オニ愛な二人 (ケツアゴ)
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プロローグ

 煌々と燃える篝火によって照らされた地下室に血の香りが充満する。床一面を血が濡らし、無残な死体が二人分散らばっていた。引き裂かれ、潰され、食いちぎられて無数の肉片となった二人の男女。

 

「……まだ居た。君はこの二人の子供かい?」

 

 鈴の音の様に澄んだ少女の声が響く。部屋を照らす炎が燃え移ったかの如き紅い色の髪の小柄な少女。肌は白く、人ならざる存在が人を惑わす為に化けたと言われれば納得してしまいそうな妖しい美しさを持っている。その手には部屋に転がっている物よりも大きな肉片、少年の父親の右腕が抱えられ、その一部が少女の鮮血で汚れた口の中で咀嚼されている。肉を噛みしめるクチャクチャという音、骨を噛み砕くボリボリといった音に混じって火の粉が弾ける音が響いていた。

 

 対するは無事だった頃の二人に酷似した少年。凛とした風貌を持ち、髪は烏の濡れ羽色。将来順調に成長すれば年頃の少女達を惑わすであろう容姿であり、その背後には無数の人ならざる者達が蠢き、今にも少女に襲い掛かりそうだ。だが、少年はそれを手で制すると一歩前に出る。二人の視線は互いのみを見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閑静な住宅街の一角、近所の子供に幽霊屋敷と噂されそうな程に古めかしい作りの武家屋敷に朝日が射し込んだ。手入れが行き届いた庭の木々池の鯉を朝日が照らし、閉められた障子を通して室内に明かりが差し込む。鳥の鳴き声が聞こえたのか布団の中で紅い髪の少女が目を覚ました。

 

「……ん。朝だよ、起きて」

 

 上半身を起こした少女、あの紅い髪の彼女は枕にしていた腕の持ち主を起こすべく声を掛ける。あの少年との会合から十年以上の時が過ぎ、より妖しい美しさを増した彼女は異性の獣欲を刺激するであろう肢体に布切れ一つ纏わず

、隣で彼女に腕枕をして眠っていた少年、引き締まった長身に成長した彼を揺さぶる。

 

 二人が寝ていた布団は表面に皺が入り、汚している物や部屋に充満した臭いが昨晩に何があったかを物語り、やがて少年に抱き付いた少女は自分の物だと主張する為に臭いを着けるかのように体を擦り付け、やがて少年の頬を両手で挟み込んだ。

 

「……早く起きないとキスしちゃうよ? ……ん」

 

 脳まで溶かす甘い声で囁き、紅潮した顔をゆっくりと近付けて行く。やがて宣言通りに唇が触れ合った時、少年も目を覚ますその両腕は自然に迷い無く少女の腰に回り、強く抱きしめた。

 

 

「お早う、(れん)。今日も美しいな。出来れば朝一番のキスは俺からしたかった」

 

「お早う、道炎(どうえん)。……なら、二番目のキスは君からして欲しいな。魂まで燃やす熱いのをさ」

 

 唇を離し、唾液の糸が互いの唇を結ぶ中、二人は見つめ合い言葉を交わす。少女、恋の腕は少年、道炎の首に絡み付き今から行われるキス……その続きを期待していると視線で告げる。了解したと道炎が覆い被さろうとした時、障子が左右に開いて朝日がいっそう眩しく入り込む。二人の目の前には障子を開いた犯人が呆れ顔で立っていた。

 

「ほらほら、キスまでなら終わるのを待ってたけど、それから先始めたら中々終わらないんだから学校が終わってからにするニャ」

 

 恋といい勝負の肉体を割烹着で包んだ黒髪の彼女の頭とお尻には猫の尻尾と耳が生えており人間ではないと示している。この部屋からは見えない場所にも同じ様な格好のお手伝いさんらしき姿が点在し、その中には彼女と何処かが似ている白髪の少女の姿もあった。

 

「やあ、黒歌。今日も良い天気だね」

 

「お早う。今日の朝飯はなんだ?」

 

「鰺の干物がいい感じに出来上がったってお玉さんが言ってから多分出ると思うニャ。って、早く起きないとゆっくり食べる暇が無いわよ。ったく、お盛んなのは結構だけどね」

 

 黒歌は二人に着替えを投げ寄越すと風呂が沸いてるから体臭を落としてから来いと伝え、忙しそうに駆けていく。その姿を見送った二人は名残惜しそうに離れると立ち上がった。

 

「風呂か……一緒に入るのは夜までのお預けだな」

 

「……お玉、怒ると怖いからね。あのバケネコ、実は最強なんじゃない?」

 

 肩を竦め苦笑する二人。軽いキスを交わし、指を絡ませるように手を繋ぎながら大浴室へと向かっていく。途中、物陰や家具の隙間で何かが蠢いていた。

 

 

 

 

 

「ほら、口元に米粒が……」

 

 体を清めて出て来た頃には既に食事の準備は万端で、座布団に座って差し向かいで二人は食事を摂る。炊き立ての白米に胡瓜の酢の物、大根と油揚げの味噌汁に焼き海苔、そして無駄な焦げが無い香ばしい鰺の開き。それに副菜がチョコチョコと和食のメニューを行儀よく食べていた二人だが不意に道炎の指先が恋の口元に伸ばされ付着した米粒を摘まみ摂る。そのまま恋の口に運んだ指は先が食いちぎられていた。

 

 骨を軽く噛み砕く音が恋の口の中で鳴り、道炎の指先からは骨と肉の断面が見えてしまっている。バツが悪そうにする恋の口から赤い血が垂れてしまっていた。

 

「……ごめん、つい我慢できなくて」

 

「仕方のない奴だ。ほら、今度は血で汚れてしまったぞ」

 

 怯えも痛みで呻きもせず道炎は平然と恋の口元をちり紙で拭う。先ほどの光景が幻だった様に彼の指先は存在するが、ちり紙に付いた血が現実であったと証明する。拭いて貰って恋は嬉しそうにはにかみ、道炎も彼女のそんな姿を見れて嬉しそうに微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

「……うわぁ」

 

 その光景を襖を僅かに開いて覗いていた黒歌は心の底から引いた様子だが慣れた感じもする。どちらかというと毎回繰り返す光景に飽きないでよくやると思っているかの如し。気配を感じ、ふと後ろを振り向けば路傍の紙屑を見る目で見つめている少女の姿があった。

 

「正座しなさい、駄姉」

 

「……白音? なんかお姉ちゃんに酷くない?」

 

 妹の威圧に思わず正座してしまいながら恐る恐る抗議の声を上げるも弱気になっていて通じない。逆に威圧感が増ばかりだ。

 

