桜が咲いたら、雪が…… (何故か外れる音)
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プロローグのようなモノ

 2079年 4月24日

 

 この日が何の日かと言われれば、元の世界を知っている者であれば知っている日だろう。

 そうそれは、お兄様こと司波達也が生まれた日。

 

 そして、この世界では異物が混じった日。

 

 本来なら存在しないはずの彼女は達也より一足先に生まれ落ちた。

 達也が先天的な魔法演算領域を「分解」と「再生」に占有され、普通の魔法師としての才能を持たないのに対し、彼女は魔法演算領域を持たなかった。

 即ち、魔法師としての才がなかった。

 正確には持ってはいるが、確認することが出来なかったと言うのが正しいのだが、彼らはそれを見分けることが出来なかった。

 

 他に挙げるとするならば、彼女の魔法演算領域が確認されなかったことにより、二人が生まれた日から11ヶ月後に司波深雪が生まれたことか。

 もし仮に、彼女に魔法演算領域が確認され、深雪と同じだけの能力を秘めていたならば、最悪、深雪が生まれてくることは無くなっていただろう。

 最悪の場合、彼女は深雪のロールプレイを行う羽目になっていたのだ。

「さすがはお兄様です」ではなく「さすがは達也ね」と違いは生まれることにはなっただろうが。

 

 年が経つにつれ、達也と彼女の間に外見的違いが見受けられるようになった。

 それが性の違いによる外見的特徴であれば何ということもなかったのだが、変化は髪色や目に現れたのである。

 達也が黒髪青目であるのに対し、彼女は白髪赤目へと変じた。

 突然変異と言えばそれまでなのだが、いくら何でも、遺伝的に目にしいたけが現れることはない。

 俗にいう、しいたけ目のことである。

 原因はそれとなく予想でき遺伝情報を調べたが、何の問題もなかった。

 そのため、魔法演算領域に何かあるのでは、と深夜とその妹で現四葉家当主、四葉真夜は考えるようになった。

 

 それから二人が六歳の時、状況が変わる出来事が起こった。

 

 魔法師でなければ四葉家の人間として居ることはできない。

 

 この事から、二人の生みの親である司波深夜は達也と彼女に人工魔法演算領域を植え付ける精神改造手術を行うことに決めた。

 達也の事情があり、彼女は実験的にこの精神改造手術を受けることになったのだが、深夜の精神構造干渉魔法で彼女に干渉できなかった。

 先の事とこの事から、彼女には魔法による干渉を無効化する能力が備わっていると、深夜と真夜は考え、それだけに留まらず深夜と真夜の二人は、達也と同様に彼女の先天的な魔法演算領域がその力に占有されていると判断した。

 早計と言えばそうなのだが魔法で干渉し得ない以上、似たケース、即ち達也の状態と同じと考えるのは至極当然と言えるだろう。

 

 手術を終えた後、達也は「兄妹愛」という情動を除き「強い情動」をすべて失い、彼女は真夜に引き取られることが決まった。

 2062年の事件の事もあり、四葉の血を引く彼女は四葉家に軟禁されることが決定された。

 ただ、四葉家の人間として存在できるわけではなく、その力の関係で四葉家の離れに軟禁されることとなった。

 

 しかしこの決定は、6歳以降の彼女は彼女にとって望ましい環境を手にすることができたと言え、その生活は15の夏まで続くこととなった。

 

 

 これは司波達也の双子の姉として、俗にいう神様転生(TS)を果たした彼、いや、彼女と言うべきか。

 そんな彼女、司波深桜(みお)という異物が混ざることによって色々とおかしくなった世界のお話である。

 



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九校戦編
九校戦編 Ⅰ


 神様転生の醍醐味と言ったら何だろうか。

 当然の事だが、それは人によって変わることだろう。

 神様から転生特典を貰うこと、自身の死因を知ること、神様をプリプリすること等々。

 

 司波深桜として転生した私としては、プリプリすることもできたし、予想できない様な壮大な死を迎えた事を知れたりとまぁ良かった。

 

 嘘である。

 予想できない様な死などなく、突然の死を迎えた様だったが、プリプリさせて貰えた事もあり水に流した。

 

 転生させてくれると言う話だったので、私は「魔法科高校の劣等生」の世界を指定した。

 現代で育った私としては、現代と然程変わらない世界に転生したかったのだ。

 勿論のことだが、身近な所で「さすおに!」を見たかったと言う願望も告げた為か、お兄様の双子の姉として転生していた。

 確かに身近な所と言ったが、近すぎではないだろうか。

 私としては、千葉エリカや西城レオンハルトと言った愉快な仲間たちに追加する程度でよかったのだが、神様が私の事を思ってこの立ち位置に転生させたと考えれば悪くは思わない。

 

 では何故私が性転換することになったのかというと、転生特典に関係する。

 転生特典を得る条件が性転換することだとは思いもしなかったが、性転換してよかったと今となってはそう思っている。

 転生特典を得てよかったと言うべきか。

 身近な所で「さすおに!」を見たいと言った以上、国立魔法大学付属第一高校に通うことが出来るだけの家柄に生まれることは決まっているも同然。

 だが、四葉家に生まれたとなれば話は大きく違うモノになる。

 

 司波達也の双子の片割れとして生まれるのだ。

 もしかしたら二人で「分解」と「再生」を分かち合い、「二人はさすおに!」などというふざけた展開になっていたかもしれない。

 それはそれで面白そうではあるが、司波達也の人生の難易度が跳ね上がったことだろう。

 

 そんな面白い事になることはなく、私は私で異常な能力を手にすることができたのだからそれでよかったはずだ。

 後、深雪とイチャイチャしても非常に仲の良い姉妹と見られて終わる。

 まぁ、未だにそのような展開になっていないのだが、この話は後に回そう。

 

 さて、そんな私が性を転換してまで手に入れた能力は、とあるシリーズの学園都市サイドの能力の詰め合わせである。

 端的に言うと、一方通行や未元物質と言った数々の能力を頂いた。

 サービスとして能力を色々と調整・改造して貰えたのも大きかった。

 その内の一つが、幻想殺しの能力をこの身に宿しながら、他の能力を扱うことが出来るようになった。

 もしそうならなければ、幻想殺しの能力のみを貰ったことになってしまい、また「さすおに!」を身近な場所で見ることが叶わなくなったことだろう。

 魔法を扱うことも出来ず、銃を持ち出されでもしたらすべて終わりだ。

 だからこのサービスは非常に大きな有益だった。

 また、生まれてから数年して私は魔術サイドの能力も貰っておけばよかったと思ったということも伝えておく。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 二〇九四年

 

 四葉家本家の応接室にて、深桜はとある女性と向き合い座っていた。

 世界最強の魔法師の一人と目され、「極東の魔王」「夜の女王」の異名を持ち、外見年齢30歳でありながら既に44歳という年齢詐欺を行っている四葉家現当主四葉真夜その人である。

 深桜の彼女に対する評価は、残念美人。

 真夜に引き取られてから、数ヶ月の間私が母であるという主張を行ってきたのだ。

 最初の頃は何を言ってるんだこいつは、という思いが強かった。

 しかし数ヶ月に渡り事あるごとにその旨を主張してきた事と、偶然真夜の奇行を見た深夜の「真夜の事をよろしくね」という言葉と残念な妹をみた姉のあの表情は酷いものだった。

 娘になんてことを頼んでるんだとは思いもしたが、真夜の今までの境遇を考えてみれば分かる…気もしなかった。

 

「深桜さん?どうしたの?私の娘になりたくなった?」

 

 まぁ今ので分かっただろうがこの調子なのである。

 最初の頃よりだいぶマシにはなっているのだ、これでも。

 

「そうですね、真夜さんにお願い事がありまして」

 

「お母様と呼んでもいいのよ?」

 

「……達也と深雪と同じ高校に進学したいのですが」

 

 思わず目が死んでしまったが、深桜は気を取り直して会話を続けることにした。

 深桜が真夜の事を叔母上、叔母様と呼ばないのは、真夜に「そう呼ばずにお母様と呼んで」と駄々をこねられたことがあり妥協点としてそう呼ぶことにしている。

 その妥協は真夜にとって、深桜がいつの日かお母様と呼ぶ日がくるのでは!?と期待を煽る変化だった。

 そんなことを知らない深桜は、いつになったら治るのだろうかと思いながら、真夜を見つめ直す。

 

「……残念だけどそれは無理よ。達也さんと深雪さんは国立魔法大学付属第一高校に進学する予定なの。魔法が使えない深桜さんでは通うことはできないわ。だから諦めて私をお母様と呼びなさい」

 

「何故その結論に至ったのか分かりたくないのですが。それはさておき、私、魔法使えますよ?」

 

「貴女の幻想殺し(イマジンブレイカー)ではなくて、普通の魔法師が使う魔法を使えないといけないのよ。貴女、幻想殺し以外の魔法は使えないでしょう?」

 

 何故幻想殺し(イマジンブレイカー)の名がバレているのかと言えば、深夜と真夜がその力の名付けを行う際、深桜がふと呟いたからそれを真夜が採用しただけの話。

 深桜が変に名前を付けられるのを嫌ったと言うのと、今の真夜を見れば分かると思うがこの時からその片鱗は現れていた。

 それはさておき、深桜は自分がその普通の魔法を使えることを教えるため、自身の手前のテーブルに置かれている湯呑を魔法で手元に移動させて見せる。

 

「ほら、使えますよ?」

 

 深桜はにっこりと微笑み、湯呑を口にした。

 深桜は真夜が何故私が魔法を使えないと思っていたのかを考えるも全く思い当たらない為、取り合えず置いておいておくことに決めた。

 一方、深桜が魔法を使えないと思い込んでいた真夜は、深桜がしてみせた光景に驚き目を見開き固まってしまうが、すぐに復帰を果たした。

 

「……そう、魔法使えたのね。そう。…お母さん知らなかったわ」

 

 深桜はツッコミたい気持ちになるが、一高に通えるかどうかが重要なのでスルーすることに決めた。

 

「それで私もその高校に通ってもよろしいですか?」

 

「…そうね。これから勉強すれば受験には間に合うと思うわ」

 

「じゃあ!」

 

「ただし!今、私のことをお母様と呼ぶことっ!ただし、一度だけでいいわ。無理やり呼び続けさせても嬉しくないもの」

 

 目に見えるほど目を輝かせながらふざけた事を抜かす真夜を見て、深桜は再び目が死んでしまうが、最後の言葉を聞いて気を持ち直した。

 このわずかな時間で二度目とはやりおる。

 

 深桜は目を閉じ、深い呼吸を一度行いながら決心し、目を開き真夜の目を見つめた。

 

「…お母様、私も達也と深雪と同じ学校に通いたいです」

 

「ぐふっ、いいわよ!!」

 

 深桜は聞こえちゃいけない声が聞こえた気がしたが気のせいだと処理した。

 何やら真夜の動きがうねっていて何とも言えない気持ちになった深桜は真夜にお礼を言い、そそくさと離れに帰った。

 その様子を見送った真夜はにやけながら葉山を呼び寄せた。

 葉山は四葉家先代当主の頃から四葉家に仕える執事で、執事長を務め入る人物である。

 

「葉山さん!空いている時間は深桜さんに魔法に関することを教えてあげてくださる?」

 

「畏まりました」

 

「あら、理由は聞かないのね。別にいいのだけど」

 

「真夜様のご様子を見れば何があったのか予想は付きますゆえ」

 

「それもそうね。さすが私の娘だわ!」

 

 深桜と同様に葉山は真夜の暴走を見慣れているので、あえて何も言わずこれからの予定を組みなおす作業に戻って行った。

 

 この時から一週間たった後、葉山によって魔法教育と受験に必要となる教育が深桜に施されたが、深桜の学習能力が非常に高くその教育は葉山の予定より早く終わることとなった。

 その時再びとある女性が暴走したそうだが、深桜の耳に届くことはなかった。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 二〇九五年 七月中旬

 

 ここ国立魔法大学付属第一高校にて、先週一学期定期試験が終わり、生徒たちの意識は八月に開催される全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称九校戦へと向けれられた。

 

 話が飛んだと感じるだろうが、司波深桜はこの三ヶ月の間何もなかった。

 深桜は達也と深雪に黙って第一高校を受験し、見事合格した。

 普通であれば、二人にもそのことを伝えるべきだろうが、四葉家現当主四葉真夜が黙っていた方が面白いとの発言があり二人に伝えることをしなかった。

 

 二人の実姉とは言え六歳の頃から離れて暮らしていた深桜が、魔法を使えないと教えられていたであろう深桜が、九年ぶりに突然家にやってくるのだ。

 一高の制服を引っ提げて。

 二人がどの様な反応を示してくれるのか深桜は楽しみにしていたと言うのに、残念ながら二人には不興だった。

 

 しかしよく考えてみれば、それも仕方ないと言える。

 深雪は達也との二人っきりの生活が壊されることになり不機嫌になる。

 その不機嫌さは酷く、同じ家で暮らしているにも拘らず会話がなく、さらに言えば避けられている様に感じる。

 この家に引っ越してきてから入学式までの間は、距離感を計っていると思うことでやり過ごしたが、クラス分けで深雪と同じA組に配属となった。

 そうなると、新入生総代として挨拶を行った深雪と私の関係を聞く生徒が現れるのは至極当然と言えた。

 性と名で漢字が一文字違いで「桜」と「雪」である。

 気にならない方がおかしい。

 だが、深雪の口から発せられた言葉は、「あの人は私とは無関係です」という言葉だった。

 そこまで怒っていたのかと深桜が戦慄したのは想像に難くない。

 深雪の返答を聞いたA組の生徒は「まぁそうだよな」とあっさり納得したという事も深桜は少なくないダメージを受けた。

 後になって深桜は気付いたのだが、深雪は並外れて可憐で神秘的な美貌を持つ美少女であるのと比べるとかなり見劣りするだろうが、四葉直系の血を引いている以上、それなりには整っている。全体的に白いが。

 深雪は小学生の頃友達から、雪女みたいと言われていたみたいだが圧倒的に深桜が雪女である。

 口から冷たい息でも出せればより完璧である。しいたけ目だが。

 

 そして、達也は深桜を警戒していると考えられる。

 達也が四葉家のことをよく思っていないことを知っている深桜はその警戒を理解している。

 六歳の頃から離れて生活を送っていて互いの事をよく知らない関係にあり、達也からすれば、深桜は四葉の息がかかっている人間だと考えていても不思議ではない。

 心理掌握(メンタルアウト)で「兄妹愛」を「姉弟愛」に変更、もしくは人工魔法演算領域の一部を「姉弟愛」に変更してやろうかと深桜はふと思ったが、そんなことをすれば深桜の能力の一部が四葉家にバレてしまう事と、達也が暴走する要因を増やしてどうすると言うのと、深雪との仲が良くない現状から深桜はこの案を不採用。

 達也のオンリーワンである、というのは深雪にとって非常に大きいものだというのは想像に難くない。

 更に達也は深雪が深桜とは無関係だと言ったという旨を聞き、自分も無関係だという立場を取りやがりました。

 姉を何だと思っているのだろうか。

 

 そんな二人との関係が微妙な期間が長く続き、四月、五月、六月と何の進展もなかった。…長くない?

 いや、進展は少しあった。

 家で朝食と夕食を共にするようになった。

 それ以外には何の進展はなかった。

 仮に深桜が学校で突然姉面しだしたとしても、二人が無関係だと主張した以上、私の頭がおかしくなったとみられるオチが待っていることだろう。

 そういった事もあり、深桜は何の行動も起こすことなく学生生活を過ごしていたのだ。

 

 そんなこんなで、深桜が関わることなく、四月五月のイベントは終わっていたのであった。

 

 



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九校戦編 Ⅱ

今話から転生特典を異能と呼称します。


 突然だが、魔法科高校の定期試験は魔法理論の記述式テストと魔法の実技テストで行われる。

 俗にいう一般科目の成績は普段の提出物の評価により決定されるのだ。

 魔法師の育成のための高等教育機関なのだから、魔法以外で競わせることは無駄だと考えられているらしい。

 

 さて、定期試験についてだが、記述式テストは必修である基礎魔法学と魔法工学に加え、選択科目の魔法幾何学・魔法言語学・魔法薬学・魔法構造学の中から二科目、更に魔法史学・魔法系統学の中から一科目選択し、計五科目行う。

 魔法実技は処理能力(魔法式を構築する速度)を見るもの、キャパシティ(構築し得る魔法式の規模)を見るもの、干渉力(魔法式がエイドスを書き換える強さ)を見るもの、上記の3つを含めた総合的な魔法力を見るものの四項目から評価される。

 この二つが魔法科高校、第一高校の定期試験の内容となっている。

 

 ここ第一高校では、成績優秀者の氏名を学内ネットにて公表されることとなっている。

 この話をするのだから、当然公表済みである。

 理論・実技を合算した総合点による上位者は、順当な結果となった。

 一位、司波深雪。

 二位、光井ほのか。

 三位、僅差で北山雫。

 

 ここまでA組の名が続き、四位にようやくB組の十三束という男子生徒が登場する。

 そして、司波深桜の名前は七位に記されている。

 実技のみの点数でみると、一名を除き、総合順位から多少順位の変動が見られる。

 具体的には、一位が深雪、二位が雫、三位が森崎、四位がほのか、深桜はフェードアウトしたが悲惨な結果ではなかった。

 

 そして理論のみの点数になると、面白い事が起っていた。

 一位、A組、司波深桜。

 二位、E組、司波達也。

 三位、A組、司波深雪。

 ついでに四位、E組、吉田幹比古。

 

 第一高校では、一科生と二科生の区分け、そして定期試験の総合成績は実技の成績が比重を大きく占めている。

 しかし、普通では、実技が出来なければ理論を十分理解することはできない。

 感覚的な理解を必要とする概念が存在するからというのが理由として挙げられる。

 深桜はともかくとして、二科生の生徒が上位に二人位置しているというのは前代未聞なことである。

 それだけに留まらず、深桜と達也は平均点で三位以下と十点差以上引き離していた。

 深桜に至っては、達也ともそれなりに点差が開いており、達也は深桜に記述で負けたことに彼が想像していた以上のショックを受けたことを言っておこう。

 

 深桜がこれほどの結果を理論で収められたのかは、異能による副産物によるものである。

 たとえ強力な能力を得たとしても、深桜が得た能力に関して言えば幻想殺しの様な一部を除き、彼女自身の脳髄、特に演算能力に依存する代物である。

 当然、彼女の脳髄の規格が低ければ転生特典で得られた能力の大多数を扱うことなどできないわけである。

 しかし、彼女の外見的に見受けられる特徴を見れば、深桜がそれらの能力を扱えている事は言わずとも分かるだろう。

 つまり何が言いたいのかと言うと、深桜の脳髄はそれらを十分に扱えるだけの規格、能力を備えていることに他ならない。

 ただ、深桜の場合はそれだけの脳髄を持って生まれることが転生する時に決まっていたというのもある。

 ついでに言えば、それらの能力に関する知識等も全て頂いた状態で。

 

 深桜が入学前、そして入学してから学んだ魔法に関する知識は、あくまでも異能の亜種程度に収まるものが多く、モノによっては劣化版と呼んでも差し支えない。

 勿論中には類を見ないモノも存在したが、無駄にハイスペックな脳のおかげで難儀せずに終わっている。

 

 魔法実技はどうかというと、深桜の実技のみの成績が上位二十名に含まれていない事を見れば分かるように、魔法実技が良くない様に見える。

 しかし、一高に一科生として入学する分には魔法実技の成績は収めており、さらに言えば、試験の比重を踏まえて考えても、総合成績で七位に収まるほどには魔法は扱える。

 理論における貯金をかなり吐き出しているが、達也の総合成績を考えれば、如何に、魔法実技に比重が取られているかも想像できるだろう。

 ついでに深桜の魔法実技が言うほどひどくないということも。

 

 魔法実技が今のレベルに収まっているのは単純な理由があり、深桜が魔法演算領域での演算に慣れていないだけの話である。

 慣れていないとは言え、これだけの成績を収められていることから、深桜の魔法力の高さもそれとなく察することが出来るのではないだろうか。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 時は流れ、七月終盤。

 九重寺で、深雪のミラージ・バットという競技のトレーニングを行い、吉田幹比古が愉快な面子入りを果たし、達也が九校戦の技術スタッフとしてメンバー入りし、FLTで達也と深雪が父親にあたる司波龍郎と青木(執事)と会談し、幹比古が美月に迫ったり、トーラス・シルバーが飛行魔法を公表したりと色々とあったが、深桜が関わることはなかった。

 

 解せぬ。

 

 しかし、七月中盤から終盤にかけて少しだけ深桜の周りの事情が変わった。

 今、深桜の部屋に達也が来ている。

 ただそれだけのことだが、深桜にとっては非常に嬉しいモノだった。

 達也と深雪と共に過ごして、早三ヶ月、いや、そろそろ四ヶ月か。

 こうして達也が深桜の部屋に来ている事から察する事が出来るだろう、

 

「こんな時間にごめんなさいね、達也」

 

「いや、俺も姉上に話があるから大丈夫だ」

 

 正直な所、達也は今の様な事になるとは思っていなかった。

 こんなことになった原因は、四月、深桜がこの家に来た、帰ってきた日にあった。

 元々深雪は深桜の事を本当に気に掛けており、深桜がどの高校に進学するのかという事を気にしていた。

 しかし、四月になってもその情報が深雪の下に届くことは無く、深雪は気が気でなかったのだ。

 そんな矢先、深桜が一高の制服を装備して、一高に一緒に通うことを伝えるとどうなるか。

 普段の深雪であれば、感極まって涙を流しただろうが、今回の件に関して言えば、怒りと化した。

 翌日以降も続き、挙句の果てには、「あの人は私とは無関係です」などと口走ったほどだ。

 

 深雪の怒りが収まった頃には、深桜と深雪の精神的距離が、物理的距離として現れてしまっていた。

 深雪は深桜と仲直りしたいのだが、二つの距離とすれ違いの日常生活によりその機会を得ることが出来ずにいた。

 そのことに対する不満が募り、ブランシュ日本支部を壊滅させる際に少しやりすぎたりと、色々とあった。

 会話はないとはいえ、最近は家で共に食事をとるようになり、その不満は少し解消されている。

 

 こういった経緯があるということをつい先日達也は深桜に話した。

 その結果、お互いにどのような考えをしていたか等を話し合い、和解に達した。

簡単に言うと、深桜の考えすぎが、結果的に現状の長期化に繋がっていた。

 しかし今までとは違い、深桜は今、達也というスパイ、もとい仲介者を手にすることができた。

 何のかと聞かれれば、深雪との仲直りのである。

 

「んー…。それにしても時の流れは残酷よね。幼いころは私の後ろをねーさまねーさま言いながら引っ付いてたというのに」

 

「……姉上、それは俺ではなく深雪だ」

 

「そうだったかしら?」

 

「あぁ。俺は姉上の後ろをねーたんねーたんと言いながら追っかけていた」

 

「……達也、それは無いわ」

 

「姉上、俺もそう思った」

 

 

 閑話休題

 

 

 気を取り直し、達也の話から先に済ませることにした。

 

「姉上の八月の予定を教えてほしい」

 

「あらやだっ!束縛する気?」

 

 深桜のその返答を達也は予想しておらず、思わず頭を抱えてしまう。

 姉上、と達也が返答を促すと、深桜はあっさりと答える。

 

「八月に予定は入ってないわよ。九校戦を観戦する予定ではあるけどね」

 

「会場まで見に来る予定という事か?」

 

「いや、家でのんびり見ようと考えているわ」

 

「姉上が良ければの話なんだが、会場まで見にこれないか?」

 

「ん?会場まで行った方がいいかしら?」

 

「……深雪の話になるんだが、姉上と仲直りをしたがっているんだ。その為に、九校戦で活躍しようと意気込んでいるんだ」

 

「なんでさ…」

 

 ここにきて、深雪の行動が深桜の予想を超えてきた。

 どうしてその結論に至ったのか深桜は非常に気になるところだが、深雪が仲直りしたがっていると言うのであれば、今すぐ深雪の部屋に突撃したいぐらいである。

こんなことしてる場合じゃねぇと行動を起こそうとするが、それは達也に止められた。

 その理由は、どうせなら張り切っている深雪の実力を見てみたいらしい。

 それはそれで興味が湧いた深桜は、達也の言葉に従うことに決めた。

 

「次は姉上の番だが」

 

「それならもう必要ないわよ。深雪と仲直りできることが分かったから」

 

 この時、達也は深桜が深雪と仲直りしたがっているということを知り、どうして早く行動を起こさなかったんだと少し前の自分を少しだけ恨んでみた。

 それから少しばかり雑談を交わし、達也は自室へと帰って行ったのだが、そこには深雪が待機しており達也は八つ当たりを食らう羽目になった。

 お兄様だけ、お姉様と仲直りしていたなんてずるいとかなんとか。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 全体的に白い少女は真っ白なベッドの上に居て、上半身だけを起こしていた。

 ベッドの側にある窓は開いていて、ひらひらとカーテンが揺らいでいた。

 

 そんな少女とは別に一人、人の姿がそこにはあった。

 男性とも女性ともとれる顔つき、身体つきをしている全体的に中性的な人だった。

 

 白い少女が中性的な人と目を合わせた。

 

「本当によかったのかい?」

 

 何がですか、と少女は答える。

 

「君の思い出を全て消したことさ」

 

 真っ白な少女は黙り込む。

 もう何も覚えていなかった。

 思い出を消す前の少女が、記憶を消した後の少女に宛てて書いた手記を読んで思い出を消す前の自身の事を知っているに過ぎなかった。

 それは、他人の日記を読んでいるのと何も変わらない。

 

「良かったんじゃないかと思いますよ」

 

 白い少女はそう言った。

 他人の日記なのに、そこに書かれていた記録は、とても楽しくて、とても辛いモノだった。

 消した記憶はもう戻ってこないのに、何故だか、思い出を消す選択をした自分の事を理解できたから。

 

「私は、前の私は、ただ世界の人たちと笑い合っていたかったんだと思います。だけど、この身に、魂に宿した力は、世界の人たちにとって脅威で、恐怖の対象でしかなかった。たとえ、彼女に害意がなかったとしても、彼女を取り巻く環境は悲惨で、悲しいモノだったと思いました。それが、どれほどのモノだったのか、私は思い出すことはもう出来ないだろうけど、確かに私はそう思ったんです」

 

 白い少女は、優しそうな、悲しそうな、複雑な表情を浮かべながら、どこか遠くを見つめていた。

 

「貴方はどうして私の思い出を消してくれたんですか?」

 

「どうして、と言われてもね。…君をこの世界に転生させたのは私だったから。普通なら、この様な結末を向かえることはなかったし、私がこうして再び、君の前に現れることもなかった。私がしっかりと見張っていれば、こうはならなかったのかもしれない。再び、君の前に現れた時には、君はもうボロボロだった。取り返しのつかないほどにね」

 

 中性的なその人は、悲しそうに、そして申し訳なさそうに、悲痛な笑みを浮かべていた。

 手違いで、起ったこととは言え、彼女の望みを叶え、彼女の希望に沿うように、彼女が幸せになれるように、と送り出したつもりだった。

 だけど、その結果が今だ。

 

「案外、私はまだ覚えているのかもしれませんね」

 

 中性的なその人は、びっくりしたように真っ白な少女をみる。

 

「なっ…、何を言ってるんだい?君の思い出は私が消したんだ。魂の記憶からも、君の脳細胞からも…」

 

 我ながらつまらないことを言っている、とその人は思う。

 けれど、その人は言った。

 

「……君の思い出は最初からなかったことになったと言ってもいい。君の記憶はもうないと言うのに、一体人間のどこに思い出が残っていると言うんだい?」

 

 なんとなく、この少女の答えは、

 そんな事など、一発で吹き飛ばしてくれるかも、と思ったから。

 

「どこにって、それは決まっていますよ」

 

 真っ白な少女は答える。

 

 

「―――――――心に、じゃないですか?」

 




突然の禁書ネタ。


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九校戦編 Ⅲ

他作品ネタのタグを追加します。


 

全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称、九校戦。

 

 そこには毎年、全国から選りすぐりの魔法科高校生たちが集い、その若きプライドを賭けて栄光と挫折の物語を繰り広げる。

 政府関係者、魔法関係者のみならず、一般企業や海外からも大勢の観客と研究者とスカウトを集める魔法科高校生たちの晴れ舞台。

 

 行われる競技種目は、スピード・シューティング、クラウド・ボール、バトル・ボード、アイス・ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バット、モノリス・コードの六種目となっており、この内、モノリス・コードが団体戦、他五種目が個人戦となっている。

 各種目で上位の成績を収めると、各順位に割り当てられたポイントが各校の総合成績のポイントとして加算され、その合計ポイントで優勝校が決定される。

 そのポイント振り分けは次のようになっている。

 

 スピード・シューティング、バトル・ボード、ミラージ・バットは、一位50ポイント、二位30ポイント、三位20ポイント、四位10ポイント。

 クラウド・ボール、アイス・ピラーズ・ブレイクは、一位~三位は同上、四位~六位は5ポイント。

 そしてモノリス・コードは、一位100ポイント、二位60ポイント、三位40ポイントとなり、新人戦で手に入るポイントはこれらの半分のポイントとなっている。

 

 第一高校は現在、二連覇しており、今年は三連覇確実とまで言われている。

 と言うのも、第一高校の現三年生に、十師族直系である十文字克人、七草真由美の両名に、この二人に匹敵する実力者である渡辺摩利。

 この三人に加え、国際基準でA級ライセンスに相当するほどの実力をもつ生徒が何人も控えているのだ。

 順当にいけば、本戦で獲得するポイントだけで優勝が決まるほどの戦力が揃っていると言えば、分かりやすいだろう。

 

 今年の九校戦は、各校から新人戦選手男女十名ずつ、本戦選手男女十名ずつの計四十名、作戦スタッフは四名、そして技術スタッフは八名が参加できる。

 言わずとも知っているだろうが、新人戦選手として深雪が、技術スタッフとして達也が選出され、深桜は観戦客である。

 

 エリカや美月、幹比古、レオは、深雪や達也たちと同じホテルに宿泊することとなっているが、深桜はつい先日、観戦に行くことが決まったため、同じホテルどころか近場のホテルの予約すら取れなかった。

 それに伴い深桜は、九校戦の会場である富士演習場南東エリアから近くもなく遠くもない場所で宿泊することになった。

 その結果、深桜は深雪が出場する予定の競技の日以外はそのホテルに籠ることに決めた。

 

 元々、達也たちが利用することになっているホテルは九校戦関係者で貸し切りとなっている為、部外者は宿泊する事はできない。

 エリカたち四名が何故同じホテルに泊まれるのかと言うと、エリカの実家である千葉家のコネを使ったからである。

 千葉家は、十師族に次ぐ家柄の家系である百家の中でも本流と呼ばれる家系の一つ。

 そして、自己加速・自己加重魔法を用いた白兵戦技で知られている名門であり、警察及び陸軍の歩兵部隊に所属する魔法師の約半数が教えを受けていると言われており、実践部門に対するコネという面から見れば、十師族以上の権勢を有しているのである。

 エリカはそのコネを使うことで、達也たちと同じホテルに宿泊できるように手配したのであった。

 深桜はエリカたちとは知り合いではないため、深桜の分が用意されていないのは当然の事である。

 

 深桜は達也たち一高メンバーに合わせ、八月一日に宿場入りをしている。

 何と言っても、この行事が行われるのは八月。

 つまり、夏真っ盛りである。

 一方通行の恩恵により暑くはないのだが、視覚から入ってくる熱の情報が、気分的に暑く感じさせられる。

 深雪の出番は八月七日のアイス・ピラーズ・ブレイク(新人戦)なので、一日から数えて六日間の暇ができた。

 競技自体は三日からなので、少なくとも二日間は完全にやることがない。

 

 悩んだ末に、深桜は町に行くことに決めた。

 目的は、服を買うためである。

 軟禁生活が始まってから数年は真夜の「私が母よ」計画の一つである着せ替え人形と化していたが、三年前から自分で服を選ぶようにした。

 その時の真夜の絶望した顔を見たときは、心が揺らぎこのまま着せ替え人形に徹しようかなどと思いもしたが。

 それから、深桜が持つ服の種類が偏って行き、一年経ったころには一方通行リスペクトスタイルである。

 そんな深桜の現状を見た真夜が大いに悲しむ姿を見せ、その様相に深桜は困惑を禁じ得なかった。

 しかし、今となっては真夜がああなったのも何となく深桜も理解できる。

 あれだけ、数多くの服を買い与え、着せ替え、と可愛がった深桜が辿り着いたスタイルが、あれである。

 悲しむのも無理はない。

 

 そんな事もあり、服に気を付けようと深桜は思ったが、いかんせん辿り着いた先が先な事もあり、大いに悩んだ。

 悩みに悩んだ末に浮上した案が、他の世界の服を参考にする、もしくはそのまま持ってくる。

 俗に言う、コスプレである。

 しかし、それは前世においてそう呼ばれるが、この世界においてはそうではない。

 勿論、着る物は選ばなければ、現状と変わりはない。

 今もコスプレもどきをしている事に変わりはない気はするが。

 そんな経緯を経て、二年前程からコスプレの衣服を作るようになった。

 

 目的の服が見つからなければ、生地を買うことも検討に入れておこうか、と考えた所で、生地も買いに行く、に変更した。

 折角なら、あの服でも作るとしようと決めたからだ。

 オティヌスの趣深い服ではないし、堕天使エロメイドではないことは言っておこう。

 作ってないよ?ホントダヨ

 

 

  ◇  ◇

 

 

 アクシデントにより渡辺摩利がバトル・ボードを棄権することとなったが、男女ピラーズ・ブレイクで一位、男子バトル・ボード二位、女子バトル・ボード三位と、第一高校は順調に良い成績を収められている。

 ただ、第三高校が一高サイドの想定以上の成績を収めた為、前日と比べ、両校のポイントは縮まったのが気になるところではあるが、一高の作戦スタッフは何ら問題がないと判断した。

 

 そんな九校戦三日目が終了し、達也と深雪は一高に割り当てられたミーティングルームに呼び出されていた。

 

 何ら問題ないと判断したとはいえ、仮定に仮定を重ねれば、三高に逆転を許すことも考えられる。

 そのことを踏まえ、一高スタッフは念の為、策を講じておくことに決めた。

 そのことについて、達也と深雪は呼び出されたのだ。

 作戦スタッフの一人である市原鈴音と、生徒会長の七草真由美が、先の事をふまえ、そのことについて二人に話す。

 

「それで、深雪さんには摩利の代役として本戦の方のミラージ・バットに出場してもらいます。達也くんは引き続き深雪さんの担当エンジニアとして九日目も会場入りしてもらうことになります」

 

 摩利がアクシデントで肋骨を骨折したため、ミラージ・バットには出場することができなくなった。

 先に言った様に、仮定に仮定を重ねた先で、三高に逆転を許すこととなるが、その大きなポイントとなるのがミラージ・バットであると、一高作戦スタッフは睨んだ。

 

「先輩方の中に一種目にしかエントリーされていない方々がいらっしゃいます。何故わたしが新人戦をキャンセルしてまで代役に選ばれるのでしょうか?」

 

 突然の決定事項を告げられたにしては、深雪の声は落ち着いてた。

 突然の抜擢にも関わらず、舞い上がることもなく淡々と常識的な気遣いと打算に基づく質問を投げ掛ける。

 深雪の言葉に、摩利が驚いたような顔をみせ、克人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「その方が合計ポイントで高得点を見込めるからです」

