その先に見えるもの (辰伶)
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序章 それは唐突に

「それは俺も行ったんだが・・・・・・・・・。風龍がお前らと行くとどーしても聞かなくてな」

 珍しく龍造が歯切れの悪い言い方をした。振り返ると、今まで風龍は毅然とした態度で通していたが、龍二が厄介ごとに巻き込まれる度にやれ右眼やら腹だの背中だのに瀕死の重傷を追って帰ってくることが多かったものだから、心配してしまったのだろう。

 彼女はこの家を預かる者として、しっかりと見張っておかなければという使命感―――と呼んでいいのか分からないが、とにかく彼女なりの決意であろう―――を果たすべく志願したものと捉えた。

 それはそれで嬉しいのだが。厄介事排除は、多いほうが助かる。

「すまないが、頼まれてくれ」

「へーい」

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

それは、ある爽やかな朝に唐突に告げられた。

「龍二、お前来週から川神学園に転校な」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 進藤龍二はたっぷりと時間を使って、父の理由(わけ)の分からない宣告について反論した。

 つい先日、彼は親友佐々木安徳の一件を解決し、束の間の平和な学校生活を送っていた。今日とてのんびり学校生活を楽しもうとしていた矢先の、父龍造の朝食の席での一言だった。

「親父、意味分からん」

 龍二は父に言った。

「川神学園に転校しろといった」

「いやそうじゃなくて」

 この時点で、またとんでもない面倒ごとに巻き込まれると感じていた龍二であったが、取り敢えず父にその理由を問うた。

 どのみち、自分に拒否権はないのだから。

 川神学園と言えば、神奈川県川神市にある武士や貴族の末裔が多く通っているとかいう学校で、それこそ全国的に名の知れた名門一族から一般庶民の家系がごまんと通っているという。かつ、川神市には多くの非日常的イベント盛沢山でそんじゃそこらの出来事ではびくともしない猛者達が住んでおり、関東三山の一つ川神院がある町と聞いたことがある。

 そして混沌に満ち溢れた街であるという噂まである。

「九鬼財閥を知ってるだろ?」

 龍造はさらっと話題を変えると、龍二は知ってると返した。

「うん。(みかど)のおっさんの会社でしょ?」

 九鬼財閥。

 世界屈指の大企業であり、あらゆる産業を網羅している超一流財閥である。その当主九鬼帝と龍造は幼馴染であるらしい。その縁で、これまで何度か彼の家へ遊びに行ったことがあり、彼の子供である3姉弟とも面識があった。

 確か、次男が自分の一つ下であったはずだ。

「その九鬼で、今『武士道プラン』という計画を進めていてな」

「武士道・・・・・・なんだって?」

「簡単に言うと、過去の英雄のクローンを作ってんだよ」

「そりゃまたなんで?」

「まぁ色々大人の事情があんだよ」

 それ以上聞くなと眼が訴えていた。龍二はそこまで馬鹿ではないので、それ以上の無粋な真似はしなかった。

「それで、そのクローンが今度川神学園に通うことになったんだよ」

 父の話によれば。

 『武士道プラン』とは過去の英雄をこの現代に転生させる計画であるらしい。詳しい内容は彼も知らないようだが、あくまで、この計画は過去の英雄を「転生」させることに重点を置いているので、通常のクローンとは一線を画している。

 しかし、倫理や技術面的に世界を揺るがすことになるそうだ。最も、計画自体はかなり前から秘密裏に進めていたらしいが、今回それが軌道に乗ったということで本格的に稼働し始めたとか始めてないとか。

 そりゃそうだろうなと龍二は感じた。『禁忌』に近い技術だし。

「じゃぁ槇田(まきた)のおっちゃん大変だなぁ」

「まぁ、前総理も手伝ってるから大丈夫だろ」

「それで、それと俺の転校とどんな関係があんのさ?」

「帝に彼らの護衛を頼まれてな。奴のところにも従者部隊がいるが、常に学園で護衛できるわけでもないのでな。外部で動けるものが欲しいんだと」

 それでなんとなく察したくない意図を察した龍二は、心の中で大きなため息をついた。

「それで、九鬼の家のこと知ってて、知り合いでそれなりに融通がきいてかつ実力があるちょうどいい人材がいる俺達に話が来たのね」

 そういうことだと快笑する父。どうやら天は自分に平和で楽しい学生ライフを楽しませてくれることはないらしい。

 恨むぞ神様。ざけんなちくしょう。

 とは言え、龍二の友人や周りには、そんなクローンなんて存在をぶっちぎるくらい異常な連中がわんさかいるので、大して驚くことはなかった。

「んでよぉ親父」

「分かってる。達子ちゃんも一緒だ抜かりはない」

 暴走されちゃたまんないしなと茶を啜る龍造。達子ちゃんとは、龍二の恋人である神戸達子のことである。

 まぁ、最近の彼女はそんくらいで暴走することはなくなったが、下手したら本当に暴走戦士(バーサーカー)になりかねないから今の彼女は怖い。故に側に置いておきたかった。その意図を汲んでくれた父に感謝する。

 しかし、ここ最近の出来事で、彼女の性格は信じられないくらいガラッと変化した。今から考えれば本当に信じられないことだった。どうしてこうなったのか、今から誰かに問うてみようかしら。

「一応パンフあっから読んどけ」と龍造はテーブルの上に川神学園のパンフレットを放った。それを手に取った龍二はパラパラとめくり始めた。

「さっき言ったクローンだがな。多分お前昔何度か会ってるぞ」

「そうなん?」

 龍二は適当に聞き流してパンフに眼を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍二と達子の転校の話はまたたく間に神明(しんめい)高校中に広まり、送別会やらなんやらを急を要することになったが、何の心配もいらなかった。

 完全無欠の生徒会長村重友代の指揮の下、迅速に準備が勧められ、盛大に開催された。

 その時彼が苦労したのは、彼を溺愛しまくってた従姉妹の瑞穂、弟激loveの実姉沙奈江と同じく龍二loveの友人カスガノミコトの説得だった。

 瑞穂とカスガに対しては、進藤家の守護龍とカスガの弟に世話という名の監視を頼み、実姉沙奈江に関しては取り敢えず兄の龍一に任せることにした。

「お主はいい加減龍二から離れんか馬鹿者ぉ!!」と吠え、ギャーギャー抗議する彼女を自分の相棒に任せ龍二は父の元へ急いだ。

 後で聞いた話では、沙奈江は守護龍に小一時間みっちり説教されたとか。

 さて、龍二と達子は龍造から今後の詳細を聞いた。

 まず、転入日は6月9日月曜日と決まった。二人の今後の拠点は川神市の島津寮に入寮することが決定していて、既にあちらの寮母には話を通しているそうだ。そこから学園に通うことになっている。

 転入するクラスは、「特例」で2年F組に編入されるらしい。どんな手を使ったのかは敢えて聞かなかった。

 今回彼らに課せられた任務は、彼と同じく転入することになった四人のクローンを危険から守ることである。しかし件の者達はS組に転入するという。それは先方の意向であるから仕方ない。

 では何故自分達が彼らとは別のクラスなのか理由を聞いた。

 彼の問いに、龍造は「良く言って選抜組、悪く言って上から目線と選民思想主義者の金持ちボンボン共の巣窟」と答えた。あっ、無理と龍二は皆まで聞く前に即答した。

 そういった部類の人間は龍二が一番嫌いな人種である。それを考慮しての配置であった。

「そんで、こいつらが今回お前らにそれとなーく守って欲しい連中だ」

 ほれ、と龍造は対象の四人の写真をテーブルの上に投げた。

 それを見て「あーこいつらかー」と、龍二は昔の懐かしくも楽しかった思い出に浸った。

 そう言えば、彼らの他に、四人の子供とも一緒に遊んだことがあったっけ。今の今まで忘れているとは、いやはやなんとも情けないなぁ。

 源義経・武蔵坊弁慶・那須与一・葉桜清楚(はざくらせいそ)。彼らが九鬼家の計画で誕生したクローンであり、龍二達がそれとなーく守る対象でもあった。しかし、葉桜清楚に関しては遊んだ記憶はあるが、彼女が誰のクローンか全く分からなかった。

 父にそのことを聞こうとしたが、止めた。どうせ過ごしているうちに判明するだろう。

 その時父龍造が顔を一瞬だけ曇らせた。

「義経と弁慶や清楚に関しちゃ問題ないんだが・・・・・・与一がどうも厨二病らしくてな、アイツも手を焼いているらしい」

「いやいや厨二て・・・・・・」

 あのやんちゃだった与一に一体何があったのかすごい気になったが、聞いたら聞いたでなんか精神的にとてつもない疲労が襲いかかると直感した龍二はついにその理由を聞くことはなかった。言っても教えてくれなさそうだし。

 龍造は話題をある生徒に振り替えた。

「あそこには、武神と呼ばれる女がいるそうだ」

「武神? あー確か川神百代、とかいったっけ?」

「そいつは、強者を見つけると戦いを吹っ掛けてくると聞く。気配を隠せよ? 面倒ごとになるからな」

「あーそれは俺もゴメン被りたい」と彼は辟易した表情で天井を見上げた。戦闘狂はめんどくさい事この上ないとここ最近つくづくそう思った。そんな奴にいちいち勝負吹っかけられたらこっちの身が持たん。

 というか、できれば平和的に高校生活を送りたいのであんまり自分の実力を見せたくない。見せたら本当に面倒になる。

「でなくても、学園には武人がたくさんいるから勝負ふっかけまくられるかもな」

 それもやだなと思った。全力で断ってやる。

 龍造は付け加えとしてが付いていくことを告げた。

 それに対して龍二は拒否しようとした。

「いやいやそこまでは必要なくね? てか、風龍今回の件と関係無いじゃん」

「それは俺も行ったんだが・・・・・・・・・。風龍がお前らと行くとどーしても聞かなくてな」

 珍しく龍造が歯切れの悪い言い方をした。振り返ると、今まで風龍は毅然とした態度で通していたが、龍二が事あるごとにやれ腹だの背中だのに瀕死の重傷を追って帰ってくることが多かったものだから、心配してしまったのだろう。

 彼女はこの家を預かる者として、しっかりと見張っておかなければという使命感―――と呼んでいいのか分からないが、とにかく彼女なりの決意であろう―――を果たすべく志願したものと捉えた。

 それはそれで嬉しいのだが。

「すまないが、頼まれてくれ」

「へーい」

 そういうことになった。

 

 



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第1話 再会という名の転校初日

 

「と、いうわけだ。今後F組をバカにした奴は、この俺が直々に制裁を加えてやるからな?」

―――この意味が、分かるな?

 光を失っていない左眼がそう訴えていた。エリートともを自負する彼らとなれば、彼が如何に本気か冗談かくらいその空気でわかる。まして、世界屈指の大家である進藤家を敵に回そうなどと考える馬鹿は、このクラスにはいない。いるとしたら、彼らのことを正真正銘に知らない者か、真正の大馬鹿野郎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満員電車の混雑を十二分に満喫した龍二と達子は川神学園へ向かうべく、橋を渡っていた。

 多馬(たま)大橋―――通称変態の橋。

 今日から龍二たちが通う川神学園への通学路となるこの橋には、それはそれは相当常識を超越した変態共が多く出没していることから地元の人からそう云われているらしい。また、この橋は部外者が武神川神百代との決闘する場所となっているそうだ。

 ここを通る多くの生徒の中には、制服を着ずに思い思いの服を着ている者を見かけた。何でも、学園に多額の寄付をした家は自由な服を着て登校できるらしい。その多くはS組———いわゆる名門とか金持ちとかいう家柄である。

―――金持ちはこれだから嫌いなんだよな・・・・・・。

 彼は金に物を言わせる連中が心の底から嫌いであった。

 その中に、人力車に乗って颯爽と駆けていった男がくるや「やばっ」と龍二は視線をそらしてやり過ごした。

 彼は金持ちに違いないが、連中とは一線を画している。ただ相当に性格がめんどくさかった。

「面倒ごとだけは勘弁願いたい」

 それは彼の切なる願いであった。彼が願うは、平和な学園生活。平穏無事で厄介ごとに巻き込まれない生活であった。

「にゃー」

 そんな龍二の頭の上で、達子はいつものように猫になっていた。

「どうだー風気持ちいいかー」

「うにゃー♪ にゃーにゃー♪」

 彼女はにへらーとした顔で手を挙げた。ん、と彼は彼女の頭を片手で撫でた。

 彼は周りの眼を気にすることなくスタスタ歩いていく。

 そして、ちょうど中間の位置でふと足を止めた。

 橋の下———ちょうど河川敷となっているそこに人だかりができていて、橋の全体にまで拡がっていた。人だかりから少し離れたところからひょいと覗いてみると、河川敷で半裸の男と女子高生が対峙している。その女子高生から凄まじい闘気を感じた。

 どうやら、これから彼女たちは決闘を始めるらしい。

「へーあれが百代か・・・・・・・・・また随分豪快な奴」

 決闘は一瞬で、百代は対戦相手を指弾一撃で倒した。とんでもない化け物だった。まぁ化け物なんて自分の周りにいまくるから驚くことはない。

———それにしてもとんでもなく禍々しい闘気なので危ないなぁと感じた。

 戦いに狂っている人間の発するそれは、龍二をほんの少し身震いさせた。

「よぉ小僧」

 眺めていると突然後ろから声をかけられた。声に反応して振り向くと、金髪のいかつい初老の男がいた。

 九鬼家従者部隊序列0位のヒューム・ヘルシングであった。

「あ、おっちゃん久しぶり。元気だった?」

「お前も元気そうでなによりだ」

 そんなヒュームはしげしげと龍二を見て、彼の成長を確認した。

「ほう、だいぶ強くなったな龍二。もう少しでお子ちゃま昇格だな」

「えぇー。まだお子ちゃまじゃないのかよー」

「何を言っている。俺のトコの赤子共よりだいぶマシだ。誇っていいくらいだ。

 ところで、その上にいる嬢ちゃんは?」

「一応、俺の彼女」

「初めましてーおじさーん」

 達子は龍二の頭でにへらとしながら挨拶した。そうかとヒュームはそれ以上追求しなかった。

「すまないな、急な話で手間をかける」

 ヒュームは申し訳なさそうに言う。予め帝から聞いていたようで、久しぶりに会うのと今回の件で謝ろうということで来たようだなと龍二は感じた。

「いいよ別に。慣れてるからさ。困った時はお互い様なんだし気にしない気にしない」 

 そのまま彼らは学園に向かっていった。それを見ている者がいることに気づきながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

「どうしましたヒューム。むつかしい顔をして」

 物陰で珍しくヒュームが何か考え事をしているヒュームを見て、従者部隊序列三位クラウディオ・ネエロは興味をもった。一体何が彼をこんな表情にさせているのか気になったのだ。いつも彼を悩ましているのはあずみを始めとする若者達のことかと思ったが、その曇り方が尋常ではなかった。

「・・・・・・進藤の小僧を覚えているか? 二番目の」

「えぇ、進藤龍二様ですよね? よく覚えていますよ」

「先刻、俺は奴に会った」

「ほう。それで、貴方の眼から見て、彼はどうでしたか?」

「強くなっていた。あの時よりも格段に」

「それはそれは。しかし、それと貴方のその顔と何の関係があるのですか?」

「奴の中に何かがいる」と彼は答えた。少なくとも、3体。それも、自分など到底及ばないくらいの強大なチカラを持った者がいると彼は語った。

 ふぅむとクラウディオは黙ったが、思い当たる節はあった。

 それは以前、クラウディオが所用で進藤家へ赴いたとき、主の龍造から聞いた話であった。

「彼らの家が特殊なのは知ってますね?」

 ヒュームは首肯する。それは主である帝から聞いていることだった。

 進藤家はその昔から、代々その身体の中に『龍』という意志が宿っているという。その『龍』は、人知を超えた力を持っていて、その力で彼らはこれまで幾度もこの国の危機を救ってきた。

 クラウディオは続ける。

「龍造様の話によれば、通常一体しか宿らない『龍』が龍二様には二匹と、それに加えて一柱の魂がその身体に宿っているそうです」

「二体と一柱?」

 クラウディオによれば、ある特殊な条件が揃うと進藤家の人間はその体内に二匹の『龍』を宿すことがあるというのだ。しかしその条件がなんなのかそれ以上のことを龍造は遂に語らなかったらしい。

 彼は自身が調べ上げた結果をヒュームに告げた。

「進藤龍二様の体内に宿っているのは、総てを束ねる白銀の龍『伏龍』と紅玉の瞳の持つ紅き龍『紅龍』。どの『龍』も、あの家の『龍』の中で最強クラスの力を持っていると言われております。

 そして龍二様に宿るもう一柱の魂。その者の名は、進藤宗十郎龍将(しんどうそうじゅうろうたつまさ)。かつて『将軍家最強の守刀』と謳われた大剣豪の魂が彼の中におります」

「それとこれと何が関係がある・・・・・・・・・・?」とヒュームは首を傾げる。確かに今彼が言った龍将は本に載っているくらいの有名人。しかし、それは本に載るくらいの何かを残したからに過ぎないし、それくらい強かったというだけである。

 クラウディオは、ヒュームに彼らの強さがどの程度のものなのか分からせる為に言葉を捻り出そうとした。

———確かに強いが、この程度、か

 その時、ふとある人物の記憶が蘇ってきた。

 それは、今から約20年前。彼らが九鬼家従者部隊で名実ともに最強を自負していた頃の話。

 ある日、彼らの眼の前に全身をローブで包んだ男が現れた。彼はヒュームに向かっていきなり勝負しろと言ってきた。命知らずの馬鹿と思いつつもヒュームは無視していこうとした。その彼をあろことかローブの男は挑発したのだ。それに激昂したヒュームはクラウディオの制止を聞かずに男に攻撃を開始した。

 その結果は———。

「そうですね・・・・・・分かりやすい喩えで言うなら」

 クラウディオはメガネをくいっと上げた。そして、彼の心の傷を抉るような言葉を紡いでいった。

 その言葉は、先程龍二をみて、確信した言葉だった。

「彼らは・・・・・・20年前、貴方がたった一度、完膚なきまでに完全敗北した相手。

『護國神』と謳われた御方と同等の実力です」

 

 

―――甘い甘い。その程度の実力で最強名乗るなんて1000年早いぜ? 若造。

 

 

 ヒュームの眼がカッと見開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーっと見つけた」

 グラウンドでは学長川神鉄心により趣旨説明並びに転校生の紹介が行われていた。

 その転校初日の大事な行事をボイコットの如く屋上で呑気に寝ている馬鹿を見つけた龍二は嘆息した。

 総代の鉄心に挨拶を済ませた龍二は、その後で従者部隊のクラウディオ翁より与一が見当たらないので探してきて欲しいと頼まれた。翁の依頼を受けた彼は一先ず達子を先に行かせて、どうしようもない彼を探し回っていたのである。

 そしてやっとの思いで見つけたと思ったら、当の本人は屋上の一角で優雅に寝ていやがったのである。

 龍二のこめかみに青筋が浮かび上がる。

 さぁて、処刑のお時間といきますか。

「よぉ与一。転校初日からバックレとか、お兄ちゃん悲しいな」

「あ? 誰だてめぇ」

 与一は自分の安眠を邪魔しやがった俗物を睨みつけた。

 あの頃から幾分か成長しているし、ある厄介事の折右眼を失っているからまぁ俺のことなど覚えてないかなんて思いつつも、龍二は構わず与一の胸ぐらをつかんだ。

「俺のこと忘れちゃうとは、これは弁慶と一緒に処刑(おしおき)しないといけないかな?」

「はぁ? お前何言ってんだ? はっ、さてはお前組織の―――」

「昔は俺のことをにー兄ちゃんと言ってくれたのにな」

「!? お前まさか」と与一は眼前の生徒が何者かようやく気づくも、時すでに遅し。

「俺のことを薄情にも忘れてくれちゃった厨二病君にはオシオキが必要だよねぇ?」

 にこやかな笑顔で龍二は屋上に設置されたフェンスを蹴破った。

「チョッ、にー兄ちゃんま―――」

「問答無用黙って反省してこいや―――――――――」

 そして、龍二は与一を校庭に向かってぶん投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャンという轟音に驚いた生徒達が音の方へ向くと、屋上のフェンスが落ちて砂煙が舞っていた。砂煙が収まるとそこには歪に曲がったフェンスと、犬神家のように地面から両足を突き出したまま突き刺さっている男子生徒があった。そのすぐ後に、屋上から別の男子生徒が落ちてきた。

 綺麗に着地した彼は、突き刺さった男を一瞥すると壇上でちょうど自己紹介を終えた女子高生に向かって声をかけた。

「おーい弁慶、後でコイツ一緒にシバこうぜ」

 その彼は埋まった生徒を引っこ抜くと、ちょうど自己紹介をしていた弁慶に向かって彼を投げた。

「んーわかった」

 器用に受け取った弁慶は与一を壇上に叩きつけた。何か呻き声のようなものが聞こえた気がしたが、黙殺した。

「おーい龍二ー。ついでに自己紹介して行けよー」

 気だるそうな弁慶がマイクを投げて寄越した。派手な登場をして、皆へのインパクトは十分。ま、これはこれでいいっかと開き直った彼はゆっくりと壇上へ上がっていった。

「今日からこの学園に転校してきた進藤龍二だ。よろしく」と簡単に済ませた。

 すると、どこからかやかましい笑い声が轟いた。その声の主は、ずかずかと生徒達を掻き分けて前に来るなりまた笑い出した。

「フハハハハ! 誰かと思えば我が友龍二ではないか! 久しぶりであるな!!」

「よぉ、英雄。相っ変わらず元気な野郎だな」

「うむ。しかし龍二よ。こちらに来ているならいるで連絡くらい寄越せ。驚いたではないか」

「んっふっふ。まぁ後でちゃんと挨拶に行くからよ」

 ざわめきだつ場内。あの九鬼英雄と知り合いで屋上から飛び降りてもびくともしないで男を片手でぶん投げる変な眼帯をしたコイツはなんなんだというヒソヒソ話。

 その後、鉄心の口から彼の出身であった神明高校と交流が開始されることと今後の予定について話があり、終了した。

 場内がまたざわめいたのは言うまでもない。何せ、その高校はこの国を守り続けている『武聖四家』の一族が通っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけだ。仲良くしてくれ皆」

「よろしくねー」

 休み時間。龍二とその上でへら~としていた達子はFクラスの面々に囲まれていた。

「お前、島津寮に来るんだってな」

 その中の一人、風間翔一が興味津々な顔で覗き込んでくる。おうと答えるとニカッとした。

「ファミリーを代表して、歓迎するぜ!!」

 ファミリーとは、彼と一緒に行動する仲間たちのことで、クラスメイト達は「風間ファミリー」と呼ぶほど仲が良い。

「おーそれはありがたい。今日は皆に俺の料理をごちそうしてやんよ」

「マジで! うはー楽しみ!!」

 子供のように喜ぶ翔一は隣にいる男子生徒の肩を揺する。

「なぁなぁ大和! ワクワクしねぇか!! 飯作ってくれるってよ!」

「あ、あぁ。楽しみだ」

 直江大和は曖昧な返事をする。その瞳は眼前の男に注がれていた。

 それもそうだろう。彼の眼の前の男は、世界にその名が知られている超がつくほどの有名人だからだ。

 進藤龍二。

 彼の実家である進藤家は世間で知らぬ人がいないくらいの有名な家系だった。

 遥か昔、中国三国時代の蜀将趙雲を祖先に持つ彼の家は、ちょうど推古朝の頃に渡来して以来、その絶大なる力を駆使して時の天皇や幕府の中枢を支え、この国を悪鬼羅刹魑魅魍魎から守ってきた。

 一族の中には一度は聞いたことがある名が列なっている。例えば、平安時代に宇多帝の側室でありながら薙刀や太刀を自在に操って天皇や朝廷に仇なす輩を斬りまくった女傑・由姫(よしひめ)や、足利将軍家13代義輝の懐刀として絶大な武力を発揮した大剣豪・相模守龍将(さがみのかみたつまさ)、戦前戦中、『護國神』の異名を持ち、その圧倒的武により全世界を震撼させた無敗の軍神・龍彦など、世界に名の知れた偉人達を輩出してきた。当人も、高校の大会を含めた全ての剣道大会で無敗を誇る実力者である。

 その関係で、今も天皇家と親密な関係があると言われている。

「進藤君、あたしと勝負しよっ!」

 そう言ってきたのは、クラスのマスコットもとい元気娘川神一子である。眼を爛々と輝かせている彼女を前に、龍二は困惑していた。余計な勝負をしてあの武神に勝負を挑まれては何かとめんどくさい。

 その時ふと思った。そうでなければ構わないのではないのか。例えば、組み稽古といった実力を発揮しないものであればいいのではないか。

 何より、彼は一子に興味があった。

「いいぞ。けど、悪いが今日は部屋の整理とかで忙しいんだ。そうだな・・・・・・、明日の放課後にやろう。稽古って形だが、それでいいか?」

「うん! よーし!!」

 それを聞いて一子はすぐにトレーニングを始めた。元気な声を上げながら励むその姿はなんとも愛おしい。

(勝負が好きなんだな)

 しかし可愛い子だ。撫でてやりたい。

 しかしその前に、龍二にはやらねばならぬことがあった。

「さて、ちょっくら九鬼にちゃんと挨拶してくるわ」

「えっ、マジかよ」

 驚くのはファミリーの筋肉自慢島津岳人(がくと)。その表情と周りの空気からどうもアイツのクラスとこのクラスは仲が良さそうではないらしい。ちょうどいいからそれを含めて挨拶に行くことにしようか。

 何より、奴らを一つ脅しておこうと思った。

「大丈夫だ。アイツなら分かってくれるって」

 そう言って、龍二はにこやかに席を立った。その際、達子にここにいるように告げた。

「じっとしてろな」

「はーい」

 達子のそれは、ワン子と似ていると大和は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーっす、英雄いるかー」

「おお! 我が友龍二!! 我はここである!!」

 バーンと勢い良く教室に入る彼を凝視するS組生徒諸君。その中で、げっとあからさまに嫌な顔をした者が二人いた。

 一人は英雄の従者忍足(おしたり)あずみ。あずみはこれまでに何度も龍二に会っていて、ある日弱みを握られて以来苦手としている。

 そして今一人。彼ら一族を苦手としている者がいた。一方的にであるが。

「げっ、進藤」

「やぁ不死川」

 にこやかな笑顔を向けると、不死川心は明らかに震えていた。心の中で微笑しながら龍二は不死川の近くまで歩いていった。

 

―――不死川は名家。九鬼や川神など大した事ではない。だが・・・・・・

―――だが、何なのじゃ母上?

―――進藤・佐々木・後藤・神戸。所謂『武聖四家』にだけは、決して逆らってはならぬ。

―――何故なのじゃ母上。日本三大名家と言われた此方らの家の方が格は上ではありませぬか。

―――よいか心。我らとアレらは格とかではなく次元が違うのだ。彼らは天皇陛下と昵懇の間柄と聞く。彼らに逆らうことは陛下に逆らうと同じことと心得よ。

 

 心は昔から母に彼ら一族について口酸っぱく教え込んだ。彼ら一族が本気を出せば、この国などすぐに滅ぶ、と。

「俺がFに入ったのは知ってるな?」

 こくこくと不死川心は頷く。

「なら話が早い。今後、アイツらにちょっかいとかだそうもんなら・・・・・・、分かってるな?」

 心は激しく首を振る。よしよしと龍二は英雄に話しかけた。

「なぁ英雄。今度こいつらに料理振舞っていいか? 友好の印ってことで」

「おぉ! そうか!! 久々にお前の料理を食せるとは我も嬉しいぞ!!」

 英雄は快諾するが、Sの連中は心穏やかではない。その言葉の真意を察して恐怖した。

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。だったら久々にお前の舌をうならせてやろうじゃないか。ところで、義経達は・・・・・・勝負中か」

「あぁそうだ。義経達は人気者だからな!!」

「だな。いいねぇ人気者は」

「しかしすまんな龍二。お前達を巻き込むつもりはなかったのだ」

「気にすんじゃねぇよ。世の中、持ちつ持たれつ、だろ?」

「そうか。それを聞いて我は安心したぞ」

「人生楽しまなきゃな。

 ―――そんでよ英雄。分かってると思うけどさ」

「うむ。我も手伝ってもらっている手前、お前とは争いたくない。F組の奴らにちょっかいを出さぬよう我から忠告しておいておこう。

 もし従わずにちょっかい出した奴は、お前が好きにして構わん」

「さすが英雄。分かってるねぇ」

 そう言って、彼はクラスにいた者達を一瞥した。その瞬間、連中の顔から血の気が引いた。

 ゾクリ。

 S組生徒全員が確かに感じた絶対零度の殺意。冷たく突き刺さるそれは、並の人なら一撃で意識を混沌へと沈めてしまうだろう。

「と、いうわけだ。今後F組をバカにした奴は、この俺が直々に制裁を加えてやるからな?」

―――この意味が、分かるな?

 光を失っていない左眼がそう訴えていた。エリートともなれば、彼が本気か冗談かくらいその空気でわかる。まして、世界屈指の大家である進藤家を敵に回そうなどと考える馬鹿は、このクラスにはいない。いるとしたら、彼らのことを正真正銘に知らない者か、真正の大馬鹿野郎である。

「英雄。今度ちゃんと挨拶に行くから、おばさんによろしく」

「うむ。待っているぞ」

 龍二は教室を出る前、硬直した連中に向かって左眼を持って再度通告した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、おもしれぇなお前ら」

 帰り道、道すがら大和や岳人、師岡卓也から風間ファミリーについて聞かされていた。

 先刻リーダー翔一から「お前らをファミリーの一員として迎えるぜ!」と唐突に告げられた。理由はよくわからないが、聞けば、キャップ(翔一のこと)はとにかく龍二達を気に入ったというのが理由だそうだ。

「お前かー転校生はー」

といきなり絡んできたのは、武神川神百代であった。

―――あーこれは相当やばいなぁ

 龍二の脳が最大限の警戒警報を鳴らしていた。この狂戦士はイかれている。

「おっ、お前なかなか強そうだな~勝負しよう、なっ?」

「あーすまんが、暫く忙しいからパス」

 そっけない態度。百代が何度懇願しても龍二は聞き入れることはなかった。すっかり拗ねてしまった百代は、仕方なく舎弟大和いじりを始める。

「そうだ。お前らに紹介しておきたい人がいるんだけど」

 突然の発表に全員が?マークを浮かべている。それを知って、龍二はにやにやともったいぶるように笑った。

「寮に行けばわかるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファミリーが全員固まっていた。それもそのはず。普段はクッキーというロボットしかいないこの寮の玄関に、絶世の和服美女が正座して待ち構えていたのだから。

「皆様初めまして。わたくし、今日からここに住み込みで働くことになりました風龍と申します。皆様よろしくお願い致します」

 岳人が興奮して襲いかかろうとしていたのを龍二が裏拳で沈めた。

「止めとけ。風龍はこう見えて空手柔術黒帯だぞ」と彼が言った頃には、岳人は玄関に突っ伏して夢の中に旅立った後であった。

 龍二は一緒にいた島津麗子に挨拶して、荷物を持って当てられた部屋ヘ向かった。

「いいな彼女持ち」

 そんな岳人の恨み声が聞こえた気がした。振り向いたが、彼が起きた気配はない。気絶したまま恨み言とは、いい根性しているなぁ。

 龍二は運んだ荷物をちゃちゃっと置いて部屋の中で達子を膝の上に乗せてじゃれていた。

「楽しい学園生活になりそうだな、達子」

「そーだね龍二♪」

 どこをどう見てもバカップルである。それこそ昔は嫌であったが、最近慣れてきた。というか、彼がバカップルに成り下がったというべきか。

 それにしても流石風龍である。周りを見回せば、隅から隅まで埃一つないまさに完璧な仕上がりである。家事を任せたら天下一品である彼女に何か贈り物でもあげようかなと常々思うが彼女か固辞してしまっているからどうしたものか悩んでいる。

 それにしても、何故に九鬼家は俺の家に監視を依頼したのだろうか。わざわざ頼んでくるのだから、何か大きな陰謀でも渦巻いているのではないか。それとも、別の何かがあるのだろうか。

 まぁ、今考えても埒があかない。彼は考えるのを止めた。

「まずは飯作るか。腕が鳴る」

 龍二は達子にそう言って台所へ向かった。そこには既に風龍が万全の準備を整えて彼が来るのを待っていた。

「分かってらっしゃる」

「一体何年貴方様といるとお思いですか?」

 ニコッと龍二は笑んだ。

「じゃあ」

「はい」

「「おもてなし開始!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあさあ、者共たらふく食うがいい!!」

 眼の前に出された豪華料理の数々。うめぇうめぇとがっつくキャップ。彼の料理の旨さのわけを詳細に研究しているゲンさんこと源忠勝。久々の彼の料理に舌鼓を打つ大和撫子はまゆまゆこと黛由紀江(まゆずみゆきえ)。ただただうまいうまいと頬張るクリスことクリスティアーネ=フリードリヒ。そして何故かいるクリスの従者マルギッテ=エーベルバッハ。聞いたところによれば、彼女は時折ここに来てクリスのことを見に来るらしい。そして、その状況を、彼女の父であるフランク中将に逐一報告しているとか。そのマルギッテが頬を弛ませてうっとりしていた。

「なっはっは。まだまだあっからどんどん食すがいい!」

 行ったそばからおかわりを要求するのは、キャップとクリス、そしてワン子にゲンさんだった。彼らはすっかり龍二の料理の虜になってしまったようだ。それが嬉しく感じた龍二は風龍と密かにガッツポーズを決めた。

「何でこんなに料理がうまいんだ?」

 直球をぶつけてきたのは大和である。それに対し彼は幼少の頃から母と風龍に享受してもらった賜物だと答えた。

「ちょっと待て。そしたら風龍さんは―――」

「大和。それ以上行ったら風龍の正拳突きと強烈な蹴りが鳩尾と顔面と股間に全力でぶち込まれると思え」

 龍二の小声の忠告の直後、こっそりと見れば風龍の背後に般若がいるようなどす黒いオーラを感じた。不容易な発言は己が人生をここで終焉させてしまうと感じた彼は

「もう相当お料理がお上手なんですね」と誤魔化した。あらやだとくねる風龍の横で龍二は安堵の息を漏らした。転入初日で流血沙汰は勘弁願いたかった。

「日曜と水曜、金曜は俺が夕飯を担当しようと思うけど、いいか?」

 異議なしが満場に響き渡った。

「気が向いたらでいんだが、週4で東京の『風月庵』でバイトしてんだ。東京来る機会があったら寄ってくれ。場所はクマちゃんに聞けば分かるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように夜明け前に起床した龍二は、誰も起こさぬように庭にでて日課の素振りと型の鍛錬に励んでいた。

「日課は恐ろしいな」

 そうぼやいていた。時刻は朝の4時。まだ明け方である。夏に近づいているとはいえ、少し肌寒かった。

「あっ、龍二さん」

 静かに戸を開けた由紀江が小声で話しかける。後で聞いた話では、彼女もこうやって毎朝鍛錬に励んでいるとのことだった。

「よぉ、由紀江。早いな」

「いえいえ、龍二さんのほうが早いですよ」

 謙遜する由紀江は、持っていた竹刀を構えた。剣聖黛十一段の娘であって、その構えは美しかったし、何より彼女は底知れぬ力を隠している。能ある鷹は爪を隠すとは、彼女の為にあるようなものだ。

 彼はいつの間にか己が内から湧き上がった武士魂に火がついているのに気づかなかった。

「由紀江よ。久しぶりに試合稽古しようぜ?」

「えぇ!!」

 突然の申し出に由紀江は驚きのあまり悲鳴に近い声を上げた。

「うるさい落ち着け」

 ていっと彼は由紀江の頭に手刀を打つ。

「おい龍二いてぇぞコラ乙女に優しくしろぉ!」

 手の平に乗っていた松風が吠えた。

 彼は由紀江の分身みたいなもので、彼女の親友である。しかし皮肉なことに、彼の存在のおかげで、リアル世界の友人がドン引きしており、唯一の友人が大和田伊予だけだったりする。

「松風。実は俺の部屋に真剣があるんだが、その身を膾のように切り刻まれる刑と、灼熱地獄の刑。もしくはじわじわと踏み潰す刑と全力で握り潰す刑と、どれがいい? 選択の余地くらい残しておいてやるが?」

「すいませんごめんなさいちょーしこいてました」

「あわわわすいません松風が失礼をしました!」

 彼の非礼を詫びる彼女の姿が、何だがかわいそうになってきた。これがなければ、モー少しまともな友人もできるだろうに。

「それで、どうすんだ?」

「是非、やらせてください」

「よし。んじゃ、構えな」

 彼女との試合稽古はかれこれ数年ぶりだった。元々今日の放課後は川神一子と稽古形式で戦うことになっているのでいい肩慣らしのつもりだった。だが今は、そんなことより彼女との戦いに気持ちが高揚していた。彼は燃えていた。

 龍二は竹刀を下段に構えた。

「遠慮はいらねぇぞ。本気で来い」

 中段に構えた由紀江に、龍二は爽やかに告げた。

「はい・・・・・・!」

 躊躇いなく突っ込んできた由紀江の斬撃を龍二は軽やかな動きで太刀を振り上げ、由紀江の太刀を受け止めた。



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第2話 大和と一子と進藤家

「いっくわよー!!!」

「来い」

 ワン子が力いっぱい振り下ろした薙刀を龍二は受け止め、得物でそれを払った。

 

 

 

 

 

「龍二は本当に料理が上手いんだな!」

 昨日の食事のことが忘れられず、興奮冷めやらぬクリスが眼をキラッキラさせて話してきた。

「にひひ。褒めても何も出ないぞ」

 龍二はファミリーと一緒に登校していた。彼らはいつもこうして毎日皆で登校しているのだという。なんとも微笑ましいなぁと思ったと同時に、哀愁に満ちた瞳で彼らを見つめていた。

 いつか来るその時。彼らは果たして俺という人間の存在を覚えていてくれるだろうか。短い間とは思うが、自分は彼らと同じクラスメイトだ。頭の片隅にでもいいから覚えていてくれると嬉しい。

 一方で、その時が来たら彼らはどういった未来へと向かていくのだろう。彼らがいつまでも一緒にいるということは、まずない。必ず来る別れの時、彼らはどんな選択をするのだろう。

「ゲンさんずっと考えてたもんね」

 龍二は考えに耽っていた為、大和が話しかけてきた時、曖昧な返事しかできなかった。聞けばゲンさんこと忠勝は自分より味が旨い龍二の料理の秘密を解明したいらしく、今朝もうんうん一人で唸りながら先に学校へ行ってしまったのだ。

 そんな彼に、龍二はエールを送ることにした。

「頑張って解明してくれや。ま、無理だろうけど」

「りゅーじの味は誰にも解明できないのだ~」

 ぐいっと腕を上げるのは、いつものように龍二の上を占領している達子である。

「龍二さんはいつもこんな感じで学校に通っていたんですか?」

「んや。最初は普通に通ってたよ。まぁ、ある時からこうなった」

 と龍二は自身の頭の上を指す。猫のようにダレている彼女は、昔はこんな女らしくなかったと彼は言うが、今の彼女からそんな雰囲気がまるで見えてこない。全体どんなことがあったらこんなにも性格が変わるのだろうか。

「んで、さっきっから、岳人がすんげぇ眼でこっち見てんだが、何でだ?」

「あー気にしないで。僻んでるだけだから」

 師岡卓也がそう言った。成程と察した彼は達子に言った。

「達子。悪いが、こっから歩いてくれ」

 はーいと彼女は下りたが、腕を絡めてきた。普通に、というと横に並んだ。ガクトから恨めしい声が聞こえた気がしたが聞かなかったことにした。

「おい」

と声をかけられたのはそんな時だった。気づいた時には、ファミリーはゴロツキ達に取り囲まれてしまった。金属バットやら鉄パイプやらいかにも不良やってますといった格好の野郎共は彼らを視認するなり汚い笑みを浮かべていた。

「あん時はよくもやってくれたな」

「・・・・・・・なぁ、誰コイツら」

「・・・・・・昔、姉さんに散々遊ばれた人達だよ」と教えてくれたのは大和である。あ〜成程ねーと龍二はめんどくさそうにその不良共に尋ねた。

「んで、その逆恨み一行さんは、何しにきたのさ?」

「決まってんだろ! あの時の仕返しだ!!!」

 不良の一人が叫ぶ。その後ろに控えている仲間達も口々に何か戯言を抜かしていたが、彼らの実力を見定めた龍二は嘆息して哀れな野郎共に宣告した。

「止めとけ。アンタらが束になってきてもコイツらにゃ敵いっこねぇよ」

「んだと!!!!!」

 ありのままを伝えられた一行は激高した。折角親切で言ってやったのにと思ったが、その時ふと屈託のない笑みを浮かべた悪魔が彼に囁いた。

「だったら、俺がお前らの相手してやんよ。三秒でカタがつく」

「上等だゴラァぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 不良の一人がサバイバルナイフで彼を刺そうとした。彼はひょいと避けたが、少し掠ったようで、右頬にちょっとした切り傷を作ってしまった。その時、誰かのリミッターがぶっつり切れたのが分かった。

 最も、彼は最初から軽い切り傷を作るつもりでタイミングをあわせたわけだが、これで条件は揃った。

 さぁ、死刑執行(デス・タイム)死刑執行の始まりです。

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 龍二を襲いかかった不良が突然耳をつんざくような声量で絶叫した。驚いた皆がその方向へ向くと、顔面を鷲掴みにされて宙に浮いている襲撃者と、狂気に満ちたある生徒がそこにいた。

「オレの龍二を傷つけるたぁ、いい度胸だなぁ、テメェら」

 それは、平時猫のように彼にじゃれていて幸せな笑みを絶やすことなく女の子らしいそれではなく、眼をギラつかせ、獣と化した達子であった。

「・・・・・・・・誰?」

 キョトンとしているファミリーと、恐怖に顔を歪めた不良共に、龍二はこの上ない悪魔の笑みを浮かべた。

「俺の彼女なー、俺がケガとかすんのがソートー嫌いらしくてなー。俺が怪我なんかしたら半殺しにするまで暴走モードに入るからさー。死にたくなかったらさっさと逃げなー。まぁ、無理だろうけど♪」

 龍二が抑揚のない声で呑気に語っているその傍で、不良共は次々と狂戦士達子の前に無様な姿を晒していた。

 そして、最後の一人となった(かしら)は達子に顔面を鷲掴みにされ、宙に浮いた。

「テメェで最後だな」

「いだだだだだだだだだだだだだだ!!!!!!」

 ともすれば、骨にひびが入る音が聞こえてきそうなくらい、彼女はゆっくり力を込めていった。

 そして、微笑んだ。

「落ちろ」

 彼女は(かしら)を空にぶん投げて、ジャンプ。不良の腹部を中心に蹴りの連撃、そのまま顔面に一撃を叩き込み、地面に墜落させた。

「よーし、達子もういいぞー」

「はーい♪」

 そしてこの変り身の速さである。ファミリーは思わずズッコケた。

「何惚けてんだよお前ら。ほれ、行こうぜ」

 龍二はこれまでの惨劇がまるでなかったようにそう言った。

 後に残ったのは、アスファルトに上半身を埋めた頭と、あらゆる関節があらぬ方向に曲がった不良共の哀れな姿だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はあることで話題が持ちきりだった。

 それは、最強の武神川神百代と五角に渡り合った転校生松永燕との一戦のことである。これまでワンターンキルで終わっていた百代の戦いが、納豆小町で有名な燕と一時限目一杯まで続いたということで皆の興奮冷めやまないのも無理なかった。

 百代にとってこれ以上もない好敵手の登場に彼女は嬉々としているのが容易に想像できる。

 それにしても、授業中に決闘を許可するとはだいぶ緩い校風だなぁと感じる龍二であった。

「何の因果かな」

 彼女達の戦いを思い出しながらポツリ呟く龍二。

 燕の家である松永といえば。その昔、時の将軍を弑逆し、奈良の大仏殿を焼き討ち、最期は名器の茶器と共に城諸共自爆した梟雄が先祖にいる。彼の関係者が友人宅に住んでおり自分達の家も少なからず因縁がある。因果といえば因果である。

 といって、彼女を敵視しようなんて気はない。あくまで昔話である。今を生きる俺達の問題ではない。

「さて・・・・・・、準備すっかな」

 ゆっくり席を立った龍二は、委員長の甘粕真与に一言告げて彼は教室を後にした。

 稽古形式、とはいえ武神に見られるのはまずいと直感した。こんなところで自分の実力を見抜かれちゃたまらんし、見せたら連日戦えという催促の嵐で平穏な生活が送られなくなるのを危惧した。

 ということでワン子には授業が終わったら品川駅で合流することを伝えた。勿論、誰にも今日のことは言わないことを彼女に約束させた上である。彼女が到着する前に龍二は早退して自宅に戻り、諸々の準備を終えて彼女が来るのを待っていた。

 品川駅で合流したワン子は、龍二の先導にトコトコついていきながら初めて見る首都東京の町並みを眺めていた。

 駅から歩いて大体20分くらいで目的地に到着した。そこは―――――

「おぉ、でっかいわぁ」「にひひひ、そりゃ、云千年続く家だからな」

 彼の実家、進藤家の道場である。

 だだっ広い道場はあらかじめ父には許可を取ってあり、今日一日この道場は二人の貸切である。

「しかし、一人で来いと言うたんに・・・・・・・」

「ごめ~ん龍二。誤魔化せなかったの」

「あーいいよいいよ。気にすんな」

「そうだぞワン子。俺を信用しろよ」

 そこには、いるはずのない直江大和の姿があった。ニヤニヤした気味の悪い笑みを浮かべている大和に疑念の眼差しを送る龍二に、大和はやれやれと嘆息する。

「ちゃんと皆は誤魔化しておいたから安心してくれるかな」

「そ〜してもらえると、助かるわ。それで、大和が来た理由は?」

「ただ単に、龍二の実力に興味があるだけさ」

 大和は素直に答えた。実際、彼がついてきたのは進藤家の実力が如何ほどの物かこの眼でしかと見たかったからである。

 史上最強と謳われた一族の力がどれほどのものか、彼は今後の為に是が非でも押さえておきたいことだった。

「ふーん。変な奴だな」

「りゅーじー、早く早く~」

 待ちきれなくなったワン子が急かしてきた。耳と尻尾がすごい勢いでパタパタ振っているように見えたのは、気のせいだと思いたい。

「よし、じゃあやるか。大和、お前はそこでじっとしてろよな。危ないから」

 龍二は大和にそう指示して、持っていた模造刀を下段に構えた。

 この模造刀は、彼がある人に作らせた特注品で真剣と同じ重量になっている。

 薙刀を構えたワン子の額からは大粒の汗が出ていた。彼女は龍二から発せられる異常なまでの闘氣を感じたのだ。それは、素人の大和ですら感じるほどすさまじいものなのだ。

(すごいわ。こんな気、感じたことない!!)

