戦場最強の二人が学校で生活するそうです~魔術と機械のエージェント~ (翠晶 秋)
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番外編 降り積もる雪と騒ぎ立てる聖夜

 

寮の外では、雪が降り積もっている。

ちらちらと舞うそれは幻想的な雰囲気を作り…

 

「トラップカード発動!【機械の侵略】!これによりゼータのモンスター全員は動けないっス!」

「ハッ、そんなのお見通しさ!カウンターカード!【魔術師団の後方支援】!モンスター全員をスタンドして再攻撃!さらにフィオナのガードモンスターを全て破壊!」

「なんだってぇーっ!?」

 

寮の中では、そんな雰囲気をぶち壊す作業が行われていた。

今日は冬の月に一度だけ訪れる、聖夜というイベントだ。

正式な名称はなんだったか…忘れてしまった。らしくないな。

とにかく、その聖夜はめでたい行事らしく、(いわ)く、神様が幸運を授けてくれる日なんだとか。

『あなたに聖夜の祝福を』。それが聖夜の合い言葉だ。

そんなわけで、寮はレースやらで華やかに飾りつけされ、客間のテーブルにはチキンやらジュースやらが並べられ、寮は賑わっていた。

現在はゼータとフィオナのカードゲーム大会となっているが。

と、唐突にレンナ先生が手を叩き、今回の聖夜の一大イベントの始まりを告げた。

 

「今から…プレゼント交換をしたいと思いまーすっ!!」

「「「「うおおおおおおおっ!!」」」」

「前日にみんなから預かっていたプレゼント&私のプレゼントを追加して、シャッフルして皆に配っていくよー!」

「「「「うおおおおおおおっ!!」」」」

 

ちなみにだが、現在寮にはEクラスの者も集まっている。担任教師は奥さんと過ごすらしく、寮には来ていない。

みんな、勉強で厳しい学園の中で大手を振って遊べるということで、はしゃぎにはしゃいでいた。

いつもはとやかく言うセルカも、今日ばかりは黙っている。

ノアは先ほどまで人だかりの真ん中で着せ替え人形と化していた。

聖夜の衣装を着せているらしい。

と、窓際でシャンパン(ノンアルコール)を飲んでいる俺の元にも、プレゼントが回ってきた。

軽いな。タオルケットなどの類いだろうか。

 

「よぉし、プレゼントは行き届いたね?それじゃ、プレゼントっ、オープン!」

 

レンナ先生の合図で紐をほどく。

中から出てきたのは…マフラーか?

 

「あ!それ私のやつっス!」

「フィオナの?」

「はい!手編みっスよ、感謝するがいい!」

「まぁ、言うところはあるが、素直に受け取っておこう。ありがとう」

「ノイン、これ、なんですか?」

 

くいくいと俺の服の袖を引っ張ったノアが自らのプレゼントであろう包みを渡してくる。

中をのぞき込むと…

 

「研石だと…?誰が喜ぶんだ、こんなもの…?」

「さすがにこれはセンスを疑うっスね…」

「あ、それ俺の!ノアちゃんに渡ったかぁ!」

「あんたっスかぁ!!」

 

Eクラスの者がひょこりと顔を出し、フィオナに裏拳をされた。

ノアはノアで砥石を大事そうに懐に…本当に何に使うんだ、あんなもの…。

ライカは大きな絵本を抱えている。

セルカは熊のぬいぐるみを抱いて「年じゃないのだがな…」といいつつもまんざらでもなさそうだ。

フィオナのプレゼントは男物だったらしいのでEクラスで女物が出た者と交換、猫の髪飾りを手にいれたらしい。

ゼータは…

 

「このプレゼント、誰だあああああ!」

「ゼータ、何もらったんスか?」

「見ろよこれ!爪切りだぞ爪切り!!!!」

「なんだ、俺のじゃないか」

「ノインのかああああ!!」

 

ゼータは俺の出した爪切り。

怒り、俺に爪切りを返品しようとするゼータだが…

 

「まあ待て。それは爪切りとしても使えるがあるギミックがあってな」

「ギミック?」

「そうだ。そこの指を置くところを開いて…そう。そこにマッチ大の棒を置けば簡易的なボウガンとなる。懐剣とはまた違うが、スパイ活動するときなどに役にたつだろうな」

「………………」

「まあ要らないというのなら仕方がない。俺のプレゼントはフィオナの手編みマフラーだが、これでよかったら交換を…」

「やっぱこれ、貰っていいかな」 

 

喜んでもらえたようで何よりだ。

そっと爪切りを懐にしまうゼータを横目に、俺は気配を消して寮から抜け出た。

そのまま裏庭に回り、小さく声を上げる。

 

「ネイア。いるなら出てこい。誰もいない、俺一人だ」

 

すると木の陰から小さい少女が現れ、俺に困ったような笑みを浮かべる。

 

「まさかばれていたなんて。どしたの?」

「あなたに聖夜の祝福を」

 

俺は用意していたプレゼントボックスをネイアに差し出す。

一瞬目を見開いたネイアだが、すぐに笑みを浮かべて俺からボックスを奪い取った。

ルンルンと口で言いながら包みをほどいている。

 

「まさかの聖夜プレゼント?何が入っているのかな…って、これって───!」

「そのネックレス、欲しがっていただろう?働きに比べてネイアの報酬は少なかったからな」

「ノイン…好きっ!」

「また調子の良いことを。その手にはのらん」

 

えへへと笑いながらネックレスをしまいこむネイアの頭をぽんと撫で、俺は寮に戻った。

 

 

 

 

あなたに、聖夜の祝福を。

 

 

 

 




これはネイアが正ヒロインな線も…あ、ないですかすみません


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本編
深海の少年少女


外からの侵入を感知し、国はその船に信号を放つ。

内容を簡単に訳せば、『ちょっと、そこ俺達の領土なんだけど。なんの目的で来たん?正式な理由が無ければ、早く出ていって?さもなくば撃つ』という物だった。

が、その信号には裏がある。

世界全ての国共通の暗号。

それに暗号で答え返せば、易々と国に入れるという物。

軍や国の重鎮しか知らない、言わばパスポートを信号にしたような物である。

信号を受け、海中から出てきたのは黒い船体に赤いラインと溝の出来た、潜水艦だった。

潜水艦は信号の答えを暗号で返し、国の中へ入って行くのだった。

 

 

 

 

場所は変わって潜水艦の船内。

赤い縁取りの服を着た男が、機械をいじくっていた。

 

「ふぅ。しっかり暗号は解読できたな」

 

男の手元には先程潜水艦が受けた信号のパターンが細かく記載されており、素人が見てもこの男が国の関係者で無いことがわかる。

 

「お疲れさま、です。お茶、淹れました」

「あぁ、ありがとう」

 

奥から青を基調とした服の女が、お盆に紅茶を乗せて出てきた。

美女とも美少女とも言える女は男に紅茶を渡すと、机の地図を眺める。

 

「次の任務、ここ、です?」

「そうだ。まずはここに向かえ、と。なにやら、情報が漏れるのを防ぐため、任務の内容は現地で伝えるらしい」

 

男は目頭を揉み、紅茶をすすると一つ、深い息をついた。

女は男の後ろへ回り、その肩を揉み始めた。

 

「この国、紅茶と、陶器が、名産、らしいです」

「ほう。なら、皿やコップを買い換えるのもいいかもしれんな。紅茶も、お前が淹れるのならさらに良いものになるだろう」

 

男達がこんな会話を続けている間にも、潜水艦は進んでいく。

船体についた窓は水圧で割れることもなく、外の景色を写し出していた。

 

「肩はもういい。疲れたろう、休憩としよう」

「わかり、ました、です」

 

男は窓の外をチラリと見ると、その速度を上げた。

実はこの男、会話をしている最中にも手中のリモコンで船を操作していたのだ。片手で。

さらに男は手元の携帯のような液晶に目を見やると、「燃料も残り少ない。また作らねばならないな」と呟いた。

ワインレッドの目に首もとまである髪、白い手袋やブーツ等の服装、落ち着いた雰囲気と合わさって、男は探偵やエージェントのような印象を持っていた。

 

「次の国なら、燃料も、安く買えるそう、です」

「そうか、なら上からの必要経費として追加しよう」

 

物価を伝えた女は、ぱたんと見ていた手帳を閉じ、窓に駆け寄って外の景色を眺めた。

カイヤナイトの瞳を持ち、雪のように真っ白い髪を腰もとまで垂らす女は、他人の心を吸い込むような美貌と合間って、人形か、人魚か、精霊かと思うような印象を持っていた。

 

「そろそろつくぞ。荷物を整え、艦内を見てまわれ」

「わかり、ました」

 

そうして潜水艦は、そして二人は、自らの任務を果たすため、国の港へと向かって行った。




お試しとして投稿いたしました。
面白そうと感じたら感想など受け付けておりますので、そちらの方に感想いただければ、続けさせていただきます。


ではでは、稲葉さんでした。


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任務の内容

ハッチを開け、俺は船の上部分に乗る。

心地よい海風が俺の黒髪を揺らし、肺に新鮮な酸素を届ける。

ぐっと背伸びをし、後ろを振り返れば、そこには上からの任務でやって来た国、『フォールン』が広がっている。

 

「ノイン、ついた、です?」

 

ハッチから声がかかる。

ノイン。正確には「ノインス」だが、それが俺の名前だ。

 

「あぁ。ついたぞ、ノア」

 

ハッチから一人、少女が這い出てくる。

蒼い目に白い髪。

目の色は、表現するならカイヤナイトだったか。

透き通った目がとても美しい。

ノアは海風を肺一杯に吸い込むと、俺に笑顔を向けた。

 

「早く、いきましょう」

「おっ、おおう。そうだな」

 

ちょっと見惚れたのは言うまでもあるまい。

 

 

俺達はフォールンの繁華街を歩いていた。

途中クレープを頬張ったりして、のんびり満喫しながらとあるカフェに入ったのだが。

 

「あぁ~!ノイン、やっと来た!おっそいよ!もうパフェ食べ終わっちゃったよ!?」

 

店内に入るなり、女性の大声が響く。

イライラしながらも店員に謝り、早足でそいつのところへ向かう。

 

「店内で大声を出すな。客の迷惑になるだろう」

「えぇ~。だってノインが遅いのが悪いんだもぉーん」

「集合時間5分前のはずだが?」

「えっ。一時間くらい待ってたんだけど…」

 

目の前の金髪に翡翠色の目を持った女…いや、この小ささだと少女か。

名をナイアというこの少女は、腕時計を見て顔をひくつかせる。

 

「待って。私、待つためにポケットマネーでパフェ買ったんだけど…」

 

ちらりと隣に目をやれば、山積みになったパフェの空き容器。

 

「ちゃんと時間を見ていれば、こんな事にはならなかったな。その様子だと、財布の中身全部使ったんだろう?」

「う、う…うわぁぁぁぁぁぁ!」

「だから大声を出すな!」

 

パフェをノアと泣いているナイアの分頼み、席に座る。

パフェが届いて目を輝かせているノアに満足しながら、俺はバカ(ナイア)に話しかける。

 

「んで、今回の任務、なんなんだ?いつもなら電信を使うだろう?」

あふぉふぇ、ふぉんふぁいのは(あのね、今回のは)

「飲み込め!飲み込んでから喋れ」

「ごくん。あのね、今回の任務は、結構長期になりそうなんだよ。だから、電信じゃなくて直接伝えた方が良いって上が」

「…ふむ、そういうことなら。それで?任務の内容は?」

 

それまで賑やかだったナイアは急に静かになり。

 

「この国のルーンナイトを育成する学園。その地下に、なにやらとんでもないものが埋まってるみたいなんだよ」

「…なるほど。それを調査してこいって事か」

「んーん、違うの。今回のノインとノアに課せられた任務は…」

 

 

 

「その学園に入学して、しばらくの間ルーンナイトの卵として学園生活を満喫すること」

「………は?」

 

 

 

どうやら俺達は、学生になるらしい。




いかがでしたでしょうか?
「面白い!」「続きが見たい!」と思った方は、感想をコメントしていただけるとありがたいです。


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国立ルーンナイト学園

「どういうことだ?任務の内容を伝えろと言ったはずだが?」

「学園、です?」

 

ナイアはバカだが、任務絡みなら決してふざけない。

そのナイアが言うのだから、ちゃんとした任務のはずなのだが…。

 

「えーとね…。あったあった。これ、任務の電信を書いたものね」

 

ナイアから手紙を受け取り、目を通す。

『ルーンナイト 育成 学園 卒業マデ 入学 ノインス ノア 』

としか書かれておらず、本当に入学するだけの任務のようだ。

 

「…本当のようだ…」

「学園、です!」

「でしょう?それとこれ、パンフレットと過去のテスト問題集とその答えね。一応入学する手続きはしてあるみたいだけど、もしかしたら編入テストとかあるかもしれないから。入学は一週間後だってさ」

「わかった。目を通しておく」

 

そのままナイアと離れ、潜水艦に戻る。

潜水艦内の空気を取り替えながら、過去問とパンフレットに目を通し、俺とノアなら問題無いことがわかった。

主にルーンに関する分野が多かったが、もといた国でもある程度のルーンの知識は習っていたので、充分に解ける。

一週間、ノアと観光をして、のんびり過ごすとしよう。

 

「このところ、忙しかったからな。たまには、こういうのも良いだろう」

 

俺はそう呟くと、潜水艦の自室でうんと背筋を伸ばした。

 

 

あれから一週間が経ち、俺達はフォールンの学園の正門前に来ていた。

制服があるらしいのだが、支給されていないので服はそのままだ。

 

「ようこそ、フォールン国立ルーンナイト学園へ。ノインスさんと、ノアさんで間違いないでしょうか?」

「あぁ。俺が…自分がノインスだ」

「ノア、です」

 

多分この学園の教師であろう人に案内をしてもらい、学長室に通してもらう。

学長室に入った俺達を出迎えたのは、所々角ばった男性だった。

真面目な印象を受ける。

何かあったとき、懐柔はできなさそうだ。

 

「ようこそ我が学園へ。君達は機械大国ディーラの学園からの編入と聞いているが、間違ってはいないかな?」

「大丈夫です。それで合っています」

「そうか。では、簡単な編入テストを受けてもらう。私はここを離れられないのでな。君達のクラスを担任している先生に見てもらおう。レンナ君、入ってくれ」

 

学園長の合図で、隣の部屋から一人の女性が現れた。

肩口まで切り揃えた深い緑色の髪が揺れる。

 

「私が君たちのクラスを受け持つ、レンナだよ。よろしくね」

「よろしく頼む、レンナ先生」

「よろしく、です」

「ではレンナ君。場所まで案内、それとテストをしてやってくれ」

「了解。じゃあノインス君、ノアちゃん。ついてきて」

 

そう言って学長室を出たレンナ先生についていき、俺達はテスト会場まで移動した。



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実技試験

俺達が連れてこられたのは、大きな闘技場。

テストをするんじゃなかったのか?

そう思っていると、レンナ先生が口を開いた。

 

「ペーパーテストだと思ってて驚いた?今年のテストは実技なんだよ」

「口調が軽くなったな、先生」

「そりゃそうさ。あのカタブツ学長がいないからね」

 

緑色の髪を揺らし、クスクスと笑う先生。

…何か引っ掛かる。

テストが実技なのは納得したが、俺にはある疑問があった。

 

「先生、実技とは言ったが、誰と戦うんだ?相手がいないぞ」

「ふっふっふ…驚くがいい!!!君たちの相手は…こいつだ!」

 

そういってレンナ先生が手を地面に向けると、ずもも、と人形の土塊が出てきた。

ルーンゴーレム。

噂には聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。

 

「なるほど、ルーンゴーレムならバランスのいい戦闘ができる。良い案だな」

「よぉしよし。んじゃあ、ノアちゃんからやってもらうよ?勝利条件は人間の死亡条件と同じ。どんな手を使ってもいいよ」

「わかりました、です」

「それじゃあノインス君、下がって」

 

レンナ先生と俺は闘技場からすみに下がり、闘技場にはノアとルーンゴーレムしかいない。

 

「じゃあ、ノインス君合図して。先生はゴーレムの操作で忙しいから」

 

俺は苦笑し、腰元から弾の入っていない愛銃を取りだし、空へ構える。

 

「それじゃあ行くぞ。…はじめ!」

 

パァン、と空砲が鳴り、ノアVSゴーレムの戦いが始まった。

まず、先手をかけたのはルーンゴーレム。

体の土を右腕に少し移動させ、威力の増したパンチを繰り出す。

ノアはいつも使っているような武器ではなく、ベルトに数本挿しているナイフを使うようだ。

パンチを避け、すれ違い様に腕を抉るノア。

場所が入れ替わったところで、次に仕掛けたのはノアだった。

ベルトのナイフを両手に四本ずつ、指の間に挟んだノアが繰り出したのは…。

 

「終わり、ですっ!」

 

そのまま突進をするだけ。

勢いを見るに、フェイントをかけようともしていない。

 

「なにそれ、そんなの…!」

 

レンナ先生はゴーレムを操作し、カウンターを出そうと試みる。

ノアに迫る土の腕。

と、その時。

ノアは跳んだ。

ゴーレムの首もと目掛けて。

腕にナイフを刺し、腕力で体を持ち上げ、空中で一回転。

そのまま、落下しながら勢いに任せてゴーレムの首を斬った。

 

「えっ」

 

隣から間抜けな声が聞こえる。

ノアがゴーレムの顎を蹴りあげれば、その首ははるか彼方へすっとんでいった。

 

「テスト、これで大丈夫、です?」

「えっ、あっ、ううん、うん。合格かな」

 

レンナ先生が狼狽しながらも答える。

さて、次は俺の番か。

 

「さぁ、レンナ先生。ゴーレムを出してくれ。一度それとは手合わせしてみたかった」

「わ、わかったよ。じゃあ、次の合図はノアちゃんね」

 

俺の目の前にゴーレムが現れる。

ノアに合図を送ると、ノアは手に白い旗を持ち…。

 

「よーい、はじめ!ですっ」

 

 

 

パァン

 

 

 

ゴーレムの首が砕けた。

俺の手元(愛銃)から上がる煙。

横を見れば口をパクパクさせているレンナ先生。

 

「なんだ、もっと硬いのかと思った」

「非常識すぎるよぉ!」

 

レンナ先生は顔を赤くし、激昂した。

 



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クラス

 

レンナ先生お手製のゴーレムを粉砕したその後。

俺達は、学園の廊下を歩いていた。

 

「まったく…。確かに何をしても良いとは言ったけど、一撃ってぇ…。ノアちゃんもすごい技術持ってるしぃ…。合格なんだけど!」

「悪かった。どれぐらいの硬度があるのか試してみたくてな」

「機動力、すごい、です。機械は、あんな早く、ない、です」

 

試験は合格、まずはクラスに紹介をするそうだ。

制服や校内案内、授業は明日から始めるとの事。

 

「じゃ、まずは私がみんなに伝えるから、合図があったら入ってきて」

「わかった」

「わかりました、です」

 

俺達は廊下で待ち、先にレンナ先生が教室に入る。

しばらく待ち、『では、入ってきてー!』と声が聞こえたので扉を開けて教室に入る。

クラスは俺達を含めても少なく、7人程しかいない。

俺達の学年は2年として編入しているので、二階のクラスだ。

因みに3年まであるらしい。

端のクラスなのでまだちゃんとクラス全員そろっていないらしい…と、そんな事を考えている時間じゃなかった。

 

「初めましてだな。俺はノインス。機械大国から来た。よろしく頼む」

 

当たり障りのない自己紹介。

これでノアに繋ぐ。

 

「初めまして、です。ノア、と言います。ノインと、同じ、機械大国から、来ました。よろしく、お願いします」

 

ノアはやはりというかなんというか、俺の事をノインと呼ぶ。

 

「んじゃあ、クラスのみんなは順に自己紹介してってねぇ。じゃあ…ゼータ君からね!」

 

ゼータと呼ばれた灰色と白の入り交じった髪の男が、立ち上がって俺に拳を突き出してくる。

 

「俺はゼータ!将来の夢はルーンマスター!よろしくな、マイブラザー!」

 

そう言って突き出した拳をずいっと強調してくる。

とりあえずとこちらも拳を突き出せば、ゼータは満足したのかうんうんと頷きながら席に座った。

…頭が悪そうな印象を受ける。

 

「よかったスね、ゼータ!ゼータの冗談に合わせてくれる人が来てくれて!」

「冗談じゃねぇ、本気(マジ)だ!本気と書いてマジだ!」

 

ゼータの隣の席に座っているオレンジ髪のポニーテールの女がゼータをからかう。

その子は満足したのか立ち上がると、自己紹介を始めた。

 

「フィオナっス!!好きなことは町遊び!よろしくっス!」

 

そう言ってピースを作り出し、頬に当ててポーズをとるフィオナ。

ノアが同じポーズで返すと、撃たれたように胸を押さえながら席に座った。

…やはり頭が悪そうな印象を受ける。

 

「えと、ライカ。趣味はルーン研究…かな…?と、とにかく、よろしくね」

 

気弱そうな少年が立ち上がり、遠慮がちに自己紹介をする。

…ライカはまともそうだ。良かった。

 

「そして、私がセルカ。先生もこんななのでな、私がクラスをまとめている。よろしく頼む」

「こんなってどういうことっスか!ねぇ!ねぇ!」

「そうだぜ!俺はこのクラスに縛られるような器じゃねぇ!」

 

…こいつもまともな印象を…オイ待てセルカ、同志を見るような目をするな。

俺は嫌だぞ、このクラスをまとめあげるのは。

 

「よし、自己紹介は済んだね。今日の授業はおやすみ!みんな、ノインス君とノアちゃんをもみくちゃにしろー!」

「えっ、待て、先せ────」

「ハイハイ質問でーす!」

 

