めざせゴブリンマスター (葵原てぃー)
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めざせゴブリンマスター
わたしが
幼子なりの
ひょっとしたら赤子の頃、あるいは
とにかく、わたしが目を閉じたときに見ることができた
「悪い夢を見たのね。可哀想に、怖かったでしょう」
当時、幼児であったわたしの覚束ない言葉を正しく理解できていた確証はないが、寝かしつけた子が突然目を開けてまくし立てる様子に、母はわたしが何か悪い夢でも見たのだろうという結論に達したらしい。
「それは、ものを盗んだりする小鬼と呼ばれる魔物よ。いい子にしていればちっとも怖くないけど、悪いことをするとさらわれちゃうの」
ぼんやりとした記憶を思い返してみれば、なんとも柔らかい説明ではあった。実際に小鬼の所業を見聞きした今となっては笑いぐさだが、子供のしつけに利用するには充分な脅かしであったとも言える。
なので、それ以来わたしは、まぶたの裏の住人
最初はその小鬼が薄暗い洞穴らしき場所で這い回る姿が見えるばかりだったが、わたし自身が強く両親から教えられたこと──親の言いつけを守る。まずは見て覚える。危なくなったらとにかく逃げる──の3つを頭の中で幾度となく繰り返しているうちに、まぶたの裏に見えていた小鬼にもそれが伝わっていたようで。
洞窟を襲った危機を見て覚え、即座に脱け出して森をさまよい、また別の洞窟に転がり込んで、また見て覚えて逃げ出して。
わたしが同年代の友達と外を遊び回るようになった頃には、最初のまぶたの中の住人も逃げ続けるうちにすっかり大きくなり、ひとつの観察用の窓の中で数人の子分を従えているのが見えた。
しかしまあ、その頃はまだ平和だったのだ。「頭の中で小鬼を飼っている」などと口にすれば正気を疑われると判断できるだけの分別が育っていたのは我がことながら褒めておきたいところである。
ともあれ、でかく育った小鬼(なんでも
頭の中で、はじめて人が死んだ。
……の、だと思う。わたしが見ているのは一匹の小鬼とその周囲わずかな範囲であって、子分を従えていた云々もあくまで小鬼の様子を見てそう思っただけに過ぎない。
とにかく、今までも小鬼たちが獣を狩ったり食べられそうな木の実を乱獲したり、あるいはそれで腹を壊したりしている様子はたびたび見ていたが。
(ちなみに小鬼の汚物類を見る羽目になったのは早い頃から慣れていた。匂いがしなかったので気にしなければ実害はない)
とにかく、まぶたの裏では田舎者が巨大な石槌を降り下ろした直後に返り血で染まり、力任せにもぎ取られたであろう
小鬼が人を殺し、食べてしまうことは知っていた。ただ、頭の中の小鬼はそれまでずっと危険な相手から逃げていたから、その機会がなかっただけだ。
ただ、いくぶん慣れていたようにも見えたので、ひょっとしたらわたしが見てないうちに
翌日の朝食後、わたしは吐いた。胸がむかむかしてぐったりした。頭がぐるぐるして、一日中何をどうしていたかもよく覚えていなかった。
──ただ、その日の夕食は珍しくごちそうだったことは覚えている。
当然だけど、人肉が食卓に並んでいた、などというオチでもなかった。
そして次の日。頭の中の小鬼はまた逃げた。
襲ってきた奴を返り討ちにしてただろお前。と思わず目頭を抑えてしまったわたしは悪くないと思う。
とにかく、子供程度の力しかないはずの肉体は、すでに
それでいて、そいつは変わらぬ臆病さを発揮し、さらにあちこちを逃げ回っていた。
ある時わたしは近所を通り掛かった旅人から、小鬼についてほんの少し話を聞く機会があった。
巣穴を出て成長する小鬼のことを『渡り』と言うらしい。それは知らなかった。頭の中の小鬼などはもうすっかりベテランの『渡り』であろう。
それ以外のことはだいたい
盗む。
殺す。
犯す。──そして、
年頃のメンタルに対して実に精神的に
すっかり小鬼英雄としての格が板について、ようやく逃げることも少なくなってきたまぶたの裏の住人。
その隣に、
見え始めたときにはすでに軽く這い回っていた、もしかしなくても小鬼英雄の仔だろう。……そうして一度増え始めると、成長の早い小鬼の増加は止まらない。
わたしのまぶたの裏はあっという間に住人を増やし、さながら小鬼の展覧会の如き混沌を提供することになった。まあ幸いにも、増えた窓は六つ止まりであったが。
そんな訳で、『渡り』の話を聞いた時にはもう、小鬼たちの生態について妙に慣れきってしまっていたのだ。
──奇妙な話である、と思うべきであった。