(なんだこれは!?)

 龍二はただ優雅に下段に構えているだけである。しかし大和の全身が熱に犯されていた。全身から玉のような汗が滝のように流れている。これほどの氣を一体どうやって隠していたのだろうか考えたが、彼にはついに分からなかった。

 夜叉・鬼・般若―――そんな禍々しくもあり、しかしどこか菩薩や如来のように静かで柔らかな風のような氣だった。

(押し潰される・・・・・・)

 それこそ、姉・川神百代を凌駕するほどの圧力だ。

 だからこそ、ワン子のやる気が漲ってくる。目標である姉・百代と同等クラスの怪物が、今彼女の眼の前に君臨しているのだ。

「いっくわよー!!!」

「来い」

 ワン子が力いっぱい振り下ろした薙刀を龍二は受け止め、得物でそれを払う。彼はすかさず相手の懐に飛び込み、斬撃を放つ。それを一子は間一髪で回避し、間を取る。しかし、攻撃の隙を与えることなく龍二は距離を詰め攻撃を続ける。

「わ、わ、わ」

 次々と凄まじい速さで攻める龍二の斬撃に一子は慌てて防ぐ。慌てふためく一子を、龍二は楽しみながら攻めていた。

(すごい、たった一合しただけでワン子の弱点を見抜くなんて)

 冷静に観戦している大和は二人の戦いをいちいちメモしていた。この先、彼女の障壁となるであろう人物の全てを知ろうとした。それは、龍二であっても例外ではない。

 その為、彼の横に座る人物に気付かなかった。

「へぇ、あれが川神院の娘さんか」

 突然横から男の声が聞こえてきたので、びっくりして振り返ると、壮年の男が胡座を掻いて彼らの試合を見ているではないか。まるで気配を感じさせなかったその男に大和は戦慄した。

「えっと・・・・・・どちら様?」

 その問いに対し、壮年の男はふふんと鼻を鳴らして微笑んだ。

「直江大和君と言ったかな? 君は確か、川神学園に通ってるんだよね?」

「え、えぇ、そうですけど・・・・・・」

「松永にゆかりがある人間が転校してきたと聞いたが」

「燕先輩のことですか? えぇいますけど」

 そうか、と彼は言った。その眼は、どこか憂いを帯びているように大和は感じた。

「私はそれに縁がある者さ」

「縁がある・・・・・・?」

 彼が何を言っているのか大和にはさっぱりだったが、それ以上のことを男は語ることはなかった。しかし、ヒントだけくれた。

「私はかつて、失墜した権力の回復を目論んだが、それを恐れた者達に呆気なく殺された男だよ」

 大和はますますワケがわからなくなった。しかし後でよく考えてみれば、大和は謎の男に名を名乗った覚えがないのに、男は自分の名前を正確に口にしていた。それは、何故だろうか・・・・・・?

 彼が考え耽っている頃、一子は龍二の猛攻の前に防戦一方で手も足も出ない状況にあった。

「さ、この状況からどう攻める? 一子」

 ワン子は攻められている中必死に考えていた。絶対的不利な状況で、龍二の猛攻を一瞬でも止めることができれば、彼女にも攻撃のチャンスが生まれるかもしれない。その為には何かしなければならない。

 一子が普段使わない頭をフル回転させて必死に考えているその姿を見て、彼はヒントを与えることにした。

「何も、薙刀にこだわる必要はないんだぞ?」

 それを聞いた一子の頭に何かが閃いた。一子はニカっと微笑むと、強烈な蹴りを彼に見舞った。

「おっと」

 強烈な蹴りを咄嗟に刀の鞘で受け止め、その勢いを借りて龍二は後方に飛んだ。

「そうそうそんな感じ」

 にこやかに言う。褒められた一子は耳と尻尾をパタパタさせてその喜びを表現した。

「一対一の戦いには自分の全てをぶつけるんだぞ」

「押忍」

 そして試合を再開した二人は暫く打ち合っていたが、やがて外が騒がしくなってきた。そして何の気もなしに扉を音を立てて開けて数人の男女が思い思いの得物とつまみを持ってゾロゾロと入ってきた。

「おーおーやってるやってる」

「龍二ー。稽古すんなら言ってくれよなー」

「ちょっと義輝さん。何で教えてくれなかったんですか」とそのうちの一人が先程の男につっかかってきた。

 ふむ、この人は義輝さんというのか。

 その前に、ここは貸し切りのはずで自分達以外入ってこれないはずではという疑問が大和に浮かんだ。

 後で聞けば、たまたま彼の父龍造に来客が来ていて彼らに伝えるのを失念していたという。

「おいおい。彼らは稽古中だぞ? こんな大人数で押しかけたら迷惑じゃないか」

「でもこんな面白い・・・・・・」

 ワイワイガヤガヤ

 稽古中であることお構いなしに、少年達はそれなりの声で話しながらなんやかんや騒がしくしていた。しかしこのことがある者の逆鱗に触れたことに彼らはついに気づかなかった。

 ピキ・・・・・・

「一子、すまんちょっとタンマ」

 ワン子の薙刀を受け止めながら龍二は静かな怒りを顕わにする。阿修羅の形相の彼を見て、一子は「ひぅ」と小さな悲鳴を上げた。

 龍二は懐に右手をいれると、中に忍ばせていた物を少年達に向かって投げた。

 その何かは、少年達の傍を高速で通過し壁に突き刺さった。彼が頬に手をやると、ヌメっとした赤い液体が付着していた。それがなんなのか、想像がついた。ゆっくりとした動きで後ろを見ると、刃先に赤の液体がついた短刀であった。

 青ざめた表情で、彼らは自分達がとんでもなく大きな地雷を踏んでしまったことにようやく気付いた。

 しかし、気づくのに遅すぎた。

「おいクソガキ共。貴様ら、今俺達が何してんのか知ってるよなぁ?」

 錆びた機械の如くぎこちなく首を投擲者(とうてきしゃ)に向ける。怒りが頂点に達し憤怒と絶対零度の視線を向ける龍二を見て、少年達の頭上にタイマーが出てきた。何のタイマーかは言わなくてもわかるだろう。

「義輝さん」

 低い声で龍二が言う。

「何だい? 龍二君」

「今日の稽古でそこのクソガキ共を全力で殺ってくれる?」

 少年達がカタカタ震えだした。氷点下の笑みが、その怖さを一層増幅させていた。

 今更後悔しても、遅い。

「分かった」

 悪魔の宣告は下った。少年達は真っ白な灰となって消えた。

「スマンな一子。稽古続けようか」

 龍二はいつものにこやかな笑顔に戻るが、一子は先程の彼を忘れることができなかったようですっかり萎縮してしまっていた。

「う、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁー、疲れたわ~」

 汗を滝のように流しながら床にへたりこむ一子に、龍二は「お疲れ」と声をかけた。

 死刑宣告(おしおき)から約1時間の間、彼らは納得するまで稽古に励んだ。龍二は、一子の将来性に楽しみを抱き、一子は姉以外の強者と渡り合えたことに誇りを持った。そして、義輝は彼女に非常な興味を持ったようだ。

「なかなかいい筋をしてるね、お嬢さん」

「えへへ、そうかなぁ?」

「少なくとも、そこにいる知能指数が低い子供達よりマシさ」

「ホント? ありがと、おじさん」

 おじさんという言葉に義輝はピクンと反応したが、にこりと笑って彼女の頭を撫でた。一子は頬を綻ばせ享受していた。その顔がまた可愛いのなんの。

 彼女らの横では、義輝によってトドメを刺された少年達がどんよりとした空気の中でいじけていた。

 一子は、道場の正面に飾られた立派な槍が飾られていたのが眼に入った。長さ9尺(3m42cm)のそれは涯角槍(がいかくそう)というものらしい。号は『龍爪(りゅうそう)』。その側には木管があり、『順平侯御使用之御物』と達筆で書かれていた。彼女が龍二に問えば、これは彼らの先祖、趙子龍の相棒で、彼の嫡男が日本に来るときに宗家から授けられたという宝だそうだ。

「へぇー、すごいんだね」

 龍爪を見ながら一子はキャッキャしていた。何となく、彼は彼女が先祖と戦いたいんだろうなぁと思った。強敵と戦って自分を鍛え、姉に追いつかんが為。その一心で。

「へぇ。龍二の家は昔渡来して来たんだ。いつの時代?」と何でもない疑問をぶつけてきたのは大和であった。一子との試合で彼の存在自体すっかり頭の片隅に追いやっていた龍二は驚きの声を上げてしまった。

「え~っと確か・・・・・・推古天皇の頃だって聞いてる」

「そうなんだ。そんなに古くから。ところで・・・・・・」

 そう言って、大和は龍二の後ろを指差した。指の方向に顔をやり、そこにいた者を見て龍二は固まった。

 そこにいたのは、宙に浮いた金髪青眼の女性で、ニコニコ笑顔で彼らを見ていた。

 龍二は、この家に超弩級の爆弾がいることを今の今まですっかり忘れていたのだ。

「彼女は、誰?」

「りゅーじくーん。何してるのー?」

(終わったァ・・・・・・)

 龍二はまた平穏な日々が終焉を迎えたことを感じ絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタのせいで! アンタのせいで!!」

「いひゃい! いひゃいよりゅうりひゅん!!」

「黙れこの野郎!! いつもいつも迷惑かけやがって!!!」

 夕食の席、龍二は平穏な生活を一瞬のうちにぶち壊しやがった女性―――天龍に怒りの訴えを放つ。涙目の天龍が何を言っても怒り心頭の龍二には届かなかった。

「まぁまぁ龍二。もう、その辺で―――」

「うるせー! コイツのせいで俺の平和な日々が! 俺の平和がァ!!」

 龍二はその場に崩れてうずくまった。おいおい泣いている龍二に大和と一子は今日のことは決して口外しないと誓った。軍師の異名を持つ大和としては、これは何か有事があった時の交渉材料になるが、彼としてはこんなことをせずに正々堂々とこの大物達に挑みたいと思っていた。己の実力を試してみたい。そう思った。

 それよりは、ここまで狼狽する龍二が可愛そうで仕方なかった。

 そうこうしているうちに気を直した龍二は立ち上がり、涙目の天龍に一言叱ってそれで終いにした。

「やっぱ、龍二君のご飯はおいしいね!」

 小動物のようにパクパク口に料理を運びながら話す天龍を、「食べながら話さないの」と注意しつつ飛び散ったり頬にくっついた米粒を拭き取ってやる龍二を見て、大和は思わず自分と一子のそれと重ねてしまった。それはいいとしても、やはり龍二の料理は旨いなぁと頬を弛ませる大和。

 食事を終えた龍二がふと時計を見ると、時刻は10時を回っていた。これは当に門限を超えている島津寮に帰るは無理。恐らく寮内は慌てふためいていることだろうしかし明日は幸いに土曜日。学園は休みだ。

 二人が食事を終えたタイミングで彼は口を開いた。

「よし、二人共今日は家に泊まっていけ」

 ポンと手を叩いて龍二は言った。いきなりの提案に二人はキョトンとしていたが、天龍はそれを聞いて喜んだ。どうやら彼女はこの二人ともっと話がしたいらしい。天真爛漫な彼女にとって、誰かと楽しく話ができたり、遊んだりするのが彼女の最近の日課となっており、いつもどこかにそれを求めて彷徨ってきたということを後に彼女自身から聞いた。

「いいの? 龍二? 迷惑じゃない?」

「全然。川神院と島津寮には俺から電話しておくし」

 龍二には確信があった。その件は風龍が手をまわしているだろう。

「でもでも・・・・・・」

「修行し放題対戦し放題飯食い放題」

「お世話になります!!!」

 一子はその場で深々と勢いよく頭を下げた。天龍はひしっと一子に飛びついてその喜びの度合いを表した。

「大分ワン子の扱いに慣れてきたね」

「んっふっふ。まっかせて~」

 ただの数日間で一子の扱いをマスターした龍二にホンの少し驚きながらも、大和はこの家の散策ができそうだと密かな愉しみを持った。

 その時、龍二の顔色が少し険しいものになった。ゆっくりと眼を閉じて何かの気配を探っているようだ。やがて、カッと眼を開くといきなり大和を突き飛ばした。

「にーごーうー!!」

「その手は食わん!!」

 リビングのドアが思いっきり開き、スーツ姿の女性が飛びついてきた。それを龍二は見事な体捌きで避けた。スーツの女性は標的によけられた結果、柱に顔面からぶつかってしまった。

「にーごーうー。避けるなんてひどいじゃない!」

「やかましい沙奈姉ぇ。家帰ってくる度に飛びついてくんな!」

「だってぇー、今日消費した弟分補充したかったんだもーん」

「だもーんじゃねぇよ! いい加減弟離れしろや!」

「やーだーよーっだ」

「子供か!」

 ぎゃーぎゃー言い争う姉弟を唖然と見つめる大和。二人のことなぞそっちのけでガールズトークにはな咲かせる天龍と一子。不幸にも、今家の者は誰もいない。

 いるはずの当主が、野暮用であの後出かけてしまったのだ。

 どうしようかな・・・・・・。

「大和! 先に風呂入ってくれ」

 喧嘩中の龍二がやや吠える形で大和に告げる。彼としても、ちょうどどうしていいか分からなかったので、彼の言葉に甘えて先に風呂をいただくことにした。風呂のある場所と、着替えは置いてあることを言われて大和は風呂場に向かった。

 馬鹿でかい檜の露天風呂に驚きつつも堪能した大和は、これまた上質な浴衣に身を包んだ彼がリビングに戻ると、人形と化しなすがままにされている龍二と、そんな龍二に頬擦りしまくっている沙奈姉ぇと呼ばれた女性がニコニコしていた。

「ぬっふっふー。おねーちゃんに勝とうなんて100年早いのだー♪」

「くそー」

 それはまるで、年頃の女の子がぬいぐるみで遊ぶそれだった。やりたい放題の姉となすがままにされる弟。大和はどこか何か微笑ましかった。話に花咲かせている一子と天龍はもうすっかり仲良くなったいたようで、二人揃って風呂場に向かっていった。

 龍二は懇願する眼で大和に助けを求めた。大和としては助けてやりたかったのだが、天使の笑みで弟を愛でる姉をどうしても引き離すことができなかった。

「はーい、沙奈姉ぇそこまで」

 そこに、救世主が現れた。ドアを開けたその男は、遊ばれていた龍二をひょいと姉から取り上げると、もう片方の手で弟を奪い返さんとする姉の顔面を押さえていた。

「こらー! 一号! 二号を返せー!!」

「龍二は沙奈姉ぇの所有物ではありません。あんまりわがまま言ってると、説教するよ」

「何だとー! 弟のくせに生意気だぞー!」

「仕方ない。今から青龍でも呼んで説教タイムと行こうか」

「わー。青龍だけは勘弁して!!」

 沙奈姉ぇと呼ばれる女性は、泣く泣く愛しい弟の奪還を諦めた。しくしく泣く彼女を尻目に、男は大和に向いた。

「龍二が世話になってるみたいだね」

 はぁ、と曖昧な返事をする大和に、男は自己紹介をした。

「俺は進藤龍一。龍二の兄だ。これからも弟をよろしく頼むよ」

 そう言って、彼は龍二を大和の前に下ろすと姉をひょいとつまんで自室へと戻っていった。

 進藤龍一といえば、『現代の塚原卜伝』と評された大学最強の剣豪である。ひいては『護國神』と『槍聖』の血を引く傑物だ。大和は生ける伝説に会えたことに驚きを隠せず暫く呆然としていた。

 おーい、と彼の眼前で手を振る龍二は、彼の魂がどこぞにいってしまっているなぁと感じた龍二は取り敢えず、大和の頬を力一杯ひっぱたいた。彼の魂が戻ってきたのを確認した龍二は、大和を今夜の泊まり部屋へと(いざな)った。

 10帖はくだらない和室に招待された大和は思わず自身が暮らしている島津寮の部屋と比べてしまった。

「流石、というべきかな」

「まぁ、歴史があるからねぇこの家。今度、俺の友達紹介してやんよ。皆いい奴らだから」

 彼の友人とは、恐らく同じ『武聖四家』の後藤・佐々木両家のことだろう。他にも、彼の周りには様々な奇天烈な人達が(つど)っているに違いない。

「ぜひ紹介してくれ」

 これは己の交友関係を増やすチャンスだ。いざという時、バックに強大な力を持った者がいれば交渉時に有利になる。使わない手はない。

 このことが後に本当のことになるのだが、それは別の話。

 こうして、大和と一子の楽しい休日が始まった。



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閑話 休日の過ごし方

「大和、と言ったかのぅ。お主、曲がりなりにも軍師を称する身じゃろう。ここでわしらと敵対するは、得策とは思えんがのぅ」

 大和は青龍の双眸をじっと見つめた。

 大和にはある夢がる。その夢を実現する為に日々人脈を広げることに苦心している。ここで進藤家という強大な後ろ盾を得ることは、今後何かあった時に協力を頼めるし、夢の実現がググッと早まる。

「まぁ、仲良くしようや。山城の子よ」

「こちらこそ。守り神さん」

 机越しに彼らは固い握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日。この日、川神一子にとって実に有意義な時間を過ごす事ができた。一言で言えば、昨日龍二が言った通り、対戦と修行のオンパレードだった。

 午前中は龍二が講師となって基礎練習を重点的に行い、午後はひたすら模擬戦を行った。相手は龍二の他に、義輝、龍一、沙奈江、天龍らが務めた。トップクラスの実力者にもまれにもまれ、一子は大いに満足した。槍、二刀流、剣、薙刀と様々なリーチの得物を持った彼ら。彼らと相対して分かったことがある。

 隻眼の龍二は、剣よりも、槍の方が威力・精度共に格段に上がること。死角からの攻撃に対しても的確に防いでくることで彼女の攻撃を全て防ぐといった昨日とは別の強さを見せつけた。

「私も交ざろうかな」

 暫く二人で稽古していた時に乱入してきたのは、工藤義輝という昨日来ていた男だった。彼の手には、二対の木刀が握られていた。

 顔は既にやる気に満ち溢れていた。ちょっと待ってと龍二は稽古を続ける。龍二のそれが終わるや、入れ替わりに義輝が彼女の相手を務めた。

「さ、どこからでもかかってきなさい」

 同じ長さの木刀二振りを構えた義輝には隙がない。どこに打ち込んでも軽くいなされてしまうだろう。しかしそれは、彼女にとって喜ばしい限り。目標である姉と同等クラスの猛者がここに二人もいる。己の力試しにもなり、更なる高みへの励みとなり、糧となる。

「あっ、何か面白いことしてるー! 私もやるー!」

「おいおい龍二。この私を除け者にするとはいい度胸じゃないか。私も交ぜろ」

 真剣という言葉が欠片も似合わないお転婆娘天龍と、この家の居候を称する呂宝華と名乗る女性が乱入し彼女の稽古に付き合った。

 更に時間をおいて、姉の沙奈江と兄龍一が合流し、彼女は至福の時を過ごした。

 龍二の槍、義輝の二刀乱舞、天龍の奇想天外な舞、呂宝華の戟による重攻撃、沙奈江による柔らかな剣の舞、龍一による風の如き疾い剣の舞。そのどれもが彼女にとって新鮮だった。川神院の人達や、学園の人達とは違う、高みに達した名人達の戦い方を直に体験し、肌で触れることができた。

 後にこのことが、彼女の成長に一役買うことになるが、まだ先の話である。

 さて一子が至福の時間を過ごしているその頃、大和は進藤家をある男と談笑しながら歩いていた。

 話はかれこれ2時間くらい前に遡る。一子が龍二と共に道場へ消えて言った後、大和はリビングでのんびり時間を持て余していた。家には誰もいない、しかし何をするにも勝手が分からぬ以上変なことはできない。

「何じゃ、客人か?」

 そこに現れたのが、透き通った青眼と青髪の青年だった。

「龍二の奴め、わしに何も言わんとは、いい度胸じゃな」

 背格好とは程遠いジジくさい話し方に若干の違和感を覚えながらも、大和は一応自己紹介した。

「直江大和です。進藤君とは学園の同級生です」

「ほう、お主があの山城の末裔か。成程、良い眼をしておる」

 男はふむふむしげしげと大和を上から下まで眺めた後、名乗った。

「わしの名は青龍。この家の守護をしておる」

 その名を、彼は風の噂で聞いたことがあった。進藤家には、特殊な力を宿す化物がいると。

 大和は少し警戒の眼差しを彼に向けた。

「安心せい。わしは龍二の友人に危害を加える意思はない」

 青龍はそう言うものの、俄かには信じがたい。龍二のことは信用できるが、ここはある意味で魔物の巣窟である。迂闊なことはできないと感じた。

 青龍はやれやれといった感じで、彼の向かいに座った。

「わしが化物じゃと、どこぞで聞いたのか?」

「・・・・・・ノーコメントで」

「まぁよい。じゃがな少年。わしがお主らのいう化物であれば、この世界はとうの昔に滅んでいると思うがのぅ」

 彼の話も一理ある。彼らの力はそれこそ全世界の軍隊を投入してもかなうものではない。その気になればこの世界は彼らの前に一瞬にして灰燼に帰すだろう。

 しかしこの世界は今も存在している。つまり、彼らはその力でもってこの世界をどうこうしようとする気はないようだ。

「こんな面白い世界、壊すはずなかろうが。それに、わしはここの者共を気に入っておるしのぅ」

 実に愉快に青龍は笑った。

「大和、と言ったかのぅ。お主、曲がりなりにも軍師を称する身じゃろう。ここでわしらと敵対するは、得策とは思えんがのぅ」

 大和は青龍の双眸をじっと見つめた。大和にはある夢がる。その夢を実現する為に日々人脈を広げることに苦心している。ここで進藤家という強大な後ろ盾を得ることは、今後何かあった時に協力を頼めるし、夢の実現がググッと早まる。

「まぁ、仲良くしようや。山城の子よ」

「こちらこそ。守り神さん」

 机越しに彼らは固い握手を交わした。

「どれ、わしがこの家を案内しよう」

 そういうことになった。広大な屋敷には、この家の歴史が展示してある記念室みたいなもの―――平時は一般人にも開放してるとか―――に、一般人が決して踏み入れることができない秘密の部屋、それも、彼ら一族が中国大陸にいた頃からの書物やら武具やらが陳列されている部屋など、大和の興味をそそるものが揃っていた。由姫が使用したと言われる太刀『國造創造之剣(くにつくりそうぞうのつるぎ)』のレプリカや、宗十郎龍将が愛用した自作の名刀『藤朝臣相模守龍将(とうのあそんさがみのかみたつまさ)』や名槍『備前長船勝光』の本物、『護國神』龍彦の自作名刀『藤朝臣相模守龍彦』のレプリカの他、古今東西の名だたる名品珍品の数々。それらを眼の前にした時、彼の心は躍った。

「わしらの歩みじゃ。心ゆくまで見ていくと良い」

 鎮座している秘宝の数々を子供のように無邪気に見ている大和を見ながら、青龍は微笑んでいた。一子を始め、こういった若者がちゃんと育てば、次代のこの国は更に良い国になるであろう。その為には身命を賭して彼らを守ろうと決意する。

 それが、遥かな昔からこの世界に立つ我が使命。

「青龍さん。この家の話、もっと聞かせてください!!」

「そうか。では、歩きながら話そうか」

 そういうことになり、今に至る。

 青龍の語る進藤家の歴史にこれほど興味をそそるとは思ってもみなかった。聴けば聴くほどこの一族はすごかった。まさに守護者に相応しい活躍をしている。今も、進藤一族が日本中に散らばり、あらゆる災厄からこの国を守護しているという。

 関東は進藤宗家。古都京都には古より生きる進藤家の姫の一族がいて、そこを含めた近畿地方を。東北・中部・四国・山陰・九州・沖縄に進藤家の傍系がそれぞれ影であらゆる災厄から国を守っているという。

 大和は以前から気になることがあった。進藤家は古来より京都にて帝の守護をしていた一族だ。その一族が何故関東を訪れたのか、その理由を知りたかった。彼の問いに対し、青龍はこう答えた。

 渡来当初はまさしく朝廷の為に尽力していた。その後清盛、頼朝による治承・寿永の乱が勃発するや、一族の進藤左衛門信龍(さえもんのぶたつ)は頼朝と共に平家軍と戦い、勝利。信龍の家系はそのまま鎌倉に住み、姓を藤倉と変え鎌倉幕府に仕えた。一方で、宗家はそのまま朝廷に仕えた。この時に、幕府に仕える進藤分家(藤倉家)と朝廷に仕える進藤宗家に分かれたのだという。

 時は流れ、鎌倉幕府は腐敗し、朝廷の権威回復を狙う後醍醐帝と源氏の流れを汲む足利尊氏によって幕府は滅ぼされ、後醍醐帝による建武の新政が開かれる。しかし、そのやり方を巡って功労者尊氏と後醍醐帝が対立。観応の擾乱を経て尊氏は室町幕府を開いた。

 この時、進藤宗家は幕府についた。朝廷には宗家三男の勘三郎龍鷹(かんざぶろうたつたか)の家系が仕えることになる。その他云々。

 話が横道にだいぶ逸れたので、青龍は本題に戻すことにした。

 当代の宗十郎龍将は数え年25の頃、相模より当時の国守北条新九郎氏康の使者篠田右衛門康政(しのだうえもんやすまさ)なる者が当時の将軍足利義輝の元へ参上した。小田原に異形の者共が現れ我々には手に負えない、どうか助けて欲しいと氏康の書状と共に彼の口からも国を救って欲しいと懇願してきた。

「相分かった。右衛門よ。貴方はこの札を持って国に帰るといい。右近衛少将の札だ。効果があるだろう。その札の効力が切れる前に人を派遣しよう」

 将軍義輝はそう言って右衛門康政を国に返した。その後、義輝は宗十郎龍将の相模国派遣を決めたそうだ。

 宗十郎龍将は相模国に入ると、異形の者共と彼らを操っていた首魁黒淵諸積(くろぶちもろづみ)を討伐した。

 それと並行して、彼は相模国内を頻繁に散策し、領民達と交流を深くし彼らの為にできることを氏康と相談しながら相模国の為に尽力した。

 討伐後、宗十郎龍将は氏康の懇願もあり、3年という期限付きで相模国主として領国経営に携わった。彼はよく政をすっぽかして城下に出ては領内を見て、何が必要なのかを氏康とその家臣とよく話し合った。その上で最上の政策を実行していった。

 そのおかげか、宗十郎龍将が京に帰るまでに相模国は日本一住みやすい国として知れ渡ることになったとかなんとか。

「そのおかげが、この地に古くから住む者達は今でもこの家の者を『相模様』とか『相州様』と呼んでおるんじゃよ」

「そう言えば、川神に『相模大社』とかいう神社があったなぁ」

「この国に数多ある『相模大社』の祭神は贈正三位大納言進藤宗十郎龍将じゃ。奴にはあらゆる災厄から護る力があると信仰されておった。その為か、地方で災厄が起きる度、その地には彼を祀る大社が建立された。その総本山が品川にある大社じゃよ」

 青龍は誇らしげに言った。

 そろそろ7月になろうかという季節なのに、どういうわけか肌寒い。季節はずれの木枯らしでも吹いたのかなと思ったが、生憎と外は風一つ吹いちゃいない。眼を向けた先に広がる日本庭園はよく手入れがされていて、見ている人の心に清涼な空気を流し込み安らぎを与えてくれる。それこそ、日本三大庭園に劣らぬ美しさだ。聞けば、普段は龍二が手入れしているとか。

 彼は一体どれだけ器用な人なんだ?

「あの男は、一種の天才じゃよ。勉強以外ならそれこそ達人級の腕前じゃ」

 そして、人の心の中を簡単に見抜くこの人にただならぬ恐ろしさを感じた。この家の人間には、ただの一度たりとも嘘は付けぬと感じた。

「進藤家を侮ると、痛い目を見るぞ? 山城の小僧」

 その顔はにやけていたが、その青眼の奥には言葉にはできない恐怖の影がちらついていた。改めて、彼らに下手なことはできない。と感じた。

「さて・・・・・・。いい時間じゃな」

 青龍が呟く。ふと時計を見ればもうすぐ6時になろうかとしていた。随分と時間が経つのが早いなと感じたのは、それだけ横にいる老成した青年の進藤家ヒストリーが面白かったからであろう。

「大和や。お主、料理はできるかの?」

「えっ? まぁ、人並みには」

「ならちょうど良い。夕飯の支度をするのでな。手伝ってくれ」

「お安い御用で」

 この日は青龍と大和の夕食に舌づつみしながら今日の話で盛り上がった。

 

 

 

 

 

 日曜日。この日、龍二、大和、一子、青龍は東京駅にいた。今日一日は羽を伸ばすと決めた龍二は大和と一子に朝方そう伝えた。一子はそれを聞いて頬をふくらませて不満を述べた。彼女にしてみれば、一日でも早く姉に追いつくにはただの一日でも無駄にはできない。一日でも多く修行をして強くなりたいのだと。

「一流の武人ほど、しっかり休養をとるんだぞ。休養も大事な修行だ」

 いざという時に力を発揮できなければ何の為に鍛えているのかわからないだろといわれ、一子は言い返せなかった。確かにその通りだと感じたのだろう。彼女は素直に従った。

 龍二と青龍は彼らの為に、今回は都内の史跡巡りと相成った。靖国神社、明治神宮、寛永寺などの歴史情緒あふれる場所を案内し、この国がたどった軌跡を青龍が語り感慨ふける二人。

 今彼らは国立博物館の中にいる。ここには、様々な宝物が飾られており、なかには進藤家に縁のあるものがあるらしい。ほとんどがレプリカであるが、それでもその美しさは心惹かれる。進藤家の秘密部屋にあったもののレプリカを始め、推古女帝の御代に日本にやってきた先祖趙駁爽(ばくそう)が持ってきたという剣とか、東照宮の為に作ったと言われている進藤右京大夫昭龍(うきょうたいふあきたつ)作『後光』という名刀、進藤宗十郎龍将作の水墨画『昇龍』、進藤龍彦が昭和帝に宛てたとされる意見書などである。

「へー。進藤君の家ってすごいんだねー」

 眼をキラッキラさせて展示されている物を見ながら一子は尻尾を振っていた。大和と青龍は何か感慨深い眼差しでそれらを見ていた。龍二も、これを使っていた先祖達の在りし日の姿を想像していた。その先祖達に、子孫である自分は一体どんなふうに見えているんだろうな。期待とか、思いとか、願いとか、彼らのそれに自分は答えられているのだろうか。

『お前はよくやてるじゃないか。誇らしく堂々としておれば良い』

 彼の中で相棒の一人がそう言った。そうかなぁと首を傾げる龍二に、彼の中にいる先祖が語る。

『お前は進藤家の誇りだ』

 その一言は龍二の心に深く刻まれた。一族の誇りという誉れ、それだけで、彼は何となくだが救われた気がした。

龍二は肖像画を見ながら、ボーとしていた。

『相州殿』と題された無名の画家が描いたそれは、正しく先祖の進藤宗十郎龍将のものだった。

 龍二そっくりの顔立ち。龍の前立(まえたち)赤革縅大鎧(あかがわおどしおおよろい)に身を包んだ彼の右手に握られているのは進藤家の始祖趙子龍の涯角槍『龍爪』が握られていて、左の腰には『藤朝臣相模守龍将(とうのあそんさがみのかみたつまさ)』と小太刀を佩いている。

 題の横に、宗十郎龍将の紹介と彼が称した『相模宗十郎』の由来についての説明が記されていた。

 宗十郎龍将は歴代当主の中でも抜きん出た実力の持ち主であったそうだ。将軍義輝の補佐として相模国の怪異の平定、北畠の乱・山岡蓬春(ほうしゅん)の乱を鎮圧。そして、永禄の変での最期。彼の生涯が簡略ではあるが丁寧に記されていた。

 彼の通称『相模宗十郎』について。彼が相模守として赴任してから、よく城を出ては領内を馬を駆け、領民を見つけては話を聞き、彼らの意見を領国経営に取り入れては実践してきた。その際、本名を名乗るわけにもいかないと、咄嗟に官位の相模守からとって名乗ったのが最初であるらしい。それが偉く気に入った宗十郎龍将は何かあると名乗っていたとか。

 彼以後の歴代当主も、事あるごとに『相模宗十郎』を名乗るのが通例になったらしい。

―――何を持って名乗ったんだか

 その説明が一切ないところに曰くがありそうな気がしたが、まぁそれは当人に後で聞くとしよう。

「大和、一子。お主達に見せたいものがある」

 唐突に青龍が言い出した。どこに行くんだ問うても「行ってのお楽しみじゃ」としか口にしない。釈然としないまま、博物館を出た一行は青龍の後を黙ってうちていく。

 さて、一行が案内されてたどり着いたのはビル群の一角にある首塚だった。

 あの有名な平将門の首塚である。何故こんな場所に連れてきたのか皆目見当がつかない大和は青龍に尋ねる。しかし彼はそれを無視して

「おい、来たぞ」

と首塚に向かって言い放つ。すると、ゆっくりと鎧武者が姿を現した。鎧武者はゆっくりと眼を開けると、そこにいた者の中に知り合いがいたようで、ニコッと笑って手を振った。

「やあ、貴方でしたか。どうしたんですか急に」

「何、お主に会わせたい者がいたのでな」

そういって青龍は三人を紹介した。鎧武者は青龍が彼らの紹介を終えると同時に名乗った。平将門であると。一子はポカンとしていたが、大和は顎が外れんばかりに驚いた。というか、霊自体初めて見た大和は己の眼を疑った。眼の前にいる亡霊が、というか今日の出来事すべてが夢であって欲しかった。

 それからかれこれ2時間ぐらい、青龍がどっからか持ってきた酒とかつまみとかでささやかな宴会が催され、そこで彼らは打ち解けることができた。話してみれば気のいいおっさんだった。互の話で盛り上がってから、三人は青龍と別れて川神に帰った。

 その車内で、一子はいつか将門と戦いたいと言い出した。龍二はいつかなと彼女の頭をぽんと撫でた。へへっと頬を緩ませる彼女を見ながら、大和はこの二日間のことを思い返していた。実に様々ことがあった。

 彼らの歴史は然ることながら、彼らの家にいた者達の実力。工藤義輝・進藤沙奈江・進藤龍一・呂宝華・天龍といった達人級の腕を持った剣豪達は、それこそ力だけなら川神百代と同等クラスだ。しかも、誰もがその力を自然に隠しているのだ。その時点で彼らは百代を凌駕している。

 収穫といえば、彼らとは友好的に付き合うこと、くらいか。いざと言う時協力を取り付けやすいし・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 様々な思いを胸に、彼らの休日は終わりを迎えた。



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第4話 東西対抗戦

 青葉が茂り、燦々と輝く太陽が大地に僅かに残る水を干上がらせる。今年の夏は例年以上の猛暑日が続くらしく、道をハンカチ片手に吹き出る汗を拭いながら歩く人々の表情が苦悶に歪んでいる。

 いつものように学園に向かう一行も、この暑さには流石にまいっているようでがっくりうなだれながら登校していた。拍車をかけるように、達子はおんぶはしてこなかったものの、龍二に腕を絡めてイチャイチャしているのを見ると暑苦しさが余計に増していた。

 今ではこのバカップルも慣れたようで、ガクトの嫉妬に満ちた視線をスルーしている。

「・・・・・・あーメンドくせぇ」

 ぽっつりつぶやく龍二の前には、その先の橋に進路を遮るように立ちふさがる数十名の連中が禍々しい得物を持って立ちふさがっていた。

 どこでどう伝わったのか、進藤家の御曹司―――実際には次男坊であるが―――が川神に来ているというのがこのあたりに(たむろ)している不良連中の耳に届いてしまったらしく、ここ数日そんな馬鹿共が大挙して押し寄せては瞬殺される日々が続いていた。

 進藤家に連なる者を倒せば、すなわち最強の名を欲しいままに―――実際そううまくはいかないのだが―――できる。自分達に逆らう者はいなくなる。つまりやりたい放題できるというのが、彼らの理論だった。

「少し待っていてくれ。シメてくる」

 そう言い残した龍二は、腰の太刀の柄に手をかけて橋に向かって歩き出した。

 この太刀は『龍牙』ではない。それは既に祖父に返している。

 今彼が腰に佩かれているのは、その祖父が彼の為に打った太刀である。銘を『藤朝臣相模守龍彦(とうのあそんさがみのかみたつひこ)』、号を『龍雲』という。『龍牙』を元に作られてはいるが、龍二の手に馴染みやすいように刀身から拵えまでカスタマイズされた彼だけの太刀である。

