SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ【完結】 (カサノリ)
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第一部 君とつなげたプロローグ
発・覚


皆さまこんにちは。カサノリと申します。

はまった弱みで勢いよく書き上げてしまった本作。本編と設定が変わってくる部分もあるかもしれませんが、お楽しみいただけると幸いです。


 物語はいつも突然だ。

 

 ある日突然、怪獣が。ある日突然、ウルトラマンが。いつだって、そこから遠大な英雄譚はスタートする。特撮好きなら誰だって知っている常識。そして、突然に始まる物語だからこそ、準備は足りず、主人公たちは選択と成長を余儀なくされる。

 

 それを安心して傍観者が見ていられるのは、ヒーローの物語の最後はハッピーエンドだと相場が決まっているからだ。だから安易に物語に涙を流し、感動し、あるいは興奮を覚える。物語の中に飛び込みたいなんて夢を抱いたりする。

 

 けれど、物語の中に飛び込んだとして、もし主人公になれなかったらどうすればいいのか。ただの一般人になれず、中途半端に物語へと踏み込んでしまったら。

 

 きっと、その命はあまりにも軽いのだろう。

 

 

 

 SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ

 

 

 

 オタクに恋は難しい。

 

 そんな言葉がある。

 

 けれど、実際は恋どころではなく、オタクに人生は難しい。そういう方が正解だ。

 

 俺のような趣味を持っていると、猶更にそう。ネットはともかく、リアルの世界に晒そうものなら、今の人間関係の大部分を捨てることに等しい。

 

 いい年して怪獣趣味なんて。

 

 それもウルトラシリーズの。

 

 確かに、世間一般ではウルトラシリーズは認知度が高い。エロゲやもっとマニアックな趣味と比べれば、まだ開けっ広げにするのは簡単かもしれない。

 

 だが、それを高校という場所で告白する。それが不可能なのは誰だってわかるだろう。カラオケやボウリングに付き合ってくれる、気のいい部活仲間。時には試合のことを応援してくれる女子たち。そんな彼らの目が、友人のソレから、幼稚な趣味を持っているオタクへ向けるものへと変わってしまうなら、学校になんてこれなくなる。

 

 だから俺は自分の趣味を隠すことを選んだ。徹底的に。

 

 いっそ、オタク趣味なんて捨ててしまえれば楽なのだろう。きれいさっぱりと忘れて、カラオケに、ボウリングに、スポーツに。ありきたりな趣味を肩書にしてしまえばいい。

 

 けれど、それが目の前にちらつくたび、俺は地平線の彼方へと蹴飛ばしてきたのだから、どうしようもない。

 

 俺に隠れオタクは止められなかった。怪獣のフィギュアをアマゾンで注文したり、ウルトラシリーズのDVDを毎夜のように観るのを止めたら、自分が自分で無くなってしまう。

 

 だから、望むことはせめての平穏。至って普通の高校生と、特撮オタクの二重生活を送っていく。周囲にバレず、趣味を続けられたらそれでいい。

 

 そんな諦観を抱きつつも、ただ……。

 

(一人くらい、同じ趣味の奴がいたらな……)

 

 あわよくばそれが可愛い女子だったらな、なんて。そんなことを考えるのが高校生というものだ。

 

 

 

 そんな平穏が音を立てて粉みじんにされたのは、何でもない日常の、ちょっとした一瞬だった。

 

 その日、俺は昼休みの教室で、サッカー部の友人と購買のパンを食べていた。窓際の席で机を四つ、付き合わせて。友人三人が俺の周りに集まってくれた形なので、机は近所の男子から失敬した形だが、高校生らしく文句を言うやつはいなかった。

 

 話すのは、何でもない話ばかり。

 

「昨日のユナイテッド見たやつー」

 

「おれー。でも、ありゃくそ試合だったな。あの監督の采配はクズ。これで四連敗とか、今期は期待できねえって」

 

「前のとこだといい指揮してたんだけどなー。他のコーチが優秀だったんだよ。みんな騙されちまった」

 

「ほんと。そういや、昨日のスポニューに出てた解説のジジイ。あいつシーズン前は監督変わって今期は貰ったとか言ってたくせに。手のひら返してやがんの、あいつ出すくらいなら、俺の方がいい予想立てられるって」

 

 飛びかう無鉄砲な自信、虚言、見栄と傲慢。

 

 世間の高校生と変わらない会話。けれど、俺はそんな仲間に頷きつつも、熱中することはできなかった。何せ昨日の試合は要点を知っているだけ。リアタイ視聴を無視して、ウルトラマンダイナの全話マラソン二日目だったのだから。

 

 だから、俺は愛想笑いを浮かべながら、早く昼休み終わらねえかな、なんて考えていた。気のない会話程、つまらなくて無駄な時間はないから。なるべく会話に入らなくていいように、スペシャルドッグをゆっくりのペースで齧っていく。

 

 そうすると、後ろの方から、

 

「だから! ウルトラシリーズで至高なのはな……!!!」

 

 なんて大声が聞こえてきた。俺は思わず耳をピクリと反応させてしまうが、無視。そうして話すのは何時も決まって同じクラスの内海だ。公言しているクラスで唯一のウルトラオタク、クラス公認のキモイ系オタク。背は高いし、顔は整ってるのに、言動で全て台無し。さらには周囲のオタク評を下げて、俺たちカクレの肩身を更に狭くさせるタイプ。

 

 その内海は、これまた同級生の響に話しかけていた。

 

 響はといえば、分かっているのか分かってないのか、曖昧な返事をするだけ。あのテンションで話しかけられたら、普通は避けるはずなのに、響も付き合いがいい奴だと思う。

 

 そんな二人の会話に少しいら立ちを得ながら耳を澄ませる。ネクサスとは、また勧めにくい作品をペラペラと。

 

(ま、でもあいつは良いよな)

 

 内海のことは嫌いだ。俺ができないことを簡単にやってしまうのだから。けれど、内海のことを少し尊敬してしまう。あいつは、好きなことを好きと胸を張って言えるのだから。

 

 あいつがいると、俺はさらにしょうもない人間に思えてしまい……。

 

「おい! 寝てんのかよ!」

 

「え!?」

 

 俺はからかい交じりの手を避けることができなかった。目の前のチームメイトから勢いよく突き出された手。それは俺の胸をしたたかに押して、突然の大声に飛び上がった俺は足を滑らせた。

 

 今思い返せば、それこそ地獄の扉を開けた、運命のジャジャジャジャーン。やっちまったという、あの特有のスローモーションを感じながら、けれど思考と分離した体は後ろへと倒れ込んでいく。

 

 

 

 向かうのは、よりにもよって、真後ろで談笑していた女の子の頭。

 

 

 

「いてっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 ぶつかった衝撃は、頭と頭がごっちんこなんて、可愛らしい表現では済まされないものだった。目から星が出るほどの痛み。けれど俺には呻く時間なんてない。俺がこれだけ痛いのなら、物理法則に従って後ろの彼女も同じ痛みを得たのだから。

 

 その証拠に、彼女は弄っていた携帯電話を床へと取り落としてしまっていた。鳴り響く、コチンという固い音。ワックスで不規則に光った床に、彼女のスマホが弾んだ。

 

 そして、音と共に、俺の血の気が引いていく。頭のてっぺんから足先まで。温度がどこかに消え去った。

 

 ぶつかった相手が男子ならいい。一発落とし前を付けてもらえば、後は仲直りだ。地味系の女子だったらいい。大ごとにはならないから。

 

 けれど、今ぶつかった相手は、クラスでも特大のめんどくさい相手。

 

 クラスのアイドル、新条アカネ。誰からも好かれ、愛される完璧少女。目の前の三人の友人全てがひそかに憧れている相手だったのだから。

 

 だから、

 

「し、新条さん! ごめん!!」

 

 俺は痛みに顔をしかめる彼女へと、一も二もなく頭を深く下げた。何をしても弁解できるわけはないが、せめてそうするのが男としての務めだと思っていた。そして、この高校という狭い人間社会でごみ以下の存在にならないために。

 

 数秒、返事は待たされた。気分はまさに、断頭台の国王。許しが出るかどうかは彼女次第。

 

 そして返ってきたのは、

 

「もー、気を付けないとダメだよ?」

 

 ゆったりとした、可愛らしい声だった。いつも通りの、優し気な声。彼女は怒っている様子ではない。そのことに安堵を得て、ゆっくりと頭を上げる。その間、

 

「ちょっとサッカー部! アカネの頭に傷つけるのが、どーいう意味か分かってる!?」

 

「あんたら、ギルティだよ、ギルティ!」

 

「女子ネットワークなめんなよ!」

 

 なんて新条アカネの友人たちが囃し立てる声が聞こえてくるが、俺はそんなことに気にすることはできなかった。間違いなく加害者はこちらなのだから、弁明のしようがない。しかし、そうは思わない奴もいるもので。

 

「事故だって! いちいち騒ぐなよ!」

 

「なんだっての! あんたが馬場を押したのが悪いんじゃん!」

 

「だから堀井はモテねえの!」

 

「おい! ソレ言うか!?」

 

 俺を押した堀井と女子たちが売り言葉に買い言葉で応酬を始めた。そうなってしまえば当事者の俺と新条アカネは蚊帳の外だった。

 

 誰も、俺や新条さんを気にしていない。自分のストレスや、ちょっとした退屈を満たそうとする喧騒。なんだか気分が悪くなっていく。

 

「……」

 

 だからだろうか。彼女も傷ついていないかと、気になって顔を伺う。すると、どこか彼女も不機嫌そうにうつむき、手を震わせていた。

 

(仕方ないか。新条さんはあんな風にぶつかられた被害者でもあるんだし……)

 

 俺は肩を落としつつ、スマホを床から拾い上げて、彼女へと渡そうとした。せめてもの株を上げようと思ったのだ。

 

「あの、新条さん、これ。……本当にごめん」

 

 言って、差し伸べる。彼女のスマホはひび割れて、どこか綺麗な彼女らしくはなかった。そんなことよりも、

 

「……え」

 

 俺は一言を漏らして固まってしまう。女の子のスマホを見て、固まっている不審者。それが傍から見た俺だと分かっているが、それでも画面から目を離すことができなかった。

 

 何故なら、彼女のスマホ。クラス一の美少女、みんなのアイドルのラインアイコンが、こんな隠れオタクの知っているキャラだったなんて。そんなことはありえないのだから。奇妙なヒトガタのマスコット。何度見ても、女子が好むようなディズニーやらのキャラクターではない。

 

「……ヅウォーカァ将軍」

 

 だから、俺の口から彼の名前が漏れてしまう。間違えるはずがない。ちょうど昨日、俺が見ていたダイナに出てきたキャラクターだったのだから。ティガで登場したレギュラン星人の色違い。ダイナでも随一のギャグ回で出てきた宇宙一の卑怯者。

 

 どうあっても、クラスのアイドルのアイコンにするには不相応な、マイナーなキャラクターだった。

 

「え……?」

 

 そして新条さんも、声を漏らす。それは、彼女にとっても、俺の口からその名前が出てくるとは思ってなかったと。声色だけで驚きが伝わってくる。いつの間にか、彼女の纏っていた張り詰めた空気は解かれていた。

 

「……」

 

「……」

 

 新条さんの赤みが入った瞳がじっと俺を見つめている。俺も、それを外すことができない。それは、カラスの中に一匹、青い鳥が混じっていたのを見つけたような。勘違いでなければ、どこか奇妙な結びつきが俺たちの間にできたような。

 

 けれど、

 

「おいおい! リュウ! なーに新条と見つめあってんの!」

 

「え!? マジ!? ぶつかって惚れちゃった? 運命感じちゃった?」

 

 そんな空気は瞬く間に霧散してしまった。それをやらかしたのは、無神経に俺の首に手をまわしてきた堀井。俺を新条さんにぶつけたばかりか、頭を軽く拳で小突いてきて。そんな俺たちを、新条さんの友達は呆れたような目を向けていた。

 

「ほんと男子ってマジなに? アカネ、いこいこ!」

 

「う、うん」

 

 そうして新条さんは友達に連れられて、教室を出ていく。俺は、もう彼女に声をかけられなかった。けれど、彼女が去り際にこっそりと、

 

「馬場君、またね」

 

 そっと花咲く笑顔を浮かべた。

 

 それを見た瞬間、胸が高鳴って、頬が熱をもつ。間違いなく例のあれであった。




アカネと関わってしまった一般高校生。

ヒーローがやってきていない世界で、彼がたどる運命は。


全六話構成で短く完結する予定です。

ご意見、ご感想を頂けると幸いです。


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共・鳴

死亡フラグ(第一話)
・後ろの席で男子とうるさく話す
・頭をぶつける
・スマホを勝手に触って覗く
・怪獣趣味を知る

フラグ回避方法
・おしゃべり連中に同調しないでいた
・押した奴は別にいた
・すぐに謝り、言い訳をしなかった
・ヅウォーカァ将軍の名前を間違えずに言った(最重要)

以上をもって、保留


 不意な衝突から発覚した、新条アカネの意外な趣味。俺と同じ、怪獣趣味。もしかしたら、なんて初心な男児のような期待と裏腹に新条さんと俺の仲が突如として変わる、なんてことはなかった。

 

 俺の日常は変わらない。いつものように退屈な授業を受けて、それが終わったらサッカー部三人で飯を食べて。放課後は陽ざしの中、ボールを追いかけて走り回るだけ。

 

 確かな変化があったのは、俺の心だった。

 

 このツツジ台に入学して、クラスが一緒になった時、新条アカネなんて、どうでもよかった。むしろ、周りには姦しい取り巻きもいるし、少しでも男が話しかけようものなら、女子だけでなく、彼女を狙う男子の嫉妬の的。確かにすごくかわいい女の子ではあったが、リスクを冒してまで近づく存在ではなかった。

 

 まして、親しくなったとして、俺は秘密を明かすことはできない。男子はともかく、女子の中にウルトラオタクなんて、数えるほどもいないだろうから。だから、面倒な恋愛なんてしないし、新条アカネには近づかない。

 

 そう思っていたのに……。

 

(ほんと、単純馬鹿だよな、俺って……)

 

 感情という物はリスク管理なんて理性を容易く壊してしまった。

 

 あの日以来、彼女を見るだけで胸が高鳴るようになった。ふとした瞬間に新条さんの座る方が気になってしまう。彼女と同じ教室にいるだけで何だかむず痒くなる。

 

 けれどそれを、純な感情と言い切るのは難しかった。なにせ、

 

(『君だけを守りたい』なんて、純粋な気持ちじゃないから……)

 

 たまたま、自分に都合がいい特撮趣味のかわいい子がいた。だから、恋をしそうになっている。もしかしたら、新条さんのような可愛い子で、趣味が共有できそうなら誰でもよかったんじゃないか。

 

 そう考えると自分が卑しい人間に思えてしまうけれど。結局、胸から湧き出す気持ちを否定することができなかった。

 

 一方、そんな思春期丸出しの煩悶の横で、新条さんからも視線を送られるようになった。

 

「あれ……?」

 

 それは例えば、朝のホームルーム。背後に違和感を感じて、後ろを振り向くと、その向こうで新条さんが微笑みを浮かべているのだ。可愛くて、綺麗な笑顔。

 

 俺はそのたび、気づかなかったふりをして机に視線を向ける。思春期特有の自意識過剰と思い込むには、なんだか偶然が過ぎるような。それこそ自意識過剰の証明ではないかとか、テンションのアップダウンもなんだか嬉しくて。

 

 だから、数日たったある日、俺も少しだけ勇気を出すことにした。

 

 

 

「あれ? 馬場っち、アイコン変えたんだ」

 

「何これ、ロボット? ガンダム?」

 

「ばっか、ガンダムじゃねえよ。あれだろ? マクロス!」

 

 昼休み、いつものように友人たちが集まる机に、俺はおもむろにスマホを置いた。そんなことをすれば、彼らは無神経に画面を覗き込むのは当然。

 

 そして、彼らが言う通り、俺のラインアイコンは人型のロボットに変わっていた。ちょっとカッコよくて、友人たちはきっと知らないロボット。何せ、ウルトラシリーズの一話だけに出てきたネタキャラなのだから。

 

「んー、ちょっとな。詳しく知らないけど、イケてんだろ? ネタになるし」

 

 俺はそうしてごにょごにょと、内心の恐怖を押し殺しながら誤魔化す。

 

 その時、また新条さんからの視線を感じた。

 

 すっと、息が詰まる。

 

 このアイコンはある意味で踏み絵だ。彼女が想像した通りのウルトラオタクじゃなければ、舞い上がっている俺は愚か者。だけれど、もし、彼女が本当にレギュラン星人をアイコンに選んでいたのなら……。

 

(気づいてくれると嬉しいな……)

 

 ヘタレな精一杯のアプローチ。ためらいはあったけれど、後悔はなかった。密かに心に抱いていた望み。もし、クラスの中で秘密を共有してくれる人がいたら。それが可愛い女の子だったら。不純な動機という誹りは受けども、俺がずっと望んでいたこと。それが現実になろうとしているのだから。

 

「何て名前なん、それ?」

 

「あー、たしか……。MG5とか書いてあった」

 

 小さな精一杯の大声はクラスの端にもきっと届く。オタクなら、単語に引っかかるセンサーは優秀のはずだから! 

 頼むマウンテンガリバー。うたかたの夢でいいから、彼女へと届けてくれ。

 

 願いを込めて後ろを振り向いた時、新条さんはひっそりと手を振ってくれた。

 

 俺の心臓がまたも、大きく音を鳴らしたのは、語らなくても分かるだろう。

 

 

 

 そして、その日の昼休みに、俺はいつもと習慣を変えて、空が見える渡り廊下に向かっていた。手すりにもたれながら、パンをほおばる。

 

 習慣を変えた理由は言わずもがなだ。

 

 あのクラスにいれば、みんながいる。手を振ってくれた新条さん、彼女が何か俺に言いたいことがあっても、あの場所で声をかけるのは難しい。だから、こうして一人渡り廊下で待つ。少し薄暗くて、誰も普段は通らない場所で。

 

 もしかして新条さんにひかれただろうか、とか、実は全部誤解だったんじゃないかみたいなマイナスエネルギーが頭に渦巻いて五分ほど。

 

 飲み終えたパックから延びるストローをかみながら、遠くを見つめていた俺の胸がうるさいほどに連打を始めた。ふと、隣に気配を感じたからだ。

 

「やっほー」

 

 現実感を伴わない、透き通る声。

 

 新条アカネが、同じように柵にもたれていた。だぼだぼのブレザーで半分くらい、手を隠して。前を止めていないそれのせいで、ワイシャツはむき出し。前傾姿勢をとると、少し目のやり場に困る。

 

(でか……)

 

 口には出さないし、間違っても視線で伝えない。下劣な感情で汚すには、今、この出会いは綺麗に過ぎたから。

 

 俺は気恥ずかしさを隠すように、軽く手を上げるだけで返事をして、遠くへと視線を戻した。そうして二人、ちょっとだけ綺麗な青空を眺めて。口を開いたのは、意外なことに新条さんからだった。

 

「馬場君って、AT派なんだね」

 

「……基本だから。そっちこそ、火星、好きなんだね」

 

「ふふ……、それなりに♪」

 

 お互いにだけわかる、秘密の暗号のような。それが過不足なく伝わっていることを示すように、新条さんが笑顔を浮かべる。心臓がうるさすぎて、いっそ出してしまいたくなった。こんな心臓より、新条さんの声を聞いていたかった。

 

「……いいよね」

 

「……いい」

 

 お互いに何がとは言う必要はない。口数は決して多くない。それだけの会話。けれど、俺はこれまでに生きてきた人生のすべてを浚い出しても、これ以上に互いへ意思が伝わる確信を持てた瞬間はなかった。

 

 脳と手足が離れたよう。体の末端に感覚はなく。目だけが彼女の赤い瞳を脳に伝えてくる。永遠に続けばいいと、泣き出したくなるほどに願った夢の場所。いつか夢見た未来の具現。

 

 だが、現実は空想と違い無慈悲だ。昼の無粋なチャイムと一緒に、夢は終わりを迎えてしまう。ただ、彼女は帰る前、パーカーの袖から、ちょっとだけ出した指にメモを挟んで。俺のブレザーのポケットへと放り込んでくれた。彼女の指の感覚と一緒に。

 

 そんな俺をあわや殺しかけたメモの中に書かれたのは、簡素な文字。

 

『ゴルザ・メルバ』

 

 俺はすぐさまメルバに丸を付けて、人目を忍んで新条さんの靴箱に放り込むのだった。せめて、明日も話せるようにと、願いを込めて。

 

 

 

 俺の莫大な不安を大きく裏切って、この夢が覚めることはなかった。まるでウクバールに誘われているような、現実離れした空夢。毎朝、俺の靴箱には怪獣の名前が書かれたメモが置かれていて、

 

『シラリー・コダラー』

 

 俺は好む怪獣の方に丸をつけ、新条さんの下駄箱に入れる。

 

 そうして昼になると、あの踊り場に行き、景色を眺めながら新条さんを待つのだ。曇りの日も、晴れの日も。彼女はいつも、少し遅れて隣にやってきてくれる。

 

「いいよね」

 

「うん」

 

 そうしてパンを食べる時は、彼女と好みが一致したパターンだ。

 

 たまに彼女と好みが違った場合には、

 

「ちょっとあれは、あり得ない」

 

「いいじゃないか、ゴブニュ」

 

 ほんわかとした笑顔とは違って、じとっとした視線を送る新条さん。そんな彼女へ、俺は口数少なく、好みの怪獣をプレゼンする。

 

 クラスでは決して見ない、笑顔以外の新条さん。この時の方が会話の数が増えるので、俺は嬉しかったりもするのだ。何時も喉が渇き、呂律も時々狂うプレゼン。それを、新条さんはニヤニヤとからかう目で見てくれた。そして、彼女がいわゆるニワカではなく、ウルトラシリーズに対して詳細な知識を持っていることを知った。

 

 会話はいつも彼女主体。何よりこの時間を失いたくなかった俺は、彼女の好む話題に付き合う形。けれど、どの話も俺がいつも話したかった怪獣のことばかり。何も不満はない。

 

 男と女というには色気のない、怪獣の名前ばかりが飛び交う日が十日ぐらい続いて……。

 

「……正直、ゴルザはカッコいいけど、メルバの方が好きだよ」

 

「分かってないよぉ。確かに、見た目はメルバの方がかっこいいけど、ゴルザの方が大暴れしたじゃん」

 

 俺たちの会話は、互いの認識のすり合わせから、ごく当たり前の友人のものへと変わっていった。その中で気が付いたのは、新条さんは大暴れする怪獣が好きだということ。

 

 その気持ちはよくわかる。とてつもない大きい存在が、自分たちの現実を壊していく爽快感。それをリアルに伝えてくる特撮技術。そしてデザイナーが丹精込めて作り上げた美しい造形。怪獣とは空想と現実の間に存在する芸術だ。けれど、ウルトラマンの活躍も好きな俺は少しだけ残念でもあった。

 

 だが、この時にはそんな感情は面にも出さず、怪獣にただただ熱中する。不思議とそうすれば、新条さんへの胸の高鳴りも、彼女が見せる笑顔にも、彼女が笑うたびに揺れるところにも、緊張を持たずに自然と話せたから。

 

「ジオモスはどっちが好き?」

 

「んー。そりゃあ、もう」

 

「「ネオじゃないほう」」

 

「あはは! そうだと思った!」

 

「あの見た目でウルトラマンを倒すのがいいんだよな」

 

 だから、こうして腹を抱えて笑いあうこともできた。

 

 そんな若く美しい日が二十日過ぎ、二十日が一月に。ようやく暦がまっとうな梅雨に差し掛かろうとする頃。時々、怪獣以外の話題も出るようになる。

 

「ねえ、馬場君はさ……。なんでサッカー部に入ったの?」

 

 新条さんの素朴な疑問。少し言いよどんで、俺は素直に答える。

 

「……兄貴がめちゃくちゃ頭良かったんだ。小さいころから周りに比べられてて、それが嫌になって。それで、別のことをやりたくなった。サッカーは、まあ、男子に人気だから選んだだけ」

 

「それじゃあ、サッカー嫌いなんだ」

 

「……いや。きっと、もう嫌いとかじゃないんだ。今は兄貴も外に働きに行ってるから、気にする相手もいないし。それに、ボール蹴ってると、ちょっとスカッとする。ほら、あれってスフィアに似てるから」

 

「あー、あのうっとうしい声を思い出したら、ちょっとわかるかも」

 

 アスカのように熱血漢のふりをしてスフィアを蹴っ飛ばすのだ。ちょっとウルトラ戦士になったみたいで楽しいのである。

 

「うふ♪」

 

 新条さんが小さく笑う。童話の妖精のように、彼女の顔はとても幼く見えた。

 

「どうしたの?」

 

「ううん。クラスのサッカー青年が、実は怪獣オタクでした! なんて、みんな想像しないよね」

 

 手すりにもたれながらの、ぼんやりとした言葉。空と溶け合う赤い目が、穏やかに細められていく。それを見ているうちに、近頃は感じなくなった胸の音が、ドアベルのように響きだした。

 

 震える唇で、麻痺した脳で、言葉を探す。

 

「……俺も、新条さんみたいな可愛い子が、同じ趣味だとは思わなかったよ」

 

「……幻滅した?」

 

 少し考えて、俺は首を横に振る。

 

「……ううん。素敵だと思った」

 

「素敵、かな?」

 

「ちょっと変な言い方だけど、奇跡みたいだと思う。……クラスで見る新条さんより、今の新条さんの方が綺麗だ」

 

 きっと、俺は夢の中にいるのだ。こんな夕焼けの景色の中、新条さんみたいな子と、好きなことを笑いあえる。そう思えば、頬が熱を持つくらい、何でもないことのように思った。

 

「ねえ、ちょっとー。それ、口説いてるの?」

 

 新条さんが目を細めながら、ちょっと揶揄うようにいう。俺はいきなりの物言いに、口をつぐんだ。もしかしたら、失言だったかもと思ったが、恐る恐る彼女を見ると、彼女はにへらと手すりへと体重をかけていた。柔らかそうな頬が腕につぶれて、もちみたい。

 

「その、誤解させたなら、ごめん。新条さん」

 

「……アカネでいいよ」

 

「え?」

 

 突然の言葉。

 

「名前、アカネでいいよ。あ、でも、クラスのみんなの前だとちょっと困るかなぁ。こういう時だけね」

 

「じゃあ、俺も……。リュウタでいいよ。……もし、良ければだけど」

 

 馬場隆太。平凡な、俺の名前。 

 

「じゃあ、リュウタ君だ。……なんだか、秘密同盟みたいだね。怪獣大好き同盟。……私と、君だけの」

 

 睦言のような、甘い響き。

 

 なんだか俺は泣きたくなって、叫びたくなって、けれど嬉しくて悲しくて。がむしゃらな感情を閉じ込めたまま、夕日だけを見つめていた。きっと、この日を忘れることはないと、不思議な確信と一緒に。

 

 そうして、彼女の名前と同じ色に染まった世界の中、ひそかな同盟が結ばれた。




甘い言葉には罠がある。いつだって、どこでだって……


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暗・雲

死亡フラグ(第二話)
・秘密を話したら死んでいた
・自分から話しかけたら死んでいた
・きもい話し方をしていたら死んでいた
・馴れ馴れしくしていたら死んでいた
・解釈違いに気を悪くしていたら死んでいた
・アカネを軽く見たら死んでいた


「なあ、リュウ。お前、新条となんかあったのか?」

 

 俺とアカネさんの間で、ひそかな同盟が結ばれた数日後、青天の土曜日。サッカー部の練習試合で訪れていた近場のサッカー場。その日陰に据えられた休憩所で、クラスメイトの刈谷が尋ねてきた。

 

 俺は刈谷の顔を見る。イケメンでリーダーシップがあり、女子からも人気がある、友人としても気のいい奴。けれど、今、俺に問いかける眼はどこか深い色が渦巻いていた。裏切り者を見るような、非難の色。

 

 そんな目を向けられる心当たりは、実はある。

 

 彼もアカネさんに憧れている一人だ。いや、この部活の同級生でアカネさんにあこがれを抱いていない者はいないから、皆がそう。ここしばらく彼女と親しく話していたが、彼女はまごうことなき学年のアイドルなのだから。

 

 彼は明らかに、俺とアカネさんの仲を疑っていた。けれど、その質問に答えることは彼女の秘密すら話すことになる。友人への罪悪感を抱きつつも、俺はごまかすことにした。

 

「えっと、どうしたんだよ、いきなり」

 

「どうしたも何も、お前が新条と渡り廊下で話してるの、見たって奴がいるんだよ」

 

 胸の内で、肺が締まった気がした。気づかれないようにしていたのに。長く続けていたからだろうか。これからは場所を気を付けないと。

 

「いや、たまたま会って話しただけだよ。特に何も無いって」

 

「……会って何を話したんだ」

 

「景色が綺麗だとか、弁当は何を選んだとか」

 

 刈谷の眼が細められる。

 

「あの新条がそんな話、お前なんかにするわけねえだろ。……お前がアイツ、無理やりに連れ出したんじゃねえのか?」

 

「……そんなわけない」

 

 彼が漏らすのは獣のように欲に走った声だった。それはまるで、自分の恋人を奪った間男へと向けるもので……。決して、いつも昼飯を食べていた友人に向けるものではない。

 

 嫉妬。その二文字が彼の顔に張り付いているのが、はっきりと見える。

 

 その瞬間、入学して初めて刈谷に嫌な感情を抱いた。

 

「もし新条に言い寄ってるなら……」

 

「なら、どうだってんだ」

 

 俺は彼の言葉を遮り、声を荒げた。肌がひりひりした。心がささくれ立った。刈谷の口ぶりは彼女のことを何も知らないくせに、さも俺と会うのが不自然だと言いたげで。アカネさんと友人になれたという俺の幸福が分不相応だというようで。

 

「……ふざけたこと言ってんじゃねえよ。こんな試合前に」

 

 俺はそう吐き捨て、刈谷を置いて日陰を飛び出る。

 

 外に出て、頭を振り、少し後悔。刈谷のことは言えない。俺にも、独占欲なんてあったようだ。

 

 けれど、彼へ向けた言葉はいら立ちを隠したかったが故の言い訳ではあったが、事実も内包していた。今日は強豪校との練習試合。だが、ただの練習試合でもない。夏の大会へ向けて、ベンチ入りできるか。一年生を試す重要なトライアルだ。

 

 真実、これからの三年間を占う大事な試合。刈谷のふざけた物言いでペースを乱されるわけにはいかなかった。アイツと違って、俺は未だベンチ入り圏内なんだから。

 

 それに、俺には失敗できない理由がある。

 

 俺は自然を装って視界を遠くへ飛ばす。グランドを超えた反対側に用意されている応援席。座るのは監督や学校関係者、それに部活仲間の親類に同級生。いつもは俺の応援なんていない場所。けれど、今日だけは一際に華やかな少女がいた。

 

 アカネさんが、友達と一緒に微笑んでいる。

 

 来てくれた。そんな気恥ずかしさを感じながら、彼女を誘ったときのことを思い出した。

 

『あのさ、もしよければだけど、試合見に来てくれないかな?』

 

『試合って、サッカーの?』

 

『いや、もしアカネさんが良かったらだけど……。ほら、ウルトラシリーズでもサッカー回やったりするし、勉強になるかもって。でも、嫌なら……』

 

『……いいよ』

 

『え?』

 

『だから、応援してあげる。リュウタ君の大事な試合なんでしょ? クラスのみんなが言ってたよ』

 

 数日前、そんな無作法な誘いを受け入れてくれたアカネさん。そのにへらとした笑顔に、心が浮き立った俺がどんな反応をしたのかなんて覚えていない。ただ、その言葉のおかげで俺の気合は十分だった。

 

 俺のポジションはフォワード。ボールを受けて、敵陣を突破する攻撃の要。何よりシュートが好きだった俺には、気持ちがいいポジションだった。けれど、そこはポジション争いが厳しい位置でもある。同級生のフォワードは五人、そこから選ばれるのは一人だけ。

 

 上級生に混じってベンチ入りできるのは、それだけだ。

 

 だからその座を勝ち取るため、候補者五人の中から突出するにはゴールを挙げること。それでなくても強豪校相手に競り負けない強さを示す必要があった。

 

 試合時間はすぐにやってくる。

 

 幸いにも、俺は今日もスタメンで出場。ユニフォームを着てピッチに飛び出した俺は、仲間たちと円陣を組む。その中には刈谷もいたが、俺の視線に黙って頷きを返した。どうやら落ち着いてくれたようだ。

 

 懸念事項が無くなったのに安心して、センターサークルに立って、ボールをそろえる。キックオフはこちらからだった。すると、

 

『馬場君、がんばってー!』

 

 遠くからアカネさんの声が聞こえてくる。あの柔らかい声を強く張り上げて、こんな場所まで届くほど。アカネさんだけじゃない、アカネさんの友人たちも同じように手を振り応援してくれている。

 

「……ふう」

 

 喜びを抑えて、息を整える。けれど心は燃え上がるほどに熱い。今の俺は、負ける気がしないと、ヒーローの気持ちが分かった気がした。

 

 開幕のベルが鳴る。

 

 相手は都大会の入賞経験もある強豪校。事前の予想では、よくてこちらの引き分け。だが、試合は意外にも拮抗した状態で進んだ。

 

 理由は双方にあった。相手はテストマッチだと思って控え選手中心の布陣。楽観的で、どこか真剣さが足りていない。それに比べて、こちらは学年のアイドルの見学も相まって気合十分。ボールへと向かう執念は、俺たちツツジ台の方が強いくらいだ。

 

 俺もその勢いに飲まれて、いや、それ以上にアカネさんへと良いところを見せたいと、ピッチを全力疾走し続ける。そうして一回り大きいバックスと競り合いながら相手陣地でスペースを縫いつつ進んでいった。

 

 いつも応援なんて、力にならないと思っていた。だが、それは間違いだったのだと気づかされる。今までにないほど、試合に集中し、力が湧いてきた。

 

 そして、

 

「行け! 馬場ァ!!」

 

 ゴール前、左サイドからのセンタリング。俺を目指して飛んでくる、サッカーボール。それが、あのスフィアのあんちくしょうに見えて。けれど位置は悪かった。スペースは狭く、センタリングも綺麗なものではない。

 

 まさに、ここで決めれば最高にかっこいい場面。

 

「おらぁ!!!」

 

 だから、俺はがむしゃらに足を振りぬいた。右足に確かな感触。少し苦手だったボレーシュート。それは打ち上げられることなく、白い流星のようにゴールへと突き刺さる。

 

「……」

 

 脳が硬直するとは、こういうことか。

 

 俺はしばし、目の前の光景に呆然として。そして、その結果を認識した瞬間、感情がダイナマイトのように爆発した。

 

「よっしゃ!!!!!」

 

 力を込めたガッツポーズ。それは、チームメイトの飛びつきによってかき消されるが、観客や仲間たちの歓声が何倍もの達成感を与えてくれた。その爆音の中、アカネさんの嬉しそうな声が俺の耳に届いたのは、神様のくれたちょっとした贈り物だったのだろう。

 

 だから、俺は刈谷の向ける眼に気づくことができなかった。

 

 

 

 歓喜の瞬間から数時間後……。

 

「……これはしばらくサッカーは無理だね。ただ、数日で歩けるようにはなるし、休めば完治するから。二か月くらい、無理な運動はしないように」

 

 太った医者は、淡々と俺に宣告をくだした。

 

 俺は霊安室のように冷たい場所で、一人、その言葉を噛みしめる。不思議と落ち着けてはいた。

 

「……わかりました」

 

 どこから漏れているのかわからない声。

 

 その後、どうやって診察室を出たかは覚えていない。渡された松葉杖の動かし方なんて、知らなかったのに。いつの間にか、俺は診察室から逃げていた。

 

 気を落ち着けようとする深呼吸は、何度も肺を行き来したけど、頭に空気を送ってくれない。俺は何だか苦しくなって、体を九の字に折り曲げる。

 

 正直に言えば、俺は自分がこんなにショックを受けるとは思っていなかった。元々、兄への対抗心から始めたスポーツ。そして怪獣趣味を隠すための偽りの趣味。サッカー自体に思い入れは少なかったはずなのに。

 

 今は死にたいほど辛い。

 

 しばらくして気づくと、外はすっかりと暗くなっていた。コンクリの壁がよく冷えて、春から夏に変わろうとしているのに、冷蔵庫みたいにこの場所は冷たい。時間も時間なのか、単に世間一般では運がいい日だったのか、他の患者は待合室に座ってはいなかった。

 

 チームメイトの出迎えさえも。

 

「……」

 

 存外みんな冷たいものだと思ったが、冷静に考えれば今はミーティングの時間。送ってくれたコーチには、自分で帰れるなんて伝えてしまったから居ないのは当たり前だ。

 

 けれど、心の中は虚しくて、誰かに一緒にいてほしい。なんて、女々しい思いが駆け巡る。

 

 そんな時だった、

 

「リュウタ君、大丈夫だった?」 

 

 暗闇の奥から、やさしい声が聞こえた。

 

 それだけが、この地獄のような冷たい場所を溶かしていく。

 

 まさかと思い、顔を上げた時、アカネさんがそこにいた。

 

 思わず、泣き出しそうになる。けれど、好きな女の子の前でそんな醜態は晒せなくて。俺はずいぶんと不恰好な顔をしていただろう。喉奥が熱くて、言葉が形をつくらないが、無理に音を絞り出す。

 

「……うん。ちょっと休まないといけないけど、復帰はできるってさ」

 

「……そうなんだ」

 

「試合は、どうなったの?」

 

「よくわからないけど……、勝ったみたいだよ。点はあのリュウタ君のだけ」

 

「じゃあ、怪我して頑張った甲斐があったな……。きっと、明日はヒーロー扱いしてもらえる」

 

 無理くりな笑顔、精一杯の強がりは、アカネさんの眼にどう映っただろう。

 

 ヒーローには程遠い、夢を見せられなかった男の姿。

 

 あの渾身の得点の後、チームはさらに勢いづいた。俺などは特にそう。ベンチ入りへと大きく前進したこと、アカネさんへカッコいいところを見せられたこと。このまま二点目、三点目を決めて、今日のヒーローになるのだと少し無茶な攻め方をした。

 

 だから、

 

『お、おい! リュウ、大丈夫か!!?』

 

 頭上で響く刈谷の声。俺は利き足をかばいながら、それを聞いていた。

 

 再びの攻撃のチャンスに、俺たち攻撃陣は全員でペナルティエリアに飛び込んだ。当然、追加点は許さない相手側の守備と大変な競り合い。そこへボールが放り込まれ、俺は足を延ばそうとして……。

 

 駈け込んできた刈谷の蹴り足とボールの間に差し込まれてしまった。それを刈谷は気づかなかったのだと信じたい。容赦なく脚は蹴り上げられた。ついでに刈谷は転んでしまい、足首にかかったのは、刈谷の全体重。

 

 結果は捻挫。骨折だったり、入院の必要がなかったのだから、まだ良かったというべきなのだろう。けれど、当然の結果として、夏の大会のベンチ入りも敵わなくなった。いや、これから数か月も練習できなくなれば、今後レギュラーの候補に選ばれるかどうか。

 

 未来が分からない以上、たった一つの汚点が自分の人生を塗りつぶしていくように感じていく。

 

 頭を駆け巡る後悔と悲しみ、そして考えたくはない疑念。

 

 俺はそれらを振り払うようにアカネさんへと再び口を開く。彼女の表情は、薄暗くて見えない。作り物めいた笑顔も、柔らかい笑顔も、揶揄うような視線もない。

 

「……今日はごめん。せっかく見に来てくれたのに、こんなカッコ悪いところ見せちゃって」

 

「……」

 

 勝手に盛り上がって、勝手に期待させて、勝手に期待を裏切った。無理に良いところを見せて関係を深めたいなんて、そんなことを考えたのが悪かったのだろう。

 

 頭を下げると、目に熱がたまっていく。ああ、本当に悔しい……。

 

 けれど、うつむき、滲んでくる視界に、だぼだぼのパーカーに包まれたほっそりした手が入ってきた。差し出されるように、ゆっくりと。それは俺の腕へと近づいていき。

 

 ためらうように、震える手は、ようやくと俺の手に重なった。

 

 震える、温かい指。

 

 顔を上げると、彼女は目の前にいた。

 

 赤い瞳に、俺の姿がはっきりと映っている。泥だらけになって、今にも泣きそうな情けない男。彼女は笑顔じゃなかった。小さく、彼女が言葉を伝えていく。

 

「……リュウタ君のお誘い。私ね、本当はちょっとめんどうだなって思ってたんだ」

 

「……そうなんだ」

 

「うん。だって、部活動なんて頑張っても意味ないし、外に出るのも暑いし、砂ぼこりも煙たいし、友達はきゃーきゃー叫んでうるさいから。ほんと、昨日なんてサッカー場が壊れればなー、なんて思ったり。

 今日来たのは、リュウタ君は同盟仲間だし、一度くらいは付き合ってあげようかなんて。……それだけ」

 

 つぶやいていく言葉は、アカネさんの普段の姿とは想像がつかないほど、普通のそれだった。完璧な美少女なんかじゃなくて、めんどくさがりで、すぐにイライラしてしまう、今どきの女子高生。

 

 意外な言葉に目を見開く俺に、アカネさんはどこか、不思議な顔をした。今、それを話しているのが、自分でもどういった感情に依るのか分からないというような。戸惑う表情。

 

「ほんと、めんどくさかったんだけどなぁ……。

 けどね、見てたら結構ワクワクしたんだ。リュウタ君、なんだか訳わからないくらいに必死で。変だけど、私も応援してあげたいなって」

 

 だから、

 

「ゴール、かっこよかったよ」

 

 その言葉が限界だった。

 

 必要な時にいてくれる人なんて、俺には誰もいなかった。部活仲間も、家族も。友達は今日、きっと失った。けれど、そんな俺にアカネさんだけは寄り添ってくれている。

 

 この子だけいればいいと思った。今すぐに彼女を独り占めにしたいなんて、悪魔のような思いすら湧いてくる。俺を置いて消えた母親も、金だけ残してさっさと死んだ父親も、結局最後まで俺を見下して去っていった兄貴もいらない。

 

 けれど、自分でも嫌なくらいのその熱情こそが……。この気持ちが恋なのだと、はっきりと教えてくれた。

 

 馬鹿みたいに泣きじゃくる俺の手を、アカネさんは黙って握ってくれた。

 

 

 

『おい刈谷! お前、見舞いに行かなくていいのか?』

 

『見舞いって誰のだよ』

 

『誰のって、リュウの奴だよ。事故だって言っても、ほら、あんなに思い切り蹴っちまったもんだから』

 

『……まあ、見舞いくらいは、行った方がいいか』

 

『言い方! って、やっぱわざと?』

 

『決まってんじゃねえか! ほら、アイツ、いつもすかしてやがるし、付き合い悪いし。そのくせなんか必死に部活やっちゃって』

 

『そんなこと言って、ほんとのほんとは?』

 

『新条に手を出すなんて、万死に値する!』

 

『ははは! お前も彼氏じゃねえじゃん! でも、あいつも応援貰ってニヤニヤしてさ。いい気味だったよな』

 

 そこまで会話が進んだとき、マウスカーソルが停止ボタンを押した。マウスに添えられた細い指は苛立たし気に何度も何度もパッドを叩く。

 

 暗い部屋だった。

 

 日が入らず、ごみ袋がたまった、お世辞にも清潔とは言えない部屋。無機質な怪獣の大群が敷き詰められた狂気のおもちゃ箱。

 

 その主である少女は、大きく息を吐くと、付けていたヘッドホンをゆっくりと机に置いた。次の瞬間、癇癪が爆発した子供のように、近くのごみ袋を大きく蹴り上げる。何度も何度も。非力な彼女の脚では、飛び上がることはなかったが、バスバスとした大きな音が部屋へと響く。

 

 彼の足なら、どこまで袋は飛び上がれただろうか。

 

 ようやくと気が晴れたのか、息を乱しながら少女は椅子へと座りなおす。再びヘッドホンを付けて向かうのは、眼前の大型モニター。そこには、どこか不気味な、映画の悪役のようなマスクをかぶった存在がいた。

 

 見るものが見れば、一目で悪役と分かるフォルム。漫画やアニメ、ウルトラシリーズに出てくるキャラクターとしか思えない異形。その奇妙な怪人へと、少女は親し気に話し始める。

 

「……ほんと、この間の堀井ってやつもそうだけど。こういう男子ってくっだらないよね」

 

 その声は、彼女の友人たちが知る、いつもの穏やかな調子とは違う。普通の少女が世間へと喧嘩を売る調子で、そこに世間体や遠慮を根こそぎ取り外したような、我儘な世界の女王。

 

 そして怪人は見た目に似ず親しみ深い声で、少女の不平へ追随する。

 

『確かにそうだね。ちょっとしたことで友達を嵌めるなんて可笑しいよ』

 

「そーそー。アレクシスもそう思うでしょ? 最低だよ! 生きてる価値ないよね!!」

 

『こんな人間がいると、君の世界も汚れてしまうねえ』

 

「……リュウタ君のサッカー、綺麗だったのにね」

 

 少女は考える。どうして自分はここまで苛立っているのだろうか、と。

 

 最初は単なるおもちゃのつもりだった。退屈が蔓延する、くだらないクラスで一人。自分のマイナー趣味に勘付いた男。ぶつかってきたときは、堀井と一緒に殺してやると思ったが、その事実は彼女へと興味をもたらし、少しの猶予を少年へと与えた。

 

 そうして数日が経っても、数週間が経っても、不思議なことに猶予は消えなかった。

 

 秘密をばらそうとしたら殺そう。

 

 共通の趣味があるからとべたべた関わってきたら殺そう。

 

 怪獣の趣味が違ったら殺そう。

 

 下心を見せてきたら殺そう。

 

 彼女の中で設定された死へのボーダーラインをすり抜けるように近づいてきた彼。いつからだろうか、彼を知りたいと思い始めたのは。

 

 真実、この世界の無邪気な神となった少女にとって、あの程度の男、どうでもいいはずだったのに。とうとう今日は、自分から彼に触れてしまった。彼から触れてきたら容赦なく殺したはずだったのに……。

 

「ま! いっか! めんどくさいこと考えるのは、あとあと!!」

 

『おや、また怪獣かい?』

 

「そーだよー。私を怒らせたらどうなるか、ちゃんと教えてあげないと♪」

 

 少女はカッターを取り出しながら笑みを深めていく。作り上げるのは、無邪気な殺意の具現。理不尽な悪意の鉄槌。彼女が大好きな怪獣……。

 

「とびきり痛い目に合わせてあげる! えっと、それじゃあ、触手に口を付けて、棘を付けて、そこから溶解液を吐くようにして……。あ! そうそう名前! いい名前思いついたんだ!! 五体満足怪獣バラヘドロ!!!」

 

『おやおや! いつにもまして背徳的なフォルムだ! ……本当に君は、楽しそうに怪獣をつくるんだねえ』

 

「楽しいよー。復讐は蜜の味っていうもん。でもでも! 他の人の復讐してあげるなんて、私は良い子だよね?」

 

『……フフフ、その通り。君は最高だよ、アカネ君』

 

 その夜、アカネの狂気が世界を蹂躙した。




馬場くんの恋愛はいつでもドキドキ。何処に死亡フラグが転がってるか分かりません


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思・慕

死亡フラグ(第三話)
・チームメイトの前に連れ出したら死んでいた
・試合で活躍しなかったら死んでいた
・天気が晴れでなかったらサッカー場が死んでいた
・活躍後に自慢していたら死んでいた
・怪我に拗ねて冷たく当たったら死んでいた
・自分から触れたら死んでいた



全六話予定だったのですが、一話増えました。
短い話ですが、もう少し二人に楽しい時間を送らせてあげたかったので。


 わけが分からないほど、恋をしたことなんて、今までなかった。

 

 小学校のころ、クラスの女の子にときめいたのは、たぶん初恋だとは思う。中学の時も、思春期よろしく、人気アイドルとか、隣のクラスの女の子にドギマギさせられたことはある。

 

 けれど、身を焦がすほどの恋というか、四六時中、誰かのことを考えて悶々としたり、ふとした空想で告白やその先のことに思いを馳せたり、その子からの連絡一つで言葉が無くなるほど心臓が高鳴ったりすることはなかった。

 

 なのに、今、俺はアカネさんのことばかりを考えている。怪我した次の日、つまりは昨日なんて、足が動かせないし、学校もないので一日中。今、何をしているか、とか、今度はどんな話をしたら、喜んでくれるかなとか。ともかく、彼女と一緒にいたいし、彼女に幸せになってほしい。そんな心が暴走してしまう。

 

 その惨状を思うと、彼女に不器用なアプローチを仕掛けていた時の自分は予感した通り、怪獣好きな女の子と話せることに浮かれていただけだったのだろう。けれど、今は一緒に話すのがアカネさん以外の子だなんて考えられない。

 

 だから、月曜日になった時、俺はどんな顔をして学校へ行けばいいか分からなかった。アカネさんと会えるのは嬉しいし、かといって、まともに話せる気もしなかったから。どうやって話しかけようか、登校中ずっと考えて……。

 

「おはよー、リュウタ君」

 

 そんな言葉に、正真正銘、言葉を失くしてしまった。

 

 朝日を浴びて、柔らかい笑顔を浮かべたアカネさん。彼女が、だぼだぼのパーカーごと手を振っている。それだけで致命傷になるほど刺激的な仕草だった。

 

 それに加えて、今、俺たちがいる場所は校門。当然、そこには同じクラスの連中までいる。そんなところでアカネさんは待っていてくれたし、小さい声だけど俺の名前を呼んでいた。

 

 意外な事態に、脳が処理に追いつかず。するとアカネさんは少し頬を膨らませながら、やってきて。

 

「もう、朝からぼーっとしすぎだよ? おはよ!」

 

「……あ、うん。お、おはよう、新条さん」

 

「だーめ。アカネって呼んで」

 

「でも、ここ、まだみんないるし……」

 

「いいの」

 

 元々、二人きりの時は名前を変えようといったのはアカネさんだった。なので、その彼女がいいというなら、残る問題は俺の恥ずかしさだけ。

 

 俺は頬の熱をこらえながら、恐々と口を開いて、

 

「おはよう。……アカネさん」

 

「うん! おはよ♪」

 

 えへへ、とはにかむように笑顔を浮かべるアカネさんの前には、気恥ずかしさなんて、感じる暇もなかった。

 

 そこからも、俺が日曜日に想像していたソレを易々と超えるほど、意外な出来事のオンパレード。みんなの前であいさつを交わして。しかも、彼女は俺より先に来ていたから、形としては待ち合わせしたみたい。そのまま二人、教室に向かうのだが。

 

「やっぱり、大変? 松葉杖」

 

「そうだね……。歩くのはともかく、階段とかは、ちょっと。けど、週末までの話だから」

 

「じゃあ……」

 

 横をゆっくりと歩いてくれるアカネさんは、少し悪戯をするように微笑む。次の瞬間、彼女はえいっと俺の腕を取って、自分のそれに回してしまった。

 

「アカネさん!?」

 

「私も杖、やってあげる。これなら、階段上るのも平気でしょ?」

 

 言われて、確かに驚くほど歩くのが楽になるのに気づく。これなら、上手く登れそうだけれど。それはそれとして、彼女が体を押し付けてくると、彼女の人よりも発育の良いところが体に触れてしまい。

 

「あれ? どうしたの? 嬉しくなかった?」

 

「っ、嬉しいよ」

 

「ならよかったー。情けは人の為ならずー、だっけ? たまには人助けもいいよね?」

 

 怪我よりも何よりも、教室にたどり着く前に心臓発作が起こりそうだ。けれど、その手を振りほどく気になんて、決してなれない。こんなに隣でアカネさんが笑顔でいてくれるなら、俺に存在する羞恥や下心は真っ先にドブに蹴り落とすべきものだから。

 

 教室に辿りついても、アカネさんからの不思議な積極性は変わらなかった。

 

「あ、アカネさん、もうすぐ教室だけど……」

 

「そうだねー」

 

「あの、腕を……」

 

「まあまあ、ここまで来たら、あと一歩ですからー」

 

 アカネさんは、何のためらいもなくドアを開く。ガラガラ、さあ、ショウタイム。それは正しく、マジシャンのアカネさんが、珍獣を連れ出してきたような光景に見えただろう。だから、その後のクラスの反応は予想できるものだった。

 

「おはよー」

 

「あ、おはよー、アカネ。……って!? 何その手、何やってんの!?」

 

 アカネさんの友人が、眼をむき、頓狂な声を上げる。そのクラス全体に響き渡る大声のせいで、全員の視線が俺たちに突き刺さる。クラス全員、顔に張り付けるのは青天の霹靂。

 

「え!? 何、マジ? あんたたち、付き合ってんの!?」

 

「あー、アカネダービー決着? ほら男子ー、泣いていいよー」

 

「まっさか馬場かー。割とジミ面好きなのね、アカネ」

 

 話し始めはやはり、こういう話題が大好物な女子だった。彼女たちは猛獣のごときスピードで俺たちの周りに集まってくると、まともに聞き取れないほどの勢いで言葉を投げまくってくる。

 

 その段になるとアカネさんはゆっくりと腕をほどき、照れくさそうに頭をかく。ちょっと残念に思いながら見た横顔は、いつも通りの、少し芝居がかった穏やかな微笑み。

 

「いやー、特にお付き合いとかじゃないよ? ほら、リュウタ君、怪我しちゃったし。それなら、ちょっと手伝ってあげたいなーって思っただけ」

 

「にしては、なんだか意味深な雰囲気なんですけど!」

 

「あー、でも、馬場、サッカーで大活躍だったらしいし。……あれ!? 今、下の名前で呼んでね!?」

 

 やいのやいの。アカネさんは女子の群れの中心で曖昧に誤魔化しているが、杖がないと立ってられない俺はズルズルと引き剥がされ、それを遠巻きに見るしかなくなる。何かできるなら、助けてあげたいが。

 

 視線を向けると、アカネさんは小さく笑いながら首を振った。任せてもいい、という意味だろう。けど、当事者である俺の方に、女子が来ないわけはなく。

 

「それでそれで!? お相手の馬場っちは何も言わないわけ?」

 

「アカネに密着されて、何とも思わないっていうのかー」

 

 ずいっと顔を近づけてきたのは。確か、なみこさんとはっすさん。窓際から俺たちを伺うように見ている宝多さんと仲がいい二人。

 

「えっと……」

 

 俺はその勢いに飲み込まれそうになりながら、いくつものことを考えた。これからのアカネさんとのこと、クラスでの生活、天秤に乗るものはいくつもあって。何もないと誤魔化したり、実は迷惑だったと無様な照れ隠ししたり、何かと言い訳をすることもできる。

 

 もう一度、アカネさんを見た。彼女は周りの女子をいなしながらも、赤い瞳をしっかりと俺に向けている。それは、何かを期待しているような。

 

 息を吐き、腹に力を入れる。あんな顔を見たら、肝を据えるしかない。この後、いくら面倒が起こっても、アカネさんを悲しませたくはなかったから。

 

「……俺は、すごく嬉しかったよ」

 

 二人の目を見て、言い切った。

 

 瞬間、

 

「「「Fooooo!!」」」

 

 俺たちを囲んでいた女子が、奇妙な大声を上げて手を万歳。かと思えば、今度は俺がもみくちゃにされてしまう。一応怪我人なのだが、バンバンと背中が叩かれるは、肘で突っつかれるわ。試合で競り合う巨漢のサッカー選手よりも対抗できない。

 

「いやー、よく言った馬場! あんた、見た目より男だったんだね! アタシ、見る目なかったよ!!」

 

「さっすが、あの東聖付属をボコった男! あー、もう! 私も粉かけておけばよかった!!」

 

「見てたかー、クラスのヘタレ男子ども! これがアカネをモノにする男だよ!!」

 

 その言いたい放題、やられ放題の中、アカネさんの顔を伺うと、彼女はどこか照れくさそうに笑っていた。あの笑顔の仮面は、はがれていた。

 

 結局、俺の回答で満足したのか、人波はその後、しばらくして引いていく。女子は相手の秘密を無理やりに聞き出すのが好きなのだろう。素直に答えてしまえば、聞き出すも何もない。問題は、俺たちが付き合っていないということには納得していないこと。

 

 一方、俺が怖かった男子の反応はといえば、思ったほど酷いものではなかった。

 

「あー、マジショック。早抜けしようかな……」

 

「でも、まだ付き合ってねえって話だぞ?」

 

「ばっか、どーみても秒読みだろ、あれ。……俺もサッカー部やっておけばよかった」

 

「もう一人のサッカー部としてはどうよ、権藤?」

 

「……試合にも出れなかった俺に聞くな!」

 

 そんな言葉を遠巻きに聞くだけ。結局、彼らもクラスでの立ち居振る舞いがあるようで、何か文句を付ける気にはならなかったのだろう。しばらく、夜道には気を付けなくてはいけないかもしれないが。

 

 朝の激動の時間は終わる。そして、落ち着くことができると、残るのは疑問だ。

 

 なんでアカネさんは、いきなりこんな行動を取り始めたのか。

 

 考えつつ、答えは分からないまま午前は終わる。後はいつも通り、あの渡り廊下で待ち合わせて、アカネさんと食事の時間になった。

 

「ぺスターってもったいないよねー。あんなに手間暇かかったのに、たった数秒で倒されちゃうなんて」

 

「俺、造形がすっごい好みだから、なおさら残念だったな。これで終わり!?って」

 

「私も形好きだよー。あの変な不気味さは、今はできないもんね」

 

 アカネさんは柵にもたれるように、トマトジュースを吸いながら、くすくすと笑う。俺は柵に背中を持たれて、スペシャルドッグ。それは普段通りの俺たちのスタイルだったが、いつもと比べて彼女の距離は歩幅一つくらい近かった。肩が触れ合ってしまいそうな、時々、彼女の笑顔に合わせて温度まで伝わってくる距離。

 

 それは、心が燃えるほどに嬉しくて、やっぱり疑問を深めていく。

 

 もしかしたら、聞くのは無粋なことなのかもしれない。けれど、そのままにしておくのは、少し気まずかった。俺は、牛乳を一息で飲み干すと、息を吐き、アカネさんへと口を開く。

 

「……あのさ、アカネさん」

 

「どうしたの?」

 

 彼女の眼は、なんだか、不思議な色だった。穏やかだけれど、どこか、俺を品定めするような。

 

「……どうして朝から、こんなに良くしてくれるのかなって」

 

「迷惑だったかな?」

 

「そんなことない! けど、俺、アカネさんに、こんなにしてもらえる理由が分からない」

 

 この間の試合で、俺は点を入れこそすれ、怪我をして、最後は情けないところを見せてしまった。彼女にすがるように泣いてしまって。幻滅されるならともかく、ここまで距離を近づけてくれる理由が分からない。

 

 そう、正直に伝えると、アカネさんは腕に沈み込むように、柵に体を任せた。俺からは、ぼんやりとした眼しか見えない形。アカネさんは、そのまま、腕のせいでくぐもった声を出す。

 

「……分からないのは、私も同じだよ」

 

 穏やかな、小さな呟きだった。クラスで見るテンション高めの声とは違う。あの病院で、自分の抱えたいら立ちを教えてくれた時のような。

 

「私ね、最近変なんだ……。前は絶対にやらなかったこと、やろうと思ったり。毎日がちょっと楽しくなったり。考えても、分からないことがたくさん。

 それでね、その理由を探してるの……」

 

 赤い瞳が、俺を見る。

 

「……それで、たぶん、理由はリュウタ君。君と出会ってから、なんだか、調子くるうことばっかり……。けど、なんでリュウタ君と一緒だとそうなるのか分からないから。ずっと、考えても分かんないから。だから、今日はもっとリュウタ君の近くにいて、それで、もっと君を知れば、その理由が分かるかなって……」

 

 言い終わると、アカネさんはボンヤリとした表情のまま、体を起こす。そのまま踊る様に、俺の手を取ると、下にひいて座る様に促す。彼女も隣に腰を下ろして。

 

 そっと、彼女の手が、俺の手に。小さな頭が、俺の肩に乗る。

 

 温かくて、軽い。

 

「……こんな男の子の手なんて、気持ち悪いと思ってたのに。

 土曜日にわかったのは、リュウタ君の手は、意外とあったかくて、なんだか触ったら安心すること。……近くにいたら、こういうこと、もっとわかるから。……私、知りたいんだ」

 

 そう言って、アカネさんはゆっくりと目を閉じて、歌を歌い始める。それは幼いころに記憶した動物番組のテーマ曲。そっと歌う姿はどこか寂しくて。

 

「……俺も、アカネさんのこと、もっと知りたいよ」

 

 初めて知ったのは、この子がとても小さくて軽いということ。現実でないような、ふとしたら消えてしまいそうな……。俺はきっと、あの歌のように博愛にはなれないけれど、それを支えるくらいはしてあげたかった。




もっと君を知れば。

そう言えるのは、真実を知らない間だけ。


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解・答

死亡フラグ(第四話)
・アカネから離れていったら死んでいた

・二人を馬鹿にしたらクラスメイトは死んでいた
・嫉妬で嫌がらせをしたら、男子は死んでいた
・リュウタに言い寄ろうとしたら、女子も死んでいた
・二人の時間を邪魔しようとした奴は死んでいた

残り三話となりました。とうとう○○。
少し長いですが、渾身の力で書ききったので、読んでいただけると幸いです。


 午前十時、駅の前。空は快晴、気温は十八度。風は緩やかで、日差しはほどほど。何が言いたいかというと、とても過ごしやすく外出にぴったりな日和。

 

 そんな日に外に立っているのに、俺はどうしても心が落ち着かないし、やたらと自分の姿が気になってしまう。どこか失敗はしていないか、とか、気合入れすぎて引かれないかとか。

 

 自分では変な格好だとは思えないのだが、お互いに私服を見るのは実は初めて、これで彼女の好みに合わなかったらとか。心配事は考えるごとに募っていく。

 

 世の中にはこんな行為を何度も繰り返している奴がいるなんて、信じられなかった。気を抜いたら爆発する、時限爆弾を巻いているみたい。そんなドキドキハラハラを何度もやりたいだなんて……。

 

 そんな弱気なことを考えている内、時間が過ぎて。

 

「あー! おはよー。早いねー」

 

 明るい声。柔らかくて、安心する声。通りの向こうから、私服姿のアカネさんがステップを刻みながらやってくる。俺は、そんな彼女によって不安を吹き飛ばされながら、今日にいたる日を思い返していた。

 

 

 

 松葉杖の生活なんてものは直ぐに慣れてしまうが、アカネさんとの近づいた距離に慣れることはできなかった。決して、それは嫌な意味ではなくて、むしろ彼女が横に来てくれるたびに彼女が大切になっていく。最初に感じたうるさいほどの胸の鼓動は、少し落ち着いて、けれど体があったかくなるというか。

 

 そんな変化に言葉はつけられなかったけれど、戸惑う内に次々と新しい日が訪れて。俺のことを知りたいと言ってくれた、そんな彼女の言葉通りに多くの時間をアカネさんと俺は過ごした。

 

「ほら、二代目ってあるよね? ゼットンとか、ベムスターとか」

 

「あるある。最近だと二代目どころじゃなくて、毎シーズン登場とかも」

 

「それでね、二代目の造形って崩れたりして色々言われるけど、私、けっこう味があるって思うんだー。初代って完成しすぎてて、それを何とかアレンジしたり。あー、でも、たまにただの劣化もあるけど」

 

「アレンジ、やっぱりこだわり出るよね。逆に、最近は少し小綺麗すぎるっていうか。ほら、グビラ毎回出てくるけど、もう少し形に違いがあったりすればいいのにって」

 

「うんうん。予算とか、世知辛いんだなって思うけど、やっぱり一工夫欲しいよね」

 

 そんなことを俺とアカネさんはのんべんだらりと話していた。金曜の放課後、何となく、無礼講が許されそうな日。場所はいつもの学校の踊り場ではなく、商店街にあるバイキング式レストラン。

 

 外はすっかり夕暮れの時間なのに、お客はほとんどいない。このままで経営成り立つのかなって少し心配になるけれど、味は抜群。なぜ人気が出ないのだろうか、そんな不思議な店だ。

 

 よく怪我の功名と言うけれど、俺の怪我は正にそれで。この痛めた足は、アカネさんとの時間をくれた。今は足の怪我で堂々とサッカー部を休めるから、放課後も時間をつくることができる。そんな俺を、毎日のようにアカネさんは誘ってくれていた。

 

『一緒にご飯食べよ!』

 

 なんて、素敵な笑顔で。

 

 それはとても嬉しい提案だった。俺は一人暮らしなので、家に帰れば痛む足を引きずりながら料理をしなくてはいけない。かといって、外に出るのも、一人では億劫。何より、好きな子と食事ができるなんて、夢のよう。問題はアカネさんが家で怒られないかということだった。噂によると、彼女は結構なお嬢様だというから。

 

 だが、こうして向かい合ってゆっくりとグラタンを食べているアカネさんは、時間を心配する素振りも見せず。さらには、

 

「えへへ。楽しいね! こんな風に怪獣の話しながら、一緒にご飯食べるの」

 

 その声の調子が、噛みしめるような、心から絞り出すような物に聞こえる。だから、何かを尋ねる気にはなれなかった。俺だって、一人のさびしい夕食には戻れないほど、アカネさんとの食事は楽しい時間だったから。

 

(けれど、それも今日までか……)

 

 明日には病院に行って、松葉杖なしが認められるはず。そうなれば、こうして彼女が付き合ってくれる理由もなくなるわけで……。そう考えた途端、なんだか食べていたパスタの味が無くなって、俺はフォークを置いてしまった。

 

 それを見て、アカネさんは少し心配げに眉をひそめながら、尋ねてくる。

 

「あれ? どうしたの? 美味しくなかった?」

 

「そういうわけじゃないんだけど……。笑わない?」

 

「うん」

 

 俺は一度息をのむ。

 

「……今日で、一緒に食べるの終わりだって思ったら、寂しくて」

 

 小さく呟く。すると、アカネさんは少しの間ぽかんとして、

 

「ふ、ふふふふっ……」

 

 次の瞬間にはアカネさんは袖で口を隠すようにして笑い出してしまった。俺はといえば、むずがゆくて仕方なくて、口をすぼませてしまう。

 

「ごめんごめん! そっかー、リュウタ君は寂しいんだー」

 

「……その通りです」

 

「えへへ、拗ねないの! でも、そんなリュウタ君にグッドニュースです!」

 

 そう言うとアカネさんはずいと顔を近づけてきて、いたずらに微笑む。

 

「私、今日が最後だなんて言ってないよ?」

 

「……え?」

 

 その言葉に俺は呆然と彼女を見て。アカネさんは、少し照れくさそうに頬を掻きながら、言葉を続けた。

 

「ほら、言ったでしょ? リュウタ君のことが知りたいなって。それで、なるべく一緒にいて、リュウタ君の好きなご飯とか、音楽とか。あとあと、苦手な教科とか、ちょっとは分かったの」

 

 毎日一緒に食事して、放課後に街をふらふら歩いて、教室ではみんなの生暖かい目を受けながら宿題見せあって。確かに、この一週間で、俺もアカネさんのことを知ることができた。

 

「でもね、まだ答えは分かんないし。リュウタ君のこと、知らないことばっかり。だから、リュウタ君が一緒がいいって言ってくれたら……。来週からも……」

 

「一緒がいいです!」

 

「……っ。もー! 答えるのはーやーいー」

 

「それはっ、嬉しかったし。でも、いいの? ほら、他に友達とか……」

 

 正直、怪我以来、俺は男子とそこまで付き合っていない。なんだかんだとクラスのアイドルが近くにいるので、自然と近づくのをためらわせてしまっている。そんな俺の友人関係なんてどうでもいいが、アカネさんにだって自分の友達がいるのだ。そういう子たちとの付き合いは大丈夫なのか、心配に思っていた。

 

 尋ねると、アカネさんは少し考えるように、顎にパーカーに包まれた手を当てて。そして、ふっと息を吐きながら脱力。そして、アカネさんは少し気だるげな顔で、小さく愚痴をこぼしてくれた。

 

「しょーじきね、あんまり皆といても、面白くないんだー。気を使わなくちゃだし、色々しつこいし。リュウタ君は男の子だから、わからないかもだけど、女子ってね、色々どろどろして怖いんだよー」

 

 言いつつ、気を抜きながら、机の下で足をふりふりとしているのだろう。いつの間にやら靴を脱いだアカネさんの足先が、気まぐれに俺の足に触れてきて、気が気じゃない。

 

「だーかーらー、リュウタ君と一緒の方が楽しくて、ドキドキするのー」

 

 俺がこの一週間で知ったこと。それは、今までも不意に見せてくれた、寂しげで、周りのことに疲れがちな普通の女子高生。そんな姿がアカネさんの素顔ということだった。

 

 クラスの中では、いつも笑顔を絶やさないし、人当たりは良いし、敵は作らない。どこか作られた完璧美少女。もちろん、それも魅力的に見えるのだろうけど。

 

 けれど、目の前の、怪獣のことを話したり、愚痴をこぼしてくれる姿の方がずっと自然で。その姿を俺に見せてくれるのが、嬉しいし、そんな彼女のことを守りたいなんて、大それた思いまで募ってしまう。

 

「……嬉しいな」

 

「ふふ、聞こえてるよー」

 

「聞いて欲しかったの」

 

「知ってたー」

 

 俺は笑って、パスタに手を出す。口に入れると、豊かなソースの味が広がって、美味しかった。

 

 そうして小一時間位、今日はパワードの話で盛り上がった。あの怪獣アレンジは見事だけど、もう少し激しくアクションしても良かったよね、とか。まあ、いつも通り、怪獣大好き同盟らしく、怪獣メインでどこまでも楽しい時間が過ぎていった。

 

 食事の後は、バスに乗っての帰り道。月曜日に初めて知ったのだが、俺の家とアカネさんの家は、案外近いらしい。それも理由にあるからか、怪我が心配だからという理由で、彼女はマンションの前まで送ってくれる。そこに付けばエレベーターがあるので、上り下りには困らない場所まで。

 

 そうして、エントランスの前で名残惜しくも、彼女の手を離す。何時もは、それでお別れのはずだった。

 

「それじゃあ、また来週」

 

「うん! ……そういえば、リュウタ君、一人暮らしって、どうしてなの?」

 

 不意打ち。

 

 きっと、本当に不意に気になったとか、そんなことだったのだろう。アカネさん、結構自分の欲求には素直だから。

 

 ふと、考えるが、すぐに教えようと決めた。特に隠すことでないし、まだ早いかもしれないけど、先のことを望むなら知ってもらうことは悪い事じゃない。それを知ってどうこうというタイプではアカネさんはないし、むしろ黙ってる方が嫌に思うだろうから。

 

「えっと、色々複雑ではあるんだけど……」 

 

「うん」

 

「小さいころに、お袋が浮気して、家を出て、消息不明」

 

「……え?」

 

「親父は働きすぎで過労死」

 

「え?」

 

「で、兄貴は成人するなり、アメリカの超一流企業に行って、それっきり」

 

「……」

 

 なるべく簡潔に説明すると、アカネさんはさすがに驚いたのか、数秒無言で過ごした後、申し訳なさそうに言いよどんだ。改めて話していて、割と深刻な家庭環境だ。

 

「その、ごめんね。聞きにくいこと……」

 

「あー、まあ、そうなるよね」

 

 そう言ってくれるのはありがたいけれど、既に過去の話で、自分の中で色々な整理はつけている。兄貴も世間体か、あるいは申し訳なくは思っているのか生活費は振り込んでくれて、親父の遺産もあって、生活に不便はない。

 

「だから、気にしなくて良いよ。ここなら、夜中もウルトラシリーズ見てて怒られないし。それに、……親父のおかげでアカネさんに会えたから、ちょっと感謝してる」

 

「……どういうこと?」

 

 少しだけ、昔を思い出す。

 

「親父さ、警察官だったんだ。まあ、コテコテのドラマみたいな。モロボシ隊長みたいな熱血野郎で、家族は二の次。でも、ウルトラシリーズのビデオテープ、好きだったのか知らないけど、たくさん残してくれて。

 それを見るのが、小さいころから好きだった」

 

 一緒に見てくれることはなかったし、お袋が出て行ってからは、ますます仕事にのめり込んだ親父。刑事なんて仕事は重労働で休みなし。過労死は時間の問題だったのだろう。

 

 大嫌いだったのに、そのおかげでアカネさんと知り合えたのだから、人との縁ってやつは面白いものである。

 

「……そうなんだ」

 

 アカネさんはそう言うと、顔をうつむけて何事かを考えているようだった。もしかして、へんな空気にしてしまったかと不安に思ったが、不意にアカネさんは俺の手を握ってくる。上げられた顔は、柔らかく微笑んでいて。

 

「リュウタ君、明日で松葉杖なしだよね?」

 

「うん、その予定だけど」

 

「それじゃあ、日曜日に遊びにいこうよ」

 

「……え?」

 

 呆然と呟く俺に、アカネさんは明るく言うのだ。

 

「だーかーら、デート。デートしよう!」

 

 どんな考えから、その提案に至ったのかは分からない。けれど、短い日々でよくわかったのは、アカネさんが意外と頑固で、割とかわいく我儘で。一度言ったら、止めないこと。つまり、俺としては唐突にデートの予定は決まってしまったということだった。

 

 

 

 そして待ち合わせに至る。行先は隣町だった。さすがに、高校の近くで遊べば、他の連中に出会う可能性があるということ。それも、なんだかお忍びデートみたいで、楽しくはある。男はみんなそうなのかは分からないけれど、好きな子との内緒話というのは言い知れないほど魅力的。

 

 待ち合わせ場所は、駅前広場。

 

 不意な予定で、俺はデートプランを立てることはできなかったが、アカネさんの中では巡りたい場所は決まっているそうだ。元々、俺たち二人で何かをするときは、いつもアカネさんが主導。男らしくエスコートもしたいが。

 

『まあまあ、明日は任されよー!』

 

 なんて、笑顔で言われたら何とも言えない。

 

 そうして、俺は三十分前に到着し、緊張と不安で変なタップダンスの末、アカネさんと無事に出会うことができた。

 

 デート相手である、好きな女の子。

 

 休日だから当然、アカネさんも私服だった。いつかに想像したような、フリルたっぷりのお嬢様みたいな服ではなくて、どこか制服の時と雰囲気は似た。けれど、それこそがアカネさんに似合っていて。俺はすっかり目を離せなくなってしまう。

 

 水族館でレナ隊員に見とれたGUTSの皆さんも、こんな気持ちだったのだろうか。いや、あれは水着で、アカネさんは未だ私服。俺、水着見たら、死んでしまうんじゃないだろうか。

 

 思いが顔に出ていたのだろう。アカネさんは、にやりとからかう視線を向けてくる。

 

「顔真っ赤! じゃあ、似合ってるんだ? この服」

 

 悪戯な笑み。それに黙って首を何度も降りながら、せめてと声を絞り出した。

 

「……うん、似合ってる」

 

「えへへ、これでも結構頑張ったから。そういうリュウタ君も、似合ってるよ!」

 

 そう言い、アカネさんが手を取ってくれる。触れた手は、やっぱり現実感がなくて、柔らかくて、暖かくて、安心する。いつか言ってくれたように、彼女もそう思ってくれていたら嬉しい。

 

 そんな我武者羅な気持ちが溢れてきて、その力をばねに、俺は手を握り返して一歩を踏み出した。行先はカノジョ任せのデートだけど、逸る気持ちは伝えたくて。横に立っているアカネさんは少し頬を染めながら頷いてくれる。

 

 今日はこの子が最高に幸せになる、そんな日にしたかった。

 

 

 

 始まったデート。だが、本当に俺は行先を知らなかった。ラインで尋ねても、『内緒』の一点張りで、もしや、高級レストランとか、すごい甘い雰囲気の場所に行くのではないかと、甘くも怖い空想に浸りもしていたのだが。

 

 現実はいい意味で普通の場所だった。それは例えば駅前のゲームセンター。

 

「よっし! よっし! 死んだー!!!」

 

「……すっげえ」

 

 アカネさんは店に入るなり、シューティングゲームを凄まじい勢いで攻略していった。一応、二人用で行ったのだが、見せ場ないどころか助けられてばかり。

 

 雄たけびはラスボスをほぼ完封しての勝利の時のもの。大きくとったガッツポーズも、絶対に彼女が学校で見せない笑顔で、俺にだけ見せてくれた顔。その後、我に返った時の照れくさそうな姿も可愛くて。

 

「ふっ!!!」

 

 今度はこちらが良いところを見せようと、手を出したのはパンチングマシン。俺は気合を入れて、マットにグローブを打ち込む。カウントされたスコアはなかなかだが、いつもよりは点数が低かった。くそ、脚に踏ん張り利いたらもう少し伸びるはずだったのに。

 

 それでも女の子よりは力があるつもりなので、

 

「やっぱり男の子には勝てないねー」

 

「これくらいは見せ場つくらないと」

 

「じゃあ、かっこよかったって言ってあげるよー」

 

 少し拗ねたように、隣でちょいちょいとマットをつついているアカネさんに苦笑いする。

 

 その後も、二人で気ままにゲームセンター中を遊び倒していった。ロボットゲームに、メダルゲーム、ダンス系は足があるので止めておいたが、アカネさんも運動系は苦手のようだった。他にも、

 

「クレーンゲームって、ほんと理不尽だよ……。お店側でアームの強さ変えられるなんて、ひっどい」

 

「よしっ! もう一個!!」

 

「なのに、なんでリュウタ君はそんなに上手いかな……」

 

「年季があるからね。はい、プレゼント」

 

 そうして、ゼットンのデフォルメぬいぐるみを渡したり、

 

「えへへへ。十連しょー!!」

 

「なぜ、勝てないんだ……」

 

 格闘ゲームはズタボロだったり。アカネさんは向かいからピースサインと一緒の勝利宣言。格ゲー系列は、ソコソコできたはずなのに、程よく面白い接戦を演じられても、最後は押し切られてしまう。

 

 ゲームセンターなんて、街中のどこにでもある場所だ。今、いる場所もガラの悪い連中がいない分、過ごしやすいだけ。家の周りにも似たような場所はある。けれど、アカネさんと二人でいるというだけで、こんなにたくさん、いつもと違うアカネさんを見れるだけで、俺にとって、思い出の場所になっていく。

 

「……そういえば俺、プリクラって撮るの初めてだったな」

 

「これ、ほんとは、あんまりおもしろくないんだよ。周りがやってるから、やってる子ばっかり。待つの長いのに、写真撮るだけ。ペイントも交代で書くとか、へんなルール多いし。いつも面倒だなーって思ってたの」

 

 そうは言いつつ、アカネさんは笑顔で筐体を操作していく。

 

「でも、不思議だね。リュウタ君と一緒だと楽しいなー。あ! 怪獣娘あるけど……。リュウタ君は怪獣娘はあり? なし?」

 

「……あり寄りの無し!」

 

「おんなじー! じゃあ、別のにしよ……。あ! 普通のウルトラマンもあった。ほら、ゴモラ!」

 

「おお! いいね!」

 

 それじゃあ、とアカネさんは俺の腕を引いて体を押し付けてくる。彼女の方が背が低いので、俺は少しかがんで。そうするとアカネさんは嬉しそうに頬まで寄せてくれて。

 

 長いと思えなかった時間が終わると、照れる俺と満面の笑顔のアカネさんが、怪獣に囲まれていた。

 

 

 

 今までの人生で、こんなに笑ったり、ドキドキした時間はないというくらい、俺とアカネさんは二人の時間を楽しんだ。ゲームセンターを出た後も、一緒にランチを食べて、街をぶらぶら歩いたり、かと思えば、ちょっとした雑貨屋で時間を過ごしたり。

 

 けれど、時間が止まってほしいなんて思っても、理不尽な世界というのは止まってなんてくれない。段々と太陽は夕日へと変わっていく。そんな名残惜しい時間の最後に、アカネさんはあるところへと俺を誘ってくれた。

 

「ここって……」

 

 駅前の通りから外れた、少し人気のない商店街。そこにぽつねんと鎮座して、俺が見上げる店は、どこか古びていた。

 

 けれど、外見なんて問題はない。知る人が見れば、その中身は宝石のように光り輝いて見えるはずだ。看板には『万屋ウルトラ』。タイトルフォントを真似た看板がかかる、ウルトラシリーズのファンショップ。

 

 アカネさんは腕を組みながら、興奮気味に教えてくれる。

 

「ここね、マニアの間でも、中々知られていない隠れた名店なんだよ! 他じゃあ売られていないソフビだったり、グッズ売ってるの」

 

「へえー、例えば、ササヒラーの初版とかも?」

 

「そうだよー。私、思わず買っちゃったもん」

 

「マジで!? 持ってるの!? ササヒラー!!?」

 

 ブルマァク三種の神器等とも呼ばれる、ササヒラーのブルマァク初版は手が出せないほどプレミアがついていることで有名だ。ウン百万する激レア品。それを、持っているとは、本当にアカネさんはお嬢様のようだ。

 

「まあまあ、こんな店先であれですからー。早く入ろ!」

 

 そして、押されつつ入った店内は、一言でいえば凄まじかった。四方八方、全てがウルトラグッズ。変身用のアイテムから、ソフビ、ジオラマ、食玩。最新作から初代からQまで、なんでもござれというラインナップ。

 

 よくもまあ、こんな店がマニアに見つからず存在しているものだと感嘆すら出てしまう。

 

「ほんと、すごい……」

 

「えへへ、それを見つける私もすごいでしょ」

 

「うん、すごい」

 

 手を握るアカネさんと一緒に、俺はこの不思議な店を巡り歩いた。棚一面のソフビに、キングジョー戦を再現した巨大ジオラマ。その奥には、どうやって手に入ったのか、着ぐるみまで置いてある。確か、撮影用のものは倉庫で管理されていると聞くが、どうしたのだろうか。ふと壁を見れば、出演者の方々のサイン色紙や、台本。

 

 何時もグッズはアマゾンで購入していたが、こんな風に綺麗に飾られている場所に来ると、言葉を失うほど圧巻だった。

 

「すっごいな……」

 

「リュウタ君、すごいしか言ってないねー」

 

「ほんとにすごいから……」

 

 さて、とは言いつつも、こういう店に来た以上は何も買わないのはファンとしておかしいもの。アカネさんも、俺に内緒で買いたいものがあると言うので、少しの間だけ別行動。なのだが、少しだけのはずなのに彼女と離れると、なんだか体が寒くて。それだけずっと寄り添っていたのかと不思議な感覚になった。

 

 迷宮のような店の中を、ぐるぐると。時折、良いと思うものを見つけるけれど、値段を見て、びっくりしたり。正直に言えば、自分で生活するだけのお金は兄貴と遺産だよりで、不自由はないけれど、贅沢品を買う余裕はない。夏にでもバイトをして稼ごうかと思っている。

 

 だから、買うなら特別なものにしたくて……。不意に、俺はあるグッズに目を奪われた。

 

 別行動は十分くらいで終わってくれた。

 

「……おお」

 

「良いもの沢山見つけちゃって……」

 

 照れ隠しに頭をかくのは彼女の癖。レジで待ち合わせたアカネさんは大きな紙袋を下げて、眉尻を下げている。そうはいってもいくつかの包みを紙袋に入れているので、お互い様だ。こういう時、ファンならそうしてしまうのは仕方ない。

 

 店を出ると、辺りはすっかり暗くなろうとしていた。

 

「ありゃー、もうこんな時間だ。あとはご飯食べて……。それくらいしかできないね」

 

 駅へ向かう途中、アカネさんが上を見上げながら、ぼんやりと。勘違いでなければ少し残念そうに。それを見たら、恥ずかしさは感じなかった。

 

「アカネさん、また来よう」

 

「……え?」

 

「まだ、一年も始まったばかりだし。夏になれば、ウルフェスとか、またイベントはいっぱいあるから。……俺、アカネさんと一緒に行きたいよ」

 

 言って、彼女の手に熱を伝える。まったく、デートの誘い方がウルフェスなのはどういうことだと、世間一般もとい、クラスの男子たちに聞かれたら猛批判だろう。けれど、

 

「……うん」

 

 そう言ってゆっくりと体を預けてくれたアカネさんを見れば、それが最高のデートコースになると、思えてならなかった。この先も、二人で時間を過ごせる。夏も冬も、その先も。大好きな人と一緒になら、どこにいても幸せだと。

 

 そんな夢見心地が災いしたのだろうか。

 

「! アカネさん!!」

 

「ぇ!?」

 

 俺はアカネさんの腕をつかんで、とっさに引き寄せた。足を怪我していたのを忘れて、そんなことをしたもんだから、上手く踏ん張れず、そのまま地面へと倒れ込んでしまう。けれど、アカネさんだけは俺の上に乗った形で地面に触れることはなく、俺の腕の中にいてくれた。

 

 視界の端から二台の自転車が飛び出してきたのだ。歩道なのに、スピードを出して無灯火。引き寄せなかったら、危うくアカネさんが引っ掛けられるところ。

 

 普通、前ぐらい見るだろうに、自転車からめんどくさそうに降りる奴はスマホ片手の上、いかにもそういうことをしそうな見た目をしている若い男。

 

 ぶつかろうとしたくせに、アカネさんを傷つけようとしたくせにへらへらと笑ってやがる。しかも悪びれもしないで、こんなことを言い出した。

 

「あ! わっるいねー!」

 

「ってデートかよ。いちゃついてんのが悪いんだぞー」

 

「しかも、けっこう可愛い子連れてるし。……ん?」

 

 二人組の片割れが怪訝な顔をして俺たちの方へと目を凝らした。その様子に、苛立ちを抑えつつ、視線をたどると、その先はアカネさんの紙袋。今の衝撃で破れたのかソフビの箱と、大きなハネジローのぬいぐるみをのぞかせている。

 

 見た瞬間、男たちは馬鹿にしたように笑い出した。

 

「おいおい! その年になってかいじゅーだってよ!」

 

「こんなかわいいのにもったいないねー」

 

「もっとましな趣味見つけろよ、ガキ」

 

 言いたい放題。それだけならまだ我慢ができた。

 

 カシャリ

 

「めっちゃ可愛いけど、怪獣オタクっと」

 

 胸にかかる強い力。腕の中でアカネさんは唇をかみ、怒鳴りたいのを我慢するように手を震わせていて。

 

 それを見た瞬間、止まれなかった。

 

「……てめえ!!!」

 

 言葉にならない叫び声をあげて、俺はスマホをかっさらうと、大きく車道へと放り投げた。地面へと落ちたそれへと運よく突っ込むのは大型トラックで。小さな音と一緒に、スマホが車の下に消えている。

 

 ためらう気も後悔も、何も起こらなかった。ほんの数秒で、頭が燃え滾る様に熱くて、手が震えて……。

 

「っざけんな、このオタク野郎!」

 

 何かとは気づけなかった。手を出したのはスマホを壊した男。俺はしたたかに一発、横っ面にくらってしまうと、倒れ込んでしまった。口に血の味が染みて、目がちかちかとする。

 

 もしかしたら、男はさらに手を出そうとしたのかもしれない。だが、騒然となる周囲にすぐ近くの交番。もう一人の片割れの男が止めて、男たちは足早に去っていく。

 

 残ったのは、無様に青天した俺と、散らばったソフビ人形。そして、動けるなり、見た先で、

 

「……」

 

 とても不思議な顔をしたアカネさんが、呆然と座っていた。

 

 

 

 お互いに、無言だった。

 

 さすがに、あの場所に居続けるのは難しかったので、近くの公園のベンチに移動して。そうして座っていると、こめかみのあたりが熱をもってくる。それに冷えたペットボトルをあてながら、横に座った彼女を見た。

 

 アカネさんは、ここに来るまで一言も話さなかった。うつむき、手を強く握って震わせている。それを見て、自分の無茶が嫌になる。

 

 あのまま乱闘になってみろ、アカネさんが怪我をする可能性だってあった。悔しくても、アカネさんの苦しんでいる顔を見ても、耐えればよかったのに。

 

「……ごめん、怖い思いさせたと思う」

 

 自分でも何が何だか分からない。俺って、こんな喧嘩売るような奴だったか、なんて。それでいて女の子を危険にさらすなんて。大馬鹿野郎もいいところだ。

 

 せめて謝らなければ、何度も自問自答しながら、頭を下げて。自分が嫌になっていく。このままアカネさんの前から消えた方が良いんじゃないかとも思うほど、胸が苦しくて。

 

 そっと、柔らかいものに包まれた。

 

「……え」

 

 頭を上げると、今度は力が込められて。

 

 抱きしめられている。そう気が付いたのは、耳元に暖かな吐息を感じ取った時。

 

「ねえ、どうして?」

 

 小さな問いかけ。彼女の顔は、見えない。

 

「どうして、リュウタ君が怒ったの?」

 

 彼女の言葉はそれだけだった。

 

 どうして、なぜ。

 

 それだけを尋ねる言葉。シンプルな疑問。それ以上は尋ねることなく、アカネさんはただ、俺を包んで答えを求めている。

 

 趣味を馬鹿にされたから。

 

 デートを邪魔されたから。

 

 あいつが単にむかついたから。

 

 そんな浅い理由じゃないのは分かっている。アカネさんと出会ってから、ずっと心に燻ぶらせていた、どうしようもなく偉そうで、それでも裏切れない思いがあったから。

 

 だから、その小さな声に、俺は答えてしまった。ずっと言いたくて、怖かった言葉を。

 

 

 

「アカネさんのことが好きだから、大好きだから。……だから、君を傷つけたアイツが、許せなかった」

 

 

 

 ああ、言ってしまった。

 

 口をついて出た言葉ごと、魂が抜け出るような。なんだか、すっきりして、安らかな気持ちだった。本当はずっと考えていたんだ。あと数回デートしたら、どこかロマンチックな場所に誘って、ちゃんとしたプレゼントをもって伝えたかったのに。

 

 頭を腫らして、こんなどこにでもある公園で。

 

 けれど、なんだか、そうするのが自然だったように。言葉に嘘と後悔はなかった。

 

 アカネさんから、返事はしばらく返ってこなかった。

 

 ただ、互いに温度を交換するように。どれだけの時間がたったのか分からない。ようやくと、口を開いたアカネさんが微かな声で呟き始める。それはもしかしたら、彼女も誰に伝えるつもりはなかったかもしれないほどの繊細な声。

 

「……アイツ、ぶっ殺してやりたいって思った。

 今日、すごく楽しかったのに、最後にぶち壊して。ぶつかってきて。せっかく買ったソフビに、リュウタ君へのプレゼントも汚して、それなのにへらへら笑って、馬鹿にしてきて、写真まで撮ろうとして……。

 あんな奴生きてる価値なんてないし、殺してやりたいって思った」

 

「……うん」

 

 次第に首に回される力が強くなる。彼女の震えも、温度も、はっきりと色を帯びていく。彼女が言うには、あまりにも物騒な言葉。けれど、きっと俺たちのような高校生なら、心のどこかで思う言葉。だから、俺も彼女を否定できない。俺も、同じことを考えていたから。

 

 ふ、とアカネさんが力を抜く。

 

「……けど、不思議なんだ。そんなことよりも、リュウタ君が殴られた時、もっと強く思ったの。あいつ、絶対に許さないって。

 ……おかしいよね。私が殴られたわけじゃないのに。

 いつも一緒にいてくれて、怪獣の話を笑わずに聞いてくれて、サッカーがちょっとカッコよくて、それで、私をいらいらさせない、楽しくさせてくれる」

 

「……けど、リュウタ君は私じゃなくて、別の人なのに。……なんで、私がこんなに怒っているんだろうね」

 

 それが、彼女を悩ませていた、わからないことだったのかもしれない。

 

 どうして、他人のために怒れるのか。

 

「けど、ようやくわかったよ……」

 

 言い残し、アカネさんの温度が離れていく。

 

 目の前の彼女は穏やかで、すっきりした顔をしていた。ずっと悩んでいた答えを見つけたような、ゴールにたどり着いたような表情で、とても綺麗な夢見るように。

 

 

 

「私もね、リュウタ君のこと、好きだったんだ」

 

 

 

 その言葉をとっさに理解はできなかった。彼女が言うなり、唇に熱を感じたから。

 

 直ぐ近くにアカネさんがいた。触れ合う場所は、熱くて、焼けそうで、けれどずっと触れていたい。なんだか生々しい存在感に圧倒されながらも、夢うつつのような。

 

 彼女と唇を重ねている。そう思った瞬間の心を、俺は説明することなんてできない。

 

 ただ、このままでいたくて。彼女のことをもっと感じたくて、ただ必死に心に振り落とされないようにアカネさんにしがみついていた。

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「えっと……」

 

「うん……」

 

 あれからしばらく時間がたった。結局、どちらも離れることができなくて、十分くらい、ずっと抱き合ったまま、不思議な気分で何度も口づけを交わして。

 

 その後、子供が公園に遊びに来たのに我に返り、二人で慌てて移動したのが少し前。足元がおぼつかなかった。痛めたからとかでなくて、ふわふわと重力から離れるようで。けれど、現実感のない中、お互いに伝えあった言葉と行為だけは鮮明に焼き付いている。

 

 お互いに手をつないだまま、赤くなった顔を寄せ合って、

 

「……その、改めてなんだけど、俺と付き合ってくれないかな?」

 

「……えへへ。うん、嬉しいな」

 

 そうして二人、何となく恥ずかしくて、けれど優しい気持ちのまま家路につく。口数は少ないけど、手をつないでいるだけで、十分。歩いている感覚もないほど、ゆっくりと動いて。それでも、名残惜しくともゴールは近づいてしまうから。

 

「……着いちゃったね」

 

「……うん」

 

 アカネさんの家は、驚くほどの豪邸だった。けれど、今は、驚く気にはならない。

 

 俺は離したくないという心をしかりつけて、手を離し、彼女へと破れた紙袋を渡した。そのまま持ち運ぶのは大変だったので、俺が左手で抱えてきたのだ。

 

 あとは、門の向こうへアカネさんを見送るだけ。けれど、彼女はじっと動かず前にいて、照れ臭そうに袋からぬいぐるみを取り出した。怪獣の名前を付けるには、可愛らしく、やさしいキャラクター。それを俺に手渡してくれる。

 

「……ほら、前にハネジロー好きだって言ってたでしょ? ちょっとあいつらのせいで汚れちゃったけど、プレゼント」

 

「あ、あー、もう、嬉しいなあ」

 

 この年になってぬいぐるみ抱きしめて泣きそうになるなんて、思わなかった。

 

「そんなに好きだったの、ハネジロー?」

 

「アカネさんがくれたのが嬉しいんだよ」

 

「ちゃんとわかってるよー。私だってハネジローには嫉妬したくないからねー」

 

「……じゃあ、俺もこいつに嫉妬しないようにしないと」

 

 言いつつ、俺も小さな袋を手渡す。正直に言えば、今日、こんな進展を迎えるとは思っていなかったから、もしかしたら、傍から見れば奇妙なものに見えるかもしれない。けど、それでも。

 

 アカネさんは袋を開けると、ほほえみつつ、目を細める。

 

「ねーねー。女の子のプレゼントに、これ送る人って、リュウタ君くらいじゃないかな?」

 

「やっぱり、変だったかな? 前に大好きだって言ってたし、すごいいい出来だったから」

 

「んー、覚えていてくれたから、すっごい嬉しい!」

 

 アカネさんの手に載せられるというソフビにしては最高級の扱いを受けるのは、かのティガにおけるラスボス、ガタノゾーア。リアル寄りの造形なものだから、可憐なアカネさんとのアンバランスさは凄まじい。

 

 さて、趣味枠は終わったので。

 

「あと、これも……」

 

 ソフビを見て笑っている彼女の隙をつくように、俺はそっと彼女に近づいて、首に手を回す。あー、もう、なんで上手くつけられないかな。スムーズとはいかなくても、ようやくと彼女の首につけられたのは、小さな赤い石が着いたネックレス。雑貨屋で見つけつつ、いつか渡そうと、こっそり買ってしまったもの。

 

 それを手に取ると、アカネさんは困ったように頬を膨らませる。

 

「えー、ふたつもプレゼントくれるなんてずるいじゃん! 私からお返しできるの、今ないよ!」

 

「それは、次の時に期待してるよ」

 

「もう、今返してあげたいのに……。それじゃあ……」

 

 アカネさんとの距離が近づいて、頬に柔らかいものが触れる。そっと時間をおいて離れるそれは、どんなプレゼントよりも嬉しいお返しだった。

 

「あー、でも、これ、やっぱりお返しじゃないね。私も、嬉しくなっちゃったし……。やっぱり、また今度ということでー」

 

「……。あー、もう、好きだ」

 

「私もすきー! えへへ」

 

 ああ、今自分がいる場所が、夢の中だとしか思えなかった。けれど、アカネさんの暖かさと、確かな腕の感触が現実の世界だと教えてくれる。そのまま俺たちは抱き合って、何度かキスして、そうしてようやく、また明日と別れるのだった。

 

「そういえば、うち、今誰もいないけど、どうする?」

 

 なんて悪戯な微笑みには、顔を真っ赤にしつつも固辞したことを最後に書き残しておく。

 

 一人帰る暗い夜道。見上げる星のように、これからの日々が明るくなるだろう、なんて。俺は浮かれてはしゃぐ子供のように、輝く未来を想像していた。

 

 

 

「たっだいまー、アレクシス―!!」

 

『おやおや! とても上機嫌じゃないか! 何か嬉しい事でもあったのかい?』

 

 暗く、怪獣だらけの部屋には、その声は不釣り合いだった。入るなり、嬉しくて楽しくてたまらない、幸せだと声だけでなく全身で訴えるように、少女は舞い踊る。

 

 バッグを放り投げて、けれどプレゼントのソフビは大切に棚の上に置いて。そして首から下げたネックレスを指で撫でながら、ごみ袋の上にダイブ。少女はとろける様な笑顔で怪人へと惚気だしてしまった。

 

「あったんだー、すっごい嬉しいこと! うふふ、告白されてぇ、キスしちゃった!!」

 

 その景色を思い出すなり、少女はごみ袋の上で身をよじり、笑顔のまま、何度も袋を叩いて。

 

 それを見た怪人は少女へとそれはそれは嬉しそうに、話しかけるのだ。

 

『告白、かい? もしかしてお相手は……』

 

「うん! そうだよー、リュウタ君!! あー、もう、だいすきー!! 優しくて、私のこと分かってくれて、守ってくれて、一緒にいると楽しいリュウタ君!

 ねえ、アレクシス! これが好きってことなんだね!! うふふ、だからあいつら、殺したくなったんだ! もー、あれだけ悩んでたのが馬鹿みたい!!」

 

『それはそれは、おめでとう。君の答えが見つかって、私も嬉しいよ! それで、付き合ったら、君たちはどうするんだい?』

 

 怪人の言葉に、少女はきょとんと眼を丸めて、ごみ袋から立ち上がった。今は未だ目の前のことしか見えてなかったと、気づかされ、改めて先のことを考えてみる。

 

「あー、それ、大事だよね! すごい勢いで告白しちゃったから、あまり先のこと考えてなかったかも。でもー、今は恋人らしいこと、たくさんしたいな! 一緒にいて、楽しいこと!!

 えへへー、キスとか、お泊りとか。もっと先のことはー、まだ早いかなー♪」

 

 幸せいっぱいの笑顔。

 

 怪人はならばこそ、少女へと提案をする。

 

 それは親愛に満ちた父親のように、あるいは互いを知り合っている友人のように。けれど、声と裏腹に動かない表情から、彼の感情を読み取ることはできなかった。

 

 怪人は言う。

 

『そうか、そうか。楽しそうだねえ。それじゃあ、そんな君に、私からもアドバイスしよう』

 

「えー、なにー、アレクシス、人間じゃないのにアドバイスできるの?」

 

『ああー、それを言われると自信が無くなるなあ。けれど、私たちのやっていることに彼も誘ってみる、なんてどうだろう?』

 

 少女の一番の楽しみ。一番の愉悦。怪獣趣味として、最高の贅沢。

 

 少女は目を丸くしつつ、喜色に顔を染め上げる。

 

「……え!? いいの!?」

 

『私は全然かまわないよ。君の大切な人で、怪獣が大好き! 一緒にこの世界で遊べれば、もっと楽しくなれるはずさ』

 

「アレクシス、それ、さいっこー!! じゃあ、さっそくリュウタ君連れてこないとね! あ、でもでも、この部屋だとちょっと呼ぶの恥ずかしいから、まずは掃除しないと……」

 

『フフフ、楽しみだね、アカネ君』

 

「うん! そうだね! 早く一緒に遊びたいなー、リュウタ君」




たどり着いた二人の関係。

少年が選択を迫られるのは、すぐ先のこと。


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誘・惑

死亡フラグ(第五話)
・アレクシス


 雨に打たれていた。

 

 季節外れの土砂降り。あと二か月くらいして降ればいいのに、よりにもよって。

 

 けれど、雨宿りをするでもなく、俺はただただ降られるに任せていた。何もする気が起きなくて、温度が体の芯まで染みてきても、感じるものはなくて。いっそ、この雨に溶けて消えてしまいたいほど。

 

 そうすれば、こんな、答えの出ない問題を悩んだり、死にたいほどの怖さに押しつぶされなくても済むのに。

 

 俺の夢は、そんな大したものじゃなかったはずだ。

 

 自分を理解してくれる人と出会って、その人と毎日を過ごして、それで恋をして、家族になって。そうしたら、その人だけでも、一生をかけて守って幸せにしたい。

 

 たとえば君が……。いつか彼女が歌ったように、大切な人だけでも、支えられるように。

 

 真っ当な家庭環境じゃなかったから、そんな平凡な夢だけで十分だった。あの子を幸せにできれば、それでよかったのに。

 

 なんでだろう。なんで、そんな夢をかなえるのが、こんなに難しいのだろうか。

 

 

 

「というわけでー。私たち、お付き合いすることになりました!」

 

「「「Fooooooo!!」」」

 

 俺とアカネさんの恋人初日は、そんな緩やかな宣言から始まった。返ってくるのは、女子の興奮した黄色い叫びと、そこに混じる男子の嘆き。

 

 それを真正面から浴びながら、俺はアカネさんの手だけをしっかりと握っていた。月曜朝、場所はクラスの黒板前。アカネさんによる、突然の交際宣言。そうして俺たちの交際は、クラスどころか学年中の周知のものとなったのである。

 

(……交際、恋人)

 

 その言葉の意味を、女子の質問爆撃や遠くから飛ばされる男子の嫉妬の視線を浴びながら考える。

 

 アカネさんと抱き合って、キスをして、想いを伝えあって。それがつい昨日のこと。今でも思い返せばドキドキしてしまうし、赤くなって頬が緩んでしまう。

 

 そうして、経緯はどうあれ俺たちの関係はステップアップを迎えた。彼女への色々なことが許される関係であると同時に、彼女の良い人生へと責任を持つ関係に。

 

 ただ、アカネさんを幸せにしたいというのは付き合う前から傲慢にも固く思っていたことであり、際限なくそれは強くなっていくから。ある意味で、俺の心構えは変わる様子はなかったのだ。

 

 問題は、交際歴なんて持たない俺が、彼女と恋人らしくどのように付き合えばいいか、ということだが……。幸いにも、俺はそれを今すぐに考える必要はなかった。

 

「リュウタ君、ちょっと座って?」

 

「ん? いいよ」

 

「それじゃあ、背中、お借りします。ぎゅー」

 

 背中にかかる軽さと、温かさ。ついでに、なんだか柔らかい感触。首元には彼女の一息ごとにくすぐったさが伝わってくる。

 

 恋人になったことによる一番の変化は、アカネさんに遠慮が無くなって、甘えてくれる機会が多くなったこと。俺から何をするでもなく、彼女はスキンシップに積極的だった。

 

 五分休みでも、毎回、俺の机まで来て話しかけてくれるし、今朝、家まで迎えに行けば、会うなり頬に口づけをくれた。

 

 そして昼休み。場所はいつもの渡り廊下だけど、着くなり、こういう姿勢になって。彼女のリラックスした声が直ぐ近くで聞こえる。

 

「やっぱり、男の子の背中って広いね。筋肉がっちりー。なんだか安心する……」

 

「アカネさんもあったかくて、安心するよ」

 

「そう? それなら嬉しいな。今日はこういうことでー、けど、明日は逆がいいなー。リュウタ君が抱きしめてくれるの。たぶん、すっごくリラックスできそう」

 

 アカネさんは蕩けるように言うと、もっと力を抜いて、俺にもたれてくれる。それでもやっぱり、この子は軽くて。守ってあげたいなんて、何度だって思ってしまうのだ。 

 

 ただ、そんな恰好になっても、俺たちで話すのは怪獣のことばかりだった。今日は番組のラスボス枠デザインについて。さすがに番組最後の敵だけあって、デザイン、存在感共に強烈なキャラがそろっている。近年だとグリーザなんて印象的だったよね、なんて。

 

 そういう話はあまり恋人らしくはないかもしれないけど、互いに自然な姿でいられるのは、何よりも嬉しいことだった。

 

「やっぱり、みんなにばらしてよかったよね!

おかげで、昼休みも、他の時間も、一緒に居られるし」

 

 昼休みが終わる少し前、アカネさんが自慢げに言う。

 

「いきなりで驚いたけど、そういう理由だったんだ」

 

「言わなかったら、ずっと追いかけられるし、二人っきりになるたびに煩い事言われるし。それなら、全部バラしちゃえって。これで私たちは、ちゃーんとクラス公認!

 もう、こうやって抱き着いても、誰にも文句言われないから。リュウタ君も安心して? それに……、何かあっても何とかしてあげるから」

 

 そう言って、後ろからの手に力が込められる。

 

「ありがとう。けど、アカネさんが大変じゃなければいいんだけど……」

 

「もー、すーぐそういうこというの、ずるいなぁ。……大好き」

 

 言うなり、首元に湿った音と、温かい吐息を感じた。それで驚くでもなく、幸せになってしまうあたり、俺もかなり浮かれているし、アカネさん以外のことを考える余裕もないほど、彼女にのめり込んでいるのだろう。

 

 何より、そうして好きだと言ってくれる愛情表現は、俺が今まで受けた記憶がないものだったから。もしかしたら高校生らしい向こう見ずな考えかもしれないけれど、彼女が望んでくれるなら、一生傍にいてほしいと思って。

 

「アカネさん」

 

「えっ……。ふふ、みんな見てるかもしれないよ?」

 

「今さらだし、見られてもいいよ。……それでも、したくなったから」

 

 俺も振り返って彼女に手を回す。俺だって、アカネさんが好きだと、大切な人に伝えたかったから。まあ、やっぱり学校でそんなことをしてしまったので、クラス中から生暖かい視線を浴びることになったのだが、それもなんだか嬉しかった。

 

 

 

 そうして一週間、付き合いたてのカップルよろしく、俺はアカネさんと楽しい時間を過ごした。思い返してみれば、付き合う前もそうだったかもしれないけど、もっと一緒に。横にいるアカネさんはいつも幸せそうで。俺もきっと、そんな顔をしていただろう。

 

 そんな可愛くて優しい恋人から、いきなりのお誘いがあったのは、週末のことだった。一緒にあのバイキングレストランで食事して、彼女をあの豪邸へと送り届け、門の前で別れの挨拶を交わしている時。

 

「あちゃー、もう着いちゃったね……。送ってくれて、ありがとう。リュウタ君」

 

 アカネさんがそう言って、俺たちは口を寄せる。

 

 何時もなら、そこでアカネさんは門の向こうに帰ってしまうはずだった。けれど、今日はつないだ手を離さないまま。彼女は少しためらいがちに口を開く。触れたところから、彼女の心の音が高鳴ったのを感じた。

 

「えっと、明後日で私たち、付き合って一週間だよね?」

 

 そして、彼女は頬を染めながら、

 

「だから、なんだけど……。明日の夜、うちにこない?」

 

 そんな衝撃的なことを言い出したのだ。

 

 俺は思わず言葉を失ってしまう。何度も言われたことが頭の中で反響していく。

 

「えっと、それって」

 

「せっかくだし、日付変わるときに、二人でお祝いしたいなーって。明日も家、誰もいないからさ……」

 

 はにかんだ笑顔だった。少し興奮に上気して、誤解を恐れずに言うと、なんだか魅惑されているような。

 

 俺はすぐには返事することができなかった。誰もいない家に恋人を連れ込む。健全な男子高校生ならば、色々と想像してしまうのは当たり前で。ただ、アカネさんが望まないなら、そんなことをするつもりはなくて……。

 

 俺が顔を朱に染めて、ついでに目を白黒させることに気づいたのだろう。アカネさんは、自分が照れていたのを忘れたように目を弧にする。

 

「あー、リュウタ君、なんかえっちなこと考えてるでしょー」

 

「あっ、その……」

 

 言葉を詰まらせる俺に、彼女は慌てたように手を横に振る。

 

「まあまあ、男の子だから仕方ないよ。けど……、明日はそういうのじゃなくて、リュウタ君に見せたいものもあるんだ」

 

「……そっか。そっか、よかった」

 

 息を吐いて肩の力をぬく。なんと言っても付き合って数日、俺だって何時かはと思うけれど、なんだか準備も足りない気がしていたのだ。

 

「む、なんだかそんなに安心されると、ちょっと悲しいんですけど」

 

「……他の連中はどうとか知らないけど、俺はアカネさんのこと大事にしたいから。ちゃんとお互いに準備できた時がいいって思う」

 

「えへへ、大事にしてくれるんだ。わたしは、リュウタ君だったらいつでも良いけど!

じゃあ、その代わりに、すっごく楽しくて、ワクワクすること、見せてあげる♪」

 

 アカネさんのからかう目を前に、断る言葉を俺は見つけられなかった。

 

 

 

 そんなやり取りの後、やはり気もそぞろのまま迎えた土曜日。初めて入ったアカネさんの家は、外装と同様に、中身も豪奢なものだった。

 

 うちのマンションとは比べ物にならないほど広いし、部屋も多いし、清潔感がある。玄関に飾られていた絵画や焼き物についての知識はないけれど、あれ、さぞや高いものじゃないだろうか。

 

「あんまり気にしないでいいよ? 私も全然興味ないし」

 

「けど、やっぱり、アカネさんの家はすごいなって思って」

 

「リュウタ君は、私の家がお金持ちだったら、迷惑?」

 

「ううん、関係ない」

 

 即答する。アカネさんの両親が何かを言うようなら、何でもして認められてやる。そのくらいの気持ちはちゃんと持っている。

 

「まあ、もう、そんなの関係ないけどねー。私がリュウタ君がいいって言ったら、それで大丈夫だよ」

 

 呟くアカネさんに手を引かれ、たどり着いたのは、とある角部屋。アカネさんは緊張した様子で扉を開くと、

 

「えっと、それじゃあ、いらっしゃい。……ここが私の部屋」

 

 そうして部屋へと招き入れてくれた。

 

 少し不安だったことがある。簡単に想像できる女の子の部屋と言えばお洒落で、ぬいぐるみがある部屋とか。そういう雰囲気に疎い俺からすれば、そのままの部屋が出てきたら、面食らってしまうかもなんて。

 

 けれど、部屋に入った俺の顔に広がったのは、間違いなく興奮と喜びだった。

 

「……ぅおお」

 

 感嘆。

 

 そういうしかない。

 

 俺の住んでいる部屋を超えるくらい大きい。そこに数多くのショーケースが並んでいる。収められているのは、怪獣、怪獣、また怪獣に、超獣、大怪獣、スペースビースト。まさに、ソフビの博物館のよう。

 

 俺の反応を心待ちにするように、隣でそわそわとしていたアカネさんに、気持ちを隠すことなく抱き着いてしまう。

 

「……ほんと、アカネさんって素敵だよ」

 

「あ、あはは。そんなに喜ばれると、恥ずかしいよー。でも、よかったー!」

 

 腕の中で、彼女がほっと息を吐く。もしかしたら、アカネさんも不安だったのかもしれない。

 

 互いを結び付けてくれた怪獣趣味。だが、同じ趣味であっても熱量の違いは時に、溝にもなる。劣等感であったり、引け目を感じてしまう人もいるから。

 

 アカネさんの表情を見ていると、部屋を見せるのにかなりの勇気を出してくれたんじゃないか。そう思うのだ。足元も埃一つないほどに輝いていて、気合入れて掃除してくれたことが分かる。そうまでして迎えてくれたことにも、胸が熱くなって仕方がない。

 

 俺は彼女に案内されながら、棚の中のソフビを見ていった。

 

 部屋には彼女が言っていた通り、ササヒラーどころか三種の神器すべても揃っていて。気軽に手渡してくれたそれを触った時は、手先がびりびりした。

 

 そして高級なグッズやソフビがある中で、一番目立ち、綺麗に見える位置にあったのは、何でもないガタノゾーアのソフビで。それを見つけた時は、思わず彼女に駆け寄ってキスしてしまったり。

 

 そうしてじっと過ごして、気が付くと外はすっかり暗くなっていた。家に入ったのが午後の六時だったので、もう八時近い。ただ、彼女が言っていた日付の変わる時までは、まだ時間はたっぷりだ。

 

 俺達は手を取りあい、部屋の端までたどり着く。

 

(あれ……?)

 

 そこで感じたのは、どこか不思議な感覚だった

 

 広めの机。けれど、勉強机や化粧台という雰囲気ではない。カッターに、ヘラに、針金やペンチ。どれも作業に使うようなもの。

 

「アカネさん、もしかして、ここで何か作ってる? アクセサリーとか、そういうの」

 

「ふふ、そういうお洒落なのじゃないけどね。ちょっと待ってて!」

 

 言うなり、アカネさんは頬を緩めながら、それを俺の目の前に持ってきた。

 

 布にかけられた、立体物。見たところ、ソフビくらいの大きさで、もしかしたら彫刻とか、そういう趣味があるかもしれないなんて。

 

 そして、俺の期待が高まっていく様子が分かったのか、アカネさんはマジシャンのように華やかに布を取り去った。

 

「じゃーん! 名付けて、一路順風怪獣エリケプト!」

 

 目が丸くなる。それは、確かに怪獣の姿をしていた。しかし、俺はその怪獣に見覚えがなかった。姿かたちは重厚な四足歩行。俺たちがよく知るジオモスの意匠が取り入れられているような。けれど、その四肢は機械化されて、どこか、ロードローラーのようにあらゆるものを平らにしそうな形。

 

 生物と機械の融合というか、目的のために効率化された凶悪な怪獣らしいフォルム。

 

 何度見ても、それは既存のウルトラシリーズに存在しない怪獣だった。何より、その怪獣は粘土で造形されていて。詳しく見れば、細かいところまで彫り込まれて作成されていることが分かる。つまりは、発売品ではありえず、彼女の様子を見れば、誰が作ったのか一目だ。

 

「まさか、これってアカネさんが!?」

 

「けっこう久しぶりに作ったんだけど……。カッコよくできてる?」

 

 俺は思わず、尋ねてしまう。彼女は顔をうっすらと染めて、髪を手で撫でていた。カッコよくできてるも何も、そんなレベルではない。

 

「でも、これ、手作りってクオリティじゃ……。すごい! すごいって、アカネさん!」

 

 興奮は止まらなかった。彼女が作り上げたオリジナルの怪獣は、ちゃんと怪獣として成り立っている。単なる子供の落書きではなくて、既存のデザインを踏襲しつつ、オリジナリティを発揮させた芸術品。

 

 しかも、自分で削り上げて、これを作れるなら……。

 

(……アカネさんって、天才なんじゃないか?)

 

 俺は自分で作ったりデザインをした経験もない。それでも、目の前の怪獣はそのまま着ぐるみにして、世の中に出しても違和感がないと思う。ウルトラシリーズだけでも、何度も見てきたから。造形とかデザイナーの仕事でも通用するに違いないと。

 

 そんな思いのまま、俺はずいぶんと勢いよくアカネさんを褒めそやしていたのだと思う。気が付いたら、彼女はそれこそ顔を真っ赤にして、大いに照れていた。もしかしたら、あのキスした時よりも、恥ずかしそうなくらいに。

 

 

 

 きっと、それだけで終われば、俺たちは幸せになれたんだと思う。

 

 彼女の素敵な一面を教えられて、またお互いをよく知って。

 

 

 

 けれど、次の瞬間、

 

 

 

「そんな褒められても恥ずかしいって! ……でも、本番はまだなんだよ?」

 

 アカネさんは満面の笑顔で、

 

「アレクシス、お願い」

 

 

 

『インスタンス・アブリアクション!!』

 

 

 

 聞き覚えのない声。謎の発光。そして、俺の現実と幸せは、木端微塵に破壊された。

 

 

 

 自分の生きる世界が、なんでもない平凡な世界ではなかった。

 

 そう思い知らされる瞬間に出会ったことはあるだろうか?

 

 俺は、その真実を真正面からぶつけられた。何の準備もなく、覚悟もなく、ただ、タネを明かされるように現実を壊されてしまった。

 

 始まりは、足元から響いてきた、地震のような揺れ。家全体を何度も揺らすほどの。

 

 次いで、外から大きな爆発音が響きだす。

 

 サイレン。

 

 轟音。

 

 音を立てて崩れるナニか。

 

 何事かが起きている。俺は慌てて、カーテンを開け放ち……。

 

 その先に、『怪獣』を見た。

 

 怪獣がいた。

 

 アカネさんの家から、きっと少しだけ距離を置いて。動きのたびに爆炎を上げるそれを表現する言葉を、怪獣以外に持ち合わせていなかった。雄たけびを上げ、巨体を蠢かせ、街と人を蹂躙している。ウルトラシリーズでいつも見ていた、あの恐ろしい景色そのままに。

 

『グゥオオオオオオオオ!!!!!』

 

 びりびりと音だけで死にそうになった。

 

 怪獣の足音は、俺に震えをもたらして。燃え盛る炎は、熱と裏腹の冷たい恐怖を、心に刻みつけてくる。近くで見ていなくてもわかる。俺たちの一歩隣に、地獄が広がっていることを。

 

「……っ! アカネさん! 逃げよう!! 急いで!!!」

 

 だから、俺はアカネさんの手を掴んだ。急いで逃げなくちゃいけない。急いで街を離れて……。いや、どこでもいいから彼女が安全な場所に行かないといけない。

 

(くそっ、電車はきっと止まる。道も大混乱だ。どっか地下室……。わかんねえけど、アカネさんだけでも!)

 

 何とか彼女だけでも、あの怪獣から助けたい。

 

 俺は冷や汗を流しながら、彼女を部屋から連れ出そうとして……。

 

 

 

「だいじょうぶ、何も危ないことないよ♪」

 

 

 

 足を止めた彼女は、アカネさんは笑顔だった。

 

 花開くような、自慢げな子供のような、柔らかく、俺に親愛を向けてくれる笑顔。

 

 何でもないように。いつも見せてくれるあの笑顔で、彼女はあの非常を肯定していた。

 

 それは、ただの強がりでも、危機感の欠如でもなく、本当に心の底から確信を持っている言葉。すぐ近くで怪獣が暴れまわっているというのに、彼女は何も恐れていない。

 

 俺は、何が何だか分からなかった。

 

「……な、なにを?」

 

「いやー、驚かせちゃうと思ってたけど、ここまでなんて、びっくり! でもでも、必死で助けようとしてくれたんだよね? やっぱり、そういうとこ、大好き!」

 

 掴んだ手をそのままに、どんと、彼女は身体を押し付けてくる。柔らかくて、温かくて。冷たい俺の身体に温もりをくれるのに。俺は安堵も出来ず、なすがまま。

 

 笑顔の彼女と、凍り付く俺。

 

 そんな歪な二人を現実に引き戻したのは、あの怪しい声だった。

 

『おやおや、アカネ君。見たところ、リュウタ君は混乱しているじゃないか。ここは、ちゃんと説明してあげないといけないよ?』

 

 何時からいたのか、アカネさんの机の上、その大型モニターの中に、謎の存在がいる。

 

 それは例えば、とある映画の有名な悪役のように。黒い機械的なマスク。不気味で、どう見てもぬぐい切れない悪役感。モニター一面にそんな仮面が映し出されている。見た目とは裏腹の、紳士的な言葉をアカネさんに向けて。そして、アカネさんも仮面へと、親し気に信頼を込めて答えるのだ。

 

 もう、訳が分からない。

 

 ただ、彼女のお部屋訪問をして、怪獣に目を輝かせていたのに。いつの間にやら、怪獣が現実に現れ、部屋のパソコンからは見るからに悪役然とした仮面。

 

 それでもパニックにならなかっただけ、きっと、褒めてもいいはずだ。

 

「あー、やっぱりそう? 私なんて、いつもやってるから、慣れちゃったけど、リュウタ君は初めてだから仕方ないよねー」

 

 俺の顔が青ざめているのに気が付いているのか、いないのか。あるいはただ単に驚いているだけだと思っているのか。アカネさんはごく自然な様子でタブレットを操作し、画面を俺に見せる。

 

「じゃーん! リュウタ君、たくさん褒めてくれたけど、やっぱり動いているところ見ると、違うと思うんだ! どうかな!?」

 

 そこに映し出されていたのは、今まさに破壊の限りを尽くし、人々を恐怖に叩き落す怪獣。

 

 どういう手段を使っているのか、その至近距離の映像が、彼女のタブレットに映されていた。そこまで近づけば、怪獣の正体が何者であるか、何の言い訳もできない。

 

 アカネさんの怪獣だった。

 

 アカネさんが見せてくれた、ついさっき、自慢してくれた手作り怪獣が、今、街を破壊していた。

 

「……っ、なんで」

 

 なんで、こんなことになっているのか。

 

 なんで、怪獣がいるのか。

 

 なんで、暴れているのに、そんな平気そうなのか。

 

 疑問が無限に湧いてきて、俺の言葉は意味をなさなかった。

 

 だって、何が起こっているのか、まるで分からなかった。俺たちの毎日で、怪獣なんてものはウルトラシリーズや映画の空想の産物だったはずだ。こんな風に暴れる存在じゃなかった。実在する存在じゃなかった。

 

 それでも、謎の仮面とアカネさんは、普通の調子で非日常の言葉を刻んでいく。

 

「すごいでしょ!? アレクシスの力なんだよ!!」

 

『いやいや、アカネ君の作る怪獣が素晴らしいからさ!!』

 

「いやー、でも、アレクシスがいないと暴れられないしねー」 

 

『今回は特別なデザインにしたんだろう?』

 

「ほら、リュウタ君覚えてる? あの時、デートでぶつかってきた奴ら! あの時は浮かれてたし、それどころじゃなかったけど、やっぱりリュウタ君殴ったの許せないって思って!

 だから、自転車と一緒に潰そうって思ったの!!」

 

 殺す? 暴れさせる? 分からない。何を言っているのか、分からない。

 

「……け、けど。そんなことしたら、ま、まちも……! 人を殺したら……!!」

 

 分からないまま、俺は何か否定を欲しくてアカネさんに尋ねる。頬が引きつって、きっと、えらく混乱した顔になっていたはずだ。

 

 そっと、アカネさんが抱き着いてくる。

 

「ごめんね。やっぱり、いきなりだと混乱しちゃうよね」

 

「……あ」

 

 俺は、そんな彼女に、一瞬、安堵を得ようとして、

 

「でも、大丈夫だよ。街をどれだけ壊しても、明日には元通りになるから」

 

 心臓が止まりそうになる。

 

『死んだ人間も、元からいないことになるのさ』

 

「そーそー、病気とか、事故とかで死んじゃったって! だから、誰も、私たちのこと責めないの!」

 

『それに、アカネ君にはちゃんと理由があるからねえ』

 

「私たちにぶつかってきたり、嫌がらせしたり、そーいう死んでもいい奴だけを狙っているだけですからー。リュウタ君も覚えてないでしょ? 堀井君と刈谷君のこと」

 

 言われた名前。堀井と刈谷なんて、俺は聞いたことがなかった。

 

「……それ、いったい、誰のこと?」

 

 震える声で尋ねる。すると、アカネさんはいつもの笑顔で、

 

「ほら、そういう風に忘れてくれるから、大丈夫。えっと、堀井君はリュウタ君を私に突き飛ばしてきた調子に乗ったヤツで、刈谷君はリュウタ君に嫉妬して、足をケガさせた奴。リュウタ君が昼休みに、一緒に食事していたサッカー部の子」

 

 堀井? 刈谷? 誰のことか分からない。いつも昼を食べているのは権藤で、突き飛ばしてきた奴も権藤で、足を蹴飛ばしてきたのは相手チームの奴だったはず。

 

 けれど、彼女が言うには、それは嘘の記憶で。彼らはアカネさんの怪獣が殺したというのだ。

 

「別に覚えなくてもいいと思うよ? 私たちにはどうでもいい人だったし」

 

「っ……」

 

 吐き気がした。

 

 立っていられなくなった。

 

 足元が根こそぎひっくり返ったみたいに。

 

 アカネさんが抱きしめてくれないと、きっと、失神して、そのまま目を覚ませなかったかもしれない。むしろ、そうしてすべてが悪夢だと思えれば幸せだったかもしれない。

 

 だが、アカネさんはそれを許してくれない。

 

「それで、リュウタ君も、一緒に遊ばない? 怪獣を作って、街で暴れさせて!! もっとたくさん、いろんなことができるんだよ? 実は実は、この世界にも秘密があって……!」

 

『アカネ君、それを教えるのは後のお楽しみにしよう。リュウタ君はどうやら、随分と混乱しているようだから』

 

 興奮気味に俺を誘うアカネさんを、遮ったのは仮面の男だった。

 

 さっきから、突然現れて、俺の日常を壊して、今もアカネさんから信頼を向けられている。怪獣を実体化させたという謎の怪人。

 

 俺は、震える声で彼に尋ねる。

 

「あんた、いったい何なんだよ……?」

 

 彼女が言う、アレクシスは表情を変えずに、

 

『初めましてリュウタ君。私はアレクシス・ケリヴ。……アカネ君の友達だよ』

 

 余りにも紳士的な声で自己紹介した。

 

 

 

 笑顔が可愛い恋人は、怪獣使いの人殺しでした。

 

 字面にしてみると、ウルトラシリーズでも陰鬱としたあの作品に出てきそうなシチュエーションである。

 

 それは決して冗談なんかでなくて。

 

 結局、昨日の俺は、まともな受け答えができないほどだった。そんな俺をアカネさんは心配してくれて、それこそ家に押しかけんばかりに心配してくれて。俺は、彼女の望んだお祝いをすることなく、アカネさんの家を後にした。幸い、俺の家は怪獣に壊されてはいなかった。

 

 家に着くなり、俺は何度も便器に嘔吐して、倒れるように気絶して、

 

『私、本当にリュウタ君のことが好きなんだ。だから、一緒に怪獣のこともやりたくて。……今日は疲れたんだよね? 明日、返事をくれると嬉しいな』

 

 そんな、アカネさんの微笑みがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。

 

 だから、目覚めは最悪。頭痛、吐き気、死にたい。けれど、休む暇はなく、着の身着のままで外へと飛び出す。

 

「……っ。……っ!!」

 

 走って、走って、この混乱と恐怖がどこかに吹き飛んでくれることを願いながら、一心不乱に足を動かして。

 

 そこはごく普通の街だった。昨日いた怪獣も、炎も、死人も何もない。街行く人たちは誰も、何事もなかったように日曜の朝を楽しんでいる。

 

 それでも、もしかしたら、夢だったのかもしれない、なんて淡い希望は、アカネさんから送られた怪獣の写真と、今夜八時という約束のメッセージで破り捨てられた。

 

 日が傾くまで街を駆け巡ることに費やして。

 

 そうして気が付いたのは、街に破壊の痕跡は残されなかったこと。怪獣が暴れた辺りでは、無人の住宅や、親族を失くした人があまりにも多いこと。誰も怪獣を知らない。尋ねた俺を、異常者か何かのような目で見てくる。

 

 つまり、全ては真実だった。

 

 アカネさんが怪獣を操って、街を壊して、人を殺して。それでも、人以外の全ては元通り。死んだ人はどこか別の死因でいなかったことになる。俺だけが覚えているのは、彼らが何かをしたのだろう。理屈はわからないけど、それくらいしか、理由は考えられない。

 

 受け入れられないけれど、現実。それを実感しつつも、これが夢であってほしい。そうして、俺は無様に叫びながら、何もできずに走っていた。

 

 

 

 一日なんて、タイムリミットとしてどれだけ短いのだろう。自分の置かれている状況を、少しは理解するだけで終わってしまう。

 

 走り回って、体力を使い果たして。天気はどんよりと暗くなっていて。

 

 彼女との約束、午後八時。それがすぐそこまで迫っていた。

 

 それまでに、俺は、自分の人生を決めなくてはいけないなんて。せめてと、残された時間で考えようとする。走り回ったから、余計なことを考える余裕がなかったのは、せめてもの良い事だった。

 

 アカネさんとのこと、アレクシスのこと、自分の未来を考えて。

 

 不思議だけれど、自分でもおかしいと思うけれど、狂っていると思うけれど。アカネさんを不気味に思ったり、糾弾しようという気持ちは自分にはなかった。

 

 だから、まず最初に捨てた選択肢は、アカネさんを置いて逃げること。

 

 だって、こんな事態になっても、俺は死んでもいいほど彼女のことが好きだったから。大げさでなく、アカネさんのいる世界が全てだと、彼女が俺の人生の主役だと思えるほどに。

 

 彼女が自分の気に入らない人間を、この世界から消し去っていると知っても。怪獣を操っていると知っても。

 

 それはもしかしたら、彼女があまりにも自然だったからかもしれない。いつも通り、可愛い笑顔で、少し我儘で、それでも俺を気遣って、理解してくれる。あの姿が仮面でもなんでもなく。

 

 彼女は俺が好きな彼女のままだった。そのままで、人殺しへの罪悪感を根こそぎ奪われていた。

 

「……というか、誰でもおかしくなるって」

 

 おかしくなっている原因は、何となくだが分かる。あのふざけた仮面野郎。怪獣を巨大化させたアレクシスだ。

 

 人が人を殺してはいけない理由。それを、一度尋ねたことがある。俺も人を殺したくなった時に、親父に尋ねた。子供に関心がない親だったが、あれでも警察官だったから。

 

『……そんなことしたら、お前がまともに生きていけなくなるぞ』

 

 親父から帰ってきたのは、そんなぶっきらぼうな答え。

 

 それが多くの人が考える理由じゃないだろうか?

 

 人を殺したら罪に問われる、周りから危険人物だと思われる。共に生きる社会の構成員を殺すような破壊者は、社会の維持のため排除されるから。だから、まともに生きようと思えば人を殺してはいけない。

 

 けれど、アカネさんが言ったことが全て真実なら、誰も彼女を責める人はいない。人殺しの結果も因果も、彼女には与えられない。罪も何も、丸ごとなかったことになる。

 

 そんな状況で、嫌な奴がいたら。排除したいやつがいたら。消さずにいられる人間が何人いるだろうか。

 

(……少なくとも、俺はそんなことできないよ)

 

 自嘲しながら呟く。昨日、怪獣が殺しただろう奴ら。あいつらがアカネさんに手を出したら、何をしてでも殺していたかもしれない。俺を捨てて消えた母親が見つかったら、殺したかもしれない。罪に問われないなら。その確信があったら……。

 

 アカネさんがそんな誘惑に手を染めた理由を知らないのが、悲しかった。きっとそうするだけの理由があって。その時にそばに居たかった。

 

 しかし、彼女はその一歩を乗り越えて、きっと段々とエスカレートしてしまったのだろう。強い殺意がなくても、人を殺してしまえるほどに、タガを外されてしまっている。

 

「……アレクシス」

 

 こぶしを握りながら考えるのは、あの仮面野郎のことだった。

 

 そもそもなんだ、あいつは。善悪の境界が分からないほどの力を渡した張本人。あんな悪役然とした見た目に怪獣を操る能力。あんな力をアカネさんに渡して、止めもしない。

 

 侵略者。好戦的異星人。異世界人。そんな言葉が脳をよぎる。

 

 そんな奴の所にアカネさんを置いて、逃げるなんて選択肢を、俺は持たなかった。

 

 じゃあ、どうするか。

 

(……アカネさんは俺を誘ってくれている。ってことは、アカネさんと一緒に怪獣を暴れさせるのが一つの選択肢。きっと、すぐには死なないだろうし、アカネさんと一緒に居られる)

 

 実際に、それができるかと言われれば……。怪獣を暴れさせられるかと言われれば、たぶん、すんなりとやれそうな気がした。身近な人を襲わせるのは、ためらうだろうけど。世の中のどこかの人よりは、アカネさんの方が大事だ。

 

 あの破壊行為が、彼女が幸せに生きるために必要なら、きっと俺は手伝える。

 

 けれど、問題はあの行為をさせているのが、アレクシスだということ。何を考えているか分からない、悪役がアカネさんの背後にいる。彼女の行為を正当化させながら、怪獣を巨大化させて。

 

「きっと、協力しても。……最後は、アカネさんと一緒に地獄行きだ」

 

 悪人なんて、最後は手駒を切り捨てるものと相場は決まっている。フィクションでなくとも、現実的に生かしておく必要はない。少女に怪獣を暴れさせるようなヤツだ。人への慈悲なんてないだろう。軍門に下ったとして、近い未来に悪の手下らしく、殺される。

 

 俺一人だけ死ぬなら、嫌だけど、耐えられるかもしれない。けど、アカネさんも一緒だなんて許容できない。

 

 それじゃあ、もう一つの選択肢。

 

「……何とか、アレクシスを倒す」

 

 そうすれば、アカネさんから怪獣を操る力は失われる。もう、暴れさせることはなくなり、犠牲者はこれ以上でないし、アカネさんも無事だ。

 

 だが、大きな問題は、あんな変な力を持った悪役を、こんな平凡な高校生がどうやって倒せばいいのか。そういう話だ。下手に立ち向かっても、俺は殺されるだけ。正体も何も分かってないし、防衛隊のような武器も持っていない。

 

 どうやって勝てばいいっていうんだ。助けを呼ぶ? 馬鹿言うな、他の人間には、記憶すら残ってないのに。

 

「……アカネさんを置いて逃げられない。仲間入りしても、どうせ最後は一緒に殺される。立ち向かっても、殺される。タイムリミットは……、多分、午後八時」

 

 あと少しだけ。それを過ぎたら、殺されるのかな。アレクシスならともかく、アカネさんに殺したいって思われるのは嫌だな。

 

 そんなことを考えて……。

 

「……はは」

 

 俺の口から嗤い声が漏れた。

 

 笑いたくて仕方なかった。ついでに雨も降ってきて、もう気分は最悪。こんな雨脚が強まる中、外で突っ立って悩んでいるなんて、馬鹿のすることだ。

 

「……ふざけんな」

 

 どうしようもなかった。

 

「……ふざけんな!! ふざけんなよ!!! なんで、なんで俺たちがこんな目に合うんだよ!! なんで、こんなこと、考えなくちゃいけないんだよ!!」

 

 絞るように言っても、叫びにはならなかった。

 

 悲しかった。悔しかった。

 

 だって、今、俺を悩ませているのは、倫理観だとか、敵を倒す方法とか、アカネさんを救う方法だとか。そんな、考えなくても良かったことばっかりじゃないか。考えたくないことばかりじゃないか。

 

 そんなことで、悩みたくなかったのに。

 

 もっと、彼女を笑顔にするために悩みたかったのに。

 

 次のデートの行先、話したい怪獣のこと、プレゼント、それにもっと高校生らしい生々しい事とか、将来のことに、もしかしたら結婚とか子供のことも。

 

 アカネさんが幸せな人生を送るために必要なことを考えて。それで、そのために俺は生きて、全てを使って幸せにしたかったのに。

 

「なんで、こんなウルトラシリーズみたいなこと、考えなくちゃいけないんだよ……」

 

 雨が髪から滴り落ちる。

 

 目から、とめどなく、熱いものが溢れて、死にたかった。

 

「こんな、こんな、ヒーローでもない奴に任せるなよ。誰か、ああいうの相手できるやつ、他にいるだろ……」

 

 アレクシスみたいなヤツがこの世界にいるのなら。

 

「おい!! どっかで見てんだろ……!! ウルトラマンでもなんでもいいから! すぐ来てくれよ!! 今、侵略されてんだよ!! 助けてくれよ!!

 ……せめて、アカネさんだけでも、助けてくれよ」

 

 もう、立ってはいられなかった。

 

 嫌だった。

 

 自分が死ぬことも嫌だった。それ以上に、あのアカネさんが、心から好きな人が、あんな悪魔にもてあそばれて、罪を犯して、そして最後は破滅させられることが嫌だった。

 

「なんでアカネさんなんだよぉ……。もっと、誰かいるだろ……」

 

 何もできない自分が、何より憎くて。

 

 うずくまったまま、雨も時間も流れ続ける。残された道は何もなくて、先には地獄しか見えなくて。いっそこのまま、結末も見ないままで死んでしまいたくなって。そうして、

 

 

 

 不意に、雨が止んだ。

 

 

 

「……ぇ」 

 

 いや、そうじゃない、と直ぐに気が付く。周りは未だ土砂降りだ。けれど、俺の体に当たっていた、あの冷たい感触が止まっている。

 

 顔を上げる。

 

 傘だ。

 

 傘が、雨を防いでくれていて。俺は持ってなどいないから……。

 

 それじゃあ、どうして。

 

 俺は呆然としながら後ろを振り返り、

 

「って、誰かと思えば馬場かよ……。何やってんだよ、風邪ひくぞ?」

 

 呆れた表情の内海が、俺が嫌いだったヒーローオタクがそこにいた。




そして、彼は選択する。

全ては、彼女を幸せにするために


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空・夢

 雨は遠くで降り続いている。今が梅雨だと思わせないほどの土砂降り。一歩先も見えない曇天。

 

 俺はぼんやりとその景色を眺めていた。気持ちはさっきと同じ。死にたくて、何もできなくて、悔しくて。けれど、そんな俺の隣には、心の底からめんどくさそうな顔をした内海がなぜか立っていた。

 

 濡れるに任せていた俺を、無理やりにでも立ち上がらせて、このマンションの自転車置き場まで引っ張ってくれたのだ。

 

「内海、お前、どうして……」

 

 かすれた声で尋ねる。だって、俺と内海は友達でもなんでもない。それに、ただの同級生よりも関係は悪い。クラス唯一の特撮オタクである彼を、好きなものを堂々と明かしている内海のことを、俺は嫌っていたから。嫉妬していたから。

 

 だから、漏れた言葉は、きっと、どうして見捨てなかったのかとか、どうして助けてくれたのかとか、どうしてあそこにいたんだとか。色々と心が混じった曖昧な質問だった。

 

 こんな先には絶望しか残っていない男を、好きな人を救う手段も見つけられない奴を、どうして。

 

 一方で、そんな俺の内心を知るわけもない内海は、その質問に、わけわかんねえという表情をした。

 

「どうしてって……、そりゃこっちの台詞だろ? こんな土砂降りの中で突っ立っている奴がいるから、どんな奴かって思ったら同級生だしよ。

 ……それに。もしかしたら新条と喧嘩したのかとか、少し期待したし」

 

 その、どこか卑屈な言葉に、俺は少し勘が働くところがあった。

 

「……なんだ、内海もアカネさんのこと、好きだったんだな」

 

「はぁ!? あったりまえだろ!? うちのクラスに新条アカネ好きじゃない奴がどこにいるよ!? ……いや、裕太はあれ、どう思ってっか分かんねえけど。

 ……入学してからずっと憧れてたんだぜ? なのに、横からお前にかっさらわれちまって。なんで、新条はこんな奴に惚れたんだよ……。土砂降りで傘もささずに外にいるとか、お前、傍から見たら結構な変人だぞ?」

 

 口をとがらせる内海。彼の口ぶりは少し険があるものだったが、彼の思う恋敵に対するには親しさが混じっていた。ほんと、人がいい。そして、そんな自然体な内海を見ていると、非日常のど真ん中にいる俺は安心できて、少しだけ軽口を言う余裕ができる。

 

「……この雨で買い物に出てるお前も、変人だけどな」

 

 前は先も見えない大雨。内海もこれじゃ、外に出るに出れないだろう。傘もきっと、意味をもたない。そんな中で、お前こそ何をやっていたのかと。

 

「言ってくれるなー。ま、それで新条アカネと付き合えるなら、変人にもなるけど……。けど、お前と違って、俺には雨でも外に出たい理由があったんだよ」

 

 苦笑いを浮かべる内海。彼は、そう言うと、手にもったビニール袋を掲げた。その中から自慢げに取り出したのは、分厚い箱のようなもの。

 

 俺は、疲れた目を少しだけ開く、

 

 大きさは見覚えがあるもので、そのパッケージに描かれているのは、さらに良く知っている銀色の巨人だった。

 

「ウルトラマンパワードとグレートの合同BDボックス! 今日発売でコンビニまで取りに行ってたんだよ。古い作品だから、俺、見たことなくてさ。待望の発売日に我慢できるわけねえだろ?」

 

 内海はそう言って笑う。どうだ、すごいだろと言いたげな、自信満々の笑顔。自分の好きなことが誇らしいと、それを俺に見せつけてくる、なんだか輝いて見える姿。

 

 そんな、いつもは憎たらしかった顔が、今日は何だか無性に羨ましかった。

 

「って、馬場に言っても分かんねえか。お前サッカー部だし。けど、このシリーズは海外主導で製作されただけあって、違った趣があるって有名で……」

 

「……知ってるよ」

 

 思わず、声が溢れる。

 

 その理由は、俺にも分からなかった。ただ、色々なことがありすぎて、何を考えても絶望しか見えなくて。もしかしたら、明日の朝日も見えないかもしれない。そんなときに、俺にとっての地球が終わる日に、最後くらいは好きなことに正直になってみたいだなんて、思ったのかもしれない。

 

 いつもいつも羨んでいたこいつのように。

 

 内海は、そんな俺を呆然と見つめてきた。

 

 こいつからすれば、俺の言っている意味は分からなかっただろう。クラスでも話さないサッカー部。むしろ、俺は内海の話が耳に入らないように避けていた節もある。そんな友達でもない奴が、実はウルトラシリーズを知っていたなんて。

 

 俺は苦笑をこらえる。内海の反応を見るだけで、なんだか面白くなって、うずくまったまま、顔を押さえた。

 

「ウルトラマンパワードも、グレートも良いよなー。親父のビデオテープ、小さいころから擦り切れるぐらい見てたんだ。……そっか、今日が発売日だったんだ。予約するの忘れてたよ、くそっ」

 

 言っているうちに笑いが止まらなくなる。ほんと、俺というやつは怪獣よりもアカネさんに夢中だったようだ。あれだけ怪獣の話をしていたのに、ここ一か月くらい、最新情報を漁ってなかったなんて。

 

 そして、そんな言葉を受けた内海は、顔を面白いように白黒させながら、泡食って問いかけてきた。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待てよ馬場!? その言い方だとお前……」

 

「ウルトラマン、大好きだよ。……家にソフビ隠し持ってるし、最近はガイアの全話マラソン中」

 

 その時、彼の顔に浮かんだのは隠しきれない興奮の色だった。内海は少し震えながら、噛みしめるように。

 

「……そっか。そっか! じゃあ、せっかくだから一緒に見ようぜ! 裕太の奴はあんまり乗ってくれねえし。今日はちょうど、弟たちもいないんだ。確か馬場は一人暮らしだろ? 徹夜マラソンしようぜ!!」

 

 最後は思わずという風に、俺の両肩を掴みながら言う。奇跡に出会えたように。ようやく仲間と出会えたと、これからの未来がきっと楽しくなると。そう確信した満面の笑顔で。

 

 そんな内海を見て、ふと思った。

 

(ああ、俺がアカネさんのこと知った時も、こんなテンションだったんだろうな……)

 

 思い返すのは懐かしい記憶。きっと、そんなに昔のことじゃない、もう戻れない、楽しくて、幸せで、美しかった日々。その始まりになったのも、ちょっとした偶然とアクシデントだった、なんて。

 

 今考えると、出会い方は正直、最悪だっただろう。

 

 いきなり彼女に頭をぶつけて、スマホを覗いた最低野郎。

 

 それなのに、今思うと奥手に過ぎる方法で互いの趣味を知ることができて、仲良くなって。彼女も俺も同じ気持ちを抱いて。今では、彼女を置いて逃げられないほどに愛してる。俺にとって、あまりにも素敵で、きっと一生に一度の出会い。

 

(ああ、そうだったんだ……)

 

 走馬灯のような楽しい思い出を振り返っているうち、心のどこかで納得を得る。

 

 昨日から、不思議だったんだ。なんで、俺は生きているんだろうかって。

 

 だって、俺を突き飛ばした堀井というやつは怪獣に殺されているんだから。俺も怪獣に襲われるはずだったよな、なんて。彼女にぶつかった張本人が俺なんだから。なんで、殺されなかったのだろう。そんな、なんだか考えていると可笑しくなる疑問。

 

 けれど、内海と話しているうちに、その喜ぶ姿を見ているうちに、答えが分かった気がするのだ。

 

 

 

 俺がアカネさんとの出会いを奇跡みたいだと思ったように。アカネさんも、同じ気持ちをもってたんじゃないかって。

 

 

 

 クラスの完璧美少女。品行方正、学業優秀、人当たりも良くて嫌う奴なんていない。そんな彼女が、ラインアイコンに選んだのは、マイナーに過ぎる特撮のキャラクター。

 

 きっと、彼女もどこか寂しくて、仲間が欲しかったのだ。

 

 そうでなければ、真実、なんでも壊せる彼女が、あんな隠し持つように趣味を示す必要はない。秘密を知った俺が生き延びるわけはない。そこからこんなに幸せな時間を過ごせるわけがない。

 

 その日々は、とある証明を俺にくれる。

 

(……俺も、アカネさんに愛されてた)

 

 だって、俺の命なんてものは、彼女がちょっと機嫌を損ねれば、失われる軽い物。なのに、俺はあんなに彼女と一緒にいたのに、まだ生きている。今も、求められている。

 

 人の心の中なんて分からない。でも、俺の運命が彼女の心にゆだねられていたからこそ。だからこそ、俺との時間は、彼女にとっても、大切で幸せな時間だったと。

 

「……馬鹿だな、俺って」

 

 アカネさんの顔を思い浮かべる。

 

 怪獣を話す時の、緩んで締まりのない笑顔。

 

 好みがぶつかった時の納得いかないというむっつり顔。

 

 病院で見せた、寂しい微笑み。

 

 唇を交わした後の、赤くなったはにかみ顔。

 

 思い浮かべるたびに、彼女のことが好きだと、心の底から思い知らされる。俺の人生全てをかけて、幸せにしたい女の子。

 

 なのに、さっきまでの俺が考えていたのはなんだ?

 

 どっかにいる、ヒーロー? 

 

 俺なんかに相手させるな?

 

 ふざけんな。俺以外の誰かに頼るなんて、馬鹿なこと考えてんじゃない。いつか、あの病院で彼女だけでも幸せにしたいと誓った。分不相応だろうと、心に決めた。それは、そんな簡単に諦められる気持ちじゃない。

 

 俺がやるんだ。

 

 でないと、きっと、彼女はあの怪人によって、不幸にされる。

 

(不思議でもなんでもない。……幸せにしたいなら、逃げるなんて選択肢はないんだ)

 

 こぶしを握って、ゆっくりと立ち上がる。なんだか、足に力が戻った気がする。半日以上走り回って、何度も吐き出したのに、まだ動ける気がした。

 

 そんな俺を、内海はどう思っていただろうか? いや、きっと、気が付いてもいない。クラスメイトが、隣で人生を左右する決意を固めていたなんて。だから、俺が立ち上がった時、彼は、高いテンションのまま、徹夜鑑賞会のスケジュールなんかを立てていた。

 

「よーし、そうと決まれば、その服着替えに戻ろうぜ! なんだかんだ収録時間長いみたいだし!!」

 

「……こういうシチュエーションなら、もっとカッコいい台詞欲しかったけど。ま、何も知らないし、仕方ねえよな。

 ……なあ、内海」

 

「ん? どうしたんだよ、へんな顔して」

 

 逃げる選択肢は捨てた、幸せにするって、心に誓った。けれど、まだ、戦う方法は分からないから。自分だけでは考えられないから。だから、誰かに聞くことにする。

 

 それを尋ねる相手に、不思議と内海がいいと思ったのだ。嫉妬するほどに尊敬していた奴なら、もしかしたら、なんて。

 

「あのさ、もしも、……この世界が誰かに侵略されていたら」

 

 俺が小さく呟いた言葉に、内海は首をかしげながら聞き返してくる。

 

「ウルトラシリーズみたいに?」

 

「……まんま、そんな感じに。で、お前の好きな人がその手先になって動いていたらどうする? あまり考える時間は無くて。勝てる可能性もなくて。相手は怪獣なんて使ってくる」

 

「それで世界救わなくちゃいけないってわけか。燃えるシチュエーションだな」

 

「いや……。正直、世界はどうでもいい気がする」

 

「お前、けっこう冷たくね?」

 

 そうだとしか言えない。

 

「けど……。きっと、好きな人はこのままじゃ、幸せになれないんだ。何とか、今すぐに助け出したい。……そんな、もしもの時って、何か方法はあると思うか?」

 

「……それ、ヒーローはいる設定?」

 

 考え、俺は断言する。

 

「いや、いない」

 

 それでも、ヒーローがいなくてもやらなきゃいけない。

 

「えー、マジ無理だろ、それ。ネクサス並みに鬼畜設定だぜ……」

 

 内海は頭を抱えて悩みだした。

 

 自分でも無茶な質問だと思う。客観的に見て、詰んでいる。きっと、立ち向かったとしても、あの怪人に殺されて終わる可能性がほとんど。そんな無茶な質問を、彼は真剣に考えてくれて……。

 

 そうして散々に悩んだ末に、

 

 

 

「方法なんてわかんねえ。けどさ、ウルトラシリーズなら、そんなとき諦めたりはしねえよ。最後まで、なんでもいいから、できることをやるしかねえって」

 

 

 

 その言葉は、すっと、胸の奥底に沈んでいった。

 

 本当に、ぶっきらぼうな、ただの精神論。けれど、それを飲み込んだ瞬間、心臓が熱を取り戻して動き出す。雨を晴らすような、希望が広がっていく。

 

「あぁ……」

 

 俺は熱い息を吐いた。

 

 これは訓練やリハーサルじゃない、出たとこ勝負。方法があれば勝てるものじゃない。その危険を冒してでもアカネさんを助けたいというのなら。わずかな可能性を必死に絞り出して、そうして希望まで手を伸ばすしかない。

 

「……ああ、そうだった。ギリギリまで頑張って、それでピンチの連続でも粘った時に……」

 

「来たぞ、我らがウルトラマンってな。ま、フィクションだからかもしれねえけど」

 

 だが、今、俺の現実には怪獣も悪の親玉もいる。それになにより、俺が好んできた物語は、憧れた世界は、そんな希望が残る世界だった。

 

 誰だって、わき役だって、主役に大きな影響を与える。時には生身で怪獣に立ち向かい、ウルトラマンをサポートする。強い怪獣やウルトラマンだけじゃない。あの物語は、そんな人間の強さを謳ってきたではないか。

 

 その先にハッピーエンドは用意されていたじゃないか。

 

「……内海、ありがとな」

 

「まあ、何の話か、まったくわからなかったけどな」

 

 俺は穏やかな気持ちで礼を言った。ほんと、今まで敬遠していたのがもったいないくらい、内海とは気が合いそうで。人前でウルトラシリーズの話をするのは、もしかしたら慣れないかもしれないけど。

 

 決意は固まった。やるべきことも見えた。なら、内海との約束へ向かう前に、大切な仕事をしないといけない。

 

 俺は肩の力を抜いて、内海へと笑顔を向ける。

 

「ちょっとさ、先に家で準備しててくれよ、徹夜マラソン。実はあと一人、興味ありそうなクラスメイト、知ってるんだ」

 

「お!? マジか!?」

 

「マジマジ。……ずっと、二人で同盟組んでたんだ。怪獣大好き同盟」

 

「……へえ、同盟か。なんか、ちょっとくさいけど、いい名前だな」

 

 ああ、ほんとに、すごく幸せな、彼女と二人で結んだ名前だ。

 

 きっと内海は驚くだろう。連れてくるのが、あのクラスのアイドルだなんて。

 

「……今から、そいつを迎えに行ってくるよ」

 

「へへ、じゃあ、期待してるぜ! ……って、傘いらねえのかよ!?」

 

 内海の驚く声を聴きながら、俺は雨の中を走り出した。

 

 徹夜鑑賞会なんて、死亡フラグには軽すぎる約束。それがアカネさんも含めて、俺たちのいるべき現実だ。そこに彼女を取り戻すためには、きっと相応しい素敵な約束で。だから、力を俺にくれる。

 

 そうして俺は、雨の中を走った。

 

 向かうのはもちろん、あの大豪邸。我武者羅ではない。微かでも、勝機があると思ったから、道を間違えることも、迷うこともなかった。

 

 ずっと、疑問に思っていたことがある。最初からきっと気づいていて、心のどこかで無茶だと決めつけていたこと。それを内海は思い出させてくれた。

 

『なぜ、アレクシスはアカネさんを利用しているのか?』

 

 単なる悪趣味というわけではないだろう。侵略行為にしては手口が間接的だ。怪獣を巨大化させる力があるのなら、それを使って目的を果たす方がよほどいい。

 

 考えた可能性は二つ。

 

(アレクシスは自分から現実に干渉する力を持たない。もしくは、それができないほど弱体化している)

 

 だから、対抗策はシンプルだ。あのアレクシスが潜んでいるパソコンをぶっ壊す。それで、アカネさんを連れて、家から逃げ出せばいい。

 

 幸い、俺は今、彼女の家に招かれている。あの部屋に入った瞬間、行動に移せば、勝機は微かにでも存在すると思えた。まあ、確実にアカネさんは怒るだろうし、恨まれるだろうけど、それは後で考える。全て終わった後でも傍にいてくれるなら、徹底的に甘やかして幸せにしてやる。

 

 もしかしたらアレクシスはどこか別の誰かを宿主に選ぶかもしれないが、その誰かよりも彼女の幸せの方が優先度は高い。悪いが、その時は勝手に近くの奴が対処してくれ。

 

 途中、ゴミ捨て場から汚れた金属バットを拾い上げた。不格好だが、防衛隊がない以上、これくらいがいい武器だろう。これであのくそ仮面をぶっ叩いたら、さぞカッコいい。

 

 走って走って、走り続けて。

 

 その先にアカネさんとの未来があるなら、今の体の痛みなんて構わない。

 

 そうして足を動かした先で、

 

 

 

「ああ……」

 

 

 

 俺は立ち止まり、それを見上げた。

 

(……こう来たか)

 

 大きく息を吐く。真上を向いても足りないくらい、それは大きかった。形はヒト型。どこかフォルムは、あの二人を結び付けてくれたレギュラン星人。けれど、そのねじりこんにゃくのような体の上には、悪鬼のような血走った顔が付けられている。

 

 いつも、怪獣が好きだと言ってきた。

 

 可能なら何時か見てみたいとも思ってきた。

 

 それが実際に目の前にあると、ここまで人は無力で。怪獣は恐ろしいものなのか。

 

 逃げることはせず、俺は怪獣を見上げる。震える指でスマホを取り出すと、ちょうど着信が入った。予想していた通り、大好きな女の子から。

 

『あ! もしもし! リュウタ君?』

 

 アカネさんは電話口の向こうで、ワクワクしながら話しかけてきた。こんな状況なのに、声を聴いたら幸せなんて、俺も大概いかれてる。

 

『いやー、よかったー。こんな大雨だし、ほら、いつも待ち合わせの十分前には来てくれたから心配してたんだよ?』

 

 俺を信じ切ってくれている、心から安堵したような声。

 

「ああ、ごめん。ちょっと、雨なのに、傘も忘れちゃって。少し、雨宿りしてたんだ」

 

『え!? 風邪とか大丈夫かな? あ、でも、もし熱出ちゃっても、私が看病してあげるから安心して。うち、無駄に広いし、いくらでも泊っていいよ』

 

 怪獣を前に、結局会話は普通のまま。まだ、目の前の怪獣は動き出さない。

 

「……でも、今は、風邪ひけないくらい興奮してる。……怪獣って、こんなにでかいんだね」

 

『そっか、今、ちょうど足元くらいだよね。いいなー。

 私、いつもモニター越しに見てるから、リアルな感じが分からないんだ。足元から見上げたり、怪獣の頭に乗ってみたりもしたいんだけど……』

 

「……ところで、なんで怪獣、もう出てるのかな?」

 

 極めて平静を装って、俺は尋ねる。彼女の様子を見るに、この怪獣は俺への敵意で作られたわけではなさそうだったから。そうして、返ってきた答えは、考え得る限り、最悪のもの。

 

『ほら、昨日、いきなり暴れてるとこ見せちゃったから、驚いてたよね? それで、この怪獣たちが怖くないってことも見せたくて。

 それで、アレクシスに頼んだら、目の前に出してあげればいいじゃないか! って。今も、怪獣動いてないでしょ? 私が命令するまで動かないんだ。大きいけど犬みたいでしょ?』

 

 拳を握り、怪獣の目を見つめる。

 

(ほんと……!)

 

 彼女の言葉とは裏腹に、怪獣の目は敵意に満ちて、俺をじっと見下している。

 

 それはそうだ。アレクシスとしては、俺が抵抗する可能性を考えないわけがない。そうして言葉巧みにアカネさんに怪獣を作らせていたのだろう。

 

 こいつは、踏み絵であり、門番でもある。

 

 くそ仮面野郎はあの時と同じ紳士的な口調で、平然と電話口から声を飛ばしてきた。

 

『やあ、リュウタ君! アカネ君と話していたんだよ! 随分と君も興奮していたし、きっとすぐにでも遊びたいと思ってね!!』

 

『リュウタ君は、この怪獣をどうしたい? 何でもしてあげるよ。むかつくクラスメイトを殺したり、嫌いなお兄さんを殺したり、いっそのこと、この街全部燃やして、それを見ながらキスしたり!!』

 

 暴れさせない限り、俺はここから動けない。

 

 俺は息を整えながら考える。

 

 目の前には全長何メートルかも数えたくない巨大な怪獣。それを抜けても、彼女の城には魔王がいる。

 

(ここで、軍門に下るふりをして、暴れさせる……。でも、それで真正面入っても、何かしら対策されてるのがオチだろう)

 

 何せ相手は記憶操作能力なんて持っているのだ。

 

 それに、今の高いテンションのアカネさんなら、ウェディングトーチばりに盛大に街を壊しつくしてもおかしくはなさそうだ。アレクシス討伐に成功しても、住人全員が死亡しましたなんて、洒落にならない。

 

 正面から入ったら詰む。焼け野原にするには、まだ、この街に愛着はある。内海とは約束もある。

 

 となると、残された道は少ない。

 

 真正面から侵入がだめなら、この怪獣を避けて、気づかれないように押し入るしかない。幸い、アレクシスはアカネさんの伝聞でしか俺を知らなかった。知覚能力は高くないはず。怪獣をすり抜けて、屋敷まで何とか、こっそりと侵入するしかない。

 

 それは、当然、分が悪すぎる手段。

 

 だから、

 

「……最後のはすごい魅力的だね」

 

『でしょ!? いやー、私も街全部燃やすのは大変かなーって思うけど、よく考えたら今、リュウタ君以外はいらないしー。多分、壊しまくっても後で直せば何とかなるし。それに、二人の共同作業なんて、ちょっとロマンチックだよね?』

 

 ほんと、人が死なないんだったら。何なら、アカネさんだけがそれを望んでいるなら、たぶん、コロッとそっちに行くんだろうけど……。

 

「……でも、ダメだよ」

 

 初めて、俺はアカネさんを否定した。

 

 大きく息を吸って。けれど、声は小さく、それでも大きく否定した。

 

『……ぇ?』

 

 アカネさんが電話の向こうで絶句する。きっと、目を丸くして、ショックを受けているだろう。そんなこと、他の奴がさせたなら、きっと許せないだろうけど。残念ながら、下手人は俺だ。

 

 怪獣を突破する。

 

 そのために、きっと説得する必要はなかった。アカネさんを怒らせて、怪獣が大暴れする可能性もあるから、もしかしたら間違った選択かもしれない。

 

 けど、アレクシスの討伐の前に、俺の目的はアカネさんを幸せにすることだ。

 

 もう、こんなことをさせたくない。このままでは、本当に悪魔になってしまう。俺が愛している彼女は、寂しがり屋で、傷つきやすくて、やさしくて、笑顔が可愛いのだから。

 

 電話からアカネさんの震える声が聞こえる。

 

『えっと、ちょっと、意味わかんなかったかな……。

 ほら、リュウタ君、私のこと好きって言ってくれたよね? いつも優しくしてくれて、たくさん抱きしめてくれて。私も、そんなリュウタ君のこと大好きだよ?

