長谷川千雨はペルソナ使い (ちみっコぐらし335号)
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01.如何にして彼女は切り札を手にしたか


YSINB在住のIさん(年齢不詳)「――――っべー、うっかり間違うた場所に力送ってしもたわー。…………って何やこの土地、結界的な物あるやん! なら何も問題あらへんな!」
※似非関西弁翻訳





 

 人生最悪の日、という表現はよく見聞きする。昨今、巷に溢れていると言ってもいい。

 正直聞きすぎて「『最悪』のバーゲンセールかよ、ハードル低すぎるだろ」と思うこともある。

 だが『最悪』を称するだけあって、当人にとってはすこぶる嫌な出来事が一つ、或いは複数発生しているのだろう。

 

 はてさて、であるならば今日という日をどう形容すればいいのやら。

 

 長谷川千雨(ちさめ)の現実逃避は続いていた。

 

 事の始まりは一体何だったか。

 いや、そんなわかりやすい目印なんてなかった。

 

 ただ今日も、バカ騒ぎするクラスメイト共に呆れ、非常識を『常識』とするこの街に憤り、寮の自室で独りの生を謳歌していたはずである。

 

 自らが運営するブログを覗き、ファン達のレスポンスに口角を上げながら、次の衣装の計画を練っていたはずだ。

 

 それが、どうして。

 

「――――チクショウ、私が何したってんだ」

 

 一面の霧。

 四方を覆う実体なき壁。

 

 それが、千雨のいる場所の全てだ。

 

 誰もいない。

 何もない。

 

 虚無感を描け、とでも言われればこんな景色になるのかもしれない。

 

 どこなんだ、ここは。

 どうしてこんな所に。

 

 必死に脳内を検索するが、部屋を出た記憶もない。

 

 確か、録画しておいた深夜アニメを見ようとテレビを点けて――――点けようとして…………?

 

 何かに足を引っ掛けた、気がする。

 

 そうだ。転びそうになって。

 でも配線や衣装、機材を傷つけないようにバランスを取ろうとして。

 

 伸ばした手が()()()()()()()()

 

 そして、そして。

 

 顔を上げた先で、()()()()()()()()()()()()()()

 

「は………………………………? いや…………いやいやいや! ない、ないって!」

 

 ――――そうだ。あの時、うっすらと砂嵐と波紋を映す黒い画面には、千雨の右腕が半ばまで突き刺さっていた。

 

 頭は理解することを拒んでいたが、咄嗟に腕を引き抜こうとした千雨。

 だが、テレビは異常な力で以て千雨を飲み込んだ。現実は非情である。

 …………肩が画面枠に引っかかっていたが、無理やり引きずり込まれた。

 痛いだろちくせう。そんな文句を声に出す気力も起きない。

 

 …………ああ。と、いうことは、だ。

 

「まさかここ、テレビの中なのか……?」

 

 んな非常識(バカ)な。千雨は呻いた。

 

 だがしかし、麻帆良(まほら)ならばありえる。

 ただの女子中学生(JC)が自動車よりも速く走り、何百メートルもあるドデカい御神木が外の人間に騒がれることなく鎮座する。

 そんな非常識が徒党を組んでコサックダンスを踊っているような土地である。

 

 勝手に人の部屋に侵入し、勝手にテレビを改造している可能性も否定できない。

 むしろそのぐらいなら余裕でできるだろう。

 

 いや、だとしても一体どんな原理だ。

 吸い込まれたと思ったらだだっ広い空間だった? その無駄技術、掃除機にでも使えよ。めちゃくちゃ売れると思うから。

 そんな、明後日の方向にぶっ飛ぶ千雨の思考に、冷静なツッコミを入れられる人間はいない。

 

 というか本当に麻帆良の敷地内なのか? 千雨は訝しんだ。

 

 確かに麻帆良はそこそこ広大な敷地面積を誇るが、同時に多数の教育施設を抱え、人口が密集している場所でもある。

 その麻帆良にこんな区画があったか? 

 いくら歩けども街並みの一つとて見当たらぬ、濃霧に包まれた空間が。

 

 そもそも、どうすれば帰れる?

 ここに来る直前、まるで落下したような浮遊感があった気がする。

 だとすれば上れば帰れるのか?

 どうやって?

 ここには背の高い建造物は疎か、小高い丘すら見当たらない平坦な場所なのに。

 

「考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ…………!」

 

 人の手による物であるならば、絶対に何か取っ掛かりがある。あるはずだ。

 だから帰れる。

 そんな破綻した思考に縋る他ない。

 

 ――――――その最中だった。

 

『おっまたせー☆ みんなのアイドル、ちうだぴょーん☆』

 

 千雨は固まった。

 

 初めは、自分以外の誰かがこの空間にいたことに対して。

 次いで、誰も正体を知らないはずの『呼び名(ちう)』が出てきたことに対して。

 終いに、現れた人物が――――――。

 

『ああ…………本当にアホみたいだよな』

 

 ()()()()()()()()()()()()()ことに対して。

 

「――――――――――――は…………?」

 

『どうだ、あの語尾とかウケるだろ? …………ったく、コテコテに媚びて何が楽しいんだか』

 

 霧の中から浮かび上がるように出てきたのは、臙脂色の制服を着た千雨と瓜二つの何者か。

 

 唯一異なる点を挙げるとすれば、瞳の色。

 ギラギラと黄金に輝く眼は千雨を捉えて離さない。

 

「ッ、誰だ!?」

 

『あ? 長谷川千雨(お前自身)に決まってるだろ。我は影、真なる我…………ってな』

 

「わ、訳わかんねぇ………………」

 

 もう一人自分がいるなんて、ありえるわけがない。

 ついに頭がバグったか。きっとそうに違いない。角度を付けて叩けば治るか? 

 混乱が加速する千雨に冷や水を浴びせたのは、もう一人の千雨(自分)だった。

 

『やれやれ、ネットアイドル様も大変だよなぁ。人気が取れるように嘘のキャラクターで塗り固めてさ』

 

「っ!? 何で、それを」

 

『知ってるさ。私はお前なんだから』

 

 正体不明のもう一人の自分(長谷川千雨)は徐々に距離を詰めてきている。

 顔には微笑。嘘っぽいそれを貼り付けて、千雨らしき何者かはまた一歩千雨に近づいた。

 

 冷や汗が止まらない。

 まさか、本物()に成り代わろうだなんてありきたりな展開になるのでは。

 そうなった場合、偽物に居場所を奪われた本物はどうなる?

 

 ――――消される。

 

『何でネットでアイドルなんてやってるのか? 認めてほしいからだ。何でクラスのバカ共が騒いでるのが煩わしいのか? 自分がその輪の中に入っていないからだ』

 

 目と鼻の先、自分と同じ顔。

 その表情が一瞬ぐにゃりと歪んだ。

 

『自分の見てる物が、感じた事が共有されない。――――羨ましいんだよな? だから憎たらしい。近づこうとするクセにこっちのことなんて理解しようともしない、クソッタレなクラスメイトがよォ!』

 

「……………ッ」

 

 息が、詰まる。

 

『ぶち壊してやりたいだろ? 何もかも、キチガイみたいな学園都市も、脳天気な奴らも! でも、そんな力もない。だからずっと逃げてるんだ』

 

 この卑怯者め。

 囁く声が中空に解けた。

 

『我は影。真なる我』

 

 不気味な金の目が一層輝く。

 震えを抑えるために、千雨は拳を握り込み、

 

『私ならやれる。私なら全部変革し――――――――メキョッ!?』

 

 ――――()()()()()()

 

「さっきから聞いてればごちゃごちゃゴチャゴチャと…………」

 

 小刻みに揺れる肩、顔を上げた千雨の目は据わっている。

 

 もう我慢の限界だった。

 正確にはとっくの昔に限界が来ていたが、ついにプッチンした。

 

 千雨の口から言葉が氾濫する。

 

「そうだよ全部お前の言う通りだよ! ()()()()()()()()()()()()? 私はな、勇気も行動力も人脈もないガキなんだよ。なら偽るしかねぇだろ。自分を肯定してくれる場所に縋るしかねぇだろ」

 

 ()()()()()()()

 そう言い放った千雨を下から見つめるもう一人の千雨(自分)

 受け身を取った体勢のまま、心なしか先ほどより呆然としているようにも見えた。

 

「つーかもうこっちはいっぱいいっぱいなんだよ! 私がもう一人? 何だよそれファンタジーかよ、んなもんこちとら食傷気味だっつーの! 頭がおかしいのは麻帆良だけで十分だっ!!」

 

 千雨は半ば絶叫するように言い切った。ぜーはーと荒い息が零れている。

 ここまで息継ぎも最低限に叫んでいたのだ。

 運動部でもないインドア派な千雨は、見事に息切れを起こしていた。

 

 対するもう一人の千雨はすでに起き上がっていた。

 元々大したダメージもないのだろう。

 殴打された頬をさすってはいるが、よろめいたりする素振りはない。

 あれは不意打ちだったが故のラッキーパンチだったらしい。

 

 千雨(こちら)の息は絶え絶え、身体も何故かダルいときた。

 もはや、ロクな抵抗もできやしない。

 

 せめて、と心中で盛大に毒づきながら、千雨は目を閉じて――――――。

 

 

 

 

 

 一体何が鍵だったのか。

 それは千雨にもわからない。

 

 

 

 

 

 その後、想定されていた『もう一人の自分が成り代わるために襲ってくる』なんて展開(コト)はなく、

 

「うちのクラス何でロボ娘がいるんだ誰か突っ込めよ。いやそもそも留学生うちの組に固まりすぎだっつーの」

 

『他のクラスはいてもせいぜい一人だったよな、留学生』

 

 気づけば、もう一人の千雨(自分)と対面しながら愚痴り合っていた。

 

 麻帆良にあり得ざる、深い霧に囲われた二人っきりの空間。

 その相手が『自分』だと言うのもまた奇妙だった。

 

『おかしい物をおかしいって言って何で排斥されなきゃいけないんだ』

 

「マジでそれな。おかしいのは私じゃなくてテメェらの方だと何度も何度も何度も…………!」

 

 打てば響くと言うべきか、ツーと言えばカーと返ってくるとすべきか。

 

 ともあれ、その言を信じれば彼女は千雨自身(本人)である。

 根本的に話が合わないわけがなかった。

 

「たかが生活指導で人がポンポン宙に浮くかよ!? あの教師(デスメガネ)、やっぱりおかしいだろ!」

 

『ああ、あれな。魔法使ってても違和感ないよな』

 

 互いに麻帆良への文句を並べ立てていき、

 

「御神木のサイズが――――――」

 

『学園長の頭が――――――』

 

「文化祭のバカ騒ぎが――――――」

 

『都市伝説の内容が――――――』

 

 最終的には固く手と手を取り合っていた。

 シェイクハンズ。所謂握手である。

 

 そのまま幾度か手を上下に振ったところで、相手の身体がうっすら光っていることに千雨は気がついた。

 

「お前…………」

 

『我は汝、汝は我………………全部わかってるんだったら力を貸してやる』

 

 困ったことがあれば私を呼べ。

 彼女(千雨)は満足そうににんまりと笑った。

 

 千雨(もう一人)の姿がパッと立ち消えると同時、現れたのは見覚えのないシルエット。

 その正体は人間よりも遥かに大きな怪人だった。

 

 ひび割れた仮面を被っており、顔立ちは定かならない。

 胴体より下では、巨大な輪っかやらレース調の薄布らしき物が着飾るように辺りを循環していた。

 ぱっと見ドレスチックだが、身体に触れていないのに空中に浮いて動いている原理は不明である。

 そんな飾りから透けて見える本体は、一転して殺風景な印象だ。

 周りが派手だからというのも印象付けに一役買っているだろうが、それにしたってシンプルが過ぎる。

 女性らしいフォルムをしているので性別を間違えることはないが、それだけである。

 のっぺりとした身体には、どうにも人形の中身らしき不気味さが垣間見えた。

 

「はは…………姿が変わるとかアリかよ…………」

 

 怪人は喋らない。

 だが「コイツはもう一人の自分だ」と千雨は感じ取っていた。

 

 事態は推移を続ける。

 姿が変わったことへの驚きも覚めやらぬ中、今度は青い光を放つカード状の物体へと縮んだのだ。

 そしてカードは千雨の胸に吸い込まれるようにして消えた。

 

 

 カードが入っていった部分に手を当ててみれば、どこかじんわりと温かい。

 

 

 クソみたいな現実が変わったわけではない。

 だがしかし、もう少しあのヘンテコな場所で戦っていける、そんな力強い思いが湧いていた。

 

 何故ならこの胸の奥には、もう一人の自分――――――困難に打ち勝つための『ペルソナ』があるのだから。

 

 

 

 

 

 千雨は前を見据えた。

 

 大丈夫だ、自分は頑張れる。

 

 しっかりとした足取りで一歩、二歩と進み――――――――――止まった。

 

 

 

「帰り方、わからねえ…………!」

 

 ガックリと崩れ落ちる千雨。

 結局のところ、千雨は最初から最後まで迷子状態だった。

 

 このままではにっちもさっちもいかない。

 

 別れてすぐに呼び戻すのも気恥ずかしいが、四の五の言っていられないのだ。

 この不思議な霧塗れゾーンから出られなければ死活問題に繋がりかねない。…………主にブログの更新とか衣装作製とかで。

 

 覚悟を決めれば、青い燐光と共に出現するタロットカード。

 

 神秘的な光景の中で、千雨はほんのり顔を赤らめつつ、早速召喚したカードを握り潰したのであった。

 

 

 





 大体ノリと勢い。
 というかシャドウのシャの字も出てこなかったね。

 時系列とか年代とか気にしたら負け。
 ネギ先生はまだ来てないし、P4主はまだ鋼のシスコン番長になってないと思う(無計画)。

 俺達の戦いはこれからだ!





☆ペルソナ紹介☆


○アメノウズメ
 大アルカナ:Ⅸ 隠者

【初期スキル】
◆アギ
◆ジオ
◆ディア
◆アナライズ

【HP】低め 【SP】高め 
【力】極低 【魔】高め 
【耐】低め 【速】高め 
【運】普通

耐性:火炎耐性、雷撃耐性
弱点:氷結、疾風、物理


 千雨の初期ペルソナ。

 身体には殻の如く円環やレース調の飾りを纏っている。周囲の装飾は豪華だが、本体は小柄で華奢であり、デザインも非常にシンプル。千雨曰わく、「殺風景、ツルンとしている、のっぺらぼうみたい」。
 とはいえひび割れた仮面の隙間から目が覗いているので、完全にのっぺらぼうというわけではない。あくまで華美な装飾に比べて、という話。

 戦闘においては攻撃・回復・補助・解析と多彩だが、反面弱点が多い。

 戦闘中でも簡易アナライズは行えるが、詳細なアナライズのためには千雨がペルソナの飾りの内側にいる必要がある。
 千雨が内部にいる間、レース飾り等にはスクリーンのように情報が投影される。

 因みに、物理攻撃は全く覚えない。完全なマジックキャスタータイプ。
 コンセプトは「一人で冒険できるもん」(冒険できるとは言ってない)。





・追記(11/07)
 サブタイトルを編集しました。(なお続き)


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02.安易にアナライズしてはいけない十の理由



タロットカード解釈

【Ⅸ 隠者】

○正位置:助言、深慮、内省、慎重、秘匿、孤独、真実、本心、悟り、真理探求

○逆位置:閉鎖、拒絶、陰湿、消極的、悲観的、愚痴、邪推、虚実、混沌、劣等感、現実逃避




※今回、魔法世界編辺りの情報がサラッと出てくるんで一応ご注意をば。





 

 

 自室に帰ってきた千雨がまず行ったこと。

 

 それはペルソナの確認でも、休息を取ることでも、ましてや頬を抓ること(現実確認)でもなく、運営しているサイトの更新だった。

 

 待機中(スリープモード)だったパソコンを復帰させ、キーボードを引っ張り出す。

 

『みんなごめーん、新作衣装作ろうって話してたけどちょっと遅くなりそう……(>_<;)』

 

 挨拶は程々に。カタカタッと素早く目的の文章を入力。

 投稿すれば、すぐさま熱心なファンからの書き込みが付いた。

 

『ちうちゃんこばわー』

 

『(´・ω・`)ソンナー』

 

『え、なになにトラブル?』

 

『だいじょぶですか』

 

 次々返ってくる反応に、千雨はホッと息を吐く。

 

 やはり自分の部屋、ネットの中が一番だ。

 安息の場所と言えばここ。

 この約束の地こそが千雨を幸せにしてくれるのだ。

 

『心配してくれてアリガトー☆ ちうは元気だから大丈夫だぴょーん(*^-^*)』

 

『良かった!』

 

『何かあったらどうしようかとおもた』

 

 ――――お前ら最高。

 千雨は本日最もいい笑顔を浮かべた。

 

 しばらくファンに付き合ってもらい、心身のリフレッシュに費やそう。

 疲労は溜まっているが、このままパソコンの前に居座ることが決定した。

 

 とりあえず、今日遭遇した珍事をアイドル向けに改変して綴る。

 

『今日ね、知らない人に追いかけられて気づいたら迷子になっちゃってたの~((;゚ロ゚))』

 

『ナニソレ!?』

 

『絶許』

 

『何なのそいつマジ有り得ないんだが』

 

 マジありえない――――確かにそう、その通りだ。

 何せ、常識の埒外の事が多過ぎた。

 

 テレビの中の世界? もう一人の自分? ペルソナ?

 あまりにも現実味が薄い。

 

 実際に体験してこなければ、絶対に眉唾物だと一蹴する類いの話である。

 

『人も全然いないし、道も入り組んでてわからないし、もうダメかと思っちゃった(^0^;)』

 

『あ、でも帰れてるってことは』

 

『無事で何より』

 

 今も胸の袂に意識を向ければペルソナの存在が感じられる…………が、よくよく考えればそれすら千雨の頭痛の種だろう。

 

 仕方なかったとはいえ、自らが非常識な力を手に入れてどうする。

 ミイラ取りがミイラになってるだろ。

 

 どうしてこうなった。

 

『ちう一人だったら絶対帰れなかったよ~ミ ´・ω・)ミ でもなんと! 追いかけてきてた人が助けてくれたの!Σ(O_O)』

 

『ファッ!?』

 

『な、何だってー!?』

 

『どゆこと???』

 

 ペルソナ。

 それは自分の心、覚悟の形だと自分自身(アメノウズメ)が教えてくれた。

 

 実際、ペルソナがなければ延々テレビの中をさ迷う羽目になっていただろうから、感謝はしている。

 

 が、それとこれとは話が別だ。

 

 もしもの時以外、この力は使わないし、誰にもバラしたりしない。

 千雨は固く誓った。

 

『実はその人、悪い人じゃなかったみたい(^_^;) ちうを追いかけてたのも落とし物を渡すためだったんだって~。息が荒かったから変な人だと思っちゃった☆』

 

『wwwwwww』

 

『それは勘違いして当然』

 

『ちうちゃんかわいいから気をつけないとだもんね』

 

 ここまで嘘らしい嘘はほとんど吐いてないと千雨は自負している。

 息を荒げていたのは千雨(こちら)の方だが、同一人物だから何も問題はない。

 

 …………何やら自分(ペルソナ)から抗議の声が上がっているような気がするが、気のせいだろう多分。

 ペルソナは喋らない。

 

『みんなもかわいい子がいたからってハアハアしちゃダメだゾ☆』

 

『はーい!』

 

『おk(`・ω・´)ゞ』

 

『ちうちゃんprpr』

 

『ちう様以外ハアハアしない(キリッ』

 

 千雨(ちう)を褒め称える言葉の数々は、ストレス解消への素敵な特効薬だ。

 書き込まれた直近の内容をスクロール。そして目に映る賛美の言葉。

 やはりこうでなくては。千雨は満足そうに頷いた。

 

 一通り今日の出来事を書き終えたので、最初の話題に戻る。

 

『……と、そんな感じでドタバタしてて衣装製作にまだ取りかかれてないの……(^^;) これから原作の衣装チェックに入るからもうちょっと待っててね♪』

 

『完全に理解した』

 

『全裸待機』

 

『楽しみにしてるよ!』

 

『無理はしないで(・ω・)デモハヨ』

 

 名残惜しいがチャットを閉じる。

 椅子の背もたれに体重を掛けると、微かにギィと音がした。

 

 気づけば夕方を通り越して夜である。

 それも常であれば寝る支度をするような時間帯。

 

 どうも、テレビの中で相当な時間を過ごしていたらしい。

 体感と現実との乖離が著しいが、テレビの中の世界にそういう効果があったのか、それとも単に千雨の感覚が狂っていたのかは判断が付かなかった。

 

 生徒の事情に関わらず、学校は明日もある。

 やけに疲れているのでとっとと休みたい。

 

 だが、寝る前にやらなければならないことがある。

 

 ペルソナだ。

 ペルソナについて、多少なりとも知っておかなければ。

 

 正直、今でもファンタジー関連はご遠慮願いたい。

 しかし、よく知らずに逃げるのと、知った上で遠ざけるのは別物だ。

 

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

 今後の平穏のためにも、まずは身近になってしまった非常識について知らなければ。

 

 緊急時以外使わないと決めたとはいえ、いざ必要に駆られて使ってみたら暴発、なんてことになったら目も当てられない。

 そうならないために、日常を守るためにこれは必要なことなんだ――――と千雨は自分に言い聞かせた。

 

 さて、精神(こころ)を落ち着かせ召喚――――しようとしたところで違和感があった。

 

 先ほどはあっさり出てきたカードが、今度はさっぱり出てこない。

 千雨は首を捻った。

 

 力自体がなくなったわけではないだろう。

 不本意なことにペルソナの感覚はある。

 

 だが、どこかで何かがつっかえているように、ペルソナは疎かカードも実体化させられなかった。

 

 テレビの中ではいきなり成功したのだが…………テレビの外の現実世界ではうまく召喚できない、のか?

 

 納得はできるが、モヤモヤ感が残る。

 

 そんな半端な状態になるぐらいなら、力そのものを全部取っ払ってくれればいいのに。

 千雨は嘆息した。

 

 ともあれ、召喚できずとも力は少し使えるらしい。

 集中すれば何ができるのか、ペルソナから何となく伝わってきた。

 

 千雨のペルソナ『アメノウズメ』はパワーも耐久性も低く、接近戦が苦手なタイプらしい。

 一方で素早さは高いのだという。逃げ足が速いのはいいことだ。

 

 覚えているスキルは現時点で四つ。

 それぞれの名前は『アギ』、『ジオ』、『ディア』、『アナライズ』。

 それがどんな物なのか。実際に試そうにも、ぼんやり伝わってくるイメージはどうにも物騒な内容ばかり。

 

 アギは火炎魔法、ジオは雷撃魔法。

 どちらも火事になりかねないので基本的には使用厳禁である。

 精密機器のある自分の部屋でなんて以ての外だ。

 

 ディアは回復魔法のようだが、わざわざ傷を付けてまで試してみようとは思わない。

 というか、怪我なんて御免だ。

 使用機会が来ないことを祈る。

 

 四つの中で唯一アナライズは無害そうだ。

 解析するだけの魔法で、周囲に影響を及ぼさない。

 が、残念ながらここには肝心の解析対象がいない。

 

「せっかく腹くくったのに何もできないとかアリかよ…………」

 

 これだから非日常は嫌いなんだ。

 まさかの肩すかしを食らい千雨は脱力した。

 

 気の抜けたまま、ふと鏡を見ると普段と変わらぬ千雨の姿が映っていた。

 

 スキルが使えるように力を待機させた状態にも関わらず、めぼしい変化は一つもない。

 テレビの中では青い光的なエフェクトがピカピカと眩しいくらいだったのに。

 

 あの光は召喚する時だけ出る物なのか?

 それとも他に何か条件でもあるのか?

 

「…………………………ああもう、やめだやめ」

 

 これ以上考えても仕方ない。

 

 千雨も特別造詣が深いわけではないのだ。

 むしろペルソナ初心者、ピカピカの一年生である。

 教えを請いたいのはこちらの方だ。

 

 千雨は適当なところで考察を切り上げた。

 

 バレにくい分には問題ない。

 不幸中の幸いと称するべきだろう。

 これなら人前でも試せそうである。

 

 明日、学校で少しだけ試そう。

 ほんの少しだけだ。常用するわけではない。

 そう、心の中で言い訳を並べた。

 

 くぁ、と一際大きな欠伸が出た。

 コクリ、コクリと頭が揺れる。眠気が強い。

 さすがに限界だった。

 

 着替えたかどうかも定かならぬまま、千雨は明かりを消した。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 翌朝、千雨はいつもより早い時間に教室に到着した。

 

 疲れのせいか睡眠不足のせいか、時刻を見間違えるという初歩的なミスをやらかしたのだ。

 ――――それも朝ご飯を食べ損ねるというオマケ付きで。

 

 もう少し落ち着いて寝とけば良かった。

 千雨のテンションはだだ下がりである。

 

 半目で室内を見渡す。

 予鈴までまだ時間があるせいか、生徒の数は多くない。

 

 まあ、このぐらいの人数の方が『アナライズ』の実験にはちょうどいいと言えるかもしれない。

 果たして、解析といってもどんなことがわかるのやら。

 

 精神統一し、ペルソナを待機。

 

 手のひらをかざすが、特に光っている様子もない。

 これでいける…………ハズ。

 

 期待が二割、不安が八割。

 とりあえずアナライズを発動。

 

 対象は、少し離れた左側の席でジャグリングを練習中のザジ・レイニーデイ。

 曲芸手品部所属で時折ピエロの格好をしている無口な生徒である。

 

 

 解析結果はすぐに出た。

 

 視界の端に表示されたのは――――――【魔族】王族。

 

 

 千雨は机に突っ伏した。

 

 ――――留学生じゃねーのかよ!? 何だよそれ意味不明だろ!? 

 そう叫びたい気持ちを必死で抑えつける。

 

 机にぶつかった額が痛い。

 クラスメイトからの視線はもっと痛い。

 

「すごい音したネ?」

 

 ―――大丈夫ですか?

 

 そう声を掛けてきたのは、超包子(チャオパオズ)と書かれた蒸籠(せいろ)を持った二人。

 (チャオ)鈴音(リンシェン)と四葉五月だった。

 

 ホカホカの蒸気と肉まんの美味しそうな匂いが辺りに漂っている。

 

「…………ちょっと朝飯を食い損ねてな」

 

 ――――それは大変です。と五月の囁くような声が届く。

 

「超包子特製肉まん、お一つ百円。如何カナ?」

 

 超は商機とばかりに蒸籠の蓋を開いた。

 

 眼鏡がうっすら曇る中、鼻腔に広がるのは芳醇な肉まんの香り。

 

 いつもならなるべく関わらないところだが、空きっ腹にこの行為は酷である。

 

 止むことのない胃の締め付けに千雨はギブアップした。

 

「一つくれ」

 

「まいどありー」

 

 財布から百円硬貨を取り出し購入。

 

 受け取った肉まんの皮のホカホカもちもち加減ときたら。

 千雨はゴクリと唾を飲んだ。

 

「いただきます」

 

 軽く手を合わせると千雨は肉まんにかぶりついた。

 

 ――――旨い。

 とてもじゃないが中学が作れるレベルじゃない。

 

 もぐもぐ食べながら、千雨は二人を横目に見る。

 料理が得意だと小耳に挟んでいたが、得意レベルじゃないぞこれは。

 

 ついでだ。

 二人にもアナライズを掛ける。

 

 さっきのは初めてだからアナライズの調子が悪かっただけだろう、多分。

 

 きっとそうに違いない。

 でなければ魔族で王族とか出るわけがない。

 

 千雨は謎の弁明をしつつ、今回のアナライズ結果を確かめた。

 

 

 超鈴音、【人間】未来人、火星人、魔法使い。

 

 四葉五月、【人間】一般人。

 

 

「――――ゴホッ!? ゲホッガッ…………ゴフッ」

 

 肉まんが気管の方に入り、千雨は勢いよく咳き込んだ。

 

 ――――こちらをどうぞ。

 気を利かせてか、五月が魔法瓶からお茶を入れ、差し出している。

 

 千雨は何も考えずに受け取り、それを呷った。

 

 ――――超もか。超もなのか。

 未来人で火星人で魔法使いって何だよ!?

 SFかよ!? いやファンタジー?

 例え人間でもそんな非常識なら何も変わらんわ! 今のところ四葉以外アウトな奴じゃねーか!

