え、ちょ。可奈美ちゃん13歳って、マ? (なみのじ)
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1.姫和ちゃん14歳って、マ?

マ?


 現実と理想がたびたび食い違うように、アニメや漫画では見た目と実際の年齢が異なることはよくあることである。

 

 どう見てもロリィな女の子が学園の理事長をやっているーー

 凛々しいイケメンが「俺、小学生だけどどうする?」などと問いかけてくるーー

 アレなゲームだったので、登場人物が全員18歳以上だったーー

 

 見覚えがないだろうか?

 

 だが、架空世界では笑って済ませるソレが、現実となって降りかかってきた時どうなるか。

 俺はその答えを、身をもって知ることになるのだった。

 

 

 その日、俺は晴れた日に公園にいた。

 朗らかに降り注ぐ日差しの中、キャッチボールする少年たち、杖をつき散歩する老人が目に入ってくる。腰掛けたベンチから見えるのは、そんなのどかな光景だ。

 

 隣を見ると、ちょうど姫和(ひより)がチョコミント大福にかぶりついていたところだった。つい先ほど、一緒にコンビニで買ったものだ。

 

「うん! この大福は当たりだな! 美味しい」

 

 姫和の顔に花が咲いた。

 こぼれ落ちた大福の粉が口についているが、そんな瑣末なことは気にならなくなるほど美味しかったようだ。

 

 普段クールな彼女が笑うと、笑顔が一層眩しい。

 俺もつられて笑顔になる。

 

「確かにうまいな。見た目が大福っぽくないからどうかと思ったが、瑞々しい感じがなかなか」

「もちもちしているのに、クリームは滑らか。新しい食感だ。チョコミントの大福でこんな冒険をするとはな。

 最近のセブンは頑張っている。うんうん」

 

 セブンは時々、トチ狂ったようにチョコミントの新商品を出すからな。

 そんな時、我々チョコミン党は機を逃さず全商品を網羅する。

 

 手元にはそんな商品が袋詰めされており、戦利品を2人で検分しているところだ。

 当たり外れのブレが結構大きいのだが、先ほどの大福は大当たりだった。

 

「しかし結構な量になったな。本当に良かったのか? お前に全部買ってもらうなんて、申し訳ないような……」

「なぁに、社会人にとってはたいした金額じゃないさ。学生が気にすることじゃない」

 

 俺は23歳。稼ぎのある立派な大人だ。

 そんな社会人が年下の彼女に、お菓子代請求するとかそちらの方がむしろ恥ずかしい。

 

 男女間だと食事を割り勘するかしないか時々話題になるが、これは別。

 これはそう、大人の甲斐性というものだろう。

 

「もぐもぐ。この大福は本当に美味しいな。是非ともセブンで末長く売ってくれないものだろうか」

「どうだろう。確かにうまかった。今までの商品で一番かもな。けど難しいだろうな……」

 

 セブン新商品の寿命は短い。

 雨の後のタケノコのように出したかと思うと、あっという間に除草剤を撒いたかのように不毛の地と化すのもまたセブンである。

 

「くっ。みんながもっとチョコミントの美味しさに気付けば……っ」

「まぁ、万人受けする味ではないからな。俺たちはこういう機会にいっぱい味わっておこう」

 

 次の新作チョコミントに手を伸ばす俺。

 お、これはシューか。手堅いところできたな。確実に美味いはず。

 

 そんな俺の仕草を、姫和はマジマジと見つめたと思ったら、なぜかニヘラと笑みをこぼした。

 

「……え、どうしたんだ? 俺の顔になんかついてる?」

 

 ちなみに大福の粉がついてるのは、姫和の方だぞ。

 

「いや、好きな人と好きなものが一緒なのはいいものだと思ってな」

 

言いながら顔を真っ赤にする姫和。恥ずかしいこと言ってる自覚はあるのだろう。

だがこの場合、恥ずかしいのは返って俺の方である。

 

この子は2人きりになると、時々素直すぎるから困るな……

 

「あ、あぁ。俺もそう思う」

 

 俺も顔に血が集まるのを自覚しつつ、頷くようにしてシュークリームを頬張った。

 とはいえ素直なのは良いことである。否定する要素は1つもないのだから。

 

 そう。

 

 何を隠そう俺と姫和ーー十条姫和は恋人同士。俺たちは付き合っているのだ!

 

 馴れ初めは長くなるのでここでは端折るが、折神紫暗殺未遂、大荒魂討伐、ノロ強奪事件ーー様々な事件を彼女と共に戦い続け、俺たちは絆を深め合った。

 そして平和を勝ち取った今日。晴れて恋人同士となっている。

 お互いの境遇が似ていたこともあるし、二人揃って無類のチョコミント好きだったというのも、心を通わせた一因ではあるだろう。

 

 幾多の困難を乗り越えて成長した姫和は、刀使としてこの国でも最強の一角だ。

 しかも彼女は強いだけでなく、美しい。

 

 キリリと整った顔つき。腰まで伸びた艶やかな黒髪。知性と意志の輝きを感じさせる力強い瞳。

 全く素晴らしい女性だ。

 

「こ、こほん。ほら次はこれを一緒に食べよう。チョコミントポッキー! もぐもぐ……うん。これも当たりだな!

 ……ほ、ほら。お前も食べろっ! ……あーん」

 

 そんな姫和が頬を真っ赤に染めながら、あーんをしてきた。

 ……おそろしい破壊力である。

 

 だが俺とて彼女と共に苦難を乗り越えてきた身。

 堂々と迎え撃つ所存である。

 

「おう。あーん」もぐもぐ「うん、美味い」

 

「……」

「……」

 

 しばらく、なんとも言えない甘酸っぱい空気が流れた。

 どことなく公園にいる人たちからの、微笑ましいものをみる視線を感じる。

 目に見えそうなほどの、いたたまれなさ。しかしそれはとても良いものであり、幸福を結晶化したような幸せの極致だった。

 

「ところで今度、こんなイベントがあるんだ」

 

 しばらく余韻を堪能したのち、おもむろに姫和がカバンから何かを取り出した。

 カラフルな印刷がされたチラシだ。紙面には「平城学館競技祭」の文字がある。

 

「このところ、刀使にまつわるいろんな事件が続いただろう。良くも悪くも世間を騒がせたからな。

 イメージ回復のため、学校をあげて競技祭を開くらしいんだ」

「へー。いいんじゃないか。確かに色々あったからな。これで刀使を身近に感じてくれれば、いざという時も協力してくれるようになるよ」

 

「うん。私もそう思う」

 

 姫和も祭には賛成のようで、満足げに微笑んだ。

 しかしすぐに困ったように眉間にしわを寄せる。

 

「ただ、右下のそれはいただけないんだが……」

「右下?……おおっ、姫和の写真が印刷されてる!」

 

 そこには姫和のバストアップが載っていた。

 とても凛々しいキメ顔である。

 

「勝手に私の写真が使われていてな。気がついたときには、すでに印刷されていて止められなかった……」

「うーん。そりゃなかなかひどいな。とはいえ平城学館にとっては、姫和はある種の誇りだからなぁ」

 

 日本を騒がせた大災厄を解決した立役者。その一人として、姫和は世間でも有名な英雄である。

 人集めの目玉として広告塔にされるのも、やむを得ないかもしれない。

 

「全く。学館にも困ったものだ」

 

 プンスカしながらチョコミントシューに食いつく姫和。

 しかしそう言いつつも断固反対まで至らないのは、姫和自身も必要性を判っているからだ。

 

 しばらく遠ざかっていたとはいえ、平城学館は彼女の母校である。事件の余波で一時的に外されることもあったが、紆余曲折の末、現在籍も戻している。

 世話になった母校に必要とされているのだ。姫和とて、求められれば反対はしない。大人の対応といえよう。

 

「でも、姫和はそれだけのことをしたんだ。誇っていいと思うよ。俺も恋人として鼻が高い」

「いや……私は結局、私怨で動いていただけだ。あの時はたまたまそれが良い方向に進んでくれたにすぎない。

 それを誇るというのは、何か違う気がするーーただそんな自分でも人の役に立てるなら、協力は惜しまないつもりだ」

 

 ははぁ。

 惚れ惚れするほど立派である。

 

 まだ彼女が高校生であることを考えたら、世間からチヤホヤされて天狗になってもおかしくないものだ。

 果たして同年代でこれほど気高い精神を有する女の子が、どれほどいるだろうか。

 

 そんな彼女を見ていると、年齢こそちょっと年上だが幼稚な自分が恥ずかしくなる。

 俺も彼女に負けないよう精進しないとな。

 

「ん。でもこれ、ここに誤植があるな」

 

 水を差すようでなんだが、ちょっとあんまりなミスがあったのでつい指摘してしまった。

 これもう印刷しちゃったんだっけ。不味くないか?

 

「誤植だと? どこだ?」

「ほら、ここここ」

 

 俺が指差す先には、明らかな誤りがあった。

 全く、こんな単純なミスをするとは困ったものだ。

 

「姫和の紹介文が、平城学館中等部在籍になってるよ」

 

 いくらなんでも中等部はないだろう。

 まぁこんな分かりやすいものなら、すぐ間違いってわかるし問題ないとはいえ、姫和を中学生扱いとは彼女に失礼というものだ。

 女性の年齢を間違えるとは、担当者は猛省して欲しいものだね。

 

 しかし俺のクリティカルなはずの指摘にも関わらず、姫和は首をかしげた。

 

「何がおかしいんだ?」

「え、だって中等部って……」

 

「問題ないと思うが……」

 

 ……。

 

 ……ふぁ!?

 

「え、ちょちょちょっと待って! 姫和、中等部なの?」

「何を今更。そうに決まってるだろ」

 

 えっ、ちょっとまって、中学生!? って中坊!?

 

 姫和……いや、姫和ちゃん、中坊だったの!!!!!????

 

 

 

 ……いやいやいやいや。

 

 まてまて。

 

 十条姫和といえば、日本の英雄である。

 

 誰もが気付かなかった折神紫の闇を暴き、単身、折神家ひいては刀剣管理局を敵に回して戦い続け、大荒魂による大災厄を未然に阻止し、現世と隠世の同一化を目論んだタギツヒメをも打ち倒した、正真正銘救世主である。

 

 それが中学生だって? はは、ナイスジョーク。

 

 改めて姫和ちゃんを見てみる。

 すらりと伸びた背筋。凛々しい横顔。透き通るような気高い意思を感じさせる瞳。

 

 姫和ちゃんなんて失礼。

 はい、これはどう見ても姫和です。

 

「本当は高等部だよな? そうだと言ってよ姫和ィ」

「どうして私が高等部になるんだ? 飛び級した覚えはないぞ」

 

 どうやら、冗談を言っているようではないみたいである。

 マジで姫和は姫和ちゃんだった。

 

 ……マジかよ。

 

 俺、中坊と付き合ってたのかよ!

 

 ……え、これ許されるの? 

 どうやら中学生と付き合っている23歳がいるようですよ。

 

 犯罪の足音が聞こえる……俺の足元から!

 

 

 いやいやいや。

 

 まだだ。まだわからんよ。

 ひとえに中学生と言っても幅広いからな。

 

 中学生とは可能性の塊である。そう、その可能性の中には留年していた可能性も当然ある。

 失礼だが、例えば5年ほど姫和ちゃんが引きこもっていた場合、彼女は中学生でありながら立派な淑女の地位も手に入れる。

 

 こんな大人びた子が、そんなに若いはずがない!

 

「あの……ちなみにお年はおいくつでしょうか?」

「どうしたんだ、さっきから。14歳だがそれがどうかしたのか?」

 

 じゅじゅじゅ、じゅうよんさい!?

 

 恐るべき響きに、意識が遠のく感じがした。

 

 14歳とは、だいたい中学2年生である。

 少し振り返ればランドセルを背負っていた姿が見える。

 

 姫和ちゃん、14歳で国家相手にケンカ売ったわけぇ!?

 バカなっ! こんな14歳がいてたまるか!?

 

 ここにいたり、俺は混乱の極致に達した。

 

 先に述べている通り、俺と姫和ちゃんは付き合っている。つまりステディな関係である。

 もちろん恋人らしいことも……ちょっとしてる。

 

 しかしそれは俺が、姫和ちゃんを高校生ーーそれも17~18歳くらいだと思っていたからだ。

 俺の年齢は23歳。17歳と23歳が付き合うのは……まぁ許されるだろう。

 

 社会的に見れば多少危うい部分もあるかもしれないが、少しすれば女子大生と社会人くらいの関係だ。

 よっぽどの奴でもない限りは、目を三角形にして咎めはしないだろう。

 二人の関係が誠実な間柄であれば、それほど非難もされないはずだ。

 

 しかし姫和ちゃんは中学生だった。しかも14歳。

 つまりここに誕生していたのは、14歳と付き合う23歳だったのである。

 

 中学生と付き合う社会人か。テレビでよく見たことがあるぞ。

 逮捕報道でなっ!!

 

 姫和ちゃんは俺の動揺など露ほども気にせず、大きな口をあけてシュークリームを口にしている。

 俺は未だに開いた口がふさがらない。

 

「あぅあぅあぅ」

「なんだその口は? ……あっ、ったく。しょうがない奴だな。ほら……あ、あーん」

 

 その口をどう受け取ったのか、姫和ちゃんは開いた俺の口めがけ、再び「あーん」をしてきた。

 シーンはさっきの焼き直しである。ただ違うのは俺の心境、急転直下。まさに天国と地獄である。

 

 いや、本当に違うのは俺の心境だけか?

 さっき微笑ましかったはずの周囲の視線が、このロリコンが死ね!って言ってるように聞こえるぞ?

 

 痛い。

 視線とはかくも痛いものだったのか。

 

 しかし反射とは大したもので、姫和ちゃんの差し出す食べかけのシュークリームを俺は無意識に頬張っていた。

 

 うん、おいしいね。こんな時でもやっぱチョコミントは美味いよ。

 

 あ、もう一つさっきと違った点があったわ。

 今の「あーん」は間接キスでした。

 

「ふふふ」

 

 姫和ちゃん、無言で俯きつつもめっちゃ喜んでるよ。

 

 いいな。俺もそこに戻りたい……。

 無邪気に喜べたあの頃に。

 

 そんな昔じゃないはずなんだが。

 誰か俺の記憶を、数分ほど削除してくれないだろうか。

 

 しかしパンドラの匣を開けてしまった今、もはや後戻りはできないのだった。匣の底には一つの希望が残るという。

 真実を知ってしまった以上、進む道はただ一つ。そうそれは、ロリコンへと至る道。

 

 どんな希望の道だよ。

 

 進みたくねー。

 そこ、至るのはいいけど、その後断崖絶壁じゃない?

 

 というか、待ってほしい。そもそも俺はロリコンではない。

 俺は別に、未成熟な中学生に惹かれたわけでないのだ。

 

 俺と姫和ちゃんは、体ではなく心で繋がっているのだ。

 俺は彼女を一人の人間として尊敬している。そう、俺は彼女の高潔な精神性に恋して、付き合うことにしたのだ!

 そこにやましい気持ちは一切ない!!

 

 ……なんかロリコンがいいそうな言い訳にしか聞こえないね。

 法廷で弁論しても、続きは刑務所で聞こうって言われる未来しか見えないよ。

 

 はぁ。

 

 別れるべきなのだろうか?

 それが真っ当な大人のあり方なんだろうか?

 

 ……こんな嬉しそうな姫和ちゃんに、別れを告げろというのか。

 これは俺だけの問題ではない。

 

 いかに実年齢以上に大人びた子とはいえ、母を失った彼女は天涯孤独の身である。

 姫和ちゃんにとって見れば、そんな折にできた新しい家族とでもいうべき、恋人を失うのだ。

 そんな酷なことはないでしょう。

 

 一体俺にどうしろというのだ……

 

「ど、どうしたんだ? そんなに私を見つめて……はっ」

 

 これからのことに俺が思いを馳せていると、なぜか自分が見つめられていると勘違いした姫和ちゃん。

 

「し、仕方ないやつだな」

 

 さささっと周囲を見渡し人気が薄くなったのを確認すると、なんと目をつぶってこちらに向き直った。

 

 え、ここでそれ求めて来ちゃう!?

 嘘でしょ!!?? 姫和ちゃん、そんな顔しないで!

 

 しかし真実とは残酷なもので、どんなに否定しても目の前の姫和ちゃんはうるさいですねぇとばかりに、キス待ちをやめてくれないのだった。

 

 そうして俺がとった行動は……

 

 

 

 

 この日以来、姫和ちゃんとの関係をどうすべきか、俺は日々頭を悩ませることになるのだった。

 



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2.可奈美ちゃん13歳って、マ?

アニメ全話見ながら、最後まで可奈美ちゃんが中学生だったことに気が付かなかったマヌケがいるそうですよ。

アプリのロード画面で、可奈美ちゃん13歳に目を見開いたのは自分だけじゃないはず、と信じたい……


 一見、静謐なーーしかし張り詰めた空気が道場を満たす。

 周囲に座する人間が固唾を呑んで見守る中、真ん中で立ち会っていた2人の影が同時に動いた。

 

「はぁっ!」

 

 先を取ったのは、やはり姫和だった。

 速さにおいて一日の長を誇る彼女に、先手を譲るといった考えはなかった。

 構えた御刀ーー小烏丸の切っ先を、左方から潜り込ませるようにして可奈美に斬りかかる。

 

 常人では反応できない剣線。

 しかも小烏丸の定石ともいえる突きではなく、変則的な斬撃だ。

 

「……っ」

 

 しかし受ける可奈美に動揺はなかった。

 あらかじめ予測していたかのような淀みのない動きで、太刀を回し小烏丸を受ける。

 

 想定していた踏み込みより浅い位置で抑えられた。

 体重が乗り切らなかった一撃に威力はない。姫和の足が……止まる。

 

 見逃すことなく、可奈美が動く。

 

 応手として可奈美が選択したのは、滑り込みだった。

 自らの持つ千鳥の刀身を小烏丸の鎬線へと滑らせ、姫和の懐に飛び込こもうとしてくる。

 試合を楽しむ可奈美の考えが透けて見えるような、純真な返しだった。

 

 ーー可奈美は至近距離での斬り合いを望んでいる。

 

 姫和はそう察したようだ。

 小烏丸自体は、斬るよりも突くに適した刀だ。

 従って技量の同じ者同士の斬り合いになれば、姫和の分が悪い。相手が可奈美ともなればなおさらだ。

 

 とっさに受け流すように重心をそらすと、千鳥を弾き返しつつ姫和は引いた。

 距離を取る。

 

 追い太刀はない。

 可奈美も深追いは避けたようだ。

 

 目をそらさず視線を交わし、お互いに居住まいをただす。

 

 ……奇しくも2人が構えなおした位置は、最初の開始位置だった。

 

 

 

「「「「「……ふぅ」」」」」

 

 そんなため息は、試合をしている2人ではなく試合を見届ける周囲から上がった。

 もちろん感嘆のため息を漏らした面子には、一緒に見守っていた俺も含まれている。

 

 一瞬の攻防だがーーいや、一瞬の攻防だからこそ分かる、2人の恐るべき技量だった。

 

 だがこれは所詮、小手調べにすぎない。

 

「さすがだね、姫和ちゃん。突然薙ぎできたからびっくりしちゃったよ」

「ふんっ、何をいう。全然驚いてなかったくせに」

 

「あははは……じゃあ、次、行くよっ」

「望むところだ。こい、可奈美」

 

 エンジンのかかってきた2人は、互いに次の段階への移行を宣言する。

 次の段階ーーすなわち「迅移」である。

 

 迅移とは、刀使が使う加速術である。

 これを使うと、時間の軛から自らを解き放ち、物理法則から外れた行動すらできるようになる……まぁ、ちゃちい言葉で言うなら、超スピードで動くことができるようになる。

 

 迅移を使用できる者とできない者が戦えば、勝敗の行方など語るべくもない。それほどの加速術だ。

 

 とはいえ迅移自体は刀使であれば、それほど特別な技ではない。

 迅移にも段階があり、いわゆる1段階と呼ばれるレベルであれば大抵の刀使は使えるからだ。

 

 だが注目すべきはここで向かい合うのが、普通の刀使ではないということだ。

 

 衛藤可奈美

 十条姫和

 

 幾多の激戦を経てこの場に立つ2人は、英雄と呼ばれるまでに至った者達だ。

 従ってこの試合で用いられる迅移は、段階を超越した迅移に他ならない。

 

 もうこうなると、一般人である俺の目には追えない。

 かろうじてさっきまでは脳内解説らしきことができていたが、これからの立会いを俺視点で語ることはもはや叶わず。

 

 なので無理やり目の前の2人の戦いを描写するなら、こうなる↓

 

 

 

 

 

 

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッ

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッ

 

「」「」「」「」

 

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッ

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッ

 

「」「」「」「」

 

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッ

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんもワカンねぇ……

 

 2人の姿が道場から消えた。

 たぶん刀で打ち合っていると思われる、キンキン音だけが聞こえる。

 

 周囲で試合を見守る人々。そのほとんどが刀使である。

 それも此度の試合を見ることを許された、生え抜きの猛者達だ。

 

 そんな彼女達ですら、険しい表情で目を見開いている。可奈美と姫和の試合を目で追うことすら困難な模様だ。

 男で凡人の俺に理解しろという方が無茶振りだと思うよ。

 

 おそらく目には見えないほどの速さで、超絶技巧を駆使した試合が繰り広げられているのだろう。

 

 それでも、この場にいるエリート刀使たちは流石だった。聞こえてくる声から察するに、俺には見えない何かが見えているようだ。

 特に両隣にいる名を知らぬ女の子なんか「すごい……」とか「参考になる……」とか感動してしている。

 

 まぁ俺じゃわからないか……この領域(レベル)の話は…フッ。

 

 ただここにいる以上、俺も形くらいは取り繕わないと、あまりに情けないだろう。

 腕を組みながら、ウンウンこれはナカナカそれはチャウネンとか、したり顔でうなずいておいた。

 

 試合はまだ続いている。

 

 

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッ

 

 暇だぜ。

 

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッ

 

 冷えたビールが飲みてぇ……

 

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッ

 

 今夜のおかずは信州ポークかな……

 

キンキンキンキンキンキンキンキン……キ

 

 

 あ。

 

 俺が夕飯何にするか脳内クックパッドと相談していたら、俺時間において3分ほど経過したところで、ようやくキンキン音が止まった。

 場に目を戻すと、姿を消していた2人が現れていた。

 

「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……っ」

 

 両者ともに息が荒いが、どうやら決着がついたようだ。

 

 可奈美が膝をつく一方、姫和は相対するように小烏丸を正眼に構えていた。

 

 一見すると姫和が勝ったかに思われたが、「写シ」が解かれていたのは姫和の方だった。

 写シとは刀使の使うダメージ転嫁術である。写シを貼ることにより一定回数の肉体的損傷を無効化できる。

 殺傷力を持った御刀を使用してガチ試合ができるのも、この技があるからこそである。

 

 これが解かれるということは、致命的な一撃をくらったということ。

 

 ーーすなわち、この勝負は可奈美の勝ちである。

 

「「ありがとうございました」」

 

 自らの足で開始位置にもどると、互いに礼をして試合は終わった。

 万雷の拍手が二人を包む。

 

 うむ。いい試合だった(放心)

 

「いやーっ! 楽しかったなーっ! やっぱり試合は最高だよーって、あ、定家さん? 