 

「ミラージ・バットに補欠を用意していなかった。これが最大の理由だな」

 

 その答えは、更に冷静な鈴音により返され、摩利が説得の言葉を重ねる。

 

「空中を飛び回るミラージ・バットにぶっつけ本番で出場しろ、と言うのはいくら本校の代表選手でも酷な話だ。それより、一年生であっても、事前に練習を積んでいる選手の方が見込みがある。それに   

 

 摩利は意図的に「間」をとって告げる。

 

「達也くん。君の妹なら、本選であっても優勝できるだろう?」

 

 しかも、搦め手で攻めてきたが、達也に謙遜する理由はない。

 

「可能です」

 

「お兄様……」

 

 当然のように、と言うより決定事項のようにあっさりと言い切った達也に、摩利はにやりと笑い、克人は一つ頷き、真由美は目を丸くし、鈴音は眉を動かし、そして深雪は信じられないものを見た、と目をひくつかせた。

 ただ、深雪のその様子に気付いた者は一人もいない。

 

「そのように評価してくださってのことなら、俺もエンジニアとして全力を尽くしましょう。深雪、やれるな?」

 

 達也のその言葉に、深雪はそのまま頷くものだとここにいる誰もがそう思った。

 それは、普段の深雪の様相を見ていて、それを踏まえて考えれば、当然のことでもあった。

 だから、深雪の次の言葉は完全に予想外なもので、誰もが絶句した。

 この場に居ない者であっても、今の話の流れで深雪がこの言葉を発すると予想出来る者もいないだろう。

 

「え、いやです」

 

 この返しは達也も想定していなかったものであり、真由美たちと同様に固まってしまう。

 この場にて、余り関りのなかった克人が早々に復帰し、その理由を問う。

 

「……理由を聞かせてもらってもいいか?」

 

 克人のその言葉を聞いて、達也たちは復帰を果たすが、ショックが大きかったためか声は出ない。

 

「はい。お姉様との約束のためです」

 

 深雪の返答で、達也はあることに気が付き、真由美と摩利、鈴音らは深雪に姉が居ることを思い出した。

 何故、このタイミングで深雪と達也の姉が出てくるのかが謎ではあるのだが。

 真由美を始めとする生徒会メンバーと摩利は、司波深桜が深雪と達也の姉であることを書類上知っている。

 入学式直後のごたごたや、一学年で深雪が発した言葉と、そのことについて質問しようとすると深雪が放つ怒気によってうやむやになっていた。

 最近で言えば、記述試験にて上位を司波が占めたことで、ふと思い出した事ぐらいだった。

 

 それ以上に、普段の深雪の達也に対する接し方から達也の事を優先するものだと思い込んでいたため、深桜との約束が優先されたことにも驚かざるを得なかった。

 そのことを知らない克人は、深雪の意気込み具合から納得しかけた。

 だが、真由美がその後を継ぐように深雪を質す。

 万が一のことを考え、深雪にはミラージ・バット本戦で控えておいてほしいからだ。

 

「そ、そうか」

 

「そうか、じゃありません!…深雪さん、えーっと、深桜さんでしたか?確か、深桜さんとは仲が悪いと私は記憶していますが」

 

「……そうですね」

 

 そう、真由美は深桜は二人と仲が悪いと考えていた。

 部外者である自分が口を挟んでいいものでもないとも。

 だから、見て見ぬふりをして過ごしてきた。

 真由美であれば、妹二人にそう言われても関係なしに引っ付いていくもので、深雪と深桜の関係性がよく分からない、ということも大いにある。

 

 そんな真由美は、魔法科高の生徒の晴れ舞台である九校戦、それも三連覇の掛かっているこのタイミングで、姉との約束があるからと拒否されるのが納得いかない。

 

 今の深雪にとって、九校戦を優勝するか否かは二の次である。

 だから深雪は、深桜との約束を教えることにした。

 

「確かにわたしは、無関係の人、とまで言ってしまいお姉様との関係は悪くなりました。お兄様がお姉様からの伝言を持ってきてくれたのです」

 

「伝言?」

 

 この時、達也の背中は冷や汗をかいていた。

 深桜が、一言一句違わずそのまま伝えなさい、と指示した伝言を達也はそのまま伝えたからだ。

 そして、その伝言が今の話に繋がっていることに気が付いた。

 

 

「九校戦の新人戦で大活躍したら、仲直りしてもいい。棄権とかしたら、この話は無し」

 

 仲直りしたがっている深雪からすれば、渡りに船と言ってもいい。

 この言葉をそのまま伝えて、と言われたとき、達也は何の違和感も持たず、そのまま伝えた。

 それどころか、深桜が達也の意思、深雪が今出せる全力を見てみたい、という気持ちを汲んだ言葉だと思っていた。

 だが、今はそれが、深雪の枷となっていた。

 今となって思えば、深桜がこの様な事になると読んでいたと考えると、達也は冷や汗が止まらない。

 

 勿論のことだが、深桜はこうなると妄想した上で、こういった伝言を頼んだ。

 三ヶ月以上、無駄に悩んだことに対し、深桜は何となくムカつく所もあった。

 それで、深雪を困らせてやろう、といった軽い気持ちでこのような仕込みをしたのだが、深桜の予想では、この時には深雪が本戦出場を引き受けると思っていた。

 深桜の中では、深雪はお兄様大好きっ子。

 

「お姉様は、九校戦ではなく、九校戦の新人戦と指定しました。ですから、私は新人戦を降りるわけにはいかないのです」

 

「…本戦で活躍したほうが、仲直りしやすいと思うが」

 

 摩利の反論は正しいと言えるだろう。

 しかし、深雪にとってその選択がどう転ぶか分からないものだった。

 

「お姉様は私と無関係の人、とわたしが発言したその日から、お姉様と家の中でも会うことがなくなり、学校でも接することがなくなりました。最近になって、一緒に食卓を囲むようになりましたが、お姉様が遮音して食事を取るため、会話をすることもありません。そんな中、ようやく、仲直りできる機会が来たのです。これを逃したくないのです。お姉様が、新人戦で、と指定しているのであれば、私は新人戦にでます」

 

 そう語る、深雪の声はどこか、震えていた。

 その震えが、怒りからではなく、恐れや悲しみからきているものであると、この場に居る人たちには感じ取れた。

 置いてけぼりの克人は兎も角として、鈴音や真由美は、深雪の意志を尊重すべきか、と考え始めた。

 

 そんな姉なんぞほっとけ、と言いたい気持ちも少なからず存在しているのだが、深雪の今の表情や雰囲気がその様なことを言うのを阻んでいる。

 

「……姉上と、交渉してきます」

 

 達也は深桜を姉上と呼んでいるのか、と真由美は後日、達也を弄るネタにしようと考える。

 そんな現状を見守っていたように見えた達也は、内心焦っており、この事態を丸く収める為に動く。

 先の伝言を伝えたのが達也自身である以上、先ほどの発言は、深雪に対し深桜と仲直りするな、と言っているようなものである。

 この後に、深雪からのお仕置きという名の魔法が放たれるのも想像に難くない。

 

 達也は真由美たちから了承をもらい、深桜に連絡をとった。

 通話先で、深桜が驚きを隠せない様子だったが、達也に丸投げする形で話は収まった。

 達也は、深桜の驚きが、こうなる事を読んであの伝言をした訳ではなかったと勘違いしたのだが、実際はこんなことになるとは思ってなかったことからきた驚愕だったのだが、達也が知ることはない。

 

 丸投げされたこともあり、達也は深雪を本戦に出場させるため、深雪に何て伝えるべきか、考える。

 元はと言えば自分が言い出したことであるから丸投げされても無理はないと、達也は思いながら、深桜が言いそうで、深雪にやる気を出させるような言葉を思いつき、ミーティングルームに戻る。

 すると、深雪から声を掛けてきた。

 お姉様は何と言っていましたか、と。

 達也は、一度真由美たちを見てから深雪に嘘の伝言を告げた。

 

「本戦で活躍するのであれば、優勝しなさい。アイス・ピラーズ・ブレイクの成績は大目に見る」

 

 本来の深桜はこんなに高圧的ではないのだが、達也からすると、そう感じるほどに、圧を感じている。

 

 その言葉を聞いた摩利は、何様なんだ、と思いはすれど口には出さなかった。

 真由美たちは、そこまで怒っているのか、とも思ったが、口は挟まないことにした。

 先程の約束と比べ、今回表示された条件は明確になっていると言ってもいいというもので、深雪が本戦に出場してくれる可能性が大きくなるからだ。

 

 その言葉を聞いた深雪は、分かりました、と言い、真由美たちに謝罪の言葉を告げた後にこう続けた。

 

 

   本戦に出場させてもらえますか

 

 

  ◇  ◇

 

 

 一日から三日までの三日間、深桜は服を探して歩き回った。

 服を作り終えた頃に、達也からあのような内容の電話が掛かってくるとは思いもしなったが、深桜が思っていた以上に、深雪が深桜の事を大切に思ってくれていると知れて喜しかった。

 

 それはさておき、結果から言うと、目的の服は見つからなかった。

 余りにも前時代過ぎたのか、ダサすぎたのか、寧ろ先進的すぎたのか、世界が違う弊害かは知らないが、「Welcome ♥ Hell」のTシャツは見つからなかった。

 

 ヘカーティアは激怒した。必ず、かのヘカTを広めなければならぬと決意した。

 

 などという、ふざけた展開にはならないが、今の話で大体察することができただろう。

 今回、参考にした世界が東方projectの世界であることを。

 季節が夏ということから、深桜が連想したのが、東方projectの太陽の畑だった。

 そこは、夏になると一面に向日葵が咲き誇る場所である。

 そこに住まう風見幽香という妖怪が赤目という事を思い出し、赤目繋がりで彼女を参考に、もとい、そのままいただくことにした。

 白のカッターシャツとチェックが入った赤のロングスカート、その上から同じくチェック柄のベストを羽織り、首元に黄色のリボン。

 ちょうどいい感じなので、日傘は真夜から買ってもらった物を使うことにした。

 

 つまり、これとは別にあるのだが、こちらは売っているはずのない物だったので、生地を買ってきたのだ。

 その服を作るため、スクリーンで九校戦を観戦しながら、服を作っていた。

 それにより、暇な時間が少しだけ減少した。

 余った時間は、異能を魔法に落とし込んでみようとしたり、九校戦で使われた魔法を自分が使うならどう使うか、他の世界の能力を魔法で再現できないかなどといった事を考える時間として使っていた。

 

 勿論のことだが、CADに関するさすおに要素は傍からでは全く分からなかった。

 そのことに少しばかり落ち込んだが、達也のような目やキルリアン・フィルター(サイオン濃度と活性度を可視化する為のレンズフィルター)等で観測できなければ、その凄さを知ることはできないだろう。

 もしくはCAD調整をしている場に居合わせないと見れない気がする。

 

 そんなこんなで、八月七日になった。

 深桜は気合は入れないが、せっかくなので製作したこの衣服を着て会場に向かうことに決めた。

 アイス・ピラーズ・ブレイクの予選の日であり、深雪の全力を垣間見ることができると期待しながら。

 

 

 



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九校戦編 Ⅳ

 八月六日、大会四日目に当たるこの日から九校戦本戦は一旦休みとなり、一年生のみで争う新人戦が五日間に渡り繰り広げられる。

 その新人戦も一日目が終わり、時計は既に二十四時を回っていた。

 達也はその時間になり、部屋に戻り休むことにした。

 

 七月十四日の夜、達也は自身が所属している陸軍一〇一旅団・独立魔装大隊隊長・風間玄信少佐から「サード・アイ」のソフトウェアのアップデートと、性能テストを行うという旨の業務連絡を受けた後、ある警告を受けていた。

 九校戦の会場となる富士演習場南東エリアに不正な侵入者の痕跡が見つかり、時期的に見て九校戦を狙ったものであるということ。

 さらに、近辺にて国際犯罪シンジゲートの構成員らしき東アジア人の姿が見られるようになり、信頼できる情報筋から得られた情報では、香港系の犯罪シンジゲート「無頭竜(No Head Dragon)」であるということ。

 

 そういった情報を得ることが出来ていたが、奴らが起こしたと思わしき事は起こる。

 一つは大会が始まる前日に、侵入者が居た。

 これは、幹比古の機転により達也が駆けつけた時には鎮圧されていた。

 もう一つは八月三日に起こった、摩利が巻き込まれた事故。

 これは解決には至ってはいないが、達也たち一高メンバーは外部工作者の犯行であると睨んでおり、今も事の解決に向けて調べている。

 

 それ以来何も起こっていないが、達也としては気を抜くことは許されない。

 達也の推測では、「敵」がCADに細工を仕掛けるとみており、それは競技の直前であると考えている。

 夜のうちにCADに妨害工作を行う可能性は低いと考えられるが、念には念を入れて、システム的に厳重にロックし、保管庫に入れて三重に施錠し、達也は作業車両を後にしたのだった。

 

 部屋の前まで辿り着いたとき、達也は自分の部屋から人の気配が漏れてくるのを感じた。

 達也のルームメイトは機材なのだが、達也は迷わずキーを開けて中に入る。

 達也の部屋に無断で入る人など一人以外に心当たりはない。

 

 いつもと違う、少し厳しい声で、先手を打って叱りつける様なことはしない。

 睡眠不足は集中力を低下させ、予期せぬミスを誘発する可能性が高くなることぐらいは深雪は知っている。

 今の深雪の優先度は、この大会で活躍し深桜と仲直りすることに重きを置いている。

 そんな深雪が部屋に来て待っているというのは、何か理由があるはず。

 そう思い、達也は深雪に用件を促した。

 

「雫に聞きました。お兄様、『インデックス』にお名前を連ねる名誉を断られたそうですね」

 

「正式に、ではないがな」

 

「正式のお話があっても、お断りになるおつもりでしょう?」

 

「ああ」

 

 しかし、達也の予想は外れ、達也自身に関する話題であった。

 

 国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス。

 国立魔法大学が作成している魔法の百科事典、魔法の固有名称の一覧表のことであり、決して某シスターのことではない。

 ここに採用されるということは、大学が認めた新種魔法として独立した見出しが付けられることを意味し、魔法開発に携わる国内の研究者にとって、一つの目標とされる名誉。

 今回達也は、能動空中機雷という魔法を、スピード・シューティングに出場する雫に授け、雫がそれを使い優勝した。

 それが今回の件に発展したのだが、今の達也としてはあまり喜べないものであった。

 

 インデックスに登録する際、新魔法の開発者には大学の資料を利用する上で様々な特権が与えらる関係で、その身元を詳細に調べられる。

 その調査能力は、そこらの報道機関などとは比べものにならないほどに高く、軍の諜報機関に匹敵するとも言われている。

 身元を秘匿している達也たちからすれば、四葉との繋がりを知られることは好ましいモノではない。

 ましてや、四葉の日陰者たるガーディアンである達也が脚光を浴びるのを、あの真夜が容認するはずがない。

 今までの達也に対する仕打ちから、二人が、達也がそのような結論に達するのも無理はなかった。

 それゆえに。

 

「今はまだ、力が足りない。一対一なら『夜の女王』四葉真夜を倒すことも可能だろう。俺の『分解』は叔母上の「夜」に対して相性の良い魔法だからね」

 

 しかし、真夜を倒しても四葉を屈服させることはできず、それどころか更に性質の悪い操り手が姿を見せる様になり、何も解決しないと、達也は自分に言い聞かせるように、深雪に言い聞かせた。

 深雪は泣き出しそうな顔を浮かべながら下を向き堪えていた。

 

「……わたしは味方ですから」

 

「深雪……」

 

「わたしはいつまでもお兄様の味方ですから。……たとえ、お姉様と敵対することになったとしても」

 

 深雪はそう言いながら、達也の顔を見上げていた。

 その表情は、決して決意の決まったものではなく、先程以上に泣き出しそうな顔を浮かべ、堪えきれず、達也の胸元にしがみつき、泣き出してしまった。

 

 達也は深雪の宣言ともとれる言葉に驚いていたが、今、泣き出してしまった深雪が落ち着くまで好きにさせよう、と泣き止むまで手を深雪の背中に回した。

 

 深雪の事を思いながら、達也は先の深雪の言葉を思い出していた。

 姉上と敵対という言葉を使えるほどに、深雪はその覚悟を決めているのだろう。

 そんな時が来るとは達也は思いたくもないが、もし敵対したときの為に、姉上について分かっている事を話しておこうと、心に決めた。

 

 そしてお互いの情報を共有しておこうと。

 

 

  ◇  ◇

 

 

   アイス・ピラーズ・ブレイク

 自陣、敵陣ともに十二メートル四方に設置された十二本の氷柱を巡り、純粋な魔法力で競い合う競技である。

 先に敵陣に設置されている十二本の氷柱を倒す、もしくは破壊した方の勝利である。

 先の通り、純粋な魔法力で競う競技のため、身体をあまり動かす必要がないことから、この競技に参加する選手のユニフォームは自由となっている。

 自由と言っても規制はあり、「公序良俗に反しないこと」というものがある。

 このことから、女子のアイス・ピラーズ・ブレイクはファッション・ショーと呼ばれている。

 

 そんなファッション・ショー会場、もとい、ピラーズ・ブレイク会場に深桜は入場していた。

 勿論のことではあるが、観客としてであり、決して選手やスタッフなどではない。

 

「んー…没ね」

 

 そんな深桜はと言うと、ピラーズ・ブレイクに出場している選手たちの魔法演算領域を漁っていた。

 

 魔法師の精神領域に存在する魔法演算領域を、何故観ることが出来るのかと言えば、やはり異能が関係してくる。

 本来であれば、この世界では全くの使い物にならない能力であった。

 その為、少しばかり弄ってもらい、使えるようにしてもらった能力。

 

  能力追跡(AIMストーカー)

 

 一度記録したAIM拡散力場の持ち主を、たとえ太陽系の外に出ていたとしても検索・捕捉することができる探索用の能力。

 また、対象者のAIM拡散力場や自分だけの現実(パーソナルリアリティ)に干渉することが可能であり、対象者の能力を暴走させたり、発動をキャンセルさせたりと攻撃としても扱える優れもの。

 全力でやれば、相手の能力を乗っ取ることもできるとも言われている能力である。

 

 他にも幾らかあるが、ここで重要なのは、この世界にAIM拡散力場も自分だけの現実(パーソナルリアリティ)も存在しない。

 そして、これがこの能力で弄ってもらった点である。

 

 AIM拡散力場ではなく、魔法演算領域を記録、検索、捕捉、干渉できるようにしてもらった。

 

 正直な所、心理掌握以上に隠しておいた方が良い能力であると判断できるが、深桜にその策を取る気はない。

 能力…、とは違うが、一つ貰っていたものがあり、それが関係してくる。

 

  ミサカネットワーク

 

 妹達の電気操作能力を利用して作られた脳波リンク。

 テレパシーを送ったり、記憶のバックアップを取ったり、巨大な並列コンピュータであったり、第一位の演算補助を行ったりする代物である。

 

 能力では、確かに無い。

 

 ミサカ一人一人の能力を欠陥電気とし、妹達の能力をミサカネットワークと見なすことにより、異能の一部として無理やり詰め込んでもらったという経緯が存在する。

 正直な所、深桜としては記憶のバックアップを取ったり、読み取りを行えたりとする領域が欲しかっただけであった。

 

 深桜がこの領域を欲したのは、自分の脳に、前世の記憶・異能の数々とその演算式等々を埋め込まれるのを避けたかったと言うのもあるが、使用する異能を切り替え式にしたかったというのもある。

 

 例えば、食蜂操祈、彼女は自身の能力を把握するためにリモコンを使うことで能力を把握している。

 

 例えば、結標淡希、彼女は自由度の高い能力に基準をつけるために、軍用懐中電灯を軽く振るう。

 

 これらとは違うが、複数の能力を一人で扱う多才能力などと、一つの能力を取ったとしてもその幅は広いものがあり、異能をすべて把握して使い分けるというのは非常に手間がかかると、深桜は考えた。

 そこで、能力を切り替え式にし、自身が扱える能力を制限しようと考えたのだった。

 深桜自身でルール決めをし、原則的に使う能力は一つだけ、LEVEL3以下に分類されている能力は纏めて多才能力として扱う、などと色々と定め、それに従い能力を扱っている。

 異能の演算領域に存在する演算式はその時使用している能力のみであり、それ以外は、ミサカネットワーク(ミサカはミサカは…)にのみ存在するという形をとっている。

 

 その結果、ミサカネットワーク(テレパス相手募集)は、異能の保管庫として主に機能している。

 

 また、巨大な並列コンピュータに至っては、魔法式の演算やら、異能の演算補助やらと出来、そのため、ミサカネットワーク(構成人数一人)は、第三の演算領域とも呼べる代物と化している。

 

 そして、先の二つの能力が組み合わさることで何が起こったか、と言えば簡単な事だった。

 

 

 疑似・禁書目録の作成が可能となったのだ。

 

 消えることのない記憶領域が存在し、魔法演算領域を観ることができる能力があり、そして、学園都市の能力を扱うだけの脳が存在している。

 

 ここまできたらお判りであろう。

 

 深桜は、他者の魔法演算領域をのぞき見、起動式、魔法式を記憶し、整理し、保存する。

 

 どこぞの腹ペコシスターの完成であった。嘘である。

 

 これにより、ミサカネットワークの領域はもはや疑似・禁書目録と呼ぶべき代物と言っても差し支えないものになった。

 他の禁書目録との違いと言えば、巨大な並列コンピュータが内蔵されているということぐらいである。

 

 次いで言うなれば、魔法とは別に異能が格納されていることぐらいか。

 

 

 そんなわけで、今、深桜はコスプレしながら、ピラーズ・ブレイクで使用されている魔法を、起動式・魔法式を記録していた。

 当然ながら、深桜にとって使い物にならないもの、既に収録しているものであったりと、詰まらないモノではあったが。

 

 といっても、先程まで行われていたのは第四試合。

 

 これから始まるは、第五試合。

 

 そして今、深桜がいるのは第一高校の天幕。

 

「いよいよ北山の出番か」

 

「今度は普通のCADみたいね」

 

「かわいいわね…あの振袖。今度振袖も調達しようかしら」

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクの試合会場が映し出された大型のモニターに首ったけになっている真由美と摩利に連れられ、深桜は第一高校の天幕まで連行されていたのだ。

 

 今日のお目当ての一つである雫の振袖姿を観れたので、この試合に興味など既に無くなった深桜は、モニターに釘付けになっている二人からそっと離れる。

 ここにつれてきた張本人たる二人が雫の試合、もしくは達也の策略に夢中になっているうちにこの場を離れておくことに決めていた。

 

 深桜が向かう先は、天幕から離れた場所などではなく、鈴音の所である。

 このままここから離れる、という選択もありはしたが、ここに深桜を連れてきた二人の行動を制限するためにこの場に残る事にした。

 

 第五試合が始まった時、鈴音は真由美と摩利を試合結果を纏める仕事に連れ戻そうと、これ見よがしにため息をついていた。

 しかし、全くといって相手にされず、一人で作業に戻って行ったのだった。

 ただでさえ、作業を一人に押し付けていると言うのに、再び、深桜さんを探してくる、などという理由でこの場から消えて行かれるとあまりにも不憫すぎた。

 

 そんなわけで、深桜は鈴音のボッチを解消するために、鈴音の仕事を手伝う…こともなく、ただただ作業している鈴音を正面から眺めていた。

 

 見つめられている鈴音としてはたまったものではなく、更には目の前にある試合結果のまとめ作業が思うように進まず、難航していた。

 

「……見ているのであれば手伝ってくれませんか?」

 

 先日判明した、というよりは前から大体薄々分かっていたことではあったが、深雪と達也の口からきちんと告げられた事実もある。

 

 あの二人の姉である深桜の能力が少なくともあの兄妹に匹敵するだろうと。

 

 だからこうして、手伝いを頼んでみたのだが。

 

「只の一生徒の手を借りたいほどに切羽詰まっている様に見えませんでしたから…。ほら、二人ほど試合観戦しているではないですか」

 

 鈴音はその言葉に対し思わず作業を止めてしまう。

 確かに、モニターの前から微動だにしない作業員が二人いた。

 

「それに、私を試合会場からここまで連れてくる余裕すらありますし」

 

 確かに、モニターに深桜が映ったからと作業を中断し深桜を捕まえてきた作業員が二人いた。

 

 それは傍から見れば、一高の運営は余裕があるように見えるだろう。

 そこまで鈴音は考えたところで、鈴音は両手で頭を抱え、思考する。

 

 そして鈴音は一つの結論に達した。

 

「深桜さん、この作業の手伝いをお願いします。正直な所、あの二人に期待できませんので」

 

「……もう少しだけあの二人のために頑張ってほしかったわ」

 

「無茶を言わないで下さい」

 

 あっさり見捨てられてしまった真由美と摩利を不憫に思いはしたが、鈴音の現状を鑑みると自業自得かな、と思い直し、深桜は鈴音に指示を仰ぎながら作業を手伝い始めたのだった。

 

 

  ◇  ◇

 

 

「うんうん!ピラーズ・ブレイクも順当に勝ち上がれそうね!」

 

 サボり魔の一人である真由美が、新人戦においても順当な成績を収められることを見込みながら一高の天幕に帰ってくると、大会本部から送られてくる書類のまとめ上げに奔走している鈴音と深桜の姿…はなく、コーヒー片手に談笑する二人組の姿が真由美の目に映った。

 

「え……」

 

 てっきり鈴音が作業を進めてくれていると思い込んでいた真由美は、目の前に広がる光景が信じられず言葉を失ってしまった。

 この試合の間、一切進んでいない作業を再開しなければならないのか、と真由美は想定していた予定を変更しないといけない、と絶望した。

 

「ふっ」

 

 その様子を隣で見ていた摩利は軽く吹き出していたが。

 

 ここで反省して作業に取り込んでくれればよかったが、当然ながら真由美がそうすることはなく。

 

「ちょ、ちょっと鈴ちゃん!な、なんで鈴ちゃんまでサボってるの?」

 

「会長は何を言っておられるのでしょうか」

 

 鈴音は真由美のその言動に珍しく目を丸くし、深桜と顔を見合わせた後そう返した。

 鈴音の目は、今まで見た覚えのないほどに冷え切っていたが、無意識のうちに真由美はその目から目を逸らす。

 

 鈴音の言葉に対し、真由美はきょとん、とした顔をしながらその言葉の真意を測る。

 

 しかし、全く分からなかった真由美は、鈴音と楽しそうに話していた深桜に目を付けた。

 

「あっ、深桜さん!」

 

「何かしら?」

 

 深桜は微笑みながら、真由美に返事する。

 その様子から真由美は、深桜がこちらに合わせてくれている、と勘違いしてしまった。

 

 そこから真由美は深桜との話に持ち込み、現状から意識を逸らそうと思い立ち、行動に移そうとしたが、それを読んでいたかのタイミングで深桜がわざとらしく掌を叩いた。

 

「そうですね。私とのお話をする前にこちらの試合結果を整理して下さい」

 

 勘違いが加速することはなく、早々に正された。

 

 深桜は最初から鈴音の味方であり、こちらに手を貸す気はないのだと、真由美は悟った。

 だが、真由美にとって現状から目を逸らす道はそこしか残されておらず、どうにか茶化してその道へ押し通ろうと策を練る。

 

 その為に、真由美は出方を考えようと、深桜の顔を見た。

 

 見てしまった。

 

 深桜は優し気に微笑んでいた。

 一見すると、自分の事を気遣ってくれている笑みだと思えたが、人を見る眼に自信のある真由美の目は捉えてしまった。

 

 達也や深雪の面影をどことなく感じる微笑みでありながら、その目が一切笑っていないことを。

 

 その目を見た真由美は思わず固まってしまうが、気のせいだ、と思いながら真由美は行動に移った。

 

「それなら大丈夫よ「会長さん?」

 

 真由美の言葉は深桜のその言葉で、強制的に打ち止めされるも、真由美は気を持ち直しもう一度。

 

「それ「会長さん?」

 

 ここに来て、ようやく真由美は気付いた。

 深桜の微笑みは変わっていないが、その目が、眼光が鋭くなっていることに。

 

 それでも真由美は年下の子に負けるわけにはいかない、などと云う、この場にて謎なプライドを発揮し再度行動に移そうとするも、それは深桜が許さない。

 

「会長さん?」

 

 真由美の視線の片隅で、鈴音が口を押えながら笑いをこらえている様子が見えてはいるが、その逃げ道に行くことを許さないとでも言うように、深桜の視線から真由美は目を逸らすことが出来ずにいる。

 

「会長さん?返事は?」

 

「ハイ」

 

 どうしてこうなったのかしら、と真由美は思いながら言われた通りに作業に戻る。

 

 その一部始終を間近で見ていた摩利はと言うと、鈴音側に潜り込みサボろうとコーヒーを入れに行く。

 

「風紀委員長さん?あなたもですよ?」

 

 しかしそれが叶うはずもなく、摩利は渋々と、ではあったが苦手な情報処理の作業に戻っていくのであった。

 

 



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九校戦編 Ⅴ

 

 

 北山雫の一回戦が行われる試合が始まる少し前。

 

 一般の観客席ではなく、選手・スタッフ用の観客席で試合が始まるのを待っていた深雪の目に信じられないものが映り込み、驚きで目を大きく見開いた。

 深雪の視線が向かう先は、一般の観客席の一角で話をしている一人の女性。

 その話し相手となっている二人の女性は深雪がよく知っている顔であった。

 

 しかし、今の深雪としてはそれはどうでも良い事であった。

 

 重要なのは、自分の視線が捉えてやまないかの白髪の女性。

 その装いこそ深雪は目にしたことはないが、それ以上に彼女がここに居る事が信じられなかった。

 今の深雪は彼女を求めてしょうがない状態である。

 

「……お姉様」

 

 だからこうして彼女を、深桜を呼ぶのも無理はない。

 たとえ、深雪の動向を不審に思い、気遣っている友達の姿が傍にあったといても。

 

 傍にいるほのかは、と言えば、深雪の視線の先に誰が居るのかというのも把握している。

 

 自分が通っている高校の生徒会長と風紀委員長、そして、定期試験から鑑みるに選手としてではなくとも、スタッフとして参加していてもおかしくはない司波深桜。

 深雪のその言葉から姉と呼ばれる可能性がある人物はただ一人。

 

「深雪…、司波深桜さんって深雪のお姉さんなの?」

 

「あっ……」

 

 いつも深雪や達也の近くにいるほのかからすれば、深桜が深雪たちの縁者であることぐらいはさすがに気付く。

 気が付きはするが、深桜と二人の距離感が異常に遠く、何とも云えず、形状なのか本当の事なのか分からないまま、時は過ぎていた。

 

 しかし、ここでようやく、深桜と深雪の関係性がはっきりしたことがほのかにとって僥倖だった。

 

 隣で、あっ、えっと、その、等と色々と言いながら慌てふためいている深雪の様子から見ると、最近の深雪の様子がおかしい理由が分かったからだ。

 

「あー…、深雪?一応言っておくけど、雫たちも何となく気付いていると思うよ?名前とかもそうだけど、流石に定期試験であの成績を叩き出したお姉さんが深雪と達也さんと何の関係性も無いなんて信じられないし、それ以上に無関係な方があり得ない」

 

「…それもそうね」

 

 だったら早く言ってほしかった…と深雪が心の中で愚痴を言っていると、深桜が立ち上がり真由美たちと移動を開始した。

 

「どこにいくのかしら」

 

「生徒会長さんと一緒にいるから大丈夫なんじゃないかな」

 

 その光景を眺めながめていると、前日の出来事が深雪の頭によぎる。

 あの三人が一緒にいる理由など、それしか思いつかない。

 

 それ以上に、深雪は自分を差し置いて他の人が隣にいる事に腹を立てた。

 

「み、深雪?」

 

 最近の深雪が張り詰めていて、以前より近寄りがたくなっていることは周知の事実であった。

 だが、ここにきて、突然機嫌を損ねたと来たら、ほのかからすればたまったものではない。

 

 あまりにも突然すぎて理由が分からないほのかはこの場から雫のいる場所まで逃げたくなっていた。

 しかし、今の深雪をこのままにしておくわけにもいかないわけで。

 

 ほのかは深雪の放つ圧に僅かに震える身体を己の腕で抱きながら、こうなった理由を考える。

 それは少し考えれば分かることであり、ほのかは自分が震えていたことがバカバカしくなるのは異常に早かった。

 

 未だに圧を強めていく深雪に、ほのかは呆れながら声を掛けようとしたが、それは叶わなず。

 

「ねぇ、ほのか。あの二人どうしてくれようかしら」

 

「深雪は何を言っているのかな!?」

 

 嫉妬で腹を立てていると気付いたほのかは、深雪の言葉に理解が追い付かない。

 

「お兄様だけで飽き足らず、お姉様にまで手を出したのよ?わたしにはあの二人をどうこうする権利があるわ」

 

「私からしたら深雪が何を言っているのか分からない!」

 

 訂正。理解できない。

 

「あまつさえ、このタイミングで事を起こしたのよ?このまま凍らせても良いのでは?」

 

「お願い、深雪!帰ってきて!」

 

 ほのかは深雪の言葉が理解できずにいるが、深雪を元の状態に戻さなくてはならないことだけは分かる。

 

 深雪の魔法力が真由美たちを凌ぐかまでは、ほのかには分からないがこのままでは、氷像が最低でも二つできるのは目に見えた。

 

 大会出発日に、達也がバスの外で待っていた件については、雫が機転を利かし正常に戻せた。

 だが、この場に雫はいない。

 

 それどころか、深桜と接点が全くと言っていいほどになく、なんて声を掛ければいいのかも思いつかない。

 

 ほのかにとって手詰まりの状態と言っても差し支えなかった。

 しかしそこに来て天啓が下りる。

 

 達也に連絡しよう、と。

 

 ほのかが取れる最後の手、そして最善手とも呼べるもの。

 ただ、達也にとってそれは悪手でしかないが、ほのかにそれを知る術があるはずがない。

 

 深桜がここに来ている、ということを達也が知らないわけがないと、深雪は思っている。

 事実その通りで、何一つ誤りはない。

 

 感情が高ぶっている深雪と、一旦落ち着いた後の深雪、どちらがいいかと言えば、明らかに後者である。

 

 達也にとって予期せぬことであるが、黙っていた故に起きた事の為致し方ない部分もある。

 八つ当たりで「再生」を使うことになるのは、未だに解せないが。

 

 この場に居ないながらも、危機的状況に陥っている達也である。

 

「ほのか。わたし、少しお話してきます」

 

 深雪がついに行動に移ろうとしたため、ほのかは急いで携帯端末を取り出し達也に連絡を取ろうと焦りながらも行動に移ろうとした所で止めた。

 

 深雪が席から立つのを止め、高ぶった感情を抑え、正常な深雪に戻っていたからだ。

 

 何事かと、ほのかは深雪の視線の先をたどるとその理由が判明した。

 

 

  深桜がこちらを見ている

 

 

 一度たりとも、こちらを見ていないはずなのに、さも当然とでも言うように、深雪の視線を確りと捉えた深桜の姿そこにはあった。

 やさしげに微笑みながら深雪を見つめている様にすらほのかは感じた。

 

 深桜からすれば、よく分からないけど妹から向けられ続けていた熱視線に対し微笑み返しているだけである。

 真由美らと出会ってから感じていた熱視線が、まさか妹のモノで、自分に向けられているとは思いもしなかったが。

 深桜はてっきり真由美に向けられているモノだと勘違いしていた。

 なんだかんだ言われてはいるが、真由美の容姿は優れていることも鑑みて深桜はそう思い込んでいた。

 

