻撃も、暗視ゴーグルをつけていれば瞬時に偏光モードで軽減することだって出来るのだが。艦娘の個人装備として実装されない理由は大方コスト低減が上手く行かない為である。

「夜間出撃は一九〇〇からです。それまでに調整を終えておいて下さいね」

「任せて下さい」

 

 前衛を務める「ズムウォルト」の後方に布陣する西部進撃隊の本隊総旗艦を務める空母「ドリス・ミラー」と大型艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」「ケルンヌンノス」「ユニコーン」の三隻、それに揚陸艦「ディクスミュード」「ファン・カルロス一世」「ヨハン・デ・ウィット」「アルビオンⅡ」「トリエステ」の五隻が続いていた。

 八隻の周囲には常時英国、北米艦隊の駆逐艦娘が対潜哨戒についており、上空には「ドリス・ミラー」艦載機であるE-2EAEW機が警戒配置についていた。

 艦隊総旗艦「ドリス・ミラー」のCDC(戦闘指揮所)では西部進撃隊の総司令官を務める欧州総軍所属のルグランジュ中将と艦隊参謀らが詰めており、前衛を務める第三三特別混成機動艦隊が上げて来た西地中海の偵察情報を表示したタッチパネルディスプレイを眺めていた。

「現時点で敵艦隊は五個艦隊、潜水艦隊も多数確認されています。また北アフリカのオラン方面に展開する深海棲艦基地航空部隊の空爆が第三三特別混成機動艦隊に波状攻撃を仕掛けております。現時点で第三三特別混成機動艦隊に損害はありません。

 戦艦ル級flagship級二隻を中核とした敵艦隊は既に我が空母ドリス・ミラーに艦載している陸上攻撃機隊の航空攻撃で撃破が完了しています。

 進撃に際し、現状大きな障害となる深海棲艦は確認出来ていません。第三三特別混成機動艦隊旗艦愛鷹は二一〇〇まで夜間偵察を行うと一報を入れてきました」

 状況を説明する作戦参謀に言葉にルグランジュは静かに耳を傾け、時折頷きながら気になる所は自らタッチパネルディスプレイを操作して情報を確認していった。

「例の巨大艦ス級や今次欧州大規模侵攻開始時に確認された戦艦棲姫等の大型戦艦は未だ確認出来ずか」

 両腕を組んで唸るルグランジュに作戦参謀ははいと相槌を打つ。

「敵情報が不明瞭な状況下では第三三特別混成機動艦隊の偵察情報だけが現状頼りです」

「彼女だけに頼っていては、クリスマスになってしまうかもしれんぞ。我が方の陸上航空基地の哨戒機の復旧状況は?」

「基地施設は復旧済みです。現在はアメリカ本土より本来の定数の哨戒機の補充が来るのを待っている状況です」

「補充待ちか」

「その代わりですが、UAVによる沿岸部偵察が再開されました。データリンク通信で既に第三三には捜索しなくてもよい範囲を通達済みです」

 参謀の一人がUAVによる捜索網をディスプレイ上にハイライトさせる。同じものをきっと「ズムウォルト」の第三三特別混成機動艦隊のメンバーも見ている筈だ。

 本当に沿岸部を中心としたエリアに限定されているが、それでも西地中海の全域を第三三特別混成機動艦隊の手で索敵させるよりはマシである。

「巨大艦ス級と戦艦棲姫を中核とする艦隊が我が艦隊、ひいては地中海全域における脅威だ。早期に発見せねばならん。第三三特別混成機動艦隊、基地航空部隊、それに我が空母『ドリス・ミラー』に艦載している陸攻部隊の一部を索敵に割けまいか?」

「提督、陸攻部隊は全機艦隊攻撃に用いる必要があります。中途半端に別任務運用して損耗してしまっては機体も装備妖精もいくらあっても足りません」

「モスキートは比較的高速機だ、深海棲艦の迎撃機につかまっても振り切れるだろう。装備妖精も偵察任務の心得はあるはずだ、違うか?」

「はあ、確かに可能ではありますが」

「明日の朝以降、第三三特別混成機動艦隊が索敵を予定している海域とは別エリアにモスキートを飛ばして深海棲艦の展開状況把握を行おう。ただ貴官の言う通り艦隊攻撃に必要な数が無くなっては意味が無いから索敵網を構築するに必要充分な数の機体に絞る」

 ルグランジュ提督のモスキート陸上攻撃機を用いた航空偵察を実施すると言う判断は、すぐに「ズムウォルト」にも伝えられた。

 SMCでその知らせを聞いた愛鷹は予定していた第三三特別混成機動艦隊による偵察海域からモスキート及びUAVによってカバーされる海域を削除していった。

「大分カバー範囲が狭まるわね……」

 マップを表示したディスプレイに修正を入れた第三三特別混成機動艦隊の偵察エリアを表示させて呟く。

 沿岸部はUAV、北アフリカ寄りの地中海南部側はモスキート、その間の海域を第三三特別混成機動艦隊が捜索を受け持つことになる。範囲は相変わらず広いが、それでも当初の予定よりもカバー範囲は狭まっている。

 欧州総軍司令部からは基地航空部隊配備の哨戒機部隊の補充、再編制が完了次第西部進撃隊の支援に回すと通告して来ている。明日明後日中に出来る事ではないが、少なくとも西部進撃隊がアンツィオに到達する前には完了しているだろう。

 

 二時間程度の夜間索敵の為に招集された青葉、鳥海、蒼月、陽炎、不知火がウェルドックで待機していると、SMCから戻って来た愛鷹がウェルドックへ入る水密扉を開けて入って来た。

 ドアを締めながら愛鷹は五人に準備は良いか尋ねる。

「もう五杯もコーヒー飲んだわよ、速く行きましょ」

「ご、五杯も飲んだんですか……」

 けろりとコーヒーを五杯も飲んで眠気覚ましも充分だと答える陽炎に愛鷹は一週回って心配になった。眠気覚ましとは言え、飲みすぎによるカフェインの過剰摂取も考え物である。

「陽炎はカフェインに強い体質なので問題ありません」

 横から姉の体質について言及する不知火の台詞に対し愛鷹は内心引き気味な気持ちになりながら艤装の装着作業にかかる。彼女自身コーヒーはよく飲む方だが、一日で五杯も飲んだ事は無い。あまり飲み過ぎるとトイレに行きたくもなるし、カフェインの過剰摂取は身体にも良くない。眠気覚ましには持ってこいの飲み物ではあるが物事には限度と言うモノがあるものだ。

 作業員の合図の元、クレーンで吊り下げられた愛鷹の艤装が彼女のベルトハーネスに接続部に連結される。

 左目に装着したHUDに艤装がオンラインになった事を示す表示が出て、諸々の艤装OSが起動していく。航空艤装は夜間作戦に適応した艦載機を搭載していない事もあって各管理システムは静かだ。

「愛鷹、抜錨準備良し」

 艤装から安全ピンを全て抜いた作業員が確認の声を上げる。愛鷹が「外せ」のハンドサインを管制室へ送ると、艤装を吊り下げていたクレーンがアームを外した。

 腕時計を見ると予定していた夜間作戦の開始時刻五分前になっている。

「全艦、発艦準備」

 カンカンという乾いた金属の足音を発艦デッキに響かせながら愛鷹は青葉達にも発艦デッキにつく様指示する。

 先んじて発艦する愛鷹の両隣に鳥海と青葉が立つ。鳥海のブーツと青葉のローファーの対照的な足音が発艦デッキ上で鳴り響く。

 ウェルドックのハッチが開放される前にドック内の照明が赤に切り替えられ、夜間の暗闇に慣れさせる為の光加減になる。

 光加減に目を鳴らしていく間に愛鷹は耳元で指をスナップし、耳にはめているヘッドセットの自動電源オフ機能が作動しているかどうかを確認する。艦娘が使うイヤホンタイプのヘッドセットは通信やソナーの聴音、それに主砲の発砲音から耳の鼓膜を防護する機能を兼ね備えている。特に愛鷹クラスの大型艦娘は主砲の発砲音が極めて大きい為、その巨大な発砲音をヘッドセットの電源を自動的にオフにすることで音量軽減機能を発揮している。ただし長い事使っているとその軽減機能がきちんと作動しているかどうか分からなくなるので、指をスナップして確認しているのだ。

 ぱちんと鳴らす指の音がしっかり抑えられた音量で聞こえてくるのを確認すると、締めに制帽の鍔を掴んで被り直し開放が始まったウェルドックのハッチの向こう側を見据える。

 ウェルドックのハッチが全開放される頃に踝の辺りをランチバーが抑えるのが伝わって来た。

 HUDには「Catapult ONLINE」の表示が出ている。右手に目を向ければ発艦士官がキャットウォーク上に立ち、愛鷹に向かって右手を振っている。機関出力上げろのハンドサインだ。艤装制御をつかさどる艤装操作グリップを握りしめ、少し押し込む。足元で主機が回転数を上げて行く振動が伝わって来た。

 回転数が第一戦速にまで達すると愛鷹は発艦士官に向かって右手の親指を立てて準備良しのハンドサインを送る。それを確認した発艦士官は艦尾方向、カタパルト、ウェルドック各部を指さし確認し、全て問題なしと確認すると身を屈めて右手を艦尾方向へと伸ばした。

「第三三特別混成機動艦隊愛鷹、出る!」

 管制室から発艦のホーンが鳴り響くと愛鷹の足を固定していたランチバーが加速を開始し、一気に長身の彼女の身体がカタパルトの上を滑走していった。

 カタパルトの終端で軽い衝撃と共に彼女の身体は身に纏っている艤装ごと海上へと躍り出て、軽やかなステップでハイヒール状の主機の爪先を海上に付けた。

 少し遅れて発艦ホーンが二回背後で響き、ウェルドックから鳥海と青葉がカタパルトで射出されてきた。二人とも身軽な挙動で足を海上に付けて姿勢を保つ。

 それから程なく蒼月、陽炎、不知火の三人もカタパルト発艦して来て先に発艦した愛鷹らと合流すると六人は単縦陣を組んで日が暮れた西地中海の北東に進路を取った。

 追い越して後方に過ぎ去っていく「ズムウォルト」を横目にする愛鷹の背後では青葉が飛行甲板を展開し、新装備である夜間瑞雲の発艦作業に取り掛かった。飛行甲板上で夜間作戦航空要員・熟練甲板員妖精がカタパルトへと瑞雲をセットし、カタパルトにセットされた夜間瑞雲のコックピット内では搭乗員の航空妖精二人がナイトビジョンゴーグルをかけて機内の計器を確認していた。

 全ての発艦準備手順項目をクリアした航空妖精が甲板員に発艦用意良しの合図を送ると、夜間瑞雲の周りにいた甲板員妖精が離れる。カタパルトにセットされた二機の夜間瑞雲のエンジン音が高まり、風上に立った青葉の頷きと共に発艦始めの合図の旗を甲板員妖精が振り下ろす。

 乾いた射出音と共に夜間瑞雲が連続して射出され、暗い夜の空に緑と赤の航空灯を光らせながら上昇していった。

「夜間瑞雲の実戦デビューですね。四航戦の伊勢さん、日向さんもまだ使った事がない新装備と聞きます」

 上昇していく夜間瑞雲を見送りながら鳥海が言う。普段から眼鏡をかけている彼女だが実は伊達眼鏡であり目の保養の為にかけていると言う。過去に彼女とソロモン諸島で第八艦隊を形成して戦った青葉によれば裸眼視力、夜間視力はまさに梟並みに鋭いと言う。

 何かと「私の計算では」と理論づくめな一面を知的な容姿も相まって伺わせるが、そこそこ付き合いが長い青葉曰く頭を使った頭脳戦派に見て割と脳筋な武闘派寄りらしい。特に夜戦となれば俄然やる気満々になると言う。

 夜戦が得意なのは頼もしい限りだ。他に一緒に艦隊を組む陽炎と不知火も改二化されている所から分かる通り、二人とも歴戦の甲型駆逐艦娘である。鳥海、青葉同様激戦区ソロモン戦線の修羅場を掻い潜って来た姉妹だ。暗闇で見え辛いが二人の肩には大尉の階級章が付けられている事からも相応の戦功とキャリアの持ち主同士であることが伺える。

 自分と蒼月以外は夜戦経験も豊富な頼もしいメンツだ。何かあっても充分に対応出来るだろう。

 もっとも、その何か、と言う不測の事態を未然に防ぐのが旗艦を務める自身の務めであることも愛鷹はわきまえていた。

 

 ナイトバード1と2のコールサインで呼称される夜間瑞雲二機は編隊を組んで予定された索敵エリアの捜索に入った。ナイトバード1、2に若干遅れてナイトバード3と4の二機も青葉から発艦し、同様に索敵エリアの捜索に移る。 

 夜間瑞雲にも他の瑞雲と同様多彩な武装が施す事が可能だが、今回は偵察任務と言う事もあり偵察に使うカメラポッド以外は武装は乗せていない。

 夜間の地中海の空に夜間瑞雲のエンジン音が鳴り響く中、機内に乗り込んでいる二人の航空妖精は機上レーダーやナイトビジョンゴーグルを駆使して海上を凝視し、深海棲艦の艦隊が展開していないかの捜索を行う。

 航空妖精がかけている四ツ目のナイトビジョンゴーグルから得られる緑色にハイライトされた視界には、黒く表示される地中海の海が広がっていた。

 

 

 愛鷹は余り夜間の作戦と言うモノが好きでは無かった。どうにも施設時代の事を思い出しそうになる。

 暗闇は無限の世界を感じさせる一方で視覚的に息苦しさをどこか感じさせに来る。視界が昼間程よろしくない事から来る閉塞感が彼女は好きでは無かった。

 ただ月明かりが煌々と灯っている夜は好きだった。月あかりの綺麗な夜空の下で海を眺めながら一服するのは至福の時でもある。

 だが生憎今は月明りはそれ程明るくない。雲が比較的多い為、せっかくの月明かりが隠れがちだった。ナイトバード隊が進出している空域は雲が比較的晴れていると言うのが少し羨ましかった。

 深海棲艦の潜水艦に発見されないようにするため、航海灯以外の明りは消している六人は終始無言だった。陽気な青葉も、明るく楽天的な陽炎も黙って海上を凝視して警戒に務めている。

 先頭に立つ愛鷹は愛鷹でこの頭数、天候、時間帯でス級と会敵したら、と想像するだけで冷や汗が止まらない。深海棲艦はどれも脅威でしかないが中でも特に愛鷹が恐れているのがス級だった。

 トラック諸島での戦いでは夜間にス級と交戦した事もあったが、あの時より視界は良いとは言い難い。視界の悪さと言うディスアドバンテージがある今、ス級に一方的に撃たれたらと思うと緊張感が止まらない。

 最も仮にス級が居たとしたらナイトバード隊が早期に発見してくれるだろうから気張り過ぎずリラックスして任務にあたるべきだろう。

 まだまだ作戦は始まったばかりだ。気を張りっぱなしでは長くは持たない。

「落ち着いて行きましょうか」

 独語する様に自分自身に言い聞かせながら愛鷹は双眼鏡を覗き込んで、暗闇に包まれた地中海の海上を凝視した。

 




 夜間瑞雲は艦これで実際に使ってみたら体感「そんなにぶっ壊れに強い装備」には感じなかったのですが、アニメ「いつかあの海で」での活躍とか見ていたら出してみたくなるのが性と言うモノでした。

 感想評価ご自由にどうぞ。
 四月は更新速度をなるたけ上げられるよう努力したいと思います。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第六六話 関門

去年の月1投稿が嘘のような更新です。


 二〇時を過ぎた頃、月明りを悪くしていた雲が晴れ、海上を煌々とした月明かりが照らし出していた。悪かった視界が晴れて、昼間程では無いにせよ視界が比較的良好になり夜間の地中海の海上を征く愛鷹達は気持ちが少しばかり楽になった。

 先行して偵察に当たる夜間瑞雲からは特に連絡はない。会敵報告も敵艦隊発見の報も無く、愛鷹達の方でも敵艦影や敵潜水艦発見等の急報が飛ぶ事も無かった。

 夜間になると深海棲艦も動きが鈍るのだろうか、と言う根拠もない考えが脳裏をふと過る。無論それは無い。国連海軍呼称サーモン海域では夜間に艦娘艦隊や民間船を襲撃して来る深海棲艦はよく確認されているし、サーモン海域に限らず各地で夜間に深海棲艦の襲撃を受けたと言う事例は多数確認されている。夜目が良く効くのかは不明だが、少なくとも深海棲艦も視界云々を解決出来るレーダーを標準装備しているから夜間作戦は普通に挑んで来る。

 寧ろ艦娘の方が夜間は視認性の低下もあってあまり軍事活動を積極的に行わないと言うのが正しいだろう。ナイトビジョンゴーグルが標準装備される様になれば多少は変わって来るかも知れないが、陸上とは環境条件が変わって来る海上で長時間使用可能なナイトビジョンゴーグルを全作戦参加艦娘に行き渡らせる、と言うのは「言うは易く行うは難し」であり予算や技術的問題から中々実現に至っていない。

 結果的に艦娘個々の夜間視力にかけるしかないのが今の艦娘艦隊の現状だ。梟の様に夜目が聞く艦娘は少なくないが、大体そうなった理由は装備がないなら自身の夜目を鍛えるしかない、と言う考えから編み出された苦肉の策だ。

 愛鷹は生れつき、と言うよりは製造過程の段階で高い夜間視力を遺伝子レベルで付与されているのもあって、文字通りその夜目の良さは梟並みに高い。彼女自身は夜間作戦と言うモノはあまり好まないし、本来は避けている事であるが司令部から夜間瑞雲を送られて来たからにはそれを用いた索敵を行わない訳にもいかない。暗に司令部から「夜間瑞雲を用いた索敵を行え」と強要されたと思えなくもないし、愛鷹自身夜間瑞雲と言う新型航空機の性能を試してみたいと言う好奇心もあった。

 やるからには本気でやる必要がある、と自分自身に活を入れつつ愛鷹はHUDのレーダー表示を見つめる。夜間と言うのもあってHUDの光量も夜間モードに切り替えてある。

 レーダーには今のところ愛鷹達六名以外の姿は表示されない。羅針盤障害による電波妨害の気配もなく静かだ。

 表示をソナーに切り替えて耳を澄ましてみるが、HUDにもソナーにも自分達の航走音以外は何も聞こえない。機関停止して海底に着底しているのなら話は別だが気配すら感じない辺り恐らくはいないだろう。

「ここまで静かだと逆に不気味ね」

 言葉通り不気味さをどこか漂わせる雰囲気を紛らわせるように意図的に呟く。不安な気持ちを無理に隠すよりは吐いてしまった方が気持ち的に楽になる。

 愛鷹の呟く言葉は無線を介して他の五人にも聞こえている筈だが、誰も何か言葉を返してくる事は無い。任務に集中しているのか、愛鷹同様不気味さから無口になっているのか。普段お喋りな青葉と陽炎の二人が黙り込んでいるのが些か不安を煽る。

 任務に集中しているのだろう、と考える事にして双眼鏡を覗き込む。レーダーで確認出来ていない敵艦が目視で確認出来る訳がないが、一応目視による警戒は怠らない。

 ヘッドセットから夜間瑞雲からの定時報告のビープ音が鳴る。変針点を通過し、フォルマンテーラ島沖南まで進出したと言う。フォルマンテーラ島は深海棲艦によって制圧されたとされているが、陸上深海棲艦の進出は不明だ。ただ昼間の空爆が全て北アフリカ方面から飛来した事を考えると距離的に近いフォルマンテーラ島やマリョルカ島に深海棲艦の陸上航空基地は存在しないのかも知れない。或いは陸上航空基地の任を掌る飛行場姫の進出、展開が完了していないのか。

 後者の場合だったら些か厄介だが、深海棲艦も国連海軍の手によって北海の制海権を奪還され欧州戦線における戦局が不利になりつつあることは承知の筈だから防備の強化を図って来てもおかしくない。

 防備を強化される前に西地中海の各島々を奪還出来れば国連軍有利になる筈だ。

 

 

 そろそろ第三三特別混成機動艦隊も「ズムウォルト」へ帰艦する頃になって来た。もっともいつもぎりぎりになって敵発見の報告が入るのが定石なのだけど、と愛鷹が腕時計を見ながら思った時夜間瑞雲の一機ナイトバード3から定時報告とは別の通信が入った。

≪ナイトバード3から旗艦愛鷹へ≫

「どうぞ3」

≪ワレ、フォルマンテーラ島の北東に戦艦棲姫らしき艦影を確認。随伴艦艇に重巡ネ級elite一隻、防空巡ツ級elite級一隻、駆逐艦ロ級後期型三隻を認む。現在地は……≫

 読み上げられてくる座標を直ちに取り出したノートPDAの海図に書き込んでいく。

 戦艦棲姫含む艦隊。連合艦隊編成ではないが、その大火力は第三三特別混成機動艦隊のどの水上艦艇艦娘をも凌ぐ。与しやすい相手とは到底言い難い。

「戦艦棲姫を含む艦隊ですか……」

 額に冷や汗を浮かべながら青葉が呟く。眼鏡をかけ直しながら続行する鳥海が返す。

「随伴もネ級eliteにツ級elite。楽な相手ではありませんね。事前に聞いていた話と照らし合わせて恐らくはバレンシア、カステリョ等のスペイン国内の地中海西部沿岸部の諸都市を艦砲射撃で荒らしまわった個体と見るべきかと」

「でしょうね」

 鳥海の推測通りだろうと愛鷹は見ていた。地中海に展開する深海棲艦の布陣状況は不明と言っても、沿岸部に艦砲射撃を行って人類に被害を与えた深海棲艦の艦隊の編成程度の情報は残っている。無論それは愛鷹達にも共有されている。

 編成と展開位置からして鳥海の言う通りバレンシアなど複数の都市を破壊して回った深海棲艦の水上打撃部隊と見て間違いない。

「Jackpot(大当たり)……かしら……」

「フォー・オブ・ア・カインドくらいじゃないですかね。アンツィオにまだ未知の深海棲艦が居る事を考えれば」

 良い意味でも悪い意味でもそうなるかと呟く愛鷹に青葉が応える。

 確かに「Jackpot」と言う「大金を賭けて当たりを引いた」よりはまだ「フォー・オブ・ア・カインド」の方が言い当てているかもしれない。

 夜間とあって上空にいる瑞雲の機影を確認出来ていないのか、戦艦棲姫を含む深海棲艦水上打撃部隊は対空砲火を撃ち上げて来ないと言う。一応戦艦棲姫を含む艦隊の現在地を打電し終えた瑞雲は燃料切れも重なり母艦艦娘である青葉へ「RTB」を宣告して緩いカーブを描きながら帰投の途についた。

 

 

「あ、みんなが帰って来た!」

 支援艦「ズムウォルト」の艦首で暗い海上に六人の航行灯の明りを確認した瑞鳳が嬉しそうな声を上げた。

 夜間倍率スコープ付きの双眼鏡で夕張がその隣から瑞鳳の指さす方向を見る。特徴的な大きな艤装とひょりと高い背丈が双眼鏡のレンズに映った。同時に続航する艦娘の数を数えて一人もかけずに帰って来た事を確認する。

「一人も欠けずに帰って来たみたいね。無事で何よりだわ」

 ほっと安堵の溜息を吐く夕張に瑞鳳もその通りだと頷く。

 巡航速度で航行する「ズムウォルト」に向かって帰投して来る愛鷹達が双眼鏡無しでも余裕でその姿を確認出来る距離にまで近づくのにそれほど時間は要さなかった。

 全員で帰投して来る愛鷹以下六人に瑞鳳が手を振って迎えると、青葉と蒼月、陽炎が手を振り返すのが見えた。

 帰投した愛鷹達を収容する為に「ズムウォルト」の艦橋ではOOD(当直士官)が「両舷前進微速」と操舵手に減速と進路固定を指示し、艦尾のウェルドックではアラーム音と共にドックへ注水を開始するポンプの音とハッチが開放される音が鳴り響いた。

 赤い照明で照らし出されるウェルドックへ愛鷹、青葉、鳥海、蒼月、陽炎、不知火の順に進入して停止する。

 全員を収容するとハッチが閉じられ、ウェルドック内の海水が排水され艦尾側に傾斜していた「ズムウォルト」の姿勢が元に戻る。排水作業が進む間に青葉と鳥海は足裏のラダーを取り外し、愛鷹、蒼月、陽炎、不知火の四人はそのままデッキに上がって艤装を取り外す作業にかかる。

 伸びをしながら作業員に手伝ってもらいながら艤装を取り外す蒼月、陽炎、不知火とは異なり、艤装が巨大かつ非常に重い愛鷹は出撃前に立ったデッキに立ちクレーンで艤装を取り外す作業に入る。

 作業員が合図を送りながら近づいて来たクレーンが艤装を掴み、装備妖精が「外せ」のハンドサインを送って来るのを確認した愛鷹が艤装解除ボタンを押すと、背中で軽い衝撃が走り腰のハーネスと艤装との連結部が解除される。艤装をクレーンに預けた愛鷹は腰の艤装装着ハーネスのベルトを緩めてそれも取り外す。

 排水が終わったドックに足を付けた青葉と鳥海の二人もデッキに上がり、事前に用意されていたジャッキ台に腰かけて艤装解除しジャッキに装備していた艤装を預けた。

「ふう、今日の一仕事終わったわね」

 適当に腰かけながら陽炎が一息吐く。昼間の連続した対空戦闘に対潜戦闘、そして夜間偵察と青葉と鳥海、蒼月、陽炎、不知火には他の第三三特別混成機動艦隊のメンバーよりも負担をかけてしまった。

「今日はこれにて一旦休憩とします。次の出撃は八時間半後です。それまでゆっくり休んでください」

 全員によく休んでおくように一言かけた愛鷹は五人から了解と返事を受け取った後、一人SMCに向かい持ち帰った偵察情報の整理に当たった。

 SMCではレイノルズが帰りを待っていてくれた。敬礼を「ただいま」代わりのあいさつにしながら小脇に抱えていたノートPDAに入力した情報をコンソールに共有する。TAO(戦術行動士官)を務めるラップ大尉がキーボードを操作してSMCのパネルに愛鷹が持ち帰った偵察情報を表示する。

「戦艦棲姫か」

 パネルに表示された情報を見てレイノルズが呟く。顎を揉みながら苦々しそうな表情を浮かべるレイノルズに愛鷹は過去に何か嫌な経験でもしたのだろうかと軽い疑念を浮かべながら持ち帰った偵察情報について解説した。

「夜間偵察の結果確認出来た敵艦隊は戦艦棲姫一、重巡ネ級elite一、防空巡ツ級elite一、駆逐艦ロ級後期型三からなる六隻の艦隊だけでした。他に潜水艦隊、水上艦隊は確認出来ません。単に展開していないのか補足出来なかったのかになりますが、恐らくは展開していないものと思われます」

「理由は?」

 いないと結論付ける愛鷹にそう考えた理由をレイノルズは尋ねる。

「フォルマンテーラ島およびマリョルカ島が深海棲艦に制圧されたにも拘らず、警戒部隊が確認されていない事が不自然です。両島及びアイビッサ島をも制圧済みであるなら昼間の内にその島々から深海棲艦の空爆が来ていてもおかしくはありません。北アフリカ方面から航空機を飛ばすよりもはるかに距離的に近いですから。

 にも拘らず昼間の爆撃は全て北アフリカ方面から飛来した。つまりフォルマンテーラ島、アイビッサ島、マリョルカ島の深海棲艦の拠点は完全なものではないか、飛行場姫が進出し終えていないものと推測できます。戦略的に見れば拠点化が完成していない島々は重要度が低いと言わざるを得ませんし、我々が進撃を開始している事は向こうも把握済みの筈です。

 我々が反転攻勢に出た事で今から三島の拠点化を急ぐには時間が無さ過ぎます。制圧はしたが、重要拠点化は遅れたと見るべきでしょう。橋頭保となる拠点が気づけていない島々に艦隊を張りつかせても補給面で不利になるだけです。ですが、西地中海に配備する艦隊戦力を空っぽにしておく訳にもいかないでしょう。

 布陣する艦隊を少なくすることは結果的に補給線が伸びると言うデメリットに繋がりますが、大火力の戦艦を西地中海に一群だけでも残すだけで我が艦隊に牽制と圧力をかける事が出来ます。現状西部進撃隊には後方に展開する本隊以外に戦艦棲姫に対抗出来る火力を持つ艦娘が居ません。我が第三三特別混成機動艦隊の火力では劣勢です」

「なる程。納得がいく判断だな」

「とは言え、集積地棲姫か小規模な陸上深海棲艦程度はフォルマンテーラ、アイビッサ、マリョルカには展開済みと見るべきです。仮にも制圧をしたのなら何かしらの常駐戦力を張りつかせて警戒網を敷いている筈です。

 少なくとも地上警戒電探棲姫くらいは確実に進出しているかもしれません」

「君の判断も含めて『ドリス・ミラー』のルグランジュ提督に情報を送っておこう。今日はもう疲れただろう、居住区でじっくり休んでくれ。明日も長い一日になるぞ」

「はっ、ではお言葉に甘えて今日はこれで失礼します。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 互いに敬礼。

 

「先行する第三三特別混成機動艦隊が新たな敵艦隊を発見しました。戦艦棲姫を含む艦隊の模様です」

 作戦参謀がディスプレイに新たに確認された深海棲艦艦隊を表示しながらルグランジュに「ズムウォルト」から送られてきた報告を伝達する。

 同時に「ドリス・ミラー」のCDCの戦術士官がコンソールを操作してCDCの大画面ディスプレイに戦艦棲姫のCGグラフィック画像と共に「CA×1(E) AACL×1(E) DD×3」と表記された艦隊編成図を表示させた。

「戦艦棲姫か。艦隊編成から言ってバレンシアを襲ったやつと見て間違いはあるまい」

 顎を揉みながらルグランジュは苦い記憶を思い出す。彼が若い頃、まだアメリカ海軍の士官として深海棲艦と戦っていた時彼の乗っていた艦は戦艦棲姫の砲撃で大破して大勢の犠牲者を出したのだ。大勢の戦友の命を奪った戦艦の艦種ともなれば苦い記憶も蘇る。無論あの時とは別個体だろうが見た目自体はほぼ同じだ。

「先行する第三三特別混成機動艦隊の火力では対抗は困難です。我が主力部隊から攻撃部隊を組んで掃討に当たらせるべきかと」

 そう進言する参謀にルグランジュは同意だと頷く。

「陸攻部隊及び日本艦隊の戦艦武蔵を中核とした戦艦部隊をぶつけて戦艦棲姫を撃破しよう。最初の関門だ、ここで手間取っている場合ではない。欧州総軍司令部にもこの事を報告して置いてくれ」

「了解です」

 

 が、その数分後ルグランジュを含む西部進撃隊司令部要員は目を疑う返事を欧州総軍司令部は返した。

 

「第三三特別混成機動艦隊と陸攻部隊だけで戦艦棲姫を討伐せよ、だと?」

 送られてきた暗号電文を表示したディスプレイを見てルグランジュは文字通り目を疑った。

 本隊戦力を戦艦棲姫如きで消耗する事は許さず、第三三特別混成機動艦隊と陸攻部隊の戦力のみで対応せよ、と言う「アンツィオに居座る謎の新型深海棲艦の戦闘力が未知数な現状本隊戦力の現段階での消耗は許可出来ない」と言う内容の電文に作戦参謀を含む参謀達も馬鹿を言えと言いたげな表情を浮かべていた。

 相手は戦艦棲姫。その打たれ強さと大火力は多くの艦娘や国連軍の将兵を苦しめて来た。ス級や最新鋭の深海棲艦の棲姫級と比べたら型落ちした面はあるが、それでもなお強力な戦艦であることに間違いはない。無論対抗するには大火力の戦艦艦娘をぶつけるのが最も無難だ。戦艦が駄目なら空母艦娘による航空攻撃が有効だろう。

 にも拘らず、欧州総軍司令部は全体的な火力が低い第三三特別混成機動艦隊と陸攻部隊のみでの掃討を命じて来た。戦艦棲姫がどういう深海棲艦なのか分かっていないかの様な指令に納得がいかないルグランジュは、総軍司令部に直接回線を繋いで真意を問うた。

「相手は戦艦棲姫です。第三三特別混成機動艦隊と陸攻部隊だけでは明らかに火力不足です……そうです、お判りでしょう……陸攻部隊がある? それでチャラになる程甘い敵ではないと言っているのです……今ここで我が主力をぶつけずしていつぶつけるのですか、彼女達はお飾りものではないのです……温存、温存、それしか考え付かんのですか⁉ じゃんけんで『パー』を出せば『ぐー』に簡単に勝てる状況で何故『ちょき』で強引に勝とうとするのか!?」

 ネイビーレッドの受話器を掴んで司令部と話し込むルグランジュの口ぶりが次第に粗ぶっていく。欧州総軍司令部はどうしても「アンツィオに居座る未知の深海棲艦」に備えて艦隊主力艦娘の投入を断固として許可しない構えだった。

 結局二〇分近い問答の末ルグランジュは平行線にしかならない司令部とのやり取りを「何かあっても全責任は戦力の出し惜しみをしたそちらにありますからな」と乱暴に切った。

 フラストレーションが高まっているルグランジュに参謀達が声をかけるのを躊躇っていると、航空参謀にルグランジュは確認する様に訪ねた。

「司令部は陸攻部隊の投入数にまでは制限を課して無かったな?」

「はい、陸攻部隊の戦力には言及しておりません」

「決まりだ。偵察任務に割り当てるに必要なだけの数を残して全陸攻部隊の戦力を戦艦棲姫に投じ、第三三特別混成機動艦隊に全面的な航空支援を送ろう。相手は戦艦棲姫だ、生半可な火力では通用せん」

 

 

 

 おやすみなさい、と言って別れたとは言ってもまだ就寝時間には早いと思い夜食のサンドイッチを食堂で頬張っていた愛鷹にSMCへの出頭命令が艦内アナウンスで届けられた。

 何かあったのかとミネラルウォーターで残りのサンドイッチの欠片を呑み下すと、急いで三〇分ほど前に辞したばかりのSMCへと戻った。

 艦隊旗艦「ドリス・ミラー」からの電文を表示したディスプレイを見て苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべているレイノルズとドイルの隣に立つと、無言でレイノルズから見る様に促されたディスプレイに視線を移す。

 第三三特別混成機動艦隊による戦艦棲姫討伐を命ず、との欧州総軍司令部からの伝達に愛鷹が感じたのは不満や怒りなどではなく、諦観だった。どことなく本隊戦力温存を理由に自分達を良い様に使いそうな予感がしないでは無かった。ただほんの僅かな「本隊投入で早期決着」を図るかも知れない、と言う希望にすがっていたが見事その思いは砕かれた感じだ。

「どうする? 司令部に直に抗議するか」

 そう尋ねて来るレイノルズに愛鷹は頭を振った。

「現有戦力でやれとは言われたからにはやるしか選択肢はないでしょう。鼻から前線の意見をちゃんと聞き入れてくれる様な司令部ならこんな無茶はそもそも言ってこないでしょう。

 一応『ドリス・ミラー』からの航空支援は受けられます。空爆で戦艦棲姫の随伴を潰して、数の差を生かして戦えば突破口は開けます」

「だが相手は戦艦棲姫だ。耐久、火力どれをとっても隙が無い。ス級程では無いが楽な相手ではないぞ」

「ス級程かちかちな訳ではありません。砲撃戦では勝ち目がありませんが、魚雷なら有効です。こちらの航空攻撃で敵随伴艦艇を撃破し敵の外堀を埋めた後、我が第三三の巡洋艦艦娘、駆逐艦艦娘の魚雷攻撃で撃沈を図ります。

 無論ただでは雷撃を許してくれる様な相手ではないでしょうから私を始めとした何人かが戦艦棲姫の気を引く役をやる必要があります」

「リスクが高い。戦艦棲姫の砲撃を食らってしまったら一撃大破は免れん。大破イコール重傷を負うと言う意味になる。下手すれば一撃轟沈で戦死しかねない」

「そのリスクを可能な限り減らす為にもイントレピッドさん、伊吹さん両名による航空攻撃で戦艦棲姫をある程度痛めつけておく必要があるでしょう。

 まず『ドリス・ミラー』の陸攻部隊で敵随伴艦艇を徹底的に攻撃、排除の後、我が第三三特別混成機動艦隊のイントレピッドさん、伊吹さんの両名の航空部隊で戦艦棲姫を空爆し相応のダメージを与えた後囮部隊と雷撃戦部隊に分かれて戦艦棲姫を攻撃し奴を撃沈します。やる事やれば勝算はあります」

 そう力説する愛鷹にレイノルズは腕を組んでしばし目を閉じて瞑想した後、ゆっくりと頷いて彼女の作戦案を受け入れた。

「作戦プランを煮詰めよう。だが、君らを戦艦棲姫攻撃に割いてしまうと本来の偵察計画が破綻するのではないか」

「ルグランジュ提督はモスキート陸上攻撃機による航空偵察を実施すると言ってきましたし、スペイン、フランス沿岸部はUAVによる偵察が実施されますからこちらとしても戦艦棲姫攻撃以外に必要ない艦娘戦力は省いて偵察を実施するに必要な数を残しておくべきでしょう。

 戦艦棲姫への航空攻撃の要となるイントレピッドさん、伊吹さんを除いて戦艦棲姫攻撃に必要な艦娘の数は私を含めて七人いれば何とかなるでしょう。逆に航空攻撃で七人でどうにか出来るレベルにまで戦艦棲姫にダメージを入れておかねばなりません」

「ふむ、魚雷攻撃で仕留めるとの事だが具体的には誰を起用する気だ?」

 戦艦棲姫に止めを刺す魚雷攻撃要員をどうするかの問いに愛鷹は第三三特別混成機動艦隊に編入されている艦娘の中でも、武装に魚雷を備えていてかつその雷撃戦の技量と雷撃戦火力の高い者を選抜した。

「甲標的を用いた長距離雷撃を可能な夕張さんと雷撃戦のスペシャリストの深雪さん、五連装魚雷発射管を持ち雷撃戦火力に秀でているフレッチャーさん、ジョンストンさん、それと……綾波さんを起用しようかと思います。

 牽制攻撃役は私と回避技量の優れた青葉さんで担います」

「よし、それで行こう」

 

 本来なら就寝時間の二三時に居住区で休んでいた青葉、夕張、深雪、綾波、フレッチャー、ジョンストン、イントレピッド、伊吹の八名がブリーフィングルームへ呼び出された。

 ベッドに入ったばっかりだった所を叩き起こされた八名だったが、不満げな顔一つ浮かべずに作戦綱領をまとめたノートPDAを片手にブリーフィングを開始する愛鷹の作戦説明に耳を傾けた。

 第一段階は「ドリス・ミラー」搭載のモスキート陸上攻撃機による徹底的な戦艦棲姫の随伴艦艇の殲滅戦から始まり、これが完遂されるまで第二段階の実行は行われない。随伴艦艇を殲滅した事が確認でき次第第二段階としてイントレピッド、伊吹両名の航空団による航空攻撃で戦艦棲姫に可能な限りのダメージを与え、第三段階の水上艦隊による戦艦棲姫への直接攻撃を支援。

 最終段階である第三段階で愛鷹と青葉が牽制射撃で戦艦棲姫の気をそらす間に夕張、深雪、綾波、フレッチャー、ジョンストンの五人が魚雷戦にて戦艦棲姫に止めを刺す。

「Hum……Wing(航空団)に結構ダメージを被りそうな相手ねえ……」

 作戦案を聞いていたイントレピッドが曇った表情を浮かべて言う。彼女に搭載される航空機の数は一一二機にも上るとは言え、撃墜されて消耗したら当然航空機を武器とする空母の彼女の戦闘力は低下する。

 渋面を浮かべるイントレピッドに同じく航空攻撃を任された伊吹がやるだけだと説く。

「ここで戦艦棲姫を撃破しないと先へは進めない、空母艦娘として大任を任されたからにはやる事をやり遂げるだけですよ」

「Well……ねえ愛鷹、もしWingに損耗が出たらちゃんとPlaneと妖精の補充は受けられるわよね?」

「その手はずはキチンと取りつけますよ。私達で戦艦棲姫を落とせと無茶を行ってくるならそれを果たせる補給と補充はきっちり司令部に確約させます。まともな装備も補給も無しに戦え、と言って来たら謀反でも起こしてやりましょう」

「That ain’t funny(笑えないわね)」

 そう言いつつも苦笑を浮かべながらイントレピッドは愛鷹の想いを汲み取った様に頷いた。

 視線を夕張、深雪、綾波、フレッチャー、ジョンストンに転じた愛鷹は短くも自身の想いを五人に告げた。

「皆さんが作戦成功のカギです。頼みましたよ」

「そう言われたら、Destroyerとしてやるしかないわね」

 腰に手を当ててふっと軽く溜息を吐いたジョンストンが返す。妹の返事に遅れてフレッチャーがお任せれと胸に手を当てて一礼する。

「DESRON is ready for tasking Ma’am(駆逐艦戦隊の任を果たします)」

 頼もしい限りだと頷きながら夕張、深雪、綾波に視線を転じる。

「言われるまでもないさ。深雪様に任せとけって」

「やってやりましょう」

「頑張ります!」

 元気のいい返事が返される。

 最後に自分と一緒に囮役を担う事になる青葉に目を向ける。若干不安さは残る表情を浮かべているが、作戦に反対する気はない様だ。

 やれますか? と目で問いかける愛鷹にやりましょうと言う風に深く青葉は頷いた。

「本来の作戦目的である地中海西部の偵察任務に支障が出ない様に短期決戦で行きます。時間をかけると泥沼化した消耗戦になる、明日で一機に片を付けます」

「一日で空母の二人を除く七人で戦艦棲姫を撃沈。スケジュールがかなりタイトになりそうだな。長い様で短い一日になりそうだ。

 ワクワクし過ぎて今夜は眠れるかな」

「無理にでも寝て下さい」

 興奮で眠れるか怪しむ深雪に無理にでも寝ろと押し被せた愛鷹は八人にブリーフィングの終了と解散を告げた。

 席を立って居住区へ戻るメンバーの背に向かって「眠れなかったら睡眠導入剤でも医務室から貰ってとにかく睡眠をとって置いて下さい」と念を押す様に呼びかける愛鷹に、八人から眠そうな声で「了解」と返事が返された。

 

 

 艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」のフライトデッキに連絡機としてジブラルタル基地から飛来したMV-38コンドル輸送機がティルトターボファンエンジンの音を響かせながら着艦した。

 フライトデッキに誘導員の着艦誘導の元着艦したMV-38のエンジン音が急激に静かになっていき、代わりにデッキクルーの駐機作業の掛け声がデッキ上を飛び交う。

 トラクターで駐機場所へと移動させられたMv-38が駐機されると、ハッチが開き中からひょりとせの高い艦娘が私物を入れたバックを片手に降りて来た。

 カタン、と言うやや高い足音を立ててフライトデッキに足を付けた大和は深海棲艦の潜水艦を警戒して必要最低限の照明しかついていない「マティアス・ジャクソン」のアイランド(艦橋)を見上げた。窓の内側は赤い照明が灯され、マストも赤と緑の航行灯以外は明りは付いていない。

 流石に出迎えは無いだろうと思ってフライトデッキの上をコツコツと足音を鳴らしながらアイランドへと向かって歩いていると、暗い艦橋の影に白髪の女性が立っているのが見えた。

「よお、大和。待っていたぞ」

「あら武蔵」

 妹が待っていてくれた事に少し驚く大和に武蔵はにっこりとほほ笑みを浮かべて両手を広げた。

「退院おめでとう、我が姉よ。元気そうで何よりだ」

「暫く武蔵には心配かけたわね、私ならもう大丈夫よ。ほら、腕もこの通り」

 戦艦新棲姫の砲撃が直撃した際に骨が見える程破壊される傷を受け、その後ナノピタルを用いた手術で全回復した右腕をくるくると回して見せる。えぐり取られた右腕の肉は元通りになり、白い綺麗な肌が制服の袖の下から見えていた。

「吹き飛んだ肉も全部戻ったようだな。血と細胞を元通りにするのに随分食ったんじゃないか?」

「病院のご飯はお代わり自由じゃないからいう程は食べていないわよ」

「そうか。ま、これで私は日本艦隊総旗艦と言う仕事をお前に返す事が出来て気持ちが楽だよ」

「艦隊総旗艦の仕事は楽しかった?」

 少しばかり意地悪な問いを寄こす姉の大和に武蔵は苦笑を交えながら頭を振った。

「いいや、ガラじゃないんだ、こういう任務は」

「残念ね。昇進出来たかもしれないのに」

「勘弁してくれ」

 艦隊総旗艦の座は自分の性にも合わないし柄でもない事だと言い切る武蔵だが、それでも大和不在の間日本欧州派遣艦隊総旗艦の責務はしっかりと果たしていた。大和としては期待以上の働きをしてのけたと言ってもいい。戦艦艦娘はその性質上艦隊旗艦を務める事はよくある事だから武蔵がガラではないと言い切ろうが与えられる任務と艦娘の艦種の特性上はやらざるを得ない事が発生する。

 彼女としては艦隊旗艦として後ろで前線に出る艦娘を見守る事よりも、その最前線に出る艦娘に交じって戦いたいと言うのが本音だ。だから旗艦の役割をあまり好かない。

 

 

 翌日。午前六時四二分。

 水平線上に太陽が昇るのと同時に空母「ドリス・ミラー」の飛行甲板上に並べられたモスキート陸上攻撃機三六機が発艦を開始した。

 一機、また一機と艦首方向へと滑走していったモスキート陸上攻撃機が飛行甲板から飛び立ち、空母の上空で編隊を組んで攻撃目標と定めた戦艦棲姫の確認された方角へと向かった。

 夜明けと同時に飛び立った第一攻撃隊は昨日確認された戦艦棲姫が移動している事も考慮し索敵攻撃になる事を視野に入れ、四機一個小隊が扇状に展開して索敵網を形成して発見された場所を中心に捜索を開始した。

 九つの方面に散ったモスキート陸上攻撃機が索敵を行っていた午前七時半。第三小隊が戦艦棲姫を含む艦隊を捕捉し、他の小隊全機へ現在位置を打電すると同時に第二次攻撃隊の準備を進める母艦「ドリス・ミラー」にも通報した。

 各索敵方面へ散っていたモスキート陸上攻撃機が第三小隊が発見した戦艦棲姫を含む艦隊の方へと進路を変え、全機が再集結を終えて戦艦棲姫を含む艦隊へ攻撃を開始したのは午前八時の事だった。

 

 

 レーダーでモスキート陸上攻撃機の機影を確認した深海棲艦の防空巡洋艦ツ級と重巡ネ級が対空射撃を開始する。

 青空にツ級とネ級が撃ち上げた対空弾が炸裂する砲声が轟き、パッパッと咲き乱れる対空弾の炸裂跡が空に墨汁を垂らしたかの様に点々と広がった。

 編隊を組んで突入進路を確保するモスキート陸上攻撃機三六機の周囲にツ級とネ級が撃ち上げた対空弾の至近弾の爆発が相次ぐ。パッと炸裂する黒い爆炎と、同時にばら撒かれる散弾が三六機のモスキートを襲う。

 爆発と散弾に煽られたモスキートがぐらぐらと機体を揺らすが、操縦桿を握る航空妖精は進路を硬く維持し続け攻撃ポイントを目指す。

 盛んに撃ち上げられる対空砲火を前に一機のモスキートが左エンジンから出火し、そのまま左に傾きながら機体姿勢を立て直す事無く海上へと墜落していく。

 更にもう一機が多数の散弾を多数諸に浴びた胴体が砕け、バラバラになった機体の残骸を眼下の青い海へと投げ出していく。

 二機の被撃墜機を出しながらも残る三四機のモスキートは各々の突入進路を確保すると爆弾槽に抱いていた魚雷、爆弾を投下するべく最終進入に入った。

 目標は戦艦棲姫ではなく、その周囲を固めるツ級、ネ級、ロ級だ。自分達の後に戦艦棲姫を直接攻撃する艦娘に戦艦棲姫を倒すバトンを繋ぐ為にも随伴艦艇を確実に撃沈する必要があった。

 一番美味しい役を艦娘に委ねている様で、本当の美味しい役は自分達が担っていると言う自信がモスキートに乗り込む航空妖精達にはあった。

「Shoot!」

 各機の爆撃手妖精が兵装投下スイッチを押すと、照準を合わせた魚雷、爆弾がモスキートから投下されツ級、ネ級、ロ級へと降り注いでいく。

 腹に響く爆発音を上げて海中に突っ込んだ爆弾が巨大な水柱を突き上げ、すぐ傍にいたロ級の艦体を押しのける様に傾けさせる。

 海中へ投じられた魚雷が航跡を引きながら照準を定めた戦艦棲姫の随伴艦艇へと迫り、航跡を認めたツ級、ネ級、ロ級が回避運動を取って躱しにかかる。

 轟音が海上に響き渡り魚雷の直撃を受けたロ級後期型が白い水柱の中で大爆発の閃光を光らせ、周囲に破片を飛び散らせる。爆発の轟音が鳴りやみ、水柱が崩れ去った後にロ級後期型の艦影は消失し、浮遊する艤装の破片が海上を漂っていた。

 遅れてもう一隻のロ級が被弾する。爆弾が艤装上で炸裂し弾頭に充填された炸薬がロ級の艦体を打ち砕く。爆破閃光と共に吹き飛んだ砲塔が宙を舞って海上に墜ちる。火炎が被弾箇所から艦体全体を舐め始め急激にロ級が速力を低下させていく。

 もう一隻のロ級は半潜水して爆撃を全て回避したが、浮上したタイミングで迫っていた魚雷を躱しきれずに被弾する。海上にロ級が魚雷を受ける水柱が突き立ち、艤装と艦体が破壊される音を上げる。轟沈には至らなかったものの大破し、瞬く間に生き足を止めたロ級はそれっきり動かなくなった。

 ツ級とネ級は巧みな回避運動で向かって来た爆弾と魚雷の全てを躱しきったものの、ロ級三隻は全て被弾し二隻が轟沈、一隻が大破航行不能に陥った。

 黒煙を上げて海中へと残骸を沈めて行く二隻のロ級と、右舷に大きく傾いた状態で停止し同様に黒煙を上げるロ級の状況を攻撃隊を率いる一番機が「ドリス・ミラー」へ駆逐艦二隻撃沈、駆逐艦一隻大破航行不能の戦果報告を送る。

 攻撃が完了した残るモスキートは編隊を組み直して母艦への帰路に着いた。

 一方、第一次攻撃隊のBDAを確認した「ドリス・ミラー」からは三六機のモスキートからなる第二次攻撃隊が発艦していた。

 第二次攻撃隊が戦艦棲姫を中核とする艦隊に再び到達したのは午前八時半。第一次攻撃隊の攻撃完了から三〇分程度しか過ぎていない艦隊に襲い掛かった第二次攻撃隊のモスキート陸上攻撃機三六機は二隻に減じた随伴艦艇に集中攻撃を加えた。

 編隊長の判断で四機のモスキートがツ級とネ級に多方向からの同時攻撃を仕掛け、回避運動の自由を奪い、攻撃を浴びせて行く。

 激しい対空砲火を撃ち上げて抵抗を試みるツ級とネ級だが四方八方から降り注ぐ爆弾と魚雷を前に回避運動を優先せざるを得なくなった結果、モスキート側は被撃墜機無し、被弾小破機三機に損害を留めた。

 回避運動を優先したツ級とネ級が対空射撃を止めた結果モスキート三六機は自由に爆撃を敢行した。次々に迫る魚雷を前に対空射撃を止めて回避運動に専念していた続けていたツ級が躱しきれなかった一発の魚雷を食らって舵を破壊されて行動の自由を失ったところへ、さらに一発の魚雷の直撃を受ける。左右両舷に一発ずつ計二発の魚雷直撃でツ級が航行不能になり発生した火災の炎に包まれていく。

 もう一隻の随伴艦艇であるネ級は魚雷全弾を躱しきったものの、爆弾三発が直撃し主砲と魚雷発射管の全基が破壊され、戦闘能力を喪失する。航行は可能だったが、艤装上の火災が広がっていき消火しきれないままネ級の機関部へと炎は迫っていく。

 集中爆撃を受けたツ級とネ級が発生した火災を食い止めきれず機関部にまで延焼を許して航行不能になった後には、一切攻撃を受けずに済んだ結果無傷の戦艦棲姫だけが悠然と航行していた。

 

「第二次攻撃隊よりBDA入りました。BDAは最大。ツ級とネ級の機能停止を確認。ロ級三隻は無力化完了。作戦の第二段階への移行は可能と判断します」

 航空参謀の報告を受けたルグランジュは即座に「ズムウォルト」で待機している第三三特別混成機動艦隊の空母艦娘イントレピッドと伊吹へ繋いだヘッドセットを取ると自ら航空隊の発艦を命じた。

「ルグランジュよりイントレピッド、伊吹両名へ。アルファーストライク、繰り返す、攻撃隊全機発艦開始!」

(イントレピッド、Roger!)

(伊吹、了解)

 

「ズムウォルト」の艦尾ヘリ甲板に上に立ったイントレピッドと伊吹が航空艤装を展開し、それぞれ戦艦棲姫への第一次攻撃隊を発艦させる。

 イントレピッドのM1903ライフル型航空艤装から射出されたSB2Cヘルダイバー艦上爆撃機とTBFアヴェンジャー艦上攻撃機それぞれ一六機と伊吹の航空艤装のカタパルトから射出された爆装した景雲改六機、橘花改八機の一四機が編隊を組み戦艦棲姫へのいる方向へと向かう。

 最大戦速で「ズムウォルト」自身も戦艦棲姫へと向かい距離を詰める間、その艦尾のウェルドック内では戦艦棲姫を直接攻撃する役目を担う本命の愛鷹達が艤装の入念なチェックを行っていた。

 

 

 イントレピッドと伊吹から発った四六機の攻撃隊の内、足の速いジェット機である景雲改と橘花改の一四機が先に会敵を果たした。

 随伴艦艇が軒並み全滅しても尚、単艦逃げる事も無く居座る戦艦棲姫に対して、景雲改と橘花改の一四機は翼を翻し、ジェットエンジンの甲高い音を立てながら攻撃を開始した。

 胴体下に抱いた爆弾を確実に当てるべく、照準器を覗き込む景雲改と橘花改の航空妖精の視界に、戦艦棲姫の対空機関砲が撃ち上げた対空弾がふらふらと後方へ飛び去って行く。ジェット機ならではの速度により戦艦棲姫の対空射撃は後追いになって当たる気配がない。もしツ級elite級が健在であれば景雲改と橘花改と言えど被撃墜は免れなかったかもしれないが、既にツ級は発生した火災を消火出来ずそれが致命傷となって機能を全て失って沈降し始めている。完全に沈没するのは時間の問題だろう。

 防空艦を失った戦艦棲姫の対空射撃では足の速いジェット機に対応するのは困難だった。必死に抗う様に撃ち上げられる対空曳光弾は虚しく虚空を掻き、戦艦棲姫に肉薄した景雲改と橘花改から次々に爆弾が投下されその巨大な戦艦の艦体へ直撃弾を与えて行った。

 これが戦艦ル級やタ級だったら景雲改と橘花改合わせて一四機の爆撃だけで大破航行不能にまで陥っていただろう。だが、流石に戦艦棲姫となれば耐久力が桁違いだった。次々に直撃し爆発する爆弾に戦艦棲姫が呻き声と悲鳴を交互に上げるが、その行き足は衰えず、巨大な艦砲を収めた主砲搭が損傷する素振りも無い。ただ艤装各部と対空砲の何基かを破壊するにとどまっただけだ。

 多数被弾して黒煙を上げながらも戦艦棲姫は航行を継続していた。とは言え、このままでは一方的に爆撃を受けて撃沈されるがオチだと判断したのか、鈍重な艤装を回頭させて東へと避退を開始し始める。

 そこへイントレピッドから発艦した三二機の艦爆、艦攻が追い迫った。手負いの戦艦棲姫を目視で確認した編隊長が無線で「Atacck!」と命じ、一斉にヘルダイバー、アヴェンジャーの二機種が爆装を戦艦棲姫に叩き付けつベく襲い掛かった。

 ダイブブレーキを展開しながら急降下爆撃を敢行したヘルダイバーが投じた一〇〇〇ポンド爆弾が戦艦棲姫の艦上に着弾の爆破閃光を走らせ、吹き飛んだ艤装の破片を海上に散らせる。直撃を受ける度に戦艦棲姫が悲鳴を上げるがその巨大な艦体は多数の一〇〇〇ポンド爆弾を受けてなお原形をとどめていた。

 多数被弾した戦艦棲姫が恨めし気に飛び去って行くヘルダイバーを見上げた時、その靴先にアヴェンジャーが投下した魚雷が迫っていた。

 巨大な艦体を持ちながら圧倒的な機動力を持つス級とは違い戦艦棲姫の機動性は低い。一発、また一発とその巨大な艤装の左右両側に魚雷が直撃する水柱が突き上がり、右に左に衝撃で揺さぶられる戦艦棲姫の本体が悲鳴を上げ続ける。本体が従えている怪物ゴーレムの様な艤装は両腕を粗ぶる様に振り回し、行き掛けの駄賃とばかりに機銃掃射していくアヴェンジャーに手を伸ばすが届く事は無い。

 最終的に戦艦棲姫は八発の爆弾と四発の魚雷を被弾していた。中破ないし大破確実と言っていい。

 一回の攻撃でここまで追い込めた反面、注排水機能で傾斜を回復させ、更に火災消火も迅速に行って戦艦としての機能を直ちに回復させていると言う報告を編隊長が愛鷹へ向けて打電する。

 

「了解、攻撃隊各機はRTB。第三三特別混成機動艦隊全艦、戦闘配置」

 ヘッドセットに第一次攻撃隊に帰投命令を下しながら愛鷹も青葉達六人を従えて前進していた。既にイントレピッドからは第二次攻撃隊三二機が発艦している。母艦である二人の元へ第一次攻撃隊が帰投する頃には戦艦棲姫を捕捉して復旧作業中のところへ更なる一撃を加えられるだろう。

 愛鷹、青葉、夕張、深雪、綾波、フレッチャー、ジョンストンの七人が単縦陣を組んで戦艦棲姫を目指す。一方彼女達の頭上を攻撃を終えた第一次攻撃隊の景雲改と橘花改、更にヘルダイバーとアヴェンジャーの編隊が航過していくのが見えた。

 帰投していく機影を一つ一つ数えて、未帰還機が居ない事を確認する。景雲改と橘花改の爆撃で対空火器を多数破壊出来た結果、ヘルダイバーとアヴェンジャーの対艦攻撃がしやすくなっただけでなく対空砲火で撃墜される機体も出さずに済んだ形だった。

 航空攻撃で相当なダメージを入れられている反面、戦艦棲姫のダメージコントロール能力は高いのか後方で警戒管制につくEV-38からは巡航速度を維持して東へと離脱を図っていると言う知らせが入れられる。艦の中枢機能は維持出来ていると言えるだろう。

 恐らくは第二次攻撃隊の攻撃でも生き足を完全に止めるのは無理かもしれない。完全にチェックメイトを刺すには愛鷹達水上艦隊の攻撃を仕掛ける以外に無いだろう。

 

 黒煙を上げながら東へと避退を続ける戦艦棲姫に追いついた三二機の第二次攻撃隊が攻撃を開始する。

 一六機のヘルダイバーと一六機のアヴェンジャーに対して、戦艦棲姫は残っている対空火器で応射を試みるが、弾幕と呼ぶには程遠い対空砲火が散発的に撃ち上がるだけであり、ヘルダイバーとアヴェンジャーに牽制にもならなかった。

 悠々と攻撃ポジションに遷移したヘルダイバーとアヴェンジャーは編隊を組んだまま悠然と急降下爆撃と雷撃コースに乗り、各航空妖精は黒煙を目印に照準器内に捉えた戦艦棲姫目掛けて落ち着いて爆撃を開始した。

 既に多数の爆弾を被弾して黒煙を上げている戦艦棲姫の艤装に一〇〇〇ポンド爆弾が更に複数直撃する爆炎が走り、打ち砕かれた艤装の破片が爆発の炎と共に海上へと散らばる。ゴーレムの様な艤装が被弾の度にあらぶる中、更にその舷側に魚雷が直撃して突き立てる水柱がそそり立つ。

 この時戦艦棲姫にとってはファインプレー、第二次攻撃隊にとってはミスとなる展開が発生した。戦艦棲姫がヘルダイバーの爆撃を回避すべく必死に鈍重な舵を不規則に切り続けた為、アヴェンジャー各機は魚雷の偏差が上手く出来ず大まかな予測の元で魚雷を投下した為一六機の内直撃を得られたのは二機に留まり、しかも一発は不発だった。

 一〇〇〇ポンド爆弾の直撃は一〇発を数え、再び火災を誘発していたが戦艦棲姫がそれで完全に参った様子を見せる事は無く、被弾し爆発した魚雷による傾斜回復の為に反対側へ注水していた。注水の結果ただでさえ鈍重な挙動はより鈍くなり、速力も大幅に低下したが大口径の主砲や戦艦棲姫本体は依然健在だった。

 

 BDAを聞いた愛鷹は戦艦棲姫から機動性を奪う事に成功したと確信する一方、主砲は依然健在と言う知らせに一抹の不安を抱えた。

 戦艦棲姫は水上射撃レーダーを備えているから弾着観測機無しでも高い砲撃の命中率を誇る。こちらの夕張以下の艦娘が魚雷攻撃の為に肉薄した所へレーダー射撃で一方的に狙い撃ちされたら手の出し様がない。最悪自分と青葉を残して全員無力化されて仕留め損ねる可能性もある。

 そう考えた時、本能的に右手が左腰に差している刀の柄に伸びた。戦艦棲姫の主砲砲身を切断して戦闘能力を削いだ上で夕張以下五人に仕上げを任せるか。少なくともス級に接近戦を挑むよりはリスクは少ない方だろう。戦艦棲姫は比較的国連軍との初接敵が古く、それだけに武装に関する情報は既知案件だ。無論愛鷹も戦艦棲姫の武装内容は知っている。長射程の大口径艦砲だけでなく接近戦の為の副砲を多数備えて全距離において隙が無いス級と違い戦艦棲姫の副砲は多くない。それに航空攻撃でそれら副砲も殆どが無力化されている筈だ。

 そうなれば、後は自分の立ち回り方次第と言う事になる。それさえ上手く行けば戦艦棲姫撃沈は不可能ではないだろう。

 

 程なくして水平線上に戦艦棲姫の上げる黒煙が見えて来た。消火作業は上手く行っているのか黒煙の密度はそれ程ではない。

「第三三特別混成機動艦隊全艦、水上戦闘用意! 砲雷同時戦準備! まず私が突入して敵戦艦の主砲を破壊し、夕張さん達が安全に雷撃戦を行える環境を作ります。各艦は戦艦棲姫と距離を保ちながら援護射撃。発砲を確認したら直ちに回避優先で」

「了解」

 唱和した返事が返される。以前の深雪だったら「無茶するな」と制止に入ったかもしれないが、何も言わずに復命した辺り愛鷹の事を信じて賭ける気なのかもしれない。

 やって見せるさ、と左腰の鞘から刀を引き抜き、長い白刃の柄を右手に握りしめて愛鷹は増速を命じた。

「前に出ます! 最大戦速、黒二〇! 進路〇-九-九度ヨーソロー!」




余談
ルグランジュ中将の元ネタは銀河英雄伝説の第11艦隊司令官で救国軍事会議メンバーのルグランジュ提督です。

感想評価ご自由にどうぞ。
また次回のお話でお会いしましょう。


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第六七話 戦線の拡大

 カット多目になっています。


「電探探知。右一〇度、距離二〇〇〇、速度一八ノット。敵艦トラック2601と認定。全艦水上戦闘用意」

 単独で艦隊から分離して陽動に入る愛鷹に代わって第三三特別混成機動艦隊の指揮を執る青葉の指示が続航する夕張、深雪、綾波。フレッチャー、ジョンストンへ飛ぶ。

 主砲艤装を構える五人と同様青葉自身も二〇・三センチ連装砲を備えた主砲艤装を構え、照準サイトを覗き込みながら全員が射程に戦艦棲姫を捉えるのを待つ。視界の先では最大戦速で突入していく愛鷹の長身が見える。

「トラック2601に動きあり。敵艦回頭、敵針一-七-四、敵速二一ノット」

 青葉のCIC妖精が電探スコープを覗き込みながら戦艦棲姫の動きの変化を伝えて来る。大きな艤装を左に傾けながら戦艦棲姫が反転して単独で突撃する愛鷹へと進路を変えていく。副砲や対空砲は軒並み壊滅しているとは言え、健在な主砲で迎撃態勢に入っただろう。

 最大戦速で駆けて行く愛鷹へ主砲を指向する戦艦棲姫を見据えて青葉は攻撃開始の号令を下した。

「旗艦指示の目標、撃ちー方ー始めー! 発砲、てぇーッ!」

 号令が下るや青葉の二〇・三センチ連装砲、夕張の一四センチ連装砲と単装砲、深雪と綾波の一二・七センチ連装砲A型改二、フレッチャー、ジョンストンのMk30改が一斉に砲撃を開始した。

 異なる四種類の砲声が響き渡り、撃ち出された徹甲弾が空中を飛翔して行く。初弾を放ってから直ちに再装填を終えた艦から随時次弾が撃ち出されていく。もっとも速射性に優れているMk30改の砲声が小太鼓を連打するかの様に連続して鳴り響き、やや遅れて一二・七センチA型改二連装主砲の砲声が響く。一発一発当たりの威力は戦艦棲姫に致命的な損傷を与えるのは無理だが、牽制射撃として間断なく降り注ぐ一二・七センチ級の小口径砲弾は気を引くにも嫌がらせにするにも十分だった。

 それよりも間隔を置いて夕張の一四センチ砲が撃ち放った一四センチ弾が砲声と轟音を立てながら戦艦棲姫へと弾道を描いて飛翔して行く。駆逐艦の四人よりも威力とサイズがやや大きい砲弾が空気を切り裂く音を立てながら青空を飛び抜けて行く。

 夕張の砲撃よりもさらに間隔を置いて青葉の主砲が主砲弾を撃ち放つ。愛鷹を除く第三三特別混成機動艦隊の艦娘でも最大口径の主砲が発砲するや殷々とした砲声と軽い衝撃波が走り、砲口からは砲炎が迸る。

 六人の主砲から放たれた各口径の砲弾が空気との摩擦で赤く光りながら空中を山なりの弾道を描いて飛翔し、戦艦棲姫の周囲に砲弾を着弾させていく。撃破を狙ったものでもないので精度は重視していないが、戦艦棲姫の動きが緩慢なのもあって降り注ぐ砲撃はどれも至近弾となって戦艦棲姫の前後左右に着水の水柱を林立させていく。

 鬱陶し気に青葉達に睨む視線を送りながらも白刃を構えて急接近する愛鷹の方が脅威であると認定している戦艦棲姫は巨大な主砲の俯角を取って発砲した。

 随意射撃を継続する青葉達の砲撃の砲声を遥かに凌ぐまさしく耳を聾する轟音と呼ぶべき砲声が三連続で鳴り響き、水平線上に瞬間的な発砲の閃光と火炎が瞬く。砲撃を開始した戦艦棲姫の主砲の発砲煙が二基の三連装主砲を載せた怪物ゴーレムの様な巨大な艤装を隠し去り、周囲の海面が発砲の衝撃波でへこんだ。

 発砲の直前、戦艦棲姫の本体が右手を愛鷹へ向けて発砲を指示するのを見ていた愛鷹自身は直前に右へと舵を切り、急ターンで砲撃を躱す。大型艦娘であるだけに生じる舵の反応のタイムラグも計算に入れて切られた舵が反応し、愛鷹の身体が右へと進路を変えた直後、殆ど間を置かずに戦艦棲姫の砲撃が左手を通過して彼女の背後で海上に着弾、爆発した。

 巨大な水柱がそそり立つ中、それをバックに愛鷹は今度は左に舵を切る。両足の主機のラダーヒール自体が取り舵を切ると少しの間をおいてから進路を左に変更する。

 先んじて戦艦棲姫の主砲で発砲したのは右側の第一主砲だった。易々と砲撃を躱された戦艦棲姫は左側の第二主砲で愛鷹を追尾し、照準を定めると第二射を放った。

 腹に響く砲声が戦艦棲姫から放たれ、海上に弾道の跡を残しながら愛鷹へ砲弾が迫る。ギリギリのタイミングで舵が反応した愛鷹の右手を三発の大口径砲弾が飛び抜けて行った。

 真横を飛び抜けた砲弾の衝撃波に煽られながら即座に面舵に舵を切る愛鷹へ戦艦棲姫から辛うじて生きていた対空機関砲が射撃を開始する。曳光弾が急接近して来る愛鷹へ多量の弾丸を浴びせるが、彼女が展開した防護機能によって弾き返される。

 戦艦棲姫の機関砲の射撃を見た青葉は拙い、と本能的に感じ取っとった。あの機関砲の射撃は恐らく、いや十中八九主砲の弾道を確認する為のスポッティングライフルの役割を果たしている。正確な射撃データを戦艦棲姫の主砲に伝達する役割を担っている筈だ。ただでさえ距離が縮まって主砲の当てやすさが上がっている中、さらに精度を上げる為の手段を取られては愛鷹の回避も間に合わなくなる。

 その為の援護射撃だと自分自身に檄を飛ばし、青葉は主砲の射撃照準を対空機関砲へ合わせる。愛鷹の位置をマークする様に継続的に射撃を行う対空機関砲に青葉の主砲の射撃照準レティクルを合わせ、「発砲!」の号令と共に射撃ボタンを押し込んだ。

 発砲炎と共に二〇・三センチ連装砲の砲身が衝撃で後退し、砲口から撃ち出された四発の砲弾が戦艦棲姫の対空機関砲がある位置へ向けて飛んで行く。ほぼ水平の弾道を描いて海上を飛び抜けて行った青葉の砲弾が戦艦棲姫の対空機関砲の傍に着弾し、炸裂した二〇・三センチ砲弾の破片が曳光弾を愛鷹に叩き付ける対空機関砲をずたずたに切り裂き、砕いた。

 機能を喪失した対空機関砲の射撃が止んだ直後戦艦棲姫の第一主砲が火を噴き、機関砲の射程圏内に入っていた愛鷹目掛けて巨弾を撃ち込む。が、青葉の射撃でギリギリのところで対空機関砲による照準補佐がずれたせいか砲弾は二発が愛鷹の右手の空間を突き抜け、一発は愛鷹が振るった刀によって弾き返された。

 邪魔をして来た青葉に恨めし気な視線を向けて来る戦艦棲姫の本体に青葉があっかんべーでもしてやろうかと思った時、後ろで同じことを思いついた深雪が馬鹿にする表情を見せながら舌を出して戦艦棲姫を挑発した。

 瞬間的に怒りが湧き上がったらしい戦艦棲姫が両手に拳を作った時、その視界に白刃を構えた愛鷹が肉薄して来るのが映った。

 

「遅い!」

 

 左手をまっすぐ前に伸ばし、少し引いた右肩で構えた刀の切っ先を添えた独特な構え方で迫った愛鷹が戦艦棲姫の目の前で海上を蹴ってジャンプすると右手に持った刀をまず右側の第一主砲の砲身に振るって切り落とす。更に右舷艤装から繰り出した錨を左側の第二主砲へ放って絡ませると錨鎖巻取り機能を駆使して戦艦棲姫の右側から左側へとターザンの要領で素早く移動し、第二主砲の砲身にも白刃を振るい三本の砲身を鈍い金属音と共に切り落とした。

 砲身を切り落とされて無力化された戦艦棲姫だったが、本体とは別のゴーレムの様な艤装が巨大な拳を作って愛鷹に殴り掛かった。

 寸でのところで身体をのけぞらせて躱したものの、もう片方の拳が左手から愛鷹を捉えた。

 ストレートパンチ級の威力を持ったフックを食らった愛鷹の身体が艤装事宙を舞って吹き飛び、声なき悲鳴を上げて宙を舞った愛鷹の身体が海上に力なく落ちた。

「愛鷹さん!」

「やってくれるわねえ!」

 青葉と夕張の叫び声が上がる中、砲身を破壊されて戦闘不能になった戦艦棲姫が艤装の巨大な腕を振りかざして海上に倒れ伏す愛鷹に更に一撃加えようと構えた。

「やらせるか! 各艦続け!」

 機関部と主機にブーストを駆けて突撃を開始する深雪に、綾波とフレッチャー、ジョンストンも背中の機関部の煙突からブーストをかけた黒煙を吐きながら一気に戦艦棲姫に迫る。

 吶喊して来た四人に気が付いた戦艦棲姫が振りかざしていた艤装の腕の振るい先の狙いを最も近い深雪に定める。

「咄嗟射撃、魚雷発射雷数六、集射散布帯角度二度。てぇーッ!」

 自分の旗艦と同じように殴り飛ばされる前に魚雷を発射した深雪は直ちに小柄な体を大きく右に傾けて急ターンする。急カーブを曲がるバイクのライダーの様に海面すれすれまで身体を倒してターンする深雪の左手上部を戦艦棲姫の左フックが掠めて行った。

「こーげき始めー! てぇーッ!」

「Fire Torpedo Salvo!」

「Salvo」

 深雪とは反対側から回り込んだ綾波とフレッチャー、ジョンストンの魚雷発射の号令が飛び、三人の魚雷発射管から魚雷全弾が発射された。

 全部で二六射線の魚雷が戦艦棲姫へと向かって放たれた。深雪と綾波の魚雷は無航跡の酸素魚雷、フレッチャーとジョンストンの魚雷は航跡を引く魚雷であり二種類の魚雷が戦艦棲姫へと迫る。主砲を無力化されても航行能力は維持していた戦艦棲姫がもがく様にダッシュをかけて回避を図るが、機動性はお世辞にも高いとはいえない戦艦棲姫の動きは緩慢だった。

 至近距離から放たれた深雪の魚雷六発全てが戦艦棲姫の左舷に直撃し爆発の閃光と爆炎、水柱を突き立てる。

 一度に六発の魚雷を受けて右舷に傾斜を始める戦艦棲姫の左舷から綾波、フレッチャー、ジョンストンの放った魚雷が命中する。魚雷命中の爆発の轟音が響き渡り、反対側へ押しのけられるように戦艦棲姫の艦体が傾く。一本、また一本と命中して水柱と爆炎を舷側に纏う様に受け、びりびりと戦艦棲姫の艦体が衝撃で震える。

 航空攻撃で被弾していた魚雷と合わせて戦艦棲姫が被弾した魚雷は全部で二二本に及んだ。左右両側から撃ち込まれた魚雷は戦艦棲姫の艤装の舷側に大穴を穿ち、そこから大量の海水が侵入して戦艦棲姫の喫水線を大きく下げた。前のめりに大きく傾斜を始めた戦艦棲姫の巨大な主砲は沈黙し、本体は度重なる魚雷爆発で致命的ダメージを受けたのか艤装共々沈黙し、二本の腕と頭は力なくだらりと垂れ下げられていた。

 

「戦艦棲姫の撃破を確認、撃沈は確実と思われます」

 火災の炎と黒煙に包まれながら大傾斜して波間に消えて行く戦艦棲姫の姿を目視で確認した青葉は戦闘の状況をモニターしているEV-38に撃沈報告を入れ、自分は戦艦棲姫の艤装に殴り飛ばされた愛鷹の元へと向かった。

 諸に巨大な拳の一撃を食らったのだ。タダでは済んでいないだろう。装備妖精の第四分隊の衛生班に医療手当の用意をさせる。

 海上に倒れ伏してピクリとも動かない愛鷹の元に着くと、首筋に手をやり脈を確認する。同時に接舷した青葉の艤装からファーストエイドキットを担いだ装備妖精が飛び出していき、愛鷹の艤装や体に飛び移る。

 首筋に宛がった青葉の手に確かな脈動が感じ取れた。見たところ制服を赤く染める出血などの外傷はない。強い衝撃で脳震盪を起こして意識を失っているだけかもしれない。実際愛鷹の身体だけでなく艤装自体も破損らしい破損が認められない。

 ただ装備妖精が出て来るハッチは歪んで開口できなくなっているらしく、青葉からエンジンカッターを持った装備妖精がこじ開けにかかった。

 ペンライトで瞳孔の反応を伺っているとハッチをこじ開けた青葉の装備妖精が内部から愛鷹の装備妖精を助け出した。

「容体は?」

 そう尋ねる青葉に装備妖精はふらふらする頭を抑えながら愛鷹の状態を報告した。

「戦艦棲姫に殴り飛ばされる寸前に防護機能を展開できたので、致命的な損傷は免れました。幸い、骨折、出血等のダメージはありません。ただ衝撃自体は相殺出来ないので脳震盪を起こして意識が吹っ飛んでいる状態です。艤装に関しても重大な損傷はありませんが、殴られた時の衝撃で予備バッテリーが破損し塩素ガスが発生して現在排気とダメコン中です」

 呼び電力のバッテリーが破損した事を除けば愛鷹の身体も艤装も重大なダメージは無い。その報告に安堵しながら青葉は曳航作業の準備にかかった。

 ロープを自身の艤装と愛鷹の艤装に結び付けながら、沈みゆく戦艦棲姫の方をみやる。

「最高の眺めですね」

 にやりと勝った愉悦からの笑みを口元に浮かべて呟く。戦艦棲姫の周囲を警戒のためぐるぐる周回している深雪たちに少し離れたところにいる夕張が「集合」の合図をかけた。

 

 

 戦艦棲姫の撃沈を確認。その知らせにルグランジュ提督以下「ドリス・ミラー」に座上する西部進撃隊の司令部要員は一様に深い安堵の溜息を吐いた。

 第三三特別混成機動艦隊の損害は旗艦愛鷹が戦艦棲姫に殴り飛ばされて脳震盪を起こして意識を失ったくらいであり、航空部隊の損害も軽微だ。ひとまずは大きな障害の一つを取り除く事に成功したと言っていいだろう。事前の航空攻撃が上手く行ったこと、戦艦棲姫の取り巻きが少なかったことが今回の勝利の要因だろう。

 このままサクサクアンツィオへの道を切り開く事が出来れば、と願うばかりだったが深海棲艦と言うのはそう簡単な相手では無い。直ぐに次の手を撃って来る筈だ。

 

 青葉に曳航されて「ズムウォルト」へ収容された愛鷹は医務室へ運ばれて医務官の手当を受けた。

 帰路の間から医務室に運び込まれるまでの間、目を覚まさなかった愛鷹だったが診断を行った医務官によればそう思い脳震盪ではないらしい。少し横になっていればすぐに目を覚ますだろう、と言う診断結果に安堵した青葉は次に次席旗艦と言う第三三特別混成機動艦隊の臨時指揮官となった自身が次にとるべき行動に思案を巡らせた。

 旗艦である愛鷹が行動不能になったものの、偵察部隊としての任務は続行しなければならない。現在の第三三特別混成機動艦隊の次席旗艦の任を担う青葉の判断で直ちに新たな偵察部隊が組まれた。鳥海を旗艦として摩耶、陽炎、不知火、敷波、瑞鳳の六人で編成された偵察隊が編成され、直ちに「ズムウォルト」から発艦した。

 

 瑞鳳から偵察機が発艦し航空偵察が始まる。事前に沿岸部および後方の「ドリス・ミラー」のモスキートの航空偵察範囲は共有されていたので瑞鳳はそれに則って航空隊を進出させた。

 ターミガン、フェーザントのコールサインを持つ八機の天山が各偵察エリアへ向けて進出していく中、偵察部隊も対水上、対空、対潜警戒に当たる。深海棲艦が奇行をしてこない限りは航空偵察の目を掻い潜って鳥海以下の偵察隊に接近する事は出来ない筈だが、西地中海の深海棲艦の展開状況が不明瞭な分、気を抜く事は出来ない。

 先頭に立つ鳥海の目に、水平線上が赤く染まるのがうっすらと見えて来た。

「こちら鳥海、フォルマンテーラ島沖合の海上の変色を確認。各艦は警戒されたし」

 海の変色。その言葉に全員の表情が硬くなる。深海棲艦の庭先と化した海域程赤く変色した海は無い。そしてその海域では艦娘の艤装が「侵食破壊」と言う形で破損させられる事もあった。現在では侵食破壊を防ぐ塗装が全艦娘の艤装に施されているので深刻なダメージは発生しない。一方、変色海域では羅針盤を含めた航法機器に障害が発生する事が判明している。これに関しては現状対処方法が見つかっていない。

 海域の変色の度合いにもよるが種子島の戦いの様に全く持って航法機器が使い物にならない事もあれば、航法機器の航路計算に謎の誤差が生じる程度で済む事もある。

「変色海域か。奴らの庭になりつつあると言う感じか」

 渋面を浮かべる摩耶がふと足元を見やると、落ち葉の様な赤い斑点が青い海にぽつりぽつりと浮かんでいた。偵察隊のいる場所は既に変色海域と通常海域の境目付近と言う感じになる。

 直近では種子島の戦い以来は観測されていない変色海域だが、一方でその海域の特性についての解析も進んでおり現に対処法も見つかっている。変色海域の特徴としては人間などの哺乳類には無害な一方、魚類や無機物には侵食破壊や生態系の破壊を促すと言う所にある。

 深海棲艦との過去の戦い、それも艦娘が戦線に投入される前の通常兵器を用いた戦いでは戦艦級や棲姫級、重巡級の砲撃や中小艦艇の雷撃で人類側の艦艇の内、ミサイル巡洋艦や駆逐艦、フリゲートと言った艦艇は撃沈されてきたが、それ以上の万トン級の空母やタンカーは深海棲艦の兵装では火力不足で撃沈出来なかった。ではどうやって深海棲艦はそれらの艦船を沈めて来たのかと言うと海域を変色させて大型艦船の船体を侵食破壊で自壊させて沈める、と言うのが深海棲艦の戦術だった。

 変色海域における謎として人間や海豚、鯨等の哺乳類は変色海域でも何の問題も無く活動出来るが、魚類は瞬く間に壊滅すると言う点にある。現在のところ科学的な立証は出来ておらず、原因は不明のままだ。ただ変色海域で魚類が全滅すると、その魚類を餌とする海豚や鯨等の海洋哺乳類は生活できない為移動せざるを得なくなるため、結局海洋生物は変色海域には存在しない事になる。

「死の海、よねぇ……」

 ぼそりと呟く陽炎の言葉は赤く変色する海を言い当てた台詞だった。

「死の海、と言う割にはなんであたしら人間には人畜無害で済むんだろうね。死んでるのは魚ばっかりじゃん」

 そこがどうにも解せないと言う表情で敷波が言う。確かにと不知火が訝し顔で足元を見やりながら返す。

「艦娘になって一〇年程たちますが、その間に科学的に立証出来る事は無かった海。科学では証明できないのだとしたら、別の手段で探るしかありませんが」

「オカルトに頼るって言うの?」

「結論から言うとそうなるわね」

 普段から生真面目な不知火がいつもの生真面目な表情のまま科学が駄目ならオカルトに頼るしかないと発言する事に、敷波は彼女の意外な一面を垣間見た気がした。

「不知火って科学こそがこの世の正義、とか言いそうなキャラだと思ってたけど案外そうでもないんだね」

「私だってこの世の全てを科学で解決できるとは思っていません」

「不知火ってね、案外オカルトの方には理解度高いのよ。なんせお化け屋敷とか作り物だとは分かっててもクッソビビるから」

 脇から口を挟む陽炎に敷波は「へえー」と驚き、当の不知火は陽炎に余計な事を言うなと睨みつける。

 私語を飛ばし合う三人に鳥海がため息を交えながら窘めようとした時、摩耶が無言でそれを制した。

「気を張り過ぎるよりも、ちったあリラックスしていた方がいいぜ?」

「そうだけど、敵の展開状況が不明瞭な西地中海なだけに気を抜いたらお終いな気がするのよ」

「そん時はそん時さ」

 けろりと返す摩耶に何か言いたげな表情を浮かべる鳥海だったが口には出さずに無言でメガネの位置を正した。

 一方終始無言の瑞鳳はと言うと天山八機から入って来る変色海域の情報の取りまとめに忙しく会話をしている処では無かった。

 変色海域の広がり具合に興奮する航空妖精達に「少しは落ち着きなさい」と一喝を入れて窘めると、上げられて来た報告を整理する。瑞鳳の航空団に交代要員として新規に補充されてきた予備の航空妖精を練度向上を兼ねて投入しているだけあって偵察飛行の技量はあっても、いざその眼下に見えるモノを目にすると無駄に興奮してしまうあたり未熟さがある。

 興奮する航空妖精たちの報告をまとめていた瑞鳳はふとフェーザント2の上げて来た報告に、タブレット端末のタッチパネルに走らせていたタッチペンを握る手を止めた。

「PTが二隻?」

 PT小鬼群が二隻航行しているのを発見と言う報告に瑞鳳は違和感を覚えた。PT小鬼群は航続距離が長くない小型艦だ。補給を行う補給艦ワ級か燃料を裾分け出来る大型艦が近くに展開しているか、或いは大規模な艦隊が近辺に展開していてその哨戒任務に就いているか。

「全機、フェーザント2の周囲に展開して偵察を。担当場所は後で送るわ」

 一旦全機をフェーザント2の周囲に集結するよう指示を出した後、タブレット端末で新たな偵察エリアの策定を行い、それをデータリンクでターミガン、フェーザント各機に転送する。航続距離が短い分、艦隊随伴艦ないし哨戒艦として活動している筈のPT小鬼群だ。近辺に本隊となる敵艦隊が展開していると見て間違は無い。

 

(航続距離の短いPTが二隻だけで行動している……斥候を兼ねた哨戒艦隊だとしたら本隊は恐らく水上艦隊、それも連合艦隊規模の筈。戦艦棲姫をやられて生まれた戦略的空白を埋める為に別海域で行動していた艦隊を回して来た……?)

 

 考えを一人巡らせる瑞鳳の頭の中で、では戦艦棲姫を含む艦隊が抜けた穴を埋められる艦隊となれば空母機動部隊か水上打撃部隊か、と言う疑念が生まれる。空母機動部隊なら航空優勢を確立出来、戦艦の砲撃よりもリーチの長い攻撃が可能だが艦娘側による迎撃によっては損耗で火力投射量が減る。水上打撃部隊ならリーチは短くなるが航空機によりも圧倒的な火力を集中的に投射可能だ。戦艦棲姫はその点戦艦ル級やタ級数隻分の仕事を単艦でこなせるからル級やタ級数隻を中核とした水上打撃部隊一個艦隊分に匹敵すると言っていい。

 その戦艦棲姫を撃沈されたからには火力投射量を重視するなら水上打撃部隊、制空戦闘を重視するなら空母機動部隊と見るべきだ。ただもし空母機動部隊が展開しているのだとしたら、瑞鳳の偵察機が未だに戦闘空中哨戒に当たっているであろう戦闘機の迎撃を受けていないのは妙である。

 そう考えた場合、恐らくは水上打撃部隊が近海に展開ないしは進出してきている可能性が高い。

「ただの戦艦ル級やタ級だったらまだ楽な方なんだけどな……」

 そう簡単な相手だったらここまで国連軍が苦戦を強いられる訳ない、と自分に言い聞かせる。

 暫くして母艦である瑞鳳から送れられて来た新たな偵察エリアの座標に従ってターミガン、フェーザントの二部隊の再展開が行われた。

 赤く変色した海を眼下に望みながら偵察飛行を続ける天山八機からの続報を待つ間、瑞鳳を含む第三三特別混成機動艦隊の分遣偵察艦隊も前進を続ける。直に分遣偵察艦隊が発見できる深海棲艦艦隊は今のところない。ソナーによる潜水艦発見の報告も無く、敵機襲来を知らせるレーダー反応も無い。

 全体として静かだった。戦艦棲姫を含む艦隊が近海に先程までいたとは思えないほど静かだった。それが逆に不気味であり鳥海以下の六人に不安な影を落とした。

「妙に静かね」

 周囲を見回しながら陽炎が呟く。不知火と敷波が相槌を打った時、瑞鳳のヘッドセットに偵察中の天山、フェーザント2-2から緊急入電が入った。

(こちらフェーザント2-2、母艦瑞鳳へ)

「どうぞ2-2」

(ワレ、敵艦隊を捕捉。敵艦隊陣容、深海地中海棲姫一、重巡棲姫一、軽空母ヌ級elite級二、戦艦ル級flagship級二、軽巡へ級flagship級一、大型駆逐艦ナ級後期型elite級二、駆逐艦ロ級後期型一を認む。敵艦隊現在位置、北緯……)

 報告が上げられてくる敵艦隊の現在位置をタブレット端末にタッチペンで入力する瑞鳳の手が震える。深海地中海棲姫に重巡棲姫。戦艦棲姫も大きな脅威ではあったがこの二隻の棲姫級だけで同レベルの脅威度である。しかも戦艦棲姫を含む艦隊と違って編成は一〇隻。恐らくは別行動しているPTはこの艦隊を母艦隊としている筈だ。つまり一二隻の水上打撃部隊が近海に展開中。

「了解、全機直ちにRTB。インターセプターが上がってくる前に直ちに全速で離脱」

 ラジャーの返答が返され、タブレット端末にも八機全機に「RTB」の表示が出る。

「全艦に通知します、新たな敵艦隊現在位置判明。座標は北緯三八度一五分四九秒、東経一度五三分一〇秒」

「フォルマンテーラ島の沖合か」

 ポケットから海図を取り出した摩耶が瑞鳳の読み上げた座標を確認して一番近い陸地を口にする。

「フォルマンテーラ島って深海棲艦の拠点あったっけ?」

 そう疑問を口にする敷波に不知火が首を振る。

「もしフォルマンテーラ島とその隣の島々が制圧されているならそこから深海棲艦の陸上機が飛来している筈です。爆撃が来ていない時点で飛行場棲姫等が進出している筈がない」

「飛行場棲姫は無くても港湾棲姫とか集積地棲姫とかの拠点タイプの陸上深海棲艦なら或いは、じゃないかしらね」

 対論を述べる陽炎に不知火がそれは確かにあると右手で顎を摘まむ。

 海図をしまった摩耶は先頭を進む鳥海にこのまま進むか戻るかを問う。

「敵艦隊がこっちに転進して邀撃行動に出る可能性はあると思う。万が一交戦となったらこっちが数的にも戦力の質的にも不利だ。一時後退した方が良いんじゃないか?」

「そうね、全艦一斉回頭! 一時『ズムウォルト』へ後退し事後の策を検討します」

 

 深海地中海棲姫を旗艦とする艦隊発見の報は後方に展開する空母「ドリス・ミラー」のルグランジュ達に元にも届けられた。CDCで報告文を受け取ったルグランジュは遂に本格的な深海棲艦の抵抗が始まったと確信した。

「深海地中海棲姫と重巡棲姫、それに戦艦ル級flagship級と大型駆逐艦ナ級elite級か」

「HVT(最重要目標)となりうる主力艦が多数含まれます。流石にこれは第三三特別混成機動艦隊だけで対処させるには荷が重すぎます。我が本隊から主力部隊を前進させて撃滅を試みるべきです」

「その通りだな。欧州総軍司令部にも知らせろ。それとニーム=ギャロン海軍航空基地に展開中のB-25による近接航空支援を要請だ」

「了解」

 第三三特別混成機動艦隊による戦艦棲姫討伐を指示すると言う無茶を言って来た欧州総軍司令部も今度は西部進撃隊の本隊による深海地中海棲姫を含む艦隊討伐を許可して来た。同時にフランスのニーム=ギャロン海軍航空基地に前進展開中のB-25陸上爆撃機による艦隊への近接航空支援も取り付けてくれた。

 本格的な出番が来た、と言う事もありルグランジュは艦隊の人選を慎重に行った。今の段階でこちらの主力艦を大々的に投入して大損害を被った場合、後々のアンツィオ攻略時に支障が発生する。最適な戦力を投入するのが肝だった。

「日本艦隊から大和型二隻を投入するとして艦隊の上空直掩には空母レンジャー、軽空母ラングレーを投入する。艦隊随伴艦には重巡枠にヒューストン、タスカルーサを投入だ。残りは日本艦隊から抽出しよう」

「日米合同機動艦隊ですね」

「そういう事だ」

 

 

 市ヶ谷の日本方面軍司令部での日本方面軍司令部幕僚会議の為に出向いていた谷田川が会議を終えて横須賀の日本艦隊統合基地へ帰る途中、日本艦隊統合基地に残って留守番を頂いて鳳翔から緊急連絡が入った。谷田川が乗る車のハンドルを握る三笠が鳳翔からの連絡に出る。

「私です……何ですって……⁉ はい……はい……了解。提督、ちょっと失礼」

 鳳翔からの連絡を切った三笠はぐっとアクセルを踏み込んで一気に加速し、日本艦隊統合基地への高速道路を走る提督専用車を猛スピードで走らせた。

「おい! 自動車免許持っている人間ならもうちょっと安全運転を心がけんか! 仮にも日本艦隊を預かっている艦隊司令官を乗せているんだからさ」

 後部座席で高速道路の街灯が過ぎ去る速度の速さが異常な程に速くなるのを見て谷田川が三笠の運転を咎めると、ハンドルを両手で握りしめながら三笠は鳳翔からの緊急連絡の内容を彼に話す。

「深海棲艦が動きました。欧州に気を向けていた隙を取られましたよ。北部方面隊から報告があった新型の深海棲艦の超重爆が三〇機、ポイント・アルファ・リマに展開する北方棲姫から発進して南下中です。約一時間以内に首都圏に到達する予定だそうです。

 提督には今すぐ日本艦隊統合基地へ戻って艦隊による迎撃が必要な時に備えて指揮を執っていただかないと」

「新型の超重爆……昨年に八幡製鉄所を更地にしていった深海空超要塞か」

「いえ、もっと大型の奴です。情報部の解析で深海超征服重爆と名付けられた深海棲艦最大の大型機です」

 深海超征服重爆。深海棲艦が日本本土爆撃を試みる中で新規に確認された超巨大戦略爆撃機だ。空を征服するかのようなその深海棲艦の航空機の規格外れともいうべき巨体から名付けられた機体は、大きさがそれまで人間からすれば精々大きくても大型のラジコン飛行機程度の大きさだった深海棲艦の航空機とは一線を画し、一気に小型機程のサイズを誇る巨人機となって人類の前に姿を現した。

 余りの巨人機であるが故か深海棲艦でも配備は遅々として進んでいなかったようだが、遂に大量配備が出来て日本本土爆撃に出たと言う事だろうか。

「深海超征服重爆、セスナ機程もあるって噂のあれか。だが、それが補給が断絶している筈の北方棲姫から発進しただと?」

 北方棲姫が居座るポイント・アルファ・リマの島は国連海軍によって他の深海棲艦との補給路を含む接触を断たれた筈の場所である。常時ロシア方面軍太平洋艦隊所属の哨戒機が哨戒飛行を実施しているほどの厳戒態勢の中を突破して機体とそれを運用する基地を再整備してのけたと言う事だろうか。

「理由は不明ですがSS26(第二六警戒隊)のレーダーサイトが既に補足しています。海兵隊の防空軍が再確認中です」

 

 

 埼玉県入間基地の日本方面軍中部航空方面隊のSOC(航空方面隊作戦指揮所)では大画面の液晶パネルに「BOGGY」と書かれた三〇個のシンボルが表示されていた。

「SIF(敵味方識別装置)照合……当該機ありません。ライブラリー照合、深海超征服重爆三〇機」

「エリア・ホテル2、キロ1。ヘディング190、高度三万二〇〇〇、速度三三〇ノット。なお南下中」

 管制官の報告が淡々と上げられてくる中、主任管制官が管制官の一人に尋ねる。

「三沢はどうだ? 連絡は付いたか?」

「北部SOCを始め、本土北部の飛行隊及び各基地と連絡が取れません」

「防衛統合デジタル通信で三沢を呼び出せ。出るまで続けろ」

 日本本土の北海道及び東北方面の防空を担う各拠点との通信が出来ないと言う返答に主任管制官は困惑の表情を浮かべながらもひとまず別手段での三沢基地との連絡を試みさせる。北海道の千歳基地と東北の三沢基地の邀撃機が連絡不能で上がれない場合、早期の深海超征服重爆を迎撃する部隊が使えないと言う事になり早期迎撃が不可能と言う事にもなる。一旦ヘッドセットマイクを抑えながら管制室の部長に一抹の懸念を口にする。

「まさか、北部方面隊が深海の奇襲攻撃で?」

「馬鹿、そんな事がある訳ないだろ」

 滅多な事を言うんじゃないと部長は主任管制官を睨み返す。

 その時、管制室内にブザー音が鳴り響き同時に管制官が報告を上げる。

「邀撃機上がりました。百里309よりクローバー01、小松303よりソーサラー32。会敵予想時刻、クローバー・ネクスト05、ソーサラー・ネクスト11」

 中部航空方面隊SOCからの邀撃指示を受けて茨城県の百里基地に展開する第309飛行隊及び小松基地の第303飛行隊から空対空ミサイル一四発を搭載したF-15EXⅡがそれぞれ二機ずつ発進した。中部航空方面隊SOCの管制室の大画面ディスプレイに二機のエレメントを組んだF-15のシンボルマークが表示される。

 

 百里基地を発進した二機のF-15EXⅡ、コールサイン・クローバー01に対して中部航空方面隊SOCの管制官が誘導を開始する。

≪Trebor this is Clover01. Now maintaing angel32.(トレボー、こちらクローバー01。現在高度三万二〇〇〇)≫

≪Clover01, this is Trebor. You are under my control. Steer 040,maintain present angel(クローバー01、こちらトレボー。誘導を開始します。同高度にて方位〇四〇へ)≫

≪Roger(了解)≫

 二基のターボファンエンジンの甲高いエンジン音を立てながら二機のF-15が旋回して進路を変更する。胴体下にはAIM-120E AMRAAM中距離空対空ミサイルが一二発、AIM-9XⅢサイドワインダー短距離空対空ミサイルが二発搭載され、更に増槽を二本吊り下げていた。

 

 

「深海超征服重爆、依然南下中。速度、高度変わらず」

「追尾、SS37よりSS27へハンドオーバー。クローバー01、会敵予想時刻修正ネクスト04」

 第三七警戒隊のレーダーサイトから第二七警戒隊のレーダーサイトに深海超征服重爆の追尾を引き継ぐ旨が管制官の口から告げられる。

 淡々と管制官は報告を続けるが、ディスプレイに表示されている深海超征服重爆が本物なら首都圏へ向けて巨大な深海棲艦の重爆撃機が三〇機進撃中と言う重大な危機に瀕していた。しかも悪い事にこの深海超征服重爆はいくら対深海棲艦用戦力である艦娘でも対処にしようがない。故に珍しく通常兵器であるF-15EXⅡの出番となっていた。

≪Clover01, target position 030. Range90. Altitude32(クローバー01、目標方位〇三〇、距離九〇マイル、高度三万二〇〇〇)≫

 

 刻々と迫る会敵予想時刻に二機のF-15のパイロット二名は緊張感から表情が険しくなる。二人のヘルメットに内蔵されたヘッドセットからは変わらず淡々とした管制官の管制が入り続ける。

 

「部長、会敵した場合羅針盤障害でミサイルが外れた場合は……」

 主任管制官が別の懸念を口にした時、三沢基地との連絡を取り続けていたオペレーターが北部航空方面隊SOCとの回線復旧を知らせる。

「北空SOC、繋がりました」

 直ちに部長は受話器を取って北部航空方面隊SOCを呼び出す。

「こちら中空SOC、そちらの状況はどうだ。南下中の深海超征服重爆は把握しているか? 何、スコープはクリア!?」

(三沢管制隊は深海超征服重爆の機影を確認出来ません。現在各SSのレーダーサイトの自己診断プログラムで再チェックを行っていますが、現在のところ各レーダーサイトとの通信が不安定です。北部航空方面隊担当エリア広域にわたって何らかの通信妨害を受けている様です)

「第二波に備えて、千歳、三沢のSC(スクランブル)をスタンバらせろ。大至急だ」

(了解)

 北部航空方面隊SOCとの回線を切って受話器を置きながら部長は妙な点を口にする。

「こちら(中部航空方面隊)のレーダーサイトでは常に深海超征服重爆の位置は修正されている。外部からの偽装は不可能な筈だ、システムエラーか?」

「自己診断プログラムが常時走っているんですよ、エラーのまま進行する事はあり得ません」

 主任管制官がそれは有り得んと頭を振る。何かがおかしい、と疑念を脳裏に浮かべながら部長は先行して会敵する予定のクローバー隊の会敵がまだかを問う。

「クローバー、コンタクトはまだか?」

「まだです」

 一方管制官はコンソールのディスプレイを凝視しながらクローバー01への誘導管制を続ける。

「Target dead ahead,25. Clover01. How about contact?(目標正面、距離二五マイル。レーダー探知はどうか?)

≪Negative contact. Request target altitude.(コンタクト出来ない。目標高度の確認を願う)≫

「レーダーで補足出来ない? あれだけの巨大な深海棲艦の爆撃機の編隊が?」

 主任管制官が訝しむ中、部長は彼に首都圏に到達するまでの残り時間を確認する。

「深海超征服重爆の首都圏到達までの残り時間は?」

「約三〇分後です」

「入間の第一高射群に発令。霞ケ浦の第三高射隊に直ちに迎撃態勢に入れ。それと官邸と宮内庁に緊急連絡。政府閣僚と皇室は直ちに東京から避難を」

 

≪Trebor, this is Clover01. Negative contact. Boggy dope(トレボー、こちらクローバー01。依然コンタクト無し、再度目標の確認を願う)≫

≪Target dead head,15. Heading,190. Altitude 32. 330knot. Reduce speed!(目標正面、距離一五マイル、方位一九〇。高度三万二〇〇〇、速度三三〇ノット。クローバー01、減速せよ!)≫

≪No joy! Negative contact. I say again No joy! Request target position!(補足出来ない、レーダーに反応なし。繰り返す、補足出来ない! 目標はどこだ⁉)≫

 

「何かがおかしすぎます。一度離脱させて再度……」

「時間がない。奴らが進路を変えればクローバー01のアプローチが手遅れになるかも知れない」

 そうは言ったもののあの巨大な機体がF-15EXⅡの最新鋭のフェーズドアレイレーダーはおろか目視ですら確認出来ないとはどういう事だろうか? と言う疑念が疑念を呼び続ける。

 

≪Caution, almost same position, same altitude. Use caution. Clover01 use caution! (警戒、同方位、高度差無し。警戒せよ! クローバー01、警戒せよ!)≫

 突然、クローバー01の二機のF-15EXⅡのパイロット二人のヘッドセットに激しいノイズが混じり始め、SOCの管制艦の声がかき消され始めた。辛うじて≪Clover01 break!(クローバー、退避して下さい!)≫の警告が聞こえたがそれから無線は激しいノイズによってかき消され二機のF-15EXⅡは通信不能になった。

 

 

「クローバー01、交信不能。レーダーからも消失!」

 いくら呼び出しても全く通信が出来ないどころか、レーダーから機影が消失し行方不明になってしまったクローバー隊に管制室が騒然とする中、別の管制官が引き続きオペレートを行う。

「目標変針します。方位二一〇、降下しつつ増速中。ソーサラー接近、距離二〇マイル」

 

 

 一方その頃、成田空港では中部航空方面隊SOCから送られてきた深海超征服重爆の知らせにATC(航空管制)の管制官たちは大混乱しかけていた。

「おい、なんだこれは?」

「こっちに向かってくるぞ」

「横田から連絡があった深海棲艦の爆撃機か!?」

「大変だぞ、民間機が戦闘に巻き込まれかねないぞ!」

「アプローチ中の機を除いて、着陸待ちを全て大阪へダイバートさせろ!」

「滑走路で離陸待機中の機は全て離陸中止だ! 急げ!」

「ノース・アメリカン・スカイサービスの貨物便が燃料切れで速やかな着陸許可を求めますが、どうします?」

「燃料に余裕がない機体から優先して着陸だ。余裕がある機体は上空待機だ、高度に注意しろ!」

 

 中部航空方面隊SOC指揮所の大画面ディスプレイに表示される深海超征服重爆のシンボルマークが刻一刻と日本の首都東京へと迫る。

「千葉県、犬吠埼上空を通過! 東京へ向かっています! 五分以内に首都圏に到達!」

「ソーサラー、レーダーコンタクト。深海超征服重爆を捕捉しました」

 小松基地のF-15がレーダーで深海超征服重爆を捕捉したと言う知らせに、部長は直ちに攻撃を許可した。

「武器の使用を許可、ウェポンズフリー」

「しかし、ソーサラーがミサイル全弾を命中させ、更にガンキルを行っても弾が足りません。全機撃墜は不可能です」

「人口密集地に入る前に可能な限りの損害を与えて撤退に追い込ませろ。残りは特科に任せる」

 

≪Sorcerer 32, this is Trebor. Weapons free, you are cleared to engage. (ソーサラー32、こちらトレボー。武器使用許可、交戦を許可する≫

≪Trebor say again(トレボー、もう一度頼む≫

≪I say again, you are cleared to engage(繰り返す。交戦を許可する)≫

 遂にやるか、とソーサラー32のF-15パイロット二名はごくりと酸素マスクの下で生唾を呑み下す。

 サイドスティック操縦桿を倒して攻撃アプローチに入りながらリード機のパイロットはSOCの管制官に対して交戦を宣言した。 

≪Roger, Sorcerer32 engage.(了解。ソーサラー32、エンゲージ)≫

 ソーサラー32の二機のF-15のパイロットがサイドスティック操縦桿のマスターアームスイッチを押してAIM-120Eの火器管制を起動させてロックオンを試みる。深海超征服重爆は小型機程もあるから従来の深海棲艦の航空機と違ってはっきりとロックオン出来る筈だ。

 だが二機のF-15がAIM-120Eをロックオンすべくレーダー照射を開始した途端、二機のレーダーから深海超征服重爆の反応が消えた。

「何⁉」

 SOCとの交信時は英語で会話していたソーサラー32のパイロットはその時初めて母国語である日本語でHMDやレーダーディスプレイから消えた深海超征服重爆に驚愕する声を発した。

 

 

 同時刻中部航空方面隊SOCの大画面ディスプレイから深海超征服重爆のシンボルマークは消えた。

「深海超征服重爆が消えた……⁉」

 部長が愕然とした表情で呟いた時、彼を含めたSOC管制官たちのヘッドセットにノイズ交じりの無線が入った。

≪This is Clover01. Request orders. This is Clover01. Request orders(こちらクローバー01。指示を願う。こちらクローバー01。指示を願う≫

 無線と同時に通信不能になると共にレーダーから消失したクローバー01の機影が再度大画面ディスプレイに表示された。

「ソーサラー32、Hold Fire 一時待て!」

 主任管制官がソーサラー32に攻撃を一時待つ様指示する。

 一方管制官が指示を求めて来るクローバー01との交信を試みる。

 

≪Clover Clover01, this is Trebor. Are you normal?(クローバー01、こちらトレボー。無事ですか?)≫

≪Trebor, this is Clover01. Ahh, We had heavy jamming and now lost position. Request further instructions. I say again, request orders(トレボー、こちらクローバー01。こちらは強力な通信妨害を受けた模様、現在位置を見失った。指示を願う、繰り返す、指示を願う)≫

 

 

 緊迫した空気が立ち込めていた先程までとは違って疑念に包まれた空気がSOC指揮所を包む中、大画面ディスプレイに先程まで表示されていた深海超征服重爆のシンボルマークが再度表示される事は無かった。

 警戒隊のレーダーサイトやおっとり刀で駆け付けた西日本エリアから飛来したAWACSの再三の確認の末、深海超征服重爆無しの判断が下される。

「クローバー01、確認しました。周辺空域にバンディット無し」

「ソーサラー32、攻撃中止」

「攻撃中止」

「各要撃隊が指示を求めています」

「全隊、RTB。帰投させろ」

 なんだったのだ、さっきまでの深海超征服重爆の反応は、と言う虚脱感と疑念がSOC内に立ち込める中、帰還命令を受けたF-15四機はそれぞれのマザーベースである百里基地と小松基地へ進路を取った。

「警報解除」

 主任管制官が警報解除を宣告した後、部長は深海超征服重爆が数分前まで表示されていた大画面ディスプレイを凝視したまま自分の席にどっかりと座り込んで呆然と呟いた。

「一体、なんだったんだ……」

 時計を見ればもし深海超征服重爆が本当に存在していれば既に東京には爆弾の雨が降り注いで火の海になっている筈だが、市ヶ谷の日本方面軍司令部含めて首都圏で爆撃を受けたと言う知らせは一切入ってこない。それどころか機影を見た、と言う知らせすらない。

「我々は一体何と相手をしていたのだ、幽霊とでも戦っていたのか?」

 呆然と呟く部長に返される答えは無い。

 

 日本本土への深海超征服重爆の侵攻と首都圏到達と同時にレーダーから消失、と言う知らせは地球の反対側にいる欧州派遣日本艦隊の面々にも届いていた。戦艦棲姫に殴り飛ばされて意識を失い、そのまま青葉に曳航されて「ズムウォルト」に帰還し艦内で意識を取り戻した愛鷹も幻の爆撃の顛末を聞いた。

「……ひとつ、気になる所があります」

「何です?」

 意識を取り戻した自分に幻の爆撃の話を知らせに着た青葉に愛鷹は気が付いた事を話した。

「一貫して、邀撃機は深海超征服重爆の機影を目視で確認していない。全てレーダーで捉えた機影から判断している。そしてクローバー01が巨力な通信妨害を受けたと言う話。自分の位置特定も出来なかった、と言うのは妙です。

 これに答えを示せるとしたら考えうるのは一つしかない」

「と言うと」

 先を促す青葉に愛鷹は自身の仮説を述べた。

「北海での敵本艦隊捜索任務中に電子戦ワ級と遭遇しましたよね? データリンクから通信至るすべての電子機器を狂わせてきた電子作戦艦のワ級。恐らくですが奴がSOCのBADGEシステムや各部のレーダーサイトにゴーストを作り出して本土防空部隊はそれに踊らされてしまったのではないかと」

「でも、何故そんなことを深海棲艦が?」

「今回邀撃機として上がったのはF-35に代わってインターセプターとして配備が始まったばかりの新型機F-15EXⅡです。もしかしたら深海棲艦は日本本土防衛軍のシステムジャックを行うデモンストレーションを行うと同時にF-15EXⅡの情報収集も兼ねていたのかも知れない。電子戦ワ級をトレースした深海超征服重爆のコースの下に配置するだけでリレー形式でゴーストを作り出し続ける事が出来、尚且つ新型戦闘機やこちらの防衛網に関する情報収集も出来る。

 今回の一件は我々国連軍が欧州に軍主力、特に艦娘艦隊の多くを割いている隙に背中を突かれかねない禍根を残したと言う訳です」

「欧州で早期に蹴りを付けないと、日本本土への大規模な深海棲艦の侵攻作戦が始まると?」

「現に核攻撃で殲滅した筈の沖ノ鳥島海域で奴らの活動が再び活発化していると言う知らせもあります。現状、北米艦隊太平洋艦隊もオセアニア方面隊もアジア方面に派遣されていた欧州総軍の艦娘艦隊の殆ども欧州に送られている中、西太平洋地域の防衛に当たっているのは日本艦隊だけです。防備が手薄と言っていい」

「青葉達の帰るべきところが帰った時には無くなっているかもしれない、そういう訳ですか」

 拙いな、と青葉は渋面を浮かべる。

「戦線の拡大はこちらにとっては不利です。向こうには本拠点を叩かない限り無尽蔵に戦力を抽出できるが私達艦娘はワンアンドオンリー。この世に一つしかない存在、事実上数で劣っている。必ずしも物量がモノを言うとは限らないとは言え、やはり数ある方が戦争では有利になる事もある」

 物量の差を指揮官の優劣で覆す事は出来る。しかし深海棲艦はその指揮官の優劣で覆せる物量の差すら、物量を持って完封しようとする。

 どれ程艦娘個々が優れていても数が多すぎる深海棲艦の物量を前に無尽蔵の弾薬や体力を持っている訳では無い。欧州総軍が担当するここ欧州ですら苦戦を強いられているせいで日本、北米、オセアニア方面の各艦隊から主力艦隊を抽出してようやく反転攻勢に出られたと言うのに、今になって二正面作戦を実施できるほどの余力はない。いくら日本艦隊が大所帯の艦娘艦隊と言えど限界点は存在する。

「本当に拙い時、っていつなんでしょうね」

 ぽつりと呟く青葉に愛鷹は答えが口から出てこなかった。




 感想評価ご自由にどうぞ。
 また次回のお話でお会いしましょう。


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第六八話 フォルマンテーラ島沖航空戦

 久々にネタに走った内容になっています。


 艦内アナウンスがカリカリと言う空電のノイズ音を流した後、当直士官の声がスピーカーから拡声されて艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」の艦内全体に響き渡った。 

≪連絡する、連絡する。これより名前を呼ばれた艦娘は五分以内にブリーフィングルームへ集合せよ。戦艦大和、武蔵、空母レンジャー、ラングレー、重巡ヒューストン、タスカルーサ、軽巡矢矧、アトランタ、駆逐艦吹雪、初雪、白雪、叢雲。以上≫

 名前を呼ばれた大和は「マティアス・ジャクソン」の食堂で一服入れていたコーヒーを飲み干すとカップをテーブルに置いて艦尾側にあるブリーフィングルームへと足を向けた。呼ばれた艦娘の数は一二名、水上連合艦隊編成を組める数だ。大きな作戦目標が立てられてその対処に当たる事態になったのだろう。

 ブリーフィングルームへと向かう大和は行く途中でラッタルを駆けおりて来た武蔵と出会った。

「お、大和。招集令だ、休憩時間は終わりだ。直ぐにでも出撃準備に入る事になるぞ」

「何か知っているの?」

 自分の前を歩く武蔵に大和が尋ねると、武蔵は右手の親指と人差し指で「ちょっとだけ」と言うジェスチャーを返す。

「何でも棲姫級込みの艦隊が確認されたらしい。今日はこれまでの只の通常型深海棲艦相手じゃないぞ。詳細はブリーフィングルームで指示されるが、任務はフォルマンテーラ島沖に確認された深海地中海棲姫に対する攻撃だ。偵察部隊の情報もある、西地中海の厄介な敵の居所を掴んだんだろう」

 そこまで言ってからラダーヒールを軸にくるりと大和に向き直った武蔵はにやりと笑みを浮かべて右手の拳を突き出した。

「ま、牙を磨いておけ大和。獲物は大きいぞ」

「大きい程戦艦に相手取って不足無しね」

 にこりと微笑み返しながら大和も右手の拳を出してこつんと武蔵の拳とぶつける。やるぞと拳をぶつけ合った二人はブリーフィングルームへと歩き出し直す。

「そんなところだ。深海棲艦の哨戒艦も既に出張って来ている。気分最高だな」

 カタンカタンと狭い通路を二人の靴音が響き渡る中、別の通路からもブリーフィングルームへと急ぐ艦娘達の駆けていく靴音が響いて来る。比較的軽めのパタパタと言う足音に加えて大和型の二人と同じラダーヒールが甲板を打ちつけるカンカンと言う金属音も聞こえて来る。同時に矢矧の「通路は走るな!」と怒鳴る声も聞こえて来た。

 

 二人がブリーフィングルームに入室した時には既に招集が掛けられていた艦娘全員が席に座って待機していた。

 大和と武蔵の二人も揃って開いている席に座り、ブリーフィングの始まりを待つ。五分以内に、と言う通告があったから五分もしない内に「マティアス・ジャクソン」の艦長と艦娘運用長が来るだろう。

「この数で挑むことになる敵、と言う事は相応に強力な敵艦隊と言う事よね。腕が鳴るわね」

 胸の内に昂ぶる感情が抑えきれない様に矢矧が言う。阿賀野型艦娘三女であり四姉妹の中でも特に武闘派の彼女は先代の第二水雷戦隊の川内型三姉妹譲りの所がある。特に川内の影響が良くも悪くも大きいだろう。

 意気込む矢矧の前の席にちょこんと座るレンジャーに隣に座るタスカルーサが顔を近づけてレンジャーの口元を含めて所々嗅ぎまわる。

「な、なんですか……?」

「酒飲んで無かったか確認しているんだ……フムン、どうやら大丈夫だな」

「レンジャーは普段から酒癖が悪いものね」

 苦笑交じりにヒューストンが言うと、レンジャーはどこか幼さが残る顔を赤くして俯き、一方のタスカルーサは安堵した様に溜息を吐く。

 その様子を横から見ていたアトランタへ吹雪が耳打ちする様に尋ねる。

「アトランタさん、レンジャーさんってそんなに酒癖悪いんですか?」

「馬鹿みたいに飲むよアイツ。ああいう顔してマジでアウトなレベル。ポーラみたいに脱ぎ始めないだけまだマシだけど、ジャックダニエルズ三本一夜で飲み干したことあるよ」

「うわぁ……」

 流石に吹雪も露骨に引く表情を浮かべる。アトランタも飲み過ぎだよねえ、と言う顔をしながら「ま、一応越えちゃまずい一線越えていないだけまだマシさ」と添えて最低限のレンジャーの名誉は護る姿勢を見せる。

 そこへブリーフィングルームへのドアが開き、「マティアス・ジャクソン」の艦長と艦娘運用長が入室して来た。

 起立して整列しかける艦娘達にそのままと制しながら艦長は一二名の前を横切って部屋に左側に立つと、軽く咳払いをしてからブリーフィングを開始した。

 

「作戦内容を伝達する。今回の作戦は西地中海、フォルマンテーラ島沖に確認された深海地中海棲姫を中核とした深海棲艦艦隊撃滅だ。

 敵は深海地中海棲姫を旗艦として随伴艦艇に重巡棲姫一隻、戦艦ル級flagship級二隻、空母ヌ級elite級二隻、軽巡へ級flagship級一隻、大型駆逐艦ナ級後期型elite級二隻、それにPT小鬼群デルタタイプが二隻確認された。我が西部進撃隊の動向と戦艦棲姫を中核とした艦隊が壊滅したのを受けて邀撃行動に入った艦隊と司令部は見ている。

 我が『マティアス・ジャクソン』からはこの場に集まった一二名は艦娘任務部隊水上打撃任務部隊、コールサイン・アンヴィルとして出撃。深海地中海棲姫を中核とした敵艦隊を叩く。まずラングレー、レンジャーの二名の航空団が航空優勢を確立。続けて『ユニコーン』より発艦したタイコンデロガ、バンカーヒル、ジュノー、マクドゥーガル、フライシャー、シンプソンからなる北米艦隊空母機動部隊、コールサイン・ライノによる航空攻撃で可能な限りの敵艦隊随伴艦艇の漸減。その後大和型二名を中核とした水上艦隊による水上砲撃戦、雷撃戦を持って敵艦隊を一艦余すことなく海の藻屑にする。

