破軍の動かない大図書館 (無休)
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1話

 私には前世の記憶がある。

 

 

 

 その事に気付いたのは3歳から4歳の間。記憶が断片的すぎて、自分が男だったか女だったかも確証が持てない。何にハマっていたか、何を愛し何を目的に生きていたかも当初は思い出せなかった。だが前世における常識というものは思い出した。

 

 

 そこで自我を得た私はいくつかの事柄に気がついた。

 

 

 まずこの世界が前世とは違う世界であること。テレビや会話から伐刀者(ブレイザー)や魔導騎士といった聞き慣れない言葉や概念があること。

 

 つまり私は曖昧な前世の記憶を持ったまま異世界に転生した事になる。どのようにしてこちらの世界に転生したのかなどは一切不明。

 

 それに対しては驚きや不安もあったが同時に楽しみも沸いた。前世から見れば非日常の光景がこちらでは当たり前。騎士たちが武器と己の魔力を使用して戦う世界。こんな心が躍る事があるだろうか。

 

 

 二つ目、自分がその千人に一人の人材、伐刀者(ブレイザー)であること、使える異能は『魔導探究』。最初はなんだそれとも思ったが、今となっては私の生きる意味とも言える能力だ。

 

 

 三つ目、これは成長してある程度してから気づいたことだ。ふとしたことで、自分が前世でアニメやゲームにハマっていた事を思い出した。そして今の私の名前はパチュリー・ノーレッジ。そう前世の東方Projectに登場するキャラクターの一人。『動かない大図書』『七曜の魔法使い』『紫もやし』などの愛称で知られる魔法使いと同じ名前なのだ。

 

 名前だけならまだしも偶然の可能性がある。しかし、紫色の髪や本人を幼くしたかのような顔。自分で言うのもあれだが凄く可愛い。だって本当のパチュリーにそっくりだもの。

 

 

 .......何故だ。まぁこれが私の感想だ。なんだその程度かとつまらないと思うかもしれない。だが体験したらわかる。自覚した数日はこれ以外頭に浮かばない。食事中も他の何かをしている時も、寝る前でさえ脳内に浮かぶのはこの謎だけだ。

 

 

 何とか状況を呑み込んだ私は、ふと疑問に思ったことがある。私のこの体は人間だ。精神はともかく肉体は人間の両親から産まれた人間のものだ。パチュリーは生まれつきの魔法使いだった筈なのでそこが違う。

 

 憑依転生かと思ったが肉体と能力に差異がある。この時私が考えたのはどうせならちゃんと彼女になりたいという願望だった。人間から魔女になり、ひたすらに魔法の研鑽を。それが私の生きる指針となった。幸いな事にこの身に宿った能力は、永遠といえるような時間でも自分を飽きさせるようなことはしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》!!」

 

 

「《一刀修羅》!!」

 

 

 

 アタシは目の前の男の技量に、敬意と畏怖を込めて最大限の火力を誇る伐刀絶技(ノウブルアーツ)を振るう。相手は驚きの伐刀絶技(ノウブルアーツ)を出してきた。

 

 向かい合う男の伐刀者(ブレイザー)ランクはFランク。しかも能力は身体能力倍加。.......しかし現実はどうだ。相手が行ったことは、ただの身体能力の倍加ではなく数十倍。そしてあり得ないことに魔力も増加した。

 

 

 そのことに動揺したのか、アタシはすぐさま伐刀絶技(ノウブルアーツ)を振り下ろした。天井を貫く炎剣。それを標的に向けて降り抜いた。

 

 

 その時、視界の端で見てしまったものがある。それは観客席に座っていた一人の女子生徒。紫色の長髪、眠たげな目を浮かべている少女。それがアタシが振り下ろそうとしている炎剣の範囲に逃げもせずに座っていた。驚くこともせずその少女は炎剣に向けて手を伸ばす。そこから不思議な文様を描くドーム状の魔力防壁が少女を包んだ。

 

 気づいた時にはアタシの剣は止めようもないところまで降りていた。この模擬戦は《幻想形態》。肉体にはダメージは無く、体力を削り取るだけだ。それにこの試合には負けたくない。その思いで僅かばかりの謝罪とともに振りきった。

 

 

.......どうなった?

 

 

 結果を確認しようと正面を見る。まず対戦相手の男はいなかった。今のを避けたの!?これだけでも驚愕した。さらにピントを奥に向けると、魔力の防壁で護られた少女が跡形も無く消えていた。

 

 

 手加減したつもりは無い。躊躇ったということも無い。先ほどの一振りは今の自分の最大火力の筈だった。それが一人にはひらりと躱された。

 

 巻き込んだ少女は幻想形態の筈なのに消えて無くなっていた。その場には自分の攻撃の残痕だけが燻るのみ。狐につままれたような、そんな感覚。あれは幻だったのだろうか。

 

 二つの驚きに私の心は大きく揺らいだ。そして気がつけば動揺しているうちに、アタシは対戦相手に切られていた。体力を削り取れ、意識が強制的にブラックアウトする。覚えているのはそこまでだった。

 

 

 

 

 その後、意識を取り戻したアタシは理事長先生から先ほどの対戦相手、イッキについて聞かされた。才能に恵まれず、家族からもいないものとして扱われ、それでも夢を諦めきれなかった男。

 

 アタシはこの男の背中を追いかけようと決めた。イッキと切磋琢磨できればもっと上を目指せると感じた。いろいろあったけど良いルームメイトと出会えたと今なら思う。

 

 

 イッキと意気投合した後日、アタシは気になっていた事について尋ねてみた。私の攻撃を受けて消えてしまった人物。幻想形態の為怪我は無いとは思うのだが、何故消えてなくなったのか。内なる興味は尽きないが、特徴を教えるとすぐに答えは返ってきた。

 

 

「あぁ、それはたぶん2年生のパチュリーさんだね。彼女なら書庫にいると思うよ。気になるなら今からでも会いに行ってみる?」

 

 

 そうしてアタシは興味を持ったパチュリーと呼ばれる生徒に会いに行くことに。……それにしてもなんで書庫?図書館とかならわかるけど。

 

 イッキに案内された場所は春休みで僅かな人しかいない図書館ではなく、明らかに人がいるとは思えない暗い部屋。多くの棚が並び、所狭しと本が詰められている。

 

 

「.......暗いわね。本当にここにいるの?」

 

「それは間違いないと思うよ。基本的に彼女はここを出ないらしいから」

 

 

 そう言いながらイッキは暗い中、部屋の電気のスイッチを探す。しばらくしてやわらかな明かりが周囲を照らしだした。まるでランプのような優しい光。書庫の電球は特殊な物を使っているのだろうか?それにしても基本的にここから出ないってどういう意味かしら。

 

 

「あれ?」

 

「どうかしたの?」

 

「なんで明かりがついたのかなって?ステラがスイッチを見つけたのかい?」

 

「いいえ。私は何もしてないわよ」

 

「え?」

 

「.......え?」

 

 

 二人揃って疑問符を頭に浮かべた。そして改めて明かりをよく見てみたらフワフワと浮いているように見える。明らかに備え付けの物ではない。光そのものが漂うように浮いている。……まさか人魂?

 

 非現実的で嫌な想像を浮かべ、悪寒が背筋を走った。そして同時に一人の人物が奥の方から現れた。その人物が現れなければアタシは声を上げていたかもしれない。

 

 

 長い紫色の髪の先をリボンでまとめ、紫と薄紫の縦じまが入った、ゆったりとした服を着用した人物。月の飾りのついたナイトキャップのような帽子を被っている。ゆったりとした服装はまる就寝着のようにも思える。眠たげな表情をしたその人物は、アタシが昨日訓練場で見た少女に間違いはなかった。

 

 

「.......何か用かしら?」

 

「貴女がパチュリー・ノーレッジね」

 

「あら、噂の皇女様じゃない。何か本でもお探し?あいにくと物語は図書館の方よ」

 

「いや、本じゃなくて少し貴女に興味を持ったのよ」

 

「……客人は久しぶりね。ここじゃなんだし、ついてきなさい」

 

 

 パチュリーが書庫の奥へとゆっくりと歩み始める。それと同時に明かりが動いた。彼女やアタシたちの足元を照らすように光源が移動する。明らかにこの光源には彼女が関わっているのだろうと思い、アタシは素直に尋ねてみることにした。

 

 

「この光は貴女の能力なの?」

 

「えぇ、これも能力の一部よ」

 

 

 ある程度進むと、アタシたちの正面に机に積まれた本の山が見えてきた。そして積み上がる本の隙間から僅かに溢れる光が零れている。それは今アタシたちのそばで光る明かりと同じような柔らかな明かりだった。

 

 

「椅子用意するわね」

 

 

 そう言うと彼女は軽く指を振るう。なんの仕草だろうかと見ていると、周囲から二脚のダイニングチェアがプカプカと宙を漂いながら飛んできた。それはアタシとイッキの傍にゆっくりと着地する。

 

 

「え?何?ポルターガイスト!?」

 

「そんなわけないでしょ。これも私の魔法よ」

 

 

 べ、別に怖くなんてない。.......それよりも彼女はこの浮いてきた現象を自らの魔法と言った。物を浮かばせる、手を使わずに動かすと言えば《念動力(サイコキネシス)》系の能力者なのか。そうなるとあの明かりも、光源となる何かを操っていたのか。しかし、今一度よく見てみると何かを浮かばせているというような気はせず、ただの光に見える。

 

 

「どうぞ座ってちょうだい」

 

 

 彼女は考えるアタシを席に促す。アタシとイッキは本が山のように積まれた机に向かって腰掛ける。パチュリーはこの机の向こうにあるだろう椅子に座るのかと思っていると、彼女は逆側に歩みだした。

 

 すると同時に机の上の本の山が浮かび、別の場所へとゆっくりと丁寧に飛んでいく。開かれた机。それを挟んでアタシたちと向かい合うように座り、一際ぶ厚い本を眺めているパチュリーがいた。

 

 

「.......え?」

 

 

 前にはパチュリー。後ろにはパチュリー。私は二人のパチュリーを交互に見直す。一体何がどうなっているのか。視界を前後に動かし、何とか状況を読み取ろうとする。

 

