床屋いばらの妖しな日常

これがターニングポイントというやつらしい

きっとそれが見えるのはそれが在ると信じている者だけなのだろう。この世界のどこかにホンのちょっと存在する異なる狭間、それを信じられるか或いは気にすることができるかで世界はきっと違って見えてくる。ほら、よく見てごらん。彼らはきっとそこにいる―――

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僕の名前は平等茂(たいらしげる)。ある点を除けばどこにでもいる普通の中学生だ。正直このある点を言っても誰も信じないと思うから言わないことにする。まぁ取り敢えずもしも君たちがこれを見ることができたら言ってあげても良いかな。ん、あぁ別に見えないならいいよ。幽霊かって、いやそんなわけ無いじゃないか。幽霊なんて人間の勘違いから産まれたもの、寧ろそれの方が今だと恐れられているみたいだけど、正直に言えば幽(・)霊(・)は(・)存在しない。あれは全部次元現象の一つ。怪異でもなんでもない、普通の自然現象だ。

まぁ幽霊談義については終わりにしようか。早く学校に行かないと遅刻するんだ。ほら、チャイムが鳴ってる。きっと親友の葉山だろう。あいつは少しせっかちだから早く出てやらないと煩いんだ。

｢行ってきます｣

僕は出る前に墓前の両親にそう伝えると玄関を開き葉山に｢おはよう｣と挨拶をする。｢遅い遅い遅いこれで遅刻したら罰金百万円な！！｣とか葉山は言うが、学生に百万なんてポンと出せるわけでもないし、だいたい遅刻したくないならさっさといけば良いのに。まぁおそらくこれは葉山なりの優しさなのだろう。クラスでネクラな僕とは正反対の快活なちょっと煩いイケメン。彼が僕を気にかけてくれるのはひとえに幼稚園からの腐れ縁ということもあるだろうし、単純に見捨てられないのだろう。僕は主観的に見ても客観的に見てもどこか風か吹けば吹き飛びそうなぐらい心の脆さが在ると思う。彼はそんな僕をみすみす見逃してどこか遠くへ行ってしまいそうになるのを必死に繋ぎ止めようとしてくれるのだ。そのおかげで先生もお手上げだった僕の不登校気味は彼により解消されたと言ってもいいだろう。彼は僕のことをどう思っているかは分からないが、僕にとっては葉山は親友であり恩人だ。彼には返しきれないくらいの大きな恩があるのだが、今は返せないのでせめてあの世界に引き込まないようにすることだけを考えている。世の中には知らないことの方がいいからね。

｢ところでさー、茂っちそろそろ髪切った方がいいんじゃね？｣

｢……別によくないか？｣

｢いやいや、茂っち君は何か忘れていないかね？｣

｢……何かってなんだよ？｣

葉山は僕の方を見ると指をたてて自分の頭につけた。

｢をにばばどもがー｣

｢……それは古文のテクニックだろう？｣

｢いやそっちじゃなくて鬼婆どもがーだな。イントネーションが難しいゼ！！｣

｢……鬼婆？　あぁ学年主任のこと？　何かあったっけ｣

｢おおぅっ！？　そろそろ月始めなのにあの一大イベントを忘れたのか、君はっ！！｣

じーざす、と彼は身ぶり手振りを大袈裟にして反り返る。ちょっと馬鹿にしてないだろうか。

はぁやれやれだぜ、と彼はついに手をハサミの形にしてチョキチョキと髪を切る真似をしながら言った。

｢頭髪検査だよ、と、う、は、つ｣

｢……あぁ、そうか月例集会の後のあれかー｣

｢そうそう、うちの学校の検査これでもかってくらい厳しいだろう？　多分今回は茂っち切らないと引っ掛かるぜ｣

頭髪検査……人はそれを時代遅れの非合理であるという。(中学生談)

僕としては別にあってもなくてもいいのだが、うちの学校は県内屈指の身嗜みに関する校則が厳しいことで有名だ。確かに今の僕は前髪は眉にかかりつつあるし、耳に至っては少しばかり隠れている。教師の前ではヘアピンとかして、その視線を掻い潜っているが(うちの学校では打開策として代々男子もヘアピンをする)、こういうときはヘアピンを外さないといけないので切りに行く必要があるようだ。

｢……でもなぁめんどくさいなぁ｣

｢まぁわかるぜわかるぜその気持ち。わざわざ切りに行くのもめんどくさいよなぁ｣

｢……自分で切るか｣

｢貴様、社会的に死ぬぞ、おそらくパッツンすると見た！！｣

｢……さすがにしないとは思う、多分｣

正直これに関しては分からない。前に女の子がパッツンしているところを見たが、まぁ可愛いと言えば可愛かった。しかし、男のしかも僕が誤ってパッツンするところを想像してみると……