 こめかみには既に数本の青筋が浮かんでいる。やっと手に入れかけた平穏な日常が、あんなどうでもいいデマによって崩壊した。既に彼の怒りは噴火寸前であったのだが、野望に取りつかれた彼らが気付くことはない。

 今回の命知らず共は、わざわざ埼玉から遠征しに来ている。御都羽亜土(ゴットバード)と名乗る暴走族で、埼玉県で一大勢力をほこるものらしく、百を優に超えるらしい。

「テメェが進藤か。悪いが俺らの為に―――」

 特攻隊長らしき男が全てを言い終える前に、龍二は鞘に入れたままの『龍雲』で彼の顔面をぶん殴った。

 唖然とする連中に向かって、龍二は狂気の眼差しを向けて宣告した。

「今の俺は虫の居所が悪いんだ。悪いが手加減する気はさらっさらねぇから、精々死なないことを祈れドクサレ野郎共」

 鞘に収まったままの『龍雲』で、一人また一人とアスファルトに沈んでいった。慌てたリーダーは部下に龍二を倒すよう命じる。しかし、悪鬼と化した彼の前に恐れを成したのか、誰ひとり龍二に向かっていく者はいなかった。

「さぁ、次の獲物はどいつだ?」

 不気味な笑みに恐怖はさらに増す。だらんと下がった左手に握られている『龍雲』が、正気をなくした左眼がその不気味さに拍車をかける。

 誰も来ないと見た悪鬼は自ら彼らのもとに突進した。

 恐怖に(おのの)く不良共は一切の行動を起こすことなく彼の前に倒れ伏した。そして、あっという間にリーダー一人を残して全滅した。

 何時もの龍二であればこの時点で彼に脅しの一つをかけて解放するのであるが、今日の彼はこれだけでは終わらなかった。

「お前らが、二度と馬鹿な気を起こさないように、『教育』してやる」

 パチンと指を鳴らすと、どっからともなく四名の黒ずくめの男達が姿を現した。

「呼んだかい、龍二」

 その中で彼らのリーダーであろう黒いサングラスの男が前に出て龍二に話しかけてきた。

「うん。権藤のおじさん、悪いんだけどさ、このアホ共に『教育』してくんない?」

「別にいいが、コイツらは何者だ?」

「わざわざ埼玉から俺にちょっかい出しにきた命知らずの不良共♪」

 それだけで、彼らは理解した。

 四人の男達は、戦意喪失し恐怖に支配された不良達の髪の毛を掴むと、その腫れ上がった顔をぐいと自分達の眼前に寄せた。

「なぁ兄ちゃん。龍二に手を出すとは、いい度胸だな、おい」

「俺ら権藤組が世間の常識を教えてやるよ」

 不良集団はその名を聞いて絶望した。

 権藤組とは、世間ではそこそこ名の知れた建築会社であるが、実態は進藤家子飼の最強の任侠集団でありその筋が関係する事件が瞬く間に解決したり名の知れた族グループが突然姿を消した裏には彼らの影があるとか、とにかく不良達の中では一番恐れられている存在なのだ。

「じゃぁ、死んでくれ♪」

 不良集団の断末魔が木霊する。ただ、ファミリーには一体何が起こっているのか全く見えない為、自分達で想像しなくてはならない。

 やがて辺りはその凶事がまるでなかったかのようにしんと静まり返っていた。キョトンとしたファミリーは、恐る恐る橋に近づいていった。

「お前ら、もう二度と親御さんを困らせるなよ」

「はい!」

「これまで困らせた人にちゃんと謝って来い。いいな」

「はい!」

「よし、いけ!」

「はい! すみませんでした!!」

 一行は唖然としていた。遠目から見ても明らかに不良だった連中が、今や爽やか好青年と化しており、龍二達に従順になっていた。それまで持っていた禍々しいものはスクラップになっていた。

 好青年達は乗ってきたバイクに跨って地元に帰っていった。

「・・・・・・龍二。何したの?」

「権藤式人間更生教育」

 何だそれと龍二に問うも、実行者である権藤組の方々は既にどこかに消えていた。俺もよう知らんと空惚けられて大和はそれ以上の追求ができなかった。

「あーすっきりした」

 それはもう清々しいくらい晴れやかな笑顔であり、憑き物が取れたようだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 龍二がそれを大和に聞いたのは、昼休みの事だった。

「東西対抗戦?」

「うん。何か、九州の天神館ってとこと戦うみたいだよ」

 天神館の館長鍋島は鉄心の弟子の一人であったらしい。

 東西対抗戦とは、年に一度互いの生徒を戦わせてその優劣を競わせるというもので、学年別対抗戦として先に2勝した側が勝利という方式をとっているという。

 龍二は話を聞きながら戦力を分析していた。

 相手の戦力は不明。それでもってこちらの戦力、3年は申し分ないだろう。怪物百代に松永・義経・弁慶・与一といった猛者がいる。負けることはまずない。1年は由紀江以外戦力になる人物がいなさそうだ。武蔵小杉とかいう威勢のいい娘がいるが、そこそこのものでしかない。

 さて2年だが、こちらはそれなりに揃っている。Fはいいとして、Sは英雄に始まり、あずみ、心、ロリコン準がいる。小雪という娘はよく分からないが、多分何とかなると思う。

 しかし、不安材料は多分にあるのが実情だ。これさえクリアできればおそらく勝てる。

「大和。勝てるか?」

 龍二は参謀大和に尋ねると、正直に分からないと回答した。相手の戦力が一切不明だからというのが主な理由だ。

「なら、他のクラスと策を練らないのか? 普通なら、もうやるだろう」

 至極最もな発言に、大和は肩をすくめクラスメイトは一様に嫌な顔をした。龍二が理由を問えば言わなくても分かるでしょとそっけない答え。

(成程。あいつらが障害となているのか)

 優秀な者ばかりが集まるSは、その殆どが国や企業の重役につく者が総じて多い。それ故、妙に他の者達を馬鹿にした態度をとることが多い。無論、全員が全員そういう連中ばかりではないのだがSと他クラスが険悪なのは、そういった事情による。

 父から聞いていたとは言え、ここまでとは予想つかなかった。

 今、表面上友好関係にあるのは、龍二という抑止力がいるからにほかならない。自分が英雄に持ちかければ大人しく従うだろうが、彼らの眼の届かない所にいけば途端に互いに足を引っ張ることになるだろう。

 まぁ、S以外なら問題なさそうである。

「どうするかなぁ・・・・・・」

 席に着き、達子を愛でながら龍二は考える。しかし数分後にはそれを放棄した。今更考えた所で意味がない。

 今回の戦いの状況如何で荒療治をするつもりでいた。

 龍二はとにかく東西戦はどうにかして勝たねばならない。ここはひとまず英雄に一言いっておいて、当日何事もないように手を打たねばなるまい。

(いつか決着をつけねぇとダメかな)

 頭を掻くと、龍二は気だるそうにSクラスに足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 東西戦まで1週間と迫った。ひとまず手を打った龍二は、早朝の島津寮の庭で稽古をつけていた。相手は由紀江とクリス、それとガクトであった。

 今龍二が相手をしているのは由紀江だ。その横で、大汗を掻いてバテているガクトとクリスがいた。龍二と由紀江が見事な演武を披露している二人の姿をまじまじと観察しているのは大和であった。

 風に(なび)く柳のような剣術と、天空を舞う鳥のように鋭い攻撃の剣戟。内に秘めた力を隠していても他を圧倒する二人の剣。まさに極みに達していると言っても過言ではない。

「龍二! もっぺん勝負だ!!」

 体力が回復したのだろう、ガクトが起き上がり勝負をふっかけてきた。

「よしよし。ちょっと待ってろ」

 ニコッと微笑んだ龍二は、神速の一刀で由紀江の剣を弾き飛ばし、その鋒を由紀江の喉に突き立てた。成す術なく由紀江は降参のポーズをとった。

「油断大敵だぜ」

 ふふんと太刀を収めると、龍二は意気揚々と身構えるガクトにカモンと言わんばかりに挑発する。単純な彼はウガーっと襲い掛かった。

「はっはっは。そうこなくっちゃなぁ」

 愉快にガクトを稽古する龍二を見て、大和は龍二の底知れぬ体力に驚いた。かれこれ数時間休みなく戦っていて汗一つ掻いていないし息も乱れていない。

 進藤家の人間と言えばそれまでであったが。

「あらあら。龍二様ったらはしゃいじゃって」

 風龍が微笑みながら彼らの稽古を眺めていた。あれのどこがはしゃいでいるのか大和には見当もつかなかったが、まるで空気のようにそこにいる彼女を知った時彼は本当に驚いた。しかも、人数分のお茶を用意しているあたり流石というべきほかなかった。

「直江様。何か気になることでも?」

「いや・・・・・・進藤家は摩訶不思議がいっぱいだな、と」

「・・・・・・直江様。ちょっと」

 風龍に手招きされて、彼は龍二の部屋に入り、座した。

「進藤家は至って普通の家ですよ」

 開口一番、風龍はそう彼に告げた。大和は彼女の言葉の意図を測りかねた。彼女は普通の家だというが、『龍』という強大な力を有し、天皇家とも懇意な関係に有り、日本中に一族を散らせ国を守護し世界に影響力をもたらす彼らが普通とはどういうことか。加えるなら、佐々木・神戸・後藤の三家にも同じことが言える。

「確かに、わたくし達は特殊な力を持ってして生まれた一族です。ですが、それを除けば、普通の学生に普通の主婦、普通の剣道場師範に住み込みの家政婦ですわ」

 言われればそうなのだが、どうも納得がいかない。それを見た風龍はやれやれとため息をついた。

「直江様。貴方様はわたくし達がこんな力を持っているから付き合っているのですか?」

 その問いに対し大和は首を横に振り否定する。彼女の言葉も一理あるが、今はそんな気持ちはない。純粋に友人として付き合いたいと思っている。

「それでよろしいじゃありませんか」

 大和は衝撃を受け、己の愚考を笑い飛ばした。力を持っていようがいまいが、進藤龍二は進藤龍二以外の何者でもない。それに気づかなかったとは、軍師の名が泣く。

 我ながらなんとも馬鹿らしい。

「こんなことに気づかないとは、俺は軍師の名を返上しないと」

「分かればいいのですよ」

 にこやかに微笑む風龍は、用意していたお茶を彼に差し出す。

「直江様。今度の対抗戦、如何にして戦うのですか?」

 大和は正直に策はないと話した。龍二の口利きと英雄の一言もあって表面上の協力体制はこぎつけた。しかし、彼らが素直にこちらの言うことを聞くはずはなく、聞かせるには英雄と龍二の圧力が必要となる。

 それでは意味がない。協力とは、自主的にであって強制ではない。

「確か対戦する天神館には、西軍の子孫がいるという噂がありますわね」

 西軍―――関ヶ原の戦いにおいて、徳川に反抗した石田三成や島左近、毛利輝元、長宗我部盛親、宇喜多秀家などの将軍達の他に、尼子氏、龍造寺家、大村家、大友家といった九州地方の武家の末裔が多く通っているという。恐らく戦力としては天神館の方に利があると言っていい。

 対する川神といえば、『武神』を除けば、一子にガクト、京、クリス、マルギッテ、、あずみといった実力者が揃っているが、拮抗していると思う。

 加えて、川神のチームワークに問題がある。弱点といっていい。そこを突かれでもしたらひとたまりもない。

「成程。確かに龍二様は嫌いますね」

 大和から一部始終を聞いた風龍は嘆息してお茶を啜る。団結力に問題がある軍が戦に挑み勝利した話を聞いたことが彼女はない。関ヶ原の西軍が如き状態の川神に勝ち目はあるのだろうか。彼女がこの件で思慮する必要は全くないのだが、仮にも仕えている主人がこれから出る戦に負けるとなれば、長年支えている彼女にとって由々しき事態である。本人達は「別に負けようが家の威厳が下がるわけでもあるまい」と軽い口で言っているが、それとこれとは別問題。

 進藤家は常に高みにいなければならない。というのが風龍の信念である。「考えが古臭いよ姐さん」と若い子達に何度言われたことか。

 しかし彼女は気にしない。他人がどう思おうと己が信念のために行動し進藤家に尽くすのが彼女である。

「英雄様と龍二様が良好な状態である限り大丈夫でしょう。英雄様はよく承知していおりますから」

 ふうむと大和は長い息を吐く。以前龍二は「いつか何とかしなきゃな」と呆れた物言いで自分にぼやいていたのを思い出す。彼らのことを快く思っていない生徒は多々いる。あそこには己の才能に鼻をかけ他の生徒を貶す気がある者達が多い。無論、Sの中にも好意的な人物はいるが極少数である。

「気苦労が多いですわね、大和様」

「ホントですよ、もう」

「私からアドバイスを一つ。龍二様は最後まで隠されるが良いかと。『秘密兵器として』」

「ふむ、それで」

「達子様は普通に戦わせておけば大丈夫でしょう。『弓聖』の血は伊達ではありませんわ」

 彼女が弓の達人とは初めて知った。風龍の話によれば、『天下五弓』の一人でありその腕は針に糸を通すほど正確であるそうだ。京や与一と一緒に後方支援にできそうだ。龍二には遊撃隊として本陣にいてもらい、戦況によって暗躍してもらう。その際、達子に彼の援護をお願いするのもいいかもしれない。

「Sのことは今は捨て置きなさい。彼らとて馬鹿ではないはず」

 英雄がいるから大丈夫だし、龍二という大物がいるからそのへんは心配していなかった。

「大和様。軍師といえど、戦場のことはよく知っておかねばなりませんよ。あとは、自軍のことについて―――」

 風龍の高説は龍二が呼びに来るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 川神市郊外のとある廃コンビナートが東西戦の舞台である。使われなくなって久しいこの場所で開催される。対戦は学年別に行われ、先に二勝したほうが勝者となる。既に三年生と一年生の試合が行われ、結果は1勝1敗となっていた。一年生は由紀江や武蔵小杉らが奮戦するも敗退、三年生に関しては武神と松永燕の活躍により圧勝。勝敗は二年生の結果によるところとなった。

 大和は机上に置かれた戦場図を睨みながら、大串スグルやモロから逐一報告される情報を元に駒を動かしていた。

 開戦からかれこれ一時間は経過しただろう。

 戦況は芳しくなかった。自分の予想を超えて崩壊するのが早すぎる。

 長宗我部宗男による重量攻撃の前に前線部隊が壊滅、加えて大村焔という大砲使いや『天下五弓』毛利元親の遠方攻撃により思うように援軍を送れず、忍者鉢屋壱助により撹乱され、さらに他の西方十勇士と呼ばれる戦士達の活躍もあってジリジリと敵は本陣に迫っていた。

 川神軍は指揮系統が崩壊し全くの混乱状態となっていた。

「どうしますか大和君。このままでは」

「分かっているよ。今考えている」

 葵冬馬が話しかけると、大和は唸りながら策を練っている。しかしいい案が浮かんでこない。

 彼の耳に空気を切り裂く音が聞こえた。音の方向に向くと、本陣から少し離れた貯蔵タンクから落下する人影が見えた。

「あそこの人、大和君のこと狙ってたよ」

 微笑みながら達子が告げた。何故か巫女姿であったが、彼女曰く「この格好の方が弓が引きやすい」とのことだった。(ゆがけ)をはめた右手に、重藤の弓『神楽』を左手に握り、袈裟懸けにかけた矢籠(しこ)と呼ばれる矢入れにはまだ数本の弓矢が入っている。

 それにしても、ここからタンクまではゆうに200mくらいは離れている。それほど離れている場所から的確に相手を射ることができるとは、弓兵とは本当に眼が良いのだなぁと感じた。

『なんじゃい! 東の連中は軟弱者ばかりじゃなぁ!!』

 スグルのパソコンから大友焔の嘲笑がノイズ混じりに耳をつんざいた。特攻隊長の名にふさわしく次々と小隊を蹴散らしていく様子がパソコンの画面に映し出された。無線で各小隊長に指示を出しながら戦況を整理し始める。

 彼の脳内では、無数の彼が議論を交わしているものの考えがまとまらない。冬馬も自身の頭をフル回転させるも良案が浮かばない。ひとまず友人の井上準と榊原小雪に周辺の警戒を指示する。

 それに、他にもこちらが芳しくない事情がある。

 龍二には伏せているが、ヨンパチの報告によると、自分達の眼が届かない場所で、S組の連中が他クラスの生徒達を蔑み囮として利用したり天神館の攻撃と称して危害を加えたりとやりたい放題であり、証拠も押さえていた。

 川神側の瓦解が彼の予想を超えて早かったのはそういう事情による。

 その様子を眺めていた隻眼の男はそろそろかなと重い腰を上げた。

「大和、動くぞ」

 それだけ告げた。その言葉には「これ以上は待てない」と訴えている。ここに至っては致し方ないと大和は頼むと頭を下げた。

「長宗我部にはガクトを当てれば性格が似ているから問題ないだろう。鉢屋とかいう忍者にはあずみを。彼女は風魔の出だ、その手はお手の物のはず。毛利には与一を。余勢には英雄を大将に義経と弁慶、キャップを中心に遊撃隊を組織、臨機応変に対応。本陣には達子とマルギッテを置く。残りは俺がやる」

 頼めるかと聞けば「無論だ!」と拳を突き上げた英雄が応える。うんと頷いて龍二は姿を消した。

「直江大和! 龍二の言う通りに指示を出せ」

 それだけ言い残して英雄は戦場に爆進していった。後に残された大和はぽかんと口を開けて英雄を見送った。何がどうなっているのか彼の演算能力はショートし全く状況を理解できないでいた。龍二が的確に指示を出す姿を初めて見た大和は普段の様子から想像できないそれに驚いていた。

「龍二はね、こういう時は珍しく頭が冴えるんだ♪」

 天使の笑顔で達子が語る。

「大和君。早く指示を」

 冬馬に急かされた大和は、龍二の進言通りに無線を通じて指示を出した。

 

 

 

 

 

 

「ヨッシー。暇やぁ」

 やる気のない声で宇喜多秀美は傍でパソコンをいじる大村ヨシツグにぼやく。ヨシツグは無視してパソコンの画面に集中している。つれないなぁと彼女はその地べたにどっかりと腰を下ろした。

 ここは西軍の前線基地。本陣からホンの少し離れた場所にあるそこには3個小隊が待機しており、ヨシツグがパソコンを通して各隊に指示を出していた。

「そんなに暇だったら焔と一緒に行けばよかっただろう」

 画面を睨みながらぼやく彼に「期待はずれやから嫌や」とそっけなく返した。

 最初、彼女は焔と共に戦場にいたのだが敵の弱さに幻滅し早々に切り上げてきたのだ。基本金儲け大好きのふくよかな彼女は暫く今後の金儲けをどうしようか思いを巡らせていたが、途中でやめた。めんどくさくなったのだ。

 早く帰りたい、そう思ったときヨシツグの唸り声が聞こえた。どうしたんと画面を除けば、それまで混乱していた川神側が突如として統率の取れた動きを見せはじめた。長宗我部、毛利、大友が瞬く間に窮地に立たされた。これには少し宇喜多も興味を持ったらしい。なんやなんやと身を乗り出してパソコンの画面を見入った。彼の言う通り、川神方は先程とは違い統率の取れた動きをもってしてこちら側に当たってきている。しかも、こちらの弱点につきいるように動いている。

「なんや。よーやく本気出したんか」

 くすくす笑う宇喜多は気づかなかっただろうが、大村の関心事は別のところにあった。

 それは、彼がジャックした監視カメラの画面右上に映し出されている敵本陣で、直江大和や葵冬馬を護るように佇む一人の巫女であった。

 長い髪を後ろで束ね、弓を持ったその姿は凛々しいものだった。しかも、画面越しではあるが、彼女からは武士の持つ独特の気配を感じた。

 彼は思わず凝視していた。

「何やヨッシー。この子が好みなん?」

「うるさい」

「けど、ウチもこの子どっかで見たことあるなぁ」

 その時、白の小袖の左肩口に家紋が描かれているのをカメラが捉えた。そこに描かれていたのは、翼を広げた朱い鳥だった。

 それを見たヨシツグは絶句した。なんだってあの一族が敵陣営にいるのか皆目見当はつかないが、これは非常にまずい。

 たとえ敵軍を粉砕しても、彼女の前に死屍累々の山を築くのは眼に見えている。

 敵は強大な秘密兵器を持っていたのだ。

「宇喜多。今すぐ石田のところに行くんだ」

 血相を変えて口早に告げる大村に対し、「何でや?」と首を傾げる宇喜多に大村は張り裂けんばかりの声で叫んだ。

「敵にはあの神戸家が―――」

 刹那、彼らの前方から味方の断末魔が耳に届いた。何事かと眼を向ければ、数十人という味方が彼の後方に吹っ飛ばされた。

「な、何事・・・・・・」

「よぉ。十勇士のお二人さん、会いたかったぜ」

 そこから現れたのは一人の男だった。

 その姿は異様だった。蒼い袴姿に戦袍という何ともミスマッチのように思えるそれはしかし彼の存在を一層引き立てた。

 右眼には刀の鍔で作られた眼帯をし、左手に太刀を握っているその姿は歴戦の武士を思わせるものだった。

「だ、誰だお前」

「アンタらが軟弱と蔑む川神の生徒だよ」

 隻眼の生徒はそう言った。

 鬼気迫る闘気を前に、武家の血を引く二人が怖気づいた。眼前の彼は、石田以上の実力の持ち主であることは明白だった。

「総大将は向こうだな。悪いが押し通る」

「させへんで!!」

 宇喜多は彼の進行を阻止せんと自慢のハンマーを片手に立ち塞がった。隻眼の生徒は構わず歩を進める。彼の太刀は鋒を地面に向けたまま不気味な輝きを放っていた。それに恐怖を覚えた宇喜多だったが、構わず突進した。

 二人の距離がどんどん縮まりやがて交差し、離れていく。

 ゆっくりと崩れていったのは、宇喜多だった。

「アンタに俺の情報を伝えられるのは困るのでね」

 すれ違いざまの一閃は大村のパソコンを両断し、大村の意識を闇に葬った。

 彼の意識が消える前に、彼の眼は確かに捉えた。彼を纏う戦袍に刻まれた、紅い十字槍とそれを囲む青き龍の家紋を―――。

「い、石田に・・・・・・つげ、なくては・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 天神館総大将石田三郎は、前線基地の参謀からの勝利報告を今か今かと待ち構えていた。

「我の勝利は確実だな」

「若。勝負は最後まで分かりませんぞ」

 主君が調子に乗っているのを嗜めるのは、彼の右腕である島右近である。その見た目からおっさんとよく間違われてしまうことを、本人は気にしている。ちなみに十勇士内でも『おっさん』とよく呼ばれており、たまにキレて大事になったりする。

 彼の隣には尼子晴が万一に備えて準備運動をしていて、時折島の方を見ながら「でばんはまだか」と眼で訴える。

「ヨッシーの吉報はまだか!」

「まだのようですな」

 そうか、とだけ言って石田は眼を閉じて大村からの報を待つ。

 そのことに関し、島には気がかりなことがあった。どんな小さなことでもこまめに報告を入れていたあの大村からここ数時間何の報告もない。もっとといえば、5分ほど前からその大村がいる前線基地と一切の連絡が取れないのだ。知らせを受けた時に石田に報告するか迷った挙句、伝えなかった。通信機器に何らかの故障が有り、それを直している可能性もあったからだ。

 しかし冷静に考えてみれば、故障したならば人をやるなりして報告を上げてくるはずだ。それがないのがどうも気になる。

 それに、どうも身体中を寒気が絶え間なく走り、後頭部がチクチクと痛みだした。まるで、これから何かが起こることを予兆するかのように。

 自分の中にある疑念を拭いきれない彼は、尼子に前線基地に向かうよう指示を出そうとした時だった。

 突然、本陣前方から絶叫が木霊し、数十人の生徒が吹っ飛ばされてきた。事態に石田はカッと眼を開け何事かと島に問うた。島も突然のことで何も分からず、慌てふためく生徒達を宥めるのが精一杯だった。

「敵襲! 川神方一人!」

「木下隊、倉丘隊全滅!!」

 その知らせを聞いた三人は愕然とした。本陣に配置したのは特に選りすぐった精鋭達ばかりだ。その彼らが、たった一人の前にこんなあっさりと吹っ飛ばされるとは到底思えないし、思いたくもない。

 島が対処策を練っている間にも、次々と小隊壊滅の報がやってくる。

「島! どうするのだ!?」

 そう問われた彼は、ひとまず敵の正体を知るべく尼子を走らせようとした。

「尼子。急ぎ戦場へ行き敵の―――」

「その必要はねぇよ」

 ギョッとした三人が声の方へ向くと、そこには一人の男が立っていた。彼の前には散っていった仲間が山を作り、光を失っていない左眼がこちらを見据えていた。左肩に担いだ太刀が不気味な輝きを放っていて、彼の周りをとてつもない力がそれこそ彼を守護するかの如く二重三重と纏われているように感じた。

 そして、彼らの全身を巡る血が口やかましく叫んでいた。「コイツハキケンダ。コイツトハタタカッケハイケナイ」と。

「お主、何者だ」

「お主って古臭い話し方するんだな、おっさん」

「おっさんではない! これでもお主と同じ高校2年生だ」

 カラカラと笑う男に島は腹を立てようとしたが、それを抑えて男の正体を探ろうとする。

「しかしまぁ、随分と俺の学校の連中のことコテンパンにしてくれちゃって。大和が泣いてたぜ」

 大和、という名は恐らく川神方の軍師のことだろう。だからどうということはないが、この身が凍るほどの寒気は何なんだろうか。

「俺としては、別に負けてもいいんだけどな。家の教育係が負けたらただじゃおかないとうるさくてな。怒ると怖いんで、悪いが勝たせてもらうよ」

 その話ぶりは実に余裕のものだった。

「こいつこわい」

 あの尼子がここまで怯える姿を見るのは島にとって初めてのことだ。この男、それほどまでに強いのか。

「おいお前! 俺の前に出ておいて名を名乗らないとは無礼であろう! 名を名乗れ」

「人に名前を聞く時はまずは自分からってお母さんに言われなかったか?」

 男の鋭い眼光に多少ひるんだ石田であったが、すぐに気を取り直して名乗る。

「俺は石田三郎! 出世街道を行く男だ!!」

 おうおうはっきり言ってくれるねぇと男は逆に関心した。男は島に眼を向ける。

「島右近と申す」

「あまごはる」

 島と尼子もそれぞれ自身の名を明かす。

『石田治部少輔と鬼左近、尼子伊予守の裔達か。コイツは面白いな龍二よ』

 だまらっしゃい、と自身の相棒に喝を入れて、彼は太刀を鞘に収めた。

「初めまして、と言うべきだろうな。川神学園2-F、進藤龍二だ」

 その名を聞いて、三人の身体に雷が落ちた。

 天下に名高い『武聖四家』の一角であり、あの『護國神』の血を引き、高校剣道界の頂点に君臨する『静かなる蒼き龍』の二つ名を持つ最強と呼ぶに相応しい高校生。

 そんな男が今、自分達の眼の前にいる。

 武人として、ここまで心躍ることはない。

「ふははははは! 島よ! 日本最強の男が来たのだ。嬉しい限りではないか」

 主君石田は本当に心の底から嬉しそうだった。最強の名を欲しいままにした男に挑めることが、武人としてどれほどの誉れだろうか。強いて言えば、自分の力が最強にどれほどまで通じるのか試してみたるなるのも、武人の性かもしれない。その二つの感情が今石田の中には宿っているのに違いない。

 かくいう島自身も龍二相手にどこまで通用するか試したい気持ちでいっぱいだった。

「俺の出世の為の礎になれ」

と、彼は己の獲物に手をかけた。

「進藤殿。一手お手合わせ願おう」

「おれがあいてだ」

ちょっと待ったーと龍二の後ろからそんな声が多数響き渡った。後ろを見れば、先程倒したはずの天神館生徒がフラフラボロボロになりながら龍二に牙を向いていた。

「おい石田。お前だけにおいしいとこ持って行かせないぞ」

「俺だって、一度コイツと戦いたかったんだよ!」

 闘志をむき出しにした彼らを見て龍二は己の立場にため息をつく。

「これじゃ、俺まるで悪役じゃね?」

 これは石田達の耳には届かなかったが、彼の相棒達は彼の頭の中でケラケラ笑って面白がっていた。やかましいと相棒達に文句を言いつつも彼は石田を見て口先を上げた。

「いい仲間を持ってるじゃないか」

「そうだろう。この俺の人望を羨むがいい」

 コイツは性格がほとほと英雄に似ているなぁと思いつつも、彼は不屈の魂で自分に向かってくる西の武士達に敬意を払い、新たな愛刀『龍雲』を抜刀した。

「進藤剣術道場師範代進藤龍二。全身全霊を持って、相手しよう」

 普段は名乗りはしない高名。高校生の身分で師範代であるのは彼ぐらいだろう。まぁそれは今はどうでもいい。

 武門の頂点に君臨する絶対王者に天神館は己が持てる全ての力を龍二にぶつけた。龍二も、宣言した通り全身全霊を持って応えた。

 自身の秘めたる3つの力は決して使わない。これまで戦ってきた経験を蓄積した身体の動きだけで戦っている。

 その姿はまさに鬼神だ。大坂夏の陣で東軍総大将徳川家康に向かって部隊を率いて突撃、家康本陣を蹂躙しその名を残し『日ノ本一の兵』と称された真田信繁や無傷で戦場を駆け回った家康の片腕本多忠勝や最強の誉れ高い呂布と比べ物にならない力を前に、天神館の猛者達は己の中に眠る武士の血を存分に(たぎ)らせた。

「さきにいく」

 尼子はそう告げて激戦の中に姿を消した。

 それを視認した龍二は『龍雲』を横薙ぎに払い群がる天神館の猛者を吹っ飛ばし、そのまま『龍雲』の峯で尼子の攻撃を防いだ。

「!?」

 あまりの反応の早さに驚いた尼子であったが、その隙を突かれ尼子は龍二の猛攻の前に防御するのが精一杯であった。持ち前のスピードを活かすことができずやきもきしていた尼子であったが、ついに龍二の猛攻を防ぎきれず彼は龍二の斬撃を腹部に直撃されそのまま近くにあった廃タンクへその身を埋めた。

「あと二人」

 鬼神がその眼を二人に向けた。

 動いたのは腹心島だ。自慢の槍を用いて龍二に挑んだ。槍相手との戦いを心得ている龍二にとってこれは戦いやすかった。

 島の攻撃を受けてみたがこれは何とも重い一撃だった。『龍雲』にヒビが入りそうなくらい重く、腕の骨が折れんばかりの一撃は龍二を一瞬ヒヤッとさせた。

「いい攻撃だが・・・・・・ふん!!」

 島の渾身の突きをいなし振り上げた一刀で彼の槍を両断、そのまま振り下ろした一閃で島の意識を遠くの彼方へ向かわせた。

「さぁ、最後の一人だぜ石田総大将」

 『龍雲』の鋒を石田に向けて龍二が口先を釣り上げた。

「ふん。なら、俺の本気を見せてやる!!」

 そう言い放った瞬間、石田の身体が黄金に輝きだし髪が逆立ち、彼の得物である刀は雷撃を纏っていた。

 これは後に聞いた話だが、『光龍覚醒』といって自身の能力を大幅に上げる一方で自らの命を縮めるリスクを背負うものだとか。

 西にも奇っ怪な技を使う奴がいるんだなと龍二は思いつつ、それくらい本気で自分に向かってくる石田の中に古の武士の魂が宿っていると感じた彼は、それに応えることが彼への礼儀と感じた。

 龍二はすぅっと眼を閉じた。すると、先程までの短い黒髪が肩まで伸びその色が紫に変色した。そして彼がゆっくり眼を開けるとその瞳の色と『龍雲』を纏う炎の色が紫に染まっていた。

 これが、噂に聞く進藤家に宿る『龍』の力か。その力を出したということは誉れと言っていい。石田の興奮は一気に頂点に上った。

「おもしろい! 雷と炎。どちらが勝つか勝負だ! 進藤ぉ!!」

「来い」

 一陣の風が吹き、長い時間が流れる。

「行くぞ!」

「おう!」

 東西の両雄が今、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生。あの方のご子息を招くとは少し卑怯じゃありませんか?」

「何を言っておる。わしは何もしとらんわい」

 廃コンビナートのとある一角で、両雄が雌雄を決しているのを高みの見物している二人の傑物がいた。一人は川神学園総代川神鉄心。もう一人はその鉄心の弟子で天神館館長鍋島正である。

「じゃが、わしのアレは初めて見るのう」

「アレ?」

「『龍』の力じゃ」

「!? 先生もご覧になるのは初めてでしたか」

 意外だ、と言わんばかりに驚いた鍋島に鉄心は声高に笑う。

 戦中、鉄心はある人にとても可愛がってもらっていた事があり、その者から『てつ坊』という愛称で呼ばれていて色々と教えてもらったと鉄心は事あるごとに鍋島に語っていたことである。どうやらそのある人は鉄心に自分の力を見せなかったようである。

 だが、鉄心の実年齢を知る者は誰もいない。何せ元総理が生まれた頃から姿が変わっていないと言う噂だ。その可愛がってもらっていた者は明らかに鉄心より年下だ。その彼が尊敬する人の名前を鍋島は知らない。

「私もその人に一度でいいからぜひ会いたいものだ」といつか彼が鉄心に語ったことだ。

 それはさておき。

 進藤家。そして川神本陣を守護する神戸家の息女。『武聖四家』の内二家が川神にいることに疑問を呈した。川神にこれから近い将来何か変事が起こる、それに対する処置であろうか。

 邪推といえば邪推だ。しかしそれでも気にしてしまうのが弟子ではないだろうか、なんて鍋島は思っている。

「これはこちらの負けですかな」

「ほっほっほ。まだあの子に勝てる者はおらんようじゃな」

 勝ち誇った鉄心の満面の笑みを歯がゆく思う鍋島は思わずため息をついてしまった。

 その時、巨大な火柱と雷撃が辺りをまばゆい光で包んだ。

 両雄の雌雄は決した。



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第5話 決別

 九鬼英雄は自室の机に両肘をついて思い耽っていた。

 先日の東西対抗戦は親友の活躍もあり川神方が辛勝する形で幕を下ろした。

 しかし、このことがきっかけでSとFの溝が一層深まってしまったと言っても過言ではなかった。

 元々折り合いが悪い両クラスは、進藤龍二・九鬼英雄という二大巨頭の顔を立てて表面上は仲直りしていた。が、彼らの預かり知らぬ所で小競り合いを続けていた。今回の対抗戦においても、互いが互いを邪魔し作戦に支障をきたすことが多々あり、それに対して「アイツ等が悪い」などと言い訳しては喧嘩をするなどしていた。そのことが従者を通じて英雄の耳に密かに告げられた時は内心頭を抱えた。

 決定的だったのは、彼の親友のこの一言だった。

「大和、動くぞ」

 無論、天神館の猛攻と智謀を前に川神が押されていたこともあっただろうが、一連の騒動は何らかの形で龍二の耳に入っていただろう。仮にも共闘している間とは言え、いくらなんでも露骨すぎる。彼の言葉の端には、この状況になっても協力できない自分達に見切りをつけたのではないか、と英雄は感じた。

 名門九鬼家としては、進藤家という大家と争う気は毛頭ない。だが、彼は恐らく怒りに燃えているだろう。できることなら穏便な形で収束させたい。

 問題は、クラスメイトだ。今回に関しては、お互いが真に認め合うものでなければ意味がない。自分達の鶴の一声があれば大人しく従うだろうが、それだとこれまでと変わらない。

「戦うしか、ないのか」

 英雄の苦悩は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達子を愛でる龍二は、夜空を見上げながら考え事をしていた。

「メンドくせぇなぁ」

「何がァ?」

「SとFの仲の悪さがだよ」

 まさか学園のイベントの最中でも争うとは思ってもみなかった龍二は心底失望した。と同時に、これは本格的にどうにかしないとダメだと感じた。英雄や自身がでしゃばってまとめれば表面上は仲良くなるであろう。それでは、意味がないと彼は思っている。

 片や、己の才能に絶対の自信を持ち才能なき他者を見下すSクラス。片や、自由を信条とし才能を鼻にかける連中を毛嫌いするFクラス。

 元々相容れない二つのクラスどうまとめるかが、彼らに求められている。

(まぁ、このくらいはアイツも考えているだろうな)

 王を自負する彼のことだから、今頃どうすれば両クラスが仲良く学園生活を送れるか思案しているだろう。今の自分みたいに。

「どーするのー?」

 そう尋ねてくる達子に対し、そうだなぁともったいぶりながらも彼には一つの考えがあった。古今東西人が分かり合う方法は変わっていないのではないだろうか。甲斐の虎武田信玄と越後の龍上杉謙信のように。

「・・・・・・やるしかないかなぁ」

 ぽっつり呟きながら月夜を眺めた。できればこの手は使いたくないのだが、ここまでしないと仲が改善されないのでは致し方ない。

 まさか彼と同じ考えであったとは龍二はついに知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや? 珍しい人がいるねん♪」

 ある日の昼休み。屋上で昼寝をしている龍二を覗き込んできた女子高生はそう言った。彼女が覗き込んできた瞬間どういうわけか一陣の風が吹き始め、少し強く吹いた。彼女のスカートの中が見えてしまうんじゃないかと思ったがそんな美味しいことは起きなかった。

「先輩こそ、こんなところで何してんすか?」

「私? ここは私の特等席だからねん。川神の街を眺めていたのだよ」

 さいですか、とそっけなく彼は返した。

 ヨイショと隣に座った松永燕は、すかさず手に持っていた納豆を勧めてきた。『松永納豆』という彼女を『納豆小町』にした代物であり、いなくなった母親を探すアイテムでもある。納豆の味は絶品であり、彼女の人気も相まってこの学校でも信者が急激に増加していった。

「今度にしてくれ」

「あらー。また断られちゃったよ」

「の割には、全然悔しそうではないようですが?」

「こーみえて、私は粘り強い乙女ですから」

「それ、自分で言いますか」

 クスクスと燕は笑ってごまかす。

『弾正の末裔か。何とも因果なものだな』

 彼女との会話を楽しみながら龍二の先祖は感慨深く呟く。

 乱世の梟雄と将軍家最強の護刀の子孫がこうして普通に会話できる日が来ることを彼らは想像できたであろうか。

 もしここに主君がいたらどう思うだろうか。あの人のことだから、過去のことは水に流して彼女との会話を楽しむのだろうなぁ・・・・・・。

 なんて想像している先祖をよそに龍二は燕との会話を楽しんでいる。

「最近さー、モモちゃんと毎日稽古しているから体中痛くって痛くって」

 その割には愉しそうに語る彼女はとても満足しているようであり龍二は「さいですか」と頷いた。

「私は一度龍二君とも勝負してみたいなと思うわけですよ」

「またとーとつな誘い方ですね」

「武道を嗜む者としては『武聖四家』と戦うのは史上の誉れなんだよ~?」

 燕の言うことは一理ある。

 この国にいる全ての武道家が一度は抱く夢。進藤・佐々木・後藤・神戸の四大武家に己の力がどこまで通用するのか確かめたい、というものだ。

 彼が出る大会に参加して試す者、直接彼らの家に押しかけ勝負を挑む者、闇討ちする者など、枚挙にいとまはない。龍二自身も何度か闇討に合った事があった。正々堂々と挑んでくる者には最大限の礼儀を持って対峙するが、礼儀を知らない不心得者には、二度と武術家として再起できないようにその者が持っているあらゆるものを完膚無きまでにぶち壊す。

「・・・・・・稽古って形なら、いいですよ?」

「ホント!? やった!」

 彼と戦えるのがよほど嬉しかったのか、燕は飛び跳ねてその喜びを表していた。それを見て龍二は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 今度、義輝さんに会わせよう。

 そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何、してんだよ、おい」

「何って、我が校の生徒がちゃんと川神に馴染んだかどうか見に来たのだ」

 呆れ返って頭に手をやる龍二に向かって、女子高生はそれがさも当然のように言い放ち、手に持つ扇子を唇に当てている。それが妙に妖艶だった。

 神明高校生徒会長村重友代。

 友人の実姉であり、完璧超人として個性あふれる神明高校600人を束ねる長である。それが昼休みに突然やってきたのだ。

「実はな、川神学園との交流に関してここの総代に呼ばれていてな」

「あ〜、なんか、そんなこと言ってたな」

 彼が転校してきた日に鉄心がそんなことを言っていたような気がした。

「ところで龍の字よ。達子嬢とは仲良くやっているかい?」

「お陰様でな。そっちはどうなんだよ?」

「平常運転。皆元気でやっているぞ。安の字と操嬢も仲睦まじくやっている。夜もお盛んだぞ」

「そんなこと聞いてねぇし、俺に報告する意味ねぇだろ」

 くっくっくと悪戯笑みを浮かべる友代。この顔をしている場合は大抵冗談を言っている確率が高い。前半は本当のことを言っているであろうが。

「それとな、瑞穂先生とカスガ嬢、沙奈江殿に関しては我々がしっかり『教育』しているから心配しなくても良いぞ」

「・・・・・・ホント、ありがとう友代」

 こちらに来てからの一番の気がかりであったこと。自分のことを好きすぎる姉の沙奈江と従姉妹の瑞穂、カスガノミコトの三人である。一日一回は彼とひっつかないと赤子のように駄々をこねる彼女達が、数ヶ月以上も彼と触れ合える機会がなくなるのだ。発狂していないか心配だった。