 だから……、一緒に遊ぼうって言ったの。ほんとに、ちゃんと命令聞いてくれるし、危ないことないよ? 誰も責めないし、嫌いな奴ら、みんな消せるよ?』

 

 不安な声、戸惑っている声。

 

 俺の拒絶を信じたくないと、まだ好いてくれている声。

 

 俺はゆっくりと、素直な気持ちを告げていく。もしかしたら、これが最後かもしれないし、彼女を救いたいなら、傷つけてでも言わなくてはいけないと思ったから。

 

「それでも、駄目だ」

 

『……なんで? 私のこと、好きなんじゃないの? 大切だって、あれだけ言ってくれたのに……。それに、この世界だって……』

 

「どんな理由があっても、君が人を殺すのを、俺は認めない」

 

『好きなのに、恋人なのに……。私より、どうでもいい奴が大切なの……?』

 

 最後の方は、声がだんだんと小さくなって。彼女の苛立ちと、苦しみが伝わってくる。

 

 だから、俺は言い切った。

 

「……ほかの連中の命なんて、どうでもいい。けれど、人を殺しても、アカネさんは幸せになれないから。だから、俺はそんなの許せない」

 

『……っ』

 

 息の詰まったような声。アカネさんの一言は、意外だと、理解が及ばないと、そんな困惑を俺に伝えてくる。

 

「俺は、アカネさんのこと、好きだよ。本当に、死んでもいいくらいに大好きだ。正直、アカネさんを傷つける奴なんて、根こそぎいなくなればいいと思うし、他の奴らも、うん、たぶん、最後は捨てられる」

 

 でも、アカネさんを好きになって、嫌いだった内海の良いところを知って、分かったことがある。俺たちが幸せになるためには、そんな他の人もいないといけないんだって。

 

「だって、俺がアカネさんと一緒に居られて、幸せになれたのは……。そういう君が嫌った人のおかげだったから」

 

 俺には、堀井という友達がいたらしい。お調子者で、うるさく、毎日昼飯を食べていた友人。そいつが俺を押したから、アカネさんの秘密を知ることができたそうだ。

 

 俺には、刈谷という友達がいたらしい。どうにも嫉妬深くて、アカネさんが好きだったらしい。そのせいで、足を捻挫することになったけど、おかげでアカネさんが心の底から好きになった。

 

 昨日死んだ、名前も知らない、調子に乗った若者たちがいた。正直、俺だってあいつ等を許せないけど、彼らがぶつかってこなければ、俺はアカネさんに告白することはできなかった。

 

 なにより、

 

「俺は、俺の家族が嫌いだよ。母親なんて、殺してやりたいって思ってる。けれど、そいつらがいなかったら、俺はアカネさんと出会えなかった。

 だから、きっと、どうでもいい奴はたくさんいても、消していい奴なんて、何処にもいないんだと思う……。そういう奴がいるから、幸せにもなれるんだと思う」

 

 記憶もないから、堀井と刈谷に関しては、特に悲しいと思う気持ちは沸いてこない。それでも、悲しみや怒りを与えられたとしても、彼等と出会った意味はあったのだと思うのだ。

 

 電話口の向こうの姿は見えない。アカネさんはしばらく黙りこくって、そして、駄々をこねる子供のように辛く、細い声を届けてくる。

 

『……わかんない。私、リュウタ君の言ってること、分かんない……! いいでしょ!? 嫌いなヤツ、みんな消せば、イライラもしない、誰も嫌なことしてこない! そんな世界でいいじゃん!?

 そうじゃないと、毎日、嫌なことばっかりで、私、楽しいなんて思えない!!!』

 

 心細そうで、悩んでいて、困っている。今すぐにその場所まで行って、抱きしめてあげたいけれど。今は未だ、叶わない。だから、せめて、安心させてあげたかった。

 

 そんなに思いつめるほど、この世界を弄ってでも安心したいほど、辛い事があったのだと。そう思うから。

 

「……だからさ、今度は俺を頼ってほしいよ。

 アカネさんがイライラした時、悲しい時。ずっと、君が安心できるまで傍にいるから。そんな奴らのこと、気にならないくらいに幸せにするから。

 アカネさんが何を思っても、俺だけは受け止めるから。……だから、もうアレクシスに頼るのは止めよう?」

 

 けれど、アレクシスの名前を出した瞬間、アカネさんは言葉を絞る様に言うのだ。

 

『リュウタ君は何も知らないから、そんなこと言えるの……! アレクシスがいなかったら、私……。アレクシスが助けてくれた。アレクシスがいないと、私、ちゃんと生きてなんていけない!!』

 

 それはまるで、親を悪く言われた幼子のように。母親から引きはなされる赤子のように。

 

「……分かった。それじゃあ、今から君の所に行くから……。その時に、たくさん話を聞かせてよ。君の辛い事、悲しい事。全部、俺も知りたいんだ」

 

 俺は上を見上げる。

 

 ゆっくりと聞く時間は、もうなかったから。

 

 彼女の叫びに合わせて、怪獣が動き出す。不気味な唸り声をあげながら、重たい体をほぐすように、ゆっくり、ゆっくりと、体を揺らし始める。その命令は、きっと、彼女が下したものじゃない。

 

『え、なんで……。私、何も言ってないのに……。なんで、動いてるの……』

 

『おそらく、君の心に反応したんだろう。君が嫌なことを言う彼を消したいと思ったから、怪獣は動き出したんだねえ』

 

「……ふざけんな」

 

 一から十までアカネさんのせいにしやがって。そんな悪の怪人を今すぐにでも彼女から引きはがしたかった。

 

 電話の向こうから聞こえる、アカネさんの戸惑いと、混乱。その言葉にならない叫びを聞きながら、俺は、息を整え、前傾の姿勢をとった。

 

 ああ、そうだ。せっかくだから、言いたいことがあった。

 

「……俺、実は黙ってたことがあるんだ」

 

 本当は、出会ったころから言い出せなかった、少し申し訳ないと思っていた秘密。だって、アカネさんは怪獣が大好きで、ヒーローは好きじゃないと思ったから。

 

 そんな抱えた秘密を打ち明けるのに、こんなおあつらえ向きのシチュエーションはない。ウルトラシリーズオタクなら、なおさら。

 

「俺、ウルトラマンも好きなんだ。怪獣も好きだけど、怪獣を倒して人を助けるヒーローも好きなんだ」

 

 伝説の始まりになった、宙から来た雄々しい戦士のように。

 

 我が身を削ってまで、他人のために戦った戦士のように。

 

 人の怖さを知っても、世界を守った戦士のように。

 

 人と結びつき、子供たちに願いを伝えた戦士のように。

 

 愛から生まれ、愛を守り、世界を愛した戦士のように。

 

 全てを失っても、孤独になっても、戦い続けた戦士のように。

 

 戦うだけじゃなく、導くことを学んだ戦士のように。

 

 人と共に光になって、闇を払った戦士のように。

 

 人の夢と希望のために、彼方を拓き続ける戦士のように。

 

 この星に生まれて、この星の命を愛した戦士のように。

 

 もっともっと、たくさんの。今も愛され、この瞬間も子供たちに夢を与える戦士たち。そんなヒーローも、ウルトラマンも好きなんだ。

 

 この世界にヒーローはいないから。それでも、あの憧れのように君の夢のヒーローになりたいから。

 

「今から助けに行く……。アカネさんが嫌だって言っても、無理やり連れだして、アレクシスの奴を倒して。それで、今度は俺が守るよ。君をずっと守って、幸せにするから」

 

 アレクシス。きっと、アカネさんの言う通り、お前が彼女を救ったんだろう。俺も知らなかった彼女の孤独や怒りを癒して、俺と出会わせてくれたのだろう。

 

 なら、それだけは感謝する。だから、後は俺にアカネさんを譲れよ。俺の方がもっと、彼女を幸せにできるから。

 

 体は自然に動いた。

 

 気分はアカネさんを好きになった試合の時のように。大切な人が見ていて、決して失敗はできない。目の前にいるのは、たぶん敗戦濃厚な巨大な相手。

 

 やる気が出て、負ける気がしなかった。

 

(後ろ向いて逃げても、追いかけてくる。飛び道具の危険性もある。抜けるなら……、真正面、股下!!)

 

 怪獣の何が怖いか。多分、それは何よりも質量と攻撃の面積。こいつが一歩でも足音を立てれば、俺はきっと転んでしまう。後は踏みつぶすなりなんなりでアウト。

 

 けれど、股下ならどうだろう。股の形から見て、かかとを合わせるなんて、できそうにない。思ったよりも動きは鈍重だ。そういう対人用の武器もないだろう。あったら、とうに使っている。

 

 何かされる前に、股下を抜けて、こいつの死角に入る。

 

 そうすれば、怪獣から隠れながら、家へ向かうことができる。

 

 俺は走った。既に走りまくっているが、九十分走りまくるサッカー選手をなめないで欲しい。狭いスペースを抜けることを思えば、あの広い股下なんて、どうということはない。

 

 何も考えずに前に、前に。考える時間さえも勿体なかった。ここまで来たのが奇跡なら、これから先も、きっと奇跡が訪れる。そう信じて暗いトンネルに飛び込み、がむしゃらに。

 

 そうして、そこを抜けきった。

 

「よしっ!!!」

 

 そう、やり遂げたと自分を褒めた時だった。

 

 

 

 ずんっ!!!

 

 

 

 大きな音。

 

 それは恐れていた足音じゃなかった。しかし、頭上に輝く閃光が広がる。見上げた先には、たくさんの流星があった。夜空を見上げるそれよりも、はるかに力強く輝いて、数もやたらと多い。

 

「……ああ、そういえば」

 

 ヅウォーカァ将軍は隕石落としを計画していたな、なんて。呑気な考えが頭を支配した。

 

 そんな将軍そっくりな怪獣は、頭頂部を開くと、そこから無数の隕石を射出していた。確かに、アカネさんの望んだとおり、この怪獣なら、街を火の海に変えることもできただろう。

 

 それが、今、俺の真上に降り注ごうとしている。

 

 数は数えることもできないほど多くて。

 

 それでも、俺は必死に走っていく。

 

 なんだか怖くはなかった。それよりも、早くアカネさんに会いたくて。抱きしめたくて、キスしたくて。一緒に居たくて。

 

(今、すっげえピンチなんだから、ウルトラマン来てくれるんじゃないか?)

 

 だから、最後まで諦めない。頭の上に、光が迫っている。もしかしたら、次の瞬間には、消え去るかもしれない。

 

 だから、スマホを強く握りなおして、口に近づける。何時だって、どんな時だって、彼女に言いたい言葉は決まっていたから。

 

「アカネさん、愛してる」

 

 光の中で、俺は走り続けた。

 

 

 

『愛してる』

 

 少女は、何事が起こったのかを理解できないまま、無言でモニターを見つめていた。

 

 今、彼女の恋人が、自分を愛していると言ってくれた少年が炎に呑まれていった。自分が生み出して、命を吹き込んだ怪獣によって。

 

 少女は、大きく椅子に脱力し、空を見上げる。

 

 なんだか、今までのことが夢のように感じられた。

 

 あの渡り廊下での秘密同盟も、サッカーの試合も、隠れたデートも、キスも、全て泡沫の空夢のように。

 

「……リュウタ君、死んじゃったの?」

 

『たぶん、そうだろうねえ。あそこで生き残るのは、難しかったと思うよ』

 

「……じゃあ、私、どうなるの?」

 

『どうもこうも、何もならないよ。いつも通り、直せばいい。明日にはみんな、彼を忘れる。君を責める人も、恨む人も、誰もいない』

 

「そっか。……そっか。あは、あははははは!!」

 

 少女は途端に笑い出した。空へ向かって、大の字になって、面白くて仕方ないように、もう誰も止めてくれない暗闇の中で笑い出す。笑いすぎて、涙が出てくるほどに。

 

「あーあー、最初から変なヤツだと思ってたんだー! 高校生にもなって特撮大好きだったり! ちょっとおだてたら愛してまーすなんて! そういうとこだよ、世の中の男子! 女の子はとことん甘やかさないと嫌われるって分かってないんだから!」

 

『本当にそうだねえ!』

 

「サッカーだって必死に頑張ってたけど、どーせ大人になったら辞めるに決まってるし! 怪獣好きだって周りに言えないヘタレだし!! それに、元々……。……走り方もボロボロで。汚くて、みっともなくて……」

 

『そんな男の子は、いなくなった方が世の中のためだね!』

 

 怪人の嗤い声。その瞬間、少女は言葉を止めた。

 

 そんなことは最初から分かっていたはずだった。この世界の神様にとって、いくら傷つけても許される、どうでもいい存在。

 

 そんなことは、出会ったときから少女は知っていたはずだった。

 

「……違うよ。……違う」

 

 少女はつぶやく。ゆっくりと、体を震わせ、縮こまり、声を震わせて。

 

 それでも、彼がどんな存在でも、少女には彼が大切に思えたのだ。

 

 不格好でも、彼の姿が、自分のために必死に走ってくれる姿が、輝いて見えたから。嬉しいと思えたから。だから、知りたいと思った。一緒にいたいと願った。彼の苦しむところを見たくないと祈った。

 

 彼と過ごした毎日は、それまでのどんな時よりも、楽しくて、安心できて、幸せで、輝いていた。

 

 目を閉じると、思い浮かぶのは彼の笑顔ばかり。いつだって、優しく受け入れてくれた腕の中。守ってもらえると思った広い背中。

 

 アレクシスと自分が言ったように、もしかしたら、欠点だっていっぱいあるかもしれない。最初の出会いなんて、ぶつかってきたことが始まりだったのだから。

 

 それでも……。

 

『アカネ君?』

 

「……私、それでも好きだった。大好きだった……。もう、他の人は好きになれないくらい、私だって、愛してたっ!!」

 

 だから、

 

「私、リュウタ君が消えて、それで忘れられるなんて、無理だよぉ……」

 

 自分から溢れているのが、涙だと、少女は気づくことはできない。いつだって、彼女が人を消した時には、喜びしか残してもらえなかったから。

 

 それでも、少女は何かに気づこうとしていた。

 

 怪人にも、次に彼女が言い出すことが、一言残らず予想できる。

 

「ねえ……。リュウタ君、元に戻そう……? そしたら、もう、怪獣なんていらないから。助けてくれなくてもいいから……!! だから、お願い、アレクシス。……リュウタ君を、返して!!」

 

『……』

 

 最後は叫ぶように。少女の顔に笑顔はなかった。涙にぬれて、後悔で、必死に乞い願う顔。

 

 それは、怪人が最も見たくなかった顔。

 

 

 

『そうか……、そんなに君は悲しいんだね』

 

 

 

 瞬間、少女は異変に気付く。

 

「……え?」

 

 暗く、日の入らない部屋。締め切られた彼女だけの城。

 

 そこに入り込む侵入者があった。街を包み込むガスが、彼女の周りを渦巻いていた。

 

 少女は目を見開き、怪人へと尋ねる。自分がどんな状況にいるのか、理解できなかったから。

 

「……アレクシス、なんで?」

 

『私も君からたくさんのことを学んだよ。人間が悲しいとき、怒っているとき、どうすればいいのか』

 

 そのガスの力を少女は知っている。

 

 街も、記憶も、このおぼろげな世界を思うままに変える力。彼女が操る万能の力が、しかし、少女自身に向けられていて。

 

 瞬間、少女はアレクシスへと縋りつく。怪人が何をしようとしているか、自分が何をされるのか、それを認めることなんて、できなかったから。

 

「ねえ! 待って!? 私、忘れたくない!!」

 

『大丈夫、大丈夫。いつもしてきたことだよ。辛い事を消せば、君は幸せになれるのだから』

 

 いつも通りの紳士的な声。

 

 ガスが深まる部屋の中。少女はようやくと理解する。彼が言っていた通り、この怪人が何者であるのか。

 

 彼女の体が、薄靄の中に消えていく。

 

「……やだ。……やだよ。リュウタ、くん……」

 

『オヤスミ、アカネ君。目が覚めた時には、君は元通り、私だけの大切なトモダチだよ……』

 

 そうして暗い部屋に、怪人の笑い声だけが残された。

 

 

  

 彼はこの世界から消え去った。

 

 誰も記憶に残さない、物語に影響を与えない。微かな揺らぐ世界の夢のように消えてしまった。

 

 だから、物語に大きな影響を与えることなんて、できなかった。

 

 

 

 とある少年は少しの違和感を感じるようになった。どうして、自分はウルトラシリーズのBDをいつまでも開封しないのか。何か大切な約束があったのではないか。

 

 『同盟』という変な言葉へと、不思議な魅力を感じるようになったことにも。

 

 とある少女は、ひどく退屈を持て余すようになった。何かがあったわけではない。むしろ、なんでも思い通りにできるはずなのに。少しのことに、いら立ちを隠せなくなった。この退屈な日々が壊れればいいと、心の奥底で願うようになった。

 

 そして、ふと棚を見て、とあるソフビを見た時に感じる胸の痛み。大切にしまい込んで、触ることができないネックレス。強い寂寥は、自分からぽっかりと何かが抜け落ちてしまったような。

 

 だれかが隣にいてほしいと。

 

 だから少女は待ち続ける。彼女を退屈から、救ってくれる存在を。

 

 そうして、彼女の見上げた空に、六つの光が流れて消えた。

 

 

 

 物語はいつも突然だ。

 

 ある日突然、怪獣が。ある日突然、ウルトラマンが。いつだって、そこから物語は始まって、選ばれし主人公たちの選択と成長に、人々は心を揺さぶられる。

 

 けれど、物語の中に飛び込んだとして、もし主人公になれなかったら。ただの一般人になれず、中途半端に物語へと踏み込んでしまったら。

 

 きっと、その命はあまりにも軽い。

 

 それでも、たとえ軽い命だったとしても。

 

 彼の抱いた願いは、確かな希望へとつながったはずだ。

 

 

 

 戦いの鐘がなった、少し先の未来で。

 

 雨の中、少女は怪獣に微笑みを浮かべる。彼女が作り上げた、彼女を守り、彼女に寄り添う怪獣へと。

 

「期待してるぞ、アンチ君」

 

 怪獣の答える声を、少女は遠いどこかで聞いた気がした。

 

 

 

 SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ 完




EDテーマ「Believe」

これにて、本編は完結です。

最後までリュウタとアカネの物語を見届けていただいた皆様、ありがとうございました。

もしかしたら、皆様の望む終幕にはならなかったかもしれません。それでも、だからこそ、本編でのグリッドマン達の活躍と、アカネの救済を強く思える物語になればとも思っています。

原作完結前の作成という我ながら無茶な執筆でありましたが、だからこそ、好きな原作の力になれれば、私としては嬉しいです。

そして、原作完結後には……。



このスペースではここまで、明日、詳しいあとがきとキャラ設定、『これから』についてを投稿いたします。

最後に、本作は私にとっても挑戦作でありました。そんな本作が少しでも皆様の心に残り、そしてSSSS.GRIDMANを愛する気持ちに繋がれば、嬉しいです。

もしよろしければ、本作をお読みいただいたご感想や作品の評価を頂けると幸いです。



……それでは、SSSS.GRIDMAN完結後に。


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あとがき

本作のあとがきになります。
最終話のネタバレなども御座いますので、最終話の後、お読みいただけると嬉しいです。


 昨日をもちまして、拙作「SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ」が完結しました。若く悲しい二人の恋物語を最後まで見届けていただき、ありがとうございます。

 

 幸いにも、本作は多くの方の御支持を頂き、日刊ランキングでも上位に上ることができました。私自身、これは驚きでした。

 

 恋愛小説、出会いから関係を深めていく話は初めてでしたから。書くたびにこれだとどうかな? ドキドキしてもらえるだろうか? 自問自答の日々でした。

 

 そんな楽しくも苦労して書き上げた我が子が、多くの方に見ていただけたこと、感謝しかありません。

 

 最後になりますが、あとがきとして、キャラクターの人物設定や、これからのことを書きたいと思います。

 

 

 

〇全体として

 

 本作は、SSSS.GRIDMAN第四話における、ヅウォーカァ将軍のアイコンを見たことがきっかけで発想しました。

 

 それまでは得体のしれなかったアカネが、一人の少女になったと感じたのです。世界の支配者であり、なんでも思い通りにできるアカネが、アイコンに隠した趣味を発露した。

 

 それは、誰かに気づいて欲しいという寂しさの現れのように思ったのです。

 

 そこからは話が決まっていきます。アイコンに気づいた男子にアカネは興味を持ち、他愛なく話している中、互いに思いを募らせるが、最後は……。

 

 コンセプトは『本編前にありえたかもしれない青春』

 本編放送中、しかも重要設定が隠された段階で二次創作に手を出すのは、危険な行為だと思っています。ですが、このコンセプトならば、開示されている設定を元に考察し、前日譚として描けると思い、書きだしました。

 

 今後のグリッドマン本編中で、この作品を不成立させる設定が出るかもしれませんが、そこは覚悟の上です。

 

 また、今、自分が愛している作品が放送されている。その時こそ、二次創作として作品を発表することは、自分にできる応援の方法だとも思っています。

 

 だから、最後は本編へと希望をつなげて、本編の裕太たちをさらに応援し、ハッピーエンドを望める終わり方にしました。なので、悲しい物語となりましたが、描き切れたことに後悔はしていません。

 

 

 

 しかし、筆者というものも勝手なもので、書いているうちにリュウタ君やアカネちゃんには愛着が出ています。イチャイチャする話をボリューム増やしたり、それでも迎えた最終回は、書いていて辛かったです。

 

 そして、今、私はSSSS.GRIDMAN本編がハッピーエンドに終わることを、きっと誰よりも望んでいます。

 

 私だって、二人の物語をハッピーエンドにしたいんです!!!

 

 テーマとしてはUNIONに倣い、『人とつながること』

 誰か共にいることは、時にストレスや苛立ちにもなりますが、出会いを覆す感情も抱ける。アカネもリュウタも第一印象は良いものではありませんが、互いを知る中で恋をはぐくみました。一方で、消された人々がいなければ彼らの関係はなかった。

 

 アカネの我儘という形を取りながら、彼女に罪悪感を持たせずに繋がりを断ち切らせるアレクシスは、本当に外道だと思います。その残酷さも描いたつもりでした。

 

 

 

〇人物設定

 

・馬場隆太(リュウタ)

 

 主人公。コンセプトは偽物と献身。

 アカネと関係を深められる造形として滅私奉公できる、大切な人に全てを捧げられる、愛が深い人物を設定しました。バックボーンとして複雑な家庭環境を設定。家族に関することは、アフターやイフで更に詳しく触れるかもしれません。

 

 彼は常にアカネを第一に考えるから、決して彼女のボーダーラインは超えません。けれど、アカネの幸せを思うからこそ、最後にはアレクシスに立ち向かい、消え去ってしまいます。

 

 名前は指摘があった通り『ババルウ星人のババリュー先輩』。主人公ではなくとも、繋がりによって大切なものを知り、それを守るために戦うが、敗れてしまう人です。後、名前も本編主人公の裕太と似た響きに。

 

 また、仮面ライダー電王より『リュウタロス』を名前に取り入れています。瞳は紫、髪は黒く見える紫と、紫をコンセプトカラーにしました。

 

 これは、アンチのCVが鈴村健一さんであることから。リュウタのCVは鈴村さんと設定してはいませんが、似た雰囲気を感じる声。彼が消えた後に、アカネが無意識に彼と似た声をアンチに入れたと設定しました。

 

・新条アカネ

 

 本作ヒロイン。

 Twitterや感想を見ると、非常に怖がられている、あるいはサイコ扱いされている彼女。ですが、声を担当された上田麗奈さんも仰っていたように、私は彼女をごく自然の女子高生だと考えています。

 

 汗かかないという設定や、食事描写がないことから、何か特別な存在であるとは思いますが……。

 

彼女の抱えているだろう裏事情に関しては、

・引きこもりというには、対人への不安や、反動による傲慢がない。

・ちやほやされることに、むしろ疲れている。

・自身への劣等感や、見た目を誇示する描写がないので、外見はそのまま。

・動機のほとんどは日常の我儘の延長

 

 以上より、本作では、人間関係に圧迫され、生きづらさを感じる少女だと考察しました。罪に向き合うことなく人を消せる時に、使わないと決意できる人間は多くないでしょう。それに加えて、箱庭世界に閉じ込められている状態ですからね、アカネ。

 

 ですが、自分の周りの障害を消した理想の世界は、退屈と寂寥感を感じるものです。本編でもアカネは退屈を告白していますし、刺激があるグリッドマンには強い執着を見せています。

 

 本作におけるリュウタとの関係も、その考察を背景にしました。共通の趣味という興味から親近感を得て、リュウタが傷つくことに苛立ったことで興味を深める。そして最後には自分の憤りの正体が恋に由来するものだと気づく。

 

 意識したのは、常に彼女からステップアップを望むこと。そのため、リュウタは愛情深いが故に奥手になっています。そうして彼女自身が納得できないと、今の状況では直ぐに相手を目の前から消してしまうでしょうから。

 

 ですが、今のアカネには、アレクシスの与える安寧を捨てきれないでしょう、最後はリュウタを結果的に死なせ、自分の過ちに気づきかけるも、それをアレクシスは許さない。そうして、喪失感と苛立ちを募らせたまま、本編へとつながる。それが彼女のストーリーでした。

 

 さて、まだ放送段階である以上、上記の考察が外れている可能性も、もちろんあります。真実はどうなのでしょうね? 私も、本編でアカネの本心が現れ、救われる時を楽しみにしています。

 

・内海将

 

 最終話前に希望たっぷりに登場したターボーイ。

 

 彼の役割は最初から決めていました。アレクシスサイドにも揺らぐ主人公を、ヒーローとして立ち上がらせる役割として。

 

 アニメでは中々目立つ活躍はありませんが、彼はヒーローから学んだ正しい心を知っている人間だと思っています。なので、記憶のない裕太や本作のリュウタにも役割を自覚させたり、支えになることができている。

 

 初期の主人公からは同族嫌悪で嫌われていましたが、話せば気が合うでしょう。アカネとは6話で描かれた通り、解釈違いで喧嘩しそうですが。

 

 余談ですが、最後パワードのBDをもち、それを開封できていないシーンは、6話放送前に書き上げていました。なので、6話にてパワードレッドキングを知らなかったというシーンは、少し、作者としては嬉しかったです。自然と意味を持たせられました。

 

・他

 

 友人キャラはティガ、ダイナから名前を頂戴しました。。

 

堀井:サッカー部四人組の鎹でお調子者。刈谷の相談役にもなっていた。

刈谷:アカネには本当に恋をしていた。堀井がいたら、リュウタを傷つけることはなかった。

権藤:一番控えめなタイプ。実はリュウタとは相性が悪い

 

 

 

〇これからについて

 本作のラストシーンは、なるべく前日譚として違和感少なくSSSS.GRIDMAN本編へとつながる形にしました。そして、本編が完結するまで、私も原作時間軸を書くつもりはありません。

 

 ですが、SSSS.GRIDMANのラストを見届けて、それが違和感のない形に仕上がるなら本作の続編を書きたいとも思っています。

 

 候補としては、次のようなもの(『』内は仮題です)

 

1.アフターストーリー『youthful beautiful』

 本編後、犠牲者が復活するならば……。リュウタと再会したアカネのストーリーを書きたいと思います。そのためにもアカネも生き残ってくれることを祈らずにはいられません。

 

2.IFルート(闇落ち)『夢のヒーロー』

 ヒーローとして立ち向かうのを止め、アカネのもとへと戻ったルート。

 

 おそらく、二人が一番イチャイチャかつ退廃的な関係に進展。そんな二人の前にグリッドマンが出現し、リュウタがアカネを守るために、アレクシスの力を借りながらグリッドマンに対抗していく話です。

 

 本編時間軸を辿りながら、怪獣や出現動機も全く異なるストーリーになります。

 

 書きたいシーンは、

・アカネ・リュウタと六花・裕太のダブルデート。

・彼女もちとして、裕太から恋の相談を受ける話。

・アシストウェポンズ(新世紀中学生)との生身バトル

を構想しています。

 

3.IFルート(グッドエンド)『もっと君を知れば』

 ご都合主義でアレクシス討伐に成功したルート。

 

 そうなるとあの世界がどうなるかは分かりませんが、二人で甘い学園生活を送る話。砂糖吐きながら、数話くらい書きたい。

 

4.○○ルート『√SIGMA』

 ???

 

 

 

〇最後に

 

 本作は私の作品の中で、初めて『完結』の二文字を付けることができた話になります。そして、初めてのビターエンド、恋愛物語と私にとって初めて尽くし。

 

 書かせていただき、とても勉強でき、思い入れがある作品になりました。

 

 ここからは私も一視聴者に戻り、SSSS.GRIDMANを見届けたいと思っております。

 

 それでは皆様、ご縁がありましたら本編完結後や、私の別の作品で。

 

 皆様の多くの感想や評価に勇気づけられました。お読みいただき、本当にありがとうございました。



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IF Good End『もっと君を知れば』
IF Good End 1「夏・空」


皆さま、お久しぶりでございます。

本作『SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ』の番外編的IFルートを一話、お届けいたします。

うたかたのそらゆめ最終話が、ご都合主義と奇跡でBADエンドにならなかった場合。

アレクシスが消え去った後、アカネとリュウタのあったかもしれない日常です。

細かい整合性を無視して、甘い話をお楽しみくださいませ。


「ガイアでさー、自然コントロールマシンっていたよね?」

 

「うん、あのドラム缶ロボットみたいなデザイン好き」

 

「私もすきー。でね、暑くしたり、台風つくったり、森をつくったりするけど。森はともかく、他の二つって人間だけじゃなくて他の生き物も絶滅させちゃったり、意味ないなーって思ってたの。

 それよりも、地球温暖化とか言われてるし、地球を涼しくした方がよっぽど未来のためになるって思わない?」

 

「そうだね。今みたいな季節なら、もう少し涼しくなった方が気持ちいいし。こうしてても、暑くないしね」

 

「ほんと、暑くて仕方ないよねー。あー、もう、だるいー」

 

「……ちなみにアカネさん?」

 

「ん? なに? リュウタ君」

 

「少し離れるっていう選択肢は?」

 

「だめ、いや。……リュウタ君はどうなの?」

 

「少しだけ暑いけど、俺もいや」

 

「おんなじー、えへへ」

 

「ふふ。同じだね」

 

 

 

「おい! 誰でもいいから、このバカップル引きはがせよ!!?」

 

 

 

 暑くとも心穏やかに過ごしていた俺とアカネさんを現実に引き戻したのは、内海の突然の大声だった。この静かな森に響き渡るボリュームに、周りの連中全てが驚き振り返るほどの声の張り。

 

 すごいぞ内海。お前、大声コンテストに出ても入賞できるはずだ。

 

 そんな内海は大空に向かって叫んだ後、俺たちの方に振り返り、びしりと指でさしてきた。友人と言えど、いや、友人だからこそ、一言二言、言いたくなる態度に俺も少し大声を返してしまう。

 

「おいコラ! 俺はともかくアカネさんはそんな指差しされるほど安くはないぞ」

 

「うっせえよ!? っていうか、リュウタ! お前は何とも思わないってのか!?」

 

 言われて、周りを見回す。

 

 特に変わったことはない。

 

 綺麗な夏空が広がっている。青々と、されどコスモスのルナモードみたいに穏やかな青色。記憶を遡っても、いつも通りの夏の姿。蝉の大合唱も、涼やかな木々のざわめきも同じこと。

 

 一点、俺もアカネさんも周りのクラスメイトと同じ私服姿だというのは、いつもと違うだろうけど。早々、目くじらを立てるものでもない。

 

 俺は内海に向かって首をかしげる。

 

「……何かおかしいかな?」

 

「オォイ!? 俺たちが何してんのか分かってて、その返事か!?」

 

「いや、単なる校外学習をそんな大げさに……」

 

「その! 校外学習で! 集団移動中なのに! お前と新条さんは何をやってるんだっての!?」

 

 もう一度後ろにいるアカネさんを見る。

 

「……人目をはばかることは何も」

 

「どう見てもはばかるだろが!!?」

 

 別にいいじゃないか、恋仲なんだから。

 

 何時までも続きそうな内海の抗議。こっちもさすがに相手するのがめんどくさく感じ始めると、後ろの彼女も同じことを思っていたのだろう。

 

「内海君、うっさい」

 

「は、ハイィ!!」

 

 後ろからジト目になっているであろうアカネさんの一言。それを受けて、内海はびしりと硬直後、回れ右で足早に動き始めた。首元にアカネさんのため息がかかる。

 

「……なんで男子ってこんなにうるさいの?」

 

「あー、まあ、内海が特別な気がするけど、男子ってちょっと子供っぽいのかな。俺はあんまり大声出したりしないけど」

 

「だからリュウタ君はおちつくのかなぁ……」

 

 そう言うなり、アカネさんの軽さが背中に戻ってきた。

 

 全く、これくらいで文句をつけるなんて、とんでもない奴である。いくらウルトラシリーズ好き仲間であっても少し怒るぞ、俺も。

 

 そう思いながら後ろをちょっと向く。そうしたら、再度、俺の背中にぴったりと張り付いているアカネさんと目が合って、

 

「あ、目があっちゃったね」

 

(あー、可愛いなー)

 

 肩越しにちょんと出た手を振ってくれる恋人を見たとたん、胸がぽかぽかとあったかくなる。確かに、周りのみんなからすれば目立つ格好かもしれないし、多少は暑い。けど、こうしているとアカネさんも少し楽が出来て、俺も愛情感じてウィンウィン。

 

「だから、何も問題なんてないだろ?」

 

「それを見せつけられる俺たちの気持ちになれよ!?」

 

 後ろから朗らかに言ったのに、内海は悲痛な叫びを青空に木霊させた。

 

 

 

 今日は夏季の特別授業。誰の発想か、クラス全員で都会を離れ、緑豊かな地方を訪れる日。ビルだらけの無機質から一転、四方八方森だらけ。特撮的にはマグニア回のような怪獣から必死に逃げるシチュエーションで出てくる森を思い起こさせる場所でもある。

 

 暑いのは確かだが、吹いてくる風は涼しい。昔は別荘やらなにやらも多く建てられていたとか。ただ、アカネさんとしてはこういった活動には不満があるようで。

 

「……先生も物好きだよね。ラフティングとか、めんどうなんですけど……」

 

 ぶすっとした声が耳元をくすぐる、

 

 これが単なる二人の小旅行だったら、きっと彼女も楽しく思えるのだろうけど、ここに来た目的は校外学習であり、行うのはラフティング。ゴムボートで川を下っていくウォータースポーツだ。川下りと言い換えれば、この暑い季節に合っている。ただ、アカネさんの言う通り、先生の好みは些かマニアックと言えるだろう。

 

 そんな学生であるために強制参加のイベントに対して、スポーツが苦手なアカネさんはずっとご機嫌斜めだった。今も、首のあたりから、

 

「あーつーいー。かえりたい……」

 

 アカネさんの蕩けた、もとい溶けた声が聞こえてくる。駅から一歩出た時から、へばって、歩くのが億劫の様子だった。普段ならもう少し元気あるのに、今日はこんなにどんよりしている原因は分かっている。

 

「夜遅くまでガイア見てるからだよ」

 

「そんなこと言ってリュウタ君も一緒に見てたのに。なんでそんなに元気かなぁ……」

 

 いつもより力が有り余っている原因は一つ。

 

「アカネさんと一緒だと元気出るからね」

 

「じゃあ、私はリュウタ君専用バッテリーだね。じゃあ、もっとあげる。ぎゅー」

 

「うわ! めっちゃ元気出た!」

 

 これなら担いだまま山の上まで登れそう、なんて。

 

 まあ、そんなリラックスした様子とは裏腹に、実際にアカネさんは調子が悪そうなのも事実だった。でなければ、俺もここまでヘルプしたりはしない。

 

 こうして、ちょっと元気アピールするのも、アカネさんもふとした時に申し訳なさそうな顔を見せるから。ただ、彼女がそんなことを思う必要はない。

 

(好きでしていることだしなあ)

 

 惚れた弱みというか、それが幸せなのだというか。なので、

 

「なあ、裕太ぁ。お前からも何か言ってくれよ。あいつら、俺のいうことなんて聞きやしないから」

 

「いや、考えてみたらクラスでもいつもああだし、みんなもそんなに気にしてないんじゃ……」

 

「そんなこと言ってると、いつまでも際限なくイチャイチャするだろ!? ……あぁ、あのパーフェクト美少女だった新条アカネは一体どこへ」

 

「でも、昔の新条さんよりも、今の方が可愛いと思うけど」

 

「……それな」

 

 内海がいまだに響へとブツブツと言っているが、その生暖かい視線は無視する。人の恋路を邪魔する奴はドドンゴに蹴られちまえ。

 

 

 

 十分ほど歩いて、俺たちはようやくと河原に隣接した会場に到着した。名残惜しいけど、アカネさんともしばし別れ、更衣室で着替えを始める。こういう時、他の高校は学校指定の水着を使うらしいのだが、うちは珍しく私用の水着だ。 

 

 とはいっても、男子の水着なんて、短パンくらい。俺の場合は傷跡が目立つから、その上からパーカーを羽織れば着替えは終了だ。アカネさんによれば女子は日焼け対策やらなにやらと大変らしいけど、男子はシンプルでいい。携帯と財布を置いてカギをかけると、隣から視線を感じる。

 

「どうしたよ?」

 

「いや、どうすりゃそういう風に腹割れるかなって」

 

 視線の主はまたもや内海だった。というか最近はほんとによくつるんでるから、そうなるのが多いのだが。今日とてロッカーは隣。右から響と内海と俺という順番。そして、内海の視線は俺の腹に向かっていて、彼の言う通り、そこはほどほどに割れている。

 

 こればかりはサッカーのような運動量の多いスポーツをしていて、自然と身についたものだ。一方、それを羨む内海の腹はといえば、

 

「フッ」

 

「こ、こいつ!? めっちゃむかつくんですけど!? 餅腹なめんなよ!!?」

 

 顔を赤くしながらの抗議。

 

 内海の腹は少しばかりぽっちゃりとしていた。触ったら柔らかそうな感じにぷるぷると震えている。この、運動不足め。腹筋が足りていないのだ。

 

「まあまあ、別に俺だけが特別じゃないし」

 

 俺が首を動かして遠くを示す。そこには別の友人たちが着替えを終えていた。

 

「おっ! また筋肉付いた。これなら……」

 

「刈谷、お前もいい加減に諦めろって」

 

「いや! いつか新条だってリュウに飽きるはずだ!!!」

 

「そう言ってる時点でたぶん完敗だぞー」

 

 俺以外のサッカー部集団。長期で休んでいた俺よりも、足回りを中心に逞しい。刈谷だけは無駄に上半身も鍛えてるが……。いくらなんでもボディビルダー並みはやりすぎだろう。重くて速度落としてるってコーチに怒られてたし。

 

 ともあれ、彼等は例外なく、餅腹にはなっていない。その実例を見て、羨ましそうな目をしている内海に提案してみる。

 

「贅肉落としたかったら、多少は運動もしないと。内海も朝ラン混じる? 毎朝やってるけど」

 

「……検討しておく」

 

「おう。あ、そうだ。響もどうかな? ランニング」

 

 俺はぼんやりと話を聞いていた響へ話を振った。内海とのつながりというか、色々あって、最近は仲がいいのだ。

 

「うぇ!? お、俺も?」

 

「ああ。多分、例の件にも多少は役に立つと思うぞ? 鍛えるのって」

 

 宝多さんの家の前もコースに入っているから、店先で彼女と会うこともある。運動が得意というイメージがない響にとっては、ギャップでアピールするチャンスになるかもしれない。

 

 すると、響は自分の細い腹をぽんぽんと叩いたり、力を込めて腹筋を固くしたりした後で、

 

「……明日からでもお願いします」

 

 と顔を赤らめながら言った。まったく、この純情少年は。アカネさん曰く、こういうところは女子にも人気だというのは黙っておく。響は可愛いって言われるのは複雑らしいし、俺もその気持ちは分かる。それでも決断が早いのは、彼の気持ちの良いところだろう。

 

 さて、そんな風に話をしていたら、随分と時間がたってしまった。俺は体を動かしながら、大きく呼吸をして、最後は頬を叩く。これから向かう場所と出会う人を想えば、これくらいの準備じゃ足りないかもしれないが、それでも。

 

「じゃあ、着替えたし……。行くぞ」

 

「なんでそんなに気合入ってんだよ」

 

 わかってないな、内海。

 

「下手すると、俺は死ぬからな……」

 

 これは既に訓練でもリハーサルでもないのだ。

 

 いざ出陣、夏の空。

 

 

 

「あ、リュウタ君!! もー、遅いじゃん!!」

 

 結局、俺の気合と覚悟というのは、そこまで役には立たなかった。

 

 ああ、神様。パーカーとは。なんだこれ、めちゃくちゃ可愛い。

 

 集合場所に向かって恋人と対面したとたん、内海へと宣言したのも虚しく、俺の意識はふっと天へと還っていきそうになった。けれど、目の前の小悪魔はそれを許してくれない。よろめく俺の手をアカネさんは引き留めて、顔を近づけてくる。

 

「あれ? どうしたの? 顔真っ赤にしちゃって」

 

 尋ねるよう、からかうように目を細めるアカネさん。君の内心なんてお見通しだぞっという顔で、じりじりと赤くなった俺と彼女の顔が接近していく。

 

 やっぱり、彼女に誤魔化したりはできない。

 

「いや、水着はもう見てたけど……、そのっ」

 

「ふふ、なぁに?」

 

「……パーカーを着てると、また違って、すごく可愛い」

 

 そう言うと、アカネさんは満足したように握る手に力を込めて、笑うのだ。

 

「そっか! よかったー。このパーカー、まだ見せてなかったから、似合ってるか不安だったんだー」

 

 アカネさんは安心したようにふわふわとその場で一回転。

 

 彼女が言う通り、俺はこの格好を見るのは初めて。アカネさんが前に見せてくれた水着は、刺激的なビキニタイプだったが、今もそれは着ているのだろうけど、アカネさんは上半身をゆったりとパーカーで覆っている。

 

 少し体が隠れているからと言って、彼女の可憐さは損なうことなく、むしろ、安易に見せない肌とか、けど、胸元まで開けられたところとか、動くたびにひらひらとするところとか、清楚な魅力というか。

 

 つまり、めちゃくちゃ可愛い。

 

 すると、アカネさんは俺の腹筋辺りをちょんちょんとくすぐりながら、目を細める。

 

「少し意外だった? リュウタ君以外には、やっぱり見せたくないなーって。けど、リュウタ君は、こういうとこ、他の子にも見せちゃうんだね……。

 知ってる? 女の子も、男の子のお腹とか、けっこう見てるんだよー」

 

 最後の方はぐりぐりとからかうように。

 

 けれど、アカネさんも触るたびに、なんだか頬が赤くなっていく。きっと、彼女も少し恥ずかしくて、誤魔化しながら言ってくれた言葉。そうすると、俺の割と強めな独占欲もくすぐられてしまう。

 

「みんなにも見せた方が良かった? ……水着」

 

「絶対見せたくない。俺だけで、いいでしょ?」

 

「もー、リュウタ君も人のこと言えないじゃん。欲張りで、わがまま。それじゃあ……、あとで、二人っきりになったら、ね?」

 

 思わず体を寄せて、耳元でくすぐるようなアカネさんの声を聞く。アカネさんも同じ気持ちでいてくれる。それだけで俺は幸せだった。

 

「おーい。そこの二人ー! 話聞いてるかー!!」

 

「すみません! 絶対に聞いてません!!」

 

 うっせえぞ響。

 

 

 

 いや、アカネさんと離れて冷静に考えると、内海達の言わんとすることも分かってはいるのだ。さすがに今日はタガが外れていることも。ちょっと、ほんとにちょっと、アカネさんと二人だけの世界にのめり込みすぎているような。

 

 クラスでは手をつないだり、毎日昼ご飯を一緒に食べたり、放課後はずっと一緒だったりと、何時もはそれくらい。何だか今日、此処に来れたことが、とても奇跡的なことのように思えてしまって心が浮ついている。

 

 アカネさんと一緒に居たら浮かれてしまって、際限なく気持ちが高まってしまうというか。

 

 だから、この状況は身から出た錆だということも分かっている。

 

「というわけで……」

 

「ああ……」

 

「覚悟してもらうぞ、リュウ……」

 

 俺は低く唸るような剣呑な声に、冷や汗を流す。ラフティングは当然男女別行動。俺は内海と響、そしていつものサッカー部連中と同じゴムボートになったのだが。

 

「おいこら、ラフティングってそういう競技じゃねえだろ……」

 

 背後の連中が何を考えているかは分かる。オールをこん棒のように構え、ぎらぎらと目を輝かせて、歯をむいている怪物たちが、何をするつもりか。

 

 俺を落とすつもりだ。

 

「お前はいいよなぁ……、新条とイチャイチャしてよぉ……」

 

「仕方ねえとは思ってたけど、あれはギルティだわ……」

 

「あのパーカーの下、俺だって見たかったのによぉ……」

 

「てめえはウルトラオタクの風上にも置けねえ……」

 

 内海、ほんとお前、いつの間にサッカー部連中とも仲良くなったんだ。

 

 今、配置としては俺と響がボートの先頭に座っている。そして、その後ろに馬鹿どもが並ぶ形だ。ラフティングなんて渓流を結構なスピードで下っていくわけだから、当然揺れるし、バランスを崩したら川へ放り投げられるもの。

 

 身に着けているヘルメットと救命胴衣も、もしもの事故がないようにするための措置だ。逆にそういうのを付けているし、安全なルートを通るから、多少は落ちることも織り込み済みなわけで。

 

「ちょ!? 内海! みんな! 揺らしすぎだって!?」

 

「わりぃな裕太!! お前に恨みはねえが、一緒に犠牲になってもらうぞ!!」

 

 出航直後から、響き渡る俺たちの悲鳴。船頭多ければ山にも上るとか言うが、後ろが揺らそうとしたら、それはもうボートはがっくんがっくんと揺れる。揺れまくる。

 

 内海達がオールを勢いよく漕ぎ、ボートを揺らしてくる。当然、その煽りを受けるのは先頭に座る俺と響。視界が上下にぶれるぶれる。しかも、足元はゴムだから水を浴びれば滑るに決まっている。

 

「お前ら、後で覚えてろ!?」

 

 そんな俺の必死の声は、当然無視。むしろ、もっととばかりに上へ下へ。ゴムボートなのか、モーターボートなのか、ラフティングなのか、滝下りなのか。

 

 おい! インストラクター! 元気いいな、とか笑ってんじゃねえ!!

 

「うっせえ! どうせリュウは落ちても新条に心配されるんだろが!?」

 

「抱きしめられたり、膝枕とかされるんだろ!?」

 

「ぜってえ許せねえ! 俺のマイナスエネルギーをくらえー!!」

 

「じゃあ、お前らも落とそうとすんじゃねえよ!!?」

 

 そうして怪獣でも具現化させそうな勢いの恨みつらみを乗せたまま、しかし、俺と響の決死の努力で奇跡的なバランスを保ち、俺たちは川を下っていく。俺とて簡単に落とされるつもりはなく、そして、響もバランス感覚は良かった。

 

 これなら後ろの嫉妬に塗れた亡者どもの望みを挫き、生還が可能かと思ったのだが……。

 

「もー! アカネ、なにやってんの!」

 

 俺たちの更に後ろから宝多さんたちの楽し気な声が聞こえてきて……。

 

「……あ」

 

 彼女の名前を聞いたとたん、すーっと、何も考えないまま俺は後ろを向いてしまった。そこには水に落ちてしまっているアカネさんがいて。

 

「ちょっと!? リュウタ!!?」

 

「……やべ!?」

 

 横から響の大声。

 

 さっき言った通り、俺たちの船は後ろでやたらとスピードを出す馬鹿四人と、先頭で必死にバランスをとる響と俺で成り立っていた。そこで片方がわずかでも任務を放棄したものだから。結果は目に見えている。

 

「「「うわぁああああ!?」」」

 

 人を呪わば穴二つ。ボートは転覆して全員が川へと放り投げられてしまうのだった。

 

 ああ、アカネさん、心配しないでくれ。あの馬鹿どもを沈めたら、俺も急いで川下るから。

 

 

 

 そんな波乱のラフティングは、穏やかな幅広の河原で終着した。結局、カルネアデスの板とはならず、なんだかんだと濡れ鼠六人で協力しながらラフティングには成功。終わった後は仲良く先生に怒られることになった。うちの担任、意外と怒るときは怒るらしい。

 

 そうして、昼時までは自由時間。

 

 上流と違って、下流で行えるのはただの川遊びだ。各々、好き勝手に水際で遊んでいる。岩の上で押し相撲をしていたり、水かけをしていたり、シュノーケル持ち込んで泳ぎまくっている奴もいる。手づかみでアユ取るとか、すごい運動能力だ。禁漁区だから逃がせよ。

 

 そんな賑やかな景色を見ながらも、俺は何となく気が乗らないで、木陰の岩に腰かけていた。まだ懲りない堀井達が、河原で待ち構えているのも見えていたし、少しばかり疲れがたまっていたからかもしれない。ここ最近、ようやく復帰できた部活動の練習も多かったから。

 

 一人、ぼんやりと。近くに聞こえる蝉の声に耳を澄ましたり、川のせせらぎに身体を緩ませたり。

 

「疲れたの?」

 

 そっと柔らかい声と共に、アカネさんが隣に座った。さっきまで宝多さんたちと河原で遊んでいたのにわざわざ来てくれたみたいだ。

 

「少しだけ。アカネさんは?」

 

「私も、ちょっと疲れちゃって。……まだ、色々慣れてないから」

 

「大丈夫だった? 嫌なこととか、困ったこととか」

 

「……川に落ちた時、最悪って思ったけど。それくらい。……楽しかったよ」

 

「そっか、それなら良かった」

 

 彼女の肩に腕を回して、小さな頭を肩に寄せて。そうして控えめに笑う彼女と一緒に、みんなの遊んでいる姿を見る。少し傲慢かもしれないけど、アカネさんが安心できて、楽しくなれているなら、それでいい。俺も安心できて、胸のつかえがとれる。

 

「あ、響の奴、宝多さんの所に行った」

 

「響君、やっぱり六花のこと好きなんだ。リュウタ君も知ってるってことは、男子も恋バナが好きなんだねー」

 

「女子ほどじゃないかもしれないけどね。俺だって、割といろいろ聞かれるんだ」

 

「へえー、リュウタ君は誰か好きな人いるんだ?」

 

「それがいるんだなー。知りたい?」

 

「うん、知りたい」

 

「今、隣にいるアカネさんが、すごい好き。愛してる」

 

 そう言って、彼女の肩に回した手に力を籠める。一時はどうなるか分からなかった右手。動かなくなるかもって言われたそれで、アカネさんに触れられることが奇跡みたいだった。

 

「私も、大好きだよ」

 

 うつむく彼女から。吐息が零れたように。空気の震えが腕に伝わってくる。じっと五分くらい。

 

 少ししんみりとした空気の中、アカネさんは不意打ちのように手を引いて、俺を立たせる。赤い瞳の中に、いつも通りの悪戯な色が見えた。

 

「いま、みんな見てないよね?」

 

 確かに、今、皆はそれぞれ遊びに興じている。響や内海も、上手くやったのか、はっすさんたちと遊んでいる。いや、水責めにあっている。こちらに気を回している人は誰もいない。

 

 それを確認して、彼女は、

 

「それじゃあ、約束通り。二人だけで、ね?」

 

 調子を戻したようなウィンクに、うるさいくらいに胸が高鳴る。

 

 ちょっとだけ、二人の時間を作って、少し邪魔なパーカーもとって、それから俺たちは誰に憚ることなく川で遊び倒した。

 

 

 

 綺麗な夏空が青から紅に染まった、そんな一日の終わりに……。

 

 夕暮れに照らされる電車の中、少女は隣に座った少年を見つめていた。席に座った途端、電池が切れたように眠ってしまった大切な人を。

 

 きっと疲れたのだろう。朝はずっと背中を貸してもらったし、川でも、ずっと見守ってくれていた。最後はちょっとはしゃぎすぎなくらいに一緒に遊んで。

 

 頼りすぎている、なんて自覚はある。

 

 思い返さなくても、ウルトラマンガイアの深夜マラソンに付き合わせてしまったのは自分で、サッカー部に復帰してからは朝練が忙しいのに、毎朝迎えに来て、夜もなるべく一緒にいてくれる。

 

 ずっと傍にいて幸せにする。いつか、ぼろぼろになりながらも宣言したそれを、彼は愚直に守ろうとしていた。そして、そんな彼の献身が、少女は震えるほどに嬉しい。今でも、彼が残ったら、他のみんなを消してもいいなんて思えるほどに。二人だけの楽園を作って、そこでずっと彼を独占したいだなんて。

 

 胸の奥で怪獣が騒ごうとする。

 

「……ほんと、キミは何なんだろね」

 

 少女は少年の頭をそっと撫でると、起こさないように自分の肩へと導いた。

 

 今でも心の中に怪獣はいるのだろうけれど。彼と触れるだけで、怪獣がいびきを上げて眠り始める。安心できるほど満たされていく。

 

 たった一人のちっぽけな存在が、この世界よりも大きくなるなんて。少し前の自分だったら、考えられなかっただろうに。

 

 だから、少女には少年のことがまだ分からなかった。もっともっと、心の奥の奥まで知りたいほどに。

 

「……知ってる? リュウタ君のせいでね、私、神様じゃなくなったんだ。神様を変えちゃうなんて、もしかして悪魔かもね、リュウタ君は」

 

 頬を押してみる。

 

 何度か押して、柔らかくて、それで彼の瞼が動いた瞬間、指が止まる。

 

 まだ押したかったのに、彼の安らぎを邪魔しないように。

 

「変だね。我慢してるのに、イライラしないんだよ?」

 

 世界は変わらない。いつだって、苛立ちを募らせる出来事はたくさんある。街行く人も、もう、無条件に好意を持ってはくれない。この間なんて、肩をぶつけてきたおじさんが舌打ちして去っていった。少し前なら、怪獣を作り出していた出来事。

 

 その世界の中で、少女だけが変わっていく。

 

「幸せ、なんて言ったらべたなドラマみたいかな? ……ねえ、リュウタ君はどう思ってる?」

 

 ただのNPCだったのに、いつの間にか大切になった人。あれだけ身近だったアレクシスよりも大事な人。彼はいつも笑顔を向けてくれるけれど、幸せなのかな、なんて。

 

 大けがをさせてしまった。もう、少し前みたいに走れないかもしれないし、サッカーで活躍することもできないかもしれない。

 

 その未来との差し引きで、新条アカネの存在は少しでもプラスになるものなのか。

 

(それに……)

 

 暗い想像を振り払うように、少女は少年の髪に、顔をうずめる。

 

 悪魔のいなくなった世界で、いつまで自分は留まっていられるのか。わずかか、それとも、この世界での命を使い果たした後なのか。もしかして、今すぐに消えるかもしれない。

 

 何も知らないまま戦いが終わった世界で、少女は未だ、秘密を抱えたままでいた。




ひたすらに甘々に仕上げたいグッドエンドIF、いかがでしたか?
こちらは全四話を計画しております。第一話が夏なので、その後は……。

そして、現在、本編突入のIFルート、
『うたかたのそらゆめ √SIGMA』の執筆を続けております。

そちらがかなりシリアスな展開を迎えておりますので、久しぶりに可愛いアカネちゃんと出会いたかったのも、本話を書いた理由。

グッドエンドでテンションを保ちつつ、IFルートを仕上げてまいります。

まだまだイベントやらグッズ展開が冷めないSSSS.GRIDMAN、一ファンとしてこれからも盛り上げていきます!!


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IF Good End 2「秋・空」

ご都合主義Goodルート、第二話をお届けいたします。今回も、細かいところは無視してお楽しみくださいませ。


 あの夜に何が起こったのか、よく分かっていない。気が付いた時には、全てが終わっていたから。

 

 覚えているのは、アカネさんの家に向かって、怪獣と遭遇して、それを避けようと走り出したことだけ。怪獣を倒したわけでも、アレクシスと戦ったわけでもない。

 

 それでも、霞んだ記憶の向こうで、光り輝く二人の巨人を見た気がする。

 

 そのうちの一人が俺を見下ろして……。

 

 

 

「……また、この夢」 

 

 悪夢じゃないが心に残る夢。あの日から何度となく見た夢。もう慣れてしまったからか、目覚めはすっきり穏やかだった。

 

 ただ一点、悔いが残るのは早起きしすぎたこと。枕元の時計を見ると、土曜の午前四時。五時に起床予定だったから、一時間も早く起きてしまったことになる。

 

 目をこすりながら体を起こすと、右手がずきりと痛んだ。動かせるようになって久しいのに、時折こうなるのが邪魔で仕方ない。この傷跡を見るたびにアカネさんが悲しそうな顔をするから、跡形もなくなって欲しいのだが……。そうそう都合よくはないみたいだ。

 

 右手首の傷。

 

 顔の前にかざしてみると、今でも、千切れたような引きつった傷跡がはっきりと残っている。幅も広く、目立った、大きな傷。それを隠すために、最近はリストバンドを付けることも多くなった。

 

 そんな傷ができた理由も分からない。

 

 アカネさんの部屋で、彼女に抱きかかえられながら目覚めた時には、治りかけていた不思議な傷でもある。泣きながら介抱してくれたアカネさんも、記憶は曖昧なのだとか。他にも、肩口とかにも深い傷はあったけれど、今でもたまに痛むのはこれだけ。

 

「終わり良ければ、すべてよし。……なんていうけど」

 

 はっきりしているのは、アレクシスと名乗った悪魔は消え去ったこと。

 

 怪獣が現れなくなったこと。

 

 そして、アカネさんが壊した全てが元に戻ったこと。堀井も刈谷も、おそらくはあの不良たちも。みんなが気づかぬうちに生き返っていた。

 

(どこまでが夢で、現か。ウクバールに誘われたおっちゃんも、こんな気分だったのかな)

 

 ただ、自分の内にある腑の落ちなさは、正直に言えばどうでもいい。今、この世界にアカネさんがいて、一緒に生きてくれることが嬉しい。そこに失くした友人たちが戻ってきたのなら、これ以上望むことはないだろう。

 

 ハッピーエンド。

 

 ご都合主義な気もするが、文句をつける気はない。

 

「……さて」

 

 一言、気負いを入れてベッドから出る。 

 

 早く起きすぎて、余計なことを考えてしまった。だが、今日に限ってはちょうどいいかもしれないと思い直す。朝練もなく、ランニングの予定もない。でも、今日は年に一度の特別な日。

 

『文化祭』

 

 高校生らしくクラス一丸となって準備してきた一大イベントである。当然、俺だって高校生の一人であり、そのために奔走してきた。それに、

 

(アカネさんと一緒に回るのは、絶対に楽しい)

 

 いつものように怪獣の話をするのもいいけど、たまには青春を謳歌する恋人らしく。来年も学園祭が開かれるか分からないのだから。

 

 まだ暗い秋空の下で、俺は気合を入れながら身支度を整え始めた。

 

 

 

 どんな事情があったのかは、一学生の俺からは分からないが、ツツジ台高校で文化祭が開かれるのは、何年振りかの出来事らしい。何か事故があったのか、教員たちの気まぐれか。そんなわけで、一年から三年まで、生徒全員が文化祭初体験。当然、盛り上がりは相当のものだった。

 

 各クラスに各部活、それに加えて有志団体。全体の出し物はかなりの数。

 

 その中で、うちのクラスでは、いつも騒がしい問川達によって『男女逆転喫茶』が企画されていた。男子は女装、女子は男装をしての喫茶店。最初の頃は、男子から恥ずかしいとの声が上がったが、準備を進める中でみんなテンションを上げている。

 

 俺はそのクラスの出し物と、サッカー部の方にも参加が決まっていた。

 

 そんな文化祭を、アカネさんと二人、ゆっくりと回ろうと計画していたのだが……。

 

「うわ、人多い……」

 

「想像以上だね」

 

「……ゾイガーの群れ」

 

「その想像は、だめ」

 

「じゃあ、ドビシ……」

 

「俺たちも巻き添えだって」

 

 今のアカネさんの頭の中を想像するのは、ちょっと怖い。

 

 彼女がつぶやく通り、想像以上の人入りだった。狭い通路にひしめくほどの人、人、人。こうしてぴったりと身を寄せていないと離されてしまいそうなくらい。彼女と触れ合えるのは嬉しいけれど、お花畑思考ではいられないほどの人の多さ。

 

 数年ぶりの開催という話題が、近所の人を呼び寄せたのか。元々、住宅街の真ん中にある立地がそうさせたのか。ツツジ台を志望しているのだろう、制服姿の中学生まで見える。こら、そこのガキンチョ、アカネさんに鼻の下伸ばしてんじゃない。

 

 なにより、そんな人混みは、アカネさんにとって苦手なものだった。

 

「……っ」

 

「アカネさん、手」

 

「う、うん」

 

 差し出した腕に、彼女がぎゅっと力を籠めて。どこかにある安寧の地を探し、書生風の男装に身を包んだアカネさんと二人、人波の中を進んでいきながら、頭の片隅で後悔。

 

(……タイミングずらした方が良かったかな?)

 

 シフトを考えて、抜け出せるタイミングで二人きり。なんて、甘い計画をしていたのだけれど、文字通り、予想が甘かったのだろう。パンフレットで当たりをつけていた出し物は満員だし、押し合いへし合いで移動するのも一苦労。

 

 不意に人に押され、アカネさんを握った右手が痛んだ。

 

「リュウタ君?」

 

 また、悲しい顔をさせてしまう。やせ我慢をしていても、アカネさんにはバレバレなのだろう。だけど、こういう時くらいは我慢をさせてほしいとも思う。しかし、このままではせっかくの文化祭デートが台無しなのも確実だ、と焦りだした頃だった。

 

 意外な救いの手が現れる。

 

「ちょいとそこのお二人さん、寄って行ってはいかんかね?」

 

 怪しげな声。無理に作った老婆風。

 

 救いの声というより、悪魔の囁きか何かじゃないか。けれども、俺たちはいきなり横からかけられた声によって、暗い小部屋へと導かれていった。果たして、二人の運命はいかに。なんて、シリアスには当然ならない。

 

「なんだ、なみこさんか」

 

「なみこかー」

 

「なんだよ! その気のない返事!! このバカップル!!」

 

 いや、助かったのは確かなんだが。

 

 声の主は、クラスメイトのなみこさん。彼女に連れていかれた先は、彼女が所属する茶道部の茶室だった。そこは正しく、俺たちが求めていた安息の地。茶道部の部屋が、人で溢れるはずもなし。和風の静かな雰囲気は、人混みで疲れた俺たちを癒すのに十分だった。

 

 しんと音も染み入る部屋に入った途端、アカネさんは俺の手を引いて、畳の上に転がる様に避難する。為されるままの俺の背に、柔らかい感覚も加わった。柔らかな声が、首元をくすぐってくる。

 

「ちょっと充電させて……」

 

「うん、いいよ」

 

「やっぱり、背中、安心する。……ごめんね」

 

「大丈夫。俺も、アカネさんとこうしてると、安心するから」

 

 アカネさん、こうするの好きだよね、なんて。俺はされる方が好きだから、この格好はちょうどいい。

 

「いや、茶室なんですけど。休憩室じゃないんですけど」

 

 なみこさん、ごめん。

 

 そうは思いつつも、なみこさんのジト目は無視させてもらった。ついでにその後ろからチラチラとこちらを見てくる他のクラスの女子たちも、当然無視。後でちゃんとお茶も楽しませてもらうから、許して欲しい。

 

 そうして十分ほど、気力と体力を回復させて、ようやく俺たちは一つ目の出し物を楽しむことができた。茶を点ててもらうことなんて、めったにないから、苦くも甘みのある味は新鮮。活発で猫みたいななみこさんも、いつもを忘れるほど綺麗な所作だった。

 

 お茶を頂いて、小さな羊羹を二人で食べあって。その時、扉が開いて、思わぬ客が茶室へ入ってくる。

 

「……あ」

 

「あ」

 

 驚く声が重なる。俺も驚きで口が開いてしまう。だって、俺たちにとっても見知った顔だったけど、その二人の組み合わせは珍しかったから。

 

 そして、その二人を見てアカネさんの雰囲気が大きく変わった。休んで気力も回復できたのか、面白そうに目を弧にする。話しかける声も、からかい混じりを隠そうとしない。

 

「あれー、六花ー。響君と何してるの?」

 

「別に、なにって……」

 

「もしかしてー、隠れてデートとか?」

 

 アカネさんと仲がいい宝多六花さん。昔からの幼馴染だそうで、家も隣同士の友達だと聞いている。よく知らないうちは、なに考えているか分からないし、口数も少ないから、まともに話したこともなかったクラスメイト。けれど、最近は彼女も分かりやすいところがある、と思うようになった。

 

 そんな宝多さんが、響を連れて茶室にやってきた。響である。響裕太である。我がクラスの純朴少年。宝多さんに片思いをしていた響裕太その人である。

 

 二人の後ろには後ろでマスクをつけたはっすさんがいるから、二人そろって誘導されてきたのだろう。目がめちゃくちゃ笑っている。

 

 さて、状況をもう一度まとめてみよう。片思いで不器用なアプローチを繰り返していた響が宝多さんと文化祭で二人きり。二人きりである。加えて、

 

「……ぅ」

 

 宝多さんが声を詰まらせる。クラス企画のせいで、凛々しい軍服姿に身を包んでいる彼女だが、その涼やかな顔が微かに赤く染まっていった。隣の響の狼狽えようと、髪の色には負けるけど、俺が見たこともないほどに。

 

 それを見て何かを考え付かないほど鈍感でもない。

 

「響、よく頑張った」

 

「うぇ!? いや、その、頑張ったりとかは、その……」

 

 響へ向かって大きくサムズアップ。あの夏の時といい、老婆心ながら、色々と見守ってきた甲斐があった。内海と一緒に何か奢ってやろう。

 

 真っ赤になる響の横では、アカネさんによる追及が更にヒートアップしていく。宝多さんの顔をじっと覗き込むように見つめ、心の底から楽しそうだ。

 

「いやー、六花には驚いたよ。いつの間に響君と? 告白したの? 顔真っ赤で、まんざらでもなさそうだけど?」

 

 時に思うのだが、アカネさんって宝多さんには容赦ないところがある。遠慮がなく、距離が近い。あの小悪魔なところは、クラスの前だと中々出さないのに。

 

「……アカネだってデートしてるじゃん」

 

「えへへー。そーなんだー、リュウタ君と文化祭デート、たのしいよー!」

 

「そこまで訊いてないって……」

 

 アカネさんに上機嫌な様子で、俺は腕を取られ、顔を寄せられ。宝多さんのジト目が痛い。

 

(さっきまで人混みにやられてたけどね……)

 

 そこまでは口に出さず、『アカネだって』と墓穴を掘った宝多さんと、それに気づいて更に赤くなった響を見る。デートの認識ありだ。よかったな、響。

 

 最後まで二人を祝福しつつ、邪魔者は退散とばかりに俺たちは茶室を後にする。

 

「六花はあのくらい言わないと、進展しないからね」

 

 外に出たアカネさんは、どこか優しい目をしながら、後ろを見つめていた。顔を赤くしつつも、響の隣に寄り添うような宝多さんと、少し男らしく彼女をリードする響。アカネさんの目を見ながら、ふと言葉が漏れた。

 

「アカネさんにとって、宝多さんは特別?」

 

「あれ? リュウタ君、嫉妬してる?」

 

「正直、ちょっとだけ」

 

 相手は女の子だけど。アカネさんが袖で口を隠して、くすぐったそうに笑顔を浮かべる。

 

「ふふ、もー! 変なの。でも、ちょっと嬉しいな。

 ……六花は、うん、特別だよ。性格とか、好みとか、違うけど、それでも私を好きでいてくれたし。六花にも私を見てほしいからイジワルしちゃうし。……でも、」

 

「でも?」

 

 そっとアカネさんの香りが近づいてくる。まだ周りに人がいて、それでも、彼女は関係ないと。

 

 頬に熱を感じた。

 

 目を見開いて横を見ると、唇を押さえたアカネさんが頬を染めている。目線は響でも、宝多さんでもなく、俺にだけ向けられていた。

 

「一番の友達は六花でも、大好きな恋人はキミだけだよ?」

 

 そんな言葉も、行動も、誰に見せても恥ずかしくないと言いたそうに。アカネさんはぐるっと回って、左腕をとって、強いくらいに抱き着いてきた。熱も鼓動も、心の奥まで伝わるほど、強くしっかりと。

 

 周りの他人の目が呆然として、中には羨まし気なものも混じっているけど、誰の目にも俺たちの関係は伝わるだろう。

 

 ああ、まったく。

 

「アカネさんには、かなわないな」

 

「私も、リュウタ君には勝てないって思うんだよね。だから、私たちはお似合いでしょ?」

 

「ガイアとアグルみたいに?」

 

「んー。喧嘩したくないから、その例えはヤダ」

 

 それもそうだ。

 

 俺は彼女と腕を組んだまま、温かい手のひらを重ね、強く握りしめる。ウルトラマンの名コンビと比べることもない。もっとずっと彼女は俺にとって大切で、きっと心も通じているから。

 

 

 

 昼を過ぎる頃、人混みは少しだけ薄れていった。食事時ということで屋台や喫茶店に集まっているのだろう。今頃、クラスの前は人だかり。クラスLineで地獄の惨状が伝わってくるが、残念、俺たちのシフトは午後の後半。今は自由に楽しませてもらう。

 

 俺たちはあらかじめ買っておいたスペシャルドッグをあっさりと食べて、今のうちに催し物を見て回ることに決めた。

 

 三年生のお化け屋敷。

 

「演出は良い線言ってたけど、造形がイマイチ」

 

「アカネさんらしいけど……。もう腕、離してもいいよ?」

 

「……やだ」

 

 漫研の即売会。

 

「怪獣モノないじゃん!!」

 

「同じオタクなのに……」

 

「リュウタ君、来年、展示出そう! 私、怪獣つくるから!!」

 

 二年生の占い。

 

「えへへ、『お二人はお似合いでしょう』だって!」

 

「でも、『気持ちは十分に伝わっているから、スキンシップは控えめに』っていうのは」

 

「え? 何のこと? ほら、もっと、ぎゅってして?」

 

 そして、休憩時間の最後に。

 

「おーい、来たぞー」

 

「おっせえよ、リュウ。……って」

 

「……見せつけやがって」

 

 うぎぎぎと、歯ぎしりの音が俺にまで届いてきた。

 

 サッカー部の出し物が開かれている校庭。いつものサッカー部連中は、アカネさんと腕組んだまま来たせいで、目つきと恨み節が厳しい。ただ、彼等にとっては幸いなことに、その声がアカネさんに届くことはなかった。

 

 アカネさんは、目を丸くして、校庭に鎮座した大きさ装置に向かっている。

 

「……よく作ったね」

 

「フフフ、それほどでも。俺たちも少年の端くれ! と、くれば熱い想いがあふれ出してしまったんだ!」

 

 俺をちょいと押して。今のうちにと刈谷がめいっぱいアピールを始めた。

 

 サッカー部の出し物『ウルトラ的当て』。

 

 離れたところから、青いボールを蹴っ飛ばし、ターゲットを倒せば景品という単純なゲーム。そのターゲットはすべて、ウルトラシリーズの怪獣だった。

 

 訪れるだろう客はお子様連れも多いはず! なんて一年生の強い主張に折れた上級生たち。だが、俺だけは彼らの目的がアカネさんだったことを知っている。最近は、アカネさんのウルトラシリーズ趣味もうっすらと浸透してきたからだろう。

 

 俺が様子見をしていると、調子づいた刈谷はアカネさんにゲームを勧め、足元にボールを置いた。めったにない距離に近づいて、アカネさんにあれこれと喋っているようだが、

 

「新条さんでも当てやすいのは、あのゴジ」

 

「ゴモラ」

 

「んんっ、ゴモラ。それか、あっちの、ロ」

 

「キングジョー」

 

「……すみません」

 

(……刈谷、むちゃすんな)

 

 何だろう。

 

 ほんとは自分の彼女が言い寄られている場面なのに、居たたまれなくなってくるのは。口を開くたび、アカネさんの刈谷への評価が急転直下で落ちていくのが分かってしまう。

 

 アカネさんはボールをちょんちょんとつつきながら、十数個あるターゲットをぐるっと見回していった。俺が監修を務めたから、デザイン的には間違っていない怪獣たち。

 

 その中に一つだけ、こっそりと用意しておいたターゲットを見つけ、アカネさんの目が上機嫌に染まった。

 

「アレ、狙っていいでしょ?」

 

「い、いや、新条さん。あれは怪獣じゃなくて……」

 

「ふんっ!!」

 

 刈谷が止める間もなく、アカネさんの渾身のシュート。俺がちょっと前に教えた蹴り方で、見事な振り抜き。青い流星と化したサッカーボールは、ちょっと通常の軌道から外れて右に逸れ……。

 

「おぉ、ナイスシュート」

 

 思わずつぶやいてしまうほど綺麗にターゲットの頭を打ち抜いた。

 

 ウルトラマンの頭を。

 

「よっし、よっし、やったー!!!」

 

 呆然とする刈谷や堀井を後目に、アカネさんは勝利の雄たけびを上げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。コスプレの袴でよかった、と心底思う喜び様の後、すぐにこちらに飛びついてきた。

 

「わわ!?」

 

「ねえ! 見てたよね! ウルトラマン倒したの!! リュウタ君のおかげ!!」

 

「……うん。すごかった」

 

 あの事件の後も、アカネさんが怪獣派なことに変わりはない。ウルトラマン派兼任の俺にとっては、ちょっと複雑な気持ちはあるが、彼女が喜んでくれるのを見るのが何より嬉しいから、余計なことは言わず。

 

 最近は、ウルトラマンもちょっとは応援してくれるんだけどね、アカネさんも。

 

 俺の教え方が良かったのか、アカネさんの気合がすごかったのか。アカネさんのボールは何回もウルトラマンを倒していった。

 

 

 

 そうして、楽しい文化祭の時間が過ぎていく。怪獣が現れることもなく、特撮やアニメのように、大きなトラブルが起きるわけもなく。文化祭は文化祭で、高校生がめいっぱいに楽しめる祭りのまま。

 

 その後、俺はサッカー部の手伝いだったり、喫茶店のシフトに入ったりと、いやいやながらアカネさんと一旦分かれるしかなかった。アカネさんも友達と巡ったりする約束もあったらしい。

 

 刈谷たちにジトジトと嫌味を言われたり、喫茶店ではメイド服に身を包んだ内海を笑ったり。内海から逆に衣装を笑われたり。先輩に猛烈に言い寄られていたセーラー服衣装の響を救出したりと楽しんで。

 

 そんな慌ただしさも、ちょうど一段落したころ。

 

 ふと渡り廊下が目に入った。秘密も何もなくなったので、自然と足が離れた場所。

 

 懐かしくなり、足を延ばす。昔は秘密の手紙をやり取りしたり、昼休みにこっそり、ここで怪獣の話をした。手すりに体をもたせて、遠い景色を見つめながら、まだ遠かったアカネさんの横顔を伺う日々。今も変わらない思い出の場所からは秋らしく綺麗な夕空が広がっていた。

 

 それを眺めて、一、二分。彼女がやってくる気がしていた。

 

 そして、

 

「やっほー」

 

 現実感を伴わない、透き通る声。

 

 最初に声をかけられた時と同じ、懐かしい調子で。ふわりと、袴を靡かせながらアカネさんが跳ぶようにやってくる。あの時と違う、楽しそうな笑顔。

 

 その手には彼女の瞳のように赤いリンゴ飴が握られていた。何処かの出店で買ったのだろう。ただ、大玉のそれは、彼女一人で食べるには多すぎると思い、けれど、アカネさんはそれを俺の口の方に寄せてくる。

 

「一緒に食べる、でしょ?」

 

 俺は苦笑いをしながら受け取って、まだ艶立つ場所を一かじり。飴の甘さと、リンゴの酸っぱさが疲れた体にちょうど良かった。それをアカネさんに返すと、彼女も口を近づけて……。

 

「ふふ、甘いね♪」

 

「そっち?」

 

「うん」

 

 彼女が口づけた場所に顔を赤くされる。最近は涼しくなってきたのに、随分と熱くなって仕方ない。キスだって何度もしてきたのに、こんなふとした瞬間に、アカネさんにドキドキさせられるし、好きな気持ちが積み重なっていく。

 

「ほんと、アカネさんはずるいな」

 

「じゃあ、リュウタ君も」

 

「うん。ずるいことがしたい」

 

 言葉通り、不意をうって、彼女に近づいて、触れてみた。甘くて、ドキドキする味。リンゴ飴なんて必要ないくらい元気をもらう。

 

「えへへ」

 

「……む、予想通り、だったかな?」

 

「嬉しい予想通り。でも、リュウタ君がずるいのは同じだよ。……私のこと、ドキドキさせてばっかり」

 

 もう一度、今度は彼女から。

 

 夢のような幸福感に包まれながら、

 

(もしかしたら、傍から見て変な光景かも)

 

 なんて馬鹿げたことを考える。まだ俺たちはクラス企画のコスプレのまま。アカネさんが書生の男装。俺が袴の女装。ちょうど俺の衣装は、体形を隠しがちだから。遠目だと男女が逆に見えるかもしれない。

 

 それを少し照れながら言うと、アカネさんはふと、不思議な色の感情を滲ませた。

 

「……みんなが言っていたんだ。せっかくだからお揃いの恰好にしたって。……同じ時代に生きてた、恋人だったかもしれない人の衣装」

 

 小さく、ぼんやりと呟くように、言葉が続いていく。

 

「嬉しいって思った。けどね、そういう時代なら、もっと会うの難しかったかもって思ったんだ。私は貧乏な学生さんで、リュウタ君はお嬢様。コテコテの恋愛ドラマじゃないと、一緒にいるの大変だよね」

 

 俺には彼女の心の全部なんてわからないけど、彼女は何かを抱えているように見える。だから、せめて彼女の言葉をちゃんと受け止めたくて考えを巡らせた。

 

 俺がお嬢様、なんてのは格好だけの話。だけど、身分違いの恋というのも、あながち間違いではないのかもしれない。現実では、アカネさんがお金持ちで、俺は独り暮らしの一般学生。

 

 俺たちを引き離そうとする者は、今はもういない。けど、あの夜を想えば、それも当たり前じゃなくて、奇跡のような出来事だと思えた。ちょっと立場が違ったら、俺たちの関係も変わっていたかもしれない。

 

 それでも。

 

 ちょっとの口を閉ざし、心の中を固くして、俺は口を開く。

 

「それでも、アカネさんがどんな立場でも、俺はきっと諦めないと思う」

 

 例え、あの夜のすべてが真実でも、たとえ怪獣使いでも。君が君のままでいてくれるなら。俺がアカネさんのことを好きで、幸せにしたいことは変わらない。だから、俺は、あの夜も走ることができたから。

 

 心を込めて、それだけを伝える。

 

 アカネさんは顔を伏せたまま、その表情は見えなかった。少し、腕が震えているように感じる。そんな彼女の唇が、小さく動いた。

 

「……もしも、私が神様でも?」

 

 小さな、小さな声だった。

 

 神様、その突拍子もない言葉が頭の中で反響して……。

 

「あはは、ごめんね! なんか、変なこと言っちゃって」

 

 アカネさんは慌てたように、手を振る。曖昧に笑って、いつか見たクラスでの姿と同じように。そのまま、振り返って去ろうとするアカネさんに、言いたいことは決まっていた。

 

「もし、アカネさんが神様でも、きっと俺は好きになるから」

 

 迷うこともなかった。

 

 彼女からの返事もなかった。

 

 ただ、振り返った彼女は、俺が好きになった笑顔のままで駆け寄ってくる。手を取って、嬉しそうに強く握って。今度こそ、二人並んだまま、まだ騒がしさの残った学校へと戻っていく。

 

 つないだ手は温かくて、神様だなんて思えなかった。




第一話で水着、第二話で文化祭。

アニメで起こったイベントを順調に消化している訳ですが。

こちらで甘々に仕上げたということは、別のルートでの扱いは……

次回は冬。お楽しみに


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IF Good End 3「冬・空」

お待たせして申し訳ございません!

ご都合主義Goodルート、第三話をお届けいたします。前二回が甘々にしすぎたので、ちょっと控えめ?

ここからしばらく、二日おきくらいで連続更新していきます!


 人には好き嫌いがあって、その好き嫌いの中にも順位がある。

 

 俺にとって、どうしても嫌いになりようがない大好きなものは、一に新条アカネさんであり、二にアカネさんであり、三もアカネさんであり、四番目にはウルトラシリーズが入る。

 

 かつては一位だったが、今はそれくらい。内海とか、刈谷たち友人はその次かな。

 

 いろいろあったとはいえ、自分でも十分に重い感情だとは思う。だが、どうしても、そんな自分は変わらないと確信している。アカネさんが嫌がらない限りは直すつもりもあまりない。

 

 一方で、嫌いにも順位があって。

 

 俺の場合のぶっちきりトップは、思い出すことも嫌な母親。突然、愛人と一緒に家を飛び出していった最低のヤツ。そして、

 

『もしもし、俺だが。年明けから一度も連絡が来てないが、生きてるか? 

 ……まあ、どうせ返事はくれないだろうけどさ。お前が俺のこと、嫌いなくらい分かっている。が、お前が不祥事でも起こしたら俺の邪魔になるんだ。これでも、保護者なんでな。少しは近況報告でも送ってくれ。

 ああ、あと。次に会ったときには、くだらない趣味はやめてろよ、隆太」

 

 わざわざ時差を考慮して朝一番にかけてきた電話。

 

 当然、居留守を決め込み、留守番に残されるメッセージを冷めた目を向けながら聞く。唯一の家族へ語るには、冷たくて、情けも感じられない声が耳を素通りして、最悪の気分に変えてくれた。

 

「……余計なお世話だ」

 

 人の趣味を止めろだのなんだの強制する人間は、心のどこかが壊れているに違いない。いくら頭が良くても、大企業に勤めていても、世間から見れば勝ち組だとしても関係なく。

 

 今も海の向こうで見下すような視線を向けてくる大嫌いな兄貴の顔を思い出し、すぐに頭から締め出す。その代わりにするには、彼女に申し訳ないが、アカネさんの笑顔を思い浮かべて。俺はなるべく素早く、メッセージを削除した。

 

 朝から嫌な話を聞いてしまった。早く、一刻でも早く日常に戻って、アカネさんと笑顔で会わないと。

 

 俺は大きく息を吐き、身体を動かしてランニングの用意を整えて、寒空の下へと飛び出した。

 

 けれども、その直前に……。

 

 

 

『リュウタ……、そろそろだぞ』

 

 

 

 そんな、知らない声を聞いた気がした。

 

 

 

 文化祭が終わり、秋から冬に変わって、さらには年も一つ越えて。季節は廻り行くなんて色々な場所で聞くが、俺の周りが変わることはなかった。

 

 俺とアカネさんは特に喧嘩することもなく、時々デートしたり、復帰して調子が戻ってきた部活を応援してもらったり、ウルトラマンを一緒に見たり。変わらずに、かけがえのない、幸せな日々が続いている。

 

 兄貴からの望んでもいない電話をもらうなんて最悪の日は、特にいつも通り、一緒に過ごしたかったが……。

 

「やっぱ、ウルトラシリーズには防衛隊が欲しい……。何で最近は出ないんだよ……」

 

「分かる。けどさ、大人の事情もあるんだから仕方ないって」

 

 ぼやく声に、力なく正論を返す。俺だって不満はあるが、ビジネスだから仕方ないとも思うのだ。ウルトラシリーズにまで商業主義を持ち込まないで欲しいけれど、そうした制約の中でも素晴らしい作品を作ってもらって感謝しかない。

 

 すると、内海は天を仰いで大きくため息を吐く。

 

「放送クールも戻らないし、しゃあねえか。……ちなみにリュウタはどの防衛隊が好きなんだよ」

 

 言われ、しばし迷った後に答える。

 

「やっぱGUTSかな。キャラ全員立ってるし、サブキャラまでカッコいいし」

 

「俺はXIGだな。空飛ぶ要塞とかめちゃくちゃロマン溢れてる! あと、最近のXioも良かったと思うぞ。マシンのデザインも割と正統派だったし」

 

 なるほどなるほど、確かにマスケッティは良いデザインだった。車と合体するという奇抜さでありながら、航空機のフォルムも。でも、俺にだってマシンには一家言あるぞ。

 

「マシンデザインならガッツウィングが最高だろ。イカモチーフなのにカッコいいし、色が変わるだけで印象も変わる」

 

 スノーホワイトとか、マジ最高。

 

「あー、わかるっ! そんでもって、最高にイカれてるのが」

 

 

 

「「ZAT」」

 

 

 

 二人で合わせて、こぶしを突き合わす。やっぱり分かってるやつとの会話はストレスフリーで、説明する必要なんてない。めっちゃ楽。楽しい。

 

「あのデザインだよ」

 

「赤がすっげえ。それでもカッコいいのはおかしい」

 

「そりゃ、一般人もおかしい世界だから」

 

「あの一般人、レオ世界でも生き残ったんだろうな」

 

 円盤生物とか、えらく殺意の高い怪獣からも無事に逃げてそうだ。改めて考えても、タロウ世界はおかしかった。

 

「ああいう風に怪獣と戦ってみてえなー」

 

「竹槍もってジャンプとか無理だって」

 

「分かってるけどさ、憧れんのは勝手だろ。ウルトラマン役は荷が重いし、それなら、防衛隊とか一般のサポート役で。

 そういうリュウタはどうなんだよ? 想像するだろ?」

 

 俺はヒーローになりたいのか。

 

 考えたのは、遠い梅雨の日の夜のこと。悪夢のようなあの日。実際に出会った怪獣はでかくて、恐ろしくて、向き合うだけで殺されてしまいそうだった。それを考えると、

 

「むりだなぁ」

 

 ぼやく。

 

 本音で、二度とあんな思いはごめん被りたい。

 

「なんか、あっさりだな。スポーツ好きだし、ヒーローとか憧れると思ってた」

 

「無理に戦うよりは、アカネさんと一緒に無事なとこに逃げるよ」

 

「うげっ、結局惚気かよ! まったく、ウルトラオタクたるもの、妄想してこそ、だろ」

 

 そんな調子で延々と。テレビ画面の中で華々しい活躍を繰り広げるメビウスとは似合わない、オタクな会話。内海とぼんやりと取り留めのない話を繰り返していたのは、兄貴からの電話があった、ひときわ寒い日の放課後だった。

 

 今日は、とある事情からアカネさんとは別行動。代わりと言っては、さすがに内海に失礼だけど、家に上がり込んできた内海と過ごしていた。一人暮らしの俺の家は、内海や他の友人との良い遊び場所でもある。適当にジュースと菓子を買って、気ままな時間を。

 

 そうして、インペライザーが大暴れしている映像を見つめながら時間をウルトラマンで塗りつぶしていると、

 

「……なんか、あったか?」

 

 不意に内海がつぶやいた。

 

「……ほんと」

 

 小声で聞こえないように。そういうとこだぞ、内海。

 

 周りお構いなしにオタクトークしているくせに、人の顔色とかに鋭い時がある。黙ってればいいのに、馬鹿正直に言葉にしちゃうところも。そして、トラブったりもするのも意外と熱血な内海らしい。

 

 そんな彼なりだが、気を使ったのだろう。何気なく、何でもないことのように尋ねられた。俺の方も傍から見えるほどに様子がおかしかったのか、なんて反省する。

 

「……いや、その、さ」

 

 口を開き、答えるまで、少しの時間がかかった。

 

 共通の趣味であるウルトラシリーズとは全く関係がないし、内海とは無縁のデリケートな問題。答えなくても内海は嫌な顔を一つもしないし、普通に視聴へ戻るだけだ。

 

 けれど、

 

「……兄貴から電話があったんだ」

 

 内海に嘘はつきたくはないと思っていた。

 

 内海はうざい時がある。すぐ調子に乗るし、今みたいに空気読まない発言はするし、アカネさんの前でもウルトラマンを褒めて、彼女を不機嫌にさせたりする。

 

 ただ、この半年ほどを内海と過ごしていて、内海が良い奴だということもよくわかっていた。内海は気づいていないけど、恩人だとも思ってる。

 

 サッカー部の仲間とは違った、好きなものを共有してお互いを煽り倒したり、好き放題言い合える。そんな俺たちの関係を絶対に裏切らないという確信が持てるほどには、内海のことを信頼していた。

 

 良い友達だ。生まれて初めて、心から思えるほど。

 

 そんな内海からの答えは、

 

「そっか」

 

 簡単で、そっけなくも嬉しい一言だった。変に追及してこないし、馬鹿にもされない。それがとても嬉しかった。

 

「……内海はさ、今見てるメビウスのボックスとか、捨てられたらどうする?」

 

 部屋を見回しながらつぶやく。アカネさんと一緒に買った、怪獣のソフビ。ウルトラシリーズの映像。マシンのおもちゃ。大事にしまい込んでいる、アカネさんとの思い出が詰まったハネジロー。

 

 知らない人から見たら『ガラクタ』達。

 

 俺にとってどれだけ大事なものでも、捨てる相手は罪悪感もなくやってのけるだろう。相手が何を考えるかも気にせず、むしろ、良いことをやったなんて自己満足に浸りながら。ただ、そんなことをされたら、俺たちは。

 

「キレる」

 

 内海は断言した。ついでに目も据わっていた。

 

 予想はしていた、当然の答え。だが、そんな残酷なことが度々起こってしまうのも、趣味の世界だったりする。

 

「でもさ、アカネさんも内海も馬鹿にしたりしないけど、マイナー趣味じゃん。特撮って」

 

 アカネさんと出会う前の俺が、ウルトラ趣味をどうしても明かせなかったように。そこをオープンにしつつあるアカネさんから離れていった人もいるように。俺たちの趣味を、成長できない子供の証明だと、色眼鏡で見てくる人は必ずいる。

 

「それでも、好きなんだから仕方ねえじゃねえか。捨てられたりしたら、ぜってえに許さねえ」

 

「やっぱり、そうだよな」

 

 実際にそうなった時に内海がどうするのか分からない。けれど、言い切る彼は、悩みながらも最後まで抵抗するのだろう。昔に憧れて、嫉妬していた姿のままに。

 

 兄貴が内海みたいな性格だったら、兄弟のままでいられたのかもしれない。けど、兄はそんな優しい人間じゃなかった。

 

「……中学の頃。もう、そのころは親父も死んでて、兄貴はアメリカ行く直前だったんだけど。……俺が集めてたコレクション、全部捨てられたんだ」

 

 きっと、なにがあっても忘れることはできない、最後の家族を失った日。

 

 学校から帰ってきたら、空っぽになっていた部屋。少ない資金をやりくりして集めていた、凛々しく立つウルトラマンと怪獣たち。整然と並べていたDVDに雑誌。全てがなくなっていた。

 

 呆然として、探し回り、走り回って……。

 

 見つかったのは、ごみ回収車から零れたのか、上半身だけになった汚れたウルトラマンティガのソフビ。子供のころからあこがれた、光の戦士はあっさりと壊されていた。

 

「兄貴のせいだった。……良かれと思ったってさ」

 

 まるで悪びれることもなく。一緒に見ていたはずのヒーローを、兄貴は否定した。

 

 それ以来、俺は兄貴とまともに話していない。いや、それ以前だって、親父が死ぬ前からめったに会話をすることはなかった。頭の良かった兄貴は、勝手にいろいろなところに飛び出ては金を稼いだり、しらないコネを増やしたり。たぶん、いい思い出のない家族から抜け出したかったのだろう。

 

 そのままどこへなりとも行けばいいのに、今朝のように気まぐれに電話をかけてきては、古傷を抉るようなことをしてくるのがタチ悪い。

 

「……いきなり、悪い」

 

 アカネさんがいなくて、本当に良かったと思う。こんなことを話されて、きっと迷惑だろう。けど、内海は同情したように大きく息を吐いて、ジュースをコップに注いで渡してくれた。

 

「ひっでえ話だし、気にすんなとか言えねえけど。……その分、良いこともあったじゃん」

 

「アカネさんのこと?」

 

「そ! 完璧美少女の新条アカネが一緒にいるんだから、冷血兄貴のことなんかどうでもいいだろ? ってか、そういうのって新条に話した方が良いんじゃねえの? 新条だって、お前に頼られて悪い顔はしないって」

 

「……そうかな」

 

 今頃は宝多さんをからかい倒しているに違いないアカネさん。一度、彼女の秘密を知る前に、簡単に説明をしたことがある。あの時はまだ告白もできていなくて、少しでも自分を知ってほしいと思ってのことだった。

 

 けども、こうして恋人同士になっても、ぐちぐちと悩んでいることを明かしたらどう思われるのか。

 

 嫌われることはないと信じていても、怖いものは怖い。

 

「……考えておく」

 

 だから、俺の返事はそんな歯切れが悪いもので、内海も後は何も言うことはなかった。ただ、俺の背中を一発叩いて、テレビの音量を上げていく。ちょうどタロウが助っ人に現れた場面。やっぱり、名前は独特だがカッコいい。

 

 内海はテレビに集中しながら、いつもと変わらない調子で言う。

 

「んじゃ、相談料代わりに、今度は新条も誘っておいてくれよ、鑑賞会。次こそ、ウルトラマンの良さを分からせてやる……!」

 

「それは難しいんじゃね?」

 

 前も解釈違いで喧嘩してたじゃん、二人で。その後、アカネさんの機嫌が直るまでウルトラマンの敗北回をリレーさせられたのは俺だし。けっこう、あの絶望場面オンパレードは辛いんだから、仲良くしてくれ。

 

「どーせ、それにかこつけてイチャついてんだから我慢しろよ。……ってか、今日は珍しく新条いないし。そっちの方が気になんだけど」

 

「んー、さあなー。どうしたんだろなー。しんぱいだなー」

 

「うわ、にやにやして気持ちわりいな」

 

 内海よ、内海。カレンダーとイベントを思い出すのだ。ちょうど一週間後だし、準備もあるんだろう。俺が無言で指さした先を確認した内海は、何度もそこに描かれた文字と、アカネさんによるハートの書き込みを見て、最後に嫉妬を爆発させた。

 

「ちっくしょー!! ……お前と言い、裕太と言い、リア充ってやつは!!」

 

「まあ、頑張れ草餅。お前も良い奴だから、そのうち幸せなこともあるって」

 

「うっせえよ!? 今すぐに!! 俺は!! 幸せが欲しいんだって!!」

 

 自称モテない少年の叫びが、ヒーローの戦いの音もかき消しながら部屋へと広がっていく。だが、内海は幸せな時が間近に迫っていることを知らないようだ。アカネさんからこっそりと教えられた噂話。

 

 それが本当のことかは分からないが、友達思いの内海のことを、しっかり見ている人はいるのだと思う。

 

 アカネさんと宝多さんと、他の女子。クラス全体どころか、学校に広まっている高揚と秘密。それが明かされるのは、一週間先のこと。

 

 二月十四日。

 

 それが何を意味するかなんて、言葉にするのも野暮だ。

 

 

 

 そして、その日。寒くも、透き通った晴れた日。いつも通りとは少し違って、俺はアカネさんと別々に登校してきた。

 

『今日は、学校で待ち合わせしたいんだ』

 

 なんて、電話ではにかむような声で言われてしまったのだから、仕方ない。

 

 特別な日だけあって、教室へ向かうまでの間にも、そこかしこで浮足だった男子たちと出会う。下駄箱で鉢合わせた刈谷などは、既にいくつかの小包を手に抱えていたり。

 

 相変わらずアカネさんには相手にされないけどモテる奴。だから、この世の恨みをすべて集めたような目で見てくるのは止めろって。

 

「お前はいいよなぁ……。新条にチョコ貰うとかよぉ……。あぁ、俺にも義理でいいからくれないかな……?」

 

「そこまでは分からねえよ」

 

「ふふふ……。実はリュウだって貰えない可能性が……」

 

「あ、それはないから。悪いな!」

 

 『プレゼント、楽しみにしててね!』とか『何を贈るのかはナイショ』とか、アカネさんによる焦らし攻撃は一か月にわたっていた。あの笑顔を見て、悪い予感を覚える馬鹿はいない。既に待ち合わせ済みだし。

 

(けど……)

 

 刈谷の断末魔の叫びを後ろに聞きながら、ふと考えてしまう。

 

 前から気にはなっていた、考えようとしていなかったこと。兄貴からの電話がきっかけになり、アカネさんとあまり会えなかったことでも、心の奥にそれが燻ぶっていた。

 

(なんで、アカネさんは俺を選んでくれたんだろう?)

 

 同じ趣味があったからって、あんなに素敵なアカネさんが選んでくれた理由。告白する少し前、俺のことを「知りたい」と言ってくれた。俺が傷つくとアカネさんも心が痛むと言ってくれた。けれど、はっきりとその理由を、アカネさんから聞いたことはなかった。 

 

 彼女からの愛情は十分すぎるほどに感じているし、疑ったこともない。でも、俺は兄貴や家族と上手くいっていなかったり、趣味に素直になれなかったり、変に気持ちが重かったり。

 

 結局のところ、俺は自分に自信がないのだ。

 

(ああ、くそっ。せっかくの日なのに)

 

 アカネさんが想ってくれたことを根掘り葉掘り聞くなんて、失礼にもほどがある。それを頭から追い出すために、頭を軽く振りつつ、人気のない踊り場へと。

 

 広い校舎の中には、こういう場所が多くあって、アカネさんとゆっくり過ごせる場所として使ったりもする場だ。今の時間なら、他に誰もいないと考えていたが……。

 

「あ……」

 

「……っ!」

 

「……わ、悪い」

 

 足を踏み入れた瞬間、口から謝罪が飛び出した。

 

 そこにはお互いに顔を真っ赤にした宝多さんと響がいた。響の手には、かわいらしい包装がされた包みがあって、二人の距離は今まで見たことがない以上に近い。宝多さんは何か別の包みも持っているけれど、目は捉えられたように、響へと向かっている。

 

 何をしようとしていたか、分からないほど鈍感じゃない。そして、俺のタイミングはどう見ても邪魔者だった。

 

「ば、馬場君!? ……こ、これは何でもないから! じゃあ、響君、またあとでね!」

 

 宝多さんは、そんな無理な言い訳を言いながら、真っ赤な顔のままで飛び出して行く。踊り場に残ったのは、俺と響の二人だけ。未だに呆然としている響に、俺は申し訳なさを込めて、肩を叩いた。

 

「あの、ほんとに悪かった」

 

「あ、あはは……。けど、大丈夫だと思うよ。六花は恥ずかしがり屋だけど、そういうとこさっぱりしてるし」

 

「いや、でもせっかくの」

 

「リュウタが来たのは偶然だったし、あとで俺から会いに行くよ。ほら、ちゃんとプレゼントは貰ったから。お礼を言わないと」

 

 響は苦笑いしながら、手に持った包みに視線を落とす。女子に人気があって、可愛いなんて呼ばれている響の笑い顔。けど、プレゼントを見つめる目は、まっすぐで迷いもなかった。

 

 細い顔立ちをしているのに、響がそんな目をしているときは男らしいとも思える。内海が言う主人公っぽいってこんな感じだろうか。こういうことを言うのはオタクの悪い癖だが、ウルトラマン系に変身しても似合うに違いない。

 

 優しく、勇気があって、心が真っ直ぐ。きっと、宝多さんが惹かれたのも、響のそういうところ。彼女は特に、外見で選ぶ子だとは思えないから。

 

 赤いリュックサックにプレゼントをしまい込むと、気を取り直したのか、響は俺に尋ねてくる。

 

「そういえば、リュウタはもう貰ったの? 新条さんから」

 

「……内海といい、そういうのストレートに聞いてくるんだな」

 

「あっ! 聞いたらまずかったかな?」

 

「実は……。って、冗談だから、そんな顔するなよ! アカネさんとは、これから待ち合わせの予定」

 

 直前に考えていたことがあれだったから、外見だけでも元気よく。けれど、心の中は。ほんと、響と比べて煮え切れない。俺はごまかすように、話題を変えることにした。

 

「ちょっと邪魔しちゃったけど、響が宝多さんと上手くやってて良かったよ。ほら、響も色々と悩んでたし。夏と比べると」

 

 わざわざ宝多さんの家の前をランニングしたり、アカネさんにも協力してもらって一緒に出掛けたり。それでも、最後は響が勇気を出したのだと思う。アカネさんに憧れている連中だらけのクラスで、響だけはずっと宝多さん一筋だったらしいから、そこも根性あると思う。

 

 すると響は照れ臭そうに笑うのだ。

 

「実は、きっかけはリュウタと新条さんだったんだ」

 

「……俺たち?」

 

 響は頷く。俺はピンとこなかった。

 

「ほら、うちのクラス、あんまりそういう話少なかったし。みんな新条さんのことばかり見てたし。俺も、女の子と仲良くなるとか、そういうこと全然分かんなくて。

 最初は、六花とのことも、踏ん切りがつかなかったんだ。勇気を出しても、その後のこととか。色々迷っちゃって」

 

 でも、と響は朗らかに笑う。

 

「新条さん、リュウタと一緒にいる時、すごく幸せそうに見えたんだ。リュウタもそれは同じで。正直、昔のリュウタは目立たなかったし、よく知らなかったけど、新条さんと一緒に笑ってるの見たら良いやつなんだなって。

 それが羨ましくて。みんなに背中を押してもらったのも理由だけど。俺も勇気を出せたら、あんなふうに六花も笑ってくれるかなって」

 

 そして、

 

「六花の笑顔、好きなんだ。……だから、ありがとう」

 

 響はそう言い切る。聞いた俺は、一瞬呆然として。けれど、その後に胸に残ったのは、どこか嬉しくて誇らしい気持ちだった。

 

「……ほんと、そういうとこだよ」

 

「もしかして、変なこと言ったかな?」

 

「まあ、そんな堂々と言うことじゃないし、惚気だよな。内海の前で言ったらまたうるさいぞ、あいつ。でも、俺も、ありがとう」

 

 ちょっと恥ずかしいことを言い切るのも、響らしい。

 

「そろそろ待ち合わせの時間だから、行くよ。あ! 内海が今度、上映会するってさ、ファイナルオデッセイ。かなりの名作だから、響も来いよ。宝多さんもつれて」

 

 あの映画はかなり恋愛色強めの大人向け。きっと、宝多さんも楽しめると思う。アカネさんも喜ぶ。

 

 俺は、響から快い返事をもらいながら、小走りで待ち合わせ場所に急いでいく。心の中は少しスッキリしていた。

 

 俺はあまり、自分のことを信じられないけども。仲のいい友達からもアカネさんが幸せに見えるなら。俺は少し、自信を持っていいのかもしれないって思えたから。

 

 

 

「もー! ちょっと遅いっ!!」

 

 待ち合わせ場所。いつもの渡り廊下に着いたのは、集合時間の五分前。外に面しているから、冷えてしまう場所。逆に、人はいつも以上に少ないから、誰にも見られる心配もない。

 

 けれど、寒いのは寒いので。

 

 マフラーをして厚めのパーカーを着ていたアカネさんは少し頬を膨らませていた。手も、赤くなってしまっている。

 

「あっためて」

 

 言われるまでもなく、差し出される手を取って、両手で包む。指先までひんやりしていて。随分と寒空の下で立ってくれていたのが分かってしまう。

 

「ごめん、アカネさん。待たせちゃった」

 

「うん。許してあげる。ほんとは、私が楽しみで早く来すぎただけだし、仕方ないよ」

 

「何分くらい?」

 

「それ言ったら、リュウタ君が反省しちゃうから言わないー。代わりに、放課後は甘いデートを希望します」

 

 えへへ、とアカネさんは可愛い笑顔。ああ、もう、ほんとにこの子は。

 

「放課後も待てないよ」

 

「わっ!? ……あったかいね」

 

 分かってもらえていることが嬉しくて、思わず小さな体を抱きしめてしまう。もこもこしてあったかいパーカーだけど、その厚さも邪魔なほど、もっとアカネさんと近づきたかった。

 

 体や温度だけじゃなくて、気持ちまで。この寒空に負けないほど。

 

 そうしてじっと触れていると、アカネさんの気持ちまで伝わってくる気もする。こそばゆくて、嬉しそうな、俺にとっても大切な気持ち。

 

 アカネさんもそれは同じだったのだろう。

 

「……ねえ、リュウタ君」

 

「……うん」

 

「何かあったの?」

 

 聞かれると分かっていて、言葉は素直に出てきた。

 

「兄貴から嫌な電話があった。それに、ちょっとの間でもアカネさんと一緒にいれなくて、寂しかった」

 

 すると、胸の中で、アカネさんが零すように笑う。

 

「やっぱり、情けなかったかな?」

 

「ううん。私ね、すごく嬉しいんだ。リュウタ君は私のこと、いつも気にしてくれるけど、あんまり相談とかしてくれないし。

 もっと、頼ってくれてもいいんだよ? 私、まだまだキミのこと、知りたいから」

 

「欲張りだよね、アカネさん」

 

「元、神様ですから」

 

 冗談めかして笑うアカネさん。俺も釣られて笑った。胸のつかえは嘘のように消えていて、代わりに温かくて、アカネさんくらいに欲張りな気持ちが溢れている。今は、自分のことも、未来のことも怖くはなかった。

 

 もっとこうしていたい。けれど、そろそろ時間も切れる。ここは学校だから、朝のチャイムまでには戻らないといけない。

 

「今日くらいは学校も許してくれていいのにね。じゃあ、待たせちゃったけど……。じゃーん!!」

 

 アカネさんが満面の笑顔を込めて、バッグから取り出した包み。正方形のしっかりしたのと、丸まった柔らかそうなもの。どちらもラッピングも凝っていて、開けるのも勿体ないほどだった。

 

「えー、そんなこと言わないで、開けてみて!」

 

 自分で包んだものなのに、アカネさんは気にしないように急いで包装を解いていく。普通、逆じゃないかな。

 

 そうして丸まった包みから出てきたのは、濃い紫色のマフラーだった。しかも、一人で巻くには長め。

 

「一緒に帰るときに、ね♪ 放課後、六花たちと作ってたんだー」

 

 それを聞いて、宝多さんが持っていた包みの正体も分かってしまう。宝多さんのキャラから考えると、随分大胆だ、なんて。

 

「大変だったよー。六花、恥ずかしがっちゃって、何度も手が止まるから」

 

「それは、宝多さんには悪いけど目に浮かぶね。じゃあ、楽しかったんだ」

 

「六花をからかうのもだけど。作ってるときに、リュウタ君とつけるの想像してて、それも楽しかった。

 で、こっちは手作りチョコ。放課後、一緒に食べよ?」

 

 手に持ったマフラーは、とても丁寧に編み込まれていて、どれだけ時間を込めて作ってくれたのかが分かる。もう一つの箱には、怪獣とウルトラマンをかたどったチョコレート。

 

 見るだけで熱くなった胸の疼き。そこに素直に従って、声が漏れ出た。

 

「……アカネさんが好きだよ。本当に、心の底から。嫌いなところなんて、一つもないくらいに」

 

「もうっ、いきなり言うの反則。でも、不思議だね」

 

 今度はアカネさんの方から。すぐ近く、耳元で優しい声で囁かれる。

 

「私も同じ。大好きで、嫌いなとこがないんだ」

 

「……俺で良いんだね?」

 

「いいの。キミが良いの。……リュウタ君、気づいてないと思うけど。私が一番してほしかったこと、キミだけがしてくれたから」

 

 俺だけが、アカネさんにしたこと。

 

 アカネさんはそれを大切に想ってくれているけれど、それが何なのか、はっきりとは分からなかった。けれど、アカネさんは頬を染めながら、そんな余計なところに気を取らせてはくれない。

 

「それって……」

 

「今はナイショ! でも、『いつか』まで待つのも、もったいないから……。

 ……今夜、とか?」

 

「……っ」

 

 最後は吐息と、少しの震えと、とろける様な甘い声。真っ赤になるのは俺の番。 

 

 アカネさんはそんな俺を楽しそうに見つめると、さっきよりも白くなった息を零しながら、教室の方へと駆けていった。からかわれたのか、それとも……。

 

「ああ、もうっ」

 

 慌てて、その後ろを追いかける。

 

 でも、結局はどちらでも構わないんだ。アカネさんが望んで、幸せになってくれるなら、それは俺も幸せになれること。

 

 自分に自信がなくて、家族も問題ばっかりで、好きなものも好きと言えなかったヘタレ。それが、昔の俺。そうだとしても、それは昔の話。

 

 アカネさんが好きと言ってくれる。一緒に、変わっていける。そんな今の自分を、俺は少し好きになれる気がした。




リュウタが消えていなかったら、内海と裕太ともいい友人になれたのだと思っています。そんな男同士の関係もちょっと描いて。

さて、幸せなグッドエンドともしばしのお別れが近づいてきました。季節が一周した春の話。

次回、Good End 最終話「春・空」

そして……


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IF Good End 4「春・空」

 空が高い日は気分が良くなる。暑くもなくて、寒くもなくて、涼しい風も加わればもう最高。放課後にサッカーをしたり、朝にランニングをしたり。何をするにもテンションが上向きなので、春は一番好ましい季節だ。

 

 こんな日は、アカネさんと買い物にでも行きたい。いつもしているじゃないかと言うことなかれ、何度出かけても楽しいし、忘れられない思い出となってくれるのだから。

 

 スーパーで買い物をしてもいいし、二人の日用品を揃えるのもいいかな。それに新しいウルトラシリーズグッズを探しに出かけるのも面白そうだ。タロウの息子が主人公とか、三人ウルトラマンとか、夏からの新番組情報も出てきたから、本屋で雑誌を必ず買わないといけない。

 

 なんて、楽しみな春の計画を思い浮かべながら、日課の通り、俺はアカネさんの家へと駆け足で向かっていた。

 

 けれど、心の全てが、春の陽気そのままなお気楽ではなくて……。

 

 アカネさんの見上げるほどな豪邸に着き、いつも通りにインターホンを鳴らすと、少し離れた門からも、家の中で鳴り響く音が聞こえた。朝に弱いアカネさんが、夏頃から音量を大きく設定していた通りに。

 

 いつもなら、制服に着替えたアカネさんがほにゃりと表情を崩しながら、ドアを開けて出てくる場面。

 

 けれど、今日に限っては数分経っても返事がない。何度か繰り返してみたけれど、それでも。ドアの前まで走ったがカギはかかっているので、緊急事態というわけではないだろう。その理由には、実は心当たりもあったりした。

 

(やっぱり)

 

 俺は一息を吐いて、キーケースからカギを取り出しててガチャリと。すっかりこの家にも馴染んでしまって、開けたり入ったりするのにも緊張はなかった。

 

 そこからは階段を上がって、アカネさんの怪獣ルームの手前へ。部屋の前で息を整え、ドアをノックする。

 

 トントントンと三拍子。

 

「……ぅぅ」

 

 すると、ドアの向こうからこもった様な声が聞こえてくる。いつもの鈴を転がすような声とはちょっと違うけれど、そこも可愛いと思ったり。もう少し聞いていたかったが、アカネさんには起きてもらわないと困るから。

 

「入るよ、アカネさん」

 

 俺は断りだけをいれて、ドアを開けた。

 

 他の女子の寝室を見たことはないし、今後も見る機会はないだろうけど、アカネさんの寝室は小さくまとまっている印象がある。趣味の物は、あの大部屋にまとまっているからだろう。男子のガサツな部屋と違って、可愛らしく、綺麗な女子の部屋。

 

 そこに置かれたベッドの上では、膨らんだ毛布が存在を主張していた。隠れているのは当然、この城の主で、寝坊助のお姫様。俺が軽く手を当てゆすると、柔らかい感触が伝ってきた。

 

「ほら、起きて。もう学校行かないと」

 

 けれど、帰ってきた返事は、

 

「……起きたくない」

 

 なんて、むっすりと不機嫌なものだった。

 

「……そっか」

 

 俺もそれを聞いて、軽くため息をつく。アカネさんが朝に弱いのは知っている。それはもうよーく知っている。休日の朝とかは全然起きてこない。

 

 けれど、これはそういう体質とかではなくて、別の理由によるのだろう。ここ一週間ほど、アカネさんはテンションが低くて、悩みがちだったから。新作怪獣ソフビも買いに行かないほどに。

 

 そんな彼女の、背中に当たる部分を軽く叩いて、ベッドの隅に腰を下ろすと、毛布からノロノロと細い手が伸びてくる。手を添えると、力が込められて、アカネさんの温かさが染みわたってきた。

 

 重なった手がくいくいと引かれる。

 

「ねぇ、リュウタ君もきて……。きっと気持ちいいよ……。好きな人と一緒に、こんなに暖かいから寝ちゃっても良いし、おしゃべりしてもいいし……。他にも、いろいろ、ね?」

 

 蕩けた、甘く悪戯な声。布団から覗く赤い眼は、ぼんやりと誘惑するように。

 

 頭を痺れさせながら想像する。春の日差しに緩んだ部屋の中で、柔らかいベッドの上に二人で横になって。それでお互いの温かさとか、気持ちを交換しながらのんびりと過ごせたら。きっと、とても幸せで、抜け出せないほどに甘い時間になるって。

 

 けれど、今の時間に限っては間違っているし、もうアカネさんと付き合って一年近く経つ。誘惑には易々と負けてはあげない。

 

「だめ。もう起きるの」

 

「きゃっ!? ……もー」

 

 非難を覚悟で毛布を引っぺがすると、アカネさんもそれで観念したのか、渋々と体を起こした。

 

 そんな頬を膨らませて可愛い顔してもダメです。ピンクの寝間着と合わさって、ほんとに可愛いけどダメです。起きないと遅刻してしまうし、一人暮らしの中で実証済みだが、自堕落に任せたら、どこまでも落ちていってしまうのだから。

 

「わかった! わーかーりーまーしーたー! 起きるから! じゃあ、その代わりに。んっ!」

 

「んっ……。おはよう、アカネさん」

 

「……おはよ、リュウタ君。もう、いやになるくらい良い天気だね。あ、朝ごはんとか、準備するの忘れちゃってるかも……」

 

「それは俺が用意しておくから、アカネさんは着替えたり、準備してて。冷蔵庫の中、まだトースト残ってたから、それでいいよね?」

 

「うん、ありがと」

 

 そう言うと、アカネさんは俺にかまいなく、寝間着のボタンを外し始める。今さらドギマギするのも何だけど、無防備なアカネさんをじっと見ているのも、それはそれで変だ。

 

 なので俺が部屋を出ようとすると、その後ろから、消えそうな声で。

 

「……とうとう来ちゃったね、新学期」

 

 ぼんやりと。それは眠さから来たものじゃない。声だけで、今、彼女がどんな顔をしているのかは分かる。

 

「……そうだね」

 

 彼女の言葉通り、今日から新学期が始まる。夏や冬の長期休暇と違うのは、俺たちが二年生へと進級すること。それは普通のことで、常識で、喜ぶことのはずだ。時間が止まらない以上、必ず訪れてしまう変化でもある。

 

 けれど、アカネさんは変化が苦手だった。加えて、進級にはクラス替えまでついてくる。

 

「ほんと憂鬱なんですけど。……リュウタ君と六花たちと別々になったらどうしよう」

 

「それは……。俺も嫌だよ、もちろん」

 

 なんだかんだと仲良く、文化祭やら体育祭やら、合唱コンクールやらを共に過ごしてきたクラスメート、友達。何より、アカネさんと離れ離れになる可能性は考えるだけでも辛い。

 

 ツツジ台はソコソコの学生数を誇るから、仲いい友達だけでも同じクラスになるのは難しい。まして、俺たちの関係を考えると、確率以前の話がある。

 

「うぅ……。リュウタ君、ほんとかな? 付き合ってたら、別のクラスにされるって」

 

「……周りとか、サッカー部の先輩はそう言ってたね」

 

 カップルは別クラスに。それがまことしやかな噂。

 

 公序良俗やら、授業中に集中しないやら、あるいは教員のイジワルやら。どの理由が正しいのかは分からないが、カップルになったら最後。次のクラス替えでは必ず引きはがされると、周りから聞かされていた。

 

 そして、俺たち二人が同じクラスで問題ないと、胸を張って言えるほどに先生の覚えがめでたいわけではなかった。この間だって、

 

『ねえねえ! 新作怪獣のアイデア、思いついたんだ!!』

 

『新条、今は授業中……』

 

『……すごい。やっぱりアカネさん、天才だよ!!』

 

『馬場、お前まで……』

 

『でしょー! 放課後、家で一緒に作ろうね♪』

 

『……もういいから、好きにやっててくれ』

 

(……むしろ、たまには授業邪魔してたよな)

 

 テストの成績等は全く問題なく、むしろ優秀な方の俺たち。だが、授業では、自分達の世界に没頭しがちだった気もする。

 

 アカネさんと別のクラスになる。その想像が、現実味を増してくる。考えるほどに、待ち受ける運命には気が滅入ってしまうが、それで引きこもったり、ふて寝をするわけにもいかない。それに、 

 

 くぅぅ……。なんて、そんな可愛い音が不意に聞こえてくる。

 

「あ」

 

「……っ!? ……わ、わすれて」

 

 早くに起きて、ずっと落ち込んでいたのだろう。空腹なアカネさんのために、朝食を用意する方が俺には大事だった。

 

 

 

 そうして、簡単に朝食を済ませて、アカネさんも服を着替えて。爽やかな風の中、まだ顔を曇らせている彼女と手をつなぎながら家を出発する。

 

 バス停までの道にも、桜の木がちらほらと植えられていて、そのどれもが花盛り。春と新しい一年の始まりにはぴったりの光景。けれど、アカネさんはその景色にも目が移ることもなく、うつむいたままだった。俺が手を引くと、ゆっくりとついてきてくれるけれど、やっぱり気乗りがしない様子。

 

 アカネさんが心細げにつぶやく。

 

「……やっぱり、行かないとダメ?」

 

「それは……」

 

 ダメと言うのは簡単だ。一般常識だし、これからの将来の為にも、アカネさんとの未来のためにも必要なこと。けれど、彼女が求めているのは、そんなリアリストの答えじゃない。じゃあ、何を言えば、アカネさんが安心してくれるのか。考えても、すぐには答えが出なかった。

 

 俺が言いよどむのを見て、アカネさんは自嘲するように微かに笑う。

 

「あはは……。ごめんね、めんどくさくて」

 

「そんなことないよ」

 

「……もう。そういうこと、すぐ言ってくれるの嬉しいなぁ。でもね、思っちゃうの。このままみんな変わらないで、ずっと一緒にいられたら幸せだよねって。

 ……もしも神様だったら、そんな世界も作れたのに」

 

 神様。

 

 アカネさんがよく使う、不思議な言葉。そう言う時の彼女は、どこか不思議で、透明で、手の熱はこんなに伝わってくるのにふと消えちゃいそうなくらいに儚くて。

 

 不安に駆られ、握る手に力を籠めると、アカネさんは驚いたように顔をあげて、そっと頭を俺の腕へと近づけてくる。きっと、続けて欲しいって意味。

 

 アカネさんが言葉を続ける。

 

「夢みたいな話、だよ。……きっと、今はそんな神様になるよりも幸せ。

 けどね、同じくらいに恐くなるんだ。みんな、変わっていっちゃう。リュウタ君、ちょっと前までもっと背が低かったのに、おっきくなっちゃったし。六花達とも、みんなでずっと一緒なんて、きっと無理。十年後、私がここにいられるかもわからない」

 

 寂しそうな声は、泣いているようだった。

 

 アカネさんの言う通り、まだまだ成長期なのか、右手の痛みが無くなった頃から俺の背は少し伸びた。体の変化に合わせて、サッカーもかなり上手くなったと思う。今年はレギュラーに定着できるし、その先も狙えるほど。

 

 そんな俺だけ見ても、変化は色々なところで起きている。同じように、止まらないものなんて無いし。変わらないものもない。ウルトラシリーズもそうだが、色々な物語で言われる通りに。

 

「なんで、みんな、変わっていっちゃうのかな?」

 

 それは、世界がそうできているから。

 

 彼女にとっては酷い仕組み。毎日が幸福だと感じている俺も、それを恐れるアカネさんの気持ちは分かってしまう。

 

 アカネさんが遠い場所に行ってしまったら。この気持ちが離れてしまったら。そんな想像するのさえ怖い。きっと、そうなれば自分は空っぽになって、どうやって生きていけばいいのかも分からなくなる。

 

 けれど、二人一緒にいられるなら、俺は変化にも少しは肯定的だった。昔の自分のことが大嫌いで、アカネさんと一緒にいる自分は少しは好きになれたから。

 

 だから、

 

「でも俺は、けっこう好きだよ。背が伸びたり、もっと運動できるようになったこと。何かあった時に、アカネさんのことを守れるし」

 

「けど、私は背伸びしないと、届かなくなっちゃった」

 

「それなら、こうやって俺から近づくよ。絶対に、離したりしないから」

 

 君が不安に思うなら、それでも、ずっと傍にいると示したくて。俺は彼女を抱き寄せて、顔を近づけていく。ここが何処だろうが関係ない。何が変わっても、変えたくない気持ちがある。

 

「……うん」

 

 アカネさんも、少し安心したように目を細めて。だんだんと互いの距離が無くなって。

 

 けれど、俺たちは構わなくても場所は普通の往来。当然、通行人もちらほらいた。

 

 なので、こんな声が飛んでくるのも当たり前だったのだろう。

 

 

 

「あのさ、家の近くでそういうの、止めて欲しいんですけど」

 

 

 

 ちょっと固い、恥ずかしげな声。俺とアカネさんが慌てて振り向くと、居心地悪そうな宝多さんがいた。ついでに、その後ろで苦笑いをしている響も。

 

 いや、タイミング悪すぎるだろ。

 

 とはいえ、その程度の妨害で止めることはしない。けれど、軽く触れるだけに留めて。そうしてから、俺は宝多さんへと挨拶をした。

 

「おはよう、宝多さん」

 

「おはよ、リュウタ君。……結局止めないとか、ほんと。アカネも、二人で朝から何やってんの」

 

「六花と響君がためらってることですよー。もうっ、お邪魔虫」

 

 珍しく言われる側のアカネさんは、不貞腐れた声で反撃。俺は特に気にしていないが、二人の時間を邪魔されてご立腹の様子だった。

 

「べ、別に。ためらうとか、そんな仲じゃないし」

 

「またまたー。響君の家、こっちの道じゃないじゃん。一緒に登校したくて、待ち合わせてたんでしょ?」

 

「いや、俺は六花の家に忘れ物したから、たまたま……」

 

「ひ、響君!!」

 

 あらら。

 

「え!? ほんとにそこまで進んだの!? 六花さーん。いきなりどうしたの? 私たちにも内緒とか、やるじゃん」

 

「ああ! もうっ、誤解だって! 何でもないです。アカネが面白がることは何にもないです! ほら、響君もなんとか言って!」

 

「そ、そうだよ! 俺も六花も、変なことは何も!」

 

「変なことってなんのことかなー?」

 

「だから! そっちがしてるからって、私たちも、とか考えないの!」

 

「でもでも。響君、六花の家に行ったってことでしょ? ママさんにも紹介済みなんてさー。家でなにやってたのか気になるんですけど」

 

 もはやアカネさんの独壇場である。真っ赤になった二人へ、調子を戻したアカネさんがからかいの手を伸ばしていく。

 

 宝多さんと響の尊い犠牲に感謝しなければ。アカネさんが元気になってくれるなら、それが一番。当然、俺はアカネさんを止めずに眺めていた。

 

 そうして、ことの真相が分かったころには、宝多さんと響は肩で息をするほどに疲れていた。とはいっても響と宝多さんが良い仲になっていることには変わりないのだけど。

 

「なんだ、宝多さんの所でバイト始めたんだ」

 

「ちゃんとしたバイトっていうか、手伝い。ママさんに『まあまあ、ちょっと働いていきなさいよ若いの』なんて誘われたんだ。ママさん、商品の引き取りでいないことも多くて、喫茶店の番とか、力仕事とかやってくれないかって」

 

「ふーん。『手伝い』、ね」

 

 いやいや、響よ。それは単に都合のいい理由を貰っただけな気もするぞ。あのママさん、絶対にニヤニヤしてただろ。きっと夕飯まで誘われて、なんやかんやと泊まらせられるのではないだろうか。

 

「でも、それってお泊りとかより、仲いいってことだよねー。良かったね、六花。親公認で」

 

「朝から晩まで毎日一緒のアカネには言われたくないんですけど」

 

「いやー、それほどでもあるよ? 私たちの真似、してみる?」

 

「はいはい。羨ましいって言えばいいんでしょ?」

 

「ぞんざい! リュウタ君、慰めて!」

 

 飛び込んできたアカネさんの温かさを受け止め、響と宝多さんの呆れたような視線を受けながら、皆で肩を並べてバス停へと向かう。

 

 にしても、響がバイトか。ママさんの思惑はともかく、あのゆったりとした時間が流れるリサイクルショップで、宝多さんと並んでいるのは似合うだろう。内海とアカネさんを連れて、遊びに行くのは絶対に面白い。

 

 そんな想像をしていると、響が俺の方へと話を振ってきた。

 

「そういえば、リュウタもバイトするって言ってたけど。どうするか決めた?」

 

 前に相談したことを覚えていたようだ。というか、話を逸らしたな。けど、さすがに響も疲れただろうし、乗ってやるとするか。

 

「まだ。色々探してるんだけどなー。居酒屋とかは年齢的に厳しいっていうし、コンビニ辺りを考えているけど」

 

 バイト先を探し始めたのは、一月ほど前から。俺の生活費は、兄貴からの支援もあるし、親父の遺産も十分に残っている。けれど、兄貴とはほぼ絶縁状態で、いつ本当に縁を切られるか分かったものじゃない。個人で自由に動かせる資金が必要だとは、前々から考えていた。

 

 それに加えて、ちょっとだけしたいこともあったり。計画自体は一年前からあったので、あの夏のごたごたがなければ、もう少し早く動いていただろう。

 

「でも、サッカー部とか大丈夫なの? リュウタ君、けっこう期待されてるって、なみこ達が噂してたけど」

 

「そうそう。なんか、選抜に選ばれるとか」

 

「ただの噂。まあ、がっつり稼ぐわけじゃないし、練習と被らないように調整するよ。アカネさんとの予定優先しながらね」

 

 それらを解決する方法として、実はスポーツ奨学金にも応募してはいる。決まれば大学への進学とかにも有利になるが、そこまでは難しいだろう。万が一に期待だ。

 

 すると、アカネさんが小声で言う。

 

「お金とか、リュウタ君ならいくらでも助けてあげるんだけどね」

 

「そこはちゃんと働いて、暮らしていきたいんだ。……その、将来のこととか、考えて」

 

 両親が随分と放任主義らしく、自由に家の金を使えるというアカネさん。彼女は言葉通りに心配してくれるけど、猶更甘えるわけにはいかない。彼女がお金持ちだというのなら、寄り掛かるんじゃなくて支えていけるようになりたいのだ。

 

 ちょっとした意地だけれど、男の子だから張らせてほしい。

 

「えへへ……」

 

「アカネ、ほんと人のこと言えないから。あー、あっついあっつい」

 

「嬉しいから良いんですー」

 

 横からこつんと響が肘をついてくる。こほんと咳払いなんてわざとらしいことをするんじゃない。羨ましいなら、お前だって宝多さんとすればいい。もうそろそろ、この付き合ってるんだか、付き合ってないんだか、わからないのをはっきりさせても良いだろうに。

 

 そう言うと、響は図星を突かれたことで苦笑い。

 

「いや、そこはもうちょっとゆっくりの予定で。……でも、将来のこと、か。俺、まだ何にも考えてないな」

 

「内海とかもそうだろ」

 

 あいつ、ようやく訪れた春に浮かれまくっているし。昨日の配信とか、割と放送事故だった。

 

「それでもさ、リュウタは自分にできること、ちゃんと考えてる気がするし。……俺も、そういうの見つかったらいいんだけど」

 

「そうかな?」

 

 俺から見ると、響の方がしっかりしている。なんでもそつなくこなすし、人当たりも良い。十人が会って、十人が好感触を持つだろう。いざという時には度胸もある。内海と俺と響を並べたら、将来が一番安泰なのは響だって確信があった。

 

「進路調査は二年の夏だっていうし、それまでに宝多さんと相談すればいいんじゃないか」

 

「うん。そうだね。……って、六花と!?」

 

 前言撤回。ちょっとぼんやりして、墓穴を掘るところは心配だ。そして、話題を振るタイミングも悪い。

 

 『将来』なんていうから、アカネさんがまた黙ってしまったじゃないか。

 

 

 

 話を回していたアカネさんが黙ってしまったことで生じた微妙な雰囲気は、バス停に着いたことで中断された。

 

 その後は五分ほど黙って待って。二週間ぶりに、いつもと同じ音を鳴らしてきたバスに乗り、俺はアカネさんと席に座った。さすがに通勤、通学時間。人が多めのバスの中、響と宝多さんとはちょっとだけ離れた位置になってしまった。

 

 離れ離れ。憂鬱で、嫌な言葉。

 

 黙ったままの俺たちを乗せて、バスは勝手に動き出す。

 

 ゆっくりから、段々と速度を上げて。学校まで一直線に向かう中、見慣れた景色が早巻きに。去年一年間、そしてそれ以前もずっと眺めてきた、変わらない俺達の街。けれど、それが変わらないと思うのは、俺たちの思い込みで。いくつもの変化が今の瞬間にも起こっているだろう。

 

 アカネさんが口を開く。ぼんやりと、そんな外の世界を眺めながら。

 

「分かってるよ。夢は夢なんだよね……」

 

「アカネさん?」

 

「大好きな人たちと、みんな一緒で、ずっと変わらない。綺麗で、やさしくて、素敵な世界。都合が良くて、子供が見るような夢……。

 でも、それが夢だって分かっていても、そうなってほしいって思うのは悪いこと?」

 

「ううん。絶対に、悪い事じゃない」

 

 それだけは断言する。

 

 だって、夢も何もかもを捨てて、単に現実だけを想像してみたら、どうなると思う?

 

 俺だって分かっているんだ。この先、アカネさんとだって喧嘩することだってある。嫌いになって、口もきかないことだってあるかもしれない。ずっと仲良くして、好き合っていたいと思っていても。

 

 もしかしたら――。いや、そんなことは想像もしたくないけれど。そんな未来だって起こりうる。だって、俺の家族はそうはならなかったんだから。

 

 この世界はヒーローの物語じゃない。先に待っているのは、グッドエンドかバッドエンドか。それがわからないから、不安で、迷子になったりも、弱気になったりもする。たった一人で歩いていくにはこの道は険しくて、二人一緒だと信じ切れるほどに優しくもない。

 

「それでも……」

 

 俺はアカネさんの肩を抱き寄せた。

 

 アカネさんの秘密を知ることができた。

 

 アカネさんと同盟を作ることができた。

 

 アカネさんを好きになれた。

 

 告白ができた。

 

 最後まで、走ることができた。

 

 あの夏の悪夢を乗り越え、ここまで連れてきてくれた大切な思い出。そのどれもに真逆の選択肢があった。それでも、弱虫だった俺がこんな幸せな未来へたどり着けたのは、アカネさんが傍にいてくれて、彼女との幸せな未来を夢見たおかげ。

 

 走る勇気をくれたのは、道しるべをくれたのは、彼女が抱くような甘くて幸せな夢だった。

 

「だから、俺はずっとアカネさんに支えてもらってるんだ。アカネさんがいるから、毎日が楽しいって思えるし、好きなことを好きだって言える。友達だって、昔より増えた。

 アカネさんと一緒にいると、どんな未来でも大丈夫だって信じてる」

 

「……私も同じ。でも、それでも怖いよ。私はどこまでも一人で、リュウタ君とは違う。ずっと一緒だなんて、誰にも、私にもわからない」

 

 それは正しくて、でも、ちょっと間違っている。誰にもわからないなんて、それは違うよ。

 

「俺は分かってるよ。ずっと、一緒にいるって。だって、俺はずっと一緒にいたいから。アカネさんが将来どんな仕事について、どんな場所で生きていても。君が君でいてくれるなら、俺はずっと傍で大切にしたい」

 

 世界が分からないって叫んでも、俺だけは分かってる。子供みたいに叫んでやる。叫べる。夢が見れる。

 

(ほんと、変われたよ)

 

 形ばかりの家族がバラバラになった時。俺はただ、その時が来たのだと諦めて、独りの日常にうずくまっていた。

 

 それと比べると、今の自分はなんて頼もしいんだろう。アカネさんといる未来をちゃんと望めるし、そんな自分の気持ちを信じることができるんだから。だから、俺はアカネさんの目を見つめながら、未来を確信しながら言えるんだ。

 

「クラスが違っちゃったら、休み時間のたびに会いに行くよ。昼休みはパンを食べながら、怪獣の話をしよう。放課後は変わらない。一緒にいて、夕ご飯を食べて、ウルトラシリーズ見て。君が不安に思うなら、寝る時も傍にいる」

 

「なんか、今と変わらないね」

 

 思わず笑う。そうだね、変わらないよ。

 

「大学生になったらどうするかな。別々の大学って嫌だし、俺はしたいことあまりないから、アカネさんの行くところに合わせるよ。美術造形とかは……、ちょっと苦手だけど、一つくらいは、俺にもできる学部もあるだろうし」

 

「……私の方こそ、リュウタ君がサッカー選手とかになったら、どこでもついて行っちゃう。デザインとか好きなことは、どこでもできるから」

 

 アカネさんの声が、少し明るくなる。

 

「じゃあ、もっとサッカーも頑張ってみるよ。それに、良い年になったら一緒に住んじゃえばいい」

 

「アパートとか、借りなくてもいいよね。うち、すごい広いから、リュウタ君の部屋も用意してあげる」

 

 弾んでいく。

 

「今でも、俺の物がだいぶ増えてるもんね。考えたら、今とそんなに変わらないかもしれない」

 

「じゃあ、その最後は?」

 

「それは……、その……。結婚、とか?」

 

「ふふ、そこはまだ内緒にしよっか」

 

 くすくすと涙交じりの笑顔を浮かべたアカネさんの言葉に、夢見る音が混じっていく。

 

 想像で、ただの願望。ただの泡沫の空夢で終わるかもしれない未来。それでも、俺が掴み取りたい未来の形で、そのための努力もしていける。

 

 きっと、その気持ちが持てたなら、道はできていると思えるんだ。

 

「だからね。……新条アカネさん」

 

 いつか、大切な時にもう一度。だけど、何回だって言ってあげたい言葉。

 

「ずっと一緒にいて欲しい。世界がどんなに変わっても、君を守って、幸せにするから。二人で笑顔になれる未来を、俺は絶対にあきらめないから」

 

 高校生が何を言ってるんだって、きっと、傍から聞けば思うだろう。重苦しいくらいの約束。けど、この大切な人と一緒にいれるなら、それくらい軽いもの。

 

 アカネさんは、ちょっとだけ目を開いて、ふ、と息を吐く。澄み切った笑顔は、いつかの告白の時を思い出す。そして彼女が口にしたのは、

 

 

 

「ほんと、キミはずるいよね」

 

 

 

 なんて言葉はそれだけだ。あとは、はにかむ笑顔を見せてくれて、嬉しそうに見つめてくれただけ。そんなアカネさんの手を取って、立ち上がる。バスはとっくにたどり着いていた。

 

 俺たちの過ごす、大切で、変わっていく場所。たくさんの思い出と友人が待っている青く、瑞々しい日々。その第一歩を、俺はアカネさんと一緒に歩き出していく。

 

 離れないように、しっかりと手をつなぎながら。

 

 空を見上げた彼女の瞳には、綺麗な青色が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……リュウタ、もう目覚める時間だ。

 

 

 

 ……ああ。

 

 

 

 

 

 

 それが『もしも』の物語。

 

 もしも、彼らが間に合っていたら。もしも、アレクシスが倒されていたら。もしも、アカネさんの壊したものが、元に戻ったなら……。

 

 あったかもしれない、泡沫の空夢。

 

 けれど、これが、ただの夢だとも思えなかった。とてもリアルで、現実みたいで。全てが本物だと思えるほどに。

 

 もしかしたら、マルチバース設定みたいに、どこかの平行世界を垣間見たのかもしれない。もし、そうなら、俺は嬉しいし、力が湧いてくる。

 

 少し選択が違うだけで、俺とアカネさんが笑顔で幸せになれる、そんな夢のような日々にたどり着けるって知れたから。

 

 

 

 けれど、俺の現実はそうはならなかった。

 

 彼女は罪を重ね続けた。

 

 俺は全てを失った。

 

 それでも、彼女の幸せを、諦めることなんてできなかった。

 

 

 

「「だから」」

 

 

 

 夢から覚めた冷たく、悲しい現実で。

 

 雨が降っていた。最後の夜と同じように、夏には似つかわしくない暗い雨。しとしとと、身体にしみわたる水を感じながら、俺は大きく息を吐き、

 

 

 

「……アカネさん」

 

 

 

 彼女と対峙する。

 

 チカチカと瞬く街灯の下、彼女の顔は見えないまま。小さく震える、固く握られた手が何を表しているのかも、俺にはわからない。

 

 けれど、俺のすべきことは分かっていた。こんな現実でも、彼女が好きな気持ちだけは変わらない。

 

 だから、唯一つの願い事を噛みしめて、俺は右手を掲げる。

 

 青く輝くアクセプター。

 

 願いと心を束ねる力。

 

 夢見た思いを込めて、唱える言葉は決まっている。

 

「……アクセス、フラッシュ」

 

 ヒーローになれなかった俺でも、もう一度、君の夢のヒーローになるために。

 

 

 

 > ENTER

 

 √SIGMA




これにて夢のようなGoodルートは終幕です。

ご都合主義な世界が本当にあったのか、それとも○○の生み出した幻か。
けれど、マルチバースの一つくらいには、そんな夢の世界もあっていいと思っています。

そして、明後日より、

『SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ』完結編

第二部 √SIGMA

の連載を開始いたします。ひとまずは一区切りするまで五話ほど。以前よりお伝えしていた通りに、うたかたのそらゆめを踏まえつつ、原作アニメ時間軸を描いてまいります。

どうか、二人の物語を完結まで見届けてください。

ご意見、ご感想もお待ちしております。


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第二部 √SIGMA
再・動


うたかたのそらゆめを楽しんでくださいました皆様。

本日より第二部と称し、『SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ √SIGMA』の連載を開始いたします。

アニメ本編の時系列から始まる、リュウタとアカネの再びの物語。

もしも、救いの手が間に合っていたら……。そんな『もしも』から始まる戦いを、どうか応援していただけると幸いです。

……だいぶ公式も吹っ飛んでるので、色々と自重するのをやめました。

前回の死亡フラグ
・逃げ出したら死んでいた
・アカネを責めていたら死んでいた
・一人で立ち向かったから、死んでしまった


 あんまり昔のことでも、あんまり遠い国のことでもありません。

 

 ある世界に男の子と女の子がいました。

 

 男の子はどこにでもいる普通の子です。サッカーが少し得意で、ちょっとだけ家族に問題があって。そして、怪獣とヒーローが大好きでした。

 

 女の子はちょっと特別な子です。少し我儘で、とても寂しがり屋で。そして、やっぱり怪獣が大好きでした。

 

 そんな二人はある日出会って、お互いを知って、友達になりました。もっとお互いを知って、恋人同士になりました。

 

 二人は毎日が幸せだったのです。

 

 けれど、女の子には秘密がありました。

 

 女の子は世界の神様で、怪獣使い。悪いことを企む悪魔と一緒に、世界をめちゃくちゃにしていたのです。

 

 そして……。

 

 それに気づいた男の子は、女の子を幸せにしたくて、悪魔に立ち向かいました。たった一人で、勇気を出した男の子。女の子のヒーローになろうとした男の子。

 

 でも、たった一人の男の子では、悪魔には勝てませんでした。

 

 男の子は女の子を残して死んでしまいます。もう、誰も男の子を覚えてはいません。

 

 

 

 けれど、そんな男の子を助けたいと、見守っていた人がどこかにいたら……。

 

 

 

 SSSS.GRIDMAN うたかたのそらゆめ

 

 第二部 √SIGMA

 

 

 

 熱い

 

『―――、またね』

 

 熱い

 

『じゃあ、リュウタ君だ―――』

 

 熱くて死にそうだ

 

『―――、かっこよかったよ』

 

 けれど、そんなことよりも

 

『……私、知りたいんだ』

 

 悲しくて

 

『私もね、リュウタ君のこと、好きだったんだ』

 

 恋しくて

 

 このまま止まるなんて、耐えられなかった。

 

 けれども、『俺』は崩壊していく。消えたくない、忘れたくない。そんな強い想いと裏腹に、現実というのはどうにもなってくれないものだ。そんなことは分かっている。

 

 だって、俺はヒーローじゃないのだから。ヒーローになりたくて、彼女を幸せにしたくても。たった一人じゃ何もできない。わかりきっていた結果が、身に降りかかっているだけ。

 

 諦めと一緒に『俺』が消えていく。燃え尽きていく。眩しい光に目が焼かれる。感覚がなくなって、自分が何かもわからなくなって、

 

『やめて』

 

『嫌だよ』

 

『忘れたくない』

 

 声はそれでも聞こえていた。泣き声だ。苦しくて、寂しいと泣く、女の子の声だ。

 

 ごめん。俺も忘れたくない。大切にしたい。ずっと一緒にいたい。それでも、もう力が出せないんだ。せめて、君のことだけは最後まで覚えていたいのに……。

 

 彼女の声に、顔に、ノイズが走った。

 

「ああ……」

 

 もう、どうにもならない。そんな諦めが心に浮かんだ時に……。

 

『……安心しろ。君を死なせたりはしない』

 

 優しい声を聞いた気がした。

 

 

 

「……」

 

 息をのむほどに、目覚めは穏やかだった。

 

 気が付くと、俺は天井にぶら下がる電球を見つめている。揺れて、ちらちらと頭をくすぐってくる光の塊。それが原因なのか、目の前の景色はやけに靄がかかったように安定してくれなかった。ふわふわした感覚と倦怠感が体を包んでいる。

 

「……ぁ」

 

 声を作ろうとしてみた。

 

 けれど、喉の奥からはかすれた音しか漏れ出てこない。まともな音を作れる気がしない。昔はできたはずなのに、喉は震え方を忘れてしまったように、動いてはくれない。

 

 それではと、体を動かそうとして、身じろぎをした瞬間。

 

「――!!!?」

 

 死んだと思った。

 

 もう一度死んだと思った。

 

 全身に悶えるほど。痛みだとすら理解できないものが駆け巡って、動こうなんて気持ちを根こそぎ奪っていく。びりびりと、ぎちぎちと、刃物で体をめった刺しにされたような。いや、そんな経験をしたことがあるかもわからないけど、それくらい。

 

 歯を食いしばって、目を固く閉じて、耐え忍び。息をじっとひそめて。そうして、痛みは静かに引いていった。

 

(……なんで?)

 

 なんで、俺はこんな目に遭っているのだろう。

 

 何もかもが分からない頭の中で考える。

 

 不思議なことに、痛みが収まった身体は少しだけ動いてくれるようになった。さび付いた歯車が、がしゃがしゃと不器用な動きを始めたよう。自分の体なのに変な感触。

 

 それに倣って、壊れたおもちゃのようにのろのろと頭を傾けてみる。ようやく目が慣れてきて、自分の状況を把握することができた。天井だけが見えて当然だ。俺は、今、白いベッドの上に横たわっているのだから。

 

 左腕を布団から出してみた。白い包帯が何重にも巻かれて、膨れ上がった手。きっと、見えない体の大部分も、同じ状態だろう。

 

(まるで、ミイラ男……)

 

 声に出さず、頭を枕に沈める。

 

 俺の脳裏に浮かんだのは、自分のことなのに、他人事のような感想。抱いたのは、それだけだった。自分のことなのにどうでもいい。本当は驚いたり、苦しんだりするべきなのだと、頭では理解をしているのに、そうは思えない。

 

 体の中心に大きな穴が開いてしまったみたいだった。

 

 俺の大切だったもの、その全てが抜け落ちて、意味のない置物になったような……。まだ、それが何かも分からない。無い無いづくしの変な人形。動けもしない出来損ない。

 

 そうして呆然と、ただ天井で揺れる灯りを眺めるままに任せていたら。

 

「おーい、そろそろ目覚めたかー。いい加減にしねえと放り出すぞー」

 

 無意味な安寧を壊したのは、妙に斜に構えた声だった。半ば蹴破る様に開けられたドア。もう一度、のろのろと頭を横にすると、半目で呆れを示した子供が立っていた。

 

 小学生くらいの見た目に、金髪ツインテール。なのに服装はブラックのスーツで決めている。見た目は女の子なのに、声は少年みたい。服装だけなら凛々しいエージェントみたいな、アンバランスな子供。

 

 そんな子供は、俺が声を上げようと口をパクパクさせていると、少しだけ目を見開き、ずかずかと近くに寄ってきた。

 

「……ぁ。……っ」

 

「ん? なんだ、ほんとに目が覚めたのかよ。ま、放り投げるのも悪いと思ってたし、ちょうどいいか。ここで介抱終わりな!」

 

「……は、い?」

 

 何を言われたのか、ぐずぐずに崩れていた頭は、理解することができなかった。数秒経って、ようやく戻ってきた第一声は疑問形。けれど、それが何の意味を持つことはなく、子供はいうなり、俺を引きずり出そうとした。

 

 白いベッド、ヤサシイ安らぎは一夜の夢。待っていたのは、理不尽な子供の暴虐。

 

「……!? ……!!」

 

「まあまあ、騒ぐなって。なんかぼろ雑巾になって落っこちてたから面倒見てやったけど、お前だって家あるだろ? 俺がずっと見てるなんてのも、変だし、あとはふつーに病院なりなんなり行ってくれって」

 

 声にならない叫びをあげるが、当然、こんなミイラ男に抵抗する力なんてない。ずりずりずりずり、なんて間抜けな効果音と一緒に、俺はベッドからはがされてしまう。

 

(なんでこの子、力がこんな強いんだよ!?)

 

(というか! めっちゃ痛いんですが!?)

 

 頭は、なぜか、冴え始めていた。目の前の事態に対応するため、身体が緊急を訴えているように。文句だけが脳内でけたたましく鳴り響く。

 

(俺が普通に包帯ぐるぐる巻きだってこと知ってるはずなのに! この悪魔、鬼畜!!)

 

 ただ、それらは声にならない。喉の動かし方を思い出しても、痛いやら、困惑やらで余裕はなかった。このままでは宣言通り、家から放り出されてしまう。こんな状態で外に出たところで、どこに行けばいいのか。

 

 状況が分からないままに、最後まで布団へとしがみついていた弱弱しい右手が、離れてしまう。

 

 そうして、ぼてりと右手が空気にさらされた時だった。

 

「……ん?」

 

 子供が怪訝な声を出し、俺を引きずる力を弱めた。

 

 何があったのか、と痛む頭を動かして視線をたどると、その先にあったのは最後まで隠れていた右手。

 

(……なんだ、これ)

 

 俺は訳が分からなくなる。

 

 だって、その右手首には、どこかSFチックな、もっと言えばヒーローのなりきりアイテムのようなブレスレットが付けられていたから。青い外縁部に、中央の紫色の宝石。やけにでかくて、それでも重みを感じない、不思議な道具。

 

 それに驚いたのは、俺だけではなかった。

 

「……ったく、お前も同業かよ」

 

 かけられたのは、呆れたような、疑うような言葉。その意味は分からないが、子供は俺から手を離してくれる。ぞんざいに床へと放り出され、包帯越しに感じる固さ。そこから天国の布団まで戻りたくて、俺は痛む体を動かして、ベッドの上まで芋虫のようにと這い上がる。

 

 息をつき、毛布をかぶり、警戒の目を子供へと向けて。

 

 その時、子供の顔は驚くほどに近くにあった。綺麗な髪に整った顔、目は胡乱気に。俺を詐欺師のように見ている。そんな子供はやけに偉そうに、ちょんちょんと指で俺の額を突っつきながら。

 

「おい、お前、ナニモンだ?」

 

 ぶっきらぼうに求められたのは、名前とか、仕事とか、簡単なパーソナリティ。当然、まともな人間ならすぐにでも答えられる質問。

 

 それを答えようとした俺は、ようやく自身を取り巻く大きな異常に気付いてしまった。

 

(……あ、あれ?)

 

 何も、思い出せない。

 

 自分の身の回りの道具の名前、使い方、この世界での生き方くらいは分かっている。だけれども、頭の中にノイズがかかったように、俺の中から思い出だけが欠けていた。

 

 それが分かった瞬間、血の気が引いて、感情が暴れ出す。

 

「……わ、わから、ない」

 

 必死な口から出る、壊れた音。子供はどう思ったのだろうか。最後にふんっとため息を漏らして、彼は部屋を出ていった。

 

 一転、部屋には静寂が広がる。その中、俺は独り、ベッドで小さな息を吐くしかない。

 

「……ぁあ」

 

 何が何だか分からなかった。気が付くと見知らぬ天井に、包帯ぐるぐる巻き、体は痛むし、記憶はなくなっている。誰かに説明を求めたくても、いるのはぶっきらぼうなスーツの子供。右手には謎のおもちゃ。

 

 何もかもが分からなくて、不安で、怖くて、そんな感情すらも偽物みたいで。体が動かなくてよかった。動いていたら、すぐにでも頭を叩きつけている。

 

 けれど、その衝動はきっと、俺自身のために生まれたものじゃなかった。不思議な確信が、俺の中に唯一残されたものだった。

 

(……俺は)

 

 目覚める前、強く思い浮かべていた女の子。

 

 今、その子の泣き顔だけが頭に残っている。

 

 大切で、恋しくて、自分のこと以上に、幸せにしたい。そんな子が、俺にはいたはずだったのに。

 

 今は、名前も思い出せない。

 

 きっと、俺は守ることができなかったんだ。

 

 思い出がなくても、それくらいわかるほど。俺の心の中に後悔と絶望が突き刺さっていく。

 

(……ごめん、ごめん)

 

 その子のことすら忘れてしまったことが、何より辛くて。俺は声も漏らせずに涙を流し続ける。

 

 静かな街のどこかから、大きな声が聞こえるまで。

 

 鳴き声が聞こえるまで。

 

 誰かがこの世界から消えるまで。

 

 そして、

 

『思い出してくれリュウタ、君の願いを』

 

 誰かの声が聞こえるまで。

 

 俺は、ただただ後悔を零しながら、意識を深く沈めていった。

 

 

 

 何処かで取るに足らない少年が目覚めた夜。怪獣とごみだけが詰め込まれた我儘の城で、少女が画面を睨みつけていた。

 

『おやおや、お客様のようだね。君の怪獣を壊すなんて、本当に酷いことをする。あんなに一生懸命作ったのに』

 

 そんな彼女に、声だけは紳士のように。けれども、見た目は真っ黒な悪の親玉のような怪人が、モニターの奥から語り掛けた。

 

 少女はそれに答えず、とある巨人を見つめる。

 

 突然現れ、怪獣を倒して消えた巨人。この世界の神様になった少女の、渾身の怪獣を無残に引きちぎって、叩きのめして、自分が正義の味方だと示すように、ビームを放って破壊した。

 

 外から来た、無遠慮なお客様。

 

 彼の英雄然とした姿を思い出した瞬間、少女は癇癪を起したように、机の上にカッターを叩きつけた。彼女が作った怪獣のように、鋭い刃は折れずに確かな傷跡を刻み付ける。

 

「……ほんと、なに、アレ」

 

 ぼそりと漏らす。少女の可愛らしくも敵意と殺意に満ちた声。

 

 巨人は少女がよく知るヒーローにそっくりだった。少しロボめいてはいるけれども、銀色で、細身で、決め技は妙に格好をつけたビーム攻撃。怪獣を倒して颯爽と帰っていくところまでそっくり。

 

 ピンチからの逆転劇は、何だあれは。主題歌をバックに無双しているようではないか。

 

 少女が大好きな怪獣を、問答無用で壊していく正義の押し付け。少女が大嫌いな正義のヒーローが、この世界に現れた。

 

 ただ、楽しく過ごしたかっただけなのに。

 

 ただ、傷つきたくなかっただけなのに。

 

 ヒーローは、そんな世界を壊そうとしている。

 

 だから、少女は彼の敵となると決めた。彼女の世界に、そんなヒーローは必要ないのだから。ヒーローなんて、いてはいけないのだから。

 

 もし、ヒーローなんているのなら。

 

「……いまさら、ヒーローなんて来ないでよ」

 

 その、心から漏れ出た本当の意味を、新条アカネはまだ思い出せなかった。




何もかも変わってしまった。ここから始まる再びのストーリー


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喪・失

前回の死亡フラグ
・一人でも、走らなかったら死んでいた


 記憶喪失。

 

 自分が何者であるか忘れてしまう症状。そして、フィクションでありがちなプロフィール。そんなものが、自分に追加されるなんて、思ったことなかった、……はずだ。

 

 だって、それは物語の主要人物とか、何かが用意されている人の属性。一方で、記憶はないままにも、自分が平凡でどこにでもいる人間だということは分かる。

 

 朝、鏡を見てみた。身体はそこそこ鍛えられているけど、筋肉質じゃない。特別な傷跡があるわけでもない。鏡で見る顔もちょっとは整っていると信じたいけど、主演俳優みたいなイケメンじゃない。何かあるとしたら、預かり知らない肩書。けれど、そんなのメタな視点からでないと分からない。

 

 誰かが俺のことを表現すれば、少しだけ趣味が変わっている、どこにでもいる平凡な少年だ。なんて、感慨なく表されるだろう。

 

 そんな俺に記憶喪失。

 

 不釣り合いだと思えてならなかった。しかも、

 

『思い出してくれリュウタ、君の願いを!!』

 

 変な声まで、俺の中に住みついているなんて。

 

 

 

 スーツ姿の容赦ない子供。ボラーという名前で、しかも男らしい、彼の家で目が覚めた朝。用意されていた朝飯はどんと箱詰めされたシリアルだった。贅沢言わないが、牛乳くらいは欲しい。

 

 そんな、怪我人相手には酷いメニューが俺の初めての思い出。仕方なく口に運ぶが、かさかさと水分だけが持って行かれる感触と、感慨なく満たされていく空腹を感じるだけ。

 

 彼がこの場にいるのなら、一言くらい抗議したかったが、助けられて家に留めてもらった身を考えると、言える筋合いは俺にはない。

 

 幸いだったのは、それを食べるのに苦がなかったこと。死にたいほどに体が痛んでいたのは、昨日まで。朝になると、不思議と痛みがきれいさっぱり無くなっていた。

 

 体をほぐすように体操して、背を伸ばし、手足を折り曲げ、引っ張って。少しの違和感はあるにはあったが、身体は問題なく動いてくれる。あの死にたいほどの気持ちも、落ち着いてくれていた。

 

 昨日は、自分のことを、壊れたおもちゃのように例えたが、今は歯車が少し噛み合って、回ってくれていると表現すればいいのだろうか。

 

 巻き付いていた包帯を取り除いてみても、下に広がるのは普通の肌。あれだけ痛かったのだから、酷い火傷でも広がっているのかと思ったけど、それもなし。怖がって損をしたと、肩を落としたり。

 

 客観的に眺めた結果、健康体だと思える。

 

 一点、記憶喪失という馬鹿げた状態を除いたら。

 

「とはいっても、好きなものは覚えているんだけど……」

 

 そんな、今朝の出来事を思い返しながら考える。

 

 名前は馬場隆太。高校一年生。好きなものはウルトラシリーズとサッカー。苗字を想像した瞬間に嫌な感覚をしたのは、何故だか分からない。

 

 記憶喪失とはいっても、自分についての基本情報は覚えている。

 

 名前も知らない、言葉も分からないなんて最悪の症状じゃなかったのは幸いだ。けれど、だからといっていいことは何一つない。

 

 今の俺には思い出がないのだ。

 

 さっきの自分の情報だって、他人のそれを本で読んだような。住んでいた家だとか、友達だとか、家族だとか、その場所でどんなことをしていたかも分からない。

 

 自分なのに自分じゃない。ゲームを始める時に、『主人公はこういう人ですよ』と、ステータス表示だけを見せられたようで気持ち悪い。

 

(けど、一つだけ……)

 

 息を吐いて、目を閉じる。

 

 そんな俺でも覚えていることがあった。そのことを考えると、全てがあやふやな世界の中で、自分の心が確かになる。悲しくて、愛おしくて、大切なたった一つの大切なもの。

 

 

 

 今も記憶の中で涙を流している女の子。

 

 

 

 誰なのかはわからない。名前も思い出せない。それでも心の底から大事にしたいと。彼女のために、何かをするべきだと。しなければいけないことが、あったのだと。

 

 魂があるのなら、それが訴えているのだろうか。彼女との出会いも何も思い出せないのに。

 

 そして、

 

『思い出してくれリュウタ、君の願いを!!』

 

 謎の声が聞こえたのも、彼女を想った時だった。

 

 やけにカッコよくて、声優の人でも雇っているんじゃないか、と思えてしまう不思議な声。それが、頭の中から響いてくる。

 

 きっと、原因は……。

 

「これ、だよな」

 

 右手首を見る。付けた覚えのない巨大なブレスレット。今は包帯で隠しているそれは、いい年をしてヒーローごっこをしていると勘違いされそうな造り。

 

 頭の声が聞こえるたびに『オモチャ』の宝石がピカピカと光っているのを見たら、関連性に気がつかないわけがない。それじゃあ、取り外せばいいと考え、試してはみた。けれど、お約束というのはこういうことなのだろうか。力をいくら込めても外れてはくれなかった。

 

 そんな自分の状況は、

 

「……どこのウルトラシリーズだよ」

 

 もう一度、肩を落として息を吐く。

 

 謎の声に、かっこいいブレスレット。それは、俺が大好きだったのだろう、ヒーローや怪獣の姿まで明確に頭に浮かぶヒーロー番組にそっくりだった。

 

(でも、ウルトラシリーズでも珍しいパターンだな……)

 

 ウルトラマンの多くは、変身者に力だけが渡されるか、もしくはウルトラマンが人間のふりをするかである。お互いが別人格で、頭の中にまで語りかけてくるウルトラマンって意外と少ない。少ない例の中で、勝手に声が聞こえる俺の現状は、ウルトラマンゼロとレイトさんの関係が一番近いだろう。

 

 思い出も何もないのに、ウルトラマン知識だけは持ってる自分に呆れてしまうが、そうして状況を整理できるのはありがたかった。これで、声の主がウルトラマンゼロみたいに賑やかな性格なら、気もまぎれただろう。しかし、現実は非情である。何が性質悪いかというと、

 

『思い出してくれリュウタ、君の願いを!!』

 

「それしか言わないのは、勘弁してくれって!?」

 

 何度も何度もそればかり。ノイズ交じりのカッコいい声なのに、壊れたラジカセ、あるいはbotのように同じセリフを繰り返されたら、たまったものじゃない。最初は一時間に一度くらいの頻度だったのに、今では気を抜くと、ひっきりなし。

 

 それに辟易として、できることは声を気にしないように周りへと集中することだけだった。

 

 

 

 蝉の声、青い空、その向こうの霧に隠れた怪獣。

 

 思い出のない街を、俺は一人歩いていく。

 

 せめて少しでも記憶が戻るように、ボラーの家から無断で抜け出してしまったのが数時間前。なぜかサイズが合う黒スーツが一式、用意されていたので、それを着て。

 

 フラフラと、地に足がつかないまま。亡霊のように歩き回る。

 

 そうしていると、街の中に知っていそうな場所も見つかる。それは例えばCDショップだったり、コンビニだったり。前を通ると『知っている』と納得するのだ。けれど、そこで何をしたか、誰と一緒だったかはてんで思い出せない。

 

 平凡なのに、奇妙な街。極め付けは、

 

「……あの怪獣、何なんだ」

 

 歩道橋に上り、霧の向こうの怪獣を見る。

 

 正統派の恐竜っぽい見た目。ゴモラみたいな大きな姿。霧に包まれているが、雲の見間違えなんかではない。動いていないのは、眠っているのだろうか。

 

 不思議なことに、怪獣を認識しているのは俺だけだった。街行く人を引き留めて、指摘してみても、怪獣が見える人は誰もいない。

 

 怪獣が好きだから、もしかしたら幻覚でも見えているのかな、なんて。それにしては、何度も見ても形は変わらない。頭に鳴り響く声と同じ、俺の身に起きている異常事態。

 

 怪獣。

 

 ウルトラシリーズに代表される、日本特撮の主役の一つ。人間ではかなわない、理不尽の権化。街を踏み潰し、人を殺す暴力の塊。そして、物語を動かす舞台装置。ヒーローの敵役。

 

「けど、俺は怪獣も大好きだった……」

 

 ウルトラマンよりもこだわりが刻まれたデザイン。多種多様な動きに、物語。怪獣は、確かに敵役だけど、彼らがいないとウルトラマンは活躍しない。倒されてほしいと願ってもキャラクターは好きだった。

 

 今もそうだ。思い出はない。なのに、怪獣やウルトラマンの活躍ははっきりと知識がある。

 

 それを見てどれだけ感動や興奮を覚えたかは知らない。どんなシチュエーションで見たのかも知らない。でも、彼等を思い浮かべるだけで、新しく喜びと感動が生まれる。なんてことはなく、俺は今、この瞬間にもウルトラシリーズを好きになっていく。

 

 理性的に考えれば、馬鹿みたいなオタクぷり。もし俺がまともだったら、あの怪獣を見て、楽しんでいたに違いない。

 

 けれども、今、そんなことはできなかった。

 

 怪獣から目を離し、ありふれた街を眺める。

 

 怪獣に囲まれた、知っているけど、知らない街。何もかもに見覚えがありそうで、何もかもに思い出がない。そんな街は……、どこか作り物のように感じられた。下手をすれば、怪獣の方が親しみを持てるほどに。

 

 卑屈な考えが頭をよぎり、喉の奥が詰まって嫌な味がする。

 

 記憶喪失も嫌だ。思い出がないのも嫌だ。

 

 何より、

 

「さみしいな……」

 

 誰のことも知らない。誰も傍にいてくれない。世界にたった独りぼっちみたいな、酷い孤独。何もかも分からないことだらけで、帰る場所もない。寂しくて不安で、どうにもならない気持ちが暴れてしまう。

 

 今、俺に残された唯一の知り合いと言えば、あの変な子供くらい。けれど、

 

「……ボラーが帰ってこないと、あの家にも入れないし」

 

 ドアはしっかりとオートロック。そりゃ鍵も置かずに出かけるはずだ。結局、彼も俺のことを警戒していた。もとよりお呼びではないのだと突きつけられて、なおさらにさみしさが深まっていく。

 

 だから、こうしてさびれた歩道橋で、弱虫な子供みたいに呟くしかない。

 

 せめて、知りたかった。

 

「俺は誰で、誰が知り合いで、どんな学校に通って。……あの子は誰なのか。それに、」

 

 

 

『思い出してくれリュウタ、君の願いを!!』

 

 

 

 またも聞こえる声。さっきよりもボリュームが大きいそれに我慢できず、俺は言い返す。

 

「お前は、誰なんだよ……!!」

 

 いい加減にしろと。自分の不確かへの苛立ちと、彼女への正体不明の後悔と、自分に降りかかる理不尽の全てを込めて。そんな文句に反応したように、頭の中でノイズが走り……。

 

 

 

『私の名前はハイパーエージェント、シグマ。この世界に危機が迫っている!!』

 

 

 

 瞬間、音が聞こえた。

 

「……は?」

 

 続く、爆発音。

 

 崩落。

 

 悲鳴に、サイレン。

 

 飛び上がるほどの地響きがセット。

 

 思わぬことに驚き、顔を上げて。俺は呆然と視線を一点へと向ける。身体を震わせ、思考を停止させながら。

 

 

 

「怪、獣……」

 

 

 

 その先に、あの霧の怪獣と違う、現実に暴れまわる怪獣がいた。

 

 銀色ボディの恐竜みたいなフォルム。ディテールはメカっぽい。無機物と有機物の融合で生まれる、アンバランスな魅力は、怪獣オタク的には評価ポイント。そんなウルトラシリーズでも見た特徴を有しつつも、オリジナルな怪獣が、今まさに街を破壊し始めている。

 

 しかも、ただ暴れているわけじゃない。怪獣の腹、そこに突起物が形成されて発光と共に細長いレーザーまで発射された。空の彼方まで伸びていく、長い、長い、白金の光。それが街に降りると共に、ドミノのようにビル群が倒壊していった。

 

 風は、此処まで届いてくる。

 

「はは……」

 

 怖がるではなくて、逃げるではなくて、思わず笑ってしまう。昔の俺は『もし現実に怪獣が現れたなら』なんて、考えたこともあったのだろうか。これだけ重度のウルトラオタクだ。そんなこと考えてもおかしくない。

 

 それとも、こんな怪獣がいることが、俺の日常だったのだろうか。だったら、よく俺は怪獣が好きになったな。こんなに怖くて、死んでしまいそうなほど恐ろしいのに。

 

 なあ、俺ってどんな世界に生きていたんだ?