「酷いのは姉様の頭です。胸に栄養吸い取られているんじゃないですか? 同じ猫族だからって知り合いの娘に過ぎない私達を引き取ってくれたお玉さんに迷惑が掛かりますよ?」

 

 自分とは違って肉付きの良い姉の胸部を憎々しげに見詰めながら冷徹な声を出し続ける。その様子を廊下の向こうから歩いてきていた異形の存在、茶色い毛に覆われ何処かの部族の仮面らしき物を張り付けた者が関わり合いになりたくないと踵を返す。それ程に白音と呼ばれた黒歌の妹は恐ろしかった。

 

 

「……まぁ、私もあの人には感謝してるよ? 下手したらあの悪魔の眷属になってたからね」

 

 バツが悪そうな顔をする黒歌は引き取られた後に自分達を勧誘に来た悪魔、ベリアル家の某とやらの事を思い出す。最初は温厚そうな態度を取っていたが何故か怪しいと感じ、何度も会うことで性根が見えてきた。最後は強硬手段に出た所を先程逃げ出した異形に返り討ちにあったが、勧誘を受けていたら道具にされていたと、そう確信している。

 

 

「あの後、何にしたっけ? グラタンだったかニャ?」

 

「……いえ、ミートパイだったかと。今になって思えば肉食獣は同族を食べることも有りますし、何を抵抗してたのかと」

 

 今となっては好物の部類に入る肉料理の味を思い出した白音は舌なめずりをする。丁度の仕事帰りだった先輩が翼を見られたからと堕天使に襲われたと聞いている。その先輩は今朝美味しそうに目玉焼きを食べていた。

 

 

 

「……今夜の賄いは庭でバーベキューだそうです。頑張って働きましょう」

 

「そうね。……ハツは美味しいけど毎回争奪戦だからニャー」

 

 美味しい食事こそ日々の活力となる。姉妹は夕食への期待で胸を膨らませながら仕事に励むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくる」

 

「……行ってまいります」

 

 そろそろ出勤や登校する人々で町が慌ただしくなる時間帯、道炎と白音は駒王学園の制服に着替え玄関に立っていた。黒歌も大学生なのだが一限目は講義がないので少し仕事をしてから出るらしい。結果、見送りには恋のみが出ていた。切なそうに顔を俯かせ、道炎の制服の袖を握ろうとして踏みとどまる。その手に道炎の手が優しく添えられた。

 

「会えない時間も愛を深める。俺が帰るまで待っていてくれ」

 

「……うん。私、ずっと待ってるよ」

 

「学園は目と鼻の先ですが早く出ないと遅刻しますよ?」

 

 毎朝のように繰り広げられるやり取りに呆れながら溜め息を吐く白音。この後は行ってきますのキスをしてから出るのでいい加減にして欲しいのが本心だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……相変わらず凄いですね」

 

 登校して靴箱を見れば何枚ものラブレターが入っている。登校中、部活の朝練中の女子生徒や登校中にすれ違った女子生徒の顔は憧れの異性に向けるものであり、毎朝のように見ている物だ。質が悪い事に道炎はにこやかに挨拶を返し、ラブレターも無碍には扱わない。それで白音はついつい呟き、即座に後悔する。

 

「まあ、俺が愛する女性は恋だけで友人や知人としては兎も角、他の誰にも異性への好意は皆無なんだが、俺が異性人気だと誇らしいって恋が喜ぶからな。好物が出た時や遊びに行く時等、シチュエーションによって微妙に魅力が違って……」

 

「……では、私はお先に」

 

 若干胸やけを感じながら退散する白音は余計な事を言ったと深く猛省する。惚気話に繋がると予測できたのに何をやっていたのだと……。

 

 

 

 途中、校門の方で黄色い声が上がる。二大お姉様と呼ばれ男女問わず人気があるリアスと朱乃がやってきたのだ。クラスメイトも数名が窓から眺め歓声を上げる中、彼女は興味を示さずに席へと向かう。そのまま座った時、重大な過ちに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お弁当忘れました」

 

 家が近いので昼休みにでも取りに行けば良いが、姉にからかわれるであろうと思うと気が重くなる白音であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達、今日こそ委員長として言わせて貰うが猥談は程々にしろ。とある研究によると女性のトラウマで一番多いのが異性からのセクハラ等によるものと聞くし、何が良いのかは全く理解出来ないがハーレムとやらから遠ざかるだけだろう」

 

 その頃、道炎はクラスメイトであり、幼なじみの一人が含まれる三人組、過剰な性欲からの行為から変態三人組と他校にまで知られている一誠、元浜、松田に小言を言う。この日はエロ本を広げて大いに騒いでいたのだ。

 

 だが、今まで説教されても反省しなかった彼らが素直に聞き入れる訳が無く、今回も反発する。自分の行動を棚に上げ、嫌ってくる女子に恨みを抱くような彼らからすれば道炎は敵であり、夢を否定する言葉に大いに反応した。

 

 

「ふざけんなっ! お前と違ってモテない俺達にはこれしかないんだよ!」

 

「てか、選り取り見取りのお前が言うな、お前が!」

 

「そうだ! ハーレムの素晴らしさが解らん人でなし!」

 

「そう言われてもなぁ。俺にはこの人だけ居ればいいって程に熱い恋に落ちた相手が居るし、複数人もの恋人が居たらその分相手する時間が減るだろう? 恐ろしくて考えたくもない。……恋は良いぞ。この前、遊園地で観覧車に乗ったのだが隣に座って手を重ねながら俺の顔だけ眺めていてな。訳を聞いたら何時もと違う景色を見る君の顔を見たい、だそうだ。全ての愛情を注ぎたいと思える相手が居るのは本当に素晴らしいぞ」

 

 小言が何時の間にか惚気話へと移り変わり、教師がやってくるまで続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、であったばかりの少年と少女はこんな会話を交わした。

 

「一目でお前が好きになった。俺の物になってくれ」

 

「奇遇だね。じゃあ、今日から私は君の物だ。当然、君は私の物だけどね」

 

 互いに一目惚れ。会ったその日に二人は恋に落ちていた……。

 

 




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第一話

感想来なかった……


 最近は変わったかも知れないが、一誠が小学校の頃はスポーツが出来る奴がヒーローだった。その上、勉強も出来て面倒見が良いなら自然と周囲に人が集まる。道炎はそんな小学生であり、一誠は周囲の一人であった。

 

「ほら、大丈夫か?」

 

 ある日、休職の時間中に嘔吐した一誠にいの一番に駆け寄り、雑巾で掃除をしながら声を掛けて保健室まで連れて行ってくれた。当時既に幼少期の体験がきっかけで変態への階段を上って異性への関心が強かった彼にとって女子に人気のある道炎は気にくわない相手だったのだが、これを切っ掛けに周囲の一人となったのだ。……それでも面白くない物は面白くないのだが。