ピシィッ!!!!と効果音が付きそうなくらい、フィオナが手を上げる。

よくよく見れば、大人しそうな印象のライカやセルカの目も心なしか光っている。

…今日一日、離してはくれなさそうだ。

 



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学園の寮

 

クラスメイトに質問責めされた日の夜。

俺達は、生徒が宿泊している寮に来ていた。

 

「ここで、いいんだよな…」

「寮、です」

 

横を見ても同じ形の寮がずらりと並んでいるので、どれが宿泊する寮かわかりづらい。

地図を見て再確認したあと、ドアをノックする。

すると中から『はーい』という声が響き、やがてドアが開けられた。

 

「どちら様…ってノイン君!それとノアちゃんも!」

「夜分遅く、すまないな。本来なら明日の予定の学園案内を今日に回してもらったんだ」

 

扉の陰からひょっこりと顔を出したのはライカ。

水玉のパジャマを来ていて、一瞬女性かと見間違えた。

ちなみに、ライカが俺の事をノインと呼んでいるのは、ノアがそう呼ぶからじゃあそっちにしよう、ということでノインが正式に広まった。

…意味がわからない。

 

「案内を今日に?どうして?」

「いち早くルーンの授業を受けたい。聞けば、ルーンの授業は明日だそうじゃないか」

「ルーン、興味がある、です」

「そっか!ルーンって面白いよ!何もないところから火を出したり水を出したり…っていつまでも外でゴメン!さ、上がって上がって!」

 

慌てた様子のライカに通されたのは、寮のロビー。

品が高く、それでも控えめな装飾で飾られ、学生が使う寮とは思えなかった。

 

「ずいぶんと良い寮だな」

「最近はルーンの暴発が多くて魔物がたくさん出てるんだ。だからルーンの扱いに長けた人をたくさん作るために、ここまで待遇を良くしてくれるんだよ」

「なるほど、魔物か」

 

ルーン大国であるフォールンの周りには、ルーンが集まって発生した魔物と呼ばれる生命体が発生する。

ルーンを餌として良く好み、同じくルーンに適正のある人間も襲う対象であるようだ。

ちなみに我等が機械大国では古代文明の機械が人間を要らない物として排除しようと襲ってくる。

 

「ここは僕たちのクラスと…あと隣のクラスの人も宿泊してるよ。朝になったらまた自己紹介だね」

「…今度は質問責めにされたりしないよな?」

「………」

「なにか言え。不安になるだろう」

「これがノアちゃんの部屋の鍵、こっちがノイン君のだよ」

 

そういうことを言っているのではないのだが、ライカはこちらの話を完全に聞いていない。

 

「男子は二階、女子は三階に部屋があるから!じゃね!」

「オイ待て貴様…行ってしまったか」

「じゃあ、探索がてら、休憩する、です?」

「…ハァ。そうするか」

 

そうして俺はノアと寮の探索をし、夜中に起きてきたフィオナに驚かれるのだった。

 



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ルーン

誰か、ネタをくれると嬉しいな((( ・∇・)


 

「今日はルーンについての授業をしまーす!」

 

学園に編入した翌日。

俺達は試験の時にも来た闘技場までやってきていた。

 

「うおおおおっ!待ってたぜぇぇぇ!」

「落ち着けゼータ。ノインとノアは初めてなんだぞ?」

 

ガッツポーズをとるゼータをセルカが止めている。

その隣ではライカが目をキラキラさせてレンナ先生の言葉を待っていた。

そういえば、ライカはルーンの研究が趣味だと言っていたな。

 

「そうそう。ノイン君とノアちゃんは初めてだから、みんなにはおさらいとして説明しよう!」

 

そういうと先生は地面に手をかざし、何かを引っ張るような動作をした。

すると、地面からずもも、と岩の板が浮き上がってきた。

 

「これがルーンの力。ルーンは主に四種類あって、火、水、風、土。でもそれだけじゃなくって、雷とか、氷とかのルーンもあるんだよ。ルーンは今も新しい物が発見されようとしている」

 

岩の黒板にチョークでルーンの種類を四つ書くレンナ先生。

ゼータ達はそんなことわかっているとばかりに、うんうんと頷いている。

 

「まずは、ルーンの見方から教えようか。今からルーンでゴーレムをゆっくり作るから、それを見て。ゴーレムや私に集中するんじゃなくて、景色全体を見るんだよ」

 

先生が目を閉じ、地面に手をかざす。

言われた通りに景色全体を見ていると、先生のかざした地面から、なにかが集まってきた。

小さく、色は黄土色。それでいて丸くて光っている。

そのなにか────おそらくルーンであろうそれは、先生の手に集まると一筋の光となって地面に突き刺さった。

レンナ先生がその空を掴むようにして腕を上へ引っ張っていくと、周りの土が光にくっつくように浮き、やがて一つの人形を作り出した。

 

「どお?ちゃんと見えた?」

「俺は見えた。黄土色だったな」

「ノアも、見えた、です」

「それはよかった。じゃあ、次はどんなふうに集まるのか見てみよっか。ゼータ、ちょっと良い?」

「うっす!やります!」

 

呼ばれたゼータは拳をとん、と合わせると地震満々に前に出る。

 

「みんなは下がってて。よしゼータ、あれをボコボコにしてまえ!」

「っしゃああああっ!!」

 

ゼータが咆哮すると同時に闘技場の松明から膨大な量の赤い光がゼータの右腕に集まり、その瞬間にゼータの腕は燃え上がった。

ゼータはそのまま手を突きだすと、腕の炎がゼータに先導されるようにゴーレムに向かっていく。

高熱にさらされたゴーレムはピシリとひびが入り、やがてがらがらと崩れた。

 

「しゃっす!終わりました!」

「おーおー、相変わらずすごい威力よねぇー。こんなふうに、ルーンは物からとるものなんだよ。火のルーンは燃える炎から。土のルーンは地面から、みたいに」

「ゼータの腕が燃えていたが、それは大丈夫なのか?」

「おうよ!ルーンを使って炎を出したりすると、そのルーンを使った人は耐性がつくんだぜ!」

 

なるほど、つまり火のルーンを使ったゼータには、そのルーンを使っている間だけ火に耐性ができたから無事、と言うわけか。

 

「まぁこんなものだよ。さぁ、ここからは実際にやってみよう!この学園は凄くてね、火も水も、ルーンが宿る物がたくさんあるんだ!新しいのが発見されたら、すぐに導入されるんだよ!」

「得意なルーンを深く研究できるのが良いところっスよ!」

「わからないところがあったら私か周りに聞いてごらん?今日の授業目的はゴーレムをルーンによる攻撃で破壊することだよ!解散!」

 

その言葉が放たれた途端、クラスメイトはどたどたと駆け出した─────



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ルーンの扱い方

 

授業が始まったは良いものの。

 

「ルーンの集めかたや使い方を説明されてないぞ…!」

「どうする、です?」

 

ルーンは学園では馴染みあるものらしいし、うっかり説明をし忘れたのかもしれない。

俺はライカに、ノアはセルカに指導をしてもらうことにし、離ればなれになった。

 

「ライカ、少しいいだろうか?」

「ノイン君。どうしたの?」

「ルーンの集めかたを説明されていなかったのでな、クラスメイトのなかで一番ルーンに精通していそうなライカに指導をしてもらおうと」

「わっ、ごめん!すぐに教えるよ!えーと…まずは、ルーンを見てごらん?」

 

言う通りにライカの目の前にあった氷の塊を見る。

水色のルーンが溢れている。

 

「それを、集めたい場所に力をいれて、引っこ抜くようなイメージでやってみて?」

 

例えるなら、電子回路を繋ぐイメージだろうか。

まず、自分を客観的に認識、氷のルーンを俺に移動させる…。

すると、ルーンは氷から徐々に俺の腕へと集まり、密集した。

 

「じょうずじょうず!次は使い方。集めたルーンに、強く意志を込める!…って、抽象的だよね。僕がやってみるよ」

 

そういうとセルカは氷のルーンを集め、一言『凍てつけ』と呟いた。

すると、セルカの手のひらからルーンが飛び出し、触れた地面に霜を降ろした。

 

「説明が難しいけど…こう『ぐっ』って感じ!ごめんね、良く教えられなくて…」

「充分だ。やってみる」

 

氷のルーンを腕に集め、手首から先が凍りつく未来を強く想像する。

すると、ルーンが手に密集し、次の瞬間には手首から先が凍りついた。

 

「…できちゃってる。あんな曖昧な説明だったのに」

「ふむ、これがルーンか。なかなか便利だな」

「すごいや!一瞬でルーンの扱いがわかるなんて────」

 

ドオン、と離れたところで音がする。

反射的に首を動かすと、人を飲み込めるサイズの火球を抱えたノアがいた。

 

「ノアも順調のようだな」

「えぇ…。僕、扱えるようになるまで3日はかかったのに…」

 

落ち込んでいるライカにお礼を言い、今度はレンナ先生のところへ向かう。

 

「ん、どったの?」

「ルーンの扱いがわかって、少しやりたいことが出来た。的をお願いしていいか?」

「お、早いね!いいよ、今作るね」

 

言うが早いか、先生がゴーレムを作り出す。

俺は両手を中に空間が出来るように合わせ、ルーンを寄せ集めた。

大気から風を、ゼータの近くの松明から火を、ライカのところから氷を、そして地面から土を。

人差し指と中指を伸ばし、ゴーレムに向ける。

イメージは出来上がった。後は強く想像するだけ。

 

「魔銃 【ルーン・バスター】」

 

たった一言。

それだけで人差し指と中指をレーンにするように岩の塊が射出され、ゴーレムの頭を粉砕した。

硬質な物と硬質な物とがぶつかったことにより産まれた轟音で、クラスメイトがこちらを向く。

そんななか、俺は。

 

 

「…ふむ、計算通りだ」

「「「「今何をしたの!?」」」」

 



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校内対抗戦~ガチンコ勝負に硝煙を沿えて~
ルーンバスター!


 

ゴーレムをルーンで粉砕した。

 

「今、何を!?」

「何を…とは?」

「膨大なルーンを使ったのはわかったけど、風じゃ切りきざまれるし、火なら炎が見えるはず!あんなに早く粉砕するって、何をしたの!?」

 

レンナ先生が青ざめた顔でこちらに詰め寄ってくる。

別に重要な情報ではないので、俺はレンナ先生やクラスメイトにこのルーンの種明かしをすることにした。

目の前で体育座りをするクラスメイトと先生。

俺は借りたチョークを持ち、レンナ先生お手製の黒板に絵と説明文を書く。

 

「まず、俺が使った魔法だが、名前を【魔銃ルーンバスター】と名付けた。この()()がポイントだ」

「銃?」

「そうだ。銃というのは本来鉄で作り、振動を減らして相手を遠距離攻撃する武器たが…」

 

腰元のホルスターから銃をとりだし、一度リロードしてみせる。

 

「このように、リロードには時間がかかるものだ。それで話を戻すが、今回はルーンで銃をつくって見た」

「ルーンで!?」

「そうだ。まずは風のルーン」

 

岩に緑のチョークで大きな丸を描く。

そして、その中に赤いチョークで小さい楕円を描いた。

 

「まずは風のルーンを手の中に作り、さらにその中で火のルーンから高温の炎を出す。熱した空気は風のルーンで逃さないように巡回させる」

 

そして黄色のチョークで弾丸のマークを緑の円のふちに1つ描いた。

 

「土のルーンで岩の弾丸をつくる」

 

次は青のチョークで赤い楕円の回りに点々をつける。

 

「氷や水のルーンで熱した空気を一気に冷やす。そうすれば…」

水蒸気爆発(すいじょうきばくはつ)、です」

 

ノアが手を上げる。

 

「そうだ。それで(弾丸)が押され、前方に射出という寸法だ」

「待って。それじゃあ、あんな威力は出ないんじゃない?」

「確かにそうだ。だから、水蒸気爆発による爆発を風のルーンで全て岩に当てる。上手くいかなかったら岩にひびが入るがな」

 

そこで講義をやめる。

辺りを見渡すと、みんなが口をぽかんと開けていた。

やはり、そこまで面白くなかったか。

 

「俺の頭で考えられるのはこれくらいでな。悪かった、つまらない話で時間をとったな」

「ぜんぜん!ぜんぜんつまらなくなんてないよ!むしろすごいよ、ノイン君!」

「長年教師やってきたけど、こんなこと考える人は見たことなかったなぁ…」

「すっげえ!ノイン、すっげえ!」

「語彙力無くなってまスよ。でも、ほんとにすごい…」

「あぁ。盲点だったな。…これ、訓練した者が攻めれば国を落とせるぞ…?」

 

クラスメイトや先生から投げ掛けられる称賛の言葉。

いきなりのことに驚いていると、先生が俺に話しかけた。

 

「しっかし、まさか同時に五つもルーンを操るなんて。どんな脳の構造してるのさ、常人にはできないよ?」

「そうなのか?」

「そうそう。本来なら三つ同時に制御できて良いほうなんだよ?」

 

確かに、どっと疲れた気がする。

ルーンの制御を誤ったからこうなっているのだと考えていたが、脳が悲鳴を上げているのかも知れない。

 

「とりあえず、授業目的は達成でいいのだろう?俺は疲れてしまった」

「もちろんだよ。これからも、励んでもらいたいものだね」

「うおおお!負けねぇぞおおお!」

「僕だって!」

「あそこまでは行けないっスけどね!」

「良いものを見せて貰ったな」

「次はノアの番、です!」

 

誤算だったが、みんなの士気が上がったようで何よりだ。



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馬の骨

 

授業課題は全員クリアし、俺たちは次の授業のために教室へ戻ることになった。

 

「ノアちゃんノアちゃん、あの威力は何?」

「俺と同じ量のルーンで、俺以上の威力をだせるなんて…。クソッ、なんて変換効率してんだ!?」

 

ノアはこのクラスの誰よりもルーンによる魔法の威力が強いらしく、先程から注目を浴びていた。

 

「ノアは、特に何もしてません、よ?」

「ええぇ~…」

「ノアは戦場でも良い戦果を上げたからな。ノアにとってはなんてこともないだろう」

「初めてでルーンをたくさん扱うノイン君もすごいと思うけどね」

 

廊下でわいわいと話していると、向かい側から女生徒の集団が…いや、真ん中に男がいるな。

 

「あ、ブリーチさんっスね」

「ブリーチ?」

「そっス。学年で成績1位、さらに顔まで良いと来た。女の子の憧れっスよぉ…今見ると、ノインもなかなか良い顔をしてまスね」

「世辞は要らない」

 

そのブリーチとやらは、こちらに近づくと急にノアに接近した。

ノアは避けようとするが、壁際まで追われてしまう。

ブリーチはノアの首の横に…つまり壁に右手をドンと置き、ノアの顔をよく監察する。

 

「…ふむ。君、Fクラスだろう?」

「…?はい、ノアは、Fクラス、です」

「ふむ、ノアか。良い名前だ…どうだ、僕の物に…」

 

ブリーチはそのままノアの顔に触れようとして───

 

 

───ペシッと、その手を払われた。

俺の手に。

 

「…なんの用だ」

「ああ、すまない。俺のノアにどこともわからない馬の骨が触れようとしていたものでな、手が当たってしまったようだ」

「ふうん…?()()()()、ねぇ…」

「ん?どうした?『当たり前』だろ?」

 

ブリーチはたなびく金髪をかきあげ、やれやれと言った風に肩をすくめる。

 

「『当たり前』?ノアは誰の物でもないだろう?」

「その前に貴様がノアの名を呼ぶな。穢れる」

「ええっ、ちょっ!?学園1位の秀才と成績優秀な謎の転校生二人に言い寄られるなんて…!?ノアちゃん、アナタ一体何者っスかぁ!?」

「…?ノアはノア、です?」

「天然属性だったぁーっ!!」

 

俺の肩にぽんと手を置くブリーチ。

目でわかる、そのまま腕を絡めて投げるつもりだろう。

ぱしりとその手を弾き、ブリーチの手が触れたところを手で払う。

まるで、穢らわしい物が触れたかのように。

ブリーチは真顔で俺を睨み付けるが、戦場で突きつけられた銃口と比べれば赤ん坊の笑顔のようである。

 

「かっ、かっくいい~!ブリーチ君の真顔攻撃にあんなクールな表情!」

「おおお、落ち着くっス、ライカ!まだ何か隠してる表情っスよ、あれは!これくらいでかっくいいとか言ってると…!」

 

わーぎゃーと騒ぐクラスメイトとブリーチの取り巻き。

爽やかな顔で歯軋りをするブリーチは苦し紛れに言葉を発した。

 

「…ノアは誰の物でもないのだから、誰を選ぶかは自由だろう?」

「誰を選ぶか、か。悪いな、ノアは…」

 

俺はノアの腰に手をまわし、ノアを抱き寄せる。

 

「最初から、俺の物だ」

 

抱き寄せられてきょとんとしていたノアは、とりあえず俺の胸に顔をうずめた。

 

「……………ぐ。そんな幸せそうな表情…」

「「「「ぶはっ!!」」」」

 

ノアの幸せそうな表情にやられたのだろう。

少し言い過ぎたかもしれないが、ノアのことを何も知らないやつにノアを任せたくはない。

肩をいからせたブリーチは(きびす)を返すと、背を向けて言ってきた。

 

「…校内対抗戦。そこでお前のクラスを潰す」

「…ほう?」

「お前も出ろ。僕は大将として出る。勝ったほうがノアを手にいれる」

 

取り巻きは青ざめたような、勝ち誇ったかのような不思議な表情を見せ、クラスメイトはしきりにノアの肩を揺らしていた。

当のノアは未だに状況がわかっていなさそうだが。

 

「…ノアの意見が取り入れられていないのが不服だが、いいだろう」

「フン。せいぜい修行でもしておくんだな」

 

革靴の音を響かせ、自分のクラスへ戻っていくブリーチ。

俺は口をぱくぱくさせているクラスメイトへ向き直ると。

 

 

 

「…で、校内対抗戦とはなんだ?」

「「「「そこからですか!?!?!?」」」」

 

 

 

校内対抗戦とは、重要な物であるらしい。



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その目に光るは反逆の意思

 

「校内対抗戦ってのはね、トーナメント形式でクラスごとに模擬戦闘をする、いわば簡単な校内行事なの。大将、副将、兵士三人の合計五人でクラスから参加して、優勝したら学園から賞状とできる範囲の願いを一つづつ叶えてもらえるんだよ」

「なるほど。ブリーチは大将と言ったが…大将と兵士は組めるのか?」

 

クラスに戻り、校内対抗戦の説明を聞いていた。

まだここに来てから少しも経っていないのに、俺は大層面倒なことに首を突っ込んだらしい。

後悔はしていない。

 

「無理だね。兵士と兵士なら指定することができるけど…」

「ブリーチは大将として出ると言ったからな。ノインもこちらのクラスから大将として出て、勝ち抜いてSクラスと当たるしかないだろう」

「…セルカ。先ほどから気になってはいたんだが、クラスのアルファベットに地位のような物はあるのか?」

 

ブリーチがノアのことをFクラスだと呼んだ瞬間、周りの俺とノアを見る目が蔑んだものに変わった。

 

「あぁ。学級が上がるタイミングでテスト成績上位者から順にクラスに入る。Sクラスは、言わば秀才の集まりだ」

「俺らは…まあ、Sからしたらバカの集まりなんだろうよ」

「ゼータのは悪い言い方っスけどね。ノインとノアちゃんは転校生なので強制的にFクラスっス」

 

ブリーチの取り巻きの蔑んだ視線はそういうことか。

調べたがこの学園の学力の水準は相当高いので、一蹴にバカとは言えないが。

 

「いいタイミングだし、校内対抗戦のメンバー決めよっか!大将はノイン君として、他!」

 

レンナ先生が机に手を置き、クラスのみんなに呼び掛ける。

計算だと二人余るな。

 

「ノアは、副将をやりたい、です」

「の、ノアちゃんがやるの?まぁダメとは言わないけど」

 

レンナ先生は黒板に『大将:ノインス 副将:ノア』と綴り、辺りを見渡した。

しかし、クラスメイトの表情は暗いもので、むしろ校内対抗戦を嫌っているかのような表情だ。

 

「…ん?待て、俺たちが入る前はどうやって校内対抗戦をしていた?四人しかいなかっただろう?」

「一人いないから、俺がもう一人兵士の役をした。だから余計に身に染みてるんだよ、Fクラスがどれだけ弱いのかが」

 

ゼータはずうううん、とした表情で俺に言う。

他の面々も同じな様で、『無理です。Aクラスのとこまで行ける気がしません』と顔に出ている。

俺は1つ息をつくと、立ち上がって言った。

 

「今まで散々な目にあってきたのだろう?見返してやりたいとは思わないのか?」

「ノイン君…?」

「ゼータ!お前はどうなんだ?やりたいのか、やりたくないのか。そんなもので、ルーンマスターになどなれるのか?」

「───ッ!!」

「フィオナ!どうどうと、町を歩きたくはないのか?後ろめたい事をしたわけでもないのに、路地裏を歩いてそれで町歩きと言うのか?」

「…っス」

「ライカ!ずっとルーンの研究をしているのはなんのためだ?火のルーンで目眩まし、風のルーンで逃げるためか?違うだろう?お前の夢はなんだ!?」

「…僕の、夢…」

「セルカ!そのまま心労を抱えて生きていくのか?ただでさえ苦労している今、さらに『落ちこぼれ』というレッテルが貼られるぞ?」

「…それは、遠慮願いたいものだな」

「Aクラスがなんだと言うのだ!さあ、ついてこい!団旗(だんき)(ひるがえ)せ!お前らには俺がいる、この学園で、革命を起こすのだ!」

「「「「ノインっ!!ノインっ!ノインっ!」」」」

 

両手を拡げて歓声を受ける俺と、希望を取り戻して俺の名前をコールするクラスメイト。

その後ろ、レンナ先生の方から嬉しそうな声が聴こえて来た。

 

