ソードアート・オンライン 熾天の蛇 (留確惨)
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プロローグ 世界は唐突に

────────何処からか声が聞こえる。

 

 

 

 

血を吐き出すような慟哭と怨嗟の声だ。

枯れ果てていてわかりづらいが男の声だ。聞き覚えのない声だが、なぜか懐かしさを感じる。

だが、彼はどうしてこんなにも苦しそうに泣くのだろうか。

別に謝られるようなことはされて無いしこの声にも心当たりは無い。

 

 

────────────────「済まない、俺が、君を、殺した。」

 

勿論この男に殺された覚はない。あったこともない人間にどう殺されろというのか。

しかし、この知らない男の声に不思議と気持ち悪さも罪悪感も覚えなかった。

この声に聞き覚えはある。だけれどもそれが誰なのか、なぜ謝っているのかが全く思い出せない。

記憶も意識も混濁する中声帯から絞り出すような謝罪が脳内で反響する。

 

 

────────────────「だから、俺が君を、世界を救って見せる。」

 

 

 

────────どうして、泣きたくなるような憤怒がこの声の主に湧いてくるのだろう。

それだけがわからなかった。

 

 

 

 

 

────────何の前触れもなく気づいたら森の中にボクは立っていた。

仮想世界にログインしたような感覚もなく、いつまで経ってもチュートリアルが始まる気配も世界観について説明してくれる誰かもいなく、ボクはただ森の中で目を覚ました。

ひょっとしてこれがちょっと昔に流行っていた「異世界転生」というものなのだろうか…子供の頃そういうアニメがやたらと乱立していた記憶はあったが、まさか自分がそういった機会に出会うなんて思いもしなかった。

 

「うーん、こういうのはまず人里に行かないと始まらないよねぇ。ってかこの世界何なの!?なんか色々リアル過ぎない!?」

 

宛もなく歩き出したところで感覚の情報量にゾッとした。

土を踏む感覚、空気抵抗、木漏れ日の陰影、どれもハイレゾというかリアル過ぎる。

これほどの“画質”をザ・シードで再現するには一体どれ程のメモリが必要なのか…素人目にでもこの世界は異常な程の世界の再限度でまるで本物の異世界のようだった。

少なくとも『あの機械』よりは高スペックのマシンが必要なのは解る。

だがアレ以上のフルダイブマシンなんて聞いた事は無いし、そうたくさんあるとも思えない。

 

「ここはやっぱり仮想世界じゃぁないのかな…うーん、でもさすがにここまでの再現性のある世界作って採算ってとれるもんなのかなぁ?」

 

まるで夢でも見ているようだ。いや、この世界が夢で現実世界のボクは何も変わっていないんじゃないかという可能性だって否定出来ない。

 

そうこう思案しているうちに背後からぶっきらぼうな声が響いた。

銀髪と言うよりは若白髪に近い灰色の短髪に皮のジャケットを着たの青年だった。

歳はボクより3〜4歳上くらい。三白眼気味の灰色の目が年齢不相応の昏い光を帯びていて、口元の斜めの切ったような傷跡がどことなく剣呑な気配を発している。

 

「何やってんだこんな国境付近で。しかも女の子1人、ビーストの連中に何されるかわかったもんじゃねぇぞ。危ないしエルナ村まで送っていくか?」

 

「え?いいの?ありがとう!いやー、ここがどこかわかんなくってさー、それにどこから来たのかも道に迷ってわかんなかったんだよー」

 

異世界転生物の定番その1、開幕の迷子だ。何はともあれ助けてくれる人がいないと何もかもが始まらない。いきなり助けが来たことはラッキーだ。

 

「迷子ねぇ…呑気というか何というか…とりあえず村まで行こう。ここじゃあビーストの連中に襲われるかもしれん。」

 

青年は呆れた様子で苦笑しつつも色々話してくれるみたいだが、一転何かに気づいたように剣呑な気配を発し、懐から黒塗りのナイフを取り出して臨戦態勢に入る。

────────敵襲?こんな起きて間もないタイミングで?

 

「クソッタレが…ビーストの連中め、言ったそばからこれだ。2,3人くらいか…」

 

青年が気づかなかったら分からなかったが背後から不自然な物音がする。

 

「どうするの…やっぱり戦う?」

 

「バカ言え。そんな丸腰で何するってんだ。連中はおそらく俺達を拉致するつもりだ。どうにかして各個撃破したいところだが…」

 

彼はその先を言わなかった。ボクが足でまといなのは分かっているがそれでも見捨てようとはしないらしい。見ず知らずのボクを助けようとしてくれる当たり本当に頼りにしてもよさそうな人だ。

 

「大丈夫。自分の身は自分で守るから。君は君の戦いをして。」

 

ボクは足元の頑丈そうな棒を拾い、そう提案した。

 

「馬鹿言うな。そんなんでどうやって戦うんだよ。地図とコンパス貸してやるからとっとと逃げろ」

 

「でも……一人で大丈夫なの?」

 

「訓練されてるからな。そんなことより自分の心配しろよ。こいつ貸してやるからさっさと行け。ここは俺が食い止める。」

 

そう言って彼はナイフを2本渡した後踵を返し、単身敵に戦いを挑んだ。

投擲用の小ぶりなナイフだ。正面での斬りあいにはとてもじゃないが貧弱すぎる代物だがないよりはマシだ。

 

 

装備はひのきのぼうと短剣、戦力は状況を全く分かっていないボクと謎の青年、敵は複数で位置は不明。

チュートリアルも説明も存在しないクソゲー極まりない世界での強制イベント戦闘が幕を開ける。

 



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飛ばされるチュートリアル

必死に森を走る。

フルダイブMMOなんかは良くやっていたし、逃走ゲームなんかでそれなりに経験は詰んでいるつもりだったけれど、やはりこの世界での疲労感というのは余りにも現実的すぎる。

汗でじっとりと濡れる皮膚も、早鐘のように打つ心音も、吐く息の暑さや湿気も何もかもがいままでのMMOとは比べ物にならない詳細さだ。

 

「どうでもいいとこばっかリアルすればいいって訳じゃないよねぇ…」

 

そんなふうに嘯いてみるも、現状余裕がある訳では無い。

追手は撒けた感じはしないし、気配もある。何よりあちらの方が地の利がある。追いつかれるのは時間の問題だった。

 

「えぇい、やるしかないよね!」

 

覚悟を決めて構え、迎撃体勢をとる。構えは正眼、追手が気配通り1人なら互角位にはなるだろう。

これでも剣術にはそれなりに自信がある方だ。ゲームの話だけど。

 

「クックック、観念したかねェ、お嬢ちゃぁ~んこれからおじちゃんといい所に行こうねぇ~」

 

いかにもな悪役のセリフを吐きながら男が近づいてくる。男は青年と違い、いかにも異世界に居そうな獣人といった姿だった。毛むくじゃらのひげもじゃで犬のような耳が頭から生えている。恐らくは顔面よりも毛深いであろう身体を簡素な革鎧にロープ、といった装備で包んでいる。

