命を救う為ならば (味噌帝国)
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第1話:処置を開始します

息抜きです。
深く考えずにお読み下さい。


 何もなかった。

 

 憧れ、反抗心、使命感、復讐、希望、好奇心、出世欲、愛、兄弟、友人、金、親、土地、食べ物、秘密、夢、自分自身。

 

 きっとここにいる者達は例え語らずとも、これらの為に戦っているのだろう。

 

 だから彼らは心臓を捧げる。人類に心臓を捧げると宣いつつも、それは見ず知らずの人に命を捧げるのでは無い。これらの為に心臓を捧げているのだ。

 

 …まぁ、誰がなんの為に心臓を捧げるかはどうでも良い。というか興味が無い。

 

 私だ。

 

 当時兵士になるのは大体が借金に困った農家の次男や三男坊か変人だけだった。私は孤児だったから、孤児院を出た私はとりあえず三食と寝床は保証してくれる兵団に入隊した。

 そこに何の感情も無かった。私はただ生きていれば良かった。

 

 ルックスには自身はあったから別に高い収入を得られる上流階級向けの娼館で働いても良かったが、初日に出てきた食事がスープという名前の水だった事が原因で、上司も用心棒も客も憲兵も全員殴り倒して退職した。あんな食事では人間は直ぐに死んでしまう。

 

 貞操?それが何か重要なのか?

 

 まぁ、私は訓練兵となり毎日空を飛び回って過ごした。地面を這い回る事もあったが別に苦にはならなかった。成績も上位10名に入っていたし順調と言えるのだろう。

 その代わり楽しくも無かった。楽過ぎたのだ。

 

 教官━元調査兵だったか。彼には相当搾られた。名前は忘れた。彼の後任のキース・シャーディスは私の友人の憧れで、散々聞かされたその名前はすぐに出てくる。だが彼以外の教官の印象が余りに薄い。

 ただ「お前みたいに大した志しも無く兵士が務まると思うな」とよく言われた。

 兵士になれずに仕事に困って死ぬのは嫌なので「人類の役に立ちたいです」と子供でも言える様な言い訳を考えた。教官は舌打ちはしたが1通り罵倒した後何も言わなくなった。私は教官に『諦め』という物を教えたのだ。

 

 私は何に心臓を捧げているのか。訓練兵時代にはそんなことは考えず、ただ与えられた課題をクリアし、戦いに参加出来る準備を整えていた。

 それは駐屯兵団に入団して日々を壁の補修に費やしていた間も変わらなかった。毎日壁にぶら下がりながら私は無心で壁に補強剤を塗りこみ続けた。

 強いて言うならこんなデカくて整備が大変な壁を作ったやつは馬鹿だと思った。

 そしてぼんやりとこんな人生が定年まで続くんだろうなと考えていた。

 

 そして私はあの日、正確には845年に人類が初めて壁内への巨人の侵入を許したあの日。私はウォール・マリア破壊の報を知らされ、南への増援として送られた。

 恐怖は無かった。周りが未曾有の出来事に対して緊張や恐怖が有るのは分かったが、私にとっては少し面倒な仕事が増えただけだった。

 

 だが実際にトロスト区の惨状を目の当たりにした時、そこで私のイマイチ積極性に欠ける人生は終わりを告げた。

 

 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 夕暮れ時に起きた惨劇から1夜明け、ウォール・ローゼはトロスト区。その中のとある倉庫は現在臨時の病院となっている。そこはまさに地獄絵図と言って良いだろう。

 住民の避難は済ませたものの、そのために戦い傷ついた兵士達は何千人にも及ぶ。だが彼らは運が良い方だ。死人はその何十倍はいるだろう。

 だが負傷で済んだ兵士の中には、すでに虫の息の者や痛みの余りに殺してくれと懇願する者もいた。

 

「おい、何をボサっとしてるんだ!仕事しろ仕事!」

 

 現場のリーダーは次々と運ばれてくる兵士達を床という床に敷き詰めさせ、僅かな医の心得のある人々がその隙間を右往左往して行く。だがその場に立ちすくむ1人の兵士を見咎め、怒鳴りつけていた。

 

「あぁ…水…水をくれ…」そう言ってその兵士に必死に手を伸ばす男の手を払い、再度怒鳴りつけた。

 

「そいつはもう助からん。ほっとけ。どうせ死ぬ奴に薬をやったって無駄だ。いっそ死なせてや━━━」

 

 瞬間、世界が反転した。そして彼は自分が床に倒れているのが分かった。口の中が妙に鉄臭いのが分かる。

 リーダーは自分が殴り飛ばされたのだと気づくのにそう時間は掛からなかった。

 殴り飛ばされてから初めてその兵士を見やった。整った顔立ちの、銀髪の女兵士。その顔は怒りに歪んでいた。

 ずんずんとこちらに歩み寄ってきた彼女からは怒気迫る、という言葉を連想させた。

 

