見えない秩序 (彼岸花ノ丘)
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映代仁美

 ガタンゴトン、ガタンゴトンと、電車の規則正しい揺れが映代(うつしろ)仁美(ひとみ)の身体を優しく揺れ動かす。

 仁美の乗っている電車は人の姿が殆ど……いや、少なくともこの車両に限れば、仁美と仁美の隣に座る人以外にない。座席は当然ガラガラで、仁美は車両中心付近の座席に座っていた。

 人がいないので向かいの窓から外の景色がよく見える。車両の外に広がるのは一面の田園風景で、田んぼの背後にある新緑に染まった若々しい山も美しい。燦々と降り注ぐ夏の日射しを受け、何もかもがキラキラと輝いていた。

 なんと素敵な田舎の風景だろう、と仁美は思う。もしもこれが自主的に計画した旅であるなら、仁美は目を輝かせ、目の前の景色を大いに堪能したに違いない。

 しかし残念ながらこれは自主的なものではない。

「はははっ! いやぁ、此処に来るのは半年振りか! 胸が躍るねぇ!」

 やたら元気な大声で話す隣の人――――御魂(みたま)蜘蛛子(くもこ)が計画したものであった。

「先輩、あまり大声を出さないでください……ちゃんと聞こえています」

「おっと、すまないね。いやはや、我ながら少しはしゃぎ過ぎたかな?」

 仁美が窘めると、蜘蛛子は申し訳なさそうに頬を掻きながら謝る。仁美はそんな蜘蛛子から顔を逸らした。

 蜘蛛子があまりにも美人だったがために。

 蜘蛛子は端正で、清廉な印象の顔立ちをしている。黒い髪は宝石のように艶めき、すらりと伸びた手足やメリハリのあるスタイルは、ファッションモデルと名乗っても疑いなく受け入れられるほどバランスが良い。ジーパンにワイシャツというシンプルな格好も、むしろ『素材』の良さを引き立てるというもの。その上で人懐っこい笑みを浮かべ、悪意のない透き通った声で話し掛けてくるのだ。男のみならず女も魅了する、魔性の美女である。

「きゅー、きゅー」

 ……頭の上に、掌サイズの『犬』っぽい生き物を乗せていなければ、だが。

 犬っぽい、としたのは明かにその生物が犬ではないからだ。顔は子犬よりも丸みがあり、しかし猫ほど平坦でもない。胴体はネズミのような寸胴で、手足は所謂ゆるキャラのようにとても短くて丸かった。尾は太くて長く、リスのようにふさふさとしたものが付いている。

 そんな謎生物はきゅーきゅー鳴きながら、肩や腕を伝って蜘蛛子の頭から降りてくる。蜘蛛子も腕を伸ばして渡りやすくすると、するすると謎生物は蜘蛛子の掌まで移動。じっと蜘蛛子の事を見つめて、きゅーきゅーと求めるように鳴いた。

「んー? どうした? 腹でも減ったのか? しょうがない奴だなぁ」

 蜘蛛子は謎生物の頭を指先で撫でながら、優しく話し掛ける。美女と小動物のツーショットは、間違いなく魅惑的だ。隣で見ていた仁美は、同性でありながら思わず息を飲む。

「仁美ちゃん、ちょっと餌になってくれないかい?」

 尤も、蜘蛛子自身のこの一言で人を惑わす魅力は呆気なく砕け散るのだが。

「嫌です! なんで私を餌にしようとするんですか!?」

「いや、栄養偏ると駄目だと思うし……」

「同じ人間なんだから先輩も私も大差ないでしょうが!」

「むぅ、仕方ないな……」

 仁美が断固拒否すると、蜘蛛子は子供のように唇を尖らせて不満を示す。とはいえ無理強いする事もなく、大人しく引き下がった。

「ほら、スネ。お食べー」

 そして謎生物にそう伝えながら、自身の足を伸ばす。履いているジーンズ越しでも分かる、すらりと伸びた綺麗な足。

 スネと呼ばれた謎生物は蜘蛛子の身体をつたい、その足まで移動。まるで巻き付くようにふとももの辺りをすりすりと身体を擦り付ける。

「ふ、うぅぅ……!」

 すると蜘蛛子の口から、艶やかな声が漏れ出た。

 まるで誘惑するような声に、仁美も思わずドキリとする。自分達以外がいない車両で良かったと思う反面、いくらなんでも無防備ではないかとも感じた。

「……そんな声を出してると、そのうち男に襲われますよ」

「ははっ、それは困ったな。男の前ではやらないようにしよう。ま、私なんかを襲う男がいるとは思えないがね」

「なんて無自覚な……」

「大体、今は恋をしている暇なんてないからなぁ」

 嘆く仁美の横で、蜘蛛子は気儘に独りごちる。そんな蜘蛛子を仁美でちらり。

 蜘蛛子の「恋よりもやりたい事」を、仁美は知っている。知っているのに、余程言いたいのだろうか。蜘蛛子はにやにやと笑いながら仁美の方を見ている。

 そして蜘蛛子は仁美に向けて、臆面もなくこう言うのだ。

「妖怪達の研究という、もっと面白いものがあるのだからね!」

 今では非常識とされ、実在さえも疑われ、

 そして仁美達が探そうとしている『生き物』の名を――――



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御魂蜘蛛子

 初めて彼女と出会った時、仁美はその美しさよりも頭の上に乗っている謎生物の方に気を取られた。

 仁美は今年、大学へと進学したばかりの学生である。受験前は「この成績でここを受験するのは些か厳しいのでは?」という判定が出ていたが、必死に勉強した甲斐もあって現役で合格出来た。滑り止めも受験していたので落ちてもダメージは少なかったが、それでも第一希望が通ったのは気分が良い。

 かくして大学生となった仁美は、入学して三ヶ月が経った七月のある日の事。食堂へと向かう道中で『彼女』と偶然すれ違う事となった。

 男性にも負けない高身長、すらりと伸びた手足、端正な顔立ち……どれを見ても間違いなく美人である。何処かの社長令嬢、或いは貴族の出。そう言われたならすんなり信じてしまいそうだ。大学の廊下にて彼女の姿を見た男達が鼻の下を伸ばし、女子達が色めき立つ気持ちは、同じく彼女の姿を目の当たりにした仁美にも分からなくはない。

 しかしながら、あの頭の上の生き物はなんだろうか?

 彼女の頭には、掌に乗りそうなサイズの動物がいた。犬だか猫だかリスだか、よく分からない。彼女のペットだろうか? とも考えたが、そもそも大学構内にペットを連れてくるのはNGではないか。教員達は何故注意しないのか。

「……あの人……」

「おっ、ひとみんも御魂さんの魅力にメロメロなのかな?」

 頭の中が疑問でいっぱいになり思わず呟くと、一緒に食堂へと向かっていた友人・烏丸(からすま)鳩子(はとこ)が顔を覗き込むように身を屈めながら尋ねてきた。

 メロメロになんてされていない仁美は、訝しむように顔を顰める。とはいえ興味を持ったのは確かなので、如何にも話したそうな鳩子の好きに解釈させる事にした。

「まぁ、興味は持ったわね。御霊さんっていうの?」

「うん、御魂蜘蛛子さん。三年生だから私達の先輩だね。あ、ちなみに蜘蛛子の『クモ』は虫の蜘蛛だよ」

「……女の人に付ける名前じゃないと思うんだけど」

「なんか、母方の地域の風習らしいよ? 益虫とか益獣とかの名前を含めるのが」

 鳩子の情報に、そういうものなのか、と仁美は納得しておく。確かに蜘蛛は害虫を食べてくれる、所謂益虫だ。そうした『良いもの』の名前を付けておくというのはなんとなく縁起が良さそうなので、何処かの地域にそんな風習があってもおかしくない。

 ……現代日本を生きる乙女である仁美個人の意見としては、縁起が良くても虫の名前を付けられるのは勘弁願いたいが。

「ま、そんな御魂さんだけど、あまり人に興味がないらしくてね。何時も一人でいるみたいだよ。そこがまたクールでカッコいいって言われてるけどね」

「ふぅーん……でも、案外本当は寂しがってるかもよ」

「え? なんで?」

「いや、だって頭の上にペット乗せて学校に来るなんて、そうでもなきゃただの変人じゃない?」

 仁美は肩を竦めながら、思った事をそのまま言葉にする。

 別段、同意してほしいとは思っていない。あくまで自分はそう感じたというのを言葉にしただけだ。

「……なんの話?」

 しかしまるで意味が分からないと言わんげに、首を傾げられるとは思いもしなかったが。

「なんの話って、頭の上になんか乗せてたじゃん。猫だが犬だか分からない生き物をさ」

「ごめん、全然分かんない。御霊さん、帽子とか被ってなかったけど」

「だから帽子じゃなくて動物だってば」

 何度も仁美は説明するのだが、鳩子は納得してくれない。むしろ段々怪訝で、こちらを心配するような眼差しを向けてくる。

 言わずとも仁美には分かった。これは頭のおかしい人を見る時の眼差しだと。

 仁美は嘘など吐いていない。ハッキリと、この目で蜘蛛子の頭の上に乗る動物を見ているのだ。なのに頭がおかしいと思われたら、いくら友人とはいえカチンと来る。自分の正気を証明せずにはいられない。

 そしてそれを証明する、とても簡単な方法があった。

「分かった、それなら本人に訊こうじゃない」

「え? 本人って……あ、ちょっと!?」

 仁美は鳩子の返事を待たずに歩き出す。目指すは食堂……とは反対方向に進んでいった、蜘蛛子の下。

 早歩き気味に向かえば、廊下を歩いている蜘蛛子の背中はすぐに見えてきた。頭の上に乗せている謎生物も、だ。一番厄介な、確かめようとした時には目標が影も形もなかったというパターンにならず安堵する。

「御魂さん! 少しよろしいですか!」

 故に仁美は、堂々と蜘蛛子を呼び止めた。

 蜘蛛子は呼ばれるとすぐに足を止め、気品すら感じさせる動作で仁美の方へと振り返る。あまりの美しさに魅了され一瞬足を止めてしまう仁美だったが、すぐに再開させて蜘蛛子の傍まで歩み寄った。後ろでわたふたする鳩子の気配を感じたが、今は無視だ。

「私を呼んだかい? まぁ、御魂なんて苗字が早々あるとも思わないが」

 蜘蛛子はにっこりと人の良い、魅惑的な笑みを浮かべながら尋ねてくる。仁美の目をしかと見て話す姿は堂々としており、そんじょそこらの異性よりも遙かに凛々しい。ここまでカッコいいと気障ったらしい話し方も様になっており、うっとおしさを通り越して魅力の一つだ。

 ごくりと、仁美は思わず息を飲む。同性の生徒達がきゃーきゃー騒ぐ気持ちがよく分かった。蜘蛛子の頭の上に乗る謎生物が凜々しさを相殺してくれなければ、今の笑顔一つで胸がキュンっとなり、その他大勢と同じくきゃーきゃー叫んだかも知れない。

 謎生物をしかと認識して心を強く保つ。小さく深呼吸をして気持ちを落ち着ければ、仁美は自分の疑問を力強く口にする事が出来た。

「はい。実は御魂さんに一つ質問があります」

「質問?」

「その頭に乗せている動物はなんですか?」

 尋ねてみれば、背後から鳩子の「あちゃー」という声が聞こえた。蜘蛛子の評価が『初対面の人』から『おかしい人』に変わった事を嘆くかのように。

 しかし仁美はそうなったとは思わない。

 問い詰められた瞬間蜘蛛子は驚いたように目を見開き、次いで心底嬉しそうな笑みを浮かべたのだから。

 ――――尤も、その笑みは獲物を見付けた肉食獣のそれによく似ていたので、仁美は嬉しさなんて欠片ぽっちも思わなかったが。むしろ悪寒が背筋を走り、自分が何かをやらかした事を察する。

「……あ、いや、えと、なんでもな」

「おおっと、君にはこの子が見えるようじゃないか。誤魔化さなくても良いぞ、私も同じだからね」

 なので咄嗟に逃げようとしたが、肉食獣が至近距離まで来た獲物を見逃してくれる筈もなかった。

 素早く背中を向けた仁美の肩を、蜘蛛子はガッチリと掴む。仁美は渾身の力を込めて振り切ろうとするが、蜘蛛子の腕はまるで揺らがない。確かに相手の方が体格で上回るとはいえ、一体何処からこんな力が出てくるのか。困惑から仁美の足は止まってしまう。

 仁美は、まだ理解が足りていなかった。

 肉食獣は獲物の隙を常に狙っているのだ。

「さぁ! たっぷりと説明してやろう! あそこの教室は今の時間授業をやっていないから丁度良いな! 遠慮する事はないぞさぁさぁさぁ!」

「え、え、ぁ、ちょ待っ」

 蜘蛛子は喜々とした口調で捲し立てながら、仁美を引きずり始める。慌てて踏ん張ろうとする仁美だったが、一度動いてしまった身体はバランスを崩し、ワックスが塗られてつるつるしている廊下を踏み締められない。

 ずるずるずるずる、仁美は蜘蛛子の力に抗う事も出来ず――――やがて辿り着いた教室の中へと連れ去られてしまう。最後の足掻きで扉を掴んだが、数秒で耐えきれなくなって引きずり込まれた。

 ぽつんと残された鳩子は、呆然とその光景を見ていた。やがて考え込むように腕を組み、しばしその場に立ち尽くす。

 やがて覚悟を決めたように、鳩子はこくりと頷き、

「良し、見なかった事にしよう」

 あっさりと友人を見捨てて、昼食を頂くべく自分だけ食堂へと戻る事にした。

 何しろ攫われたとはいえ、怪しい連中や男集団という訳でもない。酷い事などまずされないだろう……無論、女同士でも『そういう人』なら身の危険もあるかも知れないが、しかし鳩子は知っていた。

 蜘蛛子は話したいだけなのだ。多分『同類』を見付けて、余程嬉しかったに違いない。

 何故なら彼女は大学でも有名な、そして一般人にはまず理解されない、見える(・・・)人なのだから――――



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スネコスリ

「さぁ、まずは何から訊きたい?」

「私が此処に連れ去られた理由を知りたいのですが」

 連行された空き教室にて、極めて上機嫌な蜘蛛子に、仁美は底なしの不機嫌さを隠さず尋ねた。

 蜘蛛子は教壇に立っており、仁美は生徒側の席に座らされている。まるで講師気取りな蜘蛛子は仁美の不信感剥き出しの問いに嫌悪感一つ見せる事もなく、堂々とした佇まいで答えた。

「それは君が見える側だからだよ」

「見える側?」

「君、私の頭の上に乗っているこの生き物が見えるだろう? 実はコイツ、ただの生き物ではないのさ」

 蜘蛛子は指先で自分の頭の上に居座る、犬だか猫だか分からない生き物を示す。

 確かに見た事のない動物ではあるが、『ただの生き物』ではないと言われるほど大それたものとも思えない。仁美は違和感から顔を顰める。

「……ただの生き物じゃないなら、なんなのですか?」

「スネコスリ。妖怪さ」

 その違和感から無意識に尋ねると、蜘蛛子は臆面もなく答えた。

 仁美は顔を顰めるのは止める。代わりに、憐みの感情が胸の中に込み上がってきた。

 今時、この歳で妖怪とか信じてるのかこの人は。

「……妖怪って、何を言ってるんだか」

「否定する気持ちは分かる。だから逆に問おう。君はこの生き物の正体をなんだと思う? 自分や私以外に見えないコイツの正体とは?」

「それは……いや、でも、そもそも私と先輩にしか見えてなくて、他の人には見えないなんて事が……」

「物が見えるというのは光を視覚で捉える事だが、一般に可視光と呼ばれる光の波長は約三百六十~八百ナノメートルの間とされている。が、色盲などで見えない色があったり、通常人間の場合三種とされている錐体細胞を四種持っている人もいる。世界の見え方なんてものは、個人によって全く違うものなのさ。霊感と呼ぶと胡散臭く聞こえるが、極めて稀な『色覚異常』と呼べばどうかね? そしてこの子達は、可視光は透過し、特異な色覚異常の人間にしか捉えられない波長だけを反射する。オカルトではなく科学的な説明だが、まだ納得出来ないかな?」