その手には棍棒、恐らくは気絶に留めて人を攫うために刃物はそこまで大したものは必要ないのだろう。

────狙いが生け捕りなら滅多なことでは死ぬことは無い。

そう判断し、ボクは先手をうった。

3歩踏み込み、あの世界で言うソードスキル・“ソニックリープ”のイメージで袈裟斬りに獣人の左肩を狙う。当然システムアシストは存在せず、身体能力値も並なこの世界ではイメージした通りの攻撃には程遠い。

当然、敵だってそんな半端な一撃を受けてくれるわけがなかった。

 

「大人しく捕まっときゃァケガさせねぇのによォ」

 

男は棍棒でボクのにわか剣術を軽々と弾き返し、

 

「価値が落ちても知らねぇぜェ!!」

 

そのまま棍棒を振り下ろす。ボクはすんでのところで棍棒を受け止めたが衝撃で怯んでしまった。

そしてその隙を見逃すほど男は甘くない。

強烈な蹴りが放たれ、体勢が崩れる。咄嗟に足を上げて蹴り返そうとするが、そんな体勢で放つ蹴りなどなんの意味もない。

 

と、思われたけど突如何かの力に引かれるように身体は一回転し、サマーソルトキックが男の胸にヒットする。

 

「ぐえぇぇ!」

 

「あれ!?」

 

驚きの声は一体どちらのものか、男はたたらを踏んで後退、ボクはその隙に体勢を立て直して状況を仕切り直す。

 

「この世界にはソードスキルが存在するんだ…」

 

あれはあの剣士がよく使った体術スキル“弦月”だった。

倒れた状態からでも撃てる逆転を狙うソードスキル。

外したら転倒確実の両刃の剣だが、この状況では何より頼りになる。

 

「てめぇ、素人かと思えば一体何モンだァ!!」

 

男は怒りに任せて棍棒を振り回してくる。

────だが、いままでの動きに比べれな単調で直線的だ。棒を上手く使って攻撃を流し、棍棒のリーチのさらに中に掻い潜る。

“ソニックリープ”は発動しなかったが、“弦月”は発動した。頭の中に浮かぶ1つの仮説を信じて、ボクは突っ込んだ。

 

「体術スキルなら……」

 

狙うは体術スキル“開門肘”、実在する中国拳法の技である内蔵破壊を目的とした肘打ち。

 

「痛ったぁ…」

 

肘打ちは、胸に当たり、男はたたらを踏んで後退したが、防具の上からの打撃なのでそう効いてはいなかった。

そのまま棒で脇腹を狙い、これは直撃。さらに続けて攻撃をしようとしたが、男も反撃に出た。

武器を捨てた男はそのまま倒れ込むようにして押しつぶしてきた。

圧倒的な筋力差、体重差で押し込まれる。状況的不利を押し返した男の判断とAIとは思えない憎悪の力にボクは動けなかった。そのままジリジリと押され、木に押し付けられる。

 

「糞がァァァ!!!女だからって容赦なんざしねぇぞォォォォ!!!」

 

男に締め上げられ、止まる呼吸、圧迫される血流にボヤける視界の向こうに有り得ないものを見た。

今はもう会うことは出来ない水色の髪の少女。誰よりも隣に居たいと思った最後の人、かつて姉ちゃんに重ねた女性────────

 

 

「────────嫌だ」

 

 

 

「────────────もう二度と、ボクは何もできずにに死ぬのはゴメンだ」

 

ボヤける頭を無理矢理起こし、ポケットにしまったナイフを抜いて、完全に油断しきった男の腕を刺す。

「なぁぁぁぁぁぁぁ!!」

首から手を離し、男は悶える。不安定な姿勢からの浅い一撃だったが、効果は十二分にあった。

その隙にひたすら棒を叩きつけた。頭、首、足、肩、反撃など許さぬとばかりに打ち込み続ける。

 

「はぁ!せい!」

 

男は命乞いをしたような気もするがそんなこと聞いている余裕はなかった。

潰れかけた喉は必死で空気を通し、もう腕が上がらなくなるほど身体は悲鳴を上げている。それらを無視してひたすら棒をたたきつける。

もう、何度打ち込んだのだろうか、棒のほうが繰り返される打撃に耐えかねて折れ、やっとボクは我に返った。

気が付いたら男は動けなくなっていた。

死んではいないのだろうが四肢の骨は折れ、もはや戦えないのは明らかだった。

疲れた。口は乾くどころか鉄臭いにおいが充満し、心臓は早鐘を打ち肺は酸素を求めて収縮を繰り返す。苦痛や倦怠感ならともかく、こんな感覚いつぶりだろう。ホント、無駄にリアルな世界だ。

久しぶりの感覚と戦闘のダメージで悲鳴を上げる身体を鞭打ち、地図とコンパスを拾って立ち上がろうとした時、背後から声が上がる。

 

「アンザ!てめぇ!」

 

2人目────!

疲労困憊の今、もう一人を相手に切り抜ける手はもう無い。いや、全快でもいけるかどうか…

さっき勝てたのは運が良かったからと男が油断していたからだ。あれが二度と続くなんてとてもじゃないがそんな楽観は出来ない。

 

 

 

────────ここで、死ぬのかボクは─────

 

 

 

 

 

 

 

余りの殺気のすさまじさに恐怖で目をつむってしてまった。それは戦闘で最もやってはいけない最悪手。

だが、刃も打撃も、罵声すら来ることは無く、直ぐに聞き覚えのある声が響いた。

 

「驚いたな…1人でやったのか…」

 

状況に似つかわしくない冷静な声だけが聞こえる。

 

「大丈夫か?一人で行かしてすまなかった。」

 

恐怖に閉ざされた目を開くと灰色の青年が目の前に立っていた。



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最初の挨拶

「大丈夫か?、立てないならおぶって行こう。」

 

青年が手を差し伸べてくる。

その手は血まみれで、彼がどれ程の激戦をしていたのかがわかってしまう。きっと、ボクより何倍もの人数を相手にしていたのだろう。が、着いているのは全て返り血で、彼は一滴も血を流していない。

 

「怪我は…まぁ大事に至らなくてよかったよ。心配したんだぜ」

 

ふと、緊張の糸が切れたのか目から熱いものが流れる。それは止まらずに、流れ続ける。仮想世界の感情表現は現実世界よりリアルで、取り繕うのが難しいものだが、この世界のそれはごくごく自然で、それ故にこの感情は、どこまでも本物だった。

 

「………怖かった。」

「ああ。お前はよく頑張ったよ。」

「怖かった!怖かった!!怖かった!!!」

 

思わず初対面の青年に抱きついてしまう。

だってそうだろう。気がついたらどことも知れない森の中、これだけでも十分に恐怖なのにさらに追加の人攫いの集団だ。

本当に死ぬかと思ったし、いつ死んでいてもおかしくなかった。

────────今までもいつ死んでもおかしくなかったし、その覚悟はあった。

それでも、これは無い。最悪だ。なんでボクがこんな目に合わなきゃいけないんだ。

気が付いたらなんも分からない世界に放り込まれた挙句、開幕でやばいやつに遭遇して殺されかけるなんてどう考えたっておかしい。出てこいボクを呼んだ奴は、冗談じゃない、ふざけんな!!