 HVTは深海地中海棲姫及び重巡棲姫だが、航空攻撃に当たってナ級も最大級の脅威となる。DEAD(敵防空網破壊)をナ級に対して実施し敵防空網を破壊してから突入するのが良いだろう。今次攻撃作戦にはニーム=ギャロン海軍基地からB-25による近接航空支援が行われる。艦隊の攻撃に合わせて基地航空隊による敵艦隊へ対する空爆を実施し前路掃蕩を含めた敵艦隊の頭数減らしを担ってもらう。

 同時に前衛配置についている第三三特別混成機動艦隊からも前衛任務に就く部隊が展開し、敵艦隊への牽制攻撃を担う。

 軽艦艇であるナ級及びPT小鬼群が諸君らの行く手を阻む前に第三三特別混成機動艦隊が掃蕩してくれる手はずだが、状況によっては第一一駆逐隊の諸君らが対応に当たる局面も出るかもしれない。吹雪、一一駆の嚮導艦としてしっかり隊を率いてくれ。

 深海地中海棲姫の装甲の硬さは諸君らも知っての通りだ。基地航空隊による空爆如きで撃沈可能なやわな相手ではない。大和型の二人の大火力を叩きこんでも尚耐える可能性がある」

 続いて艦娘運用長が攻撃作戦とは別の内容を伝達する。

「今回の全艦娘の装備構成は対艦戦闘重視だ。ラングレーとレンジャーの両名は索敵及び戦闘機隊の誘導を担う艦爆を除き全艦載機を戦闘機とする。その他水上艦艦娘に関しては徹甲弾、魚雷、爆雷完備で固める。深海地中海棲姫と重巡棲姫は装甲が極めて硬いハードターゲットだ。最も攻略難易度は高い。大和型の特殊砲撃で薙ぎ払う事に賭ける作戦だが状況によっては駆逐隊の雷撃で止めを刺す状況も考えうる。

 また随伴のヌ級からの航空攻撃に備えて対空戦闘装備も準備を怠らない様に。敵艦載機は恐らくは深海猫艦戦と深海攻撃哨戒鷹と見られる。深海攻撃哨戒鷹は所謂鳥型艦攻と呼ばれるタイプのタコヤキ系とは別種の機体だ。知っての通り深海猫艦戦を搭載した深海棲艦の空母は総じて制空戦闘能力に秀でており、また鳥型艦攻系は爆撃能力が極めて高い。駆逐艦級なら一撃で大破、大型艦娘でも甚大な損傷は免れない。

 万が一戦闘機隊のエアカバー及び対空砲火による撃墜に失敗した場合は全力で回避に専念してくれ」

 随伴のヌ級elite級二隻の艦載機数は約九〇機。一八〇機近い深海棲艦の航空戦力に対し艦娘艦隊側はラングレーに四五機、レンジャーに八六機の艦載機が艦載可能だ。共同作戦を行うタイコンデロガとバンカーヒルの二人の航空戦力も合わせたら艦載機総数は三七五機にも上り数で圧倒も可能だ。更に基地航空隊のB-25の爆撃も行われるから航空戦で負ける要素はほぼ無い。ただし深海棲艦の対空射撃は極めて強力であるから航空戦で優勢に立てても、対空砲火で攻撃機が撃墜されて航空火力が低下する可能性は充分にあった。

「航空攻撃の実施完了後、レンジャーとラングレーは第三三特別混成機動艦隊の随伴艦護衛の元一時本艦へ後退し、艦隊は大和は武蔵、ヒューストン、タスカルーサ、アトランタ、矢矧、吹雪、初雪、白雪、叢雲の編成に再編する。説明は以上だ」

「楽な相手ではないが、諸君らならやり遂げてくれると信じている。健闘を祈る。では全員、発艦準備にかかれ」

 艦長が敬礼して締めると、一斉に起立した艦娘達が踵を揃えて答礼した。

 

 

 当直士官がマイクに向かって笛を吹き、「全艦に達する、これよりウェルドックハッチを解放、艦娘の発艦作業を開始する」と号令を吹き込む。艦内全体に警報が鳴り響いた後ウェルドックハッチが開放される。艦尾のウェルドックのカタパルトデッキで愛鷹、青葉、衣笠、愛宕、鳥海、夕張、深雪、蒼月、綾波、敷波、陽炎、不知火がそれぞれの艤装のチェック項目を各自消化し発艦に備えていた。

「作戦についての簡単なおさらいです。我が第三三特別混成機動艦隊は水上打撃任務部隊に先立って、深海地中海棲姫艦隊を左から突入、強襲し可能な限りの敵随伴艦艇を撃破します。こちらが敵艦隊の左側面を抑えて攻撃をしている間に後続の水上打撃部隊が正面に回り込んで特殊砲撃を持って一挙に殲滅します。今回の作戦に当たって私達第三三特別混成機動艦隊にはシャークのコールサインが与えられています、忘れない様に」

「了解」

 艤装のチェックを終えた愛鷹が一一名の仲間に振り返ってブリーフィングで伝達された作戦内容をもう一度簡潔に伝え直すと、作戦内容の伝達を確認した一一人から揃って同じ返事が返された。

 カタパルトデッキの警告灯が赤く光り、管制室から管制官が発艦用意とアナウンスを介して愛鷹達に告げる。三基のカタパルトレーンに愛鷹、青葉、衣笠が立ち、パネルに乗ると三人の踝をランチバーが掴んだ。

 タブレットの錠剤をポケットから出して口に入れて深呼吸すると愛鷹は艦尾のハッチの向こうに広がる大海原を見据えた。視界は晴天かつ良好。風向、湿度、波高共に戦闘、航行に支障なしとの気象予報通りだ。カタパルトデッキの右脇に視線を向けると発艦士官が右手をグルグルと回してパワー上げろのサインを三人に送っている。

「増速、黒二〇」

 短く手短に主機と機関部に加速を命じると足元で主機が出力を上げる振動が伝わって来た。背中の艤装の内部にある機関部からも出力を上げる低い唸り声が響き渡って来る。HUDの速度計を見ると速度メーターが発汗に必要な主力と速力にまでゆっくりと近づいて行くのが表示されている。加速力で言えば青葉と衣笠の青葉型の二人が早く、愛鷹に先んじて加速用意良しと親指を発艦士官に向けて立てる。

 やや遅れて愛鷹も発艦に必要な速力と主力を満たすと親指を発艦士官に向けて送る。三人から発艦用意良しの合図を受けた発艦士官は各部への指さし確認をすると身を屈めて右手を艦尾方向へと伸ばした。

 作動音と共に電磁カタパルトが作動してまず中央の第二カタパルトが愛鷹を射出し、遅れて第一カタパルトの青葉、第三カタパルトの衣笠を射出する。一瞬にして第一戦速にまで加速して海上へと身軽なステップで乗り出した三人は揃って「グッドショット」と発艦に成功した事を宣告すると梯形陣を組んで「ズムウォルト」の周囲をぐるぐると周回し後続の艦娘が発艦して来るのを待つ。

「機関よし、速度よし、オールクリア」

 ヘッドセットに手を当てて逐次報告する愛鷹に早期警戒機EV-38から連絡が入る。

≪シャーク・リーダー、こちらヘビー212。旋回して方位〇-九-〇へ向かえ、どうぞ≫

「シャーク・リーダー了解」

 コールサイン・シャークで呼ばれる第三三特別混成機動艦隊の旗艦を務めるだけに愛鷹の名乗るコールサインはシャーク・リーダーとなっていた。またシャーク・リーダーを名乗る愛鷹が青葉、衣笠、夕張、蒼月、深雪からなる分艦隊シャーク1を率いて、鳥海が愛宕、綾波、敷波、陽炎、不知火からなる分艦隊シャーク2を率いる事になっていた。

 全員が発艦を終え、シャーク1とシャーク2の二部隊に分かれて単縦陣の隊列を組み終えるとシャーク2を率いる鳥海が愛鷹率いるシャーク1の右舷側についた。

「シャーク1、こちらシャーク2。そちらの右舷に並びます」

「了解」

 複縦陣を組んだ第三三特別混成機動艦隊が「ズムウォルト」を後にすると、EV-38、コールサイン・ヘビー212から再び連絡が入る。

≪シャーク1、2、こちらヘビー212、レーダーコンタクト。距離一八キロ、反応一二、速力二〇ノットで直進中。参照点より方位〇-五-七。回頭して方位〇-八-〇へ向かえ≫

「シャーク・リーダー了解。方位〇-八-〇、第二戦速。シャーク2、直ちに回頭せよ。艤装スタンバイ、マスターアームオン」

 緩やかな旋回半径を描きながら第三三特別混成機動艦隊が取り舵へと回頭する。

 愛鷹達が全員回頭を終えて新たな方位〇-八-〇度へ進路を変更した時、後方の艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」と「ユニコーン」からアンヴィルとライノのコールサインを与えられた二個艦隊が発艦した。ライノのコールサインを与えられた空母機動部隊の面々からは直ちに第一次攻撃隊の発艦準備を開始し、同時にアンヴィルのコールサインを与えられた水上打撃部隊のレンジャー、ラングレーからF6F-5が発艦して海域の制空権を奪取しに前進していく。

レンジャー、ラングレーから発艦した三六機の戦闘機隊が頭上を通り過ぎて行き、エンジンの騒音が空に響き残った。二〇〇〇馬力級のエンジンが轟々と鳴らす音が遠雷の様に響き渡るのを見上げて眺めながら、今回は自分の戦闘機部隊は出番なしと言う事に愛鷹は少しばかり疎外感を感じていた。空母が大々的に投入可能な環境下で愛鷹の限られた戦闘機隊を出すまでもないのは承知ではあるが、自慢の戦闘技量を持つヒットマン以下の五個小隊も参加出来ない事への不満をその顔に僅かに滲ませた。

 

 第三三特別混成機動艦隊を追い越して間もなく、三六機のF6F-5は深海棲艦が上げて来た迎撃機部隊と交戦に入った。

 邀撃に上がって来たのは深海猫艦戦。タコヤキ系の深海棲艦艦載機の戦闘機タイプだ。ドッグファイト能力に秀でており相手取るには容易ならざる戦闘機である。

「ターゲットマージ。ロメオ1、エンゲージ」

 先行するレンジャーの搭載機であるF6F-5が邀撃に上がって来た深海猫艦戦を目視で確認するや増槽を切り離し、スロットルを開いて加速をかける。遅れてリマのコールサインを与えられたラングレーのF6F-5が「エンゲージ」をコールして交戦を開始する。

 プラットアンドホイットニーの二〇〇〇馬力エンジンの咆哮が空一杯に響き渡り、それに深海猫艦戦の飛翔音が混じる。彼我の機関砲の射撃音が鳴り響き、青空の上で空中戦が始まる。操縦桿とスロットルレバーを握りしめる航空妖精がF6F-5を巧みに操縦して深海猫艦戦の銃撃をロールで躱し、急降下に転じて離脱を図る。その背を追う深海猫艦戦の背後を別のF6F-5が奪い、M2機関砲の銃火を浴びせる。

 曳光弾の弾幕が背後を取られた深海猫艦戦の背中から降り注ぎ、直撃を受けた一機がバラバラに四散し、一機が黒煙を吹きながら姿勢を崩し立て直せないまま海上へと死の急降下を始める。

「リマ2、背後に敵機! 右にブレイク、今すぐ!」

「急上昇、急上昇!」

 エレベーターやラダーの作動音が鳴り、機体姿勢を変えたF6F-5が急旋回や急上昇、急降下を繰り返し深海猫艦戦の攻撃を躱す。強引に巴戦に持ち込もうとする深海猫艦戦の誘いに惑わされず、一撃離脱を試みるF6F-5が優位なポジションを確保すると正確な照準を合わせて機関砲を撃ち放つ。M2機関砲の射撃音が鳴り響き、撃ち放たれた銃火が深海猫艦戦の機体に銃痕を穿ち、被弾箇所から黒煙を吐いて深海猫艦戦が墜落していく。

 一方ヘッドオンから一撃を食らったF6F-5が操縦の自由を奪われてよたよたと飛んでいる所へ反転してきた深海猫艦戦に止めを刺され撃墜される事もあった。

「やられた! ベイルアウトする!」

 被弾して操縦不能になった愛機の操縦を諦め、風防を開けてパラシュートを装着した航空妖精が愛機を捨てて機外へと飛び出す。

 空中に僚機パイロットのパラシュートの開閉を認めた航空妖精が墜落地点を母艦に伝えようとした時、再び戻って来た深海猫艦戦がパラシュート降下する航空妖精に銃撃を浴びせた。成す術がない航空妖精が深海猫艦戦の銃撃の雨を浴び、その胴体を銃弾に撃ち抜かれ、パラシュートの紐を引きちぎられる。パラシュートから引きちぎられた航空妖精が力なく眼下の海上へと落ちて行った。

「ちっっくしょう、やりやがったな! この野郎やりやがった!」

 ベイルアウトした仲間を空中で射殺した深海猫艦戦に対して逆上したウィングマンの僚機が怒りの喚き声を吐き散らしながらその後を追いかける。フルスロットルのエンジ音が怒りの咆哮となって深海猫艦戦に追いすがり、復讐の銃火がF6F-5から放たれる。ベイルアウトした航空妖精を殺害した深海猫艦戦が爆散し、その爆炎を突き破って敵討ちしたF6F-5が姿を現す。

「フォーメーションを組み直せ。まだ敵機はいるぞ」

「ロメオ3-2、敵機撃墜。三機目!」

 犠牲を払いつつも全体的にF6F-5が優勢だった。深海猫艦戦は既に半数以上を落とされ組織的抵抗力を失いつつあった。

 深海棲艦の迎撃機部隊の抵抗が弱まったのを確認したロメオ1はヘビー212との回線を開くと、基地航空隊の攻撃を要請した。

「敵邀撃機部隊は抑えられている。基地航空隊の航空攻撃を要請する」

≪了解した。レザール、ザウバー、ゴースト、攻撃を許可する≫

 

 レザール、ザウバー、ゴーストのコールサインを与えられた五四機のB-25が一六機のP-51に護衛されて北側から深海棲艦の艦隊へとアプローチを開始する。

≪Cleared Hot!≫

 その宣告と共に三個中隊のB-25がP-51を引き連れて深海棲艦へと爆撃を開始する。

 深海地中海棲姫と重巡棲姫を始め各深海棲艦も対空射撃を開始し、青空に対空弾が炸裂する黒い斑点がぱっぱと咲き乱れる。撃ち上げられてくる高角砲の対空弾が近接信管を作動させて散弾をB-25に浴びせ、散弾と爆風を浴びたB-25がぐらぐらと機体を揺らす。防弾性は高いとは言っても複数被弾するうちに致命的な損傷を負った数機が制御を失って高度を落とし始める。

≪レザール6、ゴースト12、ダウン≫

≪レザール1よりレザール各機、各個に攻撃開始。ザウバー隊とゴースト隊の攻撃の為の活路を開く≫

≪ジュリエット隊はB-25の爆撃を支援しろ≫

 猛烈な対空射撃を行うナ級に対してジュリエットのコールサインを与えられたP-51の中隊が低空へと降下し、ナ級に機銃掃射を浴びせて牽制をかける。被弾によって動きが鈍るナ級目掛けて中高度から侵入したB-25が爆弾を投下し、反跳爆撃を行う。海面を水切りの容量で跳ね飛びながら一〇〇〇ポンド爆弾がナ級へと迫り、一隻が爆弾の直撃を受けて爆発の炎を噴き上げた。直撃を受けて大破したナ級が速度を失って海上に制止する中、後続艦は爆撃に対する回避運動も兼ねて航行不能になったナ級の左右両側を通り抜けていき、対空射撃を継続する。

 四方八方に散開して取り囲む様に突入して爆弾を投下したレザール隊だったが、散開したのが仇となり火力の一点投射力が低くなった結果、大量に投下された爆弾はその殆どが海上を跳ねて行くにとどまり、被撃墜機を複数出した割に上げられた戦果は運悪く被弾したナ級一隻を仕留めるにとどまった。

≪ザウバー1より中隊各機、我に続け≫

 一八機のB-25からなるザウバー隊が対空砲火を掻い潜って突入を開始する。ザウバー隊の周囲を深海棲艦の対空砲火が飛び交い、至近距離で爆発した対空弾の散弾がB-25の機体を殴りつける。大口径の対空機関砲の射撃も加わり、曳光弾の火箭に絡め取られたB-25が翼を叩き折られて空を転げ落ちる様に落下していく。 猛烈な対空砲火の出迎えを受けながらザウバー隊が爆撃を開始する。反跳爆撃を行っていたレザール隊と違って中高度からの水兵爆撃を実施するザウバー隊が投下した爆弾は直下の深海棲艦の右に左に前後に着弾して高々と水柱を突き立てた。PT小鬼の一隻が至近弾で軽度の損傷を被り、ヌ級elite級一隻に爆弾が直撃する。雨あられと投下された爆弾の内、直撃弾となったのはヌ級elite級に命中した一発に留まった。

 残るB-25の中隊ゴースト隊が爆撃を敢行し、P-51も支援の機銃掃射を行うが、先に攻撃した二個中隊よりもさらに接近戦を挑んだゴースト隊はナ級を始めとする深海棲艦の苛烈な対空射撃に身を晒す事となり、濃密な対空砲火を前に一機、また一機と投弾前にB-25が翼をもぎ取られ、胴体を砕かれ、エンジンを射抜かれ、撃墜されていった。あるB-25は爆弾槽に直撃を受けて搭載していた爆弾が誘爆し、そばを飛んでいP-51一機を巻き添えにする程の大爆発を起こして果てた。

 対空砲火を前に最も多くの被撃墜機を出したゴースト隊だったが、引き換えにロ級一隻に三発の爆弾を命中させこれを轟沈させ、ル級一隻にも至近弾による小規模なダメージを与える事に成功した。

 海上に爆撃を受けて大破し航行不能となったナ級と撃墜され海上に墜落したB-25の上げる黒煙が林立する中、B-25を護衛していたP-51の編隊長、コールサイン・ジュリエット1は眼下に広がる味方機と深海棲艦の惨状を的確に見極めるとヘビー212へ爆撃効果を報告した。

「ヘビー212、こちらジュリエット1だ。レザール。ザウバー、ゴースト各隊の爆撃終了。ナ級一隻の大破確定を確認。ロ級一隻は轟沈確定、更に戦艦ル級一隻小破、軽空母ヌ級一隻中破を認む。爆撃効果は不十分。速やかなる第二次攻撃を要すると認む。アウト」

 爆撃を完了したB-25三個中隊が編隊を組み直し、ニーム=ギャロン海軍基地へと帰投の途につく。組み直された編隊は、来た時と比べて多くの機体がその胴体に被弾の跡を残していた。組まれた編隊も被撃墜機を多数出した結果その数は大きく減っていた。

 レザール隊、ザウバー隊は未帰還機をそれぞれ四機、ゴースト隊に至っては八機にも上る未帰還機を出し、護衛のジュリエット隊も二機が未帰還となる損害を被る中、タイコンデロガとバンカーヒルから発艦した第二次攻撃隊が深海棲艦艦隊へと殺到した。F6F-5一六機、SB2Cヘルダイバー二四機、TBFアベンジャー二四機からなる第二次攻撃隊は発着艦能力をまだ維持している軽空母ヌ級の片割れから発艦した八機の深海猫艦戦の迎撃を退けて深海地中海棲姫と重巡棲姫、戦艦ル級、軽空母ヌ級に群がった。

 随伴護衛艦を務めるへ級とナ級、PT小鬼、それに深海地中海棲姫と重巡棲姫、ル級自身も対空砲を総動員して弾幕を張る。深海棲艦の高性能レーダーに管制された対空射撃を行うナ級の対空砲火を前にヘルダイバーとアヴェンジャーが一機、また一機と食われていく。ナ級に限らず深海地中海棲姫と重巡棲姫からも激しい弾幕射撃が撃ち上げられ、攻撃機を寄せ付けない。強引に突破を試みたアヴェンジャー四機が瞬く間にボロボロと対空砲弾によって切り裂かれて機体の残骸を海中へと投げ込む。

≪まるでハリネズミだ、近づけない!≫

 凄まじい対空砲火を見たF6F-5の航空妖精が撃ち上げられる曳光弾や対空弾の爆炎を見て眉間に汗を滲ませる。それでもヘルダイバー二個小隊八機が急降下爆撃を開始し、機関砲の曳光弾や高角砲の対空弾の雨を突き抜けながら突っ込んでいった。ダイブブレーキを展張して降下速度を制御する八機の内、二機が対空機関砲と高角砲の砲撃を浴びて機体姿勢を崩し、減速不能となって立て直せないまま海上に突っ込んでバラバラに砕け散った。

 残る六機は至近弾に機体を激しく揺さぶられ、叩かれながらも狙いを付けた深海棲艦目掛けて爆弾槽に抱いていた一〇〇〇ポンド爆弾を投下した。誘導悍で引き出された爆弾が口笛を吹く様な落下音を立てて深海棲艦の頭上から降り注ぎ、手負いのヌ級が最初に直撃を受けた。

 果敢に突入したヘルダイバーに続いて残るヘルダイバーとアヴェンジャーも攻撃を開始したが、猛烈な対空砲火は依然として健在であり、兵器を投下する前に一機、また一機と撃墜され海上に墜落していった。猛烈な対空砲火による抵抗を前に四八機のヘルダイバーとアヴェンジャーは効果的な爆撃を実施出来ず、辛うじて手負いのヌ級に止めを刺すだけで精一杯となった。

「駄目か」

 依然としてほとんどの艦が健在な深海棲艦の艦隊を見てタイコンデロガの航空団の編隊長がため息交じりに呟く。四八機で襲い掛かって空母一隻の撃沈に留まるのは攻撃効果として不十分過ぎる。だがあの対空砲火を前に航空攻撃を仕掛けるのは自殺攻撃に等しくも感じられる。ひとまず攻撃効果をヘビー212に報告した編隊長は、第三次攻撃隊の必要を訴えるべきか迷った。まだ母艦艦娘のタイコンデロガと僚艦バンカーヒルには多数の攻撃機が対艦攻撃兵装を装備して待機している。しかし、深海棲艦の艦隊の強力な対空砲火を目にすると仲間をこれ以上危険に晒したくないと言う私情が湧いて来る。一方で航空攻撃を徹底して行わなければ艦娘艦隊が大損害を被りかねない。

 ジレンマにかられる編隊長だったが最終的に下した決断は航空攻撃の中止だった。対艦攻撃で航空団背力をすり減らす訳にはいかない。近隣の島々の奪還作戦支援や後々のアンツィオ奪還作戦にも航空隊は必要だ。ここで戦力を損耗し過ぎるのは拙い。

「スーパー1よりヘヴィー212へ勧告。別手段での速やかなる再攻撃を求む。艦娘艦隊各艦は敵勢艦隊への攻撃を引き継ぐ必要がある、アウト」

≪了解スーパー1、アンヴィル全艦はラングレー、レンジャーを分離し前進して敵勢艦隊を攻撃せよ。シャーク隊へ勧告、シャーク2は水上戦闘に移行するアンヴィルより離脱するラングレー、レンジャーを護衛して母艦へ後退。シャーク1は敵艦隊への主攻を担うアンヴィルの助攻に当たれ。アウト≫

 

「瑞雲フィードに接続。瑞雲からの航空偵察情報を転送します」

 タブレット端末をタッチペンで操作して事前に発艦させた瑞雲とのデータリンクを青葉は開いた。

 ヘビー212からの指示通りラングレーとレンジャーの離脱の護衛にシャーク2の鳥海、愛宕、綾波、敷波、陽炎、不知火を分離した為、深海地中海棲姫を含む艦隊へと前進する第三三特別混成機動艦隊は青葉と愛鷹、衣笠、夕張、深雪、蒼月だけになっていた。

 アオバンド3からの偵察情報が入ってきており、青葉はその偵察情報内容を確認し、愛鷹他シャーク1やヘビー212、アンヴィルの全員に情報を共有した。

「防空巡洋艦ツ級elite級一隻、ナ級後期型elite級一隻が深海地中海棲姫の艦隊の元へ向けて前進中。航空攻撃で失ったナ級とロ級の分の補充戦力と思われます」

「合流されると厄介ね」

 HUDにも表示される二隻の位置を見て愛鷹は微妙に顔をゆがめた。防空巡とは言っても水上戦闘能力は高いツ級と高威力の魚雷を放ってくるナ級、どちらも高脅威目標だ。数が増えてはいくら後続の主力部隊が腕利き揃いでも思わぬ苦戦をしかねない。だが二隻だけの状態ならそこまで脅威とも言えない。

「ヘビー212、こちらシャーク1。敵艦隊への補充部隊と思われる深海棲艦二隻を攻撃する」

≪了解シャーク1。アンヴィルはシャーク1の攻撃完了を待て。敵勢艦隊の有無については随時知らせる≫

 通信を終えた愛鷹は面舵に転舵して二隻の深海棲艦増援部隊に向けて進路を取った。

「新進路、〇-八-五度。ヨーソロー」

「ヨーソロー!」

 瑞雲から送られてくる偵察情報を管理するので忙しい青葉に代わって衣笠が復命し、夕張、深雪、蒼月と順次回頭し、先行する愛鷹、青葉、衣笠の航跡の後を追う。

 

 単縦陣を組んで前進する第三三特別混成機動艦隊の六人の前方にツ級とナ級の二隻からなる小艦隊が見えてくると、愛鷹から続行する五人に「水上戦闘用意」の号令が下される。ツ級とナ級も接近する六人に気が付き、艤装や主砲を構えて応戦態勢を取る。逃げも隠れもせずに立ち向かってくる二隻を見つめながら愛鷹は右舷艤装の四一センチ主砲二基の砲門をツ級へと指向した。

「戦闘用意! 全艦、砲雷同時戦用意!」

 単縦陣を組んで前進する第三三特別混成機動艦隊に対して、ツ級とナ級は反航戦を描く形で接近して来る。射程では愛鷹の四一センチ主砲が上だが最大射程から動く目標相手に撃っても初弾命中はそう簡単には望めない。いくら愛鷹の砲術の腕が良くてもである。有効弾を得やすい中距離まで距離を詰めて砲撃開始に移行する事を愛鷹は狙っていた。その距離なら青葉と衣笠の二人も有効射程に入っている。

 真正面から正対する第三三特別混成機動艦隊と深海棲艦の彼我の距離が縮まる。戦力差は目に見えているにも拘らずツ級とナ級は逃げる素振りを全く見せず全速力で前進して来る。

 先手を打ったのは愛鷹だった。

「主砲、撃ちー方始めー! 発砲、てぇっ!」

 発砲音と共に砲煙が四一センチ主砲の五つの砲門の内、第一主砲の右砲と左砲、第二主砲の右砲の砲口から噴き出し、真っ赤に光る徹甲弾が撃ち出され、発砲の反動で砲身が後退する。風の向きが逆風なのもあって主砲の砲煙が愛鷹の身体に吹き付け、硝煙が白い制服にこびりついてうっすらと制服を黒く汚す。

 放たれた徹甲弾三発が宙を飛び抜け、ツ級へと迫る。着弾までのカウントダウンをする砲術妖精が「弾着、今!」と叫ぶとツ級の右側面に三つの水柱が突き立った。着弾した初弾の位置を確認した砲術妖精からの修正値を基に愛鷹が艤装操作グリップで主砲搭の向きを微妙に左へと回し射撃諸元を修正する。

 遅れて青葉と衣笠の主砲が砲撃を開始した。四一センチ主砲よりもやや小ぶりながら相応に大きな砲声が響き渡ると、ナ級へ向けて二人から放たれた二〇・三センチ砲弾が飛翔して行く。再装填に時間がかかる愛鷹と違って青葉型の二人はその半分以下の時間で次弾を発射する。

「夕張さん、深雪さんと蒼月さんを率いて敵の左側面に回ってください」

「了解です。深雪、蒼月ちゃん、続いて!」

 ツ級へと第二射を放ちながら夕張に深雪と蒼月を率いて左側面を抑えるよう指示する愛鷹に、三人が増速をかけて追い越していく。タービンを追加装備して速度を上げている夕張の主機から増速の白波が蹴立て、その航跡を深雪と蒼月が追う。増速し面舵に舵を切ってツ級とナ級の左側面を抑えにかかる夕張達が主砲を左舷側に指向して夕張はツ級へ、深雪と蒼月はナ級へと砲撃を開始する。

「二人とも、ナ級の長距離雷撃に気を付けてね」

「はいよ」

「了解です」

 ナ級のレーダーによる射撃管制を受けた正確無比な長距離雷撃はナ級の脅威を物語る代名詞と言っていい。elite級の雷撃戦火力だけでも重巡級を一撃で大破させに来る威力を持つし、ナ級後期型Ⅱflagship級ともなれば戦艦クラスでも耐えられない高威力の魚雷を長距離から正確に当てて来る厄介さがある。艦娘の中でもナ級は特に忌み嫌われるレベルで脅威度が高い。故に日本艦隊では対ナ級専門部隊ともいえる一式戦闘機隼を装備した第65戦隊が対ナ級キラーとして配備されている。

 Elite級ならまだやりようがある、と踏む愛鷹が第三射を放つ。三発の砲弾はツ級の目の前に着弾した第二射から再度修正を入れた諸元を基に撃ち出される。反航戦なだけに彼我の位置が並行した状態で撃ち合う同航戦よりも命中率は下がり気味だ。レーダーによる測距の補佐もあっても相手が動く目標である限り、砲撃は狙った位置に着弾すればいいものだからそうピンポイントで当たってはくれない。

 水柱がツ級の左右両側に挟み込む様に突き上がるのを見て、愛鷹は斉射へと移行した。ツ級からもレーダー測距による砲撃が飛来して来るが、防護機能が悉く弾き返していた。装甲と防護機能は戦艦程分厚い訳では無いとは言っても、ツ級程度の軽巡クラスの砲撃を通すようなやわさはない。再装填が完了した主砲搭から装填完了のブザーが三度鳴り響き、愛鷹の肩に立っている見張り員妖精も撃ち方用意良しの親指を立てる。

「主砲斉射、てぇっ!」

 凛と張った声で下された砲撃号令と共に愛鷹の指が艤装操作グリップのトリガーを引き絞り、五門の四一センチ主砲の砲口から五つの徹甲弾が轟音と共に撃ち出される。宙を飛翔して行く愛鷹の砲撃を回避しようとするツ級の傍に夕張から放たれた一四センチ主砲弾が降り注ぎ、動きを牽制する。もたもたとしている内にツ級に愛鷹が放った砲撃が直撃した。ツ級の中でも比較的頑強なelite級だったが、戦艦級の口径の徹甲弾の直撃には耐えられない。被弾の衝撃でよろけたツ級の艤装が遅れて爆発し、吹き飛んだ砲塔や艤装の破片が宙を舞った。

 兵装の誘爆で木っ端微塵に爆散したツ級の残骸が燃えながら海中へと没する中、青葉を始め四人からの集中砲火を浴びていたナ級もその丸い艤装上に被弾による火焔を噴き上げる。ナ級も青葉へと応射を試みるが、ナ級が一発撃てばその数倍の砲弾が撃ち返されてきた。直撃弾に加えて海中で爆発する至近弾のダメージが嵩張り、ナ級の速力が徐々に低下し始める。被弾しつつも尚も応射を繰り返すが魚雷発射管は既に破壊されており、ナ級の高性能レーダーも蒼月から撃ち込まれた長一〇センチ高角砲の砲弾によって吹き飛ばされた。

 大破炎上するナ級に対して夕張から甲標的が発進し、止めを刺す。甲標的から発射された魚雷がナ級の舷側に直撃の水柱を突き立て、急激な浸水を起こしたナ級が左舷側へとお椀をひっくり返す様に転覆した。

 二隻の撃沈を確認した愛鷹は分離した夕張達を呼び戻しながらヘビー212へ報告を上げる。

「こちらシャーク1。ツ級およびナ級の二隻の排除完了。引き続き作戦を遂行する」

≪了解した。こちらのレーダーでも敵増援の影無し。深海地中海棲姫に対する本隊攻撃に当たっての側面攻撃を開始せよ≫

「了解。アウト」

 夕張達の合流を待ってから隊列を組み直した愛鷹は深海地中海棲姫を中核とする艦隊が展開する方へと舵を切った。

 

 ここまでは順調。少なくとも航空攻撃を打ち切った事を除けば深海棲艦の数は減らせている。敵主力部隊の主力艦の内ヌ級の片割れは落としているから敵艦隊上空の制空権も確保しやすいレベルに低下している。あとは艦娘艦隊の本隊の全力射撃が上手く刺されば今日中には西地中海の制海権は奪還出来るかもしれない。愛鷹として一つ心残りなのがス級が今になっても一隻も確認されていない事だった。深海棲艦にとってもその維持、運用にはかなりの手間がかかると推測される艦でも、地中海を事実上の庭とする深海棲艦が肝心な時にゲームチェンジャーなりうるか力を持つス級が動かせない状況を作るだろうか、と言う疑念がわく。どこかで思わぬ待ち伏せを仕掛けて来るのではないか、と言う懸念が愛鷹の中で胸騒ぎとなって蠢いていた。

 現状ス級に対抗しえる火力を持つ艦娘が存在しない以上、あと五隻はいると見られる地中海の深海棲艦艦隊の陣容を思うと、流石の愛鷹も怖くなってくる。沖ノ鳥島海域での戦闘で、当時はまだス級に対する艦娘側の認識が甘かったと言う落ち度はあるにはあれど大艦隊が無印のス級の砲撃によって壊滅させられたのだし、愛鷹もその時その場にいたから未だに彼女の中では根強くス級に対する恐怖は存在していた。

 すると胸中を察したかのように青葉が声をかけて来た。

「ス級、いるならもうとっくに来ていますよね。今になっても現れないって事は地中海で暴れまわり過ぎて整備と補給に時間がかかっているか、アンツィオやマルタ等の最重要拠点の守りに入っているんじゃないですかね」

「まだ分かりません。ただ青葉さんの言う通り、西地中海に展開しているのならもう増援として来ていてもおかしくはないですね。かの艦は巨艦の割に速度が速い。西地中海で劣勢になっていると深海棲艦が判断すれば一両日中にでも増援として送り込んできてもおかしくはない。

 でも、その兆候は未だに無い。何か動かせない理由があるのか……それとも……」

 ふと脳裏を過ったある可能性に愛鷹はまさか、と思いつつもあらゆる可能性を視野に入れた場合、自身の脳裏で湧いたス級の出方にあながち嘘偽りはないかも知れないと言う考えが浮かぶ。

 だが今はそれを考える時ではない、と頭を振って作戦に集中する事に切り替え、愛鷹は前を見据えた。

 

 主力部隊アンヴィルに先行して行動に入っているシャーク隊旗艦愛鷹から通信が大和に入り、装備妖精が通信内容を読み上げる。

「シャーク1、愛鷹より入電。変針点通過。取り舵一〇、砲雷同時戦に備え。先行するシャーク1は単縦陣の戦闘隊形を維持。尚も増速中」

「大和より各艦へ、我未だ敵艦隊を目視出来ず。全艦戦闘配備、索敵警戒厳に」

 大和を先頭に武蔵、タスカルーサ、ヒューストン、アトランタの四人が単縦陣を組み、更にその約五〇メートル先を矢矧を先頭に立てた一一駆の四人が同様に単縦陣を組んで前進していた。今回の作戦に当たって改二重艤装を組まれた大和からは瑞雲改二が対潜哨戒機としてアンヴィル隊の周囲を旋回しながら対潜哨戒に当たっており、陣形上速やかなる対潜攻撃陣形への移行が難しいアンヴィル隊に代わっての対潜攻撃手段として機能していた。

 ヘビー212からは敵艦隊主力は既にEV-38のレーダーで捕捉出来ており、シャーク、アンヴィル共に会敵は間もなくだと告げられていた。敵艦隊への航空攻撃は途中で切り上げられたこともあって必ずしも充分とは言い難い結果となったが、それでもヌ級一隻を含む複数隻の艦艇は撃沈しているので数の上では負けていない。また爆撃で複数の艦を手負いにしているから完全な状態のアンヴィルと不完全なコンディションの深海棲艦と言うパワーバランスが出来ていた。

 一方で大和を不安にさせる要素が出てき始めていた。海上を雲が多い始めたのだ。曇になりつつある天候は見通しが悪く成り気味であり、砲撃戦に置いて大和型の長射程のアドバンテージが崩れてしまう。必然的に艦隊の砲撃戦の距離は中近距離に持ち込まざるを得なくなる。

≪アンヴィル各艦へ、こちらヘビー212。敵だ。敵針〇-一-三、速力三〇ノット、数は九隻。目視可能距離まであと一分≫

「了解、ヘビー212。全艦黒二〇」

 最大速力で接近して来る深海棲艦の艦隊に対して大和もアンヴィル各艦へ増速の指示を出す。増速と言ってもトップスピードが二八ノットが限界の大和型に合わせて矢矧達やタスカルーサ達も最大速力を調整する。

 雲が水平線上を覆う中、その水平線上に砲口炎と遠雷の様な砲声が轟いて来る。

「砲口炎見ゆ! 右舷一〇度!」

「雷の間違いだったりしないか? いくら深海棲艦でも遠すぎるぞ」

 大和の見張り員妖精の報告に武蔵が怪訝な表情を浮かべる。間もなく双方目視可能距離に入るとは言え、これから相手取る深海棲艦側の中で最大射程を誇るル級の主砲でもまだアンヴィルを射程に捕捉出来ているとは言えない距離だ。考えうる要因は一つしかないとタスカルーサが口を開いた

「先行するシャーク隊が補足されたって事じゃないかな」

「その可能性は高いわね」

 彼女の後を続行するヒューストンも頷いた時、アンヴィル各艦のヘッドセットにシャーク隊旗艦愛鷹から続報が入る。

≪我現在敵艦隊主力随伴艦艇と交戦を開始。敵艦隊主力左側面へ回り込み側面攻撃を実施中。アンヴィルは速やかなる敵艦隊主力への総攻撃を願う≫

 彼我の位置から言って先行する第三三特別混成機動艦隊、シャーク隊が先に交戦を開始するのは当然の事と言える。寧ろ当初の作戦ではシャーク隊が先陣を切り敵艦隊の随伴艦を可能な限り排除して本隊の攻撃につなげると言うモノだから、当初の予定通りの行動が始まったと言えよう。

「大和、好都合よ。砲撃の規模からもヘビー212が共有してくれる敵艦隊の規模と一致するわ。このまま当初の予定通りシャーク隊で敵艦隊随伴艦艇への攻撃を行わせている間に我が隊は敵艦隊正面へ回り込み、一機に片を付けるべきよ」

 先んじて交戦を開始した愛鷹達が敵艦隊主力左側面を抑えている今だと主張する矢矧に大和は頷き、戦闘用意を発令した。

「我に続け全艦最大戦速、取り舵一杯、右砲戦用意!」

 

 

 降り注ぐ砲弾の雨に対して、シャーク隊の六人はまず回避を優先して行動に入っていた。愛鷹だけは進路を維持し降り注ぐ砲弾を刀で切り裂き、小口径弾は防護機能で弾き返して敵の攻撃を無力化してのけていた。

「敵艦隊の陣容確認! 深海地中海棲姫一、重巡棲姫一、戦艦ル級flagship級二、戦艦の片方は手負い。空母ヌ級elite級一、軽巡へ級flagship級一、大型駆逐艦ナ級elite級一、PT小鬼群デルタタイプ二」

 主砲艤装のグリップを展張して構えた青葉が敵艦隊の艦種別構成を即座に確認して愛鷹に告げる。初弾を躱したシャーク隊は直ちに反撃に入った。

「深雪さん、蒼月さん、夕張さんはPT小鬼群を対処。青葉さんと衣笠さんはへ級及びナ級を対処して下さい。戦艦は私が相手をします」

「了解」

 矢継ぎ早に指示を下す愛鷹に青葉達の唱和した復命が返され、シャーク隊の前哨戦の幕が切って落とされた。

 

 

 東京の日本大学病院にロシニョール病の定期検査を受けに行っていた比叡が全ての診察などを終えて、病院を出た頃には日が暮れようとしていた。久しぶりの東京の風景に懐かしいものを覚えながら、フード付きのジャケットを被り直してその足で秋葉原の繁華街へと足を延ばした。通院も兼ねて二日の非番と外泊許可を出されているから少しだけ東京観光と洒落込む比叡は秋葉原の繫華街へと足を踏み入れた。

 過疎化した地方から人口を大都市に集中させる日本政府の政策の結果、東京は人口一〇〇〇万を超すメガロポリス化が進み、秋葉原を始めとする東京都心の風景も比叡が幼い頃と比べたら大分変って来ていた。

 最新の液晶テレビが大量に店頭に並ぶ家電量販店の前を通りかかった時、突然店頭に並ぶテレビの画面が一斉に国営放送局のニュースキャスターの映像にかわり、画面の上に「臨時ニュース」のテロップが流れ出た。

≪東京及び太平洋沿岸部にお住まいの視聴者の皆さんにこれから緊急放送をお送りします。テレビの近くにいる方は出来るだけ多くの方に声をかけ、放送をご覧になる様ご協力をお願い申し上げます≫

 何事だと通行人が次々に足を止めてテレビの画面に視線を向ける中、その中に紛れる比叡も何の発表だろうかと気になって足を止めた。

≪先程鳥羽内閣官房長官は緊急記者会見を行い、首都圏及び太平洋沿岸部における深海棲艦の大規模な日本本土攻撃の可能性が高まりつつあると言う見解を示し、国民の皆さんには予測される最悪の事態に備えて内陸部及び日本海側の一時的な計画避難勧告を発令する事を発表しました。

 また首都圏及び近県の太平洋沿岸部の治安を維持し、万が一の時の備える為海兵隊に出動を要請したと報じました。今回の要請について鳥羽長官は次の様な日本政府の公式見解を表明しました。『昨今の日本本土近海における深海棲艦の活動の活発化に際し国連軍太平洋方面軍司令部等との協議の結果、現在の沿岸部に住まう国民の皆様の有事に陥った際に一斉避難は困難であるとし、政府からの避難勧告解除が発令されるまでの間、太平洋沿にお住いの方々は自治体ごとに定められた有事避難計画に従い、段階的に内陸部及び日本海側の避難施設またはご親族の元へ身を寄せるなどして……』≫

 

 ニュースキャスターが読み上げる日本政府の公式見解を聞いている内に比叡はのんびりしている場合じゃない、と即断即決を下すと秋葉原駅へと足を向けた。

 

≪この決定を受けて、現在配備が進められている部隊は、海兵隊日本方面軍東部方面隊第一師団第一普通科連隊、同第三一普通科連隊、同第三二普通科連隊、同第一偵察戦闘大隊、同第一高射特科大隊、同第一戦車大隊、富士教導団普通科教導連隊、同機甲教導連隊、同特科教導連隊、東部方面隊第一飛行隊、同第四対戦車ヘリコプター隊……≫

 日本統合基地の艦娘寮の談話室のテレビでは別のチャンネルで放送される首都圏に展開する予定だと言う海兵隊の部隊の報道が流され、艦娘達はテレビ画面を凝視して配備される部隊の名前を聞いた。

「こんだけの大部隊が東京含めた首都圏の沿岸部に配置されるのか」

 ソファーの上で胡坐をかいてテレビを見る嵐の呟きに普段ノリの軽い秋雲も真面目な表情でテレビ画面を見つめた。

「首都圏と近県の沿岸部の事実上の防衛目的ねぇ……いざと言う時の私達じゃ不安だとでもいうの?」

 信用されていないのかと疑問を投げかける朝雲に、夕雲が首を振った。

「それは無いと思うわ。だけど何も対策もせずにただやられるって訳にもいかないでしょ? あらゆる事態を想定して、って事よ」

「まア、最近ちょっと本土近海が物騒になっちゃったからしゃーないかもね」

 いつものお惚けた口調で漣が言った時、ふと寮の窓の外に視線を向けた嵐が唐突に叫んだ。

「おい見ろ! 来たぞー!」

 その叫びに一斉に艦娘達は窓に殺到し、基地のすぐ傍にある高速道路を利用して移動する海兵隊の装甲車輛達の姿を目の当たりにした。大型の戦車運搬車の上には一〇式戦車の近代化改修型である一〇式戦車改が載せられており、その戦車運搬車の前後には西暦二〇二五年に正式採用された八輪の装輪タイプのIFVである二五式装甲戦闘車が走っていた。

「凄い。一〇式改にオオマツの二五式もいるわ」

 窓の外から見える高速道路をトレーラーに乗せられた一〇式戦車改や自走する二五式装甲戦闘車の姿を見て能代が驚嘆する。

「あれは、富士教導団の車両ですね。よく見ると教導団のマークが見えます」

 眼鏡の下の目を細めて凝視する香取が運ばれる戦車や自走する装甲戦闘車の砲塔部に書かれたマーキングを見て言う。同様に多数のトレーラー上の戦車や自走移動する装甲戦闘車の数々を見た飛鷹がため息交じりに呟いた。

「総火演とかでもあれだけの戦車や装甲車を見た事は無いわね。ホント、一大事が迫っているって感じがしてくるわ」

「暫くの間、あの装甲車輛がこの基地を含めたあちこちに置かれるって事ですか」

 ほんのり不安を浮かべた表情で照月が展開場所へと移動する海兵隊の装甲車輛を見て言うと、霧島が落ち着かせる様にその肩に軽く手を置いた。

「日本の反対側で国連軍が深海棲艦相手に総力戦モードやってるって時に、真反対の日本に今攻め込まれちゃ溜まったもんじゃないよ」

 やれやれと頭を掻きながら秋雲が深いため息を吐くと、全く持ってその通りだ、とその場にいた全員が頷いた。

 




 突っ込まれてるネタが分かったぞ、って方は感想欄などでドンドン書いて行って構いません。
 感想評価、ご自由にどうぞ。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第六九話 フォルマンテーラ島沖海戦

 前置き・今回はほぼ全編戦闘回です。


「撃ちー方始め! 発砲、てぇっ!」

 射撃の号令が愛鷹の口から発せられ、一拍おいて彼女の主砲艤装に備えられた二基の四一センチ主砲が発砲の火蓋を切った。

 三連装主砲と連装主砲の二種類の四一センチ主砲が発砲の火焔を砲口から迸らせ、火焔は直ちに黒煙へと代わり風によって後方へと流れ去る。一方発砲炎と共に撃ち出された四一センチ主砲弾は轟々とした飛翔音を立てながら愛鷹が照準を合わせた戦艦ル級flagship級へと弾道を伸ばしていった。

 続航する青葉と衣笠、夕張、深雪、蒼月もそれぞれの定めた目標に対して射撃を開始している。中口径の主砲を備えている青葉と衣笠は青葉が大型駆逐艦ナ級後期型elite級を、衣笠が軽巡へ級flagship級に対して照準を定めて砲撃を行っている。夕張と深雪、蒼月の三人はPT小鬼群に対して集中砲火を浴びせていた。夕張が二人に火力支援を行いつつ深雪と蒼月の小口径の主砲で回避機動力の高いPT小鬼群へ射撃を行っていた。駆逐艦娘の手持ちタイプの主砲でなら追随可能だが、重巡級以上の艦娘だとPT小鬼群の機動力を前に射撃管制装置が追い付けない問題があり、その為に基本PT小鬼群を相手にするのは軽巡以下の艦娘と言うセオリーが定められていた。一応対空機関砲を使えば大型艦娘でも対処可能であるが、今度は機関砲ではPT小鬼群相手には威力不足と言う問題が発生する。早期に対処しないと魚雷を流されて艦娘に大ダメージを与えに来る非常に厄介な深海棲艦であり、業を煮やした日本艦隊では天霧改二と言うPT小鬼群対策に特化した艦娘の改二艤装を開発するまでに至っている。

 甲高い笑い声ともつかない奇声を上げて恐ろしく機敏な動きをして夕張からの砲撃を躱しにかかるPT小鬼群に対し、深雪と蒼月からの精確な砲撃が飛来する。紙一重の差でPT小鬼群はそれを躱して貧弱な備砲で二人へ応射を撃ち返す。

「くっそ、毎度毎度だるい連中だ」

「二対二ですよ、ここで負けたら駆逐艦の恥です!」

「んなこたあ分かってらい!」

 長一〇センチ高角砲を連射する蒼月の言葉に深雪が自身の主砲を撃ちながら応える。蒼月の長一〇センチ高角砲の連射がPT小鬼群の右に左に水柱を突き立て至近弾の爆風で狙いを付けているPT小鬼群を煽る。深雪の狙いすました一発がもう一隻のPT小鬼群の右舷側に着弾し、のけぞる様に反対側へとPT小鬼群が傾ぐ。

 PT小鬼群と対峙する深雪と蒼月に対して、深海棲艦も戦艦ル級と重巡棲姫が支援砲撃を行うが、重巡棲姫に対して夕張から甲標的が、ル級の片割れに対しては愛鷹から攻撃が飛来して二人への攻撃を阻止する。夕張の艤装から発艦した甲標的に対して重巡棲姫は対空機関砲を海中へと撃ち込んで浅い深度しか潜航できない甲標的に水中弾効果でダメージを与えようと試みる。海中に飛び込んで大きく初速を減衰させられながらも機関砲弾が甲標的の左右を突き抜け、減衰しきっていた数発がその胴体を叩いた。

「無理っぽいかな……」

 ソナーで甲標的が重巡棲姫への雷撃ポイントまで辿り着けそうにない海中の状況に夕張はしかめっ面を浮かべた。電波を介した無線は海中の甲標的には届かないから艇内がどうなっているかは不明だが、何発か機関砲弾の直撃を受けているから脆い胴体に無視できないダメージが蓄積しているかもしれない。

「牽制射撃するしかないわね。砲撃目標、重巡棲姫。主砲、撃ちー方始め!」

 夕張の一四センチ主砲が発砲し、重巡棲姫へと斉射された砲弾が飛翔して行く。数ある棲姫級の中でも比較的普遍的な重巡クラスの棲姫級である重巡棲姫相手に夕張の主砲では大した損害は与えられないが、牽制程度にはなる。甲標的を失ったら予備が無い夕張から長距離精密雷撃のアドバンテージが失われる。甲標的に乗り込む装備妖精の判断次第だが夕張として自分の砲撃を利用して離脱して欲しいところではあった。

ソナーで聴音を行っていた水測員妖精が砲声が入り乱れて、更に重巡棲姫の水中への射撃で喧騒まみれの海中から甲標的が反転して引き返してくる事を報告して来た。重巡棲姫への雷撃は失敗だが、甲標的を失っては元も子もない。英断と言える退却を行う甲標的の援護の為に夕張からは牽制射撃の砲撃が繰り返し撃ち放たれた。しかし砲撃戦の待っただ中とあっては甲標的を収容するのも難しい。どこかで機会があれば、と目を細める夕張に重巡棲姫から反撃の砲撃が飛来し始めた。夕張からの鬱陶しい砲撃に重巡棲姫も痺れを切らしたらしい。

 これで甲標的を離脱させる事が出来る、と狙い通りにいった事に内心ほくそ笑むと全力で回避運動に入る。増設されたタービンと普段の平底ブーツを改良してラダーヒールを付けた改良型の主機ブーツのお陰で機動性は改二以前の時よりも向上している。もう足の速い艦娘達に劣等感を覚えなくても済む。

 鋭いエッジを利かせた回避運動で重巡棲姫からの砲撃を躱してのける夕張に、重巡棲姫が露骨に苛立ちを見せた時、急速にその頭上から飛翔音が迫った。何かに気が付いたように振り返って防御の構えを取る重巡棲姫に艤装に四一センチ主砲弾が着弾する。

 

「重巡棲姫に着弾を確認。攻撃効果、ほぼ認められず」

 砲術妖精への見張り員妖精の報告を横で聞きながら愛鷹は四一センチ主砲弾の直撃を受けても参った様子を見せない重巡棲姫に舌を巻いた。流石は棲姫級の耐久と装甲だ。生半可な砲撃ではびくともしない。戦艦レ級や空母ヲ級改Ⅱflagship級、重巡ネ級改などの非棲姫級よりも数段は上の装甲だ。愛鷹の四一センチ主砲ではやり切れそうにない。だが水面防御はそこまで分厚い訳でもない事が過去の戦闘で判明している。

 何とかPT小鬼群を処理した深雪と蒼月が魚雷を撃ち込めれば、とちらっと二人の戦っている方を見やる。すばしっこく逃げ回るPT小鬼群を相手に二人とも中々命中弾を出せず苦戦を強いられている様だ。

「埒が明かないわね。シャーク1から『ズムウォルト』へ」

≪どうぞ愛鷹≫

 一計を講じた愛鷹は後方の母艦「ズムウォルト」へ一本の要請を入れた。

「瑞鳳さんに一個小隊の戦闘機隊を発艦させて、こちらの支援に当たらせてください。攻撃目標はこちらで指示します」

≪了解、瑞鳳発艦まで三〇秒待て≫

 即応待機状態で「ズムウォルト」のウェルドックで待機中の瑞鳳がカタパルトで射出されるまで三〇秒。その間を持ち堪え、更に瑞鳳から戦闘機隊の航空支援が来るまで最短で五分。五分半の時間を深雪と蒼月の二人が何とか持ちこたえてくれるかだ。

 愛鷹とて余裕は無い。戦艦ル級へ有効弾を得る前に砲撃を切り上げて重巡棲姫に攻撃を移している。現状ル級二隻と重巡棲姫の三隻から集中砲火を浴びているのが愛鷹の現状だ。レーダー射撃で精確な照準の元に砲弾を送り込んで来るル級と、やけくそなエイムで攻撃を撃ち込んで来る重巡棲姫の三方向からの砲撃。重巡棲姫の攻撃精度は悪い、ラッキーショットを貰わない限りは脅威でもない。寧ろレーダー射撃で精確な位置に砲弾を撃ち込んで来るル級の方が脅威だった。

 左手で右腰の鞘から刀を引き抜き、白刃を左手で構える。回避運動でル級の砲撃を躱しているとは言っても着弾位置は次第に近づいて来ている。いつ直撃を受けてもおかしくはない。

 自分への脅威の度合いから見て、戦艦ル級が脅威であると判断した愛鷹は再度主砲の照準をル級へと合わせた。自身への砲撃が止んだ事に気が付いた重巡棲姫が高笑いしながら主砲を連射して砲撃を浴びせて来るが、愛鷹の鋭い眼光が直撃コースと見た重巡棲姫の主砲弾の弾道を見切り、刀を数回振るい重巡棲姫の砲撃を切り落として無効化する。一発の被弾も許さない愛鷹の剣裁きに重巡棲姫が怒り狂ったようにさらに砲撃を浴びせて来るが、只怒りに任せての砲撃に精度なぞ望むべくもない。

「そんな砲撃、当たらないわよ!」

 吐き捨てる様に言いながら更に飛来した三発を一払いでまとめて切り裂き、無効化してのける。四一センチ主砲の照準をル級に合わせると射撃トリガーを引き絞り、四一センチ主砲から徹甲弾を叩き出す。

 距離が距離なだけに愛鷹から放たれた四一センチ主砲弾はル級を捉え、被弾の火焔と火花を散らす。ル級も戦艦、そう容易く沈んでくれる相手ではない。被弾箇所から火焔を上げつつ健在な主砲で撃ち返してくる。二隻のル級は照準を連動する様に愛鷹へ向けて砲撃を集中的に投射する。装甲はお世辞にも分厚いとは言い難い愛鷹の艤装ではル級の砲撃は防げない。防護機能でも一〇発以上同時に被弾したら飽和状態になって一時的に展開不可能になる。

 重巡棲姫と戦艦ル級の三方向からの砲撃にもはや愛鷹から仕掛けると言うのは無理があった。

「射撃管制を砲術妖精に移管、以後愛鷹は防御に徹します」

 それまで主砲艤装のグリップを握っていた右手を離して左腰の鞘からもう一振りの刀を引き抜くと、二刀流で重巡棲姫とル級二隻からの砲撃に刀の切っ先を向けた。両手で振るう二対の白刃が三隻からの集中砲火の内、直撃弾と見られた砲弾を切り飛ばしていく。軽いとは言えない刀を振るい一発、時には二発、三発をいっぺんに薙ぎ、切り飛ばして砲撃を無効化する。防御に徹する愛鷹に代わって砲術妖精が射撃管制を担い、砲術妖精照準に切り替えられた主砲が応射の一撃をル級へと放った。

「てぇっ!」

 青葉の鋭い射撃指示と共に左手の指が射撃ボタンを押した。ナ級へ指向された二〇・三センチ三号砲から徹甲弾が撃ち出され、発砲炎が砲口から噴き出し反動で砲身が後退する。既に一〇斉射撃っており、二発の直撃を確認しているがナ級は参った様子を見せない。深海棲艦の駆逐艦とは言ってもその耐久は軽巡級もある。改二化されて強化された青葉の火力でも一撃轟沈は望めそうにない。ナ級もナ級で精確な応射を青葉に向けて撃ち返してくる。速射性ではナ級が上だ。どんどんと一定のリズムを保って太鼓を叩く様な砲声が響き、十数秒後にはナ級の放った砲撃が青葉の周囲に着弾する。駆逐艦の砲撃と言って侮れなかれである。大型駆逐艦と分類されるだけに火力は通常の深海棲艦の駆逐艦よりもワンランク以上の強さがある。深海棲艦の軽艦艇でも最も艦娘艦隊を苦しめた艦種なだけはある。

 それだけに青葉としても負けられない。重巡が駆逐艦如きに負けてたまるか、と言う青葉と言う重巡艦娘のプライドがエイム力となりナ級へと射撃を撃ち込んだ。

 一二斉射目を放った時、青葉は手ごたえを感じ取った。これは当たるぞ、と言う確信が頭の中で走った時、ナ級の丸っこい艤装上に跳弾とは異なる閃光が一瞬走り、直後爆炎が噴き出した。球体上の艦体に被弾痕を三つ空けたナ級からの砲撃が止む。

「FCレーダー照射アウト。ナ級の射撃管制レーダーを破壊した模様」

「その丸っこい胴体に風穴を開けてやります」

 普段のお惚けた姿からは想像できない鋭い眼光を湛えた目でナ級を見据えた青葉が再装填を終えた主砲から一三斉射目を放つ。轟々とした飛翔音を上げながら射撃管制装置が破損し復旧対応に追われるナ級に青葉からの砲撃が飛来し、直撃弾となる。一発は被弾経始に優れる丸っこい艦体によって跳弾となるも三発はナ級の装甲を貫通して内部で爆発した。

「装甲貫通!」

「敵艦炎上中!」

 肩の見張り員妖精が弾む声を上げる。 艦内部で爆発した青葉の主砲弾によって破孔からオレンジ色の炎が勢いよく吹き出し、誘爆する対空機関砲の爆竹が爆ぜるような音が響き渡る。内側から搭載する武器弾薬の誘爆に艦体を砕かれたナ級は突如として大爆発を起こしてバラバラに吹き飛び、砕け散った艦体の破片を周囲の海上に散らした。

「敵艦轟沈を認む」

「了解。ガサ?」

 

 後ろでへ級と撃ち合っていた筈の衣笠の方へと振り返ると、姿が無くなっていた。まさかと周囲を素早くぐるりと見まわして、敵艦隊の本隊方へと後退するへ級を単独で追撃する衣笠の姿を見つけた。

「ガサ! 深追いしないで、深海棲艦の間合いに引き込まれてる!」

 叫ぶように妹へ警告を発しながら離脱させる為に必要になるであろう援護射撃を行うべく、青葉は舵を切って反転し衣笠のカバーに向かう。青葉からの通信で我に返った衣笠が慌てて後進全速をかけ、バックをかけた時愛鷹を狙っていたル級の一隻が衣笠に主砲を向けて斉射を放った。

 

「やばい……」

 冷や汗を眉間からだらだらと垂らす衣笠の足元で後進全速に入れた機関が最大後進速度へと速度を徐々に上げていく。だめだ、間に合わない、と本能的に悟った衣笠はサンダルのヒールについているスクリューも回して後進速度にブーストをかける。ほんの少しだけ後進速度が上がり、ル級の着弾予測位置から僅かな差を置いて衣笠が脱する。直後彼女の目の前に主砲弾九発が着弾し、衣笠の視界を完全に覆いつくす程の水柱が覆い立った。

 ほっとしたのも束の間、それまで砲撃をほぼ控えていた深海地中海棲姫の主砲が自身の間合いに入り込んでいた衣笠へ向けて砲門を向け、砲撃を開始した。後進全速と言っても前進全速よりはダッシュ力、最高速度に劣る衣笠は狙いやすいターゲットだった。のろのろと後進を続ける衣笠が舵を面舵に切って前進全速に入れ替えるが、すぐには前進後進が入れ替わらない重巡艦娘のタイムラグがもどかしい間を生む。その間に深海地中海棲姫の砲撃は瞬く間に挟叉を得て、速やかに斉射に移っていた。 

「しまった……」

 へ級を深追いして深海地中海棲姫の射程内に入り込んだ自身の不覚を呪った衣笠の耳に深海地中海棲姫の砲撃が轟音を立てながら迫る。

「衝撃に備え!」

 舌を引っ込めて目を瞑り被弾の衝撃に備えた時、急接近して来る聞き慣れた航走音が聞こえて来た。乱暴に衣笠の胴体を突き飛ばした青葉の身体と艤装に次々に深海地中海棲姫の砲撃が着弾していく。くぐもった悲鳴を上げて青葉が被弾の衝撃でその身体を弾け飛ばされ、被弾した側とは反対側へと倒れ込んだ。

 非常警報が青葉の艤装内で鳴り響く。幸い主砲弾薬庫、魚雷発射管などの撃ち抜かれたら重巡の青葉も一巻の終わりの部位への直撃は免れたが、飛行甲板は大破し、艦橋艤装もぐしゃりとひしゃげた。そして防護機能で削り落とせなかった深海地中海棲姫の砲撃がその身体に弾痕を穿ち、血が溢れ出た。

「ああ、青葉がやられた!」

「重巡青葉に複数着弾! 航行不能、このままでは格好の的です!」

 

 悲鳴の様な衣笠の叫び声と見張り員妖精の報告に愛鷹は流石にこれ以上は持ち堪えられない、と焦りを覚える。

「ヘビー212、アンヴィルはどこで道草を食っているんですか⁉」

 怒鳴り声の様な大声でヘッドセットに向かって喚いた時、遠くから聞き覚えのある巨大な砲声が連続して響き渡るのが聞こえた。

 

 青葉が被弾するほんの少し前、深海地中海棲姫を含む艦隊を射程内に捕捉したアンヴィル隊は矢矧と一一駆の四人からなる水雷戦隊を分離、突撃させる一方で大和と武蔵の砲撃管制システムをデータリンク接続し、大和型特殊砲撃の発射体制を取った。

「データリンク接続、大和と武蔵の射撃管制を同調」

「射撃管制装置の連動に異常なし。以後射撃管制指揮権は特殊砲撃管制指揮艦の大和に全て移行します」

「多目標同時攻撃モードから同一目標集中攻撃モードへシステム変更。第一目標、深海地中海棲姫」

「照準よし。連動よし。同調よし」

 大和の艤装内部に設けられたCICで大和型の特殊砲撃の準備が進められる。特殊砲撃を行う時だけ付けるHUDに「準備完了」の文字が次々に表示される。

「梯形陣に移行。二番艦武蔵は大和の右舷後方へ遷移せよ。射線方向に注意」

「了解だ」

 二人だけの梯形陣を組み、その巨大な五一センチ主砲が深海地中海棲姫に向けられる。

「武蔵、砲撃準備完了!」

「大和、砲撃準備完了!」

 自身の装備妖精に加えて武蔵の艤装の装備妖精からのGOサインがデータリンク接続で無線を共有されたヘッドセット越しに響く。二人の主砲の砲身が仰角を取り、砲身内部へ一式徹甲弾改が装填され、装填完了、撃ち方用意良しのブザーが三回、大和と武蔵の艤装から鳴り響いた。

 すっと息を軽く吸った大和は右手を伸ばして深海地中海棲姫を見据えると凛と張った砲撃号令を下した。

 

「特殊砲撃管制艦指示の目標。主砲、撃ちぃ方始めぇッ!」

 

「発砲!」

 砲術妖精が発砲の合図を叫んだ直後、大和と武蔵の五一センチ主砲三連装二基六門と連装三基六門が一斉に砲撃の火蓋を切った。

 戦艦艦娘の中でも現行で最大級の口径を誇る二人の主砲が一斉に砲撃を行うと、二人の周囲の海上が衝撃波で凹み、少し離れたところに布陣するヒューストン、タスカルーサ、アトランタに濡れ雑巾で顔面を張り飛ばすような衝撃を与える。両手で耳を塞ぎ、口を開けていても尚強烈な二人の同時斉射の衝撃波にアトランタが被るギャリソンキャップが吹き飛んだ。

 一二発の巨大な徹甲弾が他の艦娘とは桁違いの轟々とした飛翔を立てながら青葉を撃破した深海地中海棲姫に迫る。二人の発砲に気が付き、即座に回避運動に入ろうと主機から加速の泡をボコボコと立てる深海地中海棲姫だが、巨大な艦砲を操る大和型の使用する装薬のパワーはそれこそも他の艦娘を凌ぎ五一センチと言う特大の口径でありながら高初速と言うイレギュラーな性能を発揮していた。

 深海地中海棲姫が回避運動に入った時には既に遅く、一二発の砲弾は戦艦クラスの棲姫級にも匹敵する深海地中海棲姫の装甲をティッシュペーパーを貫通する何の如く射抜き、大口径艦砲の暴力の限りを尽くした。着弾した五一センチ主砲弾が深海地中海棲姫の艤装を外と内側から打ち砕き、爆砕された艤装の破片や小口径砲の砲搭自体が宙を舞う。バイタルパートは容易くぶち抜かれ弾薬庫や機関部を始めとする重要区画の内部に飛び込んだ一式徹甲弾改が内部で爆発した。

 改二化されているとは言え、やや二線級気味は否めない青葉と言う重巡を一撃で撃破した深海地中海棲姫が大和型改二二隻の特殊砲撃を浴びて果てるのは文字通り一瞬の事だった。誘爆した弾薬庫や機関部の爆発で内側から弾け、吹き飛ぶ深海地中海棲姫は耳を聾するデシベルの大爆発の火球の中に消え去った。深海地中海棲姫の艤装の誘爆はまるで犠牲を求めるかのように傍にいたヌ級をも呑み込み、火焔と無数の破片がヌ級の艦体を切り刻み、引き裂き、砕いた。

 轟沈する深海地中海棲姫とその巻き添えを食らったヌ級が大傾斜して海中へと残骸をゆっくりと沈める。艤装が誘爆を起こした深海地中海棲姫は原形を確認出来ない程の火焔に包まれ、海水と接した炎が白い水蒸気を噴き上げた。白い水蒸気の煙と誘爆の爆炎が空高く上り炎は途中から真っ黒な黒煙へと変わった。

「敵旗艦、轟沈を確認。なお爆沈の際ヌ級を巻き込んだ模様」

 見張り員妖精の報告に無言で頷いた大和は残存する深海棲艦の掃討戦に戦闘を移行させた。

「射撃管制を通常モードに切り替え。大和及び武蔵の第二目標、戦艦ル級。ヒューストンさんはタスカルーサさんとアトランタさんと共に重巡棲姫を攻撃」

 了解とRogerの二種類の返事が大和に返され、増速したヒューストンを先頭にタスカルーサ、アトランタが重巡棲姫へ向けて突撃を開始する。一方で大和と武蔵は依然健在の戦艦ル級flagship級二隻にそれぞれ照準を合わせ、主砲の仰角と射界を修正すると砲撃を再開した。シャーク隊を攻撃していたル級二隻は大和型二人からの砲撃を優先排除すべき脅威と捉えて応射を開始する。大和型の二人とル級二隻の二対二の砲撃戦が始まる中、ヒューストン、タスカルーサ、アトランタの三人は重巡棲姫へ主砲を向けて一斉射撃を浴びせた。

「Open Fire!」

「見えてる、Fire!」

「叩きのめせ、Fire Fire!」

 三人からの集中砲火が重巡棲姫へ降り注ぎ、至近弾が多数林立して重巡棲姫の姿を隠す。八インチ三連装主砲と五インチ連装両用砲の二種類の砲声が鳴り響き、やや間を置いて撃ち出された徹甲弾が重巡棲姫の傍に着弾する。重巡棲姫の気と主砲の砲門が三人の方へと向けられ、先頭を進むヒューストンに照準が合わせられた時、別方向から飛来した四一センチ主砲弾が重巡棲姫に直撃した。

 撃破、大破した青葉の分だ、と愛鷹が四一センチ主砲の第二射を重巡棲姫へ向けて撃ち込む。強靭な重巡棲姫の装甲は愛鷹の砲撃を弾くが、決して無傷では済んでいない。非装甲部の艤装は破壊され、重巡棲姫の艤装は被弾する度に醜く変形していった。

 二方向からの同時攻撃に重巡棲姫もどちらにタゲを合わせるべきか分からなくなり、迷っている内にヒューストン、タスカルーサ、アトランタからの砲撃が直撃し始める。四一センチ主砲の砲弾の直撃にも耐えていた重巡棲姫とは言えど中口径主砲の砲弾の直撃はジャブを連続して叩き込まれるに等しい。無視できない損害が嵩み始め、重巡棲姫がぎゃあぎゃあと悲鳴を上げる。

「相変わらずやかましい重巡棲姫だ、戦術、敵は目の前だ。当てていけよ」

 Mk.12八インチ三連装主砲を連射しながらタスカルーサがCICにいる装備妖精に指示する。

 先行するヒューストンのMk.9八インチ三連装主砲と共に斉射の発砲炎を砲口から瞬かせるタスカルーサの後ろからはアトランタが五インチ連装両用砲の速射を重巡棲姫に浴びせていた。

「アタシだってね、対空射撃だけが能じゃないのよ」

 そう呟きながら主砲を連射するアトランタの砲撃が重巡棲姫の本体と艤装に着弾の火焔を走らせる。後続の二人にならで先行するヒューストンも重巡棲姫へ火力を集中する。被弾を重ねる重巡棲姫がまだ動く火砲でヒューストンに照準を合わせて砲撃し反撃を試みるが、ダメージの影響からかその砲撃はヒューストンに掠りもしない。

「かかってらっしゃい。最後までお付き合いしてあげるわ」

 半分挑発するように重巡棲姫に向けて言い放つヒューストンが再び斉射を行った時、別方向から攻める愛鷹も主砲を発射した。

 砲撃時の「てぇっ!」以外終始無言だったが、制帽の鍔の下から見せる目はギラギラと殺意を湛えていた。主砲を撃ち、再装填し、修正をかけ、撃つ。このサイクルを機械的に繰り返す愛鷹はキルマシーンの如く冷徹に重巡棲姫に自身の砲撃を叩き込み続けた。

 四人からの集中砲火に高耐久の重巡棲姫も流石に耐えられなくなり始め、艤装上から激しい火災の炎を噴き上げ、耳を塞ぎたくなる程喚き散らしながら速力をゆっくりと低下させ始める。止めを刺さんと愛鷹、ヒューストン、タスカルーサ、アトランタから仕上げの斉射が浴びせられ、多数の直撃弾を受けた重巡棲姫が遂に沈黙する。激しい火災の炎に包まれる艤装が左舷側へと傾斜し始め、先に沈んだ深海地中海棲姫やヌ級らの後を追う。

 重巡棲姫が愛鷹、ヒューストン、タスカルーサ、アトランタからの集中砲火で撃沈される一方、大和と武蔵もまた砲撃でル級を追い詰めていた。

 大和と武蔵の五一センチ主砲が火を噴き、一式徹甲弾改を空中に撃ち出し、ル級の周囲そして艤装上に着弾の閃光を走らせるたびにル級には至近弾ダメージと直撃弾によるダメージが嵩んで行った。棲姫級程の高耐久は無いル級はそれでもなお耐えて大和と武蔵へ生きている主砲を指向して反撃するが、先手を取られていた分ル級は既に不利だった。二隻とも早々に射撃管制レーダーは破壊され、目視照準で大和と武蔵に応射を試みていたが、特殊砲撃でなくとも二人の投射する火力は圧倒的でありル級には成す術が無かった。

 大和は四斉射、武蔵は五斉射目で決定的一撃をル級に与え、大破した二隻のル級は残った小口径の副砲で応戦しつつ反転離脱を試みた。

「逃がさないわよ。武蔵、まだ弾はあるわね?」

「無論だ。一気に蹴りを付けようじゃないか」

 問題なしと頷く妹に宜しいと頷いた大和はのろのろと離脱を図るル級に目を向けると最後の砲撃号令を下した。

「てぇっ!」

 二人の揃った斉射号令が五一センチ主砲の発砲の合図となり、轟音と共に放たれた砲弾が瀕死の二隻のル級を捉えた。

 

 深海地中海棲姫からの砲撃で大破した青葉を曳航して離脱する衣笠の耳にヘリコプターのローター音が聞こえて来た。対空電探と見張り員妖精が「ズムウォルト」から発艦して駆け付けたHH60Kの接近を知らせる。

「来た、青葉、回収のヘリだよ! もう大丈夫だからね」

「う……うう……」

 患部にファーストエイドキットの包帯とCAT(止血帯)を巻きつけられた青葉が喘ぐような声で答える。出血は取り敢えず止められたが、傷は見ただけでも深い。諸に深海地中海棲姫の斉射弾を浴びただけに青葉は大きな損害を被っていた。そうなった原因は自分にあると思うと衣笠の胸の中で姉に対する申し訳なさが溢れて来る。

≪こちらレイブン6、これより降下して要救助艦娘を収容する≫

 高度を落として収容態勢に入るHH60Kのスライドドアが開き、中から瑞鳳と救護員が顔を出して来た。戦闘救難士としての資格を持つ瑞鳳も青葉救護の為に出張って来た様だ。海上ギリギリへとホバリングするHH60Kの元へ青葉の身体を担ぎながら向かう衣笠に、ヘリから瑞鳳も降りて来て重傷の青葉を担ぐその肩に手を貸す。身長は青葉よりも低い瑞鳳だが、衣笠一人で抱えて運ぶよりはマシだ。

 二人でぐったりとして力が入らない青葉をヘリへと運び、ヘリの救護員と一緒に機内の担架に青葉を載せると瑞鳳も機内に乗り込みひとまず酸素マスクを青葉の口元にあてがう。救護員がまず怪我の状態を確認する中、衣笠はスライドドアに手をかけて青葉の事を瑞鳳に託す。

「後は宜しくね」

「りょーかい。もうドジるんじゃないわよ?」

「分かってるわ」

 後を任せる瑞鳳にじろりと睨まれた衣笠はもう二度としくじらないと宣誓するように瑞鳳に返すとスライドドアを閉めた。

 青葉を収容したHH60Kが出力を上げて上昇し、後方の母艦へと下がる。あの傷では「ズムウォルト」の医療区画では満足な手当が出来るとは思えない。「ドリス・ミラー」か「マティアス・ジャクソン」の大規模な医療設備がある艦に収容されるだろう。シャーク隊もとい第三三特別混成機動艦隊から重巡艦娘一人が脱落してしまった事は痛手だが、青葉の事だ、すぐに回復してけろっとした顔で戻って来るだろう。少なくとも衣笠はそう信じていた。

 

 

 敵艦隊の殆どを撃沈したアンヴィル、シャークの両隊は青葉が大破離脱させられたもののそれ以外は損害無しに進んでいた。

 残存敵艦であるPT小鬼群は尚も抵抗を続けていたが、深雪と蒼月さらに矢矧率いる一一駆の四人の砲撃の至近弾によって徐々にその機動力も低下し、キレのある回避運動に陰りが見え始めた。

 そこへ瑞鳳から発艦した烈風改二、二個小隊八機が飛来した。愛鷹からPT小鬼群への機銃掃射を指示された烈風改二が翼を翻して低空へと降下すると、「デンジャークロース」のコールと共にPT小鬼群目掛けて機銃掃射を開始した。海上に機関砲弾が突き立てる水柱が突き立ち、PT小鬼群に水柱が迫ると着弾の火花を散らす。二隻に四機ずつ襲い掛かった烈風改二は攻撃手段こそ機関砲だったが、紙装甲のPTには有効な攻撃手段だった。機銃掃射を受けたPT小鬼群の動きが更に鈍り隙が出来た。

「畳みかけろ!」

 動きが鈍り好機と見た矢矧が吹雪、叢雲、白雪、初雪、深雪、蒼月に止めを刺す様指示し、自身も一五・二センチ連装主砲を放つ。辛うじて矢矧の砲撃を躱してのけるPT小鬼群だが、水中で爆発した矢矧の砲弾によって機関部へ浸水ダメージが入り動きが更に鈍った。

 深雪が過熱しかけている主砲を狙いすまして放つと回避能力が若干低下していたPT小鬼群の一隻に着弾の爆破閃光が走った。当たってしまえば駆逐艦以下どころか装甲と言う概念が皆無の無耐久とも言えるPT小鬼群が耐えられるはずも無く、一撃で爆発四散して残骸が海中へと燃えながら沈み込み始める。吹き飛んだ魚雷発射管などの艤装の破片が海上に四散し、細い黒煙を海上に立ち上らせる。

 僚艦の爆沈に続き、もう一隻が蒼月の斉射弾四発を纏めて食らう。こちらは当たり所が悪く魚雷発射管に誘爆して花火のように木っ端微塵になる程の大爆発を起こして轟沈する。 

「へ、回避するのは一丁前だけど耐久は相変わらず紙っぺらだな」

 少しばかり余裕面を意図的に装って深雪はPT小鬼群の沈んだ後を見つめるが、内心はいつ魚雷を撃たれるかでひやひやしており本当の所は心の中に余裕など皆無だった。対PT戦のスペシャリストとして名高い天霧に依然聞いた事だが、PT小鬼群は生半可な砲撃など本当に通用しないし、魚雷攻撃すらも余裕で回避してしまうから厄介だ。ある意味で小型艦娘の主砲の反応速度次第と言う所だ。

「こちら深雪、敵勢艦隊の全滅を確認」

「こちらも全艦の殲滅を確認。青葉さんがやられた事以外は損害も軽微。こちらの勝利です」

 深海地中海棲姫を旗艦とする水上打撃部隊の撃滅に成功した事に安堵を覚えている愛鷹が無線越しに安堵するのが分かった。

 アンヴィル隊旗艦の大和から全艦に向けて「集まれ」の信号が送られ、四方に散っていたアンヴィル、シャークの両隊の艦娘達が大和を中心に集まって来る。西地中海に展開する敵の主力艦隊を潰し、フォルマンテーラ島沖一帯の制海権を奪還したと考えても良い大戦果に全員がほっと一息を吐いた。

 青葉と衣笠が抜けた隊列のままシャーク隊がアンヴィル隊に加わる。発砲の硝煙で白い制服を互いに黒く煤けさせた大和と愛鷹が無言で視線を躱した時、ヘビー212から全艦宛に警報が入った。

≪全艦コーション、ボギー接近!≫

「まだ続くのかよ!」

 思わずうめき声をあげる深雪に構わずヘビー212は接近する機影についての続報を入れる。

≪三〇〇機程の敵戦爆連合の接近を検知。方位〇-九-〇、高度一〇〇〇≫

「三〇〇機? まだどこかに敵の機動部隊が?」

「それにしても三〇〇は多すぎる。機数から言って空母棲姫級が三隻以上はいる筈だ。だが一体どこから……」

 伝達されてきた敵機の総数に敵機動部隊の存在を疑う大和だが、余りにも多い機数に武蔵が怪訝な表情を浮かべる。

 兎にも角にも全艦に対空戦闘用意と輪形陣に陣形変換が発令される。全艦娘の主砲に対空弾が装填され、対空迎撃の構えがとられる中、愛鷹は青葉を救難ヘリの元へ曳航させるために先んじて離脱させた衣笠との回線を開くと先に「ズムウォルト」に避退する様命令を下した。単艦行動状態で今こちらに向かって来ている大編隊の一部に襲われたら衣笠は成す術も無いまま空爆で撃沈されてしまう可能性がある。

≪了解です、先に後退します。愛鷹さんも気を付けて≫

 察知されなければ単艦行動中の衣笠が襲われる心配はない。問題は自分達だ。瑞鳳がPT小鬼群への攻撃の為に寄こした烈風はまだ燃料も弾薬もあるから戦闘可能だが数で完全に圧倒されている。仮に迎撃戦を挑んでも物量差で押しつぶされるのがおちだ。

 かと言って今から母艦に引き返しても逃げ切れそうにない。ライノ隊からエアカバーの戦闘機隊を派遣してもらい、アンヴィル、シャークの両隊で対空戦闘で切り抜けるしかない。

 既にその考えに達しているヒューストンが後方のライノ隊の旗艦タイコンデロガに戦闘機隊の派遣を要請していた。

「大和より全艦、対空戦闘用意。我が艦隊に近づく敵機を叩き落とせ!」

 輪形陣の中心に大和、武蔵、愛鷹を置き、その周囲をヒューストン、タスカルーサ、アトランタ、矢矧、吹雪、叢雲、白雪、初雪、深雪、蒼月が固める様に展開する。今の艦隊にとって三〇〇機にも上る敵機迎撃の要は圧倒的な対空戦闘能力を誇るアトランタと蒼月の二人が頼みの綱だ。

「右対空戦闘用意。主砲三式弾改二装填。高角砲、噴進砲、機関砲攻撃用意」

 対空戦闘用意を発令する愛鷹の号令に従い揚弾機が三式弾改二を弾薬庫から運び出し、五本の四一センチ主砲の砲身内へと装填していく。対空戦闘には自信があるが、今は対空戦のスペシャリストであるアトランタと蒼月のサポート程度に徹しておくのが最善の立ち回りだろう。寧ろ自分が余り派手に動き回り過ぎると二人の戦闘に支障を来す可能性もある。

「敵機接近、方位〇-九-〇、高度一〇〇〇、距離七〇〇〇」

 CIC妖精がレーダースコープを覗き込みながら敵機の飛来する方位、距離、高度を知らせる。大和と武蔵、愛鷹の主砲対空射撃の射程に入ったのを確認した大和が主砲による対空射撃の号令を発令する。

「右対空戦闘、旗艦指示の目標。主砲、撃ちー方始めー!」

「トラックナンバー2754から2761捕捉。主砲、撃ちー方始めー、発砲! てぇっ!」

 愛鷹の射撃号令と共に右舷へ指向された大和、武蔵、愛鷹の三人の主砲が三式弾改二を発射する。主砲の砲口から轟音が発せられ、発砲炎と砲煙が噴き出し一二発の三式弾改二と五発の三式弾改二が砲煙を突き破り空中へと飛翔して行く。三〇〇機余りの敵編隊を前に投射する火力が少ないが、一発当たりに数百発の対空散弾が装填されている三式弾改二なら理論上は一発で複数機に被害を与える事は可能だ。特に三式弾改二は三式弾の初期型で発見された不具合を大幅に修正している大規模改良型だから攻撃効果は相応に見込めるだろう。

 空中を飛翔して行った一七発の三式弾改二が深海棲艦の大編隊の眼前で近接信管を作動させ、最も三式弾改二に近い所にいた深海猫艦戦改を起点に無数の散弾を空中にぶちまけた。鉄の散弾のシャワーが深海棲艦の艦載機を戦闘機、艦爆、艦攻の機種に構わず打ち付け、切り裂き、吹き飛ばした。爆砕された敵機の横で黒煙を引きながらまだ原形をとどめている深海攻撃哨戒鷹が、夜深海艦爆が高度を落としていく。

「トラックナンバー2754から2778まで撃墜確認。2781から2785は戦線を離脱する模様」

 対空レーダーで確認出来た敵大編隊への攻撃効果をCIC妖精が報じる。二四機撃墜、四機損傷により離脱。それなりに撃墜は出来たとはいえ、まだまだ敵機は無数にいる。主砲の再装填を急ぐ愛鷹の耳にも深海棲艦艦載機群の接近する音が聞こえて来る。

「三式弾改二再装填急げ」

 大和と武蔵は再装填が間に合わないのを割り切って既に高角砲による対空射撃に構えに移行しているが、愛鷹はぎりぎり手法による再度の対空射撃が間に合いそうだった。早くと急かしたい思いで主砲の砲身内部に三式弾改二が再び装填され、装薬がセットされ終わるのをじっとこらえる。主砲の発射準備が終わった頃にはヒューストン、タスカルーサの主砲が対空射撃を開始していた。

「第二射、目標自由射撃。てぇっ!」

 眼前の空一杯に広がる大量の深海棲艦艦載機を前に、狙いをもはやつけるまでも無く自由射撃に切り替えた愛鷹の主砲が三式弾改二を再び放つ。

 空中に五つの花火様な火焔が走り、鉄の炎の雨が艦載機群に降りかかる。八機の敵機が撃墜され、二機が黒煙を引きながら反転していくのが見えた。これ以上は主砲による対空射撃は無理だ。高角砲と噴進砲、対空機関砲による応戦に切り替える愛鷹の耳に防空艦であるアトランタの主砲の砲声が入って来た。

 GFCS Mk.37射撃管制レーダーに照準をコントロールさせたアトランタの五インチ連装両用砲Mk.29が対空弾を間断なく撃ち上げ、深海棲艦艦載機群に近接信管を弾頭に備えた対空弾の散弾を叩き付けた。

「やっぱ、アタシはこう言う戦いの方が性に合うね」

 対空迎撃を行いながら呟くアトランタの口元に不敵な笑みが浮かべられる。彼女が対空弾を撃ち上げ、近接信管が作動して炸裂する度に深海棲艦の艦載機は一機、また一機と面白い様に落ちていく。命中率は九割以上と言ったところだろうか。

「食い放題もいい所ね」

 余裕面を浮かべて深海棲艦艦載機群を撃墜していくアトランタの耳に蒼月の長一〇センチ高角砲の砲撃音が聞こえて来た。

「アオツキか」

 日本艦隊でもとびっきり対空射撃の腕の立つ秋月型としてその名はアトランタも知っていた。高射装置と対空レーダーに管制された彼女の対空射撃はアトランタ程の精度は無いものの八割以上の命中率を見せ、一機一機確実に仕留めていた。二人の対空射撃を前に深海棲艦艦載機群は次々に攻撃機を撃墜されていったが、物量に任せての正面突破を図る深海棲艦艦載機群を前に二人だけでは対応が回らなくなってきた。だが艦隊は二人だけで構成されている訳ではない。

「対空戦闘! 目標、接近中の敵機!」

 矢矧の対空戦闘号令が下るや一一駆の四人と深雪、そして矢矧自身の主砲、高角砲が対空射撃を開始する。一拍遅れて大和、武蔵、愛鷹の高角砲も砲撃を開始し、ヒューストン、タスカルーサの両用砲も対空射撃の火蓋を切る。  

 一三人の対空射撃を前に深海棲艦艦載機群は更に被撃墜機を出すが、未だ健在な艦爆隊、艦攻隊が攻撃ポジションに付くべく高度をそれぞれ確保し、突入進路を定めていく。

「右舷上方、敵機六、急降下!」

 愛鷹の右肩で見張り員妖精が対空射撃の砲声に負けない大声で叫ぶ。視線を右舷上方へと移した愛鷹の目に急降下爆撃を開始する夜深海艦爆が入る。高角砲では対応が間に合わないと即断した愛鷹は左腕にマウントされている二五ミリ三連装対空機関砲と艤装にマウントされている同対空機関砲、それに噴進砲改二を向けた。

「対空機関砲、コントロールオープン!」

 二五ミリ三連装対空機関砲が射撃を開始し、銃火が愛鷹の艤装各所から撃ち上げられていく。機関砲による弾幕を張る愛鷹目掛けて急降下爆撃を試みる夜深海艦爆一機が被弾して脱落するが、残る五機は怯まずに突っ込んで来る。

「艦対空噴進砲、攻撃始め!」

 三〇連装対空噴進砲改二の発射指示を下すと、彼女の艤装に備えられた噴進砲から対空ロケット弾が一斉に発射され、五機の艦爆を包み込む様に弾幕を形成する。二機の艦爆がこれに呑み込まれて爆散し、一機が急降下突入進路をそらされる。残り二機は依然健在であり爆弾槽の扉を開き、誘導悍が中から爆弾を引き出して来た。

「おもーかーじ!」

 弾道を見切った愛鷹が面舵に舵を切る中、二機の夜深海艦爆が爆弾を切り離して急上昇に転じる。口笛を吹く様な落下音を鳴らして二発の爆弾が愛鷹に迫る。慣性で左側へと傾斜しつつ面舵に転じる愛鷹の左手側へ二発の爆弾が落ちて行き、海中に突っ込む。外れた二発の爆弾が海中で爆発すると大きな水柱が愛鷹の左舷で二つそそり立ち、衝撃と海中での爆発の爆圧が彼女をゆらりと揺さぶる。

 さらに一発、突入進路をそらされた夜深海艦爆が投じた爆弾が愛鷹の後方で爆発し、航跡をかき消す爆発と水柱を作り出す。

「左舷より雷撃機接近数六!」

「右舷にも雷撃機接近、数五!」

 左右両方から挟み撃つ形で夜復讐深海艦攻が愛鷹に迫る。水平射撃に移った対空機関砲と長一〇センチ高角砲が迎撃の弾幕を張る。

 二五ミリ機関砲の火箭に絡め取られた艦攻が制御不能になって海面に激突し、高角砲の砲弾の直撃を受けた艦攻が爆散する。だが更に夜復讐深海艦攻が左右から四機ずつ愛鷹へと魚雷投下態勢に入る。

「っ……! 数が多すぎる!」

 舌打ち交じりにとにかく手近な艦攻から対処する愛鷹に一人の艦娘が接近して来た。吹雪だ。主砲の一〇センチ高角砲を夜復讐深海艦攻に向けて撃ち放ちながら愛鷹の右舷側に遷移して援護射撃交じりに右舷側に対空砲火を張り続ける。

「右舷側は任せて下さい!」

「助かります!」

 右舷側に割いていた対空射撃のリソースを左舷側へと割り振り、一機落として残り八機の夜復讐深海艦攻の前に猛烈な弾幕を張る。

 対空機関砲の火箭にまた夜復讐深海艦攻が絡め取られ、二五ミリ弾を立て続けに食らった機体がバラバラに砕け散る。高角砲の砲撃が低空を飛行する艦攻の上面を叩いて機体姿勢を崩し、立て直せない内に海面に激突して転がりまわる。二五ミリ対空機関砲が銃身から白い煙を上げ始め、銃口は真っ赤に焼け始める。高角砲は休まず対空弾を撃ち続け、艦攻を更に一機吹き飛ばした。

「ターゲット・サーヴァイブ! 敵機残り五機!」

「小型機接近! 撃ち落とせぇー!」

 CIC妖精が残存する艦攻の数を告げ、砲術妖精が吠える。休まず対空迎撃を続ける愛鷹だったが、左腕にマウントされている機関砲の一基が不意に射撃を止めた。残弾はまだある筈なのに、と訝しんだ愛鷹にCICの砲術妖精が苦い報告を上げて来た。

「くそ、ジャムった! 発砲不能!」

 土壇場での排莢不良による発砲不能で対空機関砲の一基が使用不可になった事に再度舌打ちしつつも残る機関砲で迎撃を続ける。

 更に一機が機関砲の射撃で撃ち落とされる。左舷側は残り四機。右舷側は吹雪の奮戦もあって一機ずつ確実に撃墜されているが、まだ五機健在だ。

 弾幕を張り続ける愛鷹と吹雪の両側から攻め込んで来た夜復讐深海艦攻計九機は二人からの猛烈な対空砲火に怯みもせずに吶喊し、魚雷投下ポイントに到達すると順次魚雷を投下して離脱に入った。右舷から五本、左舷から四本の白い雷跡が愛鷹へと延びていく。

「挟み撃ちか!」

 どちらに舵を切っても左右どちらかの魚雷群に当たってしまう。躱し様の無い絶妙な射角、投下ポイントからの雷撃に愛鷹は魚雷本数の少ない左舷側へ主砲と対空射撃で砲身が白熱しかけた高角砲と機関砲の全てを向けると、一斉に火力を投じた。

 俯角最大に取られた主砲と高角砲が海上を撃って魚雷を仕留めんと雷跡の周囲に水柱を突き立てる。機関砲が連射音を響かせ、海上にカーテンのように着弾の水柱を林立させて同様に魚雷の撃破を狙う。愛鷹と言う大型艦娘を狙っている事もあってか航走深度は深めらしく、水中に飛び込んだ銃砲弾が魚雷に届く様子がうかがえない。

「吹雪さん、爆雷戦用意! 爆雷調停深度五メートル、私の左舷側にありったけ投射して下さい!」

 咄嗟に思い付いた対抗手段を吹雪に伝えると、長年の勘で愛鷹の意図を悟った吹雪が対空射撃を止め、最大戦速で愛鷹の左舷側へ回り込むと三式爆雷投射機から四発の爆雷を愛鷹に迫る四本の魚雷の鼻先に目がけて投射した。

 着水した順に爆雷が爆発し、海上に四つの水柱が連続してそそり立つ。その間に面舵に舵を切って右舷側から来る魚雷と正対した愛鷹の後方で、吹雪が投じた爆雷によって軌道をそらされた四本の魚雷があらぬ方向へと走り抜けていくのが見えた。

 一方、自身に迫る魚雷を処理してくれた吹雪に愛鷹が躱した右舷側から迫る魚雷が命中するコースである事を見切った愛鷹は、安全圏への離脱コースを彼女に指示する。

「吹雪さん、方位一-八-五度、最大戦速。対魚雷防御」

「え? あ、はい、了解!」

 自分には出来ない駆逐艦ならではの瞬発力のあるダッシュで舵を切って最大速力で離脱した吹雪の後ろを五本の魚雷が通り過ぎる。背後を振り返って自身の航跡を遮る様に通り過ぎる五本の白い航跡を見て、ほっと安堵の溜息を吐く。

「助かりました愛鷹さん」

 礼を述べた吹雪は再び主砲を構えると、新たに接近して来る敵機群への対応に入った。

「新たな目標、二一〇度。艦爆七機、急降下突入に入る」

 CIC妖精の報告に愛鷹は舵を切り、二-一-〇度に変針して急降下爆撃の編隊と正対する。

 短いながら砲身冷却を終えた機関砲と高角砲、それに排莢不良を起こした機関砲から詰まった薬莢を取り除いた機関砲が仰角を取って対空射撃を開始しようとした時、ヘビー212から全員に向けて通達が入った。

≪BARCAPが到着した。タイコンデロガとバンカーヒルの二人から発艦した戦闘機隊が西から進入する。全艦対空射撃の射線方向に注意せよ≫

 ようやく来たか、と安堵の溜息を吐いた時、二〇〇〇馬力のエンジン音を響かせながらF6F-5四〇機が防空戦闘を行うアンヴィル、シャークの両隊の頭上に進入して来て、深海棲艦艦載機群へ攻撃を開始した。まだ爆撃を開始して無い艦爆や艦攻を集中的に狙ったF6F-5の攻撃で、深海棲艦艦載機群は次々に攻撃機を失って行った。夜猫深海艦戦が応戦を試みるが機体性能は互角、練度はF6F-5側が上の状況では効果的な応戦も難しくバンカーヒルから発艦した二〇機のF6F-5が対応する中、タイコンデロガから発艦した二〇機のF6F-5は深海棲艦の攻撃機を狩り続けた。

 戦闘機隊のエアカバーが入ってから、アンヴィル、シャークの両隊は対空射撃を止め、進路を反転させて艦娘母艦の方へと引き換えしていた。深海地中海棲姫を含む艦隊は撃滅し、当初の作戦目標を達成出来たからこれ以上この場に留まる必要はない。残弾、燃料共に乏しくなってきた艦娘もいるから補給の為にも後退する必要がある。

 振り替えって空中戦を繰り広げるF6F-5と深海棲艦艦載機群の交戦を眺めながら、あの艦載機群はどこから飛来したのだろうか、と言う疑念が愛鷹の中で湧き上がって来た。艦載機の機種からして恐らくは空母棲姫等の深海棲艦の大型空母等から発艦して来た艦載機と見て間違いないだろう。問題はそれらの空母がどこに展開しているかだ。

 捜索任務がまた始まりそうな予感が脳裏を過る一方で、大破して離脱を余儀なくされた青葉の事が気がかりだった。余り傷が深くないと良いが、負傷の具合によっては青葉抜きでやるしかない。一応そういう損害を想定して第三三特別混成機動艦隊と言う大所帯部隊を組んでいる訳ではある。

 艦娘母艦へと戻る途中、対空射撃の砲煙の煤で制服を黒く汚した夕張が愛鷹の後ろに付くと今後どうするのかを訪ねて来た。

「この後どうします?」

「……まずは一度戻りましょう。青葉さんがやられた今、艦隊を再編して次の出撃に備える必要があります。一旦休み、ルグランジュ提督などと協議の上今後の行動を決めます」

「さっき襲来した敵機は機種からしてヲ級やヌ級で運用されている機体では無いですよね。つまり大型空母や棲姫級クラスの空母が近海に進出してきているかもしれない……」

「その推測は正解でしょう。空母棲姫級を中核とする空母機動部隊を多数西地中海の防備に回して来たと見るべきですね。ただ、一つ気になる事があります」

「なんです?」

 軽く首をかしげる夕張に、愛鷹は艦載機群の中にいるのが見えた機影の名を口にした。

「空母棲姫には本来艦載されていない筈の深海攻撃哨戒鷹が編隊内にいるのが確認出来ました。あの機体は空母級でも空母棲姫の艦載機として運用されていない事が確認済みです。そうだとすれば空母棲姫以外の空母或いは新型種の空母級が近海に進出してきているとも限らない」

「一応……確かヌ級Ⅱflagship級に深海攻撃哨戒鷹が艦載されていると聞きますが」

「ヌ級Ⅱflagship級が積んでいるのは深海攻撃哨戒鷹の『改』です。微妙な差ですが機種が違う。勿論ヌ級Ⅱflagship級を含む空母機動部隊が展開して来ている事も視野に入れた上で今後の対応を検討することにはなります」

「一難去ってまた一難、ですね」

「そう簡単にこの海を明け渡すような連中ではないでしょう。奪ったテリトリーをそう簡単に奪還される程の間抜けな敵だったら今頃私達はアンツィオにいますよ」

 そう返す愛鷹に夕張はその通りだなと頷いた。

 やる事は山積みだが、まずは一度後退して部隊の再編と補給、それに休息が必要だった。弾が無ければ砲撃も魚雷戦も対空戦も出来ないし、燃料が無ければ動けないし、腹が減っては判断力も働かないし、休まないと疲労で身体も脳も動くのがままならなくなる。

 

 休憩も戦の一つだ。




 大和型の特殊砲撃の描写は今回特に力を入れて書いたところです。
 大艦巨砲主義のロマンを感じられたら幸いです。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第七〇話 バレアレス諸島沖捜索戦 Ⅰ

 


 着艦する為に「マティアス・ジャクソン」のウェルドックへと進入する愛鷹の視界一杯に巨大な発艦デッキの風景が広がった。アメリカ級強襲揚陸艦の設計を基に建造された艦娘母艦の一隻である事もあり、本来LCACや水陸両用装甲戦闘車の発進、収容に用いられるウェルドックのハッチはそのまま艦娘の発進口となっている。非常に広いウェルドックは一人進入する愛鷹の艤装の幅を持っても尚お釣りが余り余るほど出る広さがある。

 誘導灯を持ってドック内へと進入して来る愛鷹を誘導員が誘導する。微速前進に落としてゆっくりとウェルドック内を進む愛鷹の目の前で誘導員が両手に持つ誘導灯をクロスさせ、停止を指示して来ると愛鷹は微速後進をかけながら制動をかけた。

 アラームが鳴り響き、ウェルドックのハッチが閉鎖され、排水ポンプの作動音が響き渡ると瞬く間にドック内の水位が下がっていく。前の方にある水位計を見ながら緩やかに浮力を落としていくとコツと言う着底音が靴底から鳴る。僅かに海水が残ウェルドックのデッキの上を高い靴音を響かせながら発艦デッキへとスロープを伝って上る。スロープを上がる途中、真水のシャワーが愛鷹の主機に吹きかけられ靴に付着した海水を洗浄しにかかる。大型艦娘母艦なだけあって「ズムウォルト」よりもこういった艦娘収容後の設備の充実具合は段違いだ。

 スロープを上がった先で作業員が真水でびしょびしょの靴を拭うタオルを差し出してくる。受け取り入念に主機兼靴を拭いていると、頭上をクレーンが通り直ぎ、作業員の合図と共にクレーンのアームが愛鷹の背中に背負う艤装を掴んだ。作業員から「接続外せ」のハンドサインを確認した愛鷹は腰の艤装装着ベルトの解除ボタンを押して艤装の接続を解く。

 最後は艤装装着ベルト自体を外して作業員に預けると、収容作業は全て完了だ。

「ご苦労様です」

 作業員一同に一礼を入れた愛鷹はその足で「マティアス・ジャクソン」の医療区画へと向かった。

 

 広い医療区画の病床の一つに青葉は横になっていた。負傷した跡には包帯がぐるぐる巻きつけられており、一見すると重傷にしか見えない有様だが既に体内に残っていた破片や砲弾の摘出手術は終わり、ナノピタルによる再生治療の段階に入っていると言う。全身麻酔が入れられている事もあって愛鷹の見舞いに全く気が付いた様子も無く、青葉はすうすうと寝息を立てていた。心電図の心拍センサーの電子音も規則正しい音を立てており、容体は安定している事が伺えた。

 手術と治療を担当した医官が、青葉の病床の横に佇む愛鷹の所へ来て術後経過を報告した。

「容体は安定しています。五日もあれば回復出来るでしょう」

「五日で? そんなに早く回復出来るのですか?」

「驚くのも無理はないナノピタルのナノマシンの能力です」

 医官自身もナノピタルを用いた治療の実戦経験は多くは無い。そんな経験が浅い医官が使用しても有効に働き、作用し、後遺症なども発生しない所が高速修復材よりも人体に優しい設計であると言えた。夕張がナノピタルでの治療を受けた経験者であるが、治りも良く、後遺症も無いナノピタルは本当に艦娘の治療に最適解な薬物とも言えた。

 とは言え、五日間は青葉は戦闘不能な状態が続く。その間にも深海棲艦の新手は西部進撃隊の行く手を阻もうと前進して来ている。

 先のフォルマンテーラ島沖海戦の終盤、飛来した深海棲艦艦載機群がどこから飛来したのかが現状不明だ。UAVによる偵察でフランス、スペイン沿岸部には展開していない事が判明している。つまりUAV偵察が実施されていない西地中海の広大なエリアを第三三特別混成機動艦隊の手で索敵し、深海棲艦艦載機群を放たった母艦群を見つけ出さないといけない。

 どう動くかの話し合いをルグランジュとする為にも愛鷹は「ズムウォルト」から一人「マティアス・ジャクソン」に赴いた訳だった。

 そっと青葉の額を撫でた愛鷹はルグランジュ以下、艦隊司令部要員が待つCDCへと歩き出した。

 医療区画を出て、通路を迷う事無く歩いてCDCへと向かう。大和もこの艦にいるが、今は私用では無く仕事で来ているので大和に会いに行っている暇はない。それに今は特に会って話す事も無い。

 CDCのあるデッキへと昇るエレベーターを使って昇り、五分程してようやくCDCに辿り着く。ドアの横にある「関係者以外立ち入り禁止」の文字を見やりながら、事前に入手していたカードキーを使ってCDCの中へと入る。

「第三三特別混成機動艦隊旗艦愛鷹中佐、参りました」

 官姓名を名乗り敬礼して入室して来る愛鷹に室内の中央部にあるタッチパネルディスプレイを囲んでいたルグランジュ達が答礼して出迎える。

「ご苦労。戦艦棲姫討伐、深海地中海棲姫艦隊撃破と連戦での貴官らの活躍には感謝している。二番艦青葉の負傷にはお見舞いを申し上げる」

「恐縮です、提督」

 一礼して礼を述べながら愛鷹はルグランジュ達の元へ歩み寄る。タッチパネルディスプレイには西地中海バレアレス諸島一帯の海図が表示されており、既に撃滅した深海棲艦艦隊の位置がバツ印で書き込まれていた。昼間に深海棲艦艦載機群が飛来したと推測されている方角には赤い矢印が表示されているが、矢印の出どころは不明な為なんのマーキングも表示されていない。

「昼間の戦闘で我が艦隊は深海棲艦の主力艦隊の、それも有力な艦隊の一つを撃滅する事に成功したが、その直後に大規模な艦載機群の襲来に見舞われ一時後退を余儀なくされた訳だが。現状哨戒機の索敵網に敵艦隊の艦影は確認されていない。上手い事通信妨害を入れてこちらの捜査網から姿を消しているのか、探知範囲外に展開しているかのどちらかだろうが……」

 海図を見つめるルグランジュの言葉に愛鷹は自分なりの答えを示した。

「今日飛来した深海棲艦の艦載機の中には深海攻撃哨戒鷹が含まれていました。過去の深海棲艦艦載機データから参照するに、さほど航続距離は長くはありません。そもそも深海棲艦艦載機は艦娘艦隊の艦載機と比べて航続距離が比較的短いです。飛び魚系の艦載機は別ですが近年出現率が上昇傾向にあるタコヤキ系や鳥型艦攻の類は爆装、空戦能力の向上と引き換えに足が短い傾向があります。

 となれば哨戒機の探知圏外からの攻撃は考えにくいです。深海棲艦固有の海域異常を利用してこちらの非有視界索敵システムの目をごまかしているのかも知れません。

 ですが、電子の目は誤魔化せても人の目までは誤魔化せません」

「……つまり敵艦隊の位置を人の目で確認し、特定する事から始めると言いたい訳だな」

「はい」

 それしか策は無いだろうと言う目で自身を見つめて来る愛鷹に対し、ルグランジュは顎をさすりながら考え込む仕草を取る。

 

 いつも通りの第三三戦隊、いや今は第三三特別混成機動艦隊を使って深海棲艦の主力艦隊の位置を特定する捜索戦しか現状取れる手段は無いと言う事になる。敵に位置も分からぬまま本隊を前進させて深海棲艦の待ち伏せと総攻撃を食らって全滅してしまってはデュワルワイルダー作戦はもとよりメディトレニアン・フリーダム作戦そのものが破綻する。

 

「……青葉は大破して動かせん。貴官として出動させる艦娘は誰にする予定だ?」

 人選はどうするのかと言うルグランジュに愛鷹は参謀にディスプレイを操作する場所を開けさせてもらうと、素早いタイピングで捜索戦に動員する予定の艦娘の名とIDを表示させた。

「私と摩耶さん、鳥海さん、蒼月さん、深雪さん、瑞鳳さんの六名での出撃を具申します」

「防空重巡に防空駆逐艦、それに貴官と軽空母一人。対空迎撃を重視した艦娘編成と言う訳か」

「想定される敵が航空戦力主体となれば、艦隊の防空能力を重視した編成がベストです。また今回の捜索戦では航空偵察は控え、航空隊は戦闘機隊の比率を上げて艦娘そのものによる捜索、索敵を目的としたSAUを編成します」

「予定している捜索海域の範囲は?」

 横から尋ねて来る参謀の問いに愛鷹はタッチパネルディスプレイを操作して予定する捜索エリアを表示した。

「マリョルカ島を中心に南東五〇キロ四方を捜索します。敵の艦載機群が途中進路変更などを行っていなければ母艦群はこの海域に展開している可能性が大です」

「随分絞り込めたものだな」

「我が艦隊の進撃路を阻むなら、バレアレス諸島に展開する陸上型深海棲艦と連携して来るでしょう。推定される艦隊の規模を考慮し遠すぎず近すぎずの距離、艦載機群の飛来方位を計算に入れるとここかと」

「……バレアレス諸島に展開する陸上型深海棲艦の警戒網にわざと引っかかって敵艦隊の位置を特定する腹積もりか?」

 険しい表情で尋ねるルグランジュに愛鷹は頷く。

「危険度は高くなりますが、見つかってしまった方が今は確実性が高いです。電子の目を誤魔化せても、物理的に飛ばしてくる艦載機群の姿は誤魔化せませんからね。こちらが発見され、敵が艦載機群を送り込んで来たらその飛来コースを逆算して敵位置を算出できる。

 敵艦隊の展開位置が分かればこちらから一気に仕掛けられましょう」

「となれば、後はどうやって敵艦隊を片付けるかだが、まあそれは敵艦隊を発見してから考えるとしよう。作戦は三時間後に開始だ。愛鷹は母艦に戻り次第メンバーを招集し、捜索戦に備えろ。それともう一つ。第三三特別混成機動艦隊には可能な限り休め。貴官らを今後もこき使う局面が増えて来る筈だ。休める時に休んでおいてくれ。以上だ」

 作戦前の会議はこれで仕舞だと告げるルグランジュに愛鷹は敬礼してその場を辞した。

 

 CDCを出て艦尾ウェルドックに戻ると艤装技官の手で艤装が簡易検査を実施されていた。簡易検査と言っても「ズムウォルト」の艦内で行えるものよりもより大がかりで精密なものだ。

 一五分もあれば検査と発艦準備は完了すると返事が返り、その間一旦愛鷹自身一息入れる事にして喫煙所に向かった。誰もいない喫煙所で一人葉巻を吹かして一服入れる。シガーケースに残っていた最後の一本をじっくり味わいながら吸う。これが無くなれば後は艦内のPXで買える市販の煙草で我慢だ。ニコチンが切れるのは地味に辛い。

 そろそろ艦隊への消耗品等の補給も来るだろう。葉巻程度なら事前に申請すれば補給物資として入れておいてくれるかも知れない。

 天井への昇る葉巻の煙をぼーっと眺めていると艦内のアナウンスが度々喫煙所にまで聞こえて来る。作業開始時刻とその作業に当たる分隊への通知等々。準戦闘態勢を敷いている事もあって「マティアス・ジャクソン」の艦内の空気はせわしなさが漂う。

 じっくり葉巻を吸い尽くし、灰皿の中へ捨てた時艤装整備を行っていた五分隊の艦娘技官が艦内アナウンスで愛鷹を呼び出した。

≪航空巡戦愛鷹、艤装発艦準備完了。直ちにウェルドックに来てください≫

 

 

 ウェルドックへと戻った愛鷹を、心なしかキレイに磨き上げられている様にも見える艤装が作業員と艤装技官らと共に出迎えてくれた。

 艤装の検査、それに整備、メンテナンスチェックの各項目を表示させたタブレット端末を片手に艤装技官が検査内容だけでなく整備まで行った愛鷹の艤装の整備内容を伝達する。

「摩耗していた主砲、高角砲、対空機関砲の砲身は全て新品に換装しておきました。また防護機能のコンバーターのコイルも新品の物に変えたので耐久性能は僅かですが改善されている筈です。あと中佐の刀もX線検査で耐久性をチェックしておきました。刀の強度は現状問題なしです。機関部周りも確認しましたが、異常は認められず全力発揮はいつでも可能です」

「色々とありがとうございました」

 礼を述べながら作業員が差し出して来た刀を腰に差し直し、発艦デッキへと昇る。ウェルドックハッチが開放されていきデッキ内へ海水が注水される。「マティアス・ジャクソン」の艦娘発着艦ウェルドックにはカタパルトは備わっていないので艦娘の自力発進になる。

 クレーンアームがゆっくりと艤装装着ベルトを締めた愛鷹の背中へ艤装を運んで来る。作業員がクレーンを誘導し、ウェルドック内に笛と掛け声が響き渡る。重々しい金属の接続音と軽い衝撃が背中に走り、神経接続の痺れが一瞬愛鷹の全身に走る。

「接続完了!」

「作業員退避」

 作業員の掛け声が左右後ろで飛び交う中、愛鷹はゆっくりとした足取りでスロープを下り、海水が満たされたウェルドック内へと降りる。

 踝辺りまでじゃぶじゃぶと海水の中を歩いて行くと、主機を機関部と接続し浮力発生装置を起動させる。海水に洗われていた愛鷹の主機がふわりと海上に浮かび上がり、海上に二本足で立ちあがる。

 特に戦闘出撃と言う訳でもなく、単に「ズムウォルト」へ帰るだけなので発艦士官のGOサインを確認した後、愛鷹は微速前進をかけゆっくりとウェルドック内から出ると、母艦の元へ進路を取った。

 

 

 自室で自身の新型艤装に関するマニュアルを読んでいた比叡の耳にターボファンエンジンのエンジ音が聞こえて来た。網戸にしている窓の外に目をやると、地上軍の兵士を輸送するMV-38の三機編隊が都心の方へ飛んで行くのが見えた。

 日本方面軍で深海棲艦の侵攻に備えて地上軍の都心及び首都圏沿岸部への展開配置が決まって以降、統合基地近辺を含め海兵隊地上軍の輸送機や装甲戦闘車量を載せたトレーラーの往来が多くなっていた。

 同時に深海棲艦の艦隊の出現率も日増しに高くなっていた。空母棲姫級が再建中の父島基地近海やその他硫黄島基地近海に現れたと言う情報もあり、潜水新棲姫等の潜水艦隊の活動も盛んだ。

 これにより日本へ通じる海上交通路の安全性も保証出来なくなりつつあり、日本艦隊は戦艦や正規空母も動員して日本への海上交通路防衛に当たっている。現状在日北米艦隊や極東欧州艦隊の全てが欧州へ出払っている以上、日本本土を護る艦娘艦隊は事実上日本艦隊しかいない。一応小規模ながらロシア太平洋艦隊の艦娘艦隊があるが、それはそれでロシアの極東部の沿岸部防衛に必要だ。

 不穏な気配が漂う日本近海の情勢だが、一方で台湾艦隊ではアメリカからフレッチャー級、アレン・M・サムナー級、ギアリング級駆逐艦艦娘の艤装を提供し、それを台湾国内で確認された艦娘適正者と接続して台湾独自の艦娘艦隊結成が成功するなど、久方ぶりの艦娘艦隊戦力の増強が成功していた。同様の例は中国でも行われており、ロシアから提供された駆逐艦娘の艤装を適正者と接続して艦娘艦隊の増強を図っている。

 また韓国でもアメリカから台湾と同じようにフレッチャー級駆逐艦娘の艤装が提供され、国内で適正者による試験運用が開始されている他、北朝鮮でも韓国に先駆けてロシアから提供されたプロイェクト53型掃海艇艦娘の艤装を用いてフーガス級コルベット艦娘の実戦配備を行っている。

 徐々に極東での日本以外の国での艦娘艦隊の増強が進められているが、外洋艦隊としての規模では無く、あくまでも沿岸海域を活動範囲とする程度の艦隊な為、日本艦隊との共同運用は今のところは望めない。将来的には日本艦隊と共に対深海棲艦戦略の一環として運用が成されるかも知れないが、今のところは中台韓朝共に運用が始まったばかりの赤子レベルだ。予測される次の日本への深海棲艦襲来までの完全な実戦配備化は間に合いそうにないだろう。

 一隻、一人でも多くの強力な艦娘を欲する日本艦隊として比叡と榛名を此度金剛と同じ改二丙へと改装する事が決まった。榛名に関しては更に防空戦艦としての能力を強化した改二乙の艤装も開発されコンバート改装で運用可能になる予定だ。

 改装と言えばと比叡はふと小耳に挟んだ程度の新型戦艦艤装の噂を思い出した。大和型改二を凌ぐ超戦艦艤装の噂だ。自身の改二丙化改装の話が持ち上がった際にざっくりとした概要だけ目にした。

 聞くところでは主砲の口径は五五口径五六センチ三連装四基と言う大和型改二を遥かに凌ぐ大火力、そして最大速力三四・六ノットと言う高速性と言う驚く程のハイスペックだ。副砲以下の兵装への言及は確認出来なかったが恐らくは相応に強力な対空火器や副砲を備えることになるだろう。

 問題は誰がその艤装を纏う事になるのか、だが。

 少なくとも自分では無いだろうとマニュアルのページをめくりながら比叡は思う。新規に戦艦艦娘を迎え入れられたと言う話は聞かない。なら誰がその超戦艦艤装を纏うのか。考えうる事としては大和型の二人だが、超大和型艤装でも現状ス級以外の深海棲艦相手にする際は概ねのその火力が解決してくれている。先日のフェロー諸島での戦いでも大和の大火力で深海棲艦の新型戦艦を撃沈している。

 では大和型でなければ誰か? 運用する側の艦娘も用意せずに艤装の開発が進む訳がない。そもそも使用する側の艦娘がいなければ開発予算が降りないからだ。そう考えればやはり誰かが運用する事を想定して超戦艦艤装の開発は進められているのだろう。

 考えても始まらない、と頭の中で割り切り直し比叡はマニュアルを読むのに集中する事にした。

 

 大画面ディスプレイにバレアレス諸島の東部の海図が表示された。

 ディスプレイを前に鳥海、摩耶、蒼月、深雪、瑞鳳、それとレイノルズを前にブリーフィングを始めた。

「今回第三三特別混成機動艦隊が実施するのは威力偵察です。敢えて深海棲艦に見つかる航路を選択し、敵艦載機による空襲を意図的に誘発。こちらはその艦載機群の飛来方向をトレースし、母艦の位置を特定します。

 よって今回の作戦では敵艦隊からの激しい航空攻撃に晒される可能性が極めて大きいです。その為艦隊の陣形は輪形陣で固定です。瑞鳳さんの艦載機は戦闘機の比率をいつもより増やし、偵察機部隊の数を減らして下さい。摩耶さんの主砲の弾薬は全て三式弾で統一です。蒼月さんの主砲も対空弾のみ装填。深雪さんと鳥海さん、それと私は対空弾と水上戦闘用の徹甲弾を半々に装填です。

 今回はとにかく敵艦隊の空母機動部隊からの空襲祭りになる事を覚悟して下さい」

「空襲祭りか。だからこその今回あたしと蒼月の出番って訳だな」

「そういう事です」

 防空重巡の本領発揮となる事もあってか力む摩耶に愛鷹は頷く。摩耶の対空戦闘能力は日本艦隊でもトップクラスだ。蒼月といい勝負になる腕前の持ち主であり、北米艦隊のアトランタとは長年のライバルだと言う。

「水上戦闘用の徹甲弾も持っていくと言う事は、やはり水上戦闘も予期してと言う事ですね?」

 そう尋ねて来る鳥海に愛鷹はその通りだとまた頷きながら海図の一部を拡大する。

「無人機偵察の際にバレアレス諸島北部に大型駆逐艦ナ級からなる一個駆逐戦隊が確認されています。ナ級の事に関しては今更言うまでもありませんが、駆逐艦と侮ることなかれの大型駆逐艦です。その他重巡リ級やノーマルのネ級等で構成される哨戒艦隊が展開している可能性もある。水上戦闘は極力避けますが、敵が水上艦隊を差し向けて来て、こちらが何らかの理由で振り切れないと言う事態が発生する事も想定して最低限の水上戦闘装備は用意しておくべきです」