「……………」

 少し小馬鹿にしていた仁美だったが、蜘蛛子からの反論に言葉を失う。

 友達である鳩子は蜘蛛子の頭上に居座る動物に気付いていなかった。鳩子以外の学生も蜘蛛子の頭に居る動物など気にしておらず、確かに『見えていない』と考えると彼等の反応にも得心がいく。

 蜘蛛子の説明も、見える人と見えない人が存在する理由としては尤もらしく聞こえた。少なくとも仁美には反論が思い付かない。そして特異な色覚異常……『霊感』の持ち主にしか見えない存在なんて、今し方存在を否定した妖怪ぐらいしか思い付かなかった。

 答えられず無言でいると、蜘蛛子は満足したような笑みを浮かべる。言い負かされた仁美は口をへの字に曲げた。

「そんな不機嫌にならないでくれ。実のところ、本当に妖怪なのかは分からないからね」

 すると蜘蛛子は、自身の主張をあっさり覆してしまう。

 あまりにも簡単に話をひっくり返してしまうものだから、仁美は呆気に取られてしまった。

「は? え、妖怪じゃないの、ですか?」

「伝承で語られている妖怪と共通点が多い事から、そのように推察しているだけだ。昔の人がこの子達を記録したものが妖怪かも知れないし、或いは伝承と偶々類似した生態を有すだけなのかも知れない。もしくはこの子達とは別の、真に妖怪と呼ぶべき存在がいる可能性もあるだろう。つまり、よく分からないという訳だね」

 蜘蛛子は笑いながら肩を竦めた。冗談めかした様子もなければ、隠し事をしているようでもない。

 恐らく、本当に分からないのだろう。

 この子は妖怪だ! と言った側からこの態度。ほんのちょっぴり信じかけた仁美の気持ちは、一気に不信へと傾く。ほんの数回言葉を交わした段階で言うのも難だが……恐らくこの人はとことん他人を振り回すタイプだと仁美は判断した。アクシデントも楽しめるぐらい活力に満ちた人なら好ましい性格かも知れないが、仁美の性格は平穏を愛する静かなもの。出来る事なら一緒にいたくないタイプである。

「君を連れてきた理由がここにある。君、私の助手になってくれないかね? 妖怪が見える君なら、私の研究……妖怪の生態解明がはかどりそうなんだ」

 ましてや助手という立場など、心の底から嫌だった。

「……お断りします」

「おや、助手は嫌だったか?」

「ハッキリ言いますが、私、先輩と馬が合う気がしませんので。それに妖怪……だかなんだか分からない生き物の研究なんて、気味が悪いです」

「ふぅーむ、それを言われると困るなぁ。どうすれば興味を持ってくれるかい?」

 仁美はハッキリと断ったのだが、蜘蛛子は中々諦めない。いっそ走って逃げてしまおうかと思う仁美だったが、逃げきったところで明日も明後日もこの大学には来なければならないのだ。物理的に離れても、蜘蛛子が追ってきては意味がない。なんとか話し合いで諦めてもらわねばならないだろう。

 逆にいえば、諦めてもらえるならそこまで酷い事を言うつもりもない訳で。

「大体、妖怪なんか研究したところでなんだって言うんですか?」

 だからこの一言も「自分はそんなものに興味などない」と伝えるためのものであり、

 蜘蛛子の顔が絶望したかのように歪むとは、仁美自身思いもしなかった。

「……………」

「……あの、先輩?」

「……え? あ、ああ。これは失礼。えーっと、なんで妖怪を研究するのか、だったかな? いや、それを知るためにも研究する必要があってだね、その……」

 我を取り戻した蜘蛛子は無理に作ったとしか思えない笑みを浮かべ、どうにかこうにか引き出した言葉を並び立てていく。しかしその言葉は、言ってしまえば『まだ分からない』というもの。仁美の疑問の答えとはならない。

 段々と蜘蛛子は勢いを失い、今までの浮かれぶりが嘘のように項垂れてしまう。

 その姿があまりにも弱々しくて、あまりにも寂しそうで、あまりにも……諦めたようで。

「……やっぱり、興味を持って、くれないか……?」

 そんな状態で訊かれたら、仁美は「はい」と答える事が出来なかった。蜘蛛子のお願いを聞く気になった訳ではないが、この場で肩を怒らせて立ち去るような真似はしたくないと思わせる。

 それに、ちゃんと説明してくれたなら――――手伝わない事もない。

 実のところ仁美は、お人好しと呼ばれる類の人物であった。困っている人は見過ごせないし、強く頼まれると断れない。それは苦手なタイプである蜘蛛子相手でも変わらなかった。

「……どうして手伝いが必要なんですか?」

「……私、妖怪の事が好きで……だから一人だと、つい興奮して時間を忘れる事があって……」

「ああ、夢中になっちゃうんですね」

「うん……それに危ないものにも気付かないと思うし……」

「へ? 危ないもの?」

「……自動車とか、野良犬とか、地面の穴とか」

「あー……成程」

 どうやら夢中になるあまり、周りの事が全く見えなくなってしまうらしい。なので冷静さを保っている『保護者』が欲しい……見た目は大人っぽいのに理由があまりに子供染みていて、仁美が呆れ混じりのため息を吐くと、蜘蛛子は怯えるように身を縮こまらせた。

 そんなに怯えられると困る。

 助けてあげたくなってしまうではないか。

 ……自分でもお人好し過ぎると思っている仁美だが、性分なので仕方ない。それにやりたい事を我慢して、蜘蛛子が怪我でもしたら絶対後悔する。自分がそういう性格なのを、仁美はよく把握していた。

 出会ってしまったのが運の尽きだと、仁美は諦めた。

「……分かりました。手伝います」

「え? ……えっ?」

「手伝うと言ってるんです。そんな話を聞かされて、断った後に先輩が怪我でもしたら目覚めが悪いですからね。バイトがあるので何時でもとは言えませんけど、それで良いですか?」

「……!」

 こくこく、こくこく。まるで幼子のような蜘蛛子の頷き方に、仁美はくすりと笑ってしまう。

 これだけ喜んでくれるのなら、手伝うと決めた甲斐もあるというもの。妖怪がどんなものかはまだ分からないが……スネコスリ(スネなんちゃら)のような可愛いものに出会えるなら、それも悪くない。

「きゅー!」

「へ? わ、わっ!?」

 そう思っていると、不意に蜘蛛子の頭の上にいたスネコスリがぴょんっとジャンプ。仁美の頭に乗ってきた。いきなりの事に驚く仁美だったが、スネコスリはするするとまるで木登りをするサルのように仁美の身体を難なく移動。肩までやってくる。

 そしてスネコスリは、愛くるしい視線を仁美に向けてきた。

 別段、仁美は熱狂的な犬猫好きという訳ではない。ないが、年相応に可愛いものは好きだ。犬だか猫だかリスだか分からない姿のスネコスリだが、『可愛い生き物』の枠内には入っている。仁美の乙女心を刺激するには十分キュートな見た目だった。

「~~~~~~!」

「ほほう。スネがいきなり跳び付くとは」

 あまりの可愛さに悶絶する仁美。蜘蛛子は何故か興味深そうな眼差しを向けていたが、可愛さに打ちのめされている仁美の目には映らない。

 だらしなく頬を緩めていると、スネコスリは仁美の頬に顔を擦り付けてきた。これまた可愛さ抜群の仕草。ますます仁美は魅了された

 直後の事だった。

「あひゃん!?」

 仁美の口から、甘い声が漏れ出る……全身に電流のようなものが走ったからだ。

 続けて身体から力が抜け、仁美はその場にへたり込んでしまう。なんとか立ち上がろうとするが、力の入らない足腰はぴくりと動くのが精いっぱい。殆ど身動きが取れなくなってしまう。スネコスリは仁美が動けなくなると、心配するどころかそそくさと降り、蜘蛛子の頭の上へと戻った。

 蜘蛛子はスネコスリの居座る頭上を見るかのように、視線をちらりと上に向ける。次いで肩を竦め、それから仁美の傍まで歩み寄ってきた。

「大丈夫かね? 立てないなら、無理はしない方が良い。五分もすれば回復するだろう。中々良くならないなら、その時は温かなココアを一杯飲むと効果的だ」

「え、ええ……えと……?」

 蜘蛛子から掛けられた言葉で安心したのも束の間、仁美は違和感も覚えた。

 何故、蜘蛛子はそこまで冷静で具体的なアドバイスが出来るのだろう?

 疑問から目をぱちくりさせていると、蜘蛛子は気取ったポーズでスネコスリを指先で撫でた。あたかも、コイツがその原因だ、と言わんばかりに。

「君の症状はこのスネコスリによるものだよ」

 そしてそんな仁美の印象通りの説明を、蜘蛛子は始める。

「……え? えと……え?」

「スネコスリは人間の生気……まぁ、生きる気力のようなものを吸い取る妖怪なのさ。伝承的には人を転ばせる妖怪らしいが、恐らく今の君のような腰砕け状態を指しているのだろう」

「い、いやいや?! 生気を吸うって、それ安全なんですか!?」

「多分。私はもう三年ぐらい吸われているが、特に健康上の問題はないぞ。たまに酷い脱力感に見舞われる時もあるが、そういう時は先程言ったように一杯のココアがあれば十分さ」

 まるで大した事ではないかのように語る蜘蛛子だが、仁美は全く安心出来ない。

 ――――もしかして考えが甘かったのではないか?

 スネコスリが妖怪だと聞かされて、その妖怪がとても可愛くて……無意識に軽く考えていたが、よくよく考えれば妖怪とは人間を襲うものではないか。人喰い妖怪など、それこそ伝承にしょっちゅう出てくる。

 可愛いスネコスリですら腰砕けになるほど危険なのに。

 他の、もっとちゃんとした(・・・・・・)妖怪は、一体どれほど危険なのか。

「それよりも今後の予定だな! 実は前々から計画していたものがあってね! 夏休みに入ったら私の祖父が暮らしていた村へと行こうじゃないか!」

 不安を感じ始めた仁美に、蜘蛛子は更なる追い打ちを掛ける。

 すっかり本調子を取り戻した蜘蛛子は見た目の美しさがますます輝き、とても魅力的だ。男ならその魅力に流され、二つ返事で頷くだろう。仁美も危うく頷くところだった。しかし同性だった仁美は辛うじて踏み留まり、顔を横に振って正気を取り戻す。

「あ、あの、先輩の祖父が暮らしていた村って……?」

「うむ。山形県白煙村(はくもうむら)だ」

「は、はぁ……その、そこでどんな妖怪を見るつもりで……?」

 恐る恐る、仁美は訊き返す。

 白煙村なんて聞いた事もない。勝手な想像だが、もしかすると古き良き日本のド田舎かも知れない。周りが山に囲まれていて、一面田んぼばかりで、月のない夜はまともに歩けないぐらい暗くて。

 そんな場所に潜む妖怪は……どう考えても凶悪そうである。

 不安に駆られる仁美だったが、蜘蛛子はにこにこと笑っていた。心から嬉しそうに、或いは自慢するかのように、もしくは誇るかのように。

 そして彼女は告げる。

「妖怪の頂点、『鬼』さ!」

 最悪の人喰い妖怪の名前を。

 仁美は自分の性分と迂闊さを、深く後悔するのだった……



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くねくね

 駅前から見えるものは、本当に田んぼと山だけだった。

 燦々と降り注ぐ夏の日射しを受けて青々と輝く稲の葉は、都市にはない自然の優しさを感じさせてくれる。気温も、辺りには日陰になるものなどないのに、町中よりずっと過ごし易い。遠くに広がる山々の雄大さを前にすると、社会で感じる悩みや苛立ちがどれもちっぽけに思えた。

 端的に言えば、とても魅力的だった。ずっと暮らしたいとまでは思わないが、時々は忙しない現代社会から離れ、この穏やかな風景の中に身を置きたいとは思う。とても良い場所だ。

 良い場所だったので、仁美は拗ねたような怒ったような、嬉しいような楽しいような、訳の分からない表情を浮かべる羽目になったのだが。

「どうしたんだね? 名状し難い顔になってるぞ」

「きゅー?」

 そんな仁美に、蜘蛛子は好奇心旺盛な表情を見せながら尋ねてきた。白いワイシャツは太陽光を浴びてキラキラと光り、蜘蛛子の魅力を一層引き立たせる。人間とはここまで綺麗になるのかと、仁美では嫉妬の念すら抱けないレベルだ。頭の上に乗せているスネコスリのスネが小首を傾げる姿も可愛くて、一つの『アクセサリー』として蜘蛛子の魅力を引き立てていた。

 此処はそんな蜘蛛子の祖父が住む村だと、仁美は聞いている。

 名を白煙村。電車に揺られる事四時間半、ようやく辿り着いた片田舎だ。事前に想像していた通り、周りは山に囲まれ、一面田んぼばかりで、夜道を照らしてくれる街灯が殆ど見られないド田舎である。

 今日から二泊三日、仁美はこの村で寝泊まりする。

 目的は勿論、蜘蛛子に誘われた通り『鬼』を観察するため。何時までも観光気分でいる訳にもいくまい。仁美は眉間に指を当て、ぐっと顔に力を込める。そうすればすぐに完成だ――――ただの顰め面が。

「人を化け物みたく呼ばないでください……なんというか、こう言うのも難ですけど、その……」

「クソド田舎だろう? よく言われる。移住希望者は多いが、大半は一年と持たずにいなくなるよ。いやぁ、十年ぐらい前に退職金を費やして農家に転職し、植えたキャベツの苗が一週間で全てナメクジに食い倒された四十代の夫婦がいたんだが、今でも彼等は元気かねぇ」

 明るく元気に語られるブラックな話に、仁美は口許を引き攣らせる。今でこそ脱サラして田舎生活は簡単ではない、という話はネットでちらほら見かける。しかし十年前となると、そうしたネガティブな情報は今より乏しかった筈だ。数多くの人がこの地で地獄を見たと思うと、目の前の素晴らしい景色がアンコウの頭に付いている疑似餌のように思えてきた。

「まぁ、永住するのはオススメしないが、二泊三日程度の滞在なら悪くない筈だよ。テレビぐらいはあるからな。あと公衆電話もあるから、家への連絡は一回十円で出来るぞ」

「いや、別にどれもスマホで出来るじゃないですか。というか私テレビ見ないですし」

「ほう、そうなのか。ちなみに此処、電波入らないからな」

「え? ……んなぁっ!?」

 スマホを見れば本当に、アンテナ部分に×印が。スマホをあちらに傾け、こちらに傾け、再起動までしてみたが、やはりアンテナは立たない。

 確かに二泊三日が限度だなと、仁美は頬を引き攣らせながら思った。

「さぁて、こんなところで立ち話も難だ。祖父の家に案内しよう」

 尤も仁美の顔は、この村を知る者からすれば見慣れたものなのだろう。蜘蛛子は気に留めた様子もなく、村へと向けて歩き出す。仁美も置いていかれたら堪らないと、すぐにその後を追った。

 蜘蛛子が通る道は、田んぼと田んぼの間を通る畦道だった。人がすれ違える程度には広いが、舗装すらされていない土の道。側には水路があり、そこそこの勢いで水が流れていたが、転落防止の柵はない。子供とか落ちて死ぬんじゃなかろうかと、地元民でない仁美は不安を覚える。

 歩きながら辺りを見渡してもみたが、一面の田園風景としか言いようがない。どれぐらい一面かと言えば、遠くの山以外は田んぼしか見えないほどだ。あれ? 民家とかなくない? と思って注意深く探して、ようやく見付かるぐらい遠くに家がポツポツと疎らに建っている。とんでもない人口密度の低さに、産まれも育ちも都会である仁美は少なからずカルチャーショックを受けた。

 ……そうしてさくさく歩く事五分。

 あまりにも何もなくて ― 村人と擦れ違うどころか姿すら見当たらない ― 、早くも仁美は飽きてきた。

「せんぱーい。なんか面白い話してくださいよー」

「君、中々の無茶ぶりをしてくるね。そうだね……おっ、丁度良いのがいるじゃないか。あそこを見たまえ」

「はい?」

 暇潰しとしてなんの気なしにお願いしてみたところ、蜘蛛子は田んぼの方を指差した。何がいるんだろうと、仁美は素直にその指先を追う。

 見れば、何やら白くてもやもやしたものが田んぼの真ん中に立っていた。

 かなり遠い場所にいるようで、輪郭すらハッキリとは分からない。細長い形態をしており、風もないのに揺らめくような動きをしていた。距離があるので正確な大きさは分からないが、稲の背丈から推察するに二メートルあるかないか……人間と同じぐらいだ。