湧き上がる感情をおさえきれず、ボクは彼の腕の中、泣き続けた。

 

 

 

 

 

「…………落ち着いたか?」

「う、うん。」

ホント、スゴイ恥ずかしい。初対面の名前も知らない青年の腕の中に抱かれて小一時間泣き続けたのだ。

穴があったら入りたいし、なんなら無くても掘りたいくらいだ。

 

 

「…ところで、聞いてる?」

「は、はひ!なんれしょう!」

噛んだ。もはや恥の3重塗りだ。もうどんな顔で彼と話せばいいんだろう。

 

「さっきも言ったと思うが村まで行く。幸い結構近くにギルドのある村があるからそこに行く。歩けるか?」

「うん。」

 

とにかくいまは少しでも情報が欲しい。いくら恥ずかしかろうとこの青年に頼るしかないのは当然の結論だった。それに戦闘力も高そうだからこういう世界では頼りになる。

 

「了解だ、行こう」

 

そう言って彼は血濡れの手を差し伸べる。

────その手は、少し冷たかった。

 

 

「そう言えば俺ら、お互いの名前知らなかったな。」

 

あ゛。

 

いままで色々ありすぎて忘れていたが、確かに彼の名前は教えて貰ってないしボクだって悩んでいない。

この世界だとどういう風に名乗ろうか、と逡巡する前に青年は先に名乗っってくれた。

 

「俺はアルファルド。姓は無い。一応仕事はこの近くの村で傭兵やってる。」

 

 

それにボクもそれに答える。

どの世界も、きっとここから始まるのだろう。

 

 

「ボクはユウキ。ただの『ユウキ』だよ。よろしくね!」

 

 

 

 

アルファルドとユウキは笑ってお互いの手を握る。

 

 

 

 

 

────────多分、この瞬間世界の終わりは始まったのだと思う。

 

 



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はじまりのむら

結論から言うと村までの距離は思ったより近かった。

徒歩にして約15分、全力ダッシュすれば迎撃せずとも村まで間に合っていたという事実は想像以上に凹む。

 

「ボクの努力って…」

「まぁ村の位置が把握されたら最後、女子供が狙われるからな。そういう意味ではナイスだ。」

「ボクだって女の子でいちおう子供だよ……」

 

ちなみに十五歳。この世界での成年が何歳なのか分からないけど少なくとも最前線で戦うような歳ではないと思う。

「ああ、もうすぐ成年か。残念だったな、今年の丸太祭りはちょっとばかし過激らしいぜ」

 

成年は16らしい。ソードスキルの存在から察してここは仮想世界の1つ。

おそらく暦も現実世界と同様グレゴリオ暦であることを祈る。さすがにどんな仮想世界でも地球の上にっサーバーが置いてある限りそこに違いはないだろう。

無論、この世界が仮想世界であるという前提だが。

日本語が通じるのも異世界転生にありがちな自動翻訳とかではなく、最初からここは()()()()()()()()()()()()()なのだろう。多分。

ボク個人の願望だとホントに異世界転生したほうが嬉しい。そりゃあ突如世界に降り立って右も左もわからないなら話は別だが今はこうして頼れる協力者候補がいる。

ここが仮想世界なのだとしたら何者かの思惑が絡むのは間違いないからだ。

 

「着いた、男一人暮らしで汚いが、まぁ我慢してくれ。」

 

そうこうしているうちにアルファルドの家に到着したらしい。

一人暮らしにしては珍しい持ち家だ。木材でできた家屋は無駄な装飾がなく、壁はなぜか黒く焦げている。

同じ木の家でも22層のアスナの家とは月とすっぽん、いや水と油だ。この場合アルファルドの家が油なのは違いない。

壁には黒く塗られたナイフや剣、革製のジャケットが掛けてあり、床はおそらく整備用の油で滑る。

木製の机と椅子はシンプルな形で快適性よりも実用性を意識して作られた感じだ。

そこら中に乱雑に脱ぎ捨てられた衣服は結構リアルというか生々しい。てかはっきり言って綺麗とは言い難い家だ。パンツ脱ぎ捨ててあるし。

 

「一応座ってくれ。いまお茶でも出すから」

 

そう言ってアルファルドは台所に行く。

 

「システムコール・サーマルエレメント・ジェネレート」

 

魔法の呪文なのだろうか。それにしては夢のない呪文だ。

せめて『滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ』とか出来ないんだろうか。

いや、長ったらしくて不便だからこっちのほうが嬉しいかも。

 

「バーストエレメント」

 

小規模な火が起き、それが藁に、枝にと着火していき暖炉に火が灯る。

 

「なにそれ?魔法?」

 

「魔術だ。こんなのは初歩の初歩だからすぐ覚えられる。この上位に“魔法”ってやつがあるらしいが見たことないから眉唾だな。ってかそんなことも知らないのか?」

 

「いやー、実は記憶もなくってさー、実はここがどこで何がなんなのやら。ちなみに今日は何日?」

 

5W1Hのうち4つがもう既に欠けてしまっている。あれ、ひょっとしなくてもボクピンチでは?

こういう異世界転生物の定番として主人公は記憶喪失としてごまかすってのは王道だが、まさか自分が実践するとは思わなかった。

 

「マジかよ。ここは国境近くのエルナ村、日付は林月(りんげつ)の17日、」

 

林月というのは解らなかったが多分この世界の暦上の月のことだろう。

 

「君は記憶喪失というが、ならどこまで覚えてる?家族、友人は?他に頼れる知り合いとかはいないのか?」

 

「いないよ。気づいた時にはあの森で一人だった。」

 

少なくとも嘘はついていない。元より天涯孤独の身だ。そのうえこの世界なら友達もだれも居ないだろう。

 

「分かった。宿を探すにも先立つものがいるだろう。君が良ければしばらくここを自由に使ってくれて構わない。」

 

「え?ゑ?そそそそそそれっていわゆる────────」

 

同棲ってやつだ。初対面の男の人と同棲なんて結構ハード&ドキ☆ドキ展開だけど天下一品の1文無しが野宿するよりは100倍マシだ。アルファルドの提案は有難いことこの上ない。けど、けどぉ!乙女心的にアウトよりなのは間違いない。

 

「まあ安い宿屋も知ってるし紹介はするけど君、お金あるの?」

 

「ありません・・・・・・」

 

「宿なし金なし記憶なしのトリプルナッシングは相当きついぞ。まず誰にも信用してもらえねえ。スパイ扱いされて門前払いが関の山だ。」

 

う”・・・・ぐうの音も出ない。

 

「職なしもあったか、さっきの連中ヤった報酬はもちろん君に相当取り分があるけど1か月で全部溶けるぞ。」

 

「分かった、わかったよぉ!」

 

ある意味においてはリアルニートだともいえたボクだがそこまで社会的アウトの烙印は押されたくない。

それに、定職に就ければ生活基盤は安定するだろう。

 

「お世話になります・・・・」

 

「まあもちろんタダ飯タダ宿というわけにはいかねぇなあ、働かざるもの食うべからずだ」

 

そのことわざ、この世界でも存在するんだ、と関心はするが、アルファルドの要求は気になる。

まさかあんなパターンやこんなパターンではないだろうか??