「未奈先生も手伝ってくれているからな」

大人の女性で唯一の常識人である彼女が友代側に付いているのは彼にとって非常にありがたかった。後でちゃんとお礼を言っておこう。

「・・・・・・よし」

 友代はふとぽんと手をついていきなり龍二の手を掴んだ。

 そして一言。

「龍の字。今から私と一緒に鉄心殿のところに行くぞ」

 数秒の沈黙が場を支配し、そして彼は何を持ってそうなったのか友代を問い質した。

「君なら神明、川神双方に事情に詳しいだろ? まぁアドバイザーとして同席してくれ」

「嫌待て。俺はこれから授業があるんだが?」

 彼女は龍二の手を引っ張り鉄心の元に歩み始めた。当然ながら、龍二の意思は完全無視である。ギャーギャー文句を垂れる友人など気にもせず、友代はどんどん歩を進める。

「人の話を聞けー!!」

 後に残ったのは、龍二の虚しい叫び声が木霊すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 おい、何だこの場。色々とすごい川神学園生徒会長南條・M・虎子に世界企業である九鬼の御曹司、進藤家に佐々木の傍流。

 何だこの混沌。肝心の学長いねぇし。勝手に話進めてもいいんかね?まぁ、九鬼と佐々木だし。問題ないか。

 てか、南條会長。何アクセサリー作ってんすか。会議に参加してください。

 ブツブツ独り言を呟く龍二と、溜まりに溜まった予約アクセサリー作りに没頭している南條を尻目に、英雄と友代は今後の交流に関して話を進めていた。日程や留学する生徒、規則などをテキパキと決めていった。その際に分からないことや困ったときに二人は龍二に尋ねた。それに対し彼は的確にアドバイスをくれた。

 暫定ではあるが日程は6月下旬から7月上旬の1・2週間、交換留学生は川神側からは不死川心と甘粕真与、神明側からは國枝博正と周防祐実恵のそれぞれ2名を交換することと相成った。規則等は別に定めるということになった。

「しかし、大丈夫ですかな村重殿。双方とも異なる学年に派遣されますが・・・・・・」

「それなら大丈夫でしょう九鬼殿。不死川殿と甘粕殿にとっては今後学ぶものがどんなものなのか知るいい機会ですし、博の字と祐実恵嬢にとっては受験勉強のいい復習になりましょう。それに互いの文化を知ればいい刺激になりましょう」

 会談後の一時。虎子は早々に何処かに消えていた。獣並みの速さに驚く龍二であったが、それはほんの一瞬で今は三人で談笑していた。

「しっかし、そんな超法規的措置が・・・・・・取れるか」

 自分がいい例じゃないか。自分が出来るなら、一般人については朝飯前のことだろう。むしろ忘れていたぐらいだ。俺そういえば3年生だったなぁ。受験、どうすっかな。

「龍の字。上の空とは感心しないぞ? 聞いていたか」

「あっ、悪い、聞いてねぇ」

「全く。君のそういうところは感心しないぞ。まぁいいや。龍の字。この学校を案内してくれ」

「我からも頼む龍二。これも川神と神明の相互理解のためだ」

「・・・・・・だったら南條会長を同席させるべきでは?」

「無理だ。あの人を制御できる人はいない」

 そんなんが生徒会長で大丈夫かこの学園。何て考えは即座に頭の片隅に追いやられた。

「龍の字が過ごす学び舎か。楽しみだ」

 扇子を唇に当てウキウキとしている友代。自分だけでは心配だったので学園を熟知している英雄にも同行してもらうことにした。

 最初に教職員室に寄り、担任の小島梅子とヒゲ先生こと宇佐美巨人に一応友代の学園見学の許可を取ってから校内を案内することにした。

 許可に関してはあっさり降りた。

 予め総代が通達してあったのか、はてまた佐々木一族に連なる彼女のことを知っていたのかはさて置き、二人は心おきなく友代の案内を始めた。

 理科室や部室棟やら学園のあらゆるところを案内し、今は2年生の教室が連なる2階の廊下を歩いているのだが、ある一角から耳障りな声が漏れていた。

「やけに騒がしいな」

「Sからだな」

 たまたま開いていたドアから教室内を見た瞬間、友代の顔が曇ったのと同時に英雄が驚愕し、龍二の眉間にしわが寄った。

 英雄にとって最悪の出来事がそこで起きていた。

 そこには、独断で和平交渉に来ていた大和達F組一行を囲み罵詈雑言の口撃を浴びせるSの連中がいた。その中には比較的友好的であった葵や井上も混じっていたのだ。それをなんとかしようと慌てふためく義経達。

 最悪の展開を英雄は予期していた。

「・・・・・・もう、限界だ」

 静かな怒りを口にした龍二は二人の眼の前から姿を消した。

 そして―――。

「いい加減にしろや蛆虫が」

 二人の眼に映ったのは、涙眼になっている真与に卑猥な笑みを浮かべて貶す男子生徒の顔面に、左拳を打ち込み床に沈めた龍二の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和は功を焦ったと思った。英雄、龍二という抑止力を欠いた状態で和平交渉を行った結果待っていたのは侮辱の嵐だった。

 SとFのいがみ合いは今に始まったことではないが、転校生が来たこともあり、かつ、近いうちに東京の高校から留学生が来ることを事前に知っていた彼は、そのこともありこのままではいけないと感じた大和は独断でSとの和平を試みた。

 しかしそれをそのまま伝えれば間違いなくクラスメイトの反対に遭うのは眼に見えていたので、まずは委員長の甘粕真与に自身の考えを打ち明けた。彼女としても今の状態を快く思っていなかったので彼の提案に快諾の意を示した。そして彼はその話をワンコとクリスにも話した。極秘と前置きして。

 二人も彼の話には概ね賛成だった。彼女達にはあくまで真与の護衛という形だが「決してこちらから手を出さない」と言うことには不満を抱いた。

「こちらから手を出せばここぞとばかりにアイツ等のいいように事が運んでしまう。だから、今回に関しては何を言われても耐えてくれ」

 彼の懇願された二人は渋々ではあるが了解した。

 彼としては、自分達だけでこの件を解決したかった。いつまでも龍二の力を頼ってばかりにはいられない。少しは自分たちで物事を決着させたいという一心での行動だった。

 そして、和平交渉団はSに向かい、自分達がへりくだる形で交渉を始めた。

 その結果が、これだった。

 龍二・英雄という抑止力がないことをいいことに、Sの連中はここぞとばかりに口撃を開始した。

「高貴なるこなた達がどうして山猿どもと仲良くしなければならんのじゃ?」

「悪いが、俺はごめんだ。こいつらといるとバカになるからな」

「大好きな大和君からの申し出ですが、それとこれとは話は別です」

 彼らの口から出る、およそ人としてみていない発言に大和は怒りを覚えたが我慢した。後ろに控えているクリスやワンコに至っては彼がいなければ既に彼らに襲い掛かっていただろう。真与は彼らの口撃に耐えながら必死に説得したが彼らの心にはついに響かなかった。

「さっきからうるせェチビだな」

 いい加減耐えられなかったのか、ある男子生徒がおもむろに真与の胸ぐらを掴んだ。

「おい、ちょっと待て!」

 彼の暴挙を止めようとする大和を、別の男子生徒がそれを阻止した。大和の背中を踏みつけ「邪魔すんなよ」と威圧する。

「バカがいい気になってんじゃねぇよ。俺達は選ばれた人間なんだよ!! お前らみたいな出来損ないとは違うんだよ!!」

 人を嘲た微笑みで悪言の限りを口にする彼に真与は耐えていたが、眼には涙が溜まっていた。

「なんでも泣けばいいって―――」

「いい加減にしろや蛆虫が」

 それは本当に刹那の時間だった。真与を掴んでいた男子生徒は振り向きざまの一撃をもらい顔を醜く歪めて床に叩き伏せられ、大和を踏みつけていたもう一人は、「その汚い足をどけろクソ野郎」の暴言の後、鞘に収まった『龍雲』によって顔面を殴られ、床に叩きつけられるや鳩尾に『龍雲』を突き刺された。その攻撃は岩のように重く彼は「うっ」と呻いて意識を飛ばした。そして、彼は突き刺す視線でこの教室にのさばる者共を睨みつけた。

 その場にいた全員が戦慄した。

 今は夏に近いというのに教室が凍えるほど寒かった。自分達を見据える龍二の左眼を見た瞬間、全身のあらゆる器官が壮絶なる警戒警報をけたたましく唸りを上げていた。

 その瞳には怒りの業火と失望の色が現れていた。

「少しは物分りのいい奴らだと思っていたが・・・・・・英雄の資質もこの程度ということか」

 龍二は打ち付けていた『龍雲』を引き抜き、この事態を止めようとした義経達の元へ寄った。

「すまない龍二君。何とかしようとしたんだけど」

「義経達が気にすることはない。ここにいるゴミ虫どもの頭が腐っていて人の言葉がわからないだけだらな」

「さっきからクソだのゴミだの言いたい放題いいやがって! 何なんだテメェ」

 彼の暴言に耐えられなくなったようで、ある一人がついに吠えた。

「こいつらと俺達は格が違うんだよ! 俺達は―――」

 その後も彼は何か行っていたようだが、未だに場違いな発言をしているこの男の耳障りな音を聞き入れる許容などない。

 血筋だどうとか能力がどうとか様々な言葉を使って自分達がいかに有能で社会に必要とされているか、F組の連中がいかに社会に必要とされていないかを高説していたが、それが龍二にとっての一番の地雷だった。

 人を見下し罵る人間は龍二が最も忌み嫌う種族である。

 自分の言葉に酔っている彼はついに気づかなかった。龍二のこめかみが青筋を立てて隆起し、握っていた拳から血が流れていることに。

「わかるか進藤。このクラスは―――」

「黙れクソガキ」

 『龍雲』の鋒を喉元に突きつけられ彼は黙った。血走った左眼に睨まれた彼はようやく自分の過ちに気づいたがもう遅かった。『龍雲』の刃は彼の首の皮を裂き、そこから一筋の血が流れ出す。

 ぐりんと龍二の左眼は囲んでいたS組の連中に向いた。羅刹の形相を見た連中は一斉に小さな悲鳴を上げる。

「人を人として扱わない犬畜生にも劣る貴様らをゴミだクソだと呼んで何が悪い? 俺は、大和達にしてきた事をそのまま貴様らにしているだけだ。言わせてもらえば、俺は貴様らのような害虫共を人間として見る気は毛頭ない」

 深海の底のように冷え切った視線に一層恐怖している彼らを一瞥し眼を葵に向けた。

 傍にいた井上を含めてその眼には失望の色が点っていた。「お前らも所詮はそちら側の人間か」と語っていたと後に井上は誰かに話していた。

「大和、ワンコ、クリス。お前ら、よく我慢してくれたな。けど悪い。俺はもう耐えられん」

 振り向くことなく静かに言葉を紡ぐ。二人はきょとんとしていたが、大和はこの時彼が何をするのか感づいていた。

 龍二は葵の前にワッペンを叩きつけた。決闘の合図だ。

「貴様ら全員、叩き潰す。英雄にも伝えろ。決着がつくまでお前の一切の申し出を断るとな」

 そう言い残し、龍二は三人を連れてS組を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚愕の表情のまま英雄はその一部始終を黙って見ていた。あの龍二があそこまで激昂するのを彼は今日初めて見たからだ。

「九鬼殿。貴殿を前にしてこれを言うのは憚られるのだが」

 静かな口調で隣にいた友代が話し出す。彼女の口から発せられる言葉の一言一言には、紛れもない怒りが込められていた。

「私は別に能力の差があろうが構わないと思っている。人とは千差万別だからな。得手不得手もあろう。だがしかし―――」

 その後に紡がれるであろう言葉を、できれば英雄は聞きたくなかった。それは彼に対する最大級の侮辱であり最低のものだったからだ。

「腐っているな。貴殿のクラスは」

「・・・・・・」

「貴殿は王としてこのクラスのことをまとめる事ができなかったようだな。そして、この状況を見てしまっては神明高校生徒代表として、今回の交流に関して見直さねばならぬ」

 それは当然のことだと英雄は思った。こんな状況を見せられては自分だって躊躇う。交流先の学校でいじめとか、嫌な思いを抱かせたとあっては後々の問題になるばかりではなく派遣された生徒の心に傷を作りあまつさえ学校の品位とか評判とか地に落ちる。

「貴殿の失態は、その才に驕り胡座掻いた結果と心得よ」

 先輩のアドバイスに素直に返事をする彼に、いつもの王の気品はない。其の辺にいる普通の高校生だ。

「貴殿は龍の字の二つ名を知っているか?」

 彼女は急に話題を変えた。それがどういう意味を持っているのか彼は図りかねたが、普段耳にしている『静かなる蒼き龍』を答えた。違うとそれに対して彼女は言う。

「確かに。その二つ名は普段は冷静に相手を分析し力の加減を弁え、決して相手を侮ることなく相手に敬意を評し・・・・・・長いからこれ以上は省略させてもらうが、他にも『裏の二つ名』があるのだよ」

「それは、一体・・・・・・」

「『絶対零度の処刑人』」

「・・・・・・?」

「弱者を蔑ろにする連中、悪徳者といった者達や、彼の『何か』に触れた者は、たとえそれが大物だろうが有名人だろうが情け容赦なく正義の制裁を下す。一度キレたら最後、刑を執行するまで彼の怒りは収まらないからな」

 その時、英雄の眼には龍二が葵冬馬の前にワッペンを叩きつけたのが見えた。それはすなわち決闘の合図。イコールこの決闘が終着するまで彼の怒りは収束しないということだ。

「貴様ら全員、叩き潰す。英雄にも伝えろ。決着がつくまで、お前の一切の申し出は断るとな」

 事実上の決別宣言。それを聞いた英雄は膝から崩れ落ちた。このことは何らかの形で家に伝わるだろう。そして自分は殺される。主に姉に。

「九鬼殿。これを機に、王とは何かをよく考えることを勧める」

 そう言い残して友代は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 その日のうちに、学長鉄心より2週間後に『川神大戦』を開催する旨が全校生徒に告げられた。



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第6話 軍師として

 Fクラス宣戦布告。その報が流れるや、学園は大戦へ向けての準備に入った。授業は全面ストップ。当該クラス以外の生徒は参加不参加の自由がある。参戦する場合は個人単位となる。団体も可能だ。

 S・Fの両クラスから勧誘があり、他のクラスは自分がどのチームに入ると有利か思案しながらチームを決めていく。勝つチームについて己の地位を守る者、S組に一泡吹かせてやらんが為にFに参戦する者色々いたが、事態が動いたのはそれほど時間がかからなかった。

 武神川神百代がSにつくと発言してから、Sにつく者が続発した。この事態に唖然としたのは大和を始めとした風間ファミリーである。その理由を質したが、単にファミリーと一度戦ってみたかったからというそんな理由だった。

 だがこんなことでいつまでも思考停止しているわけには行かない。大和は参謀として可能な限りの策を弄した。武神が敵についたとしても残ってくれた生徒たちにまずは感謝の意を評し、それぞれを軍団に分けて軍団長に大戦までの日々の訓練等は一任することにした。基本はファミリーのクリス・ワンコ・忠勝・ガクト・キャップが軍団長として任命された。翔一も今回ばかりは燃えているようで軍団の訓練に励んでくれていた。

 一方で、大和は情報班としてモロやスグルを要して敵軍の情報収集と寝返りを行っていた。既に何名かの寝返りは確約を得たが、相手にはあの葵がいる。迂闊に信用はできないし、こちら側にも敵のスパイがいるやもしれない。その辺に関してはヨンパチらに任せ、自身は学園外へ遠征に行った。

 目的は、川神百代を封じる為の戦力集めである。いくらこちらの戦力を鍛えた所で敵に最強の武神がいる限りこちらの勝利は限りなくゼロに近い。こちらが勝つには総大将が倒される前に敵大将を倒せばいい。その為には武神川神百代を圧倒する、もしくは抑えるだけの戦力が必要だ。それには学園内にはないので外に頼る他ない。外部は50人迄なら参加を許可されている。

 まず向かったのは九鬼財閥。英雄の姉である揚羽に協力を要請した。彼女は二つ返事で了承してくれた。

「百代にはそろそろ指導せねばと思っていたのだ。我からもう一人には声をかけておく故」

 そう言って携帯を取り出し誰かと話し始めた。その話からして『四天王』のひとりであることは間違いなかったが、それが誰なのかは分からなかった。ともかく、これで抑止力の一つは確保したがまだ足りない。

 次に眼をつけたのは、龍二が元いた学校神明高校である。現警察庁兼警視庁のトップが理事長を務めるそこには、『武聖四家』を始めとした個性あふれる生徒達が通っているというから、もしかしたらその中に彼女を止める逸材がいるかもしれない。そんな期待を込めて、とある平日に彼は進路を品川に取った。

「神明に行かれるのであれば、この娘に会ってください。きっと力になってくれますよ」と出かける前に風龍が手渡してくれたメモ紙には生徒会長の名が記されていた。

 神明高校についた大和は早速事務局へ行き要件を告げると話は聞いているといい生徒会室に通された。そこには既に生徒会長村重友代が待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風龍殿から話は聞いているよ。まぁかけてくれ」

 気品に溢れる姿に圧倒されながらも大和は促され席に座る。

「君か。S組と交渉していた男の子というのは」

「!? どうしてそれを」

「いや何、たまたまその日に九鬼殿と会う約束があってな。その際、龍の字に校舎を案内してもらっていた時に通りかかってね」

 成程だから何も知らないはずの彼があの場に殴りかかってきたのかと彼は納得した。

「さて、君の要件を聞こうか」

 扇子を広げて扇ぎだした友代を前に大和の額に緊張の汗が滴り落ちる。

 村重友代

 神明高校600名超の生徒達をまとめあげる完璧超人の生徒会長であり、謂わばこの学校の代表である。そして、『今は一般家庭』の家だが、元は『武聖四家』の一つ佐々木家に名を連ねていたことのある人物だ。つまり、彼らとのパイプを持っている一般人ということになる。噂では、佐々木家に伝わる力を使えるらしいが定かではない。

 彼の事前調査による村重友代というのはこんな感じである。

「実は―――」

 大和は先日の出来事を包み隠さず事実のみを彼女に伝えた。彼女はあの場にいたというから大体のことは知ってはいると思うが、そこでこちらに有利なように話すことに何の益もない。むしろ、彼女の中の川神学園という評判は地の果てまで落ちてしまうだろう。

話は分かった、と聞き終えた友代は言った。ほっとした大和であったが、「だが」と続けて友代が口を開くや彼の表情が再び強ばる。

「君がこの学校に来ることに理由はあるのかな?」

 核心を突いてきた。川神大戦というものに参加して欲しいというニュアンスは先ほどの話からなんとなく伝わってきたが、その動機がどうも伝わってこない。その動機を聞かないうちは彼の申し出は断るつもりでいた。たとえ不純な理由であっても、私が納得できるものであればそれでいい。彼女はそう思っていた。

「俺は、あの時龍二に頼らず事を収めようとしました。いつもアイツに頼ってばかりいる自分が情けなくて、せめて今回のことだけは自分達だけで解決しようとしました。委員長が侮辱されていても、ついて来た二人を宥めて必死に耐えました。けど、結果は先ほどの話の通りで。だからせめて、これだけは、自分で成し遂げたいんです。自分で仲間を集めて、Sの連中に証明してやりたいんです。俺達だって、やるときはやるんだぞって」

 緊張しながら、大和は思いの丈を友代にぶつけた。それを友代は閉じた扇子を唇に当てながら黙って聞いていた。

 この時ばかりは、大和もいつもの冷静さはなく熱い男となっていた。これで訴えてもダメなら次を当たればいいという気持ちで彼女に挑んだ。

「・・・・・・よかろう。君達に協力しようじゃないか。私も思うところがあるしな」

 意外にもあっさりと了承を取り付けられたことに大和は安堵した。 

「君に協力しようと思った訳を話そうか」と思わず友代から話題を振ることになった。大和は彼女が自分達に協力してくれる理由は確かに知りたいと思った。

「まぁ、私も子供のような理由からなのだがな」

そんな前置きがあり、彼女は語り始めた。

「Sの馬鹿共の態度が気に入らなかったのが、主な理由だな。他には、龍の字から聞く武神とやらを実際この眼で見ようと思ってな」

 クククと笑う友代を唖然として見つめる大和。

「どこの誰だが知らないが、私とて一介の人間だぞ。完璧なはずないじゃないか。いい迷惑だよ」

 大和の中で、彼ら一族に対する何かが崩れ落ちていくのを覚えた。ただ、ここまで自分達のことを誇らない、威張らない、親しみやすい一族はいないと思った。多分、それが皆に支持される秘訣なのだろう。

「奴らは確かに一流の家柄かもしれんが、それに胡座を掻き一般人を見下すその精神が気に入らん。力ある者の責務を分かっていない」

「責務・・・・・・ですか」

「そうだ。その力は私利私欲の為でも無闇矢鱈振るうものではない。そんなもの、暴力と同じだ。その力は、力無き者の上にあり、彼らの為に使うものだ」

「はぁ・・・・・・」

「まぁ、早い話が政治だな。政治家は我々から選ばれて権限を得た。その権限を彼らは我々の為に使う」

 何となくだが大和は合点がいった。最も、彼らの中には先の彼女の言葉の通り私利私欲のために使う者もいるが、彼らは自分達が何を望んでいるのかその耳で聞き、その頭で考え、その口で、足でそれを実行する者が多い。

「故に、私はそんな勘違いしている馬鹿共を粛清しなければならんわけだ。かつて佐々木家に名を連ねていた者としてな」

 凛とした態度に暫し見とれていた大和であったが、これでひとまず強力な助っ人を得ることができた。

「直江君。あれだったら、私から友人に声をかけてみようか?」

「いいのですか?」

「構うことはない。私の友人を使わない手はないぞ?」

 彼女の友人ということは、かなりの使い手であることを期待しても良いだろう。ひょっとしなくても四家から数名引っ張ってくれるかもしれない。それはそれでありがたい。

「持ちつ持たれつだ。それで、君はこれからどうするんだい?」

 そう言われて時計を見た。短針は4時を指している。どうやら長居をしすぎたようだ。今から戻ればなんとか門限には間に合うかもしれない。

 今日はもう帰る―――。そう言おうとした時、ふと入口に誰かの気配を感じた。眼を向けると、ドア越しにこちらを見ている女子生徒と眼が合う。眼が会った瞬間ものすごい速さでそれがドアに隠れた。ただ、特徴的なアホ毛がこちらに見えており、まるで生きているかのようにぴょこぴょこ動いている。

「か、会長。あれは・・・・・・?」

「村重で構わんよ。あぁ、祐実恵嬢のことかな?」

「彼女、何かかいちょ・・・・・・村重さんに用があるのではありませんか?」

「いや、おおかた珍しい来客が来たので興味があって見に来たってところだろう。おい、祐実恵嬢。そんなところにいないでこっちに来なよ」

 彼女に呼ばれて周防祐実恵はおっかなびっくりした感じで彼女の横にとてとてと歩いてきた。

「おや? 今日は相方はいないのかい?」

 聞かれた祐実恵はジェスチャーで忙しなく動いて何かを伝えていた。大和にはさっぱり分からなかったが、長年友人として接してきた友代はふむふむと頷いていた。

「ふむ、そうか。博の字は風邪で休みだったか」

 こくこく頷く祐実恵。そのアホ毛は彼女の感情と連動するように親指を立てているように見えた。

「直江君紹介しよう。彼女は私の親友周防祐実恵。この通り極度の人見知りでね」

 言葉の通り、大和に興味はあるが初対面の人と眼を合わせるのは恥ずかしいのか友代の後ろに隠れて時々怯えた子犬のようにこちらを見てくる。思わず撫でたくなる。

「まぁ、こんな状態だからいつもは相方がいて害虫共を払っているのだが今日は生憎不在のようだ」

「が、害虫?」

「うむ、例えば・・・・・・」

 と言った瞬間、床から、天井から、窓から数名の生徒が突如として出現、祐実恵を強襲した。大和は色々とツッこみたい所だったが、彼らに怯えて縮こまっている祐実恵を守ろうと彼は反射的に動いていた。

「やれやれ、学ばない馬鹿共だな」

 嘆息する友代だったが、瞬く間に一人は強烈な蹴りで射抜き、一人はアッパーで昇天させ、最後の一人は持っていた扇子で沈めた。それも的確に相手の急所を抉っていた。そんな神業的芸当を成し遂げた彼女はやはりすごい人だと思った。

「さて、この馬鹿共にキツい灸を据えてやろう」

 そう言うと、彼女は三人のバカの身体と足首付近を紐でキツく縛り上げると、足首から伸びていた紐の先端を太い鉄棒に巻きつけたと思ったら、窓を開けそこから彼らを突き落とした。

「暫くそこで頭を冷やし給え」

 悲鳴を上げる生徒達に容赦なく言い放つと彼女は祐実恵の傍により頭を撫でた。よほど怖かったのだろう、ひしと彼女の腕にしがみつき震えていた。

「直江君もありがとう。助かったよ」

 祐実恵もその感謝を表すようにアホ毛が嬉しそうに動いていた。それからポケットをゴソゴソとまさぐって何かを取り出した。ホワイトボードとペンだ。

『助けてくれて、ありがとう』

 ボードにはそう書かれていた。いえいえいと言わんばかりに彼は自然とゆみえの頭を撫でていた。本来先輩である彼女だが、どうしてもその姿が友人に似ていて無性に撫でたくなる。

『直江君は、龍二君と達子ちゃんと同じクラスなんだよね?』

 ボードを見て、そうだよと答えた瞬間、ある事実に気づいた。

 彼、年上か!? つまり先輩・・・・・・

「直江君。龍の字に関しては気にしなくていいぞ。アレはそういったことは全く気にしないからな」

 友代のフォローも大した意味はない。まぁ、いいや。祐実恵嬢が話しているし。

『龍二君と、達子ちゃん、元気?』

『はい、元気に過ごしてますよ』

『良かった。連絡くれないから、心配してた』

『二人共も薄情ですねぇ』

『いいの。私も、ひろちゃんから少しは聞いてたから。ただ、ちょっと気になっただけ』

『そうなんですか?』

 二人はボードとペンを交互に使って会話を楽しんでいた。それはそれは微笑ましい光景だが、果たして彼は何か大切なことを忘れてはいないだろうか。

 さてさて、と彼女は携帯を取り出すとある人に電話をかけた。

「やぁ、久しぶりだね達子嬢。いまどこにいるんだい? ・・・・・・ふむそうか。実はな・・・・・・」

 

 

 

 

 

 時計を見て彼は絶望した。時計の針は6:30を指している。門限までに帰るのは不可能となった。麗子さんの雷が落ちるのは確実だろう。

『ごめんね』

 事情を察した祐実恵がボードを使って謝った。これに関しては完全に彼の落ち度であり、彼女のせいではない。彼女はそう思わないと思うが。しかも、潤んだ瞳で上目遣いに自分を見るのは反則技だ。

「周防さんのせいではないですよ」と優しく言った。

「まぁ、安心し給え直江君。達子嬢に連絡を取って手は打った。今日は私の家に泊まるといい」

 ふふんと扇子を扇ぐ友代が神に思えた。多分、こういったことができるから完璧超人なんてあだ名が付けられたのではないだろうか。

 くいくいと彼女の袖を引っ張る祐実恵。何だいと聞くと、大和には見えないようにこそっとボードを見せた。

『直江君を家に泊めたい』

 友代は衝撃を受けただろう。まさか、彼女が自分達以外の人間を家に泊めようとするとは。まして赤の他人で初対面の男子だ。己の意思で。もし、ここに博正がいたら半狂乱になっていたんじゃないだろうか。

 とまぁ個人的な考えはこれで止めておいて。

「いいのか? ないとは思うが直江君は男の子だぞ。よく似任せて襲わないとも限らんだろう。君は一人暮らしをしているわけだし」

『大丈夫。直江君は、そんな子じゃないよ。それに、私もっとあの子とお話したいの』

 これを喜んでいいのやら。何となく、彼に気があるのではないかという邪な考えが過る。しかしまぁ、これも一つの進歩と捉えると嬉しい限りだ。博正が聞いたら間違いなく狂戦士と化すだろう。

一応、友代はその根拠を尋ねた。何故彼が安全なのだと。

 すると、彼女はひまわりのような笑顔でボードを彼女の真ん前に突き出した。

『だって、龍二君のお友達だもん!』

 友代は盛大なため息をついた。全くもって信頼されまくりのあのたらしは、本妻の他に一体何人の妾を作れば気が済むんだ。こちとらその妾共を抑えるのに必死だというに。

アレは厄介事を押し付ける疫病神かと疑いたくなるほど、彼はこと女性からの信頼度が最高度に高い。

 自身の考えはさておき、友代は再び大きなため息をついた。この娘は一度言いだしたらテコでも動かない頑固な一面を持っている。こちらが折れるまで彼女は鋼の意志を貫くだろう。

「直江君。祐実恵嬢がどうも君を招待したいらしいが、いいかな?」

「そうですか? 俺は別に構えませんよ」

 だと、と告げると祐実恵は子供のように飛び跳ねた。というこで、大和は初対面の女子高生の部屋に泊まることになった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 大和は出された夕食をぱくつきながら、考え事をしていた。

 今時の女子校生らしいぬいぐるみやら小物やらが整頓されて鎮座している1LDKのアパート。そこでテーブルを囲んで食を共にする初対面の男女。

一歩間違えれば危険な目にあうシチュエーションだが、当の本人は全くと言っていいほど気にすることなく彼との会話を楽しんでいた。その嬉々とした表情に癒される大和は彼女の質問に実にしっかりと答えていた。

「そう言えば、先輩は進藤先輩のことが心配なんですか?」

 聞いた途端、祐実恵は頬をぷくっと膨らませて不機嫌になった。大和は彼女が何故不機嫌になったのか分からなかったが、彼女はボードをスゴイ勢いで彼の前に突き出した。

『祐実恵って呼んで』

 短くそう書かれていた。これは困った。

「祐実恵・・・・・・さんは、進藤先輩のことを心配されてましたけど?」

 カキカキ

『龍二君は、私の一番大事な人だからね。何かあったら嫌だもん』

「けど、進藤先輩には神戸先輩が恋人としていますよね?」

『? 何か問題ある?』

「いや、ですから・・・・・・」

『カスガちゃんとか、瑞穂先生とか、沙奈江ちゃんとか、進藤君が好きな人この学校には一杯いるよ』

「そうではなくて・・・・・・」

『それと同じくらい、大和君は素敵だよ』

 何この不意打ち。噛み合わない会話から突然のこの言葉は破壊力抜群である。あまりのことに大和はそれから数分間フリーズしたままだった。祐実恵は流石にやりすぎたなぁと思いつつ、そんな彼が可愛いと思った。

『龍二君のお友達が彼で良かった』

 その夜、寝ている彼の横で一人ボードに書き込む祐実恵。

『初めてだなぁ。龍二君やひろちゃん以外で好きな人』

「・・・・・・可愛いなぁ」

 年下の彼の頭を撫でる彼女の声を聞いた者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『昨日はよく寝れた?』

 翌朝、朝食を出しながら祐実恵が尋ねると大和は頭を下げて謝った。

『謝る必要はないよ。私もちょっといたずらが過ぎちゃったから。ごめんなさい』

 話はそれまでとなり、二人仲良く朝食を食べて、一緒に皿洗いをした。

『大和君、学校は?』

「今週末に学園の行事がありまして、それまで授業はないんです」

『随分変わった学校だね』

「俺もそう思います。せんぱ・・・・・・祐実恵さんは学校ですか?」

『そうだよ。進藤君はこれからどうするの?』

 そう問われた大和は思い返していた。武神を抑え自分達が勝利をもぎ取るためには彼女よりも強力な力が必要だ。その力を求めて彼はここに来たのだ。

「進藤家へ行きます」

『そっか。頑張ってね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊張の汗が止まらない。一瞬でも気を緩めればたちどころに意識を闇に投げてしまいそうな気がした。

 彼の眼前には、この国を古来より守ってきた一族の城がそびえていた。広大な庭を持つその城の門は行く手を遮るように閉じられていた。彼は一体どうやってここの主に声をかけようか迷っていると、突然その門がゆっくりと開いた。

「直江大和様ですね?」

 そこから出てきた女性はニッコリと微笑むと

「お入りください。我が主がお待ちです」

そう言って微笑んだ。

 彼女に案内されるまま屋敷に入ると彼を興味津々に見てくる住人たちがいろいろと話しかけてきたが、「申し訳ありませんが、主様のお客様ですのでお控えください」とぴしゃりとそれらをシャットアウトした。大抵の人はそれを聞いて引き下がるが、尚も食いつく者もいないわけでもなかった。

「お前、ちょっと来い」

そう言った連中は、どこからともなく現れた呂宝華によってどっかに連行された。直後に響き渡る絶叫は彼らの末路を想像するに固くなかった。

「直江君だな。さ、入り給え」

 通された和室にいたこの家の主、龍造は手招きして彼を自身の前に座らせた。

「何、固くなることはない。足は崩して構わんぞ」

 そうは言われても何せ眼の前にいるのは重鎮中の重鎮である。そんなことできるわけない。

「いえ、自分はこのままで」というのが精一杯だった。そうかとだけ言って龍造はそれ以上は言わなかった。

「友代から話は聞いている。武神とやらを倒したいとか」

「はい」

「何故だ?」

「何故、とは?」

「少なくとも、君が武神と戦う理由がないのではないか?」

 大和は返答に詰まった。正直な気持ちを吐いた方がいいのか、それとも表面的な理由を述べればいいのか。そうすれば彼の協力を取り付けられるのではないだろうか。

 しかしと考える。眼前にいるのは、世界最強の武人だ。自分が何を考えているのか手を取るように分かるだろう。この方に小細工など通用するはずがない。

「俺は、これまで何度も龍二に助けられてきました。だから、今回のことに関しては自分の力だけで解決しようとしたんです。S組の奴らがどんなに悪態をつこうともです。ここで手を出してはまた彼の手を借りることになる、奴らの思う壺だと思ったのです。ですが、結局は彼に助けられてしまいました。俺たちの思いを彼が代弁してくれたのです。だから俺は俺の意思で、彼に返す為に、俺の大事なクラスを馬鹿にしたアイツらに一矢報いる為に、そして、川神百代に男として認めて貰う為に、貴方の力が必要なんです」

 息継ぎもせず一気に己の思いを吐いた。断られたらそれまでだ。時間はないが、誰か他の人に頼むほかない。

「いいだろう。君に協力しようじゃないか」

 色々な考えを巡らせている最中に聞こえてきた龍造からの承諾の意を理解するのに数秒の時間を有し、「いいの、ですか?」と聞き返すほどだった。

「俺の仕事はな、直江君。この国の腐敗を駆逐することだ。君の話を聞いて、S組の連中の腐りを排除しないといけないと感じた。それに、武神川上百代には、一度敗北を知ってもらう。そうすれば何か彼女にも変化があるだろうな」

「そうでしょうか・・・・・・?」

「直江君。大事なのは、言葉じゃない。想いだ。俺は君の想いを感じた。その思いに共感し、俺は君の協力をうけた。それでは、俺が協力する理由にならないか?」

 それを聞いた大和は、畳の上に倒れ大量の空気を吐いた。これまでの緊張の糸が今の一瞬でぷっつりと切れてついつい素を出してしまったことに気づいた。しかし、龍造は咎めるどころか「ここでは自分を偽る必要はないぞ。むしろそのほうが俺はいい」と言ってくれたので彼は普段通りに接することにした。

「まさか、こうもあっさりと協力を得られるなんて思ってませんでしたよ」

「こう見えて、暇人だからな。時間などいくらでも空いてる。それに、次世代の若者と触れ合うのはいい刺激だ」

 他愛もない話をしている合間を縫って先程大和を案内した女性―――戰龍というらしい―――がお茶を持ってくてくれた。

「大和。人数の空きはあといくつある?」

 唐突に尋ねられた大和は、瞬時に計算して大体30名くらいと答えた。

「ふむ、そうか。なら、大抵の者は呼べるな」

「・・・・・・よろしいのですか?」

「ふふん。言ったろ。俺の仕事は、腐りを駆逐することだってな。聞けば、名の知れた家の者もいるそうじゃないか。そいつらを含めて、俺達がしっかりと教育してやるよ」

 そう言うとおもむろに携帯を取り出し誰かに連絡を取り始めた。

「よお徳篤。今平気か。おう、実はな・・・・・・」

 そして次々と連絡を取っては大戦参加の約束を取り付けた。その時間、僅か10分。あっという間に30名という強力な助っ人を得ることができた。

これで、百代を阻止できる力を手に入れた。後は、自身の頭を使ってこの戦力を活かす作戦を考えねばならない。

「大和君。君は戦いと聞いて何が浮かぶ?」

「えっと・・・・・・力、ですかね」

「そうだな。力と力のぶつかり合う一騎打ちがあるな。他にも知恵と知恵のぶつかり合いも一つの戦いだ。力と知恵のぶつかり合いも戦いさ」

「成程」

「誰かに認めてもらうために挑むもひとつの戦いさ」

「そうですね」

「俺達の力は存分に使ってくれて構わない。ただ、負けることは許されないぞ?」

 大和はその言葉の重みに汗を流れるのを覚えた。世界最強の力を使って敗れたとあっては彼らの名声が地に落ちるばかりでなく自分にも多大な被害があるということだ。ヘタをすれば世界を敵に回しかねない。そんなんことは何が何でも阻止しなければならない。

 悩んでいる彼を見て龍造はケラケラと笑い出した。

「冗談だよ。別に負けたからといって君がどうこうなることはないよ。それくらいのことで揺らぐような俺達ではないよ。だから君は君の力を発揮すればいいさ」

 そんなことを言われ、大和は大きなため息をついて安堵した。

「相手は帝の息子か。骨が折れるね」

「それ以上に、クセの強い連中がいるので」

「やりがいがあるじゃないか」

「面白い話をしているね」

 そんな二人の元にやってきたのは、以前訪問した時に一子に稽古してくれた義輝という名の剣士だ。道着姿の彼を見て稽古していたのかと思ったが、汗一つ掻いていなかった。

「義輝殿。今日は確か神明の指導に行っていたのでは?」

「今日は早めに上げました。明日から大会ですから、ゆっくり身体を休めてもらいませんと十分な力を発揮できませんからね」

「確かにそうですな。身体を酷使しては意味はありませんからな」

「先程客人が来ていると瀑龍(ばくりゅう)さんが言っていたが、君だったか。確か・・・・・・直江大和君だったかな?」

 

「そうです。あの時は友人が大変お世話になりました」

「気にしなくていいよ。私も久々に骨のある娘を見つけて心が踊ったからね」

 そんな話をしている隙を見て、大和は柱に掛かっている時計を見た。針は3を指していた。そんな時間まで話していたのかと思うくらい時の流れをゆっくりに感じた。これ以上いては皆に申し訳ない。早々に立ち去ろうとする彼を、義輝は引き止めた。

「焦りは禁物だよ軍師さん。大丈夫、あの子達ならしっかりやってくれるよ」

「そうだな。君はここでゆっくり作戦を練ればいい」

「ですが、それだと・・・・・・」

「龍二は来るべき戦の為に備えている。君の友人達も勝つ為に頑張っている。俺達も準備する。今、君がすべきことは勝つ為に頑張る君の仲間を信じて最善策を練ることだ」

 そこにまたさらに人が入ってきた。

「龍造殿。お待たせをした」

「来たか。彼と一緒に九鬼と自分(テメェ)の環境に胡座を掻いている馬鹿共を完膚無きまでに叩き潰す策を考えてくれ。無論、君も暴れてもらって構わないぞ」

「んっふっふ。願ってもないことだ」

 現れたのは友代だった。連絡した素振りを見せなかったのにいつ彼女と連絡をとったのか不思議であったが、ここには一般世界の常識は通じないことを彼は改めて感じた。

「では龍造さん。私は大和君の学校へ行って彼女達の教授へ行ってこようと思います」

「助かります。ただしくれぐれも九鬼にはバレないようお願いします」

「お任せを。彼らにバレるほど私は落ちてはいませんよ」

「では私達はあの害虫共を駆逐する方法を考えようではないか。時間は、たっぷりあることだしな」

 そう言って友代は彼を促して用意された部屋へと消えていった。



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第7話 川神大戦 前編

 雲一つない青空が広がっている。燦々と照りつける太陽と心地よい風が吹き、しかも今日に限って蒸し暑くない、からっとした暑さの過ごしやすい日であった。

 F組の宣戦布告により、世間の学生が夏休みを満喫している8月中旬の日曜日に川神大戦の火蓋は切って落とされた。

 戦力的に有利なS軍は総大将九鬼英雄と参謀葵冬馬の指揮の元戦況を有利に運んでいる。秘密兵器である武神川神百代は今のところ傍観を決めているが、それでいても義経、弁慶、与一を始めとした猛者共が先頭に立ちF軍を次々に蹴散らしていく。

「・・・・・・」

 対するF軍の軍師直江大和は師岡卓也らを始めとする情報部隊と共に戦況ごとの指示をインカム越しに各隊に矢継ぎ早に送っていた。

 戦力的に不利である彼らはその分を機動力で確保することに終始した。クリス・キャップ率いる遊撃隊を組織し、これを独立部隊化し隊長の独断による行動を容認した。

 とは言え、数で圧倒されているこの状況では如何ともしがたい。しかし、秘密兵器はまだ出したくはなかった。

 大和は熟考している。『彼ら』を出すタイミングをしくじれば戦況が今以上に苦しくなる。それは何としても避けたい。だが、戦線は自分の予想以上に悪い方向へと進みつつあった。

「大和! 不死川軍が東の山から真っ直ぐこっちに向かって来てるよ!」

 モロから声が上がる。展開が早すぎる。おそらくは冬馬の指揮によるだろうが、それにしてもと思う。こうなると調略関係はあちらには筒抜けと見ている方が良い。不知火軍の中にある吉川・小早川両隊に寝返りを打診していたが、状況によってはそれがなくなる可能性がある。