 仁美はあのような物に見覚えがない。ないのだが、何故だか既視感を覚える。そのチグハグな感覚が気持ち悪く、仁美はよく分からない白い何かに不安を覚えた。

「アレは『くねくね』だよ。この辺りだとよく見掛けるんだ」

 尤もその不安は、蜘蛛子の説明ですぐに拭う事が出来た。オカルトに詳しくない仁美でも『くねくね』ぐらいは知っている。白くてくねくねと揺れ動くそれは確かにネット上で語られている『くねくね』の特徴を有していて

「ほぎゃあああああっ!?」

 そこまで理解した瞬間、仁美は大声で叫びながら蜘蛛子の目を両手で覆った。自分の目ではなく他人の目を塞ぐところに仁美の性格が表れていたが、しかしその事に気付いて恥ずかしがるような余裕はない。

 『くねくね』。

 インターネットで広く語られているそれは、所謂「見たらアウト」系の代物だ。仁美が知る限り、見たら狂うとかなんとか。狂うというのがどんなレベルかは分からないが、もしかすると廃人になってしまうかも知れない。

「はっはっはっ。いきなりだーれだをやってくるとは、中々茶目っ気があるね。しかしこういうのは、後ろに誰が居るか分かっている状態でやっても意味がないのではないかね?」

 そんな仁美の心配を余所に、蜘蛛子は能天気に笑っていた。

「な、何ふざけてるんですか!? くねくねって、確か見たら危ないやつで……!」

「落ち着きたまえ。アレはネット上で語られているほど危険なものではない。まぁ、安全でもないから注意するに越した事はないが、大声で叫ぶほどの代物ではないよ」

「そ……そう、なのですか……?」

「そうだなぁ。大体ヘビぐらいの危険性と思えば良いんじゃないかな。近くに居たらすぐ逃げた方が良いが、遠目に見る分には安全で、走る速さならこっちが上という意味では同じようなものだ」

 狼狽する仁美に、蜘蛛子は淡々と説明する。真偽の判断など仁美には出来ないが、蜘蛛子の方が『妖怪』には詳しい。まさかここで嘘も吐くまいと、仁美は蜘蛛子の話を信じる。両手を目から放せば、蜘蛛子はなんの躊躇もなくくねくねの方を見つめた。信頼は確信へと変わり、仁美は安堵の息を吐く。

「良し。都合良く初心者向けの妖怪が現れた事だし、まずはくねくねの観察から始めよう」

 しかし不安が知的好奇心に変わる事はなかったが。

「いやいや!? 止めましょうよ!? 危ない事は危ないんでしょ!? 君子危うきに近寄らずって言うじゃないですか!」

「いや、でもくねくねってうちの村にたくさん生息してるから、今のうちに少しは慣れておいた方が良いと思うぞ?」

「えっ」

 反論した仁美だったが、蜘蛛子がさらりと告げた話を聞いて呆然とする。

 蜘蛛子は見てみろとばかりにあちらこちらを指差す。その指先が向いた方全てを見れば、遠近問わず、くねくね蠢くものがいた。しかもやたら多い。数えてみれば、ざっと三十ぐらい。おまけに全方位に分散していた。

 つまり、くねくねに包囲されている訳で。

「……あ、これ遺言書いた方が良いやつですかね?」

「君がヘビに囲まれたぐらいでそうする人間なら、どうぞご自由に」

 仁美の弱音を、蜘蛛子はバッサリと切り捨てた。

 ……………

 ………

 …

「……なんというか、思ったよりも普通の外見をしているんですね」

 じっと前を見つめながら、畦道に立つ仁美はぽそりと呟いた。

 視線の先には、一匹のくねくねがいる。距離にして、ざっと三メートル。人間大のものを観察するには十分な至近距離で、くねくねの姿もしっかりと観察出来た。

 印象を一言で語るなら、包帯でぐるぐる巻きにされた人間、だろうか。

 腕、足、顔……そんな人体のパーツが身体の凹凸からイメージ出来る。表面を白いものが、頭の先から爪先まで覆っていた。見る限り目はないようで、こちらに気付いて近付いてくる気配はない。その場でくねくねと動くだけである。いくら眺めていても、心が掻き乱される感覚とか、宇宙的恐怖の気配を感じるとか、そんなものはこれっぽっちもない。

 気持ち悪いとは思うが、発狂するほどかと言われると、それほどのものとは思えなかった。

「まぁ、この手の怪談話は誇張気味に伝わるものだ。大半の人に実物が見えないなら尚更ね」

 隣に立つ蜘蛛子の説明に、そういうものかと仁美は納得する。確かに『見ていてちょっと不気味な何か』よりも『見たら発狂する何か』の方が話として怖い(面白い)。オカルト故に正確性など二の次で、人から人へと伝わる中で話がどんどん膨らんでいくのが容易に想像出来た。

 くねくねが怪談話ほど恐ろしい妖怪ではないというのも、そうかも知れないと仁美は思えた。

「いやー、しかしこのフォルムは良いねぇ。何度見ても良い。それにこの動きにどのような作用があるのか興味深いよ……うへへへへ」

 ……だからって、あまり近付いて良いものではないだろう。頭の上のスネがきゅーきゅー鳴いて慌てていたが、蜘蛛子は聞こえていない様子だった。

「先輩、近付き過ぎです。田んぼを踏み荒らすつもりですか」

「ぬあああー……離せー、私はアイツの手触りを確かめたいんだぁぁぁ……」

「どんだけ近付くつもりですか!? ヘビぐらいには危険って自分で言ったくせに!」

 危険を怖れず ― というより気にも留めず ― 突き進む蜘蛛子の襟首を掴み、仁美は人生の先輩が先走るのを止める。ジタバタと暴れる蜘蛛子に年相応の落ち着きはない。成程、こりゃ確かに見張りが必要だと、仁美は一気に疲れを覚えた。

 同時に、ふと疑問を抱く。

 見ても発狂しない。向こうから飛び掛かってくる事もない。離れて観察する分には、くねくねと揺れ動くだけ。

 ならばこのくねくね、一体何が危険なのだろうか?

 疑問を抱いた仁美はじっとくねくねを見つめる……と、一羽の鳥 ― 種類は分からないがスズメほどの大きさだ ― が、くねくねの肩に止まった。流石ド田舎、鳥など珍しくないようだ――――などと思っていた仁美の目の前で、くねくねが不意に今までとは違う動きを見せる。くねくねと揺れ動くだけだった身体を、大きく『く』の字に曲げたのだ。

 そしてくねくねの頭、らしき部分がぱっくりと花のように開くや、鳥を一呑みにした。

 くねくねは頭を閉じると、もっきゅもっきゅと咀嚼するように蠢く。しばらくすると、べっ、と鳥を吐き出した。鳥は田んぼに落ちてぽちゃんと水音を鳴らし、そのまま飛び上がる事はなかった。

 くねくねは何事もなく、再びくねくねと揺れ動き始め……仁美は猛烈な勢いで後退りしようとした。襟元を掴まれている蜘蛛子がその場で踏ん張ったので、叶わなかったが。代わりに仁美は蜘蛛子に詰め寄る。

「いいいいい今アイツ鳥食べましたか!? いや、吐き出しましたけどでもあれ食べ、食べ……!?」

「うむ、落ち着きたまえ。今のは極めて一般的なくねくねの食事だよ」

「な、なん、食事って……何を、したんですか、アイツ……!?」

「簡単に言うと、魂を食べている」

 困惑する仁美に、蜘蛛子は淡々と答える。が、その答えは仁美の心に安寧はもたらさない。

 魂? 科学が支配するこのご時世に何を言っているのだろうか。

 しかし妖怪が現実にいると知った今、それを頭ごなしに否定する気も起きない。それに生気を貪るスネコスリという例もあるのだ。魂も、もしかするとあるかも知れない。

 近くで蠢くくねくねを警戒しつつも、仁美は口を閉じて蜘蛛子の話に耳を傾ける。蜘蛛子は少しばかり楽しそうな口調で、先の話を続けた。

「正確に言うなら、物質的なものではないが生命維持に関係するもの、だな。既存の言葉でこれに該当するものが魂だったからそう呼んでいるが……そうした、形のないものを食べ、活動のエネルギーに利用しているらしい」

「そ、そう、なのですか……うう、あの鳥も可哀想に。偶々立ち寄ったものが、まさかあんな化け物だなんて……」

「ちなみにコイツの白色は鳥を引き寄せるための罠と思われる。小鳥がかなり寄ってくるんだ。あ、ちなみに触れると人間でも容赦なく襲われるぞ。私も二回ほど腕を齧られた」

「マジモンの危険生物じゃないですかヤダーっ!? というか齧られたって過去系!?」

「うむ。齧られてもこうして生きているぞ。腕だからダメージが少なくて済んだのかもな。もしかすると三十年ぐらい寿命が縮んでるかも知れんが、人間というのはスペック的に百二十年ぐらい生きられるようだし、限界値が九十になっても大した問題ではなかろう」

 本気で慄き震える仁美だったが、蜘蛛子は楽しげに笑うばかり。くねくねを見ている瞳に恐怖の色はなく、むしろ慈しむような眼差しを向けていた。

 そして恐怖で震える仁美の頭を優しく撫で、気持ちを落ち着かせようとする。

「まぁ、気持ちの良い妖怪とは思わないが、あまり嫌わないでやってくれ。見た目で獲物を誘う都合、田んぼや草原のような開けた環境が必要なんだが、開発でそうした土地はかなり減ってる。おまけにかなりの大食漢なようだから、鳥の生息数が多くないと生きられない筈だ。つまり現代では相当個体数を減らしていると思われる。絶滅危惧種というやつだな」

「いや、こんな化け物が身近にいる生活とか怖いですって……しかも人を襲うのなら、ちゃんと退治した方が良いと思うんですけど」

「……そうか」

 仁美が自分の意見を伝えると、蜘蛛子は少し悲しそうな目をした。何故そのような目をするのか分からず、仁美は首を傾げる。

「良し。そろそろ行くとしようか。長居をして、くねくねがこちらに襲い掛かってきても困るからね!」

 ただ、切り上げるように語る言葉は、如何にも元気が溢れているようで。

「……はい。そう、ですね」

 仁美はこくりと、頷く事しか出来なかった。



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闇夜の妖怪

 勝手ながら、仁美は蜘蛛子の事を裕福な家庭の生まれと思っていた。

 気取った話し方をしている辺りがなんとなく世間知らずっぽいし、それでいて立ち振る舞いが上品である。蜘蛛子は自身の生い立ちについて特段話さず ― 訊いてもいないのだから当然だが ― 、仁美はその思い込みを今の今まで訂正する機会がなかった。

「此処が我が祖父の家だよ」

 故に蜘蛛子が両腕を広げながらハッキリとそう伝えても、仁美の頭は理解を拒んで首を傾げさせた。

 蜘蛛子が家だと呼んだものは、確かに家である。しかし周り ― お隣さんまで数十メートルは離れているが ― にあるごく一般的なサイズの一軒家と比べ、特別大きかったり豪勢だったりするようには見えない。むしろ屋根の瓦の一部が落ち、壁の塗装は剥がれ、庭は雑草で埋め尽くされている有り様。劣化が目に余り、嫌悪感にも似た想いを抱いてしまう。

 ぶっちゃけてしまえば、廃屋にしか見えない。

「……あの、本当に……此処が、その、家? なのですか……?」

「まぁ、疑問に思うのも分かるがね。やはり人が住んでいないとそれだけで劣化が激しいな……」

「? 人が住んでいない? えと、ご親戚の家なんですよね?」

「うむ。とはいえ今は誰も住んでいない。祖母は私が産まれて間もなく他界し、祖父も四年前に亡くなったからね」

 疑問に思い尋ねると、蜘蛛子はあっさりと答えた。

 一瞬、どきりと心臓が跳ねる。訊いてはならない、傷付けるような事を言ってしまったかと不安になる。

「今はうちの父が所有者となっている。まぁ、別荘みたいなものだよ」

 尤も蜘蛛子は平然としていて、気にしていない様子だった。杞憂だったか、と思う反面、もっと慎重にならなくちゃ、と仁美は自省する。

「別荘、ですか」

「ああ。父はそこそこ大きな会社の重役をしていてね。加えて娘である私を溺愛している。祖父の家を潰したくないと頼んだら、簡単に許してくれたよ」

「……それはまた随分と甘々で」

「お陰でこの村での活動拠点には困らずに済んでいるよ。祖父の財産が一般人から見ても少なくて、殆ど相続税が掛からなかった、というのも理由だろうがね」

 呆れるように、或いは嬉しそうに微笑みながら、蜘蛛子は肩を竦める。相続税がどの程度のものなのかは分からないが、いくら安くてもそこそこの金額になるのは仁美にも想像が付く。

 やっぱり蜘蛛子はお嬢様だったらしい。自分のイメージが正しかった事が分かり、ほんの僅かながら仁美は機嫌を良くした。反面、遅れて覚えた違和感が身体を強張らせたので、浮かべた笑みは引き攣ったものになったが。

「……すみません、先輩。一つ質問が」

「なんだね?」

「あの、今、この家の事……活動拠点と、言いましたか?」

 仁美は目の前にある蜘蛛子の祖父の家を指差しながら、尋ねる。

 蜘蛛子にとっては、祖父との思い出が詰まった大事な家だろう。

 しかし客観的に見れば、廃屋である。どう言い繕ったところでその事実は曲げられない。

 活動拠点って、この家で寝泊まりするの? そんな疑問、というより不安が仁美の心をじわじわと蝕む。無論これを訊くのは蜘蛛子の心を傷付けるかも知れないが、されど家というのは衣食住の『住』である。礼節を忘れてしまうのは仕方ない。

 不躾は承知しての質問。蜘蛛子は怒るどころか、「そう思うのは仕方ない」と目で教えてくれる。仁美は安堵した。きっと先の一言は言葉のあやというもので、寝泊まりするのは別の場所――――

「なぁに、この程度の荒れ具合なら二人掛かりの掃除でなんとでもなるさ!」

 そんな希望は、蜘蛛子の一言であっさりと打ち砕かれるのだった。

 ……………

 ………

 …

 蜘蛛子と二人で行った掃除はとてもスムーズに進んだ。仁美自身掃除が嫌いでないのもあったが、蜘蛛子の手付きが慣れたものであったのが大きい。廃屋がぼろ家ぐらいには回復出来た。

 しかし問題は他にもある。

 まず家の中が酷くカビ臭い。蜘蛛子曰く二年ぐらい前から雨漏りが酷くて、手の届かない天井などにカビが生えているとの事。数時間で臭いには慣れたが、健康被害があるのではないかと不安になる。

 そしてもう一つ。ある意味改善しなくても良い問題であり、ある意味近々に迫った難問でもあるそれは……

 電気が点かない事だった。

「……暗い」

「はっはっはっ、まさか電線が切れていたとはね! 半年前に来た時は平気だったんだが、はて、この前の台風の時にでも切れたのかな? 実家に帰ったら、父に修理を頼まないといけないな」

 ぽつりと仁美がぼやくと、蜘蛛子の声が楽しげに笑った。

 蜘蛛子は仁美のすぐ隣に居る筈だが、彼女の顔は見えない。辺りは完全な真っ暗闇――――今は午後八時を回っているのだから。

 幸いにして、対策は済んでいる。掃除中電気が点かない事に気付いた蜘蛛子は、颯爽と夜の準備を終わらせた。準備といっても大した事はしていない。こんな事もあろうかとと言って持ってきたガスコンロで自前の食材を手早く調理して夕飯を作り、その後和室に布団を敷く事(・・・・・・)

 つまり対策とは、暗くなる前に夕食を終わらせ、暗くなったら寝る事だった。ちなみに蜘蛛子のペットであるスネは、蜘蛛子の夏掛け布団の上で丸くなって寝ている。明かりがあれば、ネコのように可愛い姿を見る事が出来ただろう。

「うぅ……こんな早くに眠れませんよぉ」

 暗闇の中で仁美は独りごちる。午後八時に寝るなど、今時小学生でも少数派だろう。大学生である仁美は尚更で、まるで眠気が来ない。都市部と比べ気温が低くく扇風機なしでも心地は良いのだが、若干カビ臭い夏掛け布団の臭いが全てを台なしにする。

 お風呂に入っていればぽかぽかとした感覚から眠りに入りやすかったかも知れないが、電気が来ないので今日は濡れタオルで拭いただけ。身体はなんの準備も出来ていなかった。

「なぁに、目を瞑ればそのうち眠くなるよ。人間ってのは存外単純なもんなんだ。やれる事がないと分かっていると、簡単に寝てしまう」

「そーいうもんですかねぇ……」

「そうそう。というか私はもう寝る。おやすみ」

「えっ」

 口早に告げられた言葉に呆けていると、蜘蛛子の方から静かな寝息が聞こえてきた。

 まさか、本当に寝たの?