 

 あくまで彼を中心とした集まりの一人。それが少し変わったのは当時気になっていた女子が参加すると小耳に挟んで参加したキャンプでの事だった……。

 

 

 

 

「兵藤一誠君ですよね? 好きです、つきあって下さい!」

 

 この日、夕暮れの帰り道に他校の生徒、夕麻と名乗る少女に告白された一誠。普段から女子にモテたいと言っている彼が断る筈もなく、即答で了承。写メを撮らせて貰って明日皆に自慢しようとニヤニヤしながら歩いていた時、背後から声が掛けられる。

 

「……先輩、道炎さんがお話があるので家に来て欲しいと言っています」

 

 背後に居たのは白音。彼女自身には特に重要な用事でなさそうで、伝言を頼まれたから伝えに来ただけの模様。彼女は道炎の家の住み込みで働いている家政婦の身内と聞いているし、家に遊びに行った時に何度も会ってはいるが、姉の黒歌への不躾な視線や学校の行動で嫌われているのは知っていた

 

「今から? もう遅いし……」

 

 逢魔が時、昼と夜が入れ替わる時間帯にあの家に行くのは流石に抵抗があると尻込みする一誠の姿を見た白音は確かに伝えたとばかりに踵を返し、そそくさと去っていくが最後にもう一度だけど立ち止まり顔だけを向けた。

 

「……このままだと死にますよ、先輩? あの女に殺されても良いのですね?」

 

「わ、分かったって!」

 

 一瞬何事かと固まるも、白音の口先だけの脅しとは違う雰囲気に飲まれ慌てて続く一誠。殺されるなどと平和な日本の日常に慣れた高校生とは無縁な話にも関わらず彼は話を信じるに足りる何かを知っているかのようだった。

 

 

 

 

「……帰りました」

 

「お、お邪魔します」

 

 土壁に囲われた屋敷の正門を二人が潜った時、門に停まっていた烏が数羽鳴きながら飛去っていく。思わずビクっと身を竦ませた一誠の視界に異様な光景が映った。先程まで晴れていた夕空は黒雲に覆われているが、それだけではない。

 

 

 

「では、いただきまーす!」

 

 丁寧に整えられた日本庭園の一部が大きく陥没している。上から見れば巨大な靴跡に見える陥没の中には血まみれの少年が伏していた。陥没した場所に入っている胴体の右側と右足は押し潰されたかのようにひしゃげ、肉と皮膚を突き破って飛び出た骨は血で赤く染まっている。まるで巨人に踏みつけられた様な状態の彼、銀髪の整った顔つきの彼に対して追い討ちが掛けられた。

 

 其処に立っていたのは一目で怪物と分かる見た目の存在。赤黒い歯肉乃如き色をした逞しい腕、靴から飛び出した巨大で鋭利な爪、何より特徴的なのは頭部だ。歯磨きの仕方を習うための模型を巨大化させて乗せた様な頭に顎まで伸びている巨大な舌。手には身長と同じサイズのフォークとナイフが握られ、切っ先が少年の潰れた腕に向けられる。

 

 これから何が起こるのか、容易く想像が付くだろう。まず、フォークの先が肉を突き破り、骨に当たる。それから無理やり押し込めば傷口がグチャグチャになり血が更に吹き出しながらも貫通するのだろう。次はナイフだ。ステーキを切り分けるかのようにナイフが前後に動き、肉を裂いていく。血管や神経がズタズタに切り裂かれ少年が悲鳴を上げてもお構いなしに続けられ、やがて骨に到達すると再び容易には刃が通らないので乱暴に力を込めるのだろう。ゴリゴリと骨を削り、やがて負荷に耐えきれずに骨が割れて骨髄が露出する。最後に力を込めれば完全に少年の腕は切断されるのだ。

 

 そして、食べられる。あの巨大な口で人の腕が噛み千切られ噛み砕かれる。そんな光景を一誠が想像した時、白音は呆れた様に化け物に近付いて溜め息を吐き、間に割り込んだ。

 

「……ガキツキさん、お客様が居るのでそれ以上は」

 

「おや、なる程。では、約束通りヴァーリ君の腕を食べるのは後にしましょう!」

 

 ボンっという音と共に煙が出てガキツキの姿は消え去る。慣れた手付きで銀髪の彼、ヴァーリを持ち上げた。

 

「……毎回毎回飽きませんね。実はマゾなんですか?」

 

「ははは、相変わらず冷たいな。まあ、神器も魔力も無しに立ち向かうには厳しい相手だよ。結局大きくなって踏み潰されたからね」

 

 重傷にも関わらず平然と言葉を交わすヴァーリの姿に唖然とするしかない一誠。説明を求めて話しかけたいが言葉が出ずに立ち尽くす中、不意に屋敷の戸が開いて着物姿の女性、一誠も知っている家政婦のお玉が姿を見せた。

 

「此方よ、兵藤君。……若様から話があるわ」

 

 手招きされるがまま、不自然に落ち着いた一誠は後に続き奥の間に通される。其処には既に道炎が座っており、お茶と茶菓子が差し出される。

 

「お、おい! 俺が夕麻ちゃんに殺されるって、まさかあの子は……悪魔なのかっ!?」

 

 悪魔、ファンタジーには普通に出てくるも現実には居ないと認識するのが普通の存在だ。だが、一誠は真剣な顔で前のめりに食ってかかる。まるで悪魔が実在すると知っているかの様に……いや、実際に彼は悪魔の存在を知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

『キヒヒヒヒ! 迷子かぁ? 私の腹の中に案内してやるよぉ』

 

 それは夜中のキャンプ場でトイレに向かう途中、遠くにカブト虫を見つけた一誠が追いかけた末に迷い込んだ森の中でその存在に出会った。大型バス程の全長を持つ巨大なムカデ、しかも頭部は人の上半身だ。裸の女であったが化け物にしか見えない存在に一誠でさえも反応するはずもなく、腰を抜かした彼の股間を暖かい物が濡らす。トイレに行き忘れていたと思い出した時、涎を溢れさしながら鋭利な歯を剥き出しにした化け物が襲いかかってきた。

 

「うわぁあああああああああっ!」

 

 悲鳴が上がるも体は動かない。ただ食われるのみ……とは行かなかった。背後から飛んできた蒼く発光する球体が一誠を通り越して化け物に命中すると内包されていた電撃が解放され、悲鳴を上げることすら出来ずに黒こげにする。蒼い電光に眩んだ一誠の目が回復して最初に見たのは息を切らした道炎の姿だった。