「偵察機の比率を減らし、戦闘機の比率を増やすと言う事は、これまでのセオリーだった航空偵察による敵艦隊の捜索を諦めると?」

 タブレット端末に表示される自身の艦載機戦力の内訳の数字を見た瑞鳳の問いに愛鷹は制帽の鍔に手をやりながら答える。

「今回の相手は大規模な空母機動部隊である可能性大です。偵察機を飛ばしても撃墜されて未帰還機となっては消耗戦にしかなりません。

 艦隊による直に目で確認する事を重視の捜索の方が危険度は高けれど、確実性は上がります」

「なるほど」

「目視による深海棲艦艦隊捜索も視野に入れるなら、見張り員妖精の数も増備した方がいいかも知れませんね。丁度青葉さんの見張り員妖精が今手空きの状態ですから、そこからお借りするのはどうでしょう?」

 蒼月の提案に鳥海がいい考えだと頷いた。青葉の艤装は現在修理中でその間彼女の艤装の見張り員妖精を始めとする無傷だった妖精は暇な状態だ。六人に分乗させる形で青葉の装備妖精を載せて警戒監視と索敵能力を強化する案に愛鷹も賛成し、更に自身の案も口にする。

「それに加えて青葉さんの熟練艦載機整備員妖精を瑞鳳さんと私に一部移乗させて航空機の運用能力を上げましょう。増員すれば航空機の発着艦のハンドリングや時間の短縮につながりますからね」

「賛成です。航空機運用系の妖精は多い程仕事は早いですから」

 航空機運用に関しては愛鷹以上に熟知している瑞鳳も賛成した。

 青葉の装備妖精の中から見張り員妖精を移乗させ、索敵と捜索能力を上げると言う案を実行する前に愛鷹が全員に分乗する妖精の必要数を調整し、算出した必要数をウェルドックの艤装整備場に伝達する。

 

 損傷した青葉の艤装から下艦して待機状態だった装備妖精達が指示通り、次の出撃に備える第三三特別混成機動艦隊の六人の艤装へと乗り込んで行った。増員で少々居住区が狭くはなったが、長期戦運用では無いからさほど問題にはならないだろう。

 ブリーフィングを終わらせた六人が艤装整備場に行き、装備を整える。瑞鳳は艦載機の航空妖精の内、偵察機航空妖精を減らしてその分予備の戦闘機航空妖精を多く積み込んだ。偵察機を四機分減らし、戦闘機を四機増備し、編成も最小編成を四機一個小隊編成から八機一個中隊編成し直す。五個中隊四〇機の烈風改二が瑞鳳の航空艤装に搭載され、矢筒の中へと収められる。

 愛鷹の航空艤装では特に変化は無い。格納庫へとエレベーターで降ろされる烈風改二を見て、ふと搭載機数を増やす為に一回り小柄な紫電改四に戦闘機隊を変更するのもありかも知れないと思いつく。現在の烈風改二では格納庫内ぎりぎりでハンドリングの要領は良いとは言えない。だが比較的小柄な紫電改四なら搭載機数が増やせるかもしれないし、増えなかったとしても烈風改二とほぼ同性能でやや小柄な紫電改四なら格納庫内や飛行甲板での取り回しが良くなって発着艦効率が上がるかも知れない。日本に帰ったら搭載機の変更も検討してみよう。

 

 第三三特別混成機動艦隊の六人を支援するEV-38が「ズムウォルト」から発艦し、続けて愛鷹達も発艦する。

 カタパルトで順次発艦していった愛鷹達は「ズムウォルト」の後方で愛鷹、鳥海、摩耶、蒼月、深雪、瑞鳳と捜索作戦海域まで先ずは単縦陣を組んで前進する。

 三〇分程してEV-38、コールサインは引き続きヘビー212から作戦エリア突入の告知が来ると愛鷹を中心に前衛を鳥海、後衛を深雪、左翼に蒼月、右翼に摩耶、中央部に愛鷹、瑞鳳と言う輪形陣に組み替える。更に上空警戒のBARCAPとして瑞鳳からストライダー隊の烈風改二、八機が発艦する。

「全艦及び全部署に発令。対空警戒厳に」

「了解」

 全員に対空警戒を強めるよう指示を下す一方で愛鷹は自身の電探を最大出力で回して、周辺海域の捜索に当たる。彼女の艤装上で42号対空電探改二と32号対水上電探改が最大出力で水上、対空の捜索を行い、更にESM(電波逆探知機)であるE27も起動する。摩耶と鳥海でも22号対水上電探改四(後期調整型)と21号対空電探改二が電子の目で長距離の索敵を行う。

 更に愛鷹からは早期警戒を目的とした天山一二型甲改が発艦する。機上のレーダーである空六号電探改二でEV-38のセンサーでも捉えられない小型目標に対応する為だ。

 コールサイン・ウォッチャー1で呼ばれる天山が艦隊上空を旋回する形で警戒監視に入ると、愛鷹のCIC妖精がレーダーディスプレイを見てそれを確認する。

「ウォッチャー1、所定位置に展開。警戒監視に入ります」

「了解」

 視線を空の向こう側へと向けると天山の機影が小さく見えた。洋上迷彩の水色に塗られた機体色の為はっきりとは見えないが識別用の日の丸のラウンデルで辛うじて見えた。

 六人はまずフォルマンテーラ島の沖合を通過し、マリョルカ島の方へと前進する。天候は上空は晴れてはいるが海上には薄らと靄がかかっており、視界は良くない。

「目ん玉での捜索戦するにはひでえ視界だな」

 靄越しに双眼鏡で警戒と監視を行う摩耶が愚痴る様に呟く。

 まだこの海域なら深海棲艦に探知される場所では無いだろうし、仮に潜水艦が潜んでいたとしても潜望鏡で確認する事は向こうも困難だ。聴音だけを頼りに魚雷を撃ってもそう簡単に当たりはしない。最も聴音頼りの雷撃をされたら愛鷹達も目視での早期発見が困難だから気が付いた時には手遅れもあり得る。

 最も聴音能力の高いソナーを積んでいる愛鷹がヘッドセットをソナーモードに切り替えて聴音探知を試みるが、潜水艦がいる気配はない。海中の音の伝播力は海中内の温度によって変わるとは言え空気を介するよりも速い。遠くで少しでも音を立てれば聞こえて来るものだが、その様子も無い。着底してやり過ごしている可能性も考えたが、このあたりの海域の深度は深海棲艦の潜水艦が着底できるほど浅くはない。

 青葉がいれば瑞雲を飛ばして対潜哨戒も出来ただろうが。

 暫くはレーダーによる警戒が頼りだな、と思っていた矢先に愛鷹の視界が徐々に晴れ始めた。思ったほど視界不良のエリアは広くなかったようだ。

 愛鷹を含めた艦娘の肩や艤装の上で、青葉の艤装から移乗して増備されてきた見張り員妖精が双眼鏡を手に警戒監視に当たる。輪形陣の外周を固める鳥海、摩耶、蒼月、深雪と輪形陣内部の瑞鳳、そして隊で最も背の高い愛鷹の上で人間よりも優れた視力を持つ妖精が水平線上を見渡す。

 いつもなら航空偵察による情報が定期的に入って来るが、今回は偵察機を飛ばしていない為通信も静かだ。

「艦隊基準進路〇-五-〇を維持」

「ようそろー」

 マリョルカ島に近づけば敵が動く、と言う愛鷹の予想に基づき艦隊はマリョルカ島近海へと前進を続ける。

作戦エリアに進入して一時間が過ぎた頃、愛鷹のCIC妖精が逆探のスコープに現れた反応を見て報告を上げる。

「逆探に感あり。感度大きくなる、地上警戒電探棲姫のレーダー波の可能性大。方位〇-三-二」

「捕捉されたな」

「まだ捕捉は出来てもこちらの数、艦種までは特定できないから。正確な艦娘艦隊の情報を掴んでからアクションを起こす筈よ」

 そろそろ出番が来るかと拳を鳴らす摩耶に落ち着けと鳥海が返す。

 

 地上警戒電探棲姫はレーダーサイトとしての機能しか持たないから、兵装は一切ない。その代わり艦娘艦隊や国連軍の航空機をその電波の目で悉く見つけ出す「番犬の目」として機能している。方位からして地上警戒電探棲姫はマリョルカ島に展開している筈だ。レーダーの電波の性質上水平線の丸みの影響もあって水上目標を確認出来るのは良くて三〇キロ程度だ。愛鷹達はその限界ぎりぎりのマリョルカ島沖二八キロを航行しているから、地上警戒電探棲姫の捕捉可能圏内と言う事になる。

 地上警戒電探棲姫のレーダーに捕捉されたとは言っても、地上警戒電探棲姫のスコープには大型艦二、中型艦二、小型艦二の艦娘の艦影が映っているだけだろうからより、正確な情報把握の為に深海棲艦の空母機動部隊が偵察機を飛ばしてくるだろう。第三三特別混成機動艦隊の六人の位置と艦種を偵察機を用いて特定次第、何らかのアクションを起こす筈だ。

 航空巡洋戦艦一隻、軽空母一隻、重巡二隻、随伴に駆逐艦二隻。場合によっては愛鷹と瑞鳳だけでも軽度の航空攻撃が可能な航空戦力を有していると見えなくはない。艦載機のほぼ全てを戦闘機に統一しているとは深海棲艦も知らないだろうから、航空攻撃に打って出る艦隊とみなして攻撃隊を送り込む可能性が大きい。

 

「偵察機が来たら敵の攻撃が来る合図です」

 そう告げる愛鷹の言葉通り、一〇分後には深海棲艦の偵察機が飛来した。深海棲艦偵察機を捕捉したヘビー212およびウォッチャー1から敵偵察機接近の報告が入る。

≪敵機接近。方位〇-四-八、高度三〇〇。機種は深海棲艦偵察機。機数は一機≫

「愛鷹、どうする? 落としちまうか?」

 主砲と高角砲を偵察機に向けながら摩耶が一応確認を取ると、愛鷹は即答に近い速さでそれを制した。

「泳がせておいていいです。こちらの位置を敢えて教えて敵の攻撃を誘発するのが目的ですから」

「とは言え、上をふわふわと漂われるのは何だか癪ですね」

 深海棲艦偵察機の機影を睨み上げながら瑞鳳が忌々し気に顔をしかめた。

「どの道こちらがBARCAPを上げたらすぐに逃げ出しますよ。本艦及び瑞鳳へ通達、直掩機を増備。敵の空襲に備え。全艦対空戦闘用意」

 旗艦愛鷹の号令が下るや、彼女の航空艤装からカタパルトで烈風改二が次々に射出され、空へと舞い上がっていく。瑞鳳からも烈風改二を収めた矢が放たれ、既に上がっている八機の直掩機に加えて更に二八機の烈風改二が戦列に加わる。対空戦闘用意の号令が下り、鳥海、摩耶、蒼月の高角砲が空を睨む。

 三六機の烈風改二の姿を確認した深海棲艦偵察機は脱兎のごとく逃げ出し姿を消すが、それと入れ替わる形で愛鷹の予想通り深海棲艦艦載機群の襲来をヘビー212が捉えた。

≪ヘビー212より第三三特別混成機動艦隊。深海棲艦艦載機群戦爆連合接近。方位〇-六-七、高度二五〇、機数一二〇、速度三〇〇ノット≫

「旗艦愛鷹よりBARCAPに上がった全機へ。兵器使用自由、ターゲットをマージ次第攻撃開始」

≪ウィルコ≫

 各戦闘機隊のリード機から復命の返事が返される。一方愛鷹は深海棲艦艦載機群が飛来する方位から母艦となる深海棲艦の空母機動部隊の位置をトレースする作業に移る。

「敵艦載機をトレース、発進地点を算出」

「了解、解析します」

「ウォッチャー1、戦域より離脱します」

 CIC妖精が解析に取り掛かる間、愛鷹は主砲を艦載機群が飛来する方向へと向ける。三式弾改二が砲身内へ装填され、鎌首を持ち上げるように愛鷹の四一センチ主砲五門が仰角を取る。艦隊の上空では早期警戒の目となっていたウォッチャー1が空戦に巻き込まれて撃墜されるのを逃れるために一時的に艦隊上空から離脱する。

 

 

 前方に一〇〇機を超える深海棲艦の艦載機群を認めた瑞鳳搭載機のストライダー隊の一番機、ストライダー1が目視確認を宣告した。

「ターゲット・マージ。目標、ビジュアルコンタクト。ストライダー隊、エンゲージ」

「サイクロプス隊、エンゲージ」

「ハーン隊、エンゲージ」

「ヒットマン隊、エンゲージ」

「ドレイク隊、エンゲージ」

 増槽を切り捨てた烈風改二三六機が増速をかけ、エンジンの荒々しい咆哮を立てながら三倍近い敵機群へと挑みかかる。ヘッドオンから交戦に入る両者の戦闘機隊が銃火を交わすのは同時だった。二種類の曳光弾が飛び交い、左右にロールした烈風改二が夜猫深海艦戦とすれ違い、そのまま後方の深海攻撃哨戒鷹や夜深海艦爆、夜復讐深海艦攻の編隊へと突入する。

 再攻撃せず攻撃機のみに目標を絞って攻撃を仕掛ける烈風改二の意図を察した夜猫深海艦戦が即座に反転し、烈風改二の背後を取りにかかる。

「チェックシックス! ケツに付かれたぞ、振り払え!」

「急上昇、急上昇!」

 フルスロットルの轟々としたエンジン音を立てながら縦にループして夜猫深海艦戦の銃撃を寸前のところで躱した烈風改二の編隊に別の烈風改二の編隊がカバーに入る。

「食らえ!」

 二機の烈風改二の二〇ミリ機関砲の銃撃が夜猫深海艦戦に赤い死のシャワーとなって降り注ぎ、銃弾を浴びた黒い機体の深海棲艦戦闘機がバラバラに砕け散る。

「スプラッシュワン」

「新手だ、スターボード」

「ラジャー、スターボード」

 ヴェイパーを引きながら急旋回する烈風改二の目の前に編隊を維持して飛ぶ深海棲艦の攻撃機が入り込む。照準器を覗き込み射撃トリガーを引く航空妖精の狙い通り、二〇ミリ弾が深海攻撃哨戒鷹を射抜き、翼をへし折られた艦攻がくるくると回転しながら眼下の海上へと転げ落ちて行く。

 護衛する筈の攻撃機を落とされた夜猫深海艦戦が烈風改二の横っ面から攻撃を仕掛けるが、銃弾は直前に機首を下げて降下に転じた烈風改二の頭上を飛び抜けるに留まる。

 護衛機の数と烈風改二の数はほぼ同じ数だったこともあり、夜猫深海艦戦は迎撃に打って出て来る烈風改二の攻撃から攻撃機隊を守り切る事が出来ていなかった。それでも攻撃機隊を護らんと奮戦する夜猫深海艦戦はやはり侮りがたく烈風改二三機が被弾する。

「ひき肉にされちまう!」

「離脱しろ!」

 被弾した三機の内一機は黒煙を引きながらも空域を離脱するが、二機は翼や胴体を砕かれ、木の葉のようにくるくると回転しながら眼下の世界へと落ちて行く。

 三機を戦列から失うも、残る烈風改二は深海棲艦艦載機群の攻撃機隊を攻撃し続け、夜猫深海艦戦はそれを阻もうと必死に割り込もうとするが、重厚な機体ながら軽い機動性で夜猫深海艦戦の攻撃を躱した烈風改二が反撃せずに一機、また一機と攻撃機を片っ端から食って行く。

 空一杯に乾いた銃撃音が響き渡り、飛び交う銃弾の空気を切り裂く高めの音がひゅんひゅんと鳴る。烈風改二の銃撃の銃弾の赤い鞭の様な火箭に絡め取られた深海攻撃哨戒鷹が爆散し、夜復讐深海艦攻が制御不能に陥って僚機と激突してバラバラになって果てる。

 三機の攻撃機と一機の護衛の夜猫深海艦戦を撃墜したストライダー1の航空妖精は計器を見て二〇ミリ機関砲の残弾が底を尽きそうになっている事に気が付く。燃料ももうこれ以上空戦機動を行えば燃料切れで着艦不能になる。

 中隊の各機に燃料と機関砲の残りの状況を尋ねると、皆同じだった。経戦能力はもう無い。

「ストライダー1よりヘビー212、中隊全機の燃料と残弾が少ない、離脱許可を求む」

 戦闘機や攻撃機相手に奮戦していたストライダー隊が燃料と弾切れをコールする。他の戦闘機隊と違って滞空時間が長かったこともあってストライダー隊の残燃料はかなり減っていた。もう空戦機動を行えるほどの量は無い。

≪ヘビー212よりストライダー、戦域離脱を許可する。方位二-九-〇に旋回し、艦隊が艦載機収容可能になるまで待機せよ、212アウト≫

「了解」

 ストライダー隊が戦域を離脱する中、残る二五機は以前戦い続けたが、やがてストライダー隊と同様に弾切れになる機体が相次いで出て来た。

 弾切れになる機体が相次ぐ分、深海棲艦艦載機群は大きな被害を受けていた。深海攻撃哨戒鷹を始めとする攻撃隊の凡そ半数を失い、護衛や盾になった戦闘機隊も三分の一が撃墜されていた。

 烈風改二が全機戦域を離脱した後、深海棲艦艦載機群は損傷の大きい機体を引き返させ、残る機体で編隊を組み直して前進を再開したが程なくその編隊の目の前で花火の様な閃光と鉄の雨が炸裂し、艦載機群の鼻っ面を殴りつけた。容赦なく艦載機群の機体を切り刻み、ボロボロに砕く散弾の雨で戦闘機隊、攻撃機隊問わず複数の機体が赤い火球となって爆散する。

 

「トラックナンバー2234から2247まで撃墜確認」

「主砲再装填急げ」

 三式弾改二を放った主砲が砲口から白いガスを吐き出しながら砲身を水平に戻し、三式弾改二の再装填作業に入る。

 残り約六〇機未満と言う所か。HUDに表示される敵機群を見つめる愛鷹の右側で四一センチ主砲に三式弾改二が再装填されると、装薬がその後ろから挿入され、尾栓が閉鎖される。

 再装填完了のブザーが鳴り響き、今度は一〇機落とせればいい方かな、と内心呟きながら愛鷹は第二斉射を放った。

 右舷側に発砲炎が迸り、雷の様な砲声が耳を聾する。撃ち出された三式弾改二が空中を飛翔していき、眼前眼下での発砲炎を確認し三回を開始した艦載機群の鼻先で近接信管を作動させて再び鉄の雨を打ち付ける。

 分かってはいたが黒煙吹いて墜落していく機体は五機程度にとどまった。やはり第二射を撃つ頃になると艦載機群側からも発砲炎が見えて散開する暇が生まれてしまう。気休め程度の第二射はもう弾の無駄にしかならないから止めようか、と愛鷹が考えている内に艦載機群の残りが編隊を組み直して第三三特別混成機動艦隊に押し寄せた。

「対空戦闘、目標接近中の敵機。CIC指示の目標、主砲、高角砲、撃ちー方始め!」

 摩耶の攻撃開始の号令が下るや、彼女と蒼月の主砲、高角砲が砲撃を開始した。対空レーダーによって正確に照準を管制された二人の砲が深海棲艦艦載機群に対して三式弾改二等の対空弾を撃ち上げる。空に対空弾が近接信管を作動させて炸裂した際の墨汁の墨を垂らしたような黒い爆煙がぱっぱと咲き乱れ、砲弾の至近弾を浴びた深海棲艦艦載機群がぐらぐらと機体の姿勢を揺らす。

 散弾の雨を浴びた深海攻撃哨戒鷹の一機が姿勢を立て直せず、そのまま眼下の海上へと黒煙を引きながら落ちて行き、夜深海艦爆が至近距離で炸裂した三式弾改二の散弾を全身に浴びてずたずたに切り裂かれて深海攻撃哨戒鷹の後を追う。夜復讐深海艦攻が蒼月の対空弾の直撃を受けて爆散し、破片が黒い糸の様な黒煙を引きながら落下していく。

 対空砲火を放つ摩耶、蒼月に続き愛鷹の一〇センチ連装高角砲改が砲撃を開始する。愛鷹の高角砲が使用する砲弾は蒼月のものと同じだが、備えている対空レーダーと照準システムは愛鷹の方が大掛かりでかつ精度が高い。空に咲き乱れる愛鷹からの対空弾が一機、また一機と敵機を撃墜していく。

「新たな目標、数四機、一一〇度、仰角六〇」

 CIC妖精がレーダーに表示される敵機を見て愛鷹に報告する。方位一₋一₋〇に顔を向けると、夜猫深海艦戦四機が機銃掃射を目論んで愛鷹へと編隊を組んで接近して来るのが見えた。

「噴進砲で対処する。艦対空噴進砲、攻撃始め」

「噴進砲、発射始め」

 艤装上の一二センチ三〇連装噴進砲が四機の戦闘機に砲門を向けると、三〇発の対空ロケット弾を連続発射して弾幕を形成する。当てに行くと言うよりは心理的な効果狙いが目的とは言え、大量のロケット弾が包み込む様に襲い掛かってくれば一発二発は当たりもする。

 大量のロケット弾のシャワーの様な弾幕を掻い潜って離脱に成功した夜猫深海艦戦は二機に留まり、残る二機はロケット弾の直撃を受けて爆散した。機関砲の銃弾や高角砲の散弾に切り刻まれるよりも酷い直撃だ、残骸が原形を留められる筈も無かった。

 三人の対空砲火で深海棲艦の艦載機群は三分の一を失ったが、それでも残る艦爆、艦攻はそれぞれの兵装を投下する攻撃ポジションに取りつき、六人に対して全方位からの飽和攻撃を試みた。全方位からの飽和攻撃を行うには機数が少なく投射火力が中途半端であり逆に戦力の分散になっていたが、少数でも対応する敵が四方八方から攻めて来るのは第三三特別混成機動艦隊側にとって対応を難しくさせていた。

 摩耶、蒼月、愛鷹に続き鳥海、深雪、それに瑞鳳の高角砲、機関砲が対空射撃を開始する。全方向からの攻撃となってはもう摩耶と蒼月と愛鷹だけでは全てを防ぎきるのは無理だ。

 鳥海の主砲から三式弾改二が撃ち出され、低空を飛行する夜復讐深海艦攻一機を捉える。目の前で炸裂した散弾の雨が夜復讐深海艦攻を真正面から捉え、むさぼられる様に散弾の雨を浴びた艦攻がバラバラに砕け散って海面に残骸を投げ込む。

「敵機左四五度、上方から三機、更に右二〇度、下方より四機。真っすぐ突っ込んで来る」

「……ッ! 同時攻撃か」

 急降下爆撃を開始した夜深海艦爆のダイブブレーキが砲声に交じって聞こえてくる中、右手からは夜復讐深海艦攻が魚雷を抱えて突入して来る。合計七機の集中攻撃を前に愛鷹は面舵に舵を切って艦攻四機と正対する。

「主砲、信管着発」

 それだけ命じると装備妖精の手では無く自ら射撃グリップを掴んで主砲の照準を艦攻四機の目の前の海面に合わせると、タイミングを上手く掴みトリガーを引く。俯角を取った主砲が三式弾改二を突入して来る艦攻の目の前に着弾させ、壁の様に水柱をそそり立たせる。夜復讐深海艦攻四機が諸にその水柱の壁に激突して姿勢を崩し、海面に接触して海上を転げまわって果てる。

 次! と今度は艦爆三機に注意を向ける。投弾態勢に入っている夜深海艦爆に僅かでもその投弾コースがずれる様に対空機関砲の射撃を浴びせる。艦爆三機は撃ち上げられてくる曳光弾に怯んだ様子も無く突入進路を維持し、爆弾槽を開くと爆弾を投下した。

 咄嗟に左腰の刀を引き抜き、自分への直撃コースを取っていた爆弾二発を一薙ぎで切り捨てる。両断された爆弾二発の残骸が重々しい着水音と共に海面に突っ込み、更に一発が愛鷹の左舷側至近距離に着弾する。至近弾の水柱と爆風が愛鷹を右舷側へと押しやるが、辛うじて彼女は姿勢を維持し続ける。

 四方八方から爆弾と魚雷を投下して来る深海棲艦艦載機群に第三三特別混成機動艦隊の六人の白い航跡があやとりの糸の様に複雑に入り乱れ、交わり、絡み合っていた。衝突していないのが不思議なくらいだが、そうならないのは事前の艦隊運動演習のお陰でもあった。また前後左右をすり抜ける魚雷の航跡に気を配り、頭上から降り注ぐ爆弾に警戒し、更には回避運動を行う味方艦娘にも気を付ける三重苦の状態だが、青葉から移乗させて来た見張り員妖精が艦娘の第二の目となっていた為、六人の負担は軽減されていた。

 夜深海艦爆が投じた一発が瑞鳳の右舷至近距離に着弾し、彼女に至近弾の水柱の海水の飛沫と爆風を浴びせたのを最後に空襲は一段落した。

「被害報告」

 短く、簡潔に全員に被害の有無を確認する愛鷹に、鳥海、摩耶、蒼月、深雪、瑞鳳から「異常なし」の返答が返される。

 よし、と満足げに頷いた愛鷹は右手に持つ刀の切っ先に視線を向ける。刃こぼれしていないかと眺める彼女の目に白く光る刀の綺麗な刃先が鈍色に輝いて映った。問題はなさそうだ。

「CIC、敵艦隊の位置を解析は?」

「凡そなら」

「どこです?」

 大体の位置を掴めたと返すCIC妖精に、より細かい返事を求める。

「恐らくは方位は参照点より〇₋四₋九。距離は五〇キロ前後と見られます」

「了解。全艦、本艦を中心に隊列を再編。戦闘機隊を一時収容、補給を行った後転進。方位〇-四₋九へ向かいます」

「了解」

 唱和した返事が五人から返される。ヘッドセットからも、右耳から直に聞こえる五人の元気な声が全く問題無しと言う事を表していた。

 

 

 戦闘機隊を収容し、再補給を行った後、今度は愛鷹で待機していたグリフィス隊をBARCAPとして発艦させ、上空で警戒に当たらせる。一時戦域を離脱して退避していたウォッチャー1も元の位置に戻って来て引き続き警戒監視に当たった。

 左手の水平線上にうっすらとマリョルカ島の島影をのぞみながら前進する六人の前方に海面が赤く染まっているのが見えた。

「変色海域か……」

 赤い海を見てその名を呟く愛鷹の眉間に一筋の冷や汗が滴り落ちる。あの赤い海の中は完全に深海棲艦のテリトリーだ。

 念を入れる様にヘッドセットの通知ボタンを押した愛鷹はマイクに向かって吹き込む。

「この先、何が起きても不思議ではありません。各艦、引き続き対空並びに対潜警戒を厳にし、突発的な敵襲に備えて下さい」

 この赤い海の向こうに、まだ見ぬ敵の艦隊が潜んでいる。そう考えるだけで緊張感が六人の中でさらに高まる。

 緊張感からか射撃グリップに置く愛鷹の右手にじわりと手汗が滲んで来た。手汗が滲む右手を一旦グリップから離して、少しその手のひらを見つめてから元の場所に置く。不安なのは分かるが旗艦である自分が弱音を吐くわけにはいかない。

 程なく六人は赤く変色した西地中海の海の中へ突入した。  




 艦娘母艦での艦娘を収容した際のあれこれを考えるのが今回のお話を描いてて一番面白かったところでもあります。

 フーガス級コルベット艦娘の着想元が分かった人は、多分同じ趣味の話で盛り上がれるかも知れません。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。

 


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第七一話 バレアレス諸島沖捜索戦 Ⅱ

 艦これイベントとアーマードコア6(買いました)、どっちが理不尽なのだろか、そう考える事が増えたこの頃です。


≪Where are the Fleet Girls? (艦娘はどこにいるんだ)≫

≪Oh Jesus, we are sitting ducks(くそ、狙われたいいカモだぞ)≫

≪Damm, I need Rader(くそ、レーダーが効かない)≫

 ヘッドセットから飛び込んで来る商船の悲鳴の様な無線が現場へ急行する艦娘艦隊の一同の耳に突き刺さる。

 水平線上にも黒煙が上がっているのが先頭を航行する比叡の眼にも見えた。

「This is Fleet Girls BB Hiei. UM67, What your status? (こちら艦娘戦艦比叡。UM67船団、そちらの状況は?)」

 英語でやり取りする商船船団に対して、比叡も英語で呼びかけを行うが、無線からは混乱した船団の無線がノイズ交じりに聞こえて来るだけである。

「What your Status!?(どんな状況なんですか⁉)」

 もはや怒鳴る様な大声で尋ねる比叡に、ようやく一隻が応答する。

≪Three ships down! We need help! (三隻やられました、直ちに支援を!)≫

 既に三隻食われてしまったとの報告に比叡は眉間にじわりと冷や汗が滲むのを感じ取る。

 

 日本本土近海で深海棲艦の活動が活発化して大分経つが、制海権を確保した筈の日本海のウラジオストックと室蘭を結ぶ航路が襲撃されるとは思ってもみなかった。深海棲艦の進入を阻む様に日本海側へ入れる海峡は対深海機雷源で封鎖していた筈だが、何らかの手段を用いて深海棲艦は機雷源を突破していたらしい。

 しかし、と比叡は歯ぎしりする。三隻もやられたのは痛い。UM67船団はシベリア油田から大量の石油を日本へ運ぶタンカー四隻で構成され、四隻合わせた排水量は五六万トンにも及ぶ。当然ながら運ばれていた石油の量も膨大な量に及ぶ。日本の室蘭の工業地帯を動かずのに不可欠な石油だ。それにタンカー自体も喪失してしまうと補充するまでにかかるコストや時間は膨大なものになる。

 その失っては拙い存在のタンカーを三隻も沈められてしまったのは、海上交通路を護る艦娘として痛恨の極みと言えた。

 最大戦速で救援に向かう比叡率いる護衛部隊は、重巡古鷹、加古、駆逐艦若葉、初霜、子日からなっていた。

 北方海域に派遣された艦娘は比叡率いる艦隊以外に加賀と負傷離脱から復帰した熊野、村雨の三人からなる小規模な空母部隊と、元からこの海域を担当する第五艦隊の足柄、那智、多摩、木曾、薄雲、朝雲、占守等の海防艦だ。第五艦隊の担当海域は空母や戦艦と言った大型艦娘が配備されておらず、重巡の那智と足柄が定期的に統合基地と第五艦隊のマザーベースの大湊基地を行き来しているのが日常だった。

そんな中、北海道近海の深海棲艦の活動活発化を受けて、比叡と加賀の二人を含む増援部隊が送られた訳だったが、状況は予想以上に深刻らしい。

 

≪ホワイトベース0-1より比叡、敵艦隊マージ。敵艦影、未知の艦一隻、大型駆逐艦ナ級Ⅱelite級二隻、戦艦棲姫一隻、重巡棲姫一隻、軽空母ヌ級改elite級一隻を確認。参照点より方位二-九-八≫

「了解、旗艦比叡より各艦へ。敵艦隊の右側面に進出し、魚雷全弾斉射して敵艦隊を追い払います。敵もタンカーを攻撃するだけで相当弾薬を消耗している筈。こちらから魚雷攻撃を行い、残り一隻だけでも守り遂げます。

 おもーかーじ、進路三-〇-〇度ヨーソロー」

「了解」

 五人から唱和した返事が返される。未知の敵艦と言うのが少し引っかかるが、今は何よりも残り一隻のタンカーを護らねばならない。

 最大戦速で突撃する比叡達に構う事無く、全速力で逃げるタンカーを深海棲艦は砲撃している。加賀の艦載機、流星改一航戦(熟練)が上空で哨戒に当たり、タンカーを攻撃する深海棲艦の警戒監視を続けている。タンカーとは言え、その頑強な船体構造は戦艦棲姫の砲撃も何発かは耐え抜いている様だ。黒煙を上げながらも機関部は無事なタンカーは一軸のスクリューを全開に回してひたすら逃げに徹する。船上からは不審船対策の警備隊員がデッキから小銃で牽制程度の射撃を加えている。

 タンカーに気を取られている深海棲艦の右側面に進出した比叡は、今だ、と古鷹、加古、若葉、初霜、子日に対して魚雷戦開始を命じた。

「全艦砲雷同時戦用意!」

 比叡の号令と共に古鷹、加古、若葉、初霜、子日の魚雷発射管が左舷側へと指向され、発射管に装填された酸素魚雷の矛先を深海棲艦艦隊に向ける。

「魚雷発射用意良し!」

 五人からの発射用意宜しの報告を確認した比叡は、見た事のない艦影の深海棲艦を含む六隻の深海棲艦艦隊に対して魚雷攻撃を下命した。

「戦闘艦、深海棲艦艦隊。距離三七〇、左舷、魚雷全管、てぇっ!」

 圧搾空気の乾いた射出音が響き渡り、古鷹と加古の四連装魚雷発射管と若葉、初霜、子日の三連装魚雷発射管から魚雷全弾が発射された。獲物を求めて駆けだす猟犬の如く五人の魚雷発射管から魚雷が飛び出して海中へ飛び込んでいく。海中に身を沈めた魚雷が直ちにモーターを作動させて海中に馳走音を響かせながら航走していく。

 比叡達の魚雷攻撃にようやく意識を向けた深海棲艦艦隊がタンカーへ向けて行っていた砲撃を取りやめ、回避運動を開始する。

 だが、魚雷発射から殆ど間を置かずに先頭を切る未知の深海棲艦の側面に二本の魚雷直撃の水柱がそそり立つ。

「先頭艦に二本命中!」

 魚雷命中を報じる見張り員妖精の報告に間髪入れずに比叡が主砲の砲撃開始を発令する。

「主砲斉射! 発砲、てぇッ!」

 比叡の三五・六センチ連装砲四基八門、古鷹と加古の二〇・三センチ連装砲各二基、二人で合計八門。更に若葉、初霜、子日の一二・七センチ連装砲と単装砲が一斉に砲撃の火蓋を切る。六人の左側にそれぞれ砲の口径に応じた火球が瞬き、発砲の衝撃波と砲声が響き渡った。

 既に比叡の予想通りタンカー相手に弾薬を消耗している深海棲艦は、比叡達に対して応射を試みる事なく、反転離脱に入っていた。魚雷の戦果は未知の深海棲艦に命中した二発だけに留まったが、タンカーへの攻撃を止めさせ、更には砲撃を行って敵艦隊を反転離脱に追い込めただけ成功と言える。

 それでも殿軍として比叡達にナ級二隻が牽制射撃程度の応射に打って出る。

「主砲、第二斉射用意!」

 主砲で薙ぎ払ってやろうと比叡が砲撃を発令しようとした時、彼女のブーツに何かがねっとりと絡みついた。なんだと視線を落とすと黒いどろりとした物体が比叡のブーツにまとわりつく様に付着している。

「全艦、撃ち方待て、撃ち方待て! 比叡、今撃ったら全員火だるまになっちまうぞ!」

 完全に慌て切った加古の叫び声に比叡ははっと気が付く。海上に撃沈されたタンカーから漏れ出した大量の石油が漂っており、比叡達はその中へ入り込んでしまっていた。彼女のブーツにまとわりつくのはタンカーから漏れ出した油だった。水よりも軽く、また水に溶けない石油が大量に漂う海上で発砲しようものなら気化した一部の石油などに引火して全員火だるまになりかねない。

 振り替えって残る一隻のタンカーへ視線を向ける。大分遠くへ離脱しており、ここまで行けば深海棲艦の砲撃も命中しないだろうと言えるところまで逃げ切っていた。ナ級も艦娘艦隊が追撃の手を止めたのを確認するとそれ以上の攻撃はせず、反転して先に離脱していく味方艦の後を追った。

「逃げられちゃったね」

「追い払えただけでも良しとしましょう」

 少しだけ悔しそうに呟く古鷹に初霜が応える。

 一方子日は自身の靴にまとわりつく石油と海面を覆いつくす石油の膜を見て、深刻そうな表情を浮かべた。

「すっごい油臭いよ。これは海洋汚染の度合いが不味いんじゃないかな」

「推定される石油の流出量は数百万バレルだろうな……今の戦況下では油除去艇やオイルフェンス展張船の展開も難しいぞ」

 若葉の言う通り深海棲艦が活発に活動している今では油除去委作業に当たる作業船の投入も難しい。油の除去作業中に深海棲艦に襲われかねない。しかし、かと言って放っておくとこのままでは数百万バレルの流出した石油によって日本海に住まう海洋生物に甚大なダメージが発生してしまう。

 

 油まみれの海上の風景を眺める比叡の脳裏に唐突に幼い頃に経験した惨劇が蘇った。自分がまだ小学生くらいの頃、メガフロート式の海上プラントが深海棲艦に襲われた時の地獄絵図がフラッシュバックする。海上は破壊されたプラントから流出した石油などの化学物質で覆われ、更にそれに引火した火災がメガフロート式のプラントから脱出した生存者を飲み込んだ。比叡は丁度両親がそのプラントで働く作業員一家に生まれた事もあって、メガフロート式プラントで生活していた。

 惨劇の日、幼い比叡の両親を始めとする民間人が大勢メガフロートと共に焼き払われ、海に沈んだ。助けを呼ぶ生存者の声が崩壊するプラントの瓦解音と爆発音にかき消され、容赦ない火焔が海上に逃げ延びた生存者を襲った。

 あの時、自分は何とか火災の炎の中から消防艇の消火作業で全焼を免れた脱出艇の中で、炭になっても尚自分の上に覆いかぶさった両親の身体によって辛うじて生き延びた。生存者は居ないだろうと立ち去りかけた消防艇の乗員に「見捨てないで!」と遺体の山を押しのけて必死に叫び、引き返して来た消防艇に救助された。

 あの時と同じだ、と海の様子を見て比叡は苦々しく顔をゆがめる。大量に流出した油で汚れ切った海。マッチ一本の火で一気に炎の地獄に変えられる状況の海。

「汚してくれて……」

 忌々し気に吐き捨てた比叡は艦隊に帰投を命じた。

 

 

 比叡達が日本海で石油まみれの海を航行している頃、地球の反対側の地中海、マリョルカ島の沖合の赤い海を愛鷹率いる第三三特別混成機動艦隊が深海棲艦機動部隊を求めて前進を続けていた。

「左舷にカブレラ島。距離は凡そ一〇キロ。現在の位置は、カブレラ島沖北緯三九度〇九八五六九、東経二度九七〇三四八。カブレラ島に深海棲艦の進出は確認出来ません」

 天測で現在の艦隊の位置を確認した鳥海が現在位置を各員に伝達する。計算が得意な鳥海らしく、天測による現在位置の算出は随分と手慣れていた。

「カブレラ島程度のサイズの島には地上警戒電探棲姫も置かねえか」

 左手に見える島影を眺めながら摩耶が独語する様に呟く。

「次のウェイポイントはマリョルカ島のカラフィゲラ沖ですね。そこからマリョルカ島の北東部カプデペラの方へと転進と」

 海図を表示したタブレット端末を片手に蒼月が予定航路を読み上げる。

 ここまで進路を〇₋四₋九度に保って前進してきたが、解析を進めた結果、敵機動部隊はマリョルカ島の北東部に隠れている可能性が高まり、島と一定の距離を維持しつつ新たな捜索コースを愛鷹は算出していた。

 愛鷹と鳥海、摩耶の大型電探は最大出力で海上を捜索しているが、今のところ電子の眼に深海棲艦が捉えられる様子はない。通常艦艇と違ってレーダーの高さが圧倒的に低い分、遠距離の電探索敵能力には限界が大きい。一応、早期警戒任務にあたる天山一二型甲改ウォッチャー1とさらに後方から警戒監視に当たるヘビー212の二種類の電子の眼で警戒を行っているが、変色海域に突入してからこっち最も索敵範囲の広いヘビー212の合成開口レーダーの探知範囲が狭まっており、余り広範囲の索敵が出来ていない。

 変色海域内ではEV-38の合成開口レーダーの眼も効かないとなると、これ以上引き連れて来る意味も余りない。ウォッチャー1がいれば充分だろう。

「旗艦愛鷹よりヘビー212へ。変色海域と通常海域の境目まで後退し、我が方が敵艦隊を発見して離脱して来るまでの帰路の警戒監視に付かれたし、オーバー」

≪ヘビー212、コピー。当機は現空域を離脱し、貴隊の帰路の警戒監視に当たる。アウト≫

 居てもしょうがないEV-38に帰り道の安全確保の為に愛鷹は引き返させた。会敵したら全速力で元来た道を戻る事になる。その際に深海棲艦が進路上に立ちふさがっていたら面倒な事になる。ヘビー212を予め後方に下げて警戒監視に当たせる事で、仮に退路に深海棲艦が出張って来ても早期に察知してルート変更が可能な様に策を打っておく事にした。

 赤い海と化した地中海の海上を進む内に、次第に海上には靄がうっすらと立ち込め始めて来ていた。青空と赤い海と言う些か目の色覚がおかしくなりそうな組み合わせを中和する何の様に、白い霧の様な靄がうっすらと海上に広がっていく。幾重にも重ねた白いレースのカーテンに覆われた世界にも見える。

 レーダー、ソーナー共に異常は見られない。視界が悪くなっている事以外は変色海域による侵食破壊等も起きていない。海が赤い以外は至って普通の海だ。

 しかし、愛鷹のソーナーでは海中に魚が泳ぐ音一つ確認出来ていない。深海棲艦の手によって赤く変色した海では、生態系は全滅すると言うのが定説だが、ここも例外ではないと言う事だ。今この海にいる生命は艦娘と深海棲艦の二者だけである。

「海鳥の一羽も飛んでいませんね。本当に死の海です」

 対空警戒がてら空を注視している蒼月が緊張感を孕んだ声で言う。海上に鯨の死骸、それも割とごく最近のものも浮かんでおり、微生物で分解される事も、他の海洋生物に食われて無くなる事も無いまま大きな鯨の死骸が漂流している。

 可哀想に、とまだ成熟して間もないであろう若い鯨の死骸を横目に見る蒼月の顔が悲しそうに歪む。深海棲艦の殺戮の対象は艦娘を含めた人類だけでは無い事が明瞭に分かる光景でもあるが、それはそれで蒼月として悲しい事であった。

 彼女と同様、愛鷹、鳥海、摩耶、深雪、瑞鳳も痛ましげな目で鯨の死骸を見やっていた。直に戦争をしているのは艦娘を含めた人類と深海棲艦だ。動物や魚は無関係である。そう言った関係の無い、敵対すらしていないであろう動植物にすら無差別に死をもたらすのが深海棲艦と言うモノだった。

 つい数十分前には空襲があったとは思えない程静かなまま、艦隊は変針点を通過し、マリョルカ島の北東部カプデペラ方面へと舵を切った。

「とぉーりかーじ」

 回頭を命じる愛鷹の号令に従い、先頭を切る彼女に続いて鳥海、摩耶、深雪、蒼月、瑞鳳の順に左へ三〇度変針する。眼下の艦隊に続いて上空で警戒に当たっているウォッチャー1も進路を変更する。

「そろそろ、燃料切れかしらね。航空管制、ウォッチャー2発艦用意」

 腕時計を見て警戒監視に当たるウォッチャー1の残燃料を予測する愛鷹は、航空艤装を操作して交代機となるコールサイン・ウォッチャー2の発艦準備に入った。

 エレベーターで飛行甲板へ上げられた天山一二型甲改が装備妖精の手でカタパルトへと押して行かれる間に、畳まれていた主翼が展張され、航空妖精が二人、コックピットへと乗り込む。カタパルトの発艦位置に到達すると、ブライドルワイヤーが天山一二型甲改に接続され、カタパルトの滑走シャトルと連結される。天山一二型甲改のエンジン音が高まる中、射出要員の装備妖精が天山一二型甲改の周囲から離れ、発艦士官がそれを確認すると、発艦の合図となる白い旗を振り下ろした。

 発艦士官妖精の合図を確認した愛鷹の左手が、航空艤装操作グリップのトリガーボタンが引くと、カタパルトが作動しブライドルワイヤーに引かれた天山一二型甲改が射出された。射出に使用されたワイヤーは航空艤装の飛行甲板前端部のブライドルレトリバーによって回収される。

「警戒機発艦。フライトデッキから各員へ。ウォッチャー1着艦受け入れ用意」

 愛鷹の艤装の航空管制指揮所から、飛行甲板で作業を行う装備妖精にアナウンスで着艦作業の準備に取り掛かる様指示が飛ぶ。

 ウォッチャー2の発艦からほぼ間を置かずに愛鷹にウォッチャー1か「RTB」の宣告が入り、ゆっくりと降下して来る天山のエンジン音が彼女の耳に聞こえて来た。

≪愛鷹へ、ウォッチャー1だ。着艦アプローチに入る≫

「ラジャー、1。着艦を許可する」

 低空へと降下しつつ、艦隊の周囲をぐるぐると旋回して減速する天山が進入しやすいように、愛鷹の後ろを航行する瑞鳳と深雪が若干進路をずらす。二人が明けてくれた空間を通り抜ける様に最終アプローチに入った天山がギアダウンし、主脚を左右ともに下ろして着艦姿勢を取る。着艦誘導灯とLSO(着艦誘導士官)妖精の指示の下に飛行甲板へと進入して来た天山がタッチダウンし、着艦フックがワイヤーを捉えて機体に制動をかける。

「ウォッチャー1、着艦」

「おかえりなさい、ご苦労様」

 左手側の飛行甲板に視線を落として、帰投した天山の航空妖精に労いの言葉をかける愛鷹に、キャノピーを開けた二人の航空妖精が親指を立てて応えた。

 着艦した天山は即時エンジンカットされ、装備妖精達の手でエレベーターへと押して行かれる。笛の合図と共にエレベーターへ乗せられた天山が主翼を畳むと、ベルが鳴り響き格納庫へとエレベーターが降りて行った。

 収容作業を終えると、瑞鳳と深雪が隊列を元に戻し、愛鷹も航空艤装にいる装備妖精に艦内へ戻るよう指示を出す。

 一連の作業を後ろから見つめていた瑞鳳に深雪が無線の回線をこっそり繋いで少しばかり悪戯心を込めた質問をぶつける。

「愛鷹の航空艤装が羨ましいんじゃないかい?」

「……まあ、そう言われてみればそうではあるわよ」

 誤魔化してもしょうがないので素直に認める瑞鳳に、深雪は振り返らずとも分かるにやにやとしていそうな声で返した。

「瑞鳳改三とか実装されたら、ワンチャンあるんじゃね?」

「その折には是非とも私は装甲空母になって、ジェット機も運用可能で、飛行甲板はアングルドデッキ化されて、カタパルト装備でありたいわね」

「ヨクバリスな妄想は逆に実現しないぜ?」

「夢と希望は大きく、って言うじゃん?」

「その前にそのまな板な胸をデカくしたらどうだ」

 

 一瞬、隊列を乱してでも深雪に元に駆け寄ってその横っ面を張っ倒してやろうかと言う激情にかられながらも、瑞鳳は顔を真っ赤にしながら済んでのところで自分を抑えた。姉の祥鳳と比べて「まな板」と形容される自分の胸囲は瑞鳳の密かなコンプレックスであった。最もそれを言うなら深雪の胸囲も瑞鳳と大差ないのだが。

 自分の胸元に視線を落として、なんで背丈共々大きくならなかったのだろう、と恨み節の一つや二つ脳裏に浮かべながら、ふと第三三戦隊の中で最も胸囲の大きいのは誰なのだろうか、と言う疑問が浮かんだ。今艦隊を組んでいる第三三特別混成機動艦隊のメンバーを思い浮かべると、鳥海や摩耶、イントレピッドなどの強豪が揃っているから分かりやすいとはいえ、第三三特別混成機動艦隊の母体となった第三三戦隊ではどうだったか、と思えば実のところ思い浮かばないものである。愛鷹と青葉型辺りがいい勝負をして良そうだが、果たして誰なのか。愛鷹が大和のクローンでありながら胸囲は大きく劣る事は本人が語っているから容姿に反して案外愛鷹は控え目なのだろうが、身長比で言えば相応にあるのだろう。青葉型の二人は頭身こそそれほど高くは無いが割かしスタイルは良いのが制服の上からも分かる。そこら辺の詳しいスリーサイズを把握していそうな青葉は今は負傷治療中で後送されているので調べようもない。

 一人頭を抱え込む瑞鳳をよそに前進を続ける艦隊の上空に付いたウォッチャー2が、機上レーダーと言う電子の眼力を用いて艦隊の周囲に警戒網の眼を振り向ける。ウォッチャー隊の機上レーダーで得た情報はデータリンクで第三三特別混成機動艦隊の各員にリアルタイムで伝達されているので、ウォッチャーが見たものは即座にラグを置かずに六人に共有出来た。

 

 ウォッチャー2からリアルタイムで情報が共有されるタブレット端末を片手に愛鷹は溜息を一つ吐いた。今のところ空襲を一回受けた以外は何事も無く艦隊は前進を続けていた。敵艦隊は潜水艦一隻の痕跡すら見当たらない。ただ赤い海を航行しているだけだ。カプデペラの沖合まで行った後は、元来た道をたどる形で「ズムウォルト」へ一旦戻る事にしていたが、それは何も発見できなかった場合の話であり、もし深海棲艦の艦隊を探知した場合はある程度情報把握の為に追撃するつもりだった。そもそもそれが目的で今回出張ってきた訳でもある。

 と、ウォッチャー2からリアルタイムで情報が共有されるタブレット端末の海図表示に「UNKOWN」の文字が複数表示された。

≪ウォッチャー2から愛鷹へ。方位〇₋八₋五に不明艦多数を確認。二〇ノットで方位二₋一₋〇へ向けて前進中≫

「不明艦の精確な艦種と数を特定せよ。旗艦愛鷹より第三三特別混成機動艦隊全艦へ達する。不明艦多数をウォッチャー2が補足。敵の可能性あり、全艦対水上戦闘配置、電探出力最大にて捜査」

「了解です」

「了解だ」

 戦闘に備える旨と、レーダー最大出力で索敵警戒を行う旨の二種類の指示を下す愛鷹に鳥海と摩耶が即座に応じる。

 一方、深雪、蒼月、瑞鳳はそれぞれ海面と空を注視して引き続き潜水艦と深海棲艦航空機に対する警戒を続ける。深雪の爆雷投射機には装備妖精が取りついて発射準備を整え、蒼月と瑞鳳の対空機関砲の砲座にも砲術科の装備妖精が仰角ハンドルを握って射撃体勢を取っていた。

 程なく、ウォッチャー2から不明艦の解析結果が送られてきた。

≪不明艦の総数は……未知の深海棲艦二隻を中心に、空母棲姫級四隻、軽空母ヌ級elite級二隻、超巡ネ級改Ⅱ四隻、軽巡へ級flagship級一隻、防空巡ツ級elite級一隻、大型駆逐艦ナ級Ⅱelite級二隻、駆逐艦ハ級後期型elite級二隻、イ級六隻。敵艦隊群をアルファと認定≫

「なんとまあ……」

 ぐるっと島の影に回り込んできてみれば、と愛鷹はその大艦隊の陣容に驚嘆していた。総勢二四隻にも及ぶ大規模な空母機動部隊だ。戦艦は居ないが、下手な戦艦級よりも火力と耐久、装甲に秀で、そしてどの駆逐艦や軽巡、重巡よりも高い雷撃戦火力を持つ重巡ネ級の上位互換的存在のネ級改Ⅱが四隻もいる。余りのハイスペックから国連海軍では重巡ではなく重巡を超える超巡として独自に識別していた。実質、超甲巡時代の愛鷹や、アメリカ艦隊のアラスカ級と同等の艦種区分である。ただ愛鷹やアラスカ級の装甲が重巡よりは頑丈程度、戦艦以下と微妙な塩梅にされていたのに対して、ネ級改Ⅱの装甲は戦艦ル級flagship級改すら凌ぐ頑強さを誇る。

≪続報、その後方四〇キロに更に一群の艦隊を確認。艦影は六隻。内一隻は極めて巨大な反応を持つ≫

 極めて巨大な反応、と言うワードに突如愛鷹の胸の中で激しい胸騒ぎが沸き起こった。どくんどくんと心臓の鼓動が早まり、緊張から眉間を冷や汗が滴り落ちるのが分かった。

 

 奴だ、遂に出張って来た、と直感で悟る愛鷹にウォッチャー2から艦種特定分析結果が送られてくる。

 

≪敵艦隊ブラボーと認定。艦種内訳、巨大艦ス級elite級一隻、超巡ネ級改Ⅱ三隻、大型駆逐艦ナ級後期型Ⅱflagship級二隻≫

 陣容を聞いた愛鷹は口元をへの字に結んで、露骨に顔面を嫌そうにしかめた。ネ級改Ⅱやナ級後期型Ⅱflagship級だけでも腹一杯になれる高脅威目標艦なのに、それに加えてス級のelite級が一隻付いて来ている。対空迎撃能力を強化していると思われるタイプだから、無印のス級と違って航空攻撃で仕留められるような相手ではない。何より大事なのはelite級はおろか無印のス級と真正面から砲撃戦を挑んで勝てる艦娘は今の国連海軍にはいないと言う事だ。

「なあ、アタシの耳と脳みそがボケてない事を確認しておきたいんだけど、今前方に展開している深海棲艦の数は三〇隻を数えて、その中の二隻は未知の深海棲艦、四隻は艦載機の数が一隻で二〇〇機を数える空母棲姫級が四隻と戦艦よりも暴力に長けたネ級改Ⅱが七隻、砲撃戦で叶う艦娘がいない馬鹿でかい戦艦が一隻いるって事だよな?」

「分かってるじゃん。そのまんまその通りよ」

 若干引き攣った表情で誰となく尋ねる摩耶に、瑞鳳がそうだと答える。至って落ち着いて答えている様にも見える瑞鳳だが、その眉間には大量の冷や汗が浮かんでいた。

 第三三特別混成機動艦隊の母体となった第三三戦隊の誰もがス級の圧倒的火力の脅威を身に染みる程に覚えている。それだけに鳥海と摩耶以外の愛鷹、深雪、蒼月、瑞鳳の四人共に恐怖で冷や汗が止まらなかった。だが問題なのはス級だけではない。敵艦隊アルファに含まれる二隻の不明艦の正体だ。戦艦なのか空母なのか、ウォッチャー2の電子機器では流石にそこまで解析する事は出来ない。

 不明艦二隻の正体を探る必要があると言う新たなタスク発生に、愛鷹はどうやって不明艦の艦種を特定するか、策を巡らせていた。

 航空偵察は無理だ。空母棲姫級が四隻に軽空母ヌ級elite級が二隻もいる。艦載機の数は一〇〇〇機近くにも上る。当然ながら戦闘機の比率も非常に多い。偵察機を飛ばしても彩雲で無ければ振り切る事は出来ないだろう。

 となれば直接接近して目視確認するしかないが、何も考えずに接近すればピケット艦を担っているであろうナ級やハ級、イ級に即座に探知されてしまう。駆逐艦隊だけでなくネ級改Ⅱの高性能レーダーに捕捉される可能性もある。

 ウォッチャー2から共有されてきた敵艦隊の陣容と位置のマーキングを見て、愛鷹はタブレット端末を握る手の手汗を払う。敵艦隊の内アルファは巨大な輪形陣を組んでおり対空迎撃態勢は文字通り鉄壁の構えを見せている。一方ブラボーのス級を含む艦隊は単縦陣でその後方四〇キロに布陣している。

(待てよ……)

 ふと、愛鷹の中で妙案が思い浮かんだ。ス級を含む艦隊は空母機動部隊の後方四〇キロ。水平線上の丸みの向こうにいるから深海棲艦でなくても通常の水上船舶のレーダーですら直接確認する事は出来ない距離だ。空母機動部隊からはCAP機が飛んでいるのが分かるが、早期警戒機の類が飛んでいる様子はない。つまり航空機の目で愛鷹達が早期発見される可能性は低い。

 これしかない、と決めた愛鷹は艦隊の無線周波数を国連海軍秘匿回線の一つに切り替えて、五人に作戦を伝達した。

「これからの行動計画を各自に伝達します。敵艦隊に傍受されるのを防ぐ為、現在のチャンネルのまま聞いて下さい。

 敵空母機動部隊の輪形陣の内側にいる二隻の不明艦の正体を探って離脱するのが、最終目標となります。敵艦隊はアルファとブラボーの二群に分かれていますが、彼我の距離は四〇キロも離れており、互いにレーダーで捕捉する事は不可能です。

 そこで我々はス級を含む艦隊の方向へ一時転進後、進路を二₋一₋〇へ取り、ス級を含む艦隊を装って空母機動部隊の後を追いかけます。

 幸い今海上には靄がかかっている事、敵艦隊の視線は艦隊の進路前方に向けられている事が予想出来ますから、敵艦隊にばれるのを遅らせる事が出来ます。ス級を含む艦隊を装って輪形陣の内側にいる二隻の艦種を確認の後、全艦最大戦速で現海域を離脱。母艦へ帰投します。

 発砲は、敵からの攻撃があっても私からの許可が出るまで禁止します。敵が万が一発砲して来たとしても撃ち返さなければ敵は誤射を疑い、必要以上の砲撃はしてこないでしょう」

「もし、深海棲艦が誰何の通信を送ってきたらどうします?」

 重要な所を突く鳥海の問いに、愛鷹は考え済みの対応策を話す。

「敢えて一切合切無視します。靄の影響で電波が通り辛いと錯覚して貰うのです」

「発光信号もですか?」

 横から口を挟む蒼月に愛鷹はそれも無視しろと答える。

「発光信号もです」

「何だか、最上が熊野の信号を見誤って今みたいな靄がかかった海上で三隈と衝突した時の事を思い出すな……」

 昔、日本艦娘艦隊の艦隊運動演習中に起きた事故の顛末を思い起こした摩耶が何気なく呟く。

 逆にそんな事もあったのか、と最上達第七戦隊のメンツとは付き合いが殆ど無いが故にそこらの昔話を知らない愛鷹は少しばかり意外そうな表情を浮かべる。最上と言えば、日本海軍の重巡最上の頃から衝突事故のジンクスに悩まされていた名前でもある。海上自衛隊の多機能護衛艦もがみを挟んで、艦娘の名として復活した折にそのジンクスも再発したか? とつい関係ない事に考えを巡らしかける。

 若干賭け要素がある作戦だが、航空偵察が出来ない中ではこの策しか今は打てる手はない。

 

 それまでの輪形陣から愛鷹、瑞鳳、鳥海、摩耶、深雪、蒼月の順に単縦陣に並び替えた第三三特別混成機動艦隊は舵を切って一時北上するコースに入った。

 警戒監視に当たっていたウォッチャー2は深海棲艦に察知されるのを防ぐ為、一時愛鷹に収容していた。

 タブレット端末の海図表示を確認しながら、愛鷹は最適なウェイポイントを設定する。まずはス級を含む艦隊と深海棲艦の大規模機動部隊の互いのレーダー探知範囲外の中間に上手く出られるようにウェイポイントを設定し、そこから一気に空母機動部隊の方へ転進するコースを算出する。空母機動部隊は二〇ノットで前進しているから、こちらは第四戦速程度で追いかければ充分追いつける。

 最終的な課題はこの靄越しにどの程度、不明艦二隻の正体を把握できるか、と言う所だ。それと不明艦二隻の正体が一体何なのか、と言う疑問もある。

 もし、戦艦系や巡洋艦系だった場合、輪形陣を組んでいるとは言え、当てようと思えば当てて来るだろうし、棲姫級となれば大火力艦である事は間違いない。食らったら自分らの装甲では到底耐えられないだろう。一方で空母系だった場合、こちらの正体が露見したら即座に随伴の空母棲姫級四隻とヌ級elite級と合わせて大量の艦載機を発艦させて集中砲火で殲滅しにかかる可能性がある。ただ、艦載機による攻撃を目論んで来た場合は、愛鷹、鳥海、摩耶が三式弾で深海棲艦空母の飛行甲板へ砲撃を浴びせて、一時的に発着艦不能にすることで離脱するまでの時間稼ぎは出来るだろう。

 空母系だった場合はそれで時間を稼げるとして、残る課題は超巡ネ級改Ⅱの存在だ。艦娘を殺す為だけに生み出された暴力の化身の様な深海棲艦の巡洋艦級だ。レーダーも備えており、砲撃の命中率は極めて高く、使用している徹甲弾は弾芯が非常に硬く、並みの戦艦艦娘の装甲ですら防げない場合もある。

 しかし第三三特別混成機動艦隊にもアドバンテージはある。それは全員が高速艦である事だ。大型艦である愛鷹ですら三〇ノットは余裕で出せるし、リミッターを解除すれば三〇ノットを超える速力を叩き出せる。今思えばリミッター解除かタービンを増設する事でようやく高速艦になれる夕張を連れて来なくて正解だったと思えた。最も夕張が艦隊速力において足かせになるのなら、彼女だけ別行動させておくのも手ではあるのだが。

 北上を続ける事約一時間。最初のウェイポイントに到達すると、愛鷹は艦隊無線で取り舵一斉回頭を発令した。

 

「全艦、一斉回頭。取り舵一杯。新進路二₋一₋〇」

「とぉーりかーじ」

 二番艦を務める瑞鳳が復唱し、六人はぐるりと左へと旋回する。フィギュアスケーターの様に大きく優雅に弧を描いて回頭を終えると、直ちに六人は再度単縦陣の隊列を組み直す。

「艦隊新進路二₋一₋〇、ヨーソロー。艦隊増速、第四戦速、黒二〇」

 回頭が終わり、隊列が整うと愛鷹は更に増速を命じた。それまで第三戦速で前進していた艦隊は第四戦速へと加速し、六人の足元で蹴立てられる白波が大きくなり、各々の踵から引く白い航跡が後方へと速度に応じて流れるように伸びて行った。

「これより通信管制、無線を封鎖します。以後各艦の通信は私からの発光信号の使用禁止の連絡があるまで発光信号に限定」

 続航する五人に無線封鎖を命じた愛鷹は返事を待たずにヘッドセットの無線のスイッチをオフにした。回線を閉じるやスッと静かになるヘッドセットの機能をソーナーに切り替える愛鷹の背中の艤装上では、発光信号機を構えた装備妖精が待機に入った。

 

 それからさらに一時間余り、誰も一言も喋らない主機と機関部の動作音以外、無音の時間が続いた。それまで最大出力で回していたレーダーも切っているので、電子の千里眼も今は瞼を閉じている状態だ。

 水平線上の靄越しに艦影が多数見えて来た時、愛鷹は装備妖精に発光信号を送る様伝達した。

「旗艦より発光信号。各艦に伝達、これより発光信号の使用も禁ずる。全艦戦闘配備、通信管制維持」

「了解」

 背中の艤装上でカシャカシャと発光信号を瑞鳳、鳥海、摩耶、深雪、蒼月へ送る音が響く。通信管制下での一方通信なので五人からの「了解」と言う復命の返事は返されない。

 前方に見える艦影は明らかに深海棲艦の姿だった。靄のせいで水平線上に黒く盛り上がる形でしかその姿を確認出来無いが、特徴的な巨大な艤装が四つ見える。空母棲姫の艤装の形状で間違いない。その周囲には角を空に突き刺す様に頭部に備えたネ級改Ⅱの姿も見える。

 水平線上に艦影を確認出来たと言う事は、あの空母機動部隊のレーダー探知範囲内に入っている事と同義であるが、愛鷹が唯一作動させている電子戦装備であるE27電波逆探知機(ESM)にスコープの反応はフラットなままだった。少なくとも警戒の為に対空レーダーは稼働させている筈だが、艦娘艦隊がここまで出張って来ては居ないだろうと言う慢心からなのか、水上レーダーは作動させていないらしい。

 それはそれで好都合である。電子の千里眼で早期に察知されずに近づけるなら、ス級を含む艦隊を装って接近する必要は薄れる。だが油断した時に深海棲艦が何気なく水上レーダーを作動させてこちらの存在に気が付く可能性もあるので、気は抜けない。

 靄の影響で本当にこちらの存在に気が付いていないのか、少なくとも頭身の高い空母棲姫やネ級改Ⅱ、ツ級が接近する愛鷹達に視線を向ける様子はない。ソーナーで半潜水行動可能な深海棲艦の駆逐艦の動きも探るが、半潜水してこちらを迎え撃ちに来る素振りも見られない。

(本当にバレていない……?)

 緊張で心臓の鼓動が早まるのを感じ取りながらも、無反応のまま前進する深海棲艦の姿に愛鷹は乾ききった唇を舐めて生唾を飲み干す。

 ESMには依然深海棲艦の水上レーダー波は検知できない。既に距離は一〇〇〇メートルを切っている。靄のせいで明瞭に見とれないが、丸っこい船体のナ級やヌ級の艦影も見えて来ている。

 そしてその輪形陣の中央に二隻の不明艦の艦影が見えて来ていた。靄のせいではっきりとしたシルエットは見えないが、戦艦ではない様に見える。戦艦なら巨大な主砲を備えた砲塔がある筈だが、不明艦には砲塔そのものが見当たらない。どちらかと言うと空母の様である。

 更に接近し、距離が五〇〇メートルを切った頃、靄が薄まり、不明艦二隻の艦影が愛鷹の目にはっきりと見えた。

 片方は空母棲鬼の艤装に別の深海棲艦が乗っており、もう片方は飛行甲板らしき細長い板を二本備えている。空母と見て間違いない。

 だが、もう少し観察しておきたい。と、二隻を注視する愛鷹の目に、まるで見せてやると言わんばかりのタイミングで二隻の不明艦の艤装から艦載機を射出するのが見えた。深海棲艦の艤装独特の艦載機の射出音が響き、その音は愛鷹、瑞鳳、鳥海、摩耶、深雪、蒼月の耳にも届いた。

 二隻の不明艦、いや空母系の新型深海棲艦が何を発艦させたのかは分からないが、とにかくタブレット端末のカメラ機能で二隻の不明艦の写真を撮ると、愛鷹は続航する五人に向かって取り舵一杯のハンドサインを送った。

 舵を切って左へと進路を変える六人に未だに気が付いた様子もないまま深海棲艦は遠ざかって行った。タブレット端末で撮影した写真を画面に呼び出し、高画質モードで二隻の艦影を確認する。片方は空母棲鬼の艤装を使用しているから正規空母と見て間違いない。もう片方は艤装のサイズが比較的簡素で正規空母としては些か物足りない。軽空母くらいの空母系深海棲艦の可能性が高いだろう。

 搭載機は軽空母系と見た新型深海棲艦であれば、ヌ級のⅡflagship級よりは多い筈。多く見積もって一〇〇機と言う所だろう。もう片方の空母棲鬼と艤装を同じにする正規空母系の新型深海棲艦は艤装内に搭載される艦載機も同じであるとするなら、搭載機の数は一五〇機程度だろう。

 出来れば正確な艦載機数も分かれば良かったのだけど、と若干心残りがあるが、不明艦二隻の正体が軽空母と正規空母の二種類の棲姫級空母だと判明しただけでも今は良しとするべきだろう。現在の進路を維持するとなればマリョルカ島に寄港する可能性がある。

 マリョルカ島には恐らくは補給拠点となる集積地棲姫が展開しているのかも知れない。或いは砲台小鬼に警護された前線展開泊地棲姫である可能性もある。深海棲艦が最前線に素早く構築する橋頭保として最適なものを考えた場合、集積地棲姫よりも前線展開泊地棲姫の方が構築が早い。前線展開泊地棲姫の役割は文字通り、素早く最前線に橋頭保兼補給拠点を構築する目的があってのものだ。

 

(このまま何事も無く振り切れるかしら?)

 

 一瞬気が緩みそう考えた時、それまで何の反応も得られず静かだったESMを見ていた装備妖精が「逆探に感あり!」と叫んだ。

 弛緩しかけていた頬がシュっと引き締まり、即座に「方位は⁉」と愛鷹は問いただす。

「方位三₋五₋二、空からの水上レーダー波を検知。深海棲艦の早期警戒機の可能性大」

「……ッ! 捕捉されたわね」

 流石に深海棲艦も警戒機による警戒監視をするタイミングが来ていたと言う事か。

 深海棲艦もアンノウン捕捉で慌てて戦闘配置を命じたらしく、遠目に敵襲のアラーム音が鳴り響くのが聞こえて来た。直ぐにでも新型空母二隻含む八隻の空母から大量の艦載機が発艦してくる可能性がある。

 だが、戦闘配置を命じてもそれまで全く敵襲を予見していないフリーな状態から直ちに戦闘可能な状態に移り込めるとは言い難い。案の定、ネ級改Ⅱのレーダー波の照射は来たものの、砲弾や魚雷が飛んでくる気配はない。

「全艦、電波管制解除! 合戦準備、対水上戦闘用意!」

 即座に戦闘を発令する愛鷹に、合戦準備部署を維持していた鳥海、摩耶、深雪、蒼月は即座に反応した。それぞれの火器を構え、セーフティを解除する。

「砲雷同時戦! 距離六八〇、右魚雷戦。右舷魚雷全管、てぇッ!」

「咄嗟射撃、魚雷攻撃始め! てぇーッ!」

「魚雷発射始め! てぇーっ!」

 魚雷発射を命じる愛鷹に狙いを深海棲艦がいる方向へ取り敢えず向けての精密照準ではない、バラ撒きの牽制魚雷攻撃を深雪と蒼月が開始する。二人の三連装魚雷発射管二基と四連装魚雷発射管一基の計一〇門の発射管から圧搾空気で射出された酸素魚雷が海面に躍り出て、海中へと姿を消す。航跡を引かない一〇発の酸素魚雷がモーターを作動させて馳走音を海中に響かせながら深海棲艦の空母機動部隊に向かう中、同様に空母機動部隊の方向へ主砲の砲口を向けた愛鷹と鳥海、摩耶の艤装から三式弾改二の装填完了、射撃用意良しのブザーが三回鳴る。

「鳥海、撃ち方用意良し!」

「摩耶、射撃用意よぉし! ぶちかませるぜ」

 二人からの砲撃用意良しの合図を受け取ると、愛鷹は軽く息を吸ってから凛と張った声で吸った息を吐き出すように砲撃開始の号令を発した。

「主砲斉射! 発砲、てぇっ!」

 その号令の直後、三人の右側で主砲発砲の火焔が迸った。四一センチ主砲五門、二〇・三センチ一二門の斉射の火焔が発砲の轟音を鳴り響かせながら砲口から噴き出し、叩き出された計一七発の三式弾改二が約七〇〇メートル先の深海棲艦の方へと飛翔して行く。

 距離が近かったこともあって、三人の撃った三式弾改二が着弾するまで殆ど時間を要さなかった。着弾と言うよりは、二四隻の空母機動部隊の直上で炸裂して散弾のシャワーを雨あられと降り注がせる形となった。直撃による点のダメージと比べて、面でのダメージになる分、与ダメージは余り高くはない。そもそも三式弾改二は対艦攻撃に向いている砲弾とは言い難い。

 だが、三人の砲撃の効果はてきめんに表れた。愛鷹達の存在に気が付くや、一斉に起動したネ級改Ⅱやナ級、ツ級らの対水上レーダー波が一斉に静まり、空母棲姫やヌ級からは何らかの被害発生の警報が鳴り響くのが聞こえた。

「成功です! 敵艦隊、レーダーアウト、空母も甲板が使用不能に陥った模様です」

 混乱する深海棲艦の姿を高い視力の両眼で確認した蒼月が愛鷹に向かって叫ぶ。靄のせいで攻撃効果を正確には目視確認出来ないが、深海棲艦の受けた被害は凡そ推測出来る。上空から降り注いだ三式弾改二の無数の散弾の雨によってレーダーが破壊され、空母は飛行甲板に甲板に散弾の破片や、貫通した散弾によって発着艦機能を一時的に封じられたのだ。

 今こそ離脱のチャンス、と見た愛鷹は五人と自身の機関部に対して全速前進を命じた。

「全速で離脱します。全艦、最大戦速! 焼きつくまでぶん回して下さい!」

 

 

 全速力で離脱する愛鷹達を深海棲艦は追撃して来る事は無かった。離脱する途中愛鷹はソーナーで深雪と蒼月の魚雷の攻撃効果を確認したが、魚雷が深海棲艦に命中して爆発する爆発音は確認出来なかった。

 一〇分程全速力で走ってから、愛鷹は第三戦速に落とすと同時に再びウォッチャー1を発艦させ、深海棲艦の様子を伺ったが、追撃の攻撃隊が差し向けられる様子は無かった。そのまま修理も兼ねてかマリョルカ島への進路を維持していた。ス級を含む艦隊が最大速度で追撃してくる可能性も考えたが、ウォッチャー1曰くス級を含む艦隊は多少速度は上げたものの、愛鷹達に追いつける距離とは到底言えなかった。

「何とか振り切ったようだな」

 安堵の溜息と共に摩耶が言う。

「ええ、振り切れはしたけど……ここからが問題よ」

 そう返す鳥海はメガネの位置を正しながら、自分達が見た深海棲艦の大艦隊の陣容を頭の中で思い浮かべて、険しい表情を作っていた。

「全部で八隻の空母に四隻の超巡。それにス級を含む艦隊。西地中海を何としても渡さないと言う深海棲艦の決戦艦隊が現れた、と言う所ね」

「逆を言えば、連中にとってこの艦隊を撃破されて防衛ラインを突破されたら、艦娘艦隊にアンツィオまで一気にストレートインになるって訳ね」

 顎を摘まんで出張って来た深海棲艦の大艦隊の意図を察する瑞鳳の見方は間違っていないだろう。

 西地中海に空母八隻、超巡七隻、巨大艦一隻を含む三〇隻の大艦隊を送り込む辺りに、ここで食い止めると言う明らかな意思が深海棲艦が伺えた。

 恐らくは次は深海棲艦空母機動部隊との激しい航空戦と艦隊戦になるだろう。デュワルワイルダー作戦における西部進撃隊のアンツィオに至るまでに越えなければならない「障壁」となる可能性が高い。

「次の戦いは、『壁越え』になるわね……」

 そう呟く愛鷹に言葉に、五人は無言で頷いていた。

 

 

 艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」の医務室のベッドで治療を受ける青葉の看病をする衣笠の元に大和が訪れた。

「青葉さんの様子は?」

 病床に横になって静かに眠る青葉の横顔を見やりながら問う大和に、衣笠は微笑を浮かべて答える。

「熱は下がりました。全回復まではもう少し時間が要りますが、青葉の事ですから直ぐに良くなりますよ」

「そう、それなら良かった」

 ほっとした様に溜息を吐く大和の顔を見て何かを察した衣笠は、大和の顔を見据えて尋ねる。

「次の作戦が決まったんですね?」

「ご名答です。深海棲艦の大規模な艦隊を愛鷹が見つけました。新型の正規空母級と軽空母級の棲姫級空母二隻を含む八隻の空母を有し、四隻の超巡ネ級改Ⅱを侍らせた二四隻にも上る空母機動部隊と、ス級一、超巡ネ級改Ⅱ三、大型駆逐艦ナ級二隻から成る水上打撃群が確認されました。

 西地中海における深海棲艦の鉄壁の防御の艦隊です。次に戦いはこの鉄壁を超える『壁越え』の戦いになるでしょう」




 艦これのネ級改ⅡとACⅥのバルテウス、どちらが理不尽な敵ボスなのだろうか。それが寝ても覚めても気になり、とうとうネ級改Ⅱの艦種を本家での重巡から超巡に改変した今回のお話でした。

 新型の軽空母級と正規空母級の深海棲艦は闇ラングレーと闇レンジャーがモデルとなっています。元々はシングル作戦をモチーフにしてきましたが、あれから四年余り地中海を舞台にしたイベントが複数回実施され、シングル作戦の時の深海棲艦だけでは物足りないと思い、トーチ作戦イベントの深海棲艦ボスを追加した所です。

 次回は九月にお送りしたいと思っています。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第七二話 赤毛の空母艦娘

 RSBCを知る大サトー勢が読むとにやりとしそうなネタが込められた第七二話となっています。


 修繕され、綺麗に洗濯された制服に袖を通すと、花を軽く突くいい香りが制服からした。血で真っ赤に染まっていたセーラー服を漂泊する際に使用した漂白剤にいい香りが付く市販品が使われたのかも知れない。

「いい香り」

 被弾時に派手に破かれた個所は元通りに縫い直され、いい香りのする洗剤と漂白剤で綺麗にされた制服を身に着けた青葉は、キュロットとニーソックスに足を通し、最後にローファーを履く。ナノピタルを用いた治療が終わって退院した青葉が身支度を整え、「ズムウォルト」へ戻る為に完全修理された艤装を受領する為に艦の後部にあるウェルドックと艤装整備場へと向かう。

 ラッタルを鳴らしながら降りて行き、艦娘居住区の傍を通りかかる。特徴的な書体の横文字で「Deutschland」と書かれた居住区の向こう側からは朗らかに話す艦娘の声がする。

 

(あの声はグラーフ・ツェッペリンさんと、カール・ガルスターさんとブリュッヒャーさん……?)

 

 グラーフ・ツェッペリンは何度が日本に来日している経験があり、青葉とも何度か面識を得ている艦娘だ。カール・ガルスターはZ17級駆逐艦娘の一人で、ブリュッヒャーはアドミラル・ヒッパー級重巡艦娘の次女だ。この二人も一応日本への来日に経験がある。だがしかし、ドイツ艦娘の居住区と言う事もあり、日本語では無く、生まれ故郷の慣れ親しんだ母国語で会話をする三人の会話内容に、青葉はついて行けなかった。日本に来日した経験のあるドイツ艦娘から齧った程度のドイツ語を教わった程度であり、専ら青葉の第二外国語は英語を除くとロシア語止まりである。

 ちょろっと開け放たれている居住区へのドアの向こう側を覗き込むと、普段はクールできりっとした表情を崩さないグラーフ・ツェッペリンが珍しくカール・ガルスターとブリュッヒャーを相手に砕けた姿勢と口調で何か話している。いつものクールさはどこやら、その表情は嬉々としており、非常に明朗だ。

 あのクーデレ娘が珍しい、と物珍しさが青葉の中で高まり、つい詮索したくもなったが、ドイツ語が分からないし、青葉自身、速やかに「ズムウォルト」へ帰艦するようにとの指示を受けているからには寄り道している暇は無い。

 詮索、と言う名目の取材をしたい心をグッと堪え、青葉はウェルドックへと向かった。

 

 ウェルドックと隣接する艤装整備場で完全修理が成された青葉の艤装を受領し、試運転を行う。

 クレーンでウェルドック内に立つ青葉の背中に艤装が接続され、作業員が艤装にケーブルを繋いで試運転や事前チェックを行う・

「APU接続。モーター回転数上昇」

「機関部、振動、出力、温度、全て異常なし」

「ラダー、反応速度に異常なし」

「FCS、レーダー、ソーナー、共に問題無し」

「スタビライザー、バランサー、全て基準値をマーク」

「オールシステムズ、グリーン」

 端末に「All Clrea」の表示が出るのを見て、作業員が青葉に親指を立てる。

「お世話になりました。ありがとうございました」

 同様に親指を立てて、感謝の礼を述べる青葉に作業員がお元気で、と返すとドック内に艦娘発艦用意のアラームが鳴り響いた。

 完全に修理された艤装の反応具合をスティックで確かめていると、別の所で作業員が話す会話が青葉の耳に聞こえて来た。

「聞いたか、ドイツの空母艦娘」

「ジェット機運用可能な正規空母だってな。それもヴィクトリアスや翔鶴型、伊吹よりも本格的な」

「名前はフォン・リヒトホーフェンだそうだ。あの世界でも有名なドイツのエースパイロット、レッド・バロンの名を冠した空母艦娘。ドイツ艦隊も相当期待を込めて配備したんだろうな」

「どんな容姿なんだろうな。レッド・バロンの名を冠しているだけに赤毛の女の子なのかな」

「女の子と言うよりは女性、なんじゃないか?」

 作業員たちの会話は、割って入った彼らの上司になる上級兵曹の「作業に集中しろ」、と言う窘める声で遮られた。

 正規空母艦娘フォン・リヒトホーフェン……どんな艦娘なんだろうか? 青葉も胸の中で興味が湧き上がったが、詮索する気持ちよりも前に「発艦準備」の号令がかかり、作業員が退避するとウェルドック内へ注水するポンプの作動音が響き渡った。

「取材は後でですかねえ……」

 足裏に取り付けられたラダーと主機を始動させ、海水が注水されたウェルドック内に二本足で立ちながら、「マティアス・ジャクソン」に色々と残して来たやりたかった事を振り返り悔やみつつも青葉は開放されたウェルドックのハッチの先を見据え、発艦を宣言した。

「青葉、発艦しまーす」

 

 深海棲艦の空母機動部隊捜索戦から五日後。退院した青葉が修理を終えた艤装を引っ提げて「ズムウォルト」へ帰艦した。

 ウェルドックで収容作業が行われる中、デッキの上から出迎える愛鷹に青葉はにっこりと笑顔を浮かべて復帰を宣言した。

「第三三特別混成機動艦隊二番艦青葉、只今を持って戦列に復帰します!」

「ご苦労様です」

 答礼しながら愛鷹も頬を緩め、微笑を浮かべる。

 足裏の舵を取り外して、発着艦デッキの上に軽い足取りで昇って来た青葉は艤装を作業員に預けると、出迎えに出て来た愛鷹と向かい合った。

「これで艦隊の艦娘の数は元通りですね」

「ええ。戻って来てくれて嬉しいですよ青葉さん」

「寂しく無かったですか?」

「……本音を言うと寂しくはありましたね。貴女ほど信頼している艦娘は早々いませんから」

「また大袈裟な。でも、ありがとうございます。青葉を信頼してくれて。ご期待に副えるようにもっと頑張りますよ」

 

 見たところ、前々回被弾して派手にやられた割には完全に傷は癒えているように見える。ナノピタルのお陰もあるが、それにしても随分治りが良い。副作用の大きかった修復剤にかわる新薬としてこれは期待が持てそうである。

 青葉に対して「貴女ほど信頼している艦娘は早々いない」と大口を切ったが、その発言の三分の二は愛鷹なりの誇張、社交辞令だ。艦娘は皆信頼しているし、大切に思っている。誰かが欠けてはいけない職場な分、互いを大切に思いやる思いは愛鷹にもある。今の第三三特別混成機動艦隊のメンバーも皆、大切な仲間であり、友人だ。誰も失いたくはない。

 艦内放送のスピーカーがカリカリと空電の音を鳴らした後、当直士官からの伝達が全艦内へ放送された。

 

≪連絡する、連絡する。一〇分後に補給艦『オルカ』と邂逅し、補給作業を開始する。各部、補給作業準備部署発令、補給作業に備えよ≫

「ジブラルタル基地から追いかけて来た補給艦ですね。青葉が聞いたところじゃ、増援の艦娘も一人輸送して来るとか」

「増援の艦娘?」

 一体誰だ、と首をかしげる愛鷹に青葉は自身が耳に挟んだ限りの情報を教えた。

「ドイツ艦隊の空母艦娘です。名前はフォン・リヒトフォーフェン。ドイツ艦隊が新規に配備したジェット機運用可能な正規空母艦娘だとの事です」

「……妙ですね」

「何がです」

 顔をやや俯け、左手で顎を摘まみながら愛鷹は疑念を口にする。どこが妙なのかと問う青葉に、愛鷹は暫し間をおいてから答えた。

「史実で、フォン・リヒトホーフェンなるドイツの空母は実在しません。計画艦にも無い。ましてやジェット機を運用できる空母など、ドイツ国防海軍が計画した事も無い。グラーフ・ツェッペリンすら完成度九〇パーセントで工事が中断されて、未完成に終わってドイツ国防海軍は空母を保有し仕舞いに終わったはず。

 なのに、『ジェット機運用も可能な正規空母』艦娘をドイツ艦隊は配備した……何か裏があるとしか思えません」

「史実に存在した艦が無ければ艦娘って出現できないんですか?」

 

 両腕を組んで興味を示す表情を浮かべる青葉の顔を見て、彼女の探求心を突いてしまったか、と悟った愛鷹ははぐらかすのも無理だろうと思い、しかし場所が悪いと周囲を見回して考え直すと顎を摘まんでいた左手の人差し指を上に向けて、第一甲板へ青葉を誘った。

「場所を変えましょう。ここにいては諸々の甲板作業などの邪魔になりますし」

 

 艦首のM110単装砲がある甲板へ出た愛鷹と青葉は周囲に誰もいない事を確認してから、話を再開した。

「で、どういう事なのです? さっきの話は」

「これは軍の機密レベル99に該当する事なので、誰かに話したりは駄目ですからね」

「了解しました。で?」

「艦娘と言うモノは、本来、史実、それももっとも古いものでは日露戦争時、殆どは第二次世界大戦に就役していた艦艇の記憶を船魂としてその身体の中に継承する女性と、その史実の軍艦の再現データを接続、エレメント化したものが艦娘になります。

 つまり、青葉さんの場合はその先祖にかつて重巡洋艦『青葉』に乗り込んでいた乗員がおり、その重巡『青葉』の乗員が残した記憶の塊である船魂が遺伝子に含まれる形でとなって代々受け継がれ、それが強く現出しているのが今の青葉さんと言う事です。艤装はその青葉さんの身体の中に宿る船魂を艦娘青葉として形成する為のガワであり、エレメントの片割れと言う事です。

 同じ名前の艦娘がこの世に二人と出現しない大きな理由、それは船魂と艤装がエレメントを形成するに至る事が許されるのが一回限りであるからです。原因は分かりません。この手の分野において科学で解析しきれないオカルトな分野に足を突っ込んでいる艦娘構成分野は、国連海軍においても最大級のブラックボックスです。この艦娘となる女性の中にある船魂と艤装がマッチング、エレメント化に至るまでの時間と過程を『建造』と呼ぶわけです。小型艦程、船魂と艤装のマッチングにかかる時間は短く、大型艦程、船魂と艤装のマッチングにかかる理由は、小型艦程乗員数は少なく、大型艦程乗員数が多かったことに起因するとされています。

 青葉さんの場合は一時間で終わりましたよね? それは青葉さんの元となった鋼鉄の軍艦である重巡洋艦青葉が、比較的小型な重巡洋艦であった事に起因します」

「ふむ……では、愛鷹さんはなぜ艦娘としてのエレメントが実現出来たのですか? 超甲巡は計画のみの、それも名前すら名付けられなかった幻の軍艦。常識的に考えて、船魂が宿っている人間はいないのでは?」

「私の場合、かつて超甲巡の計画に関与した人の記憶を何らかの形で、私の製造段階で遺伝子レベルで書き込んであった為、疑似的に艦娘としてのエレメントを形成できたのです。最もそのエレメントの強度は艦娘の中でも最も弱く、脆いので今服用している薬物で強引にその艦娘としての疑似船魂の力を増幅させており、その副作用が青葉さんも見たことがあるであろう吐血や痛みなどの症状となる訳です」

「なるほど、つまり史実に実在した軍艦が存在しないフォン・リヒトホーフェンは、本来この世に現出する事の出来る筈が無い艦娘、と言う事ですか」

「その通りです」

 ふむ、と両腕を組んで考え込む青葉は、暫くして何かを思い出した様に顔を上げて愛鷹を見て言った。

「プロジェクト・ハリマ……」

「は?」

 不意に青葉の口から出たその計画名に一瞬ドキリとしながらも、愛鷹は先を続けさせた。

「ハッキングで読んだのですけどね、愛鷹さんの身体にある疑似船魂をオーバーライドする事で、超戦艦艤装播磨の艤装を愛鷹さんが纏えるようになる。それがヒントです。これの応用をすることで、疑似的に運用する側の艦娘を作り出せるのではないか? と。

 メカニズムとしては艦娘適正、恐らくは本来はグラーフ・ツェッペリンさんになる事を予定されていた艦娘候補生の中から、空母艦娘艤装の適性値が高い者を選び出し、何らかの方法で体の中のその船魂を人為的に書き換え、本来は存在しないが『存在した事にされた』空母フォン・リヒトホーフェンの船魂を受け継ぐ艦娘として建造した」

「……つまり、人為的に作り出された艦娘、と言う事ですか」

「そうなりますね。最もこれはあくまで青葉の考察と推察ですが。実際にフォン・リヒトホーフェンに会って話を聞いてみない限りは分かりません」

「ドイツ艦娘でこの事を知っている艦娘は居るんでしょうかね」

「……心当たりならあります」

 無言で誰だ? と目で問いかける愛鷹に青葉は組んでいた両腕を解いて答えた。

「グラーフ・ツェッペリンさんです。ドイツ艦隊の初の空母艦娘。艦娘母艦『マティアス・ジャクソン』の艦内でちょっと姿を見た程度ですが、普段は生真面目でクール、理路整然としているあの人が珍しく心を躍らせている表情を浮かべているのを見かけたんです。ドイツ艦娘の同僚とも話し込んでいましたが、少し興奮した様子で母国語で語り合っていました。青葉はドイツ語はほんの少ししか分からないので、グラーフ・ツェッペリンさん達が何を話していたのかは理解できませんでしたが」

「なるほどです」

いずれにせよ、深海棲艦の空母機動部隊との艦隊戦を前に、一旦「マティアス・ジャクソン」に行って作戦会議をする事になるから、その際にフォン・リヒトホーフェンと話をする事も可能かもしれない。

 

 ジブラルタル基地を出立し、西部進撃隊の後を追いかけて来た高速補給艦「オルカ」「ホワイト・ドルフィン」の二隻が、「マティアス・ジャクソン」以下の艦娘母艦隊と揚陸艦隊と合流する。最も規模の大きい「ホワイト・ドルフィン」が「マティアス・ジャクソン」と並走しながら補給作業を開始する中、「オルカ」は合流した「マティアス・ジャクソン」から先行する「ズムウォルト」の現在位置を確認すると、艦隊から分離して単艦で「ズムウォルト」の後を追った。

「ハイラインポスト、接続用意」

「各部署は補給作業にかかれ」

 当直士官や補給科の科長のアナウンスが「マティアス・ジャクソン」の艦内にスピーカーを通して響き渡る中、補給物資を積んだMV-38コンドルが「ホワイト・ドルフィン」から発艦して、「マティアス・ジャクソン」へと物資のピストン輸送を行う。

 飛行甲板上に山積みになって行く各種物資のコンテナを、乗員達やトレーラーやフォークリフトが一階層下のハンガーデッキに下ろす作業を行う中、飛行甲板の端で作業の邪魔にならない様佇む一人の艦娘がいた。空母艦娘のグラーフ・ツェッペリンだ。

 新規着任の空母艦娘フォン・リヒトホーフェンは補給物資の後にMV-38で空輸されてくるとの事だったが、待ちきれずにグラーフ・ツェッペリンは飛行甲板の端で補給作業を眺めながら、フォン・リヒトホーフェンが来るのを待った。人手を多く必要とする補給作業だが、艦内業務に慣れていない艦娘を動員した所で勝手が分からずに混乱するだけだから、こうしてグラーフ・ツェッペリンとしては邪魔にならない様に飛行甲板の端で眺めているのが正解だ。

 大量の物資コンテナをピストン輸送したMV-38が最後の積み荷を「マティアス・ジャクソン」へ空輸して来る。特徴的な貨物コンテナをぶら下げて「マティアス・ジャクソン」へアプローチして来るのを見たグラーフ・ツェッペリンは、「来た」と短く呟くとシュナイダープロペラを模したヒールをコツコツと鳴らしながら、着艦アプローチに入るMV-38の元へと歩み寄った。

 ティルトターボファンエンジンの音を響かせながら、まず吊り下げていたコンテナを下ろし、ワイヤーを解除するとMV-38は航空機誘導員の誘導に従って、「マティアス・ジャクソン」の飛行甲板へとゆっくりと着艦した。ティルトターボファンエンジンのダウンウォッシュに制帽を吹き飛ばされない様に帽子を左手で抑えながら待つグラーフ・ツェッペリンの前で、MV-38のハッチが開き、中から一人の女性が姿を現した。

 コツコツと言う鈍い靴音を立てながら女性、いや艦娘フォン・リヒトホーフェンが降りて来る。制服はグラーフ・ツェッペリンのものを紺色に置き換えたようなデザインであり、概ね色違いと言う以外に制服に差異は無い。ただスカートの丈はグラーフ・ツェッペリンのものより長めで、靴はグラーフ・ツェッペリンのものとは違い、比較的すっきりとした、衣笠のハイヒールサンダルの様にヒールにスクリュープロペラが付いた黒のハイヒールだ。

 グラーフ・ツェッペリンより血色のいい容姿の綺麗な赤毛の白人女性であり、背丈は素でグラーフ・ツェッペリンよりは高めだ。胸のサイズはグラーフ・ツェッペリンよりは劣るが正規空母とあって相応に大きい。

「ようこそ、フォン・リヒトホーフェン。待っていたぞ」

「お久しぶりです、グラーフ・ツェッペリン先輩」

 お互いに踵を打ち合わせて敬礼しながら挨拶を交わす。先輩と呼ばれはしたものの、グラーフ・ツェッペリンからすれば久しぶりに見る顔であり、会う仲でもあった。

「本当に久しいな。ミュルヴィクの艦娘養成学校以来だったか」

「先輩が先に空母艦娘としてデビューしてからこっち、随分待たされましたが、私も空母、それも正規空母としてデビューです。実戦経験では先輩に劣りますが、負けぬ働きをして御覧に入れますよ」

「あまり気負い過ぎるなよ、お前は出来立ての新人だからな。ま、私としてお前の来援は大変喜ばしい。アトミラール・ブシュケッターもようやくお前を戦線投入する事を決断してくれたようで何よりだ。艦載機の熟練度は?」

「完璧です。発着艦、ACM、全て最高の状態に仕上げてきました」

「素晴らしい。時間が許すなら是非見てみたいものだな。さて、艦内へ案内しよう、艦娘母艦の中も初めてだろう? 色々と案内するぞ」

「ありがとうごまいます、先輩」

 にっこりと笑顔を浮かべるフォン・リヒトホーフェンに、グラーフ・ツェッペリンも微笑を浮かべた。空母艦娘としての経験は自分の方が長いが、空母艦娘としての戦闘能力そのものはフォン・リヒトホーフェンの方が遥かに優れている。航空機、艤装、全てにおいて、だ。

 笑顔を浮かべる赤毛の後輩空母艦娘の顔を見つめながら、グラーフ・ツェッペリンは同時に自分もロートルになったか、とほんのり寂しい気持ちにもなった。

 

 補給艦「オルカ」と合流した「ズムウォルト」でも、補給作業が始まっていた。

 ハイラインポストで給油ホースが接続され、軽油がホースを通して送り込まれる一方、クレーンやMV-38を用いてその他の消耗品や食料などの補給物資が移送される。

 艦橋では航海長が操艦を担当し、舵を指揮する中、補給作業に関与しない愛鷹は邪魔にならない様に艦橋の隅っこで航海長の操艦や操舵員の操舵をじっくりと観察していた。階級こそ中佐とそこそこ高いとはいえ、根っからの自分自身が航海を行う艦娘が故に軍艦の航海術は全く習っていない。これは愛鷹に限らず殆どの艦娘がそうなのだが、中には海軍水兵上がりの艦娘もおり、艦艇勤務を経験し、更にそこで航海全般を掌る航海科に所属していた艦娘もごく少数だが存在する。

 艦橋、と言うよりは航空機のコックピットの様な操舵席に座る操舵員に、航海長が時折コース修正を指示する。補給艦との並走しながらの航行は船乗りにとって、最も高度な操艦技量を要求される。艦娘ならくるっとその場で回れたり、二本の脚そのものを動かす事で簡単に修正が効く操舵も、実物サイズの軍艦となれば巨体が故の反応の遅れや、動き方も異なる。故にこのような洋上補給の時は最も操艦技量に優れた航海科の乗員が操舵を掌る。航海長は最も操艦技量に優れているから現場監督としての意味も含めて、艦橋で直接「航海長操艦」と呼ばれる指揮を執る事になる。

 昔ながらの舵輪ではなく、まさに航空機の操縦桿の様なジョイスティックで舵を握る操舵員の動作と、指示する航海長を交互に眺めながら、艦娘の時とは大きく違う操舵に愛鷹は新鮮味を感じていた。知識では知っていても、実際に見て見れば、その要求技量のレベルの高さを思い知る。艦橋内に張り詰める空気はピリッと張りつめており、呼吸をするのさえ慎重になって来る程だ。

「知識だけが、全てでは無い」それが端的に表れている現場だった。

 

 一時間半ほどで給油作業は完了し、物資の移送も完了した。

 最後のMV-38が発艦する前、荷物と言う荷物も全て「ズムウォルト」へ降ろしてすっからかんになった機内に愛鷹の姿があった。補給艦「オルカ」はこれから反転してジブラルタル基地へ戻る。その道中、「マティアス・ジャクソン」とすれ違うから、深海棲艦の空母機動部隊へ攻撃を前に「マティアス・ジャクソン」で作戦会議を行うに辺り、第三三特別混成機動艦隊指揮艦として会議に出席するので、次いでがてらに乗せて行ってもらえることになったのだ。帰りは「マティアス・ジャクソン」の艦載機で「ズムウォルト」へ帰艦する。

「リフター1より『ズムウォルト』LSO、発艦準備良し」

≪LSOよりリフター1、発艦を許可する。補給作業、お疲れ様でした≫

「ズムウォルト」の発着艦指揮所との交信を終えたパイロットとコパイが「グッバイ」と別れを告げると、スロットルを上げて、ティルトターボファンエンジンの出力を上げた。ふわりと浮かび上がるMV-38のキャノピー越しに、「ズムウォルト」の航空科のデッキクルーが見えた。赤、青、緑、黄、紫と担当する役割別に色分けされたジャケットの色がはっきりと見えた。

 MV-38に乗るのは初めてでは無いが、愛鷹としては割と久々と言えば久々の搭乗経験である。着任当時は日本艦隊や日本方面軍にはまだMV-38配備が進んでおらず、H-60系列やMV-38の原形機ともいえるMV-22オスプレイの最新鋭ブロック機が艦娘輸送を含めた物資、人員空輸の主流だった。今では日本方面軍の地上軍をメインに配備が進んでおり、既に中部方面隊はMV-38の機種変、配備が完了している。

 規定高度に達すると、垂直になっていたティルトターボファンエンジンが徐々に水平に向きを変え、推力の向きが変わったMV-38の機体が前へと滑る様に、空を飛行した。原形機のMV-22と違ってターボファンエンジンになった分、若干騒音レベルは上がっているが、技術の改良でターボファンエンジンの騒音レベルは二一世紀の初めにデビューした、或いは主流だったジェット戦闘機のものと比べても随分静かになっている。機内にいる愛鷹の耳に入るエンジンの騒音も、ジェットエンジン系列にしては驚く程静かだった。

 軍用機でこのレベルだから、民間機レベルとなるとさらに静穏性が高くなっている。それでいて燃費も改善されているのだから、技術の進歩は文字通り日進月歩である。  

 

 五分程度で愛鷹を載せたMV-38は「マティアス・ジャクソン」へ着艦した。

 タブレット端末等、作戦会議に使う個人用の諸々の道具を収めたショルダーバッグを肩にかけ、MV-38から降りた愛鷹はその足で「マティアス・ジャクソン」のFIC(旗艦用司令部作戦室)へと向かった。

 IDカードを通して入室したFICには誰もいなかった。がらんとしたFICの中で腕時計を見ると、作戦会議までまだ三〇分以上も余裕があった。中途半端な時間に来てしまった事に少し後悔し、暇潰しに艦内の食堂でコーヒーでも飲もうとFICを出て食堂へと愛鷹は向かった。

 食堂でブラックコーヒーを一杯注文して、カップに注がれたコーヒーに口を付ける。苦みとカフェインが脳を刺激した。熱々のコーヒーにふう、と口で冷ましながらちびりちびりと飲んでいると、ドイツ語で会話する声が聞こえて来た。会話がする方へ視線を転じると、グラーフ・ツェッペリンと見慣れない艦娘らしき赤毛の女性が談笑しながら食堂へ入って来た。

(グラーフ・ツェッペリンさんの制服と色違いの女性、もしかして青葉さんが言っていた空母艦娘フォン・リヒトホーフェン?)

 愛鷹と同じコーヒーを注文して、カップを受け取る二人の姿を見つめながら、愛鷹はフォン・リヒトホーフェンの容姿や制服などをじっくり眺める。制服はグラーフ・ツェッペリンの白い箇所が紺色になった以外は差異は無く、一見、グラーフ・ツェッペリンの姉妹艦娘に見えなくもない。

 物珍しそうに見る愛鷹に気が付いたらしいフォン・リヒトホーフェンが、グラーフ・ツェッペリンに一言断ってから、自ら愛鷹に歩み寄って来た。

「Guten Tag. Ich bin Flotte Mädchen Von Richthofen. Wie heißen sie? (こんにちは、私は艦娘フォン・リヒトホーフェンです。貴女のお名前は?)」

「Ich heiße Flotte Mädchen Ashitaka. (私の名前は艦娘愛鷹です)」

 ドイツ語で名前を問いかけて来るフォン・リヒトホーフェンに、愛鷹も流暢なドイツ語で答える。

 愛鷹の返事に「Ashitaka……」と反芻する様に口にしたフォン・リヒトホーフェンは興味深そうに、愛鷹を見つめた。

「貴女と私は、似た者同士かも知れないですね」

 唐突なフォン・リヒトホーフェンのその言葉に、愛鷹は内心ぎくりとした。私の出自を含めて何か知っているのかこの艦娘は? 愛鷹としてもフォン・リヒトホーフェンの出自に関しては不思議、いや疑念に思う所があるだけにその当人から「似た者同士」などと言われると、いささか警戒心が上がるものである。

 表情を変えず、いつものポーカーフェイスで相手の顔を見る愛鷹の前で、フォン・リヒトホーフェンはグラーフ・ツェッペリンに「少し、彼女と話をしてきますね」と断りを入れると、愛鷹を飛行甲板へと誘った。警戒心を浮かべながらも、フォン・リヒトホーフェンの出自が気になる愛鷹はこの際、直に彼女に聞く機会であるとも考え、誘いを受けることにした。

 

 飛行甲板に上がったフォン・リヒトホーフェンと愛鷹は、誰もいない艦尾のキャットウォークに向かった。

 優雅な足取りで歩くフォン・リヒトホーフェンの後を追う愛鷹には、その足取りや挙動を見るからに育ちの良さを感じさせた。少なくとも、暗くじめじめした施設の中で冷や飯を食らって育って来た自分より恵まれた環境で育って来た雰囲気を十分に漂わせている。

「ここで良いかしらね」

 艦尾のキャットウォークで足を止めたフォン・リヒトホーフェンは、くるっとヒールの踵で身体を回して愛鷹と正対すると、再び愛鷹を見つめる。

「似た者同士、と貴女は言いましたが、私と貴女とでどのような繋がりがあると言うのです? 少なくとも私は生れこっち、今日貴女と会うまで貴女の事は知らなかった。同時に私の中では貴女と言う艦娘がこの世に存在する事に、強い疑念を抱いています」

「空母フォン・リヒトホーフェンは史実に置いて建造された事はおろか、計画された事すらない、即ち、この世に艦娘として現出する要素が存在しない。にも拘わらず私と言う艦娘が存在する。その事ですね? 」

 愛鷹の考えている事を見抜いていたフォン・リヒトホーフェンがうっすらと口元に笑みを浮かべる。奇妙さと不気味さを漂わせており、只ならぬ存在を愛鷹は感じていた。

「私と言う艦娘がこの世に存在する事が出来た理由が貴女は気になるのでしょう? であらばお答えします」

 無言で先を促す愛鷹の前で、フォン・リヒトホーフェンは自らの出自について語り始めた。

 

「この私、フォン・リヒトホーフェンは本来は空母艦娘グラーフ・ツェッペリンとなる候補生三人の内の一人でした。ドイツ艦娘初の空母艦娘を選出するに辺り、最もそのグラーフ・ツェッペリンとしての適性値に優れた者を選出する為に、適性検査などの過程は慎重に進められました。そして三人の中で艦娘グラーフ・ツェッペリンとなったのが第一候補生のエルフリーデ・クーゼンバウアー、私の一年先輩としてミュルヴィク海軍兵学校でドイツ海軍人として学んでいた人です。私は適性値が一部オーバーフローしていると言う理由で落とされました。

 その後、六年余りの月日を私は『万が一、今の艦娘グラーフ・ツェッペリンが戦死した際にその後釜となる存在』としてスペアパーツ的な扱いに甘んじてきました。しかし、去年の事です。私はフォン・リヒトホーフェンと言う空母として就役する事が決まった。

 私がフォン・リヒトホーフェンとなれた要因は、超戦艦艤装開発計画プロジェクト・ハリマで実現した技術によるもの。つまり対象艦娘の中に宿る船魂の記憶を人為的に書き換え、この世に存在する事を捏造した。私の身体の中に宿っていた空母グラーフ・ツェッペリンとしての船魂の記憶は外科手術によって人為的に書き換えられ、フォン・リヒトホーフェンと言う空母はかつて存在した事にしたのです。これが最初の強化出術です。

 しかしそれだけでは艤装を完全に使いこなすには支障が生じる。愚直にフォン・リヒトホーフェンと言う空母は存在しないと信じる艤装のコアが私を完全に認識出来ない。だから艤装を纏っても反応速度は極めて低く、妖精も付いてこない。そこで第二の強化手術です。私の脳内に人為的に書き換えられた船魂の記憶を増幅させるバイオチップを埋め込み、これにより強制的に艤装と妖精にフォン・リヒトホーフェンと言う空母は存在したと認識させたのです。

 こうして人為的に生み出された艦娘として、極めてクリーンなやり方で生まれたのが私と言う訳です。

 

 

 大和と言う戦艦艦娘の遺伝子を基に、更にその遺伝子を強化した上でクローニング技術で強引に艦娘としてこの世に生み出した貴女とはそこが違う」

 

 

 なるほどと愛鷹は胸中で頷いていた。フォン・リヒトホーフェンと言う空母艦娘をこの世に現出させた要因は知る事が出来きた。何の事は無い、船魂の記憶を人為的に書き換え、更に不足する分はバイオチップで人為的に作り出した船魂の記憶を増幅しているだけだ。この世に自分と同様にクローン技術で新規に艦娘を作り出すよりも、既存の艦娘候補生に強化手術を施すだけと言う比較的低コストで済む。

「なぜ、私の出自を貴女は知っているのです?」

 軍の最高機密である筈の自身の出自を知っているフォン・リヒトホーフェンに、質問を向ける愛鷹に対し、フォン・リヒトホーフェンは簡単そうに答えた。

「いつから貴女の出自は完全に口外無用の機密だと思い込んでいたのです? 私の様な特殊な出自の艦娘には、貴女の様なクローニング技術で生み出された艦娘が存在する事を教えられる権限が与えられている。無論、軍の機密レベルが高い情報です。貴女だからこそこの話をしているのであり、関係ない軍や民間の人間には一言も、示唆するような情報すら話していませんよ。相手がドイツ連邦共和国首相閣下であろうと、国連事務総長だろうと、艦隊総軍司令であろうと私はこの事を明かすつもりは全くありません」

「……その機密の解除が、貴女を滅ぼす事にならないと良いのですがね」

 愛鷹のその言葉だけは理解出来なかった様に、フォン・リヒトホーフェンは不思議そうな表情を浮かべて軽く首を傾げた。

 思っていたよりも自分の出自に関して、軍内部での情報開示はある程度は進んでいるのかも知れない。始めは最高機密として関係者以外誰も知り得ないクローン艦娘の情報も、恐らくは選抜試験などの情報は隠蔽ないしは秘匿した上で開示されているのだろう。ただ情報解禁がされているとは言っても、その情報を閲覧できる軍関係者は限られているのは想像に容易いし、フォン・リヒトホーフェンの言う通り守秘義務が生じている様だ。

「しかし、プロジェクト・ハリマの技術が貴女をフォン・リヒトホーフェンとして就役させることになっているとは」

「貴女はそのプロジェクト・ハリマの超戦艦艤装を纏う事を想定された、いわば被験者候補の第一号ですよ。私と言う艦娘が生まれるにあたって多少なりともプロジェクト・ハリマの事は知らされましたし、貴女と言う艦娘の事についてもあれこれ情報は開示されました。

 何故、クローン個体が貴女しか存在しないのかは敢えて聞きません。知らなくていい事情がある事はどんな事の裏側にも存在する事です」

 詮索はしない主義、かとフォン・リヒトホーフェンの性格に納得した愛鷹は、制帽の鍔に手をやりながら軽く溜息を吐いた。もしフォン・リヒトホーフェンを艦娘として現出させる技術がもっと早く完成していれば、自分も惨めな生い立ちをせずに済んだかもしれないのだが、今となってはたらればの話でしかない。寧ろ、自分を生み出したCFGプランの失敗を基にフォン・リヒトホーフェンを生み出す計画が出来たのだとすれば、自分達の犠牲も無駄ではなかっただろう。

「大和や第三三戦隊の仲間以外で、私自身の出自にまつわる話をした艦娘や人間は早々いませんが、貴女も理解ある反応をしてくれて幸いです」

「この世に生まれる者は、皆意味を持って生まれて来る。それだけの事ですよ」

 そう言ってフォン・リヒトホーフェンは柔らかい笑みを浮かべた。包容力のある、大人の女性らしい笑みだった。

 

 二〇分後、愛鷹はFICでルグランジュ提督や参謀、それに大和、アイオワ、ビスマルク、ネルソン、ヴィクトリアスと言った艦娘達と共に作戦会議に出席していた。

 FICに集った主要メンバーを見渡しながら、ルグランジュ提督は大画面ディスプレイに表示したバレアレス諸島近海のマップと、そこに表示した深海棲艦の艦隊のマークをレーザーポインターで指し示した。

「諸君らも知っての通り、第三三特別混成機動艦隊の偵察結果から、深海棲艦の大規模な空母機動部隊とス級を含む水上打撃群が確認された。

 我が西部進撃隊の進撃を重く見た深海棲艦は、大規模な機動艦隊を派遣して、バレアレス諸島近海で我々を食い止める、もしくは撃退する算段と思われる。

 敵は空母棲姫級四隻、軽空母ヌ級elite級二隻、更に新型種と見られる正規空母系の棲姫級一隻と軽空母系の棲姫級一隻の計八隻の空母を主体に、護衛の随伴艦艇として超巡ネ級改Ⅱ四隻、防空巡洋艦としてツ級elite級一隻、防空戦闘及び水上戦闘に長けた大型駆逐艦ナ級Ⅱelite級二隻、その他駆逐艦多数からなる空母機動部隊と、そのバックアップと思われる巨大戦艦ス級elite級一隻、超巡ネ級改Ⅱ三隻、大型駆逐艦ナ級後期型Ⅱflagship級二隻からなる水上打撃群を投入して来た。

 我が艦隊はこの深海棲艦の大艦隊を、持てる全戦力を持って艦隊決戦を持って迎え撃ち、これを撃滅し、アンツィオへの道、そしてバレアレス諸島奪還を遂行させる。しかし、諸君らも分かってる居るとは思うが、敵の艦隊は極めて強大であり、正面切っての艦隊決戦を挑んだ場合、我が方に甚大な損害が出るだけでなく、ス級の大火力を前に逆に戦線の後退を余儀なくされる可能性もある。

 そこで、我が艦隊は二段構えの戦術で敵艦隊を攻撃する。

 作戦参謀、作戦内容の伝達を」

 指名された作戦参謀が席を立って、大画面ディスプレイの脇に立つと、手持ちのタブレット端末を大画面ディスプレイと共有させ、作戦内容を画面に投影させた。

 

「敵艦隊は現在、マリョルカ島に展開している前方展開泊地棲姫の元で、先の第三三特別混成機動艦隊から受けた攻撃の損傷修理に当たっているのがUAV偵察で明らかになっています。ただし、ス級を旗艦とした艦隊はバレアレス諸島の北方に展開している他、被害を受けなかった、あるいは軽微で早期に修理完了したと思われるハ級後期型やイ級がピケット艦として方々に展開している事が確認されています。

 我が方はまず第三三特別混成機動艦隊の全艦を持って、前方展開泊地棲姫の元で整備、修理、補給を受けている深海棲艦艦隊を強襲、敵の混乱の誘発と、対空防衛網を破壊、その後は同隊は速やかに現場を離脱。しかる後、本艦隊艦娘の主戦力を持って前方展開泊地棲姫から出撃して来る敵艦隊を掃蕩、撃滅します。

 敵空母機動部隊を掃蕩後は、全戦艦艦娘を投入し、ス級以下の水上打撃群と真正面から決戦を挑みます」

 

 深海棲艦の本隊が戦闘態勢に入っていない、いわば寝込みを襲う戦術。停泊中の空母各艦や超巡ネ級改Ⅱと正面切っての艦隊決戦をしては、航空戦力の損耗に繋がるから避けるのは理解出来るし、ネ級改Ⅱの水上戦能力を考えれば、格上の戦艦を多数有する西部進撃隊でも奇襲攻撃に賭けるのは理にかなっている。

 

「第三三特別混成機動艦隊はマリョルカ島の南部から突入、イントレピッド、伊吹の全艦載機によるアルファーストライクを実施し、敵泊地棲姫と敵艦隊、防空網を攻撃し破壊。特に防空網の要となる対空小鬼eliteを重点的に爆撃してこれを破壊して下さい」

「SEAD (敵防空網捜索)とDEAD(敵防空網破壊)の両方を行え、か」

 

 作戦参謀の説明に第三三特別混成機動艦隊を率いる愛鷹が呟く。

 

「本艦隊はマリョルカ島の西部より進行。空母艦娘全艦から同じくアルファーストライクを実施。徹底的に空爆を実施し、停泊中の敵艦、敵地上目標、その全てを破壊、撃滅して下さい。一つ残さず、何もかもです。

 徹底的な空爆の実施と合わせて大和、武蔵、アイオワ、ワシントン、サウスダコタ、ビスマルク、ネルソン、ロドネイ、ウォースパイトを中核とする戦艦部隊をマリョルカ島の北部へ突入。ス級elite級及びその他随伴艦艇を物量を持って撃滅します。なお、戦艦部隊の突入を新規に配備した空母フォン・リヒトホーフェンがバックアップ。超巡ネ級改Ⅱとナ級に可能な限りの爆撃を加え、戦艦部隊がス級に火力を集中出来る様、露払いをして頂きます」

 

 投入する艦娘は日本、北米、英国、ドイツ、合わせて約九〇名にも上る大規模なものだ。

 艦隊編成を見る限り、六の倍数の定石からは外れた艦隊編成になっていた。もはや隠れっ子なしの正面対決とあって六の倍数に拘る必要もなくなったと言う所だろうか。第三三特別混成機動艦隊にSEADとDEADの両方を行わせると言う事は、マリョルカ島の地上電探警戒棲姫も攻撃対象と言う事になる。

 そこで一旦愛鷹は挙手し、作戦参謀に質問の許可を求めた。

「愛鷹中佐、何か?」

「我が隊には、第一撃を加えた後の行動指定はあるのですか?」

「第三三特別混成機動艦隊は、初動の攻撃が完了次第。空母艦娘は母艦『ズムウォルト』へ後退し、水上戦闘部隊は本艦隊の戦艦部隊と合流し、これを援護して貰います。水上戦闘部隊の人選ですが、愛鷹中佐以下、青葉、衣笠、摩耶、愛宕、鳥海、夕張、深雪で充分です。残りは母艦『ズムウォルト』と空母艦娘二人の護衛と直掩に当たって貰います。

 今回の作戦では、装甲強襲支援艦『ズムウォルト』を最前線へ前進させ、本艦隊及び第三三特別混成機動艦隊の前線拠点として活動して貰います。作戦に参加する艦娘の補給、医療支援拠点として同艦は前進。展開位置はアイビッサ島の北部トーレ・デ・ポルティナト沖の北一五キロです。そこを最前線拠点とします。『マティアス・ジャクソン』以下の艦隊はアイビッサ島の西部エス・ベルデ島の北部に進出し、『ズムウォルト』をバックアップします」

「了解です」

 承服して下がりつつも、愛鷹の中では自分の部隊がス級と対峙する事になる戦艦部隊の支援に回されると言う事に、嫌な予感を感じていた。まさか、唯一艦娘の中でス級を撃破した事がある自分を編入する事を前提に組んでいるのではないだろうか?

 疑念を浮かべる愛鷹をよそに、作戦参謀の作戦伝達は終わり、作戦前に各部隊のコールサインの伝達に変わった。第三三特別混成機動艦隊のコールサインはランナー、戦艦部隊はアンヴィル、戦艦部隊支援に当たるフォン・リヒトホーフェンにはシュヴァルツェ、空母部隊はシャークのコールサインが割り当てられた。

 タブレット端末を片手に、共有される作戦情報を眺める愛鷹の視界外でルグランジュ提督が立ち上がり、作戦開始は明日午前七時、と宣告して解散となった。艦娘や作戦会議に参加した士官たちがタブレット端末をしまって席を立つ中、愛鷹だけは席に座ったままタブレット端末に表示される情報をタップして表示内容を切り替え、眺め続けていた。

 一人席に座ったままタブレット端末と睨めっこする愛鷹に大和が一瞬視線を向けたが、何かを考え直す様に頭を軽く振ってFICから出て行った。

 

「これだけの艦娘が動員されるとは、壮観ですね」

 作戦会議から戻った愛鷹が持ち帰った作戦内容を読んだ青葉がヒューと口笛を吹く。

「私を含めた第三三特別混成機動艦隊の艦娘部隊が、ス級と戦う事になる戦艦部隊もといアンヴィルの支援に当たると言うのが不安な所です。土壇場でフィニッシャーを私に依存すると言う事にならないと良いのですが」

「まあ、ス級が楽な敵じゃないのはもう青葉達の間では常識ですからね。その気持ちと懸念はわかりますよ。一方で。頼りにされているとも取れなくもないです。期待と信頼の裏返しと言えるのでは?」

「そう捉えておきましょうか」

 溜息交じりに愛鷹は返しながらコーヒーカップに口を付けた。

 

旗艦と次席指揮官の二人で作戦内容を確認した後、愛鷹はブリーフィングルームに第三三特別混成機動艦隊の艦娘全員を集めて、「マティアス・ジャクソン」から持ち帰った作戦内容を通達した。

「腕が鳴るわね」

 昂ぶる感情を抑えられなさそうに鳥海がメガネを正しながら口元に笑みを浮かべる。やる気に満ちる妹に愛宕がいつものふんわりとした表情で、しかし目はキリっとした視線で鳥海と摩耶に言う。

「四戦隊全員投入ね。水上砲戦で四戦隊が集中投入されるのも珍しい事よね。でも、高雄が聞いたら嫉妬しそうね」

「高雄、まだ復帰出来ないのか?」

 そう尋ねる摩耶に愛宕は補給艦「オルカ」に積まれていた手紙でしった長女の現況を二人に伝えた。

「回復して、今は欧州総軍司令部で日本艦隊の臨時秘書艦だそうよ。武本提督の下で働いているって。でも前線には出たいって書いてあったわ」

「あいつもあいつで鳥海に負けず劣らずの武闘派だもんな」

「って言うより、四戦隊全員、戦闘大好きな武闘派でしょ」

 苦笑交じりに言う摩耶に対し、横から衣笠が口を挟んだ。彼女なりの賞賛の念を込めてだったが、頭脳派を自称する鳥海はその例えに少しだけ不満そうな表情を浮かべた。

 作戦内容を表示したタブレット端末を両手で持って読んでいた瑞鳳が、少し溜息を交えながら呟く。

「今回は愛鷹さんと重巡戦隊、それに深雪が最前線を張るんですね。瑞鳳はまたも後方支援ですか」

「瑞鳳は前線張れる様な装備も艤装もしてないじゃない、しょうがないわよ」

 気を落とし過ぎるなと夕張が瑞鳳の肩をポンポンと叩いて慰めるが、瑞鳳としては不満が残る様だった。ここ最近は後方での艦隊支援に徹している事が多いだけに、最前線に出て航空部隊を用いて暴れたい、と言う願望が彼女の中で強く渦巻いている様だった。しかし、第三三特別混成機動艦隊、ひいては第三三戦隊での瑞鳳の役割は対潜哨戒、早期警戒、制空戦闘、戦闘救難士任務であり、対艦戦任務は配備された時から省かれている。

「相手はス級、それに超巡ネ級改Ⅱに大型駆逐艦ナ級か……ハードな目標、口でその名を言うには何ともないけど、実際に対面した時の絶望感は半端ない奴ばかりだな」

 攻撃目標としてターゲット・ブラボーと定められたス級以下の水上打撃群のマーカーを見て深雪が眉間に皺をよせ、難しそうな表情を浮かべる。ネ級改Ⅱはネ級シリーズでも超巡に分類されるだけの高脅威目標だし、ナ級ももっとも凶悪と言われるナ級後期型Ⅱflagship級と呼ばれる個体だ。水上戦闘は一筋縄ではいかない事は容易に想像できる。

「でもここを突破できればアタシ達がアンツィオへ行くルート上に立ちふさがる深海棲艦は無くなるも同然じゃない?