 あまりにも早い就寝に、呆れるよりも驚きの念を抱いた……のも束の間、話し相手がいなくなってしまった事に気付く。蜘蛛子との無駄話で時間を潰す作戦は、考え付く前におじゃんとなった。

 さて、どうしたものか。

 スマホでネットサーフィンやゲームは駄目だ。ネットが通じていないという根本的な問題もあるが、何より電気が来ていないので充電が出来ない。スマホには時計やカレンダー、暗闇の中での明かりなどの役目もある。予定ではもう一泊するつもりなのだから、多少は節約しなければならない。

 ……しかしそうなるともう、他に暇潰しの案などない訳で。

「…………寝るか」

 諦めた仁美は、静かに目を閉じた。

 意識を眠りに向けると、外で鳴り響く自然の音色がよく聞こえた。

 セミとは違う虫の音、草や木々の葉が擦れる音。どの音色も、優しくて、穏やかで、段々と心を解していく。解けた心はゆっくりと、遠退くように薄れていった。

「(あっ……なんか、良い感じに、寝られそう……)」

 ぼんやりと自分の感覚を理解したのも束の間、言葉を形作るだけの意識も保てなくなる。

 蜘蛛子が言っていた通り、人間とはやれる事がないと分かると簡単に眠れるらしい。

 感覚的にそれを理解しながら、仁美は夢の世界へと落ちていき――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カサカサ、という音を聞いた瞬間、ばちりと目を開いた。

「(い、今の音、何!?)」

 不意を突かれたからか、完全に覚醒してしまった仁美は辺りをキョロキョロと見回す。無論明かりがないため、何も見えない。

 されど音はしかと聞こえ、何者かの存在を物語る。

 カサカサ。

 カリ、カリカリ。

 ぬちゃ、ぬちゃ……

 最初は虫の歩く音かと思ったが、明らかに虫では出せないような、ハッキリとした音が聞こえてくる。音は何処からするのかと意識を研ぎ澄ませば、自分の頭上……天井付近だと分かった。

「せ、先輩……先輩っ!」

 仁美は隣に居る筈の蜘蛛子を小声で呼びながら、大雑把に手で叩く。蜘蛛子の居る場所からもぞもぞと、夏掛け布団の擦れる音と、不機嫌そうな唸り声が聞こえた。

「……ぁー……なに?」

「先輩! 天井に何かが……!」

「天井? ……………アレか……そういえば、言ってなかったなぁ……」

 ほんの数分でぐっすり寝ていたのか。なんとも緊張感のない声でぼやきながら、蜘蛛子は何やら納得する。

 どうやら蜘蛛子には心当たりがあるらしい。その心当たりを聞かねば、仁美は安心して眠れない。

「な、なん、ですか。何がいるんですか!?」

「気にしなくていい……無害だから……見たければ、スマホのライトで、照らせば……ぐぅ」

「ちょ、先輩!? せんぱーいっ!?」

 仁美が何度呼び掛けても、もう寝息しか聞こえてこない。力尽きるように、蜘蛛子は再び夢の世界に旅立ったようだ。

 寝付きの良過ぎる先輩に愕然とする仁美だが、天井からの音で我を取り戻す。気付けば、音の鳴り方がさっきよりも忙しなくなっている。もしかすると、増えた、のかも知れない。

 ごくりと、仁美は無意識に息を飲んだ。

 蜘蛛子は無害だと言っていた。確かに天井に現れた気配は、自分達の居る床の方へと降りてくる様子はない。気になるならライトで照らせば良いとも言っていたので、ちょっと驚かしたぐらいで襲い掛かるようなタイプではないのだろう。

 だけど、姿も見ずに安心出来るほど、仁美は能天気ではない。

 気にしない事にするか、正体を確かめるべきか……考えた末、仁美は正体を確かめる事にした。危険がないというのなら、知らないよりは知っておきたい。

 仁美はスマホの電源を入れ、ライトを起動させる。それからおもむろに天井の方を照らした

「ひっ!?」

 瞬間、思わず声が出てしまう。

 天井に向けたライトが照らしたのは、一匹の『怪物』。

 一見してその外観はトカゲのようであった。しかし頭から尾の先までの長さが三メートルはあろうかというオオトカゲは、日本には棲息していない筈である。ましてや頭には目玉が四つも付いていて、焼け爛れたような肌をした種など世界の何処にもいないだろう。

 口からは長い舌が伸び、しきりに出し入れしていた。歯は見えないが、その口の中にどれだけ恐ろしいものを隠し持っているのか。指先には鋭く赤黒い色の爪が三本生えており、今は天井の板をがっちりと掴むのに使っているが、もしも人を引っ掻けば頸動脈の一本二本簡単に切り裂きそうだ。だらだらと涎を垂らし、飢えに苦しむような、おどろおどろしい呻きを漏らしている。

 なんと恐ろしい怪物なのか。仁美は己の決断を猛烈に悔い、恐怖で全身を震わせる。 

 加えて照らす光の中に二匹目の頭入ってきたなら――――堪らず、仁美はスマホの電源を落とし、夏掛け布団を頭から被った。

 あれこそ正に妖怪だ。

 なんという名前の妖怪かは分からない。しかしあんな恐ろしい姿なのだ。蜘蛛子は無害と言っていたが、本気で怒らせたらどうなるか分かったものではない。いや、そもそも蜘蛛子はあの妖怪の姿を見ずに答えていたではないか。実は予想と違っていた、なんて可能性だってある。

 果たして自分のした事は、彼等の怒りを買わなかっただろうか? 本当に彼等は無害な妖怪なのか?

 不安の中、不意に天井からカサカサ、ガリガリという音が聞こえてくる。移動する音だが、先程よりずっと激しい。数も増えている。荒々しい唸り声も聞こえ、悲鳴染みた奇声も聞こえてきた。

 彼等が何を考えているのか分からない。何者なのか分からない。怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 恐怖に心を乗っ取られ、仁美は耳を塞いだ。目を瞑り、ただただ震えた。早くいなくなってほしい、早く見逃してほしい。心の中で祈り続ける。

 そして――――

 ……………

 ………

 …

「あれだけ早く寝たのに、何故隈が出来ているんだね?」

 携帯式ガスコンロの前で朝食のハムエッグを作っていた蜘蛛子は、心底不思議そうに尋ねてきた。蜘蛛子の頭の上に居るスネも、目をパチクリさせている。

 やつれた仁美の顔は、それだけ彼女達の目には奇妙に映ったのだろう。

 あの夜、仁美は一睡も出来なかった……というのは大袈裟だが、かなり深夜まで起きていた。眠れたのは妖怪達の気配が消えてから。安心出来た頃には朝日が昇り始め、上がり始めた気温の中では熟睡する事も叶わず。

 かくして今日の仁美は、冗談抜きに睡眠時間が三時間程度しかなかった。

「……なんですか、あの妖怪」

「ん? 妖怪?」

「夜中に現れた奴です! めっちゃ怖かったんですよ!?」

「……あー、そーいえばなんか夜中に起こされたなぁ。え? 君、アレが怖くて眠れなかったのか?」

 まるで阿呆を見るような眼差し。

 蜘蛛子にその気があったのかは分からなかったが、仁美が怒りを爆発させるには十分なものだった。

「な、なんですか! 先輩はあの化け物の姿を見てないから……!」

「巨大な爬虫類型の妖怪だろう? 目玉が四つあって、鋭い爪がある。それから頻繁に舌を出し入れしていなかったか?」

「ぅ……そ、そうでした、けど……」

 見事昨晩の妖怪の姿を言い当てられ、仁美は言葉を詰まらせる。蜘蛛子の勘違い、という線は薄くなった。

 しかしだとすると、尚更あの妖怪の正体が気になった。あんな恐ろしい姿の怪物が何体も出てきたのだ。どんな妖怪なのか、何をするのか、知らずにはいられない。

「一体、アレはなんなんですか……!」

 仁美は堪らず、蜘蛛子を問い詰める。

 蜘蛛子は一瞬、全ての動きを止め、仁美の事をじっと見つめてくる。その瞳は、あたかも覚悟を決めろと忠告するように鋭い。

 ごくりと、仁美は息を飲む。突然の事に僅かながら迷い……されど蜘蛛子は、仁美の覚悟を待たない。

 蜘蛛子はゆっくりと口を開き、告げた。

「アレはね、天井舐めという妖怪だよ」

 そのおどろおどろしい名前を。

 ……おどろおどろしい名前のような気がした仁美だったが、頭の中で反復したら、全くそんな事はなかった。

「……天井舐め?」

「うむ。文字通り天井を舐めていく妖怪だ。それ以外、特に何もしない」

「……なんで天井を舐めるんですか?」

「恐らく枯れ木に生えるカビやコケ類が餌なんだろう。山にも結構な数が生息しているよ。最近の住宅は防カビ剤や塗装がしっかりしているから、都市部じゃ河童より希少かも知れんがね」

「……あの、餌がカビとかコケなら、あの鋭い爪は……?」

「爪は木を登るためのものだろう。ナマケモノの爪を知ってるかい? 結構鋭いんだ。それと同じだな」

「……………」

「ちなみにカビを舐め取るという生態なので、歯は退化して消失している。だから万一噛まれても子犬ほどのダメージもない。以上、説明終わり」

 ガスコンロに乗せたフライパンを傾け、お皿にハムエッグを移しながら蜘蛛子は話を打ち切る。

 天井舐め。

 成程、如何にも天井を舐めていそうな、天井を舐める以外何もしそうにない妖怪だ。大人しいも何も、天井を舐めるだけの奴なのだから当然である。鋭い爪も、木に登るためのものなら納得だ。思い返すと歯は見えなかった。当然である。生えてないのだから。

 ……知らなかったから仕方ないとはいえ、「天井舐めが怖くて眠れなかった」という言葉が色々恥ずかしい。

 恥ずかしいが、しかしそれよりも疲れがどっと押し寄せてくる。瞼を開き続けるのがとても辛い。身体が鉛のように重くなり、頭の中に深い靄が押し寄せる。

 そして寝室である和室に、自分を脅かす者はもういない。

「寝不足で山登りは危ないから、出発は午後にするとしよう。とりあえず、二度寝してきなさい」

「……はい」

 蜘蛛子の提案を素直に受け入れ、仁美は天井舐めの潜む和室へと躊躇いなく戻るのだった。



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小豆洗い

 昼を過ぎた村は、今日も真夏の太陽に照らされた。

 燦々と降り注ぐ熱い日射しを受け、地平線まで埋め尽くす稲穂がキラキラと輝く。セミが大きな声で鳴き、生涯に一度の恋を謳歌していた。

 この穏やかな景色の中を歩き回れたら、どれだけ楽しいだろうか。田んぼの中にはくねくねと揺れ動く白い怪物もちらほら見えるが、遠目で見る分には景色の一部として受け入れられた。

 そう、田んぼを眺めるだけなら良かったのに……

「なんで私達、山に登らないといけないんですか……」

「そりゃ、鬼が暮らしているのは山だからな」

 半袖の服を着た涼しげな格好の仁美が漏らした言葉を、山登りに適した長袖長ズボン姿の蜘蛛子はバッサリと切り捨てた。

 仁美達が歩いているのは、田園風景の中心を流れる大きな川の側。用水路として流れていた川と違い、幅数メートルはあり、流れもそれなりに激しい。護岸工事はされていないようで、辺りは草がぼうぼうに生えている。正に天然の川といった様相だ。勿論柵なんてないので、子供が溺れるんじゃないかと仁美は少し不安になる。

 そしてこの川の先にある大きな山が、今日の目的地だった。

 ちなみに、蜘蛛子のペットであるスネは現在自宅にて留守番中である。蜘蛛子曰く「元々農村のような環境を好む妖怪で、天敵が多い森に入るとパニックになってしまう」らしい。これからその『天敵が多い山』に行く仁美としては、大変気が滅入る話だ。

「この川を辿るようにして歩くコースが一番楽な登山道でね。鬼達も川沿いによくやってくるから、観察するのにうってつけなんだ」

「? なんで川沿いに集まるんですか? 水を飲むとか?」

「いや、妖怪は水を飲まない。物質的な存在じゃないからか、そうしたものの摂取は不要なようだ。彼等の目的は河童だよ」

「……河童?」

「この川には河童が棲んでいるのさ」

 蜘蛛子の答えに、仁美は目をパチクリさせた。

 河童。

 オカルトにさして明るくない仁美でも、その名前ぐらいは知っている。川に棲んでいて、キュウリが好物。相撲好きで、尻子玉を抜いていくらしい……尻子玉がどんなものかは知らないが。

 そんな河童が、この川にはいる。

 昨日までなら「まさかー」と言って流しただろうが、くねくねや天井舐めを見てきた今日の仁美は、無意識に川から離れていた。どちらもあまり危険のない妖怪だったが、河童もそうとは限らない。むしろ川に引きずり込んだりするようなイメージが……

 そんな仁美を見ていた蜘蛛子が、くすりと笑う。蜘蛛子の表情に気付いた仁美は、無意識に唇を尖らせた。

「……河童ですか。まぁ、妖怪の中では一番実在してそうな感じがしますよね。でも、なんで河童がいると鬼が来るんですか?」

「そりゃ、獲物だからね」

「獲物?」

「鬼は頂点捕食者なんだ。他の妖怪を好んで食べる。河童は特に好物らしい」

 蜘蛛子は楽しげに説明したが、仁美は表情を引き攣らせる。おどろおどろしい姿をした河童が、より恐ろしい鬼に頭からバリバリ食べられてしまうイメージが脳裏を過ぎった。

「河童は好奇心旺盛であるが、同時に臆病でね。体格が同じぐらいの子供なら比較的接触しやすいが、大人相手だと怖がらせてしまう。だから観察する時は大きな声を出さず、静かに、向こうがこちらに気付いたら後退りするようにしてくれ」

「はぁ……分かりました」

「うむ。では山に入るまでの道中、河童でも探すとしよう」

 うきうきとした足取りで、蜘蛛子はどんどん先に進む。仁美も置いていかれないよう、早歩きで後を追う。

 たくさんの水があるお陰か、川の側は真夏にも関わらずとても涼やかだった。炎天下の中なのに歩くのが苦でなく、どんどん先へと進める。

 仁美は川をじっと眺める。おぞましい怪物が自分を狙っている兆候を逃さぬよう、じっくりと、些細な動きも見逃さないようにして――――

 草の間を動く、小さな影を見逃さなかった。

「ひっ……せ、先輩、あそこに何かいます!」

「何!?」

 仁美が小声で知らせると、蜘蛛子は素早く仁美が指差した方へと振り返り、即座にその場に伏せた。綺麗な服が土で汚れるが、蜘蛛子は気にもしない。

 多分自分も伏せた方が良いのだろうと思い、仁美もその場にしゃがみ込む。草に身を隠すようにして息を殺す。

 やがて草むらから、毛むくじゃらな動物が現れた。

「……あれ?」

 予想していたのと違う姿に、仁美はキョトンとなる。

 動物は、一見してタヌキのようなずんぐりとした体躯をしていた。二足歩行をし、身長は一メートルほど。体毛は胴体部分が黒く、頭は白い。平坦な顔立ちは老いたタヌキのようにも見え、不思議な愛嬌がある。

 動物は仁美達に気付いていないのか、辺りをキョロキョロと見回しながら川辺に近付く。すると前足の指を大きく開き、まるで網のように細かな穴の空いた水かきを見せた。

 そしてその手を川の中に入れると、じゃぶじゃぶと手洗いのような仕草を見せる。しばらくすると手を上げ、しゃりしゃりと音を鳴らした。川の砂を拾い上げ、手で擦っているのだろう。