 

「大丈夫か、イッセー?」

 

 あの化け物が悪魔と呼ばれる存在であり、道炎が陰陽師の末裔であると説明を受けた一誠は自分が知らない世界が存在したと認識する事になった。

 

「可哀想だけど、記憶を消しても日常には戻れない。お前は裏の存在を知った。今後、知っているチェーン店の看板に気付くみたいに今まで気付かなかった存在に気付いてしまうだろう。なら、変に忘れない方が良いだろうな。……まあ、友達だし何かあったら相談に乗ってやる」

 

 

 これが一誠と道炎が仲良くなった切っ掛けだ。最初は見えた物に怯えて直ぐに相談に向かい、その内に彼の屋敷に代々従えている妖怪が住み着いているとも知った。平穏は大事だからと自分側の世界に立ち入るのは最低限にした方が良いと屋敷には滅多に向かわない一誠であったが、それでも相談以外に一緒に遊ぶなどの交友は続いた二人。だからこそ、一誠は今此処に居る。

 

 

「あの女の正体は堕天使。聖書の神が無差別に人に宿した道具を理由にお前を殺しに来たんだ」

 

「ま、まあ悪魔が居るんなら堕天使も居るだろうけど……どうして告白を?」

 

 一誠にはそれが理解できない。わざわざ告白し、デートに誘う意味が浮かばない。だが、道炎の言葉は疑わなかった。同じく、道炎も彼女の考えが分からないが、いくつか予想は出来る。

 

 

「デートなら二人っきりになりたいと言って人気のない場所に連れてこれるからかもな。……そう考えるとかえって助かったかも知れんぞ? もし家族や友人が巻き込まれる方法だったらどう思う? ……それに俺が間に合った」

 

 任せて置けとばかりに拳で胸を叩く道炎。その頃、白音はヴァーリの介抱をしていた。

 

 

 

 

 

「どうせ後で約束通り腕を渡すし、その後で治して貰うんだがな……」

 

「……それでも私が心配します。あまり無茶はしないでください」

 

 やや不器用に包帯を巻き手当をする彼女に対して不要だと告げるヴァーリだが、それでも手当は行われ白音は拗ねていた。

 

「悪かったよ。でも、俺にとってこれは大切な戦いなんだ。彼に言われたあの言葉で俺は決意した。……他人から与えられた他人の力を使う神器も、忌々しい祖父や父から受け継いだ魔力も使わずに強くなるってね。……だが、君に約束しよう。絶対に死なないと」

 

「……本当ですね?」

 

 そっと差し出された小指と小指が結ばれる。二人はそのまま見つめ合っていた。

 

 

 

 

 

 

「……妹に先を越されるとか」

 

 尚、その光景を黒歌が覗いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、所でさっきボロボロになってた奴が居たけど……」

 

「ああ、昔挑んできた奴で、宿す神器に封印されたドラゴンの異名を名乗ってたから、”自信たっぷりに名乗っているが、あくまでそれは別人の異名だろう? 自分が封印されて動けない其奴が戦うための道具と思っているのか、苦労せず手に入った道具で使う他人の力を誇る、虎の威を借りる狐ならぬ龍の威を借りる鼠なのか、どっちなんだ?”、と聞いたら自分だけの力で強くなるって言い出してな。今は放浪しながら偶に修行に来るんだ」

 

「……戦闘狂って本当に居たんだな」

 

「あと、白音と無自覚だが好意を寄せ合ってる」

 

「ロリコンで戦闘狂ってキャラ濃いな……」




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第二話

 夜の闇が今より深かった昔、人々は多くの物に恐れを抱いた。病、天災、獣、理由の分からない出来事、兎に角理解不能なよく分からない恐ろしい物、それを総称を人々は『鬼』と呼んだ。

 

 欲望のままに生きる暴虐の化身であり、平穏を脅かす悪しき存在。人々が鬼に感じていた印象はそれであり、多くの者が抱く特徴として上げられるのは頭の角だろうか……。

 

 

 

「うあ……」

 

 一筋の光すら射し込まない石牢の中、堕天使の女が縄で腕を縛り上げられ吊されていた。縄には彼女自身の血を使い呪いの文字が書かれ引き千切る事は不可能で、肉に食い込み皮膚の一部が裂けてテラテラ光る肉が露出していた。服だった布切れが辛うじて体に引っ掛かって居るだけで肌は露出し、全身に強く打撲されたらしい青あざがあって無事な部分を探す方が難しい。

 

 堕天使の特徴である黒く染まった羽は無い。根元から鋭利な刃物で切断され、止血の為か骨が露出している部分の上から焼き鏝を当てられた跡が存在した。弱々しい声で呻き声を上げる彼女は痛み以外で自分の状況が分からない。暗さは堕天使の目に意味をなさないので理由ではない。見るための目が存在しないのだ。眼窩は左右共に空洞となり、目の神経が飛び出して垂れ下がっている。眼窩の周囲には何かを突っ込んだ跡があり、くり抜いた目玉を引っ張って神経を力で引き千切ったと理解させる。流れ出した血は涙のように目の下を伝い、今は乾燥して皮膚にこびりついていた。

 

「全く、ウチの者に手を出すからよ。出来るだけ食べるなって言われてるけど、敵対者は別なのよねぇ」

 

 彼女の耳に届いたのはお玉の声。ただし、その見た目は大きく変質している。白い毛の猫の獣人と言えば分かり易いのであろうが、額にも猫の顔が存在し、手には巨大な包丁。それを彼女の露出した太股に刃先を当てるように構え、肉を削ぎ落とした。響く絶叫、吹き出す血飛沫。だが、包丁を動かす手は止まらず骨に刃が当たらないようにして左右の足の肉を順繰りにそぎ切りにしていく。彼女の両足が骨だけになるのにさほど時間は掛からなかった。

 

「さてさて、暫くは賄いの材料に困らなさそうね。ニャハハハ」

 

 嘗て日本人は長い時を生きた猫が転じたこの妖怪をこう呼んだ。バケネコ、と。

 

 

 

 

 

「……彼は帰ったのかい?」

 

「ああ、帰ったよ。……今日の夕食は少し遅めに取る事にしよう」

 

 取り敢えず手を打っておくから、と一誠を帰した道炎に襖越しに恋が声を掛ける。何かを期待した浮ついた声で、道炎は躊躇無く襖を開く。畳に上には既に就寝の準備がなされているが、布団の色は漆黒。散りばめられた花弁の色、そして何より裸で寝転がり誘うように片手を伸ばす恋の白い肌が美しく栄えていた。

 

「綺麗だな、恋。本当にお前は美しい」

 