 

 異常事態なのに、俺ができるのは自分のことを考えるだけ。たった一人でいつまでも、泣き言を吐き続ける弱虫。

 

 生きようとするべき体は、足を動かそうともしてくれない。

 

 それでも、俺を置いて世界は勝手に動いていく。

 

「……っ!?」

 

 遠く離れた怪獣に弾き飛ばされて、大きなビルの破片が、近くの民家に着弾した。砂ぼこりと飛沫をまき散らしながら、テレビの音が聞こえなくなる。あの民家の中身がどうなったかなんて、想像するのも恐ろしい。

 

 破壊の手は止まらない。街の各所から火の手が上がっていく。溶けたビルが、人の上にかぶさっていった。きっと、彼か彼女かが消えていく。動いても動かなくても、ビームの射程だ。

 

 今、この世界の主役はあの怪獣。

 

 そんな物語の中で、多くのモブキャラが踊り狂って、泣きわめいて、なんでもなかったように消えていく。

 

 『あの時のように』。俺もただ、彼らのように怪獣に怯え、蹂躙されるだけ。

 

 だって、

 

「……そうだよ、俺はヒーローじゃないんだから」

 

 ぼんやりと漏れた声は、『彼』に届くはずもなかった。

 

 光が瞬くと共に、この世界へと巨人が降り立つ。

 

 様になるポーズのまま、飛び蹴りを怪獣にお見舞いする、赤と銀の巨人。記憶の通りにヒーローみたいな姿。

 

 ビルに軽やかに着地した姿は、ウルトラマンと同じく、男のロマン心を刺激するほどに凛々しく、かっこいい。けれども、ウルトラマンと比べると、鎧を着こんでいるような。

 

 知らないはずなのに、知っている。頼りになるヒーロー。そんなヒーローがこの世界にいるのなら、

 

「だったら、俺は必要ないだろ。もう、勘弁してくれよ……!!」

 

 吐き出す言葉は、もう自分でも意味が分からなかった。なんで、そんな台詞が出てくるのかも分からない。こんな変な人生を押し付けた誰かへと、泣き言を叫びながら。俺にできるのは頭を再び、柵へと押し付けるくらい、ちっぽけに憤りを表すだけ。

 

 記憶喪失なんて主人公属性を持っても、俺は主人公になれる人間じゃない。ヒーローになれる人間じゃない。一人であの怪獣に立ち向かったり、誰かを助けられる気持ちを持ち合わせていない。

 

 新しい破片が歩道橋の下に突き刺さった。

 

 髪を揺らす爆風に従って、小さな破片が俺の頬を切る。

 

 頭痛がする。

 

 吐き気がする。

 

 よく分からない怪我を負って。

 

 よく分からないまま記憶を失って。

 

 よく分からないまま街をさまよって。

 

 よく分からない声がとりついて。

 

 とても大切な女の子も助けられなくて、名前も思い出せなくなって……。

 

 ふと、影に包まれた。

 

 見上げると、頭上に大きな瓦礫が頭上に迫っている。今から走っても、きっと、間に合わない。あの大きさなら、そのまま下敷きになって俺は死ぬ。取るに足らないモブキャラには当然の結末。

 

 そう思った時、スローモーションの世界の中で、俺は不思議な感覚を得た。

 

(……また、ああなるのかな)

 

 いよいよもって意味の分からない、妙な既視感。

 

 

 

 カチリ

 

 

 

 瞬間、一つ、散らばっていたパズルが組み合わさる。

 

 浮かんだのは、光の記憶だった。光の中で、自分という存在がバラバラになっていった、朧げな最後の記憶。けれど、思い出したからってどうということはできない。他の誰かと同じように、モブキャラのように死んでいく。諦めと、それが当然だという情けない気持ちが溢れそうになった寸前に、

 

 

 

『リュウタ君』

 

 

 

「……っ、嫌だ!!」

 

 踏みしめる足に、力が籠もった。

 

 嫌だ。

 

 それだけは嫌だ。

 

 自分に確かなモノなんてない。記憶も、身体も、何もかもがあやふやだ。何が本当かも分からない。こんな独りぼっちの自分なんて大切だとも思えない。

 

 けれど、それでも。死んだら、この気持ちが消えてしまう。あの子のことが大切だという気持ちだけは、それだけは。

 

(失くしたくない……!!)

 

 彼女が何者なのかも知らない。

 

 それでも、俺はあの子と会いたかった。会って、話をして、好きなものも嫌いなことも知ってみたかった。笑って、泣いて、一緒にこの世界で生きてみたかった。

 

 勇気や、度胸や、正義感みたいなヒーローの資格なんて持ってない。それでも、あの子の笑顔を見たいって気持ちだけは、きっと本物。

 

 だから、それを叶える方法があるのなら。

 

『リュウタ! アクセスフラッシュだ!!』

 

 必死な声に従ってでも。

 

 

 

「アクセス、フラッシュ!!!!」

 

 

 

 俺は、何にだってなってやる。




いつだって、彼の原動力はそこだった。


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蒼・電

前回の死亡フラグ
・外に出ないと怪獣に潰されていた
・逃げ出したら死んでいた


 内海将にとって、目の前の光景は夢の実現だった。

 

 内海は特撮オタクだ。ヒーローが好きで、大好きで、周りから少し白い目で見られながらも、オタクを続けてきた。本人は趣味を隠しているつもりでも、オタク特有の没頭と大声で実はバレバレ。でも現実は物語みたいにうまくはいかない。趣味の仲間もいない。日々は退屈で、趣味を誰とも共有できない物足りなさを抱いていた。

 

 そんな彼の日常が崩壊したのが、つい昨日。

 

 数少ない友人である響裕太が記憶喪失なんて、べたな物語のような奇妙な目に会って以来、内海の日常は目まぐるしく変化する。

 

 自分の住んでいる平凡な街に怪獣が現れた。もっといえば、彼が好きなウルトラシリーズで見たような怪獣が暴れ出した。

 

 そこに怪獣を倒すヒーローまで現れたのだから、彼の興奮は推して知るべしだろう。子供のころからあこがれてきた空想が現実になって、しかも、光り輝く巨人『グリッドマン』に変身したのは友人である裕太。

 

 内海は内心で、

 

『これ、俺のポジション、けっこう重要じゃね!?』

 

 なんて、何度もガッツポーズをしてしまう。

 

 ヒーローにはなれなくても、友人ポジションで。どこかの物語のレギュラーになった気分のまま、内海は自前の防衛チームを組んでしまうほどに非日常を楽しんでいた。

 

 裕太と、たまたま自宅であるジャンクショップのパソコンにグリッドマンが宿ってしまった宝多六花。

 

 三人の同級生によるグリッドマン同盟を。

 

 知り合い程度のクラスメイトが怪獣に殺され、彼女たちの存在そのものが忘れさられていたり、謎の男サムライ・キャリバーが現れたり。色々とシリアス要因もあるけれど、内海の気分を決定的に落ち込ませはしない。

 

 まだ実感なく、夢に夢見る普通の男子高校生である彼。一度あることは、二度ある。また怪獣が現れてくれると、口には出せない期待の通り、暴虐の限りを続ける怪獣とグリッドマンの戦いが再び始まった。

 

 理屈は分からずパワーアップしたグリッドマン。その軽快な動きは坂本アクションみたいにスタイリッシュでカッコいい。だが、敵もさるもの。メカ怪獣はグリッドマンの必殺技を跳ね返し、大いに彼を苦しめる。

 

 手に汗握る攻防。興奮を隠そうともせずに応援する内海の前に、新たな喜びがやってきた。

 

「……っ!? すっげえ、もう一人のグリッドマンだ!!」

 

 内海は古びたパソコン、グリッドマンが宿る『ジャンク』の画面へと叫ぶ。

 

 

 

 彼の視界には二人の巨人がいた。

 

 

 

 一人はグリッドマン。赤をメインに蒼を随所に配色した、ウルトラマンのような巨人。彼の友人が変身したヒーロー。

 

 そして、今、もう一人。

 

 グリッドマンと機械の様な怪獣の戦いのさなか。光線に襲われ、地面に倒れたグリッドマンをかばうように、青い巨人が出現したのだ。

 

 見た目はグリッドマンとよく似ている。遠目では違いが分からないくらいにそっくり。ウルトラマンと帰ってきたウルトラマンくらい。だが、仮称グリッドマン二号の耳当ての様なパーツは大きく、体は全身が青に染まっている。

 

(これ、あれだろ!? グリッドマンの相棒とか、そういうポジションだろ!!?)

 

 六花がいなければ、跳んで喜んでいたに違いない。

 

 内海の脳裏には、かのウルトラマンガイアとアグルのコンビ。あるいはメビウスとヒカリコンビが浮かんでいた。最新ではルーブの兄弟ウルトラマンも赤と青のコンビ。

 

 そう、赤と青はウルトラシリーズ好きには特別な色。大抵、青いウルトラマンはクールでカッコよく、主役と争うことがあっても最後には抜群のコンビネーションで敵を倒すポジションなのだから。

 

 劇場版や最終回を除けば、二人のウルトラマンが揃って、敵に敗れることなんてほとんどない。

 

 だから、内海は……。

 

「よわっ!!?」

 

 あえなく期待を裏切られ、目をむきジャンクを揺さぶる羽目になった。

 

 

 

 どこかの誰かが勝手なことを言っている気がする。テレビの前に、視聴者か何かがいるような。透き通るほどの夏空を見上げながら、俺は無責任な罵声を受けたように錯覚した。

 

 辺りのビルをなぎ倒した大の字の恰好のまま。

 

 けれども、そのままではいられないから、がしゃがしゃと瓦礫をかき分けるようにして立ち上がって、

 

「体が重い……!」

 

 重い息を吐きながら呟いた。

 

 状況を説明するなら、巨人になった俺は怪獣にボールのように転がされている。ぽんぽんと簡単に弾むゴムボールのように。子供に遊ばれるソフビのように。見た目はヒーローみたいなのに、倒すべき怪獣によって地べたへと這いずり回されている。

 

(……でも、仕方ないだろ!?)

 

 アクセスフラッシュが何の呪文なのかも分からず、けれど、死にたくなくて衝動的に。体に取りついた謎の存在『シグマ』に言われるまま叫んだ途端、俺の身体はウルトラシリーズよろしく巨人へと変身してしまった。

 

 ガチガチガチ。

 

 なんて、体中のギアが組み変わったような気色の悪い感覚。気が付けば視界が妙に開け、目の前に怪獣が現れていた。いや、実際には俺が戦場へと移動してしまっていた。後ろを見ると、遠くに見えていた赤い巨人が倒れているので、ちょうど彼を庇う様に。

 

 訳が分からない

 

 きっと、傍から見れば、助っ人にやってきた謎のヒーローに見えるだろうが、俺はそんなつもりはなかった。幸か不幸か、変身した見た目はウルトラマンのようにヒロイックな姿。怪獣じゃなかったのは一安心。味方怪獣はほぼ確実にやられるポジションだから。

 

 ただ、こういう時に期待されるのは、ウルトラマンのように格好よく戦うことだとはわかっている。俺だって、そうできればよかったのに。あいにくと、身体を支配しているのは俺の意識。都合よく体が動いてもくれなかった。

 

 それならば、何が起こるかは想像できるだろう。サッカーのテクニックくらいが知識にあるだけの記憶喪失の学生。防衛隊の隊員でもなければ、戦闘訓練を積んだエージェントでもない。戦いの知識が頭に浮かぶこともない。

 

 結果として、

 

「ちょっと待てって……!!?」

 

 再びの怪獣による横ステップ体当たり。

 

 よろよろと立ち上がっていた俺は、対応することができなかった。足元の放置車を蹴り飛ばしながらの勢いよく飛び込んできた怪獣。踏ん張ることも出来ず、ビルを飛び越えて転がされる青い体の巨人である、俺。

 

 結果は青天に逆戻り。

 

 体が変化したからか、道路にヒビを入れて、ビルをなぎ倒しても体に痛みを感じることはない。ただ、体当たりの衝撃がじんじんと頭の奥をしびれさせて。そうして呻いていると、体の中からあの声が聞こえてきた。

 

『リュウタ、大丈夫か!?』

 

 シグマと名乗った謎の声。

 

 きっと青い巨人、その人なのだろう。俺を心配してくれている優しい声色。それにも増して説明責任を放棄して戦いの場所へと放り込んだ、うさん臭い存在。

 

(……あのまま死にたくなんて、なかった。だから、それだけは感謝するけど)

 

 あの女の子とまた出会うために、俺が何者かを知るために。俺は生きるのを諦めたくはなかった。だから、あの場所から逃げられたのはいい。

 

(でも、戦いたかったわけじゃない……!)

 

 覚悟だとか、そういう話ではなく、戦うつもりもなかったのに。そんな何も定まっていない人間が、ウルトラマンの力を手に入れたらどうなるか。弱弱しく戦いの中で翻弄されて、あえなく敗退するのだ。それがウルトラオタクなら誰だって知っている常識。

 

 そんな心のとおりに、身体はやけに重たかった。

 

 いや、心の問題だけでなく、本当に体と意識が噛み合っていない。糸を使ってぎこちなく操る人形のような。目の前の怪獣だって、決して機敏な動きをしている訳じゃない。それなのに、着ぐるみのような怪獣の方が生物らしい動きをしている。

 

 今は、タックルによって怪獣との距離は離され、敵の視線も赤い巨人に向いているから、その隙に。

 

「おい、どうなってんだよ!!?」

 

 俺はシグマに叫ぶ。すると彼は、ついさっきまでのbot状態と打って変わって、饒舌に会話を成立させてくれた。

 

『……突然、戦いに巻き込んでしまい、すまなかった。私はハイパーエージェント、シグマ。この世界を守るためにやってきた』

 

「今さら自己紹介って……。ハイパーエージェントって、ウルトラマンみたいなやつ?」

 

『ウルトラマン……。なるほど、君の好きな番組のヒーローか。確かに、私と彼らの役割は似通っているだろう』

 

 って、おい。もしかしてコイツ、勝手に俺の心の中読んでいないか? なんて、とんでもない疑問が頭をよぎるが、今は文句を言う暇もない。まず、確認したいことは。

 

「……俺は、元に戻れないのか?」

 

『いや、その体は君の管理下にある。もちろん、自分の意思で戦いを放棄することも可能だ。だが……』

 

 シグマに促され、再び怪獣を見る。怪獣は赤い巨人へ向けて光線を放ち、街を両断していた。

 

 その射線には、俺がさっきまで立っていた歩道橋がすっぽりと。光線によってドロドロに焼け溶けて橋からマグマに変わってしまっている。あのままなら瓦礫に潰されなくてもどうなったか。

 

 地獄みたいな街を見て、今すぐに戻りたいと思えるほどお気楽にはなれなかった。

 

『残念だが、怪獣を倒さない限り、この街に平穏な場所はない。……君にも分かっているはずだ。今、惨劇を止められるのは、彼と私たちだけだと』

 

「……ほんと、勝手な言い草」

 

 だけれど、その道理は俺にも分かってしまう。怪獣を倒さなければ、助からない。そして、味方をするなら、怪獣よりは巨人の方。少なくともあの赤い巨人は、怪獣の破壊を止めるために動いているように見えた。今も光線をあえて避けず、身体に当てて被害を減らしている。

 

 同じことは、俺にはできないけれど、怪獣は背中を向けているから、

 

(せめて、あの怪獣を不意打ちするくらいは……)

 

 ヒーローの見た目にあるまじき事でも、思いつくのはそれくらい。

 

 けれど、それを実行しようとした時だった。きっと、不届きなことを考えたから、神様が怒ったに違いない。

 

『リュウタ!!』

 

「……え?」

 

 シグマの叫びに驚き、後ろを振り向く。

 

 

 

 そこに怪獣がいた。

 

 

 

 もう一体。

 

 

 

(そりゃ、メカ怪獣は量産されるもんだよな……)

 

 インペライザーみたいに。でも、ワープとかエフェクト無しに出てくるとか、ひどいな。なんて、馬鹿な考えが頭をよぎった途端に、目の前が発光した。

 

「ぐっ、あああ!?」

 

 放たれた怪獣の光線。何が起こっているのか分からないまま体を焼かれて、俺は地面をのたうち回る。

 

『二対一とか。そんなのズルいじゃん!!』

 

 なんて、この世界の筋書きを決める神様が怒り狂っているような、憎しみすら感じる渾身の一撃。怪獣の虚ろな目にも感情が乗っているように思えるほど。

 

 あまりにも熱くて、痛くて、苦しくて。俺は吐きそうになりながら胸を上下させる。

 

 けれど、怪獣は容赦なんてしてくれない。

 

 二発、三発。途切れたら、もう一発。

 

 頭に、足に、胴体に。

 

 何度も何度も光線が撃ち込まれて。

 

「ハァ……っ。ハァ……っ」

 

 息も絶え絶え。このまま楽になりたいほどの苦痛。

 

(けれど、どうして……)

 

 その痛みには、覚えがあった。

 

 

 

 カチリ

 

 

 

 また一つ、頭の中で音が響く。瓦礫を見上げた時と同じ。自分の中で何かがはまって、形作られていくような不思議な感覚を得て……。

 

 

 

 あの子の顔が思い浮かぶ。

 

 

 

 もう二度と、なんて。覚えてもいないのに感じる悔しさはどこから来るのだろうか。

 

「……ほんと。勘弁してくれよ、神様」

 

 無様に体を転がして、怪獣から離れて、目の前をチカチカさせながら、俺は立ち上がる。

 

 心の中は変わらない。

 

 今も戦う理由は分からないし、そんなことを大真面目に考えるような上等な人間だとは思えない。それでも、会いたい人がいる。

 

 だから、今は。今だけでも。

 

 俺は心の中で、シグマへと語り掛ける。

 

「詳しい話は、後で聞く……。だから、戦い方を教えてくれ」

 

『わかった。だが、今の君では、私の全てを引き出すことはできない。君との同調が上手くいっていないからだろう。力や光線は、あの怪獣の足元にも及ばない』

 

「じゃあ、勝ち目はない?」

 

『いや』

 

 シグマは俺の弱気を否定する。

 

『リュウタ。今、この身体は君の物だ。そうなったのは、君が生きたいと、叶えたいと強く願ったから。そして、その心こそが、私たちの力となる』

 

 つまりは気合と根性。

 

 まったく、ヒーローものにありがちな精神論だけど。

 

「……やってみるしかないってか」

 

 怪獣と俺たちの間に開きがある。しかも、あの怪獣は光線技を跳ね返すし、ビームも撃ってくる。友情とか絆のパワーで逆転をできるほどシグマを信用出来ているわけでもない。

 

 力は足りない。

 

 気合も足りない。

 

 信頼も足りない。

 

 なら何もないのかと言えば、そんなことはない。

 

 こんな時に思いつくなんて、ほんとに呆れたオタク野郎だ。頭をよぎる、憧れていたんだろうヒーローの姿。記憶はないけれど、だからこそ、鮮烈に彼らの活躍を反芻しながら。

 

「ウルトラマンなら、こういう時……」

 

 俺は怪獣と向き合い、腰を低くする。ちょうどそれは、何処かで見たヒーローの構えだった。

 

 さっきの『カチリ』の影響か、少しだけ体は軽くなっている。一方、少し離れた場所では、赤い巨人がなぜか大剣を手にしていて、向こうも戦いは大詰めのよう。ちょっと、それ、俺にもないのかな。

 

『残念だが、ない』

 

「……。それじゃあ、」

 

 相手が怪獣一体なら、どうにかしてやるしかない。余計なことを考えず、右足へと意識を集中させた。シグマに感覚を教えてもらいながら、力をじっくりと籠めていく。

 

 迸る蒼白い稲光。それが足を包み込んで、自分も焼けるほどに熱く、強く。

 

「……っ!」

 

 対する怪獣も腹部へと光を集めていた。今までで最大の一撃が来ると、しびれる肌が感じ取る。

 

 お互いに準備は整って、あとは決着を待つだけ。

 

(ウルトラシリーズなら……!!)

 

 勝つのは、先に、大きく踏み出した方。

 

 一歩、二歩。巨人の足で怪獣との距離を縮めていく。土ぼこりを上げながら、逞しく強いウルトラマンのように。

 

 不思議だけれど、走りながら、懐かしさを感じた。

 

 きっと、こういう風に一心不乱に走ったことがあったんだ。好きだったサッカーをしていたときだろうか。それとも、あの子との待ち合わせに胸を弾ませていたときだろうか。

 

 まだ何も分からない、壊れたおもちゃのままの自分。

 

 それをいつか埋めて、彼女と会うために。

 

「……っ!」

 

 息を貯め込んでの、最後の踏み込み。必殺に選んだのは、どこか馴染んだキックだった。下からえぐるように怪獣の腹へと突き刺さる、稲光を纏った渾身の一撃。

 

 力が足りないなら、一点集中と相場は決まっている。

 

 ああ、ここで決めれば最高にかっこいい場面だよな。

 

「おらぁ!!!」

 

 だから最後に、雄叫びをあげて、振り抜いて。

 

 そして。

 

 怪獣のぬいぐるみのような体が大きくたわみ、ひしゃげ。最後にはゴウッという空気の爆発と共に、機械の怪獣は空の彼方へと飛んでいった。

 

 パーツを撒き散らし、断面から電線のような紐を覗かせながら、高く高く。

 

『Cyraaaaaaaa!?』

 

 最後に怪獣は、一声を遺しながら青空の彼方で爆発した。部品も何も降ってくることはなく。怪獣は夢のように消え去ってしまった。

 

『……よくやったな、リュウタ』

 

 数秒たち、労うようなシグマの声。それに、答えることはできない。

 

「はっ……、はっ……」

 

 そんな余裕はなかった。息を零しながら、身体の震えを押さえるように。巨人の姿のまま、俺は膝をつく。興奮が冷めた体は痛んで、軋んでいる。

 

(それに、あの声……) 

 

 敵を倒したのに、街を救ったのに、ヒーローの真似だけでもできたのに。爽快感は感じられない。むしろ、どこまでも虚しくて。取り返しのつかないことをしたように罪悪感ばかりが頭をよぎる。

 

 きっと、原因はあの声だ。機械みたいな怪獣なのに、なんで。悲しいような、苦しいような断末魔。それがもたらす不思議な感傷に、俺は拳を握りながら耐えるしかなかった。

 

 そうしていると、目の前で重苦しい足音を聞く。

 

 まさか、また怪獣が現れたのではないか。びくりと、背筋を震わせながら顔を上げた俺の前に、あの赤い巨人がいた。震えて、膝をついている情けない俺と違って、一枚の絵にでもなりそうな立派なヒーローの姿。

 

 彼が、ゆっくりと手を伸ばす。

 

『私はハイパーエージェント、グリッドマン。ありがとう、君の助けに感謝する。……だが、一つだけ聞かせてくれ。君はいったい何者なんだ?』

 

 そうか、グリッドマンっていうのか。ほんと、ウルトラマンによく似てる。

 

 声はやっぱりカッコよくて、いかにもなヒーロー。ウルトラマンのように、一本のテレビシリーズにしても通用しそうな。子供から大人まで、ロマンをかき立てられるような正統派の英雄像。

 

 けれど、俺は彼を前にしても……。

 

「……俺にも、分からないんだ」

 

 質問にも答えられず、手を取ることも出来ない。ただ、今は、すぐにでもこの場から消え去りたくて。少しでも考える時間が欲しくて。

 

 それだけを告げながら、俺は力を抜いた。

 

 

 

 瞼を開けた時、目の前には焼け野原が広がっていた。

 

 黒焦げになった木造の家に、蕩けたチーズみたいなマンション。道路はぐずぐずに焦げたバーベキューのように、でこぼこになって煙を吹いている。

 

 戦場跡に一人、ポツリと立ちすくんだのも一瞬だけ。すぐに力が出せなくなって、ぺたりと尻餅をついてしまう。息をぜえぜえと絞り、温度とは無関係に嫌な汗が噴き出して。

 

 うつむいていた俺に、影が覆いかぶさったのはその時だった。

 

「おい、もう一度聞くぞ。オマエ、いったいナニモンだ?」

 

 クソ生意気そうな、やたらと上から目線の声。いつの間に現れたのかもわからないまま、あの謎の子供、ボラーが目の前に立っていた。しかも、彼だけではない。

 

「……あんたらこそ、いったい誰だよ」

 

 プロレスラーのような巨漢にゴツイ金属マスクのコスプレおっさん。ホストみたいに甘い顔立ちなのに、能面みたいに愛想を振り向かない優男。そして、ツインテスーツのチビガキのボラ―。

 

 もしも一般人なら、どう考えても変人としか思えない。そんな三人が俺に警戒の目を向けている。けれど、俺が感じるのは変態に対する危機感ではなくて。

 

(……人間じゃ、ない?)

 

 シグマに変身したからだろうか。あの怪獣のように、宇宙人か何かのような違和感を彼等に感じた。

 

 戸惑いつつ、彼らを見上げる俺に、巨漢の男が一歩足を進めて語り掛ける。

 

「我らは『新世紀中学生』。リュウタ、君には聞きたいことがある」

 

 一言の中に突っ込みどころ満載なセリフに、俺は疲れ果ててため息を吐くしかなかった。

 

 それは俺のセリフだ。




>Next 「宿・敵」



初めての戦闘シーン、どうでしたか?
今後も色々な書き方に挑戦したいと考えています。あと、感想返しが遅れていますが、皆さんの感想、すごく嬉しいです。


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宿・敵

前回の死亡フラグ
・不意打ちしていたら、怒りのデバダダン軍団に殺されていた



今回、ちょっと長めですが、ここまでは一足に進めたかったので。


 雨の日は嫌いだった気がする。

 

 暑さも相まって、肌にこびりつく湿気。地面から立ち上ってくる何ともすえた匂い。誰か死んだ残り香が、追ってきているような。

 

 目の前でしとしとと流れていく雨を見ながら、そして土の臭いに鼻腔を刺激されながら。その嫌いだったという感覚が頭の中で蘇っていく。もしかしたら、記憶をなくす直前に、何かが起こったのかもしれない、なんて。

 

「なんで、こんなに雨が嫌いなんだろう?」

 

『雨はただの水のはずだが……。君には何か別のものを感じるのか?』

 

 小さく漏らした独り言。なのに、シグマは細かい質問をしてきた。俺は少し唇を細めながら、返事をする。こうして頭の中で語り掛けられるのにも慣れてきたが、頻繁にこんな質問をしてくるのだ。

 

 俺の体に同居している変なヒーローは人間に疎いらしい。異世界の住人というのだから、当たり前だが。

 

 とはいえ、もう数日を共にした同居人。俺はため息を吐きつつ、シグマに答える。

 

「……濡れるのも嫌だし、湿気もじめじめして嫌だし。それに、低気圧とか、土の匂いとか……。そういうのが嫌いなのかもしれない」

 

『どれも科学的な事象だが、それが負の感情につながるというのも不思議な話だな。やはり、人間が抱く感情は複雑だ。私は君と体を共有しているが、細かい五感までは感じることができない。元々、そういった感覚は私には無縁だったのかもしれないが……』

 

「記憶喪失だから、それもわからない?」

 

『ああ。しかし……、同じ境遇であるはずの君は、自分の世界を認識し、感傷を抱いている。その感覚の豊かさは人間の素晴らしい力なのだろう』

 

 素直に感心したと言うカッコいい声。それはどこまでもお人好しで、怪しいけれども彼はヒーローのような存在なのだと信じてしまう。

 

 ああ、俺とはまるで違う。彼みたいに素直で優しく、歩み寄れるほど人を気にかけられたなら良いのに。

 

 俺は自分の境遇に文句をつけてばかりだ。雨と同じでジメジメとしている。こんなことなら、記憶をなくす前もいまいち踏ん切りが付けられない性格だったに違いない。三つ子の魂なんとやら、だ。

 

 勝手に鬱々と。それを表に出したくはなくて、シグマにはぶっきらぼうな言葉を返してしまう。

 

「シグマには戦う力があるんだし、俺の記憶も戻して欲しいんだけど」

 

『……それはできないんだ。すまない。私も、どうにかしたいとは思っているのだが』

 

「……分かってるよ」

 

 律儀に謝る、ウルトラマンに似た巨人。怪獣を倒すことができるし、俺が変身する体の元の持ち主。そんな超常の存在と平凡どころか文句ばかりを言う俺。何にも似ていないし、アンバランス。けれど、俺たち二人をつなぐ共通項が一つだけ。

 

(二人そろって記憶喪失とか)

 

 シグマも自分の名前と、

 

『この世界を守る』

 

 という漠然とした使命を残して、記憶を失っていた。誰が命じたのか、元はどんな世界から来たのか。どうして俺と一体化しているのか。特に最後のものは俺が記憶を失ったことと関係するだろうし、他人事ではない。

 

「にしても、記憶喪失が多すぎだろ」

 

 便利な設定とはいえ、多様しすぎだ。これがテレビ番組なら、脚本にツッコミの一つくらい入れてやる。

 

 シグマに加えて、あの変な集団、それに俺。世界の記録なんて知らないけど、記憶喪失者が五人も集まっているなんて、ギネス級に違いない。

 

 傘で顔を隠し、そんな小さく愚痴をこぼしながら、俺達は雨の降る中をあてもなく歩く。相も変わらず記憶を探しながら。彼らと出会って数日が経っても、俺の状況に変化はない。

 

 俺は、なんでこの世界にいるのだろう。ヒーローと一体化しても、記憶を失っても、変な集団と接触しようとも。俺は理由を見つけられずにいた。

 

 

 

「君の名前はリュウタ。そして、一体化している者はシグマ。そうだな?」

 

「……たぶん、そうだと思……います」

 

 一週間前、街で暴れまわる怪獣を倒した後。俺は見るからに不審者の集団に取っ捕まった。三人組の黒スーツ。これでサングラスでもかけていたら、まるきり悪の組織のスパイか何か。それにしては彼らはあまりに個性が強すぎて、到底スパイには向きそうにないが。

 

 一人はボラー。俺を拾って、ぞんざいにでも介抱してくれたチビガキ。

 

 その他の二人は初対面だが、片方は早々忘れられる顔じゃない。頭一つどころか、見上げるくらいの大男。その厳めしい顔の半分は金属のマスクで覆われている。彼はマックスというのだとか。

 

 あと、残されたもう一人のヴィットはよく分からない。さっきからスマホを弄って顔も上げない。

 

 問題なのは、彼らが揃いも揃って、ただのコスプレ人間では無さそうなこと。これもシグマの影響なのか、彼らが人間とどこか違う存在だと分かってしまう。肌感覚というか、空気感というか。上手く言葉にはできないが、なんかぼんやりとした光に包まれているように見える。

 

 それは怖い感覚ではなかったけれど、怪しいことには変わりない。

 

(ほんとなら、逃げるべきだったんだろうけどな)

 

 疲れ果てた俺は逃げ出すことも出来なかった。結局、どこぞの宇宙人のように抱えられ、連れて行かれたのは平凡なファミレス。あの怪獣騒ぎがあったというのに、店員は顔色も買えずに接客にいそしんでいる。やたらとタフな店だな、なんて馬鹿な感想が頭をよぎりながら、そっと座らされて。

 

「今日は奢ろう。好きなものを頼めばいい」

 

 奇怪な風貌と裏腹な丁寧なマックスの言葉。最初は断ろうとしたけれど、この顔で圧をかけられるとそれもしづらく、俺は恐る恐るとスパゲッティを頼んでしまった。

 

 せめてとシンプルなペペロンチーノ。

 

 一番安くて、味もそれほどではなさそうな一品。けれど、ファミレスらしく時間をおかずに運ばれてきた皿を見た瞬間、豊かな香りに胃が刺激されてしまった。夢中になり、涙まで滲ませながら数分で皿を空にしてしまう。考えてみると、記憶を失って以来、これが初めてのまともな食事。こんなに食事って美味かったのかと、感動すら覚えた。

 

「む、どうしたんだ? 随分と感動しているようだが……、遠慮せずにおかわりもいいぞ?」

 

「あ、その、それは大丈夫です。けど、朝のアレと比べると豪華すぎて……」

 

 疲れていて、多幸感に包まれていて、頭が素直に返した感想。すると、当然、文句を言いたくなるのは朝食を用意した張本人。不機嫌そうに細い足を組んでいたボラーが、青筋を立てながら俺に食って掛かってきた。

 

「アァ゛!? 俺の用意した食事に文句があんのか!?」

 

 いや、恩知らずな発言だと思うが、

 

「牛乳無しのプレーンシリアルは、ちょっと」

 

「それはボラ―が悪いね」

 

「病人相手には酷な食事だな」

 

「元気になってんだから良いだろ、別に!!」

 

 頭に角でも立てたように怒り狂うちびっこ。だが、その仲間であるはずの残る二人は、俺の味方をしてくれた。とびきり不審者の見た目をしているマックスが、紳士的でまともで驚かされる。彼は大きな体を少し傾けて、素直な謝罪の言葉までくれる。

 

「ボラーの態度は謝罪しよう。しかし、我々には君に聞かなければいけないことがある」

 

「……俺の正体が何なのか。とか、そういうことですか?」

 

「そうだ。先ほども告げたが、我らは『新世紀中学生』。私がマックス。ボラーとヴィット、別行動をしているキャリバーの四人。そして、もう一人と共にこの世界を守るためにやってきた」

 

 真面目な態度なのに、ジョークとしか思えない組織名である。ZATとかGUTSとか、もっとシンプルにかっこいい名前はなかったのか。黒づくめのスーツなんだから、AIBなんて似合うだろうに。ウルトラシリーズの知識だけは残っているから、スーパーマシンとか、制服なんてものは直ぐに思い浮かぶ。

 

 いくら考えても、新世紀中学生は、ない。

 

 ただ、それを言うつもりはなかった。不思議な安心感を抱ける相手ではあったが、信頼するには早すぎる。失礼な感想は心の中で秘めるに留めたはずだったのに……。

 

『売れない街角バンド、というのは個性的な感想だな』

 

「ば、ばか!? なんでそれを!?」

 

 突然の声に、右手首を押さえつけた。謎のブレスレットの宝石がピカピカと光って、シグマの声がレストランに響く。都合悪いことに、脳内だけでなくて、現実にも通じる声。ということは、目の前の売れないバンド三人組にも聞こえるわけで。

 

 それに、こいつ、やっぱり俺の心も読んでる!

 

「……えっと、その」

 

 次に待っているのは三人からの叱責か、あるいは怒りか。けれど、伺うように顔を上げた時、三人は怒った様子はなく、むしろ意外という顔で俺の右手を見ていた。スマホばかりを弄っていたヴィットも、ようやくと整った顔を見せてブレスレットを凝視している。

 

「驚いたな……。確かに、それはアクセプターだ」

 

 マックスが小さく呟いた。

 

 聞き覚えのない言葉。だが、彼は確信を持って言っている。マックスの目は、どこか不思議そうな色しているが、言葉は好意的に聞こえた。少し安心し、小さくマックスへと尋ねてみる。

 

「アクセプターって、この変身アイテムが?」

 

「変身アイテムという呼称が正しいかは分からないが。それは確かに、私達の仲間が身に着けている物に酷似している」

 

 彼の物言いに、ピンとくるもの。さっき、一緒に怪獣と戦った赤いヒーロー。グリッドマンと名乗った彼の左手首にあったのは、この右手のアクセプターと似た物ではなかったか。

 

『私の目にも、グリッドマンのものと、このアクセプターは似通って見えたな。姿といい、私と彼も同類なのかもしれない』

 

「だから、また勝手に!? ……もう、いいや。好きにしゃべってくれよ」

 

 またも勝手に話し始めるシグマのことは、諦める。もう、こちらだって疲れているし、限界。訳が分からない存在同士の方が、会話も通じるだろう。

 

 だが、俺が手を離した瞬間、シグマが話すのは、

 

『私はハイパーエージェント、シグマ。今はこのリュウタの体を借りている』

 

 まったく許可はしていない。

 

『先ほども、自ら戦いを決意してくれた勇敢な少年だ』

 

 そんな決意をした覚えはない。

 

『貴方たちにも快く協力してくれるだろう』

 

「そんなこと言ってないし! 勝手に代弁すんなよ!?」

 

『しかし、勝手に話せと君が……』

 

「俺が悪いのか!!?」

 

 ああ、もう! 話していいとは言ったが、なんでもかんでも話せとは言っていないのに。なんでこんなに話が通じないんだろうか。宇宙人か何かか。……確かに、人間じゃなかったよな!

 

 仕方なしに、手首を押さえながら、俺は彼等に改めて説明することにする。シグマに任せたら、いつの間にか地球防衛軍にでも入れられてそうだ。

 

「その、俺は何となく巻き込まれた、たぶん一般人です。それに、ボラーには言ったけれど、記憶もないし。

 ……逆に、あなた達は俺のこと、何か知っていませんか? あのグリッドマンの知り合いなら、このシグマのことも」

 

 だが、望んだ答えは帰ってこない。マックスが神妙な顔で話すのは、予想だにしないこと。

 

「君も記憶喪失か。……実に言いにくいが、我々もそうなんだ」

 

「……は?」

 

「我々三人も、この世界にやってきた記憶が朧げだ」

 

 俺は眼を見開いて三人の顔を見る。ヴィットは相変わらずスマホを弄りながら、会話に興味もなさそうだった。マックスは真摯に俺の目を見つめている。ボラーは、俺を疑う様に見ていて。彼も記憶失っていたなら、あの偉そうな態度はなんだったんだ。

 

 ……なんて、文句をつける気持ちにはなれない。

 

(じゃあ、なんで?)

 

 似た境遇なのに。彼らは全員、シグマも含めて俺とは違う。記憶を失っているのに、自分が何者かの確信も、持てていないはずなのに。

 

 なんで、そんなに堂々としていられるのか。なんで、迷わないのか。そんな苦しい質問の答えを、マックスは堂々と言うのだ。

 

「私たちは自分の使命を覚えているからだ。『この世界を救う』。そのために、我々は此処にいる」

 

 彼らは皆、羨ましいほどに真剣な目をしていた。

 

 

 

 俺はそんな出来事を思い返しながら、雨の中へと手を伸ばした。手のひらに細かい粒がぽつぽつと。小さな感覚を俺にくれるけれど、やっぱり、自分の実感とは程遠い。相も変わらず、現実は現実でない。

 

 あの三人組とは、そんなやり取りのすぐ後に分かれることになった。グリッドマンの仲間だという彼等だが、この世界にやってきたときに散り散りとなって、探している途中なのだという。同行は主にボラーによって拒否されてしまったが、今も、あの怪しい姿のまま訪ね歩いているのだろう。

 

 ただ、繋がりが切れたというわけでなく、別れ際にマックスは古い携帯電話とそこそこの生活費を渡してくれた。なぜか、随分とためらい、冷や汗を流しながら。異世界人は生活苦なのかもしれない。

 

 一方の俺はと言えば、近くのネットカフェを拠点にして、ふらふらと自分探しをするだけ。弁明を言うと、努力はしたつもりだ。記憶を取り戻すため、警察にも、病院にも行ったが、結局は身元の一つもわからない。毎日のように街を歩き回っていてもそれは同じ。

 

 それじゃあと知識が鮮烈に残っているウルトラシリーズを片っ端から見てみた。結果、やっぱりウルトラシリーズは最高で、涙を流しては無粋なシグマに質問をされるだけ。

 

 思いつく限り色々と試しても、記憶は戻らない。日に日に焦る気持ちの中、新たな怪獣が現れなかったのは良いことだと思う。

 

(というか、本当に怪獣、で良いんだよな?)

 

 疑問に思うのは、あの怪獣を倒した後のこと。普通の怪獣なら、破片が残っていたり、街を片付けたりと大騒ぎになる。自衛隊だって出動しなきゃいけないし、もしかしたら秘密組織が姿を現すかもしれないのに。そんなことはすべてなし。

 

 倒した怪獣の痕跡は、翌日には消えていた。

 

 あれだけ破壊された街、家、おそらく殺された人。俺だって、巨体のままに暴れまわったのだから、気にも留めない間に人間を潰していたかもしれない。それが、何もかもが夢のように。

 

 作り物に見える街は、怪獣を忘れながら、変わらぬ日常を刻んでいく。その中で、それを覚えている俺はどこまでも異物に感じられて、馴染むこともできなかった。

 

 そんな気持ちを察したのだろう、シグマが慰めるように言う。

 

『この時間は貴重だと思うべきだ。私たちは自身が何かを探ることができる。そして、次の戦いへの準備も。こうして、君が自分を探し求めていることは決して無駄じゃない』

 

「シグマは、また怪獣が現れるって?」

 

『確証ではない。だが、私には未だ、戦いは終わっていないと感じられるんだ』

 

 ウルトラマンの超感覚のようなものだろうか。確かに、霧の向こうの怪獣も残っているのだから、その可能性は高いだろう。問題は、

 

「……でも、俺は戦えないよ」

 

 俺に、戦う気持ちなんて、残っていないこと。

 

『リュウタ……』

 

 気遣うような声が向けられるが、俺は足元の小石を脇に蹴り除けながら、情けない声を出してしまう。

 

「俺は……。俺は、自分が死にたくなかったから。だから、必死になれただけ。シグマとか、あのナントカ中学生と違って使命なんてピンとこないし」

 

 生きるという目的を考えたら、戦うなんて全くの逆だ。今でも、あの怪獣にぶつかられ、焼かれた感触は覚えている。一生忘れられそうにもない。思い返すたびに、その更に向こうの、記憶の中に残っている苦しみまでつながってしまう。

 

 言い訳はいくらでも出てきた。

 

「それにさ、シグマも見ただろ? 俺はまともに戦えない。ウルトラマンじゃないし、何か訓練を受けたわけじゃない。あの戦いだって、あんなにビルを壊して……。なんか、街が元通りになってたから、うやむやだけどさ。何人も人を潰してたかもしれない」

 

『人々は避難していた。私には、犠牲者の存在は伝わっていないが……。それでも、君の怖れは伝わってくる』

 

 ほんと、どこぞの隊員に怒鳴られそうな戦いぶりだった。周りに気を配る余裕なんてまるでないし、今度同じ出来事があっても、変わらないだろう。

 

「だからさ」

 

 こんな平々凡々の、自分自身もわからない記憶喪失野郎よりも。

 

「もっと、適任の人がいるよ。警察官とか、自衛官とか。人助けが好きな若者とかさ。そういう人と同化した方が、シグマにとってもいいと思う」

 

 彼の目的がこの世界の平和だというのなら、それが一番の方法だ。ウルトラシリーズの変身者だって、選ばれた理由は勇気と優しさを示した人々なんだから。ウルトラシリーズを改めて観たり、この間の戦いを思い返すたびにその思いが強まっていた。

 

 だけれど、シグマはそれを否定する。

 

『君は自分を卑下しすぎだ、リュウタ。確かに私には記憶がない。それでも、君を選んだ理由は朧げでも分かっている。君が強い勇気を示したことを。だから、君と共に戦おうと決意したと。そして、君自身にも』

 

 シグマがいつも言っている言葉。

 

『どうしても叶えたい、大切な願いを持っていると。私には、それが分かるんだ』

 

 なんでそれが分かるのかとか、ツッコミを入れたいところはある。けれど、シグマの真剣な声に軽薄な文句をつける気にはなれなかった。

 

 願い。

 

 願い事。

 

 確かに、その言葉を聞くたびに、胸の奥で何かがうずくのを感じる。形がない焦燥感と、どうしようもなく走り出したい熱望。正体不明の感情が暴れまわる。

 

 けれど、シグマが言う俺の勇気。その源が忘れてしまった願いや記憶にあるのなら、今の俺には『勇気』なんて残っていない。

 

 一瞬、戦う気になったからなんだというんだろう。

 

 それ以外の時は、ぐずぐずといつまでも。迷って、悩んで、困って、苦しんで。落ち込んで、戦う決意も出来なくて、何も取り戻せていないというのに。

 

 怪獣の雄たけびが俺たちを襲ったのは、その直後だった。

 

 

 

 神様なんてものは、人の気持ちなんて気にせず、トラブルを引き起こしてくれるのだと、この数日、よく学ばされていた。

 

 それは、黒い龍のような怪獣だった。人型の龍みたいな怪獣が、静かに住宅街を歩いていく。それはまるで、誰かを待ちわびているようで、火を噴いたり、ビルを構わず壊すような行動はしていない。この間の怪獣とは姿も、行動もまるで違う。

 

(けど、あれは……)

 

 俺は一筋、冷や汗をかく。

 

 何もしていないからと言って、あの怪獣が善玉だなんて思えなかった。曇天に向かって上がる怪獣の声。その声に、その全身に、どす黒いタールのような感情がにじみ出ているのが分かる。

 

 マックス達を見た時には、なぜか薄く温かい光が取り巻いていたが、あの怪獣はそれとは真逆だ。

 

『?! リュウタ、アクセスフラッシュだ!! ……っ、リュウタ?』

 

「……無理だよ」

 

 見ただけで、手足が震えてしょうがなかった。あの怪獣の全てが怖い。怪獣から迸る感情の正体がなんであるか、俺にだって伝わってくる。

 

 憎しみ。

 

 それだけをもって育てられた怪物。

 

 向かう先が誰かなんて知らない。けれど、この間のような無機質さとはまるで違う殺意と憎悪を手に、怪獣は敵を待っていた。

 

 敵は誰だ? グリッドマンか? 俺か?

 

 あんなのと戦えっていうのか?

 

 無理だよ。そんな強い感情なんて、俺にはない。

 

 怖い。

 

 怖い。

 

 このまま立ち向かったら殺される

 

 この間のような奇跡のまぐれ勝ちなんて、あり得ない。こんな言い訳ばかりをしているままで、戦いなんてできない。死にたくないのに、わざわざ向かっていくなんて。

 

「……っ!!」

 

 じりっ、と一歩を下がったのが引き金だった。

 

 逃げる。

 

 逃げるしかない。

 

 傍から見たら、さぞ惨めな格好だっただろう。顔を引きつらせて、冷や汗を掻いて、ふらつくように怪獣に背を向けて走り去る。曲がりなりにも戦う力は持っているのに。それが俺が考え付いた唯一の方法だった。

 

『リュウタ! 立ち止まってくれ!』

 

「うるさい!!」

 

 本当は悪いと思ってる。

 

 自分で自分が情けなくなってくる。

 

 シグマが言う通り、記憶をなくす前なら戦う理由があったかもしれない。それなら、すぐにでも記憶を戻してくれよ。俺だってこんな情けない自分は嫌なんだ。

 

 主人公になれないとしても、ここまで何も持てないなんて。

 

 歴代の主人公たちのように元から戦士であったなら。防衛隊員だったなら、勇敢な一般人であったなら。それでも、一つくらいの使命があったなら……。

 

 守りたい人の名前も分からないのに。出会いたい人がいるのに、命を費やしてまで戦えない……!!

 

 自分への嫌悪が最高潮に達した時、背中の方から、一際大きな爆発が起こる。

 

 振り向くと、またグリッドマンが現れていた。カッコよくポーズを決めて、大剣まで手にして、怪獣と一進一退の攻防を繰り広げていくヒーロー。

 

(やっぱり、逃げて正解じゃないか)

 

 俺は、立ち止まり、呆然と戦いを眺める。

 

 シグマになって、あの戦いに飛び込んだとして、きっとなすすべもない。いっそ、諦めがつくほどに、彼等は番組じみたヒーローと怪獣だった。

 

 それでも、

 

『おかしい。グリッドマンの様子が……!』

 

 シグマが呻くように言う。確かに、俺の目からも、グリッドマンの動きはぎこちなく見えた。攻撃をあてられるタイミングなのに、寸前で力を緩めてしまうような、ためらいを感じる戦い方。

 

 当然、戦いは怪獣が一歩先をいく。忍者みたいな、なんて形容が正しいかは分からないが、高速移動を繰り返しながらグリッドマンを翻弄し、鋭い爪で何度も切り裂いて。

 

(このままじゃ……)

 

 ぼんやりと最悪の想像がよぎった途端、怪獣が光線をまき散らした。憎しみに染まった悪魔のように、手加減もなく、殺意だけを込めた光線がグリッドマンを襲って……。

 

 

 

 グリッドマンが消え去った。

 

 

 

 ティガやダイナのように、石になることもなく。人間に戻ったような光の収束もなく。元から誰もいなかったように跡形もなく、ヒーローが消滅してしまった。

 

 一瞬の呆然と、頭の中で小さく呟かれる声。

 

『まさか』

 

 俺は言葉も何も出せない。

 

 ウルトラシリーズなら、敗北は復活と逆転フラグ。それは都合のいい物語の話。その復活までの間に、あの怪獣が街で暴れたらどうなる? 都合よく撤退してくれるなんて保証はない。今すぐには、ヒーローは戻ってこないのだから。

 

 一秒先の地獄を想像して、冷や汗がとめどなく流れる。

 

 グリッドマンを見殺しにしたのは、俺か?

 

 この後の結果は、俺のせいか?

 

 嫌な感情がせりあがってくる。

 

 もし変身していたら。不格好でも一緒に肩を並べていたら。結果は変わったかもしれない。怪獣を倒せたかもしれない。もしかしたら、怪獣が更なる奥の手を見せて、結果は変わらなかったかもしれない。

 

 答えが出ないまま、頭の中が馬鹿になったみたい。俺はぼんやりと、怪獣の行進を眺めていく。わき目も降らず、光線を振りまくこともなく、雨霧の中を怪獣はゆっくりと歩いて……。

 

 たどり着いたのは、どこか見慣れた白い建物だった。他のマンションやビルとは違う、広く、校庭があって、懐かしくも暖かい印象の、学び舎。

 

「……ツツジ台高校」

 

 カチリとまた一つ、何かがはまって感傷が戻る。

 

 あの学校を、名前を知っている。もしかしたら、俺が通っていた学校かもしれない。記憶を失うまで、友達が待っていた学校かもしれない。

 

 けれど、そんな感傷に浸る時間もなかった。

 

 怪獣が校舎へ向かって手を伸ばす。何の目的があるのかも知らないが、不思議と丁寧な動き。その先に誰かがいるのが分かった。

 

 ここからはコメ粒ほどにしか見えない。小さな人影。凝らしても見えない距離。離れていて、こんな場所からでは、誰が立っているかなんてわからない場所。

 

 けれど、俺は、そこから目を離せなくなる。

 

 魔法がかかったように、遠くの教室が、一ミリだって分かるほどにはっきりと。

 

 

 

 確かに、俺はその少女を見た。

 

 

 

 やっとわかった。

 

 

 

 怪獣使いの少女は歓喜の中にいた。

 

 だって、彼女の作り上げた怪獣が、ヒーローを倒したのだから。彼女が望んだ夢の景色だったのだから。怪獣好きの少女が何度夢見ても、実現されなかった姿だったのだから。

 

 怪獣はどこまで行っても脇役だ。いつもいつでも、怪獣はヒーローに倒される。奇跡やご都合主義を味方にしたヒーローが、怪獣を粉みじんに爆発させて番組は終了する。少女が怪獣をどう思っていても、世界にとって怪獣なんて除け者でしかない。

 

 それでも、怪獣が好きだからウルトラシリーズを見なければいけなかった。

 

 けれども、怪獣が好きだからヒーローを好きにはなれなかった。

 

 だから、せめて自分が作り上げた怪獣くらいは、ヒーローを倒せる存在にしたい。まして、この世界に他所からやってきたヒーローは、ウルトラマンみたいにいきなりパワーアップしたり、助っ人がやってきたり、やりたい放題だったから恨み骨髄だ。

 

 必ず倒してやる。そう誓い、丹精を込めて少女は最高の怪獣を作り上げる。ヒーローへの憎しみを込めて、ヒーローの能力をコピーする――

 

『アンチ』

 

 反ヒーローの意思を込めて、ヒーローにとって嫌らしい力を持たせた彼が、今、少女の望み通りにグリッドマンを破壊した。光線を受けて、爆発四散しただろうグリッドマンは、塵すら残さずに消滅している。

 

 ヒーローが消え去ったクレータを遠くに眺め、声が漏れる。

 

「あはっ」

 

 地響きを立てて、自身が立つ、くだらない教室へと歩いてくるアンチ。滅多にない本当の笑顔を浮かべながら、喜びを全身にみなぎらせながら、少女は彼の到来を待ち望んだ。

 

 さて、どうやって遊ぼうか。

 

 一先ずは彼の頭にでも乗って、怪獣の大きさを感じながら箱庭を眺めてみよう。

 

 その後、少しは褒めてあげてもいいかもしれない。お気に入りのバイキングにでも連れて行って、一緒にご飯を食べてもいい。なんだか、彼の声は聞いてて安心するから。一緒にご飯を食べてくれる怪獣は貴重だ。

 

 楽し気な想像を巡らせる少女の前へと、アンチがあと数歩の距離まで迫る。そして、自分にだけ優しい、壊れ物を扱うような指先が伸ばされて……。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 けれど、その手に少女が乗ることはなかった。

 

 赤い瞳を大きく開いて、少女はその景色を見る。

 

 光の粒が、頬の傍を過ぎていった。滅多に見かけなくなった雪のように、ふわふわと金色に輝く光が。粒が一つ二つ、それだけじゃなくて、粉雪のように。蛍のダンスのように少しづつ、彼女の体に当たっては吸い込まれていく光。

 

 その先に、少女はヒーローを見た。

 

 あのグリッドマンもどき。

 

 青く情けないヒーロー。

 

 追加戦士のセオリーから外れて、ぼろぼろになった挙句、結局は怪獣を破壊してくれた憎い英雄。今日も、二人でかかってきたら、アンチにまとめて倒してもらえるように、それだけのスペックは持たせておいたはずなのに出てこなかった卑怯者。

 

 そんな、弱いはずのヒーローが、少女の目の前で腹を抉られていた。

 

 背中から通されたアンチのカギ爪が胸から飛び出ている。切っ先は上に反れて、少女の数歩前から教室の天井に突き刺さっていた。ヒーローの出現に、アンチが咄嗟に攻撃したのだろう。怪獣としては正解だが。もしかしたら自分にも刺さっていたかもしれないじゃないか、なんて、不躾な怪獣へと怒りがこみあげてくるところ。

 

 けれど、少女は声を出すこともできなかった。

 

 ヒーローが微かなうめき声を上げて、身もだえしている。だが、苦しみながらも、ゆっくりとアンチを後ろへと下がらせようとしている。

 

 なにをやっているのだろう?

 

 アンチが自分を襲おうとしていると、勘違いしたのだろうか? だから、とっさに庇おうとした? だとしたら、見当違いもいいところ。少女の方が怪獣の親玉で、彼等にとっては倒すべき敵なのだから。

 

『まあ、ヒーローは女の子を助けるのが常識だし。

 でも、残念。ヒーローらしい行動だけど、それで死んじゃってたら意味ないよ。これで二人ともおしまい。アンチはもっと褒めてあげなくちゃ。デザートも付けてあげようかな』

 

 などと言って、怪獣使いらしく、嬉しくて満面の笑顔になればいいのに。

 

「……なんで?」

 

 少女は、何故だか泣きそうになる。

 

 苦悶に顔を歪めながら、それでもヒーローは、嬉しそうに。本当に幸せそうに、少女を見つめていたから。

 

 その顔を笑うなんて、できなかった。

 

 

 

 見つけた。

 

「ははっ……」

 

 見つけた。

 

「……けた」

 

 見つけた。

 

「っ、見つけた……!」

 

 君だったんだ。やっとわかった。

 

 名前もわからない、声も知らない、巨人になった俺を見上げている小さな女の子。それでも俺はこの子を知っている。何度も泣き顔を見た子だ。この子が失われた記憶の中で唯一の人だと、頭なんかじゃなく、心なんかじゃなく、俺の全身が伝えてくる。

 

 たった一つ。俺にとって大切な人。

 

 それを想えば、この胸に刺さった爪なんて、痛くはない。気にも留めない。

 

 もう、さっきまでの屑のような気持ちは一瞬で吹き飛んでいた。俺のすべてが激情に塗りつぶされている。不思議だとは思ったけれど、迷いもしない。コントロールなんて出来ない激情の正体なんて知らないし、知る必要なんてない。

 

 雑念は全部邪魔だ。

 

 今、やるべきことは、一つだけ。

 

「お前っ……!!!!」

 

 後ろで怨嗟の声を上げている醜い怪物。

 

 脚に渾身をこめて、思い切り後ろへと仰け反る。この間とは全く違い、手も足も、身体のすべてが力強く動いた。

 

 そうして怪獣と巴に転がり、勢いで爪が腹から抜け、激痛が体中を走るが、関係ない。立ち上がり、怪獣を睨み、構える。戦おうとする。戦わなくちゃいけない。

 

 こいつが邪魔だ。

 

 こいつが敵だ。

 

 こいつはいちゃいけない。

 

 だって、こいつは何をしようとしていた?

 

「お前、今、誰に手を出そうとした……!!」

 

 あの子を傷つけるなら、俺の敵だ。

 

『何を、言っている。この、ニセモノッ……!!』

 

 怪獣が爪を構え、叫んだ。

 

 返事を期待したわけではなかったが、聞こえたのは人間の言葉。なんだ、意思があるのか。俺のことを偽物なんて、この間の戦いも知っているような口ぶり。喋るなんて、人間体があったり、人間が怪獣に変身しているのかもしれない。

 

 じゃあ、倒せるな。

 

 息を吐き、敵意を込めて、力を込めて怪獣の腹に足をぶち込む。ためらいはなかった。怪獣は怯んでいたのか、それを受けて、また少し校舎から離れたから、さらに追撃で飛び蹴り。

 

 目的はシンプルだ。一歩でも、二歩でも、この怪獣をあの子から離して、倒す。考えの通りに体が動いて、思った通りに力が使えるのは好都合。

 

 カチリ

 

 カチリ

 

 カチリ

 

 敵意と怒りと。一挙一動ごとに自分を確かにしながら、俺は怪獣へと掴みかかる。

 

 ああ、きっと、俺は変になっている。

 

 後ろにいる女の子のことで、何を知っているかと問われたら、何も知らないのだ。ただ、記憶の中で泣いていること。それを見るたびになんだか切なく、辛く、愛しい気持ちになるということ。

 

 けれど、あの戦いのときも、この子に出会うためだと思ったら、力が驚くほどに出せた。こうして出会えただけで、涙が出るほどに嬉しい。この気持ちは嘘じゃない。戦うことも、この子を守ることも、命を張ることにも迷いはない。

 

 女の子は、校舎から呆然と俺を見つめている。

 

 困惑の表情を浮かべていても、とても可愛らしい女の子。年恰好から見れば、もしかしたら同級生だったのかもしれない。友達か、ただのクラスメートか、それとも、もっと親密な関係だったか。片思いでストーカーみたいなことはしてないよな? そんな奴だったら、自分で自分を許せない。

 

 彼女のことだけを目まぐるしく考えながら、怪獣をもう一度蹴り上げようとする。蹴りのイメージは得意だ。サッカーの知識があるからだろう。腕よりも、力強く、攻撃に使える。だが、流石に何度も単純な攻撃が通用するはずがなかった。芸のない振り上げた足が怪獣に掴まれてしまう。

 

 怪獣が叫ぶ。

 

『調子に乗るな! この、ニセモノ!!!』

 

 怪獣はがっしりとした体形に似て怪力だった。この間よりは動けるようになっても、膂力はまだ怪獣が上。持ち上げられ、そのまま上空へと身体が浮き上がる。

 

 このまま投げられるわけにはいかない。

 

「ならっ!!」

 

 脚が使えなくても、腕で。

 

 何ができるかは、自然と分かった。右手のアクセプターに力を集中させ、頭の中で描いたイメージ通りに放出。モデルはいくらでもある。青いウルトラマンならできて当然の攻撃方法。

 

 手から伸びる、青白い光の剣。

 

 咄嗟に作ったから弱弱しく、それでも、怪獣の肩口には届く長さ。アグルのように軽快な剣捌きなんてできなかったが、それは確かに斬りつけることに成功する。

 

 けれど、

 

『グリッドマンじゃないお前に、やられるか!!!』

 

「……っ!?」

 

 どこか、必死な声。

 

 怪獣の腕には、傷一つもなかった。それでもと、地面に叩きつけられる勢いを利用し、怪獣をあと数歩、後ろに下がらせて。でも、そこまで。

 

『リュウタ!! もう限界だ!!!』

 

「……そんなの!!」

 

 シグマの制止の声を、余計なものだと切り捨て、膝に力を入れる。しかし、立ち上がろうとした俺の邪魔をしたのは、他ならぬ自分自身だった。

 

 気が付くと、胸から光が垂れ流されていた。ドバドバと、血のように。

 

「ぁ……」

 

 意識した瞬間、巨人の体なのに、ふらついて、力が出せなくなる。目の前がぐらついて、吐き気がして、地面に膝をついて、アスファルトをひっくり返した泥のプールへと沈み込む。口があるかもわからない体に、土の味がにじんだ気がした。

 

 立ち上がろうとする。

 

 死んでもいいのに、立ち上がれない。

 

(……なんで?)

 

 何が悪かったのだろう。

 

 記憶を失っていたのが悪いのか。

 

 戦う勇気をギリギリまで持てなかったのが悪いのか。

 

 自分が嫌いだったのが悪いのか。

 

 こんな、ようやく出会えたのに。ようやく、守りたいと思えたのに……。

 

「……くそっ」

 

 意識が落ちていく。せめて、俺は死んでもいいから、あの子だけは。

 

 

 

 そんな俺を、怪獣があざ笑うように見下ろしていた。オマエには何も守れないのだと、そう言いたげに。




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理・由

前回の死亡フラグ
・戦いに割り込んでいたら、倍強くなったアンチにやられていた。


 たとえば君が傷ついて……。

 

 その歌を聞いたのは、いつのことだろう?

 

 歌詞と音くらいしか思い出せない。誰が歌って、誰と聞いて、何を思ったのかも分からない。けれども、赤だけになった視界の中で、俺はただ、その歌を思い出していた。

 

 とてもやさしい歌だと思う。

 

 一人一人が隣の人だけでも支えられるなら。世界中の人が、生き物が互いを想いあえたなら、きっと平和が訪れるだろうって。未来を信じる、温かな夢。

 

 こんな小さな街でも叶わない空夢。

 

 だって、この世界には怪物がいる。あんなに話が通じ無さそうな、物を壊すことしかできない怪獣達。そして、俺自身だって……。世界中の人を守るなんて思えない。そんなに人間出来ていない。

 

 けれど、それでも、分不相応にも願ったことがあった。それは、いつのことだったかはまだ分からないけれど……。

 

(きっと、あの子と一緒だった時)

 

 ぼんやりと、俺はたった一瞬出会った女の子のことを思い出していた。

 

 体は一歩も動かない。雨に打たれるまま。蒸し暑いのに体が冷たくて、それでも、眠るなんて許せない。

 

 人間に戻っても、貫かれた腹はずきずきと痛みを伝えている。このままじゃ死んでしまうかもしれないけど、それよりも大切なことがある。

 

(……怪獣は?)

 

 あの憎く、黒い怪獣。

 

 俺に出来たのはあいつをほんの少し引き離したことだけ。校舎から校庭の隅までの距離。倒すことも出来ず、無様にこうして力尽きている。

 

 もし、あの子がまた襲われていたなら。

 

 そんな可能性を考えただけで全身の血の気がさらに引いて、震えが止まらなくなる。せめて俺を探して、あの子から離れてくれればいい。それさえできれば、この役立たずの体一つ、くれてやるとさえ思えるのに。

 

 声は形にならず、怪獣を呼び寄せることさえできない。

 

「づっ、うぅ」

 

 せめて、状況を確認するために芋虫みたいに体をよじらせる。うつ伏せから、時間をかけて仰向けに。霞む目はぼやけ、周りの何も見えなかった。音も何も聞こえない。

 

 あの子の無事すら確かめられないなんて。

 

「く、そ」

 

 俺は自分に侮蔑の息を吐く。

 

 何が、戦う理由がない。

 

 何が、守るものがない。

 

 馬鹿にもほどがある。シグマの言う通りだ。

 

 俺には、こんなにも守りたいものがあった。戦う理由があった。それに気づいたのが、こんな時だなんて。ぐずぐずと言い訳ばかりをしていた自分が何より情けなくて、殺してやりたいほど。この一週間でできることはいくらでもあったのに、あの子の為に満足にも戦えなかった。

 

 痛みがにじむにつれ、不安と後悔が大きくなり。

 

「……あぁ」

 

 俺はようやく力を抜いて、大きく息を吐く。

 

 後悔でなくて、懺悔でなくて。それは、初めての安堵の息。

 

(よかった)

 

 あの子が目の前に立っていた。

 

 不思議と晴れた視界の中、幻じゃない。だって、俺が知らない表情だったから。ビニール傘をさしたまま、小さな顔が、じっと、俺を見下ろしている。なんだか困ったような表情だけど、怪我の一つもない。

 

 軽蔑しているのだろうか?

 

 残念に思っているのだろうか?

 

(ごめん。次はちゃんと守ってみせるから)

 

 俺は、彼女の隣に誰がいるかも知らず、眠るように意識を落としていった。

 

 

 

 新条アカネは少年を見下ろしていた。

 

 雨の中、ぼろぼろになって、腹には赤黒い傷跡を残したまま、道路にうつぶせになっている少年。黒いアスファルトに溶けるように、赤い液体が流れている。正直にいえば、あまり見たくはないものだ。今までなら、目の前からすぐに消してしまいたいと思い、ためらいなく実行していた。

 

(……なんか、さっきから変)

 

 なのに、アカネは仏頂面だった。奥歯に何かが挟まっているような、すっきりしない顔。ごちゃごちゃと色々なことが起こったが、結局、ヒーローは二人とも倒せたのだから、目的通り。大喜びをしながら、アンチの頭に乗って良かったのに、胸の奥がもやもやして、そんなことをする気にはなれなかった。

 

 原因は、おそらく、あの自分を庇ったつもりの青いヒーロー。そして、この少年。

 

「……やっぱり、ウルトラマンに似てるから、そーいうパターンなんだ」

 

 少年の右手を見る。そこには、普段使いしていたら間違いなく変人に認定される、幼稚なブレスレットが付けられていた。あのグリッドマンもどきの右手にもあったもの。少年の腹の傷も、ヒーローの傷と同じ。

 

 ここまで揃っていて、ウルトラシリーズを見ているなら、推理は簡単。この倒れている少年がグリッドマンもどきだ。やはり、ヒーローは人間の姿を持っているのだろう。となると、記憶喪失になったクラスメイト、あの響裕太がグリッドマンだったことにもアカネは確信を得ていく。

 

 問題は、

 

「……はぁ」

 

 アカネは苛立たし気に頭を傾ける。

 

 問題は目の前の少年が、虫の息ながらも生きていること。確かに、『もどき』の方は、爆発しなかったから、アカネも可能性を考えなかったわけじゃない。

 

 だとしても、なんで、目の前に倒れているのか。

 

 ぼろぼろにした街を散歩しようしたのは、もやもやを晴らす気分転換。そうして適当に選んだ道に、ヒーローが倒れているなんて、物語みたいに出来すぎていた。

 

 釈然とはしないし、心は不安定。けれど、

 

(……弱いっていっても、一応はグリッドマンの仲間だし。ほっとけないよね)

 

 怪獣使いの目の前に、ぼろぼろのヒーロー。することは一つだけ。なんでもないように、アカネは後ろに控えていた怪獣へと、命令を告げる。

 

「アンチ」

 

「なんだ?」

 

「この子、殺しちゃって」

 

 応じたのは年下に見える、目つきの悪い少年。人間に擬態した怪獣アンチ。彼はアカネの命令を聞くと、怪訝な表情を浮かべて、口を細く開く。アカネは当然、返ってくるのは肯定だとばかり思っていたのに、アンチの答えは違っていた。

 

「ダメだ。俺はグリッドマンを倒すために生まれた。……グリッドマン以外と戦うつもりはない」

 

「……は?」

 

 まさかまさか、この怪獣は命令を断るつもりのようだ。

 

 自立思考する怪獣。そうしてアンチを作ったのはアカネ自身。だとしても、まさか神様の命令に逆らおうとするなんて。グリッドマン討伐で高まった評価が一つ下がる。バイキングのデザートは無し。

 

 聞き分けの悪い怪獣にも意図が伝わるよう、アカネはアンチの頭を無造作に掴み、少年へと向けさせる。

 

「よーく見て。ほら、この子、あのニセモノのグリッドマンだよ」

 

「なに?」

 

「右手、ニセモノと同じブレスレットでしょ? アレも一応グリッドマンだから、倒せって教えたじゃん」

 

 そう言うと、アンチの目つきが変わる。無感情から一転、憎しみと敵意に満ちた目に。

 

「そうか。なら、俺の敵だ……!!」

 

 狙い通り。アカネが笑みを浮かべる横を通りすぎ、ちょろい怪獣は、手に電ノコを出現させる。人間時の武器として設計したが、実物はかなり禍々しい凶器。

 

(レオみたいに、バラバラになっても復活するウルトラマンもいることだし……。徹底的に壊してもらった方が良いよね。でも、グロいのはちょっとやだなー)

 

 なので、アカネは去ろうとした。この後の血みどろの光景を見ると、気分が悪くなりそうだったから。

 

 けれど、その足が、半歩で止まる。

 

「……うっ」

 

 呻きながら、ぼろぼろのヒーローもどきが、体をひっくり返した。

 

 腹側も背中と同じ、血まみれになった情けない姿。顔を見るとアカネと同世代くらい。スポーツでもしてそうな、けど主役のような華はない普通の顔立ちの少年。

 

 その頭を切り刻もうと、不快な音を立てながら電ノコが振り下ろされそうになり……。

 

「待って」

 

 かすれた声。

 

 それが、少年の髪を一本、弾き飛ばしたところで刃を止めた。

 

 雨の音に混じる、回転刃が不気味に空転する音。

 

 攻撃を止められたアンチは不満げにアカネを横目で見る。彼にとっては、邪魔をされたのだから当然だろう。まして、命令したのは目の前の造物主なのに。

 

 けれど、怒りは声にならない。アンチは自分の感じたものを言語化することができなかったから。アンチが見たアカネの表情は、怪獣の未熟な心では理解できないものだったから。

 

 少し目を見開いて、口をぽかんと開けて。彼の造物主は、奇妙に顔をゆがめて少年を見ていた。

 

「なんだ?」

 

「その、別に何でもないんだけど……」

 

 歯切れが悪い声が漏れる。

 

 アカネ自身、何が原因なのかも分かっていない。どうして止めたのか分からない。

 

 少年の顔は見覚えがないものだ。自分の箱庭の中で、全てを知っている訳じゃないけれども、学校のクラスメートのような、近くに置いている中に少年の顔はなかった。

 

 普通に考えれば、その辺にいる唯のモブキャラ。NPCなんて呼んでもいい存在。もしくは、外の世界からの来訪者。

 

 『親友』である六花と違って、思い入れも何もないキャラのはずなのに。

 

(……どうして?)

 

 アカネに浮かんだのは、あの校舎と同じ、奇妙な感傷だ。悲しいような、嬉しいような、悔しいような。少年の苦し気に歪んだ顔を眺めていると、そんな神様らしくない感情がよぎる。

 

「やっぱり、止めて。殺さなくていいよ」

 

「駄目だ。お前が言っただろう、コイツはグリッドマンの偽物で、俺の敵だ。敵は殺さなければいけない」

 

「……アンチの敵は、グリッドマン。でも、考えてみたら、この子はただのニセモノ。ニセモノは、ニセモノ」

 

「……なら、こいつはグリッドマンじゃないのか?」

 

「だって、」

 

 アカネは腰をかがめて少年の顔を眺める。すると、少年の焦点が合わない目が、少しはっきりして、安心したように深い息が吐かれるのを見た。またどこか、胸の奥がうずくけれども、それを抜きにすればあまりにも、弱弱しくて、情けない姿。

 

「あんなに弱いなら、ヒーローでもないじゃん」

 

 汚れた額を指ではじく。

 

 それを最後に、アカネは自分の感情を無視することに決めた。いつだって、嫌なことは排除して、見ないふりをして、壊しながら生きてきた。なら、好ましくない感情を掘り下げることに意味はない。

 

 しかし、何となくの理由で、この少年を見逃すのは収まりが悪いから。

 

(……退屈だから、とか?)

 

 適当だったのは、そんな理由。だって、随分と長く毎日を持て余していたから。平々凡々の毎日が続き、なのに、日課のように不快な人間は後を絶たない。

 

 その退屈と比べれば、グリッドマンと戦った一週間は、少なくともアカネにとっては楽しい時間だった。やる気が足りなかった怪獣づくりにも集中できるほどに。

 

(でも、グリッドマンみたいに武器使われたり、怪獣を壊されるのはイヤだし)

 

 このニセモノはちょうどいい。今日の戦いを見ても、アンチには勝てそうにもない。ヒーローが怪獣に負ける姿は、何度見てもスカッとする。

 

 グリッドマンには二度も煮え湯を飲まされたのだから、今日でグリッドマンを負かして、もう一度青いのも。

 

 アカネは顔を近づけて、悪戯な笑顔で呟く。

 

「でも、ちょっとは強くならないとダメだよ? ニセモノ君」

 

 神様の戯れとはいえ、見逃す以上は楽しませてほしい。そんな期待を込め、アカネは立ち上がる。

 

 今はもう、この少年に用はない。最後に見た、表情を歪ませた少年に、胸の奥をズキリと痛まされるが、気にしない。

 

 アカネは名も知らない少年を置いて去っていった。

 

 

 

 拳を握りながら、じっと痛みに耐えていた少年のもとに、小柄な人影がやってきたのは、その少し後のこと。

 

 

 

「なあ、お前は何がしたいんだ?」

 

 ぶっきらぼうで不機嫌な声に尋ねられたのは、目が覚めて直ぐだった。

 

 寝ていたのは、見覚えがある天井に、見覚えがあるマンションの一室。またも体が痛んで、包帯でぐるぐる巻きにされているのも同じ。

 

 横を見れば、顔をしかめたボラーがいることまで一緒なんて。

 

「……俺は?」

 

 ぼんやりと声を上げる。思いだせるのは、戦いに負けて、ぶっ倒れて、そしてあの子の無事な姿を確認したところまで。後のことには記憶がない。

 

 ボラーは、俺の声に更に顔をへの字にした。いぶかしむというよりも本気で腹を立てているような。奥の方へと視線を向けると、マックスとヴィットまでいる。片や、目を閉じて腕を組み、片や、壁に寄りかかってスマホを弄って。遠巻きにしながら、ボラーに任せると言いたげな様子だ。

 

 ボラーは、俺の疑問を無視したまま、更に言葉を募る。

 

「もう一度聞くぞ。オマエ、何がしたいんだ? 急に戦ったと思ったら、今度は逃げ出して。最後はまた戦って、負けて……。フラフラしてるだけじゃねえか」

 

 列挙される、ここ一週間の俺の行動。

 

 言い訳なんてできない。問われるたびに、自分の口から洩れた、情けない言い訳が思いだされる。

 

 記憶喪失になったから。

 

 命が大事だから。

 

 守るものがないから。

 

 シグマは何度も教えてくれたのに無視して、逃げて。そうして最後には使命もなく、信念もなく、偶然に手にした力を振り回し、感情のままに暴れて。この場所に逆戻りだ。何も積められていない部屋の中、ぼろぼろの体が一つ。

 

 けれども。

 

 それでも。

 

 今は、一つだけでも気持ちがある。

 

「……守りたい人がいたんだ」

 

 言って、俺は右手を掲げた。手首に輝く、俺なんかにはもったいないヒーローの力。何に使えばいいのか、分からないままだった、遠い昔に憧れただろう力。

 

 怪獣がいる世界で、壊れ物のようにあやふやな世界で、この力を使ってでも守りたい人が、一人でもいる。

 

 ボラーから目を離し、天井を見つめながら、ゆっくりと言葉は流れた。

 

「……不思議だけど、思い出もないけど、あの子を見た時に守りたいと思った。助けたいと思った。ほんとに、理由は分からないけど……。きっと、」

 

 彼女のことが好きなんだ。

 

 大好きなんだ。

 

 これが『好き』という気持ちじゃなかったら、世界の言葉すべてが嘘になるほどの気持ち。記憶喪失程度じゃ消えなかった感情。シグマが言っていた、俺の願い事も多分そう。

 

 けれど、それは、今のままじゃ叶えられない。

 

『ちょっとは、強くならないとダメだよ?』

 

 雨の中、あの子に言われた気がする。

 

 そして、それは正しい。今のままじゃダメだと、俺にだってわかる。もう、戦う理由が見つかったのなら言い訳なんてしたくない。守りたいものがあるのなら、強くならなきゃいけない。英雄にはなれないとしても、英雄の真似事をしてでも。

 

 だから、俺がやりたいことは、

 

「強くなりたいよ。あの子のこと、守れるように」

 

「……」

 

 ボラーは、胡乱気な目で俺を見ていた。彼からしても、意味が分からない独白だろうし、詳細を話したらストーカーか何かと思われても仕方ない。

 

 それでも、ボラーは笑うこともなく、ガシガシと金髪をかきむしると、顔を少し近づけてきた。

 

「……拾った時と比べたら、ちょっとはマシな顔になったけどよ。強くなりてえとか言っても、どうせ方法も思いついてねえだろ」

 

「それは……」

 

「言っとくが、グリッドマンみたいになりたいだとか思ってんなら、やめとけよ。お前とグリッドマンは違う。簡単には強くなれたりしねえし、誰かを守るってのは甘い事じゃない。

 中途半端な気持ちなら『諦めろ』って、言ってやる」

 

 厳しいけれど、やさしい言葉。

 

「そんなの、分かってる」

 

 でも、たとえそうだとしても、俺は諦めたくなんてない。

 

「あの子を守るためなら、怖くないよ。何をしてでも、一人でも、俺は強く、……痛っ!?」

 

「それだよ」

 

 ボラーが、鋭く額を小突いたのは、その時。驚き、ボラーを見返すと、彼は小さいのに生徒を諌める教師のように穏やかに言うのだ。

 

「分かってねえってのは、それ。そんなままなら、強くなれねーよ。……ま、子供に最初から分かれとか無理だし? 一個一個丁寧に言うのは俺の好みじゃねえ。

 ……ただ、拾ってやった義理だ。オマエも連れてってやるよ。で、何が必要かちょっとは考えろ」

 

「……ぇ?」

 

 俺は言われたことを理解できず、そしてボラーの次の行動を予想できなかった。

 

「マックス!」

 

 ボラーが大声でマックスを呼びつけ、大男が俺に迫る。

 

 いや、俺は何も返事もしてないぞ。

 

 マックスの太い腕が俺の肩をむんずと掴む。力は強いけれど、怪我をするほどじゃない。その横で、ボラーは腕組んでドヤ顔。良いことしてる表情なのは何故だろう。

 

 繰り返し言うが、俺は何も了承してないのに……。

 

「っ!?」

 

「すまんな」

 

 申し訳なさそうな表情で。そんな顔をするなら、少しは俺の意見も尊重してくれ。けれど、何も言うことはできず、俺はマックスによって俵のように担がれてしまう。

 

「ちょ!? ちょっと待て!?」

 

「おーし、いくぞー。キャリバーも待ってるしよー」

 

「どこへ!?」

 

 さっきまでのしんみりした空気はどこへやら、だ。奇妙な黒服集団が、少年をつまみ上げた不審者集団にレベルアップ。大暴れする俺を落とさないように器用な真似をしながら、マンションの外にまで連れ出してしまう。

 

 まだ雨が降っている。けれど、傷跡が消え去った街。

 

 その中を構わず突き進んでいくボラー達。運ばれる格好に恥ずかしさは感じていたけれど、やっぱり俺は、彼等のことを不審に思ったり、不安を覚えることはなかった。

 

『ひとまずは彼らに任せてみよう。大丈夫、彼等に敵意はない』

 

「シグマと同じで人の意見聞かないけど……。その、シグマ」

 

『どうした?』

 

「ごめん」

 

 彼の制止も聞かないで、彼の体を傷つけたから。返ってきたのは穏やかな声だった。

 

『気にすることはない。私は、君が無事だっただけで良かったと思える』

 

 ああ、ほんと。ヒーローって人たちは。ボラーも、マックスも、グリッドマンも。そして、シグマも。みんなお人好しで、優しい。

 

「……ありがとう」

 

 最初はずっと訳の分からないことをしゃべり続けたBot。次は、勝手に戦場に連れ出した無責任巨人。けれど、シグマはずっと、俺に呼びかけてくれていた。俺の気持ちを分かっていてくれた。

 

『思い出してくれ、君の願いを』

 

 そう言って、うじうじとしていた俺を見捨てないでくれた。

 

 だから、そんな彼に応えるためにも。そして、あの子を守るためにも。初めて、彼にふさわしくありたいと思えた。

 

 

 

 奇妙な行進は二十分ほど続き、その最終目的地は『絢』という看板が付けられたジャンクショップだった。秘密基地でもなくて、防衛隊基地でもなく、どっかの商店街に普通にありそうな店。

 

 当然、見覚えはないし、何のためにここに来たのかも聞かされないまま。

 

「着いたぞ」

 

 けれど、ボラーは自信満々に言うと、マックスから俺をお手玉か何かのように受け取る。そして、店の入り口へとむかって――。

 

「ちょ!?」

 

 放り投げられた。

 

 小柄な体なのに、勢いよく。

 

 ボーリングか何かみたいに。背中を押すとか、そういう優しさは感じないまま、飛び込んで行けとでも言いたげな全力投球。なぜ、普通にしてくれない。なぜ投げるのか。

 

 くの字になりながら、地面すれすれを滑空し、俺は未確認不審人物と化して店内へと侵入する。どんな投げ方をしたのか、床に衝突した時に痛みは感じなかった。漫画みたいにぽんぽんと、少し跳ねて。喫茶店でも兼ねているのか、設置されているカウンターにちょっとぶつかる。

 

「……あのヤロー」

 

 入り口の向こうで腕組み鼻を鳴らす、さっきまではちょっとは恩も感じていたちびっこに恨み節を呟きながら、俺は顔を上げた。まずはここが何処なのかを確認しなければいけないから、頭をさすりつつ、辺りを見回す。

 

 古い作りの家だ。どこか趣があって、少し散らかっているけれど自然で。気持ちが落ち着く、隠れ家のような場所。 

 

 その奥に置かれた、古びたパソコンの前に、

 

「な、なんだ!?」

 

「……誰?」

 

(……あれ、どこかで)

 

 不思議な感覚だった。

 

 俺を見つめてくる、同い年くらいの二人組。あの女の子を見た時ほど、鮮烈な感じ方ではなかったけれど、その二人からは確かな懐かしさを感じた。

 

 どちらも制服を着ているから、あの学校の生徒だろうか。特に、眼鏡をかけた背の高い男子の方は見覚えがある気がしてしょうがない。こみ上げるものがあって、二人と一緒に俺は呆然とする。彼らは突然の乱入者に驚いて、俺は不思議な感傷に動かされて。

 

 けれども、ノスタルジックな雰囲気にはさせないのが、あの黒服集団。

 

「なーんか、辛気くせーなー」

 

 ボラーを筆頭にめいめい勝手にどやどやと。店に入ってきては話を進めだす。

 

 そこから、俺はただ物語の隅でぼんやりと眺めるだけだった。

 

 グリッドマンの名前を出されて、驚きつつ、どこか申し訳なさそうに顔を曇らせる二人。グリッドマンは死んでいないと断言して、なぜか電話をかけさせたり、パソコンに話しかける自称『新世紀中学生』。

 

 そして、パソコンがどこか温かい光を放つ。それが物語の始まる合図だったのだろう。

 

 

 

 パソコンの奥で、ヒーローの物語が始まった。 

 

 

 

 復活したグリッドマンとあの憎き黒いヤツの再戦。

 

 光を纏って現れたグリッドマンは、昨日の戦いとまるで違っていた。ためらいがなく、確信をもって、目の前の怪獣を倒そうとするヒーローの姿がそこにある。本当にヒーロー番組みたいで、

 

(……俺じゃ、まだ入れない場所)

 

 彼女が悔しそうに言った『もっと強くならないと』。その言葉をかみしめながら、俺はじっと、その戦いを見つめた。

 

 黒い怪獣の能力は、二度も見れば分かってくる。グリッドマンが剣を使えば、爪を出し、ビームにはビームで対抗する。

 

 物まね能力、もとい、相手の力をコピーする能力。

 

 ウルトラシリーズでも、ラスボスとか、前後編の敵が持っていそうな能力を前にして、グリッドマンは新しい力を見せる。

 

「私が行こう」

 

 横から進み出たのは巨漢のマックス。

 

 行くとか、行かないとか、発言の意味も分からない俺を放っておき、彼が何事かを叫んだ。バトル、なんとか。離れていたし、聞きなれない言葉。けれど、その瞬間に彼は光になってパソコンに飛び込む。

 

 目を丸くしてしまう。

 

 俺がシグマになるときは、アクセプターをかざして叫ぶだけ。パソコンに飛び込むとか、なんだそれは。冗談か何かだと思うが、マックスの声がする巨大な特撮車両がグリッドマンに加勢しているから、そういうルールなのだろう。

 

 もしかしたら、グリッドマンもこの変身方法なのか? 縛り酷くないか? ここ壊されたら終わりだろ?

 

 色々と特撮脳で考えることはあるけれど、雑な思考は画面の奥の戦いを見るごとに消え去っていく。

 

「……すごい」

 

 俺は画面に食い入り、呆然と呟くしかない。

 

 

 

 グリッドマンが変わる。

 

 

 

 ヴァージョンアップとか、融合合体とか、フォームチェンジとか。ウルトラシリーズでもパワーアップの方法はいろいろあるけれど、それらと違う方法で。似ているのは、ウルトラマンXのアーマーシステムだろうか。

 

 マックスが変身した戦車が、分離合体し、グリッドマンの鎧となった。体と比べて大きすぎる巨腕が特徴的な『マックスグリッドマン』。ウルトラマンとグリッドマンは違うと知っているが、思わず、

 

(それ、あり?)

 

 なんて思える強化。グリッドマン、ロボット要素まで持っているとは。

 

 そこからの結果は決まっている。

 

 敗北からの復活、味方の出現に合体パワーアップ。主題歌バックに決めポーズをしていそうなヒーローが負けるなんてあり得ない。

 

 豪快に、ヒロイックに、グリッドマンは怪獣と互角以上に戦いを繰り広げ――。

 

 とどめとばかりにグリッドマンが雄々しく叫ぶ。

 

『マックス、グリッドォ……ビーム!!!』

 

(……やっぱり、必殺技は名乗った方が威力あがるのか?)

 

『いや、そういうわけではないと思うが』

 

 じゃあ、あれはグリッドマンの好みなのか、シグマ。叫んで強くなれるなら、いくらでも叫んでやるんだけれど……。

 

 ヒーローオタクみたいな馬鹿な思考は、きっと、戦いに魅せられていたから。この物語がフィクションならば、グリッドマンという番組を食い入るように見ていただろう。

 

 怪獣とグリッドマンの極大の光線が激突し、この店に届くほどに爆風が街を駆け巡る。怪獣はともかく、グリッドマンまで巻き込まれそうな爆発が収まって……。

 

 怪獣は結局、倒されていなかった。けれど、怪獣は退場の時間。ぼろぼろの体がかき消えるように、姿を消す。そして、雨が晴れた街にはグリッドマンだけが残された。

 

 その姿は、少年のように、俺の心に突き刺さる。

 

 息をするのも億劫なほど憧れる。

 

 きっと、俺はあんな風にはなれない。ボラーが言う通りに、綺麗に戦えるほどに強い人間じゃ、まだない。けれど、俺だって。あんな風に誰かを守れるように戦いたいと思えてならなかった。

 

 そして……。

 

 

 

「えっと……、あなたたちは?」

 

 戦いが終わった少し後、パソコンから三人の人間が吐き出された。マックスと、猫背の黒服。黒服は雰囲気といい、変人具合といい、新世紀中学生の一味だろう。そして、もう一人。

 

 彼は珍しく、普通の高校生に見えた。

 

 ちょっと髪の色は派手だけど、穏やかそうな顔で、戦いに向いてそうな体つきでもない。それでも、彼の左手には俺と同じアクセプターが付けられていた。あの、グリッドマンが付けていたのと同じもの。だから、ウルトラオタクとしては当然の推理もしてしまう。

 

「……君が、グリッドマン?」

 

 勝手に想像していたのは、かっこいい大人の人だった。ガイさんみたいに。それくらいグリッドマンの落ち着いた振る舞いには、威厳というか、歴戦の戦士という感想を持っていた。

 

 けれど、変身者が高校生なんて。

 

 驚き、不思議で、俺は思わずふらふらと前へと進んでしまう。黒服の怪しい集団の後ろから出てきたうえに、雨に濡れていてフラフラだったからか、彼もまた驚いて。

 

 ただ、その少年が答える前に、

 

「ちょーっと待った!!」

 

 うっせえ。

 

 耳を塞ぐほどの声で叫んだのは、最初から店にいた男の方。眼鏡をかけた長身の高校生。彼は腕を振り上げながら、オーバーリアクションで言い募る。

 

「いや、マジで説明が必要なんですけど!!? なんだよ、『新世紀中学生』って!!? グリッドマンと裕太も生きてたし! グリッドマンが合体するし!!? 一つくらいはまともに説明してくんないっすか!?」

 

 うっさい。

 

 しかも問われたボラーたちは、互いに顔を見合わせて俺を指さし。

 

「こいつ」

 

「いや、このどこにでもいそうなヤツより、あんた達の……」

 

「あの青いヤツ」

 

「はあ―――!!?」

 

 マジうっせえ。

 

 眼鏡はまたも大声を出すと、俺をじろじろと見てきた。

 

「……こいつが、あの?」

 

「……まあ、うん」

 

 事実は事実だ。

 

「アグルとかヒカリみたいに青いのに」

 

「……」

 

 それも事実。

 

「超弱いし!」

 

「……」

 

 ……一応、頷く。

 

「助っ人にも間に合わなかったし!!」

 

 事実、事実。

 

「これがあの青いグリッドマン!? ……いや、ちょっと待て! あの弱さだし、敵のスパイとかニセモノとか、そういう可能性も……」

 

「はぁ――!? 誰がニセモノだ!? スパイだ!?」

 

 事実は事実で、弱いし、逃げたし、悪いのは俺だって分かっている。だとしても、あの怪獣といい、気にしているのにニセモノだのなんだのと言われれば頭にはくる。

 

 俺が我慢できずに叫び返すと、眼鏡はさらに俺を指さして大声を出す。完全に二人してテンションに振り回されていた。

 

「いや! めっちゃ怪しいだろ!? なんか目つきも悪いし。あの倒されっぷりは偽ウルトラマン系じゃねえか!? どう見てもニセモノだろ!!」

 

「ニセモノ、ニセモノってどいつもこいつも!! 俺にだって馬場隆太って名前がなあ……!!」

 

「ほら!! やっぱりババリューじゃねえか!! ババルウ星人が化けてんだろ!!」

 

「バッカ野郎! ババリュー先輩ならいい奴じゃねえか!! 一週間で三回は見返したぞ!! 

 名前のことは俺だって気にしてんだよ!! いちいちウルトラシリーズ持ち出すんじゃねえよ!! このオタク野郎!!!」

 

「はぁあ!? お前だって話についてきてる時点でオタ……」

 

 すぅっと、俺たちの売り言葉に買い言葉は勢いを失くす。

 

 気が付くと、俺と眼鏡は目を合わせながら、奇妙な表情を交わしていた。お互いに相手が何を言ったかを頭の中で処理して……。

 

「『光の力』」

 

「『お借りします』。……『じーっとしてても』」

 

「『どーにもならねえ』。ウルトラ五つの誓い」

 

「腹ペコのまま学校に行かぬこと! ……って、全部言ったら長いし」

 

「……はっ、そりゃそうだな!」

 

「ははっ!」

 

 最初に笑いを零したのはどっちだったのだろう。けれど、俺も笑顔ができた。記憶を失って初めての笑顔。寂しくて、悲しくて、ずっと笑えなかった俺が、こんなに自然に。

 

 ああ、こいつ、ウルトラオタクだ。それも割と深刻な、ウルトラマンのことを四六時中考えているタイプの、ウルトラオタクだ。俺と同じタイプだ。

 

 一分前にどんな話で言い争っていたかを忘れて、俺達は腹を抱えて笑い出す。もう、疑われていたこととか、弱いとか言われたことはどうでもよかった。自分でもちょろいと思う。

 

 けれど、グリッドマンの近くにもこんなに話が合うウルトラマン好きがいるなんて、世界は出来すぎているのかもしれない。この配役を決めた神様がいるなら、感謝したいほど。いや、記憶喪失とかいう厄介を押し付けてきたから、プラマイゼロ位かもしれないが。

 

「内海?」

 

 いきなり変に意気投合しだした俺たちを見て、グリッドマンの少年が怪訝そうな顔をしている。その奥で黒髪の女の子が、

 

「男子って……」

 

 なんて呆れを多分に含んだジト目で見つめてくる。

 

 けど、眼鏡も、俺と同じでそれに気を取られる暇はなかった。

 

「よーっし! お前もウルトラ好きならちょうどいい! ババリュー、さっそく徹夜マラソンするぞ!! ちょうどパワードとグレートのBDbox、未開封だからそれ見ようぜ」

 

 眼鏡が手を差し伸べてくる。握手をしたいと、嬉しさを隠さない素直な仕草。

 

 けれど、俺はその手を取ろうとして、少しためらってしまった。

 

(……俺は)

 

 こんなことをしていいのだろうか。

 

 雨の中、あの子に言われた言葉を思い出す。強くなる。あの子を守る。そのために、俺は力を尽くしていきたいのに。こんな、友達を作って、笑いあうようなことを……。

 

『いいんだ、リュウタ』

 

「さっさとしろってんだ!」

 

 シグマの優しい声と、ボラーのぶっきらぼうなキックは同時。

 

 後ろから蹴られ、声に促され、俺は自然と眼鏡の手を握る。瞬間、俺は涙を流したくて仕方なくなった。安心したいわけじゃない、強くなるのを止めるわけじゃない。

 

 それでも。

 

 俺は、涙をこらえながら、眼鏡へと声を返す。

 

「……っ、ババリュー呼びは絶対に止めろって! ……リュウタがいい」

 

「へっ、じゃあ、リュウタだ! 俺も、内海な。

 そうだ、裕太も来いよ!! ヒーローの戦い方は、ウルトラシリーズにアリだ!! グリッドマンになれるのに、ウルトラシリーズ見ないなんてもったいねえから!」

 

「お、俺も?」

 

 いきなり話を振られて目を白黒させる、きっと、事態を飲み込めていない赤毛のグリッドマン少年。彼と、オタク特有の無駄な勢いを込めた内海の会話を眺め俺は深く息を吐いた。

 

 あの女の子を守るという願いはちゃんとある。

 

 けれども、この一瞬くらいは……。

 

「ああ、これだからオタクってやつは」

 

 神様、どうか笑うことくらい、許して欲しい。




>Next「仲・間」


これにて起が終了。

ちょっと一区切りがついたので、次話投稿まで少しばかり時間が開きます。とはいえ、数ヶ月とは待たず、一週間くらいお待ちして、また連続投稿を始めたいところです。

しばしお待ちくださいませ。

ご意見、ご感想お待ちしています。


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仲・間

久しぶりの投稿となってしまいましたが、お楽しみいただけると幸いです。


「パワードとグレート。国産以外のウルトラマンを見るのは初めてだったけど、イケる……」

 

「パワードの怪獣アレンジ好きだなぁ……。平成のリメイク怪獣とも違ってスタイリッシュだし、それでいて初代の雰囲気も壊してないし」

 

「あー、わかるわー。たださ、あのもっさりアクションはどうよ?」

 

「え? ああいうのが普通じゃないの?」

 

「なわけねえって! よしっ! このウルトラ初心者にガイア見せるぞ、ガイア!! グリッドマンには投げの鬼になってもらう!!」

 

「ていうか、ウルトラシリーズ初心者に見せるのがパワードとグレートって、チョイスがおかしいだろ……」

 

「うっ!? ……いや、なんかBOX開封してなかったし、せっかくだからさ。……さて、ガイアのボックスは。……げ、マジかよ忘れてくるとか。

 わり、ちょっと走って取ってくる」

 

「内海、別に今日じゃなくても」

 

「いーや、こういうのは思い立ったらなんとやら! 任せとけ、イダテンラン並みに早く帰ってくるからよ」

 

「夜の道でケムール人と間違えられないようにな」

 

「うっせえよ!?」

 

 本当に迷惑にならないのだろうか。そんな不安と騒々しさを残して、内海が部屋を走り去っていく。本人の物言いとは違って、運動下手そうな腕を大きく振ったフォームは、ケムール人にそっくりだった。

 

 夜の街であのスローな変な走りをしている内海を想像すると、自然と笑みがこぼれてしまう。

 

 ああ、ほんといつ以来だろうか。

 

 一週間前、ボラーの家で目が覚めて、その後はぐずぐずと打ちのめされたり、戦ったり。そんな日々の中で、あの子のことだけじゃなくて、好きな特撮の話をして笑ってられるなんて。 

 

(……ほんと、ボックス持ってるとか羨ましいな。俺も家が見つかったら持ってそうだけど)

 

 よっぽど金を貯めないと、学生の身分だと手が出しずらい代物だが、喉から手が出るほど欲しい。それがBD-BOX。俺もオタクの端くれとして、少ない金を貯めて買ったのではないだろうか。

 

 なんでもなく、ウルトラオタクらしいのんびりとした時間。そんなことを考えられることに、心が安らいで仕方なかった。

 

(これだから、オタクってやつは)

 

 漏れた苦笑いは自分と、内海のこと。

 

 あのジャンクショップでの宣言通り、内海は俺と響裕太を連れて、すぐさま徹夜鑑賞会を開始してくれた。場所は響の家。今は一時的に一人暮らしだということで、響は快く貸してくれた。友人だろう内海はともかく、初対面の俺まで許可してくれるなんて人が良すぎて心配になる。

 

 そうして、男子三人が小さな部屋に集まってウルトラマングレートとパワードを鑑賞。全部を見るのは大変なので、第一話と内海が選んだエピソードを抜粋した。

 

 そうして話すたび、彼と気が合うこと、気が合うこと。同じようにウルトラマンが好きで、怪獣が好きで、ヒーローが好き。会話が止まることもなかった。きっと、そんな友人は記憶を失う前も多くなかったと思う。同年代のウルトラ好きなんて、マイナーに違いないから。

 

 一方で、もう一人。この家の家主である人の良いヒーロー少年はというと――。

 

 俺は横でぼんやりとパワードの戦いを鑑賞している響を見る。

 

 そう、『ぼんやり』って言葉が合う。声を張り上げて叫んだり、誰かに殴りかかるとか、そんな物騒な行動が結びつかない穏やかな人間。そして、やっぱり、あの強いグリッドマンになるなんて、にわかには信じがたかった。

 

 けれど、

 

(逆に、こういう奴だからこそ、グリッドマンになったのかもな……)

 

 ムサシとか、我夢とか、ニュージェネ組とか。特に平成シリーズになってからは、人が良すぎたり、一見すると戦いに向かないタイプもウルトラマンに選ばれている。きっと、力だけじゃ何かが足りなくて、そういう『強さ』を彼らは持っていたのだろう。

 

 だから、俺は響に聞きたくなった。

 

 どうして、響はグリッドマンになったのか。どうして、そんなに強くなれたのか。ボラーは強くなるためと言ってこの場所へと連れてきてくれた。まだ、その方法は分からないが、響からなら、それが分かる気がして。

 

 恐る恐ると。内海と違って響はウルトラマンも詳しくなさそうだから、話しかけるのにはちょっとためらいがあった。

 

「あのさ、響は……」

 

「あ、うん。えっと、リュウタ、でいいんだよね?」

 

「ああ、リュウタでいいよ。なんか、苗字は嫌いだから。……その、いきなりなんだけど響がグリッドマンなんだよな?」

 

 すると、響はどこか困った様な表情で頭をかいた。

 

「グリッドマンというか、なっちゃったというか……。ほんとは、俺もあんまり分かってないんだ。記憶喪失になったと思ったら、グリッドマンに呼ばれて、変身して。あとはドタバタして、こんな調子」

 

 謙遜とかではなくて、響は本気でそう言っている。というか、聞き捨てならない一言があるのだが。

 

「響も記憶喪失か……」

 

「”も”って。じゃあ、リュウタも?」

 

 無言でうなずく。いよいよもってギネス記録を狙える。この街に何人記憶喪失がいるのだろうか。そう呟くと、響は困ったように苦笑いをした。どこか、ほっとしたような表情はお互いに。やっぱり、記憶喪失みたいに奇妙なことでも、共通点があれば話の種になるのだろう。

 

「あはは……。グリッドマンも記憶が無いっていうから、あり得るよ。じゃあ、この数日とか、大変だったでしょ?」

 

「身体はボロボロだったし、シグマはとりついてるし、知り合いも家も分からないし、金はないしで」

 

 あの子のことを考えていないと、頭がおかしくなりそうだった。

 

「でも、響の方はすごいよな。記憶なくても、内海とも仲良くできてるし、家も見つけられたなんて」

 

「それはたまたまなんだ。六花が居合わせてくれたから。そうじゃなかったら、今頃はリュウタみたいになっててもおかしくなかった」

 

「六花って、あの女の子?」

 

「うん、クラスメイトなんだけど、色々と助けてくれて」

 

 ほー、クラスメイト、ね。

 

 名前出した時の響の顔が気になる。もう少し仲良くなったら聞いてみるか。あの子も、あの店であった時は少しとっつきにくそうなタイプに見えたけれど、やさしい子なのかもしれない。

 

 その後、四十分くらいだろうか。体感ではもっと長いくらい。内海がいつまでたっても帰ってこないので、その間に、響とは色々と話をすることができた。

 

 記憶喪失のことだけじゃなくてグリッドマンとシグマについても。二人とも、アクセプターの形は同じ。なのに、宝石の色が違うとか。あんなに外見がそっくりなのに、色が違うのはどうしてだろうか、とか。変身した時の体の動かし方とか。

 

 そう簡単に強くなる方法は分からなかったけれど、この世界で多分、二人だけの全く同じ境遇。そんな響とお互いやグリッドマンのことを話せることは、楽しかった。

 

 改めて驚いたことは、グリッドマンへの変身には、あの『ジャンク』というパソコンが必要ということ。あんな現代の化石のようなパソコンとは、グリッドマンもマニアックな。

 

「リュウタの場合は『アクセスフラッシュ』って言えばいいだけなんだよね。……怪獣出てきてからジャンクに行くの大変だから、羨ましいな」

 

「いやいや、それを言ったら響はグリッドマンが体を動かしてくれるんだろ? 俺の場合、自分で動かないといけないから、すごいやりにくいんだ」

 

「それも、どうだろ? グリッドマンになっているときは、ちょっと頭の中がふわふわしてるし。それよりもリュウタみたいにちゃんと体動かしたいよ」

 

「……まあ、お互い、無いものねだりしても仕方ないか」

 

「あはは……。そうだね。あとは、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

「ん?」

 

 俺は素直に頷きを返す。ここまで、響に尋ねてばかりだから、彼の方から聞きたいことがあるのなら答えてやりたい。答えられるものだったらだけど。

 

 すると、響は少し迷うようにして、口を開く。

 

「リュウタは、どうして戦ってるの?」

 

 口調は顔と同じでぼんやりと。

 

 中身はわりとズバリと。

 

「……」

 

 さっきまで、響は普通の優しい奴だと考えていたのに。こうやって真っ直ぐに話題に切り込んでくるのは、ちょっと主人公らしいと思えた。

 

 さあ、どうするか。俺はちょっと黙ってから、結局、言うことに決める。いきなり問われて戸惑ったが、隠すことでもない。むしろ、グリッドマンにも知ってもらえた方が、何か教えてもらえるかもしれなかった。

 

「その……。最初は、理由なんてなかったんだ。いきなり怪獣とか、シグマとか言われても、訳わかんなかったし。怖くて、逃げたり、諦めたり。

 ……一度は戦ってみたけれど。結局、響の……、グリットマンのこともあの時、見捨てたし」

 

「そんな! 俺は気にしてないよ。怪獣相手に戦うなんて、俺だってグリッドマンがいてくれないと、きっとできないし」

 

「……ありがとう。でも、今は。大切な人がいるんだ。女の子で、ほんとはその子のことも、良くは覚えていないんだけど。それでも、あの子がこの街に生きていて、守ることができるなら。……怪獣とだって戦える。

 だから、それが今の理由」

 

 それは自分の気持ちを固めるように。

 

 少し強く言い切る。半日前に逃げ出した自分を信用はしていなくて、この後は二度と逃げることなんて許されないから。響を通して、グリッドマンにも宣言するように。

 

「……」

 

 そう言って、響から返ってきたのは、しばしの無言だった。

 

 もしかしなくても、ちょっと引かれているんじゃないかって思い、横目で恐る恐る彼を伺う。巨人になって戦う理由が一人の女の子のためって、普通の感性からしたらどうだろうと思うし、響みたいに立派に戦ってきた身からすれば、思う所あるんじゃないか。

 

 しかし、予想に反して、響はただ驚いたように目を見開いていた。

 

「……やっぱり、ウルトラマンらしくない理由だったかな?」

 

 実際にはグリッドマンだけど。

 

 尋ねると、響は我に返ったように目の色を変えて、首を横に振る。

 

「あ、ごめん。そういうわけじゃなくて……。

 俺にもよくわからないんだけど、リュウタの言葉聞いてたら、何だか不思議な感じがして」

 

 響はそう言って、画面へと視線を向けながら、小さく呟くように。テレビの中、砂嵐に向かって光弾を放っているグレートを挟む形で。瞬く光が増えるごとに、響はすっと視線を下に逸らしていった。

 

「……えっと」

 

 言いよどむ響。それは、自分でも理由を探しているような様子だった。

 

 けれど――。

 

「俺の時は……。これは、俺にしかできないことだって思ったんだ。今、怪獣を止められるのが俺だけなら――」

 

 響の言葉に、俺は不思議と息が詰まる。

 

 目の前の響は何も変わっていない。穏やかで、真剣に問いかけに答えようとしてくれる人の好さそうな人間のまま。その下に力なく下げられた眼。眼だけが、不思議な光を宿したように感じた。

 

「なら、これが、俺の『やるべきこと』なんだって」

 

 穏やかに、確信をもって言う響。彼の眼は、どこか先ほどとは違うものを感じる。あんなに優しそうな風貌だったのに、この時は番組のヒーローだと確信できるほど。

 

 それは俺とは違っていた。俺は彼の言うような、みんなを守るためとか使命感では動けない。あの子のために戦うことは、きっと何よりも大切で、それを間違っているとは思わない。

 

 ……でも、その気持ちは、胸に残るヒーローと比べると自分勝手にも思えてしまう。そんな俺と比べると、響はなんて。

 

「すごいな……」

 

 口から出た言葉は、本音だ。

 

 対して、響は少し照れたように頬を掻くと、苦笑いを浮かべて首をゆっくりと振るのだ。

 

「でも、リュウタの理由を聞いたら、『それだけ』じゃないって気がしたんだ。俺もまだ思い出せないけど、戦う理由はそれだけだったのかなって。……俺はあの時、何を見て――」

 

 土を踏みしめるグレートが映る中、響の言葉を聞き取ることはできない。響は何かに気が付いたような、目を白黒させるというか、思い出すたびに頬を赤くしたりするような。さっきの理由を呟いた時と違って、青春する普通の高校生に見える仕草。

 

 けど、話に置いていかれて、そんな姿を見ているのは少しむず痒く感じてしまい、俺は自分の話を進めてしまう。

 

「……あのさ」

 

「あ、ごめん」

 

「いや。……昨日、俺はその子と会ったんだ。ツツジ台高校、だと思う。そこで、教室に立ってた。確か、響もツツジ台高校に通ってんだろ? その子のこと、知ってるかなって」

 

「同じクラスとかなら、分かるかもしれないけど……」

 

 俺は少し息をのみ込み、あの子のことを思い出しながら、口にしていく。

 

「髪の長さはこのくらいで」

 

「うん」

 

「えっと、たぶん、ひいき目ナシに可愛くて、背は小さめ」

 

「雰囲気は六花と似てる感じ?」

 

 それは、だいぶ違う。宝多さんは、かなりサバサバしている印象だったし。一方で、あの子の場合は。

 

「……雰囲気は柔らかい感じ。あと、パーカー羽織ってて。……胸も」

 

 うん、その、いや。それは目立っていたけれど、何だか口にするのは気恥ずかしい。

 

 あまり、ヒントになるかもわからない特徴。それぐらいしか彼女のことを知らないのは、胸が痛むほどつらくて。もしかしなくても分からないだろうと半ば思っていたが――。

 

 

 

「新条さんかな? 新条、アカネさん」

 

 

 

 その名前は、すっと胸に落ちていった。

 

「新条、」

 

 ああ、それは。

 

「アカネ、さん」

 

 なんて素敵な名前なんだろう。

 

 あの子の輪郭に、姿に、その名前はぴたりとあてはまって。

 

「……アカネさん」

 

 名前を、この口で形作れることが嬉しかった。

 

 その子だ。間違いない。新条アカネさん。もう、あの子じゃない。アカネさんだ。

 

 今思い出した。きっと、俺たちは出会ったことがある。これだけ名前を聞いただけで、好きな気持ちが溢れていくんだ。どこかで何かないと嘘だろう。そうじゃなければ本格的にストーカーだが、流石にそれはないと確信はあった。

 

 幸いなことは、響はアカネさんと同じクラスだということ。なら、

 

「もっと教えてくれないかな、その、アカ――」

 

 

 

「よーっし! 戻ったぞ!! ガイア見ようぜ、ガイア!!」

 

 

 

 内海……。

 

「ん? どうした?」

 

「いや、なんでもない」

 

 大声をあげて、勢いよく部屋に戻った内海へと半目を向ける。けれど、彼は気づいてもいないのか。ドンとでかいBD-BOXを机に置いてとぼけた顔をしていた。

 

 いざ聞こうとしたときに、なんてタイミングの悪い。

 

 会って数時間だし、その割には気が合うことも分かるし、たぶん、良い友達になれるとも確信しているけど、内海は空気を読まない時があるようだ。店で出会ったときも、そうだったし。

 

 ただ、響にせよ、内海にせよ、アカネさんのことを尋ねるのは、後でもできる。ほんとは、一瞬も我慢できないけれど、いきなり根掘り葉掘り聞くのは、二人にも、何よりアカネさんにも失礼な気がしていた。

 

 なので、俺は気を取り直し、内海からガイアのBDを受け取り、品定めを始める。少し前のめりになりすぎていたし、切り替えないと。変に血が上るのは俺の悪いところだ。

 

 さて、残り時間もそうないだろうし、ガイアで観るとするならば……。

 

「グリッドマンを投げの鬼にするなら、ミーモス回だな。あのやりすぎ感は逆に惚れ惚れする」

 

「分かってんなー。

 ただ、赤と青のグリッドマンにはスプリームの戦い方も似合うけど、せっかくのガイアだろ? シグマっていうか、リュウタもアグル見て勉強した方が良いんじゃねえの?」

 

「元祖青トラマンか」

 

 海の戦士らしく、流れる様に華麗な戦闘スタイル。それに、光り輝く剣を使いこなすクールなライバル。彼の存在が、後のウルトラシリーズに与えた影響も大きい。昔の俺だって、すごく憧れただろうし。ガイアを見るたびに、そんな好きだという感情が戻ってくる。

 

 とはいえ、

 

「……どうやったら、ああなれるんだろ」

 

 何度だって考えてしまう。アグルでなくても、ウルトラマンみたいにまともに怪獣と戦えるようになりたい。けれど、昨日のあの惨状を見ると、それは遠い道のりに思えてしまった。だからだろう、

 

「ほう、強くなりたいのか。ならばリュウタ」

 

「……ん?」

 

 妙に芝居がかった様子の内海に背中を叩かれる。

 

「俺にいい考えがある」

 

 

 

 そんな会話があった数日後、街から少し離れたところにある木々の茂った公園の中で、

 

「うぅつぅみぃいいいいいいい!!!!!」

 

 俺は馬鹿みたいな提案をしてくれた友人へと怨嗟の声をあげていた。

 

 奴は友達だ。友達でウルトラオタク仲間だ。記憶喪失の怪しい俺でも、遊びに誘ってくれた恩人だ。この数日でも色々と助けてくれた。

 

 だが、それとこれは別の問題。奴が放課後を迎えたら、ぜってえに倍返しにしてやるという確固たる決意。しかし、そんな感情は長続きしない、

 

「遅いぞ、リュウタ!!!」

 

「このっ、また!!」

 

 背後から迫ってきた巨大な影。

 

 ダイナマイトが爆発したような大きな音に、舞い上がる土と埃。

 

 昔の特撮現場はこんな命がけの現場だったのだろうと実感を持ってしまう様な惨状。俺はさながら、爆発の中で懸命に動く着ぐるみのようだ。特撮黎明期を支えたスーツアクターの皆さんに対する感謝を感じているのは、きっとテンションがおかしくなっているから。

 

 そんな背後からの一撃を間一髪で、前へと転がり躱すと、芝生に開いたクレーターが見えてしまう。土どころか、その奥の固い岩まで捲れあがり、芝生は焦げて、ぶすぶすと煙まで。

 

 ほんと、どんな馬鹿力しているんだ。パンチだぞ、パンチ。マジもんの宇宙人かよ。ああ、異世界人だったな、そういえば。

 

 心の中で焦りと文句を溢れさせながら、俺は大男を見上げた。ゴーレムのような巨大な肩幅と、そこから延びる大木のような腕。さらにその先に着いた、見るからに殺意に溢れる鋼鉄のスパイク付きグローブ。

 

 変人たちの中で一番の常識人だと思っていたマックスが、非常識な鬼コーチと化していた。

 

「どうしたリュウタ! そんな事では強くなれないぞ!!」

 

「強くなる前に死んじまうだろ!!?」

 

「これがこの世界の『特訓』のはずだ!!」

 

「それはレオの世界の話だ!! ……って!?」

 

「さあ、立て!!! かかってこい!!!!」

 

「ああ、もう!!!」

 

 殴りかかってみろだなんていうが、その前に一発で殺されそうな拳を何とかしてから言え。躱すのが精いっぱいだ。なんだ、その、殺意むき出しのグローブは。俺の頭よりもスパイクがでかいぞ。

 

 今は逃げるしかない俺が選んだのは、有利なフィールドに引き込むこと。大きなマックスには木々が生い茂るフィールドは苦手だと考え、林の中へと走り込む。その間をすり抜けるように距離を少し離せば、奇襲もできるはず。

 

 だが、注意を向けなければいけないのは、マックスだけじゃなかった。

 

「……まずっ!?」

 

 背筋を走ったびりびりという危機感に、背を屈める。

 

 瞬間、宙に舞った髪先が身体から離れるのを感じた。それだけじゃ済まず、俺の真横にある太い木が両断される。

 

 そのあんまりな光景を見て、俺はただ一度、大きく息をのみ込んだ。

 

 マジで切れるとか、聞いてないんだが。

 

「訓練は、本気、でないと、役に立たない……」

 

 ブツブツという怪しい呟き。

 

 木を両断したのは、時代錯誤のスーツ風根暗侍男。新世紀中学生最後の一人で、一番の外見的不審者であるサムライ・キャリバーもまた、俺を追い詰める鬼コーチ。

 

 何故その猫背で動けるのだろう。刀だって、長さを見たら鞘から抜くのもできないのに。

 

 林の中はマックスに不利な場所だろうが、キャリバーにとっては関係は無いようだった。木々の間を猫のように飛び回り、距離を詰めては刀を振るう。しかも、彼が近づいてきたときだけに聞こえるのは、 

 

「……ワンダバダ。……ワンダバダ」

 

 なんて不気味な低音のワンダバ。

 

 こんな心が躍らないBGMは聞いたことがなかった。

 

「その歌はなんなんだよ!?」

 

「……これが、特訓の、音楽だと、聞い、た」

 

「内海ー!!!!」

 

 あの馬鹿野郎!! 変人どもになんてウルトラシリーズを伝えたんだ。一挙手一投足ごとにツッコみが増えていくばかりじゃないか。そして、今度は。

 

「……フンッ!!!」

 

「!!?」

 

 後ろから木々をなぎ倒し迫る、ダンプカーのマックス。上から横から切り裂き魔キャリバー。そして逃げ惑うのは、今はただの人間でしかない無力な俺。

 

「逃げるな!! 立ち向かって来いリュウタ!!」

 

「止めてください隊長!! 死んでしまいます!!」

 

「私はマックスだ!!」

 

『その台詞はウルトラマンレオだな。リュウタ、私も少しはウルトラシリーズを覚えたぞ』

 

 シグマは呑気なこと言わないでくれ! 気が散る!! 自慢すんな!!

 

 

 

 この光景を誰かが見ていたら、公園でなんて阿保な事を、と思うだろう。間違いない。俺だって思っている。めちゃくちゃ思っている。これをノリノリとやっている新世紀中学生は残らずアホだらけだ。

 

 いくら『特訓』と言っても、修行法もなく、理論的なトレーニングもなく逃げ回るだけ。これじゃあこちらがあえなく露と消えるしかない。

 

 そして、それを数日も続けてきた俺もアホの仲間に違いなかった。

 

 汗水を垂らしながら、俺は自信満々に胸を張っていた内海の顔を思い出す。

 

『ヒーローが強くなる方法は、一つ。特訓だ!』

 

 そんな風に意気揚々とぶち上げた内海へと、俺は一瞬納得をした。

 

 それはそうだ。特訓が必要だ。これまでの戦いで、俺はまともに動くことができていない。そんな状態から、あの子を守れるくらい、怪獣に勝てるように強くならなくちゃいけない。

 

 特に、あの黒い奴はまだ倒れていないのだから。今度はグリッドマンの足手まといにならないくらいに。必ず、アイツを倒せるように。

 

 だから、内海に特訓案があるというのなら喜んで乗ってやろうと思っていた。

 

 だが、現実はこれである。蓋を開けてみると、加減を知らない新世紀中学生に追い回されるばかり。隙をみて一撃でも喰らわせてやろうとしたけれど、変身もしていない生身じゃ無理もある。

 

 そして……、

 

「ひー、ひー……」

 

「おーい、生きてっかー?」

 

「死んでは、いない、な」

 

「いや、死んでたら問題でしょ」

 

 俺を見下ろしながらめいめい勝手なことを言い続けるボラー達に、俺は目だけで抗議の意思を伝えた。もう、声を出す気力もない。足は棒のようで、腰はがくがくと震えている。

 

「むぅ、少しやりすぎたか」

 

「少しじゃ、ねえよ……!!」

 

「おい、こいつまだ元気そうだぞ。マックス、キャリバー、もうワンセットやってやれ」

 

「ほんと勘弁してくれって!!」

 

 これ以上やったら、もう一度記憶喪失になってしまう。

 

 あんまりにも情けない哀願に呆れたのか、俺はようやくと少しの休憩を得ることができたのだった。

 

 

 

「まあ、ふっつーの少年は不満みたいだけど、この方法もあながち間違っちゃいねえよ」

 

「……っていうと?」

 

 ベンチに座りながら、水筒を口に運ぶ。中身はなぜかタピオカミルクティー。宝多さんのママさん、あの喫茶店の店主が作ってくれたものだ。ありがたい差し入れだけど、疲れてべたついた喉には、ミルクティーもタピオカも絡みついて仕方ない。そんな何となく気が休まらない状況の中、ベンチで足を汲み据わっているボラーが言いだす。

 

「戦う時、お前はシグマの体。で、グリッドマンと違って、自分だけの意思で戦ってる」

 

「ああ、そうだけど」

 

「そこが、勘違いなんだっての。自分の意思が表に出ているからって、シグマも一緒にいるってことに気づいてねー」

 

「……どういう?」

 

 ボラーの言っていることが分からなかった。

 

 すると、ボラーはまたぴしりとデコピンを返してくる。これが地味に痛い。

 

「『アクセスフラッシュ』は心と体を一つにするって意味だ。お前がどんなに体を動かしているつもりでも、その裏にはシグマも存在してる。

 だけど、お前が戦いを知らないど素人なせいで、シグマがどれだけ裏でサポートをしても応えられてねえんだよ。だから、お前は体が重いし、力も全然引き出せない」

 

 なので、まず直すべきは、その意思のバラつきだという。

 

(確かに、考えてみると)

 

 初戦の時は、シグマに教えられながら、力を込めて怪獣に蹴りを放った。あの時、曲がりなりにもシグマと俺の目的は一致していたし、そうすれば戦う方法も頭に浮かび、体も動くようになった。

 

 二度目、あの黒いアイツの時。俺はだいぶ頭に血が上っていたけれど、戦う目的は一致していて、途中からは自然と光る剣をつくれるほどに体を操れた。

 

「あれは、シグマが……」

 

「そ! お前が戦えるようにサポートしてくれてたってことだよ。そっからお前がまともに戦う方法も分かってくんだろ?」

 

「俺と、シグマの意思を合わせること」

 

 シグマの体と、俺の意思がまぜこぜになっているのが、あの巨人の姿。そのアンバランスさが上手く動けなかった理由。だとすれば、俺たちの意思をちゃんと合わせれば、もっと戦えるし、シグマの力を俺が受け取ることができる。

 

「……ん? でも、この特訓に何の意味が?」

 

「例えばだ、リュウタ。君は戦おうと思ったことが何度ある? この人生の中で、本気でだ」

 

 そこまで丁寧に教えなくてもよー、なんて不機嫌そうなボラーの代わりにマックスが尋ねてくる。俺は少し考えるが、指折りする必要もなかった。

 

「……二度だけ。メカ怪獣と、黒いヤツの時だけ」

 

 元々が記憶喪失で、知識は借り物のような感覚しかない。その中で敵意とか、誰かを倒そうなんて思えたのはあの時だけだった。

 

『……リュウタの境遇を考えると、それは仕方がない。ただ、私も記憶は朧げであるが、戦う意思と力の使い方は分かっている』

 

「……そこが、俺とシグマの違い」

 

「歴戦の戦士であろうシグマと、君が同じ戦う意思を持てるはずがない。グリッドマンと裕太の場合もそうだ。戦いのときはグリッドマンの意思が優位にあるが、裕太が迷えばグリッドマンも力を発揮できない」

 

 だから、その差を埋めるためには。

 

「どんなシチュエーションでもいいが、戦った経験を増やすこと。そうすれば、アクセスフラッシュをした時に、シグマに近い戦意を持てる。それが君とシグマの繋がりを深め、力を発揮する下地となるはずだ」

 

「だから、お前はがむしゃらに向かってきて、素直にぼこぼこになればいいんだよ」

 

 マックスたちを仮想敵に、巨大な相手でもひるまず戦えるようになれば、シグマの力を引き出して、巨人になった時でも戦えるようになる。

 

 ボラーの物言いはともかくとして、話を聞いていると納得できてきた。

 

(……でも)

 

 少しだけ疑問がわく。

 

 あの時、黒いアイツと戦ったとき。俺はシグマの意思なんて考えずに、がむしゃらに戦おうとした。確かに戦うという共通の意思はあったかもしれないけれど、気持ちが一致していたなんて口が裂けても言えない。彼らの説明が合っているのなら、もっと動けなくてもおかしくなかったのに。

 

(……なんで、あんなに自由に動かせたんだろう? シグマがサポートを頑張ってくれていたのか?)

 

 心の奥底で沸いた、何でもない疑い。

 

 もしかしたら、何か気が付いていないことが、まだあるんじゃないか。

 

 けれど、今は考える時間がなかった。

 

「ってことで、特訓に戻るぞー。めんどくせーけど、足手まといからは卒業してもらわないと困るからな」

 

「……マックスとキャリバーは、もうちょっと手心を加えてくれると嬉しい、です」

 

「善処しよう」

 

「善処じゃなくて、約束してほしい……。って、電話か」

 

 ベンチに置いていたバッグの中、マックスに以前貰った古い携帯電話が鳴りだす。BGMはTake me higher。一日の初めに聞くと、無条件で勇気が出る曲だ。

 

 携帯を取り出すと発信元は響から。何だろうか、今日の夕飯の買い出しは済ましているし、帰りが遅くなるとかそんな要件かもしれない。

 

「居候してんだから、裕太の用事を優先しろよー」

 

「言われなくても分かってるって。……もしもし、響か?」

 

『おい! リュウタか!?』

 

 けれど、電話から聞こえてきたのは、俺をこのめちゃくちゃな特訓へと突き落としてくれた内海の声だった。何やら興奮気味にわめいているが、俺だって内海には言いたいことがある。なので、まずは文句をつけてやろうと考え、

 

「うつみー、オマエのおかげでとんでもない目に――」

 

『リュウタ!! 新条が合コンするってよ!!!』

 

「……ぇ?」

 

 瞬間、俺の目の前は真っ暗になった。




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感・覚

グリッドマンと合流できたので、死亡フラグも一応、落ち着きました。……一応。


 人生っていうのは何が起こるか分からない。

 

 記憶喪失になるだけでも一般人には縁遠いだろうし、その上に、巨人になって怪獣と戦ったり、売れないバンドみたいな不審者たちに面倒をかけたり、運よくオタク仲間と巡り合えたり。

 

 自分で言うのもなんだが、これだけ短期間で色々と発生する人間はそうはいない気がする。巨人になれるのは俺と響だけだし。

 

 なので、内心、これだけ色々あったのだから、この後に驚くことも、そう多くはないと思っていた。ここ数日は、マックスたちに追い回されたり、ドタバタしてはいたが、心の中は穏やかだったから。

 

 それが、こんな、緊張で全身が震えるような出来事が降ってわくなんて。今も、目の前で起こっている出来事が理解できていない。突然にすぎて、頭の回転も追いついてくれなかった。

 

 なにせ、

 

「ん? どーしたの、ぼーっとして。美味しくなかった? トマトジュース」

 

「い、いや。そんなことは。……すごく美味しい」

 

「そっか、よかったー! 味も良いんだけど、飲み心地もお気に入りなんだよね。昔の血糊みたいにドロッとした赤色なの、ポイント高いんだ」

 

「う、うん?」

 

 それはポイント高いのだろうか。むしろ、それを飲んでいる身からすれば、少し食欲が落ちるというか。でも、そんな感情は口には出さず、美味しいと言った通りにトマトジュースを飲み干す。そうでもしないと、頭が緊張で破裂しそうだった。

 

 バレバレというか、自分から見てもあからさまな仕草。けれど、横に並ぶ『彼女』はそんな様子を見て、楽しそうに目を細めて、笑うのだ。

 

「もう飲んじゃったんだ。そんなに好きなら、おかわりあげよっか?」

 

「もし、あるなら……」

 

 炎天下を歩いてきたから、喉は乾いているし。

 

「じゃあ、はい。飲んでいいよ」

 

「……え!?」

 

 その手に持ったジュースパックは。いや、ジュースパックだということは分かる。分かるけど、そこに既にストローが刺さっていて、先っぽには使用済みだと言わんばかりに、微かに噛み跡がついているのは。

 

 それを差し出して、あまつさえ『飲んでいいよ』って。

 

「……あの、その」

 

 俺は何と答えていいのか分からなくなる。出会って数日。しゃべったのは一時間前が最初。なのに、こんな……。

 

 顔を真っ赤にして、ジュースと彼女の顔を何度も何度も見ていたのは、当然、彼女にも伝わって。

 

 突然、彼女は両手で口元を押さえると、体をくの字にして震わせた。

 

「ふっ、ふふふ。うっそー! もー、そんなに顔真っ赤にして、かっわいいなー。ヒーロー君なんだから、もっとカッコつけないと、ダメだよ?」

 

 目の前から引っ込められたジュース、代わりに突き付けられる、柔らかな満面の笑顔。

 

 新条アカネさんが、俺の前にいて、笑ってくれている。

 

 それだけで嬉しくて、気恥ずかしく、どこか悲しくて。手が震えるほどに感情が暴れまわるけれど、俺からは何もすることができなくて。

 

 ただ、この唐突に始まった時間を噛みしめながら、俺は事の始まりを思い出していた。

 

 

 

『新条アカネが合コンする』

 

 数日前、内海から情報を聞かされた瞬間、全身の力が抜けて、冷や汗が噴き出すのを感じた。

 

 もちろん、新条さんと俺との関係は未だにわからず、まともに会話の一つもしたことがない。そんな俺が彼女の行動に、何も感じる資格がないのは分かっている。分かっているけれど、彼女は好きな人で、今の俺にとってただ一人守りたい人。

 

 そんな新条さんが、合コンに出ると聞いて、焦りを抱く心は止められなかった。

 

 しかも、相手が……。

 

 『Arcadia』とかいう、数人の大学生集団らしい。界隈では有名だとかで、彼らの動画を見せてもらったが、何とも考えなしそうで、今どきというか、高校生を合コンに誘う大学生とか。モラルはしっかりしてんのか、この連中は、というか。ほんと、あの顔見ているだけで……。

 

「……やべっ」

 

 頬を叩いて、湧き上がってくるマイナスエネルギーを封じ込める。

 

 まあ、気に食わないのは確かだ。間違いなく、嫌いだ。昔の俺はああいう動画を見ていたかもしれないけれど、今は大嫌いだ。

 

(だけど、止めろとか言う権利もないし。そんなことしたら迷惑だろうし)

 

 そうして変身できるだけで、何もできない俺が何をしているかと言えば、新条さんとあのむかつく連中が入っているだろうカラオケボックスを見上げるだけだった。

 

 内海からの電話は、端的に言えば尾行の誘いだ。新条さんと宝多さん、あとは知らない彼らのクラスメートが合コンするから、あとをつけて様子を見ようと。

 

 内海がそうする理由は、よくわからなかった。いや、もしかしたら、あいつも彼女に何か気持ちがあるのかもしれないけど。一方で、響は前に感じた通りに宝多さんが好きなのだろう。そして、俺も来ないか、とあいつらは誘ってきた。

 

(……内海には話してないんだけどな)

 

 新条さんとの関係のこと。

 

 ああいう話題を響が勝手に話すとは思わないけど……。態度でバレたのだろうか。

 

 ただ、今、この場所に内海達はいない。

 

 俺はため息を吐きながら、手に持った携帯電話を見つめる。時代遅れの古い携帯。これが俺と内海達をつなぐ唯一の連絡手段。けれど、メールでカラオケ屋の住所だけ知らされて、その後の音沙汰が全くなかった。

 

「ふつー、待ち合わせ時間くらい教えろよ。もしくは部屋番号」

 

 日陰で待ちながら、連絡を繰り返しても、やはり返信はない。

 

 それはそうだ。尾行に行くか、なんて動機に、気合が入るはずもなく、出発するまで迷いに迷って、最後は宝多さんのママさんに店を追い出されてきた身。結果として、かなり到着は遅くなっていた。そんなものだから、きっと二人は尾行を始めてしまったのだろう。

 

 尾行中なら、携帯も切ってるに違いなく、これは無視されているとかではない。そして、彼らが何処にいるかも分からない俺は、カラオケ店の入り口をウロチョロとするしかなかった。

 

(さて、どうするかな……)

 

 内海、いや、そもそもの新条さんが本当にここにいるかも分からない。早々に場所を変えているかもしれない。彼女と会ったときに何と言えばいいのかも分からない。初対面がストーカー行為なんて悪印象はごめん被る。

 

 ……万が一、彼女が例のArcadiaと仲睦まじくしている様子なんて見たら。あのチャラい連中と笑顔で肩でも組んでいたら……。

 

「……かえろ」

 

 ああ、何たるヘタレ具合。

 

 シグマも、今は何も言わないでくれよ。

 

『……人間の感情とは、複雑だな』

 

 だから、何も言うなって。

 

 俺はゆっくりと未練を残しながら、カラオケ店へと背を向けて歩き出す。空は晴れてるのに、どこか霧がかる。さらには、空気はじんわり夏の湿気。そんな天気と同じように、今日は最悪の一日だと思いながら、ビル影の境界を乗り越えようとしたその時、

 

「うおっ!?」

 

 とんっ、と背後から、柔らかくも勢いのある衝撃が伝って、俺は大きく体をつんのめらせてしまった。

 

 

 

 数分遡って。

 

 ガチガチガチガチ。

 

 エレベーターの中、小柄な少女が一人。見るからに淀んだ空気を纏って、顔はうつむき、無表情に目が剥かれ、ほそりとした指は、何度も何度も、1階へのスイッチを押して押して押しまくる。

 

 そこに、いつもの可憐な美少女の面影はなかった。

 

 一刻でも早く、この汚らわしい場所から離れて、忌まわしい記憶を根こそぎ消し去りたい。新条アカネは、そんな地獄を煮込んだような感情だけに突き動かされている。

 

 最悪、なんて言葉では言い表せない。

 

 あの軽薄な男たち。

 

 汚らしく髪を染め上げて、脂と似合わないコロンの匂いを纏わせて、それでいて、女は俺たちのこと好きなんだろ、みたいな薄っぺらい自信を貼り付けて迫ってきた男たち。

 

 喧しく、品がなく、無神経にアカネに触れて、さらには怪獣を馬鹿にしたゴミども。あれ以上、同じ空間にいることなんて考えられず、言い訳もなしに部屋を飛び出してしまった。

 

 それを思い返しながら、少女の殺意は更に膨れ上がる。

 

 頭の中では、何度となく、彼等の肢体を引き裂いて、怪獣の餌にして。いや、エサにするなんてご褒美はいらない。それよりも生きたままドロドロに溶かして、誰にも知られないまま、塵にしてやりたいとまで。

 

(私の世界に、あんなのいらない……!!)

 

 だが、あくまで、それは少女にとっての主観ではあった。

 

 男たちにとっては付き合ってもらっている以上、ゲストには楽しんでもらいたいという気遣いがあったかもしれない。あるいは、アカネの言う通りに、年の差離れた女子高生とあわよくば、なんて下種な発想をしていたのかもしれない。それは、彼等にしか分からない。

 

 だが、この世界にとっては、アカネの感情が全てであり、神の意志そのもの。

 

 アカネにとって、彼等は汚らわしく、彼女の大切なものを踏みにじって、無作法に触れてきた邪魔者でしかなかった。

 

(最悪……! 最悪……! ほんとキモチワルイ。あんなのに触れてほしくなかったのに! 私に触っていいのは、『あんな』奴らじゃないのに……!!)

 

 わがままな神様らしく、端から端へと揺れ動く感情は止まらない。合コンなんかに誘ってきたはっすとなみこ。わざわざ付き合ってやったのに、響裕太に関する情報を一つもくれなかった『親友』の六花も。たとえ、六花がお気に入りであっても、少しは憂さを晴らしてやらないと気が済まないほどに。

 

 少女は設計図を練る。

 

 描くのは怪獣。それも飛び切りに醜悪で、恐怖をあおる怪獣。六花の処遇はともかく、Arcadiaの連中だけはすぐにでも恐怖を浴びせて殺してやらないと。

 

 エレベーターが一階につくなり、アカネは不器用に走り出す。目指すは悪魔のいる自宅。けれど、外はアカネの暗い気持ちと比べると、眩しいほどの陽ざしだった。

 

 目がくらんで、頭の中は殺意でいっぱい。アカネは目の前の人影に気づかないまま、

 

「……っ!?」

 

「うおっ!?」

 

 固い背中にぶつかってしまう。

 

 それは、あの連中と同じ、男の子の体だった。

 

 同じくらい、キモチワルイとしか思えない『はず』の存在。瞬間的に殺意が湧いて、こんな時に邪魔してくる奴なんて、殺してやりたいと思う『はず』だったのに――。

 

(……あれ?)

 

 ふ、と。少女の心によぎったものは、決して嫌な感情じゃなかった。それどころか、あんなに憎かった気持ちを一瞬でも忘れて、安心感すら抱くくらいに。

 

 その事実に呆然と。そして、気を抜いた瞬間に、手に握りしめていたスマホまで落としてしまう。それは、目の前でよろける男の子の元へと、軽く弾んで、音まで妙にリズミカルに転がっていった。

 

 アカネの視界の中、どこにでもいそうな、平凡な少年が手を伸ばす。男の子がそれを自然と拾い上げるまで、止める声すらつくれない。

 

 そして、

 

 

 

「……これ、ヅウォーカァ将軍?」

 

 

 

 小さく、困惑気味に告げられるキャラクター。それは、アカネのスマホ画面に燦然と輝くマイナーな星人の名前だった。よりにもよって『にわか』がバルタン星人なんかと勘違いした悪役を、目の前の男の子は当てるなんて。

 

 

 

「あは」

 

 

 

 思わず、少女の口から笑い声が零れる。

 

 ああ、なんてことだろう。

 

 どマイナーも、どマイナー。特撮でも禁じ手に近い、夢落ちギャグなんてやらかした回の、存在さえしない悪役。それを言い当てたのが、

 

「久しぶりだね、ヒーロー君♪」

 

 グリッドマンの偽物だなんて。

 

 

 

(ほんと、どうしてこうなったのだろう)

 

 蒸し暑さの中、額ににじんだ汗を拭きとりながら、俺は息を長く吐く。

 

 緊張して、指先まで震えてしようがない。

 

 ついさっきまで、気持ちは最悪だった。よりにもよって好きになった子が合コンしてて、俺は何もできずに負け犬根性丸出しで立ち去ろうとしていたのに、

 

「ねえ、ヒーロー君はゴルザとメルバだとどっち好き?」

 

「えっと、メルバ」

 

「うわっ、そっち選ぶなんてマイナー!」

 

 新条アカネさんが目を丸くして、俺は冷や汗が伝う。

 

 しまった、ゴルザの方が正解だっただろうか。けど、デザインの美しさで言えば、俺はメルバの方が好きだった。ティガの初回以来、めったに出番はないし、平成のゴモラ扱いされている相棒と比べると、マイナーのそしりは免れない。

 

 それでもファンの視線を離さない、細身でスタイリッシュな姿。あの美しい翼たるや、改めてティガを見始めた瞬間に、好きだという感情が蘇るほど。何が何でも、メルバは美しいし、お気に入りの怪獣だ。

 

 そう思っていると、新条さんは一転、にっこりと微笑みを向けてくれる。

 

「私も好きだよ、メルバ」

 

「っ、そうなんだ!」

 

「うん。ゴルザの方が大暴れしたから好きなんだけど、最近は不憫な方も応援したくなってね。メルバの方が、街もぼろぼろにできそうだし! 怪獣が空飛ぶと、ビルとか人が舞い上がるの、良いよね!」

 

「そ、そうだね……」

 

 可愛らしい口調で、ちょっとばかりの物騒な言葉。

 

 内心、全面的な同意はできなかったけれど、笑顔を浮かべるアカネさんはとても可愛らしく、何より、自分が好きなものを、彼女も好きだと言ってくれることが嬉しかった。

 

 そんなひと時の始まりは、十分ほど前。背中に突然ぶつかってきた新条さんが落としたスマホ、そこにあった意外なアイコンに驚いた後、不思議な笑顔を浮かべた彼女は顔を寄せてきた。

 

『ちょっと付き合って♪』

 

 なんて小悪魔のような一言と共に。

 

 その後は、訳が分からないまま、俺は彼女と並んで街中を歩いている。話しているのは、ずっと怪獣の話。怪獣に始まり、怪獣が続き、怪獣に溢れている。

 

 平成三部作も、昭和のウルトラ兄弟も、ニュージェネ組まで。

 

 新条アカネさんは無類の怪獣好きだった。俺がオタク心をむき出しにして、マイナーな話題を振っても、平気で付いて来れるくらいに。そして、

 

(……もしかして、記憶失う前も、こういう風に話したことがあったのかな)

 

 話しているうちにそう思い、心のどこかで同意が帰ってくる。きっと、そうだと。そして、そうなのだとしたら、

 

「……うれしいな」

 

 安心して、温かくて、浮き立つようで。霧に包まれた街のすべてが、今、彼女との思い出を刻んでいく大切な場所になっていく。

 

 最初は、彼女と俺との間にどんな繋がりがあるのか、想像もできなかった。俺に残っているのは、名前を呼んでくれたことと、記憶の中で泣いている、切ない思い出だけ。

 

 あんなに可愛い子と、どんな話をしていたのかも分からなくて、あの思い出もともすれば俺の勝手な思い込みなんて可能性もありえて。自分の不確かさが怖くて、仕方なかった。けれど、怪獣の話題で、こんなに楽しくなれるなら。

 

「あのさ、俺たちって前にも会ったことなかった?」

 

 問いかける口を止めることはできなかった。

 

 彼女は、きょとんと眼を丸くする。緊張に顔を固める俺をじっと見て、そして、からかうように口元を弧にすると、半歩、距離を寄せて、顔を下からのぞかせるように彼女は答えた。

 

「えー、今の台詞、ナンパみたいだったけどー。もしかして、口説いてるんですか?」

 

「い、いや! そんな、ナンパとかじゃ!? ……でも、じゃあ、どうしていきなり誘ってくれたのかなって」

 

「だって、私たち、前にも会ってるでしょ? 覚えてないなんてヒドイなー」

 

「……っ」

 

 息が止まりそうになる。

 

 もしかしたら、俺の正体が分かるかもしれない。俺のことを覚えている人が、いてくれるかもしれない。そして、何より、この子と一緒にいれる理由があるかもしれない。

 

 そんな期待だけが膨らみ、

 

「この間の雨の日。道路で倒れてた時に、助けてあげたじゃん」

 

「そ、そっちか……」

 

 途端に夏の暑さが重く感じられて、俺は肩を落とした。

 

 確かに、一度会っている。

 

「私も気になってたから、ちょっと安心してるんだ。助けたって言っても、ちょっと道の真ん中から、脇に引っ張っただけだけど。それでも、気になるでしょ? 怪我とか、もう大丈夫?」

 

「あ、それは。もう、大丈夫。……それ以外で会ったこと、とかは」

 

「ないと思うよ?」

 

「……そっか」

 

 最後にもう一度ため息。

 

 いや、我ながら虫のいい話だとは思う。ありがちな恋愛小説みたいに、彼女だけが俺のことを覚えていてくれるかも、なんて。他の人が誰一人そうでないのなら、きっと、彼女だって例外じゃないのに。

 

「あ、でも、すれ違ったとかならあるかも。私、ずっとこの街だし。ね、ヒーロー君はどこから来たの? ここ出身? それとも、遠くの国から来たり?」

 

「……それが、ちょっと複雑な事情があって」

 

「うん?」

 

「……俺、記憶喪失なんだ」

 

 そう言うと、新条さんはまたも興味深そうな眼差しで、どこか探るように尋ねてきた。今度はからかう調子はなかった。

 

「……記憶喪失、か。ねえ、うちのクラスメートにも、記憶喪失の子がいるんだけど。知ってる? 響、裕太君って子」 

 

「あ、うん。この間知り合って、友達」

 

「へえー」

 

 小声で、『不思議だねー』なんて。感慨もなさそうに呟く彼女の横顔は、言葉と裏腹に、複雑な気持ちが隠れているように感じられた。その中にある物を知りたいと、思って、けれど、彼女はそれを遮るように、がらりと話題を変えてしまう。

 

「まあ、こんなつまらない話はナシナシ!! せっかくだから怪獣の話しよ! ヒーロー君は、どんな怪獣が好き?」

 

「そういえば、そのヒーロー君っていうのは……?」

 

「細かいこと気にしないの! 

 怪獣も、ゴモラみたいなオーソドックスな恐竜型とか、プリズ魔みたいな変なのとか、色々あるけど、好きなのどれ?」

 

「えっと、怪獣ならだいたい好きだけど、合体怪獣は特に」

 

 ファイブキングとか、タイラントとか。ベリアル融合獣とか。一番のお気に入りなTDGシリーズには少ないけれど、怪獣の造形としては素直にかっこよくて好きだ。

 

 新条さんはそれを聞くと、上機嫌にスキップをしながらトマトジュースを口に運ぶ。

 

「男の子って感じ! でもいいよね、合体怪獣。ああいうのって、デザイナーの力量でるんだよ? パーツぶつ切りだと、バランス良くないし。だからって形にはめようとしたら、せっかくの合体怪獣の意味ないし」

 

「カッコよくまとまっていると、すごいワクワクするんだよね。新条さんは? 好きな怪獣?」

 

「あれ、名前、教えたっけ?」

 

「あ、その……」

 

「ふふ、理由は聞かないであげる。これ、貸しにしちゃうから。

 わたしは……。強い怪獣が好きだよ。ウルトラマン倒しちゃうくらいの」

 

 ウルトラマン倒すレベルって言うと。

 

「キングジョーとか?」

 

「元祖ラスボスのゼットンも」

 

「平成は強敵多いよね。ガタノゾーアは?」

 

「好き! あとは、ゾグの第一形態に、イフに、グリーザに……」

 

 あと、強いといえば、

 

「ベリアルとか、どう?」

 

「だめ! 視聴者に媚びたウルトラマンもどきじゃん! あいつら、怪獣の出番も奪っちゃうんだから最悪だよ。あ、でもベリアル系怪獣はそこそこ好きかなー。なんで、あれだけ怪獣型なんだろ。元はウルトラマンなのに」

 

 あんまりな物言いに、思わず笑ってしまう。ここまで怪獣好きが極まっていると、気持ちいいくらい。最初に感じていた緊張もいつの間にか、どこかへ飛んでいってしまって、記憶喪失だとか、そんな事情まで、どうでもよくなってしまう。

 

 街角を歩きながら、時々アイスを買ったり。

 

「マグニアとかのグロい系のって、ちょっと抵抗あるんだ」

 

「私は平気だけど……。ああいうのって、見掛け倒しで戦うと残念なの多いよね」

 

「基本、からめ手だしね。本体が弱いのって多いよ」

 

 新条さんが興味を持った店を覗いてみたり。

 

「マガジャッパみたいな、ヘンテコなのが意外と強かったりするのもいいよね」

 

「あー、分かる。こんなのに苦戦するのかよ!? とか」

 

 ちょっとした特撮系のショップを見つけて入ってみたり。

 

「最強怪獣議論とかしない?」

 

「……絶対にこじれるから、止めておきたいなぁ。イフとか出てきたら、決着つかないし」

 

「……確かに、止めとこっか」

 

 怪獣の話をして、笑って、楽しんで、なんでもなく街を歩いていく。

 

 その間、あのカチリという奇妙な感覚が頭の奥で何度も鳴って。それでも、今はその刺激さえ優しく、失った記憶の向こうから、かつての自分が優しく微笑んで、『そうだ』と、これが俺の求めていた時間だと教えてくれるよう。

 

 それは、友達になれた内海とは少し違う。同じ話をしていても、身体の奥から安心感が体を包んでくれるみたいで、密やかに抱いている彼女への好意が深まって、確かなものになっていく。

 

 こうしている時間の全ては、俺にとって。

 

「なんか、奇跡みたいだ……」

 

 どこともなく歩き回った末に、夕暮れ色が広がる空の下、新条さんとベンチに座りながら呟く。零れた言葉は、自分でも奇妙な物言いだったけれど、そうとしか言いようがなかった。

 

 言われた新条さんは、不思議な表情を浮かべて。そして、息をのむと、ゆっくりと時間をかけて首を傾げた。

 

「奇跡って、大げさ。……それより、変だとは思わないの? 女の子で怪獣好きなんて」

 

 怪獣やウルトラマンは男の子のもの。女の子が好きになるものじゃない。

 

 なんて、世間一般では言われているのだろう。記憶を失っていても、それくらいは分かる。小さいころに男の子は戦うヒーローに憧れて、女の子はヒロインに憧れる。その中で、爬虫類みたいな、決して可愛らしいとは言えない怪獣たちを好きになる女の子がどれだけいるのだろうかといわれれば、少ないに違いない。

 

 でも、

 

「女の子だから、怪獣を好きになっちゃいけないなんて」

 

 それは違うと思う。

 

 俺は記憶喪失だったり、変身できたり、怪獣好きだったり、人と大きく違うことばかり。でも、周りの連中だって、はたから見たら変人だ。でも、彼らはそれ以上にいい友達で、仲間で。彼らと過ごした時間から、人間一人一人、事情も個性も違うんだと、知ることができた。

 

 それなら、好きなものも、自由でいい。

 

 自由でいいはずだ。

 

(それに……)

 

 俺は新条さんの顔を見る。今は怪訝な表情で、じっと俺を見つめているけれど、街を歩いている間、怪獣の話をしていた彼女の顔は、

 

「そんな新条さんが、すごく、綺麗だったから……」

 

 無邪気で、楽しげで、心の底から好きだという感情が溢れ出ていて。何度でも見惚れてしまうくらい、ともすれば、勢い余って抱きしめたくなるくらいに。そして、俺にとって、彼女がそんな笑顔になれることが、何よりも大切なことに思えた。

 

「……その、会ったばかりで何言ってんだと思うだろうけど。本音で」

 

「ほんと、口説いてるみたいだね」

 

 透明な声。

 

 気恥ずかしさからうつむき気味だった顔を上げると、新条さんは軽く伸びをしながらベンチから立ち上がり、夕日を背にして俺へと振り向いた。さわさわと風に揺れる前髪から、赤い瞳が微かにだけ。そんな、美しい景色に見惚れたままの俺と、何かを言いたげな彼女との無言の時間が流れていく。

 

 そして、

 

「ねえ、ヒーロー君は……」

 

 小さな、小さな声が耳に届いて。けれど、

 

「ううん、なんでもないや。……じゃあ、またね」

 

 新条さんが夕日の中に溶けていくように、走り去っていく。楽しい時間の終わり。連絡先も知らない彼女との別れ。それでも、心の中には不安なんてなかった。

 

「……うん、また」

 

 『またね』なんて、奇跡みたいな言葉。こんな言葉を交わせることが、とても嬉しくて、疑おうなんて気持ちはみじんも起こらなかった。

 

 

 

「……ただいまー」

 

 少女は無感情の声を上げて、自分の城へと帰ってくる。怪獣と、ごみ袋と、悪意の残骸だけを詰め込んだ世界の中心へ。それは、彼女にとってのルーティーンで、出迎え役も変わることはない。

 

『やあ! お帰り、アカネ君。今日は楽しかったかい?』

 

 部屋の隅のパソコンに置かれたPCから、紳士な問いかけをしてくる悪魔だけ。見た目は極限まで怪しく、それでいて親しい友人に対するようにアカネへと話しかけるアレクシスへと、アカネはブスリとした声を上げた。

 

「前半はサイアク! あの連中! ほんと気持ち悪いし、うるさいし、鬱陶しいし!! なんであんなのいるのか分かんないくらい!!」

 

 吹き出す癇癪と、不平不満。アカネは妙に綺麗なフォームでごみ袋を蹴り上げて、バスリバスリと音を響かせる。

 

『おやおや、それは災難だったねえ』

 

「ほんとだよ! 六花もグリッドマンのこと教えてくんないし! なみことはっすも!! あんなの連れてくるなんて許せないし!!」

 

『君の言うことを聞かないなんて、本当にダメなクラスメイトだねえ。けれど、それにしては……』

 

「なに?」

 

『フム……、私には、君が嬉しそうに見えるのだが』

 

「え……」

 

 と、アカネは驚き、口元を押さえる。ゆっくりと指を動かすと、そこは確かに、笑う様に弧を描いていた。

 

 この部屋に来る時には、我慢しなくていい感情を爆発させて、肯定しか返さない悪魔へと欲望をぶつけていた。ここで笑うなんて、ターゲットを殺した時の、残酷な笑顔くらい。

 

 なのに、今のアカネの笑顔は、とても穏やかだった。それはきっと、

 

「……あの子のせいかな」

 

『あの子?』

 

「うん。グリッドマンもどきに変身する子。ちょっと会って、話をして……」

 

 夢見るように呟きながら、アカネは戸棚の上から一つのソフビを取り出す。ウルトラマンティガのラスボスで、女の子が抱えるには凶悪な見た目をした大怪獣ガタノゾーア。

 

「……変だよね、ヒーロー役なのに怪獣が好きなんだって。普通はさ、あんなのに変身できたら怪獣なんてどうでもいいよ。弱いって言っても、デバダダンは倒せるくらいなのに」

 

 椅子に座ってぎゅっとお気に入りを抱きしめて。そうすると、不思議と彼との時間が頭に浮かんでくる。

 

 たったの数時間だけれど、アカネの心は満たされていた。普段は隠している怪獣趣味も、自然と出せた。毎日の苛立ちと物足りなさを忘れて、楽しく、穏やかで、何だか安心できて泣いてしまいたくなるくらいの心地よさがあった。

 

(最初は、ただの偵察のつもりだったんだけどな……)

 

 怪獣使いの神様と、弱いけれどヒーローなグリッドマンもどき。彼を敵と認めるにはあんまりにも弱すぎて、グリッドマン相手程ムキにはならなくても、敵は敵。

 

 そんな相手との時間を、自分が楽しんだ事実と、

 

(それに……)

 

 アカネは目を閉じ、夕焼けの景色を思い出す。

 

 少年の恥ずかし気な口説き台詞。笑っちゃうくらいにべたべたで、それでも馬鹿みたいに素直な言葉。

 

 あの言葉を、アカネはどこかで聞いた気がする。

 

 それだけじゃない。尋ねられた時、彼には『知らない』なんて告げたけれども、本当は妙な既視感と胸の疼きが続いていた。この世界では全知全能の神様で、いらないものはたくさんあるけれども、気に入ったものくらいは覚えているはずだったのに。

 

「なんか、不思議だね……」

 

 ゆっくりと、椅子へと体を沈めて、ありえない眠りにつくような少女へと、保護者面をした悪魔は試すように尋ねる。

 

『私としては、アカネ君が楽しかったというのなら、それでいいのだけれどねえ……。それじゃあ、その子に免じて、嫌な奴らも許してあげてはどうだい?』

 

 そんな言い方をすれば、少女がどうするかなんて、悪魔にはお見通しだったから。

 

「え? なんで? 逆だよ、アレクシス、ぎゃく!!」

 

 だから、少女はあっけらかんと、当たり前のことを言うように。気を取りなおしたように、眼鏡をかけて、カッターの刃を伸ばし、頭の中の破滅のイメージを具現化しようと粘土を切り刻みはじめた。

 

 『光が強くなると、影もまた』なんて、ヒーローものにはありがちな台詞だけれども。

 

「楽しいことの後って、嫌なことはもっともっと嫌に感じるんだよ。だからー、もっと、あいつら苦しめて殺そうと思うんだ! とびっきりに凶悪な怪獣を用意して!! ね! もちろんアレクシスは協力してくれるでしょ?」

 

『それでこそアカネ君。もちろんだとも! それに……』

 

 

 

『「怪獣好きの男の子」とは……。フフフ、本当に、楽しみだねえ』

 

 

 

 神様と悪魔が嘲笑を交わした夜、『Arcadia』と呼ばれた青年たちが、この世界から消え去った。




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再・戦

 きっかけはふとしたことだった。

 

 あの子との、奇跡みたいな一日が明けて、そういえば、なんて。

 

 響の出かけている間、居候らしく、部屋の掃除をして、買い物に行って、この後は不審者たちに追われるのだとストレッチをしながら開いた、あのいけ好かない大学生たちのチャンネル。

 

 昨日聞くところによると、新条さんはオフ会を抜け出してきたというから、そのことを動画でネタにしているかもと心配になったのだ。ああいう連中は私生活を晒して当然と聞くし、彼女のことであることないこと喋っていたら、こちらも出るとこに出てやるぞ、なんて冗談半分、本気半分の軽い気持ち。

 

 けれど、

 

「……シグマ」

 

『これは……』

 

 いない間は使っていいと言ってくれた、響のパソコンを見つめて、呟く。冗談なんて気持ちは吹き飛んで、ジワリと、額に冷や汗が伝ってきたのが分かった。

 

 もう、画面の向こうには誰もいない。

 

 チャラチャラした大学生も、陳腐な私室のセットも、騒がしい声も、何もかも。「チャンネルが見つかりません」なんて数個の文字だけを残して、鬱陶しいほどの存在感を振りまいていた『Arcadia』が消え去っていた。

 

 動画サイトを離れて、検索をかけてみる。未成年を連れまわしたことがばれて取っ捕まったとか、アカウントを潰されたなんて理由だったらざまあみろと笑えたのに、そんな理由も見つからなかった。SNSにも、ホームページにも、彼等の名前一つさえ見つけることができない。

 

 一分と、二分と、十分と。ページをめくるクリック音だけが早くなっていき、

 

「……っ!!」

 

 パソコンを閉じ、数少ない私服のジャケットを羽織ると、俺は慌てて部屋を飛び出した。向かう場所は決まっていて、することは明らか。

 

 こんなことは普通じゃない。昨日まで生きていた、この世界に存在していた人間が記録も残さずに、元からいなかったように消えてしまうなんて。

 

 そんなことを起こせるモノは唯一つ。

 

(また、怪獣かよ……!!)

