幸運の女神様と共に(リメイク版) (圏外)
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第一話

「ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神。佐藤和真さん、あなたは本日午後14時21分に亡くなりました。辛いでしょうが、あなたの人生は終わったのです」

 

  ————豪華な椅子に座る、この世のものとは思えないほどの美貌を持つ女性が、慈悲と憂いの感情を思わせる声で俺に語りかける。

  例え初見だとしても、この女性の事を女神だと思わない奴は居ないだろう。そう思わせる程の神聖さを、女神(仮)は身に纏っている。

 

 

 

 

 

 

 

  目が覚めると、そこは真っ黒な空間だった。

 

  何処まで続いているのかわからない深い闇の中だが、不思議と不安な気持ちは湧いてこない。

 

  何故なら俺は、ついさっき死んだからだ。普通はこういう場面だと、まず思い出すところから始まるものなのだろうが、俺はハッキリと自分が死んだ瞬間を記憶していた。

 

  無防備に携帯をいじりながら歩く女子高生。

  女子高生に迫る大型トラック。

  咄嗟に体が動いて、俺は女子高生を突き飛ばす。

  そして、俺はーーー

 

「佐藤和真さん、貴方には幾つかの選択肢が有ります。このまま元の世界に赤ん坊として生まれるか、死後の世界に向かわれるか、それとも、」

 

「あの、一つだけ聞いても良いですか?」

 

  目の前の女神は頷く。

 

「どうぞ?」

 

「あの娘は……俺が助けた女の子は、助かったんですか?」

 

  とても大事な事だった。結果として俺の命を絶った直接的な原因とはいえ————学校にもいかず引きこもり生活をしている俺の、人生最初で最後の見せ場だったのだ。

 

  女神は一瞬だけ気まずそうな顔をするが、すぐにさっきまでの優しげな表情に戻って、

「ええ、彼女は無事ですよ。今も生きてます」

 

  良かった……

  俺の死は、無駄じゃなかったんだ……

 

  心の底から、そう思えた。そんな俺の安堵の表情を見てか、女神も心底ホッとした表情をしたが、すぐに真剣な顔に戻って俺に語りかける。

 

「さて、先程も言ったように貴方には幾つかの選択肢が有ります。元の世界に記憶をなくして転生するか、死後の世界に向かうか。それと後一つ、この姿のまま異世界に行って、魔王を倒す任について貰うかです」

 

「魔王を、倒す?俺が?」

 

「ええ、実は数多くの世界の中の一つが、少々面倒な事態になっていまして。私たち神に敵対する魔王の勢力が現地の人々を蹂躙し、人口が急激に減ってしまっているのです」

 

  女神は哀愁を漂わせるような顔と声で説明をする。聞いているだけで泣き出してしまいそうだ。

 

「それに、魔王軍やそれに生み出されたモンスターによって殺されてしまった人々が転生を怖がるようになり、魂の絶対量のバランスが崩れてしまってこのままではその世界は滅んでしまいます。

  事態を重く見た我々は、他の世界の若くして亡くなってしまった勇気ある方々にその世界に出向いてもらい、魔王を討伐、または魔王軍やモンスターから住民を守って貰うという事にしたのです」

 

  ふむふむなるほど。つまりは『魔王が恐いから生まれ変わりを拒否られて人がいなくなる。だから魔王を倒して!』って事か。

  世界を運営するというのも大変なんだな。

 

「無論、平和な世界から送られる方々では魔王どころか低級モンスターだって倒せません。ですので、何か一つだけ好きなものを持って行ける権利をあげているのです。

  それはとんでもない才能だったり、強力な固有スキルだったり。神器級の装備、というのもあります。それらを手に、世界を救って欲しいのです」

 

  おお!つまりチートを付けてくれると言うのか!これなら俺みたいな元引きこもりでも安心して冒険が出来そうだ。

 

  そして俺は妄想する。パーティメンバーに囲まれ、時に苦労し、時に笑い合い、そして英雄と崇められる未来を。

 

「わかりました女神様。この佐藤和真、必ずや魔王を打ち倒し世界に平和をもたらして差し上げましょう」

 

 俺はキメ顔でそう言った。……女神様は小慣れた様子だったが。

 

「勇気ある行動に感謝します、佐藤和真さん。魔王を討伐した暁には一つだけ願いを叶えてさしあげましょう。

  それではこの書類の中からお選びください」

 

  その言葉とともに、今まで何もなかった床に大量のカードが現れる。どうやらこのカードに記された能力や武器などを持って行けるという事らしい。

 

「オススメは持っているだけでステータスアップの効果が得られ、更にこの上ない威力を発揮する神器級の武器です。特殊能力系の特典も人気ですが、使いこなすには相応の期間が必要となる場合が多く……」

 

  ……魔剣や神槍、凄い魔力がこもった杖や指輪などの装備を見ていくが、いまいちパッとしたものがない。どれもこれも持っているだけで勇者になれる程の装備なのだろうが、大体同じレベルの性能ばかりだ。これでは今まで送られた奴の二の舞……

 

  そこまで考えて、ふと気付く。

  今まで送られた奴にもオススメを教えたならば、つまりは失敗した例という事ではないか。俺はお世辞にも特別な人間とは言えないだろうし、今までの転生者と同じ事をしていては簡単に返り討ちに遭うだろう。

 

  つまり、何か今までの転生者とは違う事をしなければ、魔王を倒すなんて夢のまた夢なのだ。

 

  そこでこの佐藤和真は考える。どんな能力を持っていれば魔王を倒す事ができるだろうか?

  能力を漁ると、敵を惑わす不可避の幻術、仲間の力を最大限に引き出す能力、あらゆる魔法を操る、攻防一体の格闘術を操る肉体などがある。

 

  確かに強力なものばかりだが、ありきたりすぎる。出来ればハメ技に近い初見殺し能力……しかし魔王軍が情報戦に長けていれば、直ぐに対策されてしまう危険性もある。

 

  ああでもないこうでも無いと考えを巡らせていると、女神様が困った表情をこちらに向けていた。

 

「……あの、早く決めてくれると助かります。確かに迷うところでしょうが、他の死者の案内もしなければならないので……」

 

  「ご、ごめんなさい!すぐに決めますから!」

 

  女神様が申し訳なさそうだ。悪いことをしてしまったな。

  ああ、そうだよな。女神様だもん、まだ沢山やる事が……ん?女神様………………

 

  後になって彼はこの思いつきを、何て事をしでかしたんだこのバカズマが!と死ぬ程反省する事になるのだが、この時の彼は自分の事をまるで天才のように思う程舞い上がってしまっていた。

 

「女神様!持って行くものが決まりました!」

 

「漸く決まりましたか!それは良かったです!さあ、佐藤和真さん。一体何を持って行くんですか?」

 

「ふふふ……それはですね……

 

 

 

 女神様、貴女です!」

 

 

 

 女神様は、『は?』という文字が頭の上に浮いていそうなほど驚いた表情。

 フフフ、やはり今までこの発想に至った俺のような天才はいなかったと言う事だな!

 

「より正確に言うならば貴女の能力が欲しい!女神様が使える全ての能力をください!」

 

「……面白い事を考える人ですね。そんな事を言われたのは初めてです。貴方の発想力には驚かされますが、それは不可能です。

 我々神が持つ能力は権能と呼ばれ、力が強すぎて人間には扱う事ができません。そもそも我々神は「承りました」

 

  今度こそ本当に「は?」と口に出して唖然とした女神様の前に荘厳な魔法陣が出現した。そこから羽を生やした天使のような女神が現れ、言い放つ。

 

「佐藤和真さん。貴方の願いは受理されました。これより新たな世界に向かっていただきます」

 

  直後、青い魔法陣が俺と女神様の足元に現れた。この流れから察するに……異世界に飛ばす用の魔法陣だろうか。

 

「は!?え、ええ!?ちょっと、ちょっと!どういう事⁉︎」

 

「いやほら、さっき其の方が仰ってたではありませんか。『女神様、貴女です』と」

 

「そんな屁理屈みたいな……!

  ねぇ嘘でしょ?嘘だと言ってよ!私女神なんですけど!!下積みからコツコツやってきて漸くこの立場まで……ちょっとノエル!?何で何も言わないのよ!」

 

  女神様はそれはもうこれ以上無いくらい焦っていた。魔法陣の壁(どうやら外に出られないご様子)をばんばん叩いて顔面蒼白になり、新たに降りてきた女神に喚き散らしている。

 

「申し訳ありませんエリス先輩。ですがこの男性に私たちが差し上げたのは何でも一つだけ異世界に持ち込める権利。

  つまりあのカタログに無くとも、世界を滅ぼしたり破壊したり出来る危険な物以外なら特に指定は無く、何でも持って行く事ができるのです。本当にこの男性の発想力には驚かされますね」

 

「そうじゃなくてぇ!!!

 だ、だって私神なのよ!?確かに世界を滅ぼすとか、そんな物騒な力持ってないけども!!

  それにこの役職に就くためにどれだけ努力したか、ノエルも知ってるでしょう!?可愛がってあげてるじゃない!た、助けてくれても……

  !?」

 

「フフッ……恩を仇で返すようでごめんなさい、先輩。ですが……」

 

  そこまで言った所で、俺たちの体が浮き上がり、上空に光が現れる。いよいよ異世界に旅立つ事が出来るらしい。

 

  これからどんな冒険が待っているのだろうか。強力なモンスターを倒し、周りからの評価を一気に上げ、時には自然の脅威に打ちのめされたりしながら、……ら、ラブロマンスも……!?

 

  隣の魔法陣で慌てふためく銀髪の女神を連れて、俺はワクワクドキドキが待ち構える冒険の世界へと旅立つのだ。

 

「今の先輩の立場を得るためなら何でもする神なんて、いくらでも居るんですよ」

 

「は、謀ったなー!!ちょ、まっ」

 

「それでは行ってらっしゃいませ、佐藤和真様、先輩。このお仕事は今後私が責任を持って受け継がせていただきますね」

 

  そうして、俺たちは光の中へ飲み込まれた。




評価感想お待ちしております。


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第二話

「あ、ああ……あああ……あ……」

 

 眩しい日差しに照らされる中世ヨーロッパ風の街に、俺達は降り立った。

 

「ああああ…………あ……ああ…………」

 

 辺りを見渡すと、遠くの方に高い壁が見えた。有名な巨人マンガを思わせる巨大な壁に囲まれた巨大な街である。

 

  当然、敵に攻め込まれることを想定した防御壁なのだろう。日本に生まれた俺の常識とはかけ離れたその光景は、本当に魔王の軍勢と戦っているという現実をまざまざと見せ付けてくる。

 

「…………ああ…………嘘……でしょ……」

 

「うお、アレもしかしなくても本物のエルフか!?あっちのケモミミはワーウルフ!?スゲェ!俺本当に異世界に来たんだ!生きててよかった!いや死んだけども!」

 

 多種多様な姿をした人々がそこら中を闊歩している。どうやらこの世界には人間種以外にも様々な種族が生活しているらしい。

 

「と言うことは人間以外は魔物として扱われるみたいなダークファンタジー的な世界観は無いのか。となるとやっぱパーティにはエルフの弓使いとか憧れるよな!

 そういえば冒険者ギルド的な組合ってどこに……あっ」

 

「………………」

 

 いっけね、忘れてた。

 

 俺が異世界の光景に感動してはしゃいでいる横では、転生特典として連れて来た銀髪の女神様が、茫然自失とした表情をして座り込んでいた。

 

「……ふふ……懐かしいなぁ……この世界……確か2回目の担当だったっけ……それから幾つも担当が変わってさぁ……何百年も頑張って……ようやく地球世界担当にまでなったのに……これで……これで終わり……ふふ、全部終わり……」

 

 この世の終わりみたいな顔をしながらぶつぶつと呪詛を呟いている。

 

「えっと、女神様?まあ確かに可哀想だとは思わなくはないんですが、どうやら転生特典は貴女みたいなので……とりあえず冒険者ギルド的な所に案内して貰えると助かるんですけど」

 

 普通なら慰めたり、それが出来なくともそっとしておく所だろう。だが、そこはカズマ。一応敬語は使っているものの、自分が連れて来た女神に対して最低な発言である。

 

 だがエリスの耳には、そんな鬼畜発言も届いていないようだ。

 

 

「……ノエル……良い子だったのに……ぅ……とっても……ひぐっ……頭も良くて……先輩想いで……ぐすっ……それなのに……わたし、尊敬されてなかったのかなぁ……そうだよね……えぐっ……」

 

「あの子には、私なんかより、役職が……ぅぁ……だいじで……わたしなんか……ぁあ……先輩だから……それだけ……」

 

「……ぅえぇ……あやまるからぁ……せんぱいらしくできなかったことも……あんまり……えぐっ……ひぐっ……かまって……あげられなかった……ぅあ……こともぉ……だから……かえしでぇ……」

 

「……てんかいに……かえしてよぉ……かえりたいよぉ……ぅぇええん……ぁあああ……だれかぁ……たすけてぇ……うあぁああ……」

 

 …………おっと?

 

 これはこれは。

 

 急に不安になっていくカズマ。それもそのはず、仮にカズマがやった事を某有名マンガに例えると、願いを叶えてくれる緑のにょろにょろに『神の力が欲しい』と言った事と同じなのだ。

 

 ……まあ目も覚めるような美人……美女神?であるエリスと共に冒険が出来るのなら最高だし、そこはもう割り切っている。むしろ役得だし。

 

 それはさておき、カズマはこの際エリスに全てを任せる気でいた訳だ。そのエリスが帰りたいと言って泣いている……不安になるのも無理はないだろう。

 

 更に言えば、彼は童貞。デートはおろか、そもそも女の子を何かに誘った事すらない。

 そんな男が、泣いている女性を慰めるなんて高度なテクニックを持ち合わせているはずもなく……さすがのカズマも、決して少なくない罪悪感を感じ始めていた。

 

 トドメに、ここは大通りのど真ん中。そんな所で妙齢(に見える)女性が泣いているのだ。

 そりゃあたいそう注目を集めることだろう。

 

「うぇええん……やだよぉ……かえりたいよぉ……ひぐっ……ぐすっ……ぇえええん……」

 

 

「ちょっと、何アレ?痴話喧嘩?」

 

「あんな可愛い子を泣かせるなんて……いったい何をしたのかしら?」

 

「女の方はシスターみたいな格好してるな……美人のシスターを誑かした上に泣かせるなんて許せん、俺と代われ」

 

「何という鬼畜……いったい彼女はどんなプレイをされたと言うのだ……」

 

「おい、これ憲兵を呼んだ方が良いんじゃ……?」

 

 

「うおおおおい⁉︎ちょ、ちょっと向こうに行きましょうか!話し合おう!いや、悪かった!俺が悪かったからお願いいたします泣き止んでください女神様ぁ!?」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ほんとすみませんでした!調子こいて変な事口走ってマジすみませんでした!」

 

 取り敢えず人が居ない所へ行ったカズマは流れるような動きで土下座をかました。漸く自分がしでかした行為がどれほど理不尽なものか気づいたようだ。

 

「ちょ、ちょっと……土下座なんてしないでくださいカズマさん。取り乱しちゃったのは私が……」

 

「やめて!これ以上聖人みたいな言葉を言わないで!罪悪感で死にそうになるから!」

 

「聖人と言うか、女神なのですが……」

 

 慌てふためくカズマの様子を見てか、ここにきてエリスは多少の余裕を取り戻した。

 

 彼女は非常に真面目な女神である。品行方正を体現したかの様な性格をしているエリスは、自らの置かれてる立場を静かに反芻し……覚悟を決め、笑顔でカズマの謝罪を受け入れた。

 

「さっきは情けない姿を見せてしまってごめんなさい。えっと、まずは自己紹介をした方がいいですよね。私の名前は……えっと、クリス、と呼んでください」

 

「クリス?でもさっきの天使はエリス先輩って……」

 

「あ、いえその、実は私、この世界で国教として信仰されているものでして。ですのでエリスという名前はさすがに……」

 

 なるほど、一理ある。国教で信仰されている女神と同じ名前で、同じ容姿。それは流石にまずい。

 地球で言えば、それっぽいコスプレをした人が「私の名前はイエス・キリストです」と言ってくるようなものだ。本物ならなおさらだ。

 

「それと、そんなにかしこまらなくても良いですよ?今となっては、カズマさんも私も立場は同じようなものですし……」

 

「うっ……」

 

 エリスからしたらそんなつもりはなかったのだが、エリスを下界に引きずり込んだ張本人であるカズマからしたら全力の皮肉にしか聞こえなかった。

 

「そ、そうですね……はい……」

 

「?ですから砕けた口調でも……」

 

「わかった!わかったから!……えっと……じゃ、じゃあさ。クリスはどんな事が出来るんだ?」

 

「え?」

 

「何かあるだろ?〜を司る女神ーとか。あとは特別な能力とかさ」

 

「……いえ、特に無いですけど」

 

「えっ」

 

 一瞬でカズマの表情が硬くなる。

 

「い、いや、さすがに何も無いってことは無いだろ?下界を見通す神の目とか、女神の加護で超強くなれたり……ほら、さっきだって権能がどうのって……」

 

「うーん……地上に降りるに当たって神格も削られてるようですし、権能を振るうことはできないようですね」

 

「え、ええ……」

 

「天界に居るのならまだしも、下界に降りてきているので把握とかは難しいですね……加護と言われましても、魔法が使えるわけでも無いですし……あ、私が魔力を込めたものだったらアンデッドや悪魔など限定で効力を発揮したりしますよ」

 

「……」

 

「え、えっと……そ、そうだ!私幸運を司る属性を持って居ますので、連れているだけで運気が多少上昇する効果がある……と思いますよ?ちょっとした護符くらいの効果はあると思います、多分」

 

 マズイ。

 

 ひょっとして俺はとんでもなく勿体無いことをした挙句、こんなに美しい女神様を下界に引きずり込んで……

 

「……ごめんなさい、カズマさん」

 

「はい?」

 

 申し訳なさげに謝罪をするエリス。

 

 実際には自己嫌悪で今にも崩れ落ちそうになっているだけなのだが、そんな絶望的な表情をしたカズマをみて、自分が使えない女神だということを嘆いている、と受け取ってしまった。

 

「私の力では、カズマさんのご期待に添えないようです……ですが、私は貴方に選ばれて連れてこられた身です。神器や特殊能力の代わりとまでは行かなくとも、出来る限り冒険のサポートをします。

 私、これでも女神ですから!」

 

「ほんとすみませんでした!俺みたいなカスが調子こいて転生なんてしてマジすみませんでした!」

 

「な、何もそこまで……私からしても魔王を打ち倒さないといけませんし……自ら出向いたと考えればそれほど悪くも無い……ですから」

 

「ま!まずは!冒険者ギルド的なところへ行きましょう!身分証明書と寝床を探しに!さあ!」

 

「え、ちょっとカズマさん?」

 

「良いですから!俺働きます!エリス様の為なら身を粉にして働きますから!」

 

 ————早くこの場を離れたいッ!もうどこでも良いからとにかく走り出したい!死ぬほど気まずい!

 

 エリスの手を取り早歩きで元の大通りに戻ろうとするカズマ。流石のカズマも相当堪えたらしく、かなり嫌な汗をかいている。

 

 

 

 エリスは「クリスと呼んでって言ったのに……それに敬語……」と呟いているが、案外騒がしいのも嫌いじゃないのか、意外にも楽しそうに笑顔を浮かべている。

 

 普段は品行方正を絵に描いたような立ち振る舞いをしているエリスだったが、本来は結構活発な女神だった。それこそ、別の世界線では自ら下界に自分の分身を降ろして、冒険者生活を楽しんでいた程に。

 

 更に言えば、彼女が就いていたのは女神らしい僧侶職ではなく盗賊職。心の奥にはやんちゃな一面もあるのだろう。

 

 送られた当初こそ余りの理不尽さに取り乱したが……実のところ、なんだかんだでこの世界も悪くないものだと思っているのだ。

 

 自分を連れてきた(カズマ)に対して若干の不安はあるものの、この世界を担当していた頃は冒険者たちを観察し、この素晴らしい世界を気ままに生きる彼らの生き様を楽しんでいたこともある。

 自分も自由な冒険者生活を楽しんでみたい。地球に住む少年と同じ気持ちを、エリスは少なからず持っていた。

 

「カズマさん」

 

「ッ……は、はい……なんでしゃうか……」

 

 情けないカズマを見て、本当に大丈夫かと思いながら、まさに女神の微笑を浮かべるエリス。その顔を見たカズマは顔を赤くする。

 

「私、前にこの世界を担当していたことがあったんですよ。この駆け出しの街アクセルは、よく覗いていたんです。冒険者ギルドの場所は分かりますから、案内しますよ?」

 

「え……あ、はい。す、すみません……先走っちゃって……」

 

「ですから、もっと砕けた口調で。

 そうですね、冒険者がパーティの仲間に掛けるような言葉遣いをしてください」

 

「あ、そ、そうです……そうだな、ごめん」

 

 女性に耐性がないのだろうか、カズマは未だに目を合わせてくれない。一抹の不安を感じたが、これからの冒険生活で慣れていけば良いだろうと、エリスは迷いを振り払うように宣言した。

 

「ええ、この世界に来た以上、私たちは女神と人間ではなく、仲間です。私が天界に帰るためにも、さっさと魔王を倒して世界に平和をもたらしましょう!」

 

 太陽のような笑顔を見せるエリスに、カズマはいともたやすく心を奪われる。この世の全てを恋に落としてしまいそうな笑顔に、童貞のカズマが逆らえるはずがなかった。

 

「あ、ああ!が、頑張ろうな!」

 

「はい、その意気です!」

 

 鈴が鳴るような声を聞き、カズマはますます張り切ってしまう。「やっぱり、エリス様を連れてきて良かった……!」と、エリスの後に着いて歩きながら感涙している。

 

 勿論そんなカズマには、エリスが発した呟きなんてとてもじゃないが届かなかった。

 

「カズマさんには私を連れてきた分頑張ってもらうとして、早く天界に帰ってノエルにキツイお仕置きをしなきゃいけないしね……」

 

 幸運の女神と幸運しか取り柄のないヒキニートの明日はどっちだ。

 




ストックが切れるまでは毎日投稿をしたいと思っています。それなりにスピーディに話を進めていきたいと思っていますので、お付き合いいただけると幸いです。


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第三話

「着きました、ここが冒険者ギルドですね」

 

「おお!それっぽい!それっぽいぞ!」

 

「何ですかその反応……」

 

 エリス様……もといクリスの案内で、俺は冒険者ギルドまでやってきた。夢にまで見た光景に、ほとんど反射的にギルドの中へ駆け出す。

 

 扉をくぐると、まず酒の匂いが襲ってきた。未成年の俺には少々刺激の強い匂いに困惑し辺りを見渡すと、ギルド設営の酒場で多くの冒険者たちが酒盛りをしている。

 

 世紀末を絵に描いたようなムキムキのモヒカン肩パッドも居れば、どう見ても冒険者には見えない華奢な身体の女の子も居る。

 腰に剣を刺したフルプレートの剣士に、杖とマントを携えた魔法使いに、シスターのような格好をした僧侶職と思われる女性。その他様々な格好をした色物集団がみんな分け隔てなく、同じ場所で酒を飲んでいた。

 

 真昼間から呑み明かす冒険者など、この世界の人々から見たら唯のロクデナシなのだが。

 俺はそんな荒くれ者たちを見て少なくない感動を味わっていた。

 

(これが冒険者!何者にも縛られない、まさに自由を謳歌する職業って感じだ!)

 

 以前は部屋に引きこもってゲームばっかりしていただけあり、期待通りの『ザ・冒険者!』と言った雰囲気が気に入った。多分俺は今目をキラキラと輝かせていることだろう。

 

 

 

 酒場を通って奥に行くと冒険者用の窓口があった。取り敢えず一番可愛い人が受付をしているところへ行く。

 

「はい、どうぞー。今日はどうされましたか?」

 

 ウェーブのかかった栗色の髪の美人がにこやかに対応してくれる。うん、愛想笑いが実に堂に入っている素晴らしい受付だ。

 

「えっと、冒険者になりたいんですが、田舎から来たばかりで何も分からなくて……」

 

「そうですか。では登録手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」

 

「えっ」

 

 登録手数料?

 

 思わずクリスの方を見ると、クリスはポケットの辺りを指差した。確認すると、俺のポケットには幾つかの金貨が入っている。

 

 後から聞いた話だが、これはクリスが転生者を送る仕事をしている際に『異世界に送られたはいいが、寝床はおろか飯を食う金もない』と嘆く転生者を見て、送るときに最低限の小遣いを持たせる事にしたそうだ。送る用の魔法陣に細工をして、ポケットに一万エリスの金貨を入れる設定にしたらしい。

 

 そんな転生者に親身になった制度改革が認められ、クリスはスピード出世を果たしたそうだ。天界も下界も結局社畜になるしかないのは変わらない事がわかって、ちょっと夢が壊れたが。

 

「はい、ありがとうございます。九千エリスのお返しになります。それではこちらの機器に触れてください。冒険者カードが発行されます」

 

 

 冒険者カード。

 

 冒険者ギルドに冒険者登録をすると発行してもらえるカードで、このカードには所有者のレベル、職業、ステータス、習得スキル、過去に討伐したモンスターの種族・数などの項目が表示される。

 

 余談だがこのカードは、年齢や職業が正確に記されるという特性上、身分確認にとても便利なので日本における免許証のような役割を果たしている。そのため一般にも広く普及しており、街にいる大人ならば基本的に所持しているのだが、名前は冒険者カードである。

 

 

 閑話休題。

 

 

(おお!ここで俺の凄まじい潜在能力が露わになってちょっとした騒ぎになるんだな!)

 

 そうして俺は期待を持って登録用の機器に触れた。すると機器に淡い光が灯り、冒険者カードに文字が記入される。

 

「はい、結構です。サトウ カズマさん……ですね。えっと……潜在能力値は知力が高いくらいで他は普通ですね……おや?幸運がとても高いですね。まあ幸運は冒険者稼業にはあまり関係がない数値なんですがね」

 

「あっ……そうですか……」

 

「……差し出がましいかとかもしれませんが、本当に冒険者になられるんですか?これだと基本職である冒険者にしかなることが出来ませんよ?一応レベルアップして能力値が上昇すればクラスチェンジも出来なくはないですけど……

 これだけの幸運をお持ちでしたら、正直冒険者になるより商売人とかの方が向いていると思うのですが……」

 

「……」

 

 やめろぉ!そんな引きつった笑みで俺の冒険者カードを見ないでくれ!

 

「え、えっと……大丈夫ですよカズマさん!その、冒険者は一応全てのクラスのスキルを習得できますし……それに、幸運が高いって言われたじゃないですか!」

 

「職業補正も無いから本職の方のスキルには遠く及ばない威力しか出ず、さらに習得コストも割高ですけどね……さっきも言った様に幸運は冒険者稼業では殆ど使いませんし……

 スキルの成功判定にボーナスが付きますが、失敗することが多いようなスキルを多用する冒険者さんはあんまり信用されない傾向にありますので、幸運値はないものと考えて行動することをお勧めしますよ」

 

「うぅ……幸運に関する現地人の反応が冷たい……!」

 

 クリスがなんとか慰めようとしてくれたのに受付嬢が容赦なく否定してくる。こいつ本当に受付嬢なのか?冒険者の心のケアとかしてくれないのかよ!

 

 受付嬢を睨むが笑顔で受け流され……仕方なく渡された冒険者カードを見る。

 

 どうやら、俺は最弱職になったらしい。

 転職を勧められるほどの能力値でお先真っ暗とはいえ、これまで何度も俺が妄想し夢見た冒険者になったわけだ。ちょっと感慨深い。

 ……そう言えば、スキルの習得ってどうすればいいのだろうか。さっきの受付嬢はなんとなく抵抗があるから他の窓口で「えええええっ!?な、なんですかこれ!」

 

 クリスの冒険者カードを見た受付嬢の叫びで周りの冒険者たちも騒めき出す。

 

「どうなってるんですかこの能力値!攻撃力、耐久力、知力も魔力も体力値も全ステータスがぶっ飛んでますよ!唯一幸運が人並みなくらいで、特に魔力と対魔力が尋常じゃないです!貴女いったい何者なんですか!?」

 

「え、えっと……どうもありがとうございます。

 え?幸運は人並みなんですか?」

 

「はい、幸運は人並みです。でも幸運なんてぶっちゃけ盗賊以外では死にステータスなんで気にしなくても結構ですよ!」

 

「うぐっ……あの……あんまり幸運の事を軽く見られるとちょっと私的にはダメージが大きいかな〜、なんて……」

 

「?よくわかりませんが、このステータスならクルセイダーにルーンナイト、アークプリーストにエレメンタルマスター。あとはアークウィザードという手も……数多の冒険者たちの憧れである上級職にすぐになれますよ!!それで、クラスは何になされますか!?」

 

「うーん……それでしたら、アークプリーストでお願いできますか?」

 

「アークプリーストですね!回復魔法はおろか蘇生魔法まで扱え、前衛に出ても問題ない強さを誇る万能職です!