 定家さんも試合見ててくれてたんだ!」

 

 ぐぐっと伸びをしていた可奈美は、途中で俺の存在に気がついたようで飛び跳ねるように駆け寄ってきた。

 天真爛漫な笑顔。喜びが全身から溢れ出ていて、よっぽど先の試合が楽しかったんだと思われる。

 

「おう、お疲れ」

「きゃーっ!」

 

 駆け寄ってきた可奈美と、それを迎える俺。

 そんな光景を見た周囲が、黄色い声を上げた。

 

 可奈美は先の大災厄を解決した立役者であり、彼女もまた英雄である。しかも現最強の刀使とも言える存在。

 一応、俺も可奈美と共に事件解決に関わったうちの1人であり、そこそこ有名だ。

 

 そんな二人が会話してるのだから、周りが盛り上がるのも無理はないだろう。

 

……

 

 俺ーー徳川定家と姫和そして可奈美との出会いは、あの事件の冒頭まで遡る。

 一連の事件の発端となった、折神紫襲撃事件だ。

 

 当時、特別刀剣類管理局を束ねていた折神紫局長を、姫和が全国大会決勝にて隙を見て暗殺しようと企みた事件である。

 

 弾丸の速度すら超越すると言われる、3段階の迅移。

 姫和は並みの刀使では、感知すらできないだろうソレを使用し奇襲を試みたが、折神紫の人外じみた迎撃により、あえなく失敗。

 

 なぜか逃走を手助けした可奈美ともども、2人は全国に指名手配されてしまった。

 そんな彼女達がホテルの俺の部屋に、たまたま逃げ込んできたのが俺たちの縁の始まりだ。

 

 やべぇ、やつらがきた!!!

 

 最初、話を聞いたときには、とんでもない奴らだと戦慄したものだよ。

 

 特別刀剣類管理局といえば護国の柱である。この世界では国防の要のような組織だ。

 前世でいえば、姫和ちゃんは自衛隊の観艦式で幕僚長に突然発砲した新米自衛官のようなものだ。

 

 ありていに言って非常にやばい奴である。

 完全にテロリストだ。

 

 たとえ見た目が麗しい少女たちだったとしても、テロリストが部屋にやってきて歓迎する奴はまずいない。

 頭大丈夫かこの女たちーーとも思ったが、

 

 涙ながらに語られる彼女の母親にかかる因縁。

 折神紫を倒さなければならない、その理由ーーそれを聞いて俺はあっさり納得した。

 

 

 いやー。俺も前々から怪しいと思ってたんだよね。あの女!

 

 

 だって見た目が若すぎるもの。折神紫3X歳。

 周りの学長連中と比べてみると一目瞭然。肌年齢全然違うやん。アンチエイジングとかそういうレベルじゃないぞ。

 

 真庭学長とか見てみろよ。

 20年前の写真見たらめちゃくちゃ可愛い褐色美少女だったのに、今じゃ立派なおばさん学長だよ。

 

 時の流れは残酷だから仕方ないね。

 時間は誰にでも平等だから……

 

 でも平等じゃない人がいるよね?

 そう折神紫3X歳です。

 

 あいつだけ時間の流れがおかしい!

 誰も不思議に思わないのか!?

 

 かねてより不思議に思っていた俺は、姫和と可奈美の言い分に分があるように感じたのだった。

 

 

 ーーそして気がついた。

 

 

 よくあることじゃないか。己が欲望のため、敵と手を結ぶ。

 そんな悪役、見たことあるだろ?

 

 折神紫は荒魂と裏取引をしたに違いない。

 護国の柱による人類に対する明確な裏切りだ。許せん。

 

 俺にはわかるぞ。理由はそう……永遠の若さだ!!←全然違った

 

 

 そして彼女達に与することにした俺は、一緒に逃走しつつ謎の解明をし、その後に続く一連の巨大な陰謀を防ぐことに成功したのである。

 

 これらは都合の悪い事実を巧妙に隠しながらも、おおむね全国に公表されている。

 その結果、可奈美たちは英雄として扱われているというわけだ。おまけで俺も。

 

 だから可奈美を見て興奮する周囲の反応。

 これは無理もないことなのだ。

 

 可奈美はそんな沸き立つ周囲を気にすることもなく、俺に尋ねてきた。

 

「定家さん! 私の試合どうでした?」

 

 どうって言われてもね。なんも見えなかったよ。

 素直にそれを言っていいものか……

 

「あっ、可奈美さん!! 試合、お疲れ様ですっ!」

「徳川さん、すごかったんですよ! お二人の戦い、私たちは目で追うのがやっとだったんですけど、

 徳川さんは全部わかってる感じで、『なかなかやる』とか『それは違う』とか言ってました!!」

 

 俺が言いあぐねていたら、両隣にいた名も知らぬ刀使たちが余計な補足をした。

 それを聞いた可奈美の目が輝く。

 

 くっ……こいつら余計なことをっ!

 

「ほんとっ? 何が違ったの!? 教えてっ」

 

 ぐぬぬ。

 

 これは何かしら気の利いたアドバイスをしないことには済まないようだ。

 

 でもはっきり言って俺は素人である。

 何も見えなかったどころか、剣術のけの字も知らない俺にアドバイスとかできると思う?

 

 俺が事件を戦い抜けたのも、とある自動で戦ってくれる秘密道具があったからである。

 ソシャゲをオート戦闘しかしてない層に、アリーナランカーから意見を求められても困るよ。

 

「えー、あー、うん。ちょっとね、あそこはあーじゃなくて、こうっ!こうっね!!」

 

 もちろん助言とかできるわけないから、エア刀を持って空中でブンブンふるった。しかもへっぴり腰。

 ここが道場じゃなかったら不審者丸出しである。

 いや、ここは道場なので初心者丸出しであった。

 

 案の定、両隣の名も知らぬ刀使たちは、頭に?マークを浮かべて、何言ってんだコイツみたいな顔をしている。

 

「うーん、うん。そうか、確かに!! そうだよね! あそこはこうじゃなくてこうだった! こうっ!!」

 

 しかしなぜか可奈美は、俺のヘタレ素振りから何かを感じ取ったようで、また一段階高みへと登ってしまった。

 その場で繰り広げた素振りが、確かに洗練されたかのように思える。

 

 これがひょっとして、達人は初心者からでも得るものはあるという奴なのか?

 よくわからんが可奈美が感覚派で助かったぜ!!

 

 可奈美がそんな反応をしたものだから、さっき胡乱げに見てきた刀使たちも、打って変わって尊敬の眼差しを俺に向けてきた。

 これが達人同士にしかわからない領域の話か、みたいな見上げるようなキラキラした視線だ。

 

 なんという眩しい眼差し。

 

 うーん残念。

 見上げてもその領域に俺はいないよ。見るなら下かな。俺がいるのは君たちよりずっと下の方だからね!

 これはまた謎の勘違いが加速してそうである。

 

 そう。俺は可奈美や姫和たちに比肩するほどの剣術使いとして、世間に知れ渡っているのだった。

 

 いや確かに事件解決に、一緒になって尽力したけどさ。

 だからって戦闘力を一緒に換算するのってどうなの?

 

 いつも一緒にいたからって戦闘力を悟空と同じとみなされたら、ヤムチャがかわいそうだと思わないか?

 

 つーか冷静に考えてくれよ。刀使でもない男の俺が彼女たちと肩を並べられるほど、強いわけないだろ。

 あれは全部「電光丸」とかいう剣のおかげなのだ。勘弁してほしい。

 

「ね、ね! 今の感覚を忘れないようにしたいからさ、定家さん。今から一緒に試合しない?」

 

 そんな俺の思いとは裏腹に、また可奈美が無茶を言いだした。

 殺す気か、悟空。

 

「いやー。今ちょっと愛刀ないからね。無理かなー」

「えー、そうなんだ。あ、それなら誰かから御刀借りられないかな? 丁度管理局の人もいるし」

 

 君、今さっきバトルしたばっかでしょ。

 なんでそこまで俺と戦いたがる。

 

 やはりこの子……バトキチ!!

 

 ちなみにバトキチとは「バトル大好きちゃん」の略であり、決して差別用語ではないのでご注意。

 釣りキチ三平って漫画が、釣り大好きちゃん三平の略であるのと一緒だね!

 

「いやー、他の御刀あってもダメかなー。俺、電光丸じゃないとね。ほんとクソザコナメクジだから」

「そうなんですか……残念」

 

 しゅんと落ち込む可奈美。

 

 その悲しそうな姿を見ると若干胸が痛いが、ここは断固として拒否するぞ。

 そもそも他の御刀とか俺が握ったところで、つまようじ以下だしな。

 

 電光丸なしで、このバトキチと事を構えるとか冗談ではないわっ。

 

 

 

 ……あ、言い忘れてたが実は俺、転生者である。

 そしてさっきから出てくる「電光丸」とは、いわゆる転生特典だ。

 

 語ると長いのでさらっと流すが、トラック転生:土下座神と邂逅した俺は、この世界へと転生する事になった。

 慣れたやつならここで転生先で無双するぜとか意気込むかもしれないが、俺はそんなことなかった。

 

 なぜなら土下座神が、転生先の世界の情報を全く教えてくれなかったからである。

 かろうじて、刀で戦う世界としか教えてくれなかった。

 

 未だにこの世界が何なのか、分からないんだよな。

 何かのアニメやゲームの世界なのか、それともパラレルワールド的異世界なのか……

 エレンが変な口調で喋ってたせいで、艦これ世界だと勘違いしたのもいい思い出だよ。

 

 まぁ、そんな状態だったから、転生させるぞと言われても困惑するしかなかったね。

 だって登場人物も起きる事件も何にも知らないんだもの。

 

 ただ、行った先で無様に死なれても困るということで貰ったのが、名刀電光丸である。

 

 名刀電光丸とは知ってる人も多いと思うが、ドラえもんのひみつ道具のひとつだ。戦闘シーンで映えることから、劇場版に出てきたこともある。

 

 22世紀の超科学により生み出されたチャンバラ剣であり、内蔵されたAIと超レーダーが連動し、これを握ったものは誰であれ凄腕剣士のようになれるという、とんでも剣でもある。

 

 これだけ聞くと非常に心強い道具だ。

 欠陥の多いドラえもんのひみつ道具の中でも、割とまともな戦闘用道具である。

 

 実際は、凄腕剣士のようにの「ように」が問題なんだけどね……

 

 まぁ、それでも過去の大災厄やらなんやらで俺が生き延びることができたのも、あの剣のおかげである。

 それは感謝している。

 

 その代わり、時々勘違いを誘発して面倒ごとを持ってくるのもあの剣である。

 この今の可奈美のように。

 

「じゃあ、次会った時は是非戦おうね!」

「あー、そうだな。次会った時も持ってればな……」

 

 ……あの剣は封印しておこう。下手に持ってたら永遠バトルに引きずりこまれそうだ。

 あの剣で戦うのってめちゃくちゃ疲れるんだよ。握ると勝手に戦いだす剣。あれは使い手のことを全く考えてないからね。

 

「だいたい俺じゃなくても戦う相手はいっぱいいるだろう。

 今の可奈美となら試合したがる奴だっていっぱいいるだろ」

 

「うーっ、そうなんだけど、定家さんと戦うのって、本当に楽しいんだよね! 

 既存の剣術と全く異なる概念の動き。私、今まであんなの見たことないよ」

 

 刀に振り回されてるという奴。

 

「特に定家さんの動きがすごいよ。体の所作から剣の動作が全く読み取れないもん。

 まるで剣自身が意思をもって動いてるような不思議な動きで……」

 

 それ正解。

 

「あの動きを自分のものにできたら、私はもっと強くなれると思うんだ!!」

 

 絶対無理だと思うよ。

 

「ははは……まぁ、俺の剣術のことはどうでもいいじゃないか。

 それよりさっきの試合は見事だったよ。また腕を上げたな」

 

 誤魔化すために話を変えておく。

 見えてないのに見事もクソもない。小学生並みの感想である。

 

「うん、姫和ちゃんもどんどん強くなってるから私も頑張らないと!!

 でも今回は私の勝ちっ!」

 

 そう言って屈託無く笑った可奈美は、次に何かを期待するような上目遣いで俺を見てきた。

 

 

 ……これはアレだ。アレを期待されている。

 

 

 しかしここでは人目につく。

 いやまぁ別にそこまでいかがわしいことじゃないんだけど、衆目監視の中でやるにはそこそこ恥ずかしい行為である。

 

 なので可奈美を連れて、ちょっと離れた場所へと移動した。

 そして向かい合う。

 

「うんうん。よく頑張ったな」

 

 ナデナデ

 

 突き出された頭を、俺は優しく撫でた。

 

「えへへ……」

 

 可奈美は頬を染めて、とろけるような表情で身震いした。

 これはつまり、ご褒美ナデナデである。

 

 俺と可奈美は戦友だ。生死をかけた戦いも経験している。

 もともと困難を前に落ち込む可奈美を励ますためにやっていたのだが、いつの間にか頑張ったご褒美みたいになってしまったのである。

 

 これってやってるこっちも恥ずかしいんだが、求められる以上は仕方ない。

 世界すら救った英雄だというのに、相変わらず子供っぽいやつだな。

 

 そう、子供っぽい……

 

 

 ……あれ?

 

 

「そういえば、すごく当たり前のこと聞いて申し訳ないんだけど、可奈美ちゃんて中学生だよね?」

「? そうだよ。美濃関学院中等部二年生だよ」

 

 

 あはは。

 

 だよね。姫和ちゃんとほとんど同い年なんだもんね。

 子供っぽいじゃなくて、マジで子供だったわ。

 

 

 

 うおおおおおおおおお!!!!!

 

 

 この子も高校生だと勘違いしてたわーーっ!!

 

 いや、確かに姫和ちゃんよりは子供っぽいなと思ってたけどね。

 でもまさかそこまで幼いとは思わなかったよ。

 

 だってしょうがないじゃないか。

 成し遂げた功績の数々、圧倒的戦闘力。これらを省みて中学生と断定するのは無理がある。

 

 折神家親衛隊を相手取って余裕生還。

 

 第二形態タギツヒメを瞬コロ。

 

 禍神化した姫和ちゃんに、勝つ未来が見えないと言わしめる始末。

 

 鎌府女学院最強の沙耶香ちゃんからは「強くなりすぎて一人遠い所にいる」とまで言われてましたよね。

 

 どんだけー。

 

 特に戦いの時、可奈美の頼り甲斐ときたらもうね。

 背中を任せたと思ったら、正面の敵まで全員倒してくれたからね。

 

 正直、可奈美一人でいいんじゃないかな、とかなるからね。

 呼び方を「可奈美さん」に変えよっかな、とか悩むレベルだったよ。

 

 それなのに……

 

 

【悲報】可奈美さん、可奈美ちゃんだった【マ?】

 

 

 

「ちなみに年齢はいくつだっけ? 14歳かな? あはは」

「えーと、あ、まだ誕生日きてないから……13だね」

 

 じゅ、じゅうさんさいだと……っ

 

「そ、そう。13歳ね。すごいな、可奈美ちゃんは……はは」

「13歳ってそんなに凄いかなぁ? 変な定家さん」

 

 

 変なのはこの世界の方だよ!!

 

 というより、おいっっっ!!! 刀剣類管理局!!!

 

 俺は知らなかったけど、局の奴らは知ってたんだよな?

 最終戦の直前とか13歳に、任せたぞ可奈美。お前に任せるぞ可奈美。とか全責任負わせてたわけ??

 

 

 13歳って、1年前は小学生だぞ!!

 ランドセルの代わりに世界背負わせてんじゃねぇ!!!!!!

 

 

 13歳に救われる世界! 13歳に命運をかける世界!!

 それでいいのか刀剣類管理局!!

 

「あはは……」

「えへへ……///」

 

 まぁ、ある意味13歳をナデナデするのは、高校生をナデナデするよりもふさわしいだろう。

 とすると今までのナデナデが間違っていた訳で、これが正しい形なのでは?

 

 そんな支離滅裂な考えに至ってしまうほど、放心状態で可奈美ちゃんを撫で続けていたら、ふと背中に悪寒が走った。

 何者かの鋭い視線を感じる。

 

「ひぇっ」

 

 後ろを振り返ったら、姫和ちゃんが恐ろしいほどのジト目で俺たちを見ていた。

 視線の先はいうまでもなく、頭を撫でられ喜ぶ可奈美と俺の手にある。

 

「一体お前たちは何してるんだ?」

 

 ドスの利いた声に弾かれるよう慌てて手を離すと、可奈美ちゃんが「あっ……」と名残惜しそうな声を上げる。

 

 姫和ちゃんの額に青筋が走った。怒気にドキドキしてくる。

 これは激おこである。

 

「あ、姫和ちゃん! 今日の試合に勝ったから、定家さんにご褒美貰ってたんだ!!」

「あ、ああ。そのとおりだ。可奈美は頑張ったからな。いつものご褒美だ」

 

「いつもの……確かにいつものだなっ!」

 

 いつものと聞いても姫和ちゃんの怒りは収まらない。

 

 確かに、勝負に勝ったご褒美に撫でるというのは、今まで続けてきた可奈美ちゃんとの関係である。

 一連の事件ではほとんど一緒に過ごしてきたので、そうした関係を当然姫和ちゃんも知っている。

 

 しかし、だからと言って納得できることではないだろう。

 なんせ今の俺と姫和ちゃんは恋人同士なのだ。

 

 俺だって、試合が終わって席に戻ったら、恋人が男に頭を撫でられてたとか頭が沸騰するわ。

 姫和ちゃんの怒りはごもっともである。

 

「全く、破廉恥な! 時と場所を考えろっ!」

 

 だからこんなこと言われても、「君、昨日、公園でキスをおねだりしたよね?」とか野暮なことは言わないよ。

 俺は気遣いのできる男だからね。

 

 女神の怒りを鎮めるため、俺は話題をそらすことにした。

 

「い、いや。それにしても姫和、随分と遅かったな。何かあったのか?」

「別に好きで遅かった訳じゃないぞ。いっぱい人が話しかけてきてな」

 

 試合が終わるとすぐに駆け寄ってきた可奈美ちゃんに比べて、やけに時間が掛かると思ったら、そんな事情があったとは。

 

 姫和ちゃんも、もちろん英雄の一人だから人気がある。しかも可奈美ちゃんたちと比べて、全然学校に出てこないレアキャラだ。

 ここぞとばかりに質問攻めにでもあったのだろう。

 

「ああいうのは苦手だ。……どう答えていいかわからなくなる」

「みんな姫和と仲良くなりたいのさ」

 

「別に私も拒んでるわけじゃない。ただなんというか、居心地が悪くなるから」

 

 姫和ちゃんは母親が死んでその原因を知った時から、折神紫を討つためにひたすら牙を研いできたような子だ。

 誰にも相談することもできない中、ずっと1人で生きてきた子である。そう感じるのも無理はないか。

 

 ……ほんとに14歳だよね? いまだに疑っちゃうんですケド。

 

「まぁ、おいおい慣れていけばいいさ。これからはきっとそんな機会がいっぱいあるだろうからな」

「ああ、わかっている。そ、それより……んっ」

 

「ん? 頭なんか突き出してどうしたんだ?」

「わ、私もっ……今日は頑張った!」

 

 新手の頭突き技かと思ったが、そんなことはなかった。

 顔を真っ赤にした姫和ちゃんを見れば、何を求めているかは一目瞭然。

 

「えーっ! 姫和ちゃんズルイよ。だって勝負に勝ったの私だよ!」

「う、うるさい! 私と定家はごにょごにょ……だからいいのだ!」

 

 ひぇっ!!

 

 姫和ちゃんが恐ろしい単語を口にしようしたので、慌てて口封じに頭を撫でた。

 こんな場で恋人宣言されてみろ。俺は英雄から一気にロリコンだ。

 

 しかしそうすると、先ほどなでなでを中断された可奈美ちゃんが不満そうな顔をしていたので、仕方なく彼女ももう一回撫でる。

 

「えへへ……」

「……っ」

 

 2人とも嬉しそうな顔をしている。

 

 とりあえずは、この場はなんとかなりそうである。

 でもこれって端から見ると、セーフかなアウトかな?

 

 

 

 彼女たちの真の年齢を知った俺の悩みは尽きない。

 

 

 そんな俺たちを、柱の陰からとあるツインテールがじっと見つめていたことに、残念ながら俺は全く気づかなかった。




敵「胎動編と波瀾編の間に4ヶ月経っているはずだぞ」
僕「ドラえもん時空で頼む」


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3.薫ちゃん15歳って、マ?

『暇がなくても来い』

 

 俺が長船女学院に仕事で出張しにきた帰りがけ、ふと気になってメールを確認すると、益子薫ちゃんからそんなメールが届いていた。

 

 こっわ。

 

 暇をこよなく愛する薫ちゃんからこの文章。文面から得体の知れなさが滲みでている。

 薫ちゃんからの呼び出しとか、嫌な予感しかしねーよ。

 

 どうしようかな〜。

 

 ただし、ここで無視して帰るという選択肢に未来はない。バッドエンドの匂いがする。

 仕方ないのでメールに導かれるまま、薫ちゃんを訪ねることにした。

 

 職員室で行方を聞くと、多分あそこだと教えてもらえる。

 益子薫を探し、たどり着いた先。

 

「おうきたかー。入れー」

 

 休憩室の外からドア越しに呼びかけると、中からそんな応えがあった。

 

 中に入ると目に入ったのは、仰向けに寝そべる薫ちゃんの姿。

 二人がけのそれほど大きくないソファに、小さな体をすっぽりと収めてお腹を掻いている。

 傍の机には食べかけのスナック菓子が散乱していた。

 

 こいつ……くつろぎすぎだろ。自宅じゃねぇんだぞ。

 

「ようやく来たのか、定家。お前なー、メールしてから何時間経ったと思ってるんだ。

 さっさとこいって言っただろう。オレだって暇じゃないんだぞー」

 

 おまけになんというふてぶてしさだろうか。

 ご覧いただけるだろうか。このセリフ、なんと寝そべったままで言っている。しかも視線すらこちらによこさない。

 

 暇とはな、今のお前を指すんだよ。わかるか?