「……そうマジマジと見られたら照れるじゃないか。まあ、私以外の何かを視界に入れる理由など無いからだけどさ」

 

 自ら今のような格好になっておいて口説き文句を投げ掛けられた途端に嬉しそうにしながらも腕で体の一部を隠しながらモジモジと動く。その仕草さえも愛しいと道炎は思うのだった。

 

「ああ、その通りだ。今はお前さえ見えていれば良い。……触るぞ」

 

 焚かれた香の匂いで頭がクラクラ思想になる中、自らも手早く服を脱いだ道炎は恋に覆い被さって胸に手を伸ばす。シミ一つ無い肌は気を抜けば滑り落ちそうな程に滑らかで、呼吸に合わせて胸が上下する。続いて頬に手が触れた時、恋の口から気まずそうな声が漏れる。

 

「……あ~、ごめん。今日は君に任せる予定だったんだ。私が君をじゃなく、君に私を好きなだけ堪能して欲しかったんだけど、ついね……」

 

「仕方のない奴だ。……そしてお前の一部だけあって本当に美しい」

 

 愛しそうに伸ばされた彼の手が恋の頭頂部に出現した上に延びる細長く紅い角に触れる。髪と同じ色であり、触れば硬質な感触と氷のような冷たさが伝わってきた。

 

「私が美しくいられるのは君が愛してくれるからさ。……悪いっ!」

 

 恋の両手が道炎の肩に触れられ上下が一瞬で逆転する。荒い息づかいで目は爛々と輝く今の彼女は獲物を狙う猛獣のようであり、指先が肩の肉に突き刺さって押し入っていた。指の周囲の肉は押し広げられて盛り上がり、抜くと同時に血が溢れ出す。傷口を覗き込めば骨まで達しているのが見えた。

 

「布団が汚れちゃった。……これは怒られるかな?」

 

「なら一緒に怒られよう。どんな時も一緒だ」

 

 指先をしゃぶり血の味を堪能する恋は陶酔した様子で自分の頬に手を当て、その上から道炎の手が重ねられる。そのまま覆い被さった彼女は口の中に血が残ったまま口付けを行い、唾液と共に入ってきた自らの血を道炎は飲み込んだ。

 

 

 

 

「しかしさ……私こそ本当の鬼嫁だね」

 

「いや、カツ丼しかりタマゴサンドしかり、メインが先だから嫁鬼の間違いだろう?」

 

「食べ物に例えるのかい……。まあ、食べるのは私の方だけどさ」

 

 冗談に真顔で返されて少し照れた顔を見せるも恋は即座に捕食者の顔になり、力で押さえつけた道炎の首に手を回して密着する。耳に甘い吐息を吹きかけ、誘惑するように囁いた。

 

 

「いただきます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか随分眠そうだけど大丈夫か? にしても今日はよく食うな……」

 

「いや、朝食が取れない遅刻ギリギリの時間まで解放して貰えなくてな。……ああ、そうだ。例の話だが、取り敢えず面接を行うそうだ」

 

 翌日、朝からずっと欠伸ばかりしていた道炎が弁当に加えて購買のパンを買い求めていた。昼飯を一緒に食べていた一誠には言葉の意味が察せ無かった様だが説明する気のない道炎は先程受信したメールの内容を伝える。一誠を眷属候補に入れてくれるという悪魔からの連絡だった。

 

「俺が堕天使の総督に話を付けた場合、お前を利用して俺を使おうって奴に狙われるし、悪魔の縄張りに住む以上は他の勢力の傘下は拙い。……デートと日程が被ってるが、すっぽかして家を襲われても問題だから偽物を用意しておくから安心しろ」

 

「どうせ何処かに属さないと親まで危ないってんなら仕方ないよな……」

 

 狙われる程の神器の危険性だけでなく、悪魔社会が抱える問題も事細かく説明を受けている一誠はどうも乗り気では無いらしい。一応、道炎に言われてビジネスマナーの本で勉強中だが貴族社会における身分差がどれほどの物かもネットで知って不安だった。

 

「まあ、俺も優良株な候補を紹介してくれって依頼者の中から比較的人格者の一族を選んだから安心しろ。何せ俺の友人もその家の所属だ」

 

「まっ、今更心配しても仕方ないよなぁ」

 

 元々楽観的な性格の一誠だ。信頼する友人が信頼する相手だと自分に言い聞かせ、メリットの部分を期待する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「もし出世したら眷属でハーレムが作れるんだよなっ!」

 

「言っておくが気に入った相手を拉致同然に眷属にしたり、権力を笠に着て無理矢理手を出すなら絶交するからな? ……いや、そもそもお前を受け入れてくれる相手なら別に眷属にする必要は無いのではないか?」

 

 道炎の素朴な疑問に暫く考え込み、やがて考えるのを止めた一誠であった……。

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ? こんな雑魚そうな餓鬼かよ」

 

「ああ、特に格闘経験も無く、運動神経が優れているわけもないが此奴だ」

 

「その通りだけど辛辣だな、おいぃぃっ!?」

 

 そしてやって来た約束の日、道炎の術で転移したのは何処かの山の中にある落ち着いた雰囲気の別荘。新鮮な空気と緑に囲まれたこの場所で待っていたのはチンピラとホストが混じった様な男だった。一誠を一目見るなり柄の悪い態度で見下した様な発言をするが道炎までそれを肯定する。

 

「ああ、紹介しよう。彼の名はライザー・フェニックス。お前を眷属候補にするかも知れない相手の兄だ。先ず、彼の合格を貰ってみろ。まあ、身分差がどうとか分からないなら父親がリストラ候補で彼は社長の息子とでも思って接すればいい。じゃあ、俺はこの辺で」

 

「あぁん? お前は帰るのかよ? ったく、ダチなんだから少しは付き合えってんだ」

 

「悪いな、ライザー。今回は紹介するって依頼で来たんだ。他にも仕事があるし、一定以上特定の勢力に肩入れしないってスタンスな以上は今度にしてくれ」

 

 やや不満そうなライザーであったがぶっきらぼうに手でさっさと行けと伝える。道炎も軽く手を振ると転移していった。

 

 

 

「さて、友人としてしてやれるのは此処までだ、イッセー。後はお前次第だぞ」

 

 本日の彼は忙しい。この後、冥府や北欧、沙弥山に行って依頼をこなし、日本に帰ってきたのは夕方であった。

 

 

 

 

 

「さて、どうなっているか……」

 

 古い手鏡を取り出し手をかざすと他者の視点で景色が映る。今回、一誠を狙って来た堕天使を騙すための偽物であるが、思考や行動パターンを完全コピーした偽物だ。人の形に切り抜かれた札が正体で、道炎が術を解かないと殺されても元には戻らない。