 

「後ろのは私の《分身(アバター)》よ」

 

 

 私の正面に座るパチュリーが声を出す。そこから与えられた情報はアタシを混乱させるに充分だった。

 

 今度は分身?!この人一体何なのよ。魔力障壁は張ってたし、念動力(サイコキネシス)も使うし、分身も作っているし。もー訳わかんないわ。どんな能力を持ってたらそんなことが出来るのよ。

 

 

「とりあえず挨拶くらいは本体(こっち)でやるわ。初めまして、パチュリー・ノーレッジよ」

 

 

 一度だけこちらに視線を上げ、すぐさま読んでいたであろう本に意識を戻す。まるであまり興味は無いとでも言いたげな行動。

 

 

「で.......要件は何?」

 

「えっ……えーと、単なる興味っていうか、なんていうか……」

 

 

 自分が巻き込んでしまった人がどんな人物か知りたかった。ただそれだけの用。アタシのただの気まぐれ。しかし、尋ねる相手はどうやら読書に熱中している様で、迷惑かと思う心が言葉を濁す。

 

 

「用がないなら.......いや、そうね。少し貴女に質問しても良いかしら?」

 

「構わないけど、アタシに何を聞くの?」

 

「先日の模擬戦。あの中で私が気になった点があるのよ」

 

 

 そう言うと彼女は今まで開いていた大きい本を横にずらし、積み上がっていた本の一冊を目の前に開ける。そしてペンを手に取った。

 

 

「まず基本情報から。炎の自然干渉系で魔力量は平均の三十倍で合っているのよね?」

 

「ええ、合ってるわ」

 

「ではそれを踏まえて……あの最後の一撃、手を抜いた?」

 

「そんなことないわ。最後のは私の最高火力だったはずよ」

 

 

 あの時放った伐刀絶技(ノウブルアーツ)は私の中の最大火力。全身全霊の一撃だ。イッキの技量に敬意を込めた攻撃だった。そこに手を抜くなんてありえない。

 

 

「魔力量と出力に圧倒的差異が生じている。それも本人は自覚していない。.......魔力が多過ぎるから?いや、彼女より少ない魔力量でアレよりも出力を出せる者もいる。では、いったい────」

 

 

 パチュリーは手を口元に当て、何かを呟き出した。元々小声で早口気味だった彼女の言葉は途中から聞こえなくなった。こういうのを自分の世界に入ったと呼ぶのだろう。

 

 

「なんか.......凄い集中しているわね」

 

「彼女は騎士というより、研究者といったスタンスをとっているからね」

 

「あー、そういえばそんな雰囲気。わかる気がする」

 

 

 自分の中で考えを巡らせているのだろう。時々呟きが止まったかと思えば、再び口ずさむように聞こえない言葉を紡ぐ。

 

 

「でしょ?まあ、彼女のそんな態度に突っかかる人もいるけどね」

 

「.......突っかかる?」

 

「彼女は去年の七星剣武祭に破軍代表として出場したんだ。でも本人は勝ち負けに微塵の興味は無く、ただただ相手や出場者の能力について検証していたんだよ。誰に何を言われてもその方針を変えることはなく、普段はただひたすらここで研究している。その為ついた二つ名は《動かない大図書館》」

 

 

 意外だった去年の七星剣武祭の出場者だったとは。しかも結構独特な出場理由。

 

 

「みんなが目指す七星剣武祭で、一人別の目的で出ていたらそりゃ文句の一つも言いたいわよね」

 

「あら.......貴女も私に騎士道がなんたるかとでも言うのかしら?」

 

 

 ブツブツと何かを呟いていたパチュリーがこちらの会話に戻ってきた。その表情はまたかといったうんざりとした顔だ。眠たげな目がさらに細まっている。

 

 

「だってせっかくの七星剣武祭よ?出場したなら勝ちを目指すべきよ。貴女も魔導騎士になる為にここにいるのでしょう?」

 

「魔導騎士養成学校にいるからといって、誰も彼もが騎士になりたいと思うのは早計ね。私は魔導を極めることができるならどこでもいいわ。魔導騎士としての資格もあれば便利ね程度にしか思っていないわ。あと多くの伐刀者(ブレイザー)サンプルが集まるという点でこの場所にいるくらいね」

 

「同じ学び舎の生徒をサンプルって.......そんな言い方」

 

「私の能力的にも目的にも必要なことよ」

 

「そういえば貴女の能力って?」

 

「私の能力は『魔導探究』の概念干渉系能力。魔力による事象を解析し、自身の魔力で再現する能力よ」

 

「どういうこと?」

 

 

 魔力事象を解析?再現?なんか凄そうな.......でもちょっとよくわからない。

 

 

「ではわかりやすく簡単に。人の能力を解析して、自身のものとできる能力よ」

 

「はぁあ?!そんな能力あっていいの?!」

 

「わかりやすく説明しただけよ。そんなシンプルなものじゃないわ」

 

 

 最後まで聞きなさいと表情で告げてくる。

 

 

「まず相手の魔力がどのように作用しているのかを解析し、それを理解することが必要になってくる。それが簡単なわけないでしょう?」

 

 

 相手の魔力の作用を理解?私は頭に疑問符を浮かべた。彼女は一瞬だけ私の顔を伺い、すぐに本に視線を戻す。

 

 

「理解しきれてないって顔ね。貴女は自分の魔力がどのように炎になってるか考えたことあるかしら?それを解析して、理解するのはそれなりに時間がかかるのよ。だから私はずっと研究をしている。それで理解し終えれば、それは私の力となるのよ」

 

「つまり、僕たちが鍛錬する事と同じように、研究しているというわけだね」

 

「一括りにされても困るけど.......まあ、その認識でいいわ。貴方達バトルジャンキーが強くなりたいように、私はただひたすらに知りたいの。知れば知るほどに私の可能性は広がっていくのだから」

 

 

 アタシたちが強さを求めるように、この人は知恵を求めている。そう言われるとすっと納得できてしまう。アタシはこの人を否定できない。これも在り方の一つだと感じてしまった。.......それはそうとバトルジャンキーって、せめて武人と言って欲しいわね。

 

 

「話を戻すわよ。質問を続けるわ」

 

 

 そういえばそんな話をしていたような気がする。話がズレすぎていて忘れていた。

 

 

「貴女は魔力制御は得意?主観でいいわ」

 

「得意なつもりよ。評価でもB+貰っているし。幼い頃は制御できずに暴走してたから、制御する為に必死だったわ」

 

「幼い頃は暴走ね.......それはトラウマになっていたりする?」

 

「いいえ、むしろ苦労したから制御できた時の達成感の方が印象としては強いわね」

 

 

 ふむ.......と、パチュリーは再び思考し始めた。

 

 

「ねえ、いったい何が気になったの?」

 

「貴女の魔力量的にあの伐刀絶技(ノウブルアーツ)の火力はおかしいのよ。私の防壁くらいならすぐに壊せるほどの火力が出るはずなのに。私が多少の抵抗ができた時点でおかしいわ」

 

「.......じゃあなんで貴女は逃げなかったのよ?」

 

「わざと受けることで貴女の攻撃の出力を測ったのよ。私の魔力防壁の耐久力はわかりやすい基準となるわ」

 

「なんて危ない真似を.......幻想形態じゃなかったらどうするのよ」

 

 

パチュリーはアタシに向けて指を向ける。いやどちらかというとその奥か。そこには静かに佇む彼女に瓜二つの《分身》がいた。……まさか。

 

 

「あそこにいたのは私の《分身》よ。視界の同調はしていたけれど、やられてもなんの問題もないわ。そこの彼も言ってたでしょう?私は基本的にここから動かないと」

 

「基本的にって授業とかはどうするのよ.......もしかしてそれも《分身》で済ますわけ?」

 

「当たり前でしょ。正直、《分身》を出す価値も無いけれど、最低限の出席は必要みたいだから座らせているだけよ」

 

 

 本当に破軍学園に何しに来たんだろう。

 

 

「すぐに答えは出そうにないわね。まあ少し気になっただけだから、それまでと置いておくのも.......」

 

「えーー!ここまで引っ張っておいてそれは無いわよ!私が気になるじゃない!」

 

「私も暇じゃないのよ。他にも調べていることは沢山あるのだから」

 

「うぅ、でも.......」

 

「はぁ.......わかったわ。片手間でも良いなら考えておく。ただ、時間がかかるわよ。ある程度の確信を得れない事は教えたくないの。待つくらいのことはしてちょうだい。あと、催促とかしないでちょうだい」

 

 

 

 私は私の興味の対象を確認し、パチュリーは彼女の気になったことを聞き終えてその出会いは終わりを迎えた。その帰り際、私は彼女に一つ聞いてみたいことがあった。

 

 

「ねえ、最後にいいかしら?」

 

 

 どうぞ、と告げるように頷く。その視線は本から動くことは無い。ただ聞く耳はあるようなので尋ねてみる。一連の会話から気になったこと。彼女をここまで没頭させる動機とは何なのか。

 

 

「貴女は知識を集めて何がしたいの?」

 

 

 アタシは力を得て、自分の国を民を守りたい。彼女は知識を得て何がしたいのか。ここまで熱中して知恵を集めているのだ。何かしらの目的はあるように思える。

 

 

「知恵を集めて何がしたいか、ね。集めること自体が目的だけど、強いて言うなら.......そうね。

 

 

私はパチュリー(わたし)になりたいのよ」

 

 

 パチュリーは自らの目的をそう答えた。




没ネタ投稿でございます。更新の予定は未定。


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2話

 私が破軍に入って二年目を迎えた。私の今の歳は十五。もう身体は成長し、ほぼ完全にパチュリーの見た目になっている。

 

 

 これまでの人生、私はパチュリー(わたし)になる為に時間と努力を費やしてきた。しかし、かの偉大な魔法使いへと至る道は遠い。まだ人間の私はスタートラインにすら立てていない。

 

 早く彼女のようになりたい。いや、ならなくては。私は魔法の研究を重ねるにつれ、焦るようになってきた。それほど魔導とは奥が深く、終わりが見えない。その研鑽に人のたかだか数十年の寿命は短すぎる。