 

 息を乱し駆けていく霧の街。その奥で不気味な笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

 大急ぎでみんなを呼び出し、汗みどろになりながら『絢』へとたどり着いた時、内海達は普通にくつろいでいた。最初からここに来ていたのだろう。新世紀中学生たちも同じ。宝多さんだけが、そんな彼らに呆れ顔を浮かべている。

 

 そんなところへと、汗水たらした俺が倒れ込むように来たもんだから、内海は顔をしかめながら尋ねてきた。

 

「? どうしたよ、リュウタ? 呼び出したと思ったら、そんなヒッポリトみたいな顔して」

 

「誰がヒッポリトだ!? 赤くねえし、あんなに口とか伸びてねえだろ!!」

 

「いやー、お前、相当真っ赤だぞ。鏡見てみろよ……」

 

「ほんと、ちょっとは空気よめ!?」

 

 これだからウルトラオタクは! なんて、自分にもストレートに突き刺さる暴言を内心で吐き出しながら、俺は携帯を内海達へと突き出す。当然、そこに示していたのは消え去った彼らのチャンネル。

 

「これって、昨日の連中のチャンネル……」

 

「……え、なんで知ってるの?」

 

「別に後をつけていたとかじゃ!?」

 

「裕太!? そういうのは黙っとけって!?」

 

「……マジ? 尾行していたとか、ほんとにキモいんですけど……」

 

「り、六花……。あれ、でも……」

 

「……おい、これって」

 

 最初は年頃の高校生らしく、女子の一言に一喜一憂していた響たちが、次第に言葉を失くしていく。各々が自分のスマホで事態を把握した時には、口を開く奴は誰もいなかった。

 

 和やかな喫茶店の中で、重苦しい空気だけが流れて、

 

 

 

「……なんで?」

 

 

 

 宝多さんが呆然と零し、皆の視線が彼女へと向かった。

 

『六花、君は彼らと親しかったのか?』

 

 店の奥に置かれたジャンクから、グリッドマンが声を飛ばしてくる。それに対して、宝多さんは直ぐに小さく首を振った。否定の合図に、淡々とした言葉。けれど、顔色は少し青ざめて見えた。

 

「……別に、よく知ってるわけじゃないし。どちらかって言えば、ちょっと変な人たちだったし。でも、昨日会ったばかりで、元気だった人なのに、なんでこんな……」

 

 俺も内海も宝多さんに何も言えなかった。響だけが半歩、彼女に近づいて、気遣う視線を送る。

 

 彼女の気持ちが分かるなんて、俺には言えない。今はそもそも知り合いが少ないし、誰かと遊んだ経験もごくわずか。新条さんだったり、内海達だったら別としても、他人が死んだからって、同じように悲しめるとは思えない。

 

 けど、そんなセンチメンタルな気持ちに浸っている時間はなかった。

 

 考えるのは、宝多さんの言葉。

 

 『なんで』

 

 そう、なんで、だ。

 

 こんな何万人もの人が暮らす街の中で、彼等だけがピンポイントで消え去ったのか。しかも、こんな、昨日の今日のタイミングで。

 

 この間のように、怪獣が大暴れしていたら、誰かが気づいていたはずだ。なぜか、他の人は怪獣に関する記憶が消えてしまうが、俺達は、その影響を受けたりはしない。

 

 ということは、今回、怪獣は気づかれないように、『Arcadia』だけを襲ったことになる。

 

 だから、なんで。

 

 怪獣らしく暴れればいいのに、そんな面倒なことを怪獣がしたのだろうか。その答えは内海も、響も、俺も、半ば想像がついていた。ボラーが椅子に背を持たれさせながら、言う。

 

「やっぱ、いるんだろ、黒幕」

 

 精一杯の悪態を吐き捨てるよう。

 

 俺たちは慌てて、新世紀中学生を見る。視線が集まったのは、外見はともかく、中身は一番まともなマックス。彼も大きな頭を縦に動かして肯定を返してきた。ヴィットも、珍しくスマホを下げて真剣な目を向けている。キャリバーは……、きっと、それが当然だと思っていたのだろうか、机に顎を乗せたまま、どこともなく視線を漂わせていた。

 

 黒幕。

 

 宇宙人だか、異世界人だかも分からない。もしかしたら、人間かもしれない。

 

 だが、何者であろうとも、怪獣を操って、街を襲わせている、怪獣使いが街にいるのだと、彼等は確信していた。

 

「これまでの怪獣は明らかにグリッドマンに対抗して力を増していった。加えて、あの黒い怪獣。ヤツは確かに、グリッドマンを倒すためだけに生まれたと言っていた。つまり、」

 

「……グリッドマンを倒すために、怪獣を操っている奴がいる。いや、それだけじゃねえ。作っている奴がいるんだな。ヤプール並みに悪どい黒幕が……ってアイタっ!?」

 

「ヤプールって誰だよ! ヤプールって! 分かる言葉使えって!!」

 

「まあ、内海のオタク発言は置いといても。俺とシグマが乱入した時も、機械の怪獣の二体目が妙にタイミングよく現れてた。あの怪獣が自然発生したとか、そういうのはあり得ないと思う」

 

 リアルな出来事にウルトラ知識を持ち出すのは一瞬前の内海みたいだが、伏井出ケイとか、愛染社長とか、怪獣を召喚する能力を誰かが持っていると考えた方が説明はつく。

 

 ただ、そうだとして、

 

「ねえ、待ってよ……!」

 

 宝多さんが切羽詰まったように声を上げる。

 

「六花……」

 

「ワケわかんないんだけど……。何なの、黒幕って? 誰かが、あんな怪獣操って、問川達を殺したってこと? それで、次はあの人たちも? そんなの、そんな偶然って……」

 

 ありえない。

 

(……そうだよな)

 

 問川という子はキャリバーたちからしか聞いていないが、響が初めてグリッドマンになった日、怪獣によって、クラスの女の子たちが殺されたという。俺が初めて戦った、機械の怪獣の時も、響たちのクラス担任が怪獣に追われていたとグリッドマンが言っている。

 

 そして、あの大学生たち。これまでは辛うじて無差別に街を壊していたと言えなくもないが、こんなにピンポイントに、よりにもよって宝多さん達が関わった翌日に殺されてしまったなんて。

 

 自意識過剰と笑うことはできない。偶然でなく、意図して彼らが狙われたと考える方が自然だ。

 

「あの雨の日も、そうだった……」

 

 黒い怪獣に悔しいほどの完敗を喫した日。

 

 俺が我を忘れる前に、あの怪獣が何をしていたか忘れることはできない。

 

『リュウタ、考えがあるのか?』

 

 シグマがアクセプター越しに、皆にも聞こえるように。俺は軽く首を振って応じてから、ゆっくりと声を出した。

 

「宝多さんが言っているみたいに、これが偶然じゃないとしたら。怪獣使いには狙いがあったってことだろ?」

 

 まだ、ただの推測だけど。

 

「俺、見たんだ。グリッドマンがやられた後、あの黒い怪獣は女の子を狙っているみたいに、ツツジ台高校へ向かって行ったのを。街とか、逃げている人間には目もくれないで、一直線に」

 

 殺されたクラスメートたち。狙われたクラスの担任。そして、昨日も、『あの子』は消えた大学生たちといた。

 

「おいおい。ちょっと待てよ、リュウタ。その女の子って……」

 

 血相を変えた内海へと、俺はうなずく。

 

「新条アカネさん。怪獣はあの子を狙っているんだと思う」

 

 

 

「ねえー、アレクシスー」

 

『なんだい、アカネ君』

 

「みんなが心配してくれるのって、ちょっとは嬉しいけど。それが勘違いだったら笑えてきちゃうよねー」

 

 暗い、怪獣とごみばかりの部屋の中。耐えきれないとばかりに、アカネはスマホを投げ捨てると、腹を抱えて笑い出した。

 

 けらけらけらけら。

 

 ほそりとした足をじたばたとさせて、スカートが翻るのも特に気にせず、可笑しいという感情に従うまま。床に転がったスマホには、彼女の『親友』である六花からいくつものメッセージが届いていた。

 

『アカネ、無事なの!?』

 

『見たらすぐ返事して!!』

 

『絶対に家から出ちゃダメだから!!』

 

 どれもこれも、アカネを心配した、焦り顔が伝わってくる文章。自分が無造作に投げ捨てたスマホの画面を思い出し、アカネは、口元に手を当てて、含み笑いを押さえようとして、やっぱり無理で吹き出し、笑ってしまう。

 

「あー、もー、六花は可愛いなー! あんなにクールぶってるのに、めちゃくちゃ構いたがりなんて!」

 

 思い浮かべるのは、クラスで、ドライな今どきJKを演じている六花の姿だ。本当は誰よりも情に厚くて、面倒見もいいお人好し。そんな彼女が冷静の仮面を脱ぎ捨てて、こんなメッセージを送ってきている。

 

 きっと、盛大な勘違いをしているのだろう。

 

 六花だけじゃない。ご丁寧に、内海と裕太までラインを送ってきている。あの二人なんて普段は女子にラインも送れないヘタレなのに。三人が奏でる通知音の喧騒は、怪獣の鳴き声のようにアカネには感じられるほどだった。

 

 内容は六花と似たり寄ったりの注意喚起。送られてきたタイミング的に、みんなで作戦会議でもして、見当違いな結論を出たのだろう。

 

 だから、アカネは愉快でしょうがない。

 

「バカだよねー! 怪獣を作ってるのも、襲わせてるのも私なのに。六花も響君も、私が狙われてるって勘違いしてる♪」

 

『フフフ、それもこれも、君の日ごろの行いが良かったからさ』

 

「やっぱり? 面倒でも学校行ってた甲斐があったよー」

 

 完璧美少女が、神様で怪獣使いだなんて、誰も思いつかなかったに違いない。そんな勘違いをしてしまう、どこか抜けた六花だからこそ。

 

 

 

「ほんとバカだなー。自分も狙われてたのに、外に出ちゃうなんて♪」

 

 

 

 アカネは体を起こして、パソコンの光を瞳に灯す。そこにはとある景色が映し出されていた。

 

 瓦礫と土埃にまみれた街。つい数分前は人と笑顔で溢れていた場所が、怪獣に襲われている。そこに倒れ込んでいるのは、彼女もよく知るクラスメート三人組。

 

 六花となみこ、はっす。

 

 確かに、彼等の推論は盛大な勘違いではあるが、一部だけ正解も混じっていた。ターゲットは他にもいて、それは、昨日の同行者だということ。

 

 アカネの思い通りに動かなかった『親友』と、気持ちの悪い男達と引き合わせた愚図な『クラスメート』。

 

 優先順位はArcadiaより低かったとしても、アカネは彼女たちにも不満を積み重ねていた。怪獣を向かわせるのも当然のことだ。

 

 絢での会議の後、六花がなみこ達の存在も思い出し、急いで合流したのと同時に、怪獣の襲撃が始まってしまっていた。

 

 アカネはなんでもなく呟く。

 

「ま、六花は殺さなくてもいいけど」

 

 六花はいないと退屈だ。けれど、自分を不愉快にさせたのだから、腹の虫がおさまる程度には痛い目を見てもらわないといけない。うまく死なないで、ボロボロ程度ならちょうどいいか、なんて。

 

 そんな歪んだ心に従う様に、アカネの作りだした怪獣『ゴングリー改』が小さい影を追い回していく。

 

 造ったアカネ自身が、悪寒を感じるほどの醜悪で殺意むき出しの触手。怪獣は体からそれを生やして、彼女たちの周りの車や建物を破壊していく。

 

『だが、良いのかいアカネ君? せっかくステルス性能の怪獣を用意したのに。霧も、透明化も使わないなんて』

 

 アレクシスが不思議そうに尋ねた。

 

 怪獣の動きはすぐに彼女たちを殺そうというよりも、いたぶって、恐怖を味合わせるもの。そのせいで、怪獣が出現して既に五分ほど経っても、六花たちはかすり傷しか負っていない。

 

 このままでは、彼女たちを殺す前に邪魔者が現れる。

 

 だが、アカネにとってはそれでもよかった。

 

「んー。まあ、本命はもう殺しちゃったからね。それに、ずっと隠れてるのも、逃げてるみたいで嫌じゃん」

 

『君の拘りは時々、理解が難しいねえ』

 

「アレクシスもちょっとはウルトラシリーズ見なきゃだよー。 ……あっ! ほら、来た来た!!」

 

 アカネが目を見開いてパソコンへかじりつく。決定的瞬間を見逃さないよう、子供のように。

 

 彼女の見つめる中、再び躓いて、地面に転がった六花たちへと最期が迫る。前方は崩れ落ちたビル片が転がり、逃げ場はない。はっすは足を挫いたのか、立ち上がることもできず、六花たちが助け起こそうとするも、焦りから上手くいかない。ついに、恐怖に顔をゆがめて、抱き合い、目をつぶった三人へと迫った触手が――、

 

 彼女たちを傷つけることは、なかった。

 

「やーっぱりきたね。グリッドマンと」

 

 眩しいほどの光が一筋。次の瞬間、憎い巨人が六花たちを庇う様に触手を背で受けていた。六花を見つめる、グリッドマンの顔は常になく優し気で、壊れ物を扱う様に彼女たちをそっと手に載せ、離れた場所へと避難させる。

 

 怪獣が奇声を浴びながら、その背中を触手で八つ裂きにしようとし、またも失敗した。

 

「ヒーロー君♪」

 

 アカネのはしゃぐ声。画面の中に、青いグリッドマンもどきもやってくる。跳び蹴りを浴びせ、怪獣を吹っ飛ばすことでグリッドマンを庇いながら。

 

 アカネは椅子に体を沈めながら、目を輝かせる。

 

 ロボットと合体したり、倒したと思ったら復活したり、やることなすこと、アカネを苛立たせることばかり。そんなグリッドマンを倒したい気持ちは強いけれど、本質的には邪魔者だ。

 

 それよりも、興味があるのは、弱く、情けないヒーローの偽物の方。怪獣好きな、あの不思議な感触の男の子が変身する巨人。

 

 ビルの屋上に六花たちを避難させたグリッドマンと共に、青い巨人も恐る恐ると構えを取る。二大ヒーローの競演なんて言葉が頭をよぎる景色。

 

 なのに、

 

「殺されないように、頑張ってねー」

 

 らしくもなく口から洩れるのは、からかい混じりでも応援の言葉。青いヒーローを見つめるアカネには、どこか嬉しそうな感情が覗いていた。 

 

 

 

 変身は三回目。

 

 慣れたかと言えば、そんなことはない。怪獣を見て、自分なりに気持ちを固めての戦場で、周りを考える余裕もなかったこれまでと比べると、かなり落ち着くことができている。だからだろうか、妙な感傷までついてきた。

 

 街が、ジオラマみたいだ。

 

 霧と、街を囲むように並んだ怪獣たちのせいで、地平線も、その先も見えない。世界はこの街だけ。そんな錯覚すら覚えてしまう。遠くだけでなくて、周りもそう。身体がビルに少しこすれると、コンクリが砂糖菓子みたいにぽろぽろとはがれて、小枝みたいな鉄筋がむき出しになる。

 

 アリの巣みたいな窓の奥に、慌てて逃げ出すスーツ姿を確認しなければ、特撮セットとしか思えない。

 

(ああ、これはダメだ……)

 

 妙な全能感があった。

 

 街も人も、簡単に壊せてしまえる、なんて。誰も自分を止める者はいない。世界は全部思うがまま。そんな興奮と濁った欲求が臓腑の奥から湧き上がってきてしまうほど。

 

 イーヴィルティガ、いや、マサキ・ケイゴが感じたのも、こんな感情だったのだろうか。これを味わってしまうと、ひとしきり暴れてしまいたくなるのも、頷けてしまう。

 

 だから、思い浮かべるのは、ひたすらにあの子のことだった。

 

「あの子を、守るために……」

 

 例え、ジオラマみたいな街でも、この街はあの子が住んでいる街だ。友達と笑って、日々を暮らしている場所だ。あの子にとって大切な場所なら、それを守ることに何のためらいもない。

 

 だから、下手ながらも腰だめに、両手を前に構える。余計なことを考える暇があったら、目の前の敵を倒す方法を少しでも。

 

 眼前に見据えた怪獣は、これまでの恐竜モチーフから打って変わった虫型だった。俺が知っている怪獣の中だと、ツインテールみたいなシルエット。

 

 大きな口が足のすぐ上、股の部分にあって、そこから伸びる身体に無数の触手。ツインテールは、まんま海老みたいで、食べたらおいしそうなんて意見もあるが、こいつの場合は、ムカデみたいで、食欲はわかない。そして、触手が。

 

「すっげえ凶悪な形……」

 

『人間はひとたまりもないだろうな……』

 

 触手にはびっしりと人サイズの棘が敷き詰められていて、目を凝らすと、その奥にパクパクと蠢く無数の口。そこから黄緑やら赤やらのガスがひっきりなしに噴射されていた。

 

 本体はオーソドックスなのに、触手だけはスペースビーストも真っ青な有様である。

 

 人に巻き付いて、くし刺しにして、ガスやらなにやらを吹きかけて、無数の口で貪り食う。宝多さんと、友達だろう女の子も、触手に触られていたらたちまちスプラッタだっただろう。あの連中も、これに襲われたのだろうか。嫌いな彼等であろうとも、死に様を想像したら同情の一つもしたくなってしまう。

 

 そして、

 

(こいつが新条さんも狙っているなら……!!)

 

 正直に言えば、カッコよくはなくても、デザインは感心してしまう怪獣だ。テレビで観れば、好きにならなくても、夢で襲われたり、変な印象が残りそうな秀逸なデザイン。怪獣好きとしてはポイント高い。

 

 それでも、新条さんを狙うなら、こいつはただの敵。恐くなんてなく、力が湧いてくる。

 

 その気持ちに合わせるように、足に力を籠める。ああいう、中距離が得意そうなやつは、距離を詰めて殴り倒すのが『らしい』。

 

 前方に立ったグリッドマンと軽く頷きを交わす。グリッドマンが先に突撃してくれるなら、サポートするように動く。二人で戦う場合の打ち合わせも、ある程度はできていたから。

 

 だから、グリッドマンと共に、足を踏み出して――。

 

『行くぞ、リュウタ! ……っ、なに!?』

 

 シグマの困惑の声。

 

 虚を突くように、飛び込んできたのは、忘れがたい声だった。

 

 

 

『グリッドマンッ!!!!!』

 

 

 

 あの騒がしく、憎たらしく、ここであったが百年目とばかりに怒りがこめられた声。

 

 ああ、まさかほんとに出てくるとは。

 

 だから、俺は虫怪獣から方向を転換する。グリッドマンを横合いから斬りつけてきた『ヤツ』の爪。それを遮るように、俺の腕をぶつけ合わせた。

 

 衝突と、衝撃。

 

 びりびりと痺れが奔って、足もじりじりと下がる。けれど、それだけで済んだ。

 

「……ハハッ」

 

『また、オマエかッ! ニセモノ!!』

 

「ああ、俺だよ!!」

 

 前回とは違う。多少は通用した。あの追い回されているだけの特訓も無意味じゃない。思った通りに体が動かせている。その達成感に血を巡らせながら、敵の爪を振りほどき、構えを強く。

 

 対するは黒い物真似怪獣。忘れもしない、俺の腹を抉って、あの子を狙った怨敵。前回はグリッドマンにやられて、ぼろぼろになっていたくせに、今は傷一つもない。いつか倒すと、決意していた相手だった。

 

 一方、ヤツからすれば俺なんて眼中にない。

 

『チッ! グリッドマン! 俺と戦え!!』

 

 黒野郎は、俺を無視して、グリッドマンへと向かおうとする。だが、グリッドマンは虫怪獣の触手を引きちぎらんと引っ張っている最中であり、その声に反応もしなかった。

 

 そんなグリッドマンにいら立ちを募らせた黒野郎が、グリッドマンに向けて走り、爪を振り下ろそうとする。だが、そんなことはさせない。再びインターセプト。サッカーでバックスがするように、間に入り、爪へと左手を掲げる。

 

 意識を集中。表面を覆うように青いエネルギーのバリアを作って、また、ぶつかり合う。相変わらず、強く、重く、痛い。

 

(でも、やられっぱなしは性に合わないんだよ!)

 

 戦う方法は、二人で考えていた。

 

 グリッドマンがよほど恋しいのか、気もそぞろな黒野郎の爪を払いのけ、空いている右手を水平に。いくら、俺みたいな弱い奴が相手だとしても、懐ががら空きなんてナメている。

 

 イメージするのは、何度もテレビを見て、憧れた姿。クールで、スタイリッシュで、華麗な戦い方の、俺と色だけは似ているウルトラマン。その想像を現実に具現化するように、

 

『シグマ――』

 

「スラッシュ!!」

 

 掛け声。俺とシグマの気持ちを合わせるための方法。言いながら、ヒーローごっこみたいだと思って、そのように在りたい気持ちは強くなる。

 

 叫んで、力を込めて、手首から青い光が細く伸びる。

 

 サファイアみたいに輝く剣。前回は未完成で終わった技を完成させて、横凪ぎに怪獣の腹を斬りつけた。空気を裂くスマートな音に続く、

 

『ぐっ!?』

 

 怪獣のくぐもった声。奴の腹に、一文字に傷がつき、奥に一瞬、緑や黄色のテクスチャが見えた。成長を実感して、終わりじゃない。

 

 下がった怪獣へと追撃。右、左、右。今度は避けられる。所詮は素人の剣だ。それでも、揺さぶりをかけることはできたから、最後は飛び上がり、

 

「オラァ!!」

 

 ドロップキック。

 

 単純な組み合わせだけど、上手くいった。黒野郎の腹に足がめり込む感触。表情がないはずの敵に、『意外』なんて文字が浮かぶのを感じる。ほんと、少しも敵だと思ってなかったんだな、俺のこと。

 

 怪獣の体が浮き上がり、背後の無事だったビルへと衝突。ガラガラとがれきに埋まった憎い奴は、呻きを上げて、腕をじたばたと。前回の俺とは逆な姿に、微かに溜飲が下がる。

 

『リュウタ、今のところ作戦通りだな』

 

「……ボラー達の言うことも、案外当たるもんだ」

 

 

 

『お前はあのモノマネヤローを相手しろ』

 

 

 

 それが、ボラー達の指示だった。

 

『アイツはグリッドマンを憎んでて、まだやられてない。てことは、これからもきっと出てくるし、その時にもう一体怪獣がいないとも限らねえ。で、だ。いくらグリッドマンでも二対一じゃ隙をつかれることもある』

 

 だから、俺がヤツを足止めしろ、と。

 

 情けないことだが、それを聞いた時に、成功するイメージはなかった。シグマと気持ちを合わせれば、もっと動けるようになれるといっても、前回は敗北を喫しているし、奴は本気を出せば、マックスグリッドマンとも引き分けられる。そんな奴を相手にするなんて。

 

 だが、彼等の考えには、ちょっとした勝算もあった。

 

『アイツ、お前の時は、マネしなかった』

 

 キャリバーのぼそりとした聞き取りづらい声に、俺は無言で首を傾げる。言葉足らずなキャリバーの発言をマックスが解説してくれた。

 

『君と戦ったとき、奴はグリッドマンに対したように、能力をコピーすることはなかったということだ。確証はないが、奴がコピーできるのは、グリッドマンだけだと考えている』

 

『……なんで?』

 

『眼中になかったんだろうね』

 

『まあ、弱いからなー、お前』

 

 言い方には不満が多々あるものの、彼等の考えは理解できた。

 

 元々、マネ能力を使わなくても、黒い怪獣は、俺より数段格上。パワーもスピードも、何もかも。怖くて震えて、グリッドマンの加勢に向かうどころか、逃げ出してしまうくらいに。

 

 そんな弱い俺をわざわざコピーする必要があるかと言えば、間違いなく否だ。グリッドマンを真似れば、俺よりも強くなれるのだから。だから、コピーする相手はグリッドマンだけで良い、なんて。怪獣に黒幕がいるのなら、そう考えたのだろう。

 

 油断と言えば油断であるし、当然と言えば当然でもある。けれど、その隙を利用しない手はなかった。

 

『あいつがいくら真似してこようが、俺たちは負けねえ。

 だけど、あの能力は厄介なんだよ。こっちが手の内を見せるほどに強くなるなんてのは。だから、シグマがあいつを相手できるなら、グリッドマンはかなり有利に戦える』

 

 だから、それくらいには強くなれ。

 

 ボラーはそう言って、俺の背中に小さな掌で大きな衝撃を与えた。

 

 

 

 いきなり強くなれるなんて、都合のいい展開はない。努力したって、グリッドマンの横に並べるのは、ずっと後だろう。それでも、少しでも、戦う力があって、守りたい人がいて、やれることがあるなら。

 

『……貴、様ッ!』

 

 上手くいっているという、高揚感を潰すほどの圧力。立ち上がった黒野郎は目立った傷も残っていなかった。腹の傷も塞がってしまっている。ついでに、一発いいのを貰って、本格的に俺を邪魔だと考えたのだろう。

 

 口調が変わり、敵意が膨れ上がった。

 

 怖い。

 

 さっきまでとはまるで違う。

 

 下手をすれば、一瞬でバラバラにされる。

 

 腕も、背中も、鳥肌でいっぱいになる。

 

 けれど、頭の中に、あの子の笑顔が浮かんでいたら、足は下がらなかった。

 

「お前の相手は俺だっ…!!」

 

 右手を前に差し出して、指を曲げ伸ばし。あのウルトラマンみたいに、カッコよくできているか分からなくても、姿をまねるだけで勇気が湧いてくる。

 

『……ッ!!!!』

 

 黒野郎が、とうとうグリッドマンを見ることなく、土埃を上げながら、俺へと向かってきた。グリッドマンは離れたところで、虫怪獣と取っ組み合いを続けている。相手をできるのは、俺だけ。

 

 ぶつかった時の重さは、さっきの比ではなかった。

 

「……ぐっ、ぎぃ!!!」

 

 歯を食いしばる。

 

 痛い

 

 痛い

 

 痛い

 

 腕と腕とで組みあって、怪獣が上から俺を潰そうとする。肩と腕が一瞬の後には壊れてしまいそうだった。

 

 シグマの声が頭に響く。

 

『無理に力比べをする必要はないぞ!』

 

「分かってるけど……!!」

 

 きついものはきついんだ。

 

 もう、こうなってくると、卑怯もラッキョウもなんて開き直るしかない。こういう時に足の方がよく動く。記憶があったころも、足癖は悪かったにちがいない。

 

 前のめりになった怪獣の足元へと、払いをかける。慌てて踏ん張ろうとしただろうが、俺がすり抜けるついでに痺れた両手で背中を押してやれば、仕上げ。

 

 ボーリング玉のように、ビル群へと怪獣が突っ込ませて、少し前のように黒野郎が瓦礫塗れに戻った。

 

 さっきと違うのは、こちらにもはや余裕がないこと。腕はまだ感触が戻っていない。決めるとしたら、今しかなかった。

 

『大丈夫だ。中に人はいない! 今だ!!』

 

「それなら安心っ、だな!!」

 

 シグマの声で確認を済ませ、足に力を籠める。バチバチと、顔まで稲光が立ち上ってくるほどに、右足にエネルギーが溜まる。練習をしても、グリッドマンのようにビームを器用に打つことはまだできない。なので、決め手は、いつぞやと同じ。

 

 渾身のキック。

 

『超』

 

「電光」

 

 声と意思を合わせて。

 

 憎い怪獣をボールに見立てて。

 

 空の彼方へと吹き飛ばすように。

 

 けれど――、

 

『キッ――。!? リュウタ、避けろ!!』

 

「……え? っ!!?」

 

 走り出すタイミングでの大声に急ブレーキがかかった。

 

 そんなものなので、身体は前につんのめって、無駄にエネルギーが溜まった足は力が入りすぎていた。結果、巨大な体なのに、小学生のような不器用な前転を披露することになる。

 

 しかも、向かっていく先は、

 

『ぐあ!?』

 

「いて!?」

 

 黒い怪獣と同じところだった。

 

 これが必殺技なら、決着がつくだろうクリティカルヒット。必殺なら、番組の伝説に残るほどのカッコ悪いボディープレス。

 

 下から怪獣の声が響く。心なしか、敵も困惑気味だった。

 

『貴様! 何の真似だ!?』

 

「好きでしてんじゃねえよ!!」

 

『どけ!!! 死ね!!!』

 

「お前がどけ!!」

 

 押し合い、へし合い。瓦礫で足が滑り、縺れて、また潰れて。黒野郎と邪魔をしあいながら、なんとか立ち上がる。

 

 いったい何が起こって、身体にブレーキがかかったのか。痛む身体を庇いながら、土埃の向こうに目を凝らし、

 

「……は?」

 

 唖然と呆然。

 

 なにせ、そこにいたのは、虫怪獣の方だったから。しかも、俺が立っていた辺りに、グロイ触手を叩きつけている。足に集中したままだと、直撃をくらっていただろう。

 

 じゃあ、ヤツの相手をしていたグリッドマンはと言えば。負けたのか? 

 

 慌ててグリッドマンの行方を捜して、さらに目をむく。

 

 

 

「……なんで?」

 

『オレに聞くな!?』

 

 

 

 俺は馬鹿みたいに、黒野郎に訊いてしまった。自分でもあまりのことに困惑しすぎていて、馬鹿な行動をしてしまったとは思うけれど、相手も同じ感想を抱いたようだ。

 

 いや、ほんと、何がどうなってるんだか。

 

 見上げる青空。妙なポーズでグリッドマンが固まっていた。

 

 なんだ、あのバグったポリゴンみたいなの。おい、ちょっとまって、あのまま本当に動かないのか!?

 

「……これ、どうするんだよ?」

 

『こうなったら、二体とも倒すしかない、な』

 

 シグマの方も、困惑しきりな声。とはいっても、だ。

 

 ぎぎぎぎ、と重い頭を動かして、敵を見る。触手を蠢かせる虫も、文字通り爪を研いでいる黒も、俺に対して敵意満タンで……。

 

 ああ、もう!

 

「……やってやるよぉ!!!」

 

『その意気だ、リュウタ!!』

 

「くそぉ!!?」

 

 その後、マックスグリッドマンが帰ってきて、敵を倒すまでの数分間。ひたすら新条さんの顔を思い浮かべながら、耐え抜いたことは褒めて欲しい。




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幕・間

「おーい! チャーハン! まだかよー!!」

 

「コ、コーヒーは、まだ、か」

 

「……むぅ、私のタコライスも来ないが」

 

「ん? なに、どうしたの皆。俺も? 別に注文ないからいいや」

 

 視界の端っこで、不審者がブツブツと呟いているのが、聞こえるような、聞こえないような。

 

 本当は聞こえている声を無視して、俺は皿を拭き続ける。こういう単純作業は好きだな。集中して周りの音も遮断できるし、記憶喪失とか、余計な不安を考えなくていいし。

 

 手を動かしていると、昔もこうしていたと、感覚が戻ってくる。何となく考えていたことだが、家族への感傷がまるで湧いてこない辺り、昔から一人暮らしをしていたのだろう。

 

 カチャカチャと、一枚、二枚、三枚、と皿を積み上げていく。すると、さらにボリュームの上がった声が、集中して築き上げていた壁を通り抜けてきた。

 

「まーだーかー!!!」

 

 うっせえ。

 

 静かな店内だけに、酷い騒音。声の主の隣に座ったマックスも、さすがに問題だと思ったのか、窘めるように口を開いた。

 

「ボラー、ここは素直に謝った方が良いと思うが」

 

「……あや、まる?」

 

 オイ、そこ。なんだ、その無駄にイケメンボイスの疑問は、ボラー。

 

 俺はこれ以上はないという批判を込めて、ボラーを凝視する。だが、女子なのか男子なのか分からない見た目の異世界人は、とぼけた顔で頭をひねるだけだ。

 

「……」

 

 凝視、凝視。

 

「……」

 

 無視、無視。

 

 ブチッ。

 

「マックスはタコライス! キャリバーはコーヒー! 承りました!!」

 

「オイこら!? 俺のチャーハンはどうした!?」

 

「あー、あー、聞こえないー!」

 

「このガキ……!!」

 

「なんだ、このチビ!?」

 

 売り言葉に買い言葉で、俺たちは額がぶつかり合いそうな距離で睨み合う。ほんと、一言でも謝ってくれればいいのに、なんだ、その態度は。全く申し訳ないと思ってないのか!? 

 

「なーにーがー、『足手まといになんなよ』だ!? 『まだ元気そうだから追い込むぞ』だ!? んなこと言って、散々追い回したくせに、いざって時に空中で固まってたのはどこのどいつですかー!!?」

 

「はー! マックスと、キャリバーと、ヴィットですー!」

 

「ついでにボラーもだろが!? 他の皆は謝ってくれたんだよ!?」

 

 キャリバーなんて土下座に切腹の真似だぞ! それをこいつは!

 

 青筋を立てながら思い出すのは、つい昨日の戦いだ。

 

 必死に黒野郎を押さえて、決めにかかろうとしていたベストタイミングで、なぜかグリッドマン達がフリーズした。文字通り、フリーズである。空に浮かんだまま固まってしまった。

 

 内海曰く、ジャンクの容量が足りなかった、と。

 

 グリッドマンはプログラムかなんかなのかよ。しかも、宝多さんが電源引っこ抜いて、差し直したら復活したとか。どんなポンコツスペックだ。素直にシグマ方式にすればいいのに!

 

『いたっ! いったぁ!? ちょっと待て! 攻撃するなら、こっち!!』

 

『オイ! 貴様!! 俺を盾に!?』

 

 そこからグリッドマンが戻ってくるまでの数分間は、コメディーだっただろう。ヤメタランスとか、タマ・ミケ・クロとか。どっかで神様が見ていたら、大爆笑して、腹抱えて、痙攣までしそうな、滑稽な戦いが繰り広げられた。

 

 傍から見たら喜劇でも、ボコボコにされた俺からすれば、笑い事じゃない。二対一で、めちゃくちゃにやられたのだから。

 

 なので、憤りは冷めやらず、謝ってもくれないボラーといがみ合っていると、

 

『改めてすまない、リュウタ。私のミスだ』

 

「……あ」

 

 ちょっと遠くから聞こえてくるカッコいい声。けれど、グリッドマンの声は、いつもと違って申し訳なさそうだった。

 

 途端に、沸騰していた血が冷める。部屋の隅に置かれたジャンクのモニターの中で、グリッドマンが深々と頭を下げていたから。それを見たら、自分があまりにも子供に思えてしまった。

 

 ほんとは、分かってる。みんなだって必死にやってて、あれは事故だったって。戦う前に確認してたらよかったのに、とか、少しは思うけれど。

 

「その、いや、俺の方こそ、ごめん。元はと言えば、俺が一人でちゃんと戦えたなら、あんなことにならなかったんだし」

 

 けれど、ようやく黒野郎を倒せる、もしくは撤退させられるっていうタイミングで起こったから、気持ちが変に高ぶってしまったんだ。ダメだな、ほんと、こういう時に頭に血が上りやすいのは。

 

 結果から見れば、悪くはない。宝多さん達は無事だったし、新条さんは怪獣を知らないまま。黒野郎も、グリッドマンの必殺技の巻き添えで、吹っ飛んで撤退。

 

 「俺たち」の勝利には違いないのだから。

 

 すると、小さくも真面目な声が、下から飛んでくる。

 

「……わりぃな」

 

「ボラー……」

 

「よし! んじゃ、そんなわけで機嫌直して俺のチャーハン用意しろよー!」

 

「……」

 

 いや、見直したのに、このタイミングでそういう言い方は、さあ。

 

 俺は溜息を吐いて、中華鍋を動かしはじめる。刻んだ玉ねぎとハムと、あとは味付けに塩コショウと出汁の元。それを鍋の中でご飯とよく混ぜる。仕上げに溶き卵を加えて、纏わせれば、完成。

 

 チャーハンは火力が命っていうけれど、こういう喫茶店設備だとそうはいかない。それでも、味と見た目はそれなりの自信はある。戸棚から皿を出して、丸く整えて。

 

「はい。チャーハン、お待ち」

 

「お! いっただき……、っておい?!」

 

 ボラーが恨めし気に睨んでくる。フラッグ付きはダメか?。 

 

 とはいえ、ボラーがちょっと睨みながらも、礼儀正しく、食べ始めたのを見て、この辺りで手打ちにすることに決めた。口には出さないけれど、なんだかんだと面倒を見てくれるのはボラーが多いし、感謝はしてるんだ。

 

 そんなこんなで、三人それぞれの料理を仕上げて、また、のんびりとした時間を一時間くらい。調理器具を洗ったり、皿を布でふいていると、店の扉が勢いよく開き、静寂をぶち壊した。

 

「たっだいまー!」

 

 明るく陽気な声。あの子にして、この親ありとは思えないけれど、宝多さんと並ぶと違和感がない、不思議な人。宝多さんのママさん。現在の俺の雇い主が帰ってきた。

 

 店長はオーバーアクションで俺へと手を合わせて、ぶんぶんと頭を上げ下げする。

 

「いやー、ごめんねー! 店番任せちゃって! いきなり『すぐに引き取りにきてくれ』なんて言われちゃったもんだから! あ、マックスさん。ちょっと荷物もってきてくれませんー?」

 

「一体、何を持ってきたんです?」

 

 客のはずのマックスを自然とこき使い、疲れた疲れたとエプロンをつける店長へ尋ねる。すると、店長はふふん、とドヤ顔。リサイクルショップだから、頻繁に商品を引き取りに出ているけれど、ここまで自信満々というのは珍しい。

 

 さすがに気になって、なにが来るかを待っていると、やけに足音大きく、マックスがぬぅっとドアをくぐってきた。めちゃくちゃ重そう。それはそうだ。マックスの背中には、三体の巨大な人形が担がれていたのだから。

 

 ウルトラマン

 

 ウルトラセブン

 

 帰ってきたウルトラマン

 

「はぁ!? マジ!? マジだ!!」

 

「おい、このオタク騒ぎ始めたぞ」

 

「でっかいウルトラマンなんだぞ!! でっかいんだぞ!!」

 

「見りゃわかるっての!」

 

 まったく、この小さいのは! ボラーと同サイズの子供なら、絶対に興奮するのに! 大人だって興奮するけどな!!

 

 俺はすぐさまマックスへと近づき、特大のウルトラマン人形を観察する。少し汚れているけれど、状態はかなりいい。何より、この大きさ。人間大の人形なんて、普通は販売してないから、ウルフェスはないにしても、何かのイベントで使われた品じゃないだろうか。

 

 店長が、店の奥へと運ばれるウルトラマン人形を眺めつつ、カウンターに肘をつきながら言う。

 

「最近さぁ、内海君だったり、馬場君だったりがウルトラマン、ウルトラマンって毎日言ってるじゃない? なーんか懐かしくなっちゃってねえ」

 

「店長、ありがとうございます!」

 

 ウルトラマンと一緒に働けるなんて、最高だろ。そもそもが身分もはっきりしない俺をバイトで雇ってくれているのに。両親が旅行中ということで、俺を泊めてくれている響と同じく、感謝してもし足りない。お客さん、ほとんど来ない店なのに!

 

「なーんか失礼なこと考えてない? 風来坊君?」

 

「そんなことないです!」

 

「そーおー? まあ、若者がニコニコしてるならお姉さんは良いんだけど」

 

 ちなみに、店長と交渉したキャリバーのせいで、俺は『人生を見直す旅をしている風来坊』という設定になっている。記憶喪失と明かせば、心配をかけると気遣ったそうだ。余計なことを。

 

 おかげで、俺は悩める若人として、店長から同情されている。

 

「旅するのも良いけれど、ちょっとしたら家に戻りなさいよ? 風来坊肩書にして似合うのは、もう少し苦み走った良い男なんだからね」

 

 店長はそう言うと、どこか遠い目をしながら、『あのハーモニカさんも、今はどこにいるのやら』なんて呟きだした。なんだか内容を深く知りたいような、そうでもないような。娘の宝多さんは、今時の女子高生って感じがするけれど、店長はやっぱり不思議な人だ。

 

 噂をすればなんとやら、静かにドアが開いて、

 

「ただいまー。あ、また、みんないるんだ」

 

「六花おかえりー」

 

 宝多さんが帰ってくる。

 

 いつも通りな様子には見えるけれど、少し声には元気がなくて、疲れ気味。鞄を置いて、カウンターの椅子に、力なく座って大きくため息をついてしまった。

 

 何せ、つい昨日、怪獣に追い回されて、死にそうな目に遭ったのだから。他の人はすべてを忘れているのに、宝多さんは覚えてしまっているのだから尚更。

 

 そんな様子を見ていて、さすがに思うところはあった。いや、ほんとは俺よりも響の方が良いんだろうけど。

 

(宝多さんにも世話になってるし……)

 

 正直に言えば、まだ宝多さんとは、ちゃんと話もできていない。むしろ、何を話せばいいのか分からない。ウルトラマンの話題を出せば何とかなる内海や、どんな話題でも頷きを返してくれる響と違って、宝多さんとは会話の糸口がない。

 

 けど、そんな宝多さんが冷たいだなんて思わなかった。昨日の反応もそうだし、記憶喪失の怪しい奴が店に入り浸るのも許してくれている。クラスメートの響と内海はともかく、俺は不審者扱いされても仕方ないのにだ。分かりにくいけど、優しい人なのだと思う。

 

(さて、宝多さんには何が良いかな。フルーツグラノーラやら、タピオカやら、チーズフォンデュやら、宝多家はちょっとおしゃれな食事が好きのようだし。うん)

 

 手に取ったのは食パン。それを脇に置いて、解いた卵と、牛乳と生クリーム、多めの砂糖をタッパーの中でかき混ぜる。かなり甘めだけど、疲れにはちょうどいい。そこに、パンを浸して蓋をする。

 

「……馬場君、何やってるの?」

 

「時間もちょうどだから、ちょっと甘いものもいいかなって」

 

 数分待ったら、フライパンにバターを敷いて、タッパーから取り出したパンに火を通していく。じっくりと七、八分。次第に良い香りが店に広がって、キャリバーが目を覚ました猫みたいに、鼻をくんくんと動かす。

 

 軽く焦げ目がついたら、仕上げに冷凍庫の中からバニラアイスを取り出し、丸くすくって添えれば完成。

 

「はい、良かったら」

 

「フレンチトースト?」

 

「甘くて、美味しい、はず」

 

 『そこは「はず」なんだ』と苦笑いしながら、宝多さんがフォークとナイフで切り分けていく。店長と似て、食事の所作はとてもきれいだった。しっとりとしたパンを小さく四角形に。そこへバニラアイスを載せてから、口に運んで。

 

「っ!」

 

 ちょっと目を大きくして、宝多さんが驚きの顔になる。どうやら、お気に召してくれたようで、良かった。

 

「……馬場君、料理上手なんだね」

 

 そこは、自分でも意外なことだった。

 

「調理器具触ってたら、色々思い出してきて。多分、前は自分で料理してたんだと思うんだ」

 

 でなければこの店でバイトもできなかっただろうし、昔の俺、ありがとう。

 

 少しおどけて言うと、宝多さんはまた苦笑い。記憶喪失ネタは、あまりウケが良くないようだ。ボラーなんかはめちゃくちゃ爆笑してくれるんだけど。

 

 そうこうしていると、楽しそうに俺たちを眺めていた店長が奥へと引っ込んでしまう。再放送のドラマに、ダンディな俳優さんが出るそうで、見逃せないらしい。バイトも居るとはいえ、こうも頻繁に店を空けるのを見ていると、商売気がなさ過ぎて、改めて心配になった。

 

 宝多さんがフレンチトーストを食べる音だけがしばらく続いて、

 

「ありがと」

 

 小さな声が静かな店に響く。

 

「どういたしまして。上手くできてたら良かったよ」

 

「フレンチトーストも、そうだけど。……昨日のこと」

 

 不意な声に、片づけをしていた手を止めて、宝多さんの方を見る。彼女は、真っ直ぐな真剣な目を向けて、もう一度頭を下げてくれた。

 

「なみことはっすは、昨日のこと、覚えてなかったから。私だけでも言わなくちゃって。……ありがとう、助けてくれて。本当に殺されるって思ったし、なみことはっすが他の人に忘れられるとか、絶対に嫌だったから。

 だから、シグマと馬場君にお礼、言いたかったんだ」

 

 もう一度、『ありがとう』。

 

 俺はその言葉を呆然と聞いていた。一瞬、何を言われたのかも分からなかった。そして、頭がそれを認識した途端の気持ちを、上手く処理することもできなかった。

 

 胸の中は少し暖かく感じる。ジンと痺れるような、ちょっとだけ泣きたくなる気持ち。けれど、それと同時に、それが的外れなような、恥ずかしさも生まれていた。

 

 

 

 だって、そんな言葉を受け取るのはフェアじゃない。

 

 

 

 あの時、俺は宝多さんを助けようと思って飛び出したわけじゃなかった。響とグリッドマンとは違う。いや、数少ない知り合いの彼女を、助けたいという気持ちは、少しはあったと思うけれど。

 

 俺にとっては、目の前で襲われている宝多さんよりも、新条さんのほうが大切だった。だから、宝多さんの言葉は、俺が受け取れるものじゃなくて――、

 

「それは、」

 

『ありがとう六花。そう言ってもらえるのは、何より嬉しい』

 

 きっと、そのままなら、妙な言葉が口をついていた。それを遮るように、腕のアクセプターからシグマが返答してくれる。結局、そうして答えずに済んだことに安心を覚えてしまった。

 

 俺は逃げるように話題を変える。

 

「響には? そのお礼」

 

「……あー、その、それは、まだ」

 

「正直、あの時は響の方が頑張ってたし、宝多さんのことを心配してた。お礼ならあいつに伝えた方が良いと思うよ」

 

 卑怯だ。良いことを言っている気になって。友人を応援している気になって。結局、宝多さんと響の間にある微妙な空気感に逃げている。

 

 この心の中を覗かれたら、もう、まともに宝多さんと顔を合わせることなんてできないだろう。

 

 けれど、宝多さんはそれに気づかないまま、少しトーンを落として、尋ねてくれる。

 

「……ねえ、記憶喪失になるとさ、昔とは性格も変わっちゃうの?」

 

「それは、どうだろ?」

 

 記憶ないから。

 

「昔の自分がどうだったか分からないし、比べようがないというか」

 

「そっか……、それはそうだよね」

 

 せっかく尋ねてくれたけれど、そういう質問に答えるのには、俺は間違いなく向いていない。響と違って、周りに俺を知っている人がいないのだから猶更だ。

 

「ごめん。変なこと聞いちゃって」

 

「ああ、大丈夫。気にしてないし。それよりも、響のことが気になるなら、内海の方が適任なんじゃ?」

 

「……まあ、そうなんだけど」

 

 煮え切らない返事。

 

 響と内海と、宝多さんとに、わだかまりがある様子はない。むしろ、女子高生があの二人と一緒に防衛隊みたいなことをやっているのが不思議だし、仲は悪くないように見える。けれど、響に対して、宝多さんは時折意味深な視線を向けることがあった。そうして、微妙な空気が間にある気もする。

 

 この間もそうで、戦いから戻ってきてへとへとになっている響のことを、宝多さんはじっと見ていたし、何かを言いたげだった。気があるとか、そういう意味でもなさそうで、単なる興味とも違うようで。

 

 そんな中で、俺に尋ねてきた理由は、少しわかる。

 

 響本人に訊くのは憚られるだろうし、内海は宝多さんよりも響に近い。ついでに、こういうのポロリと漏らしてしまいそう。それと比べると、まあ、俺の方が尋ねやすかったのだろう。

 

 ただ、聞かれたなら、

 

「……記憶なくなってもさ、たぶん、変わらないところはあると思うんだ」

 

 少しでも声を絞り出したのは、さっきの罪悪感を帳消しにしたかったからだろうか。それとも、新条さん以外にも、友人のために何かしてあげたい気持ちが残っているからだろうか。

 

 そう言うと、宝多さんが首を傾げる。

 

「例えば、ウルトラマンが好きなところとか?」

 

「あー、それもそうだけど」

 

 真っ先に出てくるのがそれっていうのは――。仕方ない。日ごろの言動のせいだし。

 

 もちろん、ウルトラマンが好きだったり、サッカーしてたりっていうのは、目が覚めて直ぐに思い出したこと。昔の自分の中で、大きい存在に違いない。けれど、それよりも強烈に思い出せるのは。

 

「……大切な人のことって、忘れられないものだと思う」

 

 新条アカネさんのことは、名前も出会った記憶を失くしていても、大切だという気持ちが残ってくれていた。

 

 それは俺の場合で、響にとってどうなのかは分からない。けれど、最初に話せた時、響も何かを思い出して、顔を真っ赤にしていた。そして、記憶喪失になって、まだ何日も経っていないだろうに、響は傍から見ても分かるくらいに、宝多さんに想いを寄せている。

 

 それが、昔の響と同じかと言えば、俺には分からないけれど。それくらいは失くせないのだと思いたい。

 

「馬場君にとっては、アカネとのこと?」

 

「うっ!?」

 

 だとしても、なぜ宝多さんも知っているのか。

 

「この間、慌てて店に来たとき。正直、バレバレ」

 

「宝多さんは、新条さんとは……」

 

「友達だよ。昔からの幼馴染で、学校も一緒」

 

「じゃあ、もしかして、俺のことも、何か知ってたりは――」

 

「あ、それは、ごめん。でも、私だってアカネの全部を知ってるわけじゃないし。あの子、かなり気まぐれだから、最近は別々なこと多いんだ。だから、馬場君がアカネとどこかで知り合ったっていうのも、あり得ると思う」

 

 気休めでも、そう言ってもらえるとありがたい。新条さんの周りの人も、俺のことを知らないとなると、本格的にストーカー疑惑が再燃してしまう。

 

(……でも、新条さん本人も、俺のこと知らないっていうのは)

 

 ほんと、俺たちの関係って何だったんだろう。

 

「そんなに悩んでいるなら、アカネ、一度連れてくる? 馬場君、この間みたいな変な人じゃなさそうだし。それくらいなら」

 

「ありがとう。けど、前にちょっと会えて、話もできたんだ。また会えると思うし、大丈夫」

 

「そう? ならいいけど」

 

 宝多さんが、最後のフレンチトースト一切れを食べて、話はひと段落。すると、店の奥の方から、

 

 

 

「青春だねぇ……」

 

 

 

 まだいたのか、新世紀中学生。

 

「いや、真剣に話してたんだから、聞き耳立てないでくれない?」

 

 ヴィット、普段はまともに受け答えしないくせに、こういう時だけ面白そうな顔しないでくれ。

 

 あれだけ騒いでいたのが静かになったから、てっきり寝たか、出ていったかと思っていたのに。こんなに興味津々に聞いていたとは。宝多さんも気づいていなかったのか、ちょっと頬を染めて、四人へとジト目を向けている。

 

 まったく、少しは信用しているけれど、こういうことをするから、いつまでも変人カテゴリーから外せないんだ。

 

 肩をすくめて、気を取り直し、やかんを火にかける。時計を見て、そろそろだろう。

 

「こんにちはー」

 

「こんちはー」

 

 ほら来た。いつもの二人組。

 

「おっすリュウタ! バイトはどうよ?」

 

「ずっと、帰ってくれない客の相手してるだけだよ。それよりも、ほら」

 

 なぜか笑いをこらえている内海をいなして、俺は店の奥を指さす。そういえば、宝多さんもまだ気づいていなかったな、あれに。

 

 宝多さんと内海、そして、さっきまで何を話されていたかも知らない、響のぼんやりとした目が指先の方向に誘導されて、

 

「おおおおお!?」

 

「え?」

 

「えぇ……」

 

 反応は見事に三者三様。目がキラキラしている内海と、仰け反って驚く響、そして、自宅にウルトラマンが出現してしまった宝多さんは、げんなりという顔を隠していない。

 

「馬場君、何、あれ」

 

「店長がどっかから買ってきた」

 

「でかいし、ちょっと不気味だし。えぇ……」

 

 とうとう、宝多さんが頭を抱える。薄暗い店の奥に、人間サイズのウルトラマンが三体も立っていると雰囲気はバツグンだった。いるとは思わないが、侵入者がいたらさぞビビるだろう。

 

「しかも、なんで二つも同じのがあるの……」

 

「おいおい六花さん、目は節穴かよ。ウルトラマンと! セブンと! あれはジャック!! 同じの二つじゃありません!!」

 

「あれ? 帰ってきたウルトラマンって名前じゃなかったっけ?」

 

「響、そこには長く複雑な大人の事情ってのがあってだな」

 

「あの二つ、どう見てもそっくりだけど……。別人っていうの無理があるんじゃ?」

 

「これだから一般女は! グリッドマンとシグマだって、ほっとんど同じ姿だけど、間違えたら失礼だろ? ウルトラマンと帰マンは別!」

 

 内海、言い方。そういうのがオタクの社会的地位を下げるんだぞ。

 

 それは置いといても。

 

「そこのとこ、どうなんだ? シグマ」

 

 俺はふと思いついて、アクセプターに話しかける。

 

 シグマとグリッドマン。二人は姿もそっくりだし、同じハイパーエージェントを名乗っている。マンとジャックみたいに他人の空似なのか、それとも実は昔からの知り合いなのか。

 

『私と、グリッドマンとの関係、か?』

 

「そう。頭のパーツ以外はほとんど同じだし」

 

『ふむ……』

 

 シグマがグリッドマンのいるジャンクへと視線を送っている気がする。俺たちからはシグマの姿が見えないから、そんな気がしているだけだけど。

 

『……実のところを言えば、私はグリッドマンに特別なシンパシーを感じている』

 

『私もそうだ。とても他人とは思えない』

 

 ジャンクに映るグリッドマンもはっきりと頷いていた。シグマに促されて、アクセプターを掲げてみると、ホログラムのように、シグマの姿が店内に出てくる。

 

 改めてじっくり見ると、そっくりだ。

 

 宝多さんが興味薄そうに言う。

 

「もしかしたら兄弟とか?」

 

「レオとアストラみたいにか」

 

「ウルトラシリーズから離れろよ」

 

「もしくは、似ているだけの他人とか? ほら、見せてくれたティガとかダイナでも、宇宙人は同じ形してたし」

 

 響まで。宝多さんがまたも『男子って……』とあきれ果てた様子で見ているぞ。

 

「同じハイパーエージェントなんだから、同じ姿っていうのはあり得ると思うけど」

 

 宇宙人のああいうのは、予算の都合とかだろうしなぁ。けれど、シグマから飛んできたのは、予想もしなかった言葉。

 

『リュウタ、それは違うぞ』

 

「シグマ?」

 

『私は、元はこのような姿ではなかったんだ』

 

 ……ん?

 

「何それ、初耳なんだけれど。記憶が戻ったのか?」

 

 尋ねると、シグマは首を横に振る。

 

『いや、未だ記憶ははっきりしないままだ。しかし、私にとって、この姿は大切なものだということは覚えている』

 

 シグマによれば、元々、彼のこの姿は、とある男の子によってつくられたのだという。俺と同じように、かつて、シグマと共に戦った男の子。その思い浮かべたヒーローの姿。シグマはその子とアクセスフラッシュして、世界を救った。だから、シグマも、彼を尊敬してこの姿のままでいるのだと。

 

 そして、グリッドマンも、マックスたちも同じような記憶を持っているという。

 

『同じく、私もこの姿は貰いものだ。世界を救った、勇敢な中学生たちからの』

 

「『新世紀中学生』という称号も、彼等への尊敬の証なんだ」

 

 とんでもなくセンスが悪いバンド名じゃないのか……。

 

 冗談は置いとくとしても、不思議な感覚がする。今、グリッドマンとして戦っている響も、シグマに力を借りている俺も。この戦いも。いつか、どこかで同じような出来事が起こって。しかも、その時の彼らは、俺達よりも年下で、世界まで救ってみせた。

 

 すごい中学生だな、とか、やっぱり防衛チームはいないのかとか、変な考えも浮かんでくるけど、しんみりと考えてしまったのは一つのこと。

 

(世界、か)

 

 この怪獣と戦う非日常の中で、そんな大きなスケールを想像したことがなかった。怪獣がいるのに、自分の身の回りだけで完結していることにしか思えていなかった。

 

 けれど、それは気のせいで、ウルトラマンよろしく、この後、世界を滅ぼそうという敵がいるのかもしれない。俺たちが考えているように、怪獣を作って、操っている黒幕。悪魔みたいなソイツを倒さなければいけない時が。

 

 まだ想像するだけで気が滅入ってしまうような規模の話。巨人になれるといっても、俺には、遠すぎるステージ。でも、それがいつ来るかは分からなくて、そんな時でも新条さんを守りたいと思っているから。

 

「……よし! そろそろ特訓の時間だな」

 

 俺はエプロンを脱いで、軽く腕を回す。楽しくものんびりなバイトの時間は終わり。新世紀中学生も、こんだけぐうたらしてたら、身体がなまってるだろ。

 

「なんか、妙に気合入ってるな……」

 

「まあ、あんな話聞いたら、できることはやっておかないとだしな。内海もどうだ? 一緒に追い回されろよ?」

 

「いや!? ちょ!? 手を引っ張んじゃねえよ!? あんなの死んじまうから!?」

 

 オイ。それを提案したの、お前だろ。

 

 あ、ついでに響もいこう。グリッドマンも特訓したらさらに強くなるだろうし。

 

「……え? ちょっと!?」

 

「はい、いくぞー。インドア二人組ー」

 

 ずりずりと内海と響を引っ張りながら、俺は店を出る。流石に宝多さんは巻き込むつもりはないけれど、彼女もあきれ顔で後ろからついてきてくれた。

 

 相変わらず、外は真夏で、遠くは霧がかっていて。どこか作り物のような気がしてしまう俺たちの街。

 

 でも、この街を、新条さんがいる街を。……友達になってくれた人たちがいる街を守りたいなんて気持ちも、きっと、もう俺にはある。

 

(いつか、あの「ありがとう」に胸張って答えられるように)

 

 まずは、不審者に追い回されて、ちょっとは強くならないと。

 

 変わらず、マックスたちには敵わないし、結局三人纏めて地べたに這いずることになったけれど、その日の特訓は笑顔が溢れていた。




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正・体

「……次はいつだ?」

 

「……」

 

 新条アカネは小さく舌打ちを鳴らし、どうでもいいものを見る様な目で、自分の作った怪獣を見下ろす。

 

 相も変わらず、霧がかかった街。それでも、朝は涼しく、気持ちよさを感じる時間。なのに、家を出たとたんに待っていたのは薄汚く、浮浪者じみた匂いがした怪獣少年だった。

 

 気分が悪い。

 

 気持ちよさという、アカネが何よりも優先するものを邪魔され、彼女の機嫌は急転直下。とはいえ、仮にも自分が作った怪獣で、数少ないストレスを直接ぶつけても壊れないオモチャ。無下に殺すわけにもいかない。

 

 アカネは大きく肩を落とし、怪獣アンチへと尋ねた。

 

「なんのこと?」

 

「決まっているだろう」

 

「だーかーらー、なんのことか分かんないんだけど!」

 

 不機嫌な神様へ、さらに逆鱗に触れる発言をしながらも、アンチは微動だにしなかった。ただ、そうあるのが当然のように、アカネへと赤い瞳をまっすぐに向ける。

 

「俺はいつ、グリッドマンと戦えるんだ!!」

 

 怪獣は切望するように、主の機嫌など構う暇等ないように声を荒げた。アンチにとっての存在理由。戦いと打倒。それしか持たない怪獣なのに、もう、何日もチャンスすら与えられていない。

 

 だからこその嘆願に、返ってきたのは、怪獣にとってあまりにも酷な反応だった。

 

「あ、そんなこと」

 

「……そんな、こと、だと?」

 

 アカネは途端に興味を失ったように、アンチの横をすり抜け、無造作に手にしたバッグを振り回す。それがアンチの頭をしたたかに打ち付けるのも気にしない。

 

 ついさっきは、朝早くからアンチがやってきたので、何を言い出すのかと興味はあった。けれども、二言目に発したのは、いつもと同じ。子供じみた催促なのだから、もう興味はない。

 

 同じセリフは、耳にタコができるほど聞かされている。いい加減、真面目に付き合うのも馬鹿らしかった。

 

 そのまま、いつも通りに学校へ向かおうとする残酷な神様へ、アンチは無謀にも声を投げる。例え、神様に逆らうことになろうとも、アンチ自身のために止めることはできなかった。

 

「俺は、グリッドマンと戦うために生まれた!! 俺にはそれだけが全てで、お前は俺にそれを望んだ!! なら、俺に戦う機会をくれ!!」

 

 子供が泣きじゃくるような、しかし、敵意に塗れた叫び。

 

 それは近所迷惑の前に、神様迷惑。

 

 アカネは踵を返すと、アンチへと大股で近寄り、

 

「ぐっ!?」

 

「うっさい」

 

 アンチの銀髪を掴み上げ、耳元へと口を近づけた。造物主の命令がなくては、戦うこともままならない被造物。怪獣と呼ぶにはあまりに小さい少年は、激痛に耐えながら、主の嘲りを聞く。

 

「偉そうに言うけどさ、グリッドマンと戦えもしなかったのは、アンチでしょ?」

 

「っ……!」

 

 痛みとは違う理由で、アンチが顔を歪ませる。

 

 思い出されるのは、屈辱の記憶だ。ゴングリー改を倒すため、グリッドマンが現れた時のこと。リベンジのチャンスだと勝手に怪獣態へ変身したアンチは、目の前のグリッドマンに相手にすらされなかった。

 

 よりにもよって、彼の望みを阻んだのは、あのニセモノ。

 

「見てて面白かったよ? アンチ、ヒーロー君にころころ転がされて。グリッドマンもどきが強くなってたの意外だったけど、あれくらいなら、ショーみたいで全然許せるよね」

 

 前回とは違う。アンチの攻撃をシグマは凌いだ。取るに足らない、自分との力の差が歴然だった小石が、今度は邪魔者として立ちはだかるまでになった。

 

「違う! 俺の方が奴より強い!!」

 

 アカネが自分をニセモノ以下だと見下している。そう考えて、アンチが叫ぶ。だが、アカネは馬鹿にするように、さらに髪を掴む手に力を込めて、アンチの首を揺らした。

 

「その! 弱い! ヒーロー君に! アンチは良いようにやられたじゃん」

 

 最終的には、グリッドマンの予期せぬトラブルで二対一の形になり、シグマがボロボロにやられている。だが、ゴングリー改が乱入しなければ、シグマの攻撃によってアンチがやられていた可能性だって僅かにあった。

 

 そんなアンチが、果たしてグリッドマンと戦ってもどうなったか。

 

 結果はそうは変わらず、マックスグリッドマンによってゴングリー共々、吹っ飛ばされていたに違いない。アカネから見ても、グリッドマンはズルで、卑怯なチート野郎だから。それぐらいは当然のごとくしてみせるだろう。

 

 散々に振り回して、気晴らしをしたのか、アンチの頭をアカネが離す。アンチは怪獣どころか、近所の小学生のような仕草で地面へとへたり込む。怒りと、恥と、何もかもないまぜとなった顔で、アンチは目を白黒とさせながら。

 

「別に、許可とかなくても、勝手に戦っていいよ? でも、もうアンチには期待しないし、グリッドマンを倒せる怪獣はまたつくるから、その邪魔だけはしないで。

 ……あ! そうだ! いっそのこと、毎回ヒーロー君と怪獣ショーをやったら? けっこー、面白かったから、二人のギャグみたいな戦い♪」

 

 今度こそ、言いたいことだけ言ってすっきりしたアカネが立ち去っていく。アンチは追いかけることもせず、立ち上がることもせず、ただじっと、こぶしを握り締めていた。

 

 脳裏を過る、宿敵の姿。それはいつの間にか、赤い巨人だけではなくなっている。

 

「俺は、グリッドマンと戦うために生まれた……」

 

 青い巨人。光る剣をもって、自分を切り裂き、瓦礫の中へと放り込んだもう一人のグリッドマン。

 

「グリッドマンと戦うためだけに生まれた……」

 

 その姿へと、アンチの憎悪が煮えたぎる。

 

「オマエと戦うためじゃ、ない……!!!」

 

 

 

 ここしばらく、怪獣が現れていない。いや、そんなに頻繁に現れていたら、この街の人口が減りまくって、大変なことになるだろうし、グリッドマンと響の負担が増えてしまうので、出てこないことは良いことだ。

 

 ただ、正直に言えば、不気味さを感じる沈黙であった。正体も知らない敵の黒幕を探るためにも、少しでも情報が欲しいのは俺たちも同じ。それが戦いという形でしか得られないので、歓迎しづらいが、全く材料が与えられないことにもじれったさを感じてしまう。

 

 平穏は好むところだけれど、それが仮初だと分かってしまえば、漫然と過ごすわけにもいかない。

 

 かといって、俺たちに出来ることは、敵に狙われている可能性がある新条さんを見守ったり、自分を鍛えたり、記憶を戻す材料がないかと、内海とウルトラシリーズを漁りまくったりすることだけだった。

 

 相変わらず、記憶は戻ってくれない。

 

『そもそも、取り戻す記憶がなかったり?』 

 

 とは、デリカシーのない内海の妄言であり、さすがにキレて、特訓時の囮にしてやった。しかし、その考えも一理あると思うくらいに、記憶が戻る気配もなかった。

 

(まあ、記憶も戻さないといけないけれど……。先に、どうにかしないとなのは……)

 

 俺たちが敵のターゲットだと想定している新条さんのこと。

 

 彼女が敵の狙いだという根拠はない。けれど、状況証拠は多すぎるくらいだと思う。事件は全て彼女の周りで起こっているし、黒い怪獣は明らかに彼女へと向かっていたのだから。

 

(だけど、宝多さんは新条さんのこと『普通の女子』だって言ってたし。狙われる理由ってのも分からないからな……)

 

 とりあえず、宝多さんには新条さんの傍にいてもらっている。響と内海がいきなり近寄ったら、なみこさんとはっすさんから盛大に揶揄われたとかで。元から友人同士の宝多さんが、そういう意味でも仲間でいてくれたのは助かった。

 

 あとは、俺も。

 

『あ、ヒーロー君だ! また会ったねー』

 

 実は、数回、会うことができている。記憶を探してフラフラとして街を歩いていた時、商店街だったり、学校の近くだったりでばったりと。そのたびに、彼女が上機嫌に声をかけてくれて、そのまま喫茶店で怪獣話をした。

 

 『ダランビアの方がネオより個性ある』とか、『ゼットン二代目のよれよれスーツはあり』とか、それでも、『ウルトラマン倒せずにやられたのは、ゼットンの名折れだ』とか。色気も何もない会話だけれど、彼女の好きなものを知れて、一緒に笑いあえることは、そんな些末事を気にしないほどに楽しかった。

 

 とはいえ、俺に出来ることは少ない。身分も不確かで、学校に行くことはおろか、店長のような親切な人がいないと自分の生活もままならない記憶喪失のまま。なので、

 

「ちょ! このっ! いったあ!?」

 

「……遅い、な」

 

「キャリバーが早いんだよ!!」

 

 俺は、呻きながら、頭を押さえてうずくまっていた。

 

 目の前には、木刀を力なくぶら下げた猫背のキャリバー。ほんと、この外見不審者筆頭は猫背でジト目で、ガリガリなのに、なぜこんなに強いのだろう。異世界人は理不尽しかないのか。

 

 俺は持っていた木刀を遠くへと放り投げられて、強烈な面を喰らったばかりだった。林の中で追い回されるのも慣れたとは言い難いが、なんとか躱すことはできる昨今。しかし、逃げるのではなく、まともに戦う訓練になったら、ぼろぼろにされるのに変わりはなかった。

 

『私とリュウタにとって、あのキックと剣は大きな武器だ。次の戦いまでに練度を上げれば、必ず黒い怪獣へと届くだろう』

 

「シグマの言う通りだけど、さ」

 

 たんこぶできるどころか、割れて血でも出ていないかと思いながら、立ち上がり、木刀を手にする。思うままに動いてくれる足と違って、俺は剣の取り扱いは、ずぶの素人。だからこその、キャリバーによる剣の指南だが、結果は思わしくない。

 

 キャリバーの動きはあまりにトリッキーで、目で追うのも大変。それに、加えて、

 

「腕は、もっと、こう、動かす」

 

「こうって何!? どうしたらその動きするんだ!?」

 

 木刀を縦横無尽に動かしているキャリバーが、疑問の声に首を傾げる。どう見ても関節が外れているような動きで、軌道がラクラクと背後までカバーしている。変態的な動きで、言葉は少なめ。まともな先生役とは思えなかった。

 

 キャリバーはキャリバーなりに教えようとしてくれて、悪い人ではないのだけれど。

 

「……よし、じゃあ、もう一回、手合わせお願いします」

 

「わかった……」

 

「って、だから早い!?」

 

 あぁ、内海達がこの場にいれば、巻き込んでやるのに。一人でこういうことをしてると、気持ちが折れそうになってしまうから、一緒に走り回ってくれる奴がいるのは大きいと最近は思っていた。その内海達も、今日は遠くへ行ってしまっている。

 

 今日はクラスの校外学習とか。

 

 都会から離れて、自然あふれた森の中、川遊びに。ラフティングって何だっけか、と思って調べたら、ゴムボートで行う渓流下りらしい。クラス担任たっての希望とのことだが、随分とマニアックなチョイス。

 

(いいよなー、ジメジメ暑い街中じゃなくて、涼しい川の中で遊べるなんて)

 

 二度三度とキャリバーに木刀でぶっ叩かれている俺と比べると、なんて天国だろう。俺が冷たさを感じるのは、こぶを冷やす氷くらいだ。

 

「ってか、ぶつくさ文句言うなら、付いていけばよかっただろ」

 

「うむ。件の君の想い人も同行しているという。護衛役として行っても構わなかったぞ」

 

「うっ!? それは、そうなんだけど」

 

 木刀による物理でなく、心理的に痛いところを突かれて、気まずく黙る。

 

 いやいや、残ると決めたのは、何かあった時にジャンクを持って、駆け付けるためだ。響とグリッドマンはジャンクがないと変身できないし、出先で怪獣が現れた時、俺一人だと倒せるか不安が残る。シグマになって、ウルトラマンみたいに飛び立ち、ジャンクを持って行けば、この間のように二人で戦えるという算段だ。せっかくだからと、空飛ぶ練習はかなりしているので自信あり。留守番役にはちょうどいいだろう? な?

 

 ただ、なんとでも理由をつければ、こっそりついていくこともできたのも事実。怪獣の活動が小康状態の今は、そこまで気を張る必要もないかもしれなかった。

 

 なので、残ると決めたのはちょっとした私情もある。

 

「……って、ヴィット、なんだよ?」

 

「ん? いや、青春だなーって」

 

「また、それか……」

 

 意外とゴシップネタは好きなんだな、この現代型異世界人。俺はジト目をヴィットへ向ける。マックスたちの言葉に口ごもっていたところへ、さわやかスマイルと意味深な視線を向けてくる。ヴィットはどことなく苦手だ。めったに口を開かない上に、色々と見透かされている気持ちになる。

 

 ただ、今日はいつもと違って黙ることなく、

 

「行けばいいのに。全員、水着だってね」

 

「ちょっ!?」

 

「あー、そういうことか、こいつ」

 

「……純情だな」

 

「純情、か?」

 

「あー!! うっさい!! ちょっと黙って!!!?」

 

 分かんだろ!? 木陰から女子高生の水着見てるやつがいたら、どう見ても不審者だろ!? そりゃ見たいけどさ!! 好きな人の水着だから!! だからって、新条さんに不審者扱いされたら、俺は死ぬしかないぞ!!? 

 

「わかったって。わーかったって。俺らはちゃんとわかってるからな、少年」

 

「言わなくていいから! 察してるなら口閉じてくれよ!!」

 

 さっきの前言撤回。内海がこの場に居なくてよかった。絶対、あいつ爆笑するから。

 

 気を取り直すために、立ち上がり、肩を回す。もう、頭の打撲とかはどうでもよくなった。打たれていない部分が熱くてしょうがない。けれど、周りの連中はからかいたそうにニヤニヤしたり、分かっているぞって頷いているし、そう簡単に切り替えてはくれそうになかった。

 

(でも……)

 

 記憶はないという不安はあっても、こうして馬鹿なことを考えられるようになったのは、良いことなのかもしれない。今は借り物とはいえ、帰る場所があって、働く場所があって、構ってくれる人たちがいる。怪獣と戦う非日常ではあるけれど、それ以外の日常は穏やかで、決して辛くはない。

 

 包帯ぐるぐる巻きで呻いていた出発点と比べれば、なんて恵まれているのだろう。

 

 後は、記憶をちゃんと取り戻して、新条さんとの関係とか怪獣の問題を解決できれば大団円。そのゴールまでは遠い道のりかもしれないが、少しずつできることが増えている中で、遠くない未来だと期待してもいた。

 

 水着も、みんなとの楽しい時間も、それが終わった後なら、いくらでも作れる思い出に違いない。

 

「ほらっ、笑ってないで、次頼むよ」

 

「お! なんかやる気出したぞ純情少年が」

 

「ボラーはほんとうっさい!!」

 

 その時へ向けて早く強くなろうと、木刀を構えた俺の気合を、

 

「ちょっと馬場君? 電話ー!!」 

 

 店長の呑気な声が妨げた。

 

 

 

 内海将は、燃え盛る森を見ながら、友人の到着を待っていた。

 

 走りすぎてガクガクになった足を押さえ、森から立ち上ってくる熱で汗をだらだらと垂らしながら。インドア派の彼からすれば、今日一日で一年分以上の運動量だ。

 

 当初の予定は川遊びにちょっと疲れて、電車で寝て帰るくらいの穏やかな一日で終わる予定だった。女子に少し構われてドキドキしたり、想い人のアカネの水着姿に赤面したりと、それくらいのハプニングな一日だったのに。

 

 最後の最後に怪獣に襲われるなんて、最悪だ。

 

 疲れ果てた内海の視線の向こうで、怪獣が再び動き出す。四つ足歩行の、岩山みたいな怪獣だ。大きさはいつもの怪獣と同じくらい。それでも、いつもとはデザインの方向性が違う。怪獣の親玉のセンスだけは、リュウタと同意見で褒めてもいいと思える。

 

 けれど、その怪獣が、火を噴くなら話は別だ。今も、背中についた、火山みたいな突起から火球が飛び出して、森一面を火の海へ変えていく。まだ距離があり、怪獣の動きは鈍重。だが、火の玉がいつ飛んで来てもおかしくない。

 

 ウルトラシリーズ見ながら毎日妄想してないと、すぐに逃げ出していた。

 

 そんな恐怖心と、好奇心と、興奮が混じった中で生まれたのは呑気な考え。

 

(ここまで怪獣に近づいたの、初めてだな)

 

 いつも、ジャンクのモニター越しに戦いを眺めるだけだった。安全だけれど、その分、臨場感もテレビ番組くらい。命の危険を感じたこともない。画面の奥では友人たちが必死で戦っているのに、自分は視聴者のように応援の声を出すだけ。

 

 変身もできない、戦闘機の操縦とか、防衛隊らしいこともできない。そんな自分を情けなく思っていた。

 

 でも、友人を見捨てるなんて情けない奴にもなりたくない。せめてグリッドマン同盟として、脱落することだけはしたくはない。

 

 内海を動かすのは、そんな子供みたいな意地だった。

 

 その意地に動かされて、もう何分走っただろう。まだまだ合流地点の駅は遠い。

 

「はぁ、はぁ、シグマ、まだかな?」

 

「ひぃ、ひぃ、初代マンの飛行速度がマッハ5だから……。あー、計算できねえけど、数分だろ?」

 

「また、ウルトラマン……」

 

「他に比較材料がねえんだから!」

 

 息が上がるが、終わりももうすぐだという予感もあった。シグマが来たら、自分たちも拾い上げてもらって、後はグリッドマンとシグマでいつも通り、敵を倒すだけ。そして、その予感も正しい。

 

「っと! ……へっ、早いじゃねえか!!」

 

 ちょっと格好をつけて、内海は腕をふる。見据えた先にある駅。そこへ青い光が下りてきた。光が収まると、アグルのように蹲ったシグマが現れる。元気そうだが、少しだけ奇妙な仕草で。

 

「……なんか、馬場君、ふらついてない?」

 

 頭はこっくりこっくりと、うつらうつら。

 

「寝てた、のか? あ、起きた」

 

「シグマも寝るんだ……」

 

 居眠り飛行なんて、あの割と堅物でシリアス担当なリュウタらしくないと思いながら、一行は足を止め、シグマへ向かって手を振る。人間の視界ならば、内海達は米粒くらいにしか見えないだろうが、規格外な巨人の能力ならば、こちらのことも丸わかりのはずだから。

 

「おい! こっちだこっち!!」

 

 そして、内海の大げさなジェスチャーに、シグマが立ち上がり、視線を向けた。あとは、こちらへ飛んできて、駅まで運んでくれれば、問題は解決。シグマは飛び立つようにジャンプして。

 

「はぁー!?」

 

 何かに慌てたように、急に方向を変えて、明後日の方向へと向かってしまった。しかも、燃える森の真上で変身を解いて、おそらく人間の姿に戻っている。

 

 内海からしたら、訳が分からなかった。

 

「おいおいおいおい!? どうしたんだ、リュウタ!?」

 

「……俺たち、どうすれば?」

 

「走って戻るしかないんじゃないの?」

 

 内海の受難はまだまだ続く。

 

 

 

 

「何やってんだよ!?」

 

 炎を目にした瞬間、吐き気がした。頭痛もする。目の前は揺らめいて、おかしくなりそうだった。既視感。あの目覚める前の夢のように、炎に包まれているという事実が、俺を圧迫する。だから、本当なら言いたくもない悪態を吐いてしまった。

 

 燃え盛る炎の中で、俺の腕の中には大切な人がいる。

 

 こんな大災害の中で、正気とは思えない水着にパーカーを羽織って、足は素足のまま。その中で、この綺麗な髪も、絹みたいな肌にも傷一つないのは、どんな奇跡だろう。

 

 変身して強化された視界の中、森の中をさまよう新条さんを見つけてからは、正気じゃいられず、躊躇いもせずに抱きしめてしまった。

 

「ちょっと……。いたいんですけど」

 

「っ! あ、その、ごめん。じゃなくて!!」

 

 腕の中での身じろぎに、意識を戻されて、俺は新条さんを離す。

 

 不思議なことに、こんな非常事態の中で、彼女は平然と振る舞っていた。どこか気まずそうに髪を弄って、白い頬をほんのりと赤く染めて。

 

 デートの最中だったら、甘酸っぱいシチュエーションだとかなんとか言われるかもしれないが、この現状で行う行動じゃないだろう。

 

 だから、多少強引でも、俺は彼女の手をとって、斜面を下りだした。既に、周り全ては煙で包まれている。火の手も遠くはないだろう。今は奇跡的に無傷だけど、一瞬先はどうかも分からない。すぐにでも彼女を連れて、この場を離れるしかなかった。

 

「ねえ! ヒーロー君! 待ってよ!」

 

「周りを見て!? 怪獣がいて、燃えてる!! 急いで避難しないと!!」

 

 けれど、新条さんは一緒に逃げるどころか、何か目的があるとでも言うように、足を踏ん張って避難を拒絶する。

 

 慌てた俺の剣幕にも、驚くように目を開くだけで、焦る様子はなかった。どころか、俺に向けて不思議そうな表情で首を傾げるのだ。

 

「……もしかして、心配してるの? 私のこと?」

 

「当たり前だろ!!」

 

 何を言っているんだ。心配するに決まってるじゃないか。

 

 そりゃ、新条さんからすれば、俺なんて何人もいる友達の一人で、好意も何もかも、俺の勝手な気持ちかもしれない。それでも、大切な人が危険な場所に居て、平静を保ってられるわけがない。

 

 あらん限りの意思を込めて新条さんを見つめると、彼女はバツが悪そうに顔を俯けて、ようやくと引く手に従って歩き出してくれた。

 

 出るとすれば、川が良いだろうか。森の中で火事なんて経験したことがない。それとも、高いところに行けばいいのか? でも、煙は高いところに行くものだし、高いところ云々は遭難した時だった気がする……。

 

 いっそのこと、シグマに……。あれ?

 

「ねえ」

 

 さっき、俺は。

 

 

 

「さっきの変身、なに?」

 

 

 

 熱気に包まれた中、頭に冷水がぶちまけられたようだった。後ろを慌てて振り向くと、新条さんは視線を俺に向けたまま、少しも逸らす気配すらない。

 

 そして、俺は自分が何をしでかしたのかを理解する。

 

 ジャンクを駅に放り出して、そのまま森へと向かって新条さんの真上で変身を解いて、彼女の目の前に降り立った。つまり、

 

(……見られた?)

 

 俺がシグマになって、巨人になって、人間に戻るところを見せてしまった。そんな、怪獣を目撃したばかりの新条さんに、同じくらいに巨大な姿に変身できることを見せてしまった。

 

 気づいたとたんに息が詰まる。

 

 いくら新条さんが怪獣を好きだとしても、ついでにウルトラマンは嫌いそうだとしても、特撮とリアルは違う。あんな、周りを火の海にする怪獣を見たばかりで、今度は同じくらいに周りを壊すことができる、そんな巨人になれる俺を見て、どう思うのか。

 

 恐怖か、嫌悪か、それとも――、

 

 けれど、新条さんはゆっくりと目を細めると、零れるように笑う。怪獣に襲われる、戦場の中なのに、童話か物語の一ページのように。

 

「ヒーロー君って、ほんとにヒーローだったんだね」

 

 そこに怖れは何もなかった。ただ、秘密を見つけてしまった無邪気な子供のように。笑う彼女はとても綺麗で、けれど、この世の物とは思えない。

 

 正体がばれると共に、全てのペースは彼女の手にあった。新条さんは、ゆっくりと手を伸ばして、微かに震える俺の頬に添える。そんな仕草だけで、俺は固まって動けなかった。彼女の宝石みたいな赤い目には、もう、周りの炎なんて映っていない。

 

「きみの瞳、不思議……。金色で、みんなと違う色……。宝石みたいなのは、ウルトラマンだから?」

 

 陶酔したように呟きを零しながら、新条さんは笑顔を消して、顔を近づけてくる。

 

「……ほんと、不思議。私が、こんな気持ちになるのも、キミが普通じゃないから? それとも、関係ないのかな?」

 

 彼女の吐息が首元をくすぐって、冷静さを失わせようとする。

 

「困っちゃうんだけど。ウルトラマンとか、いらないって思ってたのに……」

 

 頭がしびれて、互いの額が、それどころか、全てが触れ合いそうな距離に近づいて――、

 

 

 

「何をしている」

 

 

 

 声。

 

 殺気。

 

 咄嗟に、彼女を庇うように動いた。

 

「っ!」

 

 新条さんの柔らかな熱とは違う。焼けつくような痛みが頬を奔る。かすって、斬られて、血が零れた。一瞬、俺の眼が捉えたのは、銀色にきらめくアイスラッガー、ではなく、光輪のようなノコギリの刃。それは、背後の木へと向かい、貫通しながら二、三本をなぎ倒す。

 

 馬鹿みたいな威力。思い当たるのは、キャリバーの剣捌きだが、彼は決して、俺にこんな殺意は向けなかった。

 

「えっ、なに? なに?」

 

 背中から新条さんの困惑した声が聞こえる。俺の方が彼女よりも頭半分くらいは大きいから、彼女の姿をすっぽりと隠せている。

 

 そして、この攻撃を繰り返してきた相手は――、

 

「……おまえ」

 

 歯をむき、睨みつけた先に、小柄な人影があった。

 

 煙の中、こちらへと凶悪な眼を向けている、マフラーで口元を隠した子供。それは、ガワだけなら、小学生みたいな可愛げがあったかもしれないが、問題は中身だ。

 

 俺には、あの子どもの内側で渦巻く、どす黒い光が見えていた。それは連続的に姿を変え、時にある姿を浮き上がらせる。ウルトラシリーズ恒例の怪獣の影絵みたいに。新世紀中学生は温かな光を放っていたが、それとは真逆だ。

 

 その姿は忘れもしない、あの怪獣のもの。

 

「てめえ、あの、物真似野郎かよ」

 

「そういうおまえは、ニセモノだな」

 

 その言葉と共に、怪獣の小さな手に、新たなノコギリが握られる。

 

 敵意とは別に、胸の中には恐怖が生まれた。円形の電ノコ。さっきみたいに刃を飛ばせるのだろうか。新世紀中学生と同じくらいの実力なら、この姿のままでは戦えない。だが、もう一度変身するにしても、新条さんが近くにいる。怪獣態との闘いになれば、足元で踏みつぶしてしまいかねない。

 

 なら、怪獣を連れて、離れた場所へと飛ぶしか。

 

 駄目だ! このまま、新条さんを置いていくことなんてできない。じゃあ、やっぱり変身をして。

 

 それも難しい。蹲って手に載せようとすれば、その隙に襲われる。忘れんな。敵の狙いは、俺じゃなくて、新条さんだ。やっぱり予想が当たってた。こいつがここに来たからには、ほぼ確実だろう。

 

(どうする、どうする!?)

 

 苛立ち、混乱する俺を見て、しかし、怪獣は何もしてこなかった。ただ不満げに、俺たちを睨みつけるだけ。こちらの出方を伺っているのだろうか。何か行動に移すには、今しかない。

 

 そんな時、微かに袖が引かれた。

 

「……ヒーロー君」

 

 震える声。

 

 ああ、ほんとに俺はこらえ性がない。この子が絡むと、血が上り、馬鹿みたいなことをする。

 

「つかまって!」

 

 選んだのは、離さないことだった。怪獣に背を向けて、彼女を抱きかかえて、逃げ出す。羽のように軽くて、重さは感じない。ならば、と渾身の速度で怪獣から離れるために力を込めて。

 

「え?」

 

 新条さんが呆然と声を零した。

 

 俺も、何が起こったのかすら分からなかった。

 

 だって、俺たちの身体は宙に浮いていたから。巨人の体でもないのに、力強く踏み抜いた脚が、とんでもない力を発揮して、俺を空に駆け上がらせていた。その事実に気付くまで、何秒もかかった。

 

「――っ!?」

 

 何が何だか分からない。

 

 こんなの、あの新世紀中学生みたいだ。これまで、一度もこんな力を出せたことはないのに。

 

 

 

 カチリ

 

 

  

 またあの音。いつもよりもかなり大きい。どこか根本的なところへと何かが嵌めこまれた音。

 

 何もかも分からないけれど、悩んでいる暇はなかった。ゲームみたいな大ジャンプ。それは、空を飛んでいるのとは違うから、重力に従って、身体は降っていく。次第に高度を下げる中、新条さんは怖がるように俺の背に回した腕に、力を込めた。

 

 そんな彼女を傷つけまいと、足元へと近づいた樹の先端へと蹴りを入れる。

 

(蹴り足の方向を調整すれば、もっと!)

 

 真下でなくて、斜め下へと足を伸ばせば、真っ直ぐに横へと移動できるはず。あの怪獣との距離を稼ぐには、そうすべき。思い付き、実行すれば、結果は想像通りに付いてきた。

 

 風を切る感覚と、すれ違っていく景色。それを繰り返して、

 

「っ! はぁ、はぁ……。新条さん、無事!?」

 

「え、あ、うん」

 

 たどり着いたのは、駅の近くの道路。怪獣どころか、煙も炎も追いかけてこない安全圏。そこへと新条さんを下ろし、周囲を確認すると、俺は森へと目を向ける。

 

 黒い光が一つ。

 

 瞬間に現れたのは怪獣になった黒野郎。その横には、四つ足歩行の岩みたいな怪獣もいる。さっきまでは気に留める暇もなかったけれど、なんだ、あの山みたいな背中のこぶ。ひび割れて、何かがはい出てきそうだ。

 

 大きく息を吐く。

 

 いきなり発揮できた大きな力。さっきの新条さんの不思議な雰囲気。分からないことだらけだ。

 

 それでも、彼女が俺をヒーローと呼んで、あの姿を受け入れてくれるなら。せめて、ヒーローらしく彼女を守るのが、今、やるべきこと。

 

 だから、彼女の視線を背に受けながら、俺は右腕を掲げ、叫んだ。

 

「アクセス、フラッシュ!!」

 

 今度こそ、ヒーローになるために。




>NEXT「兆・候」


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兆・候

 変身して、森へと降り立つと、いつもの声が頭に響いてきた。

 

『リュウタ、落ち着いたか?』

 

「ああ、戦える。……って、ごめん、シグマいたの忘れてたよ」

 

『気にするな』

 

 新条さんと一緒だった時は話しかけてもこなかったから、完全に意識の外だった。もしかして、気を利かせてくれたのだろうか。いや、それより、頭に血が上りやすいのを反省したばかりなのに、今度はシグマのことまで気がそぞろだったとか、ほんと気をつけないと。

 

 ただ、今は戦いのさ中で、シグマが許してくれているなら、ごちゃごちゃ考えるのは後だ。

 

「ふぅ――」

 

 位置は森のど真ん中。新条さんがいる場所からは十分離れている。とんでもなく出力の高いビームでも撃たれない限り、巻き込むことはないだろう。だが、それはこの場で戦っていればの話。怪獣が駅の方まで侵攻したら、彼女を守ることはできない。

 

 だから、余裕なんてなく、ここが絶対防衛線。

 

 そんな思いを、大地を踏みしめる力に変える。

 

 敵は二体。またも、二体。

 

 グリッドマンがすぐに来てくれるなら良いけれど、俺がジャンクを放り出してしまったし、内海達をピックアップする間もなく、新条さんの所へと飛んで行ってしまったから難しいだろう。ついでに、新世紀中学生も、向こうに置き去りにしてしまった。きっと電車で移動してる途中だ。どのくらいに着くかは分からない。

 

 援軍が来ないのは、完全に自業自得である。

 

 とはいえ、

 

『グリッドマンを出せ! 貴様に用はない!!』

 

「っ!! てめえになくても、こっちにはあんだよ!!」

 

 黒野郎は待ってくれない。

 

 肩をかすめる鋭い刃。いつものようにカギ爪を出した黒い怪獣は、木々を薙ぎ払いながら突撃し、攻撃を仕掛けてくる。忍者みたいに速い動き。シリーズよろしく二つ名があれば忍者怪獣なんて付くのだろうか。

 

 だが、二度も戦えば、こちらも速度に慣れていた。グリッドマンを相手にすれば自動的に成長するこいつも、俺相手には初期値で戦うしかない。俺が一歩でも先に進めれば、その差は確実に狭まっていく。

 

『リュウタ!』

 

「ああ!」

 

 シグマの声に促され、振り下ろされる爪を、光る剣で合わせ、逸らしていく。前回の戦いで、力比べは懲りていた。シグマは完全にスカイタイプ系。わざわざ敵の土壌で戦う必要もない。上手く躱して翻弄する。

 

 なにより、こいつの思考回路は、子ども姿の人間態そのまま。読みやすく、すぐムキになる。こうして動いていれば、いら立ち、血が上って。

 

『ちょこまかと!!』

 

 ほら、前と同じ。また、大振り。

 

 キャリバーたちの特訓のおかげだ。素直に礼を言うには複雑だが、彼等の変則的な攻撃と比べると、こいつの隙を捕らえることは難しいことじゃなかった。

 

 右手を前に、左手をその二の腕に添えて。照準は、目の前の敵の腹。

 

 今もビームは出せないが、無いなら無いなりに俺たちだって工夫する。

 

『シグマスラッシュ――』

 

「――ショット」

 

 右手のアクセプターから放たれた一閃。細長いビーム状の攻撃。だが、それは怪獣を消し飛ばすでもなく、焼くでもなく、その身を刺しながら突き進む。

 

 光の剣。

 

 そう光。なら、長さも大きさも制限なんてない。ウルトラマンマックスのように、とんでもない長さに変えることだってできるはず。そんな発想から生まれた中距離攻撃は、シグマスラッシュを単純に伸ばすことだった。それを勢いよく、真横に発射すれば、ニセモノビームの完成。

 

 攻撃速度に自信あったのに、悔しいことに、黒野郎は腹への直撃を避ける。けれど肩口にはヒット。とどめとはいかないが、苦悶の声と共に、吹っ飛んで、森の中に倒れ伏した。

 

(けど、すぐに起き上がってくるだろうし)

 

 敵は一人じゃない。虫怪獣と違って、今回の敵は鈍足だったのが幸いしているが、

 

『上だ!』

 

 シグマの声に上を向く。火山をモチーフにしたのか、この四つ足怪獣は、背中から火の玉を打ち出していた。それがまた、記憶の深いところをジクジクと抉って、不快感が凄まじい。

 

 降ってくる火球は十を超えている。地面に当たれば、炸裂して、余波も攻撃になるだろう。森の中から観察した時は、そうなっていた。

 

「……シグマ、こういうのはどうかな?」

 

『ああ、いいアイデアだ』

 

「じゃあ――」

 

 攻撃が届く前に、俺が選んだのはジャンプだった。さっきの生身での大跳躍から、動きの幅は明確に広がっている。空を飛ぶ時と違って、素早く移動できるように、籠める力も足への一点集中。

 

「ふっ!!」

 

 飛び上がり、目線が、落下する火球と重なる。

 

(ああ、こういうシチュはいいな)

 

 サッカーの試合で、こんなシュート決めていれば、一日のヒーローだ。

 

 右足にバリアを張って、身体を防御。そのまま中空で体をひねり、狙いは二つの火球。頭を地面へと向けながらの動きは、こんな名前が付けられている。

 

 オーバーヘッド。

 

「オラァ!!!!」

 

 一つ、二つ。どこか懐かしい、足の甲を打つ感触。

 

 人間ならできない動きも、この超人の身体能力なら軽々だ。火球へシグマのエネルギーが纏い、それらは正確に目標へと飛んでいく。当然、物真似野郎と四つ足怪獣。ちょうど起き上がりかけていた物真似の顔面へ、今度こそボールが直撃。四つ足のごつごつした体も同時に爆炎に包まれる。

 

 後は、残る火球から離れて着地に成功。

 

 ちょっと格好をつけた俺の背後で、炎が空へと吹き上がっていた。

 

 珍しく、予告の引き画にでも使えそうな状況に出来たけれど。

 

「これで決まってくれたならっていうのは、都合よすぎるか」

 

 ヒーロー番組よろしく、ビームや大技を放たない限り、とどめはさせないのかもしれない。

 

 

 

 豪炎の中から、二体の怪獣が姿を現す。

 

 

 

 物真似怪獣は少しひび割れ、血を流し。四つ足は全身がひび割れているが、それは嫌な予感しかしない。まさかと思っていたら、ほんとにジオモスのパターンなんて。

 

「まずっ……!」

 

 マグマを噴射する火山のように、四つ足の体がはじけ飛ぶ。その中から現れたのは、二足歩行の恐竜型。腕や腹にルビーのような結晶体をちりばめていて、それがどんな器官かは想像がついた。

 

『貴様は、もう十分だ! 消えろ!!』

 

 叫び、物真似が発光する。その動きは、いつか見た極太ビームの構え。合わせるように、少し俊敏になった恐竜も、赤い光を全身から放ちだす。

 

「――っ!?」

 

『リュウタ! 構えろ!!』

 

 けれど、前段階のエネルギーだけで、肌は焼け焦げそうだった。避けるわけにはいかない。後ろには新条さんがいる。だから、当然この身は差し出す。それでも、攻撃を受け止めきれるかどうか。

 

 ほんと、前半優勢なのに、いきなり大ピンチとか。

 

 BGMはピンチ用の物に変わっているに違いない。そして、

 

(こういう時って、都合よく助けが来てくれないかな?)

 

 なんて、『いつか』と同じ呑気な楽観を感じた時だった。

 

 

 

『なーにボケてんだ! 気合入れろ!!』

 

「!?」

 

 

 

 ミサイル、銃弾、ビームの雨あられ。

 

 それが、チャージ中の怪獣たちを襲い、火の海へと沈める。

 

 さらには、

 

『ハァ!!!』

 

 華麗なスワローキック。ついこの間、響に見せたタロウにそっくりの動きで、赤いグリッドマンが恐竜へと追撃した。ああ、珍しい。今日は珍しく話が都合よく進む。

 

『助かったな』

 

「ハハ……、って、痛い!?」

 

『気合入れろって言ってんだろ!』

 

 戦いの中だというのに、気が抜けそうになり、笑みを零す。すると、頭へと放物線を描いた砲弾が一つ。不発弾で頭を小突かれ、少し痛い。

 

 そんな器用なツッコミを入れてきたのは、めちゃくちゃに少年心に刺さる、ドリル付きキャタピラ戦車だった。そして、それは、俺の知っている仲間の変身した姿。

 

「ボラー、か」

 

『おう! バスターボラー様だ! おまえが店に置いていった、な!』

 

 仕方ないとはいえ、根に持ってる。この前、こちらが散々に言ったから、仕返しのつもりだろうか。本当にピンチを救ってくれたのだから、文句も言えない。

 

 恐竜怪獣を蹴飛ばしたグリッドマンも、近くに降り立って、俺の肩を叩く。

 

『待たせてすまない。それと、伝言だが』

 

「内海から?」 

 

『ああ。しかし、『ハヌマーン十周』とは? リュウタは意味が分かるか?』

 

「はぁ……」

 

 いや、内海さ。怒るのは分かるが、ハヌマーン十回も見るってのはさ。細かいとこ目をつぶれば、アクションだけはみどころあるかもだけど、アレ十回はちょっと。

 

 戦いが終わる前に気力がなえそうになった。まあ、馬鹿を考えるのは止めておこう。せっかくの援軍で、状況はこちらにある。

 

『そんじゃ! 俺らはあの恐竜相手にするから――』

 

「俺達が物真似野郎、だろ?」

 

 ボラーの言う通り、今度こそ。

 

 そして、互いの敵に向き直った途端、光と共にグリッドマンが変わる。

 

 ボラーが戦車から鎧へと変形し、グリッドマンに装備されていく。マックスグリッドマンとは違う。あのような見るからにマッチョというか、ごつさはない。肩のツインドリルに、腕にはキャタピラから変化したバルカン砲。ドリルがあるのに近接型ではない、約束外れの重火器の塊。

 

 

 

『武装合体超人! バスターグリッドマン!!』

 

 

 

 グリッドマンの新しい形態が登場する。

 

(……やっぱり俺達にもああいうのないのかな?)

 

(残念だが、ない)

 

(ないかー)

 

 サブヒーローだけ強化形態がないなんて、ファンから贔屓だとかなんとか言われるぞ。

 

「じゃあ、こっちは知恵と工夫で、って」

 

 もう、あの恐竜は大丈夫だ。強化形態のお披露目で、万一にも敗北なんてありえない。そして、俺も、少しは心の余裕ができている。何より、黒野郎は、ボラーの射撃のおかげで、全身にトリモチと冷却材がまとわりついた状態。

 

 十全同士なら、勝ち目は見えないけど、これならいける。

 

『この!? 身体が!!』

 

 物真似怪獣が呻く。

 

 思うように体が動かせない苦痛は、俺も理解しているが、新条さんが後ろにいる今、それで同情なんてしてやれない。それに、世の中には三度目の正直なんて言葉もある。

 

 敗北と、引き分けで、最後は勝つ。

 

「いこう、シグマ!!」

 

『ああ!』

 

 シグマスラッシュの出力を上げて、より鋭く、より硬く。さすがに両断されれば、いかに怪獣と言えど倒しきれるだろう。

 

 一撃とはいかない。

 

 二撃も避けられる。

 

 三がかすめて、

 

 四はくぐられた。

 

 だが、立場は逆。大ぶりの攻撃を、敵が鈍重な体を動かして、懸命に躱し、直撃を避けていく構図に変わり、長くは続けさせる気もない。

 

『違う! 違う! 俺は、グリッドマンと……!! がぁ!?』

 

 シグマスラッシュが、意味の分からない言葉を喚く敵の肩をかすめて、その一部を切断する。不安だった切れ味も、もう十分以上だと分かる。痛みによって生じた、大きな隙。次の攻撃は、間違いなく怪獣の首を刎ね飛ばす。

 

「これで……!!」

 

 新条さんを守れるという高揚感。これで、怨敵を倒せるという達成感。その勢いのままで、振り下ろされた刃が、

 

 

 

「え……」

 

『な……!?』

 

 

 

 疑問の声は二つ。

 

 俺と、物真似怪獣。

 

 刃は怪獣の首へと通らなかった。ただ、まな板に突き立った包丁のように、微かに進んだだけで止まっていた。

 

 さっきは、こいつの体を切り裂けたのに、いきなりの変化。もしかしたら、首だけが特別固いのかと思い、しかし、自失していたのは怪獣自身でもあった。この攻撃を『防げる』と、怪獣自身も理解していなかったと言いたげに。

 

『まさか、学習したのか?』

 

 シグマが言う。

 

 そうだ。この怪獣の特性は何だった? 物真似怪獣。敵の攻撃を学習し、上回るよう強化される。けれど、対グリッドマンに特化したこいつは、俺達のコピーはできないと考え、これまではその通りだったのに。

 

『……そんな、こんな』

 

 腑に落ちなかったのは、怪獣自身もこの事実を受け入れがたいとばかりな態度のこと。俺達の攻撃が通らなかったのは、こいつにとって大チャンスだったのに、攻撃に転じようともしなかった。

 

 いったい、この怪獣は何を考えているのか。

 

 しかし、その答えを、聞くことはできなかった。

 

 後方から鋭い声が飛んでくる。

 

『一気に薙ぎ払う! 伏せろ、シグマ!』

 

 振り向くと、恐竜型怪獣をぼろぼろにしたバスターグリッドマンが、大技の準備をしていた。肩のドリルが開き、両手のバルカンも充填完了とばかりに光り輝いている。そして、射線はちょうど一直線。恐竜と物真似野郎を同時に攻撃できる位置にあった。

 

 こいつは俺の獲物だとか、そんな変な独占欲はない。何より、こちらの攻撃が効かなかった以上、グリッドマンにとどめを刺してもらった方がより確実だ。

 

 俺は、グリッドマンの言葉通りに射線から体を退かす。その数瞬後に、

 

『ツインバスター!』

 

『グリッド――』

 

『『ビーム!!!』』

 

 マックスグリッドマンの時と比べ、鋭く、直線的な光線。それに加えたガトリングの一斉掃射。

 

 それが二体の怪獣を襲い、恐竜怪獣は飛び上がることもできずにその身を砕かれ、脱出を図ろうとした物真似野郎は、怨嗟の声と共に光へと飲まれていく。オーバーキルとも言える、圧倒的な火力。ボラーが自慢していただけはある。

 

 だけど、

 

「倒したかは、」

 

『残念だが、これでは分からないな』

 

 森に一本通った、焦げ付いた道を見て、肩の力を抜いた。物真似怪獣を倒せたかどうかは分からない。脱出している可能性も、……いや、心のどこかでは、確実に生き延びているという予感があった。とはいえ、この森の中、探すことは困難だろう。

 

『だが、今は退けたと考えて良いだろう。……リュウタ、彼女が待っているぞ』

 

「そういうことは、あまり口に出さないほうが」

 

『そうなのか?』

 

 いや、意識したら、ちょっと気恥ずかしいだろ。

 

 

 

 戦いは終わった。

 

 珍しく、シグマにオチが付かず、現場にいた生徒は全員無事。一人も欠けることなく危機を抜けたことは、誰にとってもハッピーエンド。

 

 そんな夕暮れに、皆、水着のまま、逃げ回った疲労を癒そうと、駅前で思うままにくつろいでいた。

 

 何人かは怪獣について話をしたり、突然現れたヒーローについてSNSで呟いたり。中には、実家に電話して、感極まって泣いている男子もいた。どれも、明日になれば忘れられてしまう、非日常の名残。

 

 けれども、今日のことを忘れられない内海は、戦いから戻った裕太と共に、階段に腰かけて朱に染まっていく山を眺めていた。もう走り疲れて、膝ががくがくと震え、立てる気がしなかった。

 

 しなびた声で、内海がつぶやく。

 

「……ま、色々あったけど、怪獣倒せてよかったな」

 

「そうだね……」

 

「リュウタの奴には、マジでハヌマーン見せてやるけど。あいつ、さっさと帰ってやがるし」

 

「それって、そんなに酷いの?」

 

「どうせなら、裕太も一緒に観るか」

 

 上映会は響家の予定だ。

 

「えー」

 

「ゲテモノだけど、刺さる奴には刺さるかもしれないぜ」

 

 そこで苦笑して、内海は周りを見回す。

 

 初めて、怪獣の攻撃に巻き込まれて、なんとか無事に済み、こんな話ができている。日常をただ生きているだけなら感じられない生の実感というのだろうか。今なら、普段は怖がってアプローチできない、気になる子にも、話しかけられそうだった。

 

 そんな気になる完璧美少女を目で追おうとして、

 

「って!? 新条は!?」

 

 立ちあがり、大声を出す。その拍子に筋肉痛になりかけの足が痛んで、その場で地団駄を踏む羽目になった。ついでに、女子からの冷たい目線も刺さってくる。

 

 しかし、内海にとっては一大事だ。こんなに奮闘したのに、敵の狙いかもしれない新条アカネが犠牲になりましたでは、悔やんでも悔やみきれないから。

 

 とはいえ、それは杞憂に終わる。

 

「アカネなら先に帰ったよ」

 

「なんか疲れたからって」

 

 内海達の近くで、六花と話していた、なみことはっす。彼女らが呆れた顔で内海へと言う。曰く、一本前の電車でさっさと行ってしまったそうだ。

 

 想い人が無事であったことに、内海は胸をなでおろし、けれど。

 

「そういえば、一緒にいた男子。あれ誰?」

 

「あー。そういえば。ツツジ台じゃ見かけないし。他校? え? もしかして私らやばいの見た? スキャンダル?」

 

「アカネ、途中も一人でどっか行ってたし。もしかしなくても、あるんじゃね?」

 

「びみょーにフツメンだったけど、ああいうのが好みなんすかね、あの完璧美少女」

 

 その言葉に六花と裕太は思い当たるものがあった。きっと、リュウタだと。そうだと考えれば、シグマの奇妙な行動にも納得がいく。

 

 突然に森へと彼が向かったのは、そこに新条アカネがいたからだ。出会って長いとは言えないが、リュウタは一途なまでにアカネを好いているのは分かっていたから。

 

「……うん、よかった」

 

 裕太がほっと息をつく。

 

 彼がアカネを守ることができて、二人で仲良く帰っているのなら、祝福すべきことなのだろう。六花は友達の恋バナの進展に興味が掻き立てられ、裕太は後でアドバイスでも貰おうかと内心で考え。

 

 内海は、

 

「……そっか」

 

 なんて、感情の分からない声で、電車が去った駅を見つめていた。

 

 

 

 彼女の名前と同じ、茜色の温かな光を全身に浴びながら、テンポよいリズムに身を任せる。

 

 電車に乗るのは、記憶喪失になってからは初めてだったけれど、こんなに素敵な気持ちでいられるとは思わなかった。単に電車が好きなわけじゃないし、景色に見惚れている訳でもない。

 

 見惚れる対象は、なにより、好きなのは、隣の彼女のこと。

 

「ねえねえ、巨人になって戦うのって、どんな感じ? ゲームみたいなの? 操縦桿とかあったり? オモチャみたいなプロップ、だしていじったりするの?」

 

 新条さんが、目に興味の色を輝かせながら、笑顔で尋ねてくる。これまでのどんな時より、距離は近くて、彼女の温かさが伝わってくる。

 

 それで話をするのが、甘い話でもなんでもなく、大いにウルトラシリーズの影響を受けた変身の話というのは、少しおかしくて、でも安心している自分がいた。

 

(ああ、この子はこういう子だよね)

 

 なんて。そんな実感は、戦いを終えてから強くなっていた。記憶が今にも、喉元まで迫ってきているような気さえした。

 

 でも、そんな自分のことは、今この時間には邪魔でしかなく、俺は照れ臭くなりながら、シグマに変身した時のことを話していく。

 

「変身した時は、自分の手がそのまんま大きくなったみたいで。最初は、全然動かせなかったけど、今は自然に近い感じ」

 

「じゃあ、ヒーロー君もあんなバク転できるんだ?」

 

「……ごめん、ちょっとカッコつけた。人間の時は、ああいうのできない」

 

「ふふ! もー、正直に言わないとダメじゃん! でもでも、人間の時も、けっこうカッコいいと思ったよ? 

 あ、あの赤いのも、仲間なの?」

 

「うん、俺と違って、ほんとにヒーローみたいなんだ」

 

 響とグリッドマンのことは言わないように。

 

 考えてみれば、内海や宝多さんと違って、一般人である新条さんは今日の日を忘れてしまう。怪獣と出会って、きっと、あの森で俺と出会ったことも。

 

 この饒舌は、そんな現実があんまりにも勿体なくて、少しでも、俺とのことを覚えてもらいたかったからだろう。

 

「あの赤いのみたいな変形、ヒーロー君もできるの?」

 

「あ……、その、できないんだ」

 

「えー? でも、あんなビームとか、怪獣が少しかわいそうなぐらいだったし。ヒーロー君にはなくてもちょうどいいのかな?」

 

「ほんとは武器とか、俺も欲しいんだけどね。並んだ時、ちょっと格好付かないから」

 

「ウルトラマンどころか、ロボットになっちゃうじゃない?」

 

「エックスもあのくらいのアーマーありだったし、そういうのも許容範囲とは……」

 

 いや、このままだと、最後は全員合体でロボットアニメになるんじゃないか? その時、俺は結構なスケール違いになるんじゃ。でかいグリッドマンと、ちんまいシグマ。

 

 格好とか気にする立場じゃないけど、そこまでくると……。

 

「だめだよー、商売戦略とか、そういう理不尽には、ちゃんと声を上げないと。怪獣の出番、もっと欲しいとか。ゴモラは味方になりすぎとか」

 

「いや、スポンサーとかいないし。でも、怪獣に襲われたばかりなのに、ほんとに好きなんだね」  

 

 そう言うと、新条さんは目を細めて、力を抜いたように、俺の方へと身を預けてくる。

 

 電車の中は誰もいなくて、ただ、俺の息をのんだ音が響いた。

 

「……新条さん?」

 

「君のおかげだよ?」

 

「え?」

 

 新条さんが、そっと頭を持ち上げ、耳元でささやく。

 

「私がこうしていられるのも、怪獣が好きでいられるのも……。みんな、キミが守ってくれたから……」

 

 それは、

 

「俺は……」

 

 何より言って欲しい言葉だったのかもしれない。

 

 この子を守りたいと、ずっと願っていて。記憶喪失になる前も、その願いは変わらなくて。そう言ってもらえるだけで、足りなかった全てが満たされていく。

 

 返事をすることができず、息ぐるしさに口を開け閉めする俺へ、新条さんは晴れやかな笑顔を向ける。天使みたいに、綺麗で、この世の物とも思えないほど輝いて。

 

「ねえ、君の名前」

 

「え?」

 

「名前! ずっとヒーロー君って呼んでたけど、訊いたことないし。……名前どころか、怪獣趣味とか、変身できるとか、そんなことしか知らないんだよね。

 だから、君のこと、もっと知りたいなって」

 

 どこかで聞いた覚えのある言葉に、震えながら、俺の口は勝手に動いた。

 

「……隆太、馬場隆太」

 

 平凡な、ヒーローっぽくない、偽物宇宙人みたいな俺の名前を。

 

 

 

「じゃあ、リュウタ君だね」

 

 

 

 歌う様につぶやかれた、名前。それが、彼女との最後のきっかけだった。

 

 出会って、知って、走って、迷って、それで最後に守ろうとして。

 

 そんな新条さんに、いや、

 

(ちがう、『アカネさん』にだ)

 

 そうだ、俺は、そう呼んでいた。何度も、何度も、大切な君の名前を呼んだ。

 

 アカネさんも、俺の名前を呼んでくれて……。

 

「っ……!?」

 

 途端に、頭痛がした。冷たい悪寒が、背中を走った。

 

 喉元から吐き出されそうになる記憶が、これ以上は止めろとでも言うように、考えをせき止めようとしてくる。グラグラと視界が震えて、瞼を閉じずにはいられないほどに。意識が、強制的にシャットダウンされるような。

 

「あれ? リュウタ君?

 ……って、もうすぐツツジ台だし、そうなるよね」

 

 霞む視線の先で、アカネさんが何でもないように立ち上がる。

 

「……ま、まって」

 

 手を伸ばしても、アカネさんは止まらない。シートへと体を沈める俺の頭を、柔らかな感触が撫でてくる。

 

「おやすみ、リュウタ君。

 ……私ね、けっこう君のこと気に入ってるから、また会おうね。あ、あとさ、今度は、邪魔なグリッドマン抜きで戦って欲しいな」

 

 彼女が何かを言っている。

 

 聞き逃してはいけないことを、知らなければいけないことを。けれども、自分の意思とは無関係に、俺は深い眠りへと落ちていった。




>NEXT「記・億」




次回より……。

ご意見、ご感想、お待ちしております。


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記・憶

死亡フラグ……


 特別な一日は、出会いは、なんでもなくやってくる。

 

 それは例えば、響裕太が、怪獣少女と出会った日。宝多六花が怪獣少年と再会した日。そして、内海将が、降ってわいた機会に、一世一代の勝負に出た日。

 

 この特別な一日は突然にやってきて、選択を迫った。

 

 一歩を踏み出すか、踏み出さないか。

 

 何気ない一歩。それが、後の大きなきっかけとなったり、世界の見え方すら壊してしまったり、中には、大きな後悔を呼び込むこともある。

 

 三者三様の出会いと、きっかけが訪れた、この日。

 

 偶然にもその日は、馬場隆太という平凡な俺にも、容赦ない選択を迫った。

 

 

 

 じわじわと蝉の声に曝されながら、俺は独りで街を歩いていた。

 

 太陽を照り返す無機質なビル群。にもかかわらず、霧は依然として街を取り囲んでいる。

 

 何事もないように、通り過ぎていく街の人々。一人一人に生活があるはずなのに、ふと見た時に、その顔がのっぺらぼうに見えた。

 

 歩みを進めると、熱を感じて。頭を振って、目を開け閉めすると、街はあの燃え盛る森に変わっていた。

 

(違う、これは現実じゃない)

 

 もう一度、目を閉じて、開ける。

 

 森は幻だった。けれど、燃えているのは変わらなかった。街が、俺自身が燃えている。炎に取り囲まれて、末端から炭と化し、崩壊していく馬場隆太という人間。

 

 じわじわと浸食されていく炎に、頭まで塗りつぶされそうになって――。

 

 

 

「……っ!」

 

 べたな物語のように、俺は汗を垂れ流しながら起き上がった。

 

 なんて悪夢だ。夢なんて、記憶喪失になってから、めったに見ないのに。息を整え、周りを見渡す。

 

(こんなところで、寝ていたら、悪夢でも見るか)

 

 目を覚ましたのは、公園のベンチの上。そうだった。突然の眠気に、少し休もうと考えたんだ。時計を見ると、もう小一時間は経っている。いつの間にか木陰だったベンチには、陽光が差し込んでいた。それが熱と共に頭に直撃していたのだから、炎に囲まれたのも納得だろう。

 

 とはいえ、悪夢の原因は、それだけとも思わなかった。

 

 

 

 何かがおかしい。

 

 

 

 森でアカネさんを助けたあの日から、そんな予感が頭の隅にこびりついている。

 

 記憶喪失になって、両手の指じゃ数えきれないほどの日を過ごし、戦いと出会いを繰り返してきた。その日々の中で何度もアカネさんを想い、少しずつ記憶の輪郭に迫っている感触もある。

 

 けれど、

 

『もう終わり』

 

 彼女に名前を呼ばれた時から、これでパズルのピースはすべてだと、そう言われている気がする。あのカチリと言う音さえ、ここしばらくは響かない。

 

 これまでは、細かい断片になっていた俺と言う存在を、少しずつ集めては、はめ込みなおしてきた。バラバラになった一つの絵を、物陰に飛び散ったピースを探しながら復元していた。抽象的だけれど、そんな表現が似つかわしい気がする。

 

 そして、新条アカネと言う大切な人を中心としたピースは、既に集め終えている。

 

 彼女への恋慕も、守りたいという使命感も、様々な思い出のきっかけも。全部、もう、俺の中にはある。

 

(じゃあ、どうして記憶が戻らないんだ?)

 

 それが分からない。

 

 もしかしたら、その集め終えたという実感が勘違いで、単に頭がおかしくなっているだけかもしれない。なら、本格的に病院の出番かと不安に駆られたが、今さらだ。

 

 だから、最初に逆戻り。

 

 俺は、バイトの時間を除けば、日がな一日、街をふらふらと彷徨う記憶喪失者となっていた。

 

 痛む頭を撫でながら、俺は公園を後にする。どこに行くとしようか。街なら、まだ見たことがない場所もある。ツツジ台はでかく、一人の足で回るには時間がかかっていたから。

 

 迷って、気まぐれに足を進めたのは、街はずれ。

 

 どこか寂しく、人も少ない、廃れた場所だった。一軒家はどれも、生活している様子はなく、誰ともすれ違うこともない。日が傾くには早すぎるのに、カラスが一声を鳴らしながら頭の上を飛んでいく。

 

「いや、いくらなんでも」

 

 あんまりな寂しさに、苦笑いを浮かべた。ウルトラマン的な超直感で呼ばれたならともかく、適当に来た場所で、何を思い出す気だったのか。

 

 けれど、来たからにはもったいなく。小一時間ほど歩き回って、最後は、サイレンを流す踏切の前で足を止めた。

 

(ここを抜けたら絢にでも戻るか)

 

 諦め、妙に長い待ち時間を、足で地面を叩きながら過ごしていると、

 

「ん?」

 

 横を向く。小道を挟んで向かい側、同じように踏切が上がるのを待っている人影があった。目を引いたのは、少し様子がおかしかったから。髪はぼさぼさで、元は立派そうなスーツも擦り切れだらけ、何も持たないで、ふらつきながら踏切を見つめている。

 

 普段なら、気に留めないで、離れるはずだったのに、そうするわけにもいかなくなったのは、数秒後。

 

 電車がやってきた。霧を突き抜けて、軽快に。それが通り過ぎれば、俺は踏切を超えて、元居た場所へと実りなく戻るだけだったのに。

 

「……は!?」

 

 男が、勢いよく踏切の中へと飛び込もうとした。

 

 おいおい、ちょっと待て。こんなの、怪獣に遭うよりも、よっぽど肝が冷える。よりにもよって、目の前で血みどろの惨劇なんて見たくはない。

 

 だから、足に力を込めて、この間のように人間離れした脚力で、馬鹿を考えた男を踏切のこちら側へ引き倒した。

 

「き、君?!」

 

 勢いに負けて、男がアスファルトに頭を打つ。ついでに目を白黒とさせながら俺を呆然と見上げるが、構うもんか。

 

 アンタの事情なんて欠片も知らないし、助ける義理とか、今後の人生相談を受ける気なんてサラサラない。それでも、アカネさんがヒーローなんて呼んでくれている中で、死人が出るのを見過ごす気になれなかっただけ。だから、男をこのまま警察にでも連れて行って、さっさと帰るはずだったのに。

 

「り、」

 

「ん?」

 

「隆太……?」

 

 思っていた以上に若々しかった男の一言が、そうはさせてくれなかった。

 

 

 

「ありがとう……」

 

 俺が渡したペットボトルを受け取ると、男は軽く頭を下げた。俺は、腑に落ちない顔で、こぶし二つ分を空けて、彼の隣へ座る。踏切から少し離れたところに、バス停があったので、そのベンチを使わせてもらった。

 

 男はペットボトルのふたを開けると、一口を含み、大きく息をつく。ついさっきは飛び込みを画策したのに、今は落ち着いているようだった。

 

 なら、質問をしても許されるだろう。

 

「あの、さっきのこと、聞いても?」

 

 この人が俺の名前を言ったことについて。

 

 状況は少し複雑だ。この人が、言葉の通りに俺のことを知っているなら、知人第一号。記憶を取り戻すきっかけになる。だが、その後に呟いた不穏な一言が、大きな不信感となっていた。

 

『ちがうか……。あいつはもう……』

 

 死んだ、と。

 

 男は言う。男が知っていて、俺とそっくりで、ついでに名も俺と同じな『隆太』と言う彼の弟は、もうこの世にはいないと。

 

 生きている俺に対して、なんて言い草だと思う。残念なことに、俺にも、目の前の男へ既視感が存在しなければ、妄言を言っているからと去っているところだ。

 

(しかも、アカネさんと違って、この人へは)

 

 嫌悪感。

 

 初対面と断言できない、その強い感情があった。弱り切ったやせぎすの男へ、なぜか同情なんて存在していない。なので、俺はなるべく感情を表に出さないようにしていた。

 

「その……。君は本当に、馬場隆太じゃ、ないんですよね」

 

「はい」

 

 少なくとも、死んでいる彼の『馬場隆太』は、俺が生きている限り、別人だ。嘘じゃない。

 

 そのぶっきらぼうな返答を聞き、男は残念そうに肩を落とすと、ぽつりぽつりとつぶやき始めた。俺へ向けて話すというより、溜まった澱を吐き出すような、そんな調子だった。

 

「ですよね……。弟は、死んで、俺が埋葬したんだから。もう、一年も前に」

 

「弟さん、だったんですか?」

 

「まあ、ええ。もう何年も会ってなくて、仲は最悪でしたが。……たった一人の肉親でした」

 

 男は馬場隆一という名だそうだ。

 

 一年ほど前、務めていたアメリカから帰ってきて、それ以来、ふらふらとしていたという。それが、とうとう限界に達し、いっそ死んでしまおうと思った、というのが先ほどのこと。昔はバリバリのビジネスマンをしていたそうだ。

 

 今の落ちぶれたそのままの姿からは、信頼できない情報。だが、えらく長い調子で、そんなパーソナリティを語っていくから、作り話とも思えなかった。疑おうと思えば疑え過ぎて、怪獣の擬態にしては不出来だし。

 

「俺は、東大を出て……」

 

「あーあー、もう、そのあたりは別にいいんで。あの、俺に似てる人のことを」

 

 さっさと件の馬場隆太へと話を進めて欲しい。そう言うと、男はきょとんとして、頭をかき、話を変える。

 

 俺は黙って、それを聞くことにした。

 

 不快感は変わらないまま、それでも、聞かなければいけない気がしたから。

 

「そうでした、ね。弟は、隆太は……。なんて言えばいいのかな。俺には、よく分からない奴でした」

 

 男が語る。

 

 馬場隆太は、ウルトラマンオタクだった。

 

 もちろん、男も子どものころはウルトラマンを人並みには好んでいた。年が離れた幼い弟が、年相応に見ていたころも、それを馬鹿にするほど、意地が悪いわけではなかった。

 

 ただ、

 

「正直に言うと、うちの家は問題だらけで。

 親父は警察官だったんですよ。そう言うと、小学校のころは友達がかっこいいなんて言ってくれたものですが、実際は、まともに遊んでもらった記憶もない。仕事人間。それが親父の正義感っていうなら納得もいくけれど、そんな様子もなくて」

 

 単に、人を救うでも、悪を懲らしめるでもなく、仕事をすることが好きだった。

 

 そんな父親と。

 

「で、母は。……初対面の君に言うのも変だけれど、浮気の末に家を出ていったんです。隆太が生まれて、幼稚園に入った頃にはそういうことをしていたそうで。今思うと、親父も黙認していたんでしょう。

 けど、二重生活に耐えられなくなったのか、他の事情ができたのか、弟と俺を置いて、母は突然、姿を消しました」

 

 その後、父親も過労死。家族は兄弟二人になった。

 

 特別な事情と言えば、事情だ。

 

 けれど、そんな話、今の世の中にはいくらでも転がっている。それが当たり前になった世の中をどう思うかは別の話で、単にどこかの馬場家の子どもたちは、親からの庇護をあまり受けられる環境になかったというだけ。

 

「弟との間に、距離ができたのは、そのくらいですかね」

 

 男は、弟がいつまでもウルトラマンを卒業しないことへ、違和感を感じた。

 

「俺は、あいつよりもだいぶ年上で、大学も順調だった。そのころになっても、中学生になろうって時なのに、隆太はまだウルトラマンを見ていた。

 なんて子どもっぽい奴だって、俺にはあいつが理解できなかった」

 

 だって、ウルトラマンは子どもの見る物だ。

 

 造形やドラマには、子ども顔負けのものがあるという。それはそれで評価しても、成長した男が『いけ! ウルトラマン!!』だのと応援をしたり、おもちゃをせっせと集めるものじゃない。

 

「……うちのウルトラマン、最初は親父のお古だったんです。というよりも、祖父が、俺たちが生まれる時に、張り切って色々と買ってたものを、捨てるに捨てられなかっただけという話で。祖父も、俺が小さいころに亡くなったから、形見のつもりだったんですかね」

 

 それが父の形見になり、弟がじっと見ている。

 

 大きくなるにつれ、マニアやオタクと呼ばれるほどにのめり込み始めていく。

 

「俺が変えてやらないと。そう思いました」

 

 だから、弟が中学へ進学するとき、男はウルトラマングッズをすべて捨てた。

 

「ガラクタを捨てたら、弟だって、まともな趣味ができると思ったんです。俺は、卒業後は海外へ行くつもりだったから、それまでに独り立ちさせないとって」

 

 俺は、その話を黙って聞いていて。

 

 ぶん殴ってやろうと思った。

 

 手に力がこもり、汗がにじんだ。その『馬場隆太』の気持ちが乗り移ったように、目の前の男への気持ちが、ともすれば殺意のような存在へ変わろうとしていた。

 

 今の自分は、人間離れした力が出せると知っていても、この勘違いした馬鹿へと一発加えてやらないと気が済まないと思い、それが実行されようとして――。

 

「でもね、」

 

 男が、

 

「俺が、悪かったんですよ」

 

 涙を流しているのを見て、何も言えなくなった。

 

「弟が死んだという話を聞いて、日本へ戻ってきたんです。

 俺がおもちゃを捨ててから、連絡は途絶えていて。それでも、あいつはあいつなりに生きていけると思っていました。金は渡していたし、サッカーもしていたとは聞いていたので」 

 

「でもね、あいつが死んで、部屋を見たら、ウルトラマンと怪獣だらけだったんです。きれいに集めて、並べてて。だいぶ切り詰めないと買えないのに、BD-BOXまで。あいつは、ほんとにウルトラマンが好きだったんだと、その時に気づきました」

 

 男は主がいなくなった弟の部屋で、ウルトラマンを見た。

 

 何日もかけて、見てみた。

 

 そして、

 

「目が曇っていたのは、俺の方でした。俺は、たぶん、ウルトラマンを好きにはなれないけれど、大人でも子どもでも関係なく、好きになる人はいると、思えました。弟は、別に親父の形見だから執着したとか、子どもっぽさが抜けなかったとか。そんな理由じゃなかったんですよ、きっと……」

 

 男は涙をこぼしていく。

 

 今になって、何を後悔しようというのだろう。

 

 その『弟』は死んで。それが死んだ理由でなくても、弟が大切にしていた物を丸ごと目の前で壊した分際で。

 

 殴りはしなかった。

 

 ただ、俺も、涙が流れて仕方なかった。

 

 気が付けば、男の胸倉をつかんでいた。唸り声が、俺の口から洩れていた。

 

「……その時の、弟の気持ちが分かるか?」

 

「き、君は……?」

 

 ああ、分かんないだろう。なんで、俺が怒っているのかなんて。でも、その、死んでしまった『馬場隆太』の分も、俺はこの兄貴に気持ちを伝えずにはいられなかった。

 

「好きなんだから! ただ放っておいてくれればそれでよかった!! 別に、理解してもらおうとか思ってねえよ!! いまさら、一緒に観てくれとか、そんなことも求めねえよ!!

 でも、それを、否定して欲しくなかったんだよ!!」

 

 分かっていたよ。

 

 ウルトラマンが子どもの物だってことくらい。

 

 きっと、世間には公にしづらい趣味だってことくらい、中学生にもなれば、同級生の反応からでも察しはつく。

 

 それでも、好きだった。ウルトラマンが、怪獣が、そして人間たちのストーリーが。たまらなく好きだったし、嫌いになんてなれなかった。だからこそ、男のしたことは、許せなかった。

 

「俺に! ウルトラマンを最初に見せたのは!! 兄貴だったんだから!! そんな、裏切るようなこと、してほしくなかったんだよ……」

 

 その後、『馬場隆太』がどうなったかは分かる。

 

 大して変わらなかったさ。

 

 ウルトラマンが好きなことは、肉親に否定されても、変わらなかった。

 

 けれど、決して、表に出そうなんて思えなかった。目の前で、自分の夢のヒーローたちが、ごみと一緒に巻き込まれ潰されていく様を見て、赤の他人と、その趣味を共有しようなんて勇気はなかったから。

 

 嘘の趣味で取り繕って、年頃に話を合わせて。それで、ひっそりとウルトラマンを一人で見る。

 

 偶然、同じ趣味の、大切な人を見つけるまでは。

 

 その人が、自分の弱いところを見ても、離れないと思えるまでは。

 

(だから、俺は――)

 

 けれど、もう、いい。

 

 この人に話すことはない。この人に言いたかったのは、『その時』のことだけだから。その後は、俺と『あの子』の話なのだから。あの時、縁を切った、兄貴には言いたくなかった。

 

「ほんとに、君は……?」

 

 馬場隆太じゃないのか?

 

 男が戸惑いながら言う言葉に、俺は無感情に答える。

 

「違いますよ。俺には、あんたみたいな優しい兄貴はいなかったんだから」

 

 きっと、馬場隆太が生きている間は、兄貴は考えを変えることなんてなかったから。だから、この人は、俺の兄貴じゃない。俺も、この人の弟なんかじゃない。

 

 

 

 そう言って、俺は男と別れた。

 

 何事かを言いたげだった男を、一人残して、どこともなく、足早にかけてしまった。

 

(なんでだよ、神様)

 

 記憶が戻る時っていうのは、きっと劇的な何かが待っていると思っていた。

 

 アカネさんを庇ったときとか、シグマと一緒にラスボスに立ち向かうときとか。そんなクライマックスにふさわしい何かが待っているんじゃないか、なんて。その先に素晴らしい未来が待っているんじゃないかって。

 

 それが、こんな。大嫌いだった。憎んでさえいた兄貴との出会いなんかで戻ってほしくはなかった。

 

 俺にはアカネさんがいれば十分だったのに。アカネさんが傍にいてくれれば、最後は他の奴らだって見捨ててもいいとさえ思えていたのに。

 

 それじゃダメだと、無責任に説教する気だろうか。

 

 あんな憎い兄貴でも、憎い家族でも、殺したいほどの母親でも。俺という人間を取り戻すには必要なピースだったとでもいうのだろうか。

 

 何より、そうして戻ってきた記憶の中身は、俺を幸せになんて導いてくれなかった。ただ、俺という人間がどれだけ愚かで、間抜けかを思い知らせただけだった。

 

 それがどうしても許せなくて、納得できなくて。

 

「ハァ、ハァ――、は」

 

 息が切れ、ぐちゃぐちゃになった頭が処理した映像は、ツツジ台高校だった。

 

 どんなルートで移動したのかも、覚えていない。ただ、誰かを追い求めていたことは、分かっている。だって、その人は目の前にいるから。

 

 夕暮れの校庭。

 

 彼女と同じ名前の景色。

 

 他に誰もいないのに、彼女は独り、真ん中でボールを蹴飛ばしていた。

 

 俺は、ふらつきながら彼女へと近づく。

 

「あ! リュウタ君」

 

 アカネさんが俺の名前を呼ぶ。

 

 そのことに、涙がこぼれそうになるけれど、必死に我慢して、笑顔をつくって手を振った。

 

「あれ? 大丈夫? 何だか顔色おかしいけど?」

 

「――うん。大丈夫。それよりも、アカネさんは、どうしたの?」

 

 こんな制服にスカート姿で、サッカーボールなんて蹴飛ばすものじゃないだろうに。それに、アカネさんは運動苦手だったでしょ。サッカーだって、結局教えてあげられなかったから。

 

「んー。ちょっとね、気分転換したくて。それで、サッカー部が忘れていったボールがあったから、蹴ってみただけ」

 

「上手く蹴れた?」

 

「だーめー! ボールって固いし、変な方向に飛ぶし、つま先痛いし! なんで男子がこんなので遊んでいるのか、意味わかんない」

 

 ぶーぶーと、口をすぼめてアカネさんは素直な言葉を告げていく。

 

「あー、だよね。これ、けっこうコツがいるから」

 

 駆け足で、ボールを拾って、アカネさんの傍まで戻ってくる。それを足元に引き寄せて、軽く上へと上げると、後はリズムよく。下手に力を入れるよりも、ポンポンと力を逃がし、コントロールする方が大事だ。

 

 一回、二回、三回。十回を超えると、もう、こちらのもの。膝を超えない高さでリフティング。すんなりと百回は越えられるだろう。だけれど、そんなテクニックがあるところをアカネさんが見ても、つまらないだろうから。

 

 少し力を込めて、高く空へと。

 

 落下の予想地点と、助走のつけ方は、慣れたものだった。

 

 アカネさんが驚くように目を見開く。せめて、彼女にはカッコいいところを見せたくて、いつもより足は大きく振り上げた。

 

「ふっ!!!」

 

 インフロント。無回転。

 

 空気を弾む、小気味いい音を伴って、ゴールの真ん中が大きく揺らされた。自分で言うのもなんだけれど、良いシュートだったと思う。

 

 後ろから、パチパチと気の抜けた拍手の音。アカネさんは、何だか楽しそうに手を叩いている。

 

「すっごーい! なーんて、褒めてあげればいいの?」

 

 ちょっとひねくれた言い方だけど、気を悪くしている様子はなかった。そんなアカネさんへ、拾ったボールを軽く転がす。

 

「ありがとう。さっきのだけど、足の先で蹴ると、傷める原因になるし、コントロールも効かないし。……こういう感じで、足を横にしてみて。それで、そこに当てる感じで」

 

「なんか、変な感じ」

 

「インサイドって言って、パスとかする時の基本の形。ほら、試しに蹴ってみて?」

 

 アカネさんは俺と、ボールを見比べて、息を吐きつつ、ボールを軽く蹴飛ばす。さっきの変な方向へ飛んだキックと違って、弱弱しくも、俺の方向へと真っ直ぐ向かってきた。

 

 赤い瞳が、興味深そうに見開かれる。

 

「へー」

 

「うん。きっと、ちょっと練習したら、しっかりしたシュートも撃てるんじゃないかな」

 

「別に、私はサッカー上手くなくていいんだけど」

 

「まあ、そこは興味持ったらってことで」

 

 言うと、アカネさんは微かに笑い、俺のすぐ近くまでやってくる。

 

「ねえ。サッカーより、君の方が興味あるんだ」

 

「俺?」

 

「まだ、記憶喪失なの?」

 

「……そうだね、まだ、何も思い出せない」

 

 彼女はじっと俺の眼を見つめながら、唐突に話を変える。

 

「実はね。私、今日、告白されたんだ」

 

「……そ、それで?」

 

「ん? 気になる?」

 

「え、えっと、それは、そうだ、ね」

 

「どうしよっかなー。って、もう、そんな顔しないでよ。フっちゃった」

 

 あっけらかんと。

 

「同じ趣味だけど、たぶん解釈違いだし。それはそれで、知りたいこともあったから、試してみるのも良かったけど――」

 

 なんで、そのことが、俺への興味につながるのか分からない、と。俺が少しの訝しさを向けていることに、彼女は独白しながら、気づいてはいないようだった。

 

「なんかね。告白された時、君のこと、考えちゃったんだ。で、そんな気にもなれなくて、断ったの。

 ……おかしいよね。君と会ってから、そんなにたってないのに」

 

「……」

 

「ねえ、私のこと、好きでしょ?」

 

 それくらい、お見通しだぞ、と言いたげな眼差し。

 

 俺は、静かに頷いて、素直に答えた。

 

「うん。好きだよ」

 

 恥も、照れもなく、言葉はすんなりと口を出ていく。

 

「やっぱり! この間とか、もしかしたらって思っていたけど! けっこう、女の子ってそういうの敏感だから。リュウタ君も気をつけなきゃダメだったのに!」

 

 上機嫌で、楽しそう。そんなアカネさんを見ていて、俺はまた、泣きたくなる。

 

「なんでなんだろうね? 最初に会ったときから、なんか君は特別な気がしてて。でも、知り合いじゃないし。で、色々話して、君は私のこと、イライラさせないって分かって、何だか頼もしいなーとか、面白そうだなって思って。

 だから――」

 

 

 

「私と一緒に、来ない?」

 

 

 

 嬉しかった。今すぐに抱きしめたくなるほど嬉しかった。

 

 でも、そうすることは、できなかった。

 

「俺は……。うん、すごい嬉しい。ほんとに、泣きたいほど嬉しい」

 

 君は大切な人で。大好きな人で。

 

 俺に何の事情もなければ、一も二もなく頷いていたはずだったのに。

 

「じゃあ……」

 

「でも、もうちょっとだけ待ってて」

 

「……断るの?」

 

「違うよ。今は、少しだけ、やらなくちゃいけないことがあって。きっと、すぐに終わらせるから」

 

 その時に、もう一度。

 

「俺から、アカネさんに言うよ」

 

「今じゃなきゃ、断るかもしれないよ?」

 

「そうならないように、精一杯努力する」

 

 アカネさんは、それを聞くと、目を細めて、零すように笑う。

 

「ハードル上げすぎ! じゃあ、ちょっとは楽しみに待とうかな?」

 

 言うなり、気まぐれな神様のように、彼女はスキップをしながら夕日の校庭を後にする。俺はただ、黙って彼女を見送るしかなかった。

 

「ああ――」

 

 どうしてだろう。

 

 君は、また俺を求めてくれたのに。なんで、断らなくちゃいけないのだろう。アカネさんのことは、こんなに好きで、愛していて。……君が何者かを知っていても、ずっと大切な人なのに。

 

 アカネさんが、ただの女の子なら。怪獣使いでなければ。いや、

 

「馬鹿だな、俺」

 

 そんな理由で、彼女を拒絶するのだろうか。それは、俺と彼女の間を隔てる理由になるのだろうか。考えても、答えなんて出ない。なんで、ここまで複雑な事情になっているのだろう、と笑えてさえくる。どうして、どこにでもいる、ちょっと変わった趣味のカップルでいさせてくれないのだろう。

 

「ほんとは、告白なんてしなくてもいいんだよ?」

 

 だって、俺たちは恋人同士だったんだから。

 

 毎日一緒にいて、抱きしめたり、キスしたり。デートも何回も行った。高校生が何を言ってんだって思えるかもしれないけれど、将来も一緒にいたいとさえ思っていたのに。

 

 君は、何も覚えていない。

 

 それが虚しくて、消えてしまいたかった。

 

「俺は、君の怪獣に殺されてるから。そこだけは、忘れていて、良かったのかな?」

 

 アカネさんがそれを平然と受け止めて、暮らしていたらと考えるよりは。

 

 そうだ。

 

「俺は、一度、殺された」

 

 考えれば分かることだった。馬鹿にもほどがある。だから、みんなが俺のことを覚えていない。響も、内海も、他のクラスメートも。兄貴だって俺が死んだと思いこまされている。

 

 そんな現象を、俺は知っているはずだったのに、考えようともしなかった。怪獣に殺されたら、みんなの記憶から消え去ると、知っていたのに。

 

 すぐにでも気が付いていれば、問川は無理にせよ、あのArcadiaくらい救うのに、間に合ったかもしれないのに。

 

 何が、怪獣使い。何が、アカネさんがターゲット。勘違いして、時間を無駄にして、元凶を放置してきた。

 

 だから、

 

「アレクシス・ケリヴ……!!」

 

 歯を剥き、怨敵の名前をねじりだす。

 

 俺を『殺した』、黒い怪人。アカネさんを操り、怪獣を具現化する、この世界への侵略者。

 

 あいつを忘れて、のうのうとヒーローごっこをしていた俺は、間違いなく最低の馬鹿野郎だ。救いのない糞野郎だ。

 

 けれど、それでも、まだ間に合う。俺も生き返り、アカネさんが無事でいてくれるなら、まだ終わりじゃない。あいつを倒せば、全て終わる。アカネさんを助けて、怪獣との闘いも終わらせられる。だから、急いで、響とグリッドマンに伝えて、すぐにでもアカネさんの家に乗り込まないと。

 

 馬鹿ではあるが、今の俺にはシグマの力がある。

 

 そうして、あの時よりも強く駆けだそうとした俺の足を。

 

 

 

「やあ! 久しぶりだねえ、リュウタ君」

 

 

 

 陽気な、悪魔の声が止めた。

 

 脳髄から、全身を奔る嫌悪と、恐怖。

 

「……っ!?」

 

 振り返ると、夕日をバックに悪魔が立っていた。

 

 忘れもしない。

 

 パソコンの画面越しに見た時と同じだ。全身の黒頭巾に、マスク。あの時は顔だけだったのに、俺より頭が一つも二つも大きい、人間とは根本的に違う姿がまるごとそこにあった。

 

 震えながら、こいつの名前を呼ぶ。

 

「アレクシス……!」

 

 その声に、怪人は、アレクシスは楽しそうに、本当に愉しそうに、俺を見下しながら、嗤うのだ。

 

「フフフ……。それとも、こう呼ぶべきかな?」

 

 

 

「グリッドマン、シグマ」




>NEXT「悪・魔」


死亡フラグ:アレクシス

原作通りは、概ねここまで。記憶戻って、第一部に繋がりました。
……後は、好きにやってしまいます。


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悪・魔

 『殺された』、あの時のことがフラッシュバックする。

 

 アカネさんと記念日を祝おうと、彼女の家を訪れて、怪獣コレクションを楽しんで。なのに、現実に現れた怪獣へと恐怖した日。俺たちの幸せが壊された日だ。

 

 その時のことを、今ははっきり思い出せる。彼女のパソコンに潜んでいた、怪獣を具現化する怪人も。そして、こいつに立ち向かおうとして、俺がたどった結末も。

 

「ッ!! アクセス――!!」

 

 記憶を思い出せたことへ、初めて感謝した。この怪人へと竦まずに、戦おうと思えたから。怒りも、憎しみも、時間を置いても消え去りはしない。シグマと共にアレクシスを倒そうと、右手を構え、叫び。

 

「フラッ……!?」

 

「おやおや。驚いただろうが、それはおススメしないよ」

 

 大きな黒い手に掴まれていた。

 

 冷たい、機械みたいな感触が伝わってくる。なにより、そうしたアレクシスの動きは、まるで見えなかった。離れて立っていた怪人が、俺の目の前にいるのに、人間以上の力を持っているはずが、認識できなかった。どっと吹き出した冷や汗が、怒りを恐怖へと変えていく。

 

 それを誤魔化そうと、アレクシスの手を振りほどきたいが、びくともしない。この怪人との力の差が突きつけられているようで、震えが大きくなる。怪人は、そんな俺へと、さも友人であるかのようなフランクな口調で語り掛けてくるのだ。

 

「まあまあ、落ち着きたまえ、リュウタ君。私は戦いに来たわけじゃないんだ。君が変身したとして、私は逃げるだけ。君は骨折り損だ。ここは一つ、少しだけでも話をしないかな?」

 

「このっ! てめえと、話すことなんてあるか!!!」

 

 虚勢を張りながら、大声で威嚇する。

 

 この怪人は、何をぬけぬけと言ってやがる。

 

 こいつが俺を殺したのに。アカネさんの記憶を奪ったのに。こいつがいなければ、俺たちは平和に暮らせたはずなのに。こんな、不気味な仮面をつけたまま、何を話そうと言うのか。

 

 すると、アレクシスは空を見上げながら、困ったように息を吐いた。まるで、駄々っ子を相手にする大人のような態度だった。

 

「君にとっても悪い話じゃないさ。……意外だっただろう? 私がアカネ君のパソコンから抜け出せたことは。別に、弱っていないし、独りでもピンピンしている。君が、私に勝てると思っていた材料は、綺麗に無くなってしまったわけだ。

 ……どうする? 君はアカネ君を助けたいという。ここは一つ、私から情報の一つでも引き出せばいい。私としても、君の誤解を解いておきたいんだよ」

 

 理路整然と、俺へのメリットとデメリットを提示するアレクシス。

 

 冷静に考えた時は、それは正しいかもしれないが、語り口は、火に脂を注いでいるようにしか思えなかった。俺を殺しに来たわけじゃないというのは、本当のようで、恐怖は怒りへと再変換されていく。

 

 しかし、俺が一矢でも報いてやろう考えたのが、アレクシスにも分かったのだろうか。アレクシスは『これだけは言いたくなかったのだが……』と前置きをして、

 

「話を聞かないと、アカネ君とは二度と会えない――。そういえば、聞いてくれるかな?」

 

 顔を更に寄せ、嗤いもせず、冷酷な声を出した。

 

 

 

 選択肢はなかった。

 

 こいつの手の中に、アカネさんがいるのは明らかだったから。

 

 アカネさんも、怪獣を具現化するアレクシスへと信頼を寄せていることは分かっていた。悔しいことに、あの時の俺以上に。アレクシスがああ言った以上、アカネさんが害される可能性は否定できない。

 

 そうして、アレクシスが俺を連れ出したのは、

 

「フフフ、ここは私のお気に入りでね。特に、ケーキが絶品なんだよ。君も頼むと良い。私が奢ろうじゃないか!」

 

「……」

 

 何を考えているのだろうか。クラシックが流れる喫茶店だなんて。

 

 窓際の小さい席に、俺と向かいに座っている姿には違和感しか感じない。店員も、なんで平然とケーキセットを運んでくるんだ。わざわざ置かれたコーヒーだが、香ばしさを楽しむ余裕はない。

 

「おや? お気に召さないかな? 宇宙人との対話は、ちゃぶ台を挟んでから、と。ウルトラマンでやっていたが」

 

「……さっさと話を済ませろよ」

 

 何を話すつもりか分からないが、聞かせたいなら、早く終わらせてほしい。それが終われば、グリッドマンを呼んで、一緒にお前の所へ乗り込んでやる。

 

 もう、怒りを通り越して、無感情になり、俺はアレクシスに促す。

 

「……リアクションくらいしても良いじゃないか。ああ、心配しないでくれ。アカネ君に危害を加える云々は、方便でね。私は、彼女を大切にしているし、今後も傷つけるつもりはないんだよ」

 

「嘘をつけ」

 

 じゃあ、今、アカネさんが記憶を失っているのは何なんだ。

 

 都合よく、俺との記憶を無くしたのは、アレクシスが何かしたとしか思えなかった。傷つけていないとしても、害は及ぼしている。

 

「あぁ……。それも誤解なんだけどねえ。まあ、一つ一つ分かってもらうとしよう。ニンゲン、コミュニケーションが大切というから」

 

 そう言うと、アレクシスは俺へと尋ねてきた。

 

「さて、リュウタ君。あの時、つまり、君が怪獣にやられた時だが。君は私を打倒しようとした。それは何故だい?」

 

 何故も何もあるか。

 

「……怪獣を操って、街を破壊する怪人に、アカネさんが捕まってんだ。そのままにしておけるか」

 

「ナゼ?」

 

「てめえみたいなヤツが、いつまでもアカネさんの好きにさせているわけがないだろ」

 

 気に食わない奴がいたら、怪獣に暴れさせて、殺させる。被害者の記憶さえも失わせる。そりゃ、そんな能力を持った召使いが、甲斐甲斐しく世話をしていたら、倫理観なんて崩壊するだろう。

 

 最初は憎しみの対象へと。

 

 段々とむかつくやつへと。

 

 最後は不快にさせた人へと。

 

 殺意のハードルは下がっていく。殺しても、誰にも責められないのだから。罪にも問われないのだから。ブレーキなんて効かせられない。おかしくなるに決まっている。

 

 問題は、それがアカネさん個人の力じゃなく、この悪魔の能力だということ。空想特撮まんまの力を持っている奴が、アカネさんの好きにさせて、いたせりつくせりの世話をしている理由はなんだ。

 

「この星の侵略が目的なら、別の奴に憑けばいいだろ!」

 

 侵略、あるいは破壊。別の目的があるはずで、アカネさんを操るのも、その一環。なら、目的を果たした最後に、彼女は使い潰される。

 

 だが、アレクシスは、そんな俺の剣幕を見て、こらえきれないように不快な声を漏らした。

 

「ふ、フフフフ……」

 

「このっ!!」

 

 血が上り、殴りかかろうとする俺へと。

 

「いやいや! それが君の考えだったのか! まいったねえ。そう思われているとは思わなかったよ!! 誤解にもほどがある!!!」

 

 ケラケラケラ。

 

 浴びせられたのは、道化師、悪魔、怪人、その本性が現れたような、奇怪な笑い声だった。

 

 俺は、あっけにとられるというよりも、不気味に思った。肝が冷えた。このアレクシスの笑い声は、真実、俺の誤りを告げているようだったから。俺が、彼の狙いだと思っていた、命を懸けて阻止しようとした全てが、根本から間違っていると。心底オモシロいと言いたげだったから。

 

 そして、笑いを止めたアレクシスは俺へと言うのだ。

 

「私の狙いはこの街でも、この世界でもなんでもない」

 

 

 

「アカネ君だよ」

 

 

 

 悪魔は、静かに、それだけを告げた。

 

「な、なにを……」

 

「私はアカネ君と共にいて、彼女を幸せにすることが目的だ。この世界になんて、何の興味もない。まあ、だからこそ、怪獣を好きにさせているのだがね」

 

 怪人は笑いもせず、至極真面目な様子で話し続けた。

 

「ウルトラマンが好きだと、そういう妄想に走りやすいのかな? まずは、私のことから、理解してもらうとしよう」

 

 アレクシスは語る。

 

 アレクシス・ケリヴは、不老不死の存在だった。

 

 いかな方法でも殺すことができない、悠久の時を生きる旅人。だが、あまりにも長く生を過ごす中で、彼から失われるものがあった。

 

 それが感情。

 

「つまりはね、退屈だったんだよ」

 

 不老不死の怪人は、全ての物に飽き、感情が動かされなくなった。けれど、死という卒業はなく、ただ単に生きるだけ。そのまま、無駄な時を過ごすことに、何の意味があるのかと考え、アレクシスはある方法を見つけ出す。

 

 自分が感情を抱けないなら、誰かの豊かな感情を、情動を分けてもらえばいい、と。

 

「目を付けた、という言い方は失礼かな? まあ、目を付けたことに変わりはないのだけれど。

 私は人間の感情を狙うことにした。彼等は感情豊かで、何気ない出来事にも一喜一憂する。私とは違って、ね。それはとても魅力的で、喉から手が出るほど、味わってみたいものだった」

 

「分けてもらうって……」

 

「もちろん、パートナーに危害は加えないさ。それで消費したら勿体ない。それよりも、甲斐甲斐しく世話を焼いて、好き勝手に生きてもらうほうが有意義だ。奇妙なことに、人間は豊かな感情をもつのに、社会が抑圧的だからね。

 だから、彼らの欲望を、感情を開放してもらう。そのためなら、いくらでも怪獣を作ったり、ご機嫌取りだってするさ」

 

 その対象が新条アカネという女の子であっただけ。

 

「な、なんで、アカネさんを……」

 

「正直に言えば偶然だねえ……。ただ、アカネ君は人一番感受性が強くて、我慢をしていた。どんな感情が解放されるのか、知りたくなったんだよ」

 

 つまり、

 

「私はアカネ君に危害を加える気はない」

 

 腹を割って話していると、そう言いたげな、断言。でも、納得はできるものじゃない。納得はしたくない。俺がこれまでしてきたことが、アカネさんのためだと思ってきたことが、全て勘違いだとアレクシスは言っているのだから。

 

「でも! お前はアカネさんの記憶を……!」

 

「彼女の望みでもあった。君との記憶を忘れたいというのは。

 まさか、君は、恋人が死んだ記憶を抱えて、毎日泣いて暮らして欲しいとでもいうのかい?」

 

「俺へ怪獣を仕掛けた!」

 

「その望みもアカネ君にはあったさ。土壇場で自分を否定した君を消したいとね。もちろん、生きていて欲しいとも思っていただろうが。そんな感情が両立するのも人間さ」

 

「嘘を……!」

 

「嘘だとして、君に言うメリットは何だい。グリッドマンと違って、君は敵にもならない。邪魔だと思うなら、とっくに消している」

 

 気が付くと、俺の喉元へと黒い刃が突きつけられていた。

 

 ほらね、と。俺を排除することなんて、今でも簡単だと。けれども、その刃を引っ込めながら、俺の必死の反論をアレクシスは上から塗りつぶしていく。

 

 気が付けば、俺の喉は乾ききっていた。もう、コーヒーの香りも何も届かない。ガラガラと、せっかく取り戻した記憶が崩れ去っていくような、いや、自分自身が揺らいでいく気がしている。

 

 絞り出したのは、子どもじみた否定だった。

 

「……じゃあ、なんで、それを俺に話すんだよ!」

 

「君は良いスパイスだから」

 

「……は?」

 

「アカネ君の感情を揺り動かす存在として、ちょうどいい」

 

 アレクシスは俺を見ながら言う。

 

 新条アカネだって退屈する。怪獣をけしかけるだけで満足していた。自分の怪獣をデザインすることに楽しみを感じていた。だが、怪獣と言う非日常も、繰り返せば日常になる。

 

 新条アカネはアレクシスの与える刺激へ飽き、感情の起伏が乏しくなった。

 

「そんな時に現れたのが、君だよ。リュウタ君。

 君はアカネ君を楽しませて、感情を揺れ動かした。最後はああいう残念な結末になったけどね。あの後、私もがっかりしたよ。アカネ君は前よりも退屈するようになった。

 けれど、運よく君は戻ってきてくれた。今、同じように、アカネ君は君へ惹かれている。そして、君には怪獣と戦う力も宿った。ほどほどに強くて、アカネ君を苛立たせないくらいのちょうど良い力が」

 

 だから、

 

「私がしたいのは提案だ。私と共に、アカネ君を楽しませようじゃないか」

 

 日常は彼女の恋人として。

 

 非日常は怪獣プロレスの出演者として。

 

「『彼女を幸せにしたい』。君はそう言っていただろ? 目的は、一致していると思わないかい?」

 

 悪魔は、そう言って、手を指し伸ばす。

 

 真っ黒な、奈落の底へと、幸せな地獄へと誘う悪魔の手。

 

 払いのければ良かった。けれど、それは魅力的だった。

 

 本当に、アカネさんを幸せにすることが目的なら。俺も同じだ。そして、俺が失った、彼女との関係も、何もかもを取り戻せる。今のままなら、怪獣使いと光の巨人。最後は敵対の道しかない。

 

 俺は思わず左手を伸ばしそうになって、訳も分からず右手で押さえつけていた。

 

「……っ」

 

 自分でも、そんな自分がいたことに驚く。

 

 何度も言ってきた。アカネさんが幸せなら、それでいい。守りたい家族なんていないし、部活仲間くらいしか、親しい友人もいなかった。そして、アカネさんが幸せでいてくれるなら、彼女自身が望むなら、他の奴らも見捨てられると思っていた。彼女が笑顔でいてくれるなら、どうでもいい。

 

 ……アカネさんの真実を知るまでは、ずっと考えていた。

 

 目を閉じ、自然と、小さな声が出てくる。

 

「……それでも、怪獣は人を殺す」

 

 

 

「ハハハ! 君だって、彼女以外の他人はどうでもいいだろうに!!」

 

 

 

 その嗤いで、気持ちは固まった。

 

「そうだよ」

 

 左手の力が抜ける。こいつの誘いに乗る気持ちが、ジワリと消え去っていった。

 

 そうだ。俺も、同じように考えていた。それで、彼女とアレクシスの関係を知って、悩んで、走り回って、泣き叫んで。あの雨の中で、何を決意したかを思い出す。

 

 今だって、アカネさんが一番大切だってことは変わらない。

 

 でも、内海と出会って、仲良くなって気がついたんだ。

 

 どうでもいい他人なんて、いない。嫌いな人間はいくらでもいるけれど、消えて良い人間はいない。俺が、アカネさんが幸せになるためには、そんな人との出会いだって、必要だと分かったから。彼等のおかげで、俺たちは結ばれたんだから。

 

 そう思って、俺は彼女を助け出そうと決意できたんだ。

 

「……っ!!」

 

 アカネさんが怪獣使いだって、最悪な事実と一緒にだけど、決意まで記憶は取り戻してくれた。

 

 だから、

 

「違う! ほかの人間を殺しても、アカネさんは幸せになれない!!」

 

 叫び、アクセプターを掲げようとして、

 

 

 

「いいじゃないか。何もかも造り物なのだから」

 

 

 

 至極当然と言いたげな、悪魔の声が俺の全てを壊した。

 

 

 

 

「ん? アレクシス、どこに行ってたの?」

 

「ちょっとね。知り合いに会ったんだ」

 

「えー? アレクシス、この世界に知り合いなんているわけないじゃん!」

 

「それがいるんだよ。とてもオモシロい知り合いが……。フフフ、今度紹介しよう。きっとアカネ君も楽しめると思うよ?」

 

 

 

 気が付いた時は、夕方に戻っていた。

 

 場所は良く分からない。どっかの雑木林。たぶん、一日は経ったのだろう。まあ、それもどうでもいい。服も汚れ放題で、辺りには、なんかごみが散らばっているし、俺もごみの一部っぽくなっていたけれど、考えてみたら変わりはなかった。

 

 周りを見渡すと、近くの木の根元に反吐が落ちている。ああ、それも、たしか俺だったかな。なんだっけ。やけになって、変な物を飲み食いして、酒も、もしかしたら飲んでいたかな。別に、法律も何も関係はないから、許されるだろう。

 

 立ち上がろうとして、ふらつき、反吐を吐いたのと別の木へ、体を横たわらせる。

 

「……はぁ」

 

 もう、何もかも、やる気はなかった。グリッドマンも、怪獣も、どうでもいい。死んだ方が楽だが、そんなことにも意味は感じなかった。

 

 目を閉じると、昨日の悪魔の声だけが、ずっと響いてくる。

 

『この世界はね、造り物なんだよ。アカネ君が作り出した、彼女に都合のいい、優しい世界。街も、人も、なにもかも』

 

 そして、

 

『もちろん、君も』

 

 それが、怪人の伝えた真実。

 

 聞いた時、意味はまるで分からなかった。

 

 この世界が造り物? あり得ない。俺たちはこうして生きているし、アカネさんが作ったというのも突拍子がない。怪獣のデザイン力を凄いとは思うけど、アカネさんが神様みたいな存在なわけはない。こいつは狂っているだけだと思った。

 

 考えた通りに、口を必死に動かして、罵声を怪人へと浴びせる。けれど、悪魔は平然としながら、ため息をつくのだ。

 

『単純に言うとね。アカネ君は異世界人だ。彼女達、人間が暮らす世界から、私がアカネ君をこの世界へ連れてきた』

 

 怪人が言うには、アカネさんの世界と、俺たちの世界には繋がりがあったという。互いのことを認識しているわけでも、行き来できるわけでもない。けれど、俺たちの世界が壊れると、彼女の世界へ多少の影響を与えることもあった。そんな、隣り合う世界。

 

『この世界には元々何もない。街も、何も。ちょっとした生き物は、いるにはいるけれどね。影響されやすい、なんでも作れる、無色のキャンバスさ。

 そこへアカネ君がやってきた。本当の人間が。あとは、彼女の記憶や知識を使って、好き勝手に世界を作ってもらったという話だよ」

 

 そうしてできたのが、このツツジ台。

 

(馬鹿らしい)

 

 即席ラーメンみたいな気安さで世界ができるなんて。冗談にしても、もう少しは設定を練れよ。ウルトラマンでも、そんな話はないだろう。ウルトラQでも、もう少し科学的な説明がつく。

 

 だが、アレクシスは俺に言う。

 

 俺が心と裏腹に、顔を青ざめさせていることに、きっと怪人は気づいていた。

 

『君もわかっていたんじゃないかな? 今の君は、この世界の存在ではない。ハイパーエージェントの体を得た。街が造り物だと、感覚を得たのは、一度や二度じゃないはずだ』

 

『それ、は』

 

 口には出さずとも、肯定はある。

 

 変身した時、街を歩いていた時、何度も感じた違和感。脆くて現実感のない街。それが、証拠だとでもいうのだろうか。

 

『まだ疑問に思うなら、変身して、街を飛び出せばいい。何もない世界が見えるだろう。アカネ君、めんどくさがりでね。必要な時以外、ツツジ台の外は作っていないんだ』

 

 この間、ツツジ台からアカネさん達の元へと向かったとき、原因不明の眠気に襲われた。変身しているときに居眠りだなんて、馬鹿みたいなことを。ツツジ台との間に、何が存在するかも確認できていない。

 

 まさか、が。本当に、に変わる。何より、俺の身体自身がそれは本当だと、肯定を返してくる。

 

 アレクシスの言葉が遠くから聞こえた。

 

 もう、数秒前の決意なんて、バラバラに消し飛んでいた。

 

 そして、倒れないように必死にこらえる俺へと、アレクシスは決定的な二つのことを告げた。

 

『さて、考えてみようじゃないか。

 君とグリッドマンが私を倒した時、アカネ君はどうなると思う?

 もう、この世界にはいられない。たった一人で、元の辛く悲しい世界へと戻されるだけだ』

 

 俺が戦ってきたのは、アカネさんとの未来が待っていると、彼女の幸せがあると、そう思っていたからなのに。

 

『そして、』

 

 俺自身にも、未来があると思っていたのに。

 

『君だって、もう死んでいる』

 

 悪魔がささやく。

 

 力が抜けた右手を掴み、俺の胸へと当てながら。

 

『変だと思ったんだ。君の身体は、消滅していたのに、どうやって生きているのだろうと、ね。

 生き返った? そんな都合のいいことはないさ。まったく、ハイパーエージェントというのは酷いことをする。記憶が戻ったのに、だんまりを決めているのは、罪悪感からかい? グリッドマンシグマ』

 

 掌に、鼓動は伝わってこなかった。

 

『なぜ、君が、ハイパーエージェントや怪獣を見分けられたのか。なぜ、君が、変身せずとも力が使えたのか。なぜ、シグマの身体を動かせるのか。なぜ、あのパソコンを使わずに変身できるのか』

 

 答えは、分かってしまえば簡単。

 

 ウルトラマンとは逆のパターン。

 

『君に、シグマが取り憑いているんじゃない。シグマに、君の断片が憑いているんだよ』

 

 死んで、バラバラに分解された馬場隆太という人間の残骸、意識。それが、グリッドマンシグマと言うハイパーエージェントによって維持されている。

 

 それが今の、馬場隆太。

 

『こんな出力を落として、人間のフリをさせて。長くこの世界にいるためかな? それとも、彼の意識を守るためかな? どちらにせよ、甲斐甲斐しいことだ』

 

 呆然と見下ろした俺の体。

 

 新世紀中学生からは光が見え、怪獣少年からは黒い影が見えた。

 

 じゃあ、俺は……。

 

(ああ――)

 

 不細工な、穴ぼこだらけのパズル。パッチワーク。青い光の上に張り付いたそれは、どうしようもなくツギハギに見えた。

 

 もう、声も何も出せない。

 

『よく分かっただろう? 戦った先に、君とアカネ君の未来はない。

 アカネ君が帰るか、君が消滅するか。まあ、どちらともが起こる可能性が一番高いだろうね』 

 

 だから、

 

 

 

『君に戦う理由なんて、もう無いんだよ』

 

 

 

 それが、結末。

 

 思い出して、もう一度、何だかよく分からないものを地面へ吐き出した。

 

「……はは」

 

 笑えてくる。

 

 これまで戦ってきたのは、第一と二と三にアカネさんを守るためで、第四に友人がいる街を守るためで、その後に、記憶を取り戻して元の生活へと戻るため。

 

「はは、それが! こんな!」

 

 守りたかったもの、全部消えた。

 

 真っ白だ!