 本番前の正念場って事よね」

 そう返すジョンストンに深雪はその通りだと頷きながらも、壁となる深海棲艦の陣容に流石に渋面を浮かべる。

「難しい戦いになるとは思いますが、皆さん一人一人が全力を尽くしてくれれば、この壁は乗り越えられると信じています。

 明日の出撃に備えて、各自食事と睡眠をしっかりとって万全の状態で挑んでください」

 一同にそう告げる愛鷹に、第三三特別混成機動艦隊のメンバー全員から「了解」と唱和した返事が返された。

 

 容易な壁越えとならないのは確実だが、ここを越えられればアンツィオだけでなくバレアレス諸島全島の奪還に繋がり、地中海全域の制海権奪還にもつながるだろう。愛鷹もそう考えると武者震いしそうになった。

 この壁、どれほど高いか。それは明日分かるだろう。

 




 戦艦ロドネイ(ロドニー)を今回名前のみ登場させましたが、このお話を欠いている時点で未だにE7攻略に至らず、彼女本人がどういうキャラなのかはまだ知らないです。
 次回を投稿するまでに友軍艦隊が来援して、イベント海域全クリアしていれば、と思う所です。

 RSBCの空母フォン・リヒトホーフェンを基にクリエイトしたオリジナル艦娘のフォン・リヒトホーフェンは久々にクリエイトしたドイツ艦娘でした。彼女が赤毛なのはリヒトホーフェンの異名「レッド・バロン」の赤にちなんでいます(小ネタ)

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第七三話 マリョルカ島沖艦隊決戦 Ⅰ

戦艦艦娘ロドネイの表記を原作ゲームでの彼女の自称からロドニーに変更しております。


≪ヘッドクォーターより全艦に達する。全艦、アルファーストライク、繰り返す、全艦艦娘艦隊発艦開始≫

 空母「ドリス・ミラー」から艦娘艦隊の全艦発進の命令が下された。「マティアス・ジャクソン」「ケルヌンノス」「ユニコーン」の三隻の大型艦娘母艦の艦尾のウェルドックハッチが開き、三隻ともドックへの注水でやや後方へと傾斜する。

 開放されたハッチとその周囲、発艦デッキに立つ甲板員の安全確認を行った発艦士官の発艦合図と共に、三隻から艦娘達が次々に発艦していった。七二名にも上る艦娘が全員発艦していくのはまさに壮観な眺めである。

 そんな中、紺の制服に身を包んだフォン・リヒトホーフェンは、彼女と同じく紺の水兵服風や将校服風の制服を着用し、ドイツ艦娘の艤装メーカーであるシュタイナー社製の艤装を構えた軽巡コルベルク、マインツ、アウグスブルク、駆逐艦Z57、Z62、Z68、Z72、そしてドイツ空母艦娘の最先任艦娘であるグラーフ・ツェッペリンの計九名で別働隊であるコールサイン・・シュバルツェを編成していた。随伴の駆逐艦娘は番号しか無い艦娘艦名に不満を持っており、独自にZ57はエリカ、Z62はエルネスティーネ、Z68はリレ、Z72はローザと呼び合っていた。これはこの四人に限った事では無く、急拡大されたドイツ艦娘の中でも駆逐艦娘はZ17型アントン・シュミット以降はドイツ語で駆逐艦の頭文字となるZと番号のみの命名となっていた為、それに不満を持った「番号のみ」ドイツ駆逐艦娘達は独自の女性名を名乗って、普段からそれをコードネームとして活用していた。

 大海を航行する興奮にフォン・リヒトホーフェンの胸の中が昂ぶる一方、先輩となるグラーフ・ツェッペリンはいつもの冷静な表情で左右両側に展開する米英の艦娘空母機動部隊を眺めていた。

 

 アメリカ艦隊は空母サラトガを旗艦に、正規空母ホーネット、レンジャー、タイコンデロガ、バンカーヒル、ワスプ、軽空母ラングレーを中核とし、随伴艦に戦艦マサチューセッツ、重巡インディアナポリス、ヒューストン、防空巡ジュノー、軽巡ブルックリン、ホノルル、駆逐艦マクドゥーガル、シンプソン、キーリング他総勢四〇名からなる大規模な空母機動部隊を組んでいる。今回の作戦で最も規模が大きいのが北米艦隊もといアメリカ艦隊の空母機動部隊だった。

 

 英国の空母機動部隊はヴィクトリアスとアークロイヤルを中心に、重巡洋艦モントローズ、ロンドン、軽巡洋艦シェフィールド、ユリシーズ、駆逐艦ジャーヴィス、ジャベリン、エクスプレス、ジェームズなど総計一五名で構成されていた。

 

 更に別働の戦艦部隊。こちらも壮観な並びである。改二化された大和型戦艦艦娘二人を先頭に、続航する形で戦艦艦娘アイオワ、ワシントン、サウスダコタ、ビスマルク、ネルソン、ロドニー、ウォースパイトが単縦陣を組んで続き、更にその後を重巡艦娘タスカルーサ、軽巡ヘレナ、矢矧、親潮、黒潮、ヘイウッド・L・エドワーズが続いていた。

 

「動員艦娘総数九七名、艦載機九〇〇機以上。出し惜しみ無しの総力攻撃ね」

 アンツィオそしてマルタ島攻略の段階では最大規模の出撃になるだろう。壮観な眺めはフォン・リヒトホーフェンにとって胸がすくような光景だった。

「稼働機は全て発艦準備。攻撃機は全て対艦攻撃装備にて待機」

「Jawohl」

 グラーフ・ツェッペリンからの航空戦準備の号令にフォン・リヒトホーフェンは短く了解の旨を返す。彼女の左側にセットされている飛行甲板上にエレベーターで最新鋭のジェット艦載機であるフォッケウルフTa483とMe462が上げられてくる。どちらもまだ初期量産型と言う関係上、本来の想定装備は積めておらずTa483は三〇ミリ機関砲、Me462はパラシュート付き対艦攻撃魚雷を装備しているが、後々に生産が始まるであろう中期生産型及び後期生産型からはそれぞれ空対空誘導弾と空対艦誘導弾の搭載が予定されているジェット戦闘機とジェット攻撃機だ。性能は日本艦隊で運用されている橘花改と景雲改を数段上回る空戦能力と爆撃能力を有しており、世界各国の空母艦娘艦隊の中では最新鋭かつ最強と言える装備であった。無論それを操る航空妖精の練度は充分であり、フォン・リヒトホーフェンは今この瞬間だけ装備で言えば世界最強の空母艦娘と言えた。

 もっともそれを鼻にかけて天狗になる程、彼女も自惚れてはいない。航空隊と艦娘の練度では一線級だが、経験の場で言えば彼女も航空妖精も、そして機材も出来立てほやほやの新米そのものだ。文字通り世界最精鋭と名高い日本艦隊の第一航空戦隊の赤城と加賀と比べたら、自分も航空妖精も所詮は得物だけ高性能なひよっこに過ぎない。ただ機材だけが最新鋭なだけでそれを良い事に背伸びしているだけの新米でしかない。

 無論その分際である事はフォン・リヒトホーフェンも航空妖精も熟知している。だからこそドイツ空母艦隊の旗艦の座は、最先任のグラーフ・ツェッペリンに預けられていた。

 そのグラーフ・ツェッペリンの航空艤装上でも艦載機の発艦準備が進められている。グラーフ・ツェッペリンで運用可能な五六機の艦上機、Fw190T改艦上戦闘機とJu87C改シュトゥーカ艦上爆撃機の内、今グラーフ・ツェッペリンの艦載機の殆どがFw190T改で占められていた。グラーフ・ツェッペリンの艦載機ではネ級改Ⅱ及びナ級の対空防衛網を突破できる可能性は無い。その為彼女の艦載機はその多くが制空戦闘を行うFw190T改で占められ少数のJu87C改が制空戦闘部隊の誘導機として搭載されていた。

 グラーフ・ツェッペリンの艦載機数は六〇機にも満たないが、フォン・リヒトホーフェンの艦載機は五割増しの八一機にも上る。半数が制空戦闘機として運用可能なTa483であり、残り半数のMe462も爆装を外せば元はMe262シュワルベの艦上攻撃機仕様である同機でもドッグファイトは可能だ。ただし、両者とも本格的な格闘戦は想定されておらず、その強力なジェットエンジンの推力を生かした一撃離脱戦がメインとなっていた。

 艦隊司令部としてはMe462のジェット機ならではの圧倒的な速力を生かした高速対艦攻撃を持って、高い対空戦闘能力を有するネ級改Ⅱとナ級後期型Ⅱflagship級の撃沈を企図していた。理にかなった用兵と言える。艦娘艦隊で運用されるジェット機としては初期の部類になる橘花改と景雲改は配備開始時と比べたら照準器の性能は向上しているとは言え、Me462やTa483の備える最新鋭の照準器と比べたらやや劣る所が否めない。

 本格的ジェット機完全対応型の照準器を備えているMe462なら、橘花改と景雲改なら一定速度に減速して爆撃を行う必要のある手間を省いて爆撃や対艦攻撃が可能だ。フォン・リヒトホーフェンと同様、航空妖精が未熟ながら正確な爆撃を可能とする要因がここにあった。練度が低くても照準器と言う目がしっかりしていれば目を瞑っていても当てられるような性能を備えていると言ってもいい。

 Ta483の照準器は空対空向けに洗練されており、橘花改よりも正確に目標に銃弾を送り込める。信頼と安定性の保証されたドイツ製の艤装だ。

 昨日の内から念入りな事前準備と整備を進めていたので、フォン・リヒトホーフェンの艦載機全てに初期生産機体にありがちな初期不良は見られない。最も実際に飛ばしてみないと判明しない不良要素はあるので、全機が発艦してからでないと本当の答えは分からないものだ。

 発艦準備を進めるフォン・リヒトホーフェンのヘッドセットにカリカリと言う空電ノイズが走った後、「ドリス・ミラー」から全艦娘艦隊へ作戦開始の号令が下った。

 

≪ヘッドクォーターより全部隊に告ぐ。作戦開始。繰り返す、作戦開始≫

 

 

 後方の「マティアス・ジャクソン」「ケルヌンノス」「ユニコーン」を母艦とする本艦隊に先行して、「ズムウォルト」から発艦していた第三三特別混成機動艦隊からは伊吹より橘花改と景雲改の二機種からなる一六機の第一次攻撃隊が発艦していた。

 ネ20改ジェットエンジンの遠雷の様な轟音を残して、四機の橘花改と一二機の景雲改がコントレイルを引きながら攻撃目標のマリョルカ島へと飛び去って行った。伊吹の艤装上では既に第二次攻撃隊となる四機の橘花改と一二機の景雲改が発艦作業に取り掛かっていた。

 第三三特別混成機動艦隊の航空攻撃はまず伊吹の艦載機が敵防空網に一撃を加えて混乱を引き起こし、その間に間髪入れずにイントレピッドの空母航空団がマリョルカ島に配備された深海棲艦の対空火器へ仕上げの爆撃を行うと言うモノだった。伊吹の艦載攻撃機である景雲改の爆装も充分あるが、如何せん頭数が少ない。後方の「マティアス・ジャクソン」「ケルヌンノス」「ユニコーン」を母艦とする本艦隊に先行して、「ズムウォルト」から発艦していた第三三特別混成機動艦隊からは伊吹より橘花改と景雲改の二機種からなる一二機の第一次攻撃隊が発艦していた。

 ネ20改ジェットエンジンの遠雷の様な轟音を残して、四機の橘花改と八機の景雲改がコントレイルを引きながら攻撃目標のマリョルカ島へと飛び去って行った。伊吹の艤装上では既に第二次攻撃隊となる四機の橘花改と八機の景雲改が発艦作業に取り掛かっていた。

 第三三特別混成機動艦隊の航空攻撃はまず伊吹の艦載機が敵防空網に一撃を加えて混乱を引き起こし、その間に間髪入れずにイントレピッドの空母航空団がマリョルカ島に配備された深海棲艦の対空火器へ仕上げの爆撃を行うと言うモノだった。伊吹の艦載攻撃機である景雲改の爆装も充分あるが、如何せん頭数が少ない。伊吹の航空艤装では橘花改と景雲改を合わせても三二機しか乗らない。同じジェット機運用空母艦娘のフォン・リヒトホーフェンやジェット機運用可能な様に改装を受けた五航戦の翔鶴型の翔鶴と瑞鶴の姉妹と比べても圧倒的に少ない。これは元はと言えば改鈴谷型重巡艦娘改装の軽空母艦娘である伊吹をジェット機運用空母に改装した艤装上に来た必然的限界と言えた。

 伊吹の航空攻撃に合わせてイントレピッドも攻撃隊を発艦させている。時間差攻撃になる形でイントレピッドからTBM-3Dアヴェンジャー艦上攻撃機、SB2C-5ヘルダイバー艦上爆撃機、そしてF4U-7コルセア艦上戦闘爆撃機からなる攻撃隊が射出されていた。

 普段優しそうな佇まいのイントレピッドが鋭い目つきで空を見つめ、虚空へ向けてM1903スプリングフィールド小銃を模した航空艤装を構え、引き金を引くと破裂音の様な鋭い銃声があたりに響き渡り、発射された航空機出現弾が空中で炸裂し、艦載機を出現させる。ボルトのコッキング音と共に新たな航空機出現弾が装填されて、再びイントレピッドが引き金を引くと、再度鋭い銃声と共に航空機出現弾が射出される。

 五発クリップにまとめられた航空機出現弾を打ち切ると、新たなクリップをチェンバーに装填し、ボルトを閉鎖する。撃ち出す弾薬が航空妖精の乗る艦娘運用サイズの航空機を出現させる特殊弾頭弾な事を除けば、イントレピッドが行う全てのサイクルはM1903を撃つ時の動作のそれと変わらない。

 風向を読み、レティクルを風上に向けて引き金を引く動作を繰り返すイントレピッドの周囲には、彼女と愛鷹、瑞鳳、伊吹を中心とした第三三特別混成機動艦隊一八名全員で構成される輪形陣が展開されていた。

 最大戦速でマリョルカ島へと前進する第三三特別混成機動艦隊の任務は、マリョルカ島の対空陣地に対する敵防空網制圧攻撃、いわゆるSEAD攻撃だ。SEADの役割を担う伊吹の攻撃隊がまず敵防空火器の位置を特定、破壊を行い、続けて飛来する事になるイントレピッドの攻撃隊がDEAD、即ち敵防空網破壊攻撃を行うと言うのが第三三特別混成機動艦隊の空母艦娘部隊に与えられた作戦内容だ。

 SEADを行う伊吹の艦載機は敵防空網の位置を割り出せればそれだけでも良いと言う所もあった。SEADのSはSearch(捜索)の意味である所からも彼女の航空隊に与えられた任務の意味が分かる。一方のイントレピッドの航空隊が担うDEADの頭文字のDはDestroy(破壊)、即ち確実なる爆撃による対空火器の破壊を目的としている。

ジェットエンジンの遠雷の様な轟音が去って間もなく、イントレピッドの空母航空団の艦上機の、比較的耳に優しいエンジン音で空が満たされていた。輪形陣を組む第三三特別混成機動艦隊の上空で第一波攻撃隊を組んだイントレピッドのDEAD攻撃第一波は、先行してマリョルカ島へ向かった伊吹の第一次攻撃隊の後を追った。

 

「アルファーストライク、か」

 

 空母航空団の全力攻撃を意味するそのワードを口にしながら、愛鷹は手持ち無沙汰に左手で艦娘艤装用タブレット端末を操作するタッチペンでペン回しをしながら、マリョルカ島へと飛び立っていく攻撃隊の機影を見送っていた。

 

 水上艦娘一筋の身として、空母艦娘の勝手はよく分からない。聞くところではある程度空母艦娘と航空妖精はリンクしているとも聞くが、空母艦娘の脳のどこまで航空妖精とリンクしているのかは分からない。一応愛鷹も航空巡洋戦艦であり、烈風改二を艦載しているが、艦載機とリンクするような処置は受けていない。艦載機が全て戦闘機、航空妖精自らがその場で判断し、決断する所に委ねられた機体しか積んでいないから空母艦娘の様な「航空妖精とリンクする」と言う事が無いのかも知れない。

 一番身近な空母艦娘である瑞鳳はそこの所、どのように感じていたのだろうか、と疑問に思った時、以前北海での作戦時に艦載機が撃墜され航空妖精が犠牲になった時、自分に身をうずめて来た瑞鳳の姿を思い出した。ある種空母艦娘と航空妖精は一心同体なところがあるのかも知れない。自身の半身の様に感じている存在が航空妖精と言えるのだろう。

 思い返せば四航戦の伊勢と日向、最上などは水上戦闘艦艦娘でありながら、艦載機である瑞雲を駆使した航空攻撃を行う空母と水上艦を折半した任務を担っている。恐らくは彼女らも航空妖精とは密接にリンクしているのかも知れない。

 

「艦娘と航空妖精の接続。私は所詮はどこまでもやっつけ仕事の半端者か」

 

 自嘲気味に嗤う愛鷹だが、目は笑っていなかった。

 

 

 

≪タイタン3-1より伊吹。タリー・ツーオクロック・ロー。対空小鬼四基を確認した、爆撃を開始する≫

≪ウォーバード1-1より伊吹。対空小鬼三基と砲台小鬼三基を確認。プッジ・マジョーの山頂に地上電探警戒棲姫を確認。我が隊は地上電探警戒棲姫を攻撃する。Cleard Hot(攻撃開始) ≫

 二つの攻撃隊から対空火器となる対空小鬼と砲台小鬼の位置が次々に母艦となる伊吹へと送られる。マリョルカ島の最高峰の山、プッジ・マジョーには地上電探警戒棲姫が鎮座しており、対水上、対空警戒レーダーアレイを構築して空と海の警戒を担っているとの事だった。

 深海棲艦の電子の眼を先に潰す事に決めたウォーバード1-1こと景雲改が、地上電探警戒棲姫に対して爆撃コースに入る。その周囲の対空小鬼と砲台小鬼それぞれ二基に対しては、ウォーバード2編隊の四機が攻撃を開始していた。ウォーバード1-1率いるウォーバード1編隊の四機は、胴体下に抱いている五〇〇キロ爆弾を地上電探警戒棲姫に叩き付け、これを破壊するべく突入進路を確保し、スロットルを調節しながら投弾態勢深海棲艦の電子の眼を先に潰す事に決めたウォーバード1-1こと景雲改が、地上電探警戒棲姫に対して爆撃コースに入る。その周囲の対空小鬼と砲台小鬼それぞれ二基に対しては、ウォーバード2編隊の四機が攻撃を開始していた。ウォーバード1-1率いるウォーバード1編隊の四機は、胴体下に抱いている五〇〇キロ爆弾を地上電探警戒棲姫に叩き付け、これを破壊するべく突入進路を確保し、スロットルを調節しながら投弾態勢に入る。

 照準器の中央に地上電探警戒棲姫を捉え、スロットルレバーに掛けた手と操縦桿に掛けた手に加減した力を加えながらウォーバード1編隊が投弾ポイントへと迫る。編隊の後方で後追い射撃になった対空小鬼と砲台小鬼の対空弾が炸裂し、衝撃波が機体を後部から微かに揺さぶる。

 軽く触れた様に機体後部から伝わる対空弾炸裂の振動を受け止めながら、それを操縦桿を巧みに操って受け流し、照準器に地上電探警戒棲姫を捉える。風防の端で爆発の閃光が走り、対空射撃の砲声がぱたりとスピーカーのスイッチを切るかのように止む。ウォーバード2編隊が対空小鬼と砲台小鬼を撃破して、対空防衛陣地を撃破した様だ。

 気兼ねなく、地上電探警戒棲姫に接近したウォーバード1編隊は投弾ポイントに達すると、コックピットに座る航空妖精が爆弾投下レバーを引いた。乾いた爆弾投下の作動音が機体下部から響き、投下された五〇〇キロ爆弾が吸い込まれる様に地上電探警戒棲姫へと飛び込んでいく。地上電探警戒棲姫自体に対空火器も、防御の装備も無い、文字通り丸腰のターゲットだ。無抵抗のまま地上電探警戒棲姫は四発の五〇〇キロ爆弾の直撃を受けた。

 着弾の爆破閃光と爆発、そして衝撃波が機首を上げて離脱に入るウォーバード1編隊の四機の機体を軽く揺さぶった。爆発の衝撃波が音速を超える速度でウォーバード1編隊に追いつき、びりびりと景雲改の機体が震える。その後方で、黒煙と爆炎に包まれる地上電探警戒棲姫がいた。

 

 

 第三三特別混成機動艦隊の上空で早期警戒機として警戒に当たっていた瑞鳳のターミガン1の逆探(ESM)のスコープから、マリョルカ島から発信されていた地上電探警戒棲姫のレーダー波の波長が消え去った。電波の眼による警戒網をマリョルカ島の深海棲艦は失った。

「敵早期警戒電探アウト。電子の眼を潰しました」

 全員に告げる瑞鳳の言葉に第三三特別混成機動艦隊の何人かが良しとガッツポーズをとる。地上電探警戒棲姫による電子の眼による警戒網を失えば、敵はピケット艦として展開させている駆逐艦からの連絡頼りになる。

 何人かがガッツポーズをとる中、愛鷹は両腕を組んで静かなトーンで青葉に尋ねた。

「青葉さん、ス級の所在は?」

「現在のところ、偵察部隊は発見出来ていない模様です」

「そう……ですか」

 最も憂慮すべきス級を旗艦とした艦隊の所在は不明。脅威度で言えば取り巻きとなる随伴艦を含めて、最も脅威度の高い深海棲艦艦隊の所在がつかめていないのが、愛鷹にとって喉のしこりの様に気がかりで仕方なかった。ス級だけでなく、随伴艦は超巡ネ級改Ⅱとナ級後期型Ⅱflagship級だ。艦娘を殺す為の暴力の意思の塊の様な三者の存在こそ、恐らくはマリョルカ島に在泊中の空母機動部隊よりも遥かに恐ろしい存在と言える。

 ス級、そしてネ級改Ⅱとナ級後期型Ⅱflagship級に対抗する為に国連海軍も大和型改二二隻を含む九隻の戦艦艦娘からなる艦隊を出撃させている訳だが、果たして火力差は凌駕出来ているのか、それとも拮抗しているのか。

 あれこれ考えている間に、イントレピッドから彼女の載機部隊がマリョルカ島島内に展開する深海棲艦の対空火器に対して空爆を開始した事が告げられた。

 

 マリョルカ島のサンタニ、カンポス、エル・ブエルト、そしてパルマデマリョルカの旧市街地に展開する対空小鬼と砲台小鬼に対して、TBM-3DとSB2C-5が爆撃を開始した。地上電探警戒棲姫が破壊された事で、正確な対空射撃が困難になった対空小鬼と砲台小鬼だったが、それでも噴水の様に対空砲火を撃ち上げ、空中で炸裂した対空弾が炸裂音と共に黒い染みの様な爆炎を青空に点々と作り出す。

 激しい対空砲火と至近距離で炸裂する対空弾の衝撃波と散弾に機体をゴンゴンと叩かれながら、爆弾投下コースを維持したTBM-3Dの編隊が、胴体下の爆弾槽のハッチを解放し、内部に抱いていた一〇〇〇ポンド爆弾を投下する。航空妖精が照準器を覗き込み、レティクルが対空射撃を行う対空小鬼と砲台小鬼に合わさると投下レバーを引き、重々しい機械音が響き、摘まみ上げられたように重量物を投下したTBM-3Dの機体が浮かび上がる。

 空気との抵抗音を響かせながら降り注ぐ爆弾の雨が、砲台小鬼を捉え、直撃の爆破閃光と爆炎が同時に走る。対空砲火を撃ち上げていた砲身がへし折られ、大きく抉られた砲台小鬼の砲台部分から紅蓮の炎が噴き出す。大火災に包まれる砲台小鬼の炎は死を更に求めるが如く、隣の砲台小鬼にも火焔を及ばせる。

 SB2C-5ヘルダイバーの編隊がダイブブレーキの降下音を響かせながら急降下爆撃を開始する。操縦桿を握る航空妖精たちが照準器を除きながら、軸線を対空小鬼に合わせ、投下高度まで一気に急降下していく。Gが航空妖精をシートに押し付け、指一本動かすのも難しくなりかける中、一機のヘルダイバーが対空小鬼の砲撃を食らって爆発、四散する。流れ星の様に四散したヘルダイバーの残骸が燃えながら地面へと落ちて行く。

 更に一機のヘルダイバーが被弾する。こちらはダイブブレーキを含めた右翼をへし折られ、制御不能になった機体が駒の様にぐるぐると回転しながら眼下の大地に向けて死のダイブを始める。

「二番機被弾、三番機も被弾!」

「四番機は付いて来てるな?」

「ケツにしっかり付いて来てます!」

 後部の銃座に収まる航空妖精に編隊僚機の内、四番機が付いて来ているか確認した機長の航空妖精は良しと胸中で頷くと、高度計を見やった。

 他の編隊の状況を確認している余裕は無い。眼前の対空小鬼を潰す事以外考えている余裕は無い。

「Bomb the away」

 投下高度に達するや、爆弾投下レバーを引き、即座に操縦桿を両手で手前に引き倒す。対空小鬼は地上固定目標だ、狙って投下すれば爆弾はほぼ確実に当たる。

 程なく上昇に転じる機体の後方で炸裂音と爆発音が同時になり響き、後部の銃座にいる航空妖精が「ドンピシャ!」と喚いた。

 機体を水平に戻しながらヘルダイバーの機長は周囲に視線を向ける。島の髄所から黒煙が上がり、その下で対空小鬼や砲台小鬼が爆発炎上しているのが見えた。

 尚も対空射撃を行うパルマデマリョルカの対空小鬼に対して、F4U-7の編隊が低空から接近すると、翼下に搭載されたロケット弾を何発か撃ち込んだ。白い糸の様な噴煙を残して対空小鬼にロケット弾が直撃し、爆発の火焔を瞬かせる。仲間の援護をと別の対空小鬼が対空砲の砲身の仰角を下げて、低空から進入するF4U-7へ対空射撃を浴びせる。二機がその砲撃に捉えられ、一機は爆発四散するが、もう一機はフラップと昇降舵を吹き飛ばされて制御不能になりかけながらも対空小鬼に体当たりして刺し違えた。

 次第に撃破された対空小鬼や砲台小鬼、撃墜された攻撃機の上げる黒煙で視界が悪くなる中、イントレピッドの第二次攻撃隊が到着し、未だ健在な各地の対空小鬼や砲台小鬼に爆撃を敢行する。黒煙で光学照準が難しくなり、対空射撃の精度が低下する対空小鬼と砲台小鬼の対空砲火を掻い潜った第二次攻撃隊のアヴェンジャー、ヘルダイバー、コルセアが爆弾やロケット弾を肉薄して叩き込んでいく。黒煙で視界が悪くなっているのは攻撃隊側も同じだ。故に接近して攻撃する必要があった。

 接近戦になった分、第二次攻撃隊の被害は第一次攻撃隊よりも多くなった。対空小鬼と砲台小鬼に距離を詰めて爆撃せざるを得なかった機体に、地上から撃ち上げられて来た対空弾が出迎え、盛大な花火の出迎えを食らった機体が機体を砕かれ、引き千切られ、マリョルカ島の大地へと残骸の雨を降らせた。

 

 島の空一杯にイントレピッドの艦載機のエンジン音が鳴り響き、太鼓を思いっきり叩く様な爆発音がマリョルカ島の大地から鳴る。それらが静まった頃、島の至る所から黒煙が無数の墓標の如く上がっていた。

 

≪第一次攻撃隊及び、第二次攻撃隊、爆撃完了。BDAは最大と認む。我が方の損害、中≫

「Roger, All aircraft RTB(了解、全機帰投せよ)」

 ヘッドセットを通じて二波の攻撃隊の攻撃完了報告を受け取ったイントレピッドが艦載機全機に帰投を命じる。

 イントレピッドの艦載機による空爆でマリョルカ島の対空小鬼と砲台小鬼の凡そ半分が破壊され、深海棲艦の対空防御網は壊滅した。これだけ破壊されては効果的な対空迎撃も難しい。

 既に第三三特別混成機動艦隊には初動の攻撃を仕替けた伊吹の艦載機が帰着し、伊吹の飛行甲板へと着艦していた。

 後の仕事は本艦隊のアメリカと英国の空母機動部隊が担ってくれる。第三三特別混成機動艦隊の出番は一旦ここで区切りがついた。

「旗艦愛鷹より全艦へ達する。これより事前の作戦に従い艦隊を二分します」

「了解」

 号令が下るや第三三特別混成機動艦隊の艦娘達は二手に分かれた。愛鷹を先頭に青葉、衣笠、摩耶、愛宕、鳥海、夕張、深雪からなる一群が単縦陣を組んで更なる北上を開始する一方、残る艦娘はイントレピッドの艦載機の収容が完了次第、反転して母艦「ズムウォルト」へと戻る事になる。

「そろそろ奴らも動き始める筈」

 マリョルカ島の敵艦隊の本隊が、第三三特別混成機動艦隊の攻撃に応じてやっつけ修理でもいいから在泊艦艇を出撃させて艦娘艦隊に対して邀撃行動に出る可能性はある。それに呼応してス級以下の艦隊も動くはずだ。

 総動員艦娘数は九七名、これだけの大規模な艦娘艦隊に気が付かない筈が無い。必ず出て来るだろう。

 

 愛鷹の予想通り、索敵に出ていた青葉の瑞雲から敵艦隊発見の報が飛んだ。マリョルカ島から新型の正規空母級と既知の空母棲姫四隻、超巡ネ級改Ⅱ四隻、軽巡ヘ級一隻、防空巡ツ級一隻、大型駆逐艦ナ級二隻からなる艦隊が出撃してきたと言う。軽空母系の新型艦とヌ級はまだ修理が完了していないのか、それとも補給途上か動いていない。

 青葉の瑞雲、アオバンド4からの報告を受け、米英艦娘空母機動部隊からは攻撃隊約三〇〇機が発艦した。空一杯に大編隊を組む攻撃隊はF6F-5、F4U-7、SB2C-5、TBM-3D、更にはコルセアMkⅡ、バラクーダ、ソードフィッシュMkⅢ、スクアと多種多様な機種で編成されていた。全ての艦上攻撃機、艦上爆撃機に対艦攻撃用の爆装が施され、空母棲姫等の空母や高脅威のネ級改Ⅱを屠るべく胴体下にぶら下げた装備の分、重々しさを増したエンジン音を響かせながら飛行していた。

 更に米英艦娘空母機動部隊の内、総艦載機数の多い米艦娘空母機動部隊からは、マリョルカ島に布陣する深海棲艦の拠点、残る在泊艦艇撃破の為に対地装備を満載した別動隊約二〇〇機が発艦した。

 

 艦娘艦隊から放たれた大規模な戦爆連合攻撃隊を探知した深海棲艦の空母機動部隊からは、夜猫深海艦戦が迎撃の為に次々に発艦し、艦隊上空で攻撃隊を待ち構えた。攻撃隊を先導していたSB2C-5ヘルダイバーが夜猫深海艦戦の機影を確認すると、直ちにF6F-5とコルセアMkⅡの護衛隊が増槽を切り離し、スロットルを全開にしてフルスピードで夜猫深海艦戦の編隊へ挑みかかった。

 青空一杯に急旋回のコントレイルが描かれ、それらが複雑に入り乱れ、交じり合う。曳光弾の火箭が白い線となって青空に引かれるコントレイルを切り裂く様に飛び交い、銃声がほんの少し遅れて響き渡る。F6F-5とコルセアの逞しいエンジン音の咆哮が鳴り、それに負けじと夜猫深海艦戦の不気味な飛翔音が響く。

 被弾した両者の機体が黒煙を引きながら高度を落としていき、パッパッとベイルアウトした航空妖精のパラシュートが幾つか空に浮かぶ。練度では航空妖精は充分に熟達しているが、夜猫深海艦戦の練度も負けじと高く、被撃墜されるF6F-5とコルセアの数は少なくない。

≪ダンス3、急旋回で振り切れ!≫

≪スパイク4、右に旋回しろ。ケツにくっついている奴をやってやる≫

≪ロメオ8、左だ! ダイブして躱せ!≫

 航空妖精の無線が飛び交い、互いへの警告と指示を受けた航空妖精がコックピット内で操縦桿とスロットルレバー、フットレバーと格闘し、機体そのものをぐいぐいと動かして夜猫深海艦戦との激しい格闘戦を繰り広げる。旋回時の荷重Gに耐える為に航空妖精が意識を保つために喚き散らし、ブラックアウトで黒く狭くなる視界の中で捉えた夜猫深海艦戦に向けて射撃トリガーが引かれる。外れる事も有れば、命中して夜猫深海艦戦が砕け散り、撃墜される事もあった。

 そしてその逆もしかりで、背後への警戒が疎かになったF6F-5とコルセアに夜猫深海艦戦が銃弾を浴びせ、瞬く間に大破して飛行不能になった機体が被弾箇所から火災の炎を噴き、黒煙を上げながら眼下の海上へと真っ逆さまに落ちて行く。

 ほぼ互角の空戦を繰り広げるF6F-5とコルセアと夜猫深海艦戦だったが、数機の夜猫深海艦戦が護衛隊の防衛網を突破して、攻撃隊に襲い掛かる。後部の銃座からの応射に怯む様子も無く、視界に入った攻撃機に片っ端から銃弾を撃ち込んで行く夜猫深海艦戦によって何機かのヘルダイバー、アヴェンジャーが胴体下に抱えていた爆装を敵艦に叩き付ける前に四散、或いは制御不能になって航空妖精がベイルアウトしていく。

 相手がヲ級やヌ級であれば三〇〇機余りの攻撃隊の護衛機でも迎撃に上がって来た深海艦戦は蹴散らせたかもしれないが、全艦が空母棲姫とそれに準ずるクラスの空母となるとそうも行かず、次第に護衛機の防衛網を突破した夜猫深海艦戦の攻撃で撃墜される攻撃隊の機体も増え始めた。全体から見れば決して多いと言う訳では無いが、一機でも撃墜されれば当然対艦攻撃火力はその機体分無くなる。

≪アヴェンジャー2-3がやられた!≫

≪護衛機、何とかしてくれ!≫

≪また誰かやられたぞ!≫

 襲われる攻撃隊の航空妖精が上げる悲鳴の様な無線が飛び交う中、依然健在な先導のヘルダイバーの航空妖精が眼下に見える深海棲艦の空母機動部隊を発見した。

≪コンタクト! 敵艦隊を目視で確認。全機ウェポンズフリー、任意に目標を定めて攻撃開始≫

 輪形陣を組む深海棲艦の空母機動部隊を攻撃隊が目視した頃、深海棲艦側も攻撃隊を確認し、高角砲による対空射撃が始まっていた。対空戦闘能力の高いツ級とナ級の高角砲が対空弾を撃ち上げ、なお二〇〇機弱の数を維持している艦娘艦隊の攻撃隊に猛烈な対空射撃で歓迎する。レーダー管制のナ級の対空射撃は正確で、ツ級も速射で撃ち上げる対空弾による弾幕で攻撃隊に鉄の欠片の雨をぶち当てる。

 被弾したスクアがプロペラを吹き飛ばされ、推進力を失ったスクアが力なく落下していく。更にソードフィッシュに諸にナ級の対空弾が直撃し、航空妖精がベイルアウトする間もなく機体が木端微塵に爆散して果てる。

 ツ級とナ級、数こそ全部で三隻しかいないとは言え、その激しい対空砲火は一機、また一機と投弾前に攻撃隊の機体を空から海上へと引きずりおろし、海面に残骸を叩き付けさせる。遅れてネ級改Ⅱと空母棲姫の対空砲も砲撃を開始し、空一杯に対空弾の炸裂する黒い染みの様な斑点が幾つも出来上がる。

 それでも、対空迎撃を搔い潜った攻撃隊の機体が次々に攻撃ポイントに取りつくと、深海棲艦空母機動部隊の全艦に対して攻撃を開始した。

 高度を上げていたヘルダイバー、スクアの両者がダイブブレーキを開いて降下速度を調整しながら急降下爆撃を開始し、一方低空へ降りていたアヴェンジャーとソードフィッシュが編隊を維持して胴体下に抱いている魚雷の射点へと吶喊する。深海棲艦も対空砲だけでなく、対空機関砲も射撃を開始し、突入して来る艦娘艦隊の艦載機へと曳光弾をシャワーの様に浴びせる。

 その曳光弾の死のシャワーを浴びたアヴェンジャーが機体姿勢を崩して片翼を海面に接触させ、その勢いで横に回転しながら海へと突っ込む。ソードフィッシュが胴体を対空機関砲の対空弾によってずたずたに引き裂かれ、バラバラになったソードフィッシュの機体の残骸が海中へ投げ込まれていく。

 損害を出しながらも攻撃隊は投弾ポイントに到達すると、次々に兵装を投下し、離脱に入る。海上に幾本もの雷跡が伸び、空からは数百ポンドの徹甲爆弾が雨の様に降り注いだ。

 輪形陣を組む深海棲艦の空母機動部隊は空母の外周を固めるネ級改Ⅱとへ級、ツ級、ナ級に集中して爆撃が命中した。へ級があっさりと魚雷一発で轟沈し、ナ級一隻が二発の爆弾の直撃を受けて航行不能になったところへ二発の魚雷を被弾し転覆する。ネ級改Ⅱの一隻が空母棲姫を庇った際に二発の魚雷と一発の爆弾の直撃を受けて小破程度の損傷を受ける。

 空母棲姫も随伴艦が庇いきれなかった爆弾と魚雷が三番艦を捉え、飛行甲板に破孔を多数穿ち、舷側に魚雷直撃の水柱を突き立てる。被弾した飛行甲板と舷側から黒煙を上げて右舷側へ傾ぐ空母棲姫三番艦は一目で発着艦不能の損傷を負った事が分かった。

 攻撃隊の爆撃効果を評定する先導機のヘルダイバーの航空妖精は、眼下で黒煙を上げる深海棲艦の空母機動部隊の艦艇をつぶさに確認して、母艦群へBDAを報告した。

「攻撃隊、爆撃を完了。BDAは中。へ級一隻、ナ級一隻撃沈確認、ネ級改Ⅱ一隻小破、空母棲姫一隻中破、発着艦不能。第二次攻撃隊の用を認む」

 

 

 対艦攻撃部隊が空母機動部隊を攻撃していた頃、対地攻撃部隊はマリョルカ島の深海棲艦の陸上拠点への空爆を開始していた。

 未だ健在な対空小鬼と砲台小鬼、それに予想通り展開中の前方展開泊地棲姫に対して、SB2C-5ヘルダイバー、F4U-7が爆弾とロケット弾を撃ち込んで行く。地上電探警戒棲姫のレーダー管制網を失った対空小鬼と砲台小鬼は各個独立照準で攻撃隊を迎え撃ったが、ヘルダイバーを数機撃墜するに留まり、逆にヘルダイバーとF4U-7の空爆で更に被害を増やしていった。トーチカ系の対空小鬼と言えどそこまで頑強と言う程でも無く、正確に撃ち込まれるロケット弾によって動きが鈍ったところへヘルダイバーの爆弾がとどめを刺す。

 島中に展開する対空小鬼と砲台小鬼が破壊されていくのを眺めていた前方展開泊地棲姫にも、爆弾を満載したヘルダイバーとアヴェンジャーが群がる。前方展開泊地棲姫の艤装内で修理、整備中のヌ級にアヴェンジャーの水平爆撃の爆弾が命中し、紅蓮の炎を被弾箇所から吹き上げてヌ級が擱座する。ヘルダイバーの投じた一〇〇〇ポンド爆弾が前方展開泊地棲姫に直撃し、脆い陸上深海棲艦が備品や物資に引火した火災の炎に包まれ、その炎に文字通りのた打ち回る。停泊中のヌ級が強引に艤装を展開して迎撃機を発艦させようと試みたが、発進口から艦載機が発進する前にその発進口に爆弾が飛び込む。艦内の格納庫で爆発した爆弾によって誘爆の炎と火花に包まれたヌ級がそのオレンジ色の炎の中に全身を隠される。

 留守番役兼防衛担当のハ級後期型二隻が貧弱な対空兵装で応射を試みるが、放たれる対空弾は攻撃隊に掠りもせず、爆撃を完了した攻撃隊は編隊を組み直して母艦群へ帰投した。

 

 

 敵迎撃機及び随伴艦の迎撃激しく攻撃効果は不十分。第二次攻撃隊の必要を認む。その報告は第三三特別混成機動艦隊の元にも共有されていた。

「空母棲姫級が五隻もいるとあってはやはり迎撃機の防戦も激しいか」

「それもありますし、ネ級改Ⅱを始め艦隊構成艦の回避能力が高い個体揃いなのもあると思います」

 空母棲姫に留まらず随伴艦の回避性能も高いと愛鷹に言及する青葉に、なるほどと頷きながらもう一つ共有されてきた情報に愛鷹は目を向ける。

「損耗率一八パーセントね……」

 決して攻撃隊が被った損害は軽くない。護衛機、攻撃隊機含め、被撃墜機の数は多い。大半が夜猫深海艦戦によるものだ。空母棲姫級と新型正規空母級計五隻分の直掩機となればやはり護衛機を上回る手数にはなるから、いくら護衛機が優れていようと完全に防ぎきるのは無理がある。

 今のところ深海棲艦の空母機動部隊からカウンターの攻撃隊が発艦する様子は確認されていない。一隻発着艦不能にされた分、深海棲艦の空母機動部隊の手駒は一つ減っている。残る四隻から攻撃隊を差し向けて来るとして、その対象は果たして戦艦部隊であるアンヴィル隊か、第三三特別混成機動艦隊のランナー隊か、米英混成空母機動部隊のシャーク隊か、戦艦部隊直掩空母部隊のシュバルツェ隊か。

 タブレット端末を艤装から引き出して、愛鷹は現在の彼我の状況を確認する。深海棲艦の空母機動部隊の現在位置はマリョルカ島北部。ス級以下の艦隊は現在位置は不明。マリョルカ島に展開する陸上深海棲艦は甚大な損害を被っており、脅威度は大幅に低下している。上陸部隊が上陸作戦を行い地上戦を行えばマリョルカ島の陸上深海棲艦の残りは片づけられるだろう。

 青葉の瑞雲はマリョルカ島の東部を中心に重点的に索敵網を形成している。稼働全機を発艦させての索敵網だ。今は見つからずとも自ずとス級以下の艦隊は発見出来るだろう。そのス級対策の戦艦部隊はマリョルカ島の北西部に布陣している。一方の愛鷹達はマリョルカ島の西部、エル・プエルト沖を航行中だ。二時間もあれば戦艦部隊であるアンヴィル隊と直掩空母部隊のシュバルツェ隊と合流出来るだろう。

 

 深海棲艦の空母機動部隊に対する航空攻撃が行われて一五分余りが過ぎた頃、「ドリス・ミラー」艦載機であるE-2Dホークアイがシャーク隊へ向けて前進して来る深海艦載機群を捕捉した。

≪ホークアイ010よりシャーク隊各員へ。レーダー・コンタクト、参照点より方位〇-四-三、高度五〇〇。機数三〇〇機。深海艦載機群戦爆連合と認む。対空警戒赤、全艦対空戦闘用意≫

 

 

「主よ、どうか我が手と我が指に戦う力を与えたまえ、主は我が岩、我が砦、我を救う者なり」

 制服の胸部の上に輝く十字架を握りしめ、祈りの言葉を唱えながら艤装に備えられている主砲の砲身を空に向けるユリシーズに合わせる様に、アークロイヤルとジャーヴィス、ジャヴェリン達が「Amen」と呟く。

 深海艦載機群接近の報を受けて、既に米英空母機動部隊からは直掩機が発艦して迎撃態勢を整えている。

 従軍尼僧と言う身分では無いが、ユリシーズの祈りの言葉にプロテスタント信者揃いの英国艦娘達が「Amen」の言葉を口にして、対空戦闘に備える。

 同じシャーク隊を構成するアメリカ艦娘艦隊ではサラトガだけ、「シスター・サラ」の愛称らしく軽く祈りの言葉を呟いていたが、彼女は英国艦娘と同じキリスト教徒でも宗派はカトリックだった。

 遠くその空から不気味さを漂わせる深海艦載機群の飛翔音が近づいて来る。キリスト教信者揃いのシャーク隊からすれば悪魔が死を告げる呪文を唱えながら迫り来るようにも聞こえて来る。

「Incoming. (来た)」

 白い手袋をはめ直したユリシーズが主砲の仰角を調整する。彼女の碧眼が見る先で直掩隊が交戦を開始するのが見えた。F6F-5とコルセアの二機種からなる直掩隊がシャーク隊の加護となる壁となって、深海艦載機群を迎え撃つ。コントレイルと銃火が入り混じり、交戦の音が空に響き渡り、海上のシャーク隊にもその音は届いた。

 直掩機として割く戦闘機の数が一〇〇機にも満たないのもあって、突破されそうな様子が見えるが、それでもF6F-5とコルセアの混成編隊はよく奮戦している様だった。

 だが深海攻撃哨戒鷹を始め、次第に攻撃機が迎撃網を突破し始めた。五〇機程の深海棲艦の艦攻、艦爆が直掩隊を突破してまずアメリカ艦隊へ向かう。遅れて更に三〇機程が英国艦隊に向かって来た。

「本艦の目標、敵艦載機群。一番から四番砲塔、対空戦闘、撃ち方用意」

 既にユリシーズの主砲である五・二五インチ連装主砲には対空弾が装填され、砲撃開始の合図を待っていた。その他にもポンポン砲も砲員となる砲術妖精が配置について銃身を空に向けて待機している。

「レーダー測距。目標、ビジュアルコンタクト。目標トラック2345、主砲砲撃始め! Shoot, Shoot, Shoot!」

 対空レーダーによって管制されたユリシーズの主砲が接近する深海艦載機群を捉え、砲撃を開始した。装填されているVT信管対空弾が撃ち上げられ、レーダーによって正確に照準を合わせられた対空弾がまず深海攻撃哨戒鷹の一機を捉える。見た目はドラム缶を足に吊り下げた鳥の様な深海攻撃哨戒鷹が近接信管によって作動した対空弾の炸裂の爆発に巻き込まて、片翼をもぎ取られて姿勢を立て直す事が出来なくなりぐるぐると回転しながら海上へと落ちて行く。

 次に夜深海艦爆がユリシーズの砲撃で仕留められる。至近距離で炸裂した対空弾の散弾を全身に浴びた夜深海艦爆がずたずたに機体を切り裂かれ、シュレッダーにかけられた紙辺の様に砕け散る。続いてユリシーズの四番主砲が放った対空弾がもう一機の夜深海艦爆を捕捉し、こちら直下で爆発して夜深海艦爆をアッパーカットを食らわせた様に跳ね飛ばし、胴体下に抱いていた爆弾の誘爆を促した。

 英国艦隊の中でも対空艦として特に優れているのがユリシーズだった事もあり。他の艦娘達は暫く射撃を控えていたが、次第に距離が縮まつにつれて射程の長い艦娘から順次対空射撃を開始した。モントローズ含む重巡勢は主砲と高角砲の両方を発射し、シェフィールドは主砲に掛けられるだけの仰角をかけて対空射撃を開始した。ジャーヴィス。ジャヴェリンら駆逐艦艦娘達も四・七インチ連装主砲の砲撃の火蓋を切り、小口径の対空弾を空に撃ち放っていた。

「左三〇度、敵艦爆急降下!」

 艦橋艤装の見張り台から見張り員妖精が空の一点を指し示して叫ぶ。即座にユリシーズは対空射撃を継続しつつ回避運動に入る。

「面舵、両舷前進全速」

 冷静に回避運動に入るユリシーズの頭上で夜深海艦爆四機が急降下爆撃を仕掛けて来る。ユリシーズの艤装上でポンポン砲が射撃を開始し、四〇ミリ弾を小気味の良い砲声と共に撃ち上げる。面舵に舵を切る分、慣性で左舷へと傾ぐユリシーズの艤装上でひたすらポンポン砲が弾幕を張り続ける中、夜深海艦爆が爆弾を投下する作動音が周囲の対空射撃の砲声に交じって一瞬聞こえ、空気を切り裂く口笛の様な音を立てて四発の爆弾がユリシーズ目掛けて降り注ぐ。

 重々しい着弾の衝撃と水柱が彼女の左舷で突き上がり、硝煙の黒が混じった灰色の水柱が四本、ユリシーズの左舷側で林立する。

「ダメージコントロールより報告、被害なし」

「了解」

 応急修理要員妖精から異常なしとの報告を受けるユリシーズは引き続き対空迎撃を行う。艦攻は駆逐艦娘達に任せ、自身はヴィクトリアスを狙う艦爆を攻撃していた。ヴィクトリアスは装甲空母なだけあって艦爆の爆弾の一発二発で発着艦機能を失う様な空母艦娘では無いが、損傷を受けない事に越した事は無い。何よりもユリシーズのプライドが仲間が傷つく事を良しとしなかった。

 定期的に対空弾を撃ち上げる主砲と、絶え間ない弾幕を張り続けるポンポン砲、ともすればハリネズミの様な対空射撃を行うユリシーズの砲火を前に、被弾した深海棲艦の艦載機が火だるまになって落ちて行く。英国艦隊に向かって来た攻撃機三〇機余りの内凡そ三分の一はユリシーズの手で仕留められていた。だが更に二〇機程が直掩機の防御網を突破して英国艦隊に向かって来る。

「Kill them all (全て撃ち落とせ)」

 ヴィクトリアスに迫る艦爆を見据えながら静かに、冷徹さとどこか氷のように冷たい冷酷さを湛えた声でユリシーズが言う。主砲は絶えることなく対空弾を放ち、ヴィクトリアスに迫る艦爆を一機、また一機と撃墜するか、投弾を諦めさせて爆装を投棄して離脱に追い込んでいた。

 対空射撃を続けるユリシーズの右手で金属の衝突音と遅れて炸裂した爆発音、そして悲鳴にユリシーズは苦々しそうに口元を歪めた。モントローズが被弾していた。彼女へ爆弾を投じた深海攻撃哨戒鷹が二機、悠々と飛び去って行く。

「モントローズ、被害報告を」

「こちらモントローズ、被害は比較的軽微。戦闘、航行に支障なし」

 ポンポン砲の銃座を一基吹き飛ばされ、主砲一基が故障したものの、当たり所は良かったようで彼女の身体も艤装もほぼ問題は無いようだった。

「ジャーヴィスより各艦、モントローズのポンポン砲が破壊されてカバーできない部分を私がカバーします」

 モントローズの傍を航行していたジャーヴィスが彼女の援護に入る。小柄なジャーヴィスが主砲を撃ち放ちながらモントローズのすぐ傍に位置し、寄り添うように立ち回りながら火力の低下しているモントローズの実質的な防衛に回る。輪形陣を組む英国艦隊に新たに攻撃を仕掛けて来る二〇機の深海艦載機群は対空防御網の中でも一部欠けた形になっているモントローズの方から進入を試みていた。

 進入する方向が一方に絞られれば、英国艦隊にとっては火力を投射する方向が一方に定まって逆に好都合だった。全て艦攻、夜復讐深海艦攻二〇機が一直線に並んで突入して来るその鼻先へ、英国艦隊の弾幕が壁となって立ちはだかる。だが低空飛行する夜復讐深海艦攻を近接信管は捉えられない。

「何で、当たらないのよ……!」

 苛立ち気味に叫ぶジャヴェリンに、ユリシーズは冷静に主砲の照準を修正しながら返す。

「海面の反射に反応してしまっているのよ、敵機よりかなり手前で爆発してしまってる」

「何がマジックヒューズよ、速く落としなさいっての!」

「まさか仕組みを分かって掻い潜っているって言うの!?」

 露骨に苛立ちを滲ませるモントローズの喚きと驚くジャーヴィスの声をよそに、ユリシーズはVT信管対空弾から時限対空弾に切り替え、手動照準で対空射撃を開始した。レーダーの眼が海面の反射でくらんで当たらないなら、海面の反射にくらまない肉眼で狙うまでだ。精度は落ちるが、どの道海面の反射で当たらないVT信管弾を撃っても大差ない。

「ユリシーズ、こちら右舷見張り、敵機方向一一五度、距離一マイル!」

 一機がユリシーズを脅威と見たのだろう、単独でユリシーズ目掛けて突入して来る。主砲に続いてポンポン砲が銃身に俯角を取って射撃を開始する。機関砲はレーダーと連動していない目視照準なだけに当たるか否かは砲術妖精の手腕にかかっていた。

 突っ込んで来る夜復讐深海艦攻の存在に対する興奮と焦りからか、砲術妖精の手元が狂っているらしくポンポン砲の銃弾が当たる様子は無い。落ち着けと言いたいユリシーズ自身、焦りが膨らみつつあった。

 四番砲塔付近目掛けて突入して来る夜復讐深海艦攻は爆弾槽を開放して、魚雷投下態勢に入った。

「距離五〇〇ヤード、魚雷投下されます!」

 悲鳴の様な報告を上げる見張り員妖精の言葉に、ユリシーズは手動照準に切り替えた主砲を構え、目と鼻の先にいる夜復讐深海艦攻を見据えた。

「外しはしない」

 その一言と共に四番砲塔から対空弾が撃ち出され、夜復讐深海艦攻を真正面から捉えた。鼻先に直撃した対空弾によって夜復讐深海艦攻は魚雷投下前に爆砕され、破片が海面に飛び散る様に落ちて行った。

 危なかった、とユリシーズが安堵する間もなく彼女は砲塔を回して残る夜復讐深海艦攻に砲撃を開始する。既にジャーヴィス。ジャヴェリン達の砲撃で五機が撃墜され、三機が離脱していたが、残りはヴィクトリアスとアークロイヤルに突っ込んでいく。既に輪形陣の内側に入り込まれていた。一直線に並ぶことで、英国艦隊の対空射撃の照準を自動的に先頭の機体に向けさせる事で後続機を護る戦法だった。

 輪形陣の内側に入り込まれては、主砲や機関砲を下手に撃てない。射線上にいる味方の艦娘を誤射する可能性があった。ユリシーズが強引に射撃を行った結果二機を仕留める事は出来たが、それ以上はユリシーズの対空射撃の限界を超えていた。

 残り六機の夜復讐深海艦攻に対して、アークロイヤルとヴィクトリアスのポンポン砲と二〇連装七インチUPロケットランチャーが無誘導対空ロケットを展開した。日本製の対空噴進砲と比べてやや弾幕形成力には劣るが、心理的、物理的効果はある程度あった。三機がポンポン砲とロケットランチャーの弾幕に捉えられて爆散し、二機が損傷して離脱を図る。

 残る一機はアークロイヤルへと吶喊を続ける。爆弾槽を開き、魚雷投下態勢に入る夜復讐深海艦攻に対し、アークロイヤルは咄嗟に航空機展開矢を引き抜き、アーチェリーの弓の様な航空艤装で構えると、吶喊して来る夜復讐深海艦攻目掛けて直に矢を放った。鈍い直撃音と共に射抜かれた夜復讐深海艦攻が機能を失って力なく海面に突っ込んだ。

 

 

 ギリギリのところで攻撃を凌いだ英国艦隊が隊列を組み直している頃、シャーク隊を形成するアメリカ艦娘空母機動部隊も陣形を再編していた。駆逐艦娘二人が被弾して「ズムウォルト」へと後退していた以外に損害は無く、じきに帰還する攻撃隊の収容作業準備に取り掛かっていた。

「第二次攻撃隊、発艦準備。各艦準備出来次第発艦開始」

 シャーク隊を総括するサラトガの指示通り、被害を免れた空母艦娘の航空艤装上で補給を終えた機体が再度発艦していく。空母棲姫級はまだ健在だ、これを排除するまでシャーク隊の任務は終われない。空母を始末するのは空母の仕事だとシャーク隊のメンバーは認識していた。

 

 一方その頃シュバルツェ隊でもアオバンド7からス級以下の艦隊発見の報告が入り、艦載機の発艦作業が始まっていた。

「攻撃隊発艦始め!」

 空母艦娘フォン・リヒトホーフェンのその号令が下るや、カタパルトが次々に艦載機を射出し、ジェットエンジンのキーンと言う甲高い音が鳴り響いた。




 航空戦主体となった為、主人公である愛鷹の出番が少ない回となりました。
 
 対空小鬼は前回のイベントで大分苦しめられた経験からの登場です。


 あとがきは短いですが、ではまだ次回のお話でお会いしましょう。


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第七四話 マリョルカ島沖艦隊決戦 Ⅱ

 九月のランカーで一群入りを果たし、青葉への誕生日プレゼントを果たせて満足のいく九月作戦の結果を知った一〇月三一日の投稿です。


≪アオバンド7より全隊へ通達。ス級以下の水上艦隊を発見。現在地北緯四〇度〇〇六〇七二、東経二度二三六六二七。敵針方位二-三-五、敵速約二〇ノット。敵はナ級二隻と超巡ネ級改Ⅱを先頭にス級と超巡ネ級改Ⅱ二隻が続航する警戒陣にて進撃中≫

「警戒陣? 厄介な陣形で出向いて来るわね」

 

 ス級を基幹とする水上艦隊の陣形を聞いた愛鷹は、苦々しさをたっぷり含ませた苦虫を嚙み潰したように渋面をその顔にうっすらと浮かび上がらせる。警戒陣は艦娘艦隊でも用いられる防御と回避に徹した陣形で、守りを固めた陣形としては最も効果的な陣形であり、敵の攻撃を逆にコントロール出来る陣形であった。陣形の特性上主に四番艦に攻撃が飛びやすくなり、必然的に艦隊では四番艦に最も防御の高い艦を置く。集中砲火を浴びる欠点はあるが、火力を発揮する上では単縦陣と変わらない為砲撃戦に強い。また五番艦以降はもっとも回避がしやすくなり同時に攻撃にも有利だ。前衛となる一番艦から三番艦は艦隊の先頭に傘の様に布陣する関係上、左右どちらかに敵を置いての同航戦や反航戦の際は味方艦が射線方向に割り込む形になる関係上、正面切っての砲撃戦を除き水上戦闘火力を発揮しにくい陣形になるが、代わりに疑似的な単横陣を敷く事になる為対潜攻撃がしやすい陣形となる。

 艦娘艦隊では攻撃こそ防御な傾向から、被害を覚悟での単縦陣が選ばれる事が多い一方で、深海棲艦は警戒陣を用いて粘り強い遅滞戦術や、その陣形の特性を生かして艦娘艦隊に無視出来ない損害を与えるなど、中々に厄介かつ面倒な事を仕掛けて来る傾向があった。艦娘艦隊でも積極的に起用する部隊は勿論おり、過去には戦艦艦娘山城率いる七人の小規模な艦娘艦隊が警戒陣で敵中強行突破して見事深海棲艦の最深部に突入して海峡夜棲姫を撃沈している。

 対空防衛陣形である輪形陣と比べたら、航空攻撃にはやや弱い一面はあるが、単縦陣や複縦陣、単横陣と比べれば警戒陣はその陣形の特性上対空防御効果も相応にあり空爆が通じにくい時もある。

 そんな敵を相手に、フォン・リヒトホーフェンから攻撃隊が発艦していったと言う。実戦は初めてだと言う出来立てほやほやの新参者のフォン・リヒトホーフェンと彼女の艦載機航空妖精だ。素人では無いが、積み重ねて来た経験の全てが後方での安全地帯でのシミュレーションと模擬戦である。陣形に関係なく高い対空戦闘能力を誇るナ級、ネ級改Ⅱ、そしてス級elite級を前にして、どこまでやり遂げられるか。

 シミュレーション専の経験と言えば愛鷹と大差ないが、愛鷹は愛鷹で既に何百時間にも上る実戦経験を経ている。開戦時から戦って来ている戦闘時間数千時間に上る歴戦の艦娘よりは少ない経験だが、それでも一朝一夕の差が愛鷹とフォン・リヒトホーフェンとの間にはあった。

 とは言え勝手の違う水上艦娘と空母艦娘だ。案外愛鷹が心配するほどの事でもないかも知れない。

 彼女と彼女が侍らせる航空妖精の実力を信じよう、そう自身に言い聞かせながら愛鷹はタブレットの錠剤を数錠口の中に放り込んで飲み下した。

 

 喉元を過ぎて胃の中へと食道を通じて溶けていく錠剤を感じながら、そのケースに目を落とす。ここ最近は発作自体は無く、体調は安定している方だが、それは定期的な投薬のお陰と言ってもいい。薬物療法によって強引に整ている様な自身の体調に、いつ崩壊するかと言う先が怪しい暗然とした不安はあった。

 薬中の二文字が脳裏を過る。薬物に頼らなければ、自身の体調は崩壊する。そんなデリケートさを持つ自分と比べたら、薬に自身の身体の安定を委ねていないフォン・リヒトホーフェンは安定している方だと言えるだろう。

 

「羨ましい……」

 

 誰にも聞こえない小声で、空母艦娘と言う艦種と、人としての形そのものへの憧憬が愛鷹の旨の中で湧き上がり、口から零れ出ていた。

 

 

 フォン・リヒトホーフェンから発艦したジェット艦載機はTa483が一六機、Me462が三二機だった。この内Ta483が護衛機、Me462が対艦攻撃装備で出撃していた。この二機種とも攻撃機としても戦闘機としても活用は可能だが、フォン・リヒトホーフェンでの初の実戦運用に当たって前者を艦上制空戦闘機、後者を艦上戦闘攻撃機として運用する事が決まっていた。

 初期型と言う事もあって、本来の運用予定装備であった空対艦誘導弾や空対空誘導弾の運用能力は持た無いが、それでもそれまでの艦娘艦隊に配備されていた橘花改と景雲改を上回る性能を有していた。ジェット機ならではの快速と機動力を生かして、高い対空戦闘能力を持つナ級とネ級改Ⅱ、ス級からなる艦隊への対艦攻撃任務に投入される事となった。

 各四機編隊、ドイツ語でいう所のシュヴァルムを組んだ四八機がス級以下の艦隊が確認された位置へと向かう。一定の距離を保ってアオバンド7が触接を続けているので、現在位置は随時「ドリス・ミラー」のE-2Dを介してアップロードされた。

 機上レーダーのスコープに六隻の艦影を捉えたTa483の一番機がバンクして、後続のMe462に敵艦隊発の合図を送る。

≪ドーラ1よりカエサル1、レオポルト1、目標ビジュアルコンタクト。敵艦隊警戒陣を組んで尚も進行中≫

≪了解、カエサル1からカエサル2、3、4、編隊を率いて前衛三隻に攻撃を開始せよ。レオポルト1から4は全力でス級とネ級改Ⅱを攻撃≫

≪ヤー≫

 カエサル隊とレオポルト隊はそれぞれ四機四個小隊計一六機ずつからなる中隊編成だ。全機の胴体下に高威力のLTF5d航空魚雷二発が搭載されている。LTF5dはLTF5シリーズのドイツ航空魚雷のジェット機対応モデルであり、投下直後に後部からパラシュートが展張される機構の為、発射母機に投下時の大幅な減速を強いず、また弾頭は強固な耐衝撃カプセルに格納されたアクティブ音響誘導システムが組み込まれていた。

 一見、極めて強力な誘導兵器の組み合わせに見えるが、アクティブ音響誘導システムとは言ってもまだ開発されて間もないだけに信頼性、誘導性は艦娘では無い方の通常兵器艦艇が運用する対潜短魚雷や潜水艦の対艦攻撃用長魚雷と比べれば、些細なレベルであった。ただ単にそれまでの深海棲艦の進路を先読みした偏差射撃を求められた無誘導の航空魚雷と比べれば、少しだけ自力で自身を標的へと導いてくれると言う程度でしかない。IQは低いが考える頭が付いただけ随分マシになったと言うところである。

 また耐衝撃カプセルに格納されているとは言え、音速での投下は考慮されておらず、最低でも時速八〇〇キロまで減速する事が投下時の前提条件だった。どれ程鍛えて頭を含めて頑丈になったとは言っても、やはり高速で投げ込まれたら衝撃で脳震盪を起こす人間の頭脳と大差ない。最も時速八〇〇キロの時点でもナ級やネ級改Ⅱの対空砲の追随能力を上回っているから、魚雷側が脳震盪と言う機能不全を起こす前に充分に対応は出来るだろう。

 低空へと降りて攻撃態勢に入るカエサル、レオポルトの両隊に対してナ級とネ級改Ⅱから対空射撃の弾幕が飛来する。高性能な深海レーダーとそれに連動した対空砲がMe462の機体を追うが、機体を横滑りさせながら時速七〇〇キロ以上の速度で突入して来る同機に反応して近接信管が作動した頃には、Me462の機体は対空弾の弾幕をすり抜けていた。虚しくMe462の後方で炸裂した深海対空弾が意味のない炸裂を繰り返す。

 もし日本艦隊の主力艦上攻撃機、流星改や北米艦隊の主力艦上攻撃機TBM-3D、英国艦隊のソードフィッシュ等のレシプロ機であれば、今頃は深海対空弾の散弾の雨を食らって機体を粉みじんに砕かれて、高い技量を持つ航空妖精諸共海の藻屑と化していただろう。だがレシプロ機とは数段違う速度で突入して来るMe462は話が違った。

「シーカー・オン、速度八〇五キロ、コースよし。カエサル1-1、魚雷投下!」

≪カエサル1-2、魚雷投下≫

≪カエサル1-3、魚雷投下≫

≪カエサル1-4、魚雷投下≫

 

 カエサル1編隊が次々に胴体下に抱いていた二発の魚雷を投下する。投下速度は時速八〇五キロ、既定の投下速度より五キロオーバーしていたが、この程度ならパラシュートで緩和出来るから誤差の範囲だ。

 カエサル1編隊が狙ったのは対空射撃を撃ち上げて来るナ級の一番艦だ。四機で全八発の魚雷がパラシュートで海面に減速しながら降下していき、着水と同時にパラシュートを切り離し、弾頭のアクディブソーナーを作動させ、探信音を放ちながら八発の魚雷が航走を開始する。

 魚雷の投下を確認したカエサル1編隊が揃って機首を上げ、エンジンノズルからパワーアップの火焔を吐き出しながら高度を上げていく。操縦席で操縦桿とスロットルレバーを握りしめる航空妖精の視界の端に移る速度計と高度計のメーターが速度と高度を上げて行くにつれて針をぐるぐると回していく。

 ジェットエンジンの甲高い音が響き渡る中、海上では回避行動を試みるナ級とネ級改Ⅱに対して、それを追う様に弧を描く雷跡が何本も海面に描かれていた。カエサル2、3、4編隊も魚雷の投下に成功して既に離脱に入っていた。一六機のMe462が投下した三二発の誘導魚雷は、弾頭のアクディブソーナーから探信音を海中に響かせ、反響して来た敵艦の居場所へ目掛けて自身の舵の向きを変えた。緩やかな弧を描く白い雷跡が、懸命に回避を試みるナ級とネ級改Ⅱへと迫り、程なくナ級の一隻の舷側に二発の魚雷命中の水柱がそそり立った。

 白い水柱はすぐさま真っ赤な火炎とどす黒い黒煙にとって代わられ、左舷に二発の魚雷を受けたナ級が機関停止して緩やかに速度を落としていく。減速していく過程でも二発の魚雷が穿った破孔から大量の海水が艤装内部に流れ込み、ナ級の丸い艦体は急速に左側へと傾いてい行った。

 続いてネ級改Ⅱの一隻が被弾した。四発の魚雷がまとめて直撃したネ級改Ⅱの左足が爆発で千切れ飛び、バランスを失ったネ級改Ⅱの身体が左側へと転倒、転覆する。片足を吹き飛ばされた以上、その超巡ならではの重い艤装を片足で支える事は出来ず、復元不能になったネ級改Ⅱの身体が左側に横倒しになったまま沈黙した。

 深海棲艦の艦隊で被弾したのはその二隻にとどまった。残るナ級とネ級改Ⅱ、そしてス級は辛うじて探信音を放ちながら自分達へと進路を変えて迫り来る魚雷群をその機動力で躱しきり、艦隊の被害を最低限に留めた。

 六隻中二隻撃沈確実、四隻は依然健在。誘導魚雷を用いた攻撃を行ったとは言え、やはりその魚雷の誘導性能は開発されたばかりの発展途上と言うだけあって、完全に目標まで魚雷を導いてくれる程の精度は無かった。数百万ドルの高価な兵器の大半は目標を捉える事が出来ぬまま事実上の海中投棄のような形になった。

 BDAは宜しいとは言い難い。攻撃編隊の損害はゼロだったが、だからと言って手放しで喜べる戦果では無い。

 第二次攻撃隊の要請を母艦艦娘のフォン・リヒトホーフェンへ打電しながら、カエサル、レオポルト、そしてドーラの各編隊は再集結して帰投した。

 

 

≪深海棲艦ス級艦隊への攻撃は完了。BDAは最低、目標への速やかなる再攻撃を行う必要がある。アウト≫

≪了解、ホークアイ010よりフォン・リヒトホーフェンへ。速やかなる第二次攻撃隊の発艦に取り掛かられたし、ブレイク≫

 

 ス級以下の艦隊に対する航空攻撃はどうやら攻撃効果を充分に上げられず仕舞いに終わったらしい。多少は期待していたものだが、新兵器に過度な期待を寄せるのは些か酷だったか。それでも誘導魚雷と言う従来の艦娘が運用する航空機には乗せられてこなかった新兵器を装備していた事もあって、その誘導魚雷の可能性に期待を寄せていたフォン・リヒトホーフェンとしては落乱の吐息がその口から零れた。

 気を落としていても仕方がない。直ちに第二次攻撃隊の発艦作業に取り掛かる彼女に、先輩であるグラーフ・ツェッペリンが伺う視線を寄こすが、何か言おうとした彼女の口はホークアイ010からの「敵機来襲」の通知によって塞がれた。

 依然健在な空母棲姫や新型正規空母級から発艦した約一〇〇機にも上る攻撃隊がドイツ空母機動部隊に向かって来ていると言う。

 輪形陣を組むフォン・リヒトホーフェン、グラーフ・ツェッペリンとその外周を固める軽巡艦娘コルベルク、マインツ、アウグスブルク、Z57、62、68、72の七名が主砲と高角砲、対空機関砲の砲身を空に向け、FuMOレーダーと連動した対空射撃システムが作動する。

「全艦対空戦闘用意」

 最先任でありかつ旗艦を務める艦娘であるグラーフ・ツェッペリンから対空戦闘用意の号令が下命される。同時に彼女の航空艤装からはEw-190T改が次々に射出され、シュバルムの隊形を組んでエンジン音を唸らせながら上昇していく。

「Z72より各艦へ。母艦群直掩隊より三隻が増援としてこちらへ向かってきます」

「見えた、重巡プリンツ・オイゲンとZ1レーヴェリヒト・マースおよびZ3マックス・シュルツの三人を水平線上に確認」

 気を利かせたルグランジュ提督が艦娘母艦三隻と揚陸艦隊の直掩部隊から増援として回して来たプリンツ・オイゲン以下の三人の増援艦隊が、最大戦速でドイツ空母機動部隊へと合流を図る。

「こちらプリンツ・オイゲン。これより空母機動部隊の直掩として合流します!」

「了解した。三人は艦隊前衛に付いてくれ」

 艦隊前衛で対空迎撃を命じるグラーフ・ツェッペリンに対し、プリンツ・オイゲン、レーヴェリヒト・マース、マックス・シュルツの三人から「Jawohl」の返答が返される。

 深海艦載機群が押し寄せる前に外周を固める随伴艦の数を一〇名に増強されたドイツ空母機動部隊の輪形陣が再編を終えた頃、グラーフ・ツェッペリンからは全戦闘機隊が発艦を終えていた。フォン・リヒトホーフェンからも四機のTa483が発艦し、更にアメリカ空母機動部隊からF6F-5二〇機が援軍としてドイツ空母機動部隊のFw-190T改と共にエアカバーに入る。

 輪形陣の最前衛を務めるプリンツ・オイゲンのFuMOレーダーが深海艦載機群を捕捉した時、直掩機として発艦したFw-190T改とF6F-5、Ta483の三機種が深海艦載機群に対して迎撃を開始した。

 ドイツ空母機動部隊の一二人の前方で直掩機が空戦を開始し、中でも直線的なコントレイルを引くTa483が一撃離脱戦法で深海艦載機群の護衛戦闘機を振り切って、深海攻撃哨戒鷹や夜深海艦爆などへ曳光弾の火箭を飛ばす。機首から放たれた曳光弾の火箭が鞭の様に空中を過り、絡め取られた深海棲艦の攻撃機が制御を失って黒煙を引きながら高度を落とし始める。

 銃撃音と爆発音が遠くの空で響き渡る。遠雷の様にも聞こえるそれらが次第にドイツ空母機動部隊の方へと近づいて来る。

「来た!」

 小さく叫ぶプリンツ・オイゲンの眼に四機の夜復讐深海艦攻の機影が入る。低高度へと降りて直掩機の迎撃をやり過ごした敵機四機が自分達の方へと迫る。

「主砲、左対空戦闘。トラック2344、砲撃開始!」

 コンサートの指揮者の様な優雅さを漂わせた手付きで、左斜め前を右手で指し示すプリンツ・オイゲンの腕の向きに同調した彼女のSKC34 二〇・三センチ連装砲四基が砲撃を開始する。四基八門の主砲の砲身から対空弾が鋭い発砲音と共に撃ち出され、四機の夜復讐深海艦攻の鼻先へと弾道を伸ばしていく。

 次弾装填を終えたプリンツ・オイゲンの主砲が再度対空弾を放つ。彼女が第二射を放つ頃、コルベルク以下三人の軽巡艦娘の一五センチ連装速射砲が夜復讐深海艦攻へ向けて砲撃の火蓋を切る。巡洋艦娘四人の対空砲撃が夜復讐深海艦攻の鼻先で炸裂し、起爆と同時に加害半径内にばら撒かれた散弾の豪雨と衝撃波が夜復讐深海艦攻の機体をグラグラと揺さぶり、機体を傷つけた。

 二機の夜復讐深海艦攻の機体が制御不能となって海上へと突っ込んでその丸い機体を海中の底へと沈める中、残る二機に対してZ1レーヴェリヒト・マースとZ3マックス・シュルツの一二・七センチ単装砲が迎撃の砲火を浴びせる。遅れてZ57、62、68、72の主砲が応射を開始した。

 二機の夜復讐深海艦攻に対して外周護衛艦全艦の集中砲火が浴びせられる。濃密な対空弾の散弾の雨を前に、夜復讐深海艦攻は海面を這うようにして掻い潜ろうと奮戦するが、頭を殴りつける様に対空弾が直上で何度も炸裂して行く内に姿勢を保つことが困難になり、一機、二機と高度を失って海面に激突して果てた。

 全機撃墜を確認したグラーフ・ツェッペリンから「撃ち方止め」の号令が下る。彼女自身も主砲艤装を構えて対空射撃の構えを取っていたが、彼女の主砲と高角砲が火を噴く前に、迎撃は終わった。

 だがまだ敵機は押し寄せて来る。夜深海艦爆六機、深海攻撃哨戒鷹八機が直掩機の防戦を潜り抜けて、三方向か「一二〇度から六機、二三五度から四機、三四〇度から四機、接近!」

 三方向から来る深海艦載機群を確認したZ1レーヴェリヒト・マースの言葉に、ドイツ空母機動部隊艦娘達は焦りをその顔に浮かび上がらせる。

「空母だけは死守しろ!」

 コルベルクが一五センチ砲と三・七センチFlak M42、更には二センチ四連装Flak 38まで動員して弾幕を張りながら自身はフォン・リヒトホーフェンへと身を寄せて彼女の盾に入る形をとる。身を挺してでも空母は守る、その意気込みに恥じぬ彼女の対空射撃が二機の夜深海艦爆を撃墜し、一機を損傷させる。ふらふらと酔っ払いの様に覚束ない機体を反転させて離脱していく夜深海艦爆一機とすれ違うように残る三機が高度を取り、急降下爆撃の構えを取る。

 三方向から攻め込む深海艦載機群に対して、既に外周護衛の一〇名だけでは防ぎきれず、グラーフ・ツェッペリンとフォン・リヒトホーフェンの高角砲と機関砲も射撃を開始していた。

 低空へと舞い降りて来た夜復讐深海艦攻が一機、Z72の主砲弾の直撃を受けて爆散し、もう一機がZ68の対空機関砲の曳光弾を浴びて機体をズタズタに切り裂かれて、細断された機体の断片を海中へ投げ捨てる。二機を失ったものの残る二機の夜復讐深海艦攻は魚雷投下ポイントに到達し、爆弾槽から魚雷を投下して機首を上げ、一目散に離脱していく。

 魚雷を投下した夜復讐深海艦攻よりやや高い高度から進入して来た深海攻撃哨戒鷹が爆弾を投下すると、反転離脱せず、逆に加速してドイツ空母機動部隊の直上をフライパスして離脱していった。

「三四〇度から爆弾四発接近!」

 反跳爆撃の要領で投下され、海面を水切り投げで投じられた石のように跳ねながら接近して来る四発の爆弾を見て、アウグスブルクが叫ぶ。

 二三五度から二発の魚雷が、三四〇度から四発の爆弾が接近してくるドイツ空母機動部隊の一同は直ちに回避行動に入った。輪形陣の中心にいたフォン・リヒトホーフェンも取り舵に切って回避を試みるが、その彼女の直上から夜深海艦爆三機が爆弾を投じていた。

「し、しまった……!」

 己の失敗に彼女が呻き声をあげた時、フォン・リヒトホーフェンの飛行甲板に爆弾直撃の閃光が走った。何か大きなハンマーに殴りつけられたかのような衝撃が航空艤装の飛行甲板で生じ、フォン・リヒトホーフェンの細い体が左側へと大きく傾き、右足が宙を浮く。けたたましい破壊音と共に爆発で四散した飛行甲板の破片がフォン・リヒトホーフェンの左頬を切り裂く。

「ダメージコントロール、対応、急げ!」

 発着艦機能を失っては己に課せられた役割を果たせなくなる。ス級以下の艦隊の随伴艦を可能な限り減らすと言う重要な役割を任された身だ、そう簡単に空母としての機能を失う訳にはいかない。

 だがしかし現実は非情だった。飛行甲板への爆弾直撃に気を取られていたフォン・リヒトホーフェンの足元に、夜復讐深海艦攻が投下した魚雷一発が迫っていた。

「リヒトホーフェン! 警戒、魚雷だ!」

 Z62の警告にフォン・リヒトホーフェンが咄嗟に振り向いた時には彼女の足元で魚雷が爆発していた。フォン・リヒトホーフェンの右舷、右足元で夜復讐深海艦攻が投下した魚雷が爆発し、爆風と衝撃が彼女の身体を誰かが突き飛ばしたかの様に再度左側へと大きく傾かせた。

 幸い、フォン・リヒトホーフェンはグラーフ・ツェッペリンを上回る規模の大型空母と言う事もあり、魚雷一発で航行不能になる程やわでは無い。しかしフォン・リヒトホーフェンが姿勢を立て直そうとした時、右足元で異変が起きた。踵に力が入らないのだ。

「なに?」

 何が起きたと足元を見るフォン・リヒトホーフェンの眼に、魚雷の直撃でヒール部分をぼきりと叩き折られた自身のハイヒールが映った。爆発で脱げ飛ぶよりはマシとは言え、片方のヒール部分が無い分、右足だけ爪先立ちを余儀なくされるから些かバランス維持が難しくなっていた。とは言え飛行甲板の被害と合わせて、絶望的な程の損傷とは言い難い。

 深海攻撃哨戒鷹が投下した爆弾四発は海面を跳ねながら最も近い場所にいたZ68の左舷を捉え、彼女の艤装左舷側に接触するや弾頭の信管を作動させ、内部の炸薬に点火し起爆した。Z68の短い悲鳴が上がり、彼女の主砲、対空機関砲、艤装の一部が爆発でもがれ、吹き飛んだ。

 フォン・リヒトホーフェンとZ68の被弾を最後に深海艦載機群の空襲は終わった。残る攻撃機はFw-190T改とTa483、それに米空母機動部隊のF6F-5が防ぎきった。

「全艦、被害報告」

 グラーフ・ツェッペリンから被害報告を求められたフォン・リヒトホーフェンは溜息と共に自身が負った損傷を先輩空母に告げる。

「飛行甲板及び右舷主機に被弾。飛行甲板中破、発着艦は不能。右舷主機は、ヒールが吹き飛んでバランス維持がやや困難。戦闘航行に支障は無し」

「飛行甲板の復旧にどれくらいかかりそうだ?」

「急いでも三〇分はかかります」

「よし、Z62、Z68の怪我は?」

「こちらZ62。68の損傷が大きい。火器管制システムはオフライン。主砲は全て被弾、照準レーダーもダウン」

 何とか姿勢を維持するフォン・リヒトホーフェンが後方に展開するZ68に視線を向けると、左舷側から黒煙を上げるZ68の姿が見えた。Z62が傍らに随伴して肩を貸していた。ドイツ駆逐艦娘固有の紺の水兵帽が吹き飛んでZ68の額から血が流れ出ている。

「了解した。Z62は68を護衛して後方で待機している支援艦『ズムウォルト』へ後退せよ。艦隊は輪形陣を再編し、次の爆撃の備え」

「了解。リレ、行こう。私が手を貸すから」

「ありがとう、エルネスティーネ」

 互いに艦番号では無く、独自に決めた女性名で呼び合うZ62と68が輪形陣から離脱し、反転して艦隊の後方に進出してきている「ズムウォルト」の元へと後退を開始する。応急修理妖精が応急処置に当たるZ68にZ62が随伴する形で退避していくのを見送ったグラーフ・ツェッペリンはヘッドセットの通知スイッチを押して、ホークアイ010に報告を入れる。

「グラーフ・ツェッペリンからホークアイ010。Z68が大破、62を護衛に付けて『ズムウォルト』へ避退させる」

≪ホークアイ010からグラーフ・ツェッペリン、了解した≫

 

 二隻の駆逐艦を戦列から失ったドイツ空母機動部隊は輪形陣を再編し、更なる攻撃に備える構えを取る。依然としてその中心にあるフォン・リヒトホーフェンもハンド消火器も使って飛行甲板の破孔で発生していた火災を消火し、他の艤装部への延焼を起こしかけていた火を消し止めると、飛行甲板にぽっかりと開いた破孔を覗き込んだ。幸い格納庫での誘爆は防げたが飛行甲板に開いた破孔を完全に塞いで、第一次攻撃隊を収容し、第二次攻撃隊の発艦に着手するにはどんなに急いでも三〇分はかかりそうだ。ぐずぐずしていたら帰投して来る第一次攻撃隊は燃料切れで航空妖精をベイルアウトさせた上で全機洋上着水放棄のやむなきに至ってしまう。高価な機体だ、出来る限りその可能性は押さえておきたい。

 直ぐに応急修理要員妖精と共に飛行甲板の修理にかかるフォン・リヒトホーフェンの右側にグラーフ・ツェッペリンが回り込むと、右の靴のヒールを失ってバランス維持が難しい彼女を支えに入った。

 修理に専念するフォン・リヒトホーフェンが目でグラーフ・ツェッペリンに礼を述べると、礼は無用だと先輩空母の碧眼がそう返した。

 

「増援八隻到着! 陣形、整いました!」

 戦艦部隊であるアンヴィル隊に愛鷹以下ランナー隊が合流を終え、第四警戒航行序列を組み終えると最前衛を務める矢矧がアンヴィル隊旗艦の大和に二三隻に膨れ上がったアンヴィル、ランナー合同部隊の陣容を見て張りのある声で告げる。

 頷いて矢矧に了解の旨を伝えた大和はタブレット端末を引き出して現在の状況の確認に入った。

 ドイツ空母機動部隊が空襲を受けて、空母フォン・リヒトホーフェンが中破、Z68が大破して現在Z68はZ62と共に後方で待機している「ズムウォルト」へと避退中。米英空母機動部隊シャーク隊は深海棲艦の空母機動部隊へ向け第二次攻撃隊を発艦させ、防空巡ツ級大破、空母棲姫二隻を中破に追い込んで着実に敵航空戦力を漸減してはいた。だが撃沈には至っていないから、何れはダメコンで復旧した空母棲姫から再び艦載機が飛んでくる可能性がある。すでにシャーク隊は第三次攻撃隊を間髪入れずに放っており、帰投して来る第二次攻撃隊と入れ違う形になるだろう。

 

「九隻の戦艦艦娘が一堂に会するのは壮観ですねえ。カメラ持って来ていたら是非とも一枚撮っておきたい絵です」

 先行して前進するアンヴィル隊の戦艦部隊の陣容を見て青葉が目を輝かせながら言う。

「いつもカメラ持って来ていない時に限って、良い一枚がその目に映っているんじゃないんですか?」

「いやあ、その通りなんですよねえ~……」

 ちょっとばかしからかい半分、悪戯心半分の気持ちを込めた言葉を返す愛鷹に、青葉はその通りだと苦笑いを浮かべながら左手で頭をがさがさと掻く。図星を指されて苦笑いしか浮かべられない青葉の背後で、ドンマイと声をかけるまでも無くうっすらと苦笑を浮かべる衣笠が顔を軽く伏せる。

 他愛も無い話に花を咲かせるランナー隊に対して、アンヴィル隊の面々は殆ど喋らない。九人の戦艦艦娘をぶつけて果たしてス級の火力を上回れるのか、と言う未知数の課題に緊張しているのだ。戦艦九隻対超戦艦一隻、ス級をヘヴィー級のボクサーに例えるなら九人の戦艦艦娘のランク帯はライト級かミドル級か。いずれにせよ大人と子供程では無いにせよ、火力で差が付いている事に変わり無い。

 一方のランナー隊の第三三戦隊メンバーは逆にその緊張を他愛も無い会話で中和しようとしている所があった。愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪の五人はス級と既に何度か対戦した事がある。今この場にいる艦娘達の中でも最も会敵回数は多いと言える。ス級の超火力に何度も紙屑の様にもみくちゃにされたし、愛鷹に至っては一度死を覚悟した事すらある。五人共ただ黙っているよりは、何かしら他愛も無い話をして緊張感を紛らわせたりでもしていないと、その緊張感のあまり艤装を握る手が震えだしそうな恐怖を心の底で感じていた。

 旧第三三戦隊以外の艦娘達も皆、口には出さなかったがある者は伝え聞く、ある者は目の当たりにしたス級の超火力にひりひりと神経を尖らせていた。ス級だけでなく、随伴のナ級とネ級改Ⅱも脅威他ならない。この世の理不尽さを詰め込んだような相手を前に、全員の脳内でアドレナリンが大量に分泌されていた。

 そんなところへ、ス級の随伴艦への航空攻撃を行っていたフォン・リヒトホーフェンが深海艦載機群の空爆を受けて損傷し、発着艦機能を一時的に喪失した、と言う知らせがホークアイ010から伝えられる。知らせを聞いたサウスダコタがトーンを限りなく落とした小さな声で「Shit」と悪態を吐き、ネルソンも何かぶつぶつと愚痴を呟いた。その他のメンバーも悪態を吐かずとも、一様に険しい表情を浮かべていた。事前の航空攻撃で撃破できた随伴艦はナ級とネ級改Ⅱがそれぞれ一隻だけ。致命的損傷を負わせて戦列から脱落させたのは良いとしても、まだ三隻の随伴艦が残っている。

 復旧には最低三〇分はかかると言う続報に、大和は腕時計を見て、会敵予想時刻を想定する。恐らくはフォン・リヒトホーフェンが発着艦機能を回復させ、直ちに攻撃隊を発艦させたとしても、アンヴィル&ランナー隊の会敵予想時刻にまでは間に合いそうにない。砲撃戦の最中に攻撃隊が到着しても、同士討ちになりかねないから送って来ても意味がない。ただしそれは今の速度を維持すればの話であるから、最低でも両舷前進原速まで落とせばフォン・リヒトホーフェンが発着艦機能を回復させ、第二次攻撃隊をス級以下の艦隊に差し向けるまでの時間を稼げるだろう。

 

「全艦、両舷前進原速、赤二〇。進路そのまま」

 

 全員に減速を命じる大和の号令に全員の主機が減速をかけ、足元で立つ白波が小さくなる。減速した事で潜水艦の突発的な襲撃を受けた場合、即座に回避運動に入る事が出来ない事から、大和は全艦隊に第一警戒航行序列への移行と、対潜警戒を発令した。陣形変換を行い、ヘレナ、矢矧、黒潮、親潮、ヘイウッド・L・エドワーズ、それに夕張と深雪が対潜爆雷を構えて対潜警戒及び対潜攻撃に備える。一方大和でも航空艤装を展開して対潜哨戒機として活用可能な瑞雲改二を発艦させた。

 ランナー隊でも青葉が航空艤装を展開し、補給を終えた瑞雲を発艦させ、対潜哨戒に向かわせる。

「潜水艦か。居るのか、こんな海域に?」

「どうかしらね……少なくともここに潜水艦は居ない、って言う確かな事前情報は無かったわよね」

 周囲の海面を不安げな表情で見つめる摩耶に、反対側の海面を見つめて対潜警戒を行う愛宕が軽く首をかしげる。

 潜水艦に対して不安を口にする摩耶と愛宕の二人の右翼側を夕張がボールを放る様に爆雷を手の上で放りながら通りかかる。その様を目にした摩耶が夕張からやや距離を取りながら苦言を呈した。

「爆雷を野球ボールみたいにポイポイ放るなよ、あぶねえだろ」

「大丈夫よ、ちゃんとセーフティはかかってるから。今の状態なら摩耶が渾身のパンチを叩きつけても爆発しないわ」

「にしたって爆発物の取り扱いが雑だろ、危険物取扱者試験の資格持ってない訳ないだろ?」

「勿論、兵装実験軽巡だから甲種資格持ちよ。今この場で試験問題出されても答えられるけど、やる?」

「あたしは乙種の資格をいくつか持ってる程度だから、夕張には敵わねえよ」

 降参だと両手を挙げて返す摩耶に夕張は、少しばかり得意げな表情で胸を張る様に爆雷を持つ手と合わせて両手を腰に当てる。最もいくら夕張が胸を張ろうが、摩耶の胸囲のボリュームを前には遠く及ばなかったが。

 とは言え流石に咎めて来る摩耶の言う通りもでもあるから、夕張は爆雷を放るのを止めて、掌の中でぐりぐりと揉みまわす程度に留め、ヘッドセットの聴音に聴覚を研ぎ澄ます事に専念した。パッシブソーナーには潜水艦らしき音は一切聞こえないが、海中内の温度の違いで生まれる変温層による音の伝わり方を深海棲艦潜水艦が熟知して、それを隠れ蓑にして潜んでいるなら話は別だ。夕張を含めてアンヴィル、ランナー両隊の艦娘の多くは地中海を庭の様に覚える程の経験は無い。地理的に北米艦隊のアメリカ艦娘と日本艦娘よりも地中海に地が母国である近い英国艦娘とドイツ艦娘ですら、地中海への派遣はそう経験していないし、変温層のデータまで頭の中には入っていない。

 恐らくは今この場にいる艦娘二三名の中でも最も記憶容量の良い頭脳を持つ愛鷹も、流石に全ての海の変温層の状況までは覚えていないし、教えられてもいない。彼女も靴の爪先に仕込まれたバウソナーもといトウソナーを駆使して、海中内の音に耳を澄ましていたが、聞こえてくるのは味方艦娘の主機のゴロゴロと言う駆動音と推進音だけであり、潜水艦のタンクやポンプが排水、注水する音も、聞き慣れない機関音も聞こえて来なかった。

 パッシブソーナーでの聴音はアクティブソーナーと比べて自身の位置を敵潜水艦に教えなくて済む一方、探知までに非常に長い時間がかかる為、対潜戦そのものが長期戦になる。長期戦になる程、艦娘の神経も注意力も時間を刻む時計の針が進むのと同時にすり減っていく。ス級以下の艦隊と言う最大級の脅威を前にして、尚の事神経を使う対潜戦の警戒態勢はアンヴィル、ランナー隊の全艦娘への負担が更に強まる事の証左だった。杞憂で終わればそれで良いが、油断しきったところでふらっと現れた深海棲艦潜水艦の突発的な魚雷の奇襲を受けては元も子もない。

 聴音探知に耳を研ぎ澄ます愛鷹がヘッドセットに当てていた手を離して、ぐーぱーさせて掌をリラックスさせていると、シャーク隊による深海棲艦空母機動部隊への第三次攻撃隊が攻撃を終えて、ホークアイ010を通してあげて来たBDAが共有されて来た。

 

 既に中破していた空母棲姫に加えて、残存する空母棲姫含めて四隻とも大破沈黙し、残る新型の空母棲姫級も小破と断定できる損傷を負ったと言う。発着艦可能な空母棲姫が減った事で直掩の戦闘機の発艦数も減少したのが重なったお陰で、第三次攻撃隊は深海棲艦の直掩機による迎撃をいとも簡単に突破して爆撃を行えたようだ。

 空母棲姫の殆どを沈黙させたと言う知らせに続いて、随伴艦艇へのBDAも通知される。超巡ネ級改Ⅱは四隻とも小破確定、その他の随伴艦も健在だったナ級は大破、航行不能、大破して単艦離脱行動に入っていたツ級も止めを刺され、深海棲艦の空母機動部隊は随伴艦艇がネ級改Ⅱを除くと全滅していた。

 一方で攻撃隊も直掩機との戦闘と対空砲火により戦闘機、攻撃機共に複数機の未帰還機、損傷機を出したとの事だった。損傷機の損傷の具合によっては航空妖精を下ろした後、廃棄または飛行不能の予備部品取りになるしかない。

 

≪ホークアイ010より全隊に通達。深海棲艦の空母機動部隊は進路を変更、マリョルカ島への撤退行動に移行した模様≫

 深海棲艦の空母機動部隊をその機体上部の皿の様な大型レーダーで捕捉していたホークアイ010のE-2Dから、撤退行動に入った深海棲艦空母機動部隊の動向が、全部隊に向けて通達される。

「よぉし、これで邪魔な空母は脅威ではなくなったな」

 両手を打ち合わせてしたり顔で言う武蔵に、アンヴィル隊の戦艦艦娘達が安堵の気持ちを込めた顔で頷く。戦艦にとっての天敵は航空機だ。どんなに強力な対空砲火を張っても、最悪被弾する事は起こりうる。敵空母の脅威が去った、と言うだけで戦艦艦娘が感じるプレッシャーの度合いは大分異なって来る。

原速で前進するアンヴィル、ランナー隊の二三人が徐々にマリョルカ島北北西へと進入しようした頃、ホークアイ010の電波の眼が深海棲艦の新たな動向を掴んだ。

 

≪ホークアイ010より、全艦娘部隊へ通達。ス級以下の艦隊、増速し最大戦速でアンヴィル、ランナー隊へ向かう。会敵予想時刻修正ネクストワンゼロ。更に敵空母機動部隊より四隻が反転し、ス級以下の艦隊への合流進路を取る。恐らくネ級改Ⅱを分離したものと推定される≫

「拙いわね」

 はっきりと口に出しながら愛鷹は怪しくなっていく雲行きに眉間に皺を寄せた。ス級以下の艦隊が増速した事で会敵予想時刻は一〇分後に修正。これではフォン・リヒトホーフェンからの航空支援が間に合う時間帯では無い。更に小破、損傷して空母と共に退避中の筈の空母機動部隊随伴護衛艦のネ級改Ⅱも反転してス級以下の艦隊への合流を目指している。控え目に言って深海棲艦は艦隊火力を増強して、アンヴィル、ランナーの物量に対抗する気だ。

「敵の艦隊はス級elite級一隻、ネ級改Ⅱの数が四隻増えて六隻、ナ級が一隻、計八隻……くそ、火力が強化されている……」

 戦艦の数では艦娘艦隊が圧倒しているが、ネ級改Ⅱの火力はelite級やflagship級ではないノーマルタイプル級やタ級よりも強力であり、単純に見れば実質超戦艦であるス級に加えて、更に戦艦が六隻いると考えても問題はない。どこかの島影を利用して、と言った地形を駆使しての伏撃もこの海域では出来ない。真正面からの砲撃戦で決着をつけるしかない。

 何隻がやられる事になるだろうか、ふとそんな気まずさと苦々しさがこみあげて来る海戦の結果が愛鷹の脳裏でちらちらと姿を見せていた。

 

 

 ネ級改Ⅱ四隻が合流して火力が強化された深海棲艦の水上艦隊に対して、ルグランジュ提督はネ級改Ⅱ及びナ級対策としてシャーク隊から軽巡ユリシーズとシェフィールドの二人を増援として更にアンヴィル、ランナー隊へ追加する事を決定した。指示を受けた二人は直ちに艦隊を離脱して、先行する戦艦部隊の後を追った。

 

 

 コンコンと執務室のドアをノックする音が響き、デスクトップと向き合っていた谷田川は画面モニターに視線を向けたまま「入れ」と入室を許可した。

「失礼します」

 ドアノブを回して提督執務室の中へと低い足音を立てながら入って来た二人の艦娘の姿に、谷田川はデスクワークの手を止めると席を立って、入室して来た二人を出迎えた。

「一航戦加賀、出頭しました」

「信濃、出頭命令による参上しました」

「ご苦労、かけてくれ」

 空母艦娘の加賀と大和型三番艦の信濃の二人を前に谷田川は応接スペースのソファアに二人を座らせ、自分も向かい側の一人用ソファアに腰かけた。

「加賀、北部方面隊への派遣任務ご苦労だったな」

「有難うございます提督。ですが、護衛対象である船団の護衛を果たしきれなかったのは一航戦として悔恨の極みです」

 いつもの事務的で低いトーンの口調に少しばかり悔しさを滲ませた声で加賀は応える。

「君が居ればどうこうなった、と言う状況でもない。我々が艦娘艦隊を派遣した時点で既に手遅れだった様なものだ。栄えある一航戦のプライドは認めるが、君が居れば何でも解決出来るとは限らん」

「……」

 自惚れるなと言う加賀に自戒を込めさせる為意図的にきつめの言葉をかけた谷田川は、次いで傍らにいる信濃に視線を向けた。

「信濃、君の航空艤装だが」

「桃取さんから話は伺っています。全面的なオーバーホールが必要だと。コンバート艤装を演習で無理に全力運転させた自分の過失でした。申し訳ございません」

「うむ、それで信濃には航空艤装のオーバーホール完了までは戦艦艤装で過ごしてもらう事になるのだが、ここからが本題だ。私は君たち二人を る為に呼んだ訳では無い」

 どう言う事だろう、と加賀が軽く首を傾げ、信濃は眼鏡をかけ直しながら谷田川の顔を見つめる。二人からの視線を「見てくれ」と応接スペースのテーブルの表面ディスプレイに向けさせた谷田川は、タッチパネルディスプレイ式のテーブルのモニターを操作しながら二人に事前に作ったプレゼン資料を見せる。

「深海棲艦の対空防御能力は日増しにインフレーションの一途を辿っている。つい先年までは駆逐艦隊の主力艦はイ級、ロ級、ハ級及びそれらの派生型で構成されていたが、深海棲艦は今年の夏に入ってから大型駆逐艦ナ級シリーズの増備に乗り出した。二人とも知っていると思うが、ナ級の対空戦闘能力はツ級を凌ぐ。更に雷撃戦火力も極めて高い。正面から空母艦娘を突っ込ませて勝利をもぎ取れる程容易い相手ではない。

 そこでだ。君たち二人には空母艦娘として活動して貰ってきたが、もう一つの内なる秘めた才能を引き出す事を海軍総軍が決定した」

 そう言って、谷田川はテーブル表面のディスプレイをスライドさせて新しい画面を表示させた。二人分の艤装の青写真が表示されて、それぞれ「BB KAGA」と「BB SHINANO Kai」の表記が入れられていた。

「この計画はあくまで保険としての一面ではある。君たち二人が空母としての航空団を全滅させられ、手ぶら状態になった時の為の保険としてだ。航空機は深海棲艦の対空砲火で撃墜されるが、砲弾までは撃墜出来ない。その関係を利用する。

 加賀と信濃には明日から三週間の戦艦艦娘強化錬成プログラムを実施する。信濃は今ある戦艦艤装を信濃改バージョンにアップグレードし、加賀は新規の戦艦艤装を新たに製造している余裕が無いので、長門型改二艤装の予備パーツで組み上げた戦艦加賀艤装を与える。

 二人は戦艦艦娘強化錬成プログラムの期間中、第二戦隊の扶桑と山城をそれぞれ教官として戦艦艦娘としての技巧研鑽に励んでもらう」

「戦艦……かつての日本海軍八八艦隊計画で計画された『加賀』の本来の姿を艦娘の代で実現すると言う事ですか」

 ディスプレイと谷田川を交互に見ながら加賀は抑えめのトーンで言う。僅かだがその口調には昂ぶり、興奮が感じてとれた。

 一方の信濃はディスプレイに表示される自身の戦艦艤装の「改」形態の概要を見て、改めて眼鏡の位置を正す。

「主砲を五〇口径の四六センチ三連装主砲改に換装、ですか。使用弾薬は米国製SHS……貫徹能力は大和型改二の五一センチの八割強。並みの深海棲艦の戦艦や重巡相手なら楽勝ですね」

 空母としても戦艦としても両立した役目を果たせる信濃だが、心の中での本業は戦艦艦娘なのだろうか、うきうきとした表情をその顔にはっきりと浮かび上がらせる。戦艦艦娘は総じて深海棲艦と直に殴り合う砲撃戦に興奮する傾向がある。所謂大艦巨砲主義者の集まりと言えなくもない。大きな艤装、威力ある砲弾、強力な主砲、それらの三要素に魅了されるのが戦艦艦娘の特徴だ。

 艦娘として着任してからこっち空母として活躍して来た加賀の表情にも戦艦艦娘固有の興奮が見て取れるところからも、二人には戦艦艦娘としての素質が備わっていると言えた。

「ところで提督。赤城さんにはこのオファーは来なかったのですか?」

 そう尋ねる加賀に谷田川は首を横に振る。

「理由は二つある。一つは単純に空母戦力を必要以上に削る訳にもいかんと言う所だ。一航戦は日本艦隊でも有数の搭載機数を誇る大型空母艦娘部隊だ。戦力的空白を大きくする訳にはいかない。赤城には空母艦娘としてその任を全うして貰う。

 もう一つは赤城は加賀、君よりも速度に優れている。貴重な高速大型空母を戦艦艦娘に転用する訳にはいかん」

「なるほどです」

 

 赤城と加賀、共にその艦娘の名の由来となっている鋼鉄の軍艦だった「赤城」「加賀」共に戦艦八隻、巡洋戦艦八隻を建造する八八艦隊計画で建造された戦艦、巡洋戦艦同士であり、軍縮条約のあおりで空母となった経緯を持つ。艦娘として「赤城」「加賀」の名を継ぐ二人にも空母艦娘としても戦艦艦娘としても運用できる適性があった。

 

「扶桑は加賀、山城は信濃を受け持つ。二人のしごきは厳しいぞ。覚悟しておくんだな」

「望むところです」

「やってやりましょう」

 元気のいい返事を返す加賀と信濃の答えに谷田川は頼もしい限りだと微笑をその顔に浮かべた。




 次回、マリョルカ島沖艦隊決戦 Ⅲをお届けいたします。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第七五話 マリョルカ島沖艦隊決戦 Ⅲ

 地味に今回はちょいグロ注意な所があるかもです。


 ス級以下の艦隊と触接を続けるアオバンド7から、アンヴィル、ランナー隊へ相対距離一万メートルを割ったと言う知らせが飛んだ。

「来た……」

 眉間を伝う冷や汗を拭いながら呟く愛鷹はあと一〇分もしない内に会敵する事になる敵艦隊に備え、ランナー隊もとい第三三特別混成機動艦隊のメンバーに戦闘配置の号令を下した。

「全艦、対水上戦闘用意。砲戦用意!」

「合戦準備、合戦準備、全艦砲戦用意」

 続けて二番艦を務める青葉が合戦準備を発令し、愛鷹と青葉からの発令を聞いた衣笠、愛宕、鳥海、摩耶、夕張、深雪が各々の主砲を構えた。愛鷹と青葉も主砲を構え、砲身内に徹甲弾の装填作業が行われた。

 遅れて旗艦大和から陣形変換の指示が全艦娘に通達される。それまで第一警戒航行序列で航行していた艦隊は水上戦闘陣形である第四警戒航行序列へと陣形変換が行われ、矢矧、黒潮、親潮、ヘレナ、タスカルーサを前衛に立てたアンヴィル隊が水上戦闘陣形へと移行する。

 ここで大和からランナー隊へ別の指示が入った。

「ランナー隊は最大戦速で、敵艦隊右舷へ進出。敵艦隊横を攻撃し、右側面を抑えて下さい。その間にアンヴィル隊は敵艦隊正面を抑えます」

「了解。ランナー隊、全艦最大戦速、取り舵。新進路〇-四-五」

 

 愛鷹以下のランナー隊でス級以下の艦隊の右側面を抑えて、島とは言え陸上と言う行動の自由が効かなくなるマリョルカ島方面へ追い込む作戦に愛鷹以下ランナー隊のメンバーは最大戦速へと加速して、大和の作戦指示通りに動いた。最大戦速へ加速し、両足で海そのものを蹴散らす様に高く白波を蹴立てながら八人が分離していく。八人の足元で形成された白波は後方に流れるにつれて航跡へと変わり、八人分の航跡が長く後ろへと延びて行く。

 大和の作戦通りに深海棲艦が動けば、深海棲艦はマリョルカ島方面に追いやられて行動の自由を制限され、そこへアンヴィル隊の一斉砲撃を浴びる事になる。丁字有利は描け無いが、同航戦は描けるだろう。

≪ホークアイ010からアンヴィル、ランナー各艦へ。敵艦隊進路二-三-五、速力変わった、敵速二四ノット。警戒陣から単縦陣に移行≫

 警戒監視に付くE-2Dからス級以下の艦隊の動向がつぶさに送られてくる。ス級以下の艦隊の弱みは制空権を自力で確保出来ない事だ。艦娘艦隊がマリョルカ島近辺の海域の航空優勢を確立している今、弾着観測射撃を行う為の偵察機を出す事も叶わない。強引に発艦させても、愛鷹と青葉の艦載機によって撃墜されるだけである。弾着観測射撃が使えないと言う事は、ス級のアドバンテージでもある超射程砲撃も出来ないと言う事だ。

 愛鷹を先頭に単縦陣で前進するランナー隊の右手側に小山の様な黒い影が見えて来る。間違える筈も無い、巨大戦艦ス級の艤装のシルエットだ。呆れるほど大きい艤装に大口径の三連装主砲を四基備えた巨大戦艦。elite級なので副砲として備わるのは高角砲だ。無印のス級の副砲は一発で超甲巡だった頃の愛鷹の装甲を容易く撃ち抜いたが、elite級の高角砲の対水上火力は今のところ未知数なところが多い。少なくとも大和型の改艤装の装甲を撃ち抜く程の火力は無い筈だが、投射量が非常に多いのが特徴である。

 ス級の後に続く形で六隻の超巡ネ級改Ⅱの姿が見えて来る。同じネ級の名を与えられた重巡級のネ級よりも遥かに強力な個体であり、戦闘面で隙が無い。火力、雷撃力、対空戦闘能力、巡洋艦級として対潜以外のバランスが極めて高い水準で纏まった高性能艦だ。

 そしてネ級の後に続くのは大型駆逐艦ナ級。数ある派生型を持つナ級の中でも最も高水準でバランス良く性能が高く上げられている後期型Ⅱflagship級に属するタイプが一隻。ナ級後期型Ⅱflagship級の放つ魚雷は一発で、通常兵器のイージス艦等の艦艇の船体側面に直径五メートル程度の破孔を穿つ事が出来る程の高威力だ。艦娘が食らったらひとたまりもない。大破は確実だし、下手をすれば一発であの世に送られる。

 アンヴィル隊がス級に集中出来る様に随伴艦艇に全火力を集中する事を愛鷹は決めていた。後続の青葉以下のメンバーもス級に手を出す事はしないだろう。夕張と深雪の持つ魚雷であればス級にある程度のダメージは入れられるかもしれないが、何発撃ち込めば沈むかは分からない以上は下手に手を出さない方がいい。

 

「本艦隊の目標、ス級に続航する超巡ネ級改Ⅱ及び大型駆逐艦ナ級。全艦右砲雷同時戦用意」

「夕張より愛鷹さんへ、ナ級を排除します。深雪、続いて!」

「はいよ!」

 ナ級に対処するべく夕張が深雪を引き連れて先行して突撃を開始する。

 一方愛鷹とランナー隊の重巡艦娘全員の主砲が右舷側へと向けられ、仰角を取り、砲撃開始の号令を待つ。青葉、衣笠、愛宕、鳥海、摩耶の五人は射撃準備を整えてまだかまだかと焦れる様に攻撃開始の合図を待った。

 HUDでランナー隊の全員からの砲撃準備完了のシグナルを確認した愛鷹は、自身が照準を合わせるネ級改Ⅱとの相対距離が一〇〇〇メートルを割った時、凛と喉を張らした声で砲撃開始を告げた。

 

「全艦、旗艦指示の目標。撃ちー方始めー! 発砲、てぇっ!」

 

 直後、愛鷹の右側面で真っ赤な火炎が噴出した。右舷側に臨むネ級改Ⅱへ指向された四一センチ三連装主砲一基、連装主砲一基の五門から放たれた一式徹甲弾改が空中を飛翔し、ネ級改Ⅱの頭上から轟音を立てながら降り注いでいく。

 遅れて後続の青葉、衣笠、愛宕、鳥海、摩耶の二〇・三センチ連装主砲が砲撃を開始する。目くるめめく火焔が五人の右舷側に現出し、放たれた徹甲弾が弧を描きながらそれぞれが狙いを定めたネ級改Ⅱに砲弾を降らしていく。

 愛鷹が見つめる先でネ級改Ⅱが素早く回避行動を取り、降り注ぐ砲弾の雨を躱しにかかる。青葉以下の重巡艦娘五人の砲撃を一発二発食らったところで直ぐに参る様な超巡ではないが、流石に愛鷹の主砲弾を食らって平気な顔をしては居られない。装甲も重巡級のネ級よりは硬いとはいえ、戦艦級の大口径徹甲弾を食らっては損壊は免れない。

 回避行動を行いつつネ級改Ⅱも応射の火焔を放つ。六隻のネ級改Ⅱの主砲艤装上に砲撃の火焔が迸り、発砲の噴煙が後方へと流れていく。超巡なだけあってか発砲の衝撃波は周囲の海面を凹ませていた。主砲の口径は戦艦程大きくないが、装薬が多い為初速も速い。

「敵艦隊発砲!」

 見張り員妖精が愛鷹の肩の上で双眼鏡でネ級改Ⅱを睨みつけながら叫ぶ。弾着までの不気味なほどの静寂が漂う間、愛鷹は固唾を飲んで自身の砲撃の着弾を待つ。

 距離が一〇〇〇メートル程度しか無い事もあって、それ程待たずに砲撃の結果が出た。愛鷹の狙うネ級改Ⅱの周囲に着弾の水柱がそそり立つ。回避行動を取られた事もあり、全弾がネ級改Ⅱの左舷側に着弾していた。

 そしてすれ違う様にネ級改Ⅱの放った砲撃が愛鷹達にも降り注ぐ。初弾なだけあってネ級改Ⅱの砲撃も直ぐには当たらなかったが、海中に飛び込んでずんと腹に響く爆発音を海中で炸裂させ、上へと逃げた衝撃波が海上に水柱を突き立てる。

 乱れない単縦陣を組むランナー隊の右に左の近距離に着弾の水柱を突き上げさせたネ級改Ⅱに、青葉以下五人の重巡艦娘から第二射が撃ち返される。旗艦愛鷹の主砲よりも小さいが、充分に大きな口径の二〇・三センチ二号連装主砲が大太鼓を連打する何の様に微妙に間をおいて発砲し、五人の右舷側で発砲炎を噴出させる。噴き出した火焔は黒煙にとって代わられ、最大戦速で前進する五人の後方へと瞬く間に流れ去っていく。

 反航戦を描いている両者の相対距離は直ぐに縮まる。距離が縮まると言う事は着弾までの時間も短くなると言う事だ。直ぐに五人の砲撃はネ級改Ⅱの傍に落下していた。先程よりも更に近い場所に落ちた五人の二〇・三センチ砲弾がネ級改Ⅱに至近弾の水柱の海水をびしゃびしゃと浴びせ、ずぶ濡れになったネ級改Ⅱが近距離に着弾した五人の砲撃の衝撃波によってゆっくりと揺れていた。

 青葉以下五人が第二射を放ったころ、愛鷹の主砲も再装填が終わり、撃ち方用意のブザーが三回鳴る。CICで外部カメラが映し出すネ級改Ⅱの艦影をモニターで確認した砲術妖精が照準を修正し、愛鷹のHUDに修正した情報を転送する。

「てぇっ!」

 その一言と共に愛鷹の右舷側で腹に響く砲声が轟き、発射炎が閃く。発砲と同時に後退する四一センチ主砲の砲身を水圧作動の駐退機が受け止める。発砲の衝撃で愛鷹の上半身が微妙に纏う艤装と共に左側へと仰け反る。

真っ赤な火炎と砲煙と共に撃ち出された砲弾は山なりの弧を宙に描きながら、ネ級改Ⅱの頭上から轟音を立てながら降り注ぐ。ネ級改Ⅱは回避よりも愛鷹への砲撃を優先した結果、至近距離に着弾した砲弾の突き上げる水柱に諸に突っ込んで姿勢を崩したが、辛うじて被弾は避けられた。

 一方のネ級改Ⅱの砲撃は早くも愛鷹を捉えた。レーダー照準の精確な狙い、またを言えば理不尽なまでに高い命中精度を誇る砲撃が愛鷹への直撃コースに乗る。だが、その砲弾が愛鷹の身体、艤装を捉える直前に左腰の鞘から引き抜かれた白刃が白い一閃と共に直撃コースに乗っていた砲弾三発を切り裂いた。空から降り注ぐ太陽光を刀剣が蒼白く照り返す中でのその無駄の無い斬撃は、まるで蒼白い稲光の様にも見えた。

 眼にも止まらぬ速さで引き抜かれた刀によって切り飛ばされた砲弾が明後日の方向へその欠片を投げ落とす中、愛鷹は引き抜いた刀を構え直す。左手を前に突き出し、刀を構える右手を後ろで振りかぶる独特な構え方でネ級改Ⅱの砲撃に備える。一見滑稽な見た目だが、彼女なりに編み出した防御特化の構えだ。

 愛鷹の型に脅威と見たのだろうか、愛鷹と交戦するネ級改Ⅱにもう一隻のネ級改Ⅱが砲口を愛鷹へ向け、砲撃を開始する。同時に二隻のネ級改Ⅱは魚雷発射管を愛鷹の方へと向け、発射準備に取り掛かった。

「二番艦発砲!」

 彼女の肩の上で見張り員妖精が二番艦の砲撃開始を報じる。頭上から宙を切り裂く口笛の様な落下音を上げながら接近する砲弾を、高い視力を持つ愛鷹の二つの眼が捉え、最小限の動作で刀を再度振るう。鈍い金属音と共にネ級改Ⅱ二番艦が放った砲撃が白刃の鋭い切っ先によって切り裂かれ、一瞬散る火花と共に信管ごと砲弾が無力化される。

 再び刀を構え直す愛鷹の耳に主砲の再装填完了のブザーが入り込む。先程はネ級改Ⅱの至近距離に砲弾を送り込めた。次は当たるかも知れない。いや当たって欲しい、そう願いながら愛鷹は脳波制御で発砲の信号を念じる。彼女の脳からの信号を汲み取ったヘッドセットから主砲へ発砲信号が伝達され、五門の主砲が轟音と強めの反動を伴って愛鷹の右舷に発砲の火焔と衝撃波を生じさせる。

 発砲遅延装置で微妙に間隔をあけて発射された五発の徹甲弾が昼間の空に明るく光りながらネ級改Ⅱへと飛翔して行く。挟叉では無かったとは言え、至近距離に着弾した愛鷹からの砲撃に次弾は当たるかも知れないと言う覚悟はネ級改Ⅱ二もあったようだが、攻撃を優先したネ級改Ⅱは主砲を撃ち放ち、更に二番艦と合わせて魚雷四発をそれぞれ発射した。二隻から合わせて八本の魚雷が愛鷹の足元へと向かう。

「魚雷接近、方位〇-五-五、雷数八!」

 海上に現出するネ級改Ⅱの放った魚雷の航跡を見て見張り員妖精が叫ぶ。ネ級改Ⅱの放つ魚雷は高威力かつ長射程、そして高速と艦娘ではかなり回避困難な高性能魚雷である。

「前進そのまま、面舵一杯。右後進一杯、左前進一杯」

 冷静に雷跡を見据えながら愛鷹は回避行動を取る。砲弾よりは遅いとはいえ、それでも高速列車並みの速度で迫る魚雷が海上に白い航跡を伸ばしながら急速に愛鷹へと迫っていく。面舵に舵を切った事でネ級改Ⅱとの距離を更に縮める結果になった愛鷹に、ネ級改Ⅱ一番艦と二番艦が集中砲火を浴びせる。

 飛来する多数の砲弾を前に、愛鷹は防護機能を最大出力で展開しながら右手に持つ刀を素早く振り、直撃コースに乗っている砲弾だけを的確に斬り飛ばしていった。刀を振るう腕の挙動も、すぐに切り返せる様に極限まで無駄を省いており、温存されたスタミナによって繰り出される洗練された斬撃が砲弾を次々に無力化していく。