 

 

 だがしかし、人の身を捨てる糸口はまだ見えない。何か無いだろうか。少しでも何か手がかりが欲しいと、こうして日夜様々な伐刀者(ブレイザー)サンプルを観察している。

 

 

 身近なのはこの学園の新しい理事長の新宮寺黒乃。《世界時計(ワールドクロック)》と呼ばれる伐刀者(ブレイザー)で時間の因果干渉系能力者。彼女がこの学園に来たと分かった時、私の心は踊ったものだ。

 

 この能力を理解し再現、そして応用できれば、老いや成長を止めることができるのではとも考えた。しかし、すぐさま理想は壊れ、現実的では無いという結論に至る。

 

 

 まず私の伐刀絶技(ノウブルアーツ)《魔導の理》には、相手の能力を理解することが必要だ。

 

 その能力故か、私には特殊な眼がある。魔力を色や質感で見分けることができるのだ。その眼をもって魔力の変動や作用を見極める事ができる。それを計測し分析して、自身の魔力で再現したり、再現したもの同士を掛け合わせたりしている。

 

 

 最近私の所に来た皇女を例に挙げよう。魔力を変換する事で炎。簡単に言葉にするならこうなる。皇女は出力に気になる点があるが、能力的には非常に単純だ。単純だからこそ強力、これが自然干渉系。それらは理解しやすい。

 

 

 次に概念干渉系。自然干渉系とは異なり、自然現象とは結びつかないような現象が起こる。その為、理解の難易度は自然干渉系から跳ね上がる。だからといって理解できないというわけではない。魔力を使った結果何かが起こる。この事には変わりない。

 

 

 最後に因果干渉系。極めて希少であり、強力であると言われる能力。私の能力的に再現は可能だと考えられる。しかし、私の理解が追いつかないのだ。魔力をどう作用させたら因果や時間を操れるのか。そもそも魔力がどう作用しているのかも不明。観測すらできないというのが現状なのだ。

 

 破軍の生徒会副会長の御禊泡沫も因果干渉系の能力者だ。能力は確率操作による因果の改竄。1%でも可能なら100%で成功するという能力。本人は試合をしないため、よく観察できていないのだが、一度だけその能力を見たことがある。

 

 その際、彼は大怪我を負ってしまっていたのだが、次の瞬間には何事も無かったように身体が元通りになっていた。あれは超回復や時間の巻き戻しには見えず、別世界線の彼を選択したということだろう。はたしてそこにある魔力的理論とは。全くもって謎は深まるばかりだ。

 

 

 

 このように私はパチュリー・ノーレッジを真似るように研鑽に没頭している。だがこれはただ真似ているというだけではない。私の中で知識欲がとめどなく溢れてくるのだ。この身体のせいか、能力による影響なのか、それとも元からこの魂はこうだったのか。いくら考えても答えが出ないが、この好奇心だけは本物だ。

 

 没頭しているからこそ、余計にこの人間の肉体が邪魔なのである。魔女の身体ではないため、生理現象が発生するのだ。食事も排泄も睡眠も、これらの時間がもったいない。お風呂はしょうがない。だって好きだもの。

 

 

 私がはたから見て動いているのは《分身(アバター)》を動かしているときだろう。今現在もそれと視野を共有しながら、本体の方はその情報を元に資料を精査したり付け加える。それは主に実験の時に多い。

 

 

 

 今回の実験は相手の能力の観察と、自分の再現スペルの効果の計測及び改良点を探すこと。その為に破軍学園の訓練場に《分身》を行かせた。実験はできる限り安全な環境で行うに限る。

 

 観察対象は一年生の炎使いの男子生徒。正直、皇女様とは比べ物にならないが、タイミングとしては良いだろう。皇女様の能力の疑問点を明確にするには対象がいる。そのデータは多ければ多いほどありがたい。

 

 

 なにせ同じ炎使いでも個人個人で特徴が違うのだ。そこに基準等は無い。しかし比較するには何かしらの基準が必要になってくる。それが今までに集めてきたデータだ。

 

 似通った属性、性質を持つ能力で纏め、平均をとるなり、グループ別に分けるなりして基準を作成していく。その為に多くの伐刀者が集まる魔導騎士養成学校は都合の良い場所だ。毎年、新しい観察サンプルが勝手に入ってくるのだから。

 

 

 今回は七星剣武祭の予選試合を実験に使わせて貰う。勝ち負けはどうでもいい。データが取れれば私の用事は終わりだ。その時に相手が無事か無事じゃないかの違いでしかない。

 

 昨年の七星剣武祭には能力値判定で出ることになった。結果は一回戦敗退。まぁ私の用事が終わり、勝てそうにも無いので試合途中でリタイアした。そいつはそのまま七星剣王になった。魔法戦しか出来ない私の相手が、魔力を打ち消す能力者だ。

 

 

 大変に興味が湧いた。様々な魔法を試したが全て打ち消された。そのまま相手にいろいろ質問などをして満足。そのままリング上から降りた。これが去年の話だ。いろいろ言われたが私には関係の無いことだ。

 

 

 一応去年の代表選手だったからか、今回の試合を見に来る者が多い。その中に皇女様と黒鉄もいた。ちなみに彼らの代表戦の初戦は《分身》を通して見ていたが、皇女様の方は相手が恐れ降参。

 

 

 黒鉄の方の相手は、昨年私と同じく一年で破軍の代表になった桐原静矢。《狩人の森(エリアインビジブル)》と呼ばれる完全ステレスの伐刀絶技を持つ生徒。大変興味深いのだが、私の魔力を判別する眼でも彼を捉えることはできない。その為今は解析不能。

 

 

 黒鉄はそんな能力に対して、桐原静矢本人の絶対価値観(アイデンティティ)を暴く事で本人の動きを読み取り、見えない能力を打ち破った。.......やはり脳内筋肉のバトルジャンキーの考えはよくわからない。

 

 

 

『LET'S GO AHEAD!』

 

 

 

 あら、別の事を考えていたら、いつの間にか始まってしまった。そろそろ目の前の事に集中しましょうか。相手も日本刀に炎を纏わせてこっちに向かって走ってきているし。

 

 

 私は軽く手を上げ魔力防壁を張る。半透明の魔力の壁が私と相手を分かつように生成された。いつも私が実験の最初にやることだ。

 

 今の私(分身)霊装(デバイス)を顕現させる必要は無い。本体の元で発動させて、この身体を通して使っている。霊装とこの《分身》は魔力で繋がっている。その為、若干のタイムラグはあるものの、本体で発動させた魔法を《分身》を通して使うことができるのだ。霊装を親機とすると、《分身》は子機のようなものだ。電波(魔力)が通るところなら使うことができる。離れれば離れるほど繋がりにくくなる。そんな感じだ。

 

 

 さて、じっくりと観察させてもらいましょうか。私の意識を二分割する。《分身》の視界で見たものを、本体の方で記録していく。

 

 その間にも相手は壁を壊そうとしてくるが火力不足。この分だとまだまだ防壁は持つ。この光景をはたから見てた人にまるでガラス越しに実験動物を見ている科学者のようだと言われたことがあるが、言い得て妙である。研究や観察とは安全に行われなければならない。

 

 

 

 ふむ.......観測したところ、これといって特徴の無い炎の自然干渉系能力。魔力の出力と性質を、他の炎使いから集めたデータと照らし合わせても誤差の範囲で収まるだろう。

 

 やはり皇女様の出力がおかしいのだろうか。皇女様とこの相手を今ここで照らし合わせることができれば、差が見つけやすそうだけど.......やってみましょうか。

 

 ちょうど魔力防壁もあと数発で綻びが出そうだし。次に観客席の皇女様とこの相手が一列に並んだ時に、範囲攻撃で皇女様に誤射しましょう。その流れ弾を防ぐ際に発する魔力反応を観測すればこの場で比較ができる。なに、一発なら誤射。不幸な偶然よ.......今ね。

 

 

「スペル────水符『プリンセスウンディネ』」

 

 

 《分身》を通してスペルを発動する。私が持っている伐刀絶技(ノウブルアーツ)は《魔導の理》のみ。それで解析し自分のものにした能力を再現する事を、私はスペルと呼んでいる。

 

 

 私の魔力は色で例えるならば無色だ。つまり特徴がない。だからこそ様々な能力を使用することができるのだろうと考えている。今回の場合、無色の魔力を私の霊装(デバイス)を通して水使いの色に変換させるといった感じだ。

 

 

 本体の元で変換させた魔力を《分身》へ。そのまま魔力体を通して発動させる。水使いの性質を持つ魔力は宙に浮かび、人の頭サイズの幾多の水塊へと変化する。

 

 

「魔力変換.......正常。質、量共に誤差無し」

 

 

 周囲に漂う水塊を弾幕の要領で相手に向けて掃射する。その背後の観客席も巻き込むように。ただの水の塊といえども勢いが乗れば立派な凶器だ。

 

 

 不運にも、意図的に狙った流れ弾が皇女様に飛んでいく。彼らの周囲にいる生徒は我先にと逃げ出したが、彼女だけは私の予想通り炎の魔力でガードする。その際の魔力反応を私は注意深く観測する。

 

 

「魔力の色は同じ……燐光、燃え方にも特色は見られない。.......でも、比較すると少し感じる。この僅かな違和感はいったい?」

 

 

 やはり少し違うようにも見える。色は炎使いなのだが、性質がそこらの炎使いよりも力強く感じる。生命力に溢れているというのだろうか。だが見ただけなので、こんな所見しか出てこない。いつもの事だ。もっとデータや違う視点からの情報の精査が必要ね。

 

 

「やはり保有する魔力量によって性質が変わるのかしら.......他の能力系統でも要検証ね」

 

 

 視界をリング上に戻すと相手は既に被弾して伸びており、私の勝利ということになっていた。まだ調べる事はあったのだが、こうなっては仕方がない。

 

 

「検証続行不可能.......スペルの改良点の発見には至らず」

 

 

 ならばもう《分身》の役割はお終い。魔力体から操作と意識を手放し、魔力で構成していた身体を消滅させる。

 