 

 すっごいな、何にもないぞ。

 

「ほら、シグマ! 心臓動いてないって! 何日も生活していたのに、気づかないとか、マジで間抜けすぎない? 飛行練習だって、わざわざ低空で飛んでさ。あれかな、やっぱり無意識に気づいていたのかな?」

 

『……リュウタ』

 

「怪獣倒したら、全部ハッピーエンドとか! さすがにウルトラシリーズ見すぎだと思ってたけど! 結構本気で考えてたのにさ、現実ってこんなもんだよな! 現実どころか、造り物だったけど!」

 

『リュウタ!!』

 

 なんだよ、ようやく話したと思ったらさ。

 

『泣くな、リュウタ』

 

「……いいだろ、それくらい」

 

 自棄くらいおこさせてくれよ。それとも、いい話でもあるのか?

 

 ご都合主義のハッピーエンドでも起こるってのか?

 

「戦ってさあ! 待ってる結末って何だよ!! 黒幕のアカネさん殺して終わりか!? 元の世界へ見送って終わりか!? それで、俺は成仏しましたで、終わりか!?

 そりゃ、ドラマならそんな結末もありかもしれねえけど! アカネさんがいなくなったら、世界ごと消え去るかもしれないなんて! こんなの、何にもならない! 意味ないだろ!!」

 

『それは、違う』

 

「何が違うんだよ! おかしいと思ったんだ。グリッドマンと違いすぎるって! 意識あるのに、身体も動かせなかったとか! そりゃ、余計な俺が付いていたらシグマだって戦いづらいに決まってるよな!? 

 あいつらも、どうせ気づいてたんだろ! だから、俺だけにトレーニングとかさせてた! 響には一言も言わなかったのに!! 何が、『心を合わせる』だ!! 適当なことを言いやがって!!!」

 

『……諦めるのか?』

 

「……っ」

 

 疑問へ、答える気力もない。シグマのヒーローらしくない小さな声に、俺は、湿気た声しか返すことができなかった。

 

「……なんで、普通に死なせてくれなかったんだよ」

 

 わざわざ、シグマが負担を被ってまで、俺の意識だけ残して。それで、こんな『本当の話』を知るくらいなら、あのまま、馬鹿みたいに走って、終わらせてくれた方がよかったのに。

 

『君が終わりたくないと願ったからだ。私も、君を助けたいと願ったからだ。そして、君には大切な願いがあったからだ』

 

「……だとしても、もう終わりだ。ヒーローごっこも、何もかも。どっちみち、俺が欲しかった未来は、何にも残っていないんだから」

 

 アカネさんを幸せにしたい。それが、意味のなくなった、愚かな少年の願い事。

 

 結局、俺だって利己的な人間だ。あの時走り出せたのも、これまで戦ってこれたのも。アカネさんを救えると、アカネさんとの未来につながると思い込んでいたから。

 

(こんな目に遭って、それでも、アカネさんのことが好きなのに)

 

 変身できても、シグマになれても、戦えても。結局、アカネさんを救うなんて目的も全部、勘違いだった。

 

 戦う決意も、目標も、怪獣退治も、馬鹿みたいに取り組んだトレーニングも。

 

 なんだよ、全部造り物って。そりゃ、壊すのに抵抗ないに決まってる。子どもがソフビをぶん回しているようなものだ。そんな真実も、ただの『人間』のままなら知らず過ごせたのに、シグマになって自分で実感してしまうなんて。

 

 守るものも何もない。

 

 できることも何もない。

 

 弱っちい、ゾンビみたいな、戦いが終わったら消え去るだけの俺なんて。

 

 あの憎いアレクシスの思惑通り、ピエロを演じるのも良いかもしれないと思い、そんな気にもなれなかった。アカネさんと、もう一度会える気もしない。

 

 ただ、こうしてゴミのような役立たずが、ヒーローの足を引っ張って、もう何も感じないまま、朽ち果てたいと願い。

 

「……ああ」

 

 でも、一つだけ、やり残したことがあったと、気が付いた。

 

 ふらりと立ち上がる。

 

 見上げた空に、怪獣がぶら下がっていた。

 

 

 

「内海君! ちょっと! 早く来てよ!!」

 

「……」

 

 六花の声に、内海は応えようとはしなかった。

 

 場所はいつもの『絢』。ついでに、いつものように怪獣が現れて、グリッドマンと裕太が迎撃に向かっている。けど、いつもは最前で声を張り上げている内海は、カウンターに頭をのせたまま、動こうとしなかった。

 

 なんにもやる気が出てこない。

 

 日ごろの習慣で、怪獣が出たから『絢』へ来たが、それでも気持ちは動かなかった。不気味なことに、新世紀中学生も何も言ってこない。

 

 無気力で、どうしようもないダメ男という調子。放っておいて欲しいなら、家に引きこもっていればいいが、そうするのも情けない。

 

 内海はぼんやりとしながら、

 

『えー、でも、君とはいいや』

 

 なんて、無慈悲な断り文句を反芻する。

 

 昨日、本屋でばったりと出会い、そのまま遊びへと連れ出せた想い人。そんな彼女へと、焦りに身を任せて告白をしたのが、その一時間後。

 

 結果は、困ったように断られて終わり。

 

 内海としては本気の告白だったのに、まともに受け止めてもらえたかも怪しかった。

 

(『とは』って何だよ。『君とは』って)

 

 他に恋人にしたいやつでもいるのか。あんな怪獣趣味を理解したり、新条アカネが一緒にいて楽しいと思えるやつが。これまでクラスを共にしてきた内海でさえ、あの趣味に気づくことはなかったのに。

 

 そう考え、内海の脳裏に浮かぶのは、ある姿だった。怪獣が好きで、ウルトラマンにも詳しくて。そして、内海と違い、ヒーローにもなれる少年。

 

 けれど、それを無理やり追い出して、考えないようにする。フラれたなんて最悪の事実に、それで作られるマイナスエネルギーを、その『友人』へ向けたくはなかった。

 

(あいつ、今日は来てねえし)

 

 できれば、しばらく顔も見たくはない。見れば、きっと、嫉妬に狂って、最悪な気分になるから。

 

(どうせ、今日もグリッドマンとシグマが勝って終わりだろ)

 

 だから、内海はそのまま寝落ちしようとして、

 

「早く!! 来てよ!!!」

 

 大声と共に、六花に耳を引っ張られた。

 

「いってえ!? なんだよ!!?」

 

 激痛に飛び起きて、六花へと怒鳴りつける。

 

 ちょっとくらいはセンチメンタルな気分に浸らせてくれてもいいだろ、と。今日も俺に出来ることはないだろ、と。

 

 だが、六花の表情は余裕がなく、汗まで浮かべていた。グリッドマンが物真似怪獣に敗れた時と同じか、それ以上に、彼女は戸惑っている。

 

 そんな表情を見ると、内海も顔を引き締めるしかなかった。急いでジャンクの前まで行き、憮然とした表情で固まっている新世紀中学生を退かして。

 

 そして、

 

「な、なんだよ、これ……」

 

 絶句する。

 

 画面の中では戦いが起こっている。戦闘機になったヴィットに乗り、UFO怪獣と空中戦をするグリッドマン。そして、地上でも、もう一組の戦いが繰り広げられていた。

 

 面子は同じ。

 

 今日は会いたくない、ウルトラオタクの変身した青い巨人vs物真似怪獣。割と実力が拮抗していて、この間はボラーの助けがありつつも、あと一歩のところまで追いつめていた相手。

 

 だが、その戦い方は。

 

「どうしたんだよ……。おい、リュウタ!!」

 

 内海が見つめるシグマは、ヒーローには見えなかった。

 

 ただの、巨大な悪魔に見えた。




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英・雄

 その景色を、誰もがじっと見つめていた。

 

 とある異世界人は、

 

「……馬鹿野郎」

 

 と、心底がっかりしたような、寂しそうな顔で吐き捨てた。

 

 ハイパーエージェントは、

 

『どうしたんだ、シグマ……?』

 

 と、仲間の変化に絶句した。

 

 とある神様の少女は、

 

「なんか、つまんない」

 

 と、『彼』を見る時のワクワクが感じられず、目を伏せた。

 

 そして、内海将は、画面を見ながら汗を流していた。

 

 戦いが行われている。青い巨人と、黒い怪獣の。いや、それは戦いと呼べるものではなかった。

 

 巨人が、シグマが怪獣を地面へ引き倒し、我武者羅に殴りつけている。怪獣も抵抗して、爪を突き立てるが、刺さった個所からシグマの体が再生し、痛みも感じないように殴り続ける。執拗に、怪獣の頭部がひしゃげ、血や破片を散らかしても、殴り続ける。ためらう様子はなかった。

 

 いつも拮抗、あるいは怪獣が優勢な、二人のパワーバランスは、完全に逆転していた。シグマのなりふり構わない戦い方が原因か、それとも、何かドーピングでもしているのか。画面を見る内海達からは分からない。

 

 シグマは、リュウタは顔を殴るのに飽きたのか、立ち上がると、怪獣の腕を取り、捩じ上げた。地面に倒れた怪獣はじたばたと暴れるが、もう恐ろしさを感じる存在ではない。太い腕がリュウタによって伸ばされ、

 

『がぁああああああああああァア!?』

 

 くぐもった怪獣の悲鳴。奇妙な方向へと、腕が折り曲げられた。骨どころか、肉も裂けたのだろうか、血が上空へと吹き上がる。その血を浴びながら。夜景に立つ巨人は、悪魔のようにしか見えなかった。

 

「……いや、こりゃ、あれだろ?」

 

 サンダーブレスターみたいな。そういう残虐パワフルスタイルだろ。あいつ、ウルトラオタクっぷりは相当なもんだし、そういう戦い方だって知っているから、と。

 

 内海は引きつり、周りを見渡すも、誰も肯定を返さなかった。ただ押し黙り、六花に至っては、あまりの惨状に目をそらしてしまっている。

 

 それが、これはリアルだと改めて突きつけられているようで、内海はさらに顔を白くした。

 

「なんだよ、みんな!! 大丈夫だって! あいつ、何だかんだヒーロー好きだしさ! ……一日二日で、闇落ちとか、そんな……」

 

 誰に言うでもない言い訳は、

 

「……っ!?」

 

 シグマが電柱やビルを凶器に変えて、無抵抗となった怪獣を殴り始めたところで止まる。

 

 まだ明かりがついていた、もしかしたら避難者がいたかもしれない建物。それを、そこらに生えている雑草のように引っこ抜いて、怪獣へと叩きつけていた。

 

 内海は、知らず拳を握り締める。

 

「おい……」

 

 声が漏れて、何度もジャンクと、外を見比べて……。

 

「あの野郎!!!」

 

 六花たちの制止の声を無視し、内海将は、夜の街へと走り出した。それだけは、内海は許せなかったから。

 

 

 

 怪獣を殴っても、何の感触もなかった。

 

 自分は所詮、ヒーローに張り付いたごみのような存在だと。人間だと思わなければ、痛覚も何もない。どれだけ殴っても、切り裂かれても痛みはない。シグマの声も、もう届かない。アレクシスが言うように、シグマは俺の意識を消さないため、コントロールを明け渡している。だから、彼の声をシャットアウトすることも可能だった。

 

 体や痛覚、シグマの存在は邪魔。

 

 残った全てを振り絞り、俺と言う存在が維持できなくなるまでに怪獣を殺すだけ。

 

 あれだけ苦戦していた物真似野郎にも、延々とフルパワーを出し続ければ、なんてことはなかった。

 

 どうせ、最期。

 

 後先考えなければ、いくらでも無茶ができる。殴って、抉って、捻り上げて。それだけじゃ足りず、適当なもので殴れば、次第に、怪獣は弱っていく。もう、ヒーローらしさなんて、関係ない。

 

 憎い。

 

 こいつくらいは殺したい。

 

 瓦礫と血にまみれて、まだ絶命していない物真似野郎を見下ろし、もう一度、蹴りを入れる。

 

(分かってるよ、これはただの憂さ晴らしだ)

 

 敵意とか、必ず倒さなければいけないなんて、感情じゃない。こいつの存在自体が許せなかった。生きていること自体が許せなかった。俺が消えた後、こいつがのうのうとアカネさんに傅いていることを想像したら、嫉妬で気が狂いそうだった。

 

 俺もこいつも同じ、アカネさんの被造物。

 

 だったら、価値がないのも同じ。

 

 けれど、怪獣はアカネさんの傍にいるなんて。

 

 ヒーローになってしまった俺は、戦うことしかできないのに。その戦いも、意味がなかったのに。こいつら怪獣がいなければ、俺は何も知らないまま、アカネさんと一緒だったのに。

 

 だから、せめて、こいつくらいは。

 

 それだけは済ませて、消えたかった。

 

「さっさと、くたばれよ!!!」

 

 もう、誰へ向けた憎悪か分からない。意外としぶとい怪獣へか、それとも、俺自身にか。渾身の力を込め、怪獣の腹を蹴り潰すと、空へと土埃が巻きあがる。ヒーローなんて、口が裂けても言えない、酷いトドメ。

 

 怪獣は血を吐き、痙攣して、ピクリとも動かなくなった。頭部で光っていた、赤い目のような器官は、光が薄れてひび割れている。追加で二度三度と蹴りを入れても、反応はなかった。

 

(……おわ、った?)

 

 地面へとへたり込み、周りを見渡す。

 

 爆弾でも落ちたかのように、瓦礫と土埃に変わった街。ビルが何個も引き倒されているのは、怪獣じゃなくて、俺が使ったから。それを見て、どっかがうずくが、これも造り物だと無視することにする。

 

「……馬鹿みたいだ」

 

 結局、怪獣を殺しても、達成感はわかなかった。

 

 自分が思っていた通り、馬場隆太という存在が最低だということに、改めて思い知らされただけ。消え去ることにも、抵抗はなくなる。ハイパーエージェントは、こんなヤツを捨てて、別の造り物に取り憑けばいいと。

 

 嫌悪と比例し、力が抜けていく。

 

 さっきまで、限界どころか、身体が焼け焦げるほどの出力で戦い続けたから当然だ。そうしたくて、戦った。だから、変身を解かず、このまま俺が消えて、シグマが自由になるまで待とうとして、

 

『ふざ、けるな……』

 

 聞こえた声は、憎しみに溢れていた。

 

「……は?」

 

 俯けた頭を上げる。

 

 目の前。倒れ、絶命したはずの怪獣から、黒い光が噴き出していた。強く、暗く、光なのに、周りを飲み込むような、矛盾した存在。身体にそれを纏わせながら、怪獣が立ち上がった。

 

『俺は、グリッドマンと戦うために生まれた』

 

 怪獣が言う。

 

『グリッドマンに勝つために生まれた』

 

 グリッドマンへの憎しみを。

 

『ヤツを殺すためだけに生まれた』

 

 そして、

 

『貴様のような、ニセモノと、戦うためじゃない……。貴様なんかに、倒されるためじゃない』

 

 俺への、憎しみを。

 

 怪獣の存在価値を、使命を奪おうとする邪魔者へと。

 

 だから、怪獣は、

 

『俺が俺であるために、邪魔な貴様を殺す……!!!』

 

 光が爆ぜる。

 

 思えば、予兆はあった。俺の攻撃を、こいつが防いだ時から。通用していた攻撃が防がれた。それは、怪獣の特性通り、敵へ対応して力を増したということ。

 

 こいつは認めたくないだろう。けれど、シグマへの認識が変わっていたに違いない。グリッドマンの周りを飛び回る蠅ではなく、怪獣が存在証明を果たすために、排除しなければいけない敵として。

 

 

 

『グリッドマンを、貴様らを殺すために生まれた怪獣』

 

 

 

 これまでの戦いを、経験を昇華し、怪獣が変化する。

 

 光から現れた敵に、もはや怪獣という言葉は相応しくなかった。人型の細いフォルムに、怪獣形態を思わせる鋭い鋭利な鎧。それらは例外なく漆黒に染まり、頭部には爛々と緋色のモノアイが光っている。

 

 その姿は禍々しいグリッドマン。

 

 もう怪獣とは呼べない。

 

 闇の巨人。

 

 

 

『俺は、アンチ……。アンチグリッドマン……!!』

 

 

 

 続く瞬きの間に、俺の左腕が、肩口から無くなっていた。

 

「……っ!?」

 

 驚き、急いで腕を再生させる。だが、

 

『死ね』

 

 アンチグリッドマンが背後にいた。

 

 腹部に違和感。刃が胸から生えている。しかし、こちらだってもうゾンビのようなもの。痛みもなければ、関節も自由自在。刃を掴んだまま、上半身を百八十度回転させ、こちらも剣を突き立てる。

 

 けれど、分かっていた。

 

 これは無駄な抵抗。

 

 ヒーローになり損ねて、街まで壊した役立たずが俺だ。ベリアルのような悪役にも劣る半端者。人造ウルトラマンの方がよっぽどキャラが立っている。

 

 そんな俺が、闇の巨人に通用するはずがなかった。

 

 光の刃は、根元から両断される。全身を闇色の刃が切り刻む。腹を、目を、脚を。回復させた傍から、またも斬られ、最後には、憎悪と共に怪獣が光を放った。

 

『これで終わりだ……!!』

 

 轟音と、光と、回転する視界。

 

「……ぁ」

 

 ビームを打たれたのか、それとも、ウルトラダイナマイトか。

 

 いつの間にか、瓦礫をベッドにしていた。両手と両足に感覚がない。かろうじて繋がっているが、きっと黒焦げ。シグマのカッコいい姿は、見るも無残だ。俺なんかが憑かなければ、シグマだって真っ当にヒーローをやれたはずなのに。

 

 けれど、しぶとくも俺はまだ生きていて。

 

『……シグマ、逃げるんだ!!』

 

 遠くから声も聞こえる。

 

 何かが格闘している音。次いで、爆発音と共に戦闘機がビル群へと落下した。ヴィットかな。防衛隊の戦闘機って考えると、だいたい役割を果たしたような。

 

「……はは」

 

 笑えてきた。

 

 だって、グリッドマンが、アンチグリッドマンと戦っている。俺なんかを、グリッドマンは助けようとしている。アンチグリッドマンが俺へと向かうのを、防いでいる。

 

 キャリバーを構えたグリッドマンと、敵の実力は拮抗して見えた。けれど、グリッドマンもグリッドマンで、上空で怪獣を倒してきたばかり。既に、額のランプは点灯して、退場は近いようだ。だからこそ、アンチグリッドマンもグリッドマンとの決着は望んでいない。奴は全力のグリッドマンを超えたいはずだから。まずは邪魔者を完全に排除したいだけ。

 

(別に、俺のことなんてほっといてくれていいのにさ)

 

 なんで、こんな虚構の世界で、必死に戦えるんだろう。グリッドマンが、異世界人だからだろうか。それとも、使命があるからだろうか。

 

 そんな姿を見るごとに、結局はヒーローになれなかった俺への嫌悪が募っていく。

 

 どうせ、もう、動けない。人間に戻っても、シグマとしても、アカネさんのために出来ることはない。だったら、不出来なヒーローもどきらしく、闇の巨人のかませで終われば、ドラマとして盛り上がるだろうなんて、グリッドマンが時間切れで退場するまで、待っているつもりだった。

 

 小さな声が、聞こえてくるまでは。

 

 

 

「バカヤロー!! なんてヘタクソな戦い方だ!! 周りを見てみやがれ!! なんも守れてねえじゃねえか!!」

 

 

 

「……っ」

 

 内海の声だった。

 

 いつものように、ジャンク越しに声を放っていると思って、だが、すぐに違うと分かる。

 

 首を傾げ、見下ろした地面。そこに豆粒のような人がいた。内海だった。ウルトラオタクが、瓦礫の中、煤に塗れて立っていた。

 

 俺の傷から漏れた光の粒が、ぽつりぽつりと内海に当たっては消えるが、彼は気にする素振りもない。視線は、怒りながら俺だけに向けられていた。

 

 なんて無茶を、と思い。ここに来て言うことが、パクった台詞か、と思い。けれど、言い返す気はない。

 

 どうせ、内海だって造り物だ。

 

 そんな俺の無視にも構わず、内海は声を張り上げ続ける。

 

「なんだよ! あの戦い方!! サンダーブレスターも、もう少しうまくやるぞ!! しかも負けてんじゃねえよ!! 前みたいな、カッコつけた戦いはどうしたってんだ!!」

 

 無視すればよかった。

 

 もう、関係ないんだ。ここで内海が巻き込まれて死んだところで、また一つ、アカネさんのおもちゃが消えるだけ。

 

 けれど、

 

「ウルトラマンなら、あんな戦い方しねえよ! ちゃんと街も、人も守りながら戦うんだよ! それくらい分かんだろが!!」

 

 けれど、

 

「っ……! うるせえんだよ!!!」

 

 俺は、内海へと怒鳴り返していた。

 

 無意味だと思った。小さな、何もできない内海の言葉なんて、聞かなくてもいいと思った。けれど、何度も何度もウルトラマンを持ち出されて。それを聞き流そうとするほど、胸を掻きむしりそうになり、怒鳴らずにはいられなかった。

 

 何もわかっていないオタク野郎に、言わずにはいられなかった。

 

「どうでもいいんだよ!! 怪獣も! グリッドマンも! ウルトラマンも! 全部!! ぜんぶ!!

 みんな造り物なんだ! みんなニセモノなんだ!! 戦ったところでアカネさんも助けられない! 無駄だった! 全部無駄だったんだよ!!」

 

「……っ」

 

「なんなんだよお前は!? 好き勝手なこと言いやがって! なんにもしない奴が! ただのオタクが! ウルトラマンなんて現実にいないのに! こんなヒーローごっこに、勝手に期待してんじゃねえよ!!」

 

 内海の物言いが嫌いだった。

 

 あの時だって、こいつが自信満々にウルトラマンを持ち出すと、何だか頑張るのが正しいと思ってしまった。ウルトラマンらしく戦いたいと思ってしまった。所詮、ウルトラマンはフィクションなのに。そんな存在なんて、現実にはいないのに。

 

「もう黙ってろよ! 俺にはウルトラマンなんて無理だったんだ! あんなふうに、誰かを助けるなんて無理だったんだ!」

 

 アカネさんが好きだ。大好きだ。愛してる。

 

 こんな状態なのに、まだ気持ちがあって、だからこそ、考えるほどに自分が自分で無くなっていく。何をして良いのかすら分からない。

 

 怪獣は所詮、アカネさんのストレス発散。対象は、アカネさんの作ったオモチャたち。子どもの怪獣遊びと同じ。止めたとしても、最後は、一緒にいられない。

 

 そんなの、どうすればいい。

 

「……もう、諦めさせてくれよ。……もう、無理だよ」

 

 シグマの姿になってまで、こんな、泣き言を言って。

 

 内海だって、見損なったはずだ。見限ってほしいと思う。そのまま、かっこいいグリッドマンとヒーローごっこをやっていて欲しい。

 

 どうせ最後は消えるとしても、俺みたいに腐るよりも、何も知らないままでも、グリッドマンの活躍に一喜一憂している方が内海らしいから。

 

 けれど、内海は――

 

「……ざけんなっ」

 

 内海はその場を離れなかった。

 

 暴言を浴びせかけた俺の近くにずっといて、うつむき、握った拳を震わせている。そして、小さく、唸るように言うのだ。

 

「おまえの言ってること、わけわかんねえよ。ニセモノとか、造り物とか。新条のことも、何にも分かんねえよ……!!」

 

 でも、

 

「馬鹿野郎! 無理とか言ってんじゃねえよ!! 諦めてんじゃねえよ!!」

 

 顔を上げた内海は、ただ、叫んだ。

 

「分かってるよ! 俺だって! ウルトラマンはただのフィクションだよ!! 

 この歳になってもウルトラマンとか! 分かってて、それでも好きだからオタクやってんだよ!!」

 

 怪獣に、ウルトラマンに。

 

 街を壊す脅威に、人を守るヒーローに。

 

 空想の造り物が織りなすドラマに、魅了された。何年たっても、離れることなんて、考えられなかった。周りの連中が離れていっても。

 

 お前もそうだろ、と内海が訴えている。

 

「ウルトラマンも怪獣も空想だ! でもさ! それでも好きだったんだろ!? カッコいいって思ったんだろ!!? あんなふうになりたいって思ったんだろ!!? じゃなきゃオタクやってねえよ!! 俺も、お前も!!!」

 

 潰してやろうと思った。

 

 ごちゃごちゃと叫んで、もう死にたい俺をひっかきまわして。無駄な希望を、無責任に与えようとする豆粒を。同じ造り物を壊してやろうと思った。

 

 俺はもう、感触がない拳を振り上げて――。

 

 内海へと、振り下ろした。

 

「……っ」

 

 けれども、当てられなかった。

 

 視界がにじんで、内海が何処にいるかも分からなかったから。そうでなくても、きっと潰すことなんてできなかった。

 

 怯まずに叫び声が聞こえてくる。子どもみたいに夢を信じたまま、大きくなってしまったオタクの声が。

 

「グリッドマンはウルトラマンじゃねえよ! 戦いもリアルだよ! 俺は何にもできない役立たずだよ! 

 ……でも、俺はワクワクした! 本当のヒーローが来てくれたから!! 怪獣だって倒せるし、不可能なんて無いって思った! 俺たちが夢見たヒーローが! 本当に来てくれたんだ!!」

 

 どこまでも勝手な、子どもみたいな物言い。けれど、それを聞いていて、不意に昔のことを思い出した。

 

 ウルトラマンを観ていたことを。

 

 最初は、怪獣が街を壊したり、ヒーローが戦う姿がカッコよかった。防衛隊の戦闘機がカッコよかった。隊員もカッコよかった。そんなカッコよさだけで毎日眺めていられた。

 

 だが、それは子どもまで。

 

 一度、ウルトラマンを見るのが、恥ずかしいと思ったときがある。小学校の三年だったか、四年だったか。なんだか大人びた考えから、ウルトラマンを卒業して、漫画とかを趣味にしようと思ったとき。

 

 最後に、少しテレビで見て、グッズも捨てようとして。

 

『……俺も、光になりたいな』

 

 久しぶりにウルトラマンを見た。ティガの最終回を見て、涙が出てきたんだ。

 

 だって、すごい面白かったから。感動したから。俺は素晴らしい物語を見ていると思えたから。

 

 みんなが無茶だと、絶望しか待っていないと、工夫して、挑んで、それでも希望が潰えそうなときに。

 

 世界中から声が届くんだ。

 

 希望を信じる光が集まって、ウルトラマンが復活して。それで、あれだけ恐ろしかった邪神は、ただの怪獣になって倒された。どんな時も諦めなかった人間が、闇を掃った。

 

 観終わった時に、ウルトラマンを捨てるなんてこと、できなかった。

 

 きっと、それが、ウルトラマンが憧れになった時。もしかしたら、これもニセモノの記憶かもしれないけれど、瞼が熱くなる思い出。

 

 そして、今、

 

「今! お前がそのウルトラマンなんだよ! お前が、俺たちの夢のヒーローなんだよ!!」

 

 あの時のように、ウルトラマン好きが、俺を見ている。こんな絶望しかないような状況で、声をかけている。俺をヒーローだと思っている。

 

「そのお前が! お前だけは、ウルトラマンを否定すんなよ! 頼むから、否定しないでくれよ!!」

 

 内海が、泣きながら。いつかの俺と同じことを、泣きながら訴える。

 

 俺が、ウルトラマンらしくないことをしたことを。諦めて、自棄になって、それで全部を壊そうとしたことを。内海は自分の事みたいに怒っていた。

 

 だって、本当は内海だって。

 

「俺だってグリッドマンになりたかったんだ! ウルトラマンになりたかったんだ! それで新条がヒロインだったり、そんな物語の主人公になりたかった!!

 ……でも、違うんだろ? 俺は選ばれなかったんだ。お前が選ばれたんだ!! だったら、ごちゃごちゃ言ってないで、戦えよ!」

 

 俺だって、逆の立場だったら、そう思っていた。だって、こんなの、羨ましい。ヒーローに変身できて、怪獣から街を守って、助けたい誰かもいる。

 

 そんな、子供の夢が現実になっている。

 

「ヒーローごっこ上等じゃねえか!! だったら待ってんのはハッピーエンドだよ! ご都合主義でも、ハッピーなごっこ遊びにしないといけねえじゃねえか!! こんなとこで諦めんな! 最後まで、なんでもいいから、できることをやるんだよ!」

 

 ウルトラマンは空想の産物。そんなのわかり切ったこと。

 

 けれど、俺たちはそんなヒーローに憧れた。造られた唯の映像は、俺たちにとって夢のヒーローになった。生きる力を、正しいことをしようという勇気を与えてくれた。

 

 そして、

 

(……シグマは力を貸してくれた。本当のウルトラマンみたいに)

 

 俺たちの空想は叶った。ご都合主義は、一度、起こったんだ。殺されてしまった俺は、どんな形でも、帰ってこれた。

 

 シグマが俺を助けたいと言ってくれたから。

 

 きっと、リスクばっかりだったのに。それでも、諦めないでいてくれる。こんなになっても、見捨てないでいてくれる。

 

 そして、俺が守りたかった人も、

 

『リュウタ君』

 

 もう一度俺と出会って、あの時と同じように名前を呼んで、それで、はにかむように笑顔をくれた。

 

 まだ、彼女は悪魔になっていない。

 

 まだ、俺は消えていない。

 

 まだ、この世界は存在する。

 

(守るものが何もない? できることも何もない?)

 

 そうして、滲む視界のまま、俺は立ち上がった。

 

 

 

『とどめだ! ニセモノ!!』

 

 

 

 アンチグリッドマンが、グリッドマンを退けて、俺へと、俺たちへと攻撃を放とうとしていたから。

 

 グリッドマンとそっくりなモーションで、グリッドマンとは違う禍々しい闇を。射線には宝多さん達のいる『絢』もある。足元には内海もいる。

 

 だから、俺は。

 

「……シグマ! ……頼む」

 

『もちろんだ』

 

 闇が奔って、俺の視界を真っ黒に染め上げ……。

 

 そして、闇が晴れた。

 

「り、リュウ、タ?」

 

 内海の呆然とした声。

 

 その声が、後ろから聞こえてきて、少し安心する。情けない俺だけど、ちゃんと守ることができたと。友達を救えたと、分かったから。

 

 目の前に立つ、アンチグリッドマンが俺へと尋ねてきた。

 

『何のつもりだ……?』

 

「……」

 

『貴様はもういい……!

 ただのニセモノ! グリッドマンもどき! 奴には届かない半端者……!!

 なぜ、おまえが立ち上がる!? どうして、力尽きない……!!?』

 

 何もかも諦めていた俺へ。内海を、街を庇って、奴の光線を受け止めた俺へ。それでも、倒れなかった俺へと。

 

「……馬鹿だよな、俺」

 

 もう何もできない? 全部がニセモノ? あの悪魔に言われるまま、諦めて、腐って、本当に情けない。

 

 でも、そんな俺だけど、諦めたくはなかった。自分の憧れを裏切りたくなかった。

 

 まだ、アカネさんがいるから。信じてくれる友達もいるから。俺だって、生きているから。何が待っているか分からないけれど、ヒーローが力を貸してくれるから。

 

「この世界が、俺たちが偽物でも……」

 

 アカネさんの造りもので、おもちゃ箱で、俺たちの命に何の価値がなくても。怪獣を倒すことが、ただ、アカネさんのストレス発散の邪魔にしかならなくても。

 

 それでも、内海は、記憶喪失の俺を友達だと言ってくれる。一緒にウルトラマンを見て、くだらない話で笑いあって、それで、俺の寂しさを埋めてくれた。こんな場所まで、危険を冒して走ってきて、励ましてくれている。

 

 響は、行く場所のなかった俺を、泊めてくれた。しょうもないウルトラ話も、楽しそうに聞いてくれた。ぼんやりしているけど、きっと心の奥底からまっすぐで、同じように好きな子がいて。それで、戦いでは、いつだって助けてくれた

 

 宝多さんもそうだ。記憶喪失の俺を信用して、男同士のノリにも呆れながら付き合ってくれたし、情けない俺に、お礼を言ってくれた。

 

 それだけじゃない。バイトをさせてくれた店長。憎いけど、それでも気にかけてくれた兄貴。一緒にグランドを走り回ったサッカー部の友達。それに、気づかないうちに死んでしまった、殺されてしまった問川も、初デートの時、おせっかいなアドバイスをくれたんだ。

 

『アカネには、ぜったいに赤いペンダント!! こっそり買って渡せばポイント高いよ!!』

 

 なんて。きっと、アカネさんは気づいていないけれど。

 

 造られた存在でも、みんな、人形なんかじゃない。大切な、友達で、仲間で。そんな、みんなと、アカネさんと過ごした毎日は輝いていた。あの日々は色づいていた。

 

 だから、

 

「アカネさんが好きだから。愛しているから……!」

 

 アカネさんにとって、俺たちが造り物でも。

 

 あんなに良い友達を、『いらない』って、笑いながら殺す子になってほしくなかった。暗い部屋で一人で嗤うんじゃなくて、みんなの真ん中で、幸せに笑って欲しかった。心の一つだって、あの悪魔に渡したくなかった。

 

 だから、もう一度、願いごとを握りしめる。たった一つ、胸に刻んで走った願い事を。

 

『アカネさんを幸せにしたい』

 

 戦いが終わったら、俺は消えるかもしれない。アカネさんと会えないかもしれない。

 

 でも、俺たちにはヒーローが二人もいてくれるから、このヒーローごっこの最後には希望が待っている。

 

 だから、もう!!

 

 

 

「ここから、一歩も、下がらない!!!」

 

 

 

 溢れる優しさで、悪さえ癒したヒーローのように。

 

 最強最速の敵にだって、ひるまず立ち向かったヒーローのように。

 

 絶望の淵に立たされても、絆をつないだヒーローのように。 

 

 全ての歴史を連ねて、無限の力に変えたヒーローのように。

 

 勇敢に新しい時代を切り開いた、ヒーローのように。

 

 不可能な目標にだって果敢に進み続けた。無敵の怪獣にだって諦めず立ち向かった。

 

 そんな、ウルトラマンに憧れてきた俺だから。こんな歳になっても、ウルトラマンが大好きな俺だから。

 

 彼らのように大切な人を守っていきたいから。

 

 後ろで見てくれる仲間の前で、似合わなくてもヒーローの名前を叫びたい。

 

 

 

「俺は、グリッドマン……。グリッドマン・シグマ!!!」

 

 

 

 叫び、構え、闇の巨人へと走る。

 

 全身が痛んだ。

 

 痛みが、戻っていた。

 

 体も、鎧も、ボロボロになっている。それでも、力は全身に満ちていた。ただ、『あの時』のように、何も考えずに走って、アカネさんを、みんなを助けるために。今は、この怪獣を、止める。

 

『……っ!!』

 

「ッ!!」

 

 ぶつかり合って、身体が仰け反った。力には、大きすぎる差がある。怪獣の時よりも、もっと。けれど、負ける気はしなかった。ただただ、身体が熱くて、無いはずの鼓動が聞こえてくるほど。

 

「シグマ、情けなくてごめん! こんな俺でごめん! けど、もう一度、力を貸してくれ!!」

 

『任せろ! 共に行くぞ、リュウタ!!』

 

 声が支えてくれる。きっと、限界ギリギリでも、耐えられる。

 

(なんとか、一発。撤退させるくらいに、でかい一発を!!)

 

 そうして、敵を押さえながら、何か方法がないかと考えを巡らせていた時だった。

 

 

 

 

『アクセスコード、バスターボラー!!』

 

 

 

「……!!」

 

 そんな掛け声と共に、側面からジャンプして突っ込んできたのは、ドリルが付いた戦車。それが、アンチグリッドマンへ勢いよく衝突し、不意を突かれた奴は、もんどりうって倒れる。

 

 俺と敵との間に、ドリフトして停まる戦車。その意外な助っ人へと、俺は小さな声で疑問を零した。

 

「ボラー……? なんで?」

 

 あんなにみっともない姿を見せたのに。一番正義感が強く、厳しいボラーは、俺を見損なったと思っていた。なのに、なんで、助けてくれるのか。

 

 するとボラーは、鼻を鳴らし、ぶっきらぼうに言うのだ。

 

『ほんと、いつまでたってもぐずぐずしやがるし、文句はいっちょ前の癖にヘタレるし。こんなに街も壊して、いじけて、どうしようもねえ奴だって思うけどよ』

 

「……その」

 

『けどな! 最後の最後でも、踏みとどまれたなら上等だ!!』

 

 明るい声。なんだか、厳しい先生が初めて褒めてくれたような声。顔が見えないボラーが、笑顔を向けてくれた気がした。

 

 そして、俺たちは並んで、アンチグリッドマンへと向かう。

 

『説教は後! 今はあいつを倒すぞ!!』

 

「どうやって……」

 

『決まってんだろ! 合体だ!!』

 

 合体。

 

 グリッドマンのように。ボラー達の力を借りて、強化・パワーアップ。けれど、それは可能なのだろうか。ずっと、グリッドマンだけの装備だと思っていた。俺には使えない力だと思っていたし、ボラー達も何も言わなかった。

 

 だが、ボラーは確信を持って、呼びかける。

 

『名乗ったんだろ!? お前はグリッドマンシグマなんだろ!? だったら、不可能なんてねえんだよ!!』

 

 だから、

 

「……っ、ああ!!」

 

 俺も、憧れたグリッドマンみたいに。

 

 光と共に、俺の、シグマの体にボラーの鎧が装備される。バスターグリッドマンとは少し違う。グリッドマンの時は肩にあったツインドリルは、俺の両腕に。キャタピラが変形したランチャーは、両肩に。

 

 バスターグリッドマンは見るからに遠距離型だったけれど、シグマの時は近距離型。

 

 叫ぶ言葉は、自然と頭に浮かんできた。

 

 

 

「武装合体超人!!」

 

『バスターグリッドマン・シグマ!!』

 

 

 

 なんだよ。本当にできるじゃないか。

 

 シグマ、あれだけ無い無いって言ってたのに。

 

『すまない。勘違いだったようだ』

 

「……ははっ。まったくさあ」

 

 戦いの中だってのに、あんなに最悪な気分だったのに。もう、笑えるなんて。シグマもジョーク言うんだ。

 

『笑ってねえで、さっさとケリをつけるぞ!!』

 

 ボラーの元気な声に従い、アンチグリッドマンへ肉薄する。

 

 敵は闇色の剣を出して、俺を斬りつけようとするが、さすがはボラーのドリル。刃こぼれもせず、攻撃をはじいていく。そしてパワーも、さっきまでとまるで違っていた。力強く、押し負ける気もしない。

 

 これなら、勝てる。

 

『……っ、なぜだ!!』

 

 状況の変化に、戸惑い、アンチグリッドマンが叫ぶが、構わず、ドリルを叩きつけた。体勢を崩したところで回転させ、両手で突き。シグマスラッシュのエネルギーが、回転する刃になってドリルを纏っていた。

 

 打ち込んだ衝撃と、困惑と悔しさにゆがむ奴の顔。綺麗に決まった攻撃で、アンチグリッドマンが遠くへと吹き飛ばされる。

 

 でも、まだ決まりじゃない。アンチグリッドマンは立ち上がりながら、駄々をこねる子どものように叫び、暴れた。

 

『俺は! お前を! お前たちを殺さなければいけない! 倒さなければ、俺は俺でいられない!! なのに、なぜ、お前たちは強くなる!? なぜ、倒れない!!?』

 

 答えは、決まっている。

 

 俺の後ろでウキウキ顔のウルトラオタクが、腕を振りかざし飛び跳ね、愛さえ知らないモンスターへと指差し叫んだ。

 

「よーく聞きやがれ怪獣! 誰かを守るヒーローは!! ぜってえに負けねえんだよ!!!」

 

 ああ、まったく。

 

「そういうのって俺の台詞のような……。でも」

 

 俺達にとっては当然の理由だ。

 

『……っ、そんなもの!!』  

 

 内海の答えが意外だったのか、怯みながら、アンチグリッドマンが両腕に闇を溜める。さっきと同じ、いや、怒りで増幅したのか、さらに威力は上だろう。

 

 だったら、こっちも。

 

「シグマ! ボラー!!」

 

『ああ、リュウタ!』

 

『一気に決めるぞ!!』

 

 両腕のドリルを構え、そこへと力を込めていく。感覚はシグマスラッシュ。そこへ回転と放出のイメージを加えた。

 

 これ一発を出せば、必ず敵を倒せる。それが、必殺技。

 

『バスターグリッド――』

 

「シグマ、スラッシュ!!!」

 

 放たれる光線。螺旋を描きながら、怪獣へと向かう光のツインドリル。

 

 アンチグリッドマンも負けじと闇を放つ。だが、シグマと、ボラーが、力を貸してくれる。後ろには応援してくれる奴がいる。そんなシチュエーションで負けるなんてありえない。

 

 一瞬の均衡。

 

 しかし、ドリルで掘り進むように、俺の光線が押し始め、

 

『なぜ……! なぜだ……!!?』

 

 疑問の声と共に、アンチグリッドマンが爆発した。

 

 

 

 そして、

 

『殺せ……』

 

「……」

 

 アンチグリッドマンは、地面に倒れたまま、諦めたように言う。あれだけ禍々しかった鎧は、俺と同じようにボロボロになり、威容もなにも残されてはいなかった。

 

 不意を突こうとしている様子もない。

 

 力なく、アンチグリッドマンがつぶやく。

 

『俺は、貴様らを殺すために生まれて……。結局、それを成せなかった。……もう、俺が存在する意味はない』

 

 最後は泣き言みたいに。

 

 俺は、その言葉の通りに、無抵抗な巨人へと腕のドリルを突きつけ――、

 

「……やめだ」

 

 ボラーとの合体を解除した。

 

『……なんの、つもりだ』

 

 怪獣が意味が分からないという様に、ようやく俺を見た。

 

 それはそうだ。助ける理由はない。こいつは怪獣で、アカネさんの衝動を代行する存在。こいつがいなければ、アカネさんの罪が増えることはない。もう、これ以上、彼女に壊して欲しくないと、さっきの決意を想えば、とどめを刺すべきだと俺も分かっている。

 

 けれど、

 

『なぜ、見逃す……』

 

「……俺だって、分かんねえよ」

 

 こいつが、あの子どもみたいな怪獣が、必死に成長して、力及ばなくて、自分を無価値だと断じている。その姿が、打ちのめされていた俺と重なったからだろうか。最初に抱いていた、殺してやろうという気持ちはなくなっている。

 

 でも、それだけじゃない。俺は、目を閉じて、憧れているヒーローの姿を思い浮かべた。それで、心は決まった。

 

「……ウルトラマンは、こういう時、とどめは刺さないからな」

 

『ウルトラ、マン?』

 

 なんだ、人間態も持ってるのに、怪獣に変身できるのに、知らないのか。

 

「俺たちの、夢のヒーロー。……一度くらい、観てみろよ」

 

 きっと怪獣だって楽しめるから。

 

『意味が、わからないぞ……』

 

 そう言って、アンチグリッドマンは姿を消した。

 

 悪いけど、俺だって色々ありすぎて、自分の気持ちが分からないんだ。怪獣に説明するなんて、無理だった。

 

 大きく息を吐く。

 

 内海はまだ後ろで『勝った、勝った』とはしゃいでいる。俺も、せっかくの初勝利に、少しは喜んでも良かったが、ボロボロになった、俺が大部分を壊した街を見ると、そんな気にはなれない。何人、このがれきの下にいるのか。怪獣どころか、俺だって人を何人も。

 

 また自己嫌悪に沈みそうになる俺へ、シグマが声をかける。

 

『リュウタ』

 

「……シグマ?」

 

『手を前に出してくれ。……私も、記憶を取り戻した。そして、君となら、できる力がある』

 

 そう言うシグマに従って、両手を前に構える。

 

 言われるまま、戦意ではなくて、ただ、この街を直したいと、人を救いたいという気持ちを込めて両手に集中すると。それが現れた。

 

「……っ!! これ……」

 

 攻撃に使うビームとは違う、穏やかで、柔らかい光。それが両手からあふれ出て、街へと降り注ぐ。すると、壊れたビルが、家が、道路が、元通りに再生されていく。

 

『フィクサービーム。私たちが持つ、癒しの力だ。人も物も、直すことができる』

 

「……ほんと、ずっるいな」

 

『そ、そうなのか!?』

 

 いや、どうしたらいいんだ。色々と罪悪感とかあったのに、こんなにあっさり解決してくれたら。俺は苦笑いを浮かべながら、湿った声でお礼を言う。

 

「ありがとう。やっぱり、シグマはヒーローだよ」

 

 まだ、終わりじゃない。

 

 問題は山ほどある。アカネさんやアレクシスについて、内海達に説明しなければいけないし。その後はアカネさんを助けて、世界の問題も解決しなくちゃいけない。

 

 ああ、ほんとに色々あるけど。

 

 夢のヒーローと、友達がいてくれたら、何とかなるような気がしていた。




>NEXT「友・達」




作品構想以来、ずっと書きたかったシーンをお送りできました。

ご意見、ご感想を頂けると嬉しいです。


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友・達

死亡フラグ 回避

最後の箸休め回です


「えーっと、ちょっと待ってよ……」

 

 宝多さんが困ったように呟き、俺を見た。

 

「まず、馬場君が、アカネの元カレで……」

 

「今も彼氏のつもりだけど……」

 

「けど新条は覚えてないんだろ?」

 

「はぁ!? フラれてないから付き合ってんだよ!?」

 

「もー! ちょっと黙ってよ!!」

 

 バンと机を叩かれて、俺と内海は黙る。恐る恐る、目を開けると、ジャンクの前では、宝多さんが状況が把握できないとばかりに、頭をひねっていた。

 

 戦いが終わって、次の日の放課後。俺たちは『絢』へ集合し、状況の確認を行っている。

 

 まずは昨日のことを謝って、俺は知っている情報を全て伝えた。アレクシスとか、アカネさんとか、世界のこと。……まあ、少し話しづらいところは誤魔化して。

 

 そして、その情報は、宝多さんにとっては寝耳に水だった。友達が神様だったとか、怪獣を操っていたなんて突然聞かされて、普通に受け入れる方がおかしいから、当然だけれど。

 

 宝多さんは、自分を納得させるように、小さく呟く。

 

「……アカネが怪獣好きはともかく、怪獣使いで。変な悪魔がアカネに寄生していて。それに、この世界が、アカネの造り物とか……。意味わかんないんだけど……」

 

 俺は頷きしか返せなかった。俺だって、まともには信じられず、混乱して、昨日はあんな騒動を起こしてしまったんだから。

 

 ただ、俺たちが人形とは思わないまでも、この世界の成り立ちにアカネさんが関わっていて、彼女が別の世界の住人だというのは、正しいと思っている。

 

 街の外には、何もない。

 

 それはグリッドマン達も確認している。街の天蓋に広がる、不思議な世界を。そして、今にして思うとだが、アカネさんのことを、遠くからでも見つけられたのは、彼女が他の人達と違うと、感じていたからかもしれない。

 

「……響君たちは、どう思うの?」

 

 宝多さんが、おとなしく隣で話を聞いていた響へ話しかける。

 

 当の響は、宝多さんから話を振られるまで、ぼーっとしていたようで、話しかけられたことに驚いて肩を動かした。

 

 ほんと、この話を聞いても動じてないとか、肝が据わっているよな。

 

 すると響は、恐る恐ると、

 

「……実は、同じこと、俺も聞いたんだ」

 

 と言い出した。

 

 響の話も大概、ファンタジーだった。

 

 二日前、自分を怪獣だと名乗る少女が突然現れて、新条アカネが神様だと告げたのだとか。とても親しみやすく、奢ってくれたそうだ。

 

「それと、昨日も」

 

 アカネさんが、わざわざ響の家に現れて、自分が怪獣使いだと明かしたという。多分、アカネさんは随分前から、グリッドマンの正体が響だと、アタリをつけていたのだろう。

 

 俺にも責任はある。響と会っていることとか、アカネさんに伝えてしまっていたから。

 

 一通り話し終えると、響は皆に頭を下げた。

 

「ごめん。ほんとは、すぐに話したかったけれど」

 

 内海がとても落ち込んでいて、アカネさんと友達である宝多さんには、簡単に開かせなかったらしい。

 

「……まあ、リュウタの話とか、昨日のアレを観なかったら、俺も信じなかったと思うし」

 

 内海達にとっては、ちょうど良かったのかもしれない。

 

 ともかく、これで、同じ証言が二つ。情報ソースが別でもあるし、信憑性は上がってしまった。

 

 宝多さんは、ますます悩まし気に、大きなため息を吐く。

 

 そして、内海も。椅子の上で足をくみ、腕をくみ、考えながら言うのだ。

 

「……新条が黒幕とかさ、この世界が箱庭とかは判断つかねえけど。……でも、俺も、リュウタが元クラスメートだってのは思い出した」

 

「…………は?」

 

 おい、今なんて言った?

 

「ちょっと待て、内海!? ……俺のこと?」

 

「サッカー部の馬場隆太、だろ。東聖大付属ボコって、ちやほやされてた。それで新条と付き合い始めて、……ついでにウルトラオタクだった」

 

 その馬場隆太がお前だろ、と。

 

(……なんで?)

 

 確かに、俺のことだけど。ちょっと待ってくれ、思い出したっていつだよ。さすがに、最初から知ってたとかなら、怒るぞ。

 

「昨日だよ! 昨日!! シグマのとこに行った後! あの時は必死で分からなかったけど、落ち着いたら『そういえば』って。リュウタは、元クラスメートだったって……」

 

「どうやって!?」

 

「……わかんね」

 

「そこが一番大事だろ!?」

 

 思わず、内海にチョークスリーパーをかける。

 

 ほんと、そこ大事だぞ! どうやればみんなの、アカネさんの記憶が戻るのか。ずっと、悩んでいるんだから! 本当に大事なところだぞ!!?

 

「いってえよ!? って、やっぱりお前、教室でネコ被ってやがったな!? カッコつけてたからな、サッカー部連中!!」

 

 教室じゃ、こんなこと絶対にやらなかったのは、本当だけど、さ。

 

「おい、こいつ泣いてるぞ」

 

「ボラーは黙って! 泣いてねえ! 全然泣いてねーし!!」

 

「だーかーらー! いちいち話を切らないでよ!? 二人とも!!!」

 

「「……すみませんでした」」

 

 

 

「まずは、整理をしよう」

 

 マックスはホワイトボードに、『解決しなければいけないこと』とペンで書き込んだ。

 

「皆の話から、課題が見えてきたな」

 

 言い、その下に続くのは三つの課題。

 

 一、アレクシス・ケリヴの討伐

 

 二、新条アカネの説得・救助

 

 三、世界の維持

 

「もちろん、全て、難題ではあるが。理由も分からず現れる怪獣と戦ってきた事と比べれば、前進だ」

 

 その言葉にうなずきながら、考える。

 

 見れば見るほど、どうすればいいのやら。

 

 特に三番。世界をどうするとか、アルケミースターズ並みの天才が必要な場面だ。具体的には我夢とか。我夢とか。ほんとに我夢が欲しい。ウルトラマンガイアの前に、高山我夢が欲しい。

 

 周りを見渡すと、響も宝多さんも、どうしたものかと、顔を曇らせていた。そんな雰囲気の中、真っ先に声を出したのは、まさかの内海。

 

「……でも、案外なんとかなるんじゃねえの?」

 

 えらく呑気な声だった。思わず、俺は内海へと疑問を零す。

 

「いや、ここが箱庭世界だったら、どうやって維持するかって、超重要な問題だろ? なんとかってなんだよ、なんとかって」

 

 けれど、内海は内海で、考えていることがあるようだ。ガサゴソとバッグからとある物体を出した。

 

「リュウタ、ってか、そのアレクシスが言うように、俺たちが造り物とか、全部、新条の思い通りとかが本当だったら。そりゃ、どうすりゃいいのか分かんねえけど。隔離された街って方が納得できるし。

 けどさ、この世界の丸ごと全部は、新条も好き勝手にできてないって思うんだ」

 

 出てきたのは、BDだった。俺たちの好きなヒーローに混じって、奇妙な物体が並んでいるBD。ウルトラオタクとしてはコメントしづらい作品のBD。

 

 

 

『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』

 

 

 

 悪名高いハヌマーンが出てくる作品だった。

 

「「「……」」」

 

「黙るなよ!?」

 

 黙るよ。俺だって意外だよ。それが出てくるとは思わなかったよ。

 

 宝多さんなんて、本当に冷たい目を内海へと向けてる。ちゃんとした理由を話さないと、後が大変だ。皆の視線に気まずそうにしながら、内海はハヌマーンを指さし、言う。

 

「これ、リュウタへの罰ゲームで借りてきたんだけどさ。……あの怪獣好きの新条アカネが、自分の世界にこんなの作ると思うか?」

 

 ……ああ、なるほど。罰ゲーム云々は後にして、ちょっと納得してしまえるのが悔しい。

 

「馬場君、どういうこと?」

 

「……この映画、版権とか、ストーリーとか、色々問題多すぎるんだけど。……絶対に、アカネさんは大嫌いな話なんだ」

 

 なにせ、怪獣がボコボコにされるんだから。ウルトラ兄弟全員集合に、変な猿も混じって、一方的な集団リンチ。ウルトラリンチなんて、不名誉な言葉が生まれた作品でもある。

 

 当然、アカネさんには、我慢ならない作品。

 

「これだけじゃなくて、ウルトラマンも。初代から、あんなに何本もシリーズになってる。新条が一から十まで作ってるなら、怪獣主役番組ばっかだろ。ウルトラマンいらねえだろ」

 

「……アカネさん、ほんと怪獣好きだからなぁ」

 

「えぇ……。アカネ、そんなになの?」

 

 ついでに、ウルトラマン大嫌いだ。

 

 宝多さんがちょっとひいている横で、俺と内海は頷きを交わした。

 

『なるほど。世界がある程度、新条アカネから独立している根拠になるな』

 

「ハヌマーンを根拠にしたくないけど」

 

 アカネさんの、怪獣への拘りは、信用できる。グリッドマンも、ハヌマーンを見ながら、頷いていた。この猿が世界を救う日が来るとは思わなかったな。

 

 とはいえ、アカネさん、というかアレクシスが街を作り直したり、記憶を奪ったり、世界に対して大きな力を持っていることは事実。それに、この街の外に、何も存在しないことも。

 

 この件は、引き続き、新世紀中学生が調査を進めてくれることになった。世界の外から来たエージェントに、今は任せるほうが良いだろう。

 

 さて、俺をめちゃくちゃ悩ませた課題が、ウルトラ理論で保留になったところで。次は、

 

「アレクシスの野郎をどうやって倒すか、か」

 

 午前中、新世紀中学生を引き連れて、アカネさんの家に乗り込んだら、あいつは怪獣部屋ごといなくなっていた。無人どころか、部屋もなくなっていた。アカネさんは学校に来たと言うので、拠点をどこかへ動かしたか、俺たちが入れないように細工をしたのだろう。

 

 これでアカネさんが学校にいなかったら、なりふり構わず探していたとこだ。

 

 そんな黒幕であるアレクシスは、

 

「えっと、不死身の怪人で、怪獣を実体化させるんだっけ?」

 

「不死身ということは、攻撃はまともに効かないと考えた方が良いだろう」

 

「斬っても、だめ、か?」

 

「ダメだろ。バラバラになっても生きてんだろ」

 

 下手に戦うのは嫌な予感がする。姿はエンペラ星人っぽいし、多分、かなりのチート野郎。対処を間違えば、アカネさんにも被害が及ぶ。

 

 すると、右手のアクセプターから、声が聞こえた。

 

『リュウタ、アレクシスへの対処については私に考えがある』

 

「シグマから?」

 

『ああ、記憶を取り戻した今なら、伝えられることがあるんだ』

 

 言われるまま、シグマに話してもらうことにする。以前と同じように、アクセプターからホログラムが出てきて、シグマは、話を始めた。

 

『改めて名乗らせてくれ。私はハイパーエージェント、グリッドマンシグマ』

 

 そうして、シグマが語ったのは。この世界へやってきた時のこと。

 

 シグマは、グリッドマンよりも少し前に、この世界へとやってきた。目的は、ハイパーエージェントとして、犯罪者であるアレクシスを捕縛すること。

 

 けれど、無理にツツジ台へ潜入しようとしていたシグマは、迎撃され、大きなダメージを負ってしまった。記憶喪失や弱体化は、その後遺症とのことだ。

 

 そうしてまで、侵入を急いだ理由は……、

 

(俺、か)

 

 死にかけた俺を助けようとしてくれたのだろう。迷惑かけっぱなしじゃないか、とまた謝りそうになるが、続いた言葉が、そんな暇を与えなかった。

 

『その後、兄さんも、アレクシスに敗れてしまったのだろう……』

 

「……ん?」

 

「え?」

 

「……兄さん?」

 

『む? ……ああ、グリッドマンは私の兄だ』

 

「「「えぇ!?」」」

 

 学生三人、揃ってジャンクを見る。

 

 以前、グリッドマンとシグマの関係性について、色々とオタクトークを繰り広げたのに、当たっていたなんて。しかも、当のグリッドマンはといえば、

 

『なるほどな。君が私の弟だったのか、シグマ』

 

『ああ、兄さん』

 

 なんて、納得したみたいな調子で会話をするのだ。

 

「……いや!? もうちょっと、兄弟らしい会話とかないのか!?」

 

 『あ、俺たち兄弟だったわ』みたいなヘンテコなノリは何なんだろう。やっぱりウルトラマンみたいに、ハイパーエージェントはどっかずれてるんだろうか。

 

「ま、まあ、グリッドマンも兄弟が見つかって良かったってことで……。じゃあ、グリッドマン達が記憶を失っているのも?」

 

『ああ、おそらく、アレクシスから受けたダメージが原因だろう。兄さんもまだ全力を出せてはいない』

 

「じゃあ、急ぐのは、グリッドマンの回復。……けど、そのフルパワーのグリッドマンを、アレクシスは破っているかもしれないのか」

 

 気が重くなる。

 

 昨日の戦いでは、グリッドマンはアンチグリッドマンに退けられた。けれど、それは連戦でエネルギー切れ寸前だったことが理由。シグマとで地力を比べたら、まだ全然、グリッドマンの方が上。シグマには俺という枷もある。

 

 アレクシスも余裕なわけだ。俺たちの、最高戦力であるグリッドマンにも、勝ったのだから。

 

 そこで、シグマは首を振り、俺の悲観を否定した。

 

『リュウタ、勝負は時と場所が肝心だ。次の戦いまでに有利な状況に持ち込めば、結果は変わる。次は私たちもいるだろう?』

 

「……そうだな」

 

 まだ、アレクシスは出てこない。奴は怪獣を出せるし、目的はアカネさんの感情を味わうこと。現状、アカネさんは俺たちの戦いを楽しんでいるというから、この状態を維持したいはずだ。

 

 何かきっかけがあって、その余裕を崩した時が、勝負。それまでは、被害を少なくするためにも、アカネさんの怪獣を倒し続けなければいけない。

 

『不死身への対処も、命まで奪う必要はない。十分に力を削れば、封印は可能だろう』

 

「じゃあ、そこも何とかしようってことで……」

 

 最後は。

 

 俺はホワイトボードを見て、残った文字に、表情を引き締める。

 

『新条アカネの説得・救助』

 

 俺にとっては、一番大切な問題。けれど、俺が何かを言う前に、口火を切った奴がいた。

 

「なあ……」

 

 と、悩むような内海の声。

 

 らしくない口調に、そういえば、今日、内海は妙に静かだったと思い返す。グリッドマンとシグマの関係性なんて、興奮して踊り出しそうな話題だったのに、椅子に座ったままでいたし。

 

 その内海は、立ち上がり、小さくもはっきり言うのだ。

 

 

 

「……新条、どうするんだよ?」

 

 

 

 俺は、間髪入れずに答えを返す。

 

「助けるに決まってるだろ」

 

 書いてある通りに。

 

 内海が言っている意味が分からない。確かに、彼女は怪獣使いで、俺たちと敵対している。けれども、その背後にはアレクシスが存在するし、ああいう奴がいたら倫理観が壊されるのも当たり前だ。

 

 俺は皆にはっきり伝えて、そこを悩む気もなかった。

 

 けれど、内海は頷きつつも、俺をまっすぐ見ながら言う。

 

「だから、どうやって?」

 

「……どう?」

 

「新条、俺たちのこと、何とも思ってないんだろ? 造り物だって、そう思われてんだろ? 裕太が聞いたみたいに、問川達を狙った理由が『ぶつかってイラついた』だったらさ。……そんなヤツ、俺たちで説得とか、できるのか?」

 

 彼女が人へと怪獣をけしかけたのは、そんな、『イライラして人を刺した』より酷い理由。

 

 そんなことを行えるのは、相手を対等とも思っていないから。人間とは思っていないから。だとしたら、『クラスメート』が何かを言ったところで、新条アカネは聞く耳を持たない、と。

 

「……」

 

 俺も、すぐに内海へ反論は、できなかった。

 

 内海は言葉を迷いながら、感情が止まらないというように話を続ける。

 

「そりゃ、お前は新条と付き合ったりとか……。俺よりも、ずっと一緒にいただろうけどさ。

 ……アイツ、そんなお前のことも殺したんだろ?」

 

「内海、それはリュウタには……」

 

「……俺だって、言いたくねえよ。リュウタは新条のこと、マジで大切に思ってんだろうし。俺だって、新条のこと……。

 けど、あいつが俺の友達を殺したなら。しかも、ゴミみたいに怪獣で潰したなら」

 

 俺は、あいつを許したくねえ。

 

 小声が、異様なほど店内に響いた。

 

 誰も、後に続いて、口を開かない。新世紀中学生も、グリッドマン達も黙ってしまった。きっと、俺たちが答えを出すことだと、思っているのだろう。彼らの瞳は、俺たちそれぞれへ、真っ直ぐに向けられていた。

 

 そして、

 

「……内海君は、アカネを倒したら、追い出したらいいって、そう思ってるの?」

 

 宝多さんが立ち上がり、内海へと静かに言う。

 

 隠す気もなく、その言葉には非難の感情が込められていた。

 

「六花……」

 

「……ごめん。私、馬場君が元クラスメートとか、死んじゃってたとかも、実感ない。正直、アレクシスとか、世界とか、話にも付いていけてない。

 けど、アカネの話は別。アカネを、化物みたいに言うのはやめてよ。アカネは普通だし、私の、友達なんだから」

 

 けれど、内海は俯きながら、言ってしまった。

 

 

 

「……そう思ってるの、六花だけじゃねえの?」

 

 

 

 言いすぎだって、思った。

 

 何かを言おうと、口を開いた瞬間には、

 

「っ!!!」

 

 宝多さんは、肩を震わせながら店を飛び出して行ってしまう。

 

 後には呆然とした響と、『やっちまった』と顔を青くした内海、どうしたらいいのか分からない俺が残されてしまった。

 

 顔を見合わせるも、内海は視線を逸らす。となると、俺たちしかいない。

 

「……響、追いかけたほうがいい」

 

「……うん」

 

 言い、俺と響は急いで店を出た。

 

 ずっと話し込んでいたから、とっくに夕暮れに空は染まっていた。走り去ってしまったのか、もう宝多さんの姿は見えない。放っておく訳にはいかなかった。響や内海にとっては、ずっと最初からの同盟仲間。俺にとっても、もう宝多さんは大切な友達だったから。

 

 店の前から、響には左へ行ってもらい、俺は右へ。しかし、駆けだす直前、背後からの声に止められる。

 

「リュウタ!」

 

「……内海」

 

 どっか切羽詰まった様子の内海が立っていた。内海は、何かを言いづらそうに口を開け閉めし、けれど、最後には、覚悟を決めたと、ぐっと締めた。

 

 そして、

 

「……さっき。わざと話題にしなかっただろ」

 

「なんの……」

 

「お前がもう、死んでいるってこと」

 

 ウルトラマンのハヤタ隊員とも違って、身体もシグマに借りてる状態のことを。

 

「……そう、だな」

 

 確かに、俺はその部分を、深刻にならないように誤魔化した。嘘はつかなかったが、たぶん、何とかなるみたいな調子で。

 

 俺がどう思っていようと、事実を見れば、馬場隆太はアカネさんの怪獣に殺されている。シグマとも相談しているが、問題は解決する兆しもない。今、余計な話をして、アカネさん救助の邪魔をしたくなかった。

 

「……ほんと、お前、変なとこ気を遣うよな。けどさ、言いたくねえけど、新条のこと、信じられるか?」

 

「もちろん」

 

「断言って……。お前、殺されてんだぞ?」

 

 そりゃ、字面からすれば、そうだ。正直、傍から見られた時に、十分おかしいって自覚もある。けれど、気持ちは全然変わっていないし、助けたいって真剣に考えていた。

 

 別に、アカネさんに洗脳されてるとか、そんな理由じゃない。

 

「……アカネさん、全然変わってなかったから」

 

 俺が死んでから、奇跡的にもう一度出会えて、話もした。そこでの彼女は変わっていなかった。

 

 人一倍に繊細だし、好きなものに見せる笑顔は素敵だし、心を許してくれた相手には、からかったり、小悪魔みたいに可愛い。俺が好きになった、彼女のままだった。

 

 それに、

 

「俺が殺された時、アカネさんは泣いてくれたんだ」

 

 記憶の断片で、アカネさんの泣く声がずっと聞こえていた。

 

 前は、俺の幻聴かとも思ったけれど、きっと、本当にアカネさんは泣いてくれた。なにせ、当のアレクシスも認めたのだから。俺をやりくるめるための物言いだが、そこだけ、あいつはミスをした。

 

『まさか、君は、恋人が死んだ記憶を抱えて、毎日泣いて暮らして欲しいとでもいうのかい?』

 

 確かに、俺は聞いた。あのままなら、アカネさんはずっと泣き続けていた、と。

 

 なら、アカネさんだって、俺たちのことを、ただの人形だとは思っていない。なにより、誰かのために泣けるのなら、まだ間に合う。ウルトラシリーズを見ていれば分かるだろ。

 

「だから、きっとアカネさんも記憶を取り戻したら……」

 

 止まってくれると思っていた。まだ希望的な考えでしかないけど、他ならぬ内海が、俺に教えてくれたんだから。『諦めるな』と。だったら、俺は諦めないで、シグマと一緒に出来ることをやるだけだ。

 

 そう言うと、内海はなぜかバツが悪そうな顔をした。

 

「……悪い」

 

「別に、アカネさんのことは……」

 

 内海みたいに考えるのが、普通だとは思うから。

 

「それもだけど。……あの夜さ。……俺が余計なこと言ったから、殺されたんじゃねえのか?」

 

「……」

 

 あの時のこと、か。

 

「俺、お前の話、意味わかんなくて。ただの妄想の話だと思って。で、ウルトラシリーズなら『諦めねえ』って。無責任に言っちまった。でも、お前は走って行って、それっきり。

 ……あの時は、グリッドマンのことも、怪獣のことも。……何にも分かってなかったから。けど、お前、殺されたの、その後だろ? それくらい分かるよ」

 

 だから、内海が焚きつけなければ、と。まあ、な。

 

「……おまえのせい、だな」

 

「……っ、じゃあ」

 

 けど、

 

「内海のおかげで、今、こうしていられる。……だから、ありがとう。本当に」

 

 あの言葉があったから、走れた。だからこそシグマは助けてくれた。昨日だって、内海がいなかったら、腐ったまま消えていた。

 

 内海は『無責任』だなんていうけれど、無鉄砲な言葉じゃなきゃ、希望も持てなかった。このウルトラオタクのせいで死んだとも言えるけど、俺は『内海のおかげ』だって言い直したい。

 

 謝らなくちゃいけないのは俺の方だ。結局、俺はまた諦めそうになったし、内海にも『何もしていない』なんて怒鳴りつけた。俺に、こんなに色々と力を貸してくれているのに。

 

 なので、おあいこだと思う。

 

 そう伝えると、内海は驚くように目を見開いて、その後、少し声を震わせながら、誤魔化すように笑顔を浮かべた。

 

「……お互い殴りあって、とか、そういうのやったほうがすっきりするか?」

 

「やだよ、そんなベタベタなやつ」

 

「おい!? ここは受けるとこだろ!? リュウタには鑑賞会、ドタキャンされたんだし、本気で一発くらいは!!」

 

「その時は、俺もガチでいくぞ?」

 

 運動部だから、かなり痛いと思うが。

 

「……やっぱ、やめとこ」

 

「じゃあ、止めとく」

 

「「……ぷ」」

 

 吹き出したのは、同時。そのまま、お互いに腹を抱えて笑い出してしまった。

 

 おい、もう思い出しただろ? こんな冗談言ったりするけどさ、俺たち、ついこの間まで、話もしたことなかったんだぞ? クラスも同じだったのに。 

 

 それが、こんなに毎日、ウルトラマン見たり、オタクトークしたり。そんな友達との縁を取り持ってくれたんだから、アカネさん助けるのも協力しろよ。

 

「わかったよ! リュウタが良いっていうなら、俺だって新条助けるのに協力する。……けど、俺だって新条のこと、諦めたわけじゃないからな」

 

「ん? 内海、フラれたって聞いたけど」

 

「ふられてねえよ!? 『俺とはいい』って言われただけだ! 『ノー』とも『嫌』とも言われてねえから!」

 

 じゃあ、そういうことにしておこう。そういえば、内海とのウルトラマン鑑賞会に、アカネさんを連れてくるって約束もあったよな。嘘つきにならないためにも、怪獣大好き同盟に連れ戻さないと。

 

 その前に、だ。

 

「さて……。内海のおかげで、宝多さん探すの出遅れたんだけど?」

 

「わ、わかったよ。俺も変なこと言っちまったし、ちゃんと探して謝るよ」

 

「じゃあ、俺は向こうの街角探すから、内海は残り全部な」

 

「さすがに広すぎね!?」

 

「仕方ねえな。半分半分な」

 

「当然だろ! あー、まったく! じゃあ、任せたぞー」

 

 内海がケムール人みたいに走っていく。

 

 すっかり夜が更けてしまったけれど、気持ちは随分と前向きだった。昨日は死んでしまおうと、本気で思っていたのに。こんな世界どうでもいいと思ってしまったのに。

 

 友達がいることが、力になっている。

 

(アカネさんとも、また……)

 

 全部、終わった後、みんなでウルトラマンでも観られたらいい。そう思いながら、俺は勢いよく駆け出した。

 

 

 

 その数時間後、

 

「あ、ちゃんと家に帰ってきたんですか。……はい。はい。それじゃ、また明日。お願いします」

 

 ぺこりと頭を下げてから、店長からの通話を切り、振り返る。そこにはこちらをじっと見つめる響がいる。

 

「響、大丈夫。宝多さん、ちゃんと家に戻ったって」

 

「そっか。よかった……」

 

 言うと、響がほっと胸をなでおろす。

 

 結局、あちこちを走り回った挙句、宝多さんを見つけることはできなかった。俺はともかく、響と内海はかなりばててしまい、一度響家に戻って、電話をかけてみると、当の宝多さんは、小一時間ほどで帰っていたそう。

 

 落ち込んでいるというより、考え込んでいるようだから、バイトに行ったときにでも、改めて話をしてみようと思う。

 

「問題は、何を話せばいいのかってことだよな……」

 

 宝多さんは元々、戦うことには積極的じゃなさそうだし、仲がいい友達相手となればなおさら。

 

「でも、新条さんを倒すんじゃなくて、『助ける』っていう理由なら、六花も」

 

「けど、当面は戦うことになっちまうし」

 

 ……最後は、もしかしたら。

 

(まだ、その時じゃないけど)

 

 アレクシスの言葉が全て本当で、彼女を見送るしかなくなったら。そんな未来を想像はしたくないけれど、考えないわけにはいかない。

 

 それに、別の世界に彼女の家族等がいるのなら、この世界に居続けることは、本当に正しいのだろうか。

 

 俺はどうしたらいいのだろうか。同じことをきっと、宝多さんも分かっている。でも、その未来を回避する方法も、是非も分からなかった。

 

(……今日は内海がシリアスモードだったから良かったな。

 いつもの調子で、怪獣を倒す作戦会議でも開いたら、宝多さんは本気でキレていたかもしれない)

 

 考え込んでしまっていると、不意に響が呟いた、

 

「そういえば昨日、新条さんが来た時、リュウタのこと気にしてたよ」

 

「部屋にいきなり来たんだっけ」

 

 しかも、自分から正体を明かしたというのは、何とも大胆というか、アカネさんらしいというか。多分、怪獣vsヒーローやれているのが楽しいんだろうな。

 

「リュウタが泊ってることも知ってて、リュウタの部屋にも上がり込んだりして」

 

「えぇ……」

 

 響曰く、根ほり葉ほり生活のことを質問攻めにされただけでなく、俺の寝床に寝っ転がったりとか、割と好き勝手されてしまったらしい。

 

 そこで今日も寝る俺の気持ちになってくれ。気恥ずかしくて寝るに寝れないじゃないか。ついでに、隠したい物を買う余裕もなくて、良かった。

 

 俺が頭を抱えていると、響が楽しそうに声を転がす。

 

「響、割と笑い話じゃないぞ……」

 

「ごめんごめん! でも、そうしてる新条さんを見たらさ。……リュウタの言ってることもわかる気がするんだ。怪獣をけしかけたり、人を襲わせたりもするけど。

 気になる子のこと、知りたがったり。俺たちと変わんないところも、ちゃんとあるんだって」

 

「響も、信じてくれるんだ」

 

「うん」

 

 響は朗らかに笑って、そして、

 

「……だって、『響裕太』はそういう人間だから」

 

 と、静かに言った。

 

「……あ」

 

 気が付くと、響の瞳は金色に輝いていて、表情はどこか大人びて見えた。響は、いや、『彼』は俺の反応を見て表情を崩す。

 

「やっぱり、……気づいてるんだ?」

 

「……ああ」 

 

「いつから?」

 

「ついさっき。響と会ったときに」

 

 おせっかいというか、プライバシーの侵害というか。考えてしまった。俺は、既に死んでいて、シグマに取りついている状態。元に戻れるかも分からない境遇。

 

 じゃあ、同じく記憶喪失で、グリッドマンへ変身できる響はどうなのか。もし同じ状態ならと思って、つい響を注意深く見てしまった。新世紀中学生や、アンチグリッドマンへ行ったように。

 

「そうしたら、ちょっと変だなって思ったんだ」

 

 響裕太の中心には、光があった。新世紀中学生と同じ、温かな光が。

 

 最初はグリッドマンとのつながりが原因だと思った。けれど、光は強く、ジャンクに宿るグリッドマンと遜色ないほど。俺はシグマの光の上に、張り付いているように見えたのに。

 

 それで、俺たちが話している響裕太はもしかしたら、というのが、オタクの妄想だった。

 

「……そういう響は」

 

 違う。今は、その名前では呼べない。

 

「グリッドマンは、最初から知ってたのか?」

 

 すると、彼は首を振った。

 

「『私』も自覚したのはつい先ほどだ。

 けれど、最初から違和感はあった。『裕太』の六花への想い。それは私にも感じられる強いものだったが、その感情をめぐる矛盾が、私の中にはあった」

 

 彼女のために何かをしたいという心と、行うのは自分ではないという理性。

 

 中身は他人なのに、人の恋路に手を出そうなんて、グリッドマンからすれば違和感を覚えて当然だろう。

 

「気が付いたのは、シグマの存在が原因だ。シグマへのシンパシーを、私も感じていた。それに……」

 

『今日、私が呼びかけた時、ジャンクと裕太の二人から反応が返ってきたんだ』

 

 最後はシグマから。あの奇妙な宇宙人的コンタクトの裏で、テレパシーのやり取りをしていたらしい。

 

 俺も、気付いていたとはいえ、あまりの事態に脱力する。

 

「ここまで、ウルトラシリーズそっくりなんてな……」

 

 初代マンと同じパターン。ついでに俺とは逆のパターン。グリッドマンの人格が響の体に憑依していた。だから、響はグリッドマンに変身できた。

 

 アレクシスに敗れたグリッドマンは、記憶と力がばらばらとなり、その一つが響へと入った。そこで、響の人格を自分のものと誤解をしてしまったという。

 

 それが、『響裕太』が記憶喪失になったわけ。元から裕太としての記憶はない訳なので、当然だ。

 

 グリッドマンも悪気はなく、今日まで気づいていなかったというから、仕方ない。ただ、俺としては、気になることが一つある。

 

「響は、どうなるんだ?」

 

 グリッドマンのことだから、不安には思っていないが。

 

「彼は今、眠っている。おそらく、私が内にいる間は、目覚めることはできないだろう。……彼には申し訳なく思っている」

 

「そっか」

 

 言いつつ、響裕太は、そんな状態をどう思うのだろう、と思った。

 

 勝手に自分の体を使った、なんて怒る姿は想像できない。まして、戦いたくないなんて、逃げる姿もあり得ない。昔の響とは仲が良いとは言えないけれど、ぼんやりしている中にも芯の強さがあるとは思っていた。だから、それがグリッドマンに選ばれた理由だとも納得していた。

 

 内海に明かすかは、グリッドマンに任せるけれど、俺としては……。

 

「俺が言うことじゃないと思うけど、さ。……ちゃんと響と、響の守りたいものを守って。それで、最後に謝れば。響なら許してくれると思う」

 

「そうだな。……ああ、響裕太はそういう子だろう」

 

「それに」

 

 昨日の今日で、こんなことを言える義理じゃないが、あえて。

 

 中身が響だろうと、グリッドマンだろうと、これまで一緒に戦って、ついでにウルトラシリーズも見まくった友達。

 

「……俺も。ちゃんとグリッドマンも、響も、守れるくらいに強くなるから」

 

 少しは安心して欲しい、なんて。

 

 そう言うと、グリッドマンはくすりと笑ってしまった。大人っぽさと、純粋な子どもが両立したみたいな不思議な笑顔だった。

 

「前から思っていたが、リュウタ。君は自分を卑下しすぎだ。……私は、君を最初から頼りにしている。かつて共に戦った仲間のように。みんな、頼もしい仲間だ」

 

 聞いて、鼓動もない胸が、熱くなった。

 

 いつもは無表情で、感情はジェスチャーでしか分からないグリッドマン。

 

 そんな彼が、こんなに親しみある笑顔を向けてくれている。きっと、いつも、グリッドマンはジャンクの奥で、優しい表情で俺たちを見守っていたのだろう。

 

 まだ記憶は完全ではなく、フルパワーには程遠いというグリッドマン。そんな、もっと強くなる彼と並んで、アレクシスからアカネさんを助け出すために。

 

 俺たちはその日、夜遅くまでウルトラシリーズを見ながら色々な話をした。

 

「グリッドマンからアプローチするのはダメだけど、響が戻った時のために準備しておくのは良いんじゃないか? 宝多さんの好みとか、響のことどう思ってるか聞いたり。響、そっちは奥手っぽいし」

 

「えぇ!? いや、それは、心の準備というか……」

 

 ……

 

「宝多さん関係の話になったら、響の人格戻ってね?」

 

「……実は、私もそんな気がしているんだ」

 

 おっとりしていると思ったけど、恋愛に関しては、響裕太は強情なのかもしれない。

 

 

 

 そんな、二人のハイパーエージェントが話し込んでいた夜中に。

 

「おやおや、アカネ君。随分熱心に作っているじゃないか」

 

 暗い怪獣に囲まれた部屋の中、作業机の灯りだけが輝いている。そこへと部屋へ入ってきた黒づくめの怪人が声をかけた。

 

 灯りの元で、新条アカネが一心不乱に粘土を削っている。針金と歪んだ真珠を骨格にして、張り付けた粘土を少しずつ。そうして、ただの粘土の塊は一つ、また一つとカッターを走らせるごとに命が吹き込まれていった。

 

 アレクシスは楽しそうに、その怪獣を覗き込むが、首を傾げることになった。いつもの怪獣と比べても、完成像は想像できないほど複雑だったから。

 

「……これはまた、複雑な造形だね」

 

「……うん」

 

「あのロボットみたいな怪獣は、どうしたんだい? 同じくらい、力を入れていたじゃないか」

 

「……今は、あっちを出す気分じゃないの」

 

 アレクシスの言葉にも、気がそぞろだという様子で、さらに一彫り。

 

 集中しつつも、アカネの気分は、良くはなかった。

 

 頭の中では、戦いが流れ続けている。青と黒の巨人の戦いが。

 

 片方。勝手に進化して、怪獣どころかグリッドマンもどきになったアンチは最悪。アレクシスに頼み、処分を頼んだが、上手く逃げているらしい。造物主から逃れるなんて、ちゃんと殺さないと。

 

 それがまず一つ。アカネの気持ちを苛立たせる要因。次に、相も変わらず倒されてくれないグリッドマン。そして、何より、胸の奥にあるのは。

 

(……あの時、)

 

 グリッドマンシグマ。彼女に恋する少年が変身する、グリッドマンもどきの姿だった。

 

 アカネはカッターナイフを握り締め、呟いた。

 

「……なんで?」

 

 あの戦いで、シグマはグリッドマンみたいになってしまった。強くなって、鎧まで付けて更にパワーアップ。アカネの生み出した怪獣を、アンチを打倒してしまった。あっけなく、ヒーロー番組みたいに。

 

 勝利が予定調和の、ヒーロームーブなんてシグマに求めてないのに。

 

 それに、

 

(……なんで、私を見てくれなかったの?)

 

 シグマは、その中の少年は、アカネの為だけに戦っていなかった。

 

 リュウタが自身へ向けている感情には、確信がある。元から他人の視線には敏感なアカネだ。少しの機械を通しても、彼の好意は伝わってきたし、不思議と心地よさも感じ取っていた。

 

 同時に、今までの戦いでシグマを好意的に見れた理由も、分かりかけている。あの青い巨人が不格好に、必死に戦っていた理由が、新条アカネのためだから。

 

 けれども、昨日は違う。

 

(……ほかに、誰かいたの?)

 

 女の勘とでもいうものだろうか。アカネには、あの時、少年が自分だけを見ていなかったと分かってしまった。そして、それが強くなった理由ならと考えると、心の奥がざわついて仕方ない。

 

 胸が、痛い。

 

 苦しい。

 

 どうして?

 

 でも、考えるのは嫌だ。

 

 だから、もう一度。

 

「……他の子のことなんて、考えられないくらい」

 

 強い怪獣を作ってあげる。




>NEXT「超・人」



友達殺されていたんで、内海君、かなりのシリアスモードでした。

そして、裕太とグリッドマンについても。ここで話したということは……


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超・人

「なぜ、この北斗と言う男は、何度も疑われるんだ? よほど信用がないのか?」

 

「……いや、そこは様式美というか」

 

「このヤプールという怪人も、地球侵略が目的というが、やることが小さい。俺なら、間髪入れずに怪獣を投入させる。ウルトラマンエースは、三分しか活動できないのだからな」

 

「そうしたら、エースもパワーアップするぞ」

 

「なぜだ?」

 

「正義の味方は負けないからな」

 

 特に、そんな卑怯な作戦をしてくる悪役には。平成になってたらフォームチェンジだし、あの時代でもウルトラ兄弟がやってくるところだ。普通に、ヤプールの敗北で終わる。

 

 けれど、隣の小さな怪獣は、

 

「……意味が分からない」

 

 と、画面を見ながら、怪訝な顔を続けていた。

 

 怪獣、アンチグリッドマン。いや、本人はアンチと名乗ったから、アンチが正しいのだろうか。ともかく、少年姿をした怨敵と並びながら、俺はじっとウルトラマンを観ていた。

 

 なぜかは、俺もよく分からない。

 

 困惑するのは俺ばかりで、アンチは一話一話どころか数分ごとに俺へとなれなれしく質問を繰り出していた。

 

 戦闘機は毎回落とされるが、出る意味があるのか、やら。なぜ、途中から女はいなくなるんだ、やら。どうして地球が狙われるんだ、やら。

 

 見かけ年齢は小学校高学年くらいなのに、幼稚園児を相手にしているようだ。正直に言えば面倒。だけれど、ウルトラマンを紹介してしまった手前、無下にもできない。あの戦いの後の発言が、こんな結果になってしまうとは俺だって予想外だった。

 

 けど、

 

「だが、このエースという戦士は強いな。特に、切断技が見事だ」

 

 なんて、淡々と言いながら、子どもみたいに目を輝かせている怪獣を、そんな姿を見てしまうと、付き合っている甲斐を感じてしまう。一週間ほど前には殺しあった間柄なのに。

 

「……どうしてだろな」

 

 呟く。

 

 どうして、こんな呑気に怪獣とウルトラマンを観ているのだろう。

 

 アカネさんを止める方法も、彼女の記憶を取り戻す方法も分からないまま、怪獣との決戦が、眼前に迫っているというのに。

 

 

 

 一週間前、響達は宣戦布告を受けた。

 

 準備が進んでいたツツジ台高校の文化祭を、アカネさんが怪獣で襲撃すると伝えてきたのだ。ご丁寧に、出現させる怪獣まで予告して。

 

 それがまた、えらく気合が入ったというか、これまでのデザインから一段二段も磨き上げた傑作だというのが、内海談。

 

 強力な怪獣が出てくる事に加え、文化祭中のツツジ台高校が戦場になってしまったら、被害がどれほどになるかも分からない。

 

 怪獣を倒せても、大量の被害を出したら俺たちの負け。

 

 これを何とかしようと、内海達もアカネさんへの説得を試みたらしいが、当のアカネさんは聞く耳持たず。それどころか、一笑に付されてしまったという。

 

(今頃、内海達は作戦会議中だろうな……)

 

 けれども、そこに宝多さんの姿はないだろう。

 

 あの後、宝多さんとの間で開いた距離は縮められないでいた。俺も店内で何度となく話す機会は作れそうだったが、話を振っても、部屋の奥へとそそくさと引っ込まれてしまう。

 

 俺も記憶を取り戻しても、世間的には死んだ人間。学校にも行けず、アルバイト生活を続けているだけだ。アカネさんと会おうとしても、街中で見かけることはできなかった。家にも向かってみたが、やっぱり人気はない。説得したくとも、機会がなかった。

 

 というよりも、意図的に避けられている気がする。アレクシスは、俺が思惑通りに動かなかったことを知っているから、何か、彼女に吹き込んだのかもしれない。

 

(状況を改善する手は、アカネさんの記憶も戻ることだけど)

 

 いきなり、『俺と君は恋人同士だったから、話聞いて!』なんて言えば、一足飛びに不審者どころか、抹殺対象。それを避けるためには、彼女の記憶が戻るのが一番だが、思い出してくれた唯一の例外である内海は、どうして戻ったのかも覚えていない。

 

 薄汚れた子供怪獣が突然『絢』の門をくぐってきたのは、ああでもないこうでもないと考えていた時だった。

 

「本拠地襲撃イベントかって、思ったら……」

 

 話を聞くと、アレクシスから追われていて、逃亡していたという物真似怪獣改め、アンチ。

 

 アレクシス達が何を考えているのかは分からないが、もしかしたら、グリッドマンみたいな闇の巨人に進化したのが、アカネさんの癪にさわったのかもしれない。以前、怪獣の出番を奪う偽ウルトラマン枠は嫌いだと言っていたから。

 

 その説明を聞いた俺たちは、アンチが此処へやってきたのは庇護を求めてのことかと思ったのだが、不機嫌顔の怪獣が行ったのは懐から汚れたDVDを取り出し、

 

『ウルトラマンとは、どう見ればいい?』

 

 と、俺に尋ねることだった。

 

『何かを守るヒーローは敗けないと、お前たちは言った。そして、俺はその言葉通りに敗北した。だから考えた。

 ……俺がお前たちに勝つためには、ヒーローを知らなければいけないとな」

 

 だとか。いくらなんでも素直すぎる。あのオタクのノリと勢いの台詞から、そう考えるなんて。

 

 その後、新世紀中学生による喧々諤々の大論争、無銭飲食を許した店長の度量やら、色々な場面が過ぎた挙句、俺はこいつを連れて懐かしの我が家へ戻ってしまった。

 

 響の家でなく、我が家。

 

 俺が死ぬ前まで住んでいたアパートへと。

 

 響の家に連れていくのは論外。人が多いところで騒ぎになっても困る。それでも、こいつを追い出そうとは、思えなかった。

 

 真剣にウルトラマンを観ることを、この怪獣は望んでいたから。

 

 そこで思いついたのは、俺の家なら、なんてこと。あの兄貴の様子を見ると、部屋が残っているかもしれないと考えて、その推測は当たっていた。

 

「……全然変わってないな」

 

 一旦、テレビから目を離し、懐かしの我が家を見渡す。

 

 棚に綺麗に並んだソフビの群れ。タンスの中には防衛隊のおもちゃ。BD-BOXの山。ぬいぐるみのハネジローも、優しい顔で出迎えてくれた。

 

 『あの』兄貴は、そのまま部屋を留めて、予備の鍵の隠し場所も変えていなかった。変わったところといえば、ドアの隙間に、

 

『君が誰かは知りません。けれど、もし俺の思う通りの人なら、この部屋を自由に使ってください』

 

 という書き置きが残されていただけ。それをみて、何を思ったのかは、ノーコメントとさせてほしい。

 

 そうして、怪獣と二人のウルトラマンエース鑑賞会を始めて、現在に至る。もう、二、三時間どころじゃなく時間が経ったが、すぐに飽きると思っていたアンチは微動だにせず視聴を続けている。このままだと、深夜に突入しそうな勢いだ。

 

(けど、のんびりと交流会をしても、仕方がないし)

 

 せっかく敵から来てくれたのだから、少しでも情報を仕入れておく方が良いだろう。

 

 俺は、横の怪獣に目を向けながら、声をかけた。

 

「……なあ」

 

「なんだ? 俺は超獣の倒し方を考えるのに忙しい」

 

 ドはまりじゃねえかよ。

 

 この怪獣は怒り以外の表情が薄いから、何考えているのか分かりにくくてしょうがない。

 

 けど、それを言ってもアンチは首を傾げるだけだろう。俺は構わず続けた。

 

「……。アカネさん、今、どうしてるんだ?」

 

 尋ねたかった、アカネさんのことを。

 

 するとアンチはしばらく黙ると、リモコンで一時停止を押し、俺へと振り返った。そして、真っ赤な眼が品定めをするように、俺をじっと見つめ、

 

「なぜ、新条アカネに興味がある?」

 

 と聞き返してきた。

 

「なぜって、好きだから」

 

 答えは即座に出てくる。けれども、そこへ返ってくるのも疑問。

 

「好きとは何だ?」

 

「なんだよ、その哲学。……一緒にいたいとか、楽しいことを共有したいとか、隣で生きていたいとか」

 

「なら、なぜだ? なぜ、お前は怪獣を倒す? 

 新条アカネの望みは怪獣を作り、破壊を行うことだ。お前が新条アカネと共にいたいのなら、それに協力するべきだ」

 

「……」

 

 怪獣は、こういうことを考えるのか、と思った。善悪の区別が存在していない。……いや、世界が造り物だというのなら、対抗策を考えている俺たちのこそが、異物かもしれないけど。

 

 もしかしたら、このまま続けても堂々巡りのまま、疑問に答えてくれないのかもしれないとも思った。

 

 でも、考え直したのは、もっと先のこと。この素直な質問くらいには答えられないと、アカネさんを救うこともできない。この怪獣は、アカネさんから生まれた存在なのだから。

 

 だから、俺はこの間の戦いで考えたことを、ゆっくりと伝えていった。

 

「ただ、一緒にいたいわけじゃないんだ。幸せになってほしいんだ。誰かにイラついて、毎日我慢できなくて、それで街を壊すとか、それが幸せだとは思えない」

 

「幸せとは望みが叶うということではないのか? 俺ならば、お前たちを打倒した時こそがそれだ。新条アカネも、怪獣を暴れさせたいと望んでいる。奴の望み通りにしてやればいい」

 

「違う。怪獣を暴れさせるっていうのは、ただの手段だ」

 

 怪獣遊びも楽しいと思っているだろうけど、楽しむだけを望むなら、毎日が怪獣大行進になるはずだ。何を壊しても良いと思っているなら、なおさらに。

 

 だから、アカネさんの望みは別。

 

 不安になりたくない。安心したい。楽しくなりたい。俺は雨の夜に、そんな彼女の叫び声を聞いた。

 

 俺たちと変わらない、平凡な、大切な望み。

 

 今、アレクシスに歪められたことでその望みを叶える手段が『怪獣』になっているだけ。手っ取り早いと言えば手っ取り早い。けれど、嫌いなものを排除した先に、安心が待っているとは、楽しくなれるとは、俺は思えなかった。

 

 アンチはそれを聞くと、腕をくみ、不機嫌な頭を傾げてしまう。

 

「……人間の考えることは、よく分からない」

 

「で、アカネさんは? 最初の質問、無視してんなよ」

 

「変わらず、怪獣を作り続けているだろう。それが俺にわかる全てだ。心の中、とやらを知りたいならば、俺に尋ねて何になる。直接、新条アカネに聞けばいい」

 

 それで終わり。アンチは視聴へと戻った。

 

 途端に疲れて、俺はため息を吐く。結局、分かったことはほとんど無い。アンチの質問へと、俺が答えただけ。けど、最後のアンチの言葉には納得できる部分もあった。

 

(言いたいことがあるなら、直接言う、か……。けど、会うこともできてないし、確実に会う方法は……)

 

 その時、ふと、部屋の隅に視線が向かう。部屋の中はそのまま。こうして、ウルトラマン関連のグッズまで残っているってことは、それ以外も……。

 

「……よし」

 

 俺は立ち上がって、それを手に取った。

 

 

 

 そして次の日、

 

「……なんでここにいるの?」

 

 戸惑い声が飛んできて、俺は後ろを振り向いた。

 

 ギコギコ、トントンと作業音。それに人間の楽し気な声が混じっている騒がしい空間。けれども、アカネさんの声は、真っ直ぐに俺の耳へと届いてくれた。

 

 振り返ったところには、不機嫌そうな顔をしたアカネさんの姿。彼女は疑問と困惑が入り混じった声で尋ねてくる。

 

「リュウタ君、不審者だったの?」

 

「不審者なんてヒドイな」

 

「だって、リュウタ君、うちの学生じゃないでしょ? 記憶喪失の、風来坊。なのに、そんな格好して、学校に来ちゃダメじゃん」

 

「……似合ってるとは思うんだけどなぁ」

 

 つい数か月前には、これを着て、ツツジ台に通っていたのだから。

 

 俺は、自分が袖を通した、懐かしの制服を見る。

 

 アンチの言う通り、アカネさんと出会いたいなら、彼女が確実にいる学校を探すのが一番早い。ちょうど今は文化祭の準備期間中だし、一人くらい見慣れない奴が混ざっていても分かりはしないと考えた。

 

 そんな期待通り、入校して十分ほどで、こうしてアカネさんの方から俺を見つけてくれた。

 

 上手くいったことに安堵し、俺は少しだけ、懐かしい空間を感じてみる。

 

 廊下を歩く感触、声、音、香り。みんな、俺の記憶通りに残っている。アカネさんと出会って、思い出を重ねた、大切な場所。そこへ仮初でも戻ってこれて、アカネさんと話ができた。

 

 そのことを心の中で噛みしめながら、それでもアカネさんを刺激しないよう、気軽な調子で話を続ける。

 

「明日だったよね? 文化祭」

 

「そーだよー。なに? 待ちきれなくて来ちゃったの? 文化祭とか、好きだったり?」

 

 考えて、

 

「どっちかって言うと、嫌いかな?」

 

 素直に言った。

 

 騒がしいし、クラスメート同士の私語が盛んになる場面は、趣味を隠していた俺にとって好ましいとは言えない。いつボロが出るか分からないから。中学時代は、ほどほどに参加して、誤魔化してばかり。

 

 すると、アカネさんは手を叩いて笑う。

 

「おんなじー! みんな馬鹿みたいにはしゃいじゃって。人混みも、大声も、イライラしちゃう。こんな文化祭、やらなくてもいいのにね。

 誰だろ? やりたいなんて言ったの。そんな人たち――」

 

 

 

 怪獣で潰しちゃわないと。

 

 

 

 そう、アカネさんは、無表情で告げた。

 

「……そっか」

 

「そうだよ」

 

 一瞬で、俺たち以外の声が聞こえなくなった。

 

 アカネさんはどこかバツが悪そうに、肩を落としながら言う。

 

「……もう、知ってるんでしょ? アレクシスから聞いたよ。リュウタ君、私がやってること知ってるって」

 

「うん」

 

「……いつから?」

 

「この間の。校庭で会った、ちょっと前」

 

 嘘はつかない。

 

 そう言うと、アカネさんは意外そうに目を開いた。緊張したような無表情が溶けて、嬉しそうに頬がほころばせ、そのまま、両手で包むように、口元を押さえる。

 

「ふふ……。

 あはは!! じゃあ、なに? リュウタ君、私のやってること知ってて、それで私のこと好きって言ったの?」

 

「うん」

 

「リュウタ君から見たら、私、敵だよ?」

 

「どんな立場でも。俺は、君のことが好きなんだ」

 

 アカネさんは、もう満面の笑顔だった。胸の奥のつかえが消えたような、何の不安も感じていない、無邪気な笑顔。笑い声を零しながら、自分は上機嫌だと一通り示して、俺を見る。

 

「……ほんと、リュウタ君って! でも、そうだよね。リュウタ君、怪獣大好きだし! ……ちゃんと私のこと分かってくれてる」

 

 次に、アカネさんが言うことは予想できた。

 

「だったら、私と一緒に怪獣で遊んでよ」

 

 考える時間はいらない。

 

 答えは決まっている。

 

「それは、断るよ」

 

 言ってから、やっぱり胸が痛んだ。アカネさんを否定したくはなかった。

 

 暴れたくなる気持ちも分かる。それでも、認めることはできなかった。アカネさんが幸せになるためには、そんな手段は必要ないって、前よりも強く思う。シグマと共に戻ってきてからの日々が、そう思わせてくれた。

 

 けれど、その言葉はアカネさんの琴線に触れてしまったのだろう。彼女の声色は、あの夜と同じように、固く張り詰めていく。

 

「……変なの。リュウタ君なら分かってるでしょ? 

 私、別に悪い事はしてないじゃん。みんなみんな、私の造り物。私が造った、私が幸せになるための街。それがこのツツジ台。私が殺したのも、壊したのも、私を傷つけた、いらない人」

 

 だから、殺しても構わない。罪にも問われない。

 

 アカネさんの視線は、鋭すぎるほど俺へと突きつけられていた。

 

「安心して? 君は、殺さないよ。グリッドマンは倒しちゃうけど、君は特別。 

 私を好きだって言ってくれる人。私が一緒にいてもいいって思える人。六花も、君も。私の周りにいたら、ちゃんと幸せにしてあげる」

 

 赤い眼が求める。

 

「なのに、なんで戦うの?」

 

 俺の同意を。

 

「他の人がそんなに大切?」

 

 淡々とした、強い声に、俺は少しだけ息を吐いた。

 

 ずっと考えていた。記憶が戻ってから、どうすれば、アカネさんは幸せだと思ってくれるのか。不愉快なものでも、壊さないでいてくれるのか。

 

 俺の気持ちは、既に伝えている。けれども、それだけじゃだめだ。ただの理想論じゃ、アカネさんは受け入れてくれなかった。だから、俺は怪獣に殺されてしまった。

 

「……あ」

 

 その時、俺の目が捉えたのは、懐かしい校舎と文化祭の熱だった。みんな笑顔で過ごしている。唯のお祭りじゃない、大切な友達、あるいは恋人と、青春の一ページを刻むために、一年に一度の一日を楽しもうとしている。

 

 昔の俺なら、きっと愛想笑いを浮かべて、みんなの輪の隅に隠れていたけど。

 

(アカネさんと出会った後は……。アカネさんが好きになった今は、違うんだ……)

 

 伝えたい言葉が決まった。俺はアカネさんへと向き直り、ゆっくりと言う。

 

「……ねえ。明日の文化祭、俺と一緒に回らない?」

 

「……え?」

 

「アカネさんと、回ってみたいんだ」

 

 今度は俺から手を伸ばして。その手を、アカネさんは眉をひそめながら見つめてくる。でも、そこへとアカネさんの手が重なることはない。

 

「さっき、嫌いって言ってたじゃん」

 

「そうだよ。……けど、アカネさんと一緒なら、楽しくなりそうだから。思い出にできると思うから」

 

 きっと、誰かが一緒にいることが大切なんだ。

 

 アカネさんに告白した初デートの日。あの日も突然ぶつかってきた奴らに苛立ったし、その時だけは気分が落ち込んだ。けれど、それがきっかけでアカネさんに告白もできた。忘れられない大切な日になった。

 

 それと同じなのだと思う。

 

 怪獣がいなくても、壊さなくてもいい。一人きりだと嫌いで仕方ない物も、誰かと一緒に共有できれば違う。ちょっとの失敗も、トラブルも好きになれる。

 

 俺や宝多さん、他の誰でもいい。みんなと一緒に笑顔で楽しめたら、アカネさんにも、分かってもらえると思ったから。

 

 けれど、アカネさんはその手から視線を外して、うつむいた。

 

「……ワケわかんないんだけど。

 言ったよね? 文化祭は開かれない。私の怪獣が全部壊すから」

 

「そうはならないよ。

 俺たちが、怪獣を止める。……だから、一緒に回ってほしい」

 

 途端に、アカネさんの笑顔が凶悪な色を帯びていく。

 

「ふざけないでよ……! 

 響君たちから聞いてない? 今度の怪獣は特別なの。グリッドマンにも、リュウタ君のシグマにも負けない大怪獣! よく、そんなこと言えるよね!」

 

 赤い目が、鋭く細められる。

 

「賭け事のつもり? こんな鬱陶しい文化祭を回ろう? 全然興味ない。つまんない。そんなの気にするなんて、バカじゃないの?

 ……ちゃんと怪獣と戦わないと、リュウタ君だって殺しちゃうから」

 

 最後にそれだけ残し、瞬き一つの間に、アカネさんは姿を消してしまった。

 

 あとには、文化祭と生徒の喧騒が戻ってくるだけ。

 

「……っ」

 

 胸が詰まる。拒絶とも、警告とも取れる言葉を聞くのは、初めてだった。そういう言葉をかけられることも、覚悟はしていたつもりだった。けれど、こんなに胸が苦しくなるとは思わなかった。

 

 けど、

 

(俺が前に断った時も、アカネさんは同じ気持ちだったのかな……?)

 

 だとしたら、俺は責任を取らないといけない。このくらいの辛い思いをさせてしまったのなら、それでも止めたいと思うのなら。今の辛さなんて我慢して、アカネさんを助け出さないとダメだ。

 

 そのためにも、

 

「……もう二度と、殺されない。この学校だって、文化祭だって壊させない」

 

 俺たちが何度でも守りきれば、諦めずに呼びかければ、いつかはアカネさんも。

 

 だから

 

「シグマ、一緒に戦ってくれ」

 

『もちろんだ。私の使命はこの世界を、君の願いを守ることなのだから』

 

 

 

 そうして、日が暮れ、日が昇り。

 

「よ!」

 

「お、みんな、揃ったんだ」

 

「おう! 作戦も、準備もバッチリだ!」

 

 元気に手を伸ばすウルトラオタクとハイタッチを交わし、少年は周りを見渡した。内海も、裕太も、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げた六花も。そして、頼もしい不審者たちも、全員がそろって、ジャンクの前に集っている。

 

「一緒に行くのは、初めてだな」

 

「うん。よろしく、リュウタ」

 

 そして、裕太と並び、目を閉じて、決意を固め、初めて、一緒に合言葉を叫ぶ。

 

「「アクセス・フラッシュ!!!」」

 

 

 

 新条アカネはつまらなそうに街を眺めていた。

 

 喫茶店の準備を急ぐ教室で一人、コスプレもせずに。誰もそんなアカネを気にしていない。アカネも、クラスメートを無視している。

 

 考えることは一つだ。どうやって怪獣がグリッドマン達を打倒し、文化祭をめちゃくちゃにするか。特に、文化祭なんかに気を取られた少年は、念入りに懲らしめて、余計なことを考えさせないようにしないといけない。

 

 今、この場にいるのも、それを最前で眺めるためだったのに。

 

(……ほんと、余計なことするよね)

 

 校舎の前に降り立つ二つの光。

 

 グリッドマンと、グリッドマンシグマ。ウルトラマンよろしく赤と青の巨人コンビ。その姿を見て、生徒が悲鳴をあげ、教室から離れていく。避難する者と、スマホで写真を撮る者が半々くらいだろうか。

 

 それでも、生徒たちは異変へ準備をしてしまった。グリッドマン達も迎撃の用意をしている。学校の間近に出現させて、一気にぶっ壊す作戦は失敗。

 

 だからアカネは、一つの舌打ちを残し、

 

「……アレクシス、やっちゃって」

 

 開戦を電話口へと告げた。

 

『インスタンス・アブリアクション!!!』

 

 

 

 そして、青空の元、二人の巨人と大怪獣が向かい合い、

 

 

 

「……なんで?」

 

 数分後、新条アカネは呆然と呟いていた。

 

 彼女の目の前で、戦いが起こっている。

 

 赤と青のグリッドマンと、彼女が造り上げた自慢の怪獣との戦い。何日も練り続けて、削り続けて。それで、グリッドマンにも、誰にも負けないと自信満々に実体化した怪獣。

 

 アカネが選んだそれは、合体怪獣だった。

 

 グールギラスの屈強な身体。デバダダンのレーザー砲。アンチのカギ爪。ゴングリー改の触手。ネオゴーヤベックの堅牢な皮膚。全身の死角を失くし、ついでに各怪獣の攻撃能力はてんこもりにした大怪獣――

 

 だったのに。

 

 けれど、それが。

 

「……っ、なんで!?」

 

 アカネは叫ぶしかなかった。

 

 怪獣は、二人の相手になっていなかったのだから。

 

 

 

 グリッドマンとシグマの動きは機敏だった。

 

 怪獣が触手を伸ばしたのを見るや、二体の巨人は高らかに飛び立ち、市街地へ被害が出ないように旋回する。

 

 当然そこへ向けて触手は伸ばされるが、グリッドマン達は弾丸のような光線を出し、あるいは光を纏った腕で両断していく。ゴングリーの棘に囲まれた、ガスを振りまく触手。それらは切られた傍から再生するが、それならばと二人は協力し、触手同士を絡ませ、ひとまとめにしてしまった。

 

 的が固まれば、後は壊すだけ。グリッドマンとシグマが揃って刃のような光線を放つと、絡まった触手が爆散し、怪獣が悲鳴を上げる。

 

 けれども、怪獣とてひるまない。

 

 戦いは始まったばかり、触手が通じないとしても、攻撃手段も体力も十分に残されているのだから。

 

 怪獣の背中からデバダダンのレーザー砲台が伸びる。その攻撃速度と射程は、デバダダン以上。グリッドマン達が下方でチカリと瞬きを確認した瞬間、光線は彼らを直撃した。

 

 一撃、二撃、と。怪獣は何度も巨人へ向けて連続射撃。二人の巨人は炎と煙に包まれ、一瞬、街は静かになる。

 

『GyaGyaGayGya!!』

 

 怪獣の勝鬨。だがそれは、見当違いだ。

 

 次の瞬間には煙の中から、グリッドマンが現れた。

 

 巨大な腕を携えて。

 

 それは二度も自慢の怪獣を屠った、アカネにとっても怨敵に等しい姿。

 

 

 

『剛力合体超人、マックスグリッドマン!!』

 

 

 

 変化したのはグリッドマンだけじゃない。その背後から、一筋の青い光が飛び出す。それは目にも止まらぬ速度で、空へと曲線を描き、怪獣へと迫りきた。

 

 アカネが知らない、青い巨人の新たな姿。

 

 

 

『大空合体超人、スカイグリッドマン・シグマ!!』

 

 

 

 シグマの背中に、戦闘機が変形した飛行ユニットが装備された高速形態。脚に装備されるグリッドマンと違い、直線的な早さはないが、器用にバーニアを噴かせて、三次元を縦横無尽に移動することが可能となる。

 

 敵の再動を認めた怪獣は、再びレーザーを上空へと乱射するが、トンボのような動きで翻弄するシグマには当たりもしない。むしろ怪獣の後先を考えない連撃は、自身の砲台を焼きつかせる結果を生む。

 

 攻撃の隙は見逃さない。レーザーが止んだ瞬間に、シグマの背からミサイルが放出される。

 

 それらは地上の怪獣へと打ち込まれるも、怪獣の装甲の前には有効打ともなりえない。生半可な攻撃では貫けないほどの強度。だが、ミサイルはただの目くらまし。本命は既に、怪獣の近くへと迫っていた。

 

『ハァアアアア!!!!』

 

 雄々しい声とアッパーカット。

 

 シグマが攪乱した隙に、地面を大きく踏みしめたマックスグリッドマンが、その剛腕を振るったのだ。

 

 ミサイルでは破れない皮膚も、規格外のパワーを秘めた巨大な腕の前にはひとたまりもない。

 

 バキバキと、ひしゃげた音と共に怪獣の外装が破れる。いや、それだけではなく、パンチの威力は巨体を勢いよく上空へと跳ね上げるほど。

 

『まだまだっ!!』

 

 そこへ飛来したシグマは怪獣を下から押し上げ、街から高高度へと運んでしまった。

 

『Gyaaaaaaa!!』

 

 怪獣の苦悶の声が、青空の下で響く。

 

 しかし、周りに遮蔽物が無くなったことは怪獣にとっても有利に作用する。怪獣の目的は、巨人の打倒だけでなく、街の破壊だから。

 

 上空は大量破壊を行うには格好のロケーション。怪獣はこれ幸いと攻撃を放つ。デバダダンのレーザー砲だけでなく、ゴーヤベックの火球や、その他、細かいエネルギー弾まで。

 

 花火が咲き誇るように、怪獣を中心に殺意の雨あられが発射される。

 

 けれど、グリッドマン達はそんな暴虐を許さない。既に作戦は考えていた。

 

 光と共に、彼らの姿が変わる。

 

『武装合体超人、バスターグリッドマン!!』

 

『剛力合体超人、マックスグリッドマン・シグマ!!』

 

 ウルトラオタクが考えた、合体怪獣を倒す方法。

 

 それは、全戦力を投入しての総力戦。

 

 だが、それは一度失敗している方法だ。アシストウエポン四機が同時出撃すれば、グリッドマン共々フリーズしてしまう。決戦中に上空で固まったら、今度こそ目も当てられない。

 

『じゃあ、二機までなら、どうだ?』

 

 オタクが眼鏡を光らせ言った。

 

 グリッドマンと二機のアシストウエポン。そこまでなら、同時出撃は可能ではないか? 全機合体する必要はない。むしろ、グリッドマンとシグマが、機を見て、攻撃パターンを変えていけば変幻自在の攻撃ができる。

 

 その考えた作戦は、現状を見るに大成功であった。

 

『バスターグリッドミサイル!!!』

 

 グリッドマンが下からミサイルを乱れ撃ち、怪獣の殺意溢れた花火を相殺していく。数百は上るミサイルのパレードは、一発も、市街地へと敵の攻撃を届かせなかった。

 

 そして、怪獣の真上から、

 

『オラァアアアアアアア!!!!!』

 

 マックスグリッドマン・シグマ。巨大な戦車が変形したユニットを、脚に装備した青い巨人が、猛烈な勢いで怪獣をボールのように蹴り落とす。

 

 不格好なほど巨大な足は、マックスグリッドマンよりも取り回しは難しいが、当たった時の威力は巨腕に勝る。

 

 怪獣は上から下へと。ツツジ台高校から離れた空地へと叩きつけられた時には、怪獣自慢の皮膚はヒビだらけとなっていた。装備の多くも失われ、動きは鈍い。

 

 けれども、グリッドマン達の攻撃は止まらない。

 

『大空合体超人、スカイグリッドマン!!』

 

 今度はグリッドマンが飛行型へと変化。素早く怪獣へ肉薄すると、腕のブレードで怪獣の背中から残った攻撃部位を根こそぎ切り落とす。

 

『武装合体超人、バスターグリッドマン・シグマ!!』

 

 そこへとどめとばかりに、ドリルを構えて突撃するのはシグマ。

 

 グリッドマンのおかげでエネルギーを貯める時間は十分にあった。光を纏った鋭い双螺旋は、怪獣から最後の防御である皮膚を剥がし、核となったグールギラス本体へと攻撃を届かせる。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaa!?!?』

 

 怪獣が苦悶する。

 

 合体怪獣ゆえの豊富な装備は、敵へ一つのダメージを与えることもなく、真価を発揮する間もなく攻略されてしまった。

 

 何よりも強い怪獣として作られたのに、まだ、満足な破壊一つ成し遂げてはいない。

 

 目的を果たすことだけが存在意義。それを成し遂げるため、余計なギミックは邪魔だと怪獣は選択する。

 

 巨人を倒すには極大の攻撃を放ち、全てを壊すしかない、と。

 

『っ! あれは!?』

 

『ちょっとヤバいな……』

 

 合体を解除し、並んだグリッドマン達が強く構えた。

 

 ぼろぼろとなった怪獣。それは四本足でしかりと地面を掴むと、不格好に丸く膨れ上がり、恐竜を思わせる頭部に光が溜まろうとする。じりじりと焼け付くようなエネルギーの奔流。

 

 照準の先はグリッドマンとツツジ台高校へ。

 

 残ったエネルギーを全て放出しようかという攻撃は、怪獣自身の体すら自壊させるほど。どれだけの破壊力を持つか、予想できない。

 

 だが、その程度では、

 

『シグマ!! 五秒、持たせてくれ!!』

 

『っ! 分かった!!』

 

 ハイパーエージェントは、止まらない。

 

 光と共に消えるグリッドマン。取り残された青い巨人は、けれど、グリッドマンに任されたことが誇らしいと、ためらいなく怪獣の前に立ちふさがった。

 

(……ただ耐えるだけじゃない。俺だって!!)

 

 いつだって、負けることを考えるヒーローが、何かを守ることなんてできない。少年は、自身が憧れるヒーローを思い浮かべながら立ち向かうことを選び、巨人はそんな少年の成長に応え、力を与える。

 

 胸の前で組んだ、シグマの両腕が、怪獣に負けないほどに発光する。

 

 今までは見せなかった、いや、できなかった必殺技。

 

 腕はゆっくりと、右手を縦に、左手を横に。半世紀を超えて尚、受け継がれていく、ウルトラマンの、正義の巨人の代名詞。誰だって知っている光線の構えに似せて。

 

 少年とハイパーエージェント。二人で作り上げた巨人が叫んだ。

 

 

 

『グリッド――!!!!』

 

 

 

『ビーム!!!!』

 

 

 

 放たれた輝く青い光線。

 

 そこへすかさず怪獣の極大光線が応撃する。

 

 その激突は、街全体へと風を広げ、晴天から霞み雲さえ奪い去り、青く青く世界を染め上げた。

 

 威力は互角。いや、シグマの方が僅かに弱い。徐々に、徐々にと、押し負け、怪獣の攻撃がシグマへと迫っていく。それでも、シグマはひるまない、下がらない、退かない。

 

 なぜなら、彼の仲間が、憧れのヒーローが約束しているのだから。

 

 五秒、経った。

 

 

 

『グリッドォ、ビーム!!!!』

 

 

 

 加わる声と光線。 

 

 シグマの隣にグリッドマンが並んだ。

 

 この瞬間、ジャンクの前の少年も、巨人の中の少年も、街中に隠れ潜むウルトラオタクたちも、歓喜の声を轟かせ、熱く魂をたぎらせるシチュエーションがそこにあった。

 

 巨人が並び、共に必殺技を放っているのだ。

 

「これだよ!! 待たせやがって!! ダブル・グリッドビームだ!!」

 

 ジャンクを通して、少年の叫びがグリッドマン達に届く。

 

 そして怪獣の光線は、なりふり構わない最後の一手は、ヒーロー達の必殺技によって相殺され、世界へ光の粒をまき散らすだけで終わった。

 

 満身創痍の怪獣はようやく気づく。

 

 シグマの隣に並んだグリッドマンが、どこか、小さくなっていたことに。先ほどまでのサイズと比べて、半分ほどしかないことに。

 

 グリッドマンの背後で、光の通路が開く。やってくるのは、グリッドマンの四人の仲間達。

 

 怪獣に感情があれば、きっと、絶望的な状況に顔を青く染め、土下座でもして許しを乞うたかもしれない。けれど、悲しいことに、敵は愛さえ知らないモンスター。逃げるという選択肢は与えられてもいなかった。

 

 立ちふさがるのは、今度こそ、真の強さを発揮した、ハイパーエージェント。

 

 

 

『超合体超人』

 

 

 

『フルパワーグリッドマン』

 

 

 

 静かな声と共に、怪獣の命運は決まった。

 

 

 

「ねえ、待ってよ!!?」

 

 アカネは目を見開き、叫び、誰とも知らずに訴える。声が届かないとしても、それでも、それでも。

 

 怪獣が崩れていく。

 

「私、頑張ったんだよ!?」

 

 切り刻まれていく。

 

「君に見てほしくて、頑張ったんだよ!?」

 

 踏みつけられていく。

 

「強い怪獣を作ったの! カッコいい怪獣を作ったの!! まだ、何もやってないじゃん!! ちゃんと見てよ!!! ちゃんと戦ってよ!!!」

 

 少年が好きだと言っていた合体怪獣。少女と少年が好きな怪獣。それが現実にいるのに。目の前にいるのに。なんで見てくれない。見惚れてくれない。

 

「そんな、」

 

 倒さないで。

 

「そんな、」

 

 苦闘の末の決着ならまだ良い。

 

 テレビのような、ドラマチックな決着ならまだ良い。

 

 怪獣の魅力が十分に引き出された決着ならまだ良い。

 

 けれど、そんな。

 

 怪獣を見向きもしない、ドラマもない決着なんて。

 

「私の怪獣を、邪魔者みたいに倒さないでよ!!!!」

 

 その本音を、心の底から叫んだ時だった。

 

 

 

『バカみたい』

 

 

 

 蔑む声が、聞こえた気がした。

 

「……ぇ?」

 

 振り向く。けれど、そこには誰もいない。

 

 誰もいないのに、声だけは聞こえる。少女を糾弾する、冷え切った声が。

 

『リュウタ君が、喜ぶとでも思ったの?』

 

「……だ、れ?」

 

『分かってたくせに。喜ぶわけがないって。嬉しがるわけがないって』

 

「……そんなことない」

 

『知ってたでしょ? リュウタ君が私を許すわけないって』

 

「……そんなの嘘!!」

 

『知ってて、ずーっと誤魔化してた。気づいていたのに、蓋をして隠してた。考えようともしなかった。私を見てくれる。好きでいてくれる。また一緒にいられるって』

 

「……なんで、そんなこと言うの!!?」

 

 アカネは頭を押さえて、うずくまる。

 

『新条アカネはうそつきだから』

 

『新条アカネは人殺しだから』

 

『新条アカネは悪魔だから』

 

 アカネは涙を流しながら、顔を上げる。

 

 誰もいない、文化祭の名残だけが残された寂しい教室。

 

 目の前に、立っているのは、

 

『そんな自分を殺した女を、もう一度、好きになるわけないじゃん』

 

 泣きはらした、新条アカネの姿だった。

 

 

 

「っ、黙ってよ!!!!!」

 

 

 

 大きな音。

 

 発作のような、激しい呼吸。

 

 アカネは床に突き立てたカッターを引き抜くと、もう一度、顔を上げる。そこに、『新条アカネ』はいなかった。

 

「……いいよ」

 

 立ち上がったアカネは、ふらふらと教室から出ていく。誰もアカネを観ようともしない。外に、怪獣に、いや、怪獣を倒したヒーローに向かって声援やカメラを向けるだけ。

 

「もう一度、こんどこそ……」

 

 誰も聞かない呟き声だけを残し、新条アカネは一人、喧騒から離れていった。 




>NEXT「泡・沫」



佳境へ向けて、次回が最後のワンステップです。

少しだけお待ちください。


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泡・沫

 大変長らくお待たせしました。ブランク明けにしては不親切な作りですが、よろしければ過去更新分を読み返しながら、お楽しみいただけると幸いです。

 完結させます。

※諸事情により、SSSS.DYNAZENONやSSSS.GRIDMAN完結後の新出情報は盛り込めておりませんので、その点はご容赦くださいませ。


 ボールを蹴る感触が好きだ。

 

 気ままに転がるボールをドリブルしているだけでも、散歩の犬をあやしている気分になって楽しいし、ゲームとなればそこにスリルも加わって格別だ。ボールを狙い、四方から迫ってくる相手を躱し、抜き去ることができた瞬間は、何とも言えない達成感を感じる。

 

 けれど、一番好きなタイミングは……。

 

「……っ!」

 

 敵陣深く、足を伸ばしてきた相手を飛び越えた俺はそのタイミングを前に胸を高鳴らせた。

 

 目の前には静止したゴール。敵のプレッシャーは強くない。コースも、見えている。

 

(……いける)

 

 判断し、軸足を踏みしめ、利き足を大きく振りかぶった。残った相手、数人のバックスとキーパーが顔を強張らせて動こうとしても、もう遅い。

 

 足を振り切る。

 

 空気の詰まった固いボール。下手な蹴り方をすれば足が痛いほどなのに、ちゃんと当てた時は、どうしてこんなに気持ちいい音がするのだろう。

 

 俺の足とボールが鳴らした痛烈な音に続いて、視線の先でゴールネットが揺れた。じんわりと胸に広がる達成感、周りの歓声、仲間達の手荒くも優しい出迎えが休む間もなく俺を揺さぶっていく。

 

 これが一番好きな瞬間。雄たけびを上げたくなるくらい、ゴールを決めるのは気持ち良くて好きだった。

 

 

 

「結局、リュウが二ゴール、一アシストでMVPかよ」

 

「たまたまだって」

 

「嘘つけ! 得意そうな顔しやがって!!」

 

「わかる?」

 

「わかるわ!」

 

 この野郎、と軽く小突いてくる刈谷から逃げ回りながら、俺は笑い声をあげた。

 

 試合が終わってから、二時間がたつ。けれど、まだゴールの高揚感は冷めてくれない。すっかり夜になって、秋風が冷たいというのに、心臓は激しく動いているし、テンションは高いままだ。チームの皆も同じ。少し前に別れた堀井や権藤も小躍りしそうな様子だった。

 

 それはそうだろうと思う。今日の相手は東聖大付属。あの強豪校相手に二度目の勝利を飾れたのだから。去年と違って、相手も雪辱に燃え、本気だったのにそこを返り討ちの三点差。気持ちよくなるに決まってる。

 

 浮かれたまま刈谷と街中でぐるぐると追いかけっこをして、交通量の多い道路に出たところで、二人そろってクールダウン。雑踏の中を歩きながら、何でもない話を続けていく。

 

「ほんと、去年の一勝がデカかったよなー。あれで東聖も大したことないって分かったし」

 

「俺に感謝しろよー。俺に」

 

「い、い、か、た!! ……ま、確かにお前のおかげだけどさ。見てろよ? 総ゴール数は、そんなに変わんねえんだから。次の大会で俺が抜いてやる」

 

 刈谷が自信満々に言う。

 

 彼が言う大会。高校サッカーの花道、全国へとつながる大会はすぐそこに迫っていた。

 

 だけど、こんな風に明るく大会の話ができているのは、ツツジ台高校サッカー部の歴史で俺たちが初めてなんじゃないだろうか。

 

 ツツジ台高校は歴代を見通しても強豪校ではなく、最高でも地区大会入賞が精々。けれども今年は一味違う。俺のおかげなんて驕るつもりはないが、去年の大金星以来、俺たちの学年は気合が違った。

 

 強豪校にだって負けないと分かれば目標も高くなる。皆で語った全国優勝という目標にコーチまで乗っかった。ただ、夢物語を本当にするにはそれなりの努力が必要。

 

 全国目標を口にした俺たちを待っていたのは、地獄の特訓だった。モロボシ隊長の方がマシなくらいに。思い返すと、あんなに熱中してよかったのかな、とか思ったりもするほど。

 

(まーじで、青春全部費やしちゃったけど)

 

 ウルトラマンを観る時間もほとんどなかったが、おかげで東聖大付属が相手にならない位置にまで昇りつめられたので、俺の中ではオールオッケーな気分だ。その地獄をくぐり抜け、刈谷だけでなく、堀井も権藤も脱落することなく、それぞれのポジションでレギュラーを張れているのも、友達として誇らしい。

 

 今年の俺達はひいき目ナシに地区じゃ敵なし。その先のステージでもいい結果が出せる、はず。

 

 そんな近くて遠い明るい未来を想像、もしくは妄想しながら街灯りを眺めていた時だった。刈谷が少し真剣な声色で尋ねてきた。

 

「そういや、大学の話はどうなったんだ? コーチが言ってたやつ」

 

「スポーツ推薦かー」

 

 最近の実績を買ってくれたのか、そんな話も俺に舞い込んできていた。

 

「……まだ考え中」

 

「受けとけよ。奨学金も出るっていうし、あそこ全国大会の常連だろ? めっちゃ期待されてんじゃん」

 

「ありがたいとは思ってるよ。でも、家族と相談しなきゃだし。そこに進むってなると、将来の仕事をどうするかってのもあるだろ?」

 

 刈谷は祝うように言ってくれる。たぶんこいつなら、二つ返事で受けただろうし、他のチームメイトも同じだと思う。けれど、なんとなく吹っ切れない自分がいた。

 

 サッカーは好きだ。だけれど、それは今になってのこと。

 

 元々、中学でサッカー部を選んだのは兄貴の勧めだったからで、長く続けるつもりはなかった。なので、プロになりたいとか夢を抱いて始めたわけじゃない。

 

 好きだからやっているし、もっと上手くなれたならと努力も続けているけど、将来を決めるほどの決意があるとは、自信をもって言えなかった。

 

 なので、進路は保留中。

 

「返事は冬で良いって言うし、とりあえず大会に集中ってことで」

 

「まーたボンヤリ言いやがって。気合入れないと、俺がその推薦の話も奪っちまうぞ」

 

「心配しなくても、大会優勝はガチで狙ってるから」

 

 将来はどうとかとは別に、青春の一ページへと華やかな二文字はぜひとも欲しい。インドアの内海達も、珍しく大会へ応援に来てくれるというんだから、カッコつけてやりたい。せっかく二度とない高校生活なんだから。

 

 その後、刈谷から推薦の話が持ち出されることはなかった。その代わりとばかりに後輩から告白されただの、彼女がやきもち焼いているだのと犬も食わない惚気話を散々と聞かされることになったのだが。まあ、そういう対応してくれるのもありがたい。

 

「それじゃあなー」

 

「おー! また明日!」

 

 アパートの前で刈谷と別れて、賑やかな一日が終わった寂寞感を感じながらエレベーターを昇ると、すぐに我が家のドアを開ける。

 

「ただいまー」

 

 疲れた肩を回しながら家へと入ると、夕飯は鍋なのか、ぐつぐつという音と豊かな香りが迎えてくれた。リビングの扉を開くと、そこには家族が変わらない様子でいた。

 

「お帰り。今日のウルトラマンクロニクル、録画しといたぞ」

 

 兄貴と、

 

「リュウタ、今日は早かったな」

 

 親父と、

 

「さっさと着替えてきなさい。ちょうど良いから、みんなで夕飯食べましょう?」

 

 母親と。

 

 そんなトラブルの欠片もない温かな家族。平凡で愛すべき日常を見ながら、俺は呟いた。

 

 

 

「ふざけんな」

 

 

 

『……っ、なんで』

 

 

 

 瞬間、世界が凍り付く。

 

 言葉通りに全てが静止してしまった。鍋の蒸気も絵画のようになり、さっきまでの温かい生活音も聞こえなくなる。そして『家族』の姿をしたヒトガタは、直前の表情を張り付けたまま固まっていた。

 

 温かさの名残を残している分、不気味極まりない景色。それを見回して、俺は溜息をつく。

 

 わざわざこんな場所を作った誰かには申し訳ないとは思う。サッカーが成功していることも、えらく簡単に将来の道が開けそうなのも、家族がみんな温かいのも結構なことだ。

 

 けど、俺にはここが魅力的だなんて思えなかった。

 

 だって、

 

「こんなの、俺は欲しくない」

 

 そりゃあ、母親が浮気しなかったり、父親が生きていたり、兄貴がウルトラマンを受け入れてくれたり。そんな『もしも』を考えた事だってあったさ。夢を見たことがないかと言われれば嘘だ。

 

 けれども俺の家族はそうはならなかった。それで話は終わり。こんな世界はあり得ないし望まない。居心地が良さそうだったのは……確かだけど。

 

(さて……)

 

 誰が作ったかは頭の片隅に置いておくとして。考えなければいけないことは、この世界はなんなのかということ。夢にしてはリアルすぎる。こうして不気味な静止画状態にならないと、違和感がないほどだ。俺がこうしてすぐに気がつけたのは……。

 

(多分、このおかげだろうな)

 

 右手首を見ると、アクセプターが光を放っている。

 

 『彼』の声は遮断されているのか聞くことができない。アクセスフラッシュもできる気配はない。けど、なにか力は貸してくれたのだろう。違和感を認識した途端に『元の世界』のことまではっきりと思い出せていた。

 

(ってことは怪獣関連。精神攻撃っていうやつかな? それとも異世界? どっちにせよ、この偽物世界からなんとか抜け出さないといけないと……)

 

 けど、それは頭で考えるほどに簡単なことではなさそうだ。あれこれと考え始めた途端、世界が揺らめく。

 

「……!?」

 

 壁が、家具が、兄貴たちが、霧となって解けていく。

 

 同時に俺の意識も曖昧へと墜落する。以前、電車の中で急激な眠気に襲われた時のように、ふわふわと妙に安らかな感触に包まれ、それに身を委ねて――。

 

 

 

 カリカリ、カリカリ、

 

 俺は暗い部屋の中で一心不乱に鉛筆を動かしていた。周りの壁にはウルトラマンのポスター、棚一面にはソフビの山。ここはウルトラ趣味だけで塗りつぶした俺だけの王宮。

 

 その中で思い浮かべていたのはウルトラマンとは似つかない物騒なこと。

 

 どっかでのうのうと暮らしている母親の死体だ。

 

 あの女への殺意を滾らせながら、その体が怪獣に押しつぶされる姿を思い浮かべながら、自分のインスピレーションと、これまでに見てきた色々な作品を参考に。俺は最高の怪獣を描いていく。

 

 白紙だった紙に刻まれていく、負の感情を叩きつけた醜いバケモノ。

 

 だが、これはただの妄想じゃない。俺が描いた怪獣は現実に現れ、願望を反映しながら破壊を尽くしてくれるのだから。

 

「よしっ、できた」

 

 俺は不気味に笑い、隣に立つ怪人へと怪獣の絵を、見せ、て、

 

 

 

「っ……!!!!」

 

 

 

 右手を振るうと共に、足元にごとりと真っ黒な首が落ちた。そして、怪人の体もばたんと倒れる。

 

 咄嗟に切り伏せてしまったが、大丈夫なはず。アレクシスだし。

 

 これが現実だったらガッツポーズをするほどに見事にアレクシス(偽物)を切り裂いたのは、俺の右手首から伸びた光の刃だった。この世界でも、これくらいの力は使えるようだ。

 

『さすがにひどくないっ!?』

 

 とか声が聞こえるが、それどころじゃなくて、俺は真っ黒マスク野郎のにやけた顔を見下ろしながら荒い息を吐いた。

 

(まじで、何の冗談だってんだ……!!)

 

 アレクシスに協力して怪獣を暴れさせるシチュエーションとか悪趣味にもほどがある。

 

 俺だって怪獣は好きだ。怪獣を実体化させたりストレス発散に使うことも、一歩間違えれば考えかねないことではある。両親や兄貴だったり嫌いな存在はいくらでもいるし。

 

 でも、まかり間違ってもアレクシスに手を貸すわけがない。こいつだけにはない。

 

 品が悪いと思いつつ、日ごろの鬱憤を籠めてアレクシスの体に蹴りをくれてやる。すると、それが合図だったかのように不気味な首なしアレクシスは、ゆっくりと粒子になって消えていく。同時に、この数分だけ居た悪夢のような世界も消滅し始める。

 

「またかよ……」

 

 変身はできない。おそらく世界をいじくり回している『あの子』とも接触できない。もう少し、地獄めぐりならぬ、世界巡りに付き合わなければいけないのだろう。

 

 

 

 その後も、俺は色々な世界を見させられた。

 

 俳優として、ウルトラシリーズに出演する世界。

 

 本当の怪獣と戦う、ウルトラマンになれる世界。

 

 平凡な家庭を築く世界。

 

 学校にも行かず、内海達と延々とウルトラマンを楽しむ世界。

 

 

 

 平凡なものも、妄想がすぎるものも。どれもが俺の好きなもので構成された、都合のいい世界。そして、どれもが俺にとって魅力的ではない世界。

 

 

 

『なんで』

 

『なんで?』

 

『なんで!?』

 

 

 

 それらの世界を否定するたびに聞こえる困惑の声は、次第にはっきりと届くほどになり――。

 

 

 

 最後に招かれたのは、皆がウルトラマン好きな世界だった。

 

 俺はそこで隠してきた趣味も大っぴらにして、学校でも、家でも、どこでも構わずウルトラマンの話をしている。現実ならウルトラマンなんて単語を口にしたら笑い出すだろうサッカー部仲間まで、立派なウルトラオタクとなっているし、ツツジ台のユニフォームなんてゴモラの絵柄が描いてあった。

 

「さすがにちょっとやりすぎだって」

 

 楽しくはあっても、ギャップがひどすぎる世界。それは夢のようだけど、やはり、この世界が居心地いいとは思えなかった。

 

 けれど、今度ばかりは直ぐに世界がほどけることはなかった。皆がウルトラマンの主題歌を歌いながら下校するという不気味な景色を見送って、静かになった夕暮れの教室。俺は茜色に染まった街を見ながら誰ともなく呟く。

 

「……こんなところにいても、俺は幸せじゃないよ」

 

 

 

「だから、なんで!?」

 

 

 

 声はすぐ近くから聞こえた。きっと、今、後ろにいてくれる。

 

 そして俺は振り返る前に考えてみた。彼女が造り上げた、様々な理想の世界のことを。

 

 怪獣が好き。

 

 ウルトラマンが好き。

 

 サッカーが好き。

 

 好きなものを詰め込んだ、俺に都合のいい箱庭なのに、どうして、この世界に囚われてくれないのか。拒絶するのか。

 

「そんなの、決まってる」

 

 俺は振り向いて、答えを言った。

 

 

 

「だって、ここにはアカネさんがいない」

 

 

 

「……っ」

 

 彼女の名前と同じ色の景色の中、アカネさんが立っていた。記憶を取り戻してから、いや、それ以前の記憶を押しなべても、見たことがないくらいに小さな立ち姿。強く握りしめているのか、両手は微かに震えている。

 

 それを見て胸の奥がずきりと痛むが、今だけは構わず、アカネさんへと一歩近づこうとした。

 

 けれど、

 

「来ないでよっ!!」

 

 アカネさんが勢いよく腕を振るう。その手の中には夕日を浴びて光るカッターの刃があった。

 

 俺を恐れる対象のように見ながら、アカネさんは荒い息を吐き、叫ぶ。

 

「なんなの!? キミはいったい何なの!?

 いいじゃん! どれも良い世界だったでしょ? 誰も否定しない、誰も敵にならない。リュウタ君にとって優しい世界だったじゃん!?」

 

 なのに、俺はその全てを否定した。

 

 その世界にアカネさんがいないという理由だけで。

 

 アカネさんはいよいよ俺が不気味だと、そう顔を歪ませながら訴える。

 

「……わけわかんない。

 なに考えてるの? 私とは少し会っただけでしょ? ただ、キミも怪獣のことが好きってだけでしょ? それなのに、ヒーローなのに、私のことが好き? 怪獣使いでも、私が好き?

 おかしいよ……。そんなキミも……それでこんなに苦しくなる私も……」

 

 最後は消えるような声を出しながら。

 

 俺はその姿を見ながら、静かに、わかりきったことを告げた。

 

「答えはもう、知ってるでしょ?」

 

 言いながら、一歩一歩と歩みを進める。

 

 一歩、

 

「俺は嘘は言ってないよ。この世界にアカネさんがいたら、俺は抜け出せなかった」

 

 一歩、

 

「こんなに回り道する必要もなかったんだよ。アカネさんがいれば、俺はそれでいい。一緒に過ごせるなら、同じ世界で生きられるなら。

 でも、この世界には俺が一番欲しい人がいなかった」

 

 一歩、

 

「俺が幸せを感じたのは、何より幸せだったのは、アカネさんと一緒だった時なのに……」

 

 一歩、

 

「こないでよ……!」

 

 近づいてくることに耐えられなくなったのか、アカネさんがカッターを持った手を突き出す。だが、俺の事をまともに見れないのに、そんなことしても意味はない。

 

 簡単にその手は掴めてしまった。

 

 久しぶりに触れたアカネさんの手は、冷たくて、震えていて、胸が痛くなる。

 

 どれだけこの子は辛い思いをしているのだろう。

 

 どれだけの孤独を抱えているのだろう。神様と名乗っても、そこに幸せがあるとは思えない。

 

 こんなことを俺だって望んだわけじゃない。もっとアカネさんには幸せに笑っていて欲しかった。そのためなら俺の命なんてどうでもよかったし、戦うことも怖くはなかった。けれど、その戦いの果てに俺の存在が、この子を傷つけることになってしまうなんて。

 

 でも、それでも。

 

 俺はちゃんと伝えないといけない。

 

 もう、アカネさんは気づいているはずだから。

 

「アカネさんも分かってたでしょ? 俺が、アカネさんが好きだってこと。本気で愛していて、アカネさんがいれば他に何もいらないってこと」

 

 だって、アカネさんは。

 

「……もう、記憶が戻ってるから」

 

 告げた時、彼女の震えが大きくなった。

 

 

 

 尋ねられた時、新条アカネを襲ったのは大きな恐怖と、困惑だった。

 

 『記憶が戻った』なんて。まるで、自分が記憶喪失であったかのような言い方だ。

 

 グリッドマンである響裕太や、目の前の少年が記憶喪失だと知っている。他の人間からも殺した人間の記憶は奪われる。この世界にとって、記憶喪失はそう珍しいことじゃない。誰もが何かを忘れて生きているのが当然。

 

 けれど、アカネは別だ。アカネだけは特別だ。

 

 この世界の神様、管理者。ただ一人の人間。

 

 記憶喪失となるわけがない。世界を構成する玩具ではなく彼女こそが操り手なのだから。だから少年の言葉は見当違い。馬鹿なことを言っていると嘲い、また別の夢を見せれば良かった。笑って否定すればよかった。けれど、

 

「そんなこと、ない……」

 

 新条アカネはその的外れの言葉が、ひどく恐ろしいものだと思ってしまった。理性とは別のところで胸が苦しくて、息が詰まった。知らず脚が一歩後ろへと下がるも、少年の優しい手がそれを許さない。

 

 少年は言う。

 

 震えるアカネへと真っ直ぐ視線を向けながら。

 

「ずっと考えてたんだ。どうして内海だけが記憶を取り戻したのかって」

 

 街の中でただ一人、馬場隆太を思い出してくれた友人。なぜ彼だけが特別だったのか。少年は理由を求めてあれこれと考え、一つの可能性に思い当たった。

 

「あの時、内海はシグマの近くにいた」

 

 そして、

 

「シグマの光を浴びたんだ」

 

 アンチグリッドマンとの闘い。闇の巨人の刃によって大きく切り裂かれた傷。そこから巨人は光の粒を零していた。雪のような、けれど暖かい光を血液のように。

 

 それを内海は受けたことが原因だと。

 

 特に内海本人が特別な存在と言うわけではない。けれど、シグマには物や人を正常な状態に戻す力があった。

 

「フィクサービーム」

 

 シグマが記憶と共に取り戻した力。シグマの中に秘められていた癒しの力が傷ついた体を治すために漏れ出たとしたら……その光に触れた内海が記憶を取り戻してもおかしくない。

 

 記憶喪失は十分な異常なのだから。

 

 そして、

 

「同じことが前にもあった」

 

 少年が忘れもしない、一瞬。

 

「アカネさんともう一度会えた時に」

 

 アンチとの初戦。少年がアカネを庇いアンチの爪に胸を抉られた時のこと。教室に立ったアカネはシグマから漏れ出た光を、確かに浴びていた。

 

「だから、アカネさんの記憶も戻ったかもって」

 

 アカネは無言のまま、その言葉を聞く。アカネは逃げることも、否定することもできない。いつものように笑って切り捨てることも、考えられない。だって、アカネには覚えがあった。

 

(あの時……)

 

 確かにアカネは憎いはずの巨人へと悲しい何かを感じた。戦いの後、道端に倒れていた少年を敵だと知りつつ見逃した。そして、少年と出会うたびに温かいような、苦しいような特別な感情を抱くことを止められなかった。

 

 少年は言葉を続ける。

 

「……完全に記憶が戻ったわけじゃないと思う。あの時のシグマは、内海の時よりも力を取り戻していなかったし、アカネさんは他の人と……少し違うから。

 でも、何かの影響はあったとは思うんだ。じゃなきゃ、初対面の俺にあんなに良くはしてくれないよ」

 

 少年は苦笑する。だって、思い返せばおかしい。

 

 少年がアカネの怪獣好きを知った時はまともに話せるまで何日もかかった。友人になるのにはもっと長い時間がかかった。恋人となっても、彼女の秘密を知ることができたのは『死ぬ前日』になってから。

 

 見かけはどれだけ明るく振る舞っていても、新条アカネという少女は警戒心が強く、他人の都合のいいようには心を開こうとしない。

 

 なのに『二度目』はどうだ?

 

 関係も何もかもやり直しになったのに、少年はあっさりとアカネに近づけた。

 

 新条アカネがカラオケ店の外で出会った男子を遊びに誘う? 怪獣趣味を明かす? 少年は慌てて、記憶喪失などと怪しいことばかり言ってしまったのに。あの時のアカネの行動は違和感があるほどに過剰だった。

 

 それらも、こう考えれば少しは説明が付けられる。

 

 多少の感傷や記憶の断片、あるいは名残程度かもしれないが、彼女には取り戻したものがあったと。

 

「あとさ……今ちょうど、もう一つ理由ができたんだ。この世界を造ったのはアカネさんでしょ?」

 

 だったら、

 

「俺の記憶を覗いたはずだ」

 

 これまで廻った世界は少年に都合のいい、好きなもので詰め込んだ箱庭。そこにはアカネに明かしていない物も多く含まれていた。サッカー部の友人や少年の家族。

 

 記憶を閲覧しない限り、それらを見つけることはできない。

 

 アカネは少年の記憶を覗き、好むもの、執着するものを探った。その術を怪獣を通して手に入れた。だからこそ、あそこまで都合のいい箱庭を造れた。

 

「なのに、なんでアカネさんは『新条アカネ』の存在を無視したの?」

 

「それはっ! それは……」

 

 アカネは血相を変えて大声を出すも、口をパクパクと動かしながら言葉を失った。

 

 少年の言葉は正しかった。

 

 この夢の世界をつくる時、アカネは対象の記憶から好むものを知り、そこへとアカネの存在を当てはめた。

 

 響裕太の宝多六花との思い出に。内海将のウルトラマンとの思い出に。宝多六花の友達との思い出に。そうすれば彼等は自分を大切な存在だと認識して、囚われてくれるからと。

 

(……でも、リュウタ君の時は)

 

 アカネが少年の記憶を見た時、そこに見てはいけないものがあると感じた。踏み入るのが怖くなって、どうでもいい記憶ばかりを探った。趣味や家族の記憶を代替えとした。

 

 流れていく記憶の中に見たことがない自分自身がいたと、記憶の蓋が開きかけていたアカネには認めることが怖かった。そうして今、どちらがこの世界の主か分からないほどにアカネは追い詰められている。

 

「……アカネさん」

 

「っ!?」

 

 驚き顔を上げると、間近な少年の顔は穏やかで。アカネの手を自身へとゆっくりと寄せていく。カラン、とアカネの手からカッターナイフが零れ、床にはねる。アカネの震えを両手で包みながら、少年は告げる。

 

「……もしアカネさんが俺とのことを思い出したくないなら……それでいい。辛いと思うなら、怖いと思うなら、無理をしなくてもいい。

 でも、俺を閉じ込めたいと思ってくれるなら方法は一つで。こんな世界、造る必要もないんだ。だって、その世界を俺達は知っているんだから。

 だから一緒に思い出そう? 俺もまた見てみたいから。アカネさんと一緒だった時間を、その先の未来も」

 

「私は……」

 

 少女は少年の熱を感じながら、顔をそむける。

 

 胸が苦しかった。

 

 怖かった。

 

 でも、もう他に手はない。この少年を留める方法は、一緒にいる方法は、アカネには残されていない。だから、ここで少年を諦めるか、禁忌に手を伸ばすか。

 

 そして、アカネは。

 

(……それでも君が)

 

 考えた瞬間に二人を中心として世界が霧に包まれる。茜色の教室も、街も、人も、何もかもが書き換えらえていく。

 

 

 

 次に目を開けた時、二人は見ていた。自分自身の体から、過去の自分の姿を。

 

 そこは何の変哲もない、クラスメートがたくさんいたツツジ台高校。アカネも少年は互いのことを知らずに、勝手気ままに話をしている。

 

 けれど、

 

『……ヅウォーカァ将軍』

 

 友人の悪戯によって少年が仰け反り、アカネへと頭をぶつけて。

 

 ロマンスには遠すぎる宇宙人の名前が呼ばれた時から、少年と少女の物語が始まった。

 

 怪獣もヒーローも関係ない。同じ趣味を知って、互いの好きを知って、大切だと思えて、守りたいと思えて。それで気持ちを伝えあって恋人になった。

 

 どこにでもある青い恋物語。

 

 そんな少年と少女の追体験は雨の夜すら超えて、どこかの温かい可能性に触れ合いながら続いた。

 

 青い巨人に少年が呼び戻されるまで。

 

 

 

「……っ!」

 

「お、起きたぞ」

 

 目を覚ました時、待っていたのはアカネさんではなくジト目の不審者達だった。

 

 慌てて周囲を見渡すと、響も、内海も、宝多さんも、みんな机にうつぶせになって眠りこけている。起きているのは寝ぼけた俺と、それを見下ろす新世紀中学生だけ。

 

 まだぼんやりする頭を擦りながら、周りに尋ねる。

 

「おれ、は?」

 

「大丈夫か、リュウタ? ずっと寝ていたが……」

 

 マックスがゴツイ顔を近づけて。

 

 そうだった。店で作戦会議していたら、眠気に襲われて、そうしたら夢の中でアカネさんと会えて、一緒に記憶をたどって……。

 

「っ!?」

 

 意識が一気に覚醒した。

 

「おい、これってよ……」

 

「っ、あとで!!」

 

「はぁ!? おいコラ!?」

 

 ボラーの声を尻目に、俺は店を飛び出す。

 

 呑気に寝ている暇はなかった。すぐにでもアカネさんの元に行かないといけない。

 

 記憶を遡って、アカネさんの記憶も鮮明になったはず。それは俺にとって良いことだが、アレクシスという大問題は解決していない。

 

 アカネさんの記憶が戻ったことをアレクシスが知ったら、奴はどうするか……。

 

 一刻も待つことはできなかった。

 

「シグマ! ちょっと力貸りるぞ!」

 

『分かった! ……だが、前にも言った通り、今の状態で使い過ぎるのは』

 

「気をつける! まだ死ぬわけにはいかないから!」

 

 目を閉じて全身の感覚を強化する。この体の基になっているのはシグマの肉体。だから、やろうと思えばシグマスラッシュを出したり、超感覚じみたのを使うこともできた。

 

 人間の意識のままでは違和感あるし、使いすぎれば『俺』が焼き切れる可能性もあるので、注意は必要。だけれど、今は使わないと。

 

 目を閉じて感知するのは『絢』に残った新世紀中学生、姿は見えないが、静止した怪獣。そして、

 

「……いたっ!」

 

 怪獣の傍に、アカネさんの気配があった。

 

 すぐさま雨の中を駆け抜けてアカネさんのいる場所へ。彼女へと近づくほどに雨は滝のような、土砂降りと変わっていくが、構うことはない。

 

 五分ほど全力で走って、

 

「……アカネさん」

 

 俺は、所在なく立ったアカネさんへと声をかける。彼女がいるのは、いつものアカネさんには似つかわしくないほどに古ぼけた工事現場の一角だった。

 

 体は濡れるに任せて、綺麗な髪の毛はうつむき顔に張り付いていて、夢で見た時よりも小さくか細く見える。

 

 アレクシスを警戒をしながら、一歩、一歩と近づく。アカネさんは立ち去ることはなかった。

 

「アカネさん?」

 

 けれど、不思議なのは、俺の声に反応もしないこと。ただ、じっと、足元の水溜りを見つめるように。顔を見せてくれない。そんな様子を見て、胸の奥に不安とためらいが生まれる。

 

 俺との記憶は、良い思い出ばかりじゃない。アカネさんの怪獣に俺が殺されたことまで含まれる。まして、記憶が戻っていなかったら。俺の思い込みだとしたら。

 

 嫌な想像に脚が震え、言いよどむ。けれどもとゆっくりと進み、アカネさんと後少しの距離まで歩み寄った時。細い、細い、雨音にもかき消されそうな声が届いた。

 

 

 

「……変わんないね、リュウタ君は」

 

 

 

 アカネさんの声。

 

「……なんでだろ? リュウタ君、いつも走ってる気がするんだ。サッカーの試合と、デートの時と、あの夜も。……私、走るのとか苦手だし、見るのも嫌いだったんだけど、リュウタ君のは、好きだったんだよね。

 ……おかしいよね。……なんでだろ?」

 

「それって……!」

 

 サッカーや、デート。記憶が戻っていないと分からないこと。俺は期待するように声が高まり、胸の奥が熱くなって、駆け出し。

 

 

 

「なに、笑ってるんすか」

 

 

 

 冷たい声に、脚が止められた。

 

 アカネさんが顔を上げる。

 

 その顔は、笑っていた。大きく口角を上げて、悪魔のように笑っていた。

 

「アカネ、さん?」

 

「ふふっ……。あははははは! 

 なに、その顔? 驚いちゃって。心配しなくても、ちゃんと思い出してるよ、リュウタ君のこと」

 

 楽しそうに。

 

「あの頃は良かったよね。私もリュウタ君も、なんにもめんどくさいこともなくて。それで、君といると楽しくて、胸がどきどきして、どんな人よりも大切だと思った……」

 

 その思い出を、

 

「ほんとベタベタな、女の子が夢見るラブコメみたい」

 

 アカネさんは、そう切り捨てた。

 

 俺はそんな彼女へと何も言うことができなかった。ただ黙って彼女の言葉を聞いていた。

 

「自分のことなのに、笑っちゃう。

 私は神様なのに、あんな馬鹿みたいに笑ったり、浮かれたり、さ。……君もそれで楽しませてくれるだけなら良かったのに、グリッドマンになって帰ってくるなんて」

 

 『帰ってきたグリッドマン!』と、おどけるような大声で、腕を振り上げたアカネさんは、次の瞬間にその手を下へと垂らし、くつくつと笑い続ける。

 

「くっだらない……!!

 私はただ楽しみたいだけ。めんどくさいこととか、嫌いなだけ。助けてほしいとか、言ってない。怪獣を倒して欲しいとか、一度も言ってない!! 好き放題に玩具にして、楽しみたいだけ!!

 それなのに、リュウタ君は私のことを悪く言った。間違ってるって! せっかく怪獣遊びに誘ってあげたのに、勘違いしたヒーローみたいに向かってきた!」

 

 

 

「だから、私は君を殺したんだよ……!」

 

 

 

 声が激しくなる、俺を糾弾するように。笑い声を交えながら。 

 

「私も私でほんっと! あんなに浮かれるとか……! 

 知ってた? この世界の人はみんな、私を好きになるんだよ? 私がそうなるように作ったの。絶対に私が嫌いになれないように作ったの!!」

 

 だとしたら、

 

「じゃあ、リュウタ君だって……! よくできた玩具じゃん!