 悉く砲弾を無力化していく愛鷹を見たネ級改Ⅱ一番艦が苛立ちをハッキリとその顔に浮かべた時、急激に四一センチ砲弾の飛翔音が迫って来た。爆走する蒸気機関車が目の前に迫って来るかのようなその音にネ級改Ⅱがハッと顔を上げた時、その胴体と艤装に二発の四一センチ砲弾が直撃した。衝撃と爆発がネ級改Ⅱを襲い、たたらを踏むネ級改Ⅱの艤装上で破壊された部品が宙を舞い、被弾箇所から火焔が噴き出す。

 直ぐに立て直しを図るネ級改Ⅱが右目を隠した髪の反対側の左目でぎろりと愛鷹を睨みつける。ネ級改Ⅱから向けられて来る鋭い眼光に愛鷹は振りかぶる鋭利な刀光を持って返す。刀を構え直す愛鷹の左右足元を高速で魚雷が通り過ぎて行く。高威力、高速、長射程のネ級改Ⅱの魚雷とは言え、誘導能力は持たないから躱す事自体は不可能ではない。また近接信管も持たない為、艦娘の至近距離を通り過ぎても、すぐ傍にいる艦娘に反応して爆発する事は無い。

 今にも靴底を擦りそうな距離を一本、また一本と抜けていく魚雷に内心氷で冷やされるかのように肝を冷やしながら、表情自体は変えずにネ級改Ⅱに視線を合わせ続ける。愛鷹に代わって、魚雷の航跡を見つめていた見張り員妖精が八本全弾が愛鷹の後方に流れ去っていくのを見届けると、愛鷹の耳に向かって「全弾回避成功!」と喚く。

 同時に主砲の再装填完了、発射準備良しのブザーが三回鳴り響く。

「てぇっ!」

 短く、そして張りのある声で射撃号令を発する愛鷹の口から、主砲発砲の衝撃が抜けていく。五門の主砲が砲煙と共に五発の主砲弾を宙へと叩き出し、火焔と衝撃波を愛鷹の右舷側へ噴出させ、海面をお椀状に凹ませる。

数秒後、ネ級改Ⅱに愛鷹からの砲撃が着弾する。回避行動を取る間もなく着弾する四一センチ砲弾にネ級改Ⅱの身体が左右に大地震で揺れる木の様に揺れ、破壊された艤装から着弾時の爆発で剝ぎ取られた部品が宙を舞い、遅れて砲塔部一基が小爆発と共に宙を浮いた。

「敵艦のバイタルパート及び弾薬庫の貫通を確認!」

 弾んだ声で見張り員妖精が砲撃効果を確認して叫ぶ。四一センチ砲弾はネ級改Ⅱの重要装甲区画を射抜き、弾薬庫を貫いて誘爆を招いた様だ。即座に行われたダメージコントロールでネ級改Ⅱが大爆発して吹き飛ぶ事は無かったが、砲塔一基が無力化され、更に複数被弾で被害が嵩んだネ級改Ⅱが青い体液と黒煙を吐きながら動きを鈍らせる。艤装上で発生した火災が各艤装部分やネ級改Ⅱの胴体を舐める様に延焼していき、ネ級改Ⅱが両手で火を消そうともがく。

「副砲、機関砲、集中砲火!」

 指向可能な副砲と左腕の機関砲を向けた愛鷹の射撃指示を受けた各砲座が一斉にネ級改Ⅱへと砲弾の雨を浴びせる。二五ミリ三連装機銃の曳光弾が海面に跳ねながらネ級改Ⅱを打ち据え、長一〇センチ高角砲の砲弾が四一センチ砲弾の直撃で抉られた艤装の破壊痕に飛び込み、内部で散弾をまき散らして内側からかきむしる様に破壊していく。

 悶え苦しむ様にネ級改Ⅱが身をよじらせる中、更に愛鷹からの砲撃が追い打ちをかける様に直撃する。鈍い切断音と共にネ級改Ⅱの右腕が爆発で千切れ飛び、腹部に飛び込んだ四一センチ砲弾がネ級改Ⅱの胴体に深刻な一撃を入れ、既に損壊している艤装は鉄屑の塊へと変形していく。

 大破確定の一番艦を援護しようと二番艦のネ級改Ⅱが全火器の火力を愛鷹に投射するが、防護機能と刀が太陽光を反射して光ると同時に次々に砲弾は無力化され、外れた砲弾だけが虚しく左右前後で着水の水柱を上げていた。

 大破した一番艦は戦闘継続困難と判断し、反転して離脱を試みたがその背中から追いすがる様に飛来した四一センチ砲弾が未だ健在の砲塔部の天蓋を撃ち抜いた瞬間、破局の終焉が唐突に訪れた。ネ級改Ⅱが被弾に気が付いた直後、大爆発の炎を上げて誘爆した弾薬庫が砲塔部を吹き飛ばし、ターレットから溢れ出た火焔と破壊の衝撃波がズタボロのネ級改Ⅱの艤装を、胴体を引き裂いて行った。

 轟沈の黒煙を上げて四散したネ級改Ⅱの残骸が海中の底へと急速に沈んで行く中、愛鷹は砲撃の手を二番艦へと向けた。

 

「当たった!」

 レティクルの向こうで自身の放った砲弾がネ級改Ⅱの頭部に直撃するのを青葉は確かに見た。頭部へ諸に砲弾を受けて深刻なダメージを与えたネ級改Ⅱが左手で頭を抑え、右腕で前を掻く様に腕部を泳がせる。ネ級改Ⅱの深海棲艦固有のシールドを射抜いた青葉の二〇・三センチ二号砲の徹甲弾はネ級改Ⅱの眼球を破壊して視界を文字通り潰してのけたようだった。

「情けは要りませんね、砲撃続行! 沈むまで撃てェッ!」

 いつものお惚けた陽気な性格はどこへ行ったのやら、蒼い瞳に鋭い眼光を走らせた青葉がレティクル越しにネ級改Ⅱを見据え、容赦ない次弾発射の射撃ボタンを押し込む。右肩で二〇・三センチ主砲四門が砲声と爆炎を砲口から放ち、青葉の右肩で噴出した砲煙を突き破って四発の徹甲弾が手負いのネ級改Ⅱに飛来していく。頭部、それも眼球を射抜かれたネ級改Ⅱに照準を合わせて青葉へカウンターを行う余裕は残されておらず、また激痛も感じているのか目元を抑えるネ級改Ⅱが歯を食いしばって小刻みに震える。そこへ青葉からの斉射弾が容赦なく着弾し、艤装を破壊し、胴体に被弾痕を穿ち、青い体液を噴出させる。

 痛みにもがき苦しむ様子を見せるネ級改Ⅱに青葉が見せた表情は冷徹さそのものだった。深海棲艦に情けは要らない、くれてやるのは慈悲では無く砲弾と魚雷による死あるのみ。生か死か、選択肢は二つに一つ。それが青葉なりの深海棲艦に対する答えだった。

 被弾による苦しみに悶えるネ級改Ⅱに青葉が与えたのは死による安楽だった。

「左舷発射管、全管、てぇっ!」

 青葉の左足にマウントされた飛行甲板下部にある四連装魚雷発射管から酸素魚雷四発全弾が発射される。圧搾空気の噴出音と共に四本の長物が海へと飛び出し、海中へと潜り込んだ四発の魚雷がモーターを稼働させてネ級改Ⅱに吶喊していく。頭に食らった一撃による激痛に五感を支配されて回避も応射も出来ないネ級改Ⅱに四本の白い魚雷がうっすらと海面にその陰を現しながら突き進んでいく。

 魚雷発射後も青葉は更に二斉射をネ級改Ⅱに撃ち込んだ。流石に装甲は超巡なだけあり最重要区画は射抜けずじまいだったが、それ以外の鎧に覆われていない無防備な所を容赦なく二〇・三センチ弾がえぐり飛ばしていく。着弾した砲弾が数百ジュールにも及ぶ運動エネルギーと爆発の力を持ってネ級改Ⅱの艤装を胴体を切り刻み、破壊の力が及んだ個所をごっそりと吹き飛ばす。

 頭部への直撃以外際立った大ダメージとは言い難いものの、着実に損害が嵩んでいたネ級改Ⅱの足元で、唐突に死が訪れた。一本、また一本と魚雷炸裂の爆発炎と水柱がそそり立ち、右足元で炸裂する爆発にネ級改Ⅱの身体が左側へと大きく傾く。三発の魚雷が直撃し、信管を作動させて引き起こした爆発で右足が宙を舞い、一瞬の間をおいてその右足が主機を履いた部分ごと引き千切られる。右足の支えを失ったネ級改Ⅱの胴体が今度は右側へと倒れ込み、完全に行動と戦闘の自由を失って沈黙した。

「魚雷三発命中確認。ネ級改Ⅱ二番艦、大破、沈黙。戦闘航行不能と認む」

 肩の上で見張り員妖精が双眼鏡を手に海上に倒れ伏すネ級改Ⅱを見て親指を青葉に向けて立てる。

「止めを刺します、主砲斉射! てぇっ!」

 最後の一撃を放つ青葉の主砲から四発の徹甲弾が撃ち放たれ、緩やかな弧を描いて落下した砲弾が海上に倒れ伏すネ級改Ⅱに命中する。重く大きな艤装の喫水線下に破孔が開き、そこからの浸水で瞬く間にネ級改Ⅱの姿が海中へと引きずり込まれていく。まるで海の怪物に掴まれて海底へと引き摺り込まれるかの様に消え去るネ級改Ⅱのその最期は、周囲の砲声で騒がしい戦場の海と比べれば静かな終焉だった。

 六隻中二隻のネ級改Ⅱを撃沈したランナー隊だったが、残る四隻のネ級改Ⅱは依然、衣笠、愛宕、鳥海、摩耶と砲火を交えていた。

 ケチの付け始めは摩耶の被弾だった。防空重巡洋艦と言う事もあり、姉妹艦の鳥海と比べて水上砲戦火力にやや不安があった摩耶の左舷艤装にネ級改Ⅱから暴力の塊の様な砲弾の一撃が命中する。高初速のその砲弾の一撃を食らった摩耶が短い声にならない喘ぎ声を上げ、被弾の衝撃で上半身を仰け反らせた直後、遅れて飛来した二発目が彼女の右舷艤装を射抜いた。

 射抜かれた艤装から千切れ飛んだ破片や、爆発した砲弾の破片が摩耶の身体を小刻みに切り裂いていく。両腕には切り傷が刻まれて赤い血がにじみ出て来る。

「クソが!」

 吐き捨てる様に叫びながら摩耶が依然健在な三基の主砲で撃ち返した直後、ネ級改Ⅱから飛来した砲撃が発砲したばかりの第二主砲を捉えた。激しい衝撃が摩耶の左舷側で走り、歯を食いしばって堪える彼女の左目の端で直撃を食らった第二主砲が爆散していくのが見えた。弾薬庫への誘爆が無かったものの、主砲搭一基が文字通り粉砕されて跡形も無く消え去り、彼女の火力を減じさせる。

「やられっ放しは腹立つんだよ! あたしは負けるのが嫌いなんだ!」

 意地で身体中に刻まれた切り傷の痛みを堪えながら喚く摩耶が残る二基の主砲で撃ち返す。ネ級改Ⅱの五番艦と交戦していた鳥海が砲撃の手を止めて摩耶の援護に入ろうとするが、それをさせまいと五番艦から激しい砲火が鳥海に降り注ぎ、彼女の左側頭部を掠め、探照灯と二二号水上電探を吹き飛ばし、破片が彼女の左側頭部の頭皮を傷つけた。

「痛っ!」

 瞬間的な痛みが左側頭部で走り、反射的に左手で患部を抑える。黒い手袋に血が付着する中、砲撃の手が緩んだ鳥海にネ級改Ⅱから更に砲撃が着弾した。左手に持つ艦橋艤装に諸に砲弾が直撃し、〇二甲板から上がごっそりと吹き飛ぶ。射撃指揮所や羅針艦橋、マストを構成していた箇所が粉々になって細かい部品の群れとなって海面へと落ちて行く中、鳥海の艤装内で警報が鳴り響き、射撃アシストオフラインの被害報告が応急修理妖精から鳥海本人に報じられる。

「なんの、私の眼で狙って撃てばいいわ!」

 負けず嫌いなのは摩耶に限らず双子の様な姉妹関係の鳥海も同じだ。艦橋艤装が破壊された事で照準アシストも破壊された以上は、鳥海自身の身体が直接主砲をネ級改Ⅱに精確に合わせる必要があった。

直接照準射撃に切り替えた鳥海の砲撃は、彼女の素の射撃の腕の高さもあってか、ネ級改Ⅱを捉えていた。摩耶と違って全主砲が健在な鳥海の六門の主砲の内、半数の三門分三発がネ級改Ⅱに直撃し、艤装に損害を与え返す。しかしネ級改Ⅱが参る様子は一切なく、寧ろかすり傷だと言わんばかりに余裕綽々とした表情を浮かべて次弾を鳥海へと撃ち込む。

 鳥海のベレー帽が吹き飛び、ネ級改Ⅱの主砲弾が彼女の身体と艤装を更に痛撃していく。被弾した艤装から火災の炎と共に黒煙が上がり、防護機能で打ち消しきれなかったダメージで制服とスカートの間のむき出しの腹部からじわりと血が広がり始める。

「鳥海無理すんな!」

 無視出来ない損害を被りつつある鳥海に摩耶が戦線離脱を呼びかけようとした時、彼女のその隙を突いたネ級改Ⅱの砲撃が摩耶の胸部と左舷艤装に直撃した。

 艤装に直撃したネ級改Ⅱの徹甲弾は一二・七センチ連装高角砲二基がマウントされていた箇所をごっそりと吹き飛ばし、第一主砲の砲身をへし折った。だが最も摩耶に深刻なダメージを与えたのは彼女の胸部に直撃した一発だった。

 艦娘の防護機能で最も耐久が高いのが頭部と胸部だ。摩耶の防護機能はその耐久性を全力で発揮し、彼女の豊満な胸囲で覆われている胸部を護ったが、破壊のダメージは打ち消せても何百ジュールにも及ぶ衝撃のダメージまでは打ち消せなかった。凄まじい直撃弾の衝撃をもろに受けた彼女の胸部の内臓が受けてはならない衝撃によって傷ついた。

 込み上げて来る熱いものを堪え切れずに吐き出す摩耶の口から鮮血がどっと吐き出される。胸から脳に駆けて走る激痛に摩耶の思考が止まり、口の端から血を垂らしながら摩耶の身体が力なく前のめりに倒れ込んだ。

「摩耶!」

 悲鳴の様な鳥海の叫び声が上がる。鳥海とて無視出来る被害では無い。戦列に崩壊の兆しが見えるランナー隊の重巡艦娘部隊だったが、即座にネ級改Ⅱの一番艦を片付けた愛鷹が舞い戻って来て戦列を立て直しにかかる。

「鳥海さんは摩耶さんを連れて後退を。愛宕さんは衣笠さんとともに敵六番艦に対応、青葉さんは敵五番艦を攻撃、私はその間に敵三番艦と四番艦を無力化します」

 中破している鳥海に大破した摩耶の護衛退避を命じつつ、健在な愛宕と衣笠のペアで摩耶を無力化した六番艦へ対応させ、青葉単独で五番艦への対応を任せる。青葉、衣笠、愛宕、鳥海の四人が「了解」と返すのを聞いた愛鷹は主砲の射撃管制をCIC遠隔操作に切り替えると、左腰からも刀を引き抜き、二刀流の構えを取って最も距離が近い三番艦へ進路を取って最大戦速で突撃した。

文字通り自身へ突っ込んで来る愛鷹を見たネ級改Ⅱの全砲門が彼女へ向けて砲火を浴びせる。的となる愛鷹自身が近づく事で命中精度は上がったが、主砲弾は悉く二刀流の刀によって切り裂かれて何の役にも立たない鉄屑と化し、副砲弾、機関砲弾は防護機能と装甲で弾かれる。仲間をカバーせんと、誤射覚悟で撃ち込まれる四番艦の砲撃が愛鷹の左右前後をすり抜ける。手を伸ばせば届きそうにも見える距離からの砲撃すら外すのは、興奮のあまり逆に射撃の腕が狂っている証拠だ。

 刹那、三番艦がその顔に恐怖をハッキリと浮かべた時、短く小さな掛け声と共に愛鷹の両腕が刀を振り下ろした。軽く空気を切り裂く音を上げながら振るわれた刀の白い切っ先が、チーズを切るかのようにネ級改Ⅱの主砲艤装を切り落とす。破断箇所から火花が散り、線香花火の様にチリチリと火花が海上へと滴り落ちる。

 武装を無力化されたネ級改Ⅱがその四肢を駆使して格闘戦を挑もうと愛鷹に手を伸ばすが、直前に逆進全速をかけた愛鷹の身体が後ろへとスライドする様にバックし、同時に四一センチ主砲が全門、手を伸ばせば届くところにいるネ級改Ⅱに向けられる。憎悪を溜まりに溜めたネ級改Ⅱの睨みつけに対して、愛鷹の道端の石ころを見る様な目が見つめ返した。

 直後、四一センチ主砲の砲声が轟き、ゼロ距離射撃を受けたネ級改Ⅱの胴体が爆散する。ぐしゃぐしゃになった人型の残骸が燃えながら海中の底へと沈んで行く中、愛鷹は狙いを四番艦に定め直した。

 ここで動作がほんの一瞬遅れたのが愛鷹に痛い一撃を入れる事になった。自身が思っているよりも、ほんの少し、コンマ一秒以下の一瞬の間だったが彼女の脳から艤装へかけての動作指示の伝達が遅延した事で、正面に全力で展開されていた防護機能を全周展開にするのが遅くなった。

 その隙を突いてネ級改Ⅱの四番艦が主砲の斉射を愛鷹へ撃ち込んだ。左舷飛行甲板艤装及び左半身に悉く吸い込まれる様に直撃したネ級改Ⅱの主砲弾は飛行甲板の航空艤装をひとし並みに爆砕し、吹き飛んだ飛行甲板の下から格納庫が丸見えになった。愛鷹の左半身に直撃した主砲弾は体表面に展張される防護機能によって辛うじて肉体そのものへのダメージを防いだものの、釘バットで左の横っ腹を殴打した様な激痛が左わき腹から愛鷹の脳天を突き、声にならない声が口から零れる。

 鉄の味がする赤い液体が口から一口分ほど吐き出され、じわじわと無視出来ない痛みが左わき腹を中心に広がっていく。直ぐに応急修理妖精が鎮痛剤の注射を打ち込んでくれたお陰で、痛みは急速に引いて行ったが、口の中には苦々しい鉄の味が残り強い不快感を残した。

 立て直した愛鷹が四番艦を見据えた時、なんと四番艦のネ級改Ⅱの方から今度は愛鷹目掛けて突っ込んで来た。

「何⁉」

 驚く間もなくネ級改Ⅱの頭部に生えている角が愛鷹の左肩に突き刺さり、更にネ級改Ⅱの右パンチが、恐らくは被弾時の衝撃で内臓の一つや二つは傷ついたかもしれない左わき腹に叩き込まれる。殴り上げる様に叩き込まれた拳に愛鷹の身体が僅かに宙を浮き、普段の美声からは想像もつかない短い濁音まみれの呻き声が彼女の口から飛び出す。

 傷口に塩を塗る行為を叩きこんで来たネ級改Ⅱの胴体に何とか右手を付けて突き放す愛鷹に、今度は超至近距離からネ級改Ⅱの砲撃が撃ち込まれる。予め展張されていた防護機能を真正面からぶち抜いたネ級改Ⅱの砲弾は、威力を大きく減衰させながら愛鷹の右舷艤装の舷側と主砲搭に命中した。不幸中の幸いにもいずれの砲弾も分厚い装甲で覆われた最重要装甲区画に着弾していた為、その肉厚な装甲版で弾き返されたが、相殺出来ない衝撃が愛鷹を後ろへと大きく突き飛ばした。

 左肩を角で突き抜かれた結果、上手く力が入らない左腕では受け身も取れず、そのまま海へと倒れ込む。海上に尻もちをつく愛鷹にネ級改Ⅱが主砲を再装填して再度指向するが、その時には愛鷹の主砲も再装填が終わっていた。

 ほんの一瞬、ネ級改Ⅱが主砲に撃発信号を送った時、愛鷹の主砲が先に発砲した。海上に尻もちを付く形からの発砲は結果として仰角を大幅に稼ぐ事になり、大きく上へと砲身を向けた主砲から撃ち出された砲弾がネ級改Ⅱの主砲搭とネ級改Ⅱの首を直撃した。

 ゼロ距離とはまた違うが超至近距離からの大口径主砲の砲撃をまともに受けたネ級改Ⅱの主砲搭にめり込んで内部で爆発した四一センチ砲弾が弾薬庫の誘爆を招き、第二主砲左砲から発射された砲弾はソニックブームを立てながらネ級改Ⅱの頭部の角を吹き飛ばした。

 頭の角をへし折られる様に吹き飛ばされたネ級改Ⅱが何が起きたのか分からないと言う様な表情を一瞬浮かべた時、四一センチ砲弾に貫かれた弾薬庫の誘爆に呑み込まれて、その四肢と艤装は業火の炎の中へと包み込まれる。

 手負いにさせられながらも何とか二隻のネ級改Ⅱを撃沈した愛鷹は肩で息をしながら左肩を見やる。ネ級改Ⅱの角で突きさされた左肩に小さな穴が開き、どくとくと血が溢れ出ていた。軽く患部を触って傷の具合を確かめる。

 

(大丈夫、動脈とかは無事ね……)

 

 肩の肉と筋肉に穴が開いただけだ、と自身に言い聞かせながら姿勢を起こす。止血剤を持った応急修理妖精が患部にキトサンを注入する。体内で血を吸ったキトサンが膨らんで止血されていく。虫が体内で蠢いているかのような不快な感覚と共に止血されていくのを感じ取りながら絆創膏の大きなテープを患部の穴から貼り付ける。左腕がやや不自由になったが、応急処置は出来た。

左腕の応急処置を終えると、愛鷹は尻餅をついた自身の姿勢を立て直しにかかる。一旦刀を鞘に仕舞い、自由の利く右腕を支えにしゃがみこみの姿勢に何とか移行させて立ち上がる。ぎゅっと左肩と左わき腹を強く押し付けているかのような鈍い痛みがじんと伝わって来るが、鎮痛剤のお陰で動けなくなる程の痛みにはならない程度に緩和出来ている。

 文字通り肩で息を整えて周囲を見回すと、少し離れたところで青葉、衣笠、愛宕の三人がネ級改Ⅱと砲撃戦を繰り広げていた。三人共直撃弾は免れている様だが、掠り傷や至近弾の破片で制服がびりびりと切り裂かれて肌から鮮血が一文字の様に滲み出ている。

 二対一を演じている衣笠と愛宕はまだ何とかなりそうだが、火力では実質格上のネ級改Ⅱ相手に劣勢気味な青葉にネ級改Ⅱがにんまりとした笑みを浮かべて主砲を向けた。

 

 あれは当たる! 青葉が致命傷を負いかねない損害を受ける、動物的な直感が右腕を動かし、射撃グリップを掴んで四一センチ主砲の砲身の仰角、射角を調整し、砲撃の号令を下すのも忘れて無我夢中で愛鷹は主砲を撃ち放った。

 

「やめな、さい!」

 

 被弾と負傷で鈍い痛みが全身に行き渡っている愛鷹の身体を濡れタオルで全身事張り倒した様な衝撃が伝わり、目の前の視界に発砲炎の赤い炎が広がった。

撃ち放たれた砲弾は、水平撃ちされた事もあり、海上に衝撃波の波を立てながら飛翔して行き、青葉に注意が向いていて周囲警戒が疎かになっていたネ級改Ⅱの真横から直撃した。

 ネ級改Ⅱの側頭部からめり込んだ四一センチ砲弾が頭部内で爆発し、更に胴体部の真横から直撃した二発の砲弾がネ級改Ⅱの体内で爆発する。残る二発がネ級改Ⅱの艤装の装甲を貫通し、内部で爆発して機関部や艤装類の誘爆と破壊を引き起こしてネ級改Ⅱを文字通り粉砕して一瞬で轟沈に追い込んだ。

 目の前で爆散したネ級改Ⅱの爆発炎に青葉が咄嗟に顔を伏せた時、何かが青葉の首周りに絡みつき、更にその身体にも何かが付着した。

「え?」

 何だと思い目を開けて首に纏わりついたものに手を伸ばす。

 

 爆沈したネ級改Ⅱの片腕だった。

 

「……!」

 ぎょっと目を見開いて息を吞む青葉が、震える手でネ級改Ⅱから引き千切られた片腕を手放す。汚物を摘まんで放り出すように伸ばされた青葉の腕には爆散時にネ級改Ⅱから飛び散った青い体液と艤装の伝導液が混じって付着していた。

 流石に唐突過ぎるショッキングな光景に青葉の脳がフリーズする。思考停止している場合ではないのは分かっているが、いきなりグロテスクな光景を目の当たりにしてしまうと、数多の戦場を経験して来た青葉でも流石に脳が働かなくなり、心臓の鼓動も急激に早まる。心の事前準備が出来ていたら身構える事も出来た。以前沖ノ鳥島海域で撃沈され、漂流していたノーザンプトンの遺体を自沈海葬させた時以来の光景と言えたが、あの時は事前に身構える心の準備が出来ていたからまだ大丈夫だった。だが、今は違う。

 半ば惚けた様に立ち尽くしていると、横合いから誰かが青葉の肩を掴むのが見えた。

「何をぼさっとしてるんですか、戦闘中ですよ」

 

 叱咤する愛鷹の顔を見て青葉はまたどきりと心臓が大きく動揺の鼓動をうつのを感じた。目が恐ろしいのだ。

 愛鷹の眼が、人を殺す事を誰よりも躊躇うあの愛鷹が、深海棲艦を粉砕して肉片に変えた事にこれっぽちもなんとも思っていない、感情が感じ取れない目。普段の眼付と殆ど大差はないが、微妙な違いだ。愛鷹の深紫の虹彩に本来あるべき光が無い。

 少しばかり自分の肩を掴む愛鷹の右手を払う様な仕草で青葉は距離を取った。一瞬だが、愛鷹が以前仕込まれた薬物で精神に異常を来して、艦娘達を襲った時の眼に似ている気がした。

 

「……どうしたんです……?」

 

 瞬きを一回挟みながら愛鷹が聞く。本人の中では特に変化を感じていないのだろうか、不思議そうな顔で軽く首をかしげながら、距離を取って来る青葉を見る。生理的嫌悪感から直視出来なくなりそうな自分を奮い立たせてもう一度愛鷹を見ると、瞬きを挟んだ直後の眼は普段の本来虹彩にあるべき光を湛えた眼に戻っていた。

 

「……何でもありません」

 

 口ではそう返しつつも、青葉は心の底で(バケモノめ……)と普段親しく接している筈の愛鷹の中の、恐らくは本人自身も自覚していないであろう、深層に潜む殺戮の意思の塊を呼び捨てていた。

 

 

 破壊音と衝撃、爆発の火焔が右手で炸裂し、衣笠は咄嗟に右手持ちの第一主砲を手放した。ネ級改Ⅱからの砲撃の直撃を食らった衣笠の第一主砲が爆散し、木っ端微塵に砕け散った主砲砲身、天蓋、射撃グリップが四方へと飛び散り、内部にまだ多数残っていた弾薬や装薬が花火の様にバチバチと爆発する。

「主砲を一基失ったわ! 愛宕、そっちの状況は?」

「流石に、これ以上のカスダメージは拙いかも……」

 直撃を食らった訳では無いものの、小破未満のダメージが嵩みつつある愛宕も限界が近い。右腕の深い傷を抑えながら愛宕は二〇・三センチ主砲を撃ち放つ。二人と撃ち合っていたネ級改Ⅱも相当手負いだ。主砲を一基潰され、艤装上から上がる火災の手は止む気配が無い。消し止められないまま広がる火災をコートの様に纏うネ級改Ⅱの速力は低下し始めており、ギブアップ寸前と言えた。

 それでも衣笠の第二、第三主砲の斉射を辛うじてギリギリの距離で躱してのけ、未だ健在な全火器で愛宕に応射を撃ち返す。照準装置が既に破損しているのか、ネ級改Ⅱの砲撃は明後日の方向へと飛んで行くだけだった。

 苦戦を強いられたものの、ネ級改Ⅱの全艦の無力化には成功しつつある。夕張と深雪の戦況が不明だが、撃沈されたと言う知らせは入って来ないし、遠くで一四センチと一二・七センチの射撃音が聞こえて来る辺り、交戦中なのは間違いない。

 一方のス級は壊滅していく随伴艦艇を置き去りにして前進を続けている。

 何よあんた達、仲間意識ってものが無いの? と内心見方を鑑みる事のないス級に呆れながら衣笠は主砲の再装填が終わり次第、ネ級改Ⅱにこの日何度目か分からない斉射を放つ。やや遅れて愛宕も斉射を放ち、二人合わせて一〇発以上の二〇・三センチ主砲弾が手負いのネ級改Ⅱに降り注いだ。

 左右からのジャブを連続でたたき込むかのように、二人からの斉射弾を浴びたネ級改Ⅱが爆炎が炸裂する度に右に左に揺さぶられ、破壊された部品が飛び散る。火災は一層激しくなり、よろよろと足を止めたネ級改Ⅱがゆっくりと海中へと沈降を始めた。火災の炎が海水とせめぎ合い、白い水蒸気の煙が立ち上る。

「やっと終わった様ね」

「そうね」

 二対一と言う数的有利を持ちながら徹底的に手こずらされただけでなく、相応の損害を被る羽目になった事もあり衣笠、愛宕ともに撃破の達成感は薄かった。ネ級改Ⅱが只の重巡よりもランクの高い超巡と言う極めて強力な難的なのは承知していた事ではあったが、それでも青葉は一人で一隻を片してのけていたのに対して、自分達は二人がかりで挑んで時間を長くかけてようやく撃破と言う始末だ。その間に二人は少なからぬ損害を負い、衣笠は主砲を一基失っている。

「そんな落ち込んだ顔しない、衣笠。勝ったのだから良しとしましょう」

「そう、だね……」

 うすらと微笑を浮かべ、残る主砲を構え直す衣笠とファーストエイドキットから絆創膏を取り出して患部に張り付けながら愛宕も微笑みを返していると、遠くでゴン、と言う爆発音が聞こえた。

 

「やっと命中!」

 夕張は砲身から白い煙を上げかけている一四センチ主砲を一瞥しながら、被弾の衝撃で傾ぐナ級を見据えた。

 高火力、高初速の魚雷を何度も何度も正確に放って夕張と深雪の挙動を牽制し、深雪が展開した煙幕による視界の遮断をレーダー照準で管制された正確な主砲砲撃で無効化して二人のすぐ傍に砲弾を送り込んで来るナ級後期型Ⅱflagship級一隻を相手に、夕張と深雪の二人は苦戦を強いられた。

 何回目か分からぬ主砲の砲撃を繰り返している内に、ようやく一撃が重い夕張の一四センチ主砲の砲弾がナ級に直撃した。既にナ級は魚雷を撃ち尽くしており、純粋な砲撃による殴り合いに限定される状況下で二人からの十字砲火からひたすら逃げ回っては機会を見て一発撃ち返す、と言う事を繰り返していた。

夕張からは何度か甲標的が発進してナ級を追撃していたが、ナ級の回避能力を前に発射された魚雷は悉く躱され、逆に海中へと投げ込まれた深海爆雷で船体が損傷して何とか回収は出来たものの、再度の出撃は難しい状況だ。詳しく見ていないので断定は出来ないが、収容時の見た目からして艦娘母艦の大規模修理施設に送らないと使用不可能だろう。搭乗する装備妖精が助かっただけ儲けものだと考えるしかない。

 何十回目か分からない砲撃の火焔が夕張の主砲から迸る。ランナー隊の多くを占める重巡艦娘や愛鷹の主砲と比べると小口径な方の一四センチ主砲だが、その一撃は当たれば深海棲艦の駆逐艦には何かしらの損害は与えられる。触れば大なり小なりの負傷は免れない猛毒を持つ蛇の牙の様にその一撃は当たれば深海棲艦の艤装を破壊し、機能を奪い、経戦能力に無視出来ない損害を与えて行く。

 その丸い船体と艤装から既に黒煙を上げているナ級に再び着弾の閃光と爆発炎が走った。爆発の規模からも夕張の射撃で間違いない。ぐらりと揺らぐナ級の船体が急激に速度を落とし、酔っ払いの様にふらふらと進路が乱れ始める。

「舵をやったかしら? 深雪、接近して止めを刺してやりなさい」

「了解だ」

 二つ返事で了承した深雪がナ級へと接近を試みる。黒煙を上げて速度を落としたまま応射の構えを見せないナ級に一四センチ主砲の砲口を突きつけながら警戒を行う夕張の視界内で、接近した深雪が主砲を構えながらナ級の様子を伺う。弱ったと見せかけて、近づいて来た艦娘を急襲するはったりの線も考えて用心深く近づく深雪の耳にごぼごぼと言う気泡の音が聞こえて来た。

 膨れ、弾ける気泡の音と共にナ級の艦体がゆっくりと傾斜を始める。復元可能傾斜を越えるのを確認した深雪はヘッドセットのマイクを掴むと、後方の夕張にナ級の最期を伝えた。

「奴は自沈したぜ。追撃は無用だ、愛鷹達の援護に回ろう」

「了解。ふう、何発残ってる?」

「三分の一くらいかな……残弾が心許ないね。夕張は?」

「半分くらいかしら。深雪よりは搭載弾薬数多いから」

 たった一隻の駆逐艦相手に多量の弾薬を消耗してしまったのは二人にとっては痛恨の極みであった。それだけナ級がしぶとく、回避に徹したお陰と言えた。二匹の猛獣相手にしぶとく逃げ回り続けた鹿の様なナ級の最期は免れ得ない死に対して自害と言う結末だった。

 自沈を選んだナ級にこれ以上構う必要はない。そう判断した二人が隊列を組んでランナー隊の主力の面々の元へと戻る。摩耶が大破、愛鷹と鳥海が中破、衣笠が小破しており、ランナー隊の受けた損害は決して軽くない。

 だがス級を取り巻く随伴艦艇は全て片付けられた。残存する艦艇はス級ただ一隻のみ。これ以上ランナー隊が出張る必要は無いだろう。

 派手に破壊された航空艤装と痛々しい傷跡を見せる左肩に右手を当てている愛鷹を中心に、ランナー隊の残存艦娘が集合する。無傷は青葉、夕張、深雪のみ。衣笠と愛宕は身体中に切り傷が刻まれ、衣笠の第一主砲は失われている。既に鳥海と摩耶は戦域を離脱し、すぐ後方にまで進出している「ズムウォルト」へと後退している。

「大分手酷くやられたな」

 主砲の残弾メーターと硝煙の煤で真っ黒になった各々の制服と、損傷、負傷した一同を交互見ながら深雪が呟く。

 自身のセーラー服にこびりついた煤を払い落しながら青葉が損害の主な要因を口にする。

「相手がネ級改Ⅱと言うのが要因ではありますね。とは言え、これで本隊戦力となるアンヴィル隊は一対多数のシチュエーションを作り出せました。火力差は数で補えるでしょう」

「戦艦九隻、重巡一隻、軽巡二隻、駆逐艦三隻。まあ、余程の事が無い限り数の不利をス級単艦でひっくり返せるとは思えませんが」

 楽観的な見方をする愛鷹に青葉が振り替えってその理由を問う。

「根拠は?」

「初遭遇時の沖ノ鳥島海域での戦いと違って、ス級の超射程砲撃はまずこの時点で封殺できています。超射程砲撃による面制圧火力と言うアドバンテージを奪った以上はス級も近接砲戦で九隻の戦艦艦娘を相手取らねばならない。更に砲戦型重巡のタスカルーサさんに砲戦型軽巡のヘレナさん、高い雷撃戦火力を持つ矢矧さんと改二化された黒潮さん、親潮さん、素で高い雷撃戦火力を持つフレッチャー級のヘイウッド・L・エドワーズさんもいる。ス級の対水雷防御がどの程度かは不明ですが、無印と大差ないなら片舷に一〇発前後当てれば確実に沈みます。

 戦艦艦娘とタスカルーサさん、ヘレナさんによる集中砲火で副砲群を破壊し、近接火力を封じ込めた上で矢矧さん以下駆逐艦三人と合わせて魚雷を打ち込めば、あの巨大艦と言えど海の藻屑にはなるでしょう。問題はそれが出来るまでに何隻の戦艦艦娘が戦闘能力を維持出来るかですが」

ネ級改Ⅱと違った理不尽の塊の様なス級、それもelite級と言う上位種を相手に、愛鷹も不安が残る個所を口にする。ス級の火力は至近弾で金剛型戦艦艦娘を撃破するだけの火力がある。そしてその面制圧火力は国連海軍に属する如何なる戦艦艦娘をも凌駕する。幸い後者は封じ込めれているとは言え、それでも大火力は健在だ。最も強固な装甲を持つ大和型改二でも直撃したら最後、と言っても過言ではない。

 左肩に当てている右手を離して、愛鷹はその掌を見つめる。左肩の負傷で感覚が鈍っている左腕と違って、右腕は全力で回せるくらいには問題ない。ぐーぱーぐーぱーと掌を開いて閉じてを繰り返す愛鷹に、青葉が近づいて来て、その左肩の傷や身体を触って負傷の具合を調べる。

「ス級と一戦交えたいのかも知れませんが、その身体では無理がありますよ」

「……分かっていますよ」

 溜息交じりに答えながら心配そうに見上げて来る青葉の顔を見つめ返す。

 青葉だけではない、傷だらけの衣笠、愛宕、無傷だが硝煙の煤塗れの夕張と深雪も心配そうに自分を見ていた。

 やる事はやった、一時「ズムウォルト」へ全部隊で後退して補給と再編成を行おうと言いかけた愛鷹の耳に、雷鳴の様な複数の砲声が聞こえて来た。

 音のなる方を振り返ると、水平線上に砲煙が幾つも立ち上がっているのが見えた。アンヴィル隊が交戦を開始したのだ。




 ほぼ全編で第三三特別混成機動艦隊ことランナー隊対ネ級改Ⅱとナ級の戦闘を描きました。
 次回はアンヴィル隊こと大和以下戦艦部隊対ス級との戦闘をお送りしたいと思います。
余談ながら劇中での愛鷹の刀の構え方はスターウォーズでのオビワンのフォーム3ソレスの構えを意識してます。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第七六話 マリョルカ島沖艦隊決戦 Ⅳ

 


 ランナー隊の奮戦のお陰で単艦行動となったス級に対して、アンヴィル隊の一五名は二手に分かれて攻撃の手を加えた。片方は大和以下戦艦艦娘九名、もう片方はタスカルーサ、ヘレナ、矢矧、黒潮、親潮、ヘイウッド・L・エドワーズの六人だ。それぞれ戦艦艦娘九名はアンヴィル1-1、タスカルーサ以下のメンバーはアンヴィル1-2とコールサインを割り当てて識別した。

 先手を切ったのはアンヴィル1-1のネルソン、ロドニー、ウォースパイト、ビスマルク、ワシントン、サウスダコタの六名だった。

「Shoot!」

「Feuer!」

「Commence Firing!」

 三つの異なる砲撃号令が同時に発せられ、その直後、一六インチと一五インチの二種類の主砲の発砲音が響き渡り、六人の左舷側に巨大な火炎が噴出し、衝撃波が周囲の海面に広がって行った。大口径の戦艦の主砲弾を投射する砲門の数は一六インチが三二門、一五インチが一二門にも上った。ネルソン、ロドニー、ウォースパイト、ビスマルクの主砲からは強化APDS弾が、ワシントンとサウスダコタの主砲からはSHSが発射されていた。

 六人から放たれた全四四発の徹甲弾がス級にシャワーの様に降り注ぎ、無数の水柱でその巨体を覆い隠す。ともすればこの一斉射の一撃で轟沈したかのように見える光景だが、ス級は直ぐに傍の水柱を踏み潰す様に突っ切って姿を現し、その艤装に備えられた巨大な砲塔を六人の方へと差し向け始める。呆れるほどに巨大な砲塔なだけに砲塔旋回速度はゆっくりとしており、二八ノットで驀進する六人に直ぐには追随出来ない。

 ス級が第一射を撃てない間に、六人は第二射を放っていた。火炎と黒煙が六人の左舷側に噴出し、目くるめく閃光と砲煙、耳を聾する砲声と共に放たれた一撃が空中を飛翔して行く。

 再度、四四発の砲弾がス級の周囲に着弾する。林を思わせる密度で着水した砲弾がその場に巨大な水柱を突き立て、白い水柱の背後にス級の姿を隠す。四四発もの砲弾を投射すれば、一発食らいは当たりそうな雰囲気もあったが、六人共自身の砲撃に命中の手ごたえを感じ取ってはいない。

 第三射の用意の為に六人が主砲の再装填を進める間に、ス級の一二門の主砲の砲撃準備が完了していた。ス級にとって近距離での砲戦になるだけに主砲の砲身は全て俯角がかけられていた。

 ス級の巨大な一二門の主砲の砲口に昼間の太陽を思わせる火焔が現出し、遅れて一〇〇〇メートル近い距離を取っている六人の顔や身体に響く衝撃波と鼓膜を破かんばかりの砲声が押し寄せて来た。顔に打ち付けて来る衝撃波にネルソン達の視界が一瞬歪んだ。

 大口径かつ比較的砲身も長いだけに初速は速めのス級の砲弾が宙を飛翔して行く。鉄橋の下で高速列車が通り過ぎるのを聞いているかのような轟音が六人の頭上から迫り、それが極大にまで大きくなった時、六人の艦娘の周囲に一二本の水柱が突き上がった。

 北米大陸西海岸に自生する巨木セコイアの様に高く巨大な水柱がそそり立ち、弾着の衝撃波と波しぶきが六人を巨人の手で揺さぶられるかのようにゆらゆらと大きな周期で揺さぶる。

「Oh my god……」

「Holy shit……」

 巨大な水柱と衝撃波を受けたロドニーとサウスダコタが目を丸くして唖然とした様に呟く。

 長期戦になり、ス級の砲撃精度が上がって直撃を受ければ幾ら超弩級戦艦艦娘揃いとは言え、ひとたまりも無いのは明らかと見たロドニーが姉のネルソンに意見具申を行う。

「姉さん、ここは私達ブリテン戦隊の三人でネルソン・タッチを撃ち込まない? あれだけ大きな相手なら三人の集中砲撃を食らえば木っ端ミジンコよ!」

「そんな容易い相手では無いが、よかろう。本命の大和達のミラクルショットが撃てるまでの間に奴めに痛いものを食らわせてやろう」

「やるのね、ネルソン。それなら私が援護するわ。ワシントン、サウスダコタ行くわよ!」

「Roger」

「Okay」

 即断即決でネルソン特殊砲撃に移行する事を決断したネルソンに、後続のビスマルクがワシントンとサウスダコタの二人を連れて特殊砲撃開始までの援護射撃に入る。陣形を変更してビスマルクを先頭に三人が単縦陣を組んで交互撃ち方で間断の無い砲撃を開始する中、ネルソン、ロドニー、ウォースパイトの三人も陣形を変換すると同時に、ネルソンとロドニーは特殊砲撃モードに艤装を変形させた。

「データリンク、オン。ネルソン、ロドニー、ウォースパイトの三隻の射撃管制装置の同調を確認。照準システム、リンク。スタビライザーを特殊砲撃モードへセット」

 手慣れた手つきで二番艦のロドニーがネルソン・タッチの異名で呼ばれる特殊砲撃の準備を進める。三人の主砲搭がぴたりと一寸違わぬ仰角を取り、射角を調整していく。

「主砲強制冷却装置、レディ。装薬、強装薬を装填。以後三隻の射撃管制はネルソンに一任。スタンバーイ」

 大和が武蔵とアイオワと共に撃とうとしている特殊砲撃と違い、艤装の規格が同じ国同士である分、ネルソン・タッチの射撃準備にかかる時間はさほど長くは無かった。

「スタンバーイ、スタンバーイ、OK!」

「ネルソン・タッチ! 主砲、一番、二番、三番、全門斉射、Shoot、Shoot、Shoot!」

 データリンクで統制されたネルソン、ロドニー、ウォースパイトの三人の主砲がネルソンの砲撃開始の合図と共に全砲門に火焔と噴煙を迸らせ、ス級に同一諸元で設定された砲撃を撃ち込む。ネルソンの三連装主砲が右、中、左とやや間をおいて斉射と言うよりは三連射する様に発砲し、一拍置いてロドニーの三連装主砲が同じ要領で、最後にウォースパイトの主砲も右、左の順に連装主砲を撃ち放つ。

 三人の主砲から強装薬で撃ち出されたAPDS弾が砲口から飛び出すや装弾筒をかなぐり捨て、常装薬よりも大きい発射のパワーを持って空中を飛翔していく。三人の同調連続射撃となるネルソン・タッチはネルソンの測距を三人で共有しているので照準もネルソンが合わせた場所へ着弾する。試射も充分に行っていない段階でのネルソン・タッチではあったが、この距離でなら試射を繰り返し、挟叉を得て斉射、と言うセオリーに則らずとも直撃弾を叩き出せるはずだ。

 三人の全主砲の連動射撃の砲声が静まった頃、ス級の巨大な艤装と周囲の海面に直撃の閃光と外れ弾の突き立てる水柱が相次いで炸裂した。

 同一諸元で撃ち込まれた徹甲弾がストレートパンチを連続で叩き込む様に、ス級の艦体を一撃しぐらり、ぐらりと被弾の度にス級の艦体が大きく反対側へと仰け反る様に揺れた。

「やったか!?」

 上半身の前面に展開していた主砲艤装を通常モードへと戻しながらネルソンはス級の艦体を見つめる。強制冷却装置によって急激に砲身が冷却された白い蒸気が靄の様に前面に立ちふさがって視界が若干悪い中、砲撃効果を確認しようとする彼女の耳に、巨大な砲声が飛び込んで来た。

「What the……」

 呻く様にネルソンが口を開いた直後、目の前で巨大な火炎が噴出し、ネルソン達の視界を真っ赤に染め上げた。一拍遅れて無数の巨大な散弾がネルソン、ロドニー、ウォースパイトを包み込む様に襲い掛かり、鉄片の暴風雨に晒された三人の艤装がけたたましい金属音と共にケーキの生地を切る様に切り裂かれ、破壊音と共に一瞬で飽和状態から消滅した防護機能が防ぎきれなかった散弾の欠片が、三人の身体を撃ち抜いた。

 直前までス級の方を向いていたネルソンの視界が、紅蓮の炎を挟み、背中からの衝撃と共に青空へと変わる。何が起きたのかネルソンが理解するまでやや時間がかかる間に、艤装からは非常警報が鳴り響き、応急修理妖精の怒号と走る音が聞こえて来た。青空をぼーっと眺めている内に、自身が大破航行不能に陥っている事を何となく理解し始め、身体を動かそうとする四肢に力が入らない事に気が付くまでさらに少々の時間を要した。

 応急修理妖精と航海科妖精が自分の顔を覗き込んで何か叫んでいるが、ネルソンの耳には届かない。まさか、余は死んだのか? と言う疑念が脳裏を過るが、それを否定する様にドクンドクンと彼女の胸部からは心臓の鼓動が確かに脈打つ音が響き渡って来る。

「姉……さん……無事……」

 自身も深手を負っているらしいロドニーが姉のネルソンの安否を尋ねて来る。ヘッドセットは無事らしく痛みに堪えながら心配してくれる妹の声にネルソンはまず自分の状態を確認しようと首を回した。仰向けになる形で横転している自身の身体を見ると、制服は上半身から下半身に駆けて無数の鉄の破片が突き刺さり、灰色の制服と黒のラップスカート、ニーソックスに至るまで血まみれだった。

「う、動かん……身体が……」

 辛うじてそう答えた時、左目の視界に赤いものが流れ込んできて彼女の左目の視界を潰し、赤いものはそのまま頬を伝って口の中へ流れ込み、苦い鉄の味を舌に絡みつかせた。血の味と理解する頃には馬鹿になっていた彼女の頭も何とか元の思考力を取り戻していた。どうやらス級の応射を受けた際に、ネルソンタッチの先頭にいた自分は諸に食らってかなりのダメージを負ったらしい。手足は言う事を、と言うよりは力が全く入らず、辛うじて首を起こすのが精一杯の有様だ。

「……参ったな……」

 血痰を吐き出しながら、何も出来ない状態にされた自身の不甲斐なさに口に流れ込んだ血の味とは別の苦々しさが込み上げて来る。先頭の自分だけでなく後続のロドニーにまで被害が及んでいる事から察するに、単なる徹甲弾を撃ち込まれたのではなく、近接信管作動の対空弾によるエアバースト射撃かも知れない。徹甲弾よりも一撃は劣るが、面制圧力は高く、またス級クラスの艦砲なら戦艦艦娘をも無力化出来るサイズの散弾の鉄の矢を作り出すのも可能だろう。巨大なフレシェット弾を放つショットガンに撃たれた様な有様だ。

 血で潰された左とは反対の右目で何とかス級の艦体を捉える。救援活動に入る暇も無くビスマルク、ワシントン、サウスダコタの三人と交戦を開始するス級の姿が見えた。その巨大な艦体にネルソンとロドニーの一六インチやウォースパイトの一五インチが直撃した黒い黒墨の様な被弾痕こそあれど、被弾のダメージはその挙動から全く伺う事は出来ない。衝撃こそ与えたものの、ダメージそのものはほぼほぼ無効化されてしまった様だった。一六インチ一八発の直撃ですらハリセンボンで叩いた程度と言わんばかりの健全なその姿は、無言でネルソンに敗北の二文字をその目に刻み込んだ。

 ネルソン級の一六インチですら傷一つ付けられないのでは、ビスマルク、ワシントン、サウスダコタの主砲でも太刀打ち出来る筈が無い。

 成す術も無くビスマルク以下の三人と砲戦を開始するス級を眺めるネルソンの首を誰かが掴んだ。視線を上に向けると、頭から血を流してはいるが、ネルソンと比べれば遥かに全身に負った傷は浅いウォースパイトが仰向けに倒れていたネルソンの上半身を引き起こし、海面下に沈んでいた艤装を洋上に戻してフックを引き出し曳航を試みていた。

「ウォースパイト……お前は……」

「貴女とロドニーが前にいた分、私は比較的被害が軽めですんだわ。脳震盪起こして少しスタンしたけど、今は大丈夫」

 艤装からワイヤーを繰り出してネルソンの艤装から引き出したフックにワイヤーをかける。ネルソンだけでなくロドニーの艤装にもワイヤーを接続しているウォースパイトはワイヤーの接続をしっかりと確認すると、機関部に通常時以上の負荷をかけながら二人の戦艦艦娘の曳航を始める。彼女のハイヒール型主機の踵から滝壺を思わせる程の濁流が噴出して海を掻き立て、白波を後方へと吐き出した。

 踏ん張りながら必死に曳航を試みるウォースパイトだが、ネルソン級戦艦艦娘二人を曳航するには些か彼女の艤装では出力不足だった。地上と違って海上は抵抗が少ないとはいえ、ネルソン級戦艦艦娘二人分の質量そのものは地上と変わらない。二人の素の体重と艤装の重量を合わせると、老朽艦に分類されるウォースパイトの戦艦艤装の機関主力は残念ながら主力不足だった。

 足に力を入れるウォースパイトの右腹部と右肩の傷に巻いた絆創膏や包帯に血が滲み出る。痛み止めを飲んでいるので痛みは感じないが、負傷しているウォースパイトの身体と損傷を受けている彼女の艤装は早々に限界を訴えた。無理だ、と音を上げる様に艤装からオーバーヒートの警報が鳴り響き、艤装の排熱口から白煙が噴き出始める。

「無理よ、ウォースパイト! 機関部が焼き付いてしまうわ!」

 ロドニーの制止にウォースパイトは諦められないのか、回転数を落として機関部の負荷を抑えたが、発揮出来る速力は一挙に低下し、波間に抗う事すら出来ない程の低速にまで落ち込んだ。

 自身の機関出力の限界にウォースパイトが渋面を浮かべた時、金属を打ち据えるけたたましい衝撃音が殷々と海上を響き渡って来た。

 三人が音のする方を見ると、ビスマルク、ワシントン、サウスダコタの砲撃がネルソンタッチでダメージを受けていたス級の装甲を再度打ち据え、弾かれた音だった。

 

「一六インチ一八発に一五インチ四発を食らってピンピンしてるなんて、只のデカブツではないわね」

 主砲搭の後部から発砲した三八センチ主砲の主砲弾の薬莢を排出しながらビスマルクは、自分と後続の米戦艦艦娘二人からの三八センチ八発と一六インチ一八発の内約半数の直撃を受けても尚、損害らしい損害を負った様子を全く見せないス級の堪航性に舌を巻いた。

 ビスマルク自身も太平洋でその巨砲の猛威を振るっていたス級のうわさは聞いていたし、交戦記録にも目を通していた。理論上国連海軍の戦艦艦娘の如何なる火力も受け付けない重装甲と圧倒的火力はビスマルクは勿論、彼女の後継艦のフリードリッヒ・デア・グロッセ級戦艦艦娘ですらどうにか出来る相手では無い。

 だがその鎧の塊も、全ての部位を覆っている筈ではない、そう推測していたビスマルクはとにかくブリテン戦艦艦娘によるネルソンタッチが無効化された今、自分達に出来るのはス級の注意を引く事だと考えていた。正面に視界はあっても、背中にまで目が無いのはその巨体を見るだけですぐ分かる。ス級の注意と視界を自分達に向けさせている今が好機だ。

「ワシントン、サウスダコタ、とにかく弾を撃ち込んで奴の気をこちらに引き継ぎ続けるわよ!」

「けどビスクマルク、何か策が無いと幾ら徹甲弾を撃ち込んだところでこちらが返り討ちに会って全滅よ」

 一六インチ主砲Mk6.mod2主砲を撃ち放ち、SHSをス級に浴びせながらワシントンがビスクマルクに返す。

「そこは心配ないと思うぜ、ワシントン」

 同じ様にMk6.mod2を撃つサウスダコタがワシントンに言葉で言い表さずに、もう一隊の別働部隊の存在を思い出させた。サウスダコタの言葉にワシントンはなるほどと軽く頷くと、ス級の背後に回り込んでいるもう一隊の姿に託す思いを胸の中でかけながら、再装填の終わった主砲を再度放つ。

 一六インチ主砲弾の中でも重量を更に重くして貫徹力を向上させたSHSがス級に着弾する。貫徹力は向上しているとは言え、ス級の装甲を前に虚しく表面上で爆発四散して被弾の黒墨を残すのが関の山だったが、ダメージを打ち消す事は出来ても、直撃と爆発時の衝撃までは打ち消せていない。ネルソン、ロドニー、ウォースパイトを無力化したエアバースト射撃は何か不調がス級側で発生したのか、それともエアバースト射撃を行える近接信管を備えた主砲対空弾がもう無いのか、ビスクマルク達に鉄の矢の雨が襲い掛かる事は今のところない。

 

 ビスクマルク、ワシントン、サウスダコタの三人が砲撃を続行し、徹甲弾を叩き付ける間、その反対側から別働部隊として侵入していたのは矢矧を先頭にタスカルーサ、ヘレナ、黒潮、親潮、ヘイウッド・L・エドワーズのアンヴィル1-2だった。

「アンヴィル1-2、突撃する! 各艦続け!」

 最大戦速で突撃を開始する矢矧の後を、魚雷発射管を構えた黒潮、親潮、ヘイウッドの三人が続航し、その背後に布陣したタスカルーサとヘレナが主砲で援護射撃を行う。

「Fire at will!」

 射撃号令を下したタスカルーサのMk.12八インチ三連装砲と、彼女に追随するヘレナのMk.16六インチ三連装砲の砲口から火焔が迸り、徹甲弾が紅蓮の炎の中から飛び出しス級へと飛翔して行く。衝撃波を伴いながら飛翔して行く八インチと六インチの二種類の砲弾が、再装填を終え次第タスカルーサとヘレナの二人から休みなく撃ち出される。

 ス級の艦体に相次いで着弾の爆炎が咲き乱れ、応射しようと砲身に俯角をかけていた副砲をハンマーで叩き潰すかのように粉砕し、砲身をへし折り、防盾を叩き割る。小口径弾の誘爆の火焔が舐める様にス級の艦体に徐々に広がっていく。

「図体は大きいけど、私達の機動力に付いて来られるかしら?」

 挑発するような口調でヘレナが主砲だけでなく、高角砲、四〇ミリ機関砲をも撃ち込み始めた時、ス級の四番主砲がぐるりとタスカルーサとヘレナの方へと回転して、巨大な砲身の鎌首を二人へと差し向けた。

「来るぞ、Break!」

「当てられるものなら当てて見なさいっての」

 素早く左右へ二手に分かれて散開するタスカルーサとヘレナの機動に、ス級の四番主砲が迷う様に砲身を左右にゆらゆらと振る。その間にも左右に分かれた二人から中口径砲弾の雨が降り注ぎ、着弾の火焔と衝撃がス級の艦体を叩く。一撃一撃のダメージは別個に攻撃しているビスクマルク達よりも遥かに小さいが、その三人との交戦で副砲群が半滅しているス級にとって残されていた副砲群を更に破壊していくタスカルーサとヘレナは決して無視出来る存在では無かった。

 迷った末に重巡なだけに若干挙動が遅いタスカルーサに砲撃目標を定めた四番主砲が発砲する。呆れ返る程の火焔が四番主砲の前面に噴出し、耳を聾する砲声と顔をハリケーンを凌駕する風速の衝撃波、そしてス級の大口径主砲の徹甲弾が襲い掛かって来る。

 寸でのところで回避機動が間に合ったタスカルーサのすぐ脇を飛び抜け、背後の海上に着弾したス級の砲撃がタスカルーサの背後で巨大な水柱を突き上げ、周囲へ着弾の衝撃が生んだ高波を壁の様に立たせて彼女の背後から迫る。

「呆れる程の暴力の塊だな」

 足元を掬いそうな津波を思わせる高さの高波を乗り越えながらタスカルーサは姿勢を立て直し、舵を切ってス級と少し距離を取る。

 距離を取るタスカルーサとは逆にヘレナはス級へ接近して主砲、高角砲、機関砲の砲弾の雨をばらばらと叩き付けた。四〇ミリ機関砲の曳光弾がカラーボールの様に海面とス級の艤装上で弾け、主砲と高角砲の砲弾は艤装上で爆炎の花を幾つも咲かせる。ありったけの火力を投射するヘレナだったが、ス級がそれで動じる様子はない。無視されているかのような気がしてきてヘレナは徐々に苛立ちが強まって来た。

 一方タスカルーサとヘレナの二人の集中砲火で副砲群があらかた吹き飛んだのを確認した矢矧が続航する黒潮、親潮、ヘイウッドの三人に「雷撃戦用意」の号令を下す。

「左魚雷戦、魚雷攻撃用意!」

「ほな、特大のいくで」

 左魚雷戦を命じる矢矧と、黒潮、親潮、ヘイウッドの魚雷発射管がス級へと指向される。まだ生きているス級の副砲からの砲撃が四人の左右に着弾して水柱を林立させ、海水と衝撃波を四人に浴びせる。接近を阻もうと飛来する副砲の突き上げる至近弾で黒潮、親潮の二人が身体が仰け反る程の衝撃を受けて軽い悲鳴を上げる。

「大丈夫か!?」

「平気やで」

「大丈夫です、矢矧さん」

 二人からの返事に良しと頷いた矢矧は、尚も飛来する副砲の砲撃に対抗するべく、自身の一五・二センチ連装主砲で牽制射撃を行う。小太鼓を連打する様な砲声が彼女の艤装上で鳴り、撃ち放たれた砲弾がス級の艦上で爆炎を噴出させる。

 文字通りス級の副砲の射撃を掻い潜った矢矧、黒潮、親潮、ヘイウッドたちが魚雷発射地点に達すると、矢矧は一斉回頭と魚雷発射の号令の二つを同時に下した。

「左魚雷戦、攻撃始め! 発射完了次第逐次面舵一杯、全速離脱!」

 張りのある声で号令を下す矢矧の左足にマウントされた航空甲板の下の四連装魚雷発射管から圧搾空気で魚雷が一発、一発と射出されていく。重みのある射出音と共に発射管の管から九三式酸素魚雷が発射され、海中に飛び込むとスクリューを猛然と回して航走を開始する。

「当たってぇなー」

「左魚雷戦、てぇっ!」

 黒潮、親潮の二人も四連装魚雷発射管を構えて魚雷を発射する。二人の背後に布陣するヘイウッド・L・エドワーズは五連装魚雷発射管をス級へと指向するとMk.15魚雷を発射した。

「Salvo!」

 母国語で魚雷発射を命じるヘイウッドの背中にマウントされている魚雷発射管から五発のMk.15魚雷が順次撃ち出されていく。酸素魚雷と違って航跡を引くタイプの魚雷だが、その弾頭に充填されている炸薬の破壊力に何らふざけているところは無い。

 一七本の魚雷が海中を疾駆していく中、魚雷を撃ち尽くした矢矧、黒潮、親潮、ヘイウッドの四人は面舵に舵を切って全速離脱に移る。一七本の内一二本は無航跡魚雷だ。発射されてから暫くは航跡は出るものの、一定距離からはほぼ無航跡となり視認性は極めて低くなる。破壊力も極めて高く、日本艦隊の艦娘艦隊の魚雷戦で海の底へ沈んだ深海棲艦の大型艦は数知れない。ス級に雷撃を敢行した四人の中で唯一米国艦娘のヘイウッドだが、彼女も過去に深海棲艦の海峡夜棲姫に魚雷戦を挑んで致命傷を与えた経験はあり、彼女なりに雷撃戦には自信があった。

 離脱する四人の殿を担うヘイウッドが背後を振り返ってス級への魚雷攻撃効果を確認する。依然として健在な副砲からの散発的な追撃の水柱の向こうで、ス級が回避運動に入っているのが見えた。近距離に着弾した副砲弾の突き上げる水柱の飛沫がヘイウッドの眼鏡に付着してぐにゃりと視界が歪む。制服の袖で眼鏡に付いた飛沫を拭ってス級を見据える彼女の眼に、ス級の舷側に魚雷命中の水柱が突き立つのが見えた。

「Direct hit!(直撃!)」

「How many hits?(何発当たった?)」

 英語で直撃を報じるヘイウッドに、矢矧が英語で聞く。攻撃効果を確認するヘイウッドの眼にはス級の舷側に四本の水柱が突き立つのが見えた。

「四本です」

 日本語が堪能なヘイウッドは右手の指を四本立てて、自身へ振り返る矢矧に流暢な日本語で命中本数を伝える。一七発中命中四発、凡そ命中率は四分の一。狙いを澄まして撃ったつもりでも、回避運動を取られてしまえば多くは標的に当たることなく、無為に海中を走ってそのまま燃料が切れたら無言で海底へ沈むだけだ。

 それでも四発も当たれば、浸水による傾斜で砲撃続行が困難になる筈。そう考える矢矧が視線をヘイウッドからス級へと転じると、明らかに左舷側へ傾斜しているス級が見えた。転覆するに至る程の傾斜では無いが、傾斜で砲は使用不能になっているのか全火砲が電源を落としたかの様に沈黙している。

 即応弾を全弾撃ち切ってしまっている以上、矢矧達アンヴィル1-2にこれ以上ス級への有効な攻撃手段はもう無い。副砲群を破壊する事くらいしか出来る事は無いが、既にその副砲群も大半が沈黙している。

「後は頼むわ、大和。アンヴィル1-2全艦、アンヴィル1-1の砲撃加害半径より退避」

 仕上げを大和に託し、矢矧はアンヴィル1-2全艦に離脱を命じた。

 

「アンヴィル1-2、ス級より離脱する」

「データリンク、接続。大和、武蔵、アイオワの三艦の射撃管制装置の同調を確認」

「主砲射線確保。仰角、射角、調整よし」

「主砲強制冷却装置用意、三目標分散射撃から一目標集中射撃へ。全艦連動!」

 大和のCICで砲術科妖精が大和、武蔵、アイオワの三人による特殊砲撃の設定を進めていく。ネルソンの独断で放ったネルソン・タッチと基本的なシステムは同じだが、日米が誇る最大級の戦艦艦娘が放つ特殊砲撃はその一撃一撃がネルソン・タッチを凌駕している。ネルソン・タッチがクルーザー級並みのパンチ力を誇るなら、大和型の特殊砲撃は文字通りヘヴィー級のパンチ力を誇ると言っても過言ではない。

「攻撃始め! 旗艦大和より武蔵、アイオワに達す。敵巨大艦ス級に対し、特殊砲撃を行う!」

「了解、旗艦の諸元にて特殊砲撃を行う!」

「Roger」

 三人の艤装から射撃用意のブザーが鳴り響き、甲板上の機銃座等にいた装備妖精達が一斉に艤装内へと退避する。

「砲術長、目標敵巨大艦ス級。一斉撃ち方」

「射撃用意良し」

 ぐっと空を睨む様に仰角を取る主砲の発砲準備が完了した信号を、コンソールで確認した大和の砲術科妖精の砲術長が、ヘッドセットを介して大和に砲撃準備完了を通達する。

「大和、砲撃準備完了」

「砲撃準備完了」

 後続の武蔵とアイオワからも大和と同様に砲撃準備完了の返答が返される。

 これで決める、そう胸の中で決めた大和は軽く息を吸って、口を開くと吐き出す様に、凛と喉を張った声で砲撃の号令を下した。

「撃ちー方始めー! 発砲! てぇッ!」

 左砲から中砲、そして右砲の順で大和、武蔵、アイオワの主砲が耳を聾する砲声と小さな太陽を思わせる発砲の火焔を正面に現出させた。五一センチ一二門、一六インチMk.7九門の合わせて二一門の大口径主砲が爆炎の様な発砲炎と巨大な砲声、濡れた雑巾で顔面を殴りつける様な衝撃を伴って一式徹甲弾改とSHSを撃ち出した。三人の周囲の海面がお椀状に衝撃波で凹む。

 秒速数百メートルの初速で撃ち出された二一発の徹甲弾は、その巨大な弾頭が宙を切り裂く飛翔音を響かせながら山なりの弾道を描いて、ス級の直上から火山岩の如く降り注いだ。空気との摩擦で真っ赤に光りながらス級に降り注いだ二一発の内、実に三分の二の一四発がス級に艤装と本体に着弾し、信管を作動させた。

 巨大なハンマーで何度も何度も殴りつける様に着弾の度にス級の艦体が激しく震える。着弾するや文字通りの轟音と紅蓮の炎が噴出し、巨大地震に見舞われた光景を想起させる揺れと、黒っぽい大小の破片がス級の上面で宙を舞う。ネルソン・タッチを凌駕するその大火力に何度も何度も殴りつけられたス級が被弾箇所から黒煙を上げる。

 外れた七発の主砲弾が突き立てる巨大な水柱がス級を囲う様にそそり立ち、崩れる水柱の飛沫がス級の艤装上の火災とせめぎ合って、白い蒸気を作り出す。靄とも白いベールともつかない水蒸気の膜でス級の艦影が隠されていく。

「Did we get‘em? (どうなったの?)」

 アイオワのその疑問に答えが返る事は無い。大和と武蔵も水蒸気の膜の向こうに隠れたス級の様子を固唾を飲んで見守っている状態だ。撃沈に至る損害を与えているなら、何かしらの反応がある筈だが、今のところ大和自身手ごたえを感じ取ってはいない。砲撃の射線から退避しているアンヴィル1-2を向かわせて戦果を確認させようかと大和が考えていると、ごぽごぽと言う巨大な泡が弾ける音が彼女の耳に聞こえて来た。

「やったか……?」

「いえ……まだよ!」

 眼鏡越しにス級を注視する武蔵に大和は背筋がぞっと粟立つのを感じ取りながら、強制冷却装置で加熱した砲身の冷却を終えた主砲を構え直し、第二射の用意に入る。

 ス級はネルソン・タッチと大和型特殊砲撃の二種類、さらにビスクマルク、ワシントン、サウスダコタの三人とタスカルーサとヘレナの集中砲火、それに矢矧達の魚雷攻撃で四発の直撃を貰いながらも、左舷側への傾斜を注排水で復元し、主砲の射撃機能を復活させようとしていた。まるで立て直しが完了するまでの幕間のカーテン同然にス級を覆っていた水蒸気の靄が晴れると、艤装の随所、恐らくは装甲が比較的薄い所に空けられた破孔からうっすらとした黒煙を上げながら再起動を果たしたス級が大和、武蔵、アイオワの三人の方へと回頭を始めた。

「クソ! あれだけの弾を食らってまだやるか!」

 特殊砲撃は複数の艦娘の射撃管制装置を同調させると言う都合上、艤装の射撃管制装置に極めて負荷のかかる演算を要求する関係上、実質戦闘時に撃てる回数は一回が限界だ。もう特殊砲撃は使えない以上、通常砲戦でス級を殴り倒すしかない。

「全艦、砲撃モードを通常モードへ! 第二ラウンドの開始です!」

 

「ランナー隊、戦域を離脱しました。重巡摩耶大破、同鳥海及び旗艦愛鷹中破、重巡愛宕並びに衣笠は小破。各艦の残弾僅少」

「アンヴィル隊の戦艦ネルソン大破、ロドニー、ウォースパイト中破。ネルソンとロドニーは航行不能。現在、航行可能なウォースパイトが二人の曳航を試みるも、機関出力不足で難航している模様」

「敵巨大艦ス級、尚も健在。現在アンヴィル残存艦艇と交戦中、各艦の残弾凡そ六〇パーセント」

「敵艦隊は旗艦ス級を残し随伴艦艇は殲滅」

 空母「ドリス・ミラー」のCDCでオペレーターの報告が飛び交う。艦娘艦隊に被撃沈戦死者は出ていないが、それでも複数の中破、大破艦が出ており損害は無視出来るものでは無い。戦闘海域に最も近い所へ進出している「ズムウォルト」に損害を受けた艦娘や弾薬を消耗した艦娘が後退して来て随時補給や医療手当を受けていた。今頃は地上の戦場の最前線の様な喧騒と慌ただしさで「ズムウォルト」の艦尾のウェルドックは一杯だろう。

 制空権は確保している事から、「ズムウォルト」からはHH-60Kが発艦して大破した摩耶と中破した鳥海を回収していた。愛鷹は自力での航行可能と事で自分の脚で「ズムウォルト」へ後退を果たしている。

 戦況を表示したモニターを眺めながらルグランジュは司令官席に座って戦況の行く末を見守っていた。

「アンヴィル1-2は魚雷はもう撃ち尽くし済みだったか?」

「はい提督。残弾ゼロと報告が入っています」

「よし、アンヴィル1-2はネルソン、ロドニーの救援に向かえ。残る全戦艦の通常砲撃を持ってス級の行動を封じる。シュヴァルツェ隊の状況は?」

「フォン・リヒトホーフェン、空母機能を回復。現在航空隊の収容作業を終えたところです」

「航空隊の再武装が完了次第、アンヴィル隊支援に回せ。あと一押しで奴は落ちるぞ」

「了解。HQよりシュヴァルツェ隊。艦載機再武装完了次第、攻撃隊をアンヴィル隊支援に回せ」

 

 一時「ズムウォルト」に後退して飛行甲板の応急修理を受けていたフォン・リヒトホーフェンは、修理が完了すると即座にレーヴェ、マックス、プリンツ・オイゲンの三人を率いて再出撃に出た。魚雷の直撃時の爆発でヒールが折られたハイヒールまでは流石に修理できなかったが、そこはそれ程の致命的な損傷では無いので無視出来る。

「航空隊発艦始め」

 艦載機の発艦を命じるフォン・リヒトホーフェンの左脇でカタパルトの作動音が二回連続で響き、魚雷を抱えたMe462が発艦を開始する。飛行甲板上に雷装を抱えて発艦準備を整えられたMe462の数は八機。敵艦隊に空母はいないので護衛戦闘機隊などは無い。

 二基のカタパルトがMe462を射出すると、すぐにカタパルトに後続機がセットされる。熟練甲板要員妖精が発艦機の周りを駆け回り、ブライドルレトリバーをカタパルトへ接続し、魚雷や機関砲のセーフティーピンを引き抜き、周囲の安全確認を行う。JBD、ジェット・ブラスト・デフレクター二基が二基のカタパルトにセットされた二機のMe462の後方で立ち上がり、ジェットエンジンの後方噴射から後続機を護る。

 発艦士官妖精が発艦の合図を送ると、カタパルト操作要員妖精が射出ボタンを押し、二機のMe462が巨人に指で弾かれた様に射出されていく。

 最低限の随伴艦だけを連れての出撃だったので、フォン・リヒトホーフェンの周囲に輪形陣を組む三人の駆逐艦娘と一人の重巡艦娘だけが彼女を空襲や潜水艦の攻撃から守る最低限の護衛だった。既にマリョルカ島一帯の海域優勢は艦娘艦隊に傾きつつあるとは言え、深海棲艦の潜水艦隊が遅れて進出してくる可能性もある。用心するに越した事は無い。

 六分ほどで発艦予定の八機全機の発艦を終わらせると、フォン・リヒトホーフェンは艦隊上空で編隊を組んでアンヴィル隊の支援に向かうMe462の機影を見上げた。四機で一つのシュヴァルムこと飛行小隊を組み、シュヴァルムが二つないし三つでシュタッフェルこと飛行中隊を組む。

「我が航空隊の手で奴を仕留めて来なさい。幸運を」

 独語する様に制帽の下からフォン・リヒトホーフェンの緑の眼が、青空の向こうに消えて行く八機の機影を見つめて、健闘を祈った。

 

 

 アンヴィル隊とス級の交戦は泥沼化の体を見せ始めていた。

 大和型二隻の五一センチ、アイオワのMk.7一六インチ、ワシントンとサウスダコタのMk.6一六インチ、ビスマルクの三八センチの三種類の口径の主砲に袋叩きにされて尚、ス級は洋上にあった。一定間隔で飛来し、ス級の艤装上で爆発する六人からの徹甲弾は重要装甲区画以外を破壊してはいたが、依然として主砲も機関部も健在なス級は左舷への浸水で安定性と精度を欠きながらも主砲で応射して来た。

「きりがないわ!」

 何十発も撃ちこんでも参る様子を見せないス級にビスマルクが呆れ半分に両手を挙げた。彼女と同じ気持ちは他の五人も同様だった。既存の艦娘の火力では何十発撃ち込もうが、数の差で多対一を作り出そうが、ス級の防御力を前に無関係と言う事か。装備している限り決して死ぬ事は無いとされるインド神話に出て来る無敵の鎧「カヴァーチャ」を纏っているのか、とすら思わせる程の頑強さだ。

「無敵と言う理不尽な概念がこの世に存在するのだとしたら、それはヤツ(ス級)の事なのかしらね」

 残弾が心許なくなってきたMk.6を撃ち放ちながらワシントンが言う。自分達の火力では太刀打ち出来ない事に苛立ちが彼女の中で風船のように膨れ上がる中、それを笑い飛ばす様にサウスダコタが鼻を鳴らした。

「マイティ、いつになく弱気だな。無敵と言う概念を含め、この世に『絶対』がある訳ないじゃないか」

「なら貴女の力で目の前にいるデカブツを倒してくれるかしら? 『絶対』と言う概念等無いと言う事を貴女の手で証明しなさい」

 全く参る様子を見せないス級に苛立ちを募らせていたワシントンが馬鹿、愚か者を見る目でサウスダコタを睨む。普段なら彼女の挑発的な言葉には感情的になってまぜっかえすサウスダコタだったが、流石に目の前の現実は彼女も見ているだけに、悪かったよ、と言う風に肩をすくめて見せた。

 何度目か分からない斉射を放つ六人から少し離れたところでは、アンヴィル1-2の六人が中破、大破して動けないネルソンとロドニーの曳航とその護衛に付いていた。

 ネルソンとロドニーの二人を同時に曳航しようとしていたウォースパイトのワイヤーはロドニーの艤装に繋がれ、ネルソンの曳航はタスカルーサとヘレナの二人がかりで行う事になった。

「まさか重巡艦娘になってタグボートの仕事までするとは思わなかったよ」

 苦笑交じりにタスカルーサがネルソンの艤装に繋いだワイヤーの強度を確かめながら言う。全身に鉄の破片を受けたネルソンの傷に関してはヘイウッドがファーストエイドキットで現場で出来る限りの応急処置を施した。

「身体中鉄の破片塗れです。母艦で手術する必要があるとは思いますが、幸い急所は外れています」

 手当を終えるとヘイウッドはモルフィネの注射器の蓋を口で噛んで外し、ネルソンの大腿部に注射する。鎮痛効果でネルソンの眼がとろんと生気をやや欠く。酒にはめっぽう強い彼女だがモルフィネの鎮痛効果はまた別だ。

 何とか曳航可能な状況を整えたアンヴィル1-2の一同のレーダーに接近する二つの艦影が補足される。警戒部隊として展開する矢矧、黒潮、親潮よりも強力なレーダーを備えているヘレナが真っ先に敵味方の識別を行うと、直ぐにIFFが答えを出した。英国機動部隊から分派されて来たシェフィールドとユリシーズの二人からなる分艦隊だった。

 

「どうやら戦艦部隊は手こずっている様ね。ユリシーズ、魚雷戦用意」

「了解だ」

 擱座しているネルソン、ロドニーを横目にシェフィールドとユリシーズが二人だけの単縦陣を組んでス級へと接近を図る。

 集中砲火の手を緩めない大和達にシェフィールドが通信を入れ、魚雷戦に移行する自分達の援護を要請する。

「シェフィールドよりアンヴィル1-1各艦へ。魚雷戦を開始します。援護を」

 魚雷発射管を構えてス級へと接近していくシェフィールドとユリシーズの二人の姿が視界に入ったネルソンが、辛うじて動く首を起こして二人の後を追う。

「あれは……」

「はい、軽巡ユリシーズです」

 ネルソンの視線がシェフィールドの後を追うユリシーズに向けられているのを悟ったヘイウッドが、誰なのかを丁寧に教える。ネルソンとユリシーズ、お互い英国艦娘艦隊同士で付き合いはあるから忘れた訳では無いが、モルフィネが効いている状態では直ぐに思い出せない。ユリシーズの名を聞いたネルソンはフッと口元に笑みを浮かべた。

「北海で煙突を壊され、敵だけでなく排煙とも戦った艦娘だ。ユリシーズの悪運にあやかりたいものだな。皆、格好が悪くてもいい、生き残れよ」

 モルフィネのせいで頭の中での状況認識があやふや気味なのか、既にス級と言う要素を除けば艦娘艦隊の優勢が確定している状況下でネルソンの「生き残れよ」と言うのは些か的外れな発言だったが、敢えてそれを指摘する者はいなかった。

 

 視界が維持出来ている右目でユリシーズの姿を見送りながらネルソンはふと、彼女が既に過ぎ去った先月の九月の一三日に二四歳の誕生日を迎えていたと言う今とは無関係の事を思い出していた。今の戦時下、誕生日を祝ってやる事も出来なかったのが悔やまれた。最もユリシーズ自身今誕生日を祝っている様な余裕は無いと言う事は認識しているだろう。

 

 九月一三日に二四歳の誕生日を迎えた、英国艦娘艦隊識別名「913-D」、本名エリザベス・ドレイクこと軽巡艦娘ユリシーズはシェフィールドと共に艤装の背部にマウントされている魚雷発射管を構えて、ス級へと接近していた。二人の二一インチ三連装魚雷発射管の発射口から顔を見せる魚雷が今か今かと出番を待っていた。

「距離五〇〇ヤード、三〇〇ヤードで発射するわよ」

「了解。何時でも用意良しだ」

 距離三〇〇ヤード、即ちス級までの距離約二七四メートルから魚雷発射開始を告げるシェフィールドにユリシーズは魚雷発射管の発射レバーに手を伸ばした。残り二〇〇ヤードを詰める間にアンヴィル1-1の六人へ砲撃を行うス級の注意が自分達に向かない事を祈るだけだ。既に副砲群はあらかた破壊されているから主砲以外の火器がシェフィールドとユリシーズの二人を迎え撃つ事は無い。

二人の前方ではアンヴィル1-1の六人からの砲撃を浴び続けるス級が居る。外れ弾がス級の右に左に前後に水柱を突き上げ、その巨体を包み隠さんとする。白い水柱の林を想起させる現象が一定間隔を置いて現出する。

 ス級も撃たれっ放しではない。主砲から昼間の太陽を思わせる閃光と巨大な砲煙を砲口から迸らせ、発砲炎で艦体を包み隠す。だが射撃管制装置が故障しているのか、はたまた左舷への浸水で照準に誤差が生じるようになったのか、巨大な砲弾はアンヴィル1-1の六人の傍に着弾はしても損害を与えるには至らない。だが砲撃はラッキーショットの産物である。今は精度を欠いているが、まぐれの一撃がアンヴィル1-1の六人の誰かを捉える事になる可能性はない訳では無い。

「距離四〇〇ヤード」

 ス級との相対距離をシェフィールドが告げた時、空の向こうからキーンと言うジェットエンジンの甲高いエンジン音が急速に音を増して来た。

 二人が空を見上げると、シュバルツェ隊のフォン・リヒトホーフェンの放ったMe462 八機の飛行中隊がフラップを下げて高度と速度を減じながらス級へと攻撃ポジションへ侵入していくのが見えた。

≪カエサル1からアンヴィル1-1及び展開中の各艦へ。Cleard hot. (攻撃開始) 西から進入する。デンジャークロースだ≫

 宣告通り西側からス級の右舷へと迫ったMe462はスピードブレーキとフラップを展張して減速しながら低高度へと舞い降り、魚雷発射点へと向かう。デンジャークロースの宣告を受けて吶喊中のシェフィールドが減速を自身の艤装とユリシーズに命じ、カエサル隊の爆撃効果範囲と距離を取る。

 対空射撃を行う副砲群以下が軒並み全滅している事もあり、低空低速へと進入するMe462は全く対空砲火を浴びる事は無く、対空射撃によるプレッシャーを受ける事が無かったMe462の航空妖精は充分に接近して必中ポイントを定めてから兵装の射撃を開始した。

 幾分は機動力も低下しているス級へと一六本の魚雷群が緩やかな曲線を描きながら追随していく。一六発の誘導魚雷の内、二発が誘導装置の不調で外れ、六発が旋回し切れずス級の前後を通り過ぎたが、残る八発がス級の右舷の舷側下に命中し、弾頭の炸薬を炸裂させ、轟音と衝撃、そして直撃を示す水柱を突き立て舷側下の構造物を抉り飛ばした。右舷側に八本の魚雷命中の水柱が突き上がり、左舷側への被雷に対処するべく注水して傾斜を回復させていたス級の艦体が右舷へと傾ぐ。左舷への被雷よりも倍の魚雷が命中した事で多量の海水が流れ込み、ス級の動きは大きく鈍った。揚弾機等の主砲に砲弾を送り込む機構が傾斜によって機能を失ったのか、ス級の巨大な主砲も沈黙した。

 勝利を確信した様に、魚雷を投じたMe462八機がスロットルを上げて、上昇に転じながらス級の上空を編隊を組んだまま飛び抜けて行く。ジェットエンジンの甲高い飛翔音を残して飛び去るMe462のエンジン音が静まった頃、ス級の速度は大きく減じられ牛歩を思わせる程にその速度を低下させていた。

「距離三五〇ヤード! 左魚雷戦用意!」

 がくりと速度を落としていくス級の右舷側へと回り込んだシェフィールドとユリシーズが背中の艤装の背部にマウントされている三連装魚雷発射管の発射口を左舷側へと向け、三本の管に装填されている魚雷の矛先をス級へと向ける。既に左右合わせて一二本の魚雷を受けて戦闘能力はもとより航行能力を大きく減じたス級に二人の雷撃を躱す余地は残されていなかった。

「距離三〇〇ヤード!」

「魚雷、攻撃始め。Shoot!」

 魚雷発射点の距離を告げたユリシーズに答えるようにシェフィールドが魚雷発射を命じる。二人の背後で圧搾空気が魚雷を押し出す音が響き、二人からそれぞれ三発の魚雷が海中へと飛び込み、モーターを回転させてス級へと航跡を伸ばしていった。

 砲撃、雷撃の両方を受けて尚、洋上にあるス級だったが、既にその艦体は徹底的に痛めつけられ、破壊され半ばスクラップも同然の姿をさらしていた。カエサル隊の雷撃で機動力を失い死に体となっていたス級の右舷から迫る六本の魚雷は介錯としては充分な数であった。

 一本、二本と右舷にシェフィールドとユリシーズの放った魚雷命中の水柱が突き上がる。爆発音と共に反動で左舷側へと仰け反るス級だったが、六発目が直撃すると今度は右舷側へと急激に傾き始めた。注排水でどうにかなる傾斜でも無く、復元可能傾斜を越えた巨大艦の艦体はそのまま右舷側へと横倒しになり、次いでゴロンとお椀をひっくり返す様に転覆して上下を入れ替えた。

 ス級が転覆する少し前、大和はアンヴィル1-1各艦に撃ち方止めと命じていた。少し離れたところでス級がシェフィールドとユリシーズの魚雷を受けてぐらり、ぐらりと震え、それが収まると今度は反対側へ、右舷側へとぐるりと回転するかの様に横転し、転覆した。

 誰かが何かを発するまでも無く、転覆したス級はそのまま海中へと沈み始めた。上下がひっくり返った結果露になった大穴が穿たれた喫水線下が再び海面下に半分ほど消えた頃、その巨艦の持つ巨砲の弾薬庫が内側から自らの艦体を誘爆の炎で突き破った。本来艦娘を打ち砕き、殺害する筈の大口径主砲弾によって内側から引き裂かれ、粉砕されるス級の残骸が完全に海面下に消え、後には燃え盛る海から立ち上る黒煙だけが墓標の如く残された。

 

 

 左肩の傷口に注入されたナノピタルのナノマシンが増殖して、ネ級改Ⅱの角の頭突きで破壊された愛鷹の左肩の幹部を急速に埋めていく。鎮痛剤による鎮痛効果で何も感じないが、包帯でぐるぐる巻きにされた患部では今頃時計を数倍速で回しているかの様に急激に傷口が塞がって、体内の筋肉なども修復されている筈だ。修復剤よりも手早く、そして副作用も無いクリーンな急速回復アイテムである。

 左半身の傷は衝撃と痛みの割にはそれ程深手では無く、一つや二つは傷ついたかも知れないと思っていた内臓も目立った損傷はないと診断されていた。

 一応万が一の時に備えて「ズムウォルト」のウェルドックで応急修理だけを施した艤装を装着したまま、愛鷹は緊急出撃に対応出来る様に待機していた。衛生科の手当はウェルドックで行って貰った。

 即再出撃が可能な第三三特別混成機動艦隊の艦娘は青葉、夕張、深雪、それと「ズムウォルト」防衛に残していた陽炎、不知火、綾波、敷波の計七名。だがヘッドセットからアンヴィル隊の戦況を聞く限りでは自分達の出番はもう無さそうだった。

 

 残存する深海棲艦の艦艇は新型の空母棲姫級と傷ついた空母棲姫が計五隻。

 既にシャーク隊の空母艦娘達の空爆で焼け野原にされ、爆弾で掘り返されつくし、鉄片まみれのマリョルカ島に五隻は逃げ込んでいたが、傷ついた五隻を修理する前方展開泊地棲姫は既に焼け落ちていた。艦載機は既に艦娘艦隊との戦いで大半を失っており、少数の戦闘機と艦上爆撃機、艦上攻撃機だけでは未だ多数の航空戦力を有する艦娘艦隊に一撃を加える事は無理な状況だった。

 空母棲姫たちの取れる手段は殆ど無いも同然だった。大破していた空母棲姫は自沈を選び、小破に損害を留めていた新型の空母棲姫級は自沈する空母棲姫から稼働機を譲り受けると、単艦で遠くアンツィオの友軍の元を目指して脱出を開始した。

 

 

 その日の夕刻。欧州総軍司令部宛に空母「ドリス・ミラー」のルグランジュから一本の通信が入れられた。

「西部進撃隊旗艦『ドリス・ミラー』のルグランジュ提督より入電。『ワレ、マリョルカ島及び西地中海の制海権を確保。深海棲艦の抵抗は無し。バレアレス諸島奪還に成功せり!』」

 ウオー! と言う歓声が司令部で炸裂し、喝采を叫ぶ声が上がる中、武本は一人、その輪に加わらずに地中海の地図を見つめていた。

 バレアレス諸島を含む地中海西部を奪還したが、まだアンツィオまでには大量の深海棲艦と変色海域が待ち受けている。一つの山場を乗り越えたのは確かだが、アンツィオには未確認の深海棲艦を始め、どれ程の数の深海棲艦がまだ待ち受けているか不明だ。此度のマリョルカ島沖艦隊決戦で艦娘艦隊にも少なくない損害を受けている。大破、中破艦娘の負傷手当、艤装の修理、喪失した艦載機の補充。喜びを分かち合う前にやらなければならない事が山の様に積み重なっている。

 ただ一つ、大きな勝利としては艦娘艦隊に一人の犠牲者を出す事無く、大きな山場を乗り越えられたと言う事で武本は大きく安堵の溜息を吐いていた。  

 

 




 今回のお話で軽巡艦娘ユリシーズの「銀河英雄伝説」ネタを描く事が出来ました。
 小ネタとして彼女のファーストネームのエリザベスは故・エリザベス女王から冠させて貰っています。彼女の出自の原点となる小説のタイトルが「女王陛下のユリシーズ号」なのでエリザベスにしましたが、本当はWW2当時の英国は国王の治世下だったのには意図的に目を瞑ってます。
 識別番号「913-D」は今作では「九月一三日生まれのドレイク家」と言う意味になります。
 全く関係ないですが私は銀英伝の映像作品は石黒版よりもDNT派です。
 
 主人公の愛鷹が殆ど出番のない珍しい回になりましたが、その代わりに既存の実装組艦娘がメインに活躍する回に出来たかなと思います。

 気が付けば弊艦これ二次創作も連載開始から五年が過ぎました。
 長い連載の航海に付き合っていただいている読者の方々には感謝の念を感じ得ません。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第七七話 押し上がる最前線

何故か、欠落している事に気が付かないままだった第七七話を急遽お送りします


 かつて深海棲艦の陸上型が跋扈していたマリョルカ島の大地は砲爆撃で耕され、鉄の欠片が埋まる黒焦げの大地へと変貌していた。棲姫級の陸上型深海棲艦の姿は島内から消え去り、荒涼とした島に沈黙が訪れていた。

 そのマリョルカ島のプラヤ・ダルクディアの浜辺にガスタービンエンジンの唸り声と小型ディーゼルエンジンのエンジン音が幾つも押し寄せて来た。沖合に展開した揚陸艦「ディクスミュード」「ファン・カルロス一世」「ヨハン・デ・ウィット」「アルビオンⅡ」「トリエステ」の五隻から発進したエアクッション揚陸艇LACAや汎用揚陸艇LCU、機動揚陸艇LCM、それにEFV(遠征戦闘車)が海兵隊員や装甲車輛を載せてビーチへと殺到し、次々にプラヤ・ダルクディアの浜辺に上陸を開始した。

 幅約七キロに及ぶ浜辺に殺到した国連軍海兵隊の上陸戦闘団は続々と部隊の兵員と車輛、物資を揚陸していった。運んできた車両や物資を下ろしたLCACやLCM LCUは随時母艦へと引き換えし、再度兵員、装備を満載して島へと向かった。

 上陸した海兵隊はビーチを確保し、橋頭保を構築すると先遣隊がまず旧アルクディア市市街地へ向けて前進を開始した。

 一方フランス国内の空軍基地から発進した海兵隊空挺部隊を載せたC-17輸送機一八機は旧パルマ・デ・マリョルカ空港に空挺部隊を投下した。国連軍海兵隊空挺軍の空挺部隊の隊員とブロウラー空挺装甲兵員輸送車が、それぞれパラシュート降下とLAPES(低高度パラシュート抽出システム)降下で空港跡に降り立ち、抵抗を受ける事なく瞬く間に降下地点を確保した。

 島の東西から橋頭保と空挺保を確立した国連軍海兵隊に対して、それぞれに艦娘母艦から火力支援部隊としてワシントン、サウスダコタ、ヘイウッドの三人が空挺部隊が降下したパルマ・デ・マリョルカ空港跡沖に展開し、揚陸部隊が上陸したプラヤ・ダルクディアの浜辺には大和、愛鷹、深雪の三人が沖合に展開して、陸上型深海棲艦の抵抗に備えて待機していた。

≪エコー1-1よりHQ、旧アルクディア市一帯を制圧、旧アルクディア市を確保≫

≪ウィスキー2-1よりHQより旧パルマ・デ・マリョルカ空港一帯を制圧。引き続き旧パルマ・デ・マリョルカ市全域の確保に移る≫

 二か所のLZ(上陸地点)から島を挟む様に進軍を開始する国連軍海兵隊は順調に進軍を続けていた。マリョルカ島東部から進撃するエコー隊はM1A5戦車やEFVを前面に立てて西進し、島の西部からは空挺部隊がブロウラー空挺装甲兵員輸送車を盾に東進した。

 島の東部で待機する愛鷹が手持ち無沙汰に戦術タブレットを操作するタッチペンでペン回しをしていると、彼女と大和のヘッドセットに上陸部隊からの支援要請が入って来た。同時に戦術タブレットに砲撃支援要請の座標が転送されてくる。

≪エコー1-2より艦娘艦隊、支援砲撃要請。座標2321 3342。目標砲台小鬼、上陸部隊が遠距離砲撃で狙われている!≫

 ドローンで砲台小鬼の座標を特定した海兵隊からの支援砲撃要請に、大和と愛鷹の主砲が直ちに旋回し、仰角を取る。

「大和、了解。三式弾改二をDPICM運用、効力射六発、座標入力」

 疑似的に三式弾改二をクラスター砲弾であるDPICM弾頭扱いして砲台小鬼に向けて発射する艦砲射撃だ。頑丈な砲台小鬼には三式弾系よりも徹甲弾である一式徹甲弾系が有効だが、ラッキーショット狙いの一式徹甲弾よりも大和の大口径の三式弾改二の散弾の方が面制圧力と貫通力もある程度担保できる。

 自分の出番は無さそうだ、と戦術タブレットに表示される砲台小鬼の数を見て砲撃を見送る愛鷹の横で、大和の主砲が地上部隊支援の艦砲射撃を開始する。交互撃ち方で間隔を置いて発射された六発の砲弾が島の奥地へ向けて飛翔して行く。島内へと消えて行く砲弾を見送った愛鷹が再びペン回しをしていると、その愛鷹にも砲撃支援が届いた。

≪エコー1-2より愛鷹。効力射一〇発要請。目標敵戦車小鬼部隊。指定座標へ一番強いのを適当に頼む≫

 戦車小鬼。アンツィオの地上戦を始め深海棲艦陸上侵攻部隊の中核を担う深海棲艦の戦車と言える陸上型深海棲艦だ。その砲の威力は国連軍の主力戦車の正面装甲こそ射抜けないが、IFV(装甲歩兵戦闘車)やAPC(装甲兵員輸送車)の装甲を射抜くに充分足りうる火力を有している。それに主力戦車の正面装甲は射抜けずとも、機動力を生かして側面、後輩に回り込んで機関部を始めとする装甲の薄い箇所を撃ち抜けば主力戦車とて行動不能になる。

「愛鷹、了解。効力射一〇発、目標敵戦車小鬼部隊。諸元入力、砲撃を開始。デンジャークロース」

 これでもかと言う程に仰角を取った愛鷹の四一センチ主砲二基が砲口をマリョルカ島へ向ける。戦車小鬼なら人類の戦車と同様上面装甲が薄いので、大和程の貫徹能力のない愛鷹の三式弾改二でも容易に撃破可能だ。事前に至近距離警報を発した愛鷹は発砲準備を終えると、右手で掴む射撃管制グリップのトリガーを引き絞った。

 大和と同様、交互撃ち方で砲撃する愛鷹の主砲艤装から間隔をあけて二回の主砲発砲音が響き渡る。発砲の砲声と火炎が主砲の砲口から噴き出し、マリョルカ島の島内へ向けて三式弾改二が飛び出していった。

 次弾装填を行う間、戦術タブレットを眺めながら攻撃効果が共有されてくるのを待つ。マリョルカ島の戦車小鬼部隊が展開している場所を、歩兵用戦術タブレットのタッチペンでマークしただけでその位置情報がデータリンクで共有されてくる。手間と言う手間が省かれ、効率的で無駄の無いやり取りだ。

 海上で深海棲艦と砲撃戦を行うよりも遥かに安全かつ、愛鷹の本音をハッキリと言ってしまうと暇で仕方がない対地攻撃艦砲射撃任務だった。支援砲撃要請が来ない限り、ペン回しでもしていないと寝落ちでもしてしまいそうな気がしてくる。それ程に洋上での待機を強いられる艦娘艦隊にとっては対地攻撃は暇が時間が多い退屈な任務だった。海上での深海棲艦との砲撃戦と違って、対地艦砲射撃は基本的に撃ち返される心配がない。最もこれを疎かにすると地上で戦う地上軍は苦戦を強いられるし、人的にも装備にも損害が出る。当然支援を怠ればその責任は艦娘に回って来るから支援砲撃要請が来たら即時対応しなければならない。

 対潜戦みたいな何もない時間が長く、仕事をする時間が短い任務だった。規定数の三式弾改二を発射し終えると再び愛鷹達は待機に移行した。

 艦娘の艦砲も当然射程に限界がある。射程圏外へ地上軍が進出してしまったら恐らくは支援砲撃準備部署を解かれるかも知れないが、予期せぬ事態に備えて一日中沿岸部に張り付かされる可能性もある。西部進撃隊で稼働可能な戦艦級の艦砲持ちの内、ネルソン級の二人とウォースパイトが負傷により艦娘母艦の医務室で手当を受けている状況、持ち場を交代できる戦艦級艦娘は残るはビスマルクと武蔵、アイオワ、それと艦娘母艦防衛に当たっているアドミラル・グラーフ・シュペー、空母機動部隊であるシャーク隊の護衛艦艇として行動中のアラバマ位だ。後者の二人はそれぞれ受け持つ配置があるので余程の事が無い限りは対地攻撃に参加しない。

 揚陸艦側に対地支援用の艦砲でも備わっていれば艦娘艦隊が張り付いている必要も無かったかもしれないが、固有の対地火力支援用の艦砲を備える揚陸艦は世界的に見ても極めて少数だ。今この場にいる揚陸艦「トリエステ」は七六ミリ単装速射砲を三基備えているが、自衛用の艦砲であり対地攻撃を想定していないし、「アルビオンⅡ」には本来対地攻撃用のMk.45一二七ミリ単装砲が搭載される筈だったが、予算の問題でオミットされたままだった。

≪エコー1-2より大和、愛鷹、砲撃効果確認。敵の抵抗消失、支援に感謝する。アウト≫

「陸上深海棲艦は吹き飛んだ様ね」

 欠伸を漏らしながら愛鷹は両手を組んで伸びをする。敵の直接的な抵抗を受け無いのはありがたいが、それにしても何と暇な任務である事か。

 さっさと母艦「ズムウォルト」に帰って、次に任務に備えて一休みでもしていたいところだ。昨日のマリョルカ島一帯を巡る艦隊決戦、国連軍呼称バレアレス諸島沖海戦で勝利を収め、西地中海の制海権を奪還してから六時間程は寝たが寝足りないと言うのが本音だ。二四時間通しで寝ていたいと言うのが愛鷹の今の願いだった。

 しかしそうもいかないだろう、とこの対地攻撃任務の後の事を愛鷹は頭に思い浮かべていた。前衛艦隊兼斥候部隊として深海棲艦のテリトリーと化したエリアの情報収集にあたる部隊を率いる自分だ。この後ろくに休む暇もないままバレアレス諸島以東のアンツィオに至るまでの海域の偵察任務に放り込まれるに違いない。パルマ・デ・マリョルカ空港が復旧させられれば偵察機や哨戒機が進出して少しは任務を肩代わりしてくれるかも知れないが、最深部方面への偵察は自分達艦娘艦隊の任務だ。当然旗艦である自分が先頭を切る事になる。

 昨日負った傷が癒えたばかりの身だが、裏を返せばナノピタルで修復さえ出来てしまえば即時再出撃させられると言う事にもなる。

「私は馬車馬か」

 愚痴の一つも零しながら愛鷹はタッチペンでペン回しに興じた。

 

 第三三戦隊から引き続き第三三特別混成機動艦隊の次席旗艦を務める青葉の仕事は、愛鷹不在の間に彼女がする筈だった任務を青葉が処理する事だった。

 西部進撃隊艦娘艦隊総旗艦「ドリス・ミラー」のCDCに出頭した青葉と参謀役として引き連れて来た夕張の二人は、ルグランジュ提督以下艦隊司令部要員らに敬礼して挨拶を入れた。

「第三三特別混成機動艦隊次席旗艦青葉出頭致ししました」

「同じく軽巡夕張、出頭致しました」

「ご苦労。バレアレス諸島沖海戦での任務の疲れも取れていない内に呼び出してすまんな。本隊は当面この海域で待機だが、君らには仕事がある」

「バレアレス諸島までの海への道は繋げ、次はアンツィオへの道を繋ぐ。それが第三三特別混成機動艦隊の任務ですね」

「概ね正解だ青葉。もっと詳しく言えばアンツィオへ至る道を探して繋げる、と言うべきだがな。それと羊の様な我々を狙う野生の狼がどこにいるかを探り出すのも君らの任務だ」

「羊は羊でも、護衛の牧羊犬が居るじゃないですか」

 何気ない一言を言う青葉に、北海道出身の北海道育ちのどさんこだけあって牧羊犬を見て来たことがある夕張が反論する。

「牧羊犬は羊を殺す為に集める役よ、護衛だけが主任務じゃないわ。どっちかと言えば本隊と言う羊を護衛する艦娘艦隊戦力は羊を先導する山羊みたいなものよ」

「牧羊犬だって羊を護衛する役目はありますよ。日本じゃ羊を襲うのは狼じゃなくて熊とかでしょうけど」

「まあ、そうとも言うわね」

 意外と知識を持って反論し返してくる青葉に、一度見たことがある北海道のツキノワグマの姿を思い出しながら夕張は頷いた。

 一方ルグランジュは参謀達と顔を合わせて苦笑を浮かべながら略帽を脱いで軽く頭を揉んでいた。

「羊、と言うには我々は流石に肉食で獰猛な羊になるかも知れんな。さて本題に入ろうか」

 略帽を被り直したルグランジュは大画面タッチディスプレイを撫でると、アンツィオへ至るまでの地中海の海図を表示させた。バレアレス諸島に至るまでの西地中海が友軍勢力圏を示す青色で塗られる一方、アンツィオとバレアレス諸島との間の海域は深海棲艦のテリトリーを示す赤で塗りつぶされていた。コルス島、サルディーニャ島の二つの大きな島も赤く染まっている。そしてその赤の塗りつぶしはイタリア半島をも侵食している。

「北米から二個師団が回されて来て地上軍は戦力増強を受けたが、ここ最近前線は寧ろ後退している。先程サレルノ防衛線とペルージャ防衛線が突破されたとの報告が入った。海では大きく制海権を失いつつある深海棲艦だが、イタリア半島での勢力圏は押し返して逆に版図を拡大しつつある。南北に分断されたイタリア半島の南部戦線を支える地上軍も限界が近い。民間人のクロアチアへの避難は進んでいるが、ポテンツァに築かれた最終防衛戦を突破されれば要衝タラントまで一気に攻め込まれる事になる。それだけではないシチリア島から北上する深海棲艦は現在カタンツァロの南一〇〇キロにまで迫っている。南部戦線が崩壊すれば南部戦線を維持する国連地上軍やまだ避難が完了していない民間人が退路を断たれ、全滅しかねん。

 東部進撃隊は現在シチリア島奪還作戦を実施する予定だ。メッシナ海峡を封鎖し、マルタ島との兵站ルートに楔を打ち込めれば、シチリア島経由でイタリア半島南部へ侵攻を図る深海棲艦は補給を断たれ勢いを失う事になる。

 我が隊の目下の目標はコルス島とサルディーニャ島の奪還作戦支援にある。この二つの島と周辺諸島を奪還すれば、アンツィオへチェックメイトを仕掛けられる。

 深海棲艦は昨日の戦闘で現有戦力の殆どを喪失し、主力部隊はコルス、サルディーニャ両島方面へと後退した。現状分かっている情報はそれだけだ。バレアレス諸島とサルディーニャ島との間に深海棲艦がどの程度潜んでいるのか、皆目見当もつかない。

 一つだけ確かな情報がある。コルス島北部のリグリア海は無人機偵察の結果深海棲艦の展開が確認されていない」

「青葉達の担当エリアは……広大ですね」

 世界に名だたる海洋の一つであり、その総面積は小さい方である地中海と言えど、地中海の総面積は約二五〇万平方キロメートルにも及ぶ。深海棲艦が隠れようと思えば隠れられる海洋はまだまだ多い。

「先のス級以下の水上打撃部隊や、大規模空母機動部隊が進出して来られたのは、コルス、サルディーニャ両島が深海棲艦の勢力圏下にあり、尚且つそこに艦隊を維持出来る充分な陸上型深海棲艦による港湾施設が構築出来ているからかと思われます」

 参謀の一人がコルス島とサルディーニャ島を指し示しながら解説する。

「先の交戦した艦隊の規模からも前方展開泊地棲姫だけでなく、泊地水鬼、船渠棲姫、集積地棲姫、飛行場姫、港湾夏姫などの陸上拠点型深海棲艦を多数進出させ、要塞化している可能性が大です。艦娘艦隊戦力と現在動員可能な海兵隊戦力だけでは殲滅は困難が予想されます。現在北米艦隊からは第二四海兵遠征部隊を満載した一個ESG(遠征打撃群)が制海権を奪還した北極海ルートで回航中ですが、それでも戦力差は埋めがたいと思われます。

 そこで欧州総軍司令部はマリョルカ島を拠点に爆撃機を進出させ、コルス、サルディーニャ両島の深海棲艦拠点に対して戦略爆撃を実施する事を決定しました。既に北米軍ホワイトマン空軍基地からラムシュタイン空軍基地へB-21レイダー爆撃機を装備した第五〇九爆撃航空団が進出しています。

 艦娘艦隊には戦略爆撃を行うB-21の陽動戦力と対潜掃蕩が主任務となるでしょう」

「つまり青葉達がコルス島とサルディーニャ島に接近して、爆撃機を迎撃するであろう敵航空戦力、空母機動部隊を引き付け、その間に爆撃機がコルス島、サルディーニャ島を焼け野原にすると」

 要は体のいい囮部隊と言う訳か、と青葉は理解する。本隊を用いるとアンツィオ奪還の際の決戦や、その後のマルタ島攻略戦までに戦力を消耗しきってしまう可能性がある。ある程度の規模を有し、戦闘能力も高い第三三特別混成機動艦隊が艦娘侵攻軍に見せかけて進出させ、深海棲艦が迎撃の為に航空戦力を差し向けてコルス島、サルディーニャ島の深海航空戦力に空白を作ったところに本命の爆撃機の群れが爆弾の雨を降らす。

 正面からぶつかっても悪戯に戦力を消耗するだけだと理解はしているが、本隊に代わって進出する事になる第三三特別混成機動艦隊に降りかかる危険度は極めて大きくなる。要塞化されたコルス島、サルディーニャ島からは無数の深海航空戦力が襲い掛かるだろう。一度に何百機も押し寄せるのは流石に戦場が混乱するのでやらないにしても、息つく暇も与えない波状攻撃に晒される可能性はある。

 それにス級もまだ四隻が残されている。これまでの戦闘で欧州に出現した八隻の内半数を仕留めたので残りは無印が一隻に、elite級が三隻となる。愛鷹の奮戦抜きでもス級を撃沈出来た例は先日作られたとは言っても、代償に三隻の戦艦艦娘を戦列から失っている。

「誰かが損な役、汚れ役、そう言った誰もがやらない役割を担って世の中の体裁を維持する。軍も同じだ」

 低い声で抑揚のある声で言うルグランジュにディスプレイテーブルの端に乗せる両手に拳を作って夕張が反論する。

「でも、人の命は重んじるべきです」

「そうだな。その為に取れる算段は全力を尽くすさ」

 そう言ってルグランジュは微笑んだ。

 ディスプレイ上の海図に表示される彼我の戦力差、と言っても国連軍くらいしか表示される戦力は無いが、を見ていた青葉は一つ気になるモノがあった。マリョルカ島へ進出予定の航空団の名前だ。第五〇九爆撃航空団。一見すると何の変哲もない爆撃機を備えた航空部隊の名前にしか見えない。だが青葉は日本人として、その部隊の名前の歴史に刻まれた血塗られた過去を知っている。

 第五〇九爆撃航空団、そのルーツは太平洋戦争時に日本本土へ世界初の核攻撃となる原子爆弾を投下した第五〇九混成部隊を祖とする部隊だ。現在はB-21レイダーを装備した北米方面軍航空軍の爆撃機部隊の一つであるが、一〇〇年以上前極少数のB-29が二発の原子爆弾を広島、長崎に投下して人類史上初の核攻撃を実施した。

 単なる偶然と言えばそれまでだが、青葉として気がかりになる部隊名だ。

「司令官、一つ質問を良いですか?」

「なんだ、青葉」

 ディスプレイに視線を向けたまま質問を向けて来る青葉にルグランジュは笑みを吹き消して向き直る。自分に上官が向き直るのを音で聞き取りながら青葉は質問を口にした。

「艦娘艦隊が敵戦力を誘引し、爆撃機による戦略爆撃が実行出来たとして、その戦略爆撃の効果がこれ以上望めないものだと判明した際の予備手段は検討されているのでしょうか?」

「何が言いたいんだ?」

 質問の意図を図りかねていると言うよりも、その確信を理解しており、もっと正直に、包み隠さずに聞く様に促すかのような口調で聞き返すルグランジュの顔を見上げて、青葉は直球に質問を正した。

「ではもっと正確に質問しましょう。艦娘艦隊戦力による誘因は成功したが、通常爆撃では攻略不可だと判明した場合、第五〇九爆撃航空団による熱核兵器による焦土作戦を実施する予定はあるのか否か、です」

 その言葉にルグランジュ以外の参謀達と夕張が目を剥いた。

「国連軍上層部、欧州総軍司令部と我が前線艦隊司令部とであらゆる可能性を視野に入れた選択肢を協議している、とだけは答えておこう」

「あらゆる選択肢。つまり核兵器運用も視野に入れて、と言う事ですね」

 食い下がる青葉の眼は本気だった。青葉として、日本人として核兵器のこれ以上の使用は絶対に認められない領域である。種子島の戦いで戦死した鈴谷が反核兵器の立場だった事は友人だった青葉も理解しているし、広島県生まれの青葉として一〇〇年余り前故郷を焼き払った人類が生み出した悪魔の産物は忌み嫌う存在だ。

 狼の様に最後の最後まで食らいつく素振りを見せる青葉に、ルグランジュは無言でディスプレイの司令官操作パネルを操作し、パスコード認証と自身のカードキーを通すと、パネルにモニターに表示させた作戦綱領をUSBメモリにデータをダウンロードし、そのUSBを青葉に渡した。

「母艦で他の第三三特別混成機動艦隊のメンバーとよく確認すると良い。この作戦の奥の手がどういうモノを想定しているか」

 

 その日の夕刻、太陽が西に沈みかけ始めた頃、マリョルカ島を東西から挟み込みように進撃して来たエコー隊とウィスキー隊の二つの上陸部隊は、小規模な深海棲艦の地上戦力の抵抗を排除しながら旧ソリェル、ビニサレム、ポレラス、フェラニチで合流を果たし、マリョルカ島全島の掌握、奪還を成功させた。

 廃墟と化した旧パルマには国連軍の旗が翻り、反転攻勢の一歩を進めた国連軍海兵隊の将兵の歓声が島の各地で上がった。欧州総軍に属する欧州各国から抽出されて来た海兵隊の隊員は国境の垣根を超え、自分達が成し遂げた勝利を分かち合い、手を携えて喜んだ。

 

 島の制圧、奪還の成功が宣告されると、上陸部隊支援に回っていた六人の艦娘も母艦への帰還命令が下され、ワシントン、サウスダコタ、ヘイウッド、大和はそれぞれの艦娘母艦へ、愛鷹と深雪の二人は「ズムウォルト」へと帰還した。

 艦砲射撃を一回実施した以外にする事は殆ど無く、単にマリョルカ島の沖合でぷかぷか浮かんでいただけの様な一日を終えた愛鷹と深雪は、「ズムウォルト」のウェルドックに着艦すると、艤装を外し、伸びをしながら居住区へと戻った。

 昼間に簡易携帯食料のエネルギーバーとパック水を飲んだ以外に休息と言う休息をしていない愛鷹は、部屋に戻ると制帽と靴、上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、そのままベッドに倒れ込む様に横になった。ふかふかのベッドでは無いが、それでも力を抜いて横になれると言うだけで緊張感が抜け、どっと溢れ出る疲労感からそれから三〇分程愛鷹は気を失う様に眠り込んだ。

 三〇分後、トントンと言う部屋のドアをノックする音で愛鷹は目を覚ました。

「どなた?」

「青葉です」

 地上部隊支援の為に張り付かされていた自分に代わって、旗艦でルグランジュから事後の作戦予定を聞いて来る役割を担っていた青葉が、その伝達されて来た次の任務の話を持って来た様だ。まだほんのり疲れはあったが、寝落ちする前よりは少し楽になった感じがした。

 入室を許可する愛鷹に青葉が夕張と共に狭い愛鷹の船室へ入って来た。

「お疲れ様です」

「よく眠れましたか?」

「まだ寝足りないですね。一日中寝ていたい気分です」

 加減を伺う青葉と夕張が顔を覗き込む様に伺う視線を送って来る。率直に今の自分が求める「休養」を口にしながらも、愛鷹はベッドに座ったまま二人と向き合った。

「それで、どうでしたか?」

「第三三特別混成機動艦隊は昨日の戦闘による消耗の補給、補充、艤装の整備、艦娘各員の休養を完了次第、次の攻略目標であるコルス島、サルディーニャ島攻略に先立って海域に展開する深海棲艦の展開戦力の把握に務めよ、と言うのがルグランジュ提督からの伝達内容です。

 先の艦隊戦で深海棲艦が投入して来た大規模な艦隊戦力、それとその艦隊の来襲して来た方角から見るに、コルス島、サルディーニャ島が深海棲艦のアンツィオに至るまでの道筋に立ちふさがる関所となっているのは間違いないと推測されています。問題はどの程度の敵艦隊が展開しており、二つの島にどれ程の陸上型が居るのか現状何一つ情報が無いと言う事ですが」

 伝達内容を話す青葉から聞ける情報に目新しい事は無い。前衛、偵察部隊である第三三特別混成機動艦隊の仕事をこれまで通りこなして、次なる攻略目標の島々に至るまでに潜む深海棲艦の状況把握に務めろ。何の捻りも無く、奇策も無い、従来通りの任務内容だ。変わったところ言えばその任務を実施する海域くらいである。

「いつも通り、本隊の進軍前に海域に潜む深海棲艦を見てこい、って話ですね」

 何にも変わらない、変わりようも無いのか、と軽く溜息を交える愛鷹に夕張が一つ思い出した様に青葉の話に補足情報を入れる。

「リグリア海は無人機偵察の結果、深海棲艦の跳梁跋扈は確認されていないとの事です」

「リグリア海まで偵察しに行かなくていい、それだけでも随分手間が省けますよ」

 そう返す愛鷹に、青葉はキュロットのポケットからUSBを出して愛鷹に見せながら話の内容を変えた。

「そしてここからが本題なのですが、欧州総軍及び国連軍最上層部は深海棲艦がコルス島、サルディーニャ島の防備を鉄壁化して既存兵力での攻略が困難だと判断した場合の最終手段を既に策定済みだとの事です」

「最終手段?」

 それは一体、と目で問う愛鷹に青葉は愛鷹の部屋のデスクの上にあるラップトップを立ち上げると、USBを接続して暗号化された封緘命令書を開封した。

「これです」

 ディスプレイを見る様に促す青葉をちらっと見てからベッドから立ち上がってラップトップに歩み寄りディスプレイに表示される封緘命令書の命令文と作戦綱領に目を通す。横文字で書かれた文章が何行も連なり、それを速読して行きながら愛鷹は不穏なワードを読み取り嫌な予感を募らせていった。

 そして二ページ目に書かれた「Tacthical Nuclear Attack Operation」の文字を見て愕然とした。

「第五〇九爆撃航空団による戦略爆撃をもってコルス島、サルディーニャ島の敵戦力の無力化が不可能だと判断された場合、コード66Dを発動。コルス島、サルディーニャ島両島に対するMk.83純粋水爆爆弾による核攻撃を実施するものとする……これって……!」

「第五〇九爆撃航空団と言うワードが出た時に薄々嫌な予感がしていたんです。で、ルグランジュ司令官に食い下がったらこの封緘命令書を渡されました。沖ノ鳥島海域でタガが外れたんでしょうかね、困ったときには核を使用して何でも解決していくつもりですよ」

「まだ戦術核の段階だからまだしも、この先国連軍が深海棲艦を前に致命的な敗退を喫してテリトリーを大幅に失陥するような事態が発生した際、戦略核にすら手を出す可能性すらある……」

 自分で言っておきながら、馬鹿な、と感情論に任せて否定する自分と、だが現実として有り得なくもないと肯定する自分の二つが同時に脳内に現出する。

「そう言えばイタリア半島での戦況はどうなってるんです? 北米方面から二個師団を増派した筈ですが」

「深海棲艦の反転攻勢で南北戦線が全域にわたって後退を余儀なくされています。南部戦線は既にタラント目前に迫られており、民間人の脱出と補給が空路でクロアチア経由で行われています。青葉が独自に調査したところでは、民間人の脱出に至っては民間の漁船までもを使ってアドリア海を渡りクロアチア等へ脱出する動きも出て来ているとか。中には法外な船賃をぼったくっている悪徳業者も出て来ていると。

 それとUNHCRの発表では難民の受け入れ問題などでクロアチア国内では不満が高まっていると。クロアチアだけでなくカストロビア、アデルと言った周辺諸国にも難民が流れ込み、難民キャンプの治安悪化も問題だとの事です」

「難民問題は私達の関与出来る余地はありません。それよりも国連軍上層部に核攻撃の実施に踏み切らせない様に私達が何とかしないといけません」

 とは言っても所詮は一兵力単位でしかない自分達艦娘に何が出来ると言うのか。コルス島、サルディーニャ島に展開する深海棲艦の戦力が強大で現有戦力では攻略不可だと分かったらその事実をもみ消すか? いやそれをしたところで戦略爆撃を実施する爆撃機部隊が結局は自分達が隠した事を目の当たりにする事になるから情報の隠蔽は意味が無い。