どれだけ奇特な旅人であれば、わざわざ小鬼の話を聞かせ歩くような真似をする必要があるというのか。
今にして思えば、どこかのお節介からの
陰惨な内容に似合わない軽妙な語り口であった旅人の、さらに似つかわしくない鋭い目。
それがわたしだけを見つめていたと、そんな気がして無性に不安になった。
一度不安になってしまえば、そこは成人すらしていない若輩の身。すねに傷こそ持たぬまま、まぶたに小鬼の群れを飼うという異端が暴かれることを恐れに恐れた。
こわくてこわくて、たまらなくなって。
たすけてくれ、たすけてくれと、こえにもだせずに。
ずっとふるえて、おびえて、ふさぎこんでいたら。
あるよる、ねむるまえに。
「マカセロ」
と、耳ではなく、頭の中に声が返ってきた。
まぶたの裏の一番大きな窓の中で、小鬼英雄が号令を出す。
その周囲に浮かんだ窓の数々ではその仔たちが、さほどの年も経ず、渡りでもない小鬼にしては恵まれた体格でそれに呼応する。
洞穴を出て、森を駆け抜けた。
森を出、草原を泳ぎ、街道に沿いすらしない大暴走。
小鬼英雄を党首とし、仔たちが血筋ではない小鬼どもを従え一党を率いる、大規模
そうやって件の旅人と、彼が逗留していた村が一つ、跡形もなく消え去った──ように見えた。
その全ては、わたしのまぶたの裏で起こったことだ。
現実ではない。理由も定かでなく、ただ怖がっていたわたしにとって都合がいいだけの妄想である。
わたし自身にそう言い聞かせつつ、わたしは噂が届くのを待つ。そして季節がひとつ移り変わる頃に、ようやくそれを耳にする。
小鬼の大襲撃で、村がひとつなくなった、という噂だ。
西部辺境、開拓地では小鬼の被害に絶えず悩まされているとは聞いたが、村一つが一夜にして消滅の憂き目に逢うほどの災禍など、よほどのことである。
つまり。
まぶたの裏の小鬼たちは、現実に存在する。
そして、わたしの願いを叶えてくれる……というのはあまりに都合のいい考え方にすぎる。
それこそずっと見てきた小鬼のことだ。旗色が悪ければ逃げるし、高圧的に出れば反発し、下手に出れば調子に乗るというのはよく解っている。
やってもいいと思えることならやってやってもいい、程度の
──気がつけば、何も怖くなくなっていた。
自分の持つ能力に根拠のない全能感を覚え、
ああ小鬼というものはこのような気持ちで過ごしているのかと、小鬼を見続けていた年月に比しては遅く、定命の身の寿命と比すればあまりに早く、小鬼という種の真髄を
危険だ。
調子に乗ったらなにもかもが台無しになる、とささやく理性と、なあに、今回もなんとかしてやったんだからいつまでだって自分だけは上手くいくのさ、とがなり立てる小鬼の思考が頭の中でぶつかり合う。
ささやく程度の理性と拮抗するがなり声というのも、小鬼の種族としての弱さを端的に表しているかもしれないが。とにかく、その衝動に身を任せれば破滅するのだということは理解した。
ともあれ。
その日わたしは、
……数年を経て宿敵となる
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わたしはゴブリントレーナー
同書は、およそ社会というものに反逆することしか考えない精神性と脆弱な肉体に短絡的知能を兼ね備えながら、知らぬ間に数を増やしては山野にはびこり、人里にて悪行を働く
小鬼の名前と外見、混沌の勢力における雑兵的種族であることと、「
これならば、冒険者ギルドで発行していると聞く
さて、小鬼使いについてだ。
邪悪にして脆弱な小鬼という種は、まさにその邪悪さによって仲間内ですらいがみ合うような存在である。
彼らだけでは何をどうしたところで小規模の群れしか構築できず、混沌の軍勢とて雑兵として用いるにはどうしても数が不足するはず、という的外れな理論から著者によって創作された存在が小鬼使いだ。
小鬼は無数に召喚され使役される。それを行うものが小鬼使いである、という仮説で、弱さに見合わぬ小鬼の膨大な数を説明づけるためだけの
「これはひどい」
思わず声に出して呟く。
王国でも数少ない書庫に収められていた学術書ですらこのありさまだ。知識階級における小鬼に対する無理解と、
これならば、辺境の村人の方がよほど優れた知識を蓄えていると言っても過言ではないだろう。知識階級敗れたり。
小鬼とは、邪悪で脆弱だが、決して無力な存在ではない。
子供程度の能力
人族の子供が一般的な小鬼への印象と同等程度に脆弱であれば、間違いなく人族はすでに滅び去っている。
最弱の魔物。子供程度の能力。
おおよそこの二文の相乗効果で、小鬼は風が吹くだけで全滅するとばかりの勢いで見くびられているのだ。