 冒険者ギルドへようこそクリス様!今後の活躍を期待していますっ!」

 

 さすがは女神と言ったところか、とんでも無い能力値を叩き出したらしいクリス。だがその笑みは引きつっている。

 

「……私、幸福を司る女神のはずなのに……いや確かに運が良いって感じた事はあんまり無いけど……人並み……え?本当に人並み?」

 

「……?どうされました?」

 

「え、な、なんでもありません……ありがとうございます……」

 

 

 

「すげーじゃねぇかシスターの嬢ちゃん!いきなりアークプリーストなんてよ!」

 

「貴女凄いわね!こんなに可愛いのに能力も高いなんて……嫉妬しちゃうわ!まさにエリス様は二物を与えられたのね!」

 

「案外、あんたみたいなのが魔王を倒しちまうのかもな!」

 

 いつの間にか窓口の周りに集まってきた冒険者たちから熱烈な歓迎を受けるクリス。さっきまで幸運がどうとかで微妙だったその表情も、今は少し恥ずかしそうに笑っている。

 

「……皆様、盛大な歓迎ありがどうございます!まだ駆け出して未熟なものでして、迷惑を掛ける事もあると思いますが、これから同じ冒険者としてよろしくお願いしますっ!」

 

「「「うおおおおー‼︎‼︎」」」

 

 男性冒険者の雄叫びと、それを冷ややかな目で見る女性冒険者。何はともあれクリスの冒険者デビューはとても順調なものになったらしい。

 

「あれ、俺の冒険者デビューイベントは……?」

 

 

 

 

 

 

 

 《一ヶ月後》

 

 

「どぅああああっ!助けてくれ!お願いします助けてくださいエリスさまああああ!」

 

「かっ、カズマさーん!」

 

 一ヶ月前に冒険者デビューを果たした俺らは、まず最初の壁にぶち当たった。そう、他の転生者ならチートアイテムやチート能力を元から持っているので全く必要のないであろう最低限の装備を買う金がないのだ。

 

 あの後武器屋に行って駆け出し冒険者用の基本的な装備を探したが、とてもじゃないが俺とクリスが元から持っていた二万エリスでは、一人分の武器さえ買う事ができなかった。

 

 それを稼ぐ為に、俺たちは働いた。幸い魔王軍と戦っているこのご時世、城壁の補強を目的とした工事の日雇いバイトは尽きる事がないので、この一ヶ月間はずっとその工事のバイトをやって金を集めた。

 

 もちろんそんなバイトで貯金を増やすのは厳しいのだが、ギルドに申請すれば無料で貸し出してくれる馬小屋に泊まり、同じように馬小屋で泊まる他の冒険者たちに飯や酒をおごってもらったりしながらコツコツ貯金し、漸く2人分の装備をそろえる事ができたのだ。

 

 俺はショートソードとダガーを、クリスはメイスを購入した。自分で働いた金で物を買うということがこんなに嬉しいことだと知ったのは今は昔……やっと冒険者らしくクエストを受けることができるので俺はウキウキしていたんだが……

 

 チュートリアルでありがちなゴブリンやコボルドなんかの弱いモンスターは、とっくの昔に駆除されて街の近くには住んでいないらしい。

 当たり前といえば当たり前なんだが、こんな現実的な生態系は知りたくなかった……

 

「大丈夫ですよカズマさん!今のカズマさんは支援魔法で攻撃力も耐久力も俊敏性も上がっていますし、どうにかなりますって!」

 

「無理無理無理無理無理!死ぬ!異世界で土木工事だけやってカエルに食われて死ぬ!」

 

 ジャイアントトード5匹の討伐。コレが俺たちが受けた初クエストだ。

 

 ただのでかいカエルと言えば弱そうに聞こえるが、5メートルはあろうかという巨大なカエルが飛び跳ねながら向かってくるのはトラウマレベルの脅威だ。繁殖期になると人里まで下りてきて、家畜や農家の人々を襲うらしい。

 この街のベテラン冒険者たちはこぞってこのカエルを狩るというが……

 

「【筋力強化(パワード)】!【防御強化(ディフェンシス)】!【敏捷強化(スピーダー)】!カズマさん!支援魔法を重ね掛けしましたよ!」

 

「力が湧いてくるけど、怖いものは怖いんだよ!……ええい、喰らえクソガエうぐばっ!」

 

「ああっ、カズマさーん⁉︎」

 

 カエルの懐に潜り込んでショートソードで攻撃するも、カエルの手で雑に弾き飛ばされてしまう。クリスが掛けてくれた支援魔法のおかげでなんとか無事だが、こんな奴駆け出しの俺に倒せる気がしない。

 

「カズマさーん⁉︎ちょ、カエルがこっちに向かってきてるんですが⁉︎た、助けて!私美味しくない!」

 

「ウ゛ォラこのクソガエルがああああ!クリスに手ェ出してんじゃねぇええええ!」

 

 前言撤回、刺し違えてでもこいつを殺す!

 

 

 

 

 

「「た、倒した……」」

 

 俺たちの横に転がる頭蓋を割られて死んだジャイアントトード。クリスに狙いを定めている所を狙って少しずつダメージを与えていき、1時間ほどかけてやっと一体討伐したのだ。

 

「やりましたねカズマさん!どうにかこうにか討伐できましたよ!」

 

「ああ、やっとだな……クリスのメイスがノーダメで弾かれた時はどうなる事かと……」

 

「うっ……ごめんなさい……神聖属性の攻撃魔法って打撃系ばかりな上に通常の生物に効果が薄くて……カズマさんばっかり危険な目に合わせてしまいましたね……」

 

「何言ってんだ?今回のMVPはどう考えてもクリスだろ。支援魔法掛けてくれ無かったら絶対俺死んでたからな?」

 

「ふふっ、その通りですね」

 

「こ、こいつ……!」

 

 ともあれ、俺たちはジャイアントトードの討伐に成功した。苦戦はしたが、俺たちでもどうにかなる相手だと思うと気が楽になってきた。

 

「よし、あと4匹、このままやってやろうぜ!俺たちなら行けるさ!」

 

「ええ、頑張りましょうカズマさん!」

 

 そう言って俺ら2人がすがすがしい顔で振り返ると、遠くの方で三体のジャイアントトードがこっちを見つめていた。さっきの俺たちのセリフがバッチリ聞こえていたようである。

 

「「………………」」

 

 三体が一斉にぴょこぴょこ跳ねながらこちらに向かってくる。

 

「「た、退避ー‼︎」」

 

 さっき倒したカエルをクリスが引きずりながら、俺たちは走り出した。

 

 本日の成果。

 ジャイアントトード一頭の討伐。

 買い取り金額五千エリス。

 

 ……ちなみに日雇いバイトの日給は1人一万エリス。日雇い時代と比較すると、合計一万五千エリスのマイナスである。




カズマがアクアを転生特典に指名した結果、神を下界に降ろすことは出来ず、替わりにアクアが天から冒険の指示を出してくれるようになるサングラスと、指示を出すのがアクアということを不憫に思った神々がオマケにくれた『ドラ◯エシステム』というユニークスキルを貰って旅をするっていうヨシヒコとこのすばのクロスssを考えてました。(誰も聞いてない)


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第四話

 この世界におけるスキルとは、冒険者カードによって習得可能な特殊技能のことを言う。

 

 スキルは使用すれば使用するほどにスキルレベルが上がっていき、そのレベルに応じて効力や成功率などが上昇していく仕組みになっている。魔法なら威力が高くなる、支援魔法なら上昇値が上がるといった具合だ。

 

 スキルを習得するのは簡単だ。冒険者カードに記されているスキルを『習得しよう!』と意志を持って指でなぞるだけだ。所謂御都合主義である。

 

 ただし、魔力の流れやそのスキルの仕組みなどの知識を持ち、意識して魔力のコントロールを行うと魔法は効力が上がったり、きちんと修行をして剣術を修めた者の剣士スキルの威力は普通より高くなったりと、修行や研究は普通に効果を発揮する。何もレベルを上げてスキルを習得するだけで成長できるわけではないのだ。

 

 

 スキルを覚えるためには『スキルポイント』が必要だ。強力なスキルほど習得コストが高く、逆に初級魔法のような簡単なものはコストがとても低い。

 

 スキルポイントを得る方法は二つ。一つはレベルアップにより手に入れる方法で、もう一つはクラスを決める際に割り振られる初期ポイントだ。潜在能力値というか、才能がある者はレベルを上げる前から初期ポイントが人より高い。

 

 例えば冒険者にしかなれないほど潜在能力値が低いカズマの初期ポイントは10。

 それに比べて、女神であり最初から全ての上級職になれるほどの能力を秘めたクリスの初期ポイントは1000を超えている。

 例が極端すぎるので言っておくと、標準的な初期ポイントは20〜30であり、最初から上級職になれる者であれば70〜80の初期ポイントを持っていたという記録もある。初期ポイントが50を超えていれば文句無しで天才認定されるであろう。

 

 カズマはその初期ポイントで、取り敢えず腐らなそうな片手剣スキル、盗賊スキルである隠密行動(サインカバー)敵感知(エネミーセンサー)を取得した。

 このスキル群は酒場で酔っ払った先輩冒険者に教えてもらったものだ。受付嬢が言っていた『幸運は盗賊職以外死にステータス』という言葉を聞いていたカズマは、唯一高い幸運を活かすためには盗賊職のスキルを極めよう、と思った訳である。

 

 が、幸運頼りの冒険者は『肝心な時に役に立たない』『ミスが多い』という理由で敬遠される傾向にある。至極当然な思考だ。

 この辺の事情から、幸運値を活かすという路線は一先ず保留にしてカズマは野伏(レンジャー)の役割を目指すことに決めた。

 

 クリスは取り敢えず全てのプリースト系スキルと修道僧(モンク)系の攻撃スキルを取得したようだが、まだ多くのスキルポイントが余っているそうだ。

 

 長々と話をしたが、結論から言うと……

 

 

 

「アレだ。このパーティには火力が足りない」

 

 あのあとカエルたちから命からがら逃げかえり、今は自分たちが持ってきたカエルの唐揚げを食べている。淡白だが、鶏胸肉のような味がして結構美味しい。

 

「確かに、それは私も実感しています」

 

「だろ?酒場で教えてもらった俺の片手剣スキルだけじゃジャイアントトード5匹なんて無理ゲーだ」

 

 クリスは一応近接攻撃スキルである修道僧(モンク)のスキルを覚えているが、その全てが打撃系でカエルには効果が薄い上、この世界の修道僧(モンク)スキルというのは基本的にアンデットや悪魔などといった宗教に不浄なものに対抗するための物。普通の動物などに対しては殆ど効果が無いのである。

 

「じゃあ、仲間を募集しましょうか?それなら募集用の掲示板に……」

 

「いや!その必要はない。既に目星は付けてあるんだ」

 

「……?」

 

 冒険者が仲間を募集する際に使用する掲示板、仲間を探している冒険者はそこに張り紙を貼るのが一般的なのだが、カズマはある可能性を危惧し、これを避ける。

 

(クリスは俺のメインヒロインだ!他の野郎なんざパーティに入れる訳ねーだろ!)

 

 そう、自分より有能なパーティメンバーの男がいれば、クリスがそっちに靡く可能性がある。それを阻止しようと言うのだ。

 それに、候補がいると言うのは本当だ。

 

「ほれ、あそこにいる女の子を見てみろ」

 

 カズマは酒場の端の方に座る少女を指差した。クリスもそちらを見る。

 

 そこには端正な顔立ちのお下げの女の子が居る。赤い服にマントを羽織り、杖を持っているその姿はまさに魔法使いといった感じだ。

 

「……ほら、あそこに魔法使いの女の子がいるだろ?実はあの子、この一ヶ月でギルドに登録したんだが、まだパーティを組んでなくてずっとソロで活動しているんだよ。しかも何故か掲示板に募集をかけてないんだ」

 

「……なるほど、確かに私たちのパーティメンバーにぴったりな人のようですが……」

 

「どうした?」

 

「カズマさん、なんでそこまであの子の事を知っているんですか?ギルドに登録した時期まで……

 あの、なんで目を合わせないんです?ちょ……ま、待ってください……」

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 クリスの提案で、まずはあの少女を観察してみることに。クリスは俺があの子を自分の好みだけで決めたのだと疑っているようだ。

 

 

 

 

 

 それでは、彼女の1日を観察してみよう。

 

 馬小屋で目を覚まして身支度を済ませると、冒険者ギルドへ向かう。もしかしたら挨拶をしてくれるかもしれないと考えながら、すれ違う冒険者たちをチラチラと見つつ受付のカウンターまで歩き、今日も誰1人声をかけてくれなかったな……とこっそり肩を落としながら1人でクエストを受ける。

 

 彼女が今日受けるのは冬牛夏草(とうぎゅうかそう)の討伐だ。群れで行動することも多いモンスターなので前衛職がいないのは少し厳しいな……と思いながら、今から討伐クエストに赴く他の冒険者パーティをチラッと見て寂しそうな顔をした後、1人で街の外まで向かう。

 

 クエストから帰ってきた彼女の服は汚れていた。攻撃を受けた訳ではないが、攻撃を避けた時などに転んだらしい。冬牛夏草(とうぎゅうかそう)は持ち帰ると買い取りでお金が貰えるのだが、魔法使い職で筋力ステータスが低い彼女は持ち帰ることができなかった。外を見ると、朝に彼女がチラ見していた他のパーティがカエルの買い取りをして貰っている。

 

 服を着替えて酒場に向かい、注文を聞きに来た店員に夕飯を注文する。1人で4人掛けのテーブルに座りながら夕食を食べ、偶に近くの席に座っている冒険者たちの話に耳を傾け、別に話に入っている訳でもないのに、彼らが笑うと彼女も釣られて軽く笑ったり、同意を求めるネタに頷いたりしていた。

 

 酒を頼もうと思ったが、自分から話しかける勇気が無いので店員が近くに来るのを待つ。その間に、話をしていた彼らは席を立ってしまった。それを少し寂しそうに見た後、食器を片付けに来た店員が運よく彼女に話しかけてくれたのでクリムゾンビアーを一杯注文する。

 

 それを1人で煽り、軽く酔ってきても変わらずそこに佇んでいる。もうBGMとなるような話をしている冒険者も居ないので、只々無表情で少しずつジョッキのクリムゾンビアーを……

 

 

 

「暴れんなクリス!今行ったら俺らがストーキングしてたのがバレる!」

 

「離してくださいカズマさん!もう……もう……!早く彼女をパーティに加えてあげましょうよ!なんで今まで放っておいたんですかこの鬼畜!」

 

「俺だってここまでとは思ってなかったよ!よく1人でクエスト受けてるなーってだけで!」

 

 見ているだけで涙が出そうになる彼女の1日を観察したクリスは、必死の形相で涙を流すというおかしな状態だ。かく言う俺も何か変な汁が滲み出そうなのを必死で抑えているのだが。

 

「明日!絶対に彼女をパーティに加えましょう!わかりましたかカズマさん!」

 

「だから俺がそう言っただろ⁉︎」

 

 1日を無駄に過ごした俺たちは、明日彼女をパーティに誘う事を固く決心したのだった。




ゆんゆんってひらがなで書くとあんまりかっこよくないですが、『ユンユン=〇〇〇〇』みたいなカタカナ且つ外国語風に書くとオサレな漫画の敵キャラみたいになりませんかね……星十字騎士団みたいな


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第五話

 その日の夜、カズマは一人考えに耽っていた。

 

(そもそもこの世界、なぜか可愛い子はかなり多いけど普通に考えてあのレベルの子がいたらナンパくらいあってもいいと思うんだけどなぁ……)

 

 容姿端麗、豊満な胸にすらっとした肢体、加えて中級魔法をバンバン使える恵まれた魔力値を持った魔法使い(ウィザード)職など他のパーティが放っておくはずがない。

 

 だか、あの女の子はひとりぼっちだ。まごうことなきひとりぼっち。どこに出しても恥ずかしい真性のひとりぼっちである。

 

(……何か問題がある、って考えたほうがいいんだろうなぁ……だけど……)

 

 ストーキング(事前調査)してる時にはただのひとりぼっちな女の子という風にしか見えなかった。魔法のコントロールが悪いわけでもなさそうで、おそらく連携も問題なくこなすだろう。

 

(となると、他人と関わること自体に何か欠陥があるタイプか、それとも………………

 …………いや、やめとこ)

 

 そこまで考えて、カズマは考えることをやめた。どうせやる気になってる女神様を止める事なんて出来ないのだ、仮に性格に難があっても、クリスなら心ごと浄化しそうでもある。

 

 その後、ひとりぼっちの彼女のことを色々と考えていたカズマが眠りに就いたのは30分ほどたってからの事だった。

 

 

 

 翌朝。

 

「起きてくださいカズマさん!」

 

「ねむい」

 

「カズマさん!?」

 

 クリスが起きた時間が早すぎるというのもあるが、昨日夜中まで()()していた俺は目覚めが悪かった。

 

「そもそも今何時だと思ってんだよ……こんな早い時間にいるわけないだろ、まだ受付も空いてないような時間だぞ……」

 

「善は急げです!早く行きましょうよ!大丈夫、ああいう優等生タイプのひとりぼっちは時間や健康に厳しい事が多いので多分もう朝食を食べに来ているはずですよ!」

 

(……ん?何気に酷いこと言ってるような……)

 

 カズマが知る由もないことだが、女神時代のクリスは下界の人間を眺めるのが趣味だった。真っ直ぐな心を持つ人に救いを差し伸べる事を目的とした実益を兼ねた趣味であるがその過程で人間の心の機微に敏感になったのである。

 

「いや、まあ一理あるけど……」

 

「とにかく、先に準備して待っているので早く顔洗って来てください」

 

「…………わかったよ」

 

 

 

 

 

 身支度をしてギルドの酒場に向かうと、クリスの言う通り、彼女は1人で朝食を食べていた。

 

「ほ、本当にいた……」

 

「ほら言ったでしょう?憶測ですけど、毎日1番早くギルドに来てるんじゃないですか?」

 

「あり得るな……」

 

「むむ、キャベツ朝食セット……やはりキャベツがいいと言うのは本当なのでしょうか……?眉唾物だと思ってましたが……」

 

 神妙な目つきで朝食を分析しているクリスには悪いが、何を食べているかなんてどうでもいい。

 

「ほら、行ってこいクリス」

 

「え、え!?なんで私が……」

 

「女の子同士の方が話しかけやすいだろ?さっきの憶測とかを見るにぼっちに対する対応も期待できそうだし」

 

 秘技、丸投げ。悪質なシステム外スキルだ。

 ぶっちゃけ女の子に話しかける勇気などないことを大義名分にクリスに丸投げする気満々だったのである。

 

「ほれ、行った行った。あ、穏便にな?あんまり強引だとぼっちは萎縮するから」

 

「い、行きますから!押さないで……ちょっと!どこ触ってるんですか!?」

 

 

 

 

「お隣、よろしいですか?」

 

えっ…………あ、あわわわ……どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 ニッコリと笑顔で話しかけるクリス。ちょっと間が空いたが、見た感じ彼女もまんざらではなさそうだ。感触は良好か?と言った具合である。

 

 だが、観察していた時よりも明らかに表情が堅い。恐らくは人付き合いが苦手なタイプ……今更確認することでもないが。

 

(よし、良いぞ。次はそれとなく切り出してみよう、世間話で打ち解けるのは苦手なタイプと見た)

 

 潜伏スキルを使い、彼女のすぐ後ろからハンドサインを出す。クリスは小さく頷き、聖母の笑顔で語りかける。

 

「私の名前はクリスです。貴女、いつもソロでクエストを受けられていますよね?もし宜しければ、今日は私たちと一緒にクエストを受けませんか?」

 

「!…………あっえっ!?あっ……ほ、本当に……?ついに……ついに……!ああでも私なんかがこんな素敵な人に話しかけられるなんて何かの間違いかも……いえ、ずっと待っていたチャンスじゃない!村を出て苦節約一年、冒険者デビューを失敗してからここまで何度村へ帰ろうと……いやえっと、そんなことはどうでもいいわ!練習通り……練習通り……」

 

「…………あ、あの……?」

 

 おいおい、なんかうつむきながらブツブツ呟いてるんだけど。なんか今変なこと言ったか……?

 

 そんなことを考えてると、彼女は急に立ち上がって、無表情で、淡々と…………何故か名乗りを上げた。

 

「わ、我が名はゆんゆん。紅魔族族長の娘にして、中級魔法を操る者」

 

「…………」

 

「…………」

 

「え、えっと…………」

 

 な、なんだコイツ…………

 

「ゆ、ゆんゆんさんと仰るのですね!それであの、クエストの方は……」

 

「…………う」

 

「……う?」

 

(あ、これ逃げるやつだ)

 

 俺は察した。急に名乗ったかと思えば顔を赤くして震え出した……つまりは、名乗りが恥ずかしいと感じてるんだろう。じゃああんな厨二じみた名乗りあげるなよ!

 

「うわああああああん!!!!」

 

「ゆ、ゆんゆんさーん!?」

 

「くそったりゃあ!」

 

「へぶっ!?」

 

 名乗りを上げた途端逃げ出そうとするゆんゆんに、俺は渾身の足ひっかけを喰らわせてやった。潜伏スキルからの足ひっかけなんて避けられる奴はそうそういないだろう。多分。

 

「い、痛い!めぐみんの足ひっかけより痛い!」

 

「めんどくせぇ!なんなんださっきから!」

 

「ぴいっ!?だ、誰!?」

 

「か、カズマさん!?何やってるんですか!?穏便に行こうって……」

 

「もういいわまどろっこしい!というかこのコミュ障に付き合ってたら日が暮れるわ!」

 

「ひ、ひどい!」

 

 潜伏スキルを解き、さっきとは打って変わって表情が豊かになったゆんゆんに畳み掛ける。

 

「お前アレだろ!この街で初めての冒険者とのコミュニケーションに失敗してそれからずっと萎縮してるやつだろ!」

 

「うぐっ……そ、それは……」

 

「そして『私なんかが……』『迷惑なんじゃ……』みたいなことばっかり考えて話しかけることもできず、他の冒険者に話しかけられたらそれはそれでパニクって鉄仮面になるタイプだろ!大体わかったわ!」

 

「で、でも……そんな……うぅ……」

 

「そもそも名乗るタイミングでもなかったろ!あそこはクエストに行くかどうかだけ言って自己紹介は後からでも良かったし、そもそも何だよあの変な……何だよクリス!」

 

「ちょ、ちょっと!カズマさんこっちこっち!作戦タイム!

 ゆ、ゆんゆんさん!ちょっと待っててくださいね〜!」

 

「えぇ……」

 

 急に出てきて言うだけ言ってクリスに引っ張られていく俺。それを見て、ゆんゆんはただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

「え?冒険者……なんですか?職業の方ではなく?」

 

「ああそうだよなんか文句あんのかコラ」

 

「ひぃ……」

 

「カズマさん!」

 

 その後なんやかんやでクエストに行く約束を取り付け、今は情報交換の為に一緒に朝飯を食っている。さっき俺とクリスの冒険者カードをゆんゆんに見せたところだ。

 

 日常会話もまともに出来なさそうなキングオブぼっち加減にしびれを切らした俺はゆんゆんに怒鳴ってしまい、クリスに怒られた。怒っていてもクリスは可愛かったが、恐らく好感度が下がったので俺は今若干機嫌が悪い。

 

 そのせいもあってか、ゆんゆんには恐れられているようだ。が、そんなこと知るか。こんな面倒くさいやつとのフラグなんて立てなくても俺にはクリスがいるし。

 

「いえ……アークプリーストのクリスさんと交さ……パーティを組んでいるのが冒険者の方って言うのが意外だったので……」

 

「カズマさんも結構頼りになるんですよ?私が襲われそうになったら助けてくれますし。今はちょっと怖いですけど……」

 

「あぁ……」

 

 何故か納得した様子のゆんゆん。

 そんな話は良いんだよ。それよりゆんゆんのステータスだ。

 

「もう良いだろ俺の事は。それよりゆんゆんは何が出来るんだ?」

 

「あ、えっと、一応アークウィザードやってるので、一通りの中級魔法と上級魔法を幾つか……」

 

「へぇ〜………………マジで⁉︎」

 

「ひっ!……は、はい……」

 

 驚くべきことに、ゆんゆんは上級職のアークウィザードだったらしい。

 

「カズマさん、さっき彼女の名乗りで紅魔族って言ってたじゃないですか?

 紅魔族と言うのは生まれつき高い魔力を持っている一族で、優秀な魔法使いが多いんです」

 

「ほー、つまりはサイヤ人のエリート戦士って事ね。羨ましいもんだ」

 

「……そんないいものじゃないですよ紅魔族は……」

 

 ゆんゆんは小さく呟いた。エリートはエリートなりに何か悩みがあったりするのだろうか?

 

「ケッ、それでもパンピーの俺からしたら嫌味にしか聞こえんけどな」

 

「カズマさん!もう……ごめんなさいゆんゆんさん。普段はもっと優しい人なんですけど……」

 

 そりゃ女神様に対して暴言なんか吐けるわけないだろう。女神と知らないならまだしも、そんなことできる奴がいたらこの眼で見てみたいね。もし居たらぶん殴ってやる。

 

「取り敢えずクエストに行こうぜ。ゆんゆんがパーティに加わるかどうかはそこで決めて良いから」

 

「パ、パーティに!?でも私なんかが……」

 

「もういいわその謙遜は!」

 

 嬉しそうな顔をしたかと思えば、急にわたわたしだすゆんゆん。

 さっきのビビリ具合から察するに、怖がりかつ内弁慶の口下手で鉄仮面な良いとこ出のエリート。これは確かに友達などでき出来なさそうだ。むしろ孤高の戦士が似合う設定である……可愛らしい顔には似合わない称号だが。

 

 カズマがこんなことを考えている最中、ゆんゆんはぼっち特有の深読みを存分に発揮していた。

 

「うぅ……こんな怖そうな人……しかも男女の2人パーティなんて絶対付き合ってるよ……リア充だよ……カップルの中に入ってやっていける訳が……でもせっかくのお誘いだしそもそもこのチャンスを逃したら一生パーティなんて組めない気がするし……意外とちゃんと話せそうだし大丈夫かな……?」

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺たちがやってきたのは前回行った草原。『3日以内にジャイアントトード5匹討伐』のクエストを受けている俺たちはまだ1匹しか倒していないにもかかわらず、昨日1日をゆんゆんの観察に使ってしまったので時間が無いのだ。

 

 そんでカエルがいる草原に来た。前回は1時間もかけて倒した1匹しか倒せなかったカエルを4匹も倒さなきゃいけないので、苦戦を覚悟していたのだが……

 

「【アースバインド】」

 

 地面が波打ち、埋まっていたカエルが頭だけ地面に出現し、そのまま地面が固まってカエルを拘束した。そして俺が頭をかち割り、とどめを刺す。

 

 すかさず【敵感知(エネミーセンサー)】を発動させ、カエルが1匹だけの地点を探す。奴らは地面に潜って寝ていて、音や衝撃で一斉に目を覚ますので、派手に魔法で倒すと囲まれてしまう。よってゆんゆんには拘束だけをお願いして、俺がカエルを倒すやり方を取っている。経験値泥棒とか言ってはいけない。

 

「ゆんゆん、次は向こうの丘だ。俺から25メートルの地点に1匹潜ってる」

 

「分かりました。【アースバインド】」

 

「【筋力強化(パワード)】。ゆんゆんさん、魔力は大丈夫ですか?魔法を連発されてますが」

 

「この位はなんとか……クリスさんこそ、凄い支援魔法ですね。この上昇値は聞いたことがないですよ。流石話題のアークプリーストですね」

 

「あはは……別に大したこと無いですって……」

 

「お前ら怖い会話してんじゃねーよ。俺の肩身が狭いじゃねぇか……よっと。これで5匹か……前回苦戦したのが嘘みたいに簡単に終わったな。アークウィザード様々だ」

 

「そんな……カズマさんこそ、前衛と司令塔を両立しているじゃないですか。凄いことですよ」

 

「ありがとな、ゆんゆん」

 

 褒められるのに慣れていないのか、えへへと顔が綻ぶゆんゆん。

 

「ゆんゆんさん、どうですか?私たちのパーティに入ってくれますか?」

 

「えっと……お、お邪魔じゃなければ、ぜひお願いしたいですが……」

 

 そう言って俺の顔色を伺う。多分俺が怒鳴ったせいでまだ怖がられているのだろう、クリスの目線が痛いぜちくしょう。

 

「……怒鳴ったのは悪かったから、もう許してくれ……邪魔なわけないだろ?これからも宜しくな、ゆんゆん」

 

「は、はい!」

 

 ぱぁぁと笑顔になり、嬉しそうだ。

 どうやら、一度友達になると一気に仲良くなれるタイプらしい。なんか簡単に騙されそうで心配になってきたな……

 

 クリスもとても嬉しそうだ。仲間が出来たからってよりは、俺とゆんゆんが仲直りしたのが気に入った様子。やっぱりクリスマジ天使。女神だけど。

 

「討伐数もクリアしましたし、帰りましょうか。ジャイアントトードの状態も良いですし、報酬にも期待できそうです」

 