 

 

 

「上手く行ったが……面倒な」

 

 計画通りに堕天使は偽の一誠を殺して去っていったが、思わぬ事態が起きる。街中で貰った悪魔召還のチラシが発動し、リアスが姿を現したのだ。後で事情を説明するのが面倒だとさっさと術を解こうとしたが、ある言葉を聞いて固まってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、面白いことになっているじゃないの」




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第三話

さて! この次は刃を更新予定 モチベーションが欲しい


 かつて道炎と恋が会合した場所、庭の地下に隠された石室にやって来た恋は散らばった紙を拾い上げる。異常な臭気を上げる墨で描かれているのは異形の存在。その下には『ヌッペフホフ』と書かれていた。

 

「なんだ、また新しいのが出来たのか」

 

「そんな事より掃除を手伝って下さいな。お約束でしょう? 道炎様が休日に働いている間、家のことをしたいと言いだしたのは貴女ですよ」

 

 部屋の中央には脈動する小岩が設置され、紫の煙が噴出する。それを少し興味深そうに見ていた彼女だが、背後から窘める声が投げ掛けられた。お玉である。二人揃って箒や雑巾などの掃除道具を手に作業の途中であった。

 

「ああ、そうだね。食べたいほどに愛しい道炎の為だ、頑張るとしようじゃないか」

 

 普段は仕立ての良い着物を優雅に着こなし、髪もおろしている恋だが、今は汚れても良い割烹着にして髪も結んで三角巾を被って万全の体制だ。少々手際が悪く掃除を進める中、手際良く進めるお玉に思い出した様に訊ねた。

 

「そう言えば聞いたことはなかったけど、私の封印を解いて調伏しようとした道炎の両親だけどさ、一応君からすれば飼い主の子孫で当時の主だった訳じゃないか? 正直、恨んでるんじゃないのかい?」

 

「いえいえ、死んだ時点で主は道炎様に引き継がれますし、主が貴女を愛するのなら恨む必要がありません。私、そう言う風に作られましたので」

 

どうでも良さそう口調の問いかけはどうでも良さそうな返事で済まされる。二人にとって夫婦の存在価値など無いかのような口振りで、実際にそうなのだろう。価値観が人とはやはり違っていた。

 

「ふぅん。まあ、単純に猫から変化させられた君や作られた他の連中じゃそんなもんか。ああ、それにしても昨日も甘美な夜だったよ」

 

 掃除の手を止め昨夜のことを思い出しながら頬に手を当てる恋。昨夜も二人の夜は熱く燃え上がり、恋は抑えきれずに道炎の腕の肉を食いちぎった。鍛えられた腕の筋肉が人外の力で容易に引き千切られブチブチと音を立て、噴き出した血が白い肌を染める感覚を思い出せば体が熱くなる。

 

 掃除の腕は止まったが、細かいやり残しを後からしなくてよくなったので逆に効率が良かったのはお察しだ。

 

「難儀な性ですね。愛すれば愛するほどに食べたくなるなど……」

 

「仕方ないさ。私は元々人だけど、何と混ぜ合わされたかは君がよく知っているだろう? 怒りでも怯えでもなく、愛を感じている時ほど人の肉が美味しくなる事はない。我ながら困るけど、彼はそこも含めて好きなんだってさ。自分がちゃんと私を愛していて、それが伝わって嬉しいって昨日も私を後ろから犯しながら言ってくれたよ」

 

 情事に関する情報は別に要らないと、口ではなく目で語るもお玉の気持ちは通じず、自らの体を抱き締めながら身悶えする恋であった。

 

 

 

 

 

「最後の辺り何て額に張られた札で拘束されて……いや、私なら平気で抜け出せるけどさ、そういった新しい刺激を常に挑戦して行くようにしているんだ。ほら、私は長生きだし、寿命や老いって一流の術者には有って無いようなもんじゃないか。あはははは、今から今晩が楽しみ……いや、いっそ帰ったら直ぐに……」

 

「はいはい、夕食はちゃんと食べて下さいね。それと正直邪魔だからテレビでも観て来てください。確か今日が貴公子カルテットの全米ツアー最終日で中継で新曲発表の予定ですから、感想聞く電話が有るかも知れないですよ」

 

 顔を紅潮させ人差し指を艶めかしく舐めながら息を荒くさせる恋を雑な扱いで追い出しながらお玉は掃除を続ける。目立つ埃を掃き終わって雑巾がけが終わった時、部屋の中央に置かれた小岩が振動を開始した。煙が噴き出る勢いが増し、お玉は顔を顰めながら恋が置いて行った掃除道具を手に持って部屋の隅に避難する。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。ボク、ヌッペフホフです」

 

 破裂音と共に砕け散った岩の細かい破片が周囲に広がり土煙が噎せ返るほどに広がって行く。現れたのは岩より大きなハロウィンのカボチャに手足がついたかの様な怪物。カボチャの中央には縦の線が入り、左右に割れて顔が明らかになる。目の部分には像のような凹凸の少ない顔があり、色は死体の如き青白さ。口は大きく鋭い歯が揃っている。何より特徴的なのは足元まで届く長く大きな舌だった。

 

「本来のヌッペフホフはこんなんですが、ボクはこんなんです。元々はあの徳川家康も……」

 

 何処から取り出したのか妖怪絵巻のヌッペフホフの図を持って誰かに解説するが、お玉は途中で掃除用具を差し出して誕生の際に生じた汚れを指差した。

 

 

 

「予定より早い誕生で汚れを防ぐ準備が間に合いませんでした。掃除手伝って下さい」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お兄様の同族ですか」

 

 フェニックス家の令嬢であり、今回有力な眷属候補を求めたレイヴェルはライザーと意気投合している一誠の映像を観ながら呟く。他愛もない猥談で盛り上がっている二人に呆れ顔だが、資料自体は興味深そうに見ていた。

 

「神滅具『赤龍帝の籠手』の可能性が高いと。白の所有者のお墨付きだから有力そうですが……私がゲームに積極的なら長期的な視点から微妙でしたわね」

 

 悪魔の寿命は長く、必然的にゲームの選手生命も長くなるのだがそれが理由で彼女は一誠が使い物にならなくなると判断した。今の強さや性格ではなく、十秒ごとに力を倍加させるという能力に対してだ。

 

「いや、若い頃は兎も角、その内にガタが来るでしょう。本来強靭な肉体を持つドラゴンの中でも特に強いドライグだからこそ耐えられるのに……いや……道炎様に頼めば? 私、ゲームに興味はないですが……」

 