 何となく視線を感じる先に目を向ければ、深雪が居た。

 

 深桜にとってそれは少し可笑しいものであり、微笑みがいつも以上に優しくなっているのだが、本人が知る由もなく、そのまま深雪と視線を交わしていた。

 

 しかし、その時間は短いモノであり、声は出さないが、深桜は口を動かし深雪に何かを伝え、真由美たちの背を追い、再び移動した。

 

 

  頑張りなさい 応援しているから

 

 

「ねぇ、深雪。お姉さんは何て言ってたの?」

 

 ほのかは読唇術などできるはずもなく、恐らく分かったであろう深雪に何て言っていたのか聞いてみる。

 先程までの緊迫していた状況とは一転してはいるが、ほのかとしては深桜の言葉に興味があった。

 興味本位で聞いたのだが、深雪の様子を見てほのかは思わず固まってしまう。

 

 深雪は俯き肩を震わしていた。

 

 先程までとは違う緊張感がほのかを襲う。

 

「その、深雪?そんなに酷い事を言われたの?大丈夫?」

 

「……いいえ、ほのか。そのようなことは一言も言っていないわ。心配してくれてありがとう」

 

 ほのかの心配をよそに、深雪のその声は非常に喜びに満ちたモノであった。

 予想と違った深雪の様相に安堵しながら深雪の顔を見てみると、ほのかは目を見張った。

 

 異常をきたす前の深雪に戻ったと思っていたが、より一層、気合を入れ試合会場を見つめる姿がそこにはあった。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 昼食時間を挟んだ後、第一回戦、最終試合がいよいよ始まろうとしている。

 

 真由美と摩利が作業に復帰した後、深桜はそのまま作業を手伝い続け、昼食を共にした後連絡先を交わし、一般客用の観覧席に戻っていた。

 

 何やらそのまま深桜を連れて深雪の応援に行こうとしていたようだったが、他人がそこに介入するのは野暮というものであり、笑顔で遠慮させて頂いた。

 嗜虐心を刺激するような震え方を見せてくれた真由美は可愛かったな…などと深桜が考えていると、深雪がステージに姿を現した。

 登場に合わせ会場が大きくどよめいたのは、深雪を見ればそれとなく分かる。

 

 深雪の衣装は、白の単衣に緋色の女袴と、いわゆる巫女姿。

 

 その装いが、深雪の美貌と合わさることで、神々しいとすら感じられるほどである。

 

「ふふっ。面白いことになってるわね」

 

 深桜は決して深雪の相手選手が深雪の容姿やその佇まいに完全に呑まれてしまっていることを笑ったわけでも、面白がっているわけではない。

 

 今の深雪の内面、精神状態を、深桜は面白いと評している。

 

 深雪は気合を入れすぎると、無意識に魔法を発動してしまうという悪癖があり、それは深雪も自覚していることである。

 そんな深雪は気合を入れるのではなく、ひたすら自分を押さえつけ試合開始の合図を待っている。

 

 そこが評した部分に関係してくる。

 

 深雪は自覚していてなお気合を入れて試合に臨もうとしている。

 深桜が応援に来ていることを知ったことなどが少なからず影響している部分もある。

 溢れんばかりに湧き出てくる闘志を押さえつけようと必死になっている。

 

 競技である以上、フライングは以ての外であり、重大なルール違反である。

 

 だからこそ、深雪の内心は自分を押さえつけるために躍起になっていた。

 失格にならない様に。

 

 深雪のこの状態は深桜の姿を確認した時から続いている。

 たった数時間の間に、深雪は今の自分が制御できる魔法力の上限を増加させているのだ。

 今もなおほんの僅かではあるが増えている。

 

 これを深桜は面白いと、思わずにはいられなかった。

 今年の九校戦が終わる頃の、深雪がどれほどの魔法制御を行えるようになっているのか、考えれば考えるほど楽しみでしかない。

 

 そんな深雪の状態を達也は憂いていると思うとそれはそれで面白い、などと考えていたら、フィールドの両サイドに立つポールに赤い光が灯っていることに気付く。

 

 深雪が閉じていた目を開け、敵陣をまっすぐと見つめている。

 

 ライトの色が黄色になり、そして青に変わった瞬間、強烈なサイオンの光がフィールド全体を覆った。

 

 そしてフィールドは、二つの地獄模様を描く。

 

 極寒の冷気に覆われた厳冬を超えた凍原の地獄。

 熱波に陽炎が揺らぐ酷暑を超えた焦熱の地獄。

 

 言うまでもなく、凍原と化しているのが深雪の陣地であり、焦熱と化しているのが相手陣地である。

 

 当然、相手選手は冷却魔法を必死に編んでいるのだが、全くと言っていい程効果は無く依然として氷柱は溶けている。

 

 ほどなくして、凍原の地獄は氷の霧に覆われ、焦熱の地獄は昇華の蒸気に覆われ始める。

 

 気温の上昇と低下は依然として続いていたが、不意に、気温の上昇が止まった。

 

 次の瞬間、相手陣地の中央から衝撃波が広がった。

 空気の圧縮と解放。

 

 深雪が魔法を切り替えたのだった。

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクの氷柱は急冷凍で作られたものであり、内部に多く気泡を含んだ粗悪な氷。

 摂氏が二〇〇℃を超えるほどまで上昇した気温に熱せられた気泡が膨張し、熱で緩んだ氷柱はひび割れを起こしていた。

 

 そんな脆弱になっていた氷柱が耐えきれるはずもなく、相手陣地の氷柱はひとたまりもなく崩れ落ちた。

 

「……これは酷いわね」

 

 深桜がそう呟くほどに、今の試合は一方的であった。

 しかし、その呟きは会場を包んでいる歓声でかき消され誰一人として耳にすることは無かった

 

 

 中規模エリア用振動系魔法『氷炎地獄』

 

 時折、魔法師ライセンス試験にてA級ライセンス受験者用の課題として出されるほどの高難度の魔法。

 深雪にとってそれは当たり前に使える魔法でしかないが、多くの魔法師はなかなか成功させることができない。

 

 

 使用する魔法により自身の魔法技量を見せつけるだけでなく、相手の抵抗を一切受け付けないほどの実力差を見せつけ完全勝利を収める。

 

 そして、まだ全力を出していないのだから恐れ入る。

 誓約を解かない限り、全力を見ることはできないが、現状ですらこれだけの技量を持っていると言うことは分かる。

 更にこれ以上の試合を決勝で見れると思うと、楽しみで仕方がない。

 

 今日のうちにあと一試合あるが、深桜は一足先に帰ることにした。

 

 正直な所、今日はもう見どころは無いと言ってもいい。

 二試合目と、明日の午前中に行われる三試合目は、今の試合と同じことの繰り返しとなるのは目に見えている。

 

 そこに深桜が求めるものはこれ以上無いということもあったが、元より、真夜が今日連絡を入れると伝え聞いていたので、早めに帰って待機しておかなければならないということが一番大きかった。

 

 そういったこともあり、深桜は急ぎ目に帰路についたのであった。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 ホテルに帰ってきた深桜は、まず先に秘匿連絡用の端末を起動した。

 学園都市の技術を流用して深桜が作り上げた通信機器であり、その秘匿性は四葉の秘匿通信技術の上を行く代物である。

 そのため、真夜がこの技術を欲したが、それが真夜の手に渡ることはなかった。

 というよりは、手に渡る前に東京に出てきただけである。

 

 不在着信やメールが無数に届いている、などということは無く、深桜はほっと一安心した。

 しかし、その瞬間、ある事に気が付いた。

 

 真夜に連絡方法を伝えていなかったことに。

 

 元からおかしい箇所はあった。

 その中でも、連絡する事を人伝手に伝えてきたことは一番おかしいと言える。

 

 訂正。あの真夜が今まで連絡を取ろうとしなかったことがおかしい。

 

「……今、連絡を入れたら繋がるかしら」

 

 人伝手で連絡すると言っておきながら、連絡手段を持っていない、連絡を入れろ、と言ってこないのは、真夜自身が気づいていないのか、もしくは深桜に察しろということだろうと、深桜は考えた。

 

 ここで悩んでいても仕方がないと、深桜は四葉の秘匿回線に入り込む形で連絡を繋げる。

 このためだけに、異能を能力追跡(AIMストーカー)から超電磁砲(レールガン)に切り替えたのは内緒である。

 

 連絡を受け取ったのは、やはりというか葉山であった。

 真夜に繋げられるか尋ねると直ぐに繋いでもらい、深桜がほっとしたのも束の間。

 

「もしもし深桜さん?貴方の母の真夜ですよ。元気そうでなによりです」

 

 いい加減諦めないものなのか…と深桜は呆れざるを得ない。

 

「えぇ、えぇ。本当に。元気そうで本当に良かったです」

 

「お母様。私はこのように元気でやっていますよ。だから泣き止んでください」

 

 呆れざるを得なかったが、こうして連絡が取れたというだけで、泣かれるとは、深桜は想像すらしていない。

 たとえこれが演技であったとしても心配をかけたということに変わりはないだろう、とサービスはしてあげる。

 

「……それもそうね。少し待ってて頂戴」

 

 待っている間、深桜は葉山にこの端末への連絡方法を教えておく。

 別に小難しいことは何一つないので、口頭による説明で事足りる。

 

「ふぅ…。ごめんなさいね」

 

「はい。私の生存確認以外に何かありますか?」

 

「えぇ、伝えておきたいことと、聞いておきたいことがあるのよ」

 

「先に伝えておきたい事から聞いてもいいですか?」

 

 真夜から伝えられたのは、無頭竜(No Head Dragon)のことであった。

 

 深桜はこの話は一応聞いておくことにする。

 最後は達也がどうにかすることは知っている。

 深雪が巻き込まれる可能性があり、巻き込まれたら最後、達也が切れるのは目に見えている。

 しかし、真夜を心配させないように返事は返しておく。

 

「そうなんですね。気を付けておきます」

 

「本当に気を付けてくださいね。貴女に何かあったら私がどうなるかわかりません」

 

「…何か起こったとしても抑えてくださいね!それで、聞いておきたいことはなんですか?」

 

 抑えておいてもらわないと本当に困る。

 四葉家の当主が暴走するとか考えたくもない。

 

「そうね、いつ頃こちらに帰ってきますか?予定を教えて頂いても?」

 

 何故帰ってくることが決まっているのだろうかと深桜は疑問に思う。

 しかし、九校戦が終わった後、離れに、とはいえ帰る予定ではあるので構わないのだが不思議である。

 

「東京に戻った後、一度帰る予定です。そうですね…、十五日には帰ります」

 

「十五日ですか。…そうね、十六日に帰って来なさい。分かりましたね?」

 

 たった一日の違いで何が変わるのかは分からないが、深桜は素直に従っておく。

 帰ることには変わりはないのだから、気にしたところでささいなことである。

 

 深桜はこのあと、真夜と少しばかし話をした。

 何てことない、この数か月間の事を。

 達也と深雪と喧嘩して味気ない日々を過ごしていたということは最後まで伏せていたが、今までの出来事を楽し気に真夜に報告する深桜の姿がそこにはあった。

 

 



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九校戦編 Ⅵ

 九校戦・新人戦・三日目

 

 午前の競技が終了し、アイス・ピラーズ・ブレイク、新人戦女子の部は出場選手三名全員が快進撃を見せ、決勝リーグの三枠を独占した。

 バトル・ボードでも決勝に進出している、その一方、一年男子はお世辞にも良いと言える成績を収められていない。

 

 深桜は達也から送られていた経過報告を読み終えた頃、会場に着いた。

 決勝リーグが行われるのは午後から、ということを深桜は知っていた。

 

 達也から送られてきた経過報告には、深雪と雫が決勝戦を行うことが記されていた。

 そうなることが知っていたとは言え、巫女姿と振袖姿の女子が対峙する決勝戦を深桜は一応楽しみにしていた。

 

 

「……遅かった。いや、どっちかというと間に合った?」

 

 

 深桜が会場に着いたときには、既に試合は始まっており、さらに言えば、雫が二つのCADを握っている。

 雫の姿を見るからに、達也から授けられたCADの複数操作を行ったということが分かる。

 ただ、それが功を奏したかといえば全く意味を成しておらず、深雪の陣地の氷柱に傷をつけることすら叶っていない。

 本来であれば、深雪の陣地の氷柱に傷をつけることができていたはずなのだが、ここにいる深雪の集中力は、雫が見せた技術に動揺はしても、魔法の継続処理を途切れさせることは無かった。

 それどころか雫が放った『フォノンメーザー』に対し、冷静に処理していた。

 

 そして今、深雪が新たに魔法を展開するところであった。

 

 

 広域冷却魔法『ニブルヘイム』

 領域内の物質の比熱、相に関わらず均質に冷却する魔法。

 応用的な使用法として大規模冷気弾を作りだし、攻撃対象にぶつけるという使用法が存在する。

 

 

 もはや試合終盤の展開であった。

 明らかに間に合っていないが、深桜の目的を果たすという意味では間に合っていた。

 

 ニブルヘイムを扱う所を見る機会などめったにない。

 当然、この起動式、魔法式の回収を行わない理由は無い。

 

「達也に頼めば起動式を教えてくれそうな気はするけどね」

 

 あくまで気がするだけであり、扱えるかも分からない起動式を達也が教えてくれるかと言われるとあり得ない話ではあるが。

 そんなことを深桜が思っていると、深雪がニブルヘイムから氷炎地獄(インフェルノ)へと魔法を切り替えた。

 

 そして次の瞬間、雫の陣地の氷柱、全てが轟音を立てながら一斉に崩れ落ち、深雪の優勝が確定した。

 

「……うん。見たいものは見れたし帰りましょ」

 

 深雪がステージから舞台裏に引っ込んだ後、深桜はホテルに帰ろうと会場の出入り口に移動しようとした。

 ただ、その出入り口周辺に見覚えのある人物が立っていた。

 

「ここで何をしているの?達也」

 

 状況から考えて、達也が待っているのは自分だろうと当たりをつけ深桜は話しかけた。

 恐らく、深雪のことだろうとも。

 

「姉上に聞きたいことがあったのでこうして待っていました」

 

「私が居る事も忘れないでくださいね」

 

 達也が聞きたい事と言われても、深桜に心当たりはない。

 何を聞きたいのかが気になる。

 そのために。

 

「真由美さん。貴女は引っ込んでなさい」

 

「あのねぇ…。私も気になるからこうして達也くんと一緒に来たに決まっているでしょう?」

 

 正直な所、真由美が気になっている部分は達也の其れと違う。

 達也もそれを勘付いている。

 

「……姉上。同感です」

 

「ちょっと達也くん?」

 

 真由美としては、達也は自分の味方をしてくれると、愚かにも思っていたため瞠目した。

 非情にもそんな真由美を放置し、深桜が達也に尋ねる。

 

「それで達也、聞きたい事って何?」

 

「聞きたいことは一つです」

 

 達也は真剣な表情で、前置きをする。

 達也のその言葉に隣で真由美が真剣に力強く頷いている。

 引っ込んでろ、と言ったとはいえ、真由美にもここまで力強くくるため、深桜はそれとなく身構えておく。

 

「深雪に何をしたんだ?」

 

「そうそう、深雪さんに何を…って違うでしょう!?聞きたいのは、深桜さんの今の恰好でしょう!?」

 

「えっと…?」

 

 いつもであれば暴走している段階の集中を見せていた深雪が、暴走する事なく競技を終わらした。

 競技が始まる前に見定めていた力量を、深雪は超えていた。

 それこそ雫が一矢を報いることすらできないほどに。

 

 そしてそれは、達也が見ていない場所で起こったことで、深雪がこの九校戦にかけているモノを考えれば、自ずと深桜が何かしたという可能性に辿り着く。

 

 だからこうして直接聞きに来たのだが、真由美の邪魔が入るとは思いもしなかった。

 だが、真由美の問いはそれはそれで気になるところではある。

 

「会長から先にどうぞ」

 

 それゆえに達也は真由美の件から先に済ますことにした。

 

「そ、そう?じゃあ、お言葉に甘えて。深桜さんのその恰好は一体何ですか?昨日は深窓の令嬢と言える衣服を着ていたと言うのに」

 

「…ん?何か変?」

 

 真由美にそう言われても、深桜は全くといってピンとこず、首をかしげた。

 

「何か変…って、「Welcome ♥ Hell」なんて意味の分からない服着てるの?何がウェルカムよ!地獄を司ったつもりなの!?」

 

「何を言ってるの?」

 

「うぐっ…。あとその服どこで買ってきたの?昨日の服の方がとても似合っていたわ!」

 

「同じところよ?」

 

「うそでしょ!?」

 

 無かったから深桜が作った、が正しい。

 真由美には同じ店で売っていた、と勘違いさせている方が面白いと考え、あえて、黙っておく。

 その意図を達也は察し、黙って見学に回ることにした。

 こんな真由美が見られるのはそうはないだろう。

 何より、いつも深雪に関することで弄られていると言うこともあり、今の真由美が新鮮である、ということもある。

 

 そんな勘違いを起こし、このセンスの幅は一体…と嘆いている真由美を放っておき、深桜は達也の方に向き直った。

 正直、真由美の件はどうでもよい。

 

「それで、達也は深雪の何が気になったのかしら?」

 

「あぁ、ただ、先にこれだけは言わせてほしいんだが」

 

「…?何かしら」

 

「その服のセンスはどうかと思うぞ」

 

「安心しなさい、達也。私も酷いと思いながら着ているから」

 

「そ、そうか…」

 

「それで?深雪がどうしたの?」

 

 再三の催促にようやく従い、昨日と今日の深雪の様子について達也は語った。

 その語り様に深桜は少しだけ引きはしたが、達也の事情を知っている以上、妹を熱く語る弟の姿が何故か微笑ましく思えた。

 

「と言われてもねぇ…。これといってした覚えはないわよ?強いて言うなら、昨日、深雪に頑張ってねって伝えたぐらいかしら。口パクで」

 

「…それだな」

 

「これなの?」

 

「あぁ。今の深雪を考えると、それ以外には考えられない」

 

「…そうなのね。ねぇ、達也。深雪ってそんなにシスコンだったかしら」

 

「そう言われてもな…」

 

 これに関しては、達也も分からないし、もちろんの事深桜にも分からないことである。

 

 二人して首を傾げるも分かるはずもなく、嫌われていないだけマシか、という結論に至り、この場は解散となった。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 九校戦七日目、新人戦・四日目。

 今日から九校戦のメイン競技と言われるモノリス・コードの新人戦、予選リーグが始まる。

 しかし、観客の関心は女子生徒のみの競技であり花形競技である、ミラージ・バットに集まっている。

 カラフルなユニタードにひらひらのミニスカート、袖なしジャケットもしくはベスト、と言った恰好をした若い女性が空中を舞い踊る競技である。

 

 華やかさにかけては、魔法競技中随一であるミラージ・バット、その新人戦予選をほのかと里美スバルが見事勝ち抜いた。

 それだけに留まらず、ほのかが一位、スバルが二位というこれ以上と無い成績を収めたのだった。

 

 そんな女子の素晴らしい成績に対し、男子の方では事件が起こっていた。

 四高生徒によるものと思われるフライング、及びオーバーアタックにより、一年男子の代表生徒、全員が病院送りとなった。

 魔法治療でも全治二週間、三日間はベッドの上で絶対安静である。

 

 この事態に対し、十文字克人が相手の不正行為を理由に特例を認めさせ、選手の入れ替えを行えるように漕ぎ着けた。

 それを受け、一高は新人戦の優勝を目指すことにした。

 ただ、三高の出場選手は十師族の一つ、一条家の長男で次期当主である一条将輝、弱冠十三歳で仮説上の存在であった基本コードの一つを発見した天才、吉祥寺真紅郎の二人が出場するため、モノリス・コードを獲るのは難しい。

 そして、三高以外がモノリス・コードを獲らなければ、一高が新人戦で優勝することができないが、他高にそれを求めるのは困難を極める。

 

 そんな現状を打開するため、司波達也に白羽の矢が立てられた。

 最初こそ、拒否していたのだが、克人の言葉を受け、達也はそれを受け入れた。

 

  逃げるな、司波。たとえ補欠であろうとも、選ばれた以上、その務めを果たせ

 

 そこまで言われ、拒否し続ける理由もない。

 なお、責任は全て責任者である真由美達が負うとも伝えられている。

 

 更に、達也は他二人の入れ替えメンバーを決めるように告げられた。

 達也が悪乗りした結果、チームメンバー以外から選ぶことも許された。

 

  例外に例外を積み重ねているだけだ。あと、一つや二つ、例外が増えても今更だ

 

 そう言われたら、達也は例外を更に二つ重ねたくなった。

 まず一つ目の例外、チームメンバー外からの招集。

 これにより、急遽九校戦に出場する選手が二人増えることとなる。

 

 そして、栄えある犠牲者として指名されたのは、1-E、吉田幹比古。

 

 二つ目の例外は、女子生徒の指名。

 モノリス・コードは男性競技とされている競技である。

 

 そうして、達也は真由美と克人を引き連れ、幹比古の説得を行った後、深桜を説得するために一時間かけ深桜が宿泊しているホテルへと到着したのであった。

 因みに、達也に話が来たのが十九時頃の事であり、時刻は既に二十一時を指している。

 また、達也は深桜に、今から会いに行く、としか伝えていない。

 

「こんな時間に何の用かしら?ねぇ?真由美さん?」

 

 不機嫌であると隠すことなく周囲を押さえつける様な威圧を放つ深桜を目の当たりにして、真由美は固まって黙り込んでしまっている。

 ここに辿り着く道中は深桜さんに今日も会える!などと、調子よかったと言うのに、今となってはその欠片も見受けられない。

 こうなってしまっては何をしに来たのかすらも分からない。

 器用なことに、真由美を狙い撃ちし達也と克人には何のプレッシャーも感じさせていない。

 二人の目には、不機嫌さを隠すことなく見せている様に見えているだけである。

 

 決して、達也たちがこの時間に会いに来たことに深桜が不機嫌になっているのではない。

 達也から会いに来ると連絡があった時に、深桜は大体察していた。

 ただ、真由美を制圧しないといけないという謎の使命感に追われているだけで、その工程で都合の良い不機嫌さを見ているだけである。

 

 モノリス・コードに関する事、それも選手の入れ替えに関する事だと。

 でなければ、真由美と克人がここに来る理由が分からない。

 

 こんな時の切り込み隊長が使い物にならなくなっている為、代わりに克人が事情を説明し、達也が深桜に要請する形となった。

 

「だから姉上、モノリス・コードに出場してほしい」

 

「構わないわ」

 

「あ、あぁ」

 

「何か?」

 

「いや、姉上が纏っている雰囲気からして断られるものと思っていたからな。快諾されるとは思いもしなかった」

 

 達也がそう考えるのも無理がないほどに、真由美は縮こまっていた。

 とある犯罪シンジゲートによる九校戦、というよりは主に一高への妨害工作が行われている事もあり、真由美はいつも以上に張り詰めている。

 だが、そんなことは知らんとばかりに縮こまらされている様をみていると気の毒にさへ思える。

 

「あぁ、それね。可愛い子が怯えて縮こまってる姿ってとても可愛らしいじゃない?」

 

「はっ…?」

 

 深桜が満面の笑みを浮かべながらそう言うと同時に、真由美を支配していた威圧感は霧散した。

 深桜の言葉が理解できず、呆けた声がでたのも仕方ないだろう。

 声だけでなく、間抜けな姿をさらし続ける真由美に深桜は薄らかに口元に笑みを浮かべる。

 

「勿論、他意は無いわ」

 

 最初こそ、何故そんなことを言われたのか分からなかったが、理解が追い付いた真由美は怒っていますとでもいうように頬を大きく膨らませる。

 子どもっぽさをみせる彼女の姿に、可愛いとか思う人はこの場に一人もおらず、居たたまれない空気が流れる。

 そんな空気を察しながらも怒っているんだと意思表示し続ける真由美を深桜はあからさまに嘲笑し、一言付け加えた。

 

「悪気もないけどね」

 

「尚更悪いわよ!」

 

 

  ◇  ◇

 

 

 あっさりと深桜もモノリス・コードに出場することとなったわけだが、深桜が出場するということは深雪たちには伏せることとなった。

 サプライズ、などと宣う真由美に深桜が迎合した結果である訳だが、達也はこの事を深雪に黙っている事を考えると胃が痛くなるのを感じている。

 だと言うのに、深桜がモノリス・コードに出場すると決めた理由が、深雪にだけ頑張らしておいて、自分だけ何もしないと言うのは違うんじゃないかと思ってね、と語っていたのは嘘だったのではと、今の達也は愚考する。

 深雪を通した嫌がらせをされているのではとすら一瞬考えてしまうも、今回言い出したのが真由美だったことをしっかりと思い出し、それは無いな、と考えなおした。

 

 あのあと激怒した会長を上手いこと鎮圧し、短いながらも築き上げた縁を更に深めると言うなんとも不思議な手腕を発揮した深桜を見ていると、何故三ヶ月にも渡って深雪との膠着状態を作り続けたのか理解に苦しむ。

 

 そんな二重の状態異常を負っている達也と数名を引き連れるように深桜は自分が使用するCADを準備するために作業車に来ていた。

 時間は既に二十二時を回っているからか、深雪たちはここに来ていない。

 仮に来ようとするものなら、取って付けた理由で真由美に連行されたことだろう。

 

 作業に移る前に作戦会議とやらを終わらさなければならいないのは、深桜にとって億劫であるが。

 また、その作戦会議に移る前に幹比古に付いて来たE組メンバーをどうにかしなければならない。

 エリカに至っては、なんで一科の女子生徒がここに居るのよと不満げである。

 深桜にとっては一応、アウェーの環境に置かれているため達也が場を仕切る。

 

「知っている人も居ると思うけど、一応皆に紹介するよ。1-Aの司波深桜。四月の件と深雪の不本意な頑張りで俺達と無関係ということになっているが、実際は俺と深雪の姉だ。皆、仲良くしてほしい」

 

 軽めに深桜の紹介が行われたが、司波兄妹の姉と言われ、最初こそ困惑していたが気を取り直し、エリカから順に自己紹介を行う。

 だがやはりと言うのか、未だにどこか納得していない様子ではあるが、話を続ける。

 

「言い忘れていたが、姉上がモノリス・コードに出場することは深雪たちには伏せておいてくれ」

 

「え?」

 

 エリカたちは別に言っていいんじゃないのと疑問符が飛び交っている。

 そんな面々を見て深桜が補足した。

 

「真由美さんと克人さんが決めた事ですから」

 

 真由美の言葉に迎合した自分の事を伏せ、その光景を見ていただけの克人を首謀者の一人として担ぎ上げ、エリカたちに笑いかける深桜を見て達也はどこか他人事のように二人の事を案じていると、そのまま作戦会議へとシフトしていった。

 たった一言ではあったが、十師族の血筋たる二人の名が出たこともあり、渋々ではあるが納得していた。

 

 あまりにも時間が無く、作戦らしい作戦は立てられず、ぶっつけ本番の力技となると、会議は始まった。

 作戦らしい作戦が立てられないのに行われる作戦会議とは一体何なのかと、深桜は一人明後日の方向を考えているが会議は依然と進んでいく。

 

「まず、フォーメーションについてだが、オフェンス二枚と遊撃一枚、もしくはオフェンス、遊撃、ディフェンスにそれぞれ一枚づつ配置する二つを考えている。あぁ、どちらにせよ、幹比古には遊撃を頼むことになる」

 

「…後者の方がバランス取れていいんじゃない?」

 

「遊撃ってなにをしたらいいのかな?達也」

 

 幹比古の問いはエリカの質問が先に為されたこともあり後回しにされる。

 

「最初に言ったと思うが、俺たちはぶっつけ本番で力技を披露していかなければならない。姉上が出場しないなら、レオを巻き込んで後者のフォーメーション一択になっていたんだが、今回は姉上がいるから、攻撃に重点を置くこともできる」

 

「お、おう。…お姉さんがいてくれて助かったぜ」

 

「代わってあげましょうか?」

 

「…………遠慮するぜ」

 

「まぁ、今回は姉上と話を終えていることもあり、オフェンスが俺、遊撃が幹比古、ディフェンスが姉上となる」

 

 会場に戻るまでの間に、役割については既に話し終えていた。

 達也としては、深桜にオフェンスを頼みたかったものだが、達也にディフェンスを仕切れるかと言われると、正直分からない点が多い。

 そういった事情も汲み入った結果、この型となった。

 

 この後は、幹比古に遊撃でやることを説明し、幹比古のCADを達也が借り入れ、競技用CADに幹比古の扱う魔法を改良し、書き込むこととなった。

 深桜としては、そこに記録されている起動式の数々を観させてほしいモノだが信用にかかわる問題でもあるので諦める。

 競技に使用できるCADを準備してきた中条あずさから、CADを受け取っている深桜を見て、幹比古が気になったことを聞く。

 

「ねぇ達也。僕のCADは達也が準備することになったけど、深桜さんのCADも達也が準備するの?」

 

「いや、俺が準備するのは自分のと幹比古のだけだ。姉上は自分で準備するそうだ」

 

「え、深桜さん自分で準備するんですか?」

 

「達也くんに任せた方が良いんじゃない?何て言ったって、達也くんが担当した子は皆上位入賞しているわよ」

 

 深桜が自分で調整すると聞いて、美月が驚くように反応し、その驚きを補完するようにエリカが続けた。

 あの深雪が達也にCADの調整を任せている事もあるが、何よりこの大会での達也の実績を鑑みればそう思うのも仕方がない。

 そんな二人の言葉に反応を示したのは、深桜ではなく達也であった。

 

「言い方が悪かったな。姉上のCADは姉上以外で準備することができないんだ」

 

「ん?それってどういうことだ?」

 

 レオが達也の言葉に素直な反応を示した。

 そしてそれはあずさを含めた全員の総意でもある。

 

「そうだな…。幹比古の競技用CADは、幹比古のCADにプログラムを書き込むことで準備するんだけど、姉上の場合はこれが使えないんだ」

 

「それってつまり?」

 

「姉上はCADを持ち歩いていない。さらに言えば、姉上のCADを調整したことが無いから、姉上のCADにどんな魔法がプログラムされているのか分からないということもある。要は、俺は手出しできないということだ」

 

「…それって深桜もプログラムできなくない?」

 

 エリカの疑問はもっともであり、誰もが疑問に思う事。

 あの達也が準備できないと言っているようなものであり、深桜がどうやって準備する気なのか気になるところ。

 起動式というのは、もっとも単純な起動式ですらアルファベットで三万字相当の情報量がある。

 それは魔法師としては常識と言っても過言ではなく、当然、深桜が扱っている魔法が複雑化するほど起動式の規模は大きくなるのも言わずとも分かるだろう。

 

 だからこそ、深桜がどうするのか気になるのも当然と言え、エリカたちは深桜からレオに切り替えるべきではと考えるようになっていた。

 

 達也は深桜に大丈夫と言われ気にもしていないが、E組メンバーの思いも分からなくはない。

 そんな彼らの思いも他所に、深桜は達也に一つ要求する。

 

「ねぇ達也。ここに来る時に言っていた小通連だっけ?どこにあるのかしら」

 

「一応ここにあるが…。まさか使うのか?」

 

 深桜が要求したのは、達也が道楽で作った武装一体型のCAD。

 全長 70cm、刃渡り50cm程度でナックルガード付きの模擬刀のような形状をしており、刀身を二つに分け、分離した部分と柄に残った部分の相対位置を硬化魔法によって固定する仕組みになっているCADである。

 分離できる部分の重量はあまり無く、相手を戦闘不能に追いやるにはそれだけの腕力がないと成り立たない武器であり、使用者は著しく限定される代物である。

 それを分かっている達也としては、深桜がそれを要求するとは思いもしなかった。

 

 ただ、会場に帰ってくるまでの雑談のネタとして扱った遊び道具を要求されるなどと誰が考えようか。

 

「流石にこのまま使いはしないわよ。色々と弄らせてもらうわ」

 

「そうか…。それで、CADはどうするんだ??まさか、小通連だけで挑む訳じゃないよな」

 

「それはそれで面白そうね。そうしようかしら」

 

「えぇ…」

 

 まさか乗ってくるとは思わず、殆どの人が言葉を失っている。

 そんな光景が出来上がるとは思わず、深桜の頭の中は疑問符で溢れていた。

 

「え?冗談よ。それで、CADだっけ?どうするって言われてもね、準備する以外ないでしょう?」

 

 疑問符だらけの頭の中を切り替えるも、深桜にとっては疑問が尽きない。

 一体何を聞かれているのかが分からないのだ。

 

 何を言っているの?と表情に出していると、達也はその疑問をそれとなく理解した。

 

「姉上が自分のCADも無く、競技用のCADを用意するのかが気になっているんだ」

 

 先程の会話を聞いていなかった深桜は、ようやく聞かれていた意味を理解した。

 

 

「それは一つしかないでしょう?直接起動式を書き込めばいいだけの話じゃない」

 

 

 深桜が不思議そうな顔をしながら、さも当然とでも言うように告げた言葉が、エリカたちは理解できずにいた。

 

「いや、いやいやいやいや。何言ってるの?」

 

「何って…。えっ?自分が使う魔法の起動式ぐらい覚えているモノじゃない?」

 

「…………普通は覚えないわよ。そんなもの」

 

 そんなものとは酷い言い草ではあるが、間違っても覚えておくようなものではない。

 達也は深桜が四葉の秘匿技術であるフラッシュ・キャストをバラしているようにしか見えないが、深桜の様子を見るからには、起動式は覚えていて当然なものと本気で思っている様にしか見えない。

 

 エリカたちの身近な所に、起動式を解読できるという規格外が存在しているためか、その姉である深桜が起動式を記憶していることは自然なことと捉えてしまえる。

 

 達也という存在がフィルターとなったため、そういった技術が存在するという考えに至らないというのは、不幸中の幸いか。

 それ以上に、起動式を記憶するということと四葉家を結び付けることの方が非常に困難である。

 

「……達也と深雪の姉って話は嘘じゃないみたいね」

 

 エリカのその呟きはここにいる面子の総意を表していた。

 

 

 



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九校戦編 Ⅶ

 新人戦・五日目

 

 前日のモノリス・コードにて悪質なルール違反の影響で、本来であれば、第一高校チームは棄権、となるところを大会本部の裁定により、代理チームの出場による順延が認められた。

 その影響により、大会は困惑の空気と共に幕が上がった。

 

 モノリス・コードの予選は、各校が四試合行い、勝利数の多い上位四校が決勝トーナメントに進出するという変則リーグ戦を起用している。

 そして現在の勝ち数を比較した結果、一高が二高に勝利すると、本来であれば決勝トーナメントに出場できた二高が予選落ちしてしまうこととなっており、二高から一高に向けられている敵意はかなり厳しいものとなっている。

 

 また、一高の代役が三人とも登録選手外だったことも困惑の種となっている。

 一人は技術スタッフ、後の二人は新たに招集したメンバーとなっており、一高の実力者上位者であるはずの登録選手以外から選ばれていることも原因となっている。

 それらに加え、新たに招集されたメンバーの内の一人が女子生徒であることは、他校だけでなく一高の面々も戸惑わずにはいられない。

 

 その女子生徒の名前が深桜であることを知った深雪が一時期困惑し、達也にどうして教えてくれなかったんですかと文句を言いに行ったのは当然の流れと言えよう。

 