「そうだな。頭を一突きだし、ちゃんと絞まってるから色つけてもらえるかも知れないな」

 

「?なんでジャイアントトードの状態を気にするんですか?」

 

 ゆんゆんが不思議そうに聞いてきた。

 

「なんでって……買い取りして貰えば報酬に加算されるだろ?傷んでなければ良い価格で買ってくれるし」

 

「買い取り……ああ、そういうシステムもあるんでしたね。すっかり忘れてました」

 

 クリスはその言葉を聞いて、同情の涙を流した。

 俺はクリスが何故泣いたのか少し考えた後、ゆんゆんの言葉の意味に気付いて、泣いた。

 

 そうだった、この子買取システム使ったことないんだったな……

 

 

 

 

「はい、ジャイアントトードの買い取りと今回の報酬を合わせて、計12万エリスとなります。ご確認ください」

 

 パーティを代表して俺が報酬を受け取る。

 

 1人4万ずつに分けたので、初日と合わせれば一人頭約4万2千エリスの儲け。それなりに待遇は良いように見える。

 

 が、今回のような簡単なクエストはそう無いし、安定して稼いでいくにはもっと難しいクエストも受けなければいけないだろう。遠くからの依頼だと移動費もこっち持ちだ。

 

 このパーティで一番危険な役割を持っているのは間違いなく俺だ。陽動と壁役は下手すりゃ即お陀仏って事になりかねない。唯一の男だからしょうがないと言えばそれまでだが……

 

「えええええ!?」

 

 この先の生活のことを色々考えてると、聞き慣れた叫び声が聞こえてきた。

 

「じゅっ、13歳!?このプロポーションで!?」

 

「ええっ!?そうですけど……ど、どうしたんですか……?」

 

「いやいやいやいや!何食べたらこんなに……身長も私より高いのに……!13……嘘でしょ……?」

 

「あの……クリスさんの年齢は……」

 

「聞かないでください」

 

「あっ、はい」

 

 クリスとゆんゆんがおしゃべりしているようだ。今日はパーティ結成祝いと祝勝会。既にカエルの唐揚げとクリムゾンビアーがテーブルに並んでいる。

 

「発育がいいってレベルじゃない……!この世界基本的に栄養価も少ないはず……魔力量……?いや魔力量は負けてないはず……やっぱりキャベツをいっぱい食べるべきなの……?」

 

 うんうん唸ってるクリスを尻目に、俺はテーブルに賞金の入った袋を置く。

 

「ほら、報酬金の12万エリスだ。1人4万づつで良いよな?」

 

「え、いや悪いですよ。私は最後の1日しか居なかったわけですし……」

 

 ゆんゆんが山分けを渋る。こんな控えめな性格も災いして友達がいないのだろう。

 

「どうせ初日に1匹倒しただけですし、気にしなくても良いですよ?今日は間違いなくゆんゆんさんがMVPですから!」

 

「そうそう、仲間なんだから遠慮は無しだ」

 

「っ……仲間……」

 

 何か堪えていたものが溢れ出したように、ゆんゆんは泣き出してしまった。どうしたかとクリスが慰めようとするも、ゆんゆんは止まらない。

 

「わた、私っ……今まで、友達とか、殆どいなくて……だから……わたし……うぅっ……」

 

「……ゆんゆん……」

 

 このぼっち、相当哀しい人生を過ごしてきたらしい。まだ13歳らしいが、随分寂しい青春だったのだろう。

 

「大丈夫、私がいるから大丈夫ですよ。だから泣かないで。もう友達でしょう?私たち」

 

「っ!……はい……!はいぃ……」

 

 クリスにしがみついてわんわん泣くゆんゆんと、聖母のような優しい笑みでそれを包み込むクリス。

 

 ……美少女が抱き合ってるのを見てると、心が浄化されていくような感じだ。

 なんか、たまにはこう言うのも、良いものですよね……

 

「さ、いつまでもしんみりしてるのもアレだし、さっさと食おうぜ。今日は新しい仲間の歓迎会だからな!」

 

「!はいっ!」

 

 そうして新しい仲間を加えた俺たちのパーティ。順風満帆な冒険者生活だと思うが、順調すぎて逆に不安になるのは俺だけでしょうか。

 

「カズマさん、食べないならこの軟骨は私が貰いますね」

 

「あ!それは俺が取ってた奴だぞ!」

 

「なんかあっちも騒がしいですね。宴会でもやってるんでしょうか?」

 

「なんだ、あっちに混じってくるか?ゆんゆん」

 

「え、宴会に混じるなんてそんな!宴会に参加すると言うのはちゃんと前もって連絡を入れないとご迷惑に……!私が宴会に混じっても何も出来ませんしそれに……」

 

 ま、このパーティなら心配するだけ無駄だろう。……無駄だよね?




ゆんゆんめんどくさい(直球)

評価感想、ありがとうございます。励みになります。


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第六話

「【クリエイトウォーター】」

 

 俺が唱えると、掌から水が湧き出す。

 チョロチョロと情けない音を立てながら、コップをいっぱいにした所で止まった。

 

 前回のクエストでジャイアントトードを5匹討伐する時、その全てのトドメを刺した俺はレベルが6まで上がっていた。

 

 この世界では、モンスターを倒すと経験値が貰えて、経験値が溜まったらレベルが上がるというゲームのような世界観になっている。

 

 クリス曰く、経験値とは生物の魂の欠片で、俺たちは倒したモンスターの魂を吸収しているらしい。それは俺たちの魂の養分となり、魂そのものが強くなるので肉体が変わらなくても強くなれるのだそうだ。

 因みに肉体労働でも、肉体に連動した魂が強くなるとか何とかで経験値は貰える。実際に一ヶ月の労働でレベルは上がった……たったの1だが。

 

「……ぷはぁ。良い感じに冷たくてうまいのな。自分で出した水ってのがちょっとアレだけど……」

 

 レベルが上がったことでスキルポイントが溜まった俺は、前々から取ろうと思っていた窃盗(スティール)と初級魔法スキルを取得した。窃盗(スティール)は相手からランダムで物が盗めるスキルで、幸運度が成功率に直結する。俺の幸運度を活かすにはうってつけのスキルだ。

 

 初級魔法は全属性の初級魔法を一気に覚えられるスキル。これだけで見ると初心者にうってつけの便利スキルのように見えるが、基本的に初級魔法に殺傷能力は欠片も無い。一応それ相応の魔力を込めれば攻撃手段として使えなくは無いが、あまりにも効率が悪すぎる。

 

 故に攻撃魔法とは呼べず、専ら生活用の魔法のような扱いだ。主婦の知恵レベルである。その為、世の魔法使い達は初級魔法は取らず、いきなり中級魔法から取るのが一般的だという。

 

「【ティンダー】」

 

 指先からマッチのような火がボッ、と小さな音を出して灯る。モンスター相手に、とはお世辞にも言えないが……非常時の灯りとしては使えそうだ。初級魔法も結構使いどころがありそうなもんだけどなぁ……

 

 

—————————————————

 

 

「初級魔法て……」

 

「何だよ、なんか文句あんのか?」

 

 こいつはダスト、街のチンピラだ。剣士2射手1魔法使い1という模範的なパーティの剣士で、まあよくあるモブである。因みに俺に剣術スキルを教えてくれた張本人だ。

 

 かなりノリの良い奴で、剣術スキルを教えてくれた事もあり仲良くしている。今は街の隠れたスポットを案内してくれるというので、男2人哀しく散歩しているところだ。

 

「初級魔法取るくらいなら盗賊スキルをもっと取れば良いのによぉ。つーかカズマお前、盗賊にクラスチェンジする気じゃなかったのか?」

 

「良いんだよコレで。色んなスキル覚えてオールマイティにこなせるようになった方が、全てのスキルを覚えられる冒険者の唯一の利点を活かせるってもんだろ?」

 

「ほー、知力ステータスが高いやつの考えることはよーわからん」

 

「お前な……冒険者という職の強みを活かした戦法を考えないと、あの2人について行く意味すら無くなるし。これでも色々考えたんだぜ?」

 

 ……本音は俺も魔法を使ってみたかっただけなんだけどね。

 

「それだよカズマ!お前あのアークウィザードをどうやって仲間に引き込んだんだよ!あの有名な孤高のアークウィザード、紅魔族の美女!」

 

「いやいや、ただのコミュ障だぞあいつ。それからゆんゆんは美女って歳でもねぇ、まだ13歳だ」

 

「13!?嘘だろ!?」

 

 気持ちはわかる。あのおっぱいで13歳とか今時迷惑メールでも戸惑う設定だ。

 

「いやそれよりコミュ障って……仲間も募集せず掲示板には見向きもしなかったのにか?

 話しかけると避けられるから、何処もこぞって掲示板の募集でアピールしてたのに一読すらしなかったって聞くぞ?」

 

「……受付の説明ですら、数週間ぶりの会話だったから緊張してて聞いてなかったんだと。

 だから募集掲示板を今まで名指しの依頼をするための掲示板だって勘違いしてたらしい」

 

「……うわぁ」

 

 ガチじゃん……と悲しい表情をこちらに向けるダスト。そうだよな……空気読まずに話しかければ1発だったのに珍しく周りに合わせたらコレってのは結構キツいだろう。

 

「じゃあ、クリス様は?お前はあのクリス様を一体どこでゲットしたんだ答えろカズマァ!」

 

 ダストは必死の形相で俺の胸元を掴む。マジで必死だ。しかもクリス様て……

 

「ちょ、掴みかかるな暑苦しい!てかクリス様って何だよ!」

 

「お前知らねぇのか?クリス様はなぁ、俺らみたいな回復役がいないパーティが傷を負って帰ってきたときは無償でヒールかけてくれるんだよ!クリス様に治してもらいたくてわざと擦り傷付けて帰ってくるバカもいるくらいだ!もうクリス様って言やぁ『アクセル一の女神様』で通ってんだぜ!」

 

 さ、早速バレてる……

 

「ま、マジでか……まあクリスは女神だからな。お前の言いたいこともわかる」

 

「チッ!!これ見よがしにクリス様のこと呼び捨てにしやがって……お前いつかモテない冒険者に殺されないように気を付けろよ。お前を羨む奴は山ほど居るんだからな」

 

 怖えよ!気持ちはめっちゃわかるけど!

 

 と言うか、名前を変えてもやっぱり女神って扱われてんだな……唯のあだ名といえ、流石は主神エリス様。

 

「ははは……肝に銘じとくよ……」

 

「ったく……あ、女神と言えばさ、今日酒場に行けば「おい、其処の2人。聞きたいことがある」ん?」

 

 声をした方を向くと、ピシッとした白スーツを着込んだ女がいた。

 

 歳は20代前半と言ったところか……?胸はゆんゆんより小さいが、背が高く手脚がスラッとしたモデル体型の美人だ。いやそれよりも……

 

「……おめぇ、見ない顔だが、その剣。王都の冒険者か?何の用だ」

 

 俺やダストが持っている剣とは格が違う、鞘に金細工があしらわれた高そうな、それでいて何かしらのオーラさえ感じる剣。

 まさに名刀って感じだ。一体いくらするのだろうか。

 

「別に貴様らに用があるわけじゃない。人を探しているんだ。それだけ聞ければいい」

 

 ……それにしても偉そうだなこの白スーツ。同じことをダストも感じているらしく、イラついてるのが目に見てわかる。

 この白スーツ、信用とか心象と言うのを何もわかっていない。交渉するにももっといいやり方があるだろうに。

 

「……んで?お前みたいなヤツが誰を探してるって?」

 

 

 

 

 

「……女神と呼ばれているアークプリーストの少女だ。聞き憶えはないか?」

 

 

 

 

 

 ……なに?

 

「はぁ?なにを「悪いけど聞いたこと無いな。他をあたってくれ」

 

 ダストの言葉を俺が遮る。

 

「……そうか、すまなかったな」

 

 そう言って白スーツは去っていった。

 

「……おい、カズマ」

 

「はっ、大方クリスの評判を聞いて来たんだろうが、あんな奴にウチの敏腕アークプリーストを渡してたまるか。あんな奴と一緒にいたら、クリスの女神性が穢れちまう」

 

 あんないけ好かない白スーツにクリスは渡さん。と言うか、俺が転生特典として連れてきたんだ。つまりクリスは俺のもんだ。

 

「でもよぉ、アイツが他の冒険者に話を聞くかも知れねぇだろ?どうすんだよ」

 

「あんな態度の奴にクリスを売る男が居るとは思えんし、モデル体型の美人が嫌な奴だったら女ウケも悪いだろ。誰も話さねぇよ」

 

「……確かに、それもそうだな」

 

 そう言って悪い笑みを浮かべるダスト。人に嫌われて交渉ごとができると思うなよ白スーツ。

 

「……だけど直接会われると厄介だ。確かクリスは今ゆんゆんと買い物に行ってるから、今から探しに「ほう、クリスと言うのか。いい事を聞いた」ッ!?」

 

 振り返るとそこには、さっきの白スーツがいた。

 

「あんな不自然な態度で私を欺けると思うなよ。私は何もそのクリスと言う少女に危害を加えようということじゃない。さっさと居場所を教えろ」

 

「……てめぇ、なんでそこにいる。さっきあっちの方に行った筈だろ」

 

 驚きつつも、睨みながら問うダストに対し、白スーツは自慢げに革靴で地面を叩く。硬そうな外面とは裏腹に、革靴特有の硬い音は一切聞こえてこない。

 

「フッ、教えてやろう。この靴だよ。この靴は足音を消してくれるんだ。モンスターの背後に回ることもできるし、お前らみたいな奴を騙すこともできる。良いだろう?」

 

 この野郎……!

 

「ま、どうせ正攻法じゃ教えてくれんだろうしな。お前も冒険者の端くれなら、(コレ)に全てを委ねようじゃないか」

 

 ……………………ほぉ、面白い。

 

「私と勝負をしよう。私が勝てば少女の居場所を教えて貰う。もし君が勝ったら……そうだな、私の有り金全額でどうだ?ココに300万は有るが?」

 

「乗った」

 

「おいカズマ!?何も相手にする事は!」

 

「だけどここじゃ都合が悪い。場所を変えるぞ。ダスト、お前は審判を頼む」

 

「カズマ!!」

 

「ほう、まあ良いだろう。ちょうど良いハンデだ」

 

 ……見てろ傲慢クソ白スーツ。大恥かかせてやる!

 

 

 

 

 

 《アクセルの街・路地裏》

 

(おいおい、マジでやるのかよ!?勝ち目なんて無いぞ!?)

 

(まあ見てなって)

 

(アクセル最弱レベルのお前が誰に勝てるってんだよ!自分が上級職二人組の金魚のフンって事を忘れたのか!?)

 

(お前後で覚えてろよ……)

 

 ここはギルドの近くにある裏道。道幅はだいたい5メートル程度で路地裏にしては結構広いが、暗く日が射さないのが特徴だ。

 

「ここだ。文句は無いだろ?」

 

「ああ、文句は無いさ。それにしても、君たちみたいなチンピラに相応しい場所だな」

 

「この野郎……!バカにしやがって!」

 

「よせダスト。挑発に乗るな」

 

 憤るダストを俺が諌めると、白スーツは感心したように息を漏らす。

 

「……ほう、見た目よりは頭が回るようだな」

 

 ……チッ、いちいちムカつく白スーツだ。

 

 こいつが挑発している理由は単純、真っ向勝負に持ち込むためだ。

 あの剣といい挑発といい、コイツは戦士職。それも上級職だろう。そうでなければここまでの自信は無い。そんな白スーツは真っ向勝負に持ち込めば絶対に勝てると思っている事だろう。

 

 だが、コイツはアホだ。いくら剣を持っているからといって、俺の言う通りにノコノコこんな路地裏まで付いてくるのはアホとしか言いようが無いし、真っ向勝負なんてやるわけが無い。

 

(例えばここで数十人の仲間を連れて来るとか考えないのか?)

 

 と言うか、着てる高そうな白スーツやあの大剣……金持ちのボンボンの可能性もありうる。

 

「……ルールを決めよう。一撃を喰らうか、武器を失った方が負け。勿論逃げたりしても負けだ、いいよな?」

 

「問題無い。さあ、始めようか……!」

 

 そう言って剣を抜こうとする白スーツに、俺は待ったをかける。

 

「待て」

 

「……何だ?まだ何かあるのか?」

 

 コレは決闘であって、殺し合いじゃ無い。それにコイツは俺にクリスの居場所を聞くという目的があり、俺に致命傷を与えることもできない。

 

 いくら強いと言っても、手加減するしか無い状況にあるのだ。それは白スーツも良く分かっているはず、つまり奴は手加減前提で俺と戦うという事。まあ要するに……

 

「済まんが、お前のクラスとレベルを教えて欲しい。殺したりしたら不味いからな……お前が教えてくれれば、俺のも教えてやるよ」

 

「チッ、舐めた口を……まあ良いだろう」

 

 俺に超有利なことでも、ちょっと挑発してやればこいつは余裕で喋る。

 つまりはめちゃくちゃ舐めてかかっているのだ。最早コレを勝負と思ってすらいない。ここを上手く突いて立ち回る事で有利に動けるはず……

 

「私のクラスはクルセイダー、レベルは31だ」

 

「なっ……!?」

 

 ハァ!?高っ!普通こういうイベントってレベル15くらいの敵じゃねーのか!?物語序盤で出てきて良いレベルじゃねーぞ!

 

「そ、そうなのか……ふぅん……」

 

「フッ、怖気付いたか?今すぐ居場所を喋るんなら見逃してやっても良いぞ?」

 

「お、怖気付いてねーし。俺のクラ【スティール】ッッ!!」

 

 突き出した手から閃光が迸り、辺りを包み込む。良し、ひとまず成功の様だ。

 

 奇襲、成功。白スーツもダストもポカンとしてるし、コレでコイツの剣を奪って俺の勝ちでもよし、財布を盗んで逃げるもよしだ。

 

 さーて俺が盗んだのは……?

 

「な、貴様ッ!騙し討ちなど、恥を知れ……?っ!?」

 

 怒って剣を抜くかと思いきや、顔を赤くして股間を押さえる白スーツ。そう、俺が盗んだのは……

 

「なんだよ、白スーツ着てるくせに黒か。旅なんてしてる奴が黒下着なんて着るなよ恥を知れ……ぷっ」

 

「き、貴様ァァアアア!!!!」

 

「おっと待ちな【クリエイト・ウォーター】ァ!!!!」

 

「何ッ!?魔法だと!?」

 

 白スーツは反射的に飛び退く。俺の魔力の4分の1ほどを込め、大音量で唱えた【クリエイト・ウォーター】は、俺と白スーツの間の地面をビチョビチョに濡らした。

 

「そしてすかさず【フリーズ】ッ!!!!」

 

 矢継ぎ早に初級の凍結魔法【フリーズ】を全力で地面に放つ。これで俺の魔力はほぼ空同然だが、これで充分。スティールの消費魔力は軽いので10発以上は打てるはずだ。

 

「また初級魔法、何故盗賊のお前が……まさかお前!基本職の冒険者なのか!?」

 

「ククク、ようやく気付いたか……そうさ、俺は冒険者だ。そしてお前は!もう既に『詰んだ』んだよ!」

 

「何だと!?」

 

「な、何言ってんだカズマ?」

 

 しょうがない、アホのダストにもわかるように説明してやろう。

 

 まず今の状況はこうだ。俺は白スーツの黒下着を盗み、地面に水を撒いてそれを凍らせた。地面には氷が張っていて、彼女は革靴を履いている。あの革靴はどう見ても足音消しの特殊能力特化みたいで走りにくそうだし、それはそれは良く滑る事だろう……ククク。

 

「これでお前がこっちに来るより早く俺はスティールを唱える事ができる……初めに言って置くと、俺は幸運が半端じゃなく高い。スティールを失敗する事などまず無いと思って貰おう」

 

「……?何だ、スティールごときで何を言っているんだ!と言うかぱんつ返せ!!」

 

「まだ分からないのかポンコツ白スーツ」

 

「誰がポンコツだ!」

 

「こういう事だよ!おおーい!!!!お前らぁー!!!!俺はここだぞー!!!!」

 

「はぁっ!?」

 

 

 

 そしてその声をトリガーに、今まで誰も居なかった路地裏が急にガヤガヤとざわめき出した。

 

「お、何だここか」

「おいカズマ、街中での魔法は禁止だぞ。何やってんだこんなとこで」

「ケンカか?相手のスーツのねーちゃんは誰だよ、見ねぇ面だが」

「また女ふっかけたのか?くたばれクソ野郎」

 

 先ほど大音量で初級魔法を唱えたこともあり、ギルドの近くであるこの路地裏に、今まで酒場でグダグダしてた冒険者たちが集まってくる。

 

 今の時点でノーパンである白スーツは顔を赤くしモジモジしている。とんでもなく恥ずかしそうだ。まぁ当たり前だろう、こんな往来で体のラインが出るスーツを着てノーパンなんて明らかに痴女だ。

 

「お、お前、一体何を……」

 

「俺は、男女平等の精神の元に行動し、女だろうがドロップキックを喰らわせられる男……

 もしここで俺がスティールを発動し、『幸運にも』お前のズボンを盗めたとしたらどぉーなる事かなぁ!?」

 

「はぁ!?ふ、ふざけるのも良い加減にしろ!そ、そんな事をしたら、どうなるか分かってるのか!?」

 

「なーに言ってんだぁ?この決闘をふっかけてきたのはお前だろ?俺は高レベル上級職の奴に『剣を見せつけられ』て『仕方なく』決闘を受け、『身の危険を感じて』反撃を試みた。そうだったよなぁダストォ!審判のお前なら勿論『公正公平に』判断してくれるよなぁ!?」

 

「な、何だと……?」

 

 急に顔を青くする白スーツ。俺の考えが伝わったのか、ダストは悪い笑顔を浮かべて堂々と答える。

 

「確かにそうだぜカズマ!お前の言葉に一切の嘘は無い!」

 

「ほれ、審判もこう言ってる事だし、実際間違いは無いだろ?

 いや〜、クルセイダー怖いわ〜。とっても怖いから、不本意ながら、誠に不本意ながら反撃するしかねぇよなぁ!【スティール】ッ!!」

 

 閃光。チッ、今回盗んだのはネクタイだった。次々っと。

 

「き、貴様ァ!卑怯なマネを」

 

「【スティール】ッ!!お、当たりだ」

 

「!?ま、まて!お前ふざけるのも……ぶはっ!?」

 

 錯乱し、俺を捉えようとこちらに走ってくるは良いが、地面に張った氷に足を滑らせて転んでしまう。計画通りだ。

 今回盗んだのはヤツが大層ご自慢なさっていた革靴だった。いかに高レベルのクルセイダー様といえど、靴下で凍った地面の上を走るなんて愚行を犯したら転ぶしかない。

 

 そしてようやく状況を理解したのか、冒険者たちが騒ぎ出した。「良いぞカズマ」だの「まさに外道」だの「そこに痺れる憧れるゥ〜」だのと言った下衆な笑い声がそこらじゅうから聞こえてくる。それを聞いた白スーツは顔面蒼白で大層慌てている様子。俺の策に翻弄され、地に伏して慌てる高レベルクルセイダーの女……

 

 やっべ、楽しくなってきた。止まんねぇなコレ。

 

「わ、分かった!私の負けで良い!降参だ!金はやるから、早く私の衣服を返し」

 

「ンッン〜〜?なぁにぃ〜?聞こえんなぁ〜?『申し訳ございませんカズマ様。二度と逆らいませんので卑しい私めに衣服を恵んで下さい』だろうが!【スティール】!」

 

 あら、大当たり。ベルトだ。

 白スーツは小さな悲鳴を上げ、ぴっちりとしたズボンを抑える。恐らく下手に動くとずり落ちてしまうのだろう。笑える。

 

「おいふざけるな!お前がやってる事をよく考えてみろ!普通に犯罪だぞ!」

 

「だからふっかけてきたのはお前だろ?『高レベルのクルセイダー』が『低レベルの冒険者』に『決闘をしろ』と迫ったんだろ?誰が悪いって?もう一度よく考えてみろや」

 

「ぐっ……こ、この野郎……!うぐぐ……」

 

「な、なぁカズマ。もうその辺で……」

 

「ヒャーッハッハッハァ!【スティール】!」

 

 これはこれは!今回の商品、サイフか!金欠の俺にはありがたい!

 

「おっとっと?これで降参を受け入れる意味もなくなったなぁ白スーツちゃん?いやでも、誠心誠意謝罪してくれればもしかしたら改心するかもよ?どうする?ん?」

 

「ヒッ……た、助けてくれ!こいつ頭がイかれてる!」

 

「あっれれ〜?おっかしいぞ〜?この人、さっきぼくがいったこともうわすれてるなぁ?【スティール】ッ!!」

 

 チッ、耳飾りか。ハズレだな。

 

「ぐぐぐ……も、申し訳ございませんカズマ様……二度と逆らいませんので、その、卑しい私めの」

 

「おっと時間切れ。【スティール】!!」

 

 お、ジャケットか。上を剥くのも現実味を帯びてきたな。

 

「申し訳ございませんカズマ様ァ!二度と逆らいませんので卑しい私めに衣服を恵んで下さいィィイ!」

 

「えっ?なんだって?」

 

「おいカズマ、もう止めようぜ。流石に不憫になってきたんだが……」

 

「何言ってんだダスト!ここからが本番じゃねぇか!見てみろ、もうじき上か下が剥けるんだぜ?それでも男かよ!【スティール】!!」

 

 チィッ!靴下かよ!靴下は履いたままの方がエロいってのに!

 

「も、もう許して……うぐ、私が悪かったから……もうクリスさんには関わらないから……ひぐっ……お願いしますぅ……」

 

「フハハハハ!今更泣いたってもう遅いわ!さーて盛り上がってきたところでそろそろ本命行ってやるぜ野郎共ぉ!おい何黙ってんだァ!?しょーがねぇな!俺が大歓声を巻き起こしてやるよ!【スティー

「カ・ズ・マ・さ・ん?」

 

 る?

 

「何を……やっているのですか……?」

 

 正気に戻ると、さっきまで歓声とヤジに支配されていたこの場に声を上げているものは居なくなっていた。嫌な予感がして後ろを振り返ると……そこには能面のような笑みを貼り付けたクリスが立っている。

 

 ゆんゆんは居ないな、さすがに置いてきたのかな?とか現実逃避をしていると、クリスが俺の肩を万力の様な力で掴み、こう言った。

 

「事情は後でじっくりと聞きますから、まずはその衣類を持ち主に返して下さいね?」

 

 死刑宣告に等しいクリスの言葉と共に、騒ぎを見に来ていた女性冒険者が呼んだであろう憲兵の声が聞こえる。

 

 ……拝啓、異世界のお母様。

 

 あなたの息子は、二度めの人生を終えた様です。

 

 めんご。




カズマはクソ野郎が似合いますね(目逸らし)

それにしてもクレアさんはだいぶ有名になりましたよね。前作を投稿してた時はあんまり知名度なかったと思いますが、今はいろんな作品にちらほら出演しているのを拝見しますし。

追記・今更ながら感想受付がログインユーザーのみになってたことに気付き、非ログインユーザーの方からも感想を受け付けるように設定致しました。


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第七話

 今、酒場にいる全ての人が俺たちの動向を見守っていた。

 そこには正座をしている俺と、笑顔だが目が笑っていないクリス。聖女とも女神とも呼ばれる彼女は鋼鉄のメイスを構えて、何というか黒いオーラを纏っている。

 

「で、何か申し開きは?」

 

「決闘を挑まれたので頑張って勝ちました。褒めてよクリス様」

 

「カズマさんは既に一度死んでるので、天界規定によりリザレクションでも蘇ることができませんがよろしいですか?」

 

「ごめんなさい調子乗りました」

 

 笑顔でメイスを構えるクリスに対し、俺はレベルアップした事で上がった俊敏をフル活用した高速の土下座を繰り出す。おお、と乾いた声がそこら中から聞こえた。

 

 それをクリスが冷たい目線で一瞥すると、一気に酒場が静かになる。『アクセル一の女神様』と言う渾名が『アクセル一の魔王様』に変わる日も近いのではなかろうか。

 

「い、いや、悪気は無いんだって、本当に!流石に正攻法で高レベルのクルセイダーに勝てる訳ないし、唯一誇れる幸運を上手く使った作戦を立ててさ!」

 

「それで?」

 

「……転げて慌てる大人の女を見てたら途中から楽しくなっちゃって……」

 

「なるほど、自ら命を絶つとは潔いですね」

 

「命を!?」

 

 ヤバい、冗談に聞こえない!!今のクリスの目にはやると言ったらやる()()があるッ!