「私が行こう」

 そう言って声を上げた女性は、彼らとは違う高校の制服に身を包み、扇子を口元に当てて妖艶な笑みを浮かべていた。

「迷っている暇はないぞ。敵はこちらに向かって猛進しているのだ。ここが潰れれば、君の姉上に示しがつかないのではないか?」

 大和がグッと唇を噛んだ。

「指揮は君に任せる。何、作戦通り彼女は生け捕ってくるさ。ま、たっぷりと灸は据えてやるがな」

 そう言って、村重友代は姿を消した。

 その頃。F軍本陣東側にある山中では不死川軍とガクト隊が戦闘を開始していた。元々自分達を山猿と見下していた彼女への鬱憤が溜まっていた彼らはここぞとばかりにそれを晴らさんと猛攻撃を仕掛けていたが、能力で劣らない心らは余裕の構えでそれを受けていた。

「にょほほ。山猿は土にまみれているが良いぞ」などと暴言を吐きながら得意の関節技で次々にF軍を沈めていく彼女を見てガクトから焦りが見え始める。

「ガクト! 助太刀に来たぜ」

 そこに颯爽と現れたキャップ率いる遊撃隊が彼女達の左側面を襲う。ガクトはそれを見て合図を出すと、予てから示していたかのようにS軍の吉川隊が突如として寝返り不知火軍の後方を急襲した。仲間の裏切りに仰天した心であったが、元々冬馬から告げられていたことでもあったらしくすぐに体制を立て直し再び押し返し始めた。

「ガクト。このままじゃヤバイ」

 ここを押し切られてしまえば、大和がいる本陣が危ないことになる。だからなんとしてもここで彼女達を食い止めなければならなかった。

「これ以上は行かせるか!」

 ガクトが心に向かって突進する。渾身の力を込めたその一撃は虚しく空を切ってしまったばかりではなく、その勢いを利用されあっさりと投げらてしまった。その衝撃で彼は気絶してしまった。しかし心はそれで攻撃をやめることなく気絶している彼に仲間と一緒に容赦ない攻撃を加えていた。

「ガクト! クソ、どけぇ!!」

 友人を傷つけられ、そのあまりにも非人間的行いに激昂したキャップは彼のもとに急ごうと思うも敵に邪魔されてしまい身動きが取れなかった。

「失せろ。野蛮人共が」

 トドメを刺そうとしたその時、凛とした声と共に彼を囲んでいた心を始めとした数名は身体のあちこちに激痛が走ったかと思うや突然後方に吹っ飛ばされた。

 一体何が起こったのかわからなかった。その場にいた全員がそこへ眼をむけると、一人の女子生徒が彼を護るように立っていた。

「成程。龍の字から聞いた通りの連中だな」

 扇子を口元に当てていた生徒は、そう言ってガクトをひょいと自身の肩に担ぎ、優雅な足取りでキャップの元へと歩んだ。我に返った数名の生徒が彼女に襲い掛かったが、持っていた扇子と足蹴りで彼らを一瞬で仕留めるとそのまま彼の身体をキャップに預けた。

「ひどくやられている。すぐに手当をしたほうが良い」

「あぁ、すまねぇ。けど―――」

「ここに居る蛆虫共は私が引き受ける。さぁ、早く行け」

 そう言われた彼は彼女の言うとおりに隊をまとめて戦線を離脱した。しかし心配だった彼は二人の生徒をそこに残していった。腕が立つもので彼が信頼を置ける二人である。

「なんじゃお前は!! 高貴なこなたを足蹴りしおったな!!」

「それがどうした? 彼にやっていた事と同じことを君にやっただけだぞ」

「お、お前! 山猿の分際でこなたに楯突くのか」

 女子生徒は嘆息した。名門と言われた一族の娘がこの程度の小物とは、一体親はどんな教育をしてきたのだろうか。ぜひ顔を見てみたい。

「君ごときの小者に楯突いたところで、私は痛くも痒くもないぞ。無論、この小者にのこのこ付いてくる君達の程度も知れるな。やれやれ、川神には名門名族の子孫がいるから楽しみにしていたのだが・・・・・・とんだ期待はずれだったな。来て損したよ」

 最後の方をわざとらしく強めに言った。

「きっさまぁ! 黙って聞いていれば偉そうに!!」

「ぶっ殺してやる!!」

 最大級の侮辱を浴びせられた彼らは当然ブチ切れて一斉に彼女に襲い掛かった。

「やれやれ。それこそ器が知れるというに」

 といいながら、一人は扇子で叩き伏せ、一人は足蹴りで吹き飛ばし、一人は拳を腹にめり込ませと、襲ってきた者共を全て大地に這い蹲らせた。その誰もが激痛にのたうち回り、それを見た他の連中は恐怖し襲いかかるとういうことができなかった。

「武士の情けだ。骨を折るだけで我慢してやろう」

 そして、彼女は恐怖に震え上がる心の前に立つと、彼女の胸ぐらをつかみあげ、容赦なく地面に叩きつけた。激痛に咽る心の脇腹を今度は女子生徒の右足が襲った。

「い、痛いのじゃ! 誰か助けてたも!!」

 あまりの痛さに涙しながら助けを求めるが、味方は誰も助けなかった。何故なら、寝返った吉川隊を除いた全員が彼女とキャップが残した2人の生徒によって沈められてしまったからだ。かろうじて難を逃れた連中はとうの昔にここから逃走していた。

 女子生徒は有無を言わさず心に容赦ない攻撃を加える。彼女が泣き喚こうが一切を無視して女子生徒は冷えきった視線で心の無様な姿を捉えていた。

 やがて、踞ていた心は髪の毛を掴まれ無理やり顔を上げさせられた。痛いという彼女の言葉を無視して女子生徒は話し始めた。

「どうだい名門不死川家のご息女様? 人間以下に扱われる気持ちは」

「わ、わかったのじゃ! もうしないのじゃ! だから許してたも!!」

「随分と都合のいいことを口にするな君は。直江大和はこれまで何度も君達に頭を下げてきたが、それを無下にしてきたじゃないか」

 大粒の涙を流しながら先程と同じ言葉を紡ぐ彼女を哀れに思いながらも、侮蔑の眼差しで心の願いを拒否した。女子生徒にとって、彼女のような口先だけで傲慢で権力を勘違いしている大馬鹿者には我慢がならないし、怒りさえ覚える。こんな連中が日本に蔓延り支配しているとなることが許せない。

 だから、彼女はこう続けた。

 『佐々木家』に連なる者として、君のこれまでの行為は見過ごせない、と。

 佐々木家というフレーズを聞いた心の双眸が見開いた。そして、彼女の制服を見てあっと唸った。

 東京にある高校に『武聖四家』の子息が通っている、全校生徒が900名を超えるマンモス校があり、そこの頂点に君臨するのは女子生徒であるという噂を聞いたことがある。その彼女は、あの佐々木家に縁があるものらしい。彼女は常に扇子を手に持っていて、その姿は一流の人間であっても思わず見とれてしまうほどでもあったという。

 その人物が、今、心の眼の前にいるのだ。その事に、彼女は今さら気づいたのだ。

 そして、後悔した。彼女は母の忠告に従わなかったことに。

「君には、名門としての所作を一から教えて差し上げよう」

 勿論、そこでくたばっている馬鹿共も一緒にな、と一瞥をくれる。

「い、嫌じゃ。嫌なのじゃ・・・・・・」

「聞けば、君は龍の字が忠告したにもかかわらず甘粕嬢を侮辱したそうじゃないか。傲慢にもほどがあるんじゃないか?」

 その極悪な微笑みに心の精神はもう崩壊寸前であった。

「あーそうそう。君のこれまでの所業は龍の字を介して君のご両親には包み隠さず全て伝えてあるからな。今更後悔しても、後の祭りさ。我々の通告を無視した者が、どういった末路をたどるのか、その身に刻ませてもらおう」

 トドメを刺された心はもう泣くしかなかった。辺りをはばからず喚く彼女を煩わしいと思いながらも、彼女―――村重友代は宣告した。

「では、これより村重流躾教室を開講しようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 逃げ帰った兵士から心軍が壊滅した報を聞いた葵はそうですかと流したが内心焦りを禁じ得なかった。心は傲慢であるが、実力は折り紙つきである。更に言えば彼女につけた者達は彼が認めた相当に力のある者だ。それをたった一人の女子生徒が始末したという現実に彼は驚いた。事前情報では外部からかなりの人に協力を要請していたようであるが、これといってめぼしい人物はいなかったように思える。

 しかしそれも、駆け込んできた密偵の報告により彼の思惑は瓦解しかける。

「不知火隊を壊滅させたのは、神明高校の村重友代です!」

「・・・・・・」

 村重友代。神明高校900名を束ねる生徒会長であり、その名は全国に知れ渡っている。ただ、それだけだ。

 確かに武力はそれなりにあるようだが、それだけであの不死川達を沈めるのは些か不自然だ。

 そんな彼の疑問を一気に解決する情報が、密偵の口からもたらされた。

「葵君。実は、彼女の本姓はあの『佐々木家』なんだ!」

 ―――佐々木家。『剣聖』の異名を持つ人物を数多輩出する『武聖四家』の一つであり、異能を持っているとされている古よりこの国を陰から支えてきた一族。

それを聞いた彼の眼が大きく見開いた。それはつまり、『武聖四家』全てを敵に回してしまったことを意味した。

 こうなってしまった以上、S軍勝利の為にやるだけのことはやる。が、勝算は限りなくゼロに等しい。葵は空を見上げた。

 思えば、あの時に気付くべきであった。英雄も彼が転校してきたその日に忠告していた。だが、普段と変わりがないことをいいことにそのことを忘れてしまっていた。こちらが何もしなければ彼の方も特に介入してくることがなかったからだ。東西交流戦の時に予兆はあった。そこが、リミットであったのだ。気付かなかった結果が、今日なのだ。

―――お前ら全員、叩き潰す。

 彼の脳裏には、絶対零度の視線で睨まれ、低い声で宣告された言葉がいつまでも反芻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義経、弁慶、与一、清楚は遊撃隊としてF軍の小隊を各個撃破していった。Sの勝利の為に奮戦しているのだが、義経の心は暗いままだった。彼女達は、謂わば過去の英雄達の魂が転生した姿であり、記憶こそないが、武力は似せている。彼女達にとって戦いとはこの世界に生きる人達との「交流」のひとつとして捉えている。

 彼女が心を痛めているのは、親友である進藤龍二を怒らせてしまったことである。自分はリーダーとして彼らの蛮行を止めるべきであった。いや、実際そうしようと動いたのだが多勢に無勢で折角仲直りにやってきた大和達に不快な思いをさせてしまった。更に、龍二を完全に怒らせてしまった。

「お前ら全員、叩き潰す」

 彼から発せられたこの一言が全てを語っていた。彼は一旦怒ると手がつけられない。それこそ、先の一言を実行するまで収まらない。また、そんな彼と刃を交えなければならないことが彼女の心を締め付けている。

「何を気にする必要があるのだ義経。君は十分に頑張ったのだろうが」

 ポンポンと頭を撫でる清楚はそう言って微笑むが、いつもの柔らかな物腰はなりを潜め、その言葉からは歴戦の強者を思わせる重みがある。

 それもそのはず。彼女の元は、その昔高祖劉邦と戦った覇王項羽である。

「そうだぞ我が主。それに、龍二は主のことを怒ってはなかったではないか」

「でもでも、義経は―――」

「あぁ、もう、可愛いなぁもう」

 思わず頭を撫でる弁慶を冷ややかな眼で眺める与一は、ふと歩みを止めた。それに合わせるように義経達も歩を止めた。

 その視線の先には、二人の男女が彼らを妨害するかのように立ちふさがっていた。

「待っていたよ」

「お待ちしておりましたわ」

 女性は巫女姿、男の方は胴着姿であり、二人共、手には太刀を持っていた。

「申し訳ないが、ここから先へは進ませないよ」

 柔らかな口調で男は告げた。

「貴様は何者だ?」

 項羽が言葉を放つが、男は微笑むだけで何も返さない。かえって不気味にも思える。

(何だ、この気は??)

 トップクラスの実力を持つ彼女達を襲う嫌な気迫。彼女達の額を脂汗が流れる。

「稀代の英雄達と手合わせ願えるとは光栄だね、藍実君」

「そうですわね、義輝さん」

 義輝、藍実と呼ばれた男女は余裕の体で話す彼らに対し、義経達の血が騒いでいる。戦うな、危険だ、と。

「もう一度聞く。貴様らは何者だ」

 項羽が語気を強めて言う。

「工藤義輝と申す。神明高校剣道部の顧問で、そこの義経君達に縁がある者だ」

「神戸藍実と申します。神戸達子の双子の妹ですわ」

 ふふんと微笑む二人に彼女らの警戒レベルが最高潮に達する。

「構えろ。こいつらはやばい」

 覇王が持っている薙刀を構えた。それに合わせて各々の得物を構える。

「弁慶? 彼らは一体・・・・・・」

「義経君。私は簡単に言えば、君達の末裔だ」

 彼女の質問に答えたのは義輝であった。

「・・・・・・??」

「将軍様でしたのよね?」

「将・・・・・・軍?」

「その昔、征夷大将軍として、この国を治めておりました」

「・・・・・・弁慶。義経は話についていけない」

「大丈夫だ。私も訳が変わらん」

 彼女達の反応を見た二人が笑いを噛み殺して可笑しがっている。

「藍実君。いきなり今の話をしてはあんな反応になるよ」

「戦いの前に気がほぐれてよろしいじゃありませんか」

 それはお前らだけだと弁慶は心でツッコミを入れる。今までの張り詰めた空気が台無しだ。返せこの野郎。

「項羽殿。学園生活は楽しいですか?」

 唐突に、義輝がこんなことを聞いてきた。何の意図があるのか勘ぐった彼女であったが、彼の表情からは純粋に訪ねているだけであると感じた彼女は、率直な感想を述べることにした。

「・・・・・・楽しいぞ。我のいる時代にはなかったからな」

 君達は、と義輝は義経達に視線を向けた。

「義経は、楽しいぞ。龍二君にも会えたし、何より皆が良くしてくれるから」

「私は、主と一緒に楽しんでいるぞ。川神水も飲み放題だし」

「俺は悪の組織に狙われる身。楽しむなど・・・・・・いてっ!?」

 与一が意味不明な発言をしているまさにその時、どこからともなく金盥が彼の頭を直撃した。

「くそ、もう俺の居場所を突き止めたか。組織の・・・・・・ぐはっ」

 今度は彼の後頭部にそれなりの大きさの木の破片が襲った。

「組織の連中め。そんなにこの俺が居るとまずいのか? この俺がこの世界の特異点であるが故に・・・・・・」

 与一が言い終わる前に、彼は横から襲ってきた巨大な丸太によって吹っ飛ばされ、そのまま彼らの視界から消えた。

 義経達がポカンとして惚けている時、どこからともなく一枚の紙が降ってきた。それをひょいと取った義輝はその文面を見て思わず吹き出してしまった。訝る藍実に彼はそれを見せた。

 

 

―――与一は回収します。心おきなく戦ってください。彼は、後でこの俺が私刑にしますんで―――

 

 

 それを見た藍実は思わず吹き出した。いきなり笑い出す二人に先程のことも相まって彼女達はますます訳が分からず戸惑っていた。

「さて、と。やるかな」

 空気が再び変わる。わけの分からぬ状況に戸惑いながらも、三人は一応得物を構える。

「状況が掴めぬが、とにかくここは突破させてもらうぞ」

「そうか。果たして、できるかな!」

 間合いを一瞬で詰めた彼から放たれた一撃は、歴戦の覇者項羽をもってして唸らせるほど重い一撃であった。

「あたしを忘れてもらっちゃ、困るなっ!」

 義輝の後ろから錫杖を振り下ろす弁慶であったが、それを読んでいたかのように彼女の攻撃を防いだ。

「なにっ!?」

「私も舐められたものだね」

 彼女の攻撃を防いだのは項羽を襲っている刀と同じ長さの太刀である。それを片手で易々と扱う彼に驚いた。太刀の二刀流など、古今東西聞いたことない。義輝は弁慶を弾き飛ばし、そのまま左の刀で項羽の脇腹を襲った。それを項羽は間一髪でさける。

「久々の戦場だ。武門の棟梁として、友人の期待には応えないとね」

 その表情は嬉々としていた。

 項羽は思った。得体の知れぬ者だが、彼と戦うのは楽しめそうだ、と。

 弁慶は思った。早く斃さなければこちらが危ない、と。

「工藤義輝。押して参る」

 そういって彼は一歩を踏み出した。

 一方で、藍実と対峙している義経は混乱していた。

「えっと、えっと、達子さんの妹さん?」

「はい。よく姉と間違われてしまい困っていますわ」

 うふふ、と笑う藍実の凛とした姿に思わず見とれていた義輝であったが、その割には双眸が澄んだ藍色であり、肩まで伸びているであろう美しい黒髪を後ろ手に束ねている。確かに姉に似ていると言えばそうなのだが、どこか違和感を覚えた。それが何なのかはわからない。

「義経さん。迷う必要はありませんわ」

「迷う・・・・・・? 義経が?」

「はい。龍二さんのことで迷われていらっしゃいますよね」

 まさにその通りである。彼女は龍二に嫌われることが一番嫌なのだ。

「義経さんは、義経さんのままでよろしいのですよ。悩む必要はありませんわ」

「・・・・・・?」

「そのままの貴女でいればよいのです。皆、今を生きる貴女を好いているのですよ」

「・・・・・・そうかな?」

 はい、と藍実は頷く。そもそも、龍二は滅多なことがない限り人を嫌うことはない。

「それでも謝りたければ、大戦の後にでも謝ればよろしいのですわ」

 うふふ、と笑う彼女を見て自然と義経も笑ってしまった。

「まぁ、その前に、貴方はわたくしを倒さないとですけどね」

「・・・・・・うん。義経は義経の思うようにやるぞ」

 そう言って攻撃姿勢に入った彼女を見て、クスクス笑い半身の構えをとる。

「最初に申しておきますが、わたくしはそう簡単にやられませんよ?」

「望むところだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大和の作戦により、S軍の遊撃隊の足止めに、吉川隊や小早川隊などの内応による戦力ダウンを図ることができたものの、こちらも小早川隊の再離反に加え裏切りによる戦力の低下は避けられなかった。

 しかしそれは彼らの想定の範囲内である。小早川隊の再離反やいくつかの小隊の裏切りは密偵の報告で知っていて、彼は当初の予定通りに遊撃部隊のクリス隊と風間隊を向かわせ鎮圧した。

 両隊からの鎮圧報告を聞いた大和につつっと巫女が寄ってきた。大和の近衛である神戸達子である。

「大和君。来島さん、何かソワソワしてるよ」

 言われた彼は気づかれぬようにチラリと見ると、確かに何かを気にしている生徒がいた。来島澪という、大戦初期にS軍から離反した生徒の一人である。運動神経が良く、探索隊としてあちこちに放っていた。

 おそらく彼女は葵が放ったスパイだ。絶好の好機を逃さぬ為に何らかの手段を用いてこちらの情報を流していたのだろう。情報は選別しての事であろう。誤算といえば、村重友代という存在。まさか彼女が『武聖四家』の関係者とは思わなかったのだろう。計画が予想外の方向に進み、驚いているのは彼女だ。何とかして流れを引き寄せねばならない、その為には何かしらの大ネタを持ってこの状況を打開しなければならない。そう考えているのだろう。

 さてどうしよう。これは想定外だ。これをどう打開しようか考えていると、達子が突いてきた。

「大丈夫。何とかなるよ」

 彼女の自信満々な言い方に彼は首を傾げた。

 それはすぐに分かった。

「来島さん。どうしたの? そんなソワソワして」

 突然話しかけられてビックリした来島が慌てて振り返ると、声の主はよく時代劇で見るような水干姿で黒縁の眼鏡をかけた酔狂な少年だった。

 あんな人、この司令部にいたっけな?

「ぅえ!? えっと、君は?」

「直江君の知り合いだよ。それでどうしたのさ」水干姿の少年はそう答えた。

「ちょっとお花を摘みに行きたくて・・・・・・」

 来島は咄嗟にそう言った。それは失礼と彼はすんなりと信じてくれた。

「大和君には僕から言っておくよ。そこの茂みで摘んでくるといいよ」

 彼女は言葉に甘えて司令部から離れることができた。死地は脱した。後はこの司令部の場所を葵に伝えればいい。辺りを見回し、誰もいないのを確認して逃げ出そうとした瞬間だった。

「行かせると思ったかい?」

 後ろから声をかけられた。振り向こうとしたが、何故か身体が動かない。

「君が敵のスパイということはとっくの昔から知っていたよ」

 声の主はゆっくりと草をかき分けてこちらに向かってくる。彼女は逃げようと必死になったが身体が鉄のように自由がきかない。

「無駄な足掻きは止めなよ。君の動きは封じているからね」

 この子はいったい何者だ。来島には全く分からなかった。

「大体、君達が悪いんだよ。龍二に喧嘩なんて売るから」

 声の主は、ついに彼女の前に立った。先程の酔狂な少年であった。

「進藤家に喧嘩を売るってことは、僕ら後藤家を始めとした『武聖四家』を敵に回すってことだよ」

 そういって、彼は指に挟んだ札を顔の前に持ってきた。ただ、来島はそれどころではない。ガタガタと震えていた。

 陰陽の大家後藤家。三国志時代の呉王孫権の従者周泰と平安の大陰陽師安倍晴明の末裔であり、進藤家と同じくはるか昔からこの国を陰から支えてきた。世界最強の一角。

「さて、君には洗いざらい吐いてもらおうかな」

 すると、彼の後ろに半透明の武士と彼と同じ水干姿の男が姿を現した。

『何や泰。こんなところに呼び出して』

「ちょっと、このお嬢さんにお仕置きしようと思ってね」

『何だ泰平。ついにそっちに目覚めたか?』

「んなわけないでしょ。この娘敵のスパイ。事情聴取すんの」

『ふーん。なら、俺らの得意分野だな』

『せやな』

 そう言ってじりじりと彼らは近づいてくる。その顔はやけに邪悪に笑んでいた。来島はあまりの恐怖に失神寸前だった。

 その頃、大和は達子が先程発言したことの真意を問おうとしていた。彼女は「そのうち分かるよ~」としか言わなかった。

「いやー!!!!!!」

 突然女性の悲鳴が聞こえてびくっとした。何だ何だと全員が周りを見回すが、どこから聞こえてくるのか全く分からなかった。

「泰のお仕置きタイムだね」

「泰? 誰?」

「後藤泰平。龍二の友達で、陰陽師の大家、後藤家の次男坊だよー」とお気楽に答える。

 大和は開いた口がふさがらない。龍造氏に頼んだらすぐに人数が揃ったが、こういうことであったか。ということは、彼を始めとした四家の現当主もこの会場のどこかにいるということになる。

「今頃後悔していると思うよー。あたし達を敵に回すとどーなるか」

 でしょうね、としか言葉を紡げなかった。

「けど、村重さん、そんなこと言ってなかったけどなぁ」

「いきなり四家がこっちいるって言ったら勝負になんないよ。じわりじわりいたぶって絶望を嫌というほど味わってもらわないと」

 うふふと般若の笑顔で言う彼女に若干の恐怖を覚えた。隣でモロがガタガタを震えている。

 泰平が戻ってきたのは、そんな時だった。彼の後ろには、小動物のように半泣き状態で彼の右腕にひしと抱き着いている来島がいた。

「いやはや。女の子を脅すのはやなものだねぇ」

「結構楽しんでやったんじゃないの?」と達子、

「いやいや。僕に女の子をいじめる趣味はないよ。政さんと為さんがめっちゃ楽しんでたよ」

 二人の会話が何か怖い。しかし、彼の式神達はジト眼で彼を睨んだ。いや、お前も結構楽しんでやってたよな?

彼の後ろでは「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と来島はすっかりおびえてしまい、同じ言葉を呪文のように呟いている。

「あーごめんねぇ、怖い思いさせちゃって。何にもしないから安心して」

 彼女の頭を撫でて慰める泰平。その時、大和の視線に半透明の足が見えた。恐る恐る視線をあげると、そこには2つの霊が宙に浮いていた。大和は思わず絶叫した。

「まー初めて見るとそーなるよねー」

 のんびり答える達子に苦笑いで返す2つの霊。どうやら慣れっこらしい。

「大和君。えっとね、こっちの鎧姿の人が大内政義さん。んで、こっちの昔の貴族っぽい人が九条為憲さん。二人共、泰の式神だよ」

 大和は心臓がバクバク激しく鼓動していながらも二人に会釈をすると、彼らも会釈を返してくれた。

『すまねぇな驚かしちまって。ま、仲良くしてくれや。直江山城の末裔さん』

『これも何かの縁や。よろしゅうな』

 大和自身、まさか霊と―――厳密には違うが―――握手する日が来るとは思ってもみなかった。

「直江君。司令部を移した方がイイね」

「はい。村重さんと打ち合わせ済みです」

 その時、泰平はふとあることを思いつき、すっかり怖がっている来島に話しかけた。

「ねぇ来島さん。ちょっと、僕らに協力してくれないかな?」

「・・・・・・お仕置きしない?」

 来島は半泣きになりながら上目遣いに彼を見ると、彼は何もしないと優しく言った。

「来島さんに何かしようとする大馬鹿野郎がいたら、僕らがきっちりとシメてあげるよ」

 ねっと達子の方に向くと彼女は親指を上げて同調した。

「もっちろん。澪ちゃんにちょっかい出す狼さんには、生きていることを心の奥底から後悔させてあげるよ」

 それを聞いた来島は暫く考えた後、こくんと頷いた。

 泰平は彼女に対し幾つかの質問を始めた。

「この司令部の奇襲部隊はあるのかな?」

「うん。私の報告を待って、葵君から名越君に司令がいく手筈になってるよ」

 名越というのはその奇襲部隊の隊長の事だろう。

「因みに、この司令部に来島さんと同じスパイはいるかな?」

「えっとね・・・・・・あの子とあの子。後もう一人いたはずなんだけど・・・・・・」と彼女はバレないように指さした。それを聞いた大和は近くにいた人に合図して即刻捕まえた。

「あぁ、その子なら10分くらい前に怪しい動きをしていたからとっ捕まえて半殺しにしといたよ。龍二の悪口を口やかましくほざいていたからねぇ。うん。分かった。あの人達も来島さんと同じかな?」

「多分」

「分かった。あの人達は・・・・・・・あぁ、大和君達に酷いことしたアホだね。お仕置き確定」

 よろしくと言うと、二人の式神はすすっと彼らの方に向かった。時間が立たない内に彼らの断末魔が木霊したのは言うまでもない。

「それじゃ本題ね。来島さんにはこれから葵の所に行って、ここの場所知らせてきて」

 驚いたのは来島と大和の二人である。ここの場所を知らせて来いとはどういう了見だこの男は。

「敵の手札を一つずつ潰していくんだよ。まずは軍師を潰す」

 来島は首肯した。泰平は彼女に用件を伝えると、彼女はさっとその場を後にした。

「けど、大丈夫なのですか? 本当に奇襲部隊が来たら一たまりもないですよ」

「へーきへーき。奇襲部隊は一人残らず地獄に落ちるからさ」

「どうしてです?」

 忘れたのかいと泰平は人差し指を立ててにやける。

「僕の友人はね大和君。有言実行する奴でねー。特に他人に迷惑をかけるバカや友人を傷つけるクソ野郎は必ず粛清するから」

 

 

 

 

 

 名越洋二は身震いした。こうも早く奴らに一泡吹かせることができる絶好の機会が来るとは思ってもみなかった。

 彼は今、軍師葵の司令により一小隊を率いてF軍の司令部に奇襲をかけるべく獣道を突き進んでいた。司令部の位置は、密偵により事前に知らされているので、彼はその通りに進むだけだ。

「ふん。あの直江とかいう奴を潰せば、俺達の勝ちは決まりだ。奴らの低能さを世間に知らしてやる」

 彼は特にF組の連中を嫌っていた。能無し共が学園にいること自体彼には腹立たしい。自分達みたいな有能な選ばれた人材こそこの国に必要であるべきで、彼らのような役立たずは地面に這いつくばって自分達を崇め自分たちの為に働けばいいと考えている。

「アイツにも恥をかかせてやる」

 そのプライドを彼は先日ある人物によってズタボロにされた。古くからある一族だか何だか知らないが、あの男はどう見ても自分より劣る人種だ。アイツに目に物を見せてやる。

 今から彼の悔しがる姿を脳内に浮かべ笑いを噛み殺している時であった。

「低能と恥を晒すのは貴様だ、名越」

 その時、突然どこからともなく男の声が聞こえてきた。名越はその声が聞こえてきたであろう方向を振り向くが誰もいない。だが、その声が聞こえてきてから急に寒気を感じるようになった。加えて何者かの殺気を感じる。

「言っただろう? 貴様ら全員、叩き潰すと」

 その瞬間、小隊の一人が絶叫を上げて倒れた。振り向けば、そこにはローブ姿の男が左手に持つ太刀で獲物を狩っている所であった。突然の登場に慌てふためく生徒達であったが、敵と分かるとすぐに攻撃態勢をとる。しかし、それよりも早くローブの男は太刀を操り隊員を一人、また一人と闇に沈めていった。しかも、沈める度に聞きたくもない鈍い何かが折れる音が耳に入ってくる。

 中には勇敢にも彼に挑んでいく者がいたが、ほとんどの者が戦意を消失し早々に彼に降伏を申し出た。

だが、ローブ姿の男は非情な言葉を発した。断ると。

「貴様ら、あの時あれだけ威張りくさっておいて形勢が不利になると頭下げて許しを請うとかふざけてんのか? そもそも、どの面下げてその言葉を口にしてるんだ?」

 そういって、近くにいた数人を手にする太刀で薙ぎ払った。

「明日の朝日が拝めると思うな」

それを見た数名がこの場から逃げ出そうとしたが、できなかった。いつの間にか、黒ずくめの男達によって完全に包囲されていたのだ。

「悪いが、こっから先には通さないぜ」

 退路を断たれた奇襲部隊の連中は、恐怖に駆られ一歩もその場から動けずにいた。そんな彼らを冷酷な視線で射殺し、手にする太刀で彼らの精神を、肉体を完全に崩壊させた。

「貴様は甘粕に暴力を振るったな。それに耳障りな御託をだらだら述べて俺の友人を貶した。貴様はタダでは殺さん。地獄の苦しみを味わえ」

 言い終わらない内に、龍二は名越に肉薄し鳩尾に強烈な一撃を放った。ゆっくりと視線を落とせば、男の拳が綺麗に鳩尾にめり込んでいた。

 うっ、と呻き声を上げ意識を手放そうとした瞬間、今度は顎を蹴り上げられた。打ち上げられた身体に飛び上った彼の踵が腹部に落とされた。

 地面に叩き付けられた。獣道であり、落ち葉がクッションになって多少痛みを和らげたが痛みのあまり口から血を吐きだした。

 男の攻撃は止まらない。顔面に、腹に、背中に、彼の拳が、足が襲い掛かる。

 一体どのくらいの時間が経ったのか名越は分からない。生きているのか、死んでいるのかすら分からない。名越は考えることを放棄した。

最早顔の原形を留めておらず、虫の息となった名越の髪を男は無造作に掴み上げた。

「どうだ蛆虫。人間と見ていなかった者に人間以下の扱を受ける気分は」

「・・・・・・」

 名越は何も答えない、いや、答えられなかった。声を出そうにも喉を潰されていて、体中が熱を帯びていて熱いし、何より全身を激痛が走っていた。骨の所々がやられているのは明白だ。

「貴様にはもう一働きしてもらおうか」

 ローブの男は名越をひょいと持ち上げると森の中に消えていった。

 残された者達は、黒ずくめの一団によって精神と肉体がズタボロの状態で『教育』されることになった。

 その一部始終をスグルが用意したテレビ見ていた司令部の連中は、数人を除いて愕然とした。100人はいたであろう部隊を男は文字通り『壊滅』させた。たった一人で。

「ね? 言ったでしょ」

 誰も答えない。ローブ越しからでも分かる人を射殺す視線に皆背筋にぞくっとした寒気が襲った。

「まぁ、君達は大丈夫だと思うよ。龍二、人を見下したり他人に迷惑をかけるバカと人を傷つけるクソ野郎が大っ嫌いだから」

 それを聞いた皆は心の底から安堵した。そして思った。彼は一度怒らせると手が付けられない、と。

「司令部を移す」

 大和はそう言った。それを受けて、数名が会場に散る自軍にその旨を伝えるべく走り出した。加えて彼はスグルに今の映像を流すように言った。

 この会場には各地に状況が分かるようにテレビモニターが設置されている。それをジャックしてS軍の戦意を削ごうというのだ。

 スグルは早速その映像を流した。全部というわけではないが、心軍と奇襲部隊壊滅の一部始終である。自分達で見ていてもそれは惨状と呼ぶに相応しいものだった。戦意を削ぐには抜群だろう。

『S軍に所属している者達に告げる。君達は我が友進藤龍二を怒らせた。つまり、進藤家を敵に回したということだ。言っておくが、君達に選択権はない。せいぜい明日の朝日が拝めることを祈っておくがいい』

 モニター越しではあったが、村重の凍える殺気は彼らにより大きな効果を与えた。あの映像を見たS軍に参加した者達は密かに降伏を考えていたが、彼女の発言によりそれは夢と消えた。彼らの中には圧倒的戦力を見込んでS軍に参加した他クラスの者達もいた。彼らの望みも消えたことになる。

 一番に衝撃を受けたのは、葵だ。自分の策略を全て見抜かれた挙句、S軍を最悪の境地に立たせてしまった。このことは英雄の耳にも届いているだろう。

 恐らく他の遊撃隊や奇襲部隊もやられているとみて間違いない。それに、先程から榊の姿が見えない。

 葵は本能的にマズいと思った。この場にいてはいけない、急いで英雄と合流し体勢を立て直さなければならない。

 そう思った時であった。ドサリと後ろで音がした。振り返ると、そこには何者かによってボロ雑巾のようになった名越だった。

「心の準備はできたか、葵冬馬?」

 それを聞いた瞬間、葵の全身から血の気が引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 井上準は川岸を走っていた。

 彼は英雄の近衛として彼と一緒に行動していた。F軍を次々に蹴散らし、残るは直江ファミリー率いる隊と直江率いる司令部と総大将のみだ。彼が引き入れた外部部隊とてたかが知れている、こちらが勝つのは時間の問題だ。そう思っていた。

 しかし状況が変わった。突然としてモニターに流れた心軍と名越奇襲部隊の惨状、少女から語られた宣告。

 それを聞いた瞬間彼の背中に雷が落ちた。準は英雄に断り急いで葵の下へ向かった。

「間に合ってくれ」

 ようやく着いて、膝に手をやり呼吸を整える。

 呼吸が整い、さっと顔を上げて茫然とした。

「まじかよ・・・・・・」

 彼の眼に映ったもの。川原にボロボロになって捨てられている名越とその先に倒れ伏している葵、そして、彼を見下ろすローブ姿の人物であった。その手には太刀が握られていた。

 彼はローブの人物に言いようのない怒りが込み上げてきた。親友をあのような姿にしたその者に。それと同時に全身に鳥肌が立った。

「・・・・・・これは、お前がやったのか?」

 自然と、彼はそう言っていた。

「あぁ」とローブの人物は答えた。声から男、それも自分とあまり変わらない。

「どうしてだ?」

「友をこんな姿にした理由か?」

 そうだ、と準は答える。何もここまでする必要はないのではないかと暗に訴えた。

「あの時、貴様らは俺の友人に対しても似たようなことをしたよな?」

 そう言われて、彼ははっとした。

「実行者はたった今粛清した。が、こいつらを止めなかった貴様らも同罪だ。許す気はない」

 ローブの男は半身に構えた。準は諦めた笑いを浮かべ身構えた。せめてもの償いの為に。

「・・・・・・俺も男だ。せめて、ささやかな反撃をさせてくれ」

 準は苦笑しながら拳を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくラスボスのお出ましか」

 大和は呟いた。眼前には武神百代が仁王立ちしていた。

「弟。待ちわびたぞ」

「それはどうも」

 川原を突き進んでいた彼らはここをどう突破するか悩んでいた。彼女に敵う人間はここにはいない。下手すれば全滅だ。

「悪いがお前に構っている暇はない。どけ」

「やだね」

 ならお前を倒していくと告げて百代が突進した。しかし途中でその進路を遮られた。川上院の僧による結界である。

 こんなものと拳で見えない壁を殴る。が、壊れなかった。

「んっふっふ~。そう簡単には破らせないよ~」

 したり顔で前に立たのは泰平だった。

「何だお前は?」

「進藤隆二の友人で、陰陽師さ」

 二ヒヒと笑いながら、彼は大和達に先に行くように告げた。その言葉に驚く彼等であったが、泰平はいいからいいからと余裕の表情で言う。

「僕の結界ならそうそう簡単に破られないよ。それより、君達には、やらないといけないことがあるでしょ?」

「泰に任せて、あたし達は先を急ごうよ」

 大和は逡巡し、彼に任せると言って一団を率いて先に進んだ。逃がすかと後を追おうとしたが、泰平の結界に阻まれ彼女は絶好の機会を逃してしまった。

 きっと百代が睨むが、泰平は平然としていた。

「私に喧嘩を売るとはいい度胸だな」

「貴女こそ、僕らに喧嘩売るなんていい根性しているよ」

「違う。私はワン子達と戦いたいだけだ」

 そうかとだけ彼は言った。

 百代は何度も拳を繰り出すが結界はびくともしない。段々と彼女のフラストレーションが溜まっていく。

「ま、せいぜいガンバ―――」

 そこまで言って彼は言葉を止めた。何故か彼女の身体が光っている。

「川神流、人間爆弾」

「おいおいウソだろ!?」

 文字通り彼女の身体が爆発した。その衝撃によって彼の結界が壊れた。

 爆風が彼を襲う。思わず腕で顔を覆うが、その爆風の中を百代が突進してきた。渾身の一撃は彼の腹部を襲い、数メートル先まで吹っ飛ばされ意識を飛ばした。つまらない表情の百代はさっとその場を後にした。

「あっぶねー。咄嗟に身代わり使ってよかったわー」

 百代の気配が消えたのを確認して、近くの茂みから人が姿を現した。すると、川原に横たわっていた泰平がみるみる小さくなっていき、やがて一枚の紙に人型に姿を変えた。

 彼は爆風が彼を襲った時に咄嗟に式神を身代わりとして使い、自身は近場の茂みに隠れて術を使いその気配を消していたのだ。

「なんて化け物だよ。アイツから話聞いてなかったら召される寸前だったんじゃねぇか?」

 ふぅ、と大きく息を吐いて被っていた烏帽子を直して札の枚数を確認する。

「さて、大和君トコに合流しますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 F軍総大将甘粕真与は唯ひたすらに走っていた。後ろを振り向くことなくただ走っていた。

 真与は友人の羽黒黒子と小笠原千花と隠れていたのだが、忍足あずみ率いる従者部隊によって発見されてしまった。羽黒が囮となり彼女達を逃がすことに成功するも、すぐに追手がさし向かれた。小笠原は近場に真与を逃がして自ら囮となり追っ手を引き受けていった。

 後に聞いた話では、羽黒は自分達が作った旗が従者部隊によって踏みにじられたことに怒りを覚え大暴れしたそうだ。

 しかし、羽黒や小笠原の奮闘空しく、あずみによってついに発見されてしまった。

「おめぇをやればあたい達の勝ちだな」

 じり、じりっと間合いを詰めてくるあずみ達。恐怖に堪えながらゆっくりと後ずさる真与。

「それ以上はさせません」

 颯爽と現れたF軍の切り札。黛由紀江である。

「なんだぁ? 今更来たって何もできねぇよ!」

 あずみと一緒に来ていたステイシーと李の二人が由紀江目掛けて攻撃を仕掛ける。

「黛由紀江、参ります」

 あずみは違和感を覚えた。これまでの彼女と何か雰囲気が違っていた。そして彼女は見た。由紀江の後ろに阿修羅がいたのを。

「バカ! よせ―――」

 あずみが声を上げた時には遅かった。ステイシーと李は従者部隊の中でも相当の実力者であるが、その二人が彼女の横薙ぎの一振りにより一瞬で戦闘不能となってしまった。

 由紀江は間髪入れずに間合いを詰め斬りかかった。あずみは苦無で何とか防いだが、彼女の猛攻を防ぐので精一杯だ。

 剣聖黛大成の娘というのは伊達ではないということだ。彼女を纏う気が、あの武神と同等程度まで引き上がっている。今の彼女ではとてもじゃないが太刀打ちできない。彼女は咄嗟に隠し持っていた煙幕を使い由紀江の豪剣から逃れることができた。

「ったく、どんな化け物だよ」

 衣服がボロボロになりながらも難を逃れたあずみは、由紀江からだいぶ離れた茂みに隠れて身体を休めていた。彼女と戦った為に多大な精神を使い、体力を消耗した。葵の作戦は失敗してしまった。だが、まだ負けているわけではない。F軍の要は直江大和だ。彼を潰せばF軍は総崩れとなり此方に勝ちが転がる。

 ならばそろそろ行動しなければと腰を上げた瞬間であった。

「残念ながら行かせませんよ」

 彼女の後ろから男の声が聞こえた。振り返ると二本の刀を抜刀した見知らぬ男がそこにいた。彼女は茂みから川原に飛び出した。男はゆっくりとその姿を彼女の前に晒した。二本の刀は太刀だ。短い黒髪に整った顔。美男に入る部類だ。

「誰だてめぇ」

「進藤龍二の親友と言えば、分かりますか?」

 男の口調は柔らかだ。しかしあずみの額には汗が滲み出ていた。こいつ、できる。

「全く、名門だか一流だか知りませんけど、随分とまあ人を見下すのが好きですね」

「・・・・・・何?」

「確かに、資産の有無や才能の優劣はありますがね。この世界に生きる以上皆平等な権利が与えられています。それを血統だどうとか家柄がどうとかで人を見下す奢り高ぶった勘違い野郎がまだいたんですね」

 言葉は柔らかだが、他人の精神を逆なでてくる。あずみのこめかみが自然と隆起してくる。

「あたいとやろうってのかい?」

 いくらこいつがアイツの親友であろうが、こちとら忍びを極めたくの一だ。負けるはずがない。彼女はいきなり苦無を投げた。それを男は簡単に弾き返した。

 それで十分だった。男が苦無に気を取られているうちに彼女は眼にも止まらぬ速さで彼の死角から肉薄した。後は小太刀で一撃すれば終わりのはずだった。

「考えが甘々ですよ。忍足あずみさん」

 彼女の目論見は一瞬の内に消え去った。男は右の太刀であずみの苦無をいなし、空いている左の太刀で彼女の腹部を薙ぎ払った。その強撃により彼女の身体は数メートル吹っ飛ばされた。

「ふむ・・・・・・」

 少年は顎に手を遣った。彼女を払った際に確かに感触はあった。が、よく見てみればボロボロの衣服をまとった丸太がそこにはあった。所謂『変わり身の術』というものだろう。

「成程、忍びは伊達ではないですね」

感慨にふける少年をあずみは苦痛に顔を歪めながら観察していた。咄嗟に術を使ったとはいえ、その凄まじい衝撃に彼女の身体は悲鳴を上げている。おかげでろっ骨が数本イかれた。

 そして、思い知った。あの少年は自分が到底かなうものではないことに。相手は武神レベルだと感じていた。

敵の力量を思い知った時にはもう遅かった。

「行かせないと言ったでしょう?」

彼女が戦線を離脱しようと行動する前に、彼女の細首に男の得物の切っ先が突き付けられていた。

「人を舐めてかかった結果ですよ」

 男の顔は口しか笑っていない。その眼は怒りに燃えている。

「己の力に胡坐を掻き、相手を侮り油断する。強大な力を持った者が陥る道ですよ」

 あずみは無言を貫く。

「私達の役目は、力の使い方を間違えた愚者達を粛清し、道を正すこと」

 彼の太刀が上段に構えられた。彼女は何故か逃げる気になれなかった。いや、既に覚悟を決めていた。

「・・・・・・てめぇ、名前は」

「佐々木徳篤が次子、佐々木安徳」

 ―――あぁ。『武聖四家』の佐々木家の次男坊か。そりゃ、敵わないよなぁ

 そう思いながら、安徳の一撃を喰らったあずみは意識を闇に放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふははははは! 九鬼揚羽、降臨である!」

 空から地上に降り立った女神はそう名乗った。それを見た由紀江は、折れかけた心を何とか持ち直した。

「やっぱり、まゆまゆか」

 総大将甘粕真夜を救出した由紀江の前に颯爽と現れたのは、最強の武神川神百代だった。その身体からは禍々しいほどの気が溢れ出ていた。彼女の出現により由紀江の警戒レベルは最高に達していた。すると、百代は突然彼女に攻撃を繰り出した。

「一度、本気のお前と戦ってみたかったんだ」

 その嬉々とした表情は最早狂気である。それを何とか弾き返すと、自ら彼女に斬りこんだ。その額には既に大量の汗が滲み出ている。

 相手は『瞬間回復』という、どんな大ダメージを受けようが瞬く間に無傷の状態に戻るチート技を使う規格外。こちらから行かねばやられる。

 百代はそれがどうやら嬉しいらしく、その狂気が更に増し攻撃が強くなっている。途中から由紀江は防戦一方となっていた。

 そんな時に空中から現れたのが四天王九鬼揚羽だった。

「百代。少し灸を据えてやる」

「揚羽さんもですか。今日は良い日になりそうです」

「ふふふ。お前に灸を据えるのは私だけではないぞ」

 その時、高速で迫る人物の気配を知るや、その拳を受け止めた。

「生意気な後輩がいると聞いてな!」

 青髪の少女を見た百代は不敵に口角を上げた。

「貴女もいましたか、乙女さん」

 四天王の一人、鉄乙女。揚羽と同じ年で、今は武者修行に出ているらしい。

「三人まとめてかかってこい!」

 百代が吼えると、四天王の三人は全力で彼女にかかっていった。それでも、百代相手には厳しいのだ。むしろ役不足と言ってもいい。特に、由紀江はまだ未完の大器。超人たちの戦いにはまだついていけない。

 現に、やや劣勢の他の二人に比べ、由紀江の体力はほぼ尽きかけていたが、気力で何とか持っているに過ぎなかった。

「黛! 死ぬ気でやれ! それでもまだ危うい!」

 揚羽の激を受けて何とか頑張っている。

(百代の奴、大分強くなったが・・・・・・)

 強くなるということは先輩として嬉しい。しかし、彼女の行く道は間違っている。

 力のみを求めることに意味があるか。答えは否。その力の意味を正しく理解し、行使しなければならない。

(ん・・・・・・?)

