ノット・アクターズ (ルシエド)
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ノット・アクター

 諸々の配慮のため、実在の人物や組織などの名前はちょっと変更されてます。
 でも作中で使われてる素材・技術・出来事・番組名なんかは基本そのまんまです。
 この作品はフィクションです(念押し)


 昔、特撮映画では多くの仕事を一人の人間が兼任していた。

 怪獣のスーツと街のセットを同じ人が作ったり。

 監督と脚本を同じ人がやっていたり。

 怪獣のスーツと主人公の服を同じ人が作っていたりしていたという。

 

 現代では、それぞれの仕事が分業されている。

 多くの人が自分の専門を極め、多くの会社が自分の専門を極め、多くの人と多くの会社が力を合わせて映画やTV番組を作り上げる。

 それが、現代の映像作りというものだ。

 

 ならば、現代においてそれらの多くを一人でこなせる人間がいたとすれば、その人間は間違いなく天才と呼ばれる人間と言えるだろう。

 

 けれども。

 それが、俳優でないのなら。監督でないのなら。プロデューサーでないのなら。

 脚本でないのなら。デザイナーでないのなら。音楽担当でないのなら。

 その天才は、日の目を見ることはないだろう。

 

 現代の映像作品は、多くの人間、多くの会社が力を合わせて作られる。

 けれども、『表舞台で脚光を浴びる人間』というものは、ほんの一部に限られている。

 

 作品を作る要。

 けれど、作者に非ず。

 演劇の舞台になくてはならない存在。

 けれど、演者に非ず。

 彼らがいなければ何も表現することはできない。

 けれど、表現者に非ず。

 小道具、大道具、舞台作り、衣装作成。

 

 

 

 その者達、演者に非ず(ノット・アクターズ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供の頃、俺はウルトラマンと仮面ライダー……棘谷プロと西映の両方の撮影場所で仕事をする父に連れられ、幼い頃から色んな現場に行った。

 早くに母親を亡くした俺は、撮影場所の片隅で手の空いている大人に相手をしてもらうことが多かった覚えがある。

 

 仕事一筋で金稼ぎに興味の無い俺の父親には、あまり金がなかった。

 だから仕事場で誰かに俺を預けて、ベビーシッターとかそういうのの金を浮かせてたと聞く。

 それが許されていたのは、俺が幼い頃から大人しい子だった(らしい)のと、何より俺の父親が……他の誰もが比肩できないほどに、優れた道具作りの名手だったからだ。

 

 俺の父は何でも出来たが、特にウルトラマンや怪獣が壊す街のミニチュアを作るのがとびっきりに上手かった。

 

 俺は子供心に憧れたんだ。

 父が作るヒーローに。

 父が作る怪獣に。

 父が作る街に。

 父が作る武器に。

 父が作る衣装に。

 

 父と一緒に、色んな特撮の撮影の舞台に行った。

 撮影のプロである色んな人と触れ合った。

 ある日から、気まぐれに撮影に使っていた廃材で遊ぶようになった。

 周りの大人を真似するようになった。

 最初は見よう見まねで、途中からは大人に教えてもらって、周りの大人ができる撮影関連の技術は全部できるようになった。

 

 中学に入る頃には、撮影所の新人よりかはよっぽど使える人間になっていた。

 

 親父と同じく、俺は特撮番組の物作りなら大抵のことができる奴だった。

 親父と違って、俺は等身大の人間を魅せる仕事が上手いと言われるガキだった。

 ハンパに遺伝して、ハンパに遺伝しなかったわけだ。

 

 そして、今。

 18歳になった今も、俺は撮影所に入り浸っている。

 物心ついた時から今にいたるまでずっと撮影所に入り浸っている、っていうことは、俺は人生のほとんど全てを撮影所通いに費やしてるってことだ。

 我ながら変な人生を送ってるなと思わざるを得ない。

 

 俺の立ち位置も、『最高の特撮職人の息子』から『仕事を振れば大抵のことはこなす若手のフリーランス』に変わった。

 つまり、正式に映像作りのスタッフとして雇われるようになった。

 俺の背は伸びたけど、変わったことなんて給料の有無と、責任の有無くらいしかない。

 

 思えば酷い話だ。

 あのプロデューサーも、あの監督も、俺が撮影所に遊びにきてみんなの手伝いをしている限り、スタッフ一人分の給料を浮かせられると考えていたわけだ。

 だから俺も、中学卒業まで正式なスタッフになって給料を貰うという発想にそもそも至らなかったのだ。

 

 数年分はプロに混ぜられて無駄働きさせられていた事実、許すまじ。

 大人は汚え。

 監督やらプロデューサーやらは、俺が中学校に入る頃にはプロのスタッフと同格の技量があると気付いていて、ずっとただでこき使っていたのだ。

 汚い大人達は楽しげに笑っていた。

 

『やっと気が付いたのか、はっはっは』

 

『お前もやっと俺達の同僚だな』

 

 俺が中学卒業と同時にこの世界に入った時、嬉しそうにしていた大人達の顔を覚えている。

 俺がちゃんとしたプロになって、映像作りに関わるようになってからも、あの人達は給料を払っていつも俺を雇ってくれている。

 今になっても、俺に色んなことを教えてくれている。

 大人の考えることは分からん。

 

 さて。

 

「いい感じだな……」

 

 俺は基本フリーランス。呼ばれればどこにでも行く何でも屋だ。

 昭和の時代は俺みたいなのが山のようにいたらしい。

 

 今は西映の特撮番組『ウルトラ仮面』の撮影で仕事をすることが多いが、仮面ライダーもウルトラマンも戦隊もやる。

 映画やCMの援軍に行くこともある。

 本当に時々にだが、新人教育のための講師の仕事をすることもある。

 

 そして今日は、仮面ライダーのネットムービーの撮影のお仕事だ。

 

 近年のネットは強い。

 とても強い。

 俺は仕事以外でパソコンやスマホ使うのが苦手だが、そんな俺でも分かるくらい強い。

 有料会員限定配信の番組は、新時代の金の卵なのである。

 

 西映株式会社の看板の一つ『仮面ライダー』もまた、ネット限定配信で稼ぐことをしっかり考えている有名番組の一つだ。

 俺はこれのスーツ造形、小道具大道具、環境作りの仕事もやっていて、今は撮影に同行しているところである。

 

「お、いい動き。ネットムービーだけじゃなく、本家でも使えそうだなあの俳優さん……」

 

 現地で見ることは大切だ。

 でなければ改良ができない。

 

 仮面ライダー、及び俺が今メインで関わっているウルトラ仮面において、スーツは大きく分けて二種類に分けられる。

 『アップ用』と『アクション用』だ。

 

 アップ用は、そのスーツを至近距離から大写し(アップ)で撮影してもかっこよく見える、写りは良いが壊れやすい芸術品。

 アクション用は、そのスーツを着て戦闘などをするため、アップ用より頑丈で、軽く、柔軟で壊れにくい実用品。

 この中でも特にアクション用は、現地でのアクションを見てアクションがし難いと見たなら、すぐにでも改良していかないといけない。

 少しでも壊れたなら、即日直さないといけない。

 その改良と修復が、俺の仕事なのだ。

 

 例えば、仮面ライダーフォーゼ(2011年)。

 仮面ライダーフォーゼは、宇宙を題材にした仮面ライダーだった。

 両腕を突き上げ『宇宙キター!』と叫ぶ動きや、不良主人公のため仮面ライダーの格好でヤンキー座りをする格好が印象に残っている。

 

 ちなみに俺はラスボスのサジタリウス・ゾディアーツが一番好き。

 超新星で強化変身する前のデザインが好き。

 

 そんなフォーゼだが、最初に作られたアップ用スーツは酷いことになった。

 スーツの構造や素材においても挑戦的だったせいで、肩関節が動かず『宇宙キター!』ができない上に、生地が伸びないのでしゃがむこともできなかったのである。

 なので、フォーゼのアップ用スーツは、写真写りこそいいものの、フォーゼの特徴的な動きを何もすることができなかったのだ。

 

 バカじゃねえの?

 

 とまあそういうわけで。

 フォーゼのアクション用スーツは、多大に改良されたものが作られた。

 その後も紆余曲折あり、仮面ライダーフォーゼのアクション用スーツは撮影期間の間に適宜、改良を加えた新しいスーツとの交換を続けた。

 

 なので最終的に、フォーゼのアクション用スーツの数は相方の仮面ライダーメテオのスーツの数の六倍にもなったという。

 白い生地は日焼けしやすいとはいえ、本当に改良に次ぐ改良だったことが伺える。

 俺も現地で撮影を見て、改良の必要があると思ったなら、すぐに改良を提案するつもりだ。

 

「ん、今のところは改良の必要無さそうだな」

 

 まあ、それを抜きにしても、俺は監督や俳優が全身全霊で撮影しているこの空気が好きで、特に用がなくても色んな撮影現場に足を運んでいる。

 

 俳優。

 カメラマン。

 監督。

 脚本。

 美術担当にアクション担当。

 色んな人が忙しなく動いている、この空気が好きだ。

 

「カットカット! そんじゃ15分ほど休憩入れるよー!」

 

 監督が休憩を宣言する。

 俺は折りたたみ式の椅子を持っていき、配信用オリジナル仮面ライダーのスーツを着たスーツアクターさんが座れる場所を用意してやる。

 おつかれさん。

 

「ありがとう」

 

「いえ、俺の仕事ですから」

 

 15分休憩なら、すぐに再開になる。

 マスクだけ脱がせて、スーツは脱がせない方がいいだろう。

 

 特撮のスーツは、一人で脱げないことが多い。

 背中にチャックがあるなど、物理的に手が届かないパターンが多いのだ。

 このスーツもスーツアクターさん一人では脱ぐことができず、その上脱ぐにも着るにも時間がかかる。

 安易な判断で脱がすと後に響きかねない。

 

 特撮でスーツを着て演じる演者(アクター)のことを、スーツアクターと言う。

 TV番組においても映画作品においても、要となる『顔なしの俳優』だ。

 マスクを脱がせてやると、汗まみれのスーツアクターの顔が出て来た。

 

「水です」

 

「ありがとう。悪いね、スーツ造形の君にこんな仕事させて」

 

「いえ、俺はそんなに他にすることもないですから」

 

 仮面ライダークウガ(2000年)、という番組がある。

 平成仮面ライダーの始祖とも言える名作中の名作だ。

 その最終決戦において主人公のクウガとラスボスのダグバは、雪降る山の銀景色の中、真っ赤な血で雪を染めながら、最終決戦に挑む。

 この日の雪山撮影はあまりにも寒かった。

 ので、スーツの下にホッカイロを三十枚ほど仕込んだそうな。

 まあ雪山だし凍死しかねねーもんな、当然か。

 

 ただし、このクウガの件は極めて例外だ。

 

 基本的に、スーツは熱い。

 そりゃもう熱い。

 仮面ライダーでも、ウルトラマンでも、怪人でも怪獣でも全部同じだ。

 ゴムっぽい素材が多いため、熱はこもり、蒸発した汗はこもり、太陽の熱はスーツの内部に蓄積されていく。

 

 特撮番組の歴史は、スーツアクターが春夏秋冬全てで脱水症状を起こしてきた歴史だ。

 ヘタクソな監督は、その辺りを計算に入れられない。

 経験豊富な監督が、その辺りを計算に入れられないことはまずない。

 この15分の休憩は、スーツアクターの限界を見極めた上での休憩なのである。

 

 うーん派手に蒸気化した汗が吹き出てんな……汗臭え。

 少し劣化したウレタンや塗装剤の臭いと混ざって臭い。

 さて、他の役者はどうなってるかな?

 

「―――!」

 

「―――?」

 

 おーおー、やってるやってる。

 監督は助監督と、俳優は俳優と、カメラマンはアクション監督と話してるな。

 

 あっちはずっとモブキャラ演じてた俳優の卵達で集まって話してんのかな?

 流石に俳優のヒナ達は若えなあ、10代ばっかだ。

 俺も18歳だけど。

 

 うん。

 こういう空気も好きだ。

 特に役者を見ているのは楽しい。

 

 『自分以外の誰かになる』役者。

 『自分を存在しない架空の人物へと変じさせる』役者。

 『自分を視聴者の分身と化す』役者。

 何かを演じてる人間は好きだ。

 

「やっ」

 

「? ……湯島さん、こっち来てていいんですか?」

 

「今日役者の方に同い年おらんねん、見知った顔は君だけや」

 

 モブキャラを演じていた俳優のヒナ達の方から、綺麗な女性が一人歩み寄ってきた。

 親しげに話しかけてくる彼女は、俺もよく知る人物だった。

 

 湯島(ゆしま)(あかね)

 今は……オフィス華野所属だったよな?

 子役上がりの俳優で、この作品では怪人に追い立てられる女性Cを努めていたはず。

 

 綺麗な容姿、柔らかな笑み、よく通る声に十分な演技力と、新人基準で言えば俳優に必要なものは全て持っている。

 長い髪を編んで肩前あたりに流しているのも印象的だ。

 ただ、逆に言えば現状それだけでしかない人でもある。

 

 まだ、ヒットしていない人。大舞台の主演女優にはまだなれないような人だ。

 まだまだこれからだとは思うが……ああクソ、駄目だな。

 この業界にいると、どうしてもヒットしていない知り合いを見ると『まだ』という言葉を使いたくなる。『まだ売れてないだけ』と思いたくなる。

 芸能界で『まだ』ほど嫌な言葉もない。

 知り合いを贔屓目に見るのは、あまりよくねえことだ。

 反省しよう。

 

「どや最近、仕事相変わらず忙しいんやろ?」

 

「そうですね。最近はウルトラ仮面での仕事が多いですが」

 

「キミはいっつも特撮の仕事持ってる印象あるなぁ」

 

 子役上がりの人には、俺と昔馴染みの人も多い。

 俺は3歳の頃から現場にいたからだ。

 大人達に子供同士遊んでなさい、と言われることも多かった。

 湯島さんとも現場の隅っこで遊んでいた覚えがある。

 

 だからこそ言えることがある。

 子役上がりが俳優を目指して生き残れるパターンは、とても少ない。

 だから俺は、彼女を応援してるんだ。できれば生き残ってほしい。それが人情じゃねえか。

 

 って、ん?

 

「湯島さん、服の袖が破れてますよ?」

 

「え? ……あっ、ど、どないしよ! これ借りもんなんや!」

 

 ありゃりゃ。

 怪人から逃げるシーンで木の枝とかに引っ掛けたか?

 

「大丈夫大丈夫、衣装屋には俺が話通しておきますよ。縫って直すんで、腕出してください」

 

「ちょい待ち、休憩終わるまであと10分も無……」

 

「三分くだされば、まあ」

 

「……できるんなら、お願い! 大きな声では言えんけど、私……」

 

「湯島さんの監督からの心象を悪くしたりしませんよ。次の仕事に響くかもですし」

 

 だからそういう顔するなって。大丈夫、間に合わせるから。

 

 腕を差し出してきた湯島さんの破れた袖を摘んで、針と糸で縫う。

 急ごう。

 女の子の前だから見栄張ったが、三分はきっついわ!

 

 特撮番組で登場人物が着ている服は、大まかに三パターンに分けられる。

 俳優の私服。

 番組用に一から作った専用服。

 そして、衣装を貸してくれる会社から衣装を借りたものだ。

 

 湯島さんが破った服はこの、貸衣装に入る。

 場合によっては番組の予算で賠償しないといけないやつだ。

 

 近年だと、現在放送中の戦隊シリーズ『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』なんかが、この衣装システムにおいて象徴的だ。

 変身したヒーロースーツ。

 パトレンジャーの警察制服。

 ルパンレンジャーのタキシードを改造した怪盗服。

 全てが衣装部による新造で、かつ各キャラが私服という設定で着る服は、貸衣装の衣服を衣装部がコーディネイトした形。

 服装面から、二つの戦隊が戦い競い合うという斬新な戦隊番組を、きっちり演出しきっている。

 

 よって当然だが、俺も撮影用の衣服を作るため、大抵の服は一通り作れる。

 特撮とは、そういう世界だ。

 布を操れないものに、特撮の世界で物作りをする資格はない……親父はそう言っていた。

 だから。

 この衣装も、ちゃんと直せる。

 

 まあ、新人がやったとなれば角が立つが、俺はあそこの貸衣装屋から大きい仕事を今一つ委託されてる。

 俺が伝えればグチグチ文句は言わんだろ。

 湯島さんの名前出す必要もないし、俺が破って直したことにしとけばいいや。

 その代わり、あそこの会社が貸衣装を補充する時、ちょっと良い質のやつを納品しておこう。破ってごめんなさい、ってことで。

 

「はい完成」

 

「早っ!? 二分しか経ってないんやけど!?」

 

「俺、仮面ライダーカブトの新造スーツの仕事やったことあるんですよ」

 

「それ絶対関係ないやろ」

 

 クロックアップ! 仕事は終わる! うーむ意外と早く終わった。

 

 破れが目立たない仕様にしたが、本当は破れた部分に刺繍の一つでも入れた方がいいんだ。

 そうすれば刺繍で誤魔化されて破れた跡がほとんど見えなくなる。

 だけど今は撮影中。

 カットごとに袖口の刺繍が増えたり減ったりしたらアウトだ。

 なんで、破れ跡が極限まで目立たないようにして縫った。

 かーっ、めんどくせえ!

 これだから撮影ってやつはめんどくせえんだ。

 

 しかし破れた袖つついてる湯島さんかわいいな。

 

「はー、また腕上げたんとちゃう?」

 

「15年くらいは特撮ヒーローの世界にいると、色々身に付くものもあるんですよ」

 

「いつ聞いても耳を疑う年数で困るんやけどなあ、それ」

 

 15年。15年かあ。特撮の世界って余裕で20年選手がいるから困る。俺でもまだ若造だ。

 

「相変わらずの出来で安心したわ。ありがとさん、また助けてもろた」

 

「お気になさらず、仕事ですので……湯島さん、ちょっと痩せました?」

 

 袖は完璧に直せた。

 でも、なんというか。

 袖を持った時に気付いたが、湯島さんが前より痩せてるような気がする。

 俺の発言の瞬間、湯島さんの表情がこわばった気がした。

 

「そこは美人になったー、とか言うんやで! でもま、言われて嬉しいことではあるなー」

 

「そうですね。細身になって、小学生の頃よりますます美人になりましたよ」

 

「まーたそんなお世辞! 嬉しいやん!」

 

 すぐに笑顔に切り替えて冗談を言い始める湯島さんに合わせて、俺も笑って話を合わせる。

 

 ああ。

 クソ。

 余計なこと言っちまった。

 

 子役上がりは苦労をしてる。

 子役の時にしっかりブレイクできなかった子役はなおさらだ。

 仕事は多くなく、頑張って自分を売り込んでいっても仕事は少なく、撮影に出ても人気俳優ほどの効果は得られず、次の仕事に繋がりにくい。

 痩せたように見えるのは、苦労してるからだ。

 

「湯島さん、お茶どうぞ。休憩明けからも頑張ってください」

 

「重ね重ねありがと。うん、頑張る気が湧いてきたわ」

 

 職業柄、決して表舞台に上がれない俺と。

 実力不足で表舞台に上がれない彼女。

 俺は、彼女の方が辛いだろうと考える。

 彼女にとって『売れない』ということは、「お前に実力がない」「お前に魅力はない」「お前の努力は無駄」と言われているに等しいからだ。

 

 脚光を浴びるのは、一部の人間だけだ。

 例えば、そう――

 

「かーっ、百城千世子みたいに売れたら楽なんやけどな」

 

「……あはは、あのレベルは結構頑張らないと難しそうですね」

 

「頑張っても、届くんかなあ、あの高さやと……」

 

 ――今の時代、湯島さんの世代と若手を代表すると言われるトップ女優、『百城(ももしろ)千世子(ちよこ)』のような。

 俳優は誰しも、あのレベルの成功を夢見るのだろう。

 スポットライトは、大抵ああいった人物に集中して当てられる。

 

 TVや雑誌といった"大衆の視線を集めるスポットライト"が、全ての人間に平等に当てられることはない。

 目立つ者、頂点に近い者に集中して当てられる。

 それが芸能界というものだ。

 

 ここは、『選ばれし者』を上に押し上げ、それ以外を切り落とす、そういう世界。

 

「届きますよ、湯島さんなら」

 

 俺は嘘をつく。

 

「この業界、ブレイクするかは結構運なところありますから」

 

「そう、やろか?」

 

「そうですよ。運が巡ってくれば、湯島さんはもっと上に行けます!」

 

「……うん、そうやね。よし、休憩明けから頑張らんとな!」

 

 芸能界は、努力が報われる世界ではない。

 ここはスポーツの世界に似ている。

 一握りの人間が極端に報われる世界で、才能が無い努力家も、努力しない天才も、等しく空気になって消えていく。

 

 才能が無い人間が、才能がある人間の上を行くことはほぼない。

 才能というのは、身長だったり、顔の良さだったり、演技の幅であったり、演技力の厚みと深さであったり……とにかく多様だ。

 湯島さんにそれがないわけではないと、俺は思う。

 だが、大成功する人間ほどにあるとは思えない。

 

 俳優になれない一般人と、湯島さんのような才能ある女優と、百城千世子という頂点。

 その関係は、特撮の一般人と、一般人より遥かに上だが仮面ライダーの引き立てになるしかない怪人と、仮面ライダーという頂点の関係に、どこか似ていた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

 ん? なんだ、どうした?

 

「湯島さん、ちょっと様子見てきます」

 

「あ、私も行くわ。でもこの声……」

 

 って、あれ、おい、おい、おい。

 

「あ、仮面ライダーの顔ぶっ壊れとる」

 

「すみません!

 この子役の子が、スタッフがブルーシートの上に置いておいたマスク踏んじゃったみたいで!」

 

 ウワアアアアアアアアアアア!!

 

 ガキャー! ぶっ殺すぞテメーッ!!

 

 子役が踏んだって……なんで子供が踏みかねないところに置いといたんだぶっ殺すぞ!

 

「直せますか?」

 

 直せますか? じゃねーよ殺すぞ。……いかんいかん冷静に。

 

 うーわ片目の部分ががっつりイッてるな……駄目だ。こりゃ目の部分の素材の調達から始めないとどうにもならん。

 

「えー、うーん、どうかな……

 造形屋から言わせてもらいますと、三次元工作機とレーザー加工機がないと。

 完全に元通りの素材と形には戻らないですね。そういう加工をしてたので」

 

 完全に元通りにするには東京に戻らないと無理だ。

 今時の仮面ライダーのマスクは、コンピュータ支援設計・CADシステムでの設計に三次元工作機などを加え、繊細かつ鋭利な造形を可能としている。

 それは今壊された、ネット配信用のオリジナルライダーのマスクも例外じゃない。

 マジで死ねよ……いやわざとじゃないし死ねはちょっと言い過ぎか、タンスの角に足の指ぶつけてろ……

 

「監督、東京に戻りますか?」

 

「キツいな、スケジュールが。

 街を撮影のために専有していい時間は、事前の届け出できっちり決まってる。

 今回の撮影にはここの町並みを撮影するのが必須だが……

 もう一度申請して、認可が降りて、撮影し直すとなると、納品が間に合わん」

 

「!」

 

 現代の特撮の撮影の聖地といえば、『採石場』だ。

 屋外でドカンと火薬を爆発させて撮影できる場所は限られている。

 なので花こう岩や石灰石を採掘する採石場の跡地などを多用するのである。

 

 特撮の撮影に使われる採石場は、栃木市の岩船山、佐野市の採石場跡地、近年特撮の撮影に使えなくなった埼玉寄居町の採石場の三種類だ。

 そして今回の撮影は、採石場での撮影の後、街中での撮影も行うという形式だった。

 

 ……近年に埼玉の採石場が使えなくなってしまったことが、最悪の結果に繋がったようだ。

 

 栃木市も佐野市も栃木県。

 埼玉ほど東京に近くない。

 スーツの修繕のために往復すれば、それなりに時間を取られてしまう。

 

「東京と往復すれば日が傾いてしまう」

 

「ここは妥協してここの街のカット無かったことにしません?」

 

「それはそれで再構成の時間がかかるし、監督ここでの撮影にこだわってるからなあ」

 

 監督達があーだこーだと話している。

 

 屋外撮影でネックになるのが、太陽の位置だ。

 特撮で屋外撮影は必須だが、撮影中に太陽が沈んで夕日になったりしてしまえば、昼間のワンシーンとして繋げない。

 昼間のシーンは、昼間の撮影だけで成立させなければならない。

 

 が。

 これから東京に戻って、スーツを完璧な形で修復して、栃木のここに戻って来て、採石場と街中での撮影をやろうとすれば、絶対に夜まで食い込む。

 昼間のシーンの撮影は間に合わない。

 

 やべーぜ。

 

「しかし、仮面ライダーのマスクが子役に踏まれて壊れるアクシデントとはな……」

 

 まったくだよ! もっと言ってやれ!

 

 初代仮面ライダーの撮影において、仮面ライダーのスーツや怪人のスーツを身に着け、最高のアクションで日本を魅了した男達がいた。

 その名は『小野剣友会』。

 最高のスーツアクター集団である。

 その小野剣友会には、三つの鉄の掟があったそうだ。

 

 ひとつ。

 『たとえ吹替えでも、仮面ライダーに入らせてもらえることを最高の名誉と思え』。

 ふたつ。

 『仮面ライダーを着させてもらえたものは、人の見ているところで煙草を吸ったり、寝そべったり、立ち小便などをしてはならない。それは主役であることの誇りを傷つける行為である』

 みっつ。

 『脱いだ面を、地面に置くなど軽率に扱ってはならない。主役には必ず付き添いがつき、脱いだ面も靴も上座に安置せよ。面、靴といえども、我々全員が飯を食わせていただくスターさんであるからである』。

 

 だから、仮面ライダーの面を踏む者は一人もいなかったそうだ。

 

 小野剣友会の役割を他の会社が務めるようになり、初代仮面ライダーが放映されてから50周年も見えてきた。

 色んな人が色んなことを忘れてるんだろう。

 色んな大人から色んなことを伝え聞いた俺が覚えていることでも、それはきっと、現場の色んな人が忘れてしまっていることなんだろう。

 

 だから"うっかり"、仮面ライダーのマスクを踏めるところに置いてしまった。

 俺は、それがなんだか、少し悲しい。

 

 なのに。

 そんな俺より悲しそうにして、誰よりも泣きそうになっているちっちゃな女の子がいた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 大人の動揺と、自分がしたことの大きさを感じ取ったんだろう。

 仮面ライダーのマスクを踏み壊してしまった子役の女の子が泣いていた。

 

 スターズの、山森(やまもり)歌音(かのん)ちゃん……だったか?

 一緒に仕事したことはなかったな。

 芸能界の最大手事務所・スターズ所属の子役。

 今はまだただの子役でも、スターズとなれば将来的に大女優になってる可能性も高い。

 

 うん、そうだ、そう思っておこう。

 今日、一緒に仕事をした仲間のために。

 いつかまた、一緒に仕事をする仲間のために

 この子のキャリアに傷を付けないため、と思って頑張ってみるか。

 やる気を出す理由は出来た。

 

「大丈夫ですよ、山森さん」

 

 ハンカチで、歌音ちゃんの涙を拭ってやる。

 

「楽勝ですから、心配しないでください」

 

「らくしょう……? ホントに……?」

 

「はい、おにーさんを信じてください。あっという間に直してみせますよ」

 

 楽勝なわけねえだろクソが。

 でも楽勝って言っとかないといけないんだよ。

 俳優に無駄な心配かけて、演技に影響が出るなんて許されることじゃねえんだ。

 監督が俺を見て、顎に手を当てた。

 

「できるか? スーツを直せるのか?」

 

「監督は知ってるでしょう? 俺の親父だったなら、このくらいはお茶の子さいさいです」

 

「……ああ、お前の親父なら、息をするようにやり遂げただろうさ」

 

 そうだ、あの親父にできるなら、俺にだってできるはず。多分。

 スタッフの大人はとりあえず俺の指示を聞いてくれるはず。

 さてどうするか。

 

 技術のあるアマチュアが仮面ライダーの手足一本を模倣したものを作ると、大体三~五時間くらいかかると聞いたことがある。

 昔、人が少なかった時代に特撮のセットやスーツを作る時は、『一ヶ月で完成させる』というのが一つの慣例だった。

 ま、そんぐらい時間がかかるのが当然ってわけだ。

 すぐできるわけがない。

 パッパと完成させられるもんでもない。

 俺だって仮面ライダーのスーツを作れと言われたら、一ヶ月は時間が欲しい。

 

 道具も無い。スーツの素材もない。何よりもう午後だし、時間が無い。

 

(使える時間は……)

 

 一時間。

 使えるとしたら一時間だ。

 元通りの素材・必要な加工機材無しで、一時間で一ヶ月の成果を模倣する。できるか?

 

(いや、やるしかないな)

 

 予定通り撮影を進めるには、俺がスーツを突貫で直すしかないのだ。

 このまま行けば、どう転がっても予定通りの期日で撮影は終わらない。

 そうなると、映像のリリースは延期になる。

 邪推や悪口が好きな消費者はこう言うだろう。

 

 『あの監督は撮影期間の計算もできない無能なんだな』と。

 

 そしてそういう悪評は、最終的な人気や売上に響くのだ。

 どんなに頑張っても。

 どんなに有能な人が集まっていても。

 そういう悪評一つで、番組や映画が得られたはずの人気や売上は損なわれる。

 

 俺みたいなのは、表舞台に上がらない。

 だからそういう悪評の影響は受けない。

 世間というものは、監督や、プロデューサーや、脚本や、俳優ばかりを叩く。

 俺みたいなのは褒められもしないが、叩かれもしない。

 俺が頑張らなくても、俺に悪評はつかない。

 本当は頑張らなくてもいいのだ、俺は。

 

 だがな。

 

 ふざけんな。

 

 誰にもそんなことは言わせない。頑張ってんだぞ、監督も脚本も俳優も、みんなみんな!

 

 番組の撮影は、つつがなく終わらせる。絶対に。

 さて、やるか。

 やるだけやってみます、なんて言わない。

 できるか分かりませんがやってみます、なんて言わない。

 俺がすべきことは一つだけ。

 

「やれます。一時間、時間をください。監督」

 

 『できる』と言って、実際にやってみせることだ。

 

 でなけりゃ。職人気取りの俺の腕に、価値なんてあるもんかよ。

 

 

 




 参考資料に使ってる本は百冊もないんですが、3000円とか5000円とかの本が並んでるので総額がちょっと笑えることになってますネ
 アマゾンで見たら絶版のせいか、中古品が3万円とかで出品されてる本とかあったのでちょっと売ろうかなって思わされました(こなみ)


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彼だけが彼を天才だと知らない

 現在の所持品を確認しよう。

 撮影者の隅っこに転がっていたスプレーが六種類。

 片方の目が完全にぶっ壊れたスーツ一着。

 俺のポケットに入ってた金属ヤスリ等の手持ち仕事用具一式。

 以上。

 ……結構詰んでる! つらい!

 

「あの、おにーさん、駄目だったら……」

 

「大丈夫です。俺に任せてください、山森さん」

 

 山森歌音ちゃんは、自分が壊したスーツを前に泣きそうだ。

 子供を泣かせるわけにはいかねえよなあ?

 何せ、ここは子供の味方・仮面ライダーの撮影舞台なんだから。

 うーん。

 どうすっかな。

 とりあえず片目が壊れたスーツの、もう片方の目も引っこ抜いておこう。

 

「わー!?」

「の、残った片方の目まで!」

「何しとるんやキミー! えらいこっちゃやで!?」

 

「いやいや、片目残してたら駄目ですよ。

 この短時間じゃ絶対に同じ素材は揃えられません。

 そうなると右目と左目の色合いの差が出て、ひと目で分かってしまいます。

 それなら、両目とも外して両目とも同じ素材で一から作った方がいいですよ」

 

「む」

 

「それなら両目の色は揃います。

 視聴者は、左右の目の色が違えばすぐ気付きます。

 でも両目の色が揃ってるなら、普段と少し色合いが違くても

 『光の加減だろう』

 と思ってくれるものなんです。まずは両目の色を揃えることを考えないと」

 

 頷いてる。みんな分かってくれたようで何よりだ。

 

 うし、まず前提だ。

 素材の関係上、完璧に戻すことは絶対に不可能。

 そんでもって、今回の撮影一回分乗り切れればいい。

 カメラの前で、同じ仮面ライダーに見えればいい。

 

 つまり、だ。

 長持ちしなくてもいいから、普段のスーツと同じように見える仮面ライダーの目を作り、このスーツにはめ込めばいい。

 まず、そこを始点にしよう。

 

 冷静に、一つ一つ考える。

 

 現在の仮面ライダーの多くの目は、平成の時代に行われた革新……つまり、『ミラー素材の上に透明な素材を載せる』という構造で作られている。

 下地のミラーが太陽光を反射し、それをミラーの上に重ねられた色付きの透明素材が乱反射させることで、電飾がなくても目の部分が輝いて見える仕組みだ。

 

 鏡の上に色付きガラスを重ねた美しさ。これで、平成仮面ライダーの目を作っている。

 つまり俺が今用意すべき素材は、『ミラー素材』と『その上に重ねる透明な素材』。

 元の仮面ライダーの目に見える目を作るには、どうしたらいい?

 

 ……よし。よし。

 

 見えてきたじゃねえか、完成像。

 

「赤っぽい下敷き! 塩ビ製のやつ買ってきてください!

 あとできれば大きめのフォトフレームを! 下敷きに合う大きさで!

 どっちも百均に行けば買えるはずです! 超特急でお願いします!」

 

 スタッフさんの大人に向け、叫ぶ。

 

「分かった! 20分で戻る!」

 

 15分で戻ってこいやダボが!

 

「急がなくていいです、事故りますよ! ああやっぱ事故らない程度に急いでください!」

 

「ああ!」

 

 ちくしょう急いでくれよ、んでもって事故らないでくれよ頼むから。

 

「目の型作りますので、乾燥中は触らないように気を付けてください!」

 

 木を急いで削り、目のパーツを作るための、木型を作る。

 

 むかーしむかしその昔。

 ウルトラマン、ウルトラセブン、帰ってきたウルトラマンという三作があった。

 

 帰ってきたウルトラマンに新しく作ったスーツのセブンを出そうとしたところ、セブンの目の型がどっか行っちゃったので新しいスーツ作れませーん! ってなったそうだ。

 バカなの?

 

 おかげで仕事人目線で見れば分かるが、帰ってきたウルトラマンの18話に登場したセブンは古いスーツで、38話に出たセブンはアトラクション用のスーツだった。

 後楽園遊園地とかシアターGロッソとかで使われてるアレだ。

 何もかも目の型をなくした奴が悪い。

 この話を聞いた俺は怖くなったので、大体のスーツの寸法を覚えておくことにした。

 

 この配信ネットムービー限定の仮面ライダースーツの造形には俺も関わった。

 寸法は頭の中に入ってる、余裕だぜ!

 速く、速く、とにかく速く。

 高速で型紙を引き、電動ノコギリで急いで木を切り抉ってざっと型を作り、手持ちの金属ヤスリでゴリゴリと削ってから紙やすりで仕上げる。

 よし、これでとりあえず仮面ライダーの目の型にはなった。

 速乾ニスを塗って、で。

 

「すみませーん! 演出用の扇風機借ります!」

 

「おう、持ってけ持ってけ」

 

 扇風機の風を、ニスを縫った目の型に当てる。

 あんまりよろしいやり方じゃないが、早く乾かしたい今はしょうがない。

 とにかくこれで、10分くらいで仮面ライダーの目の型は出来るだろう。

 こいつの上に加熱した下敷きを乗せたりして、目のパーツを作るのだ。

 

「いけそうなん?」

 

「できるといったらやるのが俺ですよ、湯島さん」

 

 湯島さん、今話しかけられても丁寧に対応する自信ないからやめてほしいな、うん。

 あ、そうだ。

 

「湯島さん、ちょっと手伝ってくれませんか?」

 

「ええけど、何を?」

 

「撮影の備品漁りです。探すのは―――」

 

 そうだ、今思いついたが、あれがあれば……

 

「お、あったあった、これでええんとちゃう?」

 

「! ありがとうございます、湯島さん! こんなに早く見つかるとは!」

 

「仕舞い場所を考える部屋の掃除のノリやな。早く見つかったのは運やで?」

 

「いやあそれだと部屋の掃除が苦手な俺は一生見つけられなかったと思いますよ」

 

「容易に想像できるんが嫌やな……」

 

 見つかったのは、仮面ライダーの撮影に使う、スーツの下に入れて細い体格を誤魔化す『アンコ』というものだった。

 

 詰め物で体のラインを作る、というのは珍しい技法ではない。

 仮面ライダービルド(2017年)の主人公・ビルドなら、スーツの生地内部にウレタンシートをキルト状に縫い付けることで、マッシブさを出している。

 要するに、スーツに詰めた素材シートで、筋肉を表現している。

 

 仮面ライダーエグゼイド(2016年)のクソかっこいい兄貴キャラ・仮面ライダーレーザーは、アクションをしない撮影シーンなどでは、ブーツの中に中敷き(インソール)を入れてスタイルのバランスを取っている。

 要するに、靴に詰めた厚い中敷きで、身長を補正している。

 

 そして、仮面ライダービルドに登場した、主人公の相棒・仮面ライダークローズの強化フォームであるクローズチャージもまた、スーツの中にアンコという詰め物を入れている。

 シートを縫い付けたスーツが完成品である仮面ライダービルドとは違い、クローズチャージの場合は、完成品のスーツの下に詰め物をして筋肉を表現しているのだ。

 

 んでもって、クローズチャージのスーツの下の、二の腕と太ももに巻かれているアンコは、ポリエチレン樹脂というもの。

 

「……よし、当たり! 透明ポリエチレン樹脂だ!」

 

 湯島さんが見つけてくれた、スーツの下に入れるアンコの内容物は、俺の期待通りにポリエチレン樹脂……それも、透明ポリエチレン樹脂だった。

 

 番組内で仮面ライダービルド、仮面ライダークローズと共に戦った三人目の仮面ライダー・仮面ライダーグリスには、胸に透明な装甲がある。

 あの装甲は、着色した透明ポリエチレン樹脂製だ。

 透明ポリエチレン樹脂はその名の通り透明で、かなり柔らかで……着色前ならば、加工すれば仮面ライダーの目にだって使える。

 

 俺の予想通り、スーツアクターさんの詰め物の中には、透明ポリエチレン樹脂が入っていた。

 透明ポリエチレンは溶解させるなら125度、変形加工するだけでも100度弱あればいい。

 今の俺の手持ちでも、十分加工できる。

 

「出番だぜ」

 

 俺は、道具袋からエンボスヒーターを取り出した。

 

 女性のネイルを飾るジャンルの一つに、『エンボスアート』ってやつがある。

 エンボスヒーターは、それに使う道具の一つだ。

 が。

 俺はネイルアートにまで手を伸ばしてないが、こいつをそこそこ使っている。

 

 何せエンボスヒーターは、指でつまめるサイズのくせして、250℃という熱風を出す。

 ちょっとした素材くらいなら加熱して加工できるってわけだ。

 スーツやセットを加熱してちょこっと直したい、って時には重宝する。

 

 こいつを使えば、さっき掘り出してきた透明ポリエチレン樹脂を、仮面ライダーの目の形に整形することも不可能じゃない。

 

「下敷き買ってきました! 塩ビの赤です!」

 

「ありがとうございます! いいタイミングです!」

 

 塩化ビニール……塩ビは加工しやすい。

 かつ、歴代の仮面ライダーにも使われてきた素材だ。

 

 昔からずっと仮面ライダースーツの主流素材の一つであったウレタンは、銀色や金色を表現するために必要な銀粉を貼り付けても、すぐに剥がれてしまう。

 よって西映は伝統的に、仮面ライダーや怪人のスーツの表面に塩ビを貼り付け、その上から銀粉を塗装する技術を使っている。

 またそれ以外にも、仮面ライダーフォーゼのアクションスーツ等々、軽快なアクションをするためのスーツに塩ビが使われることは多い。

 

 よって無論、俺も塩ビは使い慣れている。

 

 買ってきてもらった下敷きの素材を、塩ビ指定にしたのはそのためだ。

 

(透明素材は集まった、色合いは厚みと塗料で調整するとして、後は)

 

 俺は豪快に、監督の私用車の窓に貼られていたシート――内側から外側が見えるけど、外側からだと鏡みたいにしか見えないやつ――を引っ剥がした。

 

「あー!?」

 

「後で弁償します!」

 

 マジックミラー、ハーフミラー、って呼ばれるものがある。

 要するに表から見ると鏡にしか見えないが、裏から見るとミラーの向こう側が見える、一方通行の鏡だ。

 こいつの技術は鏡だけじゃなく、サングラス、車や家の窓に貼るスモークなどにもなり、フィルム状にして使われることも多い。

 

 仮面ライダースーツ造形の世界において、サングラス同様に外からは鏡・内側からはガラスのように見えるこのフィルムを、『カバーグラス』と言う。

 

 監督、悪い!

 監督が車の窓にその手のフィルム貼ってたのはさっき気付いたんだ!

 許せ!

 ともかくこれで、『鏡』は手に入った。

 材料は十分揃ったと言えるぜ。

 

 完成形は見えた。

 ミラーのカバーグラスの下地に、先程掘り出した透明ポリエチレン樹脂を重ね、下敷きを加工した色付き透明層を重ね、本物と一見して見分けがつかない偽物を作る。

 それ以外に、道はない!

 

「こっから本番、かな」

 

「が、頑張ってください!」

 

 歌音ちゃんが応援してる。

 うーん、なんつーか。

 仮面ライダーがステージで応援されてるのはよく見るが、俺が応援されることってほとんどないから新鮮だわ。

 

 さて。

 仮面ライダーは、複眼でなければならない。

 例外の仮面ライダーもいるが、虫を思わせる複眼が必要なのだ。

 そのためまずは、ミラーフィルムに線を引く必要がある。

 

 まず、ミラーフィルムを少し加熱して曲げ、立体曲線を作って冷やす。

 硬いアメを加熱して柔らかくして、目の形にするのをイメージすればいい。

 フィルムを加工し、適宜カットして、目の木型を使って、目の形に加工した。

 

「次」

 

 次いで、ミラーフィルムにマスキングテープを貼る。

 マスキングテープというのは、塗装の形をくっきりさせ、塗装する部分とそうでない部分をハッキリさせるテープだ。

 

 例えば、□の形の白いプレートがあるとする。

 プレートに凸の形にマスキングテープを貼ってから塗料を吹き付けると、上部の左右にだけ塗料の四角い形が付く。

 プレートに凹の形にマスキングテープを貼ってから塗料を吹き付けると、上部の真ん中にだけ塗料の四角い形が付く。

 プレートに巛の形にマスキングテープを貼ってから黒い塗料を吹き付けると、黒い塗料に染められた白いプレートの表面に、巛の形の白いマークが残る。

 

 マスキングテープを貼り、スプレーを吹き付け、俺はハーフミラーフィルムに網目状の複眼を付けた。

 まだ鏡にしか見えないが、銀色の複眼っぽくはなった。

 ここにうっすらと赤色の塗料を吹き付ける。

 

「よし」

 

 綺麗な色合いの赤の奥に、確かな網目状の線が見え、複眼が出来たように見える。

 いい感じじゃね?

 

 続いて、スーツアクターさんの詰め物から掘り出してきた透明ポリエチレン樹脂をカットし、目の型を使って指の半分ほどの厚みの層に加工する。

 ここが難しい。

 丁寧に、丁寧にやって、厚みに差が出ないように目の型に沿う曲面を作る。

 

 そして次に、買ってきて貰ったフォトフレームに、下敷きをセットする。

 フォトフレームは写真や絵画をセットするあれだが、これに下敷きをセットして目の型の上に乗せると、当然目の型の上に乗っかる。

 ここで、下敷きをエンボスヒーターで加熱する。

 するとフォトフレームの自重で、フォトフレームと下敷きはゆったりと下降し、下敷きは目の型に沿って熱変形し、目の型の通りに形成される。

 透明ポリエチレン樹脂の包材で上から少し押してやって、最終的に綺麗に整形してやれば、冷えた頃には立派な赤い塩ビ製の目の完成だ。

 

 この技術を、俗に『ヒートプレス』と言う。

 後は、透明ポリエチレン樹脂と赤い塩ビのバランスの悪いところを調整し、細かな加熱と加工で全体の形を整え、最後に加熱して接着だ。

 

 ミラーの上に線で描いた複眼と塗料を乗せたものに、指の半分ほどの厚みの層に加工した透明ポリエチレン樹脂を乗せ、その上に下敷きを加工した赤い層を乗せ、接着する。

 塗料で調整、調整。

 これで仮面ライダーの複眼の部分が出来た。

 後はミラーグラスの光の反射と、ポリエチレン、塩ビの透過率を計算して、目立たないように覗き穴を空けて視界を確保。

 そしてマスクに二つの目をセット。

 ……うん、よし、アップにしない撮影レベルなら問題ない出来だな。

 

 これで何とか、アクションに耐えるスーツの目の造形が完成しました。

 つかれた。

 ゆっくりやれば疲れなかったかもしれんが。

 超特急で普段の数倍くらいの速度でやったから、つかれた。

 

「おお……よく、よくやってくれた! これで撮影が続行できるぞ!」

 

 喜びの声が聞こえる。

 俺を褒める人の声が結構聞こえてる気がする。

 でもなんか疲れたから聞こえねー。

 

「おつかれさん」

 

 湯島さんに労われた気がするが、まあ気のせいじゃないな多分。

 死に体に鞭打って、監督に忠告を出す。

 

「監督、おそらく綺麗に見えるのは撮影数回が限度です。

 今日の撮影が終わったら、正式な修理に出してください」

 

「分かった。助かったぞ」

 

 そりゃそうだろ、俺がいなきゃ無理だったんだ、もっと俺を讃えやがれ。

 でもこれ俺の通常業務扱いだから多分お給料に反映されんよな。

 スーツが壊れたら直すのは俺の仕事でしかないし。

 つらい。

 帰ったらプリン食おう。

 

「だがまさか、本当に一時間だけで余裕綽々に終わらせるとは……君も親父に似てきたな」

 

「本当に一時間で終わらせられる案件だったら楽だったんですけどね」

 

「?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

 今回のものは雑に言ってしまえば、綺麗な模様を付けた鏡の上に透明な素材を乗せ、その上に色付き透明の下敷きを乗せただけのものだ。

 だが、現代において『プロしか使ってない特別な素材』というものはほとんどない。

 

 昔は『キングコング対ゴジラ』でキングコングの気ぐるみを作るため、貴重なヤクの毛を取り寄せていたりもしたそうだが、現在ではそんなことはほぼしない。

 誰でも手に入れられる材料や素材でスーツを作ることがほとんどだ。

 素材だけで見れば、どんな仮面ライダーも安っぽく見える。

 

 仮面ライダーウィザード(2012年)の目にあたる部分も、言ってしまえばミラーグラスの上に透明ポリエステルのカバーを被せただけだ。

 仮面ライダーカブト(2006年)の目にあたる部分も、ざっくり言えばミラーゴーグルの上に、着色したアクリル板と、光の向きを散乱させるアクリル板を被せただけだ。

 だがどちらも、美しい顔面造形の仮面ライダーの代表格と言われる存在だ。それは何故か?

 

 技術があるからだ。

 それを格好良く仕上げ、意図した形と色合いに仕上げる技術があるからだ。

 習得するのに何年もかかる技術が使われていたから、仮面ライダーウィザードも、仮面ライダーカブトもかっこいい仮面ライダーだった。

 

 当然のことだけど、技術を磨いた時間の積み重ねがない素人だったら、一時間じゃこの修理は絶対に無理だったと思うぞ、こんにゃろう。

 撮影絶対間に合わなかったからな。

 あんたが監督だから面と向かっては言わんが、反省して管理体制考えてくれよ。

 

 俺は一時間で修理をこなしたんじゃない。

 俺は、十八年と一時間で、この修理をやった。

 

 それだけの話だ。

 

「ふぅ……」

 

「あの、ありがとうございますっ!」

 

「ああ、山森さん。いいですよ、気にしないでください、これが俺の仕事ですから」

 

 ま、このちっさい子の感謝と笑顔だけで、この苦労の甲斐はあったと思うことにしよう。

 

 技術があれば。

 誤魔化しは効く。

 リカバリーはできる。

 他人のフォローだってやれる。

 俺の人間的価値って奴は、ほとんど全てがこの技術に立脚してる。

 

「撮影頑張ってください。応援してます、山森さん」

 

「……はいっ!」

 

 元気に駆けていく山森さん。

 子役だけど、7歳だったっけかな。

 初めて会った時の湯島さんもそのくらいの歳だった気がする。

 っと、いつの間にか湯島さんが近くにきてる。

 

「顔に疲れが出とるし、もう帰った方がええんとちゃう?」

 

「……ん、そうですね、そうしますか」

 

「なんかこう、スタッフが皆気合入ったー! みたいな顔しとるね。

 君の影響で、私もなんかこう、気合い入れてやらないと! って感じになったわ」

 

 ううむ、疲れが顔に出たか。情けない。

 

 日本の映画の世界で、最年少子役と言えば芦口愛菜さんだ。

 三歳の時にオーディションを受け、六歳の時にドラマの主演を努めている。

 

 世界レベルでの子役の天才ならクバンジャネ・ウォレスさんだろう。

 五歳で受けたオーディションに受かり、六歳で映画の主演を努め、その時の映画の名演で九歳にして第85回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた怪物。

 

 特撮の裏方をやるための危険物取扱資格だって、俺は小学五年生の時に取ったが、歴代最年少の資格取得者は小学二年生の八歳だ。

 今でも『ウルトラマン歴代で最高のアクション』と評されることが多い、ウルトラマン80のスーツアクター・青坂順一さんなんて、12歳の頃に演劇集団入りしてるんだぞ。

 

 それが天才って奴らの世界。

 化物の世界だ。

 

 芸能界に早く入ればいいってもんじゃない。

 昔天才と持て囃されてた人間が、次第に凡人になっていくパターンだって非常に多い。

 だがそれでも、天才ってやつらはやはりエピソードや経歴からして、格が違う。

 天才って奴は、こんなことで疲れを顔に出してしまう俺とは何かどこかが違う。

 

 例えば、百城千世子なら……あの今の若者世代の頂点なら、どんなに疲れていても、それを顔には出さなかっただろう。

 

 まだ俺には力量が足りない。

 精進せねば、だ。

 スマホを取り出し、電話をかけて、他の職場の進捗を確認する。

 

「アキラさん、どうですか? ウルトラ仮面の撮影、問題なく進んでます?」

 

 今日の仕事はこの辺にしといて、明日からの仕事の準備でも始めるか。

 

 ああ忙しい。

 

「すみませーん、俺先帰ります。今回のこと西映東京撮影所に報告してきますね」

 

「おつかれ!」

「今日は助かったよー!」

「あ、ロケ弁持って帰る? 君ならいくら持って帰っても誰も文句言わないぞ」

 

「いただきます」

 

 俺は製作者だ。創作者じゃない。

 俺は他者の表現を形にする者だ。映画監督や俳優のような表現者じゃない。

 

 俺は俺を魅せる人間じゃない。

 他人を魅せる者だ。

 

 作品を作りたいという監督が、自分の表現したいものを形にするため、他者を魅せるため、技術が要る時。

 出演した俳優が、自分自身の演技を最大限に活かすため、他者を魅せるため、技術が要る時。

 その時初めて、俺という存在に価値が生まれる。

 呼んでくれれば、どこでも行くさ。

 必要としてくれるなら、俺の腕でいいのなら、いくらだって貸してやらあ。

 

 『誰も見たことのない光景』を人々に見せるのが創作者なら。

 俺は、まだ誰も見たことのない『監督達の頭の中にあるそれ』を、人の目に見える形にするのが仕事。

 

 俺は何も創らない。

 だけどあらゆる物を造れなければならない。

 でなければ、何を作る意味も無い。

 

 大体の場合、成功した映画や番組においてインタビューが行われるのは、メインの俳優、監督に脚本にプロデューサー、そんなもんだ。

 エランドール賞だって、基本的には監督や俳優やプロデューサーが受賞してて、それ以外が受賞する時も『特別賞、○○製作チーム』って一緒くたに表彰される。

 

 でもまあ、いいじゃねえか。

 そういうのも悪くないと俺は思う。

 俺の努力が誰かの栄光と成功になる。

 それを誇らしいと思う気持ちが、ここにあるんだ。

 ならいいじゃねえか、と思うわけだ。

 

 あら、スタッフさんが話しかけてきた。

 

「ところで君さ、さっき君が仮面ライダーの目を直してる時も思ったけど……

 汚れる作業する時、君別のシャツに着替えてたじゃない?

 でもそのシャツなんか特徴的だよね。

 数字の753だけ書いてあるシャツって絶妙にダサいよね。何かの罰ゲーム?」

 

「……ははは、まあ気にしないでください。ではお先に失礼します」

 

 名護さんをバカにするな、殺すぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外と今日は早めに帰れたな。

 ただいま、俺の家。

 

「たまには家も掃除しとくか」

 

 親父は死んだ。

 おふくろはそれより早くに死んだ。

 俺は一週間の内四日くらいは、自宅じゃなくて俺の事務所で寝泊まりしてる。

 家で寝る日より事務所で寝る日の方が多くなった時点で、俺がこの家に帰る意味はなくなった……けど、なんだかんだ、親父やおふくろと過ごした家は捨てられないでいる。

 

 一週間の内三日くらいしか人がいない、それも寝る時くらいしか家にいないというこの家は、普段さぞかし寂しいことになってるだろう。

 しょうがない。

 俺も基本は仕事人間だ。

 

「あ、夜凪さん」

 

「あら、お隣さん」

 

 む、お隣さんの夜凪さんとばったり出会ってしまった。

 お隣さんの、黒くて長い髪の綺麗な容姿の女の子……名字は夜凪さんで合ってた、よな? 表札を結構前に見た気がする。

 珍しいな、会うのは。

 いや悪いのは俺か?

 お隣さんと"会うのが珍しい"レベルに家に帰ってないのがいかんのか?

 いかん、近所付き合いってやつが全然できてねーわ俺。

 

「あの、これ職場で貰った貰い物のお弁当なんですが、いくつかどうですか」

 

「えっ、いいの? これが映画で見たお隣さんのおすそわけというやつなのかしら」

 

「ええ、まあ、はい」

 

 弁当でご近所さんの機嫌を取ろうとしてる俺は浅ましいにもほどがあるな……

 

「ありがとう。今日の晩御飯の献立を考えなくて済むわ、お隣さん」

 

「……ああ、そういえば、名乗ってませんでしたっけ」

 

 この人は俺の名前を知らない。

 俺はこの人の名前を知らない。

 まあ、そんなもんか。これからはもうちょっと、家にめったに帰らないとしても、たまーにくらいにはご近所付き合いをしよう。親父はちゃんとしてたし。

 

「貴方の名前は?」

 

 聞かれたなら答えるしかない。

 "親父あの人のこと尊敬しすぎだろ"って感想しか出てこない、俺の名前を。

 

朝風(あさかぜ)英二(えいじ)って言います。どうぞよろしくおねがいします」

 

「私は夜凪(よなぎ)(けい)……でも、何をよろしくすればいいのかわからないわ」

 

 俺も分かんねえよ。

 

 とりあえずよろしく、お隣さん。

 

 

 




 周りの人達は幼稚園児がプリンをかき混ぜてぐちゃぐちゃにするような無造作とハンドスピードで、豆腐で彫刻像を作るような手先の正確さを見せつける、英二の製作過程をちゃんと見てます


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古来、天才芸術家は天使の絵や像と共に在った

 なんか久しぶりに原作の大筋ストーリーに影響が少ないサイドストーリー系二次創作書いてる気がします


 俺の今のメイン業務は日曜朝の子供向け番組・ウルトラ仮面の補佐である。

 そもそも俺はフリーランス。

 特にどこかの企業に属してるわけでもなく、けれども給料と引き換えに雇われればどこの会社においても社員のように働く。

 

 そのため、俺のポジションは雇われる度に変動する。

 美術監督をやったこともあったし、バイトと一緒くたにされることもあった。

 ウルトラ仮面の製作現場において俺は、美術監督の下くらいに位置している。

 現場レベルの話で言えば、監督が「こういうのを作りたい」と指示を出し、脚本がシナリオを/美術監督が絵作りを始め、脚本に沿って俳優が演技練習を/俺が美術監督の指示に沿ってセットや道具を作っていく感じの流れになっている。

 

 ただそれ以外にも、総合的な玩具や関連グッズの造形の話し合いに、顔を出すこともある。

 

 現在、仮面ライダーや戦隊シリーズなどの日曜朝のヒーローものは、パンダイなどの玩具屋・西映のプロデューサー・造形の会社が話し合って

「どういう作品にするか」

「どんな玩具を出していくか」

 を最初に決めてから、番組を作る監督達に下達されるスタイルになっている。

 要するに『この玩具を出してこういう番組を作ってね』という部分が最初から決まってるのだ。

 

 当然、この初期方針を決める話し合いはかなり白熱する。

 白熱しすぎて、後に食い込みすぎることもある。

 

 例えば仮面ライダー電王(2007年)は2007年1月28日開始の番組だが、仮面ライダーの名前もデザインも決まっていない企画提出が2006年6月。

 メインキャラクターのデザインの決定稿が出揃ったのが2006年8月から9月にかけてである。

 スケジュールギチギチすぎじゃね?

 でも面白かった。

 万人受けする傑作だと思うぜ。

 

 その翌年の仮面ライダーキバ(2008年)は2008年1月27日開始の番組だが、2007年5月の時点でそれまで進めていた企画を全部白紙にし、七転八倒の末にやっと決まったらしい。

 造形の会社の方の都合で、企画が連鎖崩壊して全部白紙にしないといけなかったって話だ。

 こっちも相当ギチギチじゃねえか……

 でも面白かった。

 万人受けはしないがドロドロした人間模様から爽快感のある結末、本当に最高だったぜ。

 名護さんは最高だ。

 

 西映の慣例だと、平成仮面ライダーは前作の放映開始から二ヶ月後に次作のキャラクター提案がパンダイから行われ、そこを叩き台にして、話し合いが始まる。

 ここでようやく、俺が関わってくる。

 まあつまりだ。

 パンダイは俺に、玩具展開の一つを任せてきた。

 ウルトラ仮面の次の商品展開を見据え、玩具会社、特撮会社、造形会社全てが納得するような一品を納めてくれと依頼してきたのだ。

 

 それが―――『バイク』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現代、バイクというものは、過激に言えば需要として死滅しかけていると言っていい。

 

 俺はバイクは好きだ。かっけえし。

 だが、かつての仮面ライダー達が走り回っていた時代ほど、子供達や若者はバイクというものに憧れを抱かなくなっている。

 バイクの売上ピークは1982年(仮面ライダースーパー1翌年)の時代で、その後売上は下がり続け、2016年にはそのピーク時の一割程度まで売上が低下したと言われている。

 つれえ話だ。

 

 んでもって仮面ライダーなどにも、交通法の規制が入った。

 昔ほど、仮面ライダーのバイクは自由に公道を走れなくなったわけだ。

 バイクの人気低下に加え、こいつが追撃として突き刺さる。

 その結果、仮面ライダー本編でのバイクの登場頻度の低下に繋がり、バイク関連の商品展開の縮小化に繋がっていった。

 

 つまりだ。

 この時代、バイクを売りにするのはキツいって分かりきってるわけで、その上でこんな仕事を俺に振るのは、とんでもねえ無茶ぶりだっつーことだ。

 ウルトラ仮面の新展開、それに合わせた新バイク。

 こんなもんどう仕上げても期待を下回る気しかしねえ。

 

 作っても作っても満足行く仕上がりにならない。

 考えても考えても『これだ』っていう結論が出ない。

 駄目だ。

 上手くいかん。

 俺は駄目だ。

 

「根を詰めるとよくないよ」

 

「アキラさん」

 

「コーヒー淹れたけど、飲む?」

 

「……いただきます」

 

 いい人だわ、アキラ君。

 

 俺は現在、西映私有地の片隅でアキラ君とあーだこーだとバイクの試行錯誤をしていた。

 『(ほし)アキラ』。

 現在業界最大手の一つである芸能事務所・スターズの顔の一人であり、スターズ社長星アリサさんの息子さんでもある。

 要するに、彼に何かあればお偉いさんが黙ってないおぼっちゃまだ。

 

 が。

 ただのおぼっちゃまじゃあねえ。

 

 割と背も高い。

 スタイルもよくイケメン。

 一定上の演技力もあり、日曜朝のヒーロー番組の主演もしっかり果たしている人だ。

 かつ努力家で、撮影初日は大して動けてなかったが、撮影の途中からは生身で怪人との戦闘シーンも撮れるくらいには動けるようになっていた。

 

 一年間毎週放送するために、毎日のように過酷な撮影スケジュールをこなすのが日曜朝のヒーロー達だ。

 撮影の合間にもコツコツ努力することがどれだけの負担だったのか、俺にも分からん。

 一年間撮影を続ける日曜朝番組で一緒に仕事したからこそ、俺はこの人の努力家な面に気付けたが、そうでなければ気付けたかも怪しい。

 

 おかげで子供や女性からの人気は絶大だ。

 しゅっとしたイケメンで、素の性格もよく振る舞いもかっこいい。

 俺はあんま背が高くないから横に並ばれるとクソが死ねとつい思ってしまうが、死んではならない芸能界の次代のエースの一人だろう、と俺は考えている。

 

 何より彼と俺は、映画の趣味が合う。

 LINEとかで話してると楽しい。

 俺も彼も特撮ヒーローものの映画が好きなんだぜイェイ。

 

 そんな彼の力を借りても何も思いついてないダセえ役立たずが俺だ。

 情けねえ。

 

 バイク作りに詰まった俺がLINEでアキラ君に相談したところ、アキラ君は「オフだったから」とすぐ駆けつけてくれた。

 僕が主演の番組の新展開のバイクなら、僕がいたほうがいいだろう、と言って。

 いい人すぎねえかこいつ、頭大丈夫か?

 振る舞いがかっけえ奴は性格もかっけえのか、ぱねえ。

 

 アキラ君の助言を貰ってすぐ解決、ってなったなら俺もカッコつけられたんだがなあ。

 駄目だ。

 完成図すら見えてこない。

 駄目だ。

 あ、コーヒー美味い。

 

「こういうのは一つ一つ決めていった方がいいかもしれない。何か決まった部分はあるかい?」

 

「決まった部分、ですか」

 

 おぼろげながら、色合いにはうっすらとイメージがある。

 

「塗料は、要所にマジョーラを使おうと思ってます」

 

「マジョーラ?」

 

「キングギドラや仮面ライダーで使われてる分光性塗料です。

 携帯電話や車、電車なんかにも使われてることがあります。

 MAGIA(マジア)AURORA(オーロラ)の名前を混ぜてマジョーラ。

 『魔法のオーロラ』の名に恥じず、複数の色合いを表現する優秀な塗料ですね」

 

 マジョーラは、日本ペイント社が開発した分光性塗料だ。

 こいつは五層構造のクロマフレア顔料……まあざっくり言うと、塗料の中に層が作られていて、それらが光を個別に反射するようになってるんだ。

 

 イメージとしては、赤い鏡と青い鏡を溶かした塗料をイメージすりゃいい。

 光を当てると、赤い鏡と青い鏡が個別に光を反射して、見る角度によって全然違う鮮やかな――かつ複雑で美麗な――色合いが見えるってわけだ。

 

 オペイク・リフレクター・メタルと呼ばれるこの仕組みが、塗料の世界にかなりの革新をもたらした。

 "緑の奥に金色が見えるメタリック"といった、目を疑うような色もこの塗料のおかげで鮮やかに描けるようになったってーわけだ。

 

 こいつを一躍有名にしたのが、凝り性なスタッフが集まりこだわりまくったことで有名な仮面ライダー響鬼(2005)。

 主役の仮面ライダー響鬼の全身に使われたアンドロメダIIという名称のマジョーラが、響鬼を最高にかっこいい仮面ライダーに仕立て上げたのだ。

 

 アンドロメダIIはシアン&パープルのマジョーラで、これによって響鬼は見る角度によってシアン、パープル、そしてその二色が混ざった色に見える。

 これが実に生物的な色合いを醸し出し、『ただの人間が修行の果てに辿り着く戦闘形態』という響鬼の異例的な設定と、実によく噛み合ったってわけだ。

 響鬼は顔部分もグラデーション仕立てにしてたもんだから、この光によって変化する響鬼のマジョーラカラーとは相乗効果を起こす、まさしく芸術的な仕立てだったってわけよ。

 

 マジョーラは優秀だ。

 だが、優秀な分扱いも難しい。

 色ってのは増やせばいいってもんじゃない。良い色を使えばいいってもんじゃない。

 色を増やしすぎればごちゃごちゃしてかっこ悪いし、鮮烈な色を沢山並べれば目に痛いし気持ち悪いしで褒めるとこ無しだ。

 めんどくっせえ。

 だがやりがいはあるってもんだ。

 

 何より、色だけ決まっても仕方ない。

 バイクをマジョーラで仕立てることを決めたなら、さっさとデザインそのものも決めちまわないと話が進まねえ。

 

「……しょうがない、最後の手段で行ってみますか」

 

「へぇ、最後の手段? 君がそう言うのは珍しい」

 

「発泡スチロールの削り出しをやめて、バイクの実機で実際に製作してみます。

 実物大のバイクでモデルを作ってみれば、何か新しいイメージが湧いてくるかもしれません」

 

「それはまた、豪快だなあ」

 

 発泡スチロールには、三種類の製法がある。

 その中でも最も有名なのは、ビーズ法発泡スチロールだろう。

 叩いたりぶつけたりすると小さい白い粒になるアレだ。

 一般人は『発泡スチロール』と聞くと、まずビーズ法発泡スチロールを想像する。

 

 こうした粒になる物とは別の発泡スチロールをナイフなどで削り、簡単に加工できるミニチュアのメカにしたり、着色して川のセットの小石等に使う。

 これを撮影の世界では、『カポック』と言う。

 

 俺は今日までカポックで色々とバイクのモデルを作ってきた。

 だが、いつまで経っても完成形が見えてこない。ピンと来る形が見えてこない。

 だから西映の倉庫に眠ってたバイクを借りて、とりあえずの仮装甲を色々付けて、アキラ君にも感想を聞いてもらうことにした。

 

 ま、いいだろ!

 西映やたらバイクあるしな!

 仮面ライダー剣の時代には本編の仮面ライダーが使うバイクが4種類しかなかったのに、ホンダのバイクだけでも撮影に14種類のバイクを使ってたらしい。ホンダの人が言ってた。

 なんでそんなに無駄な数のバイクを……いやまあそれはいいか。

 

 借りてきたバイクを据えて、使うかもしれない素材と塗料片っ端から揃えて、よし。

 

「アキラさん、離れててください。

 切断時に飛ぶ破片や、塗料なんかがそっち飛びますから」

 

「気にしないでくれていいよ、大丈夫だから」

 

「死にますよ?」

 

「……え」

 

「昔は俺みたいな仕事してた人、よく早死にしてたんですよ。

 有機溶剤はシンナーを始めとして、吸いすぎれば脳は萎縮し、血管はボロボロに。

 吸い込んだ塗料の粉は肺の内側に張り付いて一生取れません。

 FRP(繊維強化プラスチック)や金属の欠片は切断時に飛んで失明もあります。それから」

 

「うん、わかった。大人しく離れてることにする」

 

 分かってくれたようでよろしい。

 俺も作業に合わせてマスク、ゴーグル、手袋は使ってるんだ。

 危ないから近寄らんでくれ。

 あんたの顔は俺と違って商品なんだから。

 

「さて」

 

 まず、カッターナイフで木の板をサクサク切り刻んで……よし、ここから塗装して、今俺の脳内にあるイメージを再現するためにバイクに貼り付けよう。

 

「カッターナイフで木の板を!?」

 

「アキラさん、もうちょっと離れてください」

 

「えっ、今のどうやって」

 

「刃にちょっと仕組みがあるんですよ。それだけです」

 

 カッターナイフの刃には工業なんかで使う『黒刃』ってやつがある。

 刃が黒いカッターナイフの刃みたいなもんで、近年はホームセンターにも並んでる。

 表面が黒いのは青色酸化皮膜っつー表面処理をしてるから、らしい。

 

 こいつの特徴は、普通のカッターナイフの刃よりも遥かに鋭利に研磨された鋭い刃だ。

 カッターナイフでダンボールを切るのに苦労する人間とかいるらしいが、こいつを使えば誰が切ろうと、ダンボールも薄紙同然。

 現在の仮面ライダーのアクション用スーツくらいなら、スーツの上からぶっ刺して中の人を殺すことだってできるだろうな。

 プラスチックでもスパッと落ちる。

 指もうっかりでスパッと落ちる。

 鋭く薄いもんだから下手に使えば切れ味だってゴリゴリ落ちる。

 そんな、普通のカッターナイフよりちょっと使いにくい黒い刃だ。

 

 切れ味があるもんで、刃筋を立てて上手く走らせれば、細い板を切断するのにノコギリを使うよりよっぽど速く切断できる。

 要するにアレだな。

 映画とかでやたら優れた武器として扱われる日本刀の同類。

 切れ味良いけど、刃が欠けやすく、扱いが難しいってやつだ。

 

「それと、強度が……補強しておくか」

 

 実際にバイクを走らせてみて転倒した時のことを考え、ステンレスをちまちまと切断し、ペンチで変形させて木の板だけの装甲を裏から補強していく。

 使うのは、ドイツのエッセイ社の金属切断用ハサミだ。

 

 ハサミといえば紙を切るもの、というイメージが日本では強い。

 だが、強化プラスチックや金属を切断するためのハサミというものも存在するもんだ。

 エッセイ社製のものであれば、金属切断用と銘打たれているものも、防弾チョッキなどの素材であるアラミドファイバーをスパスパ切断できるのが売りなものもある。

 

 つか、ドイツ製のこの手のハサミは大体優秀なんで、安めのハサミを買っても十分だ。

 ドイツスリップスあたりなら、ホームセンターならどこでも置いてるし、金網だって余裕、慣れてれば厚さ1mmくらいのステンレスを切ることも難しくない。

 犯罪にも使われてることがあるらしい高性能ハサミ! いやそれはよくねえことだな。

 

 俺みたいな職業の人間は、私的に購入して持っておくに越したことはない。

 持っておくとクソ便利でとてもよろしい。

 

「て、鉄の板が銀色の折り紙みたいにスパスパ切られてる……」

 

「コツは刃筋を上手く立てることですよ。後でアキラさんもやってみますか?」

 

「え、じゃあ、やってみようかな」

 

 後で、ちゃんと安全確保してからな。

 

「朝風君は、何をそんなに悩んでいるんだい?」

 

 あんたみたいにただかっこよくあれば良いってもんじゃないのさ、ヒーロー。

 

「現在の西映特撮番組に出すバイクなら、必要な要素は三つ。

 まず、単純なかっこよさ。

 次に、ギミック。

 最後に、売れる要素。この三つが揃っていないと駄目だと思われます」

 

「バイクの三つの要素?」

 

「まず、かっこよくなければ売れない。

 そして、子供がガチャガチャ動かして遊べるものでないと売れない。

 なのでバイクに合体機能や変形機能を付けて、玩具にも反映するんですよ。

 子供は自分の手でガチャガチャ動かせる玩具が好きですから。

 平成仮面ライダーの変身ツールで、スマホよりガラケーが人気なのにはそういう面もあります」

 

「ああ、なるほど」

 

 子供は意外とかっこいいだけの玩具を、かっこよさだけで愛さない。

 動かない玩具でもいわゆる『ブンドド』して遊ぶ。

 子供がその手でガチャガチャ弄れるということが、その時点で玩具の売りになるのだ。

 

 西映はそのあたりをよく分かっている。

 初代仮面ライダーの大ヒットは、1971年に発売された『光って回る変身ベルト』が子供達に大受けしたこともその理由である、と言われている。

 

 子供でも遊べる単純さで、子供が操作すると光って回るこの変身ベルトは、当時二年間で380万個売れたって話だ。

 消費者物価指数は2017年が100.5、1971年が33.5だったから……現在の価値に換算すりゃ、ベルトの売上は171億円相当になる。やっべえ、初代様のこの売上頭おかしいぞ? ベルトだけで年収85億って何?

 

「そして最後に三つ目の、売れる要素。

 これがあるとパンダイさんや西映のプロデューサーからOKが出やすいです」

 

「だ、打算!」

 

「俺はこの15年で売れるかどうかを軽視して潰れた特撮会社を沢山見てきたので……

 売れない商品を納入すんのはちょっと、いやかなり気が引けます、はい。ごめんなさい」

 

 俺の仕事を勘違いしちゃならない。

 俺は芸術家じゃねえんだ。

 ウルトラ仮面も、俺一人で作ってるわけじゃない。

 芸術家みたいに好きなように作りたいもんだけ作って、結果売れませんでしたじゃ、他の関係者に合わせるツラがない。

 

 かといって、かっこよくて売れるバイクならなんでもいい、ってわけじゃない。

 

「ただあんま細かすぎるディテールにすると、造形会社さんに怒られてボツくらいます」

 

「難しいね」

 

「難しいんですよ。細かすぎる造形は壊れやすいですし、金型も作りにくいんです」

 

 必要なのは三要素。単純なかっこよさ、ギミック、売れる要素だ。

 

 売れない造形は、玩具屋のパンダイがボツを出す。

 かっこ悪すぎる造形は、ヒーローに詳しい西映がボツを出す。

 実際に作るのが難しいくらい、複雑過ぎたり芸術的すぎたりする造形は、ブレックスや虹色企画といった造形会社がボツを出す。

 そういった前提で、それぞれがアイデアを出し合うんだ。

 

 こうすることで、いつも一定以上売れ、いつも一定以上のかっこよさを維持し、製造コストと製造難度を低めに抑えたシンプルかつスタイリッシュなヒーローやバイクができる。

 これが、現在の西映ヒーローの企画システムなのである。

 一種の三権分立みたいなもんだ。

 こいつが毎年新しいヒーローを生産するという無茶を、商業的に成立させる。

 仮面ライダーの場合はここに岩森プロの監修も加わるため、更に手堅い企画運営システムが出来上がってるってわけよ。

 

 ウルトラ仮面という番組も当然、このシステムの一環に組み込まれてる。

 この三権分立システムを突破する物を作るのは容易じゃねえ。

 アキラさんの主演番組だし、なんとか成功させてやりたいもんだが……そう思っても、いい感じ物は思いつかねえんだよな……シット!

 

「朝風君、提案なんだが」

 

 ん?

 

「僕の方をバイクに合わせてみたらどうだろうか?」

 

「アキラさんの方を……バイクに合わせる?」

 

 なんじゃそりゃ?

 

「他のドラマでの話を思い出したんだ。

 ドラマの企画を通したかったそのプロデューサーは、一計を案じた。

 自分が考えていたドラマの舞台を作り、女優を借り、作りたいドラマの雰囲気を見せたんだ。

 そのプレゼンで『このドラマの企画は当たる』と思わせ、企画を通したそうだよ」

 

「雰囲気を……見せる……」

 

「バイク単品では審査を通る質にはならないかもしれない。

 でもそれなら、例えば僕が着替えてバイクに跨っている姿の写真なら?

 僕という添え物を添えて、審査を通る『一枚絵』を作ってみるというのもいいんじゃないかな」

 

「……!」

 

「大切なのは、君が作ったものが、最終的にどういうプレゼンになるかさ。

 誰も、君が作ったバイクが売れるかどうかなんてわからない。

 偉い人達は、君が作ったバイクデザインと、そのバイクのプレゼンを見るんだ」

 

 プレゼン。

 プレゼンか。

 確かに、バイク単品のデザインや特異性で売ることばっか考えてたな、俺。

 

 "星アキラに合うバイク"という売りなら、別の方向性も見えてくる。

 近年の特撮バイクは、変身後の姿とマッチするように作られてる。

 だが、変身前の姿にも、変身後の姿にも合うデザインのバイクなら、十分な強みになる。

 

 それにしても、ヒーローとセットのバイクか。

 そういえば昔、バイクの玩具にはそれにまたがるレーサーの人形もちゃんと付随してて、レーサーの人形の出来も売上に影響したって話を聞いたことがある。

 

「なるほど、盲点です。ありがとうございますアキラさん。ちょっと光明が見えてきました」

 

「君の助けになったなら、何よりだ」

 

 技術屋でしかない俺にこういう視点はありがたい。

 

「バイクが完成したら飯奢らせてください。面白い店と美味しい店、どっちがいいですか?」

 

「え、なんだいその二択……面白い店が気になりすぎるじゃないか」

 

「へへ、それじゃ面白い店に今度ご案内しますよ。期待しといてください」

 

 お連れするぜ、『仮面ライダー・オブ・ダイナー』へ。

 

 『仮面ライダー・オブ・ダイナー』は、仮面ライダーシリーズとパセリリゾーツがコラボレーションした公式レストラン。

 本家撮影の関係者や、本家仮面ライダーの俳優が入り浸ってることでも有名だ。

 東京池袋駅から徒歩二分でアクセスもいい。

 だが何よりも、その特徴的なメニューが話題になり、客の目を引く斬新なメニューが売りである店だ。

 

 クウガのラスボスをネタにした『ン・ダグマ・ゼソバ』はまぜそばとして割と美味かった。

 逆に主人公をネタにした『喫茶ポレポレ雄介特製カレー』も中々に美味かった。

 でもアマゾンズのイユの目玉ケーキはちょっとオススメできないぜ。

 誰だよ目玉ケーキに赤いフルーツソースかけようとか思いついた料理人……

 

「それより、いいのかい? もうそろそろ時間的に危ないんじゃないか、朝風君」

 

「えっ? ……あっ」

 

 あ、やべっ、今日は午後から仕事あんのに! バイク作りに熱中しすぎた!

 

「すみません! アキラさんを呼んでおいて、置いて行くような形になって……」

 

「気にしてないさ。君が慌ただしいのはいつものことじゃないかな」

 

 マジでごめんなさい。

 

「千世子君によろしく。彼女のことだから、誰によろしくされる必要もないかもしれないが」

 

 そうなんだよなあ。

 

 彼女くらいになると、俺の腕もあまり必要じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事場に入った時、そこはCMの仮撮影中だった。

 俺は第一声も忘れ。

 CM撮影の手伝いに来たことも忘れ。

 ただ、『彼女』に見惚れていた。

 

 幼く、無邪気で、悪戯で、それでいて美しい、そんな少女。

 男女問わず魅了する少女。

 大衆の最大多数人種から愛される少女の姿を()()()()()()()()怪物。

 だから彼女が微笑み動けば、見慣れた俺でも目を奪われる。

 

(相変わらず、綺麗だな)

 

 百城千世子は、美しかった。いつものように、それが当然であるように。

 

(CMの監督を探すか)

 

 時代の変化は、特撮の撮影にも影響を及ぼす。

 その中でも、怪人の造形にまで影響を及ぼしてしまったのが、仮面ライダーBLACK RX(1988年)と仮面ライダークウガ(2000年)の間の断絶……いわゆる、昭和ライダーと平成ライダーの間の十年の断絶だ。

 この断絶の間、仮面ライダーはずっとテレビのレギュラー枠では放送されてなかったんだと。

 

 これが、クウガの撮影に影響を及ぼしちまったんだ。

 世はテレビの革命時代。

 BLACK RXが終わってからクウガが始まるまでの十年で、一般家庭に普及しているテレビの質は一気に上がり、これが撮影スタッフの間でも問題に上がり始めていた。

 

 つまり、『テレビ画質が上がったことでスーツのシワが見えてしまうのでは』という問題が出てきちまったわけだ。

 

 そうして生み出された『仮面ライダーの敵である怪人』が、クウガの『グロンギ』、アギトの『アンノウン』だ。

 グロンギやアンノウンは装飾が多くて洒落てる、って感想を見た覚えがある。

 怪人スーツを作り、後からそこにセットする衣装を作っていくグロンギとアンノウンのスーツの製造方式は、何も知らないとさぞかしオシャレに見えるだろう。

 

 だがあの装飾は、大体がスーツの劣化やシワを隠すためのもんだ。

 特にスーツの部位の中でもシワが寄りやすい股間部分は、腰布や腰アーマーで隠しているパターンが多い。

 そういう視点で見れば、グロンギやアンノウンの"装飾で股間を隠している率"が異常に高いってことにも気付けるはずだ。

 

 つまり、グロンギやアンノウンの衣装ってやつは、オシャレで付けてるわけじゃない。

 あれは画質がどんどん高くなっていくテレビから、シワが寄った部分を守り隠す、一種の鎧だったってわけさ。

 

(まったく、彼女は相変わらずだな……

 年食った俳優は、シワの出る肌を気にしてカメラを変な目で見ることもあるってのに)

 

 高画質なテレビ、高画質なカメラ。

 それはスーツのシワだけでなく、女優の僅かな肌の荒れすらも映し出してしまう。

 技術の発達は、美しさを売りにする女優の僅かな隙すら撮影してしまう、女優にとっては生きにくい時代になった。

 

 それでも俺は断言できる。

 百城千世子を撮影しているあのカメラに、百城千世子の商品価値を落とすようなものは、一切映っていない。

 百城千世子が、そんなものを映させない、完璧な立ち回りを演じきると断言できる。

 

(お、車……そういや今回の仕事は、車屋と百城千世子による新車のCMだったな)

 

 近年、『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』という作品を研究する機会があった。

 サンダーボルトファンタジーは、簡単に言ってしまえば特撮技術の粋を集めて撮影した、ドラゴンボールばりの迫力で行われる、中国風味の武侠ファンタジー人形劇だ。

 人に操られた人形がドッカンドッカンと派手に戦う映像はかなり見ごたえがあった。

 

 このサンダーボルトファンタジーの撮影には、通常の撮影カメラよりも遥かに高画素のカメラが使用された。

 性能が良すぎるカメラ、ってのは人を映すのにあまり向かない。

 肌荒れや眼球の血管すらも映してしまい、変に不気味になってしまうからだ。

 だが人形を俳優代わりに使ったかっこいいファンタジーアクションである"サンダーボルトファンタジー"は、人形なので肌荒れ等もない。

 高画素カメラで撮影することがメリットにしかならないのだ。

 人形劇による撮影は、そうして人間が演じる演劇では真似できない個性、新たなる地平を切り開いたってわけ。

 

 けれど、そんな人間と人形の演劇の関係性にも、例外はいる。

 

 このCMの撮影も、かなり高画質な映像を撮るためのカメラだ。

 人間を撮影するというより、風景を撮影するカメラに近い。

 風景を撮影するカメラはどこまでも良い映像を求めるため、高い解像度を求めることが多い。

 それは女優の僅かな目の下のクマすら許さないような、タイトな映像撮影をするってことを意味するんだが……百城千世子は、なんてこともないように、撮影の舞台で振る舞っていた。

 

 歳を取った女優が嫌がるような、高画素での撮影にも笑顔で応じる。

 高画質のテレビにも一切隙を映さないような、完璧な容姿と振る舞いで演じる。

 サンダーボルトファンタジーが人形劇だからこそ許されたことを、人形のように美しい彼女は、その身一つでこなしてしまう。

 人形のような美しさ。

 人でないような美しさ。

 天使のような美しさ。

 

 ゆえに、付いたあだ名が『天使』。

 彼女はスターズの天使、なんて呼ばれてやがる。

 他の誰かが天使なんて呼ばれてたら俺は心の中で笑ってたかもしれねえが、彼女は別だ。

 彼女に対してだけは、『天使』という評価が過大評価になりもしない。

 

 俺はこの子と一緒に仕事をする度に、"失敗できないな"と気を引き締めている。

 

「あ」

 

 あっ、気付かれた。

 

「そっか、英二君も絡む仕事だったんだ」

 

 天使が俺に微笑みかける。

 

「よろしくね。君がいるならアクシデントがあっても安心かな」

 

「よろしくお願いします、百城さん」

 

 俺の心拍数とか、俺の心情とか、俺の体調とか、全部に影響するような微笑みだった。

 

 百城千世子は今はまだガンには効かないがそのうち効くようになると思う。

 

 

 



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単行本プロフィールで好きなカマキリ、好きなヤスデ、好きな寄生虫が記載してある百城千世子ちゃん

 バイク作りに、車のCMの撮影。

 アキラ君と一緒の仕事のウルトラ仮面に、百城さんと一緒のCM仕事。

 二人共売れっ子だからこういうことは時々あるが、俺が積んでるタスクがこの二人との仕事だけになるのは結構珍しい。

 ちょっとしためぐり合わせというか、運命を感じる。

 

「アキラさんって百城さんの昔馴染でしたっけ?」

 

 塗装に一区切りつけて、今日も来てくれたアキラ君に呼びかける。

 

「そうだね。結構昔から……もうそろそろ十年くらいの付き合いになるのかな」

 

「十年。そりゃ長いですね」

 

 日曜朝のイケメンヒーローと、可憐な若手No.1女優。

 熱愛報道されてもこの二人なら許せる気がする。

 他だったらちょっと殺意を抱くかもしれん。

 

 俺が作ったデザのバイクには、アキラ君だって乗るわけだ。

 アキラ君を事故で死なせでもしたら泣く人は多そうだな。百城さんとか。

 ……手は抜けねえぜ。

 

「やっぱこれだと空力の干渉で変な振動がハンドルに来るから……ここ削って……」

 

「朝風君、そんなにバイクの安全面をデザイン時点で考えなくてもいいんじゃないか?