 

 とても目上の者を迎え入れる態度には思えない。

 毛も生えそろっていないチンチクリンの分際で……おっと、最近じゃ子供相手でもこんなセリフはセクハラかな。気をつけないとね。

 

「薫ちゃん、別に敬語を使えとかいうわけじゃないけど、せめて話すときくらいはこっちを見てくれないか」

「そうだな。めんどくさいからお前がオレの視界に入ってきてくれー」

 

「……」

 

 しかしこんなことに腹を立てるような小さい人間じゃないよ、俺は。大人だからな。

 

 ご要望通り薫ちゃんの正面に移動してあげると、ようやく姿勢を改めた彼女はこちらに向き直った。

 ここはひとつ、苦言を呈しておくか。

 

「それにしても一人で休憩室を独占とは、いいご身分だなぁ。しかもカウチポテト。

 ここはいつから薫ちゃんの一人部屋になったのかな?」

「うるさい。オレは荒魂と戦って疲れてるんだ。休憩して何が悪い」

 

 俺の指摘に気だるげに答える薫ちゃん。

 白々しい嘘を付くね。

 

「一応、俺も刀剣類管理局の職員だからな。刀使のスケジュールはそこそこ抑えてるんだが、お前が今日出撃してたなんて話は聞かなかったがな」

「出撃したのは昨日……いや、おとといだったかな……」

 

 そりゃもう休憩じゃなくて休日だろ……

 こいつまさか、それからずっとここ占領してるんじゃないよな?

 

「まさか本当に休憩室をマイルームにしていたとは……」

 

「誰も使ってないみたいだから、オレが使ってやってるだけだ。事実、誰も文句言ってくるやつはいないぞ」

「そりゃあ、薫ちゃんに遠慮してるんだろ」

 

 この子も英雄の一人だからな。

 長船の上級生だって、面と向かって非難するようなことはあるまい。

 

「だからって濫用するんじゃない。そういう立場だからこそ謙虚に、みんなの手本になるようにだなぁ……」

「あー、お前は会うたびに説教か。うるさいうるさい」

 

 それじゃあ呼び出すなよ……

 

「んで、メールによると何やら俺に話があるようだが、何の用だ?

 ちなみに愛の告白なら勘弁してくれよ。ちびっこには興味はないんだ」

「……。

 相変わらず腹立たしい奴だな、お前。ところでこの写真を見てから同じセリフを言ってみてくれるか?」

 

 げっ。

 

 薫ちゃんが机を滑らせたタブレット。そこに映された写真。

 

 鈍い光沢を放つ画面上には、姫和ちゃんと可奈美ちゃんの頭を撫でる俺の姿があった。

 撮られた角度から考えると、壁から覗き見るような視点で撮影されている。

 

 このガキ……デバガメってやがったのかっ!!

 

「……」

 

 だが俺は余裕を崩さない。

 鏡で確認しなくてもわかる。表情筋一つ動かさない、我ながら見事なポーカーフェイスだ。

 

 俺はこんな、すぐカッカする子供とは違うのだ。

 大人と子供の違いーーそれは人生経験。危機に直面したときにこそ、その真価が発揮される。

 

 しかも俺は転生者だ。

 転生者、うろたえない。

 

 転生前後合わせて、伊達に年を重ねているわけではないのだ。

 この程度で動揺してしまうような浅い人生を、俺は送っていないのだよ。

 

「ああ、これはこの前の時の写真だね。うん、なかなかよく撮れてる。で、この写真がどうかしたのかな?」

「顔見ろ、顔」

 

「顔ねぇ……二人とも頭を撫でられて幸せそうだな」

「お前の顔だよっ!!」

 

 益子薫が指差す先ーーそこには嫌らしくニヤけた男の顔があった。

 

「なんだこいつ……」

 

 うーむ。

 

 何という表情をしているのか、この男は。

 まるで劣情が透けて見えるようである。

 

 見出しを付けるなら「お嬢ちゃんたち、おうちにおいで。お菓子をあげるよ」だろうか。

 このまま不審者注意のポスターにできそうなくらいである。

 

「これは……俺かな?」

「お前じゃなかったらなんなんだよ……」

 

「……犯罪者かな?」

「それは自己紹介か?」

 

 いやいやいやいや。

 

 それはあまりにも一方的で俗にまみれた見方である。

 成人を超えた男と女子中学生が交流していたことに対する、下世話なバイアスがかかっている。

 

 男が少女を前に笑顔だったからといって、それを「嫌らしい」とか「ニヤける」とか表現するから真実が歪むのだ。

 だいたい想像してみてくれ。ここで俺が無表情で2人を撫でてる方が怖いだろ?

 

 これは一人の青年が、少女たちの頭を撫でて笑っているだけーー

 そう。やましいことなど何もないのだ。

 

「君の言いたいことはわかるよ、薫ちゃん。でもな、それは邪推だ。

 君のやましい心が見せる、歪んだ虚像だ。

 そう見えるということは、君の心が汚れているからだ」

 

 だから俺は指摘する。薫ちゃんの心の闇を。

 

 23歳の男が14歳の女の子たちを誑かしているシーンだと非難する薫ちゃんを修正するのだ。

 もっと清らかな心で俺を見ろと。トラストミー。俺をもっと信じてくれと。

 

「ちなみに、こっちはお前が公園で姫和にキスしている写真だ」

 

「すみませんでしたーーーっ!!」

 

「うおっ! おい……びっくりさせるな。

 お前の今の土下座。迅移なみの速さがあったぞ、第一段階の」

 

 

 このアマ……そんな、どストレートなもん持ってるなら最初から出しとけや!

 

 

 俺の土下座の速さに驚きながらも、薫ちゃんはタブレット上の写真を人差し指でトントンした。

 

「で? これはなんだ?」

「はい。俺と姫和ちゃんのキスシーンですね」

 

「お前、姫和に手をだしたのか?」

「はい。お付き合いさせていただいております……」

 

 こんな切り札出されたら、もはや全面降伏するほかない。

 今の俺は、事件後に記者会見で謝罪した折神紫さま並みに潔い存在である。

 

「は? オツキアイ?

 何話してるかまでは聞こえなかったからわからなかったが、お前たちそんな関係だったのか。

 お前、姫和が何歳なのか知ってるのか?」

「うーん。彼女が14歳ということに、俺自身も驚きを隠せない」

 

 薫ちゃんが、信じられないナマモノを見るかのような視線で俺を見てくる。

 やめてくれ。そんな目で俺を見るな。

 

 こうなれば是非もない。

 誤解を解かなくてはならない。可及的、速やかにっ。

 

「いや待って、薫ちゃん。俺の話を聞いてくれ」

 

 だから俺は薫ちゃんに全てを話した。

 

 ここが正念場である。

 ロリコン性犯罪者予備軍か誠実な青年か。ここでの説得いかんによって今後の人生が決まる。

 徳川定家23歳。俺の社会的立場をめぐる、天下分け目の関ヶ原だ。

 

 コメツキバッタのような姿勢はそのままに、必死に、懇切丁寧に説明した。

 

 だがそれで薫ちゃんから返ってきたのは、

 

「嘘くせー」

 

 あまりに無情な一言である。

 おまけに下等生物を見下すようなジト目だ。俺を信じるといった心情が欠片も伺えない。

 

 先の問答で変な言い訳をしていたせいで、俺の信用が地に落ちてしまった。

 俺の信用度が、土下座した俺と同様、地を這いつくばっている。

 ひょっとして毛虫にでも見えているのだろうか。

 

「本当だっ! 信じてくれ!! 俺は本当に彼女たちが高等部生だと信じていたんだ!!」

「お前なー。どうやったら姫和と可奈美が17歳とかに見えるんだ? 目ん玉大丈夫かー?」

 

 煽るような口調で、自らの目をちょんちょん指す薫ちゃん。

 

「くっ……」

 

 しかしこれについては、俺にだって言い分がある。

 はっきり言って年頃の女の子の年齢を見分けるのなんて、そう簡単なことじゃない。

 

 小学生か高校生なら、間違いなく判別できるだろうね。でも育ちすぎた中学生と発育不足の高校生の差がどれくらいあるというのか。

 

 電車で隣に座った女の子。

 それを中学生か高校生かを確実に言い当てる自信がある奴だけ、俺に物申していいぞ。

 しかしそのあと大人しく出頭しとけ。別の意味で危険な香りがするから。

 

 それにな、俺が勘違いした原因は薫ちゃんにもあるんだ。

 

 薫ちゃんがエターナル胸ペッタンだの、ホライズン胸だのと姫和を煽ったことを俺は忘れていないぞ。

 俺はてっきり姫和が17、8歳くらいだから胸いじりをしていると思ったのだ。

 

 14歳なら胸なんかなくても普通だろ? 煽るほどのことでもない。

 それを、まな板だの、断崖絶壁だの、希望が残ってないだの……あれ? そこまでは言ってなかったかな?

 

 まぁ、いい。

 そんなことを指摘しても火に油な気がするから、言わないでおこう。

 

 代わりに、別方向から攻める。

 

「俺だって何も、根拠なく姫和ちゃんたちを高等部生だと思ってたわけじゃない。

 一緒に過ごして、一緒に戦って、彼女たちの意志に触れて感じたんだ。

 薫ちゃんだって知ってるだろ? 姫和の高潔な精神をっ!!

 可奈美の強大な敵に臆することなく立ち向かう勇気をっ!!」

 

「……まぁ、あいつらが年の割に立派だというのは認めるけどな」

「そうだっ! 人は見た目じゃないんだ!!」

 

「人は見た目じゃない……か。お前ひょっとしてオレのことも……いや。

 なんか恐ろしく不安に思ったことがあるんだが、聞くのはやめておこう」

 

「?」

 

 ……ひょっとして薫ちゃん。自分を何歳だと思ってたのか俺に聞こうとしたとか。

 あー、それも仕方ないかもな。薫ちゃんの身長は140cmあるかないか。

 

 はっきり言ってチンチクリンである。

 ちっちゃいねと言えば、ちっちゃくないよと返してきそうなほどだ。

 

 見た目で言えば、まんま小学生である。

 だから俺が薫ちゃんを初等部ーー小学生だと勘違いしてないか、不安にでも思ったのだろう。

 

 

 もちろんそんなことはない!

 

 

 薫ちゃんといって思い浮かべるのは、祢々切丸。

 馬ごと真っ二つできそうなほどに馬鹿でかい御刀だ。

 

 小学生の子があんな巨大な御刀振り回して、荒魂をばったばったと薙ぎ倒せるわけがないからね。

 

 もちろん力量的なことだけではなく、精神面についてもいえることだ。

 ピンチにおける薫ちゃんの冷静な判断力には、いつも助けられたからな。

 

 この子を小学生扱いする奴がいたら、頭を疑っちゃうね。俺が目ん玉引っこ抜いてやるところだよ。

 

 この年頃の子は繊細だからね。実年齢に体の成長が追いついてないことに、内心気にやむところもあったのだろう。

 もし憧れの定家さんに、小学生だと思われてたらどうしよう……とかね。

 

 その点、俺は問題ない。彼女のことは十二分に理解している。

 年を聞かれても、自信持って答えられたよ。

 

 

 だから安心していいぞ、中学生の薫ちゃん!!!

 

 

「はぁ……でもお前、23歳だろ? そして姫和は14歳だ。実際、これはまずいぞ。

 ただでさえお前がロリコンで、一緒に戦った刀使たちに手を出したんじゃないかって噂はあるんだから」

「なに。それは本当か?」

 

 初耳である。

 

 薫ちゃんは別に情報通というわけでもない。

 しかしそんな薫ちゃんが知ってる話だ。女子の間で相当広まっている噂話かもしれない。

 

「ああ。でもこれは有名税みたいなもんで、どうしても根も葉もない話が好きな奴らは一定数いるからなー。長船は噂好きの奴らも多いしな。

 でもお前には根も葉も木もあった」

「面目無い……」

 

結果的にだけど、返す言葉もないです。

 

「だいたいお前も本当にいいと思ってるのか?」

「というと?」

 

「ちょっと想像してみろよ」

「ああ」

 

「お前と姫和が結婚して、将来、子供ができたとする。女の子だ」

「うん。姫和ちゃんの子だ。めちゃくちゃ可愛いに違いない」

 

「その子が14歳になる。そして23歳の男を連れてきて言うんだ。『この人が彼氏です』」

「殺すっ!!」

 

「じゃあ、お前も死んだほうがいいんじゃないか?」

「うう……生きたい。許して……」

 

 許し、許しか……あれ、待てよ。

 

「いや、待ってくれ。そういえば、俺、許しをもらったぞ」

 

 俺は鬼の首を取ったかのような勢いで顔を上げた。

 

 そうだ。確かに俺は許しを得たのだ。

 これこそ薫ちゃんに勝てる唯一の手札だ。

 

「は? 許し? 誰にだよ」

 

「最終決戦で2人と一緒に隠世に行った時のことだ。薫ちゃんにも前に話したことがあったよな。そこで姫和の母さんに会ってな」

「ああ、それで?」

 

「いろいろあったんだが帰りがけにな、娘をよろしく頼むと言われた。だから俺は誓ったんだよ。姫和は俺が守りますってな!」

 

 どうだ!! つまり俺と姫和の仲は、親公認である。

 これほど最強の手札は他にあるまい。

 

「……お前、家庭訪問で母親に『娘をよろしく』って頼まれて、『あ、許可出た。この娘もらっていいんだ』って思う教師がいたらどう思う?」

 

「やばいね、そいつ」

「お前のことだよっ!!!」

 

「い、痛いっ! こらっ人の頭を踏むんじゃない!! 痛ぇ!!」

 

 とうとう俺の煮え切らない態度に業を煮やしたのか、薫ちゃんは直接攻撃を仕掛けてきた。

 いくら彼女自身の体重が軽いといっても、上履きで踏まれればそれなりに痛い。

 

 くそっ、エレンめ。何が薫はツンデレだ。

 ツンしかねーじゃねぇか。今もツンツンと突き殺されそうである。

 

 薫ちゃんは執拗にスタンピングを続ける。

 

 最初は薫ちゃんの言い分も分かるため我慢していたが、踏まれ続けているうちにフツフツと湧いてくる感情があった。

 

 それは、喜びーーではもちろんない。

 

 薫ちゃんのようなロリっ子美少女に、頭を踏まれる。これを我々の業界ではご褒美です、という奴らがいるが、自ら「我々の業界では」と前置きしていることからもわかるように、それは一般世間からズレた感覚である。端的に言えば変態。

 

 一般的に考えて、変態ではない社会人が中学生に頭を踏まれて面罵された場合に抱く感情ーーそれは怒りである。

 

 

 そう。俺は今、静かに怒っていた。

 

 

 果たして俺は、中学生からこのような仕打ちを受けなければならないほどの罪を犯しただろうか?

 

 確かにJCと付き合う社会人というのは、忌避すべき輩である。

 だが長き戦いを共に乗り越えた俺と姫和の間には、確かな絆がある。

 それに由来する確固たる愛情が存在するのだ。これは決して俺の独りよがりではない。

 

 そういった事情を勘案すれば、そりゃ全員に理解されることはなくとも、そこそこ分かってくれる人はいると思う。

 

 大事なのはそう……心だっ!!

 例え裁判にかけられたとしても、この真実の愛を、慈愛溢れる裁判長なら分かってくれるのではないだろうか。

 

 その辺を一切汲み取ることなく、薫ちゃんは俺を一方的に断罪する。

 しかも人の頭を踏みつけるという、尊厳を無視した方法で。

 

 

 ……さすがに行き過ぎではないだろうか?

 

 

 それに俺だからまだ笑って済ませてあげるが、このまま目上のものに平気で暴力を振るうようになったら、将来的にも心配である。

 年上だから偉いってもんでもないが、年上にぞんざいな態度をとる人間が良い印象を残すことはない。

 社会には長幼の序というものがあり、それなりの配慮というものは必ず必要である。

 

 痛い目にあってからでは遅い。

 そろそろ誰かが薫ちゃんに、教えてあげる必要があるのではないだろうか。

 

 ……となれば先達たる俺が、その役目を担うべきだろう。

 

 しかし俺も大人だ。怒りに身をまかせることなく、冷静に矯正しよう。

 怒るのではなく、叱るのだ。

 

 そう、あくまで冷静にね。

 

「このガキャーっ!!! 人がおとなしくしてりゃあ、調子に乗りやがって!!!!」

「うおっ、なんだコイツ。とうとう発狂したか……っておい、何するヤメロッ!!」

 

ポカスカビリビリガブゥッドゴドゴグエッシュルルルルギュッギュ!!

 

「はぁ……はぁ……思い知ったか。大人の力を」

「むぐぐぐぐ」

 

 冷静……あれ?

 

 冷静とは一体……概念?

 

 気がつくと部屋の中には、手足を縛られて口に詰め物をされた薫ちゃん。

 その前で、肩で息する男の2人の姿。

 

 中学生相手に本気で暴力を振るう社会人の姿がそこにはあったーーというか俺だった。

 

 おいおい。

 

 これじゃあまるで、幽霊小学生にガチケンカ仕掛けたアホ毛高校生みたいじゃないか。

 彼らも驚く驚きの人間の小ささである。いやむしろ社会人な分、俺の方がはるかにミジンコだ。

 

 いやだって、薫ちゃん、めちゃくちゃ強いんだもん。見てくれこの歯型。

 俺も本気にならざるを得なかったんだよ。

 

 その結果ーー二人とも、服はボロボロ、息も絶え絶えではあるが、俺の体にはそこらじゅうに噛みつき痕と打撃痕。目には青タン。

 

 総ダメージが俺の方が明らかに大きい。

 幼いとはいえ、さすがは刀使である。御刀なくてもこの強さか。

 

 だが最後に勝ったのは、俺だ!

 

「わかったかな、薫ちゃん!! 人をコケにしすぎると、こういう目に遭うこともあるんだ!」

 

 あまりに虚しい勝利宣言。

 

「ぐむーっ! ぐむーっ!!」

 

 足元に転がる薫ちゃんから、怨嗟の呻きが漏れ出ている。

 突き刺すような視線が俺の殺害を予告している。

 

 

 つーか、これ。どうしよう。

 

 

 この怒れる野獣。

 そのまま解き放ったら、祢々切丸で校舎ごと俺を真っ二つにしそうな感じだ。

 

 なんせ今の薫ちゃんは、乱闘の結果、服が破けて半裸みたいになってしまっている。

 まったく酷い有様である。破いた張本人を御刀で捌くのに十分すぎる理由だ。

 

 でも俺もまだ死にたくない。

 俺は呻く薫ちゃんに背を向け、後ろに手を組み考え込む。

 

 どうしたものか……

 

 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 俺はいつもこうだ。人間失格。太宰治もびっくりの恥の多い人生である。

 

 俺が1時間後の安全をどうやって確保しようか難題に考えを巡らせていると、何やらギシギシと鶯張りのように廊下が軋む音が聞こえてきた。

 ふむ。どうやら誰かがこの部屋に向かって来るようだな。

 

 ……え。

 

 

 誰かがこの部屋に来るぅ!!!!?????

 

 

 バッと振り返り、改めて休憩室の中を確認した。

 

 密室。2人きり。

 足元には、半裸に剥かれた薫ちゃん。

 加害者である俺の体には、被害者の抵抗した跡。

 

 これは……これはっ!!

 

 どう見ても◯◯◯現場です。

 もはや10人中10人がそう3文字伏字の中身を言い当てるであろう、悲惨な状況が広がっていた。

 

 先ほどの慈愛溢れる裁判長すら、ハンマー叩いて有罪を連呼している。そのハンマーで俺をぶっ叩きそうな勢いだよっ!

 

 あわわわわ……

 

コンコン

 

 たどり着いた何者かが、控えめなノックの音を鳴らした。

 

「!!」

 

 薫ちゃんもその音で誰かが来たことを察したようだ。

 一瞬、見開いた目が俺と合った。その目尻がニヤリと下がる。

 

 こいつ、まさか……

 

「むぐーっ!! むぐぐーっ!!」

 

 薫ちゃんは全身の力を解き放つように暴れ出した。

 手足が縛られているにもかかわらず、海老のように飛び跳ねる。

 

 

 げげげっ!!!

 

 

 こいつ。

 俺を殺す気かっ!

 本当に社会的に殺す気か!!

 

 おいおいおいおい。

 

 ただでさえ俺には、幼い刀使に手を出したロリコンなんていう噂が立っているのである。

 当たり前だがこんな様相を見られたら、一発でアウトだ。議論の余地はない。

 

「益子さーん、居ますかぁ? 学長から通知文書があるんですけどー

 入っていいのかなぁ。でも寝てるの起こしたら申し訳ないよね……」

 

 ドアの前に来たのは少女は、どうやら薫ちゃんに届け物があるらしい。扉の外から呼びかけてきた。

 だが控えめなその声を聞く限り、入るのに躊躇しているようだ。

 

 彼女に部屋の惨状を見られたら、間違いなく終わりである。

 

 悲鳴→刀使集合→◯◯◯魔現行犯逮捕の即死コンボでゲームセットだ。

 ゲームセット ウォンバイ 薫ちゃん。俺、犯罪負け。人生終了である。

 

 斯くなる上は神頼みか。

 中にさえ入ってこなければいいのだ。

 このまま出直してもらうか、プリントを廊下に置いてってもらうことでも祈るしかない。

 

 頼む、入ってくるなよ……っ!

 

 なんせこの世に神は存在することを俺は知っている。俺は祈りに意味があることを知っているのだ。

 頼むぞ土下座神……なんとかしてくれ!!

 

「いっか、静かに入って机の上にでもおいといちゃえば……入りますよ〜」

 

 

 ひぇっ!!!!!

 

 

 だが俺の願いは天へと通じなかった。

 

 考えてみれば、あの土下座神。人を手違いで殺すような無能である。おまけに説明不足で放り出す始末。

 そもそもそんな奴を頼るのが間違いだった。

 

 少女がとってに手をかけ、ドアを開くーー

 

 もうダメーー

 

 

 

 もはや万事休すかと思われたその時、

 

「!!!!」

 

 俺の頭に天啓が舞い降りた。

 

 いや天の神さまは何もしてくれなかったので、この場合、舞い降りたのは悪魔か。

 そう、言うなれば悪魔的ひらめき。

 

 その悪魔に囁かれるまま、俺は叫んだ。

 

 

 

「すまんっ!!! すまん薫ちゃん!!! 君の想いには答えられないぃぃぃぃ!!!!」

 

 

 

 突然の俺の絶叫に、開くはずのドアがピタっと止まった。

 暴れていた薫ちゃんの動きも止まり、俺を訝しげに見上げてくる。

 

 何言ってんだコイツという目だ。

 

 よし、いいぞ。動きが止まった。

 カットインだ。ジャッジ、カットインいいっすか。ーーいいよ。

 

 いける。

 

 続けて絶叫。

 

「本当に……っ!! 本当にごめんっ……益子薫ちゃん!! 