わりと恋愛脳の傾向が強かった姉ちゃんがよく貸してくれた漫画を思い出す。あれはハードというかなんというか・・・全年齢対象のはずなのにRがつくほど過激だった代物が何故か多かった・・・

アルファルドがそういう要求をしてくる可能性は0ではない。年頃の男なんてケダモノよ、とは母が時々言ってた。

 

「それで、ボクの仕事っていうのは?」

 

覚悟を決めて本題に切り込む。

 

「ちょっとばかし俺の仕事を手伝って欲しいだ。君の腕を見込んでのことだ」

 

 

 

 

無条件の親切は無し。タダより高いものはないって言うのは多分どの世界も同じなんだろう。

────あれ?でもこの人の仕事、傭兵という物騒極まりないものじゃなかったっけ?



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アルファルドの仕事

「仕事?」

 

「ああ、俺の仕事が傭兵ってのは話したよな。」

それは最初に聞いてる。見るからに物騒で危険な匂いがプンプンする字面だ。

こういう世界観では『冒険者』みたいな名前で仕事を受けるみたいなアニメが乱立していたが彼の場合もそうなのだろうか」。

 

「うん。でもボクなんかが役に立つとは思えないけど…」

 

恐らくはチンピラか下っ端の人攫いにあれだけ苦戦するこの始末で戦力になるとは思えない。

昔はとあるVRゲームで『絶剣』なんて恥ずかしい二つ名で呼ばれたけどペインアブソーバーなし、身体能力も人間並なこの世界では前のように無双なんて夢のまた夢だろう。

 

「無論、最初から前線に立てなんて言わないさ。最初は予備戦力だ。そっから経験を積んで補給や偵察あたりをやってくれたらいい。」

 

「そう言っても……」

 

「自信を持て。初陣でしかもあの装備でビーストとタイマンで勝つとか俺なら死んでる。っつーか今でもタイマンはゴメンだね。」

 

最初は誇張かと思ったけど相当嫌そうな顔を見るからに本気(マジ)なんだろう。

 

「君の話は分かった。でも決断する前にこの世界について教えて」

 

「……すまん、君は記憶喪失だったか。事情も知らぬ人間に性急に決断を迫るとは…どうか謝らせてほしい。」

アルファルドは頭を下げる。

 

「頭を上げて、別に謝ることじゃぁないよ。」

 

「分かった。じゃぁ説明させてもらう。」

 

「────ここはヒンノム、だれがそう呼び始めたかは知らないがそう呼ばれてる」

 

────────ヒンノム、それは現実世界でどういう意味の単語なのか、少なくとも今のボクはそれを知らなかった。

 

「ヒンノムは大雑把に3つの国に別れていてな、今俺達がいる南のカーラーン皇国、君を襲ったビーストが支配する北のダミス連合、一応国境と国土はあるんだが誰もその実態を知らないエルフが住む西の国の三国だ。」

 

「だが、この三国間関係は最悪でな、各国の基本方針の民族主義のせいで一触即発ってやつなんだよ。ちなみにここは三国間の国境に近い場所にある。」

 

思った以上にシビアな世界観のようだ。全面戦争を起こしてないけどいつ爆発してもおかしくない火薬庫みたいな世界だ。

 

「あれ?でもどうして全面戦争が起きないの?」

 

単純に疑問だった。そこまで関係が悪化しているのなら何故爆発しないのだろう。

 

「国境線を超えるのが厳しいんだよ。ダミスに行くには大山脈を山越えするか麓の洞窟を使うしかないんだがどちらも大部隊が通れるほど広くない。この辺は山が低いからよく行き来があるが、エルダー大森林があるから大部隊の行軍には向かない。エルフの国はアホみたいにデカくて早い蛇が国境線上を周回してて大抵は蛇に弾かれるか運が悪いと食われるんだ。」

 

「森の木を切り倒して道を作ることはしなかったの?」

 

「もちろんそういう試みが過去何度かあったが、木の1本1本がアホみたいに堅い。1日5時間斧を振り続けて1本あたり単純計算で1か月かかる。国家事業で切り倒そうなんていう試みもあったんだが失敗した。原因は木こりが拉致られたからだとかなんとか。」

 

うわぁひどい。

 

「拉致された人はどうなるの?」

 

「大抵は身代金目当てだな。拉致しては身代金を要求し、払えなかったら本国送り。そんときには奴隷やら慰み者やら。つかまってる間は傷つけられはしないだろうが向こうに行った場合ならまぁごめんなさいだ。お互いにおんなじことをしているんだが人手と資源力の関係で連合ののほうが必死になってやってる。」

 

最悪だ。無理やり連れ去られ、大切な人と離れ離れになった挙句、一人ぼっちで死ぬ。そんなことが当たり前にある世界なんだ、ここは。

 

「そこで、俺達傭兵の仕事という訳だ。拉致の防止、潜入した敵の迎撃、敵国に入り込んでの被害者の救出とかが仕事になる。国の代わりに戦闘を行うから傭兵とも呼ばれているが。」

 

「なるほど、民間人の味方ってこと?」

 

微かな希望を持って聞くが、答えはやはりNOだった。

 

「いや、被害者関係者がギルドに多額の金を積んで依頼する。だから払えない人は諦めるしかない。まぁ、最近は保険制度なんてのも検討されてるらしいが。」

 

「俺達は依頼を受け、被害者の状態、敵の討伐数、逮捕数に応じて報酬を受け取る。しかもこれがこっちが人攫いに行く時の護衛の仕事なんてのもある訳だから。」

 

思ったより酷い仕事だ。

 

「でも君達が戦えばそれだけ救われる人がいるんだよね?」

 

「否定はしない。」

 

「なら、戦うよ。キミと一緒に。」

 

 

 

 

 

 

────戦うと決めた。なにも成すことがなく、ただ生きてただけだったボクが得意の剣を誰かの為に使えること、そんな安っぽい自己犠牲が最初の決意だった。



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水面に映る月

「ありがとう。これで契約は成立だ。」

 

わりとノリと流された感が否めないけどアルファルドと契約してしまったらしい。

自分で決めたこととはいえ不安だらけだ。何しろ世界そのものが未知すぎる。ソードスキルの存在からかろうじてこの世界が仮想世界だっていう推測を立ててみたがそれもどの会社が作ったかも()()()()()()()()()()()()()()()()綿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さえも分からない。

というかこれ、ホントに仮想世界なのかすら疑問に思えてくる。住人はディフォルメされておらず、現実世界の人間と何ら変わりはない。

会話の受け答えだっていくら高度なAIだからってあんなにスムーズにいくなんて考えられない。

思い当たるのはアスナの”娘”のユイちゃんだけど彼女にもAI独特の不気味の谷を越えられていない感じはあった。これはマジで異世界転生したんじゃないかと本気で疑えてくる。数ある可能性の中での割と高確率なほうで。