 なんとも愛くるしい姿だが……どう見ても河童ではない。

「ほう。小豆洗いではないか」

 疑問に思っていると、蜘蛛子が答えを教えてくれた。尤も、小豆洗いなる妖怪を知らぬ仁美からすれば、謎が深まっただけだが。

「小豆洗い? なんですか、それ」

「川辺で小豆を洗うような音を立てる妖怪だ。人を喰うとか攫うとかいう話もあるが、実際には水生昆虫や甲殻類を主に食べている。いやぁ、幸運だぞ。警戒心が強いから中々人前には現れないんだ」

「はぁ……」

 幸運と言われても、いまいち珍しさが感じられず、仁美は首を傾げた。

 とはいえ見ていて可愛いものなのは違いない。仁美はじっと、小豆洗いを見つめる。観察されている事など知りもしない小豆洗いは、川底の砂を拾い上げてはしゃりしゃりと手を擦り、餌を探す。

 実に可愛い。見ていて頬が弛んでしまう。

 ……口元からぼろぼろと小動物の死骸が溢れていく様子を見ると、その可愛さも少し薄れるが。

「なんか、勿体ない食べ方してますね……」

「ははっ。確かにそう見えるかも知れないな。魂だけを食べるから、肉体の方はそのまま残る訳だし。だが、彼等の食べ残しは決して無駄じゃないぞ。むしろああした食べ残しは、あまり狩りが上手じゃない魚にとっては貴重な餌となる筈だ。多様性の維持に貢献している訳だな」

「ふぅーん……」

 食べ残しが生物多様性を維持する……なんとも大袈裟な話に実感が持てない仁美だったが、小豆洗いの可愛さを見ているとそんな疑問は何処かにすっ飛んでしまった。

 もしゃもしゃと食事を続ける小豆洗い。そんな彼? の背後にある草むらが不意に揺れた。なんだと思い、仁美が注視していると……草むらの中から小さな獣が姿を現す。

 瞬間、仁美の全身に衝撃が走る。

 現れたのは、小さな小豆洗いだった。

 子供なのだろうか。最初に現れた小豆洗いと比べ、十分の一ぐらいの背丈しかない。毛の色や模様は大人とほぼ同じだが、大人よりも透き通っていてふわふわとした毛で覆われていた。足取りが覚束なくてよちよちしているのがまた愛くるしい。

 そんな愛くるしい集団が、ぞろぞろと十匹も現れたなら。

 可愛い大行進を目の当たりにし、仁美は声を必死に抑えながら悶えてしまった。

「ふわぁ~~……! か、可愛い……! なんですかあれ、なんですかあれぇ……!」

「見ての通り小豆洗いの幼体だ。彼等は子だくさんでね、一度に十数匹ほど産み落とすようだ。資源量の多い水生昆虫を主に食べているからか、繁殖力が旺盛なんだ。成体は何時も子供を連れているな。大きさからして、あの子供達は生後間もないと思われる」

「そうなんですかぁ……ああ、きゃわいい……」

 蜘蛛子の話を半分聞き流しながら、仁美は小豆洗いの幼体をうっとりとした眼差しで眺める。

 小豆洗いの幼体達はずらりと並ぶように川岸に近付くと、拙い手付きで川底を浚い始めた。小さな手で砂を広い、しゃりしゃりと擦る。時折何か小さなものを見付けては食べ、見付けては食べ……一生懸命ご飯を食べていた。中には夢中になるあまりでんぐり返しで川に落ち、キョトンとするものまでいる。

 わざとやっているのか、と思うぐらい可愛さ全開だ。何時までも見ていられる……そんな気持ちが大袈裟でないぐらい、仁美は小豆洗い達の食事をだらしない顔で眺めていた。

 ――――仮に。

 仮に仁美が蜘蛛子の話をちゃんと聞いていたなら、気付けたかも知れない。子だくさんな(・・・・・・)野生動物(・・・・)がどんな生き方をしているかに。しかし仁美は目の前の可愛らしさに頭のリソースを持ち去られ、何も考えていなかった。彼等が漫画やアニメに出てくるプリティな何かと勘違いした。

 だからその目に入っても気にしない。

 川の中を、すぅーっと静かに移動する影なんか。

「……あっ」

 蜘蛛子は川の中の影に気付き声を上げた、が、何に気付いたかを仁美には教えてくれない。教える暇もない。

 次の瞬間、川の中から不気味な爬虫類が跳び出したのだから。

 突然の出来事に、可愛いものをただただ眺めていただけの仁美は反応出来ない。呆然とする仁美の前に、爬虫類は全身を露わにする。

 全身が緑色をし、鱗で覆われていた。背中には亀の甲羅のようなものを背負い、手足には水掻きがある。すらりとした姿はイタチのような肉食獣を想起させ、顔付きはおどろおどろしい。頭には皿と呼べそうな、つるつるとした部分が見受けられる。

「ギシャアーッ!」

 現れた爬虫類は不気味な声を上げ、川岸に居る小豆洗いの子供二匹に手を伸ばす。

 狙われた子達は、身動きする暇すらなく捕まってしまった。すると爬虫類は一気に後退。両手に持った小豆洗い諸共川の中に姿を消す。

 残された小豆洗い達は、呆然としていた。仁美も呆然としていた。

 先に立ち直ったのは小豆洗いの方。

「きゅー!?」

「きゅー!」

「きゅきゅー!」

 親の悲鳴に合わせ、子供達も悲鳴を上げながら、草むらの中へと逃げ込んでいった。ずんぐりとした体躯からは想像も出来ない速さで、一瞬で姿を隠す。

 草むらに入ってしまうともう小豆洗いの姿は見えない。しばし川のせせらぎを耳にして、蜘蛛子がゆっくりと立ち上がる。遅れて仁美も立ち上がる。

「……あの……今のは?」

 仁美は蜘蛛子の顔を見ながら尋ね、

「河童だよ。アイツ等は小豆洗いの子供が大好きでねぇ……食べ物的な意味で」

 蜘蛛子はくすくすと笑いながら答えた。

「いやいや!? 笑い事じゃないですって!? あ、あんな可愛いのに、あんな、あんな……」

「いくら可愛くても、妖怪もまた自然の生き物。食物連鎖からは逃れられないのさ。彼等は繁殖力に優れているが、それがなければ滅びるほど天敵も多いのだよ」

「……酷過ぎる……なんてかわいそうなのかしら……」

「同情しているところ悪いが、食べられなかったら今度はあの繁殖力が猛威を振るうぞ。短期間で大増殖して、河川の昆虫類を食い尽くす。水中生態系を一瞬で破壊するだろうな」

 蜘蛛子は淡々と『現実』を語る。仁美とて高校で食物連鎖については習っているのだ。言われずとも分かる。

 分かるが、感情的に納得出来るかは別問題というやつで。

「……~~~っ!」

 腹立ち紛れに、石を蹴飛ばす。

 飛んでいった石はぽちゃんと音を鳴らし、驚いたように河童が川から跳び上がるのだった。



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知らない人

 正直なところ、仁美は少し楽観視していた。

 辺り一面の田園風景。ボロボロだが味のある民家。穏やかな流れの川辺……どれものどかな田舎の景色で、眺めていると心が落ち着くものだった。人への優しさに満ちていて、見る者の心を癒やしてくれる空間だ。

 そんな風景ばかり見ていたので、鬼のいる山というのも似たようなものだと思っていた。所謂里山みたいなもので、歩きやすいハイキングコースみたいな、ちゃんとした登山道があると思い込んでいた。

 現実は真逆だ。

「よーし、では此処から登るとしようか!」

 蜘蛛子が指し示した『登山道』は、鬱蒼とした木々と蔦と下草に覆われ、道すら見えない有り様だったのだから。

「……はい?」

「だから、此処から登るんだよ」

 思わず訊き返す仁美に、蜘蛛子は丁寧に同じ説明をしてくれた。

 「聞こえなかった訳じゃねぇよ」……と喉元まで昇ってきた言葉を飲み込み、仁美は一度深呼吸をする。自慢じゃないが、自分は都会人だ。だから田舎の少々過酷な自然を前にして、反射的に弱音を吐いてしまった。しかしよくよく見れば、実は思ったより攻略難易度は低いという可能性もある。

 仁美は改めて、蜘蛛子が示した『道』を観察する。山を覆い尽くす深い森。木々は密に生えているが、少し体勢を変えれば通れそうだ。蔦だって所詮はただの草。千切るのは容易な筈である。

 落ち着いて観察すれば、難攻不落に思えたものがハリボテだと気付けた。下草にも隙間があり、そこに足を踏み入れるようにして進めば

 下草の影からひょっこり顔を覗かせたヘビを踏み付け、がぶりと噛まれていたに違いない。

「やっぱり無理ですよねこれぇ!?」

 固めかけていた仁美の決意は、にょろにょろとした小動物一匹であえなく砕け散った。蜘蛛子は呆れたような、ちょっとばかし失望したような眼差しを仁美に向け、ため息を吐く。

「ヘビぐらいでよく騒ぐなぁ。アオダイショウなんて毒もないし、噛まれてもちょっと痛いだけだよ」

「痛いから嫌です! もっと安全な道から登りましょうよ!」

「いやぁ、そうしたいのは山々だが、実は此処が一番マシな道のりでねぇ」

 胸を張り、はっはっはっ、と蜘蛛子は笑いながら仁美の提案を切り捨てる。そして仁美の返事を待たず、迷いない足取りで森に足を踏み入れた。

 言うまでもなく、後を追わねば仁美はこの場に取り残される。

 地元であれば、その事にさして焦りも覚えないだろう。いざとなればスマホで連絡が付くし、帰り道だって分かる。しかし此処は地元じゃない。家までの帰り道すらうろ覚えだ。おまけにスマホは圏外である。

 そしてこの地は、妖怪が跋扈する文字通りの魔境。

 一見して平穏な風景の中に、獲物を水中に引きずり込む河童やら、魂を喰らうくねくねやらが蠢く地。もしかすると人攫いで有名な天狗とかいるかも知れないし、他にも獰猛な妖怪が隠れ潜んでいる可能性もある。

 もしもそんな妖怪と出会ってしまった時、オカルト知識皆無な自分は無事生き残れるのだろうか?

「……せ、先輩! 待ってくださーいっ!?」

 半ば無意識に、仁美は蜘蛛子の後を追う。

 足下にいたヘビは仁美の駆け足に驚いて、そそくさと逃げ出すのだった。

 ……………

 ………

 …

 一度入ってしまえば、森の中は仁美が予想していたほど過酷なものでもなかった。

 下草は多いが、歩いていくうちに「こういうもんだ」と思えてきて、障害物と認識しなくなる。素足なら傷だらけになっただろうが、幸いにして長ズボンを履いてきたのでそこは問題ない。上は半袖なのでそこは注意が必要だが、足ほど頻繁に擦る場所ではないので今のところ無事だ。密に生えている木々も、手摺り代わりに使えば便利なものである。

 強いて予想より『悪い』ところを挙げるとすれば。

「なんでこの山、妖怪だらけなんですかぁ!?」

 村の中とは比較にならないぐらい、妖怪が溢れている事だろう。

 頭上から気配がしたので顔を上げれば天井舐めの群れが移動していたり、猿のような妖怪が「お前は怖がっているな」と問い掛けてきたり、空飛ぶイタチが三匹飛んでいったり、両手が鉈のようになった毛むくじゃらな獣が現れたり、毒ガスを出すフジツボのようなものが鎮座していたり……

 山に入って二時間ほどしか経っていないが、既に村での二日間よりもたくさんの妖怪に出会っていた。正に魔境である。

「うむ! どうやら周辺の山が開発されている影響で、その地に棲んでいた妖怪達が此処に逃げ込んでいるらしい! 由々しき事態だな!」

 されど仁美の前を歩く蜘蛛子は妖怪大好き人間。全く由々しく思っていなさそうな、爛々とした調子で答えた。足取りがどんどん軽くなっているのか、先へと進むスピードは刻々と速くなる。仁美はこの妖怪だらけの場所に置き去りにされぬよう、後を追うので必死だった。

「せ、先輩……ちょっと、速いです……しんどい……!」

「……あ、すまない。つい、調子に乗ってしまった」

 堪らず呼び止めると、蜘蛛子はすぐに足を止め、心底申し訳なさそうに謝る。

 今にも泣きそうな顔を見る限り、どうやら本当に反省しているらしい。

 この年上の女性、割と簡単にしょぼくれる。先程までの喜びようは何処へやら、完全に意気消沈している様子。ここまで落ち込まれると、仁美としても居心地が悪い。

 仁美は何も意地悪をしている訳ではないのだ。もう少しゆっくり歩いてくれれば、それで良いのである。

「……悪いと思うなら、次から気を付けてください。それより大分山奥まで来たと思うのですけど、まだ鬼には会えそうにないですか?」

 あまりこの話を引っ張りたくない仁美は、別の話題を振る事にした。蜘蛛子は顔を上げ、少しだけ何時もの、自信のある凜々しい表情へと戻る。口を開けば、気障ったらしい言葉が出てきてくれた。

「うむ。位置的には既に生活圏内だ。この辺りまでやってくる事は稀だと思われるが、気持ちの準備はした方が良い」

「そうなのですか……うぅ、やっぱり凶暴なのかな……」

 仁美の脳裏に浮かぶは、お伽話に出てくるような大男。人を捕まえ、食べてしまう怪物が想起され、身体がぶるりと震えた。

 そんな仁美を見て、蜘蛛子は快活に笑う。その心配は無用だと、まるで心でも読んだかのように。

「安心すると良い。仮にばったり鉢合わせたとしても、鬼は基本的に人間を襲わないからな」

「え? そうなのですか? でも、肉食なんですよね?」

 蜘蛛子は鬼を頂点捕食者と呼び、他の妖怪を食べる妖怪だと説明していた。故に仁美は鬼を獰猛な妖怪と思い、人間を襲わないという言葉に違和感を覚える。

 不思議がる仁美に、すっかり調子を取り戻した蜘蛛子が説明する。

「恐らく効率的な問題だ。大柄な獅子からすれば、ネズミなんて何匹食べても腹の足しにもならない。だから獅子はネズミが目の前を横切ろうとも狩ろうとはしない。それと同じ事さ。ま、腹が減っていれば喰うだろうから、油断はすべきじゃないがね」

「ネズミって……」

「ネズミが嫌なら亀とか鳥とか、そういうのでも良いさ。要は人間の魂は、鬼にとってあまり魅力がないという事だ。人間よりも妖怪の魂の方が、より大きなエネルギーを有しているのだろう」

「むぅ……」

 蜘蛛子の説明に、仁美は納得と不満を覚える。別段人間が一番偉いとは思わないが、妖怪の魂の方が『良い』と言われているような気がしたので。

 とはいえそれを追及するというのも、やっぱり人間が一番偉いと驕っているような気がしてくるので癪だ。矛盾した考えに、自分がどんな答えを期待しているのかも分からない。それがますます気持ちを揺れ動かす。頭の中は不機嫌一色。ちょっと歩みが雑になり、視界に入るものへの判断も適当になる。

 故に、直前まで気付かなかった。

 真横の茂みから、突如として現れた大きな影に。

「(――――え、あ……)」

 間近まで接近した影に気付いた、瞬間、仁美の脳裏に蜘蛛子の言葉が過ぎる。

 此処は鬼の生活圏。

 現れるのは稀と言ったが、つまり稀には現れるという事。鬼のサイズは分からない、が、イメージ的に人間よりも一回り大きいぐらい。現れた影は、仁美よりも頭一つ大きいぐらいだ。

 まさか、本当に、鬼?