 千雨はガックリと肩を落とした。

 

 そんな中、朝練帰りなのか、何人かが教室にドタバタと入ってきた。

 全員、部活もそれぞれバラバラなので、偶さかタイミングが一致しただけだろう。

 

 千雨はそれに片っ端からアナライズを掛ける。

 

 この時点で目的がペルソナスキルの試用ではなく『常識人探し』にシフトしていたが、千雨は全く気づかなかった。

 

 

 大河内アキラ、【人間】一般人。

 

 古菲(クーフェイ)、【人間】一般人。

 

 春日美空、【人間】魔法使い。

 

 佐々木まき絵、【人間】一般人。

 

 桜咲刹那、【人間・烏族ハーフ】剣士。

 

 

 千雨は頭を抱えた。

 

 今までアナライズしただけでも過半数が一般人ならぬ()()()

 このクラス、千雨が思ってた以上にヤバい。

 

 何でこのクラスに入れられてしまったのか。

 千雨は己の運命を呪った。

 

 …………いや待て。今までのおかしな解析結果は誤アナライズかもしれない。

 いやそうであってくれ。と一縷の望みを掛けて、他にもアナライズを発動する。

 

 目標は前方、宮崎のどかの座席に集まっている図書館探検部メンバー三人だ。

 

 

 綾瀬夕映、【人間】一般人。

 

 早乙女ハルナ、【人間】一般人。

 

 宮崎のどか、【人間】一般人。

 

 

「………………だよな」

 

 千雨はほっと一安心。

 

 流れでその横、刹那に話し掛けた龍宮真名を調べる。

 出てきた文字は――――【人間・魔族ハーフ】スナイパー。

 

 何だよお前ら二人ハーフ同盟かよ。この逸般人代表め。

 千雨の声なきツッコミにも陰りが見え始めている。

 

 次に仲良く教室に入ってきたのは謎の部活、さんぽ部の三人組。

 チビの双子と背高ノッポのデコボコトリオだ。

 

 アナライズも手慣れてきた。瞬時に結果を読み取る。

 

 

 鳴滝風香、【人間】一般人。

 

 鳴滝史伽、【人間】一般人。

 

 長瀬楓、【人間】忍者。

 

 

「…………あー………………」

 

 忍者なのは予想通り過ぎて逆に普通だ。

 長瀬楓は普段から「ござるござるニンニン」と言っているので特別意外性はない。

 

 むしろ双子が一般人枠だというのが、千雨にとっては驚きだった。

 

 ――――小学生(ガキ)にしか見えないコイツらこそ不思議種族にしとけよ。いつ成長するんだコイツら。

 千雨にそうこき下ろされる鳴滝姉妹。二人に似合う鞄はズバリ、ランドセルである。

 

 更に何人か運動部連中がやってきた。

 バスケ部が一人とチア部のメンバーたち、合わせて四人だ。

 

 さすがにコイツらなら文句なしに一般人だろう、と千雨はアナライズ。

 

 …………今の千雨を『意地を見せている』と評するか『意固地になっている』と評するかは人に依るだろう。

 

 

 明石裕奈、【人間】一般人(記憶喪失)。

 

 柿崎美砂、【人間】一般人。

 

 釘宮円、【人間】一般人。

 

 椎名桜子、【人間】一般人(大明神)。

 

 

 大明神。

 千雨は思わず結果を二度見した。

 

 千雨の知る限り、椎名桜子は少々運がいいだけの女子中学生…………なハズである。

 

 大明神って何だ大明神って。

 一般人なのに大明神。

 

「………………………………意味わかんねー」

 

 無意識の内に千雨の口から声が零れた。

 

 そして明石裕奈、まさかの記憶喪失である。

 こちらも千雨の予想外だった。

 

 普段の様子では、当人に記憶喪失らしい素振りは見られない。

 隠しているのか、それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一般人とは一体何だったのか。

 千雨は遠い目をした。

 

 底抜けに明るい笑顔の桜子を視線で追って、二つ隣の席にいた朝倉和美にたどり着く。

 こちらも手癖でアナライズ。瞬時に一人分の情報が――――――。

 

 

 朝倉和美、【人間】一般人。

 

 相坂さよ、【幽霊】地縛霊。

 

 

「――――――ん?」

 

 表示されたのは何故か()()()の情報だった。

 

 誰だ? 相坂さよ? うちのクラスにそんな奴いたか?

 困惑する千雨。

 

 アナライズが示す位置は教室の最前列、朝倉和美の横の空席だ。

 その席は座ると寒気がすることから、『座らずの席』として一年の頃から噂されていた。

 

「……………………えっ……?」

 

 ――――まさか。

 

 再びアナライズ。

 今度は誰もいないはずの空席に焦点を当てて調べる。

 

 そして先ほどと同じように『相坂さよ』の名が出てきた。

 共に表示されるのは『幽霊』の二文字。

 

 やはり、いる。

 相坂さよという名の幽霊が。

 

 ――――マジか幽霊までいるのかよこのクラス。

 ここまで来ると、千雨も驚愕より諦観の念の方が強い。 

 気分はまるで菩薩。ただし苦行はお断りである。

 

 微かな異音に廊下へ目を向ければ、音の主、茶々丸が歩いてくるのが見えた。

 

 千雨的非常識なクラスメイト筆頭、それが絡繰茶々丸だ。

 何せ見るからにロボ娘。本来耳のある位置にはロボっぽいパーツが見えているし、関節部分なぞ球体関節のようで人形感満載だ。

 むしろ他のクラスメイトが疑問に思わないことの方がおかしい。千雨は確信を持ってそう言えた。

 

 投げやりに掛けられるアナライズ。

 

 

 絡繰茶々丸、【ロボット】従者。

 

 

 案の定であった。

 

 ――――もう、アナライズはやめよう。

 今更ながら千雨は思い至った。

 

 当初の目的はしっかり果たされている上に、これ以上続けてもロクなことにならない。

 

 そもそも誰だよアナライズは無害そうだとか言ったの。

 全然無害じゃねーよ、精神に特大ダメージだよ。

 というかやっぱりファンタジーはクソだな。クーリングオフさせろ。

 自分自身に毒づきながら千雨は思った――――――――軽率すぎた自分の記憶を消してやりたい。

 

 茶々丸と一緒に入室してきたのは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 小柄で金髪なことも相まって西洋人形めいているが、囲碁部やら茶道部やらに所属している。

 意外と日本文化が好きなのだろうか。

 

 エヴァンジェリンを含め、何人かアナライズを掛けていない生徒がいるが…………もういいだろう。冷静に考えて。

 これ以上とんでもないものは出るはずがない。

 

 気づけばほとんどの生徒が自分の席に座っていた。

 時計を見れば予鈴まであと僅か。

 

 最後に一組、予鈴ギリギリに神楽坂明日菜と近衛木乃香が慌てて駆け込んできた。

 これでクラス全員が揃う。

 

 ホームルームが始まるまでの僅かな時間で千雨は己を戒めた。

 

 ――――――安易な気持ちで人をアナライズしてはいけない、と。

 

 

 






 まさか続きが投稿できるとは……このリハクの目をもっ(略)


 ちなみに『気』が使える人間は麻帆良には結構いるので一般人扱いです()。





【アメノウズメ(天宇受賣命/天鈿女命)】

 古事記、日本書紀に記述のある芸能の女神。

 日本神話の岩戸隠れにおいて、天照大神が天岩戸に引きこもった際、ストリップダンスを踊って岩戸を開けさせたヤベー奴。

 デビチル好きとしては赤い被り物してポンポン持った少女のイラストが浮かぶが、世界線が違うので当然無関係である。水属性だったりもしない。





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03.アイエエエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナ(略)



【悲報】五秒で決めたサブタイトルがヒドい【突貫工事】




~ちゃんとしたお知らせ~
 原作時系列の整理、及び年代を設定しました(今更感)。
 簡単に言うと、ネギま側時空が軒並み九年ほど後ろにズレていると思ってくだしゃあ。


 え、動物占いによるキャラ付け?
 知らんな、そんなことは俺の管轄外だ。
(赤松先生マジごめんなさい)






 というかスマホ壊れてバタバタしてる間にすごいことになってりゅぅ(白目)。
 お気に入りもUAも桁がいつもと違うよぅ…………(gkbr)。





 

 

 麻帆良祭。

 それは麻帆良学園で行われる年に一度のビッグイベント。

 

 

 麻帆良祭。

 それは三日間の開催期間で、同期間の千葉県浦安市の某遊園地(夢の王国&冒険の海)をも凌ぐ動員数を叩き出す狂乱の宴。

 

 

 麻帆良祭。

 それは一度(ひとたび)幕が上がれば億を超える金が動く巨大市場。

 

 

 そして――――――――祭りの平穏を守るため、麻帆良に住まう『魔法使い』たちが縦横無尽に飛び回るファンタジー空間でもあった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「あ゛ー………………」

 

 寮へ帰宅途中、疲れ切った濁声(だみごえ)を絞り出していた千雨。

 

 明らかに女子中学生が出していい声ではないが、周囲に人気(ひとけ)がないので本人的にはセーフである。

 

 元来、クラスメイトに非常識を煮詰めたような人間が多いせいで、千雨は学校生活においてストレスを抱え込みやすい。

 しかし、此度の疲労(ぐだぐだ)の原因は些かばかり毛色が異なる。

 

 その大きな要因の一つ。

 それは三週間ほど前に開催された、千雨が中等部に上がってから二度目の麻帆良祭(文化祭)だ。

 麻帆良学園に存在する全ての教育機関が合同で行う恒例行事で、毎年大勢の外部客も招き入れるため桁外れのどんちゃん騒ぎになる。

 

 そして今年は、ペルソナ使いとなった千雨が初めて経験する麻帆良祭でもあった。

 

 麻帆良祭、と一口に言ってもその関連範囲は広い。

 何せ、準備期間だけでも二週間以上に及ぶのだ。

 

 中間テストを終えてからの十五日間、『例のアナライズ』の際に()()()だと認定された面々に近づき過ぎないよう千雨は気を配った。

 

 普段から同級生と距離を置いていたので、『魔族』やら『烏族』やらであっても別段違和感を抱くことはないだろう。

 悲しいことに、集団から外れることに関して千雨は一家言持っている。

 そこまでの対応は何一つ間違えていなかったと確信していた。

 

 ことの問題は麻帆良祭であった。

 正確には麻帆良祭で起こっていた異常事態である。

 

 まず千雨が気づいたのは、時々感じる()()()()()()()()()()

 行こうと思っていた場所を忘れる、或いは目的を忘れるといった内容で、特定区域に近づくと必ずと言っていいほど発生したそれには、作為的な物を覚えた。

 

 だが、『一定範囲に近づけさせない』『精神活動を落ち着かせる』といった目的だったらしく、これに関して千雨は被害らしい被害を受けていなかった。

 

 誰かが()()()をしたいらしい場所に極力近づかなければいいだけだから。

 …………人払い云々などと考えたくもないのだが。

 

 それより大変だったのは、騒ぎに乗じて街を駆け巡っていた『魔法使い』絡みである。

 それも一人二人ではない、何十人といたのだ。

 

 観察していたところ、どうも彼ら彼女らは祭りのトラブル対応のために動いていたらしい。

 すわ運営スタッフか、警備員か。

 

 皆が楽しんでいる祭りを守ろうという志は立派なのだろう。

 が、しかし、派手な魔法はバンバン使うわ、いつどこから現れるかわからないわで千雨の神経をすり減らした。

 善意で動いている分、下手なお化け屋敷よりも質が悪い。

 

 ついでに、その魔法使いたちのほとんどが麻帆良学園に在籍している教師や生徒だったことも付け加えておく。

 おかげで千雨は『彼らが魔法使いだと知っている』ことを相手側に気づかれないようにする――――という七面倒な対応を迫られることになった。

 

 麻帆良祭も終わり、連中が魔法を使う瞬間を目撃しなくなった。

 とはいえ、魔法使いの顔を思わず凝視しそうになることが多々あり、千雨は余計な気苦労を重ねている。

 

 で、非常識のオンパレードたる麻帆良祭を抜けた千雨を、目下悩ましているもう一つの原因は、だ。

 

 チラリと後ろを向けば、先ほどまではなかった小さな人影が二つ。近くの塀や看板に身を潜めている。

 だが、大きさはともかく、好奇心から来る存在感はちっとも隠せていない。

 

 立派なストーカー行為だが、千雨はとっくにその正体を掴んでいた。

 

 麻帆良学園女子中等部、文化系運動系問わず乱立する部活動の中でも屈指の『存在意義の不明さ』を誇る団体――――『さんぽ部』である。

 

 部員数は少なく、千雨の把握している限りで三人。

 全員千雨と同じクラス、A組である。

 

 尾行がバレバレの方、鳴滝風香(ふうか)史伽(ふみか)はそっくりの双子姉妹だ。

 姉・風香主導で何度も担任(高畑)にイタズラを仕掛けては、返り討ちにされている様を千雨は目撃してきた。

 何をするにも一緒だがしかし、性格や一人称、よくよく聞けば声も違うことに気づく。

 

 千雨を見かけ次第引っ付いてくるので厄介ではあるが、こちらは重要ではない。

 それこそ小学生のイタズラとでも考えればいい。どうとでもやり過ごせる。

 

 肝心なのはもう一人――――――存在感を完全に消し去っている方、長瀬楓だ。

 

 今も二人と共にいるはずだが…………そちらは微塵も気配を感じなかった。

 

 クラスでも上位に食い込む高身長。目を常に細め、糸目であることが多い。

 特徴的なのはその口調。人を呼ぶ際には『殿』を付け、語尾は『ござる』。口癖は『ニンニン』ときた。

 彼女が忍者だというのは、千雨のトラウマ・アナライズの御墨付きである。…………元より全く忍んでないが。

 

 そう――――――ある種その道(尾行)のプロである長瀬楓(忍者)が、麻帆良祭の後からちょくちょくストーキングを仕掛けている()()()のだ。

 

 千雨がそれに気づいたのは全くの偶然である。

 双子のコソコソとした話し声に耳を止め、異変を感知しアナライズ。

 すると長瀬楓が解析の網に引っかかったのである。

 

 千雨が尾行現場を直接目撃したことは一度たりともない。恐ろしいほどの隠行だ。

 毎度近くに双子がいるからこその発見と言えよう。

 

 当然、千雨には忍者に目を付けられるような覚えはなかった。

 出し物の製作中も常に気を張っていたのだから。寝耳に水、完全に不意打ちである。

 

 なお、魔法使いへのあれこれと合わせてか、ペルソナ(アメノウズメ)が千雨の苦労を象徴するような新スキル『警戒』を習得していた。

 これが彼女にとって不本意なことは言うまでもない。

 

「……………………行ったか」

 

 入り組んだ路地を抜け、いくつかジャンクショップを経由したところ、双子は千雨を見失ったらしい。

 

 念のため、アナライズを掛けてみるが忍者()も見つからなかった。

 悪しきストーカーは去った。千雨は今日もやり遂げたのだ。

 

 遠回りした結果長くかかった帰り道。

 ようやく寮の自室に到着である。

 

 扉に中から鍵を掛けたところで、千雨は人心地付いた。

 

 毎回相手が同級生だからいいものの、ストーカーとは本来唾棄すべき犯罪者である。

 

 そもそも、ほのぼの系クラブと思われているさんぽ部が何故こんなことをしているのか?

 千雨をターゲットにする目的は?

 

 そろそろこちらから何か探りを入れるべきなのかもしれない。

 根本的なところを解決せねば、今後もずるずると続く可能性があるのだから。

 

 喉が渇いたので冷蔵庫から適当にペットボトルを引っ張り出す。

 キャップを捻り、さあ飲もうとしたその時。

 

「――――――なあ、ここで待っとれば長谷川に会えるってホンマなん?」

 

「ホントホントー、ボクたち途中ではぐれちゃったけど、ルート的に寮に帰ってるっぽかったし。ねー、史伽」

 

「うん、お姉ちゃんと一緒に確認してたです」

 

 外から聞こえてきた会話に千雨の顔は引きつった。

 

 ギギギ、と錆び付いたブリキ人形の如き緩慢な動作で入口の方を向く。

 

 外から三人分の声がする。すなわち扉の前に誰かがいる。

 いや、名前も呼んでいるし、十中八九アイツら(双子)だろうが…………もう一人いる。

 やや関西系の訛りのあるこの声は。

 

「まさか、和泉か…………?」

 

 ぼそりと出た言葉には千雨の困惑が滲んでいた。

 

 和泉亜子。

 千雨のクラスメイトの一人で保健委員に所属している生徒である。髪型は色素の薄い髪をショートカット。

 詳しくはないが時折関西弁を話しているので、出身(ルーツ)は関西方面だろう。

 アナライズは掛けてないが、恐らく一般人であろうと千雨は目している。

 

 千雨と特に親しいわけでもなく、ただの同級生にすぎない。

 そんな亜子が加担している? この三週間に及ぶ追跡行為に――――――。

 

「――――――ん? 和泉…………麻帆良祭…………?」

 

 ストーカーが始まったのは麻帆良祭後から。

 そして、和泉亜子が関わっている可能性がある。

 

 何かが引っかかる。

 そういえば、この組み合わせで何かがあったような…………?

 

「………………………………………………あ」

 

 そうだ、思い出した。

 確か麻帆良祭で和泉亜子と()()()()()()()()()()があった。

 

 麻帆良祭三日目、工学部での買い物の帰りのことだ。

 

 屋根の上をぴょんぴょんと跳ね回る魔法使いたちの姿に、いい加減嫌気が差していた千雨。

 なるべく上を見ないよう、魔法使いから逃げるように小走りで移動していた。

 上に注意を向けていた分、周囲への気配りが疎かになっていたのだろう。

 

 千雨は荷物を持ったまま、曲がり角で誰かと出会い頭に衝突。

 その時ぶつかった相手というのが和泉亜子だった。

 

 単にぶつかっただけであれば、軽く謝って済んだであろう。

 しかし、当たりどころが悪く、互いに創傷・出血。更に亜子が血を見て気絶するという一幕があった。

 亜子は保健委員だが、病的なまでに血が苦手なのだ。

 

 故意ではないとはいえ過失の意識もあり、亜子をそのまま放置しておくのは気が引けた。

 

 いつもの千雨であれば何ができるわけでもなかったが……………事故現場は人目のない路地裏だった。

 そして、()()()()()()()普段よりペルソナの調子も良かった。

 

 だから千雨は、これ幸いと試すことにしたのだ――――――ノータッチだった回復魔法『ディア』を。

 

 魔法は拍子抜けするほどあっさり成功。

 二人の傷は跡形もなくなった。

 

 事故の隠蔽は完了したので、残るは当人を言いくるめるだけである。

 千雨は目覚めるまで亜子を介抱した――――といっても他人にちょっかいを出されないか見張っていただけだが。

 

 数十分後、意識を取り戻した亜子に対して千雨はこう説明した――――――「ぶつかった衝撃で、買い出しの品物の中にあったトマトジュースの紙パックが破裂。和泉はその赤い液体を血と勘違いして気絶した」と。

 

 我ながら苦しい言い訳だったが、祭りの空気もあってか和泉亜子は納得していた様子でその場を後にして――――。

 

 カチリと噛み合う音がした。

 これ以外に原因は考えられない。

 

 あの時のことに後から疑念を抱いたのか?

 あえて騒ぎ立てるようなタイプには思えなかったので、亜子のことは千雨の要注意リストにはなかったのだが………………まさかこんなことになるとは。

 

 汗が一筋、千雨の頬を伝い落ちた。

 

「あ、かえで姉ー」

 

「こっちですー」

 

 扉を隔てて聞こえてきたその台詞に、千雨は(忍者)が合流したことを知った。

 こいつもか、やはりこいつも来たのか。

 

「ふむ、部屋にいるみたいでござるな、気配がするでござる」

 

「え、そうなの?」

 

「じゃあ呼べば出てくるかな?」

 

 ――――――行くわけねえだろ!? そこの忍者、余計なこと言うんじゃねえ! 

 などと叫べばモロバレするので叫べやしない。

 

 千雨は奥歯を強く噛み、部屋の奥で震えていた。

 もっとも、震えといっても怯えではなく怒りによるものだが。

 

「おーい」

 

 コンコンと大きなノック音が響く。

 

 返事はしない。当然だ。

 返事をすれば出て行かなければいけなくなることぐらい察していた。

 

「もしかして居留守なのかな?」

 

「かえで姉ー、これ開けられたりする?」

 

「ふむ、そうでござるな…………」

 

 ――――――ヤバい…………っ!?

 さんぽ部+αが鍵開けの算段を始めたことに千雨は戦慄した。

 

 このまま居留守していても、無理やり鍵を開けられる公算が高い。

 

 侵入されたらどうなる?

 好奇心旺盛な奴らことだ。絶対に室内は蹂躙される。

 

 しかし、趣味の物が詰まったパソコンもクローゼットも、おいそれとは見せられない。

 もし見られたら学校には行けない。むしろ死ぬまである。

 

 つまり、部屋には絶対入れられない。

 これが結論だ。

 

 だが居留守は効かない。

 ガチの忍者相手に気配を消す術を千雨は持たないからだ。

 

 居留守がダメなら実際に部屋からいなくなるしかないが、扉の前には奴らが陣取っている。

 出入口からの逃走は不可能。

 

 かと言って、窓から逃げるなんて曲芸じみた真似は到底無理。

 

 ああ、他に取れる脱出手段なんて――――――。

 

 千雨が目を泳がせた先には小さなテレビがあった。

 黒々とした画面に苦虫を噛み潰したような己の顔が映り込んでいる。

 

 そうだ――――テレビの中だ。

 非常識な存在(忍者)とはいえ、さすがにあの不思議空間にまでは入って来られないはず。

 もしテレビに出入りできるなら、既に画面から侵入してきてもおかしくはない。

 だが、そのような裏道は使ってきていない。知らない、乃至使えないと見るべきだろう。

 

 そうと決まればさっさと避難するに限る。

 いつ楓のピッキング作業が終わるかわからないのだから。

 

 ふと、以前中に()()()際の苦い記憶が脳裏を過るが、千雨は頭を振った。

 

 確かに濃霧はひどいが、ペルソナがあれば何とか脱出できる。

 

 それに延々と隠れるわけではない。

 ほとぼりが冷めるまでテレビの中で過ごすだけだ。せいぜいが二、三時間だろう。

 

 この時の千雨にとって、これ以上ない妙案に思えた。

 

 手早くパソコン画面にロックだけ掛け、テレビに身体を押し当てる。

 本来硬質なはずのテレビ画面は、何の抵抗もなく()()()と千雨を飲み込んだ。

 

 

 

 

「む………………?」

 

「かえで姉ー?」

 

「急に手を止めてどーしたですー?」

 

「これは………………………………中の気配が、消えた?」

 

 

 

 

 

 ◆

 







 今回ちょっと短めなのは、文量が予定文字数の二倍近くに膨れ上がったから分割して云々。
 サブタイのネタ溢れる適当感も本来予定になかった区切り方だからでござる。

 残りの後半部分も近々投稿できる…………ハズ。






【おまけ】


~麻帆良祭打ち上げパーティー中~


亜子ちゃん「さっきのことで長谷川にちゃんとお礼しときたいなぁ。でもあんま近づくチャンスもないし……」

不忍(しのばず)の忍者「む、どうかしたでござるか?」

亜子ちゃん「実は斯く斯く然々で、長谷川に介抱してくれた時のお礼したいねん」

不忍の忍者(む、これは…………血の匂い?)スンスン

不忍の忍者「――――あいわかった。では拙者が機会を見繕うでござる。………………個人的にも少々気になるでござるし」

亜子ちゃん「んー、何か言うた?」

不忍の忍者「いやいや、何でもないでござるよ」

双子姉「あれ、何やってるのー? 面白そうだからボクらも一緒にやろーっと」

双子妹「さんぽ部の活動ですねお姉ちゃん!」




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04.ネットアイドルはシスコン番長の夢を見るか?


 お ま た せ 。

 元々は前話と合わせて一つのお話の予定だったのにナー…………いつもの悪癖で文字数が増殖してたでござる()。

 そしてついに『世界観融合』タグが真価を発揮する時が――――――――来た、のか?



※拙作において、稲羽市はモデルとなった山梨県にあるものとします。






【追記】
 思いの外続いてしまっているし、そろそろ短編から連載に切り替えた方がいいのでは? ボブは訝しんだ。



 

 

 

【2011/07/10 日曜日 晴れ】

 

 

 

「………………俺ら今回、だいぶ遠くまで来たよな?」

 

「ああ、テレビの中ってここまで広かったんだな」

 

 仲間の言葉に頷き、鳴上(なるかみ)(ゆう)は掛けている眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

 ここはテレビの中――――テレビ画面を通して行き来できる奇妙な異世界だ。

 『ペルソナ』という特異な能力に目覚めた者だけが訪れることができる場所に、複数の若い男女の姿があった。

 

 現実世界ではただの高校生である彼らは、全員が『ペルソナ使い』だ。

 

 そんな彼らがテレビの中の世界を探索している理由。

 その原因は、平和だった田舎町・八十稲羽(やそいなば)を騒がせている殺人事件にあった。

 

 ある日突然発生した、『死体をアンテナに逆さ吊りにする』という猟奇的な殺人事件。

 死因も、犯人に繋がる手掛かりすらも掴めない怪事件だが、彼らは偶然にもその『凶器』を知ってしまった。

 

 犯人はテレビの中の世界を利用して罪を犯しているのだ。

 

 まず被害者をテレビの画面から()()()

 人をどこかに連れ込むだけなら誘拐だが、ここは異世界。人知を超えた化け物――――『シャドウ』が生息している。

 抑圧された人間の精神であるシャドウは特定の条件下で暴れ出し、中に入れられた人間を殺す。

 そうして人が死ぬと、外の世界に逆さ吊りにされた死体が出来上がる――――というわけだ。

 

 全く以て、尋常ならざる殺人だ。

 普通の警察に対処できるわけがない。

 詳しく相談したところで、まともに取り合ってもらえないだろう。

 

 だが彼らには『力』がある。

 警察よりも詳細な事情を把握している。

 

 だから彼らは街を――――大切な誰かを守るため、何より真実を探るべく日夜こうして探索をしているのだ。

 

 力を磨き、攫われた人間を助け、真相を暴くその日まで――――――。

 

 これまでに二人もの犠牲者が出ている殺人事件だが、その後彼らは誘拐された三人の救出に成功している。

 

 天城雪子、巽完二、そして久慈川りせ。

 救出された者たちもその後ペルソナ能力に目覚め、事件の捜査に加わった。

 

 八十稲羽の事件を調べる()()『特別捜査隊』は、今や七人の大所帯だ。

 特にサポート能力に長けたペルソナを持つりせの加入は大きい。

 

 戦闘能力も探索能力も整ってきた。

 

 そう判断した『特捜隊』の面々は、仲間の『クマ』からかつて話に聞いていたエリアまで足を伸ばしていた。

 

 ――――遠く離れた空間に生まれた、新たな地域とシャドウの気配。

 

 距離があったため、いつ()()ができたのか、クマにも具体的な時期はわからないらしい。

 既にそのシャドウの気配はないようだが、ダンジョンと思しき区域は健在だ。

 

 この場所の探索を決める前、仲間内で稲羽の殺人事件とは何の関係もない可能性を相談していた。

 

 何せこのエリアが生じたと推測できる日の前後に特捜隊――――ひいては警察が把握している行方不明者はいなかったからだ。

 それに事件の犯行予告と思われる不思議な映像『マヨナカテレビ』にも何も映っていなかった。

 

 無論、悠たち特捜隊メンバーの皆が気づかなかったという可能性は捨てきれない。

 しかし、それならばとっくに攫われた人間の死体が上がっているはずだ。

 このエリアが生成されてから何度も霧が晴れる――――シャドウが暴れるタイミングはあったのだから。

 

 半ば無駄足になると覚悟しつつも探索を決定したのは、特捜隊員たちの好奇心とリーダーである悠の強い希望あってのことだ。

 

 悠はペルソナ使いの中でも特別な『ワイルド』の力を持っている。

 通常一人につき一つしか持ちえないペルソナを、複数扱えるのだ。

 

 彼はワイルドの力を十全に発揮するため、テレビの中とはまた別の異空間――――ベルベットルームの客人として、そこの主・イゴールに招かれていた。

 ベルベットルームはペルソナの管理や調整、強化を行える場所。

 夢と現実、意識と無意識の狭間にあるのだといい、その外観は()()()()幻想的な蒼に彩られたリムジンの車内となる。

 

 イゴールは鼻が長く、目がぎょろりと飛び出た異常な風体の老人だ。

 これまでも幾度となく悠に予言めいたアドバイスを送ってきた。

 

 そのイゴールがこう告げてきたのだ。

 

 ――――これから赴こうとしている場所は事件の真相とは関わりがない。

 しかし、『未知なる世界への鍵』が待っている、と。

 

 わざわざ「関係ない」と断言しつつ、『何か』の存在を匂わせたのは何故か。

 悠たちが勝手に勘違いして、真実を見失う可能性でも考えたのか。

 

 理由はわからない。()()()調()()()()()()()()

 悠はそう判断を下した。

 

「ここさ、稲羽っぽくないよね」

 

「ダンジョンだからといって現実の風景が反映されるわけじゃないと思うけど…………」

 

 里中千枝と天城雪子の会話を聞き、特捜隊の面々は今までに探索した場所を思い返す。

 

 現実の景観に則した商店街エリアもあったが、雪子が入れられた際に出来た『城』や完二の時の『巨大サウナ』、りせの『ストリップ劇場』は現実離れした場所であった。

 

 確かに、ダンジョンの見た目だけで判断できるものではない。

 

「もしかして稲羽の外だったりするのかな?」

 

「テレビを通じて稲羽の外に――――ってか? そもそもこの空間自体有り得ないの連続だし、もしかしたらもしかするかもな」

 

 花村陽介も軽く同意を示すと、周囲の確認作業に加わった。

 