メディキュボイドの体感覚遮断と仮想世界での感覚に慣れ切ったボクでさえもここはリアルよりもリアルで生々しいものだ。ここを異世界だと本気で信じるくらいには。

 

────────こんな状態で本当に彼の荒事の手伝いができるのか?いや、それよりも何なんだ?ここは。

 

「飯にしよう。歩き詰め戦い詰めで腹減ってんだろ。男料理で申し訳ないがまあ食べってってくれ。」

 

そういってアルファルドは厨房に向かう。

 

「あ、手伝うよ。今日は何にす───────」

 

─────ヴィン、と

アルファルドが十字を切るようなアクションをしながら手の中の玉ネギを軽くたたくと青いウィンドウのようなものが出現した。

詳細までは見れなかったがなにかの文字、ないしステータスのようなものが見える。

 

「げ、こいつ結構やばかったのか・・・腐る前に気付いてよかったー」

 

後ろからのぞき込むと黒い縁取りの青黒いウィンドウに白い字で

LIFE 21 OVJECT LEVEL 1

と書かれてある。

 

 

─────ここは本当に異世界なのか?

ソードスキルの時は半信半疑だったけどモノにわざわざラベリングやステータスをつける世界なんてそんな無駄にハイテクな異世界なんてあるものか。

この世界は、誰かが何らかの意図をもってつくりあげた仮想世界の可能性が高い。無論、そういうルールの異世界という可能性も消えた訳では無いが。

 

「ねえアルファルド、これ何?」

 

「おまえその辺の記憶まで落としてんのかよ・・・」

 

「あはははは、ごめんねぇ・・・」

 

笑って誤魔化すしかない。かなり心苦しいがこの世界の人に向こうの話をするのはあんまり得策じゃあないと思う。

 

「こいつは天の窓なんて呼ばれるものでな、さっきの動きをしてモノに触ると鮮度や寿命なんかを見れるもんだ。人間にもついてんだぜ」

 

アルファルドが指でウィンドウを斜めに切ると天の窓はすぐに消えた。

さっきの真似をして十字を切って自分の手に触ってみると玉ネギ同様天の窓が現れた。

LIFE 99987 HUMAN F OCL 25

MAGIC Av:C- A- D+ B+

 

LIFEはおそらくHP、その先は種族と性別なのはわかるんだけどその先がわからない。

 

「このOCLとMAGICは?」

 

「OCLは俺も知らん。戦えば戦うほど上がってって最初は18だったがいまは61まで上がったが特に変わりはない。重いものが持ちやすくなったとかそういうのはあったが普通に筋力つけるのと何が違うのやら」

 

「MAGICは魔法の適正だ。左から地水火風の適性を示してる。これも実践経験で変わるんだがOCLよりは伸びないし俺はもう頭打ちだ。」

 

「へぇ~ボクは水と風属性なんだぁ!ねぇ、アルファルドはどんな適正なの?」

 

「地C+水D+火A風A+だ。地は地形操作。俺の適性だと耕作が多少楽になる程度。水は温度の低下と水の生成。D+はじょうろレベルだ」

 

意外としょぼい。ALOとかだったら派手なエフェクトともに巨大な氷や土の壁ができるのに。そんな程度じゃ実戦では目くらましにしかならないだろう。

 

「じゃあ火と風は?そっちは結構すごいんだよね?見てみたいなぁ」

 

「そっちは追々教えるさ。さ、飯の支度するぞ。井戸で野菜洗ってきてくれるか。」

 

そうってアルファルドはキュウリやらジャガイモやらを渡してくる。

 

「りょーかーい」

 

籠に盛られた野菜をもって家のそばにある井戸に向かう。井戸があったり一人暮らしらしいのに家を持ってたりアルファルドは年の割にはお金持ちだ。やっぱり危険な仕事だとそれなるの手当が出るのだろうか。

益体もないことを考えながら水を汲み、たらいに流し込むと波紋はすぐに収まり、鏡のように光を反射した。

 

「────────あれ?」

 

そこに映った光景はユウキの時間を止めるのに十分な代物だった。

 

 

────────────────()()()だ。

水面には現実世界の紺野木綿季ではなくVRゲームA()L()O()()()()()()がいた。

 

 



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くらやみ

VRMMO世界でのアバター顔はデフォルメされたいたりリアルだったりビジュアル系だったりするが結局はアバターに過ぎないので本人とは似ても似つかない。この顔はユウキではあるが紺野木綿季ではない。

まぁ多少リアル寄りに修正されていたり肌が闇妖精(インプ)特有の影部分が紫がかった乳白色でなく肌色だったり耳の形が尖っていなかったりといろいろと差異はある。

だがそれにしてはこの顔はあまりにも”ユウキ”に酷似していた。パールブラックのロングヘアー、小柄で華奢な体格にくりくりとした大きなアメジスト色の瞳。さらにはカチューシャのデザインまで一緒だった。これが偶然で済むものか。

 

「まさかコンバートされていたのかなぁ、いやだったらあまりにも似すぎているよね…」

 

メディキュボイドから動けないユウキをこの世界に拉致したものがなんなのかは不明だがそんな手合いならばアカウントを盗みだすことは可能だろう。

だがコンバート・システムはステータス等をザ・シード規格のゲームならばあかうアカウントを引き継げるシステムだがアバターをそのままコピーできる代物ではなかったはずだ。

事実何度もコンバートして多くのVRMMOを経験したユウキだからこそそれはあり得ないことがわかっていた。

いや、そもそもヒンノムがVRゲームなのかも疑わしい。ペインアブソーバー無し、HP表示はあのアクションがないと使えない。

ほかのプレイヤーだっていない。アルファルドも様子も自然にこの世界に存在していてNPCというより本当にこの世界の住人のようだった。

 

「前にクリスハイトが零していた次世代インターフェースなのかなぁ?でもそれだったらさすがに気づくよね…それになにもボクに伝えないなんて不自然すぎるよね…」

 

なにせ何の前触れもなくこの世界に転生したのだ。それこそただの異世界転生って言われたほうが納得できる。だがそれは水面に映る自身とアルファルドが当然のようにだしたステータス・ウィンドウがそれを否定している。

 

「あーーー!!もうわかんないわかんないわかんなーーーい!!!!」

 

もとより頭の回転はあまり早くないほうだ。何の情報もなしに状況を分析できるわけがない。

 

「そもそもどうしてボクはこんな世界に…」

 

自分の記憶をさかのぼってみる。どうしてこの世界にログインしたのか、少しは解ればなにかわかるかもしれない…期待できないけれど淡い期待を載せて思い返す。

 

 

—————————

「残念ですがユウキくん、明日君のメディキュボイドとの接続を絶たせたもらいます。それまでにどうか、心の準備をしておいてください。」

日課のデータ最終実験が終わった後たしか倉橋先生はそんなことを切り出した。

彼だってつらいのだろう。それでも事実を伝えるのが医師の仕事だ。VRの体でもわかるほど、彼の手はきつく握りしめられていた。その後、いろいろな処理について彼は話してくれたけど正直頭に入らなかった。