 では第三三特別混成機動艦隊の手でコルス島、サルディーニャ島に展開しているであろう陸上深海棲艦を撃滅するか? 確かにイントレピッド、伊吹と強力な空母艦娘と航空戦力は有している。だが両島が強固に防空網を敷いた要塞化されていたら航空妖精程度の航空機では悪戯な消耗戦になるだけだ。

 そもそもコルス島、サルディーニャ島へ至る海域にどれ程の深海棲艦が潜んでいるかも分からない中、艦隊戦力を温存し切った状態でコルス島、サルディーニャ島へ攻撃が出来る保証はない。最も効果的なのがB-21による戦略爆撃だったと言う訳だ。

 しかし沖ノ鳥島海域での前例がある。完全な要塞化が出来ていたとは言えない沖ノ鳥島海域の深海棲艦相手にB-21の爆撃効果は不十分なままで終わり、一航戦を動員してまでの攻撃すら退けられた。B-21の爆弾搭載量とその火力は、当然ながら艦娘が投射出来る火力を遥かに凌駕する。例えば艦娘艦隊で最大級の火力投射量を誇る大和型改二艦娘が全弾薬を消費してでも撃破に半日かかる目標を、B-21ならモノの数分で壊滅させられる火力投射力があるのだ。

 マリョルカ島の陸上型深海棲艦は艦娘艦隊の火力でも充分に撃破出来たが、コルス島、サルディーニャ島に展開する深海棲艦もそうとは限らない。無論マリョルカ島の陸上型深海棲艦と同等レベルであると言う杞憂で終わる可能性も無くはない。しかし順当に考えると深海棲艦が上陸したアンツィオからマルタ島にかけての深海棲艦のテリトリーを防衛するにこの二つの島は重要な戦略位置にある。防備を固めていないと言うのが無理があるだろう。

 今考えてもどうにもなるモノでもない、寧ろ自分達の眼でコルス島、サルディーニャ島の深海棲艦の展開状況を確認してからが本番だろう。

「取り敢えず、まずはコルス島、サルディーニャ島に至るまでの海域にどのような深海棲艦が潜んでいるのか、を探る事から始めましょう」

「ルグランジュ提督からは明日丸一日準備期間兼休養期間として与えられました。それだけあれば今動ける第三三特別混成機動艦隊の艦娘の艤装の修理や整備は充分出来ます。愛鷹さんの大破した航空艤装も全面修理が出来ると思いますよ」

 第三三特別混成機動艦隊に属する艦娘達の艤装に関する各種整備、保守作業全般を「ズムウォルト」乗り込みの艤装技官と共に観る立場の夕張の言葉に、愛鷹は宜しいと頷く。

「つまり明後日、威力偵察出撃に出る訳ですが人選はどうします?」

 出撃するメンバーをどうするかと問う青葉に愛鷹は顎を右手でつまんで考え込む。

「今回はデフォルト編成で行きましょうか。第三三戦隊メンバーでの出撃に絞ります。残りのメンバーは待機で」

「了解です、ガサや皆に伝達しておきます」

 デフォルト編成、つまり第三三特別混成機動艦隊の母体となった第三三戦隊の愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳の七人の遊撃部隊編成での出撃と言う事だ。一番愛鷹が慣れている編成だし、今から戦力を全力投入するよりも威力偵察目的に小規模部隊でまずは様子見だ。現状摩耶と鳥海が負傷離脱を余儀なくされている以上は全力出撃も無理だ。

「明日一日一杯使って私達で事前の準備は進めておくので、愛鷹さんはここで丸一日寝ていても良いですよ」

 気を使ってくれる夕張の提案に感謝の念を覚えながらも、愛鷹は首を横に振った。

「どうせ、暇すぎて逆に苛立って来ると思うので、午前中いっぱいだけにしておきますよ」

「せわしない人ですね」

 そう言って夕張は苦笑を浮かべた。

 

 翌日、上陸した海兵隊工兵部隊の手で瞬く間に航空基地として再整備が行われた旧パルマ・デ・マリョルカ空港に、人員と機材、補給物資を満載したC-17輸送機が多数が着陸し、更なる航空基地の拡充作業が行われた。正午にはE10B AWACS一機とそれ管制された一二機のQA-10無人対地攻撃機が飛来した。

 QA-10は旧式化したA-10サンダーボルト対地攻撃機の機体を流用して無人機化した無人攻撃機だ。対深海棲艦攻撃においてもその機首に備えられたGAU-8 三〇ミリ七砲身ガトリング機関砲の威力は申し分ない。深海棲艦相手に誘導弾は使えないが代わりにハイドラ70対地ロケットのランチャーを多数備えている。装填されるロケット弾は主に対装甲ロケット弾のM247だが、リード機には目標マーキング用の白リン弾弾頭のM156も装填されている。QA-10は無人攻撃機ではあるが、完全自立制御では無く、ある程度はE10B等からのオペレーターの操作を要求する。

 QA-10の飛行中隊とそれを管制するAWACSが飛来して更に二時間後にはAC-130Jゴーストライダー対地攻撃機が二機とKC-46空中給油機一機が飛来した。AC-130Jは一〇五ミリ榴弾砲とGAU-23/A三〇ミリ機関砲、その他対地兵装を備えたAC-130シリーズのガンシップだ。旋回しながら継続して一〇五ミリと三〇ミリの火力を投射するゴーストライダーがもたらす破壊力は絶大だ。

 そして日が暮れかけた夕刻に、パルマ・デ・マリョルカに送り込まれる航空戦力の本命である第五〇九爆撃航空団のB-21レイダーステルス爆撃機八機が、整備されたての滑走路に着陸した。漆黒の全翼機が滑走路に降り立つと、地上作業員の誘導を受けて、これもまた再整備されたてのエプロンへと入る。前任機のB-2スピリット・ステルス爆撃機より一回り小柄ながら爆装量、航続距離など様々な面で既存のアメリカ製の爆撃を上回る高性能な爆撃機だ。空飛ぶ国家予算と揶揄されたB-2よりも調達コストが抑えられている為大量配備が成されており、国連軍北米航空軍では普遍的と言える程普及した爆撃機だ。

 日が出ている間に飛来したQA-10やAC-130J等が艦娘に対する近接航空支援(CAS)を目的としているなら、B-21はコルス島、サルディーニャ島、更にその先のアンツィオ。マルタ島等に居座る陸上型深海棲艦を大量に搭載した爆弾で焼き払う戦略爆撃を目的とした機体だ。黒い機体はどことなく悪役感を漂わせているが、乗り込むパイロットは総じてフレンドリーな男女であり、航空基地を整備した欧州総軍所属の海兵隊の隊員とも早々に打ち解けていた。

 

 

 B-21がマリョルカ島の航空基地に飛来する頃、愛鷹はマリョルカ島の沖合に停泊する「ズムウォルト」のヘリ甲板の艦尾で葉巻をくゆらせながら着陸アプローチに入る八機の全翼機の機影を見上げていた。

 ちりちりと葉先が鳴る中、空の向こうから八機のブーメランの様な形状をした全翼機がパルマ・デ・マリョルカの航空基地の滑走路へアプローチしていくエンジン音が響き渡って来る。制帽の鍔の下からその姿を見上げつつ、愛鷹はその全翼機から投下される爆弾が、熱核兵器では無い、通常弾頭だけで済む事を願った。

 封緘命令書を読んだ限りでは展開と同時にMk.83純粋水爆も運び込まれる訳では無く、艦娘艦隊によるコルス島、サルディーニャ島の深海棲艦の戦力状況を把握、検討の上で後々運び込むか、核兵器貯蔵庫に仕舞い込んだままにするかを決めると言う。

 一応戦略爆撃とは言っても、目標が頑強な陸上型深海棲艦の場合は通常弾に加えて、MOP2バンカーバスターこと大型地中貫通爆弾による爆撃も実施すると言う。本来のMOPはGPS誘導の誘導爆弾だが、深海棲艦の影響による誘導システムの無力化に対して、投下する爆撃の爆撃照準器を改良する事で従来よりは二割ほど命中精度を落としてはいるが、それでも尚高い精度を誇る無誘導爆撃を実現している。B-21なら深海棲艦の対空小鬼や砲台小鬼の射高外となる高高度から爆弾を投下する事が可能だ。

 出来る事ならそのMOP2で片が付けば、と願わんばかりだ。愛鷹とて核兵器と言うモノは私情を交えても非常に好ましくない存在であるし、乱用は憂慮すべき事態である。追い詰められた人類が無制限核兵器使用に踏み切り、核の冬を引き起こす事態になる事は前線に立つ艦娘としても避けたい惨劇である。

 イタリア半島での地上戦は今この瞬間でも続いている。多くの海兵隊員が死傷しながらも、イタリア半島南部に取り残された民間人の脱出の時間稼ぎを続けている。秩序は保たれているが、いつ防衛線を破られた報を聞いた民間人が輸送機に殺到して、その民間人を振り落としながら輸送機が飛び立つ事態になるのだけは願い下げだ。施設時代、過去に中東のある国での政変に伴い国外脱出を試みる民間人が無数に輸送機に群がり、載せきれなかった彼らを振り落としながら輸送機が飛び立つ光景を収めたビデオを見た記憶がある。

 自分達西部進撃隊と対を成す東部進撃隊は戦艦棲姫や空母棲姫を中核とする大規模な深海棲艦の艦隊と幾度となく交戦を繰り返し、徐々にだが戦線を押し上げているという。特に地中海を庭とするイタリア艦隊とフランス艦隊の活躍が目覚ましいと言う。リットリオ級戦艦艦娘の三八センチ主砲弾はカタログスペック上では大和型の四六センチ主砲弾やアイオワ級のSHSにも匹敵する弾頭重量を発揮する関係上、重装甲の戦艦棲姫相手にも有効にその火力を発揮しているという。一〇〇年程前に存在した史実のイタリア王国海軍のリットリオ級戦艦と違い、アメリカ製の艦娘サイズのSK+SGレーダーを備えているので艦娘の母体となったリットリオ級戦艦の欠点であったレーダーの欠如と言う問題点も解決されている。

 その他にもドイツ艦隊の戦艦艦娘フリードリッヒ・デア・グロッセと重巡艦娘ザイドリッツなどのドイツ艦隊、ロシア艦隊から派遣されて来た戦艦艦娘ソヴィエツキー・ソユーズと巡洋艦娘キーロフと言った主力艦艇艦娘の働きで今のところ東部進撃隊は負けなしの常勝を続けている。ただ東部進撃隊の前面に展開する深海棲艦の数が尋常では無い程に多く、また深海潜水艦隊の跋扈で進撃のペースはそう簡単には上げられない様だ。

 大規模な艦隊を艦娘艦隊との交戦で丸々失って以降、西部進撃隊が受け持つ海域で今のところ深海棲艦の水上艦隊の出現は確認されていない。マリョルカ島を制圧して以来、北米艦隊、英国艦隊、ドイツ艦隊の駆逐艦娘がピケットラインを構築して警戒に当たっているが、深海棲艦の斥候艦すら見ない。西地中海に展開できる主力機動艦隊を失って、深海棲艦も守勢に回っているのかも知れないが、実情がどうなのかは明日から調べて見ない事にははっきりしない。

「狼が居るのかしら……」

 水上艦隊が出張って来ないなら、或いはと呟く愛鷹の口から葉巻の煙が零れた。

 

 日本艦隊統合基地から外出許可を得た比叡は非番の妙高と川内と共に外食に出かけていた。基地内の食堂でも充分美味しい食事を食べられるが、統合基地に隣接する横須賀市内の店でしか味わえない食事があるだけに、外出許可を取って市内に繰り出す艦娘は少なくない。

 歩道を歩く私服の三人の靴音がコツコツと響く中、未だに人気の多い市内の姿を見て比叡が溜息交じりに呟く。

「内陸部への疎開は思うように進んでいないのね」

「高齢者を中心に生まれ育った故郷を離れたくない、って言う人もいるし、日本全土での内陸部への終わりの見えない疎開要請に受け入れ先が見つからない民間人も少なくないからね。そう簡単に今の生活を捨てて、縁の少ない土地でいつ終わるか分からない疎開要請の終了を待つのも大変なんだよ。学生さんとかだと受験生とかになれば引っ越しのごたごたで受験勉強の時間が削られるのがきつい人もいるだろうし、自営業の人とかは店を閉じた後の疎開期間中の損失の補填とかで心配にもなるし。あ、ちょっと待って」

 比叡の呟きに答えていた川内は解けていたスニーカーの靴ひもを結び直しに身を屈める。ショートブーツの比叡とパンプスの妙高と違って普段から川内は動きやすい、と言うよりは走りやすいカジュアルな服装と靴を好むところがあった。

「まだ首都圏を始め、日本の太平洋沿岸部の住民で内陸部へ疎開を行った方々の数は全体の三分の一にも満たないと聞きます。それだけそう簡単に疎開出来るものでは無いと言う事なのでしょう。深海棲艦の活動活発化のニュースは連日報道されているだけに、もはや緊張感も途切れて、オオカミ少年の様な事になっているのかも知れません」

 そう語る妙高の言葉も納得がいく。テレビのニュースでは連日国連軍からの情報公開を定期的に流してはいるが、それが結果として日常風景と化して、初めて疎開要請を促すニュースが流れた時よりも日本国内での民間人に芽生える緊張感が薄まっている印象は比叡も強く感じていた。

 靴ひもを結び直した川内を待って再び歩き出す三人の耳に街頭に立ち並ぶ自営業の店の奥からテレビニュースのキャスターの報道の声が聞こえて来る。時間帯もあって日常風景と言えるニュースしか聞こえて来ない。

 その時、ふと比叡の眼に異質なものが目に入った。

「ねえ、あれ、何?」

 彼女が指さすポスターを見た川内が「ああ、あれ」とポスターを見て答える。旭日旗を背景に、小銃を構えた若い男女が笑顔で「愛国心を示そう」と訴えるさも思想の強そうな募集ポスターだ。

「戦略防衛軍入隊希望者ポスターだよ。所謂国連軍日本方面軍では無い、日本独自の軍事力保有を目指したヤツ。ほら、今の日本って陸海空の全ての軍事力を国連軍に提供しているから、固有の防衛力含めた軍事力ってものが無いでしょ。最近中東でまた動乱が起きてその際に国連軍頼みの邦人保護ってやり方が結構面倒なところが多くて、それが創設のきっかけにもなってるみたい。あたしが聞いた感じじゃ戦略防衛軍は国連軍条約の抜け目を掻い潜った要綱を満たした日本独自の軍隊って事らしいよ。他国への侵攻能力の一切を有さない、防衛と邦人防衛特化の強力な警察力を持つ治安維持部隊の保有なら国連軍条約でも禁止されて無いからね。今の国連軍体制に不満を持つ旧自衛隊関係者や国連軍編入に伴って退役した旧自衛隊員が現役復帰して入隊しているってさ。あとは愛国心の塊みたいな人が入隊しているって。立ち位置的にはロシアの国境軍、中国の武警、海警みたいなものだね。ぶっちゃけ艦娘が関与する様な組織じゃないよ。防衛特化の軍隊だから独自の艦娘も持たないだろうし」

「国連軍条約の抜け目の多さも問題ではありますが、あまり関わりたくはない方々、と言う感じがしますわね」

 距離を置きたいと言う表情を浮かべる妙高の言う通り、些か距離を近くしたくない存在に感じられた。現在の国連の強権体制に不満を持つ人間は少なくないが、ここまで露骨な独自路線は一週回って気味が悪い。

「元自衛隊関係者が多数関与してるって事は、数を除けば質では相当高い軍隊になりそうね」

 ポスターから視線を逸らしながら比叡が言う。かつて世界有数の軍事力を誇った自衛隊の隊員だった人間が多数加わると言うのなら、相当質は高い軍事組織になるだろう。少子高齢化社会の影響で国連軍編入前の時点で自衛隊は規模縮小を余儀なくされてはいたが、腐っても鯛とはよく言ったもので陸空においては規模が小さくなっても世界的に高い練度が落ちる事は無かった。一方旧海上自衛隊は規模縮小と深海棲艦との戦いで士クラスから佐官クラスに至るまでの多くの艦艇分野における人員を失って練度が低下している。今の日本艦隊の司令官である武本が旧海上自衛隊の数少ない艦艇乗りだった将校である事は日本艦隊の艦娘達で知らぬ話ではないし、比叡の妹の霧島や伊勢と日向、加賀、最上等に至っては海上自衛隊の元海士だったと言う履歴もあるなど、海自上がりの艦娘もいるにはいる。

 

 もし戦略防衛軍が設立されれば日本の防衛を担う軍事力が二つも存在する事になる。指揮系統で混乱が生じる可能性は無いだろうが、同じ土地に二つの似たような任務を帯びた組織が存在するのは船頭多くして船山に上る事になりそうでそれはそれで不安になる話だ。

 ただ、戦略防衛軍を作ろうとする気持ちも分からなくはない。現在の国連軍日本方面軍の戦力は旧陸上自衛隊と航空自衛隊、海上自衛隊からの続投組と新規入隊者、それに一部ながら旧在日米軍の残存兵員や中国、韓国、ロシアの部隊がオブザーバーとして参加しており、現在の総兵員数は陸海空合わせて一〇万人。国連軍日本方面軍の主力は旧自衛隊戦力とは言え、国連軍編入に当たって退役した自衛官も多く、定数は規模縮小前の自衛隊の総数よりも少ない。

 地上部隊に至ってはそもそも大規模な部隊が展開していない地方も存在する。例えば北海道は依然として第七師団や第二師団が存在するし、関東と九州にも師団編成部隊に加え富士教導団が存在するが、東北地方、近畿地方、中国、四国地方にあった旧陸上自衛隊の師団や旅団は定数不足激しく解隊されて、沿岸警備中隊として極めて小規模な組織へ改変されている。当然ながら対深海棲艦防衛においても、対人戦においても穴だらけの防衛状況だ。

 日本の人口は二〇四八年現在一億五〇〇万人余りとされ、人口比にして軍事に関わる人口が世界的に見ても少ない方だ。無論単純に少子高齢化で軍に入る若者が減っているのもあるにはあるにせよ、それでも少なすぎると言われている。

 本土防衛に限るなら戦略防衛軍の手を借りざるを得ない状況も発生しうるかも知れない。

 

「嫌な世の中ね」

 ぽつりと呟きながら比叡は空を仰いで、平和な世界にならないのかと誰と無く空へ向かって問いかけていた。



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欧州地中海決戦編
登場艦娘 本名設定集


 最新話更新前の息抜きがてらの簡単な設定集、と言うか脳内設定を教えちゃいます、的な感じです。
 既に以前投稿した設定集で公開した第三三戦隊のメンバーの本名含めて、本名設定に絞って公開します。基本的に過去にストーリに絡む、または将来的に絡んで来る艦娘をメインです。

※本編進行に応じて随時追加していきます。


架空艦娘には※が付きます

 

・第三三戦隊

※愛鷹:鷹野愛美(たかの・まなみ)・便宜上名乗っているだけであり、人としての本名は本来は無い

 青葉:若狭青葉(わかさ・あおは)

 衣笠:笠月絹代(かさづき・きぬよ)

 夕張:張本裕香(はりもと・ゆうか)

 深雪:卜部深雪(うらべ・みゆき)

※蒼月:筑地碧(つきじ・あおい)

 瑞鳳:鳳瑞樹(おおとり・みずき)

 

 

・戦艦艦娘

 大和:八島和美(やしま・かずみ)

 武蔵:蔵本乃武子(くらもと・のぶこ)

 長門:門松長恵(かどまつ・おさえ)

 陸奥:奥寺陸子(おくでら・りくこ)

 金剛:金井麻美(かない・あさみ)

 比叡:樋野江里(ひの・えり)

※三笠:敷島亜由美(しきしま・あゆみ)

※アラバマ:ジャクリーン・ジェーン・グレイブス

 ワシントン:レイチェル・ダリア・スノーマン

 ガングート:ナージャ・トルミス

※アドミラル・グラーフ・シュペー:エデルガルト・ファーレンハイト

 

 

・重巡艦娘

 古鷹:鷹木古奈美(たかぎ・こなみ)

 加古:加川雄子(かがわ・ゆうこ)

 摩耶:草薙麻也(くさなぎ・まや)

 鳥海:島川海音(しまがわ・うみね)

 利根:根本里子(ねもと・りこ)

 鈴谷:谷沢涼芽(たにさわ・すずめ)

 熊野:野上桐江(のがみ・きりえ)

※スプリングフィールド:スーザン・ルチア・バークレイ

 

 

・空母艦娘

 翔鶴;鶴見翔子(つるみ・しょうこ)

 瑞鶴:瑞原伊鶴(みずはら・いつる)

※伊吹:伊吹瑠美(いぶき・るみ)

 鳳翔:山本聡美(やまもと・さとみ)

※フォン・リヒトホーフェン:ユリアナ・ビッテンフェルト

 イントレピッド:レイチェル・カーラ・トレイシー

 

 

・軽巡艦娘

 川内:川辺真帆(かわべ・まほ)

 矢矧:池田波留(いけだ・はる)

 大淀:大木戸淀(おおきど・よど)

※仁淀:仁内円花(じんない・まどか)

 香取:神崎薫(かんざき・かおる)

※ユリシーズ:エリザベス・アドリアーナ・ドレイク

 シェフィールド:ミランダ・サーシャ・シンクレア

 

 

・駆逐艦娘

 秋月:秋元香織(あきもと・かおり)

 浦風:風間美穂(かざま・みほ)

 陽炎:本庄陽詩(ほんじょう・ひなた)

 不知火:氷川亜利子(ひかわ・ありこ)

 霞:霞純夏(かすみ・すみか)

 満潮:潮井満子(しおい・みつこ)

 吹雪:天吹すみれ(あまぶき・すみれ)

 磯波:並木佳代子(なみき・かよこ)

 村雨:村田由衣(むらた・ゆい)

 フレッチャー:ケイシー・フレデリカ・ウェイン

 ジョンストン:ルース・ハンナ・ストーナー

 ヘイウッド・L・エドワーズ:バーバラ・ルイーズ・フィッツジェラルド

※キーリング:クララ・ロペス

 ジャーヴィス:ジュリア・スティーブンソン

 ジェーナス:ジェーン・エヴァンス

※ヴィクトール:エリヴィラ・グラボウスキー

 

 

・補助艦艇艦娘 

 明石:石黒明美(いしぐろ・あけみ)

※桃取:取手百代(とりで・ももよ)

※三原:原田美奈子(はらだ・みなこ)

 

 

・潜水艦娘

※トリガー:キャリー・ナオミ・ステンツ




戦艦艦娘ワシントンの苗字はX(旧Twitter)でのフォロワーへの敬意を示してます。


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第七八話 狼の海

 今年最初の弊艦これ二次創作をお届けします。
 


「愛鷹、出る!」

 発艦申告を告げてから一拍置いて、カタパルトが作動音を立てて艤装を纏った愛鷹を海上へと射出した。射出された身体が軽く宙を飛んだ後、両足を海上に着けるや機関部から伝達されて来た動力が靴底から海中へと伝播され長身の愛鷹を海上に立たせ、前へと進めた。既に発艦済みの青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳の六人と合流すると、いつもの様に自ら先頭に立ち、西へと舵を切る。

 愛鷹以下単縦陣を組んで海上を前進する第三三特別混成機動艦隊の上空は生憎の曇天だった。そう何時も綺麗な青空ばかりに恵まれる訳ではないとは言え、どんよりとした鈍色の空は視界だけでなく心まで影を落としそうな心理的効果を出していた。

 曇天は曇天でも、雨が降る様子は今のところない。波も艦娘が航行するには許容範囲内の高さである。

 今回の愛鷹達の向かう先はコルス島とサルディーニャ島の両島だった。広大な偵察エリアを瑞鳳と青葉の艦載機を用いて海空の全域を捜索し、深海棲艦の展開戦力を把握する。やる事自体は何時もの、第三三特別混成機動艦隊結成前の第三三戦隊の時から何一つ変わっていない。本隊の講堂前に敵勢力圏に侵入して、敵の展開情報を収集して帰る。ここ最近は艦隊決戦に先立っての前衛部隊として投入されてきていたが、今回は索敵攻撃部隊として編成された第三三戦隊の本来の任務に戻ったと言えた。メンバーも第三三特別混成機動艦隊の中でも母体となった第三三戦隊の初期メンバー七人で構成されている。初心に帰ったと言えばそうなる形だ。

「瑞鳳さん索敵機発艦始め。青葉さん哨戒機発艦始め」

 ヘッドセットの通知スイッチを押して、瑞鳳と青葉にそれぞれ索敵機と哨戒機の発艦を命じる。二人から了解の返答が帰り、背後からギリギリと弓のしなる音と、カタパルトから水上機を射出する乾いた圧搾空気の射出音が鳴った。打ち出されて空を掴む天山一二型甲改と瑞雲12型第一一八特別航空団仕様のエンジン音が辺り一帯に殷々と響き渡る。機上レーダーを駆使して海空の深海棲艦の捜索を担当する天山に対し、瑞雲は持ち前の低速性能を生かした対潜哨戒任務だ。KMXと呼ばれるMAD(磁器探知機)を備えた瑞雲が二機一組の編隊を組んで四方向へ散っていく。

 航空機による広域索敵網を構築する一方、愛鷹ら七人の艦娘自身も双眼鏡を手に自分達の眼と耳で海上の警戒に当たる。時代がどれほど進もうと、技術がどんなに発達しようが、最終的にモノを言うのが人の五感である事は今後も変わる事は無いだろう。

 先の艦隊決戦で艦娘艦隊は少なくない損害を被った。航空戦力、艦娘両方だ。しかし幸いにも艦娘に轟沈したものは無く、負傷者の手当は医療設備の充実した大型艦娘母艦で行われ、航空戦力も現在補充と再編成が進められており、損害の補填は順調だ。対する深海棲艦は水上艦隊が被った損害は甚大なのか、それとも守勢に回ったのか、マリョルカ島を巡る海戦、バレアレス諸島沖海戦が国連海軍の勝利に終わってからこっち、深海棲艦の水上艦隊が姿を見せる事は一切なく、長距離渡洋爆撃を試みる爆撃機すら姿を見せない。捨て駒として使っても問題は無いであろう無印のイ級からなる水雷戦隊すら姿を見せないのはかえって不気味でもある。

 最も深海棲艦が姿を見せないのはかえってマリョルカ島への兵力増強と拠点化にリソースを避けると言う意味では悪い話ではない。AWACSや哨戒機も進出し、かつて早期警戒電探棲姫が鎮座していたトラムンターナ山脈には仮設のレーダーサイトが建設され、標高一四〇〇メートル余りの高さに設置されているレーダーが海と空に電波の波を三六〇度伝播させ、反射するもの全てをレーダーサイトの監視所のコンソールのディスプレイに表示させている。今のところレーダーが拾ったものは精々渡り鳥の影位だ。

「ターミガン、フェーザント各隊、現状敵との接触無し……静かですね」

 索敵機から共有されてくる索敵情報を見た瑞鳳が張り合い無さそうに言う。

「水上艦は居なくても、海中に潜れる潜水艦となれば話は別です」

 反論する様に青葉が頭を振る。天山の機上レーダーでは電波が通りにくい海中に潜む潜水艦までは捕捉出来ないから、水上艦と違って瑞鳳の艦載機では海中に潜む潜水艦の姿を捉える事は出来ない。その分を青葉の瑞雲が穴埋めする形で展開しているのだが、今のところは青葉の瑞雲の方でも潜水艦探知の報告はない。

 ソーナー探知を続ける青葉は先頭を行く愛鷹の背中とHUDのソーナー反応を交互に見ながら、疑問を呈する。

「水上艦隊が出張って来ないのは何故なんでしょう。まだ多数の水上艦隊を深海棲艦は有している筈なのに」

「私達がこの海に来るまでの間、欧州総軍艦隊との戦闘で少なくない数を失っているだけに、向こうも余裕が無いのでしょう。残存する有力な艦隊はコルス、サルディーニャの二つの島とアンツィオの防衛艦隊に割いて、防備を固めているのかも知れません。守りの方が攻めの方よりも地の利を生かす分、条件次第では優位には立てます」

 完全に守勢に回っているのなら深海棲艦も取れる戦術が絞れるだけに戦いやすいのだろう。これが同じ人間相手なら、コルス、サルディーニャ島を攻略すると見せかけて、アンツィオへ直行すると言う戦術も可能ではあるが、相手は深海棲艦だ。国連軍の対深海棲艦に対する方針は「殲滅戦」である。見逃した深海棲艦が戦力を再編して後背から襲い掛かってくる可能性もあるし、後顧の憂いを断つと言う意味でも、国連軍のドクトリンに則っていると言う意味でも時間がかかってもいいから確実に各拠点の深海棲艦は殲滅して行かねばならない。消耗戦そのものであり、艦娘も将兵も神経と体力をすり減らすばかりであるが、相手が相手なだけにこれしか取れる戦略が無い。一匹でも残したらそこから新たな深海棲艦が現れないと言う保証はないのだ。

「なあ、愛鷹。深雪様的にこんな説は無いかな、って思う事があるんだけど」

 ふと双眼鏡を手に水上監視を行っている深雪が愛鷹に顔を振り向けた。軽く深雪の方へ首を回した愛鷹が無言で先を促すと、深雪は再度双眼鏡を覗き込みながら、自身の中で考え付いたある事の続きを話した。

「深海棲艦、戦艦級以外は防衛艦隊に回してるとして、戦艦棲姫やス級を座礁擱座させて陸上砲台にさせて深雪様たちを待ち受けていたりしないかなって。少なくとも海上に浮かんでいるよりか、地上に足を付けている方が砲に伝わる波の動揺は受けないだろ? 勿論陸上型深海棲艦にも巨大な地上砲台を備えている奴はいるけどさ」

「完全に守勢に回り過ぎじゃないそれ? 私達に対して反転攻勢に出るだけの戦力をすぐには使えなくさせちゃうことになるわよ」

 話を聞いていた衣笠の対論に、深雪もその通りで貼ると頷きながらも、右手の人差し指を立てて横目で衣笠を見ながら答える。

「だがしかし、だ。そういう可能性も視野に入れておくべきじゃないか、と言う事さ」

「トーチカ要塞棲姫やトーチカ小鬼が深海棲艦の地上戦力として配備されている中、既存の戦艦級を座礁擱座させて折角の機動力を捨ててまで陸上砲台にするのは現実的な戦術とは言い難いですが……でも、一理あると言えばそうですね。少なくともス級の主砲は、陸上型深海棲艦の中で最大口径の砲を備えている港湾水鬼と同等か、それ以上。その巨大砲も海上にある内は青葉達艦娘同様並みの動揺を等しく受ける。でも、座礁擱座させて陸上砲台化してしまえば波の問題は無くなり、高精度の大口径艦砲射撃が降り注ぐ……」

 現実的な観点から一度は否定した青葉も、可能性はゼロでは無いと言う事に着眼して、自身の発言を見つめ直しながら、ゼロでは無い可能性について頭を巡らせる。

「トーチカ要塞棲姫やトーチカ小鬼だけでも戦艦艦娘を一撃で撃破する事が出来る火力があるのに、既存の戦艦級を陸上砲台にしてしまうメリットなんてあるかしら?」

 尚も首を傾げ、戦艦級深海棲艦の陸上砲台化に現実的観点から疑問を呈する衣笠に、青葉は右手で顎を覆う様に掴み、少し考えた後導き出した答えを口にする。

「トーチカ棲姫、小鬼共に対空戦闘能力は決して高い訳では無い、所詮は対地対艦攻撃の為の砲台。だけど戦艦級深海棲艦は固有の対空火器がある。つまり一個の固定防御拠点として完結した戦闘能力があるって事だよ。勿論ツ級やト級flagship級とかよりは劣るとは言え、対水上射撃、対空迎撃どちらもこなせる、と言う意味では汎用性に優れている」

「とは言っても、今のところコルス島、サルディーニャ島がどうなっているのかすら分かっていない状況、ここでの議論は全て憶測にしかならないのよね」

 議論に加わっていなかった夕張のその言葉はぐうの音も出ない正論ではあった。居るかもしれない、どうなっているかもまだ分からないコルス島、サルディーニャ島の深海棲艦の状況をあくまでそれっぽい理由を付けて語っていたに過ぎない。

「行って見れば分かりますよ」

 そう告げる愛鷹の言葉が締めとなり、全員元の任務に戻った。

 

 

 ターミガン1-1は単機でコルス島へ向かう進路を飛行していた。機上の簡易電波逆探知機にすら深海レーダーの反応は一回を除いて無く、装備も空も静寂に包まれていた。ただターミガン1-1の天山一二型甲改の火星エンジンのエンジン音だけが規則正しいピッチ音を響かせていた。一二型で採用されている火星エンジンでも、海外の航空技術を導入して出力をそのままに燃費の向上を含めた性能の改善を図っているエンジンなので、ノーマルの天山一二型甲よりも航続距離は長くなっており、偵察機として申し分ない性能を持つ。速度こそ、二式艦偵や彩雲には劣るが、零戦二一型やそれとほぼ同性能の深海棲艦戦系よりは俊足だ。最も元が艦上攻撃機なだけに機動性は決して高いとは言えない。アメリカ空母艦娘で用いられていた偵察機としての性能も高いSBDドーントレス艦上爆撃機と比べたら見劣りする所はある。事実日本艦隊でも艦上偵察機兼艦上爆撃機としてアメリカ空母艦娘と同じSBD艦上爆撃機の導入も検討された事があり、トライアルも実施されたが、結局二式艦偵や彩雲の導入によって計画は流れてしまった。

 第三三戦隊の一員である瑞鳳はそのトライアルに際し母艦艦娘として参加した日本艦隊の空母艦娘であり、SBD艦上爆撃機の事を「収納性に秀でて、爆装搭載量も多く、機動性も良好」と艦上爆撃機として当時のライバルであった九九式艦上爆撃機や偵察機としてのトライアル比較対象の二式艦偵、彩雲に無いところを褒め称えた報告書を作成していた。忖度抜きに彼女としては日本艦隊でもアメリカ空母艦娘と同じ機体を運用する方が、装備の融通、備品等の補給面で有利になるとして愛用の九九式艦爆より優れている事に悔しさを噛み締めながら賞賛していたが、結局はアメリカの航空技術を用いて日本の空母艦娘の艦載機のエンジン強化に努めると言う案が採択された。

 天山一二型甲改の火星エンジンはアメリカの技術導入によってチェーンアップされた新型エンジンを載せているだけあって、パワフルなエンジン出力を実現しており、機体性能そのものを従来の天山よりも底上げしている。瑞鳳に搭載される天山一二型甲改は偵察機としての任務に特化した特注仕様であり、高いエンジン出力から来る余剰パワーにより機上レーダー、逆探等の豊富な艤装類の搭載を可能としていた。

「まもなくコルス島です」

 後席員の航空妖精が操縦席に座る航空妖精にマップを確認しながら無線で伝える。

「ここまで来て、地上からのレーダーサイトの反応が無いのはおかしいな」

 操縦桿を押しやって緩降下しながら、操縦席に座る航空妖精は疑念を口にしていた。島を警戒するピケット艦や地上設置の深海レーダーサイトからの早期警戒レーダー波を受信していてもおかしくない場所の筈だが、逆探は今になっても無反応を決め込んでいる。故障は有り得ないから、単純に深海棲艦側がレーダーを使用していないとしか言いようがない。

 高度六〇〇メートルまで降下した天山一二型甲改の操縦席に座る航空妖精が目視で島の様子を確認する一方、後席員の航空妖精はカメラを起動して偵察写真の撮影準備にかかる。

「いるぞ、いるぞ、いるぞ」

 目視可能なだけでも港湾棲姫、港湾水鬼、地上電探警戒棲姫、船渠棲姫、集積地棲姫の姿が確認出来た。ただどれも稼働状態には無い。偽装網を被って姿を隠そうとしているのが分かるが、隠しようのないシルエットは偽装網越しにも薄らと分かる。

 後席からカメラのシャッターを切る音が響いて来る。

「偵察機の進入に、死んだふりして逃れようって腹積もりか?」

 だとしたらもう少し隠れる努力はした方がいい、と航空妖精は苦笑を浮かべていた。一度第三三戦隊配属前に青葉を相手に攻撃演習を行った事があったが、巧みな偽装を施した青葉相手に攻撃効果を上げられなかった経験があるだけに、深海棲艦側の偽装対策の甘さには及第点を付ける気すら起きない。

≪1-2より1-1、現在コルス島北部を偵察飛行中。敵の抵抗なし、引き続き島の偵察を実施しつつ、突発的な敵襲に留意する≫

「1-1了解した」

 島の北部を偵察するターミガン隊の二番機からの報告に応じながら、操縦席に座る航空妖精はフッとレバーを踏み、操縦桿を緩やかに倒して左に緩旋回しながら地上の深海棲艦の偵察写真撮影を続ける。予想に違わず多数の陸上型深海棲艦が進出しており、島全体が要塞化されている。船渠棲姫や港湾水鬼、港湾棲姫、前方展開泊地棲姫の姿も確認出来る。ただすでに拠点化が終わりかけているからなのか、あくまでも深海棲艦の拠点化完了までの仮拠点である前方展開泊地棲姫は解体作業が始まっている。

 旧ボニファシオの港湾部には輸送船ワ級が少なくとも四〇隻は入港しているのが確認出来る。単なる前進基地としてだけでなく、深海棲艦の兵站拠点としても機能しているのだろう。それら深海輸送船団の姿も写真に収める。

「おや? ありゃあもしかして?」

 カメラを覗き込んでいた後席員が意外そうな声を上げる。

「どうした?」

「旧ボニファシオ港の船渠棲姫の艤装の横に先のバレアレス諸島沖海戦で交戦した新型の空母棲姫級が停泊しています。損傷していますね」

 操縦席に座る航空妖精も旧ボニファシオ港の港湾部に目をやる。船渠棲姫の艤装の横に、先のバレアレス諸島沖海戦で交戦した深海棲艦空母機動部隊で新たに確認された新型種の空母棲姫級が停泊しているのが見えた。先の海戦で損傷した傷を船渠棲姫の艤装に横付けして修理中らしい。そう言えばあの空母棲姫級を確実に撃沈したと言う戦果報告は確認されていない。

「この島に逃げ込んでいたのか。しっかりカメラに収めておけ、アンツィオとマルタ島攻略前に奴をここで仕留める事が出来るかもしれない」

 

 コルス島の旧ボニファシオ港に先のバレアレス諸島沖海戦で交戦した新型種の空母棲姫級がいると言う報告に愛鷹はふと戦闘詳報にも、新型種の空母棲姫級を撃沈したと言う確実報告の記述が無かった事を思い出した。

「取り逃がしていたか……まだ損傷修理途上なら、停泊中に撃沈する事も可能ではあるけど」

 生憎、今の第三三特別混成機動艦隊の戦力ではコルス島に強襲攻撃を仕掛けるのは無謀だ。火力差が大きすぎる。愛鷹達は何の策も無しに巨人ガリヴァーに挑むリリパット人では無い。単純火力や圧倒的数的不利で勝てない相手に無策で挑む真似をする程愚かだったら既に此処にはいないし、そもそも艦娘にもなれない。

 しかし、深海棲艦の水上艦隊戦力で今のところ確認出来ているのはコルス島で修理中の新型種の空母棲姫級一隻だけである。あとは輸送艦ワ級が四〇隻ほど。もし島が要塞化されていたりしなければ、七人で襲撃しても充分撃破出来ただろう。

「痒い所に手が届く、ではなく、痒い所に手が届かない、ですね」

 共有されて来た情報を確認する蒼月の台詞に他の五人がその通りだと頷く。愛鷹は頷かない一方で諦めの溜息を吐いた。そもそも論で先の海戦で徹底的に仕留めきれなかったのが問題だから、その点詰めの甘かった自分達に落ち度がある。

 コルス島とサルディーニャ島の中間にあるボニファシオ海峡へ向かう進路を取る第三三特別混成機動艦隊の七人の中で後ろから数えて二番目にいる蒼月にとって、地中海の海は初めての世界である。艦娘になったはいいが、自分に自信を持てず、第三三戦隊に強制配属されるまで結果的に基地近海に引き籠ってばかりだっただけに世界中の海と言うモノを知らなかった。

 そんな彼女の耳が靴底のソーナーを介して、海中から聞こえて来た異音を、より高精度なソーナーを艤装に備え、高い五感を備えている筈の強化人間の愛鷹を差し置いて察知したのは偶然では無く、実のところ当然の結果であった。

「ソーナー探知、右三〇度、距離二〇〇〇、深度二〇。潜水艦と思われる、信頼水準低」

 サッと手をヘッドセットに当てて目を閉じ、五感を研ぎ澄ます蒼月に、微妙に遅れて愛鷹もソーナーモードに切り替えたHUDを見つめながら聴音を試みる。最近、クローンとしての老化の影響なのか、以前より五感の反応や体力が鈍くなった気がした。

 ヘッドセットに手を当てて聴音に集中する蒼月と愛鷹に代わり、深雪や夕張、青葉と衣笠、瑞鳳が周囲の海上と空に警戒を向ける。

 靴底に備えられた四式水中聴音機を介して海中の聴音を続ける蒼月が、目をパッと開いた時、彼女と愛鷹の艤装内で同様に聴音を行っていた水測員妖精が「突発音、魚雷馳走音探知!」と叫んだ。

「魚雷です!」

 反射的に叫ぶ蒼月に、水上警戒に徹していた深雪が双眼鏡を下ろして、蒼月の方へと振り返る。

「いつも通りやれ、方位と距離は?」

「水中より魚雷音、右舷真横、距離四〇〇メートル!」

 その報告にサッと七人全員が右舷真横へと視線を向ける。七人のいる方へ向けてゆらゆらと揺らぐ海面に白い航跡が浮かび上がって二本の雷跡を作り出し、静かに、だが確かな殺意を持って急速に距離を縮めて来ていた。

「雷跡視認! 方位一-八-〇、距離三〇〇メートル、あそこよ! 雷跡二つ!」

 既に目視可能な距離にいる二本の魚雷を確認した夕張が白い二本の後席を指さして叫ぶ。発射点は不明だが、少なくとも右舷側に深海棲艦の潜水艦が潜んでいるのは間違いない。青葉の瑞雲のMAD探知を上手い事逃れたのか、それとも海底に着底して海底の金属反応に紛れてやり過ごしていたのか。

 するすると航跡を伸ばしてくる二本の魚雷は、艦隊最後尾の瑞鳳の後方をすり抜けて行き、爆発する事無く左舷側へと抜ける。そのまま燃料が切れるまで当てもない航走を続けるだけの魚雷から向けていた意識を変え、愛鷹から戦闘用意の号令が下される。

「戦闘用意! 対潜戦闘用意! 陣形変換、複縦陣へ」

 本来対潜戦に有効な陣形は単横陣だが、対潜戦にも有効であり、かつマルチプルな対応が可能な複縦陣へと艦隊の陣形を切り替えるよう愛鷹から後続の六人に向けて指示が飛ぶ。直ぐに愛鷹を先頭に後続の青葉と衣笠が並び、速度を上げた瑞鳳が夕張と共にならび、殿を横に並ぶ蒼月と深雪が固める。

「青葉の瑞雲のMAD探知を逃れたって……? アオバンド全機、艦隊の周囲に戻れ! 艦隊周辺の対潜掃蕩を行います!」

 瑞雲を呼び戻す青葉がヘッドセットに向かって喚きながら、更に対潜警戒の為に増援の瑞雲を発艦させるべく左腕に航空甲板を構える。青葉の左腕に構える航空甲板のカタパルトから、発艦待機中だった瑞雲が二基のカタパルトで次々に射出され、艦隊の周囲に散っていく。

 対潜警戒の為の瑞雲隊を追加発艦させる青葉の隣で、衣笠が戦術タブレットを出して、今自分達がいる海域を確認する。MADは確かに探知範囲は限定されるから、瑞雲隊のMAD捜査に漏れがあったとしても、八機の瑞雲が作る捜査範囲をそう簡単に突破出来るのか、と言う彼女なりの疑念からだった。そしてその疑念は戦術タブレットに表示される海図に書き込まれた沈船マークで解決された。

「近海に沈没船の表記があるわ、この残骸を使ってやり過ごしたのかしら」

「民間船航路は今いる海域から外れてる筈だけど、船が沈む要素なんてあったっけ?」

 艦載機の発艦を終えた青葉が妹がいる方とは反対側の海面に警戒の目を向けながら聞くと、衣笠はタブレットで沈没船のデータを検索する。直近に沈んだデータがあれば確認が取れる。

「民間船の沈没とかは無いけど、この海域で昔深海棲艦とフランス海軍の戦闘があって、その際にフランス海軍の通報艦二隻がここで沈んでいるわ。この二隻の軍艦の残骸を使ってMADの反応をやり過ごしたのかも」

「青葉達が向かっている先のボニファシオ海峡の平均水深でさえ四九一メートルだよ!? 周辺海域となればもっと深い所もあるのに、そんな海底の底に沈んだ軍艦の残骸に潜むなんて、無理があるよ。現在の人類軍の潜水艦だって五〇〇メートル潜れれば凄いものだって言うのに」

 困惑する青葉の言う事は分からなくもない。深海棲艦の潜水艦で潜航深度一〇〇メートル以上が確認された艦は無い。深海棲艦の潜水艦でも最も強固な船殻を持つ潜水新棲姫やソ級flagship級でも国連海軍との幾度とない交戦の結果、圧壊深度は一〇〇メートルと言うデータが算出されている。船殻の強度がそれより劣るelite級の深海潜水艦やカ級、ヨ級クラスとなれば一〇〇メートル潜る前に強力な海水の圧力で圧壊して木っ端微塵に砕け散ってしまう。

「残骸に隠れずとも、海底の残骸でMADの探知を躱す事くらいは出来ます。MADは良くも悪くも磁気を発するものは何でも拾ってしまいますからね。ソーナーと同様万能じゃありません」

 依然としてソーナーで聴音を続ける蒼月が、青葉と衣笠に対して、対潜戦を担当する艦娘としての専門分野の見解を口にする。

 ソーナーで聴音を行う蒼月だが、そのソーナーとて彼女の言う通り万能ではない。海中での音の伝わり方は海中内での温度の差で変わって来るからだ。変温層(レイヤー)と呼ばれるここを把握していれば、艦娘だけでなくより大型で高性能のソーナーを備えている艦娘では無い軍艦のソーナーによる探知すら掻い潜れる。深海棲艦の潜水艦はそれを把握しているから、蒼月や愛鷹、それに深雪のソーナーによる聴音から上手い事隠れのけている。

 変温層を利用して隠れているのなら、それを無視して潜水艦を見つけるアクティブソーナーと言う方法もあるが、短信音を放つと言う関係上自分達の位置を正確に深海棲艦の潜水艦に教える事になるから、使うとしたら最終手段である。安易に使って痛い目に遭った事があるだけに、第三三の全員がアクティブソーナーの使用を提案する事は無かった。

 戻って来た、ないし新たに発艦した一二機の瑞雲が艦隊の周囲に展開し、空から雷撃戦に備えて浮上して来ているであろう深海棲艦の潜水艦を探しに回る。七人を魚雷攻撃するならどうしても空からでも目視可能な深度にまで浮上せざるを得なくなる。聴音雷撃と言う手もあるが、潜望鏡を上げて雷撃を行う方が確実性も上がるし、そもそも深海棲艦の潜水艦は人類軍の艦娘では無い方の潜水艦の様に深深度から魚雷が撃てるような作りでは無い。

 ぐるっと旋回する瑞雲の一機、アオバンド8の航空妖精が海面に視線を向ける中、二人の航空妖精の視界に海上に気泡と共に潜望鏡深度へ浮上して来る深海潜水艦の姿を捉えた。大胆にも潜望鏡をにゅっと海上に突き出して、航行中の第三三特別混成機動艦隊の方を見ている。

「あそこだ! アオバンド8より青葉へ。敵潜水艦発見、攻撃する!」

≪了解、攻撃を許可します≫

 母艦である青葉からの攻撃許可を得るや、操縦席に座る航空妖精は乗機をダイブさせて潜水艦目掛けて緩降下しながら、胴体下に抱いている対潜爆弾の照準を合わせる。ぐるりと潜望鏡を一周させ周囲を見渡して警戒する深海潜水艦のレンズに瑞雲の機影が映るや、潜水艦は即座に潜望鏡をしまい、ベントを開いて急速潜航に移行する。海上に開放されたベントから漏れ出た空気の気泡が浮かび上がる中、緩やかな角度で降下して来た瑞雲は逃すかと対潜爆弾を投下する。

 航空妖精が爆弾投下レバーを引き、操縦桿を緩やかに引き起こして機体を上昇に転じさせる一方、トスの要領で投じられた二発の対潜爆弾が弧を描きながら海中へ向かって落下していく。着水の水飛沫を海上に小さく上げた対潜爆弾は、やや間を置いて海上にも響き渡る程の爆発音を二回立てて海中で爆発し、濁り気の無い真っ白な水柱を、海中を掻き揚げただけの水柱を突き上げる。

「爆撃効果は無しです、逃げられました」

「畜生、一歩遅かったか」

 手持ちの対潜爆弾は二発しかないだけに、アオバンド8が出来る事は、後は他の瑞雲の対潜攻撃支援しかない。

 遠くで今しがたアオバンド8が投下した対潜爆弾が炸裂する音が幾度も響き渡るのが聞こえて来る。三機の瑞雲が対潜爆弾を海中へと投じて、六本の水柱が二本ずつ三方で突き上がっていた。互いの位置が離れている三機の瑞雲から対潜爆弾が投じられたと言う事は、それぞれ三隻の潜水艦を更に探知したと言う事になる。

 アオバンド3、4、7が対潜爆弾を投下して、その内3と7の爆撃が潜水艦を捉え、海中に飛び込んだ対潜爆弾の強烈な爆圧を食らって艦体が砕けた深海潜水艦の残骸が、燃料交じりの黒く濁った水柱と共に海上に吹き上がる。アオバンド4の爆撃は8と同様寸でのところで逃げられたのか、手ごたえは無く、潜水艦撃破の印となる黒く濁った水柱では無い、真っ白な水柱が二つそそり立った。

 海中で炸裂する対潜爆弾によって、第三三特別混成機動艦隊の七人のソーナーは爆発音で一時的に聴音不能の状態に陥っていた。

「海中で爆発音多数、敵潜の状況不明」

 ヘッドセットに手をあてがいながら蒼月が報告する。ナイアガラの滝の瀑布の音を聞いているかのような轟音が七人のソーナーに飛び込んで来るが、七人の耳に入るまでの間にヘッドセットの鼓膜防護の為の突発的な大音量を自動的にシャットダウンする機能で耳をつんざかれる事は防がれた。

「面舵、新進路方位一-一-〇へ」

 自ら面舵に切って方位一一〇へ転進する愛鷹に続航する七人が復唱しながら面舵に切り、愛鷹の引く航跡の後を追う。

 面舵に舵を切って直ぐに蒼月が目を軽く閉じてヘッドセットの向こうから聞こえて来る深海潜水艦の機関音を聞き取り、全員に聞こえる声で伝達する。

「敵潜探知、方位〇-〇-一、距離四〇〇メートル」

「深雪さん、蒼月さん、取り舵、新進路方位〇-六-五、第三戦速。爆雷戦用意」

「了解」

「了解だ」

 二人が隊列から離れて深海潜水艦の方へと向かう中、上空では瑞雲がぐるぐると飛び回り、潜望鏡深度へと浮上して来るであろう潜水艦の確認にあたっていた。今や巣穴からわらわらと出て来るアリの様に深海潜水艦はその姿を現していた。その姿を現した一隻に対して蒼月と深雪のペアが接近すると、二人の三式爆雷投射機から乾いた射出音がそれぞれ四回響き、海中へとドラム缶の型の形状の爆雷が八発投射される。直ちに最大戦速に加速して爆雷の爆発加害範囲から逃れる二人の後ろで、海中で爆発した爆雷が八本の水柱を突き上げ、海中に海水を介して強烈な爆発の圧を広げていく。

 再びソーナーが爆発音でかき乱され、爆音以外何も聞こえ無くなる中、アオバンド6が愛鷹に蒼月と深雪が爆雷を投じた場所に潜水艦の影を確認した旨を報じる。

≪敵潜水艦、浮上します!≫

 艦娘艦隊がすぐ傍にいる中浮上すると言う事は、潜航不能に至る程の損傷を受けたことに間違いない。

 ヘッドセットのマイクを左手で掴んだ愛鷹は夕張と深雪、蒼月にそれぞれ別個に指示を下す。

「夕張さん、左砲戦用意。浮上する敵潜水艦に対して水上射撃にて止めを刺して下さい。深雪さん、蒼月さん、隊列に戻ってください」

「了解、左砲戦用意!」

 左舷側へ主砲の砲口を向け、射撃体勢を取る夕張の視界の先で、Uターンした深雪と蒼月が愛鷹達の元へと戻る。二人が完全に背を向けた時、背後の海上に潜水艦ヨ級が海面を割る様に浮上して来た。艤装上をざばざばと海水がしたたり落ちる中、爆雷攻撃で損傷し、潜航不能になったヨ級が浮上雷撃戦に移行し、狙いを夕張に向けるが、ヨ級が発射管に魚雷を装填する前に夕張からの砲撃が飛来した。

「やっちまえ、夕張!」

 すれ違い様に深雪が夕張に向かって喚き散らす。それに応える様に夕張の一四センチ主砲が徹甲弾を撃ち出し、海上に浮かぶヨ級の周囲に着弾の水柱を突き上げる。白いカーテンの様にヨ級の視界を奪う夕張の間断の無い砲撃は、たちまちヨ級の艤装に着弾し、着弾の爆発音と閃光、パッと舞い上がる艤装の破片が同時に走った。夕張がもう一押しと連装主砲を放った時、ごぼごぼと言う浸水の音を激しく立てながらヨ級の船体が急速に海中へと消えて行った。潜航出来る筈が無い状態だから撃沈したと見て間違いないだろう。

「ワンダウン」

 一隻撃沈をコールする夕張が主砲に「撃ち方止め」の号令をかけると、それに代わる様に愛鷹の副砲と左腕の機関砲が前方の海面を撃ち始めた。

「艦隊前方に潜望鏡!」

 射撃しながら水中弾効果で潜水艦にダメージが入らないかと愛鷹は試す。対潜兵装は無いが、潜望鏡深度の潜水艦になら威力こそ大きく減衰するが一定の水中弾効果でダメージを入れられる可能性は無くはない。規則正しい連射音が左腕の上で鳴り、小太鼓を小刻みに連打するかのような高角砲の連射音が響き渡る。

 海上に無数の水柱が突き立ち、潜望鏡の姿を隠しかける中、ヘッドセットから何かに金属の塊が激突するかのような音が入る。鈍いその音の後、ポンプの稼働する音と共に海上にべこりと船殻を大きく凹ませたヨ級が浮上して来た。

 双眼鏡を下ろして右手を大きく振りながら愛鷹の肩の上で見張り員妖精が叫ぶ。

「敵潜水艦浮上!」

「主砲、俯角最大。敵潜を狙え!」

 作動音と共に愛鷹の右側で二基の主砲がヨ級の方へと砲塔を巡らせ、砲身の俯角を最大に取る。撃たれる前に射角の内懐に潜り込んでやり過ごそうとヨ級が最大速度で接近して来るが、俯角を最大に取った愛鷹の主砲が火を噴くのが先だった。弱装薬で発射された四一センチ弾五発の内、一発だけだったがヨ級の艤装に直撃する。巨大なハンマーで叩き潰される様にヨ級の船体が大きく海中に沈みこみ、一度浮上しては来るが、艤装に空けられた巨大な破孔からの大量の浸水によって再び海中へと沈み始め、二度と浮上できないまま海の底へ静かに消え去っていった。

 これで四隻目。ヨ級二隻と艦種不明艦二隻を撃沈した愛鷹達だったが、息つく暇も無く、七人の各艤装や肩の上に立って見張りを行う見張り員妖精が更に「雷跡視認!」の報告を上げる。

「方位〇-〇-一より二本接近、距離六〇〇メートル!」

「方位〇-九-三より四本接近、距離五〇〇メートル!」

 二隻ないし最大三隻と見られる深海潜水艦による十字砲火を前に、愛鷹は二方向からの雷跡を交互に見やり、即座に回避号令を青葉達に伝達する。

「最大戦速、取り舵一杯! 新進路〇-〇-〇。曲がり切れないなら右前進一杯、左後進一杯で曲がって下さい!」

「了解、取り舵一杯!」

 復唱する青葉の声を背中で聞きながら、最も舵の効きの悪い愛鷹自身、舵を左に切りつつ、左右の足の推力を逆転させて左急旋回を試みる。右足の踵では前進一杯の濁流が噴き出す一方、左足の爪先からは逆進一杯の奔流が流れ出る。艤装のサイズが今ここにいる七人の中でも最も大きく、重いだけにその質量分だけ愛鷹の舵の効きも悪い。

「ぐっ……」

 強引に曲がる愛鷹に旋回する艤装から伝わる衝撃が不快な感覚となって身体と頭に押し寄せる。着任時なら何とも思わなかったであろうこの衝撃も、日増しに進むクローンとしての老化だけでなく、成長速度及び加齢速度が常人の一五倍速の愛鷹ならではの急激に老いる身体に無理を強いる。彼女に出来るのは歯を食い縛って耐える事だけだ。

 無理を言わせて強引に、その巨大な艤装の割には小さい旋回半径で左へと回る愛鷹の右手前方に二本の雷跡が見えて来る。ゆらりゆらりと燃焼せずに排出され、水に溶けなかった窒素で出来た白い航跡が魚雷が既定の速度を保って距離を詰めて来るのを視覚的に示していた。射程一杯で撃ったのだろうか、雷速はそれ程速くない。至極当然ではあるが距離が近ければ燃料に余裕が出来る分、雷速は上がるし、距離が遠くなれば燃料の消費を抑えるために雷速は低下する。些かゆっくりと動いて見える二本の雷跡から察するにあの魚雷を撃った深海潜水艦と愛鷹達との距離は相当に離れているのかも知れない。

 逆に背後を通り過ぎる形になる四発の魚雷は雷速が速い。ゆらりゆらりとでは無く、殺める命を求めて駆け寄って来る死神ようにも見える速さで迫る四本の白い航跡が、左へと急旋回する七人の背後を音も無く通り過ぎて行く。

 深海棲艦の潜水艦の撃つ魚雷にもいくらか種類があるのが確認されているが、いずれも駆逐艦娘クラスなら一撃で大破させられる事もある。必要充分な大火力を備えている深海棲艦の魚雷は時に、砲撃や爆撃よりも遥かに脅威度は高まる。砲弾や爆弾なら、最悪腕や艤装で防ぐ事は出来る。だが魚雷は接点が艦娘の身体を支える二本の脚になって来るだけに、直撃してしまえば当然足を負傷する事になるし、それで主機や靴が破壊されたり脱げるだけで済むならまだしも、脚そのものを失う事態も時にはある。脚の千切れ方によっては大動脈を損傷して大量出血で死亡する可能性すらあるだけに、魚雷の直撃は例え戦艦艦娘であっても気を抜けないダメージだ。

 今第三三特別混成機動艦隊の七人が対峙するのは、その最も艦娘との相性が悪いと言える魚雷を主武装とする潜水艦の群れだった。

「狼の海に飛び込んでしまったかしら?」

 左急旋回で右へと傾ぐ艤装を立て直しながら独語する愛鷹の耳に、七人へ魚雷を撃った深海潜水艦の艦影を空から確認した瑞雲が対潜爆弾を投じる。長距離雷撃を試みた潜水艦は一隻だけだった様だ。二発撃って来たと言う事は、あと最大四発は撃てるが瑞雲に探知されたのを察知して急速潜航に移行していた。

 ベントを開放し、バラストタンクに注水し急速潜航に移行する深海潜水艦の頭上から瑞雲が投下した対潜爆弾が海中に飛び込み、静かに落下して来る。磁気探知信管が潜航中の深海潜水艦に反応するや起爆信号が送られ、潜水艦の左右で対潜爆弾が爆発する。近距離での爆発は強烈な水圧と爆圧となって潜水艦を挟み、不快な金属音を立てて潜水艦の船体がひしゃげ、破裂した。

 海中で爆発音とは異なる破裂音に似た音を探知した蒼月は、その不快な音のあまりヘッドセットのミュートボタンに指が伸びかけた。辛うじて押すのは堪えるが、ありありと不快感を露にした表情を浮かべ、顔を俯けた。

「嫌な音です……」

 敵とは分かっていてもその敵がぐしゃりと潰されて死ぬ音は、耳心地のいい音とはとても言えない。対潜任務を主とする艦娘の中にはこの音がトラウマになって精神科でカウンセリングを受ける羽目になった者もいる。潰される音だけならまだしも、深海潜水艦の中には断末魔の悲鳴を上げる艦もいるので、余計に精神に来るものを与えて来る時もある。

「自分の耳を引き千切りたくなる音だな」

 同意する様に深雪がヘッドセットでは無く、自身の耳に手を触れながら苦々し気に吐き捨てる。

 圧殺された潜水艦を最後に、瑞雲隊は対潜爆弾を使い切った為、空からの対潜警戒に任務をシフトした。ぐるぐると第三三特別混成機動艦隊の周囲を旋回しながら海中に潜む潜水艦の影を追い求める。四発の魚雷を放った潜水艦は、雷速から考えるに比較的近くにいる筈だが、発射後に戦果確認せずに潜航したのか、瑞雲隊からは目視確認出来なかった。

 海中に潜む潜水艦隊への対応で忙しい第三三特別混成機動艦隊の元に、サルディーニャ島を偵察していたフェーザント1-1と1-2、1-3、1-4からの偵察報告が入る。

≪フェーザント1より第三三特別混成機動艦隊へ。サルディーニャ島の深海棲艦の偵察を完了。敵に配置状況は……≫

「今忙しいので、瑞鳳さんに一方通信して下さい」

 対潜戦に忙殺されていると露知らずに送られてくる偵察報告に愛鷹は苛立ち紛れに、半ば押し付ける様に瑞鳳に報告する様言うと、ヘッドセットの通知スイッチそのものを切った。何時だってそうだ、と愛鷹は憤慨染みたものを胸の中で覚えていた。何時だって忙しい時や、ここぞと言う時に情報やら敵がやって来る。受け取る側に気持ちにもなれ、とやり場のない苛立ちを噛み締めながら、全員に面舵に転舵させて四発の魚雷を撃って来た潜水艦の元へと迫る。

 愛鷹の主機兼靴の爪先のバウソーナーで海中深くへ隠れ潜む深海潜水艦を探る。後続の青葉達もパッシブのソーナーで聴音を図るが、最も感度の高いソーナーを備えている愛鷹の耳にヘッドセット越しに注排水の音が聞こえて来た。

(浮上する?)

 再度の雷撃の為か、タンクをブローして浮上して来る深海潜水艦の行動に愛鷹は海面を二度見する。足元に広がる海原の下にいる潜水艦はゆっくりと浮上しつつ、舳先を第三三特別混成機動艦隊の方へと向けている。微かだが水切り音で回頭して艦首をこちらへと向けているのが分かる。浮上速度がゆっくりなのは減圧対策なのだろうか、それとも探知されにくくする為か。どちらにせよ今の速度なら蒼月と深雪が爆雷を見舞う時間はあるだろう。

「爆雷戦用意。蒼月さん、深雪さん、爆雷各自四発投射用意」

「了解。両舷投射機発射用意良し」

「準備よぉし!」

 投射用意良しと返す二人もそれぞれに備えられているソーナーの感度を最大にして、浮上して来る深海潜水艦の音を聞き取っている。魚雷を発射される前に爆雷を投じられれば撃破確実の位置だが、逆を言えば魚雷を撃たれれば回避のしようがない近距離とも言える。極めてぎりぎりを攻めている形だが、愛鷹も青葉も何も言わない。

「感度二……感度三……感度四」

 七人が蹴立てる波の音で深海潜水艦の機関音やタンクのブロー音がかき消されかけた時、CICで聴音していた水測員妖精が「感度五、敵潜直下!」と叫び、同時に愛鷹が爆雷投射を下命した。

「爆雷投射始め! てぇッ!」

「爆雷発射始め!」

「あったれーい!」

 投射機の射出音が八個響き、空中へと放り投げられた三式爆雷が自重と地球の引力に従って海中へと没する。そのまま速度を維持して通過する第三三特別混成機動艦隊の背後で八回海中で爆発が発生して、上へと逃げた爆風が八つの水柱を突き上げる。海中では八つの爆破閃光が走るや球状に爆圧が広がり、付近にいた深海潜水艦を四方八方から大量の爆圧で殴り倒した。

 程なくして圧壊した深海潜水艦の残骸が沈降していく音が、爆雷爆発の残響が収まった海中に静かに聞こえて来た。

「敵潜制圧、ですかね……」

 ヘッドセットに手を当てたまま青葉が問う。衣笠と夕張もヘッドセットに手を当てて聴音を行うが、少なくとも周囲に潜水艦がいる様子はない。

「対潜警戒は引き続き厳に。一旦、現海域を離脱し、偵察機と哨戒機を収容して今日は帰りましょう」

「帰っちゃうんですか?」

 意外そうに尋ねる衣笠に愛鷹はHUDに表示される燃料残量表示を見やりながら潮時である事を促した。

 最大戦速を何度かかけただけに燃料消費は多く、帰りはぎりぎり二歩手前と言う所だ。帰って偵察機が持ち帰った偵察写真の解析も行う必要がある。単に偵察に出るだけでなく、持ち帰った情報の精査も必要だ。

「艦隊反転、進路二-六-五、第一戦速。赤二〇」

「艦隊反転、ようそろー」

 復唱する青葉の顔に薄らと物足りなさを主張するものがあったが、愛鷹は現実を盾に帰投する事を強いる顔を向けた。

 

 燃料切れは流石に抗い様のない事実なので、不満さをすぐに顔から吹き消して青葉はぐるりと大きく半円を描いて反転し、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳もそれに倣った。

 

 

 それから暫く走った七人は帰投して来る天山と任務を終えた瑞雲の受け入れに入った。青葉と瑞鳳が隊列から外れ、他の五人が警戒に当たる中、青葉は帰投して来た瑞雲全機の収容作業に入り、瑞鳳も偵察任務から無事帰還した天山を左腕に構える飛行甲板で出迎えた。しゃがんだ青葉の左腕が持つ飛行甲板から海上へ延ばされたクレーンが瑞雲を一機一機拾い上げて収容していく中、同じように左腕で構える瑞鳳の飛行甲板に天山が一機ずつ着艦して来る。綺麗な三点着陸をする天山の機尾から垂らされたアレスティングフックがワイヤーを捉え、旧制動をかけて機体を止める。

「お疲れ様」

 帰って来た天山一機一機に労いの言葉をかける瑞鳳が収容作業を終えた頃、青葉も収容作業を終えて飛行甲板を左足に戻していた。

「収容作業終わりましたー」

 警戒に当たる旗艦に向かって青葉が右手の親指を立てながら作業完了報告を入れる。双眼鏡を下ろした愛鷹が頷いて再度単縦陣を組むよう全員に指示を出す顔を見ながら、青葉は心なしか愛鷹の顔が前より更に老けている気がした。一見するとまだまだ若さ溢れる容姿だが、その下から滲み出る老化の兆しは事情を知る者であるなら感じ取れる進み具合だった。ここ最近、任務中の発作が起きていないのが青葉としても幸いであるが、それとは別に徐々に老化が進行して体力、特に反射速度に鈍りを少し見せている愛鷹が心配でならなかった。

 

 食事はサンドイッチだけで済ませていた以前と比べて寧ろ三食全て一般人並みに食する様になり、栄養は摂れている筈なのだが、愛鷹の老化と言うモノは食生活程度で緩和出来るものでは無いらしい。

 

(常人の一五倍速だったっけ……)

 

犬種にもよるが犬と大体同じ速さの加齢速度だ。常人が一歳を迎える時に愛鷹は一五歳だったと言う。犬も同じだ、速いと一年で二〇歳になる犬もあると言うからそれと比べればまだ緩やかな方だが、それでも常人の一五倍速で流れる彼女の体内時間は老化と言う形で様々な機能に影響を及ぼし始める筈だ。ただ愛鷹は強化人間としての一面もあるし、生まれながらに短命である事は分かっているからある程度はその老化現象を遺伝子レベルで抑える工夫もしているだろう。

 それでもいつかどこかで破綻が来るかもしれない。そう考えた時、目の前にいるきりっとした長身の女性がいつ見る影もない姿になるかと思うと青葉は暗澹とした気持ちになった。

 

 

「ズムウォルト」に帰投し、艦尾ウェルドックへ順次侵入する第三三特別混成機動艦隊の七人の一番後ろに立って、青葉達の収容を待つ愛鷹は胸に込み上げて来るじわりじわりとした不快感に顔に薄らとだが苦悶を浮かべていた。

 どう言い表せばいいのか分からない不快感を抑える様に胸に右手をやった時、海中のエアポケットから気泡が海面に向かって溢れ出る様に、胸から口元に駆けて一気にこみあげて来るものを感じ、反射的に左手で口元を覆った。諸に口から吐き出される前に辛うじて堪えられたが、唇の隙間からツンと鼻を突く濃い鉄分の匂いと味がした。悪い時に悪い事は重なるもので、戻しそうになったものを飲み込んだ時に噎せ込み、結局左手に一摘まみ分ほど吐き出してしまった。

 首を抑えながら激しく噎せ込む愛鷹の左手の白い手袋に赤い血痰の後が、深紅の花の様に染みつく。久々の発作現象に自分自身で驚きながらも、左手の手袋を外してポケットに突っ込みながらそのポケットに入れているタブレットのピルケースを出して、数錠右手に出して口に入れる。

 肩で息をしながら深呼吸を繰り返し、何とか薬が効くまでに持たせる。

「辛い……」

 左手を見て、微かに血の匂いを漂わせる掌を握りしめながら、愛鷹は短く吐息を漏らす。

「愛鷹さーん、収容準備出来ましたよー」

 ドック内から夕張の呼びかける声が聞こえて来る。幻聴じゃない、確かに聞こえるリアルの声だ。

「了解」

 短く返した愛鷹はウェルドック進入灯と作業員のハンドサインを交互に見つめながら、「ズムウォルト」のウェルドックへと進入した。

 誘導員が止まれ、のハンドサインを送るまでドック内に進入し、停止するとガントリークレーンが艤装を掴み、誘導員からベルト外せのサインが送られてくる。腰のベルトのボタンを押すと艤装の接続が解除され、クレーンに預けた艤装から身体を外した愛鷹は、そのままスロープを昇って海上から甲板へと足を付けた。

 先に上がっていた夕張が、愛鷹の左手にはめられていた手袋が無い事に気が付き、どうかしたのかと伺う目を寄こすが愛鷹は答えず、艤装を艤装整備班に預け、CICへ向かおうと水密扉へ足を向けた。航空偵察の写真解析を瑞鳳、青葉、レイノルズ、ドイルと共にこれから行うのだ。解析できた情報によっては、戦略爆撃だけで落とせるかもしれない二つの島の拠点だ。結果が気にならないと言えば噓になる。

 カンカンと通路の床に靴音を響かせながら、愛鷹は艦内を急ぎ足で歩いた。 




 感想評価ご自由にどうぞ。ご質問なども受け付けております。

 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第七九話 一時の休み

「瑞鳳の偵察機が偵察して確認したコルス島、サルディーニャ島の陸上型深海棲艦の展開図です」

 コンソールのキーボードを叩いて、ドイルがSMCの作戦台のディスプレイに偵察映像を表示する。カラー写真を複数枚繋ぎ合わせたコルス島とサルディーニャ島の全景写真が揃って表示され、島のあちらこちらに赤いマーカーで展開する陸上型深海棲艦の名称が表記される。

 新型種の空母棲姫級を修理していた旧ボニファシオ港の船渠棲姫に加えて、港湾棲姫、港湾水鬼、港湾夏姫、集積地棲姫、飛行場姫、砲台小鬼、戦車小鬼、対空小鬼、トーチカ小鬼によって完全に要塞化されているのが分かる。

「フルコースでは無いが、それでも三食分はあると言っていいレベルのボリュームだな」

 偵察写真を眺めながらレイノルズが唸る。その隣で腕を組みながら愛鷹は文字通り鉄壁の要塞と化している二つの島の陸上型深海棲艦の配置に吐息を漏らす。各陸上型深海棲艦が相互に備砲で援護可能な位置に配置されており、艦娘が艦砲射撃で攻略を試みれば最大三方向から砲撃を浴びる事になる。沿岸部にはトーチカ小鬼がずらりと並べられ、艦娘が接近すればトーチカ小鬼の高初速小口径砲の集中砲火を受ける算段だ。

「完全に要塞化されてますね。対水上、対空どちらも隙が無い。どこから接近を試みてもトーチカ小鬼の射線に入り込むことになります。運よくこのトーチカ小鬼の発火点を潰して進撃しても泊地水鬼の一六インチ砲や港湾棲姫の一五インチ砲の砲撃を受ける事にもなります」

 作戦台に両手を突いてディスプレイを眺める青葉が、右手で海岸線にずらりと並ぶトーチカ小鬼を指さしながらレイノルズと愛鷹に言う。

 完全に艦娘の接近を阻む布陣だ。空母艦娘の航空団による空爆を実施した所で、防空要塞の一面も持つこの防衛線を前には自殺攻撃にも等しい。未帰還機を多数出すだけで終わるのは明白だ。

「水上艦娘艦隊による艦砲射撃も空母艦娘による空爆もどっちも駄目となれば、マリョルカ島に進出した国連航空軍の空爆で撃滅するしか策は無いな。幸い、B-21の飛行高度まで深海棲艦の対空弾は飛んで来る事はない」

「では、B-21隊に島に展開する深海棲艦撃破を任せるとして、我が艦の艦娘部隊は?」

 そう尋ねて来るドイルにレイノルズは作戦台に片手を付けながら、第三三特別混成機動艦隊の今後の方針を愛鷹と青葉に告げる。

「両島とアンツィオにかけての深海棲艦の補給線を攻撃せよ、と言うのがルグランジュ提督からの指示だ。我が方の戦力を持って通商破壊を実施し、航空軍による空爆による損耗を補填しにかかるであろうコルス島、サルディーニャ島の復旧を妨害せよ、と言う内容だ。

 既に派遣されている第五〇九爆撃航空団に加えて、アメリカのバークスデール空軍基地から第二爆撃航空団のB-21とB-52Hが合わせて二〇機の増派が決定されている」

「補給線攻撃……当然ながら深海棲艦の護衛艦隊と戦闘になるでしょうね。高高度からの精密爆撃を実施するとして、爆撃予定地点がどこになるのか」

 そう呟く愛鷹の眼はコルス島とサルディーニャ島の浜辺に向けられている。国連軍海兵隊の上陸に適したビーチはコルス島の場合南部に集中している。サルディーニャ島の場合はピシーナス・ビーチが恐らく最適だろう。その他マリョルカ島やフランス本土から空挺部隊を飛ばす事にもなるが、その際対空小鬼や砲台小鬼らの対空砲火を潜り抜ける事になるので、事前にこれらを破壊する必要がある。上陸地点を加味すれば自ずと優先爆撃対象が絞り込める。だがその目論見は当然深海棲艦も考えているだろう。

「爆撃機部隊がどこにデカい爆弾を落とすのか、それは我々の考える所じゃない。今出来る事は爆撃機による爆撃で受けた損害から立ち直らせない様に敵の補給線を寸断する事にある。第三三特別混成機動艦隊は二群に分かれてこの作戦に当たる事とする。

 一群は補給艦隊の位置を特定する『捜索』を担当し、もう一群が『攻撃』を担う。所謂サーチ・アンド・デストロイだ」

「日本語では『見敵必殺』って意味になりますね」

 そう語る青葉にレイノルズは「知ってるさ」と返しつつ、ふと何かを思い出したのか苦い表情を浮かべた。

「サーチ・アンド・デストロイ作戦……とは名付けたくないな。かつてベトナム戦争で我がアメリカ軍と韓国軍による北ベトナムの村々に対する酸鼻極まる無差別攻撃、虐殺作戦と同名になる」

「やっている事は、ほぼほぼ自らの攻撃手段を持たない深海棲艦の輸送船狩りなんですけどね」

 自嘲交じりに返す愛鷹は苦笑を浮かべていたが、目は笑っていない。レイノルズの言うベトナム戦争時の悪行とも言える作戦と同名のネーミングには彼女としても御免被りたい思いがある。いくら無抵抗の民間人攻撃とはやっている事も相手も違うとは言えどだ。それに攻撃手段を持たぬとは言っても、深海棲艦が輸送艦ワ級のflagship級を運用していたら話が大分変って来る。ワ級flagship級の砲戦火力は重巡級だ、駆逐艦や軽巡級の艦娘が舐めてかかれば返り討ちにされる火力の持ち主である。最悪重巡すら撃破される事だってある。

「作戦名はまあこちらで考えておくとして、愛鷹として『捜索』と『攻撃』を担当する艦娘はどうする気だ?」

「そうですね。やはり攻撃部隊はイントレピッドさんを中核にした航空攻撃隊としたいです。『捜索』で見つけた敵輸送船団に直ちに急行して撃滅出来るだけの火力、速度と火力を両立させるとなればイントレピッドさんの航空戦力に他有りません。伊吹さんも選択肢に入りますが、彼女の航空戦力は数が少ない。

 イントレピッドさんを中核として随伴護衛艦を五人付けたいところですが……鳥海さんと摩耶さんがいつ戦列に復帰できるか」

 先のバレアレス諸島沖海戦で負傷して戦線離脱している重巡艦娘の鳥海と摩耶の二人に言及する愛鷹に、ドイルが答えを口にする。

「お二人の内、鳥海ならあと二日もあれば戦列復帰可能なくらいにまで回復しているとの事ですよ」

「そうですか。それなら話は早い。幸い愛宕さんは健在だから、鳥海さんと愛宕さん、それに駆逐艦娘を三人加えれば必要な艦隊戦力は揃います」

 防空重巡として頼もしい存在の摩耶の戦列復帰が遅れるのはどうしようもない。今投入可能な戦力を持ってやれる事をやるしかない。

 ディスプレイ脇のコンソールを操作して、「捜索」と「攻撃」に当たる艦娘の選抜を行うレイノルズはディスプレイに選んだ艦娘の名前を表示させる。「Attacker」と表示される部隊にイントレピッド、鳥海、愛宕、それに綾波と敷波とジョンストンが割り当てられていた。

「役者の配役の方も充分って事だな。『捜索』は従来通り第三三戦隊の七人で良いな?」

「ええ、それで問題無いかと」

 頷く愛鷹の反応を見てレイノルズは「Search」と表示される部隊に愛鷹、青葉、衣笠、夕張、深雪、蒼月、瑞鳳の名を入力する。作戦行動開始は爆撃航空団による戦略爆撃の開始後になるから、その間は準備期間と休息期間にする事が出来るだろう。

  人選を終えるとレイノルズは確定のエンターキーを押して作戦に参加する艦娘のリストを確定すると、愛鷹、青葉、ドイルの方へ顔を上げた。

「よし、では戦略爆撃実施までの間、第三三特別混成機動艦隊は本艦周辺での哨戒活動と休息を任とする。ルグランジュ提督へは私から諸々伝えておく。愛鷹、すまんが本艦周辺での哨戒任務にあたる艦娘の選抜とローテは君が頼む」

「了解です、艦長」

「よし、では解散」

 解散を告げるレイノルズに愛鷹と青葉は敬礼すると、SMCを辞した。重い水密扉のレバーを片腕で開けて通路へ出る愛鷹の背中から青葉は声をかけた。

「哨戒任務のメンバーの人選とローテ組は手伝いますよ。青葉も次席旗艦ですからね」

「助かります、ではさっさと終わらせましょうか」

 

 ブリーフィングルームに向かった二人はそこのPCを使って、哨戒任務にあたる艦娘部隊の編成とそのローテーションの作成に取り掛かった。

 

 正直なところ哨戒任務程度なら六隻や七隻のフル編成でなくてもいい。最低編成人数の三人でも充分こなせる。随伴艦が必要になる空母艦娘のイントレピッドと伊吹と瑞鳳は向いていないので外されるから、残る枠を現状「ズムウォルト」にいる水上艦娘で組む事になる。

 PCを挟んで相対する形で二人は作業を進めた。

「哨戒任務部隊は……三人もいれば充分ですよね」

「そうですね。六人で回す事は無いでしょう。三人か最低でも二人で組ませて哨戒任務に就きましょう。一人は駄目ですね、いざと言う時の相互援助が出来ないので」

「なーんか、戦闘機の編隊で言う……えっと、エレメントって言うのと同じですね、互いを支援し合える最低単位が二機ですから」

「艦娘の戦闘って言うのは戦闘機の編隊戦闘と似ていますからね。艦娘はほぼ三次元の動きが出来ないだけですから」

「その点、愛鷹さんは前は艦娘ならではの二次元の動きに留まらない戦い方してましたよね。最近はそう言うの余りやらなくなりましたけど」

「激しい戦闘機動は身体に堪えます。そう何遍も三次元機動はやっていられませんよ」

「……老化、それだけ進んでるって事ですか?」

 カタ、とキーボードを叩いていた指を止め、大きくため息を吐きながら愛鷹は天井を仰ぐ。自然と心臓の辺りに左手が伸び、制服越しに正常な鼓動を打つ心臓の音を確かめた。遠慮せずに言うべき時は忌憚なく言ってくれるのが青葉の好感の持てる所だ。変に気を使って何も言わない人間よりも信頼出来る。

「そうですね……一五倍速で加齢している訳ですから、今この瞬間にも身体はお婆ちゃんになっていますよ」

「歳を重ねても容姿は若々しさを保っている、って言うのはまるでファンタジーのエルフ族みたいですね」

「生憎、エルフと違って私は不老不死では無いので全くの別物ですね。どっちかと言うと人間と言うよりは犬じゃないですか?」

「それは青葉も思いましたよ。犬って犬種にもよりますけど、人間の一五倍速から二〇倍速で歳を取ると言うじゃないですか。……はっ! 愛鷹さんはワンちゃんだった!?」

「お手、をさせられても出す手はありませんからね」

 茶化す青葉に溜息交じりに返して愛鷹はエクセルの作成を続ける。

 哨戒任務は一回四時間。それを一日六週させる事になる。空母艦娘の三人と鳥海と摩耶を除く一三人で回す事になる。

「一三人だとちょっと計算が難しいので、瑞鳳さんを入れません? 護衛空母ならではの対潜哨戒と上空直掩も出来ますし。随伴に駆逐艦二人を付けた三人編成と言う事で」

「そうしましょうか。となると瑞鳳さんを加えた一四人の内、瑞鳳さんと駆逐艦二人による三人は確定ペアとして残り一一人。私と組む人は一人で充分ですから……三人ペア四つと私との二人ペア一つの五部隊が出来ますね。一部隊はアンカーとしてもう一回出撃する事になりますね」

「愛鷹さんと組むのは……蒼月さんにしましょうか。対潜戦、対空戦に強い秋月型ですし、仮にも大型艦艦娘の愛鷹さんですから、随伴護衛も兼ねて」

「それでお願いします」

 第三三戦隊設立以来の仲の蒼月だが、微妙に互いの距離感が物理的にも感覚的にも近いとは言い難かった気もするので、この際ペアを組むのも悪くはない。二人で作業を行った事もあってか、三〇分程度でローテーション表の作成は終わった。プリンターでプリントすると青葉が後で艦内の艦娘居住区の掲示板に張り出して置くと自分から言い出したので愛鷹はそれに任せる事にした。

「さて、仕事も終わった事ですし、晩御飯食べに行きましょうか」

「まだ早いですよ」

 腕時計を見てまだ四時半である事に愛鷹は少しばかり驚く。早いとは言ったが、彼女自身もう一日を終えて日が沈んでいる時間帯だと思っていたくらいだ。体内時計が狂っているのか、単に感覚が鈍っただけか。

「ふーむ、じゃ、フライドデッキで一服入れましょうか」

「珍しいですね青葉さんも喫煙なんて」

 飲酒は衣笠曰くまずしないと言う青葉だが、喫煙はすると言うのが愛鷹にとって青葉の意外な一面であった。確かに青葉も成年を迎えているから喫煙していても別におかしな話ではないのだが、身近なところで同じ喫煙者がいると言うのは多少なりとも驚いてしまう。

「青葉もニコチンに脳をやられてますよ」

 キュロットの尻ポケットから煙草の箱を出して見せながら青葉は白い歯を見せて二ッと笑みを浮かべた。

 

 ターボファンエンジンの音を響かせながらフライトデッキへ着艦したMV-38から運び出されてくるコンテナをチェックする夕張に、レイノルズもコンテナに書き込まれている中身に関する情報をタブレット端末で確認しながら顎を揉んだ。

「これ全部が夜間瑞雲への改修キットか」

「はい。既に八機の配備が済んでいましたが、青葉の艦載する瑞雲12型全てを夜間瑞雲にアップデートするべく、改修キットを要請していたんです。機体性能が底上げされるので、敵の対空砲火にやられにくい回避能力の向上や艤装類の質の更なる向上等が図られています。

 勿論対潜哨戒にも使えますし、限定的な制空戦闘もこなせます。身近なもので言うなら夜間瑞雲はゲーミングパソコンですね、ハイスペックを要求するパソコンゲームを夜間作戦に置き換えたら何となく理解出来るかと」

「所詮水上機で一部の面では最新世代の艦上爆撃機にも並ぶ性能とは、一体どう言うからくりをすればこんな性能が実現できるのだ?」

「さあ、そこは開発元のGA社に質問状でも送って置いて下さい」

 にべもない夕張の回答にレイノルズが口をへの字に結ぶ。夕張は今「ズムウォルト」に乗り込んでいる艦娘艤装関係者でも豊富な知識量がある人物だが、あくまでも整備や補修、彼女で出来るレベルの改修に限定される程度のメカニック知識量しかないから、根本的な設計に至る分野は彼女の専門外になる。最も設計分野に至るまで知りたくないかと言われれば知りたくないと言うのは嘘になる。

「取り敢えずこれで青葉の艦載機は全て全天候能力を付与されると言う事だな。作戦行動が実施できる時間帯が広まるな」

「四航戦で既に実地試験が行われていますが、使える時は使えるが、ここぞと言う時に使いものにならないと言う報告が出てますね」

「前者は分かるとして後者の使い物にならないと言うのはどういうことだ?」

「単純に艤装類の信頼性の問題です。エンジンや機体設計は問題ありませんが、夜間瑞雲の機上で運用する艤装類の信頼性がお世辞にも高いとは言い難いと。よく報告されているのは航空妖精が付けるナイトビジョンゴーグルの解像度の悪さですね。それと機上レーダーの信頼性です。熱帯気候では故障が頻発するので、頻繁な整備が必要だとか」

「デメリットが目立って聞こえて来るが、メリットとしてはどういうモノがあるのだ?」

「夜間瑞雲側に夜間作戦行動能力がある分、艦娘側に夜間運用の為の装備を要求しなくて済むのと、瑞雲側に夜間の作戦行動に必要な照準器などの装備が揃っている事ですね。これのお陰でロケット弾や誘導爆弾による対艦攻撃も可能です」

「誘導爆弾だって?」

「流石にJDAMやペイブウェイみたいな精密爆撃は出来ませんけど、艦娘が運用する航空機の爆装としては高い命中精度が見込めると言う事です」

 時にジェスチャーも交えながら解説する夕張にレイノルズはふむふむと頷きながら夕張の語り口に耳を傾ける。技術的な事となると普段の饒舌さに拍車がかかるのが夕張のいい所でもあり、また悪い所でもあったが、レイノルズは嫌な顔一つせずに聞き入っていた。

 MV-38から荷下ろしが完了すると、作業員が艦内の艤装整備場へコンテナをエレベーターに乗せて下ろし、夕張と艤装技官達の手で青葉の瑞雲の夜間瑞雲化改装作業が執り行われた。一服入れようとしていた青葉は夕張に艤装整備場へ引きずり出され、結局愛鷹一人でフライトデッキの端で葉巻を燻らせる事となった。

 

 翌日から早速マリョルカ島に展開済みの第五〇九爆撃航空団によるコルス島への空爆が始まった。爆弾槽に大量の爆弾を搭載して八機のB-21が東の先にある二つの島の内の北側のコルス島へ向けて飛び立っていった。

 早朝から哨戒任務にあたっていた愛鷹と蒼月は、エンジン音を轟々と鳴らしながらマリョルカ島から飛び立っていく八機の全翼機の機影を海上から見上げた。

「遥か昔、フランス第一帝政の初代皇帝となった革命家の男が生まれた島の空を、新大陸の国の黒き巨鳥が飛ぶ、か」

「ナポレオン・ボナパルトですね。コルス島出身のフランスを代表する歴史上の偉人。元々はイタリアのトスカーナ地方をルーツとする古い血統貴族の一つプオナパルテ家の子で、彼の先祖は一六世紀にコルス島に土着した聞きます。最期は故郷のコルス島に流刑となってその死には未だ歴史家の間で論争の種になっていると言う」

「その通りですね。もしナポレオンがトラファルガーの海戦で勝利して英国に上陸して、英国王室を新大陸に追いやっていたら、或いは英国の地で英国王室が崩壊していたら……歴史にたらればはありませんが、ふと考えちゃうものですね」

「そういう歴史のIFって言うのがフィクションを作る時に重要なターニングポイントになりますからね。例えば愛鷹さんが着任時に類別されていた超甲巡。もし史実の日本海軍がミッドウェー海戦で敗北せず、第五次海軍軍備充実計画、いわゆる⑤計画が予定通り実施されて超甲巡として計画されていた艦二隻が建造されて居たら? そう言う日本海軍に関する『もし』の小説は山ほどありますよ」

「蒼月さんも、史実の日本海軍が第五〇八四号艦を建造していたら秋月型駆逐艦蒼月が日本海軍の艦艇として防空を担っていたでしょうね」

「それは……どうでしょうね。就役した秋月型でも花月や宵月の様に就役しても実戦の場に恵まれないまま終わった秋月型もいますし、戦争が長引いていたとしても日本海軍に秋月型を量産するだけの力は無かったでしょうし」

「日本海軍が史実の様に敗北への道を歩んでいたのではなく、アメリカと戦局が拮抗していたIFの世界線なら有り得たんじゃないですか?」

「そっか……そうですね」

 にこりと笑みを浮かべる蒼月を見る愛鷹の口元にも微笑が浮かぶ。その二人の横顔に朝日がオレンジ色の太陽光を横から照らしつけた。

 夜明けだと朝日の昇る方を愛鷹が見やる頃にはB-21の編隊は空の彼方へと飛び去って行っていた。

 

 愛鷹と蒼月が他愛もない談笑をしながら哨戒任務の時間を過ごし、母艦「ズムウォルト」に戻って衣笠と深雪のペアに後を引き継いだ頃、八機のB-21がコルス島への爆撃を終えて戻って来た。

 ウェルドックで真水をたっぷり含ませたタオルで主機兼靴をびしょりと濡らす海水を拭っていた愛鷹と蒼月の耳に、帰投して来たB-21のエンジン音が聞こえて来た。全機戻って来た様で八機分のエンジン音が確かに聞こえた。

「爆撃効果、どうなったんでしょうね?」

「おいおいルグランジュ提督からどの程度の効果が得られたか共有されては来るでしょう。でも八機の爆撃機が投下した爆弾程度で殲滅は無理です。一〇回以上は出撃しないとコルス島の陸上型深海棲艦の中でも小鬼以外は殲滅できないでしょうね」

「一〇回出撃して、累計八〇機の爆撃機が爆弾を落としても撃破出来たと仮定できるのは棲姫級の陸上型深海棲艦だけですか。小鬼規模を掃蕩するとなるとさらに時間がかかりそうですね」

「全弾が命中していれば、と言う前提も付きます。今の現代兵器は対深海棲艦運用となると、精密誘導システムが正常に作動しなくなりますから、昔ながらの光学照準爆撃になります。深海棲艦の対空射撃の射高外からの爆撃ともなれば、爆弾が目標からそれる確率も上がる。第二次世界大戦の時よりも今の光学照準器は精度が上がっているとは言え、それでも無誘導爆撃。風によって流される事を考慮したとしても、誘導爆弾の様にピンポイントで狙うだけの精度は保証出来ません。それに、今回が初めてのコルス島空爆です。初回の失敗と言うのはどうしてもついて回る。

 BDA(爆撃効果評価)が後々判明するとは思いますが」

 最後、バケツの中に靴を拭いたタオルをぎゅっと絞り海水交じりの真水を落とすと、バケツの淵にタオルをかけて愛鷹は靴を履くと蒼月より先にウェルドックから出た。哨戒任務のアンカー役は自分達だ。軽く寝るなり食事を摂るなりして休んでおかねば。

 後ろからコツコツと蒼月の軽くて響く足音が愛鷹の後を追って来た。ハイヒール型の主機ならではの足音は良く響く。ただ愛鷹は蒼月よりも体重があるので多少重量感がある。着任時は身長に比して愛鷹は体重が軽かったこともあり、最近は三食きっちりサンドイッチではなく人並みの量を食べているので身長相応の体重になって来ている。蒼月は愛鷹よりも三〇センチほど背が違うし、その分相応の体重差があるから足音も愛鷹よりは軽さが伺える。

「時々思うんですが、艦娘でも結構ヒールが高めのラダーヒール付き主機履いている駆逐艦娘をよく見ますけど、そう言う子って外反母趾になったりしないんですか?」

 ふと何気ない質問を向けて来る愛鷹に蒼月は、軽く視線を通路の天井に向けて思い出す様に顎を右手の人差し指で掻きながら答えた。

「朝潮型の子はそう言うのを考慮してラダーヒールの高さを抑えていると聞いた事があります。その分舵の効きが若干悪いけど、普段の生活やまだ見た目に反しての中の身体が発育途中の子とかは足への影響が少ないとか。まあ、案外本当に拙い年齢層の艦娘の主機にはそこまで高いラダーヒールは使われて無いと思いますよ。現に海防艦娘の子たちは皆外装式ですし、見た目は幼い感じがする時津風さんや雪風さんも軍への入隊時は一二歳以上で艦娘デビューは一四歳だったと聞きますし。今時の子供って、小学校の内からオシャレしたくて外反母趾にならないレベルの高さのハイヒール履くものですよ」

「そういうモノなんですか」

 見た目と実際の艦娘の年齢が一致しないのは、ある意味艦娘固有の身体的特徴の様なものだ。これが遺伝子の変異なのか、何か別の要素があるのかは愛鷹も分からない。知識量自体では他の誰よりも多くあるが、所詮愛鷹が知っている事しか知らない。

「巡洋艦や戦艦、空母の艦娘は大抵が着任時点で一六歳以上って事が多いので、それくらいの年齢になるともう外反母趾とか気にならなくなるんじゃないですかね。私は一回も経験した事ないし、足の外科には詳しくないのであまり専門的な事は分かりませんけど、何か生活に支障が出たら皆江良さんの所へ罹ってる筈ですし」

「意外と蒼月さんも他の艦娘の事情に詳しいんですね」

「実は私、ここだけの話、愛鷹さんだからこそ教えますけど、青葉さんとは違って口外しないだけで他の艦娘のあれこれ探るのが趣味なんです。基地に引き籠ってばかりだったけど、他の艦娘の事ももっと知ろうと思って人事サーバーをハックして閲覧可能データで黒塗りされている所をオリジナルソフトでフィルタリングして見てたんです。普通の艦娘の人事データ程度の強度なら簡単に破れました。

 ただ愛鷹さんのはプロテクトが強くて駄目でした。ま、試したのは後々になってなんですけど」

 さらりと自身のとんでもないハッカーである事をカミングアウトする蒼月に愛鷹は制帽の鍔の下から丸くした目を向ける。明らかに驚いている愛鷹が面白いのか、更に蒼月は隠していた事を暴露した。

「みんなのスリーサイズから家族関係まで、大抵の事は頭に入っていますよ。何なら提督の事も分かります」

「あまり下手に探り入れすぎると、その内蒼月さんのPCのモニターに『You have witnnessed too much……』と表示されても知りませんよ」

「『あなたは知り過ぎた』って言う名文句ですね。大丈夫、私の事を逆に探ろうとする人はマルウェアに感染する様にプログラムしているんで」

 地雷を巻きながら逃げていると語る蒼月にもはや愛鷹は一週回って呆れ果てた。これではラバウル泊地に派遣された際に満潮と霞に罵倒されていたのを部下だ、仲間だと意地を張って二人と喧嘩までして蒼月を庇ったのが馬鹿馬鹿しくなってくる。蒼月があの時怒らなかったのは満潮と霞のあれこれをハッキングで知って、いざと言う時は弱みを握れる自信があったからだろうか。

「私も、とんでもない部下を持ったものです……道理で最近肝が据わって来たなと思った訳だ……元から図太い神経していたんですね」

「いえ、確かに今と昔とでは自分の自信の違いが自分でも分かるくらい変わりましたが、本当に昔はコミュ障一歩手前レベルだったんですよ。別に深刻な精神障害とかは持っていなかったので、障碍者手帳とかも交付されていませんけど」

 そう本人は語るが、よくしっかりと向き合って話してみれば、口を開けばよく喋る饒舌な艦娘である。気弱そうな見た目、容姿の割には肝が案外据わっている。それか、そもそも弩級の天然キャラなのか。

「あまり危ない火遊びはし過ぎないでくださいよ。余計な仕事を増やされたら堪った物じゃない……ただでさえ短い寿命が余計縮む」

 露骨に盛大なため息を吐く愛鷹に蒼月は苦笑の笑みをにひにひと浮かべていた。余り懲りている様子は伺えなかった。

 

 

 その日の内にバークスデール空軍基地から増派されて来たB-21八機とB-52H一二機が到着した。これでマリョルカ島に進出した爆撃機はB-21が一六機、B-52Hが一二機の計二八機に及ぶ。爆撃機だけでなく、その整備中隊や補給部隊もC-17輸送機などで来援し、艦娘達と海兵隊が奪還したマリョルカ島は戦略爆撃の拠点として機能を本格的に始動させた。

 爆撃機の増援を受けたマリョルカ島爆撃機部隊は、それからB-21八機、またはB-52一〇機の規模で編隊を組んでコルス島とサルディーニャ島へMOP2などを含む爆弾による空爆を実施した。

 そうして空爆を実施してから三日が過ぎた一〇月一六日。深海棲艦に動きが現れた。

 チュニジアのビセルト=シディ・アハメド空軍基地から日々哨戒任務に就いている哨戒機がサルディーニャ島方面へ向けて航行する深海棲艦の輸送船団を発見したのだ。折しもコルス島とサルディーニャ島へのBDAは三日目にして効果大と認められていた頃であり、大きな損害を被っている両島の防備強化を目的に輸送船団が出港したと見て間違いない。

 チュニジア方面軍に配備されている哨戒機は航続距離の問題からそれ以上の追跡は出来なかったものの、深海棲艦の輸送船団の現在位置と数、編成を国連軍欧州総軍司令部へ打電し、即座に欧州総軍司令部から情報は「マティアス・ジャクソン」のルグランジュ提督と「ズムウォルト」の第三三特別混成機動艦隊にも共有された。

「輸送艦五〇隻に大型駆逐艦ナ級八隻と軽空母ヌ級elite級二隻……?」

 陣容を聞いた愛鷹はその情報を思わず二度見していた。ナ級が八隻にヌ級が二隻は別段驚く事ではない。問題は輸送艦の数だ。五〇隻と言うとんでもない数で大規模輸送船団を構成している。輸送艦ワ級が独航船や小規模な船団を形成する事は前例があるが、これほどまでに大規模な船団を構成する事は極めて稀だ。

 哨戒機が撮影した偵察写真を高解像度で解析したものがSMCの作戦台ディスプレイに表示される。

「ナ級が前に四隻、後ろに四隻、ヌ級もそれぞれ前後に一隻ずつと言う分散配置具合だな」

 船団の映像を見たレイノルズの言葉通り、輸送艦の数に護衛艦艇が比較的少なめである事の証左として前後に分散して挟む様に護衛しているのが分かる。一見すると左右両側が空白になっている様に見えるが、愛鷹はワ級の組み方に着目した。

「五列かける一〇隻の船団の列の左右両端の一〇隻はflagship級のワ級です、ワ級と言うよりは仮装巡洋艦とでもいうべき重武装と重装甲を誇る艦種。もしかすると左右両側に並ぶ計二〇隻のflagship級のワ級は輸送任務では無く、内側に居る本命のワ級の盾として配備されているのでは」

「前後は大型駆逐艦と軽空母が硬め、左右両側は重装甲の盾艦としての役目を担うflagship級のワ級。隙だらけの様に見えて、その実は隙が無い護送船団方式と言う訳ですか」

 考えたな、と青葉が舌を巻く。舌を巻くと同時に青葉の脳裏に苦い経験がフラッシュバックして来た。かつてソロモン諸島が国連海軍の最前線になった時に第八艦隊の一員として深海棲艦の輸送船団攻撃に出撃した事があったが、その際にflagship級のワ級の大火力によって六戦隊を半壊させられ、返り討ちに遭った経験がある。青葉は被弾しなかったものの、同じ第一小隊を組む加古が大破して後送される羽目になった。

 戦艦を凌ぐ重装甲に、重巡艦娘すら返り討ちに出来るだけの火力を備えた輸送艦ワ級flagship級。容易い敵と思って相手すれば、痛い目に合うだけでは済まない難敵だ。戦艦を凌ぐ重装甲と言う事は、撃破にかかる時間も長くなるし、その分応射によってこちらは損害を被る可能性も高いと言う事だ。

「本命は内側にいるワ級三〇隻でしょうね。左右のflagship級のワ級二〇隻を盾として、前後は随伴護衛艦が固める。ナ級とヌ級のコンビなら、対空対水上戦闘は勿論、防空戦闘も充分こなせます。ヌ級のelite級となれば、elite級の改か只のelite級かで別れますが艦載機の数は凡そ八〇機。護衛空母として申し分ない性能です。

 最近は深海攻撃哨戒鷹が艦載される様にもなり、索敵警戒能力も強化されただけでなく、対潜攻撃能力も向上し、艦娘潜水艦隊の接近も困難です。攻略不可能ではありませんが、迂闊に近づけないだけの能力はあります。

 ナ級も、偵察写真を見る感じ、最凶個体のナ級Ⅱflagship級後期型では無く、elite級の様ですが、それでも高精度雷撃能力と高い砲撃戦火力、対空戦闘能力を有しており、輸送船団護衛艦としては贅沢な艦種と言っても過言ではありません。ヌ級elite級が改だと仮定して、それにナ級elite級が護衛しているとなれば、必然的に深海棲艦の輸送艦隊が運ぶ物資にはそれだけの価値があると見て良いでしょう」

 豊富な経験に基づいた深海棲艦の評価を下す青葉に、愛鷹とレイノルズが無言で頷きながら聞き入る。

「サルディーニャ島へ向かっているとなれば、網を張るのはたやすいです。サルディーニャ島の南側の海域に第三三特別混成機動艦隊は進出し、索敵機を飛ばす。深海棲艦の輸送船団が最後に確認された位置から、サルディーニャ島への最短ルートとなれば……」

 青葉はコンソールを操作して、深海棲艦の輸送船団が最後に確認された座標と、サルディーニャ島へ至る海路の最短コースを算出し、それを作戦台ディスプレイに表示させる。一本の赤い線が海図上に引かれる。

「このルートになる筈です。釣り糸を垂らすならここです」

 トラックボールとキーボードを操作して、青葉は航路上の一点にマーカーを立てた。深海棲艦の輸送船団がサルディーニャ島からの航空支援を受けられない距離の海域かつ、「ズムウォルト」と第三三特別混成機動艦隊が進出可能な限界を勘定に入れた作戦海域が策定される。変色海域の中に「ズムウォルト」を入れると、多くの大型艦船を葬って来たのと同様に船体が侵食されて自壊しかねないので、自ずと「ズムウォルト」の進出可能海域にも限界が出て来る。そこから長躯進出してサルディーニャ島の飛行場姫に配備された機体の航続距離圏外で戦うとなれば、戦闘エリアは青葉が策定した場所になる。

「カルボナーラ岬南二五キロ……そこが絶対迎撃ラインって事ですね」

 作戦エリアを意味する「AO」の文字と赤い斜線が引かれた海域を見て愛鷹は青葉に顔を振り向ける。一方作戦エリアを見たレイノルズはフムと軽く鼻を鳴らし、自身の考えを二人に提案する。

「そこを戦闘エリアとするなら、一つ私にいい案がある。ただし、ナ級とヌ級を排除した上での話になるがな」

「……マリョルカ島のQA-10を使うのですか?」

 察しの良い愛鷹の言葉にレイノルズはその通りだと頷く。

「だが無人機のQA-10だけでは深海棲艦のマジックで動作不良を起こす可能性もある。AC-130も投入しよう。人の手で運用される機体なら動作不良を起こす要素が無い。だがこの二者を運用するにあたってナ級とヌ級が居ては厄介だ。航空優勢が確保出来ていない空を飛べる航空機では無いからな」

「我が第三三特別混成機動艦隊はまず索敵機を飛ばして、敵輸送船団の精確な位置を特定。位置を特定後は先んじて護衛艦艇を攻撃してこれを無力化ないし殲滅し、QA-10及びAC-130攻撃機の為の航空優勢を確保。爆撃完了後、撃ち漏らした残存ワ級を掃蕩し、サルディーニャ島への輸送船団到達を阻止する。

 この作戦で決まりですね」

 作戦内容を確立する愛鷹に青葉、レイノルズが同意の頷きを返す。

「その作戦で行こう。敵船団が作戦エリアに到達するのは明日の午前九時頃と見積もられる。第三三特別混成機動艦隊の作戦参加予定艦娘は各自出撃準備に映れ」

「了解」

 揃って愛鷹と青葉が敬礼を返す。

 

「以上が作戦の内容です」

 ブリーフィングルームに集まった作戦参加メンバーを見回しながら愛鷹はモニターに表示される作戦海域図を前に、説明を終えた。

「何か質問は?」

 そう一同に尋ねる愛鷹に対し、最初に質問の手を上げたのは今回の作戦でイントレピッドを除くと唯一のアメリカ艦娘となるジョンストンだった。

「コルス島へ向けて船団が二つに分裂する可能性は?」

「それは無いでしょう。護衛戦力の分散にもなり、必然的に襲撃側となるこちらが有利になる。分散すれば各個撃破の可能性が高まるその愚を深海棲艦とて犯さないでしょう。それに前もってコルス島へ向かうならその為の進路に最初からついている筈。

 無論そうなる可能性がゼロではない以上、事前の航空偵察は入念に行うべきでしょう」

「逆に偵察機を通常より多く飛ばす事で、ナ級とヌ級の警戒網に意図的に引っ掛かり、敵の進路に制限をかけると言うのもありかもしれません。追い込み漁の要領で」

 そう提案する瑞鳳の言葉に、同感だと愛鷹は頷いた。

「敵船団が予期せぬ行動に出て最短コースを突っ切るとは限らない以上、敵が予期せぬコースを選ばせない対策も必要ですね」

「そう言うやり方なら是非、Meに任せて。ヘルダイバーを沢山積んでいるから、そう言う仕事なら私は打ってつけの筈よ」

「勿論、貴女の航空団が作戦の要です。よろしくお願いしますよ」

 自信に溢れた顔で進言するイントレピッドに頼むぞと愛鷹は軽く頭を下げる。イントレピッドに艦載される艦上爆撃機SB2C-5ヘルダイバーは艦爆としてだけでなく、偵察機としても優秀な機体だ。アメリカの艦爆は伝統的に偵察任務にも適しているので、機体自体の索敵能力が高い艦爆を多数搭載するイントレピッドの航空索敵能力は極めて高い水準にあると言っていい。

「ヌ級が航空攻撃を持って打って出て来ると言う事は無いでしょうか?」

 可能性としてはあり得る状況の一つを口にする衣笠に、一同が互いに隣の席に座る者同士で顔を見つめる。そうした所で特に意味をなさないが、自然と身体がそうしてしまう。見つめる相手がいない愛鷹はコホンと咳払いしてから、モニターのヌ級のマーカーを横目に、考えうる展開を返す。

「一隻が船団護衛に徹し、もう一隻が迎撃の為に航空隊を飛ばしてくる可能性はあります。ですが、こちらにはイントレピッドさん、瑞鳳さん、そして私に艦載される戦闘機隊がいる。もし航空攻撃で打って出られたとしても充分防ぎ切れるでしょう。戦闘機隊が撃ち漏らしたとしてもヌ級の搭載機数と空戦での喪失数を勘定するに、その数は少数になるでしょうから蒼月さん、ジョンストンさんでも対処は可能な筈です」

「これがヲ級改二隻だったら私でも防ぎ切れたかは怪しいけどね」

 苦笑交じりに普段は強気なジョンストンが少しばかり自嘲を交える。確かにヲ級改の搭載機数はヌ級の数割増しだ、搭載機数で勝る正規空母が二隻も付いていたらそこから繰り出されてくる艦載機の群れは三〇〇機近くにもなり、イントレピッド、瑞鳳、愛鷹の戦闘機隊でも防ぎ切れるか怪しいし、撃ち漏らす事になる機体の数も相対的に見て増えるのは確かだろう。蒼月とジョンストンの対空戦闘能力は折り紙付きだが、鉄壁と言う訳では無い。

「深海棲艦が船団護衛に使う空母が確定でヌ級でよかったよ。ヲ級系とかを付けられたら、雲霞の如く深海棲艦の航空機が群がって来るからね」

 イントレピッドの随伴護衛を担当する敷波が安堵の吐息交じりに頬杖を突きながら言うと、綾波が相槌を打ちながらコクコクと頷く。

 それまで黙って聞いていた鳥海がふと何か気になった様にモニターに表示されるワ級の写真を見つめながら己の疑問を口にした。

「ワ級が運んでいるのは何なんでしょうね? 陸上型深海棲艦の復旧資材、と言われれば確かにそうですが、具体的にどんな資材を積んでいるのか」

「ぶっちゃけそこは考えても一生答えは出ないと思うわよ。あのワ級を鹵獲でもしない限りは」

 横から身も蓋もない事実を突きつける夕張に、鳥海は何か言いたげな顔をしつつも、自分の中で考え直したのか天井に視線をちらっと向け、顔を軽く傾げてからそうか、と肩をすくめた。

 確かに、と愛鷹も鳥海の疑問には賛同するものがある。深海棲艦の事は一〇年以上たっても殆ど分からない事ばかりである。あわよくばワ級の一隻を沈めずに拿捕でも出来れば、そこからさまざまな情報、これまで不明とされて来た深海棲艦に対する情報の一部が分かるかも知れない。それが氷山の一角だったとしても、知識はあればある程優位に立てるし、何より裏切る事も無い。

 

 だがしかし、深海棲艦は拿捕された味方の奪還にはあらゆる戦力を投じると言う前例を愛鷹も聞いているだけに、予定外の行動をとって第三三特別混成機動艦隊だけでなく「ズムウォルト」の乗員にまで及ぶ事になる危険を冒す気にはなれなかった。事前に決められた作戦行動の範疇内でやる事をやる。それ以外の事は、想定外の事が起こりえない限り実行しない。リスキーな事には慎重になると言うのもあるが、単純に今やる事でもない話に乗る気はなかった。

 

 他に質問はあるかと問う愛鷹に、今度は応じる者は無かった。

「では、明日に備えて各自艤装の入念な点検と食事と睡眠を十分に。以上、解散。あー……That’s all. Dismissed」

 二人のアメリカ艦娘に母国語以外でずっと話続けていた事に少しばかり後ろめたさも感じ、締めに二人の母国語も付け加える。その意図を汲み取ってか、それとも分かって茶化し交じりかイントレピッドがにこっと笑顔を浮かべて答えた。

「Yes ma’am」

 

 

 解散をかけて艦娘達が三々五々ブリーフィングルームを辞していく中、夕張が瑞鳳と共に愛鷹の方へやって来た。

 資料を片していた愛鷹が気が付いて二人に顔を向けると、夕張は自身の中で考えていたらしい提案を愛鷹に話した。

「実は瑞鳳と一緒に結構検討していた事なんですが、今の第三三戦隊の艦載機を烈風改二から紫電改四に機種変しないかと思いまして」

「戦闘機隊の機種変ですか。それによりメリットとデメリットは?」

 その問いに対し、瑞鳳が答えた。空母艦娘なだけあって、艦載機に関する知識は愛鷹以上に造詣が深い。

「結論から言うとデメリットとなる要素は殆どないです。メリットとしては現状格納庫いっぱいいっぱいに詰め込んでいる烈風改二と違って紫電改四の方が格納庫のハンドリングが良くなり、また機体サイズも小さい分搭載スペースに余裕が持てるようになって航空妖精の整備能力のマージンにゆとりが生まれて航空機の稼働率そのものが上がると試算しています。

 また紫電改四は烈風改二よりも軽量なので格納庫の重さを軽く出来ます。烈風改二と紫電改四の性能比較ですが、ぶっちゃけ烈風改二よりも紫電改四の方が機体が軽い分上昇力と機動力に優れているので、迎撃機としての性能は紫電改四の方が上です。エンジン出力も烈風改二の実質二一〇〇馬力相当に対して紫電改四の方が二二〇〇馬力相当とパワーレイトでも少し上です」

「なるほど。因みに紫電改四の武装は?」

「二〇ミリが四門なので火力も安定しています。長砲身機関砲なので弾道も安定しており、新型徹甲榴弾を弾頭に使っている弾薬を使用するので、貫徹力なども申し分ありません」

「唯一問題点があるとすれば、今の『ズムウォルト』の元に運んで来る余裕がないのと、搭乗員である航空妖精に機種変訓練を行わないといけない点ですね。この欧州派兵が終わったら航空隊の再編計画を実行に移したいのですが、愛鷹さんとしてはどうでしょう?」

 航空機周りについて解説した瑞鳳に代わって、それ以外の問題点を上げた夕張が航空隊の機種変の如何についての可否を愛鷹に問う。

「言うまでも無く、機種変には賛成ですよ。航空機整備妖精の負担が減るのは良い事だし、機体性能も上がるのなら変えない手はありません」

「じゃあ、機種変の路線で日本艦隊に要請出しておきますね」

「あ、それは私のする事!」

 駄々をこねる様に夕張に食い下がる瑞鳳に、はいはいと苦笑交じりに夕張は小柄な巫女服の空母艦娘の肩をポンと叩く。

「じゃ、やる事は全部ヨロシク」

「任された!」

 第三三戦隊の航空機周りの手配は自分のする事と本人の中で決め込んでいるのか、瑞鳳がガッツポーズと共に応じる。

 天ぷらそば食べたい、と言いながらブリーフィングルームを出て行く夕張の背を追う愛鷹の制服の袖を掴んで、瑞鳳も食堂へ一緒に行こうと誘う。

「日本艦娘向けに日本食も用意しているって。アメリカンなステーキ料理もいいけど、カロリー高過ぎなアメリカンフードばかりだと身体の調子が狂っちゃいますよ?」

「私は別に」

「高カロリーな食べ物食べたらその分運動しないといけません。愛鷹さん、最近艦内ジムに顔出してないじゃないですか。低カロリーで栄養バランスの良い料理でバランス取らないと、おデブさんになっちゃいます」

 そこまでアメリカ人乗員向けな高カロリー料理は食ってないと言おうとした愛鷹の言葉を遮って瑞鳳はつとつとと説教を垂らす。自らも料理には強い拘りがある艦娘なだけに、同じ艦娘仲間の食と栄養管理にも煩くなっている。航空機の事を駄弁らせたらマシンガントークが炸裂する彼女だが、食に関しても一家言ある様だ。

「瑞鳳さんは私のお母さんですか」

 左手を腰に当てて吐息交じりに言う愛鷹に、瑞鳳はにこりと笑みを浮かべた。

「こんなに大きな娘が出来たんですね私。お母さん、感動で泣いちゃうわ」

「その娘、実年齢は『母親』の数倍は歳を食っていますよ?」

 自身の特徴を用いたブラックジョークに対して瑞鳳はけろりと、まるでそれがどうしたと言う様に言った。

「見た目が若々しいからヨシ!」




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第八〇話 悪夢と現実と

※第七七話投稿ミスに際し、再度お詫び申し上げます。




 海上を征く第三三戦隊の七人のほぼ真ん中を愛鷹は進んでいた。

 先頭を深雪、蒼月、衣笠、青葉、愛鷹、夕張、瑞鳳といつもの並びとは違う変則的な並びになっており、中央に挟まれる形で進む愛鷹にとっては違和感しか無かった。

 何でこう言う序列で航行しているのだろう? と本来航行序列を決める旗艦である筈の自分自身でも分からなくなる。いやその前にこの並びを取った前の記憶がない。おかしい、この七人で出撃したと言う事は「ズムウォルト」から出撃するいつもの発艦ルーチンを踏んでいる筈なのだが、それを行った記憶がない。

 違和感に塗れ、どこか空気も重々しいと不快感を覚えていると、先頭を征く深雪が何かに気が付いたように虚空にサッと目を向け、一対の眼で宙を睨む。蒼月がどうかしましたか、と深雪に問うた時、先陣を切っていた深雪が振り替えって続航する全員に叫んだ。

「敵からの砲撃、来るぞォッ!」

 その言葉に愛鷹も深雪が見ていた方向を見て、飛来している筈の敵弾の姿を空に探す。だが、飛翔音すらしない、無音の様な、いや何かにどっぷりと浸かって音の響きが鈍くなっているかの様な感覚では砲撃の飛翔音はおろか殺気すら感知出来ない。

 どこ、どこから来るの、と愛鷹が左右に視線を振った時、爆発音が唐突に炸裂し、目の前を水柱と炎の世界が覆いつくした。反射的に両腕をクロスさせて顔面を防護した愛鷹はよろりと不意によろけてそのまま海上に尻餅をついた。座っている場合じゃない、と立ち上がろうとする膝に全く力が入らず、代わりに背中に背負う艤装はずしりと、まるで背中を海上に固定しているかの様に重く、怪力の愛鷹ですら立ち上がる事が出来ない。

 歯を食いしばって立ち上がろうとする愛鷹の目の前に、深雪が立っていた。

 

「……」

 

 耳に聞こえて来ない何かを言う深雪の顔は一切の感情が無く、元気に日焼けしている肌は一転して真っ白な紙の様に、色と言う概念を失った色へ変わり、代わって彼女のが纏うセーラー服の腹部から胸部、下腹部に向けて深紅の血の染みがスーッと広がっていく。

 愕然と深雪の姿を見つめる愛鷹の眼の前で、深雪は仰向けに倒れ、何も言わず、何も動かなくなる。

 

「……」

 