 本体の私はそのまま先程の観察結果を書き記していく。偶に目を閉じ、先程の光景を脳内で再生しつつ、気になった細かな点まで丁寧に記録する。

 

 

 その作業を行って数分後、私がいる書庫の扉が開いた音がする。ここに人が来るとは珍しいと思いつつ、数日前にも尋ね人はいたかなどと考え、その思考を排除し再び記録の作業に入る。

 

 

 

 

 

「───!────!」

 

 

 

 あぁもう、うるさい。ここを何処だと思っているのだろうか。記録作業から意識を騒音へと移す。聞こえてきたのはこの前もここに来たステラ・ヴァーミリオンの喧しい声だった。

 

 

「........何かしら?今は忙しいのだけれど」

 

「だからといって無視することは無いじゃない」

 

「貴女の声は私の作業に不要。むしろ邪魔だから意図的に意識の外へやっていたのよ」

 

「ほんっとにいい性格してるわね。自分から喧嘩売っておいて」

 

 

 私は喧嘩を売った覚えはこれっぽっちも無い。何を勘違いしているのか。

 

 

「何の事を言っているかよくわからないわ」

 

「アンタ私に意図的に攻撃したじゃない!」

 

「攻撃.......?流れ弾の間違いじゃないかしら。私の対戦相手は貴女じゃなかったもの」

 

「明らかに私に向かって飛んでくる方が多かったんだけど!」

 

「それは貴女の主観でしかないわ。気のせいか、もしくは不幸な事故ね」

 

 

 皇女の周囲が熱を帯びる。ここ書庫で当然の如く火気厳禁なのだけれど。本が傷むのは嫌なので、さすがにこれ以上はやめてほしい。

 

 

「.......わかったわ。意図的に狙って悪かったわね。でも必要な事。それも貴女の頼み事についてよ。協力くらいはして欲しいわね」

 

「それならそうと先に教えて欲しかったわね」

 

「貴女の出力なら容易に防ぐことが可能。それは確定的に明らかだった。ある意味では安全な検証だと言える」

 

「はぁ、何言ってもダメそうね。.......で、ここまでやってくれたんだから、何かしらわかったのかしら?」

 

「まだ何とも。検証の方向性が決まったくらいね」

 

 

 そう伝えると、わかりやすくガッカリとため息をつく。そう簡単に解明できたら苦労しないし、面白くもないだろう。これからさらに検証を重ね、精査していく必要がある。

 

 

「不確定な情報については語る気は無いわ。ある程度の確信と自信を得れたらお答えする。前にも伝えたはずよ」

 

「それっていつ頃よ」

 

「さあ、いつになるでしょうね。きっかけがあればすぐにわかるかもしれないし、永遠にわからないかもしれない」

 

 

 そう.......永遠にわからないかもしれないのだ。だからこそ私には魔女としての肉体が必要だ。不老不死でも、人間を辞めるでも構わない。ただ魔導に没頭出来る無限の時間が欲しい。



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3話

 七星剣武祭代表選の中盤。今回のサンプルはかなり興味深い。今年入ってきた新入生だが、学生騎士でもトップクラスの魔力制御技術を持つ生徒。名を黒鉄珠雫。あの黒鉄一輝の妹である。

 

 私は様々な能力を扱えるとはいえ、その精度はそれぞれのプロフェッショナルには敵わない。これまでの観察から黒鉄珠雫は水のエキスパートだとわかっている。彼女の披露してくれる魔法の数々、それは私の魔導をさらに深めてくれることだろう。

 

 

 私と同じ魔法制御評価A。魔力もBと非常に優れた素質を持つ伐刀者(ブレイザー)。確かこの黒鉄兄妹にはもう一人Aランクの兄がいた気がする。たしか.......《風の剣帝》だったかしら。長兄は傑物、真ん中は落第騎士、妹は優等生。ここまで極端な家系も珍しいわね。

 

 魔法の才に遺伝的関係性はあるのかしら。ふむ、興味深く面白そうなテーマね。寿命を撤廃できたなら調べてみてもいいかもしれない。その場合は人間牧場でも作った方が捗りそうね。サンプルは多ければ多いほどいい。.......管理が面倒そうだけど。

 

 

 

「何笑ってるんですか?」

 

「あら、笑ったつもりはないのだけれど」

 

 

 未来の研究テーマに思いをはせていると、それが顔に出ていたようだ。目の前の小柄な少女にそれを指摘された。

 

 私とフィールド上に向かい合うように立っている黒鉄珠雫。彼女は凄く不機嫌そうにこちらを見ている。ゴミを見るような目と言うのが正しいのか。おかしい、私の見た目はパチュリーの筈なのに。自分でいうのもあれだが人を不快にさせるような見た目ではないはずだ。

 

 ちなみに私はいつも通り《分身(アバター)》だ。

 

 

「それにしても不機嫌そうね。尖った心は魔力操作に影響を及ぼすわよ」

 

「私は心の乱れ程度で魔力操作を誤るようなことはありません。.......それよりも何でニセモノで来てるんですか?私のこと嘗めてます?」

 

 

 ニセモノ?.......あぁ、《分身》の事か。自分はいつも通りなので一瞬理解が遅れてしまった。とは言え私はこれが正しいスタイルだし、何でと言われても、通常運転としか答えようがないのだけれど。

 

 

「今日は貴女の言うホンモノかもしれないわよ?」

 

「私の目が誤魔化せるとでも?」

 

 

 確信を持った答え。私と同じように特殊な眼でも持っているのか、それとも魔力の感受性が高いのか。特殊な眼だったら研究対象ね。彼女の視界にはどんな世界が広がっているのか。違う視点というのは研究している身からすれば喉から手が出るほど欲しい。それだけで止まっている研究のいくつかが動き出すかもしれないのだ。

 

 

「どうして私がニセモノと断言出来るのかしら?」

 

「貴女のその体は不自然です。魔力の無駄が無さすぎる。まるで人形のようです」

 

「それは貴女の感性からの発言?それとも私と同じ様な眼でも持っているのかしら?」

 

「眼?.......何を言っているの?」

 

「.......そう、残念ね」

 

 

 どうやら感受性が高いだけのようだ。まぁ、それでも優秀なことには変わりない。この《分身》のことを不自然と見抜くなんて。おかげで後で改良しなくてはならなくなった。魔力の感受性が高い人にも自然に見えるようにしなければならない。

 

 

「そんなことよりも早くホンモノで出てきてくださいよ」

 

「嫌よ。私にメリットを感じないわ。一応この事は学園側に許可をとっているし。それとも貴女も騎士道云々、正々堂々みたいな言葉を並べるのかしら?」

 

「いえ、私は純粋に貴女と競いたいだけ。学生騎士としてトップクラスの魔力操作技術を持つ貴女と。ただでさえほかの学生は雑魚ばかりだもの。手加減しながら戦うのも飽きてきたわ。……貴女は違うはず」

 

 これは一応褒められたのかしら?他人の評価は気にしないから私を煽てても無駄だけど。それに、正直言って《分身》と本体にそこまでの差は無い。それに身体能力で言うなら《分身》の方が遥かに優秀だ。

 

 

「ではこうしましょう。出てこないとこの後書庫を襲撃します」

 

「どこぞの盗人よりタチが悪い.......はぁ、わかったわ。待ってなさい」

 

 

 そんなことをされたら全力で籠城させてもらうが、それは時間も労力もかかる。.......これは本体で出た方が良さそうね。まさか私が脅迫されて動くことになるなんて。

 

 

 

 フィールドで監督官に一言入れて、《分身》を解除する。意識を書庫の本体(オリジナル)に戻し、立ち上がる。机の上に開いていた本型の霊装(デバイス)を手に持ち、私は久々に本校舎へと向かう。

 

 

「まさか私の足でまたリングに上がるときが来るとは.......皇女様といい、今年の一年生はどうなっているのかしら?」

 

 

 この体でリング上に立ったのは七星剣武祭の時以来か。.......ていうかそれ以外上がったことがなかったわね。それにしても前例ができてしまった。私をリング上に出したいなら脅せばいい。今回は相手が興味深いサンプルだから仕方ないが、次はしっかりお断りしないと。あと書庫の防衛も必要か。

 

 

「ようやく来ましたか.......書庫からとはいえ、遅すぎません?」

 

「.......この身体を動かすのは苦手なのよ」

 

 

 正直言って既に息が上がりそうだ。この学園は無駄に広すぎる。授業とかいらないから教室消しなさい。本の保管場所にした方が土地活用として有益だわ。

 

 

「まぁ、前向きに本体での検証実験としましょうか──────《魔女の術式(スペルブック)》起動」

 

 

 本型の霊装(デバイス)を開ける。私が歩んできた足跡とも呼べる、習得してきたスペルが記されたページがひとりでに捲れていく。そしてある項で動きが止まる。

 

 

 

 

 

 

『LET'S GO AHEAD!』

 

 

 

 

 相手の体から魔力が溢れ、地面を埋めるように拡散し始める。その直後フィールドはパキッパキッと凍り始めた。同時に私もあらかじめ用意しておいたスペルを発動させた。

 

 

「凍てつけ──────《凍土平原》」

 

「《飛行術式》」

 

 

 私は重力と風の能力を用い、ふわりと少しだけ宙に浮く。地面から足が離れたと直後に足元が氷床へと姿を変えた。魔力からの事象への変換速度が常人よりもだいぶ早い。さすがは優等生。魔力の流れが見えなければ捕まってたわね。

 

「《水牢弾》」

 

「《魔力防壁》展開」

 

 

 彼女の周囲に発生した大きな水塊。四つ展開され、それぞれが湾曲しながら迫ってくる。それに対し、その軌道上に簡単な魔力壁を発生させる。

 

 同時に相手の様子を確認。私の魔力を視覚化出来る眼によって、彼女の魔力操作は筒抜け。彼女は魔力を隠蔽する技術、魔力迷彩にも長けているようだけれど、魔力を使っている時点で視覚化されてしまう私の眼には無意味な行為だ。

 

 彼女が作ろうとしている新たな水塊。その作製している場所に魔力を飛ばす。私の無色の魔力を霊装でもって濁らせた魔力。それを彼女の澄んだ魔力に干渉させると、あら不思議。水は塊にならず、泡のように弾けた。