 みんなが私を好きになるんだから、そんなことに意味なんてないじゃん……!」

 

 ざあざあと、雨音に声が消えていく。

 

「だからもう、私の前から……消えて」

 

 それだけを告げて、アカネさんは俺へと背を向けた。雨の中、小さな体がフラフラと、霧の奥に消えていきそうになる。元からこの世界にいなかったみたいに。アカネさんの背中はなんだか透明になっていくように見える。

 

 そんな彼女へと、俺は口を開いた。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

「……っ」

 

 アカネさんの脚が止まる。けれど、彼女は振り返ってはくれない。

 

 それでもいい。これは俺の身勝手で、ただ伝えたいことだから。構わずに気持ちを伝えた。

 

「俺のこと、アカネさんを好きになるように作ってくれて、ありがとう」

 

 言いつつ、自分でもおかしいとは思った。記憶が戻ってハッピーエンドを期待してたのにあんなふうに言われて。テレビで同じような場面になったら、登場人物は相手を怒ったり、憎んだりするのが普通のリアクションだろう。

 

 けど、俺自身がアカネさんを好きになるように作られたと知って……俺は何だか嬉しかった。

 

 なんでだろうか。

 

 まとまりのない考えを、口にしながら形にする。

 

「……俺さ、アカネさんと会うまで、毎日が楽しくなかったんだ。サッカーはちょっとできたけど、友達にもウルトラマンのこと隠してたし、家族とも上手くいかなかったり。このまま、なんとなく大人になるのかなって思ってた」

 

 けど、アカネさんと出会ってから、そんな毎日が変わった。

 

「楽しかったんだ! 怪獣の話ができて、サッカーも応援してくれて、一緒の時間を過ごせて。アカネさんと一緒にいられる自分が、少し好きになれた。アカネさんと一緒なら、変わっていけるって本気で思ってた」

 

 だから、俺が作られた存在でも、その感情が植え付けられたものだとしても。

 

「アカネさんを好きになって、俺は嫌じゃなかった。一回死んでも、また好きになれるくらいに、アカネさんと一緒にいられて幸せだった。

 だから、俺は今でもアカネさんのことが大好きで。……そんな君を守って、大切にしたいんだ」

 

 幸せになるってけっこう難しいと思う。

 

 家族なんて、ちょっとのきっかけでバラバラになってしまうし。秘密を抱えちゃったら、友達とも打ち解けられない。怪獣みたいなトラブルがなくても、この世界を幸せに胸張って歩くのは、奇跡みたいなことだ。

 

 でも、俺は幸せだ。アカネさんを好きになってから、幸せになれたって断言できる。

 

 だから、大切なアカネさんと出会えた世界を用意してくれた神様に伝えたいのは、お礼の言葉だった。

 

「……っはは」

 

 言い終えて、笑ってしまう。

 

 あんなこと言われたし、こっちを見てもくれないけど。記憶喪失とか自分でどうにもならないこと考えず、あの夜の続きを、素直に伝えられたら、すっきりしてしまったんだ。雨でぐしゃぐしゃだし、これからアカネさんと何を話せばいいのかも分かんなくなってしまったけど。

 

 そうして、真っ直ぐにアカネさんを見ると、

 

「……ばかみたい」

 

 雨の中に立つアカネさんの肩は、少しだけ震えていて、かすれた声だけを最後に残すと、すぐに霧に隠れて消えてしまった。

 

 

 

 アレクシスは暗い室内で雨音を聞いていた。

 

 勢いを増して、ノイズのような耳障りだけを残す雨音。明かりが入らない怪獣部屋にいると、音は冷たく響いてきた。

 

「フム……」

 

 アレクシスは興味深そうに肩をすくめると窓から離れる。アカネと共に暮らしているだけあり、アレクシスもニンゲンの娯楽は知っている。そのいずれかを試してもみたが、アカネと共にいない限り情動を得ることはできない。

 

 雨音にも何かを感じるかと思ったが、意味なく終わった。

 

(やはり、私にはアカネ君が必要なようだ)

 

 なので、玄関のドアが開く音を聞くと、アレクシスはいそいそと『神様』を出迎えるために良き友人の仮面を張り付ける。唯一の友達として、保護者として、アカネが豊かな感情を発露するように。

 

 けれど、

 

「おかえり、アカネ君! おや……、どうしたんだい?」

 

 わざとらしいほどの明るい声で、アカネを迎えたアレクシスは、その様子を見て、疑問を零した。

 

 アカネはぽたぽたと雨水を髪から垂らし、全身をずぶ濡れにしていた。他人の影響でそんなことになったら、苛立ちと殺意で怪獣を造る状況。そんな癇癪で自動車を粉々にしたことも何度だってある。

 

 けれど、今日は違った。

 

 アカネは声一つ上げず、机へと向かってしまう。うつむき顔のまま足元に積まれたごみ袋と水滴でくぐもった音楽を奏ながら。

 

「着替えなくても、良いのかい?」

 

「……」

 

 もう一度声をかけるも、無言。

 

 アカネは作業机の横、雑多に物が置かれた棚から何かを取り出す。ちらりと赤い光がアカネの手から漏れた気がするが、アレクシスのいる場所からは彼女が何をしたのかは見当もつかなかった。

 

 その後は眼鏡をかけて、粘土と針金と歪んだ真珠を取り出し、黙々と作業を始める。いつも通りの怪獣づくり。行動だけならば変わらない日常。

 

 だが、アレクシスは心中で困惑していた。

 

 粘土を成形し、カッターで削っていくアカネからは殺意や怒りが感じ取れなかったから。今日、怪獣を出現させた時にあった、強い焦燥感は見る影もなく消えている。

 

 なので、アレクシスは作業するアカネを覗き込むように問いかけを続ける。

 

「……どうしたんだい?」

 

「……」

 

「君の怪獣も倒されてしまったね……。あんな大きなロボットまで持ち出すなんて、やはりグリッドマンは『邪道』だと思うのだが……」

 

「ねえ、アレクシス……」

 

「なんだい?」

 

「私の記憶、消したでしょ」

 

 疑問ではなくて、断言だった。

 

 突然の指摘にアレクシスはため息を一つ残し、頭をかいた。なるほど、と小声で言いながら。

 

「あー、そうか。思い出してしまったのか……。君のためとはいえ、余計なことをしてしまったかな? すまなかったねえ」

 

 言いつつ、アレクシスは考える。これで『彼』の元へと戻ろうとするなら、再び霧を発生させ記憶を消さなければいけない。だが、二度三度と同じことを行っても、既にグリッドマンが来ている現状では、ごく短い期間しかもたない。

 

 最後にはアカネとの関係が破綻して終わりを迎えるだろう。

 

 選択肢に悩む怪人だったが。アカネが言った言葉は意外なもので、アレクシスは手間をとる必要が無くなった。

 

「ううん。……別に、謝らなくてもいいよ」

 

「……フム? 怒らないのかい?」

 

「むしろお礼を言いたいくらい。……アレクシスのおかげで、私、ようやく分かったんだから」

 

 アカネはそれ以外は見えないと、自身が手掛ける作業へと視線を向けながら言う。

 

 アレクシスは今一度、そんなアカネの感情を探る。確かにアカネの情動の中には、アレクシスへの怒りが存在しない。しかし、無感情ということもない。むしろ、彼女の内の感情は、今まで感じたことがないほど強固なもの。

 

 その感情に従って、アカネは怪獣を作ろうとしている。

 

 

 

「私がやるべきこと。私がやらなくちゃいけないこと……。それが、やっとわかったの」

 

 

 

 そんなアカネを見て、アレクシスは仮面の奥で期待を膨らませた。

 

 あくまでアレクシスの目的はアカネの感情を味わうこと。この我儘な神様が記憶を取り戻したというのは意外だったが、それで新たな感情が生まれるなら、怪人は歓迎する。

 

 だからこそ、アカネを止めようとはしない。それがどんな未来を作り出そうとも、死もなく、永遠を生きる悪魔には気に留める必要もない。

 

 そして、ディナーを待つアレクシスへと、アカネは赤い瞳を向けながら告げた。

 

「アレクシス、私ね――」

 

 

 

「神様をつくるよ」




>NEXT「神・様」



次回より、最終シリーズです。



一年以上の長きにわたり、お待ちいただいた皆様には誠に申し訳ないという気持ちしかございません。

私生活が変化したり、書くという行為の意味が変わったり、コロナの影響もあったりしましたが、気が付けばタイガがあり、Zがあり、TDGの系譜を受け継ぐ新作も始まるとウルトラシリーズが進化を続け、SSSS.DYNAZENONがすでに佳境を迎えていたり。

私もここは気合を入れて自分の役割は果たさなければいけないと思った次第です。

なるべく早くに書き上げたいとは思っておりますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。


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神・様

最終章、開幕です。

どうか最後までお楽しみください。


「……あのさ」

 

「……ああ」

 

「……どうするの?」

 

「どうするって……」

 

 こそこそと、囁く声が片隅から聞こえてくる。

 

 皿を洗いながら、声のする方向を伺うと、宝多さんと内海が俺を見ているが、視線が合ったとたんに顔が逸らされてしまった。そして残る響、というかグリッドマンは二人の後ろでどうしたらいいかと困惑した様子だった。

 

 あんまりにも露骨すぎて、なにも言えなくなってしまう。

 

 ついでに、こういう状況で首を突っ込んできそうな新世紀中学生は、ジャンクいじりに熱中していて会話に入ってくることはなかった。

 

 複雑というか、奇妙な話なのだが……。今、この街には二人のグリッドマンがいる。響の中とジャンクの中。同じグリッドマンが分裂して存在している。

 

 新世紀中学生も、本来ならグリッドマンの中で力の一部として共存していたそうな。あのグリッドマンの中で愉快な連中がたむろしているのを想像すると、ハイパーエージェントが摩訶不思議生物としか思えないが、異世界人だしそんなこともあるのだろう。

 

 いつぞや会議した通り、アレクシス打倒のためにはグリッドマンの真の力を開放することが必要。分裂している彼等が本当の意味で一心同体になるため、グリッドマン本体の依り代になっているジャンクをパワーアップさせようと、なけなしの身銭をはたいてパーツをかき集めてきたらしい。

 

 そんな訳で、昨日の今日で起きた出来事は彼等からは根掘り葉掘りとは訊かれなかった。内海達がこうも腫物のように扱ってくるところへ、変人たちまで加わられては敵わないので、俺にとっては大助かりでもある。

 

(けど……)

 

 今のうちにと、俺は皿を置いて内海へと手招きをする。こんな雰囲気でこれからも過ごすのはまっぴらごめんだった。

 

「内海」

 

「……おう」

 

「言いたいことあるなら、さっさと言え」

 

 そう伝えると、内海は嫌な役割になってしまったとばかりにゆっくり近づいてきて、ぼそぼそと言う。

 

「いや、さすがに気にしてると思ってよ……」

 

「何を?」

 

「そりゃ、新条のことだよ。……新条、お前のことを思い出したのにひでえこと言ってきたんだろ?」

 

 昨日のことを考える。昨日っていう割には、夢の世界で半年以上も記憶上映会をしていたから、時間間隔は狂っているのだが。

 

 結論を言えば、内海の言う通りだ。

 

 アカネさんは俺との記憶を取り戻した。それで……結構キツイことを言われた。

 

 一日も早くアカネさんの記憶が戻ることを心待ちにしていた俺を、内海達は近くで見ていたし、その結果がアレなら、さぞかし落ち込んでいるだろうと思っている。

 

 ただ、当の俺はと言えばそこまで深刻に悩んでいるわけではなかった。それよりも、

 

「俺のことよりも、さ。アカネさん、学校休んだんだろ? 何か聞いてるか? 風邪とか。なんにも理由なくて、行方不明とかなら心配なんだけど」

 

「……知らねえ。俺だって、流石にあいつが来たら一言でも、二言でも、言ってやろうと思ってたんだぞ? それなのに、サボるわ、連絡も付かないわ。……っていうか、なんでお前は新条のこと心配してんだよ」

 

 内海は少し剣呑な様子で声を低くする。それが何だかおかしくて吹き出してしまった。その後もこらえきれずに肩を震わせると、内海は呆れたように息を吐き、宝多さんと顔を見合わせた。

 

「やっべえよ、六花。とうとうリュウタのやつ、おかしくなっちまった」

 

「私に言われても病院くらいしか紹介できないんだけど……」

 

「裕太を連れてったとこだろ? あんまり信用できないけど、そこしかねえか」

 

「いやいや、二人とも。俺はおかしくなってねえし、普通だし」

 

 そう伝えても、内海は疑わし気な様子で言うのだ。

 

「じゃあ、なんでそんな平気な顔してんだよ? 新条、お前のこと思い出したってのに、完全に敵になっちまったじゃねえか」

 

 俺との思い出も関係ないと告げて、笑って、去ってしまったアカネさん。言葉を捉えたら、フラれた、あるいは嫌われたと思うべきだけど。

 

「アカネさんは、あんなこと言ってたけどさ……」

 

「ん?」

 

 俺は言葉を置いて考える。

 

 アカネさんとの思い出を振り返るたびに、あの言葉が、言葉通りの意味だとは思えなかった。きっとそれは、

 

「大丈夫だよ。……アカネさんが笑う時って」

 

 そう言って、呑気な希望を口にしようとした時。

 

 

 

『――――』

 

 

 

 耳をくすぐったのは、かすかな歌声だった。

 

「……?」

 

 動こうとしていた口が止まる。同時に、閉めたはずのドアを通り越してゆっくりと風が流れてきて、俺達の髪を揺らしていく。

 

 そして、

 

「っ」

 

 不思議な圧力が一瞬で通り抜けた。

 

 それを感じたのは、俺だけじゃない。目の前に座った内海も、ジャンクを見つめていた響も、そして、宝多さんでさえも顔を強張らせて、ゆっくりと外へ視線を動かしていく。

 

 何より、強く反応したのは異世界人たち。

 

「おい……」

 

 ボラーが手に持っていた部品を置いて、低く唸る。同じように、新世紀中学生は全員、警戒感を露わにして扉の向こう側を凝視していた。俺の内側にいるシグマからも、息を呑んだ様子が感じられる。

 

 だが、不思議なことに、轟きも、破壊の音も、振動もない。平穏無事な、毎日と変わらない。怪獣が現れた時のような物騒な様子は、微塵も存在しない。

 

(けど、なにか……)

 

 扉の向こうに、なにかが存在している。

 

「……ちょっと待て」

 

 ひりつく空気を感じながら、俺はエプロンを置くと、内海の横を通り抜けて扉へと手をかけた。何でもない、扉を開く動作が、ひどく恐ろしかった。汗が零れて、けれど、気持ちとは裏腹に簡単に扉は開いてしまう。

 

 その開けた外の景色には、

 

「……え?」

 

 口から呆けた声が漏れた。

 

 見える景色は、普段とさほど違いはない。いつもと同じ、霧に包まれた街。

 

 けれど、ただ一つ。ただ、一つだけ。

 

 違和感がそこにあった。

 

 街の上空に浮かぶ、それは。

 

 

 

「ビー、だま?」

 

 

 

 漏れるのはばかみたいな感想。だけれど、そうとしか言い表せない。

 

 それは破壊と混乱で、平穏を塗りつぶすような怪獣じゃなかった。

 

 丸く、透明で。光を浴びているためか、不思議な彩を閉じ込めた球体が街の空へと浮かんでいた。奇妙だとまでは断言できるが、子どもが部屋に仕掛けた、ちょっとした悪戯のような存在。

 

 俺に続いて店から出てきた内海達も、首を傾げながら口々に感想を言い出す。

 

「あれって」

 

「怪獣、なの?」

 

「円盤生物か……?」

 

「それは言うなよ……」

 

 最後の内海の発言通りなら全滅フラグだろ。俺が視線で非難すると、内海も『しまった』とばかりに口を手で覆った。

 

 アカネさんなら円盤生物型の怪獣を作り出してもおかしくはない。そこはあり得る選択肢。けれど円盤生物のようなグロテスクで奇怪なフォルムには感じない。むしろ空想特撮に出すとしては、あまりにも普通に綺麗であっさりしたデザインだ。

 

 一方、あれほどに巨大なビー玉が自然発生するなんてこともあり得ない。この世界の成り立ちはともあれ、アレクシスが怪獣を実体化させない限り、非日常は存在しなかったのだから。

 

 俺たちが頭の中でああでもない、こうでもないと考え続ける中、ビー玉が回り始める。

 

 ゆっくりと、くるくるくるくる。

 

「何するつもりだよ……?」

 

 それは何かを探すように。

 

 透明な糸で宙に釣られたように、一か所へと留まったまま、回転だけをしばらく続ける。

 

 そして、不意にそれが止まり。

 

 

 

『見つけた』

 

 

 

 声が、聞こえた気がした。

 

「……っ!?」

 

 背筋が、身体が、芯から痺れる。

 

 さっきまでの呑気な気持ちは消え去り、最大の警戒感が全身を駆け巡る。まずい、と。あれをそのままにしてはいけないと。

 

「シグマ……! っ!?」

 

 慌てて変身を試みたが、もう手遅れだった。

 

 ビー玉を中心として、金色の光が広がり、目もくらむような光の帯が俺たちの真上を通り過ぎる。コピー機が書類を読み込む時のように、街全体を一瞬で金色の帯が通り過ぎて――。

 

「あ、れ」

 

 俺は自分の体を見た。

 

 異変はなかった。

 

 大仰に光を発したにもかかわらず、俺たちの身に起きたことは目がくらんだくらい。体が消滅したり、怪我をした様子もない。街も壊れた様子は何一つない。

 

 隣に立つ内海も同じ。俺たちは互いの体を見合い、目を白黒させながら無事を確認しあう。そのまた隣の宝多さんも同じく、無事。

 

 だが、

 

「おい、こりゃ、なんだ……?」

 

 困惑の声は後ろから聞こえた。

 

 振り向くと、そこにはいつもの四人組が立っている。愉快で頼もしい、新世紀中学生。

 

 けれど、

 

「ボラー……?」

 

 漏れた声は平坦。俺には自分の見ているものが信じられなかった。

 

 ボラーの少女のような小さい姿はそのままに。足先から、手先から、身体が鈍い光沢を纏っていく。石よりも固そうに、金属より鈍い色で。そうだ。あれは、ああいう姿を俺たちはトラウマとして知っていた。

 

 頭が痺れる。

 

「マックスさん!? ……っ、おい、リュウタ! これって!?」

 

「ヴィットさんも、キャリバーさんも! なに!? いったい、どうしたの!?」

 

 内海がたまらず悲鳴じみた声を上げる。宝多さんが手で口を抑えて、恐怖を飲み込む。この中では俺と内海だけが知っている恐怖を、宝多さんも今、刻み込まれていく。

 

 恐怖の正体は幼いころの記憶だ。

 

 ウルトラマンは正義の巨人。悪と怪獣を打ち砕くヒーロー。

 

 だが、そんなヒーローでも敗れることが幾度もあった。光を奪われて、石へと変化したり。変身能力を失ったり。氷漬けにされたり、酷い時にはバラバラにされたり。

 

 子ども心に残されるトラウマ。

 

 その一つが、

 

「ブロンズ……!?」

 

 かつてウルトラマンが、セブンが、ジャックが、ゾフィーが、ヒッポリト星人によってタールを浴びせられ、不気味なオブジェへ変えられたようにボラーたちの体が物言わぬブロンズ像へと変わっていく。

 

 そして、新世紀中学生だけじゃない。

 

 ようやく事態を飲み込んだ俺は、内海の隣にいるヒーローへと声を張り上げる。

 

「響!! あれを止めないと――」

 

 けれど、返事は、なかった。

 

「……響?」

 

 斜め後ろにいた響裕太は物言わず。その左手、グリッドマンのアクセプターは中央の宝石が点滅し――。

 

 光を消した。

 

「……すまない」

 

 最後に残したのはグリッドマンとしての言葉だったのだろうか。アクセプターが新世紀中学生と同様にブロンズ化し、途端に響の体も力を失ったように前のめりに倒れ込む。

 

「裕太!?」

 

「響君!?」

 

 慌てて止めようとするも、間に合わない。響の身体はアスファルトへと向かい、ぶつかり、鈍く跳ねた。頭からジワリと赤い液体が焼けた地面に広がっていく。

 

 そして、アクセプターはひび割れ、砕けた。

 

 カシャン

 

 なんて、氷細工が割れたような、あっさりとした音で。

 

「ひび、き……。っ、グリッドマン!? ……じゃあ、ジャンクは!?」

 

 店内へと駆けこむも、

 

「……ぁ」

 

 俺は入り口で足を止めてしまう。

 

 既にジャンクも、ブロンズの銅像へと変わってしまっていた。俺たちを見守ってくれていたグリッドマンは、その姿を映すディスプレイすら失ってしまった。

 

「そん、な」

 

 訳が分からない。

 

 これは夢だと、現実逃避することもできない。外に戻っても、ビー玉は変わらず空に浮かび、ボラー達のブロンズ化も頭だけを残して全身に広がってしまっている。俺はなにもできずに呆然とするだけだ。

 

「うそだろ……」

 

 どんな急展開だと、頭が混乱する。

 

 脚本がやけくそになって書きなぐったみたいな、オイルショックも何も起こってないのに、味方が全滅って、雑な展開すぎるだろ。それにも増して、困惑させられるのは、

 

『リュウタ、私たちは大丈夫だ! すぐにあの怪獣を止めなければ!!』

 

 なぜか俺たちだけは無事なこと。ブロンズに侵されることもなく、シグマの声も健在。すぐにでも戦うことはできる。

 

 でも、

 

「でも、みんなを……!!」

 

 今、目の前でグリッドマン達がやられようとしている。

 

 俺が知っているブロンズ化は、仮死状態のようなものだが、この現象が同じとも限らない。もしかしたら、このままみんなの命が失われるかもしれない。何かの方法でグリッドマン達を助けることはできないかと、思考がぐるぐると駆け巡って。

 

「ばかやろうっ!! さっさと怪獣を止めてこい!!」

 

 ボラーの檄が、俺の顔を上げさせた。

 

 マックス達も同じだった。全身が金属に変わろうとしている異常の中、顔を青ざめさせた俺達を前にしながら、彼等は焦っていない。

 

 マックスが諭すように言う。

 

「リュウタ。おそらく、あの怪獣を倒さない限り、この現象は止まらない。これだけ強力な力だ。私たちを治すために力を使っては、倒せるものも倒せない」

 

「力は使い時が大事ってこと。ま、俺たちは、一時退場ってところだね」

 

「まか、せた、ぞ」

 

 キャリバーまで、そんな、笑いながら言うことじゃないだろ。

 

「ちょっと待ってくださいよ!?」

 

「そんな軽い……」

 

 内海と宝多さんも言い募る。

 

 二人と同じだ。言われたことが正しくても、このまま見捨てるなんて嫌だった。

 

 口ではなんだかんだ言ってきた。不審者やら、売れないバンドやら、理不尽鬼コーチとか。それでも、ずっと四人は俺たちを見守って、助言をくれた。グリッドマンの代わりに、励まして、寄り添って、先生のように守ってくれた。

 

 それを、こんな理不尽で奪われたくはない。

 

 けれど、ボラーは平気な顔で満面の笑顔さえ浮かべるのだ。

 

「おいおい、得意のウルトラ理論はどうしたんだよ? こういうヒーローのピンチのお約束は逆転大勝利だろ? 心配するくらいなら、さっさと怪獣倒して、俺たち助けて、それで堂々と自慢しやがれ」

 

「……っ」

 

「行って来い、グリッドマンシグマ」

 

 ああ、ほんとっ……!!

 

 ここまで言われたら、行くしかない。

 

「……絶対に、助けるから」

 

 俺にできること。俺にしかできないこと。

 

 それは怪獣と戦って、みんなを助けること。

 

 俺はボラー達に背を向けて、あのビー玉へと叫ぶ。

 

「アクセス、フラッシュ!!」

 

 そうして、光の巨人になった俺はビー玉のような怪獣の前へと降り立つ。

 

 だが、当のビー玉からリアクションはなかった。光線を放ってくることもなく、俺がいることにも気づいていないような、そんな様子。

 

 奇妙だという感覚が積み重なっていく。だって、グリッドマンをああして封じられるなら、俺達だって同じことのはず。

 

 なのに、何もしないまま、こいつはぐるぐると回るだけ。

 

『リュウタ』

 

「っ!! 何もしないなら、こっちから!!」

 

 意を決して駆け出し、拳を振りかぶる。

 

 今までとあまりに毛色が違うが、怪獣の製作者はアカネさんだろう。そして、ウルトラマンの敗北パターンをビー玉怪獣が踏襲しているのなら。

 

 頭の中で思い浮かぶトラウマラッシュ。ゼットンに、ガタノゾーアに、エンペラ星人に、グリーザに。そんな連中へと初手から必殺技を撃とうものなら、まごうことなき敗北フラグ。

 

 だからこその肉弾戦という選択は……通用しなかった。

 

「っ!? 当たらない!?」

 

 視覚からは実体として球体が捉えられているのに、俺の体と拳はビー玉をすり抜け、勢いを殺しきれずにつんのめって、ビルを壊してしまう。

 

「っ、なら!!」

 

 ボールみたいな体してるなら、と。

 

 今度は足に電光を纏って、蹴り上げるが、それにも感触は返ってこない。

 

 それからは万事がその調子。

 

 シグマスラッシュで斬ろうとしても、掴みかかっても、無駄。それではこれが本体じゃないのかと、上空や大地を探るも何もない。

 

 ビー玉はその間、俺の存在すら無視するように、ただ佇んでいる。

 

『この怪獣に、物理攻撃は効かないぞ!』

 

「……ほんとに、やりたくないんだけどなぁ!!!」

 

 けれど、他に手はない。

 

 ジャンプし距離をとると、腹を決めて腕に力を集める。

 

 本当にやりたくはなかった。けれど、撃たざるをえないというのならやるしかない。

 

「グリッドォ、ビーム!!」

 

 撃てるようになった、必殺光線。

 

 それは周囲を青く光らせながらビー玉へと殺到する。渾身の、これで決めると決めた必殺光線はビー玉をすり抜けなかった。

 

 だが、

 

『グリッドビームをはじいている、だと……!?』

 

 シグマが驚愕する。球体に当たった瞬間にグリッドビームがはじけていた。

 

 すり抜けなかっただけ、マシな反応なのか。岩に叩きつけられる水のように、ビー玉の後方へと光線は放射状に散らばり、建造物や地面を焦がしていく。

 

「オオオオオオッ!!」

 

 それでも、攻撃を止めるわけにはいかない。

 

 皆が俺に託して送り出してくれたのに、何もできないまま負けるなんて、認められない。一秒、十秒、一分。全身の感覚が無くなるまで、力を尽くした必殺技は、

 

「……なんで」

 

 何のダメージを与えることもできなかった。

 

 ビー玉は何もなかったみたいに、光って回っている。

 

『いったいなんなんだ、この怪獣は?』

 

 困惑の声は同じだ。俺だってわけがわからない。

 

 この間の夢を見せた怪獣は絡め手を使いつつも、本体はあくまで怪獣として対処できた。けれど、このビー玉は違う。チートにもほどがある。

 

 今までアカネさんは怪獣という存在へと、あれほどこだわっていたのに。

 

 記憶を取り戻したことが、この変心と関わっているのだろうか。俺の楽観が勘違いで、俺達を本気で排除しようと決めたのだろうか。

 

(だったら、なんで俺とシグマだけブロンズ化しない!?)

 

「……もう、一度!!」

 

『今は無理だ!!』

 

「それでも!!」

 

 怪獣を放置して、仲間の危機を見捨てて撤退できるわけがない。

 

 無理に立ち上がり、手を構えた時だった。

 

 ビー玉がゆったりと、回転を止めた。

 

「今度は何を……!?」

 

 目の前でビー玉の周りへと光が集まりだす。球体を中心に、光は徐々に強くなり、次第に明確な輪郭を帯び、実態すら伴ったヒトガタへと。

 

「――っ」

 

 完成した姿は、怪獣とも違っていた。巨人とも違っていた。

 

 女性的な、穏やかな曲線。背中から延びる翼。顔は静かに眠るように。そんな分かりやすい救世主がビー玉を静かに抱き、目の前に降臨する。

 

 その名前を、俺は自然と口にする。

 

 

 

「……神様?」

 

 

 

 あの破滅天使と同じような。けれど、ゾグよりも人間的な、穏やかで全能感のある女神。あまりの美しさに言葉も出ない。これが怪獣だとも思えない。

 

 でも、戦わないわけにはいかない。

 

『リュウタ! 呑まれるな!!』

 

「っ! ああ! もしかしたら、今なら……!!」

 

 シグマに叱咤され、我を取り戻す。

 

 そうだ。この変化がどういうつもりか分からないが、こいつに実態が生まれた。状況が変わればグリーザのように攻撃が通用する可能性はある。

 

 残された時間も絞り出せる力も限られているが、俺はもう一度、敵へと向かおうとした。

 

 狙いは至近距離でのグリッドビーム。あの攻撃だけは、なぜか透過せずに弾いている。効果があるのなら、今度は至近距離からぶつけてやる、と。

 

 しかし、そんな俺の思惑は、叶わなかった。

 

 大股であと十歩。そんな眼前に迫った時に、女神の口が、開かれる。 

 

 

 

『Aa――――♪』

 

 

 

 女神が歌い、俺は空を吹っ飛んでいた。

 

 思えば、怪獣と戦って以来、吹っ飛ばされてばかりだ。サッカーなんてやっているから、転び方とか、いざという時に逆らわないで怪我をしないような癖があるのかもしれない。

 

 けれど、今日ほど、自分がどこにいるのかすら分からなくなったことも無かった。

 

 女神が何をしたかと言えば歌っただけ。衝撃波やビームを撃たれたわけでもないのに、俺は気が付くと遠く遠くへと飛ばされ、訳が分からないまま青空を見上げている。

 

 気が付き、瓦礫の山から頭を起こした時、女神と俺との間には崩れたビルが並んでいた。痛いとも、怖いとも思えない。そんな感傷を抱くのも烏滸がましいほどに、彼我の力の差は明らかだった。

 

「こ、の……」

 

 それでも、止まるなんて許されない。

 

 もう、力は残っていない。立ち上がるのも、のろのろと両腕を地面に押し付けないといけないほど。けれど、みんなのために倒れるわけにはいかない。

 

 ヒーローになると決めたのだから、アカネさんを助けると決めたのだから。

 

 そんな俺の頭上に、一つの光が生まれる。

 

 優しい光は、泣く子をあやすように輪を描き、

 

「っ!?」

 

 まばゆい光が降り注がれたことだけを見て、俺は意識を失った。

 

 

 

「すごいじゃないか! 今度の怪獣は!! シグマも一蹴してしまうなんて! やはり、君は天才だ!! 素晴らしい才能だよ、アカネ君!!」 

 

 青空の元で、悪魔が褒めそやす声が響く。

 

 街を見渡せるビルの屋上で、怪獣の活躍を目撃したアレクシスは、声だけに興奮の色を付けてアカネへと話しかけていた。

 

 心のうちの半分は、アカネを上機嫌にして情動を呼び起こすために。もう半分は本心で。

 

 悪魔の内心を正直に明かせば、この数日、彼はアカネに対して少しの失望を抱いていた。

 

 合体怪獣が倒され、次に作り出したのは相手に夢を見せるなんて弱気な怪獣。このままではアカネはグリッドマンと戦うことすら諦めて、心を動かさなくなるかもしれない。

 

(その時は出枯らしの情動を分けてもらう予定だったが……)

 

 今はもう、そんな心配をする必要もない。

 

 悪魔は女神を見ながら呟く。

 

「フフフフ♪

 『中の人』もいないのにねえ。いや、中の人がいないから無茶苦茶ができるのかな?」

 

 アカネが作り上げた怪獣。

 

 『カミサマ』と名付けられた球体。

 

 何の工夫も凝らされていない、人型でもない、恐竜型でもない、ただの粘土の球。見せられた時には手抜きとしか思えなかった。

 

 それがこれほどに強力な怪獣となるとは。これまでに苦労していたグリッドマンを戦う前から完封し、青い巨人にも手出しを許さない。

 

 完全勝利。

 

 これでアカネが派手に喜びはしゃげば、悪魔にとっても極上のディナーとなるのに。

 

「しかし……。こんな怪獣を造ったのに、アカネ君は喜ばないのかい?」

 

 アレクシスが首を傾げる。

 

 アカネは屋上の手すりに身を預け、カミサマを眺めたまま、ぼんやりとした表情を崩さなかった。

 

 怨敵のグリッドマンを倒したのに、感情を震わせるシグマと少年を倒したのに、喜ぶこともなく、笑いもしない。そよそよと前髪が揺れる隙間から赤い眼は街を眺めるだけだった。

 

 何より、あのカミサマ。

 

 シグマへ止めを刺して、撤退させてから十分も経つ。なのに、街を壊そうともしていない。ただ女神の姿を保ったまま、街の中心に立つだけだ。

 

 アレクシスには、それが不気味に感じ始めた。

 

 そっと、アカネの機嫌を伺うように、怪人は近づいて話しかける。

 

「ねえ、アカネ君。せっかくの怪獣なのに、なにも壊さないのかい?」

 

「壊さないよ」

 

「誰も殺さないのかい?」

 

「殺さないよ」

 

「それじゃあ、暴れさせたりは?」

 

「しない」

 

「……フム?」

 

 おかしな話だ。

 

 グリッドマン達を倒す。それだけが目的というのだろうか。だが、これまでに観てきたアカネは、次々に自分の気に食わない物を破壊してきた。そうなるようにアレクシスも誘導してきた。

 

 だったら、邪魔者がいない今、これまでに積もりに積もった鬱憤を晴らしてもいい。

 

 いや、あれほど圧倒的な怪獣を出せるのなら、グリッドマンとシグマを正面から相手取って、完膚なきまでに叩きのめしても良かったのだ。

 

 何より不思議なのは、こんな結果を得てもアカネの心が凪いでいること。

 

「ねえ、アレクシス」

 

 アカネがくるりとアレクシスへと向き直る。仮面の奥で、怪人が困惑しているのが分かったのだろう。ようやく、アカネは表情をわずかに崩して、くすりと笑った。

 

「言ったでしょ? あれは神様だって。怪獣だけど、神様」

 

 

 

 なんでもできて、世界を玩具にする神様。

 

 

 

 言い切った瞬間、彼方の女神が動いた。

 

 懐に抱えた球体から生じた光は、千切れ、帯となって四方へと伸びていく。街を取り囲む霧を突き抜けて、霧の発生源である怪獣たちへと突き刺さった。

 

 物言わぬ毒煙怪獣は、最期まで舞台装置であり続け、

 

「だから」

 

 分解されていく。

 

 足元から徐々に塵と化し、霧すらも光の帯を通り、街の中央で待つカミサマへと吸い寄せられていく。

 

「神様は何でもできなきゃいけないよね」

 

「ほう……、ベノラ達はもういらないのかい?」

 

「あとは全部、カミサマがやってくれるよ」

 

 管理怪獣がいなくなった街。

 

 虚飾の剥がれた箱庭。

 

 その外には無機質の世界が広がっているだけ。

 

 だが、神様であるならば天地を作り出して当然。

 

 三度、女神は光を放つ。今度はゆっくりと世界を優しく撫でるように。すると、街の外に『続き』が生まれていく。

 

 どこかの世界を写し取ったように、ビルや家、車に学校、そして何も知らない『人』も。

 

 女神はその名の通り、この世界を広げ、作り変えようとしている。

 

 それを見届けると、アカネは不意に満面の笑顔を浮かべて、アレクシスへと踊るように、一歩、足を進めた。

 

「アレクシス言ってたでしょ? 私は天才で、この世界の神様だって」

 

 けど、それは半分だけ真実。

 

「でも、不便な神様だったよねー。なにをするにもアレクシスにやってもらわなきゃだし。怪獣を暴れさせるのも、世界を造るのも、アレクシスがいなきゃでしょ?

 ……神様って、意外と自由じゃないんだって。ずっと思ってた」

 

「……フム」

 

 アレクシスは笑顔のアカネを凝視する。

 

 感情を探ろうとしたが、そこに喜びの感情は見当たらない。いや、あの怪獣を具現化してから、アカネの感情を知ることが難しくなっていた。

 

 アカネの考えが、読み取れない。

 

(ああ、そういうことか)

 

 さらに一歩、近づいたアカネを見て、ふとアレクシスは納得する。

 

 

 

「なるほど! つまり、アカネ君は私も……」

 

「うん。もう、いらない♪」

 

 

 

 気が付いた時には、アレクシスの体は動かなくなっていた。

 

 もう顔を上げられない悪魔には知る由もなかったが、アレクシスの頭上には、光の輪が浮かんでいて、そこから薄い光が注いでいる。アレクシスも何かしらの抵抗を試みたかもしれないが、微塵も体の自由が利かず、表情もないのだから、アカネにも伝わることがない。

 

 アカネの意思は明白だった。

 

 死刑を告げる死神のように、アカネは爽やかな表情で、アレクシスへと囁く。

 

「アレクシスさー、けっこう勝手な事してたよね? 私の記憶奪ったり、アンチの怪獣を暴れさせたり、勝手にリュウタ君と会ったり。

 アレクシスには感謝してるけど、そういうことやられると、むかつくの」

 

 アカネは言う。

 

「だから、力だけ貰っちゃおって」

 

「なるほどねえ」

 

 アレクシスは感心したように唸った。

 

 内心は分からずも、アレクシスの声は穏やかだ。そんなアレクシスの仮面を、アカネは楽しそうに撫で上げる。

 

「安心して? アレクシスは殺さないよ。カミサマの中に住んでもらうだけ。

 ちゃんと私の感情は分けてあげるし、不死身のアレクシスにとっては、私が生きる時間なんて、暇つぶしでしょ? のんびり、メトロン星人みたいにお茶でも飲んでていいよ」

 

 どうせ長くても数十年。

 

 悠久の旅人にとっては、瞬きするほどの時間だろう。

 

 アカネが手を離すとアレクシスの身体が宙へと浮く。そのまま、強まっていく光の向こうへと。最後はただ不気味に笑いながら。

 

『フフフフ、まったく、君って子は……』

 

 アレクシスは言い切らず、光の帯へと姿を消した。

 

 あとには、アカネがただ一人残る。

 

 眺める空は快晴、この日は夏色。穏やかな風は、気持ちいいくらいに。

 

 アカネはビルの縁に立つと、新しい『世界』を呆然と眺めながら、唇を小さく動かした。

 

「――」

 

 細い声を聞く者は、誰もいなかった。

 

 

 

 その日を境に新条アカネは街から姿を消し――、

 

 そして半月が過ぎた。




>NEXT「約・束」

ひとまずここまで。次回は来週の予定です。


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約・束

「オォオオオオ!!!」

 

 雄たけびと共に、飛び掛かる。

 

 反撃させる隙を作らず、一直線に、真っ直ぐ全力疾走。そして、至近距離から一撃で決着を。

 

 これまでに、上空から、遠方から、あるいはフェイントを入れての攻撃は繰り返し、一度も触れること敵わず敗北している。

 

 からめ手が無理だというのなら、持てる全てを一撃に込めての捨て身しかない。

 

 けれど、音も切りながらの突撃は、女神が眼前に迫った瞬間に止められる。自分がいつ止まったかすらわからず、アニメでよくあるみたいに、時間が止まったように感じる。

 

 そして、決着は変わらない。

 

 怪獣の美しい一声を聞いただけで、俺は倒された。

 

 

 

「なんだよあれ!? マジでチートじゃねえか!! どっかのチートラマンも真っ青だよ!!」

 

 内海の大きな声がキンキンと響くので、俺は耳を塞ぎながら通学路を歩いていた。朝早々に敗北を喫しているから、疲れて頷きを返すことしかできない。

 

 わめく内海から目を離し空を見上げる。

 

「ほんと、なんなんだよ……」

 

 疲れた声で呟く。

 

 女神は朝の戦いなんて気にも留めないように、どこかを見つめながら存在している。街には破壊の跡も残ってはいない。戦いが終わってすぐに、女神によって、壊れたビルや道路は修復されていた。

 

 女神との戦いにもならない戦いが始まって、どれだけの時間がたったのだろう。何度も戦って、何度も作戦会議をして、そしてそのたびに敗北を迎え、ほんの少しの進展もないまま、日常だけが進んでいた。

 

「ラスボス怪獣っていえば、そうなんだけど……」

 

「新条にしては、なんつーか、遊びがないよな……」

 

「遊びって……」

 

「でも、分かんだろ? 今までの怪獣はなんていうか、ロマンみたいなのがあったし。好きなものを作ってるっていう感じもあった」

 

「……それは、そうだな」

 

 怪獣が好きなアカネさんが、悪魔の力を使って具現化したオリジナル怪獣たち。思い返してみれば、コンセプトは明確だったり、怪獣あるあるを体現していたり、俺も実際に現実に現れたりしなければ一緒にアイデアを練りたいくらいの出来だった。

 

 だけど……。

 

「物理は効かない、ビームも届かない、その挙句に近づいただけで叩き潰される」

 

「地面を掘っても、足元から変身しても」

 

 あの女神の歌声を何度聞いたことか。

 

「プロレスにもなってねえなら、楽しくもないだろ……!」

 

「まあ、な……」

 

 一方的な残虐ファイトも某赤いご親戚みたいまでいけばある意味のエンタメだが、最近の女神は何かしらの対策をしようと考えただけで潰してくる。

 

 しかも、こちらに大きなダメージを残さないまま。

 

(痛くは、ないんだよな……)

 

 だから、俺は何度も挑むことができている。

 

「唯一の救いは、なんにも壊さないでいてくれる事だな」

 

「けど、いつ動き出すか分からねえだろ?」

 

「だから、その前に倒さないとって話してるだろ」

 

 いい加減に作戦会議もしすぎて、議論の引き出しも少なくなってきた。内海と二人、無言で嫌な空気が立ち込める。それを振り払おうと、俺は右手のアクセプターへと話しかける。

 

「シグマ。本当に、あの怪獣の正体は分からないのか?」

 

『残念だが、不明だ。あの体が本体でない、あるいは攻撃の方法が間違っているのか。……せめてもっと打つ手があれば……』

 

「技はもう全部試したからな……」

 

 シグマの声も、心なしか不安と疲れを感じさせるもの。だが、数秒の沈黙の後にシグマはゆっくりと話し始める。

 

『リュウタ……、私にはウルトラシリーズの常識はよくわからないのだが……』

 

「別にそこは気にしなくても……」

 

『そ、そうか。私の感覚ではあるのだが……あの怪獣は、これまでの怪獣と違うルールの下で存在している。そう思えてならない』

 

「ルールって?」

 

「えっと、イフとかそういう勝利条件が違うってことか?」

 

『具体的なことは分からない。だが、それが明らかになった時こそ、この戦いも終わらせられるのだろう……』

 

「でも、フィクサービームも効かなかったしな……」

 

 内海が言う通りに、それもはじかれて終わってしまっていた。だったらイフの通りに音楽を? いや、アカネさんがそういう単純な答えを用意しているわけもない。

 

(勝利条件が違うわけじゃないなら、単純な出力不足っていうことも……)

 

 そう考えていると、

 

「あ、そうだ!」

 

 ふと思いつき、シグマに聞いてみる。

 

「シグマは、まだ全力を出せていないんだよな? フルパワーのシグマなら、あの女神も倒せるんじゃないか?」

 

「お、おい、それって……!」

 

『リュウタ、前にも伝えたが……』

 

 明らかに内海とシグマの声が変わるが、まだそこまでの決心じゃない。

 

「分かってる。今のシグマが本気を出そうとしたら、俺も消滅する」

 

『そうだ。その解決のために、まずはグリッドマンの真の力を取り戻せば、兄さんのフィクサービームでリュウタの体を再生できるかもしれないと考えていた。だからこそ、ジャンクの改良を優先したが……』

 

 その結果が出る前に皆はブロンズ化して、店の目に見えないマスコットと化している。現状打つ手はなし。

 

「ちなみに、成功の確率は?」

 

『命の問題だ。確率ではなく、万全を期す』

 

「じゃあ、シグマと俺だけでできる方法とかないのか? まずはシグマがフルパワーになって、俺が消滅する前に自分にフィクサービームを撃つとか」

 

『出力を上げるだけで、リュウタの意識は耐えられないだろう』

 

「…………」

 

『予め伝えておくが、君がそれを望んだとしても私は断るぞ。君は大切な仲間で未来ある少年だ。私は君を守ってみせる』

 

「大丈夫だって。俺だって消えるのはごめんだ。そういうのは、最後の最後までとっておくよ」

 

「……なあ、リュウタ?」

 

「……なんだよ」

 

「……大丈夫か?」

 

 大丈夫なわけないだろ。宝多さんなんて、俺の顔見ただけで病院を紹介してきたぞ。

 

 

 

 そんな何の解決にもならない作戦会議は、俺たちが目的地に着いたことで中断となる。

 

 途端に耳に飛び込んでくる、騒がしい青春の声。ツツジ台高校の校門に立ち、俺は大きくため息を吐いた。そうして校舎に入り、自分の下駄箱に靴をしまい、その拍子にずれたバッグを背負い直す。

 

 そして階段を上り教室へと入れば、

 

「おう! リュウ! って、今日も顔色悪いな……」

 

 昔のままの賑やかなクラスメートが揃っていた。

 

 刈谷と堀井、権藤とサッカー部の仲間たち。それに……。

 

「あー!? サッカー部、上!! 上!!」

 

 突然の大声につられて上を向くと、バレーボールが一つ、弧を描いて降ってくる。俺の頭に向けた直撃コースだったので、ヘディングの要領で軽く弾ませ、手でキャッチ。

 

 すると、どたばたとボールをよこした張本人が走ってきた。

 

「ナイッス!!」

 

「おい、問川……」

 

「わ、悪かったって! それじゃっ!!」

 

 ジト目を向けると、問川は大げさに頭を下げてから、バレーボール部の仲間の元へと戻っていく。

 

 そんな、随分と前には当たり前だった景色を俺と内海は何とも言えない感傷で見つめてしまった。

 

 

 

 女神が現れた次の日、怪獣の被害者が生き返った。

 

 

 

 俺のサッカー部仲間にバレー部。ついでと言ったら悪いが、あのArcadiaも。きっと俺達が知らない人々も含めて。アカネさんの怪獣に殺された犠牲者が日常に戻ってきた。日付が進んでいることを確認しなければ、時間が戻ったのかと勘違いしてしまうほどにクラスは元に戻っていた。

 

 全てを覚えている俺達の方が、この光景に違和感を覚えてしまうほど。

 

「内海君、馬場君」

 

 内海と並んでクラスを眺めていると宝多さんが声をかけてくれた。

 

「私たち、どうすればいいのかな?」

 

 全てが元に戻った世界。

 

 それは悪いことじゃない。決して悪くはない。殺された人間が戻ってくるなんて想像もしていなかったのだから。けれど、俺はこれをハッピーエンドとして受け入れられなかった。この世界に嫌悪感すら覚えてしまっていた。

 

 だって、

 

「だったら、どうして……アカネは消えたの?」

 

「俺だって、知りたいよ……」

 

 神様が降臨してから、静かな街には、破壊もなく、暴力もなく、死もない。

 

 殺されてきた人々が戻ってきて――、

 

 新条アカネという女の子が消えたまま、日常が流れていた。

 

 

 

「やっぱ、ラインナップはR/Bのが多いな。ま、特撮専門店じゃねえと、こんなもんだろうけど」

 

「そりゃ現行作品だし、今からクライマックスなんだから。でも、ソフビがまた売られるようになったのは嬉しいよ」

 

「俺が小さいころは、こういうので遊んだ記憶あるけど、一度消えたりしたの?」

 

「原価高くなったり、怪獣人気が落ちたり、色々あったな……」

 

 響がウルトラマンルーブのソフビを興味深げに眺める中、俺と内海はしみじみと語っていく。一時はシリーズ自体の存続が危ぶまれたウルトラマンも、ギンガから数えて六作目。きっと来年も新作が作られるだろう。今の時代にウルトラオタクをやれて幸せだと思う。

 

 なんて、ゆるいオタクの会話にも虚しさを感じてしまう。

 

 放課後になり、内海と響が俺を遊びに誘ってくれていた。響なんてそんなに特撮へ興味はないだろうに、疲れ切っている俺を気分転換させようとしてくれていた。

 

 そうしてやってきたのが隣町にある、このおもちゃ屋。

 

 あの女神が現れた翌日から、街を覆っていた霧がなくなり、元からそこにあったかのように世界は広がって、こうして俺たちは世界を自由に移動できる。

 

 アカネさんがいなくなったことと引き換えに。

 

 もう、彼女を覚えているのはグリッドマン同盟の俺たちだけ。

 

 アカネさんの家自体は残っていたが、ドアの向こうは謎の建物がひしめく空間となっていて、人がいる気配すらない。学校の通信簿や、他のどんな記録からもアカネさんが消されていた。

 

(どこにいるんだろうな……)

 

 彼女はこの世界にいる。

 

 その確信だけは不思議とある。いるのに、いない。

 

 むしろ、そのアンバランスな状況が俺の精神をじわじわと痛めつけてくる。絶えず襲う不安で夜もまともに寝つけていない。とっくに倒れるどころか、正気を失っていてもおかしくないとは思う。

 

 でも、そこで俺を保ってくれているのは、この俺を構成するシグマの体と、

 

「……ありがとうな」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「いや、なにも……」

 

 俺を思いやってくれる友人たちのおかげだ。

 

 内海は俺の言葉を聞かなかったふりして、響へと話しかける。

 

「にしても、裕太の体にグリッドマンがいたなんてなー。いや、なんかちょっと変な気はしてたんだけど、そのまんま初代マンのパターンだとは思わなかった」

 

「俺はまだ実感ないんだけどね、自分がグリッドマンになって戦ってたとか」

 

 あの時、グリッドマン達がブロンズ化した後、響だけは何事もなく目を覚ました。響の中のグリッドマンはジャンクの中と同じように、封じられたのに。

 

 同時に、これまでの事情を皆が知ることになったのだが、内海は初代マンを引き合いに納得しつつグリッドマンに一言言いたげ。宝多さんは何も言わず、ただ納得したように微笑んでいたのが印象に残る。そして、勝手に身体を借りられていた響はといえば、

 

『グリッドマン達も色々あって、大変だったんだよ』

 

 なんて、朗らかに笑っていた。

 

 こんな出来事を『色々あって』で済ませられる人はそういないだろう。グリッドマンであろうとなかろうと、響は響。そのことが素直にすごいと感じる。

 

「なあ、グリッドマンが中にいるのってどんな感覚だったんだ? 謎空間で一緒に戦っていたりとか。勝手に体が動くとか、そんなのは?」

 

「そういうのはなかったよ。えっと……時々、映画を見ているみたいな感じかな? ぼんやり画面を眺めて、俺じゃない俺が動いているのを感じてた」

 

 やっぱり主導権はグリッドマン……いや、自分を響裕太だと思い込んだグリッドマンにあったんだな。言葉にするとグリッドマンが変人みたいで嫌だが。

 

 ん? だとすると……

 

「それって、宝多さんとの話が出た時も?」

 

「え、えぇ!? そういう時だけ、ちょっとは……」

 

 途端に響は顔を真っ赤にしてしまう。

 

 なんだよ、なにしてたんだよ。

 

 グリッドマンにも影響与えていたなんて、響の恋心は思った以上に激重なのかもしれない、なんてことを思い、久しぶりに心が軽くなった気がした。

 

「でも、裕太が無事で良かったよ。こういう時って変身者も封印されるのが普通だから」

 

「……それも、おかしいといえば、おかしいよな」

 

「えっ!? そうなの!?」

 

 驚いている響は置いておいて、

 

「グリッドマン達を封じた以外に、あの怪獣が起こした被害はない……」 

 

「殺された人は戻ってきたし。街も広がった。裕太もリュウタも記憶を取り戻した。……あとは、新条が見つかれば、全部解決なんだけどなー」

 

 

 

 新条はなにがしてえんだろ。

 

 

 

 内海の独り言は、俺にも尋ねているような。

 

 俺は、その質問に返せない。

 

 内海が口をすぼめながら続ける。最初は口を滑らせたみたいにばつの悪そうな顔をしていたが、もう言ってしまったものは仕方がないと、半月ばかりため込んだ疑問を吐き出し始める。

 

「……正直さ。悪いことばっかじゃねえだろ?」

 

「っていうと?」

 

「あの怪獣は街も壊さねえし、みんな帰ってきたし。記憶が戻った新条が反省したかもって、良いとこだけ見たら、俺もそう考えるよ。けどさ……」

 

「グリッドマン達は……そのブロンズ像? にしちゃって。毎日、シグマとリュウタのことは吹っ飛ばしてる」

 

「それで怪獣はそのまま。……まあ、俺たち以外には見えてもないみたいだけど」

 

 その行動に、シグマの言う『ルール』が働いているのだろうか?

 

 考えられるのは内海が言ったとおりに、アカネさんが記憶を取り戻したことで、なにかの変化が生まれたということ。アレクシスはアカネさんの感情を目当てにしている以上、アカネさんの望みを叶えるだろうから。

 

「その……ほんとに怒らせるつもりはねえんだけどさ……」

 

「いいよ、言ってみろ」

 

「あのさ、その、シグマだけ残してるってのは、リュウタのこと……、恨んでる、と、か」

 

 あー……。それが本当ならマジで俺、生きてられないんだけど……。

 

 尻すぼみになりながら内海が言った言葉だが、そういう問題でもなさそうだ。

 

「俺への復讐とかだったら今も攻撃してくるだろ……」

 

 あの攻撃だって、痛みは感じない。変身は有無を言わさず解除してくるのに。

 

「やってること、ちぐはぐだよね」

 

「新条が戻ってきて、怪獣を倒せたら、平和なツツジ台が戻ってくるのにな」

 

「…………」

 

 それが、俺の一番の望み。

 

 だけど、内海に同意の返事を返すこともできない。

 

 きっと、俺は『その時』のことを受け入れられていないから。

 

 もとは別世界の住人であるアカネさん。アレクシスが言う通り、戦って、ハッピーエンドを迎えた先にあるのは……今の、このアカネさんのいない世界かもなんて。

 

(アカネさんに、会いたいな……)

 

 ぐちゃぐちゃな心のままで思うのは、それだけだ。

 

 どんなことを言われてもいい。この騒動の原因を話してくれなくてもいい。ただ、俺の近くにいてほしかった。

 

 

 

 そして、また、次の日。

 

「アクセス、フラッシュ!!!」

 

 俺は変身し、

 

「Ah――」

 

 その瞬間に、人間に戻されていた。シグマに変身できたのは、街に降り立った一秒だけ。女神は変身すら許さなくなっていた。

 

 

 

「くそっ!!!」

 

 地面に倒れた姿勢のまま、たまらず、空へと罵声を浴びせかける。女神は、俺と会ったことも忘れたような微笑みで、明後日の方向を向いていた。

 

 そんな殺意や敵意を感じないことが遊ばれているようで、苛立ちが隠せなくなる。

 

(いったい、何をすりゃいいんだよ!!)

 

 諦めるつもりはない。新世紀中学生にグリッドマン、内海に宝多さん、そしてシグマ。これまで、情けない俺でも、みんなが力を貸してくれて、一歩一歩、進んできた。もう、何かに後悔することなんて、したくない。

 

 迷って、答えは出ず、心が安定を求めるままに、宛てもなく歩いてしまうが、それがかえって思考を狭窄させていく。いつまでも続く真夏の暑さが、じりじりとコンクリの熱を高めてが、更に思考を狭窄させていく。

 

 そんな時だった。

 

『リュウタ』

 

 シグマの声が響いて、前を見るように促す。

 

「どうした、って……」

 

 疑問を止める。シグマの声は警戒するように固かったが、それも当然だろう。

 

 俺たちの前に立つ小柄な姿は、半月も姿を見せなかったアンチだったから。しかも、

 

「お前……?」

 

 アンチが纏っている雰囲気が変わっている気がした。最初に会った時に感じた、どす黒い怒りが減って、表情も柔らかくなっている。

 

 そして、アンチは無言で凝視してくる俺には、何も思わないように、

 

「返しにきた」

 

 と言って、背負っていた風呂敷を解いた。

 

 ガラガラと、アスファルトへとでかい音を立てながら落下していく長方形たち。俺の大好きなヒーローたちの、とびきりカッコいい決めポーズが表面に貼られていて――。

 

 頭の中が真っ白になった。

 

「お! おま、おまえー!!!!???」

 

 叫び、大慌てでアンチを押しのけ、この馬鹿怪獣が無造作に落とした物体を回収していく。

 

 どっかで見たとか、そんなレベルじゃない。

 

 俺が集めたものだ。全部! 昭和から平成まで、コツコツ集めたウルトラシリーズのBD-BOXだ!! いったい、これ一個でいくらすると思ってやがる!!

 

「シグマ! すぐ! すぐにフィクサービームを!!」

 

『落ち着けリュウタ! 傷は、それほど……』

 

「それほどでも、『ある』んだろ!!?」

 

「ようやく全て観たぞ。参考になった」

 

「お前の礼なんかいらないんだよ! それより! 俺の思い出の品を!!」

 

 アンチの首根っこを掴んでがくがくと揺さぶるも、この怪獣はどこ吹く風で、さらに言う。

 

「食事と寝床も感謝する」

 

「はぁ!? って、まさか……ずっと部屋に居座ってたのかよ!?」

 

 家でエースを見せて以来、ずっと。

 

 頭の中で想像するのは、掃除とかいう概念も知らないガキンチョ怪獣によって、どれだけ俺の部屋が荒らされたのかということ。あそこには、他にもコレクションがあるんだぞ!?

 

 頭を抱えて、呻いて、ついでにBD-BOXの傷を見つけて、しょげて。その最後に、俺はようやく違和感に気づいた。

 

「……アンチ」

 

 こいつさっき、『感謝する』とか。

 

「俺にお礼を……?」

 

「どうした? 助けられたら礼を言うのが、人間のやり方なのだろう?」

 

 アンチは当然のように返事する。

 

 俺は何と言っていいのか分からない。

 

 そりゃ、人間なら世話になった相手にはお礼を伝えるものだが、こいつは怪獣で、俺とは殺しあった仲だったのに。

 

 アンチのその一言が、怪獣に起きた変化を伝えてくる。

 

 アンチは茫然とした俺にふんっ、とため息を吐くと、淡々と続ける。

 

「ウルトラマン。彼らは皆、素晴らしい戦士だった。その姿を見ていて、暴れたいほどに胸が熱くなり、目から水が出ることもあった。原因は、俺にも不明だったがな」

 

 俺の家にあった初代マンからジードまで、全部を余すことなく見たというアンチ。

 

 そして、小さな怪獣は静かに尋ねてくるのだ。

 

「グリッドマンシグマ、ヒーローとはなんだ?」

 

「……え?」

 

「お前の仲間が言っただろう。ヒーローは敗けない、と。そして、お前はこれを見てヒーローを学べと言い、言葉の通りに俺は全てを見終えた」

 

 だけど、

 

「ウルトラマンが優れた戦士だということは分かる。だが、ヒーローとは何だ? ウルトラマンも負けることがある、怪獣を倒さないことがある。そして、時にウルトラマンたちも誰かを、力を持たない人間をヒーローと呼ぶこともある。

 ……朝倉リクにとってのヒーローは、ドンシャインという着ぐるみだった」

 

 ヒーローという概念すら知らなかった怪獣は、初めてヒーローを見た。道徳も、社会も何も知らない、生まれたての小さな存在は、だからこそ、ヒーローの存在に慣れきった俺へと鋭く問い詰めてくる。

 

「教えてくれ、ヒーローとはなんだ?」

 

「それは……」

 

「怪獣を倒す存在がヒーローか?」

 

 違う。

 

「倒れないことがヒーローか?」

 

 違う。

 

「強いことがヒーローか?」

 

 違う。

 

 怪獣を倒さなかったウルトラマンもいる。ウルトラマンだって何度も負けている。力が弱いウルトラマンだって、いる。

 

 俺だって、内海達はヒーローと呼んでくれているけれど、街も壊して怪獣に負けた。力なんてずっと弱かった。

 

 そんな俺を立ち上がらせてくれたのは、大人げないウルトラオタク。俺からすれば、あいつの方がヒーローだと思っている。

 

 答えは俺にもわからないし、正しいかどうかも知らない。だけど、俺が思い描いたヒーローは。俺の心を救ってくれたヒーローは……。

 

「俺は……誰かを守れる人がヒーローだと思う。自分だけじゃなくて、誰かのために力を尽くせる人が」

 

 例え、戦う力がなくても。

 

 あの歌で真っ直ぐに歌われたように。

 

「俺だってそうだ。シグマはヒーローだけど、俺自身はまだまだ情けない奴だから、今でもヒーローになりたいと思ってる」

 

 そう言うと、アンチは目を見開き、数秒の沈黙の後に悔し気に顔を伏せた。

 

「ならば、俺はどうすればヒーローになれるんだ? 俺には守るものがない。なにより俺は怪獣として生まれた。そんな俺はヒーローに……」

 

「なれるさ。本気でなりたいと思えるなら」

 

 ガイアでも、他の作品でも、ウルトラマンはいつもそう言ってる。守りたいものは、いくらでもあるって。それに、怪獣にも仲間になったり、ウルトラマンを助けるやつもいる。

 

 怪獣も一人のキャラクターとしてバックグラウンドがあって、全部倒すわけじゃ――。

 

(あ、れ……)

 

 そこへ考えが至った瞬間、思考がストップした。

 

(だったら、俺達は……)

 

 五感の何もかもが遮断されたようだった。すべてがスローモーションになった中で、俺の体は視線を女神へとゆっくりと向かわせる。

 

 ただ、俺たちを邪魔する、女神みたいな怪獣を見ながら、

 

『新条、なにがしてえんだろ』

 

 内海の言葉が、頭に反響した。

 

 そうだ、今まで、俺達は……。

 

「どうした、グリッドマンシグマ?」

 

「アンチ」

 

「む?」

 

「……ありがとう」

 

 言い残し、俺はBD-BOXを地面に置いて走り出す。

 

 頭を支配している考えが正しいのか分からない。この時点で思い至るなんて、遅すぎると自分でも思う。

 

 ただ、俺が、俺達がしなかったことが、確かに一つだけあった。

 

(もっと、もっと……!!)

 

 もっと近くからあの女神を見たかった。

 

 駆け込んだのは学校の中。階段を飛び上がり、蹴破るように屋上へ進む。

 

 そこは変身した時と同じくらいに女神をまっすぐ見つめられる場所だったから。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 霧が晴れた俺たちの街と、忙しそうに日常を刻んでいる人々と、それを見下ろしている女神。そして、

 

「ねえ、あの怪獣、なにを考えているのかな……?」

 

 宝多さんは女神を見つめながら、静かに問いかけてきた。

 

 

 

「宝多さん……?」

 

「なんか、あの子を見ていたくて……。馬場君もそれで来たんでしょ?」

 

「……そう、だね」

 

 誘われるままに、フェンスへと近づいていく。

 

 一歩一歩、そのたびに女神にも近づいて、透明な、人に似た顔が大きくなっていく。何を考えているかわからない、自分たちとは違う存在。

 

 神様みたいだけど、怪獣。

 

(そう、怪獣だって……考えていた)

 

 それが自然だった。俺たちが戦ってきたのは、アカネさんが生み出したものは人を襲う怪獣だって。

 

 でも、それは本当に正しかったのだろうか?

 

(怪獣ってなんだ?)

 

 だって、アンチに言ったように、怪獣の定義はウルトラシリーズの中でも多彩なものだった。

 

 時に味方にもなるし、宇宙人が由来だったり、地球の先住民であったり、中にはただ道具のように召喚されるものもいる。そこから種族や事情まで考えたら、光の国だったり出自が明確なウルトラマン以上に彼らは多彩な魅力を秘めていた。

 

 怪獣とは、それらを一つにまとめるための言葉。

 

 なのに俺は思い込んでいたんだ。怪獣は倒さなければいけない存在だって。そこに例外はないって。俺が最初に殺された時から、俺たちを苦しめるために生み出されたと思い込んでいた。

 

 けど、それは怪獣を表面のレッテルだけで判断したもの。

 

(怪獣はアカネさんの心が生み出していたのに。怪獣はアカネさんの心の表現だったのに)

 

 だから、もう一度。

 

 あの怪獣の、いやあの子のやってきたことを考えた。

 

 グリッドマンを封印して、街を広げて、霧の怪獣すら消滅させて、それでも攻撃はしてこない。アカネさんは隠して、犠牲者を元の生活へと戻して……

 

 アレクシスが望まない平穏な世界を女神は造り、維持しようとしている。なにより、

 

(……あの子は、どんな顔をしているんだ?)

 

 微笑んでいる? 悲しんでいる? それとも、両方……?

 

「いや、違う……」

 

「……寂しそうだと、思う」

 

 ふ、と隣にいた宝多さんは息を吐き、悲しそうに眼を伏せた。

 

「そうだ、寂しそうなんだ……」

 

 宝多さんの言葉で初めて、女神の顔に像が結ばれた。

 

 自分の世界なのに、自分の居場所がないと。どうにもならない寂しさを感じさせる顔。それをようやく見て、胸が苦しくて仕方なかった。

 

 宝多さんが言う。

 

「私ね、あの怪獣をちゃんと見てみたんだ。私は戦う力もないし、ウルトラマンの知識もない。だけどアカネの友達だったから、何か気づけないかなって」

 

 じっと、ここで女神と向き合って分かったこと。

 

「そうしたら……寂しそうに見えた。怪獣が可哀そうとか、寂しそうとか、そういうこと思えてきて……」

 

「ああ……、俺も、そう思った」

 

 あの子は圧倒的な存在なのに。

 

 街を自由に作り変えることもできて、グリッドマンだって簡単に封じられるほどの神様なのに。

 

 他の誰にも触れず、誰にも見られない、この世界でただ一つの異物であり続ける。

 

 それは、どんなに寂しいことだろう。孤独なことだろう。

 

「アカネも、そうだったのかな……」

 

「…………」

 

 アカネさん……。

 

「私たちはアカネの怪獣に造られて、アカネのことを嫌いにならないように設定された」

 

 でも、そんな彼女が俺たちに与えたのは、平凡な世界だった。怪獣は出るけれど、それを皆が忘れてなんの変哲もない毎日を送れる場所。

 

「でも、もっと酷いことだって、できたはずだよね? 世界の全部が自分のものだって、お金持ちになって、いろんな人を傷つけたり、わがままし放題でも文句は言われなかったはずなのに」

 

「この世界を、アカネさんはどうしても望んでいた……」

 

「普通の日常に、ちょっとしたクラスの人気者。誰かの友達でいること。それが、アカネがどうしても欲しかったもの……」

 

 女神と同じように、世界を好きに弄っても許される神様なのに。

 

 おかしいよね、と宝多さんが言う。

 

「ねえ、どうしてかな? 私はアカネの友達として作られたのに、アカネが世界で一番大切な人じゃない。家族のほうが大切だし、女の子同士で愛してるとか、そんなこともない。……好きな人は別にいる。なのに、そんな私がアカネには『特別』なの……」

 

 望めばなんでも叶えられるのに。

 

「でも、アカネはこの世界を望んだんだよ。平凡で、普通な、アカネを嫌いにはならないけど、アカネが世界一じゃない世界。それだけが欲しかったなんて……なんだか、悲しくて、寂しくて」

 

 つぅ、と言葉を聞きながら、涙が止まらなくなる。

 

 あの雨の夜に電話口から聞こえた、アカネさんの叫び声。アレクシスがいないと、普通にも生きられないと告げたこと。

 

 忘れるわけがない、俺の大切な人の心の底からの本音。

 

 だから考えた。誰かと一緒にいることが大事って。アカネさんが嫌いなことも、苦手なことも、大切な思い出に変えられるって。だから、俺と一緒にいて欲しいって。

 

 けれど、それは大きな間違いだった。

 

「俺は……っ」

 

 なんて思い違いをしていたんだろう。なんて傲慢だったのだろう。なんて自分勝手だったのだろう。

 

 幸せにしたいと願った。みんなの真ん中で笑顔でいて欲しいと思った。そんな風に、生きていて欲しいと思った。

 

 でも、それはこの世界でのことだ。アカネさんの奥にあった、アカネさんがこの世界を造った理由を理解したくなかった。

 

 だって、それを認めたら、俺は一緒にいられないから。彼女が別の世界の人だと認めたら、最後に別れることになると、心のどこかで分かっていたから。

 

 そんな、現実を見なかった男の言葉が、アカネさんに届くわけがない。

 

 アカネさんの本当の苦しみが、世界を、女神を生み出した理由なら。アカネさんはどれだけ『元の世界』で苦しんだのだろうか。

 

(だったら俺に……何ができる?)

 

 幸せにするって約束した。

 

 あの子を守ると決めた。

 

 でも、戦いの果てにアカネさんを見送るしかないのなら。

 

 宝多さんが振り返り、俺をまっすぐに見つめながら問いかけてくる。

 

「ねえ、馬場君はどうする?

 もしアカネが、この世界から一人で帰らなきゃいけないのなら……。アカネに、なにをしてあげたら良いのかな?」

 

 彼女が俺にしてくれたこと、彼女と一緒にいて知ったこと、楽しかったこと、悲しかったこと。俺にたくさんのものをくれた、この世界で一番大切な人が、幸せにしたい人が、本当に幸せになるには、どうすればいいのだろう。

 

 ずっと守って幸せにする。その約束を守るために、俺は何ができるのだろう。

 

(俺にできること、俺がしたいこと……)

 

 その答えを噛みしめ、世界でたった一人の、大きくて孤独な女神を見つめながら、俺は静かに拳を握り締めた。




>NEXT「怪・獣」





次回も来週更新の予定ですが、大事な回なので、もしかしたら時間かかるかもしれないです。


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怪・獣

大詰めです……!

とても思いを込めた回ですので、お楽しみいただけると幸いです。



 周りの人が嫌いだった。

 

 家族が嫌いだった。

 

 クラスメートが嫌いだった。

 

 世界が嫌いだった。 

 

 あの世界で生きていくのが嫌で、未来になんの希望も持てなかった。

 

 だから、悪魔にお願いして創った。

 

 神様になって創った。

 

 私に優しい世界。みんなが私を好きになってくれる、誰も嫌なことをしてこない世界を。

 

「……でもね、本当は分かっていたんだ」

 

 私を理解してくれない家族。私を縛ろうとするクラスメート。私のことなんて気にもかけてくれない周りの人に、それが許される世界。

 

 そんな私の嫌いなものよりも……私が一番、どうしようもない怪獣だったって。

 

 私なんかがいるから、世界はこんなに醜いんだって。 

 

 

 

 だってそうでしょ?

 

 みんなはいつも平気な顔して、仕事に行ったり、友達と笑いあったり、平和に暮らしていける。私にとっては牢獄だった場所が、みんなには居心地いい場所。

 

 私だけだよ。

 

 私だけが上手に生きられない。私だけがおかしい。みんなのいう「普通」になんて、なれなかった私が異常なの。

 

 だから、都合のいい世界を創ろうとしても、なんにも変わらなかった。

 

 自分の思い通りになるように、人や街を作って、そうしたら、自分の居場所もできるなんて子供みたいに思い込んで、結局、私がどうしようもない怪獣なんだから、全部壊しちゃう。

 

 私は「ここ」でも異物で、異常で、みんなと違う怪獣のまま。

 

 その証拠に、ほら見てみてよ。

 

 私がいないだけで、世界はこんなに平和。私がいないだけで、みんなは幸せ。

 

 怪獣もいない。わがままで人を殺す異常者もいない。

 

「私なんて、最初からいらなかった」

 

 だから、

 

「もっと早く、気づけばよかったのにね……」

 

 私はバカだから、遠回りしてしまった。

 

 ほんと、つくづく新条アカネは都合のいいことしか考えない。手遅れにならないと、何にも変わらない。

 

 最初にこの世界を創ったとき。浮かれきった私は、元の世界が悪いって決めつけた。

 

 最初に怪獣を創ったとき、この力をくれたアレクシスのせいだって、決めつけた。

 

 最初に人を殺したとき、神様を怒らせたその人が悪いって、決めつけた。

 

 あの時も、そう。

 

 私は誰かのせいにして、自分が怪獣だってことに目を背け続けた。

 

 そうしたら、怪獣や人殺しも怖いと思わなくなって、あの頃の私よりも、もっと醜い怪獣になっていた。流されてこんな風になるなんて、私はどれだけおかしいんだろう。考えるだけで嗤えてくる。

 

 ようやく気付けたときには、私はすっかり怪獣になって、「どうすれば怪獣にならなかったか」みたいなイフを考えることさえできないほど慣れていた。

 

 だからこれでいい。

 

 この世界で死ぬこともできない私は、もう何もしない。何もしなかったら、苦しむこともない。世界を創って、勝手に嫌って、すべてに嫌気が刺した神様は退屈で死ねばいい。

 

 退屈なんて……いつだって、感じてきたんだから。

 

「……でも、一つだけ」

 

 そんな私でも、幸せだったことがあった。

 

 考えた瞬間、視界の中で青い光が下りてきた。そう、私が少しだけ幸せになれた時、普通でいられた時。それは……

 

「リュウタ君。君といた時……」

 

 ゆっくりと現れる青い巨人へ、私は聞こえるはずのない言葉を呟いた。

 

 

 

 私が見る先で、今日もグリッドマンシグマは、ううん、リュウタ君はかっこよくカミサマに立ち向かおうとしていた。

 

 倒せるわけがないのに諦めようとしない。ウルトラマンみたいな正義の味方。

 

 私の嫌いなヒーローの姿なのに。どうしてだろう? 君はそんなに嫌いじゃない。中の人が分かっているから? その人が大切だから? それだけで気持ちが変わるなんて、私はやっぱり都合のいいやつだよね。

 

 でも、かっこいいんだから仕方ないじゃん。

 

 スラっと細身なのに、シルエットは逞しくて。最近のウルトラマンみたいな、ゴテゴテした装飾も嫌味なく似合ってる。グリッドマンとほぼ同一な見た目でも、青い色のおかげで引き締まってる。

 

 青くて、クールで、剣使いで。ライバルキャラっぽさも、グリッドマンのえぐいほど正統派な造形よりもよっぽど良い。

 

 そんなかっこいいヒーローが、私みたいな怪獣を守ろうとしていたなんて。

 

 ほんともったいないと思うし、心の底からわからない。

 

「ねぇ、どうしてかな? どうしてリュウタ君は私のこと好きになってくれたの?」

 

 毎日、彼の姿を見るたびに私は醜く、未練がましく尋ねてしまう。返事が返ってこないってわかってるのに、どうしてもわからなくて、知りたくて。

 

「私は、どうして君が好きになったのかな?」

 

 最初に出会った時。私は君のこと何とも思ってなかった。

 

 君は六花や内海君みたいに願望を反映させた人じゃない。単なる数合わせで作られた、酷い言い方をしたらNPCみたいな存在。

 

「君にとっても、私はそうだったでしょ?」

 

『みんなが私を好きになる』

 

 バカな神様の言葉は、正しくて間違ってた。

 

 みんなが私を嫌わない。それが私の好きの定義。

 

 だって、『好き』や『愛』の意味が、私には分かんなかったから。

 

『私を好きな人は何をしてくれるの? 私を好きな人は何をくれるの? 私を好きな人はどんな言葉を言ってくれるの?』

 

 愛も恋もわからない怪獣が、いくらそれを求めたところで意味がない。この世界は私の中から生まれたんだから、私への愛が生まれるはずもない。私への感情に下限があるだけ。

 

「君だけだったよ? 愛してるなんて、言ってくれた人」

 

 最初は何度も始末しようなんて、バカなことを考えた。面白いけれど、きっとこの人も私をイライラさせるって。私のことを大切になんてしてくれないって。

 

 でも、君は私だけを見てくれた。私の話をちゃんと聞いて、私と楽しくお話してくれて、私のために頑張ってくれて、私のために戦ってくれた。

 

 私が知らなかった「好き」を、君がくれた。

 

 君は知らない誰かだったのに。NPCだったのに。

 

 好きになってくれた。恋人になってくれた。不安になった時、困った時、寄り添って心が痛くならないように抱きしめてくれた。君といた時だけ、私は怪獣じゃなくて、普通の女の子でいられた。

 

 だからね、君とした特別でもないことが楽しかった。

 

 なんでもないリュウタ君が好きになってくれたことが、奇跡みたいで嬉しかったんだ。

 

 

 

 なのに……。

 

「結局、私は――。だから、もういいの」

 

 空に向かって口を閉じて、少しだけ目の前の光景を見てみる。

 

 シグマはまだ、カミサマと向き合ったまま。けれど私には、数秒先の未来がはっきりわかってた。

 

 この後に、真っ直ぐ向かっていくシグマへ、カミサマが光線を放って、シグマが変身解除。それで終わり。あの子は私とリンクしているから、行動も丸わかりだから。

 

 ほら、シグマが歩きだしてカミサマが――

 

「……え?」

 

 攻撃、しなかった。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 ゆっくり進むシグマにカミサマはなにもしない。

 

 三歩。

 

 私は息をすることもできないで胸を押さえた。

 

 四歩。

 

 でもカミサマは攻撃しない。リュウタ君はシグマの姿のまま。

 

 五歩。

 

 久しぶりに出した小声じゃない声は、かすれ切っていた。

 

「……っ、そん、な」

 

 まさか、と思った。もしかしたら、と考えるだけで頭の中が真っ白になった。

 

 だって、それはあり得ないこと。ううん、あってはいけないことだから。ヒーローと怪獣にとって、起こりえないことだから。

 

 カミサマが攻撃しない、たった一つの理由はある。

 

 でも、それはヒーローがするはずのない、してはいけないこと。

 

「待って!!」

 

 思わず私は声を張り上げていた。他の人から姿も声も見えないようにしたのに、そんな自分のしたことさえ忘れて。

 

 当然、私の声が聞こえないリュウタ君は進む。歩幅も確かで大きなものへと変わって、少しずつカミサマに近づいていく。

 

 私はたまらず叫び続けた。

 

「それは、怪獣なの!!!」

 

 どんなに光っていても。

 

「悪い怪獣なの!」

 

 どんなに神々しい姿をしていても。

 

「グリッドマンを、君を攻撃した、ただの怪獣なの!!」

 

 倒されなきゃいけない。

 

 攻撃されなきゃいけない。

 

 じゃないと、ヒーローの物語が終わってしまう。君の役目が消えてしまう。君が生きていけなくなる……!

 

 なのに、グリッドマンシグマは……カミサマを倒さないつもりなんだ。 

 

「早く攻撃してよ! 嫌ってよ! 邪魔者扱いしてよ!」

 

 そうすればカミサマは『反撃』できる。

 

 そう私が設定した。

 

 リュウタ君が敵意を向けた時だけ傷つけずに追い返す。そうすれば、永遠にこの戦いは終わらない。怪獣がいる限りヒーローはこの世界にいられる。

 

 でも、その反撃が行われないということは、リュウタ君はカミサマへ敵意を持っていないということ。

 

 そして、カミサマはそれ以外のことはできなかった。

 

 反撃ならまだいい。避けるのもまだいい。私の心と繋がった怪獣は、臆病者のまま。ぶつかってきた相手を突き飛ばすことも、隠れてやり過ごすこともできる。

 

 私の目的のために、グリッドマンは邪魔だったから、彼だけは封印できた。

 

 だけど、グリッドマンシグマは別。だって、その中にいるのは、私が好きだった人だから。全てを思い出したあとに攻撃なんて、できるわけがない。

 

 嫌な汗が出て、自分でもわからない気持ちに虐められながら叫ぶ私。もう、意味なんて分からないほど子供のわがままは届かない。

 

 そして、

 

「まって……!!?」

 

 青い巨人はその両腕を閉じた。腕の中にカミサマを包み込むように。

 

 グリッドマンシグマが、カミサマを抱きしめた。

 

 

 

 気がついたとき、私はリュウタ君の温度を感じていた。

 

 離れているのに、彼が近くにいて抱きしめてくれているのを感じていた。

 

 それは昔と変わらない、安心できて、幸せで、いつまでもこうしてほしいと思ったそのまんまの温かさ。

 

 でも、その瞬間に私は私を殺したくなる。

 

 私に、醜い怪獣にそんな価値はないって分かっているのに、決めたのに。

 

 リュウタ君がこうしてくれたことが嬉しくて、そう思う自分がどうしようもなく卑しい存在だとわかってしまった。

 

「……だから、やめてよ」

 

 私の心に反応して、カミサマの姿も変わる。

 

 光は消えて、滑らかな肌は鱗だらけに、背中からは棘が出て、顔は破れて醜悪なものに。傍にいたら、生臭くて、鼻を切り落としたくなる臭いまでしてるはず。

 

 一秒だって触っているのも嫌な怪獣の本性がむき出しになる。

 

 これが本当の私なの。

 

(分かってよ、それは怪獣だって! ヒーローに大切にされる資格なんてない! バケモノの、嫌なヤツだって!!)

 

 でも、温度は離れなかった。リュウタ君は私を抱きしめたまま、少しも身じろぎしなかった。何があっても離さないというように。

 

 そして、

 

『アカネさん、ごめんね』

 

 リュウタ君が絞り出すように言った。私が分からない、私への謝罪を。

 

「な、なに……?」

 

 なにを、君が謝ることがあるの?

 

『気づいてあげられなくて、ごめん』

 

 抱きしめられる力が、強くなる。

 

『怪獣は怪獣だって思っていたんだ。倒していい存在だって思い込んで、それでアカネさんのことも考えないで、ずっと戦ってきた』

 

 けれど、とリュウタ君は悔しそうに言う。

 

『ほんとは、違ったんだよね? 怪獣はアカネさんの怒りたかったこと、嫌だったことから生まれた。アカネさんの……気持ちそのものだったのに』

 

 やめて……。

 

『この女神だってそうだ。気づくのに時間がかかって……』

 

 やめて。

 

「なんで、君が謝るの!?

 違うでしょ!? 謝るのは私! 倒されなくちゃいけないのは、私!!」

 

 

 

「私は……怪獣なんだから!!」

 

 

 

 君になにをしてきたか、ほんとに分かってるの?

 

 好きになってくれたのに、怪獣で襲った。

 

 止めようとしてくれたのに、殺してしまった。

 

 戻ってきてくれたのに、全部忘れてた。

 

 ヒーローになってくれたのに、戦いを楽しんでた。

 

 そんな君を思い出したのに……

 

「私、よかったって思ったの……。生きててよかったじゃない、殺してなくてよかったって……そう思ったの」

 

 雨の中、必死に走ってくれた君を見て、最初に思ったのがそんな醜い自己弁護だった。私の罪が一つ減ったことに、確かに安心している私がいた。

 

 どこまで、私は醜いんだろうって、そう思った。

 

「私はずっとこんな化け物なの……!」

 

 記憶をなくして、君とのことを思い出せなくなって。私がやったのはまた人殺し。

 

 ドラマで、愛を知ったら変わるなんてあっさり言うけど、私は好きな人を殺したのに、それでも平気で人を殺せる私に戻っていった。

 

「私はおかしいの!! どうしようもなくて、死んだ方がマシなくらい酷い奴なの!!」

 

 記憶を奪われていたとか、そんなの言い訳にならない。何度やりなおしても、私は同じように間違える。この先も、私は変わらずに怪獣のまま。

 

 わかったでしょ?

 

 そんな私はいないほうが……!

 

 

 

「ふざけんな……!」

 

「っ……!?」

 

 

 

 初めて、リュウタ君の怒った声を聞いた。ううん、初めて、私に怒ってくれた。

 

 けれどそれは……。

 

「ああ、怒ってるよ。めちゃくちゃ怒ってるよ。俺を殺したとか、怪獣を操ったとか、そんな理由じゃなくて、勝手に消えたことに」

 

「……え?」

 

「半月だぞ!? 半月も!! アカネさんと一言も話せなかった! アカネさんを見ることもできなかった! それがどれだけ辛かったか、わかる!? 本当にノイローゼになるかと思ったんだけど!!」

 

「そ、そんな理由で……」

 

「そんな理由だよ! 女神にやられるより、そのほうがよっぽど辛かった!」

 

「君を殺して、ほかのみんなもころして、怪獣をあやつって……」

 

「わかってる! アカネさんがたくさんのことをしたこと、俺だけで全部許すとか、そんなことは言えない! でも……! でも、俺はアカネさんが……!」

 

 

 

「自分がいらないなんて、そう思ったことが一番許せない」

 

 

 

 その声は、怒っていて。でも、すごく優しかった。

 

「なんで、そんなこというの……? 私、君にひどいこと言ったよ? 記憶が戻ったとき、意味ないって、おもちゃだって……」

 

「嘘だってわかってた。気づかない? アカネさんけっこう分かりやすいんだ。

 君が本当に面白がってるとき、嬉しいとき、アカネさんはくすぐったそうに笑うんだよ。だから、あんな笑い方したら、すぐ嘘だって分かった』

 

 リュウタ君はぎゅっと力を込める。私の中にあった、本当の気持ちが出てくるように。

 

「だから教えて? アカネさんの本当の気持ち。本当に俺のこと邪魔で、嫌いで、いなくなって欲しいなら。もう、こんなことやめるから」

 

 私の本当の気持ち……

 

「俺は好きだよ、アカネさんのことが」

 

 やめて

 

「一度死んでも、また好きになった。君のためなら、どんな戦いだって辛くなかった」

 

 やめて

 

「君が笑っている世界じゃないと生きていけないくらい、好きなんだ」

 

 やめて

 

 そんなこと言われたら、嬉しくなる。私なんかでも価値があるように思えちゃう。どんな形になっても怪獣の私は君を傷つけるのに。

 

 私は君と一緒には……

 

「それでも俺は……俺の好きな人が、自分が嫌いだって泣いてるほうが嫌なんだ」

 

 ほんとやめてよ……

 

 私はめんどくさくさくて、

 

「君は想像力が豊かで」

 

 なんにでもイライラして、

 

「とっても繊細で」

 

 誰からも嫌われる、

 

「俺にとって、何よりも大切な」

 

 怪獣なんだから。

 

「素敵な女の子なんだから」

 

 ああ、なんで君はこうなの?

 

 君だけ。君だけは本当の私を見ても、好きになってくれた。

 

 クラスの真ん中でいた私には興味なかったくせに、怪獣が好きで、甘えたがりで、そのくせ人のことが怖くて、めんどくさい束縛までしてくる嫌いだった私自身を好きだって言ってくれる。

 

 私は私が嫌いなのに、君は私の嫌いなところも好きになってくれる。

 

「だから、アカネさんも自分のこと好きになって。自信をもって。俺はずっと好きでいるから。君がどこにいてもずっと好きだから」

 

 君みたいなヒーローが……

 

「俺がヒーローなら、アカネさんにヒロインでいてほしいから。アカネさんも自分のこと、好きになってあげて」

 

「わたし……かいじゅうなのに……」

 

「知ってるでしょ?」

 

 

 

「俺は怪獣が大好きだって」

 

 

 

 

「っ……」

 

 ほんと、私は都合がいい。

 

 さんざん迷惑をかけたのに、傷つけたのに。それでも、こんなに私を想ってくれることがうれしいなんて。

 

「すきになっちゃいけないのに……!

 わたしをすきになったら……もう、リュウタ君とあえないのに……!」

 

 きっと、リュウタ君だって分かってる。戦いが終わったら、私たちは離れ離れになるって。でもリュウタ君はそんな私のために言ってくれている。

 

「……わたし」

 

 どうすればいいの?

 

 君が私のことを好きと言ってくれるだけで、私はまだなにかになれるって思ってしまう。

 

 元の世界から逃げ出した私。神様になっても失敗した私。怪獣になって壊した私。自分の事、大嫌いな私。でも、そんな私でも好きになってくれる人がいるならって。

 

 でも、

 

「……どうして?」

 

 どうしてリュウタ君はそれでいいって言えるの? 言ってくれるの?

 

 好きな人がいなくなる。

 

 それがどれだけ辛いか、私はもう知ってる。君に教えてもらったから、もう知ってる。でも、そんな辛さを君は我慢して、こんなに優しい言葉をかけてくれる君が分からない。

 

 どうしてそこまで、私のこと好きになってくれたの?

 

 私が神様だから? 怪獣が好きだから? 性格があったから? 気まぐれで慰めたから? 

 

 

 

「理由なんて、いらないでしょ?」

 

 

 

「……え?」

 

 声は、隣から聞こえた。

 

 風がふわりと髪をなでて、懐かしい香りを運んできた。

 

 隣に六花がいた。いつの間にか困ったように微笑んでいた。

 

「やっと見つけた。馬場君が言ってたんだ。アカネがたぶん、ここにいるんじゃないかって」

 

 リュウタ君と過ごした、渡り廊下に。

 

 もう、私は私を隠せていなかった。

 

「そんなに泣いてるの、初めてみたんだけど」

 

 六花は苦笑いしながら、指をさす。

 

「わた、し」

 

 泣いてる。

 

 いつからか分からないけど、泣いていた。自分でも気が付かないうちに、目が熱くなって、涙があふれている。

 

 六花はちょっとだけ肩をすくめて、私と同じように、向こうの景色を見る。

 

「正直いうとさ、ちょっと羨ましい」

 

「え……?」

 

「馬場君とアカネのこと。きっと、馬場君だっていやなこといっぱいあったと思う。戦って、辛い時も、諦めたい時もあったと思う。でも、それでも、アカネのこと、あんなに好きだって言ってさ。あー、この人、すごくアカネが好きなんだなって、見てるだけで分かるくらい。

 そんなに好きになってくれる人がいるなんて、うらやましいし、贅沢だなって思うのに、理由まで欲しがったら、罰当たるよ? 馬場君も、アカネも、両想いならそれでいいじゃん」

 

 声はからかうように。けれど、六花は真剣に、友達のような表情で私のことを見ていた。そして、六花はいつになく大きなため息をつくと、私に顔を大きく近づけて、言う。

 

「……それに! この際だから言っておくけど、私、アカネのこと、最強美少女とか思ったことないから!」

 

「六花……」

 

「仲良くしてたと思ったら、すぐ距離作るし。遊びに誘ったら、ドタキャンするし。私のこと、からかったり、嫉妬したりするのもめんどくさいし! アカネと一緒に並んだら、いろいろ自分のことが気になったりで嫌な気持ちになるときもあった!」

 

 六花は自分の足を見ながら、口をもごもごとさせていた。

 

「でもさ、私にとってのアカネはめんどくさくて、自己中で、気分屋で、わがままで。……それでも、そんなアカネと友達だったこと、後悔してないし、これからも友達でいたい」

 

 そう言い切る六花は、私が造った人形だとは思えなくて。

 

 私の苦手なことも分かってるのに、友達だと言ってくれて。

 

 六花は、六花らしく控えめに微笑みながら、笑ってくれた。

 

「ほら、これで恋人と友達と。アカネの味方が二人はいるんだから、今度は悩みでもなんでも、私たちに話してみなよ。怪獣とか消えちゃうとか、変なことする前にさ。

 私は変身できないし、怪獣も作れないけど、アカネと一緒に泣いたり笑ったりするくらいはできるんだから」

 

 また胸の奥で灯る、あたたかいもの。

 

 六花は困ったように笑いながら、泣きじゃくる私の頭を撫でる。

 

「こんなに泣くほど辛いなら、最初から相談してよ」

 

「なんでリュウタ君も六花も、こんな私のこと……」

 

 

 

「おいおい! リュウタと六花だけじゃねえぞ! 俺たちのこと忘れんなって!」

 

「一応、俺たちもいるんだよね……」

 

 

 

 

「内海君……? 響君まで……」

 

 少しだけ気まずそうに、内海君と響君が歩いてくる。ずっと、私と戦ってきたのに、普通の友達みたいに。

 

 そして内海君は、近くに来ると、苦いものを噛んだように顔をしかめて、体をプルプルさせながら、

 

「っ――! 言いたいこと色々あるけど! 

 まず! 俺だってちゃんと告白したんだから! 新条のこと好きな人間リストに追加しろ! それに! ウルトラシリーズ好きなら、最初に言っとけ! ずっと孤独なオタクライフしてた俺に謝れ!

 最後に! いちゃつくんなら、こんなめんどくさいことしないで、ちゃんといちゃつけ!! むず痒いんだよ見てたら! あのシグマと女神とか!!」

 

 すっごい面倒なオタクみたいに叫んできた。

 

「えっと……」

 

「内海君、マジキモイ」

 

 言いよどむ私を代弁するように、六花が言葉を突き刺して、内海君の顔を真っ赤に染める。もしかしなくても、カッコつけたくて台詞を考えてきたのかもしれない。

 

 それに、響君も、

 

「……正直いうとさ。俺は戦ってきた実感もないし、これまで部外者だったし。上手く励ますこともできないけど。グリッドマンはきっと新条さんのこと敵だと思ってなかったよ。

 新条さんが神様でも、怪獣を作っても、間違えても。倒そうなんてグリッドマンは考えていなかった」

 

 響君はそう言って、照れるように笑った。

 

「あとさ、俺も内海達に見せられて、ウルトラマンが気になってるんだ。だから新条さんにも怪獣のこととか教えてもらえたらなって」

 

 内海君も、響君も。二人とも、私のこと、神様だとも、怪獣だとも思っていない。

 

 ただ普通の、友達みたいに。友達が、友達に文句を言ったり、遊びに誘うみたいに。

 

「ね? これで友達が四人。あ、アカネにとっては恋人が一人だから……。恋人一人に、友達三人」

 

「……みんな」

 

 本当に、私は、どれだけ酷い人なんだろう。

 

 嬉しくてたまらなかった。

 

 私がしてきたこと、私がしてしまったこと、それがいけないことだって分かってるのに。許してもらえたらって思えてしまう。

 

「どうしたら……。わたし、どうしたら、いいの?」

 

「まずはちゃんと謝りなよ。アカネのこと心配してた私たちにも。我儘な神様を慰めてる馬場君にも」

 

 六花に肩を支えられて、涙でぐしゃぐしゃになった眼を、遠くへ向ける。

 

 そこにはずっと、リュウタ君に抱きしめてもらっていた怪獣がいて。

 

 不気味で、嫌われものの怪獣がいて。

 

 でも、そんな怪獣が、ひび割れる。

 

 ぽろぽろ、カバーがはがれるみたいに、私が嫌いだった私から。怪獣らしい鱗も、棘も、体が崩れて。

 

「やっぱり私、あれが怪獣だって思えないよ……」

 

 六花が笑う。

 

 怪獣の中から出てきたのは、神様とも天使とも、怪獣とも違う。涙を流した女の子だった。私から生まれたとは思えないくらいにきれいな、光に包まれた普通の女の子。

 

 私の心から生まれた私は、めんどくさい私よりも素直で。涙を流しながら何度も頷いている。あれが私の本心。私よりも私をわかってた怪獣。

 

 リュウタ君が怪獣にもう一度問いかける。

 

「さっきの答えを、本当のこと聞かせて? アカネさんは俺のこと、どう思ってるの?」

 

 そんなの、決まってる。

 

「わ、私も……リュウタ君のことが……!」

 

 

 

『素晴らしい!! めでたし、めでたしだねえ!!』

 

 

 

「っ!?」

 

 私の声を、全てを壊すような嘲笑がかき消した。

 

 ドクン、と私の胸の奥が恐怖で跳ね上がる。声の主は、カミサマの内側から。

 

「が、ぁ……!?」

 

 そしてリュウタ君の、グリッドマンシグマの腹を黒い剣が突き刺していた。

 

『ハハハハハハハハ!!!』

 

 笑い声とともに、カミサマのお腹から黒いベールが飛び出す。

 

 光を飲み込むほどに深い色の、大きな大きなベール。それがカミサマをすっぽりと包み込む。女の子の姿をした怪獣は闇に飲み込まれて、残ったのは、カミサマが手に持っていた透明な球だけ。

 

 コンコン

 

 その空虚な音が、私たちの全身を凍り付かせて、

 

『ぐっ、お、おまえ……!?』

 

「リュウタ君!?」

 

 私が叫ぶと同時に、リュウタ君が苦悶の声をあげながら、地面に倒れこんだ。

 

 シグマの、私たちの前で黒いベールはボコボコ、気持ち悪いスライムみたいに姿を変えて。最後には私が見慣れたあの黒い仮面が生える。

 

『ごちそうさま、アカネ君』

 

 アレクシス。

 

 あのアレクシスの姿のまま、けれども下半身だけはクイーンモネラみたいに大地に根を張ってる。もう私と一緒にいた時とは、纏ってる雰囲気からして違った。

 

 上機嫌で、でも残酷で……仮面の奥から、私たちを笑っている。

 

『はははは! いやいや、最高の味だったよ。アカネくんの情動は実に甘美で刺激的だった! 人間の感覚なら、熟成されたビンテージワインとでも言ったところかな?』

 

「な、なんで!? 出てこれるはずがないのに!!」

 

『確かに、抜け出すのは苦労したさ! だが、嬉しいからって気を抜いてはだめだよ? 詰めが悪いところが君の悪い癖。こんなにおいしい情動が手に入るというのに、私が黙ってみているはずがないじゃないか!」

 

『アカネさんの、情動を……?』

 

『ああ、そうだともグリッドマンシグマ。

 情動とは感情の揺れ動き。だからこそ、カミサマを造った時は絶好の機会に思えた。アカネ君はかつてないほど自分を嫌いになっていたからねえ』

 

 世の中全てが嫌になって、自分も嫌いになった私。

 

『けれども、そんな時こそ強い情動が生まれるのさ。今、アカネ君には強い感情の転換が起こった。自分への嫌悪、絶望と虚無から、歓喜と愛情と希望へ!!』

 

『待っていた甲斐があったというものさ、ハハハハ!!』

 

「……じゃあ、なんで?」

 

『こうして邪魔をするのか、かい? 簡単だよ。君はもう、あれだけの喜びを得ることはない。この世界に留まるにせよ、勇気を出して帰るにせよ、君の心は穏やかになる。私が望む情動は無くなるだろう。だから、ね』

 

 悪魔がけらけらと笑って、倒れたシグマを見下す。

 

「ま、待って……!」

 

『もう一度、あの甘美な情動を味わう方法があるんだよ! 絶望が希望を生んだのなら、今度は……』

 

 

 

『希望から絶望へ』

 

 

『さあ、素晴らしい絶望を味わわせてくれ! アカネ君!!』

 

 アレクシスが剣を振り上げる。向かう切っ先は、リュウタ君の細い首で。リュウタ君は受けたダメージが大きいのか、力なくアレクシスを見上げることしかできていない。

 

 だから叫んだ。何もできない私は叫んで。叫んで。

 

 けれど、アレクシスにとってはそんな怒りも、悲しみも、所詮は食料に過ぎない。それでも、アレクシスの剣がリュウタ君の体を切り裂きそうになった次の瞬間に、

 

『ッ!!???』

 

 大きなアレクシスの腕が、宙に舞っていた。

 

 くるくると、黒い剣もふっとんで、回転しながらひび割れた街に突き刺さる。

 

 アレクシスの腕が切り飛ばされた。けれどもそれをしたのはリュウタ君でもない。都合よく復活したグリッドマンでもない。

 

 アレクシスとリュウタ君の間に紫の光が舞い降りる。

 

『……これは、これは』

 

 アレクシスは、シグマを守るように立った影へ向かって、感心したような、小ばかにしたような声を向けた。

 

 何が起こったのか分からなかった。

 

 止めてほしくて、それでも、私はどうしようもなく無力で、大好きな人がやられるのを見ていることしかできないはずだったのに。そんなときに現れた『ヒーロー』が、

 

「……アンチ?」

 

 私の作った怪獣だなんて。

 

 傷ついたシグマを庇う様に立つ、紫の巨人。

 

 勝手に進化した闇の巨人形態ともその姿は違ってる。私の大嫌いな大衆に媚びたダークヒーローじみたヒロイックな姿。

 

 シグマやグリッドマンそっくりの姿になったアンチが、アレクシスの前に立ちはだかっていた。

 

『何のつもりかな、アンチグリッドマン?』

 

 アレクシスがアンチに尋ねる。

 

 同意したくないけど、気持ちは分かる。

 

 最後にアンチを見たのは、怪獣を無断で造って、シグマにボコボコにされて、シグマをボコボコにして、最後はやっぱりドリルを持ったシグマにやられた姿。その後は、アレクシスから逃げて、世界の片隅にでもいるのかと思っていたのに。

 

 けれど、アンチは記憶に残っているのとは違う、鋭く自信に満ちた声でアレクシスに宣言する。

 

『グリッドマンに勝つにはヒーローにならなければいけないそうだ。そして……守りたいものがあれば、俺でもヒーローになれるそうだ』

 

『ほう! なんとまあ、随分とヘンテコな理屈だ! だが、怪獣のキミに守るものがあるとでも? 私が具現化してあげた、ただの粘土細工のキミに?』

 

 アンチは昔のような怪獣の眼じゃなくて、赤いバイザーが付いた頭を軽く動かして、私を見て、それで次にアンチの後ろで膝をつくリュウタ君へ。

 

『それがどうした?』

 

 もうその姿は怪獣じゃない。

 

『怪獣の俺にも守るものはある。俺を生み出した母親と、勝つべき好敵手がいる。そしてそいつらは番のようだ』

 

 母がいて、父がいて。

 

『そして、俺がここにいる』

 

 もう、アンチは怪獣でも闇の巨人でもない。

 

 歪でも、守りたいものを見つけた、ヒーローの資格を手に入れた。

 

 だから、

 

『今の俺が目指す姿、ヒーローの名は』

 

 アンチはあの青い騎士のように剣を構えながら宣言した。

 

『グリッドナイト』




>NEXT「同・盟」

このシーンもまた、この話を書きたいと思った当初から頭の中に描いていた場面でした。

結局、アカネって自分が嫌いな子で、アカネの破壊衝動も自分への自傷の裏返しだったとアニメを見ていて感じていました。だから、アカネが立ち直るために必要なもの、自分が好きになるために必要なものを考えたら……というのが今回の答えになります。

独自解釈マシマシではあり、長い時間もかかりましたが、この話の中でアカネとリュウタに一区切りをつけられたこと、自分でも嬉しく思っています。まだ続くけどね!


よろしければ、感想や評価などいただけますと大変励みになります。

グリッドナイトも来て、いよいよ最終決戦!
あとはやりたいことを詰め込みまくります!


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同・盟

さてさて!
ラストバトル、開演です!



 ラスボス。

 

 最後にして最大の強敵。

 

 それは俺のような特撮オタクにとって、魅力的なワードだった。

 

 ガタノゾーアに、グランスフィアに、ゾグ。TDGだけでも絶望的で、けれども、最後には激熱展開と共に倒されるラスボス達が活躍した。中にはウルトラマンを道連れにしたり、倒してしまったり。ほんと初代マンやダイナに関しては、何度見ても結末に愕然としたり……。

 

 ともかく、そんな特撮に夢を見ているオタクが本物のヒーローと怪獣に出会ったら、

 

『俺達のラスボスは、どんな奴になるんだろう』

 

 なんて内海と一晩中、議論するに決まってる。

 

 戦いはいつまでも続くわけじゃないし、ラスボスもいるんだろうって無邪気に考えていた頃のこと。

 

 まだ何も知らなかった俺はアカネさんを守って、その時には彼女の記憶も戻っていたら、と都合のいい妄想をしていた。内海はゼットンとか、ハイパーゼットンとかイフとか、めちゃくちゃ強い怪獣が出てくるんじゃないかと熱弁していた。

 

 でも、最近は『ラスボス』っていう言葉を思い浮かべるのが怖かったんだ。

 

 戦っている相手がアカネさんで、彼女がどんな存在かも思い出していたから。

 

 仲間がいてくれるから、きっとハッピーエンドが待っている。そう信じて戦えたけど、やっぱり結末は分からないし、取り返しのつかない結末が待っているかもしれないって思ってた。

 

 けれど、今のような状況はそのどんな想像も上回っていた。

 

『ハハハハハハハハ!!!』

 

 目の前には巨大な『ラスボス』、アレクシス・ケリヴが現れて、俺を守ったのが何度も殺しあったアンチだなんて。

 

 かつての敵が味方になってくれたなんて王道の展開だけれど、わけのわからない状況に、俺は混乱しそうになる。

 

(でも……)

 

 どうしてだろう。

 

 見上げるだけでアレクシスの底知れなさは伝わってくるのに。今までの敵とは比じゃないほど強いのに。

 

 不思議と俺は……怖くはなかった。

 

 

 

 

 ひゅんひゅんという紐を振り回す音だったら縄跳びで経験があったが、ズバンズバンと一撃でもくらったら、首が飛びそうな音は今まで聞いたことがなかった。

 

 それが何十も飛んでくるとなれば、一瞬も気が抜けない。

 

 俺とシグマはそういう状況に放り込まれていた。

 

『どうしたんだい? 逃げるばかりじゃないか!』

 

 しかもうざい悪魔は調子よく、弄ぶような笑い声も投げかけてきて、聞くだけで頭の中が煮えたってしまう。『そういうセリフは敗北フラグ』とでも言いたいのに、軽口をたたく余裕もない。

 

「ぐっ……!」

 

『リュウタ!』

 

 さっきの不意打ちで深くえぐられた腹部はシグマの力で復元に向かっているが、えぐいくらいの痛みを発し、それが俺の集中力も奪っていく。

 

 結果として、

 

「っ……!」

 

 アレクシスが放つ黒い帯が、俺達の首へとまっすぐ向かってきて、反応することができない。俺たちだけなら、これでやられていただろうが。

 

『ハァ……!』

 

 攻撃をアンチがはじいてくれた。アンチ、いや、グリッドナイト。まんまハンターナイトに影響されたのだろうか、腕には光の剣を生やして、なんか妙に様になっている。

 

「アンチ、助かった……!」

 

『……なぜだ?』

 

「……な、なぜ?」

 

 いきなりグリッドナイトが不思議そうにつぶやいていたので、聞き返す。

 

 もしかしてこの状況を改善する疑問でも浮かんだのかと、少し期待した。こういう時は素朴な疑問が解決のヒントみたいなこともよくあるし。

 

 だが、元怪獣が言ったのは。

 

『こういう時は、相手を簡単に倒せるものではないのか?』

 

「……は?」

 

 なんて、子供みたいな疑問だった。

 

『俺は死にかけのお前を助け、アレクシスへ戦士の名乗りを上げた。

 ウルトラマンであれば主題歌が流れ、アレクシスが爆散する場面のはずだが……』

 

「いや、それは特撮の話で……」

 

『せっかくお前がやられるのを待っていたのに……』

 

 おいこら!

 

「ちょっと待て!? お前、まさか出待ちしていたのか!?」

 

『ヒーローにはタイミングが大事なのだろう?』

 

「一歩間違えたら、俺、斬られてたんだぞ!?」

 

 前言撤回。

 

 ヒーローっぽくなったけど、まだ全然ヒーロー精神足りてない、こいつ! めちゃくちゃ外見は好みなのに!

 

『そんなことより、また攻撃が来るぞ、グリッドの父よ』

 

「なんだそれ!? 俺はお前の父親じゃねえ!!」

 

『勝手に決めた。ピンチの場面で親子の共闘も勝利の条件だ』

 

「こんなツッコみまくってたら、勝てるもんも勝てないって……うぉ!!?」

 

 言っているうちに攻撃がさらに勢いを増していく。

 

 十や二十じゃ足りないほどの鋭さが増した帯による斬撃。だけれど、

 

『行くぞ、グリッドマンシグマ』

 

「……ああ! グリッド、ナイト!!」

 

 俺はなんだか笑えていた。

 

 四方八方から帯が殺到する。先端はシグマの体を簡単に裂くほど鋭く、側面も柔軟で叩いてもすぐに方向を転換して襲ってくる。

 

 だが、こういう時こそ鍛えてきた斬撃の出番。

 

『リュウタ、シグマスラッシュだ!』

 

「了解! グリッドナイト、背中は任せた!」

 

『……いいだろう』

 

 両手に光の剣を出し、次々に帯を交わしながら、すれ違いざまに斬撃を加えていく。さすがにアレクシスの力だけあって強力だが、こちらも戦いの経験だったら上だ。すぐにコツを見つけて、帯を切り裂くことに成功する。

 

 しかも、

 

(むかつくけど……相性は、いいんだよな!)

 

 グリッドナイトがシグマとの戦闘経験によって進化した姿だからか、互いの動きが手に取るようにわかって、なんの不安もなく任せることができていた。

 

 確かにアカネさんが生み出して、俺とシグマの戦いで成長したのなら、こいつが言うことも一理というか、アカネさんが母で、俺が父とかは……うん。

 

「そういうのはあり――、って、うぉ!?」

 

『呆けているんじゃない。間違えて斬るところだ』

 

 いきなりグリッドナイトが体を回転させ、全方位を斬り伏せるものだから、危うく俺の頭も飛ぶところだった。

 

「やっぱなし! お前が息子とか、マジで! マジで! 願い下げだ!!」

 

『何を言っている……俺だってそうだが?』

 

 だったら変なこと言うんじゃないって! 気が散るんだよ!

 

「ほんっと、お前と喋ってんのは疲れるんだけど――」

 

 けれど、さっきの攻撃で、周囲の帯が一掃されたのも確か。今、この隙を使えば。

 

「合わせろ!!」

 

『ああ!』

 

 俺は腕を組み、エネルギーをチャージし、グリッドナイトは両手に丸ノコのような光を生み出す。

 

「グリッドぉ……!!」

 

『……ビーム!!』

 

『グリッドナイトサーキュラー!!』

 

 俺とシグマが放った青いビームの周りを、螺旋を描くように丸ノコ光線が滑っていく。そうして、二つの光は俺たちを見下ろすアレクシスの仮面へと直撃した。

 

 衝撃と爆風を伴うクリーンヒット。十分に手ごたえはあり。

 

 ただ、

 

「……」

 

『……』

 

 俺とグリッドナイトは一言も発さないままでいた。

 

『どうした、リュウタ?』

 

「いや、こういうのは……」

 

『「やったか」というのは敗北の前兆だ』

 

『……もしかして、君たちは気が合うのでは?』

 

 失敬なシグマ。この非常識ヒーローと一緒にしないでもらいたい。

 

 だが、せっかくの俺達のフラグ回避も無駄に終わる。

 

 もとよりあのアレクシスがこれくらいでやられるはずもなかった。煙が晴れると、アレクシスのふざけた仮面が無傷で現れる。

 

『フフフフ! もっと抵抗してきたまえ! 希望が見えた時ほど、絶望はより深くなるのだから!』

 

「ちっ……!」

 

 結局、アレクシスがこんな回りくどい手を使っているのも、そのためなのだろう。こいつは俺達と戦っていながら、意識はアカネさんだけに向けている。

 

 アカネさんが俺達の戦いを見て一喜一憂することこそがこいつにとっての娯楽。

 

 だから、この戦いすらも楽しむための工夫に過ぎない。

 

『さて、ここでスパイスを一つまみ入れようか。仲間の登場と連携攻撃……だが、現実は甘くないとねえ』

 

 宣言とともに、俺たちの周囲に光の玉が無数に出現する。

 

 それはあの女神が俺を何度も弾き飛ばしたのと同じ力。

 

『忘れていないだろうが、この体にはカミサマを取り込んでいる。アカネ君が生み出した神に等しい力。アカネ君の分身。つまり、ね――』

 

 光が瞬く。

 

「グリッドナイト! 避け――」

 

『今度は、痛いだろうねえ』

 

 アレクシスの言い切る暇もなく、全身が打ちのめされていた。

 

「ぐっ、あ、ぁ……」

 

 倒れた体は力が抜けたように動かない。腹部の傷も治りが遅い。カミサマを取り込んだ影響か、それともいよいよシグマが俺を保護するのにも限界が来ているのか。

 

 そこへ、クイーンモネラみたいになったアレクシスがゆっくりと近づいてくる。

 

 グリッドナイトも立ち上がろうとしているが、全身の装甲はひび割れて余裕はなさそうだ。

 

『ふぅ……こんなものかい? もう少しスリルというか、そういう刺激が欲しいのだがねえ……』

 

 再び俺たちの周りに光が集っていく。

 

 あの避けられない神の攻撃。

 

 光の強度が高まって、臨界に近くなったその時。

 

『む……?』

 

 光がアレクシスに向かって殺到し、その巨体を包んで拘束した。

 

『なるほど! さすがだね、アカネ君!』

 

 アレクシスの腹部が光っていて、その輪郭はあのカミサマのもの。アカネさんたちがいる校舎を見ると、そこではアカネさんが必死の顔でタブレットを握りしめて、隣では内海が俺に手を振っていた。

 

「内海! いったいなにが……!」

 

「新条が怪獣の力を使って、動きを止めてんだよ! 今のうちにいったん撤退しろ! 今のままじゃ勝てねえだろ!」

 

「っ……」

 

 内海の言う通り、敵には遊ばれている状況で俺もグリッドナイトも満身創痍。

 

 アレクシスを止めている拘束も、次第にほころびが大きくなっている。

 

(どうする……?)

 

「今のうちに攻撃も……」

 

『いや、彼の言う通りだ。今の私たちにアレクシスを倒しきる力はない。……この時間を使って、少しでも有利な条件を作らなければ』

 

「ああ、そうだな……! グリッドナイトも! いったん下がるぞ!」

 

 グリッドナイトの手を取って、無理矢理に撤退する俺達。

 

 だが、そんな俺たちの抵抗を無駄だというように。

 

『フフフフ……』

 

 アレクシスは不気味な笑いをこぼしていた。

 

 

 

 アカネさんも含めたみんなは、屋上に集まっていた。俺とグリッドナイト……いや、人間形態はアンチが名前なのか? ともかくアンチは変身を解除してそこへと降り立つ。

 

 もう慣れきったまぶしい光が消えると……

 

「……リュウタ、くん」

 

 ああ……。もういいんだよな?

 

「アカネさん!!」

 

「っ……」

 

 俺は、一も二もなく、小さな体を抱きしめていた。

 

 アカネさんは腕の中で少しだけ身じろぎして、次第に俺の胸元に熱いなにかが伝っていく。

 

「りゅうたくん……リュウタ君……!」

 

「ずっと、こうしたかったんだ……」

 

「ごめんなさい……! わたし、わたし……!」

 

「うん、わかってる……」

 

 でも、今はそんな後悔よりも先に、

 

「アカネさん」

 

「えっ……んんっ!?」

 

 懐かしい温かさが欲しかった。

 

 一秒、二秒、もっと長くこうしていたいけれど……。

 

「……ごめん、むりやりで」

 

「ううん、ほんとは私もずっと……こうしたかったし」

 

 ようやく間近で見れたアカネさんは涙でぐちゃぐちゃになっていて、でも、照れて赤くなった顔は昔と変わらなく愛おしかった。

 

「アカネさん……もう一度……」

 

 

 

「ごほん、ごほん!」

 

 

 

 おいこら、内海。

 

 無理矢理な咳払いに半目を向けると、そこにはポリポリと頬をかきながらもこちらをチラチラと横目で見てくる内海に、苦笑いする響、そして呆れ果てたような顔の宝多さんがいた。

 

「えーっと、そのだなぁ、俺達もいるんだし、状況からみても、その……」

 

「邪魔すんだったら、文句ぐらいはっきり言えよ!」

 

「うっせえ! 今の状況わかってんのか! このバカップル!!」

 

「内海君……」

 

「っ、はいっ!」

 

「黙って」

 

「…………はい」

 

 ほら、アカネさんの機嫌、急降下中だぞ。

 

 ただ内海が言ったとおりに、いまの状況でゆっくり諸々をする暇もないのも確かだった。

 

「グリッドマンシグマ、作戦はあるのか?」

 

 俺たちのやりとりには興味が無さそうにアンチが俺に尋ねてくる。だが、俺はといえば苦い顔で黙るしかない。

 

 俺がノープランなことに気づくと次にアンチはアカネさんを向く。アカネさんは自分の生み出した怪獣に何を思っているのか、目を少しそらして、ひどく気まずそうにしていた。

 

「アレクシスの動きを止めているのは……新条アカネ、お前だな?」

 

「う、うん……このタブレットでカミサマの力を使えるようにしてたから……。なんとか、中から邪魔できてる、けど……その……」

 

「アカネが言うには、あと十分くらいしかもたないだろうって」

 

 十分か。

 

 ウルトラマンだったら十二分に戦える時間だが。あのアレクシスを相手にするには、たったの十分って考えたほうがいい。

 

 アカネさんもどう見ても本調子じゃないし、いつ不測の事態が起こるかわからない。俺とシグマ、グリッドナイトも負傷している。

 

 ここからできる、最善の策は……。

 

「むむー、むー! むー!」

 

 …………律儀に守りやがって、こいつ。

 

「アカネさん」

 

「え? あ、あー……。内海君、しゃべっていいよ」

 

「ぷはぁ! おいおい! 作戦がなきゃ、リュウタ達を呼び戻すわけがねえだろ!」

 

 と、ウルトラオタクは水を得た魚のように生き生きと話し始めた。

 

「いいか、よく思い出せよ?

 今、目の前にはでけえラスボスがいる。それでライバルが味方になって、新条も味方になって、こっちは総力戦だ! だけど、いま、ここに肝心のヒーローがいないだろ?」

 

「それって……グリッドマンのこと?」

 

「裕太の言う通り! 俺たちに必要なのは、グリッドマンだよ!」

 

 確かに、それはそうだ。

 

 けれど、ここから都合よくグリッドマン復活とか、そういう特撮のお決まりみたいなやつは……。

 

「いや……」

 

 違う。

 

 そうだ。今こそ、ヒーローが必要なんだ。

 

 目の前には大怪獣。世界の危機で、最愛の人のピンチ。ここから必要なのはシリアスじゃない。決めたじゃないか、言われたじゃないか。

 

『ご都合主義でもハッピーなごっこ遊びにしないといけねえじゃねえか!!』

 

 俺たちは防衛軍でも、ウルトラマンでもない。ただのウルトラマン好きな学生。

 

 俺たちにできるのはヒーローごっこ。だから、アレクシスのたくらみなんて知らない、世界がどうなるかなんて考える必要もない。

 

 不思議だったんだ。アレクシスは巨大で底も知れないラスボスなのに、カミサマや他の怪獣を倒したときのような怖さも感じていなかった。それはきっと、もう大事なことは終わっているから。解決しているから。

 

 アカネさんがいて、元敵のライバルがいて、信頼できる仲間がいて。俺の中には最高にかっこいいヒーローがいる。

 

 だったら憧れたヒーローのように、ご都合主義のヒーローごっこをやればいい。その先に、希望が待っているんだから。

 

「……アカネさん」

 

「な、なに……?」

 

「グリッドマンを元に戻すことはできる?」

 

 もしかしたら酷な質問かもしれない。アカネさんが嫌って、封印したグリッドマンをよみがえらせることは。けれど、他に今から打てる最善の方法もない。

 

「あのカミサマはグリッドマンを殺さなかった。だから、もしかしたらって、思ったんだけど……」

 

「…………」

 

 アカネさんはうつむき、手をぎゅっと握っていた。

 

 それは怒りや悲しみではなくて、自分の中での大きな何かと戦っているような……。

 

 でも、アカネさんは静かに顔を上げると、

 

「うん……できるよ」

 

 はっきりと言った。

 

「ほ、本当か!?」

 

「ちょ、内海! 近い! 近いって!」

 

 内海が興奮してアカネさんに飛びつきそうになり、俺がキレる前に響が間一髪で止めてくれる。

 

 アカネさんはそんな内海を一瞥もせず、俺の目を見ながらうなずいた。まだ自信はなさそうだけれど、確かな意思をもって。

 

「カミサマの力を使えば大丈夫だと思う。アレクシスがほとんど持っていったけど、あそこ……」

 

 指さす方向にあったのは、女神が抱えていたビー玉のような球体。

 

「あそこに、まだ力が残っているから、それを使えば……」

 

「じゃあ、今すぐにグリッドマンを復活……」

 

「で、でも……その……」

 

「アカネさん?」

 

「に、二度と復活できないように、すごくいっぱい、封印しちゃって……その……」

 

「えっと……つまり?」

 

 アカネさんは恥ずかしそうに言う。

 

「封印解くの、どのくらい時間かかるかわかんないし……。管理用にしてた家のパソコン使わないと無理っぽくて……」

 

 あー……。

 

 口ぶりから見て、十分そこらじゃ無理っぽいと。

 

「ご、ごめんなさい! 私、こんなことになるとは思ってなくて……!」

 

 アカネさんは申し訳なさそうに手を振るわせる。けど、俺は何も不安はなかった。

 

「おい、内海……」

 

「ああ……」

 

「燃えるシチュエーションだよな?」

 

「当たり前だろ!」

 

 むしろ、俺は燃えてきた。

 

 ウルトラマン的には最高の逆転フラグじゃないか。

 

「じゃあ、作戦を決めるぞ!」

 

 内海が眼鏡を光らせながら、まだ状況がつかめていない宝多さんや響に宣言する。

 

「方針は一つだ! グリッドマンを復活させる!」

 

 そのために、

 

「時間稼ぎはリュウタとシグマ! それに……えっと……」

 

「グリッドナイトだ」

 

「そう! グリッドナイトに任せる! なんでもいいから、あの黒いやつを引き留めてくれ」

 

 それが難しいんだよな。せめて、シグマのフルパワーを出せれば。

 

『……そのことだが。一つ、考えがある』

 

 シグマ?

 

『グリッドナイト、君の協力が必要だが。もし……』

 

 …………

 

「それって、ありなのか?」

 

 その方法は俺にとっても驚きで、ちょっと突拍子もなかったが、説明を受けたアンチは不承不承という顔でうなずいた。

 

「わかった。俺にとってもアレクシスが目障りだ。シグマとの決着の前に協力してやる」

 

「よぉし! それで、グリッドマンを復活させるために新条の家に行くのは、新条と俺!」

 

 おいこら、どさくさに紛れてアカネさんとチーム組んでるんじゃねえよ。微妙に自分の願望も加えてねえか?

 

 そう言って苦笑いすると、内海も歯を見せて決め顔をした。あんまり締まっていない顔だった。

 

「こういう時こそ、ウルトラ知識が必要だし! なんかあった時は、新条のこと守って、ちゃんとリュウタのとこまで連れ帰らなきゃいけないだろ?」

 

「……内海君、私よりウルトラマンに詳しいの?」

 

「うぐっ!?」

 

「アカネさん、そこを突っ込みまくるのは後で」

 

 アカネさんも内海のウルトラオタク熱に当てられたのか、少しだけ元気になったようだ。

 

「で、でだ……! 復活したグリッドマンのところに行くのは、裕太と六花! 二人は先にジャンクの前で待っててくれ!」

 

「私は……うん、わかった。でも、響君は……」

 

「もちろん、行くよ」

 

 宝多さんが何かを言おうとしたのを止めて、響が前に出る。

 

「俺は自分で戦った記憶もないけど、できることがあるならやりたいから」

 

 本当にグリッドマンが響のふりをしていた時と、全然変わらない。

 

 いつも穏やかでゆったりしているのに、いざというときはかっこいいヒーローみたいな姿。

 

 これで全員の役割は決まった。

 

 でも……。

 

(この作戦の核は……)

 

 だから、俺は最後にアカネさんに確認する。

 

「アカネさん……一緒に、アレクシスと戦ってくれる?」

 

 アカネさんはその言葉に少しだけ、考えるように口を結んだけれど、

 

「リュウタ君……」

 

 次の瞬間には、アカネさんの顔が目の前にあって、唇にまた温かいものが重なっていた。

 

 宝多さんが「うわー」とか呆れ声出したり、内海が歯ぎしりしていたり、響が目のやり場に困ったようにあちらこちらを見ている。俺も少し戸惑ったけれど、こんな局面なのに、こうして抱きしめて、キスができていたら、緊張もなくなって、あの悪魔なんてメじゃないと勇気がわいてきた。

 

 十秒くらいして、名残惜しく、アカネさんが離れる。

 

「……まだわかんない。私、最低なことをしてきたし、グリッドマンも敵だと思ってきた。都合よすぎだって、自分でも思う」

 

 アカネさんが顔を上げる。

 

「でも、リュウタ君は大好きな人で、六花は友達で。それに、響君も、内海君も、私のために頑張ってくれて」

 

 だから、

 

「私も……私のできることをやらなくちゃ」

 

 最後はそういってくれた。

 

「うん、ありがとう」

 

 だったら、あとは全員であの悪魔を倒せば大団円だ。

 

「よし! 全員で円陣組もうぜ! グリッドマン同盟、最後の戦いだ!!」

 

 内海の空気を読まない大号令に、文句はなかった。ためらいがちなアカネさんの手を引いて、興味なさそうな顔していたアンチまで引き入れて。まだ向こうでは巨大アレクシスがうねうねと気持ち悪い動きをしているから、それが吹き飛ぶくらいに、こっちはカッコつける。

 

「おい、超ウルトラオタクな作戦部長。せっかくだから、作戦名も決めろよ」

 

「お、俺か!?」

 

「内海がグリッドマン同盟つくったんだから、任せるよ」

 

「まあ、良いんじゃないの? ……結局、最後まで付き合っちゃった」

 

「どうでもいいから、さっさと始めろ。なんだ、この集まりは」

 

「……もうちょっと、アンチは空気読むようにしたら良かったかな」

 

『ふふふ……』

 

「シグマ?」

 

『いや。こういうのは私も……初めてだ』

 

 見事にバラバラな、同じ学校にいても仲良しグループにはならなそうな面々。そこに怪獣とヒーローまで加わって。

 

 でも、これがいい。バラバラなみんなが集まって一つの作戦に向かうのが『同盟』って言葉にはぴったりだと思えた。内海はノリと勢いで決めたのだろうけど。

 

「えっと、女神が変身した怪獣相手で、グリッドマン復活させなきゃで……」

 

「作戦名パクったら、さすがにテンション下がるぞ」

 

「ガイアにはしねえよ!? あ、でも、俺達はグリッドマン同盟で、シチュエーションもぴったりだし!」

 

 内海が自信満々な顔で俺に耳打ちする。なるほど、微妙にパクリじゃないし、センスもよさそうだ。アカネさんに伝えてもまんざらでもなさそう。宝多さんだけは恥ずかし気。アンチは……意味が分かってのかな、こいつ。

 

 そうして、円陣の真ん中へと内海が拳を伸ばす。あとはそれに倣って、みんなの拳が一か所に。そして、内海の号令に従って、俺達の最後の作戦が始まった。

 

「行くぞ! グリッドマン同盟、最後の作戦!」

 

 

 

「「「オペレーション・ユニオン!!!」」」




>NEXT「√・Σ」

次回は来週末、更新予定です!

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√・Σ

お待たせしました!残りこれ入れて三話!

悔いの残らないように、やりたいこと詰め込みまくっています!



 どこかで夢見ていたシチュエーションがある。

 

 ほら、ウルトラマンでよくある、ヒロインのピンチに颯爽と駆け付けた主人公が掌の上にヒロインを乗せるやつ。ウルトラマンの顔や造形は変わらないのに、その時の表情はどこか優しさに満ちていて、ああいう風に誰かを守ってみたいなんて幼心に思っていた。

 

 心の底から好きな人ができた後なんて、特にそう。あそこで死ぬ前まで、『夢見すぎだ』なんて自分でもあきれるくらいに夢見て、シグマと出会った後は『いつかは』という目標に代わって……。

 

 そして今、巨人となった俺の掌に大切な女の子がいる。いや、それだけじゃない。響と内海と宝多さん。俺にとって大切な仲間となってくれた人達も。

 

 そんな彼らを傷つけないように、俺は彼らをゆっくりと『絢』の近くに降ろした。

 

 ここからは別行動。

 

 アカネさんと内海はグリッドマンを開放すべくアカネさんの家へと向かい、響と宝多さんは絢へと。

 

 そして俺の仕事は、遠くでうごめきだしている黒い仮面がこちらへ向かわないように足止めをすることだ。

 

 アカネさんを傍で守ることはできないが、今はわがままを言っている場合じゃない。なので、せめてもと内海へと。

 

「内海、アカネさんのことを頼んだぞ」

 

「おう! 任せとけ!」

 

 なんてガッツポーズとともにカッコつけて飛び降りる内海。

 

 だが、高いところからジャンプする経験もなかったのだろう。よろけてすっこける。慣れないことをするからだと、不安が先立つが……まあ、こいつはこいつでいざって時には何とかしてくれるだろう。自分の立てた作戦なんだからやる気十分だろうし。

 

 その一方で響と宝多さんは内海と違って難なくと……いや、なんかさりげなく響の奴が手を貸してたりするんだが……。お前ら、この半月の間になんかあったか?

 

 この土壇場になって気になることが増えたけれど、それを聞くことができないまま、手を振り家へと駆けていく二人を見送る。

 

 そして最後に……。

 

「……リュウタ君」

 

 巨人の掌から俺を見上げる、アカネさん。

 

 その顔には明らかな不安の色が浮かんでいて、声もか細く、擦れていた。

 

 気持ちがわかるとは、言えない。けど、まだ迷いが晴れていないのだろうとは察しがついた。

 

 ようやく俺達と話ができたというのに、空気を読まない悪魔のせいで大ピンチ。多少は場慣れしている俺はともかく、アカネさんの内心は落ち着くどころではないはずだろう。

 

 俺だって本当は……。

 

(……もう決めただろ?)

 

 心のどっかでもたげた情けない弱気をねじ伏せて、せめてかっこいいヒーローらしく、アカネさんに言う。

 

「……大丈夫、絶対にうまくいくから」

 

 ヒーローはこんな時、不安を見せたりしない。その心こそが希望の象徴。

 

 今、この時くらいは、大切な人にそう見てほしくて。

 

「……っ」

 

 アカネさんがどう思ってくれたかはわからない。けれど、アカネさんは少し無理をしながらでも笑顔を見せてくれた。

 

「……うん。リュウタ君、がんばって」

 

「っ、ああ……!」

 

 そう言ってくれたら、きっと大丈夫だよ。

 

 アカネさんはきっと気づいていない。

 

 あのサッカーの試合みたいに、君が応援してくれるだけで、俺は不安もなにもなくなるって。きっと勝てるという勇気が湧いてくることを。

 

 だから、立ち上がった力は前にも増して力がこもっていた。今なら負ける気がしないほどに。

 

 そして……

 

『新条アカネは行ったか……』

 

「ああ、アカネさんが頑張っている間に、俺たちであいつを止める……!」

 

 離れた場所で待っていたグリッドナイトと並びながら、気持ちの悪い動きをし始めた黒い塊をにらみつける。

 

『ンンンンっ……!』

 

 塊があくびのようなふざけた声を上げると、周囲を覆っていた光の輪が、ガラス細工のように砕け散り、巨大なアレクシスの姿があらわになる。

 

 思っていたよりも早い。

 

 それだけ、あいつの力が強いのだろう。アレクシスの存在もより確かになっているのがシグマの眼を通して感じられた。

 

 俺は息を大きく吸って、ずっと共に戦ってくれたシグマに語り掛ける。

 

(最後の戦い、かな……?)

 

『ああ、そうなるだろう。だが、もう何も心配することはない。君には信じられる仲間がいる。誰かを犠牲にすることでしか己を満たせないアレクシス・ケリヴに、君が負けることはない』

 

(……今のうちに言っておくけどさ、シグマと出会えて本当に良かったよ)

 

『それは私が言うべき言葉だ。共に戦ってくれてありがとう、リュウタ』

 

 お互いにお礼を言い終わると同時に、アレクシスの体が変化しはじめる。

 

 さっきまでの醜いブクブクに太った巨体ではなく、俺達と同じくらいの大きさに圧縮された闇の巨人の姿へと。

 

(ったく、なんなんだよ、その気取ったマント)

 

 見るからにラスボスといった風情になったアレクシスは、見た目とは違う呑気な調子で語り始める。

 

『いやいや、さっきは焦りすぎたねぇ。とても美味しい情動だったから、どうしても次が欲しくなってしまって。やはり食後には一休憩が必要だったようだ』

 

 無駄にイケボじゃなかったら、どっかの居酒屋で飲んだくれている親父のようだが、俺としては笑えるはずもない。

 

 カミサマを吸収しきったということは、文字通りこの世界の神に等しい力を手に入れたということ。アカネさんの時は手加減してくれていたが、さっきのように、こいつは全力で攻撃してくるに決まっている。

 

 そのための策は考えたとはいえ、うまくいくかどうかは未知数。本音を言えば、こいつをぶっ飛ばしたいっていう強い敵意がなければ、戦いたくない気持ちも強い。

 

「……満足したなら、さっさと出てけよ。お前に出してやる感情なんて、俺達の世界にはもう一つもないからさ」

 

『店仕舞い、というには日が高くないかい? そんな無体なことは言わないでほしいね』

 

「迷惑な客はお断りなんだよ」

 

 アレクシスの余裕の態度は、まるで俺達が眼中にないようだ。

 

『つれないことを言わないでくれたまえよ。同じ少女に惚れ込んだ者同士じゃないか!』

 

 こい、つ……。

 

 俺への挑発だろう。そんなことを嗤いながら言ったアレクシスは、しかし、その後で自分が言った言葉に疑問を覚えたようで、

 

『ふむ、なるほど……?』

 

 と首を傾げた。

 

 アレクシスは何かを初めて理解した子供のように、続ける。

 

『ああ、そういうことだったんだねぇ……』

 

「なにがだよ……」

 

『いや、ね……私自身でも疑問だったんだよ。世界には人間なんていくらでもいる。それこそ、アカネ君に負けないほどの情動を隠した子だっているだろうさ。

 なのに、私はどうして新条アカネ君にここまで固執したのだろうか、と……』

 

 悠久の時を生きたアレクシスは文字通り、多くの人々を食い物にしたのだろう。アカネさんだって、その一人に違いないのに、グリッドマンという邪魔者が来て、アカネさんが言うことを聞かなくなっても、悪魔はアカネさんのそばから離れようとはしなかった。

 

 その理由は……。

 

『つまりね、私はアカネ君に惚れ込んでいたんだ』

 

 アレクシスはくつくつと気持ちの悪い声をあげる。

 

『彼女の鬱屈した精神に、抑えきれない衝動に、どうしようもなく脆い感性に、私は魅力を感じていた』

 

 それは魔人でさえ予想外だと言わんばかりに。

 

『アカネ君の情動を取り込んだ影響か……今の私には感情が少しだけ理解できるようだ……! これは、オモシロいねぇ……♪』

 

「ふざけんなよ……」

 

 口から、怒りがこぼれる。

 

 なにが、好きだ。なにが、惚れているだ。

 

 それでこいつは何をした?

 

 寄りそうでもなく、励ますのでもなく、支えるのでもなく、こいつはアカネさんを閉じ込めた。殺意を育てた。地獄へと誘った。

 

 そうして、アカネさんの苦しみさえもエサにしていただけだろうが、この寄生虫は。

 

 きっと根本的なところでこの生物と俺達の心はかみ合ったりしないのだろう。アレクシスはその憤りをたやすく無視しながら演説するように続ける。

 

『いいじゃないか……! 人間、苦しいのは嫌だろう? 痛いのは嫌だろう? 悲しいのは嫌だろう? 私はアカネ君にそんなものは与えない……!

 むしろ君のほうこそ、彼女の気持ちを波立たせ、不要な不安と痛みを与えた。彼女の自由を奪って、君という個人に縛り付けた』

 

 だがそんなアレクシスの言葉に……次第に敵意が混ざっていく。

 

『……なのに、どうしてアカネ君は君を選んだのだろうねぇ?』

 

 自由を捨てて、神であることさえ捨てて、ただの人間らしく人と過ごすことを選んだ。願っていたものは、力はすべて与えたというのに。アカネさんはアレクシスを拒絶した。

 

『決まっているだろう、アレクシス・ケリヴ』

 

 答えを告げるのは俺の隣に立った、アカネさんが生み出したヒーロー。

 

『新条アカネは貴様よりも、こいつのことが好きだというだけだ』

 

 俺にもどこが良いのかは、わからないがな。と余計な事まで添えて。

 

 でも、ありがとうな。

 

「そういうわけだから……いい加減、諦めろ。しつこいやつは嫌われるぞ、元カレ」

 

『ふふふふ……! ハハハハハ!!!!!』

 

 アレクシスは笑い出す。

 

『まったく、レプリコンポイド風情にそこまで言われるとは……! けれど、ありがとうリュウタ君……! キミのオカゲで、また一つ、新しい感情を知れたよ』

 

 

 

『キミは……どうしようもなく不快だ』

 

 

 

 言い終えるとともに、アレクシスの足元に漆黒の闇が広がる。それは底なし沼のようにビルを飲み込んでいき……

 

『だからこそ、キミにはこういう最期を与えよう』

 

 闇から現れるのは……

 

『大好きなアカネ君に殺されるがいい。もう一度、ね』

 

 

 

 

「うぉおおお!? これ、あれだろ!? ブルマァクのササヒラー!!」

 

「内海君!? いまそんな場合じゃないでしょ!?」

 

「あっ! そ、そうだった……!」

 

 なんていいながら、内海君はショーケースから目を離して、私の近くに来る。

 

 しかも微妙な距離を保ちながら。近すぎず、遠すぎず。

 

 リュウタ君と六花以外が近くに来るのは嫌なのは事実だから、口には出さないけど、それはそれとしてなんか私を意識しているのがバレバレな距離感が嫌だった。

 

 けど、そんなことを言えるような状況でもなくて、私はパソコンに向き直る。

 

(今のアレクシスの強さを、私は誰よりも知っている……)

 

 だって、あいつに力を与えた怪獣は、私が無敵にした怪獣だから。リュウタ君は足止めすると言ってくれたけれど、それが本当に可能なのかどうか……。

 

(だから少しでも早く、グリッドマンを復活させないと……!)

 

 焦りながら、この半月の間に雑多に積み重なったアイコンの隅の隅に追いやられていた『グリッドマン解凍』をクリックする。

 

「……パソコンで管理していたのかよ」

 

「元々はアレクシスが全部やってくれてたけど、カミサマ出してからは私がやるしかなくて。いろいろできるイメージがあるパソコンとタブレットにまとめていたの」

 

 数秒たつと、あの見慣れた解凍表示が出てくる。

 

(よかった……! まだ機能してくれてる……!)

 

 残っていたカミサマの力で、なんとかグリッドマンを……。

 

 けれど、その一秒後に私の全身の血が凍り付いた。

 

「うそ……」

 

 声がかすれる。

 

 確かにあの時の私は、グリッドマンを解き放とうなんて考えてはいなかった。

 

 グリッドマンが万が一にでもカミサマを打ち破れば、そこでリュウタ君の役割も終わってしまう。この世界にリュウタ君をとどめるためには、グリッドマンは不要な存在だったから。

 

 だからといってなんで私は……こういう間違いばかりをするんだろう。

 

「し、新条? グリッドマンの復活には、どれくらい……っ!?」

 

 画面をのぞき込む内海君も顔を引きつらせる。だって、そこに書かれていたのは……

 

「いち、じかん……?」

 

 三分間なんてものじゃない。

 

 グリッドマンが復活するまで一時間。

 

 あまりにも長い、一時間。その間を、リュウタ君はアンチと二人だけでアレクシスと戦わなければいけない。

 

 けれど、私にとっての絶望は、それだけで終わらなかった。

 

 ドンっ、といくつかのソフビが倒れるほどの揺れが部屋に伝わる。

 

「今度は何だよ!?」

 

 内海君が外を見ようと、慌てて窓のカーテンを開ける。目に入るのは、グリッドマンシグマとアンチがアレクシスと戦っている景色。

 

「あ、あれは……」

 

 内海君が絶句する。

 

 二人の巨人の前には、いくつもの影が立ちふさがっていた。

 

 真っ黒に塗られているのは、ウルトラマンの影絵にでも似せたのだろうか。でも、そんなのっぺりとした姿でも、それらが何であるかなんて、私にはすぐにわかってしまった。

 

 グールギラス

 

 デバダダン

 

 ゴングリーにゴーヤベック

 

 ほかにも、グリッドマンがやってくる前に作っては暴れさせていた怪獣たち。

 

 しかもアレクシスはコピー怪獣だからいいだろうと言いたげに、同じ怪獣を何体も出現させて、その数は私たちのいる場所からは数えきれないほど。ううん、きっとアレクシスの足元から無限湧きしてる。

 

 そんな私の作った怪獣が、私の大好きな人を殺そうとして……

 

「うっ、ぐぅ……ごほっ、ごほっ……!?」

 

「し、新条!? 大丈夫か!?」

 

 何も食べていなくてよかった。おなかの奥から酸っぱいものが逆流して、引きつったように私の体は自由を失って床へとへたり込む。

 

(これが、私への罰なの……?)

 

 自分のしたことを棚に上げて、どこかの神様に文句を言う。

 

 一時間。私はその長い時間、大切な人が自分の怪獣に痛めつけられる光景を見るしかない。何もできないまま、遅々として進まない解凍時間が早く終わるように祈りながら。

 

 それが、アレクシスの選んだ私へのお仕置き。

 

『アカネ君、見ているかい?』

 

 アレクシスの楽しそうな声が響く。

 

『ほら、見てみたまえよ! 君の怪獣がこんなにたくさんいるんだよ? 君の作った芸術品が! 凶暴な怪獣たちがこんなに集まっているんだよ?』

 

『喜んでいるかい? 楽しんでいるかい? 君の望んだとおりに、怪獣がヒーローを殺すんだよ♪』

 

 昔、ネットで見たウルトラリンチなんて言葉に腹が立ったことがある。ヒーローなんて元から理不尽で、たった三分間でかっこいい怪獣たちを殺していくのに、そんなヒーローが何人も集まって、怪獣に何もさせずにいたぶっていく。

 

 私が監督だったらこんな脚本にはしないのに、なんて。その日は怪獣が逆にヒーローを倒す妄想をしていた。

 

 目の前にあるのは、その景色だ。

 

 アレクシスが指さすと同時に、黒い怪獣たちが波のようにリュウタ君たちへと押し寄せる。

 

 リュウタ君もアンチも、逃げたりはしない。怪獣たちの進行方向には、私の家があるから。ビームを放ったり、剣で切り裂いたりしながら、必死に怪獣たちを食い止めようとする。

 

 でも、やっぱり数の暴力っていうのはある。

 

 背中から襲ってくる怪獣に気を取られたら、今度は腕を食いつかれる。近くの敵を切り伏せても、離れた場所からビームが飛んできて、他の怪獣ごとヒーローを焼こうとする。

 

 二人はそれでも頑張って、三分、五分と時間を稼いでくれるけれど、次第に体は傷だらけになっていく。ヒーローが私の怪獣にやられて……

 

 

 

『おやぁ? アカネ君、喜んだね?』

 

 

 

「っ……!」

 

 わた、し……? いま、なにを……?

 

 アレクシスが上機嫌に嗤い声をあげる。

 

『やっぱりねぇ! 君は怪獣が大好きだもんねぇ♪ どれだけ恋人が好きといっても、怪獣のほうが大好きなんだよ!

 新条アカネが、この景色を見て、喜ばないはずがない……!』

 

「ち、ちがう……! わたし、そんなこと……!」

 

『ごまかすことはないさ! 私は君の心を感じている! 君の偽りのない本心を感じている……! デバダダンのビームが、リュウタ君の胸を貫いたときだよ! 君は確かに思っただろ?』

 

『私の怪獣はかっこいいなぁ、とね!』

 

 心臓が握りしめられたように苦しくなって、私は口を押える。

 

「ふぅ……ふぅ……う、ぐ……!」

 

 息をするのさえも嫌になる。

 

 なんで私はこんなやつなんだろうと、思ってしまう。

 

 だって、アレクシスの言う通り。私はあの一瞬で思ってしまった。いつかグリッドマン達にやられたデバダダン。あの時、こういう風に勝ってくれていたら、なんて。

 

 そこにあったのは、間違いなく怪獣が好きな私の本心。

 

 私は、大切な人が私のために怪獣と戦ってくれているのに……!

 

「ちがう……! ちがう、ちがう、ちがう……!」

 

『何が違うというのだね! 君は怪獣がどうしようもなく好きな、怪獣が何よりも大切な人間じゃないか……! 今の君こそ、本当の君だよ! ほら、もっと見てごらん!』

 

 アレクシスが人形遣いのように怪獣を指揮する。

 

 怪獣が殺到するリュウタ君は、きっと私への言葉に怒ってくれている。息も絶え絶えで声を発する隙もくれないけれど、その一つ一つの動きに、アレクシスへの怒りが込められていることが私にもわかる。

 

 でも、そこまでしてくれているのに、怪獣がリュウタ君に攻撃をあてるたびに、アンチの鎧を傷つけるたびに、

 

『やめて……!』

 

 と血を流す私と、

 

『やった……!』

 

 と怪獣を好きな私が同時に叫ぶ。

 

『認めたまえ、新条アカネ君。

 やはり君には無理なんだ。元の世界に帰る? 仲間と幸せに暮らす? そんな夢のような生活があると思っているのかい? 君自身がそんな退屈は嫌いだというのに……!』

 

 アレクシスの声は私をバカにするように、けれども弱い私を誘惑するように。

 

『戻っておいで、アカネ君♪

 また大好きな怪獣を創ろうじゃないか♪ 私が君を……』

 

 

 

『退屈から救ってあげるよ』

 

 

 

「わたし……」

 

 本当にそうかもしれない。

 

 けっきょく、私は私だから。怪獣が好きで、人との距離が分からなくて、自分ばかりを優先しちゃう勝手な人間。

 

 たとえ、ヒーローが私のことを好きだと言ってくれても……

 

『怪獣が大好きな君が、ヒーローになれるわけないじゃないか!』

 

 

 

「それは……ちがう……!」

 

 

 

 声は、黒い影の間から聞こえた。

 

 私がその言葉に目を開いた瞬間、青い閃光が煌めいて、怪獣たちを吹き飛ばす。その景色は私にとってどうしようもなく嫌で、胸が苦しくなるものだったはずなのに。

 

 私は、ボロボロになったヒーローから、目を離せないでいた。

 

『なにが違うというのかな?』

 

 アレクシスの静かな問いに、リュウタ君は肩で息をしながら、答える。

 

「だから……なれるって言ったんだよ! アカネさんも!」

 

『ヒーローよりも、怪獣が好きだというのに?』

 

「ああ、怪獣が好きでも! ヒーローにはなれるんだよ……!」

 

 だって、

 

「俺みたいな奴だってシグマになれたんだ! 俺みたいな怪獣が好きで、でも誰にも言えなかった奴でも! 間違いだって何度もしても……! みんなが、アカネさんがヒーローだって言ってくれたから!」

 

『それは傲慢というものだねぇ』

 

 けれど、そんな言葉を遮るように、アレクシスは傷ついた巨人たちを嗤った。

 

『そもそも君がヒーローになれたとでも? フフフ! 怪獣相手に傷つき、シグマの体に取り憑かなければ生きていけない君がヒーロー? 笑わせるねぇ。

 友達が、アカネ君がヒーローだと言ってくれたからなんだというのだね。君の相棒は怪獣のヒーローもどき! 君も中途半端な偽物じゃないか……!』

 

『そんな君たちがヒーローなんて……!』

 

「ハっ……!」

 

 殺到する怪獣。

 

 鎧の輝きも失った、二人の巨人。

 

 でも、グリッドマンシグマは笑っていた。

 

「なるに決まってんだろ……!」

 

 ボロボロなのに、痛いはずなのに、私のせいでこんな絶望の状況が生まれているのに。リュウタ君は笑って、こんなこと、なんてことないと示すように戦っている。

 

「お前、知識が古いんだよ……! 昭和どころか、ウルトラマン以前の常識しか知らないのか? アカネさんと一緒にいたなら、少しはウルトラマンを見ておけば良かったのに……!」

 

 リュウタ君は負けていない。

 

 だって、リュウタ君の中のヒーローは、こんな状況でもあきらめないから。

 

 彼の中のヒーローは、作りものでも希望を与えたウルトラマンは、こんな絶望なんていくらでも乗り越えてきたから。どんな人でもヒーローになれると証明したから。

 

「世界を知らない子供でも、ヒーローになれたんだ!」

 

「人とは違う存在でも、ヒーローになれたんだ!」

 

「怪獣との共存を望んでも、ヒーローになれたんだ!」

 

「償えない過ちを犯しても、ヒーローに戻れたんだ!」

 

「たとえ悪から生まれたとしても、ヒーローになれたんだ!」

 

「家族を守る、それだけでもヒーローになれたんだ!」

 

 新しい世代が生まれるたびに、ヒーローの常識も変わっていく。

 

 戦う理由もそれぞれで、誰が資格を与えてくれるわけでもないのに、力に悩み、悲しみ、傷つきながらもヒーローとして成長する。それがウルトラマンの物語。

 

「そしてきっと、これからも……新しいヒーローが生まれるんだよ! 俺たちが想像つかない新しいウルトラマンが、みんなの希望になるんだよ……!

 だからお前の古い常識で、俺たちを、アカネさんの生き方を決めるな……!」

 

 りゅうた、君……

 

(私でも、本当になれるのかな?)

 

 小さいころ、私はあの光の中に入れなかった。入りたいと思えなかった。画面の向こうの子供みたいにヒーローを応援しないで、怪獣ばかりを応援していた。

 

 そんな私が……

 

『なれる』

 

 紫の巨人が強く言いながら、私を見た。

 

『なぜなら、俺は新条アカネの心から生まれたからだ』

 

 アンチ……

 

『新条アカネ。

 お前に誰かの証明が必要だというなら、俺を見ろ。俺はヒーローとなり、いつかグリッドマンさえ超えてみせる……!』

 

 アンチは、ううん、グリッドナイトはグリッドマンシグマと並びながら、アレクシスをまっすぐ見る。

 

 最初は怪獣だったのに、グリッドマンを倒す怪獣として作ったのに、憎しみだけしか与えなかったのに。そんなアンチが、怪獣からヒーローになれるなら。

 

 私でも……!

 

『いくぞ、グリッドマンシグマ』

 

「ああ……! 中途半端でも、怪獣でも……!」

 

 ヒーローになれる。

 

 二人の巨人から青と紫、二つの光があふれる。

 

 それは重なり、混ざり合い……

 

「シグマが……変わる?」

 

 

 

『一つ、考えがある』

 

 シグマはあの屋上で俺たちに告げた。

 

 確証があるわけでもなく、失敗するかもしれない。何より、俺とグリッドナイトの心が合わさらなければ達成できないと。

 

 それはシグマの枷を外す方法。

 

 グリッドマンがいない以上、フィクサービームで俺の体を戻し、シグマの真の力を開放するという方法はとれない。

 

 だが、本来の力に近づけるかもしれないというのがシグマの提案だった。

 

 問題はその方法が、

 

「まさか、お前と合体とか……!」

 

 戦場の真ん中で、グリッドナイトと拳を突き合わせる。

 

 シグマが最大に近い出力を出しても、俺という存在を焼き尽くさない方法。それは別の力を取り入れて、俺の体の保護しつつ、パワーアップするというかなり強引な方法。

 

 しかもグリッドナイトと合体するというのだから、驚かされた。

 

『グリッドマンも、自らの力を新世紀中学生として独立させることができる。私たちは、そういう存在なんだ。だから、たとえ元が怪獣であっても、心を合わせれば……!』

 

 そして、心なんてとっくに合わさっている。

 

 俺たちは二人とも、中途半端で。ヒーローに憧れて、ヒーローになりたくて。なにより目の前のアレクシスを倒したい。

 

 今この瞬間だけでも、俺達の気持ちは同じ。

 

 だから、二人で叫ぶ。

 

 

 

「『アクセス、フラッシュ……!』」 

 

 

 

 心と体を合わせる変身の言葉。

 

 そういえば、と。最初の変身の時はヒーローごっこみたいで恥ずかしいなんて思ったことを思い出した。ウルトラマンが好きだったくせに、そんな恥ずかしさに囚われていた時が俺にもあった。なのに今はもう、この言葉がないと気合が入らない。

 

 みんな同じなんだ。人は変わっていける。元がどれだけ中途半端でも、間違いを犯しても、なにかきっかけがあって、一歩を踏み出せれば。

 

 だから、俺も……あの子も、ヒーローになれる。

 

 その願いを込めて、

 

「グリッドマンシグマ、ナイトアクセス……!」

 

 重なりあった俺たちの姿は、元と大きく変わることはなかった。

 

 いうなれば、ガイアV2とスプリームヴァージョンとの変化ぐらい。元々が青いシグマだから、そこに紫の差し色が入っても目立たないし、鎧も所々が鋭利になる程度の変化。

 

 でも、

 

『合体かね? ふーむ、そこまで変わったように……』

 

「『オラぁ……!』」

 

『……ぐっ!?』

 

 悪魔の言葉が言いきらないうちに拳を振りぬく。

 

 拳にあたる、固い鎧の感触と、それがかすかにひび割れた音。当然、それをした俺とグリッドナイトの気持ちはといえば

 

「『ざまあみろ……!』」

 

 の一言だった。

 

 地面に転がるアレクシスを守るように怪獣たちが湧いて出るが、今の状態なら苦じゃない。

 

 結局、数の暴力も攻撃が当たらないと意味がないんだ。

 

 その点で、いまのナイトアクセス……俺が考えた名称だが、この形態はスピード特化型。グリッドナイトは元々、素早い攻撃や斬撃が得意という点でシグマと同じだったから、素直にその長所が引き上げられたのだろう。

 

 雄叫びを上げる怪獣の群れの中、足取りは軽く、踊るように戦える。

 

 上、下、右、左、ってもう全方位から攻撃の手が向かってくるが、三人が合わさった体なら死角はほぼなく、一刀ごとに切り伏せ、蹴り飛ばし、怪獣を倒していく。

 

『だが、これではキリがないぞ……! あれをやれ、グリッドマンシグマ……!』

 

「あれって……ああ、あれか!」

 

『「シグマナイト、スラッシュ……!」』

 

 グリッドナイトと言葉を合わせるとともに、両手から紫と青の刃が放たれる。けれど、それはいつものように刀として使われず、腕から離れると燕のように宙を舞い、怪獣を切り裂きながらアレクシスへと向かって……

 

『ぐぉおおお!?』

 

 あのむかつく仮面にぶち当たり、派手に爆散した。

 

 絶対にこの戦いで、あの仮面をめちゃくちゃに壊してやる。

 

『同意見だ……』

 

「あの中の予想、しておくか? 俺はエイリアン顔に賭ける」

 

『ならば俺は……機械仕掛けだ』

 

 とはいえ、そう簡単にうまくいくはずもなく、

 

『随分と余裕じゃないか……!』

 

 アレクシスは立ち上がると、ヒビの入った仮面に手を当て、それを一瞬できれいに直す。もしかしなくても、俺達のやり取りが地味に効いているのか?

 

『半端者同士が合体したところで……などというのは敗北フラグというものだというから、言わないでおこう。だが、その姿でも本来のグリッドマンシグマの力には届かない』

 

 アレクシスはさらに怪獣を生み出しながらも、余裕を崩そうとはしなかった。

 

 あいつにもきっと意地があるのだろう。今のあいつはどれだけアカネさんの心を揺さぶれるかだけを考えているから、自分で戦えば余裕だろうにわざと怪獣で俺達を始末しようとしてくる。

 

 そこはつけ入る隙だが、アレクシスの言う通り、この姿は急造の応急処置みたいなもの。さっきまでの状況を振り出しに戻すくらいがやっとだろう。けど……

 

『合体ウルトラマンは勝利の合図……!』

 

「なんか、ここまで染まると思ってなかったよ……」

 

 すぐ隣でグリッドナイトが気合を入れているのを見ると、何とかなる気がするから面白い。

 

 一方でアレクシスもバカじゃなく、さっきまでの影絵怪獣だと足止めにもならないことは分かっているのだろう。

 

『あぁ……アカネ君の情動の高まり、転換を感じる……! このショーが終わったとき、どれほどの情動を味わえるのか……!』

 

 気持ち悪い言葉が発せられるとともに、怪獣たちがぴたりと足を止め、次の瞬間に風船に空気を入れ込んだように、膨れ、破裂した。中から出てくるのは、奇妙な形をした一つ目の化け物。なんだかレギュラン星人に似ているが……

 

『さあ、次は中の人の出番だ……! アカネ君のむき出しの敵意と殺意……楽しんでくれたまえ』

 

「グリッドマンが戻ってくるまで……!」

 

『ああ! 食い止めるぞ、リュウタ!』

 

 

 

 

「おい新条! なんか手はないのか……!?」

 

「な、なにか……?」

 

「なんでもいいんだよ! リュウタ達、助ける方法はねえのか!?」

 

 窓の外を見ていた内海君がいきなり振り向くと、私の肩をつかんで揺さぶってきた。

 

 なんというか、ちょっと怖いくらいに気合が入っていて、目がらんらんと輝いているのがやばい。少し前の私なら、きっと逃げ出していたと思う。

 

 けれど、内海君は私に言う。

 

「あいつがあそこで戦ってて、あんなこと言ってやがんだ……! 俺達だって、待ってるだけじゃダメだ! 俺だって、ずっとヒーローチームやってきたんだ! 最後くらい……!」

 

 お前も、そうじゃないのか?

 

 と、熱血ウルトラマンオタクが目で尋ねてくる。

 

 それは私の苦手な人の熱量。けど、

 

「あいつは、新条を信じているんだから……! お前が応えてやらないで、どうするんだよ!?」

 

「っ……!」

 

 そうだ。リュウタ君は戦っている。私を守るために、私なんかを信じて、肯定してくれている。この状況のすべては、私が原因だというのに。

 

 だったら、私も見ているだけでいいはずがない。

 

 あの人を好きだというのなら、私も……。

 

「私にしかできないこと……。私の、やるべきこと……!」

 

「お、おい!? 新条!?」

 

 どさくさに紛れて距離を詰めてきていた内海君を軽く突き飛ばして、部屋の奥、怪獣ソフビが並んだその向こうに置いてあった小さな箱を抱えて戻ってくる。

 

 それは……

 

「これ、怪獣か……?」

 

「うん。……キンググールギラスの前に、作っていたメカ怪獣」

 

 リュウタ君が私の正体を知ったと、アレクシスに知らされる前に気まぐれで作った機械仕掛けの恐竜。

 

「グリッドマンがロボットみたいになってたから、私もあれくらいできるって、自慢したくて……」

 

 最後は合体怪獣の魅力に負けて、日の目を見なかった没案。どこかで見た気がするかっこいい竜。

 

(正直言うと、ヒーローっぽくしすぎて苦手だったんだよね……)

 

 だから仕舞い込んでいたけれど、今なら……!

 

「カミサマはアレクシスの力を再現できるようにしていたから、同じように怪獣を巨大化させて、二人を助けられるかも……!」

 

「……っ!?」

 

 驚いた表情を浮かべる内海君を放置し、怪獣の人形を机に置いて、パソコンを操る。

 

 こちらはグリッドマンと違って変なロックとかをかけていないから、すぐに巨大化させられるはず……!

 

「あった……!」

 

 確か、巨大にするコードは……

 

(インスタンス……っ)

 

 でも、その瞬間にある景色がフラッシュバックして、指が止まった。

 

 これまで私の作った怪獣が行ってきた破壊。私の怪獣が殺してきた人々。そして、あの夜にバカな私が呼び出して、リュウタ君を殺してしまったこと。

 

 そんな私が生み出した怪獣が、本当に二人を助けてくれるのか……。

 

(もしかしたら、また……、今度は……)

 

 その迷いと恐怖を、

 

 

 

「おい! こいつ、名前は!?」

 

 

 

 ウルトラオタクの声が、かき消す。

 

「えっ、な、名前!? いま、そんなこと言うの!?」

 

「言うに決まってんだろ!? 名前はめっちゃ大事じゃねえか! シグマとグリッドナイトを救って、アレクシスをぶったおす! その切り札になるんだろ!?」

 

 内海君は、怪獣をキラキラした目で見ながら叫ぶ。

 

「だったら、最高にかっこいい名前をつけないとダメだろ!!」

 

 本当に、この人は状況を理解できているんだろうか、って思った。

 

 外ではリュウタ君たちが怪獣のナカノヒトと戦っている。まだ互角くらいだけどいつ均衡が崩れるかわからない。

 

 私はともかく、アレクシスが戦いに勝ったら、みんなは殺されちゃうのに、それでも新しい怪獣に希望を持っている。

 

 こんなバカな人を見ていたら、と思ってしまった。

 

(私が、誰より、なにより、怪獣が好きなのに……!)

 

 私が、自分の生み出した怪獣を信じないでどうするんだって。

 

 やっぱり私は負けず嫌いでメンドクサイ。

 

 今この時に、内海君を見て思うのが、感謝とかじゃなくて、私のほうがすごいなんて対抗心なんて。

 

 だから、

 

「っ……!」

 

 首にかけていた、赤い石の入ったネックレス。リュウタ君がくれた、大切な贈り物。

 

 その石を、怪獣のお腹に無理矢理埋め込む。粘土がすこしいびつになるけれど、かまうことはない。きっと、私の気持ちが、この怪獣に力を与えてくれるから。

 

「決めた……!」

 

「名前か!?」

 

「うん……!」

 

 その名は、

 

 

 

「ダイナ……!」

 

 

 

 私が初めてつける、ヒーロー怪獣の名前。

 

 私とリュウタ君を結び付けてくれた、あのウルトラマンの名前。

 

「ダイナミックのダイナ、ダイナマイトのダイナ……!」

 

 強くてかっこいい、私たちの怪獣。

 

 そして、怪獣が、あの人が、

 

「大好きの、ダイナ……!」

 

 内海君は、その言葉を聞くと。勝手にキーボードを叩いて、画面に文字を打ち込む。

 

 してやったりな笑顔で。

 

「インスタンスなんちゃらより、味方怪獣の出撃なら……!」

 

 

 

『Access Code :___________』

 

 

 

 ほんと、ちょっとおせっかいな人だと思うけど、この文字は確かにかっこよかった。そこへ私が文字を打ち込んで、怪獣に命が吹き込まれる。

 

「お願い、リュウタ君を助けて……! ダイナドラゴン!!」

 

 

 

『Access Code :Dyna Dragon』




√=平方根、不完全

Σ=総和

√Σ:不完全なものの集まり

ラストのダイナドラゴン出撃は最初から考えていたので、書けてよかったです。


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集・結

ほんとに遅れてごめんなさい。


 あくまで個人的な意見だけれど、特撮好きに言ってはいけない言葉のNo.1はこれだと思う。

 

『中に人がいるんだろ?』

 

 まあ、言いたいことだけはわかる。特撮は作り物で、ヒーローや怪獣は着ぐるみ。特撮に興味のない奴はしょせん偽物だろと馬鹿にすることが多い。

 

 だが、わかってない。

 

 みんな、そんなことは理解しているんだ。わかっていて、なお愛している。わかっているけれど、わかっていないふりをしている。

 

 偽物を本物に変えることがどれだけ偉大なことかわかっているからだ。長年受け継がれた特撮技術とアクターさんの演技。それが現実に存在しないロマンを、現実にする。

 

 その空想科学を、特撮オタクたちは愛しているのだ。

 

 なので、中に人がいることは欠点でもなんでもなく、俺にとってはそれもまた特撮の良いところ。それを馬鹿にするような言い方されると、

 

「あー!! お前、マジでむかつく!!」

 

 特撮の特撮たる何たるかをわからず『中の人』とやらを差し向けてきた黒マスクへ、無数のギロチン光線を発射する。

 

 グリッドナイトと融合したおかげで、高速戦闘だけでなく切断攻撃はさらに得意になった。それらはアレクシスの馬鹿野郎の顔面に向かって、何度はじかれてもブーメランのように向かうはずだった。

 

 だが、それらが当たる前に、

 

「キャキャキャキャキャ!」

 

 不気味な笑い声を出しながら、アレクシスのいう”中の人”が叩き落してしまう。

 

 どこかグリーザみたいな底知れなさを感じさせる、いびつな姿。しかも、一体だけなら対処のしようもあるのに、

 

「ちぃっ……!」

 

『リュウタ、まだ来るぞ!!』

 

「あー、もうっ! 数が、多いんだよ……!!」

 

『グダグダ言う前に、落とせ!』

 

「わかってるっての!!」

 

 叫ぶ間にも一匹いれば十匹だっけか。家の中に出てくる黒いアイツみたいに、わらわらとビルの合間から一つ目の餃子頭が生えてきた。

 

「キャキャ♪」

 

 そいつらは上空に飛び上がると、ぐねぐねぐねぐねと体をよじらせながらこちらへ殺到し、鋭く伸ばした爪先を突き付けてくる。バックステップでよけると、地面に大きな陥没が生じてしまうほどの威力だ。雑魚戦闘員くらいの量がいるのに、そこらの怪獣よりも力は強い。

 

 とはいえ、こちらも強化形態になった以上、無様な戦いはできない。グリッドナイトの叱咤を受けながら、右手で光の剣をふるっていく。いくら虫並みに素早いといっても、速度じゃ負けない。

 

 だが、

 

「キャキャっ?」

 

「キャ!」

 

「キャキャキャキャ♪」

 

 切る感触はバターのようで手ごたえがない。

 

 まさか本体はアレクシスの足元に発生している影なのだろうか。不気味な怪人たちは、切り裂かれたことにも気づいていない様子で爆発していく。

 

 暖簾に腕押し、柳になんちゃら。

 

「一体一体はそれほどじゃないのに、とにかくキモイし、キリがない……!」

 

『奴はこちらを消耗させるつもりだ。ムキになりすぎるのは禁物だぞ、リュウタ』

 

「それもわかってるんだけど……」

 

 正直に言えば、さっきまでのほうが気持ちは楽だった。アカネさんの「私が考えた最強怪獣大行進♪」状態だったし。この怪獣ですらない怪人たちとの戦いは、体力に加えて精神的な負担も多い。

 

「にしても、中の人……ね」

 

『知っているのか、リュウタ?』

 

「知っているというか、なんというか……」

 

 ”中の人”。その名の通り、怪獣というガワを破って出てきた不気味な怪人たち。

 

 つまりは今までの怪獣を着ぐるみと見立てて、その中に入っているむき出しのエネルギーとでも言いたいのだろう。怪獣に備えられていた各種ギミックがなくなった代わりに、動かせるエネルギーは大きい。

 

『なるほど、確かに枷が外れたような動きだな』

 

『だが、美学が足りない……!』

 

 わかってんじゃないか、グリッドナイト。

 

 重力やビルという障害物もなんのそのと動き回る。『スーツアクターは重い着ぐるみを着たまま、あんなにすごい動きができるのだから、生身ならとんでもない身体能力に違いない』。

 

 そんなメタな発想で生まれたような怪人たち。

 

 だがな、アレクシス。お前、そろそろ覚悟しておいたほうがいいと思う。

 

「ぜったい、ぜーったい、アカネさんはキレてるぞ!!」

 

 おい、わかってんのかアレクシス。アカネさんがこれを見てんだぞ!

 

 怪獣大決戦ならまだしも、言うに事欠いて”中の人”だぞ!? アカネさんが寝る間も惜しんで、デザインから能力まで考えまくっただろう怪獣達を着ぐるみ扱いしているんだ!!

 

 ほら、耳を澄ましたらブチギレモードのアカネさんの声が……

 

 

 

『わかってない! わかってないよ、アレクシス!!!!』

 

 

 

「って、あれ?」

 

『……む?』

 

『…………』

 

 ……なんで、本当に聞こえるんだ?

 

 突如として聞こえてきた、想像通りのアカネさんの怒声。その発生源は遥か上空。そして、俺もシグマもグリッドナイトも、そしてアレクシスさえも茫然と上を見上げた瞬間だった。

 

 ゴウっ!!!!

 

 空気の震えと共に目の前が真っ赤に染まった。

 

 それが巨大すぎる火炎放射によるものだと認識する間に、殺到してきていた中の人軍団は灰になっていく。自分たちに向いていないとわかっていても、鳥肌が立つほどの怒りの炎。

 

「な、ななななな……!?」

 

 俺が慌てる間に、さらなる怒りの攻撃が続く。今度も上空からバラバラバラバラと無数の銃弾が怪人に向かって叩き込まれ、哀れな中の人はギャグマンガのように吹っ飛んでいった。

 

 そして、その攻撃を行った正体はといえば……

 

『……鳥か?』

 

『いや、戦闘機だろう……。ガッツウィングのような』

 

「ちがう……。あ、あれは!!」

 

 見た瞬間、俺の血が湧きたった。

 

 確かにそれは鳥のようでもあり、防衛隊が乗りこなす戦闘機のようにかっこいい飛行機でもあり。だが、なによりそれは、

 

『中の人とか、ほんとにふざけてるの!?』

 

 地面に降り立つ巨体。

 

『いい!? 怪獣はかっこよくて、強くて、怖くて……!』

 

 怒りの叫びとともに振るわれる巨大な爪。

 

『私の怪獣に、中の人なんていないんだから!!!!』

 

 そうして見事な変形を果たして俺達の真横に降り立った姿は、

 

「かっけーっ!!!!!!!」

 

 まごうことなき”怪獣”だった。

 

 赤と金に彩られたメタリックボディ。頭部はギャラクトロンのように、鋭くヒロイックなデザイン。男の子のロマンがすべて詰まったような、最高にかっこいいロボット怪獣。そこからアカネさんと、

 

『見たか! 合体超竜ダイナドラゴンの実力を!!』

 

 なぜか内海の声まで聞こえてきた。

 

『アレクシス! てめえの怪人軍団なんか、ダイナドラゴンの前だと屁でもないんだよっ!!』

 

 自慢の作品を見せびらかすような内海。だが、どう考えてもこの怪獣はアカネさん製だ。当然、そんな調子で話はじめるとアカネさんが黙っているわけがない。

 

『はぁ!? 私の怪獣なんだけど! わ・た・し・の! 内海君のじゃないんですけど……!』

 

『ちょ、ちょっとくらい、いいじゃねえかよ!? 俺にも言わせてくれよ!!』

 

『よくない! そういうセリフ、私が言いたかったのに!!』

 

 すると、ダイナドラゴンはくるっと俺のほうへと向いて、

 

『リュウタ君、お待たせ! 助けに来たよ!!』

 

 という。それはさっき別れた時の後悔や不安いっぱいのアカネさんとは違って、どこまでも楽しそうで、自信満々な、俺の大好きな彼女の姿だった。

 

「ハハハ……」

 

『ねえ、どうかなダイナドラゴン? ちょっとヒーローっぽくしすぎたけど、せっかくのメカ怪獣だし、シグマと並んでもかっこよくなるようにデザインしたんだけど』

 

「アハハ……!!」

 

 そんなの、

 

「もちろん、めっちゃくちゃかっこいい! やっぱ天才だよ、アカネさんは!」

 

 俺はここが戦場だということも忘れていた。

 

 だって、こんなの興奮しないわけがない。最終決戦に予想外の援軍が現れて、それが大切な彼女の作った怪獣だなんて。ウルトラマンメビウスの最終決戦みたいで、いや、それよりももっと熱く燃え上がる展開だった。

 

『……えへへ♪』

 

『そうだろそうだろ! 新条の作った、とっておきのロボ怪獣だ! 全長85m、総重量24万トン!! 飛行形態はなんとマッハ43! 口から火を噴き、空からミサイルの雨雪崩! これこそ超ド級の切り札だぜ!!』

 

『………………』

 

「おい、内海……」

 

『ん? どうしたんだよ……って、うお!? 新条! それで殴ったらシャレにならないって!?』

 

『うるさいっ! もう内海君は黙ってて!!』

 

 声しか聞こえないが、ダイナドラゴンの向こう側で何が起きているかは想像つく。いや、その場にいたら俺もスペックを叫びたくなるだろうが、アカネさんは怒るって。

 

 戦っている最中なのに、無性に向こうにいる内海に手を合わせたくなった。

 

 でも、

 

「ああ、アカネさんらしい……」

 

 自分の好きなものに素直で、ちょっとやそっとじゃ譲らなくて。そういえば、最初に出会ったときは怪獣の好みだけでずっと話を続けたっけ。

 

 なんだか、このダイナドラゴンといい、音だけで聞こえてくるにぎやかさといい、本当にアカネさんとの時間が返ってきた気がしていた。

 

 すると、

 

『……そうか、ダイナドラゴンか』

 

「シグマ……?」

 

『いや、なんでもない。こういうこともあるのだな、と思っただけだ』

 

 どこか懐かしんでいるような、不思議な感情に彩られた声だった。

 

 もしかして、シグマもこの怪獣について知っていることがあるのだろうか。時間があるなら、シグマとダイナドラゴンの物語も聞いてみたかったが、

 

『ハハハハ! まったく、ここにきて新しい怪獣とは! それも愛しいリュウタ君のためのとっておきかい!? まったく、妬けちゃうねえ!』

 

 今はその時間はないようだった。

 

 愉快そうに、余裕そうに笑うアレクシスへ、こっちも余裕のポーズを見せながら言う。

 

「うらやましいだろ?」

 

『だが、所詮は娯楽だね! 君たちが少しの希望を得たからなんだというのだね。私はまだほんの少しも力を見せていないのだよ?』

 

 アレクシスが手を振るうと、足元の陰から続々と中の人が生成されていく。ダイナドラゴンが焼き払った数を優に超えて、100体はいようかという規模だった。たった数人のこちらからすれば、確かに過剰な数の暴力。

 

(けど、関係ないさ)

 

 俺は口角を上げてアカネさんに尋ねた。

 

「アカネさん、いけるよね?」

 

『もちろん! 任せて!』

 

 そう来なくっちゃ。せっかくの共同作業なんだから。

 

「それじゃあ……行くぞ!」

 

 ああ、今ほどテレビの向こうに居たいと思った瞬間はない。

 

 ミニチュアの街の中を青い巨人と真っ赤なドラゴンが怪人軍団へ向けて突っ込むなんて、そんなの、そんなの。

 

(最高に、決まってるだろ……!!)