 特捜隊メンバーは全員が眼鏡を掛けていた。と言っても視力が低いわけではない。

 掛けているのはクマお手製の、テレビの中の霧を見通す特殊な眼鏡だ。

 その眼鏡の効果によって、彼らの目には周りの風景がくっきりと見えていた。

 

 先ほどからどこまでも続いているのは西洋風の街並みだ。

 スクリーンに投影されているかのように色味が薄く、実体がない。

 

 だがあちこちに見えない壁が設置されているらしく、調子に乗ったクマが突っ走ったところ透明な壁に何度もぶつかり涙目になっていた。まるで迷路である。

 それを見た悠ら特捜隊の面々は、慎重に道を探しながらクネクネと進んでいた。

 

「おっ」

 

 先頭を歩いていた陽介が、カフェらしき建物の斜向かいに宝箱を発見した。

 

 ダンジョンではこうして()()()()()宝箱からアイテムを入手することがある。

 …………擬態していた(シャドウ)が襲ってくることもあるが。

 

「お宝発見クマー!」

 

「…………うん、シャドウが隠れてたりはしてないみたい」

 

「っしゃ、開けるぜ」

 

 カチャリと音を立てて開いた箱の中を全員で覗き込んだ。

 

「…………………………何これ?」

 

「布、かな…………?」

 

「マントじゃない?」

 

 皆が思い思いの感想を言い合うが、疑問符を浮かべているのは共通している。

 

 箱の底に鎮座していたのは折り畳まれた大きな布。

 ただし、ラメ入りなど目ではないと言わんばかりにピカピカと光り輝いている。

 悠が手に取り広げてみると、どうも外套のようだ。

 

「何に使うんスかね、それ」

 

「…………さあ?」

 

「えーっと、あー……………………ミラーボール的な?」

 

「ぷっ――――――」

 

 雪子は千枝の発言がツボに入ったらしく、口元を押さえて小刻みに震えていた。

 

 ダンジョンでのドロップアイテムには思いも寄らぬ掘り出し物もあるが、こうした使いどころに困る品々もある。

 

 まさに玉石混交。

 ダンジョン産アイテムの使い道も、基本的には(リーダー)に委ねられていた。

 爆笑を堪えている一名を除き、仲間の視線が集中する。

 

「……………………………………………………うん」

 

 悠はそっとマントを畳んだ。

 

 さて、気を取り直して探索の続きだ、と意気込んだ――――――その時、

 

 

「――――――ぁあ! 来るんじゃねぇ!」

 

 緊迫感に溢れた女性の声が響いてきた。

 

 

 全員が一斉に、悲鳴がした方に振り向く。

 

「嘘、誰かいるの!?」

 

「アッチから聞こえたクマ!」

 

「そりゃこうしてダンジョンができてんだから、誰かしら入れられた奴がいるかもとは思っちゃいたが―――――」

 

「でも『マヨナカテレビ』には誰も映ってなかったよね!?」

 

「だぁぁぁ!! ワケわかんねぇ!?」

 

 

「考えるのは後だ、みんな行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 千雨は滞在中、入ってきた場所の近辺をぶらぶらしているつもりだった。

 

 だが、軽く歩いただけだったのに、またも元来た方向を消失。

 前の経験から気を付けてはいたが、あまりにも霧が濃すぎるのだ。

 急なことだったので、方位磁石なども当然持ち合わせているわけがなく、一度己の感覚に疑念を持ってしまえば現在位置を失う他ない。

 

 決して千雨が方向音痴なわけではない、念のため。

 

 とはいえ、それだけならばまだ何とかなったのだが……………………迷い歩いていたそんな時、()()が現れたのだ。

 

「ちィ――――――――!」

 

 疾走する千雨の後ろにピタリと付けているのは、不定形の黒いスライムモドキ。

 霞がかった視界でもわかるほど、不気味な仮面をボディに貼り付けている。

 

 動きが粘体じみているのですぐに逃げ切れると思っていたのだが、これが予想外に速かった。

 何をしても振り切れない。

 

 千雨は追いつかれまいと、とにかく全速力で駆ける、駆ける、駆ける。

 

 こんな状況で、道なんて最早わかるはずもない。

 帰り道を意識する余裕など今の千雨にはなかった。

 

「んだよあの化け物!? 前の時はいなかったじゃねぇか!?」

 

 悪態を吐きながらも走る千雨。

 これなら前来た時の方がまだマシだったかも――――なんてアホみたいな考えが浮かび上がる。

 前回も非常識さでは大概だったが、少なくとも怪物との過酷な強制マラソンだけはなかった。

 

 少しでも速度を保つため、彼我の距離を測ろうと振り向くこともできないが…………スキル『警戒』が感知していた。

 敵は、近い。

 

 ――――――追いつかれる!

 

「ああぁぁぁ! ペルソナァ!! 『アギ』っ!!」

 

 間一髪、隠者のタロットカードを砕き、ペルソナを召喚。

 千雨の背後に顕現したアメノウズメから火炎弾(アギ)が放たれた。

 炎はモンスターに直撃。断末魔の如き不気味な音を奏でながら、一体の化け物が消滅した。

 

 今の攻防も、ここに入ってからもう何度目だろうか。

 

 化け物がひっきりなしに襲撃してきて、きりがない。

 

 おかげでペルソナの使用回数も鰻登りだ。

 これはこれで頭が痛い問題だが、今まさに生命の危機である。ペルソナの使用自体に後悔はない。

 これが緊急時でなくて何だというのだ。このくらいは普通、セーフだセーフ。

 それに、ここには千雨の自室と違って壊れるような精密機械も存在しない。

 

 だから、躊躇う必要は何もないのだ。

 

「アメノウズメ!」

 

 千雨の叫びに呼応し、魔法がもう一度放たれた。

 ――――命中。先頭の化け物が怯む。

 

 その隙に、千雨はもう一つ新たなスキルを発動した。

 

「『スクカジャ』!!」

 

 逃げまくっている間に習得していた、使用対象の速さを上げる魔法だ。

 もっと早く覚えておけよと文句の一つも吐きたくなるが、贅沢を言っていられない。

 

 スクカジャの効果で黒い怪物たちとの距離を少し作れたようだ。

 ペルソナの『警戒』に引っかからなくなった。

 

 だが、この調子でいつまでも逃げられるかというと『否』である。

 

 仕組みは不明だが、ゲームで言うところのマジックポイント的なものを消費している感覚が千雨にはあった。

 

 果たして、あとどれだけ魔法が使えるのやら。

 徐々に限界が近づいていることを千雨は感じ取っていた。

 

 ――――ああ畜生。あの時、何でまたここに来ちまったんだ。やっぱり非常識はくそったれだ。

 

 千雨は部屋での選択を悔いるが、その事に関しては手遅れである。

 

 燃料切れ(ゲームオーバー)になる前に、どうにかして入ってきた場所まで戻らなければ。

 

 スタート地点に帰る必要性を再確認したが、敵は千雨に探す時間を与えてくれないらしい。

 

「げぇ!?」

 

 待ち伏せのように、前からも朧気な黒いシルエットの怪物がやってきたのだ。

 

 ――――しまった、挟まれた!?

 

 横に逃げようとするが、見えない()()に阻まれ進めない。

 

 ここに来て千雨は自らが追い詰められたのだと悟った。

 

「だぁぁぁあ!! 来るんじゃねぇ!」

 

 ――――ジオ。

 稲光が走る。

 

 一体は焦げて動かなくなったが、まだ他に無傷の個体がいる。

 

「くそ、あっち行けよ!」

 

 ――――アギ。

 火花が飛び散る。

 

 だが、群れを焼き尽くすには圧倒的に()()が足りない。

 

 出力が足りないならば数で補う他ないだろう。

 そう思い至り、更なる魔法を放とうとした千雨はあんぐりと口を開けた。

 

「なっ――――――」

 

 何も出ない。すなわち『力』の()()()だった。

 怖れていた限界がついに訪れてしまったのだ。

 

 千雨からペルソナを取ったら、そこに残るのはただの少女。

 哀れにも怪物に喰われる被害者でしかない。

 

 ――――もうダメだ。

 千雨が諦めかけた時、

 

 

 

「『マハガル』!!」

 

「『ブフーラ』!!」

 

 

 

 自分以外の誰かの声が静寂を切り裂く。

 

 

 猛烈な吹雪が吹き荒れ、怪物を瞬時に飲み込んでいった。

 

 い、一体何が…………?

 

 ポカンと呆ける千雨に声をかける者がいた。

 

「大丈夫か?」

 

「キミ、怪我はない!?」

 

「あ、ああ…………」

 

 呆然とした様子で返事をした千雨。

 

 立ち込める霧で人相は判然としないが、少なくとも話が通じる相手だ。

 化け物よりはマシである。

 

 ふっと力が抜け、千雨はぺたんと座り込んだ。

 

 はっきりとは見えないが、やってきたのは何人かの集団らしい。

 彼らはあの化け物を駆除する方法を持っているようだ。

 

 そしてそれは恐らく――――。

 

「ペルソナッ!!」

 

 ()()()()だ。

 

「来て、トモエ!」

 

「燃やし尽くしなさい!」

 

 ぼんやりとした青い光があちこちで生じ――――――ペルソナが召喚されたかと思うと、瞬く間に化け物は狩り尽くされていった。

 

「うーっし、終わった終わったー」

 

「ラクショーだったクマー!」

 

 早い。早すぎる。

 逃げていたのがアホらしくなるほど、彼らは簡単に片付けてしまった。

 

 ほ、本当に助かった…………のか?

 

「で、その子がさっきの声の?」

 

「みたいっスね」

 

 散らばっていた謎の一党が、千雨の周りにぞろぞろと集結してきたらしい。

 人の気配が次々と近づいてきた。

 

 命の危機から脱したという実感が、千雨に冷静な思考を取り戻す。

 

 今周りには、千雨があれほど必死こいて逃げながら一匹ずつ削っていた化け物を、一網打尽に殲滅した正体不明の連中がいる。

 

 ――――もしコイツらが悪人で、何か良からぬことを考えていた場合、自分は全く抵抗できないのでは?

 

 即座に青ざめ、警戒レベルを最大限に引き上げる。

 

「あ、アンタたち誰だ…………?」

 

 腕をぎゅっと抱きしめながら、走り疲れて掠れた声で千雨は問うた。

 

「俺は八十神(やそがみ)高校二年の鳴上悠。こっちは俺の仲間たちだ」

 

 応えるように男が一人、千雨の前に出てくる。

 その口から紡がれたのは簡素な自己紹介だった。

 

 見えてきた顔付きはまあ悪くない。普通だ。人によってはかっこいいと感じるだろう。

 知的な眼鏡男子という属性だけで好む(やから)はいるし。

 

 彼の後ろでは「よろしくね」だの「クマー」だのといったガヤが聞こえてくる。

 

 一体何の集団だ? というか、

 

「八十神高校…………?」

 

 呟きながら考え込む千雨。

 

 そんな学校、麻帆良学園にあったか?

 

 無論、麻帆良学園が超弩級のマンモス校の集合体故に『学校名を知らないだけ』という可能性もあるが、黒地に白いスティッチの入った制服を千雨は一度も見た記憶がなかった。

 

「ああ、山梨県の八十稲羽市にあるんだけど…………」

 

「はあ!? 山梨ィ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げ、驚愕に目を見開く千雨。

 

 ――――山梨県なんて、隣とはいえ思いっきり他県じゃねぇか!?

 どうなってんだテレビの中!?

 

 仰天して動きが止まる千雨を余所に、ポテポテとした足音が距離を詰めてきた。

 音は背後で止んだが………………今度は一体何だ?

 

「ねーねーチミチミー、ところでお名前なんていうクマか?」

 

 千雨が振り向くとすぐそこにあったのは着ぐるみらしき物体だった。

 丸っこいフォルムに大きな目。頭頂部にちょこんと乗った耳らしき物。

 霧の中でもそのアメリカンな色合いが見て取れた。

 

 何なんだこれ、着ぐるみ? というかクマって言ったか?

 想定外の視覚的衝撃に千雨は固まる。

 

 ――――いや、この際()()の正体は置いておこう。ただの幻覚かもしれないし…………うん。

 

 ともあれ、名乗っていなかったのは事実。

 こちらも自己紹介をすべきだろう。

 

「麻帆良学園女子中等部二年A組、長谷川千雨…………です」

 

 発言の通りなら相手は先輩とのことなので、気分を害さないように一応敬語を用いる。

 向こうの反応は――――――

 

「麻帆良学園!」

 

「――――――――ってどこ?」

 

「埼玉かどっかにあるスッゴい大きい学校」

 

「へー、大きいってどんくらい?」

 

「都市丸ごと学校らしいですよ?」

 

「え、マジで!?」

 

 芸人集団のコントだろうか。

 

 なんだか警戒していたのがバカみたいだ。

 千雨は乾いた笑いを漏らした。

 

 一方、集団のリーダーらしい男、鳴上悠は一度千雨の名前を口の中で転がした。

 

「…………で、千雨は何でシャドウに追いかけられていたんだ?」

 

「シャドウ?」

 

 何だ、それは?

 

 身近にある「しゃどう」という音…………さすがに車道ではないだろう。

 イントネーションも違ったようだし。

 

 となるとシャドウ(shadow)…………直訳すると『影』だろうか?

 

「さっき追いかけられてただろ? あれだよあれ」

 

 千雨の胡乱気な声を聞いて、伝わっていないことに気づいたのだろう。

 悠はとってつけたように情報を重ねた。

 

 それを受けて、散々追いかけてきやがった憎きスライム形モンスターを思い出す。

 

「ああ。あの化け物、シャドウっていうのか…………」

 

 千雨は思わず呟いた。

 

 黒いから『(シャドウ)』なのだろうか。だとすれば安直な命名だ。

 何にせよ、名前なんて千雨には関係ない。覚えたところで何か利点があるわけでもないだろうし。

 

 …………で、化け物に追いかけられていた理由だったか。

 

「や、『気づいたら追いかけられてたので逃げてた』としか言いようがないというか」

 

 無我夢中だったので、訊かれても上手く答えられないのが千雨の実状だった。

 ぶっちゃけ、原因ならこっちが知りたいぐらいである。

 

 どうも最近、追いかけられてばかりな気がするのだが――――。

 

「そ、そうか」

 

 眉尻を下げ、ちょっと困ったみたいな反応する男、鳴上悠。

 そのような反応をされても、千雨としてはあれ以外の回答は用意できない。

 

 一瞬、悠は仲間とやらに目配せしたように見えたが…………何かの合図、か?

 

「ところで、千雨はどうしてテレビの中に?」

 

「あー、非常識から逃げてきたというか何と言うか…………そんなとこです」

 

「ん、んん…………?」

 

 千雨にこれ以上の詳しい説明は無理だった。

 

 先の自己紹介を信じるなら、彼らは麻帆良の外の人間である。

 外部の人間に「扉の前に忍者が云々」と伝えるべきではないだろう。

 

 千雨の『現実(リアル)という名の非日常(アンリアル)からの逃避行』は恐らく伝わらない。

 

 あとそんな非常識どもの同類と思われるのも、千雨的には避けたかった。

 

「今回のことで、ここもかなり非現実的で危険だということがわかったので、もう来ないと思いますが」

 

 千雨は膝をパンパンと払って立ち上がる。

 さて、帰るべき方向はどちらだろうか。

 

 しかし千雨とは対照的に、悠にはまだ用事があるようだ。

 真剣味を帯びた声色で千雨へ質問を投げかける。

 

「ここに来たのは何回目?」

 

「二回目ですが」

 

 ――――少し尋問みたいだな。

 そう感じた千雨の顔にも僅かに剣呑さが宿る。

 

 思考時間なのか、悠はしばし無言だった。

 

「――――ごめん、最後にこれだけ教えてほしい。君がここに初めて来た日はいつだった?」

 

「最初…………ええっと、確か進級した後の――――」

 

 千雨がその日付を告げると、周囲の空気が弛緩したのは気のせいではないだろう。

 

「そうか………………ありがとう、色々答えてくれて」

 

「いえ、助けてもらったんで、これぐらいは」

 

 ――――本当はさっさと帰りたいんだけど。

 表面上は取り繕っていたが、これこそが千雨の偽りなき本心だった。

 

「じゃあ、そういうことで――――――」

 

「これでチサチャンも仲間クマね!」

 

 別れを告げようとした千雨の台詞に被せるように、何かが横から飛び出してきた。

 よくよく見ずとも、さっきの着ぐるみ()である。残念ながら幻覚ではなかったらしい。

 

 ――――つか横から急に来るじゃねぇ、ビックリすんだろ! 心臓縮みあがるわ!

 千雨は睨みつけたが、着ぐるみに効果はないようだ。

 

「てかさっきから仲間仲間って何なんですか? 学校の部活って感じでもなさそうですが」

 

 複数の男女が仲良くしている、というグループは少々珍しいがないわけではない。

 が、先ほどチラリと不良っぽい(なり)の男が見えた気がするし、何より着ぐるみが一体混じっている。

 千雨が疑問に持つのも当然だった。

 

 悠は特に気負うことなく答えた。

 

「俺たちは『特別捜査隊』だ。ここで、地元で起こった事件について調べている」

 

「じ、地元の事件?」

 

「うん、稲羽の『連続逆さ磔殺人事件』って聞いたことない?」

 

 近くにいたジャージ姿の女性の言葉に、千雨は目を丸くした。

 

 ――――何じゃその物騒な事件は!? 磔? しかも連続?

 いや、そもそも殺人事件とテレビの中は関係ないだろ!?

 

 混乱の最中にいる千雨に、悠ら特捜隊は説明を続ける。

 

「この世界でシャドウに殺されると、現実世界で死体が高い場所に引っかかるみたいなんだ」

 

「で、犯人は何人も被害者を誘拐してテレビの中に突き落としてるってわけ」

 

「は――――――――――はあああぁぁぁぁぁ!?」

 

 開いた口が塞がらない。

 

 ――――え、さっきそんな場所に避難とかヌかしていたわけ?

 避難どころかむしろ猛獣の眼前に飛び込んでんじゃねえか。

 

 あのまま死んだら私もそうなっていた――――?

 

 己が危険な橋を渡っていたことを知り、千雨はブルリと震え上がった。

 

「ペルソナなんて言ってもサツは信じちゃくんねーかんな、オレらで犯人とっ捕まえようって話だ」

 

「そうそう! 千雨ちゃん、だっけ? テレビの中に入れるってことはキミもペルソナ使えるんだよね? 一緒に事件の捜査してくれないかな?」

 

「は、私が…………!?」

 

 ――――待て待て。何でそんな話になってるんだ!?

 

 自身にとって良からぬ流れになってきたことを、千雨は敏感に察知した。

 

「でもですね、そっちの事情詳しくないしそもそも場所も遠いですし」

 

「ここの探索の時だけでいいから、ね?」

 

「いや、だからそーゆーのは結構なんで」

 

「ねぇケータイ持ってる? ――――お、スッゴーい最新式じゃん! メアドメアドっと」

 

「って、ちょ、ま」

 

 後ろからやってきた女に、千雨は携帯をブン盗られた。

 その鮮やかな手口は、千雨の携帯の収納場所がわかっていたとしか思えないほど。

 

 ――――というか、今一瞬目の前にあった顔、どこか見覚えがあるような…………?

 

 ほんの少し千雨の気が散った隙に、事態は目まぐるしく変化する。

 

「先輩たちの連絡先も入れとくねー」

 

「サンキュー。これでいつでも連絡が取れるな」

 

「チサチャンにはこれもプレゼント! クマ、急いで作ったから、チサチャンが掛けてる眼鏡とクリソツにしといたクマ!」

 

「あ、待ってクマくん。千雨ちゃん眼鏡かけてるから、眼鏡に度が入ってないと、せっかく作ってもうまく見えないんじゃないかな?」

 

「いや、千雨のは伊達眼鏡だから問題ない」

 

「え、鳴上くん何でわかんの!?」

 

「ふっ…………」

 

「時々意味不明なところで拘り見せるよな、相棒」

 

 なんて賑やかな奴らなんだ。

 少しクラスの雰囲気に似ているかもしれない。

 

 以上、千雨の軽い現実逃避である。

 

「そうそう、何もなくても連絡してきていいぞ。困ったことがあれば協力する」

 

 妙に自信溢れる笑顔で、千雨の肩に手を置く悠。

 謎の手作り眼鏡と一緒に、携帯も手の中に帰ってきた。

 

 尤も、千雨としては「今まさに帰れるかどうか心配なところで変な連中に絡まれている」という感想しか浮かばない。

 これをフレンドリーと言うか、ごり押しが強いと言うかは個人差があるだろう。因みに千雨は後者だった。

 

「そ、そうですか」 

 

 ――――いいからもう勘弁してくれ。

 

 失礼になるので言えないが、彼らと出会ってから千雨は精神にチクチクとダメージを受けていた。

 

「これも渡しておくよ」

 

「私からはハイこれ『肉ガム』! 食べると疲れが取れるよー!」

 

「いやそれ千枝だけだと思う」

 

 などというやり取りの後に、千雨はいくつかの物品を贈呈された。

 

 アイテム毎に「食べると体力回復する」だの「この玉を投げると必ず敵から逃げられる」だの「安全地帯まで移動できる」と説明も受けたが、半信半疑。

 むしろ疑いの方が強かった。

 ゲームじゃあるまいし、ガラクタを使って説明通りの『不思議な現象』が起こるわけがない。

 

 まあ、こんな状況でなくとも『肉ガム』は緑ジャージ女子のセンスを疑うが。

 とんでもない菓子を寄越すんじゃねぇ、と千雨は無言でガムをポケットに突っ込んだ。

 あとでクラスの誰かに押し付けてやろうなどと考えながら。

 

「――――っと、いけないいけない。そろそろ帰らないと夕飯の時間に間に合わなくなるな」

 

「今回は遠くまで来たから早めに帰り始めないとヤバいよね」

 

「来る時も相当時間掛かってたからな」

 

「じゃ、またな」

 

「バイバーイ!」

 

「次会った時は逆ナンよろしくクマー!」

 

 六、七人ほどの団体は現れた時と同様、嵐のように去っていった。

 

「ようやく………………解放されたか…………」

 

 千雨は疲れを全て吐き出すように、深い溜め息を吐いた。

 

 携帯の画面を付け、そのままアドレス帳を開く。

 

 元々大した数のない中、登録件数が六件ほど増えていた。

 間違いなく、今し方別れた連中の連絡先だ。 

 

 これからは『殺人事件の調査』の件で、千雨の元に電話やメールが来ることになるのだろう。

 

「くそ、不本意な連絡先が増えやがった…………!」

 

 口では盛大に罵りつつ、衝動的に削除しない分だけ千雨の対応は大人だった。

 

 

 

 なお、千雨が彼らに助けてもらった礼を言い忘れていることに気づくのは、テレビから出た三日後だった。

 

 

 

 

 






 ようやっと時系列のすり合わせを行った本作。
 そうしたら今度はP4側が無印なのかゴールデンなのかという問題ががが。

 でもまあきっと多分メイビー未来の自分が何とかしてくれるはず(目そらし)。


 あ、ちなみに今回のお話のMVPは、加入直後なのに長距離遠征に駆り出されたりせちゃんです。

 この後特捜隊は某教師がコロコロされていることを知って愕然とします。




アメノウズメ(千雨のペルソナ)、所持スキル】
◆アギ
◆ジオ
◆ディア
◆アナライズ
◆警戒(New!!)
◆スクカジャ(New!!)




【硝子越しの摩訶不思議学園・ドロップアイテム】

◆ピカピカマント:
 光り輝く外套。着ていると大変目立つ。
 備考:敵シンボルの出現率が上がる。敵からターゲットにされやすくなる。





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05.それゆけ! 自称八十稲羽特捜隊(強制)



【お知らせ】
 小説の分類を『短編』から『連載』に変更しました。
 何か続いちゃってるしね!



 今回は所謂繋ぎ回です。だというのに難産というね(白目)。
 またもや予定よりだいぶ膨れ上がってしまったので分割しようかとも思ったんですが、さすがに二連チャンで分割はアカンやろとそのままに。長めでごめんね!










 …………麻帆良の叛逆三銃士、電子世界のスパルタクス(ボソッ)





 

 

 ついに、待ちに待った夏休みがやってきた。

 

 多くの児童生徒が待ち望んでいた夏の長期休暇。

 友達と会えなくて少々寂しい思いをしたり、大量の宿題に悲鳴を上げることはあったとしても、夏休みそのものを忌避する子供はほとんどいないだろう。

 

 千雨もまた、夏休みに心躍らせる者の一人だった。

 

 何せ学校が休みなのだ。

 非常識の巣窟たる麻帆良を出歩かずに済み、かつ一日中ブログ等の趣味に没頭していられる。

 控えめに言って楽園だった。

 

 無論、学生寮で生活している都合上、クラスメイトと顔を合わせる機会は多々ある。

 が、毎日クラスメイトと仲良しこよしの集団行動をさせられるよりは、幾分かメンタル面に優しい。

 

 ひと月近く千雨の頭を悩ませていたストーキングの件も、終業式前に片が付いた。

 

 教室でチラチラ視線を向けていた和泉亜子を捕まえて、本人に直接事情を聞いたのだ。

 遂に耐えかねての無謀な正面突破だったが、これが意外にも功を奏した。

 

 亜子曰わく、文化祭のお礼が言いたかったが、千雨が人付き合いを避けているようだったので近づき難かった、とのこと。

 で、たまたま長瀬楓に相談したところ、鳴滝姉妹を巻き込んでの尾行騒動に発展したのだとか。

 

 不本意ながらその光景がありありと目に浮かぶ。

 双子の場合は『巻き込まれた』というよりは『積極的に首を突っ込んだ』のだろうが。

 

 亜子に対して、もとより大したことはしていない。

 麻帆良祭でのアレコレは全てこちらの都合に依るものだ。

 軽い態度でお礼を受け入れ、「うだうだ様子を見るぐらいならさっさと言いに来い」と伝えた。

 

 危惧していた()()がバレたわけではなさそうなので一安心である。

 

 お礼と言えば、テレビで遭遇した高校生たちだ。

 

 あれから二週間。

 今度会ったらお礼を言おうと思っていたが、未だに顔を合わせてはいない。

 

 無理やり連絡先を知られた時は、『事件の捜査』とやらで引っ張り回されることを覚悟したものだが…………肩すかしを受けた気分だ。

 

 もちろん、連絡自体がないわけではない。

 メールはちょくちょく来ている。

 

 特に『里中千枝』という女性からは毎日届いていた。

 内容はどうということのない世間話ばかりだが、飽きたりしないのだろうか。…………というか暇なのか?

 

 メールの送信目的は不明だが、仮にも恩のある相手だ。

 無視することも憚られて、千雨は律儀にも逐一返信している。

 

 その分やや手間はかかっているが、そこまで実害はない。

 そう、テレビの中に同行させられることに比べれば遥かに。

 

 とはいえ「捜査の進展は如何ですか?」などと下手に訊くことは躊躇われた。

 向こうの状況がわからない以上、やぶ蛇になることは避けたい。

 

 まあよくよく考えずとも他県在住である。

 隣合っているとはいえ距離もかなりある。

 

 高校二年生であれば自動車の免許も取得できないため、長距離の移動手段は公共交通機関に限られるだろう。

 

 当然、金もかかる。

 

 同級生にいる雪広コンツェルンのご令嬢・雪広あやか(クラス)の金持ちでもない限り、財布へのダメージは大きかろう。

 

 となれば、そうそうつき合わされることでもないか。

 

 何を自分はビクビクしていたのか。

 常識を揺るがすような事態に立て続けに陥って、『アイツらがすぐにやってくる』などと発想が少し浮ついていたのかもしれない。

 

 しっかりと頭のネジを締め直そう。

 

 常識的な人間は常識的な思考回路を持つ。だから私は普通だ。

 そう言い聞かせる。

 

 そういえば、アドレス帳に登録された名前の中に気になるものを発見した。

 『久慈川りせ』――――約一ヶ月前に電撃休業が発表された人気アイドルと同姓同名である。

 

 前回は霧の中での邂逅であったため、彼ら全員の人相を覚えているわけではない。

 が、思い返してみればどこかで見たことのある女性がいたような気もする。

 例えばテレビのコマーシャル映像などで。

 

「…………いやいや、ない、ないわ。さすがにそれは出来過ぎだろ。知り合った高校生の中にアイドルとか」

 

 たまたま、そう、偶然同じ名前なだけだろう。

 世の中には三人同じ顔の人間がいるというし。うん、きっとそうに違いない。

 

 何はともあれ、このまま平和で優雅なサマーバケーションを過ごせそうだ。

 

 ブログにまた新作コスの写真を上げようか――――なんて考えていた時、室内に軽快なメロディーが鳴り響いた。

 

「…………………………………………」

 

 音の出所を探るまでもない。

 流れているのは千雨が設定した携帯電話の着メロだ。

 

 着信アリ。

 電話のコールは鳴り止まない。

 

「誰からだ…………?」

 

 こんな朝っぱらから電話を掛けてくるなんて。

 

 千雨には休みの日に連絡が来るほど親しいクラスメイトはいない。

 

 だが常識を母親の腹にでも置き忘れてきたような連中だ。

 『ありえない』と断言できないところが彼女らの麻帆良生たる理由か。

 

 さて、ろくでもない用事でなければいいが。

 

 首を振りながら携帯を手に取ると、表示されていたのは『鳴上悠』の文字。

 件の高校生グループのリーダー格の名だった。

 

「げっ」

 

 噂をすれば何とやら。

 

 彼らからの初めての電話だ。

 猛烈に嫌な予感がするが、千雨に今からコールを切る勇気はなかった。

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、千雨は静かに通話ボタンを押した。

 

「……………………はい、もしもし」

 

『もしもし、鳴上です。今少しいいかな?』

 

「あ…………ああ、はい」

 

 ざらついた口から紡いだ言葉。

 無意識での相槌だったが、後から肯定の意にしか取れないことに気づく。

 

 しかし、発言は取り消せない。

 

『良かった。実は――――――』

 

 訥々と電話口で語られた内容を、いつものブログ(ちう)風にまとめるとこうなる。

 

『二週間も放置しちゃってゴメ~ン(>人<;)゚。 ずっとテストで忙しかったの~(^_^;) こっちのテストも終わったし、これからテレビの中に行くから付き合ってちょーだい?(はぁと)』

 

 ――――行きたくない。絶ッッッ対に行きたくない。

 恐らく事件捜査が目的の訪問だろう。

 テレビの世界も危険がいっぱいで嫌だが、その目的が殺人事件の捜査なんぞ以ての外だ。

 

 というか平和だったのは向こうの試験のおかげかよ。

 ならいっそ、そのまま一生テスト漬けにしといてくれてよかったのに!