 

 彼女は思い通りに魔力操作が出来なくなった事に驚きを浮かべている。

 

「───?!.......何をしたの?」

 

 とぼけておきましょうか。何事もまず自分の頭で考える。これはとても大切なこと。

 

「貴女の心の乱れではないかしら?」

 

 魔力は繊細なものだ。このように変換前に干渉してしまえば、不発や誤作動を引き起こすことが出来る。一人一人魔力の特性が違うため、少しでも弄れば途端に魔力制御はおぼつかなくなる。こんな事が出来るのは魔力を細部まで視覚化出来る私くらいだけど。

 

 その考えの大元はとある伐刀者(ブレイザー)の能力だ。他人の魔力そのものを塗り潰し、魔法事象を根本から消滅させる能力。今さっきの私のように魔力の変換前ではなく、変換後からでも消滅させる力。

 

 去年の七星剣武祭で優勝した男。私の魔力を徹底的に塗りつぶされた。イメージとしては水彩絵の具に黒ペンキをぶちまかれた様な感じ。あの時は度肝を抜かれたものだ。私の積み上げたものが呆気なく消えていくのだから。笑っちゃうほどあっさりとね。

 

 彼のように塗り潰すには私の魔力はどうやら薄い。出来るのは魔力を濁らせるくらいなのだ。それでも効果はある。なぜなら大抵の伐刀者が扱える魔力なんて一色だけなのだから。特に繊細に魔力を扱う者ほどその濁りは強く影響を及ぼす。

 

 今も頑張って魔力を操作しているが、もちろん邪魔させてもらおう。恐ろしい形相でこちらを睨みつける。果たして彼女は、正解にたどりつけるかしらね。

 

 あぁ、いけない。目的から逸れていた。今回の目的はオリジナルでの検証実験と彼女の魔法の確認。操作妨害はこのくらいで良い。この先へと進もう。

 

 私はさらに彼女の魔力への干渉を強めた。今度は妨害ではない。魔法の乗っ取りにかかる。私の能力は魔力の質をある程度自由に変化させることができる。もちろん、相手の魔力の質にも合わせることができる。人によってはできないが、この相手は違う。魔力がとても澄んでいる。七星剣王や皇女様などの独特な濃い魔力なら不可能だが、彼女の魔力は逆にカモだ。

 

 それなら後は魔法の支配力がものをいう。もっとも彼女が操作権を奪われていることに気付けばだけれども。まぁ普通そんな事を発想する人はいない。

 

 空中に浮かぶ私を狙うように複数の鋭い氷塊が宙に生成される。ようやく発動できた魔法に相手はほっとしているが、それはすぐに矛先を彼女に向けた。

 

「なっ?!」

 

 自らが発動した魔法が反旗を翻す。まぁ、驚くなという方が無理ね。だが、目の前の彼女は不意な氷による攻撃を、大きく飛んで避けた。彼女がいたところには氷柱が生えるように突き刺さる。

 

 その後無事だった彼女は、凄まじい怒りの形相で私を睨みつける。

 

「どうやったのかわからないけど、今のは貴女の仕業の筈。私は大きな隙を晒した。どうして追撃しない。.......手を抜いているの?」

 

「私の目的は勝つことではないわ。今も昔も私がわざわざ試合に出るのは他者の魔法を観察する事が目的。だから.......」

 

───とっとと次を見せなさい。

 

 そう呟くと彼女の怒りに加え、観客席からもチラホラと熱い視線を感じる。去年の1年間で慣れた、私に向けられる感情。どうでもいいわね。

 

 彼女は再び氷塊と水弾を作ろうとする。先程より多く。込められる魔力も増えている。だが結果は同じだ。私が同じように妨害して、その魔法は失敗に終わる。数が数なので不発にさせることは出来なかったが、その全てはコントロールを失い、弾けたり明後日の方向へ飛んだりと彼女の意志に従おうとしない。

 

「それは見たわ。魔力と時間の無駄よ」

 

 それは見た、記憶もした。彼女の魔力の質も把握した。私は別の魔法を求めているのだ。まだ見ぬ発想、工夫、技術。私の真の目的に役立つ何か。

 

「《白夜結界》!」

 

 地面に広がる氷床が白い霧に変化する。私の眼で見れば、この霧には彼女の魔力が微量含まれていた。つまりこの霧は彼女の一部と言っても過言ではない。お互いに視界は真っ白だが、相手にとっては私の位置は丸分かりだろう。

 

.......ていうか、これじゃあ彼女の魔法が見れないじゃない

 

 相手に向けて心の中で悪態をつきながら、飛行をやめ地面に降りる。そして同時に霊装(デバイス)に魔力を通す。ページが捲れ、開いたページが淡い黄緑の輝きを放つ。

 

「魔力変換。スペル───木符『グリーンストーム』」

 

 そのスペルはフィールドの中心に太い竜巻を作り、周囲に突風を起こした。霧は吸い込まれ徐々に薄くなっていく。この為に《飛行術式》を解いた。空中にいては私が吹き飛ばされてしまう。ストームと付くがために規模重視で作ったら共存できなくなったのだ。.......要改良ね。

 

 見晴らしの良くなった私の視界に相手は居ない。接近されるのは嫌なので、予め手を打っておく。別のページを開き、霊装を通して私の足元にスペルを準備する。

 

 案の定、彼女は私の背後から接近してきた。手に持つ小太刀型の霊装に、勢いある水流を纏わせている。どうやら遠距離の魔法では私を崩せないと考えたのだろう。

 

 魔力を用いたブーストで私に肉薄する。私自身はその速さに反応できないが、その為に先ほど手を打っておいたのだ。

 

 彼女の体がスペルの範囲内に入った時、それは自動的に発動する。地面が光り、模様を描く。そこから幾条もの光の線が天に向けて放たれた。

 

「スペル───月符『サイレントセレナ』

 

.......黒鉄珠雫、優秀なのは間違いない。でも、どこかありきたりで教科書通り。まぁ、今後に期待ね」

 

 魔力の束に被弾していく彼女を見ながら私はそう評した。



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4話

 今日も今日とて私の居場所はこの書庫である。黒鉄妹との後、7戦ほど予選試合があった。そのうち三試合には出ていない。理由はその相手については調べもついており、自分が試したい事も、わざわざ試合に出てまでする必要が無かったためだ。

 

 ちなみに試合に出た四試合の内、二試合は調べたいことが終わった後、相手がまだ立っていたので、降参して時間を有効に使うようにしている。

 

 黒星5つで私の七星剣武祭出場はもう無いものになった。正直言って観戦席に行けば観察位はできる。私にはそれで満足だ。

 

 今の私は校内予選の映像を眺めながら、自作した生徒のリストと睨めっこしている。誰は見る必要があって、誰はもう見る必要がないのか。整理しなければ流石にパチュリーの脳とはいえパンクする。

 

 なまじ生徒数が多いし、余程のことがない限り私が欲しい生徒の個人情報は貰えない。生徒のリストを作るだけでもムキューと唸ってしまう。

 

「ノーレッジさん、ちょっと良いかしら?」

 

 こんな書庫に誰か来ていたようだ。また私は気づかないほど没頭していたらしい。

 

「あら折木先生、どうかしましたか?」

 

 薄暗い書庫にやってきていたのは、一年一組担任の折木有里先生。独特なテンションと非常に病弱な体質を持つ女性だ。今日もシャツの胸に赤黒い染みがついており、吐血か何かしたんだろう事がわかる。

 

 なお、《死の宣告(ジョリーロジャー)》と呼ばれるCランク騎士であり、自身のコンディションを周囲に等しく強要するというある意味凶悪な伐刀絶技(ノウブルアーツ)を持っている。

 

 私は数える程しか会話したことはないが、そんな彼女が私になんの用だろうか。

 

「ちょっとパチュリーさんの力を借りたいのだけれど」

 

「.......内容によりますが」

 

「えっとね。今日私が解説を担当している試合があって、その内の一つに不正の疑いがあるの」

 

 ふむ、試合での不正行為。八百長や脅迫等色々あるが、その内私に頼むということは.......

 

「試合前の能力や魔法による妨害工作か協力者の存在ですか?」

 

「うん、今回はリング上に妨害工作を行っている可能性があってね。だから能力や魔法関連で警察や連盟に《特例招集》を受ける名探偵ノーレッジさんの力を借りたいの」

 

 《特例招集》とは学生騎士がテロリストの鎮圧や事件の収集に駆り出される仕組み。私は3回呼ばれたことがある。と言ってもテロリストの鎮圧などのアグレッシブな感じではなく、伐刀者(ブレイザー)事件の捜査協力に私の魔力を視覚化できる眼を所望されるのだ。

 

 私はこの招集を断ったことは無い。何故なら警察や連盟が長年の捜査経験を持ってしても正体が掴めないということは、その原因が珍しい能力である可能性が高い。それは私にとってとても有意義な事だ。

 

 実際、原作のパチュリーも動かないと言いつつ異変時には積極的に動いていたし、知識欲はこの体も動かしてしまうのだろう。だからと言って私はまだ魔導書で殴ったりしたことは無い。

 

 それにしても名探偵とは.......バーローとでも言えばいいのかしらね。

 

「わかりました。では、その試合のカードを教えてください」

 

「一年の黒鉄君と三年の綾辻さん。疑惑があるのは綾辻さんの方よ」

 

 黒鉄は知っているので、綾辻という三年生をリストから探す。組の順、五十音順の関係ですぐ見つかった。三年一組、綾辻絢瀬。伐刀者ランクはD。能力や伐刀絶技(ノウブルアーツ)の欄は空欄。つまり私が知る限りの試合で彼女は能力を発動してはいないという事。もしくは私が見抜けない類いの能力か。.......これは興味深いわね。

 

「何故そう判断したのか伺っても?」

 

「それはね.......」

 

 どうやら少し前に折木先生の元に黒鉄本人が来たらしい。そこで自信満々の顔で「僕の対戦相手は間違いなく反則を使ってきます」と言い、あまりの衝撃に盛大に吐血したらしい。シャツにある染みやはり血か。

 

 黒鉄がそう判断したのは昨夜に、一日に一度しか使えない彼の伐刀絶技(ノウブルアーツ)の《一刀修羅》を使わせるために屋上から身を投げたらしい。良くやるわね、黒鉄じゃなかったら死んでるわ。

 

 そして彼曰く、太刀音はしたが彼女は何もしていない。それで能力は『斬撃の配置および任意発動』と考えたらしい。勝つ為に身を投げる程なら、会場のリングにトラップを仕掛けているだろうと。

 

「話はわかりました。確認して実際にその通りなら試合停止という訳ですね」

 

「いや、試合停止はしないの。試合の反則のジャッジも取らない。黒鉄君にそうお願いされてね」

 

.......はい?反則見破って、それを報告した上で、放置して試合を行う?それを黒鉄本人がお願いした?.............うん、もうバトルジャンキーの思考回路は考えないようにしよう。

 

「.......詮索はしませんが、何故私に相談を?折木先生が黙っていれば良いのではないですか?」

 

「黒鉄君のお願いだけど、妨害工作の程度は把握しとかないと。試合にならない規模なら止めなきゃいけないし、私は解説と同時に監督役でもあるからね」

 

 なるほど、生徒の意思は尊重しつつ、でも教師としての役割は全うすると。変な生徒を持つと先生も大変ね。

 

「わかりました。では行きましょうか」

 

 

 

 

 

 破軍学園第六訓練場。1時間後に予選試合が始まるその場はまだ誰もいなかった。しかし入ってすぐ、リングに眼を向けると.......