 そうして、フィールドにそのお三方が登場すると、さらに困惑に拍車を掛けることとなった。

 

 端的に言うと、目立っていた。

 そんな現状に落ち着かない様子の幹比古が達也に目を向けると、達也は何やら意味ありげに頷くだけである。

 

 幹比古はこのざわつきの主な原因となっている人物に、そしてその腰に差されている「刀」に目を向ける。

 

 当の本人はその目線も、観客のざわつきも理解できずにいるのだが。

 幹比古のその目線の意味も、それらを一切理解していない深桜の事も分かった上で、達也は別の方向へと持っていく。

 

「…?何?」

 

「…昨日まで剣だったモノが一晩で刀に様変わりしていたら驚くのも無理はないだろう」

 

「達也、確かにそれも気になるところだけどそうじゃない」

 

 幹比古の言う通り、観客がざわついているのはそこではなく、直接打撃が反則とされているモノリス・コードに刀を持ち込んでいることにざわついているのである。

 

 武装一体型CADの存在を知っている者は、この会場に来ている人の一割程度しかいない。

 それだけでなく、武装一体型CADの特性上、一体化している武装の能力を高める魔法が編み上げられているはずである。

「刀」で言えば、切断力を高める魔法を編み上げているものである。

 それ故に、武装一体型CADの存在を知っている者はこのことも当然知っており、それがレギュレーション違反であると考え、尚更理解できずにいた。

 その刀を差しているのが女子生徒であることから、そのことを揶揄する者まで中にはいる。

 

 その「刀」のことも勿論だが、一高メンバー、特に深桜のことを少なからず知っている面々も騒いでいた。

 交代選手が発表されてからすぐに、真由美の手により、深桜は達也と深雪の姉であると周知された。

 一年女子は知ってたとでも言うようにあっさりと納得し応援しているが、一年男子の一科の面々が妬みか僻みかよく分からない感情を深桜に向けている。

 勿論、四月の件を知っている面々が深雪を揶揄いに来たりと、深雪の周辺は賑やかであった。

 

 そして、注目を集めているのは深桜だけではなく、達也も別の意味で注目を集めていた。

 担当競技でことごとく上位を独占した、忌々しいスーパーエンジニア。

 そんな彼が二丁拳銃に、ブレスレットと三つのCADを同時操作を行うのだろうと、他校のエンジニアや選手から警戒の視線が向けられている。

 実績があるからか、警戒こそすれど、そのイレギュラーなスタイルを揶揄するものはいない。

 

 そんな中で、いよいよ第一高校対第八高校の試合が始まる。

 

 

  ◇  ◇

 

 

 モノリス・コードは様々な条件付けをされた野外ステージで執り行われる競技である。

 九校戦で採用されているステージは、森林、岩場、平原、渓谷、市街地の五種。

 

 今回選択されたのは、森林のステージ。

 

 第八高校は魔法科高校の中で最も野外演習に力を入れており、言うなれば、森林ステージは彼らにとってホームに等しい。

 ステージの選択はランダムに行われると言われているが、今回に関しては、本来であれば不戦勝であった八高に有利な条件を与えたと考えると、いいハンデである。

 

 達也が「忍術使い」九重八雲の教えを受けていることは一高の首脳部にとって周知の事実であり心配していない。

 心配するとしたら、実力が完全に未知数である幹比古と深桜の両名である。

 

 双方のスタート地点、モノリスが設置される場所の直線距離は八百メートル。

 座標移動を使えば一秒と掛からないな、と深桜は思えど、それを行う気は一切ない。

 プロテクション・スーツやヘルメットを着用し、木々の間を走り抜けるのには最低でも五分掛かると言われている。

 当然だが、接敵することも考えると、動きは自然と慎重になるため、戦闘を抜きにして考えても、最低で倍掛かると言われる。

 

 ところが、五分も掛からない早さで、八高側のモノリスで戦端が開かれた。

 

 選手の姿はルール違反防止用のカメラが追いかけており、その映像は観客席前に設置された巨大ディスプレイに映し出されるようになっている。

 今回の森林ステージのように障害物が多いステージだと、この映像が観客の頼りとなる。

 

 そのディスプレイには、八高ディフェンダーの前に躍り出た達也の背中の姿が映し出されていた。

 それから達也は一度画面外に出るが、切り替わった画面では、ディフェンス選手が片膝をついており、その右側面を回り込み、モノリスへと疾走する姿が映し出された。

 

 しかし、先の達也の攻撃は相手の体勢を崩すに留まっていたようで、ディフェンス選手は起動式を展開する。

 その直後、想子の視覚化処理が施された画面は、八高選手が展開していた起動式が、非物理的衝撃波、想子の爆発で消し飛ばされる様を映し出した。

 

 それが信じられないと棒立ちになったディフェンス選手を尻目に、達也はモノリスを二つに割るとすぐに樹々の中へと離脱していく。

 

 達也が扱った魔法、術式解体(グラム・デモリッション)に三高の将輝と吉祥寺が驚きの声を上げ、真由美と摩利の間で術式解体(グラム・デモリッション)の軽い解説が行われていた。

 一高一年女子の間では達也の活躍を見て盛り上がりを見せている。

 

   術式解体(グラム・デモリッション)

 圧縮されたサイオンの塊をイデアを経由せずに対象物に直接ぶつけて爆発させ、そこに付け加えられた起動式や魔法式といったサイオン情報体を吹き飛ばすという魔法。

 射程が短い以外に欠点らしい欠点が無く、実用化されている対抗魔法の中で最強と称されている。

 ただ、並の魔法師では一日かけても搾り出せないほどの大量のサイオンを要求するため、使い手が極めて限られる。

 真由美曰く、超・力技。

 

 この魔法を扱えることから、達也が保有するサイオン量がどれだけのものなのかと真由美が思いを馳せた頃、試合に動きがあった。

 

 八高のフォーメーションはオフェンス二枚、ディフェンス一枚。

 左右に展開して攻めて来ていた内の一人が、一高の本陣へと辿り着いた。

 

 一高本陣、すなわち、一高のモノリスが設置されている場所、そこは観客席から直接視認できる所にある。

 

 モノリスの前で立っている白髪の女子生徒の姿を見て、一年女子の面々が、達也くん早くしないと、と急かすように応援している。

 

 達也が映像に映る前、ディスプレイに映っていたのは深桜だった。

 本来であれば、出場することのない女子生徒にカメラが向けられるのも無理はなかった。

 

 深桜は男子生徒用の制服、その上に防具を着け、更に、片手で日傘を差している。

 それでいてディスプレイに映った深桜は、応援席が大丈夫なのかと心配になる程に朗らかに微笑んでいた。

 それに加え、観客席側に振り返り深雪を見つけて手を振る始末である。

 

 やる気あるのかと疑わしくもなるし、一人で笑っている姿を見せられると頭を打ったのかと心配にもなるというもの。

 

 観客席前にあるディスプレイには深桜とオフェンス選手の一人が十メートルほど離れて対峙している様子が映されている。

 そこに映っている深桜は、先ほど観客が見た時以上に喜びを表している様子がディスプレイに映し出されていた。

 

 

 

 選手応援をしている面々がそういった心配をしているのも露知らず。

 深桜はようやく、獲物が来たことに喜んでいた。

 ディフェンスなんぞ選択しなければよかったとすら思うほどに、なんでこんな真夏日に日の下に立たされなければならんのかと小さな声で溢してしまうぐらいに暇だった。

 

 達也の移動速度が速くなったからといって、相手選手の移動速度が速くなるわけではない。

 

 言うなれば、深桜は十分以上一人、モノリスの前で立たされていた。

 緊張感が無いと言われそうではあるが、八高相手に緊張することがあるかと言われるとそんなものは存在しないと深桜は胸を張って答えられる。

 

 魔法の収集に励むため、能力追跡(AIMストーカー)は行っている。

 今回のターゲットは吉田幹比古。

 

 長々と待たされた鬱憤をついに晴らすことができることに、笑みが隠せずにいる。

 それを自覚しながら、そんな歪んだ喜びの歪んだ部分だけを綺麗に隠し、笑顔を浮かべ腕を広げながらオフェンス選手に告げる。

 

「Welcome!」

 

「えっ?」

 

 まぁ、ディフェンスを行う選手に歓迎されるなどと誰が予想しようか。

 オフェンス選手がその言葉に、深桜のその奇行に動きを止めてしまった。

 

 悲しいかな、その隙を見逃す優しい人間はこの場に一人もいない。

 そして十メートルという距離を制するのに深桜が必要とする歩数は僅か一つ。

 

 その勢いのまま抜刀し、オフェンス選手を宙へと叩き上げた。

 

 深桜が差していた日傘がカメラを遮るように地に落ちていく様子がディスプレイには映されていた。

 

 

 

「……何ですか、あれは」

 

「司波君が開発した武装デバイスとオリジナル魔法、『小通連』……だったもので、武装デバイス『小通連ver.深桜』です」

 

 鈴音の視線は深桜の右手に握られている刀に向けられている。

 最初こそ、直接打撃を加えたのかと思ったが、その刀を見ると違っていたことが分かった。

 

 宙へと叩き上げられたオフェンス選手は深桜からの追撃が無かったことが幸いし、森の中へとふらつきながらも逃げ帰っていく様子がディスプレイに映されていた。

 

 その疑問に答えたのは、前日にCADの調整の手伝いを申し出たあずさだった。

 あずさはそのまま小通連の説明を行った。

 

「では、深桜さんが持つ刀は別物ということですか?」

 

「えっとですね。まず、刀身が直刀型から湾刀型に変わりました。それに伴い、鍔元付近で分離する様に設計されていたのが、最初から刀身部分と柄部分が分かれているようです。後、鞘に収まっている状態で既に刀身と柄の間に五センチほど空いているので、硬化魔法で相対位置を固定してから抜刀しないと刀身がついてこないそうです。ちなみに魔法は相対位置を固定するだけの魔法だそうで、小通連では無いみたいです」

 

 小通連では、分離した刀身が時間経過で柄部分に残った刀身部分とドッキングし一本の剣に戻るようになっていた。

 ちなみに、このドッキング技術は柄と鞘の接触部分に流用されている。

 

「相対位置を固定しているだけということはつまり」

 

「はい、柄と刀身の間に五センチの空間が出来上がっているだけで、それ以外は刃が無いだけの刀ですね」

 

「そうですか。では、使用者が著しく限定される欠点は無くなったのですか?」

 

「……それは、解消されるどころか寧ろ大きくなっています。元々小さい質量だったものが刀身が変わったことで更に小さくなりました。刀身の長さは少し長くなったのですが、幅が半分以下になりましたから」

 

 鈴音は、あずさの説明を聞いて、どうやって勝つつもりなのかと、愚痴を溢した。

 決定力がただでさえ、不足していたものを更に不足させてどうするつもりなのかと。

 

 そんな鈴音を見て、あずさは焦りながらフォローを入れた。

 

「だっ、大丈夫じゃないですか?先程の深桜さんの一撃が、決定力が不足していないことを物語っています!だって、プロテクション・スーツを身に付けた男子生徒が宙に浮くほどの打撃を放っているんですよ!」

 

「……深桜さんの身体能力はどうなっているんですか」

 

 鈴音は先ほど見た映像を思い出し、そう溢してしまう。

 あずさと鈴音の会話は周りの人にも当然聞こえている。

 そして、鈴音のツッコミともとれる疑問は会話を聞いていた人たちに共有されたのだった。

 

 

 

「お姉さんはどうして追撃しなかったのかな」

 

 深雪の近くで応援している一年女子の呟き。

 それは会場全体の疑問でもあった。

 深桜が発揮した異常とも言える打撃には誰も触れようとはしない。

 あのまま追撃すれば、オフェンスを一人戦闘不能にすることもできただろう。

 だが、深桜はそうせず、ふらつきながらも樹々の中へ逃げ帰っていく姿を見送った後、納刀し、日傘を取りに戻っていた。

 ディスプレイに映る深桜の表情は笑顔である事に変わりはなかったが、どこかスッキリしていた。

 

 映像はそのまま幹比古の戦況へと切り替わった。

 

 一年女子は深雪を中心に構成されているためか、達也のことはお兄さん、深桜の事はお姉さんと、自然と統一されていた。

 だが、その呟きに答えられる人はいなかった。

 あの深雪ですら黙っている。

 

「ねぇ、深雪?深雪??」

 

「はっはぃ?」

 

「深雪はどうしてだと思う?お姉さんが追撃しなかった理由」

 

「えっと、ごめんなさい。私にもそれは分からないわ。お姉様が対人戦を得意としていることは知っていたけど、こんなに強いとは思わなかったわ」

 

「そうなんだ」

 

 深雪と達也は、深夜と真夜を通じて、それなりに深桜のことを知っていた。

 その中に、深桜が対人戦を得意としている、という話があったのを覚えている。

 実力があることは知っていたが、それは昔の話であって、達也ほどの実力は無いと思っていた。

 達也の実力を身近な場所で見てきたからこそ、深桜の実力を思い込みで測り損ねていた。

 だけど、先程の動きを見て考えを直させられた。

 それが悪い事だったかと言われるとそういうわけではなく、深雪は嬉しく思っていると同時に、勘違いしていたことを深桜に謝っていた。

 

「あっ!お姉さんがまた手を振ってるよ!深雪!」

 

 その声に反応し、深桜の方を見やると、日傘を回収し終えた深桜が再び手を振っていた。

 それを見て、深雪は手を振り返す。

 

 手を振り返しながら、深雪は深桜のことをおもいやる。

 

 この大会が始まるまで、深桜のことを知ることは殆どなかった。

 自業自得な部分があるが、精々、実技の様子を盗み見たり、筆記試験の成績で頂点に躍り出たことしか知らない。

 深桜が深雪に見せる姿は新鮮なもので溢れており、それが深雪にとっては嬉しいモノ。

 だが、深桜の実力のほとんどが未知であることに変わりはない。

 だからこそ。

 

   どうか大怪我だけはしないでください

 

 

 

 一回目とは違い二回目は深雪が手を振り返してくれたことに深桜は非常に大きな喜びを得た。

 深桜からすれば深雪が応答してくれたのは数ヶ月ぶりの事であった。

 

 だからというわけではないが、深桜は日傘を差し直し、樹々の中へと消えていったオフェンス選手の後を追うことにした。

 あれだけの威力で一撃入れたこともあり、オフェンス選手の足取りはかなりおぼつかないモノとなっていた。

 そんな状態であり、彼がオフェンスを担っている事も踏まえれば、そう遠くない距離に居る事は確実だろう。

 達也の現在地は八高のモノリスの近くであると当たりをつけている。

 幹比古の現在地は能力追跡(AIMストーカー)で常に把握しているので気にしない。

 

「八高の陣地まで逃げ帰ってなければいいけど」

 

 人知れず、誰にも聞こえない声の大きさで深桜は呟きながら、樹々の中へと足を踏み入れた。

 

 一方通行(アクセラレータ)心理掌握(メンタルアウト)が容姿に影響を及ぼしたように、第七位の解析不能な力は深桜の身体能力を向上させている。

 十メートルを一歩で制せるだけの機動力の元である。

 勿論のことだが、解析不能を起用している時と比べると出せる出力は格段に低い。

 それでも、素の状態で発揮する身体能力が一般的な女子生徒のものとは掛け離れていることに変わりはないのだが。

 

 また、超電磁砲(レールガン)は、常に電磁波を周囲に発してしまう、という影響が発現している。

 お陰様で動物に好かれることが非常に困難なものとなったおかげでペットのいない生活を送ってきた。

 御坂妹に懐いた黒猫のような動物がいれば話は変わってくる。

 

 だが、容姿に影響を及ぼしアホ毛が生えてくるのと、現状、どちらが良かったかと言われると大変悩ましい訳で。

 

 実際、現状は動物に好かれにくく嫌われやすいという欠点の代わりに、電磁波の反射波を利用したレーダーの様に周囲の物体を感知し、たとえ視覚や聴覚が潰れていたとしても、緻密に空間把握を行うことができ死角からの攻撃にも対応できるという利点がある。

 だが、この利点は超電磁砲(レールガン)を登用している時、もしくは、電磁波の反射波に意識を多く割かなければ利用できない。

 ただ、意識を多く割いて感知できる範囲は、超電磁砲(レールガン)を起用している時の大凡三分の一程度である。

 

 因みに、原子崩し(メルトダウナー)超電磁砲(レールガン)にお株を奪われたためか麦野沈利のプロポーションが深桜に影響を及ぼしている。

 

 そんな訳で、深桜は意識を切り替える。

 オフェンス選手がダメージを負った状態のまま移動しているのだとすれば、今の深桜でも感知できる範囲にいるはずである。

 日傘を回収したり、深雪に手を振ったりしていたが、時間は多く使っていない。

 

 意識を割き、樹ではない反応を探す。

 そしてそれはすぐに見つかった。

 逃げる気が無いのか、モノリスを割る事を諦めておらず一高本陣から遠くまで離れる気はないのか、ゆっくりと移動していた。

 

 深桜はゆったりとした足取りで静かに近づいていく。

 ある程度近くまで寄った所で、オフェンス選手に囁きかけるように告げた。

 

「本陣まで逃げ帰っていれば、こんな目に遭わずに済んだのに」

 

 深桜に追い付かれたことで一瞬おびえた表情を浮かべたオフェンス選手だったが、気を持ち直し対峙した。

 そんなオフェンス選手の姿勢に笑みを溢しながら、深桜はオフェンス選手に襲い掛かる。

 

 そう簡単に戦闘不能にならないで欲しいなと思いながら。

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 第一高校対第八高校の試合は、達也がモノリスのコードを打ち込み、試合を決めた。

 次の試合、第一高校対第二高校の試合は、三十分後に執り行われることとなった。

 

 第三高校の二人、将輝とジョージの二人は、達也をどうにかすれば勝てると算段を付けた。

 力ずくの真っ向勝負に持ち込めば九分九厘三高が勝つと。

 

 オフェンス選手を追い込んだ深桜の機動力と一撃には驚かされたが、やる気の無いような振る舞いと逃げる相手を走って追いかけることもなく魔法で追撃することもなかったことから、走り回り続けられるだけの体力はなく中・遠距離の魔法攻撃は行えない選手、そういった評価を深桜は他校の選手及びスタッフに付けられた。

 

 

 そんな大いに間違っている評価を付けられた深桜はというと、一高の控室で深雪に捕まっていた。

 怒られているわけでも、達也のように理不尽な攻撃を受けているわけではない。

 

 オフェンス選手を追って、森林の中へと踏み入ってから、試合が終わるまで何をしていたのかと問い詰められていた。

 

「お姉様!答えてください!」

 

「それは…言えないわ」

 

「言えないことをしていたんですか!?」

 

 深雪が何やら盛大な勘違いをしているが、深桜はこの場を切り抜ける方法を考えているため気付いていない。

 ただ、人によっては言えない事を行っていたことは事実であり、少なくとも深桜は胸を張って言えない。

 

 

 飛天御剣流・九頭龍閃の練習をしていたなどと。

 言い方が悪いが、その練習台としてオフェンス選手を利用したなどと深桜は言えない。

 

 この十年、四葉家が深桜に何もやらせなかったわけではない。

 魔法が使えないと思い込んでいたと言え、魔法師相手でも生き残れるように訓練や演習が組まれていた。

 やり始めた時こそ、言われるがままにやっていたが、深桜はあることを思い出した。

 

 この世界には、忍びが、忍術使いが実在することを。

 

 ここで、前世にて架空と言われる武術を再現しようとせずして、何が転生者かと深桜は思った。

 かといって闇雲に突っ走ったところで出来るようになるわけがない。

 そこで深桜は学園都市に倣い、架空とされていた武術を習得するための時間割り(カリキュラム)構成を行った。

 例として、飛天御剣流は「剣の速さ」「身のこなしの速さ」「相手の動きの先を読む速さ」という三つの速さを最大限に活かし、最小の動きで複数の相手を一瞬で仕留める、といった、指針が示されている。

 この指針を元にし、現実にするための時間割り(カリキュラム)を組んだ。

 この時間割り(カリキュラム)が正しいかは兎も角、解析不能の影響で常人離れした身体能力を得ていた深桜は力ずくで技を再現し、そこから時間割り(カリキュラム)を組み直していた。

 

 それを可能とするだけの要素を深桜は持っていた。

 

 無理をしない様に、四葉側が用意した項目を利用しながら少しずつ再現していった。

 だが、今もその全てが未完全である。

 

 

 この世界に存在しない流派の剣術の技の練習してましたなどと、深雪ほか達也や幹比古、レオ、エリカといった面々の前で誰が言えようか。

 

 どうやって切り抜けようかと悩んでいた深桜は、まず最初に思考が飛躍している深雪を正すとこから始めることにした。

 

 

 結局、聞き出そうとあきらめなかった深雪に折れて、九校戦が終わったら教えてあげる、という事で手打ちとなったのだった。

 

 

 

 



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九校戦編 Ⅷ

 

 

 半日ほど前、小通連を自分好みへと作り替えた深桜は富士演習場東南エリアの近くに位置しているとある廃墟を訪れていた。

 理由としては、先日深桜に用件を伝えに来た人物にとある物を取ってくる様に指示しており、本来であれば達也らが訪ねてきた頃に受け取る予定だったのだ。

 しかし、達也の件を優先し、小通連を改造し、と時間を掛けた結果、日付は変わっていた。

 モノリス・コードが終わった後に取りに行くと伝えていたはずなのだが、こんな時間になってもまだ待っているという連絡が入っている事に気付き、急いでここまでやってきた次第であった。

 急ぐ理由は色々とあるが、やはりこんな夜遅くに十五歳の少女を廃墟に放置し続けるのは大きな問題だろう。

 そこらのおっさんでも遣わすのであれば、待っていようが放置していたと言うのに。

 

「……深桜お姉さま、遅いです」

 

 廃墟の中に入ると、一人の少女が不満を口にしながら廃墟の暗闇の中から浮かび上がるように現れた。

 どこか眠たげな様子であるが時間を考慮すればそうなるのも仕方がないことだろうが、その様子を見ていると時間をずらした方が正解に思えて仕方がない。

 言いたいことはあるが、深桜は眠たげな眼をこすっている彼女に近づき、頭を撫でながら謝っておく。

 

「遅くなってごめんなさい、ヨル」

 

「うにゅ……亜夜子って呼んでも大丈夫ですわ。今は深桜お姉さまの使いとしてここにいますの」

 

 そう言いながら亜夜子は深桜の胸へと飛び込んだ。

 その行動に少しばかり驚いた深桜だったが、亜夜子に対して感じているわずかな後ろめたさから、彼女を受け入れる。

 頭をグリグリと押し付けてくる姿に苦笑しながら、深桜は亜夜子の気が済むまで頭を撫で続けておくことに決めた。

 

 黒羽亜夜子

 四葉家の分家の一つ、黒羽家の長女で、齢は一つ下。

 中学三年生でありながら、真夜の使者を務め、工作部隊を率いて活動をすることもある。

 そして、唯一、異能を用いた実験の被害を被った人物である。

 このことは亜夜子本人を含めた四葉家の人間はおろか、深桜以外に知る者はいない。

 好奇心が故に執り行われた実験、悪戯感覚であったが故に起きた出来事だった。

 

 親戚の集まりの場で、深桜と亜夜子は顔を合わせいるが、それはあくまでも凡そ十年前の出来事、それも数回あった程度の話でしかない。

 深桜が軟禁生活を送ることが決まってからは一度も会ったことはなかった。

 先に述べたように、亜夜子は真夜の使者を務めることがある。

 その練習としてなのか、それとも本当に使者として使われていたのか、同年代の子と触れ合わすためなのかは知らないが、真夜から頼まれた言伝を伝えに、亜夜子は深桜の所を訪れるようになった。

 それは今から数えれば二年前の出来事で、亜夜子が中学に上がってから始まったことだった。

 

 幼いころに数回会った程度の人物を憶えている訳はなく、亜夜子が深桜に取っている心理的距離はほぼほぼ他人といったものだった。

 こればかりは無理もない話であり、ここで終わる話だったが、この時深桜が気になっていた事がここに関係するため、終わらなかった。

 それどころか、始まったと言ってもいいだろう。

 

 深桜が気になっていたのは一つの異能。

 

  心理定規(メジャーハート)

 対象が他人に対して置いている心理的な距離を識別し、それを参考にして対象と自分の心理的距離を自在に調整できる能力。

 端的に言い表すなら、「本物の感情を偽りで塗りつぶす」能力。

 

 この異能の使い勝手を深桜は知りたかった。

 四葉家が用意する魔法師らで実験する気にはなれなかった。

 そんな時に使いとして遣わされ、深桜にとって都合がいい心理的距離、心理模様を亜夜子は描いていた。

 そして深桜は、この機会を逃すような人ではなく、気になる事を確かめるべく実験の準備を始めた。

 

 深桜が知りたかったのは、心理定規(メジャーハート)を使うことで起こると考えられる影響。

 

 この実験を行うための下準備として、深桜は亜夜子と仲良くなることに尽力し僅か半年で「仲の良い姉妹」と言えるような関係性へと至った。

 そういった心理的距離を亜夜子がとっている事を認識した深桜は、次に訪れる時に実験を開始することに決めた。

 亜夜子が深桜の所へ訪れている間、仲の良い姉妹と言える心理的距離を亜夜子が違和感を覚えざるを得ないほどに距離感を縮める。

 そして亜夜子が帰るときに、縮める前に取っていた心理的距離へと戻す。

 どれくらい縮めるのかと言われれば、今、某妹様がお兄様に取っている距離感より近い、といったところだろうか。

 この時期の深雪が達也に取っている心理的距離を深桜は知る術がないため予想でしかないが。

 

 魔法を使えないという前情報や、魔法を発動させるときに生じるサイオンの動き、エイドスの反発を感じなかったことがフィルターとなり、精神干渉を受けていると亜夜子が気付かないという賭けが生じるが、深桜は、バレたらバレたでいいや、という投げやりと言える心構えを前もって済ませている。

 

 会っていない時間に、深桜に会っていた時に覚えた違和感を思い出させることが目的だからだ。

 違和感に付随させる形で、心理定規(メジャーハート)で心理的距離を弄られている間に亜夜子が深桜に対して抱いた感情の揺れなどを思い出させるためである。

 普段の自分であれば考えられない方向性へと感情が動く。

 それが深桜に会っている時に毎回起こる。

 

 本物の感情を偽りで塗りつぶすのではなく、生じさせた偽りの感情から本物の感情を芽生えさせることが出来るのか。

 

 深桜が亜夜子に行った実験はそういうものだった。

 亜夜子がある日降って湧いたこの惑いをどのように整理したかは今の彼女の様子を見れば分かるだろう。

 

 亜夜子が深桜に対して取る心理的距離から判断し、深桜は実験を終えようとしたところで問題が一つ発生した。

 実験を終えるにあたって、心理的距離を元々の「仲の良い姉妹」へと戻す為に、逆のプロセスを行ったときのことだった。

 深雪の達也に対する傾倒具合は、亜夜子にも受け継がれていたようで、一向に戻る気配がなかった。

 それどころか、実験を行っていた時に感じていた気持ちなどが感じられないと、深桜は亜夜子に泣きながらの謝罪を受けてしまう始末であった。

 会っているときに感じなかった思いを、記憶を思い出すときに感じるのだと。

 

 それとなく非道な事をやっていると自覚していた深桜はここで亜夜子に対して心理定規(メジャーハート)による干渉を止めることに決めた。

 亜夜子をこのままにしておくことで得られる利を考慮した結果でもあった。

 これこそ非道と言えるが、心理定規(メジャーハート)で生じさせた感情・記憶が元になっているとはいえ、深桜が干渉していない場所で生じた感情であることに変わりはない為、いつの日か自然と前の心理的距離に収まるのではという願望もあった。

 ここまで弄っておきながらどの口が言うのかと思えるが、深桜はこれ以上の干渉を亜夜子に行うことに思うところもあった。

 

 要は諦めて、時間が解決することに掛けた。

 

 深桜に異能で振り回された等と未だに知らない今の亜夜子はあくまでも自分の意志で深桜の使い走りとなっている。

 自分が役立てることで深桜の役に立ちたいという思いで。

 今、亜夜子が深桜に抱き着いているのは使いを見事果たしたという意思表示を兼ねた自分へのご褒美タイムといったところである。

 このお使いを果たす為に四葉家に赴かねばならなかったからか、深桜はいつも以上に頭を押し付けられている気がしてならなかった。

 満足したのだろうか、亜夜子は突然深桜から離れ、深桜が取ってくるように言われていた物を渡してきた。

 

 亜夜子にお礼を言った後、深桜は気になっていたことを聞いた。

 

「亜夜子はこの後どうするの?」

 

「どうすると言われましても…。時間が時間ですし、どこかに宿泊しようかと思います」

 

「そう…」

 

 深桜は少し考える素振りを見せ、亜夜子を使う事に決めた。

 

「ねぇ、亜夜子。貴女さえ良ければ私が宿泊している部屋に泊まらない?」

 

「え?」

 

 何を言われたのか理解できなかったようで、亜夜子は辛うじて聞き返すも固まってしまっている。

 そんな彼女の様子を見て、深桜は冗談で変な方向から畳みかけてみる。

 

「彼是一週間近く泊まっているけれど、私以外の人間に出入りさせていないし、シーツの交換も行っていないわよ」

 

「泊まります!」

 

 その言葉を受けて、なのかは分からないが、食いつく様に返事した亜夜子に深桜は思わず顔を引きつらせてしまう。

 深桜としては、変な目で見られる未来を予想していたがゆえに。

 しかし、亜夜子が泊ってくれるのは好都合。

 気を取り直し、深桜は亜夜子に今渡された物の一部を除き、亜夜子に渡しながら用件を告げた。

 

「それじゃあ、こっちは部屋に持っていって貰えるかしら?」

 

「…必要ないってことですの?」

 

 苦労して調達したというのに部屋に持っていくように言われ、亜夜子は聞き返さずにはいられなかった。

 先程までの幸せそうな表情から打って変わって、泣き出しそうな顔を浮かべる彼女を見て深桜は思わず笑ってしまう。

 

「違うわ。さすがに軍の施設に銃器の類を持ち込むのは面倒だから、元々部屋まで自分で運ぶ予定だったの」

 

 そもそも銃器を持っている人間が限られている訳なのだが、そこにつっこむ人はいない。

 それ以前に二人以外にここにいない。

 深桜のその言葉で安心したのか、亜夜子の表情は和らいだものへと変わった。

 表情の揺れ幅の大きさが面白いとすら思えている深桜は、亜夜子に宿泊施設の場所と部屋の鍵を渡した。

 

 どこか急ぎ足で去っていく亜夜子を見送った後、深桜は亜夜子に託さなかったモノ  特殊な加工を施したコインの一枚を取り出し、親指で宙へ弾き上げた。

 

 深桜の直感はとあることを彼女に訴えかけていた。

 少なくとも真夜には、異能の存在を知られていると。

 プロセスが違うため亜夜子は上手く騙すことは出来たが、仕事を言い渡す真夜が亜夜子の唐突とした変化から気が付かないとは思えないからだ。

 精神干渉に長けていると言ってもいい四葉家、その当主ともなれば、尚更だろう。

 異能でなくとも精神に干渉する術をもっていると考えていてもおかしくはない。

 突然、亜夜子が心変わりした、と言えばそれまでではあるのだが、本当の所を深桜が知る術はない。

 

 気にしたところで今すぐどうにかなるわけでもないと判断し、深桜は会場へと戻って行った。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 第二試合は第一高校対第二高校の試合。

 昨日に事故が起こったというにも関わらず、試合が行われるステージは市街地に決まった。

 このことについて誰一人として文句を言わなかったのはそれぞれに思惑があったからなのだろうか。

 それは分からないが、室内だから日傘はいらないわね、などと宣う一高生徒がいるぐらいなので、先の事故は既に忘れ去られたと言われても仕方がないだろう。

 

 その一高生徒こと深桜は自陣のモノリスの前に置いた椅子に腰かけていた。

 市街地というのだから椅子の一つや二つ見つかるのではと探索した結果、椅子を数脚見つけることができ、そのうちの一脚を拝借した次第だ。

 自陣敵陣共に、モノリスが設置されたのはビルの中層、具体的に言えば五階建てビルの三階に設置された。

 やる気あるのかと一高の応援席のみならず、二高の応援席および一般の観客席らも騒ぎ立てる人がいるのも無理はないだろう。

 

 深桜の装いは先程行われた八高との試合の時と変わっていた。

 と言ってもCADが新たに二つ追加された程度だが。

 左腕に腕輪型のCADが装着され、右太腿に装着されたホルスターに長銃型のCADが収められている。

 その手に小通連が握られている様子を見れば、あくまでも主な戦闘法は超が付くほどの接近戦だとでも言うのだろうか。

 三人目だからか、複数のCADの同時操作という技術の難易度が下がった様にすら感じるのは気のせいだろう。

 そんなことを摩利と真由美の二人は話しながら、試合の展開を見守っていた。

 

 試合が始まって数分ではあるが、当然ある程度の動きは起きている。

 モノリスの前で椅子に座っている女子生徒は兎も角として、達也は相手オフェンスの警戒を潜り抜けるために建物の陰から陰へと移動し、幹比古はというと三階より上の階層に隠れていた。

 それに対し、第二高校の三選手の内二名がオフェンスとして第一高校の陣地へ向けて進んでいる。

 第一高校のディフェンスと違い、第二高校のディフェンスは建物の外へと気を張るように警戒している様子が伺える。

 その違いを見せられると深桜の在り方に疑問を禁じ得ないのも無理はない。

 

 深桜としては相手選手が来るまでの間モノリスの前で仁王立ちし続けるような真似事をするのはもう嫌だし、何より、超電磁砲(レールガン)を登用している現状ではセンサー網は前の試合を大きく超えている。

 五階建てのビル程度であれば把握し続けられる以上立っている事すら面倒になっている節すらある。

 このことを知る者が一人でも居れば深桜の今の振る舞いがどういうことかを説明する者が現れただろうが、当然の様にそれを出来る者はいない。

 深桜が映し出されたのが何回目になったころか、不思議な光景がモニターに映し出された。

 

「面白いくらいに髪が躍動しているな」

 

「笑っちゃだめよ?」

 

「笑っている奴に言われてもな…」

 

 二人はそう言いながらモニターに映っている深桜を見る。

 本人は椅子に腰かけてから微動だにしていないが、かなり長めでゆったりと編まれている後ろ髪が、上下左右へと動いているのが見て取れる。

 髪の中には分離連結が可能な大鎌等が隠されているがそれを知る者はいない。

 小通連に用いられていたドッキング技術を見て即席で作り上げたおもちゃ其の二。

 某女装武偵の真似事が出来るのでは思い立ったが故に生み出された遊び道具。

 元々、八意永琳のような髪型をしていたため髪の長さや髪型を変更する必要がない。

 何分思いついたのが早朝の事だったため、髪の中に武器が格納されているという現状に未だに慣れず、髪を動かすことで慣れようとしているからだ。

 この試合ではお披露目する気など一切ないが仕込んでいる事に変わりはなく、各パーツに含まれる金属を磁力で動かす形で髪をあっちらこっちらへと器用に振り回しているだけでる。

 これから先の試合でお披露目するのかは非常に怪しい所ではあるが。

 

 第二高校のオフェンス選手の内の一人が、第一高校の自陣へとたどり着いた瞬間、第二高校の応援席は歓声に沸いた。

 しかし、それだけではなかった。

 自陣に敵が侵入したその瞬間、相変わらずと言うべきか、ゆったりとした動きで椅子から立ち上がり歩き出し始めた。

 立ち上がった瞬間、眉間近くに短くではあったが電流が走った。

 

