ゴブリンスレイヤー ―灰色の狼― (渡り烏)
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プロローグ

フロムの大罪(真顔


 月夜が照らす墓地、そこに大扉を開く音が響き、我が親友の墓場に闖入者が来た。

 

――不死人か――

 

 気配で入ってきたものの正体を察し、吾輩は気配を殺し、親友の墓石の影に隠れながら接近し、墓石の上に登る。

 ちょうど親友の墓石に手を触れようとした所で、一声発し噛み殺そうと前脚で抑える。

 だがそこで嗅ぎ覚えのある臭いに気が付いた。

 

――そんな……っ!馬鹿な!――

 

 その不死人はかつて小さき頃の吾輩と共に、アルトリウスの仇を討ったあの不死人だったのだ。

 そしてここに来たと言う事は、深淵へ行くことができるあの指輪が目当てなのは間違いない。

 不死人は一旦北の不死院に幽閉され、このロードランで火継ぎの巡礼を許された時、北の不死院からこのロードランへ出されると言う。

 そして吾輩も北の不死院から強き不死人が、最近輩出され巡礼を開始したと、アルヴィナから聞かされていた。

 キアランを経由してアルトリウスから託されたこの指輪を、死を賭して守り抜くのが吾輩の使命、だが……その巡礼者が、時を越えて吾輩を助け、親友の仇を討った恩人とは!

 

――世界とは……悲劇しかないのか!――

 

 吾輩は、かつての戦友の力を試さねばならない悲しみに暮れ、月に向かって吠える。

 そして前脚を除け、我が剣を地面から抜き放った。

 

――……抜け!――

 

 戦友は動揺しながらも、戦うしかないと意思を固め、その背にある黒騎士の剣を抜く。

 吾輩も咥えた剣を構え直す。

 互いに譲れぬ使命があるのならば、どちらかを屠るまで続けるしかないのだ。

 そして悲しい決闘が親友の墓場で始まった。

 

 

 

 戦友との戦いは死闘の一言に尽きた。

 互いにアルトリウスを知った仲で、マヌスを倒す為に共闘している内に連携し、相手の手の内は読めている。

 不死人は吾輩の剣を何度か受けながらもエスト瓶で回復し、隙を見て吾輩の体をその手に持つ剣で刻む。

 そうしている内に互いに満身創痍の状態となった。

 吾輩は体がふら付いて荒く息を吐き、戦友もエスト瓶が尽き剣を構えるのもやっとの状態だ。

 

――次の一太刀で勝負を決める!――

 

 吾輩は剣を咥え直し、不死人も剣を持つ手に力を籠める。

 互いに飛び掛かり勝敗の一太刀を決めたのは……戦友だった。

 

――見事!――

 

 この身がソウルとなって消え行くのを感じ、最期に一声鳴いた。

 最後に吾輩の目に映ったのは、兜の奥で涙を零す戦友と、決闘を見守る為なのか木陰から見守っていたアルヴィナ……そして。

 

――アルトリウス!――

 

 親友の姿だった。




書いてる途中で当時の感情を思い出して書くのが辛かった……。


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灰色の狼

洞窟の広さは青年剣士君のお陰で把握済み。
青年剣士君は犠牲になったのだ。
作者のダイス運の犠牲にな……。


 ここではないどこかでサイコロの音がした。

 おや、と≪真実≫が見ると、そこには≪幻想≫にしては珍しく、とある少女の為に最後の抵抗で振った増援が来るか来ないかの幸運の出目がありました。

 結果は2D6で12、奇跡(クリティカル)です!

 やったと≪幻想≫が喜びを露にし、傍らでハラハラとお気に入りの女神官を見守っていた地母神とハイタッチ、≪真実≫はふむんと珍しい事があるものだと鼻を鳴らします。

 さて、ここで例の変なのが来れば、この冒険はもう勝ったも同然です。当然ほかの冒険者が来ても、剣士を欠いた一党が無事なのには変わりありません。

 今か今かと≪幻想≫と地母神、そして≪真実≫がワクワクしながら盤面を見ていると、そこに現れたのは一頭の剣を咥えた狼と例の変なのでした。

 おや?っと≪幻想≫と≪真実≫は顔を見合わせます。

 はて、≪幻想≫は確かに幸運にも奇跡を引いたわけだが、この狼はなんなのだろうか?と二柱とも疑問符が絶えません。

 そこへ地母神はとりあえずサイコロを振れば分かるだろうと提案し、それはそうだと≪真実≫と≪幻想≫は頷き、≪幻想≫がサイコロに手を伸ばそうとすると、狼がそのサイコロを自分で退かしてしまいました。

 その狼の行動に地母神はあっと声を上げ、≪幻想≫は申し訳なさそうな表情を浮かべ、≪真実≫は君は悪くないと言いながら真顔になります。

 何故ならその行動は、例の変なのと同じ行動だったのです。

 

 

 

 目が覚めると吾輩が居たのは親友の墓前ではなく、木々の葉から木漏れ日が漏れ、草木生い茂る森の中だった。

 

――ここは……――

 

 あの不死人に吾輩が倒されたのは記憶している。

 そして親友から託され、キアランが預けてくれたあの指輪も、力あるあの不死人に渡った……筈だ。

 吾輩の体の中に親友のソウルがまだあるのを確認し、一息吐きながら身を起こし周りを改めて見てみる。傍らには親友から授かったあの剣が地面に刺さっていた。

 

――この二つがある限り、吾輩はまだ戦える――

 

 ここが例え如何様な場所であろうとも、吾輩は親友の誇りを守り続ける。

 剣の柄を咥え引き抜く。

 そしてもう一度見まわすと違和感があったが、すぐに察しがついた。

 

――背が縮んでいる?――

 

 吾輩の背丈が縮んでいたのだ。

 藪の高さからして人の背丈ほどではないが、あの不死人の肩くらいはあるだろう。

 だが、これならば大抵の害ある者には負けない筈だ。

 さて、これからどうしたものだろうか……。

 

 

 

 この世に墜ちてから1年が経った。

 あれから吾輩はこの世について断片的にだが分かってきた。

 どうもここは天ではないらしく、同時に地獄でもないらしい。

 この世界には親友のような神族はおらず、吾輩が認識している小人の末裔である人間が繁栄している世界、所謂闇の時代だと言われていた状況だが、アノールロンドほどではないが大きな街、その周囲には村も点在しており、少なくとも小ロンドやウーラシールの様に荒廃した様子はない。

 むしろ人間たちに活気が満ちており、吾輩としても親友が居ない寂しさを紛らわすには調度良い騒がしさだった。

 そんな世界だがその中でも吾輩が我慢できない輩が居る。

 ゴブリンと呼ばれている緑色の体色をした小人だ。

 初めて奴等を見たときは人間の娘を凌辱している所で、携えている剣で叩き切ってやり娘を救助した。

 四騎士である親友の誇りを継ぐものとして、そのような行いを見過ごす訳にはいかなかった。

 娘は剣を咥えた吾輩を見て最初は困惑していたが、吾輩が剣を置いて汚れている場所を舐めると、吾輩にしがみ付いて泣きながら「ありがとう」と繰り返し礼を言い、そしてヨロヨロと歩き出すので吾輩も剣を携えながら娘の後を追う。

 幸い娘にとって土地勘が働く場所だったのだろう、娘の出身であろう村に到着すると娘の惨状と、剣を咥えているという吾輩の姿を見て村人達が当惑する。

 これ以上人間の許へ近寄るのは危険か、そう判断して吾輩は娘が人間達に保護されるのを見届けると踵を返す。

 

「狼さん、助けてくれてありがとう!」

 

 吾輩の背後から娘の声が聞こえてきた。

 振り返ると娘は泣き腫らした顔に喜色を浮かべ、こちらに手を振っているのが見えた。

 まあ、こうして人間を助けるのも悪い気はしない。

 吾輩は一声、元気でなと鳴くと、当惑する村人達を尻目に森の中へと戻っていった。

 そして緑色の小人の臭いを確実に覚える。

 こやつ等は唾棄すべき闇の者の手先だろう事は、吾輩の矮小な頭でもすぐに理解できた。

 ならば我が親友の名を汚さぬよう、奴等を討伐して回るのも良いだろう。

 吾輩は今後の方針を決めると行動に出る。

 ある時は村の物見をしようとしていた小人を斬り、ある時は村娘の救助のために単身洞窟の中に潜り、ある時は襲撃されている村に突入し制圧した。

 そうしている内に吾輩は灰色の剣狼と呼ばれ始め、そして御礼なのか最初に助けた村娘の村に立ち寄った際、あの娘から首飾りを頂戴した。

 なんでも大恩ある方が野生の狼と同じように狩られてはいけないと、収入が乏しい中態々作ったそうだ。

 吾輩としても剣は何時も携えているわけではないから、他の狼と差別化ができるならこれ以上の事はない。

 付けてもらった首飾りは邪魔にならず、かつ音もあまり出ないように細工されており、奇襲の際に気付かれる恐れはないであろう出来で、このまま上達すればこの娘は細工師として栄達できるであろう代物であった。

 だがここは寒村でありそれほどの余裕もないであろう。

 吾輩は獣であるし、狩った鹿を持って行ったとしても大した助けにはなるまい。

 少々尾を引かれる思いではあったが、礼の為に一声鳴くと吾輩はまた放浪の旅に出た。

 

 

 

――む?――

 

 あれからしばらくしてあの小人の臭いがしたので周囲を探ると、そこには奇妙なトーテムと洞窟があった。

 確かこのトーテムはあの小人の妖術師が居る証拠だったはず、そして入り口には小人の臭いに交じって、若い人間の男と複数の女の臭いがあった。

 

――まずい、年若い人間であの呪術師の相手は無茶だ――

 

 明らかに苦戦を強いる戦力差なのに、それを見過ごすのは友が教えてくれた騎士道の流儀に反する。

 そこまで考えを纏めると吾輩は洞窟へ突入した。

 

 

 

「そんな……!」

 

 憎からず思っていた青年剣士の最期を見て女武闘家は束の間思考を停止してしまう。

 あれだけ槍や短剣で刺されたり、棍棒で殴られたらまず助からない。

 仮に生きていたとしても、最早通常の生活には戻れないだろう。

 

「……二人共、逃げなさい!」

 

「で、ですが……!どうして、≪小癒≫(ヒール)をかけたのに……様子が……」

 

 女神官の返事に女武闘家は経験の足りない頭で考えに考える。

 そうしている間にも小鬼達はジリジリと近寄ってくる。

 一か八か女武闘家が前に飛び出そうとしたその時、真横を灰色の風と蒼い軌跡が奔り、岩と金属が擦れる音と共に小鬼の胴が縦に真っ二つに割れた。

 

「……え?」

 

「GOB?」

 

 女武闘家と小鬼は共に困惑する。

 何が起きたのか、何が通り過ぎたのか。

 女武闘家は倒れた小鬼の向こう側を、小鬼達は自分たちの後ろを同時に見た。

 そこに居たのは蒼く煌めき血が付いた大剣の柄をその口に咥え、首には木の実の殻と削り出した木の珠で飾られた首飾りを着けた灰色の狼だった。

 

「おお……かみ?」

 

 女神官の呟きに応えるように灰色の狼は、剣を咥えたまま器用に遠吠えをする。

 咥えた剣の刀身が松明の光に照らされ妖しく青く輝き、その眼光は少女達よりも小鬼に対して強く注がれていた。

 

「GBGRB!」

 

「GBBG!」

 

 小鬼が何事か叫びながら狼に向け駆け出す。

 脅威度が高いのは女武闘家ではなく、この狼だと判断したのだろう。剣士を切り刻んでいた小鬼も狼に向かって飛び掛かる。

 狼は右側に咥えていた剣の刀身を前に向ける。

 

「危ない!」

 

 青年剣士の最期を見ていた女武闘家の声が響く。

 だが女武闘家が思い描いた結果には成らなかった。

 狼は一度包囲している小鬼達の一方、女武闘家たちが居る方にいる小鬼を薙ぎ払い、そのまま横跳びをして距離を開け、もう一方の着地したばかりで隙だらけなゴブリンを、正面に咥え直した剣で再び薙ぎ払う。

 横幅が若干広い程度の狭い洞窟内で、己の獲物の長さを正確に把握し、そして圧倒的多数の敵を叩き伏せるその様は、亡き青年剣士が目指していた騎士の様な勇ましさであった。

 

――ウォン!――

 

 狼が女武闘家に向け一声鳴き、運良く生き残った2匹の小鬼を警戒する。

 小鬼達も青年剣士とは比べ物にならない強さの狼を見て動揺しているが、それ以上にたかが獣である狼に良い様にやられているのに我慢がならないようで、その額には血管が浮き出ていた。

 

――バウ!――

 

 狼が再び鳴く。

 

「……っ!後退するわ!彼女は私に任せて!」

 

「あ、はい!……あっ!」

 

 狼の意図を察した女武闘家が女神官に向かって叫び、女神官は浅く息をしている女魔術師を女武闘家が背負うのを手伝おうとした所で、入り口がある方に松明を持った人影が立っているのに気付いた。

 

 

 

「GBRR!」

 

――ッ!――

 

 小人の凶刃が吾輩の頬の毛を掠めるが、カウンターで放った大剣の一撃が迎撃する。

 これでこの場に残っている小人の数は1。

 だがそこで小人の増援が来た。

 洞窟の奥から現れたのは小人より幾分か大きい、同じ緑色の体表を持った大柄な小人だった。

 

――用心棒か――

 

 この手合いは何度も見てきており、大抵は頭が足らないが力が強いというのが相場だ。

 故に小人の妖術使いが用心棒として、この大物を引き入れて戦力を整えるのは理に適っている。

 だが……まあ、吾輩が居た時点で無意味な事だったが……。

 

「HOGGBR」

 

 大物がその肉体に見合った石斧を振り上げる。

 だが数々の不死者や墓荒らしの相手をしてきた吾輩には、その振りは余りにも遅すぎた。

 大物が石斧を振り下ろすか下ろさないかの所で、吾輩の剣が大物の右腕を切り落とし、次いで傍にいる小人の首を絶つ。

 剣を右側から左側に咥え直し、大物の胴を薙いで上半身と下半身を泣き別れさせる。

 それで終いであった。

 周囲に残敵無し、安全を確保した。

 

「灰色の剣狼……」

 

 ふと人間の男の声で吾輩の異名が洞窟内に響いた。

 声のした方へ振り替えるとそこに居たのは、上級騎士の鎧を見すぼらしくしたようないで立ちの男であった。

 ……それにしても。

 

――不死人と似た様な臭いを感じるな――

 

「あの、失礼を承知でお聞きしたいのですが!」

 

「医術の心得はありますか!?この子、≪小癒≫(ヒール)をかけたのに様子がおかしくて!」

 

「……」

 

 鎧男が少女達の声を聴きそちらに視線を向け、再び吾輩に視線を向けてくる。

 これで意図が伝わればいいが……と、吾輩は洞窟の奥へと体を向けた。

 

 

 

 狼が洞窟の奥へ向いたのを確認すると、鎧男……ゴブリンスレイヤーは女魔術師の傍で膝を突き、彼女の状態を観る。

 

「何でやられた?」

 

「ゴブリンが持っていた短剣でお腹を……」

 

「短剣か……運が良かったな」

 

 そう言いながら腰の背嚢から取り出したのは解毒の水薬であった。

 

「これを飲ませろ」

 

「はい!」

 

 ゴブリンスレイヤーから受け取った水薬を、女神官が受け取り女魔術師にゆっくりと飲ませる。

 

「まだ毒が回りきっていない。無理に動かしていれば全身に巡っていただろう」

 

「そんな、毒があったなんて……」

 

「掠った程度でも重症化する事もある毒だ」

 

 水薬を飲ませ終えると、女魔術師の息遣いがゆっくりと安らかなものになってきた。

 

「良かった……」

 

「状態が安定したな……さて」

 

 ゴブリンスレイヤーが再び狼に視線を向けた。

 大きさは通常の狼の約1.8倍、只人の……ちょうど女武闘家の肩ぐらいの大きさがある。

 そして蒼く煌めく大剣をその口に咥え、首には目撃され始めてから少し経った時に確認された首飾り、灰色で刃が通りにくそうな毛並み。

 

「間違いないな」

 

「あの狼について何か知ってらっしゃるんですか?」

 

「ああ」

 

 彼曰く1年ほど前に辺境の街周辺の村に突然現れたという。小鬼に凌辱された娘が、彼の狼と共に戻ってきたのが最初の目撃談になっている。

 それからというものの、村々を渡り歩きその周辺を巡っては小鬼に攫われた娘を奪還し、或いは小鬼に襲撃された最中に現れ屠り去る。

 だが都や小鬼に直接の被害を被ったことがない人々は、そんなモノが居るわけがないと言うが、数々の物証があるので冒険者ギルドでも頭を抱える事態となっていた。

 酔った森人(エルフ)は言う、その剣こそオルクボルグだと、更に酔った鉱人(ドワーフ)は言う、その剣こそかみきり丸だと……。

 子鬼殺しを専門とするゴブリンスレイヤーも、ギルドに居る馴染みの受付嬢からその噂は聞き及んでいた。そしてその狼が自分の目の前にいる。

 

「……とりあえず巣の制圧から始めるか」

 

 ゴブリンスレイヤーは警戒を続ける狼に脅威は無いと判断し、手早くそこらに散らばる小鬼の死骸を数え始める。

 

「……17か。

 もしかしたらあと1,2匹ばかり居るだろうが、大方の残りは頭目のシャーマン1匹のみだろう」

 

「シャーマン……ですか?」

 

「ああ、ゴブリン共の妖術使いだ。入り口とここまで来る途中でトーテムがあっただろう」

 

「「……っ!!」」

 

 二人の反応にゴブリンスレイヤーは何も応えない。そして同時に責めもしない。

 小鬼の生態を知る機会などゴブリンスレイヤーが新人だった頃にすら無かったのだ。

 理由としては不明だが、小鬼自体が相手にするのが面倒なのが一因だろう。

 そしてゴブリンスレイヤーの頭の中にある知識は、すべて実地で経験して身に着けたものだ。

 

「続きはシャーマンを倒してからだ。

 恐らくもう残りのゴブリンは居ないだろうが……どうする?」

 

 それはつまり、ゴブリンシャーマンを倒すのに付いて来るか来ないかの問答だった。

 

「私は、行けます!」

 

「私はこの子の傍に居るわ」

 

「そうか……」

 

 ゴブリンスレイヤーはそれだけ言うと狼に顔を向ける。

 

「言葉が通じるか分からんが、お前はどうする?」

 

 

 

 鎧男……ゴブリンスレイヤーと名乗った男と、神官の娘が洞窟の奥へと進んで行くのを吾輩と武闘家の娘は見送った。……生き残りや残存戦力を警戒して、神官の娘に臭い消しでゴブリンの血を被せたのは上手い手だと思ったが、どうやら女子である神官と武闘家には堪える物だったようだ。

 そろそろ首が凝ってきたので剣を壁に立てかけ、首を中心に体を振って筋肉を解し体を横たえる。

 

――しかし吾輩がそこまで噂になっているとはな――

 

 何分名声の事など気にせず放浪してきた為、自分の事などそこまで頓着する気にはなれなかったのだ。

 墓守の約束を果たした今、吾輩はただの根無し草。

 ここらで新しい相棒を見つけるのも一興かもしれない。

 

――まあ、一番の相棒は親友であるアルトリウスなのは譲らんがな――

 

 次点は戦友であったあの不死人だが……。

 そこまで考えに更けてから視線を横にずらす。

 そこには先程意識を取り戻して何時の間にかいる吾輩についてと、現状を説明された魔術師の娘と、毛布がかかった男の遺体を見続け、形見である長剣を掻き抱いて目元に涙を浮かべている武闘家の娘が居た。

 魔術師は吾輩が視線を向けた事に驚き、「っひ」と小さく悲鳴を上げながら半ばで折れている杖を握る力を強め、武闘家は吾輩と傍らに置いてある大剣を交互に見ている。

 

――何も取って食いはしないというのに……――

 

 しかしこの娘たちの今に至るまでの境遇故致し方あるまい。

 魔術師の娘は毒付きの刃で腹を刺されて昏倒し、武闘家の娘はその様子から剣士だった男と憎からぬ関係だったのか、その死にかなり堪えているようだ。

 

「あのさ、魔術師」

 

 唐突に武闘家の娘が口を開く。

 

「な、なに?」

 

「私、剣士になる」

 

 一大決心である。

 なるほど、先程吾輩と大剣を見ていたのはその答えに行き着いたからか。

 

「本気……なの?」

 

「うん……あいつの分も一緒に冒険してあげないと」

 

 そう言いながら武闘家の娘は剣の鞘を強く握る。

 

「師の宛はあるの?」

 

「……まだ打診していないけど、ある」

 

 そう言い放ちながら吾輩を見る。

 そして吾輩の傍まで歩み寄り、そして膝を突いて首を垂れ……。

 

「灰色の剣狼さん、私の師になって頂けませんか?」

 

 そう言った。

 

――ふむん――

 

 心意気は十分にあるし、なにより生真面目で真摯な態度は好感が持てる。

 アルトリウスなら……と、そこまで考えて一旦その考えを掻き消す。

 これは吾輩とこの娘の問題だ……ならば。

 

「あーちょっと良い?」

 

――む?――

 

「なに?」

 

 魔術師の娘が吾輩と武闘家の娘を見ながら問いかけてきた。

 

「貴方、この狼の言葉分かるの?」

 

「……あ」

 

 

 

「ただいま戻りました……って何ですかこの状況は!?」

 

 ゴブリンスレイヤーと女神官が戻ってくると、そこには四つん這いになっている女武闘家と、やれやれという表情の女魔術師、そして首周りを後ろ足で掻いている狼の姿があった。




シフって過去(DLC)の時でも銀等級くらいの実力はありそう。
それに加えて数百年間の研磨で剣技に冴えが出てるから、図体小さくても金等級くらいの実力はあると思う。
つまり剣技だけで≪君≫くんや剣の乙女と同等と言うやべー性能。
なお魔法は使えないから遠距離からの攻撃は手出しできないし、言葉もしゃべれないので冒険者にも成れない。
文字は……どうなんだろ?


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帰還と回顧

1週間に1回、できれば2回投稿したい願望。
それはそうと狼の最大個体の体高に1.8倍したら162cmとか出て来た。
これは女神官ちゃんもちびるし、私もちびる。


「あ、ゴブリンスレイヤーさんお帰りなさい!」

 

「戻った」

 

 夕焼けがギルド内を照らし始め、照明がついた頃にゴブリンスレイヤー達はギルドに帰ってきた。

 

「あ……」

 

 受付嬢がその後ろを見ると、顔を俯けたままの新人三人の姿、女武闘家の手には青年剣士が持っていた長剣、女魔術師の服には腹を刺された跡、女神官の神官服には血が付いた跡があった。

 

「死者が一名出た。話していた青年の剣士だ」

 

「そうですか……」

 

 よくある話だ……と受付嬢は思う。

 ゴブリン退治の洗礼は一党の状態と依頼の内容で左右されると言ってもいい。

 臆病に準備して軽い怪我で済む時もあれば、無鉄砲に飛び出して行ってそのまま帰って来なかった時もある。

 その時は次か、次の次に討伐に出向いた一党が認識票を届けに来るのだ。

 そんな中で帰ってきた彼女たちは運が良い方だろう。

 なにせ『偶然』にも、自分達が出て行った後にそれ専門の銀等級が出向いたのだから。

 

「そして……だな」

 

「どうしました?」

 

 珍しくゴブリンスレイヤーが言い淀む。

 

「灰色の剣狼が彼女達を助けた……らしい」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 彼の一言で受付嬢を含めた受付カウンターにいた職員と、ギルドにまだ居座っていた冒険者達が、驚きの表情で彼を見た。

 

「そ、それでその狼はどちらへ!?」

 

 受付嬢がカウンターから身を乗り出してゴブリンスレイヤーに聞く。

 報告書?そんなのは後だ。今はその様な些末事に構っている暇はない。

 

「……それが」

 

「「「「「それが!?」」」」」

 

「「「むぎゅ……」」」

 

 珍しい事に彼の周りに何時の間にか人だかりができていた。

 それに巻き込まれて女神官、女武闘家と女魔術師も巻き込まれ、ゴブリンスレイヤーと冒険者達の間に挟まれる。

 

「ギルドの前にいる」

 

 

 

「ほぉう、こいつがその灰色の剣狼か」

 

――むう……――

 

 冒険者ギルドと呼ばれる建物の中に入ると、特大剣を背負った重戦士が吾輩を見下ろしてきた。

 今でこそこの成りだが、生前の姿だったらこの男はどう反応するのか……。そこまで考えると、最期に対峙したかつての戦友の不死人の姿が思い浮かぶ。

 彼は真摯に剣を構えて迎え撃ってくれたが、兜の奥にある瞳には涙が浮かんでいた。

 あの後は生前の世界で火の時代を継ぐのだろうか?それとも闇の時代に落とすのだろうか?今の吾輩には知る術がない。

 

「光が当たると、本当に剣が蒼く輝いているのだな」

 

「見るからに重い剣です。

 並大抵の力では持てませんよ」

 

「その為の首の筋肉なんだろ。

 野生で長く生きてる狼だって、ここまで首を鍛えちゃいないぜ」

 

 女騎士に耳が尖った軽剣士、それに槍使いも吾輩をそう評してくる。

 その時、「失礼、するわね?」と横合いから伸びてきた手があった。

 

「それに、この首飾り……良い趣味、してるわ……ね?」

 

――ありがとう、それは吾輩のお気に入りの一つだ――

 

 そういう意思を込めて一声鳴くと、魔女は少し驚いたように目を見開き、そして優しく吾輩の頭を撫でた。

 

「わ、大人しい上にちゃんと返事した!」

 

「噂だと剣狼って渾名、賢狼にもかけてるって話だったわね」

 

「それに加えて村を防衛した時の目撃証言でも、ゴブリン共が隙を突けない堅牢さだったとも言われていたな」

 

「三重の意味で名付けられた渾名か……俺も何時かそうなりてぇ!」

 

「お前じゃまだ無理だって、せめて鋼鉄等級まで行ってから考えろ」

 

「あの、頑張ろうね?」

 

 がやがやと賑やかな所だ。

 アルトリウスは人間は大半が騒がしいのが好きな種族だと言っていたが、確かにその通りのようだ。

 

「人気ねぇ……」

 

「そう……ね」

 

 先程まで人の波にのまれていた女魔術師と女武闘家が呟く。

 早いところあの男の弔いをしたい所だろうが、夜間に故郷の村まで行くのは危険なので出発するのは明日になるだろう。

 そんな時だ。

 

「わわ!なんてイケメンな狼さん!」

 

 獣の臭いが強い人族が現れた。

 

「おお、獣人の女給ちゃん!そうだ、こいつの言ってること分かるかい?」

 

「んー、多少なら分かるかもだけど……ってそんなわけないじゃん!」

 

――そうか、残念だ……――

 

「わわ、ごめんね?でも君本当に頭良いよねぇ。飼い犬でもここまで頭が良いのはそうそういないかも」

 

 吾輩がシュンとしていると獣人の娘が慌ててフォローしてくれる。

 それにしてもやはり吾輩は他の獣と比べて頭が良いと認識されているようだ。

 これまで比較してくれる者は、アルトリウスとキアラン、そしてゴーにアルヴィナくらいしかいなかったからな。

 

「確かに、こちらの言葉を正確に理解しているのは、先程から見ていれば分かるな」

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーと女神官、そして受付嬢はそんな狼の様子を、人の輪から外れた場所から見ていた。

 

「灰色の剣狼の保護、ありがとうございます。ゴブリンスレイヤーさん」

 

「いや、たまたまあいつが居ただけだ。

 それに、最初はあいつの事をゴブリンが飼っている狼だと思っていた」

 

「命の恩人が狩られなくてよかったです……」

 

 受付嬢とゴブリンスレイヤーの会話を聞いて、女神官はほっとする。

 首飾りがあるとはいえ、まずその巨体に目が行くので初見での恐怖感が凄まじいのだ。

 そして次点で口に咥えている剣を見て、この狼は普通ではないと判断する。道具を使うと言うのは知能がある証拠なのだ。

 そこで気付いて注意深く見ていけば、ようやく首の首飾りに目が行くのである。

 そこへようやく人の輪から逃れた女武闘家と女魔術師が合流し、今後の事を聞こうと受付嬢は問いかける事にした。

 

「そう言えばこれから貴方達はどうするの?

 一党の頭目だった剣士君が居なくなってしまったし」

 

「そう……ですね」

 

 そこまで考えて現状を整理する。

 女魔術師は眼鏡が割れてしまった上、発動体である杖は半ばから折れてしまっているため、新しい眼鏡と杖を揃えるまで冒険に出る事は出来ない。

 女武闘家は仲が良かった青年剣士の死亡による心の傷があるが、それ以上に青年剣士の夢をその胸に秘めている。

 

「私はまだ冒険者を続けるつもりです」

 

「私も、眼鏡は古い奴を予備として持ってきてるし、杖は木の部分を新調すれば何とか……」

 

「私も続けます。

 ですが、とりあえずはあいつを弔ってからですが」

 

 女神官を皮切りに、女武闘家と女魔術師も続く。

 

「祈祷でしたら、私に任せて下さってもよろしいですか?

 折角ご一緒させて頂きましたし」

 

「そうね……。貴方に祈祷して貰えるならあいつも嬉しいだろうし」

 

「一応義理として私も行くわ。それが一党ってものでしょ?」

 

 どうやら彼女達の意思は固い様だ。

 だが前衛が残っているとはいえ白磁の無手だ。

 加えて今回の経験で斥候も必要、だがこの時期そんな適役は……。

 

「……あ」

 

 受付嬢は気付いた。

 居るではないか、ちょうど空いている前衛と斥候役が。

 

「貴方達、新しくメンバーを加える気はないかしら?」

 

 

 

「ゴブリン狩りは薄給だが良いのか?」

 

「私は構いません。貴方の事は放っておけませんし、受けた恩もありますから」

 

 女神官が機先を制してそう言い、女武闘家と女魔術師もそれに続いて頷く。

 あの狼が現れて以降、この辺境の街周辺ではゴブリンの目撃――もちろん隠れている場合は除いてだが――が減少してきており、以前まで週に平均10件以上だったのが、彼女達が受けるまでには既に週に8~9件程に減っていたのだ。

 

「……」

 

 ゴブリンスレイヤーは思案する。

 確かにあの狼が出てきたお陰で、辺境の街周辺の村からゴブリンによる被害が減ったのは事実だ。

 だがゴブリンはこの辺境の街以外にも居るし、それらが流入しない保証はない。

 しかしそれを待つのもダメだ。

 何より自分はあの牧場で家賃を払い、下宿をさせてもらっている身……何某かで稼がねばならない。

 

「……張り出し時に、ゴブリン退治の依頼が残っていればそちらを優先する。それで構わないか?」

 

 彼が精いっぱい考えて出した結論がそれだった。

 

「ええ、私は構いません」

 

「むしろ、あいつ等に苦い思いをさせられたこっちとしては願ったりだわ」

 

「私も……。

 あいつを殺したゴブリンじゃないのは分かってるけど、それでも私達や救助された人のような思いをする人が減るなら……」

 

 三者三様にそれぞれの思いを口にする。

 こうなるとあとは狼だけであるが……。

 

「……来るなら一回、来ないなら二回鳴いてほしい」

 

――バゥ!――

 

 鳴き声は一回だけだった。

 

「では決まりですね」

 

 受付嬢もそう言いながら書類に書き込んでゆく。

 今回のゴブリン狩りに関する報告に、灰色の剣狼の保護報告、加えて新人三人の評価報告、既に外は夜の帳が落ちて街灯の明かりと月明かりが、夜の街を照らし出している。

 

「これでやっと、ゴブリンスレイヤーさんも1歩前進出来ましたね」

 

「そうか?」

 

「そうですよ」

 

 新人職員としてこの街に赴任してから5年、ゴブリンスレイヤーが冒険者を始めてから銀等級になるまで5年、等級こそ銀の彼だが、冒険者としては駆け出しから毛が生えた程度の経験しかない。

 新人3人と狼1頭と組むことで、彼の冒険者としての人生が始まれば……と、そう祈らざるを得なかった。

 

 

 

「あ、お帰り!」

 

「ああ」

 

 ゴブリンスレイヤーが下宿先の牧場に戻ると、幼馴染である牛飼娘が出迎えてくれた。

 

「今日はちょっと遅かったね。なにかあったの?」

 

「ああ」

 

 少し遅めの夕食であるシチューを差し出され、ゴブリンスレイヤーは席に着く。

 

「……ゴブリン狩りに行った新人達の援護に向かった」

 

 何時ものように兜の下だけを外してシチューを口に含み、飲み込んでから話し始める。

 

「大丈夫だったの?」

 

「いや……女一人が毒ナイフに刺され、男が一人殺されていた」

 

 つまり戦闘の最中に割って入ったと言う事。

 

「大丈夫……だったんだよね?」

 

「ああ……俺が到着した時には、既に戦闘が終わりかけていた」

 

「へぇー、優秀な新人さんたちなんだね!」

 

 いや、とゴブリンスレイヤーは牛飼娘の言葉を否定する。

 

「ゴブリンの巣を壊滅させていたのは狼だった」

 

「狼!?」

 

 牛飼娘の驚く声に、ゴブリンスレイヤーは頷いた。

 

「灰色の……剣を咥えた大きな狼だ。お前の肩ぐらいはあった」

 

「ひぇ……」

 

 そんな巨大な狼が目の前に現れ、襲い掛かってきたら自分では抵抗できずに殺されるだろう……と、そこまで考えると彼の言った言葉に引っ掛かった所があった。

 

「あれ、剣を咥えて……?ああ!灰色の剣狼!」

 

「そうだ。そいつが居た」

 

 幼馴染の声にゴブリンスレイヤーは頷きながら答える。

 幼馴染も納品時にギルドで話す受付嬢や、牧場主である叔父も周辺の農村から仕入れた話を聞いているので、すぐに思い至った。

 

「そいつが先に新人の救援をしていた。

 最初はゴブリンが飼っている狼かと思っていたが、洞窟内で……そうだな、俺の背丈と同じくらいの長さの剣で戦っていた」

 

「わ、それ引っ掛からない?」

 

「ああ、普通ならそうだろう。

 だが奴は己の体の大きさと武器の大きさを把握していた」

 

 ゴブリンスレイヤーは見ていた。

 暗い洞窟内で地面に落ちていた松明の光、蒼い軌跡を引きながら小鬼を切り捨てる狼の姿を……。

 それはかつての少年時代に彼も憧れ、物語の中で悪鬼羅刹を切り倒し姫を守る騎士のように見えた。

 

「……あいつが……いや、なんでもない」

 

「うん……」

 

 幼馴染であり、生まれた土地の悲劇を偶然にも逃れた牛飼娘も、彼が何を言おうとしていたのか分かっていた。

 

――あと10年早く、彼の狼が現れていれば……――

 

 もちろん、狼は一頭しかいない。

 滅んだあの村に来ていた可能性も少なかっただろう。

 だからこそ、ゴブリンスレイヤーはその台詞を飲み込んだのだ。

 

「それから、一党を組むことになった」

 

「え、なんで?」

 

「生き残った新人3人の御守りと、灰色の剣狼の監査だ。

 それにゴブリン退治の依頼も少なくなってきた。

 活発になる春に週7、8件は少ない……別の依頼で稼がねばならん」

 

「ああ……うん」

 

 彼にとってここは唯一、故郷の知り合いが居る場所だ。

 なので辺境の街から別の街に移ることは無いだろうが、例えここから追い出されても彼は辺境の街に残り続けるだろう。

 

「ご馳走様」

 

「はい、お粗末様」

 

 ゴブリンスレイヤーは食べ終えた食器を出し、牛飼娘はそれを受け取る。

 明日はゴブリン退治の依頼は来ているのだろうか……。

 そう考えながら、ゴブリンスレイヤーは寝る準備に取り掛かった。




ゴブスレさんの喋り方難しい……でも挑戦したくなる。

ゴブリンの1週間あたりの依頼件数ってどれだけなんでしょうね。
私は一応コミックス版の3話で受付嬢が「もう3件か」と言っていたので、1D3で7回振った総数を参考に書いていますが……。

成りがちっこくなってもボスキャラ張ってたわけですし、これくらいはね?


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薪はよく乾かした物に限る

週辺りのUA12000オーバー
日間ランキング30位以内
週間ランキング40位以内

( ゚д゚) < え……。
(゜д゜) < え?


 一党を結成してから数週間経ったある日の事。

 

「何故ゴブリンは頻繁に村を襲うのでしょうね」

 

 その受付嬢の疑問にゴブリンスレイヤーが、簡単な話だ……と答える。

 彼曰く自分達の住処が化け物に襲われたとする。

 そして身内や友人を我が物顔で殺して回り蹂躙し、略奪の限りを尽くす。

 例えば自分の姉がその対象となり、それを最初から最後まで見続けた生き残りがどう思うか……、当然復讐してやろうと行動を開始する。

 探し回り、追い詰め、襲い掛かり、殺して回る。

 上手くやれた時もあれば失敗する時もある。

 ならば次はどういう手で殺そうかと何日と何か月と考え、機会があればそれを試して行く。

 そうして殺しまわって行く内に、タノシクナッテクルのだと……。

 

――ふむ……――

 

 確かに悪意の塊のような闇の一派が居たなら、そう言う手合いも居るだろうな……と、吾輩は同意する。

 特にゴブリンと言うのはその傾向が強い。

 そして仲間の死ですら嘲って嗤う様など、群れを作って行動する生物として破綻しているのは明白だ。

 もちろん人間でもその手の者はいるが、そう言うのは己に誇りがないものだと吾輩は思う。

 

「そしてお情けで見逃された手合いが憎しみを持ち、渡りとなって成長して力を付け、巣穴の長や用心棒となる。

 事の始まりはこんなものだろう……だから」

 

 つまり俺は奴等にとってのゴブリンだ。

 

 それを聞いた吾輩はゴブリンスレイヤーの後頭部を前脚で叩く。

 

「ぐっ」

 

「わっ!」

 

「「「!?」」」

 

 吾輩の突然の行動に周囲の者たちが各々に驚きの反応をする。

 

――それでも率先して、被害を少なくしようと努力する者が言う台詞か!――

 

「……!あのですね。その理屈ならあなたに依頼している私は何なんです?

 魔神とか邪神とかの類ですか?私の頭に角でも生えてるんですか?」

 

 そういった意味を込めて吠え立て、その様子を見ていた受付嬢も吾輩に続いてこの戯けを叱りつける。

 前門の受付嬢に後門の吾輩と、挟まれタジタジになるゴブリンスレイヤー。

 

「そんな風にギルドの評価を落とすことを言うなら、依頼の斡旋をしてあげませんよ!?」

 

「それは……困る……」

 

「誰かがやらなければいけない事をやっているんです!そこは堂々としてください!