 正直言って欲しいと、そう思ってしまった。有能な眷属は箔付けになるし、それが一品物を所有しているというのは自慢になる。自分は嫁入りする立場で有事の際も前線に出る可能性は低いだろうと、力を持ちすぎる事によるデメリットを即座に計算し、見栄や名誉を求める悪魔の欲深さが競り勝った。

 

 

「性格は時を掛ければ矯正できるでしょうし……あっ、そろそろ時間ですわね」

 

 一誠とライザーの会話を流していた画面を切り替え、ライブの中継映像に切り替える、本日、彼女が応援するバンド『貴公子カルテット』の新曲が発表される日であった。

 

「チケットは抽選漏れしましたし、転売屋も他のファンに先に取られましたし、習い事が多いので時間が無い貴族は大変ですわ」

 

 生で見られない事への不平不満を口にしながらもテレビの前で姿勢を正す。ファンの歓声を掻き消す程に響く声でリーダーである男が叫んでいた。

 

 

 

「皆ー! 今日は来てくれて感謝しているわ。それっじゃ、約束していた新曲を聞いてちょうだい」

 

「きゃー! ジュニア様ー!!」

 

 テレビの前で歓声を上げる今の姿は年頃の少女のままであり、オネェ口調のリーダーである貴公子ジュニアの姿に視線を集中させる。雑音だから使用人に入ってくる事を禁じたレイヴェルはライブ映像に集中し、聞き入りながら彼の写真がプリントされたクッションを抱きしめる。

 

 

 

「相変わらず素敵ですわねぇ。……サイン会とか握手会とかどうにか参加できないかしら? お金なら糸目をつけませんのに……」

 

 ウットリしながら思い出すのは習い事で参加できなかったイベントの数々。基本的に甘やかされているレイヴェルで我儘な性格だが生真面目さが邪魔してサボる事も出来ず悔しい思いをするばかりであった。

 

「……一か八か道炎様に頼んでみようかしら? あの人、妙に顔が広いし部下の方々も多いですから」

 

 今はライブに集中しようと手に取ろうとした携帯を机に置いたまま呟く中、ライブは順調に進むのであった。

 

 

 

 

 

 

「……あら? メールが」

 

 先程まで電源を切っていたので気付かなかったが道炎から連絡が入っており、どうやらリアスへの説明を代わって欲しいとの事。今回、友人を保護して貰う為だが実質的に神滅具の所有者を紹介するという大きな貸しを作った事になった彼にしてみれば妙な話だと首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、”流石に今回は公私の区別を付けられそうにない、俺は非常に自分勝手なんだ”、ですか? 報酬は焚き付けにする程余っている貴公子カルテットのサイン色紙か紹介料の割引……捨てる程度の品で『(笑)』が付いていますからコピーでしょうし料金の割引にしておきましょう。リアス様の落ち度リストは沢山添付されていますし……」

 

 貴族の令嬢であり我儘な彼女は家の財力で欲しい物は集めているが、それでも最近は使い過ぎだと怒られたばかりだ。コピーなど既に持っていると料金の割引を選ぶレイヴェルであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毎回毎回新しいサインの書き方を思いつく度に送って来ますが……正直邪魔ですね、恋様」

 

「身内の直筆サイン色紙とか要らないしね。うん、燃やそう。焼き芋にでもするかい?」




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妖怪の姿は カクレンジャー 妖怪名  で分かるので


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第四話

 某所にある巨大ビル、創業から数十年で世界規模の大企業に成長した『QB(キュービー)』の本社の駐車場から年老いた女性を乗せた車が走り出す。この女性こそ創業者であり現会長だ。彼女を乗せた車のハンドルを握るのはやや小太りの気弱そうな中年男性、鼻が真っ黒なのが特徴的だ。

 

「か、会長、このままご自宅で宜しいですか?」

 

 見た目通りに気弱なのか少々性格がキツそうな会長にビクビクしながら従っている様子。このご時世、再就職となると大変だからだろうから仕方がないのが。そんな態度を気にも止めず彼女は今後のスケジュールを確認した後で顔を上げた。

 

 

「いえ、このまま屋敷に向かってちょうだい。……また新入りが誕生したらしいからねぇ」

 

「へぇ~。ここ数代はドロドロ程度しか作れなかったのに道炎様は凄ぇな~」

 

「ええ、私もバケネコもガシャドクロも……あの方の教師役の彼も期待しているわ。将来的に私達始まりの四体を作った道満様に匹敵するとねぇ」

 

「そりゃ凄い! あの娘とも順調らしいし、次の世代が実に楽しみだ!」

 

 誇らしげに笑う運転手と、同じく誇らしそうに静かに微笑む会長。何時の間にか晴天にも関わらず雨が降り出してフロントガラスを濡らす中、車内に伸びる二人の影は人の姿をしていなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、こんばんは。先日は俺の部下がお邪魔したね」

 

「君の部下ですか? 生憎何の事やら」

 

 一誠がライザーと意気投合した日から数日後、制服の上から漢服を着た少年が道炎の屋敷を訪ねて来た。余裕ぶった態度で少し前に忠誠を誓う部下、彼からすれば捨て駒でしかない男を向かわせ帰って来なかったのだが、そんな相手にも関わらず余程の自信があるのか単身赴いた彼は座敷に通され、給仕の女性達が次々と料理を運んでくる。互いに相手を探る気なのか彼の相手をするのは小太りの中年男性だ。

 

「おや、食わないのかい?」

 

「生憎敵か味方か決まっていない相手の出した物を食べるほど間抜けじゃないさ」

 

「はっ!」

 

 出された物に一切手を着けずにいる彼の返答を男性は鼻で笑い、オーバーに両手を左右に広げて溜め息を吐く。馬鹿にされたと彼が感じるのは当然だろう。顔をしかめて立ち上がった彼に聞こえるように男性は独り言を言い始めた。

 

「シュテンドウジ共を倒す為、源頼光は招かれた宴で出された料理を食べた豪胆な英雄だったのに……」

 

「ッ! 良いだろう、食べてやるさっ!」

 

 英雄、その言葉を聞いた彼は出された料理の中で妙な程に多い()()()()()()()に真っ先に手を出し、殆ど噛まずに飲み込む。あまりにも巨大なソーセージで、珍味と言うにも余りに妙な味がするソーセージに思わず怪訝な顔をした時、給仕の女性達も目の前の男もニンマリとした不気味な笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、知ってるかい? 源頼光が食べたのは……捌きたての人間の肉さ。所で完成したばっかりのソーセージの味はどうだったかい? 君が用意してくれた新鮮な肉で作ったんだ」

 

「……え? おぇ、うげぇえええええええええええええええっ! おげぇええええええええええええええっ!!」

 