 彼女の将来を案じていた揚羽は、ふとここいる者達と異質の氣を感じた。柔らかく、確固たる信念に包まれたそれは、彼女にとって懐かしいものであった。彼の氣を感じたのは彼女だけではなく乙女も感じたようだ。由紀江は負けないように精一杯で、百代は本能が優って感じられないようであった。

「川神。君には敗北を知ってもらうぞ」

 強烈な一撃を放ちながら乙女が言うとやってみろと言わんばかりに挑発する。実際、百代は『瞬間回復』によって全くの無傷。対する三人は満身創痍とはいかないが全身傷だらけとなっていて肩で息をしている。まだ余力がある二人に対し、由紀江はもう限界に近いそれでも頑張っている。

 揚羽や乙女が果敢に挑み何とか百代の体力を削りたいという一心で攻めるも彼女には全く効果がない。そこに最後の力を振り絞った由紀江が参戦する。戦場となった川原は所々に巨大なクレーターもどきがそこかしこにできていた。

 由紀江は空中に飛んだ百代に一撃を加えんと刀を振るった。が、それは空しく空を切った。

「楽しかったぞまゆまゆ。もうお休み」

 百代はそう言って由紀江を鎮める一撃を放とうとしていた。勝利を確信した百代と対象に、全力を出し切った由紀江はもう防御する力すら残っていない。

「川神の。油断大敵という言葉を知っているか?」

 その時、地上から揚羽の声が轟いた。意味の分からない百代は聞く耳を持たずそのまm

一撃を放とうとしている時だった。

「じゃぁな、まゆまゆ―――」

「とーころがどっこい。そうは問屋が卸さないんだな」

 百代が反応する間もなく、彼女は横薙ぎの一撃により地上へ叩き落された。

 何が何やら全く分からなかった百代は、勝負を邪魔した者を見んと顔をそこに向けた。

「さて、と」

 彼女が見たのは、由紀江をお姫様抱っこして川原に優しく下ろす道着姿の男だった。

 百代は人生初の悪寒を感じた。男から溢れ出る氣を、彼女は今まで感じたことはない。優しく、柔らかく、そして圧倒的重圧感。威圧感と言い換えてもいい。それこそ、祖父と同じように。

「お前に敗北を刻んでやるよ、川神百代」

  男―――進藤龍二はそう宣告した。

 



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閑話 暗躍

 授業終了のチャイムが鳴り、生徒達は背伸びをしたりトイレに駆け込む為急いで教室を後にしたり机に突っ伏したりと各々(おのおの)行動を開始した。5分後に始まる帰りのSHLが終わればそこから自由時間となる。部活に勤し(いそ)んだり、さっさと帰宅して遊びに興じる、バイトに行く、受験勉強に励む等、高校生は色々と忙しい。こと、神明高校は進学校として知られており、ほとんどの生徒が名の知れた大学に進学している。

 南雲俊介も、そんな進学組の一人だったりする。

 SHLが終わり、俊介は椅子に座った。そこにとてとてとメイド服に身を包んだ可愛い少女が彼の机に向かって歩いていた。両手に持つお盆の上には幾つかのカップとポットが置いてあった。

「俊介君、お疲れ様ですぅ~」

 コーヒーを入れたカップを差し出した少女に、俊介は彼女の頭を撫でながら礼を述べた。

「いつもありがとう、(れん)

 煉と呼ばれた少女はえへへ~と頬を綻ばせて喜んでいるとゾロゾロと数人の生徒が彼らの元にやってきた

「煉ちゃん! あたし達にもコーヒー頂戴」

「はいですぅ~」

 そう言って彼女はいそいそと準備を始める。

 煉の淹れるコーヒーは絶品であり、一度飲んだら病みつきになる。今や彼女のコーヒー中毒者は日を追うごとに増えていると言ってもいい。

 煉は俊介の家にメイドとして雇われているわけではない。

 煉龍という、進藤家に仕える『龍』である。普段は進藤家の家事全般を担っており、このように外に出てくることはない。こうなったのには理由がある。

 その理由には進藤家の分家が関わっている。その分家は彼らと同じく特殊な力を備えていたが、(よこしま)な思想を持ち、事あるごとに本家に対して反乱を起こしていた。最近もある一族と手を組んでこの国に戦を起こそうとして挑んできた。その企みは大事になる前に始末されたのだが、一族間の争いに偶然巻き込まれてしまったのが俊介を含めた龍二の友人達なのだ。

 それまで普通の生活を営んできた彼らであったが、このことにより分家に眼をつけられてしまった。宗家当主龍造により彼らの護衛として派遣されたのが、煉龍を始めとした『龍』達であったのだ。

 反乱はその後、龍二達の活躍により一応の終息を見せ俊介達に対する護衛任務を終えた煉龍達であったが、本人達たっての希望により、今でも彼らの元で暮らしている。

 そして彼女はここ最近神明高校に俊介と一緒に登校してはこうした休み時間や放課後に現れてコーヒー等を振る舞うマスコットとして過ごしている。授業中は保健室や職員室にて同じようにコーヒー等を振る舞っている。

「はぁ~。煉ちゃんのコーヒー飲むと一日終わったって気がするわね~」

「ほんとにね~」

 ほっこりしている女子生徒はそう言って絶品のコーヒーを振る舞ってくれた煉龍の頭を撫でまくっている。それを甘んじて受けている煉龍はとても嬉しそうである。

「よし! あたしは部活行ってくるわ!」

「私は塾行こう」

「がんばるですぅ~」

 手を振って彼女達を見送る煉龍。それがいつもの日常。

「んじゃ、かえ―――」

『3年2組南雲俊介。いたら生徒会室まで来てくれ。以上』

 さあ帰ろうと席を立った瞬間、校内放送で呼ばれてしまった。しかも会長直々のお呼び出しである。

 まさに図ったかのようなタイミングの良さに、彼は暫く動くことを忘れていた。

「・・・・・・俊介君、何か悪いことしたですぅ?」

 煉龍が彼を覗き込むように見上げて問うてきた。不安な顔をしているがジト眼で見てくれなかっただけありがたい。

「僕の名誉の為に言うけど、何もやましいことはしていない」

「じゃぁ、何で呼ばれたですぅ?」

 さあ?と首を傾げる彼は嘆息する。呼ばれる覚えはないのだ。

「会長だしなぁ・・・・・・とりあえず行くか」

 彼らはとりあえず呼ばれたわけもあって生徒会室へ行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「煉~元気にしてたか~」

「はいですぅ! 龍二様も元気してたですかぁ~」

 膝の上に乗せ、わしゃわしゃと煉龍の頭を撫でる龍二に彼女は飛び切りの笑顔で答えた。それを傍目で見ていた俊介は喜ぶと同時に煉龍を龍二に取られたようでなんか悔しい思いがした。元々彼女は龍二の家の者だから当然なのだが複雑だった。

 もやもやした気持ちを忘れるために、俊介は友代に意見することにした。

「会長、あの呼び方何とかなりませんか?」

「ん? あぁ、あのことか。まぁいいじゃないか。減るもんじゃないだろ?」

 紅茶を飲みながらあっけらかんという友代に彼はため息を吐きたくなった。実は、ここに来る時に廊下にいた数人の生徒に何か変な眼で見られた。おかげで自分に対してよろしくない噂が広がりそうだと言いたかったが、飲み込んだ。

 実際、俊介の中では何かが著しく減りまくったような気がした。

「それで、僕は何故呼ばれたので?」

 俊介は友代を見て呼ばれた理由を尋ねると、彼にしかできない依頼があるという。

「すまんな南雲。俺が友代に頼んで呼んでもらったんだ」

 煉龍を撫でながら龍二が言い、内容は何だいと彼が問えば、「ちょっとした調査」と答えた。

「およ? 久々に腕が鳴るねぇ。んで、誰を調べるんだい?」

 俊介の眼がキランと光った。彼は何かの調査をすることに生きがいを感じていることがあるキライがあり、特にデカい山ほど燃える男だ。

 この男、東京都内では知る人ぞ知る『情報通』である。一度依頼があれば、それが人であればパーソナルデータに加えて交友関係から性癖、過去の黒歴史からどす黒い裏の顔までその人物の内側までを土足で蹂躙し一生もんのトラウマを植え付けることを辞さないほどの調査をしてのける。

 これまでに彼の為に人生を粉砕された者は数知れない。ついたあだ名は『闇の探偵』。

「俺が川神にいるのは知ってるだろ?」

「異文化交流ってやつだろ?」

「あぁ。それで、つい最近相当イラついた馬鹿共がいてな」

 そう言って龍二は調査内容を事細かに説明し始めた。彼の説明を聞いて俊介はぐつぐつと怒りの炎が湧き出てきた。どうやらそれは煉龍も同じようで、彼が話し終わるや「わたくしがいればスグにでも全員消し炭にして差し上げるのに」と少女から妖艶な姿に変わって恐ろしい事を賜った。

 聞き終わった俊介は悪魔の笑みを浮かべた。完全にヤる気スイッチが入った。

「なら、その馬鹿達が二度と立ち直れないほどの核爆弾級のネタをつかんであげるよ」

「ありがと俊介。対象は今からいう奴以外全員で頼むわ」

「分かった。それで、誰を除くんだい?」

「源義経、那須与一、武蔵坊弁慶、葉桜清楚、九鬼英雄の5名だ」

「・・・・・・はい?」

 俊介は耳を疑った。今なんか過去の人名を聞いた気がする。それも遥か平安の御世と中国の有名人だ。その顔を見た龍二は、一人納得してこれこれしかじかと説明を加えた。成程と彼は頷いた。

「君といると、僕は知らなくていい人外魔境の世界に連れていかれる気がするよ」

「その割には嬉々とした表情をしてるじゃねぇか」

 痛いところを突かれ、俊介は苦笑いした。知らないことは知りたいと思う彼の心はお見通しのようだ。

「当然、君も参加するんだろ?」

「勿論。俺の友達を虐めた馬鹿共全員、この刀で沈める予定だ」

 そう言って龍二は椅子に置いていた『龍雲』を手に取り言った。刀の鍔で作った眼帯越しに潰れた右眼に睨まれているように感じた俊介は一瞬ぞっとしたが、ふふっと龍二が笑っていた。

「2週間でやってくれないか? 無論、できる範囲で構わんが」

「また随分と無茶振りするね!?」

「んなこと言ったって、俺だって聞いたのが昨日だし」

 絶叫する俊介に困惑しながら答える龍二。

「どうだい俊の字。やれるかい?」

「俊介君、どうするですぅ?」

 何時もの姿に戻った煉龍と友代に問われ、彼は大きくため息を吐き後頭部を掻いた。

「まぁ、やれるだけやってあげる。いつまでに欲しい?」

「そうさな・・・・・・3日前くらい前までには欲しいかな」

「・・・・・・了解。頑張るよ」

「助かるわ。今度特製の飯作ったる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅に戻った俊介は早速龍二から預かったS組の顔写真付き名簿とと睨めっこをしていた。名門の息女に官僚の息子、大病院の院長子息やらいずれも名の知れた面々である。

 そして、龍二から聞いた4人の名前と写真を見て嘆息した。好き好んでこんなことを計画する九鬼財閥には恐れ入る半面、一度会って見たい衝動にかられた。

「はー、有名人ばっかだね」

 名簿を見た第一印象はそれである。

 依頼の期限は11日後の金曜日である。それまでに調査を終え、まとめ上げ、報告書の体を取ることを鑑みると調査に割ける日数は限りなく少ない。さてさてどう調べてやろうか考えを巡らせている彼の机にちょこんとコーヒーカップが置かれた。カップの中からいい香りが彼の鼻をくすぐった。

「そろそろ休憩するですぅ~」

 チョンと座った煉龍を見て、俊介は笑顔で撫でた。

 タイミングよく休憩を促すあたり、彼女はできる子である。

「どうですぅ? 上手くいきそうですぅ?」

「どうかな? 彼らは所謂一流階級の人間だからね。叩けばいろいろ出てくるだろうけど、隙があるかどうか」

「どんな人でも、必ず隙はあるものですよぉ?」

 煉龍の言葉に、俊介はふむと頷いた。それはあり得ると思った。

 どんな達人であっても必ずどこかに隙はあるものであり、まして自分のような凡人であれば尚更だ。家柄は一流でも中身が凡庸な連中はごまんといる。勿論、中身も一流の人もいる。九鬼家や進藤家と言った真の大家はまさにそれであろう。

 しかしよく聞くのは、そう言った名門一族に限って人の中身は腐り切り、汚い仕事やら政財界との癒着がまことしやかに囁かれている。その子息達は、そういった親達を眼にしているので、やがて親のような振る舞いをするようになる。と彼は考えている。

「潜入するにも、さてどうしたものか・・・・・・」

「俊介君。私、川神に行きましょうかぁ?」

「できるの? 煉」

「こー見えて、私、潜入は得意なんですよぉ」

 にへらっとする煉龍を見て、俊介は笑いながら彼女を撫でた。

 時々、彼女の行動力には驚かされることがあったが、あの進藤家に仕えている龍であるなら飛びぬけた能力の一つや二つ持っていても不思議ではない。そもそもこのくらいの身長であれば一般人はまず疑わない。

 彼女の協力を得た俊介の頭にはすぐさまこの調査に関するスケジュールが組み上がったのだ。

「じゃ、明日から煉には川神に潜入してもらうね」

「はいですぅ」

 そう言って俊介は手近にあった紙にさらさらと何かを書いて彼女に渡した。

「これは何ですぅ?」

「これは今日からのスケジュールだよ」と彼は答えた。その紙には8日間で全員を調べ上げ、残り2日間でまとめ上げるという、かなりハードなものであった。

 煉龍がこれじゃ俊介君が死んじゃうと心配するが、大丈夫と手をひらひらと振る。

「あまり時間がないからね。これくらいやらないと僕の名が廃る」

「でも、無理しちゃ、めー、ですぅ」

 ありがとうと彼は煉龍を撫でた。

 彼はおもむろに携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

「あーもしもし。後藤君? うん、ちょっとお願いがあってさ。そう、式神をさ・・・・・・、そうそう。5人くらい。えっそうなの? うん、ありがとう。じゃ、後でメールするね」

 いったん切ると、また別の所に電話を掛ける。

「夜分にすいません。南雲です。はい・・・・・・、あぁ組長。はい、ちょっとお願いがありまして・・・・・・ちょっと5人ほど人をお借りしたくて・・・・・・はい、ちょっと面倒な調査を引き受けまして・・・・・・、あ、そうなんですか!? 分かりました、ありがとうございます。失礼します」

 携帯を切ると、俊介は大きく息を吐いた。

「どこかけてたですぅ?」

「後藤君と権田組にね。協力要請」

 ふーんと流す煉龍。それに苦笑いの俊介。

 彼が苦笑するのは理由がある。二人に電話した時に、二人共同じ言葉を発したのだ。

「あー龍二から聞いてるよ。勿論、協力させてもらうよ」

「おう、龍二から聞いてるぜ。喜んで力になるさ」

 全く我が友ながら気の利いたことをしてくれる。

 それから俊介は今後の予定を彼女に説明し始めた。彼女はこれから8日間川神学園へ潜入し対象者を徹底的にマークし一挙手一投足を詳細にメモに取る。その間、彼自身は対象者の家を含めてプライベート時間を侵害レベルで根こそぎ拾い上げるのに費やすという。

「でもぉ、学校は大丈夫ですぅ?」

 彼女の心配を断ち切るように、俊介は一枚の紙を机の上に置いた。その紙には生徒会長と理事長印があり『特別休暇許可証』と題されたモノだった。

「これはなんですぅ?」

「会長がくれたんだ。『俊の字は別に学校来なくても大丈夫だろ?』なんて言ってくれてね」

 彼は苦笑していた。生徒の模範となるべき人物がそんなことをさらっと言っていいのかともらった時は大いに問い質したい気持ちになったが、突然の依頼はあまりにも短時間過ぎること。加えて会長直々の出陣となると、神明全体を上げて一大行事になりそうであることを鑑みての措置であると解釈することにした。

「私も川神の子に誘われてね。力を持つ者の意義を思い知らせてやろうと思ってね」

 ふと、俊介は去り際に聞いた言葉を思い出した。

「ねぇ煉。力持つ者の意義って何だい?」

 彼の問いに、煉龍は一瞬首を傾げたが、すぐにその意味を察して「ちょっと待つですぅ~」と言ってリビングに行ってしまった。

 数分で戻ってきた煉龍はコーヒーカップを二つ持ってきていた。どうやら少し長い話になりそうである。

「人間さんの中には他の人が持たない力を持った人がいるですよぉ~」

「権力とか、経済力とかのかな?」

「そうですぅ。名門一族とか、政治家さんとか、財閥と言われているとこはそうですねぇ。後は、地元の名士さんとか、有力者とか言われている人達ですねぇ」

 その中には当然に龍二達の家も含まれているんだろうなと彼は思った。

「俊介君は、力と聞いてどう思いますかぁ?」

「そうだね、あるには越したことないけど・・・・・・」

 力の意味をそこまで深く考えたことはなかった彼はそこで言葉に詰まってしまった。普通の人なら、力についてそこまで深く考えることはないので当然だった。

「力を持った者には、それ相応の意味があるのですよぉ~」

「意味・・・・・・?」

「力は時に人を魔の道に堕とすのですよぉ」

 魔の道に堕ちる。つまり、力に囚われてしまうということか?

 ひょんなことから力を手に入れると、人はその魅力に囚われてしまい、もっと強いそれを欲する。もっと強いそれが手に入ればさらに欲するようになる。そうして無限ループにハマるわけだ。ハマったら最後、絶対に抜け出せない牢獄に入ることになる。

「力を持ったらちゃんと制御しなきゃダメなんですよぉ」

 そう言われて意味が分かったような気がした。

「力ある者の責務は、力のない人達の為に使うものだと教えられているのですよぉ」

 それに続けて煉龍は述べる。

「闇雲に使う力は暴力と一緒ですぅ。そんな力は別の力によって叩き潰されるがいいですぅ」

 己の欲望の為に使う力は邪道であり、そんな力は別の力により抹殺されるのが関の山。と彼女は言いたいのだろうか。

 その例がないわけでもない。つい最近も、ある事件で元総理とその側近達を始めとした地方の著名人や、政財界で名を馳せた者達が過去のスキャンダルや事件によって社会的に抹殺されたことが多々あった。その陰には、彼らの力など到底及ばない力を持った連中によって文字通り『叩き潰された』のだ。

「過ぎたる力は人に害をなすということかな?」

「龍造様はそう言ってたですぅ~」

 コーヒーを飲みながら煉龍は一息ついた。彼も倣って彼女が注いでくれたコーヒーを口にした。

 彼女の話が終わると同時に、家のチャイムが鳴った。壁にかけてある時計はちょうど8時を指していた。この時間に訪問するとは一体どこぞの営業マンであろうか。

 そんなことを考えている所に誰かが彼の部屋のドアを開けた。

「俊ちゃん。権田さん所の吉田さんと政義さんが見えてるわよ」

「分かった」

 母親に言われて彼は玄関に向かった。そこには組の吉田を含めて5人男女と泰平の式神大内左馬介政義を含めた式神5人であった。

「夜分にすまねぇな南雲」

「明日から動くだろ? 今しかないと思ってな」

 彼らはそう言ってきた。

「では、僕の部屋で」

 彼らを自室へ招き入れる時、母親は「お話が終わったら、皆さんにも夕飯食べてもらいなさい」とこっそり告げた。

 部屋に入ると、そこには人数分のコーヒーが用意されていた。

 早速、彼はスケジュールを基に今後の動きと各担当を割り振り、議論を重ねた。

「じゃぁ、皆さんその通りにお願いします。9日後にまたここで」

 そういうことになった。

 それから彼は、集まってくれた吉田達に母自慢の夕食を御馳走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、俊介は朝5時に起床した。陽はまだ出ていない。スズメが囀る(さえず)中、彼は机に置いてあったノートを取り、カバンに入れた。

『川神学園2-S資料』と書かれたそれは、昨日彼が作成した秘密ノートである。各人ごとにページを割き、後々まとめやすくする為にインデックスを張り付けてある。

 簡単に朝食をとると、彼は両親を起こさぬように静かに家を出た。夜明け前の道を足早に進み駅についた。

 彼はあるターゲットの実家に向かうべく川神へ向かっている。泊まり込みを覚悟しており、『8日間くらい友人と旅行してくる』と書置きを残して家を出た。川神にも知り合いは数人いるので、既に連絡をして寝床は確保している。往復2時間は我慢できなくはないが、その時間が彼にはもったいないと感じている。調査を始めた彼にとっては1分1秒が戦いなのだ。

 川神に着いた時には、陽が昇っておりサラリーマンや学生達が各々の戦場へ向かっていた。流石大企業が密集して立地している都市だけあり、人の流れが東京と変わらない。

「いやー、人が多いねー」

 人ごみをかき分けながら、出口にたどり着くや、彼はポケットに入れたメモ帳を取り出した。

「えーっと、8番乗り場はっと・・・・・・」

 バスに揺られること20分で目的地に着いた。川神では名の知れた大病院である。

「まずは軍師と側近を潰しますかね」

 ここの院長と医者の一人はS軍の軍師と側近の父親が勤めていることを彼は龍二から貰った資料から把握している。そこから彼は、まず軍の要をぶっ潰すネタを掴む為に今日ここに来たのだ。

 院内に入った彼はまずは患者のふりをして周りを見渡してみる。中は清潔であるし、患者達も笑顔だ。時折通る医者や看護師達も患者に優しく接している。

 ここにはネタがなさそうだと立ち上がった時、ふと彼の眼が二人のスーツ姿の男を捉えた。見た目はいたって普通のサラリーマンであり、近くにいた医師に案内されている所を見ると医療器具や医薬品に関する仕事を生業にしている者らしい。

 しかし彼は二人を見た瞬間にキナ臭い何かを感じ取った。何処か挙動不審な彼らは医師と共にエレベーターの中に消えていった。彼らが消えた所には『関係者以外立ち入り禁止』と言う札がしっかりとたてられていた。

 俊介の嗅覚は核爆弾級のネタがあると捉えた。そこからの彼の思考は早い。

 「関係者」としてあそこに潜り込むには病院関係者として潜り込むのがセオリーだが、生憎とこの病院には知り合いがいない。かといってこれからスーツを仕立てるとなると時間がかかりすぎる。となれば手は一つしかない。

 彼はきょろきょろと辺りを見渡し標的を見つけた。その者はいつも通りに自分の仕事をこなしている。

 やがて、彼は仕事を終えると道具を持って移動を始めた。俊介は彼の後をつけて人目がつかない場所に来るや彼を強襲し身ぐるみを剥ぎ取りそれを身に着けた。

「ごめんなさい、ちょっと借りますね」

 眼を回している彼を誰も使わないロッカーに押し込み、自身は彼の持っていた道具を持って院内を歩き始めた。堂々と『立ち入り禁止』区域に足を踏み入れ、彼らが乗ったエレベーターを見上げた。

「ふむ。6階ね」

 エレベーターに乗り込み目的の階に到着、「掃除をするフリ」をして『院長室』を見つけた

「・・・・・・で、・・・・・・です」

(お、ビーンゴ)

 彼は持ってきていた超小型盗聴器をドアの隙間からひょいと投げ込むとそそくさと退散した。

 俊介は病院から抜け出し適当な場所に腰を落ち着けるとイヤホンを耳に着けた。

 彼が投げ込んだ超小型盗聴器は半径10キロまでなら傍受でき、かつ動画も1時間は録画でき更にその録画映像は自動的に付属の小型端末に飛ばされるという優れものである。

 因みに自作である。

 そこから聞こえてくるのは先程案内した医師とサラリーマンの男二人ともう一人の四人だ。会話の内容から葵院長と井上部長医師、久無製薬という中小企業の保田と高丘という社員が今回のメンツのようだ。

 話を聞いて彼は最初こそ嘆息してメモ帳にペンを走らせたが、そのペンは途中で止まった。彼の眉間にしわが寄り、ペンがわなわなと震えていた。

 最初はありきたりな医師と製薬会社の癒着の現場―――賄賂を受け取る政治家とのアレに似ている―――で『大したことない』ものだったが、保田の一言がきっかけで様相が変わった。

「しかしあの時は助かりましたよ。院長が『真似をしたのはアルテークラストだ』といってくれて」

 アルテークラスト製薬は国内シェアトップクラスの製薬会社であり、全国の八割の病院がこの会社の製品を採用している。

 だが1か月前にある製品を盗用したとして久無製薬がアルテークラストを訴え敗訴したことにより業績が一気に悪化、今や風前の灯火と化している。

 彼は引っかかっていた。アルテークラストは製薬界では知らぬ名はいない大企業であり一方の久無は名の知れぬベンチャー企業だ。ベンチャーが大企業の製品を『参考』にすることはあろうが、大企業がベンチャーの製品を『完コピ』するなんて到底ありえない。

「何、奴らは我々に『貢献してくれなかった』からな。私が一言いえばこんなもんさ」

「ふふ。奴らが悔しがる顔が眼に浮かびますな」

 俊介は何も言わずに怒っていた。

(この腐れ外道共!)

 声には出さず、彼は静かにペンを走らせた。この畜生共に『貢献』しなかった健全な企業が潰され、『貢献』した獣企業が蔓延るなど間違っている。

 この企業は調査に値する。徹底的に調べ上げ奈落の底へ案内していやる。

 彼はこういった腐敗を許すことができない。それは、中学時代の彼の友人が似たようなことで社会の底辺に落とされ、その友人家族はマスコミの格好の餌食となり崩壊したのだ。

 それに怒りを覚えた彼は、独自の調査により友人家族を崩壊させた連中を親族含めて文字通り社会的に抹殺したことがある。彼の怒りは以前のそれに近い。

俊介は付箋を取り、『要調査』と書きなぐりページに乱暴に張り付けた。

 

 

 

 

 

 

 その日の調査を終え寝床に着いたのは深夜12時近かった。彼はそのまま布団に突っ伏した。

 親と言い、その息子と言い、腹の立つ連中だ。そう思った。

 息子葵冬馬を尾行した彼は、何故か帰宅せずにスラム街へと消えた。そこは他の商店街と比べ幾分に空気が悪い場所であり、所々にタチの悪い連中がいたので早速彼は知り合いの組に粛清を願った。

 さて俊介はターゲットを探していると、冬馬はとある建物へと消えた。そそくさと後について建物に侵入すると、そこの廃れた部屋の一角に大勢に人間が集まっていた。それも、如何にもやばい人間ばかりだ。中には、完全にキメてる奴とか、眼がイッている者も多数だ。

「待たせたな諸君! では、今日も宴を始めよう」

 突然そんな声が聞こえてきたのでそちらに眼を向けると、仮面を被った変な奴が壇上に上がりやばい連中に何かを語りかけていた。変声機を使っているようで男か女かわからない。

 そいつは彼らに向かって何か白い粉が入った袋をばらまくと、集まった連中が一斉にそれに群がり、袋を破り吸引を始めた。暫くすると連中もテンションは完全におかしくなってしまって見るに堪えないありさまだった。恐らくそれは所謂ドラッグ、それも法の目を掻い潜った危険性の高い一物だろう。

 俊介は頭を抱えた。こんなアホすぎる狂乱が終わるまでこんなところに隠れていなければならないことに。少々イラついたので連中が取りはぐったであろう現況をどさくさに間切れてくすねた。

 その狂乱が終わったのは時間経ったくらいだった。楽しんだ連中はぞろぞろと引き上げて行き、主催者はその場で仮面を取り不敵な笑みを浮かべていた。何かつぶやいていたようだが、俊介の耳には一切入ってこなかった。その男の顔を見てかなり頭に来ていたのだ。頭のいい連中が皆そうであるとは思ってもいないが、大体そう言った連中に限ってその才能を無駄遣いして破滅していく。その馬鹿な奴らの為に犠牲になるのが我々凡人だ。理不尽極まりない。

 早々に撤退し家路についた。

 机に突っ伏しながら彼に思った。初日で核爆弾級の出来事があったのだ。ひょっとしたらこれ程、下手したら今日以上の出来事があるじゃないだろうか。それは勘弁してほしかった。これでは精神が持たない。しかし友人の頼みとあらばやらないと・・・・・・。

「・・・・・・リポD買ってこよ」

 

 

 

 

 

 

 

 そして自身が課した8日目を迎えた。帰宅した瞬間、俊介はリビングのソファに倒れ込んだ。「う゛―」と唸り声をあげて疲れ切っていた。

 濃すぎた。覚悟はしていたが、彼の体力を軽く0どころかマイナスに持っていき、気力を奈落の底まで突き落とした。

 二日目の眞岡咲来、三日目の不死川心の調査は比較的精神衛生が宜しかった。眞岡は一般家庭の出で友人も多く(やま)しいことが何もない。と言うか無縁である。不死川に至っては態度こそ鼻につくが腐っても名門出身であるのでそんなアホなことはしなかった。とは言え、その言動は見ていて腹に据えかねたので一言一句漏らすことなく書き留めた。

 しかし、続く四日目五日目の連中は文字通り彼の体力と精神を葬った。国会議員の父を持つ蓮沼淳二に関しては学園から帰宅までの道すがら、父親の権力を盾にカツアゲ恐喝万引きといった所業に及んでいたが、これがどういうわけか両親に伝わっていない。というかその所業を知らない。普通なら面が割れているはずだから学園なり警察なりから連絡があってもいいはずなのだが。

 五日目の十条寺久実に言ったっては最悪であった。不良とつるんで暴力に美人局その他に加えて、父親に至っては市議会議員ではあるが賄賂に資金洗浄果ては暴力団とつながりがあるとか悪い噂しか聞かない奴で、父娘揃って腐っていた。

 この二人には先の葵冬馬同様に言いようのない怒りを覚えて残りの三人の調査を中止し、この二人の事を徹底的に洗った。

 蓮沼淳二の父蓮沼辰郎は与党の幹事長を務め、槇田首相の右腕としてその手腕を発揮している。週末は必ず自宅に帰り息子の話を聞いたり家族で出かけたりと家庭的な人物だ。間違ったことはしっかりと諭しているあたり、教育にも熱心らしい。

 その当の息子は一般人に暴力を振るい金を巻き上げ商品を盗みとろくでなしだ。これではいけないと感じた彼はその証拠をしっかりと写真に収めた。

 後で聞いた話だが、何故ここまでいているのに誰も父親に話さなかったのかというと「議員には川神のために頑張ってくれてるから・・・・・・」と全員が答えた。

 十条寺久実の父十条寺蕃昌は叩けば叩くほど埃が出まくった。指定暴力団「(はじめ)一家」との癒着、悪徳企業の公共事業への斡旋、娘の事件のもみ消し、政治資金の横領など序の口で上げれば枚挙に暇がない。こんな奴が今まで世間にバレずによく市議をやれていたものだと感心してしまった。

「カオスすぎるよ~」

 確かに川神市は世界的に有名な観光都市であり企業都市だ。だが、現実にはゴロツキから悪徳議員に腐った名門、少数の善良な一般人といった混沌とした魔境だ。

「もう無理・・・・・・寝る」

 そのまま彼はまどろみに身を任せた。

 翌日。

「俊介く~ん。起きるですよぉ~」

 揺さぶられて起きた彼は、ぽやんとした顔で煉龍を見た。

「おはよ~。れ~ん」

「おはようですぅ~」

 そう言って彼女はテーブルにコーヒーを置いた。彼はそれを一口飲み込む。

「あー、眼が覚めるな」

 にふふとほほ笑む煉龍の手には大量の資料があった。今回の調査書であろう。

「あぁ、今日からまとめ―――」

「その必要はないのですよぉ?」

 その時、確かに彼は固まった。

「・・・・・・何で?」

「どーせ俊介君の事だから私達の作った資料を2日2晩寝ずに完成させるつもりでいると思ったので、私達でまとめちゃいましたよぉ?」

 彼は煉龍から資料をひったくり一枚一枚に眼を通した。するとどうだろう、彼女の言う通り綺麗に対象ごとにまとめられていた。しかも、自分の書式にである。

「だから、後は任せて俊介君はお休みするのですぅ!」

 ビシッと人差し指を突き付けて告げた煉龍は彼が持っていた資料をひったくり返した。

「いや、でも、これは僕が受けた依頼だし・・・・・・」

「働きすぎは、めー、なのですぅ! 後は私達がちゃんと引き受けるのですぅ」

 こうなった彼女は絶対にひかない。それは短い間であるが関わってきた彼には分かる。分かったと言って彼は表面上折れた。

 彼はふと思い出した。調査開始前に彼女は無理をしてはダメだと言っていたのを。だから言葉通りに自分を止めたのだ。

「じゃあ、彼らの調査を続けてくれないかな?」

「分かったですぅ~」

 煉龍はスマホを取り出し吉田達に連絡を取り始めた。彼はほくそ笑んだ。

これで彼女は吉田達と調査に出かける。彼女の監視の眼がなくなったらやろうと決めていたが、そう簡単にはいかなかった。

 連絡を取り終えた煉龍は彼の隣に座るとにっこりと笑った。

「俊介君。温泉に行くですぅ」

「はい?」

「温泉に行くですぅ」

 突然の申し出に戸惑う俊介であるが、彼女は再度温泉に行くと言った。場所を尋ねると、兵庫の有馬と答えた。

「いや、今からはさすがに無理じゃ―――」

 ささやかな反撃を試みようとするも、煉龍はスッと両手に持っていた物を見てそれを封じた。

「もう予約済みですぅ」

 今日の新幹線の乗車券と座席指定券、宿泊予定の宿のチケットを見てがっくりと肩を落とした。完全に退路は断たれた。何故なら、彼女はそれぞれの券をしっかり4人分持っていたのだ。つまり、家族で行くということだ。

「・・・・・・。分かった。一緒に準備しようね」

「ですぅ~」

 準備を整えた二人は17:00に両親と待ち合わせているという東京駅に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや。流石俊介。ここまで調べてくれるとは助かるよ」

「ま、超特急で仕上げたよ」

 川神大戦3日前の午後。俊介の部屋で、龍二は約束の品をパラパラ捲りながら感想を告げると、俊介本人は苦笑いを浮かべた。

「吉田さんとかにも手伝ってもらったからね」

「お前にあんま負担を掛けないように言っておいたからね」

「煉にもビシッと指突き付けられて言われたよ」

「あっはっは。煉の勘の良さは世界一だからねぇ」

 彼が用意した資料は3部あった。1部はS組内で「標的」となっている生徒の全データ。1部はその両親の中で彼や吉田達のアンテナに引っかかった連中。最後の1部は、「標的」をはずれた生徒のデータである。

「それで。この腐った果実の処理はどうするのさ?」

 そう言って彼は二つ目の資料をバシバシと叩く。腐った果実とは勿論、腐敗の温床となっている害虫共の事だ。

「ま、利用はさせてもらうさ。子供の責任は親に取ってもらわないと」

 不気味にほほ笑む龍二。

「どーにも俺はあの馬鹿共から舐められているようだ。一度、本気でシメてやろうと思ってな」

「前にもそう言ってたよね。ま、僕も調査していて嫌と言うほどアイツらのことがつくづく害と分かったよ。雑誌記者連中に売ったらさぞ盛り上がるだろうね。今の連中はかなりエグイから」

 俊介は笑って言ったが、眼は笑っていなかった。

「本当は俺もこんなことで力は使いたくないんだよね。脅してるみたいでさ」

「けど、時と場合によっては致し方ないんじゃない? 煉も言ってたけど、悪しき力は別の力で叩き潰さなきゃ」

「へぇー。煉がそんなこと言ってたのか」

「うん。龍造さんの言葉だって」

 ふむ、と龍二は顎に手をやりやがて話し始めた。

「力ってのは、持った人間を狂わせるんだよな。力使って物事を解決すると、ホッとするだろ?」

「う~ん。時と場合によるかな」

「そっから勘違いするんだよな。力の魔力に溺れちまえば、何かあれば力を使って強引に解決する」

「まぁ、分からなくもないかな」

「そう言った奴らに限って保身に走りその為に力を使うしな。今の地位でその力を使えるんだ。それを脅かす存在が現れたらあらゆる手段を使って排除にかかる」

 俊介は何も言わず彼の話に耳を傾けている。

「結局のところ、連中はやがて自らが招いた綻びによって別の力の前に屈するんだがな」

「綻び?」

「そうだ。身内の裏切りとか、墓穴を掘るとか」

 成程ねぇと頷いてから、俊介は資料を用意した紙袋に入れた。

「お手並み拝見させてもらうよ」

「任せろ」

 そう言って、龍二は南雲家を後にして決戦の地へ向かった。

 



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第8話 川神大戦 中編  最強vs武神

 

「お前に敗北を刻んでやるよ、川神百代」

 眼前に現れた白の上衣に紺の袴を着た男。右眼を鍔で作った眼帯で覆っていて、見た目は普通の高校生だ。

 しかし、そこから溢れ出る闘気はこれまでの者達と格段に違っていた。彼の存在自体が怪物のように感じたのだ。

「ようやくお出ましか」

 百代は高揚感から嬉しそうに口にする。長年の夢である、己と同等の位置にいる世界最強との一戦が漸く叶うからだ。

「本当は本気なんて出したくなかったんだがな」

 ニヤリと不敵に笑む龍二は、手にした太刀『藤朝臣相模守龍雲(とうのあそんさがみのかみたつくも)』―――祖父がわざわざ自分の為に鍛えた一刀である―――の切っ先を百代に向けた。

「テメェのその腐った力を根絶してやんよ」

「お前にどうこう言われる筋合いはないな。私は私の好きなように振るう」

 やれやれと首を振る彼らのやり取りを少し離れた所から見ている者達がいる。百代を除いた『四天王』の三人と保護された甘粕真与だ。素早く安全地帯へと非難させた由紀江に揚羽が冷たくなったペットボトルを差し出す。同じように乙女は真与にそれを渡す。

「暫く休め。我らはお役御免だ」

「そうだな。奴が本気になったら私達は唯のお邪魔虫だしな」

 よく見れば彼女達もそれぞれ喉を潤していた。

「本気の龍二さんって、どんな感じなんですか?」

 ふと、そんな疑問を口にしていた。彼女は本気になった龍二を知らないのだ。

 揚羽と乙女は互いに顔を見つめると苦笑した。

「一言でいえば化け物さ」

「全身のあらゆるものが氷点下まで下がった気分だったよ。あぁなるとは思ってもみなかった」

「あぁなる、とは?」

「それは、今日見ればわかる」

 それは全体? と思って聞き返そうとした時だった。百代が自ら開戦の合図(のろし)を上げた。

「せいぜい私を楽しませろ進藤!」

 百代は高速で移動し間合いを詰めるとそのまま拳を繰り出した。龍二に当たったその衝撃で土埃と石が周囲で舞った。身を護ろうと彼女達は思わず眼を覆う。

 百代の拳の威力は平気で人間の骨を粉砕する。あんなのを喰らっては龍二でも一たまりもない。

「いい攻撃だったが、これじゃぁ効かねぇな」

 衝撃が収まった後に彼女達の眼に入ったのは、高速の拳をしっかりと顔面直前で受け止めている龍二の姿だった。

「ほらよ」

 蹴り上げられた右足はしっかりと百代を捉えた。吹っ飛んだ百代はしかし何事もなかったように着地した。

「お前の攻撃も全く効かないな」

 挑発する百代に動じることなく、彼はふふんと笑う。

「時に百代。お前攻撃されているのに気付いているのか?」

 彼女は首を傾げた。攻撃とは一体何を言っているのか理解できなかった。彼とはたった今吹っ飛ばされてゆうに200m位は離された。着地するまで彼を見ていたが攻撃をしたどころか全く動いていなかった。

 成程そう言ってはったりかましてこちらを油断させようとする魂胆か。そうは乗るか。

 その時、彼女は自身の身体に違和感を覚えた。先程から横腹のあたりがちくりと痛むし頬に生暖かい何かが頬についたような・・・・・・。

 百代は頬に着いた何かを指でなぞった。ぬめりとしたそれは赤かった。

「血・・・・・・?」

 そのまま視線を下にやると、右脇腹に一筋の線が入っていてそこから血が流れていた。

「いつの間に・・・・・・!?」

 瞬間回復で傷口を直してから彼女は素早く龍二を見た。涼しい顔をしてこちらを眺めている彼に恐怖を感じた。それは離れて所で観戦していた三人も同じだった。

「鉄の。今の、見えたか?」

「いや、全く」

「わ、私はほんの少しだけ」

 飲み物を飲みながらのんびり観覧している三人はそれぞれ意見をぶつける。

「やはり独特の雰囲気があるな。彼は」

「けど、まだ本気ではないな。4割くらいか」

「あれで本気ではないのですか?」

「あんなのまだ準備運動ぐらいだろうな。まだ『アレ』を出していないしな」

「百代が技を使わなければ、出んさ」

「あの、『アレ』って何ですか?」

「まぁ見てのお楽しみだ。アレを見たらますます奴と戦う気が失せる」

 そうやって盛り上がっている一方で、百代は固まっていた。

「どうした? 何か『ありえない事』でも起こったか?」

 龍二がすっとぼけて言う。その顔は完全に楽しんでいた。

「一体何を―――」

「知りたきゃテメェで俺からもぎ取りな」

 あっという間であった。ほんの一瞬、視線を逸らしただけで肉薄し今まさに太刀を振り抜こうとしていたのだ。慌てて避ける百代であったが、腹を真一文字に割かれた。

「くそ、調子に―――」

「ほれほれ、休んでる暇はねぇぞ」

 そこからは龍二の一方的展開だった。百代に攻撃をする間を与えない斬撃と打撃の嵐に彼女は徐々に押されていった。彼女が隙を見て繰り出す拳は紙一重で簡単にいなされてしまった。それが彼女のフラストレーションを募らせる。

「川神が苦戦するのは初めてだな。あんな一方的展開になれてないからほれ、徐々にイライラしてきてるな」

「そもそも、進藤に喧嘩振った時点で百代は詰んでおるわ」

 ケラケラ笑う先輩2人に対して、由紀江はおろおろしていた。いくら彼が強くても相手はチート技を使う疲れ知らずの武神だ。相手が悪いのではないか?