 一瞬のうちに至った考えは、仁美の全身を強張らせる。恐怖が頭の中を塗り潰し、生存本能が動き出す。

 逃げねばならない。兎に角全力で、少しでも遠くに。

「ひっ!?」

 仁美は反射的にその場から跳び退いた

 つもりだったが、つるんと足を滑らせる。あっ、と思った時にはもう遅く。

「どべっ!?」

 仁美は跳び退くどころか、その場でひっくり返ってしまった。

「おいおい、どうしたのかね?」

 倒れた仁美に、蜘蛛子が駆け寄ってくる。背中に手を回し、身体を起こそうとする仁美を手助けしてくれた。それが恥ずかしくて、仁美は赤くなった顔をこくりと頷かせる事しか出来ない。

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 そして茂みから現れた影が、擦れた女性の声を掛けてくる。

 パチパチと瞬きをしてから声がした方を見れば、そこには長身の女の人が立っていた。薄幸そうな顔立ちをしていて、仁美よりもずっと細い身体をしている。着ている服も生地が薄くて、儚い印象を振りまく一因だ。あまり視力が良くないのか、眼鏡越しの目を細めていた。

 どうやら、この一般人らしい女性を鬼と見間違えたらしい。

 その事に気付き、仁美はいよいよ顔を俯かせた。尤もおろおろとした女性の気配を察し、なんとか顔を上げ、笑顔を作るが。

「す、すみません。ちょっと考え事をしていたもので、つい驚いてしまいまして」

「そうでしたか……お怪我がないようで、幸いです」

 仁美が事情を話すと、女性は心底安堵したように息を吐く。

 優しそうな人だなと、仁美は感じた。驚いてしまった事が申し訳なく感じるほどである。

「いや、連れが失礼しました」

 しかし蜘蛛子にその気持ちを代弁されると、まるで子供扱いされている気がしてちょっと不愉快だが。仁美はジト目で見つめて抗議の意思を示す……残念ながら、蜘蛛子は仁美に視線すら向けなかった。代わりに、じっと女性の目を見つめる。

「ところでこの山にはどのような目的で来られたのです?」

「えっ? ……えっと、その、と、鳥居が」

「いや、実は私この村の出身でしてね。この山には鳥居こそありますが、実は神社そのものはなくて。もしそれが目当てなら無駄足に終わる前に止めようかと」

「あ、えと、そ、その……」

 目を逸らし、女性は言い淀む。蜘蛛子は女性から目を離さず、話の続きを待つ。

 しばらくして、蜘蛛子は突如笑い出した。

「これは失礼! ついキツい言い方をしてしまいました。どうにも気取った態度を取ってしまうのが悪い癖でして」

「へ? あ、は、はぁ……」

「我々は森林浴でもしようと思っていまして。此処らは結構人気なんですよ」

「へ、へぇー、そうなのですか……」

「では、我々は先を急ぐのでこれにて」

 女性はすっかり困惑した様子だったが、蜘蛛子はむしろ満足したような笑みを浮かべた。それから仁美の手を握ると、力強く引っ張る。突然の事に戸惑う仁美は満足に踏ん張れず、どんどん姿が遠くなる女性に手を振る事しか出来なかった。

 蜘蛛子は女性の姿が見えなくなっても、しばらくは力強く進み続けた……が、不意にその足を止める。仁美のすっかり加速した足取りはこれに反応出来ず、蜘蛛子の背中に顔面からの体当たりをお見舞いしてしまった。自分の鼻だけが痛い想いをし、仁美は憤りの感情を露わにする。

「ちょっと、なんなんですかさっきから! いきなり引っ張ってくし!」

「いや、すまない。あまり露骨に指摘すると向こうも警戒すると思ってね」

「……警戒?」

 蜘蛛子の言い分がよく分からず、仁美は眉を顰める。すると蜘蛛子は自分が通ってきた道を振り返り、今は見えなくなった女性が居るであろう方を見つめながら答えてくれた。

「恐らく、あの女性は自殺する気だ」

 極めて重要で、衝撃的な答えを。

「じ、自殺!? なんでそんな……」

「実を言うとこの山、自殺の名所でもあるんだ。山菜採りの季節になると、年に五人ぐらい遺体だったものが見付かる。そしてそういう人間は大概軽装なんだ。後先考えず、楽な格好で行こうとするからな。彼女、山登りをするにはちょっと軽装だったろう?」

「そ、そんな、いや、でもそれだけじゃ……」

「他にも、何故この山に登ったのかすぐに答えられなかったとか、私との会話をかなり嫌がっていた、とかが理由だな。まぁ、結局推測の域は出ないが。しかし自殺の可能性を否定し、野放しにするのは不味いと想わないかね?」

「……」

 こくりと、仁美は無言のまま頷く。

 そうだ。真偽はどうあれ、自殺しそうな人がいるのから、止めるべきだろう。勘違いだったらごめんなさいで済むが、本当だったら取り返しが付かないのだから。

「とりあえず森林浴目当ての人が集まると言ってみたが、果たして信じてくれたかどうか。冷静に考えればそんな人間が私達しかいないと気付いて、嘘だと見破れてしまうだろうし」

「あ、それ嘘だったんですね……」

「まぁね。自殺は一時的な衝動である事が多いという。だから一旦思い留まらせ、時間を経たせれば気持ちが変わる事もある。我々素人に出来るのはそうした一時凌ぎぐらいだよ」

 諦めたような、悔しいような。複雑な想いを感じさせる蜘蛛子の言葉に、仁美もこくりと頷く。

 出来れば後を追う方が良いのだろうが、この深い森の中だ。下手に刺激して、走り回られたら、共に遭難する恐れがある。ずっと隠れ続けても、女性が向かうのはきっと森の奥深くだ。如何に蜘蛛子でも、広大な森の全てを知っている訳ではないだろう。自分達の安全のためにも、深追いは出来ない。

 女性が心変わりしてくれるのを願うのが、一般人である自分達に出来る『精いっぱい』だ。

「……いや、すまないね! 憶測で変な空気を作ってしまったようだ! 私の考え過ぎだろう。先に行くとしよう!」

 仁美が落ち込んでいると、蜘蛛子は今まで以上に元気な声を張り上げる。その声が落ち込む仁美だけでなく自分自身を鼓舞するためのものであると、仁美はすぐに気付いた。

 落ち込んでいても仕方ない。あの女性が自殺をすると決まった訳ではなく、自分達は選択出来る最善を選んだ。なら、これで十分ではないか。

「……はい、そうですね。行きましょう」

 仁美は蜘蛛子の意見を受け入れ、こくりと頷いた

 その直後の事だった。

「キャアアアアアアアアアアッ!?」

 絹を裂くような悲鳴が、森の中に木霊したのは。

 びくりと、仁美は自身の身体を震わせる。何が起きた? 今のは誰の悲鳴だ? 疑問が頭の中を見たし、身動きが取れなくなる。

「行くぞ!」

 反面蜘蛛子は迷いなく、声が聞こえた方へと走り出していた。

「せ、先輩!? ま、待って!」

 身体が強張っていた仁美は一瞬反応が出遅れる。慌てて後を追うが、山道を進むのは蜘蛛子の方が上手だ。段々と蜘蛛子の姿が遠くなり、見失わないようにするだけで必死になる。

 しばらくして蜘蛛子は大きな木の陰に隠れるようにして立ち止まったが、何時また走り出すか分からない。仁美は力を振り絞り、少しでも距離を縮めようと努力する。

「せ、せんぱ――――」

 そうしてあと少しで手が触れるぐらい迫ってから、蜘蛛子に呼び掛けようとした

 が、それは叶わない。

 何故なら仁美が声を出した瞬間、蜘蛛子は素早く仁美の方へと振り返り、口を塞いできたのだから。いや、それだけでなく身動きを封じるように片腕で拘束してくる。

 いきなりこんな事をされ、驚かない訳がない。

「――――っ?! ん、んぅーっ!?」

「静かに。ちょっと、いや、かなりヤバい状況だ」

 困惑し、思わず暴れる仁美だったが、蜘蛛子は優しく語り掛けてくる。とはいえ普段ならもっと気取った口調は、今はやや早口で、冗談一つ交えていない。

 どうやら、言葉通り『かなりヤバい』事が起きているらしい……なんとなく蜘蛛子の気持ちを察した仁美は、鼻で深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 すると、音が聞こえてきた。

 ぱき、ぱき。

 くちゅ、ぐちゅ、ぢゅ。

 ぶち、みちみちみち。ぷちゅ。

 ……生々しい音だった。まるで生肉を食べているような、そんな音である。

 まさかオオカミがシカでも食べている? 否、日本のオオカミは既に絶滅している。生き残りがいるかも知れないが、そいつらの食事に自分達が出くわす可能性は限りなく低い。もっと現実的な……クマがシカを食べている、と考えるのが妥当か。

 気持ちは落ち着いてきた。のっぴきならない事態なのも理解出来た。

 仁美は身体から力を抜き、自分が冷静になった事を蜘蛛子に知らせる。蜘蛛子はゆっくりと手を離し、仁美は蜘蛛子と向き合う。

「良し、冷静になってくれたな……一刻も早く此処から立ち去ろう。向こうは見るな」

 ひそひそ声で、蜘蛛子は仁美にそんな提案をしてくる。

 仁美はシカが内臓をぶちまけているところを想像し、それが現実に起こっても耐えられるか考える……気絶はしないだろうが、見ていて気持ちの良いものではないだろう。見ないで済むならその方がずっと良い。

 仁美は無言で頷き、蜘蛛子は仁美の背中を押してきた。仁美はその力に抗わず、ゆっくりとその場を後にしようとした。

 されど仁美は足を止める。

「た、たす……げぶっ」

 自分が目を背けた場所から、女性の呻き声が聞こえたのだから。

「……っ!」

「っ!? 待て!」

 小声ではあるが引き留めようとする蜘蛛子を振りきり、仁美は木陰から――――蜘蛛子が、自分には見せまいとしていた場所を覗き込む。

 真実は、凝視をするまでもなく明らかだった。

 中央に横たわる、人の女性。

 その女性を取り囲む無数の『黒い靄』を確認する事に、なんの苦労もなかったのだから……



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黒い靄

 バリバリ、くちゃくちゃ、ぽきぽき。

 生々しい音が確かに仁美の耳に届き、鼓膜を震わせた。妖怪達の声とは違う、物理的な音。だからそれは本当に、現実に起きているという証。

 食べているのだ。

 黒い靄のような何かが、彼等の中心に横たわる人間を。

「――――ひ」

「静かにっ」

 無意識に悲鳴を上げようとして開いた口は、蜘蛛子によって塞がれた。そのまま仁美は蜘蛛子に連れられ、近くの大木の影に身を隠す。

 蜘蛛子はゆっくりと顔を木から覗かせ、仁美も考えなしに同じ行動を取る。

 黒い靄達は、夢中で人を食べていた。

 黒い靄と呼んでいるが、その形は裸の人のようにも見える。数は五体。いずれもすらりとした手足をしていて、かなり華奢だ。人間なら頭のある場所に、同じく頭のような塊があるが、しかし目や鼻などのパーツはない。あるのは、ぐちゃぐちゃと人間の肉を噛み千切っている口だけ。

 何より不気味なのは、彼等の食事ぶりだ。四つん這いになって咀嚼する姿は、人らしい見た目と相まっておどろおどろしい。息を吐く間もなく噛んでは肉を吐き出す ― その肉に宿っている『魂』だけを食べているのだろうか ― 様は、テレビでやっていたアフリカの肉食獣のような、獰猛さと貪欲さを感じさせる。大きさからして人一人いれば五匹全員が十分腹を満たせそうなものだが、時折黒い靄同士で威嚇するような仕草を見せ、口の中を剥き出しにしていた。ずらりと並んだ鋭い靄は、歯なのか。べっとりと付けた血糊を目の当たりにし、仁美は背筋が凍る想いをした。

 そして食べられている人間だが、まだ生きているらしい。生々しい咀嚼音に混ざり、微かな呻きが聞こえてくるのだ。

 助けられるか? もう手遅れか?

 それを知るためにも、人間の姿をよく見なければならない。仁美はごくりと息を飲み、呼吸を整え……意を決して、食べられている人間を見る。

 だから気付いた。

 食べられている人間は、女性だった。細身で、手足が長い。山を登るのには不適切な薄手をしていて、靴もお洒落な女性もの。

 そして微かに見える横顔が、とても薄幸そうだった。

「……っ!」

 反射的に、或いは逃げるように、仁美は木陰に身を隠す。しかし網膜に焼き付いた付いた人の顔は、何時まで経っても消えてくれない。

 あの女性の名前なんか知らない。どんな仕事をしていて、何故こんな場所に来たのかだって訊けていない。それでも『知り合い』が遭遇した悲劇だと理解した途端、急に目の前の出来事が身近に感じられる。

 息が上手く出来ない。

 心臓が痛い。

 血の流れが鬱陶しい。

 逃げたいのに身体が動かない。

 嫌だ、あんな死に方は嫌だ、嫌だ、嫌だ――――

 感情だけが高まり、意識が遠退く。やがてふっと全身から力が抜け

「しっかりしろ。ここで気を失わないでくれ」

 蜘蛛子がすかさず支えてくれなければ、その場で失神していただろう。

 身体を掴まれる刺激と、耳をくすぐる囁き声で、仁美は我を取り戻す。首を横に振り、身体の中に残る気持ち悪さを追い払う。どうにか平静を取り戻した仁美は、蜘蛛子の言葉に小声で答えた。

「は、はい、大丈夫です……あの、アイツらは、一体……」

「分からん。恐らく妖怪の類だが、あのような外見のものは見た事も聞いた事もない。新種か、突然変異か、それとも何かの幼体か……こんな時でなければ、じっくり観察したいところだがね」

 推論を語る蜘蛛子は楽しそうな口調であるが、その顔は緊張感で引き攣っていた。さしもの蜘蛛子も、この状況を心から楽しむような歪んだ感性はないらしい。

 それだけ状況が危険だという事と、そんな蜘蛛子が頼もしいという想い。具体的になった危険性と頼れる人の存在は、仁美の気持ちを少しだけ落ち着かせた。乱れていた息も整う。

 今なら、ちゃんと逃げられそうだ。

「兎に角、此処から離れよう。出来るだけ物音は立てないように」

「……はい。分かっています」

「慌てる事はない。あんな大きな『獲物』を捕らえているんだ。他の獲物を見付けたところで、追っては来ないだろう……多分、な」

 蜘蛛子は推測を語りながら、ゆっくりと仁美の背を押す。

 蜘蛛子の言い分は至極尤もなものだ。犠牲になった名も知らない女性は可哀想だと思うが、今は自分達が助かるのを優先するしかない。

 助けられない事を悔しく思いながら、仁美は蜘蛛子の言い分に従ってこの場を後にする事にした。勿論慎重に、ゆっくりと。気付かれても大丈夫な筈だが、刺激しないに越した事はない。

 後退りするように、一歩、一歩と、仁美は黒い靄達から距離を取り――――

 バキッ、と仁美の足下から音が鳴った。

 仁美は恐る恐る、足下を見遣る。そこにあったのは、一つの眼鏡。

 見覚えがある。これは、今食べられているあの人が掛けていた……

「……っ!」

 込み上がる吐き気を、必死に抑える。蜘蛛子ですら正体を知らない、未知の妖怪。何がアレを刺激するか分からない。吐瀉物の臭いで興奮して……そんな事を、あり得ないとは言いきれないのだ。

 隣に立つ蜘蛛子も息を飲む中、仁美はどうにか吐き気を抑え込む。それから改めて人を食べている黒い靄達を見たところ、彼等は未だ自分の食事に夢中な様子。なんとか難を逃れた

「危ない!」

 と安堵した瞬間、蜘蛛子が大きな声で叫びながら、仁美の頭を押し下げた。

 突然の行為に仁美は反応すら出来ず、されるがまま頭を、その頭に引きずられて身体も地面へと押し倒される。ばふんっ、と顔を埋めた落ち葉は独特の臭いを漂わせ、都会人である仁美にはややしんどい刺激を脳に与えた。平時なら、何をするんだと文句の一つでも言うだろう。

 されど此度は違う。

 ガチンっ、と――――まるで顎を(・・)鳴らすような(・・・・・・)音が聞こえてきたのだから。

「はっ、あっ……!」

 反射的に空を見上げれば、自分の頭があった場所に『黒い靄』がいた……正確には、黒い靄の頭が。

 ガチン、ガチン、ガチン……ばっくり開いた顎を、物寂しそうに鳴らす黒い靄。その顔に血糊は一滴も付いていない。

 コイツは、女の人を食べていたのとは違う奴だ。

 仁美は説明されずとも、そいつがどういう立場なのかを理解した。弱くて仲間外れにされたのだ。ケダモノらしい、仲間意識の乏しさに反吐が出る……と言いたいところだが、調子に乗ってる場合ではない。

 コイツは腹ぺこだ。そして例え弱かろうが、人を食い殺す妖怪変化の一個体。

 自分(人間)は、餌に過ぎない。

【かきゃこここここっ】

 奇怪にして現実味のない、子供の笑い声にも似た声を上げながら、黒い靄は仁美へと顔を近付けてきた!