 ……貴方は銀等級の冒険者なんですから」

 

「……」

 

 まったく世話のかかる小僧だ。

 そうして荒く息を吐くと吾輩に近づく気配がした。

 

「ありがとね。彼を叱ってくれて」

 

 そこに居たのは赤毛の女だった。

 恰好からして冒険者ではない……臭いでの推察だが牧場で働いている者か?牛の臭いが強いので牛飼娘とするか。

 

「貴方が灰色の剣狼さんでしょ?」

 

――うむ、吾輩がそう呼ばれているのは事実だ――

 

「ふふ、本当にお利口さんなんだねぇ」

 

 そう言いながら牛飼の娘は恐る恐るとだが、吾輩の頭を撫でてくれた。

 

「彼、無茶するかもしれないけれど、その時は助けてあげてね?」

 

――あやつが無茶をする事態などそうそう無いだろうが、留意しておこう――

 

 そうしている内にギルドの扉が開き、あの3人が入ってきた。

 

「師父、ゴブリンスレイヤーさん、おはようございます!」

 

「2人ともおはよう」

 

「おはようございます!ゴブリンスレイヤーさん、灰色さん!」

 

「おお……」

 

 三人の娘を見て牛飼娘が動揺する。

 

「新人さん達と一党を組んでるって話だったけれど、全員女の子だったとは……」

 

――別に強い雄が雌を侍らせるのは悪くないのではないか?――

 

 人間の言葉が理解できるとは言え、吾輩の感性は獣のままだ。

 だが人間は生活するのに金銭が必要ではあるのは知っているし、それが枷となって娶る人数が限られるのも仕方が無いかもしれぬ。

 そして最近剣の稽古をしているせいか、女武闘家が吾輩の事を師父と呼んでくる。

 親友が付けてくれた名前と被って仕方がないのだが……。

 

 

 

 一党のメンバーが揃った所で受付嬢に、ゴブリンの依頼はあるか聞いた。

 今日は2件ゴブリン退治の依頼があった。

 

「北の山奥の砦……住み着いたか。

 他所から来た大規模な群れかもしれんな」

 

「既に被害も出ています。

 善意で向かった冒険者達も未だ……」

 

「時間が経ち過ぎている。手遅れだな……だが放置はできん。

 更に被害が増える前に叩くぞ。

 そしてこっちは……明け方に鶏をさらっていくのを目撃……、こっちははぐれの仕業だな。

 先の砦に行く際に通る道でもあるし、調査して群れになる前に叩く。この二枚だ」

 

「ありがとうございます!」

 

 一昨日は巨大猪の討伐を受けたが十分に休養も取れている。

 それに事前の情報収集で消耗が少ないのも働き、一党の疲れは溜まっていない。

 

「俺は行くぞ」

 

「うん、気を付けてね」

 

「気をつけて帰れ」

 

 そう言い残してゴブリンスレイヤーの一党はギルドを後にする。

 

「今の方ってゴブリンスレイヤーさんの彼女ですか?」

 

「違う」

 

「ちょっと、詮索は無しよ」

 

「そうですよ!」

 

 女三人集まれば姦しいと言うが、文字通りだなとゴブリンスレイヤーは溜め息を吐く。

 だが彼の傍らにはもう一頭のメンバーが居る。

 

「お前は気楽そうで良いな」

 

――ワゥン?――

 

 剣狼は首を傾げながら、何のことかねとでも言いたげにそう応える。

 そこでゴブリンスレイヤーはまた溜息を吐いた。

 青年剣士の埋葬が済み、新人の三人も鮮烈な洗礼から立ち直り、幾つかの初心者向けの……主に採取や害獣退治、遺跡調査も幾つか行い、装備を整える事が出来た。

 剣狼と新人達は装備を一新していた。

 狼のその背には左側に突き出た鞘を拵えた。

 単独の時には咥えて持ち運んでいたが、一党を組むことで大剣を仕舞う事が出来るようになった為だ。抜くときは鞘の左側の留め具が圧力を感知して開くようになっているが、これは魔女の手製の魔道具らしい……詳しい事は分からない。

 

 女武闘家もそんな剣狼の見様見真似と、辺境最強の一党である女騎士に師事を受けることで、青年剣士の形見である長剣を大分扱えるようになっている上、素手でも対応できるように手甲を嵌めている。

 女魔術師はやっと杖を新調し、元の杖にあった発動体が先端に収まり、前の杖は師から初めて貰った杖であると同時に、自分への戒めとして保管してある。

 そして女神官は新たな奇跡として≪聖壁≫(プロテクション)の奇跡を授かり、女武闘家と共に服の裏側に鎖帷子を備え、女魔術師は金物があると魔法の発動に支障が出ると言う事で、ハードレザーの服とマントで防御力を上げている。

 

 

 

 ゴブリン狩りと基本的な装備の揃え方に関する復習をしながら、現場に着いたゴブリンスレイヤー達一行は、遠眼鏡で山塞の様子を見ていた。

 

「ふむ……」

 

「遠目からでもわかりますね。

 あの砦を囲んでいる木、殆ど枯れてます」

 

「砦の構造からして元は森人の城塞だったのでしょうね。

 出入口は正門の一か所のみ、老朽化で崩れている場所もあるかもしれないけれど……」

 

「正面からは俺と神官で行く。

 少数で油断させ、メディアの油で城塞の木に火を点け、お前の新しい奇跡で蓋をする」

 

「え、あ、はい……え?」

 

「「ええ……」」

 

 ゴブリンスレイヤーの冒険者にあるまじき奇跡の使い方に、女性陣から困惑の声が漏れる。

 つまり彼は、本来仲間を守るべき≪聖壁≫を、蓋代わりに使おうというのだ。

 

「いや、確かに祈らぬ者やその攻撃を通さないのが≪聖壁≫ですけれど……」

 

「なら問題はない。

 武闘家と魔術師、灰色はこちらで陽動をしている間に他に出口がないか、周辺を探して欲しい。

 仮に脱出したゴブリンが居たら即座に対処しろ」

 

「わ、分かったわ」

 

「あいつ等を生かしておく理由は無いですからね」

 

――ウォン!――

 

 

 

 それからは恙無く山塞への焼き討ちは成された。

 長い年月を経っても外壁に崩れた個所はなく、あるとすれば命がけの自由落下程度だが、人間でも怪しい落差をゴブリン程度が耐えられるわけもなく、焼け出されて墜落死した死体がそこらに転がった。

 火が消えるまでにもう一件のゴブリンも見つけ、それを倒した所で一息吐くこととした。

 

「しかし見事にかかったわね」

 

「ええ、ゴブリン退治に関しては彼の右に出る人はいないでしょうね」

 

――今まで見てきたが、これほどの執念……過去にゴブリンから何かされたか?――

 

 あるとすれば家族か友人が目の前で殺された辺りだろうか、その辺りは当人から話すまで待つとするか……吾輩は喋れないがな。

 亀の甲より年の功、伊達に数百年の時を生きていないのだ。

 若い者は若い者同士でゆっくりと絆を深めるべきだろう。

 

「師父、今変なこと考えたでしょ」

 

――はて何のことやら――

 

 それは兎も角として合流するとしよう……と、そこへ雨が降ってきた。

 ……これが折角の奇跡を、間違えた方向に使ったことを知った地母神の涙で無い事を祈ろう。

 

「あらら、降ってきたわね」

 

「消火の手間が省けて良いんじゃないかしら、だとすると後は生き残りの捜索と掃討ね」

 

 それにしてもこの二人、すっかりゴブリンスレイヤーのやり方に順応しておる。

 当初の純真さは何処へ行ったのやら……。

 人の成長の早さを、吾輩は溜息を吐きながら感じた。

 

「……やはり」

 

 そこでゴブリンスレイヤーが誰ともなく呟く。

 

「銀等級らしく振る舞うのは難しいな」

 

 その言葉を聞き、三人と吾輩は彼の中にある哀愁を感じる。

 

「……これから、それらしく考えれば良いじゃないですか」

 

「そうですよ。誰だって最初から上手く出来ないものです」

 

「礼儀も魔術も最初の一歩から進めるかどうか。大体はそんな感じです」

 

「そうか?」

 

「はい!」 「ええ」 「そうですよ」

 

「そうか……」

 

 本当に、人間と言うのは成長が早い。

 吾輩はそこで彼等の将来を楽しみにして考えるのを止める。

 

――ウオォォォォォン――

 

 そして先行した冒険者達を見送る為に、遠吠えを一声鳴いた。

 

 

 

 ここは水の都、運河には荷を積んだ小舟が行き交い。

 脇にある歩道では吟遊詩人が物語を紡いでいた。

 

「小鬼殺しの鋭き致命の一撃が、小鬼王の首を宙に討つ。

 おお、見るが良い。蒼く輝くその刃、まことの銀にて鍛えられ、授けられし主を裏切らぬ」

 

 そこで一息吐き、ネタが多すぎて夜しか眠れない中、やっと纏めた間奏時の台詞を放つ。

 

「かくして小鬼王の野望は潰え、救われし美姫は、勇者と剣狼に身を寄せる。

 しかれど彼等こそは小鬼殺し、彷徨を誓いし身、傍に侍う事は許されず」

 

 ここで彼等が組んでいる事を明示し、小鬼殺しに灰色の剣狼という要素で神秘性を増させる。

 結果は人々によって様々だが、一見した所反応は良い様だ。

 

「伸ばす姫の手は空を掴み、勇者達は振り返ることなく立ち出づる」

 

 リュートで物悲しい余韻を奏で、締めの言葉を言う。

 

「辺境勇士、小鬼殺しと灰色の剣狼、山塞炎上の段、一先ずはこれにて」

 

 拍手と共に皿の中に硬貨が入る音が鳴る。

 小鬼殺しは以前からネタにしてきたが、灰色の剣狼はここ一年で森人と鉱人に人気が出始めた新鋭だ。

 実際に先程の聴衆の中にも森人と鉱人が居たし、やはりこれを合わせたのは正解だったと自負している。

 ぱっと見た所稼ぎは上々、やはり睡眠は大事だなと確信しながら、硬貨の具合を見始めた所で声がかかる。

 

「ねえ、さっき歌っていた冒険者と狼だけど、ホントに居るの?」

 

「ん?ああ、もちろんだとも。

 だが一見では情報をやれないな。

 こっちもあっちも仕事があるんでね」

 

 声を掛けてきたのはローブで顔を隠した女と、鉱人の男、そして珍しい事に蜥蜴人の3人組だ。

 詩人にとって彼等は間接的にだが1年ほどの付き合いだ。

 それ故にその動向には常に耳を傍立てているし、ギルドの知人に確認してその裏も取って歌を作っているのだし、詩の大部分は真実だ。

 だが最近になってオルクボルグとやらを見たさに、ギルドに情報を求める森人と鉱人が後を絶たないらしく、彼等によって収入を得ている身としては迷惑を掛けないように、こうして自分に寄ってきた連中は冷たくあしらっている。

 

「むぅ……面白くないわね」

 

「まぁまぁ耳長の、噂のかみきり丸を見たさにワシ等の同胞が集まっておるんじゃろう」

 

「吟遊詩人殿、拙僧等は小鬼殺し殿等への依頼をしたく、各部族から代表して彼等を探しているのだ。

 どうか再考をして頂けないだろうか……」

 

「再考……ねぇ……」

 

 吟遊詩人が彼等の首元を見れば、そこに光るのは銀色の等級札、この二人がそうならばローブを被っている女、こちらは恐らく森人だろうし同じく銀だろう。

 そして蜥蜴人がこう言うのだから探している理由に嘘の可能性は低い。

 

(そしてその銀等級を各部族から出しての依頼となれば、どれかの部族の近くにゴブリンの巣が出来たか?)

 

 そこまで考えを纏め、しばらく考えるフリをしてから口を開く。

 

「……ここから西の辺境へ、2,3日行った場所にある街を拠点にしている。

 あとはそこのギルドで聞く事だ」

 

「忝い!」

 

「なによもう……、まぁ良いわ!」

 

 そう言いながら森人らしきローブの女は、ようやくローブで隠した顔を見せた。

 吟遊詩人は目を見張る。森人だと予想していたが、その耳は笹葉のように長く尖っていたからだ。

 

「オルクボルグ……そして灰色の剣狼」




えー……。
作者の渡り烏です。
ちょっとなんか1週間にしてはなんか好調だなと思って、何の気なしにランキングを覗いてみたのですが……。
それはともかく、本当に読者と評価して下さったの方々に応援して頂いて感謝しております。

さて今回のシフですが、冒険するにあたって剥き身のままでは拙いだろうと言う事で、背中に鞘を背負わせてみました。
イメージとしてはコマンドウルフですね。
魔女さん探し物の蝋燭なんて魔道具作ってたし、留め具に細工するくらいはできるかなと勝手に思った具合です。
長物を横にしたまま歩くと危ないからね。


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狼と耳長娘

冒頭から動物との触れ合いをぶっこんでゆくスタイル。


「じー……」

 

――むぐぅ……――

 

 吾輩、依頼から帰って来た後、行き成りえらく耳の長い森人(エルフ)に両手で頬を持ち上げられ、真正面から見られていた。

 失礼な娘だ。

 

「ぷふ、ぶさいく顔可愛い♪」

 

――この娘本当に失礼であるな!?――

 

「師父で遊ばないで下さい」

 

「ごめんごめん、噂の狼剣士なんてのが目の前にいるからつい」

 

 そして女性陣は休ませ、吾輩とゴブリンスレイヤーは客人と共に応接室に入った。

 

「……それで、依頼だったか」

 

 ゴブリンスレイヤーが軌道修正を図る。

 

「ええ……都の方で悪魔(デーモン)が増えているのは知っていると思うけれど」

 

「そうだな」

 

「……その原因は魔神王の復活なの。奴は軍勢を率いて、世界を滅ぼそうとしているわ」

 

「そうか」

 

「……それで私達は……あなたnヒャ!?」

 

――良いから依頼の内容を言わんかこの耳長の――

 

 話が回りくどい上に長くなりそうだったので、森人の耳の先を歯が当たらない様に口で咥えてやる。

 ついでに匂いも覚えておこうと鼻で匂いを嗅ぐ。

 別に先程の仕返しとかそう目的ではない。決してだ。

 

「ちょ……やめ、咥え……たまま、耳元で……や……ん」

 

「あー……つまりじゃな。かみきり丸に依頼したいのはゴブリン退治なんじゃよ」

 

「そうか、ならば請けよう」

 

 横で森人が痴態を晒しているのを余所に、鉱人(ドワーフ)の道士が依頼の概要を説明すると、脊髄反射の様にゴブリンスレイヤーが即決する。

 

「剣狼殿よ。そろそろお痛が過ぎますぞ」

 

――むう……ではこの位にしておいてやろう――

 

 蜥蜴人(リザードマン)の忠言に従って耳を放してやる。

 それにしても、本当にあの変質者(シース)が生み出した蜥蜴人とは違うのだなと感心する。

 戦闘民族であるためか、僧侶でありながらも高い戦闘能力を持っている為、いざという時には前衛も張ってくれそうだ。

 

「うう……覚えてなさいよ。灰色!」

 

――善処しよう――

 

「……それでどこだ。数は?シャーマンや田舎者(ホブ)は確認しているか?」

 

「何こいつ……」

 

「はっはっは!」

 

「報酬を先に聞かれると思っていたが……」

 

 歌や噂は尾鰭が付くのが当たり前であり、噂の通りにはいかないものだ。

 大体に吾輩の歌にしても、ゴブリンスレイヤーと会った後など愛剣が伝説の武器であり、それを渡す為に各地を駆けずり回っていたとされていたらしい。

 わが身の事ながらむず痒いものだ。

 そして話し合いは進む。

 

 

 

「先程連れが述べようとしたが、今悪魔の軍勢が進攻しようとしている。

 それで拙僧らの族長、人族の諸王、森人と鉱人の長が集まり会議を開くのだがな」

 

「儂らはその使いっ走りとして雇われた冒険者じゃ」

 

「いずれ大きな戦になると思うわ。あんたは興味はないんでしょうけれど」

 

 妖精弓手は剣狼に咥えられた耳を拭きながら、諦めたように言う。

 

「問題は近頃、森人の土地であの性悪共が活発になっておってな」

 

英雄(チャンピオン)(ロード)でも生まれたか」

 

「チャンピオン?ロード?」

 

 ゴブリンスレイヤーの呟きに妖精弓手が問う。

 

「ゴブリン共の英雄や王だ。奴等にとっての白金等級と言ったところだが……情報が足らん。続けてくれ」

 

「そんで調べてみたらデカい巣穴が見つかっての……あとは政治じゃな」

 

「ゴブリン相手に軍は出せない。いつもの事だ」

 

「故に冒険者を送り込む……、なれど拙僧らだけでやると只人(ヒューム)の王達が煩いですからな」

 

「それで白羽の矢が立ったのがあなた達なのよ」

 

「ふむん……」

 

 妖精弓手が言うには、既にあの新人達も勘定に入れているらしい。

 勿論ゴブリンスレイヤーとしては、そろそろ大規模な巣の攻略を体験させたいとは思っていた。

 しかし今は別の遺跡探索の依頼を終えたばかり、あとで来るか来ないか聞かねばならない。

 だがその前に聞くべき事がある。

 

「地図はあるか」

 

「これに」

 

 蜥蜴僧侶が袂から出した巻物をゴブリンスレイヤーに渡す。

 渡されたものを広げると、彼の背後に剣狼が回り込んで地図を見始める。

 

「遺跡か」

 

「恐らく」

 

「数」

 

「大規模、としか」

 

「すぐに出る。俺達に払う報酬は好きに決めておけ」

 

 ゴブリンスレイヤーはそれだけ言うと地図を丸めて席を立ち、そのまま退室した。

 

「あいつ……一人で行くつもりなの?」

 

 妖精弓手は剣狼にそう問うと、彼は――ウォン――と一声鳴いた。

 

 

 

「そんな……!」

 

 彼の後を追ってロビーに出ると、女神官の声が響いた。

 何事かと三人と一頭が階下へ顔を覗かせる。

 そこには三人の少女達が顔を俯けていた。

 

「せめて……」

 

「せめて、決める前に相談とかしてくださいよ!」

 

「そんなに私達は頼りないですか?」

 

 三者三様にゴブリンスレイヤーを責める。

 だが当の本人は何が悪いのか分からないように、僅かに首を傾げてこう言った。

 

「しているだろう?」

 

「「「え……」」」

 

 意外な返答に三人が困惑し、続いてそれぞれ顔を赤くする。

 

「……あ、これ相談なんですね」

 

「そうだ」

 

「……あのですね。ゴブリンスレイヤーさん」

 

「……先程のは相談とは言いません」

 

「どちらかと言うと報告です」

 

「そうなのか?」

 

「そうです」

 

「そうか……」

 

 心なしか少し気落ちしたように応える。

 感情が分かり難い様で分かり易い、だからこそ3人は彼を放っておけないのだ。

 

「もう、いつも言葉が足らないんだから!」

 

「そこまで考える羽目になる私達の身にも成ってください」

 

「そう言う所も直していきましょう?ゴブリンスレイヤーさん」

 

「……そうだな」

 

「っほ、これは面白い」

 

 そんな彼等を見て、鉱人道士が一声上げる。

 

「鉄は熱い内に打てとはわしらが最初に習う諺だがの。

 なるほど、確かに結成したての良い一党だわい。面白くなってきたの」

 

「冒険者が依頼を出したのに同行しないのでは、拙僧も先祖に顔向けができませぬからな」

 

 鉱人道士に続いて蜥蜴僧侶も階下へ降りて行く。

 

――ヒュン――

 

 剣狼が妖精弓手に一つ鼻を鳴らして促す。

 

「まったく、訳が分からないわよね。あんた達」

 

――ウオン!――

 

「ふふ、あ、それから耳の一件覚えてなさいよ!」

 

――クゥン?――

 

 さて何のことやらと言いたげに、剣狼は惚けて見せた後階段を駆け下りていった。

 

「もう、年長者に敬意を払うべきよ?」

 

 

 

 そうして7人と1頭の一党となって辺境の街を出立し、各々に体験した冒険話などをしながら瞬く間に3日が過ぎた。

 目的地はすぐそこであり、英気を養うために野営をする。

 吾輩は体を横たえて寝そべり、女武闘家と女魔術師は上体を預けている。

 

「そう言えば今まで聞いていなかったけれど、みんなは何のために冒険者になったの?」

 

 妖精弓手の言葉に女武闘家は僅かに身を揺らすが、あれからもう季節が一つ過ぎた。

 故にその揺れは顔馴染みのメンバー以外の、新顔三人には気取られなかった。

 

「焼けましたぞ」

 

「そりゃ世界中の旨いもんを食うために決まっとろうが、耳長はどうなんじゃ?」

 

「私は外の世界にあこがれt「こりゃ旨い!」聞きなさいよ!」

 

「これは何の肉じゃ?」

 

「沼地の獣の肉だ。口に合ったようで何より、剣狼殿にも好評のようだ」

 

――うむ、これは中々旨いな――

 

「ええ~?沼地~?」

 

 妖精弓手が懐疑的な目で吾輩と鉱人道士が食べている肉を見ている。

 聞けば森人……特に上の森人は肉を食べないそうだ。

 

「野菜しか食わんウサギもどきには分からんだろうよ!おお、旨い旨い!」

 

「むぅ……」

 

「ではこちらはどうです?乾燥豆のスープですが」

 

「いただくわ!……う~ん、優しい味ねぇ」

 

「先程の続きとなりますが、拙僧は異端を殺して位階を高め竜となるためだ」

 

――ほほう、シースよりはまともな考えであるな――

 

「……ゴブリンを」

 

「あんたのは、なんとなく分かるから良いわ」

 

「おい、耳長の、人に聞いておいてそれかい」

 

「まあまあ、私からもこれあげるからさ」

 

 その後妖精弓手からは森人の焼き菓子、ゴブリンスレイヤーからはチーズを、鉱人道士が火酒を出し合う。

 その後女神官は地母神の神殿で拾われた恩を返すために。

 女武闘家は、最初は父親から習った武術で人々を守るためだったが、今は冒険で亡くなった青年の遺志を継いで冒険をするために。

 女魔術師は弟が自慢できる魔術師になるためにと続ける。

 

「そう言えばあなたは……って聞いても喋れなかったわね。ううん……、こうしていると言葉が通じないのがじれったいわ……」

 

 吾輩の顔を見て妖精弓手が苦々しい顔になっている。

 たしかに、アルトリウスの偉大さを事細かに伝えられないのは、吾輩にとっても歯痒い事だ。

 

「しかしその剣は自分で拵えたのではないのは確か、となれば剣狼殿はその剣を譲り、鍛えてくれた者の為に剣を振るっているのでは?」

 

――その通りだ。蜥蜴の僧侶よ――

 

「じゃああなたってもう結構な年って事よね。……その割には寿命に近付いてるって感じでもないけれど」

 

「分かるんですか?」

 

「ええ、これでも2000年生きているのよ?大抵の動物の生き死にを見てきたつもりだわ。

 ……灰色はただの狼じゃない。そうね……感じた様子だと大樹ね。数百年は生きている感じの」

 

「まさか……と言いたいですけれど、確かに普通の狼とは全然違うんですよね」

 

 妖精弓手の言葉に女神官は半ば納得するようにこちらを見る。

 吾輩は惚けるように首を傾げて女神官を見返した。

 

 

 

 行きの行程で開催された最後の野営の宴も終わりに入る。

 途中で妖精弓手がゴブリンスレイヤーの、背嚢の中にあった巻物に興味を示して忠告を受けるなどあったが、そんな中蜥蜴僧侶がふと思いついたように口を開く。

 

「そう言えば、拙僧も一つ気になっていた事がありましてな」

 

 蜥蜴僧侶曰くゴブリンがどこから来るのかと言うものだ。

 蜥蜴僧侶は地底にある王国から来ると父祖から教わり、鉱人道士と妖精弓手は互いの種族が呪われた姿だと言いあい、女神官等は誰かが失敗すると一匹生まれると言う、子供に対するしつけの言葉があると言った。

 

「俺は……」

 

 そこで彼が口を開いた。

 

「俺は月から来たと聞いた」

 

「月と言うと、あの空に浮かぶ双つのか?」

 

「そうだ。あの緑色の方の月だ」

 

「拙僧らの説とは真逆ですな」

 

 それからもゴブリンスレイヤーは言葉を重ねる。

 曰く、月には草も木も水もなく岩だらけの寂しい場所、小鬼はそうでないものを欲しくて羨ましくて妬ましくて仕方ない……、だからやってくるのだと。

 

「誰から教わったんですか?」

 

「姉からだ」

 

「お姉さんがいらしたんですね」

 

「ああ……居た……。

 ……姉は、少なくとも姉は何かを失敗した事はなかった筈だ……」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に吾輩と女武闘家が感付く。

 

――なるほど――

 

(私と同じか……)

 

 失った者が居る似た者同士、シンパシーを感じてとりあえずは口に出さずにおいた。

 そしてゴブリンスレイヤーはそのまま黙ってしまった……。

 いや、息遣いから寝てしまった様だ。

 

「……寝ちゃったわね」

 

「それじゃ、わしらも休むとするかの」

 

「では見張りは取り決め通りに、しっかり休まねば失敗してしまいますからな」

 

「灰色ー、また貴方の背中貸して?」

 

――まあ背中なら構わぬ。好きにしろ――

 

「へへ、ありがと」

 

 吾輩の肯定の声に妖精弓手は、背中に回り自分に毛布を掛ける。

 女神官は、ゴブリンスレイヤーに毛布を掛けた後、しばらく彼の胸当てを触って何某かを思っていた。

 

 

 

 妖精弓手は剣狼に体を預けながら、この3日間の事を考えていた。

 剣狼の大剣を見せてもらって鉱人と問答をし、夜眠る際はこうしてふかふかの毛を貸してくれる。

 時々身じろぎするのは減点だが、狼としては体臭が抑えられており、加えて野営の寒さを抑えてくれる体毛は魅力的だ。

 

(ほんと……どこから来たのかしらね。あんたは)

 

 1年前に現れた剣を携える大狼、ギルドではソードウルフとして登録されると同時に、保護対象とされていたそれが自分に温もりを貸してくれる。

 そんな3度目の体験をしながら妖精弓手は眠りに落ちた。




何とか間に合った(疲労感
でもこれからまた繁忙期に入るから更新遅くなるかも……。
日曜日も投稿できたらしたい……。

そして改めて、当SSを応援していただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。


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遺跡にて

少し本編から改変を加えます。
ちょっぴりダークソウルの風味を……。


 夕暮れに照らされた広野にて、ぽっかりと口を開けた様な遺跡の四角い入り口。そこには2匹の小鬼と1頭の狼が見張りを行っていた。

 狙撃を行おうとする妖精弓手も、傍らにその狼が居ることで躊躇するが、吾輩は頷く事で彼女を促す。

 

――今回は間が悪かった。致し方あるまい――

 

 妖精弓手が吾輩の心中を察して頷くと、改めて弓を構え……2射で見張りを全滅させた。

 ゴーが剛の弓ならば、彼女は柔の弓と言った所か。

 

「見事なものですな」

 

「充分に熟達した技術は、魔法と区別が付かないものよ」

 

「それをわしに言うかね……」

 

「さて……」

 

 後ろで話をしている2人をよそに、ゴブリンスレイヤーが徐にゴブリンの死体のおもむろに屈みこみ、……持っていた短剣で腹を裂いた。

 

「ちょ、何やってんの!?」

 

「ゴブリンは鼻が利く、女や子供、森人は特にな」

 

 そしてゴブリンの肝を布に包んで思いっきり絞ると、妖精弓手の前に立つ。

 

「ちょ、やだ、冗談でしょ!?あんた達も止めてよ!」

 

「慣れますよ」「慣れますから」「慣れるわよ」

 

 半ば虚ろな目をしながら三人が妖精弓手に言う。

 三人とも体臭を消す為の臭い袋は持っているのだが、妖精弓手がその様な用意をしているとは思っていなかったので、彼女に合わせて被る覚悟のようだ。

 あわれ妖精弓手は退路を完全に断たれ、小鬼の肝汁を盛大に塗り付けられるのだった。

 

 

 

 

 隊列は妖精弓手、ゴブリンスレイヤー、女武闘家、女魔術師、女神官、鉱人道士、蜥蜴僧侶、剣狼の順となって遺跡の中を進む。

 

「うえぇ~、気持ち悪いよぉ~」

 

「お湯で踏み洗いすれば多少は落ちますから……」

 

「本当に多少だけれどね」

 

「うう~、戻ったら覚えてなさいよ!オルクボルグ!」

 

「覚えておこう」

 

 文句を垂れながらも野伏としての仕事をしながら先導し、剣狼も隊列の一番後ろで歩きながら、周囲の臭いや物音を探っている。

 斥候役が実質2人居るという好条件、罠などを見逃す事はまずないだろう。

 事実分かれ道に差し掛かったところで、妖精弓手が鳴子の類の罠を見つけた。

 

「妙だな」

 

「何か気になる事でも?」

 

「ここまで来る途中にトーテムが見当たらなかった」

 

「「「?」」」

 

「つまり知識階層であるゴブリンシャーマンが居ないと言う事です」

 

 銀等級とは言え、ゴブリンに関する知識はまちまちであり、白磁の女魔術師が疑問符を立てている銀等級3人に、ゴブリンスレイヤーが言いたい事を補足する。

 

「あら、スペルキャスターが居ないなら楽じゃない!」

 

「いや、通常のゴブリンだけではこのような罠は仕掛けん」

 

「つまり、知識階層のゴブリン以外の何かが居る……と」

 

 その後の鉱人道士の目利きで、左、来た道、右の順ですり減り方が大きい事が分かり、協議に入ろうとした所で、剣狼が床の臭いを嗅ぎ……右側に顔を向け一声小さく鳴いた。

 

「師父、どうしました?……まさか!」

 

「……右から行くぞ」

 

「何でよ?奴等の寝床は左なんでしょ?」

 

「ああ……だが間に合わなくなる」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、新人3人娘の表情が硬くなる。

 臭いに関しては、この一党の中で剣狼が一番敏感だ。

 そして今自分達が居るのは小鬼共の大規模な巣穴……、おのずと剣狼が右を差した理由にも察しが付いた。

 一党は剣狼に導かれるまま通路を進む。

 そして通路の最奥に到達する手前で、一行の鼻の粘膜に耐え難い悪臭が刺さる。

 

「うぐ!?」

 

「くっさ!なにこの臭い!」

 

「鼻で呼吸しろ。すぐに慣れる」

 

 ゴブリンスレイヤーはそう言うと扉を蹴り放つ。

 

「うぅ……なによここ!」

 

「ゴブリン共の汚物溜めだ」

 

「おぶっ?!」

 

 ゴブリンスレイヤーが素っ気なく言った言葉に、妖精弓手が言い淀む。

 そしてゴブリンスレイヤーが持つ松明が、部屋の奥を照らし出す。

 そこに居たのは酷く傷付いた。妖精弓手と同じ上の森人だった。

 

「う……げぇっ!」

 

「なんじゃい……こりゃ」

 

「小鬼殺し殿、これは……」

 

 妖精弓手が思わずえずき、鉱人道士と蜥蜴僧侶も臭いを忘れて思わず顔をしかめる。

 その間にも、捕らえられた森人が何事かを呟く。

 森人にまだ息はあった。

 

「っ!≪小癒≫(ヒール)を!」

 

「まだよ!周囲の安全の確保を優先して!」

 

 女武闘家が持っていた松明を森人の傍に投げ、その闇から一匹の動揺した小鬼が照らし出される。

 

「っし!」

 

 ゴブリンスレイヤーは投げナイフを瞬時に引き抜き、狙い過たずに小鬼の眉間を貫いた。

 

「治療を」

 

「はい!」

 

「おうさ!」

 

 彼の声に女神官と蜥蜴僧侶が森人に駆け寄り、蜥蜴僧侶が枷を外し、女神官が傷を検める。

 そして毒や病気がない事を確認した後、女神官は≪小癒≫を掛けて傷を癒し、衰弱もひどいのでスタミナポーションをゆっくり飲ませる。

 被害にあった森人の呼吸は落ち着き、ゴブリンスレイヤーを見る。

 

「あいつらを……皆殺しにして……よ」

 

「無論だ。俺達はその為に来た」

 

 

 

 女神官が手紙を認め、蜥蜴僧侶が竜牙兵を召喚し、救助された森人は竜牙兵に抱えられ、遺跡の入り口に向かって走って行くのを見送る。

 中に充満していた臭いで鼻の感覚が麻痺しているが、しばらくすれば元に戻るだろう。

 それよりも問題なのは、恐らくこのような光景を目にせずに銀等級まで行ってしまった者たちだ。

 鉱人道士と蜥蜴僧侶はそれぞれ思う所がある顔をし、精神に痛痒(ダメージ)を負った妖精弓手は汚物溜めから出た所で座り込んで泣いている。

 同族があれだけ痛めつけられているのを見たのだ。その心痛は計り知れない。

 

「なんなのよ……わけ、わかんない!」

 

「……皆さんはこのような光景は?」

 

「生憎と拙僧は……道士殿は?」

 

「わしも1回受けた後はとんとじゃな」

 

 女武闘家は妖精弓手は見て分かるので飛ばし、鉱人道士と蜥蜴僧侶に聞くが、2人共このような経験は無い様だ。

 

「虜囚が居るゴブリン退治に当たるのは、一党が何組かのうち1組に当たるくらいだ。

 しかも虜囚が居る巣は大体20匹前後から多くて50匹程、初心者のゴブリン退治で死ぬ大半がこれだ」

 

「じゃあそれだと、小鬼禍が止まないのは自然の流れ……か……」

 

 女魔術師が呟き、それを聞いた女神官と女武闘家は、最初の冒険で命を落とした青年剣士の最期を想起する。

 もしあの時剣狼が来なければ、そしてゴブリンスレイヤーが来なければ、女武闘家は……女魔術師は、女神官はどうなっていたか。

 

「そうだ。……それよりも地図があった。

 それと……これはお前が持て」

 

 ゴブリンスレイヤーが何かを妖精弓手の前に放る。

 それはあの森人が使っていたであろう背嚢だった。

 

「……彼女の傷の仇を取りましょう」

 

「ぐす……ええ、そうね。行かないと、いけないものね。

 それにここのゴブリンをどうにかしないと、私の故郷であの娘と同じ事が起きるなんて、それだけは絶対にさせない」

 

 手を差し出す女武闘家が帯剣している剣を見て、妖精弓手は鼻をすすり、あの森人の背嚢を手にしながら女武闘家の手を取ると、その眼光に殺意が灯っていた。

 

「そうだ。ゴブリンは皆殺しにしなければならない」

 

 ゴブリンスレイヤーはそう言うと、何時もの様に無造作に歩き出す。

 一行はそれに続くが、妖精弓手に女神官が寄って小さく声を掛けた。

 

「すみません。彼も悪気はないんですけれど」

 

「言葉が足りないのよね」

 

「ううん。武闘家も言っていたけれど、あいつ等にあの人が受けた屈辱を、何倍にしてでも返してやらないと……。

 それに近くには私の故郷がある。次が私の身内かもしれないと思ったら、ここでへこたれている暇は無いわ」

 

「……はい!」

 

 傷の舐め合いと言われるかもしれない。それでも、痛みを分かち合える仲間が居るというのは大事な事だ。

 この日、白磁の冒険者3人と銀の冒険者1人の間に、確かな絆が生まれ始めたのだった。

 

 

 

「しかしなんぞ。悪魔(デーモン)でも出そうな雰囲気じゃな」

 

「ちょっと、物騒な事言わないでよね」

 

 通路の途中で散見する小鬼を掃討しながら歩いていると、鉱人道士がそう呟く。

 それに気持ち精神が回復した妖精弓手がそれに答える。

 

「っほ、少しは調子を取り戻したようじゃな」

 

「あったり前でしょ?白磁の子達が居るのに、先輩の銀等級がピーピー泣いてたんじゃかっこつかないからね」

 

――ふふ……む?

 

 どうやら彼女の調子を見るための軽口だったようだ。

 吾輩は良い一党だなと改めて認識していると、何かを叩き潰すような音が聞こえてきた。

 

「?どうしたの急に立ち止まって……いえ、何か聞こえる」

 

 妖精弓手が吾輩が足を止めたのに気が付くと、自分にも音が聞こえたのか警戒し始める。

 吾輩が音のした方へ顔を向けると、そこには厳重に木板を打ち付けられた扉があった。

 

「なんじゃこりゃ?」

 

「えらく厳重に打ち付けてありますな」

 

「ゴブリンって略奪が大好きなんでしょ?なんでここだけこんなになってるのよ?」

 

「分からん。だが用心はしろ」

 

「突入するんですか?」

 

「そうだ。奇襲(バックアタック)されてはたまらんからな」

 

――ここは任せろ――

 

 ゴブリンスレイヤーの台詞と同時に吾輩が剣を抜く。

 呪文の回数が限られているという制約上、女魔術師の術は今は温存すべきだ。

 ゴブリンスレイヤーと女武闘家が扉の両側に陣取るのを確認し、愛剣で封鎖された扉を斬る……と言うより粉砕した。

 ゴブリンスレイヤーが松明を室内に投げ入れ明かりを確保する。

 そこに浮かび上がったのは、ゴブリンの死体を叩き切り続ける料理人姿の人影だった。

 

屍人(ゾンビ)!?」

 

「いや、屍人にしては様子がおかしい。

 さながら亡者(ゴースト)と言った所か」

 

 女神官と蜥蜴僧侶がそう呟く。

 吾輩としては屍者だろうが亡者だろうが関係ない。

 吾輩の剣には聖の属性が掛けられている。死霊(アンデッド)の類でも十分な打撃になる。

 物音に感付いて亡者がこちらに振り向くと同時に吾輩は駆け出し、そして一刀の下に調理台代わりになっていた机ごと叩き伏せる。

 

「OOo……」

 

 亡者はそのままばたりと倒れ、動かなくなった。

 

「剣狼殿の剣は聖剣の類でもありましたか」

 

「だが念には念を入れる。

 油を掛けて火を点けるぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーはそう言うと油壷を取り出し、亡者の体にかけてから松明で火を点けた。

 

「あら、宝箱があるじゃない!」

 

「ほほう!こりゃ良い拾い物じゃの」

 

「周囲を警戒する。

 そっちは任せたぞ」

 

「りょーかい……ってあれ、これ何の仕掛けも無いわね」

 

 ゴブリンスレイヤーにそう返しながら宝箱の周囲に目を向けるが、どうやら何の仕掛けも無いらしい。

 

「……魔法の仕掛けも無いわね」

 

「一応開ける時にも気をつけるんじゃぞ。擬態箱(ミミック)だったら笑えんぞ」

 

「分かってるわよ」

 

 妖精弓手は石ナイフで箱の縁を軽く斬り付ける。

 反応がないのでどうやら擬態箱では無い様だ。

 

「じゃ、開けるわね」

 

 おもむろに箱を開けるとそこにあったのは爛々と光る物が入った石鉢だった。

 

「なにこれ?」

 

「ううん?こいつは……種火のようじゃな。しかもかなり特殊な物だの」

 

「特殊と言うのは?」

 

 女魔術師が聞く。

 

「こいつは一見只の種火じゃが、出ている火には特殊な魔法が掛けておる。

 それにこれは鍛冶に使う物みたいじゃな。種火の大きさからして『大きな種火』だの」

 

「なによそのネーミングセンス、そのままじゃない」

 

「うっせい……じゃが、これは今からでは持ち運べんな」

 

「目印をやっておいて、帰りに取りに来ましょ」

 

 妖精弓手の提案にその場にいた全員が賛成する。

 ゴブリン退治はまだ継続中なのだ。

 

 

 

 一行がさらに通路を進むと急に視界が開けた。

 そこは螺旋状に階層が設けられ、天井があったであろう先には月あかりが差し込んでいた。

 

「わぁ……」

 

「ゴブリン退治でなければ、素直に感動していたんだけれどね……」

 

 女神官が感嘆の小さく声を上げ、女魔術師が少々不満げにその光景を見て言う。

 妖精弓手が階下を見て、息を飲み一党に報告する。

 最下層には無数のゴブリンがおり、まともに当たれば危ない……と。

 だが彼だけは変わらなかった。

 

「何が使えるか改めて確認したい」

 

 術師たちが各々の持っている術と残っている使用回数を答える。

 ゴブリンスレイヤーが確認を終えると策は決まった。

 鉱人道士が≪酩酊≫(ドランク)を、女神官が≪沈黙≫(サイレンス)を使いゴブリンを無力化、万が一に備えて女魔術師は≪眠雲≫(スリープ)の術を唱えられるように待機。

 ゴブリンを無力化した後はゴブリンスレイヤー、妖精弓手、蜥蜴僧侶、女武闘家が階下に降りてゴブリンの寝首を掻き、剣狼は術師たちの護衛に回るという方針で行くことにし……その策は成った。

 

「毎回思うけれど、彼とやるゴブリン退治って冒険と言うより駆除作業よね」

 

 黙々とゴブリンを殺してゆく4人を見て、女魔術師が独り言ちるが、この場に残っている全員がそれに同意するように頷いた。

 実際にゴブリンスレイヤーが行うゴブリン退治は、退治と言うより駆除の方が合っている。

 洞窟があって巣が大規模であり、虜囚の生存が絶望的ならば巣ごと爆破。

 或いは川が近くにあればその川から水を引いて巣に流し込み。

 どちらも使えなければ火か毒気を使って炙り出して各個撃破。

 そして最近では女神官の≪聖壁≫で蓋をする始末。

 

「終わったみたいですね」

 

 女神官が階下を見て言う。

 女武闘家がこちらに手を振っているので、掃討は完了したのだろう。

 ちょうど術の効果も切れたので各々が階下へ降りて4人と合流し、さらに奥へ進もうと足を運ぼうとしたその時、大きな足音が響いた。




なんでここに種火があるって?
古代の遺跡ですべて説明が付く(無茶振り
強化材料は後々出てきます。

Q:なんで種火持ってかなかったの?