「あぁ、良かった。子供たちが光を取り戻してくれて…」

「レンナ先生を喜ばすためだ!「えっ私!?」我らは戦うぞ!さあ、声をあげろ!!」

 

そして俺が拳を天に突き出せば、クラスメイトも拳を天に掲げた。

 

 

 

「「「「「おおーーーっ!!!!」」」」」

 

 

 



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特訓

 

「では、校内対抗戦で大将を勤めさせてもらうノインスだ」

 

時は経ち、実戦練習の授業。

俺達は運動場までやってきていた。

 

「今回、俺は【ルーン・バスター】を使えないが…」

「懸命な判断だと思うっス。あれ使ったら校内対抗戦どころじゃないっスよ」

「お前たちには、ルーンを用いた奥義を作ってもらおうと思っている」

「奥義!奥義ってあれだろ、今までのルーンマスターなら誰もが持っていた、あの!」

「そうだゼータ。校内対抗戦は五人でしか出ることができない。大将と副将は俺とノアで埋まっているから、残りの三人は今回の授業で決めさせてもらう。それでいいか、先生?」

「うん、いいよ。死傷がなければなんでも」

「わかった。ではまず、全員の得意なルーンから────」

 

そうして、短期間の特訓が始まった。

みんなそれぞれの得意なルーンを伸ばし、そしてその応用で苦手なルーンも強化した。

中には、自分だけのルーンを開花させたやつもいる。

その例がこれだ。

 

 

 

 

「うーん…」

「どうかしたか、ゼータ?」

「んお、ノインか。いや、俺は火のルーンは得意なんだが氷のルーンが苦手でさ」  

 

氷のルーンは火とは真逆。

見ればゼータの周りには火のルーンしかいない。

そうとう火のルーンに愛されているようだ。

 

「ふむ…では、火のルーンを使って氷を作ればいいのでは?」

「…は?何言ってんだ、お前?」

「これは俺が作ったルーンを集める腕輪なんだが…」

「いきなりすげえの出してきたな!?」

「レンナ先生は、ルーンにはいくつかの分岐があると言っていたな」

 

例えるなら、火は【炎】や【爆炎】に。

【炎】は火のルーンの威力を増したものに、【爆炎】はルーンを発動させると爆発が起こるという。

ルーンの得意分野を絞れば絞るほど、その得意分野に対するルーンの威力は増す。

 

「ゼータは火が得意なのだから、その火のルーンの分岐を使って氷を生み出せばいい」

「ちょ、ちょっと待てよ。だとしても、火の派生で氷が作れるルーンなんてあるのか?」

「現時点ではないな。だから、新しいのを作る」

「…はあ!?お前そんなこともできんの!?」

「人間、やれないことは無いんだぞ。生身ではやれずとも、それなりに工夫をして成し遂げてきた」

 

言いながら、周りに火のルーンを集め、そのルーンの真髄(しんずい)へ迫る。

見えた。

氷を作れるものと言えば、これしかないだろう。

 

「ルーンを腕輪にセットした。あとは火のルーンからその腕輪を通してそのルーンに変わるから、それで練習するといい」

「おい待てよ。何をセットしたんだ?それを知らないと始まらねえ」

「ああ、すまない。【熱】のルーンだ」

「────ッ!!なるほど、ありがとな、ノイン!」

 

 

 

 

ゼータは才能だけはある。

熱と言っただけで、その場に氷塊を作った。

種は簡単、ゼータは氷が苦手なだけなので、水のルーンは難なく集められる。

そして、水のルーンから【熱】を奪い取る。

それだけで、簡単に氷を扱う事が可能なのである。

その他みんなも自らの得意分野を発露させたのだが、結局はライカが辞退し、校内対抗戦に出るメンバーは決まった。

メンバー(俺も含める)は当日までルーンの研究を頑張り、着実に力を上げていった。

 

 

 

 

そして、当日が来た。

 

 

 

 



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兵士、ライカ~吹き荒れろ、暴食の旋風~

 

「ふん。逃げずに来たか、Fクラス」

「なにぶん、面倒くさい輩に絡まれてしまってな。まったく、頭の悪い者もいるものだな」

 

開口一番、見下そうとしてきたブリーチを軽くあしらう。

やがて来た学園長がスピーチを始めた。

おかしい。以前とは身に纏う風格が違う。

転入前はそこまで強そうに感じなかった。

暗殺者の場合を考えわざと隙を作り、油断を誘っていたのか?

今は生徒の前であるから、力を隠す必要はない、と。

…戦場で生きてきた俺が、その程度の偽装も破れないとは。

 

「今回も、素晴らしい対抗戦を期待している。以上だ」

 

拍手が起こる。

学園長が台から降りると、その後ろに巨大な絵が浮かび上がった。スクリーンだ。

どうやら、大勢の教師で扱うルーンを分担し、空中にスクリーンを浮かび上がらせているらしい。

浮かび上ったのは、トーナメント形式の対抗戦内容。

Fクラスは…いきなりCクラスか。腕がなる。

さて、最初に誰を戦場に出そうか。

 

 

 

 

「ええっ!?僕!?」

「ああ。こちらの切り札としては俺とノアを抜いてゼータの力が飛び抜けている。ここは派手な消耗をせず、じっくりやっていきたい」

 

控え室にて、俺たちは作戦会議をしていた。

といっても既に決定事項だ。拒否件はない。

それに、新しいルーンを扱えることにワクワクしているのか、ライカもまんざらでもなさそうだ。

俺たちは控え室から見ているからな。

絶対に勝ってこい。

 

『Cクラス VS Fクラス!両者入場!』

 

アナウンス、もとい実況に呼ばれ、Cクラスの男子生徒が前に出る。

拍手喝采。Cクラスと言えど上位クラスだからな。

対してライカには、嘲笑や非難がプレゼントされる。

趣味の良い連中である。せいぜい驚くと良い。

ちなみに、このバトルに大したルールは無い。

殺しはなし、相手を場外に押し出すか相手がなにも言えなくなるまで叩き潰すか。

道具は一つだけ持ち込んで良いことになっている。

 

「…十四秒だな」

「え?なにがっスか?」

「ライカの戦闘時間だ」

「すくなっ。いくらライカが弱いからって、それは可哀そうっスよ」

「ん?お前はなにを勘違いしている?」

「え?」

 

呆けた顔をしたフィオナに俺は事実を伝えてやる。

 

「十四秒。ライカは十四秒で勝利する」

「え…」

『戦闘、開始!!』

 

ライカには秘策を伝えてある。

ゴングの鳴りと同時に、すべての力を使え、と。

ライカの元に膨大な量のルーンが集まる。

八秒たった。

ルーンが解放された。

ライカの周りで暴風が吹き荒れ、相手の男子生徒はいつの間にか壁に押し当てられていた。

すなわち、場外。

 

『…え?』

「「「「「………………」」」」」

 

沈黙。

 

「や、やった?僕、勝った!?」

 

それを破ったのは当人のライカ。満面の笑みである。

ライカに覚醒させたルーンは【風】。

【風】から【強風】、そして最終的に【旋風】というルーンにまで仕上がった。

旋風。風を感じたと思ったら次の瞬間、人に反応できない勢いで吹き荒れ、『いつの間にか』飛ばされているという、反則なルーン。

圧縮すれば暴風の刃となり、体の周りでキープすれば嵐の鎧となる。

このルーンはゼータと違い、ライカが独自の解釈で見つだしたもの。

相手が怪我の一つも負っていないのは、直前でライカが風のクッションを作ったからか。

 

『しょっ、勝者、Fクラスのライカ!』

 

Fクラスの面々がわっと大きな拍手をしたのにつられ、ぽつぽつと会場全体が拍手をし始める。

チラリとAクラスのほうを見れば、ブリーチは口をぽかんと開けていた。

ふふふ、まだだ。まだそんなリアクションをとるには早い。

次はフィオナか。

さてさて、次はどんな反応をするだろうか。

 



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兵士、フィオナ~穿て、無数なる秩序~

次に出るのはフィオナだ。

対するは、茶髪の強気な雰囲気の青年。

ライカがあれだけのことをやったので怪しまれるかと思ったが、特にそんなことはない様子だ。

これも瞬殺だろう。

 

『戦闘、開始!』

「ハァッ!!」

「えっ!?ッ!!」

 

声が響くとどうじに青年がフィオナに殴りかかり、反応が遅れたフィオナはバックステップで避ける。

青年は持ち込んだ剣を地面に食い込ませると、剣から手を放しその手をフィオナに向けた。

急激に雷のルーンが集まり、閃光の束がフィオナに放たれる。

バカな。なんだあれは。

あれではまるでレーザーではないか。

あんな使い手もいるのか。

レーザーが通ったあとは、残った電磁波以外に何も無かった。

柔土をスコップでえぐったようだ。

 

「ちょちょちょ!威力おかしいっス!」

「まだまだ!」

「うわあああ!」

 

悪戦苦闘…いや、一方的に攻められているフィオナ。

ふむ…相手に隙が無いからルーンを施す暇がないのか。

隙を作るために()()をやったというのに。

 

「フィオナ!」

「な、なんスか!いま忙し─わわわ!」

「なんのためにアレを渡したと思っている!」

「アレ?あ!アレですね!」

「よそ見、している暇があるのかい!?」

「ちょっと待つっス!今話してるんスから!」

「えっあっ、ごめん…?」

 

相手の青年がかわいそうである。

しかし慈悲は与えない。

フィオナにあげた道具は手首に巻くリング。

黒を貴重としているが、外側に銀色の板がついている。

二つ、対で一つの道具なので反則ではない。

フィオナは銀色の板を掴むと、手の甲をなぞるように板を引っ張る。

すると、銀色の板が展開、中のからくりが動き出して鉄の手袋がフィオナの手を包んだ。

名付けて、『メタルナックル』。

フィオナは『ネーミングセンスぅ!』と言っていたが、なんに対して言ったのか理解できない。

 

「もう一個もこうして…よし、できた!」

『おーっとフィオナ、あれは持ち込んだ道具かー!?』

『独断で実況と解説をさせていただきます、実況のアルファと、その妹のベータです』

 

なぜか実況と解説が乱入してきた。

と、気がそれた。試合に集中しよう。

フィオナのメタルナックルを見た青年は警戒し、剣を引っこ抜いて構える。

そして、勢いよく飛び出してその剣をフィオナに降り下ろす!

対するフィオナは────

 

 

ガッ

 

 

『おおーっと!?フィオナ、剣を受け止めているぅ!?』

『あれは鉄でできているようですね。それ以上に受け止め切れるフィオナさんの腕力もすごいですね』

 

そう、フィオナはメタルナックルの手のひら部分で剣を受け止めたのだ。

そのままメタルナックルで剣をにぎり、剣を固定した。

 

「今だっ!」

「【秩序】のルーン…!」

 

()()ルーンがフィオナの周りに集まり、それがメタルナックルに吸い込まれた瞬間…

 

 

ブオオオンッ!!!

 

 

謎の音と共にメタルナックルの手のひらから黙視できる密度の空気の波が放出され、剣を青年ごと吹き飛ばした。

彼女が発言させたルーンは【秩序】。

今までに無かったルーンを彼女は見つけ、それを実用化できるように俺が道具を作った。

秩序のルーンの真髄はその汎用性にある。

先程の音や、単なる衝撃、さらには一時的な障壁も作れるのだ。

 

「反撃開始っス!」

「…カッケェ!いいなあ、ソレ!俺も頑張らないと!」

 

焦るかと思った青年だが、逆に笑みを深めた。

雷のルーンと剣撃で、フィオナに畳み掛ける。

が、フィオナは事前に修業を積んでいる。

 

「遅いっス!」

 

手から衝撃を放ち、体を強制的に移動させ剣を回避、ルーンの雷は障壁を作って防いだ。

そして青年に急接近、首根っこを片手で掴んでもう片方の手から衝撃を放ち、リングの場外まで運んでいく。

そしてリングの場外間際に青年を放し、青年は勢いそのままに場外へ放り出された。

 

『ウィナー、フィオナ!』

『見たこともないルーンを使っての勝利となりました』

「やったっス!」

 

次の試合はゼータだ。

楽しませてもらおう。



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兵士、ゼータ~焼き尽くす竜の伊吹~

もうなんだか自らの言葉で解説をするのがめんどくさくなってきたな。

今からやるのはゼータ。俺が発現を促したのは【熱】のルーンだ。

対するは金髪の女…ん?女は珍しいんじゃなかったのか?

 

『ゼータVSマナ!戦闘、開始!』

「おうらあっ!」

 

先手はゼータが打った。

ゼータが持ち込んだのは修行の時にも使ったリング。

設定したルーンを自動的に集める力があり、ゼータの基本のルーンとなる【熱】のルーンを集めるように設定してある。

ゼータは手首のリングが集めたものとは別に火のルーンを集め、右腕を炎に包みながら特攻した。

相手の女───マナは即座に火のルーンを展開し、炎に耐性を持った状態で真正面から受け止めた。

右拳を捕まれたゼータは左膝を曲げてマナの横腹に膝蹴りを見舞わす。

が。

 

「んっ」

 

マナは少し顔を歪めて右腕から手を離し、バックステップで距離をとっただけ。

ダメージはそこまで入っていないように見える。

 

「ふう…そろそろ溜まったか?始めるぞ」

「っ…?何を」

 

する、とマナが問う前にゼータの体から凄まじい熱が解放される。

ゼータは【熱】のルーンを使ったコンボを作るために、相手に先制攻撃を譲らなかった。

さらに言うなら、控え室でも常に【火】のルーンを集めてリングを通し、【熱】のルーンに変質させていたのだ。

 

「ふう………ハァッ!!」

「ッ!?」

 

ゼータの掛け声で【熱】のルーンが放出され、土の地面が真夏の日射しの下に放置した鉄板のように熱くなる。

マナはローファー越しの熱さに気づいたのか、近くから【氷】のルーンを集め、体の端々に氷を纏った。

フシュウウ、と氷が水分となり、そして霧となっていく。

 

「無駄だぜ、すぐに霧になっちまう」

「それでも、熱さくらいはしのげるんじゃないかしら?」

 

意外と美人な顔を今度はにやりと歪ませるマナ。

先程からルーンを継ぎ足して氷を作っているのか、マナの端々から蒸気がもうもうと出ている。

何をするつもり……あっ、なるほど……

 

「ゼータ!蒸気だ!!」

「あなた全部の試合でアドバイス叫んでるわね!?遅いわ、よ!!!」

 

マナが気合いを入れる掛け声と共に辺りに氷が撒き散らされ、その瞬間に溶けきって大量の蒸気を出現させる。

これでは視界が塞がってしまう。

 

「おぶっ!?げほ、げほ……」

 

大量の蒸気にゼータがむせる。

確実じゃない視界のなかで咳をするなんて自らの場所を相手に教えているようなものだ。

視界が塞がっているのは相手も同じだが、これを決行したということはなにかしらの作戦があるのだろう。

 

「ゼータ!風のルーンで…」

「アドバイスは……もう遅いわっ!」

 

マナが剣を振りかざし、霧を切るように現れて─── 

 

 

ゼータに、喉を掴まれていた。

 

 

「………!?」

『勝負あり!ウィナー、ゼータ!』

『はい、何をしたのか見当もつきません。これ、解説の私要ります?』

『気分です!いてください!』

 

開場がわっと沸いた。

クラスメイト皆が───ノアは例外だが──困惑しているようなので、ざっと今の出来事を話す。

マナはしっかりとゼータの後ろから現れ剣を振り上げたのだが、ゼータは後ろに…否、()()()()()()()()()()()超速的なスピードで反転し、見事マナの首を捉えたのだ。

なぜ俺がそのようなことがわかるのかは、ルーンの動きである。

目をこらせば誰でもルーンは見えるが、無論、開場には【水】のルーンの分岐、【霧】のルーンが充満していた。

押し分けられた【霧】のルーンのおかげで、二人の位置を逆算、細かい動きもわかったのだ。

特にゼータは常に【熱】のルーンを集めていたし、わかりやすかった。

 

「しかし、どうやった?マナの位置をどうやって探知したんだ?」

 

自慢ではないが、俺の頭は特別らしい。

常人が今のようにルーンの動きで人を探知しようとすると、まず間違いなく脳が情報焼けするそうだ。

帰ってきたゼータに聴くと、帰ってきた答えは、

 

「いくら視界は隠せても、体温までは隠しきれねぇ。そういうことだ」

 

だった。

確かに、地面、空気の熱と体温は熱量が全く違うのでわかりやすい。

ルーンを視るよりも効果が指定できる分、脳への負担も少ないだろう。

こいつは本当にルーンの天才だ。

まさか、そんなことを成し得るとは。

次の試合はノアだ。さて、どうなるか。



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大将&副将、ノインス&ノア~回れ、破壊の歯車~

 

次の試合はノア…のはずなのだが、あまりにも強すぎて相手が一方的にやられてしまったので、俺の試合も纏めて紹介しよう。

 

『ノアVSフェノック!戦闘、開始!』

「麗しい…僕は富豪の息子でね。負けてあげてもいいけど、その代わりにそのたおやかな手を僕の手に添えて───」

「長いです!一撃、必殺!」

「はびゃ~…」

 

………うむ。

これはひどい。

どうやら相手はノアに惚れているらしく、長ったらしい自己紹介の末に負けるから嫁に来いと言っていた。

まあ、長いセリフのせいでノアに思いきり蹴られてしまったが。

ちなみにだが、ノアが持ち込んだ武器はナックルに数々の刃が付いているいわゆるチャクラム、さらに下辺に剣が組み込まれているブレイド・チャクラムと呼ばれる物だ。

相手の錯乱を誘うために帯もついており、ノアが戦うとその容姿と相まって踊り子のようである。

 

『…………うぃ、ウィナー、ノア…?』

『そうですね、これは完全にフェノックさんが油断をしていたと言っていいでしょう』

『こんなときだけ真面目に解説しないでほしい』

 

次は、俺の試合なのだが…これに関しても、やってしまったと思っている。

 

『ノインスVSティリス、戦闘、開始!』

「俺から行かせてもらうぜ!くらえ!」

 

ティリスと呼ばれた男が、俺に向かって氷の塊を飛ばしてきた。

それも、【風】のルーンで弾速を速めて、だ。

彼には才能があるのだろう。

一見、脳細胞が弱めに見える彼だが、彼の作戦は経験と計算から裏付けされたものだった。

ティリスは、何も持ち込んでいない。

単純にルーンだけで戦おうという意思が見えた。

 

 

ので、【熱】のルーンで氷を全て水に変えたあと、【土】のルーンの分岐の【砂】のルーンで泥水を作り、【風】のルーンで泥水を飛ばしてティリスを泥まみれにしたのち、【氷】のルーンの派生、【凍】のルーンで氷像にした。

 

 

……ルーンを使って戦うのがはじめてなので、舞い上がってしまったのかも知れない。

俺の勝利アナウンスで我に帰って氷を溶かしたのは良いものの、これではブリーチ戦に使う作戦が一つ減ってしまった。

ちなみにだが、トーナメントであるこの校内対抗戦。

Sクラスの相手はAとBクラス、我らFクラスはCとEクラスとの戦いなので、Cよりも弱いEクラスは余裕であった。

むしろ、見所が無かったといっても過言ではない。

 

「やはり、Sクラスは勝っているか」

「当たり前っちゃ当たり前だな。と言うより、本当に俺たちが勝てるのか?」

「不安だよぉ…」

「大丈夫、です!」

「Sクラス、どんな人が出るんスかね…」

 

いずれにせよ、結局戦わなければいけないのだ。

イレギュラーでも起きない限り、俺たちならば勝てる。

そう、五人全員が一辺に戦うとか、そんなイレギュラーがない限り────

 

 

『え?なんです?あ、はい。今!学園長の気まぐれで、最後の試合は兵士3人、副将1人、大将1人の5人全員で一気にやることになりました!』

『学園長………頭おかし、あっ、ちょっと何するんですか先生方、せくはら、せくはらぁぁぁぁあああ…』

『妙な事を口走ろうとした妹が連行されて行きました』

 

 

最初の言葉によって、俺はその場に崩れ落ちていた。



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決勝戦~翻せ、革命の団旗~

 

「本当に決勝戦で合うとは。寒気がしたぞ」

「そちらも、Sクラスは名ばかりでは無いようだな」

 

グラウンドに、俺たちは並んでいた。

こめかみを筋ばらせてこちらを睨むブリーチ。

意には返さない。低能に構うだけ無駄だろう。

そんな事を考えている反面、俺は焦っていた。

 

「道具に頼って何を偉そうに」

「使えるものはなんでも使う。悪いか?」

 

試合を見たが、Sクラスの彼らは性格はともかく実力は本物だ。

……大量の魔法で逃げ場を無くしたり、槍による連撃で押しきったり。

無論、一対一なら誰にも負ける気がしない。

戦闘能力は俺の方が上だ。

しかし、五対五だと話は別になる。

最悪の事態として、五人全員が大将である俺を狙ってくるパターン。

さすがに五対一は反応しきれないだろう。

 

「今回は五対五だから、大将である俺が狙われる確率が高い。俺は最初はルーンをかき集めるために動けないから、俺の存亡はお前らにかかっている。頼んだぞ」

「わわ、ノインからの直々の依頼っス!」

「ぼ、僕らでやらないと!」

「ノインは、私が守り、ます!」

 

鼻息を荒くしてやる気を全面に出すメンバー。

直々の依頼って……俺は王様か何かか。あ、大将だった。

 

『それでは決勝戦!FクラスVS Sクラス!戦闘、開始!』

 

そして全員が同時に走り出す。

それぞれがルーンの取り合いとなり、近接と精神の二つで戦うことになっていた。

 

「お前ら!Sクラスは派手な魔法を好む!ルーンの消費を抑えろ!」

「それ、敵前で言っていいのかなッ!?」

 

叫んだ俺に、ブリーチが切りかかってくる。

迫り来る刃は、しかし俺には当たらない。

なぜならば。

 

「触れさせないよ!」

 

ライカによる【旋風】のルーンで、刃が押し返されていたからだ。

さらに、俺を巻く風が途端に灼熱を帯び、超熱でブリーチの刃を溶かしてしまった。

膨大な量の【熱】のルーンが送られている。

熱は風の外側に渦巻き、俺にはそこまで被害が無いように創られていた。これは……

 

「ナイスフォロー、ゼータ君!」

「そっちこそ、だッッ、ぜぇえええ!!」

「うおわっ!?ちょ、こっちくんな、うわああっ」

 

遠くでゼータが叫び、Sクラスの生徒が今度は悲鳴を上げた。

ルーンを集めきるまであと少し、なんとか耐えてくれ……!