「流石…と言うべきだろうな。敵の侵入にすぐ気が付いたようだ」

 

「気付いた…にしては速すぎると思うけど」

 

「それはそうだが…。お前のように…ってどこに向かっているんだ?」

 

 摩利が何を言おうとしたのか気になるところだが、大方マルチスコープのような知覚手段を持っているとでも言おうとしたのだろうと、真由美はアタリを付ける。

 二人が考えられるのはそこが限界点であり、あながち間違いではない。

 それより深桜の動向が気になるところであった。

 

 深桜は徐に歩きだしたかと思えば、階段突き当りに設けられた直線的なスペースで立ち止まった。

 階段はここ以外にもあるのだが、ここから上がってくると確信しているのか、深桜は硬化魔法を発動させ小通連を抜いた。

 魔法の発動にはエイドス側から不可避の反動が生じる。

 それは同時に魔法を発動した時の居場所がバレたも同然である。

 深桜の場合は居場所を教えた、というのが正しいのだろう。

 小通連を抜いてからその場からは動かない。

 

 第二高校の応援席は今の内にモノリスを割るべきだと声援を送っている。

 無情にもそうはならず、オフェンス選手は深桜が魔法を行使した地点へと移動を開始した。

 警戒しながらではあるが、一階から二階へと移動し、そして深桜が待ち受ける三階へとたどり着いた。

 ここで第二高校選手の誤算が一つ。

 屋内というスペースが制限された場所でどうやって深桜が届かない距離から魔法を放てるというのだろうか。

 モノリスが設置されたのが屋内であり、それも外から狙撃も行えない場所に設置されている以上、接近しない以上どうしようもない。

 

 通路へと躍り出たオフェンス選手が目にしたのは、上段に獲物を振り上げた深桜の姿だった。

 お互いの距離はそう遠くはない。

 

 先の試合を見ていた者は、深桜がこの後どういった動きをするのかそれとなく理解した。

 そしてそれはオフェンス選手も同じことだった。

 

 五メートル以上は離れていた距離を一瞬で詰めるように踏み込み、無骨に、正面から叩きつけた。

 

 そこで決まったと誰もが思ったが、そうはならなかった。

 上段に構え、次の動きが予期しやすかったからか、深桜対策として防具を身に付けていたからか。

 オフェンス選手は両の手をクロスさせ刀身を受け止めることにしたのだった。

 とっさの事であり、他の抵抗手段を行うだけの技量を彼は持っていなかったが故でもあった。

 

 結論から言えば、受け止める、ことは出来なかったが、戦闘続行不可能に追い込まれたわけでもなかった。

 だが、正面から受け止めざるを得なかったからか、オフェンス選手は両膝をつかざるを得なかった。

 痺れているのか分からないが、両腕の感覚はなくなり力もなくだれている。

 しかし、そんな現状を彼はそうなるだろうと予想していた。

 そして、初撃を防げれば反撃に移れるだろうと。

 

 彼は深桜が見せた一撃の火力は移動速度にモノを言わせた一撃だと認識していた。

 移動距離が無に等しいこの距離で放てる打撃はそんなに高いものではないと。

 小通連の刀身と仕組みを見ればそう判断するのは無理もなかっただろう。

 それが大きな誤算だったと気が付いたのは試合が終わってからの事。

 

 オフェンス選手が深桜の一撃を凌いだことを受け、第二高校の応援席から歓声が上がったのも、第一高校の応援席それも深雪の周りに位置する一年女子たちが悲鳴のような声を上げたのも当然だった。

 オフェンス選手は、獲った、と信じ、腕輪型のCADから送られてくる起動式から魔法式をくみ上げようとした瞬間、意識を刈り取られた。

 

 

  葦名流・一文字・二連

 

 一文字に加え、反撃が来るならばもう一度叩き割る。

 

 

 追加で放たれたその一撃で応援席の有り様は切り替わった。

 反撃に移れると思ったその矢先、その希望をあっさりと奪われたのだから仕方がないと言えた。

 

 深桜は納刀するも魔法を解いたわけではないのが見てとれる。

 その行為に疑問を覚えるのも当然であったが、その意味は直ぐにわかった。

 反重力系の魔法を使ったのかは知らないが、窓から別の選手が飛び込んできたのだ。

 階段付近まで移動していた深桜と飛び込んできたオフェンス選手の距離は十メートルの範囲外であった。

 その幸運とも言える距離はオフェンス選手を勇猛にさせた。

 

 まるで仇を討つかのような咆哮を上げながら起動式を読み込み魔法式を組み立てる。

 

 深桜からすれば、一歩で詰めれないなら二歩で詰めればいい話。

 しかし折角なので秘伝技の練習台になってもらおうと深桜は思い立ち、納刀した形から動かない。

 

 オフェンス選手が魔法の構築を終え魔法を放とうとした瞬間、サイオンの奔流がオフェンス選手を襲った。

 その奔流はオフェンス選手が組み立てた魔法式を呆気なく吹き飛ばした。

 

「……どっかでみた覚えのある光景だな」

 

「……そうね」

 

  術式解体

 

 問題はその使い手にあった。

 使い手がほとんどいないと言われている対抗魔法を扱える選手が同じチームに二人存在していることも驚愕に値するのだが、深桜が放った。

 達也と違う点と言えば、特化型の補助機能なしに眉間の先から術式解体が放ち魔法式を吹き飛ばしたところか。

 圧縮されたサイオンの塊が眉間の先から発射される様はモニター越しで見る者たちに興奮を与えていた。

 

「達也くんが使えるのだから、その姉が使えるのも不思議ではない…のか?」

 

「その理論で行くと深雪さんも使えることになるわね」

 

 大いに考えられることだが、正直考えたくもないという意識の表れからか、その会話は続くことは無かった。

 

 術式を吹き飛ばされた当人はと言うと、困惑を隠しきれない様子。

 その狼狽え様はもはや目を当てられないほどのもの。

 近距離以外は不得手だと思い込んでいたのが主な原因か。

 深桜からすれば不思議でならない思い込みなのだが。

 それは兎も角として、術式解体は時間稼ぎとして使ったに過ぎない。

 

 

 納刀の構えから高速で斬り降ろす。

 

 

 傍から見れば素振りを行っただけにしか見えず、深桜のその行為に幾人かが頭をかしげた時、それは起こる。

 

 斬撃を飛ばしたかのように、振り降ろしたその方向へと地を這うように衝撃波が飛んだ。

 

 第二高校の二人目のオフェンス選手はなす術もなく、沈黙し倒れ伏した。

 それは一瞬の間に起ったことであり、恐らくだが彼は何が起ったのかを認識する事すらできなかったことだろう。

 

 

  秘伝・竜閃

 

 

 呟くように深桜はその技の名を告げてみる。

 魔法攻撃から生じた衝撃波が、物理攻撃と魔法攻撃のどちらに当たるのかなど、一選手である深桜が判断していい事柄ではない。

 もし物理攻撃として認められた場合、一高は失格となってもおかしくない。

 それは避けなければならないことであったため、深桜は使ってみたい魔法や秘伝・竜閃のような大会規定に従うために用意された魔法ばかりを収録した腕輪状の汎用型CADから起動式を、秘伝・竜閃の型と魔法式をリンクさせ魔法として、その技を放った。

 しかしそれで感慨深いなどと深桜は思えず、それどころか虚しさを感じた。

 異能の影響で超人と化していると言えども、魔法などを使わず、彼の御業を再現したいという思いが強かったことが大きいだろう。

 仕方がない部分があるとはいえ、決して喜ばしくはない。

 

 下向きな気持ちを振り払うため、振り下ろしたままだった刀身を鞘に納めながら口にした言葉をマイクは拾い上げた。

 何も収穫が無かったわけではないと、自分に言い聞かせるように零れたその言葉を。

 

  十九メートル…か。魔法でこれだと、魔法なしなら数メートルぐらいは飛ばせそうね。

 

 この言葉を聞いたエリカや摩利、その他の剣を握ったことのある人間が皆、ふざけるな、あり得ない、などと叫んだと言うが真実を知る者はいない。

 ただ、会場に訪れていた面々は皆叫んだことだけは確かだった。

 

 一連の戦いが終わったのを見ていたのだろう。

 幹比古が上階から降りてきて、二高選手二人のヘルメットを取り外す光景が映し出されていた。

 雑用の為に使われているのかと疑わしくなるが、規則に記されていないが規則内である項目が適応されるのかが分からないためこういった処置をとっているに過ぎない。

 それが分からぬ者共が何やら騒いでいるが、深桜らが知る由もない。

 

 異性間、及び女性同士の戦いにおいて、ノータッチルールと呼ばれる身体的接触を禁止するというものがある。

 魔法を使用した模擬戦で適応されるルールなのだが、見方を変えればモノリス・コードも魔法を行使する模擬戦と見なせる。

 このルールが適応されていた場合、ヘルメットを取り外す際に身体的接触が起った場合、失格となってもおかしくはない。

 元々男性用の競技であるためモノリス・コードのルールには記されているわけはなく、正直どう転ぶか分からない点なため、幹比古がこき使われることとなった経緯である。

 

 この後、第二高校の陣地に辿り着いた達也がモノリスを割り、幹比古が達也が喚起した精霊を通じて見たコードを送信したことで試合が終了した。

 

 オフェンス選手が両名とも倒された後から、試合終了までの観客席、特に第二高校の席は目を当てることが出来なくなっていた。

 そんな事態を作り上げた張本人はと言えば、モノリス前に置かれている椅子に座り、呑気に髪を揺れ動かしていた。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 決勝トーナメントの組み合わせが発表された。

 準決勝での組み合わせは、第一試合が第三高校対第八高校、第二試合が第一高校対第九高校となった。

 

 試合開始時刻は正午。

 

 深桜は達也たちと別れ、一人作業車に来ていた。

 達也がランチボックスを手にしていたことから、早めの昼食を摂ると容易に予想が付く。

 深桜も誘われはしたが、優先すべき事態が発生したため、遠慮した次第である。

 

 相手を叩き上げた影響か、技の練習を行った影響か、はたまた一撃を正面から受け止められたからか、理由は色々と考えられるが、刀身に早くもガタが来ていたのだ。

 即席で作られたため、耐久性に元々問題があったことも考えられる。

 

「……九頭龍閃に一回耐えられたらいい所、といったところかしらね」

 

 刀身の状態を確認したあと、独り言の様に呟く。

 そんな状態だからと言って、新しく刃を用意することもできない。

 資材が手元にないのだから仕方がないとも言える。

 

 取り敢えず、刀身の状態は分かったので、先に腕輪型のCADを取り外し、中に登録していたデータ全てを抹消する。

 中には術式解体も含まれているが、全くと言って問題は無い。

 というのも、髪の中に仕込んである拳銃型のCAD二丁の内の一丁にも登録されているためである。

 

 腕輪型のCADから起動式が送られているのを見せたため、上手く騙されて欲しい所である。

 腕輪がないから術式解体も秘伝・竜閃も撃ってこないと。

 

 そんな事を考えながら、髪の中に仕込んでいた大鎌、拳銃型のCAD二丁、コイン数枚を取り出し、そして髪のほぼ先端部分で髪を纏めていたアクセサリーを取り外した。

 アクセサリーと言っておきながら、その実、腕輪型のCADを小型化したものであり、中には一つだけ起動式を記録することが出来るようになっている。

 中に記録されている起動式は超電磁砲(レールガン)の代名詞、超電磁砲(レールガン)

 深桜の魔法力の関係上、砲弾初速1030m/sec、連発能力8発/min、着弾分布18.9mmという異能で目一杯出力抑える状態でなおかつプールの水で威力を大幅減退させることで測定できるというこの記録が、深桜が魔法で放つことができる最大値となっている。

 超電磁砲(レールガン)を扱えるほどには魔法力が成長したとみることもできるわけであるが、元々勝手を知る魔法と言うこともあり、それほど魔法力は成長しているとは言えないのかもしれない。

 

 それは兎も角として、深桜は再度髪を結びなおす。

 仕込み直した後、違和感が無いかを確認するが、分かるのは頭が非常に重いと言うことだけ。

 それは修正できた事に変わりない。

 

 ここで時間を確認すると、正午近くになっていた。

 本来なら達也たちと合流すべき時間帯だろうが、深桜が取った行動は別のモノ。

 分かりやすく言えば、昼食を摂ることに決めたのだ。

 

 一人で食事を摂るという生活には慣れている。

 何せ、十年近く続けてきたこと。

 高校に入ってからも続くとは思いもしなかったが、この夏が終わる頃には深雪たちと食事にすることができるだろうか。

 そんなことを考えながら、深桜は深雪から分けてもらった昼食を口にした。

 

 

 準決勝は幹比古の独擅場となり、幹比古と達也の活躍により一高の勝利で幕を閉じた。

 幹比古がやってのけた芸当によって、相手オフェンスがモノリスまでたどり着けないという事態となり、深桜はモノリスの前で立ち尽くしていた。

 

 ただ、小通連を使わずに済んだと言うのは喜ばしい事だろう。

 

 



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九校戦編 Ⅸ

 決勝は十五時半に行われることが決定した。

 大凡二時間のインターバルが与えられたことになり、それぞれが自由に時間を潰すことになった。

 達也は用事を済ませた後、深桜の元にやってきた。

 

 話すのは決勝のこと。

 準決勝、第三高校対第八高校の試合にて一条家の御曹司が分かりやすい挑発をしてきたとのこと。

 何でも、本来のスタイルである中遠距離からの飽和攻撃ではなく、十文字克人の戦闘スタイルを意識した試合運びをしたと。

 それはまるで、正面から撃ち合ってみろと言っているようだったと。

 

「それで、その誘いに乗ると言うわけね」

 

「ああ、そうだ。本来の距離では勝ち目が薄い。この誘いに乗るのが最も勝利の可能性が高いと判断した」

 

「………そう」

 

 少し間が空いたものの、返事を返した。

 達也にはその間が気になるところである。

 

「何かあるのか?」

 

「いいえ?貴方もちゃんと青春しているのね」

 

 返ってきた言葉に達也は意味が分からないと顔を顰める。

 今のやり取りのどこにそんなモノを感じたと言うのだろうか。

 そんな様子を隠すことなく見せる達也に、深桜はクスクスと笑いながら続けた。

 

「気にしなくていいわ。…ねぇ、達也。貴方が目指す空の色は何色?」

 

「…突然なんだ?」

 

 達也からすれば突然の話であるが、深桜からすればそうでもなかった。

 エリカと幹比古が富士山を見に、気吹を感じに展望台へと訪れている様に、深桜は空を眺めるために開けた場所を訪れていた。

 人差し指と薬指を中指にくっ付け、親指と小指を外に開くように右手を開き、宙へと手を伸ばしてみたりしていた。

 言うまでもなく、あの世界の事を思い出していたにすぎない。

 

 達也に空軍の知り合いがいて、その手の話をしたことがあるのなら話が通じたのだろうが、そんなことはなかった。

 何が言いたいのか分からないと言う達也の様子を見て、深桜は話を切り終えることにした。

 

「変な事を聞いてごめんなさい。…私は十五時近くまではここに居るわ」

 

「いや、別に構わないが…。俺は深雪のところに居るよ」

 

「そう。それじゃ、またあとで」

 

 深桜はそう言って、再び手を空に向けて手を伸ばす。

 そんな深桜の姿に不思議に思い達也は問いかけることにした。

 深い意図は無く、ただ、聞かれたことを聞き返しただけのもの。

 

「姉上が目指す空の色は何色なんだ?」

 

 別に、深桜は空を目指しているわけではない。

 一種の例え話の様なものだ。

 あの世界の人々が目指す空の色、目指した色。

 言葉通りの全力を出した深桜が辿り着ける場所を、その色とするのなら。

 

「ダークブルー」

 

 深桜は空を見上げながらそう答えた。

 誰しもがそこへたどり着けるわけではない。

 深桜の場合であれば、全力を出せる相手がいるわけではない。

 だからと言ってその歩みを止めるつもりはない。

 達也にこの意志が通じているとは思わない。

 

 

 ダークブルー さらにその上の高みへ

 

 

 ◇  ◇

 

 

 時刻は十四時半頃、深桜は作業車の方へ訪れていた。

 と言ってもやる事は限られている。

 腰に吊るしていた拳銃型のCADに登録していた起動式を全削除し、中の設定を初期状態に戻し、不使用のCAD群の方に置く。

 正面からの撃ち合いに応じるものとして認識してくれることだろう。

 腰に在ったCADが無くなれば、彼らは深桜が中遠距離での戦闘を放棄し、近距離戦に絞ったと判断してくれると期待している。

 深桜が披露したのは硬化魔法と術式解体の二つのみ。

 術式解体が登録されていた腕輪型のCADは準決勝で既に外している上、彼らにとっての不確定要素である拳銃型を外せば、深桜が望む判断を行ってくれるだろう。

 

 そう期待しながらこれらの作業を終え、深桜は控室へと直接向かう。

 たとえ、そう判断してくれなかったとしても構わないのだが。

 

 控室に辿り着くと、達也たちの他に、深雪たちが激励に来ているのが伺える。

 決勝のステージが草原ステージになったことを深雪から教えられた。

 障害物がないステージで砲撃戦を得意とする三高を相手にしなければならないということ、一条将輝が必要以上に達也の事を意識してくれているため、接近戦に持ち込めれば勝ち目があるということなどを話していましたと教えられた。

 

「そう、ありがとう、深雪。それじゃあ、達也。頑張ってね」

 

「他人事のように言っているが、姉上は一条を倒す方法を何か思いつかないか?」

 

 達也がそう尋ねたのは、勝てる可能性がより高くなる方法を取りたいからだ。

 魔法力の面で言えば、達也と幹比古より高いことは既に分かっている事だ。

 

「………接近して切り伏せる?」

 

 少し考えた後、深桜はそう返した。

 その返答は、達也たちだけでなく、激励に来ている人たちも求めているものではなかった。

 否、一人だけ違った。

 

「さすがお姉様です!たとえ一条家の御曹司が相手と言えど、自身の戦闘スタイルを頑な変えようとしないその姿勢に、深雪は感激しました!」

 

「それはほめているのかしら…?」

 

 深雪のよく分からない発言に真由美は思った事をそのまま言い放った。

 控室に何とも言えない空気が流れる中、深桜は小通連を腰に差し、深雪の頭を撫でながら、爆弾を投下する。

 

「なるようになるわよ。それに勝ち目は私たちの方が高いわ」

 

「…は?」

 

 深雪の頭をポンポンとした後、深桜は試合の開始時刻が近づいているため、試合ステージに向かうために控室の外へと向かう。

 達也たちの驚きの声が聞こえなかったかのように控室から出ていこうとする深桜に、深雪が声を掛けた。

 

「それはどうしてですか?」

 

「簡単な話よ。私が出場する以上戦闘不能による敗北がなくなるからよ」

 

 深桜はそう言い放ち外へと出て行った。

 達也と深雪はその言葉で、深夜から聞かされた数少ない深桜の話を思い出した。

 

 体中に銃弾を撃ち込まれようが、剣で刺されようが、「痛い」程度で大したダメージを受けない。

 そしてそれは魔法でも同様の事が言えるということ。

 

「…なるほど。確かに勝ち目は俺達の方が高いな」

 

 笑みを浮かべながら、達也は同意する発言をした。

 勝ち目はと言うよりかは、相手の勝ち筋が一つ潰えたと言える。

 それを受け、達也と深雪以外の面々が困惑を極めた。

 

「どういう事?深桜さんが防御用の魔法に特化しているってこと?」

 

 深桜の先程までの戦い方を思い出し、真由美は思い至ったことを口にした。

 魔法剣技はともかくとして、それ以外に用いたのは硬化魔法と術式解体の二つのため、そこに辿りつくのも無理はない。

 

「しかし、会長。司波深桜さんは刀以外装備していませんでしたよ」

 

 服部による補足により、余計に意味が分からなくなる。

 選手である幹比古はと言えば、達也と深雪の姉だから何かあるんだろうと考え、達観していた。

 

 深桜のことについては何も言わず、達也と幹比古は深桜を追いかけるように控室を出て行った。

 取り残された激励に訪れたメンバーは困惑しながら、応援席へと向かう事になった。

 その中で唯一、事情を知る深雪が悲し気な表情を浮かべていた。

 控室で深桜が自分の頭を優しく撫でたりしてくれたのは、次の試合での最悪の展開を予期してのことからなのかと考えずには居られなかった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 新人戦、モノリス・コード、決勝戦。

 選手の登場に大きく沸き、そして戸惑いの声も多数上がっていた。

 幹比古はフードを深くかぶり直しながら文句を言う。

 野次馬的な視線が集まっているのだから仕方ないだろう。

 

「何で僕だけ…」

 

「前衛の俺がそんな走りにくい物を身に付けてどうする」

 

「邪魔でしかないからねえ」

 

 恨み節とも言えるその言葉は二人にバッサリと切り捨てられた。

 取りつく島も見いだせず、幹比古はローブを外したくなったところである事に気が付いた。

 

「…今回は日傘を持ってきていないんだね」

 

「邪魔でしかないからねえ」

 

 全く同じ言葉で返されるが、そこに含まれる意味の違いに二人は気付いた。

 ローブは純粋に邪魔、日傘は持っている余裕がないのだと。

 

 

 対戦相手である、将輝とジョージは幹比古が身に付けているローブに警戒を示した後、深桜が刀以外のCADを装備していないことには喜びを表した。

 不確定要素が無くなり、当初の作戦通り事を運ぶことができると。

 

 本部席近くの観客席では思いがけない来賓にざわついていた。

 大会本部のVIPルームでモニター観戦しているはずの九島閣下こと九島烈が来賓席に姿を現したからだ。

 その理由は、「二人、面白そうな若者を見つけたから」ということだった。

 

 

 六百メートル向こうで三高の選手が喜ぶ素振りを見せたのを見ていた深桜はこちらの思惑通りに事が進んでいる事を確信した。

 彼らと同じように短絡的な判断を下したとも言えるが、正直、彼らが他に喜ぶ理由が分からないため、そう判断したのだ。

 正直、原作に添った戦闘を心掛けるべきかと、考えてしまう。

 幹比古の覚醒イベントの一つでもあるため、引っ込んでおくべきかとも考える。

 

 試合開始直前のこの時間は、深桜も例にもれず、迷いが生じていた。

 他の選手と違うのは、相手の実力が分からないことから湧き出る不安からの迷いではなく、大人しくしておくか否かということ。

 

「迷えば、敗れる」

 

 迷いを抹消せんと深桜が口にした言葉は、達也たちの中にもあったであろう迷いを失わせた。

 それから直ぐに、試合の火蓋が切られた。

 

 

 試合開始直後、両陣営の間で砲撃が交わされた。

 魔法による遠距離攻撃。

 それとは別に、第三高校陣営に雷撃が三つ降り落とされた。

 観客席は一部を除き、爆発的な盛り上がりを見せた。

 

 一部…第三高校の応援席は出来上がった現状に信じられないという思いから、第一高校の応援席は意外感に言葉を失っていた。

 

 それは仕方ない事だった。

 何せ、将輝以外の第三高校の二人がその雷撃で沈んだのだ。

 将輝もその事実に動揺を隠せずにいる様子が伺えた。

 咄嗟に障壁を貼り、防いだのは見事と言っていいだろう。

 

 現状を作り出したと考えられる深桜に疑惑の視線が向けられるのも無理はなかった。

 刀以外のCADが見受けられないのだから、仕方ない。

 そんな疑惑を晴らすためか、見せつけるように、両の腕を後ろに回し二丁の拳銃型のCADを髪の中から取り出した。

 

 それを身近で見ていた幹比古の顔が凄い事になり、エリカの周りが驚愕と爆笑している様を同時に見せるという器用なことをしていた。

 

「達也、援護は任せなさい」

 

 敵陣に向けて歩みを進めている達也に聞こえていないだろうが、深桜はその言葉を口にした。

 それは達也に聞かせるためと言うよりは、マイクを通じて観客席に聞かせる側面が大きかった。

 その言葉は深雪を大いに元気づけるものであり、悲しげな表情で観客席に訪れた深雪の表情は明るくなっていた。

 

 二人が戦闘不能の状態に陥ったため、将輝は防衛に徹することとなった。

 元々、中遠距離からの魔法攻撃を得意としているため、距離的な問題はなかった。

 

 右手のCADで将輝の攻撃を撃ち落とし、左手のCADで攻撃を行いながら達也は歩みを進める。

 それに対し、将輝は達也の攻撃の合間に飛来する雷撃の槍を防ぎながら、こちらに歩み寄ってくる達也に砲撃を行っていた。

 達也の攻撃は、魔法師が無意識に展開している情報強化の防壁で防げているため、問題ない。

 

(特化型に切り替えないでよかった)

 

 そう思いながら、将輝は芳しくない現状に顔を顰めずにはいられなかった。

 

 

 試合が進むにつれて当然、達也と将輝の彼我の距離は近くなる。

 そうなるにつれ、照準を合わせるのはたやすくなるもの。

 雷撃の槍を防ぎながら、強力な魔法を的確に撃ち続ける将輝の技量に感嘆し、展開される魔法を的確に撃ち落とし続ける達也の技量にはそれ以上の感嘆が人々から向けられていた。

 この二人に注目が集まるのも当然で、深桜と幹比古の両名には視線が向けられることが少なくなっていた。

 だが、将輝からすれば視線の先で、百メートル後方からこちらに歩み寄っている様子が見えていた。

 

 勿論のことだが、ジョージたちは数分経つと戦線に復帰できるようになってはいた。

 だが、動きを見せたその瞬間、的確に雷撃が二人に降り注がれるのだ。

 そしてそれを将輝は代わりに防ぐことはしなかった。

 

 正確にはできなかった。

 

 最初こそ防ごうと意識を動かしたが、その瞬間達也が走り出そうとするのが見えた為断念した。

 後ろの二人に意識を割けば、敗れることを直感的に察したのだ。

 

 

 状況は変わることなく、試合が進み、達也と将輝の彼我の距離は五十メートルを切った。

 その瞬間、試合に動きが起こった。

 といっても、それは三高にとっては全く嬉しくないことであり、一高からすれば、ですよね…、といった納得の感情が向けられた。

 

 達也が捌ききれなくなった将輝の攻撃を、深桜が捌く様になったからだ。

 そして達也が数歩進む間に、深桜が全ての攻撃を捌くように変わった。

 

 それは、達也が接近戦に持ち込める状況が整ったとも言えた。

 

 その代わり、深桜が防御に徹するため、雷撃の槍が飛ばなくなった。

 だが、その穴を埋めるように、幹比古が攻撃に参加しだした。

 このまま何もしないまま試合終了となるのは味気ないでしょう?と深桜に引き連れられてきた幹比古は、後ろの三高の二人に注意を向け、いつでもそちらに追撃が出来る様に気を配り、将輝に攻撃を仕掛ける。

 

 そんな中、達也は距離を一気に詰めるため、走り出す。

 

(勘付いていたのか…?)

 

 走りながら、達也はそう思ってしまった。

 何を、と言われれば、達也が勝ちたがっていることを。

 深雪が、誰にも負けてほしくないという願望を抱いていることに、達也は気が付いた。

 深桜がこうして力を振るって見せるとは思っておらず、達也は勝算の目処を立てることが出来ずにいた。

 

 しかし、考えることのできなかった状況が出来上がっていた。

 これを試合開始直後に作り上げてくれたというのなら、頭が下がる思いであった。

 

 

 最後の抵抗とでも言う様に、将輝が一瞬で放った十六連発の圧縮空気弾は達也と深桜の両名によりあっさりと吹き飛ばされた。

 接近し続ける達也に対し、将輝に迎撃という選択を与えないように、幹比古と深桜が攻撃を絶え間なく撃ち込み、達也の指パッチンとは名ばかりの音響兵器により、一高の優勝が決まった。

 

 

 試合が終わり、大きな歓声と拍手に包まれている中、幹比古が深桜に話しかけた。

 話題は、言うまでもなく、髪の中に仕込まれていたCADのことだった。

 既に歩き出していた達也がその話を聞いて、よく分からないモノを見る様な目を深桜に向けたのは仕方ないだろう。

 

 深桜が深雪に手を振っていたため、この話が行われていたのは当然、観客席前である。

 そこで幹比古は冗談で一言。

 

「もしかしてまだ何か髪の中に隠しているんじゃない?」

 

 その言葉は笑って流される思って口にした言葉だった。

 だから、この返しは予想外のことだった。

 

「よくわかったわね」

 

「えっ……。因みにそれって見せてもらえることはできる?」

 

「俺も気になるな」

 

 驚く素振りを見せることなく、笑いながらそう答えられたら気になるものである。

 彼らが予想していたのは、腕輪型か、タブレット型か、はたまた三丁目の拳銃型かと言うところ。

 

「いいわよ。…少し待って頂戴」

 

 深桜はそう言って何故か、深雪に向き直って大きく両手を振って見せる。

 周囲の生徒に声を掛けられていた深雪は、深桜のその手ぶりに気が付き、再び深桜たちに注目した。

 深桜があれだけ大きく動くものだから、他の観客席も何事かと注目する。

 

 そして、試合でして見せたように両の腕を後ろに回す。

 因みに、達也と幹比古は観客席側、言い換えるなら深桜の正面側へと移動していた。

 

 その動きにまた何か出すのかと、観客席側は勘付いたようで、謎の手拍子が始まった。

 次第に早くなっていく手拍子に合わせながら、軽く、上下に揺れていた深桜が、右手だけを前に晒し、手拍子を制した。

 そして満面の笑みを浮かべながら取り出し頭の上に掲げた。

 

 誰しもが予想することが出来ない、予想する事のないであろう、大鎌が掲げられ、再び観客席が大きく沸いた。

 まじかこいつというような目が向けられている気がしたが、深桜は気にしない方向で決めた。

 

 深雪が、大鎌に驚き目を丸く見開いている様子が見れたから、どうでもよくなったともいう。

 



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九校戦編 Ⅹ

 

 試合が終わるとすぐに、深桜は帰路に就いた。

 競技用CAD諸々と、使用した防護服やアンダーウェアといったモノも全て達也にぶん投げてきた。

 CADに登録されている起動式は見られたところで何ら問題ない。

 

「汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん」

 

 起動式を読み込む際、適切な解読をしなければ、魔法式が構築されることはない。

 解読方法を複数用意し、並列的に展開し、展開し終える時間差を利用し一つの魔法式を構築するという、演算力に物を言わせたふざけた起動式もある。

 展開が終える順番が前後したりすれば魔法式としての意味をなさなくなるように、絶妙な場所で区切りを設けているのだから質が悪い。

 それだけでなく、全く機能しない魔法式のような何かが構築出来るようにも作られているため、更に酷い。

 

 そんな風に、演算式を起動式に変換したり、既存の起動式を改造したりしている。

 普通に魔法が扱えるのなら、既存の起動式を改造する必要は全くないのだが、そうせざるを得ない、というのが現状だから仕方ない。

 無意識的に表層に影響を及ぼしている異能の影響だろうか、CADから送られてくる起動式を読み込み辛いのだ。

 魔法式の規模が大きくになるにつれ、当然、起動式の規模も大きくなる。

 起動式の読み込みに時間が掛かれば、魔法式の構築までの時間が自然と伸びるのも道理。

 それを解決するために、こんな滅茶苦茶とも言える魔法式を改造する羽目となった経緯が存在する。

 

 普通の魔法師からすれば、複雑難解な起動式となり、逆に時間が掛かる。

 深桜にとっては、読み込み辛い起動式の情報量を大幅に削減でき、演算力にものを言わせることで、結果的に魔法の高速化に成功している。

 それに加え、科学に転用することすら可能な演算式を隠すことにも繋がるのだから、深桜は面白いとすら感じている。

 解読できたとして、それを科学に転用できるのかと言われれば、それはこの世界の人達によるだろう。

 

 事実、CADを初期化する際、その起動式を見た達也が、好奇心を擽られ、解読に走り、達也の得意分野である術式解体だけはどうにか解読することが出来た。

 構築されるはずの魔法式を知り得ているがゆえに、その起動式の在り方を理解できた。

 それと同時に、深桜が自分でCADを用意すると言った本当の理由を察することとなった。

 

 そんなことになっているとは知らないが、深桜は先の試合を思い出す。

 登用していた異能は、変わらず、超電磁砲。

 あくまでも魔法の補佐の役割として登用したに過ぎないが。

 雷を降らせたり、雷撃の槍を放ったのは、四葉家の人間を始めとした様々な魔法師に、雷に関する魔法を得意とする魔法師だと誤認してもらうためである。

 

 生体電流を操作する形で精神干渉魔法を扱えるのではと、明後日の方向に思考を飛ばしてくれたら尚良い。

 

 試合については悪くなかったのではないかと深桜は思う。

 達也がフラッシュ・キャストという四葉の秘匿技術を使うことになったとは言え、「再生」という傍からみれば不可解な現象を起こさずにも済み、将輝にレギュレーション違反の威力の魔法を使わせることにならなかった。

 専門の研究者ですら目にかかる事が少ない超高等対抗魔法を扱う魔法師二人に攻撃をすることを許されない中、三人掛かりの攻撃を捌きながら、攻撃し勝ち筋を見出そうとしたその姿勢と技量は、目を見張るものだったはずだ。

 それだけでなく、一条家のお家芸である「爆裂」は封じられたと言えるステージであり、魔法競技という制限の中であれだけのことをして見せれたのだから、十師族の力を疑うような人間はかなり限られるはず。

 

 そんな人間がいるのだろうかと疑問に思いながら、深桜は自分が泊まっていた部屋の前で立ち止まった。

 部屋の鍵は亜夜子に渡した。

 肝心の亜夜子は通話に応じない。

 部屋の中に意識をやるとベッドに横たわっているのが分かる。

 寝ているのだろうかと思うと、深桜は何故か殺意が湧き出るのを感じた。

 

 亜夜子が寝ている事に対してではなく、部屋に入れない現状に対してだが。

 

 宿泊施設なのだから、寝ていることに文句はない。

 だが、前日の夜に連れ出されてから、CADを調整し、亜夜子に会い、CADを調整し、試合をこなし、と色々やったが、要は眠いのだ。

 

 このまま別の宿泊施設を探すべきかと思考を走らせていると、突然、部屋のドアが開いた。

 

「ご、ごめんなさい、深桜お姉さま。えっと、その…」

 

「…………構わないわ」

 

 深桜はそう言って何も見ていないかのように部屋の中に入る。

 そう何も見ていないのだ。

 一昨日の夜に寝間着として使用した衣服を亜夜子が着用しているのはまだ、どうにか、理解を示せる。

 だが、わずかに上気させた表情を浮かべているとなると話が変わってくるわけで。

 何をしていたのかといったことは尋ねはしないが、かといって完全に無視するのは不憫に思えたので話しかける。

 何かをしていたとは分かっていないが故でもある。

 

「…ここにまだ着ていないのもあるんだけどね」

 

「その…」

 

「んー?」

 

 言いづらそうにする亜夜子に先を促すと、何やら意を決し、それでいて恥ずかし気な表情を浮かべ一言。

 

「こちらの方がよりお姉さまの匂いに包まれている気がしますからっ…」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 使った衣服を手に取れる場所に纏めていたのが悪かったのか。

 せめて、使用していない衣服に身を包み、ベッドのシーツに僅かについた匂いで我慢してほしかった。

 かの風紀委員はベッドの匂いで我慢できていたと言うのに。

 それに少なからず汚れているであろう衣服を進んで身に付けるとは一体…と戦慄した。

 

 言葉にならないような奇声を発した深桜に対し、亜夜子は心配そうに駆け寄ってきた。

 そんな亜夜子の姿を見て、深桜はふと思う。

 

(好奇心は猫をも殺すってよく言ったもんね…。猫じゃないけど)

 

 もちろん身を滅ぼした覚えはないが、亜夜子から向けられる好意が、自身の好奇心が由縁と知っているとそう思わずにも居られない。

 これで深桜がノーマルで、その気が一切なければ、非常に悲しい世界が広がったことだろう。

 

「…大丈夫よ。私は風呂に入ってからすぐ寝るけど、亜夜子はどうするの?」

 

「えっ、お風呂にご一緒してもいいってこt」

 

「疲れてるからまた今度ね」

 

「やった!……家に連絡を入れたら、深桜お姉さまがここに泊まっている間はお姉さまと一緒に居ていいと言われましたの」

 

「それで?」

 

「その…、一緒に居てもいいですか…?」

 

「…そう、二日だけだけどよろしくね」

 

 深桜はそう言いながら、残りの二日の予定を考える。

 明日の夜の予定は変える気はないが、日中の予定を変える必要がある。

 黒羽の娘と大会会場に赴くのは避けた方が良いだろうから、この部屋でモニター観戦することになるだろう。

 そこまで、考えたところで、亜夜子と一緒に風呂入る約束したのは早まったかなーなんてふと思ったが、なるようになるだろうとその思いを振り落とし、風呂場へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 風呂から上がると、亜夜子がドライヤーとタオルを手に持ち待ち構えていた。

 確かに、膝下まで伸びたこの長髪の手入れに興味を示すのも深桜は分かる。

 自分でやるよりは、誰かにやってもらいながら話をするのが、深桜は好ましかった。

 やるのが面倒だとかそういった思いも少なからずあるが。

 

 だが、眠気は風呂に入る前より酷くなっているため、早くベッドに入りたかった。

 なので、髪の手入れを省くために態々用意した魔法を用い、過程を省略。

 

 恐らく、髪の手入れをするのを楽しみに待っていたのだろう。

 その光景を目の前で見せられた亜夜子が膝から崩れ落ちた。

 

 だがそれをスルーし、深桜はベッドへと向かう。

 流されたことに亜夜子は少なくないダメージを負う。

 まだ使用していない衣服の場所を教えたと言うのに、亜夜子が着替えていなかったからというのが、深桜の言い分である。

 

 横になってから亜夜子の方を見やると、まだショックを受けているのか床にへたり込んでいるのが見える。

 

「着替えたら一緒に寝てもいいわよ」

 

 亜夜子が演技でそうやっていようが別に構わない。

 それ以上に、そんなもんから着替えて欲しいという思いが強い。

 なのでこうして軽く餌を吊り下げれば、亜夜子は素早く着替えを済ませ、深桜の所へとやってきた。

 

 時刻は二十一時頃と寝るには少し早いが、亜夜子は一緒に横になるようで。

 それならと、深桜は亜夜子を引き寄せる。

 

 亜夜子は深桜に抱き着ける、深桜は感じることの少ない人肌を感じることが出来る。

 少し、暑い気はしなくもないが、深桜は、亜夜子を抱き枕として寝ることに決めたのだった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 新人戦優勝のパーティーは総合優勝のパーティーまでお預けとなった。

 主な理由としては、総合優勝の掛かった明日のミラージ・バットの準備で忙しいからであり、決して、モノリス・コードに代役として出場した深桜が姿を消したから延期したというような事情はない。

 

 新人戦から本戦に鞍替えがあったものの、深雪がミラージ・バットに出場することに変わりはなく、その準備をつつがなく終えた後、達也は深桜から渡されたCADの処理を行った。

 その際に見た複雑怪奇な起動式のうちの一つを解読  解読できたのは術式解体のみで他はサッパリだった  し終え、謎の達成感を得られた。

 作業をすべて終え、深雪たちのもとに戻るために歩いていると、達也は深桜にCADを渡されたときに掛けられた言葉をふと思い出した。

 

  そういえば、達也。『電子金蚕』という魔法、知っていて?