「…なさい。」

「あ?な、に、何を言って…」

 

「薬と医療器具を1式、貸しなさい。貴方が見放した『患者』を、私が救って見せる。」

 

 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 自分が何をすべきかは、もう理解していた。

 

 包帯を巻き、鎮痛剤を投与し、腐った足を切り、適切な処置を施していく。

 それは経験や知識によるものでは無い。私には医療知識は訓練所で習った最低限の延命措置しか知らないはずだ。

 ただ自分の奥底から馬鹿みたいに力が湧いて、今、自分が何をすべきかが半分本能で理解出来ていた。治療をまるで息をするかのように、当たり前に出来ていた。

 

 治療、あぁ、なんて素晴らしい響きなんだろう!これが私が心の奥底で望んでいた物だ!だから私は今まで物事に対して何の興味も湧かなかった訳だ!パズルの最後の1ピースがピッタリとハマった様な、そんな感動だった。

 

 だって治療を必要とし、こんなにも苦しんでいる人々は見たことが無かったのだから!だから私は自分が憎い。もっと早く気づいていればもっと救えた筈なのに。もっと。もっと!

 

 だが必死の治療にも関わらず、命を落としてしまう患者は何人もいた。とても悲しい。胸が張り裂けそうだった。だが悲しんでいる暇は無い。せめて私に出来るのは、彼らを出来るだけ安らかに見送る事だ。

 

「大丈夫です。貴方は最後まで頑張りました。最後まで頑張っていた貴方を、私は決して忘れません。」

「『先生』っ…ありがとうっ…ありがとうっ…」

 

 胸を巨人に半分潰されていた彼は、息も絶え絶えながら最後まで生きようとよく頑張っていた。

 

 息絶えた彼に短いながらも丁寧に祈りを捧げ、次の患者へと足を運ぶ。ベッドに括りつけられた彼は、巨人との戦いがトラウマになっているようだ。先程から暴れている。

 

「糞っ!巨人の相手なんてもう嫌だ!」

「落ち着きなさい。貴方のその出血で暴れたら死にますよ。」

「あぁ、いっそ死んだ方がもう奴らと顔を合わせずに済む!」

 

 その言葉にカチンときた私は、彼の胸ぐらを掴む。

 

「何を━」

「二度とそんな事を言ってはいけません。貴方は自分が死んで悲しむ人は居ないのですか!?」

「うるせぇ!とっくに両親は死んじまったよ!」

 

 私は胸ぐらを掴む手に力を込めた。

 

「ならば貴方の同期の兵は?兄弟は?死んでも誰にも悲しまれないなんて、犬畜生も同義です。」

「━っ!手前には関係無いだろうが!」

「それに私も悲しい。私は今の今まで気が付きませんでしたが、自分の患者が死ぬことは耐えられません。だから貴方は生きなければならない!」

 

 そう言い放ち私は彼に頭突きを放つ。白目を向いたが、元気な彼だ。この位では死にはしない。ぐったりしたのは好都合だ。速やかに止血の措置を施す。

 

「こ、殺す気か…言ってる事と違うじゃねえか…」

 

 そう言って呻く彼に私は言い放った。

 

「ええ。私はあなたを殺してでも治療し、生かしてみせる。貴方達を救うために私は何でもするの。ええそうよ。何でも。」

「無茶苦茶だ…」

 

 そう言ってやっと気を失った彼は、何処か安心した顔をしていた。

 




はい。

転生タグ着いてないやんと思う人も居るかも知れませんが、私はこの主人公はあくまで進撃の巨人の世界で自然に産まれたものだという認識です。

単発なのでもし続けるなら今書いてるのが終わってからですね…


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第2話:I was born to treat you

はえ~結構反響いいっすね(他人事)

じゃあ(続き)ぶち込んでやるぜ


 1週間が経った。

 

 あれだけ怪我人で溢れていたこの倉庫も、もう誰の苦しむ声も聞こえない。重症を抱えた者は内地の病院に送られ、怪我人は回復し、助からなかった者は手厚く葬られた。倉庫の中には僅かなベッドと、木箱が数個あるのみだ。

 

 じっと手を見やる。この一週間、私はほぼ不眠不休で患者の治療に尽力した。…あれは一体何だったのだろうか。私が今までこんなにも熱中して打ち込んだ事が他にあっただろうか?