 

「なに突っ立ってんの?隙あり!」

 

フィオナと戦っていた女生徒が俺に向かって駆け出す。

手にはリーチの長いハルバード。

このままでは刃先が触れる、少しだけルーンを消費するか……いや、その必要は無さそうだ。

 

「ノインッ!!」

 

フィオナが掌より【秩序】のルーンを放出し、空を跳ねるように翔ぶ。

いともたやすく女生徒を飛び越すと、右手で俺の制服の襟首を掴み、左手で衝撃波を出して横にスライドした。

衝撃波の余波で生まれた【風】と【秩序】のルーンも回収する。

 

「アンタの相手は私っス!」

「くっ……このぉ!!」

「せらあっ!!」

 

フィオナと女生徒が打ち合いを始めたため、余波でごろごろと地面を転がる。

もう少し……もう少し……もっと早く集められれば!

 

「やる気無し子ちゃんなのかい?」

「油断、大敵!」

「………………ッ!!」

 

今度は三人で切りかかってくるSクラス。

ライカ、ゼータ、フィオナは俺を守るために遠くにいる。

今度は誰も来ることは……いや、これも大丈夫か。

一瞬、白い閃光が走る。

 

「ノインは渡しません。私の物だ」

 

白い髪をたなびかせ、青いカイヤナイトの瞳をらんらんと輝かす、俺の相棒。

計算しつくされた軌道でブレイド・チャクラムを振るうその姿は、戦場には似つかわしくない可憐な乙女と、天からの命を受け戦いの化身となる戦乙女の、矛盾した二つを兼ね備えていた。

 

「ハッ!!らッ!!」

「ちょ、そんなしゃべり方しない……ぐえ」

「腕ッ!!腕が!」

「首、ある!?俺、首、ある!?」

「安心してください。ただの峰打ちです」

 

ちなみに、ノアの普段の口調に「、」のようによくよく間が空くのは、ノア自身の過呼吸による喋り辛さだったりする。

こうして戦う時は一定感覚で息を止めているので、口調がマシになるわけだ。

 

「ふう。これで、どうです、か?ノイン」

「大丈夫だ。これでルーンも溜まった」

「なら、良かった、です。すう……ッ!!」

 

再び駆け出す相棒。

ブレイド・チャクラムを逆手に持ち、戦場をかける姿が絵になっている。

 

「全員、下がれ!」

「行きますよ、フィオナ」

「の、ノアちゃん、どこ掴んで……おぼふっ」

 

ライカとゼータが声に反応して俺の後ろに下がり、ノアはフィオナの腹部に手を回して跳躍した。

 

 

さあ、大魔法を展開しよう。

 

 



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大魔術、発動

 

今まで溜めたルーンが全て放出される。

風が吹き荒れ、地がうねり、雲は立ち込め、雷が大気を揺らす。

 

「な、なんだ!?なんなんだ、このルーンの量は!?」

「ずっと、溜めてた……からなっ。つう!」

 

頭が割れるようだ。

この量のルーンを扱うのは初めてだからな。

下手したら脳に支障が出るが……。

 

「それでも、見てみたい!この、先を!魔術の、完成を!」

 

結局、俺は魔術バカになってしまっていたようだ。

機械の作り方を教えてもらったときもそうだった。

学ぶのは、楽しい!

 

「さあ、まだまだ、これからだ!」

「おい、アイツを止めろ!」

 

(くう)にかざした手のひらに、やがてその輪郭が見え隠れした時、ようやくブリーチ達が動き出す。

 

「させない!」

 

俺が使いもらしたルーンで、それぞれがルーンの結界を張る。

この結界も、俺が教えた技術。

ルーンの消費が馬鹿にならないので戦闘には不向きだが、初めから守るつもりで張るのなら効果的だ。

そうして二の足を踏む生徒たちの前で、ようやく、ようやく魔術が完成する。

 

「機動型攻城機械弓───【バリスタ】ッ!!とくと、味わうが良い!」

 

メタリックなボディの前面に取り付けられた大きな機械弓。

そこには槍のような矢がつがえられ、弦は光でできており俺の手に集まっていた。

槍が光りだす。

輝きが満ちたとき、俺は──

 

 

───弦をつまんだ指を、弾いた。

 

 

槍から五本の光の矢が翔び、生徒に突き刺さり、貫通する。

ドッッッッと空間が歪み、そしてその歪みを直すために衝撃が俺たちを、観客席までもを直撃した。

 

『なっ!?こ、これはどういうことでしょうか!!眩しい、眩しいぞ!!』

『……目が、目があ』

 

全てのルーンに耐性の付いた俺は、目が眩む思いなどせず、しっかりと見ていた。

光の中にいたのは、ブリーチでも、他の生徒でも無かった。

 

「……誰だ?」

「大きくなったな」

 

どこかで見たような、懐かしい顔をした大柄な男。

その隣には、これまたどこかで見たような女が寄り添っていた。

 

「ごめんなさい、アイゼン。あなたに辛い思いをさせてしまって」

「おい。コイツの名前はノインスだ、少なくとも、今はな」

「し、師匠……!?」

 

赤いハチマキと迷彩服、無精髭を生やした男が俺の後ろから現れた。

 

「……そう。ノインス、ごめんなさいね」

「アイゼ……ノインス、お前は、これからもっと辛い思いをするかも知れない。だが、決して、決して、挫けないでくれ」

 

言われた事を理解する前に、師匠と、男性と女性は姿が薄れていく。 

 

「まっ、待ってくれ!どういう意味だ!?師匠!この二人は、いったい誰なんだ!?」

「わるいな、ノインス……今は、言えない。いずれお前が、アレを手にしたら……」

「ノインス。辛くなったら、あの子を、ノアちゃんを頼りなさい。あの子は、私達の未来を……」

「さらばだ、ノインス。お前が、アルゴノートの真の力を解放することを願ってい──────」

 

光は声を遮り、収縮するように収まって行く。

Sクラスの生徒は残らず胸を押さえて倒れているが、どれも肉体に傷はついていない。

機動型攻城弓(バリスタ)の真髄はその多様性にある。

相手が肉体であって、それを傷つけられない、もしくは傷つけてはいけない場合、光の矢による純粋な波力を相手の精神に叩き込む。

相手が霊体、言わば精神(アストラル)体であるならば、一撃で葬り去ることも可能だ。

無論、鉄の塊を射出する本来のバリスタとしての機能もあるのだが。

 

『こっ、これは!?だ、誰かー!担架を持ってきてください!』

『今のはなんなんでしょ……あっ、学園長入ってこないでぇ』

『Fクラスのノインス、そして担任のレンナ。表彰の後に学長室へ来い』

 

アナウンスが響く。

……さすがにやり過ぎたか。

未知のルーンをふんだんに使い、終わったら相手が倒れているなど、恐怖の対象でしかないだろう。

 

「の、ノイン、どうしよう!?」

「落ち着けライカ。なあ、大丈夫なんだよな?ノイン」

 

ライカは額に汗をにじませ、ゼータはライカの背中を擦りながら、自信も不安を隠しきれない様子だ。

 

「ああ、大丈夫だ。俺はやりたいことがあるのでな、それを成し遂げるまで、俺はここから離れたりはしない。なんとかしてみせる」

「ノインス、今の放送は聴いてたよね。君はやり過ぎだ。後で、先生と一緒に来てもらうよ」

 

レンナは真面目な顔で言ってきた。

まだ近くで乱れているルーンを操作し、ルーンの流れを正常に戻す。

今の内に、できることをやらないといけないな。



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機械の国の秘密
言い逃れ


 

表彰式。

俺たちは祭壇に立ち並び、表彰されていた。

 

「では、メダルを進呈をします。学園長、お願いします」

 

学園長がそれぞれ六つのメダルを、補欠のセルカを含めた六人の首にかけていく。

火、水、風、土をモチーフに紋様が描かれたメダルは、俺たちの胸元で誇らしげに輝いていた。

 

「俺、これあと三年くらい首にかけてていいかな」

「その時には既に卒業してるっスよ」

「誇らしいものだな。私は戦っていないが……」

「僕が、僕が入ったクラスが優勝……?信じられないや」

「ノアも、頑張り、ました」

 

興奮する仲間たち。

さてと、俺は俺の用事を片付けなければ。

 

 

 

 

「ふむ。ではノインス、まとめると君は自身のルーンを多く使える力を使って全属性の攻撃を使用としたところ、ルーンが暴発して自分でも予想していない光が生まれた、と」

「はい」

「無理があるだろう」

 

現在場所は学長室。

必死に考えた言い訳がばっさり両断された。

 

「そういうことに、しては貰えませんか」

「それも無理だ。このクラス内対抗戦は、研究所にスカウトするルーンの扱いに素質があるものを見極める目的もある」

「やっぱり、そうですか」

「暴発とはいえ、あの量の、しかも多種類のルーンを使うなんて前代未聞だ。ノインス君には、しばらく研究者からの取材やスカウトが絶えないだろうな」

 

学園長は「そして」と付け足す。

 

「私の学園は在籍している生徒の方針は本人が望まない限り守ることにしている。君は、研究所に入りたいのか?」

「断固拒否します」

「そうだろう。その要望を、私たちは叶える。だから、ほとぼりが冷めるまで君にはルーンの使用を控えて貰いたい」

「そう、ですよね。わかりました」

「詳しい条件はここに記している」

 

渡された紙に書かれていたのは、『授業以外の平常時のルーンの使用は控えること』『ルーンを扱う場合は一回につき一つの属性のみ』『緊急時、担任レンナ、もしくは学園長ヘイストが許可してのみルーンの複数使用を許可する』

などなど。

 

「これら全て、問題無いな?」

「はい、ありません」

 

俺が招いた事態だ、文句は言えない。

 

「担当教師レンナ。これに関して思うところは」

「当人に無ければ私もありません」

「ならば、これより我が校の生徒ノインスに以下の規制を下す」

 

こうして、厳かな声で、俺のルーンの規制が決まった。

 

「行きたまえ」

 

レンナ先生と一緒に学長室を出る。

これで俺は、ルーンを一種類しか使えなくなってしまった。

 

「レンナ先生。クラス内対抗戦で優勝した報酬は、いつ選べるんだ?」

「えっと、三日後だね。あっ、この規制を無しにしてくれー、なんてのは許容できないからね!?」

「わかっている。そんな要求はしない」

「ほっ……」

「ただ、この学園のクラス制度を無くすだけだ」

「ふぇ?クラス制度を、無くす?」

「詳しいことは報酬の日に話す」

 

不安そうな顔をするレンナ先生をあしらいながら、俺は教室の扉を開けた───



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意外と重い足枷

 

「「「「「おかえり!そしてありがとう!」」」」」

 

ドアを開けた瞬間、謎の破裂音と細長い紙が俺たちを出迎えた。

 

「……なんだこれは?ライカ、説明してくれ」

「今日の優勝はノインの力あってのものだったでしょ?だから、みんなでお礼を言おうと思って!」

 

なるほど。

未だにクラスメイト全員が夢見心地でメダルを首にかけているのはそういう意味があったのか。

 

「よぉーし、ここは王都に詳しい私が今から良いお店を予約して───」

「フィーオーナーちゃん?学校はまだ終わってないよぉ?」

「ヒッ!?先生、いたんスか!?」

「いるよ!」

 

この場の雰囲気では、俺もみんなに習ったほうが良いだろう。

ポケットからメダルを取り出して、俺は皆の努力の証を首にかけた。

 

 

 

 

「と言うことで、今日から俺はしばらくの間ルーンの多重展開ができなくなった。ルーンを複数使うときは皆の力を借りると思うから、そのつもりでいて欲しい」

「任せろって!俺はお前についてくぜ!あー……。あと、これ」

「あ、私もっス」

 

ゼータとフィオナが差し出してきたのは、二人の補助具。

ゼータはルーンの収集機、フィオナはメタルナックル。

 

「ん?これが、どうした?不調か?」

「いや、返そうと思って。助かったわ。ありがとな、ノインス」

「私も、助かりました。感謝するっス!」

 

そうやって俺に補助具を返してくる二人に俺は合点がいき、そして苦笑した。

 

「いや、返さなくても大丈夫だ」

「……え?」

「どういう意味っス?」

「文字通り、返さなくても大丈夫と言うことだ。それは二人専用に作ったものだからな、しかもまだ改良の余地がある不良品だ」

「つまりは、これは俺たちが持っていていい、と?」

「もちろんだ。盤上娯楽でも、仲間の装備を強化するだろう?」

「「おっしゃああああ!」」

 

狂喜乱舞する二人。

……そんなに嬉しいか?アレ。

 

「良いなあ、二人とも」

「ライカの装備も作ってあるぞ。まだ安全が保証できないから渡していないが、ちゃんとしたのをな。もちろん、セルカの分もだ」

「私もか?私は何もしていないぞ?」

「セルカも、応援、してくれた、です」

「ノアの言う通り。俺は平等に扱いたい(さが)でな」

 

セルカは照れ臭そうに頭をかく。

 

「そうか……。それなら、完成を期待しようか」

「ああ。待っていてくれ」

「勝利の喜びを分かち合うのは良いけど……授業の存在は忘れないでね?」

「「「「そんなあああああ!?」」」」

 

勝者は常に忙しい。誰の言葉だったか。

 

「学ぶのは好きだ。先生、次の授業は?」

「実技だね。ルーンによる耐性付与の研究だよ」

 

 

 

 

「……つまりはルーンの影響によって人間は加護を受けて……。さてと。せんせーは遠くで見てるから、存分に暴れたまえ。ノイン君、忘れないようにね」

「分かっている。今日は武器作りに専念する。まずはライカの武器だな……」

 

ライカは自分で体が弱いと行っていたから、軽めで、リーチのある武器がいいん……。

そうなると、鉄をルーンで変形させながらルーンの通り道を……。

ダメか。ルーンの多数使用は禁止されている。

 

「なるほど……。普段武器造りにルーンを多数使っている弊害がでたな」

 

この国の武器のクオリティの低さも納得できる。

ならば、ルーンを使ったパーツを複数に分け、それぞれに違う能力を付与させる。

その方法ならば、一度に複数のルーンを扱う以外にも、一つの武器にたくさんの機能をつけられる。

 

「ん。何してんスか、ノイン?」

「ライカの武器製作に着手している。だが、なかなか進まない。ルーンを複数使えないのがここまで不便だとは」

「普通はルーン1つが限界なんスけどね」

 

考えものだな。

ルーンの課題は、もっとたくさん時間をかけて考える必要があるのかもしれない。

 

「ノア。少し手伝ってくれるか」

「はい、です」

「私も手伝いまスよ?」

「じゃあ実験台になってくれ」

「酷くないスか!?」

 

それでも手伝うつもりはあるのか、メタルナックルを装備するフィオナ。

鉄パイプのような長い棒を持って構える。

……ライカ用だと少し重いかも知れないな。

軽量化のために素材を削るか。

 

「よしフィオナ、かかってこい」

「えぇ……。マジもんで戦うんスか……。恨みっこナシっスよ!」

 

手から衝撃波を出してアクロバティックに飛んだフィオナ。

そのまま俺に手を伸ばして来る。

 

「あほか」

 

フィオナは空中にいる状態。

放物線を描いて来るフィオナの進行方向に棒を置いておく。

 

「うっわあぶな!」

 

そのままだと棒が突き刺さると思ったフィオナは手から衝撃波を出して急旋回、グラウンドに転がった。

 

「こ、殺す気っスか!」

「当たりそうなら止めていた。フィオナ、正面から突っ込んでどうする。槍や薙刀の類の武器はリーチが長いんだぞ。その上逃げ場のない空中に出ようものなら、自分の勢いに貫かれて死ぬぞ」

「ふーっ、ふーっ……。怖。超怖いっス」

 

鳥肌をさすりながら恨みがましい視線を送るフィオナでは話にならない。

代役が欲しいところだが、ゼータもセルカも忙しそうだ。

かと言ってライカ本人に相手をさせるわけにも……。

 

「ふむ。じゃあノア。俺と戦ってくれるか」

「分かりました、です。全力で、行きます」

「試作品だからな。お手柔らかに頼むぞ」

 

途端に始まるバトルに、突風が吹き荒れる。

どこからか竜の咆哮が響き、同時に刃物が付き合う音が鳴り、後にグラウンドが凄いことになってしまったが、それはまた別の話だろう。

 

 

 

 

俺の見据える先には、忌々しい忌々しい『銀弾』が『舞姫』と模擬戦をしているようだった。

 

「その名前、必ず貰い受けるぞ、銀弾……いや、ノインス!」

 

新しい学び舎の制服に袖を通した俺は、岩肌から飛び降りた。

高かった。足じいんてなった。



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鷹の眼

 

「はーいみなさん、今日は転校生を紹介しまーす!」

「またですか、何回転校生来るんですか」

「もう三人目でスよ」

 

ホームルームの時間、レンナ先生より転校生が来ると告げられた。

今年は転校生が多いのか。

 

「では、入ってきてもらおうか!」

 

レンナ先生の合図で、扉が開く。

入ってきたのはさばさばとした銀髪に碧眼の男───

 

「ッ!?」

「え、どしたんスかノイン」

 

思わず席を立ってしまった。

信じられない。

まさか、やって来たというのか。

不適な笑みを浮かべながら、目の前の男は口を開いた。

 

「久しぶりだな、【銀弾(シルバー・バレット)】ノインス……」

「【鷹の眼(ホークアイ)】シャカ……!なぜ、貴様がここに!」

「知り合いスか」

「機械の国の、知り合いだ」

 

シャカ。

機械の国の一番のスナイパーを決める大会で、長年競って来た。

最後の試合は、俺の勝ち。

銀弾(ぎんだん)】の称号は俺のものとなり、二位のシャカには【(たか)()】が与えられた。

 

「機械の国、ねえ」

「…………?」

「まだ、あんな国に忠誠を誓ってるのか?」

「……どういう、ことだ」

 

教室が、しんと静まりかえる。

 

「戦争をしていて、だんだんと疑問に思ったんだ」

「ちょっ、シャカ君?ホームルームなんだけど……」

「うるさい黙れ!おい【銀弾】!お前は、考えた事はないのか?なんで俺たちは、機械と戦ってるのか!」

「………………」

「なんで機械と戦争しているときに、スナイパーを決める大会を開けるのか!」

「………………」

「なんで」

「黙れ」

「………………は?」

 

思いきりシャカを睨み付ける。

ここは、魔法が全ての国だ。

みんなを、祖国の厄介事に巻き込む訳にはいかない。

 

「要求はなんだ?この国に来た理由は?まさか観光と言うわけではないだろう」

「チッ……全部分かってたのかよ、胸糞悪ィ……。俺と決闘しろ、ノインス」

「決闘だと?」

「リベンジルールを行使する」

 

リベンジルール。

俺の国の、弱者が強者を乗り越えるためのルール。

一ヶ月に一回、何かの地位をかけて、個人で戦う事ができる。

 

「……ふっ。ふはは。良いだろう、リベンジルールを受ける。何をかけて戦うつもりだ?」

「お前の称号と俺の称号の交換」

「俺にメリットは?」

「負けたら、お前に忠誠を誓う。脳筋どもが集まるあの国に忠誠を誓うよりかはマシだ」

 

そこまでするとは。

よほど頭にきているのだと思われる。

 

「先生。すまないが、後片付けを頼む」

「えっ、なに、ノイン君、はっ、え?」

「闘技場を借りるぞ!シャカ、来い!」

「……ッ!!」

 

あわてふためく先生を置いて、俺とシャカは廊下に繰り出した───。

 

 

 

 

「……ここは?」

「闘技場だ」

「見れば分かる。学生の身分で、勝手に使って良いのか?」

「昔、異世界から人間が召喚されたらしい。その人間は王に裏切られ、そのショックから非行に走った。そして言ったそうだ」

「『ばれなきゃ犯罪ではない』」

「ッ」

 

なぜ、お前が知っている。

異世界など可能性から信じなかったお前が。

 

「俺もその話は知ってるよ。……もう、今までの俺じゃないんだ。お前を倒して【銀弾(シルバー・バレット)】を手にいれる!そして、妹と暮らすんだ!」

 

足元が盛り上がるのを感じ、咄嗟に横に飛ぶ。

盛り上がった土の槍が、今まで俺がいたところを串刺しにした。

 

「避けらルたか……。便利だよな、ルーンってのは。この国に来てから、必死に練習したぜ……お陰で!」

 

シャカが両手を前につき出す。

右手から放たれる炎が、左手から放たれる風に乗って勢いをまして俺を焼き付くそうとした。

氷のルーンで障壁を展開、なんとか相殺する。

 

「三属性までならルーンを同時に操れるようになったぜ」

「……そうか」

 

それは良かったな。

心の中で珍しく悪態をつき、ホルスターから愛銃を抜く。

 

 

銀弾(ぎんだん)】の恐ろしさを見せてやる。

 

 




二つ名は読み方が二つあります。

これがホントの『二つ名』ってな!
HAHAHAHAHAHAHAHAHA!

あれ?氷河期?