 

『どうかな?』

 

 耳元での声に我に返る。

 

 そうだ、まだ通話中だった。

 ずっと無言のままではいられない。不審に思われてしまう。

 

 何か…………何か状況を切り抜ける上手い言い訳は。

 活路を模索し始める。

 

 学校で授業がある――――ダメだ、さっき話の流れで夏休みに入っていることを漏らしてしまっている。使えない。

 

 同じ理由でテスト云々もダメ。

 

 補習があるから云々――――欺瞞とはいえ、己を成績最底辺組(バカレンジャー)と同列に語るのは千雨のプライドが許さなかった。ボツだボツ。

 

 衣装(コスチューム)を作るから暇じゃない――――目的を訊かれたらアウト。ちう関連のことは答えられない。

 ネットアイドルのことがバレるくらいなら、テレビの中に同行の方がまだマシだ。

 

 ――――咄嗟のことで良い案が出てこない!

 

『…………千雨? どうかしたのか?』

 

 ヤバい、そろそろ何か答えないと。

 

 何か断りの文句、断りの内容、断りの理由――――。

 

「…………………………いえ、もう何でもいいです」

 

 絞り出すような返答は、千雨の白旗も同然だ。

 

 相手に違和感を抱かれないよう探索を拒否する手札を、千雨は持ち得なかった。

 いや、この短時間に用意できなかったという方が正しいか。

 

 元々、謝辞は顔を合わせた場で、と考えていたのだ。

 簡素な電子メールでは相手に義理を欠くだろう、と。

 

 あるいは、相手が一般人だったらそれで良しとしたかもしれないが…………異能力者(ペルソナ使い)の機嫌を損ねたらどうなるか、千雨にはそれが堪らなく恐ろしかった。

 

 テレビの中に入れるペルソナ能力――――――千雨が思うに、それは『連続誘拐殺人事件』に用いられたものと同じ『力』だろうから。

 

『じゃあ二時間くらい経ったらテレビの中に来てくれ。あ、前に渡したクマの眼鏡も持って』

 

 そんな千雨の葛藤など知る由もない受話器の向こうの彼は、『また後で』の言葉を最後に通話を切った。

 

 パソコンの微かな排気音が室内に満ちる。

 千雨はベッドに身を投げ出し、深々と息を吐いた。

 

 もっといいやり過ごし方はなかったのか。

 いや、きっとあったはずだ。

 

 対策をきちんと練っていれば、少なくとも先のような場当たり的な対応を取らずに済んだろうに。

 

 ああ、何故自分は策を講じていなかったのか。

 覆水盆に返らず。

 後悔の念が湧き上がるが、どうにもならないことを嘆いても仕方ない。

 

「………………しゃーない、行くか」

 

 千雨はわしゃわしゃと髪を掻き揚げるとベッドから身を起こした。

 

 これ以上、厭悪の種火を放置すべきではないだろう。

 時間が経てば経つほど気が重くなるに決まっているのだから。

 

 ならばこれは後腐れなく縁を切るための手間賃か。

 そう思えば頑張れる、多分。

 

 …………それにしても、

 

「二時間後で本当に合ってるのか…………?」

 

 移動時間にしては短すぎやしないだろうか。

 

 調べたところ、八十稲羽から麻帆良まで電車でも三時間はかかりそうなものだが…………。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

【2011/07/24 日曜日 曇り】

 

 

 

「――――あ、来た来た」

 

「おーい、千雨ちゃんこっちこっちー!」

 

 二時間が経過し、約束通り千雨はテレビの中に進入。

 

 すったもんだの末、彼女は制服姿の一行を発見した。

 

「……………………どうも」

 

 彼らに軽く会釈をしながら、千雨は少しばかりの安堵を覚えていた。

 

 ――――マジで合流できてよかった。

 

 今の千雨の心情は、遭難者が救助隊を見つけたシチュエーションに通ずるものあった。

 

 まさか、合流すること自体が最初の関門になるとは思ってもみなかったのである。

 

 昼頃、以前と違い準備を整えてからテレビの中に入った千雨。

 

 恐らく自称特捜隊とやらが自分を待っているだろう――――――朧気にそう考えていた千雨は、入口近くに誰の姿もなかったことでようやく別の可能性に行き当たった。

 すなわち『彼らは、千雨が現実とテレビの中とを往来する場所を知らないのでは?』と。

 

 向こうが時間と場所を指定しておきながら「そんなバカな」と思ったが、前回彼らは千雨よりも先に帰路に着いていた。

 出入口のあるこの場所を知るはずがない。

 

 であるならば、彼が言うところの合流地点とはどこだ?

 

 思わぬところで冷や汗が噴出した。

 

 慌てて携帯を取り出してみれば電波は圏外。

 通話はおろかメールの送受信すら不可能ときた。

 

 現在位置及び目的地――――不明。

 

 千雨、通算三度目の迷子危機である。

 テレビの世界は鬼門だと確信した瞬間でもあった。

 毎度毎度、本当にロクな目に遭わない。

 

 今掛けている『クマの眼鏡』がなければ、危うくガチの迷子になるところだっただろう。

 

 着ぐるみ野郎の手作りだとプレゼントされたこの眼鏡。

 普段であれば掛けようなんて発想には至らなかっただろう。

 

 しかし、前回別れ際に渡されたガラクタが実際に不思議パワーを発揮したこと。

 電話でわざわざ持ってくるように念押しされたこと。

 二つの要因が重なった結果、『眼鏡にも何か奇天烈な効果があるのでは?』と千雨は睨んだ。

 

 そして、予感は的中。

 怪しげな眼鏡に掛け替えた途端、目の前の霧が晴れたのだ。

 霧自体が消えるわけではなく、レンズ越しの景色から霧が排除されるらしい。

 眼鏡をズラしてみると、すぐさま辺り一面に真っ白の霧が復活したのだから間違いない。

 

 どんな仕組みだコレ。

 

 またしてもありえない現象。感情は理解を拒んでいた。

 だが、利便性は確かだと理性は囁く。テレビの中で迷う原因の一つを取り払えるわけであるし。

 

 視界が確保できたならば、後は周囲に気をつけながら特捜隊を探すだけ。

 

 シャドウとやらに出くわさないようにおっかなびっくり歩いていると、千雨は麻帆良らしき建物が並ぶ入口――――――いや、境界線にたどり着いた。

 何故テレビの中の異世界に麻帆良モチーフの建造物が存在するのかは考えないことにした。

 ファンタジーを真面目に考察するだけ無駄であろう。「諦観による怠惰だ」などと言ってはいけない。

 

 その街並みの横に複数の人影を見つけたことで、千雨の予期せぬソロプレイは終わりを迎えた。

 ようやっと当初の目的を果たしたわけである。

 

 まだ何も始まっていないのに千雨は疲れていた。

 主に精神的に。

 

「久しぶり、元気だったか?」

 

「ええ、まあ」

 

 悠の言葉に千雨は小さく首肯した。

 

 元気すぎる麻帆良生と比べれば低いきらいがあったが、千雨は十分健康的と言える。

 ただし現状溜まっている疲労感は除く。

 

 それにしても、千雨が惑い歩いていた時間はあったとはいえ、本当に二時間で来ているなんて。

 まさか本当にすっ飛んできたのか? そんな手段を彼らのペルソナが持っているとでも?

 

 これは明らかにしておかねばなるまい。千雨の平穏無事な人生設計のために。

 

「そういえば、皆さんはあの電話の後こっちに来た…………んですよね? もともと麻帆良の近くに来てたとかじゃなく」

 

「ああ、そうだけど」

 

 この世界から電話を掛けたというわけではないようだ。

 彼らも携帯電話の圏外を突破する方法は持っていないらしい。

 

 これで、電話の前に八十稲羽を出発していた可能性は消えた。

 

「それにしては到着がずいぶん早かったですね」

 

 暗に『ここまで来た手段やら何やらが聞きたい』という意思を込める。伝わったかは不明だが。

 

 悠は小首を傾げた。

 

「そうかな、結構長時間歩いたけど…………」

 

「え」

 

 ――――まさかの徒歩!?

 

 なんてことないみたいにさらっと言ったが、ちょっと待て。

 

「い、いや、電車で三時間はかかる距離ですよ!? 一体どうやって――――」

 

 千雨が声を荒げると、ようやく異常性に気づいたのか。

 彼らは思い思いに口を開いた。

 

「そーいやそうだったな」

 

「デンシャ? ヨースケ、デンシャって何ー?」

 

「あとで写真見せてやっから今は黙ってようなクマ吉」

 

「えーっと、ここって千雨ちゃんが入ってきた場所から近いんだよね? ということは…………」

 

「こっから外出たら埼玉県っつーことッスか? すげーなソレ」

 

「テレビの中がよくわからないのは今更だよねー」

 

「うーん…………縮尺か何かが違うんじゃないかな…………?」

 

「そっ――――」

 

 ――――それでいいのかよ!?

 

 コイツら、麻帆良の住民とはまた別のベクトルで大ざっぱ過ぎないやしないか?

 

 すんでのところで言葉を抑えたが、頭が痛い。

 

 何だ、非常識な力を持つと考え方まで影響されるのか。

 違うよな、違うと言ってくれ。

 

「………………………………ね、毎日メールしてたから大丈夫だって言ったでしょ?」

 

「メールっつったって毎日はウザいだろ里中」

 

「や、『ウザい』は花村の特権だから私はセーフ」

 

「んだよそれ!?」

 

 千雨が頭を抱えていると、悠の後ろでそんなやり取りが聞こえてきた。

 

 初めは声を潜めていたようだが、徐々にボリュームアップ、内容がダダ漏れである。

 

 掛け合いを見せているのはメンバーの一部、一組の男女だった。

 

 確か、呼び合う名字と一致する氏名がアドレス帳に登録されていたはず。

 推察するに、花村陽介と里中千枝だろう。

 

 花村陽介は茶髪、首にヘッドホンを掛けた男で、千雨には少々チャラそうに見えた。

 

 里中千枝は活発そうなショートカットヘア。『明るいイメージ』という意味では、陽介の同類と言えそうだ。

 特に千雨の目に付いたのは、どこか既視感を覚える緑色のジャージである。

 

 霧により視覚が制限された中でこうも強烈に記憶に残っているとなると――――――思い出した、前回肉ガムを渡してきたヤツだ。

 

 ちなみに件の肉ガムは食されることなく、千雨のカバンの底で眠っている。

 あんなゲテモノ臭のする肉ガムを食べるなんてありえない。

 しかし、一応とはいえ食べ物だ。

 捨てると(なにがし)かに祟られる。そんな奇妙な圧迫感があった。

 

 いつか鳴滝姉妹(いたずらっ子)あたりに食わせてやる。

 それならばネタ食品も本望なはず。化けて出ることもなかろう。

 その考えの下に持ち続けていたが、なかなか機会に恵まれずにいた。

 

 誰かに見つかって変人の誹りを受ける前に、そろそろ手放したいところである。

 …………返品(クーリングオフ)できれば一番いいのだが、さすがにそれは気まずかった。

 

「…………そういえば、私たちの自己紹介ってまだじゃなかった?」

 

「あれ、そうだったっけ?」

 

 里中千枝とはまた別の女性が、ハッとしたように疑問を呈した。

 対する千枝は気付いた様子もなく、ボケッとした表情をしている。

 

 実際鳴上悠しか直接名乗っておらず、他に千雨が知るのはアドレス帳の名前だけ。

 当然の如く顔と名前は一致していない。

 

 千雨がそのことをやんわりと伝えると、残りの者も名乗る流れになったのは必然か。

 

「んじゃ、俺から――――」

 

「あ、花村さんと里中さんは何となくわかったんで結構です」

 

「――――って、ぅおい!?」

 

「え、わかったって何が?」

 

「先輩らの元気なとこじゃないッスか?」

 

「…………それ暗にバカっぽいって言ってない? 違うよね?」

 

 相も変わらず賑やか、というか騒がしい。

 

 麻帆良でもテレビの中でも、つくづくそういった連中と縁がある。

 

 千雨としては静かに、常識的に過ごしたいだけなのだが………………安息の日は未だ遠い。

 

「私は天城雪子。よろしくね千雨ちゃん」

 

 口火を切ったのは、他の人間より落ち着いた雰囲気の赤いカーディガンの女子だった。

 先ほど、「自己紹介がまだだ」と気づいたのも彼女である。そのことも踏まえて、気配りのできる女性といったところだろう。

 長く艶やかな黒髪も相まって、大和撫子然とした印象を受けた。

 

「クマはクマだクマー! チサチャンよろしく逆ナンプリーズね!」

 

「次の方お願いします」

 

「ガビーン!?」

 

 ピョンと飛び出してきたのは、カラフルでコミカルな謎の特捜隊員。

 着ぐるみにも関わらず、表情がコロコロ変わる『クマ』も名前自体はわかっていたので飛ばしてもらう。

 

 というか「逆ナンだ」などとろくでもないことを口走っていたし、触れぬが吉だ。

 

「巽完二だ」

 

 次の紹介(アピール)は簡潔だった。

 

 金髪をオールバックにしたガタイのいい男。

 目の上、こめかみの近くに傷痕があり、見た目はかなり不良っぽい。いや、外見だけで言えば九割不良(ワル)である。

 

 下手に近づいて不興を買い、報復にでもあったら堪らない。

 要注意人物としてマークしておくべきか。

 

 そして最後、

 

「久慈川りせだよ、よっろしくー!」

 

 今までの空気を一瞬で塗り替えるエネルギッシュな声に、千雨は目を剥いた。

 手で触れられるほど近くに、画面の向こうに映っていた人物と瓜二つの姿がある。

 

 いや、そんなはずないと思ったが、まさか本当に、本物だったりするのか…………?

 

「………………もしかして、アイドルの?」

 

「もしかしなくてもアイドルの」

 

「マジかー…………」

 

 まさかまさかのご本人である。

 

 千雨も密かにネットアイドル活動をしているが、人前でこうも堂々とはしていられない。

 元々対人恐怖症の気があり、千雨は身バレを極端に恐れていた。

 

 一方、常に衆目を集め続けるアイドルは、その対極にあると言っていいだろう。

 アングラだと自認している千雨にとって、表舞台の光は眩しい。周りにいるだけで干からびそうだ。

 

 何でこんな大物がペルソナ使いの集団に加わってるんだか…………。

 

 傍目には凸凹グループを通り越して、『アイドルと腰巾着』ないし『光り物に群がる烏共』とでも思われているのではなかろうか。

 

 一人一人の顔と名前を確認したところで千雨は気が付いた。

 よく見れば、デザインこそ違えど皆一様に眼鏡を掛けている。

 

 以前の千雨のように、霧で四苦八苦している様子もない。

 となればファッション用ではなく、例の不思議な眼鏡だろう。

 出所が謎な上に何から何まで非常識だが、効能だけは折り紙付きだ。

 

 濃霧の中では事件の捜査どころではないだろうし、当然と言えば当然か。

 道に迷ってばかりの特別捜査隊なんて、鼻で笑われて解散一直線(ジ・エンド)に決まっている。

 

 そんな必須アイテムなら、渡す時に機能ぐらい説明しといてくれ。

 今更過ぎる千雨の嘆きだった。

 

「――――じゃあ、今日はあっちの方かな」

 

 一抹の不安を覚える悠の一声を皮切りに、一行は移動を開始した。

 先の発言から漂っていた通り、どうも目的地あっての動きではないらしい。

 千雨にはぶらついているようにしか見えなかった。

 

 一体、何を企んでいる…………?

 

 千雨が後ろの方で様子を窺い、縮こまっていると、

 

「千雨も試しにシャドウと戦ってみようか。チーム戦は初めてだろうし」

 

「ちゃんとフォローするから背中は任せて」

 

「シャドウが来たら必殺の蹴りをお見舞いしてやるからねー、アチョー!」

 

 下されたのは無情な判決であった。

 

 まるで肩慣らしとでも言わんばかりの気楽さで、彼らは千雨を化け物の前に連れて行こうとしている。

 

「た、戦うって、また何で――――」

 

 事件捜査に来ているのに、わざわざモンスター(シャドウ)と戦いに行く?

 避けられる危険は回避するだろう、普通。

 何故そんな茨の道を進むような選択をするのか。

 そしてそれに千雨を巻き込むのか。

 

()()()()()だ」

 

「へ、私のため…………?」

 

 語られた目的に千雨は面食らう。

 

 望まざる行為のどこにそんな要素が――――。

 

「ああ、もしも君がまた一人でテレビに来た時、何かあってからじゃ遅いから」

 

「あ――――――――」

 

 千雨の口の端から言葉にならない空気が漏れ出た。

 

 脳裏にリフレインするのは、執拗に千雨を追いかけてくるシャドウの姿。

 そして、窮地に陥った自分。

 

 もうテレビの中には入らないと誓ったが、最初の時のようにひょんなことから落下しないとも限らない。

 

 そうなった時、今のままでは行き着く終着点は――――――――『死』。

 高所へ吊り下げられた死体(自分)を思い描き、千雨は身震いした。

 

「この前みたいに追いかけ回されてても、助けに来れるとは限らないし」

 

「身を守るためにも、ペルソナのレベリングはやっとくべきだぜ」

 

 一部ゲーム染みた単語が混ざっていたが、彼らは一様に千雨を心配するような反応を示した。

 

 訪れるかもしれない死の恐怖と、千雨への気遣いを含んだ温かい台詞。

 その寒暖差に気を取られ、警戒を緩めてしまったのだろう。

 

「………………事件の捜査が目的じゃなかったのか」

 

 触れないようにしていた話題を、自らポロリと零してしまった。

 

 ――――――あ、ヤバ、口滑った。

 マズい、これはマズいぞ!?

 

 顔色を変える千雨であったが、高校生たちはどこか気まずそうに顔を見合わせるだけ。

 何やら想定していた反応と異なる。

 

 何だ、何かあったのか…………?

 

「実はさ、こないだ千雨ちゃんと別れて帰ったら――――」

 

 『学校の教師が磔状態で殺されていた』。

 表情を曇らせた千枝からもたらされたのは、あまりにも強烈な事件の続報だった。

 

 殺害された男の名は諸岡金四郎。鳴上悠らのクラス担任だったのだとか。

 

 ただし、そこから足が付いたらしく、現在警察が容疑者の行方を追っているのだという。

 

 しかし、それはおかしい。

 

ここ(テレビの中)を使って殺人してるから、警察は事件を詳しく調べられないんじゃ…………?」

 

 口に出して確認するのは、聞いていた話との矛盾点。

 考えられる解答は――――――。

 

「警察内部にペルソナ使いがいたんですか?」

 

「いやいやいや! そんなわけないじゃん!」

 

 即座に否定された。

 

 いい考えだと思ったのだが…………違うらしい。

 まあ確かに、そうホイホイと『(ペルソナ)』の保持者がいるわけがないか。

 

「現実世界で直接教師(モロキン)()ったんだよ、犯人は」

 

 顔をしかめた陽介の説明に千雨は納得した。

 なるほど。それならば通常通り、警察の仕事範囲内だろう。

 

「だから色々証拠とかが出て、容疑者も特定されてるんだと」

 

「捕まるのも時間の問題だろうって…………」

 

「だったら良かったじゃないですか」

 

 こっちも付き合わなくて済むし。

 面倒事がなくなるのなら万々歳だ。

 

 胸をなで下ろす千雨だったが、どこか苦々しげな表情の特捜隊を見て眉を顰めた。

 

「嬉しくないんですか?」

 

 千雨にはそうとしか受け取れなかったが――――。

 

「違う、そうじゃないの! 犯人が捕まるのは嬉しいよ? けど、私たちは()()()()()()。少しずつでも犯人に近づいてたはずなのに…………」

 

「アイツは嫌な教師だったけどさ、モロキンが殺されたから犯人が捕まりました、みたいな流れになっちまうのは…………なんか納得できねーんだ」

 

「どんなに悪い先生でも殺されてもいい理由になんてならないよ。だからすごく悔しい」

 

「偏見のひでぇ先公だったけどよ、それでも殺す奴のがよっぽど糞野郎だ」

 

 相当悔やんでいるのだろう。次々繰り出される言葉はどれも表裏が無さそうだった。

 というか、端々に悪口が混ざっているのだが…………どんだけ嫌な教諭だったんだ諸岡金四郎(モロキン)

 

「…………俺たちは被害者の法則も調べてたんだ」

 

「法則、ですか?」

 

「ああ、最初の被害者・山野アナは不倫報道で騒がれていた。

 第二の被害者・小西先輩は山野アナの遺体の第一発見者として取り上げられていた。

 天城は実家の旅館が取材された時番組に映ったし、完二は暴走族を潰した時の映像が流れた。

 りせは休業発表の時の会見が中継されていた」

 

「それってつまり…………『テレビに出た人間が狙われる』ってことですか?」

 

 千雨が確認すると、悠はコクリと頷いた。

 

 もしもそれが正解だとして、法則とは名ばかりの実質()()()

 愉快犯としか考えられないじゃないか。

 

 『メンバーの半数近くが犯人に襲われていた』という事実も驚愕に値するが、そんな事故みたいな理由で狙われるとは…………俄かには信じ難い。

 

「天城、完二、りせ…………今までは防げたけど、今回は失敗した。多分、俺たちは裏をかかれたんだ。テレビに全く映ってなかったモロキンが現実世界で殺されてしまった」

 

 ――――俺たちは何もできなかったんだ。

 高校生の発言とは思えない、重々しい響きを伴っていた。

 

 悠に同調するかのごとく、他の面々の表情も暗い。

 その様はまるで無力感に苛まれているようで。

 

 ――――『犯人を自分たちの手で捕まえたい』なんて思っているから、あんな顔をしてたんじゃないのか。

 『力』を持って調子に乗った自己顕示欲の塊みたいな連中かと疑っていたが…………………………もしかして、本当にただのお人好し集団、なのか?

 

 そんな人間の努力を、まだ見ぬ犯人は嘲笑って――――。

 

 千雨はようやく因果関係を理解した。

 

 ――――なんだ、全部犯人(ソイツ)が悪いんじゃねぇか。

 

 下手人がちゃっちゃとお縄についていれば彼らがテレビの中に来る理由もなくなっていた。

 当然、千雨がこうして神経をすり減らす原因も。

 

「――――何落ち込んでるんですか、()()

 

 気づいた時には彼らに言葉を投げつけていた。

 七組の瞳が千雨に向けられる。

 

「先輩たちは頑張ったじゃないですか? こうやってテレビの中を探索して、被害者を救助し続けたからこそ、犯人が直接的な犯行に及んで足が付いたんでしょうし」

 

 恐らく特捜隊の捜査の手は、良い線まで行っていたのだろう。

 だから犯人は手段を変えた。直接的、かつ確実な物へと。

 

 現実で人を殺めたのであれば、あとは警察の出番だ。

 日本の警察組織は優秀だと聞く。まもなく犯人は御用となるだろう。

 

 彼らの役目は既に終わった。

 

 だが『使命』の喪失感で、自暴自棄になられても困るのだ。

 うっかり巻き込まれかねないし。

 

 故に、千雨は伝えねばならない。

 

「それに…………先輩たちが探索してたからこそ、あの時私は助かったんですし。

 だから――――――ありがとうございます」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「千雨…………」

 

 悠は暫し目を丸くしていたが、くしゃりと破顔した。

 

「ありがとう。優しいんだな」

 

「別に…………そんなんじゃないですよ」

 

 悠の笑顔を見ていられなくて、千雨はふいと顔を逸らした。

 

 結局のところ、忘れていたお礼を言っただけだ。

 これで憂いなく、きっぱりと関係を絶てる――――。

 肩の荷が下りた気分だった。

 

 戦闘訓練とやらが終わったら速やかにテレビから退散して、可能な限りテレビ画面に近づかない生活を送る。

 これが取りうる中での最善手だろう。

 

 …………まだ結果が出ないうちに、良い成果を前提とした計画を立てる。

 人はこれを『捕らぬ狸の皮算用』と言う。

 

「でも千雨ちゃん、私たちのこと慰めようとしてくれたんだよね?」

 

「あんまり喋らないからクールな感じかなーって思ってたけど、結構優しいじゃん」

 

 『見直した』。彼らからの視線に、そんな意味合いが含まれている気がして。

 というか気のせいでなければ前より距離感が縮められている。物理的に。

 

 …………なんか思い描いていた展開と違う。

 想像ではもっとこう、サバサバとした空気になっているはずなのに!

 

「違っ、だからそーゆーのじゃ――――」

 

「クマさん、イイコト教えてあげる。ああいうの『ツンデレ』って言うんだよ」

 

「ツンデレ? むむっ、チサチャンはツンデレ、クマしっかりと脳に刻みつけたクマー!」

 

 ――――な、ツンデレ!?

 デレたりなんてしてないし、昨今ありがちなチョロインでもないぞ私は!!

 

「何言ってやがる!?」

 

「またまた、照れちゃってー」

 

「照れてねーし!!」

 

 暖簾に腕押し。糠に釘。

 

 千雨の全力での抗議も、海千山千のアイドルにのらりくらりと回避されてしまう。

 ついには外向けの(敬語)も剥がれるほどヒートアップした千雨の姿を、高校生らが微笑ましそうに見つめていた。

 

 周囲の眼差しに気づくことなく、千雨は拳を握り締める。

 

 

 こうなりゃ独り立ちできるくらい強くなって、意地でもこいつらから離れてやる――――!!

 

 

 ヤケクソな決意を見抜かれたのか、この後めちゃくちゃペルソナのレクチャーされた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 いくつかの戦闘をこなし、ペルソナもある程度強くなったので、一足先に千雨は帰還することになった。

 

 今回は特捜隊も千雨が利用する出入口まで同行している。

 

「へぇ、こうなってたのか」

 

 空間を見渡して、感心したような言葉を呟く千雨。

 

 眼鏡を掛けて来たのは初めて。

 つまり景色を確認するのも初だ。

 

 特捜隊がテレビの世界に訪れる際には、スタジオに似た場所に出るのだという。

 

 対するこの場所は、同じテレビ局でも撮影スタジオではなく『モニタールーム』の方が表現としては適切だろう。

 とはいえ、手の届く範囲に椅子やモニターはなく、ここに落ちた者への悪意すら感じさせるが。

 

「出入口は上にあるのか」

 

 悠が見上げるとゲートらしい大きなモニターがあった。

 ジュネスから出入りしているテレビの塔とはだいぶ違う。

 

 どうやってあそこに入るのだろうか?

 悠の身長の二、三倍ほどの高さに画面は存在しているが…………。

 

「お、ここの陰に脚立っぽいのあるな、これで出入り出来るんじゃねえの?」

 

「あ、ありがとうございます。これはマジ助かる」

 

 陽介が見つけてきた梯子に、千雨は一も二もなく飛び付いた。

 ああも喜ぶなんて。少しレアな千雨の様子に、誰かが疑問抱いた。

 

「…………あれ? それ知らなかったってことは、前はどうやって出入りしてたの?」

 

「あー、その…………まずペルソナを召喚して」

 

「うんうん」

 

「ペルソナの腕に乗って」

 

「うん?」

 

「入口に当たるまでブン投げる」

 

「ファッ!?」

 

「…………今までよく無事に帰れたな」

 

「切羽詰まってたんです深く突っ込まないでくださいお願いします」

 

 失敗した時の着地については思い出したくもない。

 

 小刻みに震えだした千雨の肩を、悠は優しく叩いたのだった。

 

 

 

 

 






 …………勘の良い方は既にお気づきかもしれない。

 ネギ少年、そろそろメルディアナの魔法学校を卒業しております。

(着々と近づいてくるフラグの足音)



 ちう様の戦闘シーンは待て次回!
(更新できるとは言ってない。サンタでサンバとムーチョするからね!)