──わたし個人としては、実にありがたい話である。
閉じた瞳のまぶたの裏に、浮かぶ六つの小鬼窓。
ひとつは小鬼……いや、寝起きの合間に木々の梢の柔らかい部分をもぎ取っては
残りの窓にはそこまで常識はずれの小鬼はいない。
みな巨大小鬼の仔らしく堂々たる体格をしているが、彼らが産まれた当時は小鬼巨人もまだ
わたしは小鬼使い。
……を、目指すだけの無害……というには語弊があるので、まあ多少の毒を持った
まず勘違いしないでほしいのは、わたし自身は王国産まれの王国育ち、軍に守られた都市で生き、王の慈悲によって与えられた国民としての権利と果たすべき義務を享受し、遵守している
わたしが頭の中で小鬼を飼い、育て、教え導いた結果強くなった小鬼たちが村を滅ぼしました──。
そのような与太、誰が信じるというのか。当のわたし本人だって未だに半信半疑である。
十年前、わたしが唯一能動的に小鬼たちへ攻撃を指示し村を滅ぼした
ともあれ、話はまず
村をひとつ滅ぼした現・
大群で村を襲えば潰すのは楽だが、自分以外の
であれば、少ない数で同じように上手いことやれば、それだけ自分たちで独占できる量が増えて得である。
数が少なくても同じようにできるのかって? なあに俺なら上手くやるさ。上手くいかなくたって他の連中を囮にして逃げりゃいい。俺だけは逃げちまえばそれでいいのさ。
実に邪悪で短絡であり、小鬼の群れが村を滅ぼすまでに膨れ上がることが滅多にない理由がよくわかる思考回路である。
それから五年経ち十年経ち、わたしが小鬼使いとしての
喉元に槍を突き込まれて絶命した
珍しいというのは、突然洞窟に流れ込んできた水で溺死したり、山火事かなにかの煙に巻かれて窒息したり、洞窟の崩壊に巻き込まれて圧死した小鬼だったりのことだろう。まったく不運な小鬼もいたものである。
で、ええと……ああ、そうそう。経験の話である。
小鬼が『渡り』として移動することで力と知識を蓄えて成長するというのは、この書に
あまりものを考えない、おおらかで気前のいい小鬼は
(
悪知恵が働き、気が利いて上位に気に入られる小鬼は
臆病ですばしこく、最後に襲いかかって最初に獲物にありつくような小鬼は、だいたい
で、今回注目するのはそのどれとも違う。
何をやってもどんくさく、よたよたしてはすぐ転ぶ。まともに狩りもできないから、宴などがあっても爪弾きにされ、小指一本を分け前にされて外の見張りに回されるようなそんな小鬼だ。
これが産まれた直後、一世一代の賭けに勝ち、渡りに渡りを繰り返して育つと、なんとびっくり
できなかったことが多い時間が長かったためか、ものごとを他の小鬼に任せるのが非常に上手かった。王者としての素質を開花させた瞬間、あれよあれよという間に彼の率いる群れは膨れ上がったのだ。
小鬼は邪悪で矮小であるが、決して無力ではない。
小鬼は馬鹿だが、同じ失敗を繰り返す間抜けでもない。
小鬼は怠惰で愚かだが、努力をしないわけではない。
眠っている時を除けばまぶたの裏で誰よりも小鬼を見ている(と断言したいが、この身の平穏のためにそれができない)わたしは今、ワクワクしながらその
役に立たない学術書は本棚に返却し、早々に帰宅したわたしは自室の寝台でまぶたを閉じ、誰よりも近い位置で小鬼王を観察する。
まず観察しろ、そしてとっとと逃げろ。
十年を越える経験から、すっかりわたしから出す基本的な教えがこの二つだけになっていたこの頃。小鬼王が今どこにいるのか、どこを襲おうとしているのか、そんなことは知らないしどうでもいい。
重要なのは、小鬼王が十年前に村を滅ぼしたとき以上の規模の群れで
小鬼英雄がいる。呪文使いも複数いる。
十年前にはいなかった狼乗りもいるし、目を背けたくなるようなありさまの盾を抱えた連中までいる。
そして普通の小鬼となると、もう桁を三つ数えるほどで──。
「……んんんっ? 盾ぇ?」
そこで気づいた。略奪するための襲撃になんで盾が、それもわざわざ複数も用意する必要があるのか。
巣の防衛で
ヤバい、逃げろ。その襲撃は間違いなく失敗する。
「──ミタイダナ!」
久方ぶりに意識して飛ばしたわたしの思念に気づくが早いか、戦端が開かれた前線を無視して遁走を始める小鬼王。脇目も振らずに一目散。見ていて気持ちがよくなるほどの逃げっぷりである。
そして逃げたのならば、ひとまずは安心だ。
失敗するだろう襲撃には最早興味の一片もない。
わたしは
人が死ねば悼ましく思うし、混沌の勢力の暴虐に眉をひそめるだけの良識だって持っている。そのあたりは至高神の神官による
ああ、久しぶりに高揚する
閉じた瞳はそのままで、わたしは