A:デカい背嚢があるならともかく、そんなに荷物をポンポン持てませぬ。


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Victory Achieved

ダークソウル的に言えば牛頭のデーモン的な回。
山羊?ゴブリンロードで良いんじゃないかな(投槍

今回の三本立て
・オーガ討伐
・経歴開帳 in 神々の間
・継承の障害


「ふん、所詮ゴブリンでは雑兵役ですら満足にできんか。

 貴様ら、ここが我らが砦と知っての狼藉とみた!」

 

「オーガ!」

 

「金等級案件じゃない!」

 

 広間の奥から出て来たのはオーガ……人食い鬼であった。

 妖精弓手と女魔術師が悲鳴のように声を上げる。

 

「……ゴブリンではないのか」

 

「オーガよオーガ!人食い鬼!あんた知らないの!?」

 

「上位種が居ることは予想していたが、こいつに関してはまだ教わっていない」

 

 最近ゴブリン退治以外にも依頼を受けるようになった為、他の冒険者や受付嬢から他のモンスターについて教わっているが、目の前の存在に関してはまだ習っていなかった。

 

「貴様……魔神将より、軍を預かっているこの我を……侮っているのか!」

 

 ゴブリンスレイヤーの言い分に腹を立て、手に持つ体格に見合った棍棒を振り下ろす。

 棍棒が地面に当たり、破片と風圧が一党を襲う。

 

「きゃあああ!?」

 

 体重が軽い女神官が吹き飛ばされそうになるが、すんでの所で剣狼が体で受け止める。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ふん、獣風情にしては良い反応だな」

 

 オーガが嘲笑うように鼻を鳴らしながら言う。

 

「師父を舐めないで!」

 

「師だろうが何だろうが獣には変わらん。カリブン()……」

 

――ウォン!――

 

 オーガが何かを唱え始めると同時に剣狼が吠え、背にある大剣を抜きながらオーガに肉薄し、その腕を斬り付ける。

 

「がぁ!?」

 

――ヒュン――

 

「流石ね灰色!」

 

「後衛は上階に退避しろ。

 前衛はここに残る」

 

 隙だらけだと言いた気に鼻を鳴らす剣狼。

 ゴブリンスレイヤーはその隙に、後衛へ退避するように指示する。

 

「貴様ぁ!」

 

 術の邪魔をされ怒り心頭のオーガが棍棒で剣狼を攻撃するが、剣狼はそれ以上の反応速度で回避する。

 師である狼の騎士の剣戟に比べれば、この程度は十分に反応できる。

 

「仕事だ仕事だ土精ども、砂粒一粒転がり廻せば石となる。≪石弾≫(ストーンブラスト)!」

 

「隙だらけよ!」

 

 剣狼が作った隙に、先に上階へ上がった鉱人道士と妖精弓手が攻撃をしかける。

 

「はぁ、はぁ、……っサジタ()インフラマラエ(点火)ラディウス(射出)!」

 

「グ……!?」

 

 息を切らせながらも詠唱を唱え女魔術師が放った≪火矢≫(ファイアボルト)がオーガの右目を抉る。

 

「やった!」

 

「よくも我の右目を!」

 

 オーガが激昂し、手短にあった岩を掴む。

 

「っ!いと慈悲深き地母神よ。か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください!≪聖壁≫(プロテクション)!」

 

 オーガの考えを察した女神官が≪聖壁≫を唱え終えるのと、オーガが岩を投げつけたのは同時だった。

 張った≪聖壁≫に岩が命中して砕け、≪聖壁≫もその威力を十分に吸収しきれず崩壊、飛び散った破片が後衛を襲う。

 

「うおお!?」

 

「きゃあ!」

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

「な、なんとか!」

 

 女武闘家が声を掛けると、手すりから後衛の四人が顔を出し、女神官の声が聞こえてきた。

 とっさに急所をガードし、手すりの影に入ったことで無事だったようだ。

 

「おおお!」

 

「ふん!」

 

 蜥蜴僧侶が龍牙刀で切りかかるとオーガは棍棒でそれを受け止める。

 そこへ女武闘家とゴブリンスレイヤーが両足の腱を狙い斬り付ける。

 だがオーガに対してゴブリンスレイヤーの剣で付けた傷は浅く、女武闘家の長剣は鍛錬の成果もあって、彼よりも深い手傷を負わせたが、それが却ってオーガを苛立たせる事となった。

 

「硬い……っ!」

 

「ちょこざいなぁ!」

 

 薙ぎ払うように振られたオーガの棍棒が女武闘家に迫る。

 迫ってくる棍棒は酷くゆっくりと映り、蜥蜴僧侶とゴブリンスレイヤーが駆け出し、上から見ていた後衛が声を上げようとしたその時、彼女の目の前を灰色の壁が遮った。

 

――ウォン!――

 

 それは大剣を振り上げた剣狼の背だった。

 オーガの棍棒は下から掬い上げる様に、その軌道に合わせて振り上げられた大剣により、その勢いがいなされて大きく空振った。

 

「なにぃ!?」

 

 女武闘家を薙ぎ払おうとして振った渾身の一撃をいなされたオーガはたたらを踏み。

 剣狼は着地の際に、振った勢いのまま右側へ咥え直した大剣をその胴へ斬り付ける。

 肉は裂け、中の臓物が飛び出る。誰がどう見ても致命の一撃(クリティカル)だ。

 

「がっはぁ!」

 

「大丈夫ですかな!武闘家殿」

 

「は、はい!」

 

 腰を抜かした武闘家を蜥蜴僧侶が抱え起こし退避する。

 

「お、おのれ獣風情がぁ!」

 

 棍棒を杖代わりにし、片膝を突きながらオーガが片手を上げる。

 詠唱か?いや、これはフェイントだ。

 剣狼はゴブリンスレイヤーを視線だけで見る。

 彼は投げナイフを投げつけた。

 オーガの表皮に対しては余りにも非力な一撃だが、それでもオーガの気を引くことには成功する。

 続けて女魔術師の≪火矢≫と鉱人道士の≪石弾≫、妖精弓手の連射がオーガの爪先に刺さる。

 

「ぐあああ!」

 

 どうあがいても足がある生物にとって急所なそこを狙われ、激痛と共に苛立たし気に雄叫びを上げ、後衛に再び岩を投げつけようと右腕を伸ばすと、同時に、剣狼の大剣がその腕を床ごと断ち切る勢いで振り下ろされる。

 右腕は切り落とされ、血を噴出させながらオーガは再び絶叫した。

 

「な、なぜだ!なぜこのような!」

 

「簡単な事だ」

 

 右腕を失ったオーガが困惑の声を上げる。

 相手は個体では非力な相手ばかり……いや、1頭はそうではないが、何故強大な自分がここまで追いつめられるのか。

 オーガは残った左目でゴブリンスレイヤーを見る。

 

「幾ら個体で優れていても、お前は1匹だ」

 

 ゴブリンスレイヤーの声を聴きながらオーガは立ち上がろうとするが、再び剣狼の一撃が左足の腱と骨を奪い、もんどりうってオーガは広間の床に倒れ伏す。

 

「そして俺達は、個体では確かにお前に対して非力だが、その代わり数が居る」

 

 それはゴブリンスレイヤーが5年間、ゴブリンに対峙して得た経験だった。

 確かにゴブリンの1体1体は人間に対して非力だ。

 だがその代わりゴブリンは多数で1人の人間を襲う。

 剣狼がオーガの残った左腕の肘に大剣を突き刺し、そのまま大剣を引き倒して肘から先を切断する。

 

「がああ!」

 

 これまでに負った傷で激痛にオーガが悶える。

 彼は半ば肉達磨と化していた。

 

「だから……お前なんぞよりゴブリンの方がよっぽど手強い」

 

 ゴブリンスレイヤーの最後の一刺しがオーガの脳天に刺さる。

 オーガの断末魔が響き、遺跡における戦いが終わった。

 

 

 

「怪我はないか?」

 

「掠り傷程度よ。

 と言うか、何で前衛の方が無事なのよ!」

 

「あの、私一応死にかけたのですが……」

 

 再び合流して妖精弓手が言った文句に女武闘家が答える。

 眼前に金属塊が迫ってくると言うのはかなりの恐怖だろう。

 

「あ……うん、ごめん」

 

「とにかく皆さんご無事でよかったです」

 

「しかし先程の剣狼殿の受け流し(パリイ)と致命の一撃は見事でしたな」

 

 蜥蜴僧侶が先程の剣狼の一撃について語る。

 

「と言うかまともにダメージ与えてたのって、魔術師の≪火矢≫と灰色の剣だけだったわね」

 

「そうじゃな。わしの≪石弾≫も悉く効いておらんかったし」

 

「私の≪火矢≫だって2発目は表皮に当たったけど、軽い火傷くらいしか入らなかったわ」

 

 各々反省会を行おうとする。だが仕方が無いのかもしれない。

 ただのゴブリン退治かと思っていたらオーガとの遭遇である。

 しかもその言葉を信じるならば、魔神王の将の配下であった実力者だ。

 気を抜くなと言う方が無理がある。

 この場で唯一気を抜いていないのはゴブリンスレイヤーと剣狼だけであった。

 

「治癒の水薬と強壮の水薬を飲んだら奥を探索する。

 まだすべてを探索したわけではない」

 

「さすがに先程のオーガで打ち止めではないですかな?」

 

「いや、すべてを探らねば気が置けん。

 奴等は馬鹿だが間抜けではない」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉で即座に反応したのは新人3人組であった。

 ゴブリンの怖さを身を持って知っているだけに、彼の言葉を聞いた後の行動の速さは訓練された兵士のようであった。

 

 

 

 結果的に言えば奥を探索しても出て来たのはガラクタの山と、厳重に鍵が施された宝箱が2つであった。

 

「これはまた厳重に固めたわね……」

 

 妖精弓手がごちるがそれでも鉱人道士の鍵開けでそれも難なく突破された。

 仕掛けや細工は鉱人の領分だ。

 

「こっちは……鍛冶の指南書かの?

 ぱっと見じゃが、さっきの種火を使った武器を鍛える物のようじゃ」

 

「こっちには魔法金属のような黒い欠片があったわ」

 

「ふむ……今までの発見物から見て、種火はその欠片を使った特殊な鍛冶の材料ですかな?」

 

「その様じゃの。

 じゃが生憎とわしは鍛冶を専門にしとる訳ではないから、こいつらは扱えんがな」

 

「ならば、ギルドの工房主に聞いて見るのが良いだろう。

 彼なら何か知っているかもしれん」

 

 ゴブリンスレイヤーの意見に一党は同意する。

 こうして遺跡に巣くっていたゴブリンとオーガの退治は、無事に終了したのだった。

 

 

 

大きな種火を取得しました。

種火の技法を取得しました。

楔石の欠片を15個取得しました。

 

 

 

 ここは神々の間。

 彼等は新たに現れた変なの(灰色の剣狼)の経歴を見ていました。

 ……いえ、正確には見てしまったのです。

 結果≪真実≫は口を噤み、≪幻想≫は両手で顔を隠して泣いており、地母神は地母神ではらはらと涙を零していました。

 何か様子がおかしいと覗きに来た秩序と混沌の神々、そして四方世界で信仰の対象となっている神々も一同に顔が曇っています。

 そして≪真実≫が口を開きました。

 

 あいつの行動に関しては、なんか変なのと一緒で今後も不干渉の方向で、しかし何かしらの冒険(シナリオ)も用意したい。

 

 ≪真実≫の意見は満場一致で可決した。

 

 

 

「お疲れ様です皆さん!中の様子はどうでしたか?」

 

「大方は掃討した。だが取りこぼしが居るかもしれん」

 

「分かりました。後は我々にお任せを」

 

 外で帰りの馬車を用意していた森人と二三言葉を交わして馬車に乗り込む。

 吾輩も体を振るってから馬車に乗り込むと、女武闘家が吾輩の大剣を背から外してくれた。

 

――何時もすまんな――

 

「いえ、弟子として当然の事ですから」

 

 本当に吾輩には勿体無いくらい出来た娘だ。

 これで結婚をして子宝に恵まれれば文句はないのだが、如何せんこの手の行職で女が目立つと、一般の男が手を出しにくいというジレンマがある。

 ……キアランはどうだったのだろうな。

 

「今回の戦利品は術師殿曰く鍛冶道具とその材料だったか」

 

「そうなのよねぇ。お宝とか期待してたんだけどなぁ」

 

「馬鹿を言うでない。これだって鍛冶師にとっては大金を払ってでも手に入れたい代物じゃ」

 

「でもこれどうしましょうか……」

 

「この古文書を解読できれば使い道が分かるじゃろうが、わしもこればかりは専門外だからの」

 

 鉱人道士が100ページほどの古文書を広げる。

 そこには吾輩でも読めない字が書かれていた。

 

「ま、兎も角今回の冒険は、ご苦労様と言った所じゃな」

 

「うむ、万事滞りなく遂行できた上、拙僧も祖先への功徳を積めた」

 

「私も、これで故郷への害が無くなったから安心できるわ」

 

 三人の銀等級が気を抜いて話し始める。

 

「しかし剣狼殿の剣技はまさに達人の一言、貴殿の活躍がなければ全滅していたでしょうな」

 

――いや、吾輩が居なくても、ゴブリンスレイヤーが何とかしただろう――

 

 吾輩は一旦首を振って鳴いた後、ゴブリンスレイヤーを見る。

 

「あ、今の私でもわかったわ!

 確かに灰色が居なくても、オルクボルグがあの巻物(スクロール)で何とかしてたかも!」

 

「ほほ、確かにの」

 

「しかし、それでも苦戦は避けられなかったでしょうな」

 

――さて……――

 

 今回、単体でぶつかれば強力無比な強敵との経験を積めたのは僥倖だった。

 武闘家の娘もこれで次のステップに進める。

 マヌスに遭遇するまで吾輩とアルトリウスはそれこそ負け知らずだった。

 だがウーラシールへの遠征で吾輩は負傷し、親友は吾輩を守るために守りの盾で結界を張り、まだ剣技を十分に受け継げずに……深淵に呑まれた。

 その親友の仇を戦友と共に討ち、気が遠くなるほどの年月をただ墓守に費やした。

 

(だからこそ……)

 

「師父?」

 

 自らを見る吾輩に不思議そうに尋ねる娘。

 

(今こそ吾輩の……親友の剣技を、本格的に受け継がせる時……だが)

 

 見取り稽古では限界がある。

 だからと言って吾輩は喋れない。

 どうしたら良いのか……。




さて、そろそろ分岐を示唆した内容となっています。
解決のための方法も、感想からアイデアを頂きまして感謝しております。
問題は形状ですが……指輪で行くことにします。
魔道具が指輪なのは、生き物が呼吸するのと同じくらい自然な事ですからね。


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ある日の休日

今回はゆったり回。
小説版イヤーワン2巻目の内容も少しあります。
もしよろしければそちらを読んでから見て頂ければ幸いです(ダイマ


「シフ、騎士たる者、得物は死ぬまで手放すな」

 

――ウォン!――

 

 若い狼の声が森の中に響く。

 

「そうだ。我々は光の大王グウィン様の矛であり剣だ。

 だからこそ、己の得物は最期のその時まで手放すことなく、己の信念に従って振り続けるんだ」

 

――クゥン?――

 

 それでは忠義と相反するのではないか。

 そう言いたげに狼は鳴く。

 

「ははは、確かにそうだな。

 だが己の信念を持たねば力を発揮できない。

 それは忠義以前に騎士として失格なんだ」

 

 そう言いながら狼の騎士は狼の頭をポンポンと撫でる。

 

「そして明確な信念を持てばそれを目標に頑張れる。

 もちろん全ての者が頑張れるわけではない。

 中には挫折をし、そのまま消えて行くこともあるだろう」

 

 狼の騎士は大剣を片手に、もう片方には大盾を構える。

 

「だがお前には光る物がある。

 グウィン様への忠義は力を付けた後でも付けられる。

 さぁ、もう一度打ち込んで来い!」

 

――ウォン!――

 

 

 

 ……随分と懐かしい夢を見たな。

 

 寝床に使っている藁から這い出て朝日を拝む。

 人であれば両手を上げて、この日の光を一身に浴びたいところだが、生憎と吾輩は狼である。

 

――おはよう、今日も良い天気であるな――

 

――ヒヒン――

 

 吾輩は夢から覚めると寝床にした馬小屋から這い出る。

 最初にここで寝泊まりした時は、隣の馬が口から泡を吹いていたものだが、今ではこうして気さくに挨拶する間柄だ。

 そして水路に体を浸からせ、水路の壁に体をこすり付けて汚れを取る。

 この辺りは程よくごつごつしていて大変気持ちが良い。

 

「おはよう、灰色さん」

 

――ああ、おはよう――

 

 吾輩が水路から上がるとちょうど新米剣士が起きて来た。

 飛沫が当たらない辺りで体を振るうと、吾輩の体躯に見合った水飛沫が撒き散らされる。

 

「うわぁ、虹が出来てら」

 

 後ろから新米剣士の声が聞こえてくるが、藁に体をこすり付けて水気を拭いとる。

 そう言えば何時も寝床に使っているこの藁、吾輩の臭いが付くせいか狼除けに売れているのだとか。

 吾輩にはどうでも良い話ではあるか……。

 さて、ゴブリンスレイヤーが装備の修理に出しているし、新人冒険者3人もここの所出ずっぱりでロクに休息も取れていなかった為、しばらくは休日と言う事だが……どうしたものやら。

 

――久しぶりにあの村に行ってみるか――

 

 新米剣士殿に大剣を背負うのを手伝って貰い、吾輩は辺境の街から足早に出立した。

 

 

 

「行ったわね」

 

 剣狼が街から出ていくのを確認して妖精弓手が言う。

 その後ろにはゴブリンスレイヤーと女神官以外の一党全員が居た。

 

「しかしあの方角だと、この村ですかな?」

 

「ちょうど灰色のが出現した村じゃな」

 

「あ、この村知ってます。ゴブリンのせいで寒村だったけど、師父が出てから被害が少なくなったから、作物もたくさん採れるようになったって」

 

「それと特産品の木で出来た首飾りもね。

 ゴブリン除け目当てで、あそこの首飾りを買う人が居るとか」

 

「ほほう、狼は厄介者だと聞き及んでおりましたが、その狼である灰色殿のお陰で村の資産が潤うとは、何とも皮肉な話ですな」

 

「そうですね。

 あ、そろそろギルドへ行かないと」

 

「確か今日は3人の昇格試験じゃったな。

 ま、大丈夫だと思うが、頑張るんだぞ」

 

「はい、では師父のこと、よろしくお願いしますね」

 

 2人はそう言いながらギルドの方へ歩いて行く。

 

「して、本日の頭目殿はどうするのですかな?」

 

 鉱人道士と蜥蜴僧侶が妖精弓手を見る。

 

「もちろん、付いていくわよ!」

 

 

 

 目的の村へは、ほんの半日で到着した。

 

「わっ!剣狼様ようこそお越しくださいました!」

 

 一番初めに吾輩を出迎えてくれたのは、あの村娘だった。

 

「剣狼様、今日はどんなご用事で?」

 

――実は最近首飾りの紐が解れてきてな――

 

 そう声を出しながら首飾りを外して娘に出す。

 

「あらら、かなり解れてきてますね。

 すぐに直しますのでごゆっくりどうぞ!」

 

 娘は家があるであろう方向に走って行ってしまった。

 困った……ここの家畜は吾輩には慣れていないため、天敵の臭いと勘違いされては面倒だ。

 仕方なくすごすごと村の門から外に出る。

 

「あ……」

 

――……――

 

 門を出た所で一党のメンバーと遭遇した。

 何をやっとるんだこやつらは。

 

「え、えーっと、良い天気ね」

 

――うむ、水浴びで濡れた毛が良く乾きそうだ――

 

 そういう意思を込めて、尾を振りながら妖精弓手をじっと見る。

 

「えー、風も気持ち良いわね」

 

――確かに、そろそろ夏も本番になるころだな――

 

 妖精弓手の台詞にウォンと鳴き、再びじっと見る。

 

「あー……うー……えー……ごめん……」

 

――よろしい――

 

 妖精弓手は落ちた。吾輩の眼力に耐えられなかったのだ。

 

「ははは、耳長娘も灰色にはかたなしじゃの」

 

「剣狼殿すみませんな」

 

――別に隠す様な事ではないからな、気にするな――

 

 しかしこれは渡りに船だ。

 人と一緒ならば村人の警戒心も薄れるだろう。

 

「おお、これは灰色様じゃないですか!」

 

「ホントじゃホントじゃ、久しぶりじゃのう」

 

 背後の門から若者と老人の声が聞こえてくる。

 振り向くとそこにはあの娘を迎えた人々に居た2人だった。

 

「御三方は灰色様のお仲間で?」

 

「ええ、そうよ」

 

「拙僧等は剣狼殿と同じ一党を組みし者、保証は剣狼殿がしてくれましょう」

 

「まあ、只人の領域にわしら三種族三人がいたら不審じゃろうがな」

 

「いえいえとんでもない。

 灰色様のお仲間でしたら大歓迎です。

 ささ、村へどうぞ」

 

 

 

「村の経済は鰻登りです。

 それもこれも地母神様と灰色様の加護のお陰です」

 

「灰色にそんな加護あったっけ?」

 

――少なくとも吾輩はその様な権能はないな――

 

 妖精弓手の質問に吾輩は首を横に振って答える。

 

「はは、灰色様の加護とは言いましたが、実のところは灰色様に贈った首飾りのお陰ですな。

 あの娘もゴブリンの被害を被ったので、最初は神殿に送ろうと言い出す者が居まして」

 

 ゴブリンに犯された娘が行く先は、神殿か娼婦のどちらかだと老人は言った。

 もっとも、大抵の娘は神殿を希望するのだが、それでもあぶれてしまう者は居る。

 

「しかしあの娘は自分で自分の道を切り開いた」

 

「もともと手先は器用なんですよ。

 それで灰色様に献上した首飾りの出どころがここだと、商人に割り出されましてね。

 それからは注文が引っ切り無しなんです」

 

「まさかあの娘に一人で全部作らせているわけじゃないでしょうね」

 

 青年農夫の言葉に妖精弓手は目を細めながら言う。

 

「それこそまさかです!

 あの娘に何かあれば灰色様に申し訳が立たない!

 他の娘達に細工の仕方を教えて、その娘達が大半の生産を担っています。

 ですがやはりあの娘程の腕には到底及ばず……」

 

「確かにあの娘、あの年にしてはかなりの細工の腕じゃな」

 

――鉱人がそう言うならば、吾輩の目に狂いはなかったと言う事か――

 

 しかし村に金銭が入っても、領主にそれ相応の税を取られるので、生活は中々よくならないらしい。

 こう言った所はあちらと変わらないようだ。

 

「しかし惜しいのう。

 あの娘っ子、魔力を扱う素養がありそうなんじゃが……」

 

――なんと――

 

「それは本当ですか!?」

 

 鉱人道士がポロリと言った言葉にその場にいた全員が驚く。

 

「じゃが魔術を使って敵を倒すと言うのには向いておらなんだ。

 あの娘っ子は道具に魔力を込めるのに長けておる」

 

――なるほど、魔道具職人か――

 

 魔道具職人はその名の通り、指輪や首飾り、サークレット等に魔術的効果が出る道具を作る職人だ。

 向こうではウーラシールやイザリスの一族が得意としていた。

 だが村人は少々残念そうな様子だ。

 

「なんだ、魔術は使えないのか……」

 

「馬鹿を言うでない。

 魔道具はわしら冒険者にとって生命線になりえる道具じゃ。

 わしか知り合いの魔女の元で鍛錬を積めば、鳴子の魔道具を作れるかもしれんぞ」

 

「そうなれば小鬼を探知できるゆえ、村にとっても損ではないかと」

 

「ふぅむ……」

 

 老人が考え込む。

 恐らく長期的な益か短期的な益かを迷っているのだろう。

 

「剣狼殿の意見は?」

 

――吾輩か?――

 

 正直言えば娘がこの村にいても貰い手が居るかどうかも怪しい。

 このまま優秀な細工師、または魔道具職人をみすみす見逃す手はない。

 

――ならば本人に聞いて見るか――

 

「なら本人に聞いて見れば良いじゃない」

 

 吾輩と妖精弓手が同じ意見を出すと、吾輩は物陰まで走り寄りそこで聞き耳を立てている村娘を見つけた。

 

「あ……」

 

 

 

「聞いておったのか……」

 

「うん……」

 

 私は村の老人……村長と自宅で話していた。

 灰色様と冒険者の方々、それに青年は表で待っていてくれる。

 

「それで村長さん、さっきの話だけど……私、道士様の師事を受けたいの!」

 

「あい分かった」

 

「へ……良いの?」

 

 まさかの二つ返事に私は間抜けな声を出してしまった。

 

「このままこの村にいても、お前には古株から奇異の目が向けられるだろう。

 ならばここは村を出て、自分のやりたい事をやると良い。

 路銀は……ほれ、ここにある」

 

 そう言うと村長さんは、懐から袋を取り出して机の上に置いた。

 置いた時にジャラジャラと金属の音が部屋に響く。

 

「こ、これって……」

 

「お前さんが今まで作った分の首飾りの収入が入っておる」

 

「そ、それって!」

 

 つまり、領主のお役人さんにうその報告をしたと言う事。

 

「幸いあの役人は儂の知り合いでの、少し事情を話したら協力してくれた。

 ああ勿論、この事は他言無用じゃぞ?」

 

 いたずらを成功させた子供のような笑みを浮かべ、村長は自らの唇の前に人差し指を立てた。

 その仕草に私の目から涙が零れる。

 

「ありがとっ、ございます!」

 

 

 

 こうして村娘は見習い魔道具師となるが、下宿先が見つからずに困っていた。

 そこへゴブリンスレイヤーが、街の近くを流れる川辺に一軒の小屋があり、そこへ移り住んではどうかと言う事になり、下宿先問題も解決した。

 

「それにしても、よくあの小屋を知っておりましたな」

 

 蜥蜴僧侶が言う。

 

「……昔、一党を組んでいた魔術師の物だ」

 

「へぇ、あんたにも知り合いが居たのね」

 

「ああ、居た」

 

 ゴブリンスレイヤーは何かを思い出すかのように、ギルドの天井を見上げた。

 当時は興味がなかったが、灰色の剣狼と出会ってからの変化が……彼にしてみれば劇的だった。

 彼女は答えを見つけただろうか?

 

「ただ、元気にはしているだろう」

 

「そっか」

 

 その魔術師が死んでいないと確信が持てる言葉を聞き、妖精弓手はそう返した。

 

「あ、居たわよ!」

 

「えっと……あ、師父!」

 

「ゴブリンスレイヤーさん!」

 

 新人三人が彼等の元に駆け寄る。

 そして胸元から黒い認識票を取り出し、三者三様に嬉しさを表情に出す。

 

「ほほう、無事に昇級したようじゃな」

 

「はい!オーガ戦の事が評価されまして」

 

「ふふ、良かったじゃない」

 

 そこで三人はゴブリンスレイヤーと灰色の剣狼の前に並ぶ。

 

「それもこれも貴方方のお陰です」

 

「俺は何もしていない」

 

「いえ、そんな事は……」

 

「最初に会った時に助けてくれたじゃないですか」

 

「……俺は、剣士を助けられなかった」

 

――キュウン――

 

 ゴブリンスレイヤーはそう言い、剣狼もすまなそうに声を上げる。

 三人もその返答に顔を曇らせる。

 だが最初に立ち直ったのは女武闘家だった。

 

「それはそうなのですが、やはり礼はするべきだと」

 

「そうよ……だから」

 

「師父」

 

「ゴブリンスレイヤーさん」

 

「「「助けていただいて、ありがとうございました」」」

 

 三人は彼等に礼を言いながら頭を下げた。

 その光景をある者は奇怪な物を見るように、ある者はニヤニヤしながら、ある者は微笑まし気に、他の冒険者やギルドの職員が見ていた。

 

「……ああ」

 

 

 

「まったく、ここまで苦労して宝箱が一つだけとはねぇ」

 

「文句、言わないの」

 

 ここはとある遺跡、何時もの様に槍使いと魔女が探索に来ていた。

 そして目の前には宝箱。

 冒険には必要不可欠なものが目の前にあった。

 

「……よし、変な罠は仕掛けられていないな」

 

「じゃあ……開けるわ、ね?≪解錠≫」

 

 宝箱に仕掛けられていた鍵が瞬く間に解けて行く。

 

「さーて中身は……なんだこれ?」

 

 槍使いが見つけたのは指輪と首飾りであった。

 それを魔女にも見せるが……。

 

「ここでは、分からないわ……ね」

 

 どうやら楽しみは後になりそうだった。




ネタバレしないように書くって難しい……。
評価が下がったらそれはそれでと言う覚悟で書きました。

それにしても日常回難しい。
でもグダグダになって終わるのも、悪い気はしないです。


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新たな道筋

[壁];・ω・) <遅くなりました。


 ゴブリンスレイヤー一党がオーガを倒して帰還してから3日目、今日も冒険者ギルドでは暇をしている冒険者達が屯していた。

 

「で、これがそのお宝だ」

 

 槍使いが冒険者ギルドの卓上に出したのは、先日の冒険で遺跡の宝箱から見つけた指輪と首飾りだった。

 指輪には獣、鳥、猩々、蜥蜴、幻獣の意匠が施されており、首飾りにも同じような飾りが付けられている。

 

「うちの鑑定でも引っ掛からねぇ。

 それで他の鑑定師にも見せたんだが全滅と来た」

 

「意匠からして……動物に、関係が、あると思うのだけど……ね」

 

「遺跡の様相はどんなものだったんだ?」

 

 槍使いと魔女の言葉を聞いて女騎士が聞く。

 

「規模としちゃそう大きくはなかったさ。

 ただ大型の動物が入りそうな檻が幾らかあったな」

 

「資料の類は?」

 

 重戦士の言葉に槍使いは両手を上げて肩をすくめ、魔女は静かに首を横に振った。

 

「そうか……しかし、この指輪と首飾りは対と見た方が良いな」

 

「そうだな。

 同じ意匠の違う装飾などそう多くない」

 

「んで帰りに神殿に寄って呪われてないか確認して貰ったんだ。

 ま、結果は白だったけどな」

 

 呪われた装備品を付けるなど命に関わる問題だ。

 そうでなくとも何らかの障害が付くことがある。

 冒険者の間で笑い話として有名なのは、装備したら下着の類が一生着けれなくなる呪い等だ……アマゾネスなら問題ないだろうが。

 

「しかしそう言われても、確認が取れていない物を着けるのは……」

 

「ああ、俺でもごめんだ」

 

 女騎士と重戦士が意見を揃えて言う。

 いくら呪われていないとはいえ、それが従属の魔法が掛けられたものならばシャレにならない。

 罠的な魔法……性格の狂暴化や理性の消失等の魔法だった場合も考えて、銀等級冒険者で試すのはやはり憚られる。

 

「しかし……様々な動物の意匠とは、動物を使役する類の物だろうか?」

 

「だが対象はこの首飾りを着けれるもの……か。

 ……狙ったような大きさだな」

 

 女騎士がそう言うと各々があの剣狼を思い浮かべる。

 その首飾りの大きさは、まさに彼の剣狼の首周りと同じサイズだった。

 

「そう言えば今日は剣狼の弟子の特訓だろう?」

 

「ああ、どうやら剣狼殿の師は私と装備が似ているらしい。

 剣技は剣狼殿の見取り稽古にとどめ、基本的な動きなどは私がするようにしている」

 

「片手に大剣、もう一方に大盾、それに全身鎧か。

 しかも灰色の剣技を見るに、生半可な鍛錬じゃ身に付かないな。

 それこそ白金……いやそこまで行かなくても、金等級まで上り詰めるくらいの鍛錬は要る」

 

「それに剣の方もな。

 かなり頑丈な奴じゃないと剣がすぐにダメになる」

 

 灰色の剣狼の剣技は飛んだり跳ねたりしながら、その大剣を縦横無尽に振り回す力と早さを兼ね備えた剣技だ。

 一撃大きいのを与えた後にバックステップ、それをしたかと思えば今度は大ジャンプをした後の叩き付け、地面に擦り付けるように左右に振り回し、相手に隙がないならば鋭い突きで相手の体勢を崩す。

 女騎士も互いに己の得物と同じ大きさの木剣で対峙したが、防戦一方だったのは記憶に新しい。

 

「そう言えば、彼らが見つけた魔法金属と鍛冶に使うと言う代物、それらの技術本の解読はどこまで進んでいる?」

 

「工程は……半分まで、進んだところ。

 ここの工房の、親父さんでも……あの種火は、扱えると思う、わ」

 

 話を振られた魔女がそれだけ口にする。

 

「あの魔法金属は……あの種火じゃないと、扱えない代物、なの」

 

「へぇ、じゃあ普通の武器が魔法の武器に早変わりって事か」

 

「いや、それが出来れば苦労はねぇんだがな」

 

 そこへ話に入ってきたのは、ギルドの工房長だった。

 

「あの金属を使って、長剣を鍛えてみたんだ。

 まず2回は1個ずつやって成功したんだが、3回目からが曲者でな。

 金属の要求量が2個になりやがったんだ」

 

「あーそりゃ痛いな。

 あれの入手手段も未だに分かってないんだろ?」

 

 重戦士の言葉に魔女が「いえ」っと答える。

 

「亡者の、死体から、稀に、取れるそう、よ。

 技法書にも、書いてあった、わ」

 

「亡者の死体ったって……あいつら神官の奇跡じゃないと倒せないんだよな」

 

「それと聖剣か、効きが悪いが属性か魔法の武器の類だな。

 神官の奇跡だと灰になってしまうが、属性剣や聖剣の場合は稀にその場に残ると聞いたことがある」

 

「へぇ面しれえ、じゃあ今度亡者関係の依頼があったら受けようぜ」

 

「まあ最初にこれをやるのはあの武闘家の嬢ちゃんだがな」

 

 その場にいた4人が工房長の言葉を聞き、4対の目線を向ける。

 

「鍛えた長剣で巻き藁を切ってみたんだが、これが元の切れ味から良くなっていてな。

 調子に乗って日が暮れるまで切ってみたんだよ」

 

「おいおい」

 

「まあ聞け、そこではたと気が付いて長剣を見てみたんだ。

 そしたらこれよ」

 

 工房長が一振りの長剣を抜いて卓の上に乗せる。

 そこには傷が僅かにしか付いていない長剣があった。

 

「おい、これ本当に日が暮れるまで巻き藁に振った剣なのか?」

 

「丁稚もそこに居た。

 なんならあいつに改めて聞いてくれてもいい」

 

「あいつに保証されてもなぁ……」

 

 俄かに信じられない工房長の言葉に、槍使いが頭を掻きながら長剣を見る。

 確かに一般の長剣に比べて刃が立っている。

 

「ちなみにそいつはほんの少し前まで、かごの中に入れられていた数打ち物だ」

 

「……出来上がったものを鍛え直すなんてできるのか?」

 

「普通は出来ねぇ。

 だがこの欠片と剣の金属が馴染むまで根気よく、そして折れないように打ち込むことによって、初めて鍛え直しができる。

 試しに丁稚にもやらせたが、あいつがやったら長剣が折れて欠片も1個ダメになっちまった」

 

「じゃあ欠片は残り10個か。

 それなら第一発見者のゴブリンスレイヤー達に回すしかないか」

 

 重戦士がそう言うと工房長は首を振る。

 

「いや6個だな。

 4個は賢者の学院に送っちまったから、量産できれば御の字と言う所か」

 

「魔神王が復活したばかりだからな。

 今のうちに使えそうなものを研究したいと言うのは当たり前か」

 

「と言うか貴重な素材を勝手に使ったのか?

 私としてはそっちの方が心配事なんだが」

 

「なぁに、さっき追加の報告書として送っといたよ」

 

「いや、そういう問題じゃねぇだろ……」

 

 工房長のあんまりな態度に槍使いが辟易する。

 

「本来全部ガメられても仕方ない所を、連中は3割も出したんだぞ。

 それにあの魔術師の連名入りで、恩師へ送付してある」

 

「しれっと第三者を巻き込むなよ。可哀そうに」

 

 しかし実際に、全て金に換えられてもおかしくない所を態々分けて送ったのだ。

 使用用途が現状、鍛冶に使えるくらいしか分からないので、あとは王都の頭の良い人達のお仕事である。

 

「それは兎も角、この技法の検証の為にも亡者狩りは必要そうだな」

 

「だがどうする?

 やろうにも魔法武器持ってるの槍使いくらいだしな」

 

「貸そうと思いや貸せるけどよ。

 使い慣れてない武器なんて危なっかしいだろ」

 

「剣狼d「「「無理だろ(、でしょ)」」」……そうか」

 

 女騎士が意見を出そうとするが速攻で否定され、長剣の切っ先を指で突つく。

 心なしかいじけ気味になっている。

 

「さて、そろそろ行くぞ」

 

「うむ……」

 

 そして重戦士に促される形ですごすごと退場、しかし気を使われて嬉しいのかちょっと足元が浮足立っている。

 

「まあ亡者関連の依頼があったら受けるよ。

 その分色付けといてくれよな?」

 

「ああ、ギルドの方には予め振り込んどくよ。

 欠片一つに付き金貨3枚だ」

 

「ヒュー!太っ腹だねぇ」

 

「鉱人の道士にも出させたからな」

 

 やはり鉱人としては未知の金属には目が無いらしい。

 

「なんでも親戚の鉱人に送るそうだ」

 

「ああ、金属の事なら鉱人に任せりゃ安泰だな」

 

「視点は、多い方が、良いもの、ね」

 

 そろそろ冒険に向かう時間になったので、槍使いと魔女が席を立ち、工房長も仕事に戻る為に工房へと戻っていく。

 金属の事に関しては一先ずこの場でお開きとなった。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

――……――

 

 剣狼が見守る前で武闘家と女騎士が正対する。

 武闘家の方はここ最近になって、やっと慣れてきた比較的安い品の半甲冑に片手半剣と盾のいで立ちで、筋力も順当に付いてきており、女騎士ほどではないがかなり動けるようになってきている。

 

「やぁ!」

 

「っは!」

 

 武闘家が仕掛け女騎士が両手剣で受け止める。

 亡くなった彼女の父親の修行の成果もあるのか、剣筋のブレも少なくなり、振りの速さも増している。

 それに彼女は今回のような稽古だけでなく、依頼や稽古がない日も鍛錬も行っており、その努力の成果もあるだろう。

 防がれた武闘家はバックステップで女騎士から距離を放す。

 

「それ!」

 

「っ!」

 

 女騎士が大盾で武闘家を圧迫しながら距離を詰める。

 武闘家も次に来る攻撃を予測して盾を構え、女騎士の大剣が彼女の盾に当たると同時に角度を変える。

 

「おお!?」

 

「そこ!」

 

 女騎士がバランスを崩したたらを踏む、そこに武闘家が左から薙ごうとするが、女騎士は強引に大盾を武闘家に当てた。

 

「あっ!」

 

 体に大盾をぶつけられ剣の出を潰され、受けた衝撃で体を倒された。

 両者ともに地に着くが先に起き上ったのは女騎士だ。

 

「ふふ、打ち合うたびに上達して行くな。

 それに先程の飛び込みながらの剣撃は見事だった」

 

「はぁっ!はぁっ!ありがとうっ、ございますっ!」

 

 遅れて武闘家も立ち上がり答える。

 そんな彼女等の鍛錬風景を、白磁の冒険者4名が見ていた。

 

「あれだけ動いて、よく息切れで済んでるな……」

 

「……あんたとは鍛え方が違うのよ」

 

「……足と腕の肉も、私のたるたるより張りが」

 

 新米剣士の呟きに見習い聖女と少女巫術師が答える。

 実際水浴びなどで女武闘家と共にする機会があるのだが、その時に健康的に鍛え上げられた無駄な筋肉がなく、張りがある肉体を晒された時の事を思い出し、両名は遠い目をした。

 そんな乙女の気持ちなど微塵も考えない相方の男二人は、頭の上にクエスチョンマークを出している。

 

「でも良いなぁ全身鎧」

 

「前に行ったゴブリン退治で、オーガと遭遇して討伐したからボーナスが出たんだろ?