「させる、かぁっ!」

 呆然としている仁美には避けられなかったその『攻撃』は、しかし蜘蛛子の叫びと共に止められる。

 蜘蛛子が、黒い靄に体当たりをお見舞いしたのだ。黒い靄は顔を苦しげに歪め、蜘蛛子に突き飛ばされる。妖怪でありながら、まるで華奢な人間のような転がり方をした。

 一応人間よりは身体能力に優れているのか、黒い靄は軽やかに体勢を立て直す。まるで獣のような機敏さ故、ダメージは少なそうだが……どことなく驚いたような雰囲気を醸していた。まさか反撃してくるとは思わなかったのかも知れない。

「んお? おおっ!? まさか本当に突き飛ばせるとは!?」

 なお、蜘蛛子はもっと驚いている様子だったが。つまり通じると思ってやった攻撃ではないという事。二度目があるとは限らない。

「逃げるぞ!」

「は、はいっ!」

 蜘蛛子の言葉に一も二もなく賛同し、仁美もまた黒い靄から逃げ出した。

【こきゅあここここっ!】

 黒い靄は奇妙な声を上げるや、逃げる仁美達の後を追ってくる。

 外観は人型をしていた黒い靄だが、走り方は獣のそれであった。四つん這いになり、跳ねるような動きで加速してくる。山道など気にも留めず、どんどんスピードを上げてきた。

 犬と追い駆けっこをして勝てるか? 仁美にその自信はない。そして黒い靄は、犬のような速さに達しようとしている。

「せ、先輩っ!? 来てます! 来てます!」

「ぐっ……後ろを見ながら、攻撃を躱せ! 組み付かれたら、無事な方が助ける! それでやり過ごすぞ!」

「んな無茶な!?」

 頼みの蜘蛛子も、行き当たりばったりな作戦を提示するだけ。とはいえ他に案があるかと問われても、何も思い付かない。

 ましてや実際に飛び掛かられたとなれば、蜘蛛子の案を採用するしかなかった。

「きゃあっ!?」

 後ろを振り向いた仁美は、今正に跳んでいた黒い靄と目が合う。反射的にしゃがみ込んで避けると、頭上を通り越した黒い靄は空中でバク転。素早く体勢を立て直すや、仁美へ再突撃してくる。

「ふんっ!」

【かきゅっ!?】

 その顔面に、蜘蛛子は蹴りを放った!

 顔面に深々と靴がめり込み、黒い靄はボールのようにすっ飛ばされる。とはいえ致命傷ではないらしく、即座に立ち上がった。

「こっち、来んなっ!」

 ならばと今度は仁美が、近くに落ちていた石を投げ付ける! 石といっても、拳よりも一回り大きなサイズ。女子供の力であっても、十分凶器となる代物だ。

 立ち上がったばかりの黒い靄に、仁美達の連携を回避する準備はなかった。石は顔面にぶつかり、黒い靄は大きく怯む。余程痛かったのか、ひっくり返って石をぶつけられた顔面を両手で摩っていた。しばらくはそのまま悶えてくれそうな様子である。

「今のうちに逃げるぞ!」

 蜘蛛子の言葉に頷き、仁美は再び蜘蛛子の後を追った。

 どうにか黒い靄を怯ませる事には成功したが、血が出たり、怪我をした様子はない。痛め付けた事で諦めてくれれば良いのだが、もしかすると怒りを買っただけ、という事もあり得る。

 出来るだけ遠くへ、もっと遠くへ逃げなければ、安全になったとは言えない。無我夢中で、仁美は蜘蛛子と共に山の中を走る。下草でズボンが汚れる事も、蜘蛛の巣が頭に引っ掛かるのも、どうでも良い。兎に角今は距離を取るしか――――

 そう考えていた時、ふと感じる。

 森の木々が、密度を増している気がした。下草は少なくなり、足下にある腐葉土がふかふかしていて深みを増していると分かる。獣や鳥の声もよく聞こえてきた。

 まるで、森の奥へと向かっているような。

「せ、先輩! あの、なんか森の奥に、行ってませんか!?」

 そんな筈はない……そう思いながらも堪らず仁美は蜘蛛子を問い質し、

「ああ、向かっているぞ!」

 蜘蛛子は平然と、仁美の違和感を肯定した。

 予感が的中した仁美であるが、全く嬉しくない。逃げ道として、最悪の方向に思えたからだ。

「な、なんでですかぁ!? 早く村まで降りた方が……!」

「さっきの女性、私達が出会った自殺志願者だろう! 奴等は、あの女性の肉を食べていた!」

「そんなの、見れば分かります! だから早く村まで……」

「奴は肉食性の妖怪だが、自分より小さな妖怪ではなく、動物の魂を好んで食べるのかも知れない! それに妖怪だから一般人には姿も見えない……そんな奴等を村に引き連れてみろ!」

 蜘蛛子の言葉で、仁美はハッとする。

 妖怪は普通の人間には見えない。

 見えない危険生物を回避出来るか? 不可能だ。漫画に出てくるような出鱈目超人なら兎も角、ただの人間にそんな事出来る訳がない。

 いや、それだけでは終わらない。たくさんの村人を餌にして、あんな化け物が繁殖し、都市にまで出てきたら……

 人里まで引き連れる事が最低最悪の悪手なのは分かった。しかし、ではどうしたら良いのか。最悪を避けるために、自ら犠牲になれと言うつもりか。

「一つ作戦がある! 兎に角今は森の、山の奥へと向かうんだ!」

 そんな仁美の不安を打ち払うように、蜘蛛子は力強い言葉で励ましてきた。その作戦が何か問い詰めたい気持ちはあるが――――その暇はなさそうだ。

【か、きゃ、きゃ、きゃ、きゃあああああああああっ!】

 背後から、再び不気味な声が聞こえてきたのだから。

「~~~~っ! し、信じますからね!」

「任せろ!」

 仁美は蜘蛛子と共に、森の奥深くへと突き進む。

 振り返れば、黒い靄が猛然と迫っていた。奴が怯んだ隙に全力疾走したつもりだったのに、その努力を嘲笑うかの如くみるみるうちに距離を詰めてくる。

 もう一度迎撃するしかない。覚悟を決めた仁美は後ろを振り向いたまま、そう蜘蛛子に提案しようとした

 が、言えなかった。

 黒い靄が、二匹居る。

 見間違いかと思った。しかしどれだけ凝視しても、瞬きしても、黒い靄の数は減らない。いや、それどころかまた一匹増え、更にもう三匹増えた。一匹だけだった黒い靄が、あっという間に六体だ。新たに増えた黒い靄達はべっとりと赤い体液を纏い、つい先程まで獲物を貪っていた事を物語る。

 ここでようやく、仁美は思い出した。奴等が群れで女性を喰らっていた事を。

 群れが合流してきたのだ。女性を食い尽くし次の獲物を求めてきたのか、はたまた先の奇声は仲間を呼び集めるものか。理由はなんであれ、数的有利がひっくり返される。

 ここまで仁美達が無事だったのは、一匹の黒い靄に二人で対処していたからに他ならない。互いの隙を、数で補ってきた。しかし数で上回れたら、もうどうにもならない。

 どうしたら、どうしたら――――

「きゃっ!?」

 考え事をしていた所為か、後ろばかりを気にしていたからか。足下の根っこに気付かず、仁美は蹴躓いてしまう。気付いた蜘蛛子は立ち止まるや仁美の傍まで駆け寄るが、その間に黒い靄達は仁美達を包囲した。

「せ、先輩……!」

「……いや、すまないね。巻き込んでしまった手前、責任ぐらいは取らせてもらうとしよう。私が喰われている間に逃げるんだ。そしてオオカミを見付けろ。それは送り狼という妖怪で」

「何諦めてるんですか!? なんとか切り抜けてくださいよ!」

「いやいや、なんとかで切り抜けられたら生態系は成立しないよ。これもまた自然の営みというやつだ。そういう意味では、あまりあの妖怪達を嫌わないでやってほしいかな」

 あくまで悪いのは自分だと、蜘蛛子は責任の全てを被ろうとする。転んだのは自分なのに。襲い掛かっているのはあの妖怪なのに。

 人間達の悶着などお構いなしに、黒い靄達はじりじりと距離を詰める。仁美は手近にあった木の棒を掴み、蜘蛛子は警戒しながら仁美を隠すように両手を広げる。

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の奥から、ずしん、という足音が聞こえた。

 

 

 



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「……え……?」

 仁美は、思わず足音の方へと振り返った。

 足音と言ったが、ただ地面を踏み締めるようなものではない。小学生の頃両親に連れられていった演奏会で聞いた太鼓のような、身体にずしりと響く音だ。そしてその音は、段々と自分達の方へと近付いている。

 そんな足音が聞こえてくる方角を注視していると、やがて『足』が見えた。

 おぞましい足だった。死人のようにくすんだ肌色をしていて、生々しい傷痕が無数に見られる。指先には鋭い爪があり、蹴られれば人間なんて一撃で貫かれてしまいそうだ。

 しかし何より恐ろしいのは、足の長さが五メートル近い事だろう。

 本体はもっと上にある。それが分かっても、木々に遮られて見えない。正体が明らかになったのは、その足がへたり込んでいる仁美達のすぐ傍まで来てからだ。

 身の丈十メートルに迫るそいつは、人に似た形をしていた。ややほっそりとした体躯だが、四肢や胴体は引き締まり、決して軟弱な身体付きではないと分かる。頭には二本の角を生やし、口許から牙がはみ出していた。瞳は黒く、白眼は殆ど見えなかったが……確実にこちらに視線を向けていると感じられる。

 蜘蛛子の説明はなかった。なくても分かるぐらい、ハッキリとした存在感だった。

 鬼。

 自分達が探し、観察しようとしていた妖怪の頂点が、目の前に現れたのだ。

【か、かきゃああああっ!】

【きい! きぃぃああああああああっ!】

【かこかかかっ!】

【こかこおおおおおおああっ!】

 黒い靄達は、鬼を見るや狂ったように叫ぶ。六対一と数では圧倒的有利な筈の彼等は、仁美達を捕らえるために敷いていた包囲を解き、鬼と対面するように展開した。

 前門の虎後門の狼ということわざがあるが、今の自分達は正にその状況だと仁美は思う。どちらがマシな相手かも分からず、仁美は身動きが取れない。頼りの蜘蛛子も、唖然としたように立ち尽くす。

 鬼と黒い靄はしばし睨み合いを続けたが……やがて鬼が動き出した。

 その豪腕を、まるではたくような仕草で振るったのだ。叩き潰される――――反射的にそう思った仁美は、しかし鬼の放つ圧倒的存在感に気圧されて瞬き一つ出来ず。

 故に彼の手が自分の頭上を通り越し、黒い靄の一匹を叩き潰すところを目の当たりに出来た。黒い靄は小さな悲鳴を上げたきり、ぴくりとも動かない。一撃で仕留められていた。

「……え、あれ……?」

 てっきり自分が潰されると思っていた仁美は、呆けたような声を漏らす。

 驚いたのは仁美だけでなく、黒い靄達も同様だった。仲間がやられて、困惑するように彼等は悲痛な鳴き声を上げる。

 しかし鬼は容赦などしない。

 鬼は一言も発さず、今度は別の黒い靄を叩き潰す。仲間を立て続けに二体やられ、黒い靄達もようやく我に返り、そして我慢の限界を迎えたのか。四体の黒い靄達は一斉に鬼へと飛び掛かった。

 鬼は十メートルもの巨躯。対する黒い靄は二メートルにも満たない小柄さ。パワーでは敵わないと判断したのか、黒い靄達は持ち前の機動性を活かし、鬼の身体に纏わり付く。巨大故にやや動きの遅い鬼は、黒い靄達を追いきれない。

 黒い靄達は鬼の背後へと回り込むや、鋭い牙を鬼に突き立てた。

 人の肉をも喰らう強靱な顎だ。鬼の身体はズタズタに傷付けられてしまう……と思いきや、まるで効いていない。傷付くどころか、鬼は噛まれた事すら気付いていないかのように平然としていた。

 あまりにも平然としているので、見ていた仁美のみならず、攻撃していた黒い靄も困惑した様子。即ちそれは明確な隙であり、鬼はこれを見逃さない。

 鬼は声も発さず、素早く腕を背中側へと回す。バチンっ! と叩かれ、まるで虫けらのように黒い靄の一体がぽとりと落ちた。

 一分と経たずにチームが半壊。あまりにも一方的な暴虐に、生き残った黒い靄達は勝ち目がないと悟ったのだろう。慌てふためきながら、彼等は鬼から逃げようとする……間際に、鬼は両手を伸ばして黒い靄二体を捕まえた。正確には、そのまま握り潰してしまった、と言うべきだが。

 どうにか一匹だけは逃げる事が出来、そのまま森の奥へと姿を消す。逃げた一匹を追うのは流石に難しいのか、はたまた面倒臭いのか。鬼は黒い靄が逃げていった場所をしばし眺めた後、つまらなそうに鼻を鳴らす。

 それからしかと、仁美達の方へ視線を向けてきた。

「ひっ……!」

「静かに。クマと一緒だ。大きな声を出さず、ゆっくりと後退りすれば良い」

 思わず悲鳴を上げそうになる口を、蜘蛛子は素早く塞いだ。仁美はこくこくと何度も頷き、言われるがままゆっくりと、腰が抜けていたので這うように下がる。

 鬼は奇怪な仁美の動きをじっと眺めていたが、しばらくすると目を逸らした。

 次に彼が見るのは、自らが仕留めた黒い靄の亡骸。自分が掴んでいる二体、叩き潰した三体を一ヶ所に積み上げる。

 そうして出来た黒い靄の山を見て、鬼は笑った。明白な表情がある訳ではないが、仁美の目には笑っているように見えた。まるでカブトムシをたくさん捕まえた子供のような、無邪気な笑みだ。

 鬼は自分の成果を喜ぶと、積み上げた黒い靄の一体を掴み――――がぶりと、頭から丸かじりにする。頭を噛み砕かれた黒い靄は断面から煙のようなものを吹き上げ、鬼は慌てた様子でそれを吸い込んだ。コップに注いだビールが溢れそうになった時のお父さんみたいだと、仁美は漠然とそんなイメージを抱く。

 鬼はもしゃもしゃと、楽しげに黒い靄を食べ続ける。その間に仁美は蜘蛛子の手を借りて立ち上がり、少し離れた木陰まで逃げ込んだ。鬼は仁美達がいなくなった事などどうでもいいようで、暢気に食事を楽しんでいる様子。

 つまりは助かったという事であり。

「「はああああああ……」」

 仁美と蜘蛛子は、同時にため息を吐いた。吐いた後の仁美は疲れたように項垂れたが、蜘蛛子は身体をそわそわと動かして興奮を露わにしていた。

「いやー、凄いなぁ! 鬼だよ鬼! やはり何時見てもカッコいい!」

「ま、マジで死ぬかと思いました……あの鬼が来なかったら、本当に喰われてたでしょうし……」

「うむ。賭けではあったが、作戦通りに進んで良かったよ」

「作戦?」

 そういえば作戦があるって言ってたっけ……蜘蛛子の言葉を思い出しつつ、逃げ回っていただけのつもりである仁美が疑問を覚えると、蜘蛛子はすぐに作戦の中身を教えてくれた。

「奴等を森の奥へと誘導していたんだ。鬼の生息地である、この森の奥にね」

「成程、最初から鬼に退治してもらうつもりだったのですね……先輩、そこまで考えて」

「まぁ、もしかしたら毒があったり不味かったりで、鬼でも襲わない妖怪だったかも知れないがね! いやー、ラッキーだったなぁ」

 尊敬しかけたところで、蜘蛛子は堂々と、それでいて致命的な問題があった事をバラした。称賛の言葉を出そうとした口はぽっかりと開き、仁美は口許を引き攣らせる。よくよく考えれば、鬼の縄張りに入っても鬼が絶対に来るとは言いきれない。無策ではなかったが、殆ど運任せであった。