 

「……た、助けてダスト!お前は見てたろ!?悪いのは俺じゃない!あの白スーツの自業自得だっての!」

 

「いやー……流石にアレは擁護できないというか何というか……すまん死ぬなら1人で死んでくれ」

 

「この裏切りもんがあだだだだだだ!!!ごめんなさいもうしませんだから離していたい痛い痛いちぎれる千切れる腕取れる!!」

 

 クリスが無言で肩の関節をねじりあげる。クリスは筋力ステータスも桁外れなので死ぬほど痛い。マジでちぎれそうだ。

 

「ダストさんにも後で話がありますからね?」

 

「いやいや!?俺は止めたっての!」

 

 ダストにもそれほど理不尽では無い怒りが飛ぶ。

 

「分かってますか?私まで憲兵さんから取り調べを受けたんですよ?その時したくもないのにカズマさんを擁護しなければならない私の気持ちがわかりますか?ん?どうなんですかカズマさん?」

 

「いやだって!だってしょうがなくね!?相手は上級職のクルセイダーだぞ!俺は冒険者で!しかもレベル差なんて5倍以上あんだぜ!?そりゃ卑怯な手も使わなきゃ勝てねぇだろ!」

 

「アレは卑怯な手ではなく卑猥な手と言うんですよ。もうしませんか?もうしませんよねカズマさん聞いてんですか?反省の色が見えないですよこの性犯罪者が」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいだから離して痛い痛い痛い痛い痛い助けてぎゃあああああああ!!!」

 

「叫びたいのはこっちも同じなんですよもおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 クリスは渾身の怒号を解き放った後、ようやく腕を離してくれた。

 

「痛ぇ……婦女暴行とかよりこっちの方が問題じゃね?本気で千切れるかと思ったぞ……」

 

「私は胃が痛いですよ!ああもうどうすれば……!それもこれも全部カズマさんのせいですからね!?」

 

「いやだから悪かったって!」

 

 頭を抱えているクリス。周りの冒険者を見ると、何だかんだ全員こっちの方をチラチラ見ていた。チラ見するくらいなら黙ってんじゃねぇよ……

 

 すると、割と近い席に座っているゆんゆんを見つけた。その横には……

 

「ヒィッ!」

 

「ちょ、怯えないで!大丈夫ですよ!その……えっと……わ、わた、わたたた……」

 

「怯えてなんかない!怯えてなんかないぞ!この私が怯えるわけがあるか!」

 

 ……俺を怯えた目で見ている白スーツがゆんゆんにしがみ付きながら喚いていた。

 

「いやその状態で言われても説得力が無いぞ。ゆんゆんにしがみついて腰が抜けてるじゃねーか」

 

「ひいっ!こっちに来るな!」

 

「ほらぁ!彼女トラウマになってるじゃないですか!」

 

「いやだってこいつがふっかけてきたから……」

 

「そ、その……私にはクレアって名前が……」

 

「わ、私が、その、わたたたた……」

 

「ゆんゆんはいつまでやってんだよ!」

 

「「ひいっ!ごめんなさい!」」

 

「ああもう!クレアさんとゆんゆんさんが怯えるからカズマさんは喋らないで下さい!」

 

 クリスはそう言うと、白スーツのケアに向かう。すると今までしがみつかれていたゆんゆんが残念そうな顔をした。

 

「あ……私の場所が……」

 

「大丈夫ですよ、クレアさん。怯えないで。貴女は強い、そうでしょう?安心して。私が居ますからね」

 

「あ……それ、私のセリフ……」

 

 当然ながら真性ぼっちのゆんゆんに怯える人を宥め導くスキルなどありはしない。一瞬で居場所を奪われたゆんゆんは酷くしょんぼりしていた。

 

「お前がいつまでも吃ってるからだろ……ゆんゆんは俺の味方だよな?あっちから挑んできたんだから自業自得だと思うよな?俺たち友達だよな?友達は助け合うものだからな?」

 

「ええっ!?……そ、そうですよね!友達ですもんね!」

 

「な?だよな?俺たち親友だからさ、上手いことクリスに取り入って仲介役を……」

 

「カズマさん本当ブレませんね!?」

 

 チッ……チョロいゆんゆんを取り込んで優位に立とうとしたのに……

 

「うぅ……ありがとうございますシスターさん……貴女はまるで世を照らす聖女様のようだ……」

 

「私はクリスと言います。カズマさんに何かされたらいつでも私に言ってくださいね。ガツンと言ってやりますから!」

 

「……………………えっ」

 

 急にクリスに抱かれて安心していた白スーツ、もといクレアが呆然とした顔に変わる。

 

「で、では女神と呼ばれているクリスさんと言うのは……」

 

「え、私ですけど……ちょっと恥ずかしいですけどね、あはは……」

 

 クリスがそう言うと、クレアは残念そうに俯いた。

 

「……あの、私を助けてくれたあの人ではないのですか……」

 

「は?お前はクリスを探していたんじゃ……

「ちょっとー!どーいう事よ!今日はこの私が来る日だってのに何で誰も迎えに来ないの!?」

 

 急に、ギルドの入り口の方から大声で叫ぶ女性の声が聞こえた。思わず振り返ると、青い色の長髪とヒラヒラとした弁天様の衣のようなものを付けた女性がこっちに向かってくる。

 

「どうもおかしいと思ったら、騒ぎを起こしてんのはあんた達ね?見たことない顔だけど……顔……えっ」

 

 すると、青髪の女はクリスを見て固まる。クリスはその女性を見て呆然とし、クレアもその女性を見て固まった。

 

「ああああああああああああああっ!!」

 

「ええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

「あーーーーーーーーーーーーっ!?」

 

 そして3人が同時に驚きの声を上げた……またややこしそうな奴が……

 

 クレアと青髮の女はともかく、この世界に来てからまだ一ヶ月ちょいのクリスがそれほど驚くって一体誰なんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

「はああっ⁉︎この世界の女神様ァ⁉︎」

 

「そうよ!私は女神アクア!アクシズ教団が崇める女神アクアその人なの!みんな聞いたわよね⁉︎私は女神なのよ‼︎」

 

「「「「っていう設定らしいんだよ」」」」

 

「何でよーーー⁉︎」

 

 ばんばんとテーブルを叩く女神アクアは非常にみっともなく、どう間違っても女神などという高尚なものには見えない。まるで大きな子供のようだ。

 

「何であんた達はいっつもそうなの!?いいかげん信じなさいよ!私の宴会芸を見て女神女神って囃し立てるのは嘘だったの!?」

 

「嘘っていうか……なぁ」

 

「俺に振るなよ……うん、『私は女神!』って言う奴に宴会芸見せられても……ほら、な?」

 

「要は酒の勢いだよ」

 

「酷くない!?私の扱いが雑すぎるんですけど!私は本物の女神なんですけど!」

 

 いやどんなに宴会芸が凄くても水の神とはならんだろうよ……百歩譲って芸人の神が関の山だって。

 

「なぁクリス。アレって本当に女神なのか?」

 

「……はい、私の先輩のアクアさんです……」

 

 そう言うクリスはアクアとやらから目を逸らし続けている。確かにアレは見るに堪えないが……

 

「て言うか!どーしてエリスがここにいんのよ!あんたもうこの世界の担当じゃ……」

 

「わー!わー!な、何を言ってるんですか先輩!?地元ならまだしもこんな歳になってまでまだそんなことを言ってるんですか⁉︎

 ……ちょ、ちょっと向こうの方でお話が……」

 

(あ、そう言ってごまかすんだ)

 

 ちなみにその間、クレアは女神アクアの振る舞いに終始茫然としていた。昔助けてもらったって言う女神がこんなんだと知ったら、ショックなんだろうなぁ。

 

「言わなくても良いわ上げ底エリス!あんたが何をしようが、この世界はもう私のものよ!いくら国教で信仰されてたり、挙句ちょーしこいてお金の通貨になったりしてるからって私の世界は渡さないわよ!」

 

「ほんとに!本当にやめてください!良いから付いてきてください!」

 

「ちょ、離しなさい!」

 

「あと皆さんには聞かれたくない話なので!盗み聞きとかはやめてくださいね!?それからカズマさん達はこっちに!クレアさんも!」

 

「えぇ……」

 

「わ、わかりました……」

 

 

———————————————

 

 

 

「ぶっ!あはははは!ちょ、ちょーウケるんですけど!後輩に裏切られて?転生特典で連れてこられた?……プークスクス!いっっっつもぶりっ子してるからそうなるのよ!ザマァ無いわね!あーっはっはっは!」

 

 クリスから話を聞き、女神アクアは爆笑した。腹を抱えて下品に後輩をこき下ろすそれは、もうお手本のような煽り方で……どう間違っても女神のすることでは無い。

 

「それはもう良いんですよ!それなりに楽しくやってますし!と言うか先輩は何でその姿で当たり前のように降臨してるんですか⁉︎普通変装したりしません⁉︎」

 

「はぁ?何言ってんのあんた?この私の美しい姿を見せなきゃ、アクシズ教団の子達が残念がるじゃ無いの。それに、新しく信徒を増やさないといけないしね。忌々しくも、まだ最大派閥はあんたのエリス教なんだし?」

 

「あ、あの……ちょっとよろしいですか?」

 

 クリス達が女神トークを繰り広げる中、クレアが女神アクアに話しかける。

 

「はぁ?誰よあんた。悪いけどこっちは忙しいの。もうすぐ決着をつけるから、あっちの方で待っててくれる?」

 

「……私の事を覚えていないのは仕方ありません。もう1年も前の話になりますし……ですが、これだけは言わせてください」

 

 その真剣な雰囲気に、クリスもゆんゆんもクレアの言葉に耳を傾ける。

 

「……助けていただいて、ありがとうございました。おかげで当時ナイトだった私もクルセイダーにもなり、無事に冒険者生活を送っています。この一言を言うために、親の反対を押し切ってずっと旅を続けてきたんです」

 

「……1年前……ああ!分かったわ!つまり貴女はあの頃私が助けた子って訳ね!」

 

 女神アクアも思い出したようで、納得がいったとばかりに頷く。そして、クレアに手を差し伸べてこう言った。すっごいドヤ顔かまして。

 

「どう?私の神聖さと美しさは感じてもらえたかしら?その様子だと大丈夫そうね。

汝、私を崇めるアクシズ教団に入ってくれますか?」

 

「え、えっと……流石にアクシズ教団に入ると、その、世間の目とかもありますので……」

 

「何でよーーーっ!?今完全に私を信仰する流れだったじゃない!助けた命返しなさいよ!」

 

「え、えぇ……」

 

 ……どうやら女神アクアはその昔、下心満載でクレアを助けたらしい。何でこんなのが女神やってるんだ……?クリスで培われた俺の女神への憧れを返せよ……

 

「なあゆんゆん、何でクレアはアクシズ教団とやらに入るのを拒むんだ?形だけなら別に宗教くらい変えてやっても良いじゃないか?」

 

「……いえ、その……アクシズ教徒は頭のおかしい人が多く、関わり合いにならないのが身の為だというのが一般的で……かくいう私もアクシズ教徒だけには関わるなと教えられて育てられましたし」

 

「……ものすごく理不尽なことを言ってる気がするが、目の前のこの駄女神を信仰してるとなると納得してしまう俺がいる……」

 

 ま、まぁ……一応人助けをしているわけだからそこまで悪いわけじゃないんだろうが……それでも女神のすることではない気がする。

 

「アクア先輩!大丈夫ですよ!その立派な行いを続けていればいつか入ってくれる人がいますって!」

 

「ぐっ……そうよ!こうして私に感謝している人がいるわけだし、あの子の言ってた事に間違いは無いわ!」

 

 ……あの子?

 

「……あの子とは?」

 

「そう、これは私が下界に降りて自ら布教活動を行い始めてから大体3ヶ月ちょいの頃の話なんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

『ぐっ……中々信者が集まらないわね……』

 

 あの頃の私は、この辺りで布教活動に勤しんでいたのだけど、この私自らが話しかけているにも拘らず中々信徒になってくれる人はいなかったわ。

 

『挙句、私が女神アクアだって言ったら頭のおかしい人扱いされるし……どうなってんのよこの街は……いっそ私の力で水の都に変えて……』

 

『……あの、すみません……どうか、どうかご飯を……』

 

『え?』

 

 そしたらね、ショートカットの黒髪で赤い眼をした女の子、つまりは紅魔族の女の子ね?その子が話しかけて来たのよ。

 

『もう3日も何も食べていないのです……何か困ったことがあれば手伝いますから、どうかご飯を……』

 

『ふむふむ……分かったわ!すみませーん!」

 

 そうしてその子にご飯を恵んであげたのよ。勿論、美味しそうに食べて私に感謝していたわ。信徒になるかって聞いたら、『あ、信徒ですね。なりますなります。ハイなりましたー。これで良いですか?』ってな具合で敬虔なアクシズ教徒になってくれたわ。

 

 その後話してたら仲良くなってね。その子にアクシズ教徒を増やすにはどうしたら良いかって聞いたのよ。

 

『え、アクシズ教……ま、マジですか……

 いや、良いでしょう!ご飯を恵んでもらった恩がありますし、私が良い案を考えて差し上げましょう!これでも私は紅魔族随一のアークウィザード、知力には自信があります!』

 

 何と紅魔族で1番のアークウィザードっていうじゃない‼︎これに乗らない手はないわ、私は喜んで彼女に作戦を考えてもらったのよ。

 

『んー……あ!思い付きました!アクアはアークプリーストなのだったら、街の周辺に出没するアンデッドを退治して回ってはどうでしょう?それならみんなから尊敬され、信徒大量獲得間違いなし!』

 

『あんた最高よ!完璧な作戦ね!』

 

『ふっふっふ、そうでしょうそうでしょう!』

 

 そこから彼女は有り余る知力を振るい、作戦を練ってくれたの。

 

『でもそんなに都合よくアンデッドが暴れてくれるわけでもありませんし……そうです!アクア自ら墓場からアンデッドを追い出し、襲われた人を助ける!

 いやでもこれは流石に倫理的に……』

 

『なるほど!襲われてる人を助けた方が評価もうなぎのぼりって訳ね!そうしましょう!』

 

『えっ……………………ま、まぁ隠れてたらバレませんよね……』

 

『なら助けるのもギリギリがいいわね!殺される寸前で私がアンデッドをやっつけて、更に回復魔法をかけてあげるの!どう?ナイスアイデアじゃない?』

 

『うわぁ…………えっと、良いと思いますよ?』

 

『ふふっ、これで完璧よ!貴女も流石はアークウィザードね!その名に違わぬ知力と発想力!ありがとう、貴女に女神アクアの祝福のあらんことを!』

 

『……流石アークウィザード……その名に違わぬ……ふふふ……

 いや!このままではダメです!もっともっとこの最強のアークウィザードたる私が知恵を授けて差し上げましょう!』

 

『やったぁ!』

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁこんな事があって、それから名前を名乗らず去った方がクールでかっこいいとか、それじゃあ名前がわかんないから彼女に『流石女神アクア様です!最高!アクシズの星!』って横で言ってもらってアピールするとかやってたのよ、1ヶ月ちょい。多分その時に……」

 

「わああああーーーっ!!!!」

 

 駄女神アクアの口から衝撃の事実を聞き、クレアは走り去ってしまった。踏んだり蹴ったりすぎるだろ……流石に不憫になってきたぞ。

 

「紅魔族随一のアークウィザードって……もしかして……」

 

「ん?そういえばゆんゆんもなんちゃら族だったな。知り合いか?ゆんゆん」

 

「なんちゃら族!?

 えっと、多分……私の1番の友達兼ライバルのめぐみんだと思います……確かにめぐみんならそのくらいやりかねないですし」

 

「……お、おう。それは……アレだな、良い友達だな」

 

 そのくらいって……相当頭のおかしい作戦だと思うんだが。いくら思いついても本当に実行するか?普通。女神アクアも大概だが、その友達ってのも絶対に関わり合いになりたくない。

 

「アレ?何であの子走ってったの?トイレでも我慢してたのかしら」

 

「……先輩、それを本気で言ってるのでしたら、流石の私も擁護できないです……」

 

「何で!?ただ昔話をしてあげただけなんですけど!尊い神話も同然なんですけど!」

 

「駄女神や……駄女神がおる……」

 

 本当、何でこんなんが女神やってるんだ……

 

 

 

 

 

 

 

「……そんで?どうなったんだよ」

 

 次の日、酒場でダストが呑気に聞いてくる。お前仮にも当事者だろうに……

 

「そのままアクアとやらが『エリス!近日中にアクシズ教が国教になるわ!そうなったら覚えてなさい!』って捨てゼリフを吐いて宴会の中に消えていったよ。あいつ何もんなんだ?」

 

「俺が聞きてぇよ……と言うか、あのクリス様の先輩で、アークプリーストだったんだなあの人……いつも月初めになると酒場で宴会芸をやってるから芸人だと思ってた……」

 

「そうなのか……女神ってのは?」

 

「いっつも、自分は女神アクアだー、って言ってるから、みんな温かく見守ってるよ」

 

「……」

 

 どうやら誰も信用してはいないらしい……本当に何であんなんが女神なんだよ……

 

 因みに、本物の女神だというわけにもいかないので、ダストには『アクアはクリスの地元の先輩の、自分を女神アクアだと言い張るアクシズ教徒のシスターで、昔からエリス教徒のシスターであるクリスを女神エリス役にして突っかかっていた』と説明してある。この説明で納得されるあたり、あいつの駄女神感が窺える。

 

「それにしても災難だったな、カズマ」

 

「そうだよ!テメェクリスに俺を売りやがって……」

 

「いや、だって俺は止めたのにお前が……」

 

「クリスさん!私、漸く分かりました!私は貴女を求めて旅をしてきたのです!」

 

「……え?」

 

 声がした方を見ると、クリスとゆんゆんがクレアに詰め寄られている。一体何があったんだ……?

 

「ですから、どうか私をパーティに入れてください!これでも高レベルのクルセイダーです!絶対にお役に立ってみせます!」

 

「で、ですから私たちのパーティにはカズマさんが……」

 

「承知の上です!ええ承知の上ですとも‼︎」

 

 ……どうやらクレアは、アクアに幻滅してクリスに目を付けたらしい……てか、え?

 

「マジでお前俺らのパーティに入んの?」

 

「ヒィイッ!サ、サトウカズマ……」

 

 俺が声をかけるとクレアは驚きのあまりコケそうになった。そんなに俺がトラウマか……いや気持ちは分かるけどさ……

 

「ほら、だからやめた方が……私ならいつでも相談に乗りますから……」

 

「……い、いえ!これは私の為でもあるんです!サトウカズマ!私はお前なんかに負けてないからな!今に見てろ!」

 

「あ゛?」

 

「ひいっ!ごめんなさい!……じゃなくて!私はお前を克服する!覚えておけ!」

 

 そんな小物の代表みたいな捨てゼリフを吐いてクレアは走り去っていった。さっきも若干震えてたし、俺が怖かったのだろう……

 

 アレ、何だろこの気持ち……なんか心がふわっとなるような……

 

「……ハハッ」

 

「うわぁ……うわぁ……」

 

「おい、文句があるなら直接言えや」

 

「いくら巷で噂のクズマさんでもそれは……もはやチンピラどころじゃねぇって……」

 

「……カズマさん、もしクレアさんに何かするようであれば……」

 

「もうセクハラはしないって!」

 

 ……多分な!




やっぱりアクアがナンバーワン!(エリス様に挿げ替えた奴並感)


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第八話

毎日投稿とは言ったけど、毎日0:00に投稿するとは言ってないからセーフ(目逸らし)


「しっかしまぁ、なるようになるもんだな」

 

 ソファーに寝っ転がりながら生意気なことをつぶやく昼下がり。至福の時。

 

 少し前までは蒸し暑かった風も乾燥した秋風に変わり、カエルもすっかり大人しくなった今日この頃。俺の気分はかなり緩みきっていた。

 

 俺たちのパーティはクレアという新メンバーを加え、前衛2人と後衛2人のスタンダードな構成に落ち着いた。前衛はクレアだけで事足りるので俺は索敵と後衛に隠密をかける役目をしている。

 

 が、正直この街のレベルだとそこまで神経質になるような依頼も、クレアが討ち漏らす事もない。ぶっちゃけほぼヒモだ。ダストからも笑われたし。

 

 生活はカツカツだがある程度安定した稼ぎが約束されているも同然で、しかも俺は働く必要がないと来た。

 

 ついでに、そろそろ冬が来るということでクレアが小さな借家を借り、今はそこに住んでいる。

 

 自由に使えるお金は無いが、衣食住には困らない。

 

 そりゃ俺じゃなくても緩むってもんだろう。

 

「さて、ちょっとギルドに顔出すかぁ……」

 

 暇になったらギルドに行って依頼を冷やかしに行く。もしかしたら盗賊職がいないパーティから声がかかるかもしれない。

 

 そして俺は顔でも洗おうと洗面所に赴き……

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 ……なんか変な声を聞いた。

 

 変な汗が流れる。何だ?空き巣か下着ドロでも入ったか?

 

 ちょっとビビりながらも短剣を手にし、【隠密(サインカバー)】を発動する。

 

 そして洗面所を覗きにいくと……

 

「うへへ……クリス様のおぱんつ……すーはーすーはー……尊い香り、たまらんな本当……」

 

 ……クレアが、洗濯物を顔に押し付けて転げ回っていた。

 

「こんな素晴らしい香りを洗剤で上書きしてもいいものだろうか、いやいけない。そんなことをしたらエリス様の名の下に天罰が下るだろう……しょうがないから私が厳重に保管しておこう。おっとこれはゆんゆんの……ふふ、ここが天国か。これも頂いて……偶然にも手に入れた全く同じ製品の新しいぱんつに交換しておこう。ふひひ……ああ素晴らしきかな我が人生。それにしてもクリス様はどうしてあんなにも美しいのだろうか……あの柔らかな微笑み、クリクリとしたおめめ、すらりと伸びた白魚のような腕、可愛らしいおてて……おっと鼻から忠誠心が……ゆんゆんも可愛いよなぁ、15にも届いていない年若い乙女だというのにあのプロポーション……そして童顔と守ってあげたくなる小動物のような性格……はぁ、どうしてうら若き少女というのはこんなにも私の心を淫靡に揺らすのだ?それにひきかえお父様が用意する婚姻相手の何と醜悪なことか。一生彼女たちの側で暮らしたいものだ……!?これはクリス様のブラ!?おっほ、控えめなお胸を守っているスポーツタイプのブラ!ぐ、だが同じものは今私の手にはないから忸怩たる思いでそのまま洗っておこう……だが形は覚えた、おそらく大通りのあの店で買ったものだな……ふひ、同じものを入手しておこう……ああっ、しかしこの匂いを堪能しないで何が人類か!クンクンすーはーすーはーもぐもぐ……誰だ!?」

 

 クレアが何かの気配を感じて振り返ると……

 

「……何だ、ヤモリか。全くこの神聖な場所にトカゲ畜生が入り込むなど……全く。さて、続きを楽しむとしようか……!うへへ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見なかったことにしよう」

 

 聖騎士(クルセイダー)って何だったんだ……などと考えながら、当初の予定通りギルドへと向かう。

 

 ……俺たちは相当頭のおかしい奴を仲間にしてしまったかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 ———————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経ったある日。突如として街の鐘の音と共に聞き慣れた受付嬢の声が町中に鳴り響いた。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 

 緊急クエスト。

 

 その名に違わず随分急だが、つまりはアレか。この街に危険が迫っているから俺たちでなんとかしろ、と。そういう事なのか。

 

 某ハンティングゲームのオンラインをやり込んでいた俺からしたら燃えるイベントではあるが、マジでラオ○ャンロンとかシェンガ○レンとかレベルのモンスターが街に攻めてきたりしたらさっさと逃げないと死ぬので内心焦りまくっている。

 あいつらって、何であんな小さい剣でペチペチやられただけで死ぬんだろうね。撃○槍喰らっても即死しないくせに。

 

 しかしちょっとワクワクもした。これまでの冒険者稼業は生活のためという面が大きく、子供の頃に夢見た冒険というものを体験するチャンスである。

 

 急いで身支度をしてギルドへ向かうと、既にパーティのメンバーはギルドに集合していた。

 

「カズマさん!こっちこっち!」

 

 手を振るゆんゆんの元に向かう。

 

「なあゆんゆん、緊急クエストってなんだ?モンスターの群れでも攻めて来たのか?それとも戦略級の大型モンスターが……」

 

「あ、そういう類のクエストではなく、多分季節的にキャベツの収穫だと思いますよ」

 

「……は?」

 

 キャベツ?キャベツって言うと……キャベツか。

 

「なぁ、キャベツって言うと、あの緑色でシャキシャキした千切りとかにするアレか?」

 

「アレですけど、それがどうしたんですか?」

 

 ゆんゆんは『何言ってんだこいつ?』って感じの目でこちらを見ている。クレアも同様だ。

 

「何だ、サトウカズマは知らんのか?こんなに稼ぎのいい仕事はないぞ。

 ……これで大量のキャベツを収穫すればクリスさんに褒めてもらえるかも……ふふふ……」

 

「いやキャベツ如きでそんな……つーかいくら稼ぎが良いからってキャベツの収穫なんざ冒険者の仕事じゃ……」

 

「カズマさん、カズマさん」

 

 するとクリスが俺に耳打ちをする。

 

「あー……カズマさんは知らないのでしょうが、この世界のキャベツはですね……

 いえ、実際に見てもらった方が早いですね、そろそろ説明が始まると思います」

 

 ?それはどういう……という疑問を遮るように、受付嬢が登場した瞬間、ギルド内の熱気が一気に上昇した。

 

「皆さん、突然のお呼び出しすいません!もうすでに気付いている方もいるとは思いますが、キャベツです!今年もキャベツの収穫時期がやってまいりました!」

 

 受付嬢が声を張る。その声は明るく、嬉しそうにしているのが良く分かる。周りを見ると、集まってきた冒険者たちもかなりテンションが上がっているようだ。

 

「キャベツ一玉の収穫につき1万エリスです!すでに街中の住民は家に避難して頂いております。では皆さん、できるだけ多くのキャベツを捕まえ、ここに収めてください!くれぐれもキャベツに逆襲されて怪我をしない様お願い致します!」

 

 ……キャベツに、逆襲される、だと?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何じゃあこりゃああああああ!?」

 

 街の正門を出た俺たちの前には、もはや緑の壁としか言いようがないほどの大量の空飛ぶキャベツの群れが迫って来ていた。よく見るとそのキャベツには羽が生えており、更には目まで付いている。

 

「この世界のキャベツは空を飛ぶんです。その羽で世界を渡り、大量の経験値をその身に蓄え味が濃縮したキャベツはどこかの秘境で息を引き取ると言われていますが、偶然にも食べ頃になるとこの街を通るんですよ。経験値が詰まっている食べ物は高価ですから、あんなにいっぱいいるキャベツでも一玉1万エリス以上で取引されるんです」

 

「んなアホな……」

 

「おい、来たぞ!」

 

 大量のキャベツが街に襲来する。アホみたいな光景だが、一玉1万エリスと言うのは破格の値段だ。確かに、キャベツの収穫で大金が手に入るのならこんなに楽な仕事は……

 

「ぐはぁ!」

 

「ダ、ダストー⁉︎」

 

「姿勢を低くしろ!キャベツが顔に当たって即死しても知らんぞ!」

 

 全然楽じゃなかった。

 

「確かに、あのスピードで2、3キロはある大玉のキャベツが突進してきたら、打ち所によっては死ぬよな……」

 

「【回復(ヒール)】!大丈夫ですかダストさん!」

 

「よっしゃあ!クリス様が居れば怪我なんて怖くないぜ!」

 

 腹にキャベツが激突し、肋骨が折れたともんどり打っていたダストが一瞬で回復し、前線へ飛んでいく。

 

 クリスは既に後方支援を決め込んでいるようだ。街のプリーストと共にキャベツ狩りに行く冒険者に俊敏と耐久を上げる支援魔法をかけたり、傷ついた冒険者に回復魔法をかけたりしている。

 

「クリス様!支援魔法が追いつきません!ど、どうすれば……」

 

「慌てないで!順番に対処して、あまりに遅れるようだったら私の方に回して!」

 

「は、はい!」

 

「【範囲敏捷強化(ワイド・スピーダー)】!【範囲防御強化(ワイド・ディフェンダー)】!はい、次の方どうぞ!」

 

「クリス様!負傷者が……」

 

「軽い傷の人はお任せします!骨折以上の人はこちらへ集まってください!【範囲回復(ワイド・ヒール)】!」

 

 ……クリスが冒険者登録したのはつい最近だってことは街のみんな知ってるはずなんだが、完全にプリーストたちのリーダーをやっている。これも女神のなせる技か……

 

「あの、カズマさん。私たちも行きましょう!早くしないとキャベツ無くなっちゃいますよ!」

 

「いや、でもなぁ……」

 

「もうクレアさんは前線に出ているんですよ!私たちも早く行かないと!」

 

 ゆんゆんが指差す先には、クレアが丘の上に立っていた。その姿は威風堂々と、まさに人民を守る騎士と言った風貌だ。実際は欲望丸出しでキャベツを収穫しているだけだが。

 

「【デコイ】」

 

 デコイ。囮という意味を持つこのスキルは、ゲームでいうところのヘイトを集めるスキルだ。発動した途端、大量のキャベツがクレアに向かって突撃していく。

 

 そこからは芸術的だった。

 

 突撃を避けて、羽の部分だけを斬る。たったそれだけの動作がまるで流麗な舞いのような美しさを感じさせた。

 