 安全面に関して神経質になりすぎて、デザインの自由度が少なくなってる可能性だって……」

 

「死にますよ」

 

「えっ」

 

「仮面ライダーのバイクは安全面軽く見ると死にます」

 

 死ぬぞ。

 

「初代仮面ライダー・本郷猛を演じた富士岡さんはスーツアクターも兼任してました。

 危険なアクションもこなしていたものの、バイクで転倒事故が発生。

 富士岡さん曰く、肩の上に自分の足があるのが見えたそうです。

 しかも運び込まれた先の病院が最悪に質が悪かったと聞きます。

 古い医療しかしない、患者が転院を申し出ると拒絶、転院時にカルテの受け渡し拒否……

 富士岡さんは転院先で最先端の医療を受けられましたが、当時は車椅子覚悟だったとか」

 

「その頃日本に人権はなかったのかな?」

 

 あったぞ。

 

「なぜ事故ってしまったのか。

 その理由の一つに、初代仮面ライダーのバイク・サイクロン号が挙げられます。

 何せ、造形師が作ったもので、見かけはいいものの機能性は最悪。

 溶接は造形師、カウルの作成者は彫刻家。

 造形しなかった風防は市販品なのでマシだったものの、非常に脆かったとか。

 最悪なことに、最初のサイクロン号は人が乗ると部品が干渉し走行不能になりました。

 バッテリーもパワーが足りないので後に増設し、結果バランスは悪化。

 改造したマフラーは落ちやすく、一度草むらに落ち火事になりました。

 富士岡さんは後年、いつか事故るだろうと思ってたとインタビューで明かしています」

 

「その頃日本に人権はなかったのかな?」

 

 あったぞ。

 

「そういうことで、仮面ライダーの仕事は分業されました。

 俳優、スーツアクター、バイクスタントの三人で演じられるようになったんです。

 それから毎年、バイクに余計な装飾を盛る人と、それを却下する人の戦いは始まりました。

 そして、歴代七人目の仮面ライダーとなるストロンガー(1975)の到来。

 バイクスタントの栗沢さんはストロンガーのバイクを指して、

 『バイクの原型が残ってるから歴代で一番走りやすかった』

 とコメントしています。やっと仮面ライダーのバイクは、バイクになったのです」

 

「うん、いいことだ」

 

「まあ栗沢さんはその後、撮影中にバイクの下で爆薬爆破されちゃうんですけどね。

 スタッフのうっかりミスでバイクと一緒に吹っ飛ばされて、心停止状態で運ばれました」

 

「その頃日本に人権はなかったのかな?」

 

 あったんだよこの野郎。

 

「現代ではそういうことはもうほぼありません。

 でもアキラさんが乗るかもしれないバイクですし、構造から手は抜けませんよ。

 人が乗った重量でパーツが変形してタイヤに当たったりしたら、最悪でしょう」

 

「ああ、分かった。朝風君の気遣いも感じられたよ」

 

「……いえ、それは、その、別に」

 

 爽やかな微笑みで恥ずかしいこと言うなコイツ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車のCMの仕事の最中も、バイクの進捗が悲しいことになってることが頭から離れん。

 いかんな、頭の切り替えができてない。

 しっかりしろや俺。

 頭の切り替えができないようじゃ、複数の仕事を同時に受ける資格はない。

 複数の仕事を同時に受けてどれかが疎かになるようじゃプロ失格だ、死ねばいい。

 

「ねえ」

 

 うおっ!?

 あ、危ねえ、変な声出すとこだった……って百城さん!?

 なんでこっちに?

 

「百城さん? 休憩時間ですか、お疲れ様です」

 

 とりあえず頭下げとこう。

 あ、微笑んだ。

 この自然な作り笑顔は、差し詰め本物と見分けがつかない美しい造花ってとこか。

 自然の花はうっかりすると枯れるが、造花は枯れない。

 彼女の作り笑顔はとても自然で、かつ大抵の逆境で揺らがない強さがある。

 

「セット組み直してるらしくてさ、私暇になっちゃったんだ」

 

「そうでしたか。俺に何かご用ですか?」

 

「ねえ、また虫の話してよ。前は仮面ライダーの元ネタの話聞いたから、それ以外で」

 

「え、虫の話?」

 

「私が聞いたことのある虫の話をしたら罰ゲーム、でどうかな?」

 

「え゛っ」

 

 おい仕事で無茶振りするのは許すが仕事以外で無茶振りすんのやめろ。

 そもそも仮面ライダーの話を百城さんにした覚えは……いやどうだっけ、覚えてねーわ。

 えー、なに、虫の話?

 どうすっかな。

 百城さんが聞いたことのない虫の話か……じゃあニッチな話した方がいいのか?

 

「えーと、モスラいますよね。百城さんはご存知ですか?」

 

「虫の大怪獣だったっけ」

 

「そう、それです」

 

「あれ、()だよね?」

 

「!」

 

「綺麗な(チョウ)って言ってる人いるけど、あれは蛾だよね」

 

「……さすがお目が高い」

 

 大怪獣モスラ。

 虹色の美しい羽を持つ、女性人気が昔から高い蝶の怪獣……と誤解されることが多い、蛾の怪獣だ。

 平成の主役映画では全身フルメタルの鎧モスラなども登場し、クッソかっこいい。

 モスラをダサいと言う奴には例外なく鎧モスラでググらせることにしてる。

 

 しかしすげーなコイツ、昆虫博士か?

 そういえば小学生の頃昆虫博士とか呼ばれてるやつクラスにいたけど中学校にはいなかったな……もしや、昆虫博士とかいう役職には小学生しかなれないのでは……?

 

 チョウ目の中で蝶とされる個体を除いた、残り全てのチョウ目を蛾と言う。

 なので蝶が持っている特徴って奴は、必ず蛾のどれかが持っている。

 蛾ってのは要するに『その他』なのだ。

 未確認奇天烈生物のモスラは学術上、どんなに綺麗でも蛾でしかねえのだ。

 

「それで、今のところ私が聞いたことのある話だけだけど、これだけ?」

 

 おう、無茶振り。

 この人地味にサドっ気あるんじゃねえか?

 しかし女の子に虫の話ってどこまでしていいのか判断に迷うぞ。

 

「えと、1996年にそのモスラの平成シリーズ一作目がありまして」

 

「うんうん」

 

「撮影のためにスタジオに天然芝を運んできたんですね」

 

「人工芝じゃないんだ。今なら人工芝になるのかな?」

 

「凝り性な製作スタッフだったのでどっちにしても天然芝だったと思いますよ。

 で、スタジオに天然芝を持ってきたわけなんですが、そこからどうなったと思います?」

 

「どう、って?」

 

「天然芝にくっついてたヒルの卵が、照明に暖められて一斉に孵化したそうです」

 

「……ヒル!?」

 

「なのでヒル注意の張り紙貼って撮影を継続したそうです」

 

「いや撮影中止しないの……?」

 

「血を吸われたくらいじゃ死にませんからね」

 

 どうだ? このラインの話はセーフか? アウトか?

 百城さんも女の子だ、気持ち悪いとか思われてねえよな?

 

 ……駄目だ! 内心が読めねえ! 自然な作り笑顔が可愛……じゃなくて、自然な作り笑顔のせいで感情が読み切れねえ!

 ちょっと驚いた表情とかさえ演技に見える!

 

「他にそういう話ってあるの?」

 

 あ、意外と反応悪くないやつだこれ。

 

「1970年にガメラ対大魔獣ジャイガーって映画があったんですよ」

 

「私のお母さんも生まれてなさそうな大昔だね」

 

「ジャイガーは産卵管を相手に突き刺し、卵を産み付けるタイプの珍しい怪獣なんです」

 

「寄生蜂みたいな怪獣なのかな?」

 

「ええ、まあ」

 

 昆虫博士かよ。

 

「このジャイガーが産卵したゾウの鼻を切って、寄生虫を取り出すシーンがあるんですよ。

 メイクしたゾウの鼻を使って、特殊撮影でボドボドーっと出て来る寄生虫を描写したんです」

 

「へぇ」

 

 なんだそのへぇは。どういう意味のへぇだ。

 

「豚の内臓の寄生虫を臓物屋から仕入れてきたんだそうです。

 豚の寄生虫を怪獣の幼虫に見せかけたんですよ

 あまりにもグロテスクだったので映像にはフィルターかけたって言ってました」

 

「豚の臓物から回収したのなら、多分豚の回虫かな」

 

 寄生虫博士かよ。

 

「こんなもんでよろしいですか?」

 

「他に何かある? 映画の話なのに、私が聞いたことがない話は興味あるかな」

 

 この大女優、寄生虫が大丈夫なタイプの美少女だったか……幻滅はしないが意外だな。いやめっちゃびっくりするわ。寄生虫に興味ある天使……?

 アキラ君とか下ネタ苦手だったし、多分彼でもこの寄生虫話はギリギリだぞ。

 しっかしトークとか本業でもないのに何頑張っちゃってんだ俺は。

 

「ええと、他だと」

 

「百城さん! 休憩終わりですよ、戻ってください!」

 

 よかった、タイムアップだ。

 

「あらら……英二君、話の続きはまた後でね」

 

「え、あ、はい」

 

 やべーな、話のネタが尽きるぞ。ネタを集めておこう。

 

「監督は朝風さんも呼んで来いって言ってましたけど」

 

「え?」

「え?」

 

 なんかあったか? 嫌な予感しかしねえ。

 

 

 

 

 

 俺と百城さんを呼び出した監督は、「スカートのなびきを調整してくれ」と言い出した。

 どうやら、今回のCMを作るにあたって監督が持ってきたイメージは、新規発売車とマッチする百城千世子を演出するため、夏らしいワンピースとスカートのはためきを持ってきたいらしい。

 澄み渡る青空、鮮烈な木々の緑、そこにスカートがなびくワンピースの百城千世子を車の脇に添える……なるほど、ベタだがいい絵だと思う。

 監督は色気や淫靡さを出すためではなく、少女らしさを出すためにイメージ通りにスカートを動かしたいっぽい。

 

 だが、撮影用大型扇風機の風量を調節しても、いい感じになびかないらしい。

 監督は今の衣装に問題がある、と考えたようだ。

 つまり、俺の出番ってわけだな。

 

「分かりました。丁寧に仕上げるんで10分ください」

 

「オーケー。休憩10分延長!」

 

 ハサミと針と糸を引っ掴んだ俺の手元を、百城さんが覗いている。

 やめろ。

 照れる。

 手元が狂う。

 

「どうするのかな?」

 

「スカートに重りが足りないんですよ、多分」

 

 カーテンに触れたことがない人間、というのはいないだろう。

 だが、"カーテンのどこが一番重いのか"と考えたことがある人は、そこまで多数派ではないだろうと俺は思う。

 カーテンで一番重いのは、下端だ。

 下端の折り曲げられたところのウェイトが計算され、僅かな風ではためきすぎないように、かつ人間が簡単に開け閉めできるように、軽さと構造が計算されている。

 完成されたカーテンは、風が吹いても、見ていて不快でないなびき方をする。

 

 この技術が応用されたのが、仮面ライダーウィザード(2012)だ。

 仮面ライダーウィザードの制作陣は、それまで戦隊シリーズを担当してきた岩垣さんをアクション監督に招き、魔法使いのローブを華麗にはためかせる流麗なアクションを実現した。

 人によって「踊っているよう」「魔法使いそのもの」「華麗の具現化」と様々な評価を下すそのアクションは、今でも仮面ライダー最高傑作と言う者がいるほどだ。

 

 そんなウィザードのアクションを支えた最たるギミックが、マントでありコートでもある造形の『魔法使いのローブ』である。

 ビニルレザーで形成し、フチをポリ塩化ビニルで加工してラインを作り、端にはカーテンと同様の理論で計算されたウェイトが仕込まれた。

 この魔法使いのローブはウィザードが飛んだり跳ねたり、その場でくるりと回るだけで綺麗に動き、仮面ライダーウィザードの華麗な動きを視聴者に印象付けたという。

 

 必要なのは計算だ。

 マントローブも、カーテンも、スカートも同じ。

 下端のウェイトを計算して、百城さんの身体能力を計算に入れれば、百城さんの動きに合わせて狙った通りにスカートを動かすことは、そう難しいことじゃない。

 

「では、今作った布のウェイト仕込みますんで、百城さん着てる服ください」

 

「私が着てる服をください? 裸が見たいの? セクハラかな?」

 

「!? せ、セクハラなんてしませんから!

 更衣室かなんかで着替えてくれればいいですから!」

 

「うん、分かってる。それじゃ着替えてくるね」

 

 この野郎! からかったな! ぶっ殺……どこかでほどほどに適度に痛い目見やがれ!

 

 ……駄目だ、本心が見えない。なんなんだこの美少女!

 

 

 

 

 

 ささっと10分で仕上げた俺を待っていたのは。

 

 "あ、これ今日中に終わる仕事じゃねーな"という確信だった。

 

「うーん……スカートの動きは理想的になった。

 でもだからこそ分かった。このワンピースじゃ駄目だ。

 このCMに相応しい専用の衣装を作る必要がありそうだな……」

 

 これだから凝り性な監督は!

 良いもの作るけどよ! その苦労のしわ寄せは下に来るんだぞ!

 低寺プロデューサーが作ったクウガとか凝り性がいい方向に噛み合ってたけどよォ!

 

「朝風、新しいの作れない?

 あの銀色のカーボディとマッチしつつ、天使のイメージに合うような衣装」

 

「……えーと、硬質でメタリックな車と、柔らかな百城さんの印象を、服で合わせろと?」

 

「そうそう。んじゃぱーっと頼むね? 特別ボーナス上にかけあっておくからさ」

 

 硬いイメージの車と柔らかな少女のイメージを合わせろってか。

 確かに百城さんが車に寄り添う絵を撮るなら、百城さんと車の間にあるものは、百城さんが着ている服以外にはない。

 服をクッションにして、車と百城さんのイメージを合わせる気か。

 でもな、割と高難易度だぞそれ。

 

 百城さんは売れっ子だ。彼女の世代では間違いなくトップと言い切れる。

 そんな彼女は、料理で言えば最高級の食材だ。

 俺が彼女に服を作るということは、最高級の食材を調理するに等しい。

 下手な仕事をすれば、素材の良さは全く活かされなくなるだろうよ。

 最悪だ。

 

「できるか? 朝風、監督としてお前にしか任せられないんだ」

 

「できます、任せてください」

 

「よーしそう言ってくれると信じてたぞ」

 

 期日的にもそんな余裕ないな。死ねよ……滅びろよTV業界……凝り性な監督より仕事が速くて安定してる監督の下の方が仕事は本当に楽だわ……

 

「英二君」

 

「百城さん?」

 

 天使は、俺に微笑んだ。

 

「頑張って」

 

 しょうがねえな!

 

「頑張ります。百城さんも期待して待っていてください」

 

「そうだね。期待して期待して、ハードルを上げて待ってるね」

 

「あっ、それはちょっと許してください」

 

 バイクと新衣装か。ピンチの理由が増えてきたな、震えてきやがったぜ。

 まずはバイクか新衣装か、どっちかでも片付けないと話にならないな。

 

 仕方ない、最後の手段だ。

 人を頼ろう。

 ちょっとのアドバイスでいい。

 何かが変わるきっかけになればいい。

 

 現役の伝説の男達の一角、黒倉伸一郎さんと、井下敏樹さんにアドバイスを求める―――!

 

 

 




 なお少年はからかわれただけであんまり多くアドバイスは貰えず終わった模様


【原作コミックスのプロフィールを転載しつつ主人公のを追加する】

●夜凪景
 16歳 身長168cm
・好きな映画
 ローマの休日、カサブランカ、風と共に去りぬ
 「意外にラブロマンス好き」

●百城千世子
 17歳 身長157cm
・好きな映画
 晩春、ローマの休日、時をかける少女、花とアリス
 「お気に入りの横顔を探している様子」

●星アキラ
 18歳 身長173cm
・好きな映画
 スパイダーマン2、ダークナイト、キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー
 「2作目が好きな様子」

●湯島茜
 18歳 身長158cm
・好きな映画
 フォレスト・ガンプ、ビッグ・フィッシュ、横道世之介、6才の僕が大人になるまで
 「一生懸命な男の子の人生に泣いちゃいがち」

●朝風英二
 18歳 身長160cm
・好きな映画
 AtoZ運命のガイアメモリ、ガメラ2レギオン襲来、ベリアル銀河帝国、パシフィック・リム
 「懸命な者が最後に勝ってこその物語」


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芸術は天使と共に在り

 この作品の時代設定だと英二くんアキラくん茜さんが2000年生まれの18歳で、仮面ライダージオウの主人公と同じって感じですかね

 祝え! 新たなる仕事の誕生を!


 うーん俺の周りは畜生多すぎねえか。からかわれるだけで終わってしまった。

 

 いや大人は信頼や期待してくれてんのは分かるが。

 一昔前の大人は「アドバイスで簡単に解答を教えると若者のためにならない」みたいなノリ持ってるからなあ……あれ、どうなんだろう。

 俺としてはサクッと答えを教えて欲しい。

 でも実際はどうなんだろうか?

 簡単に答えを教えるのは間違いなのか、そうじゃねえのか。

 

 分からん。

 俺みたいな製作者じゃなくて、物語と映像を0から作る創作者ならどうなんだろうか。

 自分の中にある何かを外側に出力する俳優や監督は、安易に他人に答えを求めなかったりするんだろうか?

 分かんねえな。

 

「ふー」

 

 結局、バイク案も衣装案も完成してねえ。

 期限的には一刻も早くやらないと間に合わない、ってほどカツカツでもねえが、撮影や企画準備ってのは余裕があればあるほどいい。

 時間があるとはいえ期限に余裕があるわけでもなし。急いだ方がいいだろう。

 

「あ、そうだ」

 

 思い出した。

 親父のバイク図鑑が何十冊か俺ん家にあったはずだ。

 家に帰れば、あれを参考にできる。

 

 多くの脚本家、デザイナーは、"頭の中の引き出しを増やす"ことが重要だと語ってる。

 おう、ド正論。

 まったくもって同意だ。

 普段から多くの本、多くの図鑑を見ておくことで頭に情報が蓄積され、何かを作る時に活かされる『地力』になってくれるってわけだな。

 

 特にスケジュールがキツキツになりがちな特撮映画、毎週一本撮影しないといけない特撮番組の現場ではこいつが必須になる。

 企画段階で脚本やデザインが全部ガッチリ決まってる、なんてことはまずありえん。

 大抵の場合は撮影しながら、放送しながら、脚本・ヒーロースーツ・怪人スーツなどを作っていくもんだ。

 

 なら、そこで一々資料は探す時間はねえし、参考本なんて買ってられねえし、資料の山からデザイン集を引っ張り出してくる時間もねえ。

 何せ最悪、毎週新しい怪人を出さないといけない番組もあったんだ。

 頭からパッと情報を引っ張り出して、商業的に合格のラインのもんをささっと作る、そんな腕と知識が必要になるもんだぜ。

 

 仮面ライダー電王(2007)放映時、造形会社ブレックス所属デザイナーの安倍さんは、電王の第一話と第二話の脚本が出来上がった頃、西映の黒倉プロデューサーにこう言われたそうだ。

 「プラットフォームってのが出ることになったので描いてください。30分で」と。

 この無茶振りもう殺意抱いても仕方ねえと思うんだけど?

 

 バンダイと西映の同時要請みたいなもんだから、まあ断るのも難しく、しかもブレックスの安倍さんにはこれをサクッとこなしてしまう能力もあった。すげえ。

 安倍さんも中学校の頃から特撮デザイナーを目指してた人だし、頭の中に入ってる資料の量はとんでもねえこったろう。

 俺の親父もそうだ。

 資料を普段から沢山頭に叩き込んでる男だった。

 

 俺も親父のマネをしてきたが、親父の持ってた資料にはまだ手を出してなかった。

 親父のメカデザインは凄かったが、そいつは親父が軍艦などの兵器や、バイクやスポーツカーなどのメカニカルなもんを十分研究してたからだ。

 親父のバイク系の参考資料を見れば、俺のバイク仕事も一歩先に進むかもしれん。

 

 揺れる電車の中、親父の残した資料に思いを馳せる。

 

「あとは、構成素材(マテリアル)か」

 

 こっそりと、電車の音で消えてしまうくらい小さな声で、俺は呟いた。

 

 現在、仮面ライダーのスーツを作る主要構造材は二種類。

 FRP(繊維強化プラスチック)と、ウレタンだ。

 

 FRPは炭素繊維などを内部に仕込むことで、強度を飛躍的に上昇させたプラスチック。

 仕組みとしては、コンクリートの中に鉄筋を仕込むことで強度を飛躍的に引き上げる鉄筋コンクリートのそれに近い。

 こうして作られたプラスチックは、引張・捻じれなどの弾性強度が極めて高いものとなる。

 

 ウレタンは柔軟で、多様性と汎用性がある、極めて便利な素材だ。

 人工皮革にすれば硬い靴底にもなり、柔らかく仕立てればソフトパッドになり、スポンジや接着剤に使うことすらできる。

 仮面ライダーのメタリックに見える(が実はそこそこ柔軟性を持つ)装甲は、このウレタンの上に塗装を施すことで完成する。

 

 FRPは硬く、鋭い角や、鋭利な角度の装甲も仕上げられ、硬質な質感も出せる。

 よってアップ撮影などに使う、アップ用スーツに向いている。

 ウレタンは壊れにくく、柔軟で強靭、折れや割れとも無縁だ。

 よってアクション撮影などに使う、アクション用スーツに向いている。

 

 西映の仮面ライダーが使うバイクには、FRPは使えない。

 ちょっと転べば折れて怪我に直結する上に、鋭く割れるという最悪のパターンになった場合、現代の仮面ライダースーツすら貫通して、中の人の肉に深く刺さりかねないからだ。

 けれども、ウレタンの方はバイクパーツに使われることがある。

 硬質ウレタンは危険な『割れ』を避けつつ、仮面ライダー達の剣も硬質ウレタンで形成することが可能なほどに、十分すぎる硬度を持つからだ。

 

「ウレタンかなやっぱ」

 

 基本強度を計算し、ステンレスパーツとウレタンパーツでバイクの装飾を作る。

 この方向性で良い……と思う。

 奇抜な素材を使いたい気持ちもあるが、希少な素材は値段がたっけえし、壊れた時に素材を取り寄せようとすると苦労することもある。避けてえところだ。

 

 ありふれてる素材ってのは、安いし簡単に手に入るっつー最高の長所がある。

 FRPもウレタンも、一般人もプロも買ってて、色んな人が買うから企業も沢山作ってて、沢山作られてるからどこでも買えるし値段も安い。

 この長所を無視して奇抜な素材に走る、ってのは俺の趣味じゃねえな。

 

 要所に塗料・マジョーラを使うこと。

 バイクパーツにウレタンを使うこと。

 そこまでは決まった。

 じゃあ、ここから俺は、どうデザインを設計していくべきなんだ……?

 

 

 

 

 

 移動中も色々考えたくて電車に乗ったが、最近は電車でスマホ弄る人増えた気がするな。

 電車降りて、後はバスで帰るか。

 

 ……ちょっと寄り道したくなってきたぞ。

 あの駄菓子屋まだ残ってるかな?

 "このガムの中に一個だけめっちゃ酸っぱいハズレが入ってるよ"ってガムとか買ってたんだけどまだ売ってるといいなぁ、へっへっへ。

 

「あ」

 

「あ」

 

 って、夜凪さん? 制服……ってああそうか、この年頃って学生なのが普通だったか。

 

「夜凪さん。学校の帰りですか?」

 

「お隣さんの……そう、美味しいお弁当の人」

 

「朝風です、朝風英二」

 

 俺の名前のインパクトが弁当のインパクトに上書きされてる!

 

「あなたも学生の人?」

 

「いえ、俺はもう働いてるので」

 

「そうなの? だからいつも家にいなかったのね」

 

 いや、家に帰ってなかったのは面倒くさかったからっす。

 仕事場に寝泊まりって楽……めっちゃ楽……俺の携帯に仕事の電話かけてくる人も、俺の事務所の留守電に仕事の依頼残す人も、事務所に直接来る人も、全部対応できるからな!

 事務所=自宅が許されるのは若い内だけ、らしい。

 もっと自宅に帰る癖付けた方がいいんかね。

 

「ここで会えたのも何かの縁ですし、ご飯でも奢りましょうか?」

 

「嬉しいけど遠慮するわ。私は家に帰って弟と妹にご飯を作ってあげないといけないの」

 

「家族思いなんですね」

 

「普通だと思うわ。親がいなかったら、姉ってこうするものでしょう?」

 

 !

 この歳で親がいなくて、かつ家族思いとは……いかん。俺こういう話に弱い。

 家族思いな人っていいよなあ。尊敬する。

 俺は親父が死ぬまで、親父に息子らしいことしてあげられた記憶がない。

 なんかこの子にしてやりたいな、って思っちまうな。

 

 しかし、なんだ?

 この子が自分のことを話してる台詞が、妙に他人事に聞こえる。

 役者が役を演じているときのような、かすかな作り物っぽさを感じる。

 気のせいか? 気のせいだよな。

 

「それじゃ弁当やお惣菜でも奢りますよ。そこのお店あたりで」

 

「そんなにしてもらう理由がないわ」

 

「実はちょっとお願いしたいことがありまして」

 

「お願い?」

 

 人間は理由のない施しを中々受け取らないが、だったら理由を付けてやりゃいい。

 

「俺はあんまり家に帰らないので、回覧板が来てたら回しといてほしいんです」

 

「そういえば、ご近所の人が朝風さんは回覧板を回さない人間の屑って言ってたわ」

 

「うぐっ……」

 

 やべーな。もうちょっと家に帰るようにしねえと。

 

「弁当どれ買います? 俺を助けると思って、どうかお願いします」

 

「じゃ、お言葉に甘えて、ハンバーグカレー弁当を三つ」

 

 ハンバーグにカレーとか欲張りセットだな。

 最近の弁当はすげえや。

 俺も料理とか人並みにしか作れないが、俺が自分で作る料理よりコンビニ飯の方が美味いと感じる時もあるんだよなあ……悲しいぜ。

 

「この店初めて来ましたけど、このハンバーグカレー弁当子供が好きなものが詰まってますね」

 

「そうね」

 

「夜凪さんがこれを選んだのには何か理由があるんですか?」

 

「子供は、好きなものに好きなものを足したらもっと好きだと思うものでしょう?」

 

 そうだな、子供は好きなものに好きなものを足すのが好きで、日曜朝のヒーロー番組ではその辺りも常に意識して―――いや、待て。

 

 好きなものに、好きなものを足す?

 

「閃いた」

 

「ヒラメ? ヒラメのお弁当が欲しいの? 店員さん、ヒラメ弁当も追加で!」

 

「え? ま、待った待った!」

 

 お前は難聴系主人公さんか何かか! 待て待て! その弁当俺が嫌いな野菜入ってる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠い。

 眠いが、眠くない。

 矛盾してるが、最高の仕事が出来た日の翌日、徹夜明けの朝はいつもこうだ。

 体は眠りたがってるのに、意識はギンギンに覚醒してハイになってやがる。

 

 CM用の百城さんの服と、バイクの設計図は完成した。

 夜凪さんから得たヒントが、俺の中に足りなかったピースをきっちり埋めてくれた。

 センキュー夜凪。

 好きなものには好きなもんを足せばいい。そう考えてからは早かった。

 

 百城さんとのCMの仕事も、アキラ君との特撮仕事も、分割して考える必要なかったんだ。

 何故なら。

 俺は百城さんもアキラ君も、二人とするどっちの仕事も、好きだったんだから。

 

「では朝風君、見せてもらおうか」

 

「はい、では、新衣装を身に着けた百城さんをご覧ください」

 

 かつ、かつ、と小さな足音を響かせて、その衣装を身に纏った百城さんが来た瞬間。

 

 新人の息を飲む音と、熟練の監督が目を細める仕草が、仕事が当たったということを俺に確信させ、安堵させた。

 

「白のワンピース……いや、照明の加減で、うっすらと青紫が見えるな」

 

「はい。薄めたマジョーラによる塗装を施してあります。他にも、細かいところに色々」

 

 ベースはありきたりな白一色のワンピース。

 スカートに前回監督に要望された通りのなびく仕込みをすることを忘れないようにして、それ以外の部分には大幅な改造を施した。

 

 製作にあたり俺がまず思い出したのは、仮面ライダーオーズ(2010)に登場した主人公の最強形態・プトティラコンボだった。

 

 平成仮面ライダーのスーツは、ベースが黒というものが多い。

 黒いタイツに、ウルトラマンスーツに使う『ネオプレーンゴム』というゴムの黒い種類のものを含有させ、ゴムとタイツの中間の性質を実現するものが開発されてから、黒いスーツをベースに主役仮面ライダーを作るというシステムは更に確固たるものになっていった。

 これは西映がインタビューされても製法を明かさなかった秘蔵のスーツ製法だったが、近年はこのスーツに代わる黒いスーツの製法が、次々生み出されるようになってったという。

 

 んで、紫と黒の装甲を際立たせるため、ベーススーツを白くしようってなったのが、仮面ライダーオーズ・プトティラコンボだった。

 悪くねえ選択だ。

 おかげでプトティラは、たいそうカッコいい仮面ライダーになったしな。

 プトティラの白いベーススーツは、無地の真っ白なグロー感のあるものがセレクトされ、アクション用スーツは通気性の良いメッシュ生地にて作られた。

 今回使ったのは、このプトティラのスーツ製法と縫製技術だ。

 

 白いワンピースに、グロー感のあるプトティラコンボの白地スーツを合わせ、そこに下地になる白色塗料を含有させ、一旦乾燥させ、服の裏側に薄い裏地を貼ってから、本塗装を行った。

 

 ただの布の上には、綺麗に塗料が塗りにくい。

 なんで、プトティラを参考に改造したワンピースに無害な白い塗料を染み込ませて、柔らかい仕立てになるよう固めた。塗料の上には塗料が乗るからだ。

 塗料が固まっても、ワンピースの生地の柔らかさは損なわれない。

 そして百城さんの肌に塗料が触れないよう、服の裏に薄い生地を貼り付けた。

 

 最後に、服の表面を薄めたマジョーラにて塗装した。

 マジョーラは薄めて使うことで、下地の色を取り込みつつ、マジョーラの色をまろやかに引き立てるという使い方もできる。

 

「ねえ英二君、これなんて名前の塗料を使ってるのか聞いてもいい?」

 

 えっ、百城さん、ここでそれ聞く?

 

 勘鋭すぎんだろこの美少女。

 

「……マジョーラの中でも、天使(ミカエル)と呼ばれるカラーリングのものを使ってます」

 

 おい百城千世子。

 その表情はなんだ。

 皆さんその頷きにはどういう意味があんの? なんで皆頷いてんの?

 

 ミカエルは、仮面ライダー響鬼に使われたアンドロメダIIと同じシアン&パープルの改良品……いや、正確にはバージョン違いのマジョーラだ。

 オパールカラー2PLが多く配合されていることで、マジョーラ特有の多彩な色合いが、天使らしい白っぽくて柔らかなカラーリングに仕上がっている。

 そういう塗料だ。

 

 少し薄めたミカエルと、かなり薄めたミカエルを併用すれば、ミカエルだけで服の表面を塗装してもかなり美しい仕上がりになる。

 優しく、柔らかな、白を貴重とした模様を描ける。

 百城千世子という天使の服の上に、天使(ミカエル)を表現できるってわけだ。

 

 ワンピースの上にこのミカエル塗料を、濃淡を付けた波模様状に塗装することで、このワンピースは金属に親しい硬質さと天使を思わせる柔らかさを同時に表現する。

 柔らかい金属を表現するだけなら液体金属っぽさを出せばいい。

 だが、硬い印象と柔らかい印象を両立するだけでは、百城千世子にはあまりにも相応しくない。

 『天使らしさ』ってやつも強調しなきゃ、プロの仕事じゃねえさ。

 

「いいよいいよイメージ通り! 流石は朝風英二だ、仕事が早い!」

 

「満足していただけて光栄です」

 

「悪いね、こんな監督で。昨日の夜も電話で色々注文つけちゃったしさ」

 

「……いえ、それが俺の仕事ですから」

 

 殺してえ。

 だが表現者なんて皆こんなもんだ、しょうがない。

 表現者が「こういうアイテムが欲しい」と言ってきたなら、その人がイメージ通りに創作するために、必要なもん作るのが俺だ。

 できないんなら、俺の腕がポンコツだったってだけの話さ。

 

 それに、いつものことながら、この達成感は悪くない。

 

「お疲れ様」

 

 百城さんが労ってくれた。

 いたずらっぽく笑って、俺の前でくるりと回り、スカートの裾を摘んで――おとぎ話の中のお姫様がそうするように――俺にお辞儀する。

 芝居がかった自然な動作、という矛盾する所作。

 うーわ可愛い。

 

 こうして見ると、俺の服が美しいものに添えるだけの添え物でしかないとよく分かるぜ。

 "服に着られている"ってことが絶対にないのが、この人の素晴らしいところだ。

 

「ふふっ」

 

 何故今俺の顔見て笑った?

 

「知ってる?

 昔の芸術家って、よく天使の絵や像を作ってたんだって。

 何故かっていうと、天使は物を作る芸術家を守護するものだったからなんだって」

 

 ああ、知ってるよ、天使様。

 

「もったいないお言葉です。撮影頑張ってください、百城さん」

 

「うん、最高の()が撮れるだろうけど、それよりさ」

 

 なんぞや?

 

「私は君の頑張りに報いるために頑張ります、とか言ってあげようか?」

 

 試すようなこと言うな、この人。

 そう言われたら俺は確かに、天にも昇る気持ちになるだろうがよ。

 そう言われたら、嬉しさで死ぬかもしれねえけどよ。

 

「遠慮しておきます。貴女がテレビを見る多くの人達のために演じてること、知ってますから」

 

 その服は、俺を魅了するためのもんじゃなく、大衆を魅了するために作ったんだぜ?

 

 百城千世子は微笑んだ。

 その微笑みは、俺の気のせいかもしれないが、いつもより年相応の微笑みに見えた。

 

「それじゃあね」

 

 感情が読めないからかい屋はこれだから怖い。

 今のからかいに"言ってほしい"と答えてたらどうなってたことか。

 幻滅されてたか。

 失望されてたか。

 百城さんの心情はいまいち読み切れないから、分からん。

 

 ただ、彼女に必要な物を作ってやれたことには、満足感しかねーな。

 

 俺にも作れねえものはある。

 百城千世子は長年のトレーニングで、俺が作れないそれを身に着けている。

 だから彼女は若手世代を代表する売れっ子女優で、俺はカスみたいな俳優にもなれない。

 彼女の微笑みと、俺の作る物は同じだ。

 何年も何年も頑張って、ようやく作れるようになった、自慢のものなんだ。

 だから、誰もが彼女に魅了される。

 

「さて、撮影に一区切りついたら次はバイクだ。作成の予定を立てないと」

 

 もうひと頑張りだ、さあやるぜ。

 

 アキラ君にもっと多くのスポットライトを当てて、目指すはあの天使超えだ!

 

 スポットライトを集めるような良いバイク、ここに作り上げてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アキラ君にそのバイクを見せた瞬間、手応えみたいなもんを感じた。

 

 銀と緑を基調にしたバイクは、アキラ君の視線の先で、きらりと輝いていた。

 

「これは……近未来的? いや、生物的? 朝風君、これは」

 

「次の番組展開に合わせて作った、バイク案の完成形です」

 

 基本の塗装は通常塗料にし、要所にマジョーラ『セイファート』と、マジョーラ『ガブリエル』を使用した。

 セイファートはシルバー&グリーンのマジョーラ。

 ガブリエルは天使(ガブリエル)の名の通り、百城さんの衣装に使った塗料の兄弟にあたる塗料であり、真珠のような輝きを放つグリーン&パープルのマジョーラだ。

 

 特撮の世界、特に仮面ライダーの世界では、風を緑色で表現する。

 俺は一度記憶していた西映作品の『風の表現』を思い出し、その一部を抽出し、このバイクの表面に、うっすら見える緑の模様として再現した。

 主に参考したのは、仮面ライダーW(2009)のサイクロンジョーカーが回し蹴りをした時、エフェクトとして現れる緑の風である。

 

 セイファートが銀と入り混じる緑を描き、ガブリエルが紫と入り混じる緑を描く。

 要所に彩られたマジョーラは、通常塗料と相まって、バイクの表面に風を描く!

 光の加減で角度ごとに違う表情を見せるこのバイクは、まさしく風そのもの!

 星アキラは風になるのだ!

 

 ……何考えてんだ俺は。

 徹夜の影響まだ残ってんのか。

 やべえ、今の中二すぎる思考を口に出してたら、自殺もんだったぜへへへ……

 

「悩んでいたフォルム形状がようやく決まったったんだな、朝風君」

 

「はい。アキラさんが協力してくれたおかげです」

 

 百城さんの衣装は、アキラ君と一緒にやってた仕事で使った技術の流用で完成した。

 そしてこっちのバイクもまた、百城さんをヒントに得た着想で完成した。

 

 スターズの天使、百城千世子。

 俺がそこから連想したのは、天装戦隊ゴセイジャー(2010)だった。

 「地球(ほし)を守るは天使の使命!」を合言葉に、人の姿をした護星天使という存在達が地球を狙う悪と戦う、という戦隊シリーズの作品だ。

 『戦隊全員人間じゃない!?』と驚いていた人がいたのが記憶に新しい、かなり踏み込んだ設定の異色戦隊シリーズだ。

 結構すき。

 まあ異色って言ってもカーレンジャー(1996)ほどじゃねえが。

 

 『星を護る天使』。

 星アキラと百城千世子と一緒に仕事をしていた俺は、ここにぴーんと来たわけだ。

 

 ゴセイジャーの敵をデザインした東澤安施さんは、企画者の松丼大さん、老松豪プロデュサーからの要望を聞き入れ、"虫をデザインに取り入れているが虫に見えないロボの敵"をゴセイジャーの敵としてデザインしていったという。

 おかげで、敵の本拠はガをイメージしたものに、本拠から飛び立つ宇宙船はサナギをイメージしたものになったそうだ。

 虫と機械の組み合わせで子供を魅了した、というものなら日本特撮には代表格がある。

 

 そう。

 ()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()だ。

 

 仮面ライダーのバイクというものは、虫と機械の延長にある。

 東澤さんがゴセイジャーで描いたデザインを思い返せば、それらのデザインを参考にして、仮面ライダーのようで仮面ライダーじゃないバイクのデザインも作れる。

 虫のようで虫でない、仮面ライダーらしくないのに仮面ライダーの良さを継承した、そんなウルトラ仮面のバイク。

 これでまず、バイクの大雑把な方向性が出来た。

 

 虫らしさをイメージした俺の頭に、そこから百城さんとした会話が蘇る。

 そして連鎖して、モスラ3キングギドラ来襲(1998)に登場したモスラの最強形態、鎧モスラが頭に浮かんだ。

 

 鎧モスラにはデザインとして、一つの革新がある。

 それは、メタルボディに虹色の羽を合わせたということだ。

 

 現代デザインにおいて、鉄っぽい造形を作るなら、色は極限まで減らす方が簡単だ。

 カラフルにすればするほど、『錆の臭いがしそうなほど重厚な鉄の塊』からは遠ざかる。

 重厚な鉄っぽさと虹色を最高の形でマッチさせることは難しく、これがデザイン技術的に成立したのは比較的近年である。

 

 鉄と虹を合わせた成功例があまり多くなかった時代に、前例の真似ではない形で最高の成功例を見せてくれたものが、モスラ3にて登場した鎧モスラなのだ。

 

 俺は参考資料の一つに、この鎧モスラを使った。

 鎧モスラは美しい流線型の体型をしており、空力を意識した細身のフォルムは、生物というよりもバイクのそれに近い。

 更にはマジョーラの多彩な色合いと、無骨なメタリック塗装の部分をマッチさせるのに、鎧モスラの造形は最高の参考資料と断言できる。

 断言して悪いか!

 

 仮面ライダーのバイクは、バッタの改造人間のバイク。

 ゴセイジャーの敵は、虫をモデルに使った虫に見えないメカ要素ありの怪人。

 鎧モスラは、メタリックなボディを手に入れた虫。

 これを、俺の頭の中で混ぜて、俺の頭の中で一つのイメージにまとめる。

 

 そうして出来たシルエットに、通常塗装と、セイファートとガブリエルの二種のマジョーラを塗り、バイク表面に風を作り上げた。

 

 今こいつには、仮面ライダーと、戦隊シリーズと、大怪獣モスラの魂が宿っている。

 風をバイクの形にしたかのようなバイク。

 こいつはまさに、俺にとってのサイクロン号だった。

 

「アキラさん、どうですか?」

 

「デザインは申し分ないと思う。これが走ったら、流れる背景に相当映えそうだ」

 

 よし! 好感触!

 

「ところで、さっき向こうで拾ったんだけど」

 

「え?」

 

「これ、千世子君の方の仕事で使ったっていう塗料だろう?

 それでこっちはバイクに使った塗料だったね。

 この二つ、入れ物を見るに天使(エンジェル)コレクションというシリーズものだったのか」

 

 やめろや、そういう目ざといの。

 

「天使か。千世子君のあだ名を思い出すな」

 

 おい、俺の発想の源をさっさと見抜くんじゃない。

 女の子をきっかけにいいデザインを思いついたとか恥ずかしいだろ。

 衣装もバイクも天使揃えですー、とか見抜かれたら心が死ぬ。

 公に知られた日には、俺は切腹も覚悟するぞ。

 

「まあ、それはいいじゃないですか。

 それでですね、もう一つこのバイクにギミックを考えたんですよ」

 

「ギミック?」

 

「アキラさんがバイクに話しかけると、バイクが答えるんです。

 喋って走る、主人公の相棒としての存在。

 そういうバイクはどうかと、企画会議にプレゼンしようと思ってます」

 

「バイクが……ああ、そうか。

 それならバイクの玩具も、『喋る玩具』という売りを付与できるんだね」

 

「はい、そうです。

 うるさいくらいペラペラ喋る相棒バイク。

 仮面ライダーの方が試行錯誤してるバイクのどれとも被らせないため、こうなりました」

 

 俺の中では、仮面ライダー555(2003)のオートバジンというバイクと、仮面ライダーキバ(2008)の相棒・キバットを混ぜたような存在を想定している。

 これなら売れる可能性は結構あると思う。

 何故なら仮面ライダーW以降、平成ライダーにおいて『相棒』は売れる要素だからだ。

 

 でもパンダイあたりはどう反応するかわっかんねえんだよなー。

 実際売るのあそこだからなぁ。

 

「この発想に至った経緯なんですけど……

 ディケイド14話の時に、黒倉さん達が残したコメントを思い出したんですよ」

 

「黒倉さん……黒倉プロデューサーかな?」

 

「そう、あの人です」

 

 仮面ライダー、戦隊、現在は西映の特撮番組分野全体に責任を持つほどの人、黒倉伸一郎プロデューサー。

 あの人はディケイド14話の時に、興味深いことを言っていた。

 

「黒倉さんは、ウルトラマンの元ネタである20億の針というSF小説を引き合いに出しました」

 

「20億の針?」

 

「宇宙からやってきた刑事と犯人は、地球では人間と一体化しないと生きていけません。

 少年は正義の刑事と一体化し、地球にやってきた悪を探し、倒そうとする……そんな話です」

 

「それは確かに、ウルトラマンだ」

 

 宇宙からやってきた光の戦士が地球人と一体化して、ってのがウルトラマンの基本フォーマットだもんな。

 

「黒倉さんは言いました。

 ウルトラマンよりも、仮面ライダーの方がその面白さを受け継いでいたと」

 

「? ええと、よくわからないな」

 

「石ノ森章太郎先生が書いた初代仮面ライダーの漫画で、本郷猛は死ぬんです。

 そして脳だけになった仮面ライダー一号の意識は、二号の意識とテレパシーで繋がり……

 というのが、初代仮面ライダーの漫画のフォーマットなんです。

 ウルトラマンで言えば、地球人が二号で、ウルトラマンが一号って感じでしょうか」

 

「聞いてもあまり良く分からないけど、なんとなくは分かるよ」

 

 こんなクソややこしい話によくついてきてくれてるよ、マジでありがとう。

 ややこしい話してマジすまん。

 

「黒倉Pは電王がその流れの継承者、バディ物の後継だと言っていたんです。

 電王とモモタロス。

 翌年はキバとキバット。

 当時はそういう、主人公&主人公と一つになる相棒、という製作側の流行があったんですね」

 

「なるほど。黒倉P等、その時代からいたPには受けが良い可能性があると?」

 

「そうです。

 そして、この"相棒路線"は少しだけ形を変えて続きました。

 仮面ライダーWの、翔太郎とフィリップ。

 仮面ライダーオーズの、映司とアンク。

 仮面ライダーフォーゼの、弦太朗と賢吾。

 仮面ライダーウィザードの、晴人とコヨミ……相棒が人間になったんですね」

 

 そして、仮面ライダードライブ(2014)で、黒倉プロデューサーが目指していた、『別質の意識と地球人が融合し共存して完成するヒーロー』って奴は復活した。

 今なら喋る相棒バイクとか、企画に採用される可能性は十分にある。

 

「『バイクとのバディ』。これは比較的、西映のプロデューサーに受けが良いと思うんです」

 

 まー喋るバイク、って部分は採用されなくてもいいんだけどな!

 喋るって部分が却下されれば、バイクのデザインそれそのものは企画を通りやすくなる。

 

 "企画チェックはとりあえず粗探して一つくらいはケチつけとけ"ってのがあるらしい。

 これやると企画の質がグッと良くなるらしいが、ケチつけられる方からすりゃたまったもんじゃあない。

 たとえバイクが喋らなくなっても、俺が魂込めたバイクのデザインは通るだろう。

 

 ……ん?

 待て。

 アキラ君、なんだその表情は。

 

「……朝風君、よく頑張った」

 

「な、なんですかいきなり」

 

「こういう商売っ気のある話は、君は苦手だろう。

 君が頑張って色々考えたのが伝わってくるようだ」

 

 失礼だな星アキラ! しまいにゃ怒るぞ! でも言ってることは正しいから悔しい!

 

「ええ、まあ、はい、結構苦労しました。

 期日にもっと余裕があったら、もっとゆったりまったり完成に向けてたでしょうけどね」

 

「僕が思うにだが、君が無茶な仕事振られるのは……。

 普通の人が1ヶ月でやる仕事を1週間でやれと言われたら、3日で仕上げるからじゃないか」

 

 ……。

 

 やめろやそういうこと言うの!

 

「それ言われたら、その……反省は次に生かそうと思います」

 

「絶対君は同じこと繰り返すと思うよ」

 

 なにおう。

 

「こほん。ええと、バイクは完成したので、それでは約束の食事にお誘いしたいと思います」

 

「面白い店っていうの、期待してるよ。朝風君がそういうなら相当だろうしね」

 

「インスタ映えだけは保証します」

 

「インスタ映えしか保証してくれないのか……」

 

 大丈夫大丈夫、あの店はアマゾンズ劇場版の一番印象に残る食事シーンを再現した肉料理とか、血まみれのアマゾン腕輪を模したケーキとかしかないわけじゃないから。

 555の主人公たっくんが舌を火傷させた熱々のうどんも、たっくんのための冷やしラーメンとかもちゃんと置いてあるから。

 バーニング揚げだし豆腐辛味噌仕立てとか、響鬼の明太鼓とか、ネタにしか思えなくてもちゃんと美味しかったんだぜマジで!

 最高にネタにはなる! それだけは保証する!

 

 仮面ライダー・オブ・ダイナーは定期的にメニューを入れ替える。

 俺にも今あそこにどのメニューが揃ってるのかは分からん。

 アキラ君がどの料理を選ぶか想像してワクワクしながら、俺は彼と共に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ねみ。

 ねむい。

 ここどこだ。

 俺の家? 事務所じゃないな。俺の家か。

 

 そうだ、アキラ君と一緒に飯食って、カラオケ行って、事務所よりこっちの方が近かったから家に帰ってきたんだけ。

 スマホスマホ。

 緊急の仕事なし。

 テレビテレビ、ニュースニュース。

 あ、リモコン見っけ。

 明神阿良也特集とかやってるよすげー、天気予報見よ。

 

 しかし、今思い返してみても、俺にしてはいい出来だったな、あのバイク。

 メタルに複数の色を複数合わせる技術とセンスは、鎧モスラを作り上げた西宝の特撮美術造形部・大林知己さん・老狭新一さんのカラーリングとテクニックを採用。

 "風を緑色で表現するパターンの書き方"は西映の仮面ライダーの表現をアレンジして使用。

 そしてバイクの全体像のデザインベースに、子供が好きな虫らしさと、子供が好きなロボらしさを融合させたゴセイジャーのデザインライン……東澤安施さんのデザイン技術を使った。

 

 その上で、それらを噛み砕いた俺の中のイメージに沿い、俺のセンスで実際に作った。

 

 いやーやっぱデザイナーと造形を一人でやると楽だな。

 苦沢靖さんとかは仮面ライダーで剣(2004)、カブト(2006)、電王(2007)で死ぬほどかっこいい怪人デザインを描いたが、複雑なデザすぎて死ぬほど造形が難しかったと聞く。

 でも造形の虹色企画さんに苦沢さんのファンが多くて、死ぬほど面倒臭いデザインを死ぬほどかっこいいスーツに仕上げてくれたんだとか。

 造形会社にファンがいる有能デザイナーって卑怯じゃねーかな!

 

 俺はそういうこともないから、この手の仕事は、自分の発想をそのまんま形にするために自分で造形やっていくしかない。

 専門のデザイナーと専門の造形が組んで作った作品と比べりゃ見劣りもするだろう。

 俺が出したあのバイクも、あくまで企画案でしかなく、玩具屋と特撮屋と造形屋にブラッシュアップされて全然別物になる可能性だって非常に高え。

 

 だが、今の俺に出来ることは全部つぎ込んだ。

 満足した。

 俺のデザインがそのまんま残らなくても、おそらく後に残るもんはある。

 良い造形が出来たって満足感と、この造形がそのまんま残らないっていう悲しみが混ざったこの感覚が、造形屋の醍醐味ってやつだと、俺は思う。

 

 あのバイクは間違いなく、俺のこれまでの仕事の中でも最高傑作だ。

 ま、だからといってこれで満足してたらいけねえ。

 すぐにあの最高傑作を超えるくらいのもんを作るくらいの気概じゃなきゃ、俺に成長はねえ。

 だってそうだろう。

 俳優は人間だ。

 人間は成長する。

 なら、俺が作るもんも進化していかなきゃおっつかねえ。

 

 かつて仮面ライダーが空を飛んでいなかった時代があり、今は仮面ライダーが自然に空を飛んでいるのが当たり前の時代だ。

 進化しない奴は、置いていかれるしかねえんだ。

 演劇(act)時代(age)が流れることを、誰も止めることなんて出来やしねえ。

 

「おっ」

 

 CMが流れている。

 少し前に俺も少しだけ手伝った、百城千世子と新車のCM。

 マジョーラ・エンジェルコレクションのミカエルが、車の色合いを映えさせ、同時にそれを身につける百城さんの容姿を引き立てていた。

 

 百城さんに目を奪われ、少し経って、俺は瞳を閉じる。

 頭の中に、鮮明なイメージが浮かぶ。

 車の横に立つ百城千世子、バイクの横に立つ星アキラ。

 俺が人間の方を演出した事例と、俺が機械の方を演出した事例。

 

 俺のイメージの中でも、百城さんとアキラ君はとても『主役』らしい輝きを放っていた。

 

「『主役』は綺麗だな、本当に」

 

 輝ける舞台の主役。

 

 その輝きの手伝いができるのなら、こんなに嬉しいことはねえ。

 

「今日は仕事の予定ないしレンタルショップでゴセイジャー借りてこよう」

 

 星と天使の事を考えていたら、本家ゴセイジャーの決め台詞『地球(ほし)を護るは天使の使命!』が聞きたくなってきた。

 今日は一日かけてゴセイジャー全話見ることにしよう。

 スーツの素材全部見分けるテストとかやるかな。いい訓練になりそうだ。

 

「……今思ったが、アキラ君が百城さんを護ることはあっても逆はあんまなさそうだ……」

 

 星を護るは天使の使命、じゃないな。うん。

 

 百城千世子、あれは天使だけど小悪魔なのではないだろうか?

 

 俺は訝しんだ。

 

 

 




 他人のデザインを見る、他人の仕事の流れを見る、他のプロの大人と一緒に仕事をする、他の職人と会話する、図鑑などで知識を貯め込む、高難易度技術を模倣する
→英二「覚えた」
→事前に覚え蓄積した技術や知識を、必要に応じて脳内で自己流でミックスして物作りをする
→納品する

なので仕事が早い


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バーニングゴジラ殺人未遂事件

 現存してないスーツでも『当時のスーツを再現するリメイク企画』を二次創作小説の中で登場させれば出せる、ということに気付きました


 大手芸能事務所・スターズ。

 業界最大手の一つに数えられるほどの大手。

 どのくらい大手かって言うと、オーディションで一人を選ぶために募集をかけると、三万人の応募者が集まってくるくらいだ!

 滋賀の仮面ライダー美術展が入場者数三万人とかだぞ、頭おかしいんじゃねえの……?

 

 俳優の発掘と育成においては比肩するものを探すのが難しいほどの大手事務所で、俺はここに所属している俳優と一緒に仕事をすることが多い。

 最近の数多くの映画のメイン格の多くが、スターズ所属の俳優だからだ。

 

 最近絡んだ相手だと子役の山森歌音ちゃん、アキラ君、百城さんなんかがスターズだ。

 スターズの社長の星アリサさんはアキラ君のおふくろさんだが、アリサさんがアキラ君を親として贔屓してゴリ押ししてる、って感じはしない。

 

 むしろアリサさんが推してんのは百城さんの方だろう。

 演技に幅があり、生まれつきの才能よりも後天的に訓練で身に着ける演技力を重視し、スポンサーや監督の意図をできる限り反映してくれる俳優。

 人々の記憶に一生残る名演ではなく、汎用性の高い演技を重視する。

 そうやって、俳優が役にのめり込み過ぎて潰れないようにする。

 そうやって、俳優の芸を『特異』から『一般的』の枠に入れる。

 出来上がった俳優の多くは、無理をした演技をしない、末永く芸能界で食っていける人間として完成するのだ。

 

 俺が物を作る人間なら、スターズは"スターを作る"事務所ってことになるんだろうな。

 

 スターズはスターを排出する。

 それで芸能界での影響力を増す。

 増した影響力で、自分の事務所の俳優をドラマや映画にキャスティングしてスターを作る。

 以下、ループ。

 この繰り返しで事務所の力を増大させ、スターを増やし、スターを作るために新人に経験を積ませる場を増やす。

 商業的に見れば理想的なループが完成するってえのが恐ろしい。

 

 こいつは時に「事務所のゴリ押し」とも言われるが、多くの映像作品の品質が低くなりすぎないための『最低値保証』になる。

 昔と比べりゃ、演者の質の平均値は劇的に上がった。

 それは演技のメソッド、演技指導のマニュアル、作品の大失敗を避けるための方法論ってやつが業界に蓄積されたからだ。

 商業的に、マニュアル的に、一定以上の質の俳優を排出し続ける。

 スターズはそういう意味じゃ、芸術家の工房と言うより、機械的な工場みたいなもんか。

 

 だから事務所のゴリ押しが嫌いな監督とかはスターズが嫌いだし、同じ俳優の顔を見飽きた視聴者はスターズが嫌いだし、手堅く無難に作品を作りたい監督はスターズが好きだし、人気俳優の顔が見たいだけのミーハー視聴者はスターズが好きだ。

 

 スターは生まれてくるものだと俺は思うが、現社長のアリサさんはスターは作るものだと思ってるらしい。

 スターズはスターを作る工場だ。

 そこで、百城千世子や星アキラという『商品』は作られ、商業の世界で成功している。

 まあ分かる。

 俺も百城さんやアキラ君が出てる番組とか録画して絶対に見てるしな。

 そう、これが俳優目当てで見るファン心理ってやつよ!

 

 映画や番組を作る人間は、芸術家と工場者の二種に分かれる。

 スターズも俺も、どっちかと言えば後者だ。

 過去の事例を参考にして、過去の成功例と失敗例を研究して、知識と経験の積み重ねを成功に直結させようとするスタイル。

 誰も見たことのないものを作る芸術家とかにはなれねえやつだ。

 

 そういうもんだから、俺とスターズが絡む仕事は結構相性が良い。

 スターズは徹底したスケジュール管理と俳優管理を行ってるから、俺にあんま無茶振りしねえしな。俺にあんま無茶振りしねえしな! 俺にあんま無茶振りしねえしな!!!!!

 

 しかし、スターズのこの姿勢が満場一致で上手く噛み合ってるところもある。

 その一つが、スターズ事務所の食堂だ。

 つまり飯だ。

 飯にはそこまで急速な進化や、斬新な革新がなくていい。

 昔ながらの美味い飯を作れれば十分に需要がある。

 スターズの食堂の飯は美味い。

 

 その食堂で、俺はアキラ君と飯を食っていた。

 

「アキラさん、ワイヤー無しスタントマン無しで、自分でアクションするの控えませんか?」

 

 俺がラーメンをすする。

 

「多少危険でも、僕がアクションもやった方がアングル誤魔化さなくて済むじゃないか」

 

 アキラ君がチャーハンを食う。

 確かに今時は"アクションもできるイケメン俳優が演じるヒーロー"ってのは、子供にも大人にも男性にも女性にも人気なもんだけどさ。

 

「佐原岳さん、いるじゃないですか」

 

「鎧武の?」

 

「そう、鎧武の主役・葛葉紘汰を演じた人です」

 

 佐原岳さん。

 仮面ライダー鎧武(2013)の主役を演じ、その圧倒的な身体能力で『生身のアクションで視聴者を圧倒する』というとんでもねえことをやってくれた人だ。

 

 具体的に言うと、敵に変身前に襲撃され、壁に向かって逃げ、垂直の壁をノースタントで駆け上がり、壁を蹴ってバック宙というとんでもないことをする。

 もちろんワイヤーとかもない。

 おい任天堂のマリオじみたことするんじゃない。

 

 スーツアクターやアクション監督など、番組のアクションに関わる人は揃って彼のアクションを絶賛し、仮面ライダー歴代主演俳優で最も身体能力が高いと評された。

 佐原岳さんは性格も明るく、誰とでも仲良くなれるので、プロデューサーは揃って彼を『少年漫画の主人公のよう』とたとえた。

 脚本の実淵玄さんも、佐原岳さんの性格に影響を受けたとか。

 なんだこのリアルスーパーヒーロー。

 

 アクションができるイケメン俳優で、性格も良い子供達のヒーローで、身長170cmの佐原岳さんはなんつーか……身長173cmのアキラ君とタイプが近い気がすんだよな。

 

「佐原さんが前に言ってたんですよ。

 アクション俳優のイメージが付きすぎて、逆に普通のドラマの仕事来なくなったって。

 ただ本人もそこまで気にしてなくて、バラエティで冗談めかして言ってた時もありましたが」

 

 役者選び(キャスティング)は、製作サイドの頭の中にあるイメージと、オーディションにおける役者の演技が合致するかどうかが重要だ。

 ここで問題がある。

 イケメンで、演技力があって、派手に動ける、アクションが売りの俳優。

 イケメンで、演技力があって、派手に動けない、演技力が売りの俳優。

 この場合、顔と演技力が互角でも、多くのオーディションでは後者が選ばれるという。

 

 顔の良さと演技力が互角でも、唯一無二のアクションが目立ちすぎると、「演技力等はアクションほどじゃないな」と、相対的に低い評価をされがちなのだ。

 また、ドラマの大人しくて運動が苦手なキャラなどにも「イメージが合わない」として、アクションができる俳優はキャスティングされにくい。

 『他の人にできないことができる』は、芸能界では弱点になることもある。

 めんどうくせえ。

 

 今日ふと、ちょっと心配になっちまったんだ。

 アクションを"俳優としての売り"の全面に出しすぎると、アキラ君のこの先の仕事が限定されちまうかもしれねえ、と。

 

「それは……そういうこともあるかもしれないな」

 

「アクションが悪いとは言いません。

 ただ、アクションって怪我の可能性も付き纏いますしね。

 ウルトラ仮面が終わったら、アキラさんはその後の仕事もありますし……

 今後の仕事のことも考えると、その辺のバランスも考えた方が良いんじゃないかなと」

 

「……母は過保護だからね」

 

「アリサさんの言ってることは、割と正しいと思いますよ」

 

 アキラ君はワイヤー無し、スタントマン無しの少し危険なアクションを平気でする。

 アキラ君の顔に傷が付くことも許容しないアリサ社長は、そういうのを認めない。

 母親の言うことを、アキラ君はよく聞いているが、一から十まで従ってはねえみたいだな。

 

「……」

 

 あっ、ちょっとむすっとした。

 

 アキラ君じゃなくて母親の主張の方の味方したのはマズかったか。

 

「でも、アキラさんのアクションは凄いですよ!

 アレに魅了された子供も多いですからね。

 あくまでバランスの話ですし、アキラさんのことですから、アキラさんの自由にするべきです」

 

「ああ、そうだね。心配してくれてありがとう。忠告は参考にさせてもらうよ」

 

 人付き合いはムズいが、あんま不快にさせないように喋らんとな。

 

 百城さんほどじゃねえが、子供の前で常にヒーローで在ろうとするアキラ君も、不満や暗い感情を隠すのが上手い。

 子供におふざけのキックを食らっても、"ヒーローの笑顔"を浮かべられるのが彼だ。

 表情の動きには注意しとこう。

 不快の反応を見逃したらよろしくない。

 

「た、大変です! 朝風さん!」

 

 あれ、スターズ専属のヘアメイクの人が来た。

 どうかしたのか?

 つか二十代の人に敬語使われるとむずがゆいからもっとぞんざいに扱ってほしいわ。

 

「どうかしましたか?」

 

「そ、そのそのその」

 

「落ち着いてください。何が起こったんですか?」

 

「ゴジラの中で人が死んでます!」

 

 本当に何が起こったんだよ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場に辿り着いた俺とアキラ君が見たのは、ゴジラVSデストロイア(1995)に登場するゴジラの最強形態の一つ、バーニングゴジラの着ぐるみ(スーツ)から、人が救出されている光景だった。

 死んでねえじゃん、勘違いか。

 

「あ、あれは……今度やるって予定の企画の……」

 

 その部屋には、多くのゴジラやメカゴジラのスーツが並んでいた。

 今度、ゴジラの当時のスーツを再現して、中に人が入ってスターズの人気俳優と一緒に展示会場を回る……という、西宝株式会社主導の展示イベントが予定されていた。

 俺もちょっと関わった仕事だ。

 その一環で、今は一時的にゴジラの着ぐるみなどがスターズ事務所に置かれている。

 事務所に置いておいて、どのゴジラにどの俳優を合わせるか、俳優と着ぐるみを並んで立たせて決めようとしてたってー話だ。

 

 だが、なんでその中から、人が救出されてるんだ?

 

 話を聞きつけたスターズの事務員や俳優もちらほら見える。

 誰かに話を聞いてみるか。

 

「おはよう、英二君、アキラ君」

 

「ああ、おはよう千世子君」

 

「おはようございます、百城さん。何があったんですか」

 

 百城さんだ。今日も可愛い。

 

「んーとね」

 

 百城さん、曰く。

 スターズの事務所に警備員を装った泥棒が潜入していたらしい。

 

 警備会社に入り、スターズの事務所の警備に回された日に、スターズの事務所から金目のものをかっぱらう計画だったんじゃないか、と推測されてるようだ。

 泥棒は二人。

 金目のものと、企画書のメモから高く売れると判断したゴジラのスーツを盗もうとしたらしい。

 

 ところが儲けを独占しようとした泥棒Aが、泥棒Bにおふざけだと言って、泥棒Bがバーニングゴジラの着ぐるみに入るよう仕向けたらしい。

 そして、泥棒Aはスーツのチャックを閉め、部屋もロック。

 残されたバーニングゴジラの中の泥棒Bは、着ぐるみの中で失神してしまったそうだ。

 

「なるほど納得です。百城さん、説明ありがとうございます」

 

 ゴジラのスーツは一人じゃ脱げねえ。

 一人が入って、一人が後ろから閉め、部屋に閉じ込めればそのまま死ぬ可能性も高い。

 儲けを独占しつつ、共犯者を消して口封じし、自分の身の安全を確保しようとしたってことか……胸クソ悪ぃな。

 

「スーツに焼き殺されそうだった、ってうわ言のように呟いてたよ。怖いね」

 

 子供に夢を与える怪獣スーツを悪用とか死ねよ……

 

「だが朝風君、当時のものを再現した着ぐるみなんだろう?

 ならつまり、過去には人が入っていたことがある着ぐるみだったはずだ。

 それなら、人を入れたところで、すぐにあんな大変なことにはならないと思うんだが……」

 

 アキラ君。ゴジラは人を焼き殺す大怪獣だ。忘れんなよ。

 

「アキラさん、バーニングゴジラは、エネルギーが暴走した状態のゴジラです。

 全身は赤く輝き、体のいたるところから蒸気を噴き出しています。

 その雄々しくも危うい姿は、ゴジラの中でも一番人気を争えるほどの人気を博しました」

 

「うん」

 

「光らせるため、電飾に860個の電球。

 これが着ぐるみ内部を加熱します。

 更に水蒸気と炭酸ガスを噴出する仕組みと電飾が合わさり、スーツ重量は130kgを超過。

 噴出される炭酸ガスは着ぐるみの中に溜まり、中の人は四回も気絶し倒れました。

 救急車で運ばれたスーツアクターは不整脈を起こしていたそうです。

 それにより、酸素ボンベがないと中で呼吸できないことが判明しました。

 加えて、内部電飾回路に不備があったので、感電の危険性がある仕様になっています」

 

「人権は放射熱線で燃やし尽くされたのかな?」

 

 世界よ、これが日本のゴジラだ。

 

「ちなみにこういったギミックがなかったシンプルな初代ゴジラですが……

 その着ぐるみの中の温度は、60℃ほどだったそうです。

 ノーマルな形状のスーツですらそれですから、バーニングゴジラはもっと……」

 

「人権は最初からなかったんだね」

 

 まったくその通りだアキラ君。

 

「そりゃ倒れてるところを発見されるわけだ」

 

 まったくその通りだ、天使ちゃん。

 

 でもクソかっこいいから否定的になれねえんだよな、バーニングゴジラ。

 

「いいですか、覚えておいてください、アキラさん。

 ―――バーニングゴジラは、着ぐるみでさえ人を殺す、最強の怪獣王なんです」

 

「危険度最悪のスーツって言えばいいじゃないか」

 

 うるせえ。

 

「さしずめ、バーニングゴジラ殺人未遂事件ってとこかな?」

 

「ちょっと、ちょっと、百城さん」

 

「字面の破壊力が凄すぎるぞ、千世子君」

 

 盗難事件が霞むインパクトをありがとう。

 

「ん? これは……」

 

 これは、床に落ちてたこれは……ひと目で分かる。

 これは、初代メカゴジラの歯だ。

 初代メカゴジラの歯は透明樹脂を形成して作られている。

 だが、何故初代メカゴジラの歯が床に落ちてるんだ……?

 

「この透明樹脂の歯が、犯人を見つける手がかりになってくれるかもしれません」

 

「なるの?」

「なるのかしら」

「ならないんじゃないかな」

「なったらいいですね」

 

 うるせえ。周りのスターズの皆さんも総ツッコミ入れてくんなや。

 

「朝風君、ゴジラのスーツを盗んだとして、それはどのくらいで売れると思う?」

 

「そうですね、ネットで安物のゴジラの着ぐるみを買っても1万2000円……

 2016年に作られた精神WEBの精巧モデルの192cmフィギュアが448万……

 となると、買い手が見つかるか次第ですが、500万から1000万くらいでは?」

 

「そんなに!?」

 

「現代は仮面ライダーの怪人スーツも一着数百万になったりする時代ですから。

 それに、これは西宝の昔の秘蔵技術も使った西宝製の当時再現レプリカですからね。

 海外のマニアな金持ちであれば、その数倍出したっておかしくはないと思います」

 

 驚くなよアキラ君。

 ま、マニアの気持ちは、俳優にはあんま分かんないだろうけどさ。

 有名な絵は模写した絵ですら高値が付くのと同じで、西宝製の初代ゴジラスーツレプリカともなりゃあ、どのくらいの値段が付くかも分かんねえよ。

 

「そう、これは大きな損失です」

 

「! 社長!」

「母さん?」

「アリサさん! おはようございます!」

 

「私達は管理責任を問われるでしょう。

 失われたスーツの弁償、信用の損失……無視していい事案ではありません」

 

 来たか。

 スターズ社長、星アリサ。

 往年の名女優にして今や敏腕女経営者。

 顔が怖くて圧が強い。

 

「箝口令を敷きます。

 大々的に公にし、スキャンダルにしていいことではありません。

 許可が降りるまで、ここで起きたことは他言無用です。

 SNSでの発言も厳重に注意するように。警察への連絡も事務所が行います」

 

 ん、そりゃそうか。

 通報のタイミングと内容もちょっと考えたいところだよな。

 こんなの下手したら最悪のスキャンダルになりかねん。

 

 芸能界はスキャンダルを隠したがるもんだ。

 偉い人は大打撃。

 事務所の仕事も減る。

 大スキャンダルともなりゃ、業界全体の元気もなくなる。

 映画の収入や番組の稼ぎが減れば会社も余裕がなくなって、下っ端からリストラされていき、売れない俳優も下から順に消えていく。

 だから、誰もが隠したがる。

 

 あんまよくねえことなんだが、隠そうとする人達の側の気持ちも分かる俺は、一概にクソが死ねとか言えねえ。

 被害者が泣き寝入りとかは気分が悪くなるから、そういう悪質なスキャンダル隠蔽の類は公になってほしいけどよ。

 

 スキャンダルは、事実の公開と処罰だけに終わるならまだいい。

 だが情報化社会の現代では、過剰な個人攻撃や企業攻撃、デマや作り話の洪水によって最悪の方向に転がって当然のもんだ。

 これがスキャンダルになりゃ、最悪あることないこと書かれたりして、偉い人や事務員や俳優が引退に追い込まれる可能性だってある。

 

 さて、どう采配する気だ、アリサ社長?

 

「あら、朝風英二」

 

 げっ、目が合った。

 

「しばらくぶりです、アリサさん」

 

「また背が伸びてきたようね。父親に似てきたわ」

 

 アリサさんは親父の友人だ。

 役に没入するタイプの女優だったアリサさんに親父は相当振り回されたらしく、親父はアリサさんを語る時は苦い顔になっていた。

 つまりだ。

 計算した上で、無茶振りする方の人間である。

 

「警察にはある程度事情を話して通報したわ。それで、朝風」

 

 この人は、親父を朝風と呼んでいた。

 俺のことも朝風と呼んでいる。

 

 俺と親父を比べる人はいる。

 俺と親父を重ねる人もいる。

 だがこの人は、明確に俺に親父超えを期待している。

 それが、怖い。

 この人は俺に甘い評価をくださない。

 俺の仕事を見て、親父の真似事の仕事か、親父にできなかったことを俺がやった仕事か、それをひと目で見抜いてくる。

 この人の目は、怖い。

 

 アキラ君のやや他人に甘いところが、この人には欠片も見当たらない。

 

「盗まれたスーツだけでも、取り戻せないかしら」

 

「えっ」

 

 頼む相手間違えてない?

 

「歴代ゴジラスーツの足跡を見て、一瞬で見分けられる貴方なら、あるいは」

 

 そんなん誰でもできるわ。

 

「泥棒はスーツを盗んで、おそらくまだこのビルの中にいる可能性もあるわ。

 ならば貴方であれば、盗人がスーツをどう運搬するかも、想像できるはず」

 

「いや、俺はただの造形屋ですよ」

 

「泥棒を捕まえろとは言わないわ。

 貴方が怪我をすることも私は望んでいない。

 ただ、スーツを取り戻して、企画が予定通り進んでくれればいいの。

 取り戻せなくても、スーツと盗人の現在位置だけ分かればいいわ」

 

 む。

 そうして、通報で来た警察の人がさっさと取り押さえ、スキャンダルを嗅ぎつけてきた記者とかが来る前に速攻で事件を収束させる気か。

 この人、本気で事件をスキャンダルにさせないつもりだな。

 だが、俺みたいな喧嘩に勝ったこともないようなクソザコナメクジ野郎にこんな仕事振られても……

 

「あなたのお父様ならできたわ」

 

 ……親父ならできた? ほほう。

 

「ええ。私は色々と貴方のお父様に無茶振りしたけど……彼が期待に応えないことはなかった」

 

 親父もおんなじこと言ってましたよ。

 星アリサはいつも俺の期待を超えた、俺の予想を飛び越えていった、って。

 

「貴方にこの一件を一任するわ。受けてくれる?」

 

「それは、仕事ってことでしょうか」

 

「そうね。ちゃんと報酬は払うわ。今後の評価にも色を付けると約束しましょう」

 

「……」

 

「多くは望まないわ。

 貴方の今の能力に相応の結果を出してくれればいい。

 完全無事なゴジラのスーツが戻ってくるなら、それ以上は望まない」

 

 ……あ。

 あーはいはい。

 何言ってるか分かった。

 泥棒が盗んだゴジラの着ぐるみがちょっとでも壊れてたら、直してからスターズ事務所に持って帰ってこいってことだな。

 親父! この人の無茶振りによく応え続けられたな!

 

「俺は……」

 

 どうすっかな。

 ちょっと、気分的には断りたい。

 親父を引き合いに出されると受けたくなるけど、こんな仕事俺の仕事じゃねーだろって思考の方が優勢だわ。

 うん? どうしたよ百城さん。

 

「面白そうじゃん。朝風君、やってみたら?」

 

「そうですね、やってみます」

 

 しゃあねえ、俺は今日だけ探偵だな。

 

「あの、アキラさん」

 

「何か用かい? 山森君」

 

「あの、朝風さんのお父さんとアリサさんの関係の話、聞いたことあるんですけど……

 もしかしたら、もしかして千世子さんと朝風さんの関係、そのままなんじゃ……」

 

「山森君、やめよう。その辺りを考えるのは少し怖い」

 

 おい、聞こえてんぞ。

 

 小さい女の子とイケメンなら何でも許されると思うなよ?

 

 

 




 泥棒探し

 ゴジラの着ぐるみを盗んで抱えて運んでた泥棒がいるとします
 疲れた泥棒がちょっとだけ地面を着ぐるみでこすっちゃうとします
 「この蛇の鱗に見える表面構造、加工した生ゴム特有の表面感……ここの地面でこすったのは、映像に使われなかった0号ゴジラスーツですね。映画に使われた初代ゴジラの1号スーツ、2号スーツのモデルになったやつです。この表面構造は他のゴジラにはない特徴なんです」とコメントするのが英二くん


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その主人公からは、少し有機溶剤の匂いがした

 社内を自由に歩き回れるカードを発行するから待ってなさい、と言われたので待機中。

 

 俺はフリーランスの男。

 スターズの関係者じゃない。

 んでもって、スターズの事務所は入り口のところで首から下げた関係者カードを見せないと出入りもできねえし、部屋も電子ロックが掛けられてるところが多い。

 じゃなきゃ熱烈ストーカーとかの犯罪者が入ってきてもおかしくねえからな!

 芸能界はやべーところだぜ。

 ちょっと油断して事務所に入れた記者が機密をこっそり撮影してスクープしやがった、なんて事例も過去にはあるもんだ。

 

 なので俺はゲスト用のカードしかないので、スターズの機密とかがある部屋には入ることもできやしない。

 だが、警備員とかのカードは防犯のために臨時でどこにでも入れるようになってるらしい。

 今回のコソドロは警備員に紛れて来た。

 なら、俺が入れない場所に隠れてる可能性もある。

 

 アリサ社長は俺が今日は自由に動き回れるよう――つまり今日だけは俺に見られたくないものも見られていいと割り切って――カードを発行してくれると言ってくれた。

 太っ腹!

 発行までに10分はかからないと言われたので、並んだゴジラスーツの前で会話でもして時間でも潰そうか……と考えた、が。

 

 どうしよっかね。話しかける相手。

 安定のアキラ君か、考えてることよく分からん百城さんか、何か言いたそうにしてる山森さんか……よし、アキラ君が安定だな!

 

「よう、いい朝だな。退屈しない良い朝だ」

 

 って、逆に話しかけられてしまった。

 

「おはようございます、堂上さん、町田さん」

 

「最近一緒に仕事してねえから会いもしなかったな、英二」

 

「おはよう、朝風君」

 

 話しかけてきたチャラい系のモジャっ毛頭の男は、堂上(どのうえ)竜吾(りゅうご)

 その横で朝の挨拶をして微笑んでる髪長の美人さんは町田(まちだ)リカさん。

 どちらも、スターズ所属の俳優だ。

 

 堂上さんは、昔監督にダメ出しされまくってイライラしてた時に俺に喧嘩売ってきた人。

 町田さんは、その時俺を庇って喧嘩になりそうだったのを仲裁してくれた人。

 演技にも色々言えるが俺の中のイメージは大体そんなんで固定されている。

 俺は技術も過去の所業も忘れんタイプだぞ堂上この野郎。

 だがこの前のドラマはよかったぞ堂上。

 

 まあ俺の中のイメージだが、堂上さんはヤンチャな若者役やるとがっちりハマるし、町田さんは他人をよく見てるから撮影に参加してると若手俳優が喧嘩しなくなる。

 映画の主演級を十分やれる人材な印象だ。

 

 どっちも19歳で俺の一個上だが、業界に入ったのは俺が先。

 出会った当初はこの二人と俺は距離感を測りかねてたとこがあったな、そういや。

 

「で、泥棒どこにいるのか分かったのか? 俺にだけ教えろよ」

 

「いやまだ探しに行ってもないんですけど」

 

 無茶言うんじゃねえ堂上!

 ケラケラ笑う堂上と対象的に、町田さんは心配そうな顔をしていた。

 

「社長の言い分は無茶振りだよ。朝風君ができなくても誰も文句は言えないと思うな」

 

「いえ、仕事なので。受けた仕事はやり遂げます。

 それは仕事受けといて納品できませんって言うようなものでしょう」

 

「……うーん、そういうもんかなー。

 別に朝風君ができなくても社長は怒らないと思うけど……」

 

「堂上さん、町田さん、今日何か変なものとか見ませんでした?」

 

「いや全然」

「変なもの? うーん、私が見た変なものか……」

 

 ぬ、考え込んでしまった。

 町田さんに真面目な対応されるとちょっと申し訳なくなるな。

 堂上みたいに思い出そうともしない対応されるとそれはそれで腹立つが。

 

「で、何が盗まれたんだっけ?」

 

「? ……? えと、堂上さん、どういうことですか?」

 

「だから、どれが盗まれたんだよって話」

 

「いやいやいや、ラインナップをよく見てください!

 初代ゴジラの1号スーツの再現物だけがないじゃないですか!

 初代ゴジラの2号スーツだけ残ってますし見れば分かるでしょう?」

 

「分かんねーよ特撮キチガイ! 全部同じだろゴジラなんて! 見分けつくわけあるか!」

 

 ぐっ、ちょっと傷つくこと言いやがって!

 アニメゴジラの宣伝文句とかで『国民的キャラクター』って紹介されてただろゴジラ!

 国民的キャラクターなら国民は覚えておけよこの野郎……

 

「……すみませんでした、今のは俺が悪かったです」

 

「英二って特撮に関しては詳しすぎて気持ち悪いよな」

 

 うるせえ。

 

 お前結構言動で問題起こしがちなんだから黙ってろ堂上。

 

「お恥ずかしい限りです。造形屋ですが、根がマニア気質なもので……」

 

「つか、さっきから謝らなくていいって。

 そういうとこを仕事に活かしてるってのは皆知ってることだろ。

 マニア気質っつーか、それは誇っていい知識ってことでいいんじゃねえの」

 

 良いこと言うな堂上。ちょっと嬉しいぞ。

 

「あの」

 

 堂上ちょっと待ってろ。

 歌音ちゃんが俺をお呼びだ。

 

「どうかしましたか、山森さん。

 仮面ライダーのネットムービー撮影以来ですね、少しばかり久しぶりです」

 

「あ、あの時はありがとうございました。えと、その」

 

 何か言いたげだな。どうしたんだ。

 

「私、最初は寝ぼけてたんだと思ってました。

 でも今朝見たんです。ここの廊下を歩く、ゴジラの姿を」

 

「!」

 

 マジか。こりゃ有力な証言だぞ!

 

「詳しく教えてもらえますか?」

 

「朝、私はこの階の廊下を歩いていました。

 そうしたら、曲がり角の向こうからゴジラが出てきたんです。

 ゴジラは吠えて、私は怖くなって背中を向けて逃げ出しました。

 そうしたら、何かがぶつかるみたいな音が聞こえて……それからは、何も見てません」

 

「何時頃のことだったか聞いてもいいですか?」

 

「レッスンの前準備の前だったので、朝の四時半くらいです」

 

「なるほど。ありがとうございます、山森さん。助かりました」

 

 四時半か。

 ふむ。

 その時間だと事務所の出入りは……すると……エレベーターは節電でその時間動いてない……ゴジラが廊下歩いたら見つかる時間帯……やっぱこの事務所出てないんじゃないのか泥棒?

 つか子役の子供を驚かして怖がらせるなよコソドロならぬクソドロ、死ねぃ。

 

「百城さん、山森さんをちょっと預かっててもらえますか?」

 

「いいよ。おいで、歌音ちゃん」

 

「あ、はい」

 

 百城さんの膝の上に山森さんが乗った。

 子供を膝の上に乗せてる天使は絵になるな……まあとりあえず、怖いもの見ちゃった山森さんの相手は一旦百城さんに任せておくか。

 

「アキラさん、堂上さん、町田さん、ちょっと」

 

 18歳組と19歳組で作戦会議だ。

 来い来い。

 もっと寄れ、内緒話だ。

 

「どう思います? 俺は皆さんの意見が聞きたいです」

 

「私は泥棒が着ぐるみ着て脅かしたんだと思うな。

 顔を見られたくなかったんじゃない?