 薫ちゃんの告白を、俺は受け入れることはできない……っ!!!」

 

「……っ!?」

 

 ここまで聞き、ようやく俺の誤魔化しの意図が、薫ちゃんにも分かったようだ。

 薫ちゃんの驚愕に開かれた瞳に、理解の色が灯る。

 

「ぐももーーっ!! ぐもももももーーっ!!」

 

 俺の言動をなんとか止めようと必死に暴れるが、その抵抗はあまりに無力だった。

 薫ちゃんの動きが外に聞こえないように、言葉を被せていく。

 

「突然呼び出されたこの部屋で、君からの急な告白。とっても嬉しいよ。

 まさか君が前からずっと俺のことを憧れていてくれてたなんて、思いもしなかった」

 

 恐ろしく説明くさいセリフ。

 まるでアニソンの歌詞みたいである。

 

 しかし届け物をしにきた少女には効果は抜群だ。中に入ろうという気配が完全に止まった。

 ドアの外で耳をダンボにしているのが目に見えるようだ。

 

 こんな修羅場に出くわして気にせず入ってこれるのは、傍若無人が服着て歩いているような薫ちゃんくらいである。

 そしてその薫ちゃんは、今、俺の足元に転がっている。つまり入ってこれる奴はいない。

 

 だから俺は、ドア前少女に聞こえるように話し続ける。

 

「でもすまない……君の想いには答えられない。だって君はまだ『中学生』だろ。

 良識ある一人の大人として、君と付き合うわけにはいかないんだ」

 

 うーむ。

 我ながら今世紀最大のおまゆうである。

 

 おまゆうとはもちろん「お前勇気あるな、薫ちゃんの前でそんなこといって」の略だ。

 

 しかし良識とは投げ捨てるもの。方便とは使い分けるもの。

 ここぞとばかりアピールしておく。

 

「え、何? それでもあなたのことが好きで好きでたまらないんです! だって? 

 はは……君みたいな可愛い子に、顔真っ赤にしてそこまで言われるなんて、男冥利に尽きるな」

 

 ちらっと薫ちゃんを見る。

 すげえ表情だ。

 怒りのあまり顔を真っ赤にして、目に涙まで浮かべてやがる。

 

 ひぇっ。

 

「そんなに泣かないでくれ、薫ちゃん。俺も怖い……じゃなかった、俺も辛い。

 どうか今日のことはなかったことにしてくれると嬉しい……じゃなかった、お互いになかったことにしよう」

 

 いかん。

 薫ちゃんの赤色破壊光線が熱すぎて、これ以上口が回らなくなってきた。

 そろそろ〆とこう。

 

「いや、告白を断った俺がいっていいセリフじゃないか。

 じゃあ、俺は帰るよ。この部屋には誰も入れないようにしておくから、気がすむまで泣いてくれ。

 明日からは、またいつも通りの俺たちでいよう。

 じゃあ俺帰るからねっ! 部屋から出るからねっ!」

 

 そうして帰るそぶりを見せると、ドアの前から慌てて立ち去る音がした。

 気配が遠ざかっていく……消えた。

 

……

 

 

「ふえええええええええ!!! 危機は去ったぁぁぁぁぁ」

 

 ドッと疲れたわ!

 

 脱力した俺は、その場でへなへなと地べたに座り込んだ。

 なんとか……なんとか乗り切ってやったぞ。これで俺のターンは終わりだ。

 

 危なかったわ。

 自業自得とはいえ、自ら招いた即死コンボを連続カットインでかわすことに成功した。

 

 そして窮地をチャンスに変えた。

 これは歴史に残る名プレイングといっても過言ではないのではなかろうか。

 

 なんせ薫ちゃんといえば、ロリの代名詞みたいな刀使だ。

 そんな彼女からの告白を俺はきっぱり断ったのだ。ロリコンであるなんて噂は雲散霧消すること間違いなしである。

 

 特に長船女学院とか、噂好きらしいしな。

 女の子ばっかのこの学校なら、明日には全校中に広まってるんじゃないか。

 

 ま、もともと俺はロリコンじゃないし。

 世間の誤った認識が正しく修正されただけだ。

 

「うむ、めでたし。めでたし」

 

「で? 何がめでたいんだ? お前の頭か?」

 

 背後から底冷えするような気配が立ち上った。

 ーーそう、誤った認識は正されたかもしれないが、ここに新たな誤った認識が生まれてしまった少女がいる。

 

 震えながら振り返ると、なんということでしょう。

 そこには拘束から抜け出した薫ちゃんの姿が!

 

 一体どうやってあれを抜け出したんだ……げげっ! あいつは、ねね!! 薫ちゃんのペットだ。

 あの珍獣……こともあろうに祢々切丸を持って来やがった!!

 

「ま、まぁ、まて。薫ちゃん……話し合おうじゃないか。

 あ、ダメ? ごめんね、謝るからっ! 全力で謝るから! 許してくれ!!

 土下座! 土下座じゃダメ??」

 

「お前には言いたいことはいろいろあるが……」

 

 薫ちゃんは沸き立つ怒りを隠すことなく憤怒の表情で、手にした祢々切丸を横に構える。

 そして振るいながら言った。

 

「オレは15歳の高校生だっ!!」

「え、薫ちゃん15歳って、マ?」

 

「シねッ!!」

 

 

 この後、めちゃくちゃセップクした!

 




感想、お気に入り登録、感謝です
早速評価までしてくださった方までいらっしゃり、ありがたいかぎり。

これからもよろしくお願いします。


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4.エレンちゃん?15歳って、マ?

ザザザザザ……ザザザザザ……

 

 柔らかな潮騒の音が、耳朶をくすぐる。

 うっすらと目を開けると、部屋の窓の外に横向きになった海岸が見えた。

 

 なんで横向きなんだ?

 ……いや、横たわっているのは俺の方か。

 

 右の頬に感じる、柔らかな体温と人肌。

 ぼんやりとした思考の片隅で、誰かにヒザ枕されているのだと悟った。

 

「Oh。ていとーく。目が覚めましたデスカ?」

 

 頭上から底抜けに明るい声。

 誰かが俺を呼んでいる。

 

 声の主を確認しようとヒザの上で仰向けになったが、目に入ったのは2つの巨峰。

 あまりに大きすぎるお胸様のせいで、顔が見えないのだった。

 

「大丈夫みたいデスネー。ていとくがずっと起きないので心配したのデース」

 

 しかし見えなくても、誰なのかすぐに察した。

 この特徴的な口調。ふくよかで豊満なボディ。

 そして親しげに俺を提督と呼ぶことから、鋭い人なら彼女が誰なのかーーもう分かるだろう。

 

 そう。彼女の名前は金剛。

 俺の秘書艦である。

 

「でも、ずいぶんうなされていましたネー。どうしましタカ?」

「長い夢を見ていた。いや、あれは前世の記憶か……」

 

 そう。俺は艦これ世界に、再転生したのだった。

 

 祢々切丸みたいな馬鹿でかい御刀を、横薙ぎに喰らったらどうなるか? 想像するのは難しくないだろう。

 激情にかられた薫ちゃんに、見事、 定/家 されてしまった俺は、あの世界で人生の幕を閉じたのだった。

 

 徳川定家23歳。

 短いが充実した人生だった……

 

「ていとく? 泣いているのデスカ?」

 

 だが唯一心残りがあるとすれば、それは姫和のことだ。

 俺がいなくなった世界でも、彼女は元気に暮らしていけるだろうか。

 

 俺自身、彼女に二度と会えなくなった今、胸が張り裂けそうに苦しい。

 仰向けのまま、ズキズキと痛む胸を押さえる。

 

「辛い夢を見たんデスネ……でも安心してくだサイ。ていとくにはワタシがイマース」

「そうだな。俺にはお前がいる……」

 

 俺の頬に添えられた金剛の手に、俺の手を重ねる。

 白魚のように透き通った綺麗な指だ。

 

 この愛すべき秘書艦と共に、俺はこの艦これ世界で精一杯生きよう。

 

 俺の新たな門出を祝福するように、はらりと舞い降りてきた彼女の金髪が、日に反射してキラキラと輝いていた。

 

 ……って金髪?

 

 俺はむくりと起き上がった。

 

「エレンじゃねーか!?」

「? もちろん、エレンデスヨ?」

 

 俺を膝枕していたのは古波蔵エレンだった。

 

「おい、エレン。その俺のことを『提督』って呼ぶのいいかげんやめろ。また勘違いしちまったわ」

「NonNon。ていとくはていとくデース。ユーの名前は定家・徳川。略して、ていとく。なにもおかしくないデスヨ?」

 

 クリクリした大きな瞳で覗き込んでくるエレン。

 

「いやいやおかしいから! 俺の名前は『さだいえ』ね。『ていか』じゃないから!」

「Oh。日本語難しいデース」

 

 こいつ……日本語わかりませーんの外人ポーズを使いこなしやがって……!

 

 俺の名前は徳川定家。

 あの13代江戸幕府将軍:徳川家定と似たような名前だ。

 

 だから基本的に呼び間違われることはないのだが、エレンは頑なに俺のことを「ていとく」と呼んでくる。

 まぁ、姫和を「ひよよん」、可奈美を「かなみん」とか呼ぶような奴だ。

 

 その枠で俺は「ていとく」に収まったのだろう。

 でも、こいつの言動で「ていとく」とか言われると、どうしても生前やっていたゲームのキャラを彷彿とさせて困るんだよね。

 

 おかげで今日も寝ぼけ頭に、妙なプロローグが走っちまったわ。

 当たり前だが、再転生とかしていない。ここは長船女学院の保健室で、人生はまだまだ絶賛継続中であった。

 

「っつ! いてててて……」

「手当はしましたけど、安静にしないとダメデース。あ、ほら包帯が解けてしまいましたヨ……」

 

 急に起き上がったせいか、身体中が痛みに悲鳴をあげていた。

 

 人生継続中ということで、いうまでもなく薫ちゃんから受けたダメージである。

 なんとか、 定/家 こそされなかったものの、ボコボコにされた俺は切腹レベルの重傷を負っていた。

 

 それにしても、よく死ななかったものだ。

 やはり初撃の横薙ぎを、土下座で躱せたのがデカかったな。あれで1フレーム稼げたよ。

 

 桃から生まれた桃太郎は、バアさんが桃を横に切っていたら死んでいたという。

 俺の場合、薫ちゃんが縦に攻撃してきていたら終わっていたよ。全くもって運が良かったね。

 

 だが命こそ儲けたものの、代償は大きかったようだ。

 それがこの体の節々に走る痛み。

 

 エレンがいうには保健室に連れ込まれた時に、俺の骨格はネジれの関係にあったらしい。

 薫ちゃんは奇怪なオブジェと化した俺をベッドに叩き込んで、帰っていったようだ。

 

 どおりで身体中が痛いわけだよ。

 

 ベッドに座りなおした俺の隣で、エレンがズレた包帯を甲斐甲斐しく巻き直してくれる。

 それにしても手当ての手際がいい。エレンは女子力が高いな。

 

 刀使は怪我しやすいからだろうか。

 いや。逃亡中に可奈美と姫和と俺を匿ってくれた、メガネのあの人とか手当てが最悪だったわ。

 

 刀剣類管理局は元刀使の女性が多い。

 あの組織は、戦闘力は高いかもしれないが女子力が低いのをなんとかしてくれ。

 

「すまんな、手当してくれたのはエレンか。助かったよ。

 にしてもお前は、こんなところで何やってんだ?」

 

「それはこっちの台詞デス。ここは長船女学園ーーワタシの学校デスよ。ここにいるのは当然デスネ。

 ついさっきまで荒魂退治に出撃していて、帰ったとこだったのデス」

 

 ああ、そういやエレンと薫ちゃんって事件の後、また長船所属になったんだっけ。

 今は二人ともここを拠点に活動してるのだった。

 

「それはご苦労だったな。でも保健室にいたってことは、まさかお前もケガしたのか? 

 見た所大丈夫そうだが……」

「Wao! 心配してくれるんデスか? サンクスデース。でも問題ないデスよ? 

 何と言ってもワタシは金剛デスからネ。お風呂に入れば治りマース♪」

 

「え?」

「え?」

 

「は? お前、やっぱ金剛なの?」

「? ワタシには金剛身がありますからネ。お風呂に入れば汚れは落ちマース」

 

「ああ、金剛身な……金剛身金剛身」

 

 エレンの得意な技名である。

 紛らわしいんじゃ!!

 

「それより、ていとくこそ長船でなにしてたんデース? ここ女子校デスヨ?」

「刀剣類管理局の仕事でちょっとな。といっても小間使いみたいなもんだが。もちろん許可は取ってあるぞ」

 

 俺は首に吊る下げた入校許可証を、軽くチラつかせた。

 こいつがなければ女子校でこんなにも堂々としてられない。

 

「Oh、お仕事でしたカ。遠くからはるばるよく来ましたネ」

「長船は岡山県だからな……」

 

 ちなみに出向命令が出たのは今朝である。

 さすがはブラック刀剣類管理局。13歳に世界を守らせるだけあるわ。23歳の人権など無いに等しい。

 

「フフッ。相変わらず仕事熱心なんデスネ」

「そんなことないさ。刀使として日頃、命張ってるお前たちと比べたら大したことはない」

 

 しかしこき使われはするものの、事件以降、俺が戦うことはほぼ無くなった。

 当時は俺も電光丸片手に一緒に戦ったもんだが、今は一線を引いている。

 

「俺に比べて、エレンは今も昔も変わらず大活躍みたいだな」

 

 特にエレン。

 今ももちろんだが、事件当時のこいつの活躍は目覚しかったからな。

 

 何を隠そう舞草と合流後、反折神紫活動の中心となったのが、この古波蔵エレンである。

 行く先々で折神家からの追跡の裏をかき、万全の状態で大荒魂と対峙することができたのも彼女のおかげだ。

 

 また、折神家親衛隊の燕結芽。彼女が助かったのも、エレンがずっと昔からフリードマンに依頼していた荒魂を体から抜く研究が役にたったからだという。

 同じく親衛隊の皐月夜見も、死にそうなところを間一髪エレンが助けたんだっけ。

 

 何かと不思議なくらいに、準備や察しのいい奴だったんだよな。

 まるで起きること全部わかってるみたいに。

 

「ワタシの顔をそんなに見つめて、どうしたんデスか?」

「いや、改めてお前は凄いなと思ってな。結芽も夜見もお前には感謝していると思うぞ」

 

 俺がマジマジとそういったのがツボに入ったのか、くすりとエレンは笑った。

 

「変なていとくデスネ。でもそれはちょっと違いマース。

 ……彼女たちを助けることができたのは、あなたのおかげでもあるんですよ。あなたは気づいてないかもしれないですケドネ」

 

 俺のおかげ……? 俺、何かしたっけ?

 行き当たりばったりで戦った記憶しかないが……いてっ!

 

 記憶をなぞろうと首をかしげたら、首筋に激痛が走った。

 

「Oh、ていとーく。傷がまだ癒えてないみたいですネ。もう少し休んだほうがいいデース。

 ほらココいいデスよー」

 

 ベッドに腰掛けたエレンが、ポンポンしている。

 どうやら再びヒザ枕をしてくれるようだ。

 

 短いスカートから伸びた白い太ももが眩しい。

 女性らしい丸みを帯びた優美なフォルムが、誘蛾灯のように俺を誘っている。

 

 しかし気を失っていた時ならともかく、この誘いを受け入れるわけにはいくまい。

 なんといっても俺は姫和の彼氏なのだ。

 

 彼女が見ていない時にこそ、自らを律する。

 それこそが大人というものである。

 

 エレンの太ももから見上げる景色は絶景だったが、ここは丁重にお断りしよう。

 煩悩に身を任せてはいけない。心を無にして対応しよう。

 

「いい子デスネー。ついでに耳かきもしてあげまショウ」

 

 ……あれ?

 

 気がつくと目の前に2つの巨峰が実っていた。

 靴を脱いでベッドに横になり、仰向けになって果実を見上げていた。

 

 こ、これが無意識……恐ろしい。

 

 長船の異常に胸を強調する制服も相まって、強烈な視覚効果にクラクラしてくる。

 長船の制服はすごいよ。さすが巨乳以外に厳しいセクハラ制服学校。

 

「最初は右からやってあげますから、あっち向いてくだサイ」

「はい……」

 

 言われるままに壁側を向く。

 ごそごそとポーチを漁る音がして、耳かき棒のこそばゆい感触が入ってきた。

 

 でもエレンって、ちゃんと俺の耳が見えてるのかな。

 自分の胸が邪魔で見えてないんじゃないの? 不安になってきたぞ。

 

「〜♪」

「……」

 

 そんな懸念は杞憂だったようで、エレンは慣れた手つきで俺の耳を手入れしてくれた。

 

 良かった。それに気持ちいい。

 日々の疲れまでもが、リフレッシュされていくようだ。

 

「それにしても、いつもながらていとくと薫のじゃれ合いは凄いデース。

 今回はまた随分派手にやられましたネ」

「はははは……」

 

 割とサボリ魔の薫ちゃんとエキサイティンするのはよくあることである。しかし今回ほどの規模はなかなかあるものではない。

 しかも全面的に俺が悪いことは確定的明らかだったので、もはや乾いた笑いしか出てこなかった。

 

「クスッ。そんな顔しないであげて下サイ。ああ見えて、実は薫もていとくのこと、結構気に入っているんデスヨ」

「ちょっと待て。それ本当か?」

 

 思い返す限り、自業自得とはいえ、邪険にされた記憶しかないんだが……。

 気に入ってる相手をボロ雑巾にしますか?

 

「嫌よ嫌よも好きのうち。知っていますカ? 薫みたいなのを、ツンデレといいマース。

 ワタシの見立てでは、薫は心の中ではていとくにラブラブデスヨ」

「うーむ、にわかには信じられん」

 

 ってか絶対ありえないだろ……。

 エレンは前にも薫のことをツンデレとか言ってたけど、薫ちゃんのデレとか見たことないや。永久行方不明である。

 

 いや、あれだけのことをしでかして、こうして生かされたのは奇跡に近いが、まさかこの助かった命がデレなのか……?

 デレの成分薄くない?

 

「ツンデレはいいよ。俺はどちらかというとデレデレの方が好きだ」

「Ah。それならワタシなんてどうでしょうカ? ワタシもていとくのことが好きデース。デレデレデスよ」

 

 そう言いながらエレンは優しく俺の頬を撫でた。

 

 ……え、なにこれ。

 好きってLOVEか? 今の告白なの?

 

 急な告白に体温が上がると同時に、エレンの体温もつい意識してしまう。

 特に今は見えないが、真横に確実にある巨峰の熱量を感じる。

 

 いや、これは巨峰なんて甘い果物ではない。

 もっと破壊力のある食べ物、巨峰……いや、巨砲だ。900mmカップ砲だ。

 

 でっか。

 

 本当に高校生か? いやいやこれは間違いなく超高校生級。

 とすると、やはり超弩級戦艦?

 

 あれ……ひょっとしてこいつ、本当に金剛なのでは?

 

 金剛といえば提督LOVE勢。つまり金剛な彼女が定家徳川LOVEなのはもはや必然。

 ひょっとして彼女とケッコンカッコカリできちゃう?

 

 姫和ちゃん(違法)と付き合うより、エレン(巨砲)と付き合うほうが、ひょっとして世界平和に貢献できるのでは????

 

 ……なんてな。そんなことは露ほど思わんよ。

 

 俺は姫和一筋だから。

 アニメのクールごとに嫁を替えてしまうような、世の中の節操のない連中とは違うのさ。

 

 でも一応確認。

 

「ちなみにエレンって年いくつだっけ?」

「ン〜15歳デース♪」

 

 エレンちゃん(違法)じゃねーか!!

 姫和ちゃんと1年しか違わねぇじゃねーか!!

 

 それでこの発育!?

 一体どうなってんだよこの世界はよぉ!!!!

 

 またもや俺は世界に対して心の中で咆哮をあげた。

 俺の知っている刀使たちの、見た目と戦闘力と実際年齢に齟齬がありすぎる件について! ぜひ書籍化したい。

 

「フフフ。それでていとくはどうデース? ワタシのこと好きデスカ?

 ちなみにワタシは薫と一緒でもOKデスヨ?」

 

 なにがOKなんだか……

 こっちは全然OKじゃないよ。

 

 年齢を確認したら、火照った頭が一瞬で冷えてしまった。

 

 冷静になって考えてみれば、今のこの状況。やってることは女子高生耳かきである。

 なにが日々の疲れがリフレッシュだよ。リフレッシュはリフレッシュでもJKリフレだよ。

 

 風俗一歩手前だ。

 摘発されたら、またもや判決死刑である。

 

 さて、どう答えたものか。

 まさか馬鹿正直に、自分には姫和がいますんでとか答えるわけにもいくまい。

 

 しかし賢い俺はこんな時、どんなことを言えばいいのか知っているよ。

 あらゆる女の子からの追求をかわす、魔法の言葉があるよね。

 

 そう、これじゃよ。

 

「え、なんだって?」

「……難聴禁止デース」

 

グサッ

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 耳、耳がぁぁぁぁぁああああああああ!!!

 

 俺は痛みのあまり、ベッドをのたうちまわってしまった。

 くそっ! すべての難聴系主人公にこの痛みを分けてやりたい!!!

 

「Hum。仕方ありませんネ。今日はこの辺にしといてあげマス」

 

 やれやれと肩をすくめると、エレンは耳かき道具をさっさとポーチにしまった。

 痛みと引き換えにだが、結果的に追求を避けることができたようだ。

 

 よかった……のか?

 

「ま、ワタシ本当は……十五歳ですけどネ」

 

「え?」

「え?」

 

「え? 何歳だって??」

「もちろん15歳デース♪」

 

 ああ、びっくりした。

 35歳って言ったのかと思ったわ。本当だとしてもさすがにそれはないだろ。

 

 やはり先ほどの一撃で耳がおかしくなってしまったようだな。

 こりゃ本当に難聴になったかもしれん。

 

「さて、ワタシはこの後報告にいかなきゃならないのでそろそろ失礼しますネ。ていとくもお大事に」

「ああ、今日はありがとな」

 

 手を振って別れる去り際、少しだけエレンが振り返った。

 

「後、提督。私は提督に一番ふさわしいのは、やっぱり私だと思いますよ。

 いろんな意味で、ね。それじゃバーイ」

 

 またも謎の言葉を残し、エレンは去っていった。

 

 いろんな意味?

 なに言ってんだ、あいつ。

 

 俺は首を傾げながら帰路につくのだった。



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5.紫さま3X歳って、うん。それは知ってる。

2話連続投稿。
前話もあります。


「入れ」

 

 聞くものの背筋をピンと張らせるような怜悧な声。

 その声に導かれるようにして、俺は局長室のドアを押した。

 

 観音開きのドアが内側に向かって開き、招きに従って中に入る。

 

 ひょっとしたらガラス瓶を落としても割れないのでは、と思わせるほどフカフカの赤い絨毯の上を進むと、その先には局長席に深く腰掛けるその人がいた。

 長く伸びた黒髪に、鋭い眼差しの女性。

 

 折神家元当主ーー折神紫さまだ。

 

「……?」

 

 なぜ紫さまがここにいるのだろう。

 

 紫さまは《元》局長である。

 ちょっと前までは折神家当主兼特別刀剣類管理局局長という地位にて采配を振るっていたが、先の事件で失脚し退任。

 現在は表向き病気療養中という扱いだったはずだ。

 

 それが元サヤに収まるかのように局長席に構えている。なぜか?