 未だに海上に座り込んだままの自分に蒼月が声をかけて来る。視線を転じると、蒼月が海上に膝立ちしていた。が、愛鷹が瞬きをした直後、蒼月の両足は両膝から二本とも失われ、海上にゆっくりと血だまりが広がっていった。すーっと蒼月の口の端から血が流れ、立つ足を失った蒼月が俯けに倒れて行く。

 二人を助けなくては、としゃにむに立ち上がろうとする愛鷹を背中の艤装の重量が枷となって彼女を海上に縛り付ける。じたばたともがく愛鷹の前に黒のタイツと茶色の足袋状のタイツを履いた足が立つ。見上げると青葉と衣笠が何も言わずに自分の前に背を向けて立っていた。背を向ける二人に深雪と蒼月の救助を叫ぶ愛鷹の目の前で衣笠が唐突に膝から崩れ降ち、海上に横倒しになる。全身が血まみれになって倒れる衣笠の横にいた青葉が一人、単独で前進を始め、そのまま靄がかかっている様な見落としの悪い水平線の向こうへと消えて行く。何も言わず、何も残さず、妹すら残して青葉が一人で何処かへ行ってしまう。

 夕張と瑞鳳は、と愛鷹が後ろを振り返ると、二人の姿は何処にもなかった。ついさっきまでいた筈の二人は海上に痕跡も残さずにいなくなっていた。傷を負った仲間を救護する事も無く、愛鷹に何も言わず、蒸発する様に消えた二人に愛鷹が視線を泳がせていると、自分の両手を、制服の正面を掴む手があった。

 視線を正面に戻すと、真っ白な色と言う概念を失ったかの様な肌となった深雪、蒼月、衣笠が縋る、いや這い寄る様に愛鷹に迫って来ていた。三人の両眼はぽっかりと開いた虚無への空間と化し、何も映していない。真正面に捉えている筈の愛鷹の姿すら映していない六つの眼が愛鷹との距離を縮めて来る。感覚の無い、しかし触られている感じはある三人の手の感覚が愛鷹を掴み、徐々に近づいて来る。

 始めて愛鷹は恐怖に慄いた。死、それが自分の手を掴み、身体に徐々に徐々に忍び寄って来る。自分の命を余命は長くない、もうじきロウが尽きようとしている小さな蝋燭の火と同じ自分の命を奪おうと、徐々に徐々に距離を詰めて来る。

 恐怖のあまり声を上げる事すらできない愛鷹の耳に突然、砲声が、落下してくる飛翔音が迫って来た。

 反射的に空を見た時には既に遅く、右側で鈍い金属の破壊音と共に三連装主砲と連装主砲の二基の主砲搭の天蓋に穴が開く。

 

「主砲、一番、二番被弾!」

 

「弾薬庫注水急げ!」

 

 装備妖精が震える声で叫んだ時、主砲艤装の内部で誘爆の轟音と振動が響き渡り、第二主砲の砲搭が砲搭リングから爆炎と共に飛びあがった。

 咄嗟に右手で顔面を庇う愛鷹の右舷側で第一主砲弾薬庫も引火爆発し、第一主砲搭が轟音と爆発炎と共に吹き飛んだ。二基の主砲搭のバーベットから炎が溢れ出て、それまで愛鷹の身体に這い寄って来ていた生け屍の様な深雪と蒼月、衣笠に代わって、炎が、紅蓮の炎が愛鷹と言う存在全てを飲み込もうと押し寄せて来る。

 

「主動力機能喪失、艤装コア反応ロスト! 機関停止!」

 

「弾薬庫に火が及んでいます、ダメコンが間に合いません!」

 

「総員退艦! 各員は消火作業を逐次中止、総員退艦!」

 

 被害報告を上げて来る装備妖精に「総員退艦」を下命した直後、炎に包まれていく愛鷹の中で置いて行かれる、という新たな恐怖が沸き起こる。そんな彼女に目を振り向けることなく、艤装各部のハッチが開いて装備妖精達が、あれ程死地を共に潜り抜け、苦楽を共にして来た自分の分身の様な装備妖精達が振り返る事なく、愛鷹を鑑みる事も無く、助けようともせず次々に脱出していく。

 勢いを増す炎が愛鷹を包み、視界が深紅に燃え上がる中、愛鷹は右手を伸ばして必死に叫んだ。

 

「待って……! 置いて行かないで……! 私を……一人にしないで……!」

 

 一人ぼっちでこのまま燃え尽き、燃えカスと成り果てる孤独への恐怖に両眼から涙がこぼれ堕ち、炎に瞬く間に蒸発させられる。そんな愛鷹から最後の一人の装備妖精が退艦し、全員が振り返る事無く海上に投下されたゴムボートに乗って脱出していく。炎に包まれる愛鷹を一人、置き去りにして。

 

「待って……!」

 

 

 虚空を勢いよく掻いた右腕の動きに連動する形で愛鷹は目を覚ました。

 両目の視界には虚空を掻く途中で止まった右腕が、照明を切って真っ暗な船室の天井へ向けて伸ばされて止まっている。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 浅い息を繰り返す自分の呼吸を整え、天井に向けて伸ばされていた右手をそっと額に当てる。シャワーから上がったばかりかと思わせる程のぐしょりと汗で濡れた額が右手の甲を濡らした。

「夢か……」

 上半身を起こし、毛布を払い、体の向きを変えて両脚を床に付ける。ぴたぴたと素足が床に触れると、二本の脚の足裏と五つの指から艦底部から振動と共に伝わって来るガスタービン発電機の機関音を拾う。

「どういう夢なのよ……」

 今しがた見た恐怖に満ち満ちた文字通りの悪夢を思い返しながら、右手で頭を抑えながら床に視線を落として呟く。

 その問いに、どくんと心臓が異常な鼓動を脈打ち、食道を逆流したものが口元へと込み上げて来る。反射的に口元を抑えた愛鷹の右手の掌にツンと鼻を突く強い鉄分の匂いと味が吐き出される。手の指の隙間から僅かに溢れた吐瀉物が床に液体の滴る音と共に落ちて小さな染みを作り出す。

 暗闇の中でも掌を染め上げる真っ赤な血の色が識別出来た。唐突過ぎる発作、寝ている時に起きた事は余りない。ラバウル泊地に派遣された時以来だろうか。

 左手で枕元に置いていたピルケースを漁り、掴み、身体中を痛みと震え等が襲う前に数錠の錠剤を呑み下す。第一波の様な全身を針で刺したかのような激痛が一瞬走る。身体中の酸素をそっくり入れ替えたかと思う程に激しく噎せ込んでは息を吸って小刻みに震えそうな身体を抑える。

 薬が効いて何とか完全に発作でのた打ち回るのを防いだ愛鷹は、しばし惚けた様に床と膝の上に置いた右手を見つめていた。掌を真っ赤に染め上げる吐血の痕をぼんやりと眺める事、数分、ようやく身体を動かす事を脳が許可し、愛鷹は寝間着のまま、居住区の女性トイレに向かった。

 掌を染める吐血の血の色と同じ赤の赤色灯だけが灯る艦内の通路を素足のままの愛鷹の静かな足音が響く。耳を澄ませば艦底部から足先を通して響いて来る九万二八〇〇馬力のエンジン音と振動、艦内の空調設備のモーター音と言った色々なナチュラルな音が五感を介して愛鷹の脳内に伝わって来る。

 女性トイレのドアノブを血で汚れていない左手で掴んで回し、中へと入る。洗面台のノブを回して血に汚れた右手を洗い流し、鏡を見て口元もざっと水洗いする。蛇口から出て来るのは地中海の海から取水した海水を「ズムウォルト」の統合電機推進機関の電力で電気分解した蒸留水だ。日本の軟質な自然水よりやや硬く、がさつさがあるが塩気が無い分、素っ気ないが優しさを抱擁した不器用な人間の様な感触を想起させて来る。

 一通り洗い落とし、右手と口周りをもう一度見る。水にふやけて赤くなった手から吐血の血は洗い落とされ、口周りも綺麗になっている。鏡の向こうで普段はポニーテールにまとめている焦げ茶色の長髪が少しだらしなく垂れている。遺伝子元の大和と同じ色の髪にそっと手を伸ばして触れてみる。髪質は念入りに手入れしている訳でもないのにさらっと掌を流れる水の様に指先を滑り落ちて行くレベルであり大変良い。

 髪を触っていた手で蛇口を締め、軽く長髪に手を通しながら洗面台の淵に両手を突く。大きなため息を吐いて、一回鏡の向こうの自分を見つめ返してからようやくトイレを出て自室へと戻る。

 床に吐血の痕が残っていたが、今床掃除をする気分にもなれなかった。そのままベッドに潜り込んで毛布を被ると愛鷹は再び眠りに落ちた。

 

 SH-60Lのキャビンからは、浦賀水道へと向かう八隻の艦影が確認出来た。呉基地から回航されて来た日本国に残された旧海上自衛隊の護衛艦達だ。どれも老朽艦揃いであり、失っても腹の痛まない様な年代物ばかりである。SH-60のキャビンから八隻の艦影を見下ろす谷田川と鳳翔、三笠の三人に、艦隊参謀が地上から入って来た報告を三人に伝達する。

「無人艦『ざおう』『うんぜん』『くろなみ』『あおなみ』『まゆづき』『あまつき』『うらづき』『かざつき』展開完了。行動パターン・シエラを発動、待機に入ります」

「了解した」

 

 二隻のあたご型ミサイル護衛艦、二隻のたかなみ型護衛艦、四隻のあきづき型護衛艦の計八隻からなる無人艦隊だ。呉基地で保管されていた日本に残されていた数少ない水上艦艇であり、どの艦も艦齢が最低でも三〇年を超える老朽艦だ。海上自衛隊時代に深海棲艦との戦争が始まった頃、新鋭艦艇が次々に失われていく中で退役を取りやめ、予備艦隊に編入されて一線級部隊復帰に備えていたが、結局海上自衛隊の国連軍編入とその後の艦娘艦隊の結成に伴いモスボール保存が決定した艦艇達だった。

 日本方面軍司令部の試算では深海棲艦が近々日本本土へ大規模な侵攻作戦を実施する確率は九九%と試算され、特に首都圏への侵攻想定率が最も高かった。そこで浦賀水道絶対防衛線として艦娘艦隊とは別に呉基地でモスボール保管されていた護衛艦を無人艦に改装して、対深海棲艦遅滞戦闘防衛システムとして投入する事が決まったのだ。

 トラック諸島をめぐる戦いの際に、現地に取り残されていた旧アメリカ海軍駆逐艦とオーストラリア海軍フリゲートを無人操艦で深海棲艦の侵攻艦隊の進撃を遅らせた前例があるが、眼下に展開する八隻の護衛艦は対舟艇機関砲を増設して、只の「盾艦」としてでなくある程度の深海棲艦への対応能力を付与した艦艇だった。また艦内は無人盾艦化されるに当たって水密区画とバルジの増設など予備浮力の増強工事が行われており、本来の現代軍艦の設計コンセプトである「撃たれる前に撃つが為の現代軍艦」から、「撃たれても耐えられる現代軍艦」へと様変わりしていた。

 

「この艦隊が、役に立つ機会が無いと良いのですが」

 物憂い気な表情で鳳翔が言う。老朽艦ばかりで構成された無人盾艦部隊が敷く絶対防衛線が機能する事になると言う事は、すれ即ちそれより前に防衛線を展開する艦娘艦隊が撃破されていると言う事を暗に示す事になる。「負傷者」だけで済むならまだしも、深海棲艦の戦力次第では艦娘艦隊の被害が「死傷者」に変わる可能性も充分にある。

「何事もあらゆる状況を想定しておくに越した事は無い。備えが杞憂に終わっても、何も予防策を準備していなかった、よりはマシだ」

「そうですね……」

 谷田川の言葉に鳳翔は静かな声で頷いた。

 一方、タブレット端末をフリックして表示される情報を変えながら三笠が谷田川の顔を見て言った。

「各地で、艦娘予備隊が編成され、我が国連軍艦娘部隊の支援部隊として動くとの事ですが、ご存知でしたか?」

「一昨日、市ヶ谷の戦略防衛軍総司令部から連絡があったよ。国連軍艦娘部隊支援の為に我が方で独自の艦娘部隊、艦娘予備隊を編成し、貴部隊の支援に全力で当たると」

「何なのですか、戦略防衛軍の艦娘予備隊って?」

 不思議そうな顔を向けて来る鳳翔に、三笠が組んでいた足を組み替えながら答えた。

「艦娘適正者の中でも、国連軍の適性検査試験、諸々の試験の段階で一分野で不合格になった者で構成された艦娘艦隊です。大半が女子中学生や女子高生だからJK艦娘と言う俗称がある艦娘ですね。艦娘になれるのは各種適性試験、適性検査、筆記試験を日本なら『甲種』、海外なら『Sランク』でクリアしたものだけが正規艦娘として更なる軍人及び艦娘としての高等訓練を受けられますが、艦娘予備隊を組むJK艦娘は艦娘となるまでの課程で最も重要な『艦娘適正検査』の分野で『乙種』と認定されて、艦娘としての艦名を授かる前に不合格となった者で構成されています。

 鳳翔さんもご存じとは思いますが、艦娘は軍人、確かな職務環境と給与、衣食住が保証されます。終身軍人、簡単には帰郷出来ないと言う人生において強い縛りが発生しますが、高待遇さから入隊検査でまず『丁種』の合格印を押されれば、皆が基礎教育期間を受けられます。中には艦娘になる気はないが、教育課程期間中に受けられる学業と最低限の給与を目当てに入隊をする女性も少なくはありません。

 つまり、艦娘予備隊の中には歩み方が違えば今の鳳翔さんの場に立っていたかもしれない女性達も含まれている、と言う事です。酷い言い方をすれば『艦娘の成り損ない』、名誉を重んじた言い方をすれば『運命の悪戯で艦娘になれなかった者達」、そういう所です」

「アメリカで言うなら、国連軍の艦娘部隊が正規軍たる連邦軍、艦娘予備隊は州兵、て所だ。戦略防衛軍は日本独自の軍事力、州兵はアメリカ合衆国を構成する州独自の軍事力。そういう所さ。成り損ないと言っても、軍人としての基礎は持ち備えているJK艦娘だ。立ち回り方は正規の艦娘にも劣らない。ただ一つ彼女達に問題があるとすれば」

 そこで言い区切った谷田川は彼自身もこの目で見たことがあるJK艦娘の装備を脳裏に思い浮かべながら、二人に顔を向けなおした。

「巡洋艦級以上の艤装が配備されていない、と言う事だ。JK艦娘の艤装は主に特Ⅰ型駆逐艦艦娘の艤装の余剰部品で構成されている。粗悪品と言いう訳では無いが、まあ艤装機関部の機関出力には運転制限がかかる者も含まれていたり、魚雷発射管や爆雷投射機を調達できず、駆逐艦の癖に砲戦特化型の者もざらだそうだ。空母艦娘も揃えられないから、自力で艦隊の航空優勢を確立する事も出来ない。

 あくまでも沿岸海軍としての艦娘艦隊だ。そう言う事情を反映してかは知らんが、JK艦娘達に与えられている艦名は便宜上のコールサインらしい。戦略防衛軍内では、出身地由来の地名を艦名として与えようと言う動きもあるそうだが」

「しかし、戦防はどうやって艦娘周りの教育を実施しているんでしょうか?」

 艦娘戦力は国連軍が占有していると言っても過言ではない。戦略防衛軍と言う日本固有の軍事力に艦娘戦力のノウハウを共有するのは、国連軍軍備関連の法律に抵触するから、国連軍が直接一国家に艦娘戦力関連の技術やノウハウを渡す事は無い。

「どうも調べたところでは、かつて日本艦隊艦娘艦隊の指導教官を経験した事がある国連海軍退役軍人が戦防の艦娘予備隊の指導に当たっているそうだ。艤装周りの技術系も元艦娘艤装関連の技術屋をしていた退役軍人や民間企業等から人材を集めて、どうこうあれこれしているとの事だ。国連軍が一国家に艦娘戦力の技術関連を共有する事は軍備関連の法律で禁じられても、元国連軍の退役軍人がそれを行うことまでは禁じていないからな。法律の抜け穴を利用したと言う所だな」

「実際のところ、あてにはなるんですか彼女達は?」

「使えなくはないだろう。少なくとも正規の艦娘に慣れなかった少女たちとは言え、国連軍の元で基礎訓練は受けているし、戦防の艦娘予備隊に籍を置いた時にも訓練を重ねているそうだから全くの素人ではない。ただし主戦力には出来んな、何せ艤装が駆逐艦ベースだらけだ、自力での航空優勢は確立出来ん。火力面においても正直、正規の艦娘、それも同じ駆逐艦娘並みにあるか怪しい所がある。装備のバランスも、先に言った通りバラバラだからな。あくまでも国連軍の艦娘艦隊の補助戦力が関の山だろう」

 JK艦娘からなる艦娘予備隊は文字通り「予備」の戦力以上の事は出来ないと言う事だ。実力はともかく、実戦経験も無く、訓練時間も正規の艦娘よりもはるかに短い。彼女たちなり日々研鑽を重ねてはいるだろうが、それでも国連軍艦娘艦隊に初めて配備される艦娘の養成期間以下である事は間違いない。何せ戦略防衛軍そのものが設立からまだ三か月も経っていない新興組織なのだ。

「どんな艦娘部隊なのか、気になりますね。視察してみたいところです」

 そう呟く鳳翔に、ヘリの機長に帰投命令を出した谷田川は眼下の艦隊から視線を鳳翔に向けて言った。

「一応、明日鹿島と大井を艦娘予備隊の本営がある東舞鶴基地へ派遣する予定だが、もう一つ席を作っておこうか?」

「是非ともお願いいたします。この目で見ておきたいので」

 確たる意志を持った目で自分を見据えて言う鳳翔に谷田川は了解だと頷いた。

 

 

 翌日、第三三特別混成機動艦隊は予定通りにイントレピッドを中心とした機動部隊と、愛鷹を中核とする水上打撃部隊の二手に分かれて出撃した。

 サルディーニャ島の飛行場姫からの空爆は前日のB-21の爆撃で来ないと予想されているので、両隊共にまず警戒するべきは潜水艦と深海棲艦の輸送船団の護衛に付くヌ級からの航空攻撃だった。

 作戦エリアに進入するや、イントレピッドから偵察装備のSB2C-5ヘルダイバー艦上爆撃機が発艦し、輸送船団の捜索に向かった。凡そ通ると思われるルートは絞り込めているが、敵輸送船団の精確な位置を特定出来なかったら、知らぬ間にすれ違い、気が付いて反転追撃に移った時にはサルディーニャ島の深海防衛ライン内に入られて追撃不能になっている可能性もある。

 輸送船団の位置特定、という前段任務そのものは特段難しいと言う訳では無い。問題は輸送船団の随伴艦艇だ。強力な雷撃戦火力と対空戦闘能力を有するナ級elite級が八隻。下手に挑んだら痛い目に合う深海棲艦の大型駆逐艦だ。直接交戦する事になる第三三戦隊の七人は、実質軽巡洋艦並みの性能がある八隻のナ級と戦う事になる。

 単縦陣を組んで前進する第三三戦隊の七人の頭上をヘルダイバーが航過していく。偵察隊として発艦したのは全部で一六機。これに瑞鳳から発艦した八機の天山も加わる。 偵察航空隊に先んじて、青葉からは瑞雲が発艦して前衛艦隊を担う第三三戦隊の七人の周囲で対潜哨戒の任についていた。

 敵の輸送船団が奇行でもしない限り、事前に網を張る偵察機隊の索敵網にすぐに引っ掛かるだろう。

 

「こんなことを言うのも自分で妙な気がするんですけど」

 ふと衣笠が少し自信なさげだが、一つ気がかりであると言う声で口を開く。

「随伴艦艇のナ級とヌ級だけでなく、ワ級flagship級も実は護衛艦艇にカウントしている、って事は無いですかね?」

「……可能性としてはゼロじゃないと思うよ」

 愛鷹に代わって青葉が妹の言葉に自身の考えを返す。

「単なる戦闘艦艇系の深海棲艦と違って、二重底を採用していると目されるからその空間内に非加熱性の液体を充填すれば疑似的な空間装甲が作れるし、余剰浮力も多い。戦艦級の重防御を誇るのはこれまでの戦いで分かっている事だし、その余力から来る艦載砲の重装備ぶりはまさに仮装巡洋艦と呼んでも差し支えないレベルに達しているし。

 単なる盾艦艇としてだけでなく、不足している戦闘艦艇の疑似的な補充要員としてflagship級ワ級が動員されているとしても不思議じゃない」

「事実、仮装巡洋艦運用が成されているワ級Ⅱflagship級と言う艦種も確認されていますからね。兵装を格納できると言う特性上、見た目が単なるflagship級と変わらないので、もしかしたら今回のミッションターゲットの輸送船団に随伴しているのは、なんてことも」

 有り得なくはない事実を口にする愛鷹の言葉に、蒼月と深雪が知らずと顔を見合わせる。ワ級の厄介な所は艦載砲を格納出来ると言う都合上、外観から分かるのは無印かelite級かflagship級かという程度の判別だけであり、より細かなワ級Ⅱelite級か同Ⅱflagship級かまでの判別が付けづらいと言う、その隠蔽性の優秀さがあった。懐に隠し持つ得物がナイフなのか毒針なのか、はたまた暗殺用拳銃なのか分からない手の内を明かさぬ殺し屋と言う所だ。

「おっそろしいなあ……」

 

 そう呟く深雪の方をちらっと振り返りながら、ふと昨日見た悪夢の内容を思い出す。生け屍の様になって、夢の中の自分に這い寄って来ていたのは衣笠と深雪と青月の三人。あの夢が一体何を暗示しているのか、愛鷹には推し量りかねる所だが、もしかすると近い内、この三人が自分の目の前で深海棲艦の放つ凶弾に倒れる、と言う事もあり得る。この三人はともかく最も不穏なビジョンを見たのは青葉だ。衣笠を置いてすっと何処かへ消えて行くように居なくなったのは不気味過ぎる。今背後にいる青葉は至って普通であり、出撃前も元気に衣笠とわちゃわちゃとしていたし、悪夢を見る事となった昨日の晩の寝る前、取材と言う名目で「ズムウォルト」の機関室に立ち入って機関長に叱られていたりと奔放さは依然として健在だ。第三三戦隊の仲間六人全員が昨日も、そして今日も、元気で、怪我病気無く、朗らかに愛鷹と顔を合わせ、朝食を共にして他愛の無い日常会話に花を咲かせていた。

 不穏な気配は少なくとも見受けられず、感じ取れなかったし、嫌な予感と言うのも今のところ感じ取れない。杞憂だろうか、それとも単なる悪い夢の範疇に過ぎなかったのか。悪夢を見たのはこれが初めてではないにせよ、何かしらの暗示を感じさせなくはない。旗艦と言う立場上、全員に気を配らねばならないとは言え、自分の手の届かない所で仲間が傷ついたら? と思うともはやきりがない。

 

(気をしっかり持とう、今考える事じゃないわね)

 

 雑念を振り払う様に頭を軽く振り、その際に微妙に被り具合のずれた制帽に手をやった。

 

 

「居たぞ」

 眼下に伸びる大量の白い航跡の群れを見つけた、イントレピッド艦載機のSB2C-5ヘルダイバー艦上爆撃機、コールサイン・エコー3-1の操縦桿を握る航空妖精は、後席員の航空妖精に合図を送ってから緩やかにカーブを描きつつ、降下して眼下を航行する六〇隻に及ぶ大規模深海輸送船団の詳細を把握しにかかる。

 偵察機に発見される事は承知の上かつ、船団を攻撃して来ない偵察機にまで撃つ弾は無いとでも言う様にナ級もヌ級も、そしてワ級の艦載砲が反応する気配はない。ただ粛々とサルディーニャ島への航路を進んでいる。

 随伴護衛艦の中でも高い対空戦闘能力を持つナ級を下手に刺激して、その深海レーダー管制の主砲に撃たれない様心掛けながら、操縦桿を操り、ぐるぐると射程外から船団の周囲を旋回し始める機長妖精の後ろで、後席員妖精が無線を介して母艦娘のイントレピッドへ深海輸送船団発見の報を入れる。

「エコー3-1からイントレピッドへ。敵輸送船団を発見、現在位置は……」

 マップと睨めっこして現在位置を伝達し終えると、情報を受け取ったイントレピッドから引き続き深海輸送船団との触接を維持せよ、との指示が3-1に下る。別命が下るか、ヌ級からCAP機が上がって来ない限り、エコー3-1は深海輸送船団との触接を燃料の続く限り続ける事になる。

 直掩機が上がってくる気配はない。偵察機だからと無反応を決め込んでいるのかも知れないが、それはそれでまあ良いだろうと、機長妖精は後席員妖精に偵察カメラを起動させて徹底的に眼下の輸送船団構成艦艇の画像を撮らせる。深海棲艦の事で分かっている事は少ない。少ないからこそ例え既知の艦艇であっても写真は多くとっておけば、新しい何かの発見につながる可能性もある。何気ない偵察写真一枚が思わぬ新発見に至ることだってあり得るのだ。

 シャッターを切る音が機体底部から響く。ここまで無反応を決め込む深海輸送船団も中々ない。やはりこの後襲って来るであろう艦娘艦隊に備えて弾薬を温存しているのだろう。対空弾でも使い方によっては、近接信管によるエアバースト射撃で、ナ級と同格の駆逐艦娘にショットガンの散弾を浴びせるよりも更に酷い加害を与える事も可能だ。エアバースト射撃は鉄の欠片がスコールか暴風雨の如く艦娘の身体を襲うし、単なる散弾ではなく、その鉄の欠片一つ一つが強力な貫通力を誇る。ショットガンの弾で言うなら鹿撃ち用弾薬と言うよりは、鉄の矢で作られたフレシェット弾と言うべきだろう。徹甲弾は一撃の重さが大きいが、対空弾によるエアバースト射撃は貫通力こそやや劣るが、面での加害に優れるから、駆逐艦娘の防護機能を一瞬で飽和させることも可能だ。

 触接を続けるエコー3-1の無線機に、襲撃部隊を担う第三三戦隊の旗艦愛鷹から現在位置の座標の確認を求める要望が入った。どうやら射程に優れる愛鷹の四一センチ主砲で長距離砲撃を行う腹積もりらしい。

 現在位置の座標を愛鷹に転送すると、程なくエコー3-1の二人の航空妖精の耳に、飛翔する砲弾の飛来音が聞こえて来た。二発の砲弾が大雑把な位置に着弾する。船団の右側に纏まって着弾する四一センチ砲弾の突き立てた水柱を見つめながら、航空妖精は修正値を愛鷹へ転送する。交互撃ち方で第二射を放って来た愛鷹から三発の砲弾が、大きく山なりの弾道を描いて飛来し、今度は輸送船団の左側に纏まって着弾する。今頃愛鷹の主砲は最大仰角にまで砲口を引き上げた三門と二門の主砲が交互に撃って、修正値が送られて来た元へ砲弾を送り込もうとしているのだろう。

「ありゃ、HEだな」

 着弾する砲弾の突き上げる水柱を見て機長妖精が呟く。

「HEって事は、サンシキダンカイニ(三式弾改二)ですか」

「そうだ。AP(徹甲弾)である一式徹甲弾改と比べて、弾頭重量がやや軽いから比較的長距離まで飛ばしやすい。APと違ってHEだと貫徹能力は劣るが、ナ級やヌ級くらいの敵艦ならHEの鉄の欠片がぶっ刺さるだけでもかなりのダメージを与えられる。と言うよりは、戦艦級の砲撃はナ級やヌ級相手には過剰だ、貫通して信管が作動する前に反対側に飛び出してしまう。

 まあ、ナ級の打たれ強さはイ級やロ級、ハ級、二級とは比べ物にならない。HEを使うか、APを使うかは艦娘によりけりなところがある」

 配備されて間もない後席員妖精に解説する機長妖精の語り口に、新米の後席員妖精はじっと耳を傾ける。

 間もなく、愛鷹からの第三射が飛来する。二発の砲弾が船団の左右を挟む様に着弾する。

「見事だ。第三射目で挟叉、理想的な砲術フェーズだな」

 イントレピッドに配備され、太平洋を、大西洋を、地球の海を東西南北と共に戦って来て長い機長妖精が舌を巻く。砲術の腕に優れた艦娘は数知れないが、愛鷹はその中でもトップ五位、いや三位に入り込めるくらいの腕前だろう。何もかもが理想的に運ぶ砲術の腕前だ。アメリカ艦娘艦隊でこれほどの腕前を誇る戦艦級艦娘と言えば誰だっただろうか?

≪斉射に移行します。射線方向に注意されたし≫

 当たる確率はかなり低いとはいえ、触接中のSB2C-5ヘルダイバーと万一の空中衝突を恐れて愛鷹から事前警告が入る。機長妖精が了解と答えてから数十秒後、前方の海から発砲炎が微かにちらつき、赤く光る砲弾が唸り声を立てながら深海輸送船団の上空へと飛来する。

 船団の中央前寄りの直上で五発の三式弾改二が信管を作動させ、無数の鉄片を輸送船団の頭上から降らせる。ただ船体を濡らすだけの雨の冷たい雫ではなく、鉄の塊が炸薬で爆発して砕け散り、秒速数百メートルで飛散して来る熱い欠片が空から降り注ぎ、深海輸送船団の船体にスコールの如く降り注いだ。

 これで撃沈に至る程の致命傷を負った深海輸送船団の艦艇は無かった。だが、ナ級の艤装上に露出している深海レーダーのレーダーアレイはずたずたに切り裂かれ、早速使い物にならなくなった。レーダー管制の射撃管制システムは破壊され、ナ級は高精度の深海レーダーによって管制された砲撃や雷撃が不可能になっていた。

 

 

 エコー3-1から深海レーダーダウンの報告を聞いた愛鷹は、第二戦速から第四戦速への加速を第三三戦隊の全員に命じた。

「増速、黒二〇! 第四戦速、進路一-三-〇!」

「ヨーソロー!」

 続航する青葉が復唱し、第四戦速へと加速する愛鷹の航跡の跡を追う。白い航跡が愛鷹の背後に長く伸び、その上を踏みしめる様に青葉が、衣笠が、夕張が、深雪、蒼月、瑞鳳と続く。

 前方にナ級の丸い艦体の艦影が見えて来る。複縦陣を組む四隻とその後ろにはヌ級一隻が控え、後続に五〇隻に上る大量のワ級が整然とした隊列を維持して前進して来る。襲撃部隊である第三三戦隊の艦影を認めたヌ級から艦載機が発艦を始め、ナ級四隻が単縦陣に陣形を切り替え、丸っこい船体で海に白波を押し立てながら第三三戦隊迎撃に向かって来る。

「全艦合戦準備、速度そのまま取舵一杯、右砲雷同時戦用意!」

 愛鷹の進路が左に振れると、それまで一直線に敷かれていた白い航跡が緩い弧を描きながら左へと曲がる。愛鷹の主機の踵のラダーヒールが左に向き取舵一杯に舵を切る中、後続の青葉達も取舵一杯に舵を切る一方、主砲の砲口を舵とは逆の方向へ向ける。輸送船団からあまり離れる訳にはいかないナ級は動きを制限されており、丁字を描く第三三戦隊に対して阻止行動を起こすには至らない。ヌ級からおっとり刀で発艦した深海攻撃哨戒鷹八機が攻撃態勢に入るが、即座に蒼月の対空射撃が八機の後を追いかけまわす。射程内にいる深海艦載機にはもはや自動的に蒼月の腕と主砲が反応するようになっていた。

 先んじて蒼月の長一〇センチ高角砲が対空射撃を開始する中、愛鷹の主砲は右舷側へと指向され、四一センチの巨大な砲口がナ級へと差し向けられる。大型駆逐艦と呼ばれるだけある大柄な艦体から生える様に伸びる単装砲が愛鷹と青葉へ向けて発砲炎を瞬かせる中、愛鷹も照準補正をかけた主砲の射撃グリップを握りしめ、トリガーに人差し指をかけた。

「照準補正良し。主砲、第一目標のナ級。撃ちー方始めー! 発砲、てぇっ!」

 号令を下した愛鷹の右舷側で発砲炎が噴出し、殷々と耳を聾する砲声が鳴り響く。近距離での砲撃戦とあって、彼女の主砲の砲身は空を睨む仰角ではない、海面を舐めるかのようなほぼ水平の状態で発砲していた。遅れて青葉、衣笠、夕張の二〇・三センチ、一四センチ主砲が火を噴き、中口径主砲の砲声を響かせていた。

 レーダーを失っているナ級の砲撃は精度を大きく欠いており、初弾は愛鷹の右舷前方に意味の無い水柱を林立させるに留まる。ナ級の砲撃が海面を抉り、海水を掻き立て弾き飛ばす騒音が響く中、愛鷹、青葉、衣笠、夕張の砲撃がナ級の周囲に着弾する。

 手を伸ばせばナ級に直に触れられそうにも思えて来る距離での砲撃とは言え、ごく僅かな照準のずれ、発砲時の衝撃、装薬のコンディションなど様々な環境要因が重なって得た砲撃精度は良好ではあったものの、初弾命中は誰一人として得られなかった。初弾命中は愛鷹も見込んではいない。直ちに照準に修正をかけ、砲塔と砲身が微妙に射角を変える。

 第三三戦隊が一発撃つ間にナ級は二発撃って来ていたが、レーダーを使用しない照準には不慣れなのか、鋭い砲声と飛翔音、海水を吹き飛ばして作り出す水柱の勢いの割にはいまだ命中弾を得られていない。ヌ級の艦載機は蒼月の砲撃で第三三戦隊に接近する事が出来ず、射高外をふわふわと漂っていた。

 だが、もう一隻の船団後衛を務める一群に属するヌ級から総計二二機の攻撃隊が発艦して。別方向から回り込んで第三三戦隊に爆装を叩き付けんと迫る。蒼月の対空射撃が止み、別方向から迫る二二機に対処しようとする中、瑞鳳が事前に発艦させていた三個小隊一二機の烈風改二が≪エンゲージ≫のコールと共に二二機の攻撃隊に情報から覆い被さる様に襲い掛かる。攻撃隊に随行していた四機の深海猫艦戦が急上昇して迎撃に向かう。

 上空で空中戦が始まる中、主砲の再装填が終わった愛鷹は第二射をナ級へ向けて放つ。目くるめく火球が砲口から噴出し、真っ赤に焼けた三式弾改二がナ級へと空気を切り裂きながら弾道を一直線に伸ばしていく。

 着弾の直前、愛鷹の一対の眼がナ級一番艦の背部に設けられている五連装魚雷発射管から、五本の長い筒状の物体が海中へと身を躍らせるのを見ていた。砲撃戦の砲声でソーナーでは聞き取れないが、はっきりと海上に白い五本の殺人鬼の走る跡が浮かび上がる。

「魚雷来る! 方位一-三-二、雷数五! 全艦随時回避運動!」

 ゆらりゆらりと機関部からの排出されたガスで出来た白い航跡を海上に浮かび上がらせつつ、第三三戦隊に迫る五本の魚雷の姿を見据えて愛鷹が叫ぶ。

 警報を出したものの、最初から命中を期待していない艦娘の注意を引ければいい程度の雷撃だったのか、第四戦速で直進する第三三戦隊のメンバーの前後を魚雷はすり抜けていく。

「やるんなら本気でやらないと、そっちが木っ端微塵だぜ?」

 不敵な笑みを浮かべて深雪がナ級へ魚雷発射管を向ける。彼女の両太腿でぐるりと三連装魚雷発射管が九〇度回転して発射口をナ級へと向ける。細かい諸元修正値を深雪が暗算してそれをヘッドセットが脳波で汲み取って直に発射管に転送する。魚雷の深度、射角、雷速がもっとも適切な数値に調停され、作業が完了すると深雪のヘッドセットに「発射用意良し」のビープ音が鳴り響く。

「魚雷発射管一番管から二番管、連続発射! てぇっ!」

 深雪の両足の太腿から九三式酸素魚雷が一発一発と海中へ身を躍らせ、海中へ沈みこむと直ちにモーターを作動させ、ナ級へ向けて魚雷が航走していく。六本の雷跡が光源に向かって突撃して来るダツの如く海中を吶喊し、海中内に機関部の作動音を喚き立てながらナ級へと迫る。一〇〇年余り昔の第二次世界大戦勃発以前に事故で沈没して失われた駆逐艦深雪はおろか、特型駆逐艦で酸素魚雷を搭載していたのは一九四三年まで残存していた七隻だったと言う史実からすれば、深雪の名を継ぐ艦娘が、日本海軍が作り出した当時世界最高峰の酸素魚雷の艦娘版を撃つと言うのは何か奇妙な縁を感じられずにはいられない光景でもある。

 日本海軍で運用されていた酸素魚雷は、信管の調整に関するマニュアルが不統一だったのもあって、早爆が多発したが、それらの前例を全て解決している艦娘、と言っても日本艦隊の艦娘でのみ、で運用されている酸素魚雷は信管の調整基準に関するマニュアルが徹底されている事もあり、また同魚雷を深海棲艦に鹵獲されない為にも確実なる起爆、誘爆による艦娘の戦死を可能な限り抑える工夫が凝らされている。

 そう言った努力を加え、積み重ねた兵器が六発、海中を問題無く疾駆して征く。雷速は近距離での発射とあって五〇ノットに調停されていた。

 深雪の左腕に付けてある腕時計の文字盤、左手持ちの主砲を持ったままでも見れらる様に外側に向けられている、の中にある魚雷命中までのカウントダウン用短針が、ナ級へ魚雷が命中するまでの残り時間をカウントする。魚雷を全弾発射した後、深雪は両手持ちの主砲でナ級の動きに牽制をかけるべく、大味な照準を付けた砲撃を加える。

 カウントダウンの短針がゼロを刺した時、彼女の肩の上で同様に時間を図っていた水雷員妖精が「三、二、一、直撃、今!」と叫ぶ。同時にナ級二番艦、四番艦にそれぞれ二つ、ヌ級に一つ、舷側に水柱が爆発の閃光と火炎と共にそそり立ち、真っ白な海水で構成された水柱に押される様に三隻が被弾した方とは反対側へ傾ぐ。

 それまで単装主砲で第三三戦隊に破壊されたレーダー照準に代わって光学照準で砲撃を行っていた二番艦と四番艦からの砲撃の手が止まり、二隻は魚雷直撃による破孔からの浸水で急激に速度を落としながら、徐々に被弾箇所より傾斜を始める。二番艦は倒れていく様に左舷側へ、四番艦は仰け反る様に艦尾側へ傾斜していく。傾斜によって給弾機構が作動しなくなったのか、二隻からの砲撃はぴたりと止み、航跡も徐々に短くなって海上に制止していく。

 ヌ級は一発食らっただけだったが、やはり破孔からの浸水で傾斜して機能を失ったのか、速度を失ってやはり海上に立ち止まってしまう。

 傾斜復旧が出来ないまま転覆しようとしている二隻のナ級に助かる見込みはない。ヌ級も一時的ではあるとしても空母機能を失ってしまっており、このままでは第三三戦隊の格好の標的であった。

 二隻に減じてしまったナ級だったが、それでも逃げる事も無く、寧ろしゃかりきになって応戦し始める。船団後方からも四隻のナ級が増援に向かってきており、挟撃を試みようとしていた。

 短期決戦を図る愛鷹は、ナ級に対しての集中砲火を指示する。

「第一目標、私と夕張さん、蒼月さん、第二目標、青葉さん、衣笠さん、深雪さん。全艦旗艦指示の目標、主砲、一斉撃ち方用意!」

 続航する五人から了解の返事の代わりに、愛鷹のHUDに「READY」の表示で返事が返される。

「統制射撃、撃ちー方始めー!」

 刹那四一センチ、二〇・三センチ、一四センチ、一二・七センチ、一〇センチの五種類の主砲の砲声が同時鳴り響き、複雑に入り混じった砲声がそれぞれの目標へと混乱する事無く撃ち放たれる。応射を続けるナ級の周囲に無数の外れ弾の水柱がそそり立つ中、金属を打ち据える鈍い音と共に二隻のナ級の艦上で紅蓮の炎が噴き出す。丸っこい艦体が一部抉り取られ、ひしゃげて球形の艦体を崩壊させる中、仕上げの砲撃が飛来し、成す術も無く被弾した二隻のナ級が水柱の向こうから火柱を突き上げて轟沈する。

 前衛の四隻のナ級を撃破した愛鷹達は直ちに次の行動に移る。愛鷹は航行不能になったヌ級へ主砲を差し向ける一方、瑞鳳以外の五人は青葉を先頭に単縦陣を組んで向かって来る四隻の後衛のナ級への対応に移る。

 背後でヌ級に止めを刺す愛鷹の処刑音を聞きながら青葉が主砲艤装を握るグリップを握り直していると、前方に見えるナ級が一斉に右斜めに回頭して青葉達に対しておおよそ六〇度の角度を付けた状態で主砲を向けて来る。反航戦、いやあの姿勢は雷撃の構えだと瞬時に悟った青葉は「魚雷に注意!」と後続の衣笠、夕張、深雪、蒼月に向かって叫ぶ。敵に対して六〇度の射角を付けて魚雷を発射するのは概ね艦娘も同じだから、体得している青葉の身体が本能的に危機を叫んでいた。

 幸い深海棲艦の魚雷は航跡を引くから目視で事前に確認出来るし、必要に応じてソーナーで探知する事も可能だ。

 海面に目を向けると、大量の白い航跡が帯状に広がって青葉達に迫って来る。四隻のナ級が全弾発射したのだとしたら雷数は二〇本にも達する。レーダーが破壊されて正確なレーダー照準が出来ない為に、数うちゃ当たるの精神で撃ったのかも知れないが、大量の魚雷が迫って来ると言う事は回避する側の五人の動きにも制約が生まれる。下手に躱しては衝突やお互いの回避運動の邪魔になりかねない。

 互いの位置に留意しつつ、ナ級が放った死の航跡から逃れようと青葉達は回避運動に入る。この時、夕張と蒼月の二人だけでなく見張り員妖精まで魚雷に意識を向け過ぎたのが、この戦いでの凡ミスの始まりだった。

 海上に燃焼せずに排出された窒素で出来た航跡を浮かび上がらせながら、二〇本の魚雷が五人の足を突かんで水底に引きずり込もうと迫る。ナ級を含めた深海棲艦の魚雷は、艦娘の靴裏や踹に取り付けられている舵やラダーヒールと言った軽量金属の磁気反応で爆発する磁器信管である事が分かっているから、ある程度距離を取れば爆発する事無くやり過ごせる。逆を言えば近距離に迫られたら接触せずとも魚雷が爆発して負傷しかねない。

 それだけに回避に必死になるのは必然であり、注意が海面に向けられてしまうのも致し方ない事でもあった。

 最初に気が付いたのは夕張の肩で海面を見張っていた見張り員妖精だった。一旦双眼鏡を下ろして目を擦ったその見張り員妖精は、海面を注視するが余り、背後から接近して来る夕張に全く気が付いていない蒼月の身体が急速に夕張の方へ向かって来るの見て呻き声を上げた。

「あのバカ来やがった! 避けて避けて避けて!」

「え、何……って、うわっ!?」

 見張り員妖精の叫び声でようやく夕張も蒼月の姿に気が付き、咄嗟に主機に逆進全速をかけ急減速を試みる。一方見張り員妖精は航海科妖精に警笛を鳴らす様に叫び、全く夕張の姿に気が付いていない蒼月に向かって夕張の艤装から性急な警笛が鳴らされる。

 ようやく気が付いた蒼月が慌てて舵を切ったが、時すでに遅し。急減速をかけても尚惰性で進んでいた夕張と蒼月の身体と艤装が鈍い衝突音を立てて激突する。二人の悲鳴が揃って上がり、激突して各部を擦れさせる互いの艤装から火花が散る。衝突の直前、咄嗟に未発進だった夕張の甲標的妖精が甲標的に搭載されている魚雷の信管を抜いていたお陰で二人揃って誘爆で吹き飛ぶと言う事は無かったものの、相応の速度が出た状態で接触した夕張と蒼月の身体は諸に激突し、艤装の一部がひしゃげてしまう。

「何やってんだよ!」

 呆れと心配の二つが混じった怒号を寄こす深雪に、夕張は強か打ち付けた左肩を摩りながら、接触した蒼月を伺う。自分にもたれかかる様にして力なく寄りかかっている蒼月は気絶していた。夕張も当の蒼月も気が付かなかったが、夕張が咄嗟に顔面をカバーする様に両腕をクロスさせた時に右手に持つ一四センチ単装砲のグリップが諸に蒼月の前頭部を強打して、脳震盪を起こしていたのだ。

 一時的に意識を失って動けない蒼月の身体を、夕張は両足に力を込めて支える。

「夕張さんは、蒼月さんを連れて一旦避退して下さい。残りはナ級を迎え撃ちます」

 肝心な時に衝突事故を起こした二人に青葉がタイミングの悪さに苦々し気な表情を浮かべつつ、どうしようもない事に恨み節を吐いてもしょうがないと、気を取り直して二人に避退を命じて衣笠、深雪を連れてナ級へ向かう。ヌ級を仕留めた愛鷹も全速で向かって来ているから、数の上では拮抗している。火力面では寧ろこちらが優勢だ。

 三人だけの単縦陣を組んでナ級へと進路を取る青葉、衣笠、深雪の行く手にナ級からの砲撃が飛来し、水柱のカーテンを作り出す。

「重巡艦娘に駆逐艦風情の豆鉄砲が通用すると思わないで下さいよ」

 主砲艤装の砲口をナ級に向けて青葉が言う。左手の親指が発射ボタンを押し込み、四門の主砲が発砲の火焔を砲口から迸らせる。

 続航する衣笠、深雪の主砲も砲撃を再開し、ナ級へと砲弾の雨を降らせる。重々しさを感じさせる青葉型の主砲の砲声と、鋭い深雪の主砲の砲声が連続して鳴り響き、撃ち放たれる砲弾がナ級の前後左右に着弾する。近距離に着弾する砲弾の衝撃波でナ級の艦体がぐらりと揺れる一方、青葉と衣笠と深雪もナ級の砲撃の至近弾と衝撃波で、ゆらりと見えない誰かに押されるような感覚を味わう。

 大型駆逐艦と言っても所詮はレーダーの加護を失った駆逐艦、重巡艦娘として、かつて最弱重巡等と呼ばれた自身の汚名返上の気持ちを心の底で感じながら青葉は再装填が終わった主砲を再び放った。




 Jk艦娘はよくX(旧Twitter)で見かける架空艦娘概念だったので、愛鷹を始め架空艦娘が多く登場する今作でも出してもそれ程違和感なく適応出来るだろうと思い、独自解釈を添えて先行登場させました。
 ゆくゆくは今作オリジナルのJK艦娘も出演させる予定です。

 感想評価ご自由どうぞ。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第八一話 デンジャークロース

 次のイベント、新規の艦娘は潜水艦艦娘がメインとの事ですが……弊作品ではあまり潜水艦娘活躍していないな、と思い返したこの頃です。


 第三三戦隊がサルディーニャ島の沖合で深海棲艦輸送船団と交戦している頃、マリョルカ島に再整備された旧パルマ・デ・マリョルカ空港ではAC-130ゴーストライダー対地攻撃機とQA-10スレイヴウォートホッグ対地攻撃機の離陸準備が進められていた。AC-130は無人機であるQA-10の管制機も兼ねている。

 まず一〇五ミリ砲と三〇ミリ機関砲、それにレーザー照準の空対地ミサイルを備えたAC-130、コールサイン・ゴーストライダー3-1がエプロンから滑走路へとタキシングし、管制塔からの離陸許可を待っていた。

≪タワー、こちらゴーストライダー3-1。離陸許可を求む≫

≪タワーよりゴーストライダー3-1。風向一一〇度、風速一八ノット、離陸に支障なし。タワーよりゴーストライダー3-1、離陸を許可する≫

≪了解、テイクオフ!≫

 ターボプロップエンジンの唸り声が高まり、四枚のプロペラが猛然と回転する中、滑走を開始したAC-130が滑走路を駆け抜けていく。STOL(短距離離着陸能力)に優れるC-130輸送機の系譜にある機体なだけに、離陸に至るまでの滑走距離は比較的短い。原形機よりは武装を積んでいると言う意味で滑走距離は長かったが、それでもふわりと浮き上がる様にゴーストライダー3-1は離陸し、マリョルカ島の空へと昇って行った。

 遅れてロケット弾ポッド、クラスター爆弾を満載したQA-10二機が離陸する、管制塔とのやり取りも無く、無人機のAIが管制塔からの離陸してよしのサインを受け取るや無言でターボファンエンジンの騒音を響かせながら編隊離陸していく。

 

 ゴーストライダー3-1の任務は、先んじて深海棲艦輸送船団の随伴護衛艦を攻撃する艦娘艦隊に対する航空支援だ。艦娘艦隊が対空戦闘能力の高い随伴護衛艦を排除し、敵輸送船団上空の制空権を奪取した後、ゴーストライダー3-1とそれに率いられたQA-10が進入し、持てる火力を全て深海輸送船団にぶちまける。先行して交戦している艦娘艦隊第三三戦隊の旗艦愛鷹の艦娘サイズ基準の四一センチ主砲よりも大口径で、装薬、炸薬の量に優れるリアルサイズの一〇五ミリ砲の一撃は、戦艦棲姫等の棲姫級にも有効な大火力だ。またレーザー誘導の手動照準空対地ミサイルは深海棲艦の存在による謎の電子機器以上への耐性をある程度備えた改良型だ。もともと自立誘導のミサイルではない、目視照準のミサイルなら、深海棲艦の謎電子機器障害も受けにくい事が判明して来たので、ゴーストライダー3-1が備える重火器は全てが対深海棲艦攻撃に打ってつけのものばかりである。

 

 QA-10の七〇ミリロケット弾ポッドに装填された徹甲ロケット弾とクラスター爆弾は、文字通り破壊の限りを尽くせる、対深海棲艦攻撃において不足を一切感じさせない火力投射量を誇る。翼下に吊り下げられた爆装だけでなく、機首には有人機の頃から操縦するパイロットや唯一原形機A-10を保有していたアメリカ空軍から全幅の信頼を寄せられたGAU-8アヴェンジャー三〇ミリガトリング機関砲がある。空から毎分三九〇〇発で撃ち降ろされてくる弾丸の豪雨は様々な障害物を容易く撃ち抜き、崩壊させる。元々は押し寄せる旧ソビエト軍の主力戦車を撃ち抜く事を想定して作られたその弾丸が撃ち抜く対象に深海棲艦が加わったのが、今でも運用されているQA-10の実情だった。

 深海棲艦が出現し、艦娘がまだ配備されていない頃、有人機運用されていた頃のA-10の機首の機関砲は、文字通り人類相手に好き勝手暴れまわる深海棲艦に復讐出来る重火器の一つでもあった。

 

≪ゴーストライダー3-1、エアボーン(離陸完了)。ヘディング135(進路135度)、アルティテュード12(高度12000メートル)≫

≪マリョルカ・コントロール、ラジャー。グッドハンティング≫

 管制塔からの良い狩りを、の一言に機長は「サンクス」と答えながら、コ・パイと共に操縦桿を傾けて進路を135度へと変針させた。

 

「撃ちー方始めー!」

 砲撃の号令を下す愛鷹が左手を進行方向へと伸ばす中、反対の右手が射撃グリップのトリガーを引き絞る。入力された射撃諸元に基づいて仰角を取った五門の四一センチ主砲の砲身が発砲の衝撃で細かく震え、砲口からは火焔と砲煙が迸り、徹甲弾をナ級へと飛ばしていく。先んじて交戦を開始している青葉、衣笠、深雪の戦列に加わる愛鷹は、三人とは別の位置から挟撃する形でナ級へと射撃を浴びせる。

 単縦陣を組んで左砲戦で二〇・三センチと一二・七センチの二種類の砲弾を浴びせる青葉、衣笠、深雪に対し、愛鷹は右砲戦を描く形でナ級を攻撃する。ナ級の周囲にそそり立つ水柱に一際大きな水柱が加わり、衝撃波と水柱によって隆起する海面に押されたナ級の艦体が揺さぶられる。

 ナ級も撃たれっ放しではない。単装砲が連射を繰り返し、青葉、衣笠、深雪の周囲に至近弾を送り込む。レーダーによる射撃管制能力を喪失しても、光学照準機能までは失っていない。直接照準と言う電子機器に頼らない昔ながらの砲術で精確に砲撃を送り込むナ級に、青葉達は鍛え上げた経験から来る熟達した砲術の腕で砲弾を撃ち込んでいた。

 先に直撃弾を得たのは青葉だった。ナ級一番艦の艦上に青葉から放たれた二〇・三センチ弾が直撃し、丸っこい艦体の艦上に直撃弾の爆破閃光と火炎、黒煙が噴き出る。大型駆逐艦にカテゴライズされるだけあり、青葉の砲撃が一発当たったくらいで参る様な駆逐艦でもなく、ナ級一番艦は引き続き青葉へ砲撃を行う。

 青葉に遅れて同時に衣笠、深雪がナ級二番艦、三番艦に直撃弾を出す。衣笠の砲撃もやはりナ級を一撃で屠るには至らない。深雪の砲撃に至っては、入射角が悪かったか被弾時の衝撃で軽く揺れた程度であり、実質弾き返されたも同然と言わんばかりの健全さをナ級三番艦は見せる。

 しかし直撃弾を得たと言う事は三人の射撃諸元はもう修正が必要ない、と言う事の証左だ。事実青葉も衣笠も深雪も、修正値そのままに、再装填が終わった主砲弾を放った。

 再度ナ級三隻の艦上に直撃弾の火焔が噴出する。一撃が重い青葉型の二〇・三センチ弾がナ級の艦体を抉り、艤装を弾き飛ばし、火災の手を丸い胴体を包む様に広げていく。ナ級elite級の赤のオーラとは別の赤い炎がナ級の艦体を覆い始め、複数発被弾したナ級の速力が徐々に低下し始める。

 一方深雪と撃ち合うナ級は直撃弾を数発完全に弾いてのけたものの、第四射目の直撃弾が単装砲の基部に命中し、爆発炎とけたたましい破壊音と共にナ級の主砲の砲身がへし折られ、一瞬にして三番艦は砲撃不能に陥る。

「三番艦、主砲砲身損傷した模様!」

 深雪の肩で見張り員妖精が叫ぶ。

「海面に注意してくれ、主砲が使えないなら魚雷を使うかもしれない」

 自身も海面に警戒しつつ、見張り員妖精にも警戒する様伝える。三番艦が取れる攻撃手段は残すは魚雷だが、今の角度からでは相当な偏差を行わないと当てようがない。無論、艦娘の予測進路を算出して、それと交差する様に上手く魚雷の航走パターンを調整すれば、角度に関係なく当てられなくも無いが、それをやってのけるのは曲芸技に近い。それを想定して警戒する雷撃戦のエキスパートの深雪でも、曲芸技に近い雷撃をするには相応の事前準備に時間をかける。

 ナ級三番艦は主砲を喪失して交戦能力を失ったにも拘らず、隊列を崩して離脱する気配はない。寧ろ、いつ魚雷発射の角度を取ってもおかしくない不穏さを漂わせていた。

「砲術長。第二目標、後部魚雷発射管だ」

「魚雷発射管ですか」

「奴に残されている兵装は主砲以外だと対空機関砲と背部の五連装魚雷発射管だけだ、やるぜ!」

「了解、第二目標。敵艦後部魚雷発射管」

 艤装内にいる砲術長妖精に次に狙いをつける目標を指示する深雪に、砲術長は威勢よく答えながら照準アシストをナ級の背部に設けられた魚雷発射管へ合わせる。深雪が両手に持つ一二・七センチ連装主砲の照準が微妙に補正され、ナ級の背部の魚雷発射管に砲弾が届く様に仰角、方位角を調整する。

 深雪が一撃を放つのと、ナ級が右回頭を始めるのは同時だった。ナ級の右側面に小さな水飛沫が五回弾け、最大戦速へと加速したナ級は戦域からの離脱を図る。

「ナ級、魚雷発射!」

「了解だ、全隊に通知。ナ級が魚雷を撃ったぞ! 警戒を厳にしてくれ!」

 双眼鏡を覗き込みながら警告を発する見張り員妖精と同じものを見ていた深雪が、青葉、衣笠の二人に警報を発令する。ナ級の魚雷は雷速が速く、かつ大威力だ。不意に食らったら大損害は免れない。距離が近いと磁器信管で爆発するから中途半端な距離でも被害を受ける。だが、所詮は無誘導魚雷だ、当たらなければどうと言う事は無い。

 動力部から燃焼されずに排出された窒素が作り出す白い航跡を引きながら五本の雷跡が青葉、衣笠、深雪の元へと迫る。急激に距離を詰めて来る魚雷に対し、青葉、衣笠共に主砲を撃ち放ってからは、目標と魚雷を交互に確認し、舵と速力を調整する。散布帯角度が広く取られた五本の魚雷は青葉と衣笠の前後をすり抜け、一発が深雪の方へと迫る。急速に距離を詰めて来る魚雷の航跡を認めた深雪が切れのある左ターンをかけ、白い航跡を右手に躱していく。

 三番艦の離脱によって続航する四番艦が深雪との距離を詰める事となった。既に愛鷹からの砲撃を浴びて、深雪どころではないナ級四番艦は不幸にも三番艦の雷撃を躱す為に、左回頭した結果距離を詰める形となった深雪の右側面に飛び出る事になった。

 右側に砲門を向ける深雪が砲撃の号令と共に射撃を開始する。四門の砲門が火ぶたを切る音が響き、四発の砲弾がナ級の上方より降り注ぐ。下手に動けば愛鷹の四一センチ主砲弾を食らうと言う中、ナ級四番艦は深雪と言う駆逐艦娘の砲撃に気を配らなくてはならなくなった。実質十字砲火を浴びる形となったナ級四番艦が与しやすい深雪に砲門を向けた時、その前面を遮る形で深雪の砲弾が着弾して水柱のカーテンを作り、遅れて飛来した愛鷹の主砲弾がナ級を打ち据えた。

 大型駆逐艦と言えど、戦艦級の主砲弾を食らってタダで済むはずがない。ぐしゃりと四一センチ主砲弾を受けた艦体がひしゃげ、丸みを帯びた形状のナ級の艦体がいびつな形状へと変化する。艤装や主砲、魚雷発射管がぐにゃりと折り曲げられ、巨大な破孔から火焔が吹き上がる。対空機関砲の弾薬に火の手が及んだか、弾ける音が連続してナ級の艤装から鳴り響く。

「撃ちー方止め」

 大破したナ級を見て愛鷹は射撃グリップに駆けていた右手を離した。あれなら深雪に後を任せても問題は無い。それよりも衝突した蒼月と夕張の様子を伺う。

 衝突で気を失った蒼月は意識を取り戻しており、ふらふらとした足取りながら何とか立っており、それを夕張が支えていた。艤装の一部が衝突で潰れているが、彼女の最大の長物である長一〇センチ高角砲含めた火器と射撃管制装置は無傷だ。一応HUDで蒼月のダメコン状況を共有表示させてみると、衝突時の衝撃でエラーを起こした射撃管制装置のトラブルシューティングを行っていると言う。

 周りを見渡せば、大破航行不能になったナ級の残骸と化した艦体が三つ波間に揺られているのが見えた。いずれも消火不能なまでに拡大した火災の炎に包まれており、沈没は時間の問題だろう。三番艦を取り逃したとはいえ、主砲は破壊され、魚雷は撃ち尽くしているから事実上無力化されたに等しい。残るはヌ級一隻だけだ。

「青葉さん、衣笠さん、船団後方に展開するヌ級を掃蕩して下さい」

「了解です」

 二人からの唱和した返事が返され、増速した青葉と衣笠の二人が船団後方に遷移するヌ級を撃沈しに向かう。

 

 青葉と衣笠が向かう先にいるヌ級は艦載機の発艦準備を進めている様子だった。elite級のヌ級で間違いないが、青葉の眼には細部が微妙に通常のヌ級elite級とは異なって見えた。個体差と言うよりは、内装が異なるヌ級と言うべき違いに思える。ヌ級elite級にもelite級とelite級改と二種類の類別方法が存在するが、青葉の眼にはその二種類にも当てはまらない微妙な差から別個体の艦影に見える。

 気になった青葉は艤装内に仕舞い込んでいた自前のデジタルカメラで一枚、ヌ級の写真を撮る。最大ズームで拡大したヌ級の艦影をデジタルカメラのモニター越しに見つめながら、シャッターを切る。

「こんな戦場でも写真撮影?」

 カメラを手早く仕舞い込む青葉に、衣笠がいつもの癖かとやや呆れ気味の口調で聞いて来る。

「いや、何かあのヌ級、既知のヌ級とは少し見た目が違う気がするんだよね……念の為に写真を撮って記録しとこうと思ってさ」

 主砲のフォアグリップを掴み直しながら妹に答えつつ、青葉はふとヌ級の個体差、と言えばどういうモノが挙げられるのだろうか、と疑念にかられる。真っ先に考えられる要素は装甲を含めた耐久性、もう一つは搭載機数だ。速力は一貫して三〇ノットも出ない低速艦であるが、あの新型個体に見えるヌ級は果たしてどうなのだろうか。

 考えを巡らせる青葉の左目のHUDに「Range ON」の文字が表示され、射線方向と弾道予測線が続けて表示される。今目の前にいるヌ級がどう言うモノなのか考えるのは後だ。艦載機を発進させられては厄介である。速やかに片付けるべきだ。

「旗艦指示の目標。撃ちー方始めー!」

 厳密に言えば次席旗艦である青葉の射撃号令が下るや、青葉型二人の主砲が一斉に砲口から火を噴いた。二人合わせて計一〇発の二〇・三センチ主砲弾がヌ級の周囲に降り注ぐ。驚くべき事に、その様な状況下でもヌ級は艦載機の発艦を強行した。黒いタコヤキの様な外観の夜復讐深海艦攻が一機発艦する。

(待って、夜復讐深海艦攻……?)

 再装填中の主砲艤装のサイトから目を離して、発艦した夜復讐深海艦攻の姿を見て青葉は疑念をさらに深める。ヌ級elite級種に夜復讐深海艦攻を艦載する個体はこれまで確認されていない。flagship級ならいたかもしれないが、elite級では艦載されていない事が確認されていた筈だ。

 もしや新型種? その思いが浮かび上がる。再びサイトを覗き込んで更なる艦載機発艦前に第二射を衣笠と共に撃ちこむ。第一射、第二射共に至近弾となったが、直撃は無い。とは言え、距離が距離なだけに第三射目では命中弾を期待出来るだろう。

 作動音を立てて青葉の右肩に担ぐ主砲艤装の主砲の砲身が仰角を調整し、砲塔が旋回して射角を微妙に変える。

「てぇっ!」

 短い射撃号令と共に青葉の主砲と、衣笠の主砲が発砲し、二人の主砲が発砲の反動で勢いよく後退し、駐退機がそれを水圧でしっかりと受け止める。瞬間的に後退する砲身とは逆に、勢いよく飛び出していった砲弾が真っ赤に焼け赤く光りながら宙を飛翔して行き、轟音を立ててヌ級の艤装上に着弾する。命中は青葉、衣笠共に一発ずつだったが、直撃のダメージはヌ級に即座に影響を与えた。二機目が発艦しようとしていたところを直撃したのだ。

 艦載機発進口周りで火災の炎がどっと噴き出し、ぐしゃぐしゃになった夜復讐深海艦攻の機体の残骸が吐き出す様に発進口からこぼれ堕ちる。ヌ級とてflagship級でもない限りは重巡艦娘二人の砲撃を受けて、平気でいられる耐久を持ち合わせている訳では無い。修正値をそのままに第四射が青葉、衣笠から飛来し、今度は三発が命中し、艤装上の火災の勢いが強まる。

 第五射を撃ち込んだ時にはヌ級の行き足は止まり、燃える松明とかして海上に制止していた。

 一機だけ発艦に成功した夜復讐深海艦攻は沈黙する母艦の姿を見て、帰る場所を失ったのを察するとサルディーニャ島へと進路を取った。飛行場姫の滑走路はB-21の爆撃でボロボロだが、夜復讐深海艦攻が着陸出来るだけの平らな場所はあるだろう。最も再補給して離陸するだけの余裕は残っていないだろうが、燃料切れで海に着水してそのまま藻屑になるよりはマシだ。

 

 

 輸送船団はまだ見える所に居るが、大分距離を取られている。長い貨物列車の様に水平線上にずらりと並ぶワ級の列は最後尾が丁度青葉と衣笠からすぐそこに位置にいる所だった。低速の輸送船と言えど、護衛艦隊との交戦中も一定の速度で進めば、当然それだけ彼我の距離差は開いて行く。

 蒼月の状態上復旧にはもう少しかかるだろうし、その為に夕張と瑞鳳は残しておくべきだろう。青葉と衣笠はヌ級を始末しに向かわせたから、マリョルカ島からの航空支援に対する目標指示役、いわゆる統合末端攻撃統制官(JTAC)の役割は自分が行うしかない。

 

「最大戦速、取り舵一杯」

 

 左に大きくカーブしながら、機関出力を上げた愛鷹が単身最大速度で輸送船団の前方へと向かう。快速を誇る愛鷹の主機が海上に白波を蹴立てて後方へ長い航跡を伸ばしていく。

 程なくしてターボプロップエンジンの重低音とターボファンエンジンのキーンと言う甲高いエンジン音が愛鷹の耳に聞こえて来た。

≪第三三戦隊旗艦愛鷹へ、こちらゴーストライダー3-1。一機のAC-130と二機のQA-10で進入中。北西3オスカー、現在地ダガー、当機は一〇五ミリ砲と三〇ミリ機関砲、空対地ミサイル八発を実装。QA-10はハイドラ70ロケット弾、CBU-97クラスター爆弾を実装。オーバー≫

 接近して来るAC-130からの無線にすぐには答えず、愛鷹はHUDでワ級の群れを捉えて現在の座標を特定する。HUDに「252-171」の六桁の数字が表示された。五〇隻のワ級の中心の座標だ。そこを中心に何でも爆発物を放り込めばワ級は搭載物資に引火して爆沈するだろう。

「ゴーストライダー3-1、こちら愛鷹。目標座標はグリッド252-171、五〇隻の輸送艦です。全部まとめて漁礁にしてください」

≪了解した、これより攻撃進入に移る。そちらの戦隊各艦の艤装から発せられる位置マーカーをマーキングした≫

 頭上で響くターボプロップエンジンの音が、獲物の上でぐるぐると旋回して狩りに最適なタイミングを見計らう鳶の様に旋回を始めるのが分かった。

 念の為に愛鷹は事前に持って来た赤外線ストロボでワ級の群れをマーキングする。

 

「Fire mission danger close. Cleard hot!」

 

 攻撃開始を指示する愛鷹のヘッドセットの向こうから、AC-130のファイヤーオフィサーが短く「ラジャー」と返すのが聞こえた。

 弾けるような音が空から響き渡り、三〇ミリ機関砲の徹甲榴弾が降って来る。三点バースト射撃がAC-130から撃ち降ろされ、海上のワ級に徹甲榴弾を突き立て、外郭を貫いた徹甲榴弾がワ級の内部に詰まれた積み荷を誘爆させる。三点バースト射撃で三隻のワ級を纏めて撃ち抜く様はさながら海神ポセイドンの武器三叉槍トリアイナで三つの獲物を同時に貫く様なものだった。

 三〇ミリ機関砲の規則正しい三回の射撃音が響き、三点バースト射撃で放たれた徹甲榴弾がワ級を空から一方的に屠っていく。flagship級のワ級に対してはレーザーが照射され、空対地ミサイルが発射された。照準誤差はレーザーで直接照準して、ミサイルが着弾するまでの間ファイヤーオフィサーが直接ジョイスティックで操縦しているだけあって正確無比だった。ワ級のflagship級の艦上でミサイルが炸裂し、爆発炎が頑強なワ級flagship級の艦体を舐める。主力戦車すら屠る空対地ミサイルだったが、ワ級flagship級は辛うじて耐えた。吹き飛んだ分厚い外郭の下からは中口径主砲と小口径主砲の二種類が損壊した状態で姿を見せる。  

≪ゴースト1、2、現在進入中。一〇秒後に機銃掃射を開始する≫

 AC-130に乗るUAVオペレーターの通達が入ると同時に、遠くからQA-10が攻撃ポジションへと移動していくエンジン音が聞こえて来る。主力戦車の砲塔上部すら射抜く三〇ミリガトリング機関砲が、深海棲艦相手に使ったらどうなるか。結果は想像に難くは無いが、愛鷹とて実際に見たことがある訳では無いので、三〇ミリガトリング機関砲の威力をこの目で見てみたいと言う欲が湧いて来る。

≪IPを確認。攻撃開始≫

 事務的な口調で告げるUAVオペレーターの声がヘッドセット越しに聞こえた時、猛牛の唸り声の様な轟音が頭上で響き渡り、海上に無数の水柱が一枚の壁となってワ級の縦列に迫り、金属を引き裂く甲高い音、海水を弾き飛ばす着水音、それら様々な音が大合唱をした後、黒煙がワ級flagship級二〇隻を包んだ。一隻当たり数百発が降り注いだ三〇ミリ弾はワ級flagship級の装甲を容易く射抜き、内部の兵装、艤装を徹甲榴弾である弾丸で粉砕し、運動エネルギーの勢いに任せて船体の上半分をごっそりと抉り飛ばした。

「凄い……」

 余りの威力に愛鷹の眉間を冷や汗が滴り落ちる。愛鷹の四一センチ主砲は艦娘の艤装基準で言う四一センチであり、実際に主砲の口径が四一センチある訳では無い。砲の口径で言えばGAU-8アヴェンジャーガトリング機関砲と大差はない。QA-10の機銃掃射はそれ即ち、愛鷹の主砲をガトリング機関砲にして撃ち込んでいるのに等しい。毎分三九〇〇発で撃ち出される自分の主砲弾と同威力と言える銃弾の雨だ、破壊力は尋常ではない。

 機銃掃射したQA-10が旋回して再攻撃の為に新たな攻撃位置に付く。AC-130のUAVオペレーターが攻撃してよしの信号を送ると、QA-10のAIが機関砲のレティクルをワ級の縦列に定め、射撃を開始する。発射の噴煙が機首から機体後部に駆けて流れて行き、逆に機首から撃ち放たれた曳光弾と目視不能な徹甲榴弾の豪雨がワ級を襲う。けたたましい破壊音と共に二〇隻のワ級が一瞬にして艦体の上部を吹き飛ばされ、ボロボロに縮れた艦体下半分が晒し出される。何隻かは積み荷に引火して火災の手が上がり、燃え上がる物資の異質な匂いが海上に立ち込める。

 航空優勢さえ確保してしまえば、QA-10の文字通り空飛ぶ重戦車と言える圧倒的火力で蹂躙出来るその様に、愛鷹は感心していた。自分の主砲と凡そ同威力のガトリング機関砲が弾を一分間に数千発ばら撒くだけで深海棲艦が文字通り溶けていく。理解ある人間に羨望の念すら湧かせに来るその火力が生み出す破壊はもはや芸術の域に入っている。

 二機のQA-10が機首を引き上げて上昇離脱に移った後、海上にはもうもうとした黒煙に包まれるワ級の残骸が残されていた。まだ何隻かのワ級が生きており、撃破された味方艦の上げる黒煙を煙幕代わりに、サルディーニャ島を目指そうとするが、空からの一〇五ミリの一撃がそれを阻んだ。三〇ミリ機関砲のそれよりも大きな砲声が響き、鋭い落下音を立てながら一〇五ミリ弾がワ級を頭上から打ち据える。一定の間隔を置いて四尺玉が炸裂したかのような轟音が空で響き、砲弾がワ級を強打し、文字通り破砕する。砕け散った艦体の破片が周囲の海上に飛び散り、しばし波間に揺られたのち水底に沈んで行く。

 深海棲艦輸送船団の上空をぐるぐると旋回しながらAC-130の射撃は続く。装填主が重い一〇五ミリ弾を砲身尾部に装填し、発射用意良しの合図を上げると、ファイヤーオフィサーの見るモニターに装填完了の緑のマークが表示される。射撃管制グリップを操作して、カーソルをワ級に合わせ、トリガーを引くと機内に砲声が轟き、機体左側面ににょっきりと突き出す一〇五ミリ砲が発砲炎と共に徹甲榴弾を発射する。発砲した一〇五ミリ砲の砲尾から排莢された薬莢が大きな音を立てて機内の床に転がる。

 ファイヤーオフィサーの見つめるモニターの向こう、海上ではワ級が空から降り注いだ一〇五ミリ弾を食らって爆散し、飛び散った破片が周囲の海上にぽつぽつと着水の飛沫を立てる。

 最後のワ級を一〇五ミリ弾が打ち据え、一瞬の間をおいて昼間の太陽を思わせる大爆発を起こす。凄まじい閃光と、空爆に備えて安全距離を保っていても吹き付けて来る衝撃波に愛鷹が反射的に目を細め、左手で顔を覆う。

≪ゴーストライダー3-1より愛鷹。目標への攻撃終了、BDAは最大。攻撃完了、帰投する≫

「了解、支援に感謝します。アウト」

 ワ級の残骸、いやもはやワ級だった何か、が波間に浮かぶだけの海上を見渡しながら愛鷹はヘッドセットの向こうのAC-130の乗員に礼を述べた。破壊の限りを行使された輸送船団は文字通り全滅し、深海棲艦が運ぼうとしていた物資は全て海の藻屑となった。恐ろしいまでの火力投射量にただただ感嘆した愛鷹は、吐息を吐きながらマリョルカ島へと帰投していくAC-130とQA-10の機影を見送った。

 静けさを取り戻した海上ではヌ級を始末した青葉と衣笠、愛鷹と同じように遠くから空爆を見守っていた深雪、瑞鳳、意識を取り戻し、状態異常も治った蒼月と付き添う様に並んで航行する夕張が、愛鷹を中心に再集合に移っていた。

 

 輸送船団を失った事で、戦略爆撃で受けた損耗を復旧させるための補給物資も失ったコルス島とサルディーニャ島の深海棲艦は、即日実施された更なる戦略爆撃で組織的抵抗能力を急激に失っていった。

 欧州総軍司令部で開かれた会議の場で、コルス島、サルディーニャ島の深海棲艦を爆撃するB-21が撮影した空撮写真が、爆撃効果を表した図と共に出席した高官達の間で共有されると、会議室の場に満足げに頷く者達から弛緩した空気が溢れた。

 そんな中で会議に出席していた武本が挙手して、首席参謀に質問を向ける。

「深海棲艦が第二、第三の輸送船団を送り込んできて、再建を図る可能性は?」

「可能性としては無ではありませんが、深海棲艦の戦力供給も限界が訪れている可能性の方が上だと分析しております」

「戦力供給の限界、と言う見解はどういう根拠に基づくものだね?」

 コベレフ大将の言葉に、首席参謀はそう言う質問も来るだろうと思って予め用意していた図を、会議室の大画面モニターに表示させた。

「これは深海棲艦が過去に大規模攻勢の際に動員した艦隊戦力の総計とその必要物資量の推定値です。深海棲艦の今回の大規模攻勢と同規模の構成は過去に例があり、必要補給物資量はワ級に搭載可能と推定されるトン数で割りだした数値です」

 攻勢の規模に応じてグラフ化された深海棲艦の推定補給物資量が表示される。大規模攻勢、中規模攻勢、小規模攻勢、陽動、その他の五種類に応じて算出された推定値が棒グラフとなってモニターに表示される。この内大規模攻勢の所に現在の攻勢を示す棒グラフが並べられ、赤い棒と青い棒が半々の比率で描き出される。

「先の輸送船団撃滅により深海棲艦は輸送船三〇隻分の戦略物資を喪失しています。既にこれまでの戦闘で消費した物資も含めれば、深海棲艦の攻勢に応じて用意しているとされる物資の備蓄は半減している可能性大です。深海棲艦の戦略物資の備蓄は過去の攻勢から分析するに、攻勢に必要な量を何らかの形で備蓄した後、再度の攻勢に出るまでは攻勢期間中は物資の備蓄と言う事自体をしないと推定されています。

 今回の欧州に対する攻勢では深海棲艦の海上戦力は寧ろ陸上部隊の攻勢を支える為の戦力と言う一面が強いと分析されております。主攻は陸上型、海上部隊は陸上部隊の補助、または我が方の戦力分散を図るモノと。現にイタリア本土に上陸した陸上型深海棲艦の勢いは押されている海上部隊と違って未だに衰えず、イタリア半島で攻防戦が日夜続いています。

 現在最前線となっているコルス島とサルディーニャ島の防衛に艦隊を展開させていない事が、何よりの証拠です。艦隊を維持出来るだけの陸上型深海棲艦施設が存在しながら防衛艦隊は一隻もいない」

「つまり、深海棲艦は陸上部隊優先の補給線のせいで、サポートの海上戦力はじり貧になり始めていると言う事か。輸送船団を壊滅させられたのはある意味思わぬ僥倖だったと言うべきか」

 ロックウッド提督が両腕を組んで言う。

「無論、深海棲艦が今回も同じ行動を取っていると言う保証はありません。今この瞬間にも戦略物資の再備蓄を行って、それを基に戦力を補充している可能性すらあります。第二、第三の輸送船団がコルス島、サルディーニャ島へ今度は大規模な護衛戦力を付けて送り込んでくる可能性は否定出来ません」

「そうなる前に、あの二つの島を再確保する必要があると言う事か」

そう言うコベレフにロックウッドが質問の矛先を彼へと向ける。

「アメリカから来る海兵隊遠征打撃群は今どこに?」

「第二四ESGは現在ブレストに入港している。一週間あれば、揚陸艦に乗る部隊は地中海へ回航完了するだろう」

 二つの島を攻略するとなると、マリョルカ島に一部戦力を守備部隊として残す必要がある関係上、マリョルカ島上陸作戦に投入した海兵隊戦力をそっくりそのまま両島の奪還作戦に投入する事は出来ない。それに二つの島を攻略するとなれば、必然的に戦力を分散せざるを得なくなる。コルス島もサルディーニャ島も大きな島だから、艦娘艦隊の艦砲射撃支援にも限界があるだけに、上陸する事になる地上部隊の数を減らす事は出来ない。少し時間がかかっても上陸部隊となる海兵隊の戦力結集を待って、コルス島、サルディーニャ島上陸作戦を実施するべきだ。

「バレアレス諸島沖海戦での艦娘艦隊の損耗復旧はどの程度進んでいるか?」

 高官の一人の問いに、首席参謀は現時点で把握している状況を報告する。

「ネルソン型の二人は今少し復帰に時間がかかります。ウォースパイト、摩耶の両名は間もなく完全復帰出来ます」

「戦艦二隻が暫く使えないのは痛いな」

 誰かが悔やむ様に言った。その声に頷きつつ、首席参謀は戦況報告の内容を切り替える。

「続いて、東部進撃隊ですが、現状レジョディカラブリア沖のギガフロートの前面に展開する深海棲艦の大艦隊に行く手を阻まれて前進困難な状況です。東部進撃隊は空母艦娘が少ない為、どうしても敵空母棲姫の爆撃を防ぎ切る事が出来ず、またイタリア半島のアンツィオに進出したと思われる飛行場姫の長距離爆撃で艦隊の損耗が激しく、前線を上げる事が出来ていません」

「東部進撃隊に戦力が集中している今、西部進撃隊がファーストダウンをかける好機なのだがな」

 それをやるにはコルス島、サルディーニャ島に橋頭保を築かないと補給線が長くなって逆に不利になる事を分かった上で、だからこそ今は反転攻勢に出れらないもどかしさを隠しきれない様にロックウッドが言う。他の高官や参謀達ももどかし気な顔をしているが、アンツィオまでもう少しの所まで来ているのは確かだった。

 アンツィオを海から攻撃、逆上陸作戦を敢行して深海棲艦の陸上部隊の補給路を完全に遮断し、返す刀でシチリア島、マルタ島を完全制圧し、地中海の制海権そのものを完全に奪還し、人類の支配権を更に奪還していく。これが現在進行中の反攻作戦の骨子だ。北アフリカに展開する陸上型深海棲艦は北アフリカ各国の地上軍に任せるから、海を完全に奪い返せば人類と深海棲艦とでの優位不利の立場は完全に逆転する事になる。

 アメリカから回航中の海兵隊部隊が到着するまでの間、第三三特別混成機動艦隊を中心にコルス島、サルディーニャ島へ至る海路の警戒監視が再度求められる事となった。またマリョルカ島にも哨戒機や無人偵察機を進出させて艦娘だけでなく通常兵器航空戦力でも哨戒網を張る事が決定した。

 

 一週間後に第二四海兵遠征打撃群を加えた国連海兵隊によるコルス島、サルディーニャ島両島への同時上陸作戦が実施されると言う話は、「ズムウォルト」で一時の休息を取っていた愛鷹達にも伝達された。

 ブリーフィングルームに集った第三三特別混成機動艦隊のメンバーを前に、司令部からの知らせを伝達する愛鷹に、青葉が一抹の不安を口にする。

「それまでに、深海棲艦が反転攻勢に出て来ないと良いんですがねえ」

「司令部としては、深海棲艦もこれまでの戦闘で戦力も物資も消耗して、再攻勢に出られるだけの余力が無いと分析している様ですね。勿論、現在の陸上部隊に割り当てているリソースを、海上部隊に割り振って、再攻勢に出る可能性もゼロではないとも言っていますが」

 タブレット端末に表示される司令部の戦況分析の報告書の文面を読みながら、理にかなった解析だと愛鷹は頷いていた。深海棲艦とて無限の戦力、補給物資を持つ訳では無い。事前に準備した物資が切れれば、深海棲艦も動けなくなるし、用意した個体が失われれば攻勢に出るだけの艦隊も組めなくなる。

「それで、今後の私たちの作戦行動予定は?」

 今後の行動予定について質問して来るフレッチャーに、愛鷹はメンバーと向かい合う形で置かれている席に腰かけ、長い足を組みながら答えた。

「以前組んだ哨戒任務のローテーションを今後一週間継続する事になります。司令部から新たな作戦指示が入らない限りは、本隊前衛部に置いて、深海棲艦の行動に目を光らせつつ、当面の間待機に入る事になります。必要に応じて、コルス島、サルディーニャ島への威力偵察も行う事になるかも知れませんが、それ以外は当面の間お休みです」

 その言葉に第三三特別混成機動艦隊のメンバー全員が安堵の溜息を吐く。休みなしの作戦行動が命令されるよりは、休める期間が設けられているだけ儲けものだ。今のこの場にいる者の中には過去に休みなしのブラック企業並みの連続出撃を強いられた事もある艦娘も中にはいるだけに、一週間はローテーションを組んで哨戒任務に出る以外、戦闘らしい戦闘をしなくて済むのは一安心出来る状況と言えた。  

「何だか、意外と呆気なかったですね。もっと深海棲艦の防衛艦隊の激しい抵抗を受けると思っていましたが」

 張り合いがないとでもいいたげな顔で伊吹が言う。何人かの艦娘が同感だと頷く。実際のところ愛鷹自身も、八割方はB-21レイダー爆撃機の戦略爆撃でコルス島、サルディーニャ島の深海棲艦を機能不全に追い込んで終わりそうだと言う事に、腑抜ける思いもしなくはない。コルス島、サルディーニャ島を巡っての海戦は、対潜戦と先の輸送船団攻撃以外、起きていない。水上艦隊はおろか、潜水艦隊すら活動が低調なのは何か意味があるのかと勘ぐってしまう。単純に深海棲艦の戦力が低下して、進撃して来る西部進撃隊に対する反攻作戦が出来ていないだけだし、東部進撃隊は逆に深海棲艦の防衛線突破に手間取って、前進速度は牛歩のそれだ。

「結局、バレアレス諸島沖海戦以外、大規模な艦隊戦も起きず仕舞いだし、東部進撃隊の苦戦と比べたら、アタシらの方は比較的ヌルゲーだよね」

「ヌルゲーはちょっと違うと思いますけど……」

 敷波の何気ない一言に対し、綾波が軽く首を横に振る。第三三特別混成機動艦隊は確かに大損害を負った訳でもないし、正面切っての艦隊戦闘に投入された訳でもないから敷波として実感が湧きにくいのも無理はないが、空母棲姫級を中核とする空母機動部隊やス級と交戦しただけでも西部進撃隊も中々の抵抗を受けたと言うのが正しい。

「空母棲姫やス級と戦闘した時点で西部進撃隊の戦闘はヌルゲーとはいかないけど、少なくとも私達(第三三特別混成機動艦隊)は比較的楽は出来ているってところよ」

 自分の座る席から敷波と綾波の方を振り返りながら陽炎が言う。鳥海が何か言いたげな顔で三人を横目で見やっていたが、敢えて何も言わずに眼鏡を位置を正すと一週間後の更の後の事に言及する。

「コルス島、サルディーニャ島を奪い返したら、次はいよいよアンツィオですね」

「そうなりますねぇ。いやあ、長かったなあ」

 相槌を打つ青葉の視線が、ブリーフィングルームの壁に掛けられているカレンダーに向けられる。今日が一〇月一七日だから一週間後と言う事は、一〇月二四日に上陸作戦開始と言う事になる。いよいよ一一月が近づいて来ている。一一月が過ぎれば年末の一二月に入る。

「クリスマスまでには、この欧州での大規模戦役も終わると良いんですけどね」

「ちょっと青葉、フラグよそれは」

 クリスマスまでに、と言う定型ネタに対する条件反射を口にするジョンストンに、青葉はにこっと笑みを浮かべて返す。

「でも、クリスマスまでに欧州での戦乱が治まれば、ヨーロッパの人々は穏やかなクリスマスを過ごせるじゃないですか。それに青葉達にも達成したい目標があると言うのは悪い事じゃありませんよ」

「そういう事なら、そうかも知れないわね」

 青葉の言葉にそういう意味でなら大丈夫かもね、とジョンストンは頷いた。

 クリスマスまでに欧州での任務が片付けば確かに気が楽になるかも知れないと思う一方、愛鷹の中では日本本土方面での戦況のきな臭さを耳に挟んでいるだけに、楽観視はしていなかった。欧州での任務が終わった直後に日本本土防衛戦に駆り出されて、また休む間も無い戦いに身を投じる事になるかも知れないのだ。愛鷹自身生まれ持って戦いの為に生み出された存在であるから、戦いが続く事は自身の存在価値を安定して見出す機会が常にあると考える事が出来るとは言え、他の艦娘達にとっては死と隣り合わせの日々が常に続くと言う意味で、心境的に穏やかでいられないだろう。

 今目の前にいるメンバーも顔には出さないが、十中八九起こるであろう日本本土戦の事を考えないようにしている者もいるかもしれない。

 艦娘達の戦いそのものが果たしていつ終わるのか。それこそいつの年のクリスマスまでに終わるか。それは愛鷹にも分からなかった。

 

 

 日が暮れる前に、フレッチャーとジョンストンの二人が哨戒任務の為に出撃したのを見送った愛鷹は夕食前にシャワールームへ向かい、その日の汗をシャワーの温水で流した。地中海からくみ上げた海水を「ズムウォルト」の機関部で電気分解した真水が使われているシャワーで身体が流した汗を洗い落としていると、シャワールームにもう一人入って来る音が聞こえた。

「お、愛鷹か。先に入ってたのか」

 深雪だった。バスタオルを身体に巻き付け、洗面具を小脇に抱えて愛鷹の隣の個室へと入り、シャワーの蛇口をひねる。

「今日もいい汗かいたよなあ。な?」

「汗をかくのが私達の仕事ですからね」

 シャンプーとリンスで洗った長い髪を再度温水で落としながら答える愛鷹に、深雪は同じようにシャンプーを付けたショートボブの髪をわしゃわしゃと揉みながら軽く苦笑を漏らす。

「その通りではあるけど、ちっとその物言いは相変わらず愛鷹っぽい堅苦しさがあるよなあ」

「……そう言われましてもね」

 これしか答え様がない、と言う顔をする愛鷹を見ずに深雪は話題を変える。

「それにしても今日の空爆凄かったよな。特にQA-10の三〇ミリ。あんなの食らっちゃなんでもかんでも粉砕できるって言う自信が湧き上がって来るよな」

「昔から、『大抵の事は火力で何とか出来る』とも言いますからね。それだけ、火力は正義、って言う格言は時代問わず通用する概念と言いますか、事実なんでしょう」

「んー、そういう小難しい話じゃなくてさ、対地攻撃機のブワァァァ、って言う音と共にドカーンってぶっ飛ぶ深海棲艦見てると胸がすくよな、って話だよ」

「それはそうでしたね。爽快感すら感じさせる様でした」

 ただ単純に脳筋に「凄かった」と簡単に言えない感性と語彙力の自分にほんの少し苛立ちながら、愛鷹としては簡素に抑えた感想を深雪に返す。どうにも小難しい話にしてしまいがちなのが自分の悪い所だ。もっとシンプルイズベストな反応が出来るようになればいいのだが、生まれつきそう言う質でもない。

「ま、愛鷹の小難しい感想も別に間違っちゃいねえけどな。火力こそが正義、そんな発想が無かったら艦娘の艦種として重巡や戦艦が今の時代の海軍に復活する事なんざなかっただろうからな」

 見透かしているのか、愛鷹の考えている事を予期してフォロー入れようと思ったのかは分からないが、小難しい感想に対しても理解を示してくれる深雪に今度は何だか申し訳ない気持ちが湧いて来る。隣でタオルで背中をごしごしと拭く音が聞こえてくる中、愛鷹は髪を洗い終わるとシャワーでざっと身体をもう一度洗い流して、蛇口を捻り温水のシャワーを止めた。「ズムウォルト」の機関部で電気分解で豊富に真水を作り出しているとは言え、軍艦内でやはり真水は貴重品だ、無駄使いしない様心掛ける必要がある。

「お先に失礼しますよ」

「あいよ」

 先に上がる愛鷹の背中を見送りながら、深雪はデカいなあと普段は制服を纏っていて見えない愛鷹の身体と、靴を脱いでも尚ひょろりと高い背丈に少しばかり羨ましいものを感じる。見送る愛鷹のその背中に、何かの傷跡が遺っているのが見えたが、あれは何だろうか? と深雪の中で軽い興味が湧くが、愛鷹の生い立ちを思い出して詮索しようとする自分を止めた。

 静かな音を立ててシャワールームへのドアが閉まった後、シャワーで身体を又洗い落とす深雪の鼻歌が小さく個室内で響いていた。

 

 静けさが広がるマリョルカ島近海の海上に停泊する艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」の艦内のバーで、楽器演奏が趣味の乗員達で演奏されるバラード曲を聴きながら大和は一人カクテルを注いだグラスを片手に曲を聞き入っていた。彼女の他にも乗員が何名か、ビールなどの酒類を片手に演奏を聞き入っている。

「あら、大和。貴女も今夜はここで?」

 自分の名を呼ぶ声に視線を向けると、隣にブランデーを注いだコップを片手に矢矧が自分の隣に立っていた。

「ちょっと黄昏るのも良いかな、って思った感じよ」

「なるほど。こうして気を抜くも悪くないわね」

 カウンターバーに左肘を預けながら矢矧はコップを口に付ける。普段から何かと生真面目な矢矧がこうしてバーで寛いでいる姿も比較的珍しい。阿賀野型の中でも一番ストイックな性格の彼女だが、今はかなり気を緩めているのか、普段しっかり締めているネクタイもやや緩めている。

「矢矧がここまで気を緩めているのも珍しいわね。どうかしたの?」

「別に、私だって気を抜くときは徹底的に抜いているだけよ。四六時中張り詰めていたら最新鋭軽巡と言えど、オーバーヒートするわ」

 意外と思われる事自体が本人にとって意外だと言う顔で矢矧は答える。彼女と共に艦娘艦隊を組んで随分経つが、オフの姿は余り見ないだけに少しばかり新鮮さがある。実際、矢矧はオフの姿を他の艦娘や海軍将兵に見せないタイプなので、珍しく見えるのも少しばかり仕方ない面はあった。

「いい曲ね……」

 そう呟く矢矧に大和は相槌を打つ。ピアノが奏でる曲調が何とも言い難いロマンティックさを醸し出している。海軍人としてではなく楽団に所属しても食べていけそうな技量だ。

 ブランデーが頭に回って少し上機嫌なのか、バラード曲に合わせて矢矧が鼻歌を奏でる。実は矢矧の歌唱力は艦娘達でも上位に入るレベルである。何度かレクリエーションの場で歌唱大会が日本艦娘艦隊で開かれた事があるが、矢矧は大抵一位、二位を争うレベルに上手い。安定した歌唱力の上手さでは三隈や伊168などにかなわない事もあるが、それでも上級者を名乗っていいレベルではある。

 大和もグラスを口に運ぶと、からんと氷が揺れる音が鳴った。

 何気なさはあるが、それでも至福の一時と言えなくもない。心穏やかに音楽を聴き、酒を口にする。ほろ酔いアルコールが二人の頭を包んだ。




 矢矧の歌唱力―「月夜海」の矢矧Verが素晴らしかったと言う個人的感想からです。

 感想評価ご自由にどうぞ。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第八二話 大軍の存在

注:八二話より方位表記を漢数字からアラビア数字に切り替えました。


 一〇月二四日の明朝、コルス島、サルディーニャ島の二つの島の沖合に欧州総軍海兵隊を載せた揚陸艦「ディクスミュード」「ファン・カルロス一世」「ヨハン・デ・ウィット」「アルビオンⅡ」「トリエステ」、そして北米方面軍第二四海兵遠征部隊を載せたアメリカ級強襲揚陸艦「ファルージャ」サンアントニオ級ドック型揚陸艦「フィラデルフィア」、タイコンデロガ級ドック型揚陸艦「ヨークタウン」の八隻と、艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」「ケルヌンノス」「ユニコーン」「ズムウォルト」、旗艦空母「ドリス・ミラー」、更には火力支援艦兼護衛として第二四遠征打撃群に随行して来たアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「ステファン・ベネディクト」「メイナード・グリフィス」「ジョセフ・オマー」、コンステレーション級ミサイルフリゲート「チェサピーク」の三隻の駆逐艦と一隻のフリゲートまでいた。

 揚陸艦八隻、艦娘母艦四隻、空母一隻、駆逐艦三隻、フリゲート一隻の大艦隊の周囲には、主に駆逐艦艦娘達が周囲を警戒しに展開し、対潜防衛網を構築して魚はおろかプランクトンの一つ見逃さない防備を敷いていた。上空には空母艦娘達から発艦した艦上戦闘機が舞い、コルス島、サルディーニャ島上空の制空権を確保していた。

 連日の戦略爆撃で陸上型深海棲艦の殆どが沈黙し、両島の陸上型深海棲艦の拠点再建の為の補給物資を積んだ輸送船団も、第三三特別混成機動艦隊の攻撃で物資は全て海の底に無事送り届けられた為、極極少数の砲台小鬼やトーチカ小鬼の抵抗が行われた以外、上陸部隊を迎え撃った陸上型深海棲艦は居なかった。

 複合艇で先んじて上陸した先遣隊が上陸地点を確保し、水陸両用歩兵戦闘車EFVやLCAC-100、LCUにLCMと言った上陸用舟艇が海兵隊、機材、車両、装備の揚陸を開始した。欧州総軍海兵隊が上陸を敢行したのはコルス島、アメリカから遠路回航されて来た北米方面軍第二四海兵遠征部隊の総勢約二二〇〇名が上陸を敢行したのはサルディーニャ島だった。

 LZ(上陸地点)を確保しにかかる海兵隊に、辛うじて機能していた砲台小鬼とトーチカ小鬼が数基砲撃を開始するが、瞬く間に先遣隊がレーザー照準器やスモークを投げ込み位置をマーキングすると、沖合に展開する「ステファン・ベネディクト」「メイナード・グリフィス」「ジョセフ・オマー」、それに「ヨークタウン」の艦首に設けられているMk.45 五インチ単装砲が艦砲射撃支援を行った。三秒に一回、五インチ砲が発砲し、効力射を島に送り込む。四隻の駆逐艦、揚陸艦の集中的火力投射によって砲台小鬼もトーチカ小鬼も周囲の地面事耕され、掘り返された。深海棲艦が一発撃てば、四倍の砲弾が瞬く間に飛来し、正確に地面事深海棲艦を抉り飛ばした。

 沿岸部における深海棲艦の抵抗と言う抵抗が消えた後、続々と揚陸艦と海岸を行き来する揚陸艇やEFVによって兵員、物資、機材が揚陸され、瞬く間に橋頭保が確保されていった。

 BLT(大隊上陸チーム)が内陸部へと転進していく中、戦闘兵站大隊が揚陸された物資や装備を整理し、橋頭保を速やかに構築していった。

 

 

 珍しく上陸作戦支援にも回されず仕舞いの愛鷹は「ズムウォルト」の飛行甲板から北米方面軍第二四海兵遠征部隊の上陸作戦が行われているサルディーニャ島の島影を眺めていた。隣では青葉がカメラを手に上陸作戦の様を先程からずっと撮影していた。

 北米方面軍第二四海兵遠征部隊は国連海兵隊のベースにもなっているアメリカ海兵隊の第二四海兵遠征部隊そのものであり、掛け声も「Ooh-rah」と伝統的で米海兵隊らしい掛け声を海兵隊員たちは叫んでいた。欧州総軍海兵隊は北米方面軍海兵隊の様な掛け声は浸透しておらず、上陸作戦に参加する欧州総軍海兵隊構成各国の独自の掛け声を叫んでいた。

 

 因みに愛鷹が聞いたところでは、現在の国連軍の海軍、海兵隊の二軍体制を改めて、国連陸軍、国連空軍の二軍を海兵隊から独立させる方針が進められていると言う。やはり元陸軍将兵からは「海兵隊」と扱われる事への心理的感情が良くないと言うのと、本来「侵攻軍」である海兵隊と違って、任務の内容が「防衛軍」である陸軍としての運用がメインの地上部隊では海兵隊と言う呼び方は「侵略的意味合い」と言う意味で、国連加盟国の政府からも否定的意見が出ていると言う。愛鷹を始めとする日本艦娘艦隊の者達の母国日本はその否定的意見の賛同国だ。陸上自衛隊をほぼそのまま国連海兵隊に編入している日本方面軍海兵隊だが、日本方面軍海兵隊の隊員の多くは「侵攻軍」の名である海兵隊呼びに難色を示していると言う。良くも悪くも「専守防衛」を是として来た国の国防組織が母体なだけに、「侵略」要素の組織名はアレルギー反応を起こす様だ。

 また空軍の方も、元空軍将兵から海兵隊として一括りにされる事への反発や、海兵隊航空軍と言う戦術空軍的な呼び方や運用ではなく、担う任務の性質から戦略空軍の意味合いが強い組織なだけに国連空軍としての分離を求める声が非常に強いと言う。

 国連軍統合参謀本部としてはこの二軍の新設にはかなり前向きであり、現在の欧州戦役が落ち着き次第、国連陸軍と国連空軍を海兵隊から分離独立させる予定だと言う。一方の海軍は戦力の中心が艦娘になった以外特に名称を変える必要もなく、任務の内容も特段大きく変わっている訳では無い事から改革の予定はない。

 

「そう言えば聞きましたか愛鷹さん。海軍が揚陸艦の建造計画を縮小するって話」

 ふとファインダーを覗き込む手を止めた青葉が愛鷹に話を振り向けて来る。知らないと言う目配せを返す愛鷹に青葉は何処から仕入れたのか、聞いた話を彼女に話す。

「戦車とかの重装甲車輛を揚陸する揚陸艦の建造は維持されますが、海兵隊の歩兵部隊はドロップポッドに収めて、上陸先、と言いますか降下地点で降下させる降下母艦を建造する予定だとか」

「降下母艦?」

 聞き慣れない艦種名に愛鷹が聞き返す。

「何でも大出力エンジンを飛行船のエンジンポッドみたいに備えた空中艦だとか……まあ、要するに空飛ぶ揚陸艦って訳です。構想では五〇〇人の地上部隊を載せて、五人乗りの降下ポッドを射出したり、確保した降下地点に直に降下して重装備の空挺部隊を揚陸するとか」

「いよいよSFゲームの世界が現実になりつつあると言う事ですか」

「愛鷹さん、SFゲームやってたんですか?」

 意外そうな顔を見せる青葉に、愛鷹は軽く頭を横に振る。

「ネットで見かけたPVです。FPSとかのビデオゲームは私やった事ないです、興味も無いですし」

「そうですかあ……」

 残念と言うよりは根本的にそういうゲームをやらないのは勿体ない人生だと言わんばかりの顔で言う青葉に、少しわずらわしさを感じながらも、実際は青葉の言う通りなのかもしれないと言う思いも湧いて来なくはない。ただ、正直な話愛鷹にとって、ビデオゲーム、特に一人称視点のシューティングゲームのあまりにもスピーディーな画面変化に愛鷹の脳が追い付けない、と言う彼女なりの難しい事情がある。見た目こそ二七歳の大和と同じとは言え、中身は八〇歳くらいの大台の乗った老人である。着任時よりも脳の反応速度が低下してきているのは自覚しているから、正直な話以前ス級相手にやってのけていたアクロバティックな動きも今の自分には自分の脳が追い付かなくて出来る自信が無い。刀捌きは寧ろ防御特化に切り替えているので問題になっていないが、攻撃には転用しづらいのが愛鷹の現状だ。

 二人の前方、サルディーニャ島の島内から砲声が轟き、海上の艦隊の元にまで音が風と空気に乗って届く。

「海兵隊の戦車が交戦している様ですね」

 砲声を聞き分けた青葉が言う。サルディーニャ島に上陸した北米方面軍第二四海兵遠征部隊の戦車はM1A4Dだ。欧州総軍海兵隊が使うM1A5より一世代前のA4型をA5型相当にアップデートした北米方面海兵隊仕様である。何故北米海兵隊がA5型を導入しないのかは愛鷹にも青葉にも分かりかねる。特徴的な一二〇ミリ滑こう砲の砲声が何度か響き、着弾したと思われる爆発音が響く。EFVの三〇ミリ機関砲の射撃音も聞こえて来るので、機甲部隊を用いた地上戦闘が繰り広げられている様だ。

「……戦車の大砲と艦娘の大砲、どっちが威力あるんでしょうね?」

 何気ない青葉の一言に、愛鷹は直ぐには返事を返さなかった。彼女自身考えた事も無かったからだ。単純に砲の口径の大きさで言えば、戦車の主砲の方が大きい。射程も交戦距離も凡そ同じだ。よくよく考えて見れば単純に砲撃の火力はM1戦車の方が艦娘の艤装に備えられる主砲を凌駕している筈だ。艦娘の艤装に備えられている「主砲」は、対物ライフルやグレネードランチャー等の歩兵が持てる重火器の延長線上にあると言っていい。所詮は海上で行動する重装歩兵のレベルだから、戦車や軍艦の大砲と比べると実は威力は際立って大きい訳ではない。要は対深海棲艦に対応出来るか否かの違いでしかない。当てられれば軍艦の艦砲でも深海棲艦は撃破出来る、当てられればだが。

 北西の空からジェットエンジンの音が群れを成して飛来する音が聞こえて来る。空挺部隊がC-17輸送機に乗ってコルス島、サルディーニャ島へ空挺降下しに参上したのだ。

「第一猟兵落下傘連隊と第六アルモガバルス落下傘軽歩兵旅団のお出ましです」

 右手で眉間の辺りに日陰を作って輸送機の群れを見上げた青葉が、空挺降下作戦に参加している部隊の名前を口にする。

「フランスとスペインの空挺部隊ですね」

 見上げる愛鷹の視界にも低高度で進入して来る輸送機の胴体に書かれたラウンデルが見えた。制帽を被っているお陰で青葉の様に手で日陰を作る必要が無い愛鷹の眼に、フランスのラウンデルを胴体に描いたC-17がサルディーニャ島へ進入し、後部ランプと機体側面のハッチから定期的に空中を漂うタンポポの芽の様に白い落下傘が舞い降りて来る。

 輸送機の群れや降下して来る空挺部隊員を迎え撃つ対空小鬼の砲火は無い。砲台小鬼も先行する地上機甲部隊との戦闘で撃破されたか、応射する様子はない。内陸部に潜んでいたら分からないが、基本的に地上戦となれば艦娘の存在に関係なく通常兵器でも深海棲艦と戦えるし、念入りな戦略爆撃で抵抗勢力の殆どを空爆で潰したと推測されているので明日には全土の制圧が完了する事だろう。勿論深海棲艦が地下要塞を構築していたら、制圧に時間がかかるが、今のところその様な地下施設の存在は確認出来ていない。問題が無ければ明日中には全て終わっているだろう。

 

 明日から第三三特別混成機動艦隊の新たな任務も開始される。ティレニア海の偵察任務だ。

 深海棲艦はコルス島、サルディーニャ島の二つの島の防衛を放棄している代わりに、残存戦力の全てをこのティレニア海に結集して艦娘艦隊を迎え撃って来る可能性が高い。激しい抵抗を受けるのは想像に難くない。ス級もまだ四隻残っているが、愛鷹的に深海棲艦が物資の不足に直面し始めているならス級もそう容易に動く事は出来ないのではないかと踏んでいた。確証足る証拠はないが、そうなのでは無いかと言う確信じみたものが胸の中で騒いでいた。

「ス級は出張ってきますかね?」

「まだ何とも言えませんが、私としては向こうから出張って来ないと見ています」

 同じ様にス級の存在が気がかりらしい青葉の問いに愛鷹は断言を避けつつも、彼女のなりの推測を返した。無言でその先を促す青葉に、愛鷹は右手で顎を摘まみながら持論を、しかしまだ証拠となる根拠がない事を念頭に語る。

「ス級とは太平洋で何度か対峙していますが、深海棲艦も運用に当たってはかなりの手間暇をかけている事が、これまでの邂逅で薄らと判明しています。深海棲艦が積極防衛に出ず、守勢の中の守勢に回る程物資不足に悩んでいるとすれば、ス級を積極運用するだけの物資も無いと見ます。弾薬は別として燃料不足が深刻になりつつあるのなら、浮き砲台運用している可能性も無くはない。

 となれば目下の脅威はス級以外の敵艦艇、と言う事になります。高脅威目標として定められている超巡ネ級改Ⅱや駆逐艦ナ級シリーズ、軽巡ト級flagship級などが主だった脅威になるかも知れないし、潜水艦隊で迎え撃って来るかもしれない」

「物資不足が深海棲艦で深刻になっているのだとしたら、潜水艦隊が出張って来るかも知れませんね。艦娘艦隊の潜水艦隊基準で見た感じではありますけど、潜水艦は水上艦よりも消費物資が少なく済む傾向にあります。限りある資源を用いて効果的に艦娘艦隊を迎え撃つなら、青葉だったら潜水艦隊を積極活用しますね」

 青葉の見解は理にかなって入る。水上艦隊はアンツィオとシチリア島、マルタ島に直に貼り付け、物資消費の少ない潜水艦隊を積極的に出して迎撃行動を取る。深海棲艦の潜水艦は単独航行能力が短いと言う分析結果が出ている。行動可能範囲が狭い分、大量の潜水艦を展開させるか、深海潜水艦でも多少は航続距離の長い潜水艦でカバーするかのどちらかだ。補給線の観点から言って、航続距離の短い潜水艦を広く浅く配置すると、補給に手間がかかるから考えにくい。航続距離の長い潜水艦で広く深めにとったカバーを行う可能性がある。

「対潜戦重視、で行きますか」

「それが正解だと思いますよ。欧州は基本的に深海棲艦の潜水艦が盛んな方の戦場ですから」

 過去の経験と照らし合わせた自己見解を述べる青葉に、愛鷹は一旦過去の欧州での対深海棲艦戦役の戦歴をもう一度確認してみる必要があるなと感じた。太平洋側も太平洋側で潜水艦の活動は盛んだったが、欧州はまた一味違うのだとすれば、それに対応した策を講じなくてはならない。

 

 

 それから一週間、たった一週間の内に、地中海とイタリアを巡る国連軍と深海棲艦の戦いはターニングポイントを迎え、国連軍の優勢が確実化しつつあった。 

 イタリア半島における地上戦、特に北部戦線は深海棲艦の攻勢が攻勢限界点を失い、国連地上軍の反攻作戦が本格的に開始されていた。先日占領されたばかりのサレルノ、ペルージャを奪還し、テルニとペスカラの二大都市の奪還作戦に向けて機甲師団を前衛に続々と北部戦線の前線が押しあがっていると言う。南部戦線でも防衛線の意地に成功し、軍港タラントの陥落は免れた。

 また深海棲艦の防衛線に手を焼いていた艦娘艦隊東部進撃隊が深海棲艦の封鎖網の突破に成功し、タラント、クロトーネ、カタンツァロの三つの都市へ至る海路を確保した。オトラント海峡は東部進撃隊が制海権を奪還、確保し、ギリシャ艦隊から派遣されて来た機雷敷設艦が対深海潜水艦機雷網を敷設した事によって深海潜水艦のアドリア海進入を阻んでいる。西部進撃隊と違って、中継地点となる島々が無い分、艦娘達の前線拠点が艦娘母艦しか無い為、攻勢に時間がかかったものの、東部進撃隊の進撃も徐々にペースが上がりつつあった。

 イタリア半島の南部戦線では消耗した各部隊の補充戦力として、UNAT(自立起動装甲歩兵)からなる無人機甲大隊が大々的に投入され、血が流れない機械の戦いが陸上部で繰り広げられていた。UNATの太い扁平な四脚の脚が地面を踏みしめ、備えられた火器を放ち、人間と違って恐れを抱く事も無く、人間と違って怪我などの負傷によって動けなくなる事も無い、AIで管理されたUGVが後方のハンドラーとなるUGV操作官の操作の元に戦いを繰り広げた。

 東部進撃隊がメッシナ海峡へ進路を取っていた頃、西部進撃隊の前衛を務める第三三特別混成機動艦隊は、母艦「ズムウォルト」から進発して、本隊進撃前の前路掃蕩と偵察に繰り出していた。

 

 

「Oh、マジで?」

 地が諸に出た口調で偵察機各機からの報告を聞いた瑞鳳が呻き声に似た声を漏らす。

「どうした?」

 振り返る深雪に瑞鳳は両手を大きく広げながら偵察機各機からの報告を伝える。

「大艦隊、とんでもない数の大艦隊がアンツィオ沖に展開しているって」

「ざっくりとし過ぎて分かんねえよ。艦種、隻数をもっと詳しく」

「集計しないと分からないけど、深海棲艦が七に海が三ってレベル」

「うーん、その」

「とにかく大勢よ」

 数が多いので確実な数の把握が遅れている事と、瑞鳳自身の興奮も混じっている為か、大雑把な反応しか返って来ない。ただ、海よりも深海棲艦の方が多く見えると言うくらいなので、相当な数の水上艦艇が展開している事は確かだ。

「めちゃくちゃな物量の艦隊が控えているってのは分かったけど、それだけの物量があるなら、バレアレス諸島沖海戦にもっと投入していれば、私達を防げたかもしれないのにね」

「それだけ、物資の不足が逼迫しているって事なんでしょう。なけなしの燃料を入れて攻勢に出られたのが、先の海戦での機動部隊であり、現在私達の前方に展開する敵艦隊は、燃料不足で行動を制限されて実質浮き砲台になっているとか」

 軽く首をかしげて言う夕張に、蒼月が深海棲艦側の補給事情を交えての考察を口にする。深海棲艦側が物資の欠乏を起こしていると言う事が司令部の分析結果であり、それに基づいて考えるなら、物資不足で中型艦ないし大型艦の行動は制限され、蒼月の言う通り浮き砲台状態で防衛線を構築していると言う所だろうか。

「水上艦艇は動かないとして、問題は足の裏にいる連中よね。どう、青葉」

 足元の海中へ視線を転じながら衣笠は瑞雲隊に対潜哨戒にあたらせている青葉に尋ねる。ヘッドセットに右手を当てたまま、青葉は軽く首を横に振る。

「今のところ、どの機体も潜水艦を探知出来ていないよ」

 潜航中の姿を空中から目視出来ないのはともかく、MADでも探知出来ていない。もっともMADの探知範囲は通常兵器枠の対潜哨戒機に搭載されるものですら、探知範囲はそれ程広い訳では無い代物だから、妖精が扱うサイズにまでスケールダウンしていると言える瑞雲のMADでは探知範囲が更に狭まっているから無理もない。

 実質音を空気よりも遠くからでも速く伝えてくれる海中の音を拾うソーナーが頼りである。しかし海中内の温度の違う変温層を利用して上手く隠れられたら早期探知は難しい。

 輪形陣を組んで対潜警戒に徹する第三三特別混成機動艦隊、もとい第三三戦隊の輪形陣の中心で、愛鷹はヘッドセットに手を当て、目を瞑って感度を最大にしたソーナーのハイドロフォンから聞こえて来る音に耳を澄ませる。魚が泳ぐ音すら聞こえて来ない静寂の中に海の世界は沈んでいる。自身の呼吸音すら大きなノイズとなって聞こえてきそうな静寂の中、時間と言う概念が引き延ばされ、時計の針が進むのが何十分の一と言うレベルにまで遅くなった様な時間が永遠に続くかのようにも感じられる。

 実際、対潜警戒に移行して、瑞鳳が敵艦隊発見の知らせを告げてから一時間以上は何も起きなかった。潜水艦の微かな痕跡も嗅ぎ取れない、静寂だけが漂う海中だった。定期的に青葉の瑞雲からは定時報告が来たが、潜水艦探知の報告はない。

 一方、敵艦隊との触接に成功した瑞鳳の偵察機の方でも動きは無かった。一〇〇隻を超える大艦隊をつぶさに確認していく偵察機の航空妖精が、その陣容に震え上がりそうになりながら、艦隊の構成艦艇をカメラに収めていく。

 愛鷹はヘッドセットの感度を落とし、聴音探知モードを通信モードに切り替えて、もう一方の偵察部隊—イントレピッド、鳥海、愛宕、フレッチャー、ジョンストン、陽炎、不知火の七人からなる—の旗艦を務める鳥海に連絡を入れる。イントレピッドの搭載する大量のSB2C-5ヘルダイバーでティレニア海全域に渡る索敵網を形成させており、何か発見していれば報告の一つや二つは返って来るだろう。

「愛鷹より鳥海さん。そちらの状況は?」

≪全く手ごたえ無しです。一隻の水上艦も見当たりません。偵察機の機影は確認されていますが、どれも長距離偵察機なので、空母が近海に展開している可能性はないですね。奇妙なまでに静かな海です。最もアンツィオ沖とシチリア島、マルタ島付近にまでは偵察機を進出させていないので、そこに溜まっているかもしれませんが≫

「了解です。引き続き、索敵警戒を厳に。アウト」

 瑞鳳よりも広範囲かつ、濃密な索敵網を張れるイントレピッドの艦爆偵察隊ですら、深海棲艦を確認出来ていない辺り、敵は本当にアンツィオ、シチリア、マルタの三大拠点に艦隊を集結させて、完全に守りに徹しているのかも知れない。

 二時間後が過ぎ、三時間が経過しかけた頃、青葉の瑞雲三機からMADと目視による敵潜探知の報が入った。MADで補足した敵潜に対しては、ソノブイを投下して、聴音探知に切り替える。

「敵潜探知。アオバンド1-1、1-2、3-1がコンタクト。敵潜水艦隊、潜水新棲姫及びソ級flagship級を探知。潜水新棲姫一隻を基幹にソ級二隻が随伴する戦隊を組んでいる模様」

 搭載機からの報告を青葉が全員に共有する。三機が探知した位置は違えど、敵潜水艦隊の編成は全て同じだ。

「潜水新棲姫にフラソか……」

 嫌悪感で口と顔に苦々しさをたっぷりと含ませた顔を深雪が浮かべる。耐久性が高く、雷撃戦火力も高い潜水新棲姫に、深海棲艦の中でも随一の雷撃戦火力を誇るソ級と言う最悪のコンビである。対潜装備が無い艦娘から最も嫌われる深海潜水艦であり、対潜装備を持つ艦娘からも嫌われる、ある種艦娘達から最も憎悪を向けられている潜水艦コンビだ。ス級と違って既存の対潜装備の火力で撃沈自体は不可能ではないが、潜水艦にしては不相応に頑丈と撃たれ強く、それでいて高威力の魚雷を大量に流してくる。

 因みに潜水新棲姫はその名の通り比較的新型種の部類であり、以前は潜水棲姫と言う潜水艦がソ級と共に潜水艦隊を組んでいた事もある。艦娘配備以前は、対船舶攻撃用魚雷で軍民問わず多くの艦艇、船舶に被害を与えて来た深海棲艦の一つだったが、艦娘艦隊の配備と、艦娘艦隊の対潜能力の向上に伴って潜水棲姫は陳腐化したと判断されたのか、姿を見せなくなり、代わって潜水新棲姫が大量配備される様になってきたと言う経緯がある。

「私が聞いた話だと、flagship級ソ級によるものとされるだけでも、総計五〇万トンもの艦艇、船舶を喪失したとか……人サイズの艦娘よりも大きな船を屠って来た魚雷を、艦娘相手にも使って来て、もし被弾でもしたら足が一本無くなるどころじゃ済みませんよね」

 緊張を張りつかせた顔で言う蒼月に、夕張がヘッドセットの右耳の方を外して蒼月に振り返りながら返す。

「深海棲艦の潜水艦は、対船舶用魚雷と対艦娘用魚雷を使い分けて運用しているから、その心配は無いわ。最も深海棲艦の潜水艦の魚雷が私達の脚に当たったら死ぬほど痛いのは同じだけどね」

「なるほどです」

 つまりは地上戦において対戦車地雷と対人地雷を使用する敵に対して使い分けるのと同じか、と蒼月は納得する。同時に、食らったら痛いものは痛いと言う夕張の言葉に、背筋がサッと冷たいものを押し当てたような気分にもなる。やられる前に探し出して躱すかやるしかない、そう自分に言い聞かせ、雑念を振り払った。

 

 

 瑞雲三機からの報告から凡そ三〇分後。愛鷹のソーナーに気泡が膨れて、弾ける音が聞こえて来た。

「ん?」

 思わず視線を足元に落としながら、聴音を続ける。一つではない、二つ、いや三つ、空気が海中で弾け、泡となって海面へと浮き上がって来る雑音。ヒューと言う口笛の様な音も響き、海中の海水を押しのけながら何かが浮上して来る。流体雑音、即ち水切り音を即座に照合する愛鷹は、数秒後には答えを導き出していた。

「敵潜水艦隊、真下! 直下より浮上中!」

「真下!?」

 反射的に揃って足元に視線を落とす青葉と衣笠が、唱和した言葉を返す中、大胆にもカーン、と言う探針音が三つ、海中で音を反響させながら響き渡り、愛鷹を含む第三三戦隊の七人の一対の脚とその足裏や踵に取り付けられている主機やラダーヒールに反響して、同じ甲高い音を発信源に送り返す。