「──
耳に入ってきただけの聞き慣れない声を、いちいち気にする気力もなく。
わたしは、眠りに落ちたのだった。
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ゴブリン食育計画
ある朝、眠りから目を覚ましたわたしは、寝台の中、まぶたの裏で一匹の
獣道すら見当たらない森の中、腹部に浅傷を受けている以外には目立つ外傷もなく、白目を剥いてこと切れている様はわたしならずとも気分が悪くなること請け合いだ。
──逃げに入ったうちの仔が死ぬのは予想外である。少しでも危険だと思ったら一目散に逃げる、を偏執的に繰り返して
逃げきれないような多人数に囲まれたにしては死に方が綺麗すぎるし……毒でも使われたか。見た感じ傷口は綺麗なものだが、すべての毒物が小鬼が使うような汚物系毒物ではないことを考えると、ひょっとしたら暗殺者の類に仕留められた可能性もある。
つまり、
それは少々面白くない。というか怖い。震える。
最終的に
こういう時こそ、普段から真面目に勤務している積み重ねが役に立つ機会である。そう、わたしは健全な
明日からはまた元気に働こう。
ありがたいことに、わたしが作る、木の実や果実をふんだんに使った
さて、小鬼は雑食である。
人族を殺して食う、というのは最弱とはいえ魔物として恐れられる以上は最低限の
野菜にだってかじりつくし、鶏や牛、羊だってお構いなしだ。飢えれば共食いすらするかもしれないが、そこまで追い詰められる前に略奪に走るのが小鬼だ。畑を荒らして家畜をさらうという食に根差した被害が無くならないからこそ、小鬼は忌み嫌われているのだ。
繰り返すが、小鬼は雑食である。
そして頭の中で延々と無数の小鬼との付き合いを繰り返していると、たまには彼らに向けて極めて偏らせた指示をしたくなるときもあった。森に住まう小鬼に、特定、あるいは限定した果実や木の実、茸のみで命を繋がせてみた、というのはその一例である。
もちろん指示を無視する小鬼が大半だったが、なんだかんだで試行回数が莫大である。食えれば何でもいいとばかりに偏食を受け容れる個体もわりと存在した。
知識として持っているものもそうでないものも、とにかく適当に食わせた。おかげで、
これは珍しく
「あっ」
「どしたの?」
だからある日、わたしは偶然にも
目の前の樽一杯に詰め込まれた
「毒──かもしれない」
「ええっ!?」
まさか「これをまとめて食べた小鬼が絶命したのを何度か見たことがある」などと正直に言えるわけもない。
それでもわたしは、自分が巻き込まれて死ぬ可能性と、意識して被害を避ける行動に走った結果、何かあった際に疑われる可能性を天秤にかけ、特に後者を強く恐れたのだ。
結果として、わたしの懸念は的中した。
一定量までは摂取しても無害だが、致死量(
稀少なはずのそれを樽一杯に用意して売り込む。という恐るべき神を崇拝する邪教の徒によって計画された、実効に期待しないからこそ発覚の危険性も極めて薄い、あまりに迂遠な無差別暗殺計画──だったらしい。
わたしの報告によって最初から躓いたが、もしも気づかなければ菓子などに使うことで致死量まで濃縮させていた可能性も低くなかっただろう。
無論、取り調べは受けた。わたしに限らず、同僚や上司、さらには上司の上司の上司まで波及したらしい。親族が行商をやっているという同僚や、仕入れ責任者の偉い人は特に詳しく話を聞かれたというから、小心者としては震えるばかりだ。
もっとも、計画を見破ったわたしには、どちらかというとお褒めの言葉が贈られる形ではあったが。
「それにしても、よく気がついたものだ」
「昔、確かどこかの書庫で見た覚えがありましたので」
図鑑で見た、とは言っていない。
書庫でまぶたの裏を見たら、その果実を手に絶命している小鬼を見ただけで。何度か繰り返し検証し、危険な果実もあるものだと呆れた覚えがあったのだ。
以前
であれば、多少業務に関係のない知識があったところで、読書の成果であると説明すれば納得してもらえるだろうし、本を枕に目をつむっていれば、居眠りしていると思われることこそあれど、まさか小鬼を観察しているなどとはつゆとも思われることはないはずである。
もっとも、うっかり本当に寝てしまうこともあるのだが。
ともあれ。
わたしの職場を唐突に襲った謎の陰謀は、結果としてよりにもよって
× × × × × × × × ×
「お待たせしました。『対混沌勢力大綱』『魔物進化論』『辺境風土記』『小鬼論仮説』──」
「最後の一冊は役に立たん。返してこい」
「あ、はい。でも突然どうしたんですか?