 疑問に思った俺が訝しげな表情を浮かべると、それを察したのか紫さまが答えてくれる。

 

「局長代理ーー朱音は外せない用があってな。今日は代わりに私が対応している」

「ああ、そうでしたか」

 

 代理しているというわけね。

 

 本来なら現在のこの部屋の主は、紫さまの妹である折神朱音さまである。

 俺も朱音さまに呼び出されたと思って来たら、座っていたのが紫さまだったのでびっくりしたのだが、そんな事情だったか。

 

 紫さまがしでかしたことを思えば、よく代理する許可が下りたね、と思わなくもないが刀剣類管理局は実務が大きく絡む世界なので、おいそれと代理できるものではない。

 力量的な問題もあって紫さまに任せられたのだろう。

 

 なんせ紫さまといえば、20年間以上も局長の座を勤め上げてきた古強者である。社会人としての年季も、俺みたいなペーペーとは全然違う。

 ただ、見た目だけでいえばと紫さまはJKで通用する。というか、まんま女子高生である。

 

 それもそのはず。紫さまは一時期ーーほんの20年ほど大荒魂と同化していた時期があり、そのせいで肉体年齢が17歳で止まっているのだ。

 信じられないかもしれないが、こう見えて紫さまは3X歳である。

 

「紫さまも大変ですね。当主の座を降りたのに、未だに刀剣類管理局の仕事を引き受けるなんて」

「いや、私も自分がしたことの重大さは理解している。責任を取るというわけではないが、次代に公正な組織を残すというのも私が果たすべき役割だろう」

 

「おお……」

 

 すごい責任感だ。尊敬に値するよ。

 

 紫さまは20年前の相模湾岸大災厄で大荒魂を倒したーーと見せかけて、実は大荒魂と取引し、同化したという過去がある。

 その後、徐々に意識を乗っ取られ、可奈美や姫和が命を賭した昨今の事件の原因となってしまった。そのことを気に病んでの発言だ。

 

 しかし結果として大荒魂ーータギツヒメと会話をすることができ、刀使の未来、荒魂の存在意義、今後の可能性について模索することができた。

 人と荒魂の関係を一歩前進させることができたわけだ。つまり紫さまのしたことは、全てが負だったわけではない。

 そこまで気にやむことではないだろう。

 

 それに紫さまは決して私利私欲で、大荒魂と同化していたわけではない。

 そこを勘違いしてはいけないね。

 

 誰だ! 紫さまを「若さ」のために荒魂に魂を売った不届きものとか叫んだやつは!!

 ……俺だ。反省しよう。

 

 それにしても朱音さまは現在、特別刀剣類管理局局長代理なので、ここにいる紫さまは局長代理代理というわけか。ややこしいな。

 もともと紫さまが局長だったことを考えると、さらにわけがわからん。深く考えないようにするか。

 

 紫さまが腰掛けている局長席の机上には、紙束が積み重なっている。おそらく決済待ちの書類の山だろう。

 それを淀みない手つきで、紫さまが片付けていく。朱音さまの代決とは思えないほどの手さばきだ。さすがである。

 

「朱音さまは出張ですか? そういえば朝からお姿を見かけませんでしたね」

「いや、朱音は別に仕事でいないわけではない」

 

「あれ、仕事ではないんですか? ではなぜ」

「それはだな……」

 

 手を止めて、微妙に言葉を探す紫さま。

 

 なんだ? 機密事項か?

 

「あ、いえ。別に問題あるようならお答えいただかなくてもいいです」

「いや、そういうわけではない。そうだな……朱音は、お見合いだ」

 

 あー。なる。

 

 実にプライベートな理由だった。しかもモロにセンシティブ。

 そうだよな。朱音さまももう3X歳だもんな。しかも失脚した紫さまに代わって、折神家現当主である。

 

 折神家は、昔からこの国を裏で支え続けてきた護国の柱であり、由緒正しい家柄である。全刀使の代表みたいな家である。

 その当主が3X歳になるというのに結婚していないというのは、いかにもまずい。家の存続にも関わるだろう。

 

 折神家ともなれば、結婚先も相応の格が求められるだろうね。お見合いというのもそのためだろう。

 折神家婚活事情である。

 

 紫さまもお見合いとかしてるんだろうか。

 紫さまも当主ではなくなったとはいえ、折神家の一族だ。

 

 結婚するときには家の許可とか必要になったりするのかな。尊い家柄というのも大変だよな。

 ま、俺みたいな庶民には関係ない話か。

 

「それで長船はどうだった?」

 

 気を取りなおすように別の話題を振られた。

 多少話をそらす意図を感じたが、都合がいいので俺も乗っかることにする。

 

「滞りなく終わりました。調査対象だった目的不明の資金使途も結局、真庭学長のエステ代でしたし……特にこれといった問題はなかったです」

「ああ、仕事の話ではない。あいつらのことだ。会ってきたのだろう?」

 

 あいつら……エレンたちのことか。

 紫さまも彼女たちとは浅からぬ仲だ。俺を含め、みんな一種の戦友に近い間柄でもある。最近会ったと聞けば近況も聴きたくなるだろう。

 

 紫さま自身も、今や軽々に会いに行ける立場ではないしな。

 そりゃ2人とも呼び出しゃ来るだろうが、そんなことに権力を濫用するような方でもない。

 

「エレンは元気にやっていました。久しぶりに会いましたが、相変わらずでしたよ」

 

 そう。彼女は相変わらずのわがままボディ。

 いや、思い返してみればひょっとしたら成長していたような。巨砲の口径が少し大きく……

 っと。これはあまり考えてはいけない。巨砲への憧憬は姫和への裏切りである。

 

「薫ちゃんは……」

 

 思い出されるのは奴の所業。つまりーー

 

「こちらもいつも通りでした」

 

 いつも通りの小競り合いである。

 

「からかうのもほどほどにしてやれ」

「ははは……」

 

 まさかいつも本気とは紫さまも思わない。

 

「二人とも息災ならよい」

 

 離れていてもこの気配り。なんと心優しい方だろうか。

 この優しさ、薫ちゃんにも分けてあげたいね。

 

 前段の世間話が終わり、「それで」と紫さまは本題を切り出した。

 

「本日お前を呼び出したのは他でもない。前から申請されていた件について決定が降りたからだ」

「おお、そうですか。それで……いかがだったでしょうか?」

 

「うむ。不受理となった。お前の希望だった電光丸の御刀返納は認められない」

 

 あ、やっぱり?

 

「……一応、理由を伺ってもよろしいでしょうか」

「そうだな。いろいろ理由はあるが、端的に言えばあれは御刀ではないからだ」

 

 御刀とは珠鋼によって作られた、特殊な力を帯びた日本刀をいう。

 刀使は御刀の力を使用し荒魂と戦う。

 刀剣類管理局はそんな御刀と刀使を管理・統制するために作られた組織である。

 

 一方、名刀電光丸とは未来技術によって作られた、特殊な力を帯びた超科学竹光である。

 俺は電光丸に振り回され荒魂と戦わされる。

 御刀ではない以上、返納は認められない。当然の帰結であった。うむ。

 

 いやいやいやいや。

 

 しかしそれでは困る俺は、食い下がる。

 

「そこをなんとかなりませんか? あれは俺の手には余る。もっとふさわしい人がいるはずです」

「と言ってもだな……」

 

 紫さまは困った奴をみる視線で、渋い顔をする。

 

「こちらでも解析を試みたが、あれはどこを調べてもただの模造刀だった。

 当然、お前のいう誰が持っても達人になれるといった馬鹿げた……いや、信憑性の薄い効果は認められなかった」

 

 馬鹿げたいわれちゃったよ。

 

「技術班は、どうせ調べるなら持ち主の頭ん中調べた方がいいんじゃないですか、と突き返して来たな」

 

 頭近未来で悪かったね~

 

 さすがは22世紀のトンデモ産物だ。こりゃ技術班どころか紫さまも信じてないね。

 江戸時代に半導体を持ち込んでも、誰も理解してくれないようなものだろう。凄い。凄すぎて困るわ。

 

「いや、私はお前のいうことを信じているぞ。しかし組織決定としては不受理が覆ることはない。

 よってこれはお前に返そう」

 

 紫さまは脇にあった箱から物を手に取ると、椅子から立ち上がり俺の眼前に立った。

 そして目の前に差し出された電光丸。

 

 やはり、刀剣類管理局に引き取ってもらうという認められなかったか……

 

 俺がこの転生チート特典を手放したかった理由は明快で、これを持っていると荒魂との戦いに引っ張り出されるためである。

 そりゃ俺も、年端もいかない少女たちに荒魂と戦わせるのはどうかと思うよ。

 でもだからと言って、俺が変わって命を賭して戦いたいかと言われると、答えに窮する。

 

 それにこの電光丸で荒魂と戦うと、俺の心身は深刻なダメージ受ける。

 電光丸先生は握ったものの意志に関係なく、敵対するものに勝手に立ち向かう性質があるので、強敵と戦うと俺の体は上下左右にブン回されるはめになるのだ。

 

 早い話、ジェットコースターに乗せてあげるヨ♪ ただし固定するのは右手だけね♪ というわけだ。

 どうだ? 乗りたいか? 俺はごめんです。

 

 それにこれを持っていると、2匹のバトキチが「タタカッテタタカッテ」とまとわりついてくるのも勘弁してもらいたい理由の一つではある。

 合理的に模擬戦を拒否するための、彼女たちへの抗弁が欲しかったのだ。

 

 返納が認められれば、危険な毎日ともおさらばと思ったんだがなぁ。

 前に一度手放したことあるんだけど、いつの間にか自宅に戻ってたよ、恐ろしいね。

 捨てても捨てても戻って来る。まるで呪いの刀だ。

 

「はい。わかりました……」

 

 ぐすんと心の中で涙しながら電光丸を受け取った刹那ーー空間に2つの曲線が走った。

 

 え、何!? なんなの!!??

 

 握った電光丸から伝わる、痺れるような衝撃。両手に御刀を構えた紫さまの姿。

 その二つが結びつき、折神紫がご自慢の二天一流で突然、俺の首をチョンパしようとしたのだと気がついた。

 

 それを電光丸先生が防いでくれたのだ。

 

 折神紫ィ!! 俺を殺す気かぁぁぁ!?

 おっと失礼。

 

「紫さま! 突然、何をするんですか!?」

「ふむ。今の感触……言われてみれば確かに」

 

 俺の魂からの叫びに対し、紫さまは今の攻防を思い返すように思案すると、御刀を鞘に収めた。

 

「すまないな。少し、試させてもらった」

「試す? 試すって何をですか」

 

「お前の、電光丸自体が自ら動いて戦っているという主張を、だ。今の双撃への受け太刀ーー動作の起点が電光丸の刀身にあった。

 この不自然さは、確かにお前の言う通りならば筋は通る。私の龍眼を破ったことにも、な……納得はできんが」

 

 ははぁ。

 

 どうやら今の突然の凶行には、俺の真偽を確かめる意味があったらしい。

 よかった! 腕が鈍ってないか腕試し、とか、最近運動不足で、とかくだらない理由じゃなかったんだ。

 

 確かに「持てば誰でも刀使みたいに戦える竹光」とか、新手の詐欺商品みたいだよな。

 これなら素人が荒魂に出会っても安心♪ とか、うさん臭い壺かよ。

 

 技術班とやらは俺の脳みそに嘘つきのレッテルを貼りまくってくれたが、紫さまは俺を多少なりとも信じてくれていたようだ。

 なぜなら俺のことをハナから疑っていたのなら、確かめるということすらしないはずだからだ。

 

「紫さま。紫さまは俺のいうことを信じてくださるのですね……っ」

「当たり前だ。お前と私は敵として、また味方として共に刀を交わした者同士。その言を安易に無下にはせん」

 

 じ~んっ!

 

 感動した!

 と同時に、そんな紫さまを第3のバトキチ誕生なのかと疑ってしまった俺は、自らを全力で恥じた。

 

 そうだよな。紫さまは俺よりずっと年上で、思慮深く頭の良いお方だ。

 一見して意味不明の言動に見えても、それには深謀遠慮があるのだ。

 

 決めたぞ。俺は紫さまについていく。

 もう多少言っていることが変でも、疑ったりなんかしない!

 

「だが電光丸がお前がいうような代物だったとしても、お前にしか扱えない以上、それはお前自身の力だと考えても良いのではないか。

 人を生粋の力でしか計れないと言うならば、それは刀使の存在自体をも否定するに等しい。

 電光丸を握ったお前が成し遂げた功績を誇るのは、なんら恥ではない。それはお前の持つべきーー御刀だ」

 

「かしこまりました。電光丸、この不肖、徳川定家が拝命します」

 

 俺は紫さまより手渡された電光丸を、改めて握りしめた。

 その様子を、両手に御刀を携えた紫さまが満足げに頷いてみていた。

 

「こうして向かい合っていると、あの時のことを思い出すな」

 

 あの時ーーおそらく可奈美と姫和と共に、折神家を襲撃した夜のことだろう。

 大荒魂であるタギツヒメに体と心を乗っ取られた折神紫さまを止めるため、俺たちは彼女と戦った。

 

「姫和と可奈美が膝をつく中で、私の龍眼を破ったのはお前だったな」

「そうでしたね」

 

「龍眼でも見通せないほどの、超越した一手。いい一撃だった」

 

 龍眼とはタギツヒメの能力の一つで、後で聞いたところによると「仮想現実シミュレーターによる未来視」だという。

 人ならざるものの演算能力で、あらゆる可能性を予測、そこから最良の一手を選択することができるという先読みの極致である。

 これがある限り、仕掛けた攻撃は必ずカウンターを決められてしまうため、折神紫に勝つことはできない。

 

 だが俺は勝ったっ!

 

 もう答えはわかりますね。あらゆる可能性といいますが、読めない可能性があります。

 そう。電光丸先生です。

 

「『荒魂に……欲望に負けるなっ! 本当の自分を思い出せ……っ!』だったか。心からの真摯な思いが込められた良い叫びだった。

 お前のあの言葉で、私は自分を取り戻すことができた」

 

 あぶねー!!

 

 その後、「自分の歳を受け入れろっ! 折神紫3X歳ぃぃ!!」って続けなくてよかったーーっ!!

 本当によかったーーっ!!

 

「そう。思い返せば、私はあの時からお前のことを……いや、なんでもない」

 

 何かを言いかけた紫さまだったが、窓の方へ顔を背けてしまった。

 

「どうしましたか? 顔が赤いようですが。あ、紫さまは病み上がりでしたね。ひょっとしてまだお身体が悪いのでは?」

「ごほん。いや、調子は万全だ。問題ない」

 

 それにしては咳払いまでしてるようだが。

 何だろう。ま、いっか。本人が万全と言っているのだ。大したことではあるまい。

 

 紫さまは両刀を鞘に収めると、局長席に戻った。

 

「私のことより自分の心配をしたらどうだ。どうしたんだその怪我は?」

 

 訝しげな紫さまの視線が、俺を指す。

 今の攻防で上着がはだけ、露出した部分に青あざが顔を覗かせていたのだ。

 

「怪我ですか……? ああ、これはそのですね、ちょっと薫ちゃんと揉めまして」

「大丈夫か? ふむ。内出血がひどいな。必要なら医療班を手配するが」

 

 なんと暖かいお言葉か。

 俺と紫さまの関係なんて、単なる上司と部下でしかないのに。これがホワイト上司か。

 

 薫ちゃんの塩対応が傷口に沁みていたばかりなので、紫さまの優しさが身にしみる。

 

「そういえば先ほども、薫と揉めたと言っていたな。お前たちが戯れ合うのはいつものことだが、今回は度が過ぎているようだ。どうした?」

「あ、いえ。これはですね……」

 

 しかしそこは踏み込まれると、ちょっと弱い。いや、ちょっとどころか完全に鬼門である。

 自業自得ここに極めりといわんばかりの理由だからな。このエピソードひとつで、聞いたものの顔を呆れさせる天才になれるのではないだろうか。

 

 いや、呆れるだけで済むなら御の字である。

 紫さまとか全刀使の庇護者みたいな立場の方である。こんな理由聞いたら、烈火のごとく怒るんじゃないの?

 

「ちょっと人には話し難い内容でして。特に紫さまには……」

「私には話しにくい内容なのか。多少気になるが、無理にとはいわん。

 お前のことは信頼している。間違っても刀使たちを傷つけるような真似はしまい」

 

「くえっ……」

 

 信頼が……重いっ!

 紫さまが信じた男は、女の子を逆上してふん縛る奴ですよ!!

 

 誤魔化そうかとも思ったが、紫さま相手に嘘は気がひけた。

 ここまで俺を気遣ってくれている相手に、さらに嘘を上塗りするのは人としてどうなんだろう。

 

 まぁ薫ちゃんへの対応が、そもそも人として終わっていたので完全に今更ではあるのだが。あはは。

 とはいえ妖怪人間だって人になりたいのである。人でなしだって、人間に戻りたい。これはそのチャンスではないだろうか。

 

 今回の原因はさすがに俺にあった。それを認め、懺悔することで罪を償う。

 男、徳川定家ーー再度の全面降伏である。

 

 しかしこの降伏は、前回の薫ちゃんに対する土下座より意味のある降伏のはずだ。

 紫さまはこう見えて俺よりもずっと年上で思慮深いお方だ。少なくともあのガキンチョに断罪されるよりは、ずっとマシなはずである。

 

「いえ、俺も男です。ーー正直に告白します」

 

 贖罪の意味も込めて、俺は訥々と語り出した。

 

「実は俺……好きな人がいまして、そのことで薫ちゃんと揉めました」

「好きな人だと……!? 待て、お前、懸想している者がいるのか?」

 

「はい。とても好きな……愛している人が」

「……そうか。いや、お前もいい年だ。そのような相手くらいいるか。そうか……そうだな」

 

 一瞬大きく目を見開いた紫さまだったが、俺が肯定すると、椅子に深く腰掛け黙って目を瞑ってしまった。

 

 あれ、なんか思ってた反応と違うぞ。

 これは落胆……しているのか? いや、そんな訳ないか。俺に好きな相手がいたから紫さまが落胆するとか、脈絡がなさすぎる。

 

 しかし待て。でも落胆で正しいのかもしれない。

 重大な原因だろうと見積もっていたら、蓋を開けてみたらただの恋話だった。紫さまにとってはあまりに下らなすぎる理由だ。

 だから呆れてしまったのかもしれない。

 

 ……どうしよう。話を続けるの、もうやめたほうがいいのかな。

 

 あ、怪我の理由ですかー? 

 これは未成年の女の子と付き合ってること、薫ちゃんに言ったら怒られまして、えへへ。

 あ、これ、薫ちゃんの噛み痕ね!

 

 とかーーやはり、アホ丸出しな気がしてきたぞ。

 

 いや、話すと決めたのだ。最後まで話しておくか。

 

「しかしなぜお前に好いた者がいることで、薫と揉めるのだ?」

「それはですね。俺が好きな人は、何分、俺とはかなり年の差がありまして。それが薫ちゃんには気に食わなかったらしくーー」

 

「……なに? 年の差がある……だと?」

 

 目を見開く。年の差という部分に、紫さまがピクリと妙に反応した。

 やばっ。やはり地雷か。ロリコンは罪かっ。

 

 いやいやロリコンではないのだ。姫和の容姿は決して子供ではない。

 そこはしっかりフォローしなくては……

 

「ええ、年の差があります。ただ、その人は見た目より非常に大人びた人で、決して幼いわけでは……」

()()()()()()()()()()()……だと?」

 

「ええ、はい」

「……」

 

 なぜか思案顔になり、考え込む紫さま。

 

「ちなみに、どれくらいの差なのだ?」

 

 核心きちゃったーっ。

 えーと、俺が23歳で姫和が14歳だから、およそ……

 

「およそひと回り……といったところでしょうか」

「ひと回り近い歳の差だとっ!!」

 

ガタっ!!

 

 紫さまが音を立てて、突然立ち上がった! 

 迅移か? 3X歳とは思えない機敏な動きだ!

 

 ひえっ!

 

 やっぱりこの差は許せませんか? 年がひと回りは、ちょっと幅をもたせすぎたかもしれない。

 せめてしっかり9歳差と言っておくべきだったか!! ……あんま変わらんな。

 

 やっぱり数字にすると、ひどい歳の差だよな。

 なんか恥ずかしくなってきたわ。

 

「いや、本当にこんなことを紫さまに直接言うのは、恥ずかしい限りです……」

「私に言うのは恥ずかしい……だと」

 

 消え入るような俺のセリフに、またも反応しアゴに手を当てて考え込む紫さま。

 

「そういえば男として告白とも言ったな……いやまさか……早計か。勘違いの可能性もある……

 今まで若い男には何度も裏切られてきただろう折神紫……」

 

 なにを言っているのだろう。そのままブツブツと謎なことを呟き出す。

 若干興奮して顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。

 

「こほん。その女性はどのような人なのだ? 恥ずかしければ直接言わなくても良い」

 

 軽い咳払いとともに、少し落ち着いた紫さまが言及してくる。

 

 直接言わなくてもいい、か……こちらに気を使ってくれているのかもしれないが、俺の狭い交友関係など紫さまにはお見通しだろう。

 ちょろっと容姿の説明でもしたら、相手が姫和なことはすぐわかる。

 

 だが俺は覚悟を決めたのだ。姫和バレ上等で、誤解のないよう説明するっ。

 

「その人ですが、髪の毛は……黒髪です。とても綺麗な。烏の濡れ羽色のような艶やかな長い黒髪で、目つきはちょっと鋭いんですが、強い意志を感じさせる清廉な眼差しをしていて……」

「いや、もういい。お前の気持ちは分かった」

 

 即バレである。

 そりゃこんな条件に当てはまる女の子なんて、姫和しかいないもんね。

 

 ……本当か? 

 ……あれ、なんか重大なことを見落としているような気が。

 

「こんな形で想いを伝えるとは、お前も遠回りで不器用なヤツだな。フフフ……」

 

 さっきまでの落ち着きのなさとは打って変わって、ものすごく上機嫌になった紫さまは改めて椅子に腰を落ち着けた。

 腰まである黒髪を払い、知的な目尻に笑みを浮かべた。

 

 なぜだろう。すごく満足げだ。

 めちゃくちゃニコニコしている。

 

 でも確かに迂遠ではあるが、俺は今、上司に共通の知り合いが好きだと告白したも同然なのだ。

 急に恥ずかしさがこみ上げてきた。

 

「お恥ずかしい……///」

「まぁそんなに恥ずかしがるな。フフフ……///」

 

 俺はもちろん、不思議と紫さまも顔を赤くしている。

 

 ……そうか。この方も女性だ。女性は恋話が好きだもんな。

 

「それで、好きな女性と年の差があることを、薫に咎められたのだったな」

「はい、そのとおりです」

 

 さぁどうなる……やはり激怒されてしまうのか……っ!?