 俺は頭目たちが一緒でもごめんだね」

 

「オーガなんて金等級案件、あんたじゃ無理よ無理」

 

「私も遠慮したいですね……」

 

 新米剣士の儚い希望に応えた知り合いたちの声は酷くドライだった。

 

「てぁ!」

 

「っあ!?」

 

 そこへ女騎士が武闘家の片手半剣を弾いた。

 だがそこで諦める武闘家ではない。

 

「やぁ!」

 

「おお?!」

 

 シールドバッシュからの正拳突きで、女騎士の腹を強かに殴りつける。

 武闘家の右手は女騎士の様に小手ではなく、鉄甲を装備している。

 防御範囲は劣るが、その分無手の際には不意打ち用の予備武装(サイドアーム)として使える。

 そのまま再びシールドバッシュを加えた後に足払いを狙うが、女騎士もそれに反応して大盾で防ぐ。

 

「よーし、そこまで!」

 

 重戦士の声で二人の動きが止まる。

 そして互いに礼をした。

 

「ふむ、武器を落とされても戦えるのは流石だな」

 

「はぁ、ありがとう、はぁ、ございます!」

 

「だが初見で通じる相手も居るだろうが、達人クラスだと読まれる可能性もある。

 やはり武器を落とさないように、しっかりと握れる体力を付けるのが課題だな」

 

「そうですね……師父もその辺り厳しいですし」

 

――ウォン!――

 

 剣狼は当然だとばかりに吠える。

 だが武闘家にとっては己の得物は剣だけでなく、己の拳と脚も武器な為その辺りは理解しているようだが、やはりリーチの差と言う物は如何ともしがたい。

 しかし最初は剣に不慣れだった武闘家も、今では立派な見習騎士になっている。

 

「しかし、剣も拳もかなりのものになってきたな。

 いっそのこと戦士(ファイター)を名乗ってみてはどうだ?」

 

「戦士……ですか」

 

「ああ、君が剣のみで戦う事に拘りはあるまい。

 ならば生き汚くとも出来る全てを使って、仲間のために戦うのならばそう名乗るのが順当だろう」

 

 格闘家や剣士と違い、純粋に戦う事のみに長けた役職。

 剣や弓、格闘術を高いレベルで扱う事が求められるが、武闘家が所属しているゴブリンスレイヤーの一党には、彼女を抜けば純粋な前衛がゴブリンスレイヤーと剣狼のみと言う前衛不足に陥っている。

 

(あれ、十分な気がしてきた……いやいや、前衛は多い方が良いよね!)

 

 1人と1頭でも十分な気もするが、前衛の枚数は多い方が安定感も増すので、武闘家は気にするのを止めた。

 

「しかし良い鎧を買ったな」

 

「はい、オーガ討伐の褒賞で買いました。

 名有り(ネームド)だったそうで、これを買ってもしばらくは生活に余裕が持てるようには……」

 

「ふふ、前はあのゴブリン狂いの仲間と思っていたが、最近は冒険をしているようではないか。

 だが世の中には件のオーガよりも強い奴など五万と居る。

 あいつは今の今までゴブリンしか興味がなかったから、これも剣狼殿の影響か」

 

「あの……」

 

「いや、悪く言うつもりはないんだ。

 以前の様にゴブリンばかりだと、周りからの妬みがな……本人は気にして無いみたいだが」

 

 重戦士が控えめに女騎士の言葉を継ぐ。

 彼にはゴブリンスレイヤーに少なくない借りがある為、少なくとも悪印象は持っていない。

 

「ゴブリン退治ってのは初心者の実力を測るだけでなく、力の無い奴の振るい落としの面もあるってのが、俺たち冒険者の共通認識だ。

 まあ銅より上になれる実力があれば安泰だが、それ以下の中堅組は自分達の食い扶持に響く、それでやっかみが多くなるんだ」

 

「じゃあ師父も……」

 

「まあ少ないだろうが良く思われていないだろうな。

 大概が混沌で悪辺りだろうが……」

 

「まあそれは兎も角として、どうだ?」

 

「どう……とは?」

 

 女騎士の言葉に武闘家は首を傾げる。

 

「戦士を名乗るかどうかだ。

 まあ私としては騎士と名乗っても構わんがな?」

 

「そっちが本命だろう」

 

 女騎士と重戦士が軽く言い合う中、武闘家は師である剣狼を見る。

 剣狼は武闘家の瞳を見つめ返すだけだった。

 

「……では」

 

 この日、女武闘家は女戦士になった。




どうも渡り烏です。
年末に向け仕事量が多くなってまいりました。
1月の中旬辺りまで忙しくなるので、投稿ペースは格段に下がるものと思われます。
せ、せめて1週間に1話投稿は目指したい……。

さて、前半は前回槍使いと魔女が見つけたお宝と楔石の欠片関連のお話。
後半は女武闘家のジョブチェンジ回となりました。
次回はアニメにそって水の街を予定しております。


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水の都へ

ギリギリ1週間で投稿完了。
いや、本当にギリギリだった……。


 夜のギルド前。

 休暇が終わり、妖精弓手の付き合いで森の中の遺跡を探索した後、夕食を取っていた。

 

――ベリッ、ガッガッ、バリッ!!――

 

「……すごい食べっぷりね」

 

「良いお肉と肝らしいですから……それに骨付きですし」

 

「しかも後足の部分を骨ごと丸々とね。こうしてるとやっぱり狼なのよね……」

 

「もう慣れてきてしまいましたけれどね」

 

 吾輩の食べっぷりを見て4人娘が何か言っているが気にしないでおこう。

 今吾輩が食べているのは遺跡探索の帰りに狩った鹿の足と肝だ。

 この辺りは良く肥えた鹿が居る為、こうして自分の食事は自分で狩ってきて食べている。

 何時もは皆ギルドに併設された酒場で夕食を取っているが、今宵は吾輩に合わせて月夜を見ながら屋外で食べる事になったようだ。

 ギルドの前なので敷布を引いて机を置き、その上に料理を並べている。

 

「しかし、野営以外で月を見ながら飲むと言うのも悪くないな」

 

「然様で、何時も街に居る時は屋内で食べておりますからな。

 こうして外で食べるのも悪くないと言うもの……あむっ、ふほほ、甘露甘露」

 

 そこへ何やら書面を抱えた受付嬢とゴブリンスレイヤーが来た。

 

「おお、かみきり丸、お前さんも一杯どうだ?」

 

「いや、それは今度にしよう。

 今は皆に相談したい事がある」

 

「おお、子鬼殺し殿が拙僧等に相談とは」

 

「明日はゴブリンが降るわね」

 

「掃除の事考えたらうんざりするから止めて」

 

「あはは……、それで相談とは?」

 

 女神官が気を取り直してゴブリンスレイヤーを促す。

 

「俺に指名依頼が来た。

 内容はゴブリン退治、報酬は金貨一袋を参加人数分だそうだ」

 

――ほほう?――

 

「それは……随分と大規模な巣になっているようですね」

 

「ああ、だが報酬の大きさと俺への指名だと言うのが気がかりだ」

 

「なによゴブリンスレイヤー知らないの?

 あんたと灰色、歌になってるのよ」

 

 訝しむゴブリンスレイヤーに妖精弓手がそう答える。

 

「前に剣狼さんの保護に関する説明で、私もゴブリンスレイヤーさんの事が歌になってるって言ってましたね」

 

「……その時は興味がなかった」

 

――お主は自分の事になるととことん無頓着だな――

 

 名誉欲など皆無と言わんばかりの彼の発言に皆が苦笑する。

 それでも、下宿先にしている牧場には律義に下宿代を払っているのだから決して悪い人物ではないのだが、こう言う所で損をしているとしか言いようがない。

 

「まあ、そうやってお前さんの歌が広まれば、わし等や今回みたいに外からの依頼が増えるっちゅう寸法じゃ」

 

「ふむん……」

 

 鉱人道士の言葉にゴブリンスレイヤーは兜越しに顎をしゃくる。

 彼にしてみればゴブリン退治の依頼は優先すべき事だが、ここを離れると逆に下宿先のあの女子が、ゴブリン被害に合わないか心配になる……ジレンマだな。

 

「しかしどうしましょう。

 工房長さんに頼んだ女戦士さんの両手剣……クレイモアでしたっけ?それにあの石の欠片を打ち込む作業が明後日になると……」

 

 女武闘家改め女戦士となった彼女に、転職(ジョブチェンジ)祝いとしてクレイモアにあの欠片を残った分全てつぎ込むそうだ。

 依頼料は吾輩を除く全員で分割して払い、クレイモアの代金は工房長が半値負けてくれたらしい。

 だが彼女の依頼の他にも仕事がある上に、先日の失態で押され後回しせざるを得なかったのだ。

 

「依頼を終えた後受け取るのも手だが……」

 

「指名依頼じゃと、受けてから何時向かうと連絡を入れるのも手だがの」

 

「それでも1日が限界よ。

 人間だと馬みたいに速く走れないし、馬車だってそう都合よく見つかるかも分からないわ」

 

――なら吾輩が運べば良いではないか――

 

 吾輩が机に顎を載せて全員を見る。

 

「あ、確かにあんたなら私達に追いつけそうね」

 

「でも師父だけだと対人関係に不安が……やはり誰かが師父と一緒に後を追うか。

 それとも依頼を終えた後に受け取るか……」

 

「じゃあ私が灰色と一緒に後を追うわ。

 明後日に出る馬車の予定も把握してるし、あてがあるから」

 

 皆が悩んでいると女魔術師が手を上げて提案する。

 

「いいのか?」

 

「良いも悪いも無いと思うんだけど、それにオーガの件だってあるし、少しでもリーチがある武器を持った方が良いと思うし、閉所でも槍代わりになるわ。

 私だって杖の石突に槍の穂先付けれるようにしてるのよ?」

 

 そう言いながら女魔術師は腰から槍の穂先を取り出し、石突を外してネジの部分が現れる。

 何時の間にそんな改造を施したのやら……。

 

「槍使いさんから長物の扱い方を習い始めてるし、女神官だってそうしてるわ」

 

「ええ、まぁ……私も石突の先に穂先を取り付けられるようにしてますし、彼女と一緒に長物の扱いを習っています」

 

 そう言いながら女神官も自分の杖の石突の先を外して見せる。

 

「おやじさんには変な顔されたけれどね」

 

「でも、術が切れたら後は自分で何とかしないといけませんし……」

 

「その時はもう撤退戦よね。

 まあそうならないようにしましょう」

 

 妖精弓手も言うが後衛が武器を持つという状況はまず避けねばならない。

 だがそれでもどうしようもない事態は発生するもので、万が一に備えて自衛手段を持つのは悪い判断ではない。

 

「しかし巫女殿も魔術師殿もたくましく成って参りましたなぁ」

 

「彼と一緒に行動すると……その……おのずとたくましくなって行くのかもしれません」

 

 最初に会ったころに比べれば、女神官も随分と遠慮が無くなってきた。

 もうそろそろ鋼鉄になっても良いのではないかな?

 

「大体の方針は決まったな。

 灰色と魔術師以外が先行して水の街へ出発、二人は武……戦士の剣を受け取った後に出る。

 待ち合わせ場所は依頼先である至高神の神殿だ」

 

 

 

「それで置いてけぼりを食らったわけか」

 

「置いてけぼりじゃないわね。

 これも必要な行動よ」

 

 剣狼に女戦士の武器を右の腹に取付けながら女魔術師は工房の翁に答える。

 バランスが取りづらそうだが、剣狼は何でもないように佇んでいる。

 

「あの連中なら今更ゴブリン相手に後れを取る事も無いと思うがな」

 

「油断と慢心は死を招くわ。

 私だってあの失敗は本当に勉強になったし」

 

 最初の冒険で小鬼の毒短剣を受けた記憶が想起される。

 もしあの時剣狼とゴブリンスレイヤーが助けに来なかったら、自分は死んでいてもおかしく無かったと、女魔術師は思っている。

 

「じゃあそろそろ行くわ。

 待たせるわけにもいかないし」

 

――ウォン!――

 

「おう、気を付けて行けよ」

 

 翁の声に送り出されながら剣狼と女魔術師はギルドから出て、すぐそばにある馬車駅に向かう。

 

「お、来た来た」

 

「すみません、お待たせしました」

 

「良い、のよ」

 

 馬車駅に泊まっている一台の馬車に乗り込むと、そこに居たのは槍使いと魔女だった。

 

「出してくれ」

 

 槍使いが御者に声を掛けると馬車が動き出す。

 

「それにしても槍使いさん達が水の街に用事があって助かりました」

 

「なぁに良いって事よ。

 仮にも弟子なんだからそれぐらいの面倒は見るさ。

 それにこの街の鑑定士はほとんど当たったしな」

 

「未だに分かっていませんか……」

 

「そう、ね。此処まで手古摺るのは、まず無かった……わ」

 

 どうやら西の辺境の街にある鑑定士では、あの魔道具の鑑定は出来なかったようだ。

 

「だから高い鑑定能力があるっていう至高神の大司祭様に依頼を出したんだ」

 

「ぶふぅ!」

 

 女魔術師が水筒で飲んでいた水を吹き出す。

 そしてその飛沫が正面にいた剣狼に当たり、ギャン!?っと悲鳴を上げた。

 

「げほっえほっ!ご、げほっごめんなさい灰色!」

 

「おいおい大丈夫か」

 

「あらあら」

 

「貴方が行き成り変な事を言うからでしょうが!」

 

 剣狼の体毛にあたった水滴を拭きながら女魔術師が槍使いに言う。

 

「まあ快い返事を貰えたんだがな」

 

「ええ……」

 

 あまりにもあっけなく許可が出たのを聞いて、女魔術師は困惑の声を出す。

 

「まあ実際こいつが鑑定できなかった時に出したんだけどな。

 俺も呆気なく許可がもらえて二度見しちまったよ」

 

「ギルド経由、だったことも、あるわね」

 

「それで良いのかしら至高神の大司祭様……」

 

 その後も滞りなく旅路は進み、一行は2日後の昼に水の街へ到着した。

 

 

 

「はぁ……すごい神殿ね」

 

「仮にも至高神だからな。

 裁判でも活躍することがあるし、それだけ儲けてんのかね」

 

「下品な、詮索はしない、の」

 

 剣狼もそうだそうだと言いたげに槍使いの両肩に前脚を載せる。

 

「ぐぁ!お前重いんだから行き成り肩に足を掛けるな!」

 

 槍使いの抗議を受けて剣狼は素直に足を地面に降ろす。

 

「……たく、じゃあさっさと中に入ろうぜ」

 

 槍使い達が歩を進め、神殿の入り口まで行くとそこには一人の神官が居た。

 

「すみません。大司祭様に鑑定の依頼を出したものですが」

 

「割符はお持ちでしょうか?」

 

「ここに」

 

 槍使いが割符を出すと、神官はそれを受け取り両方とも懐に入れる。

 

「確かに当神殿の割符です。

 ではこちらに」

 

 神官が先導する形で一行は神殿の中へ入って行く。

 

「そう言えば、お前達もこの神殿からの依頼だっけか?」

 

「はい、そう言えば彼……ゴブリンスレイヤーさんは今どちらに?」

 

「それは……大司祭様にお聞きした方が早いかと」

 

「……へ?」

 

 女魔術師が間が抜けた声を上げると、既に神殿の最奥部にまで歩いてきていた。

 

「あら……これは獣の香り?」

 

 最奥の礼拝堂に居たのは、女神と見間違わんばかりの女性だった。

 

「剣の乙女にお会いできて光栄です。

 此度の鑑定依頼を出した槍使いです」

 

「同じく、魔女、でございます」

 

「こ、こちらから出されたゴブリン退治の依頼を受けた一行の者です!

 そしてこっちは灰色の剣狼と呼ばれる狼です!」

 

――オン!――

 

「あらあら、これはご丁寧に。

 既に知っておられるようですが改めて、私は剣の乙女、この水の街の至高神の神殿で大司祭を務めております」

 

 目隠しをした女性の大司祭、剣の乙女が微笑みながら3人と1頭に挨拶を返す。

 

「あの、先行してこちらに参った仲間たちは今どちらへ?」

 

「ゴブリンスレイヤーさん達でしたら、先日ゴブリンの第一次討伐を行った後、今日の昼頃に探索先の地下水道へと向かいましたわ」

 

「もう、せっかちなんだから……」

 

「ま、あいつはゴブリンだけで生きていけるような奴だからな。

 ……おほん、では、早速ですが鑑定を行って頂きたいのですが」

 

「ええ、どうぞ」

 

 あらかじめ用意していた敷布を侍女が敷き、剣の乙女がそこに座る。

 槍使いも依頼の品である、五つの獣の意匠をあつらえた指輪と首輪を、彼女の前に置いた。

 

「では、始めさせて頂きます」

 

 剣の乙女が品に手をかざし、そしてその造形を掌でなぞる。

 

「……これは少々難しいですね。

 もうしばらくお待ちを」

 

 それだけ言うと再び彼女は一息ついた後、再び鑑定を再開する。

 その後時間にすると10分程経った時、剣の乙女が手を依頼の品から除ける。

 

「出来ました。

 これは獣語の指輪、および首輪ですね」




さて、記念すべき10話目です。
やっと鑑定出来ました謎の装飾品。
効果は言わずともよろしいでしょう。
そして少し駆け足気味に描いた感が否めません。
もう少し練りたかった……。

さて、女戦士の新たな武器クレイモア+4が完成しました。
一応進化先は決めていますがここはあえてアンケートで決めたいと思います。
活動報告でアンケートを行いますので、候補の4つからコメントでご応募ください。
アンケートは本投稿から本日の23時までとなります。


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地下水道決戦

今年もあと半月になりました。
仕事や受験で平穏に年を越せない人も居るでしょう。
ご安心を私もそうです(白目


「獣語の指輪に首輪……ね」

 

「聞くまでも無いと思いますが効果は?」

 

「この首輪を掛けた動物の声を、指輪から聞き取ることが出来るようで、同時に指輪のサイズは自動で付けたもののサイズに合わせられるようです。

 指輪の機能は2つ、つけた者個人へ声を届けるものと、指輪から周囲に声を聴かせるもの、指輪の台座にあるダイヤルを左右に動かして設定が可能です。

 念のため罠などの検査もしましたが、一度付けたら外せないなどの仕掛けはありませんでした」

 

 剣の乙女が指輪を操作してみせながら、罠の可能性が無い事を伝える。

 

「なるほど、じゃあ試してみましょうか」

 

 そう言いながら槍使いが剣狼を見る。

 剣狼も事態を把握しているのかジッとその場から動かない。

 

「指輪は誰が?」

 

「私が、つけるわ」

 

 魔女が指輪を人差し指につけ、槍使いは首輪を剣狼の首に通す。

 

『聞こえるか?』

 

 指輪から聞こえてきたのは老練な初老の男性のような声だった。

 

「あ、ら」

 

「お、聞こえたのか?」

 

「どうやら左は個人宛になっているようですね。

 右に回してみてください」

 

 魔女が右にダイヤルを動かす。

 

『これで周りにも声が聞こえるようになったのか?』

 

「おお!?お前こんな声だったのか!」

 

『いや、自分の声を聞いたのはこれが初めてだ』

 

 そう言いながら尻尾をパタパタと動かす。

 

「あら、中々渋いお声ですのね」

 

『まあ、これでも数百年は生きている身ゆえ、声も老練になるさ』

 

「すっ!」

 

「「「数百年!?」」」

 

『もうすぐ4桁になるかもしれんが……なに、100から先は数えるのも忘れた無精者の戯言、あまり気にするな。

 亀も陸に住んでいる類は100年生きるものも居る故、探せばそれよりも長生きするものなど其処ら中にいるだろう』

 

 言いながら剣狼はふふふ……っと笑う。

 凄まじいまでの台詞に4人は思わず唾を飲み込む。

 背負っている大剣も相まって、その佇まいは隙を作らない剣聖の様であった。

 

『それよりも今はゴブリンスレイヤー殿との合流が先だろう。

 剣の乙女殿、彼等は何処から地下水道へ?』

 

「あ、はい。彼等はええっと……ああ、ありがとうございます。

 ……この入り口から再び探索を開始すると言っておりましたわ」

 

 剣の乙女は、街の外れ辺りにある地下水道の入り口を差した。

 

『ふむ、では急いで合流するとしよう。

 槍使い殿らはどうする?』

 

「あーゴブリン退治なんだろ?

 しかしお前さんの戦い方を生で見られるチャンスか……良いぜ。付き合ってやるよ」

 

「ふふ、素直じゃ、ないわ、ね?」

 

「うるせぃ」

 

「それでは合流を急ぎましょう。

 地下水道を拠点にしているなら、それなりの規模が居ると思います」

 

「……」

 

 そんな3人と1頭が段取りをしてゆく様を、剣の乙女はどこか懐かしそうに聞き入っていた。

 

 

 

「さぁて、ここからは灰色が頼みになるな」

 

『少々臭いはキツイが、幸い流れ出る汚物に比べて水量が多い。

 辺境よりは利きが良いだろう』

 

「ここまで水が豊富なのはそうないから……」

 

「川の、中洲だから、出来る事、よね」

 

 各々が警戒しながら地下水道の通路を歩いて行く。

 ゴブリンスレイヤーが通ったはずの道は、どのような理由か道中に小鬼の死骸は無かった。

 剣狼たちもそれに習いながら進んでゆく。

 

「あいつにしちゃ珍しいな、ゴブリンを殺さないなんて」

 

『恐らく何らかの理由があっての事だろう。

 それにここは反響しやすい、戦闘の音を立てればすぐに他の場所にいるゴブリンに察知される』

 

「そう、ね」

 

「それにしてもこの壁画……前にオーガが居た遺跡に似ているわね」

 

「ああ、この形式は大抵墓所になっている遺跡に描かれているんだ。

 さっきから居るのも、死霊術師に戦死した奴等を悪用されないためだろうな」

 

『墓所か……』

(吾輩も思えば随分と長い間墓守をしていたな)

 

 槍使いと魔女の解説を聞きながら道を進んでゆくと、剣狼の耳が金属を打ち合う音を拾った。

 

『剣戟の音!』

 

「と言う事はゴブリンスレイヤーの連中か!」

 

「急ぎましょう!」

 

 全員が音の出どころへ駆け出した。

 

 

 

「くそ!数が多い!」

 

「嬢ちゃん熱くなるな!一当てした後引いてかみきり丸と後退して戦うんじゃ!」

 

「分かりました!ですが、もう少し粘ります!」

 

 女戦士はまた一匹、小鬼を長剣で切り殺す。

 今回は通路も広く、小鬼の総数も多い事を考慮して不意打ち防止のために、顔は出ているが、頭全体を覆える兜を被っていた。

 

「GBRB!」

 

「甘い!」

 

 そして飛び掛かってきた小鬼を盾で弾き飛ばす。

 弾かれた小鬼は彼等の英雄(チャンピオン)の足元まで飛ばされ、頭を強かに床に叩き付け絶命する。

 

「あいつは大分逞しくなったな」

 

「あんたと一緒に居るのもあるんだろうけれど、灰色と女騎士との稽古もあるんでしょうね」

 

「ですが、そろそろ後退するべきです」

 

「女戦士殿!一旦後退を!」

 

「了解!」

 

 隣で戦っていた蜥蜴僧侶の声を聴いて、女戦士はバックステップで≪聖壁≫(プロテクション)をすり抜け安全圏に入った。

 そして入れ替わるようにゴブリンスレイヤーが前に出る。

 女戦士が少し休息を取った後、今度は蜥蜴僧侶と交代する手筈だ。

 

「ふぅ……」

 

 水筒に入った水を喉に流し込み一息吐く。

 小鬼が相手とは言え、罠に嵌まった上に退路がない状況での大規模戦闘で、思った以上に消耗が激しい。

 

「女神官も近接戦に備えた方が良いわね」

 

「は、はい、ですがまだ奇跡は残っていますから」

 

「すまんなぁ……わしがもう少しでも術が使えておれば……」

 

「今は反省するよりもっ、今を生き残ることを優先しましょ!」

 

 鉱人道士と妖精弓手が口を動かしながら遠隔武器で、前衛に群がる小鬼を間引きする。

 終わりがないかのような数の暴力に、銀等級と言えども疲労が出始めていた。

 

「女戦士殿、拙僧はそろそろ!」

 

「分かりました!」

 

 蜥蜴僧侶の声を聞き女戦士が再び構え、≪聖壁≫に向かって走り出した。

 

「無理はしないで下さいね!」

 

「無理はしないわ!無茶はすると思うけれど!」

 

 女戦士が前線に入ると同時に蜥蜴僧侶が後退する。

 

「息は?」

 

「整ったわ!これぐらいでへばってたら、師父に申し訳がありません!」

 

「そうか、っふ!」

 

 ゴブリンスレイヤーが小鬼から奪った武器でまた1匹始末する。

 

「GOBRORORO……」

 

 遅々として進まぬ戦闘に小鬼英雄が苛立ち始める。

 そして足元に飛ばされた小鬼の死骸を見て一計を案じた。

 小鬼英雄は一匹のゴブリンを掴む。

 

「GB?」

 

「GOROB!」

 

 そして大きく振りかぶって女戦士に向けて投げつけた。

 

「女戦士さん!」

 

「え?きゃあっ!」

 

 女神官の声で咄嗟に盾を構えるが、体が脆いとはいえ子供並みの重量を投げつけられ、完全に受け止め切れるわけもなく、小鬼の潰れた死骸と共に≪聖壁≫の向こう側へ吹き飛ばされる。

 そして石櫃へ強かに打ち付けられた。

 

「かっは!」

 

 肺から空気が絞り出され背骨や肋骨が軋む音が聞こえる。

 だが手に持つ長剣は手放さなかった。

 

「女戦士!大丈夫!?」

 

「あっ……かっ……はっ!」

 

 妖精弓手の声が鼓膜に届くが、体中を走る痛みでそれどころではなく、何とか呼吸しようと体を捩じらせる。

 だが半甲冑に鎖帷子、そして鎧下と防御力を高めていたからこれだけで済んだのだ。

 これが以前着ていた格闘服ならば、背骨が折れていてもおかしくなかった。

 

「嬢ちゃん!こいつを飲め!」

 

 鉱人道士が治癒の水薬を取り出し女戦士に少しずつ飲ませる。

 戦闘中とは言え、急いで飲ませると喉を詰まらせる恐れがある為だ。

 

「けほっけほっ、ありがとう、ございます」

 

「なぁに、気にするでない……まだいけるかの?」

 

「はいっ!?」

 

 女戦士が右腕を持ち上げ、剣が異様に軽い事を感じ見ると、長剣は半ばから折れていた。

 

「そ、そんな……っ!」

 

 青年剣士の形見である折れた長剣を見て一瞬呆けるが、女戦士はそれを鞘に戻し鉄甲の調子を確かめる。

 

「無手で行くつもりか!?」

 

「いえ、ゴブリンから武器を奪います!」

 

 女戦士がそう言い≪聖壁≫から出ると、近くに居た小鬼を殴り殺した後、その手に持っていた短剣を拾い上げる。

 

「もう一枚≪聖壁≫を張ります!」

 

 女神官が言うともう一枚≪聖壁≫を張るのと、最初に出していた≪聖壁≫が砕け散るのは同時だった。

 

「あ、危なかった……」

 

「いやいや、良い塩梅じゃぞ」

 

 もう一息で破れると思っていた小鬼達は、もう一枚張られた≪聖壁≫で見るからに士気が落ちていた。

 

「……っ!この足音!」

 

「どうした耳長!?」

 

「灰色と女魔術師が来るわ!それと一緒に足音がもう二つ!」

 

 妖精弓手の声を聞いて一同の士気が向上する。

 

「ちょ、なんなのこのゴブリンの数!?」

 

「うっへ、中の奴ら大丈夫だろうな!」

 

『先程耳長の声が聞こえた。

 ならば前線はまだ崩壊していないだろう』

 

「じゃあ、行くわ、ね」

 

 石櫃の間の廊下にいた小鬼を舐めるように≪火風≫(ファイアブラスト)が駆け抜ける。

 そして扉の奥に援軍が姿を現した。

 

「馬はいねぇが騎兵隊の到着だ!」

 

『待たせたな』

 

「灰色!女魔術師!」

 

「師父!」

 

「おお、槍使い殿に魔女殿も来てくれたか!」

 

 蜥蜴僧侶の声を聞き剣狼が大剣を抜き放つ。

 そして一息に飛び上がり小鬼英雄の頭上を越えて女戦士の傍に着地した。

 

『女戦士、お前の新しい武器だ!』

 

「え、ちょ、ええ!?師父が喋ってる!」

 

 女戦士が一瞬驚くが声は剣狼からではなく、向こう側にいる魔女……その人差し指にはめられた指輪から聞こえていた。

 

『話は後でする』

 

「は、はい!」

 

 女戦士が諭されながら、剣狼の脇に付けられたクレイモアを抜く。

 松明の光に照らされ、鈍い輝きを放ちながらその刀身があらわになった。

 それと同時に女神官が入り口側にもう一枚≪聖壁≫を張った。

 

「よし、では仕上げに入るぞ」

 

「おうとも!」

 

 ゴブリンスレイヤーと槍使いの声が合わさる。

 銀等級4人と黒曜等級2人に剣狼の金床へ、銀等級2人と黒曜等級1人の金槌が叩き付けられ、研磨機にかけられた布地の如く小鬼達を屠って行く。

 小鬼英雄の思考は混乱の極みに達し、一際力強く踏み込んだ足音を察知して振り向けば、灰色の狼が蒼い軌跡を引きながら振りかぶり、眼前に迫る大剣の刃があった。

 

 

 

「ふぃ~あっぶなかったぁ~」

 

「もう、駄目かと思いました……」

 

 妖精弓手と女神官が石櫃に体を預け、文字通り一息吐く。

 

「よう、ゴブリンスレイヤー、ゴブリン専門家のお前さんが珍しく苦戦してたじゃねぇか」

 

「お前か、援軍助かった」

 

「良いって良いって、ここまでくる間に灰色が剣技を見せてくれたんだから、それでチャラだよ」

 

 この石櫃の間に来るまで、群れていた小鬼の大半は剣狼が排除しながら突き進んできた。

 槍使いも剣狼の大剣に合わせて槍を突き込むため、小鬼達は手足も出せずに魔女と女魔術師の詠唱を許したのだ。

 

『女戦士よ。強く背中を打った様子だが大事ないか?』

 

「は、はい、まだ少し痛みますが一人で動けます」

 

『ならば良かった。光る物を持った若者が散るのは、それだけで大きな損失だ。

 それと先程の大剣を振り方、よくぞ季節一つでここまで醸成した。

 これからも鍛錬を続けるぞ』

 

「っ……これからも、ご指導よろしくお願いします!」

 

 剣狼に褒められ僅かに涙を浮かべた女戦士は、改めて剣狼に頭を下げながら願い出た。

 

「しかし、剣狼が喋っちょるのはどういうカラクリかの?」

 

「それは、これのお陰、ね」

 

 そう言いながら魔女が己の左手の人差し指に付けた指輪を差す。

 

『そしてこの首輪のお陰で、吾輩はこうして言葉を交わせるようになったのだ』

 

「ほほう、こりゃ興味深いのう」

 

「猟犬を伴う狩人などには重宝しそうな品ですな」

 

 鉱人道士と蜥蜴僧侶も興味深そうに魔道具を見ていると、魔女は女戦士に近寄る。

 

「じゃあ、これは、あなたに、あげるわ」

 

「え……」

 

「今の、あなたには、必要、でしょ?」

 

 魔女はそう言いながら指から指輪を外し、女戦士の左親指につける。

 

「使い方は、剣狼から、聞いて、ね」

 

「……ではお預かりします」

 

「ふふ、お預かり、ね」

 

 魔女は楽しそうに笑った後、槍使いの方へと歩いて行った。

 

『……ダイヤルを左に回せ、指輪の台座にある』

 

 剣狼の指示に従って、女戦士は指輪を操作する。

 

『都市の地下水道にこれほどのゴブリン、ただ自然発生したものではあるまい』

 

「はい、ゴブリンスレイヤーさんも、この小鬼禍は人為的なものだと言っていました」

 

『ふむん……あの神殿の司祭達の仕業ではないのは明白、ならば最近蔓延っている魔神王とやらの配下の仕業だろう』

 

「っ!……ならばなぜ剣の乙女は対処をしないのでしょうか」

 

 剣狼の言葉に女戦士は小声になって聞く。

 

『……金等級でも、魔神王の配下の仕業ならば地下に巣くうゴブリンを倒しに行ける理由になる。

 だが彼女はそれをするでもなく神殿の奥で祈り続け、彼に依頼を出した……その先を吾輩が言うのは憚られるな』

 

―少し、失敗してしまったのね。うしろから頭をガツン……って―

 

 剣狼の言葉を聞き、そして蒸し風呂で女神官と聞いた剣の乙女の独白を思い出す。

 

「……何てことっ」

 

『相応の立場とはそう言うものだ。

 剣の乙女はまだ運がある方、歴史の中を探せばそれすら出来ずに隠れてしまった人々も居るだろう』

 

 吐き捨てるように言った女戦士の言葉を聞いて剣狼はそう返す。

 女戦士は世の無情さと、剣の乙女の苦悩に胸が締め付けられる思いだった。

 

『一先ず地上に出よう。

 消耗が激しいままでは、残ったゴブリンの掃討などできまい』

 

「……そうですね。切り替えていかないと」

 

『その意気だ』

 

 ゴブリンスレイヤー達は地上へ帰還する。

 まだまだ小鬼が居るかもしれないこの地下水道へ戻る為に……。




鑑定結果の指輪と首輪の効果は箇条書きにするとこうなります。

・指輪は使用者が嵌めた指の大きさに自動で合わせられる。
・指輪は対となる首輪の動物の声を聞ける受信機となり、基本は指輪の使用者にだけ声を聞ける。
・指輪は設定で周囲に首輪を装着した動物の声を聞かせれる。
・首輪のサイズ変更は無し、ただしサイズに合う動物なら意匠にある動物全てに効果あり。

この通りとなっております。
うん、完全に携帯電話付きバウリンガルだこれ!


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地下に潜むもの

作者「ちょっと早いけどクリスマスプレゼントを用意したゾイ」

真実「お、見た目は良い感じのじゃん……ってなんじゃこりゃ!」

幻想「ふええ……黒いし硬いし大きいよぉ……」


 地上に戻ったゴブリンスレイヤー達は、休息と剣狼の紹介をするために水の街の冒険者ギルドへ向かう事となった。

 

『ほほう、辺境の街とは違い、ここのギルドは建物が大きいな』

 

「ええ、ここが交通の要衝なのもあって、この街に常駐している冒険者も多いとか」

 

『そうか』

 

 女戦士と剣狼が言葉を交わしながらギルドの扉を開ける。

 この街の冒険者達は昨日知った顔が帰ってきたのかと一瞬見た後、剣を背負った大きな狼に気が付き二度見する。

 

「でも剣狼が良いタイミングで来てくれて助かったわ。

 あのままだったらじり貧だったもの」

 

「そうですな。

 あのままでは遠くないうちに、前衛が瓦解していた可能性もありますからな」

 

「女戦士にゴブリンが投げつけられて、石櫃に叩きつけられた時はさすがに焦ったがの」

 

「背中は大丈夫か?」

 

「何処か違和感があったら、すぐに言ってくださいね?」

 

「朝起きて気持ち悪かったら≪小癒≫《ヒール》かけてもらうのよ?」

 

『頭は打って無い様だが、背中の傷も馬鹿にできんぞ』

 

「あ、あの……」

 

「過保護か!」

 

「ふふふ」

 

 今回の探索で一番の『重傷』だった女戦士に一党が各々心配するが、槍使いに一喝され魔女に笑われる。

 そんな中、彼等に接近する勇者が居た。

 

「な、なあ、その狼って……」

 

「……師父が何か?」

 

 女戦士が訝しみながら、声を掛けて来たスキンヘッドの冒険者にそう返す。

 1歩間違えば瓦解するような死線を掻い潜った後と言う事と、戦闘後の疲労もあってその目つきは、そこらの新人冒険者には出せない凄味があった。

 

「う……い、いや、もしかしたら噂の灰色の剣狼なんじゃないかって思って」

 

「……そう言えば灰色もこの街で歌われていたわね」

 

「うむ、そうでしたな」

 

「かみきり丸と一緒に山塞へ出向く歌じゃったな」

 

『ああ、何時ぞやのゴブリン退治か』

 

「あれは後味最悪だったわね……」

 

「ゴブリンを相手にしているのだ。

 そう言う事もある」

 

 質問してきた冒険者そっちのけで昔話に花を咲かせる一行。

 一方槍使いと魔女は、依頼書の張り出し場に行って余っている依頼がないか値踏みしている。

 

『まあそれはそれとして、吾輩がそう呼ばれているのは相違ない』

 

 剣狼がそう言うと周りのざわめきが一層強くなる。

 狼が魔道具越しとはいえ、平然と喋っているのだから余計に視線の数が増える。

 受付のカウンターにいるギルド職員ですら、呆けた顔でこちらを見ている。

 

『しかし吾輩は歌の様に高貴な思想を持っていない。

 この身が刻んできたのは深淵の魔物どもの討伐と、長年に渡って親友の墓守をしながら守り続けた使命だけだ』

 

「使命……ですか?」

 

『ああ……生憎と、死にそびれ、先に逝った親友の元へは行けなかったがな』

 

「「「!!」」」

 

 弟子の台詞に続いて出たのはそんな驚きの言葉。

 

「死に……って」

 

『なに、老いぼれの与太話だ。

 まともに受け取る事もあるまい』

 

「老いぼれって……あんた一体いくつなのよ」

 

 妖精弓手の声を聞いて剣狼は彼女へ顔を向ける。

 

「っ」

 

 言葉を聞けるようになったせいか、剣狼の目には今まで以上の眼力が発せられているのを感じ、息を飲む妖精弓手に剣狼はこう答えた。

 

『女魔術師に、槍使いと魔女にはもう言ったことだが、百から先は数えておらんよ』

 

 

 

 夕食を取った後、剣狼と女戦士は部屋に戻ったが、それ以外の面子は机を挟んで座っていた。

 

「百から先は数えておらん……か」

 

 鉱人道士の呟きが沈黙を破る。

 

「まさにただの狼ではなかったと言う事ですな」

 

「……猟師から聞いたことだが、狼は犬と同じで寿命は5年から10年ほどだと言う。

 まれに10年以上生きる個体も居るようだが、百は流石に居ないだろう」

 

「狼系の幻獣って線もあるわね。

 それにしては剣のみで戦うってのも変だけど」

 

 狼系で有名なのはワーグだが、大物になるとケルベロスやフェンリルなど、勇者が相手をする様な物までいる。

 だが剣狼は一般の狼に比べれば大柄ではあるものの、魔法の類は使わない。

 しかし一度その口に愛剣を咥えれば、ギルドに報告があった様に一騎当千の剣聖として、己に害をなす輩を屠るのだ。

 

「正直初見殺しにもほどがあると思うぜ。

 今回初めて見たが、ありゃ銀等級が束になってやっと拮抗するか、少し力が足りないくらいだろう」

 

「お前がそう言うとは珍しいな」

 

「っは、相手の戦力をしっかり見極めるのは基本だ。

 正直、殺し合いになったときは真正面に立ちたくないね」

 

 地下水道での戦いを槍使いは振り返る。

 組んだばかりで連携も何もない状態だと言うのに、剣狼は槍使いの槍捌きに合わせて剣を振っていた。

 槍の穂先が引っ込めば、そこへ間断なく大剣の刃が振るわれる。

 それを後ろから見ていた魔女と女魔術師も、槍使いの意見に頷いて答える。

 

「でも、死にそびれただなんて……」

 

「大方、課せられた使命を全うしたのでしょうな。

 そして詳細は不明ではあるものの、自らは生きていた……と」

 

「その辺りはちょいと気になるところじゃが、あやつが自分から言うのを待つしかないじゃろうなぁ」

 

「だけど、今の今まで剣狼の事は話にも聞いたことは無かったわ」

 

 女魔術師の言葉に全員が考え込む。

 そしてゴブリンスレイヤーも珍しく、本当に珍しく剣狼の事を考えていた。

 

(確かに、姉からも、先生からも剣狼の事は聞いたことがない。

 話が届かないほど遠方に居たのか、それとも……)

 

 ゴブリンスレイヤーの脳裏に、かつて一党を組んでいた孤電の術師の姿が浮かぶ。

 

(盤の外……)

 

「しかし、剣狼の事については今は諦めるしかなかろう。

 今は討ち漏らしが居ないか探してみんとな」

 

「あー俺達は外れるぜ。

 もともと剣狼の剣術を見たかったのが理由だったからな」

 