「
「ええと、確か、脅迫から命乞いに切り替える時でしたよね」
「俺もお前も、小鬼王にあのような言葉を掛けてはいなかった。であれば、他に
──ナニガ
「奴らに、いちいちそんな言葉を投げかけるような間抜けが、な」
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ゴブリン誘拐事件
さて突然どうしたかといえば、わたしのまぶたの裏で日々暴虐を謳歌している
わたしが日常を目立たぬよう出しゃばらぬよう、かといって職場での奉公に手を抜くこともないようにと心掛けるように、小鬼たちもめいめい血腥くろくでもない時を過ごしている。
そうとなれば自然と残る五つの窓に目が掛かることになる訳で、日々逃げ惑っては成長する小鬼という種族たちはまさに
三つ目の窓から見える小鬼は久しぶりに
ただし、先日の
四つ目の窓の小鬼は、突如としてねぐらに満ちた
他の窓とて、上手いこと育つ前に死んだ個体は、すでにひとつの窓につき両手の指ですら数えきれない。巨大小鬼は寿命(そもそも大往生を迎えた小鬼というものを見たことがないが)まで含めて例外中の例外である。
さて、それでは冒頭の一文に立ち返って二つ目の窓の小鬼の話である。例によって
それが唐突に
ことによれば
二つ目の窓の小鬼は、何者かによって
そもそもわたしのまぶたの裏に在る時点で不思議極まる小鬼窓だが、まず観察できる小鬼を意図的に交代することが出来ない。ただしその小鬼が死んでいれば
交換を念じるまでは小鬼の死骸の様子が映りっぱなしで、大抵は肉食の獣に食い荒らされるか放置されたまま腐敗してゆく。そういえば五年ほど前にはしばらく、妙に腑分けされたように四散する小鬼が散見された覚えがある。それだって交換するまではそのままだった。
まあそんな訳で、わたしのまぶたの裏の小鬼は、死ねばただ消えるといった代物でもないのだ。
そして、消えた術士の窓に交換を念じても新しい小鬼に
おかげで空白となった窓をひとつ抱えざるを得なくなり、観察と育成を楽しめる窓が占めて四つになってしまったことを、はてさて嘆くべきか楽しむべきか──。
「
「冷える前にそれぞれ
「
「
「
仕事中の厨房は、さながら戦場に例えられる。
「はあ、ようやく休憩ですね」
「疲れました」
人数にして三十を超える同僚のうち一人と共に、
「喉が渇きました」
「私もー。それじゃちょっとお水汲んで──ごめん、少し待ってね」
わたしが渇きを覚えてぽつりと漏らした言葉に同調した同僚が、汲み置きの瓶に向かって歩き始めたところでなにかに気づいて踵を返した。小走りで厨房の方、廊下の向こうに姿を消していく同僚を見送る。
わたしが職場の菓子の差配に関して
確証はないが、たぶん摘まみ食いを注意しに行ったのだろう。今日の休憩時間はそれほど長くない。わたしは立ち上がって
三つ目の窓の小鬼が最近棲家を変えたので、最近はそれを特に注視している。砂舞う不毛の荒野から、昏き墓所へと突然居所を変えたわたしの三番目の窓の小鬼──
日常的に逃げ回る小鬼のこと、棲家を変えるなどそれこそ日常茶飯事なのだが、今回ばかりはいささか状況が異なる。小鬼英雄は、彼が率いる群れごと移動……否、
「お待たせ。あ、水汲んでくれたんだ。ありがと」
「あ、いえ」
耳に届いた同僚の声にパッとまぶたを上げて笑みで応える。気づかれるはずもないことだが、それは気づかれないように努力しなくてもよいということではない。
「まあ、摘まみ食いにも困ったものよ。
「そのように言うところもあるとは聞きますが……さすがにハエ扱いはどうかと」
「それもそうか。じゃ、ナイショで」
「はい」
同僚はなにかと物怖じしないところがあり、そこが上司に気に入られている感がある。日々をおっかなびっくり過ごす私とはなんとも大違いである。
そう、おっかなびっくり、だ。
十年一昔の以前、あったかどうか定かでもない
転移した小鬼英雄が、ひょっとしたらわたしの足の下に潜んでいるかもしれない、という
次に休憩に入る同僚と交代し仕事に戻り、せっせかと働いて、陽の落ちる前に家に帰り、ぐったりと寝台に身を沈める間にも、わたしは怯えて震えるのだ。
まぶたの裏の小鬼の後ろに、ある日わたしが映るようなことがあれば。という想像を幾度となく繰り返し、そうならないよう細心の注意で小鬼を寄せ付けないように考えては、そのための実効指示の効果の不確かさに
転移したということは場所が不確かだということだ。
それが朽ちた墓所であるからには、それが
「あ」
たまの休みの日。家でのんびり小鬼の観察をしようとまぶたを下ろしたところ、ちょうど小鬼英雄が負傷したところを目撃した。角の折れた小柄な兜鎧が、血飛沫の中で小鬼英雄の右目に右籠手を叩き込んでいたのだ。
ひょっとして、墓所を守るために迷い出た
直後、逃走に成功した小鬼英雄の背後には他にもいくつか小鬼とは違う姿が見えたので、恐らくは冒険者の一党なのだろうが。
……