 だから廊下で歌音ちゃんの足音を聞いて、とっさに着ぐるみ着たんだと思う」

 

「僕も同意見です」

「奇遇だなアキラ。俺も同意見だ」

 

「俺もそうだと思います。するとですね、一つ思い当たることがあるんです」

 

 町田さんの見解は正しいだろう。すると、だ。

 

「初代ゴジラの1号スーツは、着ぐるみとしてはとんでもない曲者なんですよ。

 総重量150kgオーバー。

 スーツの骨組みは鉄骨と金網。

 綿を詰めた布袋が内側に詰まっているので、熱いは重いわ、汗を吸って気持ち悪いわ。

 下駄を履いて動かすことを前提にした足部分は、下駄のせいで妙に歩きにくい。

 腕は肘と胴体が接着されてるので、肘から先しか動かせず、転ぶと一人で起きられません」

 

「うわぁ……」

 

「動けないスーツってことか?」

 

「そうですね。その認識で間違いはないです」

 

 その昔、特撮の世界において鉄骨は()()()()()()()()()()

 初代ガメラのスーツ造形において、合金をベースにしたスーツを、鉄骨をベースにしたスーツに変更して強度を維持したまま軽量化を図ったほどに。

 強度と重量を常に計算しないといけねえのが造形屋だ。

 軽すぎて脆ければ失敗、重すぎて動けなくても失敗。

 初代ゴジラに鉄骨が入っているのは、重くしたいからじゃねえ。

 軽くしたいから鉄骨を入れたんだ。

 

―――何かがぶつかるみたいな音が聞こえて

 

 だからこそ、山森さんが聞いた音の正体も分かる。

 

「つまり、山森さんが聞いた音は、ゴジラスーツ着た泥棒が転んだ音だと思うんです」

 

「あー」

「それっぽいね」

「その光景想像すると泥棒がクソ情けなくて笑いそうなんだが、俺笑っていい?」

 

「後にしてください」

 

 真面目にやれや堂上。

 

「転んだからって何かあるのか?」

 

「重要なのは、泥棒のことです。

 俺は筋肉ムキムキの泥棒の可能性も考慮してました。

 ですが、転んだとなれば話は別です。

 泥棒にはゴジラの着ぐるみを着て動かせるだけの筋力がない可能性が高いです。

 その程度の筋力であれば、ゴジラの着ぐるみを運ぶ方法も限られてきます」

 

「ほー」

 

 少なくとも、抱えて長距離を運ぶのは無理だ。

 短時間で遠くに運ぶのも無理だ。

 台車あたりを使ったんじゃねえか?

 

「早朝、ここの事務所は人の出入りがあっても、節電でエレベーターが動いてません。

 搬入口も開きません。……でしたよね、アキラさん? 前に聞いた通りですよね?」

 

「大丈夫、朝風君の記憶は間違ってないよ」

 

「となると、事務所に人が溢れる時間帯も考えますと……

 エレベーターや搬入口の機械で一気に運んだってこともないと思うんです」

 

 泥棒が盗んだ時間が朝四時半ちょい前で、事務所に俳優の歌音ちゃんが来てたのが四時半頃ってことは、そこからどんどん人が事務所に満ちていって、逃げ道がなくなっていったってことだ。

 バカなコソドロめ。

 芸能人の睡眠時間をガンガン削っていく殺人タイムスケジュールを甘く見たな?

 

「ゴジラスーツが展示されていて、盗まれたのが四階。

 なので泥棒が事務所内に隠れているとしたら、一階から四階のどこかだと考えます」

 

 歌音ちゃんを驚かした後に転ぶような筋力なら、おそらくそうなる。

 

「ん? 俺よく分からないんだが、なんで四階より上が除外されてるんだ?」

 

「初代ゴジラのスーツを着て、あるいは抱えて、階段を上がれるわけないじゃないですか」

 

「……あー」

 

「初代ゴジラの1号スーツは何もかもが重すぎたんです。

 脚パーツだけでも重すぎて、着ぐるみは地面にあるもの跨げなかったんですよ」

 

「……それでよく撮影できたね」

 

「何でゴジラがのっそりのっそり動いてたのかって、その辺が理由なんですよね」

 

 初代ゴジラのスーツは軽量化した2号でも100kg。

 そりゃ選ばれしスーツアクターにしか着られないに決まってるだろ。

 選ばれてない泥棒ごときに運べるもんじゃねえ。

 怪獣王だぞ怪獣王。

 

「割と絞れましたね。皆さんの意見のおかげです」

 

 さて。

 アリサさんが戻って来る前に、もうちょっと色々考察したいとこなんだがな。

 

「つか、俺は知らなかったが昔のゴジラってやばいスーツだったんだな」

 

「ただ、パーツが少なめで一体になってる部位が多いスーツだったことは幸いしたんですよ。

 パーツが一体になってないと、関節に重量がかかりすぎますから。

 超光戦士シャンゼリオン(1996)なんて凄いですよ。

 仮面のヒーローなのにスーツ重量100kg近く。

 "これを着て演技が出来るのは岡末次郎だけ、他の者では首が折れる"

 と言われるほどでした。凄いですよね、並のスーツアクターが着ると首折れるスーツ」

 

「く、首が折れる……おいアキラ、お前すげえとこでヒーローやってたんだな」

「流石にウルトラ仮面の現場はそこまで過酷じゃないよ……」

「私思うんだけど、それで撮影できる人って超人としか言いようがないと思う」

 

 俺もそう思います。

 堂上さんは強者を見る目でアキラ君を見て、町田くんはヤバい人の後継者を見る目でアキラ君を見て、アキラ君はなんか乾いた笑いをしていた。

 

「ん、シャンゼリオン……?」

 

 シャンゼリオン……いや、待て。何か、閃きそうな。そうだ……手がかりってのは……?

 

「朝風君、何か?」

 

 ちょっと待ってろアキラ君。考えまとめてから話すから待っててくれ、悪いな。

 

 超光戦士シャンゼリオン(1996)。

 主人公が人間の屑を極めたヒーローものだ。

 特にその最終回は、あと百年は並ぶものは出ないだろうと、俺は断言しちまえる。

 借金まみれのヒーロー、借金の上に借金、給料は未払い、警察も平気で攻撃する。

 「変な匂いがする」と子供が訴えれば、「敵は怪物だ、臭かろう」で流してまともに取り合ったりもしないヒーロー。

 悪は臭うんだとさ、すげえ理論だな。

 

 そうだ。

 悪は臭う。

 "変な匂い"だ。

 スーツを探すには、目だけじゃなく鼻も使えるもんじゃねえか?

 

「皆さん、変な物を見たとか……あと、変な匂いがした覚えがないですか?」

 

 アキラ君、百城さん、歌音ちゃん、堂上さん、町田さんに問いかける。

 

 その中で一人、百城さんだけが反応した。

 

「そういえば……今朝事務所を暇潰しに見て回ってた時、変なゴムみたいな匂いがしたかな」

 

 百城さん! やっぱ百城さんがナンバーワンだ!

 

「どこでしましたか?」

 

「三階と四階と、あと三階四階の間の階段だったかな。それがどうかした?」

 

「犯人はおそらく三階のどこかに隠れてますね」

 

「……へぇ」

 

 あ、今何かいつもと違う微笑み方した。かわいい。

 

「理由を聞いていい?」

 

「『ラテックス』という素材があります。

 ゴム液なんて言われることもありますね。

 ゴムの木の幹に切り傷を付けて、そこから出てくる樹液の名称がラテックスです。

 ゴジラ、ガメラ、ウルトラマン……昭和のヒーローの多くは、ラテックスで作られています」

 

 かつては最先端の素材として、特撮の世界で大活躍したラテックス。

 部屋に並べられた再現スーツのいくつかにも、ラテックスは使われている。

 

 だが今の時代では使われちゃいねえ。

 劣化しやすいラテックスは、時代についていけなかった。

 今ではラテックスが果たしていた役目を、ウレタン等の素材が果たしているのが現状だ。

 

「このラテックスに酢酸などの酸を加えて固めたゴムを天然ゴム、あるいは生ゴムと言います」

 

「ああ、輪ゴムのアレ?」

 

 その通りだ、アキラ君。

 

「そうですね。

 オレンジ色の黄土色をした飾り気のないあの輪ゴムが、まさにそれです。

 初代ゴジラの公開は1954年11月。

 ですが企画開始は1954年3月。

 ゴジラのデザイン原型が出来たのが1954年6月。

 この頃にはラテックスが日本に入っていなかったので、怪獣造形には使えませんでした」

 

「ははーん、分かったぞ。生ゴムの方を使ったんだな?」

 

「正解です、堂上さん。

 ラテックスというのは、つまり酢酸を抜いた生ゴム液ですからね。

 生ゴムをバケツの水に一晩漬け、ワセリンを混ぜ込んでゴム質を作ります。

 こうして作ったゴム質を、石膏像に塗り、焼き窯で加熱して固形化する……

 焼き固められたゴム質のこのスーツこそが、初代ゴジラとなったのです」

 

「! じゃあ、かすかなゴムの香りっていうのは……」

 

 そういうこった。

 

「初代ゴジラのスーツは、油とゴムの混合材質です。

 スーツを着て歩けば、床にゴムの匂いがかすかに付きます。

 壁に尻尾でもぶつければ、皮膚の一部がくっつくこともありえます。

 油とゴムの混じった匂いが、ここ四階と下の三階でしか感じられなかったのなら……」

 

「スーツがあった四階と、運ばれた先の三階だけに、匂いが残っていたってことか!」

 

 しかし本職の俺が僅かなゴムの臭いに気付かなかったとは不覚。

 ……ん、そうか、普段から油まみれ、有機溶剤まみれの俺と違って、普通の女の子の方が臭いものには敏感なのか!

 ……俺も結構臭ってたりすんだろうか。

 周りが気を使ってくれてたりしてたんだろうか。

 やべえ。

 やだな。

 そうだったら心が辛え。

 

 百城さんは存在レベルでいい匂いしそうな感があるからな……絶対気持ち悪がられるからこんなこと絶対に言わねえけど。

 

「着ぐるみって中がくっせえイメージあるよな、アキラ。外も臭いとは知らなかった」

 

「いやいや、ウルトラ仮面のスーツの外側は臭くないからね。クリーンだよそこは」

 

「……まあ確かに臭いですけど」

 

 剣道部の人などは特に知ってると思うが、密閉された厚着の中身は臭くなる。

 汗がドバドバと出て、それがスーツの内側に染み込み、目に染みそうなくらいのヤバい刺激臭になる……こいつは、着ぐるみの宿命みたいなもんだ。

 よってゴジラのスーツの内側も臭い。

 やべーほど臭い。

 

 だがこの手のスーツで臭いのは、実は汗だけじゃない。

 口元だ。

 唾液……唾も本当にくっさいのである。汗に負けないくらい臭い事例もあってヤバい。

 スーツを着てると、人は溢れる唾液を拭けない。

 激しいアクションをすると、口元からはかなりの唾が出る。

 唾は鼻の前あたりの内側部位に当たるもんだから、唾が変性したくっさい臭いはダイレクトに鼻に来るからヤベえ。

 

 スーツに付いた泥棒の唾とか処理すんのクッソ嫌だわ。

 でもスーツアクターさんに嫌な思いはさせられねえ。

 泥棒から回収したら泥棒のくっせえ臭い――臭いと決まったわけじゃないが絶対にくせえ――を消し去る作業から始めるか。

 

「話は一区切りついたようね」

 

「! アリサさん!」

 

「通行証よ。どこで探しものをしてもいいけど、あまり余計なものは見ないで頂戴ね」

 

 よっしゃ水戸黄門の印籠ゲット。

 

 後は、三階のどこかに潜む野郎を見つけりゃゲームセットだ!

 

「堂上さん、町田さん、エレベーターと搬入口だけ見張っておいてもらえませんか?

 多分泥棒が一発逆転で逃走成功させるには、その二つの逃げ道しかないと思うんです」

 

「うん、分かった。警備の人も呼んでおくね」

 

「次の仕事の台本読みながらでいいんならやっておくぞ」

 

 堂上! ……まあ、やってもらえるだけありがたいか。サンキュー二人とも。

 

「アキラさん、三階に行きましょう。最後の詰めです」

 

「分かった。でも、泥棒を見つけたら僕の後ろに隠れると約束してほしい。

 頼りなく見えるかもしれないが、それでも君よりは体を動かせる自信がある」

 

「む」

 

「君は僕が守ろう」

 

「……おおぅ」

 

 なんだこいつ、めっちゃかっこいいぞこいつ。

 真面目にこういう台詞言ってるぞこいつ。

 俺が幼児だったら「ウルトラかめんがんばえー!」って叫んでるところだ。

 俺が女だったら「素敵! 抱いて!」ってなってるわ。

 かっこいいぞアキラ!

 でも俺の横に並んで歩くな、俺の背の低さが際立つから。殺意湧くから。

 

「アキラ君は昔からこうだよ?」

 

 実感こもってますね百城さん。

 

「って、百城さんもついてくるんですか?」

 

「危なそうな場所には近寄らないようにしておくから大丈夫だよ?」

 

「いや危ないですって」

 

「君も危ないじゃん」

 

「俺は仕事です。貴女はそうじゃないでしょう」

 

 あ、駄目だ、俺の話あんま聞いてないなこの人。暖簾に腕押しだ。

 

 ……ちょっとは心配してくれてんのかな? とか思い上がりそうになるのが怖い。

 

「英二君はスーツに関わることをする時も、ちょっと本気度が違うよね」

 

 そりゃ、まあ、なあ。

 

「舞台の上で輝く、ってやつが好きなんですよ。

 大怪獣も。

 仮面のヒーローも。

 多くの人に支えられて、舞台に上がる役者って人達も」

 

 セットの中で暴れ人を魅了したゴジラと、舞台の上で踊り人を魅了する役者。

 

 そいつはきっと、本質的には似たようなもんだ。

 

「作られてから一度もステージに立ってない着ぐるみが……

 盗まれて、売りさばかれて、そのまんまなんて悲しいじゃないですか」

 

 だからこそ。泥棒の野郎はぶっ殺す。

 

「職人だね」

 

「舞台の上に立つものは、全部大切にしたいだけです」

 

 スーツも、俳優も、俳優が使うものも、全部だ。蔑ろにはしたくない。

 

 天使は微笑んでいるが、内心はよくわからない。

 

 だが、今の俺の返答が、とりあえず正解だったらしいことだけは、なんとなく分かった。

 

 

 




 堂上くんは数年前、監督に怒られて落ち込んでた時に英二くんと友達になろうとし、まず敬語を外させようとしたが、敬語を全く外そうとしない英二君に淡々と対応されて喧嘩になった模様
 英二君はあんまりよく分かってない


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日曜朝のヒーローと、名女優は魅了する

 ゴジラは、盗まれる宿命にある。

 そう言うとちょっと過言かもしれねえが、定期的に盗難被害が取り沙汰される特撮の世界でも、ゴジラの盗難騒ぎはドラマティックなエピソードがあるもんだ。

 

 1979年、2mほどのゴジラ展示用人形が盗まれた。

 この犯人は当時大学生だった人気イラストレーターで、酒に酔った勢いでゴジラの人形を盗んだっつー話だ。

 1991年にゴジラの宣伝用スーツが盗難。

 ゴジラ捜索本部が設置され、1979年の犯人が名乗り出て、盗んだゴジラを返却するという珍イベントになったらしい。

 1979年の犯人は返却して、公の場でこう呼びかけたという。

 

「(俺は返したから)名古屋の君も早く返した方がいいよ」

 

 ゴジラ界隈の人間面白すぎねえ?

 

 ところがこの宣伝用スーツは結局見つからず、1992年には更に撮影所から撮影用スーツまで盗まれちまったという。

 ガバいな防犯!

 ただこっちの撮影用スーツは犯人が怖くなったのか多摩湖近辺に捨てられてるのが発見され、撮影は問題なく行われた。不幸中の幸いだな。

 

 特撮ゴジラの映画がそこそこの頻度でやってた時代は、もう終わった。

 だから最近の若い人はこういう感覚が分からねえらしい。

 ゴジラのスーツ盗めば高く売れるんじゃねえか、って感覚が。

 ゴジラのスーツを盗むような熱狂的なファンがいる、って感覚が。

 俺も最近の若い人だけどその辺の感覚わっかんねえなぁ。

 

 ゴジラのスーツは盗まれる。

 それは一種の宿命みたいなもんだ。……嫌な宿命だなこのやろう。

 まあ盗んでるってだけで言うなら、子供の心と女性の心はアキラ君が、男の子の心は百城さんが奪いまくってると思うがな!

 

「見つからないね」

 

「どこかに隠れてると思うんですよ。アキラさんも十分に気を付けて」

 

 しかし見つからん。

 三階のどこかにいると思うんだがな。

 今は三階にも結構人がいるから、隠れられる場所は多くないと思うんだが。

 

「三階以外にいる可能性はあると思うかい?」

 

「百城さんに言われて気付きましたけど、確かに四階から三階にしか匂い付いてないんですよね」

 

「考えにくいか……」

 

「多分台車で運んで、ちょっと床や壁でこすったから、そこに臭いが付いてるんだと思います」

 

 日も昇りきってない早朝のことで、エレベーターとか使えなかったなら、運べるのは階段だけのはずだ。

 じゃあやっぱ三階より下には持って行けてないと思うぞ。多分。

 

「私達と手分けして別々の部屋を探せばいいんじゃない?」

 

「泥棒と百城さん達だけが出会ったら、百城さん達が危ないじゃないですか」

 

「ふーん」

 

「やっぱ百城さん達はもっと人が多い安全なところに行ってた方が……」

 

「今の三階も人は十分いるし大丈夫じゃない?」

 

「私も、頑張ってみます!」

 

 何故か手伝いを申し出てくれた百城さんや歌音ちゃんが、クローゼットとかをガンガン開けていく。

 この二人外見は可憐な女の子だが少々怖いもの知らずで怖い。

 アキラ君が二人を見てくれてるおかげで、なんとか安心できてるのが現状だ。

 自然に女の子を気遣うイケメンの安定感はパねえな。

 

 だが、本当にどこだ?

 ゴムの匂いが手がかりだが、三階に移動したその後が分からん。

 初代ゴジラの1号スーツは高く売れそうで魅力的なのは分かるが、折り畳めねえし、重いから棚の上に押し上げたりすんのも難しい。

 

「……あの、百城さん、何故俺の横顔を見てるんですか?」

 

「気にしなくていいよ」

 

 考え事してたら、百城さんに横顔を見られていたらしい。

 何故?

 何故こっちを見る。

 やめろ、恥ずかしい。

 

「そ、それよりですね、犯人とスーツどこに行ったんでしょうね」

 

 話を逸らそう。視線も逸らしてくれ百城さん。

 

「朝風君、ちょっといいかい?」

 

「なんでしょうか?」

 

 よし、百城さんがアキラ君の方を見た。

 

「こっそり警備員に混じってるとか、そういう可能性はないかな」

 

「警備員に?」

 

「警備員はよそからの派遣で、そこに泥棒が混じっていたという話だからね。

 母さんだって警備員の顔全員分は覚えてないよ。

 泥棒が警備員の服を着直して、少し変装して、ゴジラを隠して……

 他の警備員とは顔を合わせないようにして、しれっとした顔で事務所を歩いてるかも」

 

 え、なにそれ俺できない。

 俳優ならできんの?

 泥棒にそれできんの?

 

「それでバレないもんでしょうか?」

 

 うーむ、それで誤魔化して隠れられるって発想がそもそもなかったな。

 泥棒はどっかの箱の中にでも、スーツと一緒に隠れてると思ってた。

 でもアキラ君は、人の中に泥棒が隠れてると推測したわけだ。

 これは"物は箱にしまう"って発想が起点の俺と、"人は人の中に隠せる"って発想が起点の俳優アキラ君の違いか。

 

 百城さんが苦笑している。

 

「普通の人ってそんなにマジマジと他人の顔見てないよ」

 

「そうだね。千世子君も僕と同意見みたいだ」

 

「肝心な部分を抑えて変装すれば意外とバレないものだよ?」

 

 ぬ。

 大人気俳優二人が口を揃えてそう言うか。

 じゃあありえるのか?

 

 いや、でもそうか。

 

 特命戦隊ゴーバスターズ(2012)で主人公のヒロムを演じた鈴本勝大さんは、戦隊制服のイメージが強すぎた。

 だから私服でロケバスから降りた時、子供達が沢山いたが「ヒロム~、出てきてよ~!」と気付かない子供達の声をもろに食らい、めっちゃショックを受けたらしい。

 

 仮面ライダードライブ(2014)で敵組織幹部のブレンを演じた松鳥庄汰さんは、『メガネの敵幹部』という印象が強すぎて、眼鏡を外すと誰だか分からなくなくなる人だった。

 子供にも分かってもらえないのがショックだったらしく、眼鏡を外して幼稚園の周りをフラフラしたりとかしてみたが、結局誰にも分かってもらえなかったらしい。

 事案!

 

 服を変えるだけで、眼鏡を変えるだけで、意外と人は気付かない。

 変える前と変えた後の顔を見比べるならまだしも、目に映る数多くの人の中の顔から"気付く"ことはかなり難しい。

 人は普段、そこまで道行く人の顔を見てねえからだ。

 

(あ、歌音ちゃんに顔を見られないようにしてたのはそういうことでもあるのか?)

 

 特撮の主人公やメインキャラだってそうだってんなら、帽子とかで顔のパーツの一部を隠してれば、結構多くの人の目を欺けるかもしれねえ。

 センキューウルトラ仮面。

 するとゴジラの着ぐるみを着て歌音ちゃんを脅したことも、相方を意識が失われるようなスーツに入れて口封じしたことも、安全策に見えてくる。

 俺達は誰も犯人の顔を見てねえんだよ。

 警備会社が写真とかでも送ってくれない限りは、顔が分からん。

 

「英二君、犯人を見つけられるスーツとか作れないの?」

 

「作れませんよ!」

 

 俺をなんだと思ってんだ百城さん!

 

「だって英二君は物作りが一番得意じゃない?」

 

「得意と万能は違いますよ……

 赤外線を可視化するスーツくらいなら作れますけど、泥棒の役に立つだけですね」

 

「……作れるのか、朝風君」

 

 泥棒を見つけられるスーツが作れないことに変わりはないんだから意味なくね?

 くそうここで"作れますよ"とか言えてたら百城さんに褒められてたんだろうか。

 

「あれ」

 

 歌音ちゃんが走っていく。

 おいちっさい体で走ると転ぶぞ、気を付けろ。

 危ないことは控え目にしとけ、小さいけど女優だろうが。

 ん?

 何だ? 歌音ちゃん何か拾ったか?

 

「朝風さん、これ何でしょう?」

 

「これは……」

 

「何?」

 

 透明樹脂だな。この形は、見覚えがある。

 

「メカゴジラの歯ですね。あの部屋にも落ちていたやつです」

 

 初代メカゴジラの頭部はFRP(繊維強化プラスチック)製、歯は透明樹脂製だ。

 当時の映画の画質では分かりにくいが、立ち絵写真だとよく形が分かる。

 当時のFRPは、今のFRPほど強度が高くなく、また他素材と接合した場合の相性も良くはなかったのが問題だった。

 仮面ライダーV3のマスク造形でも、FRPの予定だった部分をラテックスゴムで造形し、割れるのを恐れてマスク内側に布を貼っていたはずだ。

 

 再現スーツの接着が甘かったのか、FRPのメカゴジラマスクに据えた透明樹脂製のメカゴジラの歯が外れやすくなってたんだろうな。

 泥棒がスーツを盗んだ時、ぶつかって落ちたんだろう。

 

「あの人の靴に引っかかってたみたいで……」

 

 よく見つけてくれたな、歌音ちゃん。

 ああそうか、納得だ。

 スーツを盗んだ時に、靴の紐にでも引っかかってたのか。

 俺達の身長よりも低い、小さい子の低い視点だからこそ、透明樹脂の歯が転がっても見逃さなかったんだな。

 

 小さな子供しか見つけられない手がかり。

 MVPやりたいとこだが、それは全部終わってからにしてやろう。

 

「ありがとうございます山森さん。あなたのおかげで、泥棒が見つかりました」

 

「え……あ、役に立てて嬉しいです!」

 

 歌音ちゃんが指差したあいつが、おそらく泥棒クソ野郎だ。

 

 アキラ君は何か言いたげだな。

 

「偶然靴に引っかかった可能性はあるんじゃないか?」

 

「ですね。もう一つ確証が欲しいところです。ですので」

 

 一芝居打つか。

 芝居なら俺より歌音ちゃんの方が上手いくらいだろうが、泥棒なんぞにこの人達の素晴らしい芝居をくれてやることはねえ。

 あまりにももったいなすぎる。

 

「いざという時はおまかせします、アキラさん」

 

 近場の衣装部の部屋から生地を二つ引っ掴んで、事務員みたいなフリして、偶然ぶつかったフリを装って生地二つをぶちまける。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「ああ、気を付けて」

 

「あれ?

 運んでこいって言われったメカゴジラ機龍の生地どっちだったかな。

 ど、どっちだったかな……ああ困った困った。

 あの、あなた、自分がどっちの手でどっちの生地持ってたか覚えてませんか? どうです?」

 

 俺に絡んでほしくないみたいな表情してるな。

 早く生地拾ってどっか行けって顔だ。

 そりゃあそうだろうな。警備員の服着て、人に紛れて、お前の顔を知ってるかもしれない人に絶対に会わないようにして、こそこそ逃げるタイミング窺ってたんだろ?

 俺にはさっさと離れてほしいよな?

 

「こっちの生地だろうから、早く拾って行きなさい」

 

 だからうっかり、どっちの生地がメカゴジラ・機龍のバックパックの生地なのか、俺に教えちゃうんだよな。

 青い生地と、青寄りの紫の生地で、紫の生地を選んじまうんだよな。

 

「なんでこれだと思ったんですか?」

 

「え? ……そ、そりゃ、昔ポスター見たことあったからさ」

 

 墓穴を掘ったなドマヌケめ。

 

「なんで"こんなに紫っぽい生地"を選んだんですか?」

 

「え?」

 

 参考資料を沢山詰め込んだ俺のスマホを操作し、俺のスマホの中の、メカゴジラ・3式機龍の画像を泥棒に見せつける。

 それはゴジラ×メカゴジラ(2002)のとあるポスター広告の画像。

 かつて映画で大暴れしたメカゴジラ・機龍のバックパックの色は、その広告では青だった。

 

「3式機龍のバックパックって、実は紫色なんですよね。

 ウルトラマンティガ(1996)のスカイタイプと同じ生地を使ってるんです。

 あなたの選択は正解です。この青寄りの紫の生地こそが、メカゴジラ機龍の生地」

 

 スタッフロールを見りゃ誰でも分かるが、『ゴジラ×メカゴジラ』はチーフ助監督の野座間さんも、セカンド助監督の伊東さんも、西宝の現場は初めてな棘谷系の人だ。

 つまり普段はウルトラマンを撮ってる人達ってこった。

 当時、ここからウルトラマンティガの生地がメカゴジラの素材へと流れた。

 

「でも広告パッケージやモンスターアーツなど、大抵の場合青だと扱われます。

 だから機龍のバックパックが青だと思ってる人の方が多いんですよ。

 フジミ模型のチビマルゴジラシリーズに至っては、3式機龍のバックパックは水色です。

 紫っぽくても、紫っぽい青なことがほとんど。

 バックパックが紫であることを意識している公式絵や人形は少数……それは、何故か?」

 

 青だと思ってる企業。

 紫混じりの青だと思ってる企業。

 青いバックパックなら水色で良いと思ってる企業。

 色々居たな。

 だが、本当は紫なんだよな、あのバックパック。

 

「生地は照明の下で色合いが変わるからです。

 カメラというフィルターを通せば映像は違うものになるからです。

 だから、ティガと機龍は違う色に見える。

 映画とTVでは、西宝と棘谷では、ステージも照明も全く違います。

 だからこそ、機龍のバックパックは青、あるいは紫風味の青に見える。

 ウルトラマンティガの体表の紫は、少し青っぽい紫色に見える。同じ生地なのに」

 

 表情が動いた、失言に気付いたな?

 

「機龍改のバックパックの本当の生地を知っているのは!

 日本特撮映画師列伝 ゴジラ狂時代(1999)の読者か!

 当時の撮影の関係者と、その関係者に師事したものか!

 スーツを見ることができた、事務所の偉い人と泥棒しかいない!」

 

 ウルトラマンティガが、テメエの悪事を暴く!

 

「ぐ……そんなカマかけ回避できるわけないだろ……!」

 

「ウルトラマンは悪を見逃さないんですよ、泥棒さん」

 

「頭大丈夫かよ?」

 

 泥棒に頭の出来を心配される謂れはねえよ死ね。

 

「どけっ!」

 

「ぎゃっ」

 

 押されただけで突き飛ばされる自分が憎い! もっと身長と体格欲しかった!

 くそがっ喧嘩も強くなりたい。

 って、泥棒が百城さんと山森さんがいる方に向かった!

 

「危ない!」

 

 その瞬間。

 

 何気ない動きで、百城さんは、視線を近くの窓に向けた。

 

「―――」

 

 やべえ、なんだ今の。

 

 所作一つ。

 動作一つ。

 小さく手を動かし、姿勢の向きを動かし、目を自然に見開いて、耳を澄まさないとよく聞こえないくらいに小さく声を漏らす。

 それだけで、百城さんは窓の外に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 泥棒に足を止めさせ、窓の外に顔を向けさせた。

 逃げようとした泥棒は、百城さんを見た瞬間"そこに何か恐ろしいものがいる"と思ってしまい、そちらに顔を向けてしまった。

 俺でさえ、一瞬窓の外の方を見てしまったほどだった。

 

 『パントマイム』。

 説にもよるが、2200年以上前から存在する演劇の基本にして、肉体の芸術と呼ばれるもの。

 口を使わず、体の動きだけで何かを魅せる技だ。

 

 例えば特撮の世界では、スーツを着て演じるスーツアクターはアクションだけでなく、これができなければならないとされる。

 ()()()()()()()、だ。

 仮面ライダーは仮面を被ったまま、子供に微笑む演技をしないといかん。

 ウルトラマンはスーツの変わらない表情で、弱りきった弱々しい姿を見せなきゃならん。

 怪獣の身振りで人間のような感情表現をさせるのパントマイムだ。

 

 表情や視線で何かを表現することも許されず、体の動きで口で語るに等しいことをし、観客に情報と感情を伝えなければならない。

 それが、日曜朝のスーツアクター達がずっと背負ってきた義務だった。

 

 百城千世子は今、それをハイエンドレベルでやりやがった。

 

 少し体を動かし、少し演技をしただけで、人を操った。

 まるで、ドラマで演技をして視聴者の心を奪うように、泥棒の心を意のままにした。

 何をすれば、それを見た人間の心がどう動くか、そこまで把握できてこその大女優。

 一秒の演技が、泥棒の足を完全に止めた。

 

 俺から見て左側の窓を見て足を止めた泥棒の視界の死角を縫うように、俺から見て右側の壁に跳びつき、壁を蹴り跳んだアキラくんが、泥棒の背後から空中回し蹴りを叩き込んだ!

 倒れる泥棒!

 取り押さえるアキラ君!

 

「っ!」

 

 あれは! ウルトラ仮面32話の三角跳びからの空中回転蹴りのシーン!

 ウルトラ仮面はあれで怪人を地面に転がしたんだ!

 

「……ふぅ。こんなものか」

 

 かっけえぞウルトラ仮面! 日曜朝に子供に夢を与える動きだ!

 

 そして思わず、俺の口から言葉が漏れた。

 

「思い知ったかコソドロ、これが日曜朝のヒーローの力だ」

 

 思わずどやっと笑んでしまった。

 

 山森さんが俺の服の裾を掴んで、なんだか不思議な表情で話しかけて来た。

 

「朝風さんが敬語以外を使ってるところ、初めて見ました」

 

 ……。

 

 やべっ、うっかり。

 

 まあいいや。

 俺やっぱ、俳優さん好きだわ……俺にできないことをサクっとやるとこ特に好き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はバカだ。

 自分基準で色々考えすぎてた。

 『素人考え』をもっと計算に入れておくべきだった。

 自殺してえ……ああ、なんつーこった。

 

 泥棒をふんじばって、俺達はスーツの場所を聞き出した。

 曰く、この泥棒は駐車場に細工した車を用意して、回転扉天井やらクッションを仕込んだそこにスーツを投げ落とし、何着も一気に盗むつもりだったらしい。

 四階から三階に移動したのは、投げ落とすのに相応しい位置の窓がなかったから、三階に移動してから投げ落としたんだそうだ。

 スーツが見つからないわけだ。

 

 そして、ふんじばった泥棒に案内させた先で見つけた、車のクッション上のゴジラは。

 

「……ボロボロだね」

 

「あああああああああああ」

 

 見事に悲惨なぶっ壊れ方をしていた。

 

「な、なんでこんな……スーツはこんくらいの高さなら大丈夫って聞いてたのに」

 

「お前ー! お前なー! 俺の知り得る範囲でこんななー!

 硫黄や炭素すら加えてないミキサー練りしてない生ゴムスーツにんな耐久性あるかッー!」

 

 生ゴムに千切れ難さはない。

 生ゴムに硬さはない。

 生ゴムに経年劣化耐性はない。

 

 生ゴムに硫黄などを加えて弾性限界を劇的に引き上げる加工法を『加硫』って言うが、当然昔のゴジラスーツにそんな気の利いた加工なんてされてねーよ!

 

 つーかな!

 鉄骨とかの"重い骨"が使われてるスーツは落下によえーんだよ!

 "軽い骨"が使われてるスーツでもなきゃ骨も折れるわ!

 見ろよこの全身複雑骨折状態のゴジラをよォ!

 

「おま、おま、それでなんで、バーニングゴジラのスーツの仕組みは知って……」

 

「え、だってネットでネタにされてたから……

 いいじゃんこんくらい。昔の特撮の人って人の命とかどうでもいい悪人だったんだろ?」

 

 しまいにゃ殴るぞこのコソドロ野郎!

 

「うるせー!

 危険なスーツでも昔の人は扱いミスったことは無いんだよ!

 仲間を危ない目にあわせたくて、そういうスーツ作ったんじゃねえんだよ!

 だから死人出てねえんだよ!

 皆最高の映像作った上で、皆揃って全員で一緒に完成した映画を見てえんだよ!

 スーツで意図的に人間を危ない目にあわせたお前が偉大な先人達の同類ヅラすんな殺すぞ!」

 

 映画を見る人達の笑顔のためなら、最高のスーツを探求することを躊躇わない人達が、危険なスーツを着て危険な撮影に挑むことを躊躇わない人達がいた。

 

 そうだ。だから子供の頃の俺は、真似し始めたんだ。

 

 あの人達の生き方を。

 

「ふふ、英二君が素の自分出すのって随分久しぶりじゃない?」

 

「……これは、すみません、お見苦しいところを見せてしまいました」

 

 うぐ、また礼儀のなってない話し方しちまった……なんかちょっと楽しそうだな百城千世子!

 

「あの、元気出して……」

 

「朝風君はこういうの本当に嫌いだろうからね……心中察するよ」

 

 歌音ちゃんとアキラ君の優しさが胸に染みるわ。

 

「俺、警察に突き出す時に、あなたが壊したゴジラのスーツの制作費言っときますね」

 

「おいやめろ」

 

 やめねえよ。

 

「どうしましょうかね、ここから……」

 

 あーやだやだ俺思考停止してる。めっちゃショックだ。

 

 

 

「君が直せばいいんじゃないかな?」

 

 

 

 ……百城さん。

 軽く言ってくれるな。

 いや、でも、うん。

 

「直しちゃいなよ。君の本職でしょ?

 探偵ごっこなんかよりずっと君に向いてることだよ」

 

 できない、とは言いたくない。

 

「そうですね、やります。これを使うスターズの展示会イベントまでには必ず間に合わせます」

 

 アリサ社長が俺によこした仕事は、泥棒を見つけて、完璧な状態のスーツをスターズの下に取り戻すことだ。

 俺の仕事はまだ終わってねえ。

 仕事は、最後までやらねえと。

 "奪還"じゃなくて、"修理"って形で、元のゴジラを取り戻す。

 

「やっぱりさ、物を作ったり直したりしてる時の方が、君はいい横顔してるよ」

 

 ……むっ。なんかめっちゃやる気出てきた気がする。

 

 まずはそうだな、解剖だ。壊れたとはいえ当時の再現スーツ。

 このゴジラの亡骸を解剖して分析して、当時の製法技術を正確に吸収させてもらおう。

 スーツの修理はそっからだ。

 

「そういえば3式機龍は、ゴジラの死体から作ったメカゴジラだったかな。

 朝風君のここからの作業は、そういう意味では機龍作成に近いかもね」

 

「アキラさんの今の一言で俺のやる気は十倍になりました」

 

 やるじゃねえかアキラ君!

 

 

 

 

 

 ようやっと完成した初代ゴジラの1号スーツは、信じられないくらい重いスーツのせいで動きがめっちゃ緩慢だったが、百城さんと一緒に元気にイベント会場を回っていた。

 よかったよかった。

 やっぱゴジラはいいな。

 百城千世子もいい。

 並んで歩いてもけっこうサマになる。

 

 良いものと良いものが絡んでるのとても良い。俺はそう思うのだ。

 

 

 




 千世子ちゃんが英二君をコントロールして現在の好感度を2倍くらいにすると

「千世子………君との思い出は、数えるほどしかないけど……
 君を思い出させるものは、数え切れないぐらいある。
 そして……なにより君の笑顔が忘れられない。
 遅いかな? 今頃になって言うのも……
 俺は…俺は…俺は君が好きだった! 君の事を大切に思っていた!
 ヂヨゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 とか言うかもしれませんし言わないかもしれません
 いや言わねえな


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ゴジラの話の後日談、そしてやってきたゴジラな男

 完成した。

 

「できたぞ、どんなにヘタクソでもゴジラの声を作れる手袋だ!」

 

 怪獣の声は色んなもんを素材にしている。

 赤ん坊の鳴き声を加工すりゃ、ウルトラマン(1966)のジャミラの悲しくも恐ろしい声に。

 車のブレーキ音をベースに、少し人の吐息といびきを混ぜればガメラ(1965)。

 宇宙大怪獣ドゴラ(1964)のベースは人の心音。

 んで、ゴジラの鳴き声は松ヤニを付けた革手袋で、コントラバスの弦をこすった音を録音、こいつを手作業で逆再生した音だ。

 

 松ヤニってのは要するに天然の樹脂だ。

 樹脂の扱いなら俺もちょっとした技術は持ってるんだぜ。

 CAD(コンピュータ支援設計)で設計し、三次元工作機で雛形を作り、それを手作業で補正した……まさに会心の出来!

 楽器の扱いがドヘタだろうとゴジラの声の素が出せる!

 

 あとは録音して、値を設定したソフトにぶっこめば、ゴジラの声が完成する。

 このソフトの設定値さえ知ってれば、この手袋とコントラバスを持った人間は誰でも、自由自在に元祖ゴジラの声が出せる!

 

「ふはは、俺は楽器演奏の才能はクソほどなかったが、物作りに関しちゃ少しはマシだぜ……!」

 

 今度西宝の先生達に会うことがあったら見せよう。

 ゴジラを生み出した名会社・西宝の大人達は既に伝説だが、俺からすりゃ尊敬する先生達だ。

 こういう形で成長を見せていかないと、いざという時仕事で頼ってもらえないかもしれねえもんなぁ。

 

 ちなみに、ゴジラの鳴き声を流用したと言われる怪獣は、ウルトラシリーズや他怪獣映画にも多く、40近い怪獣に流用されてやがる。

 ヤバくねえ?

 ゴジラは映画単品で見ても、怪獣映画の始祖だ。

 だが鳴き声一つで見ても、多くの怪獣の始祖ってわけだ。

 まさに怪獣王。

 っと。

 インターホンが鳴った、こんなこと考えてる場合じゃないな、お客さんだ。

 

「今出ます! すみませんちょっと待っててください!」

 

 あり?

 予想してた身長より、数段小さいな身長。

 てか子供だ。

 

「あれ、山森さん」

 

「おはようございます、朝風さん」

 

 どした。

 遊びに来たのか。

 俺の事務所がスターズ事務所に近いからってそういうのはあんまよくないぞ。

 

「立ってないでどうぞ。俺の事務所は小さいですが、茶菓子くらいはありますから」

 

 ま、いいか。

 子供は暖かく許容してやるのが大人だ。

 同業者にして先生であるあの人達に許容され、あの撮影所の数々にいられたからこそ、今の俺がある。

 俺も子役には優しくしてやらんとな。

 もしや俺も既にいい感じに大人になってんのかね?

 ……いや、まだ駄目だな。俺はあの人達みたいな立派なヒゲもまだ生えてねえし。

 

 

 

 

 

 ソファーに座らせて、カステラと紅茶を入れてやる。

 「流石に塗料臭すぎるよ」と言ったアキラ君が置いてった芳香剤のおかげで、事務所の空気はかなり改善された。

 「ポットくらい置いといたらどうかな」と百城さんがくれた電気ポットのおかげで、事務所で暖かいコーヒーや紅茶が飲めるようになった。

 堂上が「茶菓子置いとくと女の子の客にモテるかもしれない」と言った日から、この事務所にはそこそこの茶菓子が置いてある。お前が食いたいだけだろ堂上。

 

 今の俺の事務所に隙はねえ。

 

「どうぞ、カステラと紅茶です。チョコや緑茶もありますよ」

 

「あ、おかまいなく」

 

「遠慮なさらないでください、山森さん。

 うちの事務所は年配の方が来る時の方が多いので、チョコがあんまり減らないんですよ」

 

 なんでジジババはあんなせんべいとか好きなんだ?

 チョコとかの方が明らかに美味いし脳のエネルギーになると思うんだが。

 

「あ……ごめんなさい、お仕事中だったんですか」

 

 おお、目敏いな。まだ片付けてなかった、事務所隅っこのあの服に気付いたのか。

 

「いえ、あれは完成品ですよ。

 俺は手慰みに仕事と関わりのないものをお遊びで作ってたところです。

 『(いわお)裕次郎(ゆうじろう)』さんからの依頼ですね。見ての通りの羽織と袴です」

 

「巌裕次郎さんって、あの!?」

 

「はい。その巌裕次郎さんです。俺なんかの仕事で良いのか戦々恐々ですよ」

 

 巌 裕次郎。

 世界的に有名な舞台演出家で、世界のイワオと言えば彼のことだ。

 凄まじいスパルタで有名で、あの人に見出されて育てられた人の中には、舞台や映画の世界で大活躍してる人も少なくない。

 物理攻撃もしてくるスパルタなもんで、怖い。

 いや怖い。

 マジあの人怖い。

 

 親父があの人とちょくちょく仕事してたらしいが、その繋がりで俺があの人の仕事受けたら、ハンパな物作ってんじゃねえと靴でぶん殴られたことがある。

 "死んだ親父の顔に泥塗るつもりか"と怒られたことは、昨日のことのように思い出せる。

 怖い。

 

「うっ」

 

「だ、大丈夫ですか? 朝風さん顔色が……」

 

「大丈夫です。嫌なこと思い出しただけなので……」

 

 もう怒られたくねえよぉ……でもあの人は他人の成長と改善を望んでるからこそのスパルタで……悪い人には思えねえよぉ……ちくしょう。

 

「注文は"わざとらしいくらい強く折り目を強調する袴"でしたね」

 

「折り目を強調した袴……?」

 

「折り目に柔らかさがないのは目立つんです。

 服の襟が立ててあって、その襟がピンと硬そうだと、そこに目を引かれるでしょう?」

 

「あ、確かにそうですね」

 

「折り目を強く魅せる演劇がしたいんじゃないでしょうか。詳細は知りませんが」

 

 袴の折り目を強く見せる方法には、仮面ライダーゴースト(2015)のリョウマ魂に使われた技術を応用し、裏地にウルトラスエードを貼った。

 ゴースト放映時はエクセーヌと呼ばれていたが、現在は事業統合によってウルトラスエードと呼ばれる、超極細繊維の不織布と特殊高分子弾性体を三次元融合させた人工皮革である。

 

 リョウマ魂は袴のデザインを取り込んだ仮面ライダーゴーストの一形態だ。

 袴の基礎知識があり、袴を造形することが可能で、それを仮面ライダーのスーツに応用できる……そういう名人も、仮面ライダーの世界にはいる。

 

 ウルトラスエードを折り目に仕込むことで、遠目には柔軟で柔らかな袴に見えても、近くで見ればシルエットが崩れない印象的な袴になるはずだ。

 ただ、リョウマ魂そのままでやると流石に袴の全体的な重量バランスとシルエットがブサイクになっから、裏地貼りは控え目にして調整した。

 

 巌さんは飾り気の無い舞台でも、徹底的に仕込んだ役者の凄まじい演技で圧倒する、金のかかるセットが要らない名演出家だ。

 だが、こうした小細工を最高の形で使える応用力の高い演出家でもある。

 この印象的な袴がどう舞台俳優の引き立て役になるのか、ちょっと楽しみだな。

 

「舞台の方でもお仕事なさってたんですね」

 

「ええ。頻度は高くないですけどね」

 

 それにしても、舞台か。

 最近舞台の方で仕事してないな俺。

 仮面ライダーや戦隊シリーズで活躍した人って舞台の方でも活躍してること多いから、あっちで仕事すんの楽しいんだよな。

 TVシリーズで一緒に仕事した人に仕事依頼されることもあるし。

 

 仮面ライダーシリーズで俳優のファンになった子供が、舞台の方まで役者さんの応援に行くの見るとめっちゃほっこりする。ほんわかする。

 ああいうのめっちゃ好きだ。

 

「それで、山森さんは何のご用ですか?」

 

 俺用のコーヒーにコップ一杯ほどの砂糖を入れて、かき混ぜる。

 俺はコーヒー派だがお客様に出すのは紅茶か緑茶の方が良いんだよな。

 手元のティーカップを見つめていた歌音ちゃんは、少し申し訳なさそうに、顔を上げて俺に問いかけてきた。

 

「あの、地方巡業について聞きたくて」

 

「お仕事ですか?」

 

「いえ、オーディションです。

 マスコットキャラクターの着ぐるみと子役が色んなところを回る番組で……

 日本各地のゆるキャラと絡みながら、色んなデパートでイベントもするお仕事です」

 

「なるほど」

 

 地方巡業ってのは、元は相撲の用語だ。

 力士さんが日本各地を回って興行し、各地のファンと触れ合いつつ、取り組みを見せたりするあれだ。

 転じて、芸能人が各地を巡って公民館とかで芸やトークを見せたり、レギュラー番組の内容で日本各地を回ることや、それに付随する各地でのイベントなんかもこう言うことがある。

 

 そんでもって、マスコットキャラクターやゆるキャラ絡みか。

 ゆるキャラと言えば2000年からじわじわ人気を伸ばし、2006年のひこにゃん、2010年のくまモンに、2012年のふなっしーなんかが強え、現代の新ジャンルだ。

 子役と絡めるとなお強い。

 子供とゆるキャラの着ぐるみは、並んでるととびっきりに映える。

 

 なるほどな。

 そういう企画なら、良い子役を探すわけだ。

 んでもって歌音ちゃんはそれに受かりたいから、なんでもいいから参考になるものを探してるってわけだな。

 その手の知識は、オーディションを受ける上であればあるほどいい。

 

「朝風さんは、印象に残っている地方巡業などはありますか?」

 

「俺は最近ウルトラマンとがっつり組んでるアリオウとかが来てると思いますね。

 アリオウでウルトラマンショーまでやってるのは、子供相手には強すぎます。

 しかも最近はEXPO(ウルトラマンのイベント)級のシナリオも組んでますから。

 ストルム星人の生き残りにベリアルの復活。

 ジャグラーとリクの俳優さんのウルトラマン論。

 クライマックスで流れるBGMフュージョンライズ。

 並び立つジャグラーとロイヤルメガマスター……

 ……っと、詳細の解説までは要りませんね。とにかく、今は地方巡業もホットですよ」

 

「私もそう聞きました。

 だから知り合いの人に色々聞いて、オーディションに臨もうと思って……」

 

 ふむ、ちゃんとしてるなこの子役。悪くない姿勢だ。

 

「俺にできる話の多くは他の人にできる話でしかないと思います。

 ですので、他の人があまりしない話でもしましょうか。

 地方巡業、ヒーローショー、ご当地マスコット……

 キャラクターというものが、一般人の日常の身近になるまでの話です」

 

 どうすっかな。

 

 そうだ、仕事の概要を掴ませてやるなら、ルーツから語ってやるのが一番だろう。

 

「ターザンを知ってますか?」

 

「名前だけなら。あーああーの人ですよね?」

 

「そうですね、それで合っています。

 本家ターザンを見たことがなくても、名前も聞いたことがないという人はいないでしょう」

 

 『ターザン』はもう有名過ぎて、本編見てなくてもターザンって名前だけは知ってるって人が多数派で困る。

 いや別に困らねえか。

 

「和製ターザンと昔呼ばれていた、バルーバの冒険(1948)という小説がありました。

 これを映画化した日本のモノクロ映画、名を『ブルーバ』(1955)といいます。

 開幕と同時の1955年、ブルーバは動物園で宣伝を兼ねたイベントを開きました。

 一説には、これが日本で初めての子供向け特撮映画イベントだと言われています」

 

「あ、もしかして、後追い映画というものなんでしょうか……?」

 

「そうですね。

 映画のターザンがアメリカでヒットしたのが1918年。

 後追いやリスペクトと考える人も少なくはないそうですよ。

 当時にしては画期的な類人猿の着ぐるみ使って人気でしたしね、ターザン」

 

 後追い映画って本当に多いよな。

 アルバトロスみたいな突然変異異常種を除いても多い。

 そういう映画やらされてる俳優さんの気持ちってどんなのか、聞くのも怖えわ。

 

「同年、つまり1955年に、『ゴジラの逆襲』がイベントやってます。

 子供を撮影所に招いたイベントをやったんです。

 そして、1964年にゴジラは『三大怪獣 地球最大の決戦』を公開します。

 この映画に合わせ、ゴジラは東京、名古屋、大阪を宣伝巡業し……

 後の時代に続く、各地を怪獣やヒーローが巡業するシステムの始まりです」

 

「あ……地方巡業?」

 

「そうです。俺の個人的な解釈ですが……

 "画面の向こう"が人々の日常の身近になったのは、ここから。

 可愛い着ぐるみやかっこいい着ぐるみが各地を回るシステムの祖は、ここにあると考えます」

 

 こいつが、子供達が近くのデパートや遊園地の類に行って、そこに来たヒーローやマスコットキャラと触れ合うというフォーマットの始点だ。

 昔の子供は、こういうヒーローや怪獣に触れ合えるイベントが、最高の娯楽だったとか聞く。

 

「これはまさに革命と言っていいものでした。

 何せ、劇場の画面の向こう、映画の中にしかいなかったゴジラ……

 それが現実に、それも日常生活の中に現れたんです。子供達への影響は絶大でした」

 

 画面の向こうに見るのと、直接触れ合えるのは違う。

 子供達は触れられる距離にいる怪獣に興奮し、我先にと抱きついた。

 ミッチーランドのミッチーにそうするように。

 おかげで昔巡業に使われた撮影用ゴジラスーツの、体のひだひだとかヒレとかが片っ端から子供達にもぎ取られ、全身がハゲたようになっちまったらしいが。

 

「続き、1966年に多摩テックで『ウルトラQ大会』が開かれました。

 ウルトラQはウルトラマン等、ウルトラシリーズの始祖ですね。

 怪獣が多く並び、怪獣の寸劇なども行われ、ゴジラのよりも規模は大きくなりました」

 

「ゴジラから、ウルトラマンなんですか?」

 

「そうですね。

 リレーのバトン渡しをイメージしてくださると、分かりやすいと思います。

 後続が続いたことで、『キャラクターイベント』の概念が誕生したんです」

 

 ゴジラが始め、ウルトラシリーズが拡大した。

 

 この1966年に、初代ウルトラマンのTV放映が始まる。

 

 そして、1971年に、初代の仮面ライダーのTV放映が始まる。

 

「これをとうとう『舞台』にしたのが仮面ライダーです。

 1971年の冬、後楽園遊園地で仮面ライダーのショーが開かれました。

 仮面ライダー2号を中心としたオリジナルストーリーで、これが大ヒット。

 地方巡業は、演劇から生まれ、演劇を取り込んで別物となりました。

 少し後の時代になって、このイベントに名前が付けられます。『ヒーローショー』と」

 

「あ、ヒーローショーなら私も知ってます! ……見に行ったことはないですけど」

 

 もったいねえな。

 でも今の時代ヒーローショー見に行かない子供意外と多いしな、仕方ねえか。

 

「やがて、仮面ライダーが打ち立てたヒーローショーの器を、戦隊が拡大します。

 ヒーローショーは戦隊シリーズの手で、どんどん進化と改良を続けていきました」

 

 仮面ライダーストロンガー(1975)の放映時、ストロンガーのショーにゲストとして、放映中の秘密戦隊ゴレンジャー(1975)が参戦したのが、後楽園での戦隊の初陣だった。

 

 ゴレンジャーはスーパー戦隊シリーズ一作目。

 仮面ライダーの方が、1975年に放映終了したストロンガーから1979年のスカイライダーまでTVで連続放送をやってなかったのもあって、後楽園の主役は戦隊に移ったわけだ。

 バトンは続く。

 ゴジラから、ウルトラシリーズ、そして仮面ライダーへ、最後に戦隊へ。

 

「戦隊が見つけた新しいフォーマットは、他のヒーローショーにも反映され……

 2009年、全天候対応型の大型屋内劇場シアターGロッソまで出来た、というわけです」

 

「ええと、さっき言ってた遊園地は……」

 

「後楽園遊園地ですね。

 『後楽園ゆうえんちで僕と握手!』

 のフレーズで、日本中にその名を知られたヒーローショーの祖の一つです」

 

 さて、話のまとめに入るか。

 

「この後楽園遊園地が、山森さんと共演するゆるキャラの始まりの地でもあります」

 

「……え、そうなんですか!?」

 

「2002年11月23日、後楽園遊園地で

 『第1回みうらじゅんのゆるキャラショー』

 が開かれました。

 2004年には東京ドームでゆるキャライベントが開かれます。

 そして2007年にひこにゃんが火付け役となり、ゆるキャラブームが来るというわけです」

 

「ほえー……」

 

「同郷の者に近いんですよ、日曜朝のヒーローとゆるキャラさん達は」

 

 仮面ライダーが作り上げた後楽園遊園地のヒーローショーを、後に続くスーパー戦隊シリーズが盛り上げた。

 ヒーロー達が後楽園遊園地の野外ステージから移行し、スカイシアターを使っていたのが2000年から2009年。

 ゆるキャラが後楽園遊園地で借りてたステージもスカイシアター。

 両者が子供達を笑顔にしていた舞台は、同じステージだった。

 

 燃えるじゃねえか。

 日曜朝のヒーロー達とゆるキャラは、同じ舞台で、子供を笑顔にするために、違う方法でショーをやってたって言うんだからよ。

 そりゃもう、戦友じゃねえか。

 やり方は違くても、同じ場所を目指してたんだ。

 

「俺が個人的に思うことですが、山森さんにはこのことを念頭に置いた上で……

 現代の着ぐるみと俳優の関係というものを、意識しておいてほしいということです」

 

「着ぐるみと俳優の関係、ですか?」

 

「山森さんと着ぐるみが並んで歩いて、子供が来たとします。

 山森さんは自分から子供に話しかけますか?

 子供と着ぐるみが触れ合うよう誘導することを、真っ先にやりますか?」

 

「……えと」

 

「企画のプロデューサーや事務所の意向次第だとは思いますけどね。

 俳優が主役なのか、着ぐるみが主役なのか。どちらを売っていきたいのか、というのは」

 

「あ」

 

 ヒーローや怪獣が、有名人と握手をしてる写真を見たことがある人は多いだろう。

 

 俺はああいうのを見る度に思う。

 あれは、有名人の方のイメージアップをしてるのか?

 それとも、着ぐるみの作品の知名度を上げようとしてるのか?

 どっちか片方ってこともなく、どっちの効果も狙ってるのか?

 

 仮に山森さんがオーディションに受かったとしよう。

 スターズは事務所として山森さんを売りたい。

 だからマスコットキャラクターやゆるキャラを知名度上昇の道具に使い、山森さんを有名にするための引き立て役にしたいはずだ。

 逆に企画側は、企画を成功させるためにオーディションしてるわけだから、スターズである山森さんを客寄せにして引き立て役にしたいはずだ。

 

「山森さんの判断を信じます。悪い人ではないと、俺は信じてますから」

 

 現実は無視できねえ。

 番組側の意向、事務所の意向、どっちも山森さんは無視できねえだろう。

 それでも思う。

 子供が大好きな着ぐるみを使って、色んな場所を回るんだ。

 ただの子役でも『プロ』として、子供の夢は壊さねえでほしい。

 

「ありがとうございます、朝風さん。私……頑張って、このアドバイスを無駄にしません!」

 

「いいんですよ、もっと気楽で。

 山森さんが受かっても受からなくても、どういう選択をしても、俺は怒りませんから」

 

 ま、俺にできるのはアドバイスだけだ。

 あれするなこれするなとか言う権利はねえ。

 特撮ヒーロー達と同郷のゆるキャラのために、山森さんが仕事を失敗するのも見たくない。

 頑張れ山森さん。

 日本中回ってれば、同じように日本中回ってるウルトラマンとかと会うかもしれないぞ?

 

「あ、ちなみにですね。

 泥棒を捕まえた後に俺がちょっと話した、ゴジラ盗難事件の話を覚えていますか?」

 

「ええと……

 1979年にゴジラの2m人形が盗まれて。

 1991年に宣伝用の着ぐるみが盗まれて。

 1979年の犯人が人形を返して、『君も返そう』と呼びかけて。

 でも戻ってこなくて、1992年に撮影用スーツも盗まれてしまった、ですよね」

 

「その1979年に、酒に酔った勢いでゴジラを盗んだ人が、ゆるキャラ概念の生みの親です」

 

「えっ」

 

「ゆるキャラ概念の生みの親です」

 

「……えっ?」

 

「2000年にその人が、ハイパーホビーという雑誌でゆるキャラ概念を創出したんです」

 

 ハイパーホビーは徳間書店発行のホビー雑誌……と言いつつ、ここでしか読めない特撮俳優のインタビューなどが読める中々よろしい雑誌だ。

 俺も依頼されて短めのを寄稿したことがある。

 もう二十数年の歴史があるツワモノ雑誌だったな、確か。

 

「ゴジラを盗んだ人ですが、まあ反省してると思うので許してあげてくださいね」

 

 そうだ、許してやれ。

 俺は許すとも許さないとも言えねえがな!

 西宝は1979年の犯人に怒らないといけないだろうが怒れないとか、怒るより宣伝に利用しますとかコメントしてるもんだから、俺は公的には何も言えねえ。

 言わんほうがいい。

 口は災いの元だ。

 

「そんなところで繋がっていたんですか……」

 

 社会や歴史ってもんは、どこも繋がってるもんだ。

 

「ゴジラに始まりゴジラに帰ってきた……なんでしょう朝風さん、このループ構造」

 

「世の中そんなもんばっかですよ」

 

「私が子供だから知らないだけでしょうか?」

 

「山森さんが俺と同じ歳になるまで、あと十年は必要ですからね」

 

 俺が笑うと、彼女はちょっとむすっとした。

 少し、今の子供扱いは嫌だったらしい。

 子役らしい、年齢相応の反応だった。

 

「話し込んでしまいましたね。もうこんな時間です」

 

「え? あっ」

 

「俺はこれからスターズ事務所に行かないといけないので、事務所まで送っていきますよ。

 お菓子はお土産に持って帰りますか? いくつ持って帰ってもかまいませんよ」

 

「い、いりません!」

 

 そかそか。

 

「朝風さん、スターズでまたお仕事なんですか?」

 

「そうですね。ちょっとゴタゴタしてるところがあるらしいので……」

 

 もっとも、スターズをただの腰掛け程度にしか使ってないあの人と、スターズ由来の仕事をすることを、"スターズで仕事"って言って良いもんか分からねえがな。

 

 

 

 

 

 待ち合わせ場所の、スターズ事務所の会議室で、その男は椅子を傾け、背もたれに体重をかけ、デスクに足を乗せていた。

 

「人を待たせんなよ、ノロマじゃないのは仕事だけか?」

 

「すみません、お待たせしました。俺は待ち合わせの時間を間違えてましたか?」

 

「いーや、きっちり待ち合わせの五分前だ。ま、俺は待ってたがな」

 

 偉そうなその男に不快感をそう覚えないのは、俺の中に『偉そうにしていいくらいの能力はある』と考える心があるからだろうか。

 俺が製造者(メーカー)なら、この人は創作者(クリエイター)

 その傲岸不遜な雰囲気は、思うまま望むままなんでも蹂躙してしまえる、ラスボスみたいで。

 

「つまんねえ仕事があるんだ。

 さっさと終わらせてえ。

 エージ、世界で一番早く動く俺の手足になれ」

 

「世界で一番は無理ですが、手は抜きませんよ」

 

「全力出せよ?」

 

「はい」

 

 『黒山(くろやま)墨字(すみじ)』。

 

 俺を呼び出したラスボスは、偉そうに椅子にふんぞり返っていた。

 

 

 




 数年前の初対面時に「戦隊のブラックみたいな感じの子供に分かりやすい名前してますね」と英二が言い、黒山はかなり笑った模様


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来たれ撮影の序盤戦

 『ラーメンと、高級な日本料理。あなたはどっちが食べたい?』

 

 名演出家にして名監督である黒山墨字の作品の説明をするには、この問いが一番分かりやすい。

 ラーメンという分かりやすい娯楽か。エンタメ映画か。

 高尚な日本料理か。芸術的に価値がある映画か。

 どちらが好きかは人による。そういうもんだ。

 

 黒さんはカンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭の世界三大映画祭の全てで入賞した男だ。

 すげえ。

 なんだお前。

 頭おかしいぞお前。

 見る人が見れば、35歳の日本人監督でこれが凄いことなんだとひと目で分かる。

 

 ()()()()()()()、だ。

 

 今の日本でこの経歴を見せても、「???」って反応が最大多数だろうな。

 良くて「あーなんかすごそう」って反応くらいじゃねえか?

 なんにせよ"よく分からん"としか、一般人は言いようがねえだろう。

 何故なら日本では、映画は面白ければいいからだ。

 作品に贈られる海外の賞には、日本人はあまり興味を持たねえ。

 

 カンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭の世界三大映画祭は、どれも凄えもんだ。

 だが、この三つの映画祭の映画は、あんま日本では上映されねえ。

 それは何故か?

 見ねえからだ、日本人が。

 

 面白くないが素晴らしい映画がある。

 面白いが素晴らしくない映画がある。

 それなら日本人は、後者を見る。

 ()()()()()()()からだ。

 俺も銀魂とかめっちゃ好き。

 

 世界三大映画祭は、ハリウッドとは違え。

 ハリウッドはよりエンターテイメントな映画、これまでにないものでありつつも大ヒットを狙った映画、大衆のための映画を作る。

 世界三大映画祭では、よりアートな映画、より挑戦的で前衛的な映画、難しい技術を使って芸術的で美しくした映画が評価される。

 だからハリウッドの映画は一般人の多くに受け、めっちゃ売れる。

 世界三大映画祭で評価される映画は、評論家に受ける。

 

 そういうことなら、映画で稼ぎたい日本の会社は、売れるかも怪しい世界三大映画祭の入賞作より、ハリウッドでめっちゃ売れた作品を輸入したいもんだろ?

 だって誰も、赤字なんて出したくないもんな。

 

 「売上が全てじゃない、売れなくても素晴らしい映画はある」と主張するデカい派閥の拠り所が世界三大映画祭になってる、って面も強え。

 芸術か?

 エンタメか?

 そいつはまさに、人によるってやつだ。

 好みの問題だ。

 どっちを重視するかは、監督やスポンサーによって違うだろうし、映画を見に行く人の好みにもよるだろうぜ。

 

 こいつが、世界三大映画祭での入賞者が日本で皆に凄えと言われない理由だ。

 

 エンタメに特化してない。

 だから世界三大映画祭の映画は大抵ハリウッドほど大ヒットしない。

 大ヒットしねえから、『世界三大映画祭の入賞作は凄い』という意識が一般人の記憶の中に刻み込まれない。

 だから日本の映画館に輸入もされなくなり、日本人の目に映る『世界三大映画祭の名作』の数もどんどん減っていく。

 

 ヒーローが仲間達との絆&ド派手なアクションとCGで悪役をぶっ飛ばす映画と、美麗な背景と繊細な心情描写で美しい世界と心情の動きを表現する映画。

 それなら、日本やアメリカでは前者の方が圧倒的に売れる。

 かくいう俺だって、それなら前者の方が好きだ。

 

 黒さんは、日本では無名だ。

 アリサ社長は以前、黒さんが日本では無名な理由を、黒さんが金も名声も求めてなかったからだと言っていた。

 だが、俺の個人的な見解は違う。

 そもそも黒さんの活躍のフィールドの関係上、日本人は黒さんの経歴に「すげー」ってなれないんじゃねえか、ってのが俺の見解だ。

 

 すげえ人なんだが、この人が日本人向けに作品を作っているのを見たことがない。

 

 国内ではまだ無名の怪物。

 例えるなら、まだ世の中が核ミサイルの存在を知らない時代の核ミサイルだ。

 この人が『炸裂』すりゃ、間違いなく世界は震撼する。

 だがこの人が『炸裂』するかどうか、まだ誰にも分からない。

 確かなのはこの人の能力だけで、未来は分からない。

 

 だってそうだろ、やべえよ。

 日本は『エンタメ映画が受ける世界』だ。

 つまりそこを下地にして腕を磨いた映画監督ってのは、世界三大映画祭で入賞しにくい作風と技術を揃えた監督になる。()()()()()

 

 日本人でも世界三大映画祭で入賞する人はいるが、そういう人達はまさしく周囲に染まらない個性の強い人や、本物の天才ばかりだ。

 "日本で受けやすい監督"が、単純にイコールで"世界で受ける監督"になれない理由は、こういうところにもある。

 黒さんは、日本には染まりきらなかった。

 黒さんは黒さんの画作りをしてやがる。

 そいつは、他人が真似しようとしてもできないすげえ強みなんだ。

 

 日本で映画を作るなら、理想的な監督ってのは日本の観客層と日本の業界に最適化された監督なんだろうが、この人はそんな枠には収まっていない。

 

「ほー、また面白いの作ったんだな。

 ゴジラ手袋と専用の設定した音楽ソフトか。

 凡人でも凡人に出せない音を模倣できるって試みは悪くねえんじゃねえか?」

 

「差し上げますよ、ゴジラ手袋。俺はもういくらでも作れますから」

 

「お、いいのか? 柊の土産にするわ」

 

「絶対喜びませんよ」

 

 俺は黒さんに呼ばれた。

 黒さんはアリサさんに呼ばれて、この現場の対応を任されたらしい。

 ここは、とある漫画原作の二時間ドラマものの撮影場所。

 問題がここで発生したのは、少し前のことだそうだ。

 

 日本の映像界にも派閥がある。

 プロデューサー同士の対立、師匠筋の対立を引き継いだ対立、テレビ局内の派閥争いに、単純にプロデューサーの性格に問題があって不仲な監督がいたりもする。

 そいつが今回、モロに出た。

 撮影が開始されてから、とんでもない大喧嘩が発生し、監督が降りちまったのだ。

 

 監督のコネでその撮影に参加しただけだ、って人は割と多い。

 そういう人は、偉い人が監督と喧嘩したり監督に不義理を働いたりすると、監督と一緒に撮影を離れちまう。

 こうなって初めて、上の人は「ヤバい」と実感し、「なんとかしろ」と言い、現場がそのツケを払うことになる。くたばれ。

 

 カバーに動いたのは、このドラマにスターズ俳優を何人も提供しているスターズだった。

 スターズが黒山墨字を動かし、黒さんが俺を引っ張ってきた、そういう話だ。

 あくまでピンチヒッターなので、スタッフロールとかに俺達の名前が載るわけじゃあない。

 次の監督が正式に決まるまで、俺達で撮影と制作を進める。

 じゃなきゃ、制作の遅れが、正式な監督が決まる頃には手遅れになってるからだ。

 

「ごめんね、こっちの都合で朝風君まで動員しちゃって」

 

「いえ、俺も仕事ですから。町田さんはいつも通りに仕事しててください」

 

「うん、でも君が来たなら物作りの方が遅れることはなさそうね」

 

 町田リカさんを初めとして、知った顔がちらほら見える。

 申し訳無さそうな表情をしているが、その言動には俺に対する信頼があった。

 ……失敗に終わらせたくねえ。

 この人達が作る映像は、絶対に予定通り世に出してやる。

 

「おう朝風。ガタついた大道具の修理とかも頼むぞ」

 

「黒さん、了解です」

 

「しっかしあのババア、ウルトラの母の癖して慈悲も優しさもねえ仕事振りしやがる」

 

「やめましょうよそういう呼称使うの」

 

 "ウルトラ仮面の母"を略すなや!

 

「ほらプリヴィズだ。お前も仕事しながら見とけ」

 

「分かりました。大道具を直しながら見ておきます」

 

 プリヴィズリール(Pre-Visualization reel)とは、映画の実作成の前に作る映像、その総合的な名称のことだ。

 このドラマの場合なら要所の絵コンテ、撮影に使う街の一角の撮影写真、俳優を使っての簡易な通し演技などがそれにあたる。

 まあ映像を見てるだけの時は手が空くしな。

 空いた手で大道具を直していくってのは悪くねえかも。

 

「ああそうだ。

 午後までにクライマックスシーンの橋作っとけ。

 幅5m、長さ15mくらいでいい。

 派手に崩落するやつだが、分かってるよな。任せたぞ」

 

 おい

 おいコラ。

 午後まで? あと二時間くらい? そのヒゲむしるぞコラ。

 

「できるな?」

 

「できますけど……」

 

 撮影スケジュールをフルに使って、俺もフルに使って、何作る気だ!

 

 満足いかない映像は絶対市場に出さないプロはこれだから! これだから!

 

 

 

 

 

 二時間だと、俺一人じゃ絶対に手が足りねえ。

 いや、スタッフ全員動員しても一から橋なんて作ってられねえ。

 こういう時は既存の奴のリペイントに限る。

 頭の中で今、ここの各スタジオと倉庫の中にあるものを考える。何かあったか?

 

 そうだ、あれがあったな。

 

「第八スタジオから橋のセット持ってきてください!

 重くて大きいので大道具などの動ける人全員行っていいです!」

 

 既にあるものを利用すんのは一番楽だ。

 何より出来が早く、かつ上質になる。

 流用万歳! 流用にも視聴者視点で欠点はあるがそいつは今は考えないでおく。

 壊れない橋のセットを、壊れる橋のセットに変えるのもまたクソ労力がかかるだろうが、そこ考えるのは後にしねえとな。

 

 残ってるスタッフにも色々聞いておかないと。

 

「ちょっといいですか?

 MA(マルチオーディオ。映像編集責任者)の人はどこですか?

 あと美術監督や美術の総締めの人と相談がしたいんですが」

 

「朝風さんと黒山さんが来る前、前の監督と一緒に全員出ていきました……」

 

「……ああ、分かりました。だからそんな顔しないでください。すぐに代わりがきますから」

 

 死ねよぉ……俺が死ぬだろ……ちくしょう。

 

 昭和の時代はスタッフの大半がストライキボイコットとかできた空気があったらしいが、もう想像もつかねえわ。

 

「映像編集で残ってるのは何人いらっしゃいますか?」

 

「新人と美術大学からのバイト、合わせて四人です」

 

「分かりました。アフターエフェクトか似たソフトを使える人間は?」

 

「ええと……聞いてきます!」

 

 Adobe After Effectsは、デジタル合成やモーション・グラフィックスを行える販売ソフトウェアだ。

 プロも、プロを目指す者も、こいつを使ってる奴は多い。

 大学生でも使っていて、映画・TV番組・CMの作成にも使われてるこのソフトがあれば、バイトの人間を使ってもとりあえず映像加工で一つの作品にはできる。

 

「いました朝風さん! 新人とバイトに一人ずつ!」

 

「ありがとうございます! ……あとは」

 

 高い技術を必要としないように、俺がここからの舵取りを間違えないようにしていこう。

 

(プランを立てよう)

 

 まず、黒さんが作れと言ってたクライマックスシーンの橋。

 こいつは崩れる橋の上をヒロインが駆け抜け、橋を渡りきって主人公に抱きつき、愛を誓うっていうシーンだ。

 原作の漫画だと、それまで日常描写がほとんどだったところの最後に派手なこのシーンを入れることで、かなり印象的な場面になってる。

 まあいいよな。

 自分の命も顧みない愛の証明。

 王道だ、嫌いじゃない。

 

 俺の想定プランはこうだ。

 

 第八スタジオにある橋のセットは、分割して運べる構造になってたはずだ。

 大体のセットは、分割できるようになってる。

 分割しねえと運べねえし、スタジオの入口から出せねえからな。

 あの橋は確か、棘谷が古巣の人達が作った足場……だから、セットの下に車輪(キャスター)が付いてる比較的重いやつと、付いてない比較的軽い奴に分割できる。

 人手があれば、ここまで運んでくるまでは問題ねえ。

 

 何よりいいのは、分割できるってことだ。

 橋を真ん中から二つに分けられれば、できることもある。

 

 ■■を元の橋のセットだとする。

 ■と■を二つに分けた橋のセットだとする。

 □を橋の高さまで上げられた飛び石みたいな、点々とした足場のセットとする。

 ○を人間だとする。

 通常の橋のセットは、

 

  ○←

 ■■

 

 人がこういう風に歩いて渡れる。

 ここに、二つに分けた橋の間に飛び石的なセットを挟み、■□■という順に並べる。

 ■の部分はちゃんと橋のセットになってるが、□の部分は点々としか足場がないわけだから、ジャンプして足場を飛び移っていかないといけない。

 すると、

 

   ○←

 ■□■

 

 こういう風に、橋の部分は走って、飛び石的な足場の部分はジャンプしながら進んでいく感じになるだろう。

 

 ここで、□の部分に橋のCGを合成する。

 そして、主役たちが来たところで、CGを崩壊させる。

 するとどうなるか?

 走ってる途中にジャンプして、点々とした足場を飛び移っている元の撮影映像が、崩れる橋の中で、崩れていない足場を探して跳び移って渡りきるシーンに変わるってわけだ。

 

 橋のセットが来て、そいつが組み上がったら、俺は橋のセットを二分割した状態で大改造して、□の部分にあたる橋の高さの飛び石セットを作りゃいい。

 それでなんとか、午後には間に合う。

 

 黒山さんが俺に午後までに作れと時間を指定したのは、そういう画作りをしておけっていう俺に対する指示だろう。

 俺の能力で二時間以内に作れるものなんてこのくらいだしな。

 口で言えやヒゲオヤジ。

 

 とりあえず映像編集班は橋のCG作りに集中しておいてもらおう。

 今はスタッフを誰も遊ばせておきたくない。

 かといって今の制作班の状態じゃ、映像編集の出番が来るのはかなり先だ。

 時間をかけて、ここの橋が崩れるシーンのクオリティを上げててもらおう。

 頑張れよ皆の衆。

 

「橋セット到着しました! 今から組み上げます!」

 

「分かりました、出来たら俺にすぐ言ってください!」

 

 今俺が動かせる人間は全部セットの組み上げを頑張ってもらおう。

 俺はその間に、大道具の修理と、必要な分の作成を終わらせねえとな。

 

 クロマキー合成、ってやつがある。

 今の撮影方式だとそういう呼び方は正しくないから、別の呼び方しようぜって、言ってる人もいたが。結局今もクロマキー合成と呼ばれてやがる。

 ある色成分を除外する、ってやつだ。

 

 例えば、特撮の撮影では緑や青のマットが壁と床に敷き詰められた場所で、俳優の撮影なんかをしてるのが、これにあたる。

 緑一色のマットを背景にして、撮影した俳優の動画から緑を除外する。

 そうすると、緑の部分は透明扱いになり、この俳優の動画を他の動画の上に重ねるだけで、簡単に合成動画が出来る。

 昔ながらの、特撮の王道だ。

 

 この『透明にするための背景』を、グリーンバック、ブルーバックと言う。

 

 何で緑と青なのかと言えば、そいつが人間の肌の色の補色だからだ。

 補色ってのは、色相関で正反対に位置する色の組み合わせのこと。

 補色を使うことで、緑や青を消しても人間の肌は画面から絶対に消えねえってわけだ。

 

「こっちで緑の塗装やるんで他のスタッフさんは近寄らないでくださいね!」

 

 他スタッフに、俺は大きな声で呼びかける。

 一旦スタジオの通路を使って屋外に出て、そっから塗装だ。

 クロマキー合成のいいところは、緑の背景も緑の物質も、完全に同色なら一緒に消せるってところにある。

 

 例えば緑の背景の前に、同色緑の足場を作り、百城さんにそこを歩かせるとする。

 するとクロマキーで緑を消せるから、何もない空中を百城さんが歩いている合成映像を作ることができるってわけだ。

 そう、足場。

 大道具が作るべき足場だ。

 しからば俺が作るべき足場である。

 

(備蓄の木材は足りてる。ぱぱっと作るか)

 

 まず作ったのは、クロマキー合成用の足場。

 仮面ライダー撮影場所で『サカナ台』と呼ばれる、仮面ライダーの撮影現場でしか使ってないニッチなやつの魔改造品を作った。

 青色と緑色の二色、二種類一つずつありゃ十分だろ。

 

 このサカナ台が発明されたのは、仮面ライダーディケイド(2009)の時。

 これでもか、これでもかと仮面ライダーが出て来るというかつてない撮影に、撮影スタッフはライダーキックの撮影に疲れ切っていた。

 そこで助監督の超さんが開発したのが、このサカナ台ってえわけだ。

 なんでサカナ台かって?

 その助監督の超さんのあだ名が、サカナだったからさ。詳しくは知らん。

 

 緑のサカナ台の上に仮面ライダーが寝そべり、ライダーキックのポーズを取り、緑の背景で撮影し、クロマキー合成で緑を除外して合成する。

 これだけでライダーキックの映像ができる。

 へへっ、こいつはやはり基本だ。コイツがないと始まらねえ気がする。

 

「橋のセット組み上げまでもう少しです、朝風さん!」

 

「分かりました! こっちも残り終わります!」

 

 小道具も作らねえと。

 CG含む合成は新人とアルバイトに今のところ任せてるが、援軍が来たら速攻手直しをしてもらいたい……が、どうなるか分からん。

 CGの粗は誤魔化さなきゃならねえ。

 

 撮影時、カメラ手前側に作り物の手すり等を用意し、そいつが壊れるようにするなどして、『手前にリアル、奥にCG』の鉄則を徹底する。

 

 ジュラシック・パーク(1993)ってやつがある。

 言わずとしれた、世界を震撼させた伝説の恐竜映画だ。

 こいつは機械動物模型(アニマトロニクス)、着ぐるみ、CGを上手い具合に混ぜ合わせていた。

 CGはカメラから遠くに、ヴェロキラプトルは着ぐるみで表現してカメラの近くに……こうすることで、実物を見ている人間の目が、遠くのCGも実物のように見せてくれる。

 こいつが『手前にリアル、奥にCG』って鉄則の魅せ方だ。

 

(あとは!)

 

 家屋系のセットも微調整・微修正し、橋のセットの準備が完了するギリギリまで他のことをやっていかねえとな。

 

 瓦礫、煙も作らねえと。

 橋が壊れるシーンで瓦礫が飛び、煙が漂ってりゃ、あとはカメラワークを激しくするとかでCGに多少粗があっても誤魔化せる。

 映像編集の方に新人と大学生バイトしかいねえってんなら、俺がここからカバーすりゃいい。

 

 瓦礫は発泡スチロール製、煙は四塩化チタンに混ぜ物をして作る。

 四塩化チタンは空中の水分と反応して白煙を生じる特性を持つ物質だ。

 ヒーローのスーツに黒い跡を描き、そこに四塩化チタンを塗っておけば、「弾丸が当たったところが焦げてるし煙出てる……痛そう」みたいに視聴者に思わせることができる。

 

 こいつに混ぜ物をすれば、白と灰の混じり合った煙を演出できる。

 橋のセットに仕込んでおいて、任意のタイミングで瓦礫と煙を同時に出現させることだってきできるわけだ。

 また、ラブシーンでどこか現実的でないような、やや幻想的なシーンを演出することも可能だ。

 そのまんま白煙で使ってもいいし、光を当てればまた別の色に見えるしな。

 

 いやー便利だな四塩化チタン!

 最近は仮面ライダーの撮影とかこれ昔ほど使ってねえけど!

 

「朝風さん! 橋のセット準備完了です! 言われた通り二分割してセットしました!」

 

「ありがとうございました! 五分以内にそっち行きます!」

 

 まずは橋を加工する。

 全体の塗装をどうにか工夫して、カメラアングル次第で過去のセットの流用だとバレない、そういう感じにしておきたい。

 あと橋の各末端に手を入れて、CGの橋が崩壊した後も自然に見えるようにしておかないと。

 

 作る、作る、作る。

 ぶっさいくな出来だが、とりあえず11:30になる前に橋は完成した。

 

「黒さん、ちょっといいでしょうか?

 手すりのチェックなどもしてほしいんですが……」

 

「ん? やっとか」

 

 CGの橋が壊れる時、手前で壊れるための手すり。

 とりあえずありものを使って、塩化ビニール製の手すりを作った。

 真ん中に仕込みがあって、目を凝らさないと見えないくらいの細い糸を引っ張ると、真ん中が気持ちいいくらいベキっと折れるようになっている。

 

 そういやウルトラマンメビウス(2006)に出てくる怪獣・コダイゴンジアザーの持ってる釣り竿も、あれ竹っぽく塗装しただけの塩ビパイプなんだよな。

 普通のカッターナイフで切れ込みが入るくらい。

 この手すり、ちょっとアレに近いかもしれん。

 コダイゴンジアザーの釣り竿は本編で折れるが、確か切れ込みを入れてぶっ叩いても全然思うように折れなかったんだ。

 だから折れた断面をそれっぽく加工した釣り竿を作成し、あらかじめ切断しておいた釣り竿を接着剤で仮止めして、叩きつけることで折れたシーンを演出してたはずだ。

 

 リアルな折れ方にすりゃいいってわけじゃねえ。

 分かりやすく折れること、分かりやすく折れた断面を魅せることが大事だ。

 

 塩ビで手すりを作り、切断して二つに分け、断面をFRP(繊維強化プラスチック)で加工して折れた断面を刺々しく表現する。

 工房に詰めてた方がもっといい出来になるんだが、ここで作るなら削り出しが限界だな。

 それでも十分な出来になってると思う。

 

 こうして本体塩ビ・断面FRPで作った手すりを、簡単に接着剤でくっつける。

 くっつけた部分は上から塗装してるんで、そこで接着されてるなんて見ただけでは分からんように仕上げた。

 こいつは、初代ウルトラマン(1966)由来の技術だ。

 

 初代ウルトラマンのスーツは、スーツを着た上で医療用の薄手袋を付け、手袋とスーツの腕部分を一緒くたにしてゴム系塗料で銀塗装していた。

 こうすることで、手袋とスーツの継ぎ目を隠すことに成功したのだ。

 まあ、ゴム系塗料だったもんだから、着る時にはいちいち塗らなきゃならんし、脱ぐ時にも時間を掛けて剥がさないといけなかったそうだが。

 

 塗装によって、既に折れてる手すりの接着面は見ただけじゃ分からない。

 塩ビとFRPの二種を使っていることも分からない。

 突貫作業にしては結構自信ある作品だぜ、これ。

 自信作だった、んだが。

 

「ボツ」

 

 ボツかよ!