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決戦

 

「シャカ!妹は元気か!?」

「皮肉か!あいも変わらず、床に伏してるよ!」

 

銃を構えながら走る。

互いに銃の扱いに長けている、そう簡単に相手の斜線に入ったりはしない。

 

この戦いのルール。

自らの銃に込める弾は6発きり。

本来はゴム弾を使うのだが、リベンジルールを用いた決闘のみ、本物の弾丸の仕様が許される。

もちろん、殺生は厳禁。頭や心臓への攻撃は禁止だ。

……狙いがそれて当たってしまったという名目では不問となるが。

 

「この技術なら!ルーンなら、治せるかもしれないんだぞ!」

「知るものか!ルーンで治せる方法を見つける前に、妹が死んでしまう!」

 

彼の妹は、生まれた時から重い病気を患っていた。

【銀弾】の称号は、それだけで価値がある。

膨大な金がかかる手術を【銀弾】の称号で賄おうとしていたのだ。

……だが、そんな事情に同情するほど、機械の国は甘くない。

機械の国は、喰うか、喰われるかなのだ。

 

「銀弾は渡さないぞ!」

「だったらその四肢を砕き、撃ち抜き!お前から勝ち取るだけだ!」

 

地面に違和感を覚え、垂直に跳躍する。

俺のいた位置を土の槍が貫通し、とっさにシャカの方を見ると……。

 

「穿て!」

 

火球が、奴の手のひらにあった。

豪速で放たれた火球。【風】のルーンで飛力を伸ばし、なんとかかわしていく。

着地の瞬間【土】のルーンで地面を振動させ、衝撃を周りに受け流す。

受け流した衝撃をなんとか扱い、波打つ土をシャカの方向へ追いやった。

 

名付けて【アースクエイク】か。

 

勿論、揺れている土の上では銃の狙いなど定まらない。

その分、揺れているのだからこちら側からも狙いにくいはずだが……。

 

「あいにく、俺は揺れ動く海の流れの中で、遠く離れた標的を狙い撃ったことがあるのでな」

 

一閃。

シャカの足が貫かれた。

……伊達に【銀弾】と呼ばれていないからな。

 

ルーンを集めつつ、もう1発とばかりに狙いを定める。

……が、何故か視点が揺れる。

気がつけば、俺の左足から血が流れていた。遅れてやってくる、刃物で切られたような痛み。

 

「ほら、どうしたんだよ【銀弾】───いや、ノインス!」

「まさか、揺れる大地の中で俺を撃ちぬくとはな」

 

俺の中で、痛み、怒り、憎しみ全てを増幅させる。

任意で分泌されたアドレナリンが俺の足の痛みを軽減し、なんとか立てるようにまでなった。

 

が、これ以上地面を揺らすような大規模なルーンの行使は無理そうだ。

使うルーンを【土】から【氷】に変える。

振動が収まった事で、シャカも立てるようになってしまった。

お互い、片足が撃ち抜かれた状態でリング上を駆け回る。

 

「いい加減、降参したらどうだ!」

「足を撃ち抜かれてしまったら、もう逃げるという選択肢はないな!」

 

片方が撃てば、片方が防ぐ。

氷の壁が砕けて散り、岩の壁が抉れて舞う。

残り、互いに4発。

足がじんじんと痛い。

任意で出したアドレナリンは効果がすぐに切れてしまうから不便だ。

【氷】のルーンを集め、行使。

 

「氷で足を固定か!考えるじゃねえか!」

「岩は傷口に菌が入る!貴様にはできない芸当だ!」

「ふんっ、今のタイミングでそれをするってことは、アドレナリンが切れたんだろ!」

 

さすがは(ホークアイ)か、よく見ている。

互いに壁を作って隠れる。呼吸を整えるためだ。

……まだ奴の声には元気があった。虚勢ではなく、体調が良好な証だ。

呼吸を整え、ルーンを左手に、銃を右手に。

貴重な弾だが、ここは牽制が必要だ。

 

バン、と火薬がは弾ける音。

キン、と弾が何かに防がれる音がした。

 

氷の壁を透かして向かい側を見る。

二つの弾が転がっていた。

 

「……撃ったのか?」

「どうだ?俺の方が【銀弾】らしいだろ?」

「…………」

 

シャカは、弾を撃った。

音速で飛来する弾を撃ったのだ。

恐らく、長年の経験と冴え渡る勘。

俺がきっと撃ってくると考えたシャカは、未だにアドレナリンを分泌して正常な判断ができない脳で勘を頼りに銃口を傾け、ほぼ俺と同じタイミングで発砲したのだろう。

少なくとも、今の俺にはできない。

 

互いに残り3発。

 

もう出し惜しみはしていられない。

被害を最小限に抑えるという選択を捨てろ。

 

「……ッ!!」

「おああああああああ!」

 

互いに飛び出し、氷で、岩で、空中に道を作る。

足を道にかけてルーンで氷を動かせば、自動レールのように動き出す。

すれ違った瞬間に撃ち合う。肩に鈍痛。

ルーンを集め続け、道を作り続ける。距離が近まった。

 

「ふんっ!」

「はッ!!」

 

銃身で殴り合い、衝撃でレールから落ちそうになったところをルーンで無理やり固定。

天地が逆さまだ。頭に血が昇っていく。

 

考えろ、勝つ方法を。制空権をとる方法を。

俺は氷のレールを、奴は岩のレールを。状況も似ている。

俺がやられたら嫌な事を考えろ。それは───。

 

「「そこだ!!」」

「なっ!?」

「なにっ!!」

 

二人とも、相手のレールを撃ち砕いた。

まさか、同じ事を考えているとは。

ルーンで衝撃をいなす余裕もなく、地面に激突する。

だが、痛みに悶える時間もない。走れ、走れ、走れ!

 

「「おああああああああああ!」」

 

残り1発しか入っていない銃で殴りあう。

受け止められ、受け止め、殴り、殴られる。

 

ぐらり、とシャカがバランスを崩した。

 

刹那、銃口を突きつける。

刹那、眉間に銃口の冷ややかな感触が突きつけられた。

 

「……頭への攻撃は禁止だぞ」

「……それ、先にやったお前のセリフじゃねえよな」

「……ふっ。わかった、俺の負けだ。素直に認めよう。【銀弾】はお前が持っていけ」

「良いのか?」

「この国ではそんな称号、石ころ一つの価値もないらしいからな。書類を出せ、元【銀弾】のサインをやる」

 

リベンジルール。

機械の国発祥の、決闘のレベルを上げた戦いだ。

お互い全力をぶつけあうため、戦ったあとはボロボロになって笑い合うのが基本だ。

 

すっと手を差し出す。

ぎゅっと握られた。

 

「妹によろしくと伝えておいてくれ、、【銀弾(シルバー・バレット)】」

「……いろいろありがとう、【鷹の目(ホークアイ)】」

 

……そういえば、負けて二位になったのだから俺が鷹の目になるのか。



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2人の知将

 

「───じゃ、俺はもういくぜ。妹がどうにかなったら、また来る」

「ああ、待っている。そのときは……」

「「また、研究を」」

 

シャカが背中を見せ、去っていく。

足を貫かれているのでやや引きずり気味であるが、元気そうで良かった。

……かく言う俺の足も、撃たれて包帯が巻かれているのだが。

 

「さて、ノイン君?授業を勝手に抜けた罰を受けてもらおうか?」

「生徒指導室にあるプリントなら、すでに終わらせてある」

「えっ嘘。いつの間に!?」

「勝手に拝借しておいた。無論、答えも見ていない」

「君は……もう、何も言えないよ。わかった、やったのなら終わりにしよう。……はあ。反省する時間を稼ぐだけためのあのプリントなのに……」

 

レンナ先生が肩を落とす。

今は……時間が惜しい。

ルーンについて、もっと深く知りたいのだ。指導など受けている暇はない。

 

「さて、レンナ先生。教室に戻ろう。授業中なのだろう?」

「そ、そだね。帰ろうか」

 

レンナ先生を後ろに、俺は考える。

 

───何かが、来る。

 

 

 

 

教室前につくと壁越しに喧騒が聞こえた。

何かあったのだろうか。

 

「コラー!騒がしいぞー!」

「あっわわ、先生!助けてください!」

「ライカ。何があった?」

「ゼータ君が脱走しそう!」

「離せフィオナ、セルカ!ノインを助けに行くんだ!」

 

火のルーンを撒き散らし、窓から飛び降りようとするゼータ。

氷のルーンで足を氷漬けにするとバランスを崩し、氷ごと床に倒れた。

 

「うごごごご!ノインを助けに……」

「……俺ならここにいるが」

「ほあっ!ノイン!大丈夫か!あのよくわからん転校生にいじめられてないか!」

「誰がいじめられるか。あいつは知り合いだ。……機械の国のな」

 

いつからこんなに暑苦しいキャラになったのだろうか。

フィオナとセルカに押さえつけられたゼータが見上げてくる。

 

「へ?そうなのか?……そういや、ノインの故郷の事は全然知らないな。どんなとこなんだ?」

「ノアちゃんに会ったときのことも詳しくお願いするっス」

「ふむ……。いいか、ノア?」

「構わない、です」

 

ではまずは俺とシャカの出会いから……と前置きをして、俺は語り出した。

 

 

 

 

「ハァッ!!」

「狙いが単調だ!もっと視線と殺意を隠せ!」

 

機械の残骸で作られた的を撃ち抜くと、家の方から声が出て聞こえた。

師匠だ。物心ついたときから親のように俺を育ててくれた。

俺に両親がいないことを教えてくれたのが8歳の頃。俺に銃を渡してくれたのが10歳の頃。

なんてスパルタ……とも思えるが、ここは機械たちとの戦場ギリギリのライン。

 

「俺の弟子なら、もっと精度を上げられる」

「……はい」

「ほら、これ飲んどけ」

 

俺に瓶を放る師匠は、この国で一番の傭兵。

だからこそこうして戦場───【ウォーライン】ギリギリに家を建て、やってきた機械を打ち倒して生計を立てているのだ。

 

銃の弾丸を見定めていると、ふいに師匠が言った。

 

「なあ。お前さん、お国の学園に行く気はねえか」

「…………っ」

「そう身構えんな。別にお前の面倒みるのが嫌になったわけじゃない。けれどな、お前が学園に行きゃ、お前はもっと強くなるし、良い成績を残しゃ俺にもハクがつく。【ウォーライン】は俺だけで十分だ。だから、行ってきちゃくれねえか」

 

こうして俺は機械の学園の編入テストを受けた。

【ウォーライン】ギリギリで半サバイバルのような生活をしていた俺はもちろん勉強などしているわけがなく、筆記だった編入テストに落ちた。

師匠は言った。

 

「……落ちたのか?落ちたからって帰ってきたのか、のこのこと?」

「でも、勉強など経験がない。いきなりテストを受けても、出来るはずが」

「じゃあ誰かに教わるんだろう?お前の勉強は学園でないと出来ないのか?」

 

学園に合格するまで家の敷居を跨ぐなと言われた。

国を生きるのは楽だった。

ゴミ捨て場のガラス瓶を砕いて粉にし、質屋に入れた。

勉学に必要と思われる一式を揃えて俺は再び学園に来たが、こんな貧乏な人間に勉学を教えてくれる先輩などいるわけがない。

そう考えたときだった。

 

「……」

「…………」

「………………」

「「……………………あ」」

 

いた。

くすんだ銀色の髪を肩先まで伸ばし、小脇にノートと鉛筆をもつ少年が。

彼もまた、学園に落ちたらしい。

勉学を教えて欲しい旨を伝えると、少年は快諾してくれた。

曰く、「妹を守るには1人じゃ足りない。前から仲間が欲しかった」らしい。

 

少年は珍しい銀髪をある程度まで伸ばして切り、それを売って飯を食っていたらしい。

卒業生に土下座してもらった教科書、ボロボロでメモだらけのノート、なんども削ったのか殆ど芯の残っていない鉛筆。

どれもこれも、彼が惜しまぬ努力をした証だった。

 

俺はまず教科書を暗記した。

いちいち借りていたら彼に迷惑をかける。

次に、彼のノートを暗記した。

どんな問題がどんな答えになるのか、逆算するために。

俺が一つ、なにかをする度に彼は───シャカは複雑な表情をひていた。

 

そうして俺は見識を深め、2人で必死に働いて自身やシャカの妹を食わせて、身だしなみも整えた。

そうしてテストに挑んだ。

結果は俺が一位、シャカが二位。文句なしの合格だ。

俺たちは「天才のノインス、秀才のシャカ」と呼ばれつつ2人並んで成績を伸ばし、革命を起こしていった。

 

最終的には俺たちは知将として国に呼ばれ、戦場で指揮をとることになった。

 

 

 

 

「とまあ、あいつとの出会いはこんなもんだ」

「ええ!?今ので終わり!?」

「もっとこう……なんであの人があんなにピリピリしてるのか、とか、師匠はどうなったの、とか、色々あるんだけど!」

「ふむ……しかし、時間を考えると次の授業までにはどっちかになってしまうな」

 

今も授業をすっぽかしているのだが、その先生も俺の話に興味津々なので問題はない。

次の授業は違う先生なのでどうにもならないが。

 

「ノアとの出会いと、今の話のその後。どっちが」

「ノアちゃん!」

「ノアだな」

「わかった、わかったから被せるな、女子ども。あと顔が近い」

 

必死に近づいてくる女子2人をあしらいつつ、俺はノアとの出会いを思い出し始めた。



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ウミノソコ

「ノアの話、です?」

「あぁ。お前の番だ」

「ノインが、ノアのことどう思ってるか、知りたいのです」

 

そう微笑むノアの頰を指でぷにりと潰して、俺は語り始めた。

 

 

 

 

俺は機械の破片を集めるために、酸素ボンベを使って海の底へ潜っていた。

ん?酸素ボンベが何かだと?

ふむ……箱の中に空気を詰め込んで、それをチューブで吸うだけの装置だ。

 

船に紐を括り付け、ボンベを使って海底に潜っていたとき。

機械の残骸の中に、なにかを見つけた。

カプセルのようなそれは、少なくとも汎用型の機械がつけているエネルギーキューブとは違って……ん。

エネルギーキューブ?ルーンを溜め込んだ箱のようなものだ。

 

それで、そのカプセルを持って地上に上がり、よく確認した。

人1人入れそうなそれにはネームプレートがあってな。

それを確認したと同時に、カプセルが蒸気を吹き上げて開いた。

 

「……人?」

 

そこには、白い髪をした人間が入っていた。

老人かと思ったが、どうやら違うらしい。

髪をかき分けると、そこにいたのは見目麗しい少女だった。

息はしている。痩せてもいない。

とりあえず、俺はその少女を抱えて師匠の家まで連れて行った。

 

……あとからわかったことだが、カプセルの扉側にはチューブが付いていて、そこから栄養を摂取していたことがわかった。

おおかた、周りに電磁系の罠を貼って魚を採ってペースト状に、海草などからミネラル分を採っていたのだろう。

今更ながら、あのカプセルの技術は目を見張る物があったな。

 

「は?なんだ、その女?」

「海の底にいた。カプセルのようなものに入っていて……痩せてはないけど、とにかく磯臭い。師匠は歳をめしているから少女の裸体くらい平気だろう。体を洗って、寝かせてやってくれ」

「師匠になんて口聞く。……で、お前はただサボってるわけじゃないな?」

「カプセルを回収してくる。あと、カプセルがあった場所周辺をあさる」

「よし。いってこい」

「頼んだぞ、師匠!」

 

そうして俺はカプセルを回収しに行った。

真っ先に確認したのはネームプレート。

 

『ノア・ディアーテ』

 

ディアーテの意味が何かは分からなかったが……幼い俺は無視して少女をノアだと考えた。

これが『ノア』との出会い。

で、海をあさり、カプセルだけ回収して帰ると……。

 

「こいつマジ強い」

「師匠!?」

 

師匠がぶっ倒れていた。

衝撃だったな、どれだけ頑張っても越えられなかった師匠が地に伏しているのだから。

 

「……?」

「君は……?」

「……?」

「名前だ。俺はノインス。お前は?」

「……ない」

「ない?だったら君はノアだ。君のカプセルに書いてあった」

「カプセル?」

 

驚くことに少女は目覚める前の事をまったく覚えていなかった。

それどころか、戦闘センスは俺をも越えた。

ギルドに行けば剣術や会計術を覚え、酒場に行けば舞と接客を学んだ。

戦闘以外はからきしだったが……ノアは戦闘に必要なこととなるとなんでも覚えられる。

魅了。暗殺に使えると言った。

技師。銃の手入れができると言った。

スポンジのように技術を吸収していくノアに、俺は畏怖した。

 

才能の塊。

 

コイツは十分に……機械と渡り合えると、俺はそう確信した。

 

 

 

 

「これが俺とノアの出会いだな」

「……そんなことが、あったのですか?」

「あぁ。お前が目覚めたのは師匠の家だったからな。カプセルのことは……いつか話そうと思っていた。今まで話せなくてすまん」

「気に、しないでください。同じ、立場だったら、ノアも、そうするのです」

 

そうか……それなら安心だ。

 

「ハイ、みんな授業やるよー」

「席につけ。お話は終わりだ」

 

昔話をするのも悪くない。

そう思った。



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ルーン式

 

「今日は、フォールンの歴史について説明するよ!」

「えぇ〜、また歴史かよ〜」

 

ゼータが不平を垂れる。

いつもの事なのでスルーし、ノートを開く。

 

「まずはフォールンって名前なんだけど……寝るの早いねゼータ君」

「はッ!?」

「えっと、フォールンの名前。これ、どこかで聞いたことない?」

 

辺りを見渡すが、俺とノア以外は分かっていない様子だ。

 

「うーん……この国出身の子はわからないかもね。ノイン君やノアちゃんならわかるんじゃない?」

「はい」

「ノイン君」

「クロウズ・フォールン十三世。現国王の名前に入っている」

「正解!」

 

ほえは〜という声が響く。

フィオナによる者だった。

 

「もしかして、初代国王がフォールンだからフォールンなんですか?」

「お、フィオナちゃん当たり。話はだいぶ前になるんだけど寝るの早いねゼータ君」

「はッ!?」

「ゼータ。夜眠れないのか?購買に睡眠薬があったと思うが」

「それ魔獣眠らせるやつじゃろがい死ぬわ」

「ハイハイ無駄話終わりー」

 

パンパンと手を叩くレンナ先生。

扱いに慣れている。

 

「それで、最初は何もない野っ原に……」

 

昼下がり、授業を聴きながら窓の外を見る。

日の光が、俺たちの教室を照らした。

 

『ごめんなさい、アイゼン。あなたに辛い思いをさせてしまって』

 

アイゼン。

あのとき、俺はそう呼ばれた。

だが、物心ついた時からノインスと呼ばれて来たのだ。

……いや、一回。

機械の国でスキャンされたとき、名前の表記が……。

 

「ノイン君?ノーイーンーくーん?」

「む、すまない、ぼうっとしていた」

「気をつけてくれたまえ。では、罰としてこの式の穴を埋めてみたまえ!」

 

レンナ先生に指示されて立ち上がる。

これは……ルーン式。

 

以前の授業でルーンが絵に表せることを教わり、それイメージを注ぐことでルーンが集積される【スクロール】というものがあることをしった。

歴史の授業でルーン式とは……昔使われた術式だとか?

しかし、こんな物は見たことがない。

この国に来る前に予習はしたはずなんだが……。

 

「先生、これは何の術式だ?」

「ん?えっとね、外壁を作る術式かな?」

「なるほど」

「やる気かい?天才君。これは何十年も前から研究されていて未だ穴埋めされていないハメ問題だよ」

 

ちくしょう。

しかし、一度立ち上がった以上、間違えても答えなくてはいけない。これは俺の信条だ。

外壁を作る……。使うなら土系統のルーン。

歯車のような形だ。ところどころがぼやけている。

 

「…………」

 

これなら、ルーン式の穴埋めを考えるより最初から作った方が早いのでは?

外壁だったらまずはトラップが必要だよな。だったら歯車を使って重量感知のにしたほうがいいな。

問題として書かれた式の隣に、外壁を作るルーン式を綴る。

 

「え、ちょ、ノイン君?」

「下からせり出すような岩の塊……。門の部分を作る式を書いて……」

 

いや、壁単体を作る式の方が汎用性が高いか……?