なんとなくわかっていた。脳に直接信号を送っているのに視界がぼやけている。きっと、情報がクリアでもそれを処理する脳が追い付いていないのだろう。倦怠感もここ3か月日に日に増し、メディキュボイドの痛覚遮断が追い付かなくなっってきた。

 

—————————きっと、もう持たないってわかっていたんだろう。自分の死期ってのは案外自分でわかったりするんだって余計な関心を抱いたものだけど意外となんというか、怖くなかった。

 

 

 

嘘だ。

ただ、強がっているだけ。アスナも、スリーピングナイツのみんなも「ユウキは強いね」なんて言ってくれるけどそんなものは勿論虚勢だ。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

いつだって自分が死ぬかもしれないっていう恐怖と戦ってきた。だけど”死ぬかもしれない”と”もうすぐ死ぬ”は別物だ。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

気を紛らわすためにいろいろなことをしてみたけれどもちっとも効果がなかった。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 

いくつかのシステム警告が流れるうちにボクの意識は暗転した。

 

***************************************************

 

——————————記憶はそこで止まっていた。今まではそんなことを考える余裕がなかったから気づかなかったがボクには()()()()()()()()()()()()()()

いや、記憶の最終更新状況からみてあの後のボクが3日以上生きていられるとは思えない。だったら死んだと仮定するのが合理的だろう。

だったら今ここにいる「『ユウキ』は誰だ?何のために、どうしてこんなところに紺野木綿季の記憶をもっているんだ?

────────────────そうか、ボクは死んでいたのか。

お笑い種だ。自分が死んでいたのかさえ分からないなんてよくある怪談話の幽霊じゃないか。

そうか、ボクはもう死んでいたのか。じゃあ今のボクは一体何者なんだ?それともどうやってここに存在しているのか?そもそもここはどこで何のために存在しているのか?ワカラナイ理解しがたい。説明が欲しい。いや、死んでたらこんな思案できるはずない。

だったら今ここにいる、ここに映っている『ユウキ』は誰なんだ?

存在の証明が欲しい。生存の証明が欲しい。死の反証が欲しい。崩壊する存在証明。死んだことへの反証など悪魔の証明だ。できるわけない。それでもしなくちゃならない。だってだってそうしないとそう、ソウイキテルシンデル生死生死生死生死生成セイ静止性精製済々聖性製紙—————————————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

「おい!!しっかりしろ!!!ユウキ!!!!!」

 

突然肩を激しく揺らされて我に返る。目の前には焦燥の色を浮かべたアルファルドがいた。

 

「あれ……ボクどうして……」

 

「どうしても何もこっちが知りてぇよ。大丈夫か?少し休もう。」

 

思い返すと自分の記憶をさかのぼっていたことまでしか覚えてなく、どうにも気持ち悪い。いや、この気持ち悪さはきっと正体不明のあれだ。

途端に志向が無限ループして悪いほう悪いほうに落ちていく謎の症状。

 

「…怖いよ…アルファルド・・・・・・・・・・・・・・・ぴゃうん!」

 

恐怖とは別の冷たいものが首筋を走り、とっさにユウキは振り向いた。

 

「もう!なにすんのさ!」

 

井戸水でぬれた手を服で拭きながらアルファルドは弁明する。

「いやあ、悪い悪い。随分とらしくない顔をしてたもんでな。そんなに怖いことがあんなら相談してくれ。あてになるかどうかはわかんねぇけどよ、言ってくれなきゃ伝わらねぇんだぜ。」

 

そういって彼は笑う。

 

「お前がぶつかってる壁は一緒に殴って砕いてやる。だから顔を上げてくれ。お前にそんな顔は似合わねぇ。」

—————————それは、いつか誰かに言った言葉に似ている気がした。

 

「っあはははははははは」

 

「なにも笑うこたぁねぇだろ」

 

「いやだって、あんまりにもキザなセリフいうもんだから」

 

そういうとアルファルドは少し顔を赤らめ、頬を掻いた。自覚はあるようなので天然たらしにはちょっと遠い。

 

「うん。そうだね。—————————実はさ」

 

アルファルドは眉間にしわを寄せながらそれでも黙って話を聞いてくれた。

どう考えてもありえない話であったが笑わずに聞いてくれた。こんな荒唐無稽な話を。

 

「マジか。なんかの幻術か精神攻撃の一種か?」

 

第一声はまあ当たり前の一言だった。幻術とかそういった攻撃、この世界にもあるのか。

 

「ぼくも何が何だかわかってないけどね」

 

何せ出現トリガーが不安だ。だけど怖いからもう一度確かめる気にはなれない。

鏡やナイフ、水面にガラスなど様々なものをアルファルドは持ち込んでは試したが結局正体は不明。

引っ越しとかもするわけにはいかず、問題は未解決となった。

 

「放置しかないのか…大見え切っておいて情けねぇな俺。」

 

アルファルドはこんな荒唐無稽な話を信じて、力を貸してくれた。それがボクにとっての一番の救いだった。

 

 

 

 

 

 



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練習試合

例の現象の調査が収穫なしに終わった後、アルファルドは村のはずれにある練武場に連れて行ってくれた。

「こちとらスカウトした身なんでな。相手の実力を知っておきたくてな。」

なんて嘯いていたけど本当は体を動かしていたほうが気がまぎれるだろうと気遣ってくれたんだろう。

ユウキの獲物は片手直剣型の木剣、対してアルファルドは短剣に近いものだった。

ユウキは木剣を中段に構え、半身のいつもALOでデュエルの時使う構えをとったが対してアルファルドは自然体だった。

 

「いーから構えなよ、待っててあげるからさ」

 

「んな必要はないんだよ。俺にはこれが一番合ってんだからーっさ」

 

そんなことを言いながらアルファルドは自然体からおぞましい勢いで下段から短剣を突き込んできた。無構えからの不意打ちじみた必殺を狙う一撃。

それはあまたのVRMMOを経験していたユウキの記憶中でも最速の初撃だった。『黒の剣士』、『閃光』の一撃すらパリングしてのけるユウキすらぎりぎりでしか反応できずに背をそらして体勢を崩す。これでソードスキルのシステムアシストもステータスの補正もかかっていないのだから驚異的だ。

初撃を外されたアルファルドは突き抜いて完全に伸び切った右腕をそのままに短剣を逆手に持ち替えて上から短剣を引くようにして切りに行く。それを身をひねって何とかかわし、そのひねりを利用して横薙ぎに剣を振るう。木剣が服をつかむ感覚だけ残して苦し紛れの反撃は空を切った。続いてアルファルドは床に手をついて地面をなめるようにユウキの足元を蹴り払いにかかる。ユウキは全力で片足でジャンプして間合いから離脱しあう。

 

「まったくとんでもない反応速度だな。あれは外したら終わりだってのに」

 

「そういいう君は追撃が甘いんじゃないかなぁ、あれ完全に終わったと思ったよ。」

 