「黛。心配は無用だ」

 そんな彼女の心を見透かすように乙女が彼らの戦場を指した。

「百代は肩で息をしているし所々ガタが来ているが、龍二はあの通り」

 言われてみれば、百代は服の至る所が破れその鍛え上げられた肉体が露出していて大きく肩で息をしているのに対し、龍二は全くの無傷であり、息一つ乱していなかった。

「あいつは最小の動きで最大の攻撃ができる。一種の天才だ」

「我らは皆、努力を重ねてここまでの域に達した。百代は天才だが努力と楽しみが欠落している」

「楽しみ・・・・・・ですか?」

「うむ。相手とやり合うとき、コイツは一体どんな武術を習ったのだろうか。どんな努力を重ねてきたのだろうかとかな、相手への敬意を持って戦うものだ。だが、百代にはそれがない。あるのは唯己が欲望を満たすことのみ」

「あ、あの、お言葉ですが、モモ先輩はちゃんと礼儀をわきまえてますよ」

「我からしたらあんなもの形だけに過ぎんわ」

 仲間を擁護しようと試みるもあっさりと返り討ちにあってしまった。

「あの男はな由紀江。百代のような馬鹿や社会を舐め腐っている屑共は別として、たとえどんなに弱い者であろうとも武人として最大級の礼儀で応じるのだ」

 そこまで乙女が言った途端、百代の高らかな笑いが木霊した。

「これだ! これを待っていた! 私をもっと楽しませろ!!」

「・・・・・・あーちっくしょー。めんどくせぇことになった」

 見れば百代がヤル気を漲らせすぎて狂ってしまった。完全に眼がイッていて、彼女を包む雰囲気が黒く淀んでいた。龍二は額に手をやりため息を吐いていた。完全に戦い方を間違えてしまったようだ。火に油というか魚に水を与えてしまったというか。

「直江の奴、対策を間違えたか?」

「いやいや鉄の。世界最強と謳われる進藤家が相手だ。私とて心躍るわ」

 お前もそうだったろうがと言われると乙女は苦笑で返した。

「やっぱりそうなんですねぇ。ですが、大丈夫でしょうか?」

「ん? 大丈夫さ。上手くいけば面白いものが見れるぞ?」

 そう言って揚羽が乙女を見ればこくりと頷いた。由紀江は一人ポカンとしていたが、揚羽はくくくと笑っていた。

「見たくないか? 『龍』の力」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かーわーかーみー破―!!!」

 どこかで見たような恰好から放たれたエネルギー砲は真っ直ぐ龍二目掛けて放たれ、それを彼は慌てて避ける。

「うおっと!? どこの悟空だよ!!?」

「まだまだぁ!!」

 言い終わらぬうちに放たれたかわかみ破乱れ撃ちを絶妙なタイミングで避ける龍二であるが、百代も負けてはいない。最後の一発を放つと同時に突っ込んできた。彼がそれを避けた瞬間、拳を繰り出す。

 その素早い動きに流石の龍二も驚いた。驚きながらも彼の頭は思考を止めていない。

 彼女は現時点でトップレベルの武闘家だ。そして彼女の願望というのは自分よりも強い奴と戦いたいというものだ。聞いた話ではこれまで幾人もの強者と戦ってきたが、彼女の満足とは程遠いものだった。百代が強すぎたからであるが、兎に角彼女はそのおかげでいつも欲求不満であった。溜まった欲求不満は普段なら舎弟の大和をいじることで発散していた。

 だが今日は違う。自分の願望以上の強敵が眼前に顕現したのだ。しかも、世界最強と謳われる一族に連なる者だ。彼女のこれまでの鬱憤が爆発してもおかしくはないだろう。実際、彼女のテンションは既に狂気と化している。

 それはそうだろう。気配を一切消して突然現れては自分を圧倒するのだから。武道を行く者としてはこれ程心躍ることはないのではないか。と考察する。

 同時に彼はげんなりした。

(どんだけ溜めてたんだよ)

 先程から彼女が繰り出す一撃一撃が重すぎる。どことなく良くない念が籠っている気がした。何故もっと早く出てこなかったのかと。これまでの鬱憤晴らさせてもらうぞという念も感じる。

(出し惜しみしている暇は、ないか)

 彼は決断した。全身全霊を持って彼女の邪心を粉砕すると。

 一方、百代は嬉々として眼の前の強敵に拳を繰り出していた。今日という日を待ち望んでいたのだ。これまで祖父が彼女の為にと骨を折って呼んでくれた者達は、確かに強かったが彼女を満足させることはできなかった。毎回不完全燃焼だった彼女はそのもやもやした気分を舎弟である大和を弄ったり、由紀江などの女子生徒達へのセクハラ攻撃で晴らしていた。それでも完全に晴れるわけではなく小さな鬱憤は徐々に蓄積されていたのだ。

 そんな彼女の前に颯爽と現れたのが彼だった。『武聖四家』の一つ進藤家の次男であり、高校剣道界の頂点に君臨する強者。

 だから彼女はもてる力全てをぶつけた。川神流の技である雪達磨や炙り肉、奥義でもある星砕きなども惜しげなく彼に見舞った。それを彼はまさに紙一重で避けてくれ、そのまま彼が一撃を見舞ってくるのだ。龍二の斬撃は一撃一撃が重く、彼女の眼力をもってしても追い切れない程の速さで繰り出されるので身体には無数の切傷が絶えない。最も瞬間回復で消えるわけだが、攻撃される度に使うので精神や体力に疲れが見え始めた。

「おいおい。これくらいのことでへばってんのか?」

 そんな彼女に対し、龍二は汗一つ掻かず息も乱すことなく余裕の表情で宣う。

「ふん。まだまだこれからだ!」

 息巻いて繰り出した一撃は彼に簡単にいなされた。

「そうかよ」

 いなされた反動で全くの無防備状態となった百代に龍二の裏拳が捉え吹っ飛ばされる。即座に瞬間回復をする彼女の耳に龍二の声が響いた。

「時に百代」

 眼を開いた彼女は、彼の構えに驚愕した。

「かわかみ破ってのは―――」

 両手の真ん中に光の玉が練られ、凝縮されたそれは次の一言で彼女に放たれた。

「こんな感じだったか?」

 彼女はまだ着地をせず吹っ飛ばされているので彼が放ったかわかみ破をもろに喰らってしまった。そしてそのまま河原に文字通り叩き付けられた。

 その一部始終を見ていた由佳里と保護されていた真与は唖然としていて、揚羽と乙女は微笑していた。

「あれって・・・・・・」

「そうか、黛は知らなかったのか」

 一人納得した揚羽は乙女に説明を求めた。

「進藤家の一部に人間には『龍』の力以外にある特殊能力を身に付けた者がいるんだ。それがアレだ」

そこで乙女は言葉を一旦切った。

「アレは簡単に言うと『コピー』だ。たった一度見た動きや攻撃などを完全に自分のものにしてしまうんだよ。加えて、彼がコピーした動きや攻撃は彼の力に比例するからその威力は下手したら本人以上になるというオマケ付きだ」

 揚羽が補足する。その力は普段は使うことはなく、彼が使うべき時と判断した時にしか使わないという。そして、それは決まって勝負の後半であるという。

 その証拠に、彼は百代が立ち上がるやそれまでに彼女が使った川神流の奥義を次々と繰り出した。驚愕の表情のまま自身の技を喰らう百代を龍二は徹底的に追い詰める。

「コイツはサービスだ。九鬼雷神金剛拳!」

 といって彼は揚羽の流派の奥義までも百代に披露した。

「あ、揚羽さんの技まで・・・・・・」

「依然戦った時にうっかり使ってしまってな。我もアレを喰らってノックアウトさ」

「し、進藤ちゃんってすごいのです」

 真与はしきりに彼を誉めていた。その一方で由紀江は彼の才能に恐怖した。

 そうそうと乙女が思い出したように話し出した。

「もうそろそろ彼の真の力を拝めるぞ」

「? どういうことですか?」

「わざと隙を作る」

 乙女は戦場を指さした。ちょうど彼が空中に飛び一方的攻勢をかけている時だった。百代は何とかチャンスを見つけて拳を繰り出すが、龍二によってあっさりと掴まれてしまった。

 その時だった。彼女がほくそ笑んだのは。

「かかったな?」

 百代の身体が光りだした。アッと唸った時はもう遅かった。

「川神流人間爆弾!」

「!? しまっ―――」

 彼女は龍二諸共爆ぜた。その威力はすさまじく強烈な爆風が容赦なく離れていた揚羽達を襲った。いくら何でもアレを喰らっては龍二とてひとたまりもないないだろう。ましてやほぼゼロ距離からの技だ。

 悲鳴をあげる由紀江や真与に、乙女はあくまで静かな口調で言う。

「由紀江、甘粕。よーく眼を凝らしておけよ」

 人型の何かが爆炎に包まれた地面に墜落し、百代が着地した時に乙女が言ったそれは、少しも彼が死んだことを疑っていないようだった。

「あの男の真の力、滅多に見れぬからな」

 揚羽が言い終わると同時に百代の高笑いが戦場に轟いた。

「くはははは! 勝った! あの進藤家に勝ったぞ!」

 それは事実上の勝利宣言であった。完全燃焼したうえでの発言だ。彼女は爆発した瞬間に瞬間回復をして蘇生したのだ。

 確かに彼は正しく彼女が求めていた最強だ。自分の技がたった1回見られただけでモノにされると思っていなかったが、それだけだった。見せると言っても爆発技はいくら彼でも真似しまい。真似したら最後彼は即死するからだ。だから使ったと言っていい。

「なかなか楽しかったぞ進藤! だが、私の方が上だったな」

 彼女は酔っているようだった。武門の頂点の君臨する者の一人を倒したのだから仕方がないとはいえるが。

 百代は視線を揚羽達に向けた。瞬間回復で無傷となっている彼女を前に由紀江は身構える。

「後は、揚羽さん達を始末すればゲームクリアだ」

 その眼は既に狩人になっていた。体力は大分消耗してしまったが、四人を始末するくらいは残っていた。

 ガタガタ揺れる由紀江と真与と違い、乙女と揚羽は笑みを崩さない。

「川神。お前、まさかあれしきの事で進藤を屠ったと思っているのか?」

 百代にはチャンチャラおかしかった。如何に進藤家であろうがゼロ距離で爆発したのだから戦闘不能以外の状態などありえない。現に今も彼は爆炎に呑まれているではないか。どうやら彼女達はあまりのことに頭がイッテしまったようだと判断した。

「何を言っているんだ揚羽さん。あの男は文字通り―――」

 その時だった。『彼』からの返答が来たのは。

 百代が言い終わらぬうちに彼女の右頬辺りが一瞬光ったかと思うと熱源を帯びた何かが迫ってきたように感じた。振り向けば紅黒い炎の刃が襲い掛かってきているではないか。咄嗟に拳に炎を宿して弾き返した先にいた存在に、百代の眦は避けんばかりに開かれた。

「川神よぉ。まさかあれしきの火力(こうげき)で俺を倒したと思っているんなら、随分とこの俺の事をナめてくれやがってるじゃないか」

 そこにいた人物を見て彼女は思った。ありえないと。それは傍から見ていた由紀江と真与も同じだった。

 そこに立っていた人物は確かに先程まで戦っていた進藤龍二であるのは間違いない。だが、見た目はまるで別人のように違っていた。確かに彼が爆発の瞬間掴みかかった左腕は黒く煤けてその部分の道着が焦げ落ちていたが、そんなことどうでもいいくらいの違いだった。

 短い黒髪は長い白銀色の長髪となり後ろで結ってある。右眼の眼帯は無くなっており、傷跡の残る右眼は真紅、左眼は(あお)のオッドアイとなっていた。

 その場にいた全員が、全身を駆け巡る痺れを感じた。彼女達の中に流れる武士の血が、恐怖を感じていたのだ。爆発的に発生した、周囲を押し潰す空気が彼を物語ってた。

 『静かなる蒼き龍』の異名と『絶対零度の聖者』の裏の名を持つ「公式戦」全戦無敗の絶対王者。それが、進藤龍二である。

「テメェに見せてやるよ。俺の本気をな」

 それから、百代は自分の身に何が起きたか分からなかった。突然右脇腹に痛みが走ったと思ったらいつの間にか自身の身体は宙を舞っていた。それに気づいた時には眼前に彼の顔があった。そのまま攻撃を喰らい地面に向かって落ちていった。地面に激突する寸前に再び身体が宙へ突き上げられた。

「進藤流剣術、鬼砕き」

 振り下ろされた斬撃により全身に激痛が走った百代はそのまま河原に叩き落された。

 

 

 

 

 

 

 

 あまりの速さについていけなかった。瞬きをした瞬間に百代の身体が宙に浮きそのまま斬撃によって彼女は河原に叩き落されていたのだ。

「あれが・・・・・・進藤さん?」

「アイツの本気の姿だ」

 答える揚羽の声が震えていた。彼女ですら恐怖しているのが分かった。

「これは彼の父君から聞いた話だがな」と揚羽は一息ついて彼について語りだした。

「アイツは2匹の龍『紅龍(こうりゅう)』『伏龍(ふくりゅう)』と彼らの守護神『青龍』の力を受け継いでいるという。あの姿は、彼らの力を使うときの証だそうだ」

 聞けば。白銀の髪は伏龍が使うとされる『紫焔(しえん)』を、同じく右眼の真紅は紅龍が使うとされる『紅焔(こうえん)』を、左眼の蒼は青龍が使う『蒼炎(そうえん)』をイメージしているとされている。

 後に知ったことだが、紅龍と伏龍は『五大龍』という彼らの力の源「龍」の中で別格の力を持つ龍であるという。

「進藤の本気はいくつかあってな。普段の姿から始まり、瞳の色が蒼、真紅、銀に変わったり髪の色が変わったり長髪になったりと数パターンの組み合わせがある。そして、超本気の姿が今のアレだ」

「本気のアイツはさっきのに加えてもう一つ特殊能力があるんだ」

「それってどんなものですか?」

「簡単に言うと、この場の全ての動きがスローモーションで見える」

 つまり、彼のいる場は上下左右全部が彼の視界になっているということらしい。

「運がいいと、一部の者にしか伝わらないという進藤流の奥義が拝めるかもな」

 乙女は暢気にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 回復した身体を起こす百代は恐らく人生で初めて恐怖という感覚を覚えた。龍二はこれまで戦ってきた者達とは明らかに一線を画していた。不可視の刃で攻撃したり、相手の技をたった一度見ただけで自分の技として繰り出すなど、正真正銘の『化け物』だ。

 ほんの一瞬、後悔しそうになった時に彼の嘲る声が聞こえた。

「この程度か武神。二つ名が泣いてるぞ?」

 挑発する彼に反論する余裕など、彼女にはない。いや、反論する気はなかった。

 彼女は、ある考えを実行すべくタイミングを計っていた。使えば無論彼にパクられるだろうが、彼女にはその前に彼を潰せるという漠然ながらだが自信があった。その結論に達してからは少しずつだが落ち着きを取り戻していた。

 龍二は一度見た動きと技を完全に自分のモノにすると分かった。だが、その時彼女の脳裏に一つの仮説が浮かんだ。仮説の域を出ないが、確かめている時間は彼女に残されていない。この勝負は両軍の総大将である真与か英雄が倒されると負ける戦だ。

 故に一発勝負の賭けだった。

「その余裕、いつまでもつかな?」

 そう言った彼女の不敵な笑みに違和感を覚えた。あれだけ自らの技を喰らって尚倒れないとは、まだ体力が残っているのか?それとも、まだ何か隠しているのか。

「ほう? それはどうゆう意味かな?」

 彼女に聞こうとしたその時、彼の視界にまばゆい光が差した。ふと上空を見上げると高質量のエネルギー砲が真っ直ぐこちらに向かってきてるではないか。

「終わりだ進藤! 川神流奥義星砕き!!」

 そう。彼女は宇宙空間に密かに溜めていた光のエネルギー砲を高速で打ち出したのだ。絶対にパクれない遥か彼方から飛ばしてきたのだ。まして高密度に精製したエネルギー砲であり、いくら化け物であってもこれを防ぐ術はない。この砲は彼女の意思で自在に変化させることができるのでたとえ逃げたとしても追尾が可能だ。彼女が不敵に笑んだ意味はこれだったのだ。

 絶対回避不可能技。それが、川神流奥義・星砕きである。

 それを見た由紀江は彼を助けんと走り出そうとした。しかし揚羽によってそれを阻まれた。

「離してください! 進藤さんが!!」

「落ち着け黛」

 興奮する彼女を宥めたのは乙女だ。

「言っただろう? 進藤は本気だって」

 咄嗟に彼を見るが、彼はその場から動くことなく上空から来るエネルギー砲を見つめていた。由紀江は裂けんばかりの声で彼に逃げるよう伝えた。

「くたばれぇ!」

 今度こそ勝利を確信した百代は拳を高々と突き上げ笑っていた。最強を沈める必殺の一撃―――のはずだった。

「この程度か」

 そんな彼女の笑みを凍り付かせる一言が発せられたのはそんな時だった。そして―――。

 彼女が放った星砕きは鞘から抜き放たれた『龍雲』の一閃によって綺麗に両断され、爆散した。

 一部始終を見ていた揚羽と乙女以外、全員が唖然としていた。一体何が起こったのか、理解できなかった。ただの鉄の刃物で実体がないエネルギー砲をぶった斬るなどという非現実的な事象を理解しろということに無理がある。

「さて、武神。そろそろチェックメイトといこうか」

 低い声で宣告する。龍二は右足を引き、腰を落とし半身となると『龍雲』の鞘に手をかけた。

「進藤流剣術居合ノ奥義。不死鳥・極焔(きょくえん)

 鞘から放たれた一閃から繰り出される真空の刃は、やがて形を巨大な火の鳥に変え百代に襲い掛かった。百代は何とか避けるとかわかみ破を放った。不死鳥は悲鳴を上げて爆炎に包まれた。

 よし、と頷く百代。それを見ていた龍二が苦笑する。

「百代。俺の技名、ちゃんと聞いていたか?」

 何を、と反論しようとした彼女の周りが突然暗くなった。そして綺麗な鳴き声が木霊した。見上げると、先程始末した不死鳥がその巨大な翼を広げ自分を見下ろしていたのだ。

 馬鹿な、と思わず漏らした百代に龍二は追い打ちをかける。

「言ったろ? 不死鳥だと」

 不死鳥。一般にはフェニックスと呼ばれる伝説の鳥だ。たとえ死んだとしても何度でも甦るその鳥が彼女を見つめながらその美しい声で咆哮した。

「あ、あぁ・・・・・・」

 百代が声にならない悲鳴をあげる。今すぐこの場から逃げたいのに、身体は言うことを聞かず震えるだけ。人間、恐怖を感じると咄嗟に動けないようだ。

「不死鳥の怒りをとくと味わえ」

 その言葉と同時に不死鳥は動けない百代へ突撃した。大きく開かれた嘴に食われた瞬間、彼女の全身を灼熱のように熱くなった。声にならない絶叫を上げると、突然ひょいと彼女は宙に放り投げられた。その先には龍二が上段の構えのまま飛び上がっていた。

「武神。俺と大和に負けた原因、しっかり考えるんだな」

 握られた刀には三種類の炎が渦を巻いていた。その三種類の炎が龍のように彼女は見えた。

「進藤流剣術上段ノ奥義 龍王ノ怒リ・三龍王逆鱗(さんりゅうおうのげきりん)

 振り下ろされた『龍雲』から繰り出された三匹の龍王は、そのまま彼女を喰らうと、彼女は炎に包ま再び彼女は絶叫した。そしてそのまま河原に激突した。それと同時に上空に空砲が鳴り響いた。

 百代が再び立ち上がることはついになかった。



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第9話 川神大戦 後編 決着

 時は武神川神百代と進藤龍二が激突した時まで遡る。

 彼ら激突した場所から差ほど離れていない別の河原に、二人の女性が息も絶え絶えに河原に寝そべっていた。それを見下ろす一人の男。彼も大きく呼吸をしているが、彼女達ほど息を乱していない。

「流石天下に名高いお二人だ。久々に良い戦いができたよ」

 男はそう言って寝そべる二人を称賛する。

「お、お前だって、あたし達と、同じじゃ、ねえか」

「こ、ここまで我が押されるとは・・・・・・」

 女性―――弁慶と清楚もとい項羽は睨みながら彼―――義輝に文句を垂れる。

「くそ。もう少しで倒せたのになぁ」

 弁慶が悔しそうに拳を河原に叩き付ける。その証拠と言うわけでもないが、義輝の服は所々裂けており、切傷も至る所に見受けられる。

 彼は自慢の愛刀2振りで項羽と弁慶と言うトップクラスの武人相手に自身の剣舞を惜しげもなく披露した。

 とはいえ世間に名の知れた武将だけあって苦戦したのは事実である。片や好敵手劉邦と覇権を巡って幾度も刃を交えその武勇を知らしめた将であり、片や主君の為に奥州王藤原泰衡が差し向けた軍団相手に大立回りして、最後は無数の矢を浴びて仁王立ちで果てた僧兵である。

「あの時は本当に危なかったです。私にちょっと運があっただけですよ」

「よ、よくいう、よ。あたしゃ、わざと作ったんじゃ、ないかと、思ってる、ぞ」

「いやいや、ほんっとうに危なかったんですって」

 義輝には一度だけピンチの瞬間があった。それは終盤、彼の意識が清楚との一騎打ちに神経を集中させている時だった。その時、弁慶は自分に意識がいっていないことを好機とみて彼に背後から飛びかかった。この時、彼女は勝ったと正直に思った。

 彼が言う運とは、その時ふと下を見た時にまさに彼に斬りかからんとする弁慶の姿が映ったのだ。それを見た彼は瞬時に身を横にずらしたのだ。結果、弁慶の攻撃は体勢を崩した清楚に直撃することになってしまい、これにより義輝は二人の偉人に勝つことができたのだ。

 義輝と清楚が戦っていた場所には水面があったのだ。弁慶はそれを知らなかったのだ。しかし、仮に水面がなかったとしたら彼は敗北していたかもしれない。そのくらいの差だった。

「さて、向こうも終わったみたいだし、私達の務めは終わったことだし、少しは話でもしないか?」

 義輝がそう言った。二人は互いに見合ってからゆっくりと頷いた。

 その頃。彼らの戦地からほんの少し離れた場所では、弁慶と清楚と同じように倒れて大きく呼吸している二人の少女がいた。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・もう、動けませんわ」

「よ・・・・・・義経も、無理だぁ」

 義経と藍実。ある意味同じ種類に属する者同士の戦いは引き分けに終わった。

 藍実の武才は、達子の遺伝子を基にしているのでそれなりにあるが、彼女には及ばない。この大戦に参加を打診された日から達子と龍二に頼み込んで特訓に特訓を重ねてきた。その為、急ごしらえながら彼女の武術は大いに向上した。

 義経との一騎打ちは実に彼女にとってワクワクしたモノになった。特訓初日こそ、彼らの剣筋が全く見えなかったのが、今日この日は綺麗に見えたのだ。

 とはいえ、急ごしらえであったには違いなく、剣筋は見えてもその速さにはやっとという感じで大体の攻撃は受けてしまい身体中傷だらけになってしまった。

 一方の義経も藍実に攻撃を当てられたものの、彼女の不屈の精神の前に好意を覚えた。そして予想外の一撃を喰らい、倒れたのだ。それを見て藍実も膝から崩れ落ちた。

「姉のようにうまくはいきませんね」

「姉? 達子殿のことか?」

「えぇ。たまに羨ましくなりますわ」

 ふふんと微笑む藍実は自身の手を顔の前に掲げる。豆だらけの手は、その特訓のがどれほど過酷だったのかが伺える。

「義経さん。わたくしはこの通り動くことはできません。今なら先に進めますよ?」

 藍実は義経に顔を向けて言うも、彼女はフルフルと首を振った。

「それよりも、義経は君ともっとお話がしたい。イイかな?」

 屈託のない笑顔を向けられた藍実は思わず笑ってしまった。この娘は全く持って人を愉快にさせる天才だなぁ。

「いいですわよ」

 そうして、彼女たち二人は大戦の終戦を告げる空砲が鳴るまで、それはそれは楽しい時間を過ごしたという。

 

 

 

 

 

 

 

「大和! 本当に大丈夫なの!?」

 モロが叫ぶように大和に問いかける。こうやって大和に問いかけるのは1度や2度ではない。しかし大和は無言を貫いた。

 彼らは敵本陣に向かって驀進している最中である。その時に、スグルがハッキングしているカメラ映像から味方がピンチに陥っていることを知った。

 遊撃部隊のクリスは、その従者マルギッテ率いる部隊に、同じく遊撃部隊のキャップは天神館の島右近と武蔵小杉達に、ワンコと忠勝率いる部隊は弓道部と天神館大友焔らの混成部隊によって行く手を阻まれていた。

 大和とてできることなら今すぐにでも軍を割いて救援に向かわせたいと思っている。しかし、『軍師』としてそれは最善手ではないと思っている。彼はこの大戦でS軍を―――英雄に多くの生徒がいる前で勝利する以外ないと考えている。

 今までもいざこざは何度もあったが、その度に当人同士か代表同士で手打ちにしてきた。しかし、それでは甘かったことを彼は先日思い知らされた。彼らに反省と言う言葉はなかったようだ。

 大和は仲間と協力してこの作戦を立てた。基本案は龍二の友人である村重友代が構築し、大和がそこに肉を付けた。

 現状Fに状況は傾いているが兵力は以前Sに分がある。それをフラットまでもっていくにはタイミングが大事であると友代は言っていた。「お前らが舐め腐っていたFは怒るとこんなに怖い存在になるんだぞ」と理解させる為にも。

 分かっている、と小さく返す大和の言葉はモロには聞こえていない。

「大和。後5分で九鬼の本陣につくぞ」

 スグルの声が響く。大和は思考を切り替え、表情を硬くする。

 決戦は、もう眼の前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪く思うなよ、直江大和。これも一子殿の為だ」

 ふんどし一丁で神輿の上に立つ英雄は大和に宣告する。S軍は200を超える生徒がいるのに対し、F軍はその1/10にも満たない数しかいない。その中に『武聖四家』の一つ『弓聖』の異名を持つ神戸家の長女達子がいるとしても、不利な人数だ。

 英雄は苦り切っていた。こうなってしまったのはまさに自分の奢りであるほかはないが、勝負に負けることは許されない。その理由は、F軍に姉が加勢しているからだ。姉は敗北を許さない性格であるので、意地でも負けられない。

 軍師を失った彼は人伝に形勢がF軍に傾いていると知った瞬間、彼はF軍の主力と本陣の分断を図った。大和率いる本陣には、『武聖四家』の後藤泰平と神戸達子がいるが、数で押せば何とかなる。そして主力を担うクリス・一子・キャップらをこちらの援軍で叩き落とすことにしたのだ。援軍の招集は妹の紋白に一任した。結果的に天神館の面々に加勢を請うことになったが、それもまた良しとした。

 当初は紋白も参加すると息巻いていたが、英雄がそれをやめさせた。可愛い妹をこんな私怨渦巻く醜い争いに巻き込みたくなかったのだ。

 英雄が雄々しい口上を述べている間、大和は無言で彼を見据えタイミングを計っていた。ここまで来て、自分のヘマで負けたくないと思っていた。

 ここで負けてしまっては自分に従ってくれたみんなに顔向けできないし、姉に認められない。認めてもらうには、何が何でも勝利をもぎ取るほかない。

「こうなったのもひとえに我の不徳の致すとこ。だが、勝負には負けられないのだ」

 英雄が手を天に突きあげた。タイミングはここだと確信した大和は達子に叫ぶ。

「今です! 達子さん」

「はーい」

 すると、彼女は空に向かって弓を向けると矢を放った。それは笛のような鋭い音を出しながら消えていった。

 英雄は最初達子が構えた時は射抜かれると思ったが、次の瞬間彼女は空に向かって矢を放った。その矢が音を立てながら消えていったのでその意図が分からなかったが、所詮はったりだと理解した英雄はそのまま振り上げた手を振り下ろそうとした。

 彼に凶報が届いたのはまさにその時だった。

「大変だ九鬼君。これを見てくれ!」

 近くにいたクラスメイトがたまたま近くにあった映像端末を彼に見せた。それを見た彼の顔は青ざめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プッレーミアムな私の前に跪くがいいわ!」

「おんしらに恨みはないが、ここから先へは通さん」

 キャップ率いる遊撃隊は合流地点に向かう途中、突如として武蔵小杉・島右近連合軍の急襲に遭い足止めされてしまった。

 もともと身体能力の高いキャップはすぐに冷静に対処しているが、数に物を言わす連合軍の前に一人また一人と数を減らしていった。

「くそ! 急いでいるのに!!」

 キャップの苛立ちも分からなくもない。主力を欠いた最小戦力である大和達が強力な戦力を未だ保持している英雄達に対抗するには自分達の力がいるのだ。つまり、自分達が遅れることは大和達の危機が増すということだ。

 聞いたところ、英雄の作戦により主力を担う面々は奇襲により皆窮地に立たされているという。

 キャップは一刻も早く本体に合流すべく群がる敵を薙ぎ倒す。最大の障壁は天神館の島右近だ。「鬼左近」の子孫と聞く。武蔵小杉はそこそこ強い程度でどうとでもなる。だが島はあの石田三郎の女房役で、武勇誉れ高いと聞く。コイツを倒さぬ限り先へは進めない。

「そこをどけぇ!」

「させん!」

 走りながら放つ拳を易々と止める右近。構わず連撃するキャップ。しかし彼には通じず逆に右近の拳をもろに鳩尾に喰らってしまった。その場に蹲るキャップに止めを刺そうと拳を振り上げた時だった。

 彼らの戦場に警笛のような音が響いたのは。その音が響くや皆一斉に空を見上げた。

 何だあれはと訝る連合軍が恐怖に陥るにはそうそう時間はかからなかった。突然彼らの後方から悲鳴が聞こえた。

「何事か!?」

 島が後ろを振り向くと、人が宙高く舞い上がっていた。島が驚愕してると、そこから二人の人影が見えた。

「いやー最近の若い奴らは元気があっていいねー」

「けど、馬鹿ばっかだよねー」

 各々刀を持ってゆっくりと近づくその二人を苦痛に顔を歪ませながらキャップが見て眼を見開いた。

「し、進藤・・・・・?」

「バカな!? 進藤殿は今、川神殿と戦っているはず!」

 それは島も同じようだった。龍二と百代が戦っている場所はここからかなり離れた場所にある。それが何故ここにいるのか。あるいは、既に川神百代を討滅しここまで来たというのか。

 混乱している二人を見て、男はクスクスと笑っていた。

「どうやら俺を龍二と勘違いしているみたいだよ、沙奈姉ぇ」

「しょうがないよー。弟君1号は見た目弟君2号とそっくりだもん」

 そりゃ、兄弟だしなと口にはしなかったが、彼は苦笑していた。

 そして二人の前に来た彼らは互いに自己紹介した。

「俺の名は進藤龍一。龍二の兄だ」

「私は進藤沙奈江。二人のおねーさんです」

 えっへんと胸を張る沙奈江に再び苦笑する龍一を前に、右近とキャップは固まった。

 彼らは龍二の兄と姉だ。兄の方は『現代の卜伝』と称されるほどの実力を有しているが、姉の方はその実力は未知数だ。とは言え、侮れない。あの進藤家の連なる者なのだ。

「龍二の願いだしね。ここは通してもらうよ右近君」

「そうだね。私達が負けるわけにはいかないし、他人を蔑んだり人を人として見ない畜生連中にはお仕置きが必要だしね」

 沙奈江はそう言って赤いフレームの眼鏡をかけ、長い黒髪を後ろで束ねた。これは彼女が本気になった証拠だ。

「我が誇りにかけてここから先へは行けせぬ」

 右近は距離を取り戦闘態勢を取った。それを見た連合軍はF軍から離れ二人に牙をむく。

「良いねぇ良いねぇ。君達みたいな子がこれからのこの国を背負っていくんだ」

「常識があればなおオッケーだよね1号」

「ま、彼等にも事情があったんでしょ? それよりも」

 ちらっと彼は連合軍を見た。連合軍は数人の徒党を組んでこちらに向かって猛進していた。

「俺達は俺達の仕事をしような?」

「そうだね」

 そう言って彼らは太刀を青眼に構えた。

 所変わってクリス達の遊撃隊はマルギッテ率いるS軍の猛攻を受けて壊滅の危機に瀕していた。

「強いな、マルさん!」

「お嬢様こそ、ここまで強くなって嬉しい限りです!」

 レイピアを持つクリスの刺突をマルギッテは得物であるトンファーで防いでいる。主従が戦う近くでは双方の精鋭が死力を尽くしていた。

 クリスが鍛えただけあって女子生徒たちは皆その辺の者達には負けない実力をつけたが、対するは生粋の軍人マルギッテが訓練を施した者達であり、容易に抜けない。

 彼女達も焦っていた。戦況的に自分たちが一刻も早く本軍に合流しないと危ういと知っている。

 しかし彼女達は冷静だ。ここで焦っていてもかえって敵の有利に働く行動をしかねない。焦りながらも、慎重に敵の隙を伺っている。

そんな時にこの戦場に轟いたのが、あの警笛のような甲高い音だった。マルギッテを含めてそこにいた全員が一時戦闘を止めて音の響いた方向を向いた。今の音は一体何の音だったのか皆が首を傾げていた。どちらかの軍の何かの合図であろうか。

 異変が起きたのは丁度音が響いてきた数分後だった。マルギッテ軍全員身動きが取れなくなった。

「何事!?」

「悪いけど、君達の動きは封じさせてもらった」

 そこに現れたのは、束帯姿の壮年の男だった。この戦場に不釣りあいの服装のその男にマルギッテは怒りを露わにする。

「誰だ貴様! この私に喧嘩を売るつもりか!」

「君こそ、誰に喧嘩を売っているのか分かっているのかい?」

 俊足で男との間合いをつけるや怒りに任せて振るったトンファーであったが、男は手にした扇でいとも簡単に防いだ。男は空いている左手に持った札の方なものを彼女の腹部に当てると、マルギッテは衝撃と共に後方に吹っ飛ばされた。

「君の実力じゃ、この俺に傷一つつけられんよ」

 その余裕な表情にマルギッテはさらに怒りを増す。

「Hasenjagd!」

 彼女は眼帯を取り払った。その眼は完全にイッていた。

「やれやれ、獣だね」

 眼帯を取り払った彼女の身体能力は普段のそれより格段に上がっている。しかし、そんな彼女をしても、男に攻撃は全く効いていなかった。

「一体、あの者は誰だ……?」

 一人ポカンとしていたクリスであったが、ふと視線を戦場に向けると、他の者達、特にマルギッテ軍の面々が恐怖に顔を引きつらせているのが印象的だった。

 クリスはひとまず自軍の女生徒に声を掛けた。

「あの、あの人は誰ですの?」

 声を掛けられた女生徒は一瞬唖然とした表情を浮かべたが、すぐに首を振った。彼女は日本に来て間もないから知らないのも無理はないと思ったのだろう。

「あの人は、後藤昌泰さん。『武聖四家』の一つで、陰陽術の大家だよ。……えっと、陰陽術っていうのは、簡単に言うと魔術師みたいなものだよ」

 へぇと感嘆するクリスはその眼を彼らに向けた。生粋の軍人で、数々の軍功を上げたマルギッテが、まるで赤子の様にあしらわれている。

 しかも、彼女のトンファーを防いでいるのは武器ではなく、見た目唯の扇だ。それにより、彼女の怒りは溜まる一方である。加えて、昌泰の死角から攻撃を試みるも、まるでみこしていたかのように彼の術が発動して弾かれるのだ。

「すごい・・・・・・」

「私達とは経験が違うからね。当然だと思うよクリスさん」

「一度戦ってみたいなぁ」

「やめときなよクリスさん。多分瞬殺だよ」

 クリスは黙って頷く。彼女達が話している間にも、マルギッテは昌泰によって追い詰められていった。

「さて、そろそろ終わりにしようか。ドイツのお嬢さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忠勝はワン子を守りながら戦うことに苦労していた。戦闘中に足を負傷したワン子を守る為とはいえ、この少数であのS軍を、それも天神館の特攻隊長大友焔と弓道部が遠距離砲撃してくるので攻めあぐねていた。特に、焔の大筒の破壊力を前にこちらは手が出ない。忠勝が信頼を置ける部下の二人が逃げるように叫ぶが、忠勝はそれを拒否した。仲間を放って自分だけ逃げるような真似はできなかった。ワン子も自分のことを置いて逃げるように言うが彼は馬鹿を言うなと一喝した。

 時折、自分達を助けるように後方から無数の矢が掩護してくれた。恐らく京子だろう。しかしこれまでに数えきれないほどの矢を放っている為か、その精度や威力が落ちている。彼女はもはや限界を問うに超えている。

 忠勝もS軍の猛攻に必死に耐えながら反撃するが、体力もそろそろ尽きようとしていた。

「くそっ! 何とかならねぇのか……」

 忠勝のボヤキと、警笛のような音が響いたのはほぼ同時であった。一体何事だと思ったが特に変わりない。大戦の終了合図とは違うようだ。

 それに変化があったのは、彼がそう感じた直ぐ後であった。1筋の矢が彼の頬を掠めて飛び去り、それが自分に照準を合わせていた大村焔の大筒の砲身に寸分の狂いもなく入り、彼女が引き金を引くと同時に爆散、焔を1発KOにしてしまった。更に後方から無数の矢が過ぎ去り、弓道部と大友焔を貫いた。

 また、忠勝とワン子に群がっていたS軍の生徒が一斉に吹っ飛んだ。それに気づいたのは、矢の雨が終わった後だった。おまけに、敵側の援護も綺麗になくなっていた。

「やー。君達がまだ無事でよかったよ」

 そこにいた男子生徒はにこやかに笑うとワン子に近づいて負傷した箇所をじっと見る。

「これはひどく腫れているね。後でちゃんと医者に診てもらいなよ」

「は、はい」

 素直に返事するワン子。その一方で、忠勝はこの男子生徒に違和感を覚えた。彼は、どこか気品に満ちている。やんごとない家の出身では?