 

「っ!! シグマナイトショット!!!!」

 

 速度に勝るこちらが先行して、敵陣の前方に光弾をばらまく。すると、怪人たちは四方八方へと散らばって回避しようとするが、そこに後方から

 

『いくよ! ドラゴンロアー!!』

 

 広範囲を焼き尽くすダイナドラゴンの炎が殺到し、密度の薄いところから灰に変えていく。

 

 それでも数は大きく減らない。なにより愛さえ知らない怪人たちは、仲間の犠牲に何も感じていないだろう。

 

 だが、これで敵の層は薄れて、それぞれが一塊になった。そこを狙って、今度は高威力の攻撃を打ち込めばいい。

 

『くらえ! シグマナイトジャベリン!!』

 

 グリッドナイトの掛け声とともに、掲げた右腕に雷光が塊となった槍が出現。それを振りかぶって投げると、槍は俺たちが思い描いた通りの軌道を描く。針で縫い合わせるイメージだ。怪人たちの塊を貫通しながらジグザグに移動する槍は、次々に爆発を巻き起こして敵を減らしていく。

 

 近くの敵は消え去った。だが、これは第一波に過ぎない。

 

「アカネさん、上からくるよ!」

 

 爆発の影に隠れていたのだろう、ムササビみたいに腕を広げて大ジャンプをしている怪人たち。滞空しながら、その餃子みたいな部分に光が収束していく。遠距離からビームを撃つ心づもりなのだろう。けど、こちらの空中戦力も負けていない。

 

『任せて!』

 

『チェンジ! ドラゴンフォートレス!!』

 

『だからそれ、私のセリフ!!』

 

 内海の心底楽しそうな声とともに、ダイナドラゴンが光に包まれ、次の瞬間にはソニックブームを巻き起こしつつ巨大な戦闘機が上空へと駆け上がる。

 

 フォートレス、か。確かに要塞のようなごつくて、それでいてかっこいいフォルムだ。

 

 ダイナドラゴンの飛行形態『ドラゴンフォートレス』は一気に怪人たちを抜き去り、高高度に達する。すると、下部ハッチが開き、無数のミサイルが顔を出して、

 

『フォートレス、ミサイル!!』

 

 空に花火が舞い踊る。その中心が怪人たちとは思えないほどの美しさの中、ドラゴンフォートレスは旋回しながら花火の彩を深くしていった。

 

「ギャギャギャ!!」

 

 とはいえ、敵もただのやられ役ではない。

 

『リュウタ! やつらが巨大化するぞ!』

 

 残った連中が気持ち悪いおしくらまんじゅうを始めたと思いきや、ズモモモという醜い音を立てつつ、巨大な餃子頭が生えてきた。

 

「って、でかいな!?」

 

『ああ、Uキラーザウルスくらいあるぞ』

 

「最大火力のグリッドビームなら……!」

 

『いや、アレクシスが控えている以上、まだ使えないぞ!』

 

 頭の中でグリッドナイト、シグマと話を進めるが、その間に合体を終えた中の人は、こちらへの攻撃態勢を整える。次の瞬間には巨大な塊が突進してこようかという状況。だが、

 

『させるかぁ!!』

 

「ぎゃぎゃぎゃっ!?」

 

 怪人の横面を殴るように高速の飛来物が突撃していた。それはダイナドラゴンの頭部が独立して飛行機になったような、少し面白みのある造形の飛行機。

 

『見たか! ダイナファイターの威力を! しかもこいつはただの飛行機じゃないぜ!!』

 

 内海のオタクボイスが聞こえる中、その分離した飛行機、ダイナファイターが形を変形させる。翼を折りたたみ、持ち手とトリガーのような部位が現れ、俺達のところへとやってくる。

 

「これって……!」

 

 もしかしなくても、もしかするやつだよな!?

 

『ああ、ぶちかましてやれ! ドラゴニックキャノンを!!』

 

 ドラゴンの口が開き高エネルギーがたまっていく。極限まで光を放つそれは、今か今かと発射の時を待ちわびていて、俺はそれを担ぎ、

 

「いけ!」

 

『ドラゴンファイアー!!』

 

 ……………………

 

 ……………………あれ?

 

『トリガー、トリガー押すの……!』

 

 耳元でアカネさんがこっそり教えてくれた。

 

「ドラゴン、ファイアー!!!!」

 

 改めて発射された白熱する火炎放射は、巨大な中の人を容易に貫き、

 

『ぐぉおおおお!?』

 

 アレクシスまで殺到した。

 

「はぁ、これで……」

 

『片付いたな』

 

 中の人という、無粋な存在はもういない。アレクシスならまだ作れるだろうが、ここまで戦力差を見せたのだから、無駄な労力だとわかっただろう。いよいよ残るは本丸のアレクシス。

 

「さあ、監督気取りもそろそろ終わりだな……!」

 

 再び合体したダイナドラゴンと並び、構えをとる。

 

 しかし、用意した再生怪獣達を蹴散らされたというのに、アレクシスはクスクスと笑うのだ。

 

『まったく、君たちもとんだエンターテイナーだ。よく楽しませてくれる。……そう、楽しませてくれるねぇ』

 

「…………」

 

『私は感じている。こうしている間にも、すさまじい情動がこの身を駆け巡っているのを……! それこそ私の力、私の源……! 君たちはいまだにそれがわかっていない!!』

 

「……そういう段階的に強くなるやつって、ぜったい最後に負けるんだぞ?」

 

『ならば、倒してみるといい! できるものならねぇ!!』

 

 

 

 

『……そう、アカネ君。君にそれができるのなら、ねぇ?』

 

 

 

 マントを翻して、悪魔が動き出そうとしていた。

 

 

 

(もう、そろそろだ……)

 

 響裕太は、手のひらににじむ汗を感じながら、心臓を落ち着けようとしていた。もう間もなく、約束の時間を迎えようとしている。それはグリッドマンが解放されるまでの時間であり、仲間たちに約束した反撃までの時間だった。

 

 無茶だと思われた一時間という耐久時間は、仲間たちが少しずつバトンをつなぎ、ようやく満たされようとしている。

 

 仲間たちが待っていてくれる。

 

 もう一人のヒーローが必ず戻ってくると信じて。

 

(だから、俺は行かないと)

 

 目を閉じて息を整えると、裕太は元の色を取り戻したアクセプターを手に取った。

 

 あとはジャンクに光が灯れば、準備は完了。グリッドマンの封印は解かれ、戦いに戻ることができる。

 

 だが、

 

「これをつければ……」

 

(これを……)

 

 けれど、アクセプターを手首にはめられようとする直前で、手が震えてしまうのだ。

 

 覚悟はとうに決めたはずだった。リュウタたちにも待っていてくれと伝えた。なのに、最後の一線で、

 

(でも……俺なんかにできるのか?)

 

 と思ってしまった。

 

 それから何度も息を落ち着けようとしたが、心臓はうるさいほどに高鳴ったまま。それは今さらになって噴き出した恐怖以外の何物でもなかった。

 

 だが、それも仕方のないことだろう。

 

 裕太自身にグリッドマンとして戦った記憶はないのだから。

 

(みんなが俺を、グリッドマンを信じてくれている。絶対に負けられない戦いなのに……)

 

 これがいくつもの戦いを経ての最終決戦なら、争いを好まない裕太でも順応することができていた。だが自信につながる経験が裕太には存在しない。あるのは自分だけど自分じゃない、そんなヒーローが戦っていた奇妙な記憶だけ。

 

 それでも、

 

「これは俺にしかできないこと……」

 

 つぶやきながら、裕太は腕に力をこめる。もはやそれは勇気でもなく、強い使命感と義務感に駆り立てられてのもの。

 

「俺が、やらないと……!」

 

 だが、そんな裕太を、

 

「待って……!」

 

 止めたのは六花だった。

 

「り、っか……?」

 

 裕太は思わぬ六花の行動に絶句する。『絢』に来てから、六花はいつにもまして口数が少なかった。何かを悩むそぶりを見せていたが、ここまで一つの口も挟まなかった。

 

 そんな彼女は今、迷いながらも必死の表情をしている。『どうしたの』と裕太が尋ねる前に、六花は手に力を込めながらつぶやいた。

 

「違う。こんなのだめ……」

 

 それは自分に言い聞かせるように、あるいは裕太に言い聞かせるように。小さいけれど、震えながらだけれど、確かな声で。

 

 六花がゆっくりと顔を上げ、裕太と目を合わせた。

 

「これは、響君だけができることじゃない……。響君だけが背負うことじゃない……」

 

「でも、もう戦いは……!」

 

「わかってる! そんなのわかってる……。でも響君、怖がってるじゃん……」

 

「それ、は……」

 

 六花は目に泣きそうな光をたたえながら、首を振った。

 

「あたりまえだよ、そんなの。怖いに決まってる。いきなり怪獣と戦えって言われて、勝たないと世界の終わりって……。今の響君はグリッドマンじゃないのに、平気で戦えるわけないじゃん」

 

 だから、

 

「こんな、響君にだけ押し付ける形で、戦いに行ってほしくない……! ただ『行って来い』なんて、送り出したくない!」

 

「六花……」

 

 六花自身もわかっていた。これはただのわがままで、こんな場面で言いだすなんて、場違いにもほどがあると。だけれど、だからこそ、六花は自分の気持ちを止められなかった。

 

 それはずっと胸の奥にくすぶっていたものだから。

 

「最初からずっとそうだった。響君しかいないからって、私はただ甘えてただけ……。私がしてほしいことを、ただ押し付けてただけ。なのに響君は戦ってくれて、守ってくれて。それが普通だって、いつの間にか思ってた」

 

 でも、今はもうそんなことを六花は言えない。

 

「だって、アカネは私の大切な友達で、響君も内海君も、馬場君だって大切な友達で……だから、この中で誰かが戦いに行かなくちゃいけないなら」

 

 戦う理由があるのは、

 

「私だから」

 

「…………」

 

「私が行く。今なら私でも行けるはずでしょ? アカネやみんなのためなら、私でも戦えるから……!」

 

 アカネを救うというのがこの戦いの大きな目的なら、それを背負うべきは宝多六花だと。だから、アクセプターを奪おうとして、

 

「それは俺が嫌だよ」

 

「……っ」

 

 それは裕太には珍しい、男の子の意地に染まったような強い言葉だった。それだけは譲れないと、震えの一切ない断言だった。

 

 六花の見開いた瞳には、いつのまにか”戦う人”に変わった響裕太の顔が映っている。

 

 六花はそれに見覚えがあった。なぜなら、グリッドマンとして戦っていた時と同じ顔だったから。まったく記憶はないはずだというのに、あの時の裕太と今の裕太が重なって見えた。

 

 そして裕太も、

 

「俺が行く」

 

 今度こそ、迷いがない声だった。何かを納得したような、あっさりした声だった。

 

「なんで……!? 響君に戦う理由なんてないでしょ? アカネを助けたいのは私で、馬場君で、もしかしたら内海君もかもしれないけど。響君が危ない目に遭う理由なんてどこにもないでしょ?」

 

 六花は言い募る。

 

 言いながら、しかし、もう裕太の戦う理由がわかりきっていた。その理由を聞きたくないとも、でも聞いてみたいとも思ってしまっていた。そして、裕太は笑いながら言うのだ。

 

「ううん。それは違うよ。確かにあれはグリッドマンだったけど。それでも、今ようやくわかったんだ。……あれは、俺の意志でもあったって」

 

 考えてみれば昔も今も、知らない誰かのために戦いに行くなんて勇敢な人間じゃない。それが響裕太が知る自分自身。だけれど、そんな”響裕太”が戦いを選んだとしたら……きっと理由はただ一つ。

 

(結局、俺もリュウタと同じなんだろうな)

 

「……俺がしたいこと、俺だけがやりたいこと」

 

 これは義務なんかじゃない。やらなければいけないことじゃない。

 

 裕太を駆り立てる理由は結局のところシンプルだった。”彼女”が友達と笑っているときや、ふとした会話、夕日の差す教室で見つめた横顔から自然と生まれただけのもの。

 

 でもその感情は、青い巨人として戦っている仲間と同じくらいに強い。

 

 裕太は六花をまっすぐに見つめながら言った。

 

「六花を守りたいって気持ちは。六花が好きなのは、俺だけの気持ちだから」

 

 それが俺のやりたいことだから。

 

 新条アカネを助けるためだけじゃない。宝多六花の幸せを守るためなら、響裕太は戦える。

 

「……響くん」

 

 六花は、ただ目を丸くして固まっていた。だんだんと、その白い肌に紅が差して、耳までみたことないほど真っ赤な色になっていく。裕太はそこに至って、自分が何を言ってしまったのかを理解した。

 

「あ、こ、これは、その……! っていうか、あの時の続き、できてなかったし……!」

 

「い、今、そのこと言う……!?」

 

「ご、ごめん! でも、今くらいしか……」

 

「…………たしかに、そうだけど」

 

 はぁ、と少し悲しそうに、けれど諦めたように六花は大きく息を吐いた。

 

 「ああ、だめだ」という確信があった。もうこうなったら響裕太は譲ってくれない。だって、彼女自身が見てきた裕太という少年は、そうだったから。六花は赤くなった顔のまま、裕太に一歩近づいた。

 

「……響君。私、こういう時にごまかすとか好きじゃないから。ちゃんと、受け止めたいから」

 

「…………六花」

 

「響くんが本当にそうなら……」

 

 どく、どく、と気が付いたら裕太の心臓は大きな音を鳴らしていた。

 

 それは六花の胸の奥も同じで、ただ一人で立っているにはその音は大きすぎた。無意識のうちに支えを欲するように二人の距離が近づいていき……

 

「りっか……」

 

「ひびき、くん……」

 

 

 

「おーい、なにやってんだ。行くなら、さっさと行くぞ」

 

「「!?!?」」

 

 久しぶりに聞いた女なのか男なのかわからない幼い声に、二人は飛び跳ねた。

 

「ぼ、ぼ、ボラーさん!?」

 

「な、なんで……!?」

 

「なんでって、そりゃ。ようやく封印が解除されたからに決まってんだろ。俺だけじゃねえぞ?」

 

 机の上に行儀悪く座っていたボラーが指をくいと向けると、その先にはどこか所在なさげに立っている新世紀中学生の面々までいる。

 

「ねえ、ボラー。さすがに今のはタイミング悪すぎないかな?」

 

 ヴィットは面白いものを見損ねたという表情で、

 

「ああ。せっかくの青春の一ページが、だな」

 

 マックスは邪魔してしまったことを申し訳なく思っているという顔で、

 

「最悪だった、な……」

 

 そして、キャリバーは相変わらず感情がよくわからない様子で。

 

「あ゛ぁ!? じゃあ、いつなら話しかければいいってんだよ!? そのままだとおっぱじめる空気だったじゃねえか!?」

 

「「なにも始めませんって!?」」

 

「「「「わかった、わかった」」」」

 

「絶対にわかってないですよね!?」

 

 裕太が真っ赤になって否定するが、残念ながら四人ともまともに取り合ってくれる様子はなかった。だけれど、その時、裕太には不思議な感覚があった。

 

(あれ、っていうか……)

 

「俺、普通にしゃべってる……?」

 

 裕太にとっては新世紀中学生の面々とは正真正銘、初対面のはずなのに、もう何日も過ごしたような気安さ。それはだんだんと体になじんでいき、

 

『それは、君の体が覚えているからだろう。私たちのことを』

 

 知らないはずなのに、知っている声。それだけでわかった。

 

(ああ、やっぱり俺は、一緒に戦っていたんだ)

 

 意識がはっきりしなくても、記憶がなくても、自分が自分ですらなくても。このヒーローと一緒に戦った事実は裕太の中に確かに存在していた、と。

 

 だから、

 

「……おかえり、グリッドマン」

 

『ああ、裕太。……待たせてすまない』

 

 くすりと、裕太は笑った。それだけで十分だった。お互いへの謝罪も必要ない。裕太はそのことに安心したように、六花へと言う。

 

「うん。大丈夫だよ、六花」

 

「響君?」

 

「グリッドマンとなら。ヒーローと一緒になら、戦える」

 

 どんなに辛く怖い戦場でも、ヒーローと一緒なら。

 

 裕太は今度こそ、決意を固めてアクセプターを押しあてた。

 

 それは青く優しい光を放ち、元通りに裕太の手首に収まる。その瞬間に裕太はグリッドマンと自分が、一体になったのを感じた。いや、グリッドマンだけじゃない。新世紀中学生の面々や、六花、そして外で戦っている仲間たちとも。

 

 絆を紡ぐ力、絆を束ねる力。

 

 それが自分は一人じゃないと、強く感じさせた。

 

『状況は把握している。よく頑張ったな、みんな』

 

「ブロンズの中からでも、皆の奮闘は見えていたぞ」

 

「よく、あきらめずに頑張ったね」

 

「ま、ちょっとは褒めてやってもいいぜ♪」

 

「今度は、俺たちが、お前たちを助ける番だ」

 

 裕太はうなずきながら、ジャンクに向かって左手を掲げる。そして口を開こうとして、でも、その前に六花へと。

 

「あのさ、六花……」

 

「……なに?」

 

「よければ、だけど。応援してほしいんだ。そうしたら、もっと俺は頑張れるから」

 

「……うん」

 

 今度こそ響裕太は前を向き、口を開く。

 

 叫ぶ合言葉はもちろん。

 

 

 

「アクセス、フラッシュ!!」

 

 

 

 あふれる光の中、裕太の体がジャンクに吸い込まれる。裕太だけじゃない。新世紀中学生の面々も、六花に各々の調子であいさつをしながら、光となってジャンクに向かう。

 

 そして、

 

『六花、戦闘コードを打ち込んでくれ!』

 

『アクセスコードは……!』

 

 

 

「GRIDMAN」

 

 

 

「……いってらっしゃい、響君。頑張って」

 

 ここに、夢のヒーローが復活した。




あと二話で、本編完結予定でございます。




ここまで、本当に長らくお待たせして申し訳ございませんでした。
個人的にスランプに陥ったりしたこともありましたが、すべて言い訳でしかありません。

お待ちいただいた皆様には、ちゃんと完結させることで恩返しをしたいと思っております。
よろしければ最後までお付き合いください。


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救・済

とうとうここまで来ました!

第二部決めた時から、これだけはやりたかった!(そういうのばっかり!)



 苦しい時、悲しい時、辛い時、そして悔しい時、人はじっと下を見る。もうこれ以上の苦しみがないと、確かめるみたいに。

 

 そして嬉しい時、楽しい時、希望を確かに感じた時、人は上を見上げる。有名な歌詞にあるように、上を見ることそのものに、人を元気にする何かがあるのかもしれない。

 

 だからなのかな、俺たちのヒーローがいつも空の上からやってくるのは。

 

「……まったく、遅いんだよ」

 

 俺は上を見上げて、思わず苦笑いをしてしまう。

 

 一時間そこらも戦ってきたっていうのに、疲れや痛みもきれいに消えていった。だって、それに負けないくらい、いやそれ以上に『もう大丈夫』って心強さが生まれたのだから。

 

 何度も何度も目に焼き付けた光景。

 

 ピンチのピンチの、ピンチの連続、そんなときに空から光が降りてくる。

 

 そんな俺たちが信じてきたヒーローと、ウルトラマンと同じ輝きが目の前にあるのだから。

 

 空に開いたゲートから飛び出す流星。それはアレクシスの影を消し去るほどに輝きながら、俺たちの元へとやってくる。

 

 これが特撮番組なら、きっと今頃、盛大にオープニングテーマが流れているだろう。

 

 ぎゅんぎゅんと光が奥へ奥へと進み、ゲートの先の街の景色がぶわっと広がる。そこにゆっくりと番組のロゴなんかが現れれば完璧だ。

 

(タイトル……)

 

 何がいいかな。どんな言葉なら、このヒーローを表現できるだろう。オタク脳がフル回転して、そんなことを考える。

 

 光の巨人、超人、いやそれだけじゃ味気ない。……そうだ、きっとパソコンを使ったりデータっぽいところもこのヒーローの特徴になる。そんな彼らにふさわしい称号は……そう、

 

 

 

『電光超人、グリッドマン……!』

 

 

 

 そして、光の中から夢のヒーローが現れた。

 

 何度も見た、赤と青の装甲をまとったグリッドマンの姿。だが、それが変わる。俺はその光景を見ながら、ウルトラマンシリーズでも異色作だったセブンXを思い出した。鋭利でとげとげにアレンジされた、一見するとかっこいいセブンの姿。それが実は弱体化した姿だったという話。

 

 グリッドマンも同じだった。

 

 体を覆っていた装甲。その一つ一つがロックを外していくように変形し、その奥からさらなる光があふれだす。それは、ウルトラマンにそっくりな赤い巨人の姿。

 

「あれが、本当のグリッドマン……!」

 

『ああ、もう。……ずるいなぁ』

 

 感激しながら声がかすれる俺。そして、隣のダイナドラゴンからは、なんだかちょっと嫉妬していそうな、眩しそうな、噛みしめるようなアカネさんの声。

 

 でも気持ちは俺もわかる。きっと、これから何十年生きたとして、こんなにかっこよくて、一目見るだけで「勝ったな」なんて思える景色は見ることはないから。

 

 そして俺達とアレクシスの間に立ったグリッドマンは、顔だけで振り返りながら、あのかっこいい声で言うのだ。

 

 

 

『待たせたな、みんな。もう大丈夫だ』

 

 

 

「……お帰り、グリッドマン。それから響も」

 

『うん、遅くなってごめん』

 

 一人に見えるグリッドマン。だけれど、今は二人。この間までとは違って、響裕太とグリッドマン二人の意志が光の中に見えた。……あれ? でも二人だけじゃない気も?

 

『グリッドマンと裕太だけじゃねえぞ!』

 

「って、ボラー?! お前まで中にいんの!?」

 

『ああ、我々も元はグリッドマンの力だからな』

 

『完全体になったら、こっちに入っちゃうんだよね』

 

『ルームシェア、という、やつだな……』

 

 いや、それはさすがに情報過多じゃないの。それにかっこいいグリッドマンの顔から、カッコいいのか可愛いのかわからないボラーの言葉が聞こえると脳がバグる。

 

『はぁーっ!? ほんっと、可愛くねーな!! さっきまでベソかいてたくせによー』

 

「あぁん!? かいてないですーっ! っていうか、待たせすぎなんだよ! 何日ブロンズだったんだ!?」

 

『リュウタ、それを言われると我々もだが……』

 

「…………ボラー以外はおっけー」

 

『おいっ!?』

 

「……ははっ」

 

 いや、ほんと、こんなことしてる場合じゃない気もするけどさ。

 

(やっぱり、みんな揃ってるのいいな)

 

 なんて笑ってしまう。

 

 てんでばらばらだし、変な奴ばっかりだし、元怪獣もいたりするけど。これこそグリッドマン同盟って感じがするんだ。

 

「みんな、また会えてうれしいよ」

 

『お前も褒めてやるよ。ちょっと見ない間に、ずいぶん立派になったじゃねえか』

 

 ボラーは相変わらず小さいくせに教師っぽいんだか、先輩っぽいんだか。何もなければそのまま何時間でも話していそうだったけれど、そんな感傷に浸っている暇はない。

 

 俺達にはまず倒さなければいけない相手がいる。

 

『ちょっとみんな! 前、前!!』

 

 ジャンクを通して聞こえる、宝多さんの慌てた声。

 

 そして前方を見ると、

 

「私も混ぜてくれないかねぇ……!」

 

 動き出した黒マスクが迫っていた。

 

 しかもアレクシスの速度は俺が想像した以上。ちゃんと警戒はしていたのに反応が遅れてしまった。そのままアレクシスは刃物のように変化させた両手を俺へと振り下ろそうとするが、

 

 ドンっと、空気が震える音がした。

 

『私は言ったぞ、アレクシス・ケリヴ……! 彼らに『もう大丈夫だ』と! これ以上、誰も傷つけさせはしない!!』

 

『みんなが繋いでくれたんだ! 今度は俺たちが……!』

 

 グリッドマンが、響が、その拳でアレクシスの刃を抑え込んでいた。

 

『はぁっ!!』

 

『っ……!?』

 

 そのままグリッドマンはアレクシスの両手をはじくように退けると、後ろ蹴りを黒マントのど真ん中に打ち込み、その巨体を弾き飛ばす。一撃一撃で世界全体が震えあがるほどの攻撃にこっちまで鳥肌が立つが、俺だってただ見ているわけにはいかない。

 

(そうだ、作戦はここから……!)

 

 俺が思うのと同時に、グリッドマンがダイナドラゴンへと声を飛ばす、

 

『……アカネ!』

 

『…………っ!』

 

『まずはリュウタの体を回復させる。十秒、やつを食い止めてくれ! 頼む!!』

 

『…………うん、わかった!! リュウタ君をお願い、グリッドマン!』

 

 アカネさんの声に応えるように、ダイナドラゴンが吠える。

 

 そしてブースターを吹かせ、アレクシスが吹き飛んだほうへと突撃すると、各部からミサイルを撃ちまくった。少しでもやつの反撃を防ぐためだろう。その間にグリッドマンはこちらへと向き直り、

 

『準備はいいかシグマ、そしてリュウタ! 二人もフルパワーを出す時だ!!』

 

『ああ、兄さん!』

 

「任せとけ……!」

 

 俺たちの応答にうなずき、グリッドマンが胸の前に両こぶしを並べる。

 

 そこに集まっていくのは攻撃とは違う癒しの力。街や人さえ修復できる奇跡の技。前に作戦会議で決めていた。グリッドマンの本気が解放されたなら、ボロボロになってシグマに支えられた俺の体を修復すると。そうすればシグマは本気を出せるのだから。

 

 そして、

 

『フィクサー、ビーム……!!』

 

 あふれんばかりの光の渦に俺たちは包まれた。その瞬間に俺の体……そう体だ。今まではあやふやだったそれが確かになっていく。ほんのひとかけらくらいしか残っていなかったところに、両手足ができて、血と魂が通っていく感覚。

 

(これ……!)

 

 しかもそれに伴って、シグマの力をどんどんと感じていくのだ。今まで俺を守るためにハンデを強いられてきたもう一人のグリッドマン。本気のグリッドマンがあの姿なら、もちろんシグマだって同じくらいに強くてカッコいいはず。

 

 そう思ったとき、隣にふと気配を感じた。

 

 今までは全く同一の体であったのが、ここで初めて個々に分かれたからだろう。グリッドマンともやっぱり兄弟だとわかるほど似た、けれども青い巨人の姿。

 

『リュウタ、待たせてしまったな』

 

「こっちこそ、今まで窮屈させてごめん。……それと、何度も言うよ。ありがとう」

 

『私もだ。最後まで共に戦おう』

 

 ほんと夢みたいだ。

 

「……ああ! 一緒に行こう、シグマ!!」

 

 そして光に包まれたまま、俺は、俺たちは一歩を踏み出す。

 

 最初の変身の時はあんなに立つのもおぼつかなくて、重くてどうしようもなかった躰。それが今は、文字通り一心同体になって、どんな敵にも負けないほどに力強く感じる。

 

 目標はもちろんダイナドラゴンの攻撃をさばき切って、今まさに壊しにかかっているにっくきあの野郎へと。そのアカネさん最高傑作を、壊させるわけにはいかない。

 

『アレクシス……!』

 

「ケリヴ……!!」

 

『ぐっ……!?』

 

 外から見たら、きっと雷光のように見えたに違いない。フルパワーの解放。その勢いに任せた飛び蹴り。それは今までのどんな攻撃よりも力強く相手に突き刺さるが、すんでのところでアレクシスは食い止めてみせた。

 

『君もフルパワーか……! だが! それだけで勝てるとでも!? その姿でも敗北したのを、忘れたのかい!?』

 

 シグマもグリッドマン同様、最初の侵入時にアレクシスに敗北している。

 

『だとしても、今は違う! 私は一人ではない!!』

 

『そう、私が、私たちが共にいる!!』

 

 もう一つの衝撃。赤く染まった雷光は、同じように飛び蹴りを行ったグリッドマン。

 

 それもアレクシスのバリアに防がれてしまうが、ダブルヒーローの同時攻撃を、その程度で防げると思うな。

 

「いくぞ響……!」

 

『もっとパワーを!!』

 

 俺と響の叫びが重なる。

 

 それぞれ蹴り足にエネルギーを限界まで充填し、その光はどこまでも力強く輝いていく。それはグリッドマンとシグマの体を金色に染め上げるほどの威力となり、

 

『超電撃……!』

 

『キィーック!!!!』

 

 兄弟二人の息のあった掛け声とともにバリアが割れ、アレクシスに突き刺さった二つの雷光は、やつを白く発光させたまま彼方へと吹き飛ばした。

 

 ソニックブームってこういうのだったろうか、吹っ飛んだ軌跡にいくつもの空気の輪っかができる。だが、それだけで終わると思うほど、アレクシスを舐めてはいない。

 

 煙の向こうに黒い影。まだやつは戦える。

 

 グリッドマンと俺たちは飛ぶようにそこへ飛び掛かると、アレクシスとの肉弾戦に突入した。

 

 敵は両手を変化させた刃物に加えて、地面すら変化させて黒い槍や剣を向かわせてくる。いつどこから飛んでくるかわからない攻撃。

 

 だけれど覚醒した俺たちの知覚は、それすら読み切る。もはや人間離れしすぎて、自分一人じゃ制御できなかっただろう動き。これが本当のハイパーエージェントの力かと、ほれぼれするほど。

 

(いや、ほんとどんだけハンデかけてたんだよ……)

 

『そ、そんなことないぞ……! リュウタは立派に戦っていた!!』

 

 シグマがフォローしてくれるけど、正直、この状態を考えるとめっちゃくちゃ弱体してたのは実感してしまった。

 

(でも……!)

 

 今ならなんでもできそうだ。

 

 アレクシスが振り下ろす剣を左手で押さえ、俺はそのままくるりと一回転。すると左手に引っ張られてアレクシスの体が前傾状態に。一瞬だが腹を無防備にさらした形だ。

 

『そこへ、回し蹴り……!』

 

 回転の勢いを乗せて、真上へ蹴り上げる動き。普段だったらどうあがいてもできないことも、今ならできる。確かな蹴りの手ごたえと共に中空へ浮き上がるアレクシス。

 

 そこへグリッドマンが

 

『グリッドぉ……、ビームっ!!!!!!』

 

 前からすごかったのにさらに威力を増したグリッドビームを撃ちこんだ。

 

 だというのに、アレクシスは

 

『ふふふふふ……♪』

 

 黒いオーラをまとったまま、まだ不気味な笑いを続けている。ラスボスって大体初期必殺技効かないけど、こんな場面でもフラグを成立させないでほしい。

 

 だけどそんなときのために俺たちがいる。

 

 上空へと飛び上がり、腕にエネルギーをため、

 

『ダブルグリッド、ビーム……!!!!!!』

 

 内海命名の必殺技を、律儀に言う。きっとあいつのことだから、モニターの向こうで大興奮しているだろう。二つの攻撃に挟まれ、さすがのアレクシスも笑みをひそめ防御に専念。あとはここでもう一撃ぶち込めれば……!

 

 そう考えた時、紫の影が躍った。

 

『俺を、忘れるな……!!』

 

 そっか、シグマが元に戻ったってことは、グリッドナイトは融合しなくてもよいわけで。完全版シグマに興奮しすぎて、気づかなかった。

 

『ナイトソード、サーキュラー!!!!』

 

 グリッドナイトが右手で大きく円を描く。するとそこに無数の黒い刃が生まれ、何十、いや何百ものそれらがアレクシスへと突撃、今度こそやつの体が爆炎に包まれ、地面へと堕ちていった。

 

 こちらも地面へ降り立ち、グリッドナイトと並ぶと、一人だけ元どおりのフォルムなグリッドナイトは何やら不満のようで、

 

『フルパワー……。貴様らばかり、ずるいぞ……!』

 

 いや、俺そういうのも好きだぞ? なんか呉越同舟とか、劇場版ウルトラマンみたいで。

 

『……確かに』

 

『そういうものなのだろうか? ……理解が及ばず、すまない』

 

『グリッドマンは悪くないから……!』

 

 ま、とにかくこれで。

 

(三人の巨人が並んだ……!)

 

 グリッドマン。

 

 グリッドマンシグマ。

 

 そしてグリッドナイト。

 

 ……その中の一人が俺と融合していることが誇らしくてたまらない。特撮オタクとしてなんて贅沢! いや、中からだけじゃだめだ。外からも見て、写真とビデオで記録を残したい。内海の奴、ちゃんと録画とかしているだろうか。

 

『うぉおおおおおお!! 俺は、俺はこれが見たかったんだっ!』

 

『ほんとにうっさい、内海君!!!!

 りっかぁ……! このオタク、めんどくさすぎるよぉ……!!』

 

『……アカネ、よかったらこっち来る?』

 

『お前らぁ! 移動している暇なんかねぇぞ!! 今から大決戦が始まるんだからな!!』

 

(問題ないみたいだな)

 

 どうせこの様子じゃ写真撮りまくってるだろう。あとで焼き増ししてもらおう。

 

 だけどうるさいウルトラオタクの言うことは悪い方向にもあたる。

 

 ガラガラとがれきを押しのけて、黒い怪人が立ち上がったのだ。あれだけの攻撃はさすがに効いたようで仮面や体はボロボロになっているが、こちらの眼を通して見たエネルギーはまだまだ健在。

 

『ふふふふ……!』

 

 さっきと同じだ。不気味な笑いと共に、それらが瞬く間に修復されていく。

 

 そして、

 

『言ったはずだよ?』

 

「がぁっ……!?」

 

 俺の体が宙に放り投げられ、

 

『これは遊びに過ぎないと……!』

 

「ぐぅっ……!?」

 

 グリッドナイトが回し蹴りで吹き飛ばされ、

 

『君たちに、勝利はない……!!』

 

『くっ……!!』

 

 グリッドマンも、その拳の一撃でビルに激突させられる。

 

 立っているのは、すっかり元通りになったアレクシスだけ。

 

(まだ、こんなに……!)

 

 一応ちゃんとトリプル必殺技を打ち込んだんだけどな……!!

 

 まったくもって理不尽な真っ黒野郎は、手を広げて演説するように言い始める。

 

『私のエネルギーはアカネ君の作ったカミサマ。つまりはこの世界の創造主、その現身だよ。そして君たちがいくら頑張ろうとも、いや、頑張れば頑張るほどに、その力は増していく』

 

 なぜだかわかるかい?

 

 と、アレクシスはにやけた仮面で俺達を見下ろした。

 

『アカネ君! 君は今、とーっても楽しいだろう?』

 

「…………」

 

『絶望でも喜びでも、すべて変わりなく君の情動……! 絶望が最も甘美なのは変わらないが、それでも君が楽しめば楽しむほど、この世界への執着が生まれる。それが私の力になる……!』

 

『こんな風にね』

 

 アレクシスが笑いながら力を放出する。

 

 それは俺がカミサマにさんざんやられた純粋なエネルギー波。さすがに一撃で変身解除されるほどではないが、それでも全身がしびれて動き一つも苦しくなる。

 

「…………っ!」

 

『だからこの戦いを娯楽と呼んだんだよ。

 私にとっては食事の時に見る、テレビ番組と変わらない。惰性で見ている内はくだらない内容も許容するが、それが苦痛になれば……電源を切るだけさ』

 

 アカネさんが存在する限り、やつの力は無限。しかも、その命自体が不死の怪物。それがアレクシスの余裕の原因。そしてやつには一つも不安や恐怖がない。なぜなら、

 

『アカネ君がこの世界を捨てられるわけがないだろう……!!』

 

 そう確信していたから。悪の親玉らしく余裕の笑いを上げ続けるアレクシスは変わらず、アカネさんの心が囚われたままだと宣言する。

 

 そして、アカネさんは、

 

 

 

『あっそ……』

 

 

 

 なんて、すっかり興味を無くしたような言葉で応えた。

 

『…………な、に?』

 

 アレクシスが笑いを止めてダイナドラゴンを、いや、その先のアカネさんを凝視する。

 

 それも当然だろう、ついさっきまでアレクシスの挑発に心を乱されていたアカネさん。なのに、今の言葉は、もはやアレクシスに興味がないと宣言するかのようだったから。

 

 それがやつには理解できない。

 

「ばーか……」

 

 チャンスとばかりに、俺も黒仮面を一笑にふしてやる。っていうか、さっきからアカネさんのことを舐めすぎなんだよ。

 

 確かにアレクシスと一緒にいた時のアカネさんは、なんでもアレクシスと怪獣に頼って、すぐに人を除いてしまうような状態だった。そういう風にアレクシスが仕向けたから。人の欲望をあおって、都合よくコントロールしようとするのは、感情を食うだけあって得意なのだろう。

 

 だけれど、やつは理解できない。不死で不変で、しかも人に寄生することでしか感情も得られない化け物にはわからない。

 

 人は変われるってことを。アカネさんだって変わっていくことを。

 

 アカネさんはもう頭にきたとばかりに、いらだった声でアレクシスに言う。

 

『アレクシスさぁ、さっきから私のこと馬鹿にしてるでしょ?』

 

 なんどもなんども、アレクシスは言ってきた。

 

『アカネ君は何もできない』

 

『アカネ君は何も決められない』

 

『アカネ君は何者にもなれない』

 

 アカネさんは声を潜めながら、その事実を肯定する。

 

『前はそうだった……私はどうしようもなくて、間違いばかりで、今もほんとは自信なんてないし、ちょっとだけ調子に乗ってるだけかもしれない』

 

 私はそういう子だから、と。

 

 けど、それでも。

 

『でも……! いま、私は変わっていってる! ダイナドラゴンも動かせた! リュウタ君のこと助けられた! グリッドマンに名前で呼んでもらって、頼むって言ってもらえた!!』

 

 アカネさんはもう自分で動き出している。

 

『リュウタ君は、私の好きな人は、私がもう大丈夫って言ってくれる! そんな私を好きって言ってくれる、支えてくれる……!! なのに、アレクシスが私のことなんにもできないって馬鹿にするなら……!!』

 

 

 

『そんなアレクシス、大っ嫌い!!!!』

 

 

 

『ぐぅっ……!!!!』

 

 その瞬間、アレクシスの体の中で何かが動きだした。

 

『っていうか、あれだけ一緒にいて、あれだけ一緒に怪獣を作って! 私のこと、なんにもわかってないよね!!」

 

 それはアレクシスの体を突き破ろうと暴れまわり、

 

『私はめんどくさくて! すぐに怒って! 八つ当たりして! でも怖がりで、弱虫だよ……! それが私なの!』

 

『な、なにを……!?』

 

 アレクシスは初めて苦悶の声を上げながら体を震わせる。

 

 傍から見たら自業自得だ。っていうか、弱気になっていたとはいえ、あんだけ悪口を言われて、否定されてキレない人間がいるはずがない。

 

『だから……!!』

 

 かつては嫌な思いをさせてきた誰かに言ったセリフをアレクシスへと。

 

『酷いこと言うアレクシスなんて、もういらない!! 私の……私のヒーローは、アレクシスにも負けないんだから!!』

 

『ぐぉおおおおお!?』

 

 途端にアレクシスの体から、エネルギーが放出され始めた。

 

 悶え、胸をかきむしるようにしながら、アレクシスはその力を失わせていく。

 

『当然だろう。やつの力の源はあのカミサマという怪獣。そしてそれは少女の心そのものだ。それがアレクシスを拒絶しているのだから』

 

 だったら今こそチャンスだ。この世界もアカネさんも、箱庭のおもちゃだと侮っていたツケを払うときが来た。

 

 そしてアカネさんにも、もっと見せてあげたい。もっともっと、君は素敵な人だと、アレクシスみたいな怪人の誘惑も自分で断ち切れるのだと。そのためにも、みんなの力を合わせて勝つ!!

 

「シグマ、もちろんあれできるよな?」

 

『あれとは、まさか』

 

「もちろん……合体だよ!」

 

 そりゃもう、こういう時に合体しないでどうするっていうんだ。

 

 俺の仲間にはアカネさんが作ったロボット怪獣がいて、しかもそれはグリッドマンのアシストウェポンを参考にして作ったという。だったら、アカネさんのことだ。合体できないわけないだろう。

 

 シグマは俺の言葉に「ふっ」と安心させるような笑みで応えた。

 

『ああ、任せろ!!』

 

「そう来なくちゃ! アカネさん、ダイナドラゴンをこっちに!!」

 

『うんっ!!』

 

 ドラゴンフォートレスになって一直線にこちらに飛んでくるダイナドラゴン。

 

 その各部のパーツが分裂し、俺とシグマの両手足に鎧として装着される。そして最後には飛行機部分が頭から覆いかぶさるように胸から背中をかけてを覆う。最後はロボットのようなマスクがシグマの顔を保護すれば、変形合体完了!

 

 ああ……! ほんとにかっこいいな!!

 

 

 

「合体竜帝……!」

 

『キンググリッドマンシグマ……!!』

 

 

 

 番組の最終決戦を彩るにふさわしい、赤と青の混ざった巨人が誕生する。

 

 でも、それだけじゃ終わらない。

 

『おい、あいつらが楽しそうなことやってるぞ!』

 

『ちょっと疲れるけど、こっちもやってみる?』

 

『ああ……! 我ら新世紀中学生、かつての姿で再び行くぞ!!』

 

 グリッドマンの中から聞こえる三人の声。

 

『えっ、えっ……!? なに、なんなの!?』

 

 響の戸惑う声が聞こえる中、グリッドマンの体が光り輝き、三つのマシンがその中から飛び出した。

 

 それはいつも通りのアシストウェポンかと思いきや、微妙に形状や大きさが変わっている。

 

『私の友人が、かつての仲間が与えてくれた希望。それは私の中で、今も確かに残っている! その力を今、使うとき……!』

 

『『『おうっ!!!』』』

 

 三人のアシストウェポンと一人の赤い巨人。それらが合体して、大きな鎧の巨人へと変形していく。タンクは足の装甲に、ドリルは両腕の装甲に、そして飛行機は胸の装甲に。

 

 一度だけ見たフルパワーグリッドマンと似ているけど違う。いや、あれは確かに、あの時出せる最高出力のグリッドマンだったのだろうけど、それ以上だ。

 

 四人と一人が合わさって生まれた形態。それは、

 

 

 

『合体超神……!!!』

 

『サンダーグリッドマン!!』

 

 

 

『グリッドマンも、シグマも変わった……!』

 

『うぉおおおお!! おれ、生きててよかった!!』

 

『ほんとはもうちょっと、ロボット部分減らしたかったんだけどね……』

 

 でも、そんなこと言うアカネさんも、なんだか満足そうな感じ。

 

 シグマもグリッドマンも合体して、グリッドナイトのほうにも。

 

『……ふん、俺はこのほうが動きやすい』

 

『ツンデレ、というやつか……?』

 

 これまた巨大な剣となったキャリバーが装備される。

 

 さて、これで準備は万端。どちらのグリッドマンも最強形態になって、敵は自分の傲慢さから弱体化を始めた悪の怪人。

 

 負けるはずが、ない。

 

 俺たちは決着をつけるべく、アレクシスへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

(まったく、どういうことだろうねぇ……)

 

 対峙する三人の『ヒーロー』を見ながら、黒い怪人はマスクの奥でらしくなくため息のようなものを吐いた。

 

 怪人は旅人だった。世界を渡る流浪人。だが、それは決して楽しみを生むものではなく、永劫の苦しみを伴うものだった。

 

 怪人に死はなく、その長い旅の中であらゆるものが欠落していく。表情、彩り、そして感情。もしかしたら感情を失ったのも、長すぎる旅の苦しみに耐えきれなかったのかもしれない。

 

 だがそれでも、感情が、情動がなければ生きていないのも同じ。

 

 怪人はいつしか情動をもつ生物に寄生するようになった。彼らの望みをかなえ、感情の変動を吸収することで、自分も満たされた気になっていた。

 

(生物など、皆同じだった。どの子も欲望には素直だ。とりわけ鬱屈して、欲しがりで、苦しんでいる子を『救済』するほどに私は甘美な情動を得ることができた)

 

 この世界を作ったのも、新条アカネを『助けた』のも同じ。

 

 アレクシス・ケリヴにとっては、一日の食事と何ら変わらない。調理された食材一つに情をもつ生き物などいないように、アカネに対しても感情はなかった。

 

 搾り取るだけ感情を搾り取れば、あとは壊れた彼女を放り棄てれば済んだ話。

 

(だというのに、どうして私はこんなことをしているのだろう)

 

 サンダーグリッドマンとキンググリッドマンシグマ、そしてグリッドナイト。三人の巨人と戦いながら、アレクシスは考え続ける。

 

 アカネの心変わり、いや、決心によってアレクシスの優位性は崩れていた。それでも不死身の体は攻撃の傷をすぐに元通りにさせ、力だって三人を同時に相手取りながらも互角には渡り合っている。

 

 そう、互角。

 

 つまり倒されるリスクが存在するということ。そんな危険を冒してまで残る必要はないのだ。残っているカミサマの力を使って、再び別の世界に渡ればいい。ヒーローたちも、追跡するにはそれなりの時間がかかるだろうし、アカネと同じように悩みを抱えている青少年などいくらでもいる。

 

 今度はどこかで鬱屈した、友達のいないパソコンオタクの青年にでも寄生すれば済む話。

 

(なのに、なぜ……?)

 

 アレクシスはここを離れることができなかった。

 

(なぜ、君の感情は……)

 

 アカネの感情が、その味が、

 

(こんなに、彩られているんだい……?)

 

 それは長き旅、そして数多の犠牲者を積み上げても、終ぞ味わうことのできなかったほどに、豊かな情動だったから。アレクシスは今にも自身を抜け出そうとするアカネの感情の中から、それを感じ取っていた。

 

 アレクシスは世界を離れられない。

 

 他者を犠牲にしてまで得てきたもの、その最上のものが目の前にあるのだから。

 

 だがアレクシスにはわからない。惚れ込んだなどと嘯いても、アカネは食材に過ぎなかった。何度も何度も自分勝手で単純な欲望に身を任せ、そして単純な情動を提供してきた単なる人間だというのに。

 

(…………なぜ)

 

 今、アカネの感情は花開いたようにきれいだ。

 

 鬱屈した自分からの脱却。自己否定から肯定への反転。恋から愛への昇華に、自立への目覚め。なんとでも陳腐な言葉にすれば説明できるが、それではできないほどの彩り。

 

 アレクシスがどれだけ一緒にいても、そんな感情を生み出すことはできなかった。

 

(もったいない……)

 

 そうして怪人は初めて自嘲した。これほど極上の食材があったというのに、自分は何をしていたのだろうと。調理法を間違えて、焦がしてしまった料理人はこんな気分なのだろうと思ってしまった。

 

 グリッドマンたちによる攻撃は続く。

 

 アレクシスが何を考えているかは、笑顔の仮面によって彼らには伝わらない。

 

 アレクシスには理解できないが『ウルトラマン』やら『ヒーロー』やらっぽい戦いをしているせいで、もはや最終決戦だという気負いすらなさそう。まさしくヒーローごっこで、アカネもその中の一員になっている。

 

(あぁ、そうか……)

 

 さっきアカネに言われたことを思い出しながら、アレクシスはなぜか納得した。

 

 アレクシスはアカネを何度も褒めたつもりだった。アカネの怪獣やそのデザインセンスを褒めて、彼女の欲望を煽り立てた。でも、

 

(アカネ君の周りのことは、なんにも知らなかったねぇ……)

 

 もしアカネの友人を、その仲を、あるいは癪だがあのリュウタという少年のことを心の底から肯定し、アカネを手伝っていれば。それを選ばなかったのだから、確かめようもないが、社会性動物である人間の個を褒めたところで、そこで得られる情動は限られたものであるというのも納得だ。

 

 それは感情のない生物が何気なく思い浮かべた、張りぼての理論。きっと、怪人は何度繰り返しても、その真実にたどり着くことはない。

 

 そしてもう、この情動を味わえるのも終わりだ。

 

 グリッドマンとシグマが並び、その両手が光を放つ。

 

 もはや光の柱と見まごうそれは、天に立ち上り、次の攻撃こそが最後だと、見ただけで感じさせる。

 

 アレクシスは疑問と後悔とも似た感情を抱きながら、その最後の時を黙って迎えた。次の機会があったとき、今度こそは失敗しないようにと。

 

 キンググリッドマンシグマが肩にマウントされたドラゴニックキャノンを放つと同時に右腕を前方へと突き出す。

 

 サンダーグリッドマンもまた両肩のドリルからのビームと共に左腕を。

 

『キングシグマ……!!』

 

『サンダーグリッド……!!!!』

 

『『ビームっ……!!!!!!』』

 

 放たれる青と赤の極大の光線。万全ならばともかく、もはやアレクシスに防ぐ手立てはない。あとは光線を少しでも防ごうとあがくか、今は敗北を受け入れるか。

 

 そんなとき、アレクシスに小さな小さな声が届いた。自分に頼り、自分を裏切り、そしてここに縛り付けるほどに甘美な情動を与えた少女の、

 

『アレクシス、最後にこれだけは言わせて……』

 

 

 

『……ありがとう。最初に、私を助けてくれて』

 

 

 

『…………ふふっ』

 

 怪人は迫りくる光線を前に、無防備な小さな笑みをこぼした。

 

(まったく、最後まで君は自分勝手でわがままだねぇ。そんな言葉を伝えながら、その相手を倒そうだなんて)

 

 怪人は、だがどこか妙な納得と達成感を感じた。

 

(それも恋人と二人でなんて、見せつけてくれるよ)

 

 きっとこれで、この甘美な感情を味わうのは最後。あとに残されるのは、感情を再び失った黒い影だけ。

 

 アレクシスは残ったかすかな甘さを味わいきると、誰に言うでもなくつぶやいた。

 

 こんな時に言うセリフは、やはり一つしか思いつかなかった。

 

『……ごちそうさま、アカネ君』




次回、最終話「空夢」

お待ちください。


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空夢

大変お待たせをいたしました。

これにて、本編最終話になります。
そして、間に合ってよかった!

アカネ 、誕生日おめでとう!


 目覚めは、驚くくらいに穏やかだった。

 

 あれだけ嫌って、別の世界まで作って離れたはずの私の部屋。怪獣の一体だっていない、常識と平凡で押し込められた場所。きっと戻ってくるときは、悲しくて辛くて、もう命だって捨てたいくらいに絶望していると思っていたのに……。

 

 なのに、目が覚めた時に感じたものは、驚くほど何もなかった。

 

 後悔も、嫌悪も、怒りも、悲しみも、何もない。ただいつものように、これが決められた毎日のように目が覚めただけ。私にあるのは、瞼の重さと、朝の冷たさに震える体。

 

 あの世界のことは、すべて夢だったのだろうか。

 

 そんなことを思えてしまうほどに、この世界にはなんにもなくて。

 

「うっ、うぅ……。うあぁああ……!」

 

 涙がこぼれ落ちる。何が悲しいのかもわからない。この感情が悲しみなのかもわからない。わからないけれど、わからないことがただ涙になって……

 

 私は空夢になった思い出だけを抱えて、一人でベッドの上にうずくまった。

 

 

 

 

 

 うたかたのそらゆめ

 

 

 

 

 

「うーん……こっち? いや、こっちか……?」

 

『リュウタ、もうそろそろ時間だぞ?』

 

「いや、ちょっと待って! あとちょっとだから……!」

 

『君がそう言うなら待つが……。正直なところ、私にはその二つの違いがわからないな……』

 

「いやいや、色とか形とか全然違うだろ!? ハイパーエージェントにとっては違いなんてないのかもしれないけど、俺にとってはかなり大事なの!」

 

『そういうものなのか?』

 

「そういうものっ!」

 

 と、右手のアクセプターに苦笑いしながら伝える。こっちでの生活も結構な長期間になったと思うが、こういう人間の習慣にはシグマもまだ疎いようだ。でも考えてみれば、俺がシグマに助けられてから、どこかに遊びに行くとしたら内海とか響。もしくは記憶を無くしているときにアカネさんとたまにどこかへ行ったくらい。

 

(あんまり気合を入れてオシャレをするような機会はなかったな)

 

 とはいえ、元々俺という人間もそんなに服に興味があるわけでもなかった。オタクバレしない程度に流行りの服を着ているくらいだったし。アカネさんと付き合ってからだろうか? ちゃんと服も考えようとか思ったのは。

 

 そう思うと、こうして服装を選んでいるということが、ようやく俺たちの日常が戻ってきた証だという気がして嬉しくなる。怪獣のことも何も関係なく、俺達の普通の日常がつながってきた先にある出来事だったから。

 

 だけど、そんな感傷に浸って服選びに集中するわけにもいかなかった。待ち合わせの時間はシグマの言う通りに迫っていたし、肝心かなめのデートに遅れるわけにはいかない。

 

 ここは怪獣と戦った時のように、勘に任せてみよう。

 

「よしっ! こっち!」

 

 洗面台の鏡の前で、体に当てていた二つのジャケット。その片方をクローゼットに戻して、もう片方を羽織る。どっちもお気に入りの一着で、特別な日に着る用に買っていたものには違いなかったけれど、なんとなく今日はこっちの気分だ。

 

『なるほど、確かに君という人間に良く似合っている。かっこいいぞ、リュウタ』

 

「ありがとう。でさ、一応の確認だけど今日は……」

 

『ああ、君とアカネとの大切な日だ。私は中で黙っているとしよう。……兄さんのようなことはしないので、安心してくれ』

 

「ははは……。あれは、グリッドマン最大のやらかしだったもんなぁ……」

 

 下手をすると怪獣災害よりも被害はデカかったかもしれない、特定の一個人にとっては。

 

 シグマとそんな会話をしながら、バッグを身に着け、靴を履く。そして残るコートを羽織れば準備完了。

 

(うん、これで大丈夫)

 

 気合を入れすぎぐらいだとは思う。だけれど、それでちょうどいい。

 

 だって、今日はアカネさんと俺との大事な大事なデート。

 

 とにかく最高の一日にしたいし、アカネさんにとってもそういう一日になってほしいんだから。なので、まずは待ち合わせた時に「今日かっこいいね」とか言ってもらえたら最高。

 

 そう思って出会い頭のシミュレーションを頭の中で進めながら、待ち合わせ場所に向かったのだが……

 

「えへへ♪ おはよっ、リュウタ君♪」

 

「あっ、か、かわ……っ!」

 

 待ち合わせ場所に現れた天使(怪獣じゃない)を見て、俺のほうが言葉を失ってしまった。

 

 午前十時、駅の前。空は快晴、気温は五度。風はないけれど、ザ・冬という乾燥して寒い空気。その中でアカネさんはキラキラと冬の妖精のようにかわいらしさに満ち溢れている。

 

 もこもこのコートに、マフラー。雪で作ったようにふわふわの帽子がアカネさんの頭にちょこんと乗せられている。そんな防寒とかわいさを両立した上半身とは違って、下の方は「オシャレは我慢」とでも言うように黒いニーソックス。

 

 しかもあの時と違って、俺を待っていてくれたのだろう。寒さを我慢していたであろう顔は、頬がちょっと赤らんでいて、なんだか見ているだけで心臓が飛び出そうなほど高鳴ってしまう。

 

 言葉をうまく出せないまま、なんとか、なんとかいいことを言おうとする俺。しかし、その前にアカネさんがふわりと目の前までやってきて、

 

「ねえねえ、リュウタ君? 今日、すっごくオシャレ頑張ったんだけど、どうかな?」

 

 とってもいたずらな笑顔でささやいてくる。

 

 目で見るだけで、『早く褒めてほしいな』みたいな期待と、『なにを言ってくるのか楽しみ』という小悪魔な考えが伝わってくる。そして、それは俺が照れて困っていることまで見越したもので……

 

(あー、もうっ! 全部わかって言ってるだろ……!)

 

 っていうか、ほんとに近いからっ! いきなりこんな密着されたら、男はみんなこうなるって! アカネさんだからもっとやばいけどっ!

 

 それは昔通りのアカネさんの姿で、戦いに勝った証拠でもあって、嬉しくて仕方のないこと。だけど、それはそれとして俺の元に戻った心臓の鼓動が音を増すのを止められない。

 

 自分の顔が真っ赤になっているのをわかりながら、でも、口から出てきたのは、小さな言葉だった。

 

「かっ、かわいいですっ……」

 

「もーいっかい♪」

 

「とっても、かわいいですっ……!」

 

「聞こえないよぉ♪ もっともっと、ほめてほしいなぁ♪」

 

 さすがにちょっと腹が立ってきた。こうなったらっ!

 

「きゃっ……♪」

 

「かわいい、マジでかわいい。ほんと、このまま離したくないくらいにかわいい。世界一かわいいし、めっちゃ頑張ってくれたの嬉しい」

 

 こちらとしても誘惑してくるアカネさんに限界だったから、もう公衆の面前だろうとかまわず抱き着いて、耳元でささやき返してみせる。

 

 いいよな? だって、恋人だし? ようやく手に入れた日常で、デートなんだし? 誰に遠慮しなくてもいいよな?

 

 すると、腕の中のアカネさんは少しだけ身じろぎしながら微笑んで、

 

「うん♪ ごーかく♪」

 

 なんて呟くのだ。

 

 そのまま、白い吐息と一緒にアカネさんの甘い声が耳に届く。

 

「リュウタ君もね、すごくかっこいいよ……。こっちに走ってきてくれた時、ほんとは私のほうがドキドキして、真っ赤になっちゃいそうで大変だった。

 だけど、やっぱり最初はリュウタ君からほめてほしくて……でも、ここまでしてくれたから、おねだりして正解だったかも♪」

 

「はぁ、まったく叶わないなぁ……。アカネさん、お待たせ。寒くなかった?」

 

「今はあったかいから、大丈夫♪」

 

「今日は待っててくれたんだ?」

 

「うん、久しぶりのデートだもん。家で待ってたり、できなかったから……」

 

 アカネさんが小さな手で俺の胸を押すので、察して抱きしめていた腕をほどく。アカネさんは今度こそ赤くなった顔をはにかませて、俺へと手を伸ばした。

 

「それじゃあ、今日はよろしくね、リュウタ君!」

 

「ああ、よろしくっ!」

 

 俺はちゃんとその手を握りしめて、アカネさんの隣へ。温かくて、小さい手。俺のことを好きだと言ってくれる、大切で俺たちが守り抜いた人。

 

 そのことをかみしめながら、デートが始まった。

 

 

 

 とはいえ、俺達のデートっていうのは前とそんなに変わらない。

 

 お互いに割とインドア派で、怪獣好き。

 

 必然的に、一番理想のデート言えば、あの初デートの時のコースと似通っていく。ゲームセンターに行ってはゲームを遊び倒したり。

 

「よっし、よっし、やったぁ♪」

 

「相変わらず、シューティングつよいねー」

 

「リュウタ君も、腕あがったんじゃない? 前はこんなにスコアあがらなかったじゃん!」

 

「うーん、場慣れしたのかもしれないなぁ。シューティングどころか、マジで怪獣と戦ったし」

 

「なるほどぉ……。じゃあじゃあ、次はあっちにいこっ!」

 

「あっちって……格闘ゲーかぁっ! またアカネさんが得意なやつじゃん。勝てるかなぁ?」

 

「私の怪獣にも勝ったんだから、これくらいは勝ってくれないとダメだよ♪」

 

「負けたら?」

 

「うーん、罰ゲームで、すっごく変なプリクラつくってあげる!」

 

「じゃあ、俺が勝ったら超恋人っぽいので撮ってやろ」

 

「えー? それってどういうの?」

 

「……ど、どういう?」

 

「そうそう♪ "超恋人っぽい"ってどういうことしたいのかなぁって♪ おしえて?」

 

「…………き、キス、とか」

 

「あーっ! 顔まっ赤♪ ぜーったいもっと変なこと考えてたでしょっ! エッチ♪」

 

「考えてないっ! 考えてないからっ!!」

 

 結局、変な想像しちゃった頭では歯が立たず、さんざんデコりまくられた画像を送られることになった。

 

 他にもショッピングセンターでホビーコーナーを見てみたり。

 

「あっ! 次のウルトラマン、もう予約始まってるって!」

 

「まさかタロウの息子とは……」

 

「ね? しかも、三人もウルトラマン出てくるんでしょ? はぁ……また怪獣のソフビは削られちゃいそう」

 

「ちなみにアカネさん的にはトレギアはあり? なし?」

 

「うーん……」

 

 そういうと、アカネさんは劇場版R/Bに出てきて、次のシリーズではメイン級という青い変なウルトラマンのフィギュアをじっと見つめてから言った。

 

「……なんか、見た目がアレクシスっぽいからナシ!」

 

「やばっ、そう思ったら俺もナシになってきた……」

 

 確かにバイザーとか、ねちっこいしゃべり方とかそれっぽい。

 

 このバイザー、さっさとぶっ壊したほうがいいんじゃないかな。それできれいなトレギアとか出てきたら面白そうだ。

 

 なんて、実際に怪獣と戦ったり、怪獣をつくったり、そんなあり得ない経験をしたのに、俺たちの怪獣好きも変わらない。なので、

 

「あーあ、もっと怪獣とかいっぱい出てこないかなぁ……」

 

 ウルトラマン優先の昨今に、アカネさんが退屈そうなのも、予想通りだった。

 

 アカネさんは頬を膨らませながら、ウルウルとした目で俺へと訴えかけてくる。

 

「やっぱりウルトラマンは怪獣がいてこそだよ! 特撮の神様だって、怪獣が面白いからウルトラQつくったんだよ? もっと神様リスペクトしてほしいよね?」

 

「うーん、答えづらい……」

 

「ふーん、いいもんいいもん! リュウタ君はシグマになれたもんね。でも、MVPはダイナドラゴンだって忘れないでよ?」

 

「ははっ」

 

 忘れるわけないって。あんなかっこいい怪獣、絶対に死ぬまで忘れるわけがない。そこでふと、目の前の怪獣フィギュアを見ながら、言葉が口をついた。

 

「……ダイナドラゴン、今頃元気かな?」

 

 文字通りアカネさんの最高傑作で、最後には俺にたくさんの力をくれた怪獣のこと。すると、

 

「たぶん、元気だよ。なんとなくだけど、そういうのわかるんだ」

 

 アカネさんはそう言うと、少し遠くを見るような眼をした。きっと、あの時のことを思い出しているのだろう。俺もつられて、少ししんみりとした気持ちになりながらついこの間に起こった戦いと、その後のいくつかの別れを思い出す。

 

 まずはグリッドマンのこと。

 

 サンダーグリッドマンとキンググリッドマンシグマの合体攻撃で力のほとんどを消失したアレクシスは、グリッドマンによって封印された。そのアレクシスを先に護送するということで、響から分離して別れることになったのだ。

 

 となると、新世紀中学生の面々ともお別れで。

 

 まあ、なんていうか……

 

(最後まで変な奴らだったなぁ……)

 

 ボラーはなんか偉そうに子ども扱いしてくるし、マックスたちは慣れねえ恋愛アドバイスをしてくるわで……それでも、ちょっとしんみりしてしまった。なんだかんだボラーとは喧嘩ばかりしていたけど、アイツらがいなければ、最後まで戦えなかったし。

 

 そしてダイナドラゴンも……グリッドマンと一緒に旅立った。

 

 グリッドナイトと違って、小さくなれないダイナドラゴンはこの世界に居づらいし、グリッドマンが責任をもって世話してくれると約束してくれたから。言葉があの怪獣に通じているのかもわからなかったけれど、アカネさんは少し寂しそうにしながらも『ヒーローより活躍しないとダメだからね』とアカネさんらしい言葉で送り出していた。

 

 そして満を持して、グリッドマンと……俺たちのヒーローとのお別れだった、わけだが。

 

「グリッドマンとお話しするの、初めてだったけど。ふふっ、ハイパーエージェントってあんなに変だったんだね」

 

 喫茶店に場所を変えて俺達は話を続ける。見た目からして甘いトッピングのカフェを飲むアカネさんは、あの時のことを思い出したのか、まだ笑い足りないとばかりに笑った。

 

 いや、確かに変というか、

 

「まさか、最後にバラすとは……」

 

 なにとは言わん。なにとは言わんが、さすがに響がかわいそうすぎた。

 

「でもどーせ六花にはバレてたよ。女の子だもん。でもさでもさ! 私、響君と六花、なにかあったと思うんだよね?」

 

「なにかって?」

 

 まさか、響のやつが告ったのか?

 

「そこまではわかんないけどぉ……。好きな子がいる女の子の勘っていうやつかなぁ♪ あ、好きな子っていうのはリュウタ君のことだからね?」

 

「逆に俺はそういうのわかんないんだよね。俺も響とは好きな子がいる同士なのに。もちろん、好きな子っていうのはアカネさんのことだけど」

 

「えへへ♪」

 

「…………」

 

 なんだこれ、ちょっとさすがに恥ずかしい。

 

 でも、アカネさんは照れながらも嬉しそうだし、こういうのも男子と女子の違いなのだろうか。

 

 頬が赤くなるのをごまかすように、こちらもキャラメルでトッピングしたコーヒーを飲む。割と苦めにしたはずなのに甘くて仕方なかった。

 

 ともあれ、そんな形でグリッドマン達はこの世界を去り、グリッドナイトもどこかへと旅立った。

 

『いつかお前とは決着をつける』

 

 とかすごく物騒な言葉を残して。その頃にはシグマも俺の中から出て行っているはずなのに、誰と決着をつける気だ。誰と。

 

(でも、そっか……)

 

 きっと、もうすぐこの世界は平和になるのだろう。

 

 怪獣が現れたことを誰も知らず、いなくなった人たちも帰ってきて、俺は……。

 

 

 

「ねえ、リュウタ君……最後に、行きたいところがあるんだ」

 

 

 

 言葉を継げなくなった俺を察したのか、アカネさんは静かな声でそう言った。

 

 

 

 もう外は暗くなり始めている。すっかり冬になったからか、夕暮れの時間なんてなくて、そのまま寒い夜に変わっていく。

 

 その中をアカネさんと一緒に、たくさん街を見て回った。

 

 ゲームセンターやおもちゃ屋もそうだし、普段は行かないような雑貨巡りとか、アカネさんが好きそうな服とかも見て回った。

 

 けれど、最後に行く場所は……決まっていた。

 

「えへへっ♪ やっぱり夜の学校って、なんだかいけないことしてる気分になるよね……」

 

「電気つけたら一発でバレるだろうなぁ……。アカネさん、足元とか気を付けてね?」

 

「それじゃあ、こけちゃわないように……ぎゅーっ♪」

 

 いきなり片腕が柔らかい感触と重みを感じる。

 

 まったく、この子は……

 

「それじゃあ、こっちはこうだっ!」

 

「きゃっ! あははっ! くすぐったいよぉ……! あ、こら、そこはダメっ♪」

 

 暗い廊下の中、お互いにくっついたり、離れたり。きっと先生は来ないだろう特別だけれど普通な場所を、踊るように進んでいく。

 

 きっと、それは俺達の関係にも似ている。

 

 何もなければ普通の恋人でいられて、でも何かがあったからこそ俺たちは出会えた。普通だけど、特別な、そんな一瞬の夢のようなひと時を過ごした。

 

 だから、

 

「懐かしいなぁ……って思っちゃうけど、まだそんなにたってないんだよね……」

 

 アカネさんは、いつもそうしていたように、手すりに身を預けながら景色を眺める。俺も同じようにして、渡り廊下での怪獣大好き同盟が復活した。

 

 じっと、そのことを噛みしめていると、アカネさんが遠くを見たまま話し始める。

 

「……最初にさ、ちゃんと話したときのこと、覚えてる?」

 

「もちろんっ♪ リュウタ君がぶつかってきて、それで私がスマホ落としちゃって」

 

「それでそれが、ヅウォーカァ将軍で……」

 

「そうそう! それで実は、ぶつかってきて最悪ーっ! とか思ったりしたんだけど」

 

「げっ!? マジ?」

 

「そうだよぉ……。あの時は、こんな風に一緒にいるなんて、想像もつかなかったなぁ……」

 

 それはきっと俺も同じ。

 

 たまたま怪獣好きな女の子と知り合って、あわよくば仲良くなりたいな、みたいな割と不純な動機から始まった関係。

 

「……リュウタ君、私ねとっても楽しかったよ。君と一緒に怪獣のお話をしたことも、だんだん君のことを知りたくなったことも、それで……告白してくれてから、もっともっと毎日が楽しくなった」

 

「それは……俺も同じだよ」

 

 時間を数えたら、そんなに長い期間じゃない。だけれど、一生分の喜びが、あの毎日には詰まっていた気がする。

 

「それを私が壊して、でも、君は帰ってきてくれて……っ、わたしを、たすけてくれて……」

 

「…………」

 

「っ、あははっ! ダメだね。こんなお別れはしたくないもんっ!」

 

 アカネさんは手すりから離れると、何度か大きく息を吐いて、そうして笑顔を俺に向けてくれる。

 

 きっと、その笑顔が、彼女が俺に見せたかった、最後の表情だから……。

 

 夜の闇の中でふわりと光るようなアカネさんは、とてもはかなげで、きれいだった。

 

 

 

「ありがとう。私を好きになってくれて……」

 

 

 

 そう言って、アカネさんは俺に駆け寄ると、そっと唇を重ねてくれた。

 

 俺は……俺はただ、微笑むことしかできなかった。

 

 アカネさんは俺の手を握りながら言う。

 

「ほんとはね、怖いよ。帰ることも、みんなと離れることも……。だけど、リュウタ君も、六花たちも言ってくれたから……大丈夫って」

 

 アカネさんの震える手に、熱いものがこもっていく。

 

「……うん。だから、私も私のこと、信じてみるし、信じてみたい……。だって、私はリュウタ君っていうヒーローのヒロインで、一緒に、世界も救えたんだから。だから、っ、だから……」

 

「……アカネさん」

 

 次第にか細くなる声を遮るように、俺は言葉を被せた。

 

「お願いがあるんだ」

 

「……おねがい?」

 

「うん。向こうの世界でも、俺みたいな奴がいたら、助けてあげてほしいんだ」

 

 好きなものがあるのに、一人ぼっちで、誰とも共有できなくて。

 

 隠れて誰かを求めていたような、昔の俺。

 

「そんな俺をアカネさんが、退屈から救ってくれたから。今度はもっと違う誰かを、たくさんの人を救ってあげてほしい……」

 

「でも、どうやって……?」

 

「なんでもいいよっ! アカネさんが得意な怪獣で、すごい作品を作るとか。なんか怪獣が好きそうな子がいたら、話しかけるとか、そんなことでもいい。でも……アカネさんは、そういうこともきっとできる強い人だから」

 

 せめて君が、向こうの世界で胸を張れるように。

 

「…………アカネさんだって、ヒーローだから」

 

 そうして最後に、ぎゅっと小さい体を抱きしめる。

 

 きっと、もう数分も残されていないけれど、ずっと、永遠に。俺という人間が消えるまで忘れないように。

 

 アカネさんは胸の中で、そっとうなずいてくれた。

 

「……リュウタ君がそう言ってくれるなら、信じてみる」

 

「うん」

 

「がんばって、生きてみる……」

 

「うん」

 

「っ、きみのことも、わすれないから……」

 

「……うん」

 

 そして、

 

 

 

「ありがとう、リュウタ君……。私も、愛してる……」

 

 

 

 その言葉を残して、小さな感触が消えていった。まるで、うたかたの夢のように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつりと、夜の街をフェンスに寄りかかって見つめる。

 

 さっきよりも、ずっと寒かった。だってもう、隣に寄り添ってくれる人はいないから。新条アカネという神様は、この世界から旅立ったのだから。

 

 そんな俺に、あと少しだけと残ってくれたヒーローが声をかけてくれた。

 

『……リュウタ』

 

「なあ、シグマ…………。アカネさんなら、大丈夫だよな」

 

『…………その通りだ』

 

「ははっ、うん、シグマも認めているんだから。大丈夫だよ」

 

『…………』

 

「俺達も頑張ったよ。死にかけたけど、最初はめちゃくちゃ弱かったけど、それでも頑張ってさ……」

 

『…………そうだな』

 

「っていうか、マジで一高校生がやれること超えてるって! だれかアニメ化とかしてくんないかな? 続編つくられて、劇場版もできるくらいに、すっげーいい出来だと思うんだけど……!」

 

『リュウタ』

 

「もちろん、アカネさんがヒロインで。でもヒーローとかは色的にグリッドマンと響がいいのかな……いや、ここは俺もちゃんと立候補を……」

 

 

 

『よく、がんばったな』

 

 

 

「っ………………」

 

 いや、ずるいだろ。このタイミングは。

 

 せっかく、我慢しようとしていたのに。

 

『君の言う通りだ。君と出会い、心を通わせ、そして彼女はアレクシスさえはねのけるほどに強くなった。彼女なら、きっと待ち受ける困難にも打ち勝つことができる』

 

 ああ、そうだよ。

 

 絶対そうだ。だって、アカネさんはすごい人で、大切な人で、俺が……

 

『だからもういいんだ。君も少年に戻っていいんだぞ?』

 

 っ……!

 

 そんなこと、いうなよ……

 

「だって、さぁ……。引き留めるわけ、いかないじゃん……」

 

 ほんとは言いたかったよ。

 

 行かないでくれって。俺とずっと、この世界に居てくれって。だって好きなんだから、アカネさんのためなら怪獣とも戦えるくらいに好きなんだから。

 

 でも、それは違う。だってそれはアカネさんをただ閉じ込めるだけだ。アレクシスと同じだから。俺は、俺はアカネさんに……

 

「アカネさんに……じぶんのこと、すきだって、おもってもらいたかった……。ぐすっ、おれ、おれが好きなアカネさんのこと、自信もってもらいたかった……」

 

『わかってる……』

 

「だったら、言えないじゃん……。むこうでも、がんばれって、それしか……。きっと、うるとらまんなら……そう言うからっ……」

 

 ああ、俺はこれからどうすればいいんだろう。

 

 ずっとヒーローのままなら、ウルトラマンならこうするってかっこいいフリもできた。でも、そんな無敵の時間も終わりだ。

 

 きっともうすぐ、シグマも旅立っていく。

 

 俺は、ただのオタクな高校生に逆戻りで。内海たちは傍にいてくれたとしても、きっとあの頃には帰れない。だって、

 

「っ……俺も、愛してた」

 

 怪獣と戦っても、誰と戦っても、アカネさんのためなら戦えた。アカネさんと一緒に居られるなら怖くなかった。

 

「もう、だれも、ほかに好きになれないくらい……愛してたよっ」

 

 だから、もう俺はどうしようもない。

 

 こんなに重いものを抱えて、本当に生きていけるのかとさえ、思うくらいに。

 

 ただ、うずくまって止まらない涙を拭きとり続けるしかない。せめて、あの子の旅立ちを、素直に喜べるくらい強ければよかったのに、本当の俺は、こんなに弱くて、あの子がいないとダメなんだ。

 

 シグマが、そんな俺をどう見ているのかわからなかった。

 

 けれど、少しの沈黙の後、シグマは静かにこう話し始めた。

 

『リュウタ……私は、愛という力を恐ろしいと感じていた』

 

「…………え?」

 

『かつて、君のように私とともに戦ってくれた少年がいた。頭がよく、勇気がある素晴らしい人間だ。だが……彼は、過去に悪に魅入られ、多くの悲しみを引き起こした』

 

 そして、

 

『彼をゆがませたものが、愛だった』

 

 一人の少女への、恋心。それが悪につけ入る隙を生んでしまった。

 

 その後、彼は仲間によって救われたらしいけれど、その経緯を知ったシグマは思っていたそうだ。

 

『愛とはとても強く、とても恐ろしい力だ……とね。君たちに出会うまでは』

 

 でも、シグマはもう違うという。

 

『君とアカネが教えてくれたんだ。純粋な愛とは何よりも尊く、どんな困難も退けられる力なのだと。君がいなければ、きっとアカネの旅立ちは、こんなに穏やかなものではなかった。ただの神様として、彼女は一人で帰っていたはずだ』

 

 だから、とシグマが笑った気がした。

 

 

 

 

『誇ってほしい、"この"未来は君たちが勝ち取ったものだ』

 

 

 

 

 そして、

 

「……リュウタ君」

 

 

 

 

「…………え?」

 

 大切な人の、声がした気がした。

 

 あまりのことに涙が止まって、耳が一瞬壊れたのかと思って、だけれどそれは本物で……。振り向いた先に、"彼女"がいた。

 

「…………アカネさん?」

 

「うん、ただいま? なのかな……」

 

 さっきまでと同じ服装で、アカネさんが立っていた。

 

 俺に都合のいい幻が見えているのか、とか。もしかしたら、また怪獣がいたずらをしているのかとか、そんなことを一瞬考えそうになるけれど、違う。

 

 アカネさんだ。俺が間違えるはずがない。

 

 アカネさんは少し気まずそうに、頬をかきながら小さく笑う。

 

「えっと……ごめんね、最後にずるいことしちゃったっていうか。ほんとに神頼みしちゃったんだ。それでも……どうなるかわからなくて、言えなかったんだけど」

 

「そ、それってどういう?」

 

 その先を教えてくれたのは、シグマだった。

 

『リュウタ、確かウルトラマンには命を複製する技術があったはずだな?』

 

「あ、ああ……そうだけど……」

 

『簡単に言えば、それと同じだ』

 

 俺達と接していたあのアカネさんは、元々は異世界からやってきたアカネさんの命を保つための器。なので、元の世界に戻るときには消滅するはずだった。その世界には本当のアカネさんの体も残っているのだから。

 

 だけれど、

 

『新条アカネはこの世界で、この世界の住人として人を愛し、世界を守るために戦った。アカネがいなければアレクシスは倒せなかった。つまり、アカネがいない世界はもう成り立たない……だから、この世界が、この世界で生きたアカネにも命を与えたんだ』

 

 じゃあ、

 

「グリッドマンに相談したら、もしかしたらできるかもって。でも、本当に帰るつもりじゃないと、それもできないから……だけど、チャンスに賭けてみたかったの」

 

 だって、とアカネさんは俺をまっすぐ見ながら、言ってくれた。

 

「リュウタ君だけが悲しいお話なんて、私はいやだったから……」

 

「っ、アカネさん……!」

 

「あっ……!」

 

 腕の中に、またあの温かい感触があった。アカネさんを抱きしめることができていた。

 

 両目から、さっきとは違う涙が溢れてしょうがない。

 

「一緒にいて、くれるんだよね? あっちの世界、行かなくていいんだよね?」

 

「う、うん……。でも、ごめんね。私だけ、都合いいよね……?」

 

「なに、いってんだよ……」

 

 いいに決まってるじゃん。嬉しいに決まってる。ご都合主義万歳でいい。

 

 正直、俺もよくわかんないけどさ。なにが世界にとって正しいとか間違っているとか、それは分からないけど。俺は、そんな世界のために戦ってきたわけじゃない。

 

 俺たちが目指していたのは、ご都合主義でハッピーエンドなヒーローごっこ。

 

 それが叶ったんだから。

 

 俺は、アカネさんの体を抱きしめながら、もう言葉にならない言葉を絞り出す。

 

「ずっと、ずっと、俺と一緒にいて……。アカネさんなしの世界なんて、嫌なんだ。アカネさんといっしょに、幸せになって、それで、ずっと、ずっと……!」

 

「っ……うん、私も……! わたしも、おんなじっ」

 

 その時、ふと右手に温かい光が灯った。

 

 それはアクセプターに宿っていた、青い光。

 

「えっ、シグマ……?」

 

 もしかして、と驚く俺達に、

 

『ああ、お別れの時間だ。リュウタ、アカネ……』

 

 ふわりと宙に浮いた青い光が、シグマの輪郭をつくって、俺達に話しかけてきた。

 

『君たちを見ていて、安心した。まだ私には人間の心を理解しきることはできないが、今の君たちならもう大丈夫だ』

 

 表情は変わらないはずなのに、どこまでも優しく、俺達を守ってくれた青色の巨人。

 

 その最後の言葉を、きっと俺は忘れない。

 

『リュウタ、君は少し自分を卑下するところがあるが……君は私が見てきた中でも、最も勇気のある子だ。胸を張ってアカネと生きてほしい』

 

『そしてアカネ、君は一人じゃない。そして、君を大切に思う人々を、今の君なら支えられるはずだ』

 

『君たちの輝く未来を、私はずっと見守っている』

 

 それはウルトラマンで何度も見て、寂しいけれど、どこか誇らしかった景色。ヒーローが俺たちの頑張りを認めて、もう大丈夫だと、安心してお別れしてくれるラストシーン。

 

 ああ、寂しい。

 

 寂しいけれど、

 

「アカネさん……」

 

 俺は涙をぬぐって、アカネさんの手をぎゅっと握った。

 

 それだけでアカネさんにも意思が伝わった。だって、アカネさんだって、ウルトラシリーズを見てきたウルトラオタクなんだから。この場面で言うべき言葉は一つしかないって分かってる。

 

「……さようなら」

 

「「ありがとう、グリッドマンシグマ」」

 

 シグマにも、この景色を誇らしく思ってもらえるように。いや、きっとそう思ってくれたはずだ。

 

 そうしてシグマは青い光となって、宙の彼方へと旅立っていった。

 

 

 

「ふぅ……、えっと……どうしよう……」

 

「どうしようって?」

 

「アカネさんが帰っちゃうと思ってたから、今、すっごい緊張してる……。これからのこととか、ほんとに何にも考えてなかったし」

 

「えーっ! なにそれ、ちょっとリュウタ君。私にだけちゃんと生きろとか言ってて、それはダメじゃない?」

 

「し、仕方ないじゃん。たぶん、十年どころか二十年は引きずる予定だったし……」

 

「……リュウタ君、私のこと好きすぎじゃん」

 

「……好きなんだから仕方ないでしょ」

 

「しょうがないなぁ……じゃあ、今日は私の家で……って、あ」

 

「アカネさん?」

 

「私の家、どうなってるんだろ……? もう一人の私はちゃんと帰ったはずだし、もしかして家も消えてたり……?! ど、どうしよう!? お金とかも無くなっちゃったかも!?」

 

「そ、その……それじゃあ、その時は……一緒に暮らす?」

 

「………………えっち」

 

「ち、違うって! 真剣に考えてますからっ! っていうか、早く確かめに行こう。あのウルトラコレクションが消えるのもやばいから」

 

「う、うんっ! あー、六花にも帰ってきちゃったとか伝えないとぉ……!」

 

「じゃあ、とにかくまずはアカネさんの家に……」

 

 

 

「一緒に行こう、アカネさん」

 

「うん、一緒にっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めた後の世界は、やっぱり前と変わらなかった。

 

 相変わらず両親も友達も、私のことなんてわかってくれないし。仲のいい友達とは離れ離れになってしまうし、何度も何度も悲しい思いをしながら、"あの世界"に帰りたくなった。

 

 この世界は私に厳しくて、生きるだけで息が詰まりそう。

 

 だけど……、それでも……。

 

「みんなが、大丈夫だよって言ってくれたから……」

 

 そして、私の幸せな夢は、あの世界で続いていくから。

 

 みんなが、彼が私を誇らしく思ってくれるように、毎日を頑張って生きていく。

 

 それが今の私の毎日。

 

 もう、物語は突然に始まらないけれども。

 

 ある日突然、怪獣が。ある日突然、ウルトラマンが。なんて、そんな夢物語は終わるけれども。

 

 でも、やっぱり寂しいときはあって、時々こう思ったりもするんだ。

 

 

 

(一人くらい、同じ趣味の人と出会えたらな……)

 

 

 

 あわよくばそれが素敵な男の子だったらな、なんて。でもあの子みたいに、ヒーローみたいに自分のことを大切にしてくれる人なんて、もういないよねとか。

 

 そんなことを考えていたのが悪くて、いつもの街角でちょっとの失敗をしちゃった。

 

「きゃっ!?」

 

「うわっ!?」

 

 角から出てきた男子高校生、正面衝突は避けられたけど、持っていたスマホは落としちゃって、慌てて彼に謝る。さすがにもう、怪獣を出して殺しちゃうとか物騒なことは考えない。

 

 そうしたら、

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

「こっちこそ、急いでて……大丈夫?」

 

「う、うん……! あ、スマホっ!?」

 

「こっちに落ちてるから、渡すよ。ちょっと待ってて……え?」

 

 "彼"は私のスマホを見て、すこし驚いた表情をした。

 

 そこにあるのは、帰ってきてからの"決意表明"。あの世界のように、一般の人にはわからないと思うけど、私の趣味を出した変なアイコン。

 

 そして、

 

「…… ヅウォーカァ将軍?」

 

 

 

 きっとまた夢が始まるんだ。

 

 どんな世界でも、変わらない。

 

 たとえうたかたのような一瞬でも、輝いている、私たちの夢のような毎日が。




第一部から数えると、四年以上にわたってお付き合いをいただき、誠にありがとうございました。

私個人としても、とても大きい人生の転機となった作品であります。そして何度も書くことが難しくなったり、長期にわたってお待ちいただいたこともございましたが、皆さんにお支えいただけて、書ききることができました。

特に第二部は難しい展開も多かったのですが、最後のシーンは最初から決めていたので、とうとう描き切れて、とても満足感に満ちています。

また、本編は完結となりますが、後日談についても短編レベルで何話か考えていたりします。機会があったら投稿するかもしれません(残ったアカネも問題山積みだったりします)。
劇場版の公開も迫っているので、そちら関連でも何かできるかもしれないとは思っています。



とはいえ、お話は一区切り。

最後になりますが、改めて本作をお読みいただき、誠にありがとうございました。
読み終えての感想などもいただけると光栄のいたりです。
よろしくお願いいたします

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アフター 君のヒーロー(ヒロイン)でいるためには
ユニバースへのプロローグ


ただいま






 ぼんやりとした意識の中で声が聞こえる。

 

『……タ……! ュウ、た…………!!』

 

 聞いたことがある、いや、忘れるはずのない声。

 

 もう聞けるはずのない声。

 

 その声が、俺を呼んでいる。

 

 何かを訴えている。

 

 でも、届かない。どこまでも遠くに離れてしまっているから。

 

 だから俺の方から手を伸ばすんだ。

 

 あの人には、あのヒーローには、返し切れない恩と友情があるんだから。

 

 俺は遠くに見える光に手を伸ばそうとして……

 

 

 

「しぐ、ま……」

 

 

 

 目を開けた時、視界はとてもぼんやりとしていた。なんだかまだ夢うつつのような、そんな現実味のない感覚の中、聞こえていたはずの声が、見えていたはずの夢がすっと消え去るように薄れていく。

 

(あれ、俺なにしてたっけ……)

 

 どうやら寝ていたらしいというのは分かっているのだけど、ベッドの上じゃないし……

 

 そうして自分のことなのにわけわからないという俺を起こすように、

 

「おはよ、ねぼすけくん♪ バオーンの声でも聴いちゃった?」

 

「わぁっ!?」

 

 視界の横からかわいい笑顔がやってきた。

 

 俺はそのことに驚いて思わずひっくりこけそうになり、けれども座っていた場所が場所なので体がのけぞるだけで済む。そこで俺は、自分が座っていたのがソファだったことにようやく気づいた。

 

 大きなテレビの前の、いつも二人で寄り添ってウルトラマンを見るときの場所だ。

 

 そしてそんなちょっとカッコ悪い姿勢の俺の前にいるのはもちろん、

 

「もーっ、ごはんできたよ? 早く食べないと遅刻しちゃうじゃん」

 

「あはは……ごめん、なんか寝落ちしちゃってたみたい。おはよ、アカネさん」

 

「うん! おはよう、リュウタ君♪」

 

 俺の大切な彼女、新条アカネさん。

 

 一緒に暮らしてるから実質家族みたいなものだけど、まだまだ恋人という関係の最愛の人だ。

 

 

 

 

 

「めずらしいよね、リュウタ君が寝ちゃうのって。そんなにランニング疲れちゃった?」

 

「いや、そんなことはないんだけど……コースはいつもと同じだったし」

 

「じゃあ、夜中に試験勉強とかしてたんでしょ!」

 

「してないって。一緒に勉強してるからわかるじゃん」

 

「そうだけど……。ほら、リュウタ君って無理してるの人に見せないじゃん? だから成績ピンチ~で私に隠れて勉強してたのかなって」

 

「ないない」

 

「ほんとかなぁ~」

 

「ほんとですぅー」

 

 小さなテーブルで向かい合わせになって、そんな会話しながらアカネさんと一緒に朝食をとる。

 

 献立はシンプルに青野菜とオムレツ、それにスープ。あとはバターとジャムを塗ったカリふわのトースト。全部、アカネさんが用意してくれたものだ。

 

 ちなみにここ一週間はずっとトーストなのだけど、その食パンを売ってる会社がウルトラマンシリーズとコラボしてて、グッズを応募するために二人して買い込んでしまったという事情がある。怪獣グッズまでコラボしているのは珍しかったんだ。

 

 なんとなくコラボして売ってる商品は付加価値つけるだけあって味自体はそんなに良くない印象があるのだけど、このパンは有名ブランドの奴だけあって味もしっかりいいものだった。

 

 おかずになっているオムレツも、いつの間にかマスターしたのか中身がとろりと俺好みに半熟になっていて、とても美味しい。何でもない平日の朝なのに、こうも手を尽くしてくれているのを感じると、つくづく俺は贅沢者だなとアカネさんのことがますます好きになったりする。

 

 と、そこで目の前のアカネさんが何かを期待するように俺の方を見ながら頬をついていることに気づく。……しまった、今日はちゃんと伝えてない。

 

 なので遅ればせながらだが、背筋を正してアカネさんに手を合わせた。こういうところを大事にするのが円満でいるための秘訣だと、親の反面教師で分かっていたから。

 

「朝ごはん、作ってくれてありがと。すっごくおいしいよ」

 

「えへへ♪ そうでしょー」

 

 得意げに顔をニヘラととろけさせるアカネさん。その顔に、人は成長するなと改めて感じるし、彼女が頑張ってくれた理由に多少は俺が関わっていると思うと胸があったかくなる。

 

(最初の頃は、目玉焼き作るのにも大パニックだったけどなぁ……)

 

 まだ一年は経っていないけれど、ちょっと前にいろいろなことがあったのだ。

 

 怪獣が出てきたり、ヒーローがやってきたり、俺が殺されたり記憶喪失になったり、目の前の彼女が神様だったり、それでみんなでなんやかんやあってラスボスのあの野郎をぶっ倒したり、そして神様が元の世界に帰ってしまったと思ったらこっちにも残ってくれたり。

 

 仲間以外に説明しようとしてもリアリティがないので言わないけれど、そんな感じの少し不思議な出来事。それを共有したみんなとは、今でも仲良くできている。

 

 とにかく、そんな出来事の結果、俺とアカネさんは無事に元通りの恋人に戻って、今ではアカネさんの家で一緒に住んでいる。

 

 高校卒業もしないで同棲っていうのもどうかとか宝多さんとか兄貴とかにも言われたけど、別にただれた生活をするわけでもないし、切実な事情もある。

 

 神様時代のわがままで豪邸になっている家を、アカネさん一人で管理するのは途方もない労力で、それなら家のスペースを半分に分けて俺も管理したほうが都合がいいということだ。

 

 ちなみにアカネさんの(この世界での)ご両親は昔に亡くなっていて、その代わりにお金だけはやたらとたくさんあるというイージーモードな設定が引き継がれている結果、ちゃんと引き締めないとどこまでも自堕落な生活ができてしまう素地があったりするが……まあ、ウルトラマン関連で少しだけ贅沢する程度の常識的な価値観を持っててよかったと思う。

 

 むしろ問題だったのはお金や住居だけでなく、アカネさんの生活能力のほう。

 

 あの野郎がさんざん甘やかした結果、料理やら洗濯やらの自活能力がことごとく衰退していたアカネさんは一から家事を勉強することになったのだ。

 

 最初は俺が全部やると言ったのだけど、

 

『はぁ!? リュウタ君は私の恋人で、お手伝いさんじゃないでしょ!? わ・た・しも! ちゃんとやるの!!』

 

 とやる気に満ち満ちていたアカネさんが頑張ってくれて、今では俺の方が洗剤の量とか、洗濯の順番とか、皿洗う時の洗い残しとかを注意される方になっていた。

 

 一人暮らししてたおかげで料理や家事は得意だけど、男の性というかちょっとしたおおざっぱなところが俺にはあるようだ。その点、アカネさんはデリケートというか、やると決めたらきっちりやる几帳面な子だったりする。

 

(……と、あんまりのんびりしてたらやばいな)

 

 考え事からもどって時間を見る。そろそろ登校の用意をしなくてはいけない時間だ。

 

 俺一人なら何とでもなる時間だけれど、一緒に登校するアカネさんは女の子として用意することがいろいろあるらしい。これもまた一緒に生活するようになって分かったこと。

 

 気持ち早めに残りのご飯を食べると、アカネさんに向かって手を合わせて言う。

 

「ごちそうさまっ!」

 

「おそまつさまでした♪」

 

「じゃあ皿洗っておくから、アカネさん先に用意してて」

 

「はーい♪ あ、今日の三限の球技大会の練習って、クラス合同だっけ?」

 

「あー、うちのクラスも同じ時間に入ってたし、合同かも」

 

「やったぁ♪ リュウタ君といっしょー」

 

 そう言ってガッツポーズするとアカネさんはスキップをするように階段を上っていく。

 

 二年になって別クラスになった結果、ちょっと寂しくなってしまった学校生活。だけど、会えない時間が多くなった分、会える時間が大切になった気がした。

 

 これまたちなみになのだが、元グリッドマン同盟では俺と響が同じクラスで、宝多さんと内海、アカネさんが同じクラスである。文理の選択が別だったというのもあるけれど、たぶん、同じ選択をしててもクラス別にされてたんだろうな。

 

「内海から『教室の糖度が100%になってんだよ、バカップル!!』とか言われたし……」

 

 噂話でカップルは別クラスになると聞いていたけれど、それに加えて学校でも遠慮なくアカネさんと仲良くしてたのが悪かったかもしれない。

 

 でも仕方ないじゃん。一生のお別れだと思ってたら、一緒に暮らせるようになったんだから、テンションやら何やらが振り切れてもおかしくない。

 

 しかし今現在は反省しました、反省してます。ちゃんと真面目に毎日生きてます。それがシグマや残ってくれたアカネさんへの感謝の表し方だと思うから。

 

 考えながらカチャカチャと音を少し鳴らしながら皿を洗い終えて、手をふく。

 

 あとはこちらの登校準備だが……男のそれなんて簡単なもの。バッグには部活の運動着も教科書やらも既に入れている。

 

 リュックを背負って、アカネさんが下りてくるのを待つばかり。

 

 そんなちょっとの隙間時間に、ふとさっきの夢のことを思い出した。

 

(あれ、もしかしなくてもシグマの声だったよな……)

 

 グリッドマンシグマ。

 

 俺の命の恩人で、大切な友達で……俺達のヒーロー。

 

 そんな彼の声がこんなにはっきり聞こえたのは、いつ以来だろう。

 

 なので、単なる夢だとは思うけれど、少し気になるところはあった。

 

(もしかしてシグマがまたこの世界に来てる? んなわけないか、怪獣も出てないし、アカネさんはクラスでもうまくやってるみたいだし。俺も…………)

 

 最近の通話履歴に残った、ちょっと嫌な名前を思い出しそうになった時だった。

 

「いって……!?」

 

 ずきっと、右腕が痛んだ。

 

 一瞬、ほんの一瞬だけど。

 

 すぐに何もなかったかのように消えてしまった痛み。それを確かめようと痛んだ右手首を左手でさする。ただ、右手首というのが気になる。そこはあのアクセプターが収まっていた場所だ。

 

 なんとも暗示的というか、ウルトラマンとかアニメなら前兆みたいな感じだが、さわった限りはなんともなさそう。

 

「…………なんなんだろ」

 

 考えてみるが、答えが出るはずもなく。

 

「おまたせー♪ って、どしたの? 変な顔して」

 

「う、ううん、大丈夫! それより早く出発しよう」

 

「うん! それじゃあ、いってきまーす♪」

 

「行ってきます」

 

 そうして俺達は自分たちの家に少しの別れを告げて、手をつなぎながら学校へと向かう。

 

 怪獣もいない、ヒーローも帰っては来ていない。

 

 けれども大切な人と手をつないで毎日を幸せに生きることができる。それが、俺達が掴んだ日常だった。

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

「また寝てる……どしたの? すごく疲れてる? って、聞こえてないか」

 

 戻ってくるはずのない返事をあきらめて、代わりに耳をそばだてて彼の寝息を聞く。

 

 私にとってその音は毎日のように聞いている音だけど、こんな風にバスの中で聞くのは久しぶりで。なんだか楽しくなって彼の肩に頭を預けてしまった。

 

 彼が生きていて、私の隣で安心してくれている。そう思うだけで、心の奥がポカポカして幸せになってくる。心の中が一つの世界なら、そこはもう怪獣なんて出る隙がないほど、彼のことでいっぱいなのだと思う。

 

(なーんて、我ながらベタ惚れだよね……)

 

 心の中だからって、こんなことを考えちゃうくらいに。

 

 六花にものろけすぎとかいろいろ言われたりするけど、でも仕方なくない?

 

 だって彼は私にとってのヒーローなんだから。

 

 どうしようもなく人生を踏み外して、他の人のことも踏みにじっていた極悪な怪獣。なのにそんな怪獣をどこまでも愛してくれて、人に戻してくれた大切な人。本当は元の世界に"あの子"と一緒に帰るべきだったんだろうけど、そんな結末もわがままで変えちゃうほどリュウタ君のことが好きでたまらない。

 

 あの日から一年ぐらいが過ぎて、その間にいろいろあった。

 

 昔の私がバカみたいにつけた『才色兼備の完全美少女』なんて設定は、アレクシスがいなくなった途端に消えてなくなって、それで私は普通の……まあ、ひいき目に見てちょっと要領が悪いくらいの高校生に戻った。

 

 だって一年間、ほとんど勉強しなかったみたいなものだし、二か月そこらの記憶喪失な響君よりも影響は多いに決まってる。その節は本当に、六花さんとリュウタ君にお世話になりました。なんて、今でも根気よく勉強に付き合ってくれた二人には頭が上がらない。

 

 六花は特に、二年で一緒のクラスになりたいってお願いを聞いてくれて、理系の勉強を付きっ切りで教えてくれたから。

 

 それから……うん、仕方ないことだけど、クラスの人気者じゃなくなった。見た目は良いからそれなりに注目を浴びることはあるけど、みんながみんな二つ返事で私を『好き』なんて言ってくれることもない。むしろ、他のクラスの子から陰口をたたかれることも増えた気がする。

 

(ほら、今も)

 

 斜め後ろの席の……多分、三年生かな。私とリュウタ君の方を見て、こそこそと何か言ってる。たしかあの人、この間のサッカーの試合にも来てたし、まあ、そーいうことなんだろうなー

 

 こっそりと、リュウタ君が起きないくらいに顔を寄せて、耳打ちする。

 

「あの人、リュウタ君のことじーっと見てるよ? 君がかっこいいって、今頃になって気づいたみたい」

 

 言葉はからかい半分で、半分本気。

 

 この頃、リュウタ君の人気がぐーんと上がった気がする。理由は二年生になる頃から伸びたリュウタ君の身長と、サッカー部での大活躍のこと。

 

 もう出る試合出る試合でばんばんとゴールを決めるのだから、人気出るのも当然だと思う。その時のリュウタ君は惚れ直しちゃうほどかっこいいから。おかげでサッカー部の不動のレギュラーだし、将来の話もいろいろ来てるんだとか。

 

 リュウタ君が言うには、

 

『怪獣相手にしてる時と比べたら、高校生のサッカー相手に緊張しないし』

 

 らしい。うわー、どこのチート主人公? とか昔の私ならむかついてたかもしれないけど、私の作った怪獣とたくさん苦労して特訓して戦ってたことを知ってるから、当然だと思う。響君と違って、リュウタ君とシグマだとリュウタ君が動きの主導権を握ってたって言うから、運動能力が上がらないとおかしいくらい。

 

 で……リュウタ君が人気になると、その気になった女の子は考えるわけです。

 

『あの新条アカネってなに?』

 

 って。

 

(なにって、リュウタ君の彼女ですよー)

 

 今も斜め後ろの上級生たちはそういう目で見てくるから、腹を立てる代わりにリュウタ君の腕に私の腕をからませて、もっと体を密着させる。私の大切な人だって、アピールするくらいは良いでしょ?

 

 神様だった頃なら、そういう視線を向けられることもないだろうし、仮にそうなってたら怪獣を作っちゃってたかもしれない。ううん、確実に作ってた。

 

 そんな風に私の学校生活は昔みたいに完全無欠なんてことにはならないけど……リュウタ君や六花、それに響君に内海君、クラス替えから仲良くなった新しい友達もいて、ちょっとの陰口くらいは笑ってアピールし返しちゃうくらいには楽しめている。

 

 でも最近少しだけ……

 

「あの子はどうしてるかな……」

 

 外の世界のことを考えてしまう。この私の人生がうまくいっている分、あの子に全部を押し付けちゃったんじゃないかって不安になる。

 

 私だって向こうの世界の、もう会うことも和解することもできないお父さんお母さん、友達のことを思って寂しくなる時はあるけれど、リュウタ君がいてくれる。

 

 同じ新条アカネなのに、私だけ得しすぎてない? そう思っちゃうときもあるんだ。

 

(もう、答えを聞くことなんてできないのにね)

 

 だからその分、私にできることを。せめて毎日を後悔しないように。

 

 向こうで頑張っている私に胸を張れるように、ちゃんと生きていかないとって。

 

 そう思いながら、彼の温度にうとうとしていると……

 

『……だいじょうぶだよ』

 

 と、聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。

 

 だけれどそれは記憶に残ることなく、私の眠りと一緒に消えていく。

 

 怪獣も必要ない、ヒーローが呼ばれることもない。

 

 だけれど、あたたかくて、申し訳ないほどに幸せな毎日を私は大切な人と過ごしていた。




ということで、

うたかたのそらゆめアフター開幕です!

ちょっとユニバースなあれが好きすぎて帰還してしまいました。
当初暇を見つけて書こうと思っていたアフターネタもプロットに盛り込んで、
ユニバース編を描いていきます。

……が、映画自体が絶賛公開中なのもあり、
そして内容ががっつりネタバレになっちゃうのもあって
公開一か月とか新特典がつかなくなった辺りで連続投稿できればと思っています。

今度はちゃんと書き上げて、お待たせすることなく完結させるつもりです。


ということで、あいさつと宣言代わりのプロローグ
もし面白いと感じていただけたら評価や感想をお願いいたします!

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決意

お待たせしました!
いよいよ本格的に投稿を開始します!

公開してだいぶ経ちましたし、ノベライズも出ていますが、かなりグリッドマンユニバースのネタバレ全開なのでご注意を!


そして…!
グリッドマンユニバースは最高の映画なのでぜひ劇場へ!


「俺、六花に告白しようと思う」

 

 響がそんなことを言い出したのは、球技大会を数日後に控えた日のことだった。

 

 もうすっかり外は暗くなって、静かになった俺のクラス。一緒に帰ろうと来てくれた内海と球技大会を控えて部活が休みの俺へと響はぽつりと言った。

 

 そしてそれに対する俺達の反応は、

 

「「いや、今更かよ」」

 

 というまったく驚きようがない、むしろちょっと呆れ半分なものだった。

 

 だってさ、だってだよ、響裕太よ。グリッドマンが取りついてて、でも最終決戦はちゃんと自分で参加した主人公よ。あの勇気は今までどこ行ってたんだよ? 

 

 それを指摘されるとさすがの響も自覚があるようで、

 

「やっぱり……今更かなぁ」

 

 と頭を抱えてうめくように言うのだ。

 

 そんな響を前に、俺と内海はアイコンタクトをする。俺達にウルトラ兄弟みたいなテレパシー能力はないが、それでもこのオタク仲間兼戦友兼親友兼彼女もち仲間(他の奴には内緒)とは言葉がなくても会話ができた。A最終回のヤプールみたいな感じ。

 

 そして俺達は、響に悟らせないままこんなことを言い合う。

 

『今更っていうか、宝多さんだいぶ前から告白待ちしてたよな?』

 

『うんうん、めーっちゃ裕太のこと待ってたって。なんか二人っきりの時間を作ろうとしてたし』

 

『アカネさんにも愚痴ってたっていうもんなぁ。さすがに女の子同士だから詳しい話は教えてくれなかったけど』

 

『っていうか、なんで戦いの後で告白しなかったんだよ? 絶好のチャンスだったろ』

 

『そこはあれだよ、グリッドマンが……ほら』

 

『あー……あれは不幸な事故だったな』

 

 事故っていうか、異種族ゆえのディスコミュニケーションというか、トモダチハゴチソウみたいな? いや、グリッドマンにそんな食文化あるわけないけど、別れ際の言葉にしてはあまりにもストレートに秘密を暴露して、宝多さんと響の関係に大ダメージを与えていった。

 

 とはいえ、

 

『なんか最終決戦前に告白っぽいことはしたみたいなんだけどな』

 

『そこまでやっといて、戦いの後でタイミングを逃しちゃったと』

 

『なんてこった』

 

 はい、アイコンタクト終了。

 

 俺達は落ち込む響の肩に手をポンと置くと、ふかーい思いやりの目をしながら語り掛ける。

 

「響、確かにお前はタイミングを逃し続けた。バレンタインもクリスマスも、なんだかんだと宝多さんと一緒だったのに告白できなかったのが、まず悪い」

 

「……あの時は六花、新条さんに振り回されてたし」

 

 そういえばダブルデートだーとか、手作りチョコづくりだーってめっちゃはしゃいでたな、アカネさん。

 

「いや、むしろその前にケリを付けとくべきだっただろ、六花さんとはよ」

 

「……その前は新条さんの勉強みたり、忙しそうにしてたし」

 

 毎日のように宝多さんと放課後に残って勉強してたな、アカネさん。

 

 ってことはだ、つまり。

 

「おい、ババリューさん? これって割とお前と新条のせいじゃね?」

 

「そんなはずは……あるかも」

 

 そうは言ってもなんかタイミングあんだろ!? 好きな人に好きって言えばいいだけじゃん! 俺とアカネさんなんか朝昼晩に一回は言ってるぞ!!

 

「それはお前と新条がバカップルってだけだ」

 

「っていうか、昼って……学校でもしてたんだね」

 

「こいつら、ぜってー二人の秘密の部屋とか作ってんぞ。隠れてエロいことするための」

 

「エロいことはしねえよっ!?」

 

 そういう場所があるのは……うん、まあ。

 

「と、とにかく! 響は宝多さんに告白したいわけだな。……まあ今更だし、周りの認識も付き合ってんだろくらい思ってるけど、言葉にするのは大事だ、うん!」

 

「こいつ都合悪くなったからって、話そらしやがったよ。でも、そこは俺も同意見。むしろはやくくっつけよとか思われてるけどな、裕太と六花さん」

 

「あー……やっぱり?」

 

 そうそう、あれは普通に付き合ってる男女の距離感だっての。クラスでも高嶺の花というか、意識高い系とか思われてる宝多さんが響とは二人っきりで出かけたりもしてんだぞ。サッカー部でひそかに宝多さんファンのやつがいたが、そいつはチャンスなくしたって嘆いてたし。

 

 正直に言えば、告白なんてしなくてもなあなあで付き合ってますとか既成事実化することは全然ありだと思う。

 

 だが響にとって、それはもやもやするものがあるとのこと。この妙に有事にだけ思い切りのいい、ヒーロー気質なシャイボーイとしては、なあなあのままで既成事実化させるよりも、男らしく決めたい気持ちが強いのだろう。

 

 とはいえ、だ。

 

「宝多さん的にも、変なタイミングで告白されても『は? 付き合ってないつもりだったの? 信じらんない』とか言われるかもしれんし」

 

「いや、六花に限ってそれは……」

 

「アカネさん曰く、あれでけっこうロマンチストだって」

 

「あー、わかるわー」

 

「たしかに……」

 

 そこで内海は眼鏡を光らせて、いい案が思いついたとばかりに響の肩を掴む。

 

「だったらよ! 普通に告白するのもアレだし、大きなイベントの後がいいんじゃないか?」

 

 そして内海はスマホをポチポチと操作した後、響へ向かって画面を見せた。それはなんかひと昔前に流行ったような胡散臭い占いのサイトで『文化祭の後なら大チャンス』とか書いてある。閲覧数めっちゃ少ないし不吉な666だし、信用できるとこかは不明。

 

 だけど内海が言いたいことは俺も理解できた。

 

「文化祭の後っていうのは……たしかにありかもしれない」

 

 お祭り騒ぎの中で気分が高揚するってのもあるだろうし、学生生活としてはかなり大きなイベントだ。改めてよろしくお願いしますというタイミングとしても、悪くないだろう。

 

 ってか、付き合ってる相手が相手だからか、こういう雰囲気づくりとか妙にうまくなったな内海のやつ。はっすさん、そういう企画系好きそうだし。

 

 俺としても賛成だという意見を伝えると、響も髪に負けないくらいに顔を赤くしながらもこくりと首を縦に振る。

 

 ほんといつも思うが、ちょっと気弱なところあるけど決断力はすごいんだよな。ヒーロー体質というかなんというか、決めたらこう一直線というか。そういうところは友人としてもグリッドマン同盟としても尊敬してる。

 

 ともかく、こうして怪獣と戦うよりも難易度が高そうな宝多さんへの告白リミットが決まった。

 

 話が終わり、わざわざこっそり教室に集まる必要のなくなった俺達はカバンを背負って下校の支度にとりかかる。その中で話題に出るのは、響にとってにわかに重要になってしまった文化祭の話だ。

 

「そういえば、そっちのクラスは文化祭になにやるんだ? さっき決まったんだろ?」

 

 うちは元ネタがあるのかもわからない脱出ゲーム。ついでにサッカー部は空き教室つかって執事喫茶とかやるらしい。

 

 俺とアカネさんがうらやましいから女子にもてたいと刈谷がめっちゃ燃えてた。そしてそれがどっからかばれて、奴のイメージは下落してた。

 

 内海のクラスにはアカネさんがいるので、彼氏としては彼女のクラスの出し物は気になるところ。まさか宝多さんとかキレイな子も多いから変な企画するわけじゃないだろな? メイドとか云々かんぬん。そういうのは家の中だけにしてほしい。

 

 すると内海はよくぞ聞いてくれましたとばかりに眼鏡を光らせて、

 

「俺らは演劇するんだよ! しかも……!!」

 

「「しかも?」」

 

「題材は……! グリッドマン!!」

 

「…………え、なんで?」

 

 声高な宣言に、俺はちょっと頬を引くつかせた。

 

 ウルトラオタクとしてはおおって思うし大賛成。俺だってやってみたいよ自作ヒーローショー。

 

 でもそれ、クラスの出し物でやるか?

 

 だって俺ら以外みんな覚えてないんだぞ、グリッドマンのことも怪獣のことも。それを文化祭の演劇にするか普通? 百歩譲ってヒーローショー企画が通ったとしても、ウルトラマンならともかくグリッドマンってよく知らないヒーローだぞ。正直、アンドロメロスの方が可能性ありそうだ。

 

 それを素直に言うと、

 

「いやー、俺もダメ元の提案だったんだけどさ、意外とみんなも面白そうって言ってくれて。新条もかなり乗り気だったし」

 

「アカネさんはそりゃ乗り気だろうけど……いいクラスだな」

 

「生暖かい目で見るなぁ! 別に浮いてねえし、無理強いもしてないから!!」

 

「そ、それで内海は演劇でなんの担当するの?」

 

 響が尋ねると、またもよくぞ聞いてくれましたと眼鏡をビカビカに光らせて言う。

 

「俺と六花さんで脚本を担当することにした!」

 

「おお、それまた重要なところを」

 

「っていうか、内海たちじゃないとそもそも書けないよね」

 

 ……たしかに。

 

 でも、内海もただ単に趣味を学校で披露したいから提案したわけではないという。真面目に話すのが照れくさいのか、内海はちょっと頬をかきながら言った。

 

「……まあ、なんていうかさ。俺達にとってもグリッドマンとの思い出って大きいだろ? 怪獣だったり戦ったり、新条やリュウタとも仲良くなったりさ。

 それに……! 物語としてもけっこー面白かったと思う!! ……だから、みんなにも知ってほしかったんだよなぁ」

 

 グリッドマンってすごいヒーローがいるってことを。 

 

(グリッドマンがいたことを、か……)

 

 内海の言葉に俺もいろんな景色を思い浮かべる。とってもカッコいい赤いヒーローに、その仲間の変人な黒スーツ達。あのヒーローオタクに染めてしまった元怪獣の紫ヒーローに、黒い仮面のあの野郎は……まあいいや。そして何より、俺を相棒にしてくれた青いシグマ。

 

 あんなにすごい活躍をして、世界を、アカネさんを救ってくれたみんな。

 

 それを誰も覚えていないっていうのは……確かに寂しいよな。

 

 ヒーローや怪獣がいないほうが、事件も起きなくて世界は平和。でもやっぱり物足りないから人は空想の中でヒーローや怪獣を生み出した。それが俺達を育ててくれたし、グリッドマン達との縁を繋いでくれた。

 

 だから……うん、とてもいいことだ。

 

 内海の言葉を聞いているうちに、やっぱりこのウルトラオタクはすごいやつだなと思えてくる。俺にもできることがあれば、なんて気持ちがわいてきた。

 

「脚本出来たら、俺にも見せてくれよ。グリッドマンのことだしなんか力になりたい」

 

「あっ、俺も俺も……!」

 

「おっ、マジか! よろしく頼むぜ、グリッドマン同盟♪」

 

「ちなみに、シグマのことももちろん書くんだよな?」

 

「そりゃあそう……って言いたいんだけど、着ぐるみとか尺の都合でカットってことも……」

 

 おいこら。

 

「わかったわかった……! なるべくお前とシグマのことも入れてみるっての! でもさぁ、けっこう大変なんだぞ? 総集編つくるときに本筋と別の話とかあると……」

 

 内海が困ったように頭をかくが、ヒーロー好きなこいつのことだ、うまくしてくれるだろうと信頼していた。

 

 そこで今気がついたとばかりに響が言う。

 

「そういえば、新条さんはなにやるの?」

 

「おいおい、響。アカネさんだぞ? もちろん……」

 

 

 

 

「うわぁああああん! 怪獣のアイデアがおもいつかない~!!」

 

 響たちと別れて家に帰ると、アカネさんがソファの上で頭を抱えて叫んでいた。

 

 その近くにはスケッチブックと造形用の粘土とへらといったアイデア出しのグッズが置かれているのだが、どれも散らばってて、アカネさんの悩みっぷりが伝わってくる。

 

 この様子で分かる通り、アカネさんは怪獣造形を担当すると内海が教えてくれた。ヒーローの方を担当しなかったのは……まあ、昔よりはマシだけど今もアカネさんは怪獣派だということである。

 

 アカネさんとしてもクラスの親しい人には怪獣趣味のことも打ち明けているらしいが、大っぴらに趣味を学校で活用できる機会はそうそうない。ということで、演劇にオリジナルの怪獣を出してみんなにも怪獣の良さを広めたいというのが立候補の理由でもあった。

 

 しかし、御覧のとおりさっそくスランプ中のよう。

 

 アカネさんがもどかしそうにふりふりさせている足に当たらないよう、そっとソファに腰かけると、アカネさんは芋虫みたいにぐねっとソファの上で体をよじって、俺の方へと頭を向けてくる。その途中で結構きわどい体勢になってたし、着ている制服の乱れっぷりのせいでいろいろと目のやり場に困るのだが、あんまりアカネさんは気にしてくれない。

 

「ん……!」

 

 そのアカネさんが上目遣いでこっちを見て、何か言いたげに意味のない音を鳴らす。

 

「はいはい……」

 

 そして俺はしかたないなぁと言いながらアカネさんの頭を自分の膝に乗せて、わしゃわしゃと彼女の柔らかい髪をなでることにした。

 

 こういう時のアカネさんは猫っぽく、なでられるごとに上機嫌な鼻歌のボリュームを上げていく。今日はTake me higherだった。

 

「聞いたよ、アカネさんのクラスでグリッドマンの演劇やるって」

 

「うん♪ 六花と内海くんが脚本やって……」

 

「アカネさんが怪獣造形でしょ?」

 

「そうなの♪ まあ、段ボールと粘土しか使えないだろうし、あんまり本格的なの作れないと思うけどね」

 

「素材ならあそこの奴とかもらってきたら?」

 

「えー……センターのは運ぶの大変そうだし」

 

「俺が手伝うよ?」

 

 センターというのは、最近アカネさんがボランティアをしている市民センターのこと。部活をやっていないアカネさんは放課後は基本フリー。だが、あの事件で街に迷惑をかけたことを気にしているのか、人の役に立つことをしたいと少し前から通っている。

 

 週に一、二回のペースで土日もたまに。ゴミ拾いしたり、小学生と遊んだり、老人の話し相手になったりといろいろなことをやってる。最初は慣れないので大変だったみたいだけど、最近は人の輪にも入れるようになって楽しんでいるみたいだ。

 

 俺が提案したのはそこの資材倉庫のこと。物によっては本格的な工作に利用できるものもあって、高校の文化祭に使うというのは施設の目的とも反してはいない。職員さんに相談したら融通してくれるかもって思ったのだ。

 

 するとアカネさんは数秒間無言で悩んで……っていうか俺の腹に頭を押し付けながら考えて、

 

「……やっぱり、今回はやめとく」

 

 と小さく呟いた。

 

「アカネさんがそう言うなら、別にいいけど」

 

「たまにはリュウタ君に頼らないでやってみたいし。そっちはクラスと部活で二つもあって大変でしょ?」

 

「気にしなくてもいいのになぁ……、でもありがと」

 

「えへへー♪ 新条アカネは優しい彼女でいたいのだー♪」

 

 言いながらアカネさんはぎゅっと俺の腰に手を回してじゃれてくる。そうすると当たってんのわかんないのかなー、わかってんよなー、ぜったい楽しんでるだろ。我慢するのけっこう大事なんだよ、男って。

 

 ならばとこっちもアカネさんの首元とかそういうところをこしょこしょと。

 

「ちょっ……! 手つき、ちょっとやらしい……! くふっ、あははっ……!」

 

「夜遅くにこんなことしてくるのが悪いっての」

 

「わかった……! あははっ! わかったからぁ……!」

 

 ギブギブとアカネさんが弱く太ももを叩いてくるので、こしょこしょストップ。

 

 はぁ、はぁ、とアカネさんがちょっと顔を赤くして、乱れた前髪のままでゴロン。俺の膝に頭を乗せたまま仰向けになった。

 

 上気したせいか、いつも以上に艶やかな唇が、小さく動く。

 

「…………ねえ、キスして」

 

「はい、お姫様」

 

「むっ……いまの慣れてる感じでヤダ」

 

「アカネさんだけだよ?」

 

「知ってる」

 

 こういうリクエストも毎日なんで慣れてしまった。なのでお応えして、たっぷり一、二分。

 

 今さら照れるようなことはないけれど、それでドキドキが減るとか、飽きるってことはない。いつでもアカネさんは魅力的で、そんな彼女と特別な時間を共有できるのはどこまでも幸せだった。

 

 顔を離すと、アカネさんは夢を見るようにゆっくりと話し始める。

 

「怪獣をね、ひさしぶりに作ってみたいと思ったの……」

 

「…………え」

 

 いや、それって……

 

「あ、違うよ? そっちの意味じゃないから。嫌なことがあったとかそういうのじゃなくて、趣味で怪獣作ってみたいなって」

 

「……そういえばオリジナルの怪獣つくるの、アレ以来なかったね」

 

 アカネさんが作った最後の怪獣は、今のところダイナドラゴン。最高にかっこよくて頼りになる、俺たちを助けてくれた赤いロボットな恐竜だ。

 

 でもそれ以外にも、アカネさんはたくさん怪獣を作った。それはグリッドナイトやカミサマみたいな敵とは言えない怪獣もいたけれど、大半は街を壊した悲しい心の具現化だった。

 

 そしてあの戦い以来、アカネさんは怪獣を作るのをやめていた。

 

 怪獣を好きなのはまったく変わってないけど、粘土細工やスケッチもめったに見ることがなかった。

 

 アカネさんはぼんやりと、自分の心を確かめるように続ける。

 

「もうイライラすることも、誰かを怪獣で傷つけたいってこともないよ……。だってリュウタ君と一緒にいられて幸せだもん。でも、だからこそ……そんな私がどんな怪獣を作るのか……ううん、作れるのか試してみたいんだ」

 

「どんな怪獣か……?」

 

「ゴモラみたいに強いのとか、ガタノゾーアみたいに怖いのとか……もっと別のすごいのとか。そうしたらきっと、今の私のことを私以上にわかると思うから」

 

「そっか……」

 

「でもね……ぱってアイデア出てこなかったの。悩んだけど、どんな怪獣がいいのか、ぜんぜんわかんない……。きっと、私がいろんなこと考えてるからだと思う。あの時は、すごくシンプルだったから……今の方が難しいんだよ」

 

 口調は悩まし気で、でも、あんまり嫌がってる雰囲気もなくて。

 

 きっとアカネさんは、そんな今の自分のことも楽しんでいるんだと思う。わからないことがあるのを、わからないなりに。

 

 俺は創作のことをよく知らないけれど、そうやって自分の心の中を覗いていくのもきっと大事なことなんだろう。

 

 その怪獣づくりに俺ができることはあまりなくて、でも彼氏として力にはなりたくて、アカネさんの頭をポンポンと叩いて言う。

 

「アカネさんの新しい怪獣、できたら見せてよね?」

 

「もちろん、一番に見せてあげる♪ リュウタ君だけの怪獣じゃないから、好みに合わないかもだけどね」

 

「大丈夫だよ、アカネさんの怪獣なら」

 

 好きになるに決まってる。

 

 そう言うとアカネさんはくすぐったそうに体を震わすと「ずるいなぁ」って聞こえるギリギリくらいの声で呟いた。

 

 響の告白に、アカネさんの怪獣づくり。

 

 平穏を取り戻していた俺たちの日常が、少しだけ変わろうとしていた。




アフターストーリーなので糖度100%+少年少女の成長要素でお送りします。



話全体としては8割程度書きあがってるので、あまり間を開けないで完結できるよう、投稿しながら調節していく予定です。よろしくお願いいたします!

もし面白いと感じていただけたら評価や感想をお願いいたします!

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予兆

ガウマ隊合流までは比較的に原作なぞりで参ります。


「馬場君、行ったよーっ!」

 

「任せろっ!」

 

 最前のクラスメイトが上げたトスに合わせるように、いち、に、さん、ジャンプ!

 

 頭がネットの上をよぎるくらいまでの高さに跳躍すると、ちょうどいい位置にボールが来てくれた。なので、相手のポジショニングが甘いところめがけて腕を振るう。

 

 いつもなら足の甲とかサイドとかにかかるボールの質感が、今日は掌に。慣れない感覚で少し痛かったけれども、打たれたボールは狙い通りの場所に向かってくれた。

 

 審判がホイッスルを鳴らす。これでリードがもっと広がった。

 

 ふぅと息をつきながら肩を回すと、トスを上げてくれた同級生たちが『ナイッスー!』『ナイシュー』なんてバラバラな掛け声で手を掲げるので、俺も応じながらハイタッチ。その中には真っ赤な髪の響もいる。

 

 今日は球技大会当日。

 

 ちょうど今、俺たちのクラスが同学年の別チームとバレーボールで対戦しているところだが、この様子だと勝利は確実だろう。相手のチームの面々はあまりスポーツが得意じゃなさそうで、点差をだいぶつけることができている。

 

(俺もそんなにバレーは得意じゃないけど)

 

 だが日頃の運動で体の動かし方を理解しているので、そこそこうまく立ち回ることはできていた。

 

 本当は外でやってるサッカーに出るべきなのだろうけど、"本職"の生徒が出ると、せっかくのレクリエーションなのに差がつきすぎてしまうからと、それぞれの部活の競技には出ないという暗黙のルールがあるのだ。

 

 確かにうぬぼれではなく事実として、そんじょそこらの素人相手なら十点くらい取れちゃうだろう。そんな塩試合見ても外野は盛り下がるし、俺つえーなんて趣味じゃない。慣れない競技でもこうして友達とわいわい協力してやる方が面白いんだ。

 

 そしてその後もゲームは続き、無事に俺たちの勝利で終わったあとで……

 

「宝多さんに大学生の彼氏って……お兄さんのことじゃねえの?」

 

「やっぱり!? リュウタもそう思うよね!?」

 

「しーっ! ちょっと声デカいって! ……向こうの宝多さんに聞こえるぞ?」

 

「あっ! そ、そうだった……」

 

 響はそう言って、体育座りの姿勢のまま真っ赤になった顔を腕と膝の間に隠した。

 

 現在、俺たちのクラスは別の試合を見学中。だけど敵情視察とかそういう真面目なことをするわけもなく、仲がいい友達とだべっているのがほとんどだ。俺の場合その相手は響。

 

 なぜかその響が暗い様子なので事情を聴いてみると、なんか別のクラスの女子が『宝多さん彼氏いる』疑惑を話していたらしい。けどなぁ、

 

(ないわー。それが事実ならアカネさんがめっちゃ騒ぐからないわー)

 

 仲いい友達なら六花さん彼氏=響が濃厚だと考えるはずなので、その女子はあまり六花さんと深い関係ではない子だったのだろう。響も言ったように、宝多さんのお兄さんのアパートに行ったところを見られたってのが正解だと思う。

 

 宝多さんのお兄さんはちょっとアンニュイな雰囲気イケメンで、宝多さんと並んで当然に絵になる人だ。俺もアカネさんと一緒に『絢』にたまに遊びに行くが、その時に数回顔を合わせたことがある。

 

 確かに事情を知らない傍目からはスキャンダルっぽく見えるが、宝多さんは別に年上趣味ではないし。

 

 響も当然ながらそのことは知っているはずだが……

 

「はぁ……俺、なんか最近ダメだ……六花のことで頭が変になってる」

 

 真相の分かり切ったゴシップでやられるくらい、響もいっぱいいっぱいの様子。

 

 まあ、告白なんて人生でもかなりのビッグイベントだし気持ちは分かるけど、俺にできることはせめて響の愚痴を聞いてやるくらいが関の山。

 

 けれど、事情が分かっている相手に話せるだけでもありがたいと、響は弱気な声で続けてくれた。

 

「みんな応援してくれるけど、ほんとに文化祭の後でうまくいくかなぁ……。噂はお兄さんのことだと思うけど、六花は美人だし別の先輩とかに告白されたりとかありそうだし……」

 

「大丈夫だって、マジで自信持てよ。響だってグリッドマンやってたんだから」

 

「……一回だけだけど」

 

「その一回ができないやつがほとんどなんだから」

 

 しかも初回から最終決戦ってなんだよ、孤門かよ。

 

「でもぉ……」 

 

「うーん、待つのがそんなに辛いなら、いっそのこともう告白しちゃうとか? 善は急げって言葉もあるし、別に無理して文化祭の後にしなくてもいいじゃん。なんか演劇のチケットも買ったんだろ?」

 

「うん、うちの演劇部の」

 

「見せてみ見せてみ。それがいい感じの作品だったら帰りに告白とか……おぉう」

 

 響がポケットから取り出したチケットを見て、俺は頭を抱える。

 

 内容は車いすの少年をめぐるヒューマンドラマ。

 

 な、なぜここで恋愛ものとかロマンスにしない……。俺は宝多さんの趣味は詳しく知らないけど、好き嫌いがはっきり分かれそうなジャンルだからかなりの博打じゃん。アカネさんが言うには、宝多さんも意識高い系過ぎるのは嫌がるらしいし。

 

 なんとなくだけど、響が一番宝多さんを高嶺の花だと思ってるから、ちょっと実像と離れた内容を選んでしまったのだろう。

 

 そんな響になんてアドバイスしようと悩んでいると、ふと日付に目が行く。

 

「っていうか、宝多さんはこの日予定あるわ」

 

「え゛?」

 

「夕方から、アカネさんと二人で出かけてくるって」

 

「そ、そんなぁ……せっかく買ったのに……」

 

「ご愁傷様。二人分なら内海と行ってきたら?」

 

「リュウタは?」

 

「その日、部活の方の文化祭準備があって無理だわ。すまん」

 

「そっかぁ……。はぁ……なんか、やっぱり空回りしてる」 

 

 本人も自覚しているけれど、確かに響の調子は悪そうだ。でも、冷静になりすぎるのも恋愛とは違うと思うしなぁ。とにかく、

 

「まずはお前が落ち着け。そうだな……変にサプライズとか狙わないで、まずは日程合わせるところから提案したらどうだ? 響からの誘いだったら断らないだろ」

 

 それに女の子って意外とサプライズ嫌いだぞ? 俺も前にアカネさん相手にやらかしたこともある。なんかおしゃれなレストランを頑張って用意したら『ちゃんと言ってくれたら服とか準備してきたのに!』と言われてしまった。

 

 サプライズとかってロマンチックな印象あるけれど、相手の女の子にとっては男の理想の押し付けにしかならないと学んだ出来事だ。

 

「だよねぇ……」

 

 うなだれる響がポロリとチケットを床へと落とす。

 

 その姿はあまりにも悲壮感に満ちていた。

 

 俺としてもグリッドマン同盟とか普段とかも含めて、俺とアカネさんに良くしてくれている響と宝多さんには幸せになってほしい。

 

 だから俺はちょっと考えて、フォローの方法を提案してみる。

 

「一人で誘うのが難しいなら、俺も協力するから宝多さん誘って遊びに行こうぜ。アカネさんも呼んでダブルデートだ、ダブルデート。そこで二人っきりの時間とかうまく作ってみるよ」

 

「ほんとっ!?」

 

「男に二言はない! アカネさんもさっさと二人がくっつけばいいのにって言ってたし、事情を説明したら協力してくれると思う」

 

 ただその時に告白するのか、やっぱり文化祭の後で告白するのかは響次第だけど。

 

 すると響はめちゃくちゃ潤んだ目で、縋るように言うのだ。

 

「ほんっと、彼女いるリュウタがいて助かるよぉ……! もっとアドバイスちょうだいっ! 特に告白とか……! リュウタは告白、どうやって成功させたの!?」

 

「そんなの……」

 

 俺の時は……えっと、デートして、なんか不良が出てきて絡まれて、アカネさんをかばったら、流れでキスして……

 

「……べた過ぎない?」

 

「アカネさんの神様時代だからなぁ……」

 

 アカネさんの願望が混ざっていたとしても否定できない。……まあ、俺の場合はそういう感じだ。なのであまり参考にならないかもしれないけれど、

 

「相手がちゃんと好意を持ってくれていたら、あとは雰囲気で何とかなるんじゃないかな?」

 

 そしてその相手の好意という点では、ちゃんと響は準備できていると思う。あとは響にちゃんと自信がつけばいいはず。

 

「だからイメージしろ、響裕太……! 文化祭の後、二人っきりの校舎……!」

 

「ごくっ……六花と、二人っきり……」

 

「ああ、なんとなく周りが浮かれていて、お前たちもソワソワしてきて……」

 

「六花と二人で静かなところに行って……!」

 

「そうそう! ちょっと離れているのがもどかしくなって……!」

 

「それで、俺から六花に……あうっ!?」

 

「ひ、ひびきいいいいいいいい!?」

 

 妄想に施行を費やしていたからか、いきなり上から飛んできたボールが響の顔面を直撃し、響は鼻血を出して保健室へと行くことになってしまうのだった。

 

 いざ告白という妄想もといイメトレをしていたのに、こんな不幸が起きるとは……響の告白が無事に終わらないという暗喩のようで、ちょっと響の前途が不安になった。

 

 

 

 それからしばらくして、響と内海が演劇を見に行っている日のこと。

 

 宝多さんとの遊びから帰ってきたアカネさんを駅まで迎えに行って、その帰り道。俺はアカネさんにダブルデートの計画を話してみた。もっと早くても良かったけど、家だとアカネさんは怪獣のことを考えるのに大忙しで、話すタイミングを逃してしまっていたのだ。

 

 響に話した通りに提案すると、アカネさんは楽しそうに目を輝かせてくれる。

 

「えっ? ダブルデート? いいよいいよ♪ どこいく? シーとかランドは……ちょっと遠いよねー」

 

「だよねぇ。デート目的は響と宝多さんの仲を進展させることだし、いい感じにゆっくりできるところでもよさそうだけど」

 

「うーん……あっ! この前にできたあそことかどう? ほら、リュウタ君が連れて行ってくれたとこ!」

 

「ショッピングモールか……」

 

 アカネさんの言葉にひと月ほど前にできた、ちょっと離れたところの大型ショッピングモールを思い出す。若者をターゲットにしてる感じが出てるオシャレな場所。

 

 普段は俺もアカネさんも足が遠い場所だけど、ポップアップショップでデフォルメされたウルトラマンショップがやっていたから一緒に行ったのだ。一時期の慢性的赤字体質が改善された我らが円谷は、そういう売り方もうまくなってる。

 

 でも、確かに言われてみれば……

 

「あの時は中をじっくり見て回るとかなかったし、いいかもなぁ」

 

「それにレストラン街にチーズフォンデュのお店もあったし、夜はそっちで食べたら六花も喜ぶんじゃない? えーっと……うん♪ 値段もそんなに高くないし、六花も好きそう♪」

 

 アカネさんがスマホで調べた検索結果を見せてくれる。確かにそこにはほどほどの値段で、でもちょっと雰囲気がいいお店が乗っていた。

 

 やっぱりこういう時、宝多さんと仲がいいアカネさんが協力してくれるのは助かる。

 

 ただ……

 

「でもそっかぁ♪ 六花もとうとう告白されるんだぁ……! えへへへへ、いーっぱいアドバイスしてあげないとぉ……!」

 

 夜道を歩きながらたのしそーに顔をにんまりさせているアカネさんを見ると、ちょっとだけ不安も出てきたり。

 

 それはアドバイスじゃなくてマウントと呼ばれるものじゃないでしょうか?

 

「そんなことないよぉ! 私はリュウタ君と一緒でしあわせーなことを教えてあげるだけ! 響君と六花の幸せをちゃんと願ってます!」

 

「……まあ、そのしあわせーなことして、俺たちはバカップルとか呼ばれてるけどね」

 

 別に俺は誰に何を言われようと気にしないけど、そのまま響たちに置き換えるとキャラ崩壊もいいとこだと思う。特に宝多さんは。……いや、付き合い始めたら浮かれポンチになるっていう例も少なくないらしいから、そういうのもありなのか?

 

 けど宝多さんが響にデレデレで抱き着いたり、甘えたりする姿はあんまり想像できない気も……

 

「む……リュウタ君、六花でやらしいことかんがえてない?」

 

「えっ!? いやいや、ないないっ! 俺はアカネさん一筋だって!」

 

 言いながらつないだ手をぎゅっと握りしめる。

 

 けれどアカネさんはじとーっとした目を向けたまま。

 

「ほんとかなぁ? 六花、美人だし」

 

「完璧美少女がなに言ってんの」

 

 男の口からどっちが美人とか言うのは品がないし、どっちにも失礼だから言わないけどさ。

 

「……俺が好きなのはアカネさんだけだよ?」

 

 目移りするなんてありえないって。

 

 そう真剣に言うと、アカネさんは突然破顔して、

 

「……ぷっ! ふふふ、なにマジになってんすか♪ そんな顔で言われたら照れちゃうじゃん!」

 

 と笑いだしてしまった。

 

 案の定、いつも通りのからかいの一環だったらしい。

 

 けれど言葉ではっきり言われたのは嬉しかったようで、アカネさんは頬を染めながらぎゅっと腕に抱き着いてくる。

 

「ありがと♪ 私もリュウタ君のこと大好きだよ♪」

 

 なんて最高にかわいい笑顔で言われたら、こっちの方がまいってしまいそうだ。心に安定と余裕が生まれたからか、最近はこの小悪魔なところも絶好調のご様子。

 

 こういうところでは多分、俺は一生アカネさんに勝てないと思う。振り回されるのも楽しいから、勝てなくていいと思っているけど。

 

「でも……そっか、六花も彼氏できるんだねぇ」

 

「響がちゃんと告白成功したらだけど」

 

「そんなの成功するに決まってるよ。六花、めーっちゃ響君のこと好きだし」

 

「……え、マジ?」

 

「マジマジ♪ わかっちゃうもん、そういうの。あ、でも響君には内緒だよ? 女の子としては安パイ扱いされるの嫌だし」

 

 女の子の世界は見栄と察しとか聞いたことがあるようなないようなだけど、さすがは親友ってとこか。

 

「……うん、大好きな友達♪」

 

 アカネさんははにかむように笑う。

 

 一時期、宝多さんと離れていたという心の距離は、あの怪獣騒動で改善された。どうして宝多さんから離れていたのかは知らないけれど、アカネさんにもいろいろと考えることがあったのだろう。

 

 でも……

 

(よかった、アカネさんが楽しそうで。あとは俺も……)

 

 もうすぐ、とまではまだ気が早いけれど、あと半年もしたら三年生になる。そうしたら受験とか将来のことを考えないといけない時期。

 

 そして将来のこととなると、それは俺だけの問題じゃない。アカネさんと二人でどんな未来を創っていくのかを真剣に考えないと。

 

 そう思った時だった。

 

「あ、ちょっと待って……兄貴からメール来た」

 

「え? お兄さんから?」

 

「うん。ほら、アメリカだしアイツ。時差でこんな時間になるんだよ」

 

 アカネさんに断ってスマホを開く。

 

 長年不仲というか、没交渉だった俺と兄貴の関係もあの事件以来、そこそこ改善された。俺が死んでいるというとんでもないバッドエンドなシチュエーションだったけど、それでも兄貴には俺に歩み寄ってくれる、理解してくれようとする余地があったんだとわかって、思いきって連絡を取ってみたんだ。

 

 それで、ちょっといろいろあったけど、アイツも俺のことを理解してくれたと思う。アカネさんも俺のために頑張ってくれて、励ましてくれて、なんとか家族としてやっていけるようになった。

 

 そんな兄貴からちょこちょことメールが来るんだが……うん、最近の話題だとなぁ。

 

「……うーん」

 

 メールの文面を見た途端、心の奥でずーんと重いものが生まれる。

 

 いや、わかんだよ。向き合わないといけないのは。しかも俺から言い出したことだし。だけど、心の納得というか、マイナスエネルギーを生み出さないで向き合うってのも難しくて。

 

 俺の気持ちが顔に出ていたのだろう、アカネさんが不安そうにのぞき込んでくる。

 

「リュウタ君、大丈夫? なんかいやーな顔してるけど」

 

「ちょっと楽しくない内容だったからね……」

 

「えっ!? もしかして私とのことなにか言われた?」

 

「アカネさんのことは大丈夫だよ。むしろ兄貴はアカネさんのこと気に入ってるし」

 

 アカネさんが俺のために直談判してくれたおかげで、二人で一緒に暮らすことも『ちゃんと節度と責任を持つこと』という条件で兄貴は認めてくれた。その後こっそり『あんないい彼女、悲しませんじゃないぞ?』とかいうらしくないアドバイスまで。

 

 だから心配してくれるアカネさんと、この悩みは無関係で……

 

「ごめん、ちょっと整理つけるまで話せないや」

 

 申し訳ないけど、今日は無理。

 

 いつかは話さないといけないことだけど、こんな気持ちのままだと変に気遣わせてしまいそう。

 

 そういうとアカネさんはさらに追及する代わりに、足を止めて。

 

「えいっ!」

 

「うわっ!?」

 

 真正面から思い切り抱き着いてきた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「えーっと……エネルギーあげてる」

 

「エネルギー?」

 

「うん、大好きエネルギー」

 

 言いながらアカネさんの手の力が強くなる。俺の背が高くなって、真正面から顔が向き合うことはなくなってしまったけど、彼女の息遣いは前よりももっと体全体で感じるようになった。

 

 アカネさんは言ってくれる。

 

「大丈夫だよ、私はちゃんとリュウタ君のこと大好きだから。……だから、元気になって?」

 

「……うん、ありがとう」

 

 確かに、これは効果抜群だ。

 

 アカネさんの温度と一緒に、気持ちがすーっと体に伝わってくる。誰かが好きでいてくれることがどれだけ心強いかを実感する。

 

 そうだな、もう俺は一人じゃないし……ちゃんと……

 

「……あれ?」

 

「え、リュウタ君どうしたの?」

 

「いや、目の前に」

 

 街灯に照らされた真正面。そこがなんだか歪んでいるようで、しかもそれが人型のように見えて……

 

 見間違えでは……ないな。

 

「アカネさん、後ろに下がって」

 

「う、うん……」

 

「おい、誰だ?」

 

 アカネさんを隠しながら前に向かって唸るように言う。

 

 すると……

 

「……きえ、た?」

 

 すぅと音もなく、その変な気配は消えていったのだ。

 

 あとには夏が近づいていることがわかる、ちょっと湿った空気が残るばかり。

 

「アカネさんは、今の見えた?」

 

「う、ううん? よく見えなかったけど……なんか変なのいたの?」

 

「……セブンによくいる、宇宙人の気配的なやつが」

 

 あのうにょうにょする、本物が出てくる前のオーラのような影。

 

 気のせいにしては雰囲気が本物っぽかった。あの時の怪獣っぽいというか、不思議現象の気配で……でも、今の俺には何の力もなくて。

 

「とりあえず、なんともなさそうだな。……ちょっと急いで帰ろっか」

 

「う、うん……!」

 

 アカネさんの手を引いて、一直線に家に帰る。

 

 まったく、けっこういい雰囲気だったのぶち壊しやがって。幽霊だか宇宙人だか、怪獣だか知らないけど、覚えてろよ。

 

 事情も知らない人がのぞき見したら、かなりやばいヤツ間違いなしなことを考えてしまう俺。だけど、きっとこれは勘違いでもなんでもない。

 

 だって次の日に……響も同じ幽霊を見たことが分かったから。




リュウタの悩みは拙作本編でも匂わせていたアレですね。



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再会

書いていて改めて思いましたけど、最初の怪獣が出てくるまでも色々なイベントや前フリに伏線まで盛りだくさんだったんですよね、ユニバース。すごい丁寧な映画だったんですよ。すごいわぁ…





 幽霊or宇宙人or怪獣を見た次の日。

 

 元グリッドマン同盟は全員で集まって、内海と宝多さんが作ったグリッドマン演劇の台本を見ていた。響とは同じように幽霊を見たことを驚き合いつつ、だけれどその正体が何なのかもわからない状態なのでそれ以上話は進まない。

 

 結局は何かあるかもしれないから気を付けようという話になって、台本を見る作業へと戻っていった。

 

 共用の自習スペースに五人も集まっているのでちょっとスペースは狭いけれど、

 

「台本見てくれんのはいいけど……目の前でイチャイチャするなーっ!!」

 

「えー、いいじゃん。狭いんだし、こうすれば一人分でしょ?」

 

 内海の叫びを聞き流すアカネさん。

 

 今、アカネさんは俺の膝を椅子にしながら胸にもたれかかっている。そんな格好なものだからちょっとどころではなく周りからの視線は痛い。

 

 内海が言った大声は、たぶん周囲の代弁みたいなものだ。

 

 宝多さんも呆れたように頬杖をつきながら言う。

 

「馬場君もちょっとは抵抗すればいいのに……」

 

「いやいや、これでちゃんと二人とも幸せだから」

 

「はぁ……馬場君がなんでもいうこと聞いてると、アカネがまたわがままになっちゃうよ?」

 

「わがままじゃないもーん♪ 彼氏と彼女ならこれくらい当たり前だって♪ 六花もきっとわかるよ♪」

 

「私は周りのこと気にしないでイチャついたりしないから」

 

「そうかなぁ? ね、響君はどう思う?」

 

「うぇっ!? そ、それは……俺はそういうのもアリというか、ちょっと勇気が欲しいけど、嬉しいかもというか……」

 

 事情を分かっているアカネさんがからかい半分で尋ねると、真っ赤になった響の声がどんどんと小声になっていった。

 

 そして宝多さんも……うーん、どういった感情なのだろう。アカネさんを不満げに半目でにらんでいるが、アカネさんは涼しい顔。

 

 そんな様子を見て、内海は頭を抱えて大きく息を吐いた。

 

「ほんとこいつら、半年たってもバカップルすぎる……」

 

 自覚はあるけど。

 

 とにかく話をそらすためにも台本を見てみる。昨日、響も『絢』に行って意見を出したみたいだが……ふむふむ。

 

 一通り見て、内海に台本を返しながら素直な感想を言ってみた。

 

「総集編すぎて、まとまりがない」

 

 確かに主要な出来事を網羅しているのだけど、ちょっとどころじゃなく深みがなくて物足りない。ヒーローショーでも心に来るものはあるが、これは入れたいことを入れすぎて散らかっている印象だ。

 

 すると宝多さんも内海も自覚はあるようで、

 

「うーん、やっぱり?」

 

「でもあの出来事を全部台本にするのも難しいんだよ」

 

 なんて苦笑いを浮かべる。

 

 オレにも二人が頭を悩ませながら作成したのはよくわかる。よくわかるんだけど、主人公が記憶喪失になったり、怪獣が出たり、実は怪獣を作ってる少女が神様だったり、黒幕にアレクシスがいたり……ってあれ?

 

「やっぱりシグマと俺、いないじゃん!?」

 

「ぐっ……! い、いや、その……お前と新条の話を入れたら収集がさらにつかないというか」

 

「最後にちょっと出てるけど! なんだこれ!? 脈絡なさ過ぎて、ウルトラマンゼノンとか初代マンのゾフィーみたいな奴になってる!!」

 

「馬場君とアカネの話を入れたら、二人だけの恋愛ものになっちゃって……。ほら、二人の話は私もそこまで知らないからさ。私も悪いとは思うんだけど、カットしたほうがまとまりがあるし……」

 

 酷いっ! あんなに俺も頑張ったのに!!

 

 抗議の視線を二人に送るがそらされる。この悲しみを、せめてアカネさんは理解してくれるかと思ってアカネさんを見るが、

 

「あー、わかるかも。ティガとファイナルオデッセイみたいな感じだよね? 一本それだけで作ったりとかは良いけど、作風が違っちゃうというか。SFが売りだったのに、いきなり昼ドラ始まっちゃうとか」

 

 残念ながら、アカネさんも内海たちと同じ側だった。さすがはクリエイター気質というべきか、作品の質にはこだわりがあるみたい。にしても昼ドラって。

 

「それにほら♪ リュウタ君のかっこいいところもやさしいところも、私だけの思い出にしたいし♪」

 

「……アカネさん」

 

「えへへ♪ だから気にしないで? 私のヒーローはリュウタ君だから」

 

「……うん」

 

 まあ、アカネさんがそういうなら俺からは文句もなにも……って、

 

「内海、これ見よがしにブラックコーヒー飲むんじゃねえよ」

 

「飲んでもまだ口の中が砂糖でジャリジャリ言うんだけど」

 

「ふっ、くやしかったらお前もやってみろ」

 

 羞恥心なんてアカネさんと一緒にいることと比べたら邪魔だ。

 

 でも、

 

「俺たちの話をカットしても、やることいっぱいで散らかってるよな……。もっとまとまりよくできないの?」

 

「難しいんだっての! そんな言うなら、お前も書いてみろよ! ……理想は列伝みたいな感じで、一つのテーマで貫ければいいんだけどな。ああいう総集編をつくる苦労が、今はよーくわかる」

 

「しかもクラスからは登場人物増やせとか、もっとリアリティある設定にしてよとか言われちゃってて。はあ……自分で書くって言ったから仕方ないけど、周りは勝手だよね」

 

 宝多さんは疲れたように息を吐く。

 

 実際の脚本でも『このおもちゃを売るために販促用のシナリオにしてくれ』とか、役者さんの都合で時間が取れないから出番を減らしてくれとかあるんだろうな。そういえばダイゴ隊員が忙しすぎたから、サブキャラの彫り下げが進んだとか聞いたこともある。

 

 それに加えてあの出来事をちゃんと収めようとするなら、30分12話とかでトントンというところ。それを文化祭のせいぜい一時間の尺に収めるのだから大変だ。

 

「で、でも、俺は六花の書いた台本は面白いと思うよ! ちょっとカオスなくらいがお祭みたいだし!」

 

 お、今のは良いフォローだったぞ響。

 

 宝多さんもちょっと照れながらの響の言葉に微笑んで、いい雰囲気にもなってる。こうやって人の努力とかをちゃんと認めてあげられるのは、響のいいところだよな。

 

 ただ、問題は脚本だけじゃない。さんざん言われてため息を吐いた宝多さんが、アカネさんへと反撃を試みた。

 

「アカネこそ、怪獣のデザインとかどうなったの?」

 

「先にデザイン決まらないと着ぐるみ作れないんだからな?」

 

「う゛っ……」

 

 アカネさんが二人のジト目に声を詰まらせる。さっきまでの上機嫌と打って変わった顔色が状況をなにより雄弁に語っているのだが、アカネさんはごまかすように言う。

 

「えーっと、いくつか候補はまとまったんだけど……」

 

「だけど?」

 

「なんかバーンって心にくる出来じゃなくて……」

 

 そんなアカネさんの言葉を聞いた内海は、俺をじっと見て尋ねてくる。

 

「で、彼女はこんなこと言ってるけど、実際どうなんですか? 彼氏で同棲中のババリューさん?」

 

「進捗は……ゼロです」

 

「リュウタくん?!?!」

 

 いや、スランプならスランプって伝えた方がいいって。こんなに長く悩んでるんだから。自分で言うのも何だが、アカネさんも抱え込みやすいところある。で、俺としてはここで抱え込むよりも暴露したほうが良いと判断した。

 

 するとアカネさんはわざとらしいというか、確実に演技の涙目になりながら言うのだ。

 

「うぅ……リュウタ君がいじめる……。ドSなのは夜だけで充分じゃん……!」

 

 ちょっ!?

 

「馬場君……」「「リュウタ……」」

 

「そういう誤解されること言うのやめてー!!」

 

 ただでさえ色々と疑われてるんだから!!

 

 けれどその後は、俺のネタを間に挟んだのがよかったのか、アカネさんも宝多さんたちに怪獣造形のアドバイスを求めたり、話はしっかり進めだす。アカネさん的にも素直に"できてないから助けて"というのは気恥ずかしかったみたいなので、それが解消されたのなら俺の恥などはどうでもいい。

 

(にしても、ドSとか……)

 

 遠まわしにそういうことなのかなぁ……

 

 なんて、呑気に思っていた時だった。

 

『ねえ、見た?』

 

『あっ! ほら、あれ!!』

 

「……なんか、周りが騒がしいような?」

 

 どんどんと学生たちが窓に向かって、困惑したように、あるいは興奮したように遠くを指さしている。そして、その決定的な言葉が俺の耳に届いた。

 

 

 

『あれ、怪獣じゃない!?』

 

 

 

「……は?」

 

「かい、じゅう……?」

 

 茫然と呟くアカネさん。俺も水をぶっかけられたように心臓が跳ねる。アカネさんを膝から下して、急いで屋上へ。同じようにみんなも続いて……

 

 そして息を切らした俺たちの視線の先に……確かにそれがいた。

 

 まだ遠くから聞こえてくる爆発音に、それに伴って巻き上がる黒煙。その隙間からケバケバしい色の巨体が覗いているのだ。

 

 この世界の生き物にはあり得ない、異形の存在。

 

 それは間違いなく怪獣で、だけど……

 

「アカネさんの怪獣じゃ、ない……!」

 

 あの野郎が具現化したアカネさんの怪獣とは系統が違う。

 

 確かに恰好だけならオーソドックスな恐竜型。長い首に、体の各部を覆うアーマー、そしてその首を支える強靭な肉体。なにより緑色のサイケな色合いは……俺が知るウルトラシリーズの系譜とは外れていて、イコールでアカネさん製じゃないことが直感で理解できた。

 

 むしろどっかでああいう配色とかデザインを見た気が……

 

(いや、そんなことは後だ……!)

 

 変なオタク思考を捨てて、同じようにフェンスから体を乗り出しているアカネさんを見る。

 

 すると、いやな想像の通りだけど、アカネさんは目の前の光景を受け入れられないというように体を震わせていた。

 

「アカネさん、しっかりして……!」

 

「ち、ちがう……! りゅうたくん、わたしじゃ……」

 

「大丈夫! ちゃんとわかってる!」

 

 抱きしめながら、励ますように言う。

 

 ああ、そうだ。アカネさんのせいじゃない。もうアカネさんはグリッドマン同盟の仲間で、恋人で、人を殺すために怪獣を生み出したりしない。

 

 そしてそれは俺だけの意見じゃない。

 

「そうだよっ! 新条がつくるわけねえ!」

 

「他にも怪獣を作る人がいたの……?」

 

「じゃあ、またあの時みたいに……」

 

 みんなもアカネさんを疑わず、別の存在を確信している様子だ。

 

 だけど黒幕が誰かを考えるよりも、まず問題なのは……!

 

「っ……! みんな伏せろ!!」

 

 アカネさんを胸に抱いたまま、床に転がるように伏せる。怪獣が背中から生やした触手によって、遠くからバスやら車やらが飛んできて、校舎の目の前に着弾したのだ。猛烈な衝撃と爆発音で、校舎のガラスが割れる。俺たちのところにも熱風を感じるほど。

 

(くそっ……! シグマは……)

 

 問題なのは、今の俺たちに立ち向かうすべがないこと。

 

 俺の右腕にはアクセプターの影も形もないし、宙の彼方を旅しているだろうハイパーエージェントがどれくらいでこの世界にやってこれるかもわからない。くそっ、こんなことならシグマとの連絡手段くらい残しておけばよかった……!!

 

 今の俺たちはあまりに無力だ。ただの高校生だ。

 

 ヒーローもいないし、怪獣と戦うすべもない。

 

 まだ怪獣も離れた場所で暴れているが、既に余波がこちらまで届いている。自衛隊とかで対処できる感じもしないし、このままじゃ街全体が火の海になるまでそう時間はかからない。

 

 だけどそこで、

 

「グリッドマンが、呼んでる気がする……」

 

「……響?」

 

 響裕太が何かを確信するように立ち上がり、

 

「俺、行かないとっ……!」

 

 導かれるように走り出したのだ。

 

 俺はそんな響の行動に面食らいながらも、けれど彼とグリッドマンとの関わりを思い出して、『まさか』と考える。

 

「おい、裕太!?」

 

「響君……!?」

 

「あいつ、もしかしてジャンクに……!」

 

 そしてその『まさか』は俺だけの予感じゃなかった。

 

 同じように考えたのだろう宝多さんと内海も、響を追いかけて駆けだしてしまう。

 

 俺にだって響の行き先は分かっている。今も『絢』の片隅に眠っている古びたパソコン『ジャンク』。グリッドマンと響とをつないでいた不思議なマシンのところ。

 

 響にもグリッドマンがそこにいるという確信はないはず。だけれど、響はそれでも走り出した。

 

「俺は……」

 

 どうする?

 

 俺がシグマになったときは特殊な事情もあって、ジャンクを介することがなかった。

 

 もしシグマが来てくれるなら、この場でアクセスフラッシュができるはず。なのに、俺には響が感じたような予感を得ることができなかった。

 

 なにより腕の中には守るべき人がいて……

 

「リュウタ君、行こう……!」

 

「アカネさん……?」

 

 けれどその人が震える声で言うのだ。

 

「私の怪獣じゃなくても、知らんぷりなんてできない……! きっと私にもなにか関係があるから、だから私も行かないと……!」

 

 かつての神様は、怪獣使いは……涙すらにじませながら決意した。

 

 だったら俺は彼女の恋人として……! それにアカネさんのヒーローとして……!!

 

「わかった、手を離さないで……!」

 

「うん!!」

 

 アカネさんの手を引きながら、響たちの後を追いかけた。

 

 

 

 "あの時"のように、街は地獄絵図だった。

 

 あっちこっちで火の手が上がって、秩序の象徴だった信号機なんて薙ぎ倒されて変なタイミングで点滅している、いくつものビルが倒れて平和な街は無残な有様。

 

 そんな光景にひるみそうになる気持ちを叱咤しながら、響の後を追いかける。

 

 こんな状況だというのに響はまるでおびえる様子がない。あの告白することにおどおどしていた純情少年とは思えないほど、一直線にジャンクへと向かって行ってる。

 

 だったらきっと……

 

(グリッドマンたちはこっちに……)

 

 けれどそんな期待を裏切るように、

 

「っ……!?」

 

 ごうっと怪獣によって吹っ飛ばされた大きな瓦礫が、俺たちの上に降り注いできた。

 

 あっけなく、なんのドラマもなく。

 

 俺も、隣のアカネさんも目を見開く。

 

 スローモーションになったように内海や宝多さんもまとめて潰そうとする巨大な死の気配。

 

 ああ、そうだった。

 

 今までヒーローごっこをできていたり、ハッピーエンドを迎えられた方が不思議で、ただの人間だったらちょっとしたことで死んでしまう。怪獣なんていう非日常の前ならなおさら。そのことを突き付けるように瓦礫は目の前に迫っていて……

 

 だけどこの時やっと、俺に確信が生まれた。

 

(おい、出待ちしてるなら今だぞ……!!)

 

 それは現実逃避した甘っちょろい特撮脳だったのかもしれないけどさ。

 

 ヒーローごっこの続きが始まるには、ちょうどいいだろ?