 麦酒を一口含んでから槍使いは言う。

 

「なにか依頼を受けたの?」

 

「亡者……の、討伐依頼、よ」

 

「どうも廃棄された古い神殿に巣くっているみたいでな。

 別段何かをしているわけじゃないんだが、気持ち悪いってんで退治の依頼が出てたのさ」

 

「とか何とか言いながら、実はあの黒い石が目当てなんでしょ?」

 

「ま、出るか出ないかは運次第だけどな。

 出たらあの女戦士用に取っておくように言っとくが」

 

「それは……良いのか?」

 

「ま、他の奴等には言わねぇようにしとくよ」

 

 槍使いはそう言いながら麦酒の残りを一気に呷り、じゃあなと言い魔女と一緒に席を立ち去って行く。

 

「……助かる」

 

 ゴブリンスレイヤーの声を聞き、槍使いは手を振りながら宿へと去っていき、一行は破損した女戦士の鎧を修理に出し、明日は1日休息する事となった。

 

 

 

 

 

 地下水道の奥深く、混沌の勢力に呼び出された魔物は鏡の前に鎮座していた。

 

 ズズズ

 

 そんな音が響き……そして。

 

 ゴォッ

 

 魔物はその音を知覚したが、攻撃をする前に叩き潰され絶命する。

 魔物を一撃のもとに倒したソレの後ろから、さらに1体ソレと同じものが這いずりながら現れる。

 そして手に持つ大きな鉾を携えたそれらはしばらく鏡を見やり、興味を失ったように2体はその場に鎮座した。

 

 

 

 

 

 女戦士の鎧の修理を終えた翌日、一行は地下水道の入り口へと戻ってきた。

 

「さてさて、ゴブリンは粗方片づけたし、ここからは遺跡探索の時間ね」

 

「確かに、ここの長はあのチャンピオンのはずだ。

 だがシャーマンが長を引き継いでいる可能性もある。油断はするな」

 

「あい分かった」

 

『元より油断するつもりはない』

 

「師父の手前、同じ手にはかかりません」

 

 1日休息を取ったことで、一党の士気は高い。

 だが冒険者ギルドの誰かから噂が流れたのか、剣狼を一目見ようと周りに野次馬が出来ているが、さしたる問題ではなかった。

 

「大分注目を集めてしまいましたね」

 

「見世物じゃないのよ全く」

 

「まあ珍しいのは間違いないわな」

 

「関係ない、ゴブリンは全て殺す」

 

 野次馬に見送られ一行は地下水道へと再び侵入した。

 やはり汚物が流れる影響で臭いがきついが、只人の4人以外は夜目が利く。

 

「しかし前々から思っとるがの、人族7人のうち4人が女とは、とてもゴブリン退治に行く構成ではないの」

 

「ちょっと、昨日のは私達が原因って言いたいんじゃないでしょうね?」

 

「ですが確かに、女性を優先的に狙うゴブリンを相手にするには、少々女性の数が多いですね」

 

「むぅ……」

 

 ゴブリンスレイヤーも薄々気にしてはいたが、こうも言われると流石に一昨日の失態も重なって反論ができず唸る。

 

『なに、この一党の女性陣がそう簡単に倒れるものではあるまい。

 そろそろ鋼鉄等級も見えて来たのではないか?』

 

「いや、まだ経験点が足らん……が、確かに実力では既に鋼鉄に届いている」

 

「……」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉を女魔術師は一人黙って聞いていた。

 女神官は日に3回奇跡を行使でき、奇跡の数も4つと多い。

 そして女戦士は術の行使こそできないが、女騎士と剣狼の手解きで、その戦闘能力は鋼鉄を越えている可能性もある。

 対する自分は、魔女と鉱人道士の教えで行使できる術は増えたものの、未だに術の行使回数は2回しかない。

 

「はぁ……」

 

 同期の中で落ちこぼれている自分を再確認して一人小さく溜息を吐く。

 幸いにもその溜め息は一党の誰にも聞こえなかった。

 

「さて、一昨日はここからでしたな」

 

 そうこうしている内に小鬼の死骸が散らばる石櫃の間に到着した。

 ここまで来る間に小鬼の襲撃もなく、さして疲労はしていない。

 

「しかし、本当に一昨日ので打ち止めみたいじゃの」

 

「念の為にも隅々まで調べつくす、ここは水上都市だ。

 ゴブリンが泳いで渡ってくるには遠すぎる」

 

『と言う事は、昨今慌ただしく暗躍していると言う混沌の勢力の仕業か?』

 

「確かに、彼奴等が小鬼を手引きしたとするならば合点がいきまするが、あのチャンピオンはどのようにして忍び込ませたのか」

 

「小早では小さすぎるし、かといって馬車でも検問で見つかってしまうわね」

 

『だとすれば術の類か?』

 

「でも転移の呪文は失われているわ。

 巻物(スクロール)でもあれだけの数は……」

 

「まぁ、無理じゃの」

 

 巻物の中でも転移の巻物はその希少さと緊急脱出に使える用途から、めったに市場に出回らないのが一般的だ。

 闇ルートで手に入れたにしても、ゴブリンごときの為に使うのは非現実的だろう。

 ああでもないこうでもないと議論を重ねながら一行は先へと進む。

 景観と臭いこそ最悪だが、軽いピクニックの様になってしまっていた。

 そして最後の探索場所へと辿り着く。

 

『む……』

 

「師父?どうしました?」

 

 剣狼が鼻をひくつかせて呻くと、女戦士が剣狼にそう聞いた。

 周りもそれを見る。

 

『嗅ぎなれた輩が居るな』

 

「嗅ぎなれた……剣狼の故郷の魔物って事?」

 

『そうだ。

 ……名は何だったか忘れたが、人よりも大きな魔物で大きな鉾を持っていたのは覚えている。

 元々は魔女たちの儀式の失敗から生まれた……と言うよりも、その周囲に居たものたちが変異して生まれたものだ』

 

「そいつの特徴などは分かるか?」

 

 ゴブリンスレイヤーが聞く。

 

『硬い表皮を持っていてな。

 吾輩の剣を受けても耐える頑強さを持っている上に、遠距離では電撃の呪文を放てた筈だ』

 

「うげ、なによそれ」

 

『だが吾輩の勘違いの可能性もある。

 ともかく確認するのが肝要だろう』

 

 剣狼が率先して前に出て歩を進め、その後ろにゴブリンスレイヤー達が続く。

 全く未知の敵と遭遇するよりも、少しでも敵の事が分かる者が前に出た方が安全だからだ。

 

『ふむ……ああ、やはりな』

 

 そこに居たのは片方の足と首が無く、途切れた円環を背負った屈強な上半身を左手と右足で支え、右手に大きな鉾を携えた黒い魔性の生き物が2体居た。

 

『ああ、思い出した。

 奴は楔のデーモンだ』

 

 剣狼がその正体を言い当てた。




はい、と言うわけで楔のデーモンを参戦させていただきました。

やっぱり行き成りボスデーモン(山羊単体は除く)はキツイと思うんだ。
と言うわけで予行演習を兼ねてゴブスレさん達には楔のデーモン×2を相手にしていただく。
体力点三桁行ってそうだけど大丈夫だって、しっかり準備してればヘーキヘーキ。


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楔のデーモン

今年最後の投稿。

戦闘描写があっさり過ぎるのは作者の文章力が問題な為。
ダクソ本編でもイザリス個体とセンの古城個体を比べ、今回はセンの古城個体をベースにしています。


「楔のデーモン……か」

 

『そうだ。

 しかも2体か……面倒な事この上ないな』

 

「然様ですな。

 楔のデーモンが剣狼殿の言う通りならば、まずこちらの被害は免れますまい」

 

「しかも頭が無いと来た。

 首を落として終いと言うわけではないの」

 

「見た感じ全身金属質よね。

 デーモンと言うよりはゴーレムみたいな感じかしら」

 

 部屋……恐らく礼拝堂として使われていた場所を、入り口の縁から中の様子を見て各々が意見を言い合う。

 見るからに手強そうな相手であり、感覚器官が無いからか入り口の付近で話している彼等に反応していない。

 地下水道は隅々まで探索してゴブリンは居なかったので、このまま無視して帰還して報告をし、剣の乙女にこのことを報告しても良いのだが……。

 

「しかし、明らかに奴等の後ろにあるあの大鏡、あれが今回の騒動と関係していそうですな」

 

「出来る限り調査はした方が良いわよね。

 そのためにはあいつらを倒すしかないのだけど」

 

 妖精弓手は剣狼の方を見ながら言う。

 

『……奴等が使う鉾には魔法効果も付与されている。

 加えて遠距離で放たれる電撃魔法は出が速く威力は高いが、弾速は遅い』

 

「威力としてはどれくらいなの?」

 

『そうだな……何の魔法耐性が無ければ、熟練の戦士でも痛打になる程度は威力はある。

 だが先ほど言った通り弾速は遅いゆえ、あくまで遠距離攻撃に対する反撃程度に考えるといいだろう。

 接近すれば電撃魔法はほとんど使わんからな』

 

「注意すべきはやはり鉾による攻撃ですかな」

 

「動きはトロそうよね。片足も無いし」

 

 妖精弓手が楔のデーモンの欠けている左足を見ながら言う。

 

『確かに普通の移動は遅い……だが、奴等は跳躍して攻撃してくる』

 

「距離は?」

 

『およそ30フィートほどだ』

 

「ちょっ、あそこから真ん中まで飛んでくるって事じゃない!」

 

『まあそうなる。

 そして奴等の飛び掛かり攻撃の威力は……あそこで遺体を晒しているので分かるだろう』

 

 剣狼が言いながら鼻先で示すと、そこには胴体の真ん中が押しつぶされた魔物の姿があった。

 

「あれは……名前を言ってはいけない類の魔物ですかな?」

 

『吾輩は初見なのだが、そう言った輩も居るだろう。

 この地はまだまだ見慣れないものが多い……」

 

「それで、どう対処する?」

 

 ゴブリンスレイヤーは剣狼にそう聞く。

 未知の魔物に関する情報は聞いたが、ここは対処法を知っている剣狼に聞くのが一番だろうと言う判断からだ。

 

『見ての通りあの魔物ですら一撃で屠る威力がある。接近戦では注意しろ。

 吾輩は左のを相手にする。右はゴブリンスレイヤーと女戦士、そして蜥蜴僧侶殿で何とか持たせてくれ、特に蜥蜴僧侶殿は無理はするな』

 

「分かった」

 

「師父の期待に応えられるように致します!」

 

「回復役が居なくては、大怪我を治せませんからな」

 

『後衛はとにかくありったけの支援攻撃を頼む。

 ただ、電撃攻撃に関しては一応注意してほしい。

 鉱人道士殿と女魔術師は魔術で、何とか先制して痛打を与えてほしい。

 弓手殿は術師たちの援護を』

 

「ほい来た!」

 

「任せて!」

 

「分かったわ」

 

「あ、あの私は!?」

 

 女神官が剣狼に問う。

 

『女神官殿は……すまないがお主の≪聖壁≫では、あれの物理攻撃は防げぬ。

 最初の≪聖壁≫(プロテクション)を出した後は、無いとは思うが後方の警戒をしてくれまいか?』

 

「わ、分かりました!」

 

 剣狼が女神官の返事を聞いてから自らの大剣を抜く。

 それに続いて各々武器を取り出す。

 

「さぁて、仕事だ仕事だ土精ども、砂粒一粒転がり回せば石となる!≪石弾≫(ストーンブラスト)!」

 

 鉱人道士が投げ込んだ一粒の石が大玉の岩となり、楔のデーモンへ向けて射出される。

 巨石は楔のデーモンに命中するが、持ち前の強靭な表皮により大半の威力が阻害されてしまったが、その後ろから蜘蛛の網のようなものが楔のデーモンに巻き付く。

 

≪蜘蛛網≫(スパイダー・ウェブ)!」

 

「よぉしよぉし!これで奴さんの動きは鈍くなるはずじゃ!」

 

 強靭な蜘蛛の糸を魔法で再現された魔力の糸は、楔のデーモンの上半身に絡みつきその動きを阻害する。

 だが楔のデーモンの剛腕は予想以上であり、その糸ですらすぐさま引き千切られ、2体が持つ鉾の先端に光が集まる。

 

『電撃!』

 

「散れ!」

 

 剣狼の言葉にゴブリンスレイヤーが叫ぶと、前衛は各自の判断で分散し、後衛は念を入れて入り口の縁に隠れる。

 そして放たれた2条の電撃は≪聖壁≫に命中、1発目でヒビが入り、2発目で≪聖壁≫が打ち破られる。

 

「ああ!?」

 

「な、なんて威力!」

 

「オーガの投石ほどじゃないけど、こんなの食らったらひとたまりも無いわよ!」

 

「じゃが石壁を貫くほどではないようじゃな!

 このまま縁から援護するぞ!」

 

 後衛でそんなやり取りをしている間に、前衛であるゴブリンスレイヤー達は楔のデーモンへの接近し終えた。

 

「っふ!」

 

 先手はゴブリンスレイヤー、短剣で楔のデーモンを斬り付けるが、その感触は岩に刃を当てたように固く、切り傷を付けられなかった。

 

「っく、これでは通じんか」

 

「なら私に任せてください!はああぁぁぁ!」

 

 欠けた刃を見ながらつぶやくゴブリンスレイヤー。

 彼に続いて裂帛の叫びを上げながら女戦士は、両手持ちしたクレイモアを振りぬく。

 そしてこの一撃は楔のデーモンへ袈裟懸けに振りぬかれ、その身に深い切り傷を残す。

 

「通じた!」

 

「背後がお留守ですぞ!」

 

 女戦士の攻撃に気を取られたデーモンに、蜥蜴僧侶が背後から斬り付ける。

 竜牙刀は女戦士のクレイモアほどではないものの、デーモンに痛痒を与える。

 

「流石に硬いですな……っ!」

 

 蜥蜴僧侶がそう言うと同時に、楔のデーモンが身を捩ると右足と尾を使い、勢いよく垂直に跳躍した。

 

「跳んだ!」

 

「離れろ!」

 

 前衛がその場から散ると楔のデーモンは空中で器用に姿勢を変え、ゴブリンスレイヤーに狙いを定めると、その手に持った鉾を彼に振り下ろす。

 振り下ろされた鉾を見てゴブリンスレイヤーは後ろに飛び退るが、楔のデーモンは鉾の軌道を変え、ゴブリンスレイヤーの胴を鉾の先で挟みこむ。

 

「!」

 

「ゴブリンスレイヤーさん!」

 

 女神官の叫び声と共に、ゴブリンスレイヤーはそのまま何度も叩き付けられ、最後は会衆席へ放り投げられた。

 

「がっはっ」

 

「小鬼殺し殿!」

 

「ここは私が抑えます!

 僧侶さんは彼を!」

 

「頼みましたぞ!」

 

 血を吐くゴブリンスレイヤーの元へ蜥蜴僧侶が駆け出す。

 そして女戦士は楔のデーモンと1対1で相対する。

 

(銀等級のゴブリンスレイヤーさんでも瀕死になる攻撃、あんなのを私が食らったらそれこそ……。

 でも、師父と一緒に歩むんなら!)

「ここで立ち止まる訳には、行かない!」

 

「戦士の嬢ちゃん!援護行くぞ!」

 

「巻き込まれないでよ!」

 

 女戦士がクレイモアを構え直すと、背後から声を掛けられその場から横へ跳ぶ。

 女戦士の退避が終わると、楔のデーモンに巨石の≪石弾≫と≪火矢≫が撃ち込まれる。

 今度の巨石は先端を鋭く尖らせられており、楔のデーモンの胴に命中すると穴を開け、そこへ≪火矢≫が命中し、予想外の痛打に楔のデーモンが思わずよろける。

 

「そこぉ!」

 

 そして女戦士がクレイモアを焼けた穴にその刃を差し込み、そのまま上へと切り上げる。

 じわじわと傷口が広がるのを感じて焦ったのか、楔のデーモンが鉾を女戦士の肩に当てる。その威力はゴブリンスレイヤーへ与えたモノよりはるかに衰えていたが、それでも女戦士が肩から骨が異音を上げるほどの威力を持っていた。

 

「っつっああああああぁぁぁ!」

 

 だがそれでも、女戦士は痛みを感じながらも力を振り絞り、楔のデーモンの胸から上を切り裂く。

 そして楔のデーモンは光と共に崩れ落ち、その場にはひと欠片の金属が残ったのだった。

 

 

 

「ゴブリンスレイヤーさん!」

 

 女神官の叫び声を聞き剣狼は横へ視線を向けると、ゴブリンスレイヤーが楔のデーモンの鉾で挟まれ、床に叩き付けられている所だった。

 

――あれはいかん!――

 

 屈強な戦士でも瀕死になる攻撃を彼が食らえば、そのまま死亡してしまう可能性があった。

 剣狼と相対していた楔のデーモンは、大剣で何度も切り付けられて動きが鈍くなっていたが、剣狼も鉾が何度か掠り美しい毛並みが乱れている。

 

――悪いがこれで決めさせてもらう!――

 

 剣狼が跳躍し、必殺の一撃を楔のデーモンへ叩き付ける。

 結果、剣狼の一撃はデーモンの体を唐竹割の様に切り裂き、楔のデーモンは光と共に消滅した。

 

――思ったよりも手間取ったな……向こうも終わったか――

 

 もう片方の楔のデーモンを見れば、そこには女戦士の一撃で光に包まれ、消滅するもう1体の楔のデーモンの姿があった。

 消滅したのを見届けた女戦士は、肩を抑えてその場で膝を突く。

 大怪我を負ったであろうゴブリンスレイヤーも、蜥蜴僧侶の≪治療≫(リフレッシュ)で何とか立ち上がるまで回復したようだ。

 

「ゴブリンスレイヤー殿、大丈夫ですかな?」

 

「ああ……まだ少し痛むが、問題ない」

 

「念の為、地母神の神殿で見て貰いましょう。

 後遺症が残ったら、あの人も悲しみます」

 

「……ああ、そうだな」

 

 ゴブリンスレイヤーが少し考えた後、女神官にそう返す。

 その光景を剣狼は内心微笑まし気にし、改めて女戦士の元へ向かう。

 ちょうど彼女も治癒の水薬を飲み終えた所だった。

 

『よくやった』

 

 駆け寄りながら言うと女戦士が剣狼へ顔を向け、痛みに歪んでいた表情を抑え込みながら笑う。

 

「いえ、師父は一人で倒したのに、私は皆に手伝って貰ってやっとですから」

 

『混沌の廃都の個体程ではないが、それでもあの楔のデーモンを倒したのだ。

 今の自分の実力に自信を付けても良かろう』

 

「ですが……これでは、まだ師父の隣で歩くには不十分です」

 

 悔しさを滲ませながら言う女戦士に、剣狼はフンスッと溜息を吐くと彼女の怪我をしていない方の肩に顎を載せる。

 

『そう急ぐこともあるまい、吾輩は……妖精弓手を除いてお主たちよりも長く生きた存在、そして一昨日も言ったがお主が吾輩に師事してまだ1季節だ。

 どっしりと城壁を築くかの如く、着実に且つ丁寧に積み重ねばならん。

 ……吾輩も気持ちが分からんわけではないしな』

 

 剣狼が思い浮かべる親友の最期の姿。

 自らが力不足なばかりに、親友にとって毒である深淵から守る大盾を自分の為に使い、そして深淵の闇に墜ちた親友を戦友に打ち取られたと聞いた時の憤りと哀しさ、今思い浮かべてもあの時の自らの未熟さに腹が立つと同時に、目の前の少女に同じ思いをさせまいと誓う。

 

「師父……」

 

『時間はまだある。

 お主が十分に成熟するまでまだ5年もあるのだ。

 人間にしてみれば成長するには十分に長い期間と言える。

 だからそう生き急ぐな』

 

「……」

 

 老練な剣狼の言葉を女戦士はただ黙って聞いていた。

 その時こちらに歩み寄る一党の皆の姿があった。

 

「そちらは大丈夫か?」

 

『左肩を負傷したようだ。

 治癒の水薬を飲んだが一応見てやってくれぬか』

 

「あい分かった。

 戦士にとって体は商売道具ですからな」

 

「では、触診は私に任せてください」

 

 女戦士の事を治癒役の二人に任せ、剣狼はゴブリンスレイヤーに近寄る。

 

『随分と酷くやられたようだな』

 

「ああ……、だが感じは掴めた。

 次は食らわないようにする」

 

「鎧、ボコボコにされちゃったわね」

 

「じゃがあれだけの攻撃を受けて、よくそれで済んでおるもんじゃ」

 

「……ひとまずここの調査は後回しにしましょう。

 ゴブリンスレイヤーさんも怪我は治ったけれど、内臓までダメージを受けてないとは言い切れないし」

 

「いや、俺はまだ……」

 

『ゴブリンスレイヤー殿、まだ行けるはもう危ないだぞ?』

 

 剣狼の声を聞き、ゴブリンスレイヤーは彼を見る。

 しばらく兜越しに視線が合うが、先に折れたのはゴブリンスレイヤーだった。

 

「そうだな……」

 

「よし、じゃあ引き上げるかの!」

 

「そうしましょ。

 さっきのでどっと疲れたわ……」

 

「剣狼殿もご苦労でございましたな。

 拙僧も貴重な経験が出来もうした」

 

『そちらこそ、あれは郷里ではかなり強力な部類のデーモンだ。

 あれより強力なのはそう居ないが、あれを下せたのならば大抵のモノは相手にできると思ってよいと思うぞ』

 

「師父の故郷ってどんな魔境なんですか……」

 

『混沌の苗床と言うデーモンからああ言うのが這い出てくる場所だが』

 

「流石に嘘ですよね?」

 

『ふふふ……』

 

「その含み笑い止めなさい!ほんとにあんたの故郷どうなってるのよ!?」

 

『それは今言うわけにはいかんな』

 

 各々思い思いに言い合いながら、作成した地図を頼りに来た道を引き返して行った。




さて今年も残すは後1日となりました。
今年も色々と慌ただしい一年でしたが、そこそこ健全に過ごせたと思います。
来年は良い年である事を祈りつつ、今年3か月間お付き合いいただきありがとうございましたす。
来年も『ゴブリンスレイヤー ―灰色の狼―』をどうぞよろしくお願いします。


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一つの終わり

新年なので初投稿です。
……遅れてしまって申し訳ない。


 結晶で形成された渓谷で結晶が割れる音が響き、竜の鳴き声が響き渡る。

 そこには勇者の一党三人と鱗と足が無く、真ん中の尾が切り取られた白い竜が死闘を繰り広げていた。

 

「くぅ!こんな所でこんなに強い敵が居たなんて!」

 

「だが、周りで竜を回復していた結晶はすべて破壊出来たぞ!」

 

「相手の不死性は完全に失われた筈です!勇者様!」

 

 勇者が聖剣を構え、無麟の白竜に再度攻撃を加える。

 

「君が何なのかはボクには分からない!でも、街の人達を使ってモンスターを作っていたなんて許せない!」

 

――グオオオォォォォ!――

 

 白竜も口から結晶の吐息を吐き、爪で勇者を迎え撃つ。

 吐息を躱した勇者に爪が掠るがこの程度で止まる勇者ではない。

 聖剣を振りかぶり、ありったけの魔力を込めて振りぬく。

 

「これで終わりだあああああぁぁぁぁ!!」

 

 勇者が振るった聖剣から光の刃が伸び、無麟の白竜に致命的な傷を与え……そして。

 

「インパクトオオオォォォ!」

 

――オオオォォォォ……――

 

 白竜を切り裂いた光の刃を構成していた魔力が炸裂し、白竜はその野望(育鱗剤)を胸に抱いたまま消え去り、その場には結晶で出来た大剣と勇者達だけが残った。

 

 

 

「と、言う事があったそうですよ?」

 

『ふむ、その勇者とやら中々の剛の者であるな』

 

 あの楔のデーモンと闘った翌日、ゴブリンスレイヤーのボロボロになった鎧を、水の街の武具屋で出来る限りの修理をし、一党は再びあの礼拝堂へ赴いていた。

 そしてあの時に回収していなかった物品を回収、鏡の調査を魔法職(知識層)に任せて、剣狼と女戦士は先の会話をしていた。

 

「ふぅむ、鏡に触れると景色が映り……石を投げ入れれば吸い込まれるか」

 

「もしかして、転移の呪文を応用した移動手段なのでしょうか」

 

「もし、そうなら、かなり、価値が、あるもの、よね」

 

「具体的な金額は分からないが、将来的な利用価値も考えれば金一封どころじゃねぇ。

 立地と規模次第なら家一軒は買えるかもな」

 

「ほほう、これはますます価値が気になる所ですな」

 

 亡者狩りを終えて戻ってきた所で、話を聞いた槍使いと魔女も加わって大鏡の値踏みをし、ことこの事に関しては素人同然なゴブリンスレイヤーは、その様子を少し離れた所から見ていた。

 

「まあ金はいくらあっても困るもんじゃねぇ。

 これ売り払った金で新しい武具買っても良し、何かあった時の貯金にしても良しだ。

 だがこの手の道具は賢者の学院に売り払った方が良いだろうな。

 あそこなら万が一の事態にも対応できる」

 

 それはつまり、何かの間違い(ファンブル)が起きて魔神王の軍勢が出てきても対応できると言う事、唯一の欠点が都のど真ん中にあると言う事だが、調べるにあたってどこか別の場所に施設を作るだろう。

 

「国の施設なら金払いも良かろうな」

 

「今は、魔神王、の、軍勢で、研究に、お金、出せない、でしょうけど、ね」

 

「それにお前達が無償で出したあの金属を提供した件もだ。

 今回の未知のデーモンの件も含めて、すこしは色が付くんじゃないか?」

 

「なんか恩師に強請ってるようで気が引けるんですが……」

 

『強請れる相手が居るだけましだろう』

 

「ま、剣狼の言うとおりだな」

 

 コネは大事と言う話である。

 

「しかし、嬢ちゃんが悪魔(デーモン)……楔のデーモンだっけか?それにとどめを刺したんだろ?

 女魔術師と女神官ももしかしたら経験点が大幅アップされるかもな」

 

「まさか!私なんか《聖壁》を破られてしまいましたし……」

 

「私の《蜘蛛網》と《火矢》も効果があったとは言えないわね」

 

「いやいや、剣狼の助言があったとは言え、初見の悪魔相手にダメージ貢献と防御をしたんだ。

 それだけでも十分に評価できると思うぜ?」

 

『それにあの個体は少々弱っていたようであるしな。

 強さでは吾輩の故郷に居た同一個体より少し弱い部類だが』

 

「あ、あれで一番弱い個体……」

 

「むぅ……」

 

 剣狼の爆弾発言で新人達と妖精弓手が項垂れる。

 ゴブリンスレイヤーも心なしか少し落ち込んでいた。

 

「やはり、武具の新調をした方が良いのだろうか」

 

「そ、そうですね。

 この鏡を売り払って武具を新しいのにしちゃいましょう!」

 

「私もこのハードレザーの服から変えたいわね……ミスリルチェインに変えようかしら」

 

「今回で防御に不安が出てしまったから、鎧を新調しないと……」

 

「むしろ女戦士のクレイモア以外、殆ど初心者装備でよく悪魔なんか倒せたな。

 俺としちゃそっちがすげぇよ」

 

 初心者から毛が生えた程度の装備しかない4人。

 黒曜等級としてはかなり羽振りが良い方だが、それでも悪魔を相手にするには防御面でまだまだ不安が残るのが現状だ。

 

「ちょいと最近はおかしなのが増えてきてな。

 重戦士の方でも鎧姿の亡者を見たとか言っていたし、俺もこの街で受けた亡者討伐の依頼先で、見慣れない鎧を着た亡者が居たからな」

 

『……』

 

「師父?」

 

 槍使いの言葉で剣狼が沈黙し、それに感付いて女戦士が聞く。

 

「そう言えば灰色ってあれを知っていたわよね?

 それにオーガと遭遇した時も何も言わなかったし」

 

「もしや剣狼殿の故郷で何か異変があったのでは?」

 

『それは……』

 

 そこで剣狼は言い淀む。

 自分の故郷など、火継ぎをしなければ存続できないほど脆弱(不良品)な、文字通り世界が違う場所にあるのだ。

 そんなものをこの者達に話して良いのか、話した所で信じて貰えないかもしれないが、好き好んで聞かせる内容でもない。

 

『恐らく吾輩と同じような理由で飛ばされてきたのだろう。

 そもそも吾輩はこの辺りへは1年前に、転移の魔法の事故で飛ばされてきたばかり、故郷とは植生が全く違うので最初は難儀したものだ。

 オーガに関してもゴブリン共を殺して回る過程で、近場の狼の群れから情報を貰ったりして学んだ程度だったので、上位の魔物に関しては情報不足だったからにすぎん』

 

 その場で思いついた発言で茶を濁すしかなかった。

 もちろん剣狼自身もこの程度の言葉で誤魔化せるとは思っていない。

 だがあの世界をそのまま語るよりは説得力はあるだろうと思っての事だった。

 

「転移の魔法って遺失魔法じゃない!

 それを一から作ろうとしていたって事!?」

 

『うむ、だがその結果異形の火が発生し、混沌の苗床と呼ばれる魔物が生まれてしまってな。

 お陰で都近郊でデーモンは生まれ、周辺にはあちこち裂け目みたいなものが出来てしまい、吾輩もそこに誤って飛び込んでしまった結果がこのざまだ』

 

「うえ、なんだそりゃ」

 

 剣狼の故郷のあまりの惨状に槍使いが顔をしかめる。

 他のメンバーに至っても似たり寄ったりで、同時に剣狼の強さの説得力が増したくらいであった。

 

『あそこは何時デーモンが生まれるか分かったものではないのでな。

 ある意味今回の異形の流入は吾輩の故郷のせいでもある』

 

「お前……苦労してるんだな」

 

『どのみち戻る術もないから気にはしないがな。

 それでもできる限りの情報提供はしよう』

 

「しかしギルドは信じてくれるでしょうか?」

 

「俺達が拠点にしている西の辺境なら信じて貰えそうだが、その他となると剣狼の信用度の問題になる……が、問題は無いだろ」

 

 槍使いはそう言い、この場にいる全員はその点では問題ないだろうと感じていた。

 剣狼は出現してから1年間、辺境の問題ごとの一つであるゴブリン被害を大幅に軽減した実績を持ち、加えてここ最近ではオーガの討伐と至高神の神殿からの依頼を、ゴブリンスレイヤー一党と共に熟している。

 そして今回の楔のデーモンの情報提供と、信用しない方が難しい功績であった。

 そもそも剣狼の歌は王都にまで響いているので、吟遊詩人嫌いでもない限り知らないと言う人の方が珍しいだろう。

 

「加えて今回の件で剣の乙女との人脈もできた。

 剣狼の信用を裏付けるにはうってつけだからな」

 

「なるほど……一介の冒険者よりは王の耳に届きやすいと言うわけですな」

 

『吾輩はそこまで偉くなるつもりはないぞ』

 

 そもそも剣狼自体が名誉とかそう言うものに無頓着である。

 彼に必要なのは親友とその仲間たちとの思い出と、戦友との絆だけで十分なのだ。

 最近では弟子の成長と言う時間を見守ることも増えたが……。

 

「お前ならそう言うだろうとは思ってたよ。

 だけどな、だからこそ心構えくらいは今からしといた方が良いって話さ」

 

『ふむん……』

 

「まあその話は西の辺境の街に戻ってからにしようや」

 

 槍使い達が調査を再開し、剣狼は物思いに更ける。

 

「師父……」

 

 そして剣狼の愛弟子はそんな師匠の後姿をそっと見ていた。

 

 

 

「そうですか……ではその大鏡はこちらで査定しますので、買い取った代金を受け取って下さい」

 

 一通り調査を終え、ゴブリン退治と遺跡で出会った悪魔の報告をしていた。

 今話している執務室にはその主である剣の乙女、ゴブリンスレイヤーと剣狼の姿があった。

 ゴブリンスレイヤーの左手には女戦士から借りた指輪が嵌められている。

 

「助かる」

 

『しかし今回は思わぬ刺客が出現したりと散々だったな』

 

「ええ、こちらの調査不足でしたわ。

 まさか悪魔の類が居ただなんて……」

 

 そう言う剣の乙女は僅かに震えた肩を抑え込んだが、すかさず剣狼がフォローに回る。

 

『今回に限っては仕方ないと言うほかない。

 あれらは何時の間にか出現している類だからな』

 

「そう言うものなのですか?」

 

『うむ、叩いても叩いてもどこかしらから溢れてくる。

 吾輩の故郷では頭痛の種の一つだった。

 未然に防ぐのは不可能だが、被害を最小限に済ます為に下水の調査を定期的に行うのが良いだろう』

 

「出来れば銅等級以上が好ましい。

 それと魔法職の同伴を推奨する」

 

「分かりました。

 領主様と掛け合ってみます」

 

「それと……これは確認なのだが」

 

 

 

「剣の乙女が?」

 

『うむ、聖職者と言えども金等級の冒険者だ。

 状況的に見ても魔神王の軍勢への裏切り者が居るのは明白、あれほどの規模のゴブリンとはいえ始末できないわけではないだろうに、何故自ら動かなかったのか。

 お主なら容易に想像できるのではないか?』

 

 問答の場には女神官と女戦士も居た。

 だが剣狼は容赦なくゴブリンスレイヤーにそう問う。

 

「……」

 

『聞く聞かないはお主に任せる』

 

 

 

「はい、わたくしに答えられるのなら何なりと」

 

「ゴブリンに関してだ。

 ()()()()()()()()()()?」

 

「……」

 

 その問いに剣の乙女はしばらく呆けた表情をし、立つ姿勢を正した。

 

「ええ、その通りですわ」

 

「何故だ」

 

 ゴブリンスレイヤーの短い問い。

 剣の乙女にはそれが答えは分かり切っている風に最初受け取ったが、何処か誰かから聞いたことを確認するための物にも聞こえた。

 

「何故……とは?」

 

「違和感があった。

 あの大口も、ゴブリンに殺されたと言う娘の話も」

 

『事のあらましと初日の探索については吾輩も聞いている。

 ゴブリンに殺されたにしては発見が早過ぎる上、侍祭の娘と分かる程度には綺麗な状態だと言う事も』

 

 ゴブリンスレイヤーと剣狼が、言葉を濁す剣の乙女へさらに言葉を重ねる。

 

『お主の事を聞いても吾輩達には分からないかもしれぬ。

 だが、誰にも言えないことを吐き出す良い機会だと思うが……どうかね?』

 

「……わたくしは」

 

 剣の乙女がぽつりぽつりと己の内側に眠っていた心情を語り始める。

 水の街で混沌の勢力が大鏡を使い、ゴブリンを呼び寄せ何やら儀式の準備をしていた事、自分がゴブリンに酷い目にあわされた事、その苦しみを怖さを分かってほしくて情報操作をした事、なんの実りも無く市民は何事もないかのように生活を続けている事、その実情に絶望していた事……。

 

「これが水の街で起きたゴブリン被害の全容、あなたに依頼を出した理由ですわ。

 ……あなたになら、あなたなら、きっとわかってくださる、と」

 

(ふむ、大方予想通りだったな)

 

 剣の乙女の独白に剣狼は得心した。

 互いにゴブリン被害に合った者同士、だからこそゴブリンスレイヤーに依頼を出したのだろう。

 

「俺は……こいつに会う前の俺ならば、あの大鏡を捨てるつもりだっただろう」

 

 それはゴブリンスレイヤー(かつての自分)の本心だ。

 剣狼と女神官たちの一党に会うことなく、……仮に女神官だけ救えただけの自分のままでいて、妖精弓手達と会い、今日と言う日を迎えたのならばそう考えるだろう……と。

 

「だが、今は後進を育てなければならない身分になってしまった。

 ゴブリンに対する関心も、前に比べたら弱くなったと思う……だが」

 

 俺はゴブリンスレイヤーだ……と彼は言った。

 自分はゴブリンを殺す者(ゴブリンスレイヤー)なのだと、ゴブリンを恐れる者ではないのだと、例えその在り方が変わってもそう言う役割(ロールプレイ)なのだと……だから。

 

「お前の気持ちは、俺には分からん」

 

「……わたくしを、救けてくださらないのですか?」

 

「ああ」

 

 自分の問いにそう応えるゴブリンスレイヤーを見て、しばらく立ち尽くす。

 まるで地面に大穴が開いてしまったかのように、そこに潜む小鬼がこちらを見ている幻覚を覚える……だが。

 

「だが、またゴブリンが出たのならば、俺を呼べ」

 

 大穴に潜む小鬼を一振りの剣が叩き切るようにその言葉が聞こえて来た。

 

「ゴブリンは、俺が殺してやる」

 

「……例え、夢の中でも……ですか?」

 

「ああ」

 

「来てくださるのですか?」

 

「ああ、……俺は、ゴブリンスレイヤーだからな」

 

 その言葉を聞き、くずおれる。

 

「わたくしは……」

 

『剣の乙女殿よ』

 

 赤面し、湿った声を絞り出す彼女に灰色の剣狼(イレギュラー)が声を掛ける。

 

『何者にも乗り越えねばならぬ試練と言うものがある。

 お主が今までどういう人生を送ってきたのかは吾輩には分からぬ。

 乗り越えずにこのまま神殿の奥に閉じこもるのもまた良いだろう』

 

 老人が幼子を諭すように剣狼は剣の乙女にそう語る。

 剣の乙女はその言葉を体を掻き抱くようにしながら聞いていた。

 

『だが、いずれお主にも避けられぬ(心が折れる)ほどの試練が待っているだろう。

 彼と付き合うと言うのは、そう言う事だ』

 

 冷水を浴びせられる思いとはこの事を言うのだろう。

 剣の乙女は薄っすらとその瞳に映る剣狼の姿を捉え……そして。

 

「……この思いはわたくしだけのもの、もしゴブリンがその道をふさぐのならば……。

 ともあれ、ゴブリンは滅ぶべきだ……と」

 

『かかっ、ゴブリンに怯えるお主にそれができるのか?』

 

「今はできなくとも、その試練の時が来れば」

 

 笑いながら再度問う剣狼に剣の乙女は毅然とした態度で返す。

 

『ふむ、では吾輩の目が黒い内にお主の試練が来るのを待つとしよう。

 ゴブリンスレイヤー殿、吾輩は先に戻るぞ』

 

「ああ、彼女に指輪の礼を」

 

『あい分かった』

 

 ゴブリンスレイヤーから渡された指輪を咥え、剣狼は執務室から去って行く。

 ……器用にドアを開けて。

 

 

 

「やぁっと終わったぁ!」

 

 翌日、帰りの馬車の荷台で妖精弓手が両手両足を投げ出してごちる。

 確かに普段森の中で生活しているであろう森人に、地下水道でのゴブリン退治は疲労がたまるばかりだっただろう。

 

「しかしまぁ、今回はゴブリン退治にしちゃ稼ぎが良かったじゃねぇか。

 俺もほれ、この通り臨時収入が」

 

 そう言いながら槍使いが黒色の欠片と大欠片を荷台に広げる。

 

『ほう、これまた集めたな』

 

「お陰で、私も、久々に、魔法を、使い果たした、わ」

 

「こちらもあの楔のデーモンから欠片を回収しましたね。

 数は2つしか出ませんでしたが」

 

『それはデーモンの楔と言うものだ』

 

 女戦士の言葉に剣狼が答える。

 

「デーモンの楔……ですか?」

 

『うむ、それを使えば、吾輩のこの剣の様に、デーモン由来の武器を強化できると言う代物だ。

 尤も、それは吾輩の故郷に現れるデーモンに限るがな』

 

「じゃあ剣狼の武器には使えるんじゃない?

 武器が強くて困ることはないでしょ?」

 

「では今まで名前がありませんでしたが、これからはこっちの欠片と大欠片は楔石と呼ぶ事にしましょうや」

 

「おお、僧侶は良い名を付けるのぅ!

 楔石の欠片に楔石の大欠片、そしてデーモンの楔か」

 

「鉱人にも見習ってほしいネーミングセンスよね」

 

「森人に言われたか無いわい!」

 

「ふふ」

 

 馬車の中で取っ組み合いを始めそうになる光景を見て、女神官は嬉しそうに微笑む。

 車内の皆が彼女に顔を向けた。

 

「す、すみません。

 でも、これからもこんな日が続けばいいなぁって思ってしまって」

 

 そこまで言うと女神官はまたクスクスと笑い始める。

 その光景を見ていたゴブリンスレイヤーは、しばらく車内を見てから顔を車外へ向けた。

 その先には夏の青空が広がっていた。

 

 

 

 

 

取得物:

デーモンの楔を2個取得しました。

楔石の欠片を15個取得しました。

楔石の大欠片を5個取得しました。




さて明けましておめでとう御座います。
本年も当SSをよろしくお願いします。
そして年末年始の仕事ぉ!
人数少ないのに増えるなやぁ!