だとしたら【秩序】のルーンを使って投げた座標の下から出てくるように……。

 

「まあ、こんなものだろう。俺なりにやってみたぞ」

「あーうん、後で提出してみるねー」

 

流された。

いい術式だと思ったんだが……まあプライベートで使うことにしよう。

 

「それで、そのフォールンさんが王国を立て上げたってわけね!わかった?」

「質問です!」

「ライカ君、どぞ!」

「フォールンさんはノイン君と同じようにたくさんのルーンを一度に使えたんですか?」

「書物では一度に3つまでのルーンを同時に使えたらしいね。ノイン君、初代国王を超えちゃった!」

「今は罰則で1つしか使えないぞ」

「罰則期間終わったら鬼神になるんでスね、わかりまス」

 

フォールンはルーンの適正が多く、さらに3つまでのルーンを同時に扱えた。

俺とノアの良いとこ取りと言ったところだ。

と、そこでノアの存在を思い出してノアの方を見ると。

 

「すや……すぅ……」

「んが……ずう……」

 

ゼータの陰で寝ていた。

 

「二人とも、起きてよー!!なんでこのクラスには不良しかいないのー!?」

「先生!一緒にしないでもらいたい!」

「ぼ、僕は寝てません!!」

 

昼下がり。

シャカとの戦闘の傷を癒しながら、俺は平凡に授業を楽しんでいた。



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結果として残ったもの

「今日は、ルーン式の応用問題をします」

 

先生が不機嫌だ。

先程からムスーッとしている。

童顔を膨らませ、ぷりぷりと怒っていた。

 

「せ、先生?なにか、あったんですか……?」

 

ライカが恐る恐る手をあげる。

それに対し、レンナ先生は持っている資料を教卓に叩きつけた。

 

「怒ってるよ!今世紀最大で怒ってるよ!」

「えっと……先生、何があったのか教えてくれはしないか?」

「うん、ゴメンね、みんなは悪くないよね……!」

「何があったんだ、先生」

「いや君だよ!!」

 

ダァンと教壇を叩く先生。

……そんなことを言われても。

心当たりがありすぎて何を謝ればいいのかわからない。

 

「ほんっとうに、ほんっっっとうに君は!肝が座ってるどころの話じゃないよ!」

「ちょっ、待て待て。ノインお前、また何かしたのか?」

「侵害だな、俺は当たり前のことをしたまでだぞ」

「何が当たり前って!?クラスの階級を無くすだなんて!」

「「「「「クラスの階級を無くす?(のです?)」」」」」

 

あぁ、それか。

ようやく、この無駄が多いシステムにも終わりが来たらしい。

 

「……今回は授業やめてノイン君がやったことを小一時間ほど話そうか」

「やーりぃ!」

「空気読むっス、ゼータ。今そんな雰囲気じゃないっスよ」

「あっ……すまんついぐえっ!?」

 

フィオナが言うが早いか、レンナ先生から白い物体が飛来、見事ゼータを撃ち抜いた。

……チョークだ。

鳥が締められたような声を出しながら白目を剥くゼータを一瞥し、黒いオーラを纏ったレンナ先生は語り始める。

 

「……時に聞こう諸君。階級分けにはどんな意味があるか。……答えろセルカァ!」

「ッッッ!!強さやスペックをわかりやすくし、戦争時にも作戦が立てやすくなるからです上官!」

「目上の者にはSirをつけろ!」

「も、申し訳ありません、Sir mis(サー、ミズ)!」

 

びしっと敬礼するセルカ。

たしかにすごい気迫だ。

 

「そう。クラスって、そうやって強さとかを分けるためにある。強い者は指揮官になったりするからね。しかし……!」

 

その細い指が、俺に向けられた。

 

「ノイン君。君はクラス制度を無くすことを望んだそうだな!?」

「学校として適切だろう、Sir」

「クラス制度が無くなれば、いつか攻められたときに対応できなくなる!」

 

確かに、この学園は元は軍人を育てるために開設されたそうだが……。

 

「既に軍事施設がある今、教育機関としては最適解な気がするが?」

「Sir!」

「……気がするが、Sir」

「たしかに教育機関としては正しいのかもしれないね。けど、この学園の由緒あるシステムを生徒が作り変えるだなんて!」

 

だが学園長はそれを許してくれた。

だからこそレンナ先生がこんなにも荒れているのだろうが。

あらゆる時間と効率の良さを配慮してこそのシステム改変。

学園側も、システムの改変を前々から狙っていたのだろう。

 

「……ノイン、知らぬ間に何してんスか」

「あ?クラスを無くすとどうなるんだ?もっとわかるように説明してくれ」

「ゼータにはまだ早かったっスねぇ」

「おま!それどういう意味だよ!」

 

ゼータの絶叫でレンナ先生は我に返り、説明を始めた。

 

「クラスを無くすって言うのはね……例えば、Sクラスにブリーチって人、いたでしょ」

「おう」

「その人とゼータが、もしかしたら一緒の授業を受けるかもしれないって事」

 

その通り。

補足をするとすれば、頭の良いやつが頭の悪いやつと絡むことによって、自動的に悪い奴の学力水準も上がる……かもしれない。

 

「……ほぉ。つまりは、合法的にあいつを殴れるってこった」

「違うよ?いやまあ、立場的には簡単に殴れるようになるけど、違うよ?」

「先生。クラス替えはいつからだ?」

「来月。まったく、凄いことしてくれるよ……」

「世辞はいらない」

「褒めてないよ!?」

 

対抗戦での結果は、じわりじわりと出ている。

……いつか、アイゼンという名の意味も分かるのだろうか。

 

どうにも気にかかる。

それに、学園に入学してから本部からの指令が1つも出ていない。

俺とノアはこの学園で何をすれば良い?おちゃらけていればいいのか?

意図を感じるんだ。何をさせようとしているのか。

 

「ノア」

「はい?」

「今夜、俺の部屋に来れないか」

「……?わかりました、です」

 

ノアは首を傾げながらも頷いた。

妙な胸騒ぎ。

嵐が、来る。



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深夜面談

 

ザアザアと、雨が降っている。

胸騒ぎを呑み込むようにグラスの中身を傾けた。

豊潤な香りが口内を充満させ、焦る心に余裕を持たせる。

 

「悪くはないが……少し早かったか?」

 

船から持ってきたワインだが、まだ若い。

もう少し寝かせておくべきだったかと、高い酒を無駄に開けてしまったことを悔む。

 

……ちなみにこの国では無論、未成年の飲酒は禁止されている。

未成年以下が飲むと酔いやアルコール探知ですぐにわかるため、未成年飲酒はすぐにわかるのだが……。

俺とノアは本部からの任務で幾多のパーティー会場に出席したり、情報のために酒屋で一番強い酒を呑んだりと、いろいろあって酒には強い。

しかも、筋肉を弛緩させリラックスさせれば程よく酔えるので、実際のところ自分の才能や素質に感謝している。

問題はアルコール探知だが……幸い、この国で【ルーン】という素晴らしい力を得た。

アルコールを瞬時に分離して証拠をなくせるのは、既に立証済みだ。

 

「……ふむ」

 

たった一本の蝋燭の灯が、ラベルをぼんやりと照らす。

窓際の椅子で雨を眺めながら酒を楽しむ……なかなか良いリラックス法を見つけてしまった。

 

とん、とん、とん。

 

ノアがやってきた。

俺は扉ではなく、目の前の窓に向かう。

 

「こんばんわ、です。へくち」

 

窓を開くとノアがするりと入り込んできた。

廊下には交代の見張り番がいるが、まさか窓から入り込むとは思うまいて。

びしょびしょのノアは薄いパジャマ姿。これでは風邪をひいてしまう。

 

「まずは服を脱いでそこにかけろ。それから後ろを向いて髪をかせ」

「はい、です」

 

ノアが俺の前で服を脱ぎ始める。

もちろん寝巻きのため、胸部を締め付ける下着はつけていない。

……ここにきて、俺の精神力の成長を試す時が来たとは。

 

ノアが脱いだ服を【熱】のルーンで内側から乾かしつつ、【熱】と【風】のルーンを同時に使って熱風を送り出す。

自室は誰にも見られない。ルーンを複数使っても、それをわかる者など誰もいないのだ。

 

白くすべすべした髪の毛を手櫛ですきつつ、合間に熱風を送り込んで効率よく乾かしていく。

一般的にはドライヤーと呼ばれる魔具を使うのだが、あれは危険すぎる。

【火】のルーンで温められた熱波を、【風】のルーンで前面に送るというものだが……。

温度の調節ができない上に、【火】の魔具と【風】の魔具を合体させたもののため恐ろしいほどでかいし高い。

大衆浴場や、寮の浴場にしか設置できないため、濡れたらいちいちドライヤーのあるところに行くしか乾かす方法がないのだ。

 

と、物思いにふけってなるべくノアの体を見ないようにしていると、急にノアが首だけで振り向いた。

ノアと顔を合わせるためには、胸部が……。

絶妙に見えない位置をキープしつつ、ノアに尋ねる。

 

「どうした?」

「今日のノイン、は、なんだか、不安そうに見えるのです」

「不安そう?俺がか?」

「はい。今の、ノインからは、不安と葡萄の香りが、します」

「葡萄の香りは先程まで飲んでいたワインだな。少し若いが、飲むか?」

 

ノアがこくりとうなずく。

 

「なら、その前に服を着ろ。乾いたぞ」

 

ノアに寝巻きを渡し、後ろを向く。

着替える時間はどうしても無防備になるので、紳士らしく。

ながい付き合いだが、ノアは時に可憐で、時に艶かしい……。

 

「ノイン」

「着替え終わったか。……っておい?!」

 

思わず後ずさる。

ノアは着替えていなかった。俺の名前を呼んだだけだったのだ。

後ろを向うとすると、また「ノイン」と声がかけられる。

なにか伝えようとしているのか?

 

「話があるなら手短に、もしくは着替えてから話せ。さすがに女の裸をじっとみて欲情しないほど、俺は紳士じゃないぞ」

「いいのです」

「なにがだ」

「理由はわかりません。しかし、対抗戦で、勝ったとき、から……いえ、そのずっと前より、ノインには裸をみられてもいいと、思っていました」

「……はぁ?」

「むしろ、みられたい、とも思っていました」

「ノア、既にどこかで飲んできているのか?それとも、なにか辛いことがあったか?」

 

あきらかにノアは誘っている。

だが、こちらは任務について話そうとしているのだ。

話を逸らされては困る。

 

「夜に、部屋に来いと」

「……たしかに、はたから聴いたらそのような事を致すのだと勘違いするだろうな。だが、ノアならわかるんじゃないのか?この俺が、そんなことにかまける筈がないことを」

「わかっています、が……理性が、働かないのです。本能が、愛を貪れと、言うのです」

 

ついにノアは、ほろりと一筋の涙を流した。

……はぁ……。

 

「今回はこれだけだ、他は譲らん」

 

そう言って、俺はノアのおでこに唇を落とした。

 

「さあ、お前の愛が欲しいという本能は、これで消えた。服を着ろ。任務について話し合うぞ」

「っ……は、い……」

 

良心が痛んだが、これは任務をする上で障害となる可能性が高い。

ノアでいう理性が、俺に平常心を保たせる。

本能は、ノアを抱けと叫んでいるようだがそうはいかない。

いづれそのような関係になるのはやぶさかではないが、俺達にはまだ早い。

 

そう、窓際に置いたワインのように……互いに、熟成しきっていないのだ。



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暗号解読。ただし甘くはない

 

「さて、ノア」

「はい」

「もう落ち着いたな?」

「はい」

「ならば、本題に入ろうと思う」

 

うなずくノアを見て、俺はベッドの隣の棚から一枚の手紙を取り出す。

『ルーンナイト 育成 学園 卒業マデ 入学 ノインス ノア 』と書かれた手紙。

ナイアから受け取った手紙だが、やはりこれまでの経験からすると、本部からの指令がこれだけと言うのはおかしい。

本部で使っている暗号文は25通り全て試したが、ヘンテコな文になるだけで成果は得られなかった。

 

「ノアはなにか心当たりはないか?」

「どうでしょう。例えば、この国に、入る時の、船の暗号、とか」

「なるほどな。しかし頭文字が『シリィ』ではない。別の頭文字を探す必要があるか?」

「いえ、まだ、変える月では、ないです。ということは、他の読み方があるのでしょう」

 

ふむ……。

本部はどの年齢にも同じ暗号を使うので、幼い頃は苦労した。

ヨルノワールに行く時なんかは炙りだしでないと白紙のままで……。

 

「あぶり出しだっ!!」

「おうっ」

 

突然手を叩いた俺にノアがびくりと反応する。

紙の匂いを嗅ぐと、どこかほんのりと柑橘系の匂いがした。

 

「ノア、これはなんの匂いだ?」

「……?すんすん。これは……オレンジ?」

「やっぱりだ!」

「オレンジの匂い……ヨルノワールの時の?」

「同じ仕組みだな」

 

ヨルノワールという国がある。

ヨルノワールは夜景が絶景な国で、そこのパーティの主催者である公爵夫人が怪しげな薬を裏で売っているという証拠を掴むという依頼で……話が逸れた。まぁヨルノワールに行くときの暗号文という話だ。

 

あぶり出し暗号は意外と簡単に出来る。

紙に柑橘系のエキスで文字を書き、それを乾かせば完成だ。

液体を塗った所は、何も塗っていない所に比べて発火点が低くなる。

だから、紙が燃えない程度に炙ると、焦げて何を書いたかが分かる仕組みだ。

 

暖炉は奥に火がついているので直接炙ることはできないが……その点なら俺の得意分野だ。

暖炉から【火】のルーンを集め、酸素を小爆発させるていどに燃やす。

ポンと気の抜けた音がして、手紙に文字が浮き上がった。

 

「おお」

「『ソウビ』か……。これだけじゃまだ分からないな。もう少しやろう」

 

そうして次々に紙を炙って行くと、やがてちゃんと文字が読めるようになった。

 

「っ……ますます読めなくなったな」

「最初の文字も合わさってぐちゃぐちゃなのです……」

「この状態でまた暗号を当てはめるんだろうな……」

 

まぁ面倒臭いが仕方がない。

25通りの暗号を試すことになりそうだ。

まずは行の初めから……『シ』『リ』『ィ』……。

 

「……ふぅっ」

「ノインっ!?どうしたのです、ノイン……」

「25通りの暗号、その全ての暗号を当てはめた結果、全ての頭文字が『シリィ』だった」

「……もしかして」

 

微妙な顔で口をもにょもにょさせるノアに、俺は苦い顔でうなずく。

本部の暗号で解読した文を、さらにこの国の暗号で解読する必要があるようだ。

それに、全てが『シリィ』で始まっているので、どの暗号が正しいか、25通り全ての暗号を試す必要がある。

ざっと計算して775通りか……?途中で絞り込めばもっと少なくなるが。

 

「ノアは、本部の暗号もこの国の暗号も記憶しているわけじゃないしなぁ……」

「す、すみま、せん」

「……これは重労働だ」

 

気まずそうにノアが「コーヒーを淹れてくるのです」と呟く。

この国のコーヒーは不味いから正直要らない。紅茶は一級品だが。

 

「ノア、紅茶を」

「っ……すみません」

 

ノアはすでにカップを手にしていた。

黒い液体が入っている。

……ノアの給仕の才能か……。

エグみのあるコーヒーをすすりながら暗号を解読する。

 

ノアは負い目からか本を読むことも応援することも出来ず、先ほどから俺のベッドでソワソワしている。

 

「ノア」

「ひゃっ、ひゃい」

「明日の授業は休む」

「伝えておくのです」

「体調不良と言っておけ」

「はい」

「解読は明日に回す。今日のところは帰れ」

「っ……はい」

 

ノアが立ち上がる。

風のルーンでノアにバリアを作る。

ノアがバリアを作ろうとするとこの国を中心に台風が作れてしまうからな……計算則だが。

 

ノアが窓から帰って行くのを見たあとに、俺はひとまず仮眠を取ることにした。



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魔法を扱う学校に秘密が無いわけ無いだろう?

「……」

 

カリカリ。

 

「…………」

 

キュッ。

 

「………………」

 

キュポン。ちゃぷちゃぷ。

 

「……ふう」

 

やっていることが全く変わらん。

どうしたものか。

暗号の解読は進んだが、正直言ってつまらん。

スパイやら何やらが「飽きた」と言って放り出してはいけないのだが……とりあえずは伸びをして、窓の外を眺める。

せっかくのズル休みだ、なにか……ん。

 

「まったくサインに気づかなかったな」

 

窓を開けて外に飛び出る。

なかなか高いが別に構わん。【氷】のルーンで足場を作り、それを移動させてレーンのようにして滑る。

シャカと戦ったときに思いつきで使った力だ。空中にレーンを作れば、空騎兵───戦争のときに苦戦したやつにも簡単に肉薄できる。

なんせこのレーンは、空中に一本だけ作り続けるために土台が必要ない。

わざわざ【ウォーライン】の壁に登ってそこから狙い撃つより遥かに楽だ……っと。

そう考えている間に学園の敷地から出られた。レーンは【火】のルーンで溶かしておく。

 

それで……城下町、のような表現があっているのだろうか。

俺は一般人を装ってそこらをうろつき、対象を尾行する。

……ん、路地裏に入ったな。来ても良いという合図か。

 

俺も追って路地裏に入ると、開幕肩を掴まれた。

 

「バカなの!?なんで制服のままきちゃったのさ!!」

「……あぁ」

「あぁじゃないでしょおバカ!!トーヘンボク!!スカポンタン!!」

「トーヘンボクはわかるがスカポンタンはわからない」

 

金髪に翡翠色の、見た目はただの町娘……ナイアだ。

最初にこの国に来たときには世話になっ……てない。こいつはポンコツだった。最初から、最後まで。

翡翠色の瞳が、俺の全身をくまなく見つめる。

 

「成長したねぇ」

「お前はまったく、一ミリも、成長してないようだがな」

「そこまでいうことなくない!?」

 

軽口を叩き合い、そして互いに呼吸を切り替える。

 

「それで今回は」

「新しい電報……というよりかは、新しい情報を伝えに来た、口伝(くでん)で。メモは残しちゃいけないよ」

「構わない」

「学園の地下がキナ臭い。調べてみる必要がありそうだ。地下への行き方は分からない。学園長が何代も代わって、地下の存在は忘れ去られてしまった。……でも一つ、リスクを伴うけど調べるに値しそうな部屋がある。一階の倉庫。表上は倉庫室になっていたけど、どれもこれも勉学に使わないものばかり。機会について深く学んできたノインスならそれの謎を解けるし、地下への扉があるかも分かる」

「……なるほど」

「……まぁこんなもんだね。伝えることは伝えたよ!それじゃあ私はパフェでも食べてこようかな〜」

「また食うのか」

「もちろん君の奢りイッダァ!?」

 

阿呆なことをぬかすナイアの額にコインをぶつけてその場をさる。

釣りはいらない。

 

「ツンデレかー?」

「それでいいから早く帰れ!」

 

地下か……。

学園に地下があったとは。

それで、その地下へ行ける扉があると思われるのは、倉庫室

 

……ん。

 

なぜナイアは、そこまで学園の構造に詳しいんだ?

 

現役の学生でも、迷子になって帰ってこない時があるのに?

 

…………。

 

 

 

 

 

ふう。行ったかな。

やれやれ、スパイってのも大変だね。何人も何人も、人を演じなきゃいけないんだから。

【色】のルーン。

 

「……あー、あー……。【音】のルーン。あー、あー……よし」

 

髪の色が、緑色に変わった。

声が、少し大人っぽくなった。

えーと、髪型も変えないと。髪を編んで、えーと……鏡を確認。よし。

 

懐から一枚の紙を取り出す。

この国での、身分証明証みたいなもの。

 

『魔法学園講師:レンナ』と書かれたカードを丁寧に懐にしまって、るんるんと町に繰り出す。

今日は体調不良で教師の仕事はお休み貰ってるもんね!行きつけのお店のパフェを食べにいこっと!!



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スパイは潜入の一度や二度はできないと務まらない。

無駄に長く広い通路を進み、右手を壁に当てつつ倉庫へと向かう。

一応全ての道を覚えたつもりだが油断はできない。なにかを掴んでも帰れないようでは意味がない。

 

「……一応やっておくか」

 

小瓶に詰めたインクを取り出し、親指で壁にシミを作る。

このインクは薄いので上から濡らした布で拭き、白いインクを塗ればまったく目立たない。

お目当のものがあったときにこれをすることによって万が一自分が失敗したときに後方にヒントを繋ぐことができるのだ。

ちなみに俺の部屋にはドアノブに『開始』の意のあるシミを作ってある。ノアなら全て記憶しているし、何かが始まったことがわかるはずだ。

 

「よし」

 

ノブを捻り、倉庫へ進入する。

チョークや教材がまず目につき、一見すればただの倉庫だろう。

……が、棚の奥に監視カメラ。しかも隠されている。

扉を開けたときの小さい機械音から推測すると恐らく扉自体にからくりがある。

となると、監視カメラは個々で独立したもの。警報などはならないし、常に監視する存在もいないだろう。

この点から、既にここに何かが隠してあることは確かだ。

 

さらに。

……この国にここまで精密な監視カメラなどあるはずがないのだ。

 

安易なシステムの監視カメラなら外交などで手に入るケースもある。

が、このタイプは機械の国でも珍しい。まずこの国で手に入ることはないだろう。

 

「……ふむ」

 

扉をもう一度開き、機械音を聴いて場所の特定に試みる。

カメラの起動する音から位置を割り出し、棚に手を突っ込んだ。

……危ない、下手に動かすと警報が鳴るタイプか。ならば今回は電源を落とすだけにしよう。

 

そして、肝心の地下への扉だが……それは俺の足元にある。

床板の下から微弱なルーンが漏れ出ている。本当に微弱だ、運が悪ければ俺も気付かなかっただろう。

床板の隙間にコインをねじ込み、てこの原理でこじ開ける。

出てきた、金庫扉だ。

恐らくこれは機械の国で普及していた金庫と同じ、数字を重ねてダイヤルを回すものだろう。

 

ならばすることは一つ。

 

「【熱】のルーン」

 

余計なことはしない、熱で溶かして道を作る、俗に言うごり押しというやつだ。

鍵も何もかも全て溶かす。そうすればわざわざ面倒な手を使って金庫を開ける必要もない。

……後々考えればこの扉は秘密裏に作られたもののようだから溶かしたことがバレても(おおやけ)に容疑がかけられることは無いだろう。

大丈夫だ、うん。

 

「……さて」

 

出現した階段を降り、暗闇を進む。

暗くて全く見えない。当たり前のことだ。

蓄積していた【火】のルーンから火を作り出し、その小さな明かりから【光】のルーンを作り出した。

生み出された光は思い通りに直接的な光を作り出し、宵闇を照らした。

【火】のルーンを細かく分類した物だからルーンの生産が追いついてないものの、火で照らすよりも広範囲を均等に照らせる。

 

しかし……この壁はなんだ?この材質は機械の国のものじゃないのか?