右目を喪う危機を切り抜けた小鬼英雄は、後日ふたたびやって来るだろう冒険者の脅威から逃れるべく、群れを捨てて逃げに入る……かと思いきや、なんとそのまま居座るつもりらしい。
逃げろよ、と思考しようとしたところで、彼らがそこに転移で送り込まれたということを思い出した。つまり
事前に探索して逃げ道を確保しておけば、と思うのがわたしたち只人の浅はかさ。そもそも小鬼がそんな勤勉な避難対策などをするはずがない。よってその運命は、残念ながらもはや風前の灯と言えるだろう。
──まさか崩れた岩盤の下敷きとなって圧死するなどとは、実際にそれを見るまでついぞ思わなかったが。
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ゴブリンは歌わない
「おどろおどろしき呪と共に、足下より天高き塔を築いた邪悪なる魔術師。それを追って槍使いの紡ぐ『
己の詩に感極まったように、若い吟遊詩人がじゃじゃん、と
「行く手にはだかる
晴れた日の昼下がり、広場の一角で吟じられる勇壮な歌は、昼食を終えた人々から注目を集めていた。
「雲霞の如き小鬼ばらは、小鬼殺しの一振りにて尽く命脈断ち割られ」
都の流行はとにかく移り変わりが激しい。
「真正面より振るわれた重戦士の
歌われるのは西の辺境、邪悪なる魔術師の築いた塔がわずか三人ながら名のある銀等級
「おお
歌い手の力量こそせいぜいが冒険者における
「最高、最強、最優の辺境三勇士による魔宮滅亡の段、ひとまずこれまで」
一礼する吟遊詩人に向け、拍手と
わたしは、そんな様子をボーッと眺めていた。
槍使い、重戦士は気にならない。強いのだろうが、あくまで辺境の冒険者で、都に住むわたしに接点はない。
それより
以前に別の吟遊詩人(今日の若い詩人より歌が上手かった)の歌を聞いた際に、その存在と辺境最優の称号、そして他人の評価を
ひたすら小鬼退治の依頼ばかりを請け負い、貧しい寒村を幾度となく小鬼の脅威から救ってきた
それでいて
最優? とんでもない、わたしにとっては
食後の口休めにと購入した
そういえば昔一度だけ、乙級
そもそもわたしの見てきた
知識、経験、金銭、そして畏怖。様々な要素が不足しているからだろうし、それでも小鬼側が七割で死ぬとなればそうそう是正もされないだろう。
小鬼は、たぶんわたしよりは強いのだが、一般的な成人であれば誰でもたやすく叩き伏せることが出来るだろう程度には弱い。それでいて好戦的で狂暴だ。
だが武器を使う。毒も使う。罠だって仕掛ける。
互いに素手であれば、体格差もあって精々が爪で引っ掻かれる程度の
それが群れれば、
「ごちそうさまでした、と」
知識として役立つことはないだろうが、基本的に小鬼の
ちょっとだけゾッとする。
「……寒」
軽く身震いしてからまぶたを上げて立ち上がる。年越しも近い冬の休日、多少は歩いて体を暖めないと体調を崩しかねない。
やってたことは出歯亀みたいなものだが、この程度で動揺するだけの情緒などすっかり麻痺を通り越して擦りきれている。それは嘆くべきことかもしれないが、いちいち嘆いていてもどうしようもない。
きっとわたしは
小鬼に歌というものを教えてみたことがある。
ラララですらなく、あーあーとかうーうーといった調子外れの代物ではあったが、教えた小鬼たちはぎゃーぎゃーごぶごぶと愉快そうに騒いでいたので、それなりに伝わってはいた、とは思う。
耳障りで騒がしいからと、その群れを従えていた巨大な
町や村といった集落を道で繋ぐことで強度を増している只人の社会とはやはり比較にならない。騒がしくも愉快な歌という文化を保つには、小鬼とその社会はあまりに脆弱にすぎるのであろう。
「──ん?」
小鬼育成の過去の失敗例を夢に見たある日の早朝、目を覚ましたわたしのまぶたの裏に、前日までと異なる色が存在していた。
不可知の手段で奪われていた
その中央には、ひしゃげた鉄鎧にねじり潰されたかのような無惨な姿。
今、わたしの感じるこの悔しさは、ひょっとして敗北感というものだろうか?
「あ」
骸の腰から、華美な装飾仕立ての鞘がもぎ取られる。
わたしの目の前であるとも知らず
そして腹を立てた自分の理不尽に気づいて、意識してゆっくり気を落ち着け、分析する。
窓に映る白一色は雪景色だ。おおよそこの辺りの平地に積もる量ではないので、恐らくは雪山、あるいは遥か北方の地だろうか。
小鬼王は胸甲止まりだったがこちらは鉄の全身鎧。
いや、そもそもわたしのまぶたの裏から小鬼を拐かすような得体の知れない力から考慮すると、恐らくは
そこまで考えて落ち着くと、わたしは思考の方向性を切り替える。
雪上に打ち捨てられた小鬼の死骸は、もはや顧みられることもなく埋もれてゆく運命しかないだろう。交換、と意識して念じると、あっさりと白一色の風景は元来の闇一色へと切り替わった。
──ちょうど産まれ落ちるところなので、今だけは肌色と血の赤に塗れてはいたが。
聖騎士、いやその前に
小鬼に神を信仰させるなど、きっと小鬼に歌を教えるよりもはるかに難題ではあるだろうが、さてどのように試してみようか?