アメノウズメ(千雨のペルソナ)、所持スキル】
◆アギ
◆ジオ
◆ディア
◆警戒
◆スクカジャ
◆マハラギ(New!!)
◆マハジオ(New!!)

【同、サポートスキル】
◆アナライズ






【硝子越しの摩訶不思議学園・ドロップアイテム】

◆うすうすマント:
 とても軽く、羽のように軽いマント。
 備考:特になし。

柳但(りゅーたん)の木刀:
 かつて剣豪が使っていたかもしれない木刀。達人が使用すると、刃がないのによく斬れるという。
 備考:一定の確率で取得経験値が二倍になる。





【おまけ】

ガッカリ王子「しっかし犯人今どこにいるんだろうな」

肉系女子「とりあえず千雨ちゃんの方には行ってないみたい。今日もメールの返事来てたし、無事だと思う」

ガッカリ王子「はー、意外とマメなのな、里中」

肉系女子「意外とはなんだ意外とは!」

シスコン番長「となると容疑者が警察に捕まるのは時間の問題か…………?」

ガチムチ皇帝「うーっす…………ねみぃ……試験終わったんだから、もうちっと休んでいたかったぜ」

休業中アイドル「こら完二、文句言わないの! 今日は千雨ちゃんの様子見に行くんだよね、先輩?」

シスコン番長「ああ。例え犯人と遭遇しなくても、あのままだとテレビの中でまた何かあるかもしれないし、余裕がありそうなら少し鍛えようとも考えてる」

熊田形態「ふっふーん! クマ今度こそ逆ナン成功させちゃるぞー!」

シスコン番長(クマの中身にまだ違和感しかない)

天城越え「とりあえずいつも通りジュネスに移動しよっか」

シスコン番長「そうだ、今のうちに電話電話っと…………」ピポパ




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06.クソゲー攻略班奮戦記〈VOID Quest編〉


 あけましておめでとうございます。
 今年も拙作共々よろしくお願いします。



 …………平成最後の年末年始?

 それなら「――――っしゃー! FG●でボックス百箱超えたぞー!」からの流れるような風邪→インフルコンボを決められてベッドに沈んでました。
 うーん、やっぱりルチャは奥が深いネー()。





 

【2011/08/06 土曜日 雨】

 

 

 

 千雨が『テレビの中に容疑者が逃走したらしい』という連絡を受けたのは、一週間と少しばかり前だったと記憶している。

 

 だが折り悪く、宿題や同じ寮にいるクラスメイト関連の厄介事(いつもの騒ぎ)で、テレビ内を探索する機会がないまま八月に突入。

 特捜隊の活動になかなか付き合えない日々が続いていた。

 

 いつも通りの日常は千雨の望むところである。

 が、事件が解決してない以上、所詮は薄氷の上に成り立っている仮初めの物。『何か』が起こり崩壊するのではないか、と気が気ではなかった。

 

 状況が変わったのは今朝のこと。

 悠から『ついに犯人の居場所が判明した』と電話が来たのだ。

 

 常に気を張っているのも、級友たちの図々しいノリにもいい加減疲れてきたところだった。

 

 千雨はひとまず、喧騒から逃れるように部屋に閉じ籠もることにした。

 来るべき苦難に向けて、少しでも英気を養おう。そんな意図の下の行為だった。

 

 その後は取り決めた時間に合わせ、扉の施錠を確認してからテレビにダイブ。

 一足先に来ていた特捜隊と合流し、引率される形でテクテクと二時間かけてきた。

 

 テレビの中は広大だが、当てのない捜索活動ではない。ゴールは既に見えているのだ。

 今回は多少リスクを背負ってでも、この事件に終止符を打つべきだろう。千雨はそう判断した。

 

 例え自分が直接手を掛けずとも、特捜隊が事件を解決に導くだろうが………………。

 『一秒でも早く普通の生活を取り戻す』。そんな強い望みが千雨を突き動かした。

 …………それに『ただ待っているだけ』というのも、それはそれで気疲れすると骨身にしみたので。

 

 やるとなれば全力を尽くすだけだ。

 『平穏な日常を脅かす大元は絶対に叩いてやる』という意気込みだったのだが――――。

 

「――――――画素数の問題から来る原色塗れの色使い、更にドットの際立つカクついたデザインをそのまま現実に持ってくるとか目が痛くなるし……………………ああつまり等身大レトロゲーとかマジでクソゲー」

 

「おおう、辛辣だな…………」

 

 ほぼノンブレスで苦情を垂れ流したのは誰であろう、千雨だった。

 他者の目を憚ることのない棘のある言葉は、特捜隊に対するある種の信頼故か。

 

 千雨が睨み付けた先にそびえ立つのは、玩具のブロックを積み上げたが如きビビッドでナンセンスな造形の城塞。

 あるいは、レジャー施設の一画であればまだ()()()()()()として受け流せたかもしれないが………………眼前の悪ふざけの権化たる建物は犯人の根城(アジト)だ。

 二時間歩いた末の景色がこれでは毒づきたくもなる。

 

 こんな所に逃げ込むなんて、そいつは一体どういう神経をしているんだ。

 

「何なんですかこの場所は」

 

 事前の意気込みに反して、千雨はげんなりしていた。

 

 徒歩二時間分の疲労もさることながら、場違いでふざけているとしか思えないこの空間に何よりも辟易としていた。

 

「犯人が逃げ込んだダンジョン」

 

「いや、そーゆーことではなく」

 

 訊きたいのは『この場所が何か』ではなく、『何でテレビの中にこんな場所があるのか』だ。

 いやテレビの中(モニター)的には正しいのかもしれないが、他の場所はこんなガビガビしてはいなかったし、この『画質の悪さ』はここ特有のものだろう。

 

 千雨が付け足すと、彼らは得心したように頷いた。

 

「ああ、人殺しもゲーム感覚ってことなんだろうさ、あんにゃろ…………」

 

 話しぶりからするに、どうも『犯人がここを選んで逃げてきた』のではなく、『犯人がテレビの中に逃走したからこの空間が生じた』らしい。

 

 千雨にとっては『卵が先か、鶏が先か』といった気分だが、陽介にとっては違うようだ。

 ギリリと奥歯を強く噛み締めている様子が見て取れた。そして、ひしひしと伝わってくる()のようなもの。

 他メンバーのやる気が欠けているわけではないが、彼一人だけ懸ける思いの質が違う気がする。

 

 彼に対する今までの印象は『おちゃらけたムードメーカー』だったのだが…………こんな表情(かお)もするのか。

 千雨には少し意外だった。

 

「あと犯人がいそうな場所っつーとここしかねぇ」

 

 入口から少々進んだところで、ペラリと懐から紙の束を取り出す完二。

 

 一体何かと思ったが、どうも手書きの地図らしい。

 この一週間ほど、文字通り地図を書き(マッピングし)ながら探索していたんだとか。

 

 思わず覗き込んでみれば、階層毎に一枚、小綺麗に纏まったダンジョンのマップがそこにはあった。

 捲って確認していくが、どの線もほぼまっすぐに引かれている。

 

 どの階層も書き込みで埋まっていたが、最後の一ページにだけ大きな空白(ブランク)がある。

 なるほど、犯人がいるとすればまだ探索していないその場所しかない、と。

 

 聞けばこの地図、完二が一人で細々と書いていたという。

 見た目に似合わず繊細な作業だった。何より、素人目にもわかりやすい。

 

「すごいですねコレは」

 

 千雨の中に完二への苦手意識はあるが、賞賛の言葉はすらりと出てきた。

 

「ま、まァな」

 

 ストレートに褒められるとは思っていなかったのか、視線を逸らしながら鼻先を掻く完二。

 その姿はどう見てもシャイな少年のようで――――。

 

 こうした挙動を一つ一つ紐解いていくに、見た目ほど悪い奴ではないのかもしれない。

 千雨は完二への警戒レベルを下げることにした。

 

「ふふん、でしょでしょ?」

 

「何でそこで先輩が偉そうにしてるの?」

 

「そりゃーバイトとかない分毎日頑張って探索してたし!」

 

「って、それ私もだし! いっぱいアナライズとか頑張ったから!」

 

「…………宿題はちゃんと進んでるのか?」

 

 鳴上の問いにそっぽを向く千枝とりせ。ついでに完二。

 三人はノーコメントを貫いていたが、まともに取り組んでいないのが態度で丸分かりだった。

 

 やってないのかよ。それでいいのか高校生。

 

 ――――などと傍観していたら、悠は千雨に向き直ってきた。

 解析(アナライズ)なんてしなくてもわかる。話のターゲットが千雨に移ってきた。

 

「夏休みの宿題、千雨は大丈夫か?」

 

「ボチボチ進めてるんで大丈夫です」

 

 間髪入れず、千雨の回答。

 

 悠に付け入る隙を与えないためだったが、内容自体は嘘でも誤魔化しでもない。

 

 夏休みの宿題に未着手――――などという不届きな生徒が出ないよう、雪広あやか(クラス委員長)の立案で夏休み特別勉強会が実施されたのだ。

 「どうせ逃げられないから」と千雨もそこで宿題に取り組んだ。

 

 …………が、参加者の大半はお祭り好きなA組生徒たちだったために、勉強会からただのバカ騒ぎに早変わりしたが。

 

「そっか………………一人教えるのも二人教えるのも一緒だから遠慮なく言ってくれ」

 

「…………誰か教えてるんですか?」

 

「アルバイトでちょっとな」

 

 まあ千雨よりあっちの方が問題ありそうだけど。

 悠が見つめる先には件の宿題やってないトリオ、もっと言うと『より手がかかりそう』な奴らがいた。

 

 大人しく引き下がったように見えたのは、そちらに照準を合わせたが故か。

 

「…………まあ、何かあった時は頼みます」

 

 何もないと思うけど。

 逃げ道を用意しつつ、千雨は悠の教えを謹んで辞退した。

 

 ちなみに、同学年における千雨の成績は中の下。

 

 麻帆良学園はエスカレーター式なので、退学レベル(よっぽど)のことをしでかさない限りは進学できる。

 そんな環境も手伝ってか、勉強をしない麻帆良生は存外多かった。

 そのため『少し悪い成績の方が目立たなくてちょうどいい』というのが千雨の持論である。

 

 とはいえ、補習等で時間を取られないように、千雨も最低限の勉強はしていた。

 第一、最底辺(バカレンジャー)まで突き抜けると悪目立ちしてしまう。

 

 千雨がつらつらと意識を割いていると、身体に()()と軽い衝撃が走った。

 

 まさか襲撃か――――――身を強張らせた千雨の目に飛び込んできたのは、緑ジャージを腰に巻いた千枝の姿。

 

 雪子の「せっかくだから鳴上くんたちと一緒に宿題やろうよ」という台詞から察するに、悠の勉強計画から逃げてきたらしい。

 そこまで嫌なのか。

 

「あ、ごめん。ぶつかっちゃって」

 

「別に…………何ともないです」

 

 これから犯人捕まえようとしてるんだからもっと緊張感持てよ、という言葉は何とか飲み込んだ。

 

 彼らとの付き合いも後少しの辛抱である。だから我慢、我慢だ。ここで下手に印象に残るようなことをしたらいけない。

 だから堪えろ、長谷川千雨(わたし)

 

 込み上げてくる震えを千雨は無理やり抑えつけた。

 

「そういえば気になってたんだけどさ」

 

 そんな千雨の内心など知る由もない千枝からのキラーパス。

 

「何で千雨ちゃんは敬語なの?」

 

「そういえば…………」

 

「話す時ほとんど敬語だよな」

 

「敬語じゃなくてもいいのに」

 

「いえ、そこはしっかりけじめを付けておきたいんで」

 

 このままだとなし崩し的に交友関係が続いてしまいそうなので、間に『壁』をキープしておきたい。

 そして無用なトラブルは避けたい。

 

 千雨側の切実な事情は、残念ながら特捜隊側には通じそうになかった。

 

「仲間だからみんな気にしないよ?」

 

「私が気にするんです!」

 

 もっと距離取れよ。他県の中学生、つまり年下だったら遠巻きにするだろ普通。

 

 ――――ああ、ダメだ。徹頭徹尾、千雨の神経を逆撫でしてくる。

 

 特捜隊内に漂っている緊張感のない弛緩した空気。

 これを見たところで、今まさに命懸けの冒険をしているとは誰も思わないだろう。

 

 どういうわけか、彼らは自然体だった。

 放課後ファストフード店で談笑しているような、日常の延長上にある風景だ。

 異常のただ中にあって、TPOを間違えているとしか思えないのだが――――。

 

 まあ、こいつらだから仕方ないか。

 

 紋切り型のように納得している自分を見つけ、千雨は愕然とした。

 

 ――――――って、待て待て待て! ちょっと絆されてきてんじゃねえか!? しっかりしろよ自分!

 

「およ? チサチャン、急に首振り出してどーしたクマ?」

 

「…………何でもねーです」

 

 ついでに頬をペチペチと叩いた。

 

 

 

 

 

 階を移動し、奥へ奥へと進んでいく。

 事前に作られた地図に拠れば、ここが最奥部。

 

 さすがに気を引き締めているのか、口数も少なくなってきた。

 

「店の手伝いで纏まった時間がなかなか取れなかったけど、今日こそは犯人を――――」

 

 静かに情念を燻らせる陽介。

 

 やはり、いつもと様子が違う。

 

 物言いたげな千雨に気づいたのか、雪子が小さな声で耳打ちした。

 二人目の犠牲者は彼と関係がある人物だったのだ、と。

 

 千雨は思考を巡らせる。

 第二の犠牲者というと…………確か『小西先輩』だったか。

 

 詳しくは説明されなかったが………………恋人か、あるいは片思いか。

 何にせよ、陽介はその人物にただならぬ感情を抱いていたのだろう。他の者の態度から容易に推察できた。

 

 ()()()()が強いのもそれが理由なのだろう。

 陽介の思いが並外れているのはよくわかった。

 

 何にせよ、とっとと犯人を捕らえて、この事件に片を付けたい。

 立場の違いや強弱の差はあれども、この思いは他のメンバーと共通しているはず。

 

 特捜隊はシャドウを蹴散らしながら、最後の回廊を突き進む。

 

「この奥だ」

 

 見上げるほどに大きな扉が、一行の目の前に立ち塞がった。

 試しに押したり引いたりするがびくともしない。完全に閉じられているようだ。

 

「ねえ、これってさ…………」

 

 扉には鍵穴代わりに丸い窪みがあった。

 

 現実的に考えるとただの装飾だが、レトロゲー的に考えると恐らく何らかのキーアイテムが――――――。

 

「丸、円、ボール………………もしかして、前に倒したシャドウが落とした玉って」

 

「どう考えてもそれが鍵じゃないですか!」

 

「――――っと、これだな」

 

 悠が荷物の中から掴み出したのは黒い球体。曰わく『くらやみのたま』。

 パッと見、サイズは一致している。

 

 悠が『くらやみのたま』を扉の凹みに押し当てると――――――。

 

「おおおおおお! タマから漆黒の闇が溢れ出して扉の封印が解かれたクマ!」

 

「…………確かに、その通りなんだが…………」

 

 設定いてぇ、中二病かよ。

 

 見たままの様子だが、言葉にされると千雨の胸やら腹やらがしくしくと痛む。

 共感性羞恥、という奴だろうか。

 

 横目に、悠が何とも言えない表情になっているのが見えた。

 過去に患っていたかはともかく、悠も()()()()()()がわかるらしい。

 千雨はほんのりと親近感を覚えた。

 

 扉はゆっくりと開いていく。

 徐々に明らかになる内部空間に、犯人と思しき人影を発見した。

 

 で、肝心要の犯人の正体は――――。

 

「アイツが?」

 

 若い男だった。

 

 もっさりとした黒髪。闇色に淀んだ瞳。

 部屋着なのか、長袖シャツにジーンズというありきたりな組み合わせ。

 

 年の頃は高校生ほどだろうか。少年と言ってもいいかもしれない。

 

 中年男(おっさん)が出てくるものだと予想していたので、意外といえば意外だった。

 

 が、年齢以外に目を疑うような事態が発生していた。

 

「……………………あれ?」

 

 鏡合わせのように、同じ人物が二人いたのだ。

 

 ――――え、どうなってんの? 困惑する千雨。

 

 しかし、悠たちの顔に驚きの色は見えない。さも当然と言わんばかりだ。 

 

「どいつもこいつも気に食わないんだよ…………! だからやったんだ、このオレが!」

 

 狂ったように喚き散らす男の片割れ。

 一方はただ静かにもう一人を見つめている。

 

 見れば見るほど、本当によく似ている。外見の違いは目の色くらいだろう。

 大人しい方の男は日本人らしからぬ金色の目を持っていた。

 

「んん…………?」

 

 目の色だけが違う同一人物(そっくりさん)

 

 はて、何かこのフレーズに覚えがあるような…………?

 

「たった二人じゃ誰もオレを見ようとしない。だから三人目をやってやった! ――――オレが殺してやったんだ!!」

 

 千雨が考え込んでいる間に男の口をついて出てきたのは、犯行の自供。

 ならば間違いない、アイツが犯人だ。

 

 すぐに取り押さえるべきだと思ったが、特捜隊は誰も動こうとしない。

 場の空気に飲まれたのか? …………いや、違う。『何か』を待っている――――?

 

 若者たちはまだ乱入者(特捜隊)の存在に気づいてない。

 黒目の男は唾を飛ばし、もう一人を怒鳴りつけている。

 

 双子の犯人グループが内輪もめをしているのか…………?

 

「なんで黙ってんだよ……………………どうだ、何とか言えよ!!」

 

『……………………………』

 

 同じ顔の存在に怒鳴られるままの男。

 ギラギラとした金色の瞳で、ただもう一人を見つめている。

 

 ――――ああ、あの目。気のせいかと思っていたが………………やっぱり、見たことがある。思い出した。

 

 一番始めに迷い込んだ時、偶然邂逅したもう一人の『長谷川千雨(自分)』。

 その彼女と、あの男の目の色合いが同じなのだ。

 

 もしかして片方はアイツと同じなのか…………?

 

 しかし、弁達者だった『千雨』とは大分態度が異なる。

 凪いだ海のように、男からはまるで気力が感じられなかった。

 

 これまで何を言われようが無言を貫いていた金目の若者。

 相手からの「何か言え」という言葉にでも反応したのか。やがて気怠げに口を開いた。

 

『何も…………感じないから………………。僕には…………何もない………………僕は無だ…………』

 

 億劫そうに淡々と並べられていく言葉。

 それを聞いたもう一人は口を開けた状態で静止した。

 

『そして…………君は僕だ………………』

 

「っ、オレは、無なんかじゃ…………」

 

 戦慄(わなな)くように、遠目にわかるほど唇が痙攣している。

 

「――――キミが殺人事件の犯人なのか!?」

 

 男の剣幕が途切れるのを見計らっていたのか、悠が声を張り上げた。

 先ほどの『自供』を踏まえた上での、最終確認だろう。

 

 問いかけが耳に届いたらしく、ようやくこちらに顔を向けた少年二人。

 しばしの間、揃って動きを止めていたが、目の黒い方が嘲笑を漏らした。

 笑い声は徐々に大きくなり、一帯に木霊する。

 

「そうだよ、決まってんだろ! オレが全部やったんだよ!! くそ、お前らもだ………………こんなところまで追いかけて来やがって! お前らも殺してやる!」

 

 明確な殺人宣言。悪意ある内容。

 

 だというのに――――()()()()()のように思えてしまったのは何故だろうか?

 

「はっ――――――ははははは! そうだ、ニセモノが何言おうが知るかよ! お前なんか関係ない! オレの前から消え失せろッ!」

 

 興奮した様子の男は、もう一人に対し決別の言葉を吐き捨てた。

 

 その瞬間、特捜隊員たちの顔色が変わる。

 

「っ、ヤバっ」

 

「このままだとマズいぞ」

 

「…………先輩?」

 

 一体何を焦ってるんだ?

 

 千雨からすると、ただの仲間割れにしか見えないのだが…………。

 

「――――みんな殺してやる。まとめて殺してやる! オレはできる…………オレはできるんだからな!!」

 

『………………………………そうか。認めないんだね、僕を………………』

 

 壊れた機械のように繰り返し繰り返し「殺す」と叫ぶ少年。

 それを見たもう一方が豹変した。

 

『――――――――――――!』

 

 男を中心に轟々と突風が吹き荒れた。

 ほの暗い暴風が男の姿を覆い隠し、絶叫していた男を吹き飛ばした。

 

 千雨は頭部を守るため、腕を顔の前で交差させた。

 何が始まったんだ!?

 

 腕の隙間から窺い見ると、赤黒い靄の向こうで人型が崩れていた。

 代わりに像を結ぶ、何か大きな物体。

 

 千雨がその輪郭を捉える前に、何かは靄を突き破った。

 

「――――――はあ!?」

 

 飛び出してきたのは巨大な胎児だった。

 ただし、かわいらしさなぞ欠片もない。目は顔面積に対してやけに大きく、開かれた様は虚ろだった。

 頭頂部はちょんと尖り、ステレオタイプの宇宙人を彷彿させる。

 周囲には文字が書かれた光輪を侍らせているが、内容は文字化けを起こしており解読不能だ。

 

 ――――片方が化け物に変身した…………!?

 

「シャドウが暴走を始めたクマ!」

 

「え、あれもシャドウ…………!?」

 

 千雨の知識にあるシャドウとは、テレビの中に出てくるモンスターのことだ。

 

 そして今対峙している不気味な赤ん坊は、金色の目を持つ男が変貌した姿。

 

 で、恐らくそいつは『もう一人の千雨』の同類で――――。

 

 …………畜生、わけわかんねえな相変わらず!?

 

『僕は…………影………………。おいでよ、楽にしてあげる』

 

「やっぱりこうなっちまったか!」

 

 彼らはこの展開を予想していたらしい。

 各々武器を取り出し、即座に構えた。

 

 千雨も遅れて木刀を握り締めた。考えるのは後回しだ。

 化け物に対する攻撃手段としては心許ないが、元より前に出て()()()()()()と立ち回る役ではない。

 千雨は自衛手段と割り切っていた。

 

『邪魔する奴は殺す。目障りな奴は殺す。気に食わない奴は殺す』

 

【キャラメイク】

 

 どこからともなくブロック状の物体が現出。

 胎児の周りに次々と積み上がっていく。

 

『みんな見てくれ! ボクがみちびかれしゆうしゃミツオだ!!』

 

 ブロックが形作ったのは巨大な人形だった。

 剣と盾を携えたドット絵のキャラクター…………いや、自称『勇者ミツオ』か。

 

 レトロなダンジョンに相応しい、レトロな敵が立ちはだかった。

 

「全員行くぞ!」

 

「おう!」

 

「りょーかい!」

 

「クマの本気見せちゃるぞーッ! 『ブフーラ』!」

 

 特捜隊員たちはペルソナを召喚、あるいは装備した武器で以て攻撃を繰り出した。

 

 犯人確保の前にあのシャドウを倒すつもりらしい。

 正直、犯人だけ確保して戦わずにさっさと退散するのが利口な選択だと思うが…………。

 

 思いつきを実行すべく、千雨は倒れている男に足を向けた。

 が、走り出してすぐに氷塊が飛んできた。

 

「くっ」

 

 あわや被弾、というところで木刀でいなし、後ろに飛び退いた。

 

 他のルートを探るも、どこもかしこも敵味方の火やら雷やら氷やらが飛び交っている。

 おまけに不定期的に振るわれるドデカい剣や腕。

 

 ――――ああうん、無理だこれ。普通に無理。

 

 こんな物騒な空間を通り過ぎて捕まえるとか、命がいくつあっても足りない。

 千雨は考えを改めた。

 やはり障害(シャドウ)から先に片付けなければならないらしい。

 

 ――――そうと決まれば速攻!

 

「アメノウズメ!」

 

 カードを握りつぶし、ペルソナを呼び出した。

 千雨の背後に出現するアメノウズメ。ひび割れた仮面から覗く左目が、ひたとシャドウを見据えた。

 

「『マハラギ』!」

 

 千雨の言霊に応じ、複数の火炎弾が迸る。

 

 炎の群れは勇者ミツオの腕に命中するも――――。

 

「――――くそ、大したダメージになってねーみたいだな」

 

 少々表面が焦げ付いた以外、目に見える成果はなかった。

 

 (おもむろ)に剣を握るブロックの腕が持ち上がる。

 

『大振りの攻撃! 来るよ!』

 

 りせの注意喚起通りに迫る剣を避けた。

 事前にわかっていれば回避自体は容易い。

 

 しかし魔法攻撃でダメージを与えられないとなると、千雨に大したことはできない。物理は苦手だし。

 

 せいぜいがちょこまかと動き、敵を攪乱するぐらいか。

 それとて戦闘に慣れない千雨が行ったところで、周りの足を引っ張ることになりかねない。

 あと、なるべくなら走り回るのは遠慮したい。

 

 これなら先輩らのサポートをした方がまだマシか。

 能力的にも経験的にも、彼らに一日の長がある。

 

「後ろ下がってサポートする!」

 

「わかった!」

 

 伝えるべき内容は簡潔に。

 一声かけてから千雨は端に移動、敵から距離を取った。

 

 ふと横を見るとりせの姿があった。

 

 彼女が召喚しているペルソナの名はヒミコ。

 アンテナ状の頭部を持つたおやかな乙女だ。その手で支えるのは全てを見晴らす円環(バイザー)

 

 りせは被ったバイザー越しに警告を飛ばしている。

 あれにアナライズした情報が出ているのだろう。

 

 千雨もアメノウズメの側に寄り、スキル(アナライズ)を発動。(スクリーン)に映るアナライズ情報を読み解く。

 が、りせが伝達しているほど詳細には出てこない。

 

 そもそも、ああもタイミングよく、的確に教えられるかどうか…………。

 ナビ役も彼女一人で十分だろう。

 

 となれば残る選択肢は――――。

 

「『スクカジャ』!」

 

 補助魔法役(バッファー)

 

 りせのアナウンスを頼りに、敵攻撃範囲にいる仲間に向けて打つ。

 

 スクカジャは速度を上昇させる補助魔法だ。

 味方に使えば、敵の攻撃(魔の手)から逃れる確率を上げることができる。

 

 そして、スクカジャにはもう一つ効果がある。

 それは攻撃時の命中率を上げること。

 

 つまり『守り』だけでなく、『攻め』のサポートもできるのだ。

 

 完二がペルソナ(タケミカヅチ)を召喚し、攻撃体勢に入ろうとしていた。

 

 彼のペルソナ、タケミカヅチは筋骨隆々とした大男の姿をしている。身に纏う黒々とした鋼に映えるは白いスカルペイント。稲妻を模した大剣を軽々と振るう。

 見た目通りバイタリティに溢れた物理特化型(パワーファイター)だが、速さに難があり技をなかなか当てられていない。

 

 すかさず千雨はスクカジャ(バフ)をかけた。

 

「やっちまえ巽先輩!」

 

「っ、(わり)ぃ! 『キルラッシュ』!!」

 

 二度、三度と刃が閃く。

 速度の乗った連続攻撃が勇者ミツオの腕の付け根部分にヒットした。

 

 ダメージの蓄積で脆くなっていたのだろう。

 ブロックの鎧、その一画が崩れ落ちた。

 

「よし、畳み掛けるぞ! イザナギ!」

 

「コノハナサクヤ! 『マハラギオン』!」

 

「ペルクマーッ! キントキドウジ!」

 

 この機を逃さず、皆で波状攻撃を敢行する。

 悠の号令に合わせ、構築された魔法の弾幕がシャドウに殺到。――――――着弾。

 

「これで…………どうだっ!」

 

 ブロックが全て取り払われ、赤子の姿が露わになった。

 

「…………っ」

 

 細い手足を折り畳み、逃げるように縮こまるシャドウ。

 彼我を隔てる(ブロック)は、ない。

 

「――――――そこだぁぁぁぁあ!!」

 

「花村!?」

 

「待って、単独行動は――――!」

 

 濛々と立ち込める土煙を裂いて、陽介が一人突撃していく。

 疾風魔法(ガル)を文字通り()()()に用いているようで、皆の制止の声すら追いつかない。

 

「小西先輩の仇…………!」

 

 不気味な赤子に肉薄する陽介。

 両手の苦無(クナイ)が鈍く輝く。

 

 その切っ先が柔肌を貫く――――――――刹那、シャドウがニヤリと()()()()()

 

 スキル『デビルスマイル』。恐怖を齎す悪魔の笑み。

 

「――――――――ぁ」

 

 顔を青ざめ、立ち尽くす陽介。場所は(シャドウ)の目と鼻の先。

 

 このままだと危ない――――!