「おお……!一瞬で何十体も……」

 

「よし!拾いに行くぞ!」

 

 他の冒険者たちも俄に騒ぎ立ち、クレアが狩ったキャベツを回収しに向かう。それを確認してから、また新しい獲物を探しに行くクレア。まだまだ稼ぐ気満々のようだ。

 

「すっげぇな……あれ一回で何十万稼いだんだ……?」

 

「同じ上級職といえども、流石にレベルの差を感じますね。あの剣だって相当の筋力要求値があるでしょうに、あんなに軽々と……」

 

 キャベツ相手とはいえ、これが高レベル上級職の本気か。相応に高いステータスと、強力なスキル。それを上手く使いこなして敵を殲滅する様はまるで英雄譚の主人公のように輝いて見える。

 

 ……もし、あいつが恨みを晴らさんと俺に襲いかかってきたら……

 

「……大丈夫ですか?カズマさん、びっくりするほど顔色悪いですけど」

 

「い、いや?ビビってねーし。あんな白スーツちっとも怖くねーし……怖くねーし……」

 

「……」

 

 ゆんゆんの失望の目線が痛い。でもしょうがないじゃん……

 

「ほら、私たちも収穫に向かいましょう。私の魔法で倒そうとすると傷がついてしまうので、上手く拘束しますからその隙に羽を切り落としてください」

 

「お、おう。任せろ」

 

「あ!今のすごくパーティっぽくなかったですか!ちゃんと役割分担して、背中を任せ合うみたいな!」

 

「いやパーティっぽかったというかそのものなんだが……」

 

 そもそもキャベツの収穫でそんな背中を任せ合うような大立ち回りはしたくない。

 

 さて、クリスに支援魔法かけてもらいに行かないとな……




その後、大量にキャベツを回収したカズマたちは大金を手にした(雑なダイジェスト)


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第九話

なんとか間に合った(前作からちょっと書き直しただけ)


「このっ!このっ!」

 

「痛い痛い!やめろ!いややめてくださいお願いします!と言うかちょっと待て!俺がいなきゃ、湧き出るゾンビを倒して墓地の平穏を保つ奴も居なくなる!それでも良いのか!?」

 

「それは私が引き継ぎますので問題ありません。良かったですねぇ、貴方が生きた証は私がいる限り残るんですよ?あ、ごめんなさい。アンデッドなのでもう死んでるんでしたね。【ターン・アンデッド】!」

 

「ぎゃああああ!焼けるううううう!た、助けてくれえええ!」

 

「…………」

 

 どうもカズマです。突然ですが、女神様が堕天しました。駄女神ならぬ堕女神です。

 

 俺は、どうしたら良いのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《数時間前》

 

「『ゾンビメーカーの討伐』……ねぇ」

 

「はい、私の立場上ちょっと見過ごせなくて。このクエストを受けたいんですが」

 

 キャベツの収穫クエストから1日、クリスがあるクエストを持ってきた。

 

『ゾンビメーカーの討伐』。町外れにある共同墓地にゾンビメーカーなるモンスターが出現し、死体がゾンビとなって動き始めているのでそれを退治してくれとのこと。報酬5万エリス。

 

「駆け出し冒険者向けの依頼ですし、アンデッドモンスターには私の回復魔法や浄化魔法がとても有効なので危険は少ないですよ?」

 

「それは良いんだよ。でもなぁ……今受ける必要もないしなぁ。金は足りてるし」

 

「ちょっ!?」

 

 昼飯のハンバーグセットに付いてきたキャベツ入りの日替わりスープを啜りながら呟く。

 

 昨日受けたキャベツの収穫で、俺はかなりの大金を手に入れた。クレアの活躍もあり、報酬を山分けしても1人100万を優に超える金を手にしている。

 

 人間、急に大金が入ってきたら働きたくなくなるものである。実際にこの街の冒険者たちも、多くの臨時収入が入ったことでクエストを受けない者が多い。例の如く昼間っから飲んだくれている。

 

 しかもこのキャベツ、経験値が詰まっていて、食べると経験値が入るという超便利食材だ。結局あのキャベツ収穫クエストはクレアが言う通り報酬が良く、味も美味しく、さらに楽して経験値まで手に入るという3倍美味しいクエストだったわけだ。

 

 経験値はさておき、1人頭100万エリス以上の手持ち金。ゆんゆんは杖を新調し、クレアは武器と防具のメンテナンスを行ったらしいが、俺は無駄使いせず、この先3、4ヶ月は楽して生活する心算だ。ぶっちゃけ面倒くさいクエストなんて受ける気はない。

 

「ダメですよカズマさん!普段からお金が入ったら働かない生活なんてしていたら、本当にお金に困った時に頑張れなくなりますよ!それに貯金もしなくちゃいけないですし、王都に進出するための資金も……」

 

「母親かお前は」

 

 クリスは性格は最高なんだが、どうにも真面目すぎて口うるさい……

 すると、クレアが口を挟んできた。

 

「おい、サトウカズマ。クリスさんの言う通りだぞ。普段からだらしないと、パーティメンバーの私たちまで低く見られるだろうが。大人しくクリスさんの言うことを……」

 

「うるせぇ!お前は黙ってろ!」

 

「ど、怒鳴るな!いや別にお前に怒鳴られたところで何の問題もないんだがな!?ほら、周囲の目とかあるだろ!」

 

「カズマさん!怒鳴るの禁止って言ったじゃないですか!ほら、大丈夫ですよー」

 

「グスッ……クリスさん……クリス様……うへへ……」

 

 クリスの胸に顔を埋めるクレア。それはとても嬉しそうで……

 

「……なあクレア、にやけ顏が隠しきれてないぞ」

 

「!?」

 

「カズマさん!クレアさんがそんな事するはずないでしょう!」

 

「あーハイハイ、もうそれで良いよ」

 

 困惑するクレアは見飽きたし、クリスに睨まれてまでここで言うことでもない。先日のアレは流石にこっちとしても関わり合いになりたくないのでスルー安定だ。

 

「そんな事より、良いじゃないですか!行きましょうよ!」

 

 クレアの新しい弱味を握った事は置いといて、クリスは俺を説得しにかかる。女神としての使命感に駆られたクリスが……

 

「アンデッドですよアンデッド!あんな害虫(もの)さっさとこの世から駆逐しないと気持ちよく眠れないじゃないですか!」

 

「「!?」」

 

 俺とクレアは絶句した。あれ?クリスはもっと女神らしい性格で……駆逐とか悪意のこもった話口調はしないはずで……

 

「ゆんゆんさんもそう思いますよね!?」

 

「ええっ!?私!?ど、どうでしょうか……確かに不浄なモンスターであるアンデッドは、クリスさんからしてみれば許せないでしょうけど……」

 

「そうですよ!この世の理、ひいては神に背いた不浄な存在なんてこの私自ら全て消し去ってやりますよ!」

 

「そ、そうですね……素晴らしい心構えだと思います……」

 

 ゆんゆんが押し切られるのはいつものことだから良いとして、クリスがそんな強引な事をするのは見た事がなかった。それだけに、今更になって気付く。

 

「クレアさんも私に賛成なんですよね?」

 

「え、あ、ああ。勿論だ」

 

「ほら、まだ渋ってるのはカズマさん1人ですよ!多数決的にも、行く事は決定ですからね!」

 

「わ、分かったよ……」

 

 このパーティ、クリスに逆らえる奴が1人もいねぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてゾンビが活動を始める夕方、ゾンビメーカーとやらが出没する墓地に着き、俺が【敵感知】スキルを発動すると予想外に多いゾンビの数。それを不審に思い近付くと、狭い墓地の中心には黒い鎧を着込んだ男が仁王立ちしていた。

 

 それを見たクリスは目を見開き、まだあっちが俺たちに気づいていない事を確認すると、クリスは不意打ちに一撃。

 

「【セイクリッド・ハイネス・ターン・アンデッド】!」

 

 ……いや不意打ちと言うにはとんでもなく派手だったが。クリスの足元と墓地全体に巨大な光る魔法陣が出現し、荘厳な神光が墓地全体を焼き尽くす。

 

「え、ちょまっ……ぎゃわああああああああああああ!?」

 

 ボスっぽいアンデッドの叫び声に俺たちがポカンとしていると、クリスがとてもイイ笑顔でこう言う。

 

「カズマさん、大物です!デュラハンですよデュラハン!」

 

 

 

 

 ……そして、今に至る。

 

「まっ、待ってくれ!俺にはやる事があるんだ!奴を見つけるまで俺は絶対に死ねないんだ!これでも俺は善良な人間を殺す事はしないし、自分に立ち向かってくる奴以外と戦うこともない!だから」

 

「あ、やめて下さい。アンデッドの言葉なんて聞いたら私の耳が腐るじゃないですか。【ターン・アンデッド】」

 

「ぎゃあああ!待って!お願いします!何でもするから、お願いだから話を……」

 

「黙ってろ腐れナメクジが。貴方みたいなゴミクズがこの私に命乞いなんて片腹痛いんですよ。さっさと消え去りなさい」

 

「「「…………」」」

 

 こ、怖え……クリスが女神じゃない……心なしかクリスの周りに何かドロッとしたオーラが見える……

 

「な、なあクリス……その人、えーと、デュラハンだったか?そんなに言ってるんだし、少しくらい話を聞いてあげても……」

 

 俺の言葉を受けてこちらを振り返ったクリスの顔に、全員がビクッと身体を震わせた。

 

「ハァ?何を言ってるんですかカズマさん。頭がイカれたんですか?」

 

「いや怖ぇよ!クリスお前普段そんな感じじゃないだろ!幾ら敵がアンデッドだからって……」

 

 クリスがデュラハンから目線を外した所を見計らい、デュラハンが俺の後ろに回り込んで俺を盾にする。

 

「た、助けてくれ!俺は悪いアンデッドじゃないぞ!この墓地を守護する善良なヤツだ!とある事情でアンデッドの本能も封印している!な?このまま倒すのは後味が悪いだろ?」

 

 必死だ。驚くほど必死。何が何でも助かりたいという必死さと悲壮感に満ちた頼みだ。

 

「そ、そうだ!お前たち流石にデュラハンの討伐を命じられてるわけじゃないんだろ!?どうせ報酬も出ないんだし、見逃してくれてもいいじゃないか!」

 

「ちょっと待て。え?デュラハンって見た感じ高位のモンスターなんだろ?報酬出ないの?」

 

「え、そこか!?」

 

 デュラハンの人が驚く。そんなにおかしなこと言っただろうか……高位のモンスターならそれなりに報酬とか出そうな気もするんだが……

 

 そんなことを考えてると、クレアが口を挟んできた。

 

「逆に聞くが、依頼も出ていないモンスターを倒して一体誰が報酬を出すんだ?同じ高位モンスターのドラゴンとかなら角や鱗などの素材に買い手がつく事が多いが、そもそもアンデッドをクリスさんが倒したら消滅するだろ」

 

 ……言われてみれば、確かにそうだ。冒険者が勝手に倒したモンスターに金を出すほどギルドも領主も優しくはない。本当になんでそういうとこシビアなんだこの世界……

 

「そ、それは置いといてもだ!えーっと……あ、そうだ!俺の名はベルディア!実は1000年ほど前、とある国の王に仕えた現役バリバリの騎士だったんだよ!ほら、身の上話を聞いたら何となく親近感が湧いてこないか!?」

 

「せ、せこい……」

 

 こんなに生きるのに必死なアンデッド居るんだな……確かに、なんとなく殺すのは後味が悪いような気も……

 

「知りませんね、そんなもの。1000年も前に生きた人間なら早く成仏するのが生物としてあるべき姿でしょうが」

 

「え!?いや、待ってくれ!殺されるのは良い、俺だって自分がアンデッドだと言う自覚はある。

 だが、少し待ってほしい。ある事情があり、俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ!」

 

 クリスには全く響いていないようだが。

 

 それはさておき、現在土下座してクリスに頼み込むベルディアというデュラハンは何か事情があるようだ。

 今まで心優しく慈愛の精神を持って全てを包み込む完璧な女神だと信じていたクリスが今こんな事になっているので、何となくやるせない気持ちになり、ベルディアの話を聞いてあげたくなった。

 

「な、なあクリス。話だけでも聞いてやろうぜ。もしかしたらいい奴かも……」

 

「おお!ありがとう心優しい少年!」

 

 助かるかもしれないと喜ぶベルディアをよそに、クリスはとても嫌そうに顔を顰める。

 

「ハァ?そんなわけ無いでしょうが。どうせ時間稼ぎですよ、くだらない。さっさとそこをどいてください。そんな未練もろともこの世から消し去りますので」

 

「うっ……」

 

「が、頑張れ少年!」

 

 俺もろともベルディアを威圧しながら話しかけて来るので、怖くて何も言えなくなる。捨てられた子犬のような目をしたベルディアが助けて欲しそうにこちらを見ているが、俺には何もできないんだ……

 

「すまんベルディアさん……諦めてくれ」

 

「どうしてそこで諦めるんだ!できるできる絶対できる!諦めるなよ少年!」

 

「さすがカズマさん、聞き分けが良くて助かります。ほら諦めなさいクソデュラハン」

 

「ちょ……」

 

「あ、あの……待ってください……」

 

「!」

 

 今にもベルディアが消されようとしている時、か細い声を上げたのは何とゆんゆんだった。これにはベルディア以外の、ゆんゆんの性格を知っている全員が驚いた。

 

「話くらい聞いてあげてもいいんじゃないですか?その、クリスさんなら何時でも倒せそうですし……話を聞いてからでも……私たちにできることもあるかも……」

 

「……」

 

「ひっ……そ、その……無理にとは言いませんので……」

 

 クリスはゆんゆんを冷たい目線で見つめ、ベルディアと何度か見比べた後、諦めたように息を吐いた。

 

「はぁ……いいでしょう、話しなさい。ただし時間稼ぎをしている様であれば……」

 

「あ、ありがとう!そこの魔法使いの少女、感謝する!」

 

 ベルディアの表情が明るくなる。しかし何故ゆんゆんがそんな事を……

 疑問に思い、ゆんゆんに小声で尋ねる。

 

「なあゆんゆん、何であいつを助けたんだ?こう言うのもなんだが、お前はそんな性格じゃ無かったと思うんだが」

 

 するとゆんゆんは辛そうな表情をした。何か聞いてはいけない様な理由があったのだろうか。

 

「……大した事じゃありませんよ。可哀想でしたし、話くらい聞いてあげてもいいんじゃないかって思っただけです。それに……」

 

 ゆんゆんの表情が一層重くなる。

 

「……似ていたんです、あの人が。私の初めての友達が死んじゃった時の姿と重なっちゃったんですよ……あの、サボテンが枯れていた時の姿と……」

 

「お、おう……そうか……」

 

 やっぱり聞いちゃいけない話だった。

 

「本当に、初めての友達で……私がはしゃいじゃって……それで、水をやり過ぎて……根腐れして……ぐすっ」

 

「わかった、もういい。運命だったんだ、ゆんゆんは悪くないさ」

 

 因みに、根腐れしたサボテンはすぐに根っこの周りを切り取って乾燥させれば次の根っこが出てくるので、根腐れしてもそれだけで死んでしまったわけではない。砂漠で生きるためなのか生命力が高いので、ほっといて根腐れの原因である菌が全体に回らなければ何度でも蘇るのだ。

 後でゆんゆんにも教えてあげよう。

 

 そして、遂にベルディアが語り出した。

 

「実はな、この共同墓地には俺の剣の師匠が眠っていたんだ。優しい人でな……ジジイになるまで、ずっと俺の事を気にかけてくれたよ。

 そして、此処には若くして死んでしまった妻が眠っているといつも言っていて、ちゃんとした墓を建てる金くらい持ってたくせにこの共同墓地に入ったんだ。

 俺は止めたが、師匠は譲らなかった。俺もよくは知らないが、何か思い入れがあったんだろうな」

 

 懐かしそうな顔をして優しい声で語るベルディアは、どう見てもアンデッドには見えない。黒い鎧に全身を包まれていて、素顔が見えないというのもあるだろうが、それを差し引いてもベルディアを悪いアンデッドだとはとても思えなかった。

 

「……だが、此処は共同墓地だ。この街のプリーストは拝金主義で、金の無い人が眠るこの墓地にはゾンビが湧く事がある。まあ師匠はそれなりに金を持ってたから大丈夫なんだが、大事な師匠がいる墓地にゾンビが湧くのも気分が悪い。

 だから、あるプリーストにゾンビ封じの結界を張って貰い、俺がたまに魔力を注いでその結界を維持していたんだ。それは一度死に、デュラハンになった後も変わらなかった」

 

「……プリーストじゃ無いベルディアさんでも結界の維持は出来るもんなのか?」

 

「出来るような結界を張ってもらったさ。そりゃあえげつないくらい金は毟られたがな……

 まぁ、それは良いんだ。俺はそんなこんなでアクセルの街に住んで偶に墓地の結界に魔力を注いで……」

 

「はぁ!?」

 

 此処まで大人しく黙っていたクリスが急に声を上げた。

 

「アクセルの街に住んでたですってぇ!?貴方みたいなアンデッドがよくもまあぬけぬけと……」

 

「ああもう!クリスはちょっと黙っててくれ!話が進まない!」

 

「でもカズマさん!病気のリスクもありますし、街に腐臭が漂うんですよ!?」

 

「ふ、腐臭……だ、大丈夫だよな……気は使ってるし……」

 

「ま、まあまあ……確かにアクセルの街にアンデッドが住んでいたというのは受け入れ難いですが、何も事件を起こしてない証拠でもありますし……」

 

 怒鳴るクリスをクレアが止める。聖騎士であるはずのクレアも心なしかベルディアさんの側についているようだ。

 

「ぐぬぬ……それで!?」

 

「あ、ああ……とにかくそんな生活を送っていたんだが……ある日、結界が破壊されていたんだ」

 

 とても悔しそうな顔でベルディアさんは語る。

 

「結界が破壊され、更にどうやったのかは不明だが神聖属性の気が墓地内に入らないようにされていてな……ゾンビが湧き出し、墓地にゾンビが蔓延っていた」

 

「……」

 

「……」

 

 ……なんとなく、嫌な予感がする。それは4人全員が感じ、ずっと殺気立っていたクリスもなんだか冷や汗をかいているようで……

 

「ある事情で遠出していた俺は戻ってきた時驚いたよ。ゾンビ化はしていなかったとはいえ、師匠の墓も破壊されていたからな。そしてやり切れない怒りが俺を支配して……あの時の俺は荒れていたな。ああ、勿論人間には手を出していないさ。本当だ」

 

 拳を握りしめ、声に怒気を含ませ語るベルディアさん。それにひきかえ、俺たちの心には嫌なモヤモヤが募っていくばかり。

 

「……過去の記憶があるのか、それとも力が無いからなのかは知らんが低級のゾンビほど墓場からあまり動かないものだ。

 だが、神聖属性の気が断絶されて力を増したゾンビは墓場の外にも悠々と繰り出していた。更に何をトチ狂ったのか、犯人は墓地からゾンビを追い出して人を襲わせていたらしく、近くの森には被害が出ていた。

 その時は街のアークプリーストが退治して事無きを得たらしいが、一体誰が墓地にそんな事をしたのかはわからないままだ」

 

 うわっ、確定じゃん。

 

 どう考えてもあのアクアとかいう駄女神の言っていたあの話の被害者じゃん。

 

 そしてベルディアさんは決意に満ちた目で俺たちの方を向き、こう言い放った。

 

「犯人を捕まえて、何でこんな事をしたのか吐かせなければならない。罪を償わせなければ気が済まない。……犯人は神聖属性の力を持っている事は分かっている……だが、神に仕える身で何でこんな事をしたのか、意味が分からない。単に快楽目的なのか、それとも本当に頭がおかしいのか……

 お願いだ、犯人を捕まえるまでは俺を見逃してくれ!その最低な奴に罪を償わせなければ、俺は死ねないんだ!頼む!」

 

 両手をついて頼み込むベルディアをよそに、俺たちのパーティは全員が同じように顔を引きつらせ、冷や汗をかいている。それはクリスも例外では無い。寧ろ1番ヤバイ顔をしている。

 

「……ん?ど、どうしたんだ君たち……ああいや、別に不満とかそういうわけでは……」

 

「作戦タイム」

 

「は?」

 

 手で『T』のマークを作ってベルディアさんを牽制する。

 

「なあ、クリス。ちょっと良いか?」

 

「は、はい……」

 

 

 

 ベルディアを待たせ、その場から離れてクリスに問う。

 

「なあ、あいつは本当に悪い奴か?」

 

「えっと、その、でもアンデッドですし……」

 

「コレはお前の身内が蒔いた種だ。そうだろ?悪いのはベルディアさんか?それともお前の先輩のあの駄女神か?」

 

「……それは、その……いや確かに先輩に落ち度がありますけど……でも神の法に背いた存在であるのは変わらない事実で……」

 

「結果として何の被害も出てないじゃないか。お前の仕事は何だ?アンデッドを退治してまたあの駄女神の被害が出たらどうするつもりだ?結果的にお前が手を下したみたいな状況になりかねないんだが」

 

「……仰る通りです……」

 

「ベルディアさんをどうするんだ?」

 

「うぅ…………わかりました、誠に遺憾ですが……その、見逃します……」

 

 冷や汗をだらだらと流しながら、クリスは引きつった顔で頷いた。

 そして俺は、次の話に移る。

 

「……でも、これは事件じゃ無い、事故だ。あの駄女神は別に悪気があったわけじゃ無い。単に頭が足りなかっただけなんだ」

 

「え?いや、それは……」

 

「情状酌量の余地はあると俺は判断した。幾ら何でも女神が殺されるのは不味い気もするし、此処は穏便に……な?わかるだろ?」

 

「え、ええ?でもそれは流石にベルディアさんが可哀想っていうかその……」

 

「黙って頷いとけ」

 

「……は、はい……」

 

「よし、戻ろう。クリスは何も喋らなくていい。話し合いは俺が全部済ませる」

 

 

 

 クリスに口止めをし、ベルディアさんの元へ向かう。ベルディアさんは覚悟を決めた目をしていた。

 

「……話は終わったのか」

 

「ああ。ベルディアさんが犯人を捕まえるまでは、手を出さない。クリスにも説得をして、納得してもらいました」

 

「……え?」

 

「あ、ありがとう少年!君は命の恩人だよ!」

 

 もう死んでるけどな!と喜ぶベルディアさんを尻目に、困惑しながら疑問符を浮かべるクリスを目線で黙らせる。

 

「気にしないでください。悪いのは全部犯人ですから。あ、ぼくはカズマって言います」

 

「本当にありがとう、カズマ君!実は俺はアクセルの街で魔法具店を営んでいるんだ。魔法がかかった武器や装備も取り扱ってるし、来てくれたらサービスするよ!」

 

「あ、本当ですか?いやそんな悪いですよ〜」

 

「遠慮するなって!何なら剣の稽古を付けてやろうか?」

 

「剣の稽古もいいですが、ぼくはデュラハンのスキルが気になるなぁ。普通じゃ覚えられないし、強そうだもんなー。あ、ぼく冒険者職なんで一応覚えられるんですよ〜。教えてくれたら助かるんですけどねぇ」

 

「なんと、デュラハンのスキルを!?すごい発想力だ、カズマ君は大物になるよ!勿論喜んで教えてあげよう!今度ウチの店に来るがいい!」

 

「えー本当ですかぁ?やったぁ、嬉しいなぁ」

 

 スムーズに進む会話の中で、クリスだけではなく、ゆんゆんとクレアも唖然として俺の方を見ている。

 

 そして俺は、あの疑うことを知らなそうな3人に振り向いて全力の悪い笑顔を見せ、その後すぐに表情を営業スマイルに戻しベルディアさんとの会話を続けた。

 

 捨てる(アクア)あれば拾う神あり。

 

 寝ている(強そうな)ものは(アンデッド)でも使え。

 

 至言である。




ベルディアさん良いですよね。あんまり悪役になりきれてないのに悪役ムーブ楽しそうなところとか。大好きです。


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第十話

作者が体調不良を拗らせてしまったので今回は短めです。


「ほー、ここがベルディアさんの店か……結構立派じゃないか」

 

 大通りから離れたところにこじんまりと佇む店、『ベルディア魔道具店』。魔道具店とは名ばかりで、実際は知る人ぞ知る武具店だ。

 

 店の稼ぎはそれほどでもないものの、推奨レベルの高い装備が棚に並ぶこの店には、質のいい武器防具を求める常連は多いらしい。

 

 間違っても俺みたいな新米が足を運ぶ場所ではないが、先日の一件から、俺はこの店を訪ねて来ていた。

 

「すみませーん、ベルディアさんいますかー?」

 

 店内を見渡すと、キラキラと光る美しい装備の数々。今のところ客はいないが、だからと言って寂びしい感じはなく、アンデッドが店主とはとても思えないほどの清潔感を感じることができる。

 

「いらっしゃい……おお!カズマ君じゃないか!」

 

 店の中に入ると、ベルディアさんが快く迎え入れてくれた。

 

「カズマ君1人か?他の女の子たちは一緒じゃないのか?」

 

「ええ、クリスを連れてくるわけにもいかないですし、他の2人もね……」

 

 クリスは正直何をするか分からんし、クレアも曲がりなりにも聖騎士(クルセイダー)のクラスなので論外。連れて行くとすればゆんゆんだが、クリスが露骨に嫌がるので誘う事もできずに置いてきた。そもそもクリスは俺が店に行くのにもかなり渋っていたが。

 

「おお……それは……まぁ、しょうがないよな。あのプリーストの子は敬虔な信者のようだし……」

 

 流石はベルディアさん、察しがいい。酸いも甘いも噛み分けた壮年の頼もしい雰囲気がある。何でこんな人がアンデッドなのだろうか。

 

 まあ、それを聞くのはさすがに失礼だ。ベルディアさんの過去に何があったかなんて知らないが、幾ら何でもアンデッドになった事情なんて聞かれて嬉しい人(人ではないが)は誰も居ないだろう。

 

「ええ、それは良いんですよ。今日来た理由はですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、他のパーティメンバー全員が上級職なのに自分一人だけ最弱職なのを気にしていると」

 

「ええ、それで色々なスキルを覚えられるという利点を活かして、デュラハンのスキルを習得したいんです」

 

 実際ウチのパーティはかなり強い。前衛のクレアに後衛のゆんゆん、そして支援役のクリス。序盤中盤終盤隙がないと思う。……俺を除けば。

 

 現在の俺の役割は敵感知と隠密を活かした司令役だが、前にも言った通りこの街のクエストのレベルではそもそも司令役が必要ない上に、高レベルで経験も多いクレアの加入で俺の価値は殆ど敵感知のみになってしまった。

 

 クリスがいるので捨てられることは無いと思うが、それでも気まずいし、何より周りの目が痛い。スキルを教えて貰っていた時に冒険者連中とかなり仲良くなったので何も言われていないが、普通に考えると美人で上級職のパーティメンバーに寄生している最低男に見える事だろう。

 

 普段の俺なら特に気にする事では無いが、クリスの人気っぷりを見ているとこのままではいつか寝首を掻かれる恐れがある。クリス曰く一度死んでいる俺はもう蘇生魔法でも生き返る事は出来ないらしいし、何とかしなくてはならない。

 

「良いだろう。アンデッドスキルとなるとあまり教えられるものは多くないが、俺は元々とある国に仕えていた騎士でな。普通のスキルもそれなりに持っている。色々見繕ってあげられるだろう」

 

 ふむふむ……だが騎士系のスキルはクレアの下位互換にしかならないし、できればもっと別のがいい。

 

「ありがとうございます。でも前衛はクレアで事足りているので、何かオンリーワンになれるようなスキルは無いですか?」

 

「そうだな……流石にアンデッド召喚の魔法は教えても使えないだろうし……それなら、俺もよく使っている【魔眼】スキルなんてどうだ?習得コストも安いし、使い勝手が良い。デュラハンの固有スキルだから他にはないしな。ホレ、【魔眼】!」

 

 ベルディアさんが提案したのは【魔眼】というスキル。それを使用すると、ベルディアさんの顔の後ろに一瞬だけ巨大な眼のイメージが出現し、ベルディアさんの眼に魔力が宿る。

 

「【魔眼】スキルと言うのは、都合良く言えば敵の動きを見切ったり弱点を見破ったりする事ができる。俺が使うときはこうやって首を外して……」

 

「うぉお!?」

 

 ベルディアさんは急にガチャリと首を外す。初めて会った時からずっと首が繋がっていたのですっかり忘れていたが、そういえばこの人は首無し騎士(デュラハン)じゃねーか……首が無いのが普通なんだ。

 

「フフ、懐かしいなこの反応……

 俺が使うときは首を外して上に投げ、俯瞰視点でこのスキルを使うんだ。全方位から襲いかかる敵の急所も太刀筋も、魔力の動きさえすべて見えるから重宝するぞ?