 一瞬、意味が分からず間抜けな声を上げた彼が意味を理解した瞬間、胃の中の物が逆流する。目から涙が溢れ、喉の奥から酸っぱい味が込み上げて来た。膝を折って口を両手で押さえても嘔吐が止まらず吐瀉物が畳の上に広がる中、彼の両腕を給仕の女性達……いや、女性達に化けていた妖怪達が押さえ込んだ。

 

「いただきま~す!」

 

 ムンクの叫びを思わせる顔が顔や胴体に浮かんだ青い全身タイツの姿をした最下級妖怪のドロドロだ。そして男も正体を現す。本日誕生したヌッペフホフだ。巨大なカボチャの面が開き、嬉しそうな声と共に伸びた長い舌が押さえ込まれた彼の顔を舐めた。

 

「御馳走様~!」

 

「顔がっ! 俺の顔が無いっ!? うわぁああああああああああああっ!?」

 

 ヌッペフホフに舐められた彼の顔からは目も鼻も口も消え去っていた。謎の喪失感で察し、認められずに放された腕で自分の顔を触るも凹凸のないノッペラとした感触が伝わってくる。先程食べた物と合わさって彼の精神は限界に達してしまい混乱の叫びを上げた。

 

 

 

 

「昨日、ウチに中二病がやって来たぞ。変な物でも食べたのか嘔吐してな。どうも取引の常連の知人らしいから丁重に送ったが……畳に付いた匂いが取れるか心配だ」

 

「うへぇ、大変だったな……」

 

 翌日、道炎から迷惑な来客のことを聞かされながら校門へと向かっていた一誠の足が止まる。男女問わずに校門付近で止まって何やら囁き合い、惚けた顔で一点を見つめている。彼もまた、その存在に見惚れてしまった。

 

 校門に背を預け、時折時間を気にしながら誰かを待っている美少女。もうすぐ時間なのか嬉しそうに微笑む姿にはカップルでさえも見惚れてしまっていた。

 

「あの子、誰だろう?」

 

「素敵よね、お姉様達以上に……」

 

「誰か待ってるけど……俺かっ!?」

 

「無い無い。あり得ないって」

 

 その美しさに近寄りがたさを感じ、誰もが声を掛けたくとも掛けるのを躊躇う中、道炎だけが平然と彼女へと近寄って行く。

 

「恋、迎えに来てくれたのか!」

 

「当然だよ。……今日はどうしても君と放課後デートがしたくてさ」

 

 この日、何時もの赤系の色をした着物ではなく何処かの学校の制服に着替えた恋は道炎の姿を確認するなり駆け寄り胸元に飛び込む。本当なら嫉妬の念を向けられる所だが、普段の人徳か嬉しそうな顔で増した彼女の魅力か誰も嫉妬の視線を向けてはいなかった。

 

「そうか。では、イッセー。俺は今からデートだから先に帰らせて貰うぞ」

 

「お、おう……」

 

 肩を寄せ合い指を絡ませて手を握って去っていく友人にそれだけしか言えない一誠。もう嫉妬する気にすらならずに立ち尽くす彼を木の上からジッと見つめる蝙蝠が居た。

 

 

 

 

 

 

「まさか彼が今代の赤龍帝だったなんて……惜しいことをしたわね」

 

 使い魔を使って一誠を観察するのはリアス・グレモリー。この町を管理する悪魔であり、実質的に一誠を見殺しにした人物だ。どっちにしろ町の外に出た時を狙われていただろうから遅かれ早かれ殺されていたのには変わらないだろうが、管理ミスで死んだ相手への発言から貴族社会で育った故の淀みが見て取れた。

 

 リアスは先日急遽行ったレイヴェルとの話し合いの場での屈辱を思い出す。彼はこっちで何とかするから干渉不要と言われ、管理する街で好きに動かれては困ると言ったリアスにレイヴェルは失態の具体的証拠を出してきてこう言ったのだ。

 

 

「町外れの教会に結構な人数が居るようで、道炎様の部下も襲われるなど、迎え入れた異能者からの悪魔への信頼に響きそうですわね。お兄様と結婚する方の仕事ぶりが気になって調査を依頼したのですが、これでは実家より相談役が派遣されそうですわ。……ああ、でも、私はリアス様とは互いに口うるさく言わない良好な関係を築きたいのですわよ?」

 

 侵入した者達の姿や数といった具体的な資料を出され、しかもその場所が何処の管理下でもないとリアスなら知っておくべき情報まで示されている。悔しさに震えながらも条件を飲むしかなかった。

 

「恐らくこの資料を制作したのは彼でしょうね……」

 

 女王である朱乃が手に取ったのは道炎の情報。彼に関する一般的な情報のみが書かれた薄い書類だ。

 

「……金回りは兎も角、力は没落した筈の陰陽師一族……芦屋道満の子孫にして現当主。特筆すべきは癒しの術の力。欠損部位の修復、呪い、衰弱、病、医療を司る神でさえ治せない症状すら完治させ、多くの神話に顧客を持つ。……友人は作っても一定以上特定の勢力に肩入れはしない事で有名ですわ」

 

「彼自体は引き込めなくても、彼が雇ってる猫妖怪の白音さんだけでも引き込めないかしら? この前、お茶会に誘った時に随分と好感触だったと思うのだけど……」

 

 何度もお茶に誘うリアスにウンザリしたのか一回だけと来たときにケーキを見て目を輝かせながら口にした言葉をリアスは思い出した。

 

 

 

 

 

 

「…ケーキは大好きです。悪魔も同じくらい好きです」

 

 リアスの認識と実際は違うのだが、少なくても彼女は可能性があると思ってしまっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言えば白音が何度も誘われているけど構わないのかい?」

 

「ああ、当人の判断に任せる。彼奴は作った妖怪でもないしな。……しかしお前は本当に美しい。日に日にお前への愛情が限界値を上げ続けているのを感じるぞ」

 

「……私も昨日の私より君の事を愛しているのさ。好きだ、君が大好きだ」

 

 帰り道、道炎の腕に胸を押し当てて愛の言葉を囁く恋だが、道炎は腕に伝わる感触に違和感を感じる。それは即座に恋に伝わり、悪戯が成功した様な笑みを浮かべるのであった。

 

「……分かったかい? 実はこの制服は帰宅組はお土産の一つなんだけど……下着も貰ったんだ。私、何時もは着けないし穿かないけど……見たくないかい、私の下着姿をさ?」

 

 甘く囁き訊ねるも答えは聞くまでもないと、より強く腕に抱き付く。その頃、遠く離れた場所を困り顔で歩くシスター服の少女が居たのだが、彼女に近寄っていく警察官の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「小豆研ぎましょうか、人とって食いましょうか……ショキショキ」




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