 

「この手すり折りゃもっとよく分かるんだろうが、折らなくても分かる」

 

「……出来が悪かったでしょうか?」

 

「いや、出来は悪くねえだろ。悪いとすりゃ、スタンスの方だ」

 

 スタンス? 俺の?

 

「分かりやすさ第一の子供向け番組のノリは、俺の手足には要らねえぞ」

 

「っ」

 

「分かりやすい折れ方はいらん。

 地味でも、映えなくても良い。リアルに折れるようにしろ」

 

「……はい」

 

「やり直しだ。0点、出直してこい」

 

 殺すぞ!

 

 黒さんじゃなかったらキレてたかんな!

 あんたの言うことにあんま間違いねえからなクソ。

 ……黒さんは、芸術を映像に描ける人だ。

 でなけりゃ、世界三大映画祭全てで入賞なんてできやしない。

 

 芸術に、分かりやすさはあまり必要ない。

 分かりやすすぎるものは芸術として下等、なんて言う人もいるしな。

 俺が仕事に自然と入れた"分かりやすさ"は、黒さんがしようとしていた仕事からすれば異物で余計なもんだったんだろう。

 

 仕事は続く。

 

 その後も結構、俺は仕事の呼吸があんまり合わない黒さんにダメ出しされ、仕事の細かいところを細々と修正させられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つかれた。

 

 黒さんは不機嫌には見えん。

 ダメ出しはたくさんされたが、それは俺があまりにも無能だったんじゃなく、黒さんがより良いものを目指した結果なんだろうか。

 いや分かんねえけど。

 そう思いたい。

 主に俺のメンタルのために。

 

 黒さんは流石だな。

 自分の名前を出さないことを条件にして、スケジューリングの権限までもぎとってやがったとは驚きだわ。

 まあ分かる。

 こんな作品に監督として名前を残したくないって思考も、スケジュールレベルで組み直さないとこの作品は世に出せないだろう、って思考は。

 リアリストだもんな黒さん。

 

 俺も今日は結構セットを作った。

 椅子にテーブルに衣装に、撮影時に使う小物に、色々作った。

 午前が一番忙しいと思ったら午後の方が忙しいってどういうことだ。

 つかもう夜の12時だぞ。

 『午後』もう終わってんじゃねーか!

 

 俺は名目上は外部からの応援アシスタントだ。

 が、黒さんが今代理監督な上、その手足として動かされてるもんだから、実際は助監督と美術監督を両方やってるようなもんだ。

 アリサ社長ー。

 早く本格的な代理として使える人間派遣しておくれー。

 俺が死ぬぞ。

 俺が俺を殺す。

 適当な仕事をするくらいなら過労死して逃げた監督と問題起こした上の奴に思い知らせてやる覚悟だぞこの野郎。

 

「ふぅ」

 

 休憩室で休んでいていいと言われたので、休憩室のソファーに横になる。

 技を身に着けても体力は増えない。

 朝から晩まで休憩を控え目にして動き続けりゃ、俺の体力はどう工夫しても空っけつになっちまう。ここから徹夜作業は無理だ。

 道具作りは、俺が頑張ればとりあえず遅れは出ねえだろう。

 映像編集は分からん。

 他の仕事を全部引き受けて一部の業務にだけ集中させればなんとか、って感じか。

 他は……黒さんが上手くやってくれることを祈ろう。

 頑張れ黒さん。

 あんたが上手くやってくれないと、俺は間違いなく一ヶ月以上地獄を見るぞ。

 

「何考えてるの?」

 

 疲れからか、俺は幻聴を聞いてしまう。

 柔らかな声だった。

 このまま寝ちまおうかな、朝まで。

 

「無視されると傷付くなあ」

 

 あ、これ幻聴じゃねえやつだ。

 

「百城さん!?」

 

「こんばんわ。お疲れ状態かな?」

 

「お疲れ状態です……何故ここに?」

 

「アキラ君と出先で会ってさ。

 君に差し入れしようとしてたけど、忙しくて駄目になっちゃったんだって。

 だから私が代理で来たんだ。

 はいこれ、アキラ君が差し入れしようとしてたやつ」

 

「あ、白い恋人。前に好きだって言ってたのを覚えてくださっていたみたいですね……」

 

 あいつマメな男だな、マジで。モテる男だ。

 

「それとこっちは私から差し入れ。ただのコーヒーだけどね」

 

「! ありがとうございます! 一生大切にします……!」

 

「いや、ここで飲めば良いんじゃないかな」

 

「疲れてるんで俺が今何か変なこと言っても忘れてください、切にお願いします」

 

 くすっ、と百城さんは笑った。

 可愛い。

 甘いものとコーヒーはありがてえ。パワーの源だ。

 

「お疲れ様。また明日も応援にきてあげようか?」

 

「……いえ、大丈夫です。頑張れます」

 

「男の子だね」

 

 百城さんは、ソファーの上でくてっとしていた俺の頭を撫でて。

 

「かっこいいよ」

 

 そうして、帰路についた。さようなら百城さん。夜道には気を付けて帰れよ。

 

 うむ。

 

 やる気が出た。また明日から頑張ろう。

 

 

 




 ピンチヒッター監督。複数の監督を使う作品作りで時々あるやつです

 ちなみに二時間作品の色んな仕事を今まとめてやってる彼ですが、仕事分担の負荷はとても分かりづらい形で来ています
 例えば仮面ライダー電王俺、誕生!(2007)
 これのオープンセットを作るのに必要だった人数は、班長含む大道具六人、塗装師二人、装飾一人、装飾助手一人、美術一人、運搬ドライバー一人、ユニックオペレーター(作業者操員)一人の合計十三人だったとされています

 今の黒山指揮での撮影は美術責任者(英二)一人、作業担当六人って感じの分担になります
 英二君がMAや美術監督を最初に探したのは、指示を出してくれる人が自分以外にいた方が、自分の負担も減って自分の作業に集中できるからです
 なお


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疲れが命を削るぞ中盤戦

 世界三大映画祭の対は、世界三小映画祭とかじゃない。

 世界三大ファンタスティック映画祭だと、俺は思う。

 

 こっちはSFやホラー、ファンタジーなど、エンタメ性が強いジャンルを扱う三大祭りだ。

 シッチェス・カタロニア国際映画祭、ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭、ポルト国際映画祭……とりあえず、世界三大映画祭よりは娯楽性を前に押している。

 俺はこっちの方が好きだわ。

 

 シッチェス・カタロニア国際映画祭なら、『時をかける少女』『サマーウォーズ』『アイアムアヒーロー』『君の名は。』とかが受賞してる。

 ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭なら、『バンパイアハンターD』『仄暗い水の底から』『デスノート』とかが受賞。

 ポルト国際映画祭は『REC/レック』が入ってる時点で頷くしかねえ。RECは1と3からオススメしていきたい。何故ならクソ面白えから。BADENDだけど。

 

 うん、こりゃ面白え映画が多いな。

 世界三大ファンタスティック映画祭全部で受賞した『アイアムアヒーロー』とかは俺もクッソ好きだが、俺のぼんやりしたイメージだと黒さんはああいうの撮らなそうだ。

 

 黒さんは世界三大映画祭の全てで入賞した超有能な監督だ。

 ハリウッドで成功したわけでも、世界三大ファンタスティック映画祭で入賞したわけでも、日本で名作を生み出したわけでもない。

 あくまで、世界三大映画祭で入賞した人だ。

 評論家に絶賛される人と言い換えてもいいかもしれねえな。

 

 だからじみーに、得意分野の方向性が俺と合わない。

 俺の得意分野は、エンタメ性の強い特撮分野だからだ。

 合わせようとすれば問題ないが、それでも僅かにズレが出そうになる時も多い。

 なので俺の方が意識的に合わせないといけない。

 この監督の持ち味を僅かにでも殺すのは、あまりにももったいなすぎる。

 

 例えばもっと、黒さんの持ち味を活かせるスタッフ……この人の肌に合う名俳優でもいれば、評価が高くて一般的な人気も高い映画も作れて、方向性もハッキリすると思うんだが。

 百城さんみたいな俳優嫌いなんだよな黒さん。

 それはイコールで、今の主流である、スターズ系の俳優が合わねえってことでもある。

 百城さんは、スターズの俳優育成メソッドの集大成みたいな人だからだ。

 

 俺とこの人の合わない部分は、ほんのちょっとのズレとして出る。

 だがそいつは逆に言えば、この人と俺は仕事の上ではほんのちょっとのズレしかない。

 もうちょっと何か違えば、ガッチリハマる気はするんだが。

 

「おいエージ、この花瓶が気に入らん。

 なんでこんなセンスにしたんだ? 前の美術担当は無能だな。

 ヒロインが主人公に投げつける花瓶だが、別のやつが欲しい。

 投げた花瓶が壁に当たると綺麗に割れて、かつ良い絵柄で、割れる音も良いやつ作れるか?」

 

「はーい、一回事務所に帰って作ってくるんで時間ください!」

 

 まあいいや、オラッ、今は仕事仕事!

 

 

 

 

 

 『飴ガラス』、というものがある。

 

 テレビや映画を色々と見てきた人なら、一度は見たことがある"ガラスのシーン"というものがあるはずだ。

 たとえば、ガラスを突き破って突入してくる人のシーン。

 たとえば、ビールのガラス瓶で人の頭を殴って、瓶が割れるシーン。

 たとえば、ガラステーブルが灰皿を投げつけられて砕けるシーン。

 

 あれらのガラスは、全部偽物だ。

 そのガラスの通称を、飴ガラスと言う。

 飴ガラスは透明なガラスの代用品としてだけでなく、壺や花瓶、皿や偽の壁などに使われることも多い。

 なので、ミステリーやサスペンスには欠かせないものなんだぜ。

 

「よし、出来た。さっさと持ってこ」

 

 現代の飴ガラスは大まかに二種類。

 砂糖、コーンスターチ、酒石酸水素カリウムを混ぜ、150度程度に熱して液状にし、型に流し込んで固めるタイプ。

 もう一つが、割れやすい安価な樹脂を200度程度に熱して液状にし、型に流し込んで固めるというタイプだ。

 俺は今回樹脂の方を使った。

 だって安いし。

 綺麗に仕上がるし。

 

 ガラスの偽物ってジャンルで、壊れやすい花瓶も、それっぽい魔法使いの指輪も、クリスタルのような笛も作れなきゃならねえ。

 それが特撮の世界だ。

 この花瓶は内側に切れ目を入れてある。

 よって、割れる時は切れ目に沿って綺麗に割れる。

 ヒロインが主人公との恋愛模様がこじれ、投げつけた花瓶が壁に当たって綺麗に割れる……完璧だ。黒さんのやりたい演出はこれで完璧にやり遂げられる。

 

 よーし、そろそろ橋が壊れるシーンに使う瓦礫と煙の作成を本格的に始めっか。

 

「朝風君、あの、ちょっと」

 

「どうしました町田さん?」

 

「ヒロイン役の主演女優の子がね、橋が崩れるシーンの飛び石みたいなところ跳べないって」

 

「……」

 

「あの子そんなに身体能力高くないの」

 

 あーもう!

 

「任せてください。ここのスタジオ、上からワイヤーで吊れるセットありますから」

 

「え、"吊る"の?」

 

「吊ります」

 

 補助程度のもんだが、ワイヤーアクションだ。

 

 ワイヤーアクション。

 一般人でも知ってる人が多い、上から何らかの糸で人を吊ることで、空中戦のアクションシーンを撮影する方法だ。

 元は1954年のミュージカルで生まれたもんだと言われているが、近年ではそれより早く歌舞伎が技術として成立させていたって説もある。

 そういう説が出てくるってだけで歌舞伎すげえな。

 

 映画における生身の人間の吊り下げは、50年台の日本映画で成立したらしい。

 空の大怪獣ラドン(1956)なんかが有名かもしれねえな。

 ラドンは後の怪獣映画とかにも出てたしさ。

 ワイヤーアクションはその後香港に渡り、香港映画で独自の進化を遂げ、ハリウッドの人気作品を通して日本にまた渡ってきた……っつー歴史があるわけだ。

 

 ワイヤーアクションは年々進化してやがる。

 昔、ワイヤーはあんま太いもんを使えなかった。

 緑の背景に緑に塗ったワイヤー、ってやっても、ワイヤーはいくら塗ろうが完璧に背景に溶け込んでくれねえことが多かったからだ。

 そういう時、現場は絶対にワイヤーを使えなかった。

 

 だがデジタル加工でワイヤーを消せるようになって、ワイヤーは太いもんを使えるようになり、重いもんも安全に吊れるようになった。

 俺のこの手の技術は、棘谷が映像を作りをする時にいつも頼ってる有限会社 特殊効果 拮抗船と一緒に何度か仕事をした時に習得した。

 拮抗船の美術師である枝岸さんも確か、ウルトラマンのCGと合成の革命期に、技術進歩で太いワイヤーが使えることを喜んでたなそういや。

 

 ワイヤーは、上手くやればジャンプを自然に演出できる。

 

 棘谷はウルトラマンメビウス外伝 ゴーストリバース(2009)で、海外展開で大人気の戦隊シリーズ『パワーレンジャー』の横谷監督と、彼のチームを丸ごと採用。

 横谷監督のチームと棘谷スタッフは手を組み、多くの実験的な技術を試し始めた。

 その内の一つが、ワイヤーアクションによる質感のあるジャンプ表現だ。

 

 『低重力の空中戦であれば極めてリアルになる』という結論に至り、ゴーストリバースの後に制作されたウルトラ銀河伝説(2009)にも、この技術が採用された。

 だが、この時の研鑽は無駄になってねえ。

 試行錯誤は蓄積される。

 ジャンプをワイヤーで表現する技術の蓄積は残ってる。

 俺もまた、そういう技術を多く自分の仕事に継承してきた。

 

「黒さん、橋渡る際のジャンプシーンにスローモーション入れてもらってもいいですか?」

 

「いいぞ、やっといてやる」

 

 よし。

 過去の映画作品を振り返ってみると、ジャンプシーンにスローモーションを入れる映画は案外多い。

 スローモーションだと、ワイヤーを使っての崖ジャンプシーンとか、爆発に吹っ飛ばされる主人公をワイヤーで吊って表現するシーンとか、そういうところの不自然さが消せるからだ。

 

 ジャンプで飛び移れない女優でも、ワイヤーで吊ってジャンプシーンを演出して、他のあれこれで誤魔化せば、なんとかいけるんじゃね?

 

「ヒロインの女優は誰が吊るんだ?」

 

「撮る時は俺が吊ります。黒さんは撮影に集中してください」

 

「おう」

 

 大丈夫、だと思う。

 道具を使って工夫すりゃ大丈夫のはずだ。多分。

 昔から西宝では、モスラやキングギドラをワイヤーで吊って操作すんのに、素人同然のスタッフすら動員してた。

 大怪獣を動かすには数十人のスタッフが必要だったからだ。

 必要なのは知識と工夫。俺の知識と技術を活かせるフィールドで戦ってやる。

 

 あ、主演女優さんだ。

 

「あの……ワイヤーで吊るって話を聞きましたけど、ワイヤーって切れないんですか?」

 

 切れねえよ。

 

「安心してください。スターズの女優さんには安全が確保されたことしかさせませんよ」

 

「そ、そうですか」

 

「今の時代のワイヤーは、大体ポリエチレン繊維の『テクミロン』です。

 メーカーの公表値ですが……

 ガラス繊維の比重が2.54、高強度カーボン繊維が1.78。

 防弾チョッキの素材が2.54、テクミロンが0.96。

 比弾性率はガラス繊維が300、高強度カーボン繊維が1500。

 防弾チョッキの素材が1000、そしてテクミロンも1000です。

 比強度はガラス繊維が10、高強度カーボン繊維が19。

 防弾チョッキの素材が21、なんとテクミロンは35です。凄いですよね」

 

「……?」

 

「絶対に切れないってことです。俺を信じてください」

 

「……分かりました」

 

 黒さんに断って、一旦俺の事務所に戻った。

 こうやって俺が現場を離れると作業が完全停止すんのが嫌なんだよクソが!

 増員! 援軍はまだか!

 誰か美術部門で俺の代わりに総指揮しろや!

 

 事務所に戻って取ってきたのは、ワイヤーワーク・コーディネーターの専用機械。

 日本じゃ、ワイヤーアクションってのは全部手引き式だ。

 だが今回の撮影に手引き式でやれる技術者はいねえ。

 そこでハリウッド式だ。

 ハリウッドではワイヤーアクションは、圧縮空気を使った機械制御で行われる。

 ワイヤーを使う技術がない俺でも、機械を間に挟めばなんとか、形になるはずだ。

 形になれ。

 頼むぞ俺の腕。こっちの分野は自信ねえぞ俺。

 

 原作漫画のクライマックスのシーンを、こいつで演出する。やってやる!

 しかしアレだな。

 今更ながらに思うが、撮ってて楽しいクライマックスシーンや重要な心情描写のカットをバシバシ撮ってる黒さんは、弁当で好きなものから食べる子供みてえだ。

 

 撮影スタジオに戻って、ワイヤーで吊るための仕込みを始める。

 

「今からスタジオ上で作業するので、何かあったら大きな声で俺を呼んでください」

 

「はーい」

 

 走っていくワイヤーアクションには、天井から俳優を吊る支点の滑車、それもスライドして動いてくれる支点の滑車が必要になる。

 俳優を○、ワイヤーを△、支点の滑車を▲とする。

 橋のセットを■、飛び石の足場とCGの橋の部分を□とする。

 そうなると

 

   ▲←

   △←

   ○←

 ■□■

 

 こう、一緒に動いて行って。

 

  ▲←

  ○←

 

 ■□■

 

 ジャンプシーンでワイヤー巻き上げて。

 

  ▲←

  △←

  ○←

 ■□■

 

 俺の機械操作で上手く飛び石の上に降ろして。

 

 ▲←

 △←

 ○←

 ■□■

 

 上手い具合に橋を渡りきらせる。

 出来が最高峰のプロレベルにはならねえだろうから、仕事終わって皆が帰ったら居残って練習しておくか。撮影期間もまだあるし。ああでも許可出るか? どうだろ。

 だがやっぱ、最良は本職の援軍が来てくれることだ。

 本職が仕事を変わってくれることが一番だ。

 頼んだぞアリサ社長。

 頑張れウルトラの母。

 出来なかったら罵声浴びせたくなるかもしれねえぞ。

 

 あとはそうだ、スプリングバランサーも用意しておこう。

 スプリングバランサーは、昔ゴジラやモスラやキングギドラをピアノ線で操るために、工場で使われていたものを特撮の現場に持ってきたやつだ。

 内蔵されたスプリングが、吊ったものの荷重を0にしてくれる。

 撮影の状況を見て、こいつで質感を出していこう。

 

「エージ! ちょっと降りてこい」

 

「はいはい黒さん、なんでしょうか?」

 

「このスターズの俳優の血を吐く演技がクソだ、なんとかしろ」

 

「えっ」

 

 ぶっ殺してやろうかこのヒゲオヤジ。

 ……いや、でも、うーん。

 黒さんが言うのも分かるな。演技がちょっと物足りない。

 これからレッスンで伸びるのを期待しよう。

 

「……黒さん、カメラワークを融通してもらってもいいですか?」

 

「いいぞ、特別にな」

 

 あざす。

 ええと、恋のライバルが毒殺されて血を吐くシーンか。

 確かにここは『毒で苦しい』って感情を視聴者に伝える表現力が高くないと無理か。

 何しよう。

 何ができる?

 俺に出来るのは物作りだけ。

 それで『毒で苦しい』って表現を補正して、演技力の底上げをしてやるには……よし決めた。ここの撮影所の食堂に行って材料を調達してくっか。

 

「五分ください。血糊を作ります」

 

 食紅、ケチャップ、コーヒーの粉、片栗粉しかなかった。

 まあいいや。

 ありもんでどうにかなるならそいつが一番だろう。多分。

 

「こちらが血糊Aです。

 毒を飲んだ直後、口から溢れる血の表現に使ってください」

 

 ケチャップを血のベースにして、赤色は食紅で、黒色はコーヒーの粉で出す。

 こうすることでほどよく『赤黒いグロテスクな吐血』ができる。

 片栗粉を混ぜれば、ドロドロな血も表現可能だろう。

 成分の配分は計算してるから、俳優が口の中に含んでいれば口の中の唾液で薄まって、撮影時に吐き出すタイミングではリアルな血に見えるはずだ。

 

「こちらが血糊Bです。

 赤い塗料を溶かしたシンナーで、ほどよく崩した発泡スチロールを溶かしました。

 泡立った赤いこの塗料を、先程の血糊Aに混ぜたものが血糊Bとなります」

 

 俳優が口に含んでおいて、吐き出すシーンを演出するのが血糊A。

 俳優が吐き出した血糊に混ぜ込んで、血の印象を更に強烈にするためのものが血糊Bだ。

 

 なんでかまでは俺も知らんが、人間ってのは単純に血を模したものより、泡が混ざった血や、黒が混ざった血により実在感・不快感・不安感を覚えるらしい。

 わざとらしいと思われるかもしれんが、表現力と演技力を俺の技術で補ってやるには、パッとこのくらいしか思いつかねえ。

 

「血を吐くシーンでまずカット。

 吐き出した血糊の血溜まりに、シンナーで溶かした発泡スチロールを混ぜて再開。

 こうすれば吐き出した血の泡がいい感じに目を引いて、凄惨さを出してくれるかもです」

 

「おう、ご苦労」

 

 黒さんから却下は出ない。セーフ!

 俺の仕事もぶっちゃけ、表現力が足りない俳優さんを一流レベルまで引き上げてねえんで、黒さんの要求に完璧に応えられたわけじゃねえ。

 なんでちょっと怖かった。

 よかった、俺の技術力不足だーとかにならないで、表現力がない俳優にイライラするだけで済んだみてえだ。

 

「撮影再開するぞ。準備始めろ」

 

 ふぅ。ちょっと休憩。水分取ろう。取らなきゃ死ぬ。俺が死んじまう。

 休憩終わったらワイヤー撮影のためのレールチェックから始めるか。

 支点の滑車が動くレールの調子が悪いと撮影は絶対失敗するし。

 

 しかしなんだな。

 黒さんのカメラワークというか、映す()の作り方は本当にいいな。

 

 『背中の映し方』ってのがある。

 ドラマとかだと、カメラは人間の目の高さにして、ほんの僅かに見下ろすような角度で男の背中を映す。

 また、"大軍に立ち向かう主人公の背中"を映すシーンなどでも、カメラは引いて広い範囲を映しつつ、斜め上から見下ろすようにカメラを動かす。

 

 背中の映し方に決まりってもんはない。

 アップにして背中をしっかり映してもいいし、カメラを引いて男の背中を背景の一部にしたっていい。

 だが、やっぱ映えるアングルは見下ろすようなアングルが多い。

 そこに来て黒さんは、セットの構図、カメラの位置、照明の位置と角度を巧みに計算して、このドラマの恋愛パートを『斜め下からのカメラアングルで映す男の背中』が印象に残るような面白い映像に仕立て上げやがった。

 

 まるで、仮面ライダーウィザードの15話だ。

 敵に向かって走っていくヒーローの背中を、斜め下から見上げるようにカメラに映すあの素晴らしい映像作りを思い出させやがる。

 いやあれともまた違うな。

 あれより丁寧で、戦闘じゃない分かなり情緒的に見える。

 

 斜め下から見上げるようなアングルで、男の背中を見せる……既成概念に囚われないカメラワークと、そこから作り上げられる映像。

 いいなあ。

 こういうの好きだわ。

 斬新なんだよなこの人の映し方。既成概念に沿ってないから新鮮さを感じるっつーか、見慣れた感や見飽きた感がねえ。

 

 照明を上手く調整して、朝日が面白い角度で照らす背中も魅せてくる。

 撮影スタジオでは照明こそが太陽だ。

 照明を操る監督は、スタジオの中では太陽を操る神様にも等しいだろうな。

 

「おい、エージ」

 

「はい黒さん、また何かしますか?」

 

「いやちょっと聞きたい。セットのあそこのタンスは何をイメージして仕上げた?」

 

「最近のミニチュアのモデルに多用される、"一般的"イメージの強い家具のイメージです」

 

 お、俺が改良したセットの部分に速攻気付かれたか。

 

 黒さんはリアル嗜好だ。

 俺はそう判断した。

 そこで俺が連想したのは、ゴジラシリーズ、ウルトラシリーズ、戦隊シリーズに関わり、巨大怪獣・巨大ロボ・ミニチュアなどに造詣が深い井下泰幸さんだった。

 伝説の男・棘谷英二の手がけた黄金時代の全てのミニチュアはこの人が関わってる、と言えば業界関係者は皆戦慄するだろうぜ。

 

 井下泰幸さんは戦時に大日本帝国海軍に所属していた。

 だから特撮の世界の人達は、軍艦のミニチュアの設計ができる有望な人員として、この人を直々にスカウトしに行ったんだ。

 だが、この人はミニチュアの才能を花開かせた。

 何故か?

 この人が戦争の戦傷を治していた時、職業訓練所での先生が家具作成師で、美術学校での先生も有能な建築士だったからだ。

 

 この人の信条は『本物を作る』こと。

 つまり、セットの家具、ミニチュアの家具、本物の家具、その間に差を作らないってことだ。

 ビルの大きさを正確に測り、正確にミニチュアビルの縦横比に反映しようとしたことなど、語られる伝説には枚挙に暇がねえ。

 

 黒さんの望む屋内の撮影セットを作るには、既存の販売品の家具をコピーしたようなものをセットに置いても、絶対にOKは出ない。

 この人の理想を作るには、俺が頭の中で、この人の脳内設計に合わせた造形をするしかない。

 

 なので、タンスの写真を片っ端から見て、そこから黒さんの理想に近いものをイメージとして抽出し、井下泰幸の信条を参考にして形成した。

 すなわち、『本物を作った』。

 商業品としては実在しない、俺のイメージで構築したタンスだったが、やっぱり黒さんの目に留まってくれたみてえだ。

 

「前に俺は手癖で仕事してて、無駄な手間をかけて申し訳ありませんでした」

 

 黒さんのこれは無駄なこだわりってやつだ。

 大衆に分かるようなこだわりじゃない。

 黒さんの理想を目指して作品を作ろうとすると、どんどん無駄な部分に労力が重なる上、一般的な視聴者にはそのこだわりがほとんど伝わらねえ。

 

 俺のこのタンス作りだって、やらなきゃ黒さんはいつまで経っても満足しなかっただろうが、所詮はタンス一つだ。

 市販品や既存のセットでいいだろ、と他の監督なら言うだろう。

 それでもやっぱり、黒さんは納得しないに違いない。

 

「分かる人にだけ分かる作りでいい。ですよね」

 

 俺がそういうと、黒さんはにやりと笑った。

 

「手が空いたときでいい。セット全部に手を入れろ。できるか?」

 

「できます」

 

 よかったよかった。

 

 こりゃあもうボツは出ねえな。やったぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つーかーれーたー。

 今日は早く帰れたが、明日は早朝から仕事だ。

 帰宅時間と出勤時間と就寝時間と起床時間が全く安定しないのが、睡眠時間が短いことよりもよっぽど辛いと俺は思う。

 

 近年でもスーパー戦隊シリーズとかは、メイン戦隊に序盤の時期休日がないことが多い。

 序盤スケジュールの基本は五日撮影、二日アフレコとかだからだ。

 休みなんてねえよ。

 

 だがこれでも最近は人権が取り戻されてきた方だ。

 昔、ゴジラの撮影は朝9時にセットに俺みたいな人間が入り、17時頃に撮影準備が完了して撮影が開始され、俺みたいなのがあくせく走り回って朝の5時に撮影終了っていうのが慣例だった。

 『ゴジラは5時らにならないと終わらない』とかいうフレーズはちょくちょく聞いたな。

 こいつを二ヶ月近く、連日連夜やったりもするわけだ。

 そういう人達、あるいはそういう人達の弟子の指導を受け、今の俺がある。

 

 こういう撮影を乗り切った人は、最近の撮影を見てこう言うかもしれんわけだ。

 「最近の若いもんは」と。

 うるせえ死ね。

 よく過労死出なかったな。

 

 俺が情けねえ姿を見せたら昔の人は、情けねえな最近の若いもん! とか言うんだろうか。

 うーむなんつーことだ。

 まだ俺には頑張りが足らねえとでも言うのか。

 

 ただやっぱ、俺の脳内には家具系のインプットが足りてねえ。

 普通に番組を撮るくらいならいいが、黒さんクラスの人と仕事するとどうしても再インプットが必要になっちまう。

 

「しゃあねえ、一回帰るか」

 

 俺の家には親父の残した資料がある。

 前にバイクの情報を入れた時と同じように、親父の残した資料を頭に入れておこう。

 明日からの仕事に活かせる下地がほしい。

 しかし、疲れたぜぇ。

 

 東映特撮ファン感謝祭2017で、仮面ライダーディケイドを演じた井下正大さんと、仮面ライダーファンで有名な店橋弘至さんがトークしてたっけな、そういや。

 あの時、店橋弘至さんは「あなたにとってのヒーローとは?」と聞かれて、「疲れない・諦めない・落ちこまない」と答えてた。

 あークソ。

 俺はヒーローにはなれそうにないな。

 

 アキラ君に子供達がそういうイメージ持ってんのは、まあ分かる。

 あれはヒーローだわ。

 

「うん?」

 

 俺の家の前に……いや、お隣の夜凪さんちの前か?

 ちっさい子供がいる。

 男の子と女の子だ。

 なんか泣きそうになってるな。手に持ってるのは玩具か?

 

「どうしたのかな、君」

 

「え……あ……」

 

「何か困っていることがあるなら、俺が力になってあげようか?」

 

 男の子は、泣きそうな顔で俺を見た。

 どうしよう、と口にして、差し出されたその玩具は、一部が破損していた。

 あー。

 あるある。

 俺もガキの頃に撮影所で雑な扱い方して玩具壊してたわ。

 子供の頃はこういうこと頻繁にあるんだよな。

 

「そのくらいなら俺が直せるよ」

 

「本当!?」

 

「ああ。少し時間をくれればね。その間、俺の家の適当な部屋で遊んでていいよ」

 

 まあそもそも俺の家に遊ぶものとかほとんどねえけどさ。

 壊れた玩具を眺めつつ、子供達を家に招いた。

 男の子と女の子は何故か驚いた顔をする。

 

「え、お兄さん幽霊屋敷の人?」

 

「ん、んん? 幽霊屋敷って何?」

 

「誰も住んでない家だけど、時々幽霊が動いてる家なんだって噂になってて」

「うんうん、探検したいって小学校のクラスの男子も言っててね」

 

 マジでもうちょっと家に帰った方がいいな俺!

 

「さて」

 

 壊れた部分に、指で触れる。

 破損箇所の素材は、ポリエチレンテレフタラートか。

 まあうちにあるものでなんとかなるかな。

 

 ポリエチレンテレフタラートは特撮のスーツや小道具、もしくはそれを模した子供用玩具なんかに使われてる素材だ。

 仕上げ方を考えれば柔らかい衣服繊維にもなるんで、俺はそっちにも使ってる。

 最近の人気商品だと、仮面ライダージオウ(2018)のライドウォッチなんかを作るのにも使われてるな。

 

 ポリエチレンテレフタラート(Polyethylene Terephthalate)

 なので、略称はPET。

 こいつで作ったボトルを、『ペットボトル』と言うのだ。

 

「ま、ポリエチレンテレフタラートなら直すのは楽だな」

 

 ポリエチレンテレフタラートは80℃くらいでグズグズになる。

 融点に達させるなら270℃もありゃ十分だ。

 親父が家で使ってた器具を使って、再形成する。

 この玩具に使われてた型がない以上、完璧に見分けがつかないほどの形で直すのは無理だが、子供の目では見分けられないくらいにソックリの形に修復を完了させる。

 

「ゴメンな待たせて。はい、直ったよ」

 

「早っ」

 

「わっ、すごい元通り……お兄さんマジシャンの人!? 手品か何か!?」

 

 お兄さんマジシャン? とか言われたら「No,I'm a WIZARD」とか応えたくなるだろやめろ。

 

「ちょっと手先が器用なだけだよ。さ、家にお帰り、二人共」

 

 本を積み木みたいにして遊んでいた小さな二人の背を押して、家を出て……そこでばったりと、人と出会っちまった。

 夜凪さんだった。

 お隣さんだった。

 夜凪さんは、子供二人と俺の顔を交互に見て、顔を青くする。

 

「ゆ……誘拐? 通報しなきゃ」

 

「違いますからね!」

 

 そう見えても仕方ねえけどよ!

 

 

 

 

 

 ちっさいあの子ら二人は、お隣さんの夜凪さんの妹さんと弟さんだったらしい。

 双子の兄妹で、男の子の方が夜凪ルイ。女の子の方が夜凪レイ。

 姉の夜凪さんの名前は夜凪景、つまりケイなので統一ネーミングっぽい。

 もっと兄弟が多かったら夜凪ヘイとかも居たんだろうか。夜凪ヘーイッ!

 

「なあなあにいちゃん、これ川で拾った玩具なんだけど直せる?」

 

「これは……戦隊のキュウレンオーか。ちょっと中開けても良い?」

 

「いいよー」

 

「んー……ああ、これなら大丈夫。

 中をちょっとはんだ付けすればまた動くよ。

 動かなくなったから捨てられちゃったんだろうね。

 今度直して、電池入れて、外側を塗装して新品と同じにして持ってくるよ。預かっていい?」

 

「本当!? お願い!」

 

 なんか懐かれてしまった。

 どういうことだ。

 子役以外の子供の扱いはてんで分からねえ。子役はアレでもプロだからな。

 そもそも昔から年上の大人としか触れ合ってないから、本当は同年代や年下と会話すんのもそう得意じゃねえんだぞ俺……

 

「晩ご飯食べていったらどうかしら」

 

「え、そんなに迷惑はかけられませんよ。その気持ちだけで嬉しいです、夜凪さん」

 

「弟がとっても懐いてて、とっても感謝してるから。私もお礼してあげたいの」

 

「とはいっても」

 

「それに、今のあなたは死にそうなくらい疲れてる人って、見れば分かるから」

 

「えっ、そうですか?」

 

 そういうもんかね。

 

 でも優しさが身に沁みる。ちょっとグラつくな。

 

「さっきからルイとレイの遊ぶものをどんどん直してもらってるから、お礼がしたいわ」

 

 この子会話の間が微妙に独特だな。

 

「……分かりました。じゃあ、夜凪さんのお言葉に甘えさせていただきます」

 

「カレー作るから、ちょっと待ってて、おべん……英二くん」

 

「今お弁当の人って言いかけましたよね」

 

 招かれた夜凪家の家の中を見渡してみる。

 ……あまり裕福な家とは言い難かった。

 ま、俺の家もあまり立派なもんじゃないが。

 

 子供達は幽霊屋敷とか言ってるが、俺の家は屋敷って言えるほど大きくない。

 親父は仕事にしか興味がなかった。稼ぎとは無縁の男だった。

 母親は親父にしか興味がなかった。……いや、違うな。親父の作品にしか興味がないような、世界で一番親父を理解し愛している女だった。

 両親共に、本質的な部分では、生活の安定にも金にも興味がなかった気がする。

 

 それがおかしいことなんだと俺が気付いたのは、15歳の時だった。

 だから俺は、"子供の頃に貧乏を苦しいと思った"っていう記憶がない。

 そいつはきっと幸福なことだったんだろう。

 俺にとって、生きることと、遊ぶことと、仕事をすることと、懸命になることと、努力をすることと、当然のことをすることは、同じことだった。

 

 あまりこの家の経済状況については触れないようにしておこう。

 踏み込まない方がいいこともある。

 クソが死ねやッと言われても仕方がない時がある。そいつが家庭問題ってやつだ。

 

「カレーどうぞ」

 

「カレーどうも」

 

「カレーは好き?」

 

「ウレタン素材くらいには好きですよ」

 

「例えが分からないわ」

 

「ローマの休日くらいには好きです」

 

「あ、私も好き。映画のローマの休日でしょう?」

 

 そうそうそれそれ。

 あ、カレー上手い。

 おふくろのカレーと全然違うな。

 おふくろは親父の味覚基準で全部の味決めてたんだから仕方ねえことだったんだが。

 このカレー割と好きだ。

 

「玩具を直せる人だったなんて知らなかったわ。ああいうお仕事をしてるのかしら」

 

「そうですね。ただ、直すより作る仕事の方が多いですよ」

 

 なんか例を出せるやつないかね。

 ポケットを漁ってみっか。

 仕事道具、プラ板、手帳、スマホ……あ、指輪があった。

 技術向上を兼ねた手慰みに作ったやつだ。

 

「こんなのを作ってます」

 

「黄色い花の指輪? 綺麗ね」

 

 俺が手渡した指輪を、夜凪さんは興味深そうに見ていた。

 

 細い指に嵌めるサイズの、銀の台座の上に咲いた、透き通るような黄色い花の指輪。

 

「金属に見える指輪の台座は銀塗装のポリカーボネイトです。

 台座の内底にはミラーシートを貼ってあります。

 花の部分はクリアイエローのアクリルと透明エポキシ樹脂の二層構造。

 花の表面の塗装はイエローに見えますが、ゴールドのグラデーションです」

 

「日本語で話して?」

 

「日本語で話してます……」

 

 指輪の造形は仮面ライダーウィザード(2012)の魔法使いの指輪を参考に。

 ミラーシートの上に透明色つき素材を重ねることで、『向こう側が見えないステンドグラス』の如き美しさを表現するのは、仮面ライダーキバ(2008)の仮面ライダーサガを参考に。

 花のクリアイエローのアクリルと透明エポキシ樹脂の二層構造は、仮面ライダー鎧武(2013)の美しい透明パーツを参考に。

 透明なクリアイエローの表面に、金のグラデーションを施して綺麗な花として完成させるのは、仮面ライダーフォーゼ(2011)のメテオストームの頭部を参考にした。

 

 この指輪はそのままでも透き通っていて美しい。

 だが光を当てると、台座のそこに貼られたミラシートが光を反射し、クリアイエローのアクリルとエポキシの層が光を屈折させ、複雑とシンプルの中間辺りの煌めきを放つ。

 光を屈折させて初めて、そこに層があると分かる仕掛けだ。

 

「現実には存在しない美しい花を作るのが、俺の仕事です」

 

「素敵」

 

 夜凪さんは指輪のクリアイエローの花弁を通して家の中を見たり、家の電灯の光を指輪に当てて色んな角度から見たりしていた。

 ……いい目をしてるな。

 センスがある。

 "何が美しいものなのかが分かるか"ってのはセンスだ。

 センスは磨けるが、センスを持ってない奴は一生それを身に付けられない。

 この人はセンスがある人だ。

 もしもこの先"美しいもの"を探求することがあれば、この人のセンスは輝くかもしんねえな。

 

「よかったらそれ、差し上げますよ」

 

「いいの?」

 

「お隣さんですから」

 

「お隣さんてそういうものかしら? ……でも、ありがとう」

 

 ……綺麗だな。

 指輪も似合ってる。

 うん。

 良い出来の指輪だったが、この人にやってよかった。

 悪くない気分だ。

 

「電話震えてるよー」

 

「おや、ありがとう、ルイ君。ちょっと失礼します、夜凪さん」

 

 はて、誰からの電話だ?

 アリサ社長だ。

 廊下に出て、急いで電話にも出ねえと。

 

「は?」

 

 え。

 あー、はい。

 アリサ社長が頑張ったのは分かりますよーうん。

 

 分かるけどなあ、オイ。

 ギャラ交渉で問題?

 最初に決裂した監督達に支払うギャラの問題で、引き継ぎの監督達にまともなギャラが支払えなくなったって?

 予算オーバーがもう見えてるって?

 

 スポンサーがギャラ値切ろうとして、引き継ぎの監督が値上げしようとして、大喧嘩?

 もうちょっと、問題が解決するまで君達だけでやっててくれ?

 援軍はそれまでなし?

 放送枠はもう買っちゃったから撮影スケジュールを延長することは不可能?

 

 ぶっ殺すぞ。

 ぶっ殺す!

 番組が完成した後の夜道では気をつけろよてめーらッ!!

 

 

 




 夜凪ヘイはプロット段階でその存在を消滅させられた初期案主人公です。その名前が呼ばれることはもう永遠にないでしょう。

 参考文献が見たいという人がいたので、参考文献の一部をここに書いておきます。
 まだ使ってない、使う予定なだけの参考文献もあります。
 おそらく書き忘れの参考文献もあります。
 ぼんやり適当な気分で見ておいてください。

仮面ライダー響鬼 特写写真集 魂(2006)
仮面ライダー電王 特写写真集 IMAGINE(2008)
仮面ライダー電王 特写写真集 第2集 RE:IMAGINE(2009)
仮面ライダーキバ 特写写真集 CREST of KIVA(2009)
仮面ライダーカブト 特写写真集 MASKED RIDER SYSTEM 復刻版(2010)
仮面ライダーディケイド 特写写真集 KAMEN RIDE(2010)
仮面ライダーW 特写写真集 KIRIFUDA(2011)
仮面ライダーオーズ/000 特写写真集 000(2012)
仮面ライダーフォーゼ 特写写真集 青春スイッチ・オン! (2013)
仮面ライダーウィザード 特写写真集 STYLE(2014)
仮面ライダー鎧武/ガイム 特写写真集 鎧旋(2015)
仮面ライダードライブ 特写写真集 IGNITION(2016)
仮面ライダーゴースト 特写写真集 KAIGAN(2017)
仮面ライダーエグゼイド 特写写真集 GAME CLEAR(2018)

空我 仮面ライダークウガマテリアルブック(2001)
仮面ライダーアギト・アートワークス(2002)
仮面ライダー アートコレクション ヒーロー編(2003)
仮面ライダー響鬼 虎ノ巻(特撮ニュータイプ2005年3月号付録)
仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE OFFICIAL BOOK(2006)
イコン 篠原保 キャラクターアートワークス(2006)
仮面ライダーW Final File(特撮ニュータイプ2010年10月号付録)
ハイパームック 仮面ライダー年代記(2011)
仮面ライダーフォーゼ デザインワークス(2012)
仮面ライダー鎧武/ガイム公式公式完全読本(2014)
仮面ライダードライブ デザインワークス(2016)
仮面ライダーエグゼイド公式完全読本(2017)
CSMオーズドライバーコンプリートセット カラーブックレット(2017)
仮面ライダー超全集(クウガ-エグゼイド)
雑誌:ホビージャパン各号(仮面ライダー、戦隊等々の出演者の裏話あり)
雑誌:宇宙船各号(仮面ライダー部分の記載事項は上記の特写写真集に転載)
宇宙船イヤーブック各号(2008年、2009年、2010年、2011年、2017年、2018年)
仮面ライダーOP絵コンテ(オーズ、フォーゼ)

スーパー戦隊アートコレクション 戦隊ロボ編(2002)
爆竜戦隊アバレンジャー アバレ大図鑑(2005)
スーパー戦隊ぴあー 『スーパー戦隊』公式写真集・35作品記念本(2011)
東映スーパー戦隊シリーズ 35作品記念公式図録 百化繚乱 戦隊怪人デザイン大鑑 上之巻(2011)
東映スーパー戦隊シリーズ35周年作品公式図録 百化繚乱 戦隊怪人デザイン大鑑 下之巻(2011)
スーパー戦隊36LEGENDS(2012)
スーパー戦隊TOY HISTORY 40 1975-2016(2016)
東映ヒーローMAX各号(俳優や造形屋のインタビューあり)
動物戦隊ジュウオウジャー公式完全読本(2017)

スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.0 41大スーパー戦隊集結!(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.1 百獣戦隊ガオレンジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.2 忍風戦隊ハリケンジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.3 爆竜戦隊アバレンジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.4 特捜戦隊デカレンジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.5 魔法戦隊マジレンジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.6 轟轟戦隊ボウケンジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.7 獣拳戦隊ゲキレンジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.8 炎神戦隊ゴーオンジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.9 侍戦隊シンケンジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.10 天装戦隊ゴセイジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.11 海賊戦隊ゴーカイジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.12 特命戦隊ゴーバスターズ(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 21世紀 vol.13 獣電戦隊キョウリュウジャー(2017)
スーパー戦隊 Official Mook 20世紀 1975 秘密戦隊ゴレンジャー(2018)
スーパー戦隊 Official Mook 20世紀 1985 電撃戦隊チェンジマン(2018)

金城哲夫 ウルトラマン島唄(1999)
怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち(2000)
怪獣な日々 わたしの円谷英二100年(2001)
ウルトラマンネクサス NEXUSEED(2005)
ウルトラマンマックス MAX!×3(2006)
大決戦!超ウルトラ8兄弟 超全集(2008)
ウルトラマンが泣いている(2013)
ウルトラマンX超全集(2016)
ウルトラマンオーブ 完全超全集(2017)
ウルトラマンオーブ THE ORIGIN SAGA ハイパームック(2017)
ウルトラマンジード超全集(2018)
平成特撮の夜明け(2018)

別冊映画秘宝 特撮秘宝vol.1~5

 ここにメイン格以外のサブ格のための資料を20~30冊か使っていますがメインにする予定はないので記載しません。
 作品作りに使えないと判断した書籍は参考文献に使っていないので、所持していても上記のリストには記載していません。
 インタビュー動画、メイキング動画の類も参考文献ではないので記載してません。
 主に「造形の技術」「造形の人間に関わる何か」「造形の人間が関わる人間の何か」「制作裏話豆知識」が、作品に使えるレベルで記載されていると判断した場合に、参考文献として採用しています。
 極端な例外ですが、映画のスタッフロールに時々記載されるウルトラマンスーツの原料ゴムを提供している工場の名前なども、本編には引用されることがあります。

 あと忠告ですが『スーパー戦隊TOY HISTORY 40 1975-2016』は、『スーパー戦隊ロボTOY HISTORY 35 1975-2011』に少しページ足して別物だと言い張ってる本なので、前書きから後書きの造形屋のインタビューまでほとんど同じです。前者持ってるなら後者を参考資料として買う必要はありません。
 無駄に両方買ってしまうと殺意を抱きます。

 逆にこの二次創作と同じような作品を書く場合、オススメは特写写真集です。
 専門用語が多いですが、スーツの全身写真の横にスーツに使われた素材や製法などが一部書かれているので、他の本で知識を付けておけばそこからライダースーツの製造方法は大まかに分かるようになってます。


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ようやく終わる終盤戦

 ギャラにこだわる人を否定はしない。

 養う家族がいるわけでもない俺には、家族を養ってる大人の気持ちは分からねえ。

 仕事に相応のギャラが支払われる仕組みがなけりゃ、有能な人に会社が支払う金を渋って、結果的に界隈全てが潰れるってのも分かる。

 ギャラ交渉がなくなったら業界は潰れる。

 

 上の人の不義理で出ていくことになった前の監督も、前の監督に支払うギャラ問題でギャラがロクに支払われない引き継ぎの監督も、二重にギャラ支払いたくない偉い人の気持ちも分かる。

 分かるがな。

 そのツケを支払う立場になるとこうしか言えねえ。

 

 ぶっ殺してやる。

 

 この撮影に助監督はいない。

 いや、居たのだが、二人は監督と一緒に現場を離れ、残り一人も撮影に協力しているだけで既に助監督を降りている。

 現在、助監督という名前が付いてないだけの助監督な俺が、黒山監督の下であれこれやっているってえのが現状だ。

 

 監督の実質的な手足が助監督だ。

 ADとか呼ばれるあれも助監督の一種。

 チーフ(ファースト)助監督、セカンド助監督、サード助監督という風に序列があり、それぞれが自分のやるべきことをやり、映画や番組を完成させる。

 

 監督が頂点に立つ王様なら、助監督は王様のすぐ下に位置する側近の大臣様ってとこだな。

 俺の場合、指示された大道具小道具衣装を作成しつつ、美術関連の総指揮を取って、時々黒さんのパシリをやることになっている。

 やることが……やることが多い……!

 

 しっかし、黒さんが書き直したっていう台本見ると、なんつーか。

 原作沿いとか原作通りって言葉なんざクソだぜ! って思えるくらいの独自展開やってんな……原作の良さは残して結構な別物、IFを書いてる気すらする。

 

「……面白い」

 

 おっと、つい口に出ちまった。

 黒さんが書き直した脚本は面白い。

 というか。

 これもう原作漫画の作者の作品っつうか、黒さんの作品になってるわ。

 

 海外でも日本でも有名なスピルハンバーグ監督の大ヒット作品には、度々原作の小説がある。

 ジュラシック・パーク、レディ・プレイヤー1、他にも名作がゴロゴロしている。

 スピルハンバーグが監督の時でも、製作総指揮の時でも、大抵の場合原作は原型留めてねえっていうのに面白い。めっちゃ面白い。

 黒さんの脚本にも、俺は同じような感想を抱いた。

 

 日本は『原作通りに作らなかったらクソ』って風潮が割と強い国だ。

 

 ただ、この感想をよく見たとしても、コイツを額面通りに受け取ると商業展開や作品作りを致命的に失敗する気がする。

 『原作と違う』が嫌なんじゃなくて、『原作を改悪した』が嫌なんだろうと、俺は思う。

 「なんで原作通りに作らないんだ」って批判も、本当は原作通りに作らなかったことが嫌なんじゃなくて、「こんなもん作るくらいなら原作に忠実に作ってた方がマシだっただろ」って意味合いが強いんじゃねえかな。

 もちろん、本当に原作がちょっとでも変えられることも許さねえって人は居て当然だろうが。

 

 原作がある映画作品で、原作を思い切って改変し、すっげえ面白い作品に仕立て上げた作品はファンからも高評価される。

 昔の作品のリブート・リメイクなんかもそうだな。

 原作をなぞるだけの作品にはない、"新鮮味"って強さがそういうのにはある。

 とにかく、面白けりゃいい。

 面白くなけりゃ、とにかく駄目だ。

 黒さんが原作を改変した脚本は、換骨奪胎にもほどがあるもんだったが、この脚本を忠実に映像化できりゃ絶対に面白い。断言できる。

 

「黒さん脚本の仕事だけでもしてみたらどうです?」

 

「誰がするか。

 第一、こんな仕事も半ばお遊びじゃなきゃやらねえよ。

 誰かが作った作品の後追い、模倣、内容まで借りて何になる?

 誰も見たことがない世界を見せるのが映画だろうが。

 原作通りの映画化を見て安心した、金を出そう、なんて観客のための映画なんざ糞だ」

 

「そういうものでしょうか」

 

「そういうもんだ。

 誰の後追いをする必要もねえ。

 "他の誰とも違う自分"をカメラの前で形にできればいい。

 分かるやつが分かればいいだろ?

 売れるために大衆に媚びた瞬間、そいつは誰にでも作れるフォーマットの映画になる」

 

 ……この人は。

 

「誰にでも作れる映画なら、俺が作る必要はねえ。

 才能がない奴らにでも任せてろ。

 俺は俺にしか撮れない()を映す。俺にしか撮れないヤツをな」

 

 あんたそれで映像作り大失敗したら、"原作の名前だけ借りて大失敗した監督のオナニー"とか言われんだぞ分かってんのか。

 原作のないオリジナル作品でも"何が言いたいのかよく分からない監督の自慰作品"とか、絶対に言われんぞ。

 あっちは悲惨だぞ。

 原作無い分「原作レイプ」とかすら言われず、「監督の自己満足」って酷評と空気作品化したって事実だけが残って、『叩かれたけど売れた』って言い訳すらできねえ。

 何の救いもない、ドライアイスが溶けるような、何も残らねえ終わりだ。

 

 失敗した作品は、本当にどうしようもなく、死ぬ。死体まで蹴られる。

 怖くないのか。

 そういう言動で、そういうスタンスで、派手にすっ転ぶことが怖くねえのか。

 見てこなかったわけじゃないだろ、映画の世界で無残に叩き潰されていった人間を。

 

「そういうの、撮る予定があるんですか?」

 

「待ってるんだよ、俺は」

 

「何をですか? ……いえ、誰をですか?」

 

「『本物』だ」

 

 本物。

 

「お前のような()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()役者を、待っている」

 

 ……役者。

 

「さあ、次のカットだ。しばらくお前の出番はないからな、そこで座って見てろ」

 

「はい」

 

 撮影が始まる。

 俺は次の仕事に入る前に、撮影と役者の状態を把握するために撮影を見つめる。

 撮影直前の、撮影に相応しくないほどに緊張した空気。

 この空気が、俺は好きだった。

 

 こういう表現は謙虚な日本人が嫌がるからあんま言わんが。

 日本の映画、演劇は、世界でもトップクラスのものの一つだ。

 少ない予算でやりくりして作品を作るというジャンルでも。

 金をじゃぶじゃぶつぎ込んで何かを作るのでも。

 批評家に叩かれながらも大人数を楽しませる()を作り、映し出す人がいるならば、それだけでそれには価値があるだろうと、俺は考える。

 

 世界で一番多くの役を演じた俳優は、十七代目大村勘三郎。日本人だ。

 世界最高齢の主演女優は88歳で、日本人だ。

 世界で最も前売り券が売れたアニメ映画は、2008年のポケモン映画だ。

 エンドロールに出てくる名前が世界一多いのは仮面ライダー555の映画で、一つの映画で出るヒーロー数が世界一多いのは海賊戦隊ゴーカイジャーの映画だった。

 色んなもん作ってるから、色んな映画や番組の世界記録を日本は持っていて、映画の王様なアメリカほどじゃないにしても、良い映画や番組が溢れてる国になってる。

 

 そんな日本で間違いなく指折りの能力を持った黒さんが、現役のクッソ優秀な俳優の誰にも満足してない黒さんが、いつか『本物の役者』を見つけたら、どうなっちまうんだ?

 

 俳優に何を、どう演じさせるか、それだけで無限×無限の可能性がある。

 だけどここに、通常のオーディションなんかじゃ比べ物にならねえレベルに、本気で俳優を厳選するって要素を加えたらどうなる?

 どんなヒロインに、何を、どう演じさせるか。

 無限×無限×無限。

 天才監督でもない俺には、ここまで自由度が高いともう何やっていいのか分からん。

 

 だが、俺の主観だが、黒さんにその無限三乗が扱いきれねえとは思えねえ。

 

 原作ありの作品で不評なもの。

 そいつぁ大抵の場合、悪評の原因は『低品質』と『不協和音』だ。

 予算がねえか、重要すぎる部分をカットしてるのに全体の調整してねえか、余計な要素を足してるか、まあ大体その辺に理由があると俺は考える。

 

 時々あるよな。

 演劇や番組の世界で、元をアレンジしてめっちゃ面白い映像になったやつとか。

 スピンオフが、元の作品と全然違う作風だってのに、滅茶苦茶に面白いやつとか。

 そいつはアニメや漫画でもあるらしい。

 まー武術とかでも本家から独立したスピンオフみたいな武術が、本家より強かったりするし、あらゆるものに共通する真理みてーなもんなのかもしれねえ。

 

 黒さんは漫画原作のドラマ化ばっかやってる監督に、唾吐いて馬鹿にするタイプだ。

 

 この人にとっちゃ、こんな仕事は暇潰しみてーなもんだろう。

 おそらく全力すら出してない。

 ところどころカメラワークとか見ると、制作費を使って、この作品を作ってるという名目で、実験的な技術を試してるようにすら見える。

 いやそこは俺の妄想かもしんねえけどさ。

 

 黒さんは我が強い。

 そいつは、協調性を求める社会の中では棘にしかならないもんだろうな。

 だけど、だけどだ。

 普通の社会の中では、周りの人に刺さる棘でしかないそれが……演劇の世界では、観客の胸の奥に刺さる名作の核になる。

 

 この人からすればお遊びみたいなこの作品のシナリオが、映像が。

 こんなにも俺の胸を打つ。

 

「黒さん。俳優さんの状態と、作品の空気は掴めました。ありがとうございます」

 

「作業に戻るか?」

 

「はい。作品の完成形の空気は見えたので、それに合わせます」

 

 作品の空気が出来てきた今、先に作っておいたものを微調整して合わせたくなってきた。

 屋内セットは……まあここから手を入れる必要はねえな。

 だが今見ると、橋が壊れるシーンの煙がちょっと繊細すぎる。

 ポケットマネーでゴルフ用白スモークボールを買ってきたが、こいつを使ってみよう。

 

 スモークボールはゴルフのコンペや始球式なんかで使われる、打つと空中で沢山煙を吐き出し、空中に煙の軌跡を残す面白アイテムだ。

 屋外のゴルフ場以外での使用はやめろと言われている一品だが、撮影は自由!

 自由だから許される。

 第一先人がガメラで同じような撮影してんだ、俺にためらう理由はない。

 

 余り物の一斗缶数個を加工して、水撒きとかに使うホースを繋いで、一斗缶の中にスモークボールを放り込むと、スモークマシンの完成だ。

 伸ばしたホースの先から、つまり狙った場所に煙が出せる。

 煙を出す四塩化チタンと組み合わせれば、結構思った通りの煙を演出できるはずだ。

 こいつはいい。

 何よりシンプルなのがいい。

 最初に俺がスモークマシンを作っておき、俺が配置を考えておけば、素人でも簡単に狙った通りの位置に煙を出せるのがいい。

 新人を上手く使えば俺が何かする必要さえない。

 

 炭酸ガスとかドライアイスとかを使ってもいい感じに煙は出せるが、流石にそういうのをここから新規に導入すると、公式に予算を申請せんといかん。

 今の上がゴタゴタしてる状態で、申請出してもどう転がるか分からねえ。

 撮影スケジュールがギリギリになってから「いや無理」と言われたら笑えない。

 俺の方では予算の使用は抑えめにして、引き継ぎの監督にギャラがスムーズに支払われるよう、予算の財布に余裕を持たせておこう。

 気を使うに越したことはねえ。

 

 ……もうちょっと手があればな。

 

 俺の手は二本しかねえ。

 作業の流れを計算しながら色々作業してても、単純に手の数が足りてねえ。

 俺が常人の二倍の速さで手を動かしても、仮に50mを3.5秒で走るようなスピードで作業したとしても、所詮二人分でしかねえんだ。

 三人で作業するスピードには絶対に及ばねえ。

 

 正直言って、俺は援軍に期待してた。

 後から他の人が来て仕事を引き継ぐことに期待してた。

 だから"俺の仕事はここまでやっておこう"みたいな区切りを、勝手に頭の中に設定していたのかもしれん。

 だから、しばらく援軍が来ないって聞いた時、『とにかく人手が要るが人手があればできる』作業を後回しにしてたことに気付いた。

 今、そのツケが来てる。

 

 その点、黒さんは完璧だった。

 あの人は周りの人間に何も期待してなかった。

 撮りたいもんから撮りたい順に――映画の方法論に反しない程度に――撮ってただけだ。

 だから後にツケが回ってねえ。

 仕事の延長を告知されても、あの人の仕事にブレはなかった。

 

 映像編集の方は新人とバイトだけで頑張ってくれてる。

 黒さんの意向を反映しつつ、合成もほとんど仕上げてくれた。

 他のところはもっと人員に余裕もねえ。

 どうすっかな。

 

 

 

「君は

 『ライダーは助け合いでしょ』

 ってフレーズが好きって言ってたけど、それはウルトラ仮面にも適用されるかな?」

 

 

 

 聞き覚えのある声がして、いやなんでここにいるんだお前と思って、俺は思いっきり全力で振り向いた。

 な、な、おま、お前!

 

「……アキラさん!?」

 

「手伝いに来たよ。何か出来ることはあるかな」

 

 アキラ君だけじゃなくて百城さんもいる! 可愛い!

 

「私は四時間後から撮影だから、あんまり長くはいられないかな」

 

「百城さん!?」

 

「楽しそうだから来ちゃった。堂上くんとかも後から来そうだよ」

 

 二人を見る俺の視界の隅っこで、町田リカさんが頬を掻いているのが見えた。

 お、お前かー!

 スターズのツイッター鍵垢あたりでここの撮影のブラックっぷりを流したな!

 いやそうか。

 俺が弱音吐いたりとか助け求めたりとかしなくても、この撮影スターズ多いんだった。

 そこから嗅ぎつけたのか、アキラ君に百城さん……売れっ子だろうがお前ら!

 

「な、なんで……」

 

「私とアキラ君のオフが重なってたから、まあ手伝いもいいかなって」

 

 ノリが軽い! 態度が優しい! クソ、二人共幸せになって100歳まで生きて死ねよ……!

 

「人気俳優の二人にそんなことさせられませんよ!

 お二人にそういう雑用をさせないために俺みたいなのはいるんですよ!?」

 

「まあまあ」

「まあまあ」

 

「ま、『まあまあ』でゴリ押しするつもりですか!?」

 

 なんだこいつら!

 

「あ、そうそう。

 朝風君がこの前撮影に協力してた仮面ライダーのネットムービー。

 あっちの人が大半オールアップしたそうだから、気が向いた人は来てくれるらしい」

 

「! 本当ですか!?」

 

「ああ。

 新人の人達がドラマパートのセットの参考にしたいと言っていたよ。

 他にも君に仕事で助けてもらった人が来たいと言ってた。

 あと来年二時間ドラマの仕事に初挑戦する人が、現場の空気を感じたいと言ってたかな」

 

 マジかよ! 仕事は真面目にやっとくもんだな! 今後も真面目にやろう!

 

 特撮の世界では、複数の仕事にまたがってやる人、一つの分野で活躍した後他のジャンルに行った人、監督やるために全部の仕事をやってみる人とかがいる。

 だから素人同然の新人助監督がするべき"怪獣をワイヤーで操る"仕事を、ワイヤー経験者であるミニチュアセット作りの美術担当に代わってもらうことがある。

 

 あっちの仮面ライダーのネットムービーのスタッフには、テレビ夕日のドラマやバラエティでのAD経験者・助監督経験者・構成経験者・美術経験者がいたはずだ。

 誰か来てくれれば、なんとかなるかも。

 いや、なる。

 俺も作業に集中できるかもしれねえ!

 でも俳優にこういう作業やらせるのはねーわ。気持ちだけ貰って茶菓子と茶を出してもてなして帰ってもらおう。気持ちだけで嬉しいわ。

 

「アリサ社長が許さないと思いますよ。ですから俺のことは気にせず……」

 

「母さんは許可をくれたよ」

 

「……え」

 

「母さんに言われたよ。

 朝風英二が潰れないようにしろ。

 朝風英二なら俳優の顔に傷が付くようなことはしない。

 それと……朝風英二は、仕事で売った恩を絶対に忘れないプロだって」

 

 うわぁ。

 本当になんか、うわぁだな。

 

 アキラ君の善意と、百城さんの優しさと、アリサ社長の気遣いと、俺に恩を売って上手く後でこき使おうとするアリサ社長の打算が全部目に見える。

 流石過ぎるわあの人。

 あの人のスタンスは役者を絶対に潰させず、役者を一定の規格で一人前に育て上げ、その役者で末永く稼ぐことだが……俺に対するスタンスにもそれが見える。

 甘くはないが優しい、厳しいけれど過酷じゃねえ。

 

 黒さんと合わねえわけだ。

 アリサさんは映画やドラマなんかのために人が潰れることを否定する。

 その上でちゃんと、商業的に稼いでる人だ。

 

 俺はしばらくスターズ関連の仕事とか優先して受けることになりそうだな。

 つか、受けたい。

 怖え人だぜ、星アリサ。

 その事務所に所属してる人間を好きになっちまったら、俺はもうその事務所を蔑ろになんてできねえよ。

 

「ありがとうございます」

 

 深々と、二人に頭を下げた、

 

「そこのスチロールを、こっちの完成品と同じくらいの大きさにちぎってくれたら嬉しいです」

 

「ああ、分かったよ」

「こんな感じかな」

 

「そうですね、そんな感じです。それが後で偽物の瓦礫になります」

 

 やっべえ。

 

 泣きそう。

 

 俺は俳優じゃねえんだ。

 嘘泣きなんて出来ねえ。

 だから泣きそうになってるこの気持ちは、嘘じゃねえ。

 嘘なんかじゃないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事は終わった。

 そこそこ長いような、短いような、漫画原作の二時間ドラマの撮影が終わった。

 とはいっても、終わったのは俺と黒さんだけだ。

 正式に引き継ぎが決定し、そんなに実績のない引き継ぎ監督が安いギャラでオファーを受け、俺達の仕事を引き継いでくれた。

 

 アリサさんは「質の良いカットが質の悪いカットを引っ張るだけの凡作寄りになりそう」と言っていた。交渉おつかれさんです。でも仕方ねえだろ。

 そこまで責任持てねえよ、俺達。

 

 でも案外大丈夫なんじゃねえかな?

 映像作品ってのは、印象に残る名カットがいくつかあると、立派な名作としては語られねえけども、人の間で地味に長く語り継がれる作品になるもんだ。

 仮面ライダーとかでも、『作品評価低いし全部見直す気にはなれないけどあそこの名戦闘シーンの回だけ見たい』ってのが時々あるんだな、これが。

 見どころがあるやつは強いんだ。

 

「引き継ぎ作業も完了。お疲れ様でした!」

 

「おう、お疲れ」

 

 一足先に仕事が終わった俺と黒さんは、俺の事務所で打ち上げをしていた。

 テーブルの上に並ぶ菓子、つまみ、酒、ジュース。

 俺が金を出そうとしたが、気付いたら全部黒さんに買われてしまっていた。

 "子供には優しくしておごってあげるよー"とかそういうのじゃなく、"さっさと買え"って感じに代わりに買ってくれたのがなんかこの人らしい。

 

 あーあ、早く成人してえ。

 こういう時はいつもそうなんだが、大人と一緒に撮影後の打ち上げやろうとして、俺が食うもの飲むもの買いに行くと、未成年だから大人用の酒とか買えねえんだよな。

 慣例通りにスタッフ最年少の俺が買い出しに行こうとすると、「お前酒買えないだろ」って言われて、いっつも周りの大人が買い出しに行ってくれたもんだ。

 

 はよどうにかしたい。

 コーラ飲んで、ビーフジャーキー頬張りながらそう思った。

 

「まさかアキラさん達が援軍に来てくれるとは思いませんでした。本当に助かりましたね」

 

「あの援軍より、援軍が来てからお前の作業が速くなった方が要因としてはデカかったがな」

 

「いえいえ、皆の助けのおかげですよ」

 

「張り切ったお前の仕事は速くなったが、雑にはならなかったな。

 あの速度で安定すりゃもっと上に行けるんじゃねえのか? メンタル次第だが」

 

 仕事の速度は安定した速度ならともかく、ちょっと無理するくらいの速度だと精神面が影響するからなあ。

 メンタル不安定な時に急ぐとトチりそうでやりたくねえわ。

 

「引き継ぎでゴタゴタしなければもっと早く終わったんでしょうけどね」

 

「はっ」

 

 あっ、鼻で笑いやがった。

 

「俺に言わせりゃ、他人の作った映像の引き継ぎしてる時点で論外だ」

 

 だろうな、あんたからすれば。

 

「漫画原作なんて客寄せしたいだけだろ?

 その漫画のファンとかに媚びてるだけだ。

 よっぽど改変でもしねえと原作そのまんまで、金稼ぎしか頭にねえ作品になるだろ」

 

「いや、あの、まあ」

 

 アンタどこまで喧嘩売るつもりだ。

 四方八方に唾吐いてるとマジで干されて才能がもったいないことになるからやめえや。

 金が無い会社とか、スポンサーに土下座しても雀の涙しか金が集まらないスタジオとか、黒字にするためにあれはあれで必死なんだぞ。

 

「自分にしか作れないものを作るからこその監督じゃねえのか?」

 

 そうだ。

 あんたの言ってることは正しい。

 だけど、あんたも知ってるはずだ。

 『正しい映画』はねえ。

 『正しい映画監督の在り方』なんていうただ一つの正答なんてねえ。

 だから俺は、自分が思う正しさを揺らがず抱えてるあんたが他の監督や作品を否定しても、その意見に同意したりしない。

 

 だけど、礼儀や慣例を重んじるこの業界の人達があんたを否定しても、俺は絶対にあんたを否定しない。

 

「その意見、否定も肯定もしませんよ。

 色んな監督を見てきました。

 大衆受けする監督も、自己表現を極めた監督も。

 俺はどの監督の考え方も好きです。

 どの考え方が一番正しいかなんて思ったこともありません。

 だけどそれこそが、映画を、TVを、作品を、作り上げてきたはずです」

 

 俺はこの仕事が好きだ。

 色んな監督の下で、監督ごとに違う仕事ができる仕事が好きだ。

 あんたみたいな監督しかいない業界も、あんたみたいな監督がいない業界も、クソくらえだ。

 そんなもんには唾吐いてやる。

 

 面白ければいいエンタメ性の映画だけでも、新しい技術や見たことのない景色を見せてくれる芸術性の映画だけでも、駄目なんだ。

 

「それぞれの監督がそれぞれの信念を持ってるってことが、一番素晴らしいことだと思います」

 

 黒さんはつまみを食らって、飲み込んで、くっくっくと笑った。

 

「死ぬまで楽しめよ、仕事を。ベッドの上で死ねない末路がてめえにはお似合いだ」

 

 ったく、この人は。

 

「親父がそうでした。だから俺も、そうします」

 

 この人は、大衆にまんべんなく受ける大人気作品なんて目指してねえ。

 映画というフィールドは、この人の自己表現の場でしかない。

 黒山墨字という人類史に一人しかいない人間が、この人にしか撮れないスタイルで、この人の魂と精神から出力したシナリオで、この人のイメージをそのまま映像する。

 この人が歩んできた、他の誰とも違う人生が、この人だけの映画を作る。

 そいつを、映画の自己表現って言うのだ。

 

 よく、映画に監督のオナニーだ、監督がやりたいことをやっただけだ、と言われて酷評される作品がある。

 この人はびっくりするくらい『それ』だ。

 それも、世界的に有名な映画の賞を貰ってしまうくらい突き詰めた『それ』だ。

 

 特撮は、一度日本でその多くが死にかけた。

 皆が商業者ではなく、芸術家だったからだ。

 得られる金のことなんて考えず、湯水のように金を使って、成功の計算もせず、ただどれだけ望む映像を創れるかだけを考え、皆が『自己表現』を繰り返した。

 撮りたい映像を撮り、やりたいテーマを好き勝手にやり、監督が目指した『それ』を数多くの人達が支え、皆が一丸となって同じゴールを目指した。

 そうして、多くの特撮は死んじまったんだ。

 

 売れる自己表現しない監督が優れているのか?

 売れない自己表現の監督が優れているのか?

 どっちだ。どっちが正解だ? 知らねえよ、そんなのきっと誰も知らねえ。

 

 売れる監督を、売れるフォーマットをよく理解していて、売れる方法論を絶えず使い、売れるやり方という枠から離れられない、この世で最も不自由な監督だとするならば。

 黒山墨字は、もしかしたら、この世で最も自由な監督なのかもしれない。

 

「俺は時々、監督をやる才能があるあなたが羨ましくなります」

 

 もしもいつか、この人が大作を取る日が来たら。

 多くの人が、この人の頭の中の幻想を現実にするために頑張ることだろう。

 そいつが無性に羨ましい。ぶっちゃけた話、憧れる。

 でもこうはなれねえんだよな、俺は。

 

「はっ」

 

 また鼻で笑われた。

 なんでこうこのヒゲオヤジは、意味もなく周りの神経を逆撫でするんだか。

 

「お前がもう一皮剥けたら、俺の映画で使ってやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 こいつは俺を褒めた言葉なのか。

 俺をまだ未熟だと馬鹿にしてる言葉なのか。

 ……前者だと、嬉しいぜ。前者であってくれー。

 

 俺の事務所のDVDプレイヤーに勝手に名作映画のDVDを入れ始めた黒山墨字の真っ黒な後頭部を見ながら、俺は真っ黒なコーラを飲み干した。

 

「ああ、そうだ。

 お前を今回使ったのはな、お前の能力もあるが頼まれてもいたからだ。

 巌裕次郎……あのジジイがお前の現在の正確な技量を知りたがってたからな、報告したぞ」

 

「えっ」

 

「十分だとよ。お前、あのジジイに電話かけとけ。世界のイワオからの仕事の依頼だ」

 

「え?」

 

 えっ、なにそれ。

 

 聞いてねえぞ。

 

 

 




 巌さんのモデルの蜷川幸雄さんは2005年に歌舞伎座でNINAGAWA十二夜という歌舞伎を初演出し、大好評のため2007年にリバイバル公演しました
 二人がほんの少しでも同じ仕事に携わったのがこれが初めてです
 英二君が撮影所に入るようになってから四年目、特撮現場新人と大学生アルバイトの中間くらいの技量だった頃が初対面だと、英二君は思っています


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空の美しさの理由

 歌舞伎を知らなくては、特撮で良い仕事はできない。親父は時々そう言っていた。

 

 歌舞伎を直接的にモデルにした仮面ライダーやウルトラマンの敵など、そういうもんはいくらでも出てくるな。

 が、歌舞伎ってのはもっと本質的なところで特撮に関わってる。

 例えば、変身後の名乗り。

 例えば、変身ポーズ。

 『大げさな構えを記号として使う』というのも、『構えて名乗りを上げる』というのも、歌舞伎を由来とするもんだ。

 ゴジラとかも、歩き方の参考に歌舞伎を使ってる。

 

 ウルトラマンマックス(2005)の主人公カイトを演じた赤山草太さんは、出雲の歌舞伎役者であった祖父に憧れ、子供の頃から舞台に上がっていて、そっからウルトラマンになった。

 歌舞伎から始まって、特撮へ。

 俺は逆だった。

 特撮で親父の仕事についていって、親父が珍しく歌舞伎畑で仕事をするのについていって、そこで初めて歌舞伎の世界での仕事に触れた。

 

 そこで初めて、あの人に出会った。

 

『その歳で父親と同じ魔物に魅入られたか。難儀な奴だ。長生きできねえぞ』

 

 この歳になって、あの頃の記憶を振り返って、気付いた。

 巌裕次郎さんは世界レベルの舞台演出家だ。俺の仕事もおそらく舞台関連になる。

 だがあえて言ってやる。

 俺みたいな現代の特撮屋に、現代の舞台演劇で出来ることは多くねえ。

 

 舞台は何度も公演する。

 公演期間中、毎日のように舞台の上で演技を繰り返す。

 撮影は一発撮りの映像を何度も上映する。

 一回録画すれば、その映像は永遠になる。

 俺が火薬を仕込んだスーツの撮影は一回撮ればいいが、舞台なら俺は火薬を毎回仕込まなきゃならなくなり、スーツの方が公演期間中保たない。

 

 舞台公演という世界で、俺の技術は多くが死ぬ。

 だが、親父はそうでもなかったらしい。

 親父は舞台にもよく呼ばれていた、らしい。もうこの辺は全部伝聞だ。

 巌爺ちゃんは親父をよく雇い、親父は巌爺ちゃんの期待に仕事で良く応えていた。

 

 だから俺も、巌爺ちゃんの歌舞伎公演を手伝いたいと言い出しちまった。

 当時、七歳の時のことだった。

 

『お前、何が出来る?』

 

 俺はその頃、子供らしく思い上がっていたのかもしれない。

 椅子を作り、テーブルを作り、巌爺ちゃんの演劇の演目に相応しい舞台を作った。

 作った舞台用の家具の出来も、レイアウトも、その時の俺は自信を持ってて、褒められると信じて疑ってなかった。

 

『プロとして見られたいか、子供として見られたいか、お前が選べ』

 

 この時、「プロとして見られたい」と俺は言った。

 

 そういった俺の頭に、巌爺ちゃんはゲンコツを落とした。クソ痛かったぞ。

 

『馬鹿野郎!

 テレビ撮影か映画の撮影のつもりか!

 何平面の角度で、一つのカメラで撮る前提のレイアウトしてやがるんだ!』

 

 カメラを複数使っても、画面に映る映像はカメラひとつ分だ。

 だから俺は、ひとつの視点から舞台が見られてる前提で、レイアウトを組んじまってた。

 

『舞台席は前の人間が後ろの人間の視線を遮らねえんだよ!

 大昔ならともかく、今の舞台を見る人間の席は後ろに行くほど高くなる段差状だ!

 映画館の席の配置も見たことねえのかテメェは!

 カメラ撮りに慣れすぎて、多くの観客の目がある前提のレイアウトすらできてねえ!』

 

 その日の俺の仕事には、家具の出来くらいしか及第点って言えるもんはなかった。

 撮影所に入るようになって四年。

 色々できるようになってから二年。

 子供であることよりも、自分が腕の無い人間だと自覚してなかったことが、あの日の俺のクソポイントNo.1だった。

 巌爺ちゃんが叱ってくれたお蔭で、俺はあの日の失敗を忘れないでいられる。

 

『ド素人は使えねえよ。今日は後ろで立って見てろ』

 

 この歳になってようやく分かった。

 "子供として見られたい"と言っていたら、俺は一生、あの人から一人前の造形屋として見られることはなかっただろう。

 その後も色々と作って見せた。

 作っては打ちのめされ、生み出しては言い負かされ、縫い上げては罵倒された。

 ゲンコツだけじゃなく、靴でも殴られた。

 

 俺の仕事が認められたのは随分後だ。

 それも、ラッキーパンチみてえに出来の良い一品が認められた運頼りの一発もんだったんだ、なっさけねえ。

 ふん、と鼻を鳴らして、巌爺ちゃんはこう言った。

 

『死んだ親父を超えろ。できるな?』

 

 できる、と俺は言った。

 

 今になっても、俺はずっとそう在る。

 "できるかどうか分かりませんがやってみます"とか、"やれるだけやってみます"とかはできるだけ言わないようにして、"できます"と言っている。

 まあ絶対にできないことは流石に「できない」と言ってるがな。

 できるかと言われたら、できますと努めて答えようにしている。

 あの日、俺に期待してくれた、俺の未来の可能性を信じてくれた、あの人にそう答えたように。

 

 俺がこれから一緒に仕事をしようとしてるのは、そういう人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『劇団天球』。

 巌爺ちゃんが見出した役者を中心に固められた舞台劇団だ。

 名が売れた主演から無名な脇役まで、等しく実力派。

 一言で言うとパねえ。

 巌さんのお手製チームの総合値ヤベえ、としか言えねえ。

 

 俺の今回の仕事は、この人達の地方巡業を成功させるため、地方巡業の初期で行われる野外公演を成功させることだ。

 地方巡業っつっても、関東の劇場を少し回る程度。

 地方巡業の前段階、俺が関わる段階はもっと公演範囲が狭く、いくつかの野外ステージを回るだけらしい。

 まあ要するに、野外公演は宣伝ってことだな。

 スーパーの試食みてーなもんだ。

 

 そいつを成功させるとなると、俺の仕事は衣装と野外セットの作成になるか。

 屋外用セット作成は割と得意だな、俺。

 特撮ってのは屋外にセット作って爆破してナンボ……って言ってたのは誰だったか。

 

 そういや歌音ちゃんも地方巡業のオーディション受かったとかいう話してたな。LINEで。

 めでたいこった。

 だが、それなら俺もこの仕事でハンパはできねえな。

 ここで俺が地方巡業関連の仕事で失敗したら、あんまりにも恥ずい。自殺もんだろ。

 

 前回の仕事は、『完成』まで行かないで引き継ぎになった。

 そのせいか妙な消化不良感がある。

 ウルトラ仮面関連の仕事も俺のするべき仕事はまだ先っぽいし、俺はこの仕事は鮮やかに、達成感と満足感をもって終わらせたいところだ。

 巌爺ちゃんに俺の成長を見せつけてやるぜ!

 

 あれ、ってか、劇団天球との待ち合わせステージこれ。

 あの事務所に近いな。

 ばったり知り合いと会うかも。

 

「あ」

「あ」

「あ」

 

 ほーら会った!

 

「おはようございます、湯島さん、源さん」

 

「おはよーさん、英ちゃん」

 

「……?」

 

 仮面ライダーのネットムービー以来の湯島さん、それと劇場作品『ザ・ナイト』以来の顔合わせになる(みなもと)真咲(まさき)さんと、ばったり出会ってしまった。

 湯島さんが柔らかな印象を受ける女優なら、源さんは冷静で多弁でないイケメンの印象を受けるクールタイプの俳優だ。

 容姿や簡単な振る舞いだけで判断するなら、湯島さんは日常系の作品のヒロインに向いているタイプで、源さんは女主人公を取り巻くイケメンパラダイスで「お前は俺だけを見てれば良いんだよ」とか言うオラオラ系が向いているタイプ。

 我ながらひっでえ例えだな。

 

 しかしこの「……?」な反応。

 源この野郎俺の顔忘れてんな。

 

 けど予想通り……いんや、予感通りになっちまったな。

 ここの近くにはオフィス華野がある。

 湯島さんや源さんは、そこに所属している俳優だ。

 

 事務所単位で見りゃオフィス華野で俺と一緒に仕事してる数はかなり多いが、源さんみたいに俺と仕事した回数が一回二回しかない俳優もいる。

 逆に湯島さんのように、子役時代から俺と付き合いがある人もいる。

 オフィス華野の社長さんには「うちの子達をよろしく」って言われてるがそもそもどうよろしくしていいか分かんねーよクソ。

 

「真咲ちゃん、忘れとるやろ」

 

「……あーいやいや茜さん、ちょっと待って、名前出てこないだけだから」

 

「俺源さんに名乗りましたっけ?」

 

「……」

 

 会話はしたけどあんたに名乗ってねーぞ俺。

 役職は名乗ったが。

 

 源さんは映画やドラマの出演経験もある、俺の一つ年下の俳優だ。

 確か女性からの人気はそこそこあるみたいな話も聞いたぞ。

 高い身長しやがってくたばれ。

 前に映画で源さんが出演した時、俺は遅れ気味のスケジュールを取り戻すための臨時追加撮影B班として途中参戦していた。

 その時にちょっとは話したんだが、覚えてねえか。

 

「こう、シュババババッって仕事してる人撮影場所で見た覚えないんか?」

 

「……あ、あー、あの手の動きが気持ち悪いくらい速かった人か。お久しぶり」

 

「いえ、下働きでしたから。覚えてないのも当然ですよ。朝風英二と申します」

 

 源さんの言葉のニュアンスが『ゴキブリの足の動きは速くて気持ち悪い』的なニュアンスなんだがどういうことなんだおいコラ。

 

「……茜さん、俺ちょっと先事務所行ってるわ」

 

「あ、ちょっと」

 

 おい、一瞬嫌な表情浮かべて去って行くな。

 ゴキブリ連想したなテメー。

 本物のゴキブリと見比べても、1マイクロレベルでの誤差を見つけられないと偽物と分からねえような偽物作ってきて俺の腕を見せつけてやろうか。

 ……もっとゴキブリ扱いされそうだな。

 

 一瞬、脳裏に虫の話をしてる時の百城さんの笑顔が浮かんだ。

 もしあの人がゴキブリの話でもイケる人だったらどうしよう。どうすりゃいいんだコラ。

 ちょっとイケそうな気配あんのがこえーぞ。

 

「英ちゃんも仕事なん?」

 

「はい。演劇の巌さんから仕事の依頼が来まして」

 

「演劇の巌……巌裕次郎さんやっけ。どっかで名前聞いたなあ」

 

「ですね、その人です」

 

 反応うっすぃー。

 

 巌爺ちゃんのことを知らない一般層の人は多い。

 芸能界の新人にも知らない人は割といる。

 が、芸能界で巌さんの話を振られて、知らないと言ったらそいつは絶対的に無知のレッテルを貼られちまうだろう。

 俺でも心中でその人の評価は下げちまうだろうな。

 

 画期的な演出、幅広い芸風、人並み外れた選人眼に、人材育成能力。

 黒さんが外国のすげえ賞をいくつも取った人なら、巌爺ちゃんは気ままにやりたいように演劇をやった結果、世界中から尊敬を集めるようになった化物だ。

 

 ロミオとジュリエットみたいなシェイクスピアをやったと思えば、オペラや歌舞伎もやって、ガラスの仮面とかの漫画原作までやり、当然のようにオリジナルもやる。

 そして大抵大成功だ。

 やべーよ巌爺ちゃん。

 各新聞が賞を贈って、県は県民栄誉賞を、市は市民栄誉賞出して、文化庁の芸術祭では余裕の大賞、文部大臣賞や文化功労者賞に文化勲章とやべーののオンパレードだぞオイ。

 国際的な賞も貰ったと思えば、外国から名誉博士号まで贈られる始末。

 

 巌爺ちゃんは売名に必死だったからこういう風に評価されたのか、っていうとそうでもねえ。

 あの人は演劇が好きだった。

 俺が生まれる前には離れてたらしいが、西映や西宝ではゴリゴリの映画も撮ってた。

 演劇を愛した男が、『素晴らしくて面白い』演劇を作り続けた結果、ただそれだけの行動で世界中から認められた。

 

 巌爺ちゃんは凄えんだ。創る演劇全てが凄えんだ。そしてスパルタで凄く怖い。

 

「湯島さんは最近どうですか?」

 

「今オーディションの二次審査中やね。

 宇多田ヒカラナイさんと浜崎あゆまないさんがテーマ曲歌うって噂でなー」

 

「おお、それはかなりいい感じの仕事なんじゃないですか?」

 

「おかげでプレッシャー大きいのなんの、事務所のレッスンの厳しさも倍や」

 

 オーディションに対する不安と、もしかしたらという期待が混ぜこぜになった表情。

 積み重ねてきた努力が生む自信と、子役時代から大成してない現実が生む不安が均等に混ざった雰囲気。

 頑張ったからどうにかなるはずという希望に、頑張ってもどうにもならなかった過去の悲嘆が染み込んだ声色。

 

 ……彼女の成功を祈るくらいは、神様にも許してほしい。

 俺が応援してもしなくても、彼女のオーディション結果は変わらねえ。

 そいつに、無力感を覚えるのは悪いことか?