と挨拶はこれまでにして、これにて水の街編は終わりです。
最後は楔のデーモンに全部持って行かれた感じもしますね(暗黒微笑
そして原作からの乖離も激しくなってきました。
それもこれも外なる神(二次創作者)って奴の仕業なのだ。


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兆し

遅れに遅れて2週間……。
本当に申し訳ない。


 夏の青空の下、建物の影で重戦士と女騎士、そして灰色の剣狼が涼んでいた。

 

「しかしあのゴブリンスレイヤーがデーモンの相手をするとはね」

 

「俺も意外だとは思ったが、あいつもやっと一端の冒険者になってきたってところか」

 

『吾輩は最近のあやつしか知らぬが、昔はもっと酷かったのか?』

 

 女騎士の左手に付けられた指輪から剣狼の声が響く。

 各々が休息を十分に取り、ようやく満足に動けるようになったのが昨日の事だった。

 

「あんたが喋れるようになった事に比べたら、あいつの変化なんて微々たるもんだけどな」

 

 

 

「戻った」

 

「あ、ゴブリンスレイヤーさんお帰りなさい……ってボロボロじゃないですか!?

 ああ、女戦士さんも!」

 

「よぅ、今戻ったぜ」

 

「槍使いか、あっちでの収穫はどうだった?」

 

『……吾輩も挨拶w「「「「キェェェェェェアァァァァァァシャベッタァァァァァァァ!!」」」」』

 

 

 

「あれから3日、皆慣れたものだな」

 

『人間とは慣れの生き物だ。

 どんな異常も1月もすれば動じないものにする生き物よ。

 案外ゴブリンスレイヤー殿の変化もな』

 

「異常と言えば……」

 

「イヤーッ!」

 

「「アバーッ!!」」

 

「「アイエエエェェ……」」

 

 女戦士が放った模擬大剣の一振りで、白磁の男二人……少年斥候と新米戦士が盾ごと吹き飛ばされる。

 そんな彼等を心配するが、それ以上に1週間程見ない間に歴戦の戦士へと変貌した女戦士の気迫に、圃人の巫術師と見習聖女が抱き合ってガタガタ震えていた。

 ちなみに模擬大剣の刃の部分は、今にも折れそうなほどに損傷している。

 

「あいつ強くなりすぎてないか?」

 

「剣の振りが銅等級並みだったぞ」

 

『ゴブリンチャンピオンと楔のデーモンとの戦闘で強くなり過ぎたか……』

 

 銀等級でも梃子摺る小鬼英雄と楔のデーモンとの戦いは、休息を挟んだとはいえ女戦士にとってオーガ以来となる格上との連戦だ。

 その経験は確実に女戦士の成長の糧となり、今年の春に冒険者になったばかりの少女とは思えない戦闘力へと昇華した。

 ちなみに冒険者ギルドの長は考えるのを止めていた。

 

「灰色の故郷は一流戦士の養成所じゃったのか?」

 

「魔素単位でその可能性はありそうですな」

 

「いや無いから」

 

 同じく先程から陰で涼んでいた妖精弓手達が駄弁っている。

 

「いやしかし、女戦士殿も大剣の持ち方が師に似てきましたな」

 

「そうだな。

 大剣を肩当てに乗せ、盾を正面に構えるか……あれが剣狼の師匠の構えだそうだ」

 

「確かにあれなら大剣の重さを気にせずに素早く動けるな。

 だが細かい攻撃ではなく一撃で致命傷を与える構え、まさに喉笛に食らいつく狼のごとしか」

 

『我が親友ならば少し離れた程度の距離ならば、身の丈以上に跳躍し距離を縮めて大剣を叩き付けられるが、さすがにそこまで望んではいないな』

 

「お前の親友って白金等級の戦士か何かなのか?」

 

『一流の騎士だったのは間違いないな』

 

 あの雄姿をここの者たちにも見せてやりたいものだ……と剣狼は想う。

 それが叶わぬ事だとしても……。

 

「さあ!」

 

 女戦士が盾を正面に構え、大剣を肩に置きながら叫ぶ。

 

「さあ!じゃねぇよ!お前なんでそんなに強くなってるんだよ!?」

 

「おかしい……冒険者としては僕の方が長いのに……」

 

「……?ただ強敵と対峙し続けただけですが?」

 

「駄目だ……これは本気で言ってる」

 

「しかしオーガや初見の悪魔相手にして生き残ったんだよね……。

 しかも悪魔の方は自分でとどめ刺してるし」

 

 どうしてこうなったとしか言いようのない現実に、二人は嘆息する。

 片やほぼ同期、片や5年ばかりサバ読んで冒険者になった男二人は、世の不条理を嘆くのだった。

 

「黒曜等級と言えば、普通は野獣退治とか、薬草採集の依頼がメインなんだがなぁ……」

 

「私達もそうだったな……」

 

 重戦士と女騎士は、駆け出しの後輩の行く先を心配して空を見上げた。

 そこには憎らしいほど透き通った青空が広がっていた。

 

 

=====

 

 

「う~ん……」

 

「悩むねぇ……」

 

 ギルドの受付で受付嬢と監督官が、顔を突き合わせて渋い顔をしていた。

 彼女たちの目の前には女武闘家改め女戦士と、初の冒険で同じ日に一党を組んでいた女魔術師と女神官の冒険記録用紙(アドベンチャーシート)が置かれていた。

 

「この前オーガの討伐に協力して黒曜等級になったっていうのに、今度はゴブリンチャンピオンに新種の悪魔二体、しかも片方は女戦士が飼っていることになっている灰色の剣狼が単独撃破……。

 ちょーっと経験点が多すぎやしないかな?」

 

「しかもその悪魔も名前を呼んではいけない怪物(鈴木土下座ェ門)を倒してますからね……」

 

「今なんて?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 しばし沈黙が満ちる。

 

「……と、とにかく!そんな強大な悪魔を倒したのですから、昇級審査を受けさせても良いと思うんですよ!

 女戦士さん、帰って来てからは他の新人さんたちと訓練してますけれど、もう黒曜等級の動きじゃないですよ……」

 

「さっき見てきたわ。

 態々依頼してまでやっているの見たけれど、あれはもう鋼鉄とか色々すっ飛ばして銅等級って言っても良いレベルだよ。

 他の冒険者達からは等級詐欺とか言われているしね」

 

「そこまでですか……」

 

「女騎士のお墨付きだし、灰色の剣狼も弟子の成長に満足してるからね。

 あの狼に言わせれば……コホン、「吾輩の剣技も親友には及ばんよ」……とか言っているし」

 

「灰色さんもほぼ無傷で討伐してますからね……。

 あれでまだまだって、灰色さんの師匠ってどれだけ強いんでしょうね」

 

「案外竜の群れを単身で倒してたりして」

 

「まさか」

 

 二人で笑い、改めて三人の冒険記録を見る。

 回復役である女神官も≪聖壁≫で支援しており、女魔術師も悪魔には効果が薄かったが行動阻害魔法と攻撃魔法で支援している。

 女戦士も銀等級三人の支援を受けて悪魔の討伐と、黒曜等級としてはこの上ない貢献を誇っている。

 

「やはり女戦士さんの昇級審査を優先しましょうか?」

 

「でもそれだと魔術師ちゃんが焦ってやらかしそうなんだよねぇ……。

 じゃあ今夏の終わり辺りに昇級試験を予定しようか」

 

「それ明らかにキリが良いからって理由ですよね?」

 

「それもあるけど、一番の理由は新人の神官が出てくることかな?

 小半年ごとに新しい子が出てくるだろうし、やっぱりゴブリンスレイヤー一党の二軍としては、回復役が居た方が良いでしょ」

 

「ああ、なるほど」

 

 言われてみればその通りだ。

 しかも今夏では、そこそこ優秀な……奇跡を二回使える敬虔な神官や聖女が二桁いるそうだ。

 彼又は彼女等を狙っている一党も多いだろう。

 

「そこに合わせて新進気鋭の女戦士達の昇級審査を行うって寸法よ。

 銀等級一党の二軍だけどその頭目は6か月で一気に鋼鉄等級!実力も申し分なし!搾取される心配も無い!」

 

「確かに優良物件ではありますよね」

 

 加えて灰色の剣狼と言う『保護者』もいるのだ。

 全滅する可能性はかなり低いだろう。

 

「将来有望な冒険者にはこういう気遣いもしないとね」

 

「やっかみがすごそうですけどね……」

 

 急な躍進は周囲からの反感も買いやすい。

 もちろん冒険者は実力主義な面も多い職であり、この辺境の街の冒険者は良心的な者も多く在籍している。

 それでも全員が快く受け入れてくれるとは限らないのだ。

 

「……そう言えば彼女達、最近お金の使い方に困ってる風だよね」

 

「そう言えば……女魔術師さんは魔術本を買ったりしていますけれど、女戦士さんはクレイモアの強化と鎧の新調、女神官さんは新しい錫杖を購入と……錫杖伝の指南書?」

 

「錫杖を使った格闘術だね。

 たしかうち(至高神)や戦勝神の神殿では中堅の司祭様が習ってるよ」

 

「ええ……」

 

 受付嬢は困惑する。

 ほんの三か月前に冒険者登録した華奢な女神官が、まさかの格闘術指南を受けていることにである。

 唯一まともに成長しているのは女魔術師のみなのだが……。

 

「その女魔術師さんも使用回数で悩んでいるんですよね……」

 

「あればかりは才能云々があるからねぇ……」

 

 女魔術師の前途に不安を覚えながらも、彼女の成長に期待を寄せる二人だった。

 

 

======

 

 

 何時ものように鎧戸を開けると、そこには鎧姿ではない彼……ゴブリンスレイヤーの姿があった。

 

「おはよぉ~」

 

「ああ、おはよう」

 

 牛飼娘の挨拶に傍目から見れば素っ気ない風に返すゴブリンスレイヤー。

 

「今日もお休み?」

 

「ああ、どうも去年灰色が暴れ過ぎたようだ。

 この時期になってもゴブリンの依頼が少ない上に、新人や鋼鉄等級の連中に取られるのは想定外だ」

 

 実際は狼に出来て自分達が出来ないのは我慢ならないと、奮起した冒険者達が受けたのだが、その認識で出て行った奴等がいったいどれほど戻ってくるのか。

 彼はその辺りを少し考えたが、やはり考えても仕方ないと思考を放棄した。

 成功する時もあるし、失敗する時もある。

 自分が出来るのは失敗した連中が出た時に、その後始末をするだけだ。

 

「そっか、じゃああの狼さんに感謝しないとね?」

 

「ああ」

 

 そう応えながらもゴブリンスレイヤーは柵の調子を見る。

 予備の鎧が前回の探索で壊され、前に出した鎧が返ってくるまで依頼を受けられない。

 大鏡を売った金で上等な鎧を買う事も考えたが、自分が正面きっての戦闘に才能は無いと自覚している為、何時もの装備と同等か少し良い物があれば買おうと言う結論に至った。

 そうなると必然的に今やれることは農場の手伝いと、5年掛けて拵えた設備の点検と言う事になる。

 

「すぐ朝ご飯用意するからねぇ~」

 

「ああ」

 

 幼馴染の声に返事をし、一通り設備の調子を見た後母屋のダイニングに入る。

 そこには既に牧場主が居た。

 

「おはようございます」

 

「ああ、おはよう」

 

 互いに短く挨拶をする。

 5年間彼等の間に交わされた言葉は少ない。

 その数少ない会話もほとんどが業務連絡のようなありさまだ。

 

「今日、装備を取りに行きます」

 

「そうか、だが、そろそろ見直してみたらどうかね?

 素人目だから余計な口かもしれないが、最近ではゴブリン以外の相手もしているそうじゃないか」

 

「……はい」

 

 ゴブリンスレイヤーの返事に牧場主はおっと心の中で気付いた。

 いつもは平たんな口調でしか返さない彼が、少し落ち込んだような口調なのだ。

 

「まあ、君の懐具合もあるだろうが……、あの娘が安心して見送れるようにはしてくれ」

 

「……工房長と話してみます」

 

 

 

「それほど上等じゃないが、今の装備より良い鎧なぁ……」

 

「ないのか?」

 

「……ああ、あれならどうだろうな」

 

 少し待っていてくれと言い老爺が奥へ引っ込み、しばらくしてある鎧を持ってきた。

 

「こいつは大分前に国軍騎士の装備の選考会に出された奴なんだが、あと一歩のところで落ちた代物でな。

 作った奴がわしの知り合いで特別に卸して貰ったのだよ。

 使われている金属部分は今までお前さんが使っていた物より良いし、可動部分もそう変わらない構造だ」

 

 付けてみろと言われてゴブリンスレイヤーはその鎧を身に着ける。

 なるほど、新品特有の金臭さはあるが、それは後で何時もの加工をすればどうとでもなる。

 重要部分にある金属部分も前に使っていた物より良さそうだし、膝などの部分も前と変わらない具合に動かせるし、合間に見えるチェインメイルも良い具合だ。

 ただ左肩の鎧と蒼いサーコートが異様に目立つが……。

 

「正式な物より少し性能を落としてあるが、一応上級騎士の鎧と呼ばれている。

 それならお前さんの要望に応えられるはずだ。

 それにそのサーコートは火を防ぐ役割もある。

 ただのかっこつけじゃないぞ?」

 

「なるほど」

 

 確かにこれなら自分の要望に合った代物だ。

 以前まで使っていた防具は、ゴブリン退治の依頼を受けた時に使う事にして、早速予備の分の代金と共に払い、何時もの兜を被ってから工房を出た。

 

「ん?んお?!ゴブリンスレイヤー、お前、鎧新調したのか!?」

 

「ああ」

 

 槍使いの声が響き、物珍しそうな目線があちらこちらから飛んでくる。

 

「へぇ、中々格好いい鎧を選んだじゃないか」

 

「ああ、だがこのままだと金臭さが出てしまう。

 あとで加工しなければならん」

 

「……まあ、お前はそう言う奴だよな」

 

「?」

 

 半ば諦めた様子の槍使いにゴブリンスレイヤーは首を傾げた。

 そこへギルドの扉が開く音が響く。

 

「お疲れさまでした師父」

 

『うむ、また一段と太刀筋が良くなっている。

 だがしっかりと休息も挟むように、過度な訓練は体に毒だ』

 

「心得ています」

 

『うむ、では……っ!?』

 

 剣狼がゴブリンスレイヤーを見るとそこで動きが固まった。

 

「師父?」

 

 弟子の言葉を無視……いや、耳に入っていない様子の剣狼は、少し息を荒くしながらゴブリンスレイヤーに歩み寄る。

 

「……灰色?」

 

「!!」

 

 剣狼に気が付きゴブリンスレイヤーが声を掛ける。

 そこで剣狼は耳を立て数舜瞬きをし、尾と耳を垂れさせた。

 

『いや、お主の鎧が戦友が着ていたものとそっくりでな……。

 あやつもこちらに来ていたのかと一瞬思っただけだ』

 

「そうか」

 

 ゴブリンスレイヤーはそれだけ答えた。

 彼は必要以上に踏み込まない。

 それは自己保存のための行動なのか、それとも他者を労わっての事なのか定かではない。

 だが今の剣狼にとっては、彼のその行為はありがたかった。

 

(似た様な装いの鎧などいくらでもあるだろうに、この程度で動揺する等吾輩もまだまだだな……。

 さて、今日の女給殿のおすすめは何だったか)

 

 若干落胆しながらも気を持ち直す。

 運動後の食事は上手いと相場が決まっているのだから。

 

 

 

 

 

 とある洞穴、そこで複数の影が蠢いていた。

 本来そこの主であるはずだった彼は思った。

 

(どうしてこうなった……)

 

 自分の後ろで佇むその巨体の気配を感じながら、小さく嘆息する。

 ほんの数日前には自分がこの洞穴の主だったのだ。

 それが混沌の軍勢の使者が連れてきたこいつが居着いてから、手下たちは虜囚どもと義務的に繁殖を続けていた。

 自分の管理下から離れて体の一部も異形と化していた。

 最近では自分も何度か意識が途切れる時がある。

 そして体の一部にも手下達と一緒のできものが出来つつあった。

 

(俺の……夢が……)

 

 また意識が途切れそうになる。

 これは……面倒な事に……なっ……た。




次回から2話構成でゴブリンホードやる予定です。


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深淵禍(前編)

逆流性胃腸炎辛い。


 

 

 

 

 燃える家屋、見知った人々の悲鳴、宵闇を駆け抜ける異形の小人共。

 その中心でゴブリンスレイヤーは立っていた……立ち尽くすしかなかった。

 体を動かそうにも動かないのだ。

 

(なぜ……今になって……)

 

 自問する間にまた一人が小人……小鬼に殺される。

 それらは自分の事など見えないかのように蹂躙され、蹂躙していた。

 

(動け)

 

 ゴブリンスレイヤーが自分の体に叱咤し、動かそうとするが動かない。

 これが夢であると言うのは分かっていた。

 だがそれでも、ゴブリンに対する復讐心で彼は体を動かそうとする。

 

(動け!)

 

 それでも動かない。

 その間にも村人たちが次々と物言わぬ肉塊にされてゆく。

 それを見る事しかできない自分に歯噛み、悔しさから血が出るような強さで拳を握る。

 そんな時、狼の遠吠えが響いた。

 いや、襲ったのだ。

 

「ぐっ!?」

 

 だがその遠吠えは物理的な波となって小鬼共や村人に襲い掛かる。

 小鬼も村人も……ゴブリンスレイヤーも遠吠えをした方へ顔を向けていた。

 ……そこには。

 

「灰……色?」

 

 そこには見慣れたはずの狼が家屋ほどもある身の丈となり、同じくそれに見合った大きさとなった大剣を咥えて佇んでいた。

 そして灰色の剣狼は、月に向かって吠えた。

 

 

 

「っ!?」

 

 そこでゴブリンスレイヤーは目を覚ました。

 毛布から起こした上半身だけでなく、つま先まで満遍なく冷や汗をかいていた。

 

「……今のは?」

 

 朧げになっている夢の内容を思い出す。

 最後に出てきたあの狼、体格や毛色、そして咥えていた大剣は間違いなく剣狼の物だった。

 しかしその大きさが著しく違っていた。

 

「ふむん……」

 

 しばらくゴブリンスレイヤーは考え込んだが、すぐに今日の訪問を受け入れるために動き出した。

 今日は3人と1頭がこの牧場に来るのだ。

 

 

 

「ここが彼が下宿している牧場ですね」

 

「家畜が生き生きしてて良い牧場じゃない」

 

「こういう場所は余り来たことが無いから新鮮ね」

 

『柵も使われている木が太くしっかりしているな。

 こういう設備は家畜にとって窮屈だろうが、その代わり外敵から守られているという安心感をもたらす』

 

 各々がゴブリンスレイヤーが住んでいる牧場の感想を言う。

 予定より少々早い時間に来てしまったため、案内人のゴブリンスレイヤーが来るまで牧場の敷地外で待っているのだ。

 朝食を済ませた後に街から出て来たので、3人と1頭はまだ腹を空かせていない。

 

「待たせたか?」

 

「いえ、先程来たばかりですので」

 

「そうか、ならこっちだ」

 

 今回黒曜等級三人と剣狼がこの牧場に来たのは、簡易的な防衛設備の設営に関するノウハウの伝授が目的だ。

 かつて自分が行った単独での農村防衛は苦行と言えるものだったが、得難い経験を得たとも思っている。

 それをこの三人に教えるために牧場主と幼馴染に相談し、牧場主はしぶしぶと(内心では剣狼の訪問にわくわくしていた)、幼馴染は彼の成長を嬉しそうにしながら賛成した。

 

「おお……」

 

『牧場主殿、本日から2日間世話になる。

 それなりの金子をゴブリンスレイヤー殿に預けてある故、その間の迷惑はそれで勘弁願いたい』

 

「いやいやとんでもない!

 あの剣狼に来て戴いたと言うだけでも光栄です!」

 

「「……」」

 

 牧場主の態度の変わりようにゴブリンスレイヤーと牛飼娘が胡乱気な視線を向ける。

 だが剣狼のネームバリューがこの辺境で鳴り響いているのは事実なので、余り咎める事もできないのは確かだ。

 それに気づいたのか牧場主は「おほん」と一旦咳を吐いてから、新人三人に視線を向ける。

 

「私がここの牧場主だ。話は彼から聞いている。

 君たちが良き冒険者になると言うのなら私も協力を惜しまない。

 存分に彼から知識と経験を受け取って、今後の冒険者活動に役立ててくれ。

 それと……姪のシチューは絶品だから、飯時には楽しみにしてほしい」

 

「「「はい!」」」

 

 牧場主の挨拶を終えると、ゴブリンスレイヤーは「こっちだ」とだけ言い歩き出す。

 相も変わらず不愛想な態度だったが、今更そんな事で怒ることも無く彼に3人は着いて行き、牛飼娘もその後を追うが……剣狼だけはその場にとどまっていた。

 

「師父?」

 

『吾輩は牧場主としばらく話す故、指輪を彼に貸してほしいのだが……』

 

「分かりました。

 何かあったら指笛で呼びますので」

 

『うむ』

 

「では牧場主さん、こちらを指に嵌めれば師父と話が出来ますから」

 

「ああ、これはどうも……」

 

 剣狼と言う飛び切りの盗難防止が居る為、女戦士は指輪を牧場主に渡してから一礼し、ゴブリンスレイヤー達の後を追った。

 

「……礼儀正しい娘さんですな」

 

『うむ、それに素直な上に飲み込みも早い。

 人の身ではかなりの才能だと吾輩は思うが』

 

「貴方に師事しているんです。

 あの娘は冒険者として大成しますよ」

 

『そうなれば我が親友も浮かばれるだろう』

 

 その後もポツポツと互いに話題を振りあい、牧場主は剣狼と話しながら仕事を続ける。

 大柄の狼が居るのに牧場主が無警戒なのを見て、最初は遠巻きで警戒していた牛達も警戒を解いて普段と変わらずに草を食み、太陽の光を浴びて微睡みの中でうとうとする個体が出始めた。

 

『ここの牛達は賢いものが多いな』

 

「そうですかね?」

 

『うむ、大抵の牛達は慣れて何時もの調子に戻っているであろう中、何頭か未だにこちらを監視している者がいる。

 この牧場を襲うとなると並の狼の群れでは少々骨だな』

 

「そう言っていただけると牧場主としては嬉しいものですな」

 

 しばらく間を置いてから牧場主が再び口を開く。

 

「その……彼は何時もどのように?」

 

『ふむ……、まあ良き先輩だとは思うがな。

 面倒くさがっていてもきっちり面倒を見ている辺り、生真面目なのだとは思うが……亡くなった姉の教育が良かったのやもしれぬな』

 

「それは……彼が?」

 

『うむ、少し前にオーガと遭遇した依頼の道中でな。

 火酒を飲んで偉く饒舌になった時に零した。

 その時に姉の話題が出て、過去形の言い方で察したが』

 

「……ええ、貴方の言う通りです。

 彼は10年前まで、たった一人の肉親である姉が居ました。

 ですが、あの娘がここの手伝いの為に村から離れたその日に、ゴブリンに襲撃されて……」

 

『なるほど……ゴブリンに対する並々ならぬ執着はやはり復讐からか』

 

 合点がいったと言うように剣狼は頷きながら言う。

 その後も話を聞けば、5年前の白磁の時分には自分を顧みず、毎日ゴブリン退治の依頼を受けていたそうだ。

 その後誰かから注意されたのか休みを取るようになり始め、半年前からゴブリン退治の依頼が剣狼の影響で少なくなりはじめ、下宿代の調達に悩んでいる最中、新人の一党の応援に出されたところで吾輩と遭遇したらしい。

 

「だからあの娘も私も感謝しているんですよ。

 彼が最近になって変わってきたのは貴方のお陰です」

 

『それは些か過大評価ではないかな?

 吾輩が居なくても、あの娘達や今組んでいる一党でも変化があったはずだ』

 

「ですが、劇的な変化の要因は間違いなく貴方です。

 それだけは確かなのですよ」

 

『ふむん……まあ去年は好き勝手に暴れまわっただけなのだが、それが彼のためになったのならば良かったと思う事にしよう』

 

「ええ、それがよろしいでしょう」

 

 その後も昼食を摂った後、再び簡易柵の作成の仕方や背の高い草を使った罠の作り方を一通りやった後、乳絞りや牛の手入れの仕方などを手伝いあっという間に夜になった。

 

「いやぁ午後は助かったよ」

 

「いえ、しばらくここを使わせて頂くのですから当然です」

 

「それにお世話になってる先輩冒険者が下宿してる所だし、弟子が失礼をすればそれは師の評価に直結しますから。……少々危なっかしいのが玉に瑕ですが」

 

「師と言うにはちょっと不安が残るけれどね」

 

「……」

 

「ふふふ」

 

 新人達から散々な言われようでゴブリンスレイヤーは閉口したが、そんな珍しい様子を見て牛飼娘は嬉しそうに笑った。

 

『明日はどうするのだ?』

 

「そうだな……近場の森を使って追跡の仕方などを……?」

 

 剣狼の問いに答えようとして、ゴブリンスレイヤーは言葉を切り窓へ視線を向けた。

 

「どうしたんだね?」

 

「物音がした。俺が使っている小屋の辺りからだ」

 

「物取りですか?」

 

『音だけでは分からんな。

 ここは吾輩とゴブリンスレイヤー殿で見て来よう』

 

「私も行きましょう。

 なに、盗人くらいなら相手取ったことはありますよ」

 

「しかし……」

 

『何、吾輩とお主が居るのだ。

 一般人の護衛は何とかなるだろう』

 

「……分かりました。

 ですが不用意な行動はしないようにお願いします」

 

「う、うむ」

 

「っ……」

 

 急に雰囲気が変わったゴブリンスレイヤーに、牧場主と牛飼娘が息を飲む。

 これが仕事状態になった彼の姿なのかと、彼等は初めて感じ取ったのだ。

 

「では牛飼娘さんの護衛は我々にお任せを」

 

『ああ、くれぐれも気を付けるのだぞ。

 まだ単独か複数かもわからんのだから』

 

「指輪は女戦士が持ったままの方が良いわね。

 ……離れてても意思疎通ができるのって便利ね」

 

「そうですね……。

 指笛や悲鳴では届かない場合もありますから……」

 

「あ、あのね……」

 

 牛飼娘がゴブリンスレイヤーに歩み寄る。

 

「気を付けて……ね?」

 

「……ああ」

 

 幼馴染の問いに対してゴブリンスレイヤーはそれだけしか答えなかった。

 だがその前に逡巡した様子から、彼なりに彼女の意思を尊重しているようだった。

 

 

 

「なんだか、何時もとは雰囲気が違うな……」

 

「一つ異常があるだけでもそうなります。

 たとえ慣れている場所でも、何時も使っている場所でも」

 

――……――

 

 牧場主とゴブリンスレイヤーが喋る中、剣狼だけが異様に静かにしていた。

 元から無暗に吠える事はないが、全身から警戒心を露わにしているのは、二人の目から見ても明らかだった。

 

(指輪を置いてきたのは間違いだったか?)

 

 ゴブリンスレイヤーがそう思案する間に、いつも使っている納屋に到着した。

 

「……施錠は外されていない様です」

 

「勘違いかな?」

 

――……!この臭い!――

 

 二人が施錠の状態を確認する中で、剣狼だけが異常をはっきりと捉え、ゴブリンスレイヤーと牧場主に一度吠えた。

 

「灰色が何か感じとったようです。

 ……それに血の臭い」

 

「怪我人がいるのか!?」

 

「その可能性がありますが、用心に越したことはないでしょう。

 剣狼、貴方、俺の順で接近します」

 

 ゴブリンスレイヤーの指示に従って隊列を組みなおし、剣狼の先導で納屋の裏手に回る……そこに居たのは酷く憔悴し、頭飾りを避けるように角のような出来物が生えた大柄なゴブリンだった。

 

「これは!?」

 

「……ゴブリンロード」

 

「G……B……」

 

 松明の明かりを感じたのかゴブリンロードが目を薄っすらと開ける。

 それを見てゴブリンスレイヤーは牧場主をかばうように前に出た。

 

「ヒ……只人(ヒューム)カ……」

 

 濁った眼で確かに目の前に居るのが只人だと認識しているはずなのに、ゴブリンが持つ敵愾心がまるで感じられない声色で、共通語を喋り始めた。

 

「ソシてお前……噂ニなってイタ狼……ダナ?

 アア……コレデ群れノ仇ヲ、討てる……ケフッケフッ」

 

「……何があった」

 

「本来ナラば、只人ニ警告ナゾセぬが……我々ノ将来ヲ考えれバ、この程度ノ恥辱ナゾ安いモノダ」

 

 そこでゴブリンロードは一呼吸置いた。

 

「深淵ノ化け物が……三度日がしずンダ頃にニ此処の街ヲ襲う。

 奴ハ混沌の手先ではナイ、もっとベツノ場所からヤッテきたと、奴を連れてキタ魔神王ノ幹部ガ言っていた」

 

 そこで再び咳き込む。

 

「群れハ、奴に乗っ取らレタ。

 ニヒャクを越えル群れが、街を襲ウだロウ」

 

 そう言いながらゴブリンロードは上半身を弱々しく起こし、地面に簡単な地図を描く。

 

「ココが今の場所、ソシテ……コフッ、ここが、イマノ場所から近い村ダ。

 奴等は、この間ヲ抜けるヨウに進行する……オレガそう仕向けタ」

 

 そこでまた体を横たえて一息吐く。

 

「……お前の言は信用できん」

 

「フフ、だが、ソコの狼ハおれノ言葉を聞き入れるヨウだぞ?」

 

「なに?」

 

 そう言いながらゴブリンスレイヤーが剣狼に顔を向けると、剣狼は同じようにゴブリンスレイヤーに顔を向けていた。

 その眼には未だ見えぬ敵に対する憎しみの炎が浮かんでいるようだった。

 

「お前は……こいつの言うその相手の事を知っているのか?」

 

――ウォン――

 

 そうだと言うように剣狼は吠えた。

 

「……なぜ我々にこの情報を渡した?」

 

「G……R……B……ソレは、俺がゴブリンの王ダカラだ。

 大を助けるノニ、小を切り捨テル覚悟はデキている。

 俺はモウ助からんシ、復讐スルだけのチカラも残っていなイ。

 ナラバ例エ、憎き冒険者デアッても、奴ヲ倒せる『メ』があるノナらば、利用するマデだ」

 

 そう言いながらゴブリンロードは最期の力を絞り出すように、得物である戦斧を自らの頭上に振り上げる。

 

「GBROGBGO!」

 

 そしてゴブリンにしか分からない言葉を叫ぶと、戦斧を自らの頭に振り下ろし自切した。

 ゴブリンロードの変貌した頭が地面に落ちる。

 

「っう……」

 

「……」

 

 あまりの凄惨な最期に牧場主は呻くように口を押さえ、ゴブリンスレイヤーは転がり落ちたゴブリンの王の頭を回収する。

 剣狼は彼の者の潔い最後に伏して黙祷を捧げた。

 

 

 

 その後、剣狼から事の顛末を指輪越しで聞いた女戦士達は出立の準備を整え、牛飼娘も街に向かう準備をしてその日は寝付けぬ夜を過ごした。

 明後日に来るであろう敵に備えて……。

 

 

 

(奴が来ていた……。

 技はあの頃より研磨をし高めたが、力と重さが足りぬ……アルトリウスよ、吾輩はどうすれば良い?)

 

 そして剣狼は、自らが持っている親友のソウルを目の前に置きそう聞くが、狼騎士の魂が答えを返すことはなかった。

 

 

============

 

 

「啓示ですか?」

 

 時を遡る事三日前、王都に向かう途中で勇者は啓示を得たと賢者に話した。

 

「うん……僕の故郷にある西の辺境の街で起きる戦いを見届けろって」

 

「見届ける?来襲する魔物を倒すのでもなく?」

 

「そうなんだよねぇ……。

 でも、無視はできないよ」

 

 思わぬ強敵に阻まれたが、なんとか魔神王を倒すまでに至った勇者一党、もうすぐ開かれると言う式典に出席する直前に降りた啓示に答えが出せず、こうして二人に相談していた。

 

「ならば式典は延期にしよう」

 

「お、王様!?」

 

 勇者一行の元に若い国王が現れた。

 

「勇者の啓示と言う事なら説得出来る。

 後はこちらに任せて啓示があった場所へと赴くと良い」

 

「で、でも……」

 

「なに、式典は逃げぬさ。

 勇者が居て初めて成り立つものだからな」

 

「……ありがとうございます!必ず戻ります!」

 

 勇者は礼を言い荷支度を始める。

 今から早馬を乗り継げば目的の場所まで六日、早く行けば五日で到着するだろう。

 国王は傍に控えていた侍従に言伝を書かせると、それを勇者に渡した。

 

「必ず帰ってくるのだぞ」

 

「「「はい!」」」

 

 三人はしっかりと返事を返し、宿代わりにしていた部屋から駆け出した。




結構オリジナル入れたので遅くなってしまった。
両方の世界観を共存させながら書くのは苦労するけど、同時に楽しいのです。
そして期待に答えれるように胃と頭を苛める作業が始まるオ。


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深淵禍(中編)

前後編でやると言ったな……あれは嘘だ。


 

 

 どうしてこうなった!

 と≪死≫が叫び。

 

 どどどどうしよう!

 と≪幻想≫がどもり。

 

 すまぬ……すまぬ……

 と≪真実≫が謝罪の言葉を零し続ける。

 

 事の発端は件の狼に何らかの冒険(セッション)をしようと、≪真実≫が狼の記憶から新たなボスを作り出そうとしたのが原因だ。

 どうせなら因縁深いものが良いだろうと、候補は3体居たが2体は混沌には相応しくないと除外、結果残った一体がボス役として決定した。

 当初は勇者一党に剣狼を同行させて共に倒す想定だった。

 

 ふふふ……これで完成だ。

 

 結果出来上がったのは≪真実≫がこれ以上にないほど、『丁寧』に『忠実』に作り上げた化け物だった。

 仮に『深淵の化身』と名付けたそれを≪真実≫は、≪幻想≫と≪死≫などの秩序側の神々と混沌側の神々に見せた。

 その醜悪な見た目や性能などは、今までどの神々にも作り出せなかった物であり、まさに狼に当てるには最適な物だった。

 ……ただ一つ『深淵』と言うステータスを、≪幻想≫と≪死≫は危険だと言ったが、もしもの際には我々の勇者が何とかすると。

 

 さあお前の活躍を見せてくれ!

 

 そして四方世界に深淵の化け物が投入された。

 最初は神々の想定通りに事が進んでいた。

 古都の地下を魔物達が掘り進め、ついにその怪物が発掘された。

 混沌の勢力にとって幸いだったのは彼等が人間性を持たない存在だったこと、そして神性を持たなかったことに限る。

 だからこそ問題が起きたことに気付くのが遅れた。

 深淵の浸食はそんな彼等にも僅かずつだが、確実に蝕んでいたのだ。

 それに気付いたのは≪恐怖≫だった。

 

 おや……っ!?

 

 ≪恐怖≫は驚愕しました。

 なんと≪真実≫が用意した魔物が魔神王とその配下に、深淵による浸食を始めていたのです。

 これには混沌と秩序の神々も大騒ぎ、以前に勇者用に用意した白竜は何ともなかったので、今度も大丈夫だろうと完全に油断していたのでした。

 しかも深淵の主は狼と白竜同様に賽子を受け付けません。

 これに困った神々で最初に叫んだのが≪死≫でした。

 幸い魔神王は純粋な神ではないので浸食は微々たるものですが、それも時間の問題です。

 

 ……魔神王に深淵の主をゴブリンの巣に誘導させましょう。

 ≪幻想≫が厳しい表情で言いました。

 

 ≪幻想≫にしては厳格な判断に神々が息を飲みます。

 あの何時も≪真実≫に翻弄され、はわはわ言いながらファンブルか出目が低い目しか出せず、不貞寝していた神とは思えない存在感です。

 事態はそれほど深刻だと言う事に、混沌・秩序両陣営の神々は把握したのでした。

 確かにゴブリンの巣に放り込めば被害は最小限で済みます。

 ですが問題は何処の巣にするかです。

 

 ……あの狼が住む街の近くにゴブリンロードの巣がある。そこを使おう。

 持ち直した≪真実≫がそう提案します。

 

 そうして深淵の主はゴブリンロードの巣へ誘導され、その後少々梃子摺りながら魔神王を討伐した勇者達には啓示で西の辺境の街へ派遣され、辺境最高戦力として剣の乙女へも至高神が神託を下し、結果として発生した異世界の化け物と四方世界の決戦は、こうして整えられたのでした。

 ですがこれだけやってもまだ勝てるか不安が残ります。

 何かほかに討てる手はないか?神々がそう考えたその時でした。

 

「てこずっているようだね。手を貸そうか?」

 

 

 

 

 

============

 

 

 

 

 

 西の辺境の街にある冒険者ギルド、魔神王が討伐されたという知らせはまだなく、冒険者達はその日の稼ぎを稼ごうと、依頼書の張り出しを今か今かと待ち構えていた。

 そこにゴブリンスレイヤーと剣狼、そして牧場主と女魔術師が入ってきた。

 牛飼娘と女戦士、女神官は貴重品等を荷車に乗せて遅れてこちらへ向かう形となっており、ゴブリンスレイヤー達は先行してここに来たのだ。

 そして剣狼の背には何かが入った麻袋があった。

 

「で、そこで俺がだな……って、ゴブリンスレイヤーじゃねぇか。

 お前そこの新人達の教育じゃなかったのか?

 それに牧場主さんも」

 

「……緊急の知らせだ」

 

 ゴブリンスレイヤーの緊張を含んだ一言で、槍使いとその話し相手になっていた重戦士が真剣な表情になる。

 以前は雑魚狩り専門の銀等級冒険者だと揶揄されていたが、最近ではゴブリンスレイヤーが知る同期等との知識交換で、彼があまり冗談を言う性質ではないのは知られていた。

 ……もっとも、言っても理解し難い冗談は言うが。

 ゴブリンスレイヤーの、何時もより大きめの声にギルド内に居た冒険者達の視線は、当然彼等にその大半が向けていた。

 当然その中には、何時も一党を組んでいる妖精弓手達もある。

 

「あ、ゴブリンスレイヤーさ……どうかしたんですか?」

 

「……依頼をしたい」

 

 そう言いながら彼は剣狼が背負っていた麻袋を無造作に持ち上げる。

 縛り口と底にはどす黒い血が滲んでいた。

 

「その前に血で汚れて良い場所で状況を説明したい」

 

「じゃあ裏手の空き地でやろうぜ。

 お前が言うんじゃかなりやばい事が起きてるんだろ?」

 

「ああ、剣狼が言うにはこの街の存亡が掛かっている」

 

 ゴブリンスレイヤーの一言でギルド内に緊張が走る。

 仮にも彼は銀等級の冒険者だ。

 それに見合った信頼をギルドが認めている者であり、その言葉はそれなりの確度があってのものだと皆は認識していた。

 そして大半の冒険者と受付嬢、そして支部長に監督官がギルドの裏手に出た。

 

「今からこれを開けるが、人型の死体に慣れていない奴は覚悟をしておいてほしい」

 

 ゴブリンスレイヤーの声に冒険者達が戸惑いながらも頷くと、それを確認した彼は短剣で麻袋を切り裂いた。

 女魔術師の魔術で、井戸水から作らせた氷を布に包んで防腐処理は施していたが、それでも死臭と血の臭いを辺りに撒き散らす。

 そこには切り落とした首を縫合し、事切れたゴブリンロードの姿があった。

 

「う……」

 

「こいつは……」

 

 一目でそのゴブリンが普通の状態ではないと言う事を、冒険者達は認識した。

 頭から生えた角のような出来物、手足も通常のゴブリンより長くなっており、明らかに何らかの外的要因で変異したものだと言うのが分かる。

 

「昨夜、不審な物音がしたので捜索した所、彼が使っている納屋の裏手でこいつが瀕死の状態で倒れていました」

 

 牧場主がそう言う。

 第三者の言葉を入れる事で、情報の信頼度をさらに上げる。

 それがギルドに食料品を届けている者であれば尚更であった。

 

『まだ意識があったので何があったか聞きだした所、吾輩が倒した筈の深淵の主と呼ばれる魔物が、こやつの巣を乗っ取ったそうだ』

 

「そして明後日の日が沈んだ頃合いに、こいつの元配下200と共にこの街を襲うと証言した」

 

「200!?」

 

「ゴブリンが200もか!」

 

「しかもこいつみたいな変異種になってるんだろ?