｢……うわ、死にてぇ｣

｢そうだろうそうだろう。パッツンは俺たち男子には許されていない権利なんだ……例外は除く｣

｢……おい、葉山。誰を想像した誰を？｣

｢分かるだろう……｣

｢……うん分かる。あいつは男というより乙女に近いしな。あれ、あいつって男、それとも女？｣

｢ま、まぁ人それぞれでいいんじゃないか？　噂によるとあの天然腹黒、男女見境ないらしいけど｣

｢……さらば葉山。君のことを僕は忘れない｣

｢ねぇやめて！？　勝手に俺の貞操を奴に奪わせないでよっ！！｣

辛辣ゥ、と葉山は唸る。薄情者とも。おっと、そうこうしている間に時間は刻一刻と過ぎている。｢早くいこ｣と僕は葉山に告げると、彼は｢あ、やっば、時間がねぇ！！｣と焦り出した。取り敢えず僕らは駆け足で学校に向かう。

｢あ、そうそう。それで茂っちにオススメしたい床屋があってなー｣

｢……別に床屋なんてどこでもいいだろう？｣

｢いやいや、そこは絶対行った方がいいぜ。行かなきゃ後悔する、きっとな！！｣

グッと指をたてながら葉山ははにかむ。そこまでして彼にお勧めしたいと言わせる床屋とはいったい何だろうか？　少し気になったので聞いてみる。

｢……で？　どんな感じなのさ？｣

｢お！？　茂っちも興味を持っちゃった感じ？　いいよいよ、でもそれを教えるのも何か面白くないし、実際行ってみて確認してこいよ！！｣

｢……おいおい、そこは教えろよ｣

｢……大丈夫だって、ほら俺の髪普通だろう？　そこで切ってもらったんだぜ｣

そう言うのでちらっと葉山の頭を見た。うん、確かに髪型は普通だ。しかも結構丁寧に切られているような感じもするし、匂いもいい……！？

｢……この香りは？｣

｢へ？　匂うの？　あー、もしかしてそこのシャンプーがまだ残っていたのか？｣

｢……不思議なこともあるんだね｣

ちょっと気になるところもあるが概ね良さそうだ。別に実害がある訳じゃなさそうだし行ってみてもいいのかもしれない。

｢……分かったよ。じゃあ行ってみるよ｣

｢おうっ、了解了解。じゃあ後で住所送っといてやるよ｣

｢……うん、ありがと｣

そういうわけで僕は葉山のお勧めするその床屋に今日帰りに行くことにした。予約制ではないのは結構有りがたかったりする。もしも、良かったとしたら通うことになるかもしれないが、そのときはそのときで……と僕はそう思っていた。

思えば、ここで葉山にこの店を紹介してもらえなかったとしたら、僕の人生はそれほど代わり映えのないもののままだったのかもしれない。いつか、葉山とも別れ、社会のなかに沈み、虚勢をはって生きていたのかもしれない。

けれども、本当に些細なこの出来事が僕のあの世界に対する考え方を変え、長い間ずっとかかわり合うことなったのだろう。本当に不思議なことだなぁ。

ここが噂の床屋らしい

『床屋いばら』それが親友葉山が僕に勧めた床屋の名前だった。昨今、こういう床屋というものはやたらと英語を使ったような名前が多いのだが、意外にも日本語なのは結構古くからあるからということらしい。何でも平安時代からあるとのことだ。それを聞いたとき｢ふぁっ！？｣と教室で奇声をあげてしまったことは記憶に新しい。まぁ葉山のことだ、そこの店でホラでも吹かれたんだろう。例え古かったとしても考えられるのは精々明治かそこら辺だ。まぁそこは今は別に重要なことでもない。

問題なのは今僕はどこにいるかだ。

携帯に送られてきた住所と地図をにらめっこしても今ここがどこで、その床屋がどこにあるのか全くわからなくなってしまったのだ。まさか僕が地図と住所を持っていながらも迷うとは思ってもいなかった。何度何度進んでみても同じところをぐるぐると回っているような感じがして、少し変だったがその時僕は携帯がいつの間にか圏外になっていたりしていることには気づいていなかった。

｢葉山ァ、どこにも無いんだけど、床屋……｣

｢ん？　お前ェ床屋に行きてぇのか？｣

｢……え、あ、はい。そうです……へっ！？｣

突然背後から声が聞こえ振り返ってみるといつの間にかそこには背丈の高い男がいた。目と鼻が整い、確りとした体つき、少しつり目で怖(・)い(・)ところはあるが意外にも恐(・)い(・)とは思わなかった。ただ気になるのは不自然に空中を漂う長い白髪と、雰囲気がヤのつく職業の人にも見えることだろうか。