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ゴブリンですら岩をも砕く
自分こそが誰よりも尊く、それ以外の全てが自分のために用意された利用すべきモノである、と常日頃から本気で考えている。これは対象が
しかし、どれだけ愚かであったとしても、それは成長しないということを意味しない。むしろ小鬼は大抵の
生後一年の小鬼と、生後一年の只人が殺し合いをする条件で考えれば、成人して久しい小鬼が負ける道理はない……あれ、どうして
まあ、十年以上小鬼の生態を観察せざるを得なかった
甘味は好きだ。口にするだけで心が落ち着く。
小さい頃、空に浮かぶ月が突如として頭上に落ちてきて潰されて死ぬのではないかと、夜を恐れたことがある。
震えて
そうやって、まぶたの裏で繰り広げられる暗闇と死、流血と汚物で彩られた風景と共に育ち、気が
さて、思考をわたしのことから小鬼のことに戻そう。
先日ひとつの群れの長として独立した
例えばそれがノコギリであれば、
だが、小鬼が盗み、呪文使いが目をつけたのは、輝く小さな金属製の棒であった。
ピカピカに輝いているからさぞ大事にされているものだろう、と判断して盗むものを選ぶ程度の価値観は小鬼にもある。使い道がよくわからなければなおさらだ。
解らないなら調べればいいよね……と、わたしが仕事の休憩時間に書庫を漁っている間に、
恐らくは、したっぱの小鬼が職人から工具を盗めてしまうほどには鉱人の現場と小鬼の棲家が近いのだろう。
無論、その覚えたことによる優位を独り占めしようとする心の狭さも小鬼の常ではあるのだが、そこはそれ、ずる賢さに定評のある
使い方を
小鬼とて洞窟を棲家とする立場上、拾った
それが小さな金属棒の使い方の一つや二つで大きく変わるものか、と侮ってしまえばさあ大変。
小鬼の貧弱な膂力では、鶴嘴でも尖端を食い込ませる
それが何を意味するかというと、だ。
自分たちの棲家という場所が限定される防衛専用戦術だった壁掘りの奇襲が、
「──ああ、これは死んじゃうなあ」
ここしばらくは
その際に、手を痺れさせて武器を取り落とせば格下の小鬼どもに笑われてムカつくだろうと鍛え上げ、実際に笑った小鬼を片手でひねり潰した実績もある確かな
ヤバくなったら逃げようよ、と呟きかけるわたしの声に耳も貸そうとせず、それでも
けれど、渾身にて降り下ろされながら、わずかにも大地に触れることがなかった
「
地下で総指揮を執っていた呪文使いは、わたしの
彼の目にも、敵の姿とそれに蹴散らされる配下の小鬼たちの姿が映っている。だが
壁抜きの奇襲も、
欲張るのもいいけれど、命があっての物種である。
ひょっとしたら地上側でも合わせて包囲攻撃をしていたかもしれないが、この様子では増援も望み薄だろう。
ぎゃあぎゃあとひとしきり聞き苦しい怨嗟の声をがなり立てたあと、ようやく呪文使いは身を翻して逃走を開始した。無論
ほどなく、坑道は突如として濁流に沈んだ。押し流されつつなんとか泳いでそこから脱出……する直前に、足首ごと水は凍りつき、その動きをがっちりと封じた。
途端に恐慌をきたし、力矢を自らの足に発射! 己の足ごと氷を砕きながら、巣の出入口であった
ぐちゃり、と。
わたしのまぶたの裏で、先だっての
「あ、なにか踏んだ!」
「……ゴブリン。たぶん
「ボクが倒した
「あれはゴブリンではないと何度も言ったはずだが」
「……ボロボロだったところに
「ボクの体重がスッゴく重いみたいな言い方やめてよ!」
「うん? このゴブリン、なにか光るものを握っているな。どれどれ……」
呪文使いの亡骸を足元に、その命を奪ったことに一切の呵責を見せない冒険者が三人、笑顔を見せながらはしゃいでいる。屈んで手を伸ばすその首元に光るのは、窓越しにも眩く輝く金と白金の──。
「…………!」
まずい、と考える前に慌てて目を開いた。
瞳に写るのは自宅の自室。寝台の上には最近夜も暖かくなってきたので減らした毛布が一枚きり。
死んだ二つの窓の小鬼を再確認することもなく、わたしは心のなかで交換と絶叫した。
汗がどっと噴き出す。あれが
勇者とは神々の
今のわたしが世界で一番恐れるのは、そういった
× × × × × × × × ×
「最初にゴブリンに盗まれた職人さんの工具、冒険者の訓練場に届けられたそうですよ」
「そうか。
「ええと……なんでも、硬い金属や岩石を切ったり割ったりするのに使うものだと言ってましたけど」
「
「あ! それですそれ。
「
「それは……今回のような地面からの奇襲が?」
「そうだな。間違いなく増えていただろう」
「取り返してくれた方に、感謝しないといけませんね。あ、ただ」
「なんだ」
「これを拾うときに、息を呑むような声が聞こえた、と
「確かなのか?」
「なんでも金等級の凄い方だったそうなので、恐らく」
「そうか。であれば、だ」
小鬼王討伐時にちらりと存在の可能性が見えた
ただし、常に全ての小鬼を見ているわけでもないようだ、とも。
「そいつのポケットの中には、小鬼がいるということなのだろうな」
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どこにでも住むゴブリン
「先輩先輩、同僚先輩」
「……なんでしょうか同僚後輩さん?」