 未知数過ぎて強さが分からんな……」

 

 剣狼とゴブリンスレイヤーが襲撃する頃合いと規模を話すと、冒険者たちが一斉にざわつき始める。

 

「支部長」

 

「ああ、君はここで彼等からの話を纏めてくれ」

 

「は、はい」

 

 監督官と支部長が人込みから離れて行き、受付嬢は厚板に状況記入用紙を当てて彼等の話を聞き続ける。

 

「その情報はこいつからで、その主犯を剣狼が知っていることで良いんだな?」

 

「ああ、ゴブリンの言う事が本当か分からんが、俺は灰色の嗅覚を信じる事にした」

 

『深淵の主の臭いは忘れたくても忘れきれん。

 あやつは吾輩の親友を深淵の毒で正気を失くし、戦友によって討たれた原因となった仇だ。

 それが復活したとなれば吾輩はこの身一つでも討伐に赴く、でなければあやつはこの街の地下深くまで穴を掘り進め、深淵による闇と毒の結界でこの地を蝕むだろう』

 

 ここ数日で剣狼の声に聞きなれてきた冒険者からすれば、珍しく怒りを含ませた声に息を飲む。

 

「灰色が言うにはその深淵の主というのは、どう見繕っても白金等級案件の実力を持っているらしいわ」

 

「お、おい、それじゃ国や勇者が動くレベルじゃないか!?」

 

 一人の男性戦士がそう聞く。

 彼は確か同期の冒険者だったなと、ゴブリンスレイヤーは思った。

 

『吾輩は勇者ではないが、かつてあやつを戦友と共に討伐した事がある。

 だが、そのためにはこの命と引き換えにする所存だ』

 

「ちょっと待て剣狼殿、あの娘はどうするのだ!」

 

 突然の剣狼の発言に女騎士が声を荒げる。

 剣狼と共に女戦士の稽古をしてきた間柄で、互いに気の知った仲でもあった。

 

『親友の技の基礎はほぼ引き継げた。

 まだ先を見てみたくはあったが、あとは吾輩が居なくても何とかなるだろう。

 ……中途半端に継いだのが少々心残りではあるが、先達として後輩の苦労を取り除かねばならん』

 

 そこで一旦言葉を切り剣狼は周囲を見回す。

 並の冒険者以上……人間だったら金等級にまで届きそうな実力を持つ剣狼でさえ、今回の魔物禍(モンスターハザード)には決死の覚悟で臨むと言う決意を見て、冒険者達は戸惑いを隠せないでいた。

 

「今回の依頼では……仮称で深淵ゴブリンか、それ一匹につき金貨2枚を払うつもりでいる。

 それに加えてホブとシャーマンは2枚、チャンピオンは4枚の追加報酬を払う」

 

「最大で1匹に金貨6枚!?」

 

「それより変異してるとは言え普通のやつで金貨2枚かよ!」

 

 ゴブリンスレイヤーが提示した報酬金額に冒険者達がざわつく。

 だが剣狼が死を覚悟して向かう事態でもある為、銀と銅以外の冒険者達はしり込みしてしまう。

 

(やはり人は集まらんか……)

 

 ゴブリンスレイヤーがそう思案した。

 

「おやおや、騒がしいと思って見に来てみれば、随分と懐かしい顔が居るねぇ」

 

 その場にいる全員の耳にその様な声が響く。

 それは老婆の様にしわがれた声だったが、冒険者達の目にその様な人物はいない。

 

「愚かだねぇ、実に愚かだ。

 何事も可能性を考えて行動せねば、すぐに混沌と深淵に飲み込まれてしまうよ」

 

 そして剣狼の傍に一匹の白い猫、それも体長が人の背丈ほどにもなる大きな猫が降り立った。

 

『お前は!』

 

「いやぁ実に久しぶりだねぇシ……この世界じゃ剣狼だったね。

 ちと面倒だけど面白い慣習だ」

 

 ニャニャと笑うような鳴き声を出す。

 

「まああたしの今の名前は白猫とでも呼んでおくれ。

 それはそうとこれは何の騒ぎだい?あたしは深淵の進行をあんたと実力者に押し付けて、傍観しようとしてる連中にしか見えないけどねぇ」

 

『全て見ていたではないか……。

 それよりもその物言い、本当にお主なのだな……まあそう言ってやるな。

 彼、彼女等は不死人ではなくただ一度の生しか持たない只の人だ』

 

「あたしとしてはどちらでも構わないさ」

 

「あ、あのぉ」

 

 そこへ声を掛けたのは受付嬢だった。

 事態の変異に周りが付いていけない中、彼女はいち早く意識を立て直した。

 

「あなた灰色さんのご友人なのでしょうか?」

 

「ふむ、友人と言うよりは保護者に近い関係だね。

 それにしてもあんた、常人なのにあたしみたいなのを見て怖くないのかね?」

 

「いえ、剣狼さんが警戒心を抱かないから危険性は無いと思いまして」

 

「おお、なんて勇気のある娘だ。

 親しい者が危険は無いと言って早々信じるのは愚だけど、その勇気はそこらのぼんくらにも見習ってほしいねぇ」

 

「え、えっと……」

 

『気にするな受付嬢殿、白猫は物言いこそアレだがそれでもお主を誉めているのだ』

 

「アレとはなにさね。

 あたしはまっとうな事しか言ってないよ」

 

 目の前で繰り広げられる異常な光景に集まっていた冒険者達は茫然としている。

 

(あの魔術師を見ているようだ……)

 

 もっとも、ゴブリンスレイヤーは別の感想を抱いていたが……。

 

「つもる話は色々あるけどね。今は目の前の危機に対処しようじゃないか。

 あーそこの不死人擬き」

 

「……俺か?」

 

『白猫、彼にはゴブリンスレイヤーと言う名がある』

 

「ああ、そうなのかい?それは失礼したね。

 じゃあゴブスレとやら、襲撃は明後日の夕刻頃からだったね?」

 

「ああ、こいつの情報が正しければだが」

 

 ゴブリンスレイヤーはゴブリンロードを差しながら答える。

 

「ふむ、じゃあ時間は十分にあるね。

 誰か、この街で腕利きの魔道具職人、それもアクセサリー関係で腕利きの職人は居ないかね?」

 

「誰か居たか?」

 

「俺にはそのつてはさっぱりだな」

 

「おお、ワシなら一人知っとるぞ」

 

 白猫の問いに答えたのは鉱人道士だった。

 

「おお、これは恰幅の良い道士だ。

 それで、そいつはどれだけの腕前何だい?」

 

「ワシと魔女がちょいちょいと教えているがの、これまた腕が良い職人になって来ておる。

 大抵の……そうじゃな、一時的に効果が出る魔道具なら作れるじゃろうな」

 

「もちろん、私達も、作れる、わよ?」

 

「なるほどなるほど、なら問題はないね。

 じゃあこれと同じものを作ってもらおうかね」

 

 そう言いながら白猫が取りだしたのは、銀色に輝くペンダントだった。

 

「それは見たまんま銀のペンダントと言うものだ。

 奴の闇魔術を、短い時間だけど弾く事ができる代物さね」

 

 白猫の言葉に冒険者達の表情は喜色に代わる。

 一番強力であろう敵の、それも魔術攻撃を無効化できるのは大きい。

 

「あ、もちろん終わったら返してもらうからね」

 

 白猫がそう付け加えると、冒険者の幾人かが小さく舌打ちをした。

 それが耳に入ったのか白猫はウニャンウニャンと鳴き笑いをする。

 

「ふふ、この世界は素直な子が多いね。

 あそこでもこんな子達が居ればよかったものを」

 

『それは無茶な注文だろう。

 まあ、吾輩とてこの世は気に入っている。

 あの小鬼共が居なければ尚良い』

 

「それこそ無理な注文さね。

 ここは盤の上、そしてそれを覗き込んでいる上位者達が暇を明かせる場でしかない。

 ま、お前さんが来てからそれも少し改める様にはなったみたいだけどね」

 

『吾輩が?しがない狼一匹でなぜそうなる?』

 

「ふふ、そのうち聞いて見ると良いさ」

 

『もう一度死にたくはないな』

 

「あ、あの、さっきからちょくちょく不穏な単語が出てきているのですが……」

 

 そんな2頭の会話に受付嬢が割って入る。

 

「ああ、なに、あたしたちがこの世界の住人ではないってだけの話だよ」

 

 白猫の言葉にその場にいた受付嬢と冒険者達、ちょうど警備隊の隊長達を連れて来たギルドの支部長と監督官、そして……。

 

「……え?」

 

 そこへやってきた女戦士達は白猫の言葉を聞き、それだけしか言えなかった。




流石に厳しいので援軍を連れて来たよ!


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深淵禍(後編)

1か月ぶりの更新となります(震え声


「ちょ、ちょっと待って、剣狼とあなたがこの世界の住人じゃないってどういうこと!?」

 

「……」

 

 女魔術師は動揺しながら白猫に聞き、ゴブリンスレイヤーはその様子を腕を組んで見ていた。

 

「この世界が四方世界と呼ばれ、神々の骰子遊戯の盤上だって言うのは知っているだろう?

 あたしたちは……というよりも剣狼はちょいと特殊でね。

 元居た世界では死んでいるんだよ」

 

『何故かこの世界に流れ着いてしまったのだがな』

 

「え……」

 

 再び白猫と剣狼の口からもたらされた情報に、周囲の人間は唖然としていた。

 ただでさえ剣を扱い共通語を解する狼と、共通語を話す猫の出現だけで思考のキャパシティがオーバー寸前だ。

 そこに実は剣狼と白猫は外世界の存在であり、しかも剣狼は出身世界で死亡していると言うのだから、この場にいる者たちの正気度(SAN値)が墓場までいってしまいそうになっている。

 

「ま、その辺りはこの騒動が収まってからゆっくり話すさね。

 で、あたしは自分の配下をこの場に呼べるけれど……」

 

『不要だ。

 吾輩の隣に立つのは親友と戦友だけで良い』

 

「あんたも頑固だねぇ、誰に似たのやら……幸い時間はまだある。

 その間に手を打っておくから、あんたが持ってるあいつのソウルを渡しておくれ」

 

『……これだ』

 

 剣狼は何処からともなく取り出した黒く濁り切った大きなソウルを白猫に渡す。

 そのソウルを見た者達は、なにか胸がざわつく感覚を持った。

 神官職や魔術を嗜む者は、ソウルと言うからには魂だろうと当たりを付け、かつて雄々しかったであろうその魂が、あそこまで汚れ切るほどの相手だと再認識し冷や汗を流す。

 

「さて、それじゃあたしはちょっと用事を済ませておくよ。

 すぐに戻るからその間に方針を決めといておくれ、……この街を失っても良い様にね」

 

 最後にそう言い残すと、白猫は薄れるように消えて行き、瞬きする頃にはその姿は完全に消えていた。

 事情説明はそこで一旦終わって皆が屋内に入り、更に1刻を過ぎた所で辺境の街にある各神殿の神官長や商館の長達、そして領主の姿も見せる。

 最初に口を開いたのは領主だった。

 

「さて、事態は大体聞いた。

 この街に危機が迫っていると言う事だが……」

 

『その原因である魔物の存在は吾輩が保証する。

 そして奴は周囲を浸食させ、人間は自分の配下にするか、人間性だけの存在となって深淵を彷徨う存在となる。

 この状態になると同じく闇魔法を使える個体も出始め、神性を持つ者や聖職者には猛毒となるだろう』

 

 剣狼の言葉に女神官をはじめ、聖職に就く者達は顔色を青くする。

 

『加えて魔法や魔術に対する抵抗力も高く、それによる攻撃もあやつにはあまり効果は期待できない。

 まあ効きにくいと言うだけで効果自体は出るので、一概に無意味ではないだろう』

 

「じゃがそれでも焼け石に水じゃろうな。

 して魔法の威力や抵抗力は高いようじゃが、近接はどうなんじゃ?」

 

「そうだな。

 近接が弱ければ或いはと思うのだが……」

 

 鉱人道士と女騎士が質問する。

 

『近接の攻撃力も馬鹿にできんな。

 食らえば並の人間……屈強な戦士でも瀕死は免れん。

 接近しすぎれば薙ぎ払いをし続け、盾で受けても体力(スタミナ)を軒並み持っていかれる』

 

「物理的な防御力はどうなんだ?」

 

 これは重戦士からの質問だ。

 近接戦闘手段しかない彼等にとっては己の

 

『それに関しては問題ない。

 むしろ魔法の武器などよりは、吾輩の弟子が持っているクレイモアのような、純粋に物理攻撃に特化した武器の方が好ましい。

 もちろん奴の分厚い表皮と筋肉を貫けるものがあればだが』

 

「なら、俺の愛剣は相性が良さそうだな」

 

 質問した重戦士が口元を歪ませながら、自分の愛剣であるグレートソードを軽く叩く。

 

「俺も久々にあいつを引っ張り出すか……。

 しかしそいつはどんな奴なんだ?それだけでたらめな強さならぱっと見で判別できそうだが」

 

『うむ……言うなれば巨大なヘラジカの角を付けた紅い多眼の巨人だな。

 筋骨も隆々であり、右手には棍棒と言わんばかりの巨大な杖を持っている』

 

「……確かにそんなもんでぶん殴られたら、俺でも生きてるか怪しいな」

 

「というか戦闘続行不可能だろ。

 金等級でも怪しいぜ」

 

「さしもの私もその様な連撃を食らえばただでは済まないな……」

 

「魔法が、利きにくい。近接の、攻撃も、難しい。少し、困ったわ、ね」

 

「あたしも矢で攻撃してみるけれど、あんまし効果が出なさそうね」

 

「拙僧も身のこなしは長けている方ですが、そのようなでたらめな攻撃をされては」

 

「じゃがやっこさんが相手にできるのは正面のみじゃろ。

 いっそ、囲んじまった方がええかもな。

 なぁに、こういう時こそ高度な柔軟性を維持して、臨機応変に対応するのがわし等のやり方じゃろ」

 

「手数を増やして交互に攻撃か、それにはまず周りの邪魔な奴等を倒すのが先だろう」

 

 この街の最高戦力である銀等級8人がそれぞれ案を出し合う。

 場数を踏んでいるだけあって、一旦方針が決まればまとまるのが速い。

 

「こちらでも守備隊から戦力を抽出する。

 いざとなれば弩砲(バリスタ)投石機(カタパルト)、いざとなれば先端を強化させた破城槌を出しても良い。

 ……守備隊長、状態と数はいかほどだったか?」

 

「いつでも組み立てて使用できるように整備してあります。

 弩砲は10基、投石機は4基、破城槌はありませんが、日付までには2基用意して見せましょう。

 弩砲は壁上に設置し、投石機と破城槌は壁外に配置すれば即応できます」

 

 領主がさらに案を追加し、守備隊長がそれに補足を加える。

 そして昼食を挟み日が少し降りるまで、ゴブリンスレイヤーと剣狼、そしてこの街の名士達が付き合わせた会議が続けられた。

 そうして決められた事柄は次の通りだった。

 

 

 

1.辺境の街の住民の避難と移送

 これは領主命令であり、広場において此度の襲撃を行う魔物の危険性を、小鬼王の死体も使って知らせるとともに、移送計画についても大々的に発表を行い避難を促す。

 移送計画としては水の街と王都への移送を計画しており、旅馬車や商館、はては行商人の馬車を使っての移送となり、馬車に乗る者の序列は体が女性と子供、男性そして体が弱い者と老人となる。

 

2.王都と水の街への伝令

 伝令には早馬を使い、4人一組でそれぞれに向かう。

 途上で盗賊や魔物に襲われた場合は散会し、各々の判断でそれぞれの目的地へ向かう事。

 伝令は1日毎の夜明けに出立し、戦闘は避けて一刻も早く伝えられた時点の情報を伝える事。

 

3.戦力の招集

 休暇や予備役に入っている身体に障害が無い兵役経験者の招集。

 冒険者は翠玉等級以上の冒険者を対象にした防衛線依頼を、青玉等級以下には移送の護衛依頼を張り出し参加を促す。

 前者に関してはその冒険者、一党を組んでいる場合は頭目の判断に任せ、仮に参加しなくても罪には問わない。

 その代わりこの脅威を項目1と同様に、王都や近隣の街へ知らせるようにする事。

 

 

 

 領主の館では、参加者がほとんど帰った会議室で領主と守備隊長が居た。

 

「正直この街に住む数千人の人口を2日で疎開させなければならんとは……。

 先代陛下から任された身としては腸が煮えくり返る思いだ」

 

「それでもなさないよりはましです。

 ここで疎開させなければ、敵に戦力を与える材料を与えてしまいます」

 

「……そうだな。

 人がいれば街は再建できる。

 防衛が成った暁には宮殿に復興支援資金を強請るとしよう」

 

 手を叩き改めて領主は配下に指示を出す。

 

 

 

 冒険者ギルドでは改めて依頼の張り出しが行われていた。

 

「依頼に関してだが、前者に関してはゴブリンスレイヤー君が出した報酬に加え、一人頭金貨100枚を追加し、後者に関しても、金貨30枚を払うと領主閣下は約束された。

 加えて襲撃する魔物の首魁を討伐した者、或いは一党には金貨5000枚を与える」

 

「100枚!?」

「護衛でも30枚だってよ!」

 

 報酬額に冒険者達、特に翠玉以下はその額に驚いていた。

 だが同時にこの街の存亡が現実のものになりつつあるのを、皆が改めて感じ取るには十分な額だったが、その恐怖を覆い隠すように奮起するしかなかった。

 

「じゃあお前たちはここに残るんだな?」

 

「ああ、だけど死ぬ気はないぜ?

 危ないと思ったらすぐに離脱しろって大将に言われてるからな」

 

「私達じゃ足手纏いだから……、せめて斥候と治療くらいは役に立たないと」

 

 新米戦士の言葉に少年斥候が答え、少女巫術師も彼に続けて言う。

 

「でもあたしなんて術は1回しか使えないし、しかも使えるのは≪聖撃≫(ホーリースマイト)だけだし、今回出てくる敵はその神聖魔法も効果が薄いし……。

 それに比べたら断然役に立てるわよ」

 

「俺なんて武器がこの二つしかないからなぁ」

 

 新米戦士が腰に下げている棍棒と剣に触れる。

 どちらも今回の急襲戦(レイドバトル)には不向きな得物であり、彼の身を守る防具も心もとない。

 

「とにかく、そっちも気張って行けよ。

 護衛が多数付くと言っても、盗賊やゴブリンの奇襲が無いとはいえないからな」

 

「ああ、そっちも死なないようにな」

 

 

 

「師父」

 

『うむ……』

 

 女戦士と剣狼は互いの目を見合う。

 

「……私は、私はあなたの隣には立てませんか?」

 

『……』

 

 女戦士の問いに剣狼は瞑目する。

 その問いの原因は間違いなく剣狼自身が言った言葉のせいだろう。

 だが剣狼はその事を撤回するつもりはなかった。

 

『確かにお前は強く、そして変化した。

 3月前のお前が見たら信じ難いと思うくらいだろう……だが』

 

「もとよりこの命は……私の純潔は師父から守られた物、ならその礼は返さなければなりません」

 

 剣狼の言葉を女戦士が遮る。

 

「……ですから、貸し逃げなんてさせませんから」

 

『ふふ、まったく誰に似たのやら』

 

「弟子は師に似ると言いますから」

 

「おやおや、これまた懐かしい光景だね」

 

 そんな二人の会話の中で白猫が入り込む。

 

『用事とやらは済んだのか?』

 

「ああ、勿論さ。

 探し物は見つかったし、あとはこちらの準備をするだけだよ」

 

『しかし、そうポンポンと枠から出て大丈夫なのか?』

 

「なに、『樹』は寛容なものだよ。

 猫の気まぐれぐらいで怒るようなことはないさ」

 

『気まぐれにしては外側に出過ぎだろうに……』

 

 剣狼が呆れたように言う。

 

「さっき『樹』とかなんとか言ってましたけど、何のことです?」

 

「んー、これは言って良いのかねぇ……。

 いや、ちょっと外っ側の連中と相談してから喋るとするかね」

 

「あ、白猫が居る。

 なになに、何の話よ?」

 

 1人と2頭の会話が終わりかけた頃、妖精弓手が声を掛けて来た。

 その後ろにはゴブリンスレイヤー含む一党の姿もあり、剣狼たちに歩み寄る。

 

『そちらは話はついたのか?』

 

「ああ、全員参加だ」

 

「勿論、危なくなったら嬢ちゃん達は真っ先に逃がすつもりじゃがな」

 

「危険な仕事は熟練者がやるべきですからな。

 経験が浅い者は先達を見て学び、何が危険かを覚えてから取り掛かるのが、万物の基本でしょうや」

 

「私の奇跡がどこまで通じるか分かりませんが、精一杯お役に立とうと思います」

 

「私も2回しか魔法が使えないけど、広域魔法を魔女さんから教わったから雑魚散らしには使えるわよ」

 

「私は弓しか取り柄が無いけれど、逆に言えば目とか急所を狙って支援するわ」

 

 各々が言葉を並べる。

 あの遺跡の依頼から今日まで、互いに手の内を知りつくした仲だ。

 

「それよりも白猫、さっき剣狼たちと何話してたのよ?

 『樹』とか何とか聞こえたけど」

 

「おやおや、盗み聞きとは感心しないねぇ。

 好奇心は猫をも殺すと言うのに、怖くないのかい?」

 

「え、もしかしてそういう話?」

 

 白猫の答えに妖精弓手は顔を引きつらせる。

 長い時を生きる上の森人の彼女でも、目の前にいる2頭は別格の存在なのだ。

 

「まぁ喋っていいかちょいとお伺いをしてからだね。

 それよりも道士殿、あれの調子はどうだい?」

 

「おお、今工房で見ておるんじゃ、剣狼も見ていくと良いじゃろ」

 

 

 

「むむむ……」

 

 工房を覗くとそこには銀のペンダントを、ルーペを使って見つめているあの娘が居た。

 

「細工師殿、首尾はいかがかな?」

 

「やはり装飾と一緒に、チェーンにも魔法陣が施されているみたいです。

 言葉は分かりませんがこれだけの精度で陣を彫るなんて、さすが異世界の代物です」

 

 蜥蜴僧侶に声を掛けられるとルーペを置き、目をこすりながらこちらを向くと娘……女細工師の顔に喜色が彩った。

 

「灰色様!」

 

『うむ、此度の戦で首魁を相手取ることになった。

 吾輩はあやつの放つ深淵の毒には耐えられるが、同行するものにはそれが必要となる』

 

「はい、伺っています。

 戦えない身ではありますが、私が今持っているすべてを出して準備をさせて頂きます」

 

「この娘っ子、細工と術式の才能は確かじゃ。

 このまま経験を積めば、いずれ名のある細工師になるじゃろ」

 

「い、いえ、道士さんや魔女さんの様には……」

 

「なぁに、この短期間で都の魔道具師を抜くほどの腕を持っておるんじゃ、お主は間違いなく一角の者になろうさ」

 

 女細工師の謙遜を鉱人道士が保証する。

 わたわたとしつつ魔女に視線を向ければ、彼女はウィンクをしながら笑った後煙管で紫煙を吸った。

 

「それで、どれだけ人が集まるね?」

 

「そうさな、ここの三人とあと四人ほどで七人になる予定じゃ。

 その間わし等がこのペンダントにある術式の解読をするんじゃが」

 

「ふむん、なら私が少し手助けをしてやろうじゃないか。

 娘さん、ちょいと頭を下げておくれ」

 

「え、あ、はい」

 

 白猫については道士から聞いている為驚かなかったが、それでもおずおずと頭を下げる。

 下げた女細工師の頭に白猫が前脚を添え、白猫が数秒ほど白く輝いた。

 

「今お前さんの頭の中に、剣狼の出身世界の言葉と魔術言語を追録(サプリメント)させてもらったよ。

 これで銀のペンダントの中身が分かるはずだよ」

 

「え!?そんなまさか……わぁ!ほ、ほんとだ。読める!」

 

 白猫の言葉に半信半疑ながら銀のペンダントを再度覗き込み、女細工師は驚きながらも興奮したようにルーペを片手に、陣に書き込まれている言葉を羊皮紙に書き込む。

 

『随分とサービスが良いのではないか?』

 

「なぁに許可はちゃんと取ってやっているさ。

 この世界の神だって、世界が滅びるのはごめんだからね。

 もっとも、今回の騒動の主犯はあたしの爪と相方の尻叩きで罰は済んでいるさ」

 

『それは痛そうだ』

 

 罰を負った神の事を思いながら剣狼はそう言うだけにとどめた。

 実際白猫ほどの猫の爪を受ければ、重傷待ったなしである。

 

「さて、それじゃあさっさと取り掛かるよ。

 相手は待っちゃくれないんだからね」

 

 白猫がそう言うと各々動き出した。

 すべてはこの街を守るために……。




難産オブ難産。
そして最終的には有耶無耶にして次回につなげると言う力技。
それもこれも杉花粉ってやつが悪いんだ(暴論


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役者集結

GW繁忙期準備→GW繁忙期本番→もうすぐ終わると気を抜いて体調崩す→令和になったので(改元後)初投稿です。


「……」

 

 昼が過ぎた頃、ゴブリンスレイヤーは壁上から離れて行く避難民の最後の車列を見送った。

 2日ほど前からこの辺境の街は、煮え滾った魔女の窯をひっくり返したような騒ぎの仲、なんとか難民キャラバンとしての体裁を整えて送り出せた。

 その中には自分と剣狼、そして重戦士の一党が面倒を見た二人の冒険者の姿もある。

 そこらの白磁よりは戦えるだろうが、場数が圧倒的に足りない。

 

「ゴブリンスレイヤーさん」

 

 そんな彼の後ろから聞きなれた少女の声が聞こえた。

 振り返るとそこには女神官の姿があった。

 

「街、静かになっちゃいましたね」

 

「……ああ」

 

 この時間帯なら人々のざわめきや歓談の声、馬車を牽く馬のいななき、煙突から立ち上る煙があった。

 それが2日で死んだように何も無くなった。

 今この街に居るのは迎撃のために残った冒険者と街の兵士、そしてそれを支援する者達だけである。

 

「白猫さんのアクセサリーも間に合ってよかったですね」

 

「ああ」

 

 今回の呼びかけに応じた冒険者は20余名、その内深淵の主に相対する前衛は剣狼、ゴブリンスレイヤー、重戦士、女騎士、槍使い、先輩女戦士、蜥蜴僧侶、後衛は妖精弓手、鉱人道士、女魔術師、魔女、残りの冒険者や兵士は深淵の主の配下への対応となっている。

 つまり剣狼以外の10名分の銀のペンダントが出来ており、これから始まる最終確認のための会議で配布される予定だ。

 

「街、守り切りましょうね」

 

「ああ」

 

 思えばこの街で冒険者として生活を始めて5年、10年前のあの頃からすれば考えられない状況だ。

 特にこの3か月程の変化の激しさには目を回しそうになる。

 全ては1年前に剣狼が出現してから、すべてが始まりだったのだろうと彼は思った。

 

(生活は……変わらない。

 依頼を受け、報酬を得、その金で生活をし、また依頼を受ける)

 

 だが、その内容は常に変わり続ける。

 彼もまたこの世界に生きる一人の人間なのだ。

 

「牛飼さんも受付嬢さんも、貴方の無事を祈っていますし……その、私も、そう思ってます」

 

「無茶をして勝てれば苦労はしない……だが」

 

 一拍を置いてゴブリンスレイヤーは言った。

 

「死ぬつもりは毛頭ない」

 

 

 

========================================

 

 

 

「さて、そろそろ出るよ」

 

 白猫の声を聞き剣狼は閉じていたその両目を開けた。

 白猫と剣狼、そして女戦士と女魔術師が居るのはゴブリンスレイヤーが寝泊まりしている農場の納屋、その裏手で彼女の言う増援を呼び出す白サインの出現を待っていた。

 

「説明したけれどもう一度言うよ。

 今回の白霊の召喚は呼び出された者は発声(ボイスチャット)できる様にしたからね。

 ジェスチャーでのやり取りじゃ味気ないだろう?」

 

 そもそもお前さんじゃジェスチャーの数が少なすぎるからねぇ――白猫はそれだけ言って含み笑いをした。

 

『しかし何故ここなのだ?人目が付かない場所ならば他にもあるだろう』

 

「理由の一つとしてはそれもある。

 しかし、うちの子等(フロム系)はなんでか騒動に巻き込まれる体質らしくてね。

 ここはその縁がある場所の一つなんだよ」

 

 うちの出身じゃなくても同じようなものだけどね。と白猫は付け加えながら小さく笑った。

 

「あの、呼び出すのは並行世界……の人なんですよね?

 呼び出したら向こうではいない状態になるんじゃないですか?」

 

「まあその通りだね。

 だけどそれはあちらの世界からすればほんの一瞬の事さ。

 でも、経験した事や記憶は忘れない。決してね」

 

『それに白サインはあちらの任意で書き記すことが可能だ。

 それに合言葉(マッチング)で互いに示し合わせる事もできる』

 

「余計な流入を防ぐため……ですか。よく考えられています」

 

 説明している内に地面に2つの文字列が浮かび上がる。

 だがその文字を女戦士と女魔術師には読めなかった。

 

「これが……」

 

「白サイン……」

 

「向こうも一段落着いたようだね。

 じゃあ呼び出してごらん」

 

『ああ』

 

 剣狼が白サインに触れ、異界の何某かの言葉を紡ぐ。

 白サインが消え……そして円環が形成されそこから2人の人影が現れる。

 一人は全身鎧を身に着け、蒼いサーコートをまとったゴブリンスレイヤーの一張羅とほぼ同じ姿の人間。

 もう一人は背丈が重戦士よりも大きく、こちらも全身鎧姿で蒼いマントをなびかせていた。

 

「白猫の要請にて参上し……」

 

「お前は……」

 

(ああ、懐かしい姿だ)

 

 現れた二人が剣狼を見て狼狽し、対する剣狼は目を細めキュウンと一鳴きする。

 呼び出された当人達は白猫に事情を聞こうと周りを見渡し、隣に片や朧げに、片や鮮烈にかつて闘った者を目撃して身を硬直させた。

 

『久しいが、まずは挨拶からだ。

 私は灰色の剣狼と呼ばれている。

 灰色なり剣狼なり呼ぶと良い』

 

「「……」」

 

 剣狼の言葉に二人は黙り、互いの顔を見て困惑してしまった。

 死別して何の因果か再び相見えたら、本来喋らない筈の者が喋っているのだから当たり前だ。

 

 

 

========================================

 

 

 

「なるほど、大体の事情は把握できた」

 

「興味深いな。

 こちらとは事件の順序がかなり違う」

 

 その後ややあって二人は何とか落ち着きを取り戻し、街の冒険者ギルドへと足を運んだあと、剣狼の今までについてのあらましを聞きそう呟く。

 一先ず街に到着するまでに、呼び名は親友の方を狼騎士(ウルフェンナイト)、戦友の方を悪魔殺し(デーモンスレイヤー)と呼ぶことにした。

 

「しかし改めて思うが深淵の主か……」

 

『そうだ。

 今日の日が沈んだ頃にこの街へ襲撃を掛ける』

 

「こっちでは随分と大事になっているな……。

 こちらでは件のゴブリンロードが首魁だった」

 

「私は偶然この街に通りかかった所を傭兵として参加したが、悪魔殺し殿と状況は一緒だ」

 

「しかし、まさかあの女武闘家がな……」

 

 悪魔殺しと呼ばれた全身鎧の男が女戦士を見る。

 

「あの……」

 

「ああ、いや、少し稽古を付けた程度だがなるほど、大狼が指導すればこうなるのか……とな」

 

「うむ、只人としてはかなりの仕上がりだ。

 今後が楽しみであるし、私も戻ったら少し指導しても良いかもしれん」

 

『相手が神族でないことを念頭に置いておけよ?』

 

「これでも騎士団を率いていた身だ。

 只人の柔さは知っているとも」

 

 そんな会話をしている4人を遠目にゴブリンスレイヤーの一党が、別の席で様子をうかがっていた。

 

「いやはや世界は広いですな。

 まさか並行する時間軸からの援軍が現れるとは」

 

「確かに、あやつ等の魔法技術はこの世界より上のようじゃ。

 じゃがそれは同時にあやつ等の出身世界の不安定さも見えると言うものじゃの」

 

「どういう事よ?」

 

 鉱人道士の考察に妖精弓手が聞き返す。

 

「ああやって並行世界の住人がポンポンと来れると言う事は、それだけ世界を構成する壁に綻びが多い証拠じゃ。

 それは即ち外的要因に晒され易いと言う事でもある。

 そんな何時滅びるとも知れぬ世界なんぞわしはごめんじゃな」

 

「そう考えると怖いですね……」

 

(何時世界が滅びる規模の災厄が来るか分からないでの生活など、万人に聞けば万人が否と答えるだろうが、この世界も大概だと言うのは駄目なのかしら)

 

 女魔術師はそう考えていたが話がややこしくなるので口に出すのはやめた。

 

「どちらにしろゴブリンは滅ぼす」

 

「あんたは単純で気が楽そうよね」

 

「だが……」

 

 ゴブリンスレイヤーはそこで一拍置いた。

 

「この街は滅ぼさせん」

 

「その通りだ」

 

 宣言したゴブリンスレイヤーの傍に、いつの間にか魔神殺しと呼ばれていた剣狼の戦友が居た。

 

「やはり世界が違ってもお前はお前なのだな。

 安心したよ」

 

「そちらでの俺は……」

 

「お前ほどの変化はないな。

 特に鎧を変えるなど、どういう心境の変化なんだ?」

 

「……」

 

 ゴブリンスレイヤーは一瞬黙り少し考えるそぶりを見せる。

 

「灰色……」

 

「?」

 

「灰色のお陰で、ゴブリンの依頼が俺の方まで回らなくなった。

 家賃を払う為には他の依頼を受けざるを得なくなった。

 その為には前の装備では不十分だと感じた。

 それだけだ」

 

「……ふふふ、ははは」

 

「む……」

 

 悪魔殺しはゴブリンスレイヤーの台詞を聞いて笑い出す。

 ゴブリンスレイヤーは何がおかしいのかと、むっとした様な声を出した。

 

「いや、すまない。

 そうだな。確かに相手に合わせて装備を変えるのは常識だ。

 ゴブリン相手ならばそこらの木で出来た棍棒でも十分だし、少々荒くても刃を通さない鎖帷子とハードレザーで十分だ。

 だが悪魔や大型の獣相手ではそうも行かないからな」

 

「お陰で覚える事が山積みだが……悪い気はしない」

 

「ふふ、ますますこちらのお前とは違うな。

 今後が楽しみではあるが、この会合は今回限りと言う事なのだ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、……本当は奴等との旅も悪くないかなとは思っているのだが、我々はそれぞれ与えられた役割(RP)というものがある。

 ……まあ、私も狼騎士も大狼も元居た世界でその役目を果たしたが、どうにも厄介事は我々を放してはくれんらしい。

 それは兎も角……だ」

 

 悪魔殺しはゴブリンスレイヤーに右手を差し出す。

 

「今夜の悪魔狩りは油断せずに行こう。

 奴は悪魔の中でも異質故にな」

 

「……ああ」

 

 ゴブリンスレイヤーは彼の手を握り返した。

 

「たのもー!」

 

 それと同時に、快活な声がギルド内に響いた。




令和になりました。
本当はもっと書きたいことがあったけれどキリが無いので、こんなしめ方になってしまい本当に申し訳ない。
実質二度目の新年、皆様も健康に気を付けて頑張って行きましょう。


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エンカウント

長らくお待たせして申し訳ない。
生存報告がてらの投稿になります。
ちょっと短い上にただでさえ拙い文章力が落ちてるかも。


 

 

 

 

 

『むぐぅ……』

 

「にひひ♪」

 

 剣狼は先程ギルドに入ってきた少女……勇者と自己紹介した冒険者に、頬の肉を両手で持ち上げられていた。

 

『以前にも似た様な事をされた記憶があるのだが……』

 

「き、気のせいじゃないかしら?」

 

 剣狼の台詞に妖精弓手は片手で口を押さえ、顔を背けながら笑いを堪えていた。

 そして親友である狼の騎士と、戦友の悪魔殺し、そして弟子である女戦士も剣狼に背中を向けているが、その肩が微妙に揺れているのは女魔術師の目から見ても明らかだった。

 

『兎も角放すが良い勇者とやらよ』

 

「はーい!」

 

 剣狼が頼むと勇者も素直に手を放す。

 そして持ち上げられた頬の毛や髭が気持ち悪いので顔を振る剣狼、決戦間際でピリピリしていたギルド内がホッコリした。

 

「お久しぶりです」

 

「……ああ」

 

「むぅ……」

 

 そしてもう一方ではゴブリンスレイヤーが剣の乙女と女神官に挟まれていた。

 彼女もまた、至高神の託宣によってこの街へ向かうように知らされ、馬車の用意をしている所で替えの馬が調達できなかった勇者一行と遭遇、この街まで一緒に相乗りする事となった。

 一通りゴブリンスレイヤーとの会話を終えると、剣狼の元へ歩み寄る。

 

「微力ながら私もお力添えいたします」

 

『助かる。

 だが奴には魔術や奇跡の類は効き難い。

 取り巻きの変異種に対し広域で使った後、術はとっておいた方が良いだろう』

 

「分かりましたわ」

 

「あとは奴がゴブリンの巣で捕らわれていた虜囚を使ってきた場合だな。

 その時は躊躇なく攻撃する事を推奨する」

 

「な、何故ですか!?」

 

 悪魔殺しが言った台詞に、冒険者を代表するかのように女神官が聞き返す。

 

「単純にもう助からないからだ。

 奴の周りにいたのでは体の変異はもう手遅れになっているだろう。

 我々の世界の魔術師の街(ウーラシール)で奴が起こしたのは、そこの住民が奴の深淵に当てられて頭部が肥大化し、奴の意のままに操られる異形の怪物にした。

 しかも自分たち以外の生物が立ち入れば問答無用で襲ってくる。

 奴の傍に居る事自体が既に手遅れなんだ」

 

「加えて言えば女性体ではどのような変異が起きているか分からない。

 我々の想像を絶する異形にされている可能性もあるのだ」

 

『ただのゴブリン相手ならまだ助かる目はあるだろう。

 だが奴と相手にするにはその様な覚悟ではだめだ』

 

 三者三葉に冷徹な答えを返す。

 そこで勇者が前に出た。

 

「僕も似た様な奴に遭遇したよ。

 鱗と後ろ足が無い白い巨大な竜で、街の人を捕まえて蜥蜴人みたいな姿に替えられていた。

 中には全身から結晶を生えさせたり、貝みたいな姿にされていたり……」

 

「あの禿この世界にも居たのか……」

 

「そう言うな。白竜の鱗への願望は凄まじいからな……」

 

『やはりあの噂の竜は奴だったのか……』

 

 勇者の言葉を聞いて三人は集まって小声で話すが、剣狼の声は女戦士の指輪から発せられるので、一人の少女の左手に男二人と狼一頭が寄り添うという、実にシュールな光景が出来上がった。

 しかも会話の内容は女戦士に駄々洩れであり、彼女はそれにどう反応すれば良いのか困惑気味である。

 

「……それで敵の首魁の絵姿は出来たのか?」

 

「ああ、会心の出来だと思う」

 

 そう言いながら羊皮紙をテーブルの上に出す悪魔殺し。

 そこにはややデフォルメされているが、それでも十分に醜悪な姿だと分かる深淵の主(マヌス)の姿があった。

 

「うわぁ……これまた強烈な……」

 

「今の所確認されている悪魔の中じゃ一等に醜悪だな。

 で、この横に居るのが……」

 

「主観での俺の姿だ。

 頭までなら俺二人分、角を含めれば三人半と言ったところか」

 

 槍使いと重戦士が見た感想を言うと、周りに控えていた冒険者達も続々と絵姿を確認しに来る。

 それぞれ感想を言う中、再びギルドの扉が開く。

 そこには街の警備隊長と、班長らしい複数の人影があった。

 

「勇者殿と剣狼殿の援軍が来たと聞いたが」

 

「あ、はーい!ここです!」

 

「我々もここだ。それと目標の絵姿も完成している」

 

「こちらも微力ながら力を貸そう。

 そして短い間だが世話になる」

 

「そなた等が剣狼殿の援軍か……。

 その佇まい、只者ではないとお見受けしました。此度の戦いではよろしくお願いします」

 

 警備隊長がそう言うと部下に指示を出して辺境の街周辺の地図を広げる。

 そこには幾つかの攻城兵器の配置と、陥穽を使った罠の配置が予測進路上に配置されていた。

 

「まず第一に壁上設置型の弩砲と投石機による攻撃で、雑魚散らしと首魁への多少なりの痛痒を与えたい。

 投石機が投射するものは、近頃製法が再発見された粘着火薬(ギリシア火薬)を詰め込み、火種を付けた油壷を使う」

 

 見本として持ってきたのは黒々として、程々に粘着性がある油が入った瓶だった。

 

「これは引火性が高く、加えて粘性も高いため取り扱いを十分に気を付けよとのお達しだ。

 また製法は秘匿されている為、ここにあるのは以前に作り置きをしたもので、数に限りがあると言う事に留意してほしい」

 

「貴公、これをどう使う?」

 

「そうだな。遠距離で全周から投げつけて丸焼きパーティも良いが……、やはり長物武器に塗りたくってから火を点け、体内にねじ込むのも手だろうな。

 あとは傷口や口腔に油を撒いてから火を点ける等か」

 

『流石戦友、やる事が実にえげつない』

 

「「「「……」」」」

 

「なるほど……」

 

 新アイテム(新しい玩具)を見て早速悪魔殺しが何か物騒な事を言い出し、他の冒険者や警備隊の面々は冷や汗を流して閉口しているが、ただ一人ゴブリンスレイヤーだけが頷いていた。

 やはり上位の悪魔(デーモン)を倒すには、悪魔以上のえげつなさを持たなければならないのだろうかと、その場にいた者達はそう思った。

 

「……おほん、では第二段階だが、討ち漏らした取り巻きを今度は広域魔術で叩きのめす。

 これは弩砲などの再装填時間を稼ぐ目的もある」

 

「再装填までにはどれ程時間がかかるので?」

 

「弩砲は凡そ30秒、投石機は約1分半だ」

 

 重戦士の質問に警備隊長が答える。

 

「分かった」

 

「他に質問は?……無い様だな。

 第二段階を終えたらあとは前衛の仕事だ。

 もちろんこちらからも援護はするが、その際には笛を鳴らすので留意しておいてほしい。

 ……聞き逃して我々の弾に当たらんでくれよ?