お互いに構えを戻して向かい合う。

 

────────かなり奇抜な手段をとってきてるけど攻撃は速いし2撃目3撃目の繋ぎも悪くないね。。今までよけられていたのは運が良かった。純粋な剣技や反応速度はスリーピングナイツの前衛組くらいかな。それよりも厄介なのは不意打ちとか足元狙いとかなり剣士らしくない行動だね。次に何をしてくるのか全く予想がつかないのがすっごい厄介だね────────

 

────────恐ろしいほどの反射神経と戦闘センスだ。初撃から追撃まで放った攻撃は全て必殺を期したものだったのにそれをすべて対応された。同じ手は二度と通じない。『一殺し』も一回限りの手品みたいなものだ。後手に回れば敗北は必須。次はどう動くか────────

 

「今度はこっちからいっくよー!」

 

先に動いたのはユウキだった。『絶剣(ぜっけん)』の二つ名にふさわしい一切の無駄のない袈裟に切る攻撃、アルファルドは軌跡を読んで防御するがカウンターを狙うより先に追撃が迫る。

続く胴を狙った突き、派生の切り上げ、返す刀で切り伏せ。流れるように繰り出される連撃は流麗なダンスのようだ。それらを何とかかいくぐりアルファルドは切り返しの隙をついて服をつかみにかかる。それを躱された後も状態を前傾させてタックルをかます。県の間合いの内側に入ったところでCQCに似た挙動でを投げにかかる。が、ユウキは投げられたが勢いを殺さずに空中で一回転して何事もなかったように着地する。

 

「せーっの!」

 

「げふぅ!!」

 

掛け声とともにユウキの後ろ蹴りをアルファルドは防げなかった。衝撃は大きく間抜けな悲鳴が上がる。たたらを踏んで後退するその間隙を狙ってユウキは刺突を放ち、その木剣はアルファルドの喉元のすぐ手前に止まった。

 

「まいったな、想像以上だ。俺の負けだよ。────────────────────────なんつってなぁ!」

 

アルファルドは剣を落として降参したと見せかけてポケットから何か粉末状のものを取り出して投げつけてくる。

砂だ。いったいどこで仕込んだのだろうか。練習試合で弟子相手に目潰しというあまりにプライドのない攻撃に流石のユウキも虚を突かれた。とっさに腕でガードしたもののその結果視界がふさがる。

 

「ちょ、それは卑怯────────」

 

木剣を失ったアルファルドは剣を持つユウキの腕を掴んで引き、足をかけて転ばしにかかる。

 

「教訓その1だ。そのセリフは大体最後のセリフになるからなァ!!」

 

ユウキは倒れそうになる上体を下げた後、両手で着地してカポエラのような連続蹴りを放つ。邪道には邪道だと言わんばかりのユウキの戦術は功を奏し、アルファルドの両腕はガードに回る。邪魔な剣を捨ててすぐさま前転して距離をとると、落ちていた短い木剣を拾って雷光のような切り返しでアルファルドに突撃する。

狙うは短剣カテゴリーの単発突進ソードスキル『リラピッドバイト』、対してアルファルドも狙いは同じだった。

ユウキの置き土産の剣を拾って細剣ソードスキル「『リニアー』を放つ。

得物を交換した二人の剣先はこれもまた同じ場所を狙ってぶつかり合い、木剣には出せないはずの火花を散らす。

 

「はあああああああ────────!」

「おおおおおおおお────────!」

 

数秒の拮抗ののち、二人の剣は弾かれ、回りながら後方へ飛んで落ちる。

 

「引き分けだね。」

「いいや。お前の勝ちだよ。」

「じゃあボクの1勝1分けってことにしようか。えへへ。」

「そうだな。」

 

「「はははははははははは!」」

 

二人は笑いながらお互いの健闘を称えあう。

戦いこそ容赦ないものだったものの、二人の気分はとても晴れやかなものだった。

 

勝負はその後も続いたが初戦を引き分けた時点でアルファルドの勝機はなかった。初撃こそ素早いものの流石に()()()()()()()と分かっていれば回避なりパリングなりはそう難しいものではない。

トリッキーな戦い方故、回数を重ねるごとにアルファルドの勝ち目は薄くなり、成績はユウキの16勝1引き分け。

アルファルドはこの戦場で純粋な剣士としてはそれほど強いわけではなかった。

それなりに戦場を駆け抜けてきたのでだろう彼は驚異的な剣技を持っているわけではない。

初撃こそすさまじい一撃だったが剣の正確さ、スピード、反応速度などはALOプレイヤーと比較しても突出して速いほうではない。

藍子やアスナと比べても一歩譲ると言わざるを得まい。

 

「・・・・負け惜しみを言わせてもらうと俺そこまで近接戦闘が得意ってわけじゃないんだよ」

 

そういえば初めて会った時も大仰な剣を下げていたわけではなかった。傭兵稼業としては致命的ではないのか、それ。

 

「君どーやって戦ってきたの?その様子だと正面から正々堂々となんて相当珍しいでしょ。」

 

「大抵は遠距離から魔術ぶっこむか待ち伏せ(アンブッシュ)で奇襲位だよ。変装して油断したところをブッスリなんかも常套手段さ。」

 

「うわぁ外道。」

 

「ほっとけ。殺し合いで最も効率がいいのなんて射程外から殴るか一撃必殺を狙うかしかないじゃないか」

 

実際そのほうがいいのは確かだ。実力差があったって運だったり倒したはずの相手が起き上がって・・・みたいなことだって起こりうる。

このペインアブソーバー無しの世界では剣で一撃を食らうことは相当痛いだろう。いや、痛いですむはずがないだろう。それを考えるとアルファルドの思考はひどく合理的だ。

 

「まるでSAOだね・・・」

 

そう。この世界での”死”が一体どういう扱いになるのか分かりかねるのだ。普通のVRMMOなら当然のように復活できる。SAOだってHPバーが0になったら死という明確な条件がついていた。

————————だが、この世界ならどうだ?いったいこの世界でLIFEを切らしたら一体どうなるのだろうか?