 

「では今日もオーディションですか?」

 

「せやね。栃木の採石場で屋外オーディションや」

 

「採石場ですか……」

 

 時代劇とかだろうか。

 採石場は特撮番組だけが使ってる場所じゃねえ。

 時代劇とかでも結構使われる、汎用性の高い撮影場所なんだ。

 

「なんでああいう採石場で撮影するんやろ?」

 

「あそこには"時代が無い"からですよ」

 

「時代が無い?」

 

「どうしても、俺達は人間である以上時代からは逃げられません。

 スタジオや採石場みたいな場所でもない限り、撮影には街並みが映ります。

 そうなると、もうその撮影を江戸時代だとか大正時代だとか言い張れないんですよ」

 

 鉄塔が映ればアウト。

 ビルが映ればアウト。

 海で近代的な港が見えたらアウトで、車が走る道路が映るのもアウトだ。

 となると、そういうのが一切映らない屋外ってのは限られる。

 

 時代劇で使うとなりゃ、東映太秦映画村か、日光江戸村か、ワープステーション江戸か、庄内オープンセット。後は伊勢安土桃山城下街とかも使えるか。

 俺は『JIN-仁-』が結構好きだったから、あれの撮影に使ったワープステーション江戸が個人的に一番好きだけどな!

 こういうのに、採石場での合戦シーンなんかを挟むわけだ。

 他にもセットあれこれ使って、そうやって時代劇は完成する。

 

 栃木の採石場は良い。

 何せいくら爆発させようが、いくら合戦の雄叫びを上げようが、近所から苦情はこねえ。

 カメラを360度回しても鉄塔やら電柱やら余計なもんは映らねえ。

 あそこには文明が無い。

 だが崖もある、広場もある、坂道もある、池もある、草むらもある。

 採石場は、戦国時代とも江戸時代とも言い張れる最高のステージだ!

 

 ああいう場所があるとありがてえんだよ湯島さん。

 採石場ってのは、探してもそうそうない『時間が止まった土地』ってわけだ。

 そりゃ時代劇の撮影にも使うわな。

 

 俺がかいつまんで話すと、湯島さんは納得したようだった。

 

「造形や演出の人はそういうこと考えてるんやなあ、びっくりや」

 

「余計な作業とか悩みをあなたがたから引き受けるのも、俺達の仕事ですからね」

 

 ちなみにあんたの子役時代に俺は同じ説明しようとしたぞ。

 あんたが話の途中で飽きてどっか行ったんだけどな!

 ちょっとグサッと来たぞあの時は。

 他人の話聞けるくらいには大人になってて嬉しい限りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互い頑張ろうと言い合って、別れて各々歩き始めた。

 あの人が受かるといいな、と思って、ふと"子供の頃はこんなこと考えてなかったな"と思う。

 バッカじゃねえのか俺は。

 ガキの頃と同じ思考で、関係で、いられるわけねえだろ。

 

 何も考えずに遊んでいられた頃とは違え。

 大人の言うこと聞いてりゃよかった頃はもう終わった。

 自分で仕事取っていかなきゃ、この世界には居られねえんだ、俺もあの人も。

 もし芸能の世界から親しい人が突然消えても、『仕方ない』で片付けろ。

 そんでさっさと切り替えろ。

 それ以外に、俺に何が出来る?

 

「おはようございます!」

 

 少しモヤっとした心を切り替え、劇団天球との待ち合わせステージに足を踏み入れ、大きく声を張り上げる。

 近くに居た、パイプ椅子に座って台本を読んでいた女性が顔を上げる。

 どうやら、入口近くで俺を待っててくれたらしい。

 

「あら、久しぶり」

 

「七生さん。二ヶ月ぶりですね」

 

「巌さんから話は聞いてるよ。ついてきて」

 

 三坂(さんざか)七生(ななお)さんだ。

 劇団天球所属の女優で、普段は陰気で眼鏡とそばかすが目立つ女性だが、舞台の上ではコンタクトレンズと化粧で、誰よりも美しい舞台の花に変わる。

 俺が「変身ヒーローの変身みたいですね」と、15歳の時に言った。

 七生さんは「女が化粧と演技で変身ヒーロー以上に変われることを知らないなら、あんた女で苦労するよ」と、20歳になったばかりのくせして、分かった風なことを言っていた。

 

 この人はいつも、出来の悪い弟を見るように俺を見る。

 

「七生さん、良いコンタクトレンズに変えたんですね」

 

「ねえ前から思ってるんだけどなんで私のコンタクトレンズ批評するの?」

 

 見りゃ分かる。

 

 七生さんは今眼鏡じゃなく、コンタクトレンズだ。

 この界隈に漬かってれば、コンタクトレンズを見ただけで察せることもある。

 コンタクトレンズは目を覆い守る鎧だからだ。

 

 眼鏡と違い、コンタクトレンズはある程度眼球の潤いをコントロールすることもできる。

 正しい知識があれば、コンタクトレンズのせいでまばたきの回数が増えていることも自覚できるし、コンタクトレンズを使いこなしてまばたきの回数を減らすこともできるんだ。

 こいつが、舞台や撮影においては極めて強え。

 

 例えばスーパー戦隊シリーズでは伝統的に、"まばたきをしない技量"が求められる。

 撮影では煙が出て、火花が散る。

 人間の目はこういう状況で反射的にまばたきをしちまう。

 だが、それは子供の目にどう映る?

 煙や火花の中でまばたきパチパチしてるヒーローは、クッソ情けなく見えるんだ。

 逆に煙や火花の中でまばたき一つせず、火花や煙を物ともせず目を見開いて前に進むヒーローってのは、最高にかっこよく見えるんだぜ。

 

 宇宙戦隊キュウレンジャー(2017)の主人公・シシレッドを演じた岐州匠さんも、海岸での撮影で塩水しぶきや砂が目に入る中、特撮で目に火花や煙が入る中、「まばたきが多い!」とめっちゃ言われたそうだ。

 だが、コンタクトレンズを高いのに変えて乗り切った。

 目の鎧(コンタクト)を一新することで、まばたきの回数を制御してみせたんだ。

 

 まばたきを完全にコントロールできりゃ、まばたきをしないロボだって演じられる。

 演技の幅は確実に広がる。

 表現の自由度は確実に上がるんだ。

 まばたきがコントロールできるっていう長所が付与されたその瞬間から、目が悪い俳優は目が良い俳優よりも優れた俳優になると言っていいだろうぜ。

 

 流石は七生さんだ。

 良いコンタクトレンズに変えていくそのプロ根性、見習わざるを得ねえ。

 

「ねえ英二」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「そういう目で私見るのやめて。多分なんかどこかで間違ってるわよあんた」

 

 そういう目ってどういう目だよ。

 

 俺が何か言おうとしたその瞬間、ステージにいた他の人が俺の頭を掴んで抱えた。

 む。この男は。

 

「おー英二! よく来たな! 今度は何だ、何を作りに来たんだ?」

 

「亀さん、おはようございます」

 

「おう、おはよう。お前相変わらず背伸びてねえな」

 

 うるせえ。

 

 青田(あおた)亀太郎(かめたろう)さんの登場だ。

 俺の頭を抱えた亀さんの顔を見て、七生さんがうんざりした顔をしている。

 

 一見若さゆえのお調子者にも見えるが、ガッチリした下地の上に演技を重ねる、俺も尊敬する実力派名助演の男だ。

 劇団天球の特徴の一つに、名主演も名助演も等しく輝いてるってのがある。

 この人はまさにそれ、名主演に匹敵する力量の名助演だ。

 

 そも、主演が助演より上、って概念は一般的ではあっても絶対的じゃねえ。

 監督が助監督より上、って概念もな。

 ハリウッドじゃ主演よりギャラ貰ってる助演、監督よりギャラ貰ってる助監督なんかもいたりする。『助』は『主より劣る』って意味じゃねえんだ。

 主演タイプよりも、この人みたいな助演タイプの方が、俺を効果的に使うことが多い。

 

 この人はいつも、出来の良い弟を見るように俺を見る。

 

「アラヤさんはいらっしゃらないんですか?」

 

「んー、あいつはちょっと出てるな。なんだ俺だけじゃ不満か?」

 

「いえ、しばらくぶりに会えて嬉しいです」

 

「おいおい、世辞が上手くなったんじゃねーの?

 純粋さが失われてんじゃないのか、俺は悲しいぞ」

 

「いや、俺は昔から別に純粋だったわけでは……」

 

 アラヤさん……明神(みょうじん)阿良也(あらや)さんは留守か。

 

 三坂七生。青田亀太郎。明神阿良也。

 この三人は、粒揃いの劇団天球の中でも特に目立ちやがる。

 俺も、演劇の中で何度彼らに見惚れたことか。

 

 監督でもない俺の私見でしかないが。

 例えば主演アラヤさん、助演亀さん、ヒロイン七生さんでドラマを撮れば。

 例えば主人公アラヤさん、二号ライダー亀さん、主人公とくっつかないヒロイン七生さんで仮面ライダーを一シリーズ分撮れば。

 多分、それだけで十年二十年は語られ続ける作品ができる。

 巌爺ちゃんが仕込んだ人達には、そんだけの地力と実力が備わってんだ。

 

 それだけの力を仕込めるだけのパワーが、巌爺ちゃんにはある。

 

「来たか」

 

「巌先生、お久しぶりです」

 

「くくっ、巌先生か。テメェがそう言うのは慣れねえな、英坊」

 

 それは、俺が中途半端な仕事をすれば、その瞬間に粉砕されかねないほどのパワーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の仕事は、この人達の野外公演を成功させること。

 そのために、巌爺ちゃんの望む仕事をこなすことだ。

 

「舞台背景のセットの背景を描いてみろ。

 題材は空。台本は亀に見せてもらえ。演劇に沿った空を仕上げりゃそれでいい」

 

「はい」

 

 野外ステージの背景画か。

 歌舞伎で言う道具幕だが、野外となるとちと難しい。

 海外なら例があるが、日本だと類似の例が多くねえな。皆無でもねえけど。

 いっそ、背後に巨大モニターがあるライブステージを参考にした方がいいかもしれん。

 

 野外でセットと背景に凝るってことは、そこを『異界』にするってことだ。

 野外公演を観に来た人が「あそこはピーターパンのいる不思議の国なんだ」と思ってくれるようじゃなきゃ、「あそこはカリブの海なんだ」と思ってくれるようじゃなきゃ、アウト。

 自然に、リアルに、かつ観客に世界観を伝えるような絵作りが要る。

 

 そいつはつまり、特撮のミニチュアセットの背景の空を描く技術を、演劇に沿ったフォーマットにカスタマイズしねえと駄目だってことだ。

 

「英坊。俺がお前に要求するものはただ一つ。お前の成長を見せてみろ」

 

「分かりました。少し時間をいただきます」

 

 まずは深呼吸。

 考えて、考える。

 

 俺が描く背景は大前提として、劇団天球の舞台俳優の後ろに広げられる。

 持ち運びしやすいように、薄い折りたたみ式の木製大型ボードを組んで、その上に背景画を貼り付けたり外せたりするようにしておこう。

 その上で、デザインを考える。

 

 脚本を見たが、この演劇なら描く空は青空でいいだろう。

 目立つ要素は要らん。

 背景は所詮背景だ。

 俳優を引き立たせる引き立て役にするのが、おそらく最も的確で良い。

 劇団天球の俳優の良さを僅かにでも殺せば、その瞬間に背景は無価値に成り下がる。

 

「よし」

 

 方向性は決まった。

 

 まず専用の青シートを広げ、青色の具合を確認する。

 リアルな空の青っぽく見えなかったら、後で青色を調整しよう。

 青空を表現するため、青空を際立たせる白い雲を描いていく。

 現実の空における白い雲はただそこにふわっふわ浮かんでるだけのもんだが、撮影背景における白い雲は、青空の青を引き立てる名助演の役割を果たすもんだ。

 

 雲を描く白の絵の具はアクリル系。

 絵の具は変えず、吹き付けるスプレー、ペンキを塗るものと同じ刷毛(はけ)、塗装用スポンジを上手く使い分けて青シートに雲を描いていく。

 続いて少し灰色を混ぜたアクリル塗料で、また雲を描いていく。

 

 雲は光を遮るもんだ。

 だから雲の影が他の雲に落ちてると、背景画のリアルさがぐっと増す。

 雲をリアルに見せるコツは、白だけで雲を描かないことだと、俺は先人に教わってきた。

 

 そう描いていけば、『雲の遠近感』も出て来る。

 信じられねえくらいセットに凝る特撮監督は、「この雲は近い」「この雲は遠い」と雲の遠近感ってもんを考えて、それを表現する技術を研鑽してきた。

 俺もこの背景に、その技術を転用してる。

 その技術は、雲の陰影を付けることで、どの雲が上でどの雲が下、どの雲が遠くてどの雲が近いかを表現するかの技術の先にある。

 

 よし、ここで太陽を描く。

 

 背景に描く太陽は、光ってねえ。所詮絵の具だ。

 光ってねえ太陽を光ってるように見せかけるには、特撮に使う蛍光塗料をベースに、悪目立ちしない程度に他の塗料を混ぜたものを塗る必要がある。

 あと、あれだ。

 野外ステージだから、太陽の位置を計算に入れて描かないとな。

 

 野外の舞台は、基本的に全て南向きだ。

 役者の正面に光が当たり、客は逆光を見ずに済む。

 客から見て左側を西、右側を東って言うのは、こいつが起源だって話だ。

 まあこの基本が出来る前の舞台は当然南向きだけじゃねえし、この基本を知らねえで南向き以外の野外舞台を作ってる人も結構多いんだけどな!

 

 つまりこの背景画は、屋外公演中は南向きに広げられることになる。

 

 背景画の左半分を午前中の太陽を受けるための部分、右半分を午後の太陽を受けるための部分と仮定して、雲の形、雲の配置、塗料の配分量を微調整していく。

 

「英二、ぶっ続けで作業しすぎじゃねえか? ほら、お茶やるぞ」

 

「ありがとうございます亀さん。もう折り返しは過ぎたので、もう少し頑張りますね」

 

 サンキュー亀兄貴。

 

 さて。

 雲の形のイメージは、春は綿、夏は岩、秋は砂、冬は泥だ。

 ふわふわしてる雲、硬そうな雲、さらさらした雲、ドロっとした雲と言い換えてもいい。

 

 例えば特撮作品・電光超人グリッドマン(1993)をリメイクしたアニメ、SSSS.GRIDMANのイメージデザインは、でっかい雲の間で腕を突き上げるグリッドマンだった。

 この背景の雲がいい仕事をしてやがる。

 ふわふわもさらさらもしてない、ドロっとしてるわけでもない、岩のように積み上がった重さすら感じる入道雲は、まさしく『夏』だ。

 雲を見るだけで『夏』だって分かる匠の技。

 巨人に巨大な雲を合わせつつ季節感を叩きつけてくるこの構図は、とんでもねえプロが仕上げたもんだとひと目で分かる。

 

 俺は今回、青空に散らす雲を春の雲と秋の雲の混合にした。

 単独の季節感を出さないようにして、癒やしの印象が強い春の雲と、寂しさを表現できる秋の雲を混ぜ込んで、バランスを取っていく。

 が。

 あくまで目立たない背景にするため、雲が主張しないように意識して描いていく。

 

 雲には表情があるらしいが、俺にはよく分からん。

 夏の雲は熱意や青春を感じさせる、秋の雲は物悲しさや寂しさを表現する、って技術的に理解してるくらいだ。

 今にも雨が降りそうな空は『泣きそうな空』、雷が鳴り響く真っ黒な曇り空は『怒りの空』、そういう風に技術的に理解できてるが……俺は、そこ止まりなんだよなあ。

 巌爺ちゃんがそこを技術不足と見てきたら、どうすっかな。

 不安になってきた。

 

「……」

 

 巌爺ちゃんはずっと俺の仕事を見てる。

 採点の瞬間まで、何を考えてるかは分からねえ。

 

 落ち着け。

 しっかりと、俺のやり方でやれ。それ以外に道はねえ。

 

 本物の空を見たいなら写真でいい。

 だが、写真を舞台の奥に貼っても、所詮は『奥に写真を貼っただけの舞台』だ。

 舞台の上を、一つの独立した世界にする。

 本物の空以上に俳優達を引き立てる、作り物だと分かるのに違和感の無い背景を描く。

 ()()()()()()()()()というところを、長所に変えてやらねえとな。

 

 ……よし。

 いい感じに完成形が見えてきた。

 身長の想定と調整もバッチリだ。

 

 背景は、俳優と重なった部分は見えない。

 よって、2mより上の背景は前提として全ての部分が見える。

 俳優の顔あたりの高さは、観客が俳優の顔を見るため、一番"チラリと見える"部分。

 逆に俳優の足元や胴体と重なる高さの雲は、あんま観客の目には見えねえ。

 見える雲、見えない雲、ちらりと見える雲。

 俳優を引き立てるための雲の構図を、ここまでずっと計算して描いてきた。

 

 あとは微調整、微調整。

 

 雲に『漏れる雲』を書き足す。

 綺麗な構図の雲に『乱れた雲』を書き足す。

 雲は自然界に存在するもんであって、人間の人工物じゃねえ。

 多少不揃いな方が雲はグッとリアルに見える。

 

 こういう"リアルな不揃いの雲"を描く技術は、四池監督……四池崇史さんの雲をリアルに見せる技術から拝借した。

 スプレー、刷毛、塗装用スポンジで更に微調整を加えていく。

 

「おい七生、見てみろよ」

 

「なによ亀……あら、また腕上げたんじゃないのあの子。仕事だけは一人前ね」

 

「見ろよ、シートの中で雲が風に流れてるみたいな青空だぜ」

 

「ねえもしかして、あれ太陽の絵の下に人が立つと、雲が最高の形の背景になる形式かしら」

 

 周りの人の声が聞こえてきたのは、俺の心の状態が一段落したからか。

 

 よっしゃ、終わり。これで完成。

 

 今の俺の中にある積み上げた技術、それを全部ぶっこんだ青空の絵が完成した。

 

 

 

 

 

 俺はまだ、思い上がっていたのかもしれない。

 巌爺ちゃんの表情を見て、そう思った。

 

「……はぁ」

 

 青空の色を調整し、雲と太陽を描き、巌爺ちゃんの演劇の演目に相応しい舞台を作った。

 描いた雲の出来も、レイアウトも、その時の俺は自信を持ってて、褒められると信じて疑ってなかった。

 

「俺が言ったことを何も分かってねえのか、この馬鹿野郎」

 

「え」

 

 プロとして見られたい俺の頭に、巌爺ちゃんは叱るようにゲンコツを落とす。

 

「い゛っ!」

 

 クソ痛い!

 

「誰が綺麗な仕事をしろと言った?

 綺麗な仕事はあっちの業界のノータリンに受けたのか?」

 

「あいだだだだ……!」

 

「お前は何も分かっちゃいねえ。お前は今、親父を一生超えられない道を進みかけてるぞ」

 

「―――」

 

 なんだって?

 

「全部やり直せ。お前が今周りに魅せるべきは『これ』じゃねえんだよ」

 

 ああ、面倒臭い。

 はっきり言ってくれよ。

 自分で見つけねえと意味のない答えがあるってのは知ってる。

 でも、そう言われても何も分かんねえんだよ。

 

「自分以外の美しさを知るからこそ、極められるものを物作りと言う。

 だからお前はその仕事に向いてるんだ。

 この仕事に新しい積み重ねは必要ない。お前は後は、気付くだけでいい」

 

 何をだよ。

 

 気付けってなんだよ。

 

 ……分かんねえよ。

 

 

 




 自分以外の者の美しさ、物の美しさ、それを知っていて初めてできること

 ちなみに推測でしたが、原作序盤で夜凪ちゃんがライダーキックした撮影で使ってたりするのは庄内オープンセットとかですね
 スタジオ大黒天の公式サイトが出来て「大遅延!参勤交代」の名前が出たので多分庄内オープンセットということで間違いないと思います


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演劇集団・劇団天球

 はぁ、どう描けば良いんだ。

 とりあえず片付けを始めていこう。

 絵を外せば、シートは丸められるように作っておいた。

 ……だけど、シートを外した後、俺は何を描きゃいいんだ?

 

「いいと思うんだけどなこの背景。何が駄目だったんだ?」

 

「私に分かるわけないでしょ」

 

 っと、剥がそうとした背景画を、亀さんと七生さんが見てる。後回しにしとくか。

 二人には好評みたいだな。

 じゃあそこまで酷くはない……と思いたい。

 なら問題点はどこだ?

 

「でも、これだけは言える。

 私達の目より、英二の目より、巌さんの目の方が確かよ」

 

 そうなんだよな。

 俺も、俺の目以上に巌爺ちゃんの目を信用してる。

 何かが違ったんだ、何かが。

 

「巌さんは、俺の作品のどこをいけないと思ったんでしょうか……そこが分からないと」

 

 いつまで経っても地獄みてえに繰り返しだ。

 野外公演の開始までには絶対に間に合わせないといけねえし、背景がねえとセットが完璧には完成しねえし、セットが完成した状態で劇団の通し稽古も必須……と、なると。

 どんなに長くても使えるのは二週間ってとこか。

 どうしたもんかな。

 

「巌さんは曇り空とか夜空が見たかったのか?」

 

 亀さんが真剣に考えてくれている。

 

「いや、今回の演劇の作中時間帯は昼間よ。

 野外公演はナイターでもなければ基本昼間にしかできないわ。

 だから演劇の世界の中の時間は全部昼間のはず。だとしたら、曇り空だろうけど……」

 

 七生さんが真面目に考えてくれている。

 

 それだけで、なんか嬉しい。

 俺の仕事のことだから、何の役にも立たねえけど……いや、そうじゃねえか。

 この二人は、俺の仕事を改善できるようなジャンルの知識はねえ。

 だけど、そんな二人が俺のために真剣に考えてくれてるからこそ、嬉しいんだ。

 

「とりあえずプランを考えてみます。まだ空の絵のバリエーションはあるので……」

 

「ふーん、どんなの? 聞いてもいい?」

 

「とりあえず一つは、今七生さんが言った曇り空。

 他は夕焼けの情景か、ステージを消してしまう背景画もやってみます」

 

「ステージを消す?」

 

 七生さんが小首をかしげた。

 

「背景画をリアルにして、ステージに穴が空いているように見せるんです。

 絵そのものが覗き窓に見える風味というか……

 絵の向こうの景色が現実であるように見せかけ、目の錯覚を呼ぶタイプの背景にします」

 

「へえ、そんなの描けるのかお前」

 

 亀さんがほほうとニヤつく。

 

「ウルトラマンなどでは必須技能ですからね。

 撮影スタジオは広くないですから。

 そこに壁があるけれども、そこに壁があると思わせない……そういう背景になります」

 

 仮面ライダーとかなら、カメラの背景はビルとかになるが、ウルトラマンとかだと巨人の背景に地平線や空が見えるもんだから、背景の空がヘタクソだとスタジオだと即バレちまう。

 本物と見間違えそうな空を描けなきゃ、スタジオ担当は無理なんだよな。

 が。

 描ける、が。

 それだけでどうにかなるか?

 

「ただ……ピンと来ないんです。

 巌さんの言ってることがピンと来てないんです、俺。

 このままじゃ下手な鉄砲数撃つになりそうで、成功するイメージが湧いてきません」

 

「そりゃ確かに、巌さん相手ならよろしくねえな」

 

「成功する時は、こうだってイメージがあるんです。でも今はそれがないんです」

 

 亀さんは嫌そうな顔をしている。

 過去に適当なことやって巌爺ちゃんに怒られたことでも思い出してんのか。

 七生さんは納得した風な顔だ。

 巌爺ちゃんの演劇に関する仕事で、俺が手抜きをしない姿勢を見せたから、ちょっと俺の評価が上がった感じなんだろうか。

 

 こういう時に、"怒られること"を連想すんのが亀さんで、"巌爺ちゃんの演劇のこと"を連想すんのが七生さんなんだよなー。

 七生さんは淡々とした口調で、また語る。

 

「アバウトで自由度が高い『脚本に合わせた空』って指示。

 却下の時にはかなり曖昧で自分で考えさせる指摘。

 巌さんは英二に期待してるんだと思うけど……こりゃちょっと分かんないね」

 

「抽象的だよなあ。俺、阿良也に向けて教えてるみたいだと思ったわ」

 

「あー」

「あー」

 

 七生さんの発言に、亀さんがアラヤさんの名前を出して、俺と七生さんは同時に頷いちまった。

 

 明神阿良也。

 現在どっか行ってるっていう、劇団天球のエースだ。

 

 命の危険も恐れない役作りで役に入り込み、そいつを巌爺ちゃん仕込みの演技力で表現する、実力派舞台俳優だ。

 演劇界の怪物、憑依型カメレオン俳優とか言われることもある。

 アラヤさんの舞台見に行こうかなーとか思ってチケット買いに行ったら、チケット販売日に全席売り切れててクソがぁっ! ってなったことがある。思い出したくもねえ。

 

 『実力派』って表現が使われる俳優には、二種類いる。

 一つは、全然知名度もなく実力もそんな高いわけでもないが、映画や演劇の宣伝文句として『実力派』って修飾を使われてるパターン。

 もう一つが、アキラ君みたいな華やかで売れてる俳優と対象的に、全国区のテレビとかで顔が売れてるわけじゃないものの、実力が高い……みたいな人を褒めるパターンだ。

 アラヤさんは後者にあたる。

 

 天才肌で、本質的。

 アラヤさんは何言ってんのか分かんねえことが多いが、他人には分かんねえことも分かってる、そういう天才だ。

 本質を掴むのが上手いから、巌爺ちゃんの意図を劇団の誰よりも理解できてる。

 巌爺ちゃんの言ってることが抽象的だったから、二人共アラヤさんを連想したんだな。

 

「阿良也の方が、私達より英二に良いアドバイスできたかもね」

 

 その時、七生さんの溜め息と、誰かの靴が地面を踏むジャリって音が、重なった。

 

「呼んだ?」

 

「! 阿良也!」

 

「ちょっといつ帰ってきたの?」

 

「今」

 

 うわあああっ!?

 よ、妖怪に見えた……声出しそうになった……ぬっと出てくんなや!

 つか顔近い顔近い。

 嗅ぐな嗅ぐな。

 俺は有機溶剤の匂いがする男だぞ。

 

「ちょっと見ない間に人間になってきたね。巌さん、今の朝風の方が好きなんじゃない?」

 

「俺は最初から人間ですけど!? あ、お久しぶりです」

 

 何言ってんだこいつ!

 

「で、何があったのさ」

 

「実は―――」

 

 七生さんがアラヤさんに説明を始める。

 陰気で愛想がないとか、冷淡で言動に優しさがないとか言われることもある七生さんだが、その実仲間意識とかは強く、根底には純な優しさがある。

 ある、と思う。

 仮に無かったとしても俺はあると信じている。

 見ろこのムーブを。

 俺のためにアラヤさんに説明してくれてるこの行動は優しさの塊だぞ。

 

 ぬ。

 なんだ亀さん。

 俺の頭撫でんな。

 

「英二、七生はああ言ってたが」

 

「はい」

 

「お前って阿良也と波長合わねえんじゃねえかな」

 

「……どうでしょう」

 

 そんな合わないって思ったこともないが、合うと思ったこともないな。

 少なくとも、今の若手俳優のトップレベルの人達の中だと、一番一緒に仕事をやりやすいと思うのは百城さんだし、一番やりづらいと思うのはアラヤさんにはなるか。

 だってなあ。

 アラヤさん、演技力高すぎるから俺の作る物そもそもあんま必要ねえんだよな……っと、七生さんの説明終わったか。

 

「なるほど。大体分かった」

 

「役作りすると大体分かっちゃうアラヤさんがそう言うと果てしなく怖いですね」

 

 こっち見て大体分かった言うな。

 あんたの目ってどのくらい他人の深いところ見てるか分かんねえからこえーんだよ。

 

「朝風、どうすんの。巌さんは絶対にできない課題は振らないよ」

 

「んー……打開策が見えないので、また本読んでインプット増やしたいと思います」

 

 空のバリエーションも増やしておくか。

 空の表情を描写する技術を頭に入れておくだけなら、なんとかなる。

 それで巌爺ちゃんが何を言っても対応できる対応力を仕込んでおくんだ。

 ってオイ。

 アラヤさんなんだその表情。

 

「朝風はそれが駄目なんだろうな」

 

「え?」

 

「勉強すればどうにかなっちゃうのが一番ダメ」

 

 わけわからんこと言うな。

 勉強したらどうにかなることはプラス要素だろ、それが駄目?

 

「俺さ、小学校の頃迷路にペン走らせてさ、ゴールまで行くやつやってたんだよね。

 紙に書いてある迷路、知ってる?

 行き止まりに行ったらペン戻すやつ。

 でも意地悪な迷路はさ、どこをどう進んでも行き止まりになっちゃうのがやらしくてさ」

 

「えー、えと、そうですね」

 

 何が言いたいんだ?

 

「今の朝風と同じで、スタートの地点で逆走して迷路の外側を回るのが正解でさ。

 迷路を進むともう終わり。頭使えばどうにかなると思ってるから絶対に失敗するっていうか」

 

 何が言いたいんだろうか。

 

「朝風はなんだ、頭の良いオランウータン?

 頭の良さが邪魔で、考えて工夫するとどうにかなっちゃうんだよね。

 迷路の壁を力任せに壊して進んでたらそりゃ巌さんも眉間にシワ寄せるよ」

 

 何が言いたいんだオラァ! コラァ! 誰がオランウータンだ!

 

「分かった? 反省できた?」

 

「すみません……俺は何かアドバイスされてるのに理解できないゴミカスです……」

 

「巌さんは路地裏の良いラーメン店が食べたいんだよ。

 君はとても美味しい日清のラーメン出して怒られたの」

 

「分かりません……!」

 

 俺に理解力が今の倍あれば……!

 

「まあまあ、どうどう」

 

「亀さん」

「亀」

 

「お前らそれ以上話してても時間の無駄だぞ?」

 

 ハッキリ言うな亀!

 

 あ、亀さんがセットの背景画叩いてる。

 俺の青空は頑丈に塗り込んだからもっと強く叩いても壊れんぞ。

 

「しっかし本当にもったいねえよなこれ。一回くらいは稽古で使ってみねえか?」

 

「まーたあんたは勝手に……一回だけよ」

 

 亀さん? 七生さん?

 

「気分転換に俺達の稽古見ていくか? 何かに気付くかもしれないだろ?」

 

「え」

 

 稽古? こいつを使って? いいのかそれ。

 

「んー……まあ、いいんじゃない。

 巌さんが参加してない流し稽古だから、かなりぬるいと思うけど」

 

「アラヤさんまで……」

 

 亀さんが呼びかけて、他の劇団員も集まってきた。

 マジか。

 このボツ背景で、演出家抜きの流しとはいえ稽古やるのか。

 

「で、見てくか? 英二」

 

「是非!」

 

 見てくに決まってんだろ!

 

 俺はあんた達のファンだぜ!

 

 

 

 

 

 始まる、始まるぞ。

 舞台の上には劇団員。

 稽古だからか、観客は俺一人。

 アラヤさん、七生さん、亀さんはまだ出てきてないな。

 

「ご機嫌麗しゅう、アテネ公シーシアス様」

 

 始まった、『夏の夜の夢』だ。

 夏の夜の夢はシェイクスピアの生み出した喜劇だ。

 演劇に使う作品としちゃ、王道の中の王道だな。

 シナリオの核はこうだ。

 

 男Aがいる。

 男Aは女Aにベタぼれで、女Aの婚約者だ。

 割と気持ち悪い男。

 

 女Aがいる。

 女Aは男Bにベタぼれで、男Bの恋人で、男Aの婚約者だ。

 めっちゃ美人の設定。

 

 男Bがいる。

 男Bは女Aにベタぼれで、女Aの恋人だ。

 若いイケメン男。

 

 女Bがいる。

 女Bは女Aの友達で、男Aにベタぼれだ。

 顔の良さはベタ褒めされるほどじゃない、って感じの女。

 

 男Aは女Aが好きで婚約者だから、女Aと両思いの男Bをメチャクソ嫌っている。

 女Bは男Aが好きだから、男Aと婚約者かつ惚れられてる女Aを、実は憎んでもいる。

 女Aと男Bは、婚約を強制してくる父親も、色々あって絡んでくる男Aも女Bも面倒臭えなー! と思い、駆け落ちを決意。

 ここから始まる物語だ。

 

 面白いのはおっちょこちょいな妖精のせいで、惚れ薬によってこの恋愛の矢印がしっちゃかめっちゃかになっちまうところから。

 

 男Aと男Bが、女Bに惚れちまうのだ。

 

 男Aは婚約者の女Aに「お前もうどうでもいいわ」と言う。

 そして自分に惚れてた女Bに「今こそ君の愛に応えよう!」とか言う

 しまいには男Bに「君の恋人だろ? 女Aとお幸せに!」とか言う。

 

 男Bは恋人の女Aに「お前もうどうでもいいわ」と言う。

 そして女Bに「君への真実の愛に目覚めたんだ!」とか言う

 しまいには男Aに「君の婚約者だろ? 女Aとお幸せに!」とか言う。

 

 女Aは「ウワアアアアアア!! このクソ女どうやってこいつら洗脳したァー!」とキレる。

 

 女Bは「あっ、これは私以外が全員組んでのお芝居ですね……(現実逃避)」となる。

 

 真面目にアレンジすれば恋を軸にした悲劇になるし、一貫してコメディ調にすりゃ大笑いできる喜劇にできる。

 各キャラの性格をアレンジして……例えば男Aと女Bを、愛が報われないヤンデレに設定したりすれば、純愛が試練を乗り越えようとする話になったりもするわけだ。

 

 演劇ってのは面白えよなあ。

 特撮の方が面白えけど。

 

「おお、ライサンダーよ。

 君の要求は危険だ。ぼくの正当な権利を認めてはくれないか?」

 

「正当な権利だと?

 君が彼女と婚約できたのは、君が彼女の父に気に入られたからだろう。

 彼女のことはぼくに任せて、君は彼女の父親と結婚したらいいんじゃないか?」

 

 愛する女Aと結ばれる恋人の男Bがアラヤさん。

 婚約者なのに結ばれない道化の男Aが亀さん。

 亀さんとアラヤさんが絡んでる序盤の会話だけでも小気味が良くて、二人の言葉の応酬を聞いているのが心地良い。

 

 脚本の人は新しい人だろうな。

 巌爺ちゃんの癖がねえ。

 結構軽めの、テンポを重視したサクサクと進む感じの脚本だ。

 

「なんてことを言うんだ! 君は卑劣なやり方でぼくの婚約者の心を奪ったのだ!」

 

 亀さんが、婚約者を奪った男に怒る演技をして、身振りとセリフで感情を発露する。

 

 アラヤさんは、真実の愛のため、婚約者のいる恋人を勝ち取ろうとする男Bを演じる。

 イケメンの振る舞いが上手いなあの人。

 これは婚約者のいる女でもゲットするのは余裕って感じだ。

 

 亀さんは、婚約者を奪われた男Aの役。要するにピエロだ。

 もう婚約者の心が自分に向いてないってのに、無駄に足掻いて、隙あらばアラヤさんが演じているイケメン男をぶっ殺そうとしてやがる。

 女Aと男Bの愛のお邪魔虫ってわけだ。

 未練がましく、みっともなく、ダセえ。

 

 だけど、アラヤさんと亀さんは、見事に男Bと男Aを演じきっていた。

 

 アラヤさんのイケメンの演技も良いが、今のは亀さんの演技の方が目につくな。

 "恋に敗れる者の演技"が上手いってのは、もうそれだけで実力だ。

 いい人が痛い目を見るって展開は、ストレスになる。

 痛い目を見るのは、意地悪なやつ、道化なやつ、そういうやつらであるべきだ。

 

 亀さんが演じるこの恋愛敗北者は、恋に破れても観客に「かわいそう」と思わせねえ。

 きっちりダセえ道化を演じきってやがる。

 観客はこれでスムーズに、亀さんの男Aと女Aの恋路を応援することなく、アラヤさんの男Bと女Aの恋路を応援できるようになる。

 

「ぼくは婚約者を君から必ず取り戻してみせるぞ!」

 

 !

 今、亀さんが先に舞台袖から退場して、アラヤさんの男B演じる長台詞が始まったが……何気なく凄い動きしたな亀さん。

 

 今のシーンの一連の流れ。

 亀さんは舞台の右袖から入ってきて、大仰な動きで俺の目を引き、道化みたいな動きをして注目を集め、アラヤさんと対峙して会話、最後にアラヤさんの周りを回った。

 で、アラヤさんの背後に回った瞬間、アラヤさんの体が盾になって観客(おれ)の視線が切れたその一瞬に、『舞台奥に向かって一歩後退』した。

 

 リアルな公演だったら、一歩分後退したことに気付かない人も多かったかもしれん。

 一歩分観客席から離れた亀さんは、そのまま台詞を吐いて舞台袖に退場していった。

 

 つまり、こういうことだ。

 亀さんは道化を感じさせる目立つ動きで観客(おれ)の視線を引きつけ、そのままアラヤさんとの会話シーンに入り、最後の動きでアラヤさんの周りを周って、アラヤさんの背後で客席から距離を取って……"客の視線をなすりつけていった"んだ。

 とんでもねえ。

 今の亀さんの動き一つで、亀さんとアラヤさんが引きつけた分の視線が、二人の技量が集めた観客の視線が、アラヤさんにだけ集中するようになるってことだ……!

 

 アラヤさんは亀さんが集めた視線のアドバンテージを受けつつ、長台詞に行ける。

 こいつは間違いなく名助演だな。

 

 話が進む進む。

 なるほど、男Aが亀さん、男Bがアラヤさん、女Bが七生さんか。

 七生さんに惚れられる男の役とか亀さん喜んでそうだなぁ。

 しかも惚れ薬のせいで七生さんに惚れちゃって、最後には七生さんとくっつく役だからな、亀さんの役……うわぁキャスティング考えたの誰だ? 巌爺ちゃんだよな?

 

 亀さんは七生さんに好意的だけど七生さんがつれないのが普段の平常運転だから、めっちゃインパクトあるな、なんか。

 

「あなたをこんなにも愛しているのよ、私は!」

 

「だけどぼくは、愛する婚約者と結ばれる運命なんだ。分かってくれ」

 

 亀さんは報われない婚約者への愛を叫んで、そんな亀さんへの報われない愛を七生さんが叫ぶ。

 報われない愛、一方通行の愛にもほどがあるな。

 

 七生さんが迫って、亀さんが迫る彼女から後ずさりして逃げようとする。

 む。

 これ面白え。

 

 七生さんが迫り、亀さんが後ろを見ずに後退してる形。

 つまり七生さんはかなり自由に動けるが、亀さんの方がそれに合わせて後退する流れ。

 かといって七生さんが楽してるってわけじゃなく、会話のテンポと迫る動きのテンポを七生さんが合わせてるから、亀さんの方も合わせやすそうだ。

 

 見てると、二人の呼吸のリズムまで合ってるような気すらする。

 二人のテンポが合ってるから小気味よく、動きのテンポが合ってるから見てるのが楽で、会話のテンポが合ってるから耳が楽しい。

 しかも話が進むにつれて、キャスティングの妙が見えてきた。

 

 惚れ薬の話になって、亀さんの男Aとアラヤさんの男Bが女Aへの愛を忘れさせられ、女Bを演じる七生さんに二人して言い寄り始める。

 みんなして私をからかって、騙そうとして、笑いものにしようとしてる、と七生さんが魂のこもった名演の叫びを上げる。

 

「ふざけないで。

 どうして私がこんなにからかわれないといけないの?

 あなた達はみんな、芝居で私を貶めている!

 私はあなた達と違って、愛しいものを見つめる眼差しで見てもらったことさえないのに!」

 

 この作品の肝は、モテモテの女Aと、モテない女B、その立場がおっちょこちょいな妖精のせいで逆転し、女Bが突然モテ始めるところにもある。

 

 男Aを愛しているのに、男Aが女Aを愛していたから、決して報われない女B。

 "私はあの人ほど美しくないから愛されない"という叫び。

 それが妖精の失態のせいで、男Aと男Bに同時に愛されることになった困惑。

 それまで全く愛されなかった女Bの、何もかもが疑わしく見えるがゆえの、迫真の演技。

 

 うーんしっくりくる。

 演技に厚みがある。

 七生さんの強みがこのキャスティングにガッチリはまってやがる。すっげえ。

 

 七生さんは()()()()()()()()()()()()

 女Bは誰から見ても美人な存在ではいけないからだ。

 それでは、男Aが女Bから逃げ、女Aに惚れている説得力が減るからだ。

 それでいて、報われない恋に身を焦がしている表情の演技の時、七生さんは美しい。

 

 『この女Bは顔が女Aほど良くないから男を射止められない』という設定の説得力を増し、『恋する女は美しい』という魅力を重ねてやがる。

 一つの劇の中で、不美人に見える演技と美人に見える演技を使い分けてやがる。

 どういう演技力だ。

 もうほとんど変身ヒーローの変身みたいなもんだぞ、これ。

 

 うーわ流しの稽古なのに見てて楽しい。

 完成形の劇がめっちゃ見たくなってくる。

 あ。

 いやそのためには俺が仕事成功させなくちゃならねえんだった!

 やめろよおまえこの劇が俺の仕事のせいで台無しとか絶対に嫌だぞ!?

 

「朝風。稽古終わったよ。いつまで」

 

 あっ、アラヤさん。めっちゃ良かったぞ劇!

 

「お疲れ様です。とっても、とっても良かったですね!」

 

「そう? まだ出来はそんなでもないと思うけど」

 

 本物のプロは言うことが違うな……かっこいいぜ。

 

「で、俺達の稽古見て、何か気付いた?

 俺達の稽古は、ずっと君の描いたセット背景の前でやってたわけだけど」

 

「いえ、ちょっと感激したのは確かですが、巌さんが言ってた"気付き"はまだです」

 

「そっか」

 

 気付くだけでいいと、巌爺ちゃんは言った。

 気付けってなんだ。

 何に気付けってんだ。

 あんたの育てた俳優達の稽古を見ても、俺は感激するだけで何も気付けてねえぞ。

 俺はいったい、何に気付けば良いんだ?

 

「電話震えてるよ」

 

「え、あ、すみません。ちょっと失礼します」

 

 誰だ。

 ……ホントに誰? 知らない番号だけど誰これ?

 さっさと出るか。

 

『ども、源っす』

 

 え、源さん? 源真咲? お前湯島さんとかと仕事中じゃないのかこの時間帯。

 

「源さん? どうしたんですか?」

 

 つかなんで俺の携帯の番号知ってんだ?

 教えた覚えねえぞ?

 あ、いや。携帯の番号は名刺に載せてるし、名刺はめっちゃたくさん配った覚えあるな。

 事務所のオフィス華野あたりから聞いたのかもしれん。

 

『その、茜さん、オーディションに落ちちゃったらしいんですよ』

 

「―――」

 

 ……そっか。

 

『だから朝風さんの力でどうにか受かってたことにできませんかね?』

 

「!?」

 

 え、なにそれこわい。俺何でも屋だがそこまで何でも屋じゃねえぞ。

 

『うちの社長が言うには朝風さん、どこにも顔が利くらしいじゃないですか。だから』

 

「……俺にそんなコネも権力もないですよ」

 

 俺が色んなところで使われてんのは、俺が比較的恩を売らないからだ。

 事務所やTV局の派閥闘争とかにもあんま関わらず、権力の類も持ってねえからだ。

 俺を使うことでデメリットが発生しないってことが、偉い人が俺を気楽に起用する理由にもなってんだ。

 たとえ、俺が湯島さんを助けたいと思っても。

 ただの造形屋でいることを望んだ俺に、できることはねえ。

 

『……そうですか』

 

 悪いな。電話越しにも、あんたが落胆したのが伝わってくる。……本当に、ごめんな。

 

『まあそれなら、ちょっと励ますとかしてやってください。なんかめっちゃ落ち込んでるんで』

 

「はい、そのくらいなら。教えてくださって、ありがとうございます」

 

 物を作る以外には、俺には何もできねえ。

 何もできないならせめて、励ますくらいはするべきだよな。

 でなきゃ。

 俺はこの罪悪感を、どこにやっていいのかも分からねえ。

 

 俺も仕事に失敗した直後で励ましてほしい方の人間なんだが、しょうがねえか。

 心の中で今、源さんと湯島さんに謝っちまった時点で、俺の心は半ば決まっちまった。

 

「アラヤさん、今日は皆さんの稽古を一通り見てから帰ります」

 

「うん、いいんじゃない?

 巌さんも流石に今日中に課題がクリアできるとは思ってないでしょ」

 

 七生さんは巌爺ちゃんの方に行ってるな。

 亀さんは他の劇団員さん達と脚本抱えて討論してる。

 ここにいんのは俺とアラヤさんだけか?

 俺とアラヤさんが二人きりで話すとか、随分珍しいな。

 

「ああ、そうだ」

 

 ん?

 

「前から亀や七生に邪魔されて、今日まで聞けなかったけどさ」

 

 亀さんや七生さんが邪魔してた? 何のことだ?

 

 

 

「君の母親、君の父親の仕事のため、リアルな死体を教えるために自殺したって本当?」

 

 

 

 ……。

 誰から聞いた?

 

「ただの噂ですよ」

 

「ふぅん」

 

「ただの噂ですってば」

 

「そうか」

 

「ただの噂です。まあ、自殺したのは本当ですけどね」

 

 分かれよ、ただの噂だって。

 

「父は人の死体に見えるものを作るのが上手い人でしたよ。

 母が死ぬ前も、母が死んだ後も。

 ウルトラマンや怪獣が壊す街のミニチュアを作るのがとびっきりに上手い人でした。

 街が破壊されるシーンで、飛び、燃え、転がる死体の造形は、本物にしか見えないくらいで」

 

 それでいて、子供向けの映像には、余分にグロテスクなものは見せないようにしてて。

 風で巻き上げられる人の人形は本物にしか見えなくて。

 炎の中で踊る死体は、目を覆うような凄惨さと、火の綺麗さが両立していて。

 凄惨さやリアルさの全てを、ヒーローの格好良さに繋げられる男だった。

 

 リアルな悲惨が、そこに立つ勇気と優しさのヒーローを引き立てる。

 

 親父は、人の死を魅せるのが上手かった。

 親父は、ヒーローを魅せるのが上手かった。

 親父は、大人も楽しませながら子供の夢を壊さないことを徹底してて、俺以外の子供のことは過剰なくらいに気遣っていた。

 

「憧れたんです。その、本物にしか見えない作り物の光景に」

 

「だろうね」

 

 親父は、『本物』だった。

 

「君の母親は、元は巌さんのところに居た人なんだっけ」

 

「はい。巌さんに見出され、舞台俳優から映画女優になって、引退したんです」

 

 幼い頃から俺は親父に現場に連れて行かれてて。

 おふくろが早くに死んだから、俺は現場の優しい大人に面倒を見てもらってて。

 俺はおふくろのことを覚えていて。

 巌爺ちゃんは、俺以上におふくろのことを知っている。

 

「朝風はご両親は好き?」

 

「はい」

 

「今でも愛してる?」

 

「はい」

 

 それは嘘じゃない。

 

「君の父親の仕事をよく知っていて目も確かなのが巌さんだ。

 巌さんなら、君が父親を超えた時にそのことを分かってくれるだろうね」

 

「そうなんです。だから、巌さんの課題を超えることは俺にとって大切なことなんですよ」

 

 俺は親父の仕事を覚えていて。

 巌爺ちゃんは、俺と同じくらいには親父の仕事を知っている。

 

「父を超えたいんです、俺は」

 

 そのために、巌爺ちゃんが出したこの試練を突破してえんだ。

 

 何か変か? どこかに変なところでもあったか? それは俺の直すべきところか?

 

 なあ、何か気付いたんなら教えてくれよ、アラヤさん。

 

 

 




アラヤ「めっちゃ臭うわ」


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理由は笑顔の内に在り

 俺が生まれたのは2000年度。

 東京のとある病院で、俺は生まれた。

 その年、親父は仮面ライダークウガ(2000)の撮影に協力していた。

 俺が生まれたその日も、親父は撮影の現場に行っていた。

 

 後から聞いた話だが、結構な難産だったらしい。

 俺は赤ん坊の頃から他人様に迷惑をかけるようなクソ野郎で、出産の際に俺は死ぬ可能性が高いと予測され、最悪おふくろの命にかかわるかもしれないと言われていたそうだ。

 

 出産が始まり、俺が生まれそうになったその時、病院の医者は親父を呼ぼうとした。

 そりゃあそうだ。

 でなきゃ、親父は仕事してる間に何も知らないまま、息子と妻を亡くすかもしれねえ。

 だけどそいつを、身重のおふくろは止めた。

 

『仕事に集中してください!』

 

 おふくろは、医者が親父に繋いだ通話口に向けて、そう叫んだそうだ。

 

 親父は仕事を続けた。

 医者が死ぬかもしれないと言っても、病院には来なかった。

 俺もおふくろも死なず、出産は完了し、それから日付が変わって、親父はようやくそこで来た。

 おふくろはそんな親父の選択に満足したらしい。

 

 当時、そういうことがあって、そういうことを思ったことを、うんと小さい頃の俺に、おふくろは語って聞かせてくれた。

 誇らしそうに。

 自慢をするように。

 母体と赤ん坊の命と、仕事を天秤にかけ、仕事を選んだ夫のことを語って聞かせてくれた。

 

『あなたもお父さんみたいな人になれると良いわね』

 

 そこで仕事を選べるような『他の人とは違う判断ができる特別な人間』だから愛しているんだ、と言わんばかりに。

 

 だから俺は理解した。

 親父が撮影所で撮っていた、それは。

 俺の命より大切なものだったんだと、そう思ったんだ。

 

 人を感動させるそれは、俺の命より価値があるものなんだと、分かったんだ。

 俺の命は作品ほどには価値がないんだと、理解したんだ。

 

 少なくとも、仕事を優先した親父と、この日のことを誇らしげに語っていたおふくろが、そう認識していることは間違いなかった。

 

 親父が俺やおふくろの命より優先した仮面ライダークウガを、その日の内に見始めた。

 クウガは、ドラマ性がとても強い仮面ライダーだ。

 その深いテーマと非常に高い作品クオリティは、人によっては20年経った今も仮面ライダー最高傑作と評価してるらしい。

 

 人一倍我慢強く、人一倍やせ我慢が得意なだけの、いい笑顔の優しい男が、超古代の戦士の力を身に着け人々を守るストーリー。

 戦いに次ぐ戦い。

 守りきれず殺される人々。

 傷付く罪無き人の、流れる涙。

 主人公が守れた人々の、救われた笑顔。

 人々を傷付け笑う邪悪達。

 全てが、極めて高いクオリティで作られていた。

 

 無力感と戦いの痛みがひたすら刻まれる地獄の中、仮面ライダークウガはただ一人戦う力を持つ者として戦い続け、人前では笑顔を作り続ける。

 

 印象的なのは、ジャラジという敵と主人公の仮面ライダーが戦った時だろうか。

 子供達の頭の中に針を埋め込み、数日後に針が大きくなり、死ぬというゲーム遊びをジャラジはしていた。

 頭に針を埋め込み、「四日後に君は死ぬ」と言う。

 で、子供達は他の友達が頭の中で針が大きくなって死ぬのを見ながら、宣告された自分の死の日を待つことになる。

 死にたくない、死にたくない、と思いながら。

 その子供達の恐れる姿を、ジャラジは楽しそうに眺めて、死の日を待つのだ。

 子供達の中には、恐怖のあまり自殺してしまった子までいた。

 

 そして俺は、心優しい主人公が明確な殺意と憎悪で戦うシーンを、その時初めて見た。

 

 主人公はクウガの仮面を被り、ジャラジに襲いかかる。

 マウントを取り、ひたすら殴った。

 悪の怪人が情けなく顔を守ろうとして、マウントを取った正義のヒーローが、無力感に泣くような叫びと憎悪の叫びが混ざった叫びを上げ、怪人の顔を殴る。

 飛び散る血。

 血で赤く染まる怪人の白い髪。

 怪人の血で赤く染まるヒーローの拳。

 あまりにも凄惨で、目が離せなかった。

 

 徹底的に、容赦なく、怪人を攻め立て続ける正義のヒーロー。

 ヒーローの脳裏に浮かぶ子供達の顔。

 守れなかった子供達の顔。

 泣き叫ぶような憎悪の叫びを上げ、ヒーローは怪人を剣で切りつける。

 そして倒れた怪人の腹に剣を突き立て、腹を裂くように剣を動かし、殺害した。

 

 とても正義のヒーローには見えなかったが、後で当時のスタッフさんに聞いたところ、マジで仮面ライダークウガは正義のヒーローって言える存在じゃなかったらしい。

 

 仮面ライダークウガとは、皆の笑顔を守るために戦うヒーローだった。

 それは正義のための戦いじゃなかった。

 正義のためでなく、笑顔のために戦うヒーローにとって、人々の笑顔が失われ続ける戦いの日々は、まさしく地獄。

 仮面の下で泣き、叫び、笑顔を失っていくヒーロー。

 他者を殺すことも傷付けることも嫌いな優しい主人公に、世界で唯一の戦う力を与え、仮面ライダークウガとして戦わせるというシナリオ。

 そういうところがあるから、俺が物心ついた時から今に至るまでずっと、クウガが仮面ライダー最高傑作だと言っている人がいるわけだ。

 

 クウガを一通り見て、幼かった頃の俺は納得した。

 納得できた。

 『ああ、これは俺の命より価値のあるものだ』って。

 名作は、俺に納得させてくれた。

 

 "優れた作品は俺の命より遥かに価値があるものなんだ"と、俺は確と納得できた。

 

 もしもクウガが駄作だったなら。

 もしもクウガが駄目な作品だったなら。

 俺はきっと、特撮を見限っていた。

 "こんなもののために"と、親も特撮も憎んでいたかもしれねえ。

 でも、そうじゃなかった。

 そうはならなかったんだ。

 

 俺はクウガが好きだ。

 俺は特撮が好きだ。

 だから、俺の命よりそれらに価値があるって事実を、素直に受け止められる。

 

 グロテスクなだけ、リアルなだけだったら、俺はここまでクウガを評価してなかっただろう。

 俺が一番見惚れたのは、オサガリジョー演じる主人公、五代雄介の笑顔だった。

 

 クウガは仮面ライダーとして格好良かった。

 でもその格好良さよりも、仮面を脱いだ主人公の笑顔の方が良かった。

 子供をジャグリングで笑顔にしている時の主人公の笑顔が良かった。

 守れなかった悲しみを噛み潰して、頑張って浮かべていた笑顔が良かった。

 他人の笑顔が大好きな男の笑顔が、とても俺の心に染みた。

 

 父親と母親と、その頃はまださして会話も触れ合いもなかった撮影所の大人くらいしか知らなかった俺にとって、画面の中のその人だけが、俺の知る唯一の『とても優しい大人』だった。

 何よりも、笑顔のために。

 俺も自己満足の仕事にならないように、今でもそこに最大限に気を使っている。

 

 作中で、主人公・五代雄介は青空に例えられた。

 彼の笑顔は、青空だった。

 見ていて気持ちが良くて、清々しい気持ちになれて、一切の淀みなく晴れ晴れとしていた。

 五代雄介が子供を笑顔にして、"君は笑っていいんだ"と言わんばかりの笑顔を浮かべると、俺も自然と笑っていた気がする。

 

 これが、俺の原点。

 俺の青空。

 俺にとっては笑顔が青空。

 ふと、それを思い出した。

 

 俺が生まれたのが2000年。それからもう、18年も経っちまった。

 まだ、俺の行く道の先は長い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り稽古は見終わったので、巌爺ちゃんに挨拶して帰路につく。

 

「では、お先に失礼します」

 

「気を付けて帰れよ。横断歩道はよく見て渡れ」

 

「巌先生、俺も18になりましたから、その、そういう子供扱いは……」

 

「なんだもう18になったのか。背が伸びてねえもんだからガキだと思ったぜ」

 

「背のことはやめてください」

 

 御老体に拳の鞭打ってやろうかオラ。

 見てろよ爺ちゃん、今に伸びんだよ、俺の身長はな……!

 

 劇団天球が俳優の入れ替えはあれど、昔の通りの空気でちょっと安心した。

 いや、仕事には不安しかねえけど。

 どこにどういうものを置くのかもハッキリしてるから、俺が何をやっちゃいけねえのか、どこの物に触れちゃいけねえのか、古い記憶がそのまま適用できるのは嬉しいこった。

 あそこにはカツラ、あそこには衣装、あそこには……あれ? ん?

 

 いつもあそこには、ネオ・シーダーが置いてあったはずなんだが。

 

「そういえば、ネオ・シーダー使わなくなったんですね」

 

「ああ、最近は色々とうるせえからな」

 

「お上の規制と自主規制ですね」

 

 『ネオ・シーダー』。

 アンターク本舗が1959年から販売を開始した、少しのニコチンを含むタバコ型の咳止め薬だ。

 

 その昔、戦後の演劇舞台は普通のタバコを使ってた。

 タバコは演劇舞台の演出の一つで、嫌煙家さんからすれば功績を認めたくねえくらいの存在になるんだろうな。

 舞台の上で男がタバコを吸えば、サマになる。

 女にフラれた男が、女々しい香りのタバコを舞台上で吸えば、香りが観客の座る座布団席にまで広がって、煙と香りが空気を作る。観客もまた、女々しさを感じ取る。

 

 この"香り"は現代のTV番組や映画館のほとんどに無い、失われた演劇の長所だ。

 俳優が香りを制御できる。

 俳優が観客の五感の一つ、嗅覚もコントロールできる。

 動きで目を、声で耳を、タバコで鼻をコントロールできる。

 この技術は、メジャーにこそならなかったが強かった。

 

 だが、タバコが原因の火事が増え、タバコを嫌う客が増え、タバコを積極的に攻撃する人も増加し、政府もその後押しを始めちまった。

 タバコが殺されていった過程は、舞台演劇にも影響を及ぼしていったわけだ。

 

 そうして、舞台でタバコの代用品として使われ始めたのがネオ・シーダーだ。

 タバコと同じ吸い方ができて、煙も出て、香りも少しはタバコに近い。

 そんなネオ・シーダーは、舞台の上で一気にタバコに取って代わった。

 

 だが。

 そんなネオ・シーダーもまた、嫌煙家の人達からすりゃ親の仇に等しかった。

 

 ネオ・シーダーは一般医薬品だ。

 法的には、タバコとは全く違うものとされる。

 副流煙の害も、吸ってたところで人間の寿命じゃ害はまず発生しねえってくらいに薄い。

 だがニコチンを使ってる以上、未成年の使用は禁止されてる。

 依存症も"万が一"レベルの話をすりゃ、ないと言い切れるもんでもねえ。

 

 今じゃネオ・シーダーさえ舞台から消え始めてて、トップランド社とかの電子タバコや水蒸気タバコを使ってるってのが現状だ。

 劇団天球もそうなってたのか。

 

 そいつに加えて、昔は子供がうるせえからと子供お断りの劇場もあったが、今は子供でも見ていい――子供が騒いでも少しは許してくれる――劇場も増えた。

 子供が見てる劇場だと、こういうことを言ってくる人もいるわけだ。

 

『子供に喫煙シーンを見せて、喫煙を推奨してるのか!』

 

 劇場関連の仕事をしてると、マジでこういう苦情があることは皆知ってる。

 なんつーパワーだ。

 そのパワーをどっか別のところで活かしてくれや。

 つーわけで、電子タバコすら使えねえ劇場とかもある。

 子供を盾にされたなら、良心的な人ほど逆らえもしねえ。

 

 タバコも、ネオ・シーダーも舞台の世界じゃあもう死体だ。ここの劇団でもそうなった。

 時代は変わってる。

 巌爺ちゃんは、舞台の上で昔愛したものが、一つ、また一つと消えていくのを見てきた、そんな演劇歴史の生き字引な爺ちゃんでもある。

 

「少し、寂しくなりますね」

 

「無けりゃ無いでどうにかする。

 そいつが芝居だ。

 現実には夏の夢を見せる惚れ薬も、夜空を駆ける銀河鉄道も無いもんだぞ」

 

「それは確かに、そうですね」

 

 ま、巌爺ちゃんからすりゃハンデにもならねえか。

 タフなじーさんはこれだから困る。

 気に入らねえタバコをこの世から消すためにエネルギーを使ってる人とは、エネルギーの使い方がちげーわ。

 

「だが、小物がなくなって寂しいって思ってるのは、お前だけじゃないだろう」

 

 ん、まあ、そうかもな。

 巌爺ちゃんもちょっとくらいは思ってたりすんのかな。

 

「芝居の規制もまた強くなってやがる。

 昔ほど脚本は自由じゃなくなっちまった。

 演技にまで口出ししてくるうるせえ奴が出てこないことを祈るばかりだ」

 

 いつか、そうなるかもな。

 今はほら。

 "危険だから規制する"がちょっとよく分かんねえものにまで適用されてる時代だしよ。

 乗ってたら人が死にそうなバイクの規制と、子供に悪影響を与えるから()るなっていう規制ってのは、同じもんなのかね。

 俺の目には、同じもんには見えねえわ。

 

 ああ、そうだ、だからこそだ。

 だからこそ俺みたいな、工夫と小細工が得意な奴が役に立てる。

 

「今回の仕事をきっちりと果たして、巌先生に見せてみせます」

 

「ん?」

 

「規制があってもなくても、巌先生が求める小道具を、俺は法の中で作れるってことを。

 巌先生が望むなら、一見素朴な最高の舞台も、必要とされる小道具も、作ってみせます」

 

 もしもこの先、何かの形で、巌爺ちゃんが昔やった演出ができなくなったら。

 その時こそ、俺は俺の仕事をやってみせるぞ。

 タバコと同じ香りで、タバコと同じ煙で、タバコの害の無いもんくらいは作ってやるぜ。

 

「十年早えぞクソガキ」

 

 十年はなげーよ! 笑うなコラ!

 

 

 

 

 

 おのれ。

 何故俺の仕事は気合いの割に上手く行かんのだ。

 落ち込まねえわけじゃねえんだぞ俺は。

 誰か励ませ。励ましてくれ。巌爺ちゃんはハゲ増している。

 励ましたら俺の好感度上昇のプレゼントをやるぞ。

 

 ただまあ今はいいや。それどころじゃねえ。

 落ち込んでる湯島さんを励まさねえとな。

 俺が事務所に遊びに来ないかと電話で誘ったが、湯島さんは事務所に来た時、作り笑顔を浮かべつつもどっか様子がおかしかった。

 あかんわこれ。

 落ち込んでるやつだわこれ、多分。

 

「紅茶でいいですか?」

 

「ん、ありがと」

 

 茶菓子と紅茶を出す。

 好みに合えばいいんだが。

 チョコとか煎餅とか下手な鉄砲数撃ちゃ当たるで並べておこう。

 

「私のオーディションの結果聞いたんやろ」

 

「え……そ、そうですけど、よく分かりましたね」

 

「こうも気遣われたら分かるわ。ありがと、気持ちは嬉しい」

 

 女の勘こえー。

 

「芸歴だけなら同年代の色んな子に勝っとる。

 ……でも、同年代の色んな子が、私が選ばれなかったオーディションで選ばれるんや。

 正直こたえるわ。私は最初のリードを使い切って、どんどん追い抜かれてて、なんかな」

 

 子役からやってる人特有の苦悩。

 こいつは、ある程度の歳になってからスカウトされた人には分からねえ。

 もちろん俺にも分からねえ。

 俺は役者ですらねえからだ。

 口が裂けても、"辛いよな、分かるよ"なんて言えない。言えるもんか。

 

「運もありますからね。湯島さんもまだまだ若いですし、これからですよ」

 

「英ちゃんがそうやからなあ」

 

「はい?」

 

「英ちゃんはホラ、物作りの方で百城千世子みたいな評価の高さやん」

 

 それは流石に過大評価だ。

 

「いやいや、若くて多少無茶が利く便利屋ってのがせいぜいですよ」

 

「昔はそうでもなかったやん。

 でも、年々技量が上がっていったやん?

 私が足踏みしてる間、君は随分先に進んで直視できんくなってた」

 

「足踏みも何もないですよ。

 あなたは女優、俺は裏方です。

 俺がいくら成長しようと、先に進もうと、あなたより上等なものにはなれません」

 

「同じ作品作っとるなら対等やろ。上下とか本来ないわ」

 

 優しい考えだな。

 俺はそうは思わねえけど。

 俳優女優は作品の顔だ。

 俺はそれを作る手足だ。

 手足と顔、どっちが大切かなんて言うまでもない。

 

「仕事の幅増やしてどこからも引っ張りだこな君が、正直羨ましい」

 

 そうかい。

 俺はあんたみたいな人を尊敬してるよ。

 隣の芝生は青く見える、って言うよな。本当に。

 

「本当ならここまで仕事の幅増やさなくても食っていけたんでしょうね。ただ」

 

「ただ?」

 

「きっと、俺ができないことでも、親父はできちゃうと思うんです」

 

 そうだ、だから。

 俺は自分の中の『できない』を一つずつ潰していった。

 

「親、親なあ」

 

「子供の頃、湯島さん親御さんにめっちゃ愛されてましたよね」

 

「あー、あれなー。あれで私も引くに引けんくなって、今も役者やるハメになったんや」

 

「親は無かったことにはできないと思うんです。

 忘れたり、無視したりすることはできても、無かったことにはならない」

 

 俺もこの人も同じだ。

 親がいたから、この世界にいる。

 別の親の下に生まれてたら、俺もこの人も、この業界にいたかどうかすら分かんねえ。

 どんな家庭に生まれていてもこの業界に入ってそうな、本物の中の本物とは違う。

 

「それは幸せなことでもあり、不幸なことでもあり、どうしようもないことでもあると思います」

 

 子供は親を選べねえ。

 親の影響で人生が大体決まった子供は、人生をどのくらい選べるんだろうか。

 よくいるよな。

 有名な芸能人の二世の芸能人。

 ああいう人達は、自分の人生をどう思ってんだろうか。

 

「ただやっぱり、親のせいにはできないんですよね。

 俺達の人生ですから。

 だから湯島さんも、親が悪いとか言ったことはないでしょう?」

 

「……ん、まあ、そやな」

 

 そういうのあんたのいいとこだぞ、湯島さん。

 

「いつの間にか、やめられんくなってたんや。楽しぃやん、あの拍手が、あの達成感が」

 

 それでいいんだろうな、『役者』ってやつは。

 

 それが、辛いことを乗り越える熱量になってくれるから。……羨ましいぜ。

 

「ちょっと待っててくれますか?」

 

「?」

 

「湯島さんが来るまで、ちょっと作ってたものがあるんです」

 

 励まそうと湯島さんを電話で呼んでから、来るまでの間でウレタンせっせと削ってたんだぞ。

 

「どうぞ、ミニ湯島さんです」

 

「わっ! なんやこれごっつかわいい!」

 

「気に入っていただけたなら幸いです」

 

「なんやっけ、ねんどろいどやっけ。あれみたいな造形でかわええ……これほんまに私?」

 

「はい」

 

 お前の方が可愛いぞ。

 

 デフォルメ立体化は案外コツがいる。

 大切なのは簡略化しつつも特徴を残し、特徴的な部分を強調することだ。

 芸能人のフィギュア化は、大体そういうフォーマットに沿って作成されている。

 

 素材はウレタン。

 中身が空なプラスチックカプセルにウレタンを巻いて、削り出して、筆とペンで塗装した。

 芯材にウレタンを巻いて削り出すというやり方は、仮面ライダー電王(2007)の相棒怪人・モモタロスの剣の製造法と同じだ。

 芯材を空洞にすればかなり軽く頑丈になる。

 電王で主役仮面ライダーと共に戦うモモタロス達のスーツもほぼウレタン製なんで、フィギュア作成のイメージを作るのはそんなに難しくもなかった。

 

 こいつとは別に、木を彫刻刀で削って、表面処理・塗装処理・再度表面処理の三層処理で作った人形も作っておいた。

 

「どうぞ、こっちがチャイルド湯島さんです」

 

「こ、子役時代の私のお気に入りだった服……!」

 

「なんか小学生時代ってお気に入りの服があってかなり頻繁に着たりしてましたよね」

 

「あー、そんなんあったなあ」

 

「まだまだ作れます。どんな素材でも作れますとも」

 

 大人になった湯島さんをモデルにした、ウレタン製の、プロのレベルで精巧な人形。

 子供の頃の湯島さんをモデルにした、木から削り出して塗装した、暖かみのある人形。

 素材と製法には、明確に差をつけておいた。

 この二つの違いは、"俺は個人としてもプロとしても応援してる"というメッセージ。

 

「こっちがファンとしての俺の作品。

 こっちが女優の湯島さんのグッズを、プロとしての俺が作ったらというものです」

 

「え」

 

「俺はファンとして、あなたの成功を祈ってます。

 俺はプロとして、あなたが成功できないほど実力が低い人間だと思ってません。

 オーディションに受からなかったなら、それは相手側に見る目がなかったってことですよ」

 

「……英ちゃん」

 

「湯島さんが役にぴったりなオーディションだって、必ずあるはずです。俺は信じてます」

 

 オーディションは優れた人を選ぶ場じゃなく、的確な人間を選ぶ場だろうがよ。

 そんなんで落ち込むなよ。

 そいつはあんたが周りより劣ってるなんてことを証明しない。絶対にだ。

 

 胸張れって。

 湯島さんよりダメダメだけど仕事持ってる女優とかいるんだからさ。

 後はホラ、運とか巡り合わせとか、今後の成長とかあるって。

 うつむくな。

 頑張れ。

 知った顔がこの業界からまた一人消えたら、俺は寂しいぞ。

 

 あんたのグッズとか勝手に個人的に作成するような熱狂的なファンがここにいるじゃねえか。

 

「ファンなんですよ俺。十年越しの湯島さんのファンなんです。嘘じゃないです」

 

「……知っとる」

 

 笑った。

 

 誤魔化しじゃなくて、ちゃんと笑ったな、湯島さん。

 

「君の作品は、昔からずっと、嘘なんてない心がこもっとるもんな。出来は最高や」

 

 俺の顔じゃなくて人形見てそういうこと言うのやめろ。

 別に俺の作品から俺の内心は読み取れんぞ。

 だからそんなに見るな。

 人形から俺の内心読もうとすんじゃねえ。

 

「そうでもないですよ、俺もまだまだ未熟です。

 今日も全力の仕事をバッサリ切り捨てられて、少し落ち込んでたくらいですから。ははは」

 

「え、君の仕事がボツ!? そんなんあるか……」

 

 そんな驚くなよ。俺何でもかんでも一発採用な超人じゃねえぞ。

 

「ただの難癖とちゃうん? ボツ出して報酬を引き下げようってハラなんとちゃうかな」

 

「そういうことする人じゃないと思いますよ」

 

「難癖以外で英ちゃんが落ち込むほど仕事ボロクソ言われるとか信じられんわ」

 

 いや信じろよ。

 

「あの、何故そんなに」

 

「君が駄目なら他の誰がやっても駄目ってことやろ?」

 

 んなわけねーだろ!

 

「ともかく、ふつーにやってたら絶対仕事にOK出されてたはずやって」

 

「湯島さん。仕事で駄目だったのは俺の責任です。

 俺の仕事や能力に納得しなかった人に何か言うのは、やめましょう」

 

 湯島さんは、俺が仕事を切り捨てられた話をしてから、ずっとむすっとしてる。

 

「私は、英ちゃんの作品のファンなんや」

 

「―――」

 

「だから言うんや。英ちゃんの仕事の良さが分からん人はしょうもないな、って」

 

 ……ああ、そうか。

 俺達今、同じようなこと互いに言い合ってたのか。

 もしかしたら、湯島さんがオーディションに受からなかったって話してた時、俺の方も顔がむすっとしてたりしたんだろうか?

 湯島さんには、俺がどう見えてたか分かったもんじゃねえな。

 

「俺が悪かったんですよ、きっと。作品作りのどこかで失敗したんです」

 

「何やそれ。英ちゃんだと、深く考えすぎて失敗したとかしか思い浮かばんね」

 

「かもしれません。何が悪かったのかまだちょっと分かってないんですよ」

 

「たまには何も考えんと好きに描いたら、それで合格になったりせんかな?」

 

「あはは」

 

 湯島さんの笑顔にもつられて、俺の方が笑顔にされてしまった。

 

「大丈夫大丈夫!

 君が作ったもんが、きっと世界で一番綺麗や! 自信持てば絶対大丈夫やって!」

 

「ありがとうございます、湯島さん」

 

 励ますつもりが、いつの間にか励まされちまった。

 

 観客を笑顔にすることが俳優の仕事なら、彼女はもうとっくに俳優だった。

 ファンもいる、女優の責務を果たせる、そんな女優だった。

 応援してるぜ湯島さん。

 物作りしかできない俺には、応援くらいしかできねえけど、応援してる。

 

 そういえば。

 この人は前に、晴れた日の公園が好きだと言ってたな。

 青空の下の公園が好きだと。

 笑顔のこの人が、青空を見て笑顔を浮かべる光景を想像してみる。

 

 俺にとっては笑顔が青空。

 

 ふと、それを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日になった。

 

 笑顔のような空か。

 空のような笑顔か。

 空に対して言う「美しい」と、笑顔に対して言う「美しい」は違うんだろうか。

 それとも、本当は同じなんだろうか。

 この哲学的な何かは、作品に表現できるものなんだろうか?

 

―――たまには何も考えんと好きに描いたら、それで合格になったりせんかな?

 

 何も考えず好きに、ね。

 俺の仕事の方式から一番遠いやり方だっつーの。

 何も知らない素人め。

 何も知らないからか好きなこと言いやがって。

 

 湯島さんの言ってることが正しいかもな、なんて思っちまったじゃねえか。

 あんたは素人なのに。

 そんな助言聞く必要ないってのに。

 何故か、無性にあんたの言葉を信じてみたくなった。

 

 今日の本来の予定では、俺は劇団に朝九時に合流する予定だった。

 それを早めて、早朝から集合場所に行く。

 少し、心の中を整理する時間が欲しかった。

 

 遊びのように刷毛(はけ)を走らせる。

 気ままに、思いついた素材を使って、思いつきのままに描く。

 過去に習ったこと、学んだこと、何一つして意識しない。制御しない。

 思うまま、望むままに描く。さぞクソみたいな作品ができるこったろうな。

 

 ああ、でもなんか、楽しい。

 湯島さんのおかげか肩の力が抜けて、何か不思議なコンディションだ。

 

 遊びってのはいいな。

 そういや、子供の頃に画用紙にクレヨンで落書きとかしてた記憶ねえや。

 俺の最初のお絵かきは、撮影所で書かれてた絵コンテの真似事だった。

 楽しい。

 何の責任もない、遊ぶだけの作業は楽しいな。

 

 仕事の前に気ままに遊ぶのも悪くないかもしれん。

 いい気分転換になる。

 遊びで描いた空の絵は、俺が過去に描いたどの空の絵とも違っていた。

 

「おはよ―――え―――え?」

 

 あ、七生さんだ。

 この人髪染めて舌ピアスとかしてるのに朝一番乗りとか真面目な面見せるのあざとくねえか。

 俺の絵を見た七生さんが、何故か目を見開く。

 

「空が……え、空が、これ、何?」

 

「おはようございます、七生さん」

 

 まー驚くのも無理ねえか。

 ここまで何も考えずに描いた適当臭い絵、俺今までお出ししたことねえし。

 でも遊びだから許してくれ。

 お、亀さん、アラヤさん、巌さん、劇団員と、続々来たぞ。

 

「え、何だこの空……何?」

 

「……へぇ。朝風、こういうことするんだ。なんか癖が変わったんじゃない」

 

 そんなマジマジと見んなや、恥ずかしいだろ、目潰すぞ。

 今片付けるからこんぐらいの遊びは許してくれ!

 

「待て、片付けるな」

 

「え」

 

 なんで? 巌爺ちゃん?

 

「昔、芸術家は彫刻と絵のどちらもやった。

 立体と平面。片方を極めていけば、もう片方も極めていける。そういうもんだ、阿良也」

 

「そういうもんかな」

 

 なんか会話始まったぞ。待て、会話する前に片付けさせてくれ。

 

「どう思う? 巌さん。今から役者が一人増えるようなもんでしょ、これ」

 

「演じろ。阿良也」

 

「しなきゃ駄目?」

 

「他の劇団員が分かってねえ。

 全員絵に何かを感じてるのは事実だが、何を感じてるか分かってねえのさ」

 

「はいはい」

 

 アラヤさんが遊びの背景画の前に立つ。

 おいおい待て待て待て。それそういうのじゃねえから。

 ん、でももしかして、この背景の方がいい感じになるのか?

 

 ……いや、駄目だ。根本的に失敗作だ。

 自由に描きすぎたせいで背景の自己主張が強すぎる。

 

 風景画と人物画ってやつがある。

 風景画の主役は風景だ。だから風景に力を入れていい。

 だけど人物画の主役は人物だ。人物より風景に力を入れるのはありえねえ。破綻する。

 俳優に注目を集めたいなら、ここまで主張と個性を出した背景は失敗作でしかない!

 

 アラヤさんが、演技を始める。

 

「多くの書物を読み、知ったことがある。誠の愛が、穏やかに実を結んだ試しはない!」

 

 ―――。

 うっ、おっ、なんだ、これ。

 本気のアラヤさんだ。

 ステージの上にいるってのに、観客席の一番後ろにまで届きそうな声と存在感。

 

 観客席の前の人が、大きな声に不快にならない声と演技。

 観客席の後ろの人にまで、ちゃんと届く大きくハッキリした声と演技。

 そんな矛盾が成立してやがる。

 

 よく通る声であり、不快感を覚えにくい声であり、よく感情がこもった声だ。

 しっかりとした役作りから、確かな演技力で演じられるそれが、目立つ背景を力任せにねじ伏せていく。

 アラヤさんの存在感が空の存在感と食い合って、その上でアラヤさんが勝ってやがる。

 それが、これまで以上にアラヤさんの存在感を増してやがるんだ。

 

 アラヤさんから目を離せない俺の後ろで、七生さんと亀さんが会話していた。

 

「亀」

 

「なんだよ七生、ちょっと集中して見させてくれ」

 

「あの空の雲、どう思う?」

 

「……ふわっとしてるな。

 前に描かれてた背景画の雲よりよっぽどふわっとしてる。

 空が、春から夏に移り変わってる最中みたいな……なんだこりゃ」

 

 春は綿、夏は岩、秋は砂、冬は泥。

 それが雲を魅せる基本だぜ亀さん。

 何も考えないで描いても、そいつは手癖に染み付いてたみたいだな。良かった良かった。

 

 夏の夜の夢は、日本では真夏の夜の夢と訳されることもある。

 だが日付で言えば、この作品の作中時間は四月末だ。

 全然真夏じゃねえ。

 別解釈したってせいぜい初夏のことだろう。

 俺は無意識的に、その認識を遊びの絵に反映してたんだろうな。多分。

 

 前の俺の背景画は、引き立て役として印象を強めないよう、あえて季節感を強調しなかった。

 だが何も考えてなかった俺の手は、春から夏に移る途中の空をかなり強調してる。

 つまり目を引きすぎちまう。

 背景が印象に残りすぎれば、巌爺ちゃんの育てた演技だけで魅せる俳優の強みが死んじまう。

 最悪の失敗作だ。

 

 だってのに。

 アラヤさんはその背景を『もうひとりの共演者』として扱うみてえに、その存在感をコントロールし、踏み台にしてみせてやがる。

 アラヤさんが少し舞台を動くと、そのすぐ後ろにあたる空の形と雲の形も変わるから、観客席から見たアラヤさんの印象がコロコロ変わってる。

 千変万化、ってのはこういうもんなのか。

 

 ……面白え。

 遊びの絵だもんな。最後まで、遊びで行こう。

 演劇に使用する家具用の大鏡があったな。

 あれで、舞台の上の空の絵に太陽光を当てる。

 早朝のこの時間帯、太陽光はまだ十分じゃねえからな。

 

「七生、こいつは俺の気のせいか?」

 

「……亀と同じところを見て、同じことに気付いたと思うとイラっとするわね」

 

「やっぱ気のせいじゃないよな。空の表情、変わってないか」

 

「空に顔なんてないわ」

 

「……」

 

「でも……確かに、表情が変わってる。

 阿良也一人の舞台なのに、まるで二人の役者の共演に見える」

 

 遊びだったからな。

 ()()()()()()()()()()()って、何か面白そうだろ。やってみたいと思ったんだ。

 いやでも恥ずかしいわ、ジロジロ見ないでちょっと見るだけで流してくれ。

 遊びの手法なんだって。

 

 あ、アラヤさんの演技が終わった。

 名演でしたアラヤさん!

 でも"表情が変わる空"を背景にして、初見で完璧に対応して演技を調整すんの、ここまでやられるともはや怖えぞ!