 ただ見るだけだから魔力消費も少ないし、使い所も多い。どうだ?」

 

「すごいっすベルディアさん!マジ最強っすね!」

 

「はっはっは、そうだろそうだろ!」

 

 煽てられて上機嫌なベルディアさんを尻目に冒険者カードを見ると、既に習得可能スキル欄に【魔眼】の文字がある。習得コストもそこまで高くなく、さっきの説明からするとかなりお得に見える。

 

 キャベツの件でレベルが上がったのでポイントには余裕があるし、覚えておいて損は無いだろう。俺は即座に【魔眼】を習得した。

 

「……よし、これで俺も魔眼を使える。【魔眼】!」

 

 俺が【魔眼】を発動すると、徐々に魔力が減っていく感覚があった。分かりやすく言うと軽くランニングをしている感じで、冒険者になって体力が上がった俺なら30分ほどは使えるだろう。

 

 そして視界にも変化がある。一瞬だけ視界が黒色に染まり、周りにあるものすべてにオーラのようなものが見え、ベルディアさんの動きが遅くなったように見えた。

 

「おお、習得したみたいだな」

 

「はい!凄いっすねコレ。なんかその辺のもの全部に赤いオーラ的な何かが見えますし、すげースローになったみたいな……」

 

「後はより意識して対象を見ると、細かい魔力の流れを見る事ができるから行動の先を読む事だってできる。

 後はそのスローになった視界に慣れれば完璧だな。少し練習してみるか!」

 

「ありがとうございます!行きましょうベルディアさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《数十分後》

 

「うひゃひゃひゃ!これで俺は最強だぜ!あざっすベルディアさん!また今度武器とか買いに行きますんで!ひゃっほーい!」

 

 やけに高いテンションで店から出て行くカズマ。店の裏には、床に座りこんで首が床に転がっているベルディアの姿がある。

 元はカズマが習得した【魔眼】スキルに慣れるという目的だったはずだ。その為に店の裏にあるちょっと広いスペースで軽く手合わせしていたのだが……

 

「……マジか。マジかあいつ」

 

 ベルディアは後悔した。考え無しに有用なスキルをカズマに教えてしまった事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どぅわぁあああああ!!!!」

 

「ギチギチギチギチギチギチ!!」

 

 俺は今、2メートルはあろうかという二足歩行の巨大な虫に追いかけられている。ちょっと離れたところにゆんゆんがいるが、動き回る標的に狙いが定まらず、また俺が標的の近くにいるため魔法を放つことができない。

 

 新しいスキルを覚えた俺は、早速みんなを誘ってクエストを受けた。クリスは俺が自発的に働く意欲を見せたことに大層感激していたが、【魔眼】を使ってみたかっただけなので、使い心地を確かめたら金が尽きるまでは働く気はない。

 

 今回の討伐目標は冬牛夏草(とうぎゅうかそう)。名前から連想される通り他の生物に寄生するタイプで、日本にもいる冬虫夏草(とうちゅうかそう)はキノコの一種だが、こちらは昆虫のような見た目をしている。

 他の生物に寄生して栄養を摂取し、成体に成長する夏になると繁殖のため寄生した生物を喰い殺して成長し、他の生物に卵を産み付ける。なかなか危険度の高いモンスターだ。

 

 そして今は晩夏、栄養満点の寄生元の生物を食い、育ちきった成体に、時期は繁殖期の終わり頃。気が立ち成長した個体は1番危険な時期になるだろう。

 

 動きも素早く力も強いが、追い詰め過ぎて仲間を呼ばれたりしない限りは群れることがないのでさほど討伐が難しい訳ではない。平均レベル10以上のパーティなら問題無いとされている程度の危険度だ。

 

 俺はこの前のキャベツでレベル11になったし、ゆんゆんもレベル10。クリスは殆ど討伐はしていなかったが、先日大量のゾンビ(ベルディアさんが召喚していた奴)を浄化したのでレベル7になった。それにレベル31のクレアがいるので、適性レベルはバッチリクリアしている計算になる。

 

 話に聞くところ、ゆんゆんは主にこのモンスターを討伐して生計を立てていたらしい。なら大丈夫だと思って討伐クエストを受けたし、受付嬢も問題無いと言ってくれていた。

 

 失念していた。俺は能力値が足らずに基本職になることしか出来なかった冒険者。そんな簡単にパーティで挑むことを推奨されているモンスターを倒せる訳がない。カエルみたいに動きが遅く、肉質も柔らかい訳ではないのだ。

 

「クッソ!【魔眼】!」

 

 魔眼スキルを発動し、俺の視界に映る全ての動きがスローになる。俺に襲いかかる冬牛夏草の動きを読んで攻撃を余裕を持って躱し、脚の節にダガーで突きを食らわせる。

 

「ギッ!?」

 

 やけに硬い甲殻に傷が一つ刻まれるが、ダメージは入らない。だが足の節を正確に攻撃したことにより、膝カックンの要領でバランスは崩れる。

 

「ゆんゆん!いまだ!」

 

「【カース・ド・ライトニング】!」

 

 俺が冬牛夏草から離れると、ゆんゆんの杖から黒い稲妻が迸り、何かが弾けるような音ともに冬牛夏草は倒れた。

 

 【カース・ド・ライトニング】、雷属性の上級魔法だ。高位のモンスターにも高い効果を望める攻撃力の高い魔法。最近習得したらしい。

 

「ハァ……ハァ……ゲホッゲホッ!」

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

「マジで死ぬかと思った……」

 

 もう一歩も動きたくなくなるような倦怠感の中、俺はさっきの【魔眼】スキルを使用していた時のことを思い出す。いつもより体力の消費が重く、ダッシュの後だったこともありかなりキツかった。

 

 魔力を消費しながら激しい動きをしていると、体力を多く消費するのだ。魔力が多いベルディアさんならいざ知らず、低レベルの俺にはこのスキルは長く使えるものではない。何もしていない時でさえ30分ほどが限度なスキルを使いながら戦闘をしたりすると、マジで5分が限界なんじゃないかと思うくらい消費が激しい。

 

(使い方によっては最強クラスのスキルではあるけど、戦闘に使うには俺のレベルが足らないぞ……)

 

 遠くの方ではクレアが数匹を相手に戦っている。

 態々一体を軽く痛めつけ、仲間を呼ばせて一網打尽にする作戦らしい。

 

「やっぱりクレアは強えな……あんな恐ろしい冬牛夏草複数相手に……やっぱりあいつに任せときゃそれで良いだろ」

 

「何を言ってるんですか……」

 

「【ゴッド・ハンド・インパクト】ッ‼︎」

 

 冬牛夏草の顔面が俺たちの方に転がって来た。飛んできた方向を見てみると、クリスがいつの間に買ったのかメリケンサックを装着した拳を握りしめ、首の無い冬牛夏草を踏み付けている。

 

「あ、カズマさん!どうやらこいつ、打撃が弱点みたいです!今日は私も前線で頑張りますよっ!」

 

「…………」

 

「喰らえ!【ゴッド・ハンド・クラッシャー】!」

 

 振り返りざまに、迫ってきていた冬牛夏草を光る拳で殴り飛ばす。例の如く顔面が千切れ飛んだ。

 

「…………」

 

 最近、クリスのキャラ崩壊が激しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうクエストには行かない。絶対に行かないからな」

 

「カズマさん!?何を言い出すんですか!レベルも上がって、これからって時に!」

 

「いやバッタバッタ薙ぎ倒せるお前らは良いだろうけど、俺はあんな奴らに囲まれた日にゃマジで死ぬぞ!」

 

 シュワシュワを煽りながら宣言する。

 

「あんなのを相手に戦うくらいなら、俺は最初に勧められた商人への道を選ぶね。つーか、カエルから急に難易度上がりすぎだろ……」

 

「お前……自分から行こうって誘ってきておいて……」

 

「まあまあ……繁殖期のモンスターは気が立っていて見境なくこちらを襲って来ますし、流石に成体の冬牛夏草(とうぎゅうかそう)はジャイアントトードとは訳が違いますから……」

 

 ゆんゆんがやんわりとフォローしてくれるが、全く役に立っていなかったと言われているようで地味に心にくる。

 

「そもそも冬になるとこんな楽なクエスト一つもなくなるぞ?今のうちに稼いでおかないと厳しい冬を乗り越えられんだろう」

 

「そう言われればそうなんですけど……冬のモンスターを倒すことができないのは私も同じですし……」

 

 そう、冬が来るとモンスターの強さが格段に上昇する。厳しい冬の環境を跳ね除け活動できる上級モンスター以外は冬眠に入り、楽な依頼がなくなってしまう。

 

 そのため、この時期になると皆こぞって大量に依頼を受け、お金を貯めて冬に備えるのだ。

 

「ちくしょう……この虫が楽なモンスターってどうなってんだこの世界……」

 

「お前が弱いだけなのでは?」

 

「……」

 

 ふざけんな嫌いだこんな世界!!




また、一向に体調が回復する気配がないので、次回の投稿も遅れる可能性が高いです。ごめんなさい。


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第十一話

大変お待たせ致しました。


「ぐっ……私が、この程度で倒れるわけには……」

 

「やめてくれ……もう無理だ……勝てるわけがない……」

 

 満身創痍のクリスは、それでも未だに前線へ立ち続ける。後ろでは、すでに戦闘不能に陥ったクレアが制止の声を上げている。

 

「おい、大丈夫か?ただがむしゃらに突っ込んでいくだけが戦いじゃない。お前だってわかってるはずだ」

 

 俺が諌めると、より一層辛そうな表情になるが、それでもクリスは止まらない。

 

「ッ……それでも!私は!」

 

 いや、もはや止まれないと言ったほうが正しいだろうか。クリスは更に前へ、前へと進んでいく。その決意に満ちた瞳には、地上に降ろされた時に薄れてしまったはずの女神としての神性が確かに宿っていた。

 

「『この世に渦巻く我が眷属よ!』」

 

 クリスが両手を掲げ、仄かな優しい光がクリスを包み込む。

 

「『幸運の女神、エリスが命ず!』」

 

 そして、それはやがて片手の掌に集まり、小さかった光は神々しい輝きへと転じた。

 

「『均衡の秤たる世界の法を超越し、我が意に従え!』」

 

 幸運を宿した右腕を振り下ろす。神の奇跡とも呼べるその一撃は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロイヤル・ストレート・フラッシュ!」

 

「はいファイブカード」

 

「「あああああああああ!!!」」

 

 俺の幸運値の前に呆気なく弾き返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何してるんですか、全く……魔法まで使ってやることですか?私までウェイトレスさんから変な目で見られましたよ。ようやく仲良くなってきたところなのに……」

 

「ついでに聞くけど、ウェイトレスとはどれくらい仲良くなったんだ?」

 

「この前、私が座ってたら注文してないのにお水出してくれたんですよ。凄くないですか?」

 

 この世界にもトランプは普及していて、聞くところによると結構昔からあるらしい。やはりと言うか、昔に送られた転生者が地球の知識を使って売り出し、巨万の富を得たのだそうだ。

 

 そんなこんなで俺たちはポーカーをやっていたんだが、どうもクリスは案外熱くなりやすいタイプらしい。負けたら次、負けたら次とどんどん勝負を挑んでくるので、これもしかしたら毟れるんじゃないかと野菜スティックを賭け出したところでクリスが変な魔法を使い、ゆんゆんに見つかってお説教を受けている所だ。

 

 これも、俺のステータスで唯一高い幸運のなせる技だろうか。そのうち本当に商売に手を出しても良いかもしれない。

 

「熱くなるのは良いですけど周りの目とかも考えないと……偶にやんちゃしますよね、クリスさん」

 

「……はい、仰る通りです……」

 

「カズマさんも、こんなになる前にさっさと止めてやってくださいよ……」

 

「いや、こいつらがノリノリで……それに、良いカモだったし……」

 

「カモ!?ちょっとカズマさん今カモって言いました!?」

 

 喚くクリスは置いといて、実際俺は悪くない。野菜スティック賭けようぜって言ったのは俺だが、2人ともノリノリだったし。何故か2対1を強要されたから寧ろ俺が被害者になるレベル。

 

「流石にその言葉は聞き捨てなりませんよ!私はカモじゃありません!次、次に勝てば今までの負けは……」

 

「クリスさん、もう止めよう。それ以上口に出したらいけない」

 

「いえ!次は勝てそうなんです!身体に運命の力が渦巻くこの感じ……いけます!」

 

「正直言うまでもないことですけど、さっきみたいに賭け事で魔法を使うのはイカサマ扱いになるのが一般的ですよ」

 

「……」

 

 クレアに論破されてがっくりとうなだれるクリスを見ると、あのアクアとかいう駄女神の後輩だと言うのも納得できると思えてくる。

 

 

 

 

 

 

 《数時間後》

 

「フルハウス!」

 

「キングとエースのフルハウス。俺の勝ちだな」

 

「おいコラ!おかしいだろ!何でそんなに強い手が毎回のように入るんだ!」

 

「その手の苦情は聞き飽きたよ、さっさと金おいて次に代われ。はい、次の挑戦者の方!もしも俺に勝てたら10万エリス!一回の挑戦につき1万エリスとなっておりまーす!」

 

 あの後、トランプゲームを禁止された2人は暇を持て余して討伐クエストに向かった。あの2人なら心配するだけ無駄なので、俺とゆんゆんは賭けはしない条件で2人でトランプで遊んでいた。ポーカーだったりブラックジャックだったり、七並べだったりと本当にトランプは有能だ。

 

 そろそろ季節は秋に差し掛かり、畑の秋刀魚が美味しくなる季節(これは冗談じゃない。この世界ではマジで秋刀魚が畑に実る)。この頃になるとちゃんとした会計役がいるパーティは冬に備えるための資金を集め終わっている者も多く、そんな奴らは大抵ギルドに集まって駄弁っている。

 

 暇していた冒険者たちは俺たちに触発されたのか所々でトランプをやり始め、俺が悪ノリでこんな催しをしたら予想を遥かに超える大盛況となった。二重の意味で幸運値様々だなぁ。本当に商人の道を目指してみるのも面白いかもしれない。

 

「ほらほら、1万エリスが10万エリスになるかも知れないんだよ!?仮に10回挑んで1回しか勝てなくても、お財布にはプラスになるんだよ!?挑戦してくる勇気のある者はこの街にはいないのかい!?」

 

「…………」

 

「……おい、お前行けよ」

 

「今まで誰も勝ってないとか、絶対なんかあるだろ。お前こそ行けよ」

 

 まあ、幸運の女神が魔法(チート)使っても超えられない壁を冒険者連中が超えられるはずもなく、俺はこいつら相手に荒稼ぎをしている最中だ。

 

 冒険者は命に関わる仕事を生業としており、そのせいか金を考え無しに使う奴が多いので、一回1万エリスの勝負にも平気で乗ってくる。既に数十万エリスの儲けが出ており、流石に勝てないことに気付いたのか挑戦者が居なくなってしまった。

 

「チッ……何だよしけてんな」

 

「もう充分でしょう……全く、クリスさんがいないのを良い事に……」

 

「待ちなさい!」

 

 そろそろ店じまいかと思っていた頃に、挑戦しようという者の声。

 仕方ない、キリも良いし、こいつを最後に…………

 

「ふふふ……真打登場!です!」

 

「…………」

 

 クエストの報酬であろう札束を携えたクリスがいた。そんで、その後ろには俺たちの方を悟ったような目で見ているクレア。多分、クリスに止めるよう説得しても聞く耳を持たなかったのだろう。

 

 そんなクリスのドヤ顔を見るや否や、この先の展開を悟った俺とゆんゆんは無表情でトランプと金を片付け始めた。

 

「あれ!?いやいや、待ってくださいカズマさん!ゆんゆんさんもどうして!?1万エリスならここに……」

 

「うわ、いくら稼いだんですか?ざっと30万エリスはあるんですけど」

 

「あーそんなに?しょうがない、今日は冒険者連中に奢って印象良くしておくか」

 

「何で無視するんですか!?次こそは勝てるんです!カズマさんの幸運値から逆算すると私に連続で勝てる回数はおよそ8回だからですね……」

 

「……いい加減に「いい加減にしなさいよ!」

 

 ……えっ?

 

「ここは冒険者ギルドよ!ギャンブルなら他所でやりなさい!」

 

 声を上げたのは、見たことのない女の子だった。

 この街の冒険者ではないようだが……

 

「え、あ……いや、えっとですね……」

 

「別に、私も無理してクエストに行って稼いでこいとは言わないわよ。ちょうどいい難易度のクエストが無いってこともあるでしょうけど……あんたは何なの!?クエストに行く実力があるのに、やることはギャンブルのタネ作り!?」

 

「うぐぅ……!

 いやその、別に四六時中ポーカーばかりやってるわけでは……その、これでも一応アークプリーストで……」

 

「尚更よ!世界の為にキョウヤが頑張ってるって時に!ご加護をくれるエリス様に申し訳無いとは思わないの!?恥を知りなさい!」

 

「ごめんなさい……恥知らずでごめんなさい……」

 

 うわぁ意識高けぇ……

 

 最初はしどろもどろになりながらも反論をしていたクリスも、今や縮こまって情けない姿を晒している。申し訳ないと言うか、本人だしな……何気にあの言葉が1番心にキてそうだ。

 

 周りの冒険者たちも、心なしか気まずい雰囲気を醸し出している……怠けてる自覚はあるんだな、お前ら。

 

 そんな事を考えていると、戦士風の少女の怒りが俺の方へ飛び火し……

 

「そこのアンタ!そもそもは……「その辺にしとけ、クレメア」

 

 すると、青い鎧と巨大な剣を携えた茶髪のイケメンがその子を諌めた。

 

「キョウヤ……!

 でも、こいつらが!」

 

「彼らに当たってもしょうがないだろ。別に犯罪を犯してる訳じゃないし」

 

「うっ……」

 

 落ち込むクレメアと呼ばれた少女に対し、そのイケメンは笑顔を見せて自然に頭を撫でる。 

 

「気にすることはない、その考えは正しいさ。彼らが間違ってるとは言わないけどね」

 

「あ……」

 

 頭を撫でられ、クレメアは顔を赤くした。周りに人がいるにもかかわらずキョウヤは撫でるのを止めない。

 

「「「…………」」」

 

 一応言っておくが、ここはギルドの酒場。さっきまでの賑わいもそのままに、ざっと3、40人の人が周りで見ているのだ。

 

 ……何だこのテンプレ鈍感系主人公野郎は。

 

 見ててとてもイライラする。

 多分、ここにいる冒険者の殆どがそう思っているだろう。何だこれ?俺たちは一体何を見せられているのだろうか。

 

「そこの君、悪かったな。

 ただ、ゲームを主催するのはいいが、それを悪質なお金儲けに使うのは……特に女の子からお金を巻き上げるのは絶対に辞めておけ」

 

「あ、あぁ……」

 

 ……いや、反射的に頷いてしまったが、別に俺はクリスから金を巻き上げた覚えはないんだが。むしろ止めたぞ?

 

 そのまま奴は、クレメアに言い負かされていたクリスに話しかけようとする。

 

「私……私悪くないもん……ちょっとやってみたかっただけだし……」

 

「プリーストさんも、これに懲りたら賭け事は………………えっ」

 

 奴はクリスを見て固まる。そして、今までの余裕も何処へやら……目を見開いて大声で叫んだ。

 

「め、女神様ああああああああ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「はああああ!?転生した時に女神様をこの世界に引きずり込んだ!?いったい何を考えているんだあなたは!」

 

 ミツルギが当たり前のように女神女神と連呼するので、取り敢えずクレアと戦ったあの路地裏に来て説明をすると、ミツルギは俺の胸ぐらを掴んできた。

 

 こいつの名前は御剣響夜(ミツルギキョウヤ)と言い、転生者らしい。俺と同じように一度死んでから転生の間へ送られ、転生特典として魔剣グラムという神器を賜り今まで冒険を続けてきたそうだ。今では王都で『魔剣の勇者』として有名なのだとか。

 

「ちょ、やめてください。私は別に不自由はしていませんし、結構楽しくやってるので気にしてませんし……」

 

「だからって……!女神様、この扱いは不当ですよ?貴女は女神、もっと素晴らしい生活をしてしかるべきでしょう!それに女神様をカモ扱いしてお金を巻き上げるなんて……!」

 

「いえ、それは誤解なんですが……」

 

 ミツルギは更に腕の力を強める。ちょ、苦しい苦しい……

 

 すると、クレアがミツルギの手を掴んだ。ミツルギは思わず手を離し、俺を解放する。

 

「おい、さっきから何なんだお前は。さっきから黙って聞いていれば偉そうに。クリスさんの知り合いのようだが、サトウカズマとは初対面なのだろう?少しは礼節というものをわきまえろ、無礼者」

 

 俺には恨みがあるため、基本的に冷たいクレアが今回ばかりは怒っていた。なんだかんだ言ってクレアは真面目だ、いつまでも勘違いしたまま俺を悪者扱いするのは気に食わなかったのだろう。

 人を嫌うよりも自分の悪い所を先に考えるタイプのゆんゆんですら、ミツルギに対して嫌悪の目を向けている。

 

 案外あっさり手を離したミツルギは、興味深そうにクレアとゆんゆんを見る。

 

「君は……クルセイダーか。そしてもう1人はアークウィザード。それに2人ともすごい美人さんだな。サトウカズマ、君は仲間だけには恵まれているんだね」

 

「……」

 

 ……失礼な物言いで、ミツルギは続ける。

 

「それなら尚更だよ。君はこんな優秀そうな人たちとパーティを組んでいるのに、こんなところでだらけきった生活をして恥ずかしく無いのか?さっきの話だと、就いている職業も最弱職の冒険者らしいじゃないか」

 

 ……何だコイツ?いったい何の権限があってここまで俺をボロクソに罵っているのか。温厚な俺でもさすがにカチンと来るぞ。

 

 というか、そもそもそこまでだらけきった生活を送ってなどいない。確かに今日は朝からトランプ三昧だったが、昨日はちゃんとクエストにも行っている。

 

「……おいクリス、何だこいつ。何でここまで俺を目の敵にしているんだ?あと何でこんなに人の話を聞かないんだ」

 

「目の敵にされている理由はちょっとわかりませんが、人の話を聞かないのは生来の性格なのでは……まぁ、仲間の女の子には慕われているようなので、普段は悪い人ではないと思いますけど……」

 

 はっ、どうせ転生する時にクリスに一目惚れしたとかその辺だろ?そんで俺が連れ回してるの見てイラついてるんだろうな。

 

 そんな俺の考えを他所に、ミツルギは同情でもするかのように哀れみの混じった表情で俺の仲間たちに話しかけた。

 

「君達、今まで苦労したみたいだね。これからは僕と一緒に来ると良い。君たちはこんなところで腐っているには勿体無いよ!それに、ソードマスターの僕と戦士のクレメア、そしてクルセイダーのあなた。盗賊のフィオと女神様が支援をして、後衛はアークウィザードのその黒髪の子だ。完璧なパーティ編成じゃないか!」

 

「断る」

 

 そのパーティに俺が入っていないぞと文句を言う前に、クレアがその提案をバッサリと断った。

 

「あまり調子に乗るなよ。私は嫌々このパーティで活動しているんじゃないし、不満も特にない。自分の意思でこのパーティに属しているんだ。それに、貴様のようなナンパ紛いの引き抜き行為をする常識知らずに背中は任せられん」

 

「私も同意見です。私を誘ってくれたこの人たちと冒険がしたいんです。誰でも良いわけじゃありません」

 

 ……不覚にもグッときてしまった。こいつら、良いやつじゃねぇか……

 

「……そういう訳ですので、悪いですが貴方のパーティには入ることは出来ません。私はカズマさんたちと一緒に魔王討伐を目標に頑張りますので、貴方も頑張ってください」

 

 クリスも俺のパーティに残ってくれるようだ。ミツルギには悪いが、コレは俺たちの絆を再確認するイベントだったと思っておこう。

 

「じゃ、俺たちは戻るから。お前は優秀なんだろ?魔王討伐頑張ってくれ。応援してるぞ、魔剣の勇者様」

 

 俺は適当なお世辞を、みんなと一緒に立ち去ろうと……

 

 ………………

 

「あの、どいてくれます?」

 

「悪いが、女神様をこんな境遇に置いておく訳にはいかない。君にはこの世界は救えないし、魔王を倒すのはこの僕だ。女神様は、僕のパーティに来た方が絶対に良い」

 

 ……うわぁ、此処までナルシスト入ってるのか。

 

 此処まできたら、この先の展開は予想できてくる。クレアと同じパターンだ。

 

「僕と勝負しないか?僕が勝ったら、女神様を僕のパーティに貰う。君が勝ったら……そうだな、君の言うことを何でも一つ聞いてあげようじゃないか」

 

 ほら、やっぱりこうなる。

 

 どうせこいつも異世界に良いイメージを持って転生してきたんだろ?俺は散々現実を叩きつけられたから分かっているが、こいつは違う。初めから魔剣を持ち、俺TUEEEEEプレイをし続けてきたミツルギはまだ夢と現実の区別がついていない。つまりは、この勝負がクリスを仲間にするイベントにしか見えていないのだ。

 

 ま、現実はそう甘くない。勝負とか言い出すあたり世間知らずっぽいから、本当に対人戦をした事はないはずだ。あったとしてもせいぜい模擬戦レベルだろう。

 

「貴様、いい加減に」

 

「はぁ、良いぞ。ただし、勝負が終わった後に何を言われても恨みっこなしだからな?」

 

 クレアが怒りに任せて怒鳴り付けようとするが、それを遮るように、俺はその勝負に応じた。

 

「はは、構わないさ。何でも好きに命令するが良い。もし僕に勝てたら、の話だけどね」

 

「おい、サトウカズマ!何も受ける事は……」

 

「まあ待て、こっちも勝算があってやってるんだ」

 

 俺の言葉に、ミツルギは眉を顰める。ハッタリ半分本気半分だが、これが重要だ。ベルディアさんから【魔眼】を教えてもらった時から考えていた作戦が、漸く使える。

 

「まずはルールだ。先に負けを認めるか、武器を失った方の負け。基本何でもあり。これで良いな?」

 

「……ああ、文句はない」

 

 ミツルギは頷いた。これで仕込みは完了だ。

 

 そして、俺はミツルギに話しかける。

 

「……なあ、お前は俺を随分と舐めてかかっているようだが……」

 

「……?」

 

「宣言しよう。お前は自ら敗北を認める事になる」

 

「何……?」

 

「【魔眼】。さあ、俺の目を見ろ……!」

 

 そう叫んで目に魔力を込めると、咄嗟に俺の目から視線を外したミツルギは俺の前から飛び退いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ミツルギside》

 

「【魔眼】ッ!」

 

「クッ!」

 

 女神様をこの世界に引きずり込んだ彼は、勝負開始の宣言を待たずして謎のスキルを発動させた。一瞬瞳の色が変わったように見えたが……

 

 僕の推測では、アレは洗脳か幻術の能力。

 

 女神様を連れてきたという話を聞いて、転生特典は女神様だと勝手に信じ込んでいたが、まだ隠し玉を持っていたとは。確かに、女神様を守護するために何かの能力を貰っていてもおかしくはない。

 

 とにかく、相手の能力がわからない以上、迂闊に攻め入るのは危険だ。少なくとも、彼の言う通りにあの眼を直視したら何が起きるかわかったもんじゃない。

 

 僕はさらに警戒を強めると共に、必殺の武器である魔剣グラムを握りしめ……

 

「【スティール】!」

 

 ……閃光が放たれ、あっさりと僕の両手から魔剣が消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《カズマside》

 

「はい、武器を失ったお前の負けな」

 

「え、は、はぁ!?ちょ、ちょっと待て!その魔眼とやらの力は……?」

 

「なんでお前に教えなきゃいけねーんだよ。あ、もしかして信じちゃった?自分が何かしらの能力で負けを認めさせられるとか本気で信じちゃったぁ?ぷーくすくす!ウケるんですけど!調子こいて勝負とか言っちゃった挙句、格下のハッタリに騙されてご自慢の武器盗まれるとかちょーウケるんですけど!」

 

「あぁ……そうだ、コイツはこういうことする奴だった……はは……うぇっ」

 

「ああ!クレアさんがトラウマで吐きそうになってる!」

 

「トラウマじゃないぞ……トラウマじゃないからな……」

 

 やっぱり騙されたコイツ。

 どうせ【魔眼】って聞いて写○眼連想したんだろ?なんでもありの勝負で敵の言うことを間に受けるとか、煽り抜きで超ウケるわ。何で目に関する力ってだけで強そうに聞こえるんだろうね。

 

 実際にはただちょっと動体視力が良くなって、魔力の動きが見えたりするだけなのに。それの仕様がちょっと便利すぎるが。

 

 そう、この【魔眼】というスキル……ベルディアさんはただの近接戦闘補助のように言っていたが、本質は『魔力の流れを観る』というスキルであり……その性質を応用して、魔力があるものであれば『ロックオン』することができる。

 

 本来はロックオンしたところで魔力の流れをより細かく見れるだけというただのオマケ効果。だが、他のスキルと併用することでロックオンは真価を発揮する。

【狙撃】スキルであればロックオンした部位へ必中となり、仮に魔力のある物質をロックオンすれば……【窃盗(スティール)】で、何と確定で盗むことができるのだ。

 

 本当に最高のスキルだ。ベルディアさんには感謝してもしきれない。

 

「んじゃ、この魔剣は貰っていくぞ。あぁ、それと……」

 

「ひ、卑怯者卑怯者卑怯者ーーっ!あんた恥ずかしくないの!?」

 

「こんな勝ち方、私たちは認めないわ!さっさとその魔剣グラムを返しなさい!それはキョウヤにしか使えないんだから!」

 

 ミツルギの仲間が喚き散らしている。俺は負け犬の遠吠えを軽くあしらおうと……ちょっと待て今何つった。

 

「え、マジで?これ俺には使えないの?」

 

 思わずクリスに尋ねる。

 

「……はい、その魔剣グラムはミツルギさん専用です。なので、カズマさんが持っていても少しよく切れる剣位の価値しか無いと思います。だから返してあげても……」

 

「えー……」

 

 チッ、何だよ……せっかくチート武器が手に入ったと思ったのに……

 

「まあ良いや、この安物のダガーよりは強いだろ。そんな訳で、これは貰っていくから」

 

「カズマさん!?」

 

「まっ、待ってくれ!」

 

 またもミツルギが俺の前に立ち塞がり、日本人らしく土下座を決めた。おい、仲間の前で恥ずかしく無いのか?