そうやってまじまじと見ていたからだろうか、そんな少し怪しい人が僕の方を覗き込んできた。

｢ん～？　もしかして婆ぁさんが言ってたガキがこいつか？｣

｢……え？｣

｢まぁいいか。床屋だったな、ちょうどそこに用があるんだ。着いてこい｣

｢……えっ？　えぇ？？｣

ちょっと急展開すぎて僕の頭が追い付かない。向こうは何やら僕のことを知っている感じがしたんだけど、さすがに気のせいか？

｢おい何してやがる、早く着いてこい｣

｢……あっ、はいぃっ！！｣

ちょっと怒らせてしまっただろうか。いつの間にかその男の人はさ(・)っ(・)き(・)ま(・)で(・)壁(・)だ(・)っ(・)た(・)は(・)ず(・)の(・)所(・)に(・)あ(・)る(・)道(・)の(・)奥(・)に(・)立(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)……ん？　僕はゴシゴシと目を掻いたがやはりそこには道が新しく出来ていたように思う。

｢えぇ？　何が起こっているんだ？｣

不思議に思いつつも早く着いていかないとあの男の人をさらに苛つかせてしまうかもしれないので駆け足で僕は駆け寄った。

｢……あ、あの？　ここさっきまで道がなかったような気がするんですけど？｣

｢ん？　いや、それはないな……あ、そうかお前ェここに来るのは初めてだな？｣

｢……え、えぇ。友達に勧められて｣

｢やはりなぁ。お前ェの友達お前ェを釣り出すための蒔き餌にされたんだなぁ｣

｢……蒔き餌、って何ですか？｣

｢いや、こっちの話だ。お前ェは気にしなくてもいい｣

｢……は、はぁ？｣

何やら不穏な言葉が男の人から聞こえたが、気にしないことにしよう。こういうときは何も考えない方がいいと僕は思う。

そういえばふと思ったが、この男の人どこから来たんだろうか？

さっきまで僕はあの辺りをぐるぐるとさ迷い歩いていたが人影らしきものは見当たらなかったし、僕は一瞬別な世界にでも迷い混んでしまったのかとさえ思ってしまった……いや、まさかね。

｢ところでお前ェ何て名前だ？｣

｢……え、あぁ、平等茂です｣

｢そうか、茂か……。やはり魂名だな、難儀な奴だぜ｣

｢……え、何か悪いことでも？｣

｢いいや、別に。ただ魂名というものはそいつ自身を表す名前だ……まぁ今回はそれが仇となったわけだが｣

またもや不穏な言葉パート２。何となくさっきから不思議な言葉を言うし、この人本当に人なのだろうか。実は化け物だったりするのだろうか。あの時の化け物みたいに……っ！？

｢あ、悪ぃな。どうやら恐がらせたみたいで｣

｢……えっ？｣

｢ほら、これで少し拭きな｣

そう言われて渡されたのは『ぬ』と書かれた手拭いだった。どうやら僕はいつの間にか涙を流していたらしいがあの時の記憶が甦ったのだろうか……いや、あの時って何だっけ？

｢お、着いたぜ。茂｣

そうモヤモヤとしているといつのまにやら目的の場所に着いていたらしい。

そこはある不思議な町の片隅に家と家の隙間にひっそりと存在していた。床屋のトレードマークの赤と青のグルグルは無かったが、暖簾に右から『いばら』と書かれており、床屋というより茶屋な感じも少しした。木造の住宅で少し歴史を思わせるような香りもする、さらに言えばどこか懐かしい気持ちもする。そんな床屋がそこにはあった。

｢おい、婆ぁさん。邪魔するぜ｣

ガラガラと音をたてて男の人はその扉を開け店のなかに入る。僕は少し戸惑いながら立ち止まっていると、中から｢茂も来いよ｣と呼ばれたので僕も一言言ってからその床屋にはいった。

｢うわぁ……｣

そこに広がっていたのは古風な居酒屋とでもいうのだろうか。奥に続くようにカウンターがあって、棚には日本酒が沢山立てかけてあった。あれ、僕は確か床屋に連れてこられたんだよな？

「こっちだこっち、そのまま奥に進んで階段上ってきな」

奥からあの男の人の声がしたどうやら床屋は二階にあるらしい。とすると、ここは居酒屋兼床屋とでも言うところなのだろうか。僕は取りあえず声に従って二階に上っていった。きぃきぃときしむ音がして少し不安だったが落ちずに済んでほっとした。

「お、来た来た」

二階に上がると、ちょっと空間が広くなった気がしたが気のせいだろう。目の前にはソファに座っているあの男の人がいた。男の人はポンポンと隣を叩くので、どうやらここに座れと言っているようだった。なので、僕はそれに甘えて少し間を開けて座った。