 

「はい、ギルティ」

 

 私の眼にはくっきりと妨害工作の跡が多く映っていた。空中に付けられた見えず触れる事も出来ない魔力による傷。それがリングの至る所に設置されていた。黒鉄の推察通りの能力を発動すればコレが斬撃に変換するのだろう。魔力の質的にコレが何かの属性を持っているとは考えにくい。

 

「どうかしら?」

 

「黒鉄の予想通りです。能力をリング上に使用しています。.......ただ少し妙ですね」

 

「妙?」

 

「能力に制限があるのか、魔力が足りなかったのか、時間が無かったのか。理由はわかりませんが、コレが発動しただけでは決着とはならないでしょう」

 

 百以上の斬撃を設置しているが、それに込められた魔力は致命傷には程遠い。せいぜいかまいたちのような切り傷を付けれるかといった感じだ。あらゆる手段を用いて勝利を狙うという人物像からすれば、あまりにもお粗末に思える。

 

「あるいは.......これで黒鉄の動きを制限することさえできれば、試合の中で決定打を与える手段があるのかもしれません」

 

「なるほど、なら試合が始まってすぐ、黒鉄君が何も出来ないまま倒される可能性は低いと見ても良いのね?」

 

「能力の詳細がわからないので確約はできませんが、そう見て良いかと」

 

「そう。なら反則のジャッジは取らないわ。ノーレッジさん、悪いけどこの事は.......」

 

「わかりました。口外はしません」

 

「ありがとう。流石名探偵ね」

 

 誰が動くと事件が起こる悪魔の子か。まぁ.......新しい能力も見れたし。良いとしますか。

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、試合開始15分前。私がいるのは訓練場の控え室。綾辻絢瀬の方に私は《分身》の身で、彼女を待っている。口外はしないと約束したけど、本人に対する脅しは禁止されていない。それに彼女の能力がハッキリとしないというのは気持ち悪い。

 

「.......誰かいるの?」

 

 綾辻絢瀬が控え室の前にやって来た。彼女は部屋に人の気配を感じてか、少しだけ開け声を出す。

 

「こんにちは。綾辻先輩」

 

「君は確か.......ノーレッジさん。どうしてここに?」

 

 私の姿を確認すると、彼女は扉を更に開け、この部屋に入ってくる。

 

「回りくどく言う時間も無いので簡潔に。貴女の能力について見せて貰えませんか?」

 

「僕の能力について?」

 

「えぇ、私が能力について研究しているのは先輩もご存知の筈です。もちろんタダとは言いません」

 

「後でも良いかな?僕もうすぐ試合なんだけど」

 

「手間は取らせません。今リング上にあるものを、ここで披露していただければそれで結構です」

 

「.......何のこと?」

 

 私の眼の前にとぼけるのは無意味。なので説明もせず淡々と条件を並べていこう。

 

「対価は口外しないという事でどうでしょう?」

 

「わかったよ。来い《緋爪》」

 

 互いに了承し、彼女は右手に日本刀を顕現させる。

 

「僕の能力は『傷口を開く』概念干渉系能力だよ」

 

「それで空間に傷をつけ、先輩の任意のタイミングで開く」

 

「その通りだよ」

 

 彼女は《緋爪》を軽く振るう。その刀身に魔力を纏い、振るった後には弓状の魔力跡が残った。私はその傷口に触れる。今のままではやはり触れても何も起きない。

 

「では先輩、発動してください」

 

「えぇ?触れてると危ないよ」

 

「構いません。この体《分身》なので」

 

「どうなっても知らないよ」

 

 綾辻先輩の持つ《緋爪》が輝くと同時に、目の前の傷口が開き、真空の刃を発生させる。それは魔力で構成された私の掌に一筋の切り傷を与える。その傷から魔力が徐々に漏れていく。

 

「なるほど.......やはり威力はこの程度ね」

 

「これで満足かい?」

 

「いえ、もう1つだけ」

 

「まだあるの?」

 

「おそらくこの罠では決め手にはならない。今からの試合、先輩の目的はその霊装(デバイス)で相手の体に直に傷をつけ、それを開く。それで合っていますか?」

 

「そうだよ」

 

「では、私にもやっていただけますか?先の通りこの体はどうなっても平気ですので」

 

「ノーレッジさん.......そこまでいくと怖いよ。いいのかい?」

 

「えぇ、遠慮無くどうぞ」

 

 私の脇腹に僅かな傷が付けられた。それが先ほどと同じように綾辻先輩の意思で開かれる。私はその時の魔力反応を見逃さないように凝視した。同時にこの《分身》の胴体の半分まで傷が広がる。先ほどとは比べようのない損傷にこの魔力体を維持が不可能となった。コレ生身の人間でやったら致命傷どころではないわね。

 

「良いものを見させてもらいました。ありがとうございます。では、試合頑張ってくださいね」

 

 心にもない言葉を並べながら、私は意識を本体に戻す。そして鮮明な内に記録を付け始めた。概念干渉系能力なので習得には時間がかかりそうだが、間近で発動の瞬間を見れたこと、自分の身を通してその効果を確認できたこと。これらは大きな収穫だ。設置できる能力なので書庫の防衛にでもこの能力使おうかしら。

 

 なお、妨害工作有りの状態で綾辻先輩に勝った、バトルジャンキーについてはもう考えるだけアホらしくなってきた。




間が開きすぎて、リメイクしたい.......したくない?


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5話

 破軍の生徒に与えられる生徒手帳と呼ばれる情報端末。机に置かれていたそれが小刻みに震え出す。まぁ私に来るメールなんて学園からの連絡メールくらいしかなく、今の時期は校内予選の日程連絡くらいなものだ。

 

 

 

『選抜戦実行委員会よりお知らせ

 

 パチュリー・ノーレッジ様の選抜戦第十二試合の相手は、一年一組ステラ・ヴァーミリオン様に決定しました。』

 

 

 

「.......はぁ」

 

また一悶着ありそうね。取り敢えず黒鉄珠雫の教訓(襲撃予告)は生かさなくては。あの皇女にココを燃やされては堪らないわ。何かしらの対策をたてておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

「予想通り過ぎて逆に驚きを隠せないわ。皇女様」

 

 案の定書庫にやって来た紅蓮の皇女こと、ステラ・ヴァーミリオン。彼女はいつもよりも真剣な表情で私の机の前にいる。人の行動って存外読みやすいものね.......いや、彼女限定か。仮にも一国の皇女なのだからもっと思慮深く動くべきではないの?

 

「.......一応聞くけど、要件は何?」

 

「次の選抜戦。私の相手がアンタなのはわかっているわね」

 

「えぇ、お互い最善を尽くしましょう」

 

 全く心を込めない言葉を、必殺のパチュリースマイルで皇女に送る。これで相手が良い気持ちでとっととこの部屋から出て行ってくれれば自分も相手もwin winなのだが.......

 

「それ絶対に本心じゃ無いわよね」

 

「心外ね。私の目的にとっての最善は尽くすわよ」

 

「へぇ.......具体的に聞かせてもらおうかしら?」

 

「そうね.......パッと考えつくのは私の試したい事を試して、時間を無駄にしないためにすぐにでも意識をこちらに戻して記録を行う。ちょうど使って様子を見ておきたいスペルもあるし.......まぁ、いつもと同じよ」

 

「自分の調べたいこと調べて、即降参する.......で、間違いないかしら?」

 

「あら、おめでとう。満点回答よ」

 

「私とは本気で勝負してくれるかしら?」

 

 周囲が一気に暑くなる。彼女の気持ちを表すように、纏う魔力が燐光を散らし始めた。書庫の扉に『皇女厳禁』とでも貼りだそうかしら。これ以上は本が危ないわ。

 

「えぇーと.......目の前の熱苦しい皇女様を消極的に静かにするには.......」

 

「話を聞きなさいよ!」

 

 私は霊装(デバイス)を捲り、先ほど仕掛けたスペルを探す。皇女が来るだろうと思って、この部屋に予めいくつか対策を施しておいたのだ。

 

「あったあった。スペル────《錬金術(ボッシュートになります)》」

 

 錬金術によって皇女が立っている足元に穴が開く。この書庫は学園の2階。1階は何の部屋だったかしら。大きな講義室だった気がする。では、ごきげんよう皇女様。

 

「何をおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ...................」

 

 

 

 

 

 うん、書庫に相応しい静けさだ。やはり何かを集中して行う為にはこの様な環境の中に身を置かなくては。中には少し騒がしい方が集中できるという人もいるようだが、私は静寂の中にページ捲る音だけが聞こえるこの環境が一番好み「何してくれるのよーー!!」.......である。

 

 この皇女はもっと静かにここを訪れることはできないのかしら。慎ましさという単語が頭から消え去っているの?