 

「……何でも一つ言う事を聞くなどと言っておきながら、こんな事を頼むのは虫が良いのも理解している。お願いだ、魔剣グラムを返してくれないか?代わりに、武器屋で一番高い剣を……いや!装備一式を買ってあげよう!」

 

「……はぁ?何言ってんだお前?」

 

「確かに、こんな事を頼むのは恥晒しだと分かっているが……」

 

「いやいや、そっちじゃねぇよ」

 

「……へ?」

 

 俺の言葉に、素っ頓狂な声をあげて顔を上げるミツルギ。

 

「だから、何でも一つ言う事を聞くと言っておきながら〜って所の話だよ?俺はまだお前に何も命令してないぞ」

 

「……は?」

 

 ミツルギは何を言われたか理解していないように、目を見開いて固まっている。

 

「だーかーらー、この魔剣は俺がスティールで手に入れた物だろ?つまりはただ実力で奪っただけ。命令とは別だろ」

 

「え、ちょ……はは、ちょっと何言ってるかわからないな……」

 

「『何言われても恨みっこ無し』だろ?回数制限もしてないし、勝った時とも言ってない。何かおかしいこと言ったか?俺」

 

「「「……うわぁ……」」」

 

 ウチの3人組は、みんながみんなドン引きしたような目で俺を見ている。

 

「い、いや、それは……」

 

「まあ良いや、んじゃ命令な

 うーんそうだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えずこの街で一番広くて高い屋敷と、そこに置く為のこの世界で最高級の家具一式を全部屋分、よこせ」

 

 俺以外の全員が、絶句した。




やったねカズマ!屋敷と魔剣が手に入ったよ!


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第十二話

そろそろ前作の焼き直しが終わりを迎えます。


 ミツルギ事件(ゆんゆん命名)から数日。俺たちはとある場所に来ていた。

 

 

 

「ここか。なるほど、流石に町一番の豪邸と言うだけはあるな!」

 

「……私は罪悪感で今にも潰れてしまいそうなんですけど……」

 

 街の郊外にある、一軒の巨大な屋敷。

 

 そう、ミツルギ事件で俺があいつに要求した『この街で一番広くて高い屋敷と、この世界で最高級の家具一式を全部屋分』の屋敷の方である。

 

「……それにしても大きいですね。屋敷にしては小さい方だと業者の方は言っていましたが、庭まで合わせると紅魔の里の5分の1くらいありそう」

 

「いまいち例えがわからんが、別荘ならこんなものじゃないか?」

 

 ちなみに、ゆんゆんとクレアは我関せずの姿勢を貫くことにしたらしい。要求についてはやり過ぎだと思うが、ミツルギにも非があるからとりあえず静観、ということだそうだ。

 

「……カズマさん」

 

「ん、なんだクリス」

 

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 それでは、話を少し前に戻そう。

 

 魔剣グラムは、現在ベルディアさんの元で『預かって貰っている』状態である。これは別に、俺が魔剣を売っぱらったからベルディアさんの店のショーケースに展示してあるという意味ではない。ただ預かって貰っているだけだ。

 

 と言うか、元々俺に扱えないとわかった魔剣に興味はない。持ってみたところ結構重いし、下級の戦士職にすら就く事が出来ない俺にあんなでかい剣を扱えるとは思わないし。

 

 つまり、あの剣は交渉用に奪ったのである。屋敷はやり過ぎだというのは重々承知、その上でミツルギの中で屋敷と同程度の価値を持つであろう魔剣を奪っておき、片方を返すという条件で屋敷を手に入れようという算段だ。

 

『最初に無理難題を押し付け、少しずつ要求の度合いを下げる』というやり方の値引き方があるそうだが、俺は『交換条件を出すことで無理難題に正当性を持たせる』方法を採った。交換条件用の魔剣もミツルギから奪ったものだし、コスパ最高である。

 

「大丈夫大丈夫。勿論、約束は守る」

 

「本当ですよね⁉︎最後になってやっぱやめたとか言いませんよね⁉︎」

 

 ……しっかしまぁ本当に屋敷をくれるとは。あいつどんだけ金持ってたんだ?流石に冗談半分だったんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーん!なんとなんと、キセルから出てきたのはネロイドでしたー!」

 

「うおおおお⁉︎どうなってんだコレ⁉︎」

 

「アクア様!もうあんたが女神でいいから、もう一度!もう一度お願いします!」

 

「だーめ。やれと言われてやったら本当に芸人になっちゃうじゃないの。それに、一度ウケたからといってそれを何度もやる様な安い女神じゃないわ。

 そんな事より、次のもすごいわよ!なんとなんと……じゃーん!屋敷の壁に起動要塞デストロイヤーッ!」

 

「「「おおおおお‼︎」」」

 

「やめろ!俺の屋敷を汚すな……って凄っ⁉︎」

 

 俺が拠点を手に入れて初めての夜。

 

 一体何処から漏れたのか、俺が屋敷を手に入れたことが冒険者連中にバレていた。

 何かにつけて呑んだくれてるこいつらがこんな絶好のイベントを見逃してくれるわけもなく、俺の新居は宴会に巻き込まれてしまった。

 

 それを聞きつけ、宴会芸の神こと駄女神アクアもやって来た。宴会なら自分に任せろとばかりに駆けつけ、酒を呑んではしゃぎ回り、今は本業の芸の方をやっている。

 

 正直な所、うるさいだけでとても迷惑だと思っていたのだが、アクアの芸の腕はまさしく神懸かっていた。壁に描かれたハ◯ルの動く城っぽい兵器に至ってはもはや芸術品の域である。

 

「あれ⁉︎さっき酒を壁にぶっかけただけだった様な……ちょ、ちょっとアクアさん?もう一度同じ事を……ああいや、同じじゃなくてもいいから似た様な事を……」

 

「だーかーらー、さっきも言ったでしょ?私は同じことは二度とやらないの」

 

「そこをなんとか!一応ここの家主は俺なんだし、少しくらい……あいたっ」

 

「なにやってるんですか。アクア先輩もあんまり屋敷を汚さないでくださいよ」

 

「なによー!せっかく盛り上がってるのに!そんなこと言ってると、あんたのその胸パッド取り上げ「わー!わかりました!芸はやって良いですからそれ以上は言わないでください!あと壁も汚さないで!」ったく、しょうがないわねー」

 

 やれやれとかぶりを振り、また芸を始めるアクア。赤くなっているクリスは恥ずかしそうにしている。

 2人は先輩後輩の間柄だと言うし、案外天界では仲が良かったのかもしれない。少なくとも相性は良いように感じる。

 

「ハハッ、女神様にも可愛い一面があるんだな。意外だよ」

 

「いつもあんな感じだっての」

 

 今話しかけてきたのはミツルギだ。なんだかんだ宴会に参加しているあたり、ちゃっかりしている。屋敷を買ったのはミツルギなので、どちらかと言えばいない方がおかしいのだが。

 

 一応は和解したが、色々酷い目に遭わせたはずなのに平然と話しかけてくるのは……さすがに女をはべらす勇者候補なだけあってリア充というか、図太いというか。

 

「……それにしても、アクアさんって何者なんだ?昔から凄い芸をするとは思っていたが、エリス様……もといクリスさんに先輩と呼ばれているようだが……」

 

「そっくりそのまま先輩の女神らしいぞ。もともとクリスが俺たちの世界の担当で、あのアクアがこの世界担当の女神なんだと」

 

「本当かい!?それは……意外だな。昔ウチのパーティに勧誘したら断られた挙句逆にしつこく宗教勧誘されて困ったものだが、改宗してでもパーティに入って貰うのもアリかもしれないな」

 

「お前……マジかよ」

 

 どうやらミツルギはアクアに目をつけたらしい。確かアクアの宗教は奇人変人の集まりだと聞いたが、こいつは知らないのだろうか。と言うかクリスに断られたから別の女神に目をつけただけのように見える。

 

「あんなの見てよく誘おうと思えるな。どう考えてもろくなことしないだろ」

 

「僕は、女神様をパーティメンバーに出来るのならどんな事でもするべきだと思う。それは君が一番良くわかってると思っていたんだが?」

 

 そういうものなのか?

 

「ま、わからんこともないけどな。クリスには色々助けられてるし。たまに暴走するけど」

 

「ははは、彼女は意外とお茶目なんだな。意外と言えば、君がみんなのお酒代を払っているのも意外だったよ。かなりお金にはがめついイメージがあったんだが……」

 

「はぁ?なに言ってんだ、冒険者仲間とは繋がりを作っておくに越したことはないだろ。少なくとも、何かあったら助けてくれる程度の間柄は必要なんだよ」

 

 ミツルギの場合、チートを貰って転生したのだから1人でも充分に活躍が出来て、のちに仲間が出来た、という流れだろう。だが俺は俺自身が強い訳じゃないから、つーか俺自身は強くなれる気がしないから。

 

 いざという時、自分は頼りにならない。なら仲間に頼るしかないのだ。丸投げとも言う。

 ここの男の冒険者は()()()があるからか、結構高レベルな人が多い。レベル30台のベテランもちらほらいる。

 

「……そうか。君にとっては、仲間は屋敷にも匹敵する程の……いや、何よりも価値があるものなんだね」

 

「……」

 

「改めて、この前の件はすまなかった。これで許してもらえるとは思っていないが、この屋敷を僕の気持ちだと思って受け取ってくれ」

 

 深々と頭をさげるミツルギに対して、俺はなにも言わなかった。

 ……印象って大切だと思うんだ、うん。

 

「……それはそうと、僕がここに来たのは宴会に参加するためじゃないんだ。ちょっと君に話したい事があってね」

 

 穏やかだったミツルギの表情が、急に深刻そうな面持ちに変わった。

 

「話したいこと?

 ああ、あの魔剣の話か?あれは信用できる場所に保管してあるから……」

 

「いや違う……そっちの話も聞きたいが、今は違うんだ。

 ……最近何か変わったことないか?こう、クエスト中にモンスターに襲われたりだとか」

 

「いや、そんなことはないぞ。そもそも街から出てないからな、先週くらいに冬牛夏草(とうぎゅうかそう)の討伐に行ったのが最後だし」

 

「……そうか、ならいいんだ」

 

 ……変な奴だな。

 

「まぁいいや、飯でも食おうぜ」

 

 そう言ってテーブルの方に目を向けると……

 

 ……そこにはもう俺たちの飯は残っていなかった。

 

「もぐもぐ……ごっくん」

 

「……」

 

「……」

 

「ふぃー、久しぶりにこんなにいっぱい食べれましたよ……あ、私のことはお構いなく」

 

 料理の代わりと言わんばかりに、大量の皿が積まれた席に座った黒髪の少女が、満面の笑顔で俺たちを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ベルディア魔道具店。

 

「……どうしてこうなった」

 

 ベルディアは目の前に置かれた神器(魔剣グラム)を見つめながら、なんとも言えない虚しさに襲われていた。

 

「そんな便利スキルじゃないだろ魔眼は……どっちかというと上級者向けの戦闘補助スキルのはずが何故こんな反則スキルに……」

 

 実際は反則級と言えるほどのスキルでもなく、色々と縛りはあるいのだが、使い手と組み合わせによって化けるスキルなのは間違いない。

 

「……どうしたもんかなぁ、クリスちゃんが居る以上あんまり強くも出られんし……できれば持ち主に返してやりたいところだが」

 

 カズマが決闘で手に入れた魔剣グラム。使用者以外が使っても効果が薄い神器だが、珍しい武具を収集しているコレクターは嬉々として飛び付くだろう、上物の武器だ。

 

 そういったコレクターの手に渡れば、未来永劫陽の目を見ることはなくなってしまうだろう。

 

 魔王軍幹部のベルディアとして考えるのなら売り捌くのが正解なのだろうが、武器防具の類は戦場で輝くのが1番、と考えてしまう騎士ベルディアとしての感情がそれを許さなかった。

 

 ミツルギに要求したと言う屋敷を受け取ったら返すとカズマはベルディアに言っていたが、どう贔屓目に見てもカズマはまともな神経をしていない。期待は薄いだろう。

 

 実際、クリスをけしかけられたらまず勝ち目がないベルディアは、期待に身を委ねるしかなかった。

 

(しかし……クリスちゃんは一体何者なんだ?ただの上級アンデッドならまだしも、魔王軍幹部であり魔王様の加護によって神聖属性を遮断している俺にあそこまでのダメージを与えるなんて……)

 

 事実、ターンアンデッドでベルディアにダメージを与えられる人間など、ゼスタかエリス教の大神官くらいであり、世界最強のプリーストとして名を馳せる者たちである。

 

 それを鑑みると、明らかにクリスの異常さが際立つ。ベルディアが知る由もないことだが、クリスのレベルは未だ一桁だ。

 

 クリスは、もしかしたら神の加護を受けた本物の勇者か……本腰を入れた天界が遣わした天使の類か。ベルディアはそう予想していた。

 

「今の魔王もそろそろ歳だし、世代交代も近いかもな。流石に娘ちゃんが負けるなんてことはないだろうが……」

 

 そんな独り言を語っていると、不意に扉がノックされ……鍵がかかっているはずの扉がゆっくりと開いた。

 

「ん?……ッ!?」

 

 そこには、長らく顔を合わせていない同僚の姿。

 

 端整な顔立ち、ふわふわとしたウェーブのかかった栗色の髪に、雪のように白い肌。

 

 それに、えらく身体のラインがはっきりと出る、フードに悪魔のツノが付いたデザインの黒いローブを纏っている。

 

 好きか嫌いかで言えば好きだが、過去に色々と確執があり少々苦手意識のある美女は……その実力に見合わずおどおどとした態度で、爆弾を投げかけてきた。

 

「あの……なんでもお手伝いしますので、暫くここに泊めてもらえないでしょうか……」

 

 ベルディアは鼻血を吹きそうだった。




ウィズのローブは原作1巻の挿絵で着ている服です。
あの格好はちょっとえっちすぎる。


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第十三話

お久しぶりです。難産でした……


 いつの間にやら宴会はお開きとなっており、この部屋にはたった3人しか居なくなっていた。

 

 因みにクリスは酔い潰れたアクアを介抱するために何処かへ行ってしまい、ゆんゆんとクレアはそもそも宴会に参加していない。この場にいるのは俺とミツルギと……

 

「おいっ!この野郎俺の飯を……まだ食うかこいつ!」

 

「お構いなく!お構いなく!」

 

 この、謎の少女である。

 

「まあまあ……お嬢ちゃんも、あんまり食べすぎるのは良くないと思うよ」

 

「あなたは黙っててください!食料費も出してない癖に偉そうに!」

 

「君も払ってないだろう!?何で僕にだけこんなに辛辣なんだい!?」

 

 黒髪に黒いローブ、大きなとんがり帽子を頭に被った、どこかでみたような格好をした少女は、俺に羽交い締めにされながらも逞しく飯を貪っていた。

 

「そもそも誰なんだよお前は!」

 

「おっとよくぞ聞いてくれました!」

 

 さっきまでの抵抗が嘘のようにするりと羽交い締めから抜け出すと、自信満々にかっこつけたポーズを決めて名乗りを挙げる。

 

「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とする紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者!」

 

 俺とミツルギは目が点になった。ドヤ顔でポーズを決めるめぐみんは満足げだが。

 

「なんですかその目は」

 

「馬鹿にしてんのか……いや待て、なんかどこかで聞いたような……」

 

 どさっ、と何かを落とすような音が、部屋の入り口の方から聞こえてきた。振り返るとそこには目を見開いたゆんゆんが。

 

「あ、ああああああ!!!

 め、めぐみん!?」

 

「どうもお久しぶりですねぇ、ゆんゆん」

 

 めぐみんに指を向けぷるぷると震えるゆんゆん。そこで俺は漸く答えにたどり着いた。

 

「あ、そうか紅魔族って言ったらゆんゆんと同じ……つまりこいつも惑星ベジータ出身のエリート戦士か……

 ん?めぐみん……あっ」

 

 思い出した。めぐみんと言えばあの駄女神アクアと一緒に墓を荒らしクレアやベルディアさんやらに迷惑をかけたという例のゆんゆんの友達じゃねーか。ヤバい奴じゃん……

 

「あの紅魔族の出身か。それに爆裂魔法とは……この子、かなりすごい魔法使いなんじゃないか?」

 

 顔を引きつらせる俺を尻目に、ミツルギは感心したように呟いた。

 

 やはり王都の辺りでは紅魔族出身の魔法使いが幅を利かせているのだろうか。

 

「……んで、そのエリートがなんでこんな所で飯を貪ってたんだ?」

 

「宴会の匂いを嗅ぎつけましてね。因みに大抵の宴会には紛れ込んでいて、お金の節約のためタダ飯を頂いています」

 

 さらっと言い切りやがった。逞しいなこいつ……

 

 そんな事を話していると、ゆんゆんが急に俺の前に出てめぐみんのことを指差して声高らかに宣言する。

 

「めぐみん!ここであったがなんとやらよ!今日こそ決着をつけるんだから!」

 

 いつもより声のトーンも高い。ここまでテンションが高いゆんゆんを見るのは初めてだ。

 

「おいおい、やけに元気じゃないかゆんゆん。いつもはあんまり喋らないで俺たちの後ろに隠れてるくせに」

 

「よ、余計なこと言わないでください!

 さあめぐみん!勝負よ!怖気付いたっていうなら見逃してあげないこともないけどねっ!」

 

 めちゃくちゃ上機嫌だな……久々に友達に会えて嬉しいのか?思えばゆんゆんがまともに話せるのなんて俺たちくらいしか居ないからな。

 

 それに対してめぐみんの方は……

 

「……食事の席でいきなり勝負とか頭大丈夫ですか?」

 

「ええっ!?」

 

 ……なんともまぁ慣れたご様子。

 

 昔からこんな関係だったのだろうか。

 

「それに先ほどそこのカズマさんとお話をして居た最中だったというのに、急に割り込んで勝負だ勝負だって……そんなんだから友達の一人もできないんですよ」

 

「うぅ……で、でも私はもうパーティも組んでる立派な冒険者で……!」

 

「パーティメンバーがお友達ですか?つまりはお友達との遊び半分で仕事をしていると?」

 

「えっ!?いやそんな事は……」

 

「はぁぁ……そんな責任感も常識もないような有様でよくパーティなんて組めましたねぇ。大方自分からメンバーに入れてもらう勇気もなく、酒場でうじうじして居たところを拾ってもらったとかそんなんでしょうけど」

 

「い、いやそんな……そんな……こと……」

 

「わかりました、パーティ云々は置いておきましょう。流石にこれ以上踏み込むのも不躾ですしね。それで、なんでしたっけ?勝負?はぁ、まだ学生気分が抜けてないんですねぇ……」

 

「……」

 

「はいはい、で、何が良いんですか?魔力でも比べます?それともチェスでも打ちましょうか?火力の勝負は爆裂魔法が使えないゆんゆんが不利になるので辞めといてあげますから。私の食事が終わるまでに何か考えといてくださいね」

 

「きょ……」

 

「きょ?」

 

「今日のところは見逃してあげるわああああああああん!!!!」

 

「「……」」

 

 半泣きになってリビングから飛び出したゆんゆんを尻目に、めぐみんは取り出した手帳に◯を付けた。

 

「今日も勝ち」

 

「お前……お前…………」

 

 なんだか、ゆんゆんに優しくしてあげたくなってきた。

 

「ま、ゆんゆんの事はいいんですよ。話しかけるだけで機嫌が直るチョロQですし」

 

「……友達のことをそんな風に言うのはどうかと思うけどな」

 

「事実なので。それに10年近い仲になる私たちの関係に、昨日今日会っただけの貴方が口を出すのもどうかと思いますけどね」

 

「……」

 

 難しい顔をするミツルギに対し、食事をしながらさらっと論破するめぐみん。さっきも思ったが、めぐみんはかなり口が達者だ。

 

 魔法使い職にとって、知力は魔力に並んで重要なステータスだ。見た目はちんちくりんだが、頭は俺なんかと比べ物にならないほど良いんだろう。

 

 

「……で、なんでそんなエリートのアークウィザード様がうちなんかで飯食ってんだ?」

 

 さっきから疑問に思っていたことだ。

 

「だから食費の節約の為に……」

 

「爆裂魔法だったか?そんなすごい魔法を使えるアークウィザードなら普通金持ってるだろ」

 

「それは確かに。紅魔族出身のアークウィザードなら、王都の高レベルパーティにも引く手数多じゃないのかい?」

 

 そう、なんでそんな奴が食費の節約なんてやっているのか。駆け出しのパーティなら財布事情が火の車なのは日常茶飯事だが、めぐみんにそれは当てはまらないだろう。

 ソロ時代のゆんゆんも、あまり金に困った様子はなかったはずだ。

 

「……その事も踏まえて、一つカズマさんにお願いがあるんですよ」

 

「お願い?」

 

「ええ。

 その、冬の間だけでいいので……ここに泊めてください」

 

「「は?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いします!皿洗いでもトイレ掃除でもなんでもします!泊めてください!泊めてください!」

 

「ちょ……離せ!離せこいつ!」

 

「もう嫌なのです!冬の寒さに凍えて、街のおばちゃんから憐れみの目で毛布を差し出されて泣いて喜ぶような冬を迎えるのは嫌なのです!馬小屋よりはマシかと思いわざと軽犯罪を犯して入った独房で迎える新年はもう嫌なのです!」

 

「やめろ!聞きたくない!そんな地獄みたいな思い出話聞きたくない!」

 

 ……さっきまでの飄々とした態度は何処へやら。めぐみんは必死の形相で俺にしがみついて懇願した。

 

「だいたいなんなんですか!不公平ですよ!ゆんゆんは族長の1人娘で、友達はいなかったですが生きるのには困らなかったはずです!ずるいじゃないですか!冒険者になってもこんな豪邸に住んで!羨ましい!とても羨ましい!ぐううううう!!!」

 

「めぐみんちゃん、涙が……」

 

「泣いてなんかいません!泣いてなんかいませんとも!」

 

 目に涙を浮かべ、顔をぐしゃぐしゃにしながら恨みつらみをぶつけるめぐみん。それでも強がろうとするところを見ると、さっきまでは昔からの友人であるゆんゆんにこんな姿を見られまいと必死だったのだろうか……

 

 なんだか、俺までもらい泣きしそうになってきた。

 

 そんな俺の様子を一目見ると、一瞬で泣き止んだめぐみんは俯き、先程までよりうんとトーンを下げて語り始めた。

 

「私は……家が貧乏で、満足に食事も食べられない生活を送ってきました。時には一切れのパンを家族で分け合い、その辺の葉っぱを食べて飢えを凌ぎ、果ては学校でゆんゆんから奪い取ったおべんとうをこっそり持ち帰って妹とはんぶんこに……」

 

「だからその心にくるエピソードをやめろ!紅魔族ってのは精神攻撃をしなきゃいけない決まりでもあんのか!?」

 

 流石に強かだ……と言いたいところだが、エピソードが悲惨すぎてそうも言ってられなくなってくる。話の流れでさらっとお弁当を奪われるゆんゆんにも同情したくなるが。

 

「いいじゃないですか!部屋なんていっぱい余ってるでしょう!?自分のことは自分でしますから!迷惑はかけませんから!」

 

「だから離せって!お前アレだろ!なんか致命的に問題があるタイプだろ!めんどくさい臭いがプンプンする!」

 

「なっ!?た、確かにお金が足りずあんまりお風呂とか入れてないですが体臭は大丈夫のはずです!紅魔族の汗はバラの香りなのです!」

 

「そういうことじゃ、」

 

 ない、と言おうとしたところで、後ろの扉が開く音がした。

 

「おーい、宴会は終わったか?全く、あいつらと来たら……おい、何やってる」

 

 宴会が終わったことを嗅ぎつけ帰ってきたクレアは、こちらを見るや否や、目を細めてこちらを睨み付けた。

 

 今の状況はといえば、俺とミツルギがめぐみんを見下ろし、めぐみんは半ベソかきながら片膝ついて俺にしがみついている。必然、腰の辺りにしがみつく形になっていて……

 

 …………………………

 

「お願いします!その、2()()()()()()()()()()()()()()()()、ここに」

 

「……貴様ら」

 

「「違うんです!誤解です!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者。そして今日からここに居候させていただくこととなった者!よろしくお願いする!」

 

「はい!宜しくお願いします、めぐみんさん」

 

「しょ、しょうがないわね!そんなに私と一緒に住みたいっていうのなら……」

 

「いえ別に。広い屋敷にタダで泊めてくれるっていうのでご相反に預かっただけで、ゆんゆんとはなんの関係もありませんが」

 

「ええっ!?」

 

 そして、どうにかこうにか誤解は解けたが、めぐみんはクレアを味方に付けて居候の地位を勝ち取り、同居人が一人増えることとなった。

 

 そも、あの性格のクレアがめぐみんみたいな女の子を放っておくはずがなく。しかも最初は食費くらいは家に入れるという確約だったはずなのだが、いつの間にか食費もタダで三食昼寝付き、家事は分担制に落ち着いてしまっている。クレアをうまいこと丸め込んだのだろう……

 

 その後、クレアがめぐみんをパーティに誘っていたようだが、それは断っていた。ゆんゆんと同じパーティでは、ゆんゆんに情けをかけられたようで嫌なんだと。

 

 ……さっきまで自分の悲惨なエピソードを語って同情を誘ってた奴が言うことか?

 

 変な意地張ってないで、使えるものは使えばいいのに。ゆんゆん共々まだまだ子供だな。

 

「むっ、なにやらカズマさんから邪な目線を感じた気がしたのですが」

 

「……」

 

 俺はまず、ゆんゆんを見る。年齢に見合わない豊満な肢体。こう言っちゃなんだが、ぶっちゃけとてもエロい。

 

 対してめぐみんは……

 

「……………………へっ」

 

「ほう、売られた喧嘩は買うのが紅魔族の習わしなのだが?」

 

「おうおう、こちとら上級職との決闘では百戦錬磨と謳われるカズマさんだぞ?ま、剥いたところでその貧相な身体じゃあな……」

 

「ぶっころ」

 

 そう呟いためぐみんは、魔法使いとは思えない力で俺に掴みかかってきた。望むところだ。力まで後衛職に負けてたまるかよっ!

 

 

 

「なんだか、相性良さそうですねあの2人。ふふふ、ああしてると兄妹かなにかみたい」

 

「カズマめ……あの子と取っ組み合いとは羨ましい……私もクリスさんとプロレスごっことかしてみたい……」

 

「ほう?プロレスごっこですか。いいでしょう受けて立とうじゃありませんか。後衛職と侮るなかれ、この私の卍固めを喰らったとき、貴女は私に戦いを挑んだことを後悔するでしょう……」

 

「ふあっ!?い、良いんですか!?で、ではその、私の部屋のベッドで……ぐへへ……」

 

「ふふふ、賢明な判断です。確かに床でやるには危ない技もありましょう。

 ……ちょっと、こういうの憧れてたんですよね。兄弟姉妹とか居ないですし」

 

「いやぁ憧れますよねプロレスごっこ!わかりますわかります!私もクリスさんとそういうことするのすっごく憧れでして!」

 

「そ、そうなんですか……?

 ……なんだか、クレアさんって私の事妹か何かみたいに思ってる?スキンシップ多いし、ひとりっ子なんですかね……?」

 

「めぐみん……まさか、このパーティの魔法使い枠を狙って……!?