 

  知らない?どんな魔法なのかって?そうねえ…知っておいて損はない魔法、と言ったところかしら

 

 聞きたいことは聞けず、言いたいことを言って去っていく姉の後ろ姿に呆れてしまったが、あのような事を言って去ったのかが気にかかるところがある。

 どういった意味をこめてあのような言葉を残したのかは知る由もないが、意図的に魔法の内容を教えるのを避けたのだから、急を要して知るべき魔法ではないのだろう、と達也はそう判断した。

 

 この翌日、その魔法を知る事になるとは、このときの達也は全くといって予期していなかったのだった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 日が昇るより二時間程早く、深桜は目を覚ました。

 腕の中に亜夜子が収まっていることに気が付く。

 真夏と言うのもあるからか、暑くて寝苦しそうに唸っている様子が伺えた。

 冷房を少し強くしておくべきだったかな、と思いながら、深桜はベッドから抜け出し今日の予定をどうするかを考える。

 起こさないように、予想以上に強い抵抗を繰り広げる亜夜子を引き剥がすのには苦労したが。

 

 埋まっている予定はあくまでも夜だけであり日中は何も決まっていない。

 ふと携帯端末を開いてみると、深雪を始めとした面々から祝福を主としたメールが届いていた。

 深雪に至っては、深桜が軽く引くほどに称賛の言葉を並べた後、九校戦が終わったらちゃんと教えてくださいね、と記されていた。

 

 そんなメール群をそっと閉じ、深桜は亜夜子を見やる。

 見やったところで今日の予定が決まるわけではない。

 天気予報を見た所、昨日までの晴天とは打って変わり、曇天模様となるようで、外出しようか悩むところである。

 

 ミラージ・バットを鑑賞する、というのも一つの手だが、正直な話、深桜はこの競技の何が楽しいのかが全くと言って分からない。

 何かが楽しいのだろうということは理解は示せるのだが。

 

 そんな事を思いながら、深桜はこの周辺の町情報を調べている。

 九校戦に興味を示せない以上、別の予定を立てるためである。

 色々と情報を見ていると、ある事をふと思った。

 

(ジェネレーター回収する?)

 

 しかし、その考えはすぐさま棄却した。

 恋査というジェネレーターとは程遠いサイボーグの存在を知っている以上、あまり魅力的ではない。

 それに加え、独立魔法大隊の面々と鉢合わせる可能性が非常に高い、ということもある。

 

 どうしたものかと考えるも、案は浮かばず、それとなくモニターの電源を付けた所、都合がいい事にこの町の食事処の特集を組んでいた。

 今日の予定が決まった瞬間だった。

 

 食べ歩き。

 

 これに付き合わされることとなった亜夜子はかつてないほどの強敵と戦うこととなる。

 深桜は色々と美味しいモノをゴスロリ美少女と食したことに満足したそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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九校戦編 Ⅺ

 旧長野県との境に近い旧山梨県の山々に囲まれた狭隘な盆地に存在する地図にも載っていない名も無き小さな村の中央に位置する広い屋敷に、モノリス・コードに深桜が出場すると知って、観賞しないわけがない女性がいることを忘れてはいけない。

 亜夜子から連絡がなければ、そのことを知る事はなかったのだが。

 その他五名が映った時と深桜が映った時の真夜のテンションの差があまりにも酷く、珍しく近くに控えている葉山が少し引いていた。

 

「四ヶ月見ない内にここまで魔法力が育つとはねえ。葉山さんもそう思わない?」

 

 全試合が終わり一息ついた所で真夜は葉山に声を掛けた。

 人並み外れた深桜の学習能力を思い出しながら、葉山は真夜のその言葉に合意する。

 

「折角なら、粒機波形高速砲?でしたっけ?それも見てみたかったわ」

 

「真夜様、その魔法は…」

 

「分かっているわよ。お遊戯会で使っていい魔法じゃないことぐらい」

 

 粒機波形高速砲  原始崩し(メルトダウナー)

 

 決して人に気安く撃って良いような魔法ではない。

 超電磁砲共々威力はかなり落ちていると言えど、人体を吹き飛ばすことぐらいは出来る。

「電子制御系の超能力を持っている事は確定、と見て間違いないでしょうな」

 

「ええ、そうね。深桜さんとしては、魔法特性として見なして欲しかったみたいだけど」

 

 何故、真夜と葉山がそのような結論を出したのか。

 四葉家にて立てられた幻想殺し(イマジンブレイカー)の仮説の一つとして、幻想殺し(イマジンブレイカー)は超能力の暴走を防ぐためのリミッターである、というのがあった。

 その仮説に付随する形で、「分解」と「再生」は元々深桜が所有する超能力だったが収まらずあぶれ達也の魔法演算領域を占有した、というのも存在する。

 ただ、この仮説は棄却されていたのだが、亜夜子の心変わりと深桜が魔法を扱えると判明したことが大きく影響し、再度浮上することとなった。

 決定的となったのは、深桜の魔法に対して見せた適応力の高さというべきか。

 ほとんど知らないはずの魔法という分野を、自分の庭のように闊歩する様を見せつけられれば、先の仮説の信憑性が増すのも仕方ないことだった。

 

 また、深桜の事を深く知っている二人、ということもこの結論に達した大きな理由の一つだった。

 深く知っている、と言っても、他の人と比べて、の話だが。

 寧ろ、二人でなければ、深桜の魔法特性と見なしていたことだろう。

 

「深桜さんは何か隠し事をしている時にでる癖を直すべきよね」

 

「思考を誘導したい時、とも言えますな」

 

 そう言いながら、真夜と葉山は深桜の変わらぬ部分を微笑ましく思う。

 真夜は深桜の母になりたいと言う思いから、深桜の細かい部分に気付く様になった。

 では、葉山も同じかと言われれば、決してそんなことはない。

 先代から四葉家当主に仕えていたということもあり、深桜が今回の様に何かを企んでいる際、その姿に僅かな違和感を感じ取れたのがきっかけである。

 そのことを真夜に伝えてみると、そのときに出る深桜の癖を教えられたという経緯である。

 

 断じて、真夜と同じ理由で深桜の癖に気付いたわけではないのだ。

 

「しかしこうなると、深桜殿の魔法特性が気になるものですな」

 

「超能力を元に組み立てたであろう魔法を使ってまで隠そうとしているのですから、よほど常軌を逸しているのでしょう」

 

「深桜殿の部屋を調べれば、何かわかるやもしれませぬが…」

 

 深桜の領域と化した離れが存在する方向に二人は目をやる。

 そこは一体の人形がセキュリティーとして存在している。

 正式名称:完全自律型上海人形「ファイブオーバー」通称、上海。

 シャンハ∸イシャンハ∸イと可愛い声を出しながら巡回している。

 

 深桜曰く、最高傑作。

 

 その時見せた深桜のドヤ顔を思い出し、悶絶している女性がいるが気にしてはいけない。

 

 深桜曰く、そのへんの軍隊より上海の方が強い。

 

 どこからどう見ても普通の人形にしか見えないが、侮るなかれ。

 ISコアがどうとか深桜は言っていたが、仔細な情報の一切が秘匿されているコアを埋め込んだ人形。

 知る由もないが、コアは未元物質(ダークマター)も用いて開発されている。

 深桜の能力を受け継いだ「反逆者」が生まれるのを防ぐように調整された結果、本来の未元物質(ダークマター)と打って変わり、深桜にとってたいへん都合の良い物質の生成能力となっている。

 本当にこの世界には本来存在しない新物質  魔法科世界には存在しない物質を作り上げることが出来るわけで、深桜は基本的にこの力を使わないように決めている。

 あまりにも便利すぎる…のが悪い。

 

 真夜と葉山には、五メートル前後のカマキリを虚空から出現させる様を見せている。

 そのカマキリがどれだけの性能を誇っているのか、というテストなどは行っていないが、上海を紹介している時の深桜の有り様を鑑みれば相当ヤバい代物だということだけは十分伝わっていた。

 

 先日亜夜子が訪れた際は、上海に見張られ誘導を受けながら、持ってくるように言われた代物を回収している。

 浮遊する人形を追いかけるゴスロリ少女の光景はキッチリと録画してある。

 

「娘の部屋、漁ってみたいけど、深桜さんに嫌われたくはないわね」

 

「意外と聞けば教えてくれるやもしれませぬぞ」

 

「そうだといいけど」

 

 真夜はそこで話を切り上げた。

 深桜の異常と言うべき技術力の高さは、幻想殺し(イマジンブレイカー)の先にある何かの一端であるのだろう、そんなことを思いながら真夜は一つの手帳を取り出す。

 手帳の中身は予定表。

 深桜が帰ってくる日は近い。

 限られた時間で、深桜とどう戯れようか、どれだけ戯れられるだろうか、それは真夜が立てる予定に全て掛かっている。

 

 一条の御曹司が敗れたことで十師族会議が行われることとなり、真夜が僅かながらに切れたことを葉山以外の誰も知らないことだろう。

 

 

 ◇  ◇

 

 

「ジャッジメントですの!」

 

 時刻は六時過ぎ。

 とある宿泊施設の一室にて、そう宣言する令嬢の姿。

 ビシッと腕に巻かれた何も書かれていない布切れを見せつけるように立ちながら、どこか目が泳ぎ、僅かながらに赤面している。

 因みに、テイク四。

 

「…ジャッジメントってなんですの?」

 

 そんな事をさせていた深桜が満足したところで亜夜子がそう聞いてきた。

 

「風紀委員?かしら」

 

 風紀委員?と二人で首を傾げる。

 亜夜子は風紀委員とジャッジメントが繋がらず、深桜はあの仕事は風紀委員の仕事と呼んでいいのだろうかというズレはあるが、二人して首を傾げたのが意外にも面白く、笑いあった。

 

 亜夜子の着替えを亜夜子の双子の弟にあたる文弥が届けることになっていて、彼が到着するまでの暇を潰している。

 と言っても、連絡を取ったのはつい先ほどの事であり、それなりに時間が掛かる事だろう。

 そんなに急いで出かけようとしているわけでないわけで構わないのだが。

 

 深桜は満足したところで、無理を言って彼女からしたら意味不明なことをさせられた亜夜子を放ったらかし、残った布切れなどを利用し何か小物を作りはじめた。

 中々、自分勝手な行動をしているが、それに追従するように深桜の髪を弄り始めるのだから、二人にとってやりなれた流れなのだろう。

 黙々と手元を動かしている訳ではなく、基本的に亜夜子が話し、深桜が聞きに回るというのが二人のスタイルである。

 亜夜子がある程度話し終えた所で、深桜は今日の日中の予定を話す。

 具体的に何処で何を食べるといったことは決まっていないが、食べ歩き、この言葉で大体わかってくれるだろう。

 

「…私はお姉さまと部屋でゆっくりしていたいですわ」

 

「それじゃ、亜夜子はお留守番ね」

 

「私の話聞いていました!?」

 

「亜夜子は部屋、私は外出、そうでしょう?」

 

「私は、お姉さまと一緒に過ごしたいのです!」

 

「それじゃ、亜夜子も一緒に行くのね?」

 

「はい!……あれ?」

 

 

 

 ミラージ・バットで墜落事故が起きたころ深桜と亜夜子は対峙していた。

 亜夜子に文弥も誘ったら?と提案したのだが、なにやら追い返したらしい。

 

「お姉さま!いくらなんでもその服装はダサいです!」

 

「ダ、ダサい…?」

 

 深桜の今の服装はどこぞの竹林にすまう薬師の服装である。

 銀髪ではなく、白髪である点を除けば、それなりにきっちりとしたコスプレが出来たと自負している。

 コスプレと自負しているあたり、ダサい事はそれなりに自覚している。

 しかし、この一線だけは引く気は一切ない。

 

「んー…そうねえ。それじゃあこっちにしましょうか」

 

 そう言って深桜が取り出したのは、どっかの魔神が着けていた服…服?である。

 その服…?を見て亜夜子が明後日の方向に叫んでいるのが見えるが、冗談で取り出したのにそういった反応をされるのは予想外である。

 深桜としても、流石に外にこの服?を着ていこうなどと思わない。

 

「……なにかこう、そう!普通の服は無いのですの?」

 

「普通かは分からないけど、真夜さんに買ってもらった服はあるわ」

 

「それは止めておきましょう!」

 

「そしたら、こんな服以外ないわよ?」

 

「えっ!?」

 

 お姉さまの服のセンスが…などと言っているのが聞こえるが、コスプレに重点を置いている関係上仕方ないというしかない。

 何もコスプレにはまったとか、そういうわけではない。

 

 強者たる者、服装はダサくなくてはならない。

 

 そんなふざけた信条の下、動いているにすぎない。

 何せ、冬服は兎も角としても第一位様がウルトラマンしているのだから。

 

 結局、真夜から買い与えられた服に着替え、出かけることに決まった。

 

 

 

 深桜と亜夜子はとある喫茶店にてケーキを食べていた。

 本来、この店に立ち入る予定はなかったのだが、店名が「あんていく」だったのを見て、入らないという選択肢を取る理由はないだろう。

 当然、といってはあれだが、名前がかの喫茶店と同じなこと以外、何の変哲もない喫茶店だった。

 九時には開店していたのは、深桜たちにとって好ましいことだが、まさか、本日初めて食するものがケーキになるとは、考えもしていなかった。

 

 コーヒーを楽しんでいる最中、声を掛けてきた青年男性二人組を店外に容赦なく叩き出していたが、それ以外はいたって普通である。

 ここの店長が凄いのか、葉山が凄いのかは分からないが、ほぼ同等の代物を提供され、楽しんでいた時に起きた出来事だったので、あまり気にしていない。

 亜夜子が嫌悪感を丸出しにしてから、叩き出すまでの手際が異常だったぐらいである。

 ここの店長ロリコンなのかと疑念を抱いてしまうほどの手際だった。

 

「…?」

 

「お姉さま、通話ですの」

 

 携帯端末に表示されている名は司波達也。

 時間を考えれば、九島閣下と対峙した頃だろうか。

 そうであれば、この通話の用件は電子金蚕に関する話と考えられる。

 ここで通話に出ない、という選択を取る事ができるが、それをすると最悪、無頭竜と繋がっていると取られることも考えられる。

 それはそれで面白そうだが、ここは通話に出ることにする。

 

『……もしもし、姉上?』

 

「…何?」

 

『一つ聞いておきたいんだが』

 

「確認?」

 

『そろそろ深雪が出場する第二試合が始まるんだが、会場には着いているか?』

 

「えっ?」

 

『まさか…』

 

「言ってなかったわ。私、ミラージ・バットという競技がよく分からないので、町に繰り出します。試合、頑張ってね。と深雪に伝えて頂戴」

 

『待ってくれ姉上。まさか、会場に向かってすらいないのか!?』

 

「そのまさかよ」

 

『正気か』

 

「どうして正気を疑われているのかしら」

 

『贔屓目抜きに見ても稀有な美少女で、有り余る才能を抜きにしてもその場にいるだけで注目を集めずにはいられないという天性のアイドル、いや、スターと言っていい深雪が、スポーツ系魔法競技の花形と呼ばれる、ミラージ・バットに出場するんだぞ!?それを観ないなんて、本当に深雪の姉なのか!?』

 

「…………」

 

『いくら競技の魅力が分からなくとも、観戦するのが、身内、それも姉の役割じゃないのか!?』

 

「さっきの言葉のインパクトが強すぎて、今の正論じみた訴えが陳腐なものに聞こえるわ。不思議ね」

 

『…町に繰り出すと言っていたが、深雪より優先する用事がこの町にあるのか』

 

「用事と言うか食べ歩きするだけだけど」

 

『食べ歩きだと?深雪と食べもの、どちらをとるかと言われたら姉上は食べものをとるというのか!?』

 

「そうね」

 

『よし、姉上。一旦、冷静になろうか』

 

「その言葉そっくり返すわ」

 

『目を惹かずにはおかない、十人が十人、百人が百人認めるに違いない可憐な美少女とこの町の食べもの。どちらか一つを無人島に持っていくならどちらを取る?』

 

「美少女ね」

 

『姉上も本当は分かっているじゃないか。なら、今すぐに会場に向かうべきだ』

 

「意味が分からないわ」

 

『いや、単純な意味しか込められていない』

 

「…因みにどういった意味かしら?」

 

『深雪の応援に来てくれ』

 

「最初からそう言って欲しいわ」

 

『…来ないのか?』

 

「一応言っておくけど、食べ歩きのついでに叔母様へのお土産探しを兼ねているわよ」

 

『何…?』

 

「深雪と叔母様どちらを優先すべきでしょうね。私は」

 

『……深雪には叔母上からの急用が入ったと伝えておくよ』

 

「そうね……応援に行けなくなって非常に残念がってたとも伝えるのよ」

 

『分かった…。伝えておくよ』

 

 

 通話が切れて直ぐに亜夜子から心配の声が掛けられた。

 

「…お姉さま。大丈夫ですの?」

 

「え、ええ…。大丈夫よ」

 

「お姉さま、目が死んでおりましてよ」

 

「今の通話を経て、生き生きした目をしていないだけマシです」

 

 考えもしていなかったお土産探しを予定に加え、深雪たちにもあげるお土産を探そうと決意したのだった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

『これはまさか、Demon Right!?』

 

 真夜中になる前、横浜市内にて行われた粛清。

 それを観測し続けている深桜の姿も横浜市内にあった。

 達也がいる場所と、無頭竜がいる場所、その両方を観測するにたる場所を見つけるのに少し時間が掛かったが、一連の様子を見ることが出来たので良しとした。

 深桜が背負っているケースには狙撃銃が収められているが、その出番が訪れることはなかった。

 結果的に、亜夜子に持ってこさせた物は一度も活躍することは無かった。

 

 彼らを分解することなく始末し、魔法師の脳を弄ってみたいという思いが少なからずあった。

 ついでに彼らの記憶を抜き取り、裏を取るべきではないか、という考えもあったが、ここに辿り着いてから取りやめることとした。

 よくよく考えてみると、達也から四葉家に依頼する、という手段は無に等しい。

 

 深桜の場合は真夜か亜夜子に放り投げるという手段が取れるが、そのことを達也が知っているはずもない。

 

 そういった事情もありつつ、また、今となってはどうでもよくなっているが、さすおに!を観たいという目的があったなあ、なんてことをふと思い出し、無頭竜の幹部が分解される様を見ることにしたのだ。

 

 少なくともそれを目的としていたはずなのだが、感慨深さというものはあまりない。

 

「帰りましょうか…。亜夜子を待たせていますしね」

 

 深桜はそう言いながら、今の今まで座していたドラゴンライダーに跨った。

 いつ、免許を取ったのかと言われれば、この何とも言えない四月から始まった生活の合間に取得した。

 果たしてこれをバイクとして扱っていいのかという疑問はあるが、あくまでもバイクである。

 たとえ、最高時速が1050㎞、ボディにジェットエンジンやリニア機関などが搭載されていようが、バイクである。

 ライダースーツ型駆動鎧は装着していない為、そのポテンシャルを発揮することは出来ないが、そんな速度で街中を走る気は更々ないので問題ない。

 

 余談だが、上海の武装にも追加されている。

 駆動鎧の中に入るのが上海人形というシュールな光景が見られる。

 

 何はともあれ、深桜の九校戦は幕を閉じた。

 



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夏休み編
夏休み編 Ⅰ


深桜の身長は171㎝
深雪と達也の大体中間部分。


 

 

 八月十四日

 九校戦最終日の翌々日。

 結局と言っては何だが、先のミラージ・バット本戦の応援に駆けつけなかったことを深雪に責められた日の翌日。

 

 達也と深雪と共に深桜はショッピングタワーに来ていた。

 

 元々、達也が深雪のミラージ・バット優勝のご褒美に何か深雪が欲しいモノを買ってあげる予定を立てており、紆余曲折あった末、今回のお出掛けに同行することで応援に来なかった件は全て水に流してもらえることになった。

 元々深桜は更に翌々日の帰省に向け部屋の掃除や準備をしようとしていたのだが、今、横を歩く深雪の上機嫌な様子を見たら翌日に掃除などを回したのは間違いじゃなかったとも思えてしまっている。

 

 深雪の衣装は袖がシースルーとなった濃い色のブラウスにくるぶし丈のスカートにサンダル、頭につば広のストローハット。

 それに対し達也は 省略させてもらうが、深雪に似て、首から上と手首から先を除いて外気に触れない出で立ちとなっている。

 そんな深雪と達也と打って変わった装いをしているがいつもの事である。

 二人はいつもの事と言えるほど場数は踏んでいないにも拘わらず、それとなくこういった人間なのだろうと、変に理解されてしまったのは素直に喜べないのだが。

 

 そんな適応力の高さを見せられた深桜の衣装は、空の境界の主人公:両儀式が着ていた白い方の着物、あの装いを思い出してくれたらいいだろう。

 髪はローラ・スチュアート風にまとめている。

 

 因みにこの着物は、合格祝いと入学祝いを兼ねた贈り物として真夜から頂いた物。

 着物を買ってあげると言われ、深桜自身がある程度方向性を指定したりした内の一枚。

 雫の振袖姿を見た日、存在を忘れていたのを思い出した。

 逆を言えば、忘れ去られていた。

 細かい装飾は覚えていない、ということもあり、それっぽい感じの着物である。

 

 余りにも方向性が二人と違うにも拘わらず、深雪に選ばせたあたり深桜の意地が悪い部分がでたと言えよう。

 他に提示した選択肢が、堕天使エロメイドと元天草式十字凄教女教皇の奇抜な装いの二つというのはあまりにも酷く、また、深雪が賢明な判断を下したことを褒め称えるべきなのだろう。

 

 傍から見れば、着物を着た女性をお姉様と慕う美少女とその二人の後を追うボディガードもしくは付き人の男性、といった構図が出来上がっている。

 達也の立ち位置がブレる以外は、あながち間違いではない。

 

 女性が買い物好きなのは変わらず、特に若い女の子がショッピング好きなのは相変わらずだ。

 女の子の買い物のパターンはいくつかあるようだが、深雪は本命の買い物を真っ先に済ませるタイプのようだ。

 九校戦の行きと帰りのバスで真由美が見せたサマードレス姿に刺激を受け、夏物のワンピースが欲しくなったのではと、深桜は達也から聞かされた。

 サマードレスは帰りも着てたんだと思ったのは秘密である。

 

 深雪が先導するように二人を連れてきたファッションビルのブティックに表示されている露出の多いサマードレスを見て、達也はそう判断したようだ。

 

 妹もたまには冒険していいんじゃないか、と達也は思いながらサマードレスを着せられたマネキンを見ていると深桜が不穏な発言をした。

 

「達也はこういうのが好きなのかしら?……あぁ、試着したいのね?」

 

「違う、そうじゃない」

 

「照れなくていいのよ?」

 

 かすかに笑みを浮かべながらそう続けた深桜を見て、達也は揶揄われているのだと察し、姉上、と一言だけ返すのが精一杯だった。

 その話の的となったサマードレスの値段を見て怯んだ表情を見せた深雪は、現実から逃避するように姉上側に立ち参戦する。

 

「お兄様でも着れるサイズがあるか聞いてきましょうか?」

 

「……深雪、姉上の戯言に付き合わなくていい。後、遠慮は要らないよ。俺の収入は深雪の知っての通りだから」

 

 値札は昔と変わり、AR技術を用いた仮想タグによるものとなっており、情報端末のARアプリを使わなければ確認できない。

 姉に可愛がられながらも深雪が何を見て怯んだのかを正しく理解した当たり、流石である。

 深桜と達也の二人も、既に仮想タグに記されている情報は確認している。

 そこに書かれた値段は達也の予想を外れたものではなく、また、深桜には少なくない驚きを与えていた。

 深雪のお眼鏡に適った店なのだ。

 安物が置いてあるはずがなかった。

 しかし、高いといっても所詮はヤング、ティーン向けのプレタポルテ。

 オートクチュールほど法外な金額ではなく、トーラス・シルバーの片割れたる彼にとっては、まるで負担に感じない金額であった。

 

「参考までに聞かせて欲しいんだが、姉上が今着ている着物はどれくらいしたんだ?」

 

「…深雪の為に聞いているんだろうとは思うけど、答えられないわ」

 

 深雪が躊躇いを捨て、立体ハンガーやマネキンに着せられているサマードレスを吟味していったのを確認した後、達也はそう尋ねた。

 深桜の言う通り深桜が着ているような着物を深雪に与えたら喜ぶのではと、達也は思ったが故に聞いたのに間違いはなかった。

 様々なサマードレスの値札を確認し、その値段に何故か感心しながら深桜は答えとは到底言えない答えを返す。

 ワンピースを吟味している深雪の様子を確認しながら、達也は聞き返した。

 

「答えられないほどのものなのか?」

 

「違うわ。知らないから答えられないだけよ。ただ、言えることが一つだけあるわ」

 

「なんだ?」

 

「安物ではない。絶対に」

 

 あくまでも深桜の予想でしかないのだが、あの真夜が安物を買い与える姿が思い浮かばない。

 ただでさえ、真夜から買い与えられてきた服は値が張るものだったことを考えれば、祝い事として贈る着物にお金を掛けない真夜が想像できない。

 この着物について色々と指定していた際に、オートクチュール…という単語を真夜が出していた気がしなくもないため、深桜はこの着物がいくらしたかなど考えないようにしている。

 

 店の中を見て回り、何着か指を差し試着したいと深雪が申し出ると、店員が満面の笑みで頷いているのが見えた。

 その営業スマイルに、深雪を店のPRに使いたいという意図が潜んでいるのを感じる。

 深雪がその手の下心が向けられるのは珍しくはない。

 達也が深桜が聞き取れるぐらいの小さな声で、深雪を不特定多数の邪な視線に晒したくないという本音を深桜に晒した。

 その本音に深桜は頷きながら、それは七草の領分じゃない?、と失礼なことを考えてしまい、本音が見え隠れする言葉を落とした。

 

「真由美ならやりそうよね」

 

 達也はその言葉に何故か納得できてしまう。

 敬称が抜けているあたり、深桜が真由美をどう見ているのか察してしまえるあたりが何とも言えず、達也は話を戻した。

 

「…安物ではないことは分かるが値は知らずに買っていると」

 

「そうよ。私があっちに居た時は執事長が用意してくれたから」

 

 深桜が欲しいモノのリストを真夜に渡して葉山が用意する、といった流れで深桜は物を手にすることが出来た。

 さも当然のように葉山に用意させていたというのだから、達也は深桜が四葉家本邸でどういった扱いを受けているのかが気にならずにはいられない。

 金に糸目を付けぬ生活をしている、という話は聞いていないし、聞こえてこなかった。

 そもそも達也が知る限りでは、そんな生活を出来る立場に深桜はいない。

 だがここで話すような話でもないため、そこで話が途切れた。

 

 偶然か話が途切れるのを待っていたのかは分からないが、深桜の斜め前に顔色を伺うような目つきで深雪を案内した店員が立った。

 用件は深雪の方を見ていたから何となく分かっている。

 

「何かしら?」

 

「お客様に少しご相談が…」

 

 威圧した覚えは無いのだが、腰が引けているように感じる。

 達也が参考程度に聞いた値段不明の着物という話と相まってか、深桜がサマードレスに向ける冷めた視線と値札に向ける驚きの視線を見ると、この値段でこの商品か…と呆れられているように見えなくもない。

 腰が引けていようがいなかろうが、気が引けていようがなんだろうが、深桜が取る選択肢は一つであるが。

 

「達也。対応しなさい」

 

 達也に丸投げ。

 深雪に関する事なら達也におまかせ。

 

 ~達也、相談中~

 

 店員と達也の相談が一段落ついたころ、別の店員が深桜の所にやってきた。

 そちらも達也に丸投げしようとした所、達也に連行されるように深雪のいる試着室に連れいていかれた。

 

 深雪がどこか恥ずかしながらワンピース姿を見せ、正直すぎる感想を言う達也、恐らくであるがそのやり取りに年上である店員が顔を赤く染め、その様子をどこか冷めた目で、それでいて微笑みは忘れずにと器用に見守る深桜。

 

 目が死んでいないだけマシである、などと言い訳しながら、深雪のファッションショーを深桜は眺め続けた。

 

 基本的に達也の誉め言葉の口撃で試着室へと撃退されていく深雪だったが、数着着替えるごとに深桜に向けてどうですかと尋ねてくる。

 辿り着いた先がコスプレという自慢できない深桜に感想を述べよというのは酷とも言えるが、深桜の経験がものを言った。

 思い出すは着せ替え人形と化していた日々。

 真夜から掛けられる言葉の数々。

 最終的に可愛いしか言わなくなっていたのは忘却の彼方に追いやる。

 

 結果として、達也と同様に撃退に成功した。

 深雪のファッションショーを遠巻きに見ていた、一人で訪れていた女性客、女性のみで連れ立った客が、別の意味で羨望の眼差しを深雪に向けるようになった。

 別の意味合いが付加された、というべきか。

 幸運と言うべきか、深雪は自身に集まる眼差しを自然と無視するようになっていた。

 そうでなければ町を歩くことが出来なくなるとはいえ、それが結果的に深雪はその眼差しに込められた意味に気付くことがなかった。

 

 

 最終的に二着のワンピースと三着のドレスを購入することとなった。

 いつ着るんだろうと疑問に思う深桜だが、数々のコスプレ衣装を作る自分も大概だと気付き、何も言わないことにした。

 

 

 ◇  ◇

 

 

「素敵な彼氏は可愛い彼女に。可愛い彼女は素敵な彼氏に。お似合いのお二人に、甘い一時を」

 

 テーブルには四号サイズのアイスケーキが一つ、スプーンが二つ、取り皿は無し。

 スプーンは柄が不自然に長く、自分で食べるには向いていないと思えるモノだ。

 ウェイターは芝居気のある落ち着いた声で二人に低く囁いた。

 こういう場所柄だからこそ、用意された台本にそう書かれているのだろう。

 

「ごめんなさい。私たち兄妹なんですが…」

 

 照れて見せながら、それでいてどこか冷めた目をしながら深雪がそうウェイターに告げた。

 仕方ないとはいえ、注目が集まっていたこともあったのだろう。

 深雪のその言葉に店の中が凍り付き、気障なセリフを言わざるを得なかったウェイターの戦き凍り付いたその表情と心境に達也は同情を禁じ得ない。

 

 申し訳ございませんと一言告げて席を離れ、裏方に回っていたのだろう店長にどうしたらいいんですかー!と焦り声を上げているのが聞こえた。

 あまりにも店内が静まり返っていたために聞こえてきたのだが、店長の焦り声も聞こえてくるため不謹慎にも面白いと達也は思ってしまった。

 

 

 そんな昼食を終えた後、二人は深桜と合流した。

 元々、三人で外食する予定を立てていたのだが、深桜の秘技・真夜のお使いにより、深桜が用事を済ましている間に、二人で食事をとる事となった。

 愚図る深雪をパスタハウスに押し込み、一仕事を終えたと深桜は汗を拭う動作を見せたが、冒頭のような結果に至るとは思いもしなかった。

 

 深雪・達也来店⇒女優・芸能プロ社長来店⇒社長、深雪に絡む⇒社長、恥を掻かされる⇒女優、社長を一瞥もせずお帰りになる⇒尻尾を巻いて逃げる社長

 

 と言った流れの後、食事になったそうだ。

 そして今、尻尾を巻いて逃げた芸能プロ社長が深桜たちの前に立っていた。

 最初こそ、先ほどいなかった深桜を見て、和服の女性…?と固まっていたが、連れの一人が耳打ちし気を取り直していた。

 