平時につき、職場にて適度に確保されている休憩機会。二人きりの場でしか通じないだろう
わたし自身は
基本的に
「ちょっと弱音を吐きたいので聞いてくださ──そんな嫌そうな顔しなくてもいいでしょうに」
「これは嫌そうではなく、面倒そうな顔と言います。その満面の笑顔で何に弱っていると」
この後輩は気さくで物怖じしないことから、
一方で
なんでわたしがそんなことを知っているかと言えば、恐らくは次のやり取りが理由になるだろう。
「いいじゃないですか、愚痴くらい聞いてくださいよ。折角の休憩時間なんですから」
「その折角の心安らぐ時間をわたしから奪わないで」
「先輩無口ですから、漏れないと信頼してますよ?」
理由にならない返答に辟易しながら口をつぐむ。
口論はわたしが恐れる破滅のひとつ『思わぬ
その結果として、
ともあれ同僚後輩の
「いやもう、可愛くて可愛くて仕方なくて死にそうで困る。可愛さで死んで即座に可愛さで生き返っちゃいそう」
それでいてプライバシーの侵害や悪評の流説といった
でも尊みで
さて、そんなこともあっていつもよりやや精神的に疲れて帰宅した日。
いつものように夕食を済ませ、寝台の上でまぶたを下ろすと、時刻はすっかり
さんざん立木の梢を食い荒らしては森の一角を枯らせていた
雪山と言えば、以前誘拐されていた小鬼が変わり果てた姿で返された二つ目の窓では現在、一匹の
小鬼が騎乗する獣といえば狼が定番だが、それ以外の獣に乗ろうと試みる個体がいないわけではない。
ではなぜ小鬼の乗り手といえば狼なのかと言えば、一番の理由は狼には喰いでがないことに尽きるのだろう。
馬や牛、羊といった家畜は、肉が多い上に味がよく、一方で狼は小さい上に不味い……らしい。
悪食の小鬼のこと、死んだ狼だけを食べないという選択肢はないが、飢えてもいないのにわざわざ飼い狼を屠殺して食べる前例が皆無な割に、牛などは即座に喰い尽くされるのを比較して見るに、おおよそ明らかとは言えるだろうが。
で、だ。この
背中に板状の硬そうな何かを備えた、巨大な首長の竜──似たような姿絵を本で見た覚えはある。確か
まあ、わたしは小鬼以外のことにさほど詳しくはないので、違うかもしれない。特に調べる気もない。
何をどう間違ったのか第二窓の小鬼が、群れの長であったらしき
普通にまたがってあっちへ行け、こっちへ行けと……たぶんそんな内容の小鬼言葉を投げ掛けていたのだと思うが、まったく聞き入れられず、たびたび背から転げ落ちていた。
なので、
──ただの鞍よりも、むしろもっと大きな籠とかをくくりつけて、そこに住んじゃえば?
小鬼は小柄で、剣竜とおぼしき四ツ足は長大である。
その背に並んだ板は据えた鞍へ座るのには邪魔でしかないが、籠をひっかけてぶら下げるための楔としてはこと欠かない程に数があるし、昼間であればほどよく日除けにだって出来るだろう。そして何より。
──偉く見える……いや、偉くなれるよ?
一番強ければ一番偉いとも限らないが、その可能性が極めて高いのが小鬼の社会だ。そして小鬼にとって、
まあ、それでも
結果として、悪戦苦闘しながら鞍にまたがろうとしていた
……うん。
ただ跨がれば事足りる鞍とは違い、小鬼製の籠ではしょっちゅう底が抜けて下に転がり落ちていたりするが、その辺りはまあ些細なことだろう。
今回はそれなりに成果らしきものが上がったと思うが、やはり
渡りになれば成長しやすい小鬼のこと、住み着く場所が狭くなければ定住したままでも
その結果、上位の小鬼が増えたかどうかはまあ、さほど変わらないような気もしているが。
それを考えると、こうして悠々と剣竜の背に住み着いた野営小鬼はかなり
日中には、河を渡る巨大な剣竜の姿に驚き、慌てふためいて逃げていく小船や筏を笑って指差す姿をたびたび散見しているのだ。実に調子に乗って好き勝手している──のはまあ、小鬼にとってはいつものことだが、それを
神話級の戦記物に散見する
……万が一覚えられれば極めて逃げやすそうだから、
と、それはまた別として、そう。
只人たちの
それでも今回の剣竜のように、飛竜や火竜に騎乗するような真似が出来る小鬼がいれば、その小鬼が好き勝手する際の影響が飛竜や火竜と同等となってしまうのだ。
あまりに手軽であり、同時に危険でもある。
小鬼は臆病で怠惰、強欲で卑怯なので、危険を冒して凶悪な獣を
先程小鬼が狼に乗る理由を考察したが、小鬼にとって狼の強さが小鬼でもなんとか出来ると思われている、というのがやはり一番大きいのだろう。
知らないということは恐ろしいことだが、逆に恐怖を感じないという利点にもなる。
もしも、群れの全員が飛竜や火竜に乗るような小鬼の集団が発生したとすれば、それはそれは恐ろしいことになるだろう。
──まあ、まずそんなことはないのだろうけど。
それにしても、今日は同僚後輩の相手で疲れた。明日は休みだけれど、早々に寝ることにしよう。
いつものように、わたしはまぶたの裏から意識を外す。目に見えているものから全力で目を逸らし、心と頭をゆっくり休ませるのだ。
何を見ても、何を聞いても、考えてはいけない。
そうしないと、きっとわたしの心はいつしか壊れきってしまうのだろうから。たぶん。
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