 め、めぐみん!改めて私と勝負よ!絶対に負けないんだからーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……それにしても、騒がしくなったもんだ」

 

 めぐみんがゆんゆんを変なチェスでこてんぱんにして泣かしたり、クレアがクリスに関節技を決められて光悦とした表情を浮かべて居たりと一悶着あったが、俺たちは漸くこの屋敷に初めての就寝を迎えようとしていた。

 

 俺たち4人にめぐみんが加わり、総勢5名。この屋敷の規模からしたら相当に少ないだろう。

 

 密かに考えていた事がある。この屋敷を冬の間だけ冒険者連中に有料で貸し出せば、働かなくても収入が得られるのでは無いだろうかと。

 

 ぶっちゃけ、俺は冒険者には向いていない。あの受付嬢にも言われたしな。

 

 不労所得を得られるのならそれに越したことはない。

 

「となると、まずは掃除とかしなきゃな……長い事誰も住んでなかったみたいだから埃とかも溜まってるだろうし、()()()()()()()()()()()片付けないと……?」

 

 最初に部屋を見て回った時、あんな西洋人形なんてあっただろうか。

 

 ……気のせいか。そんなにしっかりと見回したわけでは無いし、多分初めからそこにあったのだろう。

 

 ま、後のことは明日考えよう。()()()()()()()()()()()()()()()()()、俺は早めに寝るとしよう。

 

 明日は冬の間の過ごし方を考えないとな……

 

 そんなことを考えながら、俺は————

 

 

 

 

 

 

 ————()()()()()()()に気付く事無く、眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィズという女の話をしよう。

 

 ウィズとベルディアは長い付き合いで、もう200年ほどにもなろうかという昔。ベルディアは現役時代の彼女率いる冒険者パーティに襲撃を受けた事があった。

 

 とは言え、人間の冒険者パーティに苦戦するベルディアでは無い。難なく退けたのだが、問題はその後だ。

 

 魔王軍の幹部狩りなどという物騒な事をしていたウィズは、特に名も知れていなかったアンデッドに敗れた事で過剰なまでに力を求め……禁呪に手を出し、リッチーとして転生し復讐を果たさんと今度は単独でベルディアに挑みかかった。

 

 それはもはや神話の戦いと言うべき死闘だったそうだが、そもそもリッチーに物理攻撃は通用しない。武器に付与されている魔法効果程度のダメージソースしか無かったベルディアに勝ち目はなかった。

 

 その後、魔王城にベルディアが逃げ込み、それを追ってウィズが結界を無理やり破壊し侵入、魔王本人も加わる程の戦いに発展した。

 

 その後、一旦体勢を整えようと街に戻ると……そこには、ウィズが見知った顔はどこにもいなかった。彼女がリッチーになる為の禁呪を発動した結果、副作用として100年ほど眠っていたのである。

 

 人類側に居場所が無くなったウィズは、スカウトという形で魔王に拾われ、その人柄に惹かれ……その恩義で、幹部として仕事をこなしているのだ。

 

 

 

 所変わって、ベルディア魔道具店。

 

「なるほど、アクセルの街に大いなる光が降り立った……ね」

 

「はい。曰く未だ嘗て無いほどに強大な光を感じたと。()()()()()()()()()()()()()()()この街の事だから何があるか分かったものでは無いので半端な戦力を差し向けるわけにもいかず、かと言って大袈裟に調査して神に勘付かれても面倒ですので、人間に混じっても違和感の無い私が派遣されたわけです」

 

 ベルディアは頭を抱えたくなった。

 

 それもそのはず。大いなる光とは、十中八九クリスの事だと言うことは明白であった。

 

 一応魔王軍に身を置くベルディアはカズマのパーティがどうなろうと不干渉を貫く所存だ。彼らは冒険者であり、賞金目当てとは言え頻繁に魔王軍とも戦う身。中立という姿勢を保っている故、片方に肩入れする気は無い。

 

 問題はカズマ達ではなく、目の前の女魔導師、ウィズについてだ。

 

「本来こう言う任務はハンスさんあたりが適任なのですが、今あの方は紅魔族相手に手一杯のようで……」

 

「ああうん、そうだな……

 ……あのな、ウィズ。その光というのは……」

 

「ああ、心配しないでください。()()()()()()()()()()()()()

 

「ウィズとは相性が…………えっ?」

 

「その反応からして、あの銀髪の少女に対して何か手がかりがあるのでしょう?ですが心配なさらずとも、今の時点で危害を加える気はありませんよ。あくまで私がやるのは偵察程度ですので」

 

「……ああ、うん。そうか……」

 

 ベルディアが心配しているのは、この荒事に向かない性格をした彼女が()()()()()()()()()()()()()、という点である。

 

 特性上、ウィズは神聖属性に滅法弱い。

 

(明らかに相性は最悪……普通の勇者なら物理も魔法も弾けるウィズを差し向けるのは正道なんだが……)

 

 相性が悪いのは属性だけでなく、性格面もだ。アンデッド相手だと異常に攻撃的なクリスに対し、魔王への恩義だけで魔王軍幹部の座に就いているウィズ。

 

 もし2人が出会ってしまったら、話し合いをしようとするウィズとそれを完全に無視したクリスが初手最大火力のターンアンデッドをぶちかますという様子が容易に想像できる。

 

 地面に倒れこんで、命乞いをするウィズとそれを罵倒しながら殺意を放つクリス。実に不自然で、現実的な予想図だ。

 

「あ、それはそうとベルディアさん!実は私、このお店のお手伝いをするにあたって衣装を作ってきたんです!それから売っているのは武具が中心だとお聞きしましたので、売れそうな武具以外の商品のアイデアも色々考えて……ど、どうしたんですか?ベルディアさんその両手にある護符は……」

 

「いいから持っとけ。神聖魔法の効果を減らす護符だ。いっぱいあるぞ」

 

「い、いえ……魔王様から加護をもらっていますし、神聖魔法対策はもう……」

 

「いいから」

 

「えっと……じゃあ、お言葉に甘えて一つ貰っておきますね」

 

「遠慮すんなって。10個くらい持ってたほうがいい」

 

「そんなに!?」

 

 流石に、同僚を見殺しにするのは夢見が悪い。ベルディアは、この何処か頼りない雰囲気を纏う同僚を守ろうと固く心に誓った。恐らく敵意剥き出しで消滅させようと迫る()の手から守ろうと。

 

 ————ウィズの真なる矛先が向いているのは、自分だという事に気付かずに。




ベルディア魔道具店に明日はあるのか(白目)


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第十四話

お久しぶりです。(1年半)



 この屋敷に引っ越してから暫く。朝や夜はすっかり冷え込み、二度寝が恋しい季節……だが、我が屋敷にはそんな神の恵みとも呼べる二度寝を脅かす脅威が巣食っていた————

 

「えー、では『第1回チキチキ幽霊対策会議』を執り行う。意見がある者はどんどん発言を」

 

「はい!」

 

「はい、クリスさん早かった」

 

死霊魔術(ネクロマンシー)は悍ましきアンデッド(あのカスども)の十八番であることから、この事件の黒幕はあの首無し腐肉生ゴミ野郎であると推察されます! つきましては即刻消滅させる許可を頂きたく存じます!」

 

「今後クリスは発言を控えるように。他には?」

 

「何故!?」

 

 そう、それはまだ多少寝苦しかった日の朝のこと————

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は前日の夜に宴会があり、常識人の俺は飲兵衛たちの介抱を任され、疲れて昼まで泥のように眠っていた。

 

「ふあぁ……よく眠れた」

 

 目を覚ました俺はまだあまり慣れない部屋を見渡し、クローゼットの中から着替えを取り出して……ふと、何かの視線を感じて振り向く。

 

 すると、化粧箪笥の上に置いてある西洋人形と目が合った。

 

(……あれ、確かベッドの方を向いてなかったか……?)

 

 夜寝る前に人形を見たのは覚えている。その時に正面を向いていたような気がするのだが。

 

 嫌な汗が流れる。心なしか人形にじろじろと観察されているような気がしてきて……

 

「うん、気のせいか」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、さっさと着替えを済ませる。普段よりも素早く着替えることができた。これも大きな屋敷に引っ越して来たことで余裕が出て来たんだな! うん! そうに違いない! 

 

 早くギルドにでも行こうと部屋の扉に手をかけた途端、どさっ、と何かが落ちる音がした。ひいっ、と情けない声が出てしまった俺を、誰が責めることができようか。

 

 恐る恐る振り向くと、やはりというか人形が床に転がっていた。偶然にもこちらを向いて倒れたようで、またもそのガラスの双眼と目が合った。

 

 正直触れたくもないところだが、このままにしておくのも気味が悪い。できる限り人形を見ないようにして、元の場所にうつ伏せの状態になるようにして置いた。これで目を合わせなくて済む……と、思いたい。

 

「本当に……ほんっとうにやめろよ……そういうの誰も望んでないからな……もっと気持ちのいい冒険活劇が見たいんだよ……なんで異世界くんだりまで来てB級パニックホラー見たいっつうんだよマジで……」

 

 念入りに人形へと言い聞かせ、俺は部屋を後にした。くそ、ミツルギに文句言ってやる! 

 

「あっ! 漸く起きてきましたか!」

 

 すると、廊下で拭き掃除をしているめぐみんと会った。なんだか何時もより語気が強い。

 

「ん? めぐみんじゃないか。こんなに早くから掃除とは精が出るな、じゃ俺は急いでるから……」

 

「ちょっと待ってください! 幾ら私に腕相撲で負けたからと言って、こんな嫌がらせして恥ずかしくないんですか!?」

 

「はぁ? なんのことだよ。それと俺は断じて負けてない。お前が先に勝利宣言しただけで手の甲はまだ付いてなかった」

 

「見苦しい……! とにかく、この足跡の掃除は責任を持ってカズマさんがやるべきです! 当番だからと言って私に押し付けるとか最低ですよ!!」

 

「足跡……?」

 

 床を見ると、なるほど確かに一面に足跡の汚れがびっしりと付いている。しかし俺は何もしていないので、他の誰かと言うことに……

 

 …………

 

「なぁ、めぐみん」

 

「何ですか? 言い訳は後で聞きますからさっさと雑巾持ってきてください」

 

「この足跡、明らかに小さいんだけど……なんつーか、子供くらいの……」

 

「そんな……あれ、確かによく見たら私の足よりも小さいような……」

 

 めぐみんは怪訝な表情で床とにらめっこしている。そう、明らかに子供のような足跡がそこら中にびっしりと……

 

「…………あっ、あぁ〜……えっと、実は私今日用事があるのでギルドに出かける用事が……」

 

「きっ、奇遇だなめぐみん! 実は俺もギルドに用事があったんだ! 一緒に行こうぜ!」

 

「そ、そうですね! 一緒に行きましょう! は、早くしなければ時間に間に合わなくなってしまいます! あははははは!!」

 

「ははははは!! 早く行こうぜ! ははははは!!」

 

 早く、と気を紛らわせるように大きな声で笑い合う。

 

 すると、背後から足音が。大声を出してしまったので誰か起こしてしまったのだろうか? だけど声もかけないなんて……

 

 あれ、これまずいやつなのではと俺が言う前にめぐみんが振り向いて足音の主に話しかける。

 

「おや、ごめんなさい起こしてしまいましたか? 良ければ一緒にギルドに」

 

 振り向いた先には誰もいない。ただ、ひたひたと言う不気味な足音と砂利の混じった荒い泥の足跡だけが少しずつこちらに近づいてきた。

 

「ひ……」

 

「し、喋るなよ……目も逸らしちゃダメだ……静かにやり過ごすんだ……静かに……」

 

 生臭い風が俺とめぐみんの間を通り抜ける。足音が通り過ぎるまでの10数秒間は、まるで永遠の様に思え、そして足音が聞こえなくなった瞬間に俺たち2人はへたり込んだ。

 

「な、なんだったんですか今の? 何だったんですか今の!? 本当に怖かったんですけど!?」

 

「お、おちら、落ち着くんだめぐみん。もう早く行こう」

 

 そうして立ち上がった瞬間———–

 

『オソウジシナクテイイノ?』

 

 2人の耳元から、子供の無邪気な声が。

 

「「ぎゃああああああああああ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今に至る訳だが……

 

 その後も幽霊は屋敷の至る所に出現し、その度にクリスやクレアが一体一体浄化するという日が続いた。

 

 曰く、こう言う屋敷にゴーストの被害はよくあることで、その類のクエストも数は少ないが普通に存在するらしい。

 

 それで事態は収束するかに思われたが、何故か全く被害は収まることを知らない。

 

 最初は脅かす程度だったゴースト被害も、徐々に実害が酷くなっていく。夜になると子供の笑い声がこだまするなどの睡眠妨害に始まり、朝になると屋敷中の窓に手形、歩いていると急に足を掴まれ転ばされる、何故か食事が急に冷たくなる、皿が飛んでくる等のポルターガイストetc……

 

 この間はシャンデリアが急に錆びて落ちてきてクリスが頭を打って悶絶していた。

 

 それどころか、理由は全く不明だが徐々に神聖魔法の効き目が悪くなり、今や高レベルであるはずのクレアの対不浄魔法(ターンアンデッド)ですら浄化には至らなくなった。

 

 クリスならなんとか浄化することができるが、彼女が屋敷に常時貼っている神聖結界(サンクチュアリ)を嘲笑うかのようにゴースト被害は増え続けている。

 

 そもそも女神であるクリスの神聖魔法が、結界系のものとはいえ効かないと言うのも相当おかしな話だ。かと言って、皆に女神エリス本人である事をバラすわけにも行かないので、この異常さを共有することもできない。

 

 耐えかねた俺は、一旦全員を集めて会議を開くことにした訳である。

 

「まさかこんなことになるとは……

 くそっ、自らのレベルに胡座をかいた結果がこれか。無力とは辛いものだな……」

 

 普段より弱った風のクレアが呟く。

 聞けば初心者時代にゴースト関係のクエストを何度も受けたという。普段なら簡単に対処できるものに対して無力だと言うのは情けない……と語っていた。

 

「……真面目に引っ越しすることを考えてみませんか? 居候の私が言うのも何ですが、ちょっと異常ですよ。この間カズマさんが本棚に潰されて死にかけてた時も、クリスさんが屋敷に居なかったら今頃……」

 

「で、でも流石にそんなすぐに引っ越すのはちょっと……」

 

「いや、めぐみんの言う通りかも知れない。流石に冒険者になって家具に潰されて死ぬのは嫌だぞ俺」

 

 あの時は本気で死ぬかと思った。ベッドの下から血塗れの女がこっちを見つめてて、思わず跳びのいたらその先にあった本棚が急に倒れかかってきて……どこのピタゴラ◯イッチだよ。

 

「最悪私が屋敷を爆裂魔法で消しとばしてあげますよ。木っ端微塵にすれば流石のゴーストも出て行くでしょう」

 

「俺たちも住めなくなるじゃねーか! 

 ……屋敷を爆破するのは流石にやめておくとして、実際引っ越しの事はちょっと考えてた。確かこの前クレアが借りてた借家でも5人くらいは住めると思う、どうだ?」

 

 そう提案すると、普段はあまり我を通さないゆんゆんがえらく饒舌に語り出す。

 

「えっと、本棚の件はカズマさんの不注意もありますし、結果的に無事だった訳ですから。それにほら、流石に屋敷が勿体無いですので……その、都合よく他の宿が空いているとも限りませんし……」

 

「「「「……」」」」

 

「このお屋敷も別に自分たちで買ったわけでも無いので罪悪感も……? え、な、何です? みなさん私の方をジロジロみて……何でも無いですよ? 本当に……」

 

 明らかに挙動不審気味なゆんゆん。どう考えても怪しい。

 

 全員で目を見つめていると……ゆんゆんがさっと目を逸らした。

 

「ダウトだな」

 

「ああ。間違いない」

 

「確定ですね。ゆんゆんさん、後で部屋を捜索させていただきます」

 

「ええっ!?」

 

 ゆんゆんは驚いているが、こんな事態になったというのにまだ()()()()()をしていると言うのは理解に苦しむ。

 

「ま、待ってください! 大丈夫ですから! メアリーちゃんもジェニスちゃんもジニーくんもすごく良い子で!」

 

「ふざけんな! 何が良い子だ!」

 

「これ以上やったら友達辞めるって言ったの忘れたんですか? ん? どうなんです? 紅魔の里に強制送還されたいんですかあなたは」

 

「ぴいっ! お、お願いだからそれだけは! ちゃんと私が責任持つから! 大丈夫だから!」

 

「うわまだ言ってる怖っ……もうこいつ手遅れだろ。いっそのこと修道院にでもぶち込もうぜ」

 

 何とこの拗らせぼっち、あろうことか幾度となく部屋に幽霊を匿い、話し相手にしているのである。最初に発覚した時には『みんな私がお話ししてもちゃんと反応を返してくれる良い子達』とぬかしやがった。

 

 部屋の浄化が終わった後、念の為にクリスがお祓いをしても何故か精神は正常だという判定が出た。

 

 正常とは一体なんなんだ……? 

 

「後生ですから! 後生ですから!」

 

「ダメに決まってるでしょうが! 飼うなら犬か猫にしなさい!」

 

「犬も猫も吠えるし噛むからいやぁ! 幽霊さんはみんな優しいの! 彼女たちは遊びのお誘いもしてくれるのよ!? 夜になるとみんなかくれんぼに誘ってくれるの! みんなすっごく良くしてくれるの!」

 

「連れて行かれかけてるじゃないですか……そもそも被害が出てるのによくもまぁ抜け抜けと……」

 

「よせ、かわいそうだがもう手遅れだ。俺たちの手の届かない遠くへ行ってしまったんだよ……」

 

「なんで死んだみたいな扱いに!?」

 

 もうゆんゆんのことは一旦放っておこう……こんなことならめぐみんを仲間に加えておけば……

 

 いや、それはそれで何だか悪い予感がする。無い物ねだりはやめよう。

 

 

 

「ですから大元を叩くのが一番ですって! 自らが天の法に逆らうだけに飽き足らず、無辜の魂を操り惑わすなど言語道断!」

 

 クリスは終始ベルディアさん黒幕説を提唱している。ゴーストが出た当初から一貫してこんな態度だ。

 

「ベルディアさんがそんなことするわけないだろ。動機もないだろうし……そもそも何で神聖魔法が効かないんだよ」

 

「そ、それは……でも確かなんです! その……アレです! 私の勘が言ってます! 間違いありません!」

 

 クリスもゆんゆんと似たり寄ったりの重症だ。なんでこの連中、どいつもこいつも人の話を聞かないんだよ……

 

「……確か、魔王軍のアンデッドや悪魔には神聖魔法が効きづらいって聞いたことがあるな」

 

「は? 魔王軍?」

 

 ぼそっとクレアが不穏なことを言う。

 

「何ですって!? やっぱりそうですよカズマさん! あのクソ蛆虫ヘタレ野郎は魔王軍に所属していて、正攻法で私を倒せないからって嫌がらせに走ったんですよ! 間違いない! 何と卑劣な!」

 

「そんな! そんなはずはありません! ジニーくんはイタズラ好きとは言え根は優しい良い子ですし、何よりあの引っ込み思案で大人しい性格のアイリーンちゃんが魔王軍に与しているなんてそんなこと……!」

 

「ええい埒があかん! なんでお前ら人の話を全然聞かないんだ!」

 

 流石にこれ以上話し合いをしても意味は無いだろう……唯一冷静そうなクレアも何か具体的な案は出せそうにないし……

 

 パリン……

 

 ……どうやら食器の一つが独りでに割れたようだ。退治なんて考えるな、という意思表示だろうか? 反射的にクリスがターンアンデッドをぶちかましていたが。

 

「はぁ……俺はちょっと情報収集に出てくる。めぐみんはゆんゆんを見張っててくれ。クリスとクレアはゆんゆんの部屋のお祓いを頼む」

 

「待って! お願いだからやめて! 私からみんなを奪わないで————–!」

 

 悲痛なゆんゆんの叫びを背に、俺は屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして俺はベルディアさんの店に来た。

 

 魔王軍がどうとか不穏な話もあったことだし、そもそも最初にクリスが言った通り死霊魔術(ネクロマンシー)はアンデッドの十八番。神聖魔法ではどうにもならなかったことも死霊魔術のことを調べれば解決への道が拓けるかもしれない。

 

 そうしてベルディアさんの店のドアを開けると、

 

「い、いらっしゃいませ……!」

 

 栗色の髪が美しい、エプロン調の衣装を身につけた美女が、何やらぎこちない様子で俺を迎えてくれた。

 

「あ、ど、どうも……」

 

 ベルディアさんに失礼かもしれないが、この無骨な店に似つかわしくないような女性。ベルディアさんの野太いイケボを想定していた俺は面食らって、コミュ障よろしく威圧されてしまった。————べ、別に俺は緊張なんてしてないからね? 

 

「如何されました?」

 

「あ、いえ……その、ベルディアさんはどちらに……」

 

「————やあ、カズマくん……久しぶりだね……」

 

 所在を尋ねようとした矢先、店の奥からベルディアさんが出てきたんだが……

 

「痛てて……今日は、どうしたんだい?」

 

「いやこっちのセリフっすよベルディアさん」

 

 なんだか元気がない。若干窶れた風ですらある。椅子に座るだけでも痛てて、とか言っちゃうし。歳なんだろうか……アンデッドに歳は関係ないはずだが。

 

「怪我でもしたんすか?」

 

「えっと……うん、まぁそんな所だ。ちょっと火傷しちゃってな……ほら、アンデッドって火に弱いから。

 あー……カズマ君は大丈夫か。ちょっと待ってな、紅茶入れてくるから……」

 

「いやほんとになにがあったんですか!? あとお構いなく!」

 

 そんなことを言いつつベルディアさんは店の奥へと引っ込んで行ってしまった。

 

「火傷って言ってたけど……いや火傷ごときであんなになるか? 普通」

 

 心配だ……と、そんなことを考えていた時。

 

「あの、少々よろしいですか?」

 

「え!? あ、はい」

 

 あの巨乳の店員さんが話しかけてきた。

 

「えっと……はじめまして、ですよね? 私はこの店で臨時のアルバイトをさせていただいているウィズと申します」

 

 よろしくおねがいします、と鈴の鳴るような美しい声で()()()()()()()()

 

 よくよく考えたら不自然な行為であるが、美人に握手を求められて嫌な気分になるわけもなく、さっとその手を握り返し……

 

「あれ……」

 

「サトウカズマさん、でしたか? ふふ……」

 

 冷たい、という違和感を覚える暇もなく。咄嗟に手を離そうとするも、既に体は自分の意思では動かさなくなっていた。

 愉快な気持ちを隠さない美しい声と、貼り付けた様な笑顔がとても似合う彼女は……優しく、俺の手を軽く握りしめる。

 

「ち……から……が…………」

 

 体が重い。手足の感覚が薄くなる。そして何より、思考に霞がかかったように何も考えられなくなっていく……

 

 いし……き、が…………し…………ぬ………………

 

 

 

「【不死王の手(ドレインタッチ)】……嗚呼、身体が痛い。指先がボロボロ……やはり何かしらの防御策は取られている様ですね。ダメージは大きいようですが……命までは吸い取りきれなかった」

 

 手を握られてからたったの十数秒でカズマ自身の魔力は全て吸い尽くされた。

 

 本来、カズマごときの魔力量ならば生命力を無理やり魔力に変換されて搾り滓となり死に至るまで一瞬すらかからない。

 それなのにカズマが生きていられるのは、ウィズが手加減をしているからだけではなく、クリスがこっそり仲間に付与していた神聖属性の防御魔法があったからである。

 

「まぁ良いでしょう、元々殺す気は無かった訳ですしね。ふふ……貴方の命は一滴残らず私が利用させてもらいますからね……」

 

 ————それを含めてさえ、カズマが耐えられるのは数秒が限界だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルディアが紅茶を注いで戻ってくると、土魔法で手足を拘束されたカズマが床に転がっていた。

 

「おまたせ……!? おい、何を……!?」

 

「あ、ベルディアさんありがとうございます。貴方があのクソ忌々しい女の一味を誘き寄せてくださったおかげで有利に立ち回ることが出来そうです」

 

 笑顔でベルディアに語りかけるウィズ。なんだか昔のイケイケだった頃の様な危ない雰囲気を醸し出している。

 

「いやそんな事をした覚えは無い! マジでやめとけって! 報告するだけの情報は集まったろ!? なんなら俺が

「いーやそれだけじゃ足りませんねっ!」

 

「えぇ……」

 

 憤慨した様子のウィズは最早聞く耳を持たない。

 

「絶対に私があの一味を始末してやりますとも! 神は信者と共依存の関係にありますので、このカズマという冒険者は確実に切り札となり得ます! 爆弾でも仕込んで家に帰せばそれだけで……!」

 

「やめろやめろって! 第一本当に彼女が女神エリス本人ならそんな爆弾程度効く訳ないし、復活(リザレクション)の魔法も使えるだろ!?」

 

「む、そう言われればそうですね。なら人質としてええええええええええええええええ!!!!!!」

 

「いや、だからああああああああああああ!!!!」

 

 そうして話をしていると、最早日課となった極光がベルディアの店を包み込んで———————

 

 そして、数分後。

 

「いたたた……? ウィズ? おいウィズ!?」

 

「……」

 

 いつの間にか制服から紫のローブに着替えていたウィズは、無言で店の商品を幾つか物色する。

 

 ベルディア曰く、その顔は氷像のように美しく、また能面の様に何処か恐ろしさを秘めていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数時間後のカズマ邸。

 

「それにしても遅いですね、カズマさん」

 

「ああ、そうだな……もう先に食べててもいいんじゃないか? あいつの自業自得だろ」

 

 仲間の彼女らは夜が深くなっても帰らないカズマを心配していた。

 

「うーん、確かに遅いですね。ベルディアさんの店(ゴミ屋敷)に行くと行ってましたし不安ですが……まぁ、カズマさんなら別に大丈夫でしょうけど」

 

「そうですね。どうせ宴会にでも巻き込まれてるんですよ多分。そんな男より私のハンバーグを優先することは間違っているだろうか? いや間違っていない」

 

「めぐみん……ちょっとは心配してあげようよ……」

 

「あっ、おいしい! 今日の当番はクリスさんでしたか! いやー、流石クリスさんのご飯はいつも美味しいですね! ゆんゆんと違って

 

「もう食べてるし……今なんて言ったの?」

 

「あっ、こら! 先にいただきますしてからだろう! 全く……では私もいただきます。うん、おいしい! 流石クリスさんの手料理、絶品だ! 仕方ないからカズマの分もみんなで分けて食べよう! 仕方ないからな!」

 

「あっ、私のハンバーグ!」

 

「カズマさんのでしょ!?」

 

 心配していた。少なくともゆんゆんは。

 

「それにしても今日はやけに静かですね。普段はもっと家鳴りとかラップ音がそこら中から聞こえるのに」

 

 仕方ないので先に夕飯を食べ始めた4人は、屋敷に住まう幽霊の話を始めた。

 

「確かに……クリスさん結界かけ直しました?」

 

「結界は毎日かけ直してますけど…………

 …………?」

 

「幽霊が大人しいと寝てる間が少し怖いよな」

 

 もう完全に慣れてしまった幽霊について話していると、ふとクリスが何かに反応する。

 

「この感じ……」

 

「……? どうしましたクリスさん」

 

「急に上を見上げて……どうしたんですか?」

 

「フッ、ゆんゆんには理解(わか)らないか。このレベルの話は……この魔力の渦巻き、とんでもない驚異がこの街に迫っているようですね……」

 

「めぐみんには聞いてないよ!」

 

「ッ!? 拙い!」

 

「ひゃあっ!?」

 

 珍しく大声を上げ、急に立ち上がるクリス。そうして空に向かって手を伸ばし———

 

魔法防御(マジックガード)ッ!!!!!」

 

 かなりの魔力を込め、防御魔法を放った。

 

 瞬間、屋敷全体を揺らすほどの轟音が響き渡る。

 

「えっ!? えっ!? な、なにこれめぐみん!」

 

「わ、私に聞かないでくださいよ! 

 ……あれ、もしかしてこれ……爆裂魔法?」

 

「「え?」」

 

 爆裂魔法。魔法の頂点と呼ぶ者もいる程の、最大にして最強の魔法。恐らくはこの街で使用できる()()は1人しかおらず、その1人でさえ一撃放てばその消費魔力から確実に立つことすらままならなくなる

 

 そんな究極の威力をもった爆裂魔法がクリスの魔法防御に阻まれ、()()()2()()()()()()()()()()()()()—————

 

 その日、アクセル郊外の屋敷は瓦礫の山となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひゃああああ!? えっ!? 何!?」

 

 凄まじい爆音で、今まで呑気に意識を失っていたカズマは目を覚ました。

 

「あれ、確か俺、ベルディアさんの店で……

 いや寒っ。は? なんで外?」

 

「……起きたか、カズマくん」

 

「うおっ、ベルディアさん?」

 

 起きるとそこはベルディアの店ではなく、何処かの茂みの影だった。空はすっかり暗くなり、夜の風が身体を容赦なくカズマの体を冷やす。

 

 そして、周りを見渡すと……

 

「あっはははははははは!! ザマァ見ろクソ女ァ! 何が偵察よ、もう任務も何も知らないわ! 全力でぶっ殺してやる! あはははははははははははは!!!!!」

 

「……」

 

「……」

 

 狂った様に笑う、ベルディアさんの店にいた店員さんが…………ん? 

 

「え、あれもしかして…………」

 

 俺の家……? 




このファン面白いですね。攻撃が当たらないダクネスとか爆裂魔法を撃ったら戦闘不能になるめぐみんとかゴッドブロー耐性があるカエルとか……

はい、このファンの勢いで更新しました。スイヤセン……


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