 とはいえ蜘蛛子がいなければ、その幸運を掴めなかったのも事実。

「……ありがとうございます」

「例なら鬼の方に言いたまえ」

「先輩にお礼が言いたいんです」

 仁美からの感謝に、蜘蛛子は一瞬キョトンとすると、逃げるように顔を背けた。よくよく観察すれば、その顔は赤く染まっている。

 どうやら照れているらしい。

「……意外と可愛いところありますね」

「んなっ!? か、可愛いとか言うんじゃない!」

「そーいうところがますます可愛い」

 おちょくれば、蜘蛛子は更に顔を赤くする。頬を膨らませ、目も潤ませた。しかし反論してもまたおちょくられると思ったのか、ぷるぷる震えるだけで何も言い返してこない。

「ほ、ほら! もう帰るぞ! 走り回って疲れたし、そろそろ日が暮れるからな! 急がないと置いていくぞ!」

 代わりに、露骨な照れ隠しをしながら強がりを言うだけ。置いていくと言いながら、一歩も動かない辺りが蜘蛛子の性格をよく表している。

「はいはい、りょーかいです。置いてかないでくださーい」

 仁美は明るい声で降参を示し、蜘蛛子の後ろに付く。

 そして蜘蛛子の背中側で、表情を曇らせた。

 ……自分達が生きているのは、先の自殺志願者のお陰だ。彼女が先に犠牲となり、黒い靄の群れが分断されたから、こうして自分達は生きている。

 自殺しようとしていた人なのだから気にするな、という意見もあるだろう。けれども仁美には、忘れる事など出来ないし、忘れてはならないと思っている。

 そのためにも、自分に出来る事は――――

 生き延びた喜びと、胸にくすぶる使命感。二つの感情の板挟みに遭いながら、仁美は蜘蛛子と共に山を下りるのだった。



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名もなき妖怪

「はぁー、今回の遠征は大変有意義なものだった! 満足だ!」

 電車の座席に座っている蜘蛛子は、大きな声で喜びを表現した。頭の上に乗ってるスネコスリが、揺れ動く蜘蛛子の身体に合わせ、落ちないよう必死にバランスを取っていた。

 もしも此処が一般的な電車であるなら、他の乗客の迷惑だと仁美は窘めねばならないだろう。しかし今自分達が乗っている電車は、村から出ているド田舎電車。車両内に自分達以外の姿はなかった。外は夕日が沈み始めた頃で、この路線の終点である『ちょっと都会寄りの町』にある駅まで、人は乗ってきそうにない。

 だから大声を出しても良い、という訳ではないが、喜びを表現するのを抑えようとも思えない。仁美は忠告をする事なく、蜘蛛子の喜びに返事をする。

「良かったですね。私はへとへとですよもう……」

「あの程度の山で随分と軟弱だな。今度は雪女に会いたいから、雪山登山をするつもりなのだが」

「勘弁してくださいよぉ。私達、死にかけたんですから」

「む。それを言われると……」

 仁美が拒絶すると、蜘蛛子は先程までの嬉しさは何処へやら。すっかり萎縮してしまう。

 しまった、と思った時にはもう遅い。仁美と蜘蛛子の間には沈黙と、重々しい空気が流れてしまう。逃げるように仁美は顔を逸らし、『昨日』の事を振り返った。

 ……仁美達が出会い、黒い靄に食べられた女性は、今頃警察の何処かの病院だろうか。

 行方不明のままでは遺族が辛いだろうと、仁美達は下山後警察に通報した。その日はもう夜遅くという事で捜索は保留し、翌朝蜘蛛子が遺体のあった場所まで警察官達を案内。もしかするとまた黒い靄のような妖怪が……不安を抱く仁美だったが、探索は難なく終了し、遺体は麓まで下ろされた。

 遺体にはブルーシートが掛けられ、仁美には見えなかったが……蜘蛛子曰く「タヌキやネズミに喰われたのか、昨日より酷かった」との事だった。その後身元を特定するため、遺体は村の外へと運ばれている。

 彼女は何者だったのか。本当に自殺志願者なのか。それともただの軽率な登山者なのか……今となっては、きっと誰にも分からない。

 そして、一番分からないのは……

「君は、あの黒い靄のような妖怪についてどう思う?」

 考え込んでいた最中、ふと、蜘蛛子が質問を投げ掛けてきた。

「……どう、とは?」

「あの妖怪の事を好きか嫌いか、みたいな話だよ」

 尋ね返すと、蜘蛛子はそう言ったきり口を閉ざす。

 ちらりと横目で見た蜘蛛子の顔は、仁美の方を見ていない。答えたくなければ答えなくても良い……そう言っているような気がした。

 仁美はすぐには答えない。しばし口を閉ざし、自分の考えを纏めてから、ゆっくりと声を発する。

「……私は、もう二度とあの女性のような悲劇が起きてほしくはありません。だから、正直あの妖怪は嫌いですし、怖いです」

「……そうか」

 仁美が正直な意見を伝えると、蜘蛛子は目を閉じる。諦めるような、悲しむような、そんな顔だった。

 仁美は正直な感想を述べただけだ。けれどもそんな顔をされると……自分の答えが間違っているような、そんな気がしてくる。勿論自分の意見に正解も間違いもないだろうが、蜘蛛子がどんな答えを求めていたのかは知りたい。

「先輩は、なんで妖怪が好きなんですか? あんな怖い目に遭ったのに、どうしてそんなに、妖怪の事を知りたがるんです?」

 だから仁美は尋ねる。

 蜘蛛子もすぐには答えない。じっくりと考え込んで……ぽつりと、呟くように答える。

「私はね、好きであるのと同じぐらい怖いんだ」

 そのたった一言で、仁美の心は揺れ動かされた。

「怖い?」

「君、都会で妖怪を見た事はあるかね?」

「……ありません」

「だろうな。私もこのスネ以外見た事がない」

 蜘蛛子は頭の上に居るスネコスリを指差す。仁美は、そのスネコスリすら蜘蛛子の頭の上以外で見付けた事がない。

「妖怪は、もっといた筈なんだ。大昔は、それこそ町でも頻繁に見かけるぐらいには。だけど今、彼等は姿を消した。現代社会に適応出来なかったのだろう。多分、絶滅した種も少なくはない」

「……妖怪も、絶滅するのですか?」

「さてね。私がそう思うだけだ。何しろ我々人類は、妖怪についてなーんにも知らないのだから」

 蜘蛛子は肩を竦める。降参だ、と言わんばかりに。

「そうとも、人類は妖怪について何も分かっちゃいない。あの黒い靄のような妖怪はなんだ? 元々あの山に暮らしていたのか、そうじゃないなら何処から来たのか。普段は何を食べているのか、どんな妖怪が天敵なのか、どういう暮らしをしているのか、何故人間の肉を食べたのか、繁殖力はどのぐらいあるのか、個体数は如何ほどか、夜行性なのか昼行性なのか、群れの最大規模は、群れの統率はどうやっているのか、そもそも群れるのが正常な状態なのか……私は、何も知らない」

 つらつらと語られる、蜘蛛子の『知らない事』の数々。仁美にも勿論分からないそれは、とても怖いようで……怖いからこそ、興味を惹かれる。

「君の気持ちもよく分かる。あんなにも怖い思いをしたのだから当然だ。だけど、もしもあの妖怪が絶滅したら、この世界はどうなると思う?」

「……分かりません」

「そう、誰にも分からない。誰も知らないから当然だ……私はね、それが怖いんだ。妖怪の姿は殆どの人には見えていない。見えていないから、彼等の生活が壊れている事に気付かない」

 蜘蛛子の言葉から、仁美の脳裏に農村での思い出が過ぎる。

 くねくねが生きるには、自身の姿を見せるための広大な平野と、たくさんの鳥が必要である。

 天井舐めが生きるためには、カビが生えているたくさんの古木か、或いは古びた木造住宅が必要だ。

 か弱い小豆洗いが生きるためには、個体数の維持が不可欠だ。だから綺麗な小川と、そこに暮らす小動物達がたくさんいなければならない。逆に小豆洗いが増え過ぎて川の生き物を食い尽くすのを防ぐには、小豆洗いを獲物にしている河童が必要である。

 そして鬼が命を繋ぐには、獲物となるそれら妖怪達がたくさん暮らす、豊かな森林が欠かせない。

 大都市に開けた土地など殆どないし、カビ臭い材木なんてすぐ片付けられてしまう。川は舗装されて小さな虫や魚が棲める場所ではなく、ましてや豊かな森林など何処にもない。妖怪達が棲める場所は、今や殆ど残っていないのだ。

 妖怪達が消えて、何かが変わったのだろうか? それとも変わっていないのか。これから変わろうとしているのか、辛うじて踏み留まっているのか。

 誰にも、分からない。

「誰もが、妖怪なんていないという。いないと思っているから、妖怪達の住処を平気で奪い、壊していく。その先に何があるかも分からないのに」

「……………」

「誰かが調べて、世間に伝えなければならない。例え世の中が馬鹿にしたとしても、訴え続ければ……何時か起きる『大変な事』を避けられるかも知れない」

「先輩……あなたは……」

「まぁ、もしかしたら大した影響なんてないかも知れないがね。かつて五十億羽いたというリョコウバトが絶滅しても、アメリカ大陸は人が暮らすのにこれといって支障がない訳だし」

 けらけらと笑いながら、蜘蛛子は自分の言い出した事をひっくり返す。ふざけたような笑い方だったが、その瞳に宿る決意は確かなもの。

 蜘蛛子は、勿論妖怪が好きなのだろう。けれども好きなだけではなく、人のために尽くそうとしている。誰もやらない事を、誰にも出来ない事を為そうとしているのだ。

 けれどもその努力は傍目には奇行に映るだろうし、誹謗中傷も受けるに違いない。どれだけ発表しても、きっと拒まれる。無駄に終わる事もあり得るし、評価されたとしてもそれは自分の死後かも知れない。

 それすらも、蜘蛛子は受け入れているのなら。

 ――――せめて、同じく見える自分だけでも、支えてあげたい。

「……全く、先輩ったら最後まで真面目に答えてくださいよ」

「いやいや、私は何時でも真面目だよ? 今のだって本心さ」

「本心なら、尚更支えてあげないといけない気がしますね」

「ははっ! そんなに頼りないかな……んぇ?」

 間の抜けた、珍妙な声を漏らしながら蜘蛛子は仁美の方へと振り返る。

 その仕草がなんともおかしくて、仁美はついつい笑いが漏れ出した。この人何時も余裕ぶってるけど、割と簡単に動揺するなぁ……そんなところが少し可愛いと思えるぐらいには、この二泊三日の旅行で仲良くなれた。

 なら、きっとこれから一緒に過ごしても、それなりには楽しめるだろう。

「次の妖怪調査があったら、また一緒に行きますよ」

「ほ、本当か!? 本当に、一緒に来てくれるのか!?」

「こんな嘘吐いても仕方ないじゃないですか。それに先輩、一人にしたら危ないものにどんどん突っ込んでいきそうですし」

「そ、そっかー……えへへへへ」

 まるで子供のようにだらしなく微笑みながら、蜘蛛子は嬉しさを露わにした。そこまで喜んでもらえると、仁美としても嬉しくなる。

 にこにこと笑みが零れ、車両内に小さな笑い声が満ちた。

「よぉーし、それなら早速次の予定を決めてしまおうか! 実は前から行きたかったんだが、一人だと危な過ぎる場所でね!」

「へ? いやいやいや!? 危ない場所は止めましょうよ! 今日みたいな目に遭うのは勘弁したいんですけど!」

「大丈夫! 多分!」

「後ろの一言で全部台なしになってますからね!?」

「はははっ! しかしそれだけの価値はあるぞ! ちょっと待っててくれ、今スマホで地図を出すから」

 引き留めようとする仁美の意見もなんのその。すっかり舞い上がった蜘蛛子は、その危険な場所に行く気満々だ。またしても早まったかと思ったが、されど今度は後悔などしない。

 世界には知らない事、分からない事がたくさんある。この世界の本当の姿を見るための冒険を、嫌いになれる筈がないのだ。

 だから仁美はその顔に満面の笑みを浮かべながら、蜘蛛子に寄り添うように近付き――――

「……は?」

 至近距離で、蜘蛛子が漏らした声を聞いた。

「……先輩? どうしましたか?」

 不意に漏れ出た声を怪訝に思い、仁美は声を掛ける。されど蜘蛛子は仁美に答えてはくれない。

 それどころか無視するように指を動かし、スマホを操作。やがて指を止め、じっと画面を見つめ……カタカタと、震え始める。

 震えは段々大きくなり、その顔色は一気に青くなった。何かがおかしいと思いもっと大きな声で呼び掛け、肩を揺すってもみたが、蜘蛛子はやはり仁美の方を見てはくれない。

 その視線が向いているのは、まるで肉親の形見が如く、両手で大事に掴んだスマホの画面。

 仁美は息を飲んだ。スマホの画面は、斜めから覗き込んでもハッキリとは見えない。

 あまり褒められた行為でないのは重々承知しているが……直感的に、知らないままでいるのが良いとは思えなかった。意を決し、一言「スマホ見ますよ」と伝えてから仁美は蜘蛛子のスマホを覗き込んだ。

 画面には、動画が映し出されていた。

 何処かの街並を映した映像だった。日本の都心部だろうか、日本語で書かれた看板が掲げられたビルがずらりと並んでいる。空は明るく、昼時に撮られた映像だと分かった。

 画面は激しく揺れており、カメラを持つ者が走っている事が分かる。それも相当必死に。

 されど画面の揺れは唐突に治まった。撮影者が転んだらしい。転がったカメラに映るのは、撮影者らしき男。

 その男の身体から、突然内臓が跳び出した。

 なんの比喩でもない。文字通り彼の身体から、中身が出てきたのだ。彼の中身は暴れ回る彼の動きと関係なく、重力を無視した動きを披露し、千切れた部分が宙に浮いている。

 そうして宙に浮いた内臓が、グチャグチャと潰され、千切られ、捨てられていく。

 潰された内臓は、真っ赤な体液を撒き散らす。内臓を喪失した男性は痙攣し、やがて動かなくなった。

 映像は、そこで終わった。続きはあるようだが、カットされたらしい。

「こ、これ……!?」

「……今日の昼間、関西の方で起きた出来事らしい。犠牲者は推定二十人。今も惨殺体は散発的に発生している。原因は未だ不明だそうだ」

 思わず仁美が声を漏らすと、蜘蛛子はぼそぼそと答える。

 原因不明? それはそうだろう。分かる訳がない。誰もが『彼等』を否定したのだから。

 カメラには、男性を襲う者の姿は映っていない。それでも、物質に干渉可能であれば姿が浮かび上がる事はある。

 血糊だ。べったりと血を纏えばそれだけで姿の輪郭を形作ってくれる。男性の抵抗は、自らを攻撃するものにたっぷりの血をお見舞いしていた。だから『そいつ』の輪郭ぐらいはハッキリと見えるのだ。

 その上で、仁美は思った。

 なんだ(・・・)この妖怪は(・・・・・)

 見た事がない。背ビレのようなものを生やした、トカゲとも人とも付かない形をした妖怪なんて。長く伸びた爪、人に似た顔付き、短い尾っぽ……どれも見覚えがない。

「せ、先輩……あの、この妖怪は……?」

「分からない。こんな外見の妖怪は実物を見た事もないし、文献で見掛けた事もない。だが……」

「だが?」

 息を飲む仁美。蜘蛛子は青くした顔を上げ、仁美と向き合いながら告げる。

「都市部は『餌』が豊富だ。もしもこの妖怪の繁殖力が優れていたなら、増殖に歯止めが掛かるとは思えない。肉食性の妖怪がいれば、互いに牽制し、活動範囲が制限される可能性もあるが……」

 今そこで人が死ぬよりも、恐ろしい話を。

 都市に鬼はいない。餌となる妖怪がいないから。

 都市に河童はいない。餌となる小さな妖怪も、大きな魚もいないから。

 都市にくねくねはいない。餌となる鳥が少なく、捕まえる術も奪われたから。

 都市に妖怪はいない。

 なら、誰が退治する?

 殆どの人には見えなくて、

 見えている人間だって食べてしまうほど強くて、

 どんな生態をしているかも分からなくて、

 何を守っているか分からず、

 何故現れたかも分からない、

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺したら何が起きるか予想も付かない、この名もなき妖怪を。

 

 

 




何を選んでも、どうにもならない。
もう、手遅れ。
秩序はとっくに壊れている。
見えていない人間の手によって。



これはそんな世界のお話でした。
現実はどうなってるかなー
誰が、地球上全ての生き物の生態を把握してるのかなー


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