 葬式代を払う気はさらさらないからな」

 

 警備隊長のブラックジョークに練達の冒険者達は笑う。

 ただ黒曜等級や白磁等級の新米たちは、その狂気を含んだ空気に当てられて顔色を蒼くしている。

 

「さて、そろそろ案が詰まってきたな。

 あと何か自己申告をする者は居るか?」

 

「ここに居るよ」

 

 警備隊長の言葉を受けてしばらく聞かなかった声が響く。

 そこへ皆が顔を向けるとそこには白猫が居た。

 

「白猫殿か、なにかな?」

 

「なに、ちょいと早い聖夜のプレゼントさね」

 

 白猫がそう言うと、何処からともなくガラガラと楔石各種を取り出した。

 

「さあ今回は出血大サービスだ。

 パッチみたいにケチな品揃え(数量限定)じゃないからね。

 欠片一個で銀貨6枚(600ソウル)、原盤1枚で金貨2枚(20000ソウル)だよ」

 

 そのような事を宣った白猫の目の前にデカいソウルの塊が置かれた。

 

「原盤を30枚くれ、向こう側に巨人の鍛冶師が居るからな」

 

 それを皮切りに購入する者が続出し、工房長が死ぬほど槌を振るったのは想像に難くなく、むしろ当然の帰結だった。

 これも辺境の街の為。

 

「まだ死んどらんわい」

 

 

 

========================================

 

 

 

 辺境の街から遠く離れ昼時を僅かに過ぎた森の中、その中を突き進む有象無象の姿があった。

 元はゴブリンであったであろうその体は赤黒く変色し、頭部は元のものより倍以上に膨れ上がったヒトガタの異形の群れ、その後方を悠然と大角と尾を揺らしなが闊歩する深淵の主があった。

 

「くそ……これはヤバいな……」

 

「ええ……まさかこれほどの威圧感があるとは……」

 

 斥候として軽装で出された街の警備兵の二人は木陰から群れの様子を見ていた。

 二人は濃緑色に染色された皮鎧と頭巾、それに口元にも同じ色の布を身に着け、腰には短剣を着けていた。

 これは視認されにくくするための物であり、主に森の中から標的を偵察するための装備である。

 

「これは俺達がまともに相手にするのは無謀だな。

 街からの距離は掴んだな?もどっ跳べ!」

 

 戻るぞと言いそうになって途端に首筋に鳥肌が立つ、そして相方を引っ掴んで飛び退くとそこに黒い塊が着弾した。

 

「気付かれた!逃げるぞ!」

 

「畜生!」

 

 短く悪態を吐くと二人は森の中を駆け抜けて行く。

 そのすぐ後ろから木々が破砕される音が響き渡り、二人はこれでもかと脚に力を入れて駆ける。

 そして森の切れ間に木に繋いだ馬が見え、手早く解くと今までで最も早く馬に飛び乗る。

 

「っはぁ!」

 

「っやぁ!」

 

 踵で馬の腹を叩き駆け出させるのと、深淵の主がその場に飛び込んでくるのは同時だった。

 

――グルルルルル……――

 

「走れ走れ!」

 

「帰ったら水と飼葉をたらふく食わせてやる!」

 

――ゴオアアアア!――

 

 馬が最高速になると同時に深淵の主も、雄叫びと共に闇魔法を発動させた。

 だが人の足ならともかく、馬の最高速に追随できるものではないらしく、見るだけで悍ましいほどに漆黒に染まったそれは、馬が通った蹄の跡を添うように着弾した。

 しかし二人は後ろを振り向かずに、必死に手綱を操り深淵の主の元から走り去って行く。

 

「相棒、まだ生きてるか!?」

 

「生きてなきゃ会話できねぇだろ!」

 

「それもそうだ!ははは!」

 

 ある程度走り後ろを振り向くと、そこには二人を恨めしそうに睨む深淵の主の姿があったが、すぐに二人への追撃を諦めて群れの元へと去って行った。

 それを確認すると馬の駆け足を少し緩める。

 

「なんとか諦めてくれたみたいだな」

 

「魔法の速度はそれほどでも無いみたいだな。

 やはり閉所で使う事前提の魔法か」

 

「だろうな。だがこれで奴の事はより詳しく知れた。

 街まで突っ走るぞ!」

 

 再び二人は馬を駆けさせた。

 この二人の小さな英雄が街に帰還したのは、太陽が夕焼けの空を映すころだった。




なんとか年内に投稿できました。
遅れに遅れた理由としては、5月から新しい部署に配属になり、仕事に慣れるのと繁忙期に忙殺され書くのが滞っていました。
あとはtheHunter:COTWにのめり込んでいた事です(おい
鹿討ち楽しいねん。
現実でやろうとは思わないけど。

次の行進はまだ未定です。
早ければ1月には投稿したいかなとは思っています。


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闇夜の宴

あんたには期待してるんだ。しっかり働いとくれよ。


 太陽が完全に落ちた暗闇の中、街の外周に広がる平原全体を照らすように篝火が掲げられ、普段は小さな星が見える筈の街の夜空は明るい星のみが見える状態となった。

 光は闇を照らし出し、邪なるモノを炙りだす道具として使われてきたが、此度この街を襲撃する敵はその光すら飲み込もうとする真に魔なるモノだ。

 

「不気味な風ね……」

 

 耳の端に触る風を夜見ながら妖精弓手は呟いた。

 

「森の動物たちも鳴りを潜めている様子、それに空気が硬くなってきておりますな」

 

「こう言った時は大抵良くないものが出てくると相場が決まっとる。

 そろそろ来るぞ……」

 

 蜥蜴僧侶に鉱人道士も硬化する空気を読み取り妖精弓手にそう返す。

 そして外壁の上で待機し、遠眼鏡で周囲を探っていた兵士が叫んだ。

 

「来たぞ!」

 

 兵士が指さす方向へ視線を向ければ、森のその部分だけ異様に動きが大きかった。

 森の木々を真正面からなぎ倒しながら進んでくる何か……、聞かなくとも分かるしそのような異常な行為が出来るのは、見聞きした中で辺境の街で出来るのは一体だけだ。

 

「来たぞ!深淵の主が!」

 

――ガアアアアアアアアアア!!――

 

 声にならない声を上げながら森から姿を現したのは、高々と反り返る牡鹿の様な角、辛うじて人の形を保った筋骨隆々ながらスマートな肢体、尾ていから伸びた長い尾、そして頭に無数に並んだ赤い目の群れ。

 凡そ人間が恐ろしいと言えるすべての要素が交じりあった異形の怪物が姿を現したのだ。

 そしてその姿の後ろから続々とゴブリンの変異体が現れ、街へと行進を開始する。

 

「私の主観時間では凡そ5年ぶりと言ったところか」

 

「私は10年程だ。

 だが……」

 

「「やはりムカつくなあの瘴気は」」

 

「放てぇー!」

 

 不死人と神族が同じ感想を言うと同時に、防衛隊長が号令を出す。

 城壁の上に所狭しと備え付けられた兵器群から、並の魔族が受ければ即死する威力の暴力が次々と放たれる。

 弩砲から放たれる丸太を削り出した大矢、投石機からは可燃性の高い油をしこたま詰め込んだ壺が、種火を灯らせて飛翔してその猛威を撒き散らす。

 壁外の草原は一瞬にして炎に包まれ、その炎に巻き込まれたゴブリンの変異体が焼け崩れて行く様は、地獄もかくやといった惨状である。

 

「すっげ……」

 

「こんなもの、間違っても人同士の戦いで使って良い物ではないぞ」

 

 目の前に広がる惨状に槍使いと重戦士が重く口を開く。

 これらの兵器は元々混沌の勢力との戦いの為に開発されたものだが、目の前に広がる人の手によって出来上がった炎の壁を見れば、これらが人同士の戦争に使われればどのような惨状になるかは想像に難く無かった。

 

「あの油壷、黒い火炎壷を思い出すな」

 

「貴公に投げられた時の事は今でも鮮明に思い出せる。

 相対してすぐにバンバン投げられてたまったものでは無かったがな」

 

「その節はすまないと思うがこちらも負けられなかったからな」

 

 そんな光景を尻目に物騒な言い合いをしている全身鎧共を、周りに居る冒険者達は遠巻きに二人を眺めていた。

 

「なんかすごい事言ってますけど、大丈夫なんですか?師父」

 

『まあ吾輩も悪魔殺しに油壷を投げられたからな。

 もはやあやつの敵に対する挨拶と言っても良いだろう』

 

「嫌な挨拶ね……」

 

「……」

 

 冒険者達が突入準備をしている間、蜥蜴僧侶はジッと深淵の主を凝視していた。

 

『どうかされたか僧侶殿』

 

「いやなに、あの深淵の主と言う強者、元は人間と言いましたかな?」

 

「そうだが?」

 

 剣狼の問いかけで出た蜥蜴僧侶の疑問に、狼の騎士はそう答える。

 

「ならばあの頭と腰に生えている角と尾、あれは竜の角と尾ではあるまいか?」

 

「っ……」

 

 蜥蜴僧侶の言葉に狼の騎士は押し黙り、その姿を蜥蜴僧侶は片側の目をギョロリと動かして見やる。

 

「何やら事情がある様子、ならば子細は事を終えた後に聞くのがよろしいと存ずるがどうか?」

 

「そうしてくれ、今はあいつを倒す事だけを……すまない」

 

「何、拙僧も功徳を積み祖先に至らんとする身、ならば剣狼殿らの世界の理を聞くのもその(しるべ)になるやもしれませぬからな」

 

 そう言いながら蜥蜴僧侶は竜牙刀を構える。

 それに倣うように周りの冒険者や兵士達も己の得物を構えた。

 

「まずは、梅雨払い、ね。

 ウェントス()……クレスクント(成長)……オリエンス(発生)

 

 魔女が呪文を唱えると突風が発生し、平原を舐めていた炎が深淵の主の周りで生き残った取り巻きに向かって延焼を始め、その業火で取り巻きは炎に包まれ燃え尽きて行った。

 

「それじゃあわしもやるかの!風の乙女(シルフ)や乙女、接吻おくれ。わしらの船に幸ある為に!」

 

 鉱人道士も魔女に続いて呪文を唱えると、冒険者達は己の身が軽くなるのを感じた。

 

『脚を速める術か、ならば一番手は貰うぞ』

 

 剣狼がそう言うな否や、愛剣を抜き放ちながら街壁から身を躍らせる。

 狼故の身軽さで地面に着地すると、元が早い移動速度に加えて移動速度が向上したのもあり、その姿はあっという間に駆け抜けて行く。

 その後ろでは冒険者達が人間が使える樋を使ってやっと降り立ったところだ。

 

「は、速い!」

 

「ありゃ最早風だな。

 おぉい!狼に見せ場取られちまうぞ!突撃だ!」

 

 女騎士の声に重戦士がそう答えながら周りの冒険者や兵士に発破をかける。

 剣狼の動きに呆気を取られていた者達は、その声に己が役割を思い出したかのように再び動き出した。

 

 

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 剣狼は己が今までで一番早く動ける今を風と共にかける事で感じていた。

 毛並みに大気の壁を僅かに作り出し、炎の揺らめきを己が通った道筋として靡かせ、友が命を落とす元凶となった深淵の主の元へと駆け迫る。

 深淵の主も剣狼の姿を捕え、足元から黒いなにがしかを出現させた。

 

(深淵沸きか!)

 

 友にとって猛毒そのものだった深淵沸きと言う存在、だがそんな存在にも関係なく効く高威力の攻撃、が存在する。

 

「《裁きの司、つるぎの君、天秤の者よ、諸力を示し候え》!」

 

 後方からつるぎの乙女の呪文が草原に響き渡ると、湧き出た深淵沸きに剣狼の後ろから極光の裁きの光が降り注ぎ、その悉くを打ち滅ぼした。

 金等級の聖撃(ホーリースマイト)の援護を受け、とうとう剣狼は深淵の主の元に辿り着いた。

 

――久しいな深淵の主よ。

 生前は我が友と共にお主を討てなかったが、此度はその悲願を果たさせてもらうぞ――

 

―ゴアアア!―

 

 剣狼の口上を理解しているのかいないのか、剣狼の吠える声と合わせるように深淵の主も吠えかけ、そして杖と言うには余りにも巨大なソレを振り上げ、剣狼に向けて振り下ろした。

 

――遅い!――

 

ピイイイィィィィ

 

 剣狼は振り下ろされる杖の下を潜り抜け、すれ違いざまに深淵の主の右わき腹を切り裂き、再び互いが正対すると笛の音が鳴り響いた。

 深淵の主の後ろから弩砲の大矢が飛来するのが見え、剣狼は回避するために大きくその場から離れた。

 大矢は深淵の主の周囲25mの範囲に着弾し、何本かは深淵の主に命中したが、その強固な表皮に阻まれ砕けるように破片を散らした。

 

「やあああ!」

 

「おおお!」

 

 続いて到着した勇者と狼の騎士が斬撃を繰り出したが、既知の魔物なら一撃の元に叩き伏せる両者のそれを、深淵の主は薄皮一枚の所で回避する。

 

「浅い!」

 

「もういっちょお!」

 

 狼の騎士が体勢を整えているにもかかわらず、同様に大振りをかました勇者は続けざまにもう一撃見舞うと、その一撃は見事に深淵の主の胴を切り裂いた。

 

―ガアアア!―

 

 それに怒ったのか勇者の斬撃を食らったにも拘らず、深淵の主は杖を高く掲げたあと地面に突き立てると、そこから暗色の魔力の塊が周囲に飛び散った。

 

「勇者殿!」

 

「うん!」

 

 両者が銀のペンダントに魔力を込めると、二人の周りに輝く障壁が現れ、闇魔法はそれに当たると方々に散って行った。

 

「すっごぉい!」

 

「ああ、これならば何とかなるな」

 

「勇者達が効果を示した!

 皆、続けて仕掛けろ!」

 

 銀のペンダントを掲げた剣聖の声と共に、冒険者達が続々と戦場に到着する。

 それと同じく、深淵の主の後方から変異したゴブリン英雄やホブゴブリンたちが現れた。

 

「っち、そう易々と攻撃させてくれんか。

 深淵の主と相手できる自信がない奴は変異したゴブリン英雄やホブの相手だ」

 

「お前はどうする?」

 

「俺は……」

 

 指示を出したゴブリンスレイヤーに重剣士が聞き、ゴブリンスレイヤーはチラッと深淵の主を一瞥する。

 そこにはちょうど悪魔殺しが参戦した所だった。

 深淵の主が杖を振るい、それを剣狼達が避けた隙に別方向から彼が斬り付ける。

 魔法が撃たれれば各々が銀のペンダントを使ってそれに耐える。

 それはとても勇ましい勇者達の戦いでは無く、只々己の生存本能を掛けて行われる死闘だった。

 

「俺ではあそこには入れん」

 

「っへ、そうだな。

 剣狼も勇者も狼の騎士も人外の動きをしているが、悪魔殺しもとんでもねぇ見切り方してやがる」

 

 ゴブリンスレイヤーの返事に槍使いはそう答えた。

 元々彼自身は自分に戦いの才能は無いと自覚している。

 だからこそ小細工を凝らして今まで戦ってきた。

 だが……。

 

「だが、いざとなったら切り札を使う」

 

 その彼の言葉に重剣士と槍使いも目を見開く。

 派手さの無い戦いばかりを行う彼が、切り札と言う言葉を使ったのだ。

 

「へへ、お前も冒険者らしくなってきたじゃねぇか」

 

「ああ、その時には目にモノを見せてくれよ?」

 

 そう言い残すと二人も血沸き肉が躍る雑魚散らしに向かい、ゴブリンスレイヤーも彼等の後を追った。

 

 

 

========================================

 

 

 

 城壁の外から少年斥候が少女圃人と共に戦いを見守っていた。

 

「す、すごい……」

 

「突っ込まなくてよかったね……」

 

 視線の先にあるのは文字通り異次元の戦い、深淵の主と剣狼を始め狼の騎士と悪魔殺しの死闘、深淵の主が薙ぎ払いを行うと狼の騎士と悪魔殺しは盾で受け流し、その上段から剣狼と勇者が切りかかり、確実に深淵の主に痛痒(ダメージ)を与え続ける。

 対する深淵の主も負けておらず、これまでに何度か比較的動きが遅い悪魔殺しに攻撃を当てている。

 だがその度に悪魔殺しは後方に下がり、懐から明るい液体の様な物が入った瓶(エスト瓶+7)を取り出し、それを呷ると何事もなかったかのようにまた戦線に復帰していた。

 明らかに致命的な一撃を入れられていても、淀みない動作でそれを行うのである。

 勇者も勇者で初めて相対する敵にも拘らず、狼の騎士と剣狼と同等の動きで深淵の主と闘っている。

 そんな戦場から少し目を放せば、自分達の一党の頭目達や剣聖が取り巻きの殲滅に乗り出している。

 時折変異したゴブリンシャーマンから闇魔法が放たれているので、とてもではないがこちらも自分達が入り込む隙が無い。

 

「せめて何かできればなぁ……」

 

「無い物を強請っても仕方ないですよ。

 それよりも城壁の弩砲に矢玉を供給するのを手伝いましょう」

 

「はい!」

 

「え、えっと私は……」

 

「君は他の術師たちと共に行動してくれ」

 

「っ、分かりました……」

 

 半森人の指示でそれぞれに指示を出すと、少年斥候と共に壁上に上がって行った。

 

(何も出来ないのかな……)

 

 今ほど自分の非力さが恨めしく思う。

 自分は只でさえ筋力に乏しい圃人で、加えて後衛と言う立ち位置な上に女の子。

 力仕事にこれほど向いていない存在はいない……。

 

(それでも……っ!)

 

 それでも自分に何かできる事はないかと周りを見渡す、そしてそれが目に入った。

 それは輜重隊が使う中でも幌が付いていない、それこそ中堅の行商人が使うような馬車であった。

 

「あら、考える事は、同じみたい、ね」

 

 魔女の声がしたので振り向くと、この街に集まっている中でも屈指の後衛職の者達、賢者に剣の乙女、魔女に妖精弓手、鉱人道士に女神官、そして女魔術師が集まっていた。

 

「御者は儂に任せい。

 嬢ちゃんは儂の周りの目となってくれればええ」

 

「あ、あの、いったい何を」

 

「そうですね……言うなれば移動する投石機ですか」

 

 圃人の少女の疑問に賢者が答える。

 

「そうですね。

 ただ、その投石機は射撃できる数は少ないですが」

 

「ま、足りない分は私の弓で補うわよ」

 

「私も、微力ながら力添えします」

 

 各々が言いながら続々と馬車に乗り込んで行く。

 

「馬、連れて来ましたよ」

 

 そしてギルドの裏手から連れてこられた馬と共に、受付嬢と監督官が姿を現す。

 連れてこられた馬は剣狼と共に同じ厩で暮らしている強者達だ。

 

「あの……まさか」

 

「そのまさかですよ。

 あんな化け物、真面な戦法じゃ対抗できませんからね」

 

 何時もともに旅をしていた勇者と剣聖が見たら、目を疑うようなニヒルな笑顔を浮かべながら賢者がそう言った。

 

「我々は打撃力はあるけれど機動力が無いし、あってもそれを支える持久力が無い。

 ならどうするべきか、答えは簡単です」

 

 

 

無いなら相応の道具で補うのです

 

 

 

 

 

 

「準備出来ましたよ」

 

「こちらも、ね」

 

「わたくしも、体の固定完了しました」

 

「ほほほ、最近の只人の嬢ちゃん達は逞しいのぉ」

 

「ふふ、逞しくなくては、あの人達に置いて行かれちゃいますから」

 

「オルグボルグは兎も角、あの剣狼師弟は目を放すと何処かに走って行っちゃうわよね」

 

「簡易的に一応盾で防御していますが、足回りは貧弱なので注意してください」

 

「分かったわい」

 

 あれよあれよと準備が整えられ、門の前まで馬車を進める。

 馬車は荷台の側面に盾を備え、破片から乗っている者達を護れるようにしており、街に残ってペンダントの作成を続けていた女細工師が、追加で一つ銀のペンダントを作り上げたのでそれで魔法攻撃は無力化できる。

 引く馬も剣狼と寝食を共にしてきたので肝が据わっており、未知の化け物と闘うというのに眼に戦意が灯っている。

 

「これでは戦車(チャリオット)ですね」

 

「まあ乗っとるのが戦士では無く魔法使いだがの」

 

「盾で中を護っているし戦車(タンク)で良いんじゃない?」

 

水槽(タンク)……ですか?」

 

「まあ、私達そんなに打たれ強く無いからね」

 

「装甲化した馬車で魔法攻撃を加える兵科……これはまた歴史に名が残りそうな天啓ですね」

 

「あはは……じゃあ私は怪我した人が出たら回復しますので」

 

 かくして戦場に躍り出る為の準備は整った。

 さあ出発だと手綱を握ったその時、壁上から悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やられたぞ!」

 

 

 

 

 

「剣狼がやられた!」



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衝撃と恐怖

負けフラグの定番と勝利フラグの定番の詰め合わせ。
人それを王道と言う。


 それが起きたのは取り巻きを処理仕切り、残敵掃討しようとした所だった。

 森から無数の黒い塊が飛んできたのだ。

 

「うお!?」

 

「あぶねぇ!」

 

「なんだありゃあ……」

 

 間一髪の所で冒険者達がペンダントで闇魔法を弾くと、そこに居たのは人の体を張り合わせるだけ張り合わせた様な、醜悪な造形の腐臭漂う肉塊が現れた。

 

「あんなやつ見た事ないぞ!」

 

「しかし、所々変異したゴブリン共の様な角が見えるぞ。

 それにあの胸の膨らみ……ありゃ虜囚になっていた女達の成れの果てだってのか!?」

 

 槍使いの声に周りの冒険者達が驚愕の表情を浮かべる。

 剣聖もまさかの事態に動揺を禁じ得ない。

 助け出すべき虜囚が、まさかこちらに牙を剥いてきたのだ。

 悪意の塊ともいうべき凄惨で陰湿なその化け物は、次を撃とうと突き出た腕に闇の魔法が灯り始める。

 

「銀のペンダントを!」

 

「もうやってる!」

 

 だが動揺していてもそこは一流の冒険者達、冷静に使うべき道具を使う瞬間は心得ている。

 再び戦場に注がれる闇魔法に銀のペンダントによる加護が発揮される。

 女戦士もその加護にて闇魔法をやり過ごし、急襲してきた新たな化け物を両の目で捉える。

 動きはその重さに対して足が貧弱な為か鈍い、だが突き出た無数の腕が曲者であり、下手に接近すれば獲物や自分自身が捕えられかねない。

 ならば……。

 

「重量武器による短期決戦を!」

 

「それしかないな!」

 

「久しぶりに滾ってきたわね!」

 

 女戦士に重戦士、そして先輩女戦士がそれぞれの得物を振りかざして接近する。

 

「いやあああぁぁぁ!」

 

「どりゃ!」

 

「ふん!」

 

 突き出た腕ごと本体の肉を切り刻む音が鳴り響くと同時に、腐ったような色の血潮が噴き出る。

 

「GGGGGOOOOOoooooo!!!」

 

「うるせぇ!黙って死んでろ!」

 

 重戦士が叫びながら二撃目を見舞う。

 言い方こそ荒々しいが、その表情は苦汁で滲み切っていた。

 それでも手に持つだんびら(・・・・)を振るい、犠牲となった彼女達を開放するために攻撃を加え続ける。

 そしてその横から鋭い穂先が怪物を切り裂く。

 

「くそ、後味わりぃな」

 

「剣狼や悪魔殺しが言っていたのも納得だ。

 確かにこれは助けられん」

 

「最早彼女達を助ける手はこの場で倒す事のみ、皆々様方!この時を以って確実に彼女達を天に返しましょう!」

 

 剣聖の掛け声が、余りに余りな虜囚の惨状に萎え掛けた冒険者達の戦意に活力を与える。

 剣聖も自らの湾刀の柄をギュッと握りしめる。

 彼女としても初めて相対する敵であり、被害に合った彼女達と同じ女性である。

 こうは成るまいと思いたいが、目の前にあるモノに敗北した先の未来の自分を重ねてしまうのも無理はない。

 だがそんな彼女達の想いとは裏腹に、目の前の化け物……仮に深淵の聖母とでも言うべきか、その天辺が黒く光ると巨大な塊となった。

 

「くそ!銀のペンダントの用意!」

 

「いや、ありゃ何か変だ」

 

 重戦士の声に術に覚えがある槍使いが答える。

 槍使いの言が正しかったのか、その黒い塊から細く何かが射出される。

 

「なんだ?」

 

「……まさか!?」

 

 はっと射出された方に振り向いた剣聖は、勇者達が戦っている深淵の主を見た。

 案の定、深淵の聖母から放たれた闇の魔力が、深淵の主へと伸びており、今迄に傷付いた傷が瞬く間に治されていくのが見て取れた。

 

「っ!!まずい!早くそれを倒してくれ!

 深淵の主の傷をそいつが治している!」

 

「なんだと!?」

 

「……どうやらそれだけではないようだ」

 

 ゴブリンスレイヤーが珍しく動揺を隠せない声色で呟いた。

 魔力の支援を受けた深淵の主が肥大化を始めていた。

 全体の寸法が大きくなり、既に元の大きさから一回りほど大きくなっていた。

 

――■■■■■■■■■■■■!!――

 

 大音量で深淵の主が叫ぶと杖を滅茶苦茶に振り回し、周囲を連続して薙ぎ払い悪魔殺しと狼の騎士、はては勇者と剣狼もその攻撃に怯み……、そして巨大な杖が剣狼へと掬い上げるように振るわれた。

 

「「剣狼(シフ)っ!!」」

 

 大質量によって腹を打たれて打ち上げられた剣狼が、その愛剣と口から洩れた血潮とともに森の中へと消えて行った。

 狼の騎士は剣狼に向かって叫ぶが直ぐに戦線へと復帰する。

 まさかの光景に女戦士が、そして今まで剣狼と共に過ごしてきた冒険者達が呆ける。

 剣聖も確かな実力を持ち、詩にまでされている剣狼が消えて行った森の方へと見ていた。

 

「……ッ!呆けないで下さい!

 目の前に敵がいるのに、呆けている間に殺された等、師父が聞いたら叱られますよ!?」

 

 この中で一番の若輩である女戦士が、震えが入った声で先輩達を激励する。

 それと同時に悪魔殺しが戦線を離れ、剣狼が落ちて行った方へと走り出し、勇者と狼の騎士も戦闘を継続する。

 

「師父と白猫から聞きました!

 援軍として来てくれた狼の騎士と悪魔殺しは、依頼者(ホスト)が死ぬか目的が達成されるまで消えないと!

 今も彼等は残ってます!なら、師父もまだ生きている筈です!」

 

 女戦士の声に冒険者達は我に返る。

 

「そうだな。

 あの剣狼があの程度で死ぬはずがない!」

 

「悪魔殺しが向かったんだ。

 なら何か隠し玉がある筈だ」

 

「……ここが切り時か」

 

 ゴブリンスレイヤーが呟くと、ポーチから巻物(スクロール)を取り出す。

 

巻物(スクロール)?」

 

「時間を掛けられん、今が切り札の切り時だと判断した」

 

「……分かった!

 おおい!そいつから離れろ!ゴブリンスレイヤーがやらかすぞ!」

 

 槍使いの声に反応して冒険者達が慌てて射線から離れる。

 それを確認するとゴブリンスレイヤーは巻物の封を切り、巻物を開いた。

 

「図体がデカく、鈍いのが仇となったな」

 

 そして巻物に描かれた魔法陣が輝くと、そこから夥しい水量の水が細く噴出した。

 

「GYOOOOGGGOOO!」

 

 噴出した水流が深淵の聖母に中ると、そこから削れるように切り裂いて行く。

 見る間に削れて行き、そしてその水流の勢いが弱まった頃には、切り口から反対側に到達し、大木を切ったかのように深淵の聖母は半身を地面に倒され、白い霧となって消えて行った。

 

「……何をしたんだ?」

 

「見た所水系統の魔法のようだったが……」

 

「転移の巻物の行き先を海の深くに繋いだ物だ。

 元はゴブリンの巣穴へ水攻めを行うために用意した」

 

 女騎士の問いにゴブリンスレイヤーはなんてことが無い様に答えた。

 その返答に質問をした剣聖と女騎士はもとより、女戦士や他の冒険者達も唖然としたような顔をする。

 

「脱出に使われる転移の巻物を……攻撃に転用するだと!?」

 

 剣聖が正気かと言うような声音で尋ねるが、当の本人は紙面が青い炎で包まれた使用済みの巻物を放った。

 

「それよりも、剣狼は?」

 

「そうだ!師父!!」

 

 女戦士は剣狼が消えて行った方へと駆け出して行く。

 それと同時に、車輪が地面を駆ける音が聞こえて来たのでそちらに振り向くと、そこには市壁内に居る筈の鉱人道士と圃人の祈祷師の姿が見えた。

 

「おぉーい!」

 

「ありゃ鉱人の爺さんじゃねぇか……ってなぁにやってんだかうちの相方共は」

 

 槍使いが呆れ気味に、荷台から顔を出す魔女の姿を見てそう呟く。

 状況は剣狼が落伍し、深淵の主がより強大になったと言った所か。

 そこへ何やら軽く装甲化された馬車と、火力面では申し分が無い後衛職が幾人か。

 

「ま、やろうとしてる事は分かるが……」

 

「ええ、少々状況はよろしくないようです」

 

 賢者の考えではこのまま軽装甲馬車で機動しながら魔法攻撃を加え、その間に銀等級冒険者達が接近して一気に畳みかける算段だったのだが、深淵の主の負傷の回復に加えて大型化、前者は出来ても後者が出来なくなってしまった。

 そして気になるのは剣狼の容態だ。

 

「すみませんが勇者たちの援護に私達と剣聖が赴きます。

 皆様方は……」

 

「俺達は一時撤退だな。

 流石に市壁に迫る大きさの奴相手に大立ち回りするほど無謀じゃないさ」

 

「精々矢玉の運搬や装填の手伝いくらいか。

 だが万が一の場合もあるし、俺は同乗させてもらうぜ。

 こう見えても術の心得はあるんでな」

 

 槍使いがそう言いながら周りを見渡すと皆が頷く。

 ゴブリンスレイヤーは自分の一党の仲間達の元へ行く。

 

「すまない。俺ではあれの相手は確実にできん。

 だから俺も後退する事になるが……」

 

「まああれは本当に規格外じゃ、お主の判断は間違ってはおらんよ」

 

「そうですね。

 無茶は出来ればしてほしくはありませんが、無理はして欲しくないですし」

 

「なにより剣狼の方が心配ね。

 何があったのかは……あれを見れば一目瞭然ね」

 

 妖精弓手が見る先には、深淵の主と剣を交えている勇者と狼の騎士の姿があった。

 

「悪魔殺しは?」

 

「剣狼を探しに行った。

 あいつの弟子も先程森に入って行った」

 

「そうですか……剣狼さん、無事だと良いのですが」

 

 心配する女神官が、剣狼が消えて行った森へと視線を向けるが、負傷者の中で重傷の者が居ないかすぐに見て回りに行った。

 

 

 

========================================

 

 

 

「師父!師父!」

 

 息を切らしながら森の中を掛けて行く女戦士、方角と飛距離から凡その落下地点は見当がつくが、その範囲から剣狼を見つけなければならない。

 

「シフ!」

 

 だがそこに悪魔殺しの声が響き、声がした方へと振り向くと、ちょうど悪魔殺しが屈む所だった。

 

「悪魔殺しさん!」

 

「君か、すまないが一刻を争う。

 こいつの口を開けてくれ」

 

「口をって……っ!」

 

 女戦士が悪魔殺しの前を見ると、そこには腹に自身の愛剣が刺さり、折れた肋骨が胴から突き出し口から血を流す剣狼の姿があった。

 だが僅かに胸が動き、呼吸しているのが分かる。

 

「正直これほどの負傷(ミリ残り)で生きているのは奇跡だな。

 今から剣を引き抜き、こいつを飲ませる」

 

 そう言いながら悪魔殺しが取り出したのはポーションのようだが、凝った意匠が施された小瓶だった。

 

「こいつは女神の祝福と言ってな。

 どのような負傷や呪いも治せる(生命力と状態異常の全回復)効果がある。……尤も、ここまでの怪我は前例がないがな」

 

「ですが、やらないよりはマシです。

 私はまだ、師父から学びたいことが沢山あります!」

 

「そうか、なら直ぐにやるぞ」

 

 悪魔殺しの言葉を受けて女戦士は剣狼の口に手を添え、悪魔殺しは剣狼の剣を掴み、腹に手を添える。

 二人が頷くと悪魔殺しは躊躇なく剣を引き抜く。

 鮮血が悪魔殺しの鎧と地面に飛び散るが、女戦士はひるまずに剣狼の口を開け、悪魔殺しがそこに女神の祝福を流し込む。

 

(お願い、飲んでください師父!)

 

 女戦士がそう願うと、剣狼の喉が動き口内にあった液体を嚥下する。

 口の奥に入ったものを即座に胃に送るという野生の本能、それは生存本能が動くだけの力が剣狼に残っていたという証拠だった。

 すると傷口や折れた肋骨が瞬く間に修復されてゆく。

 

「ふぅ……これで一先ずは、俺達が今の場面で帰ることは無くなったな」

 

「師父っ……よかった!」

 

 剣狼に縋りつく女戦士の姿を、悪魔殺しは感慨深げに眺めた。

 

(良い出会いをしたな……シフ)

 

『……っぐぅ』

 

「師父!」

 

「目が覚めたか」

 

 女戦士の指輪から剣狼の声が漏れると、女戦士と悪魔殺しが声を掛ける。

 

『そうか……吾輩はあいつに殴り飛ばされたのだったな。

 今の状況は?』

 

「今、お前の主人と勇者があいつを抑えている」

 

『ならば行かねば……』

 

「ですが、深淵の主は手強くなっています。

 師父がこのまま参戦しても決め手が無いですし、どうすれば……」

 

「手が無い事はないよ」

 

 その声が上から聞こえて来たのでそちらを向くと、そこには木の枝に乗る白猫が居た。

 

「その前に悪魔殺し、あんたこいつのソウルはあるかい?」

 

「……どうもこいつのソウルで武器を作る気にはなれなくてな」

 

 そう言いながら悪魔殺しはソウルからかつての剣狼のソウルを取り出す。

 

「なら重畳、まあ無かったら無かったで代替手段があるから問題なかったけど、やはり同じ持ち主のソウルを使った方が良いからねぇ。

 ああ、お嬢ちゃん、そいつの首飾りを全て外しておいてくれないかい」

 

 そう言いながら白猫が下りてくる。

 女戦士も剣狼から獣語の首飾りと、認識票代わりの首飾りを外す。

 

「さて、じゃあ反撃の準備をしようじゃないか」

 

 白猫はそう言いながらニヤニヤと顔を歪めた。

 その瞬間、剣狼とそのソウルから光が溢れた。

 

 

 

========================================

 

 

 

「うあ!?」

 

「ぐぅっ!」

 

 深淵の主の一撃が勇者と狼の騎士を薙ぎ払い、二人が弾き飛ばされ地面に叩き付けられる。

 深淵の聖母の強化で深淵の主の力も防御力も格段に上がっていた。

 今までの深淵の主の性能が四方世界における、魔神王の配下である魔神将の中で上位のレベルであったならば、今の深淵の主は魔神王の中でも最上級の強さを誇っている。

 まさしく世界の危機そのものであった。

 

サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)!!」

サジタ()……ケルタ(必中)……ラディウス(射出)!」

 

――■■■■■■■■――

 

 女魔術師と魔女の攻撃魔法が深淵の主に刺さるが、馬車上の彼女達を一瞥し、深淵の主は興味が無いとばかりに辺境の街へと駆け出す。

 深淵の主に続いて勇者と狼の騎士も追いかけるが、歩幅で圧倒的な差がある上に四足を使って移動をする分、加速度と最高速では深淵の主の方が優位であった。

 

「まずい!」

 

「くそ!シフが居なければ何もできないのか私は!」

 

 

 

「お、おい!深淵の主がこっちに来るぞ!」

 

「戦線を突破されたか!

 突撃される壁上から退避しろ!

 他のものは深淵の主に射掛け、油を撒いて火を点けよ!」

 

 大慌てで投石機部隊が予測突撃地点に油を撒いてから退避し、弩砲部隊も少しでも怯ませればと次々太矢を射出する。

 だが表皮がさらに強化された深淵の主はその攻撃をものともせずに、辺境の街の市壁へと突撃、壁全体が大きく揺れる。

 

「対魔物進行用に備えた壁だ!流石に深淵の主とて容易く……」

 

――■■■■■■■■■■■■■■■■!!――

 

 防衛隊長の台詞を遮り深淵の主が雄叫びを上げると、頭上に夥しい数の闇の魔力の塊が出現した。

 

「た、退避ぃ~!」

 

 魔力弾は一点集中で市壁に命中し、ひびが入り、上部が崩落する。

 

「か、壁が!」

 

「このまままた殴られたら!」

 

――■■■■■■■■!!ッ!?――

 

 深淵の主が叫び杖を振り上げたその時、深淵の主の左腕に衝撃が走り、そのまま倒れ伏した。

 

「「「「……」」」」

 

 夜風が吹き、勇者と狼の騎士、壁上に居た兵士たち、一足先に戻ろうとしていた冒険者達、そして倒された深淵の主が一様に、辺境の街の壁上を見上げていた。

 

――グルルルルル……――

 

 そこには、巨大な灰色の狼が、剣を咥えて佇んでいた。




お 待 た せ 。

もうすぐクライマックスなので思った以上に筆が進んでしまいました。
本編は後2~3話で終わる予定です。


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