 

「いいじゃないか、年の差」

 

 えっ!!!!

 

「むしろ年の差があってなにが悪い」

 

 まさかの全肯定である。

 

「年の差恋愛、大いに結構。そのような男女の恋路を、私は心から祝福する」

 

 唖然とする俺を置いてきぼりにする勢いで、紫さまが次々と応援のメッセージをくれる。

 まるで祝辞である。

 

「人の気持ちとは、年齢で推し量れるものではない。

 たとえ実際の年齢に差があったとしても、それは男女の結びつきに決定的な要因ではない。

 大事なのはーーそう、お互いの心だ」

 

 しかも言っていることが、俺が薫ちゃんにした言い訳とそっくりだ。

 

 え、いいの? 通用しちゃうの?

 ……いや、紫さまがここまで断言するのだ。いいに違いない。

 

 不意に俺の胸にこみ上げてくるものがあった。

 

 よかった……! あれは独りよがりな自己欺瞞じゃなかったんだ!!

 年の差恋愛を必死で肯定する、自分本位の勝手な言い草じゃなかったんだ!!

 

 まさか俺の気持ちをここまで理解してくれる人がいるなんて!!

 

「そうは思わないか?」

「思いますっ!! さすが紫さま!! 紫さまこそ、俺の最高の理解者です!!」

 

「馬鹿者! 面と向かってそのようなことをいうなっ! 面映ゆいっ」

 

 確かに最高の理解者はちょっと言い過ぎだったかな?

 そっぽを向いてしまった紫さまの耳も、赤く染まっている。

 

「ここまでいえば、お前の告白に対する私の答えはわかるな?」

「答え……ですか」

 

「私も常々思っていた。多少年がいってるからといって、年下のものに恋をしてなにが悪いのかと。

 だからこそお前の告白には、心から『是』と応えよう。今日ほど喜ばしい日はない」

 

 おおっ。紫さまが、俺が姫和を好きだという告白を是としてくれたぞ。

 しかもなぜか喜んでいる。

 

「これは私一人だけの意見ではなく、折神家として受け入れると思ってよい。たとえ反対するものがいたとしても必ず説得する」

「しかも折神家として支持してくれるなんて……っ」

 

 すごい追い風だ。

 全刀使代表折神家、特別刀剣類管理局代表代理代理が、全力で俺のロリコンを後押ししてくれているっ。

 

 ……しかし、改めて本当にいいのだろうか。

 俺個人でいえば、紫さまの応援は嬉しい。自信になる。

 

 でも本当にいいの? 刀使の中心組織がそんなことを後押ししちゃって。

 

 刀使は目の前のこの人を除いて、ほとんどが未成年の女の子である。

 それをとりまとめる管理局が、成人男性との交際を推奨するという。

 

 なんか別の目的の組織になってない? 俺が言うのもなんだが、犯罪の匂いがプンプンするよ。

 エロゲの設定にありそう。刀使って対魔忍じゃないよね?

 

 うーむ。

 紫さまほど立場のある方が、成人男性が未成年の刀使に手を出すことを積極的に支持するというのは、やはり問題があるのではなかろうか。

 

「しかし未だ若輩の身とはいえ、若い刀使と付き合うというのは我ながらいかがなものでしょうか?」

「若い刀使……? いや、そう言ってくれるか。フフフ」

 

 そりゃ姫和ちゃん14歳が若くなかったから、誰が若いんだって話だからね。

 

「だがそうだな。けじめが必要だ」

「けじめ……ですか」

 

 指でも詰めないといけないのだろうか……

 

「ああ。仮にも折神家が関わってくるのだ。さすがに中途半端な態度では納得のいかない者もでてこよう」

 

 ……ああ、なるほど。

 折神家として賛成するには一定の誠実さが必要ということだろう。

 

 つまり未成年の刀使と交際してもいいけど、その場合は責任をとってね、ということだ。

 男女間におけるけじめのつけ方、責任の取り方というのは昔から決まっている。そして俺だって、生半可な気持ちで姫和と付き合っているわけではないのだ。

 

 最後までいく覚悟は、当然完了している。

 

 となれば回答は一つだ。

 

「わかりました。結婚を前提にお付合いさせていただきます」

「うむ。よく言った。ではそうさせてもらう」

 

「はい、ありがとうございますっ。絶対幸せにしてみせますっ……ん?」

 

 あれ……何かが、そうーー何かが致命的にズレた気がした。

 

 それもボタンを掛け違えたような些細なものではなく、上着を着たと思ったら実はズボンで、社会の窓から「こんにちわ」してしまったような、そんな社会的に決定的な誤り……。

 

 姫和と結婚を前提に付き合うのは問題ないはずだ。なんなら婚約したっていい。姫和も賛成してくれるはずだ。

 では何が気にかかったのか……はて?

 

「それで、薫が異議を述べた件だったな。つまり、あいつはお前の年の差恋愛に反対というわけか」

「あ、そうですね」

 

「そうか。薫も思春期だ。身近にいた男性が魅力的に映ることもあろう。

 しかし横恋慕はいかんな。年上に譲るというものだろう」

 

 あれ、薫ちゃんって、姫和より年上……だったよな。

 ひょっとして紫さまも勘違いしちゃってるぅ? 薫ちゃんが小学生とか思ってたりして! 

 

 あはは。知ってますか? 薫ちゃんは、ああ見えて高校生なんですよ。15歳なんです!

 まぁ、野暮なツッコミはしまい。

 

「私に任せておけ。ビシッと言い含めておく」

 

 おお、それは心強い。

 さすがの薫ちゃんも紫さまが賛成とあらば、俺と姫和の関係に手出し口出しすることはあるまい。

 

「よろしくお願いします!」

「ああ、今後ともよしなに」

 

 お互いに和やかな空気のまま、俺は部屋を後にした。

 

 一時はどうなるかと思ったが、紫さまが全面賛成してくれるという晴天の霹靂みたいな出来事により、なんとかなってしまった。

 それどころか一歩も二歩も前進したぞ。大腕を振って姫和と交際できるようになったということだ。

 

 うーん、感慨深い。

 

 俺の未来は明るい。

 全く、前途洋々だぜ!!



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6.結芽ちゃん12歳って、マ?(その1)

中編ものになりそうです。


 新築後のヒノキの香り漂う廊下を進む。

 敷き詰めた木のタイルを俺の踵が打ち鳴らし、心地いい音を響かせる。

 

 歩を進め、たどり着いた先。俺は再び局長室のドアの前に立っていた。

 

 なんだかんだ言って、ここに来るのも慣れたものだ。

 刀剣類管理局の局長室ともなれば、一般企業でいえば社長室のようなものである。

 

 そのため最初こそ偉い緊張して体を強張らせつつドアをくぐったものだが、今は違う。

 実はあれから何故か知らんが、度々局長室に呼び出されるようになったので、ここに来るのもすっかり普通になってしまった。

 

 全く、慣れとは偉大である。

 しかしだからといって礼を失念していいわけではないので、俺は丁寧に3回ノックしてから中に入った。

 

「よく来たな」

 

 中にいたのは、予想通り本日も折神紫さまだった。

 というかここの所、この部屋で紫さましか見てない気がする。

 

 おかしいな。

 

 本来、朱音さまの部屋のはずなんだが……またお見合いかな。

 連敗記録更新中だったりすると反応に困るので、今回もスルーしよう。

 

「なんだ定家。お前も紫さまに呼ばれたのか」

 

 予想通りではなかったのは、そこに先客ーー姫和の姿もあったことだ。

 その言から察するに、どうやら姫和も紫さまに招集を掛けられたらしい。

 

「ああ、姫和。先を越されてしまったようだな。さすが、速さに定評のある刀使」

「この場合の早さは、あまり関係ない気がするが……」

 

 首を傾げつつも、姫和は若干嬉しそうだった。

 

 それもそのはず。こんな場所で会えるなんて、思ってもみない邂逅だ。

 良好な間柄の恋人同士であれば、不意の出会いが嬉しくないわけがない。

 

 もちろん俺にとっても喜ばしいサプライズだったので、調子に乗ってウインクなんかしてみた。

 

「ば、バカ……」

 

 消え入りそうな声と共に、俯いて顔を赤くする姫和。

 うむ、可愛い。

 

「ご、ごほん」

 

 ちょうど視線の先にいた紫さまが咳払いをした。

 なぜか紫さまも顔が赤いような気もするが……あ、ひょっとしてお怒りですか?

 

 紫さまには応援されている立場なのでつい気にせずやってしまったが、確かに業務時間中にウインクというのは、いかにもまずかったかもしれない。

 

「失礼いたしました。つい出会えたのが嬉しくて」

「うむ。そう言ってもらえるのは何よりだが、時と場合を考えるように」

 

 よかった。どうやらお怒りではないようである。それどころかちょっと満足げですらある。

 

 ミスしたらすぐに謝罪。この姿勢が評価されたのだろう。ポイント+1だな。

 ふふ、徳川定家。我ながら、相変わらずピンチをチャンスに変える男である。

 

「Hey! 失礼しますデース!!」

「入るぞ~」

 

 どうやら呼び出されたのは、俺と姫和だけではなかったようである。

 

 入口が再び開き、新たなる来客が姿を現した。

 長い金髪をたなびかせた古波蔵エレンと……げっ、現代を生きる猛き怪獣、益子薫ちゃんだった。

 

「徳川定家……お前もいたのか」

 

 俺が薫ちゃんの顔を見て引きつったような笑みを浮かべたのに気がついたのか、薫ちゃんは怪獣にふさわしい獰猛なジト目で睨みつけてきた。

 視線で殺せるなら間違いなく確殺必至の死ね死ねビームを放っている。恐ろしい子。

 

「Oh。薫ったら、ていとくをそんなに見つめちゃって……相変わらずオネツデスネー?」

「はぁ? おいエレン、馬鹿いうなっ! こいつのせいでオレが今どんな目にあってるか知ってるか!?

 行く先々で振られた可哀想な子扱いなんだぞ? そのせいでオレは……オレはぁ……っ!」

 

 薫ちゃんが涙目で震えている。生まれたての子鹿のように……いや猛獣がそんな優しい存在なわけないわ。

 彼女のことだ。この震えは、どちらかというと炸裂寸前の爆弾かもしれない。

 

 でも正直すまんかった。

 我ながらさすがにアレはないわ。

 

 とはいえ、まさかここで真実を暴露するわけにもいかない。

 無力な俺にできるのは、貝のように口を噤むことだけ……

 

 いや、せめて一言は謝っておくべきか。

 

「ゴメンネ」

 

「っ!?!? コロス!!!!!!!」

「Wao!? ちょ、ちょっと薫!? 落ち着いてクーダサーイ!!!!」

 

 こ、こえぇ……! 

 謝ったのに、何がいけなかったんだ……謝ったのに!

 激高するあまりねねきり丸に手をかける薫を、エレンが必死に止めてくれた。

 

「おい益子薫。その辺にしておけ。御刀とはそう軽々に振り回すものではない」

 

 局長室での抜刀未遂に見かねたのか、紫さまも助け舟を出してくれる。

 その言葉で紫さまの存在に思い至ったのか、一瞬、はっとした表情を浮かべると、薫ちゃんはちょうどいいとばかりに紫さまに訴え出した。

 

「そうだ。おい、知っているか? 折神紫! こいつは歳の離れた女の子に手を出す危険な男なんだ。変態野郎なんだ! 

 いいのか? こんな奴が野放しになっていて! 刀使たちが危険だと思わないのか!?」

 

 まさかの直訴だ。直談判である。

 

 この場には当事者勢揃い。

 俺はもちろん姫和だっているのに、頭に血が上ってしまったのか、なりふり構わず詰め寄っている。

 

 確かにここで紫さまが俺たちの関係にNOを突きつければ、それだけで話は終了である。

 刀剣類管理局、影の実力者ーー紫さまにはそれだけの権威と影響力があるからね。

 

 だが残念だったな。紫さまはーー俺たちの味方だ!!

 

「……もちろん知っている。だが私としては特に問題はないと考えている」

「なっ、バカな!?」

 

 信じられない驚愕を顔に貼り付けて、薫ちゃんはしりぞき慄いた。

 見たことあるぞ。これは信じていた者に裏切られた表情だ。

 

 気持ちはわかる。俺も紫さまの支持には、最初耳を疑ったからな。

 まさか「中学生と付き合ってるんすよ」って告白して、「いいじゃん。ガンガンやれ」って返してくれる上司がいるとは夢にも思うまい。

 

 でもいるんだよ、そこに。

 

 しかも紫さまはあの時の約束通り、ビシッと援護射撃までかかさない。

 

「それより私は逆にお前に聞きたいのだが、なぜ年の差恋愛を否定する?」

「それは……」

 

 少しだけ理性が戻ったのか、薫ちゃんは姫和の存在を思い出し、ちらりと見やって言葉を濁した。

 本人を前にして、舌鋒鋭く悪態を吐くのがためらわれたようだ。若干、逡巡した後ーー

 

「……不健全だからだ」

 

 結局、歯切れの悪い回答しか返せなかった。

 

「ふむ。あまり理由になっていないように思えるな。聞けばお前は定家に告白したが受け入れられなかったらしいな。

 それが認められなくて頑なに否定しているのではないか?」

「なっ! だからそれは、ちがっ!?」

 

 慌てて全力否定に走る。

 

 薫ちゃんにとってみれば、事実無根のデタラメにもほどがあることだからだ。

 だが悲しいかなーー世界でもそれを知るのは、根のないところに大樹を植えた俺だけである。

 

 先ほど言い淀んだこともあって、周りからはまるで図星を衝かれて焦っているように見えてしまう。

 エレンなんて、「Wao! 薫ってば大胆デースネ。やっぱりつんでれでしタカ」なんて完全に信じてしまった。

 姫和も寝耳に水といった様子で目を丸くしている。

 

 絶望のオーラをまとう薫ちゃんが、振り返ってコロスビームを放つ。

 俺は必死で目を逸らした。

 

 そんな各々の心境をよそに、紫さまは話を続ける。

 

「まぁ、聞け。私はなにも、考えなしに無問題としたわけではない。もちろん理由はある」

「理由がある……だと」

 

 どんな理由があれば未成年に手を出す社会人が問題ないとされるのか。

 疑問すぎて仕方ないといった様子の薫ちゃんに、紫さまは説き伏せるかのように説明を始めた。

 

「お前たちも知っての通り、特別刀剣類管理局の職員はかつて刀使だった者が多数だ。

 それは曲がりなりにも管理局が戦闘装置である以上、実戦経験を積んだ者の採用を優先するのは当然のことだからだ」

 

 ふむ。当然だね。

 

 例外的に逃亡の手助けをしてくれた棒メガネのあの人みたいに、一般企業に就職する人もいるが大抵は卒業後、管理局かかわりの仕事に就くのが多数だ。

 

「しかし多感な時期に戦闘を強いられた彼女たちは、満足に恋愛もできず大人になってしまった者も多い。

 恋愛経験や女子力が不足している中、女ばかりの職場で働きづめになる。結果的に、言い方は悪いが行き遅れてしまった者も多いのだ」

 

 まさに汚部屋で暮らすあの人の姿が目に浮かぶ。

 ああ……確かにあの人は恋愛経験少なそう。

 

「私は常々、この問題をどうにかしようと考えていた。その答えの一つが、年の差恋愛を推奨するということなのだ」

 

 ……なるほど。

 この問題の解決方法ーーそれはずばり、多感な少女時代にもっと恋をしろ、愛を育めということなのだろう。

 

 確かに棒メガネのあの人も、学生時代にもっと恋愛してれば「仕事が恋人28歳」みたいにならなかったかもしれない。

 

 もちろん健全な恋愛関係を考えれば、その役割は同年代の男子がふさわしいが、悲しいかな。伍箇伝はほとんど女子校なので、同年代の男子と触れ合うのは難しい。

 まさか荒魂討伐に無力な男子学生を引っ張り出すわけにもいくまい。

 

 すると刀使の一番身近にいる男は、刀剣類管理局や警察、自衛官といったサポート役の男性ということになり、自然、年上が多くなるというわけだ。

 紫さまはそこで生まれる恋愛関係を否定しないといっているのだ。

 

 うーむ。

 

 将来の婚姻率を上げるための施策とはいえ、なんかちょっと危うい気もするが、現在進行形で姫和と付き合っている俺は、とやかく言える立場でもない。

 それに紫さまのことだ。そこはうまくやるのだろう。

 

「もちろん、恋愛というのは個人の自由であるから無理強いするわけではない。

 だが知名度のある定家が年齢を気にせず恋愛するというのは、一つのモデルケースとして有用だと考える。

 管理局員にもそれに続く者が現れるようになるだろう」

 

「しょ、正気か……っ、折神紫!!?? こんな奴に続く奴がいてたまるか!

 刀剣類管理局は刀使をどうするつもりなんだ!?」

 

 どうするんでしょうねぇ……

 見方を変えると、ずばり管理局による未成年者不純異性交遊斡旋である。

 

 薫ちゃんにしてみれば、刀剣類管理局が荒魂に乗っ取られていた以上の衝撃を受けているのかもしれない。

 思わずそんな発言が出てしまうのも、やむを得まい。

 

 でも正気か……って上司の正気を疑う発言を、面と向かって言うのはどうなの?

 そう思ったのは俺だけではないようで、見かねたエレンも制止に入った。

 

「薫、紫さまに向かって失礼デスヨ」

「そ、そうだ。エレン! お前なら分かってくれるよな?」

 

 すがりつくようにしてエレンに助けを求める薫ちゃんだったが、あっさりと裏切られてしまう。

 

「Umm。いまいちワタシには話の全容がわからないデスが、薫の問いだけに答えるならワタシは年の差恋愛は問題ない立場デース。

 大事なのはお互いの心や立場、フィーリングなんじゃないデスカネ……Ah、もちろん人生経験モネ」

 

 Wao!!

 

 これには俺もビックリである。まさかエレンからも賛成意見が飛び出てくるとは。

 体が欧米レベルなだけに、考え方もリベラルなのか。いや、未成年とのなんたらについては欧米の方が厳しいはずだが……まぁいい。

 

 ……しかし人生経験か。精神年齢のことだろうな。

 人生経験とかいいだしたら、前世と今世を合わせた数奇で混沌とした俺の人生に合う奴など、誰一人いなくなってしまうからね。あはは。

 

「う、ウソだろ……エレン。まさかお前まで……」

 

 ビックリ程度ではすまなかったのが薫ちゃんだ。

 一番信頼しているエレンからの、梯子を外すかのようなこの発言である。

 

 前後不覚ーー動揺のあまり手にした祢々切丸を、力なくこぼした。

 

 キョロキョロと挙動不審に仲間を求めて周囲を必死に見回すが、あと残るのは俺と姫和くらいだ。

 

 俺は論外として、姫和が薫ちゃんにつくことはないーーというか姫和が薫ちゃんについたら、そもそもこんな話は成立しないので、味方なし。

 完全に薫ちゃんは四面楚歌である。

 

「おかしい……お前たちは、おかしいぞ」

 

 客観的に見れば正しいのはこれ以上ないほど薫ちゃんなのに、なぜかこの場では孤立無援のアウェーになっている。

 

 俺、姫和、エレン、紫さま。四方を囲まれた薫ちゃんは完全に詰んでいる。

オセロであったなら、薫ちゃんもひっくり返って支持派に回ってもおかしくない状態だ。

 

「うーん」

 

 そんなことを思っていたら、本当にひっくり返って気を失ってしまった!