 

 私は巨人を憎いとも思っていなかった。兎は自分達を殺そうとする鷹に憎しみの目を向けるだろうか?否、彼等は自分達よりも上の存在がいる事に不満を漏らさない。

 

 壁の外には何が有るのか、気にもならなかった。いつか聞いた引退したある調査兵の話だと、外に有るのは木と、土と、川と、青空。壁の中と何も変わらない。

 

 だが、だが。私にはコレが、これが私が『真にやりたいこと』だと分かった。私は他人が血を流し、苦しむ姿を見るのがどうしても我慢ならないらしい。

 

「もっとだ。」私は口に出した。

「もっと、もっと救おう。」私は拳を握りしめる。

「もっと救えた筈だ。私にもっと知識と技があれば。」私は拳を握りしめる。

「もっと学ぼう。備えよう。」拳から血が垂れる。「もっと。もっと。」

 

 先ずは、この倉庫を出たら勉強の為に内地に行こう。大きな図書館があったはずだ。そこで勉強しよう。そうだ、医者に色々聞きに行くのもいい。休憩時間にでも行けば良いだろう。いや、本当は勤務時間も惜しい。学びたい。

 

 いつか、いつの日か。私は誰も彼も救うのだ。そう決意し、歩きだそうとした矢先。

 

「…あ、あれ?お、おか、しい、わね…」

 

 体が、体が揺れる。視界が霞む。立って居られない。

 

「私は、私は、学ばなくちゃ、いけないのに。救わな、くちゃ、いけ、ない、のに。」

 

 呼吸が、身体の末端から感覚が抜け落ちていく。私が、倒れる?それで、それで━?

 

 彼女は、人生で初めての「疲労による気絶」を経験した。後日、彼女を探しに来た同期が私を発見し、東の区まで連れ戻したらしい。

 

 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

「…指示された持ち場に向かわず、しかも資格も無しに無許可での治療行為。更にはその場にいた上官や、お前を持ち場に戻らせようとした兵士への暴行。立派な軍規違反だな。」

「…何とでも言って下さい。私は自分のやった事が違反であっても、間違いだとは思っていません。」

「…少し前まで死んだ目で壁の補修をやってた奴が、こうも変わるとはねぇ…」

 

 少し時は経ち、ウォール・ローゼの東、カラネス区。駐屯兵団の東区支部で、彼女は軟禁生活を送っていた。

 

 トロスト区の仮設病院に現れた彼女━『フローレンス・ナイチンゲール』は、独断で勝手に負傷者の治療や看護、病院の清掃を行ったらしい。更には彼女を本来の持ち場に戻そうとした他の兵士を殴り倒したりと、治療の邪魔をしようとする者には一切の容赦が無かったようだ。

 

 勿論明確な軍規違反。ナイチンゲールの行動によって命を救われた者達は何人もいるが、違反は違反。現在1ヶ月の謹慎処分を受けていた。

 

 そんな中彼女に面会を求めた数少ない人間の1人が、ナイチンゲールの元教官だった。

 

「お前にそんな情熱を注げる物があったとはな。えぇ?その本も医学書だろう?医者にでもなれば良かったんじゃないか?」

「………静かにしていただけませんか。集中出来ません。」

 

 彼女は医学書を片手に、ノートに何やらメモを取っていた。人体で出血に弱い部分はどこか、工夫出来る包帯の巻き方、気道の確保方法など、戦場で使えそうな療法を片端から書き連ねている。

 

 今自分に出来ることは知識を身につけ、治療を確実な物にする事。トロスト区での自分の治療を、もっと質の良く、短時間で出来るように改善すべく勉学に励んでいた。

 

「…まぁ、何だ。頑張れよ。お前が治療の道を行くなら、俺は反対しない。」

「…教官…」

 

 少し意外だった。大抵ここを訪れる者達は、皆ナイチンゲールの行動に理解を示さなかったからだ。現場の医師を殴り倒してでも無理やり治療を行おうとした彼女を、気狂いを見る目で見ていた。

 

「俺にはお前が兵士として人類を守るのではなくて、1人1人を救う事を考えている様に思える。それは立派な事だろう。応援するぜ。」

「…ありがとうございます。」

「…お前、その方が人間らしいよ。」

 

 訓練兵時代にニコリともしなかったナイチンゲールが、微笑んでいた。

 

 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 そして時間は過ぎる。ナイチンゲールは人を救う道を志し、壁内で医療を学ぶ。

 

 それと同時に、巨人への復讐を誓ったある少年は、訓練兵として、いつか巨人を殺す日を夢見て訓練に励むのだった。




私はFGOにおいて彼女が1番好きなのですが、同時に実際に生きた偉人として彼女を1番尊敬しています。

彼女の事を良く知って貰えたらなという思いをこめて、少しづつ後書きとして史実のナイチンゲールについて語ります。

史実のフローレンス・ナイチンゲールについて①

1820年、イギリスの貴族の家に産まれる。一家はイタリアのフィレンツェに旅行中で、フィレンツェの英語読みが『フローレンス』である為、この名前が付けられた。


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