「さっきはよくも恥を掻かしてくれたな」

 

 人相が悪く体格のいいお伴四人を引き連れて、青年は開口一番そう言った。

 声量は抑えられているが、今にも喚きだしそうな、そんな不機嫌さを醸し出していた。

 

「さっきも言った。お引き取り願おう」

 

 達也からは喧嘩を売るつもりは毛頭ないが、平和的とは言い難い。

 さすがに「そんな器量だから女に逃げられるんだ」というフレーズは口にはしなかったが。

 ここでいう女は言わずもがな社長に一瞥もくれず一足先に店をあとにした女優の事である。

 

 

 この女優、一足先に店をあとにした所、深桜と出くわし紆余曲折あった結果、深桜の手駒となった。

 

 深雪と比べれば見劣りするのは当たり前とは言え、この女優を野放しにしておくのは惜しまれた。

 彼女はその美貌だけでなく、人並み外れて鋭い感性と歳に似合わぬ演技力でスターの座に上り詰めた。

 もっとも、そんな彼女が来店しても誰一人として気が付かなかったようだが。

 彼女は生まれ持った外見に胡坐をかかず、容姿を更に磨き上げるために生活習慣を固く守り、美しく見せる立ち振る舞いを研究し、貪欲に演技を学んできた。

 そんな自負があり、今の地位をつかみ取った。

 そして、第二の本能となった演技で彼女は自らの魅力を演出する。

 

 偶々、偶然、深桜が彼女を見つけたからとなれば、こんな面白い人材を見逃すはずがない。

 かといって、亜夜子の様に時間を掛けてどうこうすることは不可能に近い。

 

 そんな深桜が取った行動は、全部月島さんのおかげ、ならぬ、全部深桜のおかげ、作戦である。

 正確には、少し違うが。

 彼女の今までの選択という選択はこれから出会う誰かの為に選んできたこととなり、そしてそれが今日、その誰かが、深桜だった。

 そしてその誰かに自分の全てをささげるべく生きていたと。

 

 そう彼女を改変した。

 

 記憶を在り方を生き方を。

 

 彼女が違和感を覚えない様に、それが当たり前だったように、彼女の望み其の物だったように。

 

 

 良い拾い物をしたなあとか、心理掌握の使い勝手が良すぎて酷いなとかそんなことを思っているうちに、達也が件の社長の付き人四人を叩きのめした後だった。

 呆けていた深桜を心配する深雪に大丈夫よと対応していたところで、警官が到着し事情聴取として署についていくこととなる。

 ただ一部始終、蚊帳の外だった私から何を聞こうというのだろうか、と深桜は一人困惑していた。

 恐らく深雪のおかげで長時間もの間、警察署に引き留められなかったのだろうか、深桜は一人でに深雪に感謝していた。

 感謝の意を示すために過剰なスキンシップを取り、照れた深雪に家でおもてなしされるというよく分からない展開が広がったのだった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 八月三十一日

 打ち止めに仕掛けられたウイルスを除去したわけでもなく、アステカの魔術師とやり合うこともなく、闇咲逢魔とファミレスで出くわすようなことも当然ない日の朝。

 深桜は四葉家本邸から深雪たちが住まう家に帰還する前に、銀行に訪れていた。

 先の事件が起きない代わりといっては何だが、偶然にも達也と深雪と出会った。

 銀行を訪れた理由は偶然にも深桜と同じものだった。

 

 お互い、銀行にお金を下ろしに来たわけではない。

 財布代わりの電子ウォレットと電子パーソナルチェックの進化形態にあたるマネーカードの普及により、現金の用途はより限られるようになった。

 振り込みや取引記録もほとんどオンライン化されており、銀行店舗を利用するのは特殊なケースと言える。

 

 深桜と達也は何をしにきたのかと言われれば、オンラインサービスの利用に必要なIDの更新に来たのだ。

 セキュリティレベルコントロールの一環として、達也は三ヶ月に一回のペースで店舗に赴き変更するようにしている。

 深桜は帰る前に真夜に変更した方が良いわよと言われてようやく更新に来た、と言ったところだ。

 

 八月三十一日にちなみ、『桃太郎』を読み順番を待っていた所に達也たちが来店してきた。

 深桜・深雪・達也の順で並び座り、深雪が深桜がいなかったこの二週間もの間にあった出来事を、周りの人にバレても問題の無い程度に教え、達也は書籍サイトを開き携帯端末に書かれた文字を読みつつ、深雪に向けられた不躾な視線の主を威嚇したりとしていた。

 

 八月三十一日、夏休み最終日ということもあるからか、イベントが起こることが運命付けられているような気がする。

 現に、このご時世にしては珍しい見世物が始まったのだから、やはり何かしらあるのだろう。

 もはや絶滅危惧種とまで言われるようになった銀行強盗の四人組が押し入ってきたのだから。

 刻一刻と夏が終わりに近づいているとはいえ、まだ真夏と言えるこの時期に、ニットの目出し帽で人相を隠し、改造拳銃を振り回している。

 深桜はそんな喜劇を観れたことに驚くようにどこからか取り出した扇子で口元を隠している。

 

 だが、見る人が見れば分かるが、深桜が驚いたと言うより口元の緩みを隠すために咄嗟に開いたものだと。

 鉄扇であることを見抜けたのは達也ぐらいだったが、それ以上に視線をアトラクションかと思えるレトロな恰好を確りとまもった強盗犯に向けた一瞬の間に取り出し口元を隠した芸当に感心していた。

 

「お兄様、どうされますか?」

 

 深雪が達也に肩を寄せ顔を上げ、いつもの声で問う。

 深桜が笑いをこらえているのに気付いているのだろうと達也は思った。

 

「いや、俺達が手出しする必要はないよ」

 

 達也は笑ってそう返した。

 曲がりなりにも強盗が行われているこのすさんだ空気の中で、ほのぼのとしたムードを作りだした二人、笑いをこらえる人が放つ独特な雰囲気を纏う者一人とこの異様さは言うまでもなく目立っていた。

 

 達也が言うように、銀行強盗は絶滅したわけではなく、銀行の防犯体制が等閑になったわけではない。

 改造拳銃程度では決して成功しないほどの防犯体制を整えている。

 その証明が来客店の前で実演され、窓口は閉ざされた。

 元々、透明なシールドが張られカウンターから乗り越えられないようになっており、さらに窓口として開いていた係員の前に空いた穴を塞ぐように天井から半透明なシールドが下ろされたのだ。

 

 強盗の一人がシールドに向かって発砲した。

 跳弾しないように配慮された材質でシールドは作られているようで、銃弾は一枚目のシールドに食い込んで止まった。

 それを目の当たりにした強盗が何やら悪態を吐き出した後、ロビーに振り返った。

 

 その男と目を合わさぬよう視線を逸らした。

 まず最初に彼が目を向けたのは深雪だった。

 だが、すぐに深雪のすぐそばに居る女性に目を奪われた。

 深雪のように美貌で視線を奪ったわけではない。

 

 一連の間抜けな行動を見た深桜が腹を抱えて笑っていたのだから。

 

 いくら深雪の美貌に魅了されていたと言えど、現状において腹を抱えて笑っていられたら目を向けずにはいられない。

 どれだけ間抜けであれど、深桜が何故笑っているのかなど直ぐに気付いただろう。

 ただでさえ、ロビーの客は異様な状態に当てられ緊張と恐怖を忘れげんなりとした表情を浮かべているというのに、あまりにも空気を読めない深桜の行為に呆然としている。

 何のための扇子だったのか分かりやしない。

 

「何笑ってんだ?てめぇは」

 

「はーーー…笑った。もう帰っていいわよ?十分に、笑わしていただきましたから」

 

 強盗の一人が荒げた声に深桜はそう返す。

 強盗しに来た人間に対して帰れと言うその姿勢にロビーの客のみならず、職員すらギョッとした表情を浮かべた。

 心境を綴るなら、まじかよこいつ…といったところか。

 二の句が告げずにいる強盗を見て、深桜は言葉を続ける。

 

「このご時世にそんな玩具で銀行強盗が成功すると本当に思っていたの?いくらバカと言っても成功しないことぐらい考えたら分かるでしょう?」

 

「あぁ?俺たちが手に持ってる物が目に見えねえのか?このご時世に目が悪いなんてなぁ」

 

「はぁ……そんな玩具を見せびらかす真似をしていないで大人しく出頭したらどう?どうせ人を撃ったことすらないんでしょう?」

 

 人を撃つことに抵抗が無いのなら、シールドなんてものを撃たないでロビー客を撃ち抜いた方がまだ銀行に対しての威嚇に脅威になる。

 その分罪状が加算されるだろうが。

 そんなズレたことを考えのもと深桜は立ち上がり、他のロビー客から少しばかり距離を取る。

 立ち上がった際、うごくんじゃねえ、みたいなことを喚いていたが気にしない。

 

「チッ。黙って震えとけばよかったのによォ  殺すぞッ!」

 

 図星だったのか、リーダー格であろう強盗がそう言い放った。

 彼なりに強がっているのだろう。

 だからこそ、深桜はここでこの言葉を言うべきだと心が躍った。

 

「…あまり強い言葉を使うなよ」

 

 顎を引きニヒルな笑みを浮かべ続ける。

 

「弱く見えるぞ」

 

 その一言が強盗の癇に障った。

 一言だけでなく、深桜の姿勢もだったか。

 心底馬鹿にされている、と。

 声にならないような雄叫びを上げながら、強盗は深桜に拳銃を向けて発砲した。

 

 ロビーの客から悲鳴が上がった。

 深雪は両手を口を覆うように当て、驚愕に包まれていた。

 驚きに包まれたのは深雪だけではなく、達也もである。

 そしてそれは強盗の四人も同じであり、驚き固まってしまっていた。

 

 強盗が固まった直後、ロビーの天井が格子状に組まれた梁を残して消失した。

 いつの間にか天井版が立体映像に切り替わっていた。

 梁の上から強盗の頭の上に屈強な警備員が降り立ち、瞬く間に強盗を取り押さえていた。

 

 その光景を見てため息をつきながら深桜は動きを見せた。

 

 身体の前に構えたままの右手。

 握られたままの右手を見せびらかすように、腕を横に広げ、ゆっくりと手を開く。

 零れ落ちるは一つの銃弾。

 

「言わなかったかしら?玩具如きで強がるなって」

 

 心底不思議そうに深桜はそう言う。

 

 

 銃弾掴み(ゼロ)

 

 銃弾の速さに合わせた速さで腕を引き銃弾を掴む。

 橘花と秋水という技も使うことによって実現している。

 

 

「に、にんげん技じゃねぇ」

 

 腰を抜かしながらロビー客の一人がそう溢す。

 その声を受けて深桜は笑って手を振って返すが、苦笑いで返される。

 苦笑いと言うよりは引きつっているだけのように見えるが。

 仕方ないかぁ、と若干落ち込みながら深雪の方に目をやると、おねえさまぁ…と涙声で訴えられながら深雪に抱き着かれた。

 深雪の心境を考えれば止むを得ないか、と思い深桜はされるがままとなっていた。

 

 この中で一番驚いて見せたのは珍しくも達也だった。

 銃弾をつかみ取る芸当は、まさしく人間業ではない。

 同じことをやれと言われて、魔法を使わずに同じことをやってのける自信どころかその光景を思い浮かべることすら出来ない。

 知っていたとはいえこうして見せられると自分と深桜との間にある実力差を感じずにはいられなかった。

 

 銀行職員や警備員からお叱りをしっかりと頂いた後、深桜はIDの更新を行った。

 達也の用事も終わらした後、三人で外食に行った。

 あの後泣き止んだ深雪のご機嫌を直してもらうために深桜のおごりで外食して帰ることとなった。

 

 

 




四葉家らしい魔法って何かなと悩んだ末に直死の魔眼でいいやと妥協し掛けている自分がいます。
何か案がありましたら感想欄に意見を頂けたらなと思います。

誤字報告いつもありがとうございます。
いつもお世話になっております。


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夏休み編 Ⅱ

 

「……また、つまらぬ物を斬ってしまった」

 

本当につまらなさそうな表情を浮かべながら、深桜はそんなセリフを吐いた。

手に握られている一振りの刀を流れるように血が地面に滴り落ちている。

深桜の顔や衣服には真新しい返り血の痕が付いている。

器用と言っては何だが、髪には一切の返り血を浴びていない所には感心してしまう。

 

そんな深桜を中心として、周りには十数の死体が転がっていた。

綺麗な太刀筋で首を切り落とされたもの、四肢を切り落とされもの、身体の一部を切り落とされた訳ではないが無数の深い跡を刻まれたものと色々と転がっている。

斬死体が数多く転がっていると思うだろうが、一番多いのは感電死したもの。

奇声を発しながら飛び上がったと思いきや、振り上げた刀に雷が落ち、何故かその雷が刀に纏わるようにその身に留まり、挙句の果てにその雷を飛ばしていた。

その光景をモニターを通じて見ていた者の心情は推して量れるだろう。

 

「ねぇ、活きがいい奴はいないの?」

 

深桜は携帯端末を取り出し、モニターの先に居る少女に問いかけた。

だが、返事は帰ってこない。

寝てるのかな…と深桜はそれとなく思考を巡らせてみるが、分かるわけもない。

 

「水波ちゃん?聞こえているよね?」

 

「……は、はいっ!聞こえております!深桜様!」

 

数秒ほど間が空いてから少女  水波から応答があった。

やっぱ寝てたのかと見当違いのことを確信しながら、深桜はもう一度先の問いかけを行った。

 

「えっと…、すみません。他にはもう…」

 

「そう、分かったわ。私は離れに戻ると叔母様に伝えておいて」

 

「はい、分かりました」

 

労いの言葉を掛けて深桜は通話を切る。

それから少しして、深桜は腰に差していた刀を鞘ごと地面に突き刺してその場を後にする。

どこぞの剣のように、選ばれし者にしか抜けないようになっているとか、そんなことはない。

ただ、無茶苦茶な使い方をしたから打ち直してちょうだいという意思表示。

それとは別に、物足りないという抗議の意が少しばかり含まれていたりするが、そんなことに気が付く者は少なくともこの場にはいなかった。

 

 

 

膝下に至る程のゆったりと三つ編みに編まれた髪を揺らしながら去っていく深桜の後姿をモニター越しに見送った後、桜井水波は大きく息を吐いた。

水波は深桜のガーディアンという訳ではない。

それ以前に深桜にガーディアンがつくことはないのだが。

 

水波は肉塊と成り果てたものの処分とあの場所のお片付けや深桜が残していった刀の打ち直し等と手配などとやることを済ましていく。

幼少の頃より使用人として四葉家本邸で育った水波は、深桜に苦手意識を抱いている。

四葉深夜の血を引いているとはいえ、継承権を持たない深桜が我が物顔で四葉家本邸の離れの一つを占有していることが原因ではない。

元を辿れば、真夜が深桜に与えたようなモノなのだから、そのことについて何か思うことはないのだ。

 

では何が原因かと言えば、今先ほどまで深桜が行った実戦と言う名の殺戮劇に関係する。

実戦であり、決して実戦訓練などではないことを間違えてはならない。

 

齢が十に達したころから始まり、前回から大体半年ぶりに行われた。

深桜は魔法を使えないとなっていたため、幼少の頃から魔法師を想定した訓練や演習が組まれていた。

情動を抑え込むために達也に施された訓練と当然違い、深桜は魔法師を殺すことを前提とした鍛錬を積んでいた。

積まされていた、と思っていた時が水波にはあったが、深桜が扱う武術や剣術、といったありとあらゆる戦法は深桜が自分で編み出したものだと聞かされてからはその思いは無くなっていた。

今となっては、自分から死地に飛び込んだのではと考えている。

 

深桜の実戦の相手は、四葉家の魔法師、正しくは国家の粛清対象となるような反逆魔法師の一部である。

四葉家の魔法師の数は多いとは言えず、数が物を言うケースに備えて用意された使い手の魔法師の一部。

そんな魔法師を相手として試合ならぬ死合を行う。

勿論、一方的に深桜に大人しく殺されろという訳ではない。

深桜を殺すことが出来たら、解放し、場合によっては国外へと逃がすことを契約し、行われる殺し合い。

試合形式としてはモノリス・コードの殺し合い版と考えれば分かりやすいだろう。

一対一の形式から複数対一の形式もある。

どちらにせよ、一人なのは深桜の方である。

 

魔法を使えない少女を一人殺せば、四葉家から逃げられる。

 

そんな甘言に乗せられ、洗脳が解かれた魔法師は深桜を殺そうとし、そして深桜に殺されていく。

先に殺した方が勝ち、というルール以外何も存在しない。

逃走を図ろうものなら、四葉家に消されるだけなので、誰しもが深桜に殺されに行くのだ。

 

水波からすれば、深桜の正気を疑わずにはいられない状況。

曲がりなりにも、国家の粛清対象となるほどの反逆魔法師をその身一つで殺戮していくのだ。

 

そのことに少なからず、恐怖心を抱いた水波は何も間違っていない。

水波がこの仕事を取り扱うようになってから、先程のように深桜と少しだけ話をすることがある。

勿論、深桜から話しかけるまで水波に取れる行動は限られている。

少ないやり取りも増えれば、水波にも深桜の性格などがそれとなく分かるようになり、そして恐怖せずにはいられないのだ。

 

能ある鷹は爪を隠すと言うが、深桜は能ある鷹は姿を化かすというのが正しい女性だと深桜を知る者はそう思っている。

水波だけでなく、何らかの形で深桜を見かけた使用人等は深桜との彼我の力量差を必ず見間違い、深桜の殺戮劇に関わることがあれば己の勘違いを身を震わしながら実感することになる。

それほどまでに、深桜は自分の実力を隠すのに長けている。

それだけではない。

殺戮劇、魔法師という魔法師をありとあらゆる手段をもって殺していながら、深桜は何ら歪みなく、それどころか亜夜子を魅了するほどの人格を形成し得ているのだ。

教養に長け、使用人が熟す様な仕事を、深桜の離れは全て深桜が行う。

水波が又聞きした話では、離れは異世界と称すべきものだという。

何でも、出回っていないものが溢れていて、それらは深桜が開発したもの、モノによっては既存のモノの質を高めたものと色々とあるそうだ。

その話と、深桜が魔法科高校に通う事が決まった話を組み合わせたら、深桜は自分の意志で離れに籠ったのだと分かってしまう。

 

何をどうすれば、何をどうしたら、このように深桜が育つのか、全くと言って分からない。

 

そして今となっては、魔法を使いながら殺戮していくため、更に深桜が恐ろしく見えてしまう。

ただでさえ魔法師を殺すことに長けている深桜が魔法を使い始めたのだから。

それも他に類を見ないほどの速さで深桜の魔法力が伸びていると聞いたときには瞠目せずにはいられず、こう願わずにはいられない。

 

どうか、四葉家を恨んでませんようにと。

 

 

  ◇  ◇

 

 

四葉家本邸の内の離れの一つ。

今となっては全て遠き理想郷と呼ばれている深桜が住まう場所。

どちらかと言えば呼ばせているのだが些細な事だろう。

 

渡り廊下伝いでたどり着ける正門、正門と言うよりかは一枚の扉。

そして離れを挟んだ向こう側に存在する裏門。

裏門の先にある開けた場所一帯を含む離れ全体が深桜が住まう空間である。

 

風呂に入りスッキリしたところで、深桜は髪を纏める。

ラフな格好を取る際は、三つ編みにせず、かといって放ったままにするわけでもない。

例の如く、半分ほどで折り返して髪留めで留めるだけ。

ゆったりと膨らみのある三つ編みで、膝下まで伸びているのだから、放ったらかしにしようものなら髪が地に届いてしまうのだから仕方がない。

準備を終えて振り向くとそこには六体の人形が浮いていた。

 

「シャンハーイ」

 

先日までこの離れを一体で警備していた上海人形が鳴いた。

この離れの地下空間に格納されている兵器群を狙ってか、深桜の部屋に有るコンピュータ群を狙ってか、はたまた上海を狙ってかは分からないが、離れに侵攻する者との戦闘がこの四ヶ月の間に何回か確認されている。

不届き者の正体が四葉家の者で、四葉家のことを思って行動していることまで確認している。

それで処断されているのだから話にならない気はするが。

 

一体でよく守り切ったなとふと思うと、最高傑作に間違いなかったと確信を得られるというモノである。

 

そのお陰で、上海人形の量産に安心して当たれ、二十体で打ち止めとなった。

暇を見つけて作っていたコアが十九個しかなかったが故であるが、ローテーションを組めたりしてより頑強に警備に当たれる様になったと言えよう。

 

「シャンハーイ?」

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

そういった事を考えていると、上海一号に声を掛けられ当初の予定に従いこの子たちを引き連れ移動を始める。

製作した順に一号・二号…と名付けているが、ミサカを意識したモノであると言っておこう。

決して名前が思い浮かばなかった訳ではないのだ。

麻雀役を元にして名付けようか迷っていたぐらいだ。

今の所、服の色の違いぐらいしか見分ける違いがないことが大きく、一応進化していく機能は付与しているので、進化次第で名付けていこうかと思っている。

 

そんな子たちを引き連れて向かうのは裏門をくぐり山道を少し歩いたとこにある場所。

真夜に初めて我儘を言って作ってもらった建造物がある場所。

上海六号に日傘を持たせ、道を歩いていく。

道なりに数分歩くと視界が開き、それなりの大きさの木造の建築物が開けた場所に建っているのが見える。

変若の御子が住まう奥の院をイメージして造られた建物。

建物の周りに水が張られてはいないのと、少し増設されているぐらいである。

七歳児でありながらよくこんな無茶を言ったモノだと今更ながらに思う。

そしてそれを叶えようと思った真夜には脱帽である。

 

扉を開き中に入ると、正面奥に二振りの刀が飾られ、側面の壁にはよく分からない壁掛けが左右に三つずつ飾られている。

上海らに指示を出しながら、掃除を開始する。

離れも同じだったが、四ヶ月ぶりに掃除を行うのだから、幾分か力が入るものだ。

 

 深桜、掃除中 

 

一時間程掃除してさすがに面倒になり、魔法でササっと掃除を終えることにやり方を変更した。

数分足らずで掃除が終わったとなれば、なんとも言えない気持ちにもなった。

そんな気持ちを払いながら、深桜は二振りの刀が飾られている棚から少し離れた場所にある座布団に座る。

御神体も御本尊も存在しないこの場所で深桜は祈りを捧げた。

 

転生させてくれたかの神に。

 

正直な所、どこの国が、どの宗教が奉っている神なのか分からないので、デタラメにやっているだけである。

御神体や御本尊代わりに、未元物質を素材に作り上げた二振りの刀を祀っているようなモノ。

しかも将来的に普通に刀として振るう予定であるのでありがたみもないというデタラメ具合である。

ただただ、感謝の祈りを捧げるためだけにこの建物を建ててもらったのだ。

もう少し形式ばったりした方がいいのかとか色々と考えたこともあるが、あっさりと諦めた。

 

祈りを捧げながら、深桜はこの四ヶ月間の間の出来事や諸々のことを話す。

 

そしてそれは、実戦が行われた日から遅くとも二日以内に必ず行う儀式でもあった。

 

 

  ◇  ◇

 

 

外で飛び回って遊んでいた上海らを引き連れ、離れに戻ると酷い匂いが漂っていた。

全くと言って意味が分からないが原因はそれとなく予想が付く。

深桜は上海らを警備に戻し、リビングを抜けた先にある場所に向かう。

匂いの元がここだと確信し、深桜はキッチンに突撃する。

 

「あら深桜さん、ちょうどよかったわ。ご飯にしましょう?」

 

「分かりました…」

 

キッチンに居たのは案の定、真夜だった。

そして既に料理を作り終え、キッチンの片付けをきちんと終えているのを見て、深桜は軽く絶望した。

 

「今日は新しい料理に挑戦してみたのよ~」

 

などと真夜が言っているのが聞こえるが深桜からすれば更なる絶望が訪れるのを感じてた。

真夜は普段料理などしない。

する必要がないとも言える。

だが、深桜に食べさせたいという思いからか、深桜が料理をする様子を見てやりたくなったのかは分からないが、真夜は不定期的に料理をする様になった。

それ自体は別にいいのだが、勿論問題もあった。

 

「…真夜さん、これは何ですか?」

 

深桜は少し大きめの器に入った黒い物体を指差しながら真夜に聞く。

 

「肉じゃがよ?」

 

何をどうしたらこうなるか分からないが、深桜はその黒い物体を食す。

黒々しい癖して普通に肉じゃがの味が口の中に広がる。

ただ、咀嚼音は「バリバリ」である。

 

「真夜さん、これは?」

 

「ふふっ…。当ててみて」

 

「…いただきます」

 

そんな会話を交わしながら別の器に入っている黒い物体をバリバリと食す。

こんなやり取りは毎回のように執り行われるが、食べる以外に道は無い。

 

「これは…」

 

「なにか分かったかしら?」

 

「不味い」

 

「やっぱり?」

 

そしてこれもいつもの事。

付け加えるなら作った本人が何を作ったのかを把握していないことぐらいか。

バリバリと音を立てながら、深桜は黒い物体たちと白米を食べていく。

白米については真夜が一切手出ししていない故に無事だったのだ。

 

「一応聞いておくけど、これは何?」

 

「分からないわ」

 

「…ですよね」

 

真夜の料理の腕は不思議が多い。

一緒に料理したら普通に作れる。

ちゃんと作れる。

一緒に作ったことのある料理なら、八割の確率で普通のができ、残りの確率で黒い物体ができる。

食感はバリバリとしているが、味等は普通なのである。

そして作ったことのない未知の料理を一人で作ろうものならただただ美味しくない黒い物体ができあがるわけだ。

 

初めて一緒に料理をする際に真夜の口から「塩酸」とか「硫酸」などと言った単語が出た時はさすがに慄いた。

本当に実在したのかと。

そして黒い物体が出来上がっていたときには気が遠のいたものだ。

作り方が気になったので聞いてみたところこう返ってきたときには殴ろうかと思ったぐらいだ。

 

  私は「夜」を作れるでしょう?だから料理で暗黒物質が作れるのよっ!

 

と、ウインク付きで茶目っ気を出しながらそう言ってきたのだ。

実際は、何故こうなったのか分からないからデタラメを言って誤魔化そうとしただけだったが。

 

不味いわね…と言いながら真夜も食べているのを見ると、どうしてそれが作れるのか不思議でならない。

 

そして食べ終えた後、何故か不味かったわねと笑いながら一緒に片付ける光景はまた不思議なモノだった。

 

 

 

 

 



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横浜騒乱編
横浜騒乱編 Ⅰ


 

「ぐっ…」

 

 弧を描くように振り上げられる足を視界の端に捉え、達也は両腕をクロスさせ撃ち落とされる踵を防いだ。

 斧を振り落としたかのような衝撃が両腕に伝わり、達也は更に体勢を崩しかけた。

 

 深桜と達也の二回目となる手合わせは、前回と同様に、序盤からつい先ほどまで達也が優勢だった。

 前回と違う点を上げるなら、手数は少ないが深桜が攻撃していたこと、そして今、立場が完全に逆転していること。

 深桜が攻撃に転じる、ただそれだけの事が、達也を追い詰めている。

 

 既に、しゃがみ込む形になるまで体勢を崩されているため、これ以上崩されるわけにはいかない。

 両腕の上にある足を払いのけ、達也は地に着いたままの片足に足払いを仕掛けた。

 

「アハッ…!」

 

 だがしかし足払いは空を切った。

 それは読んでいたとでもいうように笑みを浮かべながら跳躍した深桜の姿を確認し、背筋に走った悪寒に従い達也は防ごうとせず転がるように後ろに距離を取った。

 上手くタイミングを盗めたのに…と思いながら深桜は、標的が居ないため威力をかなり落とした右脚を地面に振り下ろし、後退する達也を逃がさない為に詰め寄る。

 

 転がりながら回避した達也は、深桜の姿を捉えるために視線を深桜がいる方向に向けた。

 その瞬間達也は自分の側頭部を狙いすまし放たれる蹴りを認識し、咄嗟に片腕でガードする。

 

 深桜は右足をそのまま振り抜く様に回すが、達也は少しも体勢を崩さずにやり過ごせた。

 そのことを達也が疑問を抱く間もなく、深桜は流れるように左脚で達也の側頭部を狙った後ろ廻し蹴りを放ち、達也はそれを流すようにいなし、体勢を立て直すために後ろに跳び腕の力で跳ね起きる。

 跳ね起きた達也は体勢を立て直す間もなく思考が停止し、こんな事を思わずにはいられなかった。

 

(……なん……だと……)

 

 達也の顔面に深桜の肘打ちが迫っていたが故であり、為す術もなく顔面に打ち込まれた肘に怯み、よろめきながら後退しようとする達也に深桜は容赦なく掌底を撃ち込んだ。

 

 

 仙峯寺拳法・奥義・仙峯寺菩薩脚

 

 悟りの峯に登りきった者は菩薩の貌となり、心囚われず、流れるような連撃が、自ずと繰り出される。

 無形の技であり、連撃の形は人により異なり、心の在りよう、拠り所とするものが現れる。

 

 

 達也が後ろ廻し蹴りを流したのを受け流れるように深桜は拝み連拳を繰り出したが、流されなければ、槍足の如く蹴り飛ばしていた。

 しかし、まだ、深桜の放つ仙峯寺菩薩脚は終わっていない。

 

 呼吸や感覚に異常をきたしながらもよろめきながら距離を取る達也との間合いを一瞬で詰め、深桜は拳を振るった。

 その拳の威力を殺すべく、どうにかタイミングを取り達也は後ろに跳んだ。

 しかし完全に殺すことはできず、達也は殴り飛ばされたことに変わりはなかった。

 そしてまだ、深桜の連撃はまだ終わっていない。

 

 殴り飛ばされ、宙を舞っている達也を殴り地面に叩きつけた。

 

 御子の忍びが楔丸を振るったように、深桜はその幻想をぶち殺すと言うように深桜は拳を振るう。

 飛天御剣流の抜刀術は「隙を生じぬ二段構え」を見習い、深桜はたとえ隙が生じたとしても、その幻想をぶち殺すと二回、拳を撃つことにしている。

 尚、もし、一発目がきれいに決まろうともしっかりと二発目もお見舞いすることを決めているため、二回拳を振るうことは確定事項のようなもの。

 

 地面に叩きつけられた達也は、すぐさま起き上がり反撃を始めた。

 今の一撃で決まったと思った深桜は、達也が元気な姿で襲い掛かってきたことに驚きを隠せない。

 達也の猛攻を防ぎながら、達也が元気になった要因を考える。

 

 そしてすぐに思い至った。

 

   もしかし…てッ!やり…す…ぎ…た…?」

 

 猛攻を捌きながら深桜が発したその言葉に、達也は猛攻を止めた。

 その予想は当たっていたようだ。

 

 自動的に『再生』が発動するレベルのダメージを与えてしまった。

 

 ただそれだけの話である。

 

「俺も思わなかったよ。再生するほどのダメージを加えられるとはね」

 

「同感」

 

 達也がそう言って再び猛攻を開始し、その言葉にたった一言だけ返し、深桜は達也の猛攻を捌き始めた。

 

 

 再び、達也が地面に叩きつけられた所で、二度目となる深桜と達也の手合わせは終わりを告げた。

 九月一日明朝、夏休みが明けてから最初の出来事であった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 夏休みが明けてから二日程、女子生徒の間では「一夏の体験談」なる自慢話で盛り上がっていたのは記憶に新しい。

「一夏の体験談」とは「結婚まで純潔を守り続けるもの」というのが一般的なこのご時世にて、最後まで行く直前でブレーキを踏む悪女的チキン・ランのことを主に指す。

 いくら女性としての振る舞いを身に付けたりしたとはいえ、性根の部分というのは変わらない。

 なので、男性に押し倒されただとか嘘を吐くことをしてまで新たに人間関係を構築しようなどと思えず、結果として、夏休み前と深桜の周りは相変わらず静かなものである。

 いや、変わったことは一つだけあった。

 毎時間という訳ではないが早朝や休憩時間といった空いた時間に、深雪が周りをうろつく様になった。

 

 それはさておき、九月の最終日には、第一高校では午後の授業を全て潰して、生徒総会・立会演説会・投票が行われた。

 真由美が念入りに根回しを済ましたからか、次期生徒会長に立候補したのは中条あずさだけであった。

 魔法科高校の生徒会長という役職は、高校卒業後も多大な影響力を持つというにも拘わらずである。

 第一にして、真由美と対立していた勢力から誰も立候補しなかったところをみると、対立派閥のトップ陣あたりは真由美の手駒だったのではと邪推してしまうのも仕方ないことだろう。

 

 また、四月に行われた公開討論会で真由美が宣言した通り、生徒会役員の選任資格に関する制限の撤廃、つまり二科生も生徒会役員になれる様になった。

 個人的には、反対派を応援していた所なのだが、深雪の一喝によって、なし崩し的に賛成多数で可決したのだった。

 

 ただ、問題があるとすれば信任投票の投票結果にあるだろう。

 投票数五百五十四票。

 内、有効投票数、百七十三票。

 

 どういうわけか深雪に二百二十票、達也に百六十票入っていた。

 

 およそ一世紀前の前世の学校で行われた信任投票ですら、こんな酷い事にはならなかったと深桜は思い出せる。

 そもそも信任投票なのだから、あずさが生徒会長になる事に信任・不信任、この二択であるはずなのである。

 電子投票という形をとっているのだから、信任・不信任の選択式にするべきだろうと思わずにはいられない。

 

 無効票を無効票として一緒くたにせず、無効票をご丁寧に分類してくれた第三者・選挙管理委員に問題があるのではないだろうか。

 

 

 そんな深桜以外にとっては怒涛の日々が過ぎ去り、新たな生徒会が発足された。

 

 生徒会長∸中条あずさ

 副会長∸司波深雪

 書記∸光井ほのか

 会計∸五十里啓

 

 以上のようになり、また、風紀委員長に千代田花音、部活連会頭に服部刑部少丞範蔵がそれぞれ就任したのが一週間前の事である。

 

 

 そんな事を考えながら、達也たちより一足遅れて帰宅すると、玄関に綺麗に揃えられていた見覚えのないパンブスがあった。

 見覚えのないというのはこの家においてはかなり重要な意味を持つ。

 何せ、兄妹+私以外に住んでいない。

 なので、客が来ていることになる。

 

 客といっても私には関係のない人だろう、と深桜は当たりをつける。

 分別をある程度弁えていたとはいえ、我儘し放題な軟禁生活を送っていた自分に客が訪れるのはありえないと深桜が考えるのも当然だ。

 

 ただ深桜の部屋は、小さな庭に面した一階の部屋  元々はゲストルームとして使われていたが、達也と深雪の手によってオープンテラスのような扱いとなっていた部屋が深桜が住まう際に再び改装された  である。

 間取りの関係上、一応顔を出しておくべきかと悩むところ。

 

 玄関で立ち尽くしているわけにもいかないため、深桜は無作法にも客がいると思われるリビングに突撃する事に決めた。

 どのみち、リビングに繋がる扉の近くを通る事に変わりはないのだから、一度顔を出しておくべきだという判断だ。

 

  貴方が進学しなければ別のガーディアンが手配されていたでしょう」

 

 リビングから女性の声でそんな言葉が聞こえてきた。

 なかなか面白いことを言う女性がいたものだと少しばかり面白いと感じてしまった。

 達也がその言葉に反論するタイミングで、深桜は一言口をはさんだ。

 

「ただいま」

 

 家に帰ってきたからには言うべきだという一言。

 リビングで面白い話をしていた二人からすれば、この瞬間水を差されるどころの話ではなくなった。

 

「…………おかえりなさい」

 

「…………誰?」

 

 達也からは普通に返事が返ってきたのだが、見知らぬ女性からは誰何の声があがった。

 それはこっちのセリフだ!と何となく言いたくなったが黙っておき、達也に目で、こいつは誰だと問いかけた。

 達也はその視線の意味を理解したが、どちらから紹介すべきかと逡巡したが、深桜の事を先に紹介することに決めた。

 

「小百合さん。こちらは司波深桜。俺と深雪の姉です。そして姉上、こちらの女性は司波小百合。親父の後妻…といえば分かるか?」

 

 司波小百合  旧姓古葉小百合。

 親父  司波龍郎が四葉深夜と結婚する前、司波達郎と恋人同士の関係にあった女性であり、良質の遺伝子を求めた四葉家の謀略により強引に別れさせられたという過去を持っている。

 そんな過去は深桜にとってはどうでもよい話で、気に留める価値のある点は、母  司波深夜が亡くなってから半年で司波龍郎と結婚したということぐらいである。

 正直な話、それすらもどうでもいい。

 

「へぇ…貴女が。……失礼。初めまして、司波深桜です」

 

 恐らく、司波深桜という存在がいるということは聞いていただろうが、四葉本家から出てきている事は聞いてはいなかったのだろう。

 その証拠…とまでは言えないだろうが、改めて名前だけ自己紹介したというのに、固まって動く気配が感じられない。

 固まって動かないので、現状を空想で補完しながら彼女、小百合の心境を考えてみることにした。

 

 幼少期の頃に四葉家本邸に軟禁されているはずの娘が、第一高校の校章入りの制服を着てここに居る。

 魔法が使え、四葉家本邸で育った娘が居ることになり、そして深桜がこの場に存在するには四葉家当主の許可が要る。

 妄想を重ねるなら、四葉家当主の息が掛かった娘がこの場にいる。

 

 先の発言のことも踏まえて考えると、なるほど、固まってしまうのも無理はない。

 

 九校戦の新人戦は見ていなかったのだろう、たぶんそうだ。

 一人そんなことを考えながら、未だに固まってしまっている小百合に微笑んでみた。

 すると、硬直から抜け出して自己紹介を軽くしてくれた。

 彼女が何か言っている気がしたが、それを聞き流しながら、彼女の経歴を疑似・禁書目録(ミサカネットワーク)から引っ張り上げていた。

 

 これ以上ここにいても仕方ないので、一言告げてからこの部屋を去ろうとした。

 リビングから出る際に深桜はある事に気が付いたので教えておくことに決めた。

 

「そう言えば、小百合さん」

 

「なにかしら」

 

「先に四葉家と話をつけたほうがいいですよ」

 

 深桜のその一言に小百合は目に見えて困惑した。

 唐突に、四葉家と話をしろと言われて、分かりましたとあっさりと返せる猛者などそうそういない。

 動揺しているのをどうにか隠そうと努めながら、小百合はどういうこと?と聞きたそうにしていた。

 

「知らないようなので教えておきます。仮に、マスター・ミストレスから解任されたガーディアンが現れた場合、その魔法師は四葉家に帰属することとなります」

 

「……は?」

 

 深桜のその言葉に反応を声を出したのは達也のほうだった。

 小百合のほうはまだオロオロとしていた。

 大丈夫なのかと気遣ってしまうが、達也から困惑の声が上がったということは知らなかったのだろうか。

 

「もしかしてだけど、解任されたら自由に、一般市民とまではいかなくとも四葉家から解放されると思っていたの?」

 

 そこまで言葉を続けて、わざとらしく一つ、大きく息を吐いて見せた。

 確かに、十年前まではそうだった。

 だが、達也がガーディアンに選任される折に少し変わった。

 

「達也も分かっていると思うけど、四葉家も例に漏れず、魔法師業界はどこも人手不足。そこは大丈夫よね?」

 

 確認を取る言葉に、達也のみならず小百合も首を縦に振った。

 幾度となく、達也をガーディアンからFLTの研究社員として引き抜こうと画策した経緯があるだけに、そのあたりの事情もそれなりに知っていた。

 

「次期当主候補の一人に付けるようなガーディアンを、マスター・ミストレスに解任されたからとそのまま野放しにするわけないでしょう」

 

 十年前まではそういう仕組みだった。

 達也がガーディアンになると真夜から教えられたときに、ついボソッと言ってしまった一言。

 

  ガーディアンを野放しにできる仕組みなの?ガーディアンを熟せる実力者を?