 紫さまとエレンによる裏切りが相当衝撃的だったらしい。

 

「ふむ。失恋のショックが大きかったか。しかしこれも戦。恋の戦いに年の差は関係ないのだ。悪く思うな益子薫」

「おかしいデスネ。年の差の関係には薫も含まれてるのに、なんでショックを受けたのでショウカ」

「何が何だかわからない。今のは私と定家の関係を言っていたのか? まるで全員が別の壁に向かって話していたみたいだ」

 

 医療班に担架で運ばれる薫ちゃんを、三者三様につぶやきつつ見送った。

 

 俺に言えることは何もないよ。

 すまんな、薫ちゃん。安らかに眠れ。

 

「さて、本題に入ろう。益子薫はいなくなってしまったが問題はあるまい。代わりにエレン、お前が聞いておけ」

「わかりましたデース」

 

 薫ちゃんを抜きしても話は始まるらしい。

 気を取り直して紫さまが切り出した。

 

「本日、お前たちを招集した理由だが、目的は荒魂討伐だ。正確にはお前たちに加えてもう一人参加して、事に当たって貰いたい」

 

 大方予想はついていたのか、特に動揺する者はいない。

 ここにいる刀使は……いない薫ちゃんを含めて荒魂退治のプロフェッショナルである。むしろ別の任務が提示された方が驚くだろう。

 

 ただし、集められた面子には疑問がつきまとう。十条姫和、古波蔵エレン、益子薫、おまけの俺。このラインナップ。

 俺だけではなく、姫和たちも不思議に思ったようだ。

 

「荒魂討伐ですか。それにしては随分と人を集めましたね」

「確かに。こんなに揃って討伐に行くなんて久しぶりデース」

 

 つまり過剰戦力である。刀使全員が強さランキングベスト10に入るようなメンバーだ。

 一般的な荒魂程度だったら、たとえ大型個体であろうと鼻歌交じりに瞬殺できる者達ばかりである。それを3人。

 

 さらにはこのメンバーに加えて、追加で参加する者もいるという。

 

 さすがに力を入れすぎているのではないだろうか。牛刀割鶏。鶏を割くのに祢々切丸を用いるようなものだ。

 薫ちゃんは俺を裂こうと祢々切丸を使うのを、いい加減やめるべきだね。うん。

 

「まぁそう早るな。これから説明する」

 

 紫さまは続ける。

 

「つい先日。市民から、群馬県南東部の山中で荒魂らしきものを見たとの報が届いた。

 知らせを受けた管理局は、広域スペクトラムファインダーにより精査し、結果、荒魂が存在する蓋然性が高いと判断し刀使を派遣した」

 

 ごく一般的な荒魂討伐の契機である。

 ここまでは規定通りの流れ。

 

「問題はここからだ。討伐のために派遣された刀使は5名。お前達ほどではないが、いずれも経験を積んだ刀使だ。

 目撃証言を元に付近の山中を捜索中、複数の荒魂と交戦ーー撃退するに至ったのだが、逃げる荒魂にメンバーのうちの1人が特殊個体を目撃したのだ」

「特殊個体ですか?」

 

「ああーー人型の荒魂だ。私たちによく似た、な」

 

 荒魂はこの世界における怪物であり、ノロと呼ばれる汚染物質が集まることで形を成し生まれる。その形は千差万別であり、決まった形状を持たない。

 とはいえ不定形のスライムめいたものではなく、四足の獣型やムカデのような蟲型など、その姿にはある程度の方向性はある。

 

 しかし人型とは珍しい。それも等身大のサイズともなれば、嫌でも思い出されるのは1つ。

 ーー例の大荒魂。

 

「……タギツヒメ」

 

 同じ想像に思い至ったのか、姫和がそうこぼした。紫さまが頷く。

 その名前は数々の事件の元凶ともなった、大荒魂のものである。先の事件のラスボスみたいなもんだ。

 

「でも待ってくだサーイ。人型というだけではタギツヒメとは限らないデスネ。ただの見間違えではアリマセンカ?」

「目撃した隊員は、先の事件で直接タギツヒメと対峙し生き残った1人だ。彼女はアレは確かにタギツヒメだったと言っている。

 証言する身体的特徴も合致しているな」

 

 エレンの問いにも間髪入れず答えがくる。

 目撃者はタギツヒメと戦った実戦経験者ということだ。割と確度の高い情報というわけである。

 

「だがそれはありえない」

 

 割って入るように断言するのは姫和だ。その目には確たる自信が浮かんでいる。

 

「タギツヒメが現世にいるはずはないんだ。タギツヒメは迅移の果てにたどり着いたあの場所でーー確かに私たちが隠世の向こう側へと送っている。

 そうだな、定家」

「ああ、そのとおりだ」

 

 実際は送ったというか、俺たちが元の世界に帰るのを見送られたんだが……それはどっちでもいいか。

 ともかくタギツヒメは隠世だか最果てだか、よく分からん場所に置いてきたので、少なくとも現世にはいない。これは確かである。

 

「もちろんその件は重々承知している。管理局としてもタギツヒメ本人である可能性は、非常に低いとみている。

 ーーしかしタギツヒメに類する荒魂の存在を否定することはできない」

 

 タギツヒメに類する存在か。

 

 タギツヒメは大荒魂であるが、荒魂の一種である。オンリーワンであるとは限らないということだ。

 例えば、タギツヒメは大荒魂四天王の一人であり所詮最弱だったとか、そういうことだろうか。

 

 事件が解決したと人類が油断している隙をつき、残る3大荒魂が暗躍しているのだ。

 すなわち新たなる激戦の幕開けである。

 

 その場合、ピンチになったらタギツヒメが助けに来てくれるパターンだな。

 

 うーん。ありえそう。

 タギツヒメちゃん、最後は改心してたし。仲間になりそうな美少女顏だったし。

 

「そのため討伐を一時中断し、派遣部隊を再編成することとしたのだ」

「Oh。話が見えマシタ。それでワタシたちにお鉢が回ってきたというわけデスネ」

 

「うむ。とにかくまずは事実関係をはっきりさせておきたい」

 

 俺の勝手な妄想をよそに、話は進んでいた。

 実際、タギツヒメレベルが出てくると、中堅レベルの刀使では偵察だけだとしても、荷が重いだろう。強行して全滅という憂き目もありえる。

 そのためのここに集められた人選というわけだな。

 

 戦力的に考えると、最強領域に足を踏み込んでいる姫和を筆頭に、大物狩りに定評のある薫ちゃんと耐久力に秀でたエレンが補助に回れば不足はないだろう。

 これに加えてもう一人参加するとなれば、十分すぎると言える。

 

「なるほど。そしてエレンたちを俺はサポートすればいいわけですね」

「そうだ。派遣部隊の隊長として先頭にたってもらいたい」

 

「そうそう。先頭に立ってサポート……って、ええっ!? あの、隊長というのは戦闘部隊の、ですか? 俺が?」

 

 嫌な予感をひしひしと感じさせるような顔で、紫さまが頷く。

 

「あの……サポート部隊の隊長ではないのですか? その、バックアップ的な」

「いや、電光丸があるだろう。お前にも戦ってもらいたい」

 

 戦う! しかも隊長って!?

 

 俺は確かに刀剣類管理局職員だが一般職のはずだ。戦いからはおさらばした、非戦闘員である。

 なのになんだってそんなことに!!

 

「お前は今でも事件解決の立役者として十分な功績があるが、お前の望む未来を考えるなら、今のうちにより多くの実績を積んでおいたほうが良い。そのために手配させてもらった。

 いろいろとうるさい周囲を黙らせるためには、何よりも実績が一番だ。非難というものは実績の前には沈黙するものだからな」

「実績……ですか」

 

 俺の望む未来……姫和との関係が露見した時のことを言っているのだろう。

 

 確かに刀剣類管理局がバッグについたとしても、露見した暁には世間からの風当たりが相当強いことも想像に難くない。

 その対策として、今のうちに実績を積んでおけということか。

 

 それは確かにそうなんだけど、うーむ。

 

「てーとく、ひどいデスネ。女の子だけに戦わせるつもりデスカ? エレンショックデス!!」

 

 わざとらしいほどのエレンズオーバーリアクション。

 なにやら俺が悪者みたいないいっぷりだが、刀使を全否定するような発言だ、そりゃ。

 

「安心しろ。定家は私が守るっ! 危険な目には合わせない」

 

 意気込んでくれるのは大変嬉しいんだけど、姫和ちゃん。

 そもそも俺がいかなきゃ危険はないよね?

 

 はぁ。

 

 仕方ない。上司に行けと言われれば嫌々でも行くのが、組織の構成員である。

 そしてどうせ行くなら嫌々より喜んで任務に就いたほうが、上司からの評価も高いというものである。

 

 ……そうだ。これには紫さまのいうように、ある意味俺と姫和の将来がかかっているのだ。

 気合をいれよう。

 

「かしこまりました。徳川定家、喜んで拝命いたします。……俺たちの将来のために!」

「うむ、期待している。将来のために、な」

 

 紫さまは、今日も満足そうに俺を送り出してくれた。

 がんばるぞい。

 




誤字報告ありがとうございます。

なかなかまとまった時間が取れず、感想返しが遅くなってすみません。
本編共々長い目で見てくれると助かります。


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7.結芽ちゃん12歳って、マ?(その2)

「うん、調子は万全だ。今日も頼むぞ、小烏丸」

「Oh。ひよよん、気合入ってマスネー」

 

「ああ、エレンか。度々出撃していたお前たちと違って、私はしばらく現場からは遠ざかっていたからな。

 今回は久々の実戦になる。油断したくない」

「いい心がけデスネ。でも安心してください。バックアップは万全デスヨ。

 グランパに頼んで、いざとなれば最新のSS装備を飛ばしてもらえるよう手配しておきマシタ」

 

「それは助かる……にしてもSS装備? S装備ではないのか?」

「HuHuHu。新しく開発された私たちの新装備デース。

 S装備はダサいのでデザインを一新してもらいマシタ。もちろんデザインだけじゃなく、戦闘力も折り紙付きデスヨ」

 

「なるほど。よく分からんが凄そうだな」

「もちろんデース。なんといってもSSデスからネ。星4つは確実デース」

 

 駅のホームで、ソシャゲみたいな会話を姫和とエレンがしていた。

 SS装備か……さぞかし防御力が高いんだろうな。羨ましいことだ。

 

 S装備とは、刀使の能力を格段に向上させることができる戦闘ユニットである。SS装備はそのハイレアバージョンということだ。

 だからもちろん刀使ではない俺にはないぞ。男の俺にそんなカードが実装されると思ったかね?

 

 つーか刀使でない俺は、当然写シも使えない。エレンの得意な金剛身なんぞも使えるわけがない。

 防御力0である。裸みたいなものだ。すなわちノーマル。しかも男。これは売却待った無しである。

 

 しかし現実ってヤツは、パーティ編成でリーダーを俺に指定しやがった。

 SSレアばっかりの中にノーマルカードをリーダーにするなんて……ソシャゲ初心者かよ。

 

 そんなパーティで高レベルダンジョンに派遣されたら、真っ先に死ぬのは間違いなく俺だよね。

 低ランク時にパーティのコスト穴埋めに入れられるノーマルカードの悲嘆が、俺には分かった気がした。

 

 しかしこうなった以上は仕方あるまい。腹をくくろう。

 頼りになるのは電光丸だけである。こいつに俺は命を賭ける。頼むぞ、電光丸。

 

 心なしか握りしめた電光丸が、俺の期待に応えるかのように刀身を震わせた気がした。

 いい緊張感だぜ……っ

 

プルプル

 

 ん? 気がしたってか、これーー本当に震えてない?

 

 そう思った瞬間、電光丸は握りしめた俺の右腕ごと、ぐるりと弧を描いて背中に回った!

 

……

 

 

 ……ちょっと想像して欲しいんだけど、突然腕を掴まれて後ろに引っ張られたらどうなると思う?

 孫の手なんて商品があるくらいだ。普通、人間の腕は背中に回るようにできていない。

 

 にもかかわらず電光丸は、突然人体の機構を無視して動き出した。

 

 すなわち、こうなる。

 

 

「う、う、う、うでぇぇぇ!! 腕がぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 人の関節がぁぁぁぁ!! 曲がってはいけない方向にぃぃぃぃ!!!

 関節がぁぁぁぁぁ!! 可動領域を超えたぁぁぁぁぁ!!!!

 

「あはは。お兄さんすっごーい! 完全に死角から攻撃したのに、受け止めちゃったぁ!!」

 

 受け止めちゃったぁぁぁぁ……じゃねぇ!!!!

 

「いきなり何すんだ、こいつっ!!」

 

 痛みによるホワイトアウトから復帰し向き直ると、目の前には抜刀し俺に斬りかかった燕結芽。

 そしてそれを受け止めた電光丸の姿があった。

 

 一目瞭然。電光丸先生は結芽の奇襲から、俺を救ってくれたのだ……俺の関節を犠牲にしたがな。

 

「……って、お前は燕結芽(つばくろゆめ)? あれ、なんで結芽がここにいるの?」

「やっほー。お兄さん、おひさー」

 

 御刀をしまい、気楽にヒラヒラと手を振る結芽の姿がそこにはあった。

 

「あれ、紫さまから聞いてないの? 今回の任務、私も一緒に行くことになったんだ~」

「えーと、紫さまは確か、参加者が俺たち以外に一人いると言っていたな。

 まさか、それが結芽だったのか!?」

 

「そうだよー。えっへっへ。嬉しい? お兄さん。ね、嬉しい?」

 

 結芽はそう言いながら後手に手を組み、くるくると俺の周りを回り出した。

 

 嬉しいわけあるかい!!

 突然斬りかかられて喜べるのは可奈美ちゃんくらいである。

 

 まじかよ。

 

 確かにもう一人いるとは聞いていたが、まさかこのバトキチだったとは。

 

 燕結芽。言わずと知れた可奈美ちゃんに続く第2のバトキチである。

 なぜか彼女に気に入られている俺は、先ほどのように突然戦いを挑まれ、度々命をすり減らしている。

 

「私はお兄さんと一緒で嬉しいよ」

 

 小悪魔風味にウインクまで決める彼女だが、言葉通りの意味に受け取ってはいけない。バトキチの好きは好敵手の好きである。

 注意しなければ、お代は己の命で支払うことになるだろう。

 

「Oh。結芽ではないですか! まさか今日は結芽も一緒に?」

「あ、エレンおねーさん! エレンおねーさんだぁぁ!!」

 

「あはは。急に飛びつかないでくだサーイ」

 

 俺と同様に気に入られているエレンが顔をみせると、結芽は顔に花を咲かせてエレンに抱きついていった。

 そのまま2人はキャッキャと回り始めた。相変わらず仲のいい2人である。

 

 おかしいな。

 同じ気に入られているはずなのに、俺と歓迎の方法が違うぞ……

 

「やれやれ。ようやく追いついたか」

「結芽も病み上がりなんですから、少しは自重してほしいものですわ」

 

 再会を喜びあうエレンと結芽を見ていたら、背後からそんな声が近づいてきた。

 結芽に続いて、駅のホームに顔を出したのは獅童真希(しどうまき)と此花寿々花(このはなすずか)だった。

 

 エレンと戯れている燕結芽もそうだが、腰に差した御刀が示すようにこの2人も刀使である。

 先の事件でも一緒に戦った、元折神家親衛隊のメンバーだ。

 

「や、定家さん。お久しぶり」

「あら、定家さん。ごきげんよう」

 

「おや、懐かしい顔が揃ったな。まさかお前達も結芽と一緒に?」

 

 皐月夜見こそいないようだが、彼女を抜かせば元折神家親衛隊が勢揃いである。

 ここにいるということは、群馬行きに参加するのだろうか。紫さまは増援は一人だと言っていたが。

 

「いや、僕たちは別の任務さ。ただ、結芽とは方向が一緒だったから途中までね」

 

 真希が肩をすくめた。

 もともと同じ部隊にいたこともあって、結芽と彼女達の仲はいい。見送り、のようなものなのだろう。

 

「それに結芽は病み上がりだからね。少し心配だったというのもある」

「本当はわたくしたちも参加したかったのですけど……残念ですわ」

 

 寿々花も残念そうである。

 

 彼女たちが参戦してくれたなら、俺の負担も軽くなって万々歳ではあるが仕方あるまい。

 現状ではガセの可能性もあるのだから、過剰に戦力投資するのは良くない。ただでさえ荒魂は各地に現れていて、刀使は人手不足なのだから。

 

 とはいえやはり参加したかったという趣で、真希と寿々花は名残惜しそうに結芽を見つめていた。

 病み上がりとの先ほどの言にもあったように、結芽が心配なのだろう。

 

 結芽はそんな2人の心境も知らず、相変わらず楽しそうにエレンと戯れていた。

 

「それにしても、あの2人は相変わらず仲がいいんだな。再会した途端にあのとおりだ」

 

「そうだね。僕もちょっと驚いたかな」

「仕方ありませんわ。なんといっても古波蔵エレンは結芽の命の恩人ですからね」

 

 命の恩人。これは言葉通りの意味である。

 

 燕結芽は、幼い頃に御刀に認められ天才剣士として名を馳せたが、同時に若くして大病を患ってしまった。

 病は命に関わるほどの重篤なものであり、死の一歩手前までいったらしい。

 

 さらにその延命のために、当時折神紫さま(悪属性)からノロを受け取り、結芽は荒魂にまで汚染されてしまったのだ。

 一時はそれで延命できたのだが、それも根本的な解決には至らず、何もしなければそのまま死んでしまっていただろうと言われている。

 

 それを救ったのがエレンだ。

 

 舞草と深いつながりがあり、フリードマンというノロの専門家を祖父に持つ彼女は、ノロと人体を切り離す方法や病の治し方を前もって用意しており、瞬く間に結芽を助けてしまったのである。

 

 まるで全てを予測していたかのようなスピード解決に、俺は唖然としてしまったもんだよ。

 どんだけ準備いいんだよ、こいつ……まるで御都合主義だな、ってね。

 

 しかし御都合主義だろうがなんだろうが、結芽が助かったのは良いことであることは間違いない。

 

 そして後に全てを知った結芽が、エレンに懐くのも当然のことであった。

 その結果が、今二人が浮かべている笑顔だ。

 

「エレンには僕らも感謝しているよ。もちろん君にもね」

「そうですわね。ノロを暴走させた結芽を力尽きる前に抑えたのは、定家さんだったと聞いてます。

 だから結芽はあなたにも心を許しているのでしょう。あなたもまた、結芽の命の恩人ですわ」

 

「ははは……」

 

 そんなこともありましたね。

 でも恩人に突然斬り掛かるのはやめてほしい。

 

「君たちに救われて、結芽はずいぶんと明るくなった。以前の結芽はこう言ってはなんだけど、抜き身の刀のような危ういところがあったからね。

 信じられないかもしれないけど、突然紫さまに斬りかかる何てこともあったんだよ。

 それが今ではすっかり険が取れて、本当、見違えるようだよ……」

 

 タイムテレビが欲しい。

 5分前の凶行を真希に見せてやりたい。

 

「願わくば結芽の笑顔が曇らないよう、よろしく頼むよ」

「結芽のこと、任せましたわよ」

 

 なんか子供を見守る熟年カップルみたいなこと言ってる。

 結芽のことを、年長者が年下を慈しむような視線で見てるぞ。

 

 まぁ2人とも経験を積んだ一流の刀使だ。それもやむなしだな。

 

 

 

 ……いや、騙されてはいけない。なにが年長者か。

 徳川定家よ。今まで何度そうやって勝手に判断し、勘違いしてきたことか思い出せ。

 

 確かに一見すれば2人とも大人だ。

 

 獅童真希なんて、女の子も虜にしそうなイケメンフェイスに俺並みの身長がある。

 此花寿々花は魅惑的なスタイルはもちろん、お嬢様気質からくる精神的余裕らしきものが身体中から溢れている。

 

 2人とも、風格は完全に大学生以上。

 

 しかし姫和、可奈美、薫ちゃん、エレンと全てに勘違いしてきたのが、この俺だ。

 唯一、勘違いしてなかったのが紫さまぐらいだよ。

 

 だからここでしっかり確認しておこう。

 もう騙されないぞ!

 

「突然失礼するが、君たちの年はいくつだったかな?」

 

「ん? 僕の年かい? 16歳だよ」

「あ、真希さん。そんなに簡単に……本当に失礼ですわねこの男。はぁ、仕方ありません。

 わたくしも16歳ですわ。それが何か?」

 

 

 じゅうろくさい!!

 

 ……16歳!

 

 16歳か。

 

……

 

 セ~〜〜〜〜〜フっ!!!!!

 

 きょ、許容範囲!!

 

 多少よろめいてしまったが、16歳というのは納得の範囲だ。

 最悪のパターンで真希が「僕、小学生だけどどうする?」ってセリフ言うまで想定してたから、ダメージは少ない!!

 

 ……だよな。

 

 考えてみたら、こいつらはただの刀使ではなく、元折神家親衛隊である。

 前世で言えば大臣のSPみたいなもんだ。

 

 それに抜擢されるような連中が、小学生なはずないね。

 いくら頭が鳩ぽっぽでも、小学生をSPに抜擢する大臣がいるわけなかったわ。

 

 そりゃ16歳も若すぎる気もするけど、可奈美ちゃん13歳に比べれば十分まともである。

 やはり可奈美ちゃん13歳は偉大だ。

 

 ったく、俺も焼きが回ったものだ。

 よりにもよって折神家親衛隊を小学生と疑うなんてね。そんなことあるはずないね。あはは。

 

「っと、電車が来てしまったようだ。それでは僕たちはこれで失礼するよ」

「それではごきげんよう。他の方々にはよろしくお伝えくださいませ」

 

 挨拶もそこそこに、真希と寿々花は去っていった。

 時間の関係か、俺としか会話できなかったがよかったのかな。

 

 まぁ、任務を無事に終えたら、改めてこちらから出向けばいいか。

 こちらもそろそろ発車の時間になりそうだしな。

 

 俺は踵を返すと、姫和たちと合流し電車が来るのを待った。

 

 

 

 

 車窓から見える風景が、雑多なビル街から長閑な田園風景へとその姿を変えていく。

 ポツリポツリと点在する家々は古くからの日本家屋が目立ち、都会から遠ざかっていくの感じる。

 

 差し込む光が乱反射する窓には、同時に車内の光景が写っていた。

 平日の特急電車は人気も少なく、車内には俺たち以外の姿はない。

 

「〜♪」

 

 姫和は俺の隣に座り、簡易テーブルに何かを広げ、楽しそうに手元をいじっている。

 その向こうにはエレンと結芽が並んで座っており、仲睦まじくお菓子を食べる姿があった。

 

 薫ちゃんはその後ろの座席に、一人座っている。

 

 駅のホームでも一人ブスッとしてたし、今もご機嫌斜めなのだろうか。

 残念ながら窓の外を見ており、その表情は伺えない。

 

「結構乗ったけど、到着にはまだ時間がかかりそうだな」

 

 車外から目に入る緑は多くなってきたが、山々は遠く先にある。

 目的地に着くにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 移動手段もなぜ電車なんだろう。

 ヘリを出せとまでは言わないが、せめて車で送迎してくれてもいいのではないだろうか。

 

 群馬は近いようでいて意外と距離があるんだよな。

 しかも今回の場所はローカル線も挟むから、余計に時間もかかるし。

 さすが日本に残る最後の秘境である。

 

「よし剥けた」

「剥けたって何がだ……ってミカンか」

 

 先ほどから何をイソイソとしているのかと思っていたら、姫和の手元にあったのはミカンだった。

 ぷっくりとした果肉が綺麗に顔を覗かせている。出がけの売店で買った冷凍ミカンだ。

 

「にしても冷凍ミカンとはこれまた珍しいな」

 

 前世では子供のころ列車の旅といえば冷凍ミカンだったが、気がつくと姿を消していた商品だ。

 

 なんというか、時代を感じる。

 あの売店もよく売っていたものだ。この世界ではまだ現役商品なのだろうか。

 

「そうか? と言っても私も小さい頃に母さんから、旅には冷凍ミカンが付き物と聞いただけだから初めて買ったんだが……

 ま、ようやく溶けて剥けるようになったからな。一緒に食べよう」

 

 姫和が半分に割った片割れを、ありがたく受け取る。

 季節外れの食べ物でもあるが、ほどよく食べごろに溶けていた。

 

 ……うん、美味しい。

 

 シャリシャリとした食感と果肉の水々しさが、同時に口の中に広がる。

 この味わいは冷凍ミカンならではのものだよな。

 

 なによりこの冷たさがいい。

 車内の高い室温で火照った体に、気持ちよく効いてくる。

 

「シャーベットじゃないし、ジェラートとも違う……なかなか味わい深いな」

 

 そんなことをいいつつ嬉しそうに頬張っている。小動物チックに膨らませた頬がなんとも可愛らしい。

 姫和も気に入ったようだ。これはまた帰りの電車で買ってもいいかもしれないな。

 

「ほら結芽ー。あ~んして下サーイ。あ~んデスヨー」

「えーっ。エレンおねーさんってばそんなの恥ずかしいよ……なーんてね☆ あーん」

 

「いい食べっぷりデース! その調子で今度はおっきく育つんですよ」

「今度はって何〜? じゃあ、お返し~。あーん……って、エレンおねーさんは十分大きいじゃん!!」

 

 ふと視線を奥に移すと、エレンと結芽がクッキーの食べさせあいっこをしていた。

 あいっこ、である。エレン×薫ではまず見られそうにないものだが、エレン×結芽だから成立していた。

 

 ……なぜか本来ありえないことが、奇跡的に完成したかのような光景に感動を覚える。

 なぜだろう。美少女同士で、眼福な光景だからかもしれない。

 

「……」

 

 その様子を姫和もチラリと見たが、特に何の感想もなく冷凍ミカンに向き直った。

 

 実は彼女たちに感化されて姫和も俺に「あーん」をしてくるのかと、ちょっと期待したりもしたのだがそんなことはなかった。

 

 さすがに知り合いが見ている前で、そんなことはしないらしい……残念。

 

 と思ったが、その代わりというように、肘掛に乗せた俺の右手にそっと乗せられるものがあった。

 もちろん姫和の温もりである。

 

「……」

 

 無言ではあるが、赤く染まる頬が姫和の心境を物語っていた。

 

 むむむ。

 これではミカンを食べようにも右手が使えないではないか。姫和だって左手が使えないぞ。

 

 無論、そんなことは些細な問題である。

 重ねられた姫和の手を振りほどくことなく、俺と姫和は仲良く片手でミカンを食べるのだった。

 

 いやー! 列車の旅って最高ですね!