 

「行け、アメノウズメ!」

 

 考えるより先に千雨はペルソナを先行させ、陽介をシャドウから引き剥がしていた。

 

 一拍遅れて、シャドウから放たれる閃光(マハジオンガ)。衝撃が大気を震わせた。

 

 ピリリとした痺れが千雨の肌を駆け抜けるが、このぐらいなら耐えられる。

 

『あれ、シャドウの精神攻撃だよ!』

 

「千雨、こっちだ! ――――チェンジ! リャナンシー!」

 

 悠の指示通り、千雨はペルソナで陽介を運んだ。

 

 真っ青な顔の陽介を前に、悠は恋愛のアルカナが描かれたカードを呼び出した。

 黒い特効服姿のイザナギに代わり、顕れたるはリャナンシー。アイルランドに伝わる麗しき妖精だ。

 

 ペルソナ使いの集団の中で、彼だけが持つ切り札(ワイルドカード)

 それこそがペルソナチェンジ。

 

 通常、ペルソナは一人につき一体。

 それぞれが特色ある能力を発揮するが、その原則は変わらない。

 

 しかし彼だけはそのルールに捕らわれず、様々なペルソナを行使できるのだ。

 

「『メパトラ』!」

 

 妖精が生み出した温かな光が陽介を包み込む。

 陽介の顔に精気が戻った。

 

 意識が朦朧としていた間の状況確認のためか、陽介の眼球が(せわ)しなく動き回る。

 そして、すぐ近くにいた悠と変化したペルソナ(リャナンシー)を認識すると、ばつが悪そうに俯いた。

 

「あ………………すまねえ」

 

()()

 

 千雨の記憶にある限り、悠が初めて陽介の名を呼んだ。

 ガバリと顔を上げる陽介の前に、差し伸べられた手。

 

「一人じゃない。一緒に、だ」

 

「ああ――――――そうだな! ()!」

 

 悠の手を取り、陽介は力強く立ち上がった。

 

 戦いの合間の僅かなやり取り。

 だが、きっと二人にとっては大きな意味を持つ行為で――――。

 

【ささやき】

 

 敵も漫然としているわけではない。

 身を守る外殻を再度展開しようとしていた。

 

【えいしょう】

 

 ブロックに阻まれ、シャドウの姿が見えなくなる――――――。

 

『敵の本体はそこだよ、先輩!!』

 

 そうはさせじと響くりせの声。

 

「チェンジ! ランダ!」

 

 悠は魔術師のアルカナのカードを握り締めた。

 妖精(リャナンシー)がヒンドゥー教の悪しき存在へと変転する。バリ島に伝わる奇妙な面を被った魔女、ランダ。

 

 生成された魔女の業火がりせに示された部位を包囲。

 ブロックの連結を阻害した。

 

 ――――シャドウが炙り出された!

 

「今だッ!!」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!!」

 

 陽介の雄叫び。

 彼のペルソナ(ジライヤ)によって捻れ狂う空気の流れ。

 

 逆巻く疾風が胎児型シャドウを押し流す。

 壁に衝突し、周りのブロックは砕け散った。

 

『あ゛あ゛あ゛ア゛アああああぁぁぁァァ…………!!』

 

 耳を(つんざ)く断末魔。

 

「――――っしゃ!」

 

 今のは絶対に有効打だ。

 

 倒れ伏す男の側に落下したシャドウは、萎むように人間の姿に戻る。

 同時に男は目を覚ました。

 

「う……………………オレは無じゃない…………オレが、オレが()ってやったんだ………………」

 

『……………………』

 

 男の譫言(うわごと)(シャドウ)は何も言わなかった。

 空虚な面持ちで見つめるままに、光となって消滅した。

 

「消えちゃった…………」

 

「ペルソナにはならなかったね」

 

 千枝と雪子の会話を聞いて、千雨は再び『もう一人の千雨』を思い出す。

 

 十中八九、彼女もシャドウの一種だったのだろう。

 で、一部か全てかまではわからないが、シャドウとペルソナがイコール関係にあるのは確定。

 

 つまり『千雨(あれ)』も些細なボタンの掛け違いで、ああやって化け物になって襲ってきていたかもしれない、ということで。

 

 …………もう全部聞かなかったことにしたい。

 

 少しでも気を紛らわせるため、千雨は男に目を向ける。

 見れば見るほど冴えない印象の男だ。言動はどことなく変人っぽいが。

 

 こんなのが猟奇的殺人を犯したのか。 

 

 散らばっていた特捜隊が集まり、若い男を取り囲んだ。

 陽介が中心となり、教員(モロキン)殺し以外の二件の殺人について問うと、こちらもあっさり自白した。動機も何もなく、ただ「誰でもよかった」という。

 

 ――――なんて身勝手な。

 

 弱っているようだが、相手は殺人犯だ。

 念のため男衆が取り押さえた。

 

 抵抗らしい抵抗もない。

 むしろにやけているようにも見える。

 

 何を考えているのか、最後までわからなかった。

 いや、犯人の思考など理解できなくてもいいか。

 

 悠らに連れられ、ダンジョンを歩く犯人の背中。

 

 そうか、これで終わり…………か。

 ついに決着が付いたと思うと感慨深い。

 

 呼吸を整えた千雨はふと呟いた。

 

「あいつ、警察に引き渡すんですよね?」

 

「うん、そうだけど」

 

「一応、その…………遠目でいいので見ててもいいですか?」

 

 自分の目で確認しておきたい。そんな欲求の発露だった。

 

 今回だって、警察に捕まるのは時間の問題だったはずなのに、テレビの中に逃げられてしまった。

 同様に、また卓袱台返しされたら堪らない。

 

 要は、ちゃんと事件が終わるか心配になったのだ。

 しっかり警察の手に渡れば、もう逃げられることもないと思うが…………。

 

「いいよー」

 

「じゃ、一緒に行こうか」

 

 同行の許可はすんなり出た。

 

 千雨が彼らと共に歩いていくと、スタジオのような空間に出た。

 

 悠らが向かう先には、昭和を感じさせるダイヤル式テレビが積み上がっている。

 あれがここの出入り口らしい。

 

 周囲ではスポットライトが紅と紫紺の床を照らしている。

 広場の中央には、的のような円の上に人の形の模様が倒れ重なるように描かれていた。

 

 ――――やっぱ、テレビの中って変なデザインが多いよな。

 そんな感想を胸に秘め、千雨はテレビ画面に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 雑多な音。蛍光灯の明かり。陳列されているテレビを始めとした家電の数々。赤と黄色の値札。

 

 千雨の視界に飛び込んできた景色は、どう考えてもどこかの店内である。

 

「は?」

 

 ――――え、先輩らが出入りしてるのって…………何、お店なの? スーパーの家電コーナー?

 

 心の内から湧き出るままに疑問をぶつけると、ここは大型スーパー『ジュネス』の中だと答えが返ってきた。

 

 ――――――って、

 

「誰かに見られたらどうすんですか!?」

 

「んー、人少ないから平気へーき」

 

「…………お店としてそれもどうかと思いますが」

 

 確かに大きいテレビ画面の方が身体はつっかえない。

 

 しかし、非常識な用途(異界への入り口)に使っているのだ。

 商品(テレビ)にもしものことがあったらどうするつもりだろうか。

 

 …………考えていないのかもしれない。

 千雨は呆れて何も言えなくなった。

 

「とりあえず俺らで警察に連絡するわ。いつも同じメンバーっつーのも怪しまれるかもだしな」

 

 陽介と完二が代表として、犯人を警察に引き渡すことになった。

 

 店で働いたことがあるという悠が、クマを連れてバックヤードに赴いた。

 一応、店側に説明するらしい。

 

「てかあのクマ、こっちに出てきていいんですか?」

 

「ちゃっかりこの店のマスコットになってるから大丈夫だよ、多分」

 

「それより、警察が来る前に店の入口に行こうか。遅いと他の野次馬で見えなくなるだろうし」

 

「さんせー!」

 

 残った女子組で固まって動く。

 

 エレベーターで一階まで降りると、遠くからサイレンの音が近づいてきた。

 通報を受けて警察がやってきたのだ。

 

 店先で待機していた陽介と完二が、男を警察官へと引き渡した。

 聞き取れないが、いくつか言葉を交わしている。事情を説明しているのだろう。

 

 周囲にいた人々もパトカーに気づき、群がってきた。「何事か」などと呟きつつ、興味を抑えられない様子の群衆。いつの間にか、千雨たちは人混みに紛れていた。

 

 手錠を掛けられ、パトカーの後部座席に乗せられる犯人。

 逃げられないよう警察官に挟まれ、扉はすぐに閉められた。

 

 そんなパトカーが発車するまでの一連の行為を――――連行される犯人を千雨は眺めていた。

 

 これで犯人は確実に逮捕された。

 

「良かった…………」

 

 千雨はホッと一息。

 

 これでもう、事件だ何だのと心労をかけさせられることもない。

 

 物珍しげにしていた観衆も、パトカーが出発すると次第にいなくなっていった。

 

 頃合いだろう。

 

「じゃ、私はこれで帰ります」

 

「あ、向こうの出入り口まで送るよ」

 

 雪子からの提案を、千雨は一瞬で秤に掛ける。

 彼らとの交流を避けるか、己の安全か――――。

 

 ……………これで最後だろうし、まあいいか。

 

「お願いします」

 

 千雨は保身を取った。

 

 どうせ、直接会うのはこれが最後なのだ。

 わざわざ遠ざけなくても、自然に距離が空くだろう。物理的にも離れているし。

 

 さあ、麻帆良に帰ろう。

 

 千枝、雪子、りせの三人と共に、千雨はジュネスの家電コーナーに向かった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ジュネスの前に止まっていたパトカーが走り去ると、集まっていた野次馬は散っていった。

 

 バラけていく人波。

 その様を遠くから観察する小柄な人影があった。

 

 叡智を湛えた蒼玉の瞳が、些末な違和感をも的確に射抜く。

 

「あれは――――――また彼らですか。全く、本当に何をしているのだか……………………ん? 一緒にいる彼女は…………見かけない制服ですね。少し、調べてみましょうか」

 

 

 

 

 





 戦闘回、と見せかけたフラグ建設回でした。



 あ、もしも拙作の執筆状況とか気になる方がいれば、青い鳥さんのアカウントを探してみてくだちゃい。多分テキトーに検索すれば出てくるでチュ。クルッポー



 …………ところで話は変わるんですが、男装女子っていいよね。この単語だけでご飯三杯はイケる。
 内容はこれっぽっちも本編にかすってないですけど!!
 やー、どこかにカッコかわいい男装女子とか落ちてないかなー? カナー?






【おまけ】


~帰りの道中~


ちう様「やっぱ久慈川先輩の方がアナライズの精度いいみたいですね。帰りも楽だ」

肉系女子「へー、そーゆーものなんだ」

ちう様「まあ、感覚的な物ですけど」

休業中アイドル「千雨ちゃんのアナライズだってすごいよ――――――あっ」

ちう様「…………ん? 何かありました?」

休業中アイドル「んー? ふふーん、何でもなーい」

ちう様「? まあ、いいですが」

天城越え「そろそろじゃないかな? ほら、あの場所でしょ?」

ちう様「ああ、ですね。ありがとうございました。あとお世話になりました」



天城越え「またね」

休業中アイドル「近い内に会おうねー」

ちう様(もう全部終わったんだから、わざわざ二時間もかけて会うかっつーの……)



肉系女子「そういえば、りせちゃん何笑ってたの?」

休業中アイドル「あっ、実はね、さっき気づいちゃったんだけど――――――」





アメノウズメ(千雨のペルソナ)、所持スキル】
◆アギ
◆ジオ
◆ディア
◆警戒
◆スクカジャ
◆マハラギ
◆マハジオ
◆スクンダ(New!!)

【同、サポートスキル】
◆アナライズ
◆トラポート(New!!)




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07.怪奇! 長谷川千雨とコミュれない?



番長「ん、あれ、おかしいな…………?」


ヒントその一:千雨のアルカナ






マジ投稿遅くなってすみません(小声)


 

 

 

「ふんふんふん♪ ふーんふーんふーん♪ ふふーんふふふふーん♪」

 

 麻帆良学園、学生寮の自室にて。

 千雨はかつてないほど上機嫌だった。誰に聞かれることもない鼻歌を、テンポよく演奏している。

 

 彼女の気分を盛り立てている要因は主に二つあった。

 一つ、製作中だったコスプレ衣装が完成したこと。

 一つ、千雨の生活に暗い影を落としていた八十稲羽の殺人事件が解決したこと。

 

 麻帆良という非常識の坩堝(るつぼ)にいることを除けば、最善の条件が揃っていると言っていい。

 実に最高の気分だった――――――これで麻帆良の非常識から逃れさえすれば、だが。

 

 パソコンのディスプレイを見つめ、時折ニヤリとする千雨。

 ブラウザで開いているウェブページには、この前投稿した写真が表示されていた。

 

 麻帆良の女子中学生・千雨にはもう一つの顔がある。

 

 ネットアイドルの『ちう』。

 日常の出来事をアイドルっぽく改変して綴ったり、画像修正しまくったコスプレ写真をアップロードして作り上げた虚構の存在(もうひとりのじぶん)だ。

 

 千雨が運営している『ちうのホームページ』は、クソみたいな現実の代わりに千雨を肯定してくれる最後の砦だ。

 千雨はその最新記事に寄せられたファンの反応を読み返している。

 

 今回の扱ったコスプレのテーマはズバリ、『魔女探偵ラブリーン』の主人公・ラブリーン。

 女児向けアニメのコスプレだが、ちうのファン層には所謂『おおきなおともだち』も多い。今回の写真は千雨の想定以上にウケていた。

 

『ああ~^^ 浄化されるんじゃ~^^』

 

『流石のちう様クヲリティ』

 

『マジパネェ!!』

 

『これを見るために生きていると言っても過言ではない(キリッ)』

 

『拙者も素行調査されたいですぞwww』

 

「――――そうだ。もっともっと私を褒め称えろ!」

 

 顔も知らない相手(ファン)からのコメントに気分が高揚する。

 千雨はカーテンを締め切った薄暗い部屋で、人には見せられないタイプの邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 千雨は現実(リアル)の対人関係に苦手意識を持っているが、逆に言えば直接・対面でなければいいのである。麻帆良内の人間でなければ尚良し。

 

 麻帆良の非常識(じょうしき)を『常識(フツー)』として受け入れられない千雨の、承認欲求を満たす数少ない手段。

 それがネットアイドル活動。趣味と実益を兼ねた素敵なライフワークであった。

 

 ブログのアクセス解析に目を通し、千雨は己の自信を深めた。

 この調子なら遠くない将来、ランキング一位にも手が届く。そう、『ナンバーワンネットアイドル』の称号が。

 

 サクッと他の同系統ブログに火種コメントを蒔きつつ、大きく背伸び。

 ――――油断はしない。ここで詰めを誤るなんて、それこそ死んでも笑えない冗談だ。

 

 いざとなれば、かつて競合相手(ライバル)のパソコンをつつい(ハックし)た時に入手したスキャンダルを公開してやるつもりだ。

 …………が、それは最後の手段である。

 

 可能なら、揚げ足取りレベルの妨害(荒らし)でトップに立ちたい。

 千雨にはいつしかそんな欲が出ていた。

 

 記事で扱う内容の選定は慎重に、しかし文面は大胆に。

 決して守りに入ってはいけない。気持ちで勝つのだ。

 

 鼻歌混じりに今後の戦略を組み立てていた矢先、携帯電話に着信があった。

 

「ん? 誰だよ」

 

 至福の時間に水を差す奴は?

 

 ながら作業で発信元を確認すると『鳴上悠』の文字が並んでいる。

 

 ――――何だ、もう全部終わったのに、まだ何か用事があるのか?

 …………いや、何やかんやコミュ力高そうだったし、そういう連中(リア充)は用事がなくても掛けてくるもの、なのか?

 

 訝しげな顔で通話ボタンを押した。

 

「………………はい、もしもし」

 

『もしもし。千雨、今空いてるかな?』

 

「まあ、そこまで忙しくはないですが」

 

 ネットを見ていただけなので、話すくらいならしてやらないこともない。…………もしも呼び出されたら即座に断ってやるが。

 千雨はそんな気持ちで返答した。

 

 千雨にとって彼ら特捜隊は『もう既に終わった間柄』だ。

 そもそも、事件が解決したのに、往復で一々貴重な時間を費やしたくないし。合計四時間だぞ、四時間。三十分のアニメを八本視聴するのとほぼ同じ時間である。

 

『良かった。実はこれから「みんなで打ち上げをやろう」って話になってさ。千雨も来ないか?』

 

 …………と、悪い予想ほどよく的中するものだ。

 だがしかし、千雨は同じ轍を踏まない。

 今回はお呼ばれする事態をきちんと想定していたので、用意していた文言で丁重にお断りを――――。

 

「お誘いはありがたいんですが、今から行くとなると二時間はかかりますし。お待たせするのも申し訳ないんで、皆さんだけで――――」

 

『あれ? でもりせがこないだ「千雨ちゃんが移動スキル覚えてた! 羨ましい!」って言ってたけど…………?』

 

「……………………………………………………はい?」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

【2011/08/10 水曜日 晴れ】

 

 

 

「は、はは………………本当に瞬間移動しやがった…………」

 

 力なく笑う千雨が立っているのは、スタジオ風の空間だった。

 赤と紫のケバケバしい床といい、どことなく怪しい雰囲気を醸し出している。

 

 そう――――ここはテレビの中の世界、八十稲羽側の出入口だった。

 クマの着ぐるみが「おお、チサチャン本当にバビューンと来たクマねー」などと、千雨の横でピョンピョン跳ねている。

 

 あの電話の後、千雨が急いでペルソナのスキルを確認したところ、覚えのない呪文(もの)を二つ見つけた。見つけて、しまった。

 

 一つはスクンダ。

 こちらは端的に言うとスクカジャの逆。敵に掛けることで、その速度を下げる妨害技だ。

 戦闘用と思われる魔法(スキル)だが、今後犯罪者とバトる機会なぞ永久にないだろうから、まあいい。

 

 そしてもう一つがトラポート。

 こちらが問題だった。その効能は――――『行ったことがある安全圏に移動する』というもの。

 

 千雨は頭を抱えた。

 説明にある『安全圏』の基準が不明だし、『移動』といってもどんな現象が起こるのやら。

 …………で、テレビに入りペルソナを召喚。「歩行が速くなるレベルの効果ならいいなー」なんて淡い期待を抱いて試用してみた結果がこれである。

 

 移動速度を上げるだとか、そんな()()()なものではなかった。

 まさかまさかの瞬間移動(テレポーテーション)。瞬きほどの時間で八十稲羽に着いてしまったのである。

 

「本物かよちくせう!!」

 

 千雨は流れるように膝をついた。

 

 ――――ああ、何ということでしょう。

 自らが『ペルソナ使い』という事実すら未だ受け入れ難いのに、更に『瞬間移動能力』までゲットしてしまったとか…………。

 

 創作物(フィクション)において、上位能力だったり高難易度とされたりするのが長距離瞬間移動である。

 

 自身の非常識(ヤバい奴)度が上昇している予感がひしひしと…………………………い、いや、まだ大丈夫、大丈夫だ。時々テレビ番組で凄腕奇術師(マジシャン)とやらが瞬間移動マジックを披露したりしてるし。こっちのはちょっとタネも仕掛けもないだけだし。

 それに何よりフツーの人間だし。うちのクラスの一部みたいに人外じゃないし!

 

 幸か不幸か、千雨の心中の屁理屈に『否』と唱えられる者はこの場にいなかった。

 

 何とか気を取り直した千雨はやおら立ち上がった。

 

 確かに『事件の犯人は捕まえたから』とスキルの確認を怠っていたのは自分の落ち度だ。

 が、主理論武装(メインウェポン)として考えていた『遠いから』が交流を絶つ言い訳に使えなくなったのは致命的だった。

 

 何か、それに代わる方策を講じなければなるまい。

 

 …………まあ、まずは目先の対処か。

 あのクマさえいなければ、折り返し麻帆良に帰ることもできたのだが――――

 

「ウチアゲウチアゲ楽しみクマー♪」

 

 千雨がじと目で見つめる先では、クマがまん丸おめめを輝かせながら口ずさんでいる。というか実際「ウキウキ」と口にする奴を初めて見た。

 

「チサチャーン、こっちこっちー! 早く入っちゃうクマー!」

 

 クマが着ぐるみの手で器用に手招きしている。

 ――――果たして、このハイテンションで何考えてるのかイマイチ読めない変人(クマ)を、反論の芽もなく完膚無きまでに言いくるめられるか?

 …………無理だ。多分その方が疲れる上に、勝てる見込みもない。

 

 千雨は大人しく白旗を揚げた。

 

「打ち上げといってもどうすりゃいいのやら…………」

 

 八十稲羽(ジュネス)へ通ずるテレビを潜る直前、ため息と共に大きな独り言が千雨の口から零れた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「何日かぶりだな」

 

「よーっす」

 

 千雨がテレビ画面から身を乗り出すと、近くで待っていたらしい悠と陽介に出迎えられた。

 先ほどトラポートの衝撃で気力を削られた千雨は、二人に無言で会釈を返した。

 

 相も変わらず、ジュネスの家電コーナーには客も店員もいない。

 テレビから垂れ流されている番組の音だけが一帯に充満していた。

 

「やっぱり移動スキルだったのか」

 

「移動が楽になるのは羨ましいよな」

 

 初っ端から話題に上る新スキル・トラポート。案の定、彼らの興味を引いているらしい。

 

「チサチャンはねー、ビューンっと来てー、ドーン! シュタッ! って感じだったクマー」

 

 テレビから這い出てきたクマが擬音語タップリに説明し始めた。

 千雨としてはあまり触れたくないのが正直なところ。自分の常識度合い(根幹)が揺らぎそうだ。

 

 一頻(ひとしき)り喋り続けて、クマは満足したらしい。騒がしさが一段下がった。

 …………と、ここまでノーコメント継続中の千雨を見つめて、悠がふと首を傾げた。

 

「もしかして、移動(トラポート)で酔った?」

 

「………………酔ってないです」

 

 残念なことに、乗り物酔いのような症状は出ていない。千雨が不本意ながら否定すると、悠は安心したような表情を浮かべた。

 悠を筆頭に特捜隊には良識ある面々が揃っているらしい。そのことはこれまでの経験から、付き合いがさほど深くない千雨にも伝わってきた。…………クマみたいなヘンテコな着ぐるみもいるが。

 こういった良心が見える対応を取られると、彼らと距離を置きたい千雨であっても一方的に頑なな態度で拒みづらい。

 

 ああ、ならばいっそ、本当に酔ったフリして吐いたり(リバース)すれば体調不良を理由に帰れるのではなかろうか――――――なんてトチ狂ったアイディアを、千雨は首を横に振ることで打ち消した。

 確かに今回は帰れるかもしれないが、それ以上の社会的ダメージを負うだろう。この手の話題にはネットニュースの類いが貪欲に食いつくし。『ゲロ女』的な蔑称でネットの一角を騒がせるのは御免だ。

 

「いつまでもここに突っ立ってるわけにもいかないし、大丈夫そうなら移動するか」

 

「だな」

 

 そろそろ打ち上げ会場に移動し始めるようだ。悠と陽介は歩き出している。

 

 不可能な事柄をいつまでも引きずっていられない。観念して行くしかない…………か。

 

 千雨が懸命にため息を押し殺していると、後ろで何かがもぞもぞと動く気配を察した。気だるげに振り向くと、そこには怪しげなモーションのクマ。

 

 どうせ怪しい着ぐるみ(クマ)だから、と取り繕う気もなく素で問いかけた。

 

「何やってんだ…………?」

 

「クマ? そりゃーこのまま外出たらクマ蒸し熊状態になっちゃうから急いで脱いでるんでしょーが」

 

 蒸し熊って何だよ。

 千雨の機嫌バロメーターが下降した。

 

 やっぱ訊くんじゃなかった。

 千雨がプチ後悔していると、いつの間にか陽介らがクマの背後にいた。先に行ったと思ったが、千雨らが付いてこないので戻ってきたのだろう。

 

「おいクマ、早くしろよ」

 

「わかってるクマ。――――む、ムムム…………あー! ヨースケが急かすから引っかかっちゃったでしょ、ムキー!」

 

「って、俺のせいにすんな!」

 

「チサチャン、ここ、取って?」

 

 猫なで声でクマがずずいと迫ってくる。指差しているのは、着ぐるみを横にぐるりと一周するチャック。どうも途中で引っかかっているらしい。

 

「それなら俺が外そうか?」

 

「さっすがセンセイは優しいクマね。でもこれはー、どんなことでも逆ナンに繋げようとするクマの熱意だからー、クマはチサチャンにアターックするクマ!」

 

「そ、そうか」

 

 勢いに押し負け、引き下がった悠。千雨の方を向き、目線で謝っている気がする。

 ――――や、謝るくらいならもっと食い下がってコイツを食い止めてくれ。

 

「ね、ね、ねっ?」

 

「………………だぁー! わかったわかった、手伝うからそれ以上近づくな!」

 

 外す手伝いをしてやると口走ってしまったが………………密着寸前の圧迫感から逃れるためだ、仕方ない。

 何故動かないのか確認すると、噛み合わせ部分にふわふわ生地の一部が挟まっていた。明らかにこれが原因である。

 

 一度金具を戻してから布地を取ってやるのは簡単だった。

 チャックが全て外れ、着ぐるみがパカーンと上下に分かれる。そして――――――

 

「ふぃー…………スッキリしたー!」

 

 暗がりから現れた金糸の髪が、千雨の目の前をさらさらと流れた。

 

「えっ…………………………?」

 

 透き通るような青い目の青年だった。

 男らしからぬ可愛らしい顔立ち。ヒラヒラと飾りの多い白スーツを着込んだ姿は、まるでホストのようだ。胸に挿すは一輪の赤い薔薇。恐らく造花だが、それが気取ったイメージに拍車をかけていた。

 

「んじゃ、早速パーリーにレッツゴーねベイビー!」

 

「だっ――――」

 

 ――――誰だよコイツ!?

 

 あまりの驚愕に、千雨は目を限界まで見開いた。

 まさか、クマの着ぐるみの中身…………なのか? 美少年風の青年が()()クマの中に? …………どんな趣味だ、それ。

 

「そういえば千雨は見るの初めてだっけ」

 

「え、ええ…………一体どんな奴があの着ぐるみを着てるのかと」

 

 今までの言動の数々からして、変態、性欲の塊っぽかったし。

 言葉にこそしなかったものの、千雨の態度から言わんとすることを察したのだろう。悠と陽介の顔には呆れたような、あるいはどこか達観したような表情が浮かんだ。

 

「まーあれ、後から生えてきた奴だけどな。後付け人間ボディ」

 

「…………………………は?」

 

 …………後から()()()()()って何の話だ?

 

 また一つ、頭の痛い謎が千雨の脳内にインプットされた。

 

 

 

 

 

 四人は揃ってジュネスの外へ出た。

 真上からは真夏の太陽がギラギラと照りつけている。大型スーパー内部よりも外の方が余程眩しい。千雨はすっと目を細めた。

 

「クマは先に行ってろ」

 

「アイアイサー! クマ!」

 

 開口一番、陽介はクマに先行するよう指示した。

 

 見た目が変わってもクマはクマのままらしい。実にハイテンションに、ご機嫌な様子でアスファルトの上を駆け抜けていった。

 

 外国人めいたクマの姿は、あっという間に見えなくなった。

 

 千雨にとって、爆弾かビックリ箱の如きクマが別行動になったのはラッキーだった。また合流するとはいえ、これで多少は精神を休める暇ができる。

 

「…………ん?」

 

 残った二人を見たところで、千雨は小さく息を漏らした。

 気のせいかもしれないが、どうも彼らの顔色が悪い。それに、どんよりと浮かない空気を漂わせている。どう見ても、『事件を解決したから打ち上げをする』という面構えではなかろう。

 

 ――――まさか、何かトラブルか。

 

「先輩ら、何か顔色悪くないですか?」

 

 いつかの既視感(デジャヴ)を警戒しつつ、千雨は問い掛けた。

 …………今ならまだ、彼らからの評価やら何やらをかなぐり捨てれば逃げられるだろうし。

 

 逃げ腰になっている千雨の肩をガバッと掴んだのは陽介だった。

 

「ヤベェ、ヤベェよ………………俺ら、このままだと死ぬかも」

 

「はあ…………………え?」

 

 千雨が困惑するのも必定だった。話が全く見えてこない。

 

「頼む、助けてくれ――――――!」

 

 陽介の必死な懇願は半ば絶叫に近い。冗談とは思えないが………………それにしても『死ぬ』だって?

 

「何ですか、それ? 犯人はとっくに逮捕されたんだから、もう危険なことなんて――――」

 

「そういう話じゃないんだ、千雨」

 

 悠が悲壮感を滲ませ、静かに首を横に振った。

 何だ、じゃあどういうことなんだ。

 

「このままだと、打ち上げの料理で死人が出る」

 

 ………………()()()()()()()

 千雨は耳を疑った。あまりにも組み合わせとして有り得ない。

 料理ってあの料理だろ。クッキングだろ。生活に根ざしたごく一般的な行為じゃねえか。

 

「いやいや、そんなことで死ぬわけないですし」

 

 というか、毒でも盛られない限り、普通は死人なんぞ出ない。で、仲間内での打ち上げという話だから、毒殺紛いのことも起こり得ないはず。

 何であんなに、それこそ()()()()()なのやら。

 

「そうだと……………………いいな」

 

 始まる前から既に燃え尽きている悠。遠くを見つめながら「もうどうにでもなれ」と呟いた。

 

 ――――本当に打ち上げなんだよな? 何が待ってるんだ?