「対潜戦闘、爆雷攻撃用……」

「待って下さい!」

 ASW(対潜戦闘)に移行しようとした深雪の号令を愛鷹の鋭い声が遮り、ヘッドセットに両手を当てて、目をぎゅっと閉じて最大感度で海中内から微かに聞こえる音と言う音に全神経を研ぎ澄ませる。真下に遷移している深海潜水艦三隻のアクティブソーナーの探信音が合図となって、気泡が膨れ、弾け、海面へと浮上して来るくぐもった音が半径五〇〇メートル以内から二つ、いや三つ、群れを成して聞こえて来る。

 拙いと咄嗟に判断した愛鷹は右手を右側へサッと延ばして回頭と加速を命じる。

「網にかかった! 全艦、最大戦速! おもーかーじ一杯! 全速離脱!」

「おもーかーじ一杯、全速離脱!」

 即座に復唱する青葉の声をかき消す程の唸り声が愛鷹の背中の艤装の主動力部から鳴り響き、大型艦娘にしては驚く程のダッシュ力をかけて愛鷹が加速しながら右へと大きく旋回を始める。続けて青葉と衣笠が二回り以上は小さい旋回半径で右回頭を開始し、夕張はそれよりも一回り弱小さい半径で右へと旋回する。深雪と蒼月はほぼその場回頭に近い旋回半径でくるりと進行方向を変える一方、瑞鳳は駆逐艦娘レベルの小柄な体躯の見た目によらず大き目な航跡を引きながら、大き目の、愛鷹と同じくらい、青葉型の二人よりやや大きい旋回半径で右へと舵を切って行く。

 最大速度へと加速する七人の足元へ、急速に近づく物体の音を蒼月が真っ先に捉えた。

「聴音探知、魚雷五本、いや六本接近! 方位067、敵針247! 更に探知、方位145より六本来ます! 魚雷群、広がりながら接近中!」

 十字砲火を描く形で魚雷群が広がりながら第三三戦隊を正面方向と右手から挟みにかかる。白い航跡が正面と右手から六本ずつ、艦娘を遥かに凌ぐ速さで第三三戦隊の七人の足元を掬わんと迫って来る。静かに、だが確かな殺意を持って迫り来るその姿は、無駄な音を立てる事無くターゲットを確実に排除する暗殺を生業とする殺し屋そのものだ。

 ぐっと旋回に伴って振られる艤装の末端部からダイレクトに身体にかかる遠心力を堪えながら、愛鷹は深雪と蒼月に爆雷投射を命じる。

「深雪さん、方位067へ三発投射、蒼月さんは方位145へ三発投射。発射時機は任せます。爆雷の海中爆発の衝撃波で敵魚雷の進行方向を捻じ曲げて下さい」

「あいよ!」

「了解です!」

 深海棲艦の潜水艦の放つ魚雷は無誘導魚雷だ。適切なタイミングで爆雷を海中で爆発させ、その爆圧と衝撃波で魚雷の進路を曲げれば、後は曲がった進路へ愚直に魚雷は突き進んでいく。誘導魚雷なら、ある程度は修正も効いただろうが、生憎深海棲艦の潜水魚雷には誘導装置は仕組まれていない。

「調停深度、二メートル。右舷投射機、投射数三発、発射用意!」

 爆雷投射用意を命じる深雪の背部の艤装で、爆雷投射機に取りついた水雷科妖精が爆雷を投射機にセットし、用意良し! の掛け声を上げる。

 第三三戦隊の足元へと急速に距離を縮めて来る魚雷群との距離を親指を立てて目測し、適切なタイミングを計った深雪が「爆雷投射始め!」と叫ぶと、間抜けた射出音と共に三発の三式爆雷が投射される。投射機で撃ち上げられ宙を暫し舞った後、重力に引かれて海中へと没した爆雷が二メートル沈み込んだ後、海中で爆発して爆雷内に充填されていた炸薬分の爆発の衝撃波を海中内に広げていく。その衝撃波を食らった魚雷六発の内二発が早爆を起こして何も無いところで勝手に爆発し、二発が衝撃波でコースを曲げられて迷走していった。残る二発は無事だったが、直撃コースの乗っていなかった為、燃料が尽きるまで虚しい航走を続けるだけとなった。

 深雪が対処した魚雷は防いだ一方、蒼月の担当する魚雷群は蒼月が対応するポジションに付くのがやや遅れた為、深雪より遅れての対応となった。三回、空気が抜ける様な音が響き、三発の爆雷が投射されて海中へ没し、数秒後に海中で爆発を起こす。対魚雷防御のポジションに付くのが遅れた割には、蒼月の投射した爆雷の効果は深雪よりも正確であり、三発の爆雷によって四発の魚雷が早爆を起こし、一発が衝撃波で進路を捻じ曲げられて海底へとまっしぐらに突き進んでいった。残りの一発はやはり直撃コースに乗っていなかった為、無視された。

 爆雷によるアクティブな防衛策で何とか一二発に及ぶ魚雷を躱した第三三戦隊だったが、深海棲艦の潜水艦が息を突かせる暇を与える事は無かった。先程と同じ方位から再度六発が発射され、進路と位置を入れ替えた第三三戦隊へ向けてカーブしながら一二発の魚雷が迫る。更に真下から第三三戦隊の七人にアクティブソーナーを打った三隻と、未だに攻撃して来なかったもう一群もそれぞれ六発の魚雷を発射した。

「方位087より六発接近!」

「方位330よりも六発来ます!」

 四方向からの魚雷祭りに上ずった声で愛鷹の見張り員妖精が告げる。

「魚雷と追いかけっこね」

 三隻一群が四つ展開して、一隻辺り二発ずつ撃っているのだとしたら計算が合う。深海棲艦の潜水艦の艦種は不明だが、発射管が六門だとすれば、あと一回は二四発の魚雷が襲い掛かってくる可能性がある。反転して進路を270度に変えた愛鷹達は迫り来る魚雷群に見張り員妖精の目を動員して警戒しながら回避運動に徹する。

 方位330から発射された魚雷群が自分を狙っている事を悟った愛鷹は、射撃グリップを掴むとカーソルボタンを右に押して二基の四一センチ主砲を右舷へ指向した。

「右主砲戦、俯角最大、弱装薬。弾種、三式改二、遅発信管、セット三秒!」

 素早く、的確に砲撃指示を下す愛鷹の指示通り、揚弾機が遅発信管で三秒後に起爆するようセットされた三式弾改二を五門の主砲にセットし、弱装薬を後ろから砲身に挿入する。射撃用意良しのブザーが鳴り響き、肩の見張り員妖精が衝撃に備える。

「撃ちー方始め、発砲!」

 大太鼓を五回連打した様な砲声が轟き、愛鷹の方へと迫る魚雷六発の目の前に五発の三式弾改二が海中へ飛び込んで、きっちり三秒後に起爆した。海中で爆発する三式弾改二の爆圧と衝撃波が六発の魚雷を叩き、信管に過剰な圧力を加えて早爆を誘発し、それを免れた魚雷も爆圧で直撃コースを逸らされてあらぬ方向へと過ぎ去っていく。

 何とか魚雷群を躱した愛鷹の視界の端で、戦隊の隊列を崩して深海棲艦の潜水艦に反撃を試みる夕張が、爆雷を海中へと投射する。四発の三式爆雷が投射され、しばしの沈黙を置いて海中で炸裂し、海面へと逃げた爆圧が四本の水柱となって突き上がる。

「もう一丁!」

 夕張のその言葉に遅れてさらに四発の爆雷が投射される。宙を舞って海面へと落ちた爆雷が海中に没して程なく真っ白な水柱が四つ突き上がる。

 対潜攻撃を行う夕張の方へソーナーを指向し、聴音を試みる愛鷹の耳に、爆雷の爆発でぐしゃぐしゃに掻き乱される海中の音が聞こえて来る。大瀑布の滝壺の中を想起させる騒音の中で、全くダメージを受けた様子の無い深海棲艦の潜水艦の機関音が聞こえて来る。八発の爆雷を浴びて、ダメージを受けた様子が全くないのはおかしい。ヘッドセットに両手を当てて、聴音に神経を研ぎ澄ます愛鷹の耳に、爆雷の残響に交じって位置は動いていないのに前進する機関音が聞こえて来た。

「夕張さん、撃ち方止め、撃ち方止め。貴女が攻撃しているのは恐らく音響デコイです」

「デコイ? 残念、一杯食わされたかあ……」

 悔しがる夕張は水雷科妖精に撃ち方止めを指示して再度ヘッドセットに手を当てて聴音を再開する。

 そこへ、四方へ散って対潜警戒に出ていた青葉の瑞雲隊が戻って来た。

「航空支援、来ました!」

 見張り員妖精が愛鷹の肩の上で双眼鏡を手に、上空で旋回を始める八機の瑞雲を見上げて言う。その八機のリーダー機を務めるアオバンド1-1から発光信号が送られてくる。

「発光信号、≪こちらアオバンド1-1、航空支援に入る≫です」

 アオバンド1、2、3、4の四個小隊各二機の計八機が対潜爆弾を抱えて、上空から深海潜水艦を目視確認で捉える。潜望鏡深度に浮上して、雷撃戦を行う一群を上空から目視で捕捉したアオバンド1-1、1-2が緩降下して対潜爆弾をそれぞれ二発ずつ投下する。紺碧の海面の奥へと沈んで行った対潜爆弾が海中で爆発し、白い水柱と白と黒の濁った水柱を二本ずつ突き上げる。

「ツーダウン」

 白と黒の濁り切った水柱を見て青葉が呟く。雷撃戦の為に潜望鏡深度と言う浅い深度に浮上していた不意を突けたお陰で二隻撃沈は確実だ。もう一隻は逃れた様だが、対潜爆弾の爆発が近かったら損傷は免れない。更にもう一群の三隻に対して、アオバンド3の二機が爆撃を行う。こちらは全弾クリーンヒットとなり、三つのどす黒く濁り切った水柱が三つ、そそり立ち、何かの破片と思しき物体が海上に飛び出て、直ぐに水底へと姿を消した。

 今だ攻撃を行わないアオバンド2と4は上空で旋回しつつ、獲物を空から探し求めたが、狩るべき目標が見つかったものの、その数は手に余る数に膨れ上がっていた。

≪アオバンド2-1より愛鷹。更に二群の敵潜水艦隊を確認。潜水新棲姫一隻、ソ級elite級二隻と見られる≫

≪アオバンド4-1より愛鷹へ。MADに反応多数。更に複数の敵潜水艦隊の反応あり≫

「ウルフパック(群狼戦術)か」

 流石に分が悪い。一群がアクティブソーナーで第三三戦隊の七人の位置を味方艦に教えているから、それを聞きつけた他の潜水艦隊が更にわらわらと集まって来てきりが無くなる可能性が高い。対潜戦を見越して深雪と蒼月には多目に爆雷を装備させて出撃して来たが、キャパシティーを上回る物量をぶつけられては対応し切れない。

「全艦、最大戦速にてこの海域を離脱します。洋上艦であるこっちが全速を出せば、振り切れます」

「了解!」

 六人から揃って返答が返され、爆雷投射態勢を維持したまま夕張、深雪、蒼月が主機から全速の航跡と白波を立て、流しながら離脱に移る。

 最大速度で戦術的後退を行う第三三戦隊の七人に、深海潜水艦は水中速力で劣るが故に瞬く間に引き離され、やがて第三三戦隊の七人全員が魚雷の射程外へと無事に逃れる事が出来た。

 

 

「振り切ったか?」

 振り替えって海面を見る深雪が海上に潜望鏡が無いかを双眼鏡を手に探し回る。

「流石にここまで来れば振り切れてるでしょ」

 大丈夫だと瑞鳳が言うが、心配な気持ちが治まらないと言うよりは、確信を持って振り切ったと言いたい深雪はソーナーで聴音しながら海上をぐるっと見渡し、石橋を叩き壊すレベルにまで神経質に確認していないと確信を得ると、ようやく警戒態勢を解いた。

「五隻は仕留めた筈ですが、あの様子だとまだまだ何群も居そうですね」

 瑞雲隊に回収予定ポイントを指定する連絡を入れた青葉の言葉に、愛鷹は無言で頷く。予期した通りと言うべきか、深海潜水艦が多数、物資不足で動けない水上艦隊に代わって出張って来ている。しかも潜水艦隊の一群を構成する艦種が全て潜水新棲姫一隻とソ級二隻と言う、最悪な組み合わせである。

 アンツィオへ向かうにはまず前路掃蕩となる対潜戦が必要になりそうだ。深海棲艦の潜水艦隊の庭と化したティレニア海から潜水艦隊を一掃する大掃除になるのは間違いない。

「直接手が出せない敵はいつ相手にしても厄介ね」

 誰と無く呟く愛鷹の言葉はヘッドセットのマイクを介して、六人にも共有された。対潜装備が無い愛鷹の事を考えれば、やりたくても手が出せないその気持ちは分からなくも無かった。特に共感したのは愛鷹と同様対潜装備が無い衣笠だったが、彼女自身は出来ない事は出来ないのだと割り切っているので、それほど悔しく思った事は無い。

 静かにだが、苛立ちをジワリと滲ませるその背中に、青葉は汎用性と言うモノを得た自分が言っても慰めになるかは分からなかったが、持論を語った。

「出来ない事に無理に手を伸ばすよりも、出来る事に手を伸ばして、自分に出来る事を極めるのが一番だと思いますよ」

「それは、そうですが」

 歯切れの悪い返事に、蒼月が青葉の脇から口を挟む。

「愛鷹さんが出来ない領域を補う為に、私達随伴艦が居るんです。大船に乗った気分で指揮して下さい」

 その一言で愛鷹はそれ以上はごねずに黙った。随伴艦ありきな艦種の自分である事を自覚したのもあるが、青葉の言う通り、出来ない事に手を伸ばしてもしょうがないと思ったのもあった。旗艦の立場でも何でもこなせるのは精々軽巡までだ。重巡以上からになると出来る分野にも限りが生まれ始める。愛鷹はその中の一人だったと言う事だ。

 

 潜水艦隊に襲撃された第三三戦隊の七人と違って、鳥海隊は襲撃らしい襲撃を受けず、当初の索敵予定計画を消化し終えると「ズムウォルト」へと帰還した。

 海水で満たされたウェルドックに慣れた足取りで着艦してくる七人を先に帰還していた愛鷹が出迎える。ご苦労様です、と一人一人に声をかけて労う彼女に、最後に着艦して来た鳥海が、やや深刻そうな顔持ちで返礼する。鳥海から暗澹とした雰囲気を感じ取った愛鷹は、次席旗艦の青葉もいるブリーフィングルームへと彼女を連れて行き、鳥海隊が持ち帰った偵察結果の報告を聞いた。

「イントレピッドさんの偵察爆撃飛行隊の偵察結果から、アンツィオ沖に展開する深海棲艦の水上艦隊の陣容が判明しました。瑞鳳さんの飛行隊の偵察結果と照らし合わせる必要がありますが、敵は超巡ネ級改Ⅱ、大型駆逐艦ナ級、戦艦棲姫、泊地水鬼、更にはバレアレス諸島沖海戦で確認された新型種の空母棲姫級も確認されました」

「コルス島、サルディーニャ島のどちらにも確認していた筈の新型種の空母棲姫級が居なかったのは、既に更に後方へと退いていたから、と言う訳ですか」

「そうとしか言いようがありません」

 一足す一は二である、と言う事と同じくらい自然な事を思わず口にする青葉に、その通りだと鳥海が返す。愚問だったかと青葉が気まずそうに頭を掻くのを無視して鳥海は愛鷹に向き直ると続けた。

「二人の航空妖精が持ち帰った写真を画像化して見ない事には判別しませんが、少なくとも一〇〇隻はくだらない数がアンツィオ沖に展開しています。その中にはやはり未確認の深海棲艦の姿もありました」

「未確認の深海棲艦の直掩に付いている取り巻き艦艇は?」

 状況によってはその未確認の深海棲艦に手を出せなくなりかねない事を頭の片隅で思いながら問う愛鷹に、鳥海は険しい顔で答えた。

「陸海の棲姫級深海棲艦がガードしています。集積地棲姫、泊地水鬼、それに飛行場姫も確認出来ています。洋上には直掩艦隊としてタ級を基幹としていると思われる分艦隊が展開していましたが、随伴艦は防空巡ツ級flagship級と大型駆逐艦ナ級後期型flagship級です。最深部に位置するそれらに辿り着くまでに、何重にも敷かれた深海棲艦の分艦隊や連合艦隊を突破する必要があります」

「最高ですね」

 皮肉交じりに青葉が苦笑を交えて言う。

「最高……確かに、最高よね。これ程手厚い歓迎準備も中々ないわ」

 皮肉交じりの青葉の言葉に鳥海も今度は苦笑いを浮かべる。一方、愛鷹は一切ニコリともせずに鳥海の話に耳を傾けていた。

 生硬い顔で話を聞いている愛鷹に気が付いた青葉は、顔に浮かべていた苦笑いをさっと吹き消し、軽く咳払いする。

「ま、歓迎は良いとしても飛んで来るのが殺しにかかって来る弾丸の雨、なのは洒落になりませんね」

「それはそう。私達西部進撃隊の戦力だけでは、厳しいものがあるかも知れないわ。でも、もう一つの友軍艦隊が東から来ているのは大きい事です」

 メガネの位置を正しながら、鳥海は東部進撃隊の存在に言及する。一〇〇隻を超えるであろうアンツィオ沖の深海棲艦に、西部、東部進撃隊が東西から挟撃を行えば、物量で拮抗出来る筈だ。東部進撃隊の艦娘には特殊砲撃を備えた戦艦艦娘も居ないし、強力な空母艦娘もいないが、粘り強く戦ってイタリア半島南部にようやく辿り着こうとしている。上手く共同作戦が行える事が出来れば、アンツィオ奪還、それに続いてのシチリア、マルタの奪還も現実味を帯びて来る。

「まずは……」

 青葉と鳥海の二人を交互に見ながら愛鷹は制帽の鍔に手を伸ばした。

「航空部隊の偵察写真が現像されるのを待ちますか。偵察写真を詳しく解析すれば、深海棲艦をどう攻めるかの具体的かつ詳細な計画も練り立ちます」

「そうですね」

 相槌交じりに頷く鳥海とは別に青葉は両手を腰に当てて、ふっと溜息を吐いた。

 

 

 一時間後。瑞鳳とイントレピッドの二人の偵察航空部隊の偵察写真の画像がプリントアウトされ、自室で休んでいた愛鷹は直ちにSMCへと出頭した。

 入室用のカードキーをインタラクトして、光源と言う光源が抑えられた薄暗いSMCに入ると、レイノルズとドイルが既に回されて来た偵察写真を見て、険しい表情を浮かべていた。二人の表情からして、良いニュースは無さそうだと直感する愛鷹は、ゆっくりとした足取りで二人の元へ歩み寄る。

「偵察写真の結果はどうでしたか?」

「……はっきりと言うが、これは西部進撃隊だけの手には余るだろうな」

 SMCの作戦台のディスプレイに表示される偵察写真に視線を落としたまま、レイノルズが答える。艦長の言葉に、やはりな、と想像は付いていた事が現実になっただけだった愛鷹は、驚きも示さず、二人が見る偵察写真が表示されたディスプレイに視線を落とした。

 何となくだが予想は出来ていたとは言え、偵察写真に写る深海棲艦の陣容は凄まじいものだった。ある種堂々たる大艦隊と言えなくも無いが、それは最早深海サイドの感想と言える。

「戦艦棲姫四隻、空母棲姫八隻、新型種の空母棲姫級一隻、超巡ネ級改Ⅱ一八隻、その他大中小主力艦艇九〇隻、補助艦艇二〇隻……駆逐艦は半数が大型駆逐艦ナ級シリーズ……水上艦隊だけでもこの陣容ですか」

 写真に写っていない潜水艦隊を合わせれば、更に大量の深海棲艦が展開していると言う事になる。

「一つ、良い話がある。これら水上艦艇約一三〇隻は規模の差こそあれど、二群に分かれてアンツィオとシチリアに分散して展開している。総数は確かに多いが、一群辺りの数は平均でその三分の一だ。つまり、各個撃破で仕留められなくもない。問題はス級の艦影が全く見当たらない事だがな」

「全稼働艦艇をアンツィオ、シチリアの防衛に回し、マルタ島防衛戦力をス級に割り振っている、とも考えられなくはないですが」

 自分でもかなり両極端な発想だとは思いながらも、深海棲艦が補給不足に陥っているなら、それしか考えられない愛鷹の言葉にレイノルズとドイルも同感だと頷く。一度司令部にもこの偵察情報を共有して判断を仰ぐところだが、最終的にやる事は言われずとも決まっている。問題はそのやる事を実行に移せるか、映すなら何時になるか、であった。

「ここから先、挑む海域は更なる地獄を見る目になるのは想像に難くない。愛鷹、やれると思うか?」

 一応確認する様に問うてくるレイノルズの視線に、愛鷹はディスプレイに目を落としたまま、偵察写真をスライドさせて別の写真に切り替えながら、答えた。

「やれるか、やれないか、ではなく、私達はやるしかないのです」




 感想評価ご自由どうぞ。
 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第八三話 狩りの前夜

三月中の投稿は無理かと思ってましたが、何とか最新話お届け出来ました。


「シップス・レディ、ウェポンズ・レディ、オール・レディ!」

 はきはきとした滑舌の良い、元気な黄色い声が標的を前に叫ぶ。彼女の両足の太腿にセットされた三連装魚雷発射管が回転する作動音を立てて、発射口を目標へと指向する。

「てぇッ!」

 圧搾空気が魚雷を撃ち出す射出音が六回響き、撃ち出された魚雷が海中を突き進む。動かぬ標的へと動力部から排出された窒素で構成された航跡を引きながら魚雷六本が迫る。全弾が正常に発射された事を確認した彼女が腕時計を見ながら魚雷到達までの時間を図る。大して離れていない目標だ、二〇秒も経たずに命中する。

 彼女の計算通り、一八秒後に発射された六発全弾が静止目標に命中し、目標が「轟沈」する。

 標的の「轟沈」が確認されるや、演習場にブザーが鳴り響き、彼女は目元に駆けていた安全ゴーグルを眉間へと押し上げた。

 

「あんな微動だにしない標的相手に、全弾当てて当然です」

 演習場を見渡す管制室で、感心した様子も一切見せずに大井は両腕を組んだまま言い放つ。傍らの鹿島もこれでは評価に値しないと言う顔を浮かべていた。二人の後ろでは鳳翔が硬い表情で演習場を見つめている。

 忌憚も忖度も無しに言う大井に戦略防衛軍の艦娘予備隊の将校は「仰る通りです」と頷くと、演習場に居るJK艦娘との通話を行うヘッドセットを手に取ると、メニュー変更を告げた。

「よし、次は難易度を大きく上げるぞ。いいな、龍波?」

≪はい≫

 JK艦娘の中でもエリートと評価されており、故に珍しく艦名を与えられているJK艦娘の龍波の返事が返されると、艦娘予備隊の将校は部下に指示し、演習場の環境、標的の挙動が一挙に変化する。屋内演習場でありながら、たちまち演習場内にスプリンクラーと造波装置によって悪天候下と同じ環境が作り出される。国連海軍の艦娘なら、行動制限が課せられる程の高波がうねり、たちまち龍波は高波の中にその小さな体を揉まれ始める。

 同じ荒天環境の海面に、先程の標的が今度は不規則に動きながら、龍波の向こう側を航行する。

「彼女の実力をとくとご覧あれ」

 自信たっぷりな表情で艦娘予備隊の将校が大井、鹿島、鳳翔を相手に言う。三人はと言うと、自分達なら出撃はしないレベルの高波が作り出された演習場の水上で巧みな操舵で大波を躱して、標的に再セットされた演習魚雷の照準を合わせる龍波の方へ視線と意識を向けていた。

 再び発射前の号令を下した龍波が、両足の魚雷発射管から六発の熱走魚雷を発射する。国連海軍日本艦隊の艦娘でポピュラーな酸素魚雷を支給されていない戦略防衛軍艦娘予備隊では、アメリカ製のMk15熱走式魚雷が使用されていた。

 高波で前後左右に大きく揺れる中、龍波が放った魚雷は、海面ぎりぎりの海中を、波の影響を受ける深度を進んでいく。めちゃくちゃな軌道を描く魚雷六発だったが、龍波の狙いは正確だった。高波の波長を読み、波そのものを生かして魚雷の軌道を正確にコントロールした龍波の雷撃は全弾が不規則に動く標的に命中した。

 演習終了のブザーが再度響いた時、今度は感心した大井の唸る声が管制室に響いた。

「ネームドのJK艦娘の実力、お分かりいただけましたかな?」

「ええ、確かに」

 にっこりと自信たっぷりな笑みを浮かべて大井、鹿島、鳳翔の三人に言う将校に、鳳翔が三人を代表する形で答える。

「ですが、本来艦娘の運用制限が課せられる環境を想定しての戦闘訓練は称賛に値しません。事故による艦娘の殉職を引き起こしかねない、危険行為に値します」

 練習巡洋艦として、艦娘の訓練課程、教練課程の段取りや内容を協議し、実行する職場に付く身ならではの見解を鹿島が険しい表情で述べる。屋内演習場だからこそと言うのもあるが、龍波の首周りにはネックウォーマー状の簡単な動作で顔を覆いつくすバルーン式浮袋が装備されているし、龍波の各種バイタルや艤装の状態を確認する安全ケーブルが彼女の艤装に接続されているとは言え、演習場で万が一の事があっては元も子もない。

「無論、我が艦娘予備隊でも演習場で実施した荒天下では艦娘の出撃は行いません。意図的に演習場では過酷な環境下を想定したシミュレーションを実施する事で、実戦の環境への耐性を鍛えると言うのがこのシミュレーション訓練の真意です。泣いても笑っても深海棲艦が手加減する事はありませんからね。勿論演習場でのシミュレーション訓練にも細心の安全対策を施しています」

「成程」

 顎に片手をやりながら頷く鹿島の隣から大井が龍波に視線を向けながら、彼女らしい質問を将校に向けた。

「あの、波を利用した不規則な雷撃戦術はどう教えているのですか?」

「それは彼女独自の戦術なので、彼女に聞くのが一番だと思います。最も、彼女の生まれ持った才能、特技みたいなところがあるので、伝授は難しいかと思いますが……。艦娘が生まれ持って軍艦の記憶を受け継ぐ事を許された才能を得ているなら、龍波は人に教えるのは極めて困難な特殊な技を生まれ持って体得している、と言えましょうか」

そう答える将校を見据えて説明を聞く三人の視界の外で、龍波は演習終了、用具収めの号令を担当官から指示され、手早く艤装や演習用具を片付けていく。一度国連海軍の艦娘として志願して、国連軍で海軍軍人としての訓練を受けている経験があるだけに、手付きや挙動、動作に無駄がなく、素人臭さも無い。

「お疲れさん」

 労を労う担当官に龍波は管制室に佇む三人の国連海軍の正規艦娘の姿を見上げながら、担当官に尋ねた。

「国連海軍日本艦隊の秘書艦と重雷装巡洋艦と練習巡洋艦の三方がご来訪とは、何かあったんですか? 誰かを正規艦隊配備にスカウトしにでも?」

「いや、我々艦娘予備隊と言うモノをよく知らない国連海軍正規艦娘が知りたい、と言うだけの理由で視察に訪れただけだ。深い意味は無いだろうさ」

「ふむ……」

 足裏のラダーを外しながら、大人の女性の佇まいを見せる鳳翔と、見てくれからして厳しそうな人格が伺える大井と、素朴な優しさを漂わせる鹿島の三人を見て龍波はふと、自分が艦娘候補生として国連海軍舞鶴基地教育隊に配属されていた時の事を脳裏に思い起こしていた。自分が教育隊に配属されていた時、この三人は舞鶴にはいなかったが、鹿島と概ね同じ制服を着た練習巡洋艦艦娘の香椎が舞鶴基地に在留していたのを覚えている。

 

 舞鶴基地は艦娘になる者なら全員が世話になる日本艦隊艦娘教導団の本部が置かれている練習基地だ。舞鶴基地が面する日本海は深海棲艦の跳梁跋扈を阻めている海なので、敵襲の恐れも無く艦娘の指導教育が行える立地条件だった。また冬は冬で冷える地域なので、寒冷な環境での艦娘の行動教育にも適している。舞鶴基地には海上自衛隊時代に残存していた護衛艦がモスボール保存されており、たまにではあるが、この護衛艦を深海棲艦の棲姫級代わりの標的艦とした艦娘の教育も行われている。

 龍波は第一〇期生として教導団に入隊し、夕雲型駆逐艦娘の候補生として教育を受けたが、艦娘適正が必要値に無いとして落とされ、教導団を退役して以降は日本方面軍海軍予備役に移籍し、地元の大学へ入学すべく受の大学へ入学すべく受験勉強の道を歩んでいたが、艦娘予備隊設立に伴って改めて捨てきれない艦娘への情景から国連海軍を除隊し、JK艦娘として艦娘予備隊へ入隊した。年代で言えばJKと言うよりはJDと言うべき年頃だが、彼女も艦娘固有の外観の成長停止現象に見舞われており、な高校一年生くらいの外見である。龍波と言う名は夕雲型艦娘として配備された暁には名乗る事になっていたかもしれない事の名残で、彼女の本名は深瀬栄子(ふかせ・えいこ)と言う。

 龍波の視線に気が付いた鳳翔が柔らかな、大人の余裕を持たせた笑みを向けて来る。その笑顔に対して、龍波は敬礼を持って応えた。

 

 

 コルス島、サルディーニャ島の奪還作戦を成功させた国連軍は、速やかに両島にあった空港跡を復旧させ、軍用航空基地としての機能を取り戻させた。コルス島のフィガリ・シュド・コルス空港跡、サルディーニャ島のカリアリ、アルゲーロ、オルビアの三か所の空港跡の内、オルビア空港跡に国連軍工兵隊が土木作業機械を駆使して、かつて飛行場姫が存在していた荒野にアスファルトを敷き直し、エプロン、滑走路、仮設の格納庫、燃料タンク、対空火器等の施設、設備を建造していく。一日で二〇〇〇メートル級の滑走路を完成させると、フランスから更に資材、物資、人員、機材を満載したC-17輸送機が飛来し、荒野と化していたコルス島、サルディーニャ島の大地に作られていく国連軍の前線基地をさらに拡大させていった。

 一方、カリアリ港跡に錨泊した空母「ドリス・ミラー」では、次なる攻撃目標たるアンツィオへ対する攻撃作戦についての協議が行われていた。

 現状西部進撃隊の戦力だけでは撃滅困難な数の敵大艦隊がアンツィオ沖に展開しているのが判明している。故に東部進撃隊の助力があってこそだが、東部進撃隊の現在位置はメッシナ海峡の手前で深海棲艦の防衛線を突破できず苦戦を強いられている。

 確認された深海棲艦の数はアンツィオ沖だけで七〇隻にも上る。西部進撃隊の総力をもってすれば数の上では拮抗しているが、問題はアンツィオ沖に展開する深海棲艦の艦種だった。東部進撃隊の方に展開するもう一群はごく普通の戦艦級や空母級で固められている一方、西部進撃隊の前面にいる一群は軒並み棲姫級の戦艦や空母、巡洋艦級に関しても超巡ネ級改Ⅱ、駆逐艦も大型駆逐艦ナ級で固められており、数以上の戦力を有していると言っていい。

 また水上艦隊だけでなく、海中には多数の潜水艦隊が潜伏している事が分かっている。何群かは第三三特別混成機動艦隊との交戦で撃沈されているが、潜水新棲姫一隻を基幹とする三隻編成の潜水艦隊がピケットラインを構築して、西部進撃隊とアンツィオ沖に展開する深海棲艦水上艦隊の間に立ちはだかっている。

 国連海軍側にとってのアドバンテージは現状、補給不足で打って出られない深海棲艦と違い、積極的に艦娘を動かす事が出来ると言う所にあった。

 そこでルグランジュ提督他、西部進撃隊司令部が下した作戦案は、第三三特別混成機動艦隊を中核としたASW(対潜攻撃)部隊を複数編成し、それを正規空母艦娘が広域にわたる対潜哨戒機による索敵網で支援し、深海棲艦潜水艦隊の完全排除を行うと言うモノだった。「ハンターキラー作戦」と命名されたこの作戦は、日本艦隊の大鳳以下第七航空戦隊と北米艦隊のホーネット、レンジャー、ラングレーが索敵及び上空直掩支援にあたり、各艦隊から抽出した駆逐艦戦隊で構成した対潜攻撃部隊が、航空部隊が発見した深海棲艦潜水艦を攻撃すると言う内容だった。

 ASW部隊の総旗艦は第三三特別混成機動艦隊の愛鷹に一任される事となった。愛鷹自身も夕張、深雪、蒼月、ジョンストン、瑞鳳を率いてASW部隊の一翼を担う事となる。司令部要員の間では、艦隊護衛艦である駆逐艦娘をここで消耗する事にならないかと不安視する声が出たものの、潜水艦隊を一掃できれば、対潜警戒と言う重荷を考慮しなくて済むと言う答えから深刻に問題視される事は無かった。

 

 第三三特別混成機動艦隊からは、愛鷹が直卒する五人の他に、青葉を旗艦としてフレッチャー、綾波、敷波、陽炎、不知火からなるASW分艦隊が編成された。この一二人をイントレピッドの航空隊が索敵とCAP(戦闘空中哨戒)で支援する。

 本隊からは駆逐艦娘キーリングを旗艦とした北米艦隊の駆逐艦娘一八名が六隻ずつの三部隊のASW部隊を編成し、英国艦隊からは軽巡艦娘シェフィールド、ユリシーズ、駆逐艦娘ジャーヴィス、ジャヴェリン、ジェームス、それに英国連邦構成国と言う縁からカナダ艦隊より編入したコルベット艦娘ドッジの六名、ドイツ艦隊からは駆逐艦娘Z1レーヴェリヒト・マース、Z3マックス・シュルツ、Z57、Z62、Z68、Z72の六名が参加する事となった。本隊の五つのASW部隊を日本艦隊の大鳳、黒鳳、北米艦隊のホーネット、レンジャー、ラングレーが索敵とCAPで支援する事となる。

 そしてこれらASW部隊を管制する為にマリョルカ島の航空基地からAWACSヴィータが支援の為に上がる事となった。

 

 

 ASW部隊及びその支援に当たる空母艦娘と顔合わせや、艦娘母艦の運用の一元化をしておく必要がある、と言う事から愛鷹や「ズムウォルト」を拠点とする第三三特別混成機動艦隊のASW部隊参加メンバーは、艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」へ一時的に乗艦する事になった。「ズムウォルト」に残る第三三特別混成機動艦隊の事は、艦隊旗艦の経験が深い鳥海に任せ、愛鷹は仲間と共に大型艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」へ迎えに来たMV-38に分乗して、移動した。

 艦娘母艦「マティアス・ジャクソン」は、ヴァルキリー級大型支援艦で指摘されていた問題点を諸々改良した艦娘母艦であり、国連海軍で初めて「艦娘母艦」と言う艦種で建造されたマティアス・ジャクソン級艦娘母艦の一番艦でもある。「ユニコーン」と「ケルヌンノス」もマティアス・ジャクソン級の同型艦である。

 艦名の由来は北米艦隊で艦娘艦隊創設に携わったマティアス・ジャクソン少将を冠したものであり、在命の人物にちなんだ艦名でもある。なおマティアス・ジャクソン少将自身は既に海軍を退役して、地元バーモント州で隠居生活を営んでいると言う。

 ヴァルキリー級がワスプ級強襲揚陸艦をベースに開発されたの対し、マティアス・ジャクソン級は一から艦娘母艦として開発設計された事もあって艦影を含めて大きく差がある。同じ空母型と言うのは共通している艦影だが、航空妖精が運用する陸上攻撃機の運用にも対応し、艦娘の母艦機能は最大で六〇名に達する。艦内には三〇床に上る入院設備を有しており、集中治療室、手術室、歯科治療室、更には肉体復元室と呼ばれる負傷で四肢を欠損した艦娘の四肢を復元する特殊な医療設備も有している。

 艦内には艤装整備場、艤装組み立て工場、艤装検査場、修理工場と艦娘の艤装の支援設備がふんだんに盛り込まれており、大破した戦艦艦娘の艤装を最短で三日で完全修理出来るだけの能力を持つ。現にバレアレス諸島沖海戦で大破したネルソン級の二人の艤装も修理が進められていた。

 マティアス・ジャクソン級の乗員は艦の運用に二〇〇名、艦娘支援要員三〇〇名、航空機運用員一五〇名、司令部要員八〇名と大型艦娘母艦に恥じぬ乗員定数を有している。今回の西部進撃隊には旗艦として原子力空母「ドリス・ミラー」が随行しているので司令部機能は生かしていないが、現在の国連海軍には「ドリス・ミラー」の様な大型空母はその殆どが深海棲艦との戦争序盤で失われているので、新造されたマティアス・ジャクソン級などに旗艦機能を盛り込むのが定番となりつつある。

 その他の機能についてはMV-38コンドル輸送機八機、HH-60Kレスキューナイトホーク八機、MH-60T多用途・補給支援ヘリコプター六機、EV-38コンドルアイ三機、複合艇四艘、大型車両五〇両搭載可能と輸送艦としての機能も付与されている。艦娘母艦としての運用以外にも病院船や輸送艦としても運用が可能な一種の汎用性を持たされている。また小規模な改造で強襲揚陸艦にする事も可能な設計になっているが、これは艦娘を用いない戦争、即ち現在の深海棲艦との戦争後の運用も考慮しての設計と言える。

 

 そんな大型艦娘母艦に降り立った愛鷹らは艦娘支援要員の案内で居住区へと案内された。作戦に当たって、「マティアス・ジャクソン」に滞在していた艦娘の一部は他の艦娘母艦「ユニコーン」と「ケルヌンノス」へ移乗させられたとの事だった。

 ここが作戦の拠点となるか、と航空機のハンドリングを考慮してなるべく細身にされ、飛行甲板の右舷側へ寄せて建てられているアイランド(艦橋)を見上げながら、愛鷹は胸中で呟いていた。「マティアス・ジャクソン」のマストには青い国連軍旗が翻り、艦橋には「マティアス・ジャクソン」の固有の紋章も入れられている。自分達艦娘とは違う、本物の、鋼鉄の軍艦だ。飛行甲板の四隅には三〇ミリCIWS、艦体の随所にはRWSやM2重機関銃の銃架が設けられている。艦娘母艦にまで深海棲艦が迫られる局面は想像したくはないが、何事も絶対は無い以上、必要な個艦防御兵装は用意されている。

 艦内の居住区は大型艦娘母艦ならではの広々とした空間が広がっており、素で一九〇センチ近い背丈がある故に、「ズムウォルト」の居住区の寝台では身体を縮めて寝ていた愛鷹でもそれ程窮屈さを感じさせないベッドが存在していた。それでも注意しないと艦内の廊下の天井部にある配管や水密隔壁扉の淵に頭をぶつけそうな所は「ズムウォルト」とは変わらない。背丈が高いと助かる時もあれば、こういった艦艇での生活では困る時があるので、愛鷹として悩みどころの一つではあった。

 階級が中佐と言う事もあり、愛鷹は個室が宛がわれていた。その事に感謝しつつ、愛鷹は宛がわれた部屋へと入った。私物を入れたバッグを置き、部屋をぐるっと見回してみる。「ズムウォルト」と同様、艦内に響き渡る空調や艦底部から響く機関部の轟音は概ね同じだが、比較的それらの騒音は静か目になっている。個室の内装はビジネスホテル程度と言ったところか。

 マティアス・ジャクソン級の艦内の構造は愛鷹も知っている。施設時代に建造中の同艦の設計図を叩きこまれているから、目を瞑っても居住区から艦尾の艦娘発着艦デッキまでいける自信はある。

 

 一時間の休憩時間が与えられているので、それまでの間、自前の軍支給品のノートPCを開いて、世の中の事について詮索をしてみる事にした。青葉に影響された訳では無いが、井の中の蛙のままで生涯を終えるのは勿体ない。

 地上局を通じて、世界各国のニュースを視聴する。欧州戦役とメディアでは呼称されている現在の欧州での戦争が民間に与えた影響はやはり大きい。地中海航路の民間船舶の海上交通路は喜望峰周りを余儀なくされて商船会社は何処も悲鳴を上げている。イタリア半島から深海棲艦の手を逃れる形で難民となった民間人は三〇〇万人余り。イタリアからアドリア海を越えてクロアチアへ逃れたイタリア人は同地で難民キャンプを形成し、国境なき医師団を始めとするボランティア団体や国連の人道支援部隊が難民生活を支援していると言う。

 

 一方で北アメリカ大陸では、深海棲艦に侵略されて長い年月が過ぎた西海岸を奪還する作戦計画が発表されていた。北米地上軍司令官に対する記者会見では、深海棲艦に沿岸部を制圧された三つの州の州兵部隊、すなわちカリフォルニア州兵、オレゴン州兵、ワシントン州兵、それに第七歩兵師団、第四〇歩兵師団、第七五レンジャー連隊、新設の第八機甲師団からなる大規模な地上兵力が投入されると言う。また北米軍だけでなく、北米方面軍カナダ軍や中南米方面軍のメキシコ方面軍、キューバに逃れていたニカラグア、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、パナマと言った中南米諸国の連合軍が南米総軍のコロンビア方面軍やエクアドル方面軍、ブラジル方面軍の支援を得て一斉に反攻作戦に出るとの事だった。中南米総軍と呼ばれる中南米諸国の連合軍の最終目標は、パナマ運河の完全なる奪還だった。同地には運河棲姫が居座っており、多数の陸上型深海棲艦も布陣しているので、激戦が予想される。

 北米から中南米にかけての人類生息圏の奪還作戦が成功すれば、サンディエゴやサンフランシスコと言った海軍拠点が復活するだけでなく、パナマ運河を奪還する事で、海上交通路の改善が見込めるし、同時に深海棲艦の太平洋に面する拠点の幾つかが失われる事を意味している。当然、深海棲艦の地上部隊も猛烈な抵抗を見せるだろう。

 少し前に衣笠が国連欧州総軍の兵士間における士気の低さや隣国への配慮の無さを嘆くのを聞いたとはいえ、必ずしもそうでもない国連軍各方面軍の様子には愛鷹も感心する所があった。当然だろうか、現地に住まう彼ら彼女ら国連軍将兵にとっては故郷の奪還となるのだから、意地でも奪還作戦に注力する事になるのだろう。

 

 中南米方面軍の支援に当たるキューバや南米諸国も他人事ではない。深海棲艦が陸上部を伝って侵攻して来れば、南米諸国も無関心を決め込んではいられないし、カリブ海を渡ってキューバ、ジャマイカへと深海棲艦が侵攻すれば、それまで安泰だったメキシコ湾やカリブ海の制海権も失われ、周辺諸国に住まう何百万と言う民間人の生活が脅かされる。貧困層の多い国だから、万が一深海棲艦の侵攻が行われたら、まともな民間人避難誘導が行えるかすら怪しい。政府機関よりも麻薬カルテルやギャングなどのアウトローが影響力を持っている国々だから政府機関よりもそれらアウトローが民間人の避難に尽力するかもしれないが、それでも非正規組織なだけに限界はある。国連はそう言った非正規組織には表向きは支援の手を出していない。

 パナマが奪還されると戦略的に影響力は非常に大きい。二〇二四年にそれまでのパナマックスと言う概念を取り払う第二パナマ運河が開通し、一〇万トン級の大型貨物船のパナマ通行が可能となり、従来の海上交通にブレークスルーを起こした矢先の翌年に深海棲艦の出現によって事実上使用が出来なくなり、二〇二八年にはコイバ島沖でパナマ運河警備にあたっていたアメリカ海軍の二個空母打撃群が深海棲艦に撃滅され、パナマ政府の判断で運河が閉鎖された。

 二つのパナマ運河の閉鎖によって経済に与えた影響や損害は非常に大きく、二つのパナマ運河の閉鎖による経済難で首を吊った会社経営者は少なくない。深海棲艦は経済と言う形で間接的にも人類を殺害していると言えよう。

 

 それから一〇年余り、人類は国連の名の下に連合軍を組んで一大反攻作戦に転じて奪われた故郷の奪還に出ようとしている。

 作戦の支援拠点となるキューバと更にその支援を行うアメリカの国交が改善されているのもある意味大きい。フロリダ半島経由で中南米方面軍はアメリカ東海岸で生産された兵器や装備を受け取れるし、補給路も確保されている。

 これら北米から中南米にかけての一大反攻作戦を「オペレーション・グレート・アメリカンマーチ」と呼ばれると言う。

 

「『大いなるアメリカ行進曲』作戦、か」

 頬杖を突いてPCのモニターを見つめながら愛鷹は呟く。

 

 現在の対深海棲艦戦争は何も艦娘だけで進んでいる訳では無い。艦娘を使わずとも戦える内陸部、艦娘を保有していない国々、そう言ったところへ浸透する深海棲艦と戦うのは、艦娘の様な先天的な特殊さを持たない一般の人間の兵士たちの仕事だ。彼ら彼女らの存在が無くして、地上戦は成り立たない。

 一応艦娘にも陸上戦を専門とする艦娘は居るかと言えば居る。日本艦隊所属の神州丸、あきつ丸、山汐丸は陸戦、白兵戦の心得だけでなく、常日頃から艤装を用いない対人戦の訓練を課されている。海上での艦娘としての活動よりも、艦娘に対するMP(憲兵)任務に就いているこの三人は海上戦闘よりも陸戦の方が得意なまである。無論、彼女らも艦娘なので艦娘艦隊の一人として外洋作戦に駆り出される事もあるのだが、如何せんカテゴリーが補助艦艇に相当するだけに、深海棲艦と正面切って戦う事が苦手な艦種であり、専ら後方支援タイプの艦娘である。

 この他にも一応、白兵戦が出来る通常の艦娘は少なからずいる。だが本職の陸戦部隊と比べると、どうしても経験の分野において大幅に劣る。艦娘個々の兵士としての戦闘能力はともかく、部隊としての戦闘行動の訓練を行っていないから、陸戦に突然放り込んでも簡単に戦える訳では無い。艤装を使えれば、話は別だが艦娘の艤装は陸上部に上がった時点で自動的にセーフティーロックがかかる仕様になっているので、陸上部では火器が使えないのだ。艦娘の艤装に備わった火器は対人戦に置いて非常に強力過ぎるが故に、その様なセーフティーロック機能が備えられているのである。

 キーボードを叩いて、ライブ配信をしているニュース局に切り替える。IWニュースこと「インターナショナル・ワールド・ニュース」がクロアチアのイタリア人難民キャンプから現地クロアチア人報道員の実況を、リアルタイムで英語に吹き替えて配信している。

 

≪ここシベニクのイタリア人難民キャンプでは、不足しがちな燃料と食料の配給に対するイタリア人難民の不満が日増しに高まっている一方、日々流入する大量のイタリア人難民の数にクロアチア国内では周辺諸国へ難民の受け入れ分担を求めるデモ活動が首都ザグレブを始めとする大都市で行われており、国連難民支援機関UNHCRとクロアチア政府が現在隣国スロベニア、ボスニアヘルツェゴビナ等へ難民の受け入れ分担を求める外交交渉が進行中です。

 また今年は比較的例年より早い冬が訪れると予測されており、難民キャンプに身を寄せるイタリア人難民の中には、キャンプの設備で今年の冬の寒さを乗り越えられるのか、と言う不安の声が広がっています。

 世界保健機関は各地の難民キャンプでの医療支援をより一層強化すると宣言していますが、一昨日でもプロチエの難民キャンプで六名が食中毒で死亡するなど、急増の難民キャンプでの衛生環境の悪化は未だ改善出来ていないと言うのが、実情です。

 一方、現在イタリア難民キャンプでは、年齢、性別問わず多くの難民や国連職員までもが犯罪組織に誘拐、拉致されるなどの治安の問題も抱えており、現在の深海棲艦との戦争が長引き、更に難民が流入する事になれば、比例する形で犯罪被害に遭う被害者の数も増えると予想されています。イタリア人難民の間では、現地警察に頼れないとして自警団を結成する動きもあり、事態の悪化を憂慮したイタリアのサントーロ首相は欧州機構及び国連に対して、欧州総軍から治安維持軍の派遣を求める声明を発表しています≫

 ライブ映像ではイタリア人難民キャンプの風景が映し出されていた。お世辞にも良い環境に見えないキャンプに寄り添うように生活しているイタリア人難民を国連職員やクロアチアの現地のボランティア団体が支援している活動風景も映し出される。

 一方でクロアチア国内での難民の流入に抗議するデモ活動の映像も映される。

 食事と寝る場所に困らない国連軍の軍人としての身分を保証されている自分と比べてしまいかける所だが、今そうした所で何か始まる訳でもなく、何かが解決できる訳でもない。寧ろ愛鷹を含む艦娘が一刻も早くアンツィオを奪還すれば、難民は故郷へ帰る事が出来る。

 

「責任重大ね……」

 

 そう呟きながら愛鷹はライブ配信のチャンネルを閉じ、椅子の背もたれに身を預けて軽く目を閉じて仮眠に入った。

 

「マティアス・ジャクソン」の艤装工場を訪れた青葉は、各種設備を手持ちのカメラで撮影しながら、初めて乗艦する艦娘母艦の艦娘艤装支援設備について、手空きの作業員に色々と「取材」を試みていた。様々な機械が並ぶ「マティアス・ジャクソン」の艦娘艤装関連の工場設備は、文字通り青葉にとっては目から鱗が落ちる程のネタの宝庫であった。少佐の階級章がここで生き、艦娘と言う当事者なだけあって、大半の設備を「マティアス・ジャクソン」の艤装整備班長に案内して貰う事が出来た。

 案内された設備の一つでは、機械の内部を見る事が出来る窓越しにプリンターでネルソン級戦艦艦娘の艤装の部品がプリントされる様が見えた。大破したネルソン級姉妹の艤装の部品で損傷が激しく廃棄に至った部品を、新規に製造しているのだ。

 

「艦娘の艤装がプリントされるところを見るのは初めてですか?」

 自慢げな顔で聞いて来る艤装整備長の言葉に、青葉は興味津々の顔で頷く。青葉は無論女性だが、男の子の様に目の前にある複雑で、一定の規則性を持って動く機械のギミックを見ていると謎に心惹かれる所はあった。

「部品のプリンターの技術も、ここ一〇年、二〇年で大きく進化しました。軍用プリンターであれば今なら銃一丁分の部品を全て作る事も可能です」

「発射時に極めて高いジュールがかかるバレルもですか?」

 そう尋ねる青葉に艤装整備長は無論だと頷く。

「勿論です。民間市場に出回っているプリンターはそう言う軍用品を民間人や非正規軍の人間が兵器を製造できない様に機能を制限しているので、作れてグリップやハンドガード程度ですが、軍用プリンターなら文字通り歩兵サイズの装備品なら何でも作れます。強度と精度を落とす事無く、最前線で工場で生産されるものと同じレベルの部品を製造する事が可能です。

 お陰で艦娘の火器、艤装機関部のパーツ、電装品、艦娘の靴に付ける主機のパーツまでとあらゆる軍用パーツを作れるようになりました」

「まるで、錬金術ですね」

「人体は錬成できませんがね」

 ニヤッと笑って言う艤装整備長に青葉はふむと頷きながら、良い所尽くめに聞こえる軍用プリンターの持つデメリットについても質問する。

「これのデメリットなどは?」

「やはり、調達価格そのものですね。青葉少佐の給料の数百年分は余裕でいきます。主力戦車程ではありませんが、装甲車が一台買える位の値段はします。高性能の代償ですね。マティアス・ジャクソン級の建造調達価格が他の艦娘支援艦、母艦と比べて高めになっているのは、こういったプリンターを始めとする艦娘の支援設備にかかる予算が極めて高い事に起因しています」

「つまり、艦娘支援設備を抜けば、マティアス・ジャクソン級の調達価格は他の軍艦と大差ないと?」

「そうなりますね。本艦自体の開発、建造コストそのものはアメリカ級強襲揚陸艦より少し多い程度ですから。旗艦『ドリス・ミラー』よりは建造価格は抑えられていますけどね」

 

 その言葉に青葉はそれはそうだろうなと、内心頷いていた。「ドリス・ミラー」はジェラルド・R・フォード級原子力空母であり、原子力の力で動く全長三三三メートル、排水量一〇万トンを超える巨艦だ。艦が大きいだけでなく、その運用保全に多数の専門的知識を得た人員を要する原子炉で動く原子力艦である。対してマティアス・ジャクソン級の機関はCODLOG、即ち巡航時はディーゼル・エレクトリック方式による電機推進で動き、高速航行(戦速)時はガスタービンエンジンに切り替えて動く通常の内燃機関だ。

 安全ガラス越しにプリントされるネルソン級戦艦艦娘艤装の部品を見て、青葉はおや? と気が付く。青葉も多少は船の部品に関する知識は持ち合わせている。青葉は知る限るでは、今プリントされているのはガスタービンエンジンのタービンブレードだ。

「ここでは艦娘の艤装部品以外も製造しているんですか?」

 そう尋ねる青葉の視線の先にある物を見た艤装整備長が頭を振って、説明する。

「いえ、あれは艦娘の機関部の部品です。ご存じなかったのですか? 艦娘の機関部は基本的にガスタービンエンジンで動いているんですよ。具体的に言うとガスタービンエンジンを発電機とするIEP、統合電気推進なんですがね。なので人サイズのガスタービンエンジンの部品が必要になる訳です。

 無論全ての艦娘が統合電気推進と言う訳ではありません。海防艦やコルベット艦娘は燃費重視のガスタービン・エレクトリック・ガスタービン複合推進方式、いわゆるCOGLAGで動いていますし、潜水艦娘の艤装なら燃料電池で動いています。

 戦艦艦娘は艤装のサイズに余裕があるので、『缶』を増設する際はダッシュ力を重視したCOGAG(コンバイン・ガスタービン・アンド・ガスタービン)を載せる事もありますね」

「ガスタービンエンジンを含めた機関部が、乾電池サイズにまで小型化されていたんですか」

 

 艦娘として海に出る時、その動力源として常に背中に背負って来ていた機関部の真相を知って、青葉は驚きに目を見開く。艦船の機関として大規模な設備となって存在しているのは、何度も軍艦の広報番組で見たことがあったが、人サイズの艦娘の艤装に内部に仕込めるほどに小型化されていたと言うのは一〇年の艦娘人生でも初耳だった。

 

「実現するにはかなりの努力と汗、金がかかったとは聞いていますね。何しろ前代未聞の海上機動歩兵として艦娘が提唱された訳ですから、従来の陸戦部隊の歩兵装備に更に過酷な海上での運用など、様々なハードルの高い条件を課された開発計画をハーバード大学やMITを出るくらい頭のいい学者さん達が頭の知恵を絞ってクリアしたものですから。

 一〇〇年以上前、日本の航空技術者達が日本海軍の無茶な要求を見事達成して、零式艦上戦闘機を世に送り出した経緯がありますが、ある意味艦娘の艤装とその機関部の開発はそれに等しいレベルの偉業です」

 当時の日本の航空産業の限界を現代の科学技術の限界に例えて解説する艤装整備長の語り口に、青葉はふむふむと相槌を交えながら聞く。

「青葉少佐の艤装がお幾らするか、ご存知ですか?」

 ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて聞いて来る艤装整備長に青葉はやんわりと「結構です」と返しつつ、ふと気になった事を尋ねる。

「愛鷹さんの艤装は艤装整備長的にどう見えたのですか?」

「どう、と言われましても……」

 もっと具体性を持った質問で言って欲しいと言う顔を浮かべつつも、率直に自身が感じた感想を青葉に対して答えて行った。

「拡張性と言いますか、単なる航空巡洋戦艦に留めておくには惜しい位の艤装、と言うべきでしょうか。艤装機関部の入れ替えは極めて簡単ですし、艤装そのものが大きいから、艦娘の武装は理論上何でも積めます。ヘッジホッグや試製対潜短魚雷、あー、フレッチャー級駆逐艦娘の一部が載せている対潜装備です、あれだって載せる事も可能ですね。

 航空艤装も備えられるから、誰かが本気で設計図を描けば、今の限定的な航空戦艦モドキに留まらない、翔鶴型空母艦娘並みの艦載機搭載量を誇る空母艦娘にする事も出来るし、より本格的な戦艦艦娘の艤装として改造する事も出来ます。個人的にはただでさえ艦娘最強の火力を誇る大和型を凌ぐ戦艦艦娘の艤装として改造できる余地があると見ていますね。

 結論から言えば、かなり勿体ない使い方をしていますね愛鷹中佐の艤装は。余裕がある設計を生かしきれていない、余白塗れの状態で使っている状態です。もっと例えれば、バラストを充分に充填していないまま航行しているタンカーみたいなものです」

「成程……理想論は超戦艦艦娘艤装ですが、駆逐艦としても空母としても巡洋艦としても使えると」

「ええ、そうなりますね。愛鷹中佐は以前の艦種は超甲巡だったとの事ですが、今の航空巡洋戦艦になったのはある意味で余裕ある拡張性の中で少し、背伸びした程度でまだまだ余裕はたっぷりある感じです」

「ふーむ……」

 その秘めたポテンシャルからして愛鷹と言う艦娘に求められていた「クローン艦娘のこなす任務範囲」が、青葉には朧気ながら見えた気がした。戦艦、巡洋艦、空母、大型駆逐艦と実質補助艦艇と海防艦、潜水艦以外の艦種全てを愛鷹、いや、「愛鷹タイプ」のクローン艦娘が担う筈だったのだろう。愛鷹が以前打ち明けたクローン艦娘製造の理由も、既存の艦種を問わずに戦死した艦娘によって起きた戦力的空白、喪失した艦娘戦力の補填にあったから「愛鷹タイプ」のクローンが、撃沈戦死した艦娘の後釜として据えられる予定だったのかも知れない。

 考え込む青葉の傍らで、艤装整備長が不思議そうに顔を覗き込んで来るのを悟った青葉は案内してくれた礼を述べ、艤装工場を辞した。興味深い事を沢山聞けたのは、取材精神が昂ぶる所でもあり、日本に帰国したら艦隊新聞にまとめるのが楽しみな所でもあった。

 

「でも……」

 

 通路を歩く足をふと止めて、首から下げているカメラに目を落としながら、青葉は何か思い至った様にその場で暫し考えを巡らせ、こくりと頷いた。

 

「愛鷹さん周りの事は、皆には内緒だね。司令官が情報公開しない限りは」

 

 その後、ASW部隊全員を集めた顔合わせと作戦に当たってのブリーフィングが行われた。ルグランジュ提督の部下の首席参謀が、ASW部隊として参加する三五名の艦娘相手に作戦前の状況説明と情報共有を行った。

 ブリーフィングは特に艦娘側から質問も無く進み、三〇分程の入念な情報共有が行われるとブリーフィングは終了となり、初顔合わせとなる艦娘も多いASW部隊のメンバーの顔合わせや交流会が簡易的ながら行われた。

 この中でも新参の駆逐艦娘であるZ57、Z62、Z68、Z72と愛鷹、蒼月は青葉、夕張、深雪、瑞鳳以外の艦娘達の注目を引いた。

 ブロンドと緑の瞳が特徴的で四人の新参者のドイツ駆逐艦娘ではリーダー格を自然とになっているZ57、愛称エリカが軽く四人を代表して自己紹介をしていく。Z57ことエリカは少し勝気な一面を覗かせており、青葉やホーネットからは日本本国の軍病院に入院中の瑞鶴をふと想起させた。Z62、愛称エルネスティーネは銀髪の髪に尖った鼻が特徴的なドイツ艦娘で心なしか四人の中でも最も年齢層が高そうに見える。Z68、愛称リレは四人の中でも最も背が高い一方、無口であり殆ど「Ja (はい)」としか答えないくらいだ。茶色のポニーテールにやや神経質に左手を通していたZ72、愛称ローザは神経質な性格と言うよりは実戦経験の少なさからの緊張感がありありと現れている様子だ。

 蒼月の紹介は比較的簡単に終わった。あとに控える愛鷹と比べて等身大の艦娘と言う心象が強い蒼月は、直ぐにメンバーと馴染んだ。

 そして一同の注目が愛鷹に向く。蒼月の事は北米艦隊艦娘の中でも来日経験が何度もあるホーネット、レンジャー、ラングレーも見覚えがある程度はあったが、愛鷹の事を始めて見る艦娘は少なくない。キーリング、ジェームス、ドッジの三人はキース島からの撤退戦の際に顔合わせしているので面識があったが、艦隊旗艦として自分達を率いる事になる艦娘が余り見ない顔と言うだけに、否応なしに愛鷹は注目を浴びた。

 まず驚かれたのはその背丈だった。今回のASW部隊の参加メンバーの中で愛鷹に次いで背丈が高いのはホーネットの身長一七九センチで、それでも愛鷹の素の身長よりも一〇センチ低い。ホーネットもラダーヒール靴勢なので素の身長にプラス六センチは目線が上がっているが、それでも愛鷹には及ばない。とにかく図体が大きい愛鷹の事を殆どの艦娘が見上げる形となった。

「何を食べたらそんなに大きくなるかしら?」

 至って素朴な疑問をジャヴェリンがぶつけて来る。それに対して隣のユリシーズがさも当然の帰結と言う様に答えた。

「適度な食事と盛んな運動が彼女の成長期に重なったのだろうさ」

「まあ、そうだと思って置いて下さい」

 体格の大きさは遺伝子複製元の大和譲りなので、愛鷹がどうこうと言う範疇に当てはまらない。正直な話、体躯が大きすぎて困る事もあるので、程よく小さ目な体躯揃いの仲間達が逆に羨ましく思えて来る。

「背丈が高いと、困る事ってありません?」

「結構困りますよ、ベッドで寝る時窮屈になりがちですから」

 唐突に図星を突いて来る大鳳に、愛鷹は比較的深刻な個人的悩みを打ち明ける。その言葉に、背筋を伸ばして背伸びしていたヘイウッドが顔を恥じる様に赤らめて俯いた。

「君も君で随分苦労しているのね」

 両腕を組んで一同の後ろ寄りの位置に立っているシェフィールドが抑揚のある声で言う。

 良いのか悪いのか分からないレベルで注目を集めている自分に、愛鷹は少し恥ずかしさを覚えかけていたが、旗艦を担う以上はここで顔を背けては駄目だと自身を奮い立たせる。

 そんな愛鷹に陽炎が何気ない一言を放った。

 

「なんかさ、ずーっと思ってた事なのだけど愛鷹さんって、大和さんに顔がよく似ている気がするのだけど、私の気のせいかしら……?」

 

 一瞬どきりと愛鷹の心臓が大きく鼓動を打つ。陽炎の何気ない一言に、大和と言う艦娘なら誰でも知る大艦巨砲主義の頂点に立つ艦娘と容姿が似ている愛鷹にほぼ一斉に興味の視線が強まる。悪い事に愛鷹の身長がメンバーの中でも最も高いだけに、目深に被る制帽でも隠し切れない所がある。特に顎の輪郭や髪型などはほぼほぼ大和と同じだ。

「もしかして、彼女の双子なの?」

 意外そうにホーネットが聞く。まさかここで自身の正体を打ち明ける訳にも行かず、愛鷹はぐっと歯を噛み締めて、一同に(正体を知っている青葉達を除き)向き直ると、自分でも少し見苦しさを感じながら答えた。

「個人秘密って事でノーコメントで」

 にべもないその答えに何名かの艦娘が不満そうな顔を浮かべるが、パンパンパン、とラングレーが注意を引く様に手を叩いて不満げな顔を浮かべる艦娘の注意を引く。

「気になるっちゃ気になるけど、あたしら艦娘の生い立ちはお互い詮索しっ子無し、ってのがルールだろ。愛鷹には愛鷹なりの個人的な事情がある。それだけの事さ。それに愛鷹と大和の関係を知ったところで、別にあたしらのこれからの仕事には関係ない」

「それもそうですわね」

 ラングレーの竹で割ったようなさっぱりとした物言いと、それに納得した様に頷くレンジャーの言葉が決め手となって、艦娘達の愛鷹に対する正体に対する興味は薄れ、宜しく頼みますよ、と旗艦を担う愛鷹に大任を任せる事を確約させて一同は解散となった。

 

 

 解散後、愛鷹は一人「マティアス・ジャクソン」の艦尾のキャットウォークに赴いていた。

 火気厳禁指定が無い飛行甲板の艦尾キャットウォークの端で葉巻を加え、ジッポで火をつけ、葉先から煙を燻らせながら一服を入れる。

 さっきはひやりとさせられる一面があったが、ラングレーのさりげない言葉に救われた感じがあった。艦娘同士での素性の詮索は暗黙の了解でやらない事が決まっているから、それに納得した形で収拾がついたものの、明らかに大和似の容姿であると言う認識は持たれた可能性が高い。

 それが原因となって何か面倒な事が起きる、と言うかと言われたら、案外そうでも無いとは思うが、それでも今まで多くの艦娘相手に隠して来た事をあっさりと見抜かれて、暴かれた様な気がしてどうにも嫌な予感が脳裏を過る。

 壁に寄りかかって、夕焼けが水平線上に沈みつつある地中海の海を眺める。海のど真ん中と言う事もあり、周囲に展開する艦艇を除けば、水平線の下に潜っていく太陽の姿がはっきりと見えるのは綺麗な光景であった。

 葉巻を右手で取って口から煙をふうーっと吐いていると、愛鷹が居るキャットウォークへ通じる水密扉が開き、中から陽炎が姿を現した。

「あら、愛鷹さんじゃない。貴女もここで夕涼みってとこ?」

「そんなところです」

 さっき自分の正体の核心に触れた陽炎に内心警戒心を向けながらも、至って平常心を装って愛鷹は葉巻に口を付ける。

 その隣で陽炎も上着のポケットから煙草の箱を出し、一本出して、口に咥えるとライターで葉先に火をつける。意外なところに喫煙艦娘が居るものだと愛鷹が横目で陽炎を伺うと、口からぽっと煙を吐き出しながら陽炎は愛鷹に向けて頭を回して、先の事について謝罪を入れて来た。

「さっきは御免ね。なんか、要らない詮索かけちゃって」

「……」

「……怒ってる……かしら……?」

 流石に気まずそうに愛鷹の横顔を伺う陽炎に、愛鷹は葉巻を咥えて、葉先をチリチリと炙りながら暫し無言を返す。

 やっぱり怒ってるのかな、と陽炎が気まずげに煙草を吸った時、愛鷹が低い声で答えた。

「正直、いつかは誰かが薄々素で見抜きに来るんじゃないか、と思っていた事がありました」

「……ホーネットも言ってたけど、やっぱ大和さんの実の双子だったりするの?」

 陽炎の言葉に、どう答えるか、と少し悩んだ末に愛鷹は曖昧な、しかし聖書の一節を引用した答えを返した。

「それについてはイエスであり、ノーですね」

「『アルファであり、オメガである』の一節の引用ね。意味合いはかなり違うけど、ま、本当の事を答えたくない時には使える言葉ね」

 意外にも自分の引用した一節の元ネタを知っている陽炎に愛鷹が軽く驚きの視線を向ける中、陽炎自身は話題を変えようと、愛鷹が吸っている葉巻について質問を向けて来た。

「それ、銘柄は何?」

「ヌエボ・ペルフェクトスです。昔日本で誕生した葉巻の銘柄ペルフェクトスの新規生産版です」

「ふーん、日本製の銘柄に拘りでもあるの?」

「キューバやバハマ産の様な、世界的に有名かつ高級な葉巻にはそれ程興味は無いので。陽炎さんのそれは?」

「『マティアス・ジャクソン』のPXに売ってたやつを適当に買って来たからよく分んない。これなんて書いてあるか分かる?」

 そう言って、陽炎はポケットから煙草の箱を出して愛鷹に見せる。フランス語で「GITANES」と書いてある。フランスで有名な銘柄「ジタン」だ。

「ジタンですね、フランスで有名な銘柄です。ゴロワーズと双璧を成すレベルの有名品ですね。吸った感じは葉巻に近いとよく言われます。吸った後の火消しは念入りにして下さいね、灰皿のフィルターの中で発火しやすいものですから」

「ふーん、日本で売られている銘柄が無いからテキトーに買ったものだったけど、結構な有名品だったのね」

 丁寧に教えてくれる愛鷹の解説に興味深そうに頷きながら聞きつつ陽炎はジタンを咥えて煙を軽く吸う。

「私、葉巻って吸った事ないんだけど、ジタンって煙草でありながら葉巻を吸っている気分にもなれる一石二鳥の銘柄なのね」

「その葉巻じみた味が、人によって好みが分かれると聞きますけどね」

 そう答えつつ愛鷹も葉巻を吸う。水平線上から夕陽は沈みかけ、紫色の空の遥か上に紺碧の夜空が広がりつつあった。その紺碧の夜空に向かって二人が吐き出す煙がゆらりと立ち昇って、消えて行った。

「ニコチンは身体に悪いけど、やっぱこうしてストレス発症も兼ねて喫煙するのは至福の時間よね」

「そうですね。しかし、陽炎さんが喫煙可能年齢なのは知りませんでした」

「私、今年で二三よ? とっくに喫煙可能年齢は過ぎてるわ。身体は未成年くらいの見た目だけど、中身は歳食ってるのよ。愛鷹さんも二〇歳はとっくに過ぎてるから葉巻吸ってるんでしょ」

「ええ、まあ……」

 やや歯切れの悪い返事に陽炎は少し不思議そうに愛鷹の横顔を見上げ、制帽の下から除く、大和似、いやそっくりな顔立ちに興味がより一層深まった。だが、ラングレーの言った言葉を思い出し、愛鷹に詮索を入れるのは止めておくことにした。陽炎とて一八人いる妹の素性を全て把握している訳では無い。隠している妹だっているし、相棒の不知火の様に逆に教えてくれた妹もいる。

 世界各国に何百人といる艦娘達の中の一人に過ぎない愛鷹には彼女の成りの明かせないパーソナル事情がある、それだけの事だ、と自分自身に言い聞かせ、陽炎はジタンを手に取って口から煙をフーっと吐いた。 




感想評価ご自由にどうぞ。
ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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第八四話 ティレニアを黒く染めて 前編

 第八四話、対潜戦闘回です。


 暫くの間、袖を通してこなかったロングコートを久しぶりに着た時に愛鷹が感じたのは、はっきりと季節が変わった事であった。

 地中海と言えど、一一月になれば多少なりとも気温に変化は出る。冬がヨーロッパに訪れていた。例年よりも一段と冷えた風が欧州全土に寒々とした空気を運び、大都市から中小規模の地方都市に至るまで、冷えた空気が流れ込んでいた。

 海上も例外ではなく、冷気が気温を下げ、半袖では身体が震えだしそうな寒気を醸し出していた。艦娘の制服は半袖仕様が多い事もあり、各々自前のフリースやパーカー、インナーやタイツ等を着用するメンバーも少なくなかった。艤装の防護機能を応用して、機関部の熱を暖房用の熱源として転用する事で一定の暖房効果が得られるが、逆にそれだと今の気温では寧ろ熱くなりすぎるので、艦娘の方で衣服を重ね着して調整していた。

「マティアス・ジャクソン」の艦尾のウェルドックには、ASW部隊のメンバーが勢揃いして、作戦展開の為に艤装を装備する作業に取り掛かっていた。皆長袖を着込んで暖かい恰好で作戦に挑もうとしていた。

 長身の身体をほぼ丸々包み込むロングコートのベルトを締め直した愛鷹の背中で、艤装が艤装装着ベルトに連結される軽い衝撃が伝わって来る。「接続よし!」と作業員が大声で叫ぶ一方、別の作業員がAPUのケーブルを愛鷹の艤装に繋ぎ、艤装の起動準備を始めた。

「補機接続、回転数上昇。50、55、65、70……」

 甲高いAPUの動力音と共に補助機関の回転数が上昇していく。愛鷹の艤装内では機関部妖精が機関部の点火準備の為に機関室内を駆け回り、操作盤に張り付いて計器表示と睨めっこをする。

 既定の回転数に達すると主機に切り替え、起動、点火する。

「機関部正常、補機カット、メインエンジン点火。フロートジェネレーター起動」

 聞き慣れた機関音が響き渡り、愛鷹の艤装の煙突部から薄らとした黒煙が排出される。排煙はウェルドックの換気システムによって瞬く間に吸い取られて、フィルターを通して艦の外へと排出される。APUと繋いでいたケーブルが外され、作業員がケーブルを抱えて下がる。

「ガントリーロック解除、作業員は退避」

 それまで愛鷹の艤装を掴んでいたガントリーロッククレーンがアームを艤装から離し、愛鷹の背中で艤装がフロートジェネレーターの力で浮揚する。

「発艦準備良し」

 HUDで機関部、主機、全て異常なしと確認した愛鷹が宣告すると、ウェルドック内に黄色いランプが点滅し始め、警報と共にウェルドックへ注水が始まり、艦尾のハッチも開き始める。

 スロープを降りていく愛鷹の足元を海水が洗い、ニーソックスの膝が少し濡れるが、直ぐに浮航機能を作動させた主機によってふわりと注水されていく海水の上に愛鷹の身体が直立する。

 注水完了のブザーが鳴り響き、ウェルドックの艦内の風景が艦尾側へと傾いて見える中、ドックの発進口の上にある警告灯が黄色からグリーンに切り替わる。愛鷹の後ろ側ではシャッターが立ち上がって発艦デッキにいる艦娘と作業員を艦娘発艦時の波しぶきから防護する。

 発艦士官がキャットウォークから安全確認をして、艦尾方向、デッキ各部に異常なしを確認すると、発艦して良しの合図となるポーズをとる。

≪ASW部隊旗艦愛鷹、発艦宜し≫

 離着艦指揮所から発艦して良しの許可が出ると、愛鷹は短く「了解」と返すと、発艦申告を告げた。

「ASW部隊旗艦愛鷹、出る!」

 足元の踵から水飛沫が後ろへ向かって勢いよく吹き出し、強速へと一気に加速した愛鷹が地中海の海原へ抜錨した。

 

 一一月二日の地中海の空は鈍色の曇空に覆いつくされていた。寒気が海上に流れ込み、例年より冷えると予想していた気象班の予想通り、肌寒さを感じさせる。曇った空のせいで、海上に差し込む日光は遮られ、水平線上には白いカーテンに覆われたような景色が広がっていた。

 日光が不十分となれば、普段青々とした海原も、紺碧を通り越して黒く広がっていた。その黒い海上を、ASW部隊の艦娘達の白い航跡が軌跡を描く様に長く延びて行き、各艦娘の背中側で快調なエンジン音を響かせる機関部の唸り声が、艦首波の砕ける音と重なってシンフォニーを奏でていた。

 三〇名の艦娘が六人ずつの分艦隊を形成して、ティレニア海に広がっていく。その上空を大鳳、黒鳳、ホーネット、レンジャー、ラングレーから発艦した二式艦上偵察機、SB2C-5が編隊を組んで、各索敵担当方面へと広がっていった。

 夕張、深雪、蒼月、ジョンストン、瑞鳳を従えて海上を進む愛鷹のヘッドセットから、今回の対潜掃討戦に出撃したASW部隊の管制を担うAWACSヴィータから通信が入る。

≪こちら艦娘部隊空中管制機ヴィータ、本作戦参加艦娘の管制を任されている。各部隊、コールサインを名乗れ≫

 は? と思わず愛鷹は声が出かける。各部隊へ割り当てるコールサインなど事前のブリーフィングでも伝達は無かった。今この場でコールサインを決めて名乗れと言うのだろうか?

≪頭管理主義なの? ブリーフィングでそんなもの伝達されてもいない私らに今この場で、深海棲艦の潜水艦に気を配らなきゃいけない今この場で、余計な事に頭のリソースを割けと言うの? そんなもの貴方が決めて割り当てなさいよ!≫

 早速Z57が食って掛かる様に言い返す。それくらいAWACSの仕事だろと言い返す彼女にヴィータはイラっとした声でぴしゃりと言い返す。

≪お前ら艦娘にも脳みそは備わっているだろう、俺の仕事を増やすな、自分で何か考えろ!≫

 癖が強いのか、口が悪いタイプなのか、ヴィータの性格に愛鷹は大きくため息を吐きながら、旗艦である自分が割り当てるべきだと思い直して、ヴィータとの通信を繋げる。

「こちらASW部隊総旗艦愛鷹。本艦が各部隊のコールサインを割り当てます。本部隊のコールサインは『ホワイトハウンド』、駆逐艦キーリング以下の部隊を『グレイハウンド』、重巡青葉以下の部隊を『チェイサー』、英国艦隊を『アールグレイ』、ドイツ艦隊を『レンツァー』、後方の空母部隊は『ドライバー』と命名、以後同コールサインで各部隊は行動するように」

≪ふむ、良いだろう。そのコールサインで以後本機は管制を行う。まったく司令部の奴等、艦娘達にコールサインの伝達もせんとは……≫

 最後毒づきながらもヴィータは承服して、各ASW部隊の艦娘分艦隊に愛鷹が命名したコールサインを書き加えていった。愛鷹のHUDに、更新された友軍情報に彼女が命名したコールサインがそれぞれ反映される。

≪私達のコールサインが『アールグレイ』ね。はぁ、なんだか急にアールグレイが飲みたくなってきた≫

 英国艦隊の艦娘を先導するシェフィールドからやや苦笑いする声と同時に、紅茶への英国人ならではの執着とも言える言葉が出る。

(英国人は紅茶しか飲まないのかしらね)

 自身はコーヒー派である愛鷹が何気なく疑問を思い浮かべた時、見透かしているのか、単にシェフィールドの私語を嗜めていただけなのか、ヴィータから≪私語は慎め、任務に集中しろ≫とにべもない口調で言い渡される。

 

 広大な作戦海域に各部隊が進入すると、ヴィータから「作戦開始」とだけ告げられる。

 口の悪いAWACSとは暫く口をきかなくていい事に、どこか感謝しながら、愛鷹はヘッドセットの機能をソーナーモードに切り替え、海中の眼では見えない音だけが頼りの世界に耳を傾ける。瑞鳳からは天山が発艦し、対潜哨戒に向かい、別働の青葉からも瑞雲が発艦して同様に対潜哨戒に向かう。後方の空母艦娘五人の放った偵察機も対潜警戒についてくれるが、位置の共有は出来ても、対潜攻撃は出来ないのに対し、瑞鳳、青葉の機体は対潜攻撃が可能と言う違いがある。

 潜水艦の掃蕩任務は、はっきりと言えば非常に時間がかかる戦いである。水上艦との戦いと違い、海中に身を潜める潜水艦は潜航中の時は艦娘の方からは目視が基本的にできない分、ソーナーによる聴音で位置の探り合いをずっと続ける事になる。潜水艦も無暗に水上艦である艦娘に打って出る事も無いので、広大な海の中から小さな一つのコインを探し出すかの如くの非常に手間がかかる作戦だった。

「一に忍耐、二に忍耐、三に忍耐」

 早速欠伸交じりに深雪が言う。水上艦と正面切って殴り合う方が気持ちが楽ですらある対潜掃蕩だが、この潜水艦の防衛網を食い破らなければ、本命のアンツィオには辿り着けない。

 

(これだけの数の艦娘が出て来たのだから、深海潜水艦も迎え撃って来る筈……)

 

 ソーナーから聞こえて来る海中の音に耳を澄ましながら、愛鷹は考えていた。三〇名の艦娘が五群に分かれてティレニア海に進出しているのだ。大軍を組めば組むほど、深海棲艦は寄って来る性質を持つ。その性質を逆手に取れば、広大な海の中から小さな一つのコインを探すような作業も、寧ろコインの方から寄ってくる可能性が高い。

 とは言え、深海棲艦の潜水艦も、自分の位置を暴露しながら姿を現すとは考え難い。洋上を進む艦娘達の機関音に紛れて無音潜航しながら密かに距離を詰め、一瞬の隙を突いて魚雷を撃って来る事もありうる。

 代わり映えが無い潜水艦捜索は一分、一秒が一〇倍に引き延ばされたかのような気分になる。時間経過の感覚が狂いそうな任務だ。

 勿論深海棲艦の潜水艦とて原子力潜水艦の様に無限に潜航出来る訳では無い。シュノーケルを海面に上げて吸気を行う必要がある事は、これまでの深海棲艦の潜水艦との戦いで判明している事である。最大潜航深度も艦種によるが、それほど深い訳では無いし、水中速力も速いとは言えない。だからこそ、そのデメリットを如何にして表面化させない戦術を取るかが、ある意味深海棲艦の視点になって考えると重要になる。

 

 

 地中海の空を、瑞鳳から発艦した天山、コールサイン・ターミガン1-1が飛んでいた。空母艦娘と航巡青葉から毛細血管の如く繰り出された多数の偵察機、哨戒機の群れが対潜航空索敵網を形成し、その毛細血管の様な索敵網の血管の一つを成すターミガン1-1は、洋上に航空妖精の二組の眼を向け、MADも駆使しながら海面下に潜む潜水艦の姿を追っていた。

 天山に乗り込む二人の航空妖精は眼下、それと空中の両方に気と目を配りながら、索敵を続けていた。一部の空母艦娘や地上基地で運用されるジェット機やロケット機の乱暴でがさつなエンジン音とは真逆の優しく、心地よさすら感じさせるエンジン音を奏でる天山の火星エンジンに引かれて飛ぶ天山の周囲の空間は鈍色、眼下は黒みがかった濃紺の海が広がっている。今のところ、海上に顔を突き出して空気を吸うシュノーケルや、周囲を見回す潜望鏡は見当たらず、浅深度を潜航する潜水艦の曇りガラスを通して見つめている様な艦影も見当たらない。

 まるで艦娘艦隊の潜水艦狩りを察知しているかのかと疑い掛ける程、潜水艦発見の報告は入らない。AWACSヴィータを経由して、各偵察機にも情報は共有されるから、一機でも潜水艦と会敵すれば、その情報は瞬く間に全索敵機と艦娘艦隊に通知される。今のところ、その手の報告が無いと言う事は、どの機も、どの艦娘も、潜水艦と遭遇していないと言う事だ。

 逆に大規模な対潜掃蕩部隊が出撃して来た事を察知して、潜水艦隊を後退させたのではないだろうか? と言う疑念を愛鷹が考えていた頃、ターミガン1-1のMADのインジケーターにピークが発生した。

「MADに反応あり。反応微弱」

 後席員がMADのコンソールを操作しながら、操縦員に告げる。

「反応があった方角は?」

「面舵に二〇度ほど……」

 後席員の言葉に、操縦員は「ようろそ」と返しながら、軽く操縦桿を倒し、フットレバーを踏み込んで右へと機体を緩やかに旋回させて、進路を変える。

「反応、大きくなる。更に右へ五度程変針を」

 ピークが大きくなるのを見て後席員が言う。操縦員が更に天山の進路を変えると、インジケーターの右に会った波形が、徐々に中央へ寄っていく。波形の大きさも次第に大きくなっていき、MADが捉えた磁気反応に天山が接近している事を示していた。

「やっと潜水艦を見っけたかな?」

「どうでしょうね、海底に沈船が居たらそれにも反応しちまいますし」

「でも、ここらで沈船の情報なんてあったか? 海図にも沈船の表記は無いし」

「海底鉄鋼脈があるなら話は別ですが……まあ、こんなところに鉄鋼脈があるなら、とっくに洋上採掘プラントが出来ていそうですが」

 後席員と操縦員はヘッドセットを介して話しながら、深海棲艦の潜水艦以外のものに反応している可能性を徐々に無くしていく。磁気反応が最大にまで上がると、操縦員は胴体下と翼下に抱いていたソノブイを四本投下する投下レバーを引いた。

 乾いた作動音を立てて、四本のソノブイが投下される。空中でパラシュートを開いて落下速度を大きく減速させながら眼下の海上へ向かって降下して行くソノブイの上空で、天山は緩やかな左旋回に入り、ぐるぐると反時計回りに旋回しながらソノブイからの情報が入るのを待つ。

 海上に水飛沫が四つ、黒い海面に真逆の色の白い飛沫を上げてソノブイが着水し、海中に探信音を響かせていく。カーン、と言う探信音が海中に甲高く響き渡る中、野球のバットでボールを叩き返すような反響音がソノブイのソーナーに返される。

「ソノブイコンタクト。反応三つ。信頼水準高い、方位087、深度二〇、的針232、速力一〇ノット」

「やっとこ見つけたか」

 AWACSに連絡を入れながら、操縦員は計器盤にある時計に目を向けて驚いた。作戦開始からまだ二時間半程度しかたっていない。もうとっくに六時間くらいは過ぎていると思っていたのに。

 

 

 ターミガン1-1からの発見報告を受けて、対潜戦闘配置を発令して前進したのは「アールグレイ」のコールサインで呼ばれる英国艦隊だった。

「右回頭095、最大戦速」

 先導するシェフィールドが続航する五人に回頭と最大戦速への加速を命じる。最大戦速と言ったものの、殿を務めているフラワー級のドッジはシェフィールドやジャーヴィスは元より高速艦のユリシーズと違って二〇ノットも出せない低速艦なので、足の遅いドッジに合わせた「最大戦速」になっている。フラワー級コルベット艦娘の最大速度は一六ノットなので、実質三〇ノットを最大速度とするシェフィールドからすれば、強速程度しか出せない。

 黒い海面に六人が引く白い航跡が六本横に並ぶ形で伸びる中、六人の艤装上では水雷科妖精達が爆雷投射機に爆雷をセットして行く。特に従来のドラム缶状の爆雷だけでなく、ヘッジホッグ爆雷投射機も備えている英国艦隊艦娘の対潜攻撃火力は高い。これに六人の足裏にはHF/DF Type144/147 アズディックソーナーが備わっており、六人のヘッドセットに海中の細かな音を正確に聞き届けていた。海中の微かな騒音から、海底噴流の音、勿論深海棲艦の潜水艦の艤装がきしむ音から、機関音に至るまで。聞こえる音は全て拾ってくれる艦娘の水中聴音機の中では最も高性能なソーナーを彼女達は備えていた。

「ソーナーコンタクト、方位088に敵潜水艦機関音探知。的針232、速力一〇ノット。数三隻」

 対潜艦なだけに最も聴力の優れるドッジが、HF/DFアズディックから聞こえる深海棲艦の潜水艦の音を聞き取って、それを仲間に伝達する。シェフィールド達もソーナー聴音は行っているが、恐ろしく耳が良いドッジの聴力にはかなわない。潜水艦を狩る事に特化した艦娘の耳は、人間離れした超人の域に達している。

「対潜攻撃用意。ドッジ、敵潜の動向から目を離さないで」

「心眼で見ろって言うのかな?」

 ちょっとした冗談を交えながらもドッジは両手をヘッドセットに当てて、目を閉じて聴音に全神経を研ぎ澄ませて向けながら、ソーナーから聞こえて来る深海棲艦の潜水艦の音を脳内に可視化させていた。海中を一〇ノットで進む深海棲艦の潜水艦の姿を脳内でイメージするのと同じだ。

 眼を閉じているので、他の五人の動きも当然目視出来ない筈だが、ドッジはソーナーから聞こえて来る音だけで、シェフィールドら五人の動きも把握していた。目を閉じたまま全員に変針の指示を出し、ドッジの指示に従って五人は舵を切る。横に並んだ六人の航跡が左右に振れる中、ドッジの耳に深海棲艦の潜水艦の機関音が最大にまで大きくなる。最後にドッジが行ったのはそれが深海棲艦の潜水艦の音か、デコイの音か、と言う判別だった。全員に原速へ減速する様指示を出しながら耳を澄まして聞く彼女の耳に、潜水艦が海中の海水と擦れる流体雑音、水切り音が微かに聞こえて来た。ただ潜水艦のふりをして海中をぐるぐると漂うだけのデコイとは聞こえ方が違う。

「潜水艦で間違いなし。攻撃して良し!」

 眼を開けてシェフィールドに言うドッジの言葉に、シェフィールドは頷くと、ジャーヴィス。ジャヴェリンに攻撃始めを発令した。

「攻撃始め。ヘッジホッグ発射始め」

「Roger! 旗艦指示の目標、ヘッジホッグ発射始め! Shoot, Shoot, Shoot」

 ジャーヴィスの幼い少女の声が攻撃開始を叫び、ジャヴェリンと共にヘッジホッグ対潜爆雷を一斉発射した。連射音が二人の艤装から発せられ、二四発の小型の対潜爆雷が〇・二秒間隔で二発ずつ投射され、空中でハート状に広がって海中へと飛び込んでいく。深海棲艦の潜水艦を包み込む様に海中へ沈降して行くヘッジホッグは、海上に着水音多数を聞いた深海棲艦の潜水艦三隻、潜水新棲姫一隻と潜水艦ソ級flagship級二隻、は最大戦速へと加速して、爆雷の群れから逃れようとする。ヘッジホッグは一発でも当たれば他の爆雷が一斉に連鎖して起爆する。逆を言えば当たらなければ一発も爆発しないので、艦娘側からすれば攻撃を外したか、当てたかの判別が付けやすい。

 一見躱す事さえ出来れば、潜水艦にとって普通の爆雷と大差ないように思えるが、潜水艦を包囲するように投射されるヘッジホッグはそう簡単にその包囲網を抜けられる訳でも無かった。ましてや蝙蝠の様に耳の良いドッジが聴音探知した座標に精確に投射されたのならなおの事逃れるのは困難、いや不可能だった。

 海中で連鎖して爆発音が轟く。ジャーヴィスとジャヴェリンの二人合わせて四八発の爆雷が一斉に起爆し、海そのものを吹き飛ばさんとする爆発が海中で炸裂し、海上に白い水柱を白き森の如く突き立てる。その森の如くそそり立つ水柱の幾つかに黒く濁った水柱が混じる。

「海中の爆発音でソーナー聴音不能、回復まで暫し待って」

 幾らドッジの耳が良くても爆雷の爆発音でナイアガラの滝壺の中を聞いているかのようになる爆雷攻撃後の聴音は出来ない。騒音が治まるまでの間、六人は海面に警戒しながら低速で、だがいつでもダッシュをかけられるようスタンバって進む。

 程なくソーナーが回復し、ドッジが聴知した三隻の潜水艦の状況を伝える。

「ソ級二隻の音紋ロスト、艤装崩壊音二、確認。潜水新棲姫は大破した模様。浮上中」

「全艦、砲戦用意」

 淡々とした、冷淡さすら感じさせる口調でシェフィールドは主砲艤装を構え、浮上中の潜水新棲姫に止めを刺すべく砲門を指向する。

 間もなく海面に浮かび上がる大量の気泡と共に潜水新棲姫が姿を現した。著しく損傷したバラストタンク等から流血の如く作動液やエアが漏れており、ヘッジホッグによって致命的損傷を受けている事が伺える。

「Shoot, Shoot, Shoot」

 撃ち方始めを命じるシェフィールドの主砲が火を噴き、中口径主砲の鋭い砲声が響き渡る。遅れてユリシーズの両用砲の砲声が響き、潜水新棲姫の周囲に着弾の水柱を突き立てる。もがく様に潜水新棲姫は回頭して離脱を試みるが、砲弾はそれに追いすがり、艤装上に着弾の火焔を噴き上げる。砲弾が着弾する度に、細かな破片が周囲の海面に飛び散り、潜水新棲姫の断末魔の悲鳴が壊れたラジオを思い起こす程やかましく鳴き立てる。

 至近距離での砲戦なだけに、シェフィールドとユリシーズの二名の砲撃が、砲口から飛び出して、潜水新棲姫の元へ着弾するまでに要した時間は五秒と経たなかった。速射を繰り返す二人の主砲がやがて潜水新棲姫の艤装を抉り、粉砕し、ひしゃげた無機物とも有機物ともつかない塊の醜い集合体と化した時、今だ発射していなかった魚雷などの弾薬に誘爆した潜水新棲姫の艤装が弾け飛ぶ形で火球に代わる。

 目の前に出現した火柱そのものと言える火焔に、シェフィールドとユリシーズが揃って顔を仰け反らせた時、火焔が海水とせめぎ合って急激に水蒸気が形成される音と、浮力を失って沈降して行く艤装から漏れた空気の気泡が弾ける音が潜水新棲姫の最期を告げた。

 

 

 ほぼ同時刻、キーリング率いるアメリカ駆逐艦戦隊(DESRON)グレイハウンド1も、潜水新棲姫一隻とソ級flagship級二隻からなる潜水艦隊と交戦を開始していた。

 一方的な攻撃が行われた英国艦隊と違い、キーリングたちと会敵した潜水新棲姫以下は最大級の得物にして大火力、自身のアイデンティティに等しい兵装である魚雷を用いて波状攻撃を行って来た。

 雷撃深度に浮上して来た三隻に対して、キーリング、キッドが五インチ単装主砲と四〇ミリ四連装機関砲で射撃を行い、水中弾効果を含めて牽制射を仕掛ける中、ヘイウッド・L・エドワーズとマクドゥーガル、シンプソンとフライシャーの四人が二人一組の単横陣を組んで、潜水新棲姫とソ級flagship級二隻に対して爆雷を投下する。ドラム缶状の爆雷が投射機からビール瓶の栓を抜く様な音を立てて射出され、海上に着水して行く。鋭いエッジをきかせて四人が航過した潜水艦の背後で小さな旋回半径のターンを決めて、爆雷が海中で爆発して水柱が立つ海上へと再び戻る。

 海中でくぐもった爆発音が響き、盛り上がる海面が弾ける形で水柱が噴出する。四人が投射した爆雷は各四発、計一六発の爆雷が爆発し、海上に一六本の水柱が突き上がる。海中の潜水新棲姫とソ級flagship級は前後左右から襲い掛かる殺人的水圧の暴力によって、ぐしゃぐしゃに揉まれ、エネルギー量はトンに達する強烈な圧力の破壊によって艤装を潰され、本体が悶え苦しむ声を上げる。

 ソ級の一隻がバラストタンクとベントに甚大な損傷を受けて、激しくエアー漏らしながら沈降を始める。必死に浮上をかけようともがくが、その為の浮上用エアーがとめどなく意味なく流出してしまう状況ではソ級の辿れる道は、深海の底に沈み、圧壊する事しかなかった。

 潜水新棲姫とソ級flagship級の片割れはまだ辛うじて潜航は出来ていたが、魚雷発射管を損傷し、機関部も深海電池がバッテリー漏れを起こして故障している状況では、逃げようにも逃げられない。のたのたと離脱を図る二隻の直上に再度ヘイウッドとマクドゥーガルの二人の靴底が航跡を引きながら通り過ぎると、海面に八つの着水痕が弾け、八つの爆雷がゆっくりと沈降して来る。最大戦速を出せたら、潜水新棲姫とソ級flagship級なら躱せる沈降速度だが、今の二隻が出せる速度は精々三ノット。とても逃げ切れるものでは無い。

 爆雷を投射し、背後を振り返るヘイウッドの視界で空へ向かって灰色に濁った八つの水柱を突き上げる。何かの欠片と思しき物体を交えた水柱が治まった後、聴音を行っていたキーリングから「敵潜撃沈」の報告が入る。

「Three down」

 爆雷が海上へ向けて放った爆発エネルギーによって形成された水柱の飛沫が付着した眼鏡をハンカチで拭きながら、ヘイウッドは呟く。眉間に滲む汗を手袋をはめた右手で拭いながら、ヘイウッドはこの汗は何で掻いたものだろうか、とふと疑問に思った。二発の魚雷をギリギリのと事で躱した時のものか、爆雷が命中するかで気を揉んだ時か、それとも汗と同じ塩分をたっぷり含んだ海水が額に付着して自身の体温で温まったのを汗と誤認したか。

 どうでもいいや、と溜息を吐きながらヘイウッドはキーリングの元へとマクドゥーガルと共に集合しに向かった。

 

≪敵潜水艦、六隻目撃沈を確認≫

 無機質な声でヴィータが二群の深海棲艦の潜水艦部隊撃破を報じる。

「出張って来たわね」

 愛鷹は両腕を組んで海面を凝視しながら言った。足元に目を向けながら、そろそろこちらも会敵する頃合いか? と思いながら、ソーナーのハイドロフォンから聞こえて来る海中の音に耳を澄ます。海中の自然環境音以外、深海棲艦の潜水艦と言う無機物とも有機物ともつかない存在の音らしきものは聞こえて来ない。

 潜水艦がアクティブに動くのではなく、機雷を敷設しているのでは? と言う懸念も考慮して、一回アクティブソーナーの探信音を放っていたが、機雷の反応も無かった。今のところ愛鷹の零式水中聴音機から聞こえて来るものは無い。続航する夕張、深雪、蒼月、ジョンストンの備える四式水中聴音機、HF/DF共に反応に関しては同様だ。瑞鳳の艦載機も今のところ別海域で敵潜を発見はしたものの、愛鷹率いる部隊の進路上には発見していない。

「敵潜水艦の位置、未だ不明」

 込み上げて来る眠気を噛み締めながら蒼月が眠気覚ましも兼ねて、愛鷹に何気ない報告を入れる。この担当エリアには深海棲艦の潜水艦は展開していないのだろうか? と愛鷹が思っていると、ドイツ艦隊が潜水艦会敵を報告して来た。こちらはソ級flagship級四隻からなる潜水艦隊だとの事だった。

 

 ドイツ駆逐艦艦娘の備えるGHG聴音機で補足したソ級にWBG型爆雷を投射し、交戦に移る六人のドイツ駆逐艦娘に対して、ソ級も魚雷を発射して逃げるよりも応戦して生き残る事を選択した。潜水艦娘大国であるドイツ艦隊は、必然的と言うべきか、対潜水艦戦技術にも秀でている国でもあった。特に世界各国で技術共有が行われる現代において、その対潜兵装はより洗練され、精度、信頼性が高められている。

 グレイハウンド1と同じように、二人の駆逐艦娘が四人の駆逐艦娘を聴音探知で支援する、と言う戦術が取られる。Z57と62がソーナーで支援し、Z1レーヴェとZ3マックス、Z68、72が単横陣を組んでソ級四隻に爆雷を投射する。

 射出音が四人の艤装から響き、弧を描いて海上へ着水したWBG型爆雷が調停深度へ沈降すると、信管を作動させ弾頭内に充填された炸薬六〇キロ相当を起爆させる。海中で爆雷の爆発エネルギーが海水を媒体にして前後左右に急激に広まり、海水圧と言う目では見えない破壊の力がソ級を確実に破壊しにかかる。

 四人で各四発を投射し、暫く低速で走りながらソーナーが復旧するのを待ちつつ、リアタックの構えに入る。この時レーヴェとマックスのやや古めの機関部の騒音レベルがZ57の聴音の妨げとなり、彼女を苛立たせた。内心「煩い老朽駆逐艦め」と毒づきながらも、大先輩である二人に面と向かってそれを口にするのは、自己感情の主張が強い彼女も流石にやらなかった。これでもレーヴェとマックスの機関部の騒音レベルは大分改善された方ではある。二人が着任した頃は騒音どころか、その機関部の信頼性まで酷いモノだったのだ。

 レーヴェとマックスの機関部の騒音レベルの大きさに眉間に皺を作りながらも、Z57はソ級の音紋を再確認する。二隻は仕留めた様だが、二隻は辛うじて躱したらしく、更に魚雷発射管注水音が聞こえて来た。聞こえて来た魚雷発射管注水音から魚雷の的針を直ちに逆算し、射線方向に目を向ける。

「リレ、狙われてるわよ!」

「Ja」

 短く返すZ68が海面を凝視しながら警戒を強める一方、彼女を含めた対潜攻撃役の四人は横隊を崩さない範疇でジグザグ航行に移行し、魚雷の射線から逃れようと右に左に舵を切る。ここでもレーヴェとマックスと、Z68、72との艤装の性能と世代の差から生じる旋回性の差が如実に表れたが、衝突と被弾さえしなければ問題は無いと言うのがドイツ駆逐艦娘達の一種の諦めに似た割り切りがあった。

 ジグザグに動く四人に向かって四発の魚雷が、海中から八つの脚をもぎ取らんと疾走して行く。ソ級の魚雷の充填された高性能深海爆薬を駆逐艦が食らえば、一撃大破は免れない。寒冷な北海の海を基本行動範囲とする艦娘にしては、妙に足回りを覆う衣服に乏しいレーヴェとマックスと違い、Z57らはタイツとそこそこ丈のあるスカート履きだが、衣類程度で防御力如何は大して変わる所では無い。機動力を持ってまず被弾しない事を大前提とするのが世界各国の駆逐艦娘に共通する「防御力」であった。

 海面に馳走する航跡を浮かび上がらせながら迫る魚雷四発と正対した四人が互いに間隔を取り、魚雷の弾頭が直撃でなくても作動する磁気信管だった場合に備えて、充分にその飛散して来る破片や衝撃波、火災などから加害範囲からの安全な距離を取る。

 回避運動を取る四人のそれぞれの左右両側を深海魚雷が通り過ぎて行く。黒い海面に、薄らと魚雷の姿が目視出来た、海の色と同化しているので見分けづらいが、黒く塗られた弾頭部も辛うじて視認できる。艦娘の脚を爆薬と言う牙を持って食いちぎらんと迫る鮫を彷彿させる魚雷群は、当の艦娘の脚を捉えることなく、そのまま内蔵燃料が尽きるまで虚無の航海を続ける。

「取り舵一杯! 前進全速! 深海潜水艦に対して突撃! 三〇秒最大戦速で走った後、第一戦速へ減速して爆雷攻撃態勢に移行!」

 先んじて左へと舵を切るレーヴェがマックスとZ68、72に指示を下す。四人の二人ずつ異なる主機から機関部から伝達されて来た推力が、低い唸り声となった低音を立てながら海中に前へ進む力を放出し、四人の靴の爪先で艦首波が形成される一方、踵からは洋上へ向けてパワーが溢れた推力と海中に向けて噴射される推力の両方によって後方へと吹き飛ばされる海水によって生まれた航跡が長く、白く伸びていく。

 レーヴェの言う通り三〇秒間全速力で走った後、四人の艤装からエンジンテレグラフのベルが鳴り響き、第一戦速へと推力を絞り、慣性半分で走りながらZ57と62のソーナー聴音による正確な潜水艦の位置評定を待つ。

 程なくZ62から敵潜補足の知らせが四人に伝達される。

「敵潜補足、参照点より方位001、距離五〇〇メートル」

「面舵一杯、方位065」

 今度は右へと艤装を纏った身体そのものを傾けて旋回半径を小さくしながら、レーヴェ達は方位065へと転進する。最大戦速で走った時の慣性が旋回時のターンで運動エネルギーを失い、四人の速度が急速に落ちていく。対潜攻撃を行う四人の航走音とは別に聞こえて来るソ級の機関音を聞き分けながら、Z57と62の二人は互いでソーナーの探知死角を生まない様布陣しながら、攻撃役の四人にソ級の動向を逐一伝達する。

 潜水艦の行動の肝は「ステルス」にあるが、今のソ級はステルスをかなぐり捨てて、機関音を盛大に鳴らしながら海中を最大速度で走っていた。そうでもしないとドイツ駆逐艦娘の四人から逃れられないし、魚雷の再装填の為の時間稼ぎも出来ない。だが海中で発揮出来る速度は、海中での動きに特化している深海棲艦の潜水艦であっても、洋上の水上艦娘を凌駕する事は出来ない。深海棲艦の潜水艦が全速力で走ったところで、艦娘の発揮可能な第一戦速にすら負けるからだ。

 速力と言う機動性の差に置いて優位にある四人の駆逐艦娘がソ級二隻の直上へと差し掛かる。

「Feuer!」

 中性的な声のレーヴェの攻撃開始の号令が発せられると、コルクの栓を抜く様な音が四人の艤装で鳴り響き、四人各四発の爆雷が急角度で山なりの弾道を描き、重力の法則に従って海面へと着水し、そのまま海中の底へと沈んで行く。計一六発の爆雷は調停深度に達すると信管が炸薬に起爆信号を送り、充填された炸薬が炸裂し、海中を海水を媒体にして急激に破壊的圧力が広がる。上へと逃げたパワーが水柱となって突き上がり、爆雷を投射した四人の背後で壁の如く水柱を林立させる。

 そそり立つ水柱の壁の一角が黒く汚され、細かな破片ともつかない物体を交えながら空へ向かって浮き上がっていた。

「Hast du es getan? (やったかな?)」

 水柱が崩れていく後方を振り返りながら、レーヴェはその一角の破片と油らしき黒いものを含んだ水柱を見て疑問形を口にする。

 そのまま第一戦速で走りながら面舵一杯で反転する四人に、Z57からソーナー聴知の報告が入る。

「圧壊音一、それとは別に漏水音一、敵艦一隻は撃沈、もう一隻は損傷した模様」

「船体に傷を負った以上は、深くは潜れない。浮上砲戦に備え!」

 ベルトで吊っていた主砲艤装を構えてレーヴェは浮上してくる可能性があるソ級への射撃体勢を取る。

「船殻への損傷次第になるけど、深刻でなかったなら潜航したまま離脱もあり得るわね」

 長女と同じ主砲艤装を構えてマックスが言う。

「マックスの言う通りだけど、仮に僕が潜水艦なら浮上はせずとも海上の洋上艦娘からでも目視可能な深度に浮上してくる可能性はあると思うよ」

 コッキングレバーを引いて初弾を砲身に送り込みながらレーヴェが返していると、Z57と62の二人が同時にソ級の浮上を叫ぶ。

「敵潜、浮上する!」

 二人の唱和した声が海面に響いた時、海面が丘状に一瞬盛り上がった後、黒い海面を突き破る様に艤装を著しく損傷させたソ級が浮上する。

 浮上して来たソ級に対して、水上砲戦用意と号令が既に下っていたドイツ駆逐艦娘の四人の主砲が一斉にソ級に対して集中砲火を浴びせ始める。四人のドイツ駆逐艦娘が備える主砲艤装、ヒュフナー・&・ケスティング社製一二・七ミリ単装主砲または連装主砲が発砲音を響かせ、浮上したソ級の周囲に着弾の水柱を突き上げる。何発かは海面を飛び跳ねて跳弾となる中、ソ級の艤装に着弾した誰かの砲弾がぱっと火焔を噴き上げ、ソ級の船体そのものを揺らす。波間を漂うソ級に容赦のない砲撃が間断なく浴びせられ、レーヴェが撃ち方止めを命じるまでに五発の一二・七センチ砲弾を受けたソ級は艤装から油を流出させながら、水泡を残して急速に再び海中へと沈んで行った。

「全艦撃沈を確認。良い狩りだったわね、ただレーヴェとマックスの艤装の機関音がちょっと煩かったけど」

「ごめんなさいね、煩くて」

 忖度も無く、忌憚も無いと言うよりは無遠慮に近い形ではっきりとソーナー聴音時の妨げになった事を述べるZ57に、マックスが仏頂面になってぶすりと答えた。貴女から何か反論の一つでも言ってやって頂戴とマックスは姉のレーヴェにちらりと目配せをするが、レーヴェは右目の脇を右手の人差し指で掻きながら、お茶を濁す様に苦笑を浮かべた。

「まあ、否定はしないね……」

 

「アールグレイ」「グレイハウンド1」レンツァー」がそれぞれ潜水艦撃沈を報告して来る。「アールグレイ」と「グレイハウンド1」は潜水新棲姫とソ級flagship級の混成編成三隻、「レンツァー」はソ級flagship級六隻と交戦し、現状各部隊に被害は無く、敵潜水艦全艦を撃沈していた。

 潜水艦か、と青葉は交戦中の深海棲艦の艦種を成す三つの漢字を脳裏に浮かべて、唇を噛む。今の所属先である第三三特別混成機動艦隊の前身の第三三戦隊の初出動となった沖ノ鳥島海域での偵察作戦で、青葉は深海棲艦の潜水艦の雷撃を受けて大破し、一時後送される羽目になった。

 彼女にとって潜水艦とは絶妙に相性が悪い時がある。かつてソロモン戦線で深海棲艦の泊地へ、第八艦隊の一員として強行突入した作戦では、帰路に射角から加古を狙ったとみられる魚雷が青葉に直撃して、右足の膝から下を失った経験がある。

 艦娘になって初めて当時多用されていた艦娘の高速治療薬である「高速修復剤」の世話になったのがこの時だった。諸に複数初の魚雷が命中して切断された右足の切断面からの出血に、直ちに衣笠が鼠径部を圧迫して抑える中、古鷹がC-A-Tターニケット止血帯を足に締め付けてくれたお陰で失血死は免れ、意識が無い状態で加古に肩を担がれて曳航されてショートランド泊地へと帰投した。青葉はその後泊地に隣接する病院の集中治療室で一週間を過ごし、足が「元通りに生えて来るまで」の間六戦隊の戦列から外された。

 その他に一時期加古と衣笠が揃って予備艦娘へ編入され、六戦隊が一時的に解散状態になった時に出向していた第一六戦隊では、輸送作戦の護衛艦として配属された。そこでは度々民間船舶の護衛中に潜水艦に付け狙われ、何度か死にかけた事すらある。ただ一六戦隊所属時、寧ろ青葉が潜水艦を引き寄せたお陰で、護衛対象の貨物船やタンカーが狙われずに済んだ、と言う評価が海軍内では殆どなので、青葉として反応に困る評価であった。軽巡艦娘の鬼怒が改二になったのはある意味青葉が潜水艦を(意図せずに)引き付けてくれたお陰で、鬼怒自身がハンター役に徹する事が出来て潜水艦狩りを重ねられ、経験を上げたと言う一面もある。

 何にせよ普段は余り青葉自身が語らないとは言え、青葉にとって潜水艦は忌々しさの塊と言っても過言ではない。自分の四肢の一つを奪った相手でもあり、しつこく付きまとって来た相手でもある。もう一つ厄介なのは重巡艦娘である青葉には対潜兵装が艤装には備わっていないので、応戦のしようが無いと言う事だった。青葉に限った事ではなく、重巡艦娘は対潜攻撃可能な水上爆撃機を搭載出来る航空重巡洋艦でもない限り、その役目は機動艦隊に随伴して水上偵察機による索敵、艦隊砲撃戦、艦隊防空であり、対潜攻撃は駆逐艦娘や軽巡艦娘、海防艦娘、護衛空母艦娘の仕事だった。

 一方の艦娘としての青葉とは別の、一〇〇年程前の太平洋戦争の時に「鋼鉄の軍艦」として活動していた方の重巡洋艦「青葉」には、デフォルトで少量ながら爆雷が搭載されていたし、太平洋戦争末期には爆雷投下軌条を設けて対潜攻撃能力を強化していたとも言われているので、艦娘では無い方の軍艦の「青葉」は少なくともその対潜能力の程度を語らなければ、潜水艦を攻撃する兵装は搭載していた。

 今の青葉は昔とは違う。航空重巡洋艦となった事で、瑞雲を用いた対潜攻撃が可能だ。それも、敵潜に接近して、爆雷を投げ込むと言う確実さはあるが、敵に接近すると言うリスクをはらむクロスレンジの戦いではなく、瑞雲の航続距離を生かしたアウトレンジの対潜攻撃が可能だった。一六機搭載する瑞雲、それも夜間作戦も可能にした試製夜間瑞雲の対潜攻撃能力は、本格的な対潜哨戒機と比べれば爆装量で劣るが、装備においては負けてはいない。

「アオバンド3-3及び3-4より入電。敵潜水艦補足」

 ふと背中の艦橋艤装の中にある青葉のCIC妖精から、瑞雲隊から入った潜水艦探知の報告に、青葉は現実に意識を引き戻された。

「どこです?」

 ヘッドセットに手を当てて、CIC妖精に敵潜水艦が居る方向を含めた正確な情報を求める。

「参照点より方位096、距離六〇〇〇。潜水艦ソ級flagship級四隻、単縦陣にて方位236へ向け進行中」

「面舵一杯、方位181へ転進。最大戦速」

「最大戦速、了解」

 先頭を切る青葉が右へと舵を切ると、続けてフレッチャー、綾波、敷波、陽炎、不知火の五人が面舵へと舵を切る。六人の両足の足裏で、踵で舵が左へと振れ、進行方向を右へと変える。同時に六人の機関部が唸り声を高め、回転数を上げた機関部が文字通り重く低い重低音を鳴らしながら六人が増速していく。

「アオバンド3-3、3-4は引き続き潜水艦隊との触接を継続。絶対に逃がさないで下さい。全艦、単横陣に移行、対潜攻撃用意」

 瑞雲隊に引き続き潜水艦との触接を維持する様命じる一方、率いる分艦隊には対潜攻撃用意を発令する。潜水艦との距離は六〇〇〇メートル、つまり六キロ。現在の速度で行けば数分で会敵に至れる。三式爆雷投射機をスタンバる綾波、敷波。陽炎、不知火と、RUR-4Aウェポンアルファ対潜ロケット発射機を構えるフレッチャーが青葉の横に並ぶ。

「ソーナーコンタクト、方位097、距離五二〇〇、深度一二、速力一〇ノット、数四。艦隊正面を西へ向け進行中」

 青葉隊の中でも最もソーナーの性能が良いフレッチャーがヘッドセットに片手を当てて、長距離の聴音で敵潜水艦の動向を他のメンバーに伝達する。

「よく聞こえるわね」

 自身の三式水中聴音機から聞こえるパッシブソーナーの反応とは段違いの性能を誇るフレッチャーのソーナーの感度に、陽炎は感嘆を多めに、妬み四分の一程度交じりに言う。同じ長女同士の存在とは言え、艤装に備えられた装備の性能で言うと対潜と対空においては陽炎含めた陽炎型よりも、フレッチャーと彼女含めたフレッチャー級姉妹に軍配が上がる。陽炎も、今この場にいる次女の不知火共々改二となってからは、艦娘として着任時した時よりも対潜、対空の分野においても艤装性能を強化してはいたが、フレッチャー級駆逐艦娘の高水準には中々及ばないものである。

「青葉さん、何かそちらで補足出来ましたか?」

 綾波の言葉に青葉はヘッドセットから聞こえて来る四式水中聴音機で捉えた海中の様子を、目を閉じて脳裏にイメージする。目を閉じ、光が差し込まない海中の様子を脳裏で描画し、そこにソーナーで聞こえて来るものをイメージで書き加える。今のところ、何か聞こえそうで聞こえてくる気配はない。ソ級の機関音が聞こえて来ない以上は、脳内に浮かべる黒い海中の世界に深海棲艦の潜水艦の姿が浮かび上がる事は無く、真っ黒な海の中だけが再生されるだけだった。

「何も……四式でも聞こえませんね」

 諦めて目を開けて、洋上の光景を網膜に映しながら青葉は綾波に答える。距離は五キロ程だが、この距離でも聞こえないのは日本製艦娘用ソーナー、日本名水中聴音機の性能の限界と言わざるを得ない。

 聞こえないなら、分かる様にすればいい。そう判断した青葉はヘッドセットを通信モードに切り替え、アオバンド3-3に指示を出す。

「アクティブソーナーを備えたソノブイを何個か投下して、アクティブピンで敵潜位置を確認してください」

≪了解、スタンバイ≫

 前方の洋上の空を飛ぶ二機の瑞雲の片割れから、ソノブイが二個投下され、海面に着水の水飛沫を立てる。二個のソノブイからアクティブソーナーの探信音が鳴り響き、ソ級の艤装に反射した探信音がカーン、と言う甲高い音を跳ね返す。

「目標位置を正確に評定。CIC、確実に敵の位置を算出して下さいよ」

 ヘッドセットを再度ソーナーモードに切り替えながら、青葉はCIC妖精にソノブイのアクティブピンで突き止めた敵潜水艦の位置を正確に算出するように念を押す。アクティブピンは引き続きソノブイから発信され、反射音がソ級四隻から跳ね返って来る。

「アオバンド3-3及び3-4から共有されて来た位置情報を参照しつつ、目標座標再特定」

「戦術、ソ級flagship級四隻の位置を確認」

 青葉のCICで装備妖精達がコンソールと向き合いながら正確なソ級の位置を算出し、それを綾波、敷波、陽炎、不知火、フレッチャーの五人の艤装内の装備妖精へと戦術データリンクを介して共有する。

 距離が三〇〇〇を割った時、青葉を含めた日本艦娘全員のソーナーでもソ級の機関音は補足出来る様になった。嫌と言う程聞いて来たソ級の機関音がソーナーを通して全員のヘッドセットのイヤフォンから、鼓膜へと響き渡る。

「攻撃始め。フレッチャーさんはウェポンアルファにて第一目標のソ級を先制対潜攻撃。残る三隻には綾波さんと敷波さんで第二目標、陽炎さんが第三目標、不知火さんは第四目標を攻撃」

「対処します。対潜戦闘、旗艦指示の目標。Open Fire!」

 先行して攻撃を仕掛けるフレッチャーがウェポンアルファを構え、前方に展開するソ級にロケット爆雷を発射する。綾波と敷波の二人が揃って増速をかけて、二人一組で対潜攻撃に移る一方、陽炎と不知火は互いの拳をコツンとぶつけた後、二手に分かれて同じく対潜攻撃の構えに入る。

 ウェポンアルファの爆雷が海面に着水し、海中へと沈降して行くのをソーナーで聞いていた青葉の耳に、ソ級一番艦の魚雷発射管開口音と注水音が聞こえて来た。

「青葉さん、敵潜一番艦が雷撃態勢に! 射線方向に青葉さんが」

「狙って来た……青葉は自艦防衛に入ります。その他は全力で対潜攻撃。ソ級を確実に撃沈せよ」

 了解、の返事が五人から返される一方、青葉は回避運動に入り、自艦防衛行動に移る。

 フレッチャーのウェポンアルファが起爆し、海上に水柱が立ち上がる中、その爆雷の爆発音の残響の中から、一発の魚雷が航走する音が、青葉の四式水中聴音機でも捉えられた。フレッチャーのウェポンアルファの爆雷が爆発する直前、ソ級は一発発射する事に成功していた。

 航跡が海面に浮かび上がりながら、一直線に青葉へと白い筋を伸ばしてくる。

「取り舵一杯、最大戦速!」

 左に舵を切り、最大速度で魚雷の射線から逃れながら、青葉は対潜攻撃を開始する綾波、敷波、陽炎、不知火の方へ視線を向ける。爆雷を投射する発射音が響き、トスの要領で投げられた爆雷が海面に着水し、沈降を開始する。フレッチャーもウェポンアルファの次弾を装填し、第一目標のソ級が健在だった場合に備えて第二射の準備を整える。

「雷跡接近、右舷095度! 雷数一!」

 艤装上で双眼鏡を構えて魚雷の動きを監視する見張り員妖精が叫ぶ。海面の波に影響されたか、それとも予め青葉の回避を読んでか、取り舵回避を取る青葉に魚雷は食いついて来る。

 だが魚雷が青葉を捉える事は無かった。確かに青葉の回避機動を予測して発射された魚雷は青葉の近場まで迫ってきてはいたが、誘導魚雷では無い以上、正確な終末誘導は出来ない。それに最後の最後の所で青葉が一瞬だけ機関部に赤ブーストをかけて、ごく僅かだが突発的加速をかけて現在位置を変えたのが功を奏した。

 すっと音も無く青葉の近くを通り過ぎて行く魚雷の航跡を一瞥し、回避成功を確認する青葉の耳に綾波、敷波、陽炎、不知火の爆雷が爆発する轟音が響いて来た。




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 ではまた次回のお話でお会いしましょう。


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