 

 

 

 ……そんなことしてたから、薫ちゃんが窓に映った俺たちを、憎々しげに見ていたことに全然気がつかなかった。

 

 仕方ないね!




仕方ないぜよ。


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8.結芽ちゃん12歳って、マ?(その3)

 山間地に入ったのか先ほどから揺れが激しい。勾配が続くせいか、車両もガタゴトと時々激しい音を立てている。

 時間も結構経ったし、目的地が近いのかもしれない。そろそろ電車から降りる準備をしないとな。

 

 たしか駅から降りた後も、サポート部隊のベースキャンプまでは結構距離があったはずだ。

 迎えの車は用意してくれているらしいが、まだ移動しなければならないとは難儀なものだね。

 

 そんなことを考えつつお手洗いから出たとき、とある人影とばったり鉢合わせした。

 薫ちゃんである。

 

「うおっ、か、薫ちゃん!?」

 

 堂々と仁王立ちしている。手には御刀、祢々切丸。狭い通路で通せんぼだ。

 ……あれ、これ鉢合わせじゃなく、待ち伏せでは?

 

「おい変態糞虫ロリコンミカン野郎」

「何かね。俺に告白玉砕ショックで失神娘さん」

 

ーーピキィッ!!!

 

 あんまりな呼び方されたので、ついつい相応に返したら薫ちゃんのコメカミに稲妻が走ってしまった。

 

 俺はなぜ、あえて逆鱗を踏みに行ってしまうのか。

 だ、だってこの子、俺の罵倒に拍車がかかってるんだもん。つーかミカン関係なくね??

 

「ま、まさかこんなところで俺をヤる気かっ!? あえて姫和がいない隙をついてきたのか!

 正気かっ。この狭い所で祢々切丸をぶん回してみろ! 俺の体はもちろん、電車まで真っ二つだ!!

 早まるんじゃない!!」

 

 完全にテンパり狼狽する俺を見ると、怒りから一転、醒めた目に戻った薫ちゃんは「は~~~~~~~~~~~~っ」っと、ひたすらに長い溜息をついた。

 

「お前には言いたいことが……言いたいことがほんっっっっっっとうにいっぱいあるが、とりあえず今は、いい。今は、とりあえず置いといてやる」

「え、許してくれるの? マジ?」

 

 おお、どうやら殺意の波動を納めてくれるらしい。

 

 大人だ。

 俺が薫ちゃんにしてきたことを思えば、ここで矛を収めてくれるなんて、なんとも大人な15歳である。

 

 逆に俺は本当に23歳だろうか。転生前も換算したら……自分が疑わしい。

 

「許すわけじゃない。保留するだけだ。勘違いするんじゃないぞ」

 

 か、勘違いしないんだからね!

 そんなこと言うからエレンにツンデレ扱いされちゃうんだよ。口が裂けてもそんなこと言えないけど。

 

「わかった。いずれ埋め合わせはするよ。それより何か俺に用かな?」

「……姫和と車内でいちゃつくお前を見て、もう一回注意してやろうと思ったが、考えてみればオレもこれ以上クビを突っ込むほど暇じゃなかった。

 結局最後は二人の問題だ。確かに姫和も幸せそうだしな。だからそれはいい……いや、よくはないがいいことにしておく」

 

 

 確かに暇をこよなく愛する薫ちゃんが、ここまで干渉してきたのは非常にレアなことだったかもしれない。

 最初から「オレはしらねー。勝手にやれ」でもおかしくなかった。

 

 それだけ俺たちのことを心配してくれたからだろう。

 なんだかんだいって、彼女は仲間思いのとってもいい子だからね。

 

「ああ、うん。迷惑かけちゃったね。なんとかうまくやるよ」

 

 薫ちゃんの言葉は厳しいがどれも正しいものだった。

 忠告は心に留めておこう。

 

「それより問題は折神紫だ」

「は? 紫さま?」

 

 突然の紫さまの名前に思わず聞き返してしまう。

 しかも「問題は」という剣呑な前置きとともにである。一体どうしたというのか。

 

「紫さまが問題だと? どういうことだ?」

「……お前、折神紫のやろうとしていることに、本当になんの疑問もないのか?」

 

 紫さまがやろうとしていること……なんのことだろうか。

 話のつながりから考えて、俺と姫和のことも関係していることかな。

 

 紫さまといえば、俺と姫和の関係を知った上で応援してくれる、よき理解者だ。

 しかもそれだけでなく、俺と姫和のような年の差恋愛関係を、折神家ひいては刀剣類管理局としてバックアップしてくれようとしている後援者でもある。

 

 ……ああ、このことか。

 

「紫さまが、未成年の女の子と成人男性の付き合いを合法化しようとしていることか?」

「そうだ。お前も分かるだろう? 折神紫は刀使をロリコンどもに差し出そうとしているんだぞ」

 

 うーん。なんとも辛辣な意見である。しかしはっきり言ってその通りでもある。

 俺も紫さまに応援してもらっている立場上、反対を明言できなかったが、紫さまからの熱すぎるエールを聞くたび、薫ちゃんと同じ感想を抱いていた。

 

 紫さまは、俺と姫和のお付き合いを認めてくれている。

 23歳に14歳と交際してもいいよ、と言ってくれたわけだ。

 

 と同時に刀剣類管理局として、そんな年の差交際を認知し推し進めようとしている。

 

 この二つは似ているようで、全然違う。

 

 俺と姫和は結局のところ、個人的関係に収束する。

 社会全体として望ましいことではないが、当人たちの意思を尊重するなら例外として認められんこともないとお目こぼしいただく立場だ。

 

 しかし刀剣類管理局として認めるとなると、話は違ってくる。

 刀剣類管理局はこの世界において多大なる影響力をもつ組織だ。

 即ちそれは、未成年の刀使に成年男子が手を出すことを社会的に認めると同義となってしまうのだ。

 

 はっきり言ってめちゃくちゃである。

 ただでさえ見目麗しい刀使たちは、世の男性陣に熱い人気があるのだ。

 

 ことが成就した暁には、伍箇伝はロリコンたちの草刈り場と成り果てるだろう。

 ロリ婚カッコガチだ。

 

「あの女は何を考えているんだ。伍箇伝は婚活施設じゃないんだぞ!!」

「うーむ。紫さまもそんなことを考えているわけじゃないと思うんだが……」

 

 とはいえ紫さまが何を考えているのかなんて、俺にもさっぱり分からん!

 なんかもっともらしいことも言っていたようだが、まともに考えるとあの理屈もどこかおかしかった気がする。

 

 あれ?

 

 

 

 

 ……紫さまはひょっとして、何かもの凄い勘違いをしているんじゃないか???

 

 

 

 

 

「ゆ、紫さまには考えがあるんだろう。それこそ俺たちには理解できないような」

「定家は本当にそう思うか? オレは思ったんだが、折神紫が考えているのは全く別のことなんじゃないのか。

 ひょっとしてオレたちは何か『勘違い』をしてるんじゃないか?」

 

「なん……だと……」

 

 

 勘違い。

 

 

 そのキーワードの元に、奇しくも俺と薫ちゃんの意見が一致していた。

 

 

 まさか。

 しちゃってる? 勘違い。

 

 

 俺と薫ちゃんの視線が交錯する。

 薫ちゃんが仰々しく口を開こうとしている。

 

 まるで開けてはならない真理の扉を開くかのように。

 

 勘違いの内容。

 そう、それはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ。これはオレの勘なんだが……折神紫は再び荒魂に乗っ取られているかもしれない」

 

「……は?」

 

 するりと、何か大事な答えが空に消えていった気がした。

 

 あ、あれれ?

 

「考えてもみろ。まともな思考があれば、未成年の刀使をロリコンどもに斡旋しようとは思わないだろ。

 逆に言えば、折神紫はまともではないということだ。オレたちは折神紫がまともになったと、勘違いしていたんだ!」

「え……あ、うん。そうなの、かな?」

 

 勘違いしてたのは紫さまじゃなくて、俺たち、か?

 まとも……じゃないのかな? 紫さま。ってかなんで荒魂?

 

「仕事が忙しくてノイローゼにでもなった奴を知っているが、ろくなことを考えない奴だったぞ。だからオレは適度な休息を忘れないようにしているんだ。

 まともじゃない奴は本当に理解できないことをするもんなんだ……そしてあの女には前科がある」

 

 紫さまの前科。言わずと知れたタギツヒメによる乗っ取りを言っているのだろう。

 

「いやまて、だからって荒魂に取り憑かれたはないだろ。それにタギツヒメはもういない。

 紫さまだってもう、荒魂の支配から解き放たれているはずだ」

「本当にそうかー? タギツヒメの残滓や、分け御魂みたいなものが残ってたりしないか。

 ……いや、一度荒魂に乗っ取られたことから、荒魂が付きやすくなって別の荒魂に乗っ取られてるかもしれないぞ」

 

 うーん。

 

 言われてみれば前世で読んだホラー漫画でも、よく似たシチュエーションがあった気がする。

 一度悪霊に憑かれた人間は、再び悪霊に取り憑かれやすくなるみたいなもんか。

 

 サボリ魔薫ちゃんもカウチポテトで漫画を読むのが大好きだ。

 ひょっとしたらそこから得た着想かもしれない。

 

「いやでもなぁ……だからって荒魂に乗っ取られているってのは、発想の飛躍がすぎるんじゃないか?」

「そういって前回の時も信じない奴ばっかりだったから、舞草も大変だったんだ。あの折神紫が荒魂に操られているはずがないってな」

 

 ぐぬぬ。そう言われると厳しい。

 

 小さな違和感を冷笑した結果が、20年に及ぶ大荒魂の支配をもたらした。

 紫さまの謎のロリ婚押しも、ひょっとしたら再び荒魂と化した折神紫(悪属性)による人類侵略計画の布石なのかもしれない。

 

 平常性バイアス。人は自分に都合の悪いことを無視しようとする傾向がある。

 俺は紫さまが味方になってくれているという視点だけを選び取り、大切なものを見落としていないだろうか。

 

 これはひょっとして、可能性としてはありえる……のか?

 でもなぁ。

 

「仮に紫さまが荒魂に乗っ取られているとして、ロリ婚を奨励する意味はなんだ?」

「……さぁ?」

 

 肝心の部分が抜けた返答に、俺はずっこけそうになってしまった。

 薫ちゃんが顔を真っ赤にする。

 

「仕方ないだろ!! 荒魂の考えてることなんてわかるか! だいたい前回の折神紫だってノロに関する技術を人類に提供するっていう、はたから見たらさも味方のような真似をしてただろーが!」

「確かにそりゃそうだが……」

 

 現時点では意味不明でも、後世になったら恐ろしい企てだったと判明するのはよくあることである。

 

 真面目に考察するなら、刀使を恋愛にかまけさせることによって戦力を削る、とかかな。

 あるいは刀使をいっぱい妊娠させて戦線離脱させる、とかだろうか。

 

 どちらにせよ迂遠である。

 前回の失敗を生かして搦め手で来てるのだろうか。

 しかしあまりに搦め手すぎて、正常な発想ではない。

 

「14歳と23歳の交際を応援するなんて、とてもまともな奴の考えることじゃないからな。

 折神紫が荒魂に乗っ取られて、まともじゃなくなっていると考える方がスッキリする」

 

 紫さまもひどい言われようである。

 

「あれ……でもその理論で言うと、付き合ってる本人の俺も荒魂みたいじゃない?」

「ああ、定家。お前はいいんだ。お前は既にオレの中では荒魂みたいなもんだから」

 

 ひでえ。

 さすが荒魂をペットにする人は懐が深いですね!(嫌味!

 

「それにオレだって何も、根拠なくこんなこと言ってるわけじゃないんだぞ。

 折神紫にお前の年の差恋愛について詰め寄った時、はっきりとした『敵意』を感じたんだ。

 そう。アレはまるでカタキでも見るかのような……アイツがオレを敵視する理由なんてないはずだろ!?」

「なにっ!?」

 

 まさかそんなことが!!

 確かに。紫さまが薫ちゃんを敵視する理由なんて、欠片もないはずだ。

 

 にもかかわらず薫ちゃんにカタキでも見るような視線を向けるなんて、答えはひとつ。

 薫ちゃんが、紫さまのロリ婚奨励計画に反対してしまったからだ。

 

 そう言われてみると、一応の蓋然性を帯びてきた気がする。

 

「ただ、定家。もし折神紫が本当に荒魂に乗っ取られていたとすると、今回の任務は一筋縄じゃいかないかもしれないぞ」

「どういう……ああ、罠か」

 

 紫さまが敵側についていたとすると、群馬で人型の荒魂を見たという前提の話そのものが嘘で、俺たちが山中に入ったら取り囲まれるという話もありえるということだ。

 

 相手もこちらの戦力を把握した上で罠を張っているはずなので、楽な戦いにはならないだろう。命の危険も考えられる。

 

「まぁ、そうなったら第一に狙われるのは、きっとオレだろーがな。めんどくさい……」

 

 なんせ薫ちゃんは紫さまに明確に反対してしまったからな。

 この機会に亡き者にされる確率は高い。

 

「大変だなぁ……」

「……おい。誰のせいだと思ってるんだ、お前」

 

 反射的に出た俺の感想に、薫ちゃんが剣呑に睨みつけてきた。

 

 おっと。確かにこれはあまりに不配慮すぎたな。

 

 今回の件ーーというか、そもそも薫ちゃんが紫さまに敵視されてしまった原因は、すべて俺にある。

 不作為だったとはいえ、俺の恋愛事情に薫ちゃんを巻き込まなければこんなことにはならなかったのだ。

 

 にもかかわらず原因を作った俺が他人事みたいな反応を返しては、薫ちゃんが怒るのもそりゃもっともだろう。

 

 よし、決めた。

 

「いや、今のは本当に申し訳なかったよ、薫ちゃん。

 だからこれまでの謝罪の意味も込めて、今回の戦い。俺が君を守ろう」

 

「はぁ?」

 

 薫ちゃんがポカンと口を開けて、怪訝そうに顔を歪めた。

 また男型荒魂が突飛なことを言い出したぞ、みたいな表情をしている。

 

「どうしたんだ、お前。また頭がおかしく……いや、いつもか。

 いつも頭がおかしいのか?」

 

 信用ないなぁ。

 いやいや、信用を失わせたのは俺自身だ。これから取り戻さねば。

 

「そんなに変なこと言ったか? 俺の強さは知っているだろ?

 こう言っちゃなんだが、戦いにおいては俺の方が薫ちゃんよりも強い。だから万が一の時には俺が盾になるってことさ。

 それに俺の方が年上だしな。年上が年少者を守るのは当然のことだ」

 

「なんだこいつ。いつもおかしい頭がおかしくなってマトモなこと言ってる……」

 

 薫ちゃんの視線が、完全に気味の悪いものを見るソレだ。全然信じてくれない。

 夜中に出会った不審者が何を言っても信用されないのと、同じ理屈である。

 

 しかしこのままでは俺の気がすまない。

 今こそ、薫ちゃんが俺に告白して玉砕したというデマを作り上げてしまったことを、贖罪すべき時なのだ。

 

 俺にできることは電光丸を持って、彼女に降りかかる苦難をなぎ払うことくらいなのだから。

 

「薫ちゃんには本当に迷惑をかけっぱなしだ。だからこれくらいはさせてくれ。

 決して薫ちゃんの迷惑にはならないようにするから。これこそが俺にできる唯一の償いだ!」

「いやなんかそういうのが既に迷惑なんだが……というか、償いをしたいなら、まずはあのデマを取り消してくれないか?」

 

「それは断る」

「おい」

 

「とにかく! 今回は俺は君を守ると決めたんだ。俺に任せてくれ!!!」

「……なんか必死すぎて怪しいな。お前そうやって、またオレをハメようとしてるんじゃないのか?」

 

 実に疑い深い。

 今回ばかりは何の打算もなく言っているというのに。

 

「疑いすぎだよ! 薫ちゃん!!」

「じゃあ、なんで断わるんだ?」

 

「そりゃ、姫和のことがあるから……」

 

 いや、だってねぇ。

 

 薫ちゃんが俺に玉砕したってデマを否定したら、必然的になんでそんな嘘ついたのって話になって、芋づる式に全部明るみに出てしまう。

 

 だから鬼畜だの悪魔だの言われようと、それだけは無理なのだ。

 どうにか諦めてはくれないものか……

 

「オレの気持ちは変わらないからな。何度でも言い続けてやる」

 

「ああ、分かってる。薫ちゃんの気持ちは分かっているはずなのに……すべては不甲斐ない俺が原因だ」

「お前のせいで、あの日からオレもおかしくなりそうなんだぞ……」

 

 ああ、そういや局長室で言ってたな。

 あっという間に噂が拡散して、俺に振られたかわいそうな子扱いされてるんだっけ。

 

 俺も薫ちゃんの立場になったら、憤死するかもしれん。

 なんとかしたいのも山々なんだが、やはり無理かな……少なくとも今は。

 

「でも時期が来れば、薫ちゃんの思いにも答えられるかもしれない」

「本当か!? それはいつだ?」

 

 薫ちゃんの食いつきがすごい。

 そら薫ちゃんの尊厳がかかってるから必死にもなるか。

 

 いつになるかは正直わからん。

 

 あの件がデマでしたとバラせるのは、すべてが明るみになっても問題なくなった時。すなわち俺と姫和が付き合っていることを、世間に向けて表明できた時だろう。

 

 それは順当に考えれば、姫和が俺と交際しても問題ない年齢ーー18歳とかになってからだろうか。

 4年後だ。これはいくら何でも遅すぎるか。正直に言ったら殴られそうだな。

 

「すまん。いつになるのかは言えない。でも薫ちゃんの望む答えはきっと出すよ」

「期待して……いいんだな?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 4年後はないにしても、できるだけ早く薫ちゃんの名誉が復権できるように、俺も万事を尽くそう。

 探せばきっと何か方法はあるはずだ!

 

「じゃあ、戻るか。そろそろ到着しそうだしな」

「ん、もうそんな時間か」

 

 でもとりあえず、集中すべきは今回の任務だ。

 

 俺自身はあまり信じちゃいないが、折神紫さまが再び荒魂に乗っ取られてるっていう薫ちゃんの考えが正しければ、油断は大敵だからな。

 せいぜい気を引き締めていかなければ。

 

「そうそう。紫さまのことは、一応秘密にしておこう。妙な誤解されてもたまらないし」

 

 紫さまが再び荒魂に侵されてるかもしれないだなんて話は、劇薬に過ぎる。

 蓋然性も低いのだし、任務に変な先入観を与えてもいけないだろう。とりあえずは俺と薫ちゃんの胸中に留めておくのが正解だ。

 

「ああ、そうだな」

 

 薫ちゃんもその点については理解しているようで、俺の考えに賛同してくれた。

 

 やれやれ。まだ目的地に到着してもいないっていうのに、どっと疲れたな。

 とはいえ薫ちゃんとある程度和解できたことは、大きな前進といえるだろう。疲れたかいはあったのかな。

 

 一件落着といってもいいのではないだ……って

 

「げぇっ!! 姫和!?」

 

 客車に戻ろうと薫ちゃんと連れ立って歩き出したところ、なんとドアの前に姫和が立っていた。

 能面のような表情でこちらを見ている。

 

「話は終わったのか定家。もうちょっとで目的の駅に着くみたいだ。席に戻ろう」

 

 無表情だ。しかして怖い。

 

「姫和はどうしてここに……?」

「トイレに行ったっきり、なかなかお前が戻ってこないからな。心配したんだ」

 

「そ、それは悪かったな。ちょっと途中で薫ちゃんと話し込んじゃってさ……」

「ふーん」

 

 ふーん、だって。

 

 なんという、つかみどころのない「ふーん」だろうか。

 怒りなのか無関心なのか、込められた感情を読み取ることができない。

 そもそも「何」を聞いていたのが最大のポイントだ。

 

「あの~。姫和、話聞いてた……のか?」

「全部は聞いてないぞ。せいぜいお前が『……すぎだよ! 薫ちゃん!!』って叫んだあたりぐらいからだな」

 

「そ、そうか」

 

 どうやら前半の紫さまが荒魂に乗っ取られている云々の部分は、聞いていないようである。

 紫さま云々の話はまだ憶測の域を出ていない以上、無闇に広がっても疑心暗鬼になって任務に支障をきたすだけである。

 

 聞かれてなくて幸いだ。

 俺は息をなでおろした。

 

 よかったよかった……って、ちょっと待て。

 

 

 ……あれ?

 

 

 本当に良かったのか?

 

 姫和って確か、薫ちゃんが俺に告白して玉砕したって話、知ってんだよな?

 それを元に、姫和の立場になって聞かれた部分を振り返ってみよう。

 

 

 

……

 

………

 

 

「……好ぎだよ! 薫ちゃん!!」

「じゃあ、なんで(オレの告白を)断わるんだ?」

 

「そりゃ、姫和のことがあるから……」

「オレの気持ちは変わらないからな。何度でも言い続けてやる」

 

「ああ、分かってる。薫ちゃんの気持ちは分かっているはずなのに……すべては不甲斐ない俺が原因だ」

「お前のせいで、あの日からオレもおかしくなりそうなんだぞ……」

 

「でも時期が来れば、薫ちゃんの想いにも答えられるかもしれない」

「本当か!? それはいつだ?」

 

「すまん。いつになるのかは言えない。でも薫ちゃんの望む答えはきっと出すよ」

「期待して……いいんだな?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

………

 

……

 

 

 うん。

 

 

 やベェ

 

 

 た、滝汗が止まらんっ。

 

 なんかまるで、俺が姫和から薫ちゃんに乗り換えようとしてるみたいである。

 

 ってか聞くとこピンポイントすぎだよ! 姫和ちゃん!!

 

 薫ちゃんも事の重大さに気がついたのか、顔を青くしている。

 

 俺が横目で(薫ちゃんなんとかしてっ!)って頼むが(絶対無理だろっ!!)って返ってきた。

 この状態で言葉を重ねても、まさに言い訳以外の何物でもないだろう。

 

 いろいろすれ違いの多かった俺と薫ちゃんだが、この瞬間、間違いなく心は通じ合っていた。

 

 姫和は今何を考えているのか。

 前を行く彼女の背中は何も語ってくれない。

 

 いや、姫和は振り返ることなく一言だけ呟いた。

 

「…定家は…………なんでもない」

 

 定家はなんなの!?

 全然なんでもないって言葉じゃないよ、それ!?

 

 

 

 何か恐ろしく大きな爆弾をかかえながら、電車は無事駅に到着した。




ちょっと次話は時間かかるかもしれません。


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