 

「こんなもんでいい? 巌さん」

 

「ああ、十分だ」

 

 よーし終わったな。さっさと外して隠そう。物珍しさしか取り柄ないぞこんなの。

 

「英坊……いや、英二。他の奴にも分かりやすいように説明してやれ」

 

「え、あの、これお遊びで描いたもので納品予定のものではないんですが」

 

「やれ。何度も言わせるな」

 

 巌爺ちゃん、おい、なんでや。まあやれって言うならやるけど、しまわせてくれよ。

 

「この作品の雲は化粧品を塗料に使いました。ふわっとした感じが出せそうだと思って」

 

「化粧品!?」

 

「ルースパウダー、という空気を含む粉状の物を使わせていただきました」

 

 そりゃ亀さんは驚くか。

 ま、遊びだしな。

 遊びならなんでもありだ。

 とびっきり真っ白な化粧品で、雲を仕上げさせてもらった。

 

「私も使ってるけど、化粧品が絵に定着するわけ……あ、他の塗料に混ぜたの?」

 

「はい。白の塗料も併用してあります。塗料はあくまで繋ぎですけどね」

 

 七生さんは流石に察しが良いな。女子力を感じる。

 

「なんでまた化粧品なんて選んだんだ?」

 

 そりゃ亀さん、遊びだからだって。

 

「なんとなく化粧品使おうかなと思って。

 成分表見てああこれなら、って思ったんです。

 成分がマイカ、酸化亜鉛、酸化チタン、シリカ、シルク、水酸化Al、酸化鉄だったんです」

 

「いやいや、それがなんだってんだよ」

 

「全部過去に弄ったことのある素材だったので、いけるかなと思いました」

 

「―――は?」

 

 マイカはマイカって呼ばれることが多いが、雲母のことだ。

 マイカプレートは絶縁シートになり、電気が流れる玩具や機材の製造・修理に使える。

 夜凪さんちの弟くんに修理した玩具を渡した時も、元は捨てられてた玩具の状態が不安だったんで、中にマイカシートを安全のため追加しておいた。

 電気漏れ怖いしな。

 

 LEDのライトに触れたことがない人はいねえだろう。

 LEDの青色は今、メイン素材が急速に取って代わられようとしている。

 新しい青LED、それに使われてるメイン素材が酸化亜鉛だ。

 夜凪さんちの弟くんにやったあの戦隊の玩具、あのシリーズにも当然LEDは使ってる。

 

 俺が前の撮影で使った、空気と反応して白煙を出す四塩化チタン。

 あれが空気中の水分と反応した後に残るのが酸化チタンだ。

 

 シリカを加工したものを珪砂と言う。

 特撮でミニチュアに雨を降らせる時は、水をそのまま降らせても全く雨に見えないんで、珪砂を水のように見せかけて雨を演出する。

 それが基本にして秘奥のテクニックだ。

 

 シルクは絹。

 これで百城さんの衣服を作ったこともある。

 

 仮面ライダースーツに使うFRP(繊維強化プラスチック)の着色塗料、その中でも青が強く見える緑色の塗料を、ピーコックと言う。

 このピーコックの主成分の一つが水酸化アルミニウムだ。

 混ぜちゃいけねえもんは分かってる。

 

 酸化鉄は特撮に使う鉄製小道具の黒被覆なんかに使う。

 特に鉄の橋の質感を出すため、鉄の橋のミニチュアを本物の鉄で作った場合、こいつでミニチュアを被覆してからどう塗装するかを考える場合もある。

 

「だから俺、化粧品は結構遊べるもんなんだなと思ったんです」

 

 何が害がある物質か。

 何が害のない物質か。

 それは俳優に害がないか。

 それは子供に害がないか。

 全部把握してなくちゃ、俳優が着るスーツを作っちゃならねえし、玩具の造形仕事に関わる仕事をするべきじゃねえ。

 

 どれも俺が知ってる物質だった、だから先人がこういうのに使った前例が無くても、安心して使えた。

 物質は人間とは違え。

 同じ作業と加工をすりゃ、必ず同じ結果と形になる。

 そいつのなんと心強えことか。

 

「表情が変わる空は?」

 

「紫外線顔料を使っています。

 紫外線顔料は立体に使われることが多い、色彩変化塗料です。

 暗所では白く、紫外線を浴びることで特定の色に変化します。

 この空は紫外線が当たると、徐々に雲や月が変化していくようになっているんです」

 

 野外公演では、太陽の向きも変わり、ステージの一部が背景に影を落とすこともある。

 そこで遊んでみたら楽しそうだな、って思ったんだ。

 

 紫外線顔料は紫外線を使って結構面白くできる。

 

 紫外線顔料に白塗料や透明塗料を混ぜておけば、紫外線を受けた後に変化する色の濃さも、薄くして調整が可能だ。

 紫外線顔料の上に薄い塗料を塗りゃ、紫外線顔料に届く紫外線が少なくなるから、日光が強い時間帯以外には色が変わらないようコントロールもできる。

 

 そこの雲は、ちょっとの紫外線で青色に変わり、空に溶けて消える。

 だから早朝でも消えちまうんで、曇の日の公演でしか見られない。

 

 そこの雲は、結構な量の紫外線で青色に変わり、空に溶けて消える。

 だから10時から14時の間だけ、空から消えてる不思議な雲だ。

 

 そこの雲は夏の雲みたいに見えるが、特定の時間帯だけ雲の一部が紫外線で消えて、春を思わせるふわふわしたちぎれ雲になる。

 季節感も揺れ動くのは見てて楽しいだろ?

 

 そして俺のお気に入りは、特定の時間帯だけ薄っすらと空に見える月だ。

 

 いいよな、時々真っ昼間に青空に見える月。

 俺は、子供の頃から、昼に見える月が何故か好きだった。

 いつもは夜に見える月が昼間に見えるのが面白くて、楽しくて、美しく見えた。

 

 現実の真昼の月は、太陽がギラギラ輝いてると見えねえ。

 だから絵の中の青い空に白く浮かぶそいつも、現実の太陽がギラギラと輝いてる時間帯は、紫外線で見えなくなるようにした。

 

 お遊びで描いただけの表情をころころ変える空の背景画だが、描いてんのは楽しかったな。

 うん、楽しかった。

 

「皆さんはこれから野外公演です。

 そう思ったら、それで遊べる要素ってなんだろうって思ったんです。

 この背景画は、朝昼夜で色合いがぐっと変わり、天気でも結構変わります。

 公演の度に全然違う背景になったら、それはとても面白いと思ったんです」

 

 七生さんが何か神妙な顔してる?

 

「天気によって表情を変える空。

 化粧品の雲。

 表情があって、晴れだから……これまさか、『晴れ晴れとした笑顔』?」

 

「……あ、あー! そういうコンセプトかこの青空背景! 七生でアハ体験だわ!」

 

「私でアハ体験すな」

 

 流石女子の七生さんは違えなあ。視点が違うから、男より気付くのがはえーや。

 

 そういうことだ。

 この青空は顔。

 笑顔の青空だ。

 そこに化粧を施した。

 女性の笑顔を、化粧品で彩るのと同じように。

 

 ほら分かるだろ、こんなに遊んだ作品はもう仕事じゃねえって。

 

 雲の位置を俳優さんのために調整したとかもない。

 引き立て役にもしてねえ。

 これは背景画としてはよろしくねえ例の一つだ。

 ほらさっさと片付けるからどけどけ。

 

「俺はこいつを今回の巡業に採用しようと思うが、それでいいな?」

 

 えっ。巌爺ちゃん?

 

「いいんじゃない? たまには」

 

 アラヤさん!?

 

「私も異議なし」

 

「こいつは面白そうだ」

 

 七生さんと亀さん……って他の人達もかよ!

 え、なんでだ。

 こんなにギミック仕込んだ、俳優に注目集める邪魔にしかならねえ背景要らねえだろ。

 

「英二。センスとはなんだ」

 

「え……感性、でしょうか」

 

「そいつも間違っちゃいねえ。

 だが、分かってねえな。

 お前これの前にもう一枚描いてただろ。それもそこに広げろ」

 

「え、え、え」

 

 なんで知ってる! 最初から俺が描いてんの見てたわけじゃねえよな……?

 

「お、こっちは夕方なんだな。俺こっちも好きだわ」

 

 亀さーん。

 お遊びなんだってば。

 こっちは夏の夜の夢のイメージに合わせてもないからな!

 

「茜色の空。

 茜色の反対側の深い黒。

 地平線に並ぶ百の城。

 空にうっすらと輝き、夜を待つ星」

 

 七生さんのコメントが光る。

 やべーな。

 何を思って俺がお遊びしてたか、バレたら死ぬ。死ぬしかねえ。

 

「英二、描いてて楽しかった?」

 

「はい」

 

「夏の夜の夢のイメージには合ってないけど、これも悪くないと思うよ」

 

 ありがとう七生さん。

 だから早くしまわせてくれや。

 

「阿良也、最初の空の絵をどう思う? こっちの夕方の絵を踏まえて言ってみろ」

 

「天気、時間帯、舞台の向き。

 どれか一つが変われば表情を変える"生きた背景"。

 七生が言った通り、綺麗に化粧した笑顔みたいな空だよね。

 ちょっと間違えたら平凡になりそうだけど……二つの絵のどっちも、センスが高い」

 

「そうだ。遊びでもこのレベルになるのは、センスに起因する」

 

 センス、センスって、何が言いたいんだ?

 あと褒めんな、これ以上褒められると顔が茹だりそうだ。

 

「英二。磨いたセンスはなくならねえ」

 

「磨いたセンス……?」

 

「お前は過去の技術をひたすら模倣し続けた。

 成功例も、失敗例も、多く見てきたはずだ。

 何が良く、何が悪いかを、膨大な経験値が既にお前に学習させている。

 お前の感覚は、既に良悪を知っている。そこで何も考えずに仕事をすればどうなる?」

 

「え」

 

「お前にはもう、何も考えずとも失敗作を作らないセンスが身に付いている」

 

「―――」

 

「過去の模倣を考える必要もねえ。

 何も考えなくとも、お前の腕は染み付いた技を形にする。

 一度過去の模倣を考えるのをやめてみろ。

 お前の独自の作風で何かを作ってみても、立派な作品になるだろうよ」

 

 もしかして、巌爺ちゃんが言ってたのは、そういうことだったのか?

 

「その能力をまだ自覚的に使えんのなら、ヒヨッコとしか言えんがな」

 

「……そう、ですね」

 

「人の目を引く背景を描きやがって。

 阿良也以外はこの背景を凌駕するための稽古をやり直すしかねえじゃねえか」

 

 うん、まあ、そりゃそうだよな。

 失敗作なのは間違いねえんだこれ。

 俺が見た感じ、この背景に絶対に負けない俳優は阿良也さんくらいしかいねえ。

 次点で亀さんが負けないかもってくらいか。

 つまり個性があっても、劇団に合わせることをマジで全く考えてねえんだ。

 

 となると、劇団はまたしっかり稽古の仕込み直しだ。

 じゃなきゃ皆背景に負けちまうもんな。

 「えー」って声が劇団の皆様から漏れている。

 ごめんなさい。

 俺の絵によって皆の稽古スケジュールが相当キツくなりそうだな……マジごめんなさい。

 

「お前は競って良かったんだ、英二。

 俳優と競うのもお前の選択肢の一つだ。

 そうしてぶつかりあって高め合うこともある。

 俳優と高め合うような背景、引き立て役の背景、意識的に使い分けられるようになれ」

 

「巌先生……もしかして、俺にこのことを教えるために?」

 

「あっちの業界に浸かりすぎたな。

 誰もお前に失敗作を要求しねえ。

 誰もお前に成功しか要求しねえ。

 成功と収入が基準の、遊びがねえ業界だ。

 それじゃあお前が"そう"成るのも当たり前だろうよ」

 

 ぐっ。

 そっか、過去の名人の技術を模倣して、過去の成功例の技術を具現して、なるべく早く仕事を成功させるのが良い業界に浸かってたのが、巌爺ちゃんには悪い癖に見えてたのか。

 

「お前みたいな奴が他人を美しく魅せようとするための行為は、愛の言葉みたいなもんだ」

 

 愛。愛っすか。

 

「過去の誰かの愛の言葉を真似する、まあそれもいい。

 失敗はしねえだろう。

 愛の言葉を作るのも上手くなるだろうな。

 だが本当に何かを愛した時、使う愛の言葉はお前だけのもんじゃなきゃならねえ」

 

「……はい」

 

 俺らしい、俺だけの技術、俺だけの作風、ってことか。

 

「お前は自由だ。

 何を作っても良い。

 そんな当たり前のことを、お前が身に着けた技術が忘れさせる。

 何故なら、先人の技術を使うことは『正解』になるからだ。

 面白くねえ。挑戦がねえ。独自性がねえ。何より、遊び心がねえ」

 

 遊び心。……"気付け"って言ってたのは、それか。

 

 遊び心を持って、挑戦して、面白い俺の独自性を作れっていうんだな、巌爺ちゃん。

 

「美しいものを創れるのは、美しいものを見たことがあるやつだけだ。

 美しいものを生み出せるのは、美しいものを知っているやつだけだ。

 お前も役者と同じだ。

 自分の中に無いものは演じられねえ。

 自分の中に無いものは作れやしねえ。

 お前が生み出すものの源泉は、全てお前の中にある。どんなものだろうとだ」

 

 美しいもの、か。

 ああ、知ってる。

 俺は美しいものを知ってる。

 

 だからその星とか百の城とか茜色の空とか描いてある俺の絵を見るのやめない?

 やめろジジイ。

 やめろや。

 見んな。

 

「過去の人間の技を学ぶだけでどうする。

 まだお前は成長に行き詰まってもねえガキだろうが。

 お前にしか生み出せない技も、お前にしか生み出せない物もあるだろう。

 朝風英二が真似してきた過去の先人が、過去になかった技術を生み出してきたようにな」

 

 つか、巌爺ちゃんがここまでしっかり長く俺に何かを言うの珍しいな。

 こんなに多くのことを一気に伝えようとしてるのも珍しい。

 勘だけど、伝えようと思ってたことを、これが最後だから全部伝えようとしてるような。

 なんか、遺言みてえだ。

 気のせいか?

 

「好ましく思ったものを、美しいと思ったことを忘れるな。

 お前が美しいと思った心は、お前にしか形にできねえんだ。肝に銘じておけ」

 

「……はい!」

 

 だからさあジジイ。

 その茜色の夕方の絵を眺めて笑うのはやめてくれ。

 

 なんだ。

 何か察してるのか。

 察してるとしたらその口を封じなけりゃならなくなるぞ。

 どうなんだジジイ!

 

「いい絵だ。お前が今、幸せなことが伝わってくる」

 

 ……。

 なんだよ。

 どういう感想だ巌爺ちゃん。

 なんで笑ってんだ。

 

「俺がくたばる前に、この絵を見られてよかった」

 

「縁起でもないこと言わないでください。まだピンピンしてるじゃないですか」

 

「ふん」

 

 そのパワーのある眼光でその台詞は似合わねえって。

 俺の幸せとか気にすんなよ。

 巌爺ちゃんに仕事を認められたってだけで、俺は結構心満たされてるぜ。

 

「俳優は原石だ。

 俺達演出家は、原石を磨いて宝石にする。

 お前は、宝石を指輪にしてみせろ。その価値を更に高めるために」

 

 任せろ。

 

 そいつが俺の仕事だ。

 

「はい。やってみせます。

 もうちょっと立派になったら、巌先生に仕事で礼をしてみせますから」

 

「十年早えんだよ、英坊」

 

 テメー十年も待たせるかよ!

 

 一年くらいでやってやる!

 

 

 




 公式プロフィールで日曜の晴れた公園が好きだと言われている「青空の人」は茜さんだけ

 父親に捨てられ、母親が死んだ悲しみから逃避するため映画キチになった夜凪
 母親に息子に愛を伝える気がなく、母親の愛を分かってないアキラ
 英二君は「よく親に反抗する気になるな」と感想を抱くタイプ


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主人公の本音「今時実写でセカイ系って難しくないですかね」

 前に機能提案していた脚注機能が超有能な運営さんによって実装されたみたいなので、早速使ってみることにします


 以前、海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン THE MOVIE(2012)の撮影準備の時、ちょっとした歴史研究みたいなことに協力した覚えがある。

 

 海賊戦隊ゴーカイジャー(2011)*1と宇宙刑事ギャバン(1982)*2のクロスオーバー劇場版を作るにあたり、監督サイドからややこしい提案がなされた。

 そいつが、「ギャバンに『あの』レーザーブレードを持たせたい」であった。

 

 宇宙刑事ギャバンとは、ウルトラマン80と仮面ライダースーパー1で『ウルトラマンと仮面ライダー』という巨塔が一旦終わるため、その代わりになるヒーローシリーズの初代となるべく生み出された、当時の新世代ヒーローだ。

 だからそりゃもう、こだわられていた。

 

 エンタメ性と、かつてない技術を用いる芸術性のどちらもが追求され、スタッフも各特撮作品のエース級が集められたって話だ。

 更には実験段階だった合成技術の強みを世に知らしめ、スーツ作成技術においても新技術を採用し、後の時代の特撮の発展に大いに貢献してくれた。

 すげー革新的な作品だったわけだ。

 そんな宇宙刑事ギャバンのメイン武装が、『レーザーブレード』である。

 

 このレーザーブレードには、三種類のモデルがあった。

 一つは、撮影初期に使われていた繊細な芸術品の如き一品。

 一つは、上記の一本が折れた際に作られ、メインとなった螺旋模様の一品。

 一つは、撮影の途中で作られた低予算撮影用の特撮用蛍光灯を加工した一品。

 坂木浩一監督が提案したものは、撮影初期に折れたこの『最初のレーザーブレード』を復活するという、男のロマンとマニア狙いを極めたようなものであった。

 

 いや普通は知らねえよそんなの。

 造形チームの端っこにいた俺は、そう思った。

 

『あれをレーザーブレード・オリジンとして復活させましょう』

 

 提案した坂木監督が前年度に仮面ライダーW(2009)*3の最終回で俺を感動させてたのもあって、俺は疑問を持たずにこの作業に参加した。

 かつては芸術性を追求しすぎて折れちまったレーザーブレード・オリジンを、現代の技術でリメイクする。

 どこまで外見を似せられるか、どこまで現代の技術で耐久性を上げられるか、そこが問題だと俺は考えていた。

 

 そいつが大間違いだった。

 

 地獄のパーティーの開催だ!

 昭和特撮は、昔に行けば行くほど図面を残してねえ。

 『再現性が重要』って概念がまだ育ちきってなかったからだ。

 つーわけで、初代レーザーブレードの図面も残ってなかった。

 

 しかも剣だ。剣。

 監督達は「凝った柄のデザインのレーザーブレード」とか言うが、冷静に考えてみろ。

 ヒーローは剣の柄を持ってポーズするんだから、凝った柄のデザインなんか手に隠れてほとんど見えるわけねーだろ!

 

 当時の撮影会の資料を漁った。ねえ。

 当時の写真を雑誌等から漁った。ねえ。

 当時のデザイナーと会社をあたってデザイン画を探した。ねえぞ。

 どこもかしこも二代目レーザーブレードしか映してなくて、初代レーザーブレード単品の写真すらねえ! どうしろってんだ!

 

 皆で均等に苦労した結果、当時のデザイナーさんのうろ覚えな証言、写真にちらっと一部分だけ映った初代レーザーブレードの柄から、答えは出た。

 正解はどうやら、ナスカの地上絵をアレンジしてデザインされた銀河連邦警察のシンボルマークを、柄にはまるようアレンジしたものだったらしい。

 なるほど、日本警察のシンボルマークを拳銃に刻印するような感じか。

 

 造形畑の人間として言わせてもらうが、実際に作ったレーザーブレード・オリジンがシンプルなデザインだった分、資料集めが一番クソ苦労したと思うわ。

 何故……何故あそこまで資料がなかったんだクソ……まあそれはもういい、過ぎたことだ。

 

 ともかく。

 俺達造形屋は、監督にああいうのが作りたいと言われたら、作るしかねえ。

 そのためには知識と技術が要る。これで十分、なんてことはねえ。

 一生勉強で、一生研究で、一生探求だ。

 

 

 

 

 

 だから、色々と試してみることにした。

 

「さて」

 

 会社を引退した元特撮技師の爺さんの私有地を、ちょっと好意で貸してもらった。

 今日は色々試せるぞ。

 ……試せると、思ったんだが。

 

「百城さん、もうちょっと離れててください」

 

「心配性だなあ」

 

 何故か百城さんがいる。細心の注意を払わねえと。

 

 まずはタイヤだ。

 近年、タイヤは滅多に燃やせねえ。

 許可取るのに一苦労、というかここの土地の所有者さんが色々資格やらコネやら持ってなかったら、どんなに苦労してもタイヤも燃やせなかっただろう。

 タイヤを燃やしてんのはもうテロリストとかデモ隊くらいのもんじゃねえかな。

 

 だから俺も今まで、タイヤ全焼はやったことがなかった。

 が、俺はもう未経験のことをそのまんまにはしておきたくねえ。

 

 古い特撮では、近くのマンションの洗濯物をタイヤの煙で真っ黒にしつつ、周囲にダイオキシンを撒き散らしながらこれをやってたって話も聞く。

 スピルハンバーグの太陽の帝国(1987)は何千本もタイヤを焼いたとかいう話だ。

 派手だな! 流石だ!

 一本燃やすための許可を得るだけでこんなに苦労する現代は、昔ながらのテクニックがドンドン駆逐される時代になっちまってるってことだな。

 

 いやタイヤは燃やすと有毒物質出るんだから自治体の方が間違いなく正しいんだけどさ。

 

「これ何か楽しいのかな?」

 

「いや、楽しくはないですけど……そうですね、百城さん、ちょっと写真いいですか?」

 

「どうぞ。えっちな写真は駄目だけどね」

 

「そんなの要求するわけないでしょうが!」

 

 何考えてんだ!

 

 タイヤにガソリンをドバドバかけ、火をつける。

 太陽、俺、百城さん、燃えるタイヤを一直線に並べ、タイヤの燃える煙を背景にして百城さんをスマホで撮影する。

 

 はい撮影終了、危ないものからは大女優はできる限り離れててくださいねー。

 万が一に火傷でもしたら、俺があまりにもクソ野郎すぎて殺したくなりそうだ。

 

「この煙を背景にすると、こう見えます。

 百城さんは肌も白く、白い服も多い『白の人』です。

 だからタイヤを燃やして出る『濃く重い黒い煙』を背景にすると映えるんです。

 白く美しいものを際立たせるには、汚れた黒いものを背後に置くのが一番ですから」

 

「へー、白く美しい、ね」

 

 そこに食いつくな。

 

「ここまで重厚感のある黒い煙を出せるのはタイヤ焼きの特徴です。

 煙は煙ごとに質が違います。

 例えば歌手のステージで出て来る白い煙。

 床近くを漂わせれば華やかさを増し、勢いが強ければインパクトを強める効果があります」

 

「ああ、確かにあれはよく見るかな」

 

「"煙を出すとなんか雰囲気作れる"って認識だけでは駄目なんです。

 煙ごとの効果を意識して、煙の質をあらかじめ分析しておくんです。

 場合によっては、このタイヤ燃やしのように、今は使えない技法の代用品も必要ですから」

 

 もう今の規制状態だと、タイヤ燃やしは現実に使える撮影方法じゃねえ。

 するとどうするか。

 俺なら、このタイヤ燃やしの代用品が欲しいと言われたらどうする?

 

 ……スモークだな。

 俺が黒さんとこの前一緒に仕事した時に使ったスモークボール、あれの黒バージョンを作るのに使うスモーク素材を、灯油に混ぜる。

 そして灯油に着火する。

 これだ。

 多分これで、黒煙と炎の魅せ方としてはタイヤ燃やしに限りなく近くなる。

 

 重厚さを感じさせる煙の表現は研鑽を続けるか。

 タイヤ燃やしは海外だと、デモ隊が政府の狙撃手の狙撃を防ぐため、狙撃手の視線を遮るための即席広範囲カーテンに使うらしい。こえー。

 百城さんと会話をしつつ、タイヤが燃え尽きたので、時間の計測を終了する。

 

「計測完了。っと」

 

 ガソリンがごうっと燃えるのは一瞬。

 そこからタイヤが実用レベルの黒煙を出すまで八分。

 黒煙が出続けたのが四分。

 全部燃え尽きて炎が出なくなるまで三分だった。

 

 ……うーん。

 何か思いつきそうなんだが。

 俺の作業中に横顔を見てくる百城さんが気になって仕方がない。

 

「あの、何か俺の頬についてますか?」

 

「ススがちょっと付いてるよ?」

 

 そりゃありがとう。

 

「百城さん、また離れててください。危ないものを弄る作業がありますので」

 

「危ないものって?」

 

「園芸用の回転スプリンクラーでガソリンを撒いているところに、火をつけるんです」

 

「わぁ、そりゃ危ないやつだ」

 

 だから離れてほしいんだよ。

 

 園芸用スプリンクラーは地面に置いて、ホースから水を吸い上げて、周囲にばーっと撒くタイプのスプリンクラーだ。

 コイツにガソリンをぶっこむのは、封じられた禁忌の技である。

 

 かつてガメラ3 邪神覚醒(1999)*4の撮影で、監督から渦巻く炎が要求された。

 そこで用いられたのが、園芸用スプリンクラーにガソリンを放出させ、そこに火をつけるっていうやべーやり方だ。

 

 それからもう20年。

 スプリンクラーの種類も随分増えた。

 今の時代の園芸用スプリンクラーを、俺のアイデアで改造してガソリンぶっ込んで、火をつければ火が踊る。

 ガメラの腕の渦巻く炎っていうより、火の妖精が空中で踊ってる感じになった。

 うん。

 美しいけど、本当に危ねえなこれ。

 

「へぇ……英二君、センス伸びた?」

 

「どうでしょうか。たまたま百城さんの好みにあったものを作れただけかもしれませんし」

 

「ふーん」

 

 色々試してみよう。

 これまで、仕事に備えての勉強、仕事で詰まった時のインプットが中心だった。

 だがこれからは、そういうのとは関係なく技術の追求もしてみよう。

 必要だからそうする、とかじゃねえ。

 したいからするんだ。

 俺は多分まだ、自分の中にどのくらいの才能があるかも分かってねえんだから。

 

 考え、追求してみるんだ。俺だけの技、俺だけの技術を。

 

「時間は忘れちゃ駄目だよ。私と君は今日現場入りなんだから」

 

「分かってます。百城さんを遅刻なんてさせませんよ」

 

「そうだよ。女の子の一人もエスコートできないって知られたら、笑われちゃうよ」

 

 俺はどうかと思うぞ百城さん。

 

 いくら久々にがっつり同じ仕事をするからって、仕事前に真っ先に俺のところに来るってのは。

 

 

 

 

 

 今回、俺と百城さんが組む仕事の映画作品のあらすじはこうだ。

 

 ある日、世界が壊れ始める。

 空と街には怪獣が現れ、軍隊が戦うが、怪獣の出現は止むことはない。

 平凡な少女の日常は、どこか壊れて、変わりながら続いていく。

 朝起きて、学校に行って、友達と話して、家に帰る。変わらない繰り返し。

 帰ってこなくなる家族。

 日付が進むたび減っていくクラスメイト。

 毎日少しずつ壊れ、荒んでいく街。

 物語の主役になれなかった、街の片隅の少女の日常の物語。

 

 とまあこんな感じで、怪獣大暴れを全て背景に押しやって、事態を何も解決できねえ、世界の動乱に振り回されるだけの主人公に百城さんをキャスティングした、そんな作品だ。

 動乱の世界。

 何か凄いことが起こってるらしいが、主人公には分からない。

 話の舞台のスケールはでけえのに、話の規模は主人公と周り数人とかなり小さい。

 こういうのをセカイ系とか言うらしいな。

 

 怪獣の足元でうろちょろしてるモブが主人公って意味じゃ、アキラ君の家でやらせてもらった『巨影都市』ってゲームのアレに近いな、多分。

 俺は美術監督として、百城さんは主演女優として呼ばれた。

 そこが決まったのが同日で、だから俺達は同日現場入りになったらしい。

 

 予算はやや少なめ。

 となると、俺もあんま贅沢はできねえな。

 俺の技術はより良いもんを作るための技術を使うより、できる限り安く良いもんを作る技術でやりくりした方が良さそうだ。

 

「俺はまず挨拶回りからかな……」

 

 百城さんと一旦別れて、現場の撮影スタジオを見て回る。

 割と悪くねえな。

 怪獣メインの怪獣映画だと、俺みたいなのは四ヶ月くらいは拘束される。

 が、この映画は怪獣がメインじゃねえ。

 メインはあくまで主役を演じる百城さんだ。俺の仕事は割と減る。

 意外と早く終わるかもな、俺の仕事。

 

 つーか、多分この予算でこの規模の作品を撮ろうとすると、百城さんを始めとしたキャストの長期拘束と、スタッフの長期維持で予算が全部吹っ飛びかねねえ。

 

 当たり前の話だが、日当100万円の給料で仕事を一日で終わらせる奴と、日当50万円の給料で仕事を三日で終わらせる奴なら、前者の方が安くあがる。

 百城さんのギャラは人気女優相応に高い。

 が、NGもリテイクも出さねえ百城さんの撮影はあっという間に終わる。

 なので期間あたりのギャラは高いが、映画一作あたりのギャラは他の女優より安く済むとか、そういう異常事態が度々起こる。

 

 俺も仕事は比較的速いからな。

 期間あたりのギャラを高く要求しても、映画一作あたりのギャラがそんなに高くなかったりする場合もある。

 まあ状況によるが。

 映画一本あたりで固定額の報酬出して、どんなに撮影が長引いても同じ額のギャラしか払わないって会社もあるっちゃある。

 

「おはようございます」

 

 歩いていた俺を、朝の挨拶が呼び止めた。

 

「あ、和歌月さん。おはようございます。また会いましたね」

 

「今度もよろしくお願いします。前はTVで、今回は映画ですが」

 

 和歌月(わかつき)(せん)さん。

 剣崎アクションクラブ所属の人だ。

 背の高い、長い髪を後ろで束ねた、体格も結構良い女性である。

 俺より20cmくらい背が高い……なんなんだお前は……なんなんだ……?

 

 アクションクラブの人は、特撮畑の俺と一緒に仕事することが多い。

 スーツの中に入るスーツアクターも、危険な撮影のスタントマンも、アクションクラブの人を使うことが多いからだ。

 この人もまた、西映の仕事やアクションショー関連で俺と面識があった。

 なるほど、特撮絡みの仕事ならこの人がここにいてもおかしくねえ。

 

 和歌月さんは俺の顔を見て何故かほっとして、膝を折って、不安そうに俺の耳元でひそひそ話を開始した。

 クソが俺の身長に合わせやがって。

 その優しい心遣いが俺を痛めつけやがる……!

 

「その、この映画、大丈夫なんでしょうか」

 

「和歌月さんは監督の前歴が心配ですか?」

 

「いつも予告が一番面白いって評判の監督でしょう。

 面白い要素を思いついても、いつも作品に活かしきれてない。

 ついたあだ名が興行収入ボンバーマンですよ。大丈夫なんですか」

 

「爆死作品だけ作ってるわけじゃないですから……今回はスポンサーがぎっちり監査してますし」

 

 成功作品もいくつかはあるんだぞあの監督。

 ……まあ、出演者からすりゃ、不安になんのも分かるわ。

 かくいう俺もヤバそうなら手綱を取れとスターズとスポンサーの両方から頼まれている。

 ヤベえな!

 

「和歌月さん、機材ってどこに揃えてますか?」

 

「こっちです。案内します」

 

 嫌な予感がしてきたな。

 お、カメラが……んん?

 

「DSMC2、MONSTRO……?」

 

「どれがどうかしたんですか?」

 

「和歌月さん。700万くらいですね、このカメラ」

 

「え? ……え?」

 

 レッド・デジタル・シネマカメラ・カンパニーって会社がある。

 売りは『この会社のカメラと同じ画質を得ることは不可能』と言われた、クッソ高い価格と、その価格に不相応なほどに超高性能なカメラの提供だった。

 

 例えばスーパー戦隊は、2017年の宇宙戦隊キュウレンジャーから8K Heliumセンサー付きのRED EPIC-Wを導入した。これがオプション抜きで350万くらいだな。

 これに合わせて棘谷もウルトラマンジード(2017)にコイツを導入。

 あのふわっとしてる4Kテレビとかいう概念に対応した、高解像度の撮影を可能とした。

 これはそのシリーズの中でもとびきり高い類の機材だ。

 

 レンタルか?

 ……いや、レンタルのタグねえな。

 どっかの撮影所から借りてきたか? そうだと言ってくれ。その方が安心できる。

 

 大丈夫なのかこれ?

 撮影機材に気合い入れるのは確かに大切なことだ。

 ただ、な。

 力を入れるのに相応な順番みたいなのがあって、正しく重要なもんから順番に力入れてると安心できるんだが、その順番が頓珍漢だと見てて不安がな……大丈夫か……?

 

「大丈夫そうですか? 朝風さん本当に」

 

「……頑張りましょう、和歌月さん」

 

「あ、曖昧な返答……!

 実はスーツアクターさんも有名所が揃っていて共演が不安で……

 弓部さんと、梶河さんと、岡口さんが既に打ち合わせを始めてます」

 

 ルパンカイザー*5のスーツアクター、ギャラクトロン*6のスーツアクター、エボルト*7のスーツアクターとかオファー出した人の趣味が分かるな。

 

「俺があの人達と和歌月さんの間に立ちますから。

 顔見知りではありますからね。大丈夫です、撮影はまだここからですよ」

 

「なんでまだ撮影が始まってもいないのに窮地みたいな台詞吐いてるんですか朝風さん」

 

 うるせえ。

 

 しかしアクターだけ一流が揃ってんのか、それはまた悩ましいな。

 和歌月さんの不安も分かる。

 若手とベテランの間に軋轢が生まれないように気を使っとこう。

 しかしなんだ……機材だけじゃなく人集めの部分にもアンバランスなところが見えてきたな……頑張れよ監督。頑張るのはプロデューサーとか制作進行とかでもいいぞ。

 

「どう、英二君。見て回った感想は」

 

「百城さん」

 

「これから監督に挨拶しに行くんだけどさ、英二君はどう思った?」

 

「百城さんが出演するほどの作品には、仕上がらないかもしれませんね」

 

「そうかもね。君の腕がもったいない作品になるかもしれない」

 

 百城さんから見てもそうか。

 俺は製作者の目で現場や機材を見てる。

 百城さんは役者の目で人や雰囲気を見てる。

 出た結論が同じなら、こいつは結構厳しい仕事になりそうだ。

 

 何せ、観客からすりゃそんな事情は関係ねえ。

 クソ映画はクソ映画だ。

 出演した百城さんの評価は、急落まではしないだろうが、相応に落ちるだろう。

 そうなってほしくないなら、俺も頑張らなきゃならねえ。

 

 映画ってのは結果論の世界だ。

 結果を出す以外に、何かできることはねえ。

 

「ただ、それはちょっともったいないと思うんだよね」

 

 む。今少し、百城さんのやる気が見えたな。

 

「だから私、君の『眼』が欲しいんだ」

 

「抱えてる仕事があるので、仕事がある内はちょっとあげられませんけど……まあ片方なら」

 

「違う違う、そうじゃなくて」

 

 にっこりと、天使さんは微笑んだ。

 

「撮影が本格的に始まる前に、私とデートしない?」

 

「へっ」

 

 なんだその目は和歌月。

 何故そんな目でこっちを見る。

 驚くな。驚く顔をしたいのはこっちだ!

 

 

 

*1宇宙全てを我が物にせんとする宇宙帝国と、それに抗う宇宙海賊の戦いを描く物語。過去の戦隊全てが地球を守るため参戦し、劇場版では199人の戦士が並び立ち悪に立ち向かう。

*2宇宙犯罪組織から地球の平和を守る、宇宙刑事の物語。特撮の歴史に革新を起こしたメタルヒーローシリーズの初代であり、今でも極めて高い人気を誇る。

*3平成二期仮面ライダーシリーズの開祖。その圧倒的なドラマ性、エンタメ性、格好良さと感動を両立した話作りで、平成最高傑作に推す者も多い傑作。放映から十年近く経った今でも、『最近の仮面ライダーでオススメは?』と質問された時、このライダーの名前が挙がることがあるほど。

*4必殺のプラズマ火球すら邪神にコピーされ、勝機も腕も失ったガメラ。だが子供を守るべく、ガメラが切断された腕の断面で邪神のプラズマ火球を受け止めると、その火球はガメラの『渦巻く炎の燃える腕』へと変わり―――!

*5快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャーの主人公機の片割れ。スポンサーの加護という最強の力を持つ。

*6ウルトラマンオーブ(2016)の恐るべき文明リセットロボ。子供達が見ている番組で平然とウルトラマンの腹を貫く。

*7仮面ライダービルド(2017)の最悪のラスボス。ナメプを誘わないと地球が消されるレベルに強い。




 多分和歌月の年齢・性別・挑戦ジャンル、アクションクラブ所属から女優転向という流れを見るに、一番しっくりくるのはジャパンアクションエンタープライズなんですよね
 でも原作だと所属の名前は剣崎アクションクラブ

 だとするとジャパンアクションエンタープライズの旧名のジャパンアクションクラブと、大野剣友会の名前を混ぜたものか
 あるいはジャパンアクションエンタープライズと並び称される倉田アクションクラブと、大野剣友会の名前を混ぜたものなんじゃないかと思うんですよね
 レッド・エンタテインメント・デリヴァーが元ネタは多分ない

 ただジャパンアクションクラブがジャパンアクションエンタープライズに改名したのは2001年で、アクタージュの原作者さんは2001年の頃は10歳で、多分『ジャパンアクションクラブ』の方の名前で覚えてたわけじゃないと思うので、倉田アクションクラブの方だと推察しました
 倉田では六歳くらいからアクション俳優を育てていたりします


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デート・ア・ライ

 和歌月さんが所属している剣崎アクションクラブ*1は、相当なもんだ。

 アクションに関しては日本で五指に入る、と思う。

 有名所だと、仮面ライダー、戦隊、ウルトラマンのどれでも活躍し、俺達にレーザーブレード復活という歴史学者みたいな仕事をくれた坂木浩一監督がここの出身だ。

 

 アクション俳優の王道出世ルートは、アクションで成功し、その後アクション監督などの監督になっていくルート……なので、和歌月さんもいつか監督になるかもしれねえな。

 そうなった時、俺がその仕事を手伝えたら、楽しそうだ。

 何年経っても助け合える関係ってのには憧れる。

 助け合えるくらいの親しさは、いつまでも保っていてえもんだな。

 

 さて。

 

 アクションクラブってのは、そもそもなんだ?

 この辺がちょっと複雑になる。

 

 まず、俺が親父の仕事についていって見た、巌爺ちゃんの歌舞伎。

 この『歌舞伎』は、一説には"歌い舞う特徴的で画期的な芸"という意味合いが当時あったんじゃねえか、と言われることもある。

 要するに、喉と体の動きで魅せる、っていう演劇の革命だったわけだ。

 

 後に新国劇*2が、剣劇*3というジャンルを確立する。

 新国劇が剣劇というジャンルを作ったのは、「様式美ばっかで歌舞伎にはリアルなアクションが全然ねーじゃん!」という声が大きくなったからだ。

 この剣劇というジャンルが、小内剣友会*4って集団を作る。

 小内剣友会は時代劇とか、色んな撮影にアクション担当で協力したそうだ。

 

 そして剣劇に見放された歌舞伎自体は、ゴジラを走りとして数々の特撮に影響を与え、『変身直後の名乗り』や『決めポーズを取って決め台詞』などを確立させた。

 特撮に継承されたこれをなんと言うか?

 そう、様式美だ。

 

 そして様式美からの脱却を目指した剣劇ジャンルで、「小内剣友会は若い奴に仕事回さねえで仕事を独占してやがる! 独立だ!」という声が上がった。

 これで独立したのが、『小野剣友会』*5である。

 そう。

 仮面ライダーの正義と悪のスーツアクターを担当し、日本全土にその名を轟かせた伝説の小野剣友会だ。

 

 こう見るとこう、なんだ。

 歴史ってのは皮肉だよな。

 小野剣友会は仮面ライダーに戦隊にと、幅広く活躍した。

 つまりだ。

 最終的に、歌舞伎の様式美を脱却しようとした剣劇集団と、歌舞伎の様式美を真似した特撮が混ざったことで、『歌舞伎なのに歌舞伎じゃない』もんが再生したわけだ。

 

 歴史の中でバラバラになってもまた一つに集まって再生するとか歌舞伎くん、お前再生能力持ちの怪獣か何かかよ……?

 

 小野剣友会は天下を取った。

 初代仮面ライダーの視聴率は20パーセントを超え、子供達が好きなものと言えば仮面ライダーというほどで、小野剣友会もその人気の恩恵を受けていた。

 間違いなく天下を取った。

 かに、見えた。

 

 今のアクションの世界で、かつて想像されていた"成長していった小野剣友会"のそれに近い隆盛っぷりを見せてんのは、JAE*6だろうな。

 

 JAEは海外の影響を受け、世界に通用するアクションスターを育成するため、日本で設立されたアクションクラブだ*7

 歌舞伎から発展した日本アクション。

 海外の技を発展した日本アクション。

 この他にも大河ドラマアクションメインの若駒プロダクション*8の技術などが混ざり、こいつが今のアクション界を作る『多様性』ってやつの元になったもんだ。

 

 仮面ライダーと怪人のスーツの中の人も、小野剣友会の役目であったはずが徐々に、JAEの人間がする仕事へと変わっていった。

 

 "これを着て演技が出来るのは岡末次郎だけ、他の者では首が折れる"と言われた100kgのシャンゼリオンスーツを着てアクションし、とてつもない動きのキレを魅せる・岡末次郎*9

 仮面ライダーアギト以降、響鬼を除いた全ての仮面ライダーシリーズにおいて、全ての仮面ライダー中の人を実に18年間演じてきたスーツアクター・低岩成二*10

 この二人は伝説の男達であり、役者能力がもう怖えレベルだ。

 変身前の役者さんを観察し、スーツを着て動きを模倣し、変身前と変身後を同一人物に見せる技を二人共体得しているあたり、バトルバージョンのアラヤさんにすら見える。

 

 この二人は共にJAE所属だが、この二人以外にも目眩がするようなとんでもねえ人達がゴロゴロしてるのがJAEだ。

 数が多い。

 有能が多い。

 よって最終的に出世する奴の数も多い。

 

 まあ、なんだ。

 ざっくり言うと。

 今回俺が請け負った映画の監督がJAE出身、アクション監督が現役JAE、制作進行がJAEから別事務所に移った奴、特撮監督も一時期JAE担当のスーツや小道具を修復してた人だった。

 大なり小なり全部JAE絡みの奴らじゃねえか!

 

 身内臭凄え。

 馴れ合い感強い。

 "先輩には逆らえませんよ"風味がハンパない。

 監督がヤバいことやらかしそうになっても耳に痛いこと言って止めそうな人がいねえ。

 

 今日が現場入り当日ってことで、初日挨拶も兼ねて打ち合わせに参加したが、美術監督としてあんま多く言えたとは思えん結果になった。

 打ち合わせを終えて撮影所を出ると、和歌月さんを見つける。

 なんとなく、彼女が最初に俺の顔を見てホッとしたような顔をした理由が分かった気がした。

 

「どうでしたか?」

 

「……まだなんとも言えないですね」

 

「そうですか……」

 

 酷すぎてなんとも言えなーい。言えることがなーい。

 身内で固める撮影チームとか割と珍しくねえけどさ。

 駄目だ、肌に合わねえ。

 俺とめっちゃ相性が悪いタイプのオッサン達だった。

 俺が合わせるのは良いが、俺があっちに合わせてる限り永遠に改善しねえタイプの人らだ。

 

 俺はなぁ。

 仕事面で他人の仕事にあんま駄目出しできねえタイプなんだよな。

 無理矢理他人の仕事のやり方を変えさせるのがどうにも苦手だ。

 他人の都合で自分の仕事の形を変えんのは得意なんだが、どうにもな。

 

 黒さん。

 黒さんが居りゃなあ。

 あの人、自分の都合で他人を蹴飛ばすの躊躇わないだろ。

 ああいう人がいるといいんだよなあ。

 「お前の仕事と能力は文句なしにクソだ!」って言える人がいると、撮影の流れに出来た淀みなんて全部吹っ飛んじまう。

 

「朝風さんが周りと連携できれば、徐々に方向修正できるんじゃないですか?」

 

「どうにも相性が悪いみたいです。

 監督のイメージが伝わってこない、と言いますか……

 あの監督のイメージの伝え方と相性が悪いみたいで、俺の方が合わせられないんです」

 

「監督のたとえ話がヘタクソと言えば良いのでは? ふわっとしてますからね、言い方」

 

「やめましょうよ和歌月さん」

 

 なんだかんだ樋回真嗣監督*11とかは俺みたいなポジションから見ると良い監督なんだよな。

 アニメの打ち合わせだと「特撮のあのアクションみたいなのやりたい」と言って、特撮の打ち合わせだと「アニメのあれみたいなの演出してください」とか言うから。

 樋回監督のやり方が肌に合わねえって人もいるが、少なくともこの現場よりは良い。

 

 なんつーんだろうな。

 今回の監督、言い方がふわっとしてるだけじゃなくて、頭の中のイメージも多分相当ふわっとしてるんだよな。

 だから監督の脳内イメージをできる限り正確に把握しようとして、できる限り正確に再現しようとする俺と相性が悪い……んだと思う。

 

 この監督に合うのは多分、適当な監督のイメージを適当に形にする適当な人だ。

 その上で、百城千世子を客寄せパンダにして、一定の興行収入を得るタイプの人だ。

 だから俺とノリが合わねえんだ、多分。

 悪いな和歌月さん。

 あんまあんたの期待に応えられないかもだ。

 

「今日はまだ初日ですし、明日はあの百城千世子とデートでしょう。頑張ってください」

 

「ん゛ッ」

 

 こ、こいつ!

 人が真面目なこと考えてる前でそんなこと考えてやがったのか!

 

「最初はビックリしてたのに、今ではすっかり楽しんでますね、和歌月さん」

 

「仕事が完璧な人が、仕事以外でオタオタしているのは見てて楽しいかもしれません」

 

 大御所のスーツアクターとの間に入るのやめてやろうかこんにゃろう。

 

 ……んなことしたら女性アクション俳優が足りなくなって結局俺の首が締まるか。絶対やったらいけねえやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の日曜日。俺は街中の噴水前で待ち合わせしていた。

 そわそわする。

 そわそわする。

 そういうアレじゃないと分かってるんだが。

 

 とりあえず和田倉噴水公園*12で待ち合わせということにした。

 ここは結構俺の好きな風景の場所である。

 クソ、自分の好きなもの基準でしか色々判断できねえ俺が情けねえ。

 

「おはよう、英二君」

 

 来た!

 

「おはようございます、百城さん」

 

 まあ分かってたけど、帽子にマスクにサングラスとか完全に不審者だな。

 まごうことなく不審者だ。

 しょうがないけどな、テレビに露出してる百城さんは色んな服装で色んな人に見られ、色んな角度から色んな人に見られてる。

 つまりそいつは、ちょっとした変装をしたくらいじゃバレるってことだ。

 気持ち悪いなーとは思うが、重度のファンには自分が好きな芸能人は体のラインで判別することも可能なんだとか。こえー。

 

「それで、本当の目的はなんですか?」

 

「デートが目的だよ?」

 

「それで、本当の目的はなんですか?」

 

「えー、エスコートしてくれないのかな?」

 

「それで、本当の目的はなんですか?」

 

「……うーん。

 これは見抜いてたとかじゃなくて、デートに本当の目的があってほしいやつ」

 

 そうだよ。だから本当の目的をさっさと言え。

 さしてプライベートな付き合いがあるでもない俺にあんたがそんなことする理由はねえ。

 そんな好感抱かれるようなことした覚えもねえ。

 オラオラさっさと本当の目的を言え! 言ってくれ!

 

「私、君の眼が欲しいんだ」

 

「と、言いますと?」

 

「君の視点が欲しい。ちょっとね、怪獣を見上げる視点っていうのもピンと来なくて」

 

「ああ、なるほど。俺の役職の『視点』が欲しいってことですね」

 

 そうか、そういうことか。

 百城さんは表現力の鬼だ。

 役を掘り下げて演じ分けることはない。演じ分ける必要がない。

 表現多彩な井村拓哉*13みたいなもんと言うのが正しいだろうか。あれも「全部イムタク」とか言われるし。

 

 役を掘り下げて演じ分け、全く違う演技を魅せる役者は、漫画家で例えるならギャグ漫画とシリアス漫画と恋愛漫画を別連載するタイプの漫画家。

 百城さんのように役の掘り下げと演じ分けがあまり必要ない役者は、漫画家で例えるならギャグもシリアスも恋愛も一つの漫画でやる漫画家だ。

 

 例えば、漫画原作のドラマの主演を、この二種の俳優が演じたとする。

 前者の場合は「○○ちゃん(ヒロインの名前)かわいい、○○ちゃんかわいそう、○○ちゃん頑張れー!」と感想が出る。

 百城さんの場合は「千世子ちゃんかわいい! 千世子ちゃんかわいそう! 千世子ちゃん頑張れー!」と感想が出る。

 つまり、『役の魅力』以上に『百城千世子の魅力』が出て、これ単品でしっかりと商売になる売り物になっちまうのだ。

 黒さんとかこういうの嫌いだよなあ、多分。

 

 要するに、百城さんの演技には意識的な技術が必須になる。

 ビルの合間に怪獣が見えるシーンだって、首の角度をどのくらい上に傾けるのかで、そこに怪獣がいると思わせる『リアリティ』が段違いに変わる。

 空を見上げている百城さんの顔のアップで「あ、何か大きなものを見上げてるんだな」と観客が思えないようじゃ、その映画は間違いなく失敗作だ。

 百城さんはそういうわけで、特撮の撮影に詳しい俺の『眼』を盗もうとしている。

 

 よかったー。

 こりゃ仕事だ、デートじゃねえわ。

 仕事なら安心できる。

 

「英二君の商売道具を盗むみたいで、悪いけど……」

 

「構いませんよ。どんどん盗んでください。それで作品が良くなるならいいことです」

 

「ありがとうね」

 

 百城千世子、『NGを出さずリテイクもない』と語られる人。

 本撮影で全く失敗しない名演者の能力の裏には、こういう細かな研鑽があったんだな。

 

 けど、それは当たり前か。

 白鳥は優雅に見えても水面下で足を忙しなく動かしてるもんだ。

 綺麗に、苦労知らずに見えても、その下地には圧倒的な努力量がある。

 この人に匹敵するような演技を、専門の下積み無しでやれるような人間がいたなら、俺は間違いなく自分の眼の方を疑う。

 

「いくつか仕事道具は持ち歩いてますから、このレーザーポインターを使いますね」

 

 俺はまず、ビルを指差した。

 昼間の街中だ、レーザーポインターはちらっと使うだけにしておこう。注目を集める。

 

「現在の怪獣描写文法だと、設定上の大きさは50mです。

 ミニチュアの作成時、通常は人間の大きさを1.8mと仮定します。

 すると27分の1か28分の1となりますが……これでミニチュアを作るとややこしくなります」

 

「なんでかな?」

 

「ミニチュアは、大きいミニチュアと小さなミニチュアを作ることがあるからです。

 一例を挙げます。

 まず、本物の街で撮影。

 この街を小さくして作った『大きいミニチュア』で、怪獣が暴れるのを撮影。

 そのミニチュアを更に小さくした『小さいミニチュア』を爆破して撮影。

 これで、街の人間の撮影、怪獣が暴れる撮影、街が吹っ飛び消滅するシーンが撮影できます」

 

「なるほど」

 

「こういうのを作る時、4×7の1/28や、3×9の1/27のミニチュアはちょっとややこしいんです。

 なので2×2×2×3の24を使うことが多いです。24分の1ということですね。

 24分の1のサイズの、怪獣よりは大きくないビルを作り、街に並べることになります」

 

 ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY*14でも確か、ウルトラマンティガの身長が53mだっていうのに、設計書でウルトラマンティガの身長を40m扱いにしていたはずだ。

 ミニチュアも全部24分の1で設計されていたはず。

 打ち合わせの時に見た書類を見る限り、俺がこれから設計・造形する各種あれこれも、24分の1設計になるだろう。

 

「だからあのビルの、あの辺りに怪獣の頭が来ると思います」

 

 レーザーポインターをチカッと光らせ、空中に赤い線を引き、撮影で怪獣の頭が来るであろう場所の高さを指し示した。

 

「あの高さかあ」

 

 百城さんは、ビルの合間を見上げる。

 そこに大きな何かがいるかのように。

 身をこわばらせ、僅かに足を引き、後退りする。

 悲鳴を上げそうな演技を一瞬入れ、悲鳴を押し殺して怪獣に見つからないようにする普通の女の子を演じる。

 

 その一瞬、百城さんを見ていただけの俺にも、"そこに怪獣がいるかもしれない"と、一瞬思ってしまった。

 

「どうかな? 怪獣がいそうに見えた?」

 

「はい、バッチリです」

 

 パントマイム*15

 そこに無いものを、あるように魅せる肉体の芸術。

 百城さんの表現力は、そこにないものを視聴者に確かに見せるものだった。

 

 マイムは、技術だ。

 徹底して自分の肉体を研究し、関節を把握し、普段自分がコップを持ったりドアノブを握ったりする一動作で、どんな筋肉や関節を使っているかを完全に把握しなきゃならねえ。

 感覚でやると絶対に失敗する。

 普段人間が感覚だけでやっている所作の一つ一つですら、頭で考えて完全再現するという、基本技のようでとても難しい技なのだ。

 

 感覚や手癖だけで演じてる奴には、絶対にこれはできない。

 コップを持ってない手をコップを持っているかのように見せるマイムなんてのは、理性による身体制御無しには成り立たねえからだ。

 もしも、もしもだ。

 マイムの訓練もしっかり受けずに、そこに無いはずのものを幻視させるほど、精巧なマイムを見せられる役者がいたのなら。

 俺はそいつは、もう人間じゃねえと思う。

 

「こう、かな」

 

 百城さんはビルを見上げる自分をスマホで自撮りして、見上げている自分の首と顎に手で触れていく。

 写真で記録に残し、手で首の角度を覚えてるんだろう。

 首の感覚だけで覚えても、感覚だけでやるとズレが出る。それがパントマイムだ。

 今後撮影中に自分の演技にズレが出ないよう、適宜修正していくつもりなんだろうな。

 プロやべえ。

 

「歩こっか。デートだもんね」

 

「仕事の準備ですよ」

 

 街を百城さんと並んで歩く。

 

 木々が風に揺れていた。

 大スターである彼女と並んでいても、俺がある程度平常心を保てているのは、彼女が帽子にマスクにサングラスと、顔の大部分を隠してるからだろうな。

 でなきゃ、俺はテンパるし、日曜の街は大騒ぎになる。

 

 スターというものは、その名の通り星だ。

 大衆が地から空へと手を伸ばしても、星へは届かない。

 星は、人間じゃない。

 

 有名人は普通の人生を送れなくなる。

 百城さんのように、素顔で街を歩く自由すらなくなり、普通の人と同じ人生を送る権利すら失っちまう。

 面白がってプライベートを暴かれるだけならまだしも、最悪心無い批判に叩かれ、引退に追い込まれ、引退後も晒しものにされ続けることすらある。

 そいつはつまり、売れた俳優の人生は『自分のもの』ではなくなり、『大衆のもの』に成り果てるってことを意味する。

 

 『俳優は大衆のために在れ』。それがスターズの信条だ。

 それは生贄を強いるための言葉じゃねえ。

 恋愛感情に素直になっちまうとか、大衆を蔑ろにして"自分のため"に生きようとすると、大衆は簡単に敵になるっていう警告だ。

 そうなりゃ、本当の意味で人生が台無しになるっていう警告だ。

 俳優は常にこの信条を胸に秘めておけば、間違えることはねえ。

 大衆のために在るってことは、大衆を敵に回さねえってことなんだからな。

 

 百城さんはとっくの昔に、人生の多く、日常のほとんどを、大衆に捧げている。

 

 自由がない彼女を、日曜日まで仕事の質の向上に費やしてる彼女を見てると、浮ついた気持ちでいた俺が恥ずかしくなる。

 平常心を保たねえとな。

 俺にできることは、彼女が俺から盗めるものを、彼女に分かりやすい形で提供することだ。

 

「私が英二君って呼ぶのはいいけど、英二君が私の名前呼んだらバレそうだよね」

 

「あ、確かにそうですね」

 

 そりゃそうか。モモシロもチヨコも響きだけでファンが反応してもおかしくねえわ。

 

「敬語を止めろとまでは言わないから、せめて友達みたいな感じに呼んでくれない?」

 

「え」

 

「私のために、ね」

 

 えー……?

 

「も、モモさん」

 

「モモちゃんにしない?」

 

「も、モモちゃん?」

 

「そう、そんな感じで。いい顔してるよ英二君」

 

 ……。やっぱ平常心は無理だな!

 今までに見たことねえくらい楽しい顔してるわ。

 やっぱこいつ他人で遊ぶのが好きな奴だ!

 

「晴れてて良かったね。いい日曜日だ」

 

「良い青空ですね」

 

「何かを見て、何か思ったら全部教えて。

 英二君が何考えてるか全部教えてくれないと、英二君の眼は手に入らないから」

 

「ええと、そうですね……青空って、合成には鬼門なんですよ。日差しが強い時には特に」

 

「なんで?」

 

「日光があるからです。

 東に太陽があるのに、合成した怪獣の西側が照らされてたら台無しです。

 CGもまた、太陽の位置と照らされている部分を計算しないといけません。

 俺も小物を合成する時には、撮影時に小さなライトを当てて太陽に沿わせたりします」

 

「マメな人じゃないと苦労しそうだね。その調子で思ったこと全部言ってくれればいいよ」

 

 全部か。うっかり変なこと言わないようにしないとな。

 

「この歩道橋ですけど、ちょっと古めかしい物なら紙でも作れるんですよ。足元に気を付けて」

 

「歩道橋じゃ流石に転ばないよ。古めかしい物に限定するのは何かあるの?」

 

「古い方が誤魔化しが利くんです。

 汚したり、サビの塗装したりすると、紙っぽさが消えて本物っぽく見えますから」

 

「紙でも色々作れるんだ、英二君」

 

 歩道橋を二人で上がる。

 歩道橋の下には、六車線のでっかい道路が見える。

 少し離れたところには、六車線を挟むようにして立つビルが見える。

 あのビルの間に、六車線の上に立つ怪獣とかいたら楽しそうだ。

 

「歩道橋の上の百城さんが、あの辺りに立っている怪獣を見上げたら面白そうですね」

 

「あの辺りに? じゃあ、怪獣の頭の高さはあのくらい?」

 

「あ、注意してください。

 今はももし……モモちゃんが歩道橋の高さの分、高さの下駄を履いてる状態です。

 歩道橋の高さは5mくらいはあります。

 ミニチュア作成時の怪獣縮尺の設定身長40mの、1/8です。

 路面から見上げる時とは、微妙な差が生じてしまうかもしれません」

 

「人間の身長で言えば22cmくらいの差かな? それは大きいよね」

 

 百城さんが遠くの想像の怪獣を見上げ、それが歩道橋に近寄ってくるのを想像しながら、首の角度を微調整し、首や顎に手を触れて角度を覚えている。

 パントマイム技術が高い彼女の動きは、本当に自然だ。

 周りに人がいる時にこれをやったら、つられてビルの合間にいる何かを見ようとしてしまう人も出てくるだろうな。

 

「怪獣は大きいので、歩道橋が揺れたりすることもありますね。

 そういう時は手すりにしがみつく演技をしたりします。

 歩道橋が揺れる撮影自体は、カメラを少し揺らしながら撮影するだけでいいですし」

 

「ふーん……こんな風に?」

 

 百城さんが、揺れていない歩道橋が揺れているかのように演技して、手すりにしがみつくような演技を見せる。

 かわいいな。

 かわいいしリアルだ。

 

「そうですね、そんな感じです。

 歩道橋の震えは撮影側が演出するので、体を震わせる必要はないと思います。

 そうなると……必要な演技は、震える歩道橋で怪獣を見上げながらの、怯える表情でしょうか」

 

「だね」

 

 百城さんの演技に表情が伴った。

 ……リアルだな。

 これでカメラを揺らして、ゴジラの鳴き声でも合成すりゃ、それだけで『ゴジラが歩いているすぐそばの歩道橋』のシーンに使えそうだ。

 

 『百城千世子』が既に単独の役として完成してんのは、本当に強い。

 

「仮にそう撮影するとしたら、カメラは中央分離帯あたりに置くことになりそうですね」

 

 俺は歩道橋の下の、右の三車線と左の三車線の間にある、草がもっさり生えた部分を指差した。

 

「ももしろさ……モモちゃんは、歩道橋で撮影したこともあると思います。

 近くのビルの窓、斜め上から歩道橋の上のモモちゃんや共演者を映すやり方などです」

 

「うん、それは何度かやったかな」

 

「でも怪獣とモモちゃんを同時に移す場合は、斜め下からカメラで映します。

 そのために下の道路の間の、中央分離帯にカメラを置くと思うんです。その、スカートは……」

 

「えっち」

 

「……」

 

 このやろう。

 

「と、とにかく。

 斜め下のカメラから映す時の注意点は、最近の歩道橋の幅もあります。

 最近の歩道橋は幅が3mくらいあるということもありますから、考えて使う必要があるんです」

 

「怪獣側かカメラ側か、ってことかな?」

 

 うわっ、凄え。

 説明の途中で気付いたか。

 "自分がカメラにどう映るか"の把握力にかけてはマジでバケモノだな。

 俺みたいな事前知識もねえのに。

 

「その通りです。

 東西に伸びる歩道橋を挟んで、北側に怪獣、南側にカメラがあるとします。

 歩道橋の上のモモちゃんをアップで撮る場合。

 モモちゃんは歩道橋北側ギリギリに寄って、カメラは南側ギリギリに寄ることになります」

 

 歩道橋が3m幅なら、まあそうなる。

 

「ただし、北側の怪獣と歩道橋の上のモモちゃんを一緒にカメラで撮る場合。

 モモちゃんが南側に寄っておく必要があります。

 モモちゃんが北側に寄っていると、南斜め下のカメラからだと、歩道橋が邪魔になりますから」

 

「その場合は……うん。

 私が歩道橋の北側に寄りながら、現れた怪獣を凝視。

 怪獣を恐れるような演技をしながら、南側に後ずさる演技を入れれば大丈夫かな」

 

 いきなり最適解だ、怖っ。……シビれるぜ。だからスクリーンのあんたは、美しいんだよな。

 

「歩道橋は降りる時が一番転ぶので気を付けてください。

 あ、歩道橋のセットですが、登りと降りを同じクオリティで作る必要はないです。

 登りと降りの作りは基本同じで、アップでは片方しか映りませんからね。

 だから登る時の階段を一つ作ったら、それを降りる時の階段にも流用できます」

 

「だから転ばないってば。

 英二君も予算を計算して色々考えてたんだ?

 あれはちょっと考えちゃうよね、出演者としては」

 

 予算がなあ。

 セット作成を抑えて、撮影許可もらった現実の橋を俺がちょちょいと加工して、それで撮影した方がいいかもしれん。

 ……ロケは関東だけで終わらせてくれるとありがてえんだがどうだろう。

 県外ロケでゴリっと予算使う人多いんだよな。

 

「モモちゃん、ここにビルがあります」

 

「あるね」

 

「井下泰幸*16さんという方は、歩幅でこの大きさを測りました」

 

 ビルの横を歩いてみる。

 距離を測るのは基本メジャーな俺は、歩幅だけじゃ大きさは分からん。

 

「そして測った大きさを反映し、1950年台から60年台に名作ミニチュアの数々を作り上げました」

 

「こんな風に?」

 

 たん、と微笑んでいそうな百城さんが、楽しげな音を響かせるステップで、ビルの横を歩く。

 

 ……ステップが軽やかだなあ。

 しかも足元を見てると分かる。一歩の歩幅が全部同じだ。

 目を瞑ったままステージを歩いても、ステージから落ちなさそうだとすら思える。

 

「縮尺を頭の中で再現できるというのは大きいです。

 それは自然な演技と直結しますから。

 "怪獣の姿が合成される前の百城さんが見たセットの街"。

 "怪獣のスーツアクターさんが見ているミニチュアの街"。

 この二つをシームレスに繋げて、頭の中で一つの画にイメージできると良いですよ」

 

「そっか、それが英二君の見てる景色なんだ」

 

 その通り。

 

 イメージは現実のように、頭の中に作る。

 現実はイメージのように、セットに作る。

 現実とイメージの境界を技術的に消失させ、滑らかに頭の中の映像を動かしていくのが基本だ。

 

「カフェでも入りましょうか」

 

「へー」

 

 さて、屋内のことも何か説明しておくか。何から解説していこうかな。

 このカフェ内だと何か使えるものとかあるかね。

 ……ん?

 あ。

 今の「へー」は『君が女の子をさらっとカフェに誘えるとか全く思ってなかったよ』的な意味の「へー」か!

 しまった。

 百城さんに色々伝えることを考えすぎて、『女の子をカフェに誘うって恥ずかしくね?』っていう基本的な思考が浮かんでなかった! バカか!

 ほーら見ろ百城さんのこの顔を!

 こいつは人心掌握に長けた天使が不器用な男を見て笑いをこらえきれない顔だ!

 マスクとかでほとんど見えねえけど声で分かる!

 

「私が注文しておくから、また何か話を続けてくれると嬉しいな」

 

「ん、そうですね……あ、このテーブルの馬の木彫りの人形、バルサですね」

 

「バルサ?」

 

「ハリウッドの特撮で派手に壊れる建物に使われる、柔らかい木材ですよ。

 柔らかいので加工しないと壊れやすいですが、本当に加工しやすいです。

 日本でも昭和の頃、デザイン打ち合わせの時にバルサの彫刻モデルを使ったんですよ」

 

「この馬が? そうなんだ」

 

「そうですね、市販のバルサブロック千円分くらいあれば……

 モモちゃんの人形がたぶん40くらい作れると思います。安いですから」

 

「作りたいの?」

 

「作りませんよ。大女優に不快な気持ちを味わわせるわけにはいきませんから」

 

「ご注文のダージリンティーとケーキセットです。ごゆっくりどうぞ」

 

 あざっす店員さん。

 あーこのお茶俺好きなやつ。

 ケーキもハイセンス。

 

「例えばここで俺達が食事しているシーンで、怪獣が来るとします」

 

「うん」

 

「その場合、基本は平面です。上は見ません」

 

「天井があるからね」

 

「そうです。屋内では『怪獣を見上げられない』んです。

 見えるのは横のみ。

 揺れる路面、揺れるお茶、道路を転がる何か、先だけ見える怪獣の足。

 そうしたものが入り口向こうに見えて、登場人物が悲鳴を上げる。これが基本でしょうね」

 

 俺はテーブルの上のお茶を揺らす。

 安上がりな撮影にするなら、テーブルとコップとお茶を用意して、テーブルの下にテーブルを殴るスタッフを一人入れて、俳優さんが揺れるテーブルを見て動揺する演技をすりゃいい。

 それだけで、『怪獣が歩いて来てテーブルとお茶の水面が揺れる』ってシーンは十分に撮影可能だ。低予算ならそれはそれでやり方はある。

 入り口から怪獣の足が見えるだけなら、安い外側だけのハリボテ足でもいいしな。

 

「役に入りすぎると、つい見上げそうになると思いますが気を付けてください。

 屋内の人は、屋外の人と違って"大きなものがいる"とは分かりません。

 役者は怪獣だと分かっていても、登場人物が怪獣を知らない場合に齟齬が出ます。

 左右に首を振って『なんだろう』と動くのはいいですが、上を見ようとすると矛盾するんです」

 

「うん、ありがとう」

 

「ただし、見上げさせたい監督さんというのもいます。

 そういう場合、演出として床が揺れるのではなく、天井が揺れるように画を見せます。

 その場合は、自然に客が上を見上げる構図になり、天井が壊れ怪獣が……

 という風な流れになることもありますね。監督がどういう画を撮りたいかにもよりますが」

 

「監督の撮りたいものを考えると、主人公に極端に危機が迫る画は少ないんじゃないかな」

 

「……確かに」

 

 監督についても意見を交わしつつ、ほどほどに時間を潰してカフェを出た。

 お、鳥。

 

「いいですよねあの小鳥。機械で作ってみたいです。

 俺、作れないわけじゃないんですけど、アニマトロニクスやる機会少ないんですよ。

 動物人形を機械で作るやつですね。

 前に作ったのは生々しい深海魚だったんですよ。

 モーターで体が動いて、背びれあたりに透明な棒を付けてあるんです。

 モーターはあくまで体の動きだけで、水中を動くのは俺が持った棒でなされるんですね」

 

「あはは、本当は泳いでないんだ」

 

「そうなんですよ。

 これをブルーバックでクロマキー合成*17

 他で確保しておいた泡の合成素材と一緒に、暗いスタジオに合成すると……

 なんと不思議。深海にも行ってないのに、深海の特撮映像の完成というわけです」

 

「深海魚って、あの寄生虫みたいな形の?」

 

「寄生虫基準で容姿を語るのどうかと思いますよ?」

 

 虫博士かよ。

 あ、あの木、形がいいな。今度ミニチュアの参考にしとこう。

 その向こうにはコンビニがある。

 

「あ。見てくださいモモちゃん、コンビニの看板ですよ」

 

「そうだね。どこでも見るやつだね」

 

「あれの基本フレームはアルミなんですよ。

 アルミを粉々にして塗装して、上に黄色を塗ると金属感のある金塗装になるんです。

 ライジングアルティメットとか、金色の仮面ライダーはそれで塗装してるんですよ」

 

「英二君は金色はピンポイントにしか使わないよね?」

 

「俺の仕事よく見てますね。

 派手なので、確かに全体に派手に使うことは多くないです。

 あ、あの看板の土台や四隅はアルミじゃないですよ。プラスチックです。

 雨にも風にも強く、傷が多少ついても目立たず、壊れない。良いですよね」

 

「私は見ただけじゃ分かんないかなあ」

 

「看板に付いている色は着色ポリエチレンと、表面処理の塗料ですね。

 傷に強くするためにASA樹脂も使われてるみたいです。

 看板の大半は高密度ポリエチレンで出来ているみたいです」

 

「それだとどうなるの?」

 

「この看板から仮面ライダーの装甲が作れます。

 モモちゃんに似合う花の髪飾りだって作れますよ」

 

 ポリエチレン万能説。

 かつてポリエチレンで山森さんがぶっ壊した仮面ライダーの目も直したもんだ。

 すっと、一瞬、百城さんの目が細まった気がした。

 

「私に髪飾り? 遊びで適当なのを作ったりするだけの話じゃないの?」

 

「もし作ることになったら、その時はちゃんと本気でやりますよ。

 そうですね……青い花の髪飾りとか作るでしょうね。

 作り物が美しくなかったら、誰も本物じゃない作り物なんて求めないじゃないですか」

 

「……」

 

「人が作り物を求めるのは、それが本物より良いからです。

 俳優が演じる人物も、俺が作る物も、作り物の世界も、そういうものでしょう。

 百城さんに何か作るとなったら、俺は現実の花のどれよりも美しいものを目指しますよ」

 

 天然の何かより、人の手で仕上げられた何かの方が美しい。

 だから俺に俳優って原石を磨いた宝石を指輪にしろって言ったんだろ、巌爺ちゃん。

 

「ま、それはまたの機会にね。

 英二君が英二君のままなら、その内貰えそうだから今はいいや」

 

「俺が俺のまま?」

 

「今日、私はね」

 

 並んで歩いていると、ふわりと百城さんが前に一歩を踏み出す。

 ふわりと髪が揺れる、軽やかな一歩。

 地面を歩いているのに、空を歩く天使のような一歩だった。

 

「英二君は四六時中仕事のことや、綺麗なものを見てるんだなって、再確認できた」

 

 百城さんは視線を走らせ、周囲に誰もいないことを確認して、マスク等を外して俺に微笑む。

 

 今日初めてみた、とても綺麗な、百城千世子の微笑みだった。

 

「撮影で英二君にできないことは、私がすればいいとして」

 

 ? 百城さん?

 

「俳優は大衆のために在れ。それがスターズ。

 じゃあ俳優じゃない君は、誰のために在るのかな」

 

 聞くまでもねえだろ、決まってる。

 

「作品のため、それと俳優(あなた)のために在ります。一緒に同じゴールを目指す仲間ですから」

 

 俺の返答は、正解だったのか、間違いだったのか。

 陽気な笑顔が、百城さんの顔に浮かんだ。

 ……また内心が読み辛え。

 

「不安要素は多いけど、英二君がいるなら仕事はなんとかなりそうな気がするかな」

 

「買い被りすぎですよ。不可能なことの方が多いんですから」

 

「君を信じて裏切られたことなんて、一度もないじゃん」

 

「―――」

 

 うっ。ストレートな信頼に、ちょっとぐらっときた。

 俺はそういう風に見られてたのか。

 でもそれで"なんとかなる"と思い込まれたら、百城さんがどっかで俺を信用したせいで痛い目をみるかもしれねえ。

 

「違いますよ。それは俺に能力があるとか、そういうことじゃないんです」

 

 そう言われるのは嬉しいが、事実を言っておかねえと。

 

「あなた達の期待を裏切りたくない。

 だから頑張ってるだけなんです。

 俺が知ってる皆の輝きを、皆に知ってほしいだけなんです。それだけですよ」

 

 俺は裏方だ。

 裏方に期待なんてすんなよ。

 成功して当たり前、失敗したら怒るくらいでいいんだ。

 俺達の成功ってのは、あんた達の成功なんだから。

 

「だから君は、ずっと俳優(わたし)の期待を裏切らないでいてくれてるんじゃないかな」

 

 そう言って、百城さんは表情を変えながら、サングラスとマスクを付け直す。

 

 最後の笑顔は、マスクとサングラスに隠されて、よく見えなかった。

 

 

 

*1アクション監督、アクション俳優、俳優の育成クラブ。拠点は東京、大阪、香港。空手、中国拳法、柔道、合気道、剣道、居合道、古武術などを基本に教えている。

*21917年設立。『歌舞伎よりもよりリアルな立ち回り』を目指した、男性人気が非常に高かった大人気劇団。剣を使い最大限に活かす演劇という新ジャンルを開発した。男が剣アクション好きなのは当たり前だろ!

*3主に刀を使う劇。剣ではなく刀。当時歌舞伎とは違うスピード感のあるアクションを演劇の世界に持ち込み、観客を大興奮の渦へと巻き込んだ革命児。

*4創設者が『娯楽の王様が映画だった時代が終わり、テレビの時代が来る』と予見していたことで有名。

*5剣劇が源流のため、この剣友会が演じた初期の初代仮面ライダーや怪人達は、よく剣を使ったアクションをしていた。

*6ジャパンアクションエンタープライズ

*7旧名がジャパン・アクション・クラブ。昔の特撮のスタッフロールにはこっちの名前で載っていることも。

*8剣アクションならともかく、刀のアクションならこちらの界隈の方が上手い。そもそも時代劇の『馬から転げ落ちる演技』とか普通の演劇界隈じゃ発達しねー技術に決まってんだろ!

*9模倣とアクション両方において『達人』と呼ばれるスーツアクター界の怪物。

*10『ミスター平成仮面ライダー』の異名を持つ。台詞も表情も許されないスーツの演技で、何十人というヒーローを全て演じ分ける怪物。

*11代表作:平成ガメラ、シン・ゴジラ、ふしぎの海のナディア、精霊の守り人etc

*12皇居外苑の綺麗な噴水がある場所。高さ8.5mの大噴水と小噴水の組み合わせは芸術的。そのため特撮の撮影にも使われる。特撮好き野郎に自覚はないが、デートスポットとしても非常に高い人気を誇る。

*13なんで龍が如くの新作の主人公やってるんですか?

*142000年3月公開、劇場版ウルトラマンティガ。スタッフの『主人公がヒロインと結ばれる結婚式に元カノが乗り込んでくることって恐怖じゃないですか』というコメントと、それをやる采配が恐ろしい。

*15海外では単純に『マイム』と言う。海外での『パントマイム』は「時代遅れだから」と国際マイムフェスティバルからカテゴリ除外されてしまった、一部の古い演技体系のことを指す。

*16黒さんとの仕事時に、英二が家具作成で参考にした人。日本アカデミー賞の一つを受賞したほどのミニチュア職人。世界中が注目した日本のミニチュア技術を独自に編み出した天才の一人。

*17ヒゲオヤジ監督との共演で英二が考えてたもの。青背景で撮り、青をなかったことにする。青を消すので、水中の特撮映像に最適。




 世界は彼にとって玩具箱と同じなんだと、百城千世子は思った


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一難去ってまた一難

 各仕事を分担する特撮分野では、能力こそが重要だ。

 いや、違うな。

 これは正しくない。

 『技術と経験こそが』重要だ。

 

 未経験者をいきなり撮影にぶっこんで、経験を撮影中に積ませて、撮影中に一人前まで成長させるっていうのは日曜朝番組の特権だ。

 映画は撮影スケジュールがギチギチで、余裕がねえ。

 だからできるやつにやらせる。

 この撮影場所における"できるやつ"は、俺だった。クソァ!

 

 いい人材はいるっちゃいる。

 映像編集チームや脚本の人は言うことないくらいで、スーツアクターといい主演女優・百城千世子といい、演者も粒揃いだ。

 粒揃い。

 ……この単語を悪い意味で使うとは思わなかった。クソァ!

 

 能力ある人がチラホラいても、全体の平均値が低い。

 超有能な人が一人いるとそうじゃない人が他に五人くらい居る気がする。

 バランスが悪い!

 俺は美術監督だが、実質特撮監督補佐で、操演責任者で、造形責任者で、照明総指揮やらせられてるようなもんだ。

 他にまともな経験者がいねえからだ。クソァ!

 

 人手は十分以上に揃えられてるし、経験が無いだけで将来的に有望な人も多い。

 が、経験者が足りない。

 責任者とか、セクションごとに指示出して舵取ってくれる人がいない。

 指示待ちの手足が多すぎるのが、俺とかの負荷を倍増させてやがる。クソァ!

 

 しかも監督と俺の間で、イメージを共有するところでまた苦労してる。

 この監督は主体性が薄い。

 性格の主体性は強すぎるくらいなんだが、作品イメージの主体性が薄い。

 俺と仕事の上でぶつかり合うんじゃなくて、ぶつかり合うところがねえ。クソァ!

 

 ふわっとしてる。

 この監督"こんな感じの作りたいな"とは思っていても、"こんな形に完成させたい"っていう完成形のビジョンが出来てねえ。

 指示がふわっとしてるだけなら俺が意図を汲んでいい感じに仕上げりゃ良いんだが、この人はそもそも完成形がふわっとしてるんで、俺が柔軟に合わせると大変なことになる。

 ふわっとしてるもんに柔軟に合わせたら、芯がねえ作品にしかならねーよ!

 

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 あ、相性が悪い!

 この監督が何もかも悪いってわけじゃあねえんだが、俺と相性が悪い!

 

 俺が特撮の秘蔵技術とか披露すると、それに引っ張られて監督の完成形のイメージがブレて、監督が脚本を修正させる。お、お前ッー!

 だ、駄目だ。

 変に良い特撮のやり方を俺が見せると、監督が引っ張られる!

 『これ面白い、脚本変えてでも色々入れてみよう』ってなるから悪化する!

 俺の技術が足引っ張ってる! クソァ!

 

 プロデューサーと監督が仲良いせいで基本監督の方針が支持されてどうしようもねえッ!!!

 

 ただ、細かい指示が出されてねえから、百城さん以外の俳優陣の中の、経験が浅い若手勢の人達はかなり喜んでる。

 自由に伸び伸び演技ができるのが楽しいみてーだが、それで俳優の個性が出てるものの、統一感があんま出てねえ。

 俳優個人の魅力は出てるんだが、映画としては正直怖い。

 ギャンブルだろこれ。

 全員の個性が噛み合ったらウケるかもしれねえが、十中八九不協和音が出る……しかもなんだ、明確な目標を目指して撮影した結果こうなってるってわけじゃねえのがまた怖い。

 

 監督が俳優を伸び伸び演技させてるから、半ば制御不能になってるだけだ。

 

「監督、打ち合わせで俺が言っていた件なんですが」

 

「君は何度同じことを言うつもりかね朝風君。

 スケジュールと演出は役者全体を見て決めるものだよ。

 君の言う通りにしたら撮影が破綻する。役者の再オーディションなど正気かね」

 

「……すみません」

 

 いや、まあ、俺も無茶言ってんのは分かるわ。

 

 だけどな、顔だけで選んだモデルを直感的に出演者採用とかお前本当にやめろよ。

 いやモデルが悪いって言ってんじゃねーよ。

 俺もモデルが出て来た特撮とか、芸人出演や芸人声優とかの映画好きだよ。

 だけどな、なんかこう……駄目だろこれ! モデル出演者を仕上げる時間がねーよ!

 外見以外あんまよろしくねえ!

 

「朝風君、それよりも何かもっと面白い技術はないかね?

 あの炎スプリンクラーは素晴らしかった。

 心打たれる思いだったよ。他に見栄えのするものがあれば作品に取り入れたいのだが」

 

「あの、監督のイメージに沿った演出を絞って使った方がいいと思います」

 

「派手な演出から見せてくれたまえ。あ、ナパームで何かいい感じにできるかな?」

 

「……すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます。すみません、お話の最中に」

 

「ウンコかね。派手にぶっ放してくるといい」

 

 派手なら何でも良いのかよあんたは! 監督! しっかりしろ!

 

「ヤベえ、悪い噛み合い方し始めた……どうしよう」

 

 逃げ出した俺は途方に暮れる。

 どうすんだよ。

 変な意味で八方塞がりになってきたぞ。

 おや百城さん、こっち来てどうしたんですか。

 

「駄目だなあ、英二君は」

 

「大変申し訳無い……」

 

 微塵も言い訳できん。

 

「こういう時は、現場の人間関係をちゃんと見て、話の通し方を考えないと」

 

「百城さん?」

 

「ちょっと待っててね」

 

 小さく手を振り、百城さんは心地良い足音のリズムで監督に向け歩き出していった。

 監督に近寄り、可愛らしくあざといような、けれど正面から見ると自然に見える動きで、可愛いという印象を持たせつつ監督との距離を詰める。

 

「監督」

 

「む、千世子くんかね。どうかしたかね?」

 

「ちょっとお願いがあるんです。聞いてくれますか?」

 

「おお、いいともいいとも。私にできることならね。何かね?」

 

「脚本さん達のお願いを、聞いてあげてほしいんです」

 

「ん?」

 

 両手を合わせて可愛くお願い、してるようにしか監督の方からは分からないだろう。

 第三者の視点から見てるから分かる。

 会話の間の取り方が完全に女優モードだ。

 百城さんと、監督と……あれは映像編集チームのチーフと、脚本の人だ。どういうことだ?

 

「監督、撮影スタッフと脚本の総意です」

「撮影計画を見直した方がいいんじゃないですか?」

 

「む、そうかね?」

 

 総意? いつの間にそんな方向性で意見の統一が?

 

 ……!