 

 そして、

 

「っ……はは!」

 

 不意に軽くなった体を前に、俺は思わず笑ってしまった。

 

 

 

「いいタイミング過ぎだろ、新世紀中学生!!」

 

 

 

「すまない、遅くなった……!」

 

「ったく、相変わらずかわいくねー奴だなっ!!」

 

 俺を抱えてくれる屈強な男と、アカネさんを背負った生意気な性別不明のチビ。マックスとボラー。

 

 グリッドマンの頼れる仲間にして、俺にとっては師匠にも当たる売れないバンドみたいな不審者たちだった。

 

 相変わらずどこにそんな力があるのかという身体能力で飛び上がると、近くのビルの上に俺とアカネさんを下してくれる。

 

「二人とも、ケガはないか?」

 

「う、うん……! 私たちは大丈夫だけど……」

 

「宝多さんと内海は?」

 

「そっちも大丈夫だっての! キャリバーが……ほらっ!」

 

 ボラーが自信満々に指さす方を見ると、猫背のキャリバーが同じように二人を抱えて着地するところだった。

 

 そのすぐ隣には……ってアイツだけ相変わらず力仕事してないし。飄々とヴィットが立っている。

 

 けれどそこには響がいなくて、

 

「大丈夫だ、裕太なら……」

 

 マックスが言い終わる前に答えが来る。

 

 怪獣の頭上に開く光の門。そしてそこから流星のように飛んできた光の塊。

 

 その中から人型のシルエットが生まれ、躍動し、俺たちがテレビで憧れたウルトラマンのように輝きながら……

 

 俺は上を見上げて思わず叫ぶ。

 

「来てくれたんだっ、グリッドマン……!!」

 

 赤い巨人が、俺たちのヒーローが姿を現した。

 

 だけれどそれはあの最終決戦での姿とは違う。確かあれがフルパワーの姿だったと思うけど、それ以前の鎧を身に着けたような格好になっていた。

 

 それを尋ねると、

 

「ぐ、グリッドマンに、正式なすがたは、ない……」

 

「裕太に最も適応するのが、あの姿なんだ」

 

「くぅっ……! なんて便利な設定だ!! いくらでも派生フォーム作り放題じゃねえか!!」

 

「内海……今はそういう場合じゃないだろ」

 

 気持ちは同じだけどさあ。

 

 言いながら内海と苦笑いする。

 

 あの時は今生の別れみたいに思ってたけど、まさか半年とちょっとくらいでまたみんなと会えるだなんて。そりゃ『悪魔はふたたび』って状況だけど、嬉しさとか興奮が入り混じってしまう。

 

 けれどそこで、

 

「ちょっと二人とも、ちゃんと前見てよ! グリッドマンが……!」

 

「「っ……!?」」

 

 宝多さんの大声に慌てて前を見る。

 

 この場所からは戦闘の様子がよく見えるのだけれど……状況はまさかの劣勢だった。

 

 怪獣の突撃はグリッドマンを難なく弾き飛ばしてビルへと叩きつけるし、背中の触手も一本一本がビルを両断する威力。しかもなぜか怪獣の左手についた鎧から、グリッドビームよろしくビーム攻撃まで発射される。

 

「はぁ!? 怪獣の設定間違ってない!? こんな序盤で出す強さじゃないでしょ!?」

 

 アカネさんが信じられないものを見るように言う。

 

 確かにこれが特撮のグリッドマンシリーズの続編だったら、こういう再会の場面ではヒーローは華麗に圧勝して視聴者に自己紹介をするし、強敵はもっと後に出現するのがほとんどだ。

 

 現実じゃないと言えばそうだし、昔のアカネさんだったら初回からとんでもなく強い怪獣を出したいとか思ってたかもしれないけど。個人的にはちゃんとアカネさんがグリッドマンを応援する側に回ってくれているのも嬉しかったりする。

 

 だけど、そんな悠長なことを言ってる場合じゃないかもしれない。

 

 明らかに今のままのグリッドマンでは、この怪獣に対処できない。

 

(でも、グリッドマンだってまだ全力じゃない)

 

 俺たちはさらにパワーアップしたグリッドマンを知っている。

 

 だから、俺はグリッドマンの戦いを眺め続けているボラーに言った。

 

「ここはいいから、みんなも早くジャンクに……! アシストウェポンになってグリッドマンの援護を!」

 

「だーいじょうぶだって!」

 

「いや、大丈夫じゃないだろ?!」

 

「大丈夫なんだよ。……どうやら、新入りが協力してくれるみたいだ!」

 

 そう言って、ボラーがニヒルに笑いながら上を見上げた。

 

 するとそこにはグリッドマンと同じように、光が現れて……

 

「あれは……!!」

 

「うん……!」

 

 思わず、アカネさんと二人で目を輝かせる。

 

 光の中から現れたのは、赤くて巨大なかっこいい恐竜みたいな怪獣のシルエット。

 

 それは間違いない。あの時にアカネさんが作ってくれて、俺とシグマの力になってくれた頼れるダイナドラ……

 

 

 

 

『手を貸すぜ、大将!』

 

 

 

 

「「…………え、だれ?」」

 

 アカネさんと俺が同時に、変な声を上げる。

 

 いや、だって、でも、仕方なくない?

 

 出てきたのはダイナドラゴンによく似た、けど微妙に違う怪獣だったのだから。

 

 おい、ダイナドラゴンどこ行った!?

 




相変わらずボラーと相性がいいのか悪いのかな関係です。
アカネさんを除くと、この二人のやり取りが好きだったり。



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赤龍

「いやぁ、助かったぜ裕太ぁ、ありがとな! グリッドマンはお前が協力しないと、実体になって戦えないからなーっ!!」

 

「はぁ……」

 

「それにフィクサービームも……って、ん? お前たちは……」

 

 

 

「おい、そこの不審者……? ちょっとツラぁ貸してほしいんだけど……」

 

「私たちのダイナドラゴンになにしたのかなぁ……?」

 

 

 

 ハイライトがオフになって剣呑なオーラを出しているアカネさんと、きっと同じくらいにやばい感じになってる俺とで、響に馬乗りになった不審者の肩を掴む。

 

 ちょっと離れたところでは内海がビビったように顔を引きつらせるが、俺たちも止まる気はない。

 

 きっとこのピンク髪の〇クザにしか見えない男がダイナレックスとやらの変身者だ。見た目は飛び切り怪しいけれど、俺たちの味方サイドだけど知ったことか。

 

 あのダイナレックスの姿はダイナドラゴンの影響をありありと受けている見た目。しかし、俺たちのダイナドラゴンは断じてこんなガラの悪い兄ちゃんじゃなかった。

 

 もしこいつが何かしてダイナドラゴンを乗っ取っているのなら……

 

 どう落とし前をつけてやろうかと考える俺たちだったが、その男『レックス』は俺たちを見ると。

 

「まさかアンタらがダイナドラゴン先輩の……!」

 

 と目を見開きながら呟いて、

 

「いつも、先輩にはお世話になってますっ!」

 

「「……へ?」」

 

 頭を地面にたたきつけるほどの勢いで、思いっきり土下座をしたのだ。

 

 

 

 ダイナドラゴンに似た、だけれども違うダイナレックスが現れた衝撃で頭が真っ白になっていたが、あの後、無事にグリッドマンとダイナレックスは見事な連携攻撃で怪獣を倒してくれた。

 

 そして最後にはフィクサービームを使って街も元通り。誰一人として死傷者を出さない状態で、戦いは終結。

 

 今はグリッドマン同盟そろって宝多さんの家、ジャンクショップ『絢』にお邪魔して、戦いから戻った響を出迎えたところだが……新しい仲間のはずのレックスというのが、またボラーたちに輪をかけて変な奴だった。

 

 今も目の前で土下座してるし。

 

 レックスは見た目とは違う真面目な……いや、やくざ者ならこういう律儀なのもありなのかな? とにかく、大真面目に続ける。

 

「ダイナドラゴン先輩がいなかったら、俺は生きていない……! つまりその生みの親な二人は、俺の命の恩人でもあるわけだ! この通り、礼を言う!!」

 

「いや、いきなり命の恩人認定されても困るんですけど」

 

「と、とにかく顔を上げて! それでちゃんと事情を話して!!」

 

 まだ怖い顔をしているアカネさんとレックスとの間に入りながら話を促す。なんとなく悪い人ではないと俺は分かったのだが、アカネさんは自分の最高傑作なダイナドラゴンの安否が心配で、それが分からない限りは対処を決めかねているという様子。

 

 これでダイナドラゴンがいなくなっちゃいました、原因はレックスです。なんて話になったら、どうなることやら。

 

 だけれど、それは杞憂だったようだ。

 

 レックスの黒い背広のところから、もこもこっと小さな盛り上がりが作られて襟へと向かい……

 

『ぎゃうっ!』

 

「……え?」

 

「か、かわいいっ!?」

 

 そこから、デフォルメされたような小さな赤いドラゴンが現れた。

 

 そしてそれは飼い主を見つけた子犬のように、アカネさんへとぴょんと飛びついて、じゃれつき始めるのだ。

 

「うひゃっ! ちょっともーっ! くすぐったいってばぁ♪」

 

「もしかしてこの子……ダイナドラゴン?」

 

『ぎゃうぎゃう♪』

 

 いや、確かにダイナドラゴンっぽい特徴は持っているけどさ。

 

 不思議そうにアカネさんとチビダイナドラゴンを見るのは、内海たちも同じ。

 

「でもダイナドラゴンって、もっとデカかったよな?」

 

「うん……シグマと合体するくらいだったし」

 

 そうそう。こんなかわいいマスコットな感じにはなってなかった。

 

 とりあえず、ダイナドラゴンが無事?なことに一安心したところで、おそらくこの事態に関係しているだろうレックスを改めて見る。すると彼は真摯な口調で、なにが起こったのかを説明してくれた。

 

「端的に言うと、俺はダイナドラゴン先輩に命を救われたんだ」

 

 それなりに長い話だったので、俺に理解できたところをまとめると……かつてレックスは別の場所で大きな戦いに身を投じていたらしい。

 

 まだレックスがグリッドマンや新世紀中学生と出会う前の話。説明の時に五千年前とか、怪獣優生思想とか聞きなれない単語も出てきたけど、とりあえずツッコむのは後にした。

 

 その世界でレックスはかけがえのない仲間と出会って、世界を乱そうとする怪獣たちと戦った。だけど、その最終決戦でレックスは力を使い果たしてしまう。

 

 仲間たちとちゃんとお別れもできないまま、悔いを残して消えるはずだったレックスは……

 

「だけど、そうはならなかった。俺はダイナレックスと一体になって、命をつなげることができた」

 

 ただ、そのダイナレックスも戦いのダメージは深刻で、フィクサービームを使うだけでは解決しない複雑な問題があったらしい。

 

 そしてそんなレックスを救うために、ダイナドラゴンが力を渡したというのだ。

 

「ダイナドラゴンとダイナレックスは、非常によく似たアンチボディ。怪獣と対する存在だった。おそらく、どこかもっと上位のレイヤーで縁があったのだろう」

 

「で、ダイナドラゴンと存在を重ね合わせることで、レックスは今の形で落ち着いたんだよ」

 

「わーかったか、二人とも?」

 

「は、ハラキリは……勘弁してやってくれ」

 

「……まあ、俺はなんとなくわかった」

 

 ボラーたちが補足してくれるから、本当になんとなくだが感覚的に納得できた。

 

 そしてレックスも、

 

「二人には返し切れない恩がある。俺にできることがあったら何でも言ってくれ!」

 

 と神妙にしているので、怒る気持ちもなくなっていった。見た目は新世紀中学生の他のメンバーよりも奇抜なのに、性格はとても律儀で気持ちの良い人だ。

 

 むしろ俺としては、アカネさんが作った怪獣が立派に人助けをしていたという事実に胸があったかくなっていく。

 

「そっかぁ……がんばったね、ダイナドラゴン」

 

『ぎゃう♪』

 

 アカネさんも嬉しそうにダイナドラゴンをなでて、そしてダイナドラゴンも親との再会に喜んでいるようだった。

 

 にしても、ほんとにかわいいな! この小さくなったダイナドラゴン。宝多さんもソワソワしながらアカネさんに近づいて、ダイナドラゴンにさわりたそうだ。

 

「ね、ねえアカネ? 私もダイナドラゴンなでていい?」

 

「もちろん♪ ほらほら、ダイナドラゴン? 六花お姉ちゃんだよー♪」

 

「そのお姉ちゃんっていうのやめてって……わぁ♪ なんか機械っぽいのにあったかい♪ ふわふわしてる!」

 

「お、じゃあ俺も六花さんの後に……」

 

「内海君はダメ。前にダイナドラゴンを自分が作ったみたいに言ってたし」

 

「いや、あれはウルトラオタクの性が出ちまっただけで……」

 

「とにかく内海君は最後! 先にリュウタ君、どうぞ♪」

 

 アカネさんがぬいぐるみサイズのダイナドラゴンを俺へと差し出してくれる。ハネジローみたいというか、ハネジローがメカっぽくなってデフォルメされた系統というか……とにかく愛嬌があって愛でたい気持ちがわいてくる。

 

 なので、俺もお言葉に甘えてダイナドラゴンをなでようと手を伸ばしたのだけど……

 

『ぎゃうっ!』

 

 その手はぺちんと、ダイナドラゴンの手に弾かれた。

 

「………………んん?」

 

 何かの間違いだと思って、もう一度手を伸ばす。

 

『がうっ!』

 

 今度はがちんと噛みつかれかけて……こ、これは!

 

「ダイナドラゴンが反抗期になってる!!」

 

 おい、俺がなにをした!?

 

 あれだけ一緒に戦った仲だったじゃないか?!

 

 するとボラーは何が面白いのか、くすくすと笑いながら言うのだ。

 

「第一次反抗期って、一歳とかそれくらいから始まるらしいぜ♪ 残念だったな」

 

「もしかしてこの子、アカネが大好きだから馬場君をお邪魔虫だと思ってるのかな?」

 

「男の子は父親に嫉妬するって言うからなぁ……リュウタ、残念だったな」

 

「え、なにそれ、カワイイ!」

 

「アカネさんまでそんな顔しないで!?」

 

 その後も何度かチャレンジしたけれど、ダイナドラゴンは結局一回もなでさせてはくれなかった。…………悲しい。

 

 いや、俺もいつもは動物に好かれるんだよ? 野良猫とか寄ってきてくれるし、なのにこんなのあんまりじゃないか……

 

 普段はないくらいに落ち込む俺の肩を、大きな手が叩く。振り返るとレックスが励ますような微笑みを向けてくれていた。

 

「リュウタだったか? あんまり気にすんな、ダイナドラゴン先輩も今は母親に甘えたいだけ。それに嫉妬するってことはお前のことも父親みたいなもんだって分かってるってことだ。少し時間が経てば関係も良くなるさ」

 

「れ、レックス……さん!」

 

 やばい。第一印象は悪いけどこの人、いい人だ!

 

 どっかのボラーにも爪の垢を飲ませたいくらいに。

 

「んだと、こらぁ!?」

 

「事実だろ、事実」

 

「よぉーし、久しぶりに特訓してやる! またピーピー泣き言を言っても後悔するなよ!?」

 

「残念でした、シグマがいないし俺は戦えない……って、そうだ」

 

 ひとまずボラーと取っ組み合うのをやめてマックスとジャンクの中にいるグリッドマンに聞いてみる。

 

「シグマは一緒じゃないのか?」

 

 来てくれたなら、喜んで一緒に戦うのに。

 

「…………っ」

 

 アカネさんがちょっと息を呑んだのに気づかず、俺は尋ねてしまう。すると、マックスとグリッドマン が『残念だが……』と前置きをしてから説明してくれた。

 

「彼もグリッドマンと同じく正式なハイパーエージェントだ。私たちとは任務も異なることが多い」

 

『ああ、今回は私たちがたまたまこの世界の近くにいたから、こうして裕太と再び力を合わせることができたが……シグマはきっと離れた場所にいるのだろう。

 すまない、私から連絡を取る手段があればいいのだが……』

 

「そっか……でもシグマのことだから、なにかあったら駆け付けてくれる気がするよ。だからグリッドマンも気にしないで」

 

 グリッドマンと同じようにシグマもかなり律儀な性格していたからな。

 

 そんな話をして、この場は解散となる。グリッドマンたちはひとまず怪獣が再出現した理由を探すというので、解決のための具体的な作戦会議はその後でということになった。

 

 家が離れたところにある響たちと違い、俺たちはご近所。二人と別れて、俺とアカネさんは帰宅する。

 

 幸運なことに被害を免れていたから、まあ最後はフィクサービームで直ってただろうけど、家の中はひとつも荒れておらず家を出た時のままだった。

 

 荷物を下して、ちょっと冷蔵庫からドリンクを飲んで、いろいろあったことに疲れを感じながらソファに腰を落ち着ける。これでやっとひと段落……とは、できないよな。

 

「………………」

 

「アカネさん、大丈夫?」

 

 俺の隣で俯くアカネさん。その顔はどう見ても思い悩んでいるそれで、元気もまるでなかった。俺の声にもから返事をしただけで、俯いたまま声も小さいし、このところ毎日向き合ってたスケッチブックや粘土を一瞥もしないままだ。

 

(無理もないよ……)

 

 俺だっていきなり走り回ったし、命の危険を感じたし……あの事件があったから多少は抵抗力があるだけで、かなりしんどい。むしろ内海たちの方が平然としていた気もして、なんだかんだとあいつらの方がウルトラマン的な適正は高いのだろう。

 

 俺だってそうなんだ。アカネさんはもっとしんどいに決まってる。

 

 再び怪獣が現れて街を破壊していったなんて、過去のトラウマが蘇っても仕方がない。アレクシスにいいように扱われていたとはいえ、喜んで怪獣を暴れさせてしまっていたのは他ならぬアカネさんなのだから。

 

 なんとか元気になってもらいたいけど、俺だってこんなことが起こるなんて想定外。何を言えばいいのか、彼氏として情けないことにわからなかった。

 

 すると、

 

「リュウタ君は……また戦うの?」

 

 か細い声でアカネさんが言う。

 

 それは明らかに俺を心配してくれてる声で……できれば戦ってほしくないと、そんな意志が込められているのも分かってる。だけど、俺の答えは決まっていた。

 

「うん……シグマが来てくれたらの話だけど」

 

 響だってグリッドマンがいない中で立ち上がった。そして再びグリッドマンと一つになって俺たちを救ってくれた。

 

 だったら、俺だって黙って見ていることはできないし、何より……

 

「アカネさんのこと、守りたいから」

 

 あの時と同じくらい、いや、あの時以上に大切な人になったアカネさんを守りたい。それは誰に無理強いされたわけでもない、俺の本心だった。

 

 

 

 

「アカネさんのこと、守りたいから」

 

 そう言ってくれたリュウタ君の顔には、迷いなんて一つもなくて。

 

 それが嬉しくて……だけど怖かった。

 

 こらえきれないで彼の顔から視線を外し、ぎゅっと両手を握る。思い出すのは、もちろん怪獣が現れた時のこと。

 

(私、なにもできなかった……)

 

 怪獣を見た時、私にはわかっていた。

 

 きっとこの事件にも私は関わっているって。

 

 ほとんど直観みたいなものだったけど、間違いないと思う。

 

 私の作りたいタイプの怪獣じゃなかったし、アレクシスもいないし、街を壊す怪獣を作りたくなるほどつらい出来事なんてない。むしろ幸せを感じてる。

 

 だけれど絶対に私も原因の一人。それがわかってしまう。

 

 だから本当はみんなの力になりたいし、なれると思って走り出したけど……結局はグリッドマンたちに助けられただけ。今の私に原因なんてわからないし、暴れまわる怪獣を止める不思議な力も持っていなかった。

 

 そういうのは、全部あの子が持って行ってくれたから……

 

 そんなことは私自身が分かっていたのに……響君を追いかけたいなんて言って、リュウタ君まで危険な目に遭わせちゃった。

 

 新世紀中学生が間に合わなかったら、きっと私たちは一緒にがれきの下敷きでぺしゃんこ。

 

 考えるだけで体が震えてくる。自分が死ぬのも怖いけど、リュウタ君が傷つくのはもう嫌で、でもリュウタ君はもう決意してて……。それにそんな怖いことを、他のみんなに強いていたのが私という存在。

 

(私は……どうすればいいのかな?)

 

 ウルトラマンの隊員みたいに自分で戦える力があればいい? それともただ帰る場所になったり、守られるだけの存在でいればいい?

 

 ただでさえ、自分のしでかしたことの大きさを、酷さを突き付けられているのに、こんな私がリュウタ君の役に立てるの?

 

(君のヒロインでいるためには……私、どうしたらいいんだろう?)

 

 前にリュウタ君が言ってくれたことを思い出す。リュウタ君がヒーローなら、私にヒロインでいてほしいって。

 

 でも、その肝心な答えは分からないままだった。




ガウマさん(レックスさん)って、初出ビジュアルとまっとうな頼れるお兄さんのギャップがいいですよね。

ダイナドラゴン出すアイデアを温めているうちにダイナゼノンが放映されてしまったので、本作でのダイナドラゴンはこんな感じになってます。ビジュアル的にはデッカーのハネジローみたいなデフォルメロボットなイメージですね。


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世界

感想ありがとうございます!
なかなか返信しきれず心苦しいのですが、ご理解いただけると幸いです。


「え、また幽霊が出たのか?」

 

「今度は風呂場で!! もう勘弁してほしいよ……」

 

 またも幽霊か宇宙人に遭遇した響の嘆きが、昼の校舎に沁みる。

 

 外では怪獣にあって、家の中でも不可思議現象というのには同情しかないのだけど……怪獣の後に幽霊というのはいささかランクダウンな気持ちもあって、俺を含めてみんなの反応は鈍かった。

 

 内海は特に興味もなさそうに言う。

 

「水場はやばいっていうしなぁ……お祓いしてもらったら?」

 

「あー、うちのお店にそういうグッズもあったかも……」

 

「六花のお家、探したらいろいろでてきそうだもんねー」

 

「けっこう俺は切実なんだけどなぁ……」

 

 俺も幽霊もどきは見たから気になるのだけど、やっぱり優先度は怪獣>幽霊。しかもアカネさんのメンタル問題的にも怪獣の方が重要だ。できれば自分で解決してくれ。

 

 ともあれ、こんな会話をのんびりできるくらい、怪獣が出た翌日だというのに街は平穏を取り戻している。あれだけ街が破壊されたというのに、誰も気にしている人はいない。

 

 それは既視感というか、前回の怪獣騒動とまるっきり同じだ。一日経ったら記録にも人の記憶にも事件は残っていない。俺たち以外の人は、怪獣のことなんて覚えていない。

 

『あの時はベノラとかカミサマ使ってたけど……今は他の怪獣はいないと思うし』

 

 とはアカネさんが言ったこと。

 

 世界全体がリセットされているってわけじゃなさそうだけど……きっと、あの怪獣がアカネさん謹製でなかったのと同じように、他の方法で記憶修正が行われているんだろう。

 

 勝手に頭の中がいじられているなんて、考えるだけで不気味な事態だ。

 

 本当はもっと慌てたり、必死に原因を探さないといけないはず。だけど、学校が通常営業な以上、俺たちも普通に学生として過ごす方が優先だと普通に登校してしまってる。今もこうして校舎外の休憩スペースに集まって再びの脚本会議中。

 

(にしても、内海も宝多さんも肝が据わってるなぁ……)

 

 なみこさんとはっすさんと『リアリティがない』とか『いや怪獣出たし』とか『フィクサービームは優しい設定でアリ』とか言い合っている二人を見る。

 

 脚本がまたダメだしされてしまったことに凹んではいるが、怪獣のことを深刻に悩んでいる様子じゃない。その中に混じっているアカネさんは……どうなんだろうな、昨日は夜までずっと悩んでる感じだったし、平気なフリな気がする。

 

 けど、

 

(やっぱりくぐった場数だけじゃないよなぁ……)

 

 俺は怪獣のこともアカネさんのことも、ちょっと前から頭を悩ませてるあのことも気になって仕方がないんだけど、二人はそれはそれと分けて、やるべきことをやっている。

 

 なのに俺ときたら……。昔から細かいことでぐちぐちと悩みがちだからみんなが羨ましい。

 

 シグマに変身できたり、あの事件で成長したところはあるけれど、やっぱりヒーロー気質あふれる友達を見ると、まだまだだなぁと思ってしまうのだった。

 

 

 

 

 結局、第N回の脚本会議は宝多さんたちの抗議もむなしくボツで決着し、二人は再度書き直すことになってしまう。

 

 その流れでアカネさんのデザイン進捗も聞かれたけど、昨日の騒動の後で怪獣を作れるような気分ではなかったから、進捗は相変わらずのゼロだった。とりあえずデザインのはっきりしているグリッドマンのスーツから先に作ることになるらしい。

 

 そして場所を移した渡り廊下で、

 

「ぶっちゃけどうなんよ? シグマが来てる感じとかあんの?」

 

「ねーな。タイミング的には昨日のあれとかちょうど良さそうだったけど」

 

「ふっ……! ってことは、いよいよ俺の出番ってことか……! 俺の髪は青いし、裕太と一緒にダブルグリッドマンを……!」

 

「えー、やっぱりシグマはリュウタ君のほうがいいよー。六花はどう思う?」

 

「私はどっちでも……あー、でも内海君はそんなに強い感じしないから、馬場君の方が頼れるかも。響君的には二人だったらどっちがいいの?」

 

「そこは俺じゃなくてグリッドマンに聞いた方がいいかも……」

 

「おっ! さっすが裕太、いいこと言うなぁ♪ ってことで、シグマが来た時に決めてもらおうぜ♪」

 

「それなら、むしろ俺が当確だろうよ」

 

 あんだけ一緒に戦ったんだし、いきなり内海にチェンジとかはさすがにショック。むしろウルトラ兄弟的にどんどん弟が増えて、そっちが内海とタッグ組む方がよくないか? 名前は……シグマだし、オメガとか?

 

 そう提案してみると内海は思案顔になる。うむむむとうめく様子から、どうやら頭の中でIFの妄想を繰り広げているようだ。

 

 たっぷり一分くらい考えた挙句、妙に悟った顔になって内海は呟く。

 

「いや……シグマにグリッドナイトに、それでもう一人ってくると、さすがに画面に入らないって。出番もラスボスイベント戦くらいな感じになりそう」

 

「確かに四人は映画レベルでも多い感じするな……」

 

 そうは言ってもウルトラマン映画だと無茶苦茶やるけど。客演十人とか。

 

 なんて、みんなと昨日のことを話す。

 

 怪獣騒動を覚えていないなみこさんたちの前で怪獣だのなんだのを言い合うのは気が引けて、場所を変えることにしたのだ。

 

 そして前のように、平穏で普通の日常の中、俺たちだけが非日常を抱えている。周りの人が仮初とはいえ平和なのはいいことなのか悪いことなのかは……俺には判断がつかない。

 

「リュウタ的にはこのシチュエーションってのはどっちっぽいのよ? OVAか劇場版か」

 

「だから、あんまりウルトラマンに例えすぎるなよ。まあ、新シリーズ開始ってシチュエーションよりも最近のニュージェネ映画な始まり方って感じはするけど」

 

 半年後っていうタイミングとか、みんなそれぞれ悩みが出てたりとか、それっぽい。

 

 だけどそれはあくまでウルトラマンだったらの話。もちろんウルトラマン映画みたいに最後はハッピーエンドで終わるのが理想的だけど、昨日あっさり死にかけたのとかを考えると、楽観視しすぎるのもどうかと思ってしまうのだ。

 

 そんなオタク全回の会話をしている俺たちに苦笑いしながら響が言う。響もどちらかというと俺寄りで、冷静に昨日のことを振り返っているようだったが……

 

「グリッドマンも世界のバランスが乱れているって言ってたし、きっとあの怪獣だけじゃなくて……うわぁ!?」

 

 突然、響は驚きながら腰を抜かしてしまった。

 

 でも仕方ない。歩いていたら柵の向こう側に、ピンク髪のヤカラっぽい不審者がへばりついているのだから。

 

 そして、その不審者は驚く俺たちを気にしないで柵を楽々飛び越えると、人好きのする笑顔を浮かべて挨拶してくるのだ。それは昨日出会った、新しい仲間。

 

「よお! グリッドマン同盟♪」

 

「レックスさん!?」

 

「あのさ、ここ学校なんだけど……許可取った?」

 

「もちろん♪ ちゃんと失敗から学んでいるからな!」

 

 そう言ってレックスさんは首から『入校許可証』と書かれたネックストラップをひらひらさせた。いや、この人を通すってうちの学校おおらか過ぎんだろ。

 

 元はそういう風に設定した疑惑のあるアカネさんを見ると、俺の言わんとするところがわかったのか、気まずそうに頬をかいていた。

 

 とにかく学校にまで来てしまったレックスさんは、街を感慨深げに眺めながら言う。

 

「実はさっきまでこの街を見回ってたんだが……この世界は俺がいた世界によく似てんだ」

 

 それって……

 

「え、世界ってそんなにいっぱいあるんですか?」

 

「あるっ!」

 

 レックスさんの自信満々な断定と、理解が及ばない様子の宝多さん。

 

 ただ驚いているのは宝多さんと響くらいで、俺と内海、それからアカネさんは『わかってました』という平然っぷりだった。

 

 アカネさんが当たり前のように言う。

 

「だってそもそも私が別の世界から来てたわけだし」

 

「シグマたちのハイパーワールドってとこも別世界っちゃ別世界だろうし」

 

「近年のニュージェネだったら基本概念だぞ、マルチバース」

 

「……いや三人とも、常識ですみたいな顔で言わないでよ」

 

「だ、大丈夫だよ、六花……! 俺もよくわかってないし」

 

 でもパラレルワールドとかって小説とかでもよくある概念だし、割と一般人も認知していると思うんだよな。

 

 マルチバースはウルトラシリーズが躍進した大きな要素だけど、それを受け入れる下地は日本人にはあったのだろう。まあ、それをうまくシリーズに入れ込んだのはゼロや銀河伝説での円谷の苦闘があってのもの。アイデア出した人は正直にウルトラシリーズを救った英雄だ。

 

 おかげで客演をたくさんしてオールドファンを維持しつつ、毎回世界観一新で新規参入のハードルを低くするって奇跡を成し遂げてる。

 

 まあ、それは今はどうでもいいか。

 

 レックスさんは俺たちがあっさりと話を飲み込んだことで、満足げに頷く。そのままさらに説明を続けようとしてくれたのだが、そこで出待ちでもしていたのかぞろぞろと不審者四人が出てきた。

 

「かつての戦いの後……」

 

「だからここ学校だっての!?」

 

 特にマックス! あんたが一番性格まともだけど、外見が一番まともじゃないから! 髪を切るとかおしゃれする前にそのごついマスク外せっ!! キャリバーはその刀を家に置いてこいっ!!

 

 

 

 閑話休題……ってこれで使い方あってんのかな?

 

 わざわざ全員そろってやってきた不審者集団。俺たちとしては、あんな人目のつく場所でこいつらと話をしていたらどんな噂が広がるかわからないので、再度の場所移動。人がいない学校プールに来て話を続けることにした。

 

 まだ真夏というには太陽の日差しは強くないけれど、気温はそこそこ。水泳部もこのプールを使い出しているみたいで、きれいに掃除されているし、水は透き通っていた。

 

 見るからに夏が始まったという日常風景。そこに黒スーツのみんなが集まってると……なんか、変なものを見てる気分になる。

 

 特にボラーはなんか靴を脱いで足湯ならぬ足プールをし始めてるけど……お前、ほんとに何歳だよ。

 

 そんな中で新世紀中学生たちは、現在のツツジ台になにが起こっているのか、仮説を説明してくれたのだが、その内容はまたもウルトラシリーズよろしく突飛でSFなそれだった。

 

「つまり……いろんな世界があったけど、それが一つに重なっちゃってるってこと?」

 

 アカネさんが半信半疑で呟く。俺も完全に理解できたわけじゃないが、その説明であってるはず。

 

 響と宝多さんもジェスチャーしながら理解しようとしているようで、響がかざした両の手を上から宝多さんの手がサンドイッチしていた。

 

 なるほど、わかりやすい。

 

 元はバラバラな世界が上からミルフィーユみたいになっていると。だからまだ怪獣がいる世界とレイヤーが重なって、俺たちの世界に出てきてしまったってわけだ。

 

 そして響と宝多さん。それで付き合ってないってありえないからな、その距離感。

 

 すると隣で無自覚いちゃつきをしている二人を見て、悪戯心が芽生えたのか、対抗心が生まれたのか、アカネさんがこっそり耳打ちしてくる。

 

「リュウタ君、リュウタ君♪」

 

 アカネさんが差し出した手は響と同じで、

 

「はい、これでいい?」

 

 俺も宝多さんみたく、自分の手をそこに重ねてみる。

 

「えへへ♪ 私の世界、リュウタ君の世界につかまっちゃったー♪」

 

 あー、かわいい。

 

 おいマジでかわいいよ、この天使。いや、元神様。

 

 なんか並行世界とかパラレルワールドとかどうでもよくなってくる。アカネさんいればそこが俺の世界だわ。

 

「おーい、肝心な説明がまだだから戻って来いっての」

 

「ダメっすよ、ボラーさん。アイツらいつもああなんで」

 

「まーじか、半年の間になにやってんだよ」

 

「ふっ、青春だな」

 

「むしろ半年前の方が、この子たちにとってはおかしかったんだろうね」

 

 内海もボラーもうっさい。そしてマックスとかヴィットは後方理解者面すんなっての。

 

 ただ、ことは思ったより楽観的ではないようだ。

 

 今の程度の重なり方だと、せいぜいが別世界の人間や怪獣が迷い込んだりするくらいの影響らしいのだけど、これがさらに重なっていくと大問題。

 

 マルチバースが一つの世界にどんどんと収束して、重なり合い、潰し合い……

 

「消滅するかもしれないんだと!」

 

 最後はレックスさんがわざわざ響たちの手を振りほどきながら実演してくれた。

 

 そのものずばりでこの世の終わり。パン、と何もかもがなくなってサヨウナラ。

 

 ついでにレックスさんは高校生の甘い恋模様の邪魔をしたことは理解できていないようだった。ドンマイ、響。でもちゃんと付き合ったらそれくらい普通になるぞ? がんばれ。

 

 とにかく一人の少年を涙目にしながらの説明によると、世界の始まりのビックバンとは逆の現象が起こるかもしれないとのこと。

 

 ビッグ……クランチとかなんとか? ウルトラマンシリーズでは今まで出てきてないタイプの概念だな。

 

「……またスケールがでかい」

 

 アカネさんが世界を創ってたとか、この世界が箱庭とか、高校生のスケールから外れた出来事にも慣れたつもりだったけど、今度は次元を跨いでの事件とか。

 

 話を聞き終えた俺は、ため息をつきながら青空を見上げる。

 

(あの向こうから別の世界が迫って来てるのか……)

 

 あくまで仮設の一つだというけれど、それでも『世界の終わり』というフレーズは重かった。

 

 規模だけで言うならウルトラマン以上、ウルトラマンキングとかノアとかが出張ってくる事態にも思えてしまう。

 

 そしてそれを成そうとしている黒幕がいるのなら、アカネさんみたいな人間とかじゃなく、別格な存在のような気もするのだ。

 

 だけど……なんだか、

 

(なんか、違和感ある気がする……)

 

 世界が終わりに近づいている、けれど、世界は平和に続いている。そんな矛盾したような感覚を俺は感じていた。

 

 

 

 

「世界の終わり……っていうのに、なんか普通に買い物としてるし……」

 

 リュウタ君が苦笑いしながら言う。

 

 プールサイドの秘密会議からあっという間に今は放課後。今日は二人で決めてる買い物日なので、リュウタ君とついでにゲストの一人とでスーパーに直行。

 

 だからリュウタ君の手にはスーパーで買ったものが下げられてるのだけど、昼間に話した話とそれがリュウタ君的にはミスマッチで面白かったみたい。

 

 実は私も、同じことを思ってたり。

 

 ビッグクランチと怪獣、並行世界と世界の終わり。

 

 新世紀中学生のみんなから聞いた話だとかなり大事なはずなのに、私たちは普通に今日の夕飯の話をしたりしている。

 

 えっと、正常性バイアスだっけ? 大きなことが起こったときに無理矢理平気だって思う心の動きがあるって聞いたけど、それに近いのかな?

 

 でも、まだ世界の終わりが近づいている実感もないし、それを四六時中怖がってもいられないので、日常を続けられるのは私的には大歓迎だった。

 

 けれどその気持ちは……

 

(ちょっと逃げが入っちゃってるよね……)

 

 昨日から怪獣のことも考えられてない。それは劇の怪獣もそうだし、この世界に来てしまった怪獣のことも。

 

 リュウタ君も私が悩んでいることは気づいてると思うけど、今はそっとしてくれている。私の大好きな彼氏は、私のことを私以上にわかってくれてるから。

 

 本当に世界の終わりが近いなら、私だって悩んでいるわけにはいかないのに、リュウタ君の優しさに甘えてしまっている自分がいる。

 

 今はただの人間でしかない私がこの事件でできること、リュウタ君のためにできること……結局わからないまま放置してしまっているんだ。

 

 そんな罪悪感を隠しながらリュウタ君と歩いていると、肩から

 

『ぎゃうっ!』

 

 とダイナドラゴンがひと鳴きして、ペロッと頬をなめてくれた。

 

 元は機械の怪獣なのに、なんだかあったかくてほっこりしてしまう。

 

「えへへ、ありがと……」

 

 小声でお礼。

 

 この子も私の心から生まれたから、リュウタ君と同じくらい私の気持ちを察するのは上手みたい。頬をなめたり、すりすりしてきたり、慰めてくれる。

 

 最初はおっきなあの姿じゃなくなったことに怒りかけたけど、これはこれで可愛くていいかもね。

 

 そして、この子が小さくなった原因のレックスさんも実は近くにいるのだけど……

 

「リュウタは何を買ったんだ?」

 

「明日から忙しそうだし、作り置きできるカレーにするつもりでルーとか野菜とか。あと、あのスーパーのセール日だったから、アカネさんの好きなトマトジュースをたくさん。毎日消費する奴は、こういう日にまとめて買うとお得だしね」

 

「お前ら、若いのによく考えてんなぁ。まったく偉いもんだぜ」

 

「二人だけで暮らしてるから、これくらいしないと。レックスさんこそ、それ宝多さんちの買い物でしょ?」

 

「六花のママさんには一食の恩があるからな! これくらい普通だって」

 

「レックスさんはほんと律儀だよなぁ。見た目は割と怖いのに」

 

「5000年前はこれくらい普通だったんだぞ? それに前の服の方が派手だったしな」

 

「ははっ! どんな服だよ、それ」

 

 そんな話をしながらリュウタ君とレックスさんは楽しそうに話をしている。

 

(やっぱり、レックスさんとリュウタ君は相性よさそうだよね)

 

 見た目は完全にヤクザさんだし、夜一緒に歩いていたら職質されそうだけど、レックスさんは見た目と違ってしっかり大人なお兄さんって感じがする。

 

 それはリュウタ君にも伝わってて、珍しくリュウタ君は距離感が近いというか、心を許してるみたい。

 

 ダイナドラゴンにそっと顔を寄せながらこっそりお話をする。

 

「実は、リュウタ君って年上の人が好きだと思うの」

 

『ぎゃう……?』

 

「お兄さんとも仲直りしてからちょっとうれしそうだし。リュウタ君がすごくしっかりしてる方だから、甘えられる人が欲しいのかな?」

 

 ダイナドラゴンはちゃんとは理解してない気もするけど、思いつくまましゃべってしまう。

 

 考えてみると、年上属性のシグマはかなり信頼してたし、新世紀中学生のみんなとも……あの人たちは個性強すぎて甘えるとかナシなんだろうけど、内海君たちには見せないとこを出してた気もする。

 

 別に嫉妬することじゃないし、リュウタ君をもっと知れるのはなんだか嬉しい。

 

 だけどちょっともやもやもあって。

 

 ……私だけに見せてくれるとこはもっとたくさんあるけど、頼ってくれているのかと言われたらちょっと違うよね。むしろ私を守りたいってあったかい気持ちが大きすぎて溺れちゃいそう。

 

 この間から抱えてるっぽいリュウタ君の悩みは明かされないまま。大事にはされているけど無条件で頼ってくれるパートナーにはなれていない気がするの。

 

(私も大人っぽくなれたらいいのかな?)

 

 体つきは……包容力っていう意味だと結構あると思うし、抱き着いたりするとリュウタ君も嬉しそうだし。でも精神年齢的なところだと年相応。六花みたいにしっかりしてないから、年上のお姉さんみたいな役はできそうにない。

 

「うーん……」

 

「アカネさん? どうしたの?」

 

「あっ、ごめんね。ちょっと考えごと……」

 

 はぁ……また気遣われちゃった。怪獣のこともだけど、心配ばっかりさせてるのがいやだ。

 

 そのことで心がずきずきして、それをリュウタ君がまた心配するって変なスパイラルが始まりそうになりそうなときに、レックスさんが間に入って優しく言ってくれる。

 

「アカネ、悩みがあるなら彼氏に相談した方がいいぞ? 変に抱え込んだりすると大変だからな。それに、まだ短い付き合いだがリュウタは頼りになる男だ! 俺が保証する!」

 

「……えへへ♪ リュウタ君が頼りになるのは、私が一番よく知ってるよ! ありがと。

 ……って、レックスさんこそ、なんか相談とか慣れてる感じがするよね?」

 

 高校生との距離感っていうか、なんだろ? そういうのをわかってる感じがして、不快感が全くない。

 

 それを素直に尋ねると、レックスさんは苦笑いを浮かべた。

 

「お前らにも話した別の世界のことだけどよ。実は、俺の仲間にお前らくらいの歳の二人がいたんだ」

 

「え、もしかして高校生? その子もグリッドマンに変身したりしたのか?」

 

「いや、俺たちの場合はダイナゼノン……あー、ロボットっていうのか? ダイナレックスが変形してなれるんだよ。それに乗って力を合わせて、怪獣と戦ってくれたんだ」

 

「うわー……完全にジャンル変わってるじゃん」

 

 怪獣VS巨大ロボットとか。

 

 私的にナシな概念。

 

 でも、レックスさんは懐かしそうに続けるから、私も自分の変なこだわりはしまっておいた。

 

「それで蓬は……リュウタと性格が似てる気がするな。あいつもスポーツ得意だったし、夢芽に一途っていうか、とても大事にしてた。ちょっと控えめだけど、思い切りが良いのも似てる。

 それでアカネと夢芽は……性格自体はあんまり似てないが、自分の世界ってのかな? こだわりが強いとこは似てるかもしれねえな。……っと、悪いな。いきなりこんな話をしちまって」

 

 頬をかきながらレックスさんが頭を下げる。

 

「お前らが仲良くしてるのを見てたら、蓬も夢芽も今頃はこんな風にしてるのかなって思っちまってよ」

 

「その二人も、リュウタ君と私みたいに付き合ってたの?」

 

「さあ、どうなったんだろうな……。二人が好き合ってたのは間違いない。

 蓬が告白したとこまでは見届けたし。だけど……その後に俺はレックスになっちまって、ちゃんとお別れも言えなかった」

 

「レックスさん……」

 

「だけどあいつらならきっと大丈夫! お前たちみたいに幸せにやってるはずだ!!」

 

 言いながら星空を見上げるレックスさんは……どこか悲しそうで、でも、どこか満足そうだった。

 

 私にその気持ちはわからないけど、きっとその仲間の二人のこと、レックスさんも大事に思ってたんだと思う。

 

 それでもうちょっと詳しく聞いてみたら、その蓬君は夢芽ちゃんに告白したんだけど、そこを狙って敵が攻撃してきたらしい。

 

 ……私の怪獣もだけど、向こうの世界の怪獣は人の気持ちを吸収して大きくなる。それで、アレクシスが私にやろうとしたのと一緒。敵は二人のハッピーエンドを壊すことで、大きな情動を得ようとしたみたい。

 

 なんとかその最後の怪獣も倒せたらしいけど、そんな事情だからレックスさんも気がかりなんだと思う。

 

「本当に悪かったな、二人とも。こんな未練を引きずって、お前らを蓬たちと重ねちまうなんて、どっちにも失礼だ」

 

「いいよ、それくらい。むしろ気にしすぎだって」

 

「そーそー♪」

 

「はは……。お前ら、ほんとにいいやつだな」

 

「「レックスさんもね」」

 

 リュウタ君とハモってしまって、二人でくすくす笑う。

 

 きっとこんなお兄さんがいたら、その二人も楽しかっただろうし、頼りにしてたんだろうな。

 

 昔の私も、もっと周りの人に頼れてたら……でもそれは今更だよね。

 

 それに後悔も罪もたくさんあるけれど、そんなダメな私がいなかったら今こうしてリュウタ君と一緒にいることもできなかった。

 

(今の幸せ、か……。うん、そうだよね。ずっとぐちぐち悩むよりも)

 

 レックスさんと話をして、少しだけ自分がやりたいこと、守りたいことがはっきりした気がする。ちょっと気持ちも楽になってきた。

 

「リュウタ君、レジ袋貸して? こーたい♪」

 

「はい、けっこう重いから気を付けてね」

 

 リュウタ君から荷物を受け取って、掌に重さを感じる。

 

 神様だった頃には感じなかった重みが、今は幸せの証。

 

(私にできることも、今は分からないけど……)

 

 でもレックスさんが大切な仲間と重ねるくらいに、幸せなことができてるなら。

 

 まずはリュウタ君と二人で、今の生活を守っていきたい。何が起こったとしても、それだけは絶対に。

 

 だから変な悩み事は胸の奥にしまって、家に急ごうとした時だった。ポケットから通知のピロって音が鳴る。

 

「あ、ちょっと待って。六花からライン……え? これどういうこと?」

 

「俺の方にも響と内海から……うーん?」

 

「どうした、二人とも?」

 

 レックスさんが心配そうに尋ねてくるけど、私もリュウタ君も届いた情報があまりにもわけわからな過ぎて理解できない。

 

「えーっと、六花が別の世界の人と会ったって」

 

「内海も別の世界の迷い人探してて……響は、いきなり三十代無職が風呂に全裸で乱入してきたとか」

 

 …………響君だけ、ガチの警察案件じゃん。




アカネもちょっとだけ前向きになって、次回からよもゆめ合流です。

それにしても、三十台無職が全裸で風呂場に乱入って……裕太のトラウマになりかねない出来事ですよね……




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稀人

ガウマ隊やっと書けたー!





 ジャンクショップ『絢』。

 

 宝多さんの家にして、グリッドマンが宿ったジャンクがあったり、喫茶店もしてたり、店長がかなり独特だったり、俺達に物語やシナリオ的なものがあるなら本拠地扱いされているだろう場所。

 

 そして何が起こるかわからないカオスな場所でもある。

 

 それはきっと店長の懐の広さによるものだろう。

 

 俺も記憶喪失になっていた時に、怪しい身分なのも関係なくバイトさせてもらったり、店長に足を向けて眠れないほどたくさんお世話になっていた。そんな懐の広さがいろんなものを引きつけるに違いない。

 

 なので、もうそろそろこの店内で何が起こっても驚くことはないだろうと思っていたのに……

 

「人、多すぎんだろ……」

 

 俺は店の中を見ながら苦笑いする。

 

 だって異世界の住人までやって来て、店内は大混雑になっているのだから。

 

 仲間たちから同時多発的に伝えられたメッセージ。

 

 それは住んでいる街で迷子になった高校生カップルとか、知ってるはずなのに知らない場所に来てしまった中学生とか、最後には自分の家が別の人の家になってしまった三十代無職が風呂場に現れたという不可思議現象。

 

 特に最後の響の案件なんて、俺の身に起きたらかなり恐怖だ。きっとトラウマになってしまう。

 

 だがみんながそれぞれ、遭遇した人たちの事情を聴いてみたところ、嘘偽りを言っている風ではなくて……そしてみんなは昼間に聞いた話を思い出した。

 

 マルチバースと、それらが重なるビッグクランチ。

 

 異世界が重なることで、怪獣のように向こうの人がこちらの世界にやってくることもあるというSFな話を。

 

 だからもしかして、と思ったみんなの推測は正しく、本当に彼らは並行世界からやってきてしまったよう。なので、ひとまずグリッドマンや新世紀中学生と合流して情報をまとめるべく、彼らを連れて『絢』へと集合したそうだ。

 

 俺とアカネさんもレックスさんを連れて店に来たのだけど……

 

「お前ら……」

 

「ガウマさん……」

 

 異世界からの客人の中で俺達と同じぐらいの高校生、蓬君がレックスさんを見て、そうつぶやく。他の子も同じようにレックスさんを知らない名前で呼んでいる。

 

(……やっぱり、この子たちが)

 

 俺も蓬君と、彼にぴったりとくっついている夢芽ちゃんの名前を聞いたときから察しがついていたが、三十代無職の暦さんとロックな格好の小さなちせちゃんも入った四人全員がレックスさんと一緒に戦った仲間なのだろう。

 

(にしても、なんていうか個性的というか……)

 

 GUYSみたいにスペシャリストを集めたわけでもなく、本当にその場にたまたま集まってたメンバーで構成されたっていうのだから不思議なものだ。俺達もただの高校生なので人のこと言えないけど。

 

 だけどその再会は感動のものではなかった。

 

 すごくしんみりした空気になっているし、レックスさんも肩震わせながらレックスさんにもたれかかってる蓬君を見て、申し訳なさそうに言葉を詰まらせている。

 

 隣のアカネさんも、この慣れない雰囲気に戸惑っているようで、小さく俺の袖を引いて尋ねてくる。

 

「ね、ねえ……リュウタ君、どうしよ?」

 

「どうしよっか……」

 

 多分、こういう時に気が利く奴ならレックスさんと彼らの間に立って空気をほぐすこともできたのだろうけど、俺もアカネさんもそこまでコミュ力があるわけでもないし、響たちも同じく。それに事情も聞きかじったくらいなので踏み込みづらい。

 

 たぶん、彼らはずっとレックスさんを死んだものと思ってたのだろう。

 

 だったら生きてて嬉しいという感情もあれば、なんで知らせてくれなかったのかという戸惑いや怒りもあるに違いない。

 

 ……どうして、レックスさんは生きてることを伝えなかったのだろうか。

 

 いや、

 

(もしかしたら自分が関わったらまた平和がかき乱れちゃうとか考えたのかな?)

 

 レックスさんは見かけと違って誠実で、責任感の強い人だから。

 

 響たちを見ても、この状況を飲み込めておらず、話を進められる雰囲気じゃない。なので、

 

(誰か、誰かこのしんみりしすぎた空気を何とかしてくれ……!)

 

 なんて他力本願で願っていたら。

 

「えー! また人増えてる!」

 

 と愉快な大声が来てくれた。

 

 全員がはっとしたようにその声の方向に顔を向けると、そこにいるのは我らが店長。彼女は空気が読めない……じゃなくて明るい調子でみんなを見渡すと、マイバッグから肉を見せながら「焼肉」の提案をし始める。

 

 その顔は直前までのシリアスムードとか全く関係ないとばかりに平常運転。

 

 いや、スペイン産イベリコ豚とか、牛とかそういう問題じゃないんですけどね。すごいわ、あなた。本当に。

 

 でも陽キャ100%な店長が来てくれたおかげで、変な雰囲気は霧散されていく。店長のあまりの空気読まなさ加減に蓬君とレックスさんも笑ってるし、どうやらこのまま焼肉パーティーになだれ込むようだ。

 

 そして店長は俺達も誘ってくれて、

 

「アカネさんはどうする? ごちそうされてく?」

 

「うん♪ せっかくだし」

 

 響と内海は家でご飯が待っているからと固辞していたが、こういう時は自炊してる俺達は便利だよな。

 

(せっかく異世界から客が来たんだし、ちょっとくらい話を聞いてみたいし)

 

 こうして俺達も場所を宝多さんちのリビングへと移して、突発的な焼肉パーティーが始まった。

 

 さすがにただで飯にありつくというのも変な話なので、俺たちも家から食材を持ってきたり焼き肉プレートを追加したり。

 

「元バイトくーん! 冷蔵庫からお肉追加してー!」

 

「はーい」

 

 店長に言われて肉を皿に移したり、野菜をカットしたり。

 

 そして俺は店長指示の元、ホールスタッフみたいなことをしていた。

 

 現在、テーブルは二つに分かれていて、キッチンの手前側には新世紀中学生や店長、アカネさんたちが座ってて、奥の方では蓬君たち異世界組が肉を焼いている。俺の席もアカネさんの隣にあるのだけど、さすがにこの人数相手に諸々お世話するのが厳しそうだったので手伝いに回っていた。

 

(異世界の人にいきなり手伝えってのもアレだし。でも、新世紀中学生は居候してんだから手伝えよ。特に肉も食わないでスマホ弄ってるヴィットはさぁ)

 

 なんてレックスさん以外の黒スーツのマイペースっぷりに青筋を立てながら、キャベツをカットしていると、

 

「あの、皿を持ってきたんですけど、流しに置けばいいですか?」

 

「あっ……! ありがとう、そこに置いておいて。あとは洗っておくから」

 

 蓬君がわざわざ重ねた皿を持ってきてくれていた。

 

 蓬君はお願いした通りに流しに皿を置くと、苦笑いしながら言う。向こうで素知らぬ顔で肉を焼いてる新世紀中学生とかと比べるのもおかしいが、蓬君はちゃんと周りを気にかけてくれるタイプみたいだ。

 

「なんか、すみません。押しかけちゃったのに、お手伝いもこんなことしかできなくて」

 

「いやいや、店長がこういうこと好きなだけだから。それより、味とか大丈夫だった? ほら、元々世界が似てるとは聞いてたけど、そっちの世界のことぜんぜん知らないし」

 

 もしかしたらこっちの世界の塩と砂糖が入れ替わってたとか、もっと別の栄養素があったりとか。

 

「ぜんぜん! ほんとに番地の名前が違うくらいで、近くの駅とか売ってるものも全く同じだから。……なんか、異世界とかマルチバースとか言っても、そんなに地元と変わらないんだなって思います」

 

「いいなぁ……俺も異世界行ってみたい。ちょっとした旅行気分になれそう。俺、SFとか結構好きだから気になるんだよね」

 

「あー、たしかにプチ旅行な感じはあるかも。夢芽なんて、既にそんな調子だし。って言っても、迷子スタートですけどね」

 

 言いながら蓬君は部屋の奥の夢芽さんを見る。こちらもつられてみると、夢芽さんは蓬君を目で追っていたようで、俺達をじーっと見てた。警戒した猫みたいなんて、少しだけ失礼なことを考えてしまうけど、俺と目が合ったとたんにふいと顔を背けて肉を焼く作業に戻ってしまう。

 

 レックスさんは二人が付き合えたのかどうか気にしてたけど。この様子だと無事に恋は成就したってことなんだろうな。

 

 さて、あんまり気を遣わせるのも悪いし。

 

「後でまたそっちの世界のことを聞かせてよ。あ、あとそんなに畏まった敬語とかしないでいいから、学年も一個違いくらいだろ?」

 

「あー……じゃあ、お言葉に甘えよっかな。よろしく、リュウタ君」

 

「こっちこそ、蓬君。ほら、向こうで夢芽さんが待ってるみたいだし、肉もって行ってあげて」

 

 そう伝えながら新しく皿に出した肉を渡すと、ペコっと頭を下げながら蓬君は席に戻って行く。レックスさんは俺と蓬君が似てるところあるって言ってたけど……確かに仲良くなれそうな気がする。

 

(バスケしてるって聞いたし、長くこっちにいるなら誘ってみようかな……)

 

「おーい、俺らにも肉追加ーっ!」

 

「ついでにビールも頼む」

 

「か、柿の種も……」

 

「お前らは少しは遠慮しろよ……!!」

 

 少なくともこの変人集団よりは遥かに気が合いそうだ。

 

 

 

 

「六花ー、これ借りていい?」

 

「いいけど……家近いんだし、向こうから持ってくればよかったんじゃない?」

 

「こっちの方がお泊り会な雰囲気でいいじゃん♪」

 

「はぁ……はい、これ。でも、使いすぎないでよね?」

 

「やったぁ♪」

 

 疲れたーって顔してる六花から保湿クリームを借りて、鏡の前でペタペタ。やっぱり六花の方がこういうのの知識とかセンスあるんだよね。あとでどこで買ったか教えてもらおっと。

 

 なんて、六花と一緒にお風呂上りのケアをしていく。

 

 焼肉パーティーもひと段落ついて、六花ママとか大人組は向こうでまだ酒盛りをしてるけど、未成年な私たちはさっさと撤退。ひとまず異世界から来たみんなは六花の家に泊まることになったから、私も布団とか片づけを手伝って、ついでに泊まることにしてしまった。

 

 リュウタ君も男子部屋で一緒に寝ればいいのにとか提案したけど、さすがに六花の家でお風呂借りたりまでは遠慮するっていうから、私だけこっちに残ってる。

 

 六花も最初はめんどそうな顔してたけど……

 

「アカネと一緒にお風呂に入るとか、思わなかったなぁ」

 

 ぼんやりした声だけど、声の調子はけっこうバレバレ。

 

「でも、楽しかったね♪」

 

 最近はリュウタ君と一緒にいるときが多かったから、女子トークは久しぶり。しかもお風呂の中だから、六花との距離もいつもより近かった気がする。

 

「まさか、六花があんなこと思ってるなんて……♪」

 

「あーあー! そればらしたら絶交だから! ほんっとのほんっとに絶交だから!」

 

「言わないよぉ♪」

 

「アカネのその顔はいまいち信用できないんだよね……」

 

「その代わり、私からもいろいろ教えたじゃん」

 

「アカネの場合はばれてもノーダメージでしょ」

 

 ならさっさと告白して付き合えばいいのに。とか思っちゃうけど、それはさすがに人それぞれだと思って心にしまっておく。

 

 六花も言葉はちょっときついけど、本気で怒ってるとかじゃなくて、じゃれ合いだって分かってくれてるみたい。

 

 お風呂上りのポカポカと、ちょっとめんどい私をわかってくれる友達がいる嬉しさと。

 

 こういうお泊り会もたまにはいいかなぁって思っちゃう。

 

 そうして二人して身支度を整えていたら……

 

「……あれ? 夢芽ちゃん?」

 

 六花が廊下の方に声をかける。つられてそちらに顔を向けると、洗面所を恐る恐る覗き込むような翠色の瞳。夢芽ちゃんが廊下に立っていた。

 

 夢芽ちゃんはどこか言葉を切り出すのに迷ってるというか、距離がある感じ。

 

 さっきの焼肉パーティーの時に蓬君とはちょっとお話できたけど、夢芽ちゃんはじーっと蓬君の後ろにいて、会話もできていなかったんだよね。なんとなく夢芽ちゃんはガード堅そうな雰囲気あったし。

 

(ここは私も……!)

 

 昔の私ならうまく話せなかったかもしれないけど、最近はセンターでのボランティアで鍛えられてる……はず。だからわざとらしくない程度に朗らかに、私から夢芽ちゃんに話しかけてみた。

 

「どうしたの? なにか探し物とか?」

 

「えーっと、その……」

 

「私はアカネで、こっちは六花だよ?」

 

「あ、アカネさん、六花さん。……もし、スマホの充電器とか、ケーブルとかあったら」

 

 あー、そっか。充電が切れてたって言ってたよね。

 

「六花のは、余ってる?」

 

「予備のは新世紀中学生のみんなに貸しちゃってるから……」

 

「うーん」

 

 考えてみたら、夢芽ちゃんたちは着の身着のままで異世界に放り出されたわけだし、女の子に必要なものも最低限くらいしかなさそうだよね。

 

「じゃあ、あとでうちからケーブルとかもってくるね。他にも必要なものがあったら言って?」

 

「いいん、ですか……?」

 

「いいよいいよ♪ こういう時は助け合いだもん」

 

「アカネの家、ここの隣だから。ほんとに気にしなくていいよ?」

 

 そう言うと、ようやく夢芽ちゃんはほっとしたように微笑んでくれた。

 

「でも大変だよねー、いきなり別世界に放り出されちゃうなんて」

 

 世界を創っちゃった私が言うのもアレだけど。すると夢芽ちゃんも頷いて続けてくれる。

 

「そうですね……でも"蓬"がいたし、そこは安心っていうか……」

 

 ……あれ、なんか蓬君のとこだけ強調してない?

 

「すごいね、夢芽ちゃん。私とアカネもグリッドマンとか不思議なことたくさんあったけど、夢芽ちゃんはもう受け入れてる感じするし」

 

「私も"蓬"もこういうのは慣れちゃいましたから」

 

「「…………」」

 

 あー、これは間違いなくアレかぁ。

 

 すかさず六花にアイコンタクトする。

 

(ねえ、六花? これって絶対あれだよね?)

 

(あー、やっぱり?)

 

 女の子としてのめんどくさいところっていうのかな。確かに六花は美人だし、私も外見は整ってるっていうかリュウタ君はかわいいって言ってくれてるし。同年代でそういう子が近くにいると気になっちゃうよね。

 

 なので六花と示し合わせて、夢芽ちゃんに言う。

 

「あのさ、もしかしてなんだけど……」

 

「夢芽ちゃんって蓬君と……」

 

「はい、付き合ってます……!」

 

 わぁ……! かわいいっ!

 

 食い気味な彼女宣言に、私の中で夢芽ちゃんへの好感度がぎゅんぎゅんとあがってしまった。

 

 だって、こんな美人な子が目をキラキラさせて彼女アピールしてるんだよ? めっちゃかわいいじゃん!

 

(だよねだよね! わかるよー、その気持ち!)

 

 夢芽ちゃんとしては、早めに私たちが蓬君にアプローチする可能性とかをなくしたかったんだと思う。かわいい嫉妬というか、独占欲。

 

 私もこの間バスで見かけた先輩とかに対してそうだったように、リュウタ君への独占欲が強いからわかっちゃうし、ここまでストレートにカミングアウトした夢芽ちゃんが健気でかわいい。

 

 彼氏がかっこいいと、アプローチされないか心配だよね?

 

 だから夢芽ちゃんの不安をなくすべく、私も。ちょっとだけ自慢のスパイスを込めて。

 

「やっぱり……! 実はね、私もリュウタ君と付き合ってるの♪ ほら、ママさんのお手伝いしてた背が高くてかっこいい子♪」

 

「あっ……! さっき蓬と話してた人ですよね?」

 

「そうだよー。一緒に住んでたりするの♪」

 

 言外に『蓬君に手を出すつもりもないし、ちゃんと本命は別にいますよ』って宣言。

 

 そうしたら夢芽ちゃんは小さく……

 

「同棲……」

 

 って呟く。なんだろ? 不思議な声色。

 

 それがどんな気持ちかはすぐわかる。だって夢芽ちゃんはこっちに一歩近づきながら、躊躇い気味に言うのだから。

 

「あの、その……私と蓬も、いつかはって……そう思ってて……」

 

 ふむふむ、なーるほど♪

 

「お風呂が広いとこがいいよ♪」

 

「アカネ!?!?」

 

「お、お風呂……!」

 

 ふふ、六花も夢芽ちゃんも顔まっ赤♪

 

「あれあれ? なんで六花までそんな顔してるのかなぁ? 夢芽ちゃんが気になるって言うから、アドバイスしてあげただけなのに?」

 

「で、でも、そんなの声大きくして言うことじゃないって……!」

 

 もう、六花もやっぱりかわいいなぁ。

 

 あとちょっとからかって楽しんでもいいけど、夢芽ちゃんもいるしここでやめとこ。私は意味深なことはありませんよって風に続ける。

 

「だって大事でしょ? ほらシャンプーとか男性用と女性用で別々だし、いろいろ置いたら狭くなっちゃうもん。だから一緒に使うスペースは広い方が便利だったの。夢芽ちゃんも参考にしてね?」

 

「な、なるほど……!」

 

「あーかーねー……」

 

「えへへー。六花さん、やらしいこと考えてたでしょ? えっちー」

 

「アカネが誤解させるようなこと言うからでしょ……!」

 

 まあそっちの意味でも、ちょっとはね。

 

 じとーって視線を向けてくる六花を宥めながら夢芽ちゃんを見る。すると、夢芽ちゃんはさっきよりも熱っぽい視線で私のことを見てた。

 

 そのまま一秒、二秒。夢芽ちゃんは何かに目覚めたみたいに言う。

 

「アカネ……先輩!」

 

「へ……? 先輩?」

 

 聞きなれない呼び方で私を呼びながら、夢芽ちゃんはずいっと顔をまた近づけて、今までつかえてたものを出すみたいに勢いよく喋り出した。

 

「あの、私……向こうでも蓬とのこと相談できる相手が少なくて……、その、アカネ先輩ならいろいろ先に進んでるし……

 その向こうに帰るまでなんですけど、よかったらいろいろ相談に乗ってくれると……」

 

「……私でいいの?」

 

「はいっ……!」

 

 夢芽ちゃんはキラキラした目をしながら、私にそう言ってくれて。

 

 先輩……先輩かぁ。

 

 どうしよ。なんか照れちゃうけど、嬉しい。それにちょっと怖い。

 

 だって、自分の怪獣問題も満足に解決できてない私に、年下の子に何かを教えたりできるなんて思ってなかったから。

 

 だけど……私もリュウタ君との毎日を守るために頑張るって決めたし。

 

(うん、それで夢芽ちゃんたちに幸せのおすそ分けができるなら)

 

 せっかく別の世界から来てくれたんだもんね。

 

「じゃあじゃあ、たくさん女子会しようよ♪ それにダブル……ううん、トリプルデートも! 六花もいいでしょ?」

 

「ちょっと勝手に……まぁ、いいけど」

 

「もしかして六花さんも、誰かと付き合ってるんですか?」

 

「六花はねぇ……片思い中♪ っていうか告白待ち」

 

「アカネ!? ほんとにもーっ!」

 

「あはは♪ 六花さん、顔まっ赤!」

 

 怪獣もいて、世界の終わりもあるかもしれなくて、異世界から人が来て……

 

 そのどれも大変な問題で、きっとまだまだ大変は増えるけど。

 

 この新しい友達とは仲良くなれそうな気がしてきた。




ようやくダイナゼノン組が合流したので、
次回からは少しオリジナル展開を挟んでいく予定です。
映画の設定的にも交流パート多めにできるので助かりますね。



※私事ですが、風邪で一週間ほど体調を崩しており、少し更新が空くかもしれないです。

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交流

「おはよーございまーす。蓬君と夢芽さん、いる? 昨日頼まれたやつ持ってきたけど……」

 

 次の日の朝、俺はちょっとした大きめの紙バッグを持って『絢』に戻ってきた。

 

 昨日の夜に蓬君から滞在に必要なものを聞いていたので、夜のうちに買い出しに行っていた。中身は歯磨きとかシャンプーとかそういうやつ。あまりブランドとかにこだわりはないみたいだったので(あったとしても遠慮してくれたのだろう)、遅くまでやってるホームセンターで揃えておいたのだ。

 

 あとはアカネさんがどうやら夢芽さんと仲良くなれたみたいで、アカネさんが用意した、女性陣リクエストの必要なものが入ってるらしい。

 

 店内から居住スペースに向かって声をかけて反応を待ってると、

 

「あ、リュウタさん……ですよね?」

 

 ひょっこりと夢芽さんが顔を出す。

 

 朝には強いのか、彼女はもう身支度が整っているようだった。

 

「夢芽さん、おはよう。これ、アカネさんに頼まれたやつなんだけど今渡しても大丈夫かな? いろいろ必要なものが入ってるみたいだから、よかったら」

 

「あー、そっか、昨日の……。ありがとうございます、助かります」

 

 夢芽さんはこちらに来て紙袋を受け取ると、微笑んでぺこりとお辞儀。それは昨日よりもずっと自然な仕草だった。

 

 焼肉パーティーの時にはどこか壁を感じてもいた、というか蓬君の側から梃子でも離れない勢いだったんだけど、今はアカネさんと話したのが原因だろうか、こちらに対して口調や視線も柔らかくなってる気がする。

 

 そんな夢芽さんは紙袋の中を確認すると、必要だったものが揃っていたと伝えてくれて、

 

「アカネ先輩にもお礼、あとで言っておきます」

 

 へえ、アカネ先輩かぁ。

 

「お礼を言うならこちらこそ、ありがと。アカネさん、夢芽さんと仲良くなれて嬉しかったみたいだから」

 

 先輩呼びって、今のアカネさんからは珍しいだろうし、そういう関係性ができるのも久しぶりだと思う。だからだろう、朝に家に帰ってきたときのアカネさんが上機嫌で、怪獣騒動やらスランプのいい気晴らしができたみたいだったのは。

 

 ちなみにアカネさんは今頃、登校の準備をしているので俺が代わりに荷物を持ってきた次第だ。

 

 それを伝えると夢芽さんは『あー、なるほど』と言って話を続ける。

 

「そっか、お二人ともこれから学校ですもんね。六花さんたちも同じところでしたっけ?」

 

「うん、ツツジ台高校。ここからバスに乗って行ったとこだよ。そっちの世界にもあったりするのかな?」

 

「ツツジ台……うーん、私たちの世界にはないかも? ちなみに私と蓬はフジヨキ台高校なんですけど、そっちはあります?」

 

「フジヨキ台は……ごめん、俺も聞いたことないな。高校に進学する時いろいろ調べたけど、見た記憶もないから、こっちの世界にはないかもしれない。面白いところで違いがあるもんだね」

 

 京王線とか、中央線とか、新宿に渋谷とかそういう主要な東京の部分はまるっきり同じなのにちょっとした街とか高校単位では違っているなんて。

 

 異世界って言うと中世ファンタジーとかそういうのを想像しちゃうけど、同じ世界からちょっとだけ分岐しているくらいの違いなのかもしれない。

 

 でも蓬君達にはそれでよかったんだろうな。

 

「そうですね、これでこっちの世界だと怪獣が普通とかそういう世界だったら大変だったと思いますし」

 

「確かに」

 

 夢芽さんの言葉に苦笑いしてしまう。レックスさんが言うには5000年前には怪獣ももっと当たり前にいる世界が広がっていたらしいから、それと比べると平和万歳だ。

 

 ……と、話し込んでしまったけど、あんまり長居してもいられないな。こっちももうすぐ登校時間だし。

 

「蓬君から頼まれたのも入ってるから、あとで確認してもらっていいかな? 足りなかったらまた用意を手伝うから」

 

「あ、はい。……ごめんなさい、蓬、朝が弱くて。暦さんとかちせちゃんはもう向こうで準備してるんですけど」

 

「まあ、いろいろあったからね。そういえば、みんなは今日は何するの?」

 

「特に用はないですけど……っていうか、ぶっちゃけ暇ですね」

 

「だよなー……」

 

 異世界から着の身着のままで来てしまったわけだし。

 

 でも、この他人の家で店長のテンションにさらされながら毎日過ごすってのも……記憶喪失になってた初期のやるせなさとか窮屈さを考えると、俺も嫌気がさしてしまう。

 

 休日だったらみんなを街に案内とかできたかもしれないけど……いや、待てよ?

 

「よかったらだけど、あとでうちの学校に遊びに来る? 今、文化祭の準備してるから割とオープンだし」

 

「え、いいんですか?」

 

「暦さんは……校門で止められるかもしれないけど。蓬君と夢芽さん、ちせちゃんなら素通りだろうね。うちは制服もほぼ自由だから、わかんないって」

 

 レックスさ……いや、夢芽さんたちにはガウマさんなのかな?

 

「ガウマさんもさっそく侵入してたから。ちょっとした暇つぶしにはなると思うよ」

 

「ガウマさん、また学校に行ったんだ……。あ、でも、誘ってくれてありがとうございます。ちょっと蓬とも相談してみますね。……ちなみになんですけど、聞いていいですか?」

 

「ん、なんでもいいよ?」

 

 学校のことで質問とかかな?

 

「リュウタさんって、アカネ先輩と付き合ってるんですよね?」

 

 おおっと、いきなりぶっこんで来た。脈絡ねえなぁ……!

 

 夢芽さんの口調や表情があんまり変わらないので普通の質問に見えるけど、わりとすごい質問だよね、それ。

 

 ただ夢芽さんはじーっと興味深そうに俺を見つめてくるし、咎めるとかそういう感情じゃなくて、純粋に好奇心が先立っているような感じだし。

 

 質問という形だけど、ほぼ確認みたいな感じだな。……こりゃ、アカネさんがとっくにばらしてる。なら、別に俺も隠すことじゃない。

 

 だから、

 

「付き合ってるし、向こうの家で一緒に住んでるよ」

 

 堂々と、かつ平然とそう答えると夢芽さんはちょっと驚いたみたいに目を見開いた。

 

「……リュウタさん、照れたりしないんですね」

 

「照れるとかは……そうだね、もう二人でいるのが自然だし、周りにもオープンだし気にしないかな。アカネさんのこと好きだし」

 

「それ、わかります。リュウタさんってめっっっちゃアカネ先輩のこと好きですよね。目を見てたらわかるっていうか、すごいアツいの出てるんで」

 

「んん……?」

 

 あれ、おもったよりノリ気というか、夢芽さんはぐいぐい来るな。しかも小声で『蓬もこれくらい……でも、あの感じもいいし……。ううん、もっとステップが……』とか自分の世界に入ってるっぽいし。

 

 少しの間、俯きながら考え事をしていた夢芽さんは顔を上げると、あまり感情の読めない表情で言うのだ。

 

「ありがとうございます、参考になりました」

 

「そ、それならよかったけど……参考?」

 

「はい、せっかくなのでがんばります」

 

 いや、なにをがんばるの???

 

 『やるぞ』とばかりに手を握って気合を入れている夢芽さんを前に、なんとなくだけど蓬君が苦労しそうだなぁと思ったりした。

 

 

 

 そんな朝の一幕から、特にドラマも語ることもなく午前の授業が終わって……

 

「グリッドマンのデザインって、こうだよね?」

 

「いや、こっちの方が近いんじゃね?」

 

 とか響と内海が小さなメモ用紙を見ながら唸ってる。

 

 今は自習という名の文化祭準備時間。テスト期間なので午前授業になっていたところを使って、作業できるところを進めているのだ。

 

 うちのクラスもそろそろ謎解き内容がまとまるようだし、サッカー部の方も衣装合わせとかいろいろ進めるようなんだが、あいにくと今日も俺はフリー。

 

 テスト勉強も今回の範囲なら問題なさそうなので、手持ち無沙汰解消にアカネさんたちの手伝いに来ていた。

 

 事件前はテスト勉強も必死にやってたけど、予習復習をちゃんとするようになったらそこまで追い込む必要もなくなったんだよな。アカネさんと一緒にやってるから苦じゃないし。

 

 そうして廊下の片隅で響たちがグリッドマンの着ぐるみ(段ボール製)を作る手伝いをしているのだが……内海と響とでグリッドマンのデザインに意見の差があるみたいだ。

 

 二人の書いたグリッドマンと思わしき落書きを見ながらつぶやく。

 

「っていうか、違いが判るほどイラストうまくねえし」

 

「うっせっ! ほら、リュウタにも渡すから描いてみろよ、グリッドマンを!」

 

「はいはい。まあ見てろって……」

 

 シャーペンを出して、白紙のメモ帳にさらさらさらーって。

 

「ほら、できたぞ」

 

「「うわぁ……」」

 

「な、なんだよ……!」

 

 響と内海が『お前が下手とか言うなし』って視線で訴えてくる。い、いや、そりゃ殴り書きだしさ。でも特徴は俺の方が出せてると思うぞ?

 

「「ないない」」

 

「そっかなぁ……?」

 

 と、そこで宝多さんがアカネさんの側から離れて、俺たちの書いたメモを覗き込んでくる。

 

「え、それ、グリッドマン?」

 

「「「うん」」」

 

 宝多さんまで『マジっすか』って顔になってる。そんなに俺、絵心ないか?

 

「いや、バラバラすぎでしょ。グリッドマンってもっとこう……」

 

 つられて宝多さんもメモ書きにペンでさらさらと。

 

 そして一分くらいで満足な出来になったのか、メモを見せてくれるのだが……

 

「グリッドマンって、こんな肩とんがってたっけ?」

 

「いやー、ちょっと出っ張ってたけど……」

 

「えー、私のもダメ?」

 

 俺たちの感想は、宝多さん的には不満だったようだ。いや、男の殴り書き……特に響のと比べたらすごく特徴も捉えられてるとは思うけど。

 

 するとそこで、

 

「スケッチとか造形なら私の方が……」

 

「「アカネ(さん)は自分の進めて」」

 

「はい……」

 

 隅っこからスランプ中の怪獣担当が混ざりたそうにやってくるけど、一蹴。

 

「アカネはそこでカンヅメね。少しはデザイン出さない限り、こっちの会話には入れないから」

 

「六花ひどいよぉ……!」

 

「アカネさん、ガンバ……!!」

 

「うぇええええ……」

 

 そんなアカネさんを見ていると、世のデザイナーの悲哀を感じたりしてしまう。でも、締めきりを守るのがプロっていうし、こればっかりはアカネさんの成長のためにも頑張ってもらおう。……元気になってくれたみたいだし、今のうちに成功体験っていうか、やり切ったことを増やす方がアカネさんの自信につながるだろうから。

 

 そうしてちょっと賑やかに作業を進めていた時だった。

 

「……あれ、蓬君?」

 

「えーっと、夢芽が裕太君たちの学校行きたいって言うから」

 

「アカネ先輩とリュウタさんから誘ってもらったので」

 

「学校に不法侵入ってなんか悪いことしてるみたいでおもしろいっすね♪」

 

 響が顔を上げて、階段下を見る。するとそこには蓬君たちが来ていた。蓬君はなんとなく気まずそうだけど、夢芽さんとちせちゃんは堂々としたもの。

 

 それを見て、彼らの関係というか、彼らがみんなでロボットに乗っていたという時もそんな様子だったのだろうと思ってしまった。

 

 蓬君がストッパーっぽいけどしきれなくて、夢芽さんとちせちゃんがぐいぐいみたいな。

 

 でもわざわざ来てくれたなら、少しでも暇つぶしの手伝いをしないとな。みんなも手が増えるのはありがたいと言うことで、蓬君達を手招き。

 

 そして三人は俺達がいるフロアまで上がってくると、地面に散らばった四人四色なグリッドマンの落書きを見つけて、

 

「あ、これグリッドマンさんの?」

 

「似てる……いや、似てない?」

 

「これはやばいっす……」

 

 なんて各々の感想。三人も『絢』でグリッドマンと話をしていたみたいだ。三人はそこで、ちょうど見た姿だからと同じようにスケッチに取り掛かる。手つき見てるとちせちゃんが上手そうだ。

 

 うーん、でも……

 

(ちょっとはみんなも、シグマのことを考えてくれてもいいと思うんだよなぁ)

 

 仕方ないけど、スケッチに書かれるのはグリッドマン。

 

 蓬君たちはともかく、シグマは最新版台本ではとうとうカットされちゃったし、こうも話題に出ないと寂しい気持ちもある。

 

 なので、俺もこっそりメモ帳にシグマの方も。

 

 えーっと、でもシグマもグリッドマンと大体同じ造形だし……耳にパーツが特徴的だったけど、あとは色……色塗るのはめんどいな。

 

 なんてやってると、

 

「それ、かっこいいね」

 

 と宝多さんがちせちゃんに話しかけている声が聞こえた。視線の先は、ちせちゃんの腕に描いてある……タトゥーじゃないよな? 最近流行ってるって聞く、アームペイントか。数日は消えないってやつ。

 

 ちせちゃんの腕に描いてあるのはドラゴンみたいな模様だ。

 

「あ、いや……そんなにうまくできなかったんで」

 

 なんてちせちゃんは謙遜してるけど、遠目で見てもディティール細かくて上手だと思う。それを宝多さんも分かってるし、それになにより……

 

「そんなことないよ、上手にできてる。ね、アカネ?」

 

「うわぁ♪ かっこいい……! ねえねえ、それって怪獣!?」

 

「えっ……そ、そうです。ゴルドバーンって」

 

「ネーミングセンスいいっ!! こういう翼竜な感じの怪獣って、着ぐるみ的にも難しいからシリーズにそんないないんだよね!」

 

 いつのまにやら幽閉先の隅っこから飛び出したアカネさんが、目をキラキラさせながらペイントを見ている。やっぱりというか、怪獣関連だとわかって我慢できなかったようだ。

 

 逆にちせちゃんはそんなアカネさんの反応を物珍しそうに見ている。

 

「えっと……怪獣、好きなんすか?」

 

「あっ、と……えーっと……」

 

「アカネの部屋に行ったらすごいよ? 怪獣のフィギュアがいーっぱい」

 

「ちょっと六花ぁ……!」

 

「いいじゃん、最近は特に隠してないでしょ?」

 

「そうだけどさぁ……。やっぱり変っていう子もいるし」

 

「私は……いいと思います」

 

「ほんと?」

 

「はい!」

 

 そう言って、どこか遠慮していたちせちゃんはアカネさんたちに笑顔を見せていた。

 

「怪獣って、怖いとかいろいろあったりしますけど……かわいい怪獣もいたり、かっこいい怪獣もいたり、いいですよね」

 

「ちせちゃん……! そうだよ! 怪獣はすごいんだよ! それがわかるなんて、ちせちゃん才能ある!」

 

 な、なんの才能?

 

 けれどそこでアカネさんはさっきまでの落ち込みっぷりが嘘のように、スケッチブックに素早く手を動かし始めた。

 

「なんかちせちゃんのゴルドバーン見てたら、アイデア出てきた気がする……!!」

 

「え、アイデア?」

 

「アカネ、今回の劇の怪獣担当だから。ようやく火がついたかなぁ」

 

 勢いよくスケッチブックにペンを走らせるアカネさんと、なんだか慈愛の目でそんなアカネさんを見る宝多さん。

 

 俺はそんなみんなを見て、シグマっぽく描けなかった落書きをポケットにしまって笑った。

 

 きっとそろそろアカネさん製怪獣を見ることができるだろう。

 

(どんな怪獣かな……)

 

 アカネさんが今の自分だからこそって言っていた怪獣。

 

 アカネさんの心から生まれたデザイン。それを見られるのが、楽しみだった。




次回、職探し

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就活

「なあ、馬場君……異世界で就職ってできるのかな?」

 

「え゛……」

 

 唐突に、本当に唐突にぼそっと三十代無職が言った言葉に、俺は何とも言えない声を出しながら頬をひきつらせた。

 

 穏やかな昼下がりにしては、なんとも湿気たっぷりというかカビが生えていそうというか……

 

 暦さんは『絢』のカウンターに座りながら、現実逃避をするように続ける。

 

「ほら、異世界だけど言葉は通じるし。っていうか日本だし。別に異世界人だから働いたらダメって法律はないだろ? 外国で働いてる人もいるし」

 

 いやいや、

 

「法律に異世界人とかないですから。外国人の人とかはそういうのあると思いますし」

 

「記憶喪失って言い張ったら何とか」

 

「そこまで人としての尊厳を捨てていいなら、俺は何も言いません」

 

「……ダメか」

 

「よかった、正気が残ってて」

 

「はぁ、そっかぁ……いい考えだと思ったんだけどなぁ」

 

 そう言って、力なくテーブルに顔を突っ伏した暦さん。

 

 元から日当たりはよくない店内だけど、今はそこだけが一段階暗く見えてしまう。

 

 きっと店に客が来たならぎょっとして立ち去るだろう、辛気臭い光景。

 

(失意のあまりに暴れたりはなさそうだけど……)

 

 っていうか三十代無職が俺にとっては未知の種族過ぎるんだよ……!

 

 なんだかんだで亡くなる前の父も、いなくなる前の母親も働いてたし、学校の友人の親はまともだし。どういう行動をとってくるかまるでわからない。

 

 それでも店番を任されている身としては、店内の安全を守るためにも、ついでに接客の精神的にも会話を続けないといけないのだろう。

 

 そんなに悪い人じゃないし、っていうかヒーローサイドの人だし、でも何考えてるかよくわからないからちょっと怖いし。とりあえず話を続けてコミュニケーションをとらないと。

 

 異星人とファーストコンタクトを迎えた防衛チームの科学担当のように、慎重に、相手を荒立てないように。

 

 話の話題、話題……

 

「…………えっと、そんなに就活ってやばいんですか?」

 

 結局考えても出てきたのは、そんな話題だった。

 

 あとは、ちょっとだけ自分も気になってたし。すると暦さんはそっと顔をもたげて、

 

「…………ふふ」

 

「いや、意味深に笑うなよ。怖いよ」

 

「あ、ごめん。やばすぎて思い出したくなくなっちゃって」

 

 暦さんは俺が出したジュースをちびちび飲みながら、愚痴るように言う。

 

「就活っていうのはね、君にはまだわからないと思うけどじわじわと自分を削っていく感覚なんだよ。人生を一枚の紙に書いて、俺の人生なんにもないなぁとか三十年生きてきてこれだけかぁとか思って、それで提出したら今度は面接官から「え、これだけですか?もっとないです?」みたいな目をされながら質問を受けるんだよ。あの時だけは野生動物の気持ちがわかるよね。危機センサーってやつでさ、あー、今から辛い攻撃が来ますよ、っていうか……で、それをなんとか言い訳しながら考えるんだ。でも俺はダイナストライカー動かせるしなって。そうしたら何も知らない人より優位が取れたような気持ちになってさ。でもダイナゼノンに乗ってたこと履歴書には書けないよなぁってまたマイナス思考に入って」

 

「あ、もういいです」

 

 愚痴が……長いっ!!!! 暗い!!!!

 

 数分間、ただ聞いただけなのに心臓の奥がきゅっとなる。人生を大きく踏み外したらこんな試練が待っていると思うとマイナスエネルギーが発生しそうになる。

 

 とにかく今の暦さんと話を続けるのは危険だ。自分が無職の沼に引きずり込まれる

 

 異世界で何にもできないまま数日経過した暦さん。他のメンバーはなんだかんだ順応して学校に遊びに来たりとエンジョイしてるけど、学生でもないし、元気もないし、金もないし。ついでに宝多さんちに居座り続けるのも気まずいしで、『絢』と買い物先を往復する日々。

 

 そんな状態が精神を圧迫しているに違いない。

 

 えーっとたしか就職面接で、三十回くらい落ちてるんだっけ?

 

 でも何回面接に落ちたとしても、まだ就活というやるべきことが残っている元の世界の方が気が楽だったのだろう。

 

 そして内緒のアルバイト中な俺がバーテンダーみたいにカウンターの中に入ってしまっていて、暦さんは泥酔するお客さんみたいな立ち位置。

 

 自分がそうなるのは想像できないけど、ドラマの中だと居酒屋で愚痴るのって普通だし、そんな気分になってしまったのかな。

 

 暦さんはぼーっと俺を見ながら言う。

 

「馬場君は偉いね、俺より一回り年下なのに休日も働いてて」

 

「まあ、学校にもアカネさんにも内緒なので、わりとギルティですけどね」

 

 とりあえず話題が変わりそうなので、ほっと一息。

 

 そう、さっきもこっそり暴露したけど、実は半年前から『絢』でのバイトを継続したりしている。

 

 平日の放課後は部活があったり、アカネさんと遊びに行ったりで難しいのだけど、休日で部活がない時間に。今日は店番だけど、いつもは商品の買い出しだったり、店長に任せられた雑用をその日ごとに担当している。

 

 で、これをアカネさんは知らない……はず。アカネさんがボランティアに行ったりで家に不在の時を狙ってるから。

 

「新条さんって、一緒に暮らしてるんでしょ? なんで黙ってるんだい」

 

「あー、それ聞いちゃいます?」

 

「え、聞いちゃダメだった?」

 

「ダメっていうか……」

 

 サプライズっていうか、買いたいものがあるというか。まあほら兄貴からの仕送りとか新条家の遺産(っていうことになってる)から出てる生活費を使っては買いたくないというか……

 

「なになに、ちょっと気になる」

 

「正気ですか!? ふつー、わかんだろ!?」

 

 遠まわしに『聞かないでお願い』してたよね!?

 

 暦さんがマッシュヘアーの奥から細い目を出して聞いてくるので、思わず声を荒げてしまった。

 

 恋人いてさあ、彼女に内緒で金をためて、それでなんか買いたいとか!

 

「いや、ぜんぜん。俺、彼女いたことないし」

 

「さっさと就職して彼女さん作ってください。とにかく店長以外には伝えてないのでナイショです。あ、夢芽さんにも黙っておいてくださいね。彼女、なに言い出すかわからないんで」

 

「南さんは……たしかに言いそうだね」

 

「ですです」

 

 暦さんはその後少しだけ無言になって、小さく「青春か」って呟く。

 

「まあ、今回だけの縁かもしれないし、失敗しちゃった奴の人生の教訓だと思って聞いてほしいんだけど……悔いがないように過ごしなよ」

 

「暦さんは悔いとかあるんですか?」

 

「あの時、一歩踏み出してたらよかったとか。そんなのばかりだよ。成功しても失敗しても、逃げたらずっと後悔が付きまとってくる」

 

 あー、確かにそれは分かるかも。

 

 最初、アカネさんの怪獣趣味を知らない頃は俺はずっと周りから逃げてた。趣味を隠して、なんとなく周りに合わせて。母親のこととか父親のこととかいろいろあったけど、今思い返すと、周りから弾かれるのが嫌だったので自分を押さえていただけ。

 

 アカネさんに会って初めて、自分が自分らしくいられるようになったとは思う。

 

 そして暦さんは……あくまで聞いている中での想像だけど、逃げてしまったことで何か大事なことをなくしてしまったんだろう。

 

 なぜか話を聞きながら想像してしまったのは響のこと。例えば響はいざという時に勇気を出せるヒーロー気質だけど、宝多さんとのことはこれまでずっと奥手だった。これでまごまごしている間に宝多さんに彼氏ができて失恋なんてことになっていたら……ずっとそれを引きずってしまうかもしれないだろうって。

 

「でも……」

 

 あまりそっちの世界のことを知らない立場だけどさ、

 

「ロボットに乗って怪獣と戦うなんてすごいことじゃないですか」

 

 レックス……ガウマさんが導いたのだろうけど、蓬君とか夢芽さんとか、年が離れた子ともなんだかなんだうまくやってるみたいだし。

 

 それに比べたら就職の一つや二つ、どうってことないんじゃ。

 

「ないない、怪獣と戦うほうがマシ」

 

「そうなの!?!?」

 

 えっ、じゃあ俺もすっごく大変なことになるの!?

 

 下手したら暦さんルート一直線!?

 

 俺だってあんまり自分に自信ないけど、シグマと一緒に戦えたからだいじょーぶだろとかたかくくってたんだけどさぁ!?

 

「ぐぅおおお……俺とアカネさんの将来プランが……」

 

「なんか変に不安にさせちゃったかな……?」

 

「五年後が不安でやばいです」

 

 二人とも大学は卒業まで行こうと決めてるけど、その後で就職できませんでしたは避けたい。

 

 生き字引がいるだけ生々しくなった未来予想図をどうしてくれようかと悩んでいる俺を見て、なんだか勝手に納得した風な雰囲気を出しながら暦さんは立ち上がる。

 

「ありがとう、話を聞いてくれて。蓬君もそうだけど、やっぱり若いって羨ましいね」

 

「その若者に嫌な将来像だけ残さないでください」

 

「まあ、それは仕方ないからうまく反面教師にしてよ。それに聞いてくれたお返しじゃないけど……いざって時は少しは役に立ってみせるから」

 

「…………そういう顔、いつもできてたら就職もうまくいくんじゃないですか?」

 

「えっ、どんな顔?」

 

 あ、戻った。

 

 一瞬、めっちゃくたびれてるけどやるときにはやりますって有能な感じがでてたのに、すぐ引っ込んでしまった。

 

 ためになったのかためにならなかったのかわからない、身内でも教師でもない赤の他人の大人との話はこれで終わり。けど……、きっとどこかの未来で俺達の役に立つんじゃないかなって気がしてた。

 

 

 

「アカネさんは将来やりたい仕事とか決めてる?」

 

 リュウタ君が家に帰ってきて、ご飯を一緒に食べて。それでなんとなくテレビでウルトラシリーズを流しているときだった。

 

 今見てるのはメビウスの有名な客演回だけど……なんか脈絡ない感じ。何度も一緒に見た話だったから、このお話を見ていることとは関係ないのかな?

 

 リュウタ君の肩に持たれかけてた頭を傾けて、素直にそれを聞いてみる。

 

 すると、

 

「いや、今日たまたま暦さんと会ったんだけど、それで就職大変だなーって話を聞いて」

 

「あー、そっか三十戦無勝だっけ?」

 

「無敗だったらかっこいいけど、無勝だとやばいね」

 

 でさ、とリュウタ君がちょっとだけ悩むそぶりを見せながら続ける。

 

「俺は……まだやりたい仕事まではないんだけど、大学でもサッカーは続けようと思ってるって話はしたじゃん? それだけで今は良いのかなって思ってたけど、もっと真剣に考えた方がいいのかなーって」

 

「考えすぎじゃないの? まだ高校生だし」

 

 特にリュウタ君は私と違ってサボり期間もないから成績優秀だし、体力もあるし、サッカーはすごく上手になってるし。サッカー部の顧問の先生が私にも、リュウタ君の噂が結構広まってるって話をしてくれたみたいに、プロとかそういう道もあるかもしれない。

 

 いろいろな選択肢があるなら十分じゃないのって思っちゃう。

 

 リュウタ君は『だよねー』と頷く。

 

「アカネさんと一緒にいたいっていうのは変わらないから、今は就職とかは二の次だなぁ。あ、でも出張多い仕事はいやかも。いろんなとこ回るのも回らせちゃうのもしんどいし」

 

「リュウタ君、ほんっとずるいよね」

 

「え……?」

 

 私はにわかに熱を持っちゃった頬を押さえながら、じとっとリュウタ君を睨んじゃう。

 

 とうの本人がまったく何を言ったのかわかってないみたいだから、ぽろっと出た本音だってことがわかっちゃうのがまた性質が悪い。

 

 だって、出張多いの嫌とか……誰のこと考えてるかまるわかりじゃん。

 

(六花ママのところでこっそりバイトしてるの隠してるのもそうだし……)

 

 いつも彼は真剣だけど、こうやって本気の本気で私とのことを考えてくれてるのを知っちゃうと、もうたまらない。胸の奥がドキドキして、抱き着いて全部をあげたくなるくらいに浮かれちゃう。

 

 テレビの画面の向こうでインペライザーにメビウスがぼっこぼっこになってるからそういうムードじゃないけどさ。

 

 けどリュウタ君の言葉はただの恋人止まりじゃなくて、もう先のことまで見てくれている証拠だから。

 

 やっぱりリュウタ君のことが大好きだし、そんな彼のために私ももっとなんて無限に思っちゃう。

 

(でも……私はどうしよっかな)

 

 グリッドマン達の話だと、私のこの体はこの世界に適合しきってるし、急に消えたりとかはあり得ないって断言してくれているけど、私も蓬君たちと同じ。この世界に生きたって記録だけしっかりしている元異世界人。

 

 自分の居場所がなくなっちゃうんじゃないかって夢に見たことも少なくない。そのたびにリュウタ君が抱きしめてくれて、私がいることを確かめてくれるけど。

 

 仕事を持ったり、ちゃんと学校を卒業したりって、私にも大事だよね。

 

 元々の動機が逃げだったとしても、今はしっかりとこの世界とこの世界のみんなを選んだって言いたいから。

 

「……私は、怪獣のお仕事とかしてみたいかも」

 

「デザイナー?」

 

「うーん、どうだろ? でも、やっぱり何かを作るの好きだし。それで誰かが喜んでくれるならいいよね」

 

 昔はアレクシスの言う通りに、自分勝手に作ってた怪獣だけど。今もレックスさんと一緒だろうダイナドラゴンとか、なんだかんだでヒーローやって見せたグリッドナイトを思うと、自分から生まれたアイデアやモノが誰かに認めてもらえるのって好きだし、それが誰かの楽しみになったら素敵だと思う。

 

 なにより、リュウタ君があの時、めんどくさいところも嫌なところもひっくるめて私を好きって言ってくれたから。そんな私が創るものを役に立てたい気持ちもあるんだ。

 

 方法は……まだちょっとわかんないし、今も部屋で作ってる文化祭用の怪獣ができないとお仕事としてやってくなんて大っぴらに言えないけどね。

 

 それを伝えると、リュウタ君は自分のことみたいに喜んでくれて、

 

「そっか……俺にできることがあったら何でも言って? ぜったいに協力するから」

 

 でも、もういっぱいもらいすぎてるんだけどなぁ。リュウタ君はまだまだ私を溺れさせたいみたいで困っちゃう。なーんて。

 

 私もその分、キミのこと助けたいんだよ?

 

 悩んでることも、がんばってることも、ほんとは全部知りたいけど。

 

 でもまずは……

 

「じゃあ、ぎゅっ♪」

 

「おっと……」

 

 思いっきり抱き着いて嬉しさのおすそ分け。

 

 きっと素直に言っても、キミのことだからごまかしちゃうし、逆に気遣わせちゃうから言わない。でも、好きだって気持ちと……

 

(私も同じ)

 

 リュウタ君とずっと一緒にいたいっていうのは、あの時から変わらない私の本音だから。




これでガウマ隊全員と交流は持ったところで

次回、恋バナ

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呼名

すみません、諸々事情があって遅れました…!コメント返信も滞ってしまい申し訳ございません!全部読ませていただいております。いつもありがとうございます!


「蓬君、ヘイパス!」

 

「いくよ、リュウタ君!」

 

 そう言って蓬君が、こなれた様子でボールを蹴り上げる。

 

 向こうでもバスケを熱心にしていたという蓬君は、思っていた通りにスポーツのセンスが良かった。ちゃんとインサイドで蹴られたボールは、ワタワタとしている内海の股下を抜けて俺の元へ。

 

 とっ、と軽くボールをトラップしつつ、シュートをしやすいポジションに移動。ストライカーとしてこの辺りは得意分野。ボールが吸い付くようにコントロールできる。

 

 あとは目の前ではでっかいマックスがゴールを守っているが……右の隅!

 

「むっ……!」

 

「と見せかけて、こっち!!」

 

 軽いフェイントを入れて反対側にゴロで鋭く打ち込むと、ボールはネットに突き刺さってくれた。よっしゃ♪

 

 超人軍団相手だけど、今は人間レベルに身体能力を抑えてくれているというし、サッカーのテクだったらこっちだって負けてないんだよ。

 

 審判のボラーがピピーと笛を鳴らしてゴール判定。ついでに一点を取ったら勝ちというゲームだったので、俺達の勝ちだ。

 

「蓬君、ナイスパス!」

 

「そっちこそナイッシュー!」

 

 いえーい、と駆け寄ってきた蓬君とハイタッチを交わす。

 

 そのままバックスになっていたキャリバーと、ゴールキーパーだったレックスさんにも。レックスさんは俺が手を差し出すとバチンと痛いくらいのタッチで応じて、その後でにやりと笑って言う。

 

「やるなぁ、リュウタ!」

 

「そりゃあ、これでもエースですから?」

 

 あんまり普段はしないけれど、鼻高々な気分。

 

 なんていうかな、めっちゃほめてくれるのが嬉しいのかな。アカネさんがほめてくれるのは格別な喜びなんだけど、レックスさんの時は"どや"って気持ちになれる。

 

 少年漫画的な達成感とか、そんな感じなのかもしれない。

 

 それはそれとして向こうのベンチでは、

 

「よもぎー! かっこよかったよー! だいすきーっ!」

 

「リュウタ君もーっ! さいっこー!!」

 

 なんてアカネさんと夢芽さんが大声を上げて喜んでくれていた。

 

 ただ蓬君はそんなストレートに好意をぶつけてくる夢芽さんを見て、照れくさそうに頬をかいていて。蓬君は夢芽さんに隠れるように耳打ちしてくる。

 

「ねえ、リュウタ君? ちょっと前から夢芽がめっちゃデレてるんだけど……なんか理由知ってる?」

 

 確かに、この数日で夢芽さんの様子は大きく変わっていた。

 

 出会った時は警戒する猫みたいな感じに蓬君の後ろにくっついてたけど、今は異世界に慣れきったのか隙あらば抱き着いてるもんな。俺が見てる範囲でもそれなんだから、二人っきりの時はどうなんだろう。

 

 蓬君としてはその急なデレに戸惑いが大きいようだ。

 

「いや、知らないけど……困ってる感じ?」

 

「困っては……いないけど。うーん、心の準備がっていうか……反動が怖いっていうか」

 

 ははーん。

 

「照れんなって。付き合ってて、お互い好き同士ならいいじゃん」

 

 アカネさんとはあれくらい普通だし。

 

「あー、なんかわかってきた。そっちのアカネさんの影響だ、これ。リュウタ君とアカネさんのがうつってるんだ。しかもこっちに知り合いがいないからって遠慮ないし」

 

「それは……どうも?」

 

「お礼は言ってないよ、お礼はさ」

 

 もにょもにょと居心地悪そうな蓬君。

 

 だけど、喧嘩したりお互いにわだかまりを抱えていくよりは、毎日でも好意をストレートにぶつける方がいい気がするんだよな。

 

 うちの親とか、そういうのないがしろにしたからああなったわけだし。

 

 なので老婆心ではあるけど、蓬君の手を掴んで、無理くりに夢芽さんの方に向かって振らせてみる。すると遠目だけど、夢芽さんは嬉しそうに反応して、隣に座ったアカネさんとこそこそ話をしはじめる。で、そのさらに隣の宝多さんがじとーっとそんな二人を見ていた。

 

 今日は学校帰りに、みんなで川沿いの市民グランドに来ている。

 

 バスケコートとかサッカーコートとか簡単に整備されていて、ちょっとお金を出したら小一時間くらい貸し出してくれる場所だ。

 

(うちの学校で文化祭の準備もしてもらってるけど、こういう風に遊ぶのも大事だしな)

 

 で、女性陣も含めてスポーツウェアに着替えて、軽く運動。アカネさんの普段は見せないジャージ姿はそれはそれはかわいいものだったと述べておく。すぐばてちゃうところも。

 

 そして今は男子チームで二手に分かれてのサッカーをしていたのだが……

 

「ずりぃぞ、リュウタ! 蓬君までそっちいたら、俺達が不利に決まってんだろ!」

 

「こっちはマックスさんはいたけど……ヴィットさんはマジでやる気ないし」

 

 あっさり勝負に負けてしまった内海と響が意気消沈したように愚痴ってきた。

 

 けれどくじで決まったことだから仕方ないだろ。もっと日ごろから運動するがいい、ぷにぷに腹筋よ。

 

「最近はちゃんと固くなってきたんだよ!!」

 

「どれどれ……」

 

 どやる内海が腹に力を入れているので、軽く拳でどすどすと。

 

「確かに鍛えてる……やるなターボーイ」

 

「あ、ほんとだっ」

 

「俺も俺も……!」

 

「お、お前ら、俺の腹はサンドバッグじゃ……おふっ!?」

 

 気を抜いてすぐそうなるんじゃ、まだまだ鍛えなきゃだめだぞ。夏に向けて彼女に見せるためとかなら猶更。

 

 そんな男子らしいあほなことをしながら、同年代高校生四人でくっちゃべりながらボールを転がしていく。この後は蓬君の得意なバスケをする予定だけど、その前にポンポンとサッカーボールで戯れるように。

 

 やっぱり運動っていいよな。

 

 世界が滅びるとか不穏なこともいろいろあるけど、運動してるときは頭を空っぽにして集中できるし。何より蓬君とこういう風に遊んでると、一気に距離感が縮んでいる気がする。

 

 ……ていうか、

 

「なんかいちいち"君"つけるのも変だし、蓬でいい?」

 

「いいよ、じゃあ俺もリュウタって呼ぶから」

 

「おー、やっぱこっちの方がしっくりくる」

 

 サッカーとか相手に呼びかけるときにイチイチ君とかつけないもんな……って、あれ?

 

 そんな風に蓬と話をしていたら、じーっと響と内海がこっちを見ているのだ。

 

 内海はなにやら不服そうな表情で言う。

 

「おいおい、リュウタさんよ。いつまでも苗字呼びされてる俺らはどういう扱いなのよ? 俺らの方こそグリッドマン同盟でウルトラオタクで、大親友のはずだろ?」

 

「あー……、なんか最初のあんま仲良くなかった期間の癖が残ってるからかも」

 

 個人的に呼び方はあまりこだわりがないほうだ。内海たちより付き合いが長いサッカー部の仲間も基本は苗字で呼んでいるくらい。

 

 むしろ蓬とか夢芽さんが例外的。

 

 たまたまレックスさんから名前を先に聞いていたってのもあるし、周りの人間がみんな下の名前で呼んでるのに自分だけ壁を作るみたいに苗字呼びするのはどうかと思ったというのが理由。まったく他意はない。

 

 だけど……確かに内海と響に関しては検討の余地はあるかも。

 

 内海が言ったように、二人はただの友人ではなくて大切な仲間だ。

 

 でも、響は名前の音がかっこいいから捨てがたいし、内海は内海だし。

 

「裕太……はありだけど。将っていうのは……」

 

「「え、将って誰?」」

 

「俺の名前だよ!? 蓬君はともかく裕太まで乗っかるな!!」

 

 でも学校でいきなり『将』って呼んでも、誰も気づかんと思うぞ? 内海は全身が内海感を出してるから。

 

 それに、考えてみたら今のままの方がいいって理由もある。

 

「いや……今となっては単にタイミングなかっただけだけど、グリッドマン同盟でバリバリやってた時の呼び方の方が思い出深いんだよな」

 

 俺がヘタレて逃げたりとか、やけっぱちになったりとかいろいろあったけど、その時を支えてくれた響と内海は間違いなく俺の恩人で親友だ。だからその時の呼び方を大事にしたい気持ちもあったのかもしれない。

 

 ちょっと言っていて照れくさいけど。

 

 それを伝えると、内海たちもまんざらでもないように笑ってくれた。

 

「ま、そういうことなら俺は別にいいけどよ♪」

 

「俺も。あ、でも六花は名前呼びの方が好きだっていうし、リュウタもそっちで呼んであげたら?」

 

「タカラダって苗字好きなんだよなー」

 

 宝田明さんとか、ウルトラマンじゃないけどその大大先輩なシリーズで有名だし。

 

「でも、確かに店長も宝多さんだもんな……。うん、どっかのタイミングで変えてみるよ」

 

 きっとこれからも宝多さんとは家族ぐるみで付き合いがあるだろうから。それに……なあ?

 

「将来的に苗字が変わったら、響が二人でかぶっちまうからな」

 

「うえっ!?!?」

 

「ねえ、内海君……やっぱり裕太君って」

 

「そうなんだよ、もうじれったくて」

 

 なので響と宝多さんが無事にくっついた時が、呼び方を変える良いタイミングなのだろう。

 

 改めて女の子を名前を呼ぶのって、ちょっと恥ずかしいけど。

 

 するとそんな話を聞いていた蓬が、素朴な疑問という体で尋ねてきた。

 

「でも、呼び方の話だとリュウタが『アカネさん』呼びなのって意外な気がするな」

 

「…………え?」

 

「いや、あんなに仲いいのにって。女の子的には呼び捨てされるの好きって子が多いみたいだし。だから俺も夢芽のことは"夢芽"って呼んでるんだけど……リュウタ?」

 

「ちょ、ちょっと待って……! いま、頭が真っ白になってる」

 

 え、え、ちょっと、おい待て、アカネさんのこと呼び捨て? 誰が? 俺がだよ、バカ。いや、でも俺はあの子のこと尊重したくて……って、彼女にする前の呼び方を引きずってるだけだろが。宝多さんなんて、いつもアカネ呼びだし。

 

 た、例えば、俺が呼び捨てにして……え、『アカネ』って言っちゃう? 言っちゃうか? なんか、それもそれで距離感近くなった気がして……

 

「おーい、リュウタさーん」

 

「こいつ、ぜってえ新条とのこと妄想してるぞ」

 

「もしかして俺、余計なこと言っちゃった?」

 

「蓬君は悪くないよ」

 

 シャラップ、お前ら! と、とにかくこの話題は保留! 保留!!

 

 でも……そういう形でまた仲を深めるのは、いいかもしれない。

 

「「このむっつり」」

 

「変な妄想はしてねえよ!? ほら、さっさと続きやろうぜ!」

 

 もうずいぶんと動いたはずだけど、体は全然疲れていない。

 

 まだまだたくさん走り回れそうだった。

 

 

 

「意外だったよね、響君がけっこうバスケ得意だったの」

 

 夜になって私と同じくパジャマに着替えた六花と夢芽ちゃん、それにちせちゃんと一緒に布団に転がりながら、六花に向かって言う。

 

 今日はもう何度目かの六花の家でのお泊り会だ。

 

 元々は夢芽ちゃんが『アカネ先輩ともっと話したいです』なんて嬉しいことを言ってくれたのがきっかけで、女の子同士で顔を突き合わせながら恋愛とかいろんなことをお話してる。

 

 今の話題は昼間にやってたぷちスポーツ大会。私はもこもこのダイナドラゴンを抱き枕にしながら、汗を流して頑張ってたリュウタ君たちの姿を思い出していく。

 

「蓬もけっこう教えてましたけど、裕太さんも飲み込み早かったですよね」

 

「見た感じはあんまりそっちは得意そうな感じしなかったっすけどねー。うん、意外だった」

 

 と夢芽ちゃんもちせちゃんも乗ってくれて、全員でニヤッとしながら六花を見る。

 

 ほらほら六花さん、キミの片思い相手を褒めてるんだよ?

 

 このチャンスに乗っかっていろいろとぶちまけてみない?

 

 そうしたら視線を受けた六花がちょっと顔を赤くして、口をすぼめながらぼそっと。

 

「ま、まあ、いつもと違う感じでいいなーって思ったけど……。そっちこそどうなの? 馬場君と蓬君が一番大活躍してたじゃん」

 

 あ、照れたからって話そらした。じゃあ、六花が言い出したんだし。

 

「そりゃあ……ねえ?」

 

「ですよ……ねえ?」

 

「うわっ、めっちゃにやけてんのウザっ」

 

「南さん、完全に同類見つけてブレーキ壊れましたね」

 

 なんか言ってる六花とちせちゃんを放っておいて、夢芽ちゃんと二人で話し始めちゃう。

 

 二人はまだ彼氏いないからそういうこと言うんだよ。彼氏がかっこいいところ見せてくれてるんだから、にやにやするくらい普通じゃん。

 

「私ね、リュウタ君がサッカーしてるとこ好きなんだぁ。っていうか、一番最初に"この人好きかも"って思ったのがサッカーの試合見た時でね? めっちゃリュウタ君が私が見てるの意識してること伝わって……えへへ、それでバシーってゴール決めたの♪」

 

 その時はアレクシスいたり、その後の件とかあるから、素直に喜ぶことじゃないって分かってるけど。それでも、最初に彼から男の子を感じたのはあの試合だった。

 

 逆に夢芽ちゃんは蓬君が普段はスポーツしてるとこ見せてくれないみたいで、惚れ直したって感じに頬がゆるゆるしてる。

 

「私はあんまり蓬の友達と仲良くないから、そういうの見れなくて……でも、かっこよかったなぁ蓬。うん、でもいつもより子供っぽくてかわいかったし……。はぁ、私といるときちょっと頼れる感じ出してくれるのもいいけど、ああいうのもいいなぁ……」

 

 最後の方は枕を抱きしめながら夢見心地。

 

 お泊り会のたびに夢芽ちゃんはのろけ話を聞かせてくれる……っていうか九割くらいその話しかしないんだけど、夢芽ちゃんも彼氏の蓬君のことが大好きみたい。

 

 夢芽ちゃんにとっては蓬君は自分が苦しい時に支えてくれて、助けてくれたヒーローみたいな人なんだろう。そこは私から見たリュウタ君とも似てる。

 

 えーっと水門から落ちそうになった時もかっこよく助けてくれたんだっけ?

 

「はい、『夢芽っ!』ってめっちゃ必死に手を伸ばしてくれて」

 

「やっぱり記憶変えてますね、南さん。あの頃は『南さん』呼びだったのに」

 

「ほら、恋は盲目って言うから。……アカネも頭の中だとどうなってんだろ」

 

 失礼な。

 

 私はちゃーんとリュウタ君との思い出は改変したりしてないよ! ……記憶喪失にされちゃったことはあるけど。

 

 なんて思ってたら、十分に妄想の中の蓬君とイチャイチャしたのか、夢芽ちゃんがゴロンとこちらに顔を向けて尋ねてきた。

 

「そういえば、リュウタさんもアカネ先輩のこと、助けたりとかあったんですよね?」

 

「そうだよー。えっと、どちらかというと私の方がめっちゃ荒れてたっていうか……」

 

 怪獣を実際に暴れさせてたりとかは、言いづらいけど。

 

「でもね、私が思ってた自分の嫌なとことか、そういうのも全部抱きしめてくれて……今はそんなリュウタ君と一緒な私が好きなの」

 

 今もバッグの中に入ってる、この間に出来上がった怪獣を思い出す。

 

 とりあえず第一形態ってことだけど、自分が思った以上にシンプルでオーソドックスな怪獣になってた。どちらかといえば特撮の神様が作った、あのゴッドでジラなタイプ。襟巻外したジラースとかに近い。

 

 でもそれは私が一番最初に好きになった怪獣のイメージそのままで。

 

 誰かを殺したいとか傷つけたいとか、そんな感情を込めないままに作れた怪獣。

 

 ダイナドラゴンもストレートにかっこいいタイプになったし、元々の私はそう言うのが好きだったんだろう。リュウタ君と一緒にいられて、悩みも全くないから……

 

「あれ?」

 

「アカネ先輩、どうしたんですか?」

 

「う、ううん! なんか変だなーって思っただけ」

 

 ちょっとノイズが走ったような感覚がしただけ。

 

 けれどすぐにそれは消えて……

 

 ぼーっとしていた間に続いていた、夢芽ちゃんと六花の話が耳に聞こえだす。

 

「で、いつ告白するんですか? もう両片思いなのはわかってるんですから、しちゃいましょうよ……!」

 

「夢芽ちゃん、めっちゃぐいぐい来るね……」

 

「だって、六花さんと裕太さんお似合いだと思いますし。それに……なんかトリプルデートとかいいじゃないですか」

 

「南さん、そっちが目当てかー。確かにあっちの世界だと難しいですもんね。うちのパイセンはそんな彼女つくれる甲斐性なさそうですし」

 

「でも……裕太はいま、グリッドマンで忙しいし」

 

「それですよ!」

 

「うぇっ!?」

 

 突然夢芽ちゃんが六花に向かって顔を近づける。

 

「六花さん、いつも隠れて『裕太』とか呼び捨てにしてますけど……恋人になったら普通に裕太呼びできるんですよ? したくないですか、呼び捨て!」

 

「えっと、それは……」

 

「私はすぐに蓬呼びにしましたからね。向こうは三か月くらい南さんでしたけど、私はもう絶対に蓬って呼び捨てにしたかったから。

 女の子って、そういうのありますよね? 他の女の子がしない特別な呼び方をしたいとか。ちょっとの独占欲感じたり、六花さんにもあるはずです……!」

 

 なんだか勢いが乗ってきたのか夢芽ちゃんが押せ押せムードになって、六花がたじたじになってる。

 

 でも、それは分かるかも。

 

 リュウタ君が呼んでくれる『アカネさん』ってすごく優しい音がして好きなんだよね。

 

 六花みたいにアカネって呼び捨てなのもいいけど、ちょっとだけクッションを作ってくれてるっていうか。

 

 特別な相手には特別な呼び方を。ロマンチックでいい。

 

 あ、それなら……

 

「私もリュウタ君呼び、変えた方がいいのかな?」

 

「あー、アカネ先輩もなぜか君づけですもんね。あんなにガチ恋結婚間近みたいな距離なのに。じゃあ、変えちゃいましょう。そうしましょう」

 

「南さん、やべえな。この人、止まる気ないわ……」

 

 ちせちゃん、そんなに引かないで。布団の中に隠れないで。

 

 夢芽ちゃんのターゲットがこっちに向いてくるけど、確かに付き合い始めてもうすぐ一年くらいが経つわけだし、そういう特別なことしてみてもいいかも。

 

 え、でもどうしよ。

 

 リュウタって呼び捨ては、なんかしっくりこないんだよね。

 

「じゃああだ名っぽくしてみたらどうですか?」

 

「うーん、リュウ君とか?」

 

 一文字減っただけで雰囲気がだいぶ違う感じがする。

 

 そう言うと六花と夢芽ちゃんも楽しそうに続いてきた。

 

「いいんじゃない? なんかアカネと馬場君っぽい感じの呼び方だし」

 

「すごく夫婦感が出てます……!」

 

「夫婦ははやいよー」

 

 言われたことを想像して、熱くなっちゃった頬を隠しながら笑う。

 

 でもいいかもしれない。

 

 トリプルデートの時とかにサプライズで呼んであげたら、リュウタ君のことだから照れてかわいい反応してくれると思う。

 

 じゃあ、そのためにもまずは六花と響君をカップルにしないと。

 

 グリッドマンになったり響君は大変だけど、だからこそ六花が支えになれることもあると思う。むしろヒーローものだとヒロインの役割ってそういうのも大きいもんね。

 

 逆に私は気楽なもの。だってリュウタ君は戦わないし……

 

「あれ……?」

 

 リュウタ君は戦わない……?

 

 また、変な感覚がある。

 

 なんだろう、それが当たり前で私にとっても嬉しいことのはずなのに……

 

 なにか大切なことを忘れている気がした。




違和感が明確になってきたところで……次回から急展開予定。



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反転

『リュウタ……リュウ、タ……』

 

 誰だ?

 

 誰かが呼んでいる。

 

 知っているはずの声、知らないはずの声。忘れちゃいけないはずの声、忘れるはずの声。

 

 わからない、わからない……だけど、誰かが確かに俺を呼んでいて……

 

「リュウタ君? どうしたの、ぼーっとして」

 

 優しい声によって、意識が現実に戻された。

 

 横から心配そうにのぞき込んでいるのは当然にアカネさんで……

 

「ここ、は……」

 

 俺はぼーっとした頭を振りながら、周囲を見渡す。

 

 がやがやという騒がしい音に、あふれんばかりの人。それは若者やカップル、それに若年層の子供連れが大半というくらい。

 

 あと特徴的なのは、見える範囲に並んでいる多種多様なお店と、おそらく五階ぐらいにはなるだろうフロア。吹き抜けが設置されていて、上層から下層まで同じような賑わいであることが分かる。

 

 そこまで観察して、以前にもアカネさんと一緒に訪れたショッピングモールだと思い出した。

 

 そしてアカネさんも今日は余所行きのオシャレな洋服に着替えて、それでいて俺の腕にがっちりと腕をからませている。

 

(ああ、そうだ……)

 

 ようやく状況を理解した俺は、苦笑いしながらアカネさんに謝った。

 

「ごめん、デート中だったのに……」

 

「そうだよぉ♪ せっかくのトリプルデートなんだから、ぼーっとしてる暇ないじゃん♪」

 

 アカネさんが朗らかに言うように今日はトリプルデートの日だった。

 

 俺達を待っているのだろう、ちょっと離れたところには手をつないでいる蓬と夢芽さんペア。それに……響と六花さんペア。

 

 そう、響と宝多さん改め六花さんは付き合うことになった。

 

 響がその日に告白すると決めた文化祭はまだまだ先のこと。だけれど男女の仲はそんな劇的なイベントがなくても進展することがある。

 

 文化祭の準備をしていたある日、響と六花さんがたまたま二人でアイスを買いに行くことになって、その帰り道にいい雰囲気になった響が意を決したのだ。

 

 その告白文句までは教えてくれなかったけれど、これ見よがしに手をつないで帰ってきた二人を、アカネさんたちが盛大にお祝い、というより囃していたのを今でも覚えている。

 

(でも物語だとそういう中盤での告白イベントとか、邪魔が入りそうなものだけどな)

 

 だけど、物語が絶対というわけはないし。俺たちが生きるのは現実だ。

 

 それに文化祭ならせっかくだし二人で回ったり、それはそれでいい思い出にできるはず。来年は受験を控えて、文化祭を回ったりする時間はないかもしれないし、響と六花さんにとってはむしろ楽しみが増えた形になるだろう。

 

 今もちょっと照れくさそうだけど、気合入った感じにおめかししている六花さんと響は仲睦まじく並んで立っているし。

 

「な、お前もそう思うだろ?」

 

 振り返って、俺達をじーっと見ているおばけに言う。

 

 おばけは相変わらず何も言わず、そっと姿を消した。

 

「まったく、相変わらず愛想がないな」

 

 人生はもっと楽しまないと損だぞ? とか言ってみたり。

 

 そう、楽しければそれでいい。

 

 怪獣が出たり、あんなにいろいろなことがあったんだ。アカネさんだって、元の世界と離れてでもこの世界の残って、俺の側にいてくれる。

 

 だったら、俺はできる限りでアカネさんを幸せにしたいし、なんの不安も感じてほしくない。アカネさんが幸せならそれでいい。

 

 それが正しいことだろ?

 

 だからアカネさんの手を引いて、響たちと合流する。これからの一日を楽しい思い出にするために。

 

 

 

 

「そういえば、蓬たちのとこにもこのモールあったりするの?」

 

「いやー、どうだろ? あっちの世界だと夢芽が人見知りしちゃうから、接客が激しい店とか選ばないし、あっても調べたり行ったことはないな」

 

「え、そうなの? 夢芽さん、こっちの世界だとあんなに……」

 

「人見知り、ねぇ……」

 

「いや、ほんっと、学園祭の準備に参加させるのに、向こうでどれだけ苦労したことか……」

 

 蓬はそう言って、目頭を押さえる。

 

 男子三人で店の前、フェンスにもたれかかりながらのなんとなくの駄弁り中だったってのに、蓬には感慨深いことだったようだ。

 

 こっちの世界で見る夢芽さんは積極性の塊のような性格で、速攻でアカネさんと仲良くなったかと思えば蓬とも所かまわずいちゃついてるし、近寄るだけで恋してますオーラが分かりやすい子だ。

 

 けれど蓬は遠い目をしながら言うのだ。

 

「向こうだと、文化祭会議を数分でバックレたし」

 

「そりゃ重症だ」

 

「でしょ? だから、こっちに来てアカネさんとか六花さんと仲良くなれたのは夢芽にとっても良かったなって」

 

「蓬君、なんか夢芽さんのお父さんみたいになってる」

 

 いやいや、響よ。そういう気持ちになるのも俺は分かるよ。

 

 アカネさんだってあの神様モード拗らせちゃってた時と比べたらさ、ボランティア頑張ってたり、クラスになじもうとしてたりするのを見ると応援したくなるし、二人の時は全力で甘やかしたくなっちゃうって。

 

 響の場合は六花さんがかなりしっかりしてるから、そういう心配はなさそうだし。むしろ響が世話焼かれる方だと思うけど。

 

 で、そんな男子で固まってしゃべっている間に、女子三人組はオシャレな小物ショップを物色中。なにやらちょっとしたアクセサリーでも買いたいようで、ああでもないこうでもないと三人で楽しそうにしている。

 

 アカネさんはこだわりが強いので、店だともっぱら俺が引っ張ってもらう側なのだが、それでもいつもは俺を配慮してなるべく短時間で選んでくれていたのだろう。

 

 女子だけの買い物って、めっちゃ長いのな。

 

 そうして男子からは長い、けど女子にとっては最適ぐらいの時間をかけて、アカネさんたちは戻ってくると、三人の右手首にはおそろいのカワイイ感じのブレスレットがつけられていた。

 

 長い銀の鎖を二三重にしてつけるタイプのあれだ。

 

「どう、似合ってる?」

 

 アカネさんが感想を欲しいと尋ねてくるので、答えは当然一択。

 

「うん、すごくかわいいよ」

 

 お世辞でもなんでもなく、アカネさんによく似合ってる。

 

「やったぁ♪ 六花と夢芽ちゃんとね、おそろいにしたの! トリプルデートの記念って♪ ねー、夢芽ちゃん♪」

 

「これ、うちの世界でも同じブランドがあるんですよ。だから向こうでも普通に使えるし、いいかなって。ほら、蓬も知ってると思うけど、異世界ブランドってたまに偽物みたいになってるのあるし」

 

「あー、確かに。一文字違ったり、ロゴが変だったり。あれを向こうで使ってたら、ただの偽物だから」

 

「「へー」」

 

 なるほど、そんなのがあるのか。

 

 確かに二人とも当分は帰らないだろうけど、向こうでの生活は考えなくちゃいけないこと。正規品の値段で買っておいて、向こうじゃ大っぴらに付けられないとか損でしかないもんな。

 

「六花がリサーチしてくれたおかげだよね。元々は別の狙いがあったみたいだけどぉ♪」

 

 アカネさんが六花さんの方を意味深な目で見ながら言う。

 

 すると六花さんはぎょっとした後、ちょっと頬を赤らめながら顔をそらした。

 

「べ、別に、変な目的じゃないし……」

 

「だよね♪ 響君にも似合いそうなブランド調べるのとか、普通だもんね♪」

 

「うぇっ!? お、おれのために!?」

 

「ちょっとアカネぇ!!」

 

「いいじゃん、もう彼氏なんだから。変なツンデレとかやめたほうがいいよ? あ、もちろんリュウタ君にも後でプレゼントあげるね♪」

 

「私も蓬にちゃんと買ってきたから」

 

 アカネさんと夢芽さんはそう言って、小さな箱をバッグから出してひらひらと見せる。

 

 お店の外で待っててと言われたのは、これも理由か。

 

 確かに女性ものが多い店だけど、カップル用のペアリングとか、そういうのも置いてあるようで納得。それを六花さんが響との記念に買おうとしていたというのは意外だけど。

 

 けれどアカネさんが言うように二人はカップルなわけだし、それも普通のことになるはず。もちろん二人の距離感とかはあるけど、あれだけヤキモキさせたペアなんだから最初くらい見せつけるほどいちゃついてくれないと、応援した側として面白みがない。

 

 そうして照れてしまった六花さんと響を宥めつつ、また六人でぶらぶらと。

 

 ゲーセンに行って、蓬たちの知り合いらしい怪獣優生思想の人たちがクレーンに苦戦しているのを遠目からからかったり、それがバレてシューティングゲームで対戦することになったり。

 

 あとはこっそりデートをしていたらしいガウマさんとお姫様を見つけて、あれがアダルトなデートかと参考にさせてもらったり。

 

 そうそう、アレクシスのやつがとうとう真面目に働き始めたらしくて、お総菜コーナーでソーセージを焼いてた。あの真っ黒ボディにピンクのエプロンが恐ろしく似合わなかったのだが、働いている人を悪くは言うまい。

 

(…………っ)

 

 そのいつもの光景を見るたびに頭がチクリチクリと痛みを発するが……気のせいだと思って、俺は普通に歩き続ける。

 

 手にはアカネさんのぬくもりがあって、俺達は離れることがない。

 

 それだけで十分すぎるほどに幸福なのだから。

 

 俺は元々こういうやつだった。たった一人、大切な人を守れればそれでよくて、そのためなら自分さえどうでもいい、そういう生き方を……

 

 

 

「…………本当に?」

 

 

 

「っ…………」

 

 口端から飛び出したのが自分の言葉だと、気づくまで数秒。

 

 思わず口を押えて、地面を凝視してしまう。

 

 吐き気があるわけじゃない。気分は最高だ。なのに、なんだ、この違和感は……

 

 この感覚に覚えがある。

 

 なんだ、たしか……たしか……!

 

「リュウタ君、ほんとに大丈夫?」

 

「アカネ、さん……」

 

「熱は……ないみたいだけど、フードコートとかに行って休む?」

 

 俺に額に手を当てて、心から心配してくれるアカネさん。

 

 だけど、きっとこれは体調不良が原因なんかじゃない。

 

「アカネさんは、なにか、違和感とかないの……?」

 

「違和感って?」

 

「いや、俺たちの毎日って、こんな感じだったかなって……」

 

 友達がいて、大切な人がいて。

 

 そんな賑やかに楽しいだけの毎日が……

 

 けれどアカネさんは申し訳なさそうに顔を伏せると、小さく呟いた。

 

「……その、ごめんなさい。私にはよくわかんない。リュウタ君の勘違いじゃないよね?」

 

「そう、かな……」

 

「そうだよ……! それよりもほら! あっち盛り上がってるし、行こうよっ!」

 

 そう言われると途端に自信がなくなっていく。

 

 いや、俺の優先度はあくまで自分よりもアカネさんだ。アカネさんがいいって言うなら、今は気にするべきことじゃない。

 

 だから違和感をまた頭から追い出して、さっきとは逆にアカネさんに引かれるまま、人が集まっているところに行く。

 

 そこは何人も若いカップルが集まっている場所だったので、催しでもやっているのかと思ったのだが、近づいてみると俺達は驚いて足を止めてしまった。

 

「これって……」

 

 ショーケースに並ぶ純白のドレスに、それらが囲む広場には指輪を中心にダイヤのアクセサリー類。

 

 上に掲げられた横断幕には、ウェディングフェアと書かれている。

 

 そりゃ、確かにカップルには人気の場所だろうけど……

 

 どうするかと考える間もなく、アカネさんとつないだ手から熱が上がるのを感じた。

 

 横を見ると、アカネさんが顔を赤くしながら期待するように見上げてきていて。

 

「ちょっと見ていく?」

 

「うんっ!」

 

 きっとアカネさんの頭に浮かんでいるのは未来予想図。その時、彼女と一緒に誰がいるのかなんて、アカネさんの熱っぽい目を見てわかってしまった。

 

 ああ、まったく、俺の顔も赤くなってるのを響たちに見られてなければいいけど。

 

 恐る恐るフロアに入ると、目ざとい店員さんがそっと近づいてきて、愛想のよい笑顔で話しかけてくる。

 

「こんにちは、何かお探しですか?」

 

「あ、その……私たちまだ高校生なんですけど、見てもいいですか?」

 

「もちろんです♪ むしろそんな若いお二人に見ていただけるなんて嬉しいことですよ♪ もしよければ、ドレスの方もご案内します」

 

「それじゃあアカネさん、お願いしようか?」

 

「う、うん……!」

 

 きゅっと気合を入れるように両手で握りこぶしを作ったアカネさんに苦笑いしながら、店員さん、本職はウェディングプランナーさんらしい、のご厚意に甘えてドレスを見ていく。

 

 男の俺はあんまりピンとこないけれど、最近は結婚式の形もいろいろになっている影響で、ドレスの種類も多くなっているようだ。

 

 例えば、スカートがタイトになってて、割と脚とかの体形が出るタイプのやつ。単純な印象だけど、六花さんみたいにモデル体型な人が着るとかなり似合いそうだ。

 

 あとはみんなで騒げるようにフリルを減らして、スカート丈も短めの機能性重視のやつとか、色も薄青色だったり、赤みがかっているのもある。

 

 けれどその中で、

 

「わぁ……♪」

 

 アカネさんの目を引いたのは、どちらかと言えばオーソドックスなもの。

 

 ちょっと胸元が開きすぎな感じもするけれど、スカート部はバラが花開いたようにフリルが豪奢になっていて、色も薄ピンクでアカネさんの髪の色にマッチしているような気がした。

 

 アカネさんは少し興奮したように、話しかけてくる。

 

「ね、ねえリュウタ君……! これ、どうかな?」

 

「ど、どう……?」

 

「もーっ! 鈍感! 言わなくてもそこは察してよ!」

 

 いや、わかってるけどさぁ。

 

「…………その、正直に言っていい?」

 

「もちろん!」

 

「その……将来、これを着てるアカネさんを見られたら、俺はきっと世界で一番幸せ者だって思う」

 

「…………ずるじゃん」

 

「正直に言っていいって言ったでしょ!?」

 

「だからって、そんなストレートに言わないでよぉ! ……顔、戻んないじゃん」

 

 顔を俯けて両手で頬を抑えたアカネさん。

 

 そんな俺達を見て店員さんがあらあら、なんて微笑ましく見てくる。自分でも半分以上プロポーズみたいなこと言った自覚はあるけど、こんな綺麗なドレスを着たアカネさんを想像したら、そう思う他にないだろう。

 

 少なくとも、この件に関してはちゃんと本音を言ったし、それに恥じることはしないと決意してる。

 

 そう言ってアカネさんの機嫌を直そうとすると、アカネさんは俺を見ながら何やら口をきゅっと結んで考え事をしているかのようだった。

 

「ね、ねぇ……私たちってそろそろ付き合って一年くらいでしょ?」

 

「うん、そうだね」

 

 記念日自体はちゃんと記録してるので抜かりない。

 

「だから、その……そろそろ、新しいこともしてみたいなーって思ってて」

 

「う、うん……」

 

「リュウタ君のこと、私だけのあだ名で呼びたいな……とか、ダメかな?」

 

 ちょっとだけ不安そうに、だけどきっと期待しながらの小声。

 

 けど、あだ名くらいぜんぜん平気だ。

 

「もちろん、アカネさんがそう呼びたいなら。その、あんまり変なのじゃ困るけど」

 

「へ、変なのじゃないよっ!」

 

「あはは、わかってる。冗談だって」

 

 でもくぎを刺しておかないと、怪獣由来の名前とかになっちゃう可能性もあったりしそうだし。

 

 そうしてアカネさんは小さく『もうっ』と呟くと俺をこう呼んだ。

 

 

 

「……リュウ、くん」

 

 

 

「…………っ!」

 

 瞬間、目の前がぐらりとした。

 

 アカネさんの姿がぶれて、遠い遠い、記憶の向こうから別の声が聞こえてくる。

 

『ごめんね、りゅう君』

 

『なんでっ!? なんで俺達を置いてくの!?』

 

『…………っ!』

 

『待って! 待ってよ!! おかあさん……!!』

 

 まだまだ小さく、他に何にも支えがなかった弱い俺を置いて逃げた母親。

 

 なんで置いていくんだよ、俺はいらないの? お母さんには不要なの?

 

 疑問に答えはない。そのまま振り返ることなく走り去っていった背中が遠くに見えて……

 

「リュウタ君、リュウタ君!?」

 

「っ、いま、の……」

 

「大丈夫!? いま、六花たち呼ぶから……!」

 

 気がつくと、俺はその場にうずくまって涙目になったアカネさんに介抱されていた。周りには何事かと俺達を不審そうに見ている買い物客の姿。

 

 ああ、そっか、あの名前で呼ばれた瞬間にめまいを起こしたのか。

 

(……まったく、呼び方にあんまりこだわりないとか)

 

 母親のことは自覚している地雷だったけど、なんだよ、呼び方にまで関わってくるのかよ。しかもこのこと、アカネさんに話したことなかったし。

 

 それに、

 

「っ、だい、じょうぶ……! それより、ちょっと行くところあるから……!」

 

「リュウタ君!?」

 

 よろよろと立ち上がりながら、申し訳ないと思いつつもアカネさんの側を離れる。

 

 今ここで何かをして、アカネさんにまで被害が出るようなことをしたくなかった。

 

(ああ、くそっ! あの時といい、家族のことばっかで思い出す!)

 

 前に記憶喪失になったときは兄貴で、そして今度は母親だ。

 

 そのことで最近は悩んでいたとはいえ、俺の警戒アンテナは家族のことに相変わらず敏感らしい。

 

 けど、ショック療法で頭ははっきりした。

 

「なんだよアレクシスとか! 知らねえよ、怪獣優生思想とか……! それに、シグマのこと……!!」

 

 いつからだろう、大切な相棒なのにその存在を忘れてしまっていたのは。

 

 それにアカネさんがいればどうでもいい? それはシグマと出会う前の、一度失敗したときの俺だ。もう俺はあんな考え方をしないと決めた。仲間がいる大切さを知った。

 

 だというのに、あのシグマと一緒に戦ったことさえなかったことにされようとしている。

 

「これも並行世界が重なった影響……? 響や蓬も全員同じ感じになってたとか詰み間近じゃないか」

 

 だけど、荒療治とはいえ俺は正気に戻ったんだ。

 

 だったら……!

 

「シグマ……! きっと聞こえてんだろ!? シグマ!!」

 

 右手に向かって叫ぶ。

 

 傍からは何してんだと思われるだろうけど、知ったことか。

 

 確証はないけれど、グリッドマンまで飲み込まれている事態なら、シグマが駆け付けないわけがない。

 

 そして、右手に青い光が灯って

 

『りゅう…………た………………………』

 

 周波数が合わないラジオみたいなか細くノイズ交じりの声だが、確かにシグマの声が聞こえたのだ。

 

「聞こえてる! 俺達になにが起こってんだ!? 敵はどこだ!?」

 

 前にアカネさん謹製の幻覚怪獣によってIF世界ツアーをしたけれど、それとは違う気がする。

 

 ここは俺達の世界だけど、根本的に何かが変わっている。そんな違和感だ。

 

『アク……セス……』

 

 シグマの声とともに、右腕に光が収束してぼんやりとだけれどアクセプターの形になっていく。

 

 ああ、わかった。

 

 これは変身して現実に戻すっていつものパターンだろ。

 

 だから、久しぶりの変身に緊張しつつ、シグマを信じて右腕を掲げて……

 

 

 

 

「アクセス、フラっ」

 

『ダメだ、リュウタ! 罠だ!!』

 

 

 

「…………え?」

 

 瞬きの間に、世界が変わった。

 

 さっきまでいたショッピングモールは跡形もなく消え去って、それどころか俺達がいた地球ですらない。

 

 まるで宇宙、だけど、もっと広い世界のような……

 

 そしてそんな俺の後ろには

 

「しぐま……?」

 

 黒い鎖でがんじがらめにされてうずくまっているグリッドマンシグマの巨体があり、呆然とする俺の側に大きな影がやってくる。

 

「おま、え……」

 

 それは怪獣だった。

 

 怪獣というフォーマットに正確に従ったようなゴモラやそっち系統のボディ。だけど、全身の青緑色は世界に対して異物感を主張しているような姿。

 

 そしてその怪獣は俺達を見てにやりと笑うと、静かに告げた。

 

 

 

「グリッドマンシグマ……お前たちはこの物語(オリジン)に不要な存在だ」




ということで、主人公君囚われのヒロインルートに突入しました。

気になるアカネの反応は……次回!




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宇宙

「不要……?」

 

 ちょっと待て、待ってくれ。マジで状況が分からない。

 

 後ろで縛られているシグマのことも、目の前でにやにやとキモイ笑顔を浮かべているように見える怪獣のことも。

 

 っていうかどこだよ、ここは!?

 

 周りはまるっきり宇宙のような空間で、俺達はその中のぼんやりした球体の中に閉じ込められている。いきなりウルトラシリーズの拉致された主人公みたいなシチュエーションになって、理解が追い付いていない。

 

「リュウタ……ここは、グリッドマンユニバースの外だ……」

 

「シグマ!? 大丈夫なのか、体とか……!」

 

「ああ、この鎖は私という存在を縛るもの……話すことは、できる……」

 

 確かにシグマの言う通り、彼の言葉はかすれかすれだけど、苦痛を感じている様子はなかった。

 

 でも、こんな怪獣の目の前でとか……

 

 けれどその怪獣当人が、流ちょうな様子で続けるのだ。

 

「安心するがいい、殺しはしない。むしろ、お前たちを殺せば上位レイヤーが新たなバランサーを生み出すだろうからな。お前たちはこのまま、ユニバースの外で滅びの時を待ってもらう」

 

「ユニバース? 上位、レイヤー」

 

「リュウタ、あまり話さない方がいい。これは人間の感情を模倣した力の集合体だ。会話や説得に意味はない」

 

「でも、わかんないままじゃいられないだろ!?」

 

 まずはやめろよ、そういう専門用語をいきなり連発しだすのはさあ!!

 

 ウルトラマンだとけっこう丁寧だぞ、対象年齢が子供だから! 高校生の俺でもわからない用語連発されても、ぽかんとするだけだ。なんだっけエヴァとかああいう特撮好きのアニメ監督さんが好きそうな言い方!!

 

「リュウタ、今、この全宇宙……マルチバース全てがグリッドマンなんだ」

 

「はあ!? 宇宙がグリッドマン!?」

 

「そうだ、キミが見せてくれたウルトラマンジードでのウルトラマンキング、彼と同じような状態だ」

 

「……あっ!」

 

 シグマの言葉で、ようやく見慣れたシチュエーションと現実がリンクして、納得が生まれる。

 

 そうだ、ジードだと壊れかけた宇宙を救うためにキングが融合することで、宇宙は形を保っていた。つまりキングが宇宙そのものになっていたということ。

 

 でも、

 

「でも、グリッドマンが宇宙とか、そんな力が……」

 

 あるわけない、なんて失礼なことを思ってしまう。

 

 だって、グリッドマンは確かに強いけれど、アレクシスに最初はやられてしまったりキングみたいな神様レベルの無法な存在だとは思えないんだ。……キングもちょこちょこ出し抜かれたりしてたけどさ。

 

 俺達の世界を含めたマルチバース全体がグリッドマンとか、さらに規模が大きいし。

 

 しかし、シグマは説明を続ける。

 

「ああ、通常ならばそんな力は兄さんにはない。だが……この宇宙がグリッドマンから生まれていたなら話は別だ。兄さんがきっかけとなって生まれ、拡散していた宇宙が再び兄さんに戻るというだけなのだから」

 

「ちょ、ちょっと待て、ギブギブ……!」

 

 もうわけわからなくて頭が痛くなってきた。

 

 そもそも敵の眼前ってことでプレッシャーやばいし。いくら敵が殺さないと口約束していても、相手はアカネさん製のとは違う怪獣なんだ。

 

 なおも説明を続けるシグマの言葉を何とかかみ砕こうと、頭を抱えながら思考を巡らせる。

 

 俺の頭がだいぶ理解を拒んでいるので、これであっているかわからないけど……

 

 えっと、元々グリッドマンは人の思いや意思を受けて体を具現化させる力があって、それと逆にグリッドマンが考えたことが宇宙となって具現化されていた……とかなんとか。

 

 聞くだけで与太話だとしか思えない。

 

 蓬たちがいた宇宙もグリッドマンユニバースという、グリッドマン起点に生まれた世界。だからビッグクランチみたいに一つの世界へと圧縮されていたのではなく、グリッドマンという母体に帰って一つに統合され、全部まとめてあいまいになろうとしていたというのがが正しいと。

 

 イメージ的にはネオスのシーゴリアンとか、ダイナのマリキュラ? ああいう小型怪獣が合体してデカくなるってのとイメージは近いのかも。

 

 頭を悩ませながら光のバリアみたいなもの外を見る。

 

 そこには確かに無数の宇宙みたいな瞬きがあって、それが集まって、輪郭を作ってグリッドマンのような形になっている。

 

 頭痛がする程の非常識な光景。

 

 だけど、なんとなくなのだけど……それが正しいというように思えてしまう。

 

 俺たちの暮らしている世界は意外とフレキシブルだということを俺は知っていた。

 

 アカネさんが一人で世界を創って神様をしていたように。一人の人間でそれだけできるのなら、グリッドマンという超人ならどれほどのことができるかは想像に難くない。

 

(それに、もうシグマも怪獣もその事実を大前提にして話してる。俺も受け入れるしかない)

 

 だけど、そうすると別の疑問が生まれる。

 

 グリッドマンが自分からそんな暴走するだろうか?

 

 そりゃ響の気持ちを暴露したり常識はずれなところもあったけど、全宇宙を統合してしまおうなんて悪の親玉みたいなことは考えるはずがない。俺達のヒーローはそんなやつじゃない。

 

 するとシグマは、

 

「ああ、兄さんが原因ではない。目の前の怪獣……奴が全ての元凶だ」

 

 怪獣はシグマの言葉に笑みを深くすると、高らかに宣言する。

 

「ああ、そうだ! 今やグリッドマンを手中に収めるということは、全ての宇宙を掌握するのと同じ! 私はグリッドマンを自らのものにして、この宇宙という無限の力を手にする!!」

 

「……それで、その力でなにをするんだよ」

 

「決まっている。この世界を終焉に導き、新たなレイヤーへと混沌を進出させるのだ」

 

 またレイヤーって。

 

 このやってることの規模はデカすぎる癖に言ってることが小物っぽい……っていうかなんかイチイチグリッドマンへの執着が強すぎてキモイ怪獣の目的が判然としない。

 

 だって力を求めるってのは何かを支配したり滅ぼしたりしたいからで。

 

 他のウルトラシリーズの怪獣とか宇宙人も地球侵略や人類が宇宙の脅威だからと滅ぼすというのが目的だった。

 

 この怪獣だって、この世界の一部だというなら世界を終焉に導くとか自滅以外の何ものでもないだろ。

 

「いいや、私はお前たちの存在で気づいたのだ。このユニバースはあくまでグリッドマンの世界。だが、この無限の宇宙さえも、さらに上位のレイヤーによって創造されたものにすぎないとな。

 例えば……新条アカネのいる世界はどうだ?」

 

「……っ」

 

 いる、世界ね。

 

「あれはグリッドマンユニバースには含まれず、だからこそこちらからは干渉できない。そしてその世界のさらに外側にも、もしかしたらさらに上位のレイヤーが隠れているのかもしれない」

 

 そう、この世界というのは全てが誰かの被造物なのだよ。

 

 怪獣はさも当然のようにそんなことを言う。

 

(自分たちが誰かによってつくられた存在、か……)

 

 事実として、それはそうなのだろう。元から親がいないと生まれていない身でもあるし、それも元を辿ればアカネさんが世界を創ったことに起因しているというなら、俺は作り物だ。

 

 でも、だからって自分がやるべきこと、やりたいことは自分で決めてきたし、アカネさんに抱いている思いも自分だけのものだ。

 

 けれど、この怪獣はそれが我慢できない。

 

 グリッドマンという強大な力を手に入れても、それすら誰かの被造物であり秩序から生まれた存在。シグマが言うにはグリッドマンと対になるカオスの権化であるこいつは、その状況を打破するために宇宙全ての力を手に入れようとしている。

 

 上位レイヤーを突き破るために。

 

 そして全てを滅ぼすために。

 

 ああ、こいつの本質っていうか目的が分かってきた。

 

 混沌とか高尚なことを言ってるけど、結局はしつけを嫌がる子供の癇癪。綺麗な砂のお城ができていたら、思わず蹴って崩したいというのの世界バージョンだ。

 

 それは確かにかつてのアカネさんがアレクシスによって陥らされていた状態と同じで……その結果として生まれた怪獣の負の集合体がこいつだというのは納得できた。

 

 メタな視点で考えるなら、ウルトラマンという壮大な物語も円谷英二という神様が作り出したものというように、この世界にも創造主がいるということなのだろう。グリッドマンという存在を夢想して、生み出したものが。

 

 そんな親からこうあるべきだと言われた世界を壊したいだけなんだ。

 

(まあ、それがこいつの妄想でも、事実でも俺にはどうでもいい)

 

 俺たちの世界をそのための犠牲にしようとしているのなら許せるものではないし、グリッドマンを自分のものにしたいとか主張がやばすぎて、愛染社長みたいな厄介なオタクそのものだ。

 

 それに、

 

「じゃあ、どうして俺達をこんなところに閉じ込める!? お前が言う通りなら、俺達だってグリッドマンユニバースの一員だろ!!」

 

 こんな手の込んだことをした理由がわからない。

 

 方法はもうわかった。きっとアクセスフラッシュで体が融合するのを逆利用して、俺をこっちにまで飛ばしたんだろう。あの時に聞こえたシグマの声も、こいつが出していた撒き餌だ。

 

 だけど、なんで俺達だけが?

 

 こんな世界規模の融合から除外されているんだ。

 

「不要だからだ。お前たちという存在は、グリッドマンから完全性をそぎ落とす」

 

「…………完全性って」

 

「グリッドマンは世界を救い、秩序を保つ絶対的な存在! であればこそグリッドマンという無限の物語が無限のユニバースを生み出す! その力が純粋であればある程、私という混沌も加速する!

 ……しかし、お前たちはなんだ?」

 

 怪獣は俺達をなめまわすように見ながら言う。

 

「グリッドマンシグマ。グリッドマンと対になるハイパーエージェント。彼と同じように実体を持たず、人々の願望を反映する秩序の代行者。……グリッドマンという絶対の存在に、お前という助力は必要ない」

 

「んなわけねえだろ……!」

 

 ウルトラマンが最強だからセブンもジャックもいらないとか、そういう話をしだしたぞこいつ。

 

「それにその変身者であるお前もだ……お前はなんだ?」

 

「なにって……」

 

 馬場隆太って名前はある高校生で、アカネさんの彼氏だよ。

 

「お前のようなものは、この数多あるユニバースのどこにも存在しない。新条アカネは怪獣を生み出し、心まで怪獣に染めあげ、そしてグリッドマンによって元の世界へと送還される。

 ……それが、このグリッドマンユニバースにおける本来の在り方だ」

 

 怪獣はそんな言葉を、さも事実であるかのように手を堂々と掲げる。

 

 するとそこに無数のモニターが生まれて、いろいろな映像が流れ始める。

 

 それはグリッドマン達が活躍する世界だ。新世紀中学生に、レックスさんや蓬、なによりグリッドマン。中には結構な割合でアカネさんや六花さんの姿が出てるし、時々内海や響もいる。

 

 だけど俺はいない。

 

「オマエハダレダ?」

 

「っ……!」

 

 その怪獣の言葉に、さっき思い出してしまった昔の景色が頭をよぎる。

 

 自分で生み出しておいて、俺をいらないとばかりに背を向けて去ってしまった母親のことを。

 

「新条アカネをめぐる世界に、お前の居場所はどこにもなかった。

 あの神は世界を去り、二度と戻っては来ないはずだった。そうであればこそ、このユニバースはグリッドマンという絶対の元にまとまり、私もより強大な混沌を得ることができたはずだ」

 

「俺が、知るか……!」

 

 にらみつけても怪獣は黙らない。

 

 シグマの言う通り、言葉を発しているし、表面上のコミュニケーションは取れているように見えても無駄だ。こいつは完全に自分にしか興味がないし、それで動いている。

 

「お前たちはグリッドマンユニバースという聖典にばらまかれた余計なバグ。あるいはグリッドマンに対するバランサーとして作られた存在。

 だからこそお前たちをユニバースから除外した。グリッドマンの残滓も混沌の中に引きずり込んだ今、もはや邪魔者はいない!」

 

 怪獣の考える正史とも言うべき、グリッドマンだけが活躍する世界。

 

 今、俺達の世界も、俺がシグマを忘れてしまっていたみたいにシグマと俺の存在がかき消され、こいつの言う正史に近い状態になっている。

 

 だけれど、まだ足りない。本来の帰着を果たしていない子がいる。

 

 だからまずは、と怪獣は笑う。

 

「新条アカネにも本来の役割を果たしてもらおう」

 

 

 

 

 おかしい……おかしいよ。

 

 今、街には怪獣が出てる。どこかシーサーみたいな形をしていて、それでいてグリッドマン達をたやすく蹴散らしてしまえる怪獣。

 

 いつものように響君がグリッドマンと融合して、内海君と六花が応援していて、それから蓬君や夢芽ちゃんも。

 

 それが当たり前の景色のはずなのに、私は……

 

(イライラする……)

 

 おへその奥から吐き出したいほどの不快感をこの世界に感じている。

 

 誰か一人じゃない。

 

 世界の全てに。

 

 こんな世界があっちゃいけない。こんな世界は間違ってる。

 

 そんな世界に対する拒否感と、どこまでも頭を締め付けるイライラ。

 

(ねえなんで? なんでこの世界は続いているの? なんで六花たちは平気なの? ■■■■君がいないのに、世界はそのままなの?)

 

 これは怒り。

 

 誰にでもない、世界への癇癪。

 

「こんなとき、どうしていたっけ……」

 

 昔はよく、こんなことがあったと思う。

 

 うまくいくはずの世界がうまくいかなくて、イライラしているときだ。

 

 私は何かをして、そのイライラを発散させていた。

 

(ああ、そうだ……)

 

「怪獣、つくらないと」

 

 怪獣。

 

 私のイライラを壊してくれる素敵なバケモノ。

 

 世界に縛られない、かけがえのない自由の象徴。今はアレクシスはいないけど……できる気がする。

 

 それに、怪獣ならとっておきのがいる。

 

 文化祭のために作っていた、あの怪獣が。

 

 だから私はそれをリュックから取り出して、机に置く。手の中にはいつの間にかねじれた真珠が握られていて、それを粘土に埋め込めば完成だ。

 

 あとは……やり方を知っている。

 

 中指と薬指の間を開くように、怪獣の粘土に向けて……目でしっかりと怪獣の本質を、その圧倒的に自由な破壊を捉える。

 

 そして呪文を唱えればいい。

 

「インスタンス・ドミネーション」

 

 これで世界はまた……私のものだ。




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資格

夏バテでぶっ倒れていたのですが、なんとか間に合いました!


(だめ、これはだめだよ……!)

 

 私の中で、私の声が叫ぶのが聞こえる。

 

 インスタンス・ドミネーション。

 

 かつての私が知っていた、怪獣の精神を掴んで服従させる力。

 

 これを使えば、歪んだ真珠を通して怪獣を成長させ、すぐにでも暴れさせることができる。このイライラも何もかもを壊して、望みを叶えることができる。

 

 でも……そんな私の中の声が言うの。止まれって、間違っているって。

 

 私だってわかってる。

 

 怪獣を暴れさせるなんて間違ってるに決まってる。

 

 だって、もう新条アカネはこんなことはやめた。自分勝手に怪獣を暴れさせるなんてやめて、普通の幸せを手に入れた。あれだけみんなに迷惑をかけて、たくさんの人を傷つけて、それでも昔よりましな私になれた。

 

 私はちゃんとそれを認識している。

 

 なのに……もっと大きい声が私の手を引いていこうとするの。

 

 怪獣を作ることこそが、私の役目だって言いながら、そして……

 

『彼を取り戻すには、世界を壊すしかない』

 

 いらだって、怒った声がささやいてくる。

 

 今、私の中には二人の私がいる。

 

 彼と出会って、ヒロインにしてもらって。そしてこの世界が好きになって守っていきたいと思っている今の私。

 

 彼がいなくて、アレクシスに縋ったままで。うまくいかない世界のことを壊したいと思っている昔の私。

 

 昔の私が、今の私を急かそうとする。

 

(私も、あの幸せが欲しい)

 

 羨ましいって、だからこの世界を壊そうって。

 

 そして私も間違っているって分かっているはずなのに、心はその声に従おうとしちゃう。だって、彼がいないこの世界を間違っているって否定したいのは同じだから。

 

 大事な人、大好きな人、あの人のためなら私は何でもできたし、彼だってそうしてくれた。それでずっと二人で、この世界で生きていきたいってそう思っていた。

 

 なのに今、彼はこの世界にいない。

 

 それどころか、話したことも、顔も、名前さえ私の中からかき消されていく。手を握ってくれた温もりも、愛してくれたことも全部が夢のように消えていく。

 

 そんな自分のことも、彼がいなくなって平気な世界そのものも嫌でしょうがない。

 

(だから、取り戻そうよ)

 

 愛を知らないで、求めることばかりが大きくなった怪獣。その人恋しい声が訴える。

 

 それはどこまでも混沌としていて、間違っていて……

 

 でも私はその気持ちを否定することができない。

 

「だって……こうなったのは、私のせいだから」

 

 なにが世界に起きているのかなんて、神様じゃない私にはちゃんとわかっていなかった。パラレルワールドの衝突とか理解の外。

 

 だけど、私のかつてのわがままと、そのせいで生まれた怪獣たちが広がって、集まって、きっとこの事件を引き起こしているんだって……私は気がついてた。

 

 なのに私はずっと無視をしていた。

 

 彼にもいつか相談するって言いながら、打ち明けることができなくて。

 

 ■■■■君がいなくなったのだってそう。本当は彼が悩んでいたことも、■■■を思い出せなくなっていたことも分かっていた。

 

 なのに私は放置した。むしろ忘れていたかった。

 

 本当は彼に闘うのをやめてほしかった。危ないことはしないでほしかった。

 

 自分を守ろうとしてくれる彼が愛おしくて、でも彼にやめてと伝える勇気もなくて、結局は青い巨人がいない世界を心のどこかで望んでいたんだんだ。

 

 いなくなれば、迷う必要なんてない。

 

 そして結果がこれ。

 

 私はまた彼を失おうとしてる。

 

 ■■■■君と過ごした思い出が、その欠片が止まってと叫んでるけど、止まれない。

 

 彼がいない世界は耐えられない。彼との記憶を二度も失いたくなんてない。

 

 だからその結末を、世界を崩すことができるのは……怪獣しかいないから。

 

 私にできる方法は、もうそれだけだから。

 

「っ…………」

 

 力を込めて、目の前にいる怪獣の心を掴む。

 

 そして共感し、コントロールする。

 

 自由なことが存在理由である怪獣をコントロールするなんて、私にとってのラインを踏み越える行為だとわかっていても、そうせざるを得ない。

 

 だって、だって……

 

(私は、あなたがいない世界なんて嫌だ……!)

 

 あの温もりをなくすくらいなら、世界ごと壊れてしまってもいい。

 

 そんな昔の私と今の私、その境界があいまいになった激情を怪獣が吸収しようとして……

 

 

 

『がうっ!!』

 

「いたっ……!?」

 

 

 

 掲げていた右手の平に、柔らかくて痛いものがくっついた。

 

 思わず目を見開く。

 

 そこにいたのはぬいぐるみのようにモコモコして、だけど顔はかっこいい赤いドラゴン。

 

 彼が私の手に噛みついて、じっと私を見ている。

 

『本当にそれでいいのか?』

 

 と問いかけるように。

 

 その私が生み出した怪獣の声なき声に、頭の靄が晴れていく。

 

「わたし、は……」

 

 噛まれた手から伝わる、生きているという実感と、なにより温かなもの。

 

 そうして私は思い出した。この子を生み出した時に考えた、たった一つの願い事。

 

『お願い、リュウタ君を助けて……! ダイナドラゴン!!』

 

 彼が大切で、力になりたくて、そうして生まれたダイナドラゴン。

 

 怪獣だった私が、グリッドマン同盟になってアレクシスを倒してヒーローの仲間になれた。私に求められた、決められた物語を壊して、私をこの世界の仲間にしてくれた怪獣。

 

 別の世界に行っても、レックスさんを助けるために自分の力をあげちゃった、やさしくてつよい怪獣。

 

 そんなダイナドラゴンに込めた願いと、

 

『俺がヒーローなら、アカネさんにヒロインでいてほしいから。アカネさんも自分のこと、好きになってあげて』

 

 リュウタ君がくれた、一番うれしかった言葉を思い出せた。

 

 ああ……

 

「……ほんと、君はずるいよ」

 

 傍にいないのに、こんなに私のこと助けてくれるなんて。

 

 そうだ、なにを考えていたんだろう。

 

 私には怪獣しか作れない、逃げるしか他にないって。そう考えて、アレクシスにさえそう思われていた私を励ましてくれたのはリュウタ君だ。

 

 私はなんにでもなれる。

 

 私のまま、私にしかできないことができる。

 

 友達を作って、恋をして、もっともっと素敵なことをこの世界でしていけるって。

 

 リュウタ君は傍にいないけど、彼からもらった気持ちはこんなにたくさんある。ダイナドラゴンみたいに、今の私が彼がいてくれた証だ。

 

 だから、私が私を否定したらだめ。それは本当に彼を否定することになっちゃうから。

 

 だから……

 

 私はぐっと歯を食いしばって、頭の中の怪獣に訴える。

 

「私は、もう怪獣じゃない……!」

 

 怪獣は好きだけど、怪獣が好きでもヒーローになれる。

 

 ウルトラマンみたいに世界を救うことだってできるって、リュウタ君が教えてくれた。それでアレクシスを倒してハッピーエンドを迎えることができた。

 

 まだ弱虫で、怖がりで、神様じゃなくなってダメダメなところがあるけれど。大切な、私を愛してくれる人を。私も愛して、守って、一緒に幸せになりたい。ヒーローみたいなリュウタ君を支えてあげられるようになりたい。

 

「私は、リュウタ君のヒロインに……ううん、ヒーローになりたい!」

 

 まだ、どうすればいいのかなんてわかんない。

 

 でもウルトラマンで出てきた人たちはみんなそうだった。

 

 ウルトラマンに守られるだけじゃない。ウルトラマンが変身できなくなったり、バラバラにされちゃったり、封印されたり、はりつけにされたり……考えてみたら結構シリーズ通して大変なことが起こってるけど、それでもあきらめない。

 

 ヒロインなんてもっとそうだ、希望を信じて戦って、ヒーローを助けたりもしてきた。

 

 そんなあの人たちみたいになれるかわかんなくても、でも同じ気持ちがある。

 

「私は……リュウタ君と一緒にいたい」

 

 一緒にいたいから支え合うし、相談するし、守るために戦える。

 

 今、君が囚われのヒロインなら、私がヒーローになって迎えに行く。

 

 ヒーローのやり方も、君が私に教えてくれたから。

 

「だから、こんなカオスとか安っぽい幸せな世界なんて、私にはいらない……!」

 

 世界がどんなに私たちを否定して、元に戻れって言っても、私はそんなことしたくない。

 

 私が怪獣を操ったり、この世界から消えるのが正しいとか。そんな決められた物語や役割なんて知ったことか……!

 

「私はわがままで、元神様! 新条アカネをなめないでよ!!」

 

 そんな私を肯定してくれる人がいるから、私は戦える。

 

「お願い、ダイナドラゴン! こんなふざけた世界、ぶっ壊して!!」

 

『がうっ!!』

 

 想いを込めて叫んで。そうしてダイナドラゴンが炎を吐き出す。

 

 真っ赤で何もかも、世界の壁さえ壊すくらいの、私が考えた最強にかっこいい技。

 

 その炎が何か透明な壁にぶつかって、その壁がぶっ壊れて……

 

 

 

「……ずいぶんと手荒な歓迎だな、新条アカネ」

 

「うぇへへへ♪ でも、これでようやく舞台に上がれたねぇ」

 

 

 

 その向こうから現れたのは、私がよく知っている小さな怪獣と、知らない変な子……ううん、この子も怪獣だ。

 

 そんな二人を見ながら考える。

 

(……今更だけど、昔の私も解釈違いなことしてたよね)

 

 怪獣は暴れて、ヒーローと戦わないといけないなんて。

 

 それはどっかの優生思想とかと同じで、自由なはずの怪獣を縛り付ける、私が嫌いだった常識の押し付けと同じ。今、私に昔に戻れって言ってきたどこかの黒幕だってそう。

 

 怪獣は自由の象徴。だったら、ヒーローの味方をしたり、ヒーローになってもおかしくない。

 

 それを教えてくれたのは他でもない、目の前にいる私から生まれたヒーロー。

 

「久しぶり……今は、なんて呼んだらいいの?」

 

「ナイト……そう名乗っている」

 

「私は二代目って呼んでね、お義母さん♪」

 

 元アンチのグリッドナイト。それに怪獣の女の子。

 

 どちらも怪獣で、だけどヒーローの味方で。

 

 だからこそ怪獣の親玉なんか気にしないで世界と戦ってくれる心強い味方。

 

 二人に向かって、私はまっすぐに今の気持ちを伝える。

 

「私はリュウタ君を助けたい。それでこんなバカなことやってる敵を倒して、私の大切な世界を守りたい。だから……お願い、ナイト、二代目ちゃん、力を貸して」

 

 その言葉に、二人はしっかりとうなづいて答えてくれた。

 

「当然だ。奴との決着はついていないからな」

 

「お義父さんとも挨拶したいからねぇ」

 

 なんか、二代目ちゃんはいろいろ気になること言ってるけど……

 

 とにかく、ここから反撃開始。

 

「見ててよ、どっかで見てる黒幕……」

 

 なにがリュウタ君がいらないとか、私が怪獣を暴れさせるのが世界だ、だよ! 彼がいたから変われた私がいる。彼がいたから生まれた怪獣もいる。

 

 そんな私たちの世界を、勝手に否定させたりしない

 

「ぜったいに、許さない……!!」

 

 私の大切な人を、返してもらうからね。




次回は内海たちも。

尺があるので、ここ辺りから劇場版とはだいぶ展開変わります。

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