 

 千雨は不穏な空気を感じつつも、肩を落として歩く二人の後ろ姿に追従していく。

 この先千雨を待ち受けているのは、ただただ面倒なだけのお付き合い(イベント)――――のハズだったのだが。今し方目撃した二人の形相が、千雨の網膜にこびりついて離れない。何がどうしてどうなったら二人してあんな結論が出るんだ。

 まあ『死ぬ』だの何だのはまず間違いなく勘違いだろうが…………どうも釈然としない。確認はすべきだろう。

 

 しばらくして、たどり着いたのは一軒家だった。掲げられた標札には『堂島』とある。

 

「ここが打ち上げ会場、ですか?」

 

 だが、特捜隊の中に堂島という名字のメンバーはいない。…………まさかとは思うが、無関係な人の家で開催するつもりか?

 

 千雨の疑問を解消するように、陽介は手をひらひらさせた。

 

「ん、ああ。悠は堂島さん…………叔父さんのところに下宿してるからな」

 

「へぇ」

 

 初耳だった。悠()親と離れて暮らしているらしい。親元から離れ、学生寮に住む千雨としては、意外な共通点に親近感を覚えていた。

 とはいえ、親戚の家にいる悠と寮暮らしの千雨とでは、やはり環境は違うか。

 

 千雨は額の汗を手の甲で乱暴に拭った。

 山間部とはいえ、夏真っ盛りである。常日頃クーラーの効いた部屋に入り浸っていた千雨の身体には、歩いただけでも汗が滲んでいた。一方、悠らは慣れているのか、そこまで発汗していない。

 これならテレビの中の方がまだ快適だった。気温的にも、日差しの強さ的にも。…………いや、『いつどこでシャドウと出くわすか予想できない』という点が大幅なマイナスすぎて、あの世界が現実より良いなんてことは結局ないのだが。

 

 兎にも角にも、早く入って避暑したい。だが千雨の欲求に反して、二人はなかなか入ろうとしなかった。まるで錆び付いたかのように動かない。人を遠方から呼びつけたクセに、打ち上げをしたいのかしたくないのか、どっちなんだ。

 いい加減せっついてやろうか、と千雨がやきもきし始めた頃、

 

「アイツら、もう始めてるんだろうな………………ははは」

 

 その乾いた笑いは、陽介の感情を如実に表していた。

 全てを諦め、抗うことを止めた絶望の目。悟りを開いたかのようにも見え、短時間で涅槃に至りそうな勢いだった。

 ――――マジで何が起こってるんだ。

 

「…………ええい、ままよ!」

 

 悠がダンジョンに潜った時以上の決死の覚悟で以て扉を開いた。

 どう考えても覚悟を決めるタイミングがおかしい。

 

 そして、深呼吸を一つ。何事もないかの如く、装った。

 

「ただいま」

 

「――――あ、お兄ちゃん! おかえりなさい。りせちゃんたち、もうお料理してるよ」

 

 玄関に入ると、栗色の髪をお下げにした少女がトトトッと駆け寄ってきた。年齢層は恐らく小学校低学年ほど。悠の妹…………いや、叔父の家に居候しているのだったか。ならば従姉妹(いとこ)、か?

 

「っ、あと…………だれ?」

 

 千雨の視線に気づいたのか、柱の陰に半身を潜ませながら玄関を窺う少女。

 人見知りのようだ。千雨も似たようなものだったからよくわかる。断言しよう。家族が見知らぬ人間を家に連れ込んできたら、まず間違いなく厳戒態勢を取る。

 

「長谷川千雨。友達だ」

 

「お兄ちゃんの? そっか…………堂島菜々子です。よろしくね千雨おねえちゃん」

 

「お、ああ、よろしく」

 

 悠が千雨のことを友人だと紹介するや否や、少女――――菜々子は警戒を解いた。よほど悠を信頼しているのだろう。千雨を探るような視線は消え失せた。

 千雨がポケットからハンカチを出して汗を拭き取っている間に、菜々子は奥に引っ込んでいった。

 

 これまで年少者との交流は皆無だったため、千雨は千雨で気を張っていた。幼少期、同世代との思い出には嫌な記憶しかないし。そもそもガキは嫌いだ。………………だが。

 

 ――――騒がしくないから、いいか。

 

 幼子にありがちな、ぐいぐい来るタイプでないのは気が楽だった。

 

 脱いだ靴を揃えリビングに向かおうとしていると、トテトテと足音を立てて菜々子が戻ってきた。小さな両手にはグラスが一つ。中に茶褐色の液体が注がれている。

 

「あのね、はいこれ!」

 

「私に、か?」

 

 差し出されたグラスをポカンとした顔で見つめる千雨。菜々子はにこやかに微笑んでいる。プカプカ浮かぶ氷がカランと音を立てた。

 

「うん、むぎ茶! 冷蔵庫のやつ。千雨おねえちゃん、汗いっぱいかいてて暑そうだから」

 

「あ、ありがとう」

 

 受け取り、中身を一気に呷った。火照った身体にひんやりした水分が染み渡る。

 

「…………ふぅ」

 

 ひと息吐く。

 今度こそ菜々子は先に戻っていった。

 

 恐らく菜々子は、千雨の汗に気づいて冷えた飲料を持ってきてくれたのだろう。

 控えめに表現しても、気遣いがすごい。悠に似てよくできた子だ。人格形成に大事なのは、やはり環境か。その点、非常識の権化たる麻帆良は論外である。千雨は心の中でさめざめと泣いた。

 

 というか本当に小学生…………だよな? 鳴滝姉妹みたいな『なんちゃって』じゃないよな? うちのクラスの奴らに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

「気が利くいい子ですね」

 

「だろ? 自慢の妹だ」

 

 胸を張る悠。

 陽介の「従姉妹だろ」というツッコミが小気味良く響いた。

 

 なんだ、その…………お姉ちゃん呼びも悪くない。

 気配りができて素直そうだし、可愛げもある。そんな子供は二次元にしか存在しないと思っていたが。

 

 テンプレートみたいな良い子もいるところにはいるんだな、と千雨がしみじみしていると、陽介がすがりついてきた。

 

「そうだ! 頼む千雨! 千雨もオムライス作ってくれ!」

 

「いきなり何の話ですか!?」

 

 しぶしぶ聞いた内容はこうだ。

 今回の打ち上げ時、女性陣によって『料理対決』が行われる。お題(メニュー)はオムライス。誰の出来が一番か、料理の腕を競う――――と、ここまでならバラエティー番組などでも割とよくある題材なのだが…………。

 

 ふと堂島宅(打ち上げ会場)に着くまでの間、彼らが散々「打ち上げの料理で死ぬ」と騒いでいたのを思い出す。

 料理対決――――――怪しい。二人が狼狽していた原因は大方これだろうが…………メンバー内にメシマズ女子でも紛れているのか? それが死ぬほど不味い、とか?

 

 材料も用意してないし、別に料理好きでもないから、と千雨が断ろうとするも、陽介は懸命に食い下がってくる。正直言って、鬱陶しい。

 

「材料はアイツらが余らせてる分があるはずだから!」

 

「そんなに嫌なら、そもそも開催しなきゃよかったじゃないですか」

 

「いや何つーか、売り言葉に買い言葉というか……」

 

「アホか!」

 

 敬語を忘れた千雨の口から、本音のツッコミが飛び出た。

 それほど嫌なら、刹那的な思考で回避行動を捨てるな。あと巻き込むな。

 

「何と言われようがいい! 林間学校と同じ目には合いたくねえ!!」

 

「そんなに言うなら自分でやりゃあいいでしょーが!」

 

「俺は無理、奴らに呑まれる気しかしねぇ…………後生だから頼むマジで!」

 

 陽介から繰り出されたのは、土下座も斯くやの懇願だった。床に接触こそしていないが、後頭部の見える見事な低頭である。

 恥も外聞もなく年下にこうも頭を下げるとは…………冗談でも大袈裟でも勘違いでもなく、ガチでヤバい、のか?

 

 先ほどから料理の話になる度に、悠たちが血相を変え「死ぬ」だの何だのと大騒ぎしていた。もしや、千雨の想像以上にマズい状況だったり…………?

 いやいや、そんなバカな。常識外れ揃いのうちの連中(クラスメイト)でも流石に食える物は出てくるぞ。いくら何でも、人間じゃない奴よりヤバい料理が出てくるわけがないだろう。

 

 千雨は『最悪の想定』から目を逸らし、陽介をあしらおうとした。しかし、悠の「このままだと呪殺(ムドオン)カレー再び、か…………」という掠れ声を耳にし、ギョッと動きを止めた。

 

 ――――何だその『呪殺(ムドオン)カレー』とかいうあからさまに怪しいヤバい響きは!?

 

「頼む」

 

「…………見るだけ、見るだけですからね」

 

 仕方なく、視察も兼ねて、教えられるがまま一人で台所に赴く。

 

 一軒家らしく、堂島家のキッチンはそこそこ広めだった。私服姿の千枝、雪子、りせの三人が調理している。

 流石に食える物は出てくるだろう。今までのは全てオーバーな表現であってくれ。そんな思いで、千雨は彼女らの手元を覗き込んだ。

 

 料理対決のお題はオムライス。そのため、卵や米や肉、人参や玉ねぎなどの野菜があるのは理解できる。普通のことだ…………()()()()()

 続けて視界に入ったのは、何故かまな板に並んでいる魚や納豆、豆腐といった食材だった。いや、それに限らず雪子の作業エリアにはロクな食材(モノ)がない。

 そのお隣、りせの手元には鷹の爪やらガラムマサラやらの多種多様なスパイス類。…………見間違いだと思いたかった。

 

 ――――こいつら、本当にオムライスを作ろうとしてるのか?

 

「あ、ヤッホー千雨ちゃん」

 

 千雨に気づき、朗らかに笑いかけてくる千枝。ノースリーブにデニム地のショートパンツと随分動きやすそうな格好だ。

 今は卵を解いているらしい。泡立て器を片手に、ドバーッと大量の塩をボウルに投下している。

 おいおい。

 

「来てくれたんだ、よかった」

 

 と雪子。ランタンスリーブの赤いトップスに、淡色のセミフレアスカートを合わせている。確か制服の時も赤いカーディガンを着ていたが、赤系統の色が好きなのだろうか。

 小魚、牛蒡(ごぼう)、オクラ、酒粕といった、和風の食べ物ばかりを混ぜ合わせて()粉木(こぎ)でマッシュしてる。

 ちょっと待て。

 

「やっぱあのスキル、移動時間短縮できるんだ。いいなー」

 

 移動スキル(トラポート)バレの元凶、りせは千雨の気なぞ知らず暢気な感想を述べている。花柄をあしらったワンピースと、シュッとしたラインのコルセールパンツ。やはり休業していてもアイドルはアイドル。ファッションセンスは高い。

 翻って、その調理センスは独創的だと言わざるを得ない。何せ一面、鮮血の如き赤、朱、紅、緋、赫! 見ているだけでも目がヒリヒリしてくる。近くには空っぽになったタバスコの瓶が転がっていた。

 待て待て待て!

 

 ――――ヤベエ、奴らゲテモノ作成してやがる!

 千雨は戦慄した。

 

 料理対決とかは正直どうだっていい。勝敗にも拘泥していない。

 しかし、放置するわけにはいかなくなった。順当に行けば、この後の打ち上げでアレらの()()()()()が振る舞われるのだ。どう見積もっても、味覚と精神が死ぬ。あからさまな地雷しかない。

 悠たちが何を恐れていたのか、目の当たりにして千雨は腹を括った。参戦する他に活路はない。少なくとも自分の分だけでも()()を確保せねば。

 

 目の前でオムライスがゲシュタルト崩壊を起こしていたので、念のため携帯にてオムライスのレシピを検索。

 …………オーケー。オムライスの常識はこの手の中にある。

 

 何はともあれ、やるしかあるまい。

 

「あれ、千雨ちゃんもやるの?」

 

「ふふん、絶対負けないから!」

 

「はあ、まあ、そんな感じです」

 

 先人達から声をかけられたが、千雨は生返事だった。そちらに意識を割くだけの精神的な余裕がない。

 

 まず千雨は鶏卵を手に取った。

 借り受けたボウルにテキパキと卵を割っていく。へその緒は菜箸で綺麗に排除。ほぼ新品のまま手付かずの砂糖と一摘まみの塩を振りかけた。何故砂糖がこれほど余っているのかは考えないことにした。

 空気を含ませるようにかき混ぜれば溶き卵の出来上がりだ。念のため、使う直前までラップをしておく。…………刺激物とか何が飛んできてもおかしくないし。

 

 米は全員分をまとめて炊いているという。個別炊飯の必要はない。

 

 ならば、チキンライスに用いる材料を、と動いたところで千雨は気がついた。

 調理台の上にあったはずの鶏肉も、人参も、玉ねぎもなくなっていた。というか、おおよそチキンライスに必要な材料は見当たらない。千雨の料理開始まで未使用品があったのだが、どうも三人で使い切ってしまったらしい。

 

 ――――材料余らせてるとか嘘じゃねえか。どうすんだ。

 

 千雨が手を止めていると、男性陣が途中経過を見に来た。

 

「具合はどうよ?」

 

「あの、そもそもまともな食材ほとんどないんですが」

 

「お、俺は何も聞かなかった俺は何も聞かなかった俺は何も聞かなかった…………!」

 

「千雨ならできる」

 

 励ましの言葉が送られたが、棒読み且つ明後日の方向を見ている。本心は明白だった。 

 

「こっち見ろどー考えても無茶ぶりだろ!」

 

 反射的に叫んだが、吼えたところで現状が変わるわけでもなし。

 

 ――――ああクソ!

 

 とにかく手を動かし続けるしかない。途中からはヤケクソだった。

 

 幸いケチャップはあった。玉ねぎはなくなってしまったが、雪子が使った長ネギの余り少量を頂戴。隅に追いやられていたそぼろのパックも発見、確保。鶏肉の代用にする。白米とそれらを合わせ、時短のために電子レンジでチン。

 

 先に作り始めていた三人は次々とオムライスを完成させていき、台所から去っていった。

 

 溶き卵をフライパンで薄く焼き、レンジから取り出した偽チキンライスの上に被せる。

 

 と、台所の入口付近でカサカサと袋のこすれる音。振り返るとレジ袋を持った悠が佇んでいた。

 

「できたのか?」

 

「ん、鳴上先輩…………? まあ、何とかですが」

 

 オムライス()()()()は完成した。チキンライス部分が不安だが、玉子自体はそこそこ上手く焼けたので()()()()は悪くない。そう、見た目だけは。

 

 基本レシピと比べて、足し算どころか引き算だらけのシンプルすぎる料理。

 しかし、先立って完成していた三人の料理に比べれば、食える物に仕上がっただろう。多分、恐らく、きっと…………そうだといいな………………。

 

 吐きたくなる息を堪え、千雨が品物(オムライス)を運ぼうとしていると、悠がレジ袋から何かを取り出し始めた。

 鶏肉のパックにいくつかの野菜、これはまさか――――

 

「オムライスの、材料?」

 

 エプロンを掴みながら、コクリと頷く悠。

 その顔はどこまでも真剣な男の表情だった。

 

「先に行っててくれ」

 

「って、先輩も作るんですか!?」

 

「ああ、もちろん。………………遠くから来てもらっておいて、料理だけさせて帰すわけにもいかないからな……………………」

 

 ――――俺もすぐ、そちらに往く。

 包丁を握り締める、悠の煤けた背中が印象に残った。

 

 

 

 

 

 これより、地獄の窯の蓋が――――開く。

 

「オオーッ! ついに出揃ったクマー!」

 

「揃っちまったな…………」

 

 始まってしまったのだ。料理対決、その運命の審査コーナー(ジャッジメントタイム)が。

 

 審査員は戻ってきた悠を含む特捜隊員全員、プラス菜々子。作ったオムライスは千枝、雪子、りせ、そして千雨の順に実食することになった。

 小さな子供まで巻き込まれているのは心苦しいが、千雨にはどうすることもできない。

 

「私のスペッシャルなオムライスが一番なんだから!」

 

「…………一撃で仕留める」

 

「前のと違って今回のは完璧だから大丈夫ダイジョーブ」

 

 以上、参加者三人の熱い意気込みである。

 作業現場を目の当たりにした千雨は思った。何であの料理スキルで自信満々なのだろうか。

 誰も彼も、己の料理こそがナンバーワンだと疑いもなく信じているようだった。

 

「とっ、とりあえず俺らが先食おーぜっ。菜々子ちゃんにいきなり食べてもらうのはその…………なぁ?」

 

「…………人間は辛い経験を活かす生き物だからな」

 

 冷や汗を浮かべた陽介と悠(年長者)に、千雨は喝采を送りたくなった。その先にあるのが地獄だと知りながら、他人を庇える点は評価できる。…………欲を言えば開催自体を阻止してほしかったが。

 

「なるほど、毒味役ってことッスか」

 

「えーっ、ひっどぉーい! 絶対美味しいのに!」

 

「クマ、ドクミって食べたことないのよね。イタダキマース!」

 

「あっ」

 

 最初の審査員(犠牲者)はクマだった。物怖じせずパクリと千枝のオムライスを口にし、明るい笑顔でサクッと評定を下す。

 

「ど、どう? 今度こそ絶対うまいと思うけど!」

 

「うん、まずい」

 

 クマは口角を上げたまま固まっていた。口の端からはケチャップらしき赤い液体が零れている。

 

「ほれほれ、ヨースケたちも食べてみるクマよ。あ、ナナチャンはこれ食べちゃダメクマ」

 

「いや『まずい』っつっといて人に食わせようするとか…………」

 

 ブツクサと呟きつつ、陽介も千枝の料理を食した。

 

「あー…………なるほど………………普通にまずい」

 

 精気の抜けた顔で陽介はスプーンを置いた。

 

 二人の様子から一応害はなさそうなので、千雨も恐る恐る口を付けた。

 

 ――――瞬間、もにょりとした食感にドギツイ塩味が舌を席巻した。殻の破片という最悪のエッセンス入りである。

 中のチキンライスも味の濃淡が乱れており、一部の具材は焦げていて苦い。

 巨大な鶏肉がゴロゴロ入っていたが、火の通りが悪く生焼け気味。というか具の大半が肉の塊だった。多分、先ほど千雨の分の鶏肉がなくなったのは千枝のせいである。

 

「…………マズい」

 

 まあ調味料の使い方も下手くそだったので、順当な結果だろう。他のメンバーの感想も『マズい』に統一されていた。

 そんな散々たる出来映えなのに、悠から「カレーより格段に進歩した」との評価が聞こえてきた時点で千雨は考えるのを止めた。

 ――――絶対、後の二人の料理は口にしねえ。

 

「じゃあ次、私のね」

 

「オレが味見するッスわ」

 

 次いで完二が雪子の料理を口に運ぶ。こちらは見た目こそ一般的なオムライスそのものだが――――。

 

「…………………………………………」

 

「ちょっ、ちょっと、何か言ってよ」

 

「いや、その………………これは何つったら………………あー、強いて言うなら『不毛な味』っつーか」

 

「不毛!? 何それ!?」

 

 少なくとも、料理に対して用いる言葉ではない。逆に味が気になる評価だ。

 

「それ、美味しいか…………?」

 

「いや、それはないッス。なんかこう、まるでお()を生でかじったみてぇな…………」

 

 『こんだけ色々入ってるのに味が全くしないのはある意味才能』。完二はそう締めくくった。

 

「…………才能、ですか」

 

 その才能は一体どこで役立つのだろうか。激しく疑問だった。

 

 興味深いことはあれど、アレを食べてみたいとは全く思わない。というか、まともな料理知識を持つ人間が舞台裏を覗けばそうなる。

 千雨の味覚は既に千枝からのダメージでいっぱいいっぱいなのだ。その上、闇鍋の如く不適当な具材が詰まった物体Xまで許容できるわけがなかった。

 

「やっぱり、先輩たちにヒドいもの食べさせたってホントだったんだ」

 

「ぐぬぬ…………」

 

「そーゆーりせちゃんのはどうなの!?」

 

「そりゃあモチロン、私のは愛情とスパイスたっぷりの美味しいオムライス!」

 

 ――――さあ、どうぞ召し上がれ!

 そう言ってりせから差し出された、赤い赤いオムライス。

 確かに、物理的にスパイスがたっぷり入れられていることは千雨も保証しよう。それが如何なる結末を齎すかは別として、だが。

 

 真実を知らない陽介は、少し気分が高揚しているようだ。あるいは、先の二人までで本対決における()を全て出し切ったと油断したか。

 

「ま、『りせちー(アイドル)』の手作り料理とか普通食べられないもんな! いただきます!」

 

 役得とでも考えていそうなノリだが――――断言しよう。あと三十秒もしないうちに、百八十度見方が変わる。

 見ているだけでも目がヒリヒリするオムライスを、陽介は意気揚々と口に放り込んだ。

 

「…………これ、は………………」

 

「よ、陽介…………?」

 

「まず………………な、菜々子ちゃんには…………やれないな」

 

 それだけを言い残し、陽介はプルプルとテーブルに突っ伏した。

 アイドル(りせちー)を傷つけぬよう『まずい』という言葉を飲み込んだのは、まさしくファンの鏡である。なお、それと引き換えに得たのは『瀕死状態』という理不尽の模様。

 

「やだっ、花村先輩独り占め宣言!? でもダーメ、先輩にも菜々子ちゃんにも食べてもらうんだから」

 

「ちょっ!?」

 

 ――――それを菜々子ちゃんに食わせる気かよ!? 劇物への反応だろアレは!

 千雨がりせのポジティブシンキングに恐れ(おのの)いていると、お預けをくらっていた菜々子が喜色満面で両手を合わせた。

 

「りせちゃんのお料理! いただきま――――」

 

「待て、菜々子」

 

 菜々子が辛みマシマシオムライスを食べるすんでのところで、悠はスプーンを奪い去った。

 懐から取り出した眼鏡を掛け、

 

「俺が先に逝く――――!」

 

 この世全ての辛みを引き受けてやると言わんばかりにかき込む悠。一口、二口、三口――――。

 

「ぐはっ…………!?」

 

「無茶しやがって…………」

 

 三分の一を残した地点で悠はギブアップした。『救急車を呼んだ方がいいのでは』と思うほど、尋常でない量の汗と痙攣だった。

 ――――本当に大丈夫だよな、これ?

 

「先輩たちもたくさん食べてくれたし、私が一番ってことだよね?」

 

「いやいや! どうみても『美味しい』って反応じゃないでしょ!?」

 

「なら食べてみてよ、実力差を教えてあ・げ・る」

 

「む…………上等」

 

 りせの挑発を受けた雪子が果敢にも口にしたが、コンマ二秒でダウンした。

 

「ゆ、雪子――――!?」

 

「一〇〇%キラークイーン…………」

 

 まさに現場は死屍累々。

 難を逃れた千雨は、完二、クマと共に顔を見合わせた。

 どう対処すりゃいいんだ。とにかく、冷やせばいいのだろうか。

 雁首揃えてワタワタしていたため、菜々子が匙を持ったことに千雨は気づかなかった。

 

 カチャッと固い物同士が当たる音。

 振り返った千雨が目撃したのは、菜々子がオムライスを咀嚼する場面だった。

 

「~~~~っ! …………みんな、お料理おいしいよ?」

 

「菜々子ちゃん…………!」

 

 千枝、雪子、りせ。それらの料理に対し、「美味しい」と菜々子は笑いかけたのだ。

 絶対、お世辞である。みるみるうちに顔面が汗ばんでいったので、辛さを堪えていることは明白だ。

 しかし、自分の正直な感想よりも相手の気持ちを慮っているらしい。その気遣いの効果は抜群だった。意識が朦朧としている雪子はともかく、感極まった様子の千枝とりせを見れば、誰でもわかる。

 本当に小学校低学年生だろうか。

 

 この後は千雨のオムライスの出番だったが、参加者の半数近くが行動不能に陥っていた。現状だと続行は不可能である。

 濡れタオルを患者(ぎせいしゃ)の額に置いたり、団扇(うちわ)で扇いだりすると徐々に復活していった。

 

 回復用の小休止を挟んだが、実食タイムは続行するらしい。

 

「つーかここで止めるとか、毒だけ食ってメインディッシュに手ぇ出さないみたいなもんだろ。何のために千雨を後ろに回したと思ってるんだ」

 

 動けるようになった陽介が、苦い顔で発言した。

 さすがに女子(メシマズ)勢も少しは己の壊滅さ加減を自覚したのか、陽介の主張に対して反論はしなかった。りせは「菜々子ちゃんは美味しいって言ってくれたもん…………」と拗ねた声を出していたが。

 

「食べるならさっさとどうぞ」

 

 元々自分用のつもりだったので、他の人が食べるのはほぼ想定していなかった。とにかく『食べられれば御の字』と自分の口に合うような味付けにしたし。

 さて、他人からはどう評価されるのやら。

 気にならないと言えば嘘になるが…………果たして。

 

 顔色の未だ悪い陽介らが千雨のオムライスを喫食し、そして、

 

「ありがとう、普通に食える料理を出してくれてありがとう――――!」

 

「天国か…………!」

 

 一筋の涙を流した。マジか。

 それを見て『安全』だと判断したのだろう。残りの面々も手を出し始めた。

 

「おっ、ウメェじゃん」

 

「これならいっぱい食べれるクマ!」

 

「て、テキトーに作っただけですってば…………」

 

 気恥ずかしいやら何やらで、千雨は視線を泳がせた。

 料理対決に参加するハメになったのは思うところもあるが、こうもむせび泣かれると逆に引く。

 

「千雨おねえちゃんのオムライスおいしい!」

 

 菜々子も喜んでくれているようだ。同時に見せる、先の三人とは比べ物にならない笑顔。これは本心からの評価だ、勝った。

 

 優越感から少々気を良くしていた千雨だったが、ふと引っかかるものがあり首を傾げた。

 確か、オムライスはもう一つあったような…………?

 

「そういえば先輩も作ってませんでした?」

 

「ああ、そうだな。持ってくる」

 

 真の大トリ、悠のオムライスが登場した。電子レンジで温め直したらしいが、作りたてのようにホカホカしている。

 

 一口頬張り――――旨い!

 皆も満面の笑みでがっついている。負けた。

 

 ――――つーか鳴上先輩の料理普通に上手いし! あの人だけで絶対良かっただろ!