 

「あら?皇女様じゃない。何か本をお探し?あいにくと物語は図書館の方よ」

 

「アンタ.......本当にいい性格してるわね」

 

「ヴァーミリオンの皇女にお褒めにあずかり至極光栄だわ」

 

「あーもう!何を言っても無駄そうね。.......ていうかこの会話を前にもした気が.......だけど私は珠雫にアンタを本気にさせる方法を聞いているわ!」

 

 珠雫(脅迫犯)という単語を聞き、即座にページを捲る。まったく、ことごとく私が施した対策を使わせるこの皇女はいったい何なのかしら。

 

「本気でやらないと、今ここで暴れる「スペル────土金符『エメラルドメガリス』」───ッ?!」

 

 本棚や地面から鋭い緑の結晶が皇女に伸びる。幾本もの鉱物の槍が目の前の不埒者に迫り、これが最終通告だと教え込む。首筋に、左胸に、鳩尾に、脳に。鋭い先端が身体にくい込む寸前で止まる。それは彼女が纏う魔力と接し、そこが一際と燐光を放った。

 

「まだ自称の身だけれど、ココは魔女の工房よ。いくら皇女様でも、そう好き勝手出来るとは思わない事ね」

 

 周囲で様々な魔法が発動準備を始める。目障りな鼠にはこの手に限るわ。

 

「.......その気合いでリングに上がって貰いたいわね」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

 力と時間の使い方は適材適所。私にとっては皇女様との試合より、ここの本を守ることの方が重要だ。

 

「珠雫とはちゃんと戦ったんだから、アタシともしてくれていいじゃない!」

 

 え?何その超理論。黒鉄妹は私が彼女の魔法を見たかったからこちらが折れたけど、現時点で皇女様に見せて欲しいものは無いのよね。とはいえこの皇女様は退くことをしないでしょうし.......困ったわね。幾つか条件をつけるのが妥協点かしら。

 

「はぁ.......わかったわ。私の根負けよ。お望み通りちゃんと戦ってあげるわ」

 

「本当に?!」

 

「えぇ、正直言って貴女の力は私にどうこうできるものじゃないしね」

 

 今先手を取れたのは対策を取れていたからだ。実際にこの皇女の力ならば、対策も何もかもを暴力によって解決出来る。可能性は低いだろうが、暴れられた時点で私の負けなのだ。

 

「ただし、私の条件を呑んでもらうわよ」

 

「条件?」

 

「1.ここで絶対に暴れない。書庫は火気厳禁よ.......これは条件というよりも一般常識なのだけれど。

 2.これ以後私に試合を強要しない。私にも私が目指すものがある。邪魔はしないで頂戴。

 3.試合には《分身》を使うことを許可すること」

 

「1,2はともかく3はダメよ。私は本気のアンタと戦いたいの」

 

「だから《分身》だと、言っているのよ」

 

「どういうこと?」

 

「本体の方が強いなんて先入観は捨てなさい。私の使う魔法には《分身》を通してでしか使えないものもあるのよ。むしろ今はそれが最高火力なのだけど.......残念ね。これでは皇女様の願いに応えられそうにないわ」

 

 わざとらしく困った風にため息をつく。それに対する彼女の反応は凄く怪訝そうな顔だ。

 

「本当に?ほんとの本当?」

 

「本当よ.......私そんなに信用無いかしら」

 

「今までのらりくらりしすぎなのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンと《動かない大図書館》パチュリー・ノーレッジの試合を見る為に、私は破軍学園第五訓練場の観客席にいる。私の両隣にはお兄様とアリスも座っている。

 

 私も含めてこの試合に対する興味は他の試合と段違いだった。なぜなら試合前にステラさんがノーレッジ先輩が本気で戦ってくれると約束してくれたと言っていたからだ。

 

「珠雫はこの試合をどう見る?」

 

 真横に座る最愛のお兄様から私に意見を求められる。ステラさんの持つ圧倒的なポテンシャルと、ノーレッジ先輩に敗北した自身の経験とを比較し答えを出す。

 

「総合的な力ではステラさんの圧勝でしょう。.......ただ、ノーレッジ先輩は日本の学生騎士の中でも飛び抜けた魔力制御技術を持っています。.......他人の魔法を乗っ取れる程の」

 

 私は選抜戦で彼女と戦い、簡単にあしらわれた。おそらく本気ですらなかったはず。試合前も試合中もあの気だるけな表情を崩すことはできなかった。得意としている魔法戦で、満足に魔法すら使わせてもらえなかった。悔しさと同時に、魔法を極めていくということの意味をとくと味わわされた。

 

「それに彼女はこちらの魔法を先読みできるようです。私の繰り出そうとする魔法に対する最適解を先に用意している.......そんな感じがしました。まるでお兄様の《模倣剣技(ブレイドスティール)》の魔法版です」

 

 魔法の発動を先読みされ、それに対する対策をすぐに用意する。そして時間さえかければ自分の魔法は彼女に会得される。今の彼女でさえあれ程の使い手なのだ。もしこれから先、彼女が多くの能力や魔法を際限なく会得していくと思うと.......正直言ってゾッとする。

 

「なるほど魔法型一輝ってことね。魔法を見抜き、奪い、相手の上をいく。ここまでやり口が似通っていて、けれども真逆というのも面白いものね」

 

 アリスが言うように彼女とお兄様はステータスの面でも、ほぼほぼ真逆だ。表すとこう。

 

黒鉄一輝

攻撃力F 防御力F 魔力量F 魔力制御E 身体能力A 運F

 

パチュリー・ノーレッジ

攻撃力B 防御力B 魔力量B+ 魔力制御A 身体能力F 運B

 

「魔法型の僕って.......自分じゃ想像つかないな」

 

「でも剣術とは違って、ステラちゃんに魔法のみで勝負しても、圧倒的な魔力量で押しきられるんじゃない?」

 

「ノーレッジさん曰く、ステラの出力はおかしいらしい。本来はもっと火力がでると言っていた。ステラの火力を理解して本気で勝負するのは、何か対策があるのか、もしくは今のステラの火力なら上回る魔法でもあるのかもしれない」

 

「アレでまだ火力が低いのだから、ステラちゃんも大概おかしいわよね」 

 

 ステラさんの火力がまだ上がると聞いて、アリスが苦笑いを浮かべる。お兄様は剣術、ステラさんは魔力量、ノーレッジ先輩は魔力制御。私も何かしら極めた方が良いのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

『えーそれではおまたせしました!これより第五訓練場、本日の第一試合を開始致します!本日の解説は西京寧音先生に担当していただきます!』

 

『よろしゅ〜』

 

『選手の紹介です!まずは《紅蓮の皇女》一年ステラ・ヴァーミリオン選手!さすがはAランク騎士、現在まで全ての試合で余裕の勝利を飾っています!

 

そしてその相手は《動かない大図書館》二年パチュリー・ノーレッジ選手!既に黒星が五つついておりますが、魔力制御に関しては全国トップクラス。果たして今日の図書館は動くのか?!

 

西京先生、今日一と言ってもいい注目のカード。どう見ますか?』

 

『ん〜〜.......もやし娘のやる気次第じゃね〜〜?』

 

『ですよね、先生ももう少しやる気の感じられるコメントを『ただ.......』.......ただ?』

 

『なんかいつもと雰囲気が違うねぇ。ひょっとしたら今日は一味違うのかもしれねぇよ?』

 

『おぉー、もしや本日ついにノーレッジ選手の実力が見れるのかもしれません!

 

それでは皆さんご唱和ください!.......LET'S GO AHEAD!』




日間ランキングに載って驚いております。

今の所リメイクはしません。コメント等を拝見しつつ、各話の修正・変更を行なっております。何卒ご了承ください。


_(-ω-`_)⌒)_.......ナツバテカナ?


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6話

きゅぅ.......(×ω×)





『LET'S GO AHEAD!』

 

 

 さて、盛大な茶番を始めましょうか。まずは自分の身を固める。向こうはこちらの出方を伺っているのか、まだ動かないでくれているのはありがたい。

 

「スペル────水符『ジェリーフィッシュプリンセス』」

 

 大量の魔力を込めた泡で身を包む。皇女様の発する炎の流れ弾くらいは防げる筈だ。同時に接近されてもいいように地面にも魔力を流し、いつでも月符『サイレントセレナ』を放てるようにしておく。

 

「準備は良いのかしら?」

 

「あら?待っていてくれたの?」

 

「言ったはずよ。アタシはアンタの全力が見たいの。その上でそれを上回る。それがAランク、ステラ・ヴァーミリオンなのよ」

 

 随分な自信だ。まぁ、その魔力量ならばそう思うのが普通か。

 

「じゃあもう一つ待ってくれると嬉しいわね。スペル────火水木金土符『賢者の石』」

 

 私の周囲に魔力が集まり、五つの色となって宙に飛び出た。それらはそれぞれの属性に変換した魔力の結晶。それに単純な魔法命令を二つ込めたもの。それを《念動力》によって操っている。

 

 本来のパチュリーとはおそらく比べ物にならないだろう劣化魔法。『賢者の石』というより『愚者の石』と表す方がいいのかもしれない。

 

「では皇女様、弾幕ごっこ(絨毯爆撃)といきましょうか」

 

 私は五つの魔力結晶を操り、同時に込めた魔法を発動させる。その瞬間から放射状に属性弾が連続で放たれる。こういうのをファンネルとか言うのだったかしら。

 

 赤い魔力結晶からは炎弾。青い魔力結晶からは水弾。緑の魔力結晶からは真空弾。黄色い魔力結晶からは金属の鏃。茶色い魔力結晶からは石の礫。それぞれがちゃんと殺傷力を持っているのが、弾幕ごっことの大きな差だろうか。

 

 威力も対皇女様用にいつもより上げている。その分魔力を消費しているのだが、そうしなければ彼女の纏う魔力を突破出来ないのだ。

 

 五つの魔力結晶がリングを中心とした惑星のように移動しながら、魔法をばら撒く。皇女様は.......まるで大道芸ね。巧みに回避しているわ。相性を考え水弾からは距離をとり、炎弾は自身の炎で無効化し、金属の鏃と岩の礫は霊装で防ぐ。ただ、不可視の真空弾だけは多少被弾しているみたいね。

 

 

 

『おおっと!コレは去年の七星剣武祭でも見せた『賢者の石』!リング上が色彩に溢れております!実況を忘れて見とれてしまいそうです!コレを見せるということはやはり今日は本気なのかノーレッジ選手!』

 

『なんか、たーまやーって言いたくなるねぇ』

 

『西京先生、感想じゃなくて解説をお願いします!』

 

 

 

 皇女は現在頭上から降ってくる弾幕に意識をとられている。私は別に『賢者の石』の操作に必死という訳では無い。魔力結晶を動かすのは私の手動だが、弾幕発射自体はオートだ。だから、別の魔法を使っても、脳のキャパオーバーにならない。

 

「頭上注意とはよく聞くけれど、前方不注意というのは珍しいわね。スペル────水符『ベリーインレイク』」

 

 右手を回避に集中している皇女に向ける。その付近が淡い青色に輝き、そこから超高圧水流が彼女に向けて直線に伸びていく。その数五本。超高圧水流の為、見た目は細いが金属くらいなら軽く貫通する。

 

「────ッ?!《妃竜の羽衣(エンプレスドレス)》!」

 

 皇女様は足を止め、全身から炎を噴射する。膨大な魔力と炎の壁に弾幕は意味をなさず、超高圧水流も水蒸気へと状態を変えた。ただ.......