以前戦争をしているときの地下シェルターの材質に似ている……が、そのときはこんな奇妙なラインは走っていなかったな。

これは……ルーンか?なんのルーンかは分からないものの、ラインを流れるものがルーンである事だけはわかった。

ここまで来ると言い逃れはできないだろう。

この学園は、機械の国と交流がある。それも、互いの技術を提供し合えるほどの。

海を越えた国に、ここまでの技術を考え成しに見せびらかすなんてただの阿呆だ。

だからこそ、この国では誰も『機械と魔術の複合』というものを考えもしなかったのだろう。

まして、【魔銃ルーンバスター】……魔術で機械の国の物を作るなんて、構造から銃を知らなければ作れるはずも無い。

たしかにこの国には大砲や銃、精密機械が見られない。あっちが出し惜しみしているのならそれも道理。

逆に、あっちでは魔法の類いなど一部の者しか扱おうとしなかった。否、扱える者がいなかった。

 

この先に、今までの謎が全て解ける何かがあるに違いない。

そうでなくては、そもそもこんな物を作らないだろう。

 

「扉には何もついていない。が、鍵の形が機械の国の物だな」

 

コインを【熱】のルーンで溶かし、【風】で直接触れずに鍵穴の元へ。【氷】から【冷気】のルーンを作り出し、即座に冷却。

ここでは何をしようが自由だ。何度も言うが、秘密裏に作られたのだから。

金庫だったりした場合はどうしようかと思ったが、ルーンと複合材質の壁がある。

隠してるということはここの存在がバレればここの主は困るということだ。

よってここに法律はない。以上。

 

鍵を開けると、無数のレバーと大きな扉が目に付いた。

言わずもがな、これも機械の国の技術。

一つだけ一際大きいレバーがある。コレが扉を開けるレバーか。

レバーに手を掛け、下に降ろす。

仕掛けが作動し、ゲートが横開きに開いた。

心臓が高鳴る。

 

近未来感のあふれる壁や実験に使われていたと思われる道具の数々や、端材となった銃や歯車の欠片。

見る物が見れば、学術的価値しかない知識の宝庫だ。

が、手を伸ばすのは後にしよう。

 

「……これは……なんだ?」

 

一見すると軽めの鎧か。

赤と青、それと白色の下地装甲。

顔は出るデザインで、全身鎧と言うよりか、どちらかというと増強アーマー、強化外郭と言った方がいいのだろう。

一番の特徴はその鎧の全身からあふれ出る大量のルーン。

性質が謎である壁に使われていたルーンとはちがう。火、熱、炎、氷、冷気、風、旋風。

大雑把にまとめられたルーンもあれば、細かく分類されたルーンまで、ありとあらゆるルーンをそのボディから放出している。

……素晴らしい。素晴らしすぎる。なんだこの技術は。

 

「これを纏えば、魔術が使い放題ではないか?しかも見たところ他のルーンを吸収して別のルーンに作り替えている……好きなときに好きなルーンを持ってこれるうえに、永久機関になっている……?」

「そのとおりだ」

 

ッ。

手首のリングや靴底に仕込んでおいた金属を【熱】で溶かし、顔に持ってきて、即座に仮面を作る。

冷却。振り返る。

 

「……誰だ」

「この学園の長さ」

 

学園長であってくれと思ったが、どうやらそうであってしまったようだ。

相手は少し痩せていて身長は高い。足払いを組めば組み伏せるのは難くない……が。

 

「君は、こんなところに来て何をするつもりだったのかね?」

「……ご想像にお任せする」

「……なるほど」

 

いやな予感がしてならない。

なんだこの寒気は。

 

学園長は革靴をコツコツと鳴らし、道の真ん中を歩いてゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 

「それが気になるかね?」

 

やがて俺の横を通り過ぎると、その鎧を見上げて語り始めた。

 

「遙か昔、この国は機械の国と双方信頼し合える仲にあったそうだ。その時に、互いの国に自国の作った最も素晴らしい物を送ったという。が、その贈り物は途中で何者かに船が襲撃されて互いの国に届くことはなかった」

 

なるほど。

機械の国で、そのシェルター技術を教えてくれなかったわけだ。

既に失われた文明である魔術と技術のハイブリッドはその時代に作られてそれっきり、設計図も時代の彼方に消えて行った。作り方は失われた。

 

「我が学園は深海に沈んだ贈り物を引き上げることに成功した。幸いにも、それは本来ならば我が国にあるであろう、機械の国からの贈り物であった」

 

機械の国で作られたから外装などという機械要素の多い物が作られたわけか。

 

「コレの名はルーンアーマー。魔術外装ルーンアーマーという。……さて、侵入者君」

 

学園長が初めてこちらを向く。

……そうだ、なぜそれを俺に教えた。

 

「君の正体には全く検討がつかない。ただそれはウチの制服だが、この学園の生徒などごまんといる。もちろん、金庫扉や鍵を無為やり開ける程の実力を持った生徒も多い。……それなのに、なぜ君にここの秘密を教えたのか。君なら、予測できないこともないだろう?」

 

ここまでの道のりで、俺がルーンにも機械にも精通していることがばれている。

機械の国の事を全くしらなければ、道中のしかけはおろか、まず防犯カメラに気づかないだろうから。

してやられた。

 

「さて、このルーンアーマーだが欠点があってね」

 

学園長がペンダントの様な物を握った。

 

「装着者はよほどの術者か()()()()()()でないと、鎧から発生するルーンに呑まれて魔獣と化すのだよ」

 

……まさか。

ハッとして学園長の手元を見る。既にペンダントがない。

カチリ、と首の後ろで金属の引っかかる音がした。

 

「そしてそれが、ルーンアーマーのキーだ」

 

俺の胸元に、金の装飾のペンダントがぶら下がっていた。

心臓が不気味に跳ねる。

体中がルーンにむしばまれる。視界が暗くなる。

いつの間にか、俺はルーンアーマーを装備していた。

 

「ッッッが、あああああああっ!!!!」

 

理性が失われる。

自分が自分で無くなるのがわかる。

胃の腑がひっくりかえったようだ。

 

「さぁ、駆けたまえ、未来ある我が生徒よ。機械の国との親睦を明かしてしまうルーンアーマーの存在は、私の野望には邪魔でしか無いのだ」

 

痛みと恐怖による苦痛で悲鳴を上げるよりも、別の意思が先に思考を占領する。

戦え。

壊せ。

力を。もっトちからヲ。

 

そこで俺は、吠えた。

 

 

 

 

 

───オオオオオオオオオオッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 



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ごりおしはぱうわー、です

今日は座学とは名ばかりの実習授業でした。

ルーンの細かい調整による、魔道具の扱い、そして風を吹き出す魔道具を使って木材のブロックを浮かせる授業です。

ノインの計らいなのか、私たちの授業にも、レンナ先生以外の教師がついてくれることになりました。

……単純に、レンナ先生が体調不良で休みだったから、というだけなのかもしれませんが。

 

「えい」

「ぶっ!!!!」

 

一度目は威力が高すぎてブロックが飛んでいってしまいました。

 

「ぐ、ぬぬ……!」

「ノアちゃん浮いてないっス」

 

今度は抑えてみましたが、送風の魔道具の上でカタカタと動くだけで浮いてくれません。

むー。

 

「どうやらノアさんはルーンの微調整が苦手のようですね。一撃の出力は大きいですが、常に全力疾走では疲れてしまうでしょう?頑張ってください」

 

ノアは別に常に全力疾走でも疲れません。

無呼吸で動くのでたまに息をつかなければなりませんが、一瞬止まって大きく息を吸えばそれで回復できます。

むー。

ちまちました作業ならノインが得意です。

こういうことは彼に任せましょう。

 

そうです、ノインです。

暗号の解読は進んだのでしょうか。

任務を優先するノインのことですから、そう簡単には仕事を降りないでしょうが、やはり不安は残ります。

これまでも嫌な予感はしていました。そしてそれは、いつも必ず当たっています。

 

「……ぐ」

 

しかし。

彼がやると言うのならノアは後をついていくまで。

と、そんな風に彼に想いを寄せていたそのときでした。

 

───オオオオオオオオオッ───……

 

獣の咆哮のようなものが響き、地面が揺れました。

あとちょっとで無事に浮きそうだったブロックが唸りの衝撃を受けてこぼれ落ちます。

 

「ッッッ、なんだ!?」

「全員頭を塞げ!」

「い、いま全身をビリって!肝が冷えたっス!」

「た、助けてノイン君!!」

 

全員がパニック状態。

一番先に先生が落ち着きを取り戻しました。

 

「皆さん、揺れが落ち着くまで廊下には出ないように!ここは一階!崩落の危険性があります!」

 

窓の外に目を向けると、大きな辺りの土が掘り起こされるかのように土煙が上がっています。

大きな揺れの為せる技なのでしょうか……。

 

───ドクンッ───

 

……今、何かに、呼ばれたような?

心臓が跳ねます。痛いです。

妙な胸騒ぎがします。何かが起きているのは確実です。

 

「……ノインっ!!」

「あっ、ノアさん、まだ揺れは収まって……」

 

先生の言葉を無視して廊下に躍り出ます。

揺れなんか、恐るるに足りません。少し前まで弾丸の雨の中を通っていたのですから。

しっかりと大地を踏みしめ、確実に等間隔に足を前に出せれば、転ぶことなく走れます。

どこにノインがいるのかはわかりません。

ですが、たった今見つけた手がかり。

 

ノインのメッセージです。一見壁についてしまったインクに見えますが。

インクを辿ってたどり着いたのは……倉庫、でしょうか?

ドアノブを捻ると、ビリビリとした空気が突き抜けます。揺れの発生源はここからのようです。

……それに大量のルーンが爆発するように放出されています。ノインがいたら歓喜するのでしょうが……。

 

ルーンが多い方に走っていくと、床に穴が開いていました。これは……金庫扉、でしょうか。歪んでいます。

一足飛びに階段を降り、扉を蹴破って中に侵入します。

……なにか、やたらと見覚えのあるような光景です。なぜここに機械の国のものが……っと。

 

目標発見(エンカウント)

 

緑色の肌を持ち、筋肉質なその四つ足で立っています。

青と赤の混ざったような一角を持ち、ところどころに角と同じ色のアーマーのような物を纏っています。

魔獣。その言葉が一番似合うのかもしれません。御伽噺のキマイラのようです。……翼は持っていないようですね。

 

喉を鳴らし、威嚇をしているようにも、力を溜めているようにも見えます。

その度にこんな大量のルーンを放出されたら、圧迫感が尋常じゃありません。

 

戦闘開始。

 

スカート内側に取り付けたホルダーからからブレイド・チャクラムを抜く。

息を深く吸い、全身に行き渡らせてから相手を深く観察。

目の前にいるのにこちらには気づいていない。正気を失っている……?

 

脳の無い敵に戦略は通用しない。殴るにかぎります。

 

全力ダッシュ。

自分の刃が届く距離まで接近した瞬間に足を止め、反動で右手を振り抜く。

肉を裂いた。もう一撃だけなら余裕がある。

右手を返し、肩を引いて刃を動かした。硬質な感触?

 

何が起きたのか知りたい。けれど、すでに歩みを止めてしまった今、後ろに退く以外に手はない。

後ろに向かって飛び、足をもつれさせつつ距離を取る。

むー。やはりバックステップは難しいです。

 

「……ふぅ」

 

一度呼吸を整える。リズムを整え、再度、接近を試みる。

 

ギョロリとキマイラの目が動いた。

瞬。

撃。

痛。

くらむ視界の端でキマイラが腕を戻していた。

今の一瞬で、カウンター……。

 

「ふっっっ、ぐぅっ!!!!」

 

完全に動きが読まれている。

まるで、体験したことあるような戦い方。

 

「炎球……」

 

言葉に出して、明確なイメージを頭に残し、正面に【火】のルーンを集める。

人間1人を飲み込めそうな大きさの小さな太陽が出来上がった。

維持はできない。

 

「GYUAAAAッ!!」

「なっ」

 

氷壁!?

しかも、どこも溶けていない……漏れ出る冷気だけで、消しとばした……?

氷壁を突き破り、向こうから幾千の針が飛来する。

ブレイド・チャクラムの刃を横に倒し、払うようにガード。

感触が鉄じゃない。もっと硬い……鋼鉄のような何か。

 

あちらがこの針を無限に出せるのならば、払い切るのは不可能。

あのキマイラをどうにかするには場所が狭い。それに、ゼータの腕輪かフィオナのガントレットを貸してもらえれば、まだ勝機はある。

それに、ライカが───……。

 

少しずつ足を後ろに退き、隙を窺う。手の感覚が軽くなってきた。武器が軋んでます。

ルーンに集中できないのは不安ですが、少しずつでも【火】のールーンを集めて……。

放つ。

今回のは攻撃力ではなく、火球が出す光を多めに配分した。

相手は生物。なら、目眩しにはなるはず。

 

「GYAO!?」

「よしっ」

 

大きく距離を取る。

両手で針を捌いていたためにノアの目もちかちかしているが、今は仕方がない。

なるべく足音を()()()移動する。

威圧感がこちらに向かって走ってくるのが感じ取れた。

これで、よし。

 

あとは一足先に潜伏しながら教室に戻って……。

 

あ。

 

 

 

 

苦しみ、もがく獣……キマイラは、全くコントロールの効かない自らの体で暴れ散らしていた。

地下から脱出したときに辺り一面に火を吹き出したのか、素朴かつ豪華な柱が、堅牢な天井や窓格子が、炎に巻き込まれていく。

靴を三回、扉の前で鳴らす。

走る音。気付かれた。

バンと、倉庫の扉が体当たりで吹き飛ばされる。

鋭利な爪がノアを、貫こうと迫る。

そんな中、ノアは叫びました。

 

 

「今ですっ!!」

「うおおおおおおおおおッ!!」

 

ノアの後ろから、頼れるクラスメイトが飛び出す。

 

「レッド・ハート・ビートォォォォ!」

 

右腕を豪炎で包んだゼータが謎の技名を叫んでキマイラに肉薄する。

しかし、その右腕はすんでの所で避けられ虚空を焼き尽くす。

 

「っ、オラァッ!」

 

からぶった右手を地につけ、勢いの任せて下半身を浮かし蹴りを入れた。

学校指定のローファーから、凄まじい量の炎と熱が吹き出す。

 

「好き勝手やってくれたな……でも、ありがとよ!」

 

立ち上がったゼータは左手で自らの拳をパンと受け止め、口元を歪ませた。

 

「火がありゃ、俺の独壇場だァ!」

 

全身から炎が吹き出る。

確かに、【炎】や【熱】など、主に【火】関係のルーンを操るゼータにとって、火災現場は常に力が供給されている状態です。

彼以上に、この場に長けた者はいないでしょう。

 

「あつっ、あちちっ、ひー!」

 

この場に長けていない者にとっては、ただの地獄のようですが。

先ほどから隙を窺って一撃入れようとしていたフィオナが熱さに耐えきれずに悲鳴を上げました。

どうやら、辺りに【水】や【氷】のルーンは……あるとすればキマイラの周りから微量に出ていますね。

 

「もー!なんなんっスかアレ!めちゃくちゃ怖いうえにめちゃくちゃ強そうじゃないですか!!」

「突如現れた化け物、と、言っておき、ます」

「ノアちゃん呼吸大丈夫っスか?火の中の空気を吸ったら危ないって噂知ってまスか?」

「大丈夫、です。それより、冷やします」

「ほぎゃあ!?腕が、腕が氷塊になったァ!?」

 

ちべたいちべたいと炎に腕をかざすフィオナ。

むー、やっぱりルーンを細かく扱うなんて無理です。……大丈夫、ですよね?

 

「───GYUAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

「ふげぇっ!イッテェ……」

 

方向と共にゼータが飛来。

右腕を抑えています。

 

「【火】のルーンは無効化されてるはずなのに、あいつ、俺の炎をルーンの護りごと燃やしやがった!!なんて威力してんだよ!?」

「勝てそう、ですか!?」

「舐めんなッ!うおおおおおおッ!」

 

少しのインターバルの後、すぐさま飛び起きて再びキマイラに走るゼータ。

腕輪から放出だれている残りのルーンが少なくなっています。今のゼータでは、確実にキマイラを倒すことはできません。

全身をルーン膜で護り、火だるまになって戦う……「レッド・ハート・ビート」と言いましたか。

彼の技の欠点は、一時的に戦闘力が増す代わりにルーンを大量に消費し続けることでしょう。

現在今この場所が火に包まれているから持続時間が伸びた……その程度。

 

「ノアちゃん、どうやったらアレは倒せますか?そもそも、倒せるんスか?」

「現在の私たちでは、勝率は、かなり、低いです」

「理由は?」

「ノインが。キマイラと同じように、たくさんのルーンを扱える、ノインが、いません」

 

フィオナは「でスよね」とメタルナックルを構え冷や汗を垂らして笑いました。

もう少ししたらゼータが戦えなくなり、次にキマイラと対峙することになるのはフィオナになります。

道具がなければ出来ないアクロバティックな動きでのヒットアンドアウェイを主な戦闘姿勢としているフィオナでは。物量で押し切られたら負けてしまうかもしれません。

ここに来て、ノインが足の装備を作らなかったのが悔やまれます。

 

「GYAOォォォォッ!」

「なっ、それッ、ノイ───ッ!?」

 

閃光。ゼータが吹き飛びます。

体を光の矢が突き抜け、ゼータが崩れ落ちました。

 

「フィオナ!お願いします!」

「ええいままよ!いっきまーす!」

「ゼータ、大丈夫ですか!?」

「内臓全部ひっくり返されたみてぇだ……ぐわんぐわんして、ぐにゃんぐにゃんする」

「ゼータ!これを!」

 

フィオナがメタルナックルの片方を投げてよこします。

片方だけで戦えるのでしょうか。

 

「腕にはめて胸の辺りにセットするっス!で、どん!」

「ぶぉッ……ゲホッ、ゲホッ……あ、でも確かに調子戻った!心臓マッサージ的なアレか!」

「早く返して!」

「アッハイ」

 

ゼータが投げたメタルナックルを再度腕に嵌め、フィオナは顔をしかめました。

 

「あーもう、ちょっと【火】のルーン混じってる!なんでわざわざルーン込めてるんスか!もー!」

「いやだって、ルーン使うんだから無意識に循環しちゃうだろそんなの!」

「言い訳なんかしてルーンマスターになんてなれると思ってるんスか!?ノインのがなりそうっス!」

「言うな!!!!」

 

えっと……喧嘩?

キマイラと戦いつつ互いにもう1人敵を作るなんて、この2人はもしかしたら余裕があるのかもしれません……。

 

とにかく、キマイラを抑えること、つまり、ノインや他のみんなが駆けつける時間を稼げています。

しかし、このキマイラはどこから生まれたのでしょう?機械のように、どこからか湧いて出るものなのでしょうか?

それらを証明するには……キマイラを倒さないといけない。

 

ノインの必殺技であるバリスタを扱っていた……つまりコピー?生態模倣?

ノインはすでに、このキマイラと戦っていた?では、彼はいったいどこに?

地下室にはいませんでした。しかし、キマイラのこのルーンの使い方は人間味があります。

正気を失っているのに、冷静に状況を分析して戦っているような……。

 

「ノアちゃん!!!」

「ッ!」

 

声に気付いてはっと顔を上げるとキマイラがこちらに突進してくるところでした。

大きく踏み込み、刃で受ける要領で弾き返し……!!

 

カキンッ。

 

折れた。

軽くなった右手の感覚に戸惑いながら、辻斬りのように折れた刃をキマイラに突きつけながら駆け抜ける。

入れ違いになった。

 

「……あ」

 

その時のノアの目に映ったのは、一つの傷でした。

ノアがまだ未熟だったとき、ノインが庇って、鉄の弾を身に受けたことがあります。

その傷はいまもその場に残り、弾丸こそ抜いたものの、まだ痛むと言います。

脇腹に残る、痛々しい傷。

その傷が。

 

「障壁……!」

 

キマイラの周りに障壁が現れます。

【秩序】のルーン。

 

「2人とも!」

「おう!?」「はい!!」

「ノインが吸収された可能性が、あります!」

「吸収って、なんだよそれ!」

「ノインのようなルーンの扱い、仕上げにバリスタ、傷まで一緒……生態兵器の部類なら、それも可能……」

「な、何言ってるかわかんないスけど、ノインだったら尚更倒せないっスよ!

「大丈夫、です。吸収されたのなら、吐き出させるだけ……秘策が、あります」

「「秘策……」」

 

思っている旨を話せば、もちろん2人は目を丸くしました。

 

「無茶すぎまスって!」

「秘策ってより愚策だぜこりゃあ……」

「ダメ、ですか?」

「「…………」」

 

2人は顔を見合わせると、大きくため息をつきました。

そして、2人とも構え直します。

 

「ったく、やっぱりノインの近くにいると感覚が狂うんだな!こんな作戦思いついてたまるかよって」

「やってやりまスよもう。ノインに常識は通じません。学習したっス」

「ありがとう、ございます」

「はいっス!」

「でも、一番キケンなのはアンタだぜ。いけんのか?武器の片方もないのに」

 

左手の、まだ無事な方を右手へ。

折れたチャクラムは左手へ。

巻きつけていたリボンを折れたチャクラムだけ解き、『舞う』準備は完了しました。

 

「安心、してください」

 

ローファーを鳴らし、深呼吸。

 

「ノアはノインの相棒です」

 

重心を前に置いて全力のダッシュ。

 

「解除!」

「はいっス!」

 

障壁を警戒していたキマイラが、障壁が無くなったことにより嬉々としてこちらを切り裂こうとする。

左手を廻す。

巻きつけられたリボンが舞う。

 

───凛として───

 

足を軸に一回転。

頬の横を鋭利な爪が掠めていく。

 

───静となり───

 

動きを止め、タイミングをずらす。

くるりと逆側に回転して裏拳のようにブレイド・チャクラムを振り下ろす。

鎧のあった部分に突き立った。ダメージはない。

 

───動となりて───

 

跳躍。

体を捻って蹴りを入れ、着地した瞬間に地面を蹴って加速し、キマイラの死角に潜り込む。

 

───華を持って、殺める───

 

しゃがんだ状態から大きく踏み込み、下側からブレイド・チャクラムで弧を描く。

ズンと、キマイラの図体が動く。

 

「はああああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

そして───投げた。

宙へ浮かぶ巨体。

バランスを崩し、地面に叩きつけられるキマイラ。

殺意が剥き出しになっている目を、ノアにもう一度向け……。

 

「ゲームセット」

 

そこでようやく、脇腹に手を当てたゼータに気づいた。

その手には、メタルナックルが……中に大量に【火】のルーンが込められた、メタルナックルがはめられている。

フィオナが叫ぶ。

 

「天上熱波!!」

「フレア・ビート・シャウトォォォッッッッッ!!!!!!」

 

───。

圧縮された炎の衝撃が、無数にキマイラに叩き込まれる。

散る火の粉を意にも介せず、熱波を打つゼータ。

 

「──────…………!!!!」

 

声に鳴らない悲鳴を上げ、キマイラは、沈んだ。



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ルーンアーマー

頭に霧がかかったように意識がはっきりしない。

ぼやけた視界は焦点が合わず、自分がどこにいるかでも定かではない。

意識をしっかり持てノインス。俺はどうなった?