 

 この一言で、解任されたら四葉家に帰属することが決まった。

 正直、達也には悪い事したなぁと思っていなくもない。

 ちなみに当時の深桜は、何かある度にボソッと呟いていた。

 

「ガーディアンの性質上、四葉家の事を内部から知ることができる。情報秘匿の為に記憶を操作して解放する、という方法もとれるけど、そこまでするなら記憶を操作した後別の人のガーディアンに任命するなりした方が四葉家にとってはお得。あの四葉家がどちらを採るかなんて少し考えれば分かるでしょう?」

 

 言外に、愛する人を十六年の間奪われていたことを忘れたの?と言ってしまっているが深桜は気付いていない。

 そんな幻聴が聞こえたのか、小百合は悔しそうに食いしばっていた。

 

 魔法師業界はどこも人手不足。

 それは四葉家も同じことで、ガーディアンに充てられる人材など更に限られている。

 あの一言からそこまで発展するとは当時の深桜は思ってもいなかったが、あの時から既に真夜の溺愛は始まっていたんだなとかそれとなくふと思った。

 

 深桜の簡単な説明に、達也は感慨もなく納得していた。

 あの四葉家がやることだもの仕方ない。

 

 そんな小百合の人生に思うところがないわけではないので、深桜はさらに一つ思いついた。

 小百合の側面に移動しながら、一つ、提案してあげた。

 

「どうしても、というのなら、私から真夜さん…四葉家当主に話しておくわよ」

 

 四葉家の内情がどうなっているのかなど、小百合が知る術はない。

 そして、司波龍郎ですら四葉家本邸に軟禁されているという情報以外なにも知らない、そんな深桜の立場がどういったモノかなど以ての外であった。

 

 だが、この時の小百合は目聡く、深桜のその提案に達也が動揺し目を見開いている事に気付いた。

 少なくとも、深桜は真夜にお目通りすることなど容易く、意見することすらできる立場にあるということと考えて差し支えないない。

 そう小百合は判断した。

 

「……ほんとうに?」

 

 深桜がそこまでのことを出会って数分でやってあげると提案してくれるのかは分からない。

 もしや、自分の境遇を憐れんで何かで報おうとしているのかと、思ってしまった。

 

 深桜は小百合の後ろに回り込み、後ろから抱き着くような体勢をとった。

 思いがけない深桜の行動に、小百合は一瞬身体を震わして見せた。

 

 そんな小百合の耳元で深桜は告げた。

 

「司波小百合が、四葉家から魔法師を引き抜こうとしているってね」

 

 それは、駄目だ。

 小百合はそう思ったが声が出せないほどに硬直してしまっていた。

 

 それを知ってか知らずか、深桜はさらに腕に力を籠めるように、身体に引き寄せながら耳元で言葉をつづける。

 その時、達也は深桜の両目が怪しく赤く光を灯しているのに気付いたが、深桜が何をしようとしているのか見守ることにした。

 

「小百合さんが、どんな意図で行動しているとしても、達也にどんな感情を抱いていたとしてもね。四葉家からすれば、ガーディアンを熟せるような人材を引き抜こうとしてると判断してもおかしくないわ    

 

 四十五の人妻(後妻)を口説く旦那の連れ子(十六)の図。

 達也をそっちのけで、そんな光景が司波家のリビングに広がっていた。

 

 上階に逃げている深雪が気付くことはないが、明らかに異常な光景がそこに広がっていた。

 時間にしては十分と短かった。

 

 この十分が過ぎたとき、達也は、俗にいう、親バカの誕生を目にしたのだった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 親バカと言っても、深桜限定の話であって達也たちにそれが向けられることはなかった。

 八尺瓊勾玉の解析および複製の仕事について、達也とやり合った末、癇癪を起し、家を出て行った。

 ただ帰り際、深桜に今度外食する約束を取り付けて帰っていた辺り、それはなんとも言えない気持ちになった。

 

 何故か深桜と小百合が良好な仲を築いたことに、深雪が少しだけキレた。

 

 だが、深桜の次の一言でその怒りは霧散し、それだけに留まらず、既に帰って行った小百合を初めて哀れんだ。

 

  四葉家に十六年無茶苦茶にされたのだから、残りの人生を私に捧げても一緒でしょう?

 

 残りの人生、という言葉にやや引っ掛かりを覚えた深雪だったが、それ以降の小百合の深桜に対する執着具合を見て自ずと理解してしまうのだが、それは先の話である。

 

 深桜が心理掌握(メンタルアウト)を利用してまで、小百合を手駒にした理由は、端的に言えば自己満足である。

 四葉家に愛する人を奪われて十六年、そしてこれから先も四葉家を目の敵にして生きていくのは目に見えていた。

 それならば、どこかの山奥で母にならんと努める女性のようにしてしまえば、いいのではと思いついてしまったのだ。

 やり方は亜夜子にやったやり方のさらに時間短縮版。

 深桜に関する事柄を、親バカの思考に導き続けるというふざけた誘導を施した。

 ただ、モンスターペアレントやDQNになられたら困るので、そのあたりの分別はつけれるように。

 そんな面倒なことを施すのに十分程時間が掛かってしまったのだ。

 

 

 それは兎も角として、今、深桜はとあるビルの屋上に立っていた。

 

 その手に握られているのは、一昔前まで現役だったと言って過言ではない、ドラグノフ。

 だがそれはドラグノフの形をした、レールガン式の狙撃銃だった。

 

 先々月、亜夜子に持ってこさせた銃器を、この空いた一ヶ月の間にできた暇な時間に改造した物

 尚、引き金は、超電磁砲(レールガン)を登用し、レールガンを放つ要領で行われる。

 要は、長距離の射程を飛べるように加工が施された特殊な弾丸を装填するだけの装置である。

 

 小百合に関する情報を疑似・禁書目録(ミサカネットワーク)から引っ張り上げた際、小百合がこの後襲われることを思い出したのだ。

 そんな小百合を達也は助け出し、瓊勾玉を小百合から預かるのだ。

 だが、そこはどうでもよく、深桜にとって肝心なのは、達也が正確な狙撃を受けるという点であった。

 

 光学スコープのみで、千メートルの狙撃を成功させる。

 

 魔法を使わずに成功させると付け加えれば、かなりの技量を誇っている。

 そして、それを思い出して、深桜も久々に的当てすることにし、狙撃地点と思われる場所から二キロ離れた地点に都合よく建っていたビルの屋上に来たのだ。

 

 何も剣術や武術などに傾倒していたわけではなく、当然、銃撃、狙撃といったこともやってきた。

 だから、こんな事も当然やりたくなるわけだ。

 

   私は一発の銃弾

 

 小百合が乗ったコミューターを襲った男たちと達也が交戦しているのが見える。

 キャスト・ジャミングの嵐に晒されている中、相手の銃を分解していた。

 

   銃弾は人の心を持たない

 

 達也は分解魔法・霧散霧消の局所的に人体を分解した。

 何処をどう刺し貫けば、意識の耐久力を超えた痛みを人体に与えることができるか、どこをどう撃ち抜けば、意識の制御から四肢を遮断できるのか、それを理解して実践しているのが見えた。

 遠慮せず、分解すればいいのにとか思ってはいない。

 

   故に、何も考えない

 

 達也のやり方を見ていると油断しているのが見て取れた。

 そして、かの狙撃手はその油断を突き、狙撃を成功させ、達也の左胸を貫いた。

 

 深桜は狙撃手の頭に狙いを定めた。

 先の狙撃の腕を称賛するように。

 

 達也が狙撃手の位置を特定するため、コミューターに姿を隠しながら頑張っていた。

 それが少し微笑ましく目に映った。

 

 

   ただ、目標に向かって飛ぶだけ

 

 

 

 

 狙撃手の位置を特定した達也は、狙撃手を分解しようとしたその瞬間、白く発光する弾丸が狙撃手を貫いたのを見た。

 突然の出来事だったが、達也はその光の元をたどり、そして、見覚えのある情報体を捕えた。

 

「……姉上」

 

 深桜の情報体は特徴的で、穴抜けの様に部分部分観ることができない様になっているのだが、仕組みは全く分からない。

 相変わらず異色な情報体に身震いしながら、狙撃手と深桜の間にある距離を算出して達也は驚愕した。

 

(二千メートル…だと!?)

 

 一三〇〇メートルの狙撃を成功させたという話は達也も聞き及んでいた。

 だが、それが更に伸びているとなると、ただただ頭を横に振った。

 理解できないと。

 

 正確には二千三十九メートルだったがそんなの誤差である。

 達也は知らないが、深桜の絶対半径(キリングレンジ)は二〇四二メートル。

 また、あのウルス族の末裔に未だに届かず悔しがっている姿が、四葉家では確認されているのだが、彼らからすれば、深桜の狙撃の腕も十分おかしいので何を悔しがっているのか理解できずにいる。

 

 そんな驚きに包まれている中、達也は小百合から瓊勾玉を押し付けられるように受け取り、駅まで見送った後、帰宅した。

 帰宅早々、深桜が出かけていることを深雪から伝えられたが、状況は把握しているので、一先ず先に独立魔装大隊司令部の風間少佐に連絡を取った。

 

 カメラの処理を深桜の事も含めて行ってくれていることをまず最初に告げられた。

 街路カメラから身元を特定されるのを防がないといけないので、風間少佐の計らいに深く感謝した。

 そして、襲撃者について報告を終えたところで、話は深桜のことへと移り変わった。

 

  特尉の姉、深桜さんだったか。彼女は末恐ろしい女性だな。新人戦での動きにも、我々は驚かされたが、まさか、二〇〇〇メートルの狙撃を夜間に成功させるとは』

 

 風間の言葉に達也は同意して見せる。

 手合わせを含めて、深桜の底が全くと言って見えず、そんな中、新たに狙撃の腕がおかしいことが更におかしなことになっていることがわかったのだから。

 

『あと、深桜さんが使用したのはレールガンだろうな。二〇〇〇メートルの狙撃を行えるモノとなると軍に配備することも検討したい所だな』

 

「……姉上が帰宅次第、伺っておこうと思います」

 

『あぁ。よろしく頼む。それにしても、四葉家から彼女のような隠し種が出てくるとは思いもしなかったよ』

 

 風間が目を遠くしながら発したその言葉にも、何故か達也は同意して見せたのだった。

 

 

 

 

 



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横浜騒乱編 Ⅱ

 家事はなるべく自分の手を使い、達也の世話を機械任せにしない。

 

 そんなポリシーを掲げている深雪でも、食後の食器洗いまで自分の手で行う事はない。

 面倒だから、といった理由ではなく、深雪も学生であるため、当然やるべきことが沢山ある。

 

 食後の食器洗いは、取捨選択を行えば真っ先に機械に任せることになる事項だった。

 

 そんなことは兎も角として、深雪は今、宿題に取り組んでいる。

 魔法科高校と言っても、一般教養科目が免除されるわけではない。

 試験はなく、日々の課題が重視される仕組みになっている。

 

 今、深雪が取り組んでいる科目は、数学。

 どちらかと言うと、苦手科目である。

 

 先程からどうしても解けない問題に直面していた。

 ディスプレイから目を離し、過去の自分に現実逃避し始めていた。

 

 発展した現代のコンピュータ技術に任せれば、計算問題など他愛もない。

 だがしかし、数学的思考は新たな魔法を組む時の手助けになる、と兄に言い含められた以上、手を抜くようなことはしない。

 姉からは、この程度の計算問題にコンピュータを持ち出すの?と言外に残念な子だと失望されたと勘違いしたのは記憶に新しい。

 

 そんなことを思いだし、深雪は一つため息をついた。

 一昔前なら、万能な兄が羨ましく思えていた。

 今となっては、そんな兄の先を行く存在が降って湧いたので、自分が不出来なのかと思い悩むようになった。

 その悩みは姉に一笑されてしまったが、深雪にとっては切実な悩みである。

 

 お兄様に教えてもらおうかしら…とぼんやり考えたところで、深雪はその考えを振り払うように頭を横に振った。

 達也はさっそく、勾玉のレリックの解析を行っているはずである。

 できる限り自分のことで手を煩わせてはいけない、と深雪は思った。

 

 

 達也が第一高校に進学したのは、深雪が第一高校に進学したからに他ならない。

 十年前にガーディアンの制度に変更が行われなければ、達也をガーディアンの任から解き、達也は魔法大学にとっくに入学することができたと思う。

 

 国立魔法大学に進学するには、魔法科高校卒業資格が必要である。

 しかし、何事にも例外は付きもので、「基本コード」のような学術的に意義の高い成果を上げた者には、魔法科高校を卒業していなくとも受験資格が得られるのだ。

 達也ならどうにかして今にでも受験資格を得られると深雪は考えている。

 

 達也が目指しているものが、結局、魔法大学のような高等研究機関にしかないことを知っている深雪が取れる選択肢は一つだった。

 たとえ、高校生活が兄にとって遠回りでしかないとしても。

 深雪のガーディアンとして縛り付けておけば、確実性をもって、兄が魔法大学に入学できる。

 

 兄の能力を考えると、四葉家の魔法師の一人として扱われれば、自由を失う事に繋がりかねない。

 達也がある程度自由に行動できているのは、離れていても深雪を守ることができるからに他ならず、仮にそれができなければ…なんてことを考えるのは意味をなさないだろう。

 仮に、四葉家の魔法師の一人として扱われたとしても、四葉家に関連する施設に入り研究できる可能性がゼロというわけではない。

 それ故に、兄離れできない依存心が、深雪の中に、確かに存在していて、深雪はそれを自覚していた。

 

 

 もう一度、ふうっとため息をつき、深雪は思考を戻した。

 目の前のディスプレイに映ったままの数学の問題をどう片付けたらいいのかという点を解決しなくてはならない。

 

 お姉様に教えてもらおうかしら…という考えに行きつくのも必然と言えた。

 

 兄と違って、深桜に迷惑をかけてはならないという思いは起こらない。

 四月からなにかとあったが、それでも姉と過ごしたいという思いが強い。

 

 思い立ったが吉日とでもいうように、深雪はいそいそと準備をして部屋を出る。

 

 最初からこうすればよかったと思わなくはない。

 姉との距離感を測り損ねているからか、姉を頼るという考えにあまり辿り着かない。

 幼いころのわたしが姉にどんな感情を抱いていたかなど、最近のわたしの有り様を見れば一目瞭然だろう。

 

 自他共に認めるシスコン幼女。

 

 何故そうなったのか今となっては分からない。

 しかしそれはこの十年と幾月で、深雪にとって深桜は不思議な存在に変わった。

 

 姉の思考が余りにも読めないことが大きく影響しているとはいえ、どちらにせよ姉に抱くような感情ではない。

 

 魔法を使えると知りながら使えないと振る舞い、魔法師相手に生身で殺し合い、死地と呼べる環境に自ら身を置きながら異質な頭脳を手にし、それでいて裁縫や料理など家事に秀でていたり。

 一緒の学校に通いたいと言い表舞台に姿を現したというのに、わたしの問題発言を受けて律儀に数ヶ月の間わたしと口を利かなかったり。

 

 人間離れした身体能力を持っているとか他にもあるが、こんな姉を理解できるような妹がこの世に存在するのかと疑うレベルである。

 

 今日に至っては、あの人を懐柔したなどと兄から聞かされたときには、困惑の余りに指を包丁で切るところであった。

 当の姉にそれを危ないわ、と手を握りながら諭されたときには別の意味で動揺した。

 

 

 そんなよく分からないことだらけの姉ではあるが、それは離れていた時間が生じさせた差異なのだと、わたしは思っているし、これからの生活でそれが失われることを夢見ている。

 幸いにも、姉はわたしを拒絶しないし、それ以上に好意を持って触れ合ってくれる。

 そこに込められる感情に物足りなさを感じるのは、やはりわたしがズレているからなのだろうか。

 

 たとえ、そうだとしても目の前に広がっている光景に、固まり気を失いかけるも無理はないはずだ。

 わたしは確かに、姉の部屋にノックして入ったはずなのだから。

 

 

 ◇  ◇

 

 

 思いがけない収穫を得、腕が落ちていないことが確認できて、少しだけ高揚した。

 

 深雪が夕飯の支度を済ませている間に、達也からの用件を済ませた。

 

 達也の所属する独立魔装大隊の風間玄信が、レールガン擬きのSVD…SVD擬きのレールガン…どちらにせよそれに興味を持っているという話だった。

 FIVE_Over.Modelcase_”RAILGUN”の主兵装であるガトリングレールガンに使われている機構を参考にしているものを欲するとは、見る眼があると判断すべきか。

 それとも、魔装大隊なのだから魔法関連に興味を持てよと言うべきか。

 

 どちらにせよ、二つ返事で済ませはしない。

 この世界において…、と前に付くが、深桜が開発した物を取引する場合は往々にして四葉家を、というよりは真夜を通す約束を真夜と交わしている。

 魔法を科学技術に転換しない事がネックにあるのか、能力を技術に落とし込み開発した物、開発できる領域の代物を少なくともここ日本で見た覚えはない。

 上海人形のように、オーバーテクノロジーの塊のようなモノを世の中に放るようなことをしたくないと悩んでいた所で、真夜が珍しく素晴らしい提案をしてくれた。

 しっかりとスペックを落としたものを四葉家傘下の企業を中心として捌いてくれている。

 

 そういった訳で、四葉家に話を持っていくようにと達也に伝えるように指示し、深桜は真夜にメールを打ち状況を知らせておいた。

 メールではなく通話で話してほしかったと返信が返ってきたので、次からはそうするように心掛けると返信した。

 

 因みに、深桜は開発者名として『四』の字が含まれてるからという理由で『四楓院』を使い、黒猫のマークを用いている。

 理由は一つ。

 『夜』の字が名前に含まれているからというしょうもない理由である。

 会えるわけがないので、かの死神にお借りしていますとお礼の念をしばしば送っている。

 

 そんなことで、今回の件は終わりとなった。

 

 深桜としては、監視カメラの細工をしようとしたら手を加えられた後だった。

 さすがに少し焦りを覚えていた所だったので、誰がやったのかを知ることができたのはよかった。

 

 そんなことを考えながら、深桜は手に持っていたリモコンを机の上に置く。

 

 なんだかんだ言って、この世界で一番使用している能力である。

 深桜としては他の能力の使用率が高くなると見込んでいたのだが、精神状態を弄れると言うのはあまりにも深桜にとって都合が良かった。

 良すぎたとも言えるが、こればかりは仕方ないと思っている。

 

 リモコンの機能を弄りながら能力に関する情報を走査していると、ある一点に気付いた。

 寧ろ何故、今まで気付かなかったのだろうか。

 

 魔術が使えるかもしれないという可能性に。

 

 アレイスター・クロウリーであったり、土御門であったり。

 魔術を知る人間が学園都市に存在したことを。

 

 彼らにとって、それは能力であることに変わりはないだろう。

 かの神がそれを能力として見なしているか怪しい所ではあるが、こうして知識として保存されている所を見ると、一応、能力として見なされているのだろう。

 

 ただ、この事を今この時まで失念していた事が懸念点として挙げられ、それは、転生する時も含まれている。

 

 要は、自爆死する危険性を孕んでいる、ということである。

 

 しかしそれは、能力者が魔術を使った場合、脳の構造が違うが故に肉体に過負荷がかかり、その結果死んでしまう可能性があるというもの。

 深桜の場合、魔法演算領域のように演算領域が存在しているという形が取られているため、脳の構造が何か違うということはない。

 なので、魔術を使える可能性が少なからず存在する。

 

 ただ、先ほど述べたように、転生する際に気付いていなかった上、その点について如何こうしたということもない。

 

 何が言いたいのかと言えば、使ってみないと分からない。

 これに尽きる。

 

 どれだけ疑似・禁書目録(ミサカネットワークもどき)内を調べても、その点について何も書かれていない。

 

(こうなったら、私が取れる選択は一つ)

 

 自爆死覚悟で何か魔術を使用してみる。

 

 普通であるなら、考えもしないし、実行してみようとも思わない。

 それが、深桜が出した答えだった。

 

 

 

 

(これは酷い…)

 

 自分の血で作られた海に沈みながら、深桜はそう思った。

 自爆したのは受容範囲。

 なので、そのことについて何か思ったりしない。

 ただ、全身余すことなすこれ以上とないほどの激痛に襲われている。

 それも仕方ないことだと言えるだろう。

 

 何が酷いのかと言えば、自爆したことで新たなる情報がアンロックされたという点だ。

 

 要約すると、魔術を行使しようとすると死なない程度に自爆する、というもの。

 自爆する前に開示していてほしい情報だ。

 それと同時に、情報にアンロックとかあるんだとか思ったりしたが。

 

 それと同時に魔術は使えないと言うことも分かったようなモノなので良しとするべきだろうか。

 それとも、どこぞの神父のように人肉プラネタリウムにならずに済んだのを喜ぶべきか。

 

 あの状態でも生きていると言えるらしいことを思いだすと、自爆した結果の一つとしてそうなることもあるのだろう。

 

 何はともあれ、この現実をどうにかすべく、一先ず、肉体再生(オートリバース)を用いて傷を、肉体を回復させることに時間を費やしていた。

 こんな時にでも、魔法を使うべきなのだけど、滅多に使うことのない異能を使用してみようと、のんびりと自分の血に浸っている訳である。

 

 血が髪に付着したりとかそういった点は魔法でどうにかできる…と信じている。

 できなければ、悲しむ人間が何人か出るとは思うが、髪をバッサリと切る。

 

 そんなことを考えたりと思考に耽り、肉体が再生するのを待っているところで部屋のドアが開いた。

 

「失礼します、お姉様。数学の問題を…………」

 

 そこまで言って深雪は固まってしまった。

 こうなることは予測できたというのに、結果として自爆した深桜が悪い。

 

 そう言おうと思って口を開こうしても、損傷が大きいからか長々と喋れる気がしない。

 なので一言で伝えようとした。

 

「…………」

 

 しかし声を発することもできず、口が僅かに動いただけだった。

 口に手を当てながら、顔色が見るからに真っ青になっている深雪を見て、不謹慎にも、そんな顔も可愛いなとか思ってしまった。

 

 深雪の精神状態の不安定さを見ると、そろそろ達也が部屋に乗り込んできてもいいはずなのだが、まだこない。

 余程、解析に熱中しているとみた。

 

(私が悪戯しているとでも判断していたり…)

 

 寧ろ、そちらの方が現実的な気がしてならない。

 

「……お…おねえ…さま…?」

 

 深雪が絞り出した声に答えようと、前髪で隠れた目が見える様に顔を動かそうとするも、これまた動く気配がない。

 そうなると当然、反応が返ってこないと深雪が判断するのは当然といえ、部屋から飛び出していった。

 

 こんな大事になるとは思っていなかった自分が悪いと、さすがの深桜も思う。

 

(いっそのこと人肉プラネタリウムでもなってしまえばよかったか…?)

 

 などとよく分からない所へ思考が飛ぶが、こればかりは仕方ない。

 深雪と達也が乗り込んでくるその時まで、ある程度回復してくれないかなと願わずには居られなかった。

 

 

 ◇  ◇

 

 

「それで、数学の宿題…だっけ?」

 

 深雪が達也を引っ提げて部屋に舞い戻ってくるときには、全身が滅茶苦茶痛いけど、根性で日常生活は送れる程度のいくらか手前まで回復した。

 根性に根性を入れることで、こうして何事もなかったかのように振る舞っているが、全身血まみれであることに変わりはない。

 ただ、自爆しただけということだけは伝えており、何か事件が起こったというようなことは無かったことは共有された。

 

「さすがに何があったのか説明してもらえないか?」

 

「深雪が数学の問題を教えて欲しいと」

 

「……そうじゃなくてだな」

 

 涙目になっている深雪が達也の背中にしがみつきながらこちらを覗きこんでいる。

 達也の問いは尤もなモノであり、そしてその答えを提示しないとこの場を乗り切れないだろう。

 達也がどこか険し気な雰囲気を身にまとっていることを考えれば当然か。

 

 なにせ、姉が全身から血を噴き出し傷つき部屋で倒れていたら誰だってそうなる。

 

 深雪の狼狽具合も加えれば、達也が詳細を求めるのも無理はない…はずだ。

 そう考えると、何かしらの理由でそれっぽく装飾しなければならない。

 そうする理由がよく分からないが、深桜にとって異能に関することは達也にとっての深雪のようなモノである。

 要は、隠せるものなら隠す。

 

 そこで一つ、わざとらしくため息をついた。

 そしてため息をつきながら、深桜は早々に後悔した。

 

 ため息一つ、ですら、身体が引き裂かれるほどの痛みが全身に生じ顔が歪んだ。

 これを根性でどうにかできるほど根性に通じていない。

 

「…大丈夫ですか?お姉様」

 

「………えぇ。大丈夫よ」

 

 未だに達也の背中から離れないが、深雪が心配そうにしているので、深桜は根性を振り絞った。

 いい加減血を落としたいところだが、うまい具合に血で傷が隠れているからこの状況を変える気は今はない。

 

 若干息苦しくもあるが、達也からの圧が凄いこともあり、適当に話すことに決めた。

 

「……これは…、持病みたいなものよ」

 

 嘘は吐いていない。

 魔術を使おうとしたら、死の淵まで急降下する持病。

 持病として分類して考えればあながち間違っていない…はずだ。

 

 そんな苦し紛れみたいな言い分を聞いて、二人が顔を顰めるのも当然の事。

 そしてそれを深桜が見越していたのもまた必然と言えた。

 深桜は畳みかけるように言葉を続ける。

 

「限界を超えた身体能力を宿していて、身体に異常が生じない訳ないでしょう?他は知らないけど私はこんな感じに…、自爆するのよ」

 

 私は何を言っているんだろうと、深桜は思わずにはいられない。

 だが、この路線で押せるだけ押してみる。

 

 実際、何を言っているのというような目線を向けられている。

 その視線に気付かないように振る舞いながら、身体が限界だと暗にアピールしてみせる。

 

「…そんな話を聞いた覚えはないが」

 

「誰かに見られたのは初めてだからね。真夜さんたちにも見られたこともなかったもの。知っているはずがないわ」

 

 さすがに信じていないようで、そう達也に返されるも深桜はそれっぽく返す。

 深桜が過ごしてきたこの十六年間でこれだけの重傷を負ったのは今回が初めての事で、真夜が知らないのは当然と言えば当然である。

 

「身体にできているその無数の傷跡を見てもか?」

 

「肉体的損傷を回復させる機能も強化されているのよ。治癒速度とか効果は大したものではないけど、瀕死の重傷からでも長時間かければ復帰できるのよ。いつも通りにね。表面的傷跡から優先的に消えていくから、中身がどれだけ損傷していても見た目が先に正常に戻るのよ」

 

「それは…、ここに来てからも?」

 

「今日が初めてよ」

 

 人生初でもある。

 

 肉体再生(オートリバース)の能力を交えた謎説明に、深雪が納得しかけているのを見ると上手くいったとみるべきだろうか。

 達也の方は半信半疑なようで疑う目線を外さない。

 

 これ以上話すことはないと言わんばかりに、深桜は座っている椅子の背凭れに背中を預けた。

 深桜の根性程度で、どうにかできるレベルではなかったことが大きい。

 どこか息苦しさを感じる呼吸を繰り返す深桜を見て、深雪が駆け寄ってきた。

 

「お姉様…?わたしに何かできる事はありますか?」

 

「…血を落としてほしいわね。匂いとか諸々含めて。できる?」

 

「お任せください!」

 

 深雪はCADを取りに、自分の部屋へと戻って行った。

 深雪の心優しさが深桜の精神に幾らかのダメージを与えた。

 

 二つの意味で心の内で悲鳴を上げていると、達也がなにか言いたそうにしていることに気が付いた。

 何か齟齬が生まれたのかと不安になる。

 達也が何を言わんとしているのかなど考えてもしょうがないので、手短にお願いしてみる。

 

「姉上   

 

 

 ◇  ◇

 

 

 CADを見つけて、姉の部屋に向かうところで、どこか難しそうな顔をした兄と出会った。

 

「お兄様…?」

 

「あぁ、深雪。何でもないよ」

 

 達也はそう反応を返すが、何か考え込んでいる様だった。

 深雪は先を急ぎたい気持ちがあるが、兄の現状も気になった。

 だからだろうか、つい口にしてしまった。

 

「お姉様の状態をお兄様の『再成』で治せたりは…」

 

「それはできないよ。深雪も聞いているだろう?姉上のエイドスがどれほど頑丈なものか。……さっき、深雪が部屋を出てから『再成』が使えるか試したんだ。だが、精霊の目で姉のエイドスを見ることはできても干渉することはできなかった」

 

 そしてそれは同時に、達也の魔法力で姉を突破できないということでもある。

 その事実をかみしめながら、達也はわずかに目を伏せた。

 

 深雪は達也が何を言わんとしているのか分からず、首をかしげる。

 

「……深雪、姉上と対立する事だけは絶対に駄目だ。そうなったら最後……」

 

 最後の方は何を言ったのか深雪は聞き取れなかった。

 ただ、兄が姉と対立することだけは避けるように言ったのは深雪としては喜ばしいものだ。

 しかし、兄の事だけを思うと何とも言えない気持ちになるのもまた事実。

 

「ところでお兄様。お姉様の話を聞いてどう思いましたか?」

 

 話題を変えるというよりは、これは兄の意見を聞いておきたいという思いがあった。

 姉の言葉を信じ、もう少しだけ時間が掛かっても大丈夫だと思いながら、深雪は兄の言葉を待つ。

 

「半信半疑、というのが正直な所だよ。肉体的損傷の治癒が早い、というのは事実だと判断できる。……これは勘だが、姉上はこの件でまだ何か隠している」

 

 姉が何か隠しているのは深雪も勘付いていることだったので、この話に同意する。

 一体何を隠しているのか気になるところであり、今から部屋に行って姉に聞いてみようと考えていたところだ。

 

 それとこれは確実なものではない、と前置きした兄に再び意識を向ける。

 

「姉の幻想殺しは突破できる代物だろう。あの治癒力の向上は魔法無しでは考えられない。姉上自身も自分のエイドスを改変できないという話だが、何らかの条件を満たせば干渉できる…はずだ」

 

「それは…。条件が分かったらお姉様と…?」

 

「いや、それはしない。姉上をつついて何がでてくるか分からないからな。触らぬ神に祟りなしといった所だろう。……姉上にあまり無理はしないように伝えておいてくれ」

 

 顔に笑みを浮かばせながらそう言って、兄は自分の部屋に戻って行った。

 そこで、兄はレリックの解析を行っている最中だということにも今更ながらに思い出し、そして、姉が部屋で待っていることも忘れず思い出した。

 まだまだ兄に聞きたいことがあったが、深雪は姉のもとに向かう。

 

 姉が隠していることを聞き出そうと考えながら。

 そして、数学の課題を終わらせなければと少し焦りを浮かべる。

 今の姉に、数学を教えるだけの気力や体力が残っているのだろうかと深雪は思わずにはいられないのだった。

 

 

 



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