「誰だ、お前」

 ぶしつけに聞く忠勝に対し、彼はにこりとしていた。

「僕かい? 僕は進藤君のクラスメイトだよ」

「名は?」

 彼は数秒沈黙してからあっさりと名を答えた。

「高円宮公煕。君は?」

 忠勝は文字通り顎が外れそうになった。皇族がこんなところにいるなんて信じられないという気持ちだ。ワン子にいたっては、良く分かっていないようで首を傾げている。

「み、源忠勝、だ」

「源君だね。そこのお嬢さんは、川神一子さんだね?」

「何故それを知って―――」

「そりゃ、一度彼の実家で見ているからね。彼女は知らないけど」

 彼が言うには、以前ワン子が品川の彼の実家に行っていた時にふと訪れたらしいのだが、稽古中だったので家の人に物を預けて帰ったらしい。その時に彼女を見たようだ。

「しかしまぁ、世の中アホな考えに染まっている人が多いね」

 彼はまるで独り言のように話しかけてきた。

「アホ・・・・・・ですか?」

 忠勝が返すと、そんな畏まった口調じゃなくていいのにと苦笑する。しかし、よほどの者でない限り自分のような皇族と普通の口調で話すことなど無理であろう。分かっていながら彼はそう言ったのだが。

「勿論、今僕達が戦っている彼等じゃないよ」

 そう前置きして、公煕は腰の刀を抜く。

「時代は変わるモノさ。金とか、権力とか、権威とか、あってもいいと思っているよ。無きゃこの世の中は生きていけないしね。けど、それを弱い立場の者に振りかざして自己満足を得ようなんてアホらしいし、昔の権威を未だに言う奴には反吐が出る」

「……」

「力に使い方を知らない奴には、少しきつい教育が必要だよね?」

 その時の笑顔はまるで般若の化身のようだったと後に忠勝は大和に語ったという。

「源君は川神さんと一緒にここから離れてくれ」

「き、公煕様は……?」

 僕かいと返した公煕はふふんと笑むとまっすぐ前を見据えていった。

「彼らにちょっと教育してくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・っ!!」

 京子は激痛からつがえた矢を落としてしまった。彼女の両手は既に血まみれとなっていた。これまでたった一人で仲間を掩護するために数えきれないほどの矢を放ってきた。他の部員達は皆Sに行ってしまったことに加え、天神館の大友焔の砲撃の迎撃もあり、彼女自身の負担は計り知れない。それでも彼女を突き動かしたのはひとえに仲間の為、思い人の為であった。その為なら自身がどうなろうと知ったこっちゃなかった。

 だから彼女は激痛が走る手で落とした矢を拾おうとした。その時、彼女の手を掴む別の手によって遮られた。

「もう良しな嬢ちゃん。これ以上は無理だよ」

 誰だと言わんばかりに顔を向けると、そこにいたのは白の上衣に緋袴の老婆だった。よく見ると。空いている手には大弓が握られていて、矢筒に十数本の矢が入っていた。

「後はこの婆さんに任せてアンタは少し休みな」

 そう告げると老婆は京子から離れてゆっくりと弓に矢をつがえた。その姿はとてもりりしく彼女は眼を輝かせた。

 そして、彼女は小さく声を上げた。何故か。それは、彼女が番えている矢羽が真紅であったこと、何より上位の背中に大きく描かれていた烈火の鳳の家紋に驚いた。

 その家紋は、弓道家―――ひいては武門に連なる者であれば知らぬ者がいない大家である。

「あ、貴方は―――」

「私かい? 通りすがりのお節介焼婆さんだよ」

 そういって彼女はつがえていた矢を放った。その数秒後、敵陣から悲鳴と破裂音が聞こえた。

「よし、面倒な娘は消えたね」

 間髪入れずに老婆は矢を放ちまくった。やがて、全ての矢を打ち終わると同時に敵の矢の掩護攻撃が止んだ。

「ん。私の仕事は終わりだね」

 老婆は満足そうに頷くと、つかつかと京子に寄ってくるなり彼女の前に小瓶を置いた。

「私が調合して祈祷した特別な薬だよ。1日2回よく塗ることだね。治るまでは弓を握らないこと。いいね」

 老婆は更に懐から紙切れを取り出して同じ場所に置いた。そこには『神戸神宮』の名と住所が記されていた。

「アンタが今以上に成長したいなら来なさい。私の全てを教えてあげようじゃないか」

 そのまま去ろうとする老婆を京子は呼び止めた。せめて名を知りたいと精一杯の声で叫ぶと、老婆は歩を止めて振り返りざまににこりと笑って彼女の言葉に答えた。

「神戸達江。神戸家の当主さ」

 神戸家当主は言い残して本当に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英雄は味方からもたらされた報告に全身を振るわせていた。自分が仕掛けた最後の作戦が大和によって覆されたことに怒りを覚えた。

 島右近や武蔵小杉の連合軍は進藤佐奈江、龍一姉弟によって徹底的に潰されたというし、マルギッテ隊は陰陽の大家後藤家当主昌泰によって全滅、大友焔と弓道部連合軍は皇族の高円宮公煕と何者かによって撤退というモノだった。

 怒りの炎を宿した双眸でぎっと大和を睨んだ。

 同じ頃、大和は携帯端末からそれぞれの援軍からの報告を聞いていた。

『大和く~ん。こっちは終わったよ~。ばっちり教育しといたよ~』

『よう直江君。こちらも滞りなく終わったよ』

『直江君だっけ? 二人は無事に助けたよ。安心してくれ』

『直江君だったね。こっちも、小娘達を仕留めといたよ』

 大和は嬉しさを隠せずに笑っていた。最大のピンチも何とか乗り切った。そしてもうすぐ勝利の二文字が自分達に振り注ぐ。姉に勝てるとなると喜びもひとしおだ。

「大和君。油断大敵、だよ」

 横から水干の男にくぎを刺され、これはこれはと額を叩いた。今はまだ戦いの最中であり、少しの油断が戦況を逆転させることは古今東西よくあることである。

「大丈夫。僕らが支えるし、君は君が練った策を発揮すればいいんだよ」

 バンと思いっ切り肩を叩かれた大和は痛みつつも頷いた。

「そーそー。大和君は、大和君がすべきことをすればいいの。守りはアタシたちがちゃんとやるからね」

 後ろから達子に頭を撫でられた彼は、恥ずかしそうに頬を染める大和であったが、直後に耳に入った怒号ですぐに思考を切り替える。

 英雄が突撃命令を出したのだ。

「来たね」

「どーれ。ようやく俺達の出番ってわけだ」

「はい。お願いします」

 音もなく現れた二人の初老の男二人は、そのまま彼らの前に進み出た。そして迫りくるS軍の生徒を見てクスクスと笑った。

 他の生徒達は一体彼らがどこから現れたのか分からず互いに顔を見あって首を傾げた。

 笑いながら、それぞれの得物を構えた。

「良いねぇ若いって。威勢がいいな」

「そうだな。これなら安心だ。だが―――」

 彼らは見事なタイミングで得物を横薙ぎに払った。それによって攻撃に参加した生徒数十人が吹っ飛ばされて戦闘不能になった。

「俺達の敵ではないな」

 それぞれ得物を肩に担いで不敵に笑う彼らに両軍とも恐怖した。身体を震わせながら大和は安堵した。

「味方で良かった……」

 一方の英雄は怒りとか恐怖とか様々に混ざり合った複雑な感情が身体から滲み出ていた。

「彼らまで味方に引き入れたかぁ……!!」

 その怒りに怯えながら、ある男子生徒が彼に聞いた。

「な、なぁ九鬼君。あのおっさんたちは何者なんだ?」

 英雄はキッと眼を剥いた。彼らのことを知らない者がいたのかと。彼も曲がりなりにも武門に身を投じている者であるにもかかわらず。

 英雄は嘆息しながらも、彼―――ひいては今この場にいる全員に眼前に君臨する者達の名を告げた。

「あそこにいる方々は進藤龍造殿と佐々木徳篤殿。『武聖四家』進藤家と佐々木家現当主で、世界の武門の頂点に君臨する方々だ」

 その場の全員が絶望の底に沈んだ。彼らの名を知らぬ者はいない。まして、徳篤はこの国の警察機構のトップである。

 それでいて尚、英雄に顔には悲壮感は無かった。

「この戦の全責任は我にある。故に我は己の責任を取りに行く。降りたい者は降れ。我は責めぬし、この件で他の者達からお前達を責めさせぬ。我と共にしたい者だけ来てくれ」

 それに対して、この場にいた者達は誰も去る者がいなかった。

「ここまで来たら、最後まで付き合うよ九鬼」

「そーそー。負けるんなら、潔く足搔いて散ろうや」

 彼らの顔を見て、英雄にこみ上げてくるものがあったが、それをぐっとこらえた。

「……すまん」と声を絞り出すのがやっとであったが、彼の気持ちは確実にこの場の者たち全員に伝わっていた。

「――――突撃!」

 二度目の英雄の号令の下、S軍は特攻を開始した。

「大和! 雑魚は俺達に任せろ。お前は大将をやれ!」

「達子ちゃん、泰平君! 大和のこと頼むぞ」

 彼らの特攻を見たF軍は大和含めた少数部隊で大将英雄を討つ為に、その他の者が彼を護る生徒達の迎撃をする為に行動を開始した。

「大和をやらせるな!」

 龍造が吼える。迫りくる敵を薙ぎ倒し、彼の為に活路を開く。その道を大和達がツッコむ。彼に群がる連中は泰平と達子が指一本触れさせぬように懸命に守っていた。

 彼らが切り開いた道の先に、英雄がまさにこちらに向かってきていた。

「直江ぇ!!」

「九鬼ぃ!」

 互いに繰り出した拳は互いの頬を見事に捉えた。大和は視界がぐにゃりと曲がったように思えたが、何とか踏ん張って英雄を見る。すると英雄はもう次の攻撃を繰り出そうとしていた。

 大和は何とか両腕を顔面前にクロスさせ、彼の攻撃を防いだ。が、かなりの衝撃があり骨がきしむ音が聞こえた気がした。

「このっ!」

 痛む右腕で英雄に向かって攻撃するも、彼の身体を捉えることができずその無防備な腹部に強烈な蹴りを喰らってしまった。

 追撃しようとした彼を一旦大和から遠ざけるべく泰平が動いた。

「邪魔をするな!」

「悪いけど、彼にはどうしても勝ってもらわないといけないのでね」

 二人の心を理解した上で泰平は英雄の攻撃を妨害した。彼の攻撃を扇子で防ぎ、前下痢をして英雄を遠ざけた。

 この試合Fが勝って初めて意味がある。Sが勝ってしまっては、連中が余計に調子に乗ってしまうだけでなく、Fと生涯仲直りをさせることができなくなる。1度しかない高校生活をこんなくだらないことでつまらない思い出としたくない。

「あ、ありがとう」

「君にやられては龍二に何言われるかわからないし―――」

 それから怒りに眦を剥いている英雄を見据える。

「彼には、負けるという意味、考えてもらわないとね」

 泰平は大和に向く。

「君のやりたいようにやりな。まずくなったらさっきみたいに助けるからね」

 そういわれた大和はゆっくり頷いて再び英雄と激突した。

『冷静に相手を見るんだ。怒っている奴ほど手が単純になるもんだ』

 激突しに行こうとした寸前、泰平からアドバイスをもらった。その通り大和は英雄をよく見ながら攻撃を繰り出していた。今の英雄は怒りに身を任せて闇雲に拳を出しているように見える。大和も攻撃するが、疲労が溜まった体は思うように動かず空を切るか、当たっても大したダメージを与えられなかった。それでも、そのダメージは少しずつ英雄の体力を奪っていた。

 この時、何とか英雄を勝たせようと隙を伺っているS軍の生徒が遠巻きに数人いたが、彼らをけん制するように立ちはだかっていたのが達子と泰平の二人であった。

「彼らの勝負、邪魔はさせないよ」

「死にたくなかったら、そこで黙って見ていてね」

 彼らの剣幕に押されて誰一人彼らの戦いに水を差すような真似はしなかった。最も、さっき助けていたじゃないかと思うところがあったものの、この二人に歯向かうこと自体無謀であり自滅行為であることを生徒達はよく知っていた。だから、ただ黙って傍観するほかなかった。

 大和はボロボロになりながらも、頭はフル回転していた。一瞬の好機を逃すまいと英雄の行動を全て視覚で捉えようとしていた。

 その一方で、英雄の心中を探っていた。彼は普段傲岸不遜な態度であり、イラッとすることがあるが、分別はついていたし限度をわきまえていた。ただ、一子に関することは時折暴走していたが。それが変わったのは、転入してきた龍二の存在だろうと思った。

 進藤家は九鬼家とは比較できない大家であり、悪事や不正の類を断罪する一族だ。彼らが一番敵に回したくない家だろう。加えれば、彼のクラスは超がつくほどプライド高い連中の巣窟である。一癖も二癖をある連中と龍二が衝突しないようにするには、それなりに神経を磨り減らしたことだろう。彼は相当頑張ったのだろうが、結果的に破綻した。

 彼はこの大戦にケジメをつけようとしていると考えた。勝負をするからには勝ちに拘るであろうが、勝敗の如何に関わらず彼はクラスメイトを率いて龍二に謝罪するつもりであろう。

 ただ、龍二の方は今回ばかりは本気で怒っていた。

 それを身にしみて感じたのは、開戦の一時間前だった。

「これは・・・・・・?」

 人目を忍んで会った龍二は、大和に紙の束を渡してきた。その束の表紙には『極秘。悪用厳禁』を赤で記されていた。尋ねる彼に対し龍二は一言「中読んでみ」と言った。大和は龍二の言葉通りにその束に眼を通して、震えた。

 そこにはS組の生徒に関する個人情報が侵害レベルで網羅されており、一部生徒に関してはそれこそ社会的抹殺させるほどの核爆弾級の情報が記されていた。

「りゅ、龍二。これは一体・・・・・・?」

「どこぞの馬鹿共に俺が本気であるということを示さねぇといけねぇみたいだからな。調べさせたんだ」

「ひ、一人で調べたのか?」

「んなわけねえだろ? 友人に頼んだの」

 大和は呆れた。そんなことがこの数週間でできるわけがないと否定した。嘘を吐くにもほどがあると思ったが、大和は念の為その者の名を尋ねた。嘘であっても彼を非難はしないが、彼の協力者とあれば何かの役に立つと考えたからだ。しかし彼は拒否した。その友人の為だとその理由を告げた。残念がる大和に龍二はその友人の二つ名を言うことにした。これくらいなら友人に万一が起きないだろうとの判断からだった。ちゃんと口止めをすることは忘れていないが。

「『闇の探偵』。お前なら、その意味が分かるだろ?」

 それを聞いた大和は口を開けたまましばらく立ち尽くしていた。

『闇の探偵』は依頼を受ければ標的の基本情報など序の口で、他人に知られたくない黒歴史、その者の人生を左右するような核爆弾級のネタといったあらゆる個人情報を土足で蹂躙するように根こそぎ調べ上げ、一冊のノートにそれは細かくまとめ上げる。彼によって人生を破滅させられた者達は数知れないと言われているくらい、その道に通じている者達にはまさに恐怖の存在となっている。そんな彼は男ということ以外その一切が謎に包まれている。そこまでの情報とともに、ある事件を思い出した。それも、つい最近の出来事だ。

 謎に包まれた彼を調べるために、名の知れた暴力団や米国や露国などの世界各国の諜報機関が協同して彼の正体を探るべく諜報活動に秀でた精鋭たちを一堂に彼のもとに派遣した。

 しかし、彼を調査しようとした者は人知れず表舞台から消え去り、彼の調査を依頼した者も謎の失踪を遂げたという。責任者たちは躍起になって更に人を派遣しようと行動しようとした。

 ところが、そんな暴力団の事務所や諜報機関の責任者宛にある時一通の封書が届いた。差出人不明のそれの封を開けると一束の資料があり、そこには事務所や機関に勤める全員とその家族のそれはそれはとても素晴らしい個人情報が核爆弾級のネタと共に記されていた。

 それだけではない。その束の裏の方には、過去に在籍していた者達の資料に加えてその事務所や諜報機関の絶対に表には出せない闇の部分までもが記されていた。

『これ以上詮索するなら、この資料をもってお前らとその家族の将来を完全破壊する』という一文が入った手紙を添えられて。

 この一文を見たそれぞれの責任者は戦慄しその身を震わせた。この文だけならしかるべき措置をとれば彼らは勝利しただろう。が、彼らはそうはしなかった。

 彼らは確かに感じた。冷え切った殺意を含めた視線と、一文に込められた怒気を。ほとんどの者は怖気づいてその後の調査一切を止めさせた。ところが、こんな脅迫に屈してなるかと一部の暴力団と諜報機関は細心の注意を払って調査活動を続行した。

 彼らのその後はというと、数日後に資料にあった核爆弾級の闇が全世界に暴露され、関係者全員が司法機関にしょっ引かれた。その為、調査続行した暴力団は壊滅、解散に追い込まれ、諜報機関は全くの無関係であった職員を含め全員が解雇され一新されることになった事件があった。この事件を知った他の責任者たちは恐怖に身体を震わせ彼のことを調査することを絶対にしないように全員に言い含め秘匿事項とした。

 そんな事件を思い出し、彼は全身が真っ青になった。

「と、いうわけだから大事に使ってくれよ?」

 にこやかに言ってのける彼の手から、大和は震えながら受け取り即座に自分の懐に入れた。そのにこやかな笑顔の中に般若の形相で怒り狂う本性を見た気がしたからだ。

 そこまで思い出して彼の身体が止まった。それを好機と見たか英雄が攻勢に出るが、大和は何とかそれを避けた。その時見た英雄の憤怒の形相たるや酷いものだった。そこには、常日頃の王者の貫禄などなく一体の野獣に他ならなかった。

決めるなら、次の一瞬―――。

 大和の勘がそう告げていた。これを逃せば自分の勝利は万に一つもあり得ない。彼の言う好機はすぐに訪れた。英雄渾身の力を込めた右の一撃は大和が躱したことで空を切った。完全に無防備になった刹那、大和は身を屈めつつ肉薄し、ありったけの思いと決意を込めた右拳が英雄の顎を完璧に砕いた。

 宙を舞った彼は大地にそのまま倒れ伏し、起き上がることはなかった。

「敵大将九鬼英雄、とったぁ!!」

 大和の魂の叫びは会場全体に轟いた。

 



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第10話 戦後処理

「ん・・・・・・」

 最強の武人に敗れ気を失っていた百代は意識を呼び戻した。それは、大戦が終了して2時間が経とうかという時である。

「よお。気が付いたか?」

 声の方向に顔を向けると、そこにいたのは自分に初めて土をつけた男子生徒だった。

「・・・・・・大戦はどうなった?」

 黄昏に染まりつつある太陽に向かって顔を戻すと、彼女は至って冷静な口調で彼に聞いた。その表情は、すでに悟っているかのように穏やかなものだったという。

「お前の舎弟である直江大和がS軍総大将九鬼英雄を討ち取った。F軍の勝利で終わったよ」

 男子生徒———進藤龍二は淡々と事実だけを告げる。

「そうか・・・・・・」

 百代はふぅとため息をついてむくりと起き上がった。その顔は、憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。いい顔だと彼は正直思った。

「どうだい? 気は晴れたか」

「あぁ。負けたのに、とても清々しい」

 花の笑顔でそう答えた。それを聞いた龍二は安堵の息を漏らす。

 彼女は確かにトップクラスの強者だ。しかし、その力は既に極みに近い場所にまで達していた為、彼女を満足させるほどの実力を持った武人がこの世界にはいなかった。それが彼女の不満となりそれがやがて表情にまで現れるようになっていたようだ。それはさながら悪鬼羅刹又は鬼神の如きものだった。そんな負の思いが彼女を狂気に走らせた。

 一方で、彼女は心のどこかで誰かに負けることを切望していたのかもしれない。弱者しかいないこの世のどこかにいるであろう最強の武闘家に敗れることを。

 そんな時に、百代は一つ質問したいと言い出した。今更何だろうと思いつつも、いいぞと許可した。

「何でそれなんだ?」

百代は何げなく言った。それ、とは彼の右側に置かれた得物のことだ。通称『龍雲』、銘を『藤朝臣相模守龍彦』と切る、祖父が鍛えた“太刀”である。太刀は白兵戦に移行した室町後期頃から打刀(現代で言う刀)に代られるまで主要武器だったものである。刀より長いので馬上戦では有利であるが白兵戦には不利なのである。

「じいさまが俺の為に鍛えたものだし、これのほうがしっくりくるんだ」

 はにかんだ彼の言葉は答えのような答えじゃないような曖昧なものだったが、百代はそれを聞いて納得したようだ。

「少しは、大和を認めてやれよ」

 龍二は話を逸らすように言った。この作戦を考えたのは間違いなく直江大和である。村重友代の手助けを得たとはいえ、この大戦に勝つ為に自身の全てを注いだ。

 百代は言われるまでもなく、彼を舎弟から一人の男として認識を改めている。形はどうであれ、この自分を止めたのだ。認めないわけがない。

 満足している百代のそばで龍二は思考する。ひとまず彼女の不満は解消されたが、今後彼女と同等程度の力を有したものが相手をしないとまたフラストレーションを貯めて元に戻りかねない。

 現状で彼女に対する力を持つは、自分と理事長を含めて数人知っている。一番の適任者は風の噂でどこぞの離島で“高校生活”を満喫している祖父であるが・・・・・・。

「百代。明日、うちの道場に来な。良い相手紹介してやるよ」

 それを聞いた百代は犬のように飛び上がって食いついた。最強の一族が仕切る道場なら強者がいると本能的に察したのだろう。事実ではあるが。

 彼女の表情を見て、龍二は嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主役がこんなところで何やってんだい?」

 戦場に程近い丘で寝そべっていた龍二の側に腰を下ろした大和は、持ってきた食料を彼に渡した。

「・・・・・・お前らの平和を守ってんだよ」

 めんどくさそうに答える龍二は食料を受け取ると早速食した。

 話は少し前に戻る。

 勝利の余韻に浸っていたF軍の所に数十台のバンが止まり、中からどかどかと人が下りて来るや何かの設置を始めた。

「姐さん。派手にやっていいんですよね」

「ええ。皆様の勝利を祝うために盛大にやってください」

 大和はそこに風龍がいることを認め駆け寄ろうとした時、どこからともなく歓声が聞こえた。設置されたテントに掲げ得られた簡易看板を見て納得した。

彼らは龍二のバイト先である『風月庵』の人達なのだ。若者の間でその名を知らぬ者はいない大人気店だ。

「皆様、川神大戦での大勝利、誠におめでとうございます。細やかではございますが、我が主より、皆様に宴会場をご用意しました」

「おう、ガキ共。食いたいものがあれば何でも言ってくれ。龍二が世話になっているみたいだから腕によりをかけるぜ」

 それを聞いた生徒達は歓喜の声を上げテントに突撃しようとしたが、風龍が短く忠告した。

「マナーは、守ってくださいね?」

 鋭い視線に恐れをなした面々はしっかりと列をなして注文を始めたのを見ていた大和。

 その光景を思い出した彼は、途端に真っ青になった。龍二があの場に行けば、以前彼に料理を振舞われた級友達は間違いなく彼に料理を作ってくれというだろう。

彼は断ることなく嬉々として作るだろう。だが、それを彼の付き人である風龍を見逃すはずがない。その場は他の眼があるから笑って終わらせるだろうが、その後きっと自分達は地獄を見ることになるのは目に見えていた。

「怒り狂った風龍は俺でも止められない」

そう言っていたことを思い出してなおさら身震いした。彼は秘かに龍二に感謝した。

「んで。これ渡しに来たわけじゃ、ねぇだろ?」

鋭いと思った。

「S軍をどうしようかとね」

 お前らで決めて構わない、と龍二なら言うだろうが、彼の当事者の一人であるには変わりない。個人的にはS組には誠心誠意な対応をお願いしたいが、彼らに加担した面々は何事もなく済ませたいと思っている。それを彼がどう思うか気になった。

「んなの、お前の差配に任せるよ」

 案の定、龍二はそう回答した。そこで彼は、相談という形をとりこれからの彼らの処遇について述べた。それを聞いた彼は、俺の考えていた内容と同じだと即答した。虚を突かれた大和であったが、同時に彼と同じ考えでよかったと思っている。処置を間違わずに済みそうだからだ。

「連中には一度奈落の底まで落ちてもらってそこからどう這い上がるか見ものだ」

 呟くように聞こえたその言葉に今回の件で龍二が如何に怒っているかわかる気がした。連中は彼の顔を完全に潰したのだ。しかも二度も。無理もない。

「馬鹿どもに加担した奴らは、こっちの事情を知らないからな。それで明日の朝日を拝めなくするほど鬼じゃねぇし」

 龍二は事前にSに加担した者達を秘かに集めてお前えらにはこちらからの一切の罰はないことを伝えていた。

その時の喜びようは死地から奇跡が起きて生還した者達のそれと同じようだったそうだ。

 二言三言確認して大和は去った。そのすぐ後に彼の元に近づく三つの人影が現れた。そのほうに顔を向けると、沈痛な面持ちで向かってくる三人の男女の姿を確認した。

「ごめんなさい!」

 彼の前に来るやそう言って思いっきり頭を下げたのだ。

「・・・・・・謝る相手が、違うんじゃないか?」

「違わない」

「彼女達には、さっきちゃんと謝ってきた」

「君が最後なんだ」

 三人はそう口々に言い、再度頭を下げた。

「……分かった。お前らの誠意は良く分かった。だから、頭を上げてくれ」

 気圧された龍二だったが、初めに見た時から彼はこの三人の性格を見抜いていた。

 来島澪、眞岡咲来、八洲貴久。S組在籍のこの三人は、所謂中流階級で優しい根の持ち主だ。あの時も彼が怒りを爆発させた時に咄嗟に委員長を後ろ手に引いて被害に合わないように守ってくれたのを知っていたし、大戦時も彼ら三人はこちらに協力的だった。

「逆に感謝したいくらいだ。協力してくれたしな」

 S軍の動向は龍二や大和達に伝えられていたし、寝返り工作にも一役買ってくれたのだ。澪には少し怖い思いをしてもらったが、事前に打ち合わせ済みの演技だったのだ。

「お前ら、この後どうするんだ?」

「Sに残るか踏まえて、これから三人でゆっくり考えるよ」

 爽やかに答えた三人の後ろ姿に、龍二は輝かしい未来を見た。あの者達なら、この先どんなことがあってもやっていけるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼を覚ました龍二はゆっくりと身体を起こした。いつの間にか眠っていたらしい。疲れが溜まっていたのだろう。

陽はすっかりと沈み、冷気を纏った風が弱く吹き抜ける。勝利者達の宴は続いているらしく、歓喜の叫びが聞こえてくる。この分だと暫くは続くと感じた彼はもう少し休むかと眼を閉じようとした。

 その時、彼の耳に多数の足音が聞こえてきた。その中に数名知っている気配があるので、思わずため息が出た。

 やれやれ、最後に一仕事か。

「龍二。すまなかった!」

「ごめんなさい!!」

 彼が薄目を開けると、英雄をはじめとしたS組の者たちが全員土下座している。流石に表情を伺い知れないが・・・・・・。

「・・・・・・言葉はいらねぇ、態度で示しやがれ蛆虫共」

 少し語気を込めて言うが、ひるまずある生徒が口を開く。

「本当にもう懲りたんだ。もう二度とやらない。だから————」

 ヒュン

 上体を上げた龍二は、遮るように『龍雲』を払い絶対零度の視線を向ける。

「人のことを二度も裏切り泥を塗った犬畜生以下の外道共の言葉を信じるほど、俺は人ができていないんでな」

「けどな———」

「くどい!」

 話は終わりだといわんばかりに彼は立ち上がりその場を去ろうとした。それに待ったをかけたのは英雄であった。

「今回の件は我の甘えが原因だ! 我がもう少ししっかりしていればこうはならなかった! こやつらに罪はない! 罰するなら我だけにしてくれ!」

「龍二君。今回の件で、自分の見識の甘さと未熟さを思い知りました。どうか僕達にもう一度、チャンスを頂けないでしょうか?」

「進藤。俺からも頼む」

 英雄に続いて葵冬馬と井上準もそう言った。

 龍二は冷え切った眼で彼らを見た。こいつらは信じるに値するが、他の連中はどう思っているか分かったものじゃない。本来なら全員切り捨てるつもりであったが・・・・・・。

 まぁこいつらの顔を立てて最後に一回だけ許してやるとするか。今回はしっかりと保険をかけてな。

 龍二は深く深くため息をついた。

「・・・・・・半年だ」

「ん?」

 聞き取れなかった英雄が聞き返すと、龍二は彼らに正対して冷え固まった視線を向け同じ言葉を告げた。

「半年間、てめぇらがF組と貴様らが蔑むその他一般市民にちょっかいを出さなかったら少しは許してやろう。だが、もし一人でも守れなかった奴がいたら、俺はてめぇらの一族諸共地獄に叩き落す」

 英雄が苦々しい顔をした。しかし、これが今の精一杯と思い弱々しく分かったとだけ言った。

「いいな? 今回だけだ。次はないからそのつもりでいろ」

 それだけ言って彼は去った。

 後に残ったS組の面々は悲痛な面持ちだったという。

「お前も大変だな」

「・・・・・・この野郎見ていたのか」

「君があの場にいないのが気になってな。悪いがちょっとつけさせてもらったよ」

 茂みに入って早々、不敵に笑う友人の姿を見るや、嘆息をする。この女、勘は野生動物並みに鋭い。

「あれで終わり、てわけないだろう?」

「今回は流石に腹に来たんでな。数人犠牲になってもらう」

「ふふ。流石の龍の字も腹に据えかねたか」

「当然だ。力の使いどころを勘違いしている糞共は消す。それが俺達の仕事だしな」

 それ以上は何も言わず、彼女は話題を変えた。

「龍の字。以前話した交換留学の件だがな、私はこの二人を派遣しようと思うのだが君の意見を聞きたい」

 彼女は小さなメモ紙を手渡し、それを見た瞬間彼の眼は点になった。

「いやいやお前正気か?」

 それはそうだ。記載された二人のうち、その一人は超がつくほどの人見知りなのだ。とてもこの個性豊かすぎる学校に馴染めるとは思えない。

「大丈夫だ。ああ見えて彼女は溶け込むのが早いからな」

 それはそうだろうが、それはマスコットとしての意味だろという言葉をグッと堪えた。

「それに、彼女にはうってつけの御守役がいるからね」

「あ? 御守役??」

 面白おかしく笑う友代を見て何故か龍二の背中に悪寒が走った。何かとてつもなく嫌な予感しかしない。

 そんな気概を見た友代は苦笑いするしかなかった。本当は別の人物を派遣する予定であったが、当人が乗り込んできてここに行きたいと直談判して実現したとはとても口が裂けても言えない。その時の必死の形相はさしもの友代も驚いた。

「君のクラスにしてもらうよう、総長には話はつけてあるんだ」

 そう言われて龍二はほっとした。彼女を別のクラスに投げたら間違いなく大混乱に陥る。

「私としても、祐実恵嬢にはもう少し社交的になってほしいからね。よく言うだろ?若い子には旅をさせろと」

「お前はあいつの母親か」

「自称保護者だよ」

 そうかい、と嘆息する。そんな彼を見て微笑むのは友代ただ一人である。また後でといって彼女は立ち去った。

 彼女がいなくなってから彼はスマホを取り出し誰かに電話をかけた。

「あぁ、俺だ。今大丈夫か? そうか。それでな、例の奴、早速やってくれないか? うん、そうそうそれ。頼むよ」

 電話を切ると彼はふぅっと疲れた表情をする。

 連中が這い上がるかそのまま奈落に堕ちるかは連中次第だ。これまでぬくぬくとぬるま湯で育ってきたツケが来たのだ。連中の親にも少しは反省してもらおうか。

 やれやれと首を振りながら彼は宴の場に行くことにした。いつまでも主役がいないのは忍びなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。こってり姉に絞られた英雄は、同じくこってりヒュームに絞られたあずみと共にいつも通りに登校したが、クラスの空気がおかしい。教室に入ると一部を除きクラスメイトが恐怖に顔を引きつらせていた。

「い、一体何があったのだ?」

 英雄が近くにいた冬馬達に尋ねると、彼は何も言わずに新聞を差し出した。読めば分かるという意味か。

 言われたように、彼は自分の席に着座すると丁寧に読み始めた。たっぷり時間をかけて読み終えた彼は、冬馬が言いたかったことと、このクラスがどん底に陥っている理由が分かった。

『病院理事長ら逮捕』

『川神市議。贈収賄で逮捕』

『与党議員幹事長の息子恐喝容疑で逮捕。幹事長辞職へ』

 政治面、総合面、社会面の殆ど全てがそのような記事で埋め尽くされていた。冬馬と準の両親も逮捕されていたのには正直驚いた。

 そんな彼の眼の前に一枚の紙が投げられた。手に取った彼はそれを読んで全てを悟った。

『やぁ諸君。私のノートはお気に召したかな? ここには君達の全てを蹂躙レベルで書き記している。君達が、我が友人を裏切るからだよ? これが最後の警告だ。もし、君達が彼との約束を違えたならば、私は君達のそれを公表して全てを破壊する。追伸:それはコピーだから、焼こうが何をしようが無駄だよ。それともう一つ。これがない仲間に対して何か加害行為を加えた場合これを即公表するからそのつもりで   闇の探偵』

 これは、彼からの最終警告だ。それ以上の何物でもない。

「本気だな」

「あぁ、それもかなりマジだ」

 準が頷く。恐らくクラスメイトは今回本気で彼を怒らせたことを大いに後悔していることだろう。だが、自分を含め、今更遅い。

「ここからは、我の責務、か」

 生まれながらの王として、彼らを纏め導く責務がある。一度は堕ちたが、二度と堕ちない。堕ちてたまるか。真の王として、必ず返り咲く。それが、我が親友から科せられた罰だ。

 英雄は堅く決心した。

 



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第11話 交換留学生1

川神大戦が終結して早2週間ほどが経った。S組は彼の本気がやっと伝わったようで本当に大人しくなった。F組もS組の連中をおちょくったりしなかった。

「ちょっかいをかけたらお前らも奴らと同じだぞ?」

 龍二は宴の翌日にクラスメイトにそう忠告した。彼らは連中と同じ位置まで落ちる必要はないのだ。彼らも納得して手出しはしなかった。

 閑話休題

 今日から彼らの学校に留学生が来ることになっていた。今回の件で沙汰止みになっていた神明高校との交換留学が軌道に乗り、先日両校で合意に達したのだ。こちらからは不死川心と甘粕真与が神明に行くことになり、この日神明から留学生が二人来ることになっていたのだ。期間は長めの1カ月。

「なぁ進藤。お前今日からくる留学生のこと知らねぇの?」

「知るわけねぇだろ」

 岳人に聞かれた龍二はそうあしらう。つまらなそうに岳人はぼやく。留学生が女性だったらきっと鼻の下を伸ばしていたの違いない。知っていても口にすることはない。

 実は、龍二は今日からくる留学生について知っている。村重友代から前日聞かされたのだ。聞かされた人物にさしもの彼も驚いた。

「お前は正気か?」

 いつか言った言葉を彼は聞かされてつい口走ってしまった。この人選は何を意図しているのか測りかねた。少なくとも、そのうちの一人は以前に聞かされていたし世話をさせる気満々なのは察せた。

「大真面目だよ龍の字。彼女は自ら立候補したし、彼に関してはあそこに送って連中を黙らせるのにもってこいだろ?」

 優雅に扇子で口元を隠す友代は不敵に笑む。

「連中も懲りているだろうが、まぁ追い打ちをかけようと思ってな」

 どうやら以前の件で結構ご立腹のようだ。確かに彼はこれ以上とない追い打ちだ。

「私の生徒を預けるのだ。当然だろう?」

 お前の生徒じゃねぇけどなという言葉は飲み込んだ。

「まぁよろしく頼むよ」

 我らの生徒会長に軽く言われた彼は嘆息しながら了承した。元々断る理由もなかったが。

 そんなわけで、彼は頬杖ついて担任が来るのを待っているところ、後ろから肩をつつかれた。振り返ると達子だった。

「ねぇねぇ。今日来るのゆーちゃんでしょ? 大丈夫かな?」

 どうやら彼女も友代から聞いていたようだ。まぁ大丈夫だろうと彼は答えた。しでかす馬鹿がいたらこの手で沈める気である。

 その時、廊下に絶叫が轟いた。他の皆がなんだなんだと廊下を覗くが誰もいない。彼は黙って苦笑した。きっと連中が驚いている声に違いないと。でもって、そろそろヨンパチが情報掴んで知らせるだろうと。

「大変だ! S組に皇族が留学してきたぞ!」

 クラスがざわめく。そらそうだ。

 クリスは首を傾げるし、由紀恵はあわあわしているし、キャップとワンコは爆睡している。

「進藤。こうぞくとはなんだ?」

 そういって聞きに来たクリスに対して、彼はこそっと耳打ちして教えてあげた。

「天皇の一族だよ」

 それを聞いたクリスは心底驚いた。眼を輝かせてあれこれ質問を始めた。これに彼と達子が答えているところに、教室の引き戸が開かれた。

「進藤、ちょっときてくれ」

 小島教諭に呼ばれた龍二はささっと廊下に出た。彼女についていくと、とある空き教室についた。

 彼が教室の戸を開けると何者かが彼に抱き着いてきた。彼は優しく頭を撫でる。

「よぉ。祐実恵。久しぶり」

 顔をあげた周防祐実恵は花の笑顔で頷く。

「一カ月、よろしくな」

 彼女は彼から離れると、持ってきていたボードに書き始めた。

『また、よろしくね』

「おう」

 それから、彼は後ろを振り向いた。俺が一緒に連れて行けばいいですか?と問えば、小島は首肯した。

「元々、そのために呼んだからな」

「彼女は人見知りが激しいですからね。俺がちゃんと面倒見ます」

「助かる。事前に聞いていたとはいえ、難儀していたんだ」

 龍二は笑顔で頷く。行くかというと祐実恵はこくりと首肯する。

 先に小島が教室に入り続いて龍二達が入る。

「おら静かにしろ! 転校生を紹介するぞ」

 そうはいっても、その本人は龍二の後ろに隠れていて姿が見えない。最も、ここにいるよと彼女特有のアホ毛がその存在を主張する。

「邪魔だ進藤!」

 男子が吠えるので、やれやれとその左眼で睨んだ。

「警告しておくけど、彼女に手を出したら、即沈めるからな?」

 それを引き継ぐように、小島が続ける。

「彼女は極度の人見知りで、会話は基本ボードを使う。変な気を起こすバカは『三人で』沈める」

 二人の睨みで男子は黙った。彼は後ろを向いて頭撫でると、祐実恵はひょこっと顔を出しいつものマイボードを差し出した。

『周防祐実恵です。短い間ですが、よろしくお願いします』

 そのつぶらな瞳に心を射抜かれた男子は多々いた。今にも飛びつきそうだったが、龍二達の無言の圧力に屈した。

 その彼女は、クラスを見渡しながらある生徒を見つけると、文字を消して新たに文字を書いてその人物に見せた。

『大和君。久しぶり』

 大和も気づいていた。あの特徴的なアホ毛を見た瞬間に。と同時に、複数の痛い視線を感じる。

「おい大和! てめぇいつの間にあんなかわいこちゃんを!」

「直江ってマジで盛ってんの? チョー受ける」

 激昂している岳人を始めとした男子連中の嫉妬とガングロギャル羽黒黒子の冷やかしといった修羅場が既に形成された。おろおろする祐実恵は、龍二にボードを向ける

『大和君を助けてあげて』

 やれやれと思いながらも龍二はつかつかと近づき、岳人の後頭部を鷲掴みするとそのまま床に叩きつけた。ふと見れば、達子も同じ方法で羽黒の顔面を床に叩きつけた。

 とても鈍い音を響かせてその二人は黙った。

「次死にたい奴はどいつだ?」

「次死にたい人はどこかしら?」

 ほとんど同時に発せられた低い声に、大和を吊るし上げようとした連中は全員恐怖した。次は自分の番だと理解したのだ。

 囲っていた全員が激しく首を横に振った。頷いた二人は所定の位置へ戻っていった。

『ありがとう』

 祐実恵の頭を撫でた彼は、小島に彼女の席を尋ねた。小島は大和の斜め後ろの席を告げた。丁度龍二達の前だ。

 彼女が席に着いたところで、一日が始まった。



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