 

 そうか百城さん、映像編集チームでそれとなく話を振って、チームの中に『このままだと撮影がマズい』って共通認識を作ったのか。

 そして脚本も同じように誘導して、映像編集のチーフと脚本の人が一緒に監督に直訴しに行くよう、誘導したのか。

 

 待てよ。

 そうだ。

 スポンサーとかから、監督は口が酸っぱくなるほど色々言われてるはずだ。

 

―――ついたあだ名が興行収入ボンバーマンですよ。大丈夫なんですか

―――今回はスポンサーがぎっちり監査してますし

 

 そんな会話を、俺はした。

 監督は俺の知らないところでもスポンサーから色々言われてる、それは間違いねえ。

 んでもって、周りが身内だらけの監督から見りゃ、俺は監督サイドじゃなく、スポンサーサイドやスターズサイド寄りに見える……そうか、だから俺の意見があんま通ってなかったのか。

 

 だけど脚本と映像編集は、俺の知る限り監督のイエスマンじゃなく、かつ初期に監督達が集めたスタッフで、撮影状況がマズいと判断できるレベルには有能だった。

 ここに目をつけたのか。

 いや、言われてみりゃ確かにここしかねえ。

 百城さんに誘導されてくれるポジションで、自分の意志で今の撮影に反抗し、監督に素直に意見を聞かせられるのはここだけだ。

 もうここ以外で監督に意見通せそうなのは全員、監督のイエスマンしかいねえ。

 

「むぅ……そこまで言われたなら、一度打ち合わせてみようか」

 

「わぁ、ありがとうございます監督!」

 

「うむ、主演の千世子くんにも気を使わせて申し訳ないね」

 

「私も監督が頑張っているこの映画を、監督のために完成させたいんです!」

 

「千世子くん……!」

 

 あと、あれだな。

 男は基本自分に好意的(に見える)女の子に弱え。

 女の子の"お願い"が間に入ると一気に角が立たなくなるな。

 百城さんは女優トップクラスの外面の良さと、普段からキャラ作りを徹底する強固なイメージ戦略の実現者だ。

 実績があって超いい子に見える可愛い主演女優の『お願い』の破壊力は高い。

 

 あ、つかそうだよ。

 この監督、監督ってことは高確率で主演女優に百城さん選んだ人の一人はこいつじゃねえか!

 そりゃお願いが効く可能性高えわ!

 そこまで計算してたならもう怖いレベルだぞ百城さん。

 

 あ、戻って来た。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

「最近思ったけど、英二君って派閥闘争とか苦手そうだよね」

 

 うるせえ。

 お前の対人能力を基準にするな。

 俺は仕事してりゃ満足なんだ。

 

「ねえ。加工してない現実は、美しくないよね」

 

 ……解釈に困ることを言うな。

 百城さんは俺の目に映る現実を持っていったが、百城さんの目に映る現実は、そうなのか。

 

「私達は加工した美しい現実を売る人達。英二君には、わざわざ言うまでもないかな」

 

 ああ。

 そりゃ、間違いない。

 

 花畑は自然のままでも美しいが、間にある膨大な雑草を切った方が美しい。

 自然の子犬は可愛いが、汚れを落として毛並みを整えてやった方が可愛い。

 宝石は原石のままでも煌めくが、売り物にするなら磨いて指輪にしないといけねえ。

 ドキュメンタリーだって、現実を切り取ってどう見栄え良く加工して人に見せるかが重要だ。

 

 巌爺ちゃんは人を磨いてより輝かせる。

 俺は人の傍に添える、人を引き立てる何かを作る。

 百城さんは……積み重ねた技術で、自分を輝かせてるってところか。

 

 世界のどこかにある美しいもんを、手を加えて美しく仕上げるのが俺達だ。

 少しだけ手を加えて、美しく仕上げる。親父は『それが技だ』と言っていた。

 百城さんは、『加工した美しい現実を売る』と言った。

 本質的には、多分同じことだな。

 

「英二君が全力を出せない枷要因になりそうなものは、これで結構マシになったと思うよ」

 

 なんつーか、恐ろしい。

 この人は今、あんなにとっちらかってた撮影現場をその手で少し加工して、美しい流れに乗せてみせたんだ。

 感覚で分かる。

 空気が違う。

 撮影の流れが、前ほど悪くなくなってる。

 

 そういや、前に聞いたことがある。

 百城さんは以前、俳優だってのに撮影現場全体に影響を及ぼし、監督から制作進行までコントロールして、撮影全体の舵取りをしたことがあったとかいう噂を。

 もし、あの噂が本当なら。

 

「頑張ろう? 英二君」

 

「……はい!」

 

 撮影現場全体が、百城さんの独擅場になったのか?

 もしかしたら、もう現場は百城千世子監督がコントロールする撮影に変わったのかもしれん。

 少なくとも、監督が百城さんの『お願い』を聞く関係性になった以上、これまでとは撮影の流れが明確に変わる可能性が高い。

 百城さんが全体を調整できる。

 

 ……ん? 待てよ。

 俺と監督の相性は悪かった。

 悪かった、が。

 もしも今の流れの変化が、流れの主体が百城さんに変わったことを意味するなら。

 俺と監督の相性問題は、俺と百城さんの相性の問題にすり替わるのか……?

 

「今度は俺の仕事で、恩返しに百城さんをより輝かせてみせます」

 

「あら、凄く気合い入ってるね」

 

 監督筆頭に悪い要素しかなかった制作陣だが、百城さんが微調整に入ってくれんなら、俺がかなり自由に動ける!

 これなら、俳優の方のカバーに行ける! 百城さんの負担も多分減らせるぞ!

 

 人材の偏りは……まあ頑張って穴埋めするしかねえか。クソァ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影は進む。

 撮影と、撮影準備と、撮影後始末、全部やんなきゃならんのが面倒臭えところだ。

 撮影現場全体に目を走らせてる監督の目を意識して、その上で微調整している百城さんの意向を読み取りつつ、俺も現場全体を見ておかねえと。

 

「ああちょっと待ってください! 弁当箱捨てないで!」

 

「はい?」

 

「後で使うかもしれないので、取っておいてください」

 

「弁当箱を……ですか?」

 

「はい。いい形してますよこれ」

 

 仮面ライダー電王*1では、時の列車ゼロライナーの側面に弁当箱を貼り付けている。

 轟轟戦隊ボウケンジャー*2でも、遺跡の柱をよく見て拡大するとゼロライナーと同じ弁当箱が貼り付けてある。

 この映画の予算は少ないわけじゃねえが、百城千世子主演の特撮映画として成功させる質を求めるんなら、もう相当にギリギリだ!

 スタッフの弁当箱一つ捨てないくらいの気概で行くんだよ!

 

「あの、朝風さん」

 

「和歌月さん、お疲れ様です。撮影上手く行ってるみたいですね」

 

「おかげさまで。それで、弁当の空き箱を洗ってるのは何故……?」

 

「ここからの特撮撮影予定を考えてる間、腕動かしてないのがもったいないので」

 

「休ませていいんじゃないでしょうか」

 

「いいんですよ。手だけ動かしてる時は逆に頭が暇ですから何かしら考えてますし」

 

 和歌月さんは途中で派手に死ぬ街の女キャラ役だが、まあいい感じにハマってるよな。

 

「百城さんが引っ張っている俳優の方の撮影は撮りやすいでしょう?」

 

「あ、それは感じました。あの人の周りは流れがスムーズな気がします」

 

「現場レベルで引っ張ってくれる人がいるのはいいですよね」

 

「スターズのレベルの高さを感じさせられました。……スターズはやはり、憧れますね」

 

 ぬ?

 

「女優部門の俳優発掘オーディションが日程まで発表されてましたよ。応募してみては?」

 

「……考えておきます」

 

 付き合いが浅いとどういう意味合いでこの返答したのかよく分からんな。

 

「それで、どうしました? ここに来たなら俺に何か用があったのでは?」

 

「あ、少し気になったことがありまして。

 人間のシーンで雨を降らせて、怪獣の出現と爆発のシーン。

 そこまではいいんですが、何故その後の怪獣のシーンで雨を止めさせたんですか?」

 

「ああ、それですか」

 

 雨ね。

 

「一つは合成班の負担を減らしたかったからです。

 雨という要素が入った合成は一気に苦労が増します。

 なら、その分の労力を他に回してほしかったんです。

 あとは、スーツの素材が雨を乗せるにはちょっと不安だったからですね」

 

「雨を、スーツに乗せる?」

 

「雨の水滴は表面張力で一定の形や大きさになります。

 一旦落ちれば、人間の体の上でも、怪獣スーツの上でもです」

 

「あ」

 

「昔霧吹きで再現してみようとしたんですよ、怪獣の体表に乗る1/24の雨粒。

 でも全然駄目でした。リアルでない上に、カメラに全然見えないんです。

 水滴が集まってスーツ表面で丸まり、巨大感が損なわれたことまでありました。

 ですので雨はそもそも降らせないか、怪獣の体表で丸くならないようにするかなんです」

 

「なるほど……」

 

「ただ、雨に濡れた路面や地面を怪獣が歩いた跡は仕込むつもりです。

 和歌月さんは街中の怪獣の大きな足跡の横を走ることになると思いますよ」

 

「分かりました、微力を尽くします。

 ……もしかしてなんですが、雨の後に爆発がある撮影にも意味があるんですか?」

 

「もちろんですよ、雨で肌を守っているんです」

 

 女優を水濡れにして万が一にも火傷しないようにしてんだよ。

 

「仮面ライダーディケイド*3でも、第一話の撮影は雨→炎の順です。

 水降らしは女優の皆さんの肌を絶対に傷付けないための、俺のルールだと思ってください」

 

「……意外でした」

 

「何がですか?」

 

「いえ、あまりそういう繊細な気遣いをする印象がなかったので」

 

 なんだ剣崎アクションクラブからはそういうイメージ持たれてんのか俺。

 火傷防止のジェル配ったりとか色々やってんだけどな。

 アクションクラブはスーツアクターやスタントマンがメインだから、そんなもんなのか?

 

「皆さんの演技以外の物は全て俺が用意します。安心して撮影に望んで下さい」

 

「助かります」

 

 和歌月さんはうやうやしく頭を下げて、他の俳優と合流していった。

 結局スーツアクターの大御所と全然話してないなお前。

 実績多いベテランのオッサン多いから仕方ないのか。

 

 さて、撮影も日程進んできた。

 いい感じに進行も安定してきたな。

 

 

 

 

 

 と、思っていたバチが当たったのかもしれん。

 

 

 

 

 

 その日、撮影所に衝撃が走った。

 

「―――予算が、尽きた? 追加予算もない?」

 

「監督ぅ! なんですかこれ!?」

 

「私も知らんわ! 初耳だ!」

 

 予算が尽きた。しかも誰一人として「俺のせい」とは言わず、関係者全員が「は?」としか言っていないような、青天の霹靂であった。

 はいはい予算予算。

 で、俺は誰を殴りゃいいんだ?

 

「英二君、空が綺麗だよね」

 

「ですね。今日も綺麗な青空です」

 

「空は悩みがなさそうでいいよね」

 

「空は空で空っぽい悩みがあるかもしれませんよ。空が高所恐怖症な可能性もありますし」

 

 俺達、何の話してるんだこれ。いや何考えて現実逃避してんだろうか俺達。

 

 この最悪の事態は、各所の小さな齟齬とミスと思い込みが噛み合った結果発生した。

 プロデューサーは下が上手くやると思っていた。それが慣例だと思っていた。

 棘谷系のスタッフは自分の会社のやり方で費用や予算を計算していた。

 西映系のスタッフは自分の会社のやり方で費用や予算を計算していた。

 スポンサーの会計処理が、一部処理を忘れていた。

 制作進行はプロデューサーとその周りが多くを処理するタイプの制作現場にいた。

 当時海外の特撮展開を担当していた新人が抜擢され、この映画の各処理に採用されていた。

 更には予算を食い潰していた機材や県外ロケ代。

 他にも色々。

 

 そのせいでなんとこの時代に、撮影中に突如予算の枯渇が発覚するという事態が発生したのだ!

 明日世界滅ばねえかな……クソっ……

 

 そしてそこに、リカバリの利かない額の予算がクリティカルヒットした。

 めっちゃ金かけた映画は予算に余裕がある上、スポンサーに金持ちが多いので追加予算も出してもらいやすく、失敗してもやり直しがききやすい。

 が、ここの監督は興行収入ボンバーマン。

 この映画予算を見る限り、最初の予算要求の時点でギリギリ上限ってレベルだ。

 現状の予算が上限で、追加予算は望めねえ。

 

「監督、撮影続行も不可能ですか?」

 

「予算の枯渇とはいっても、現在香盤*4を見る限りは問題ないんだ。

 あくまで、このまま撮影を続ければ予算が枯渇するという話でしかない。

 だが……その……君の担当である、美術・特撮・造形は、もう予算を使えない」

 

「何もできないと、そういうことですか?」

 

「今あるものを使うならいい」

 

 俺達の撮影最後なんで、まだ映画に必要な物全部作り終わってないんですけど。

 物は作れ、ただし何も買うな、って言いてえのか? ええコラ。

 監督は弱々しく笑みを浮かべた。

 

「わるいこの無人島0円生活って、知ってるかい……?」

 

「0円でどうにかしろとか言いたいんじゃないでしょうね、監督」

 

 ぶちころがすぞ。

 

「無理かね……?」

 

 ……。

 

「できます。やれます。任せてください」

 

「―――! おお、ありがとう、ありがとう!」

 

 あーもう。

 ヤケクソだわ。

 もう七割がた仕事は終わってんだ、あと三割どうするかな。

 

 え、マジで0円? こっから何も買えない? やべーどうすっかな。

 あと最低でもスーツを三着新造する予定だったよな確か。

 あれと、あれと、あれを組み合わせて……そっからどうすっかな……どうしよう。

 

 制作費0円とか低予算映画の究極だな、はっはっは! 笑えねえよ!

 

「できないならできないって言っていいよ。誰も英二君を責めないから」

 

 百城さんが心配そうに言ってくる。

 和歌月さんが勢い良く頷いていた。

 周りも皆頷いている。

 一体感を感じる……かつてない一体感を……皆『お前でも無理だよ』って心で言ってる……! 俺もそう思うが今更投げ出せねえよ。

 

「皆さん、特撮ロボットドラマ『77部署合体ロボダイキギョー』をご存知ですか?」

 

 皆に呼びかける。

 まだ終わってねえ。

 完全なチェックメイトじゃあ、ないはずだ。

 

「77部署合体ロボダイキギョーの企画が始まり、プロデューサーは言いました。

 『会議室一部屋分くらいの予算で十話完結のドラマ作れない?』

 監督は言いました。

 『じゃあロボットもので行きましょう』

 美術スタッフは言いました。『コクピット一つ作ったら予算が尽きたんですけど』」

 

「一から十まで狂気しかない話を聞かせて正気を奪いに来るのやめない? 朝風君」

 

「これですら特撮ロボットドラマを名乗っているんです」

 

 俺の限界はどこにあるのか。

 俺ですら知らない。

 そいつを試すのを、きっと挑戦って言うんだろうさ。

 

「やってみましょう、0円撮影継続。未熟な腕なれど、やってみせます」

 

「英二君、無理なら無理って……」

 

「百城さん。信じてると、そう言ってください」

 

 頼むわ、メンタルにパワーが足りねえ。

 

「俺はあなたの期待を裏切ったことがないんでしょう? なら、今回もそうしてみせますよ」

 

 百城さんが、きょとんとした顔をして、笑った。

 

 ガラスの花みたいな笑顔だった。

 

「信じてるから頑張って、英二君。待ってる」

 

 おう。

 

 さて、どうするかな。

 

 こんなとんでもねえことを成功に導くには―――何か、魔法が必要そうだ。

 

 

 

*12007年放映開始、電車モチーフの仮面ライダー。仮面ライダー打ち切りの可能性を蹴り飛ばしたシリーズの救世主。「ねえ俺達がライダーのベーススーツ作るより、専門のミズノに頼んだ方がいいんじゃない?」という革命的提案が成されたライダースーツの革新作品でもある。

*22006年放映開始、『悪の組織を倒すのではなく、最高のお宝を見つけるための冒険』が主題の異色作戦隊。ネットで有名な「オメーの席ねえから!」をやったあの女優さんだが、この作品に登場するボウケンピンクさんである。

*32009年開始のお祭り的仮面ライダー、ディケイド。第一話の撮影で水に炎に泥とさんざんな目に合わされたメインヒロイン・夏美の演者であるカンナさんは、監督から『キタナ姫』とあだ名を付けられた。あの、その撮影させたのあなたですよね?

*4出演予定表のこと。巌さんなどのフィールドである演劇劇場においては座席表のことなので注意。




 自分の金使うとかもアウト
 追加の金をくれそうな人を探しに行くのもアウト
 使えるのはその二本の腕だけ!
 終盤の撮影も丸々残っています


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それは星に手を伸ばし続ける愚行のように

 スポンサーが金を出した作品には、余計な金や物を入れちゃならねえ。

 例えば、5000万円の金を出して映画を作らせようとしたスポンサーがいたとする。

 映画が大成功した場合、この映画の商品展開とか利益とか、その辺を思うまま独占して自由に利益を得られるのがスポンサーの特権だ。

 まあ当然だよな。

 じゃなきゃ数千万とか数億とかの金ポンと出せねえよ。

 

 ここに、監督が勝手に金に困ったから、別のスポンサーから1000万貰ったとしよう。

 5000万のスポンサーは利益が独占できなくなり、1000万出したスポンサーも利益が欲しいもんだからクッソ大変なことになる。

 権利をどうする?

 利益をどう分ける?

 玩具展開権やDVD化権はどう分ける?

 こういうことが起こらねえように、事前にその映画にはどのスポンサーがどのくらい金出すかとかを、きっちり話し合っておくわけだ。

 

 ってなわけで俺のポケットマネーとかを使うとかも、バレたらめっちゃ面倒臭えことになる。

 誰が金を出すか、どのくらい金を出すか、そいつを何に使うか、きっちり管理されてるのが現代の映画撮影ってやつだ。

 だから俺達は、こっから追加予算を使えねえ。死ねえ!

 

 要点をまとまる。

 まず、俺が作らなきゃならねえのは怪獣スーツ三体、そして壊れた街のセット二種だ。

 現在あるのが怪獣スーツ二種、セット八種だ。

 特殊効果に使うもんは後から合わせて行くっきゃねえ。

 

 根本的な話だが、俺達には『素材がない』。

 素材は金で買うもんだ。

 金がねえってことは素材がねえってことになる。

 映画の撮影において「しょぼい」って言われねえレベルの素材で、撮影に耐えられる耐久度がある素材ってなると、そりゃ限られる。

 その辺の石拾ってくりゃ全部どうにかなるってわけじゃねえんだ。

 

 素材がねえなら、俺がどんなに技術の粋を凝らそうが完成品なんて作れやしねえ。

 俺は監督にまず、撮影予定を変えてもらうよう頼んだ。

 

「いや、それはストーリーライン上ちょっと……」

 

 が、難色を示された。

 まあ、うん、分からんでもねえ。

 昔からよくあるからなぁ。予算が尽きてシナリオの方を変えないといけなくなって、シナリオがグダグダになって世間から叩かれるのは辛いわな。

 俺に向けて頭を下げる監督。

 ハゲ始めている頭が妙に哀愁を誘っていた。

 ……しょーがねーなー。

 

「すまない朝風君、頼む……」

 

 大の大人に頭下げられちゃしょうがねえ。

 こういう"シナリオ改変必須状況"な時、制作はシナリオを変えるかスタッフを地獄に落とすかの二択なわけだが、今回は後者で突貫だ。

 

 この映画の肝は、前半で死んだ主人公の家族や友達が、終盤に怪獣になって出てくるところにあるらしい。

 死んだ人間が怪獣になる。

 つまり、それまで現れた怪獣は全て元人間だったという展開だ。

 要するに『加害者』と『被害者』だけが『当事者』で、『主人公』だけがそのどれにも該当しなかったからこそ、主人公はまともな目で世界を見る登場人物足り得た……って話。

 

 ラストは主人公が殺される、主人公が怪獣=背景になる、人間という主人公視点の資格を失い主人公でなくなる、という意味が『死』に視聴者視点で付与され、怪獣に追われる大ピンチの主人公のシーンでクライマックスを迎える……というやつだ。

 

 結構面白そうだ。

 俺好きだぞそういうの。

 予算に余裕があればな!

 

 演劇と違い、テレビや映画はカットごとに撮影する。

 逃げ惑う百城さんとかのシーンはもう全部撮り終わってるか、撮り終わるところまで予算と予定は保つと判断されてんだろう。

 俺は、そこにはめ込む怪獣側のシーンや、特殊効果の合成素材を作ることだけ考えておけばいい……はずだ。

 

 使えるものをかき集めるべく、俺はスタッフに呼びかけた。

 

「マグネシウムの準備お願いします」

 

「尽きてます!」

 

「……ナパームは?」

 

「ガソリンが1リットルほどあるみたいです」

 

「ドライアイスは?」

 

「おい、ドライアイス! ……1kgほどあるみたいですね」

 

「……報告ありがとうございます。なんとか考えてみます」

 

 マグネシウムは、特撮爆発の基本だ。

 空気中で燃焼させると熱と光を放ちながら燃焼するマグネシウムは多様に使える。

 火薬の中に仕込んで、発火装置代わりに使うこともある。

 特撮爆発シーンで見える、白い閃光は大体これだ。

 また、通常の日常ドラマでも光の表現でコイツを使うことがある。

 それがない。

 きちぃ。

 

 ナパームは特撮爆破の一種だ。

 特撮には大きく分けて二種の王道爆破がある。

 セメント爆破とナパーム爆破だ。

 セメント*1を爆発で吹っ飛ばして派手にするセメント爆破と違い、燃えるガソリンを吹き上がらせて派手にするナパーム爆破には、ガソリンがいる。

 一例を挙げると、監督がやりたがっていた昔ながらのド派手なナパーム爆発ならガソリン20リットルは使う。

 1リットル?

 できること多くねえぞ……どうする?

 

 ドライアイスは、まあ一回の購入で10kgから20kgは買う。

 そこそこの範囲にドライアイスの白煙を広げるには、10kg単位で使わなくちゃならねえからだが……これも1kgじゃ使えること多くねえよ!

 

 まだだ、まだ何か使えるもんはあるんじゃねえのか?

 

「レフ板を解体しましょう。

 白布式は布が、発泡スチロール式なら発泡スチロールが得られるはずです」

 

「レンタルです!」

 

「……クロマキー合成に使う布を流用しましょう。

 あれは確か綿だったので、上手く使えば怪獣スーツの素材に使えます」

 

「レンタルです!」

 

「セットの土台の木組みの一部を解体しましょう。この際、木材でも貴重です」

 

「レンタルです!」

 

「……あのお高いカメラは?」

 

「新規購入品だったみたいです」

 

 あの監督? あの監督? あの監督?

 良い映像撮りたかったっていうその気合いだけは評価してやるよ。

 ……今回だけは尻拭ってやるが、反省しやがれクソがァ!!

 

 レフ板*2を解体して素材に出来てりゃ……いや、ないものねだりはよさねえと。

 綿*3と発泡スチロールさえありゃな、クソ。

 

 クロマキー合成に使う布*4は使えるかと思ったんだが……そう上手くはいかねえか。

 合成先にある程度終わらせて、クロマキー合成用の布を一枚残して全部撮影に投入するって作戦だったんだ……待てよ。

 撮影を前後させる。

 これ、いけないか? 頭の片隅でちょっと考えておこう。

 

 セットの土台もレンタルかー。

 木材、木材。

 木材を新規購入する金は無いが、この発想の延長で何か考えられないか?

 

 いやいやいや、こういうこと考えてるだけじゃしょうがねえ。

 片付けられる案件から片付けていかねえと!

 

「……一人、外に回してください。監督達の車からガソリン抜いてきてください」

 

「は?」

 

「車のガソリンなんて帰宅できる量あればいいんですよ!

 ガソリン抜けそうな道具はその辺にありますから抜いてタンクに確保してきてください!」

 

「は、はい!」

 

「二人、掃き掃除お願いします! 第三セット床に散ったゴミを集めて持ってきてください!」

 

「「はい!」」

 

「残りも俺の指示に従って動いてください!」

 

 動かせる人間を片っ端から動かして、俺も俺の作業に移る。

 

 灯油残量をチェック。

 ……こっちも2リットルはないな。

 灯油を火皿*5に注いで、俺は二枚着ていた上の服を脱いだ。

 上に着ていた服を着直して、内側の俺の服をハサミで解体する。

 そして俺の服のゴム部分をできる限り細かく刻んで、火皿に入れた。

 まあ俺の服一着燃やすくらいは大目に見てもらえるだろ。

 

「「朝風さん! 第三セット床のゴミ持ってきました!」」

 

「ありがとうございます! そこ置いといてください!」

 

 第三セットは、崩壊を始める街のワンカットを撮影して、そのまんまだったはずだ。

 回収してもらった床のゴミ確認……よし。

 ある!

 

 第三セットでの爆発は、ガソリンを使うナパームじゃなく、セメントを使った。

 だから床にはセメント粉が散ってる。

 瓦礫には発泡スチロールを加工したものも散らしてたから、それも回収できた。

 ホコリ*6もセメントと珪砂*7を混ぜたものを使ってたから、セメントだけじゃなく珪砂も回収できた。ちょっとだけどな! あ、珪砂の残量も全然ねえじゃねえか!

 一つ回収すると一つ尽きてることが発覚する悪夢の状況だな……つれえ。

 

 お、ガソリンを取りに行かせた人も戻ってきたか。

 

「ガソリン取れました! ただ、車から抜くだけでは5リットルしか……」

 

「それでやりくりします! カメラさん撮影準備できましたか!?」

 

「はい!」

 

「2カット先に撮ります! 撮ったら先に映像編集の人に回してください!」

 

 忙しなく動く人達に指示を出しつつ、街のセットの中に作られた(というか俺が作った)電柱と電線に手を伸ばして、電線の黒い直線部分だけを外す。

 そして、俺が普段使っているイヤホンのコードをぶちっと切った。

 イヤホンは黒。

 コードも黒。

 イヤホンのコードを代わりに電線として入れても、何も違和感はねえ。よし。

 イヤホンコード表面に、見て分からねえレベルで切り込みを入れておく。

 ちょっと油も塗っておくか。

 

 電線のミニチュアと化したイヤホンコードの末端に電気回路を接続し、電源に繋いでデカい電流を流せるようにする。

 街のセットの要所にセメントと珪砂を混ぜた、灰色と透明のホコリを僅かに仕込む。

 

「怪獣が無人の街に現れ、歩行の振動で揺れる数秒のシーンの撮影、できます!」

 

「カット405(よんまるごー)……はい、スタート!」

 

 俺にしかできない(この現場限定)絶妙な蹴り具合で、セットを蹴る。

 セットが揺れ、路面に僅かに仕込まれたホコリが揺れる。

 『土砂が震えるほどに地面が揺れる、地面が揺れるほどに大きな何かが来る』という表現。

 そこで、ミニチュアの電線に使っていたイヤホンコードに大量の電気を流す。

 

 仕様外の大量の電気を流されたイヤホンコードの電線はショートし、バチッ、と被膜のゴムを焼いて煙を出しながら、切れた。

 怪獣の出現だけで街が揺れ、何かがずれ、そのひずみがここに現れたという表現だ。

 街を怪獣が歩くだけで、電柱は倒れ、電線は切れる。

 

「カット!」

 

 よし。俺のイヤホンはいい感じに焼ききれてくれたな。

 理想的なのは0.2スケアのコード*8だったんだが、しょうがねえだろ! 買う金ねえよもうこのスタジオには!

 たった200円なんだけどな0.2スケアのコード……ひもじいわ。

 

 一つのカットが終わり、次のカットの撮影が始まるまでの間に、スタッフがおやつに食ってた分厚い醤油せんべいを強奪。

 パキッと折って、残りも多くねえ塗料でちょっと色付け。

 スタッフさんが回収してきたガソリンに漬け込んだ。

 

 さっきスタッフさんに第三セットの床から回収してもらった、瓦礫に見えるよう造形した発泡スチロールを細かく切り刻む。

 んで、さっき作った、火皿の上に灯油と切り刻んだ俺の服ゴムを乗せたものに、切り刻んだ発泡スチロールを入れた。

 ガソリンに漬け込んだせんべいを回収。

 よし、次カットの撮影準備ができた。

 

「怪獣が爆散した直後のシーンの撮影、できます!」

 

 一旦、全力で集中する。

 撮影に使える素材の余裕がなくなってきた。

 もう失敗できねえんだ、他の何もかもが聞こえねえくらいに、全力でやる。

 

 ガソリンを染み付かせたせんべいに火を着け、セットに転がす。

 爆発した怪獣の肉片が、街を転がっていくように。

 外側が濃く、内側が薄い色のせんべいは、へし折り方によってはガソリンを染み込ませて燃やすだけで、怪獣の炎上爆散した肉片に見える。

 

 ゴムと発泡スチロールを灯油で不完全燃焼させりゃ、黒煙が出る。

 素材上、必ずそうなる。

 黒スモークを混ぜたかったんだけどなあ、百城さんの前で色々練習してたってのになあ、こんな微妙な役に立ち方するとは思わなかったわ。

 ともかく、黒煙は出せた。

 

 燃える赤い炎。

 街より上がる黒煙。

 そして、炎の中で燃える怪獣の肉片。

 完璧な絵だ。

 怪獣が自衛隊のミサイルで爆散死した直後のシーンとしては、及第点レベルになった。

 

「カット! いいよいいよー!」

 

 ギャオス*9がガメラの吐く炎で爆散した時、肉片がガソリン染み込ませて燃やしたせんべいだったって話を覚えてて良かったわ。

 ごめんなスタッフ!

 お前らのおやつもうねえわ! 悪い!

 

「朝風さん、脚本から修正脚本回ってきました!」

 

「尻尾切断も受け入れられましたか!?」

 

「はい!」

 

 よし!

 少し無理を言って、怪獣の尻尾切断シーンを撮影に盛り込んでもらった。

 これで尻尾切断前の撮影を先に全部終わらせてもらえば、尻尾切断後は切断した尻尾のウレタン素材を他に流用できる!

 現在あるスーツが二つ、作らねえといけねえスーツが三つ、これで……いやこれだけじゃ全然駄目だ。全然足りん。どうすっかな。

 

 スーツ三つ。

 前半戦で死んだ主人公の家族や友人が怪獣化して襲ってくるシーンの怪獣スーツ。

 どう作る?

 手持ちの素材があんまりにも少ねえ。窮地だ。

 

 けど。

 親父なら多分、鼻歌交じりに乗り越えられる、その程度の窮地だ。

 

「監督、提案があります」

 

「何かね? もう朝風君の提案は疑っておらんが……」

 

「撮影の順番を変更したいんです。

 予定では壊れる前の街のセットと、壊れた街のセットは別々の予定でしたが……

 壊れる前のセットを全撮影した後、そのセットを加工して壊れた街のパーツを作ります」

 

「それはいいが……君は大丈夫なのかね。違和感と労力の問題があると聞いたが」

 

「大丈夫です。できます」

 

 棘谷式メソッドだと、しっかりと立っているビルのミニチュアは、使い終われば一旦台車などで倉庫にしまうなどして、また次の撮影、次の番組に使うことになっている。

 2016年の熊本地震によって破壊された熊本城を、特撮技術によって再現しようという美術プロジェクト*10の時も、貸し出されたビルのセットの裏側に、ウルトラマンサーガ*11に使用されたことが分かるメモ書きが、しっかりと残ってたりしたんだぜ。

 だから壊れる前のミニチュアA、壊れた後のミニチュアBって感じに作り分けて、倉庫にしまっておいた方がいいやつは保管に移す。それが棘谷流だ。

 

 だが、もうそんなことは言ってられねえ。

 壊れる前のカットの撮影全部終わらせてもらって、壊れる前のセットを加工して、壊れた後の街を作る。

 ……結構怖い作業になるな。

 

 失敗したらやり直せねえ、ってのもある。

 だが、発泡スチロールとか色んな素材で作った街のミニチュアは、街にある本物と同じ素材じゃできてねえ。

 つまりミニチュアは、適当に殴っても本物みたいには壊れてくれねえんだ。

 

 こういう時は、最初から壊れた後の街の形をイメージして、"壊れた建物という完成形"を目指して作ったりするもんなんだが、それも不可能……結構神経質な作業になりそうだ。

 ビルがあるとする。

 ビルが粉砕される前の光景、粉砕された後の光景を撮るとする。

 普段なら、ビルと瓦礫を個別に作って撮るところだ。

 

 だが今回は、ミニチュアビルを適度に壊して、壊したミニチュアビルの残骸から、リアルな瓦礫も作成しなくちゃならねえんだからな。

 

「……分かった。君のできるという言葉を信じる」

 

「ありがとうございます」

 

 あと、爆発。

 爆発だ。

 この映画は背景で怪獣と自衛隊がちょくちょく戦ってる。時々怪獣と怪獣も戦ってる。

 死んだ怪獣は爆発し、派手さと爽快感を観客に与えるわけだ。

 これがねえと地味になる……と、いうか。

 もう他の怪獣の爆発シーンを取ってる以上、この脚本に沿うなら、後一回分の爆発が要る。

 

 でもマグネシウムがねえ。

 爆発の瞬間にカッと放たれる白い光、広がる爆焔、轟く轟音。

 これがねえのは流石に様式美から離れ過ぎだ。

 合成してもらうか?

 CG合成でどうにかなるか?

 ……いや、そういうことができる映像編集の人いなかったな。

 そもそもあっちもやべーんだ。予算が消えたのはあっちも同じなんだから、ここから新しい負担を背負える余裕はねえはずだ。

 

 光、光だ。

 光なあ。

 いい感じに光が出てくれりゃあ何でも良いんだが、光を出すものは通常のマグネシウム使用時と同様に、爆発に巻き込まれることになる。

 つまりライトとか仕込んでも一緒にぶっ壊れるんだよな。

 貧乏な今の撮影陣にそんな贅沢な撮影は無理だ。

 かといって、セメント爆破でも、ナパーム爆破でも、爆破に耐えられる強いライトって……そりゃそれこそ数百万とかするし……うーん……?

 

 ……あ。これ、使い捨てカメラ? 誰のだ? 使っていいのかこれ?

 制作進行に聞かねえと。

 

「あの、これなんですが」

 

「これは、プリヴィズ作成の時に少し使った使い捨てカメラだね。結局使わなかったが」

 

「貰っていいですか?」

 

「どうぞどうぞ。頑張ってね。……いや、君はもう十分頑張ってるけど」

 

「ありがとうございます!」

 

 使い捨てカメラを速攻で分解する。

 使い捨てカメラは内部のむき出し回路に300ボルト以上の電気が流れてる上、内部構造の問題で変に扱うと火花が目に飛んでくる。

 ささっと放電させ、回路を回収した。

 

 よっしゃキセノンランプだ!

 使い捨てカメラのフラッシュ機構だ!

 火薬の中に仕込んでぶっ壊しても大丈夫な光源だ!

 

 完璧に一回限りの使い捨てにするつもりで高電圧をかけフラッシュさせ、爆発を計算して珪砂を巻き上げさせて、ハレーション*12を起こす。

 いける!

 キセノンフラッシュとセメント小爆破、ほんの一瞬間を置いてナパーム爆破の、ウルトラマンギンガS最終回方式*13だ!

 

 でも結構シビアだなこれ。

 電圧上げて、発光時間を調整して、光の向きをカメラに向けて、意識的にハレーション起こして……しかも撮影は一回きりか。

 失敗したら撮影さようならだな。

 深呼吸、深呼吸。

 箱から適当な回路拾って、即席発光装置を作って、コードを引く。

 火薬の着火装置と発光装置のコードをまとめて、セットの下を通してするすると引いていって、爆発の影響を受けずカメラにも映らない位置までコードを引こう。

 コードのもう片方にスイッチを繋げりゃ、スイッチ押して即発光、即爆破、ってわけだ。

 

 ……コードの長さが足りてねえ!

 でもこっから他の撮影すること考えたらもう余分に使えるコードとかねえよ!

 

 しょうがねえ。

 爆発場所の近くのハリボテのビルの影に俺が隠れて、カメラに映らないようにしながら発光→セメント爆破→ナパーム爆破の操作するしかねえか。

 これやるとナパームの熱風で火傷する時あるんだけどなぁ。

 しゃあねえか。

 

「百城さん、和歌月さん、この棒を見てください。この棒の高さが怪獣の頭の高さです」

 

 俺が次の撮影のための爆破を仕込み、クソブサイクな即席の発光装置を組み立てている間、百城さん達が撮影スタッフと色々話していた。

 来たな、棘谷棒。

 棒の先っちょに布付けただけのやつ。

 

 ウルトラマンのエキストラとかを集めた時、あの棒を振って、「怪獣の顔を見る目線はこの角度になるので皆さんこの布を見てくださーい!」とかやるんだ。

 こうすることで、エキストラの視線の向きがあっちこっち行ったり、視線が見てる高さが人ごとにブレブレになったりすんのを防ぐ、ウルトラマン撮影の叡智の塊だ。

 ただの布と棒だけど叡智の塊なんだぜアレ。

 

「違うよ? それじゃちょっと目線が見てる高さが低くなると思う」

 

「え? 百城さん?」

 

「もう少し高いところを棒で指示に出さないと、リアルじゃないかな」

 

 わぁ百城さん。

 棒振ってた人が予想外の言及に目を白黒させてんぞ。

 ……周りの俳優の視線、視線を誘導する撮影班の細かな動きすら、修正するつもりか。

 

「色々あったけど、私達はもうちょっと懸命にやるべきだと思うんだ」

 

「百城さん……」

 

 一瞬、百城さんの視線が、こっちを向いた。

 

「今一番頑張ってるのは、私達じゃないんだから」

 

 うーんこの子。

 

 俺の心にグッと来ること言うな。

 

 百城さんは容姿も雰囲気も可憐華奢だが、その精神的なストロングさはもはやモモレンジャー*14のレベルだぞモモちゃん。

 ……凛として強いって意味で、誰にも勝るヒロインだ。

 疑いようもなく、今この撮影場所は、監督すら手玉に取ってるモモシロレンジャーさんを主役として、お前を中心に回ってる。

 

 信じて待ってろ。

 ちゃんと、百城さんの映画への執念にふさわしい舞台は、完成させてみせる。

 君が踊る舞台を脆弱に作ったりなんか、しねえからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日撮影、終わり。

 撮影日程が消化されていく。

 時間が経過していく。

 それにつれ、根本的な問題が表出してきた。

 

 そう、怪獣スーツが足りねえって問題だ。

 

 こればっかりはどうにもならねえ。

 素材がない。

 ゴムにしろ、布にしろ、2m級の怪獣スーツを三体仕上げるだけの余裕がねえんだ。

 自然な怪獣に見せてえんだが、使える金がないっていう最大の壁が厚すぎる。

 

 既存の怪獣スーツ二体での撮影を終わらせ、スーツを改造して別の怪獣に見せかけることを俺は提案したが、流石に使い回しがすぐバレると監督・脚本が難色を示した。

 拒絶じゃなく、難色を示しただけだってのが世知辛え。

 つまりあの人らも、そうしないといけないかもしれねえってのは分かってるわけだ。

 

 話し合いの結果、一体。

 既存のスーツ二つの内、片方なら改造してもいいと言われた。

 だが、片方は改造せずに残しておかねえと、話が回らねえと言われた。

 ……それでも、改造で作れんのは一体。

 あと二体作れねえなら意味はねえ。

 焼け石に水だ。

 

 と、いうか。

 そもそも今の俺達には、スーツを改造できるだけの素材もない。だから無意味な仮定なんだ。

 

 家まで送っていこうかと言ってくれた百城さんの言葉を丁重に断り、一人歩く。

 今は帰り道の途中も、考え事をする時間に当てたかった。

 

「……ふぅ」

 

 魔法みたいな何かが必要だ。

 シンデレラが絶対に行けなかったはずのハッピーエンドにまで、シンデレラをちゃんと送り届けたような、そんな魔法みてえな何かが。

 そいつは俺の発想の転換によってしかなされない。

 俺が何か、劇的な何かを思いつかねえと、詰む。

 

 そんな時、電気店の店頭テレビの画面が俺の目に映った。

 

「お、アキラ君だ」

 

 流石子供達のヒーロー。

 テレビの露出も多いイケメンだな。

 画面の中のイケメンは、折り紙の企画で凄まじく複雑な折り紙を手に持っていた。

 

『凄く精巧な折り紙ですね。まさに職人の技です』

 

「折り紙ねえ。そういや撮影所にも、型紙とか書類用の紙はまだ沢山あったな」

 

 紙?

 紙。

 紙……紙。

 折れる。織れる。貼れる。今回の撮影方式は怪獣プロレスじゃない、だから。

 

 

 

「―――品口冬樹さんの、あれが、あった」

 

 

 

 俺の頭の中で、何かが噛み合った。

 

「キングコング。キングコング対ゴジラ*15

 そうだ、歌舞伎見てたのに何で俺は気付かなかったんだ!」

 

 全てが噛み合っていく。

 スマホで時間を見た。まだ間に合う。まだ店は回れる。

 金を使わなくても、俺にはできることがある。

 過去の誰もがやっていないことを、この撮影だからこそできる特大の変化球を、俺の技術とアイデアで撮影に耐えうる形にできれば。

 

「まだいける。まだやれる。俺の限界は、まだここじゃねえっ……!!」

 

 俺は、全力で走り出した。

 

 もう今夜は寝ない。寝ずに仕上げる。明日の朝までに、決着をつけてやる!

 

 

 

 

 

 翌日、朝。

 根を詰めてフルスロットルで仕事したせいか、目が霞む。

 遠くがハッキリ見えない。

 頭が回らない。

 ただ、周りに人がいるのは分かる。

 周りの人が驚いているのも分かる。

 

 既存スーツの一つを改造したスーツ一つと、新造スーツ二つ。

 甲殻持ちのトカゲを思わせるスーツと、野獣を思わせるスーツ二つを見て、他の人達は各々違う反応を見せているようだった。

 

「な……何故……昨日の時点では、もうひとつも作れないという話じゃ……」

 

「紙で作りました」

 

「……え?」

 

「品口冬樹*16さんをご存知でしょうか。

 彼はアマチュア時代、イベント用のガンダムの着ぐるみを作ったそうです……『紙』で」

 

 既存スーツの改造は、紙で作ったパーツを当てて、既存スーツと同じ塗料で再塗装。

 繋ぎと誤魔化しに、切断した怪獣の尻尾素材を溶かしてあてて固める手法を使った。

 ゴムの表面に塗料を吹こうが、紙の表面に塗料を吹こうが、画面に映る色は変わらねえ。

 紙でゴムみたいな質感は出せねえが、これは改造だ。

 怪獣の体表の質感がガラッと変わることは、むしろ別の怪獣に見せかけるって目的上、都合が良かった。

 

 紙で甲殻と角を作り、スーツ表面に接着、塗装という作業を繰り返した。

 他の怪獣とぶつかりでもしなけりゃ、このトリックは見破られねえ。

 そして、脚本上ラストシーンは人間の主人公を追うだけのシーン。

 他の怪獣やビルのミニチュアとぶつかることはありえん。

 

 怪獣プロレスが必要ないこの作品だからこそ使えた、ありえないスーツ新造手段であり、スーツ改造手段だった。

 疲れた。

 

「ま、待て待て待て! こっちの新造スーツはなんだ!

 獣そのものだ! これは絶対に紙じゃ作れないだろう!」

 

「海外では、犬の毛をリサイクルするのは珍しくないそうです。

 犬以外にも、ペットの毛を集めて、セーターや帽子を作ったり」

 

「?」

 

「日本でも近年後追いしてる人がいて、犬の抜け毛で人形作ったりしてるそうです。

 昨日、寛容なペットトリミング店がすぐ見つかったのは幸運でした。

 廃棄予定の動物の毛をくださいって言ってた俺、絶対に変人に見えてたと思いますし」

 

「……!」

 

「ペットの美容院は、毛並みにクシやハサミを入れますから。

 たくさんの毛のゴミが出ます。

 それを俺が貰って、仕分けて、脱色して、染色して、接着剤で紙スーツの表面に貼りました」

 

 俺は、ゴミ袋四つがパンパンになるくらいの毛を、その店から貰ってきた。

 運ぶのにちょっと苦労したのは内緒だ。

 

 キングコング対ゴジラで、閉米栄三*17さんは歌舞伎の小道具を取り寄せ、それに使われてるヤク*18の毛を抜き、一本ずつ手作業で脱色と染色をして、接着剤でキングコングスーツに植え込み、キングコングを完成させた。

 俺は細々とした道具こそ使ったが、同じことをしただけだ。

 木でフレームを作って、紙を貼って、塗装して、接着剤で毛を植え込んでいく、それだけ。

 

 全身に動物の毛が貼り付けてある全身毛のスーツなら、見かけ上は、紙で出来たスーツには見えねえだろう?

 

「紙だけのスーツならすぐ崩壊しますが、骨組みに細い木を使ってます」

 

「木……?」

 

「都政は、植える街路樹の種類を定めています。

 サクラ、イチョウ、ユリノキ、ケヤキ、ハナミズキです。

 だから撮影所の私有地範囲に生えてる木もこれだったりします。

 昨日、ちょうど駐車場のケヤキの枝落としをやってたので、枝を貰ってきました」

 

「貰ってきました、って」

 

「紙スーツの骨組みはケヤキです。

 ケヤキの骨組みの表面に紙を貼り付ける形で形成しています。

 内部構造的には、スーツ全体の荷重が肩にかかり、肩でスーツを"持つ"構造になってます」

 

 本当はベストみたいなのを中に入れて、胴で重量を支える形にしたかった。

 でも金ねえんだもんよ。しゃあねえだろ。

 スーツの木の枠組みと、安全装置じみた仕込みの糸で、スーツに変な荷重がかかって壊れないような内部構造になってる。

 

 新造スーツAは、脱色して染色した毛を接着剤で植え込んだだけだ。

 だから、柔らかい印象を受けるようになってる。

 どこか自然で、壊れたビルのミニチュアセットの窓部分を使って作った透き通った目は、どこか純粋さを感じさせる。

 壊れた道路のミニチュアの破片を加工して作った歯は三角形の集合体で、いかにも肉を噛み千切りそうな歯だ。

 流れるようなシルエットは、するりと獲物の懐に入って噛み殺すハンターのそれ。

 

 新造スーツBは逆に、毛を刺々しく揃え、部分的に逆立て、塗料で固めている。

 だから毛が全て針のような、刃物のような、棘のような、そんな印象を受けるだろう。

 まさに『怪獣』だ。

 弁当箱を加熱して変形させ作った黒い瞳は、どんよりと濁ってどこか怖い。

 撮影所の入り口に転がってた小石を俺が削って塗装して作った歯は、獰猛さを感じさせる四角形の集合体で、肉を噛み潰すことに特化したようにすら見える。

 

 観客は、『コンセプトを真逆にした姉妹怪獣、兄弟怪獣なのかな?』とか思うだろう。

 特撮の世界だとそういうの多いからな。

 青と赤のコンビの敵とか、金と銀のコンビの敵とか。

 

「この映画が完成するまでの期間保てばいい、くらいの突貫作業ですが」

 

 動いてもボロは出ねえはずだ。

 ぶつかりさえしなければ。

 改造スーツは上に紙の増設装甲追加しただけみたいなもんだ、関節を動かしてもボロが出るってことはねえ。

 新造スーツの方は、実は木の枠組みと紙の表面って都合上関節がスカスカだが、その関節は動物の毛が隠すようになってるし、万が一の時にはスカスカ部分の内側から当てた同色の紙が、素肌を見えねえようにしてくれる。

 

「撮影はなんとか、いけるんじゃないでしょうか」

 

 知ってるか監督。

 あんたが撮影の初期の方に出してた中身がなさすぎて一回却下されてた方針案の紙、この怪獣の胸の当たりに使われてるんだぜ。

 俺が出して却下された改善案の紙は、この太腿あたりに使われてるんだぜ。

 ああすっきりした。

 どうだ、俺の気合いたっぷりの皮肉は。

 こいつでちょっと溜飲が下がったからな、ちょっとは許してやるよ。

 

「じゃあ……俺寝ますんで……何かあったら起こしてください……」

 

 撮影所の隅っこで横になって、眠る。

 精根尽き果てるような作業だった。

 過去最速に、過去最緻にやった。

 重要な部分は、毛を一本一本植える作業を、最高最速の手の動きでやらんといかんかった。

 

 ちゃんと怪獣に見えてるだろうか。

 俺の技術を総動員したが、周りがどう見てくれるかは分からん。

 ちゃんとリアルだろうか。

 見た人が怖いと思ったり、リアルだと思ったりしてくれるものになってるだろうか。

 子供が、ワクワクできるようなもんになってるだろうか。

 

 主演の百城千世子と並べて、見劣りしないものになってるだろうか。

 

 眠い。

 撮影が上手くいくといいな。

 頑張れよ皆。俳優が上手くやらねえと映画は失敗するんだぞ。

 また何かあったら俺が何とかするから、思いっきりやれよ。

 眠い。

 あと俺に何かすることあったっけ。

 眠い。

 ないよな。

 眠い。

 あったっけ?

 眠い。

 

「お疲れ様。ゆっくり休んでね」

 

 百城さん? 違う? 誰だ? わかんね、頭回んねえ。

 誰かが俺に何かをかけてくれた。

 暖かい。

 タオルかな、毛布かな。

 嬉しいことしてくれるじゃねえか、誰だろう。

 

 けどもう、眠すぎて、余計なこと考えてられなくて、俺は眠りに落ちた。

 

 眠る俺の傍には、掛けられたその布しかないのに、何故か誰かがずっと傍に寄り添っていてくれている、そんな気がした。

 

 

 

*1灰色の粉のあれ。水に混ぜると灰色の接着剤のように使えて、タイルの接着などに使われる。

*2撮影に用いられる大きな反射板のこと。太陽光や照明の光を反射して、屋外の撮影場所や屋内の撮影セットを反射拡散した光で柔らかく照らす。ドラマや映画で光の方向が一方向に寄らず、画面がまんべんなく明るかったりするのはこのため。

*3スーパー戦隊シリーズでは、初代である秘密戦隊ゴレンジャー(1975年)から超電子バイオマン(1984)の開始まで、スーツのメイン素材に綿を使っていた。

*4ブルーバック、グリーンバックのこと。この場合、青と緑の綿布として使えるということを意味する。

*5火を使う撮影時に使う容器。この上で火薬とガソリンを混ぜて火を着けたり、火薬を盛って着火したりする。

*6雰囲気を出すものの総称。瓦礫の中から起き上がる主人公の服の石や砂、立ち上がる怪獣の体から僅かに落ちる砂、怪獣が歩く足元で巻き上がる土煙、建物が壊れた時に出る煙のような土砂などがこれにあたる。

*7セメントはケイ酸を成分に使っているためか、同じくケイ酸を主成分とする透明な砂の珪砂と相性が良い。混ぜると灰色と透明が混ざったちょうどいいホコリになる。

*860ワットで音を上げるモヤシ配線コード。英二君が黒さん監督と一緒に仕事した時の、ワイヤー操作機械の一部などに使われる。

*9大怪獣ガメラと戦う、コウモリのような翼を持つ大怪獣。三度の飯より人肉が好き。三度の飯に人間を食うくらい好き。三度にこだわらず一日中人肉を食べるくらい好き。

*10ウルトラマンサーガ、シン・ゴジラの四池監督が主導。

*112012年公開、ウルトラマンゼロ・ウルトラマンダイナ・ウルトラマンコスモスの三大ウルトラマンが共闘する映画。人間ドラマの質の高さ、アクションのキレっぷり、音楽面での秀逸さ、古参も新規も満足させるリスペクトとエンタメの両立……等々、様々な面から非常に高く評価されている。視聴した人が『AKBが俳優起用された映画はクソだって思い込み捨てるわ』と言うほどの俳優育成能力の高さにも要注目。

*12強い光が発生した場合にカメラに起こる現象。強い光がハッキリ見えず、ぼんやりした光に見える。撮影時に人間の目を焼きそうなほどに強かった光が、劇場などでは目に痛くない光に見えるのはこのため。特撮撮影時にはこの現象を意図的に起こす。

*13二大ウルトラマンの最強合体必殺技、コスモミラクルエスペシャリー! あわれラスボスは爆発四散。サヨナラ! 当時の技術の粋を集めたような爆発シーンであった。

*14初代戦隊、秘密戦隊ゴレンジャーの紅一点。ゴレンジャーは五色戦隊だが、桃色だからモモレンジャーなのではない。アクションができるモモレンジャーの俳優を見たプロデューサーが「フトモモふっといな!」と思ったため、ピンクレンジャーからモモレンジャーに改名されたのである。つまりフトモモレンジャー。ストロングモモちゃん。

*151962年の日本映画。『怪獣VS怪獣』という最大のエンタメ概念を生み出した始祖であり、ゴジラシリーズ歴代最高の観客動員数を記録している。

*16伝説の造形師。十代、アマチュアの頃からプロ級で界隈では有名だったほどの人。ウルトラマン、仮面ライダー、ゴジラ、ガメラ、超星神にメタルヒーロー、果てはゲゲゲの鬼太郎などにも関わった。近年では、ウルトラオーブのマガタノオロチなどを造形している。

*17伝説の造形家。怪獣ブーム、変身ヒーローブームを支えた1950年台から1970年台を代表する天才の一人。

*18牛の一種。尾毛が美しく、徳川家康を始めとする武士に好まれ、憧れられた。




 虫眼鏡でスーツの毛の根元を見ると、手作業で植え込まれたはずの毛の間隔が全部一定で僅かなズレもないことが判明するやつ


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ラストシーンの後は

 今回のMVPを俺が個人的に挙げるなら、やっぱ百城さんになるだろう。

 

 百城さんがいなけりゃ、俺は何もできなかった。

 あの流れのまま完成まで行こうとしてたなら、もっと根本的にしっちゃかめっちゃかになってたか……あるいは、大幅な製作延期と人員入れ替えがあっただろう。

 彼女の舵取りがあったからこそ、この作品は完走できた。

 俺は物を作っただけだ。

 

 こうして仕事を一通り見てると分かる。

 百城さんは本人の努力量と能力もずば抜けてるが、経験値が本当にダンチだ。

 有能な監督やプロデューサーと組んだことがあるから上からの視点がよく見えていて、有能なチーフや制作進行の仕事を覚えているから仕事の流れの調整ができる。

 有能なカメラマンのカメラワークを覚えてるからカメラ映りもいいし、俺の仕事とかも知ってるってのに服飾やセットの制作における皆の限界も見間違えねえ。

 経験が彼女を支えている。

 だから、撮影全体のコントロールなんかもできるんだな。

 

 この映画は、根本的に少女の物語だ。

 怪獣は全て背景。

 物語のための舞台装置であり、ラスト以外人間は生きてる間だけまともに心情が描写され、怪獣になると背景になる。

 主演の百城さんの主観視点と、そこで魅せる演技あってこその映画だ。

 カメラは常に百城さんを映してるし、百城さんの周り以外をカメラは映さねえ。

 

 だからこそ百城さんの時に繊細・時に大胆な演技が重要で、俺が作った怪獣スーツを怪獣プロレスに使わなくても許される作品だった。

 怪獣は戦わなきゃならねえ、って風潮がある。

 怪獣映画に怪獣同士のぶつかり合いがあってこそ、っていうファンの大派閥があるもんだから、こいつは最低あと数十年はなくならねえだろう。

 俺もちょっとそういうことは思うしな。

 

 怪獣が主役じゃないってことが、俺のスーツの突貫作業を許してくれた。

 常にカメラの中心にいた百城さんが、映画そのもののレベルを引き上げてくれた。

 俺の頑張りを彼女が"無駄な頑張り"にしないでくれた。

 俺の今回の仕事は、百城さんの表現力ありきのもんだった。

 

 声が聞こえる。

 特別先行試写会の会場から聞こえる声だ。

 映画関係者やマスコミだけに見せる先行上映で、こっそり関係者に"ここちょっと変だよね"って言われると、そこをこっそり直したりするのは制作側の秘密である。

 まあとにかく、好評みたいで良かった。

 これならいい感じに宣伝してもらえるかもな。

 

 脚本と、予算が残ってた時の特撮と、百城さんの演技がこいつの売りだ。

 出演者とかの名声に繋がるような作品になったら嬉しい。

 あ、監督。

 どうしたんだこんなとこに。

 こっちには自動販売機とベンチくらいしかねえぞ、会場戻れよ。

 

 と、思ってたら、感極まった監督に抱きしめられた。落ち着けよオッサン。

 

「ありがとう……本当にありがとうっ……!」

 

「……お気になさらず。仕事ですから」

 

 もしかしたら足りないもんもあったかもしれねえけど、俺と合わない監督だったってだけで、あんたの『映画を撮りたい』って気持ちは疑ったことねえよ。

 だから、俺があんたの映画に全力尽くしたのは当然のことだ。

 直してほしいところはいっぱいあるけどな!

 

「でもできれば、今回みたいなことはこれっきりにしてください」

 

「ああ、もちろんだ!」

 

 本当に分かってんだろうなー?

 二度三度と同じことあったら流石に俺もちょっと仕事拒否を考えるぞ。

 監督が会場に戻っていって、入れ替わるように和歌月さんが来た。

 

「大盛況ですよ朝風さん。行かないんですか?」

 

「行きませんよ。そういうもんです」

 

「……そうですか」

 

「主演でないとはいえ、女優が会場抜けるとマズいですよ」

 

「所詮脇役です。マイクも渡されないような端役ですから。

 それにちょっと、ああいう空気はまだやっぱり慣れませんし」

 

 アクションクラブ所属ならああいう会場に行ったことないわけがないだろうに。

 俳優ってやつは慣れるまでが大変なのかもな。

 とにかく、おつかれさん。

 

「いい経験になりました。それと、もう一つ」

 

「?」

 

「挑戦こそが人間だと分かりました。少し、自分の身の振り方を考えてみます」

 

 おう、会場に戻りな。

 挑戦、挑戦か。そうだな、挑戦こそが成長を呼ぶんだろう。

 でも俺らは仕事やってんだからなあ。

 求められてんのは、予算を使って斬新な技術を編み出す挑戦をすることじゃなくて、既存の技術を使って安く高品質なウケると分かってる傾向のもんを生産することだ。

 

 昔から特撮はそうなんだよな。

 現場で色々試行錯誤したり、新技術開発したりしながら、既存技術を使って予算の範囲で安定して望まれたものを作る。

 矛盾してるようなことを繰り返してきたんだ。

 

 スターズのメソッド的な、安定と一定上の質を目指す方向性。

 黒さんみたいな、芸術肌の人が求める革新と挑戦の方向性。

 どっちか片方に寄りすぎても、なんかあんまりよろしくねえ気がする。

 挑戦なくして革新なく、挑戦は常にリスクを伴い、商売でリスクは極力減らすもんだ。

 そもそも、映画ってのは芸術なのか商売なのか、強いて言うならどっちなんだろうか? ただの造形屋には分かんねえな。

 

 音だけで、少し遠くの特別試写会のざわめきを楽しむ。

 心地いい。

 ゴールに到達した、そんな感じがする。

 撮影終盤の監督の名采配も、俺のやり方見て色々吸収したスタッフも、撮影期間に下手な俳優さんが何人か成長してたのも楽しかった。

 ああ、楽しかった。

 キツかったが、この達成感があるからやめられねえんだよな。

 

「ハリー・ポッターで美術監督が舞台挨拶してたことがあったけど、日本はあんまりないよね」

 

 何であんたまでこっち来んの?

 

「百城さん」

 

「隣座っていい?」

 

「いいですよ。でも会場の方に……」

 

「少し休憩したいって言って出てきたから大丈夫だよ」

 

 戻る気は無いか。

 人一人分くらいの間を空けて、百城さんが俺の隣に座る。

 わざわざあんなキラキラした場所からこんな陰の場所に来なくてもいいってのに。

 優しいやつめ。

 監督といい、和歌月さんといい、わざわざ会いに来てくれんの結構嬉しいぞ。

 

「監督がね、君をあそこで紹介したがってたよ」

 

 特別試写会で?

 何考えてんだあの監督。

 試写会に来た人が困惑するかもしれんだろ。

 今日はそういうことしていいイベントじゃねーぞ。

 そういうのはスタッフ全員参加の試写会とかの時くらいしか駄目だろうが。

 

「今日は監督と俳優の挨拶ですよ。

 美術監督が出るなんて進行プログラム上許されません」

 

「主演と監督の合意があれば、そのくらいは許されない?」

 

 俺が許さねえよ。

 

「そこで俺が『彼のおかげです』なんて言われて紹介されるなら、俺は絶対に行きません」

 

 今日はスタッフが仲間を関係者やマスコミに紹介する日じゃねーんだよ。

 

 映画の顔であるあんたらが、表舞台でキラキラと輝いて、注目とスポットライトの光を浴びて、あんたらの撮影期間の頑張りが報われる日なんだ。

 

「監督のおかげで、俳優のおかげでもあるんですよ。

 俺のおかげ、なんて試写会で言わせるわけにはいきません。

 称賛のベクトルが散っちゃうじゃないですか。

 監督や俳優などが一番に目立たない舞台挨拶がありますか? ないでしょう」

 

「出る気はないんだ?」

 

「皆さんに称賛が行くことが、俺の望みです」

 

「君に称賛が行くことが私の望みだって言っても、私の望みは叶えてくれないの?」

 

 ズルい言い方しやがる。

 的確な言葉選びができるってことは、言葉がどう受け取られるか分かってるってことだから、記者会見とかでミスもヘマもしねえ。

 言葉がどう受け取られるか分かってるってことは、言葉である程度は相手の心の動きや反応を誘導できるってことだ。

 

 俺が断りにくい言葉を選んできやがったなこいつ。

 でも、駄目だ。

 ここは譲れん。

 俺は出しゃばらない。あんたらが主役だ。だからこその、舞台なんだぜ。

 

「あなたが俺の助力で栄光を得るなら、俺は光栄です。それだけで十分ですよ」

 

 あ、むすっとした。

 

「周りの人に色々褒められてたよ、監督。

 『十年ぶりの名作』

 『本当に時々いいものを出す』

 『安定感は無いがやっぱり才能のある監督』

 って、色んな人に言われてた。多分雑誌とかでも監督の功績が語られると思う」

 

 ああ、そうかもな。

 光るところはあったわ。

 最終的に完成した映画を見たが、ふわっとした部分がファジーなのにしっかり噛み合ってて、描写範囲と想像に任せる部分のバランスがめっちゃ良かった。

 あの監督がああいう作品作るんなら、俺の方があの監督に合わせられるように頑張って成長していって、また一緒に仕事してみたいと思える。

 

 いいことだ。

 一緒に仕事をした人がクソクソ言われてヘコむのを見るより、その人の仕事を手伝って、その人が映画の出来を褒められてる方が気分がいい。

 造形屋は誰だってそうだと思うけどな。

 だから食い下がるなよ、百城さん。

 そういう目でこっちを見んな。

 

「どんなに凄くても、褒められない裏方は辛くない?」

 

 何言ってんだこいつ。

 ん? 自分の言ってることが分かってねえのか?

 しっかりしろ百城!

 

「何言ってるんですか。今百城さんが褒めてくれたじゃないですか」

 

「―――」

 

「俺は頑張りました。俺は認められ、褒められました。だから嬉しいんですよ」

 

 特撮ヒーローものが『人々の期待と想いを背負ってハッピーエンドを作る主人公』ものなら、『大衆の期待とスタッフの想いを背負って成功させる』彼女こそが、まさに主人公だ。

 

 主演(きみ)裏方(おれ)の仕事を無駄にしないでくれた。

 裏方(おれ)が作ったものを、最高の作品にしてくれた。

 主演(きみ)はもう、俺の頑張りに報いてくれた。

 かっこいいぜ、百城千世子。

 

「じゃ、飲み物くらい奢らせてよ。

 この自動販売機のラインナップだと……いちごオレが好きだったっけ?」

 

「ああ、最近飲んでませんでしたが、小学生の時一時期めっちゃ好きでしたね俺」

 

 ん?

 

「あれ、あの頃、百城さん芸能界にいましたっけ?」

 

「いたんじゃない?」

 

 いたっけか。

 会ったような、会ったことなかったような、いや会ったことあるような気がする。

 俺が忘れてるだけか。

 相手が覚えてんのに俺が忘れてるって大分失礼だな……気をつけよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は……百城千世子は、昆虫と、他人の横顔が好きな変な子供だった。

 

 誰かに見られてるなんて思いもしていない人の横顔が、好きだった。

 私に見られていると気付いていない、無意識の表情を盗み見るのが大好きだった。

 

 けど、それは周りの子供達にとっては気持ち悪いものだったらしい。

 そりゃそうだ。

 誰だって自分が気を抜いてた時、自分の顔を盗み見られるのは不快に決まってる。

 

 ふと、思った。

 私の横顔は、どう見られてるんだろう?

 私が見てるなら、周りの皆も私のことを見てるんじゃないか?

 

 そう思ったら、何もかもが怖くなった。

 前を見てると、左右の人が怖い。

 右を見ると、前と後ろの人が怖い。

 私の横顔を見てくるかもしれない他人の目が怖い。

 

 気付けば、逃げるように作り物の世界に没入した。

 現実の世界は子供の頃の私にとって、とても生き辛かった。

 そんな小学校生活の、ある日の夏だったと思う。

 

「朝風英二です。短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 彼は転校生としてやってきた。

 私の一学年上の子として、私と一緒の登校班の新入りとして。

 子供なのに、大人みたいな目と、大人みたいな挨拶をしていたのが、どこか不自然で不揃いで、少し気持ち悪かった。

 

 私にとってとても短い、ひと夏の思い出だ。

 

「英二君はお父さんの仕事の都合で日本の色んなところを転校しているの。

 日本の色んなところの話を聞けるかもしれないわ。みんな仲良くしてあげてね」

 

「「「 はーい! 」」」

 

 彼と一緒に登校して、彼と横並びに歩道を歩く。

 横顔をじっと見つめてみる。

 どこか遠くを見ている目が、目の前を見ていない目が、強く印象に残った。

 

 長く見つめすぎたのか、少年はこっちを見た。

 いけない。バレた。気持ち悪がられる。

 横顔を盗み見られたら、皆普通は不快になるから。

 

「あ、あの」

 

「ん?」

 

「……ごめんなさい」

 

 先んじて謝ったけど、少年の反応は薄かった。

 

「俺はそもそも、お前に興味がない。だからどうでもいい」

 

「……え」

 

「話は終わりか?」

 

 私を見る目。

 私はその目を知っていた。

 虫が好きな私は知っていた。

 この目は、人間が興味のない虫を見る時の目だ。

 

 この人は、私に毛の先ほどにも興味を持っていない。

 今の会話も多分、目の前を飛んでる虫を優しくどけてやったくらいの気持ちだったんだ。

 

 ある日、教室で一人で机に向かっている彼が、木を何かで彫っているのを見かけた。

 

「何をしてるの?」

 

「造形」

 

 少年は、物を作る人だった。

 木を削って、削りカスが教室に落ちないように集めて捨て、木に塗装して、人形を作る。

 朝一番に教室に来て物を作って、真面目に授業を受けて、休み時間に物を作って、昼休みもずっと机で作業をしていて、放課後もずっと教室に居た。

 先生が違和感を覚えて、そんな彼に声をかけたのを見たことがある。

 

「英二くん、帰らなくていいの? お父さんとお母さんが待っているわよ、きっと」

 

「待ってるでしょうね。

 でも俺は早く帰らない方がいいんです。

 母は父と二人きりの時間を好んでますから。

 俺が帰ると、母は俺に優しくしないといけなくなります。

 それなら俺はギリギリまで学校で時間を潰して、二人きりの時間を作ってあげたいのです」

 

「……英二くん」

 

「子供の面倒を見るのは、僅かであっても、母と父の負担になると俺は考えます」

 

 淡々としていた。

 悔しさとか、寂しさも見えなかった。

 ただ、なんというか、『自分の幸せなんかよりも大切なものがある』人というのは、ああいうものなんじゃないかと、幼い頃の私は思った。

 

 非人間。

 クラスメイトと話もしない、物作りにしか興味がない怪物。

 意味が分からないけれど……彼は、18歳になった今よりも子供の時の方が、ずっと"仕事以外に何もない人間"だった。そんな気がする。

 その頃の私は知らなかったけど、小学校一年生の私の前に現れた頃の彼は、既に撮影所に入り浸るようになってから五年が経ったような怪物だった。

 

 ただ、この怪物は、他人に頼まれると断らない人だった。

 断れない、じゃなくて断らない。

 "他人のために物を作る"ことを当然だと思っているような人だった。

 

「プリキュアつくってー!」

「ドラえもんつくってー!」

「仮面ライダーカブトハイパーフォームパーフェクトゼクター持ちつくってー!」

 

「ああ、いいぞ。ただし先に頼んだ人のをまだやってるから、少し時間はかかるぞ」

 

 木を拾って、削って、ペンで塗装して、子供達に渡していく。

 子供が望めば何でも作ってあげる彼は、クラスの魔法使いだった。

 担任の先生まで可愛いキャラの人形を貰っていたのが、とても印象に残っている。

 別クラスに上級生から下級生までクラスに集まって、彼のクラスはいつも大騒ぎだった。

 

 信じられないことだけど、クラスの子供達はみんな誰も彼と友達じゃなかったのに、彼のことが好きだったと思う。

 なのに彼は周りのご機嫌取りをやっているつもりなんてなくて、技を磨く修行の一環だと思っていたらしい。

 彼の木彫りの腕は最初から上手かったのに、ぐんぐん上達していった。

 

 彼が誰とも人間らしく話をしていないのがなんだか怖くて、ある日思い切って、私は彼のクラスに行って話しかけた。

 

「虫の話、できる?」

 

「虫の話? ……そうだな。うちの親が仕事してる、仮面ライダーのモデルの話でも」

 

「仮面ライダー……日曜日の?」

 

「そうそう。ちょうどカブト*1完結してたしさ」

 

 今は虫が好きで、昔は昆虫が好きだった私は、当時から仮面ライダー等のモチーフ知識を集めていた彼と話が合った。

 初代仮面ライダーはバッタだったらしい。

 知らなかった。

 彼もまた、私が知っているマイナーな虫に興味を持ち、モチーフにするために図書館に調べに行ったりしていた。

 それが彼の助けになったのなら、今更になって誇らしい。

 

 彼の能力がクラスで期待されたのは、当然図工の時間。

 上級生と下級生合同の図工の授業で、クラスメイト達が注目する中、彼は紙にペンを走らせるだけでも上手かった。

 周りに頼まれると、クラスメイトの似顔絵を頼まれた分だけ上手く描いてしまうのが、とても彼らしいと思った。

 

 その頃の私は、絵にデザインを起こして、それを実物として形成していくっていう特撮造形の流れを、彼が学校で訓練していたのだと感づいてもいなかった。

 むしろ、自分の絵が彼と比べて下手だったことを恥じていたはずだ。

 恥じ入るだけだったはずだ。

 けれど彼は私の絵を見て、笑わなかったし、バカにもしなかった。

 

「良いと思うよ。俺は美しいと思う。だって、魂込めて描いたってことは伝わってくるから」

 

「え……」

 

「美しい作り物は魂がこもってるものだけだと、母さんが言ってた」

 

 魂。魂? 作り物に?

 

「その人が作ったってことは、その作り物はその人の一部なんだぜ。父さんが言ってた」

 

 私の一部? 私が作ったものが?

 

 よく分からないまま、日は進む。

 ある日の朝、たまたま教室に彼だけがいるのを見た。

 学校構造上、私は自分の教室に行く途中で必ず彼の教室が目に入る。

 彼が座って作業をしている横の席に腰を降ろして、彼に声をかける。

 

「朝風くん」

 

 彼は少し困ったような顔をした。

 

「ええと……ごめん、名前なんだっけ?」

 

「えっ」

 

 なんと彼は、私はもちろんのこと、クラスの誰の名前も覚えていなかった。

 彼は毎日何を作るか、どう作るかを考えていて、その合間に他人とした話をすっかり忘れてしまうような人なんだと、私はその時ようやく気付いた。

 たぶん、私との会話もほとんど覚えてない。

 

「……あ、あー。もしかして絵の子?」

 

 なのに、私が描いた絵のことは覚えている、そんな人だった。

 私のことは覚えてないのに、私の作ったもののことは覚えている。

 クラスメイトの名前は覚えてないのに、クラスメイトに作ってほしいと頼まれたもののことは一つも忘れない。

 頭のスペックの全てを物作りに振って、何もかもから貪欲に吸収しようとする子供。

 私は思った。

 

(今の私が、今のこの人と友達になるなんて、絶対に不可能だ)

 

 ほどなくして彼はまた転校していった。

 また親の仕事の都合らしい。

 彼の友達はクラスに一人もいなかったが、彼が転校する時、クラスの子供達の誰もが彼との別れを惜しみ、彼を熱い言葉で送り出していた。

 子供達の手には、彼お手製の木彫りに塗装した人形、彼が描いた子供達の似顔絵があった。

 

 彼はたった一ヶ月で、子供達の心から一生消えない記憶を刻んでいった。

 その物が皆の手元に残っている限り、誰もが彼のことを忘れないだろう。

 友達ですらなかったというのに、きっとずっと忘れない。

 私もまた、彼が好きな飲み物の話を覚えていたりするんだろう。

 

 彼が信じたものが何なのか、私にも少し分かった気がした。

 

 生き辛い現実が戻ってくる。

 いや、私が彼を見ていて忘れていただけで、現実はずっとそこにあった。

 横顔を見られるのが怖い。

 そういえば彼は横顔を見られることを嫌がってなかったな、と思い出す。

 今なら分かる。

 

 私が、人の横顔が好きで、人に横顔が見られているのが怖くなった人間なら。

 彼は物作りが好きで、物作り以外に興味がない。

 好きなものが価値観の底にある者同士と気付くと、彼が転校した後だと言うのに、彼という人がどんな人だったのか理解できてしまった。

 

 物作りの彼がいなくなってからも、映画の世界の作り物の虚構に溺れる。

 そんな私は。

 ある日、あの人に出会った。

 

「役者に向いてる」

 

 私の頭を撫で、スクリーンの向こうの憧れだったその人は、私にそう言ってくれた。

 当時押しも押されもしない大女優だったあの人は、私を褒めてくれた。

 嬉しかった。

 あの人に憧れて、星を目指すように、私は走り出した。

 

「頑張ろう」

 

 自分に言い聞かせ、できることは何でもやった。

 

 表情の作り方、言葉の選び方、服装、所作、体型、全てを調整(コントロール)した。

 監督、カメラマン、美術、音楽、そしてそれらの人が使う道具についても熟知した。

 SNSを利用しエゴサーチを繰り返し、統計を繰り返し、演技を微調整して人々が私に抱く印象を意識的に作り上げた。

 寝ることも忘れ、観客(たにん)の望む私を作る作業に没頭した。

 努力は、数字になって返ってきた。

 

 生き辛かった世界は、生きやすい世界に変わった。

 私に被せる"私"という仮面を作る作業は、きっと楽しかった。

 大衆のための仮面の強度を上げれば上げるほど、私は一人になってゆく気がした。

 それでもいいと、そう思えた。

 

 そう思う自分を主観的に見ても、客観的に見ても、女優は天職だと思った。

 

「朝風英二です。よろしくお願いします」

 

 天職の私がこの世界にいるんだから、同じく天職を得ている彼がこの世界にいるのは当然。

 だから驚くよりも先に、納得していた。

 ある日突然に撮影で彼と出会っても、驚きを顔に浮かべずに済んだ。

 

「ふふっ」

 

「どうしました?」

 

 私のことを全く覚えていない彼を見て、まずひと笑い。

 仕事に集中するとこちらを見もしない相変わらずの集中に、またひと笑い。

 彼が作ったドラマ用の特別衣装を見て、私の笑いは止まって、作り笑いに切り替える。

 技量の上昇が凄まじい。

 ……あの頃作っていなかった服、あの頃扱っていなかった布で、これだけの仕事ができるなら、他はどんなことになっているのか、少しワクワクしてしまった。

 

 久しぶりに会って、人間らしくなったなあと思った。

 あと、なんだかからかうと可愛い反応を見せるようになった気がする。

 背も伸びてなかったなあ。

 でも昔と違って、遠い目じゃなくてちゃんと私のことを見てくれる目になっていたから、それはよしとした。

 

 次第に、撮影で彼と絡む機会が増えていく。

 彼が出世したとかではなく、私が新人から徐々に成功していくにつれ、どの現場でも重宝される彼と会う機会が増えてきた、という話。

 

「百城さんの演技や振る舞いは、一から十まで綺麗ですね」

 

 そう彼に言われて、部屋に帰ってから、私は一人笑ってしまった。

 彼は私に好意的。

 それ自体は悪い気はしない。

 でも彼が私に好意的なのは、私の普段の顔が全部作り物だからだ。

 24時間365日、私は『普段の自分を演じる』ことで日常を過ごしてるからだ。

 巧みな技術で作られた作り物を、彼はいつだって愛し、称賛し、その作り物を作るのに使われた技術と時間と努力を褒める。

 

 だから、彼は私に好意的だ。

 だから、彼は私の仮面に好意的だ。

 それはきっと、彼がこれまでの人生の多くの時間を物作りのために使ってきたのと同じように、私もこの仮面を作るのに人生の多くの時間を作ってきたから。

 

 作り物と本物の違いが分からないはずがない。

 彼はプロなんだから。

 私が知る限り、作り物の世界で最高のプロなんだから。

 彼は私の仮面がそこにあることも、仮面の上に仮面を被って演技をしていることも、その下には私の素顔があることも、全部ちゃんと分かっている。

 

 彼が私に好意的なのは、私が仮面を常に被っているような女だから。

 私が人生をかけて作り上げたこの仮面を、私の人生ごと肯定してくれているから。

 忘れてはいけない。

 私が忘れることはない。

 彼は"人がものを作る"ということそのものを肯定する、物作りの達人だっていうことを。

 

「百城さんの笑顔は芸術ですよね」

 

 英二君がそう言って、一緒にいたアキラ君がなんでかびっくりしてたことを覚えてる。

 

 この言葉は額面通りに受け取るものじゃないよアキラ君。

 "あなたは綺麗ですね"って意味で受け取っちゃいけない。

 芸術は、誰かが作るものだよ。

 技を磨いて、センスを磨いて、人が意識的に作るものが芸術だから。

 私の笑顔を芸術だと言った彼は、とてもよく私のことを分かっていると思った。

 

 私の作り笑顔が気にならないの? と、つまらないことを聞いたことがある。

 

「百城さんの作り笑顔は美しいから、それで良いんじゃないですか?」

 

―――良いと思うよ。俺は美しいと思う。だって、魂込めて描いたってことは伝わってくるから

―――美しい作り物は魂がこもってるものだけだと、母さんが言ってた

―――その人が作ったってことは、その作り物はその人の一部なんだぜ。父さんが言ってた

 

 彼は十年経っても同じことを言っていた。

 どうやら私の仮面には、ちゃんと魂がこもっているらしい。

 少し、ほっとした。

 

 彼は物を作ることにばかり興味があって、他人の物作りを真似して、他人が作った作品(もの)を褒め讃えて、作り物の世界に現実の自分の全てを費やしても構わない人間だった。

 

 彼は"百城千世子が作った"ものを、同じような台詞で褒めていた。私の絵も、私の仮面も。

 

 私は嘘だらけかもしれないが、彼は子供の頃からずっと、私に対して正直な気がする。

 

 彼を信じて裏切られたことは、一度もない。

 

 

 

*12006年開始の仮面ライダーカブトは、登場仮面ライダーのモチーフがカブトムシ、クワガタムシ、スズメバチ、トンボ、サソリ、バッタなど虫で統一されている。虫統一でこの数のライダーが登場するというのは非常に特徴的。スーツのデザインも極めて秀逸。




 学校、それすなわち無限のリクエストが来る場所で、それに対応可能な底なしの対応力と応用力を得られる修行場です

 通りすがりの造形師だ、覚えておけ!


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英二「演技がヘタクソなモデル出の人でも真面目に頑張ってる人は好き。ちゃんと上達するし」

 俺の事務所のインターホンが鳴る。

 来客を知らせる軽快な音だ。

 クソ、今飯作ってたってのに。仕事か?

 

 ってアキラ君じゃねーか。

 

「おはよう、朝風君」

 

「おはようございます、アキラさん。朝ご飯作っていたんですが、食べていきますか?」

 

「お構いなく。そんなに時間がかかる要件でもないからね」

 

「まあまあ、どうぞどうぞ」

 

 事務所にアキラ君を招いて、オムライスを出す。

 まあ普通レベルだ、俺の作る飯は。

 強いて言うならケチャップ一切使ってなくて、ライスはコショウを利かせたチキンライス、卵の上に味を調整したデミグラスソースが乗ってることくらいか。

 

「腕上がったんじゃないか、朝風君。美味しいよ」

 

 世辞でも嬉しいぞアキラ君!

 

「しかしなんでこんなに卵パックが積み上がってるんだ?」

 

「造形の練習材料に使おうと思いまして」

 

「透明な卵パックを?」

 

「ウルトラマンの故郷の、M78星雲の光の国ってあるじゃないですか」

 

「うん」

 

「昭和の時代の光の国って、卵パックやヤクルトの空容器で作ってたんですよね」

 

「えっ」

 

「卵パックって昔は特撮素材の王道でもあったんですよ。

 透明で不思議な凸凹感が出せますから。さよならジュピター*1にも使われてましたね」

 

 さよならジュピターは「要素を詰め込みすぎて破裂した」と言われる特撮屋の反面教師映画。

 非常に高い技術を使って撮影されたが、億単位の莫大な赤字を生んでしまい、『高い技術と大きなこだわりがあっても売れるわけじゃない』ということを後世の俺達に教えてくれた。

 当時の日本SF界の総力を挙げて作って全力でコケた悪夢だ。

 

 まあ、キネマ公式調べで「配給収入は三億円」、スタッフ曰く「配給収入は八億円だったが数億円レベルの大幅赤字だった」だとか。

 この影響で、その後日本では宇宙を舞台にしたSF映画にスポンサーが集まりにくくなった、とか言われるレベルのやべーやつ。

 黒山墨字監督作品を真似ました! とか才能が無いやつがやろうとすると多分さよならジュピターと同じ方向に行く気がする。

 

「卵パックで光の国かぁ……」

 

 昭和の時代のウルトラマンの防衛隊基地の上の方見てみろアキラ君。

 雰囲気出すために透明な卵パックがズラッと並べて貼られてるから。

 造形屋の視点からあの辺見ると楽しいぞ。

 

「それに卵はたんぱく質、脂質、ミネラル、ビタミン等々を含む完全栄養食ですからね」

 

「卵は栄養満点だから健康と美容のため食べている人も多いんだっけ*2

 

「ジョッキに卵割って溜めて一気飲みすれば、忙しい時の食事はそれで済ませられるんですよ」

 

「やめないか!」

 

「え、生卵だけの食事って味に目を瞑れば楽なんですけど……」

 

 たまに醤油垂らすと味がいいんだこれが。

 食事時間一分切るし、カロリーメイトやウィダーインゼリー感覚でやるといいぞ。

 

「それで、アキラさんは今日は何の用ですか?」

 

「君が卵だけ食生活なんてものをもうしないと約束するなら話す」

 

「……分かりました、約束しますから。何用ですか?」

 

「母さんが君を日本アカデミー賞の最優秀美術賞に推してきたいんだそうだ」

 

「えっ」

 

 えー?

 

「過分すぎませんかね?」

 

「僕は妥当だと思ってるけどね」

 

 日本アカデミー賞と言えば、海外のアカデミー賞を真似して作られた40年以上の歴史がある、日本でも有名な映画賞だ。

 美術賞はその中でも美術担当の人が貰う奴だな。

 

 去年の2017年度受賞は、確かシン・ゴジラが最優秀作品賞で、最優秀撮影・最優秀照明・最優秀美術・最優秀録音・最優秀編集もシン・ゴジラだった。

 シンゴジすげえな!