 

「弾幕ごっこで足を止めるのはあまり得策とは言えないわね」

 

 『賢者の石』に仕込まれたもう一つの魔法命令を発動する。先程までの弾幕をばら撒くとは違い、込めた魔力全てを用いた属性レーザーの照射。前方から超高圧水流、頭上からの五属性レーザー。それが皇女に叩き込まれる。水蒸気と砂埃がその付近を包み隠した。

 

「まぁ.......文字通り焼石に水でしょうけど」

 

 

 

 

 

『なんという怒涛の攻撃でしょうか!あのステラ選手が防戦一方!これが魔力制御全国トップクラスの本気の魔法戦!やる気さえあれば七星剣王さえ狙えるのではないでしょうか?!ステラ選手はここで初の黒星となってしまうのか?!』

 

『ハハッすげぇな。魔法戦に限ってはプロでも通用するんじゃねぇ?ただねぇ.......ステラちゃんはAランクなんだわ』

 

 

 

 

 

 それなりの魔力を込めた『賢者の石』が砕け散る。全ての魔力を使い果たし、役割を終えた。うん、このスペルも私の考え通りに施行出来た。何も問題は無い。

 

 煙が薄くなってくるが、未だにリング上の視界は晴れない。ただ結果はわかりきっている。答えは解説の西京先生が言った通り。目の前の皇女は魔力量が平均の30倍のAランク(化け物)なのだ。

 

 煙がすっかり晴れてそこに立っていたのは、いくらかのかすり傷程度しか負っていない皇女の姿。おそらく先程の《妃竜の羽衣(エンプレスドレス)》の魔力の薄い所は貫通したのだろう。ただ私が費やした魔力量と比較すれば全くもって割に合わない。

 

「わかっていた事とはいえ.......現実に見せられると心にくるわね」

 

 むしろこの皇女相手に血を流させただけでも予想以上の成果だわ。仮に彼女が自身の持つポテンシャルをフルで使えるようになれば、今の攻撃でも血の一滴も流さないのでしょうね。

 

.......それにしてもどうしてこうも謙虚な魔力の使い方をしているのかしら。貴女、そんなキャラでもないでしょうに。

 

「アンタの魔法はコレで終わり?なら次はコッチから行くわよ!」

 

 

 

 目の前から圧倒的な暴力が迫ってくる。月符『サイレントセレナ』は設置してあるけど.......まぁ、気休めよね。ただ、近づかれてはどのみち打つ手無いし。

 

「スペル────土金符『エメラルドメガリス』」

 

 私と皇女との間に宝石の柱を並べ壁を作る。このスペルは攻撃も出来るし、このように防御にも使えるし、汎用性が高いのよね。

 

「邪魔よ!!」

 

 その声とともに翠玉の壁は砕け散った。足を止めることもなく、振るわれた皇女の一撃によって。

 

 うん、そうよね。ここまでされるとおかしくなってくるわ。

 

 思考を切り替えましょう。この皇女様を満足させる事にシフト。それだけでも約束は守った事になるでしょう。見せかけの足掻き。どこで終わらせましょうか。

 

 

 皇女様との距離がさらに縮まる。ついに仕掛けていた。月符『サイレントセレナ』の範囲に踏み込む。下からの被弾と同時に何かしら追撃しようかしら。

 

「────ッ!やっぱりね!」

 

 彼女が『サイレントセレナ』を踏み抜いた瞬間、地面から光の矢が放たれる。同時に彼女は自身の魔力を身体の前方に噴射し、強制的に後方へ少し吹っ飛んだ。それによって光の矢は標的には当たらず、その先の天井を貫くに終わる。

 

.......馬鹿げてるわ。一度見せているとはいえ、あんな魔力の使い方で無理やり回避するなんて。

 

「なんて野蛮な.......」

 

「柔軟な発想と言ってちょうだい」

 

「ものは言いようね」

 

 これ以上無駄にスペルは撃ちたくないわね。私の中での価値観が崩れそうだわ。皇女(コレ)は例外中の例外よ。もう『ジェリーフィッシュプリンセス』も解除しましょう。

 

「ねぇ、皇女様」

 

「何かしら?」

 

「正直言ってもうコッチは打つ手無し。このくらいでお開きにしない?」

 

「.......アンタまだ何かあるでしょ」

 

「無いわよ。だいたい貴女の暴力を超えるなんて普通の伐刀者(ブレイザー)には不可能よ」

 

「《分身》でなければ使えない魔法.......だったかしら?それが最大火力なんでしょう?」

 

「あ.......」

 

 確かに言った気がする。あの時は皇女を納得させる為に言ったが、実際には使いたくないスペル。今の私が出せる、理論上最大火力ではあるのだが。アレは使いたくない。あんな酷い出来のスペル。

 

「今までのも確かに凄い魔法だったけど、《分身》を使うようなものでも無い」

 

「.......使えと?」

 

「そういう約束で認めていたのだけど」

 

「誰も幸せにならないわよ」

 

.......特に私が。

 

「へぇ、それはますます気になるわね」

 

 あの目絶対にもう曲げてくれないわね。この一度だけ我慢すれば私の書庫に静寂が訪れると思えば。本当に割に合わないわ。.......今日は久しぶりにワインでも飲もうかしら。

 

「あぁ.......もうほんと.......どうとでもなればいいわ」

 

 私は右手を実況席に向ける。私の今の技術では小さく軽いものしか動かせない《念動力》。先程の『賢者の石』にも使われたそれを実況席のマイクに使う。

 

 

『えっ?!ちょっと!私のマイクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ.............』

 

 

 宙をフヨフヨ漂い私の右の手のひらに収まったマイク。一度喉の調子を確認し口元に近づける。

 

 

『えー.......警告します。皇女様たっての願いにより、大変遺憾ですが私の最大火力の魔法を使う事になりました。この魔法の範囲は、おそらくこの訓練場全域。.......どんな被害が出ても責任はとりません。文句があるなら皇女様にどうぞ』

 

 

 私の警告に観客席がざわつき始めた。私はマイクを投げ捨て、右手の人差し指を天に向ける。その指先の一点に残っている魔力を徐々に集めていく。

 

「先に言っておくけど、嫌ならいつでも私を切り捨ててくれて良いわよ。むしろその方が私も嬉しいのだけれど」

 

「挑発のつもりかしら?当然受けて立つに決まっているでしょ!」

 

 皇女も大剣の霊装(デバイス)を天に掲げて魔力を纏わせ始めた。彼女の伐刀絶技(ノウブルアーツ)天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》だろう。多大な魔力が目を焼くほどに輝く光剣へと変化していく。

 

 私に残るほぼ全ての魔力を頭上で球状に圧縮していく。それを熱と炎と光に変換しつつ、私の脳が持つぎりぎりのキャパシティを圧縮に費やす。拡散しようとする力を無理やり閉じ込める。それは限界まで圧縮しつつも徐々に徐々に大きくなっていく。

 

 

 訓練場は目を開けるのも辛いほどの眩い光に包まれた。

 

 

『お前ら!!巻き込まれたくなければココから避難しな!!』

 

 

 西京先生のマイクを通した避難命令が響く前に、多くの生徒は動き出した。全員が訓練場の出入口へと殺到する。

 

 

 訓練場に生み出されたのは、天井を貫く光の柱と目をつんざくほどの輝きを放つバランスボール大の光球。そのリング上に何故か西京先生は登った。

 

 

「いやぁ〜凄い。良いもんが見れそうだ」

 

「ネネ先生?!」

 

「あら、西京先生。貴女は逃げないのですか?」

 

「決着を決める監督役は必要だろう?」

 

 この人はまぁ大丈夫だろう。去年のオリンピック日本代表であり、KOKという伐刀者の格闘競技で東洋太平洋圏最強とされる《夜叉姫》。目の前の皇女と同じ、Aランクの魔導騎士。

 

 

「知りませんよ」

 

 

 そう、後のことなど私は知りようもない。なぜならこのスペルは解放と同時に、光球に詰められた魔力の制御を手放し暴走させる。私の支配下に置けないスペルなのだ。だからこそ私は使いたくない。こんな及第点にも到達していないスペルは。

 

 スペルを制御しきれないので、当然身の安全など考えられてなどいない。だからこそこれは最悪使うにしても《分身》を通す必要のある……要は盛大な自爆魔法なのである。

 

 

 

「私の鬱憤と共にはじけ飛ぶがいいわ!

 

未完成スペル────日符『ロイヤルフレア』!」

 

 

「《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》!!」




爆発オチなんてサイテー

正直このパチュリーはっちゃけさせ過ぎ.......?投げやり気味って事で。
原作より愛読している二次創作のパチュリーに引き摺られているのはしょうがない。

東方なら苦労人ポジションが好き。1番好きなのは萃香(支離滅裂な思考・発言)


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