「じきに婆ァさんが来るから、それまで待ってな」

「……あ、はい」

男の人はそういうと懐から何やら取り出し煙をふかした。もしかしてこれは煙草だろうか？

「ん……あぁ、これはキセルというやつでな。ジジィからの貰いもんだよ。吸ってみるか？」

「……あ、いえ未成年なんで遠慮します」

「そうか、まぁいいだろう。俺がお前ェぐらいのころには吸っていたがな」

おい、未成年に煙草を勧めるな。そして貴方は既にそのころから非行に走っていたのか。人は見かけによらないというが、やっぱり見かけによってるじゃないか。と、自分の心の中で彼に突っ込みをしていると奥の方からパタパタと誰かがやってきた。

「よぉ、婆ァさん髪切りに来たぜー」

「あ、リクオ来たんか。全くお前もあいつに似てぬらりくらりと……今日は奴が来る大事な日だというのに」

「そいつのことなんだが道に迷ってたから連れてきてやったぞ」

「何を言っておるんじゃ？　む、だが微かに主殿の気配がするぞ……」

「ほら、ここにいるじゃねぇか」

そうして男の人が僕の方を指さしその婆ァさんと呼ぶ人に僕を紹介したので「どうも」とだけ挨拶した。急なことなので思わず頭を慌てて下げてしまったが、ちらりと見るとそこには婆ァさんではなく、金髪幼女がそこにいた。え？　婆ァさんじゃないの？　どう見ても幼女にしか見えないんだけど。

「今失礼なことを考えておらなかったか、主殿？」

「……い、いえ」

「こう見えても我は千年以上生きる鬼の頭領で主殿に比べればかなり上なのだが」

「……千年？　そんなの妖怪じゃあるまいし」

「いやそれで合っているぜ、茂。そこの婆ァさんは俺のジジィよりも遥かに長い時を生きる正真正銘の大妖怪だ」

「……嘘だ。というか主殿って何？」

そうなのだ、大妖怪かどうかはともかく、そこにいる外見幼女さんは先程から主殿主殿と連呼しているのだ。これってはたから見たら幼女に強制して主呼びさせる変態に見えなくないか？

「どうと言われてもなぁ、主殿は主殿だし。もしかして記憶が戻っていないのか？」

「恐らくそうなんだろうよ、婆ァさん。というかこいつはあんたが呼びこんだんじゃないのか？」

「いや、ゴモゴモに頼んで占いしてもらったら今日来るって」

「そういうわけか。じゃあこいつがここに来たのは」

「まぁ、運命であるな」

おいこら二人で僕を置いて盛り上がるな。もっと分かるように説明してくれ。そして推定幼女さん、顔を赤らめてくねくねしないでくれ。なんかちょっとイメージが違うから。

「まぁ何はともあれ、主殿と我との逢瀬は数百年ぶりだ。作者が眠そうだから説明は次回に回しておくとするか」

「何かメタいっ！！」

「まぁまぁ、郷に入れば郷に従えってやつだ。受け入れろ茂」

「貴方も大概ですねっ！！」

本当に何なんだ、何が起こっているかよくわからない。目の前にいる金髪幼女は自称千年を生きる大妖怪だし、隣から手を肩に回して来る男の人は何か怖そうな職業の人だし、葉山助けてくれっ！！

そう思ってアワアワしていると、急に金髪幼女はたたずまいを正して破顔した。

「まぁ、メタいかどうかは置いといて……主殿、お帰りなさいませ。そしてようこそ床屋いばらへ」

その姿に僕は何を見たのかわからない。けれどその姿はどこか懐かしく、愛おしく、そして物悲しく思えた。この感覚の正体は今の僕には到底理解できるものではなかったが、なんとなくそう思えたんだ。だからだろうか、続けて僕がこぼしたのがこの言葉だったのが。

「……うん、ただいま。ばらきー」

これが後に一生を共にする人との邂逅であり再会でもあったのだが今の僕には知るよしもない。

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二話にして急展開過ぎただろうか、少し心配している東西南アカリです。
取りあえず設定集は制作中なので後書きに新キャラが出るたびに追加していきます。

平等茂……他の人には言えない何かが見える少年。それが何かは本人は知らない。金髪幼女から主殿と呼ばれる。

葉山……ごめんなさい名前が決まらない。誰か名前を付けてほしい。だって葉山は葉山って感じにしかならないんだ。まぁ取りあえず、クラスの中の陽キャラで、不登校の茂を毎日学校に連れ出していた茂の恩人であり親友。特技はサッカーでジュニア日本代表。

天然腹黒のあいつ……男か女かわからない。実は察しのいい人なら気づくはず。

リクオ……何やらヤのつく職業の人っぽい。そして見た目どうりの非行少年だったっぽい。提督助けてっぽい。

ばらきー……自称千年を生きる大妖怪で鬼の頭領。その風格は無限の彼方に置いてきた。

以上です。これからも拙作をよろしくお願いします。