 最優秀脚本と最優秀音楽は君の名は。だったっけかな。

 

 アリサさんが俺を推して、根回しして、俺が名作に美術監督クラスで関わって、日本アカデミー賞協会会員が各々の判断で投票して、そんで一番になったらたぶん表彰される。

 受賞資格は、授賞式の前々年12月初から、前年11月末までの1年間に東京都内で公開された映画……だったっけか。

 いやあ。

 十代で取れるもんじゃねーから。

 

 第41回が今年の3月に終わったから……アリサさんは今から仕込みを始めて、2020年の受賞を狙う感じだろうか。

 俺の成長も見込みで計算してんのか?

 少なくとも俺が見る限り、現段階の俺の能力は日本アカデミー受賞級じゃねえ。

 仕事を速く終わらせるのと、仕事を上手く仕上げる能力はまた別の能力だしな。

 

「アリサさんは何か見返りを求めていましたか?」

 

「よ、よく分かったね。これから伝えようと思ってたんだけど」

 

「合理ってやつです。多分スターズに籍だけでも置けとかじゃないですか」

 

「その通りだ。母さんは、君を懐に入れたいらしい」

 

「そうしたら俺は衣装作成の方に注力することが多くなりそうですね」

 

 スターズ専属の何でも屋がいるのは便利だ。

 スターズ出演中の番組のどこにも援軍を派遣できるしな。

 俺を新人俳優とセットで貸し出すとか、セット販売みたいなやり方もできる。

 

 それにスタントマンが自分の着てるスーツの手入れをしてる内に、怪人の造形をやるようになった*3という仕事の転向はそんなに変なことでもねえ。

 スターズという枠の中で俳優と裏方の距離を近づけるつもりなのかもな。

 

 あとあれだ、色んな映画のスタッフロールや番組のクレジットに書かれるのが『造形 朝風英二』から『造形 朝風英二(スターズ)』とかの表記に変わる。

 良い宣伝にもなるんだよなこれが。

 仮面ライダーのOPとか目を凝らして見てると、俳優とかは基本的に所属事務所の名前クレジットされてねえけど、他の撮影スタッフの人は所属の名前を()で載せてたりすんだ。

 

 恩を売りに来るなあ、あの人は。

 アキラ君を使いに出してきたのも地味に計算尽くな気がする。

 つーか、俳優を売っていくための道具の一つとして俺の能力を認めてくれてるんだろう。

 俺がこれでスターズに行かないとしても、恩を売れるならいつかは自分の手元に引き込めると、そう判断してんのかもな。

 

 俳優を思うように育てたいあの人からすりゃ、そのために使える駒が欲しいんだろう。

 

「もし仮にそれが成功したら業界内の俺の評価はまあ、ぐーんと上がりそうですね」

 

「一般の評価もぐーんと上がるんじゃないかな?」

 

「いえ、日本だと

 『日本アカデミー賞の優秀美術賞取った人の映画だ、見に行こう』

 ってなる人はあんまりいないんじゃないかなと思うんですよね」

 

「む」

 

「海外と日本は美術にかける金額も違いますから、美術そのものの評価も違いますよ」

 

 一般的な映画見てる人って、そんな賞取ってる人とか気にしてねえぞ。

 日本アカデミー最優秀美術賞取った人! って宣伝より、ツイッターでバズったツイートの「この映画が面白い!」の方がよっぽど宣伝効果あると思う。

 

 日本アカデミー賞受賞者の名前みんな覚えてるような人に対してだけ宣伝になるようなのって、あんま意味ねえんだよなあ。

 映画見てる人の中心ってのは詳しいマニアじゃなくて、大衆なんだからさ。

 この時代、SNSで話題になるってことこそが最強の賞にあたるのかもしれん。

 

「とりあえず保留でお願いします。

 あ、でも感謝の意を伝えておいてください。日を改めて俺も挨拶に行きます」

 

「分かった。君は今日も仕事かい?」

 

「受注してた造形を今日中に全部完成させようと考えてます。

 ただその前に美術監督協会絡みで少し行くところがあるので、帰ってからですね」

 

 アキラ君が食い終わった食器を片付けて、俺の分の朝飯を飲む。

 

 ……飲もうと、したんだが。アキラ君にガシッと腕を掴まれた。アキラ君腕の力強っ!

 

「生卵ジョッキは、やめよう」

 

 ちぇー。せっかく作った朝飯が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映職連、ってやつがある。

 日本の映画関連の職能連合だ。

 映画に関わる各部門ごとに別々の協会があって、それぞれに所属してる奴は所属してるし、所属してない奴はしてない。

 

 映画監督協会、撮影監督協会、照明協会、録音協会、編集協会、スクリプター協会、プロデューサー協会、シナリオ協会、んで俺が所属してる美術監督協会。

 これを全部まとめてんのが映職連、ってわけだ。

 

 それぞれの協会は技術研究とか新人の育成とか、テレビ局との契約条件の改正行動とか、不当な処置への抗議とか色々やってる。

 ああ、あと勉強会とかもやってんな。

 著作権とかの法問題を周知させてんだ。

 『映画監督に著作権はない』*4とかな。

 

 美術監督協会の所属は、正会員が70人くらいで全部合わせて100人くらいだ。

 賛助会員*5が30社くらい。

 ……まあ少ねえよな。

 仮面ライダー撮影時の仕事っぷりとか、犬神家の一族*6美術チームを紹介してたりとか、色々やってるとこなんだがな。

 

 親父の義理で入ってたけど、なんかあったら俺も抜けるかもしれん。

 出資金1万円で年会費3万6000円は結構高いんじゃねえかと最近思ってきた。

 照明協会が年会費2万くらいで録音協会が年会費1万くらいだしな……まあこんくらいの金で苦しくなるような生活は流石にしてねえけど。

 

 あ、黒さんだ。って、その横のは美術監督協会でよく会う人。

 こっち見た。

 待て、なんだその顔。

 なんでこっちに寄ってくるんだ二人共。

 

「妥当な奴が来たな。おい、こいつにでも頼んでおけよ」

 

「えっ……うーん、そうですね……朝風さんなら、まあ……」

 

「黒さん、黒さん、超高速で話を進めないでください。俺ついていけてないです」

 

 何事!?

 

「最近病院から出られなくなった美術監督がいるらしいんだよ」

 

「そうなんですか。それが俺や黒さんに何の関係が……?」

 

「そんで、映画美術スタッフ塾の講師が一人足りなくなったんだとよ」

 

 あれか。

 文化庁と美術監督協会が主催で、数日間映画美術を教えてもらえるってあれだ。

 講師は美術監督で、一般人からプロまで自由に参加できる。

 基本的にはプロからセミプロが多いんだったっけか。

 文化庁の事業名は……『時代の文化を創造する新進芸術家育成事業』だった気がする。

 

 ……そういうあれか。

 

「というわけだ、お前がやれ。

 俺も頼まれたがやる気しねえ。

 クソ真面目なお前には妥当な仕事だろ」

 

「えっ、俺が代理の講師ですか?」

 

「真面目だなって褒めてんじゃねえんだぞ、クソ真面目って言ってんだからな」

 

「うっ」

 

 素直に人を褒めたりできねえのかあんたは!

 

「黒山さんにも朝風さんにも特に言うことはありません。

 こちらは無理を言って頼んでいる側ですから。

 今回はかなり自由にやっていいことになっていますので、節度を守ってくだされば」

 

 出たよ節度。

 自由にやれ、でも節度は守れ、って要求は難しい事案No.1を争えるやつだ。

 自由にやって失敗すると「節度を守ってなかった」って怒られるやつ。

 責任取る偉い人からすりゃ、自由にやってもらって全然構わねえのに、問題起こった時に自分が責任全部おっかぶるのが嫌だから、「自由にやれ、責任は取る」って言えねえやつ!

 

「日程確認してもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

 ふむ……いや結構近いな。

 マジでギリギリの差し替えか。

 

 こういうの準備期間があった方が楽なんだよなあ。

 講義だろ? 今からパワーポイントとか弄ってる余裕ねえよな。

 こういう時ちょっとズルい経験豊富なオッサンは、昔の講義に使ったデータをそのまま使ったりツギハギにしたりして使うらしいが、俺そういうのもねえし。

 講義経験は0じゃねえから、まあやれと言うならやってみせるが。

 

「分かりました。引き受けます」

 

「おお、ありがとう!」

 

 協会の人から仕事の資料を貰ってしまった。

 どうすっかな。

 期間的にスライドとか使えないんだが。

 ……ああでも待てよ、スタッフ塾はパワポ使えないおじいちゃんとかはホワイトボード使ってやってたんだっけか。

 仕事のプレゼンほどガチガチに考えなくてもいいかもな。

 

「やりたくない仕事は断わりゃいいと思うんだが」

 

 黒さんがヒゲをさすってる。うるせえヒゲ引っこ抜くぞ。

 

「色々仕事やってれば、スキルの上昇にも繋がりますから。

 俺はまだ技術を磨いて成長していかないといけない段階ですよ」

 

「よく言う。千世子主演の試写見たぞ。十分な出来だったじゃねえか」

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」

 

 この人に言われるならちょっとは腕も上がったと思えるな。

 

「あの怪獣、黒一色なのにディテールがよく見えてたな。どうやったんだ?」

 

 お、目の付け所が違うな。

 黒は光を吸収する物質だ。

 光を反射しねえから、表面のデコボコが見えにくいんだよな。

 だから体の表面にデコボコとか、段差とかのディティール作っても分かり辛えんだ。

 

「あれ、黒に見えますけど、実は濃い黒と薄い黒と青い黒の三種類で分けてあるんです。

 でもそれだけでもディティールは分からないので、要所要所にシルバーを薄く吹いてあります」

 

「ほう、シルバーか」

 

「黒の表面に薄くシルバーを吹いても、黒一色にしか見えません。

 でも太陽光や照明の光を受けた時、黒い体表に光の反射率の差ができます。

 これで黒一色であるにもかかわらず、体のディティールがしっかりと分かるんです」

 

 近年で言うと、仮面ライダービルド・ラビットタンクハザードフォーム*7なんかがこの手の黒一色造形の傑作だな。

 黒一色はなあ。

 クソ難関なんだよなあ。

 

 黒一色がかっこいいのは分かる。

 漫画とかだと黒一色でも体の線は分かりやすい。

 だけどスーツ作ると、アップ以外ではアクション時とか黒一色の潰れた塊に見えるし、体が一色だから凝った体表デザインしても、テレビだと見にくいんだよな。

 

 ハザードフォームはその点、実に高い技術が使われてやがった。

 布の黒とウレタンの黒、マスクのみFRP(繊維強化プラスチック)の黒で造形。

 "素材の黒を使い分けた"んだな。

 そこにシルバー吹いてアクセントを付けたんだ。

 

 アップ用とアクション用を兼用で作ったため、転ぶと頭のパーツとかバキバキにぶっ壊れるかもしれないやっべースーツだが、その分美しい。

 俺もその技術は吸収してる。

 まあ硬質な黒一色のハザードフォームと違って、軟質な黒一色の怪獣にアクセントを付けるのはまたちょっと別の技術だったけどさ。

 

「黒さん、次に撮りたい映画とか決まりました?」

 

「役者が見つかってねえんだよ」

 

「黒さんのお眼鏡に叶う俳優となると、中々見つからなそうですね」

 

 天才監督なこの人に必要なのは役者だ。

 つまり『映画の顔』だ。

 どんな人なら合格なのか、この人は役者に何を求めてんのか、俺にはさっぱり分からん。

 アラヤさんとか菅口将暉*8さんみたいな憑依型か、それとも百城さんみたいなタイプで個性的な何かを持ってるタイプか……どうなんだろうな。

 

「とりあえず、スターズの俳優発掘オーディションの審査員やってやることにした」

 

「あ、それはいいですね」

 

 ほー、考えたな。

 スターズの俳優発掘オーディションは例年通りなら、女優部門だけで三万人が集まるっつーとんでもねえレベルだ。

 そっから一人選ばれるってんだから、合格倍率は三万倍。

 全体の0.003%しか受からねえ計算だな。東大に入るのより一万倍くらい難しい。

 これに受かるなら間違いなく有能……いや、待てよ。

 

 スターズのオーディションに受かったらスターズ専属になるよな。

 すると黒さんがあんま好きじゃねえスターズメソッドに沿う俳優になる。

 スターズメソッドに沿う俳優になってからじゃねえと、黒さんが俳優貸してくれと言っても、貸してくれるわけがねえ。

 じゃあオーディションに落ちた奴を黒さんが拾う、って方法しか無いよな?

 

 スターズのオーディションに来るくらいに意欲があって、スターズのオーディションに受からないくらいには無能で、黒さんの目に留まるくらいには有能。

 ……黒さん!

 そんな奴は流石にいねえと思うな!

 

「あーあぁ、全盛期のジュニーズと同じくらい人が集まってるオーディションねえかな。

 ついでに俺の代わりに俺の目に適うような人材をそこから見つけてくるやつも欲しいわ」

 

「全盛期のジュニーズって応募人数150万人採用1人のオーディションやったところですよ!?」

 

 倍率150万倍だぞ!

 東大に入るのより50万倍難しいんだぞ!

 0.00006パーセントだぞ! 分かってんのか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずスタッフ塾が慣例的に使っている東京都調布市小島町に向かう。

 まあ挨拶だけでもしておこう。

 移動の間、頭の中でアイデアを色々とまとめておく。

 

「あー!」

 

 その途中で、顔を覚えているが知り合いではない少女が俺を見て叫んだ。

 

「見つけた! あんたでしょ!」

 

「はい? って、あなたは……」

 

「あの撮影に参加してた人!」

 

 桃野さんだ。桃野(ももの)アイさん。

 雑誌CamCamの専属モデルだって人。

 あの監督がオーディションだかで顔だけで選んだモデル! 演技力クソの人!

 

「私がオーディションで選ばれたのに撮影で呼ばれるの中止ってどういうことよー!?」

 

「ああ、そういえば」

 

 この人は監督が顔だけで選んだんだな……って俺が思ってたら、結局呼ばれなかったんだ。

 予算がねえから。

 まだ撮影に一回も呼ばれてねえ俳優を出演カットして予算を確保してたんだった。

 だからこの子はあの映画に出てねえんだったな。

 撮影見に来たことはあったんだっけか。

 

 なんだっけ、俳優をオーディションで選んで、選ばれたことを通知した段階では、まだ出演契約したことにならねえんだっけ?

 俳優と映画の契約の種類は今の日本映画だと大体三種。

 プロデューサーと俳優、プロデューサーと俳優の所属会社、プロデューサーと代理人で締結するやつだ。

 雑誌専属モデルだと微妙だよなそこらへん。個人付きの代理人がいる人もいるけど。

 

 こんなだから俳優がスケジュール調整しようと思ってたところに、やっぱ出演なかったことにするわー、って電話が来て、俳優のスケジュールが意味もなく空っぽになったりするんだよな。

 だってまだ契約してねえんだから。

 しょーがねえ。

 そういうもんだ。

 じゃねえと、プロデューサーは複数人に一気に出演打診(オファー)出して、返って来た返事の中から最善を選ぶってことができなくなるからな。

 

「それにしても、裏方の俺の顔をよく覚えてましたね」

 

「なんかホラ、秋に飛んでるトンボの羽みたいな速さで手を動かしてる人がいたから」

 

 失敬な覚え方してんなこいつ。

 

「なんで私の出演がなかったことになってんの!?」

 

「予算が足りなかったんですよ。

 桃野さんを撮影に呼んでギャラを支払うだけの余裕がなくなってしまったんです」

 

「え、そうなの?

 なるほど、私のギャラを高く見積もりすぎたのかしら。

 ねえ、あなたから見ても私ってそんなギャラ高そうなくらい可愛く見える」

 

「え? あ、はい。可愛いですね」

 

「うんうん、そうでしょ? それなら次の機会に期待かな」

 

 まあ可愛いけどツラの良さだけで何もかも上手くいくことはねーよ。

 ええいこれだから面倒臭えタイプのモデルは困る。

 時々特撮にモデルしかやってこなかった人が来ると、たまーにクソ面倒臭いことになる。

 業界の慣例とか常識とか全く知らねえ上に、顔やスタイルがいいモデルは褒められ慣れててプライドが高いことがたまーにあるんだ。

 

 昔、あるモデル女優が泥に突っ込むシーンを拒否し、監督の指示を突っぱねた。

 当時中学一年生だった俺は自ら泥に突っ込み、「一緒にやりましょ?」と女優に請い、女優さんは子供だった俺がやったんだからと自分を鼓舞して、泥に突っ込んだ。

 今思えばあのモデルの人は子供に優しい分扱いやすかった気がする。

 一部のモデルは清廉で清潔なイメージのため、汚れは絶対やらねえからなあ。

 

「というか、よく受かりましたね、オーディション。桃野さんは正式には出演なしとはいえ」

 

「アクションが求められてたでしょ?」

 

「はい。オーディションはそれを求められていたはずです」

 

「アクションを周りが見せてて、私の順番が来たの。

 アクションができますか? って私言われたのね。私は微笑んだわ」

 

「……何故?」

 

「オーディションで自分の心証を悪くすること言うわけないじゃない。

 そうしたらね、アクション監督が何か勘違いしたの。

 『ああ桃野さん。何か引っかかってたんですけどようやく思い出しました』って」

 

「ん?」

 

「私と同じ名字で、別の映画で良いアクションを評価された人がいたんだって。

 だから名前だけうろ覚えしてたアクション監督は勘違いしたの。

 まあいいかと思って私は微笑み継続。監督達は私のアクションを見ないでくれて、採用!」

 

「アクション撮る能力全振りのアクション監督って時々居ますけど……居ますけど……!」

 

 お前は小森豊*9か……?

 あの悪夢*10は他のところでも起きてたっていうのかよ……!

 

「特撮にモデルが出て大成功して人気の女優に、ってルートがあるんでしょ?」

 

「まあ、それは、ありますが」

 

「私もそういうので楽に上に行きたかったなー」

 

 最近の若い奴はこれだから! 楽ってなんだ楽って!

 ……いや、この子、15歳だっけ。俺より三つ下なだけか。

 最近の俺より若い奴はこれだから! 楽ってなんだ楽って!

 

 そうだ、雑誌『Cawaii!』の読者モデルから芸能界に入った山木梓*11さんがいた。

 あの人は主役級の正義の女忍者のオーディションを受けに行き、何故か闇落ちクノイチな宇宙コギャルの『フラビージョ』というキャラに採用され、正義にぶっ飛ばされた女性!

 あの人を引き合いに出してたしなめてやろう。

 世の中は甘くねえんだぜ。

 

 ところで山木さんが演じたフラビージョ資料漁ってた時に「ミニモニ。をデザインの参考にした」とか書いてあったんだがミニモニってなんだ?

 今度検索にかけて調べておこう。

 

「桃野さん、ハリケンジャーを見たことありますか?」

 

「え? ハリーポッターと賢者の石? 見たことあるわよ」

 

「ハリとケンジャしか合ってないんですけど!?」

 

 あ、やべえ!

 今気付いたけどこの子15歳ってことは忍風戦隊ハリケンジャーの最終回の年に生まれた子だ!

 分かるわけねえわ!

 

「私が子供の頃ちょっと見てた戦隊、AV女優が出てたって後から知ったの」

 

「桃野さんの年齢なら……ゴーオンジャーのケガレシア*12でしょうか」

 

「AV女優出すくらいなら、私を出したりした方が数字取れそうだって、あなたは思わない?」

 

 ……ううむ。こんくらいの自分のツラに自信があると人生楽しいだろうな。

 

 つかなんだ、俺に番組に推薦とかしてもらえないかとか思ってんだろうか。

 

「AV女優が出れるなら私もそういう番組出れるんじゃないの?」

 

「そういうことはあまり公に言わない方がいいですよ」

 

「そうなの?」

 

「そうです。少なくとも俺は、同じシリーズに先に携わった先人の悪口に、いい気はしません」

 

 俺からすれば皆、尊敬すべき偉大な先人だ。

 

 あんたにそう面と向かって言う気はないがな。

 俺は尊敬してる人間の悪口が言われてたら、ずっと忘れねえタイプだぞ。

 元AV女優とかを子供番組に出すな、ってナチュラルに見下してる親御さんの声には頷けないのが俺だ。

 

「変なの。私にイラっとしたなら、怒ったり怒鳴ったりすればいいのに」

 

 ……。

 いいんだよ、別に。

 無知ってのは怒鳴られるほどの罪じゃあねえと思うしよ。

 

「でも、ごめんね。怒らせちゃったなら謝るわ」

 

「いえ、お気になさらず。ただ、気を付けてくださいね」

 

 ……そこで謝れるなら、あんたは多分大丈夫だよ。

 今回の映画に出られなくたって対した痛手にはならねえさ。

 モデルやってても、俳優になっても。

 

「俺の個人的な意見で申し訳ありませんが……

 『こっち』に来るなら、桃野さんは振る舞いを少し直した方がいいかもしれませんね」

 

「えー、そんなにグチグチ言ってきそう?」

 

「今の業界の偉い人達は結構厳しいですから。ちょっとでも隙を見せたらガンガン来ますよ」

 

「先送りにしたーい……」

 

「業界のご老人などは、顔が良くて華やかな子より、地味でも礼儀正しい子が好きですから」

 

「問題は先送りにしておけば私より先に口煩い業界のジジイとババアは死ぬんじゃない?」

 

「ざ、斬新!」

 

 "私若いもん"って顔に書いてある!

 

「嫌味で言ってるわけじゃないです。忠告ですよ」

 

「あんたが言ってることが必ず正しいって保証もないでしょ?」

 

「む」

 

 確かに、それもそうだな。

 俺も所詮は18歳の若造。撮影所に15年程度出入りしてるだけの若造だ。

 50歳になっても元気にアクションしてる低岩さん*13や、53歳になっても若々しく特撮部門を取り仕切る黒倉さん*14みたいなこの業界に三十年いる人達と比べりゃ、その半分くらいしか経験を積んでねえ。

 

「私が女優として大成功しなかったら、顔が存在意義の私はどうなるの?」

 

「あなたの存在意義はあなたの母親が生んだという事実だけでいいんじゃないですか?」

 

「褒められたいじゃない」

 

「いや、あの、その……そうですね。その原動力は間違ってはないです」

 

 承認欲求。

 誰の中にもあるもので、日本人の美徳では"ないほうがいい"とされるもの。

 こいつから膨大なエネルギーを得て、凡人には絶対にできないような努力と研鑽を重ね、誰も真似できないような能力を身に着けて成功した人を何人も見てきた。

 この人もそうなるかもしれない。

 そうなったら、楽しそうだ。

 

「近日俺講義するんですが、それに来ませんか? 参加費は代わりに払っておきます」

 

「講義ー?」

 

「百城千世子が成功した理由を、ちょっとだけ講義内容に加えておきます。

 ですから真面目に聞いてくださいよ。真面目にこの業界でやっていきたいのなら、ですが」

 

「『チヨコ』の? へー、いついつ?」

 

 どうせ真面目な講義やるにゃあ準備が足りねえ。ちょっとためになる講義を聞かせてやるよ。

 

「ところで、今の子供がスマホを欲しがる理由と……

 昔の特撮番組で、携帯電話型の玩具が売れた理由の共通点をご存知ですか?」

 

 子供が買いたくなる玩具って、なんだと思う?

 

 

 

*11984公開の映画。近未来を舞台に、宇宙SFというジャンルに挑戦した一作。当時の日本はスター・ウォーズ(1977)の影響でバカみたいに宇宙SFが人気であった。

*2ゴジラVSスペースゴジラ(1994)、暴れん坊将軍、はぐれ刑事純情派などに出演した君鳥十和子など。

*3老狭新一さんなど、こういった転向はいくつか例がある。

*41970年の法改正後、映画の著作権は映画製作会社に帰属すると規定された。小説や漫画と違い、監督は作者としての著作権を持っていない。

*5事業への賛同の意を示して会員扱いで入ってる会社。入会金とか会費を払うことでその組織を支援していることも意味する。美術監督協会は仮面ライダーの西映やゴジラの西宝などが賛助会員。

*6人気推理小説映画化シリーズ。なんと三度に渡って映画化されている。

*7仮面ライダービルド(2017)の主人公黒一色強化フォーム。暴走の危険性を常に孕み、愛と平和を求めた主人公に人を殺させてしまう。主人公が殺してしまった人の墓前に跪き、泣きながら謝る姿は子供達に『人を殺してはならない』という倫理を教えた。

*8仮面ライダーW(2009)でもうひとりの主人公・フィリップを名演。最後の別れのシーンは主人公の翔太郎とフィリップの俳優、スーツの中のスーツアクター、撮影スタッフ皆が泣いた、感動のラストだったという。なお最終回ではない。

*9仮面ライダー鎧武におけるもうひとりの主人公、駆紋戒斗を演じた。アクションが求められるライバル仮面ライダーであるのに、森を数歩歩くと足をくじき、一アクションにつき一つ怪我をする虚弱男。劇場版ドラえもんを見る限り野比のび太より身体能力が低い。

*10アクション能力を確認するオーディションで、審査員が各々に「アクションやってみて」と言っていく。小森豊の履歴には「(ボイス)ユニットで活動」と記載。これを読んだ審査員は「(アクションあり)ユニットで活動してたんだ?」と勘違いして発言。審査員の「じゃあアクションもできるんだね」という言葉に、豊はイエスともノーとも言えずほんのり笑った。審査員は小森豊の採用を決定! アクションができない小森豊は「ドッキリだと思いました」と発言! 審査の人は撮影開始と同時にのび太以下の動きに「詐欺じゃねえか!」と叫んだ! 撮影開始と同時に現れた盛大な悪夢である。

*11忍風戦隊ハリケンジャー(2002)のヒーロー側オーディションを受けたところ、悪の組織の闇落ちクノイチ幹部という、属性積載過多のキャラにキャスティングされた人。事務所に無断で大晦日生放送でアントニオ猪木に脛相撲を挑み勝利し、事務所にクッソ怒られた女性。

*12炎神戦隊ゴーオンジャー(2008)で害水大臣ケガレシアを演じた及河奈央のこと。TV監督、舞台俳優、歌手活動と非常に多芸。また演技の幅も非常に広く、特に『悪』を演じさせると天下一品。たった三年間でウルトラマン、スーパー戦隊、仮面ライダー全てに出演するというとんでもない人。

*13低岩成二。仮面ライダージオウのスーツアクターも担当。その動きは年齢を感じさせず、ゲイツ(逆らった相棒ライダー)は死ぬ。

*14黒倉伸一郎。英二が特撮部門の仕事で一番お世話になっているプロデューサー。




 モデル以外の経験がほぼない人など、演技やアクションが駄目な人を小道具大道具のギミックで補助する仕事もまた、英二君のお仕事
 具体的に言うとその人用に調整したトランポリンで跳ね上げ、上からワイヤーで吊り、回転縛帯という専門用具でバック宙させたりするのである


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気楽で真面目な撮影の授業

 感想欄でアクタージュのガラスの仮面っぽさに言及する方がいたので、ちょっとばかりネタに入れていくスタイル


 別に俺は卵が格別好きってわけでもねーんだよ。

 卵パックを素材としてゲットする時に、結構卵が余っちまっただけだ。

 あとほら、食事が楽だし?

 準備の時間も食う時間も大してない食事っていいじゃねえか、な。

 卵は食うけど時間は食わない。

 理想的だぜ。

 

 ところがアキラ君に禁止されてしまった。

 一回の食事でゴリゴリ卵を消費する方法がなくなっちまった。

 こいつは困る。かなり困る。

 なので仕方なく、ケーキを焼くことにした。

 

 堅苦しい並びの席や机の並びは取っ払って、座った受講者が円形に、かつそれぞれの距離がそんな離れてない感じにする。

 まあこれで真面目に受講する感じじゃないのは分かってもらえんだろう。

 受講者が揃ったところで、ケーキを振る舞った。

 まあ食え食え。

 ためになる話はしてやるから。

 その上で、肩の力を抜いて楽しんでくれ。

 

 木村桂さん、って作家がいる。

 日曜朝の連続ドラマや映画の原作になった小説を書いたりした人で、この人が書いた小説は200万部以上売れたとかいうすげー人だ。

 ケーキカフェ開いたり、絵を描いて絵画展を開いたりと多才な人でもある。

 この人は学生時代演劇部で、俳優の漫画が好きだった。

 その例として上がるのが、『ガラスの仮面』*1という漫画だ。

 

 この木村さんのケーキカフェに、ガラスの仮面の作者がやってきた。

 その時に振る舞ったオリジナルケーキが、俺が皆に振る舞ったこれである。

 ふわっふわのパウンドの上に、赤ザラメを入れて煮た甘々のリンゴを並べ、浅間ぶどうのジャムを散らす。

 するとジャムがリンゴにすうっと吸収されて、透明になって輝き、まるでガラスの仮面のように見えるのだ。

 木村さんはこいつを、シンデレラがガラスの靴を履いてお姫様に変わるように変わる、ガラスの仮面の役者のイメージで作ったという。

 ケーキをカットする時には変身したい役をイメージして、とか言ってるくらいだ。

 

 こいつほど、『女優』を形にしたケーキもねえ。

 

「この講義ではあまりメモを取る必要はありません。

 ケーキでも食べながら、知識として血肉にするイメージではなく、心にふんわり留めて下さい」

 

 まあ女優にこれ食わせたことねえんだけどな。

 子役で売れてた頃のアキラ君に食わせたことがあるくらいで。

 ……アキラ君にゃオムライスで腕上げたって言ってもらえたし、あの頃よりは味が良くなってると信じよう。

 

「それともう一つ。

 この講義では、"恥"はありません。

 "正解"もありません。

 発言を恐れず、俺に質問されて正解できなかったことを恥じないでください。

 何故なら俺もまた、皆さんに教えられるような"業界の正解"を知ってはいないからです」

 

 ケーキを食べてる人達の内何人かが、怪訝な顔をする。

 おお、そうだ、その顔が正しいぞ。

 講習会で見たもんを絶対の正解だと思うようなやつはこの業界では生き残れんぞ。

 

 しかし、地味に高校の演劇部部長とか、大学のプロ志望演劇サークルとか多いな。

 あ、黒さん監督でドラマのピンチヒッターやった時の大学生バイトもいる。

 今回のスタッフ塾は気楽な感じにしてるってのは本当だったんだな。

 これなら、俺みたいな若造でもやりやすい。

 

 "ものを教える"って意外と年齢重要だからな!

 年下が年上にものを教えようとするとイラッとされるのが普通だからな!

 学校の先生が年食った先生の方が有利なのがよーく分かるわ。

 

「皆さんは美術を学びに来たのだと思います。

 ですがその前に、俺は皆さんに一つ前提として認識しておいてほしいことがあります。

 俳優です。

 役者です。

 演者です。

 我々が作るものは、俳優を時に引き立て、時にぶつかり、彼ら『人』を輝かせるもの」

 

 そう、まずはそこだ。

 

「そのために一つ、今の時代の演劇の源流の一つを解説したいと思います。

 二十世紀のフランスの表現者、エチェンヌ・ドゥクルー*2の『コーポラルマイム』です」

 

 さーて、資料準備の時間はなかった。

 俺の地金の知識だけでどこまで行けっかな。

 

「皆さん、パントマイムは知っていると思います。

 ピエロとセットのイメージも多いのではないでしょうか?

 無いものを有ると見せかける身体表現法の一つです。

 コーポラルマイムはここから派生したものの一つです。例えば……こう」

 

 ちょっと、ギターを弾く真似をしてみせる。

 俺の演技力なんてたかが知れてるがな。

 

「皆さんの席に最初から置いてあるファイルに、紙が入っていると思います。

 そこに、今俺が何をしていたかを想像して書いてみてください。間違ってもいいです」

 

 紙に書かせて、回収する。

 ……ふむ。

 50人中45人正解か。まあギターならこんなもんだな。

 

「正解は、ギターの演奏です。

 45人の方が正解されましたね。

 あ、正解できなかった人も大丈夫です。これは俺の演技が下手なだけだからですからね!」

 

 くすっ、とちょっと笑いが漏れる。

 おおよかった笑いが取れた。

 こう自分でやってみると、タレントとかはトークで笑い取るの相当勇気使ってんなこれ。お笑い芸人の勇気には俺はとても敵いそうにねえ。

 

「皆さんは、俺がギターを弾く真似をしていると分かりました。

 それは皆さんの中に、『ギターを弾いている人を見た記憶』があるからです。

 少しばかり抽象的な言い方をすると、『ギターを弾いている人を見た感覚』があったからです」

 

 皆の中にあるギターの記憶が想起されたってことだが、ここは感覚と言っておこう。

 多分、その方が最終的に正しい表現になる。

 

「ですが、ギターが無い国なら?

 ギターが全く普及してない国で、今の俺の演技は伝わったと思いますか?」

 

 何人か目の色が変わったな。将来有望だ。はよプロの世界で活躍しろよ、待ってるぞ。

 

「皆さんの中には、ギターを弾く人を見た時の感覚がありました。

 俺がギターを弾く真似をした時、その感覚が蘇ったのです。

 だから俺がギターを持っていなくても、感覚で分かったんですね。

 これがパントマイムであり、現在の演技の基本技術の中にあるものです」

 

 経験を元にした、意図的な感覚の共感。

 

 コップを持ったことがある俺が、コップを持ったことがあるお前達の前で、コップを持つような真似をすりゃ、お前達全員に分かってもらえるだろ?

 

「ギターの演技が、皆さんの内にギターの感覚を呼び起こしました。

 友と笑い合う時の俳優の笑顔の演技は、皆さんの内に親しみを。

 恋人が死んだ時の俳優の号泣する演技は、皆さんの内に悲しみを。

 裏切られた時の俳優の激怒の演技は、皆さんの内に怒りを呼び起こすと思います」

 

 よしよし、理解できた人が増えてきたな。

 

 悲しむ演技が、観客に登場人物の悲しみを想像させ、悲しみを感じさせる。

 色恋の演技が、観客に恋の想いを想像させ、色恋のもどかしさを感じさせる。

 

 俳優が悲しんでねえのに、恋してねえのに、観客は俳優に共感する。

 そこにそんな感情はねえのに。

 "無いはずものが有る"と勘違いして、それに共感する。

 

 何故なら人間には読心能力がなくて、共感能力があるからだ。

 相手の気持ちを想像する能力こそが、人間を人間たらしめるからだ。

 

 監督や俳優はこういう展開で、こういう話を見せて、こういう演技を見せれば、観客はこういう感情を抱く……そんな計算の元に演技を構築する。

 演技で、観客の心が見ているものをコントロールする。

 マイムと同じように。

 

 見たことがないはずのものが、感じたことのはずのない感情が、観客の頭と胸の内にしっかりと出来上がる。

 それを誘発させる、俳優の技術。

 

「エチェンヌ・ドゥクルーの『コーポラルマイム』。

 俺が先程話に出したそれは、そういった心理的な動きを体で表す試みでした。

 エチェンヌは体の動きと心の動きを直結させようとしたのです。

 ならばそれは、現代の演劇にも継承された、観客の感覚を制御する『感覚の芸術』です」

 

 "怪獣を見上げて怯える女優のリアルな演技"なんて、エチェンヌがいなかったなら生まれるのがどんくらい遅れてたのか分からねえ。

 

「この『感覚の芸術』こそが、演劇の本質だと自分は考えます」

 

 まずここを掴んでおいて、そこから俳優さん達のために物を作ると、なんか上手く行く。

 

「パントマイムから生まれ、後のパントマイムの始祖となったコーポラルマイム。

 コップを持った時の体の動きを再現し、それだけでコップを幻視させる。

 コップを手に持ってもいないのに、です。

 それはとても凄いことなんですよ。

 ここを源流に持つ演技と、俺達のようにセットや背景を作る人間には共通点があります」

 

 パントマイムが、ギターの演技をしても。

 美術が、悲しみに満ちた背景を描いても。

 俳優が、怒りの演技をしても。

 観客の想像力がそいつを正確に分かってくれねえなら、全部無価値だ。

 

 

 

「それは、『観客の想像力を利用する』ということです」

 

 

 

 俺がギターを弾く真似をする。

 今度はちゃんと、50人全員が分かってくれたみてえだ。

 事前の説明ってやつは強いな。

 観客の想像力を利用する本番の映像作りじゃ、こういう説明できねえってのが難儀だ。

 

 これが俺じゃなくて立派な俳優なら、はっきりギターの形まで皆に見えてたかもな。

 

「観客の想像力利用は、とても強いものです」

 

 こいつを念頭に置いておくことで、大きな感動を呼ぶ一流の創作者ってやつはいる。

 

「人間の脳は、自分で考えて至った事柄に強い感動を覚えます。

 『アハ体験』*3などもこれにあたりますね。

 『彼は悲しんでいる』という説明文を読んでも悲しくなることはあるでしょう。

 ですが、説明文抜きに表情などから『彼は悲しんでいる』と、自分で気付いた時……」

 

 "人に教えてもらった"より、"自分で考えて気付いた"だ。

 

「……人の心は、大きく揺れます。想像力が、対象の悲しみを想像させるからです」

 

 クイズの難問は他人に答えを教えてもらうのと、自分で考えて解くのじゃ、全然違うだろ?

 

「コーポラルマイムとはすなわち、技術的に想像力を利用するものでした。

 天才のものだった演技の武器を、技術的に天才以外の武器にする……

 それこそがマイムであり、現在の演技メソッドの基本にあるものです。

 そして技術的に成されたその演技を、俺達は技術的に引き立て、輝かせる必要があります」

 

 そうそう、姿勢正すのは好印象だぜ、お前ら。

 何も考えず俳優と仕事すんじゃねえぞ。

 俺達は造形・美術・衣装何やるにしても、俳優と共闘して最後まで一緒に戦い抜く、最高の仲間じゃねえといけねえんだぜ。

 

「エチェンヌのコーポラルマイムは、当時の名演出家に『系統的』と讃えられました。

 天才的、ではありません。

 この技術はとても良く体系的に整理されていたからです。

 つまり、後世の人間に伝えやすい、継承と改善がとてもやりやすいものだったんですね」

 

 なんて言えば良いんだろうな。

 

 『暴力』を『柔道』にした人って言えば、エチェンヌ・ドゥクルーの功績も伝わるかね。

 

「そのため、エチェンヌの指導を受けた者達は次代のマイムの中心になっていきました。

 天才が次代を作ったのではなく、技術の継承と指導が次世代を作ったのです。

 他の分野の技術と同じですね。

 総体の進歩は、自分だけのやり方で偉業を成す天才でなく、大衆でも使える技術が成します」

 

 自分一人で完結する怪物みたいな天才もいりゃ、全体の技術レベルを引き上げるタイプの天才だっているさ。エチェンヌはまさにそれだった。

 

「もちろん、最高の演技、最高のマイムは凡庸な人にはできません。

 技術とはあくまで、底上げです。

 生まれつき名演が出来る天才と同じことを、努力する者に実演させる技術とも言えます」

 

 後ろの方の席でケーキを食ってる桃野さんに視線をやる。

 

「個人的な話になりますが、百城千世子さんなどは、こうした技術を磨き上げた人ですね」

 

 分かったか、モデル上がり。

 百城さんとかは、大衆の反応と理想を常に想像して、そいつを現実にすり合わせてる人だ。

 んでもってそいつは、積み重ねた技術の塊だ。

 努力は避けられないもんだぞ。

 

 そもそも演技ってのはなんだ?

 『演じる技』だろ。

 技ってのはかけた時間とかけた労力に比例して伸びるもんだろ。

 

 積み重ねは前提だ。

 誰かに教わるのも前提だ。

 自分の外側から何かを学ぶのも前提だ。

 モデル出身とか、時々容姿だけで女優もイケると思ってる奴いるけどさ。

 過去に俳優になるための専門訓練一切受けてねえのに、それでいきなり俳優として何かしら最強クラスの能力を発揮するとか。

 

 そんなことが出来るやつがいたら、そいつは本気でバケモノだと、俺は思う。

 

 そんな奴がいたら、誰もがそいつの舞台を見に行くだろう。

 他の奴が出る映画も後回しにして、見ないで、そいつが出る映画を見に行くだろう。

 そいつが出るテレビドラマにこそ価値があり、他に価値はなくなるだろう。

 だってそうだろ。

 天才が作る面白い作品だけ見てたいってのが、観客の本音のはずだ。

 スピルハンバーグとかの天才巨匠の映画だけ見てる、って人は少なくねえと思うぜ。

 

 本当に化物みたいな天才俳優が出てきたら、業界まるごと大変なことになるだろうな。

 『いるはずのない本物』ってのはそういうもんだ。

 そんな奴が現れたなら。

 きっと、俺も目を奪われる。

 その人に心奪われるかもしれねえ。

 かつて一度、限界を超えて分不相応なほどの名演を魅せたおふくろに、心のどっかを持っていかれた親父のように。

 

 だから、そんな奴は現実にはいやしねえんだ。

 そんな奴がいねえからこそ、今のこの業界は成り立っている。

 

「さて、話を一度まとめましょう。

 俳優も美術も同じく、観客の想像力を利用する者。

 無いものを有ると魅せる、想像力を利用する者。

 そしてその始祖の一つにあたるコーポラルマイムは、整理された技術の体系です」

 

 さて、ここまでの流れの総決算だ。

 芝居のシチュエーションを一つ、たとえに出してみるか。

 

「俺がこれから、情景の説明をします。

 皆さん、ちょっとそれを想像してみてください。

 三人家族がいます。

 父、母、娘です。

 ですが父は浮気をして家を出ていってしまいました。

 母は寝床から出てきません。

 娘は一人居間のテーブルに食器を並べます。

 つい、三人分の食器を並べてしまう娘。

 父はもう帰ってこないのに。

 暗い居間が悲しみと絶望を煽る。

 歯を食いしばり、目を瞑る娘。

 娘は父の食器を衝動的に叩き落とします。

 落ちた食器が割れ、音が鳴り、娘はその場に泣き崩れます……」

 

 ドラマなら、よくありそうなシチュエーションだ。

 

「この間、画面には喋るキャラというものが存在しません。

 状況の説明も、心情も、誰も説明してはくれません。

 ですが俺達は観客に全てを想像させ、全てを理解させないといけません。

 役者の演技と、我々美術の舞台セットに物作り。そこに全てがかかっていると言えます」

 

 撮影セットをどう作る?

 どんな家具を作って置く?

 娘にはどんな服が良い?

 部屋の雰囲気は暗い方がいいか?

 食器は割るんだから作らなくちゃならない、ならどういうデザインにする?

 

 考えることは無限大、選択肢も無限大だ。俺達は物を作る立場なんだからな。

 俺達はここで何が何でも、『娘の悲しみ』を観客全員に想像させなきゃならねえんだ。

 

「俳優は名演を。

 美術は悲しみを伝える雰囲気の撮影セットを。

 小道具は良い割れ方と良い音を生む食器を。

 大道具はムードを壊さない家具の自作が必要となります。一つ欠ければ、台無しです」

 

 皆でやってる撮影に気は抜けねえ。

 分かるだろ? こういう講習に来てんだからよ。

 

「いいですか?

 観客の想像力をかき立てるんです。

 見ている人の感覚をコントロールするんです。

 悲しみに満ちたこのシーンで、間違っても観客を笑わせてはいけません」

 

 この娘の俳優が悲しんでなくても、その悲しみを全員に共感させる。

 そいつが演技。

 そいつが演劇だ。

 想像力で無いものを有るように感じさせねえと、な。

 

 時々、役が悲しみの底にある時、自己催眠じみた技で自分も悲しみの底に行く俳優もいる。

 けどこいつは例外だ。

 極端なやつだと、役に引っ張られて心が戻って来なくなる。

 底の底にまで沈んで戻って来なかった女優とか、俺は何人も見てきた。

 流石にああいうタイプの俳優は、今の業界だと矯正される……と、思う。

 

「さて、想像力の話が終わったところで、ここで話をガラっと変えましょうか」

 

 よし。

 話も一段落したし、次の話だ。

 

「いいですか。

 今俺がしたのは、作品のこだわり部分の話です。

 ですが映画にしろTVにしろ、こだわってるだけだと売れません。

 売れないと偉い人からかなりボロクソ言われます。売れないことは死ぬことです」

 

 えっ、と漏れた声が聞こえる。

 そりゃそーよ。

 俺は今回講義する側だからな。

 講義すべきことは、ちゃんと講義していくぞ。

 

「一例を出したいと思います。特撮ヒーローの、『腕時計』と『携帯電話』についてです」

 

 ちゃんと聞いておけよー。

 どの界隈でも物を売るテクニックはあって損しないからな。

 

「スーパー戦隊は昔、猫も杓子も『変身ブレス』でした。

 ブレスというのはブレスレットの略……ですが、戦隊は違います。

 戦隊が変身に使うブレスというのは、腕時計がモデルだったんです。

 当時、子供達にとって腕時計というのはかっこいいもの、大人の象徴であり憧れの物でした」

 

 俺も小さい時ちょっと腕時計に憧れてたなー。

 

「スマホの流行の前、ガラケーが普及していた時代。

 子供達にとって、『携帯電話』は憧れでした。

 今でこそやや古い印象を受けるガラケーですが、当時は最先端で憧れの的だったのです。

 ガラケーの携帯電話を変身ツールにした仮面ライダーやスーパー戦隊は、大成功を納めました」

 

 電磁戦隊メガレンジャー*4とか、仮面ライダー555*5とか、魔法戦隊マジレンジャー*6とかな。

 

「当時、これらのデザインに関わっていた野上*7さんは言いました。

 これらの子供向けオモチャでもっとも有効なものは、『大人だけが持っているもの』だと」

 

 子供達にとって、それは自分が持ってない、大人が持っている、どんなものなのか想像するしかなかったもんなのさ。

 

「子供は憧れ、想像します。

 自分が持っていないものを。

 大人が持っているものを。

 実際に手に入れてしまえば、想像以上のものではなかったりもします。

 それでも、憧れたそれを手に入れた自分を想像して、親に買ってとねだるのです」

 

 どんなのものなのか?

 何ができるのか?

 大人が皆持ってるくらいすごいものなのか?

 子供の想像は期待に、期待は欲求に変わっていく。

 だから欲しがる。

 想像力に引っ張られるわけだ。

 

「想像力は、作品の質の向上、グッズの売上の上昇のどちらにも使えます。

 仕事の時に、気が向いた時にでも観客の想像力のことを意識してみてください。

 何の情報も出されていない本。

 気になる情報だけ出されていて、肝心な部分は買わないと読めない本。

 消費者というものは想像力を働かせるため、後者の方を買いたくなるそうですから」

 

 何をすりゃ評論家に受ける作品になんのか。

 何をすりゃ売れる作品になんのか。

 正直、これだけしておけばいい、っていう完全無欠の正答はねえ。

 だから、俺が知る限りの"成功の傾向"を教えておく。

 俺にできることなんてそんなもんだ。

 

「では、最後に」

 

 ぼちぼち時間だ。

 時間配分的に、俺の講義はもうおしまい。

 

「19世紀のイタリアの天才彫刻家。

 ジョヴァンニ・ストラッツァの『ヴェールの乙女』の写真で、締めさせていただきます」

 

 一枚の写真を、高解像度でプリントしたもんを、皆の前に広げた。

 お、結構初見な感じの反応があるな。

 プリントしてきた甲斐があった。

 

 ヴェールの乙女は、透明感のある石の彫刻だ。

 石を彫っただけの彫刻であるのに、透明なヴェールとそれを被った女性が見事に表現されているっていう、とんでもねえ芸術だ。

 石は透けない。

 なのに透けている。

 存在が矛盾そのもので、まるで魔法がかけられてるみてえだ。

 

 見ているとワクワクして、見ていて『楽しい』と『美しい』が両立してる。

 

「皆さんがこっちの世界に入ると、映画は芸術だ、映画は娯楽だ、と色々知るでしょうが」

 

 良いよな、物作りって。

 

「見た人をワクワクさせる芸術が理想的だと、俺は考えます」

 

 ヴェールの乙女を見てると、まだ"魅せ方"ってものに限界はないって感じる。

 俺達創作に携わる人間は、まだまだ上を目指して行くべきだと思える。

 21世紀の人間が、19世紀の人間に負けてられるか。

 

「こっちの世界には、『正解』はありませんが、『合格』はあります。

 そして厳密に言えば『不正解』もなく、『不合格』だけがあります。

 予算、監督の好み、プロデューサーの意向、スポンサーの要求……

 多くの要素があり、俺達にとっての駄作が採用、最高傑作が不採用になることもあります」

 

 ボツは結構心に来るが、それでへこたれてたら仕事はできねえ。

 

「俺の講習はここで終わりですが、皆さんはここからがスタートです。

 ですので、俺から言えるのは一つだけ。『不合格』でめげないでください」

 

 今の俺はプロじゃねえ人に"頑張れ"としか言えねえが。

 いつか"一緒に頑張ろう"って言えたら、それはそれで最高だよな。

 

「作品の不合格にしろ、オーディションの落選にしろ、それで全てが終わるわけではありません」

 

 本当は、観客の想像力を利用することを意識するやり方とか、売上を出すための考え方なんかよりも、へこたれないハートの方が大事なんだぜ。

 

「どうか、そこから再起することを忘れずに。

 本日はスタッフ塾にご参加いただき、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー終わった終わった。

 準備期間短い割にはそこそこの出来だった気がする。

 今度はちゃんとしっかり準備してからの造形講座とかやりてえな。

 講師の仕事の質なんてほとんど準備期間で決まるようなもんだよなあ。

 あ、即興のトークが上手い人はそうでもないか。

 

 部屋から出てきた桃野さんはこっちに来て、何やら難しい顔をしていた。

 俺の講義を咀嚼しきれてないのがひと目で分かる。

 おい大丈夫か。

 無理して理解しようとしなくていいんだぞ。

 

「どうでしたか? 俺が言いたかったこと、伝わりましたか?」

 

「よく分からないことが分かったわ」

 

「……そうですか」

 

 だろうな。

 

「ああでも、あなたが真面目で色々頑張って勉強してることだけは分かった」

 

「そうですか。それは光栄です」

 

 桃野さんがうんうん頷いている。

 理解できない話をする人間に出会ったら、とりあえず"なんか真面目に勉強してそう"で一旦カテゴライズしておくその思考、ちょっと面白いな。

 

「あまり俺の話は役に立たなかったみたいですね」

 

「え? ああ、ええと、そうでもないんじゃない?」

 

「お気遣いありがとうございます。それで、お詫びと言うほどのものではないですが」

 

 ほら、どうぞ。

 各事務所とかにはもう回ってるが、まだ一般の方には出てないやつ。

 

「スターズのオーディションの募集チラシ? ……あっ、ふーん」

 

「挑戦するには高い壁だとは思いますが、挑戦する価値がある壁でもありますよ」

 

 オーディションは優れた人を選ぶ場じゃなく、的確な人間を選ぶ場。

 優秀な人間が勝つとは限らねえし、事務所が取り掛かろうとしてる事業次第で、目に見えて他の候補者より能力で劣る奴が選ばれることもある。

 だが。

 優秀な人間、頑張ってきた人間が、比較的受かりやすいってのもまた事実だ。

 

「これに受かったら大スター?」

 

「になれるかもしれませんね」

 

「これで選ばれたら大女優?」

 

「になれるかもしれませんね」

 

「お祝いの準備しないと……」

 

「気が早くないですかね?」

 

 三万人集まる奴だぞと言っておくべくなんだろうか。

 

「今日はありがとね。ケーキ美味しかったわ」

 

「それだけでも喜んでいただけたなら嬉しいです」

 

「もし受かったら、私の女優としてのファン一号にしてあげよっか?」

 

 ったく。

 こんなのがあの映画に居たなら、さぞかし楽しく面倒臭えことになってたに違いない。

 

「いつかどこかで大女優のファン一号ってことで紹介してあげるから、誇っていいわよ?」

 

 そんなことを言って、桃野さんは去っていった。

 

「勝利のイマジネーションが全く伝わらなかったな……」

 

 まあ想像力とかそういうこと考えなくても成功する人はいるし。

 後はあの人の自己責任だろう。

 頑張れ。

 顔面偏差値でも演技力でも、自分に自信持ってる奴は強いぞ。

 業界で必要なのはタフさだからな。

 

「ん?」

 

 帰り道、ドーナツ屋が視界に入る。

 ドーナツは卵を使う。

 生卵一気飲み禁止令が出て卵の使い途に困っていた俺にとって、それはもはや天啓だった。

 

「卵の消費……ドーナツか」

 

 作ってみるか、来客用に。

 

「作るか……プレーンシュガー!」

 

 仮面ライダーウィザードにおいて、主人公・操真晴人が好むプレーンシュガーは、晴人にとって親から愛されていた証。愛の証明。

 親を失った息子が、親との愛を再確認する愛の味なのだ。

 よし。

 アキラ君が次に来るまでに食える味で作れるようになっておくか!

 

 

 

*1貧しい家に生まれた『自分には演劇しかない』女の子が、人格ごと役に成り切るような憑依型の芝居を武器に、周囲からの畏怖と尊敬と友情を受け止めながら成長していく物語。現在連載開始から42年だが連載中。連載中である。

*21898年から1991年を生きたマイムの傑物。日本演劇界では長らく存在すら語られていなかったが、ここ十年ほどでぐんと注目度が上昇した。

*3何かに気付いた時、脳が肯定的な感情を発するという心理学概念。

*41997年開始。追加戦士の大人が携帯ツールを使っていた。一般人を守ってきた主人公達が、悪の組織による『ヒーローの周りの一般人を理不尽に襲う作戦』によって、一般人の皆に責められ排斥されるドハードな終盤展開はもはや伝説。

*52003年開始。拳銃にもなる携帯電話が異様にかっこいい。当時、革命的レベルにかっこいいアクションと、革命的レベルに面倒臭い人間関係を仮面ライダーに持ち込んだとびっきりの異色作。

*62005年開始。魔法使いの杖に変形する携帯電話が変身ツール。企画段階ではハリー・ポッター映画が不死鳥の騎士団まで公開されており、それも計算に入れられていた。

*7野上剛さん。国内国外問わず活躍し、メタルヒーロー・戦隊・仮面ライダー・ガンダム・ベイマックス等々そうそうたる仕事が経歴に並ぶ現代の怪物。過去にゆでたまご先生と組みラーメンマンのフィギュア作りをしたことが有るなど、仕事の幅が本当に広い、絵もゴムフィギュアも超合金ロボも作れるお人。




 芸能界に無自覚なゴジラがそろそろやって来ます

 途中で出て来たガラスの仮面ケーキは「女の子(女優)がお姫様(役)になりきるケーキ」というのが面白そうだと思って、新装版新録巻末解説の作者さんレシピの通りに作ってみましたが、焼き上げ温度と焼き上げ時間が書かれてなくて頑張ってもどうにもなりませんでした。


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夜凪さんちの経済状況でマグロ食えるはずがない、よって『マグロ食ってないやつ』である

 最近ディズニーランドのニュースで
「30kgの着ぐるみを着てパレードに参加させられる重労働」
「中の人は体を壊し胸郭出口症候群を発症」
「『夢の国に未来はない』と中の人が発言」
 とか見て、『最近の人類はずいぶん脆くなったな』と思ってしまい、「いやこの女性は普通だよ」と思わず自分にツッコミ入れてしまったりしました


 昔、俺が小学三年生くらいの頃、スタジオXO*1で以前代表をやっていたっていう杉口篤彦*2さんと少しばかり話をしたことがある。

 あの人は言っていた。

 

『笑っちゃうくらい不景気だって知人が言ってたんだよ、最近』

 

『日本特撮は膠着状態』

 

『娯楽が増えて消費者が分散しすぎた。

 売上の天井が下がったから、メーカーも企画に金を出さない負のスパイラル。

 ヒットするメジャー作品と、存在すら無視される作品の二極化は進んでいくだろうね』

 

 なるほど、と当時の俺は思った。

 当時の俺から見ても、特撮の界隈は死んでいく過程にあった気がする。

 深夜特撮放送作品枠は6作品から0になり、特撮界隈に入る金や新規ファンの数は、ぐんぐん減っていた。

 杉口さんなんて『バブル崩壊後より酷い』なんて言ってたほどだぞ。やべえ。

 

『本来経済ってのは"場を乱す無謀者"がいた方が正常に回るんだよ。

 膠着状態をぶっ壊す、ハイリスクハイリターンを好む……そう、破壊者だね』

 

 杉口さんは十年周期で時代を変える作品が来る説の支持者だった。

 そして、"一億円は無理でも一千万は出せる"っていうスポンサーに合わせて、予算を抑えてヒットを狙う作品に着目していた。

 当時の俺にはあんまピンと来てなかったように思える。

 

 そうしたら同年に仮面ライダーディケイド*3が来たもんだから、そりゃもうビビった。

 ディケイドは作中では世界の破壊者、現実でも商業世界の破壊者だった。

 過去のヒーロー、敵の再利用。

 それが転じた過去作を引用したアイテムの数々。

 お約束も決まり事も全部ぶち壊す、型破りでかつ、見ていて楽しい魅せ方。

 

 こいつが出る前と後じゃ商品の売り方とか、スピンオフムービーの作り方とか、全然違うんだぜ……現実でもディケイドは、世界の破壊者だった。

 

 既存の商法システムすら破壊した、破壊者の仮面ライダー。

 結果、期間あたりの玩具売上とか前年比で三倍近くまで跳ね上がってんだからな。

 すげえぞディケイド!

 その後の時代も、杉口さんが着目してた低予算工夫品質の特撮が続いていった。

 

 『破壊者』。

 次の時代を作る、誰よりも多くの批判と称賛を浴びる者。

 

 杉口さんは、十年周期で時代を変えるものが来ると言っていた。

 ディケイドが2009年。

 それからもうそろそろ十年が経つ。

 次に来る『時代を変えるもの』はなんだろうか。

 

 杉口さんは作品のことを言ったんだろうが、俺はそれが俳優ということもありえるだろうと思ってるし、技術ってこともありえるだろうと思っている。

 

 そういうのが仮に来るとしたら、できれば良いものであってほしいよな。

 

 良い破壊者であってほしい。それなら俺も、迷いなくそれを肯定できるから。

 

 

 

 

 

 ウルトラマンの方の仕事の援軍に行き、帰り道でふと思い出す。

 そういや今日はスターズの女優部門のオーディションの日だった。

 もう終わってる頃か?

 未来のスターがまた一人選ばれてる頃かね。

 

 俳優発掘オーディション、か。

 色々絡むんだよな、ああいうのは。

 事務所が受けようとしてる仕事から考えて、足りない人材を補充するとか。

 審査員がピンと来た人が選ばれるとか。

 今の能力とか。

 将来性とか。

 話題性とか。

 

 黒さんは審査側行ったし、和歌月さんとか桃野さんも気が向いたら参加してんだろう。

 他にも最近会ってない知り合いとかが参加してるかもしれん。

 女部門だけじゃなく男部門も気になるよなあ。

 こういう新人が入ってくる時期ってのはワクワクする。

 業界に人が増えるっつーことは、多様性が増えるってことでもあるからな。

 

 ちょっとスターズ事務所寄ってくか。

 グランプリ受賞者のツラくらいは拝めるかもしれん。

 

 と、思って来たものの。

 なんだ、なんか変な空気だな。

 事務所全体が、静かでもなく、騒がしくもない。

 普段通りの空気でもなく、かつ非常事態でもなさそうだ。

 事務所の色んなところから漏れ聞こえる声に……変な熱というか、妙な興奮を感じる。

 

「あ、こんばんわ。朝風さん」

 

 歌音ちゃんじゃねえか。

 この時間までお疲れさん。

 七歳にはぼちぼちキツい時間だろうに。

 

「こんばんわです、山森さん。巡業仕事は上手くいきましたか?」

 

「上手くいきました。朝風さんのアドバイスのおかげで……あ、これお土産のチョコです」

 

「ありがとうございます。山森さんのお力になれて嬉しいです」

 

 ああいう長距離移動仕事は『子役にはちゃんと小学校に行ってもらいたい』って考える親御さんとの兼ね合い、時間的制約の問題で結構キツいことになることも多々だろうに。

 よく頑張ったな。

 偉い偉い。

 

「事務所が妙な空気ですが……山森さん、何かご存知ですか?」

 

「オーディションで何かがあったみたいです」

 

 何か?

 ……ちょっと心配になってきたな。

 知り合いが何か変なことに巻き込まれてたらアレだし、スキャンダル事案になってたら事務所が巻き込まれる案件になるよな。

 無視するって選択肢はナシか。

 

「オーディションを受けた人はまだ残っていますか?」

 

「ええと……確かおねえさんがお二人、残ってました」

 

「申し訳ありませんが、その二人がいる場所まで案内してもらっていいですか?」

 

「はいっ、任せてください!」

 

 張り切ってんなぁ。

 そんな張り切らなくていいぞ。

 足元に気を付けて転ばないようにしとけ。

 山森さんが転んでも支えられるよう、少し後ろに付いていき、オーディションの参加者二人――オーディションが勝ち抜きである以上おそらくどちらも最終選考候補者――がいるっていう、その部屋に向かう。

 

 肌がピリピリする。

 俺の本能が、何かを感じていた。

 

「え」

 

 そして、その部屋に居たのは、和歌月千と桃野アイの二人だった。

 俺の知りあいである、アクション女優とモデルの二人だった。

 

 二人の間に会話は無く。

 部屋の中に明るい空気は無く。

 二人の表情に肯定的な感情は無い。

 どこか、何かが、打ちのめされていた。二人ともだ。……なんだこりゃ?

 

「何があったんですか……?」

 

 俺が声をかけると、二人が顔を上げた。

 どちらも選ばれなかったんだろう、と俺は思った。

 だから、オーディションでは二人共最後まで残り、和歌月さんが最後に選ばれたと聞いた俺の頭は混乱する。そりゃもう混乱する。

 

 ますます意味分かんねえぞオイ。

 

 

 

 

 

 俺の事務所はスターズ事務所に近い。

 歩いて行き来すんのにも大して時間はかからん。

 とりあえず、オーディションが終わって事務所に留まっているだけだった二人を、俺の事務所に誘ってお茶を出してやることにした。

 

 なんで事務所にいつまでもいたんだ?

 そう聞いても、"余韻があったから"とかいうよく分からん答えが返ってくる。

 余韻?

 それがすぐに帰らなかった理由? 意味不明だぞコラ。

 

「それで、改めて聞きますが、何があったんですか?」

 

 改めて、何があったかを聞く。

 

 曰く、とんでもない奴がオーディションにいたらしい。

 最終審査のお題は無言劇(パントマイム)

 おい桃野! じゃあお前ちょっと有利だったんじゃねえか何やってんだ!

 

 アリサさんがそこで『野犬』というお題を出して、そのとんでもない奴が名演を見せて、そいつ以外は全員が脇役に成り下がって、演技が終わった途端拍手喝采だったらしい。

 桃野さんも参加者だっていうのに、思わず拍手してたとか。

 ……ヤバいなそりゃ。

 オーディションは審査だ。

 審査員が全員の能力を見ようとするところだ。

 

 そこで他の候補者を全員脇役に成り下がらせる?

 全員が主役に等しいオーディションで?

 ライオンと子猫くらいの力量差があっても難しいんじゃねえのか、それ。

 

「それで和歌月さんが選ばれたんですか? 聞いている話だと、俺は、その……」

 

「私だって分かりません。納得いきませんよ。

 拍手喝采を受けたのは、彼女の演技だけだったんですから。何故私が選ばれたのか……」

 

 何があったんだ?

 政治的な何か(婉曲的表現)か。

 オーディションで選びたかった人間のタイプにそいつが合致しなかったのか?

 いや、どうなんだろう。

 有能なんだよな。

 それなら他の事務所に取られる前に、囲い込むのが鉄板だと思うんだが。

 

「私、さ」

 

 桃野さん。

 ……あんたがそういう顔してるのが、今は無性に怖えよ。

 何見てきたんだお前。

 

「分かってなかったスタッフ塾の講義が、今になってようやく分かったわ」

 

 俺の講義が?

 

「想像力の利用、だったっけ?

 無いものを有るように見せる、だっけ?

 うん、分かった。あれがそうなんだなあって、予備知識があったからよーく分かった」

 

「桃野さん……?」

 

「野犬ってお題が出されて、あの人が構えたの。

 そうしたら私の目に森が、野犬が見えたわ。

 あの人が演技をしただけなのに、なぜか野犬の動きから表情まで見えたの」

 

 そのレベルか。

 そりゃやべえな、発掘オーディションに出ていいレベルじゃねえ。

 マルセル・マルソー*4クラスの演技か。

 

 マルセル・マルソーは、神と呼ばれた表現者だ。

 コーポラルマイムのエチェンヌ・ドゥクルーの愛弟子でもある。

 

 エチェンヌ・ドゥクルーが『神を生み出した天才』であり、マルセル・マルソーは天下を制覇した『パントマイムの神』と呼ばれる。

 マルセルの天才的な演技は、「小説家が何冊書いても表現しきれない世界を二分で表現してしまう」と絶賛された。

 

 即興のお題に対応して体の動きだけで、それだけの世界を魅せたなら、あるいは。

 マルセルのそれに迫るものがあるかもしれねえな。

 

「あれは無理。絶対無理。……いや、本当に私には無理」

 

 桃野さんの反応見りゃ、伝わってくる。

 そのとんでもねえやつの演技能力は、絶対的に天才のそれだ。

 

「元プロか、プロの娘でしょうか。俺の知り合いの娘さんだったりするかな……」

 

「いえ、そういうのではないと思います」

 

「?」

 

 和歌月さん?

 

「あの人は、審査員を見ていなかった。

 オーディションの仕組みを知っていれば絶対にありえません。

 それに、動きも……私が見てきたどのプロとも違いました。あれは、何かが違います」

 

 いや、いやいやいや。

 誰かに教わってないってことはねえだろ。

 どのプロの動きとも違う?

 既存技術による指導を受けてない?

 

 専門の訓練を受けてない天然物……?

 いや、いやいやねえだろそれは。

 ありえねえって。

 

「俺は見てないので、本当に信じられない気分なんですが……本当なんですか?」

 

「はい」

「……うん」

 

 俺の理性はこの二人の勘違いだと言ってるが、俺の心はこの二人の見たものと感じたことを信じたいって言ってる。

 二人とも同じ顔をしてやがる。

 和歌月さんが勝者で、桃野さんが敗者で、同じ顔をするはずがなかったってのに。

 分かる。

 分かるさ。

 二人とも今、敗北者の気分なんだろ。

 

 心中察するぜ、和歌月さん。

 

「正直に言えば、少し怖さすら感じました。

 野犬に立ち向かう自分を演じている、というより……

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、というか……

 "演じている"意識さえなさそうなあれは、果たして『演技』だったんでしょうか……?」

 

 にわかには信じられねえ。

 二人が見たものをこうして話に聞く限りじゃ、そいつは演じているとかそういうレベルじゃなく役に入ってて、既存の技に見えるものは何も使ってなかったんだろ?

 演じてるなんてもんじゃなく、技もねえ。

 

 ならその演技は、演技であって演技じゃねえんだろう。

 

「とにかく、俺が見る限り、二人とも引きずりすぎです。気持ちを切り替えましょう」

 

 俺は知ってる。この二人は決して凡百じゃねえ。

 

 アクションクラブってのは下地を徹底的に仕込む。

 剣崎アクションクラブのレベルに相応に、和歌月さんも能力は高い。

 正直、オーディションを最後まで勝ち抜いてこの人が選ばれたのは納得だ。

 この人にはその能力に相応も自信もあった。

 業界でずば抜けた天才も見てきたはずだ。

 

 なのに、これだ。

 

 桃野さんだって自分に相当自信を持ってただろう。

 正直、その自信に相応の顔面偏差値はあるだろうと思う。可愛くはある。

 適度に無知なのも打たれ強さに繋がってる。

 並大抵の『名演』を見ても、演技の下地がないこの子には「なにそれ?」で終わるだろう。

 なまじ演技の知識のある人は、名俳優の名演技を見て正確に実力差を理解して心折れちまうことがあるが、演技への理解力が低い桃野さんはそういうこともねえ。

 

 なのに、これだ。

 

 「()()()()()()()()()()」っていう確信を得ちまったんだ、この二人は。

 

 それが、この二人の中にあった自信にヒビを入れちまってる。

 

「私、ちょっとでいいから、頭冷やしたくなった。なんていうか、駄目、無理」

 

「桃野さん」

 

「しばらくはスターズのレッスンに集中したいと思います。

 折角ですから、選ばれた幸運を活かして……

 損なわれた自信を、厳しい環境での努力で取り戻したいと考えています」

 

「……和歌月さん」

 

 ただのオーディションでここまで絶対的な『敗北感』を刻まれた人達を、俺は初めて見た。

 

「その、オーディションで目立ったという人はなんという名前の人なんですか?」

 

「夜凪景、だって」

 

 は?

 

 悪い、耳が腐ってたみてえだ。もう一回言ってくれ。 ……夜凪?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が事務所から帰って行くのを駅まで送って、俺は事務所前まで帰り、溜め息を吐いた。

 

「なんだ、何が起こってんだ?

 俺の知らないところで、何かが起こってやがる……」

 

 ここ数年で、とんでもないところからとんでもない女優が生えてくる……つったら、山木千尋*5さんだろうか。

 

 まず12歳の時にジュニア武術選手権大会で槍術金メダル、長拳銀メダル獲得。

 16歳までの合計だと、ジュニア武術選手権大会で金メダル2個に銀メダル3個、太極拳のジュニアオリンピックでも3年間で優勝9回。14歳の時には最優秀選手に選ばれている。

 武術大会で世界一になった回数、実に11回。

 拳闘と剣と槍の部門に同時にエントリーして全部で優勝するようなモンスターだ。

 んで、女優になった。

 高校卒業したらハリウッドに留学にも行ってる。

 パねえな経歴!

 おかげで仮面ライダーではライダーをボコボコにする女性役、ウルトラマンでは宇宙人を生身でボコボコにする地球人剣士役をやらされている。すっげえ。

 

 女性の生足と女優のアクションが大好きな坂木監督*6は、めっちゃ彼女がお気に入りだ。

 ちなみに両親はめっちゃウルトラマンが好きらしく、彼女も幼い頃はウルトラマンが好きで、その後に武術にはまり込んだらしい。

 そして成人後にウルトラマンジード*7のメインヒロインに抜擢、と。

 なんつーもんを生み出してんだ、ウルトラマン。

 

 だが、仮に夜凪さんが山木千尋さんみたいな評価をされたんだとしても、そうはならねえだろう……と、思う。

 山木さんは身体能力と武術技能の傑物だ。

 夜凪さんがそういう人間かというと、俺はちと首を傾げる。

 前に会ったが、そういう体格をしてた印象はねえ。

 

 話を聞く限り単純に山木千尋さんより能力が高い人が来た、って感じはしねえ。

 何か、それよりもっと何か異質な、異常な何かでも来たかのようだ。

 経験が言う。

 何かやべーやつが来たぞ、と。

 直感が言う。

 楽しいことになるぞ、と。

 俺の場合こういう時は大体、直感の方が正しい。

 

 事務所の前でちょっと考え事をしていると、お客さんがやって来た。

 

「アキラさん」

 

「事務所までちょっといいかな。母さんが、君の意見を聞きたいらしいんだ」

 

「今日のオーディションのことでしょうか?」

 

「耳が早いね。ああ、夜凪景のことだ」

 

「じゃ、歩きましょうか」

 

 夜道を二人で歩く。

 いやー、俺が女じゃなくてよかった。

 女だったら夜道でアキラ君と二人で歩くとか許されねーわ。

 サタデーされちまう*8

 幼馴染の百城さんと二人で歩いたりもできないアキラ君には同情しかできん。

 アキラ君に恋人とか出来たら俺は隠蔽工作に全面的に協力するぞ! 任せろ!

 

 それにしても、雲行きが怪しい夜空だ。

 

「今日はいつにも増して星が見えませんね」

 

「そうだね」

 

 うし、ちょっと聞いてみるか。

 

「アキラさん、確か審査に参加してましたよね。どうでしたか、夜凪景は」

 

 確かアキラ君は今日のオーディション、俳優視点でのなんたらかんたらってことで審査側で参加してたはずだ。

 お隣さんの夜凪さんのことも見てたはず。

 アキラ君、悩み始める。何故悩む? あれ? 今の質問そんな悩むようなことか?

 悩んだアキラ君が、言葉を選ぶような様子を見せて、ようやく俺に一言告げた。

 

「『本物』だったよ。まるで、銀幕の向こうの、若い頃の母さんみたいに」

 

 ああ、なるほど。

 そりゃ表現に悩むわな。

 けどいい表現だ。アキラ君が言うからこそ、よーく伝わってくる。

 俺がアリサさんにこのタイミングで呼ばれたのも、なんとなく分かってきた気がする。

 

 俺は、もう死んでるから呼んでも来ない親父の代わりか。

 

「ああ、そうだ、今気付いたけど……彼女は子供の頃の君に、少し似ていた気がする」

 

「俺ですか?」

 

「あの頃の君は、なんというか独特だったから」

 

「なら、アキラさんはいい友達になれるんじゃないでしょうか」

 

「はは、どうだろう」

 

 なれるさ。

 アキラ君は自覚ねえんだろうけどさ。

 色んな変人に根気よく継続して優しく接するのって、本当に面倒臭えことなんだぜ。

 やってる人、多くねえもんよ。

 

 ぬ、アキラ君が何か考え込み始めた。

 危ねえな。

 考え事しながら夜道を歩くなよ。

 夜凪さんはそんなに衝撃的な存在だったのか? まだ引きずるくらいに?

 危ねえからそういうこと考え込むのは後にしようぜ。

 

「アキラさん、スーツアクターしりとりしませんか?」

 

「悪いけど、一人でやっていてくれ。今少し、頭の中でまとめたい考えがあるんだ」

 

 この野郎。

 

浅丼宏輔(あさどんこうすけ)*9

 釼捨誠(けんすてまこと)*10

 藤英史哉(とうえいふみや)*11

 矢武敬三(やぶけいぞう)*12

 浦下嘉久(うらしたよしひさ)*13

 西都利彦(さいととしひこ)*14

 古斎弘文(こさいひろふみ)*15

 三家敏夫(みうちとしお)*16

 岡末次郎(おかまつじろう)*17

 内山進(うちやますすむ)*18

 村丘弘之(むらおかひろゆき)*19

 菊池寿幸(きくいけとしゆき)*20

 北村久貴(きらむらひさき)*21

 北岡隆幸(きたおかたかゆき)*22

 清原幸弘(きよはらゆきひろ)*23……」

 

「本当に一人でやり始めた!?」

 

 お、やっとこっち見たか。

 ツッコミ誘導しないといけないとか真面目でまっすぐ過ぎて面倒な奴め。

 ちっせえ時からお前ちょっとそういうところあったからな。

 

「考え事に没頭しながら夜道を歩くのって、危ないと思いませんか?」

 

「……まったく」

 

 なーんでお前が呆れた顔するんですかねー?

 俺今呆れられることした? してないよな? こんにゃろう。

 考え事に没頭してねえで足元見て歩けや、夜だぞ。

 

「自動販売機ありますよ自動販売機。何か飲みませんか? 俺が奢りますよ」

 

「ごめん。気を使わせたみたいで。それと、ありがとう」

 

「何飲みたいか、それ言うだけでいいですよ」

 

 気にすんな。お前は不器用なヒーローで、お前が日曜朝に被る仮面を作るのが俺の仕事。

 

 こんなの、ちょっとした仕事の一環みたいなもんだって。

 

 

 

 

 

 事務所の階段を登る。

 階段を登る前に使っていた携帯電話を、ポケットに放り込む。

 アキラ君と別れ、社長室に入る。

 

「待ったわ」

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

「急に呼び立てたこっちにも責はあるわ。

 アキラを見て、多少は事情を把握していると思うけれど」

 

「オーディションの他参加者からも話は聞いています」

 

「流石ね。懐かしさすら感じる仕事の速さだわ」

 

 アキラ君を使いによこしたのは、アキラ君からオーディションの話を事細かに聞いておけって意味でもあったのか。

 相変わらず、家族であっても使い方に冷淡さが見える。

 

「まずはこの録画を見なさい。あなたの意見は、その後聞くわ」

 

 近くのテレビのスイッチが入り、オーディションの映像が流れ始める。

 

 さて。

 

 どんなもんだ、お隣さん。俺は今、実は君にめっちゃ期待しているぞ。

 

 

 

*1トランスフォーマー等のイラストを担当していた会社。特撮分野の伝説級の人物や、ガンダム00のメカニックデザインなどが所属しており、優秀で意欲的な者達の集まりだった。だが、そうした人物達が独立していったことで事実上の解体を迎えた。

*2スタジオXO元代表。貴重な『かつて作品を作る側であり、今は作品を作る人達のことを書籍にまとめてくれている』ライターさん。

*3世界の破壊者、仮面ライダーディケイド。2009年という時代に、型破りな歴史の総決算を行った。その後の西映特撮の『過去作客演祭り』や、『大量アイテム商法による予算確保』など、多くのシステムの基礎を作ったと言える存在。

*420世紀を駆け抜けた天才。口を開かずとも体の動きだけで幻想の世界を観客に想像させ、物語を紡ぎ、『沈黙の詩人』という最高の称賛に等しい二つ名を付けられた。

*5ウルトラマンジードのヒロイン鳥羽ライハ役、手裏剣戦隊ニンニンジャーの高坂キキョウ役、仮面ライダー平成ジェネレーションズの敵女幹部武田役を名演。ベストアクション女優賞も受賞しており、新世代のアクション女優と称される。身長以外は和歌月さんと同タイプ。

*6坂木浩一監督の作品はウルトラマンジードを初めとして、やたら女性を魅せる画が多い。

*7ウルトラマンジード作中で、彼女は地球人ヒロインにもかかわらずウルトラマンに武術を指導する。俳優さんが世界レベルであるため、ウルトラマンの成長要素としての説得力は抜群。

*8某ゴシップ雑誌に恋愛事情をスクープされること。雑誌の売上は伸び、事務所と俳優にとんでもない被害が出る。ここの編集部は仮面ライダーに厳しく、暴漢に襲われても子供の夢を守ろうとかっこいいことを言う仮面ライダー俳優は非常に好意的に報道し、ファンから金を借りて返さない仮面ライダー俳優はボロクソに貶める。

*9手裏剣戦隊ニンニンジャーのアカニンジャー。

*10電撃戦隊チェンジマンのチェンジグリフォンなど。

*11仮面ライダー龍騎の仮面ライダーベルデなど。

*12仮面ライダー555のオートバジンなど。

*13ウルトラマンレオのマグマ星人。本編ではノンクレジットのため『円谷プロ画報』を参考に。

*14ウルトラセブンのミクラス。

*15東映sスパイダーマンのスパイダーマン。

*16グリッドマンのダイナドラゴン。

*17伝説!

*18怪獣大進撃のキングギドラ。

*19戦隊とライダーの歴代怪人。こんなにたくさんの脚注よく読む気になりましたね?

*20仮面ライダーBLACK RXのロボライダーなど。

*21ウルトラマンダイナの凶悪怪獣ギャビッシュなど。

*22仮面ライダーBLACK RXの機甲隊長ガデゾーンなど。

*23初代ウルトラマンの油獣ペスターなど。




 アクタージュ第一話でコマの隅っこに映ってるカメラが夜凪の対狼演技を録画してるのって、二次創作だと面白い要素として使えるものだと個人的に思ってます


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見る目がある、ということ

 スターズ事務所に入る前、俺のスマホが鳴った。

 さて誰だ、と思えば、表示された番号は黒さんのそれ。

 アリサさんに会う前で良かったな、と思いつつ電話に出る。

 

『お前、今どのくらいまで腕が上がった? 親父は超えたか?』

 

 黒さんはいきなり、そんなことを言ってきやがった。なんだ藪から棒に。

 

「父は、まだ超えてないと思います」

 

『早く超えとけ。余計な部分は全部お前に任せる』

 

「どうしたんですか? 任せるって? 話が読めないのですが……」

 

『前から撮りたかったやつがあってな、武器が揃った』

 

 前から撮りたかったもの、ね。

 思わせぶりなことだけ抽象的に言ってんじゃねえぞコラ。

 まあ映画のことだろうから分かるけどよ。

 

『お前の育て方なんざ俺には分からん。

 放っておいても勝手に成長するお前の性格に期待しておく』

 

 このタイミングで武器が揃ったって話は、多分あれか。

 

「夜凪景ですか?」

 

『なんだ、もう知ってたか。耳が早えな』

 

「オーディションで一人、女優を諦めた人がいたらしいですね。

 審査でもグランプリ候補だったのに、途中で棄権したらしいじゃないですか。

 顔も悪くなくて、劇団経験も長い。

 そんな人が……長年努力してきた人が……夜凪さんの演技を見て、心が折れた」

 

『ああ、夜凪は"本物"だ。あいつを見て自分を"偽物"だと思う奴は多いだろうな』

 

 この世界は、才能の世界だ。

 そして、才能だけでやっていくことが難しい世界でもある。

 頑張った子役は、途中から業界に入ってきた天才に追い抜かされて消えていく。

 努力を怠った天才は、大ブレイクした後に伸び悩んで消えていく。

 皆、心を折られる。

 何かが折れて消えていく。

 折るのは世間の声だったり、自分の無力さだったり、そして天才だったりする。

 

 "天才になれなかった"人達は消えていく。

 それを寂しいと思うのが俺で、さして気にしてない人がこの人だ。

 

「子供の頃、太川茂樹*1さんに頭を撫でてもらったことがあります」

 

 あの頃の俺は、なんで胸の奥が暖かくなっていたのかも分からなかった。

 周りの仕事を真似するばかりで、周りを見てなかった俺には分からなかった。

 今なら分かる。

 貰ったあれは優しさで、俺の胸に湧いたものは憧れだった。

 俺自身がそれを分かっていなかっただけで、それを確かに感じていた。

 

 テレビの中のヒーローは、テレビの中で子供に夢と勇気をくれて。

 舞台を降りた俳優は、カメラの前じゃなくても子供に夢と優しさをくれる。

 日本の特撮ヒーロー番組で、ヒーローを演じた人達のほとんどは、普段の日常の中でも子供に見つかると、子供達の前ではヒーローとして振る舞うという。

 こんな映像業界、他にそうそうないだろうよ。

 

 そういう人達の演技が夢を与えるものなら、夜凪さんの演技は、それは……そいつは、本当に俺が知ってる夜凪さんなのか?

 

「俺の知る人達の多くは、テレビの中で見る人に夢を与えていました」

 

『ああ、そうだな』

 

「見た人に夢を諦めさせる演技をする女優……それは、なんというか」

 

『安心しろ』

 

 何を安心しろってんだ。

 

()()に憧れるような人間もいるだろうさ。

 とびっきりの天才か、何も分からない無能か。

 少なくとも子供は、いつか銀幕に映る夜凪に憧れるようになる。そこは間違いねえ』

 

 それは現在の話か? 成長した後の未来の話か?

 

 ……大女優を目指す者の心を折るようなレベルの演技で、子供に憧れられる演者か。

 

『憧れも畏怖も変わらねえよ。天才が凡人に見上げられる、ただそれだけの話だ』

 

 見上げる、か。

 手が届かない星に手を伸ばすように、足掻き続ける人もいる。

 その途中で折れる人もいる。

 

 アリサさんのスターズが、人工の星を並べた夜空なら。

 黒さんが作る夜空は、本物の如き星を並べた本物の夜になるに違いねえ。

 人工の星を超える、『本物の夜』か。

 ヤベえな。

 "ヤバいレベルの演者なんじゃないか"とちょっとハラハラしてたが、黒さんのこの自信たっぷりの声を聞いてると、ワクワクしてきた。

 

「聞いた話だけだと、アリサさんが嫌いなタイプの役者