 

 ああ、無駄なことをした。

 徒労感を覚え、千雨は脱力した。

 

 

 





 コミュ回(コミュれるとは言ってない)。


 …………ところで、拙作のあらすじに次のような一文があります。
>※魔改造千雨になる前哨戦みたいなお話です。

【現在のちうたまができることリスト】
・シャドウを蹴散らす程度の火炎放射
・同程度の電気ショック
・自他問わず軽度の傷の治癒
・有無を言わさぬ真実の目(笑)
・前述を応用した幽霊感知(偽)
・炎に炙られても焦げない
・雷に撃たれても感電しない
・若干の体力と運動神経の底上げ
・味方『素早さ』へのバフ
・敵『素早さ』へのデバフ
・埼玉県麻帆良から山梨県八十稲羽までの瞬間移動(テレビ内換算)

 …………よし! まだ何も問題ないな!!()




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08.やはり俺が千雨とコミュれないのは間違っている


番長「――――何故だ!?」


ヒントその二:狐のアルカナ




 お、遅めのクリスマスプレゼントということで勘弁してください(土下座)




 

 

 千雨を除いた特捜隊一行は、食後のデザートの買い出しへと赴いていた。

 悠や千雨のオムライスが美味しかったとはいえ、その前に振る舞われた(ブツ)は割と()()な味ばかりである。そのため、主に女性陣がお口直し用の甘味を求めたのも至極当然の流れと言えた。

 

「やっぱり、なーんか壁があるんだよね」

 

 ジュネスへの道を歩きながら、千枝が前振りなしに呟いた。

 

「…………ん?」

 

「クマ?」

 

 一体何の話だろうか。

 不意にもたらされた話題に全員が首を傾げる。

 

 言った本人もさすがに唐突過ぎた自覚があったらしい。千枝は言葉を重ねた。

 

「ほら、千雨ちゃんの話」

 

「ああ…………」

 

「なるほどな」

 

 千雨のことだと聞いて、特捜隊八十稲羽組の面々は得心のいった表情を浮かべた。

 

 長谷川千雨――――――不思議な縁で繋がった、離れた場所(麻帆良)で暮らす新しい仲間。

 確かに彼女は他のメンバーと比べて、一歩引いたような対応が目立つ。少なくとも、彼ら彼女らはそう感じていた。

 

「敬語じゃなくていいって言ったのにまだ敬語だし…………」

 

「つっても、仕方ない面もあるんじゃないか?」

 

 陽介が多少窘めるような響きを込めて返答した。

 

 千雨の立場を自分たちに、自分たちの立場を大人に置き換えてみればわかる。

 慣れない土地で、交流の少ない年上に囲まれているのだ。大なり小なり居心地の悪さを感じていてもおかしくはないだろう。

 

「でも一緒に事件を解決した『仲間』なわけだし、『友達』だとも思ってるから…………」

 

 そこに年の差なんて関係ない。

 千枝の真っ直ぐな眼差しに周囲は笑みを浮かべて、頷いた。

 

「確かに、もっと打ち解けてほしいよね」

 

「うーん…………こっちに遠慮してるんじゃないかな? そんな遠慮、するだけ無駄だと思うけど」

 

 少し視線を傾けつつ、りせは言葉を紡いだ。自身の経験を思い返していたのだろう。実はりせも、最初はメンバーとの距離感を測りかねていた。

 とはいえ、アイドルに対してもいい意味で態度が変わらなかった仲間たちのおかげで、かなり早い段階で特捜隊に馴染んでいたが。

 

「何つーか、そもそも(ツル)むのにあんま慣れてねーように見えんだよな。オレの気のせいかもしんねーっすけど…………」

 

 言葉尻を濁しながら、完二は頬をポリポリと引っ掻いた。

 

「最初は『クールなキャラ付けかな』とも思ったんだけど、それにしては何やかんや付き合い良いっぽいし」

 

「千雨ちゃん、あまり自分のこと話さないよね。趣味とか好みとか、普段の生活とか」

 

「確かにチサチャンあんまり喋ってくれてないクマ。ボクのプリチーボディーにもキョーミなさそうだったし」

 

 思い思いに列挙されていく、千雨のこれまでの反応の数々。これらを考慮すると、

 

「もしかして、色々と我慢してたり…………?」

 

「その可能性が高いな…………」

 

 慣れないことを我慢…………となると、無理をしているのではないか。いや、もしや自分たちが千雨に無理をさせているのでは――――。

 そんな可能性に思い至り、一同は押し黙った。

 

「――――でも周りのこと、よく見てくれてると思う」

 

 雪子が思い出しているのは、先の戦闘での千雨の働きっぷりだ。

 あの時も味方に的確なサポートをしてくれたし、陽介のピンチにも即座に動いてくれた。

 あれは嫌々できる行動ではない。

 

 

 その後も千雨への考察が多々飛び出したが、『悪い子ではない』という意見はピタリと一致していた。

 

 

 仲間の会話を聞く一方で、悠の脳裏にはとある言葉が蘇っていた――――――彼女のことを『未知なる世界への鍵』と表していたイゴールの言葉が。

 

 彼の言葉が何を指し示しているのか、未だに不明のままだ。

 しかし、もしかしたら『未知なる世界への鍵』の正体こそが、千雨がなかなか打ち解けてくれないことの原因かもしれない。何か………………そう、例えば()()()()()()()()()()を抱えているだとか――――。

 

 考えの出所が出所なので皆に明かせないのが心苦しいが、不確定な情報で混乱させたくもない。

 

 そろそろ目的地である建物(ジュネス)も見えてきた。

 

「千雨が少しずつでも自分を出してくれるのを待とう」

 

 彼らは『それまで千雨を温かく見守っていこう』と決め、ジュネスの自動ドアをくぐり抜けた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 悲喜交々の女子料理対決は、後からやってきた悠が全てをかっさらっていくという結末に終わった。

 

 男子()の方が女子よりも女子力が高いとか、八十稲羽の料理事情はどうなっているのだろうか。

 彼女らの女子力は彼に吸収されてしまったのか、はたまた環境的な要因で彼が腕を磨かざるを得なかったのか。

 

 そこまで来て、詮無き思考を打ち止める。

 

 例え原因がわかったところで千雨にはどうにもできない。

 あれは、ちょっと教えたぐらいで改善が見込める段階の話ではないだろう。恐らく、その道のプロによる抜本的な改革が必要だ。

 

 食器などの片付けも()うに終わり、高校生らは食後のデザートの買い出しに動いていた。

 まあ出された料理はそこそこあったとはいえ、まともに食える分は少なかったし、色々物足りないのだろう。

 第一あれだけでは打ち上げパーティーっぽくない。件の催し物はどちらかというと罰ゲームの類いである。

 

 悠たちが買い出しに行っている中、千雨は堂島家で待機していた。

 悠が『千雨は急に料理をして疲れているだろうしお客さんだから』と気を利かせたのだ。

 実際、主に精神的に疲れていたので、お言葉に甘え千雨は休憩を取っていた。

 

 しかし、千雨はすぐに時間を持て余すことになった。やることがない。

 普段教室にまで持ち込んでいる私物(ノートパソコン)も、テレビの中で破損したら目も当てられないので今日は持ってきていない。暇つぶしに使えるのは、せいぜい携帯電話くらいだ。それも、ブログ更新用のネタをポチポチとメモしたらすぐに終わり、手持ち無沙汰になってしまった。

 

 四十分程度で戻ると言っていたが、悠たちはまだ帰ってこないのか。というか自分の方が早く帰りたい。しかし、彼らとの関係を清算するつもりで来たのに、途中で帰って後からグチグチ言われたら――――。

 そんな心配が千雨を引き止めていた。人生とはままならないものだ。

 

 ――――ああ、窓から見える空が青い。ギラギラと輝いていやがる。

 

 椅子に腰掛けぼんやりしていると、聞き覚えのある曲が千雨の耳に届いた。

 ハッとして、思わず立ち上がる。音源はどこだ。この軽快なリズムの劇伴は間違いない――――。

 音を辿ると居間のテレビに行き着いた。

 

「あれは――――」

 

 居間には悠の従姉妹の菜々子がいた。彼女は一人、テレビにかじりついている。

 彼女が鑑賞しているのは、ピンク髪の少女がお供の犬と一緒に奮闘するアニメ『魔女探偵ラブリーン』。

 画面の中では犬を連れた主人公が奮闘している。今日は本放送時間でも再放送の曜日でもないので、あれは録画した物だろう。

 

「ラブリーンか」

 

 菜々子はリモコンを手にテレビを見ていたが、千雨のラブリーン発言を聞きとめたのだろう。くるりと振り向き、興奮気味に駆け寄ってきた。

 

「千雨おねえちゃん、ラブリーン知ってるの!?」

 

「ま、まあ、それなりにはな」

 

 などと言いつつも、オタクの嗜みである。

 第一、コスプレ衣装製作のために、細部まで散々チェックしたアニメだ。ある意味、非常にタイムリーな作品と言えた。

 

「えへへ…………菜々子、ラブリーン好き! ちょっと待っててね」

 

 トトト、と駆け足でどこかに移動する菜々子。

 しばらくして何かを持って戻ってきた。

 

 彼女が抱えていたのは、ラブリーン衣装に似せたと思われる服一式。それに加えて市販されている公式グッズ、ラブリーンのお供の犬をモチーフにした虫眼鏡だ。

 登場キャラクターのフォルムに似せたデザインの、劇中ボイスが再生されるアイテム――――こういった物にはありがちな話だが、この『魔女犬の虫眼鏡』も割といいお値段がするのだ。贅沢なオモチャの部類に入るだろう。

 

 ――――コスも用意してんのか。小学生だと思って油断していた。保護者(おとな)が購入したものとはいえ、これは漫然と番組を見ているのではない。随分と熱心な()()()()()だ。

 目を丸くする千雨の前で、菜々子は衣装を身に纏う。そして、

 

「そこー調査はへい社にお任せ! 魔女探偵ラブリーン!」

 

 小さな身体から再現されたのは、劇中に出てくる主人公(ラブリーン)の台詞と決めポーズだった。

 

 ラブリーンのなりきりだ。

 そこに違和感や不快感は一切存在せず、スッと心の中に入り込んでくる。かわいらしく、センスを感じさせるいい動きだ。

 

 だが…………千雨に言わせればまだ甘い。

 角度や腰の入れ方など、重箱の隅をつつくようなことばかりだが、つまりは『伸びしろがある』ということでもある。

 

「あー、菜々子ちゃん。今のなんだが…………」

 

「?」

 

「えーっと…………」

 

 ――――どうしよう。

 コスプレイヤーの琴線を刺激され、つい口出ししてしまったが、何とも説明しにくかった。

 ネット上ではいくらでもガツンと言えるのだが、対面での指摘はどうも慣れない。うまく言葉が出てこないというか…………。

 

 だが、これほどの原石を無視できない。もっと輝けるのに、スルーしてしまうのはもったいない。

 そう千雨の中のオタクな部分が叫んでいた。

 

 ああ、そうだ――――言葉が無理なら、実際に先達としての手本を、純真無垢な後輩に見せればいいのだ。

 …………子供相手なら身バレの心配はないし。

 

「ちょっと貸してみな」

 

「うん、いいよ」

 

 菜々子から服を受け取り、衣装合わせをする。千雨は小柄な方だが、やはり小学生の服ではサイズが小さかった。

 衣服の上下は諦め、菜々子に返す。

 帽子は調整すれば被れる。ケープもいける。あとは小道具(虫眼鏡)、か。

 コスプレと言うにはお粗末なものだ。

 

 …………いや、真のコスプレイヤーならばそんなことは言い訳にするまい。

 演技力で全ての違和感を払拭する――――!

 

 千雨はうなじで括っていた髪を一度解き、ラブリーンと同じツインテールに結わえ直した。

 眼鏡も外して、テーブルの上に置く。外す理由は単純――――ラブリーンは眼鏡を掛けていないからだ。

 

 ――――さあ、意識を切り替えろ。今から長谷川千雨はラブリーンだ。

 表情筋が笑顔を構築し、声帯から捻り出されるのは精一杯の『萌ボイス』。

 振りまけ(イマジン)、弾けろ情熱(パッション)

 

 

「――――愛にギモンを感じたら、魔法の力で即☆効☆解☆決! 素行調査は弊社にお任せ! 魔女探偵ラブリーン!!」

 

 

 千雨の変わりように驚いたのか、菜々子は少しの間ポカンとしていた。が、今は堰を切ったように「すごい!」とはしゃいでいる。

 

「ま、こんなもんだろ」

 

「千雨おねえちゃん、ホントのラブリーンみたいだった!」

 

「ほら、もう一回だ」

 

「うん!」

 

 残りの衣装も返却。菜々子に再度着せて、千雨はポーズのコーチングを始めた。

 コーチングと言っても、千雨の説明はさほど上手ではなかった。しかし一度実演した効果か、菜々子は千雨の要求を次々と達成してみせた。

 

「ほら、ここを…………こうして。衣装はこの角度だな。腰と手の位置はここで。よし、後はこのアングルから撮れば――――――撮影しとくからやってみな」

 

「うん! そこー調査はへい社にお任せ! 魔女探偵ラブリーン!

 

 携帯電話の画面に映った菜々子を見て、千雨は満足げに息を吐く。

 格段に良くなった。まるで二次元(アニメ)をそのまま現実に持ってきたかのようだ。一度でここまで感覚を掴むとは、本当に覚えがいい。千雨の見込んだ通りだ。これはプロデュースした甲斐があった。

 

「ほら」

 

 携帯のカメラをパパッといじり、菜々子に見せる。

 

「すごーい! 動きも全部ラブリーンそっくり!」

 

 嬉しそうな菜々子の様子と自分の成果に気分が良くなっていたが、次に出てきた菜々子の言葉に千雨は固まった。

 

「千雨おねえちゃんはラブリーンのししょーだね!」

 

「ら、ラブリーンの師匠? いや、そんなものじゃないし…………」

 

 キラキラと輝く少女の無垢な瞳に耐えきれず、視線を横にズラす。

 

 と、居間に隣接するドアの陰にいた悠たち七人と目が合った。

 

「あ」

 

「およ?」

 

「しまった……!」

 

 ――――先輩ら、いつの間に買い出しから戻って……? というか予定よりだいぶ早いような。

 いや、大事なのはそこじゃない。

 

 気恥ずかしさから来る震えを必死に抑え込み、何とか声を絞り出す。

 

「せ、先輩………………いつから見てました…………?」

 

「あーっ…………その、まあ……」

 

「あ、あはははは…………」

 

「そーゆーのもいいんじゃねーかな、うん」

 

「…………綺麗だったよ?」

 

「ボクもあんな風にキュピーンと女の子のハートを射止めたいな!」

 

「おぅ、あ……あんま詳しくねーけど…………なんだ、悪くなかったと思うぜ」

 

「千雨ちゃん、素顔だと印象変わるんだね」

 

 誰一人として明言はしていなかったが、答えは明らかだった。

 励ましやら慰めとも取れる言葉の数々を聞き流しながら、千雨はおもむろに眼鏡を装着(オン)。そして、

 

「――――――がああああああぁぁァァ!? 見んな! つか全部忘れろっ!! 褒めるんじゃねええええぇぇ!!! あ゛あ゛あ!!」

 

 顔を真っ赤にし、羞恥に悶え始めた。

 

 ――――見られた。見られてしまった。よりによって知り合いに! どうすんだコレ!? こういう時こそ何かいい感じのスキル覚えろペルソナ!! 頼むから時間よ巻き戻れぇぇぇぇぇええ!!!

 

 悠の叔父、堂島遼太郎がスイカを持ってくるまで、千雨は言葉にならない叫びを上げ続けるのだった。

 

 

 





 ………………ここで皆さんに残念なお知らせをしなければなりません。


 通常夏休みには、夏祭り、花火大会、肝試し、海水浴、登山などなどイベントが目白押しです――――――が。

 本作には! いずれも! ありません!!


 今回のお話が夏休み編最終話となります。
 二学期先生の次回作にご期待ください。










 それでは皆様、良いお年を。


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09.迷探偵ペルソナの事件簿〈スタイリッシュ捜査編〉


 2020年もよろしくお願いしまぁぁぁす!(ポチッとな)



【問い一】
 作者が千雨SSの続きをなかなか投稿できない理由を三十文字以上四十文字以下で説明せよ。


ヒント一:鬼滅沼

ヒント二:浮気




 

【2011/09/09 金曜日 晴れ】

 

 

 

 八十神高校では二学期開始早々、二泊三日の日程で辰巳(たつみ)ポートアイランドへの修学旅行が実施された。

 

 昨年度までは二年生のみを対象者としていた修学旅行だが、予算不足や生徒数の減少などの理由により、今年度からは一、二年生合同、かつ隔年開催へと変更。

 更には、()()旅行の名の通り、学校側が組んだスケジュール表に並ぶのは『現地の私学・月光館(げっこうかん)学園での授業』や『工場見学』等々――――まさに()びを()めるための旅路である。

 

 なお、この行事が『世間一般が抱く修学旅行(楽しいイベント)』のイメージから程遠くなった原因はモロキンこと諸岡金四郎――――七月某日に現実世界で殺された八十神高校の教員にあった。

 この旅行は彼が生前に企画した、文字通り『最期の置き土産』なわけだ。『死してなお生徒(おれたち)の行動を縛るのか』と特捜隊内部でブーイングが上がったのも記憶に新しい。

 

 それでも二日目、何とか与えられた自由行動時間。

 悠らは繁華街・ポロニアンモールにある店を訪れていた。

 

 薄暗い室内を煌びやかなミラーボールと怪しげな色合いの蛍光灯が彩る由緒正しきダンスクラブ『エスカペイド(Escapade)』。

 

 何かと高額なイメージのあるクラブに資金が潤沢とは言えない彼らが留まっている理由は、端的に言ってりせの縁だった。

 何でも昔、彼女がエスカペイドでシークレットライブを行った際に電源が落ちて中止になるトラブルがあったらしく、『そのお詫びに』と今回無料で利用できることになったのだ。

 

 激しい音楽が流れる中、小さな丸テーブルを囲んでいるのは八人。

 悠、陽介、千枝、雪子、完二、りせといった修学旅行の参加者に加え、鈍行列車で密かに辰巳ポートアイランドまで着いてきていたクマ…………の中身の金髪美少年。

 

 それと、もう一人。

 

「…………どうして僕まで」

 

 そう困惑気味に呟いた若者の名は白鐘(しろがね)直斗(なおと)

 元々は警察の外部協力者として『逆さ磔連続殺人事件』の捜査をしていた探偵だ。

 犯人が逮捕され警察の捜査が終了し、探偵活動の必要がなくなったため、二学期の始業式と共に八十神高校に転入してきた。

 

 直斗は小柄な体格ながらクールで整った顔立ちをしている。

 現役の探偵ということもあり、転入直後はクラスメイトにあれこれと声を掛けられていたようだ。

 しかし――――

 

「だって一人でいたってつまんないでしょ?」

 

 ストローから口を離し、千枝が笑いかけた。

 

 転入してこの方、直斗は級友からのお誘いを冷たい態度であしらい続け、見事にクラスから浮いてしまっていたのだ。

 千枝の言葉通り、この修学旅行でも一人でいるところを特捜隊メンバーに発見され、ここまで連れてこられた。

 

「変わってますね。僕を連れ回したところで、皆さんが楽しめるとは思いませんが」

 

「そんなことないよ。直斗くんと話せて私たち楽しいし」

 

「そーそー! それに私と同い年で現役の少年探偵! 色々と聞いてみたかったんだよねー」

 

 雪子とりせも千枝に続いて畳みかけた。

 近くに何かと一歩引き気味な後輩(千雨)がいるので、こういったタイプには様子を見ながらグイグイ行った方が良いと学習していたのである。

 

 高校一年生にして人気アイドルだったりせも一般的にはかなりのレアケースだが、芸能界にいた当人の中では探偵への物珍しさの方が(まさ)ったようだ。随分と生き生きした顔で直斗に話を振っている。

 

 彼らはしばらくの間、タダで振る舞われる飲み物を楽しみ、何てことのない雑談を重ねながら、八十稲羽にはない都会のクラブの雰囲気を味わっていた。

 

 何やら雲行きが怪しくなったのはその後のことだ。

 雪子やりせ、クマの様子がおかしい。……いや、クマに関しては普段からおかしな言動が多いが、それを差し引いても異常な様子だった。

 

 具体例を挙げると、第一に顔が赤い。ケバい色のライトに照らされていても明らかなほど、赤ら顔になっている。

 第二に呂律が回っていない。何を喋っているのかはおおよそ聞き取れるのだが、ところどころ発音が曖昧だ。

 第三にノリ。悪ノリとでも言うか、やけに絡んでくるというか。

 

 何だろう、彼女らの状態に既視感がある。その正体は、と思考してすぐ、ほぼ同時に彼らは思い当たった。

 そうだ、身の回りの大人がこうなっているのを何度も見たではないか。宅飲みとか飲み会の帰りとかで。

 

 つまり、この原因はまさか――――酒類(アルコール)か……!?

 

 嫌な予感に残りのメンバーは震撼した。

 

 クラブでは酒を飲んで盛り上がっているイメージがある。もしも飲酒してしまったとしたら、大事(おおごと)だ。反省文では済まない。停学は確実。例え、わざとでなかったとしても、だ。

 

「ばっ…………どーすんだコレ!?」

 

「とりあえず、先輩ら吐かせるっすか?」

 

「待てそれはヤメロ」

 

 喧々囂々。ディスコに紛れ、会議は踊る。

 

 そうだ、無駄かもしれないが、探偵にも口止めをしておかなければ。

 悠が慌てふためきながら直斗に話しかけようとして、

 

「これ、()()()()()()()ですよ」

 

 直斗がグラスを傾けると、氷がぶつかりカランと鳴った。

 

「…………ほわっつ?」

 

「来た時に確認しました。何でも、飲酒運転への抗議で、この店は去年からアルコール類の取り扱いを止めたそうです」

 

「ん、ということは――――」

 

 彼らの前に並ぶ飲み物は全てノンアルコール(ただのジュース)

 つまり、該当者の変調の原因は――――場酔いだった。

 

「って、場酔いかよ!?」

 

「実在、していたのか……ッ!」

 

 炭酸系の飲料でも酔う。そんな噂を耳にしたことはあれど、目にしたのは初めてだ。

 

 しかし、酒類ではないと安堵したのも束の間、

 

「王様ゲェェェェム!!」

 

 酔っ払いが暴走し始めた。

 

 場酔いした面々によって唐突に強行された王様ゲーム――――の名を借りた傍若無人っぷりに素面のメンバーは振り回されることになった。

 キス(チッス)を始めとした過激なスキンシップを強要する等、勝手気ままな振る舞いだけに飽きたらず、

 

「よぅし、次は私ね王様! 女王様ー!」

 

「クジ引けよ天城!」

 

「というか落ち着け女教皇」

 

「落ち着かなぁい! だって私、王様だからー!」

 

 赤ら顔の雪子はクジ引き前に王様だと宣言した。もはや王様ゲームの体をなしていない。

 

 因みに『女教皇』は雪子のペルソナのアルカナであり、正位置では『直感、安心、知性、聡明、英知』などの意味を持つカードである。

 酔いが酷すぎて、言動に知性の欠片も残っていないが。

 

 クジの番号運もあり、ここまでの標的(犠牲者)は特捜隊の面々だったのだが、ついに直斗にも毒牙が迫る。

 

 雪子が王様命令と称して『口では言えない恥ずかしいエピソード』を語らせようとしたのだ。

 

 指名された直後、直斗は困惑したように目を瞬かせたものの、そこは歴戦の探偵である。

 

「いいですよ。その代わり、僕が話したら皆さんにも()()()()を話してもらいます」

 

「んー? いいよー?」

 

「おい!」

 

 酔っ払いが思考時間ゼロで安請け合いするや否や、「特に面白い話ではないですが」と前置きした上で直斗は語り始めた。

 淡々と直斗の口から紡がれたのは、自らの生い立ち、そして探偵として活動を始めた経緯だった。

 

 白鐘の家は代々探偵を生業としている家系であり、警察組織に力を貸してきたこと。

 直斗はその五代目にあたり、先代の祖父と二人で暮らしながら、彼の後継として若くして探偵活動をしていること。

 

 当然、真面目な直斗の話にオチなどない。

 

「では次は皆さんの番ですよ、答えてもらいましょう――――――皆さんが本当は事件とどう関わっているのか」

 

 つまり直斗は己の話の対価として、特捜隊が何をしているのか聞き出そうとしたのだ。

 

 非現実的な真実を伝えるわけにもいかず、悠たちがどうすればいいか戸惑う中、

 

「えっとー……テレビの中に入ってぇ、誘拐された人を助けてまーす…………それでぇ、うようよしてて邪魔なシャドウをー『ペルソナァー!』って」

 

 雪子(酔っ払い)があっさりペルソナ能力やテレビの中の世界のことを漏らした。

 

「ばっ、おまっ…………!?」

 

「はぁ…………僕をからかってます?」

 

 幸いにも戯れ言として流され、酔いどれ雪子は相手にされなかった。

 それは良かったのだが…………。

 

「ああ、それともう一つ。事件への関わりを答える気がないなら、こちらの方を答えてもらいましょうか」

 

 直斗はすっと目を細める。

 まるで『お前たちの全てを暴いてやるぞ』と言わんばかりに。

 

「――――麻帆良学園女子中等部」

 

「えっ…………?」

 

「教師殺しの犯人が捕らえられた日、麻帆良学園の女子生徒と一緒にいましたね。彼女は一体何者なのか。あの日、何故遠く離れた稲羽市に来ていたのか。教えてもらえますか?」

 

 ――――皆さんは一体何を隠しているんですか?

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

【2011/09/11 日曜日 曇り】

 

 

 

「――――ってことがあったんだ」

 

「はい?」

 

 ジュネス屋上に設けられた休憩コーナー、もといフードコートにて。

 悠と向かい合うように座っていた千雨は呆けた声を出した。

 

 修学旅行のお土産を渡したいという理由で、八十稲羽に呼び出された千雨。

 麻帆良学園の修学旅行はどの学校も例年一学期に行われるので、この時期の修学旅行に物珍しさを感じた。

 

 お土産の『巌戸台饅頭』をありがたく頂戴し、すぐに帰ろうとした矢先の出来事だった。驚愕の土産話を聞かされたのは。

 

「つまり、その…………あれですか。八十稲羽の殺人事件には探偵が出張ってきていた、と」

 

「ああ」

 

「で、探偵に事件への関与を疑われている、と」

 

「そうなるな」

 

「そッ――――」

 

 そんな探偵までいたのかよ!? という叫びを千雨は押し殺した。

 

 これが探偵漫画なら、嫌なフラグが立ちまくっているところである。勘弁してほしい。

 

 夏休みに目撃されてしまったコスプレ(ラブリーン)の件が鎮静化したかと思えばコレである。

 その鎮静化作業とて決して楽な道のりではなかった。

 特捜隊間で話題に上りそうになる度に『あれは幻覚』『私に聞くな』『話せることは何もない』の三種の神器を駆使し、ひと月かかってようやく触れられることがなくなったのだ。

 

 というか、ラブリーンコスの話をするぐらいなら、探偵についての情報共有をしてほしかった。

 

 彼らがいるのは『非常識の爆心地』たる麻帆良学園でもないのに、こうも定期的に爆弾が投下されるのは何故だろうか。

 

 事件が終わった後に探偵が転入してくるとか…………いよいよ嫌な予感しかしない。

 新しい事件が発生したりするのではなかろうか、千雨がげんなりしていると、

 

「あ、修学旅行の時の写真があるけど、見てみるか?」

 

「何で疑惑を向けてくる相手と行動してるんですか……?」

 

「まあ、その…………直斗が一人でいたから、つい」

 

「お、お人好しすぎる…………」

 

 噂の探偵こと白鐘直斗の写真を見るために、千雨は悠の携帯画面を覗き込む。

 

 どこか呆れたような表情で写真に写っているのは、なかなかに顔の整った小柄な男だった。

 探偵ということは頭もいいのだろう。おまけに綺麗で顔面偏差値も高めときた。

 

 ああ、全くもって羨ましい限りである。

 

「――――ん?」

 

 ――――今、何か変な感じが…………そうだ、何で羨ましいと思ったんだ? 

 

 どれほど格好いい男がいたところで、普通羨ましいとは思わない。関心を向けることはあれど、無い物ねだりをしたところで意味がないからだ。性別が違えば見た目から得られる印象も異なる。

 

 だのに、今感じたものは何だ。

 

 しばし思考を巡らせるが答えは出ない。

 千雨は諦めて頭を横に振った。

 

 ともかく、喫緊の問題は高校生探偵の白鐘直斗だ。

 

 ――――あの事件の捜査にも関わっていて、しかも特捜隊が関わっていることがバレている? ペルソナ使いでもないのに? そんな奴いんのかよ!? どうやって感づいたんだ? 

 …………いや、それより学校を特定されてる方がヤバい。というか、たったあれだけの目撃時間でそこまで調査できるとか怖い。怖すぎる。

 

 この様子だと学校には連絡してなさそうだが、もしされたら千雨としてもかなりマズい事態になる。

 学校側から追及されたら、苦しい言い訳を考えねばならないのだ。

 

 あの日、麻帆良外への外出届は当然のごとく寮に提出していない。

 八十稲羽まで電車もバスも使わず…………というか、寮の自室から出ることなくテレビからほぼ直通で行けるのだ。

 つまり、生徒教職員いずれにも見られる心配がないから外出したことはバレない。

 そもそも部屋から一歩も外に出ていないので外出届は不要。そんな理論である。

 

 なお、雪子とりせ(酔っ払いども)が先の質問と同様、バカ正直に『千雨ちゃんはトラポートでビューンと飛んできました』と答えたらしいが、これまたまともに取り合ってもらえなかったのだとか。

 

 そうだ。そんな話、普通は信じるはずがない、()()()

 今回は相手の常識に救われた形になるだろうか。流石は探偵。きちんと常識人だった。

 ありがとう常識。やはり常識は最高だ。

 

 というか一体何故、今になって事件の捜査じみた聞き込みをしているのか。

 …………いや、実際これは『捜査』だ。解決した事件をわざわざ調べているのか。それはまた、どうして。

 

 謎をすべて解かなければ納得しない潔癖症? 犯人は逮捕されたのだから、特捜隊のことを疑っているとすれば、共犯者や協力者として、か?

 そうだとしても、さすがに『直接問い詰める』なんてわかりやすい悪手に訴えるとは考えづらい。

 

 ならば、あるいは――――『まだ事件が解決していないと考えている』とか。

 

 降って湧いたような考えを千雨は即座に否定した。

 いいや、それこそ有り得ない。

 あの男は犯人と特捜隊以外が知り得ぬテレビの中の世界にいた。『自分が全部やった』と自供もした。

 ならば間違いなく、奴が犯人だ。

 

 だというのに、何故だろう。どうして、何かがおかしい気がするんだ? 何かが噛み合わない。

 

「…………そういえば」

 

 事件の犯人はテレビの中の世界に出入りできる能力者、すなわちペルソナ使いだと千雨は睨んでいた。

 

 だが、犯人(久保)はペルソナを使ってこなかった。

 あの時、特捜隊を襲ってきたのは、ペルソナと表裏一体と思われるシャドウ…………ペルソナになる前の制御されていない状態――――。

 

「どうかしたか、千雨?」

 

「いや…………多分、気のせいだと思うので」

 

 何か重大な点を見逃しているような、そんなモヤモヤした気持ちを抱えながらも、千雨はその日、八十稲羽を後にした。

 




『千雨主役の話が読みたいのにこの作品は更新が遅い』
 そう感じているあなたに、ここで朗報です。
 新しく千雨主役のお話ができました!()

魔入りました! 千雨さん
https://syosetu.org/novel/215154/

 そしてみんな魔入間を読めばいい(ステマ)


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