そうだ、学園長にペンダント……ルーンアーマーをつけさせられ、ルーンに体が耐えきれなくなって意識を手放したはず。

そして、再び意識が戻る前に、最後にノアの声が聞こえた気がする。

 

「おう、またこっちにきたのか」

「……師匠」

 

眩しい世界の中、はっきりと師匠の姿が見える。

 

「こっち、とは?」

「意識の混濁で起きる……ま、あの世と現世の境目みたいなもんだ」

「俺は死ぬんですか」

「死にはしない。いったろ、境目()()()()()()()()って」

 

境目……死者の魂の本流する場所?

 

「ノインス。学園長が言ってた言葉は覚えてるか?機械の国と、魔法の国について」

「……あぁ、親睦を深めるために互いに贈り物をしたという……」

「そうだ。……それで?」

「あ、えっと……機械の国からの贈り物が、あのルーンアーマーだったという話です」

 

師匠は目を閉じると、魂だけとは思えないようなそぶりで考え込む。

もしかしたらこの師匠は俺の妄想なのかもしれない。すべて、俺の頭の中で起きている出来事だったとしたら……?

どっちにせよ情報が増えるのはありがたい。余計なことをして情報をなくすよりは、乗っておいて知識を求めるのがいいだろう。

 

「ルーンアーマーは」

 

師匠が口を開く。

 

「機械の国からの贈り物でありながら、魔法の国の技術を宿していた。ほんの少しだがな。なら、魔法の国からの贈り物は?」

「機械の国の技術で作った、魔法主体の贈り物……?」

「鎧があるってことは、大砲か剣か……いや、魔法の国なら魔物やゴーレムもありえるな」

「…………」

 

なるほど。

魔法の国からの贈り物も深海に眠っているのか……。

アルゴノート……最近まったく使っていない潜水艦を使えば、捜索はできそうだ。

 

「歴史についての資料がある」

「どこにです?」

「砂の国だ」

 

砂の国。

一面の砂漠が広がるその国は、その大地の下に無数の遺跡が眠っているらしく、既に発見された遺跡からでも歴史的価値のある書物、もしくはそれの文字が見つかっている。

そこに、魔法の国と機械の国の技術についての記述が?

 

「師匠はなぜそれを?」

「……さあな。思い当たる節がない。俺もなぜ、こんなことを知っているのか……」

 

とにかく、長期の休暇でも取れたらノアと共に向かうのがいいだろう。

少なくともこの状況で「ただの夢」だったということはないだろう。

砂の国には、何かがある。

 

「っと、師匠。続けて聴きたいんですが、俺の名前がアイゼンというのはどういう……」

「おっと、時間みたいだな。じゃあな弟子よ」

「ちょっ……!!」

 

手を伸ばすも、師匠の姿はその場で消えさった。

はぐらか、された……なんのために……?

それと同時に、俺の体も後ろに引っ張られるような感覚がする。

この空間が夢の中のような世界なら、もちろん俺は生きていて、覚醒する。

謎が多すぎて、何もわからない。

 

いつか……ノアの……ひみ……つ……を───

 

 

 

 

「がっ、はっ!!」

「ノイン!!」

「ようやく起きたっスね!!」

「ったく、ヒヤヒヤさせんなよ……」

 

痛む頭を抑え、上体を起こす。

焦げ臭い。辺りを見渡すと、火事でも起こったのか学園の廊下が熱を帯び、どこからかチリチリと音がなっている。

 

「この惨状はどういうことだ?」

「ノイン、が、暴走、して……」

「俺が暴走?何故?」

「この、首飾り、が……原因だと思う、です……」

 

赤と青の装飾の、金のペンダント。

装着するとルーンアーマーを纏い、膨大なルーンに体を蝕まれる。

 

「なるほどな……この火事のような状況も俺がやったのか」

「そうだぞ、ノインのせいだz「ちょっと黙ってましょうねー」むぐ、ぐ……」

「ノイン、は、悪くないのです。きっと、これが、原因で」

「あぁ。それをつけた瞬間にルーンが大量に流れ込んできて、意識も強制的に切られた。そのペンダントは、危険だ」

 

ノアが手にしているそれを奪いとる。

じゃらと鎖の音のなるペンダントからは、やはりそのような凶暴性は感じない。

首にかけない限り、力が発動しないのだろうか?

ルーンアーマーをポケットに押し込み、立ち上がる。

 

「ここから出なければ……」

「あっ、たしかにそうっス!」

「早く脱出しねぇと!」

「ノイン、肩を貸します」

「助かる」

 

なんとか這うようにして脱出した学園は火が燃え広がったのか、俺たちがいた場所などの既に消化された場所を除いて、炎に包み込まれていた。

先生や生徒が揃って【水】や【氷】のルーンで消化を試みているが、勢いが強すぎて止められない。

……事実上の、学園の滅びだった。

おかしい。学園長だってこうなることはわかっていたはずだ。

自分の学園を、どうして。

 

痛む頭でルーンを集めるが、操作がおぼつかなくてうまく行使できない。

 

「任せて、ください」

「ノア……」

 

ノアの掌に俺が集めた【水】のルーンが集まる。

やはり、俺とは比べ物にならない最高の親和性。ややルーンは不安定だが、ルーンの力を最大限に引き出せるのが、ノアの強みだ。

……ゼロか100かしかないないのが玉に傷だが、最近は練習しているようだしな。

とにかく、集まったルーンが実態として権限したときには、ノアのかざす手の向こうには池でも作れるのではと思える量の水が集まっていた。

……【土】のルーンを集める。

 

「消化、します!」

「えっちょっこのサイズは……」

 

誰かが言いかけた、が、時すでに遅し。

土の壁を作る。

一瞬で決壊した。

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドド。

 

「「「「ほぎゃああああああああああああああ!?」」」」

 

まさか、再び眠ることになろうとは。

流れる奔流の中、俺はもうなんでもいいやと、意識を手放した。



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行こう!砂の国
全ての道はマーロに通ず


「……と言うわけだ」

「どういうわけさ……」

 

いつもの路地裏、俺はナイアと待ち合わせをして近況の報告をしていた。

急いできたのか髪もぐしゃぐしゃで、女として思うところがあるのか先ほどから席を外したそうにそわそわしている。

 

「砂の国に行けば、何かわかるかもしれないというわけだ」

「ちょっと待ってよぉ……。学園の地下にそんな大層なものがあっただけでもかなりの発見なのに……いやまぁ、確かに砂の国に行ったら少しは価値のある情報が出てくるだろうけどさ?でもさ、それが一体何になるの?ウチの組織は、学園の地下施設のことでお金を搾ろうとしてたみたいだし、歴史なんて詮索しても意味がないと思うけどね」

「この情報を考古学者にでも売ったらどうだ」

「……上手いこと考えるねぇ。それ、ただの好奇心でしょう?」

 

お見通しか。

ノアもウチの所属だが、個人の経歴などは関係ない。調べたいことは勝手に調べろ、という形なために、砂の国に行くのに組織の協力は借りれない。

ノアが大量に召喚した水のおかげで学園は殆どが流され、地下施設のシェルターはどさくさに紛れて埋め立てられていた。

消化もできたし被害はないが、後にナイアが潜入して撮るべきだったシェルターの写真は作れなくなったというわけだ。

だったらその失敗を利用して、新しい金蔓を作ってはどうかと提案してみたわけだが……。

しかし、写真機などどうやって調達したのだろうか。

 

「わかったよ。頑張って見る。……知ってるかい?私結構頑張ってるんだよ?」

「そうだな、知ってるからもっと頑張れ」

「さては信じてないなぁ!?ねぇ!?あっちょいコラ逃げるなポンコツスパイ!!い〜っ!!」

 

壁を蹴って屋根に登り、ナイアから身を隠す。

ふっ。全てはこちらの思い通り。

さて、今日は午後から課外学習だ。課外学習と言っても、屋内が無いのでやむなく課外になるだけだが。

 

 

 

 

「「「「他の国に旅行???」」」」

「うん、修学旅行。ほら、学園があんなになっちゃったでしょ?だから、補修期間で修学旅行するんだって」

「いつすか!!いつすか!!」

「おーおー、落ち着きたまえよゼータ君。すぐにってわけじゃない。寮もところどころ壊れちゃったし、しばらくは学園からお金を出してキャンプやホテルで一夜を過ごすことになる」

 

なるほど?

要は、この修学旅行で砂の国へ行けるように仕向ければ良いのか。

 

「先生。その修学旅行、行き先は決めれるのか?」

「それがね、セルカちゃん。先生が決めるんだって。まぁ、私も会議に参加するから希望だけは聞いておくけど、どこか行きたいところはあるの?」

「夜の国……ヨルノワール」

「ヴェ……うーん、あそこはオトナな国だから……ちょーっと厳しいかもね……」

「……そうか」

 

セルカが目を伏せる。

夜の国か。確かにあそこは観光にはうってつけだが、暗闇に紛れて色んな組織が闊歩している。

なぜ、そんな国に……まぁ、セルカは自分を出さない性格だし、どこかの令嬢ということもあり得なくはないが。

 

「先生」

「あいノイン君」

「砂の国マーロはどうだ?歴史の勉強とか……」

「……胡散臭い……」

 

解せぬ。

 

「ま、確かに勉学に励む場としては最適かもしれないけど……何か企んでない?」

「お、今日はルーンが綺麗だな」

「話聞いて!?」

 

レンナ先生は呆れたようにため息を吐くと、再びチョークを片手に黒板をなぞり出した。

そこには、SからFまでのアルファベット記号が書かれている。

 

「今回は、ノイン君が起こした無茶の収集をつけるための策でもあるんだ。ノイン君が決めてしまった、クラス制度の撤廃。これをいつから始めるかを先生達が頭を捻って考えた結果、今回の研修で行われることになったんだよ。今回は、学園の生徒を全てシャッフルして班を分ける。よって、これからはFクラスのみんなも、上位クラスと一緒の組み分けになって研修に臨むこともあるかもしれないよ」

「ほぉ……なるほどなぁ」

「ゼータ、わかってないっスよね。はぁ……あとで教えまスよ。鍵開けといてください」

「おう!」

 

なるほど。対抗戦の結果がこんな時に出てくるとは。

学園長は、学園長としての役目はちゃんとしているようだ。

……俺に、ルーンアーマーのペンダントをかけ、俺を暴走させた張本人。

その奥底に何があるかは、全くもってわからないが……。

少なくとも、今回の修学旅行で自由時間があるだろう。そこで、少しでも手がかりなりを見つけられれば。

 

「じゃ、先生は行き先を決める会議に行くから。今回は、この書類をクラス全員で協力して全部片付けること!それじゃ!!」

「「「はい!」」」

「なのです!」

 

それぞれに席を立ち、クラスメイト達が大自然の下で書類を手に取っていく。

俺も一枚手に取り……『Sクラスの性格矯正案』?

これは……。

 

「「「「レンナ先生の溜まった書類……」」」」

「なのです……」

 

どうやら、みんなも同じ考えなようだ。

 

「ちょっ、先生、あのっ、あぁもう姿が見えねぇ!!仕事押し付けられた!!」

「生徒に自分の仕事を押し付ける教師がいまスか!?」

「ええっと、『Fクラス生徒ノインスの処分について妥当な意見を述べよ』……えぇ……」

「おいライカ何だそれはまるで俺が問題児のようじゃないか」

「なのですぅ……」

 

ったく、素性が知れないところといい、下手に真面目なくせに仕事はしないところといい。

あの先生は何がしたいんだ……?

 

「……っと、セルカ?」

「ッ、なんだ?」

「ぼうっとしているようだったからな」

「あ、あぁ……何でもない」

 

そう言って立ち上がったセルカも書類を手に取り、みんなと同様のリアクションを取った。

このクラスは……俺が思っているより、深い事情がありそうだ……。

 

 

 

 

「ノイン、ノイン」

「どうした」

「ここ、わからない、です」

 

ノアが見せてきた書類には、Fクラス態度や能力を評価する書類が書かれていた。

ゼータの欄に「少しおっちょこちょいだが意欲はある」など書かれているのを見るに……先生からの視点で、良く書けているように見えるが。

 

「なにがわからないんだ?」

「あの、自分の、欄が……」

 

あぁ。

自分を客観視しても贔屓が入るから、自分で自分も評価は書けないということか。

 

「わかった、俺が書いてやろう」

「お願い、します」

 

受け取った紙のノアの欄に評価を書いていく。

ちなみに、と目を向けた俺の欄には、『近年稀に見る天才。Fに置いておくのは持っていないです』と書いてあった。

……最後の方は素が出てるな。

 

「ほら、終わったぞ」

「ありがとう、ございます」

 

ノアは俺から紙を受け取った後、何かにハッとしたように紙面を見つめて。

 

「……見まし、た?」

 

と、少し顔を赤くしながらこくりと首を傾げた。

息を飲む。

ただでさえ容姿が淡麗なノアに魅了されつつあると、自分でも自覚してしまう。

紙の代わりにぬいぐるみでも持っていたら、理性がもたなかったかも知れない。

 

「見てない」

「嘘、です」

「……なぜそう思う」

「ノインが、動揺するのは、レア、です」

 

動揺しているのは核心を突かれたからじゃないんだがな……。

 

「ピピーッ!イチャイチャ警察です!そのピンクの空気をかき乱しに来ました!」

「なっ、イチャイチャなんかしてないぞ!?」

「ノイン。話は署で聞くからな」

「ゼータッ、お前もそっち側に……!」

 

……どうしてか、こんなやりとりが懐かしいように感じる。

幸せを噛み締めることが、どれだけ恵まれた事なのかを、俺はスパイとしてボロボロになった体で感じていた。

 

どうか、この幸せがいつまでも続きますように、なんて、柄にもなく神に祈りながら。




立った!フラグが立った!


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海を渡って別の国へ

「うっ……」

「がんばれフィオナ! もうすこ……うっ」

 

海の香りが心を落ち着かせる。

そういえば、船旅は久しぶりだったことを思い出し、潜水艦での日々を懐かしく思う。

ノアとともに各国をめぐり、あらゆる敵を排除し続けてきた。

 

「あああうううああ……」

「大丈夫か? 水を飲むといい……っとと」

「ご、ごめんセル……うぅ」

 

俺はもともと海が好きだった。潜水艦を支給された時はつい興奮して試運転と称し出向してしまうほどには。

海には神秘が溢れている。

 

「あああああああ! 気持ちわるうううううい!!」

 

本当に、船旅とは良いものだ。

……本当に……。

 

「「「「ノイン!!!!」」」」

「船旅に慣れてなさすぎるだろう……!」

「みんな苦しそう、です」

「頼むノイン! まじでやばいんだって! フィオナが吐く!」

「どうしてそんな平気そうなのかわかんないよぉ……」

「ライカも限界そうだ。なにか、酔いを止めるコツのようなものはないか?」

 

そんなこと言われても。

 

「俺とノアは入学の時船で来たからな。慣れてるってだけだ」

「コツ……ピンと、こないです」

「「そんな!!」」

「僕らは船に戻ってるよ……セルカぁ、ちょっと送って……」

「わかった。なんなら私の部屋で寝てもいいのだぞ」

 

吐き気で突っ伏している担任教師を放っておいて、生徒全員がすごすごと部屋へ引き下がっていく。

さすが豪華客船バターデ・パンクー・ヒトヨ号。二人一組ではあるが、各々に寝泊まりする部屋を用意できるとは。

さすがに、他国への旅行は時間がかかる。飛行機か、それがなくとも空を飛ぶ獣を使って空を渡ればいいのだが、ただでさえ学園修復に費用がかかるために、そこまで金を出す余裕はないらしい。

 

「ひどいよみんなぁあああ!! せっかく頑張ったのにぃいいいい!!」

「う、うるさい……!」

「びゃあああああああ!! みんなも気持ち悪くなればいいんだああああああ!!」

 

レンナ先生は会議で奮闘し、見事旅行先を砂の国にしたらしい。

感謝を伝えると、自分も学を与える者の端くれだから、少し砂の国には興味があった……などと言っていたが、八割は俺たちのためだろう。

 

「迂闊だった。まさかこの私が船ごときに酔うなんて! 酔うならお酒がいい!」

「生徒の前で何を言ってるんだこの人は……」

「よし、よし、です」

「ありがと……うぇ……」

 

レンナ先生はどうやら叫んで酔いを紛らわしていたようだが、ノアが近づいたことでやりづらそうにしている。哀れだ。

ふぅむ、しかし……さすがに酔いすぎじゃないか?

Fクラス組は全滅。その他のクラスも、耐えている者はいるにはいるが、かなりの数が頭を抑えている。

確かに波は荒いが腐っても豪華客船。全クラスを収容できる大型船が、そう簡単に大きな揺れを許すだろうか。

 

「ノア、どう思う」

「海綺麗です」

「そうか良かったな」

 

俺がただ気にしすぎているだけらしい。

まぁ、ここから行く先も任務を成すために向かう。緊張もするというものだ。

 

「ノア」

「?」

「せっかくだから、聞きたいことがある」

「はい、なんなりと」

「このペンダントのことだ」

 

俺がポケットから取り出したのは、例のペンダント。

赤と青の装飾のついたペンダント……の形をしているが、実際はペンダントとしての機能はなく、首にかけるとルーンアーマーに身が包まれる。

 

「俺が倒れたとき、このペンダントを首にかけていたか?」

「かけて、いました。ルーンが溢れて、苦しそうだった、ので……」

「なるほど。やはり、首にかけることが機動の条件なのか……?」

 

あのあと、回収にも来ない。俺が持っていろということなのか、既にこれを複数持っていて、一つくらい俺の手に渡っても構わないと言うことなのか。

こんなものはさっさと海に投げ捨てたいところだが、研究者の(さが)か、好奇心が優先されてしまって捨てるに捨てられないというのが今の状況だ。

 

「ノイン」

「ん。なんだ?」

「それを、渡してください、です」

「なぜだ? これは危険だと分かっているだろう」

「ノインが持っている方が危険、です。手強かったです。もし同じようになっても、ノインなら、勝てます」

「そうか……いや、しかし」

「むっ」

 

ぱし、と。

ペンダントは俺の手から奪われ、その小さな手の中に収まった。

 

「おい」

「預かります」

「返すんだ」

「預かります」

「……ノア」

「心配しているのは、ノインだけじゃないのです」

 

少し、焦ったような、怒ったような声色だった。

可愛らしく頬を膨らませ、ペンダントを握るノアから、珍しく、絶対の意思が感じられる。

 

「……そうか、わかった……ここは折れよう」

「それで、いいのです」

「だがノア。一応言っておくとそれは思った以上に危険だ。ノアは複雑なルーンの扱いはできないが、ルーンの変換効率はクラスで一番だ。暴走は、なるべく避けたい。首にかけたりはするなよ」

「はい、です!」

 

それを区切りに、俺たちも部屋へ戻ろうかと甲板から離れようとした時……。

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

とてつもない揺れが船を襲い、俺やノアも含めた全員がその場でバランスを崩した。

見れば、船体後方に白い触手のようなものが絡まっている。

 

「魔獣!? でっけえイカだ!!」

 

隣を並走していたジャムモーイ・シーヨ号も襲われている。

だから魔獣は嫌なんだ……。個々の力が定まっている分、機械どものほうが戦いやすい。逆に、それぞれ別の強さや個性を持っている魔獣は戦いにくい……。機械の国には魔獣は生息していないから、魔獣との戦闘経験が少ないのも俺が敬遠する理由の一つだ。

 

「ノイン」

 

ノアが武器を取り出して指示を待っている。

いつでも触手を叩き斬りに行けるという目だ。

だが……。

 

「大丈夫だ。既に手は打ってある」

 

苦手だから、対峙した数が少ないからと、いつまでも逃げ回っているのは(しょう)に合わない。

 

「来い、アルゴノート」

 

突如、巨大イカに突撃する者がいた。

海を割って、その大きな角でイカを差し貫く。

アルゴノートはそのまま海の底へと潜り、再び急上昇してイカに突撃。

 

「クジラ……一角クジラだ! 一角クジラがイカと戦ってる!」

「怪獣大決戦だ!!」

 

……この学園の生徒は殆どが魔術の国か、その近くの国の出身だ。

機械側は戦争地域だし、来た者がいなければ機械を見た者もいないだろう。

しかしまさか、一角クジラと呼ばれるとはな。

少しだけそのノリに付き合ってやろうという意も込めて、左腕に装着したパネルを操作し、アルゴノートに伝達する。

 

「ぼおおおおおおおおおッ!!!!」

「おぉ!!」

 

瓶を吹いたかのような低い音が響き渡り、海面から水が吹き出した。

船に乗っている者からしたら、見事巨大イカを仕留めた一角クジラが、勝利の咆哮とともに潮をあげたように見えることだろう。

 

「じー…………」

「…………」

「追尾、させたのです?」

「俺がアルゴノートを置いて海を渡るわけないだろう」

「……まぁ、いいのです……でも目立つようにはしないでほしいのです」

「善処しよう」

「しないでほしいのです」

「わ、わかった……」

 

なんだか今日は、ノアの押しが強いな……?



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