 

「しっかし恐ろしいほどの技量だよ。お前一体どこでそんなん覚えてきたんだよ」

 

「いやぁ、それがほぼ我流でさぁ、君は何か習ってたの?そんなトリッキーな技教えるような道場とかあるの?ヒンノムには。」

 

「俺は・・・」

 

一瞬何かを考えたような様子だったがアルファルドの返答はスムーズだった。

 

「親父に教えてもらったもんだ。ろくでなしの親父の最初で最後のプレゼントだったよ。」

 

口こそ悪かったもののその顔は少し誇らしげだった。

 



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契約

練武場での練習試合が終わり、2人はギルドへ向かった。

 

「しゃいませー」

 

接客態度としては赤点な挨拶とともに赤髪の少女がけだるげに出迎える。

湿った巻き毛にジト目、着崩した制服と、なんともだるそうな表情が整った顔を台無しにしている。

 

「よーゥアルの旦那じゃねぇかい、その子は何だ?随分と小せぇなァ任務帰りに女連れとはいい御身分だがそのこはちょいとアウトよりなんでねェかい?」

 

・・・なんていうか、妙にアクの強い受付嬢だ。

 

「相変わらずだなイヴリース、この子はユウキ。これから『傍付き』にするつもりだ」

 

用件だけ伝えて早めに終わらせようとするアルファルドだが、そんなシンプルな話し合いはイヴリースには通じなかった。

 

「はっはぁ!その子を『傍付き』に!こんな可愛らしい嬢ちゃんを。いい趣味してるじゃんかよォ」

 

「ねぇ、イヴリースさん。傍付きって何なんです?」

 

「あーら嬢ちゃん、そんなことも知らずにここ来たんかィ。いいかい、うちには階級ってもんがあってね、傭兵や兵士の仕事に就いたものはまず先輩のそばで経験を積むんだよ。それが傍付きさ。タグの色から赤等級なんていうやつもいるんだァ。それが終わって師匠に認められるか一騎打ちで負かせられれば卒業で橙等級からスタートさ。」

 

「じゃあアルファルドは何等級なんですか?}

 

「こいつは青だ。階級は虹の七色にちなんでつけられてね。赤橙黄緑青藍紫の順に高いんだが最高級の紫は国内に一人しかいないのさ。つまりは実質こいつは上から2番目だ。」

 

「ちなみに俺は師に認められる前に殉職されたからな。結構ここまでくんの大変だったんだわ」

 

「へー」

 

よくあるRPGの設定みたいだ。アルファルドが出世で苦労したのは多分あの突出してもいない剣技のせいでもあるのだったがまぁ、言わぬが花だろう。あれは野良試合だったがアルファルドを何度も破ったユウキは実質的にはどの等級なのだろうか。

 

「そんじゃ登録よろしく。」

 

「おいおィつれねーなーァもっと雑談しようぜ暇なんだよー」

 

とかいいながらもイヴリースは手際よく書類仕事を進めている。態度はともかくそのへんはちゃんと受付嬢の仕事はしている。態度はともかく。

 

「ところでその嬢ちゃんは何でそんなことままで知らねェんだ?言っちゃなんだが常識だろォ?」

 

いくつかの書類を手渡しながらイヴリースはしゃべり続ける。

 

「記憶喪失だそうだ。記憶の回復手段も目下捜索中だ。戻るまでは色々教えてやってくれ。おまえその辺得意だろ?なにせ元教会のシスターだったんだから。」

 

「人の黒歴史掘り返してんじゃねェーよ。アタシみたいな不良娘を娘だからって出家させた親父が悪いんだよ。親父が。」

 

教会というにはやはりお決まりのRPGのようにこの世界独自の宗教があるのだろうか。まるで旧世代のゲームのような世界観にユウキはこっそり胸を躍らせていた。

いくつかの書類にサインしながら二人は幼馴染のように取り留めのない会話を繰り返す。

それらの書類は異世界の不思議言語ではなく日本語で書かれている。また現れたヒンノムが異世界でなく人工的に作られた証拠を見せられて辟易する。

 

「だいたいよー神様なんてほんとにいんのかよォこの500年誰も見てないんじゃんよー」

 

「その神様この世界作った後部下に暗殺されて死んだんじゃなかったか」

 

「んでもよーォこの世界を人知れず見守ってるとかいう”天使”だって誰も見たことないんだぜ。」

 

「いいからタグ渡せよ。もうお互いに書く書類ないの知ってんだよ。あとはユウキの指印だけだろ。」

 

アルファルドの言うとおり、後は二つの書類に左手人差し指の指印を押すだけだ。

イヴリースが何でできているのかは解らない朱肉っぽいものを渡してくる。

 

「しゃーねーなァ、ほーらよォ。これで登録は完了だ。そのドックタグなくしてもいいけど再発行めんどくせェから覚悟しろよー。そいつは逃げ足だけは定評のある奴だからしっかりついてくんだぞー」

 

イヴリースは赤いドックタグを投げて渡し、相変わらず受付嬢とは思えない態度で送り出してくる。

この時『ユウキ』は正式にこそ世界の市民権を手に入れたのだった。

 

 

その後、鍛冶屋か何かでユウキの装備を買いそろえるのかと思いきやアルファルドの用意は異様に早かった。シンプルな鉄製の両刃片手直剣、皮鎧や鎖帷子等々、家にはすべて用意されておりそのサイズもどれもユウキにぴったりなものだった。

 

「ここまで用意がいいと逆に呆れちゃうねー傭兵やめて執事にでもなったらどうかなぁ」

 

あまりの周到ぶりに流石のユウキも若干の気持ち悪さを感じていた。

 

「お前の前にも弟子がいたんだよ。それはそいつのもんだった。」

 

とはいえこのサイズはレディースの中でも割と小さめだ。アルファルドには弟子に小柄な女の子をとる趣味でもあるのだろうか?

 

「その人は今何をしてるの?」

 

「独り立ちしてな。あいつ、とっくに師匠は越えましただの抜かしやがって。覚えていてほしいもんだよ。まったく。」

 

「あははは・・・」

 

ここにいない弟子とやらに愚痴をこぼすアルファルドは少し寂しそうだった。

 

「それで、明日はどこ行くのかな。やっぱりギルド?それともまた練武場?」

 

「明後日に別の村に向かう。」

 

「えー!いきなりじゃないか!」

 

予想以上に話が早く進んでいた。

 

「連中の根城が西エルダ川沿いに見つかってな。さらわれた人を救出する作戦が行われる。夜襲を計画しているんだ。」

 

西エルダ川とはここエルナ村の近くを流れる川、東エルダ川と源流を同じくする川のことだ。ここからは相遠くはない距離だ。

 

「俺たちはともかくこの作戦は大規模の作戦でな、遠くの町から等級の高いやつをよんだものだから移動に時間がかかる。だから明日は一応自由行動だ。色々見て回るといい。」

 

「明日戦うんだね。うん!わかった!遂に実戦か・・・よーし」

 

この世界に居ついていきなりの実戦というのはユウキにとっては酷な話だったが、いやだとも言ってられない。仕事につかなければ飢えて死ぬ。それはどの世界でも一緒なのだ。とはいえアルファルドも素人をいきなり前線に送るようなことはしなかった。

 

「意気込むのはいいがお前は前線に出る訳じゃない。救出が終わった後の回収地点に待機して護衛するだけのいわば予備戦力だ。」

 

アルファルドの話ではビースト達はひとは捕らえられてもすぐには連れ去られないらしい。まずは人質を集める拠点が国内にあるらしい。人質交渉や深い森を突き抜けて人を運ぶ以上どうしても拠点、中継地点が存在するからだ。今回はそのなかでも中規模の西エルダ川キャンプを叩く。前線にはアルファルドと同業者たち(傭兵団)予備戦力にユウキや黄以下の等級のものが参戦する。初陣にしては随分と大きな舞台だった。

ユウキの仕事は回収地点の警備で実際のところ戦う必要性のない配置だ。夜襲するのなら人数は絞って行うのが鉄則、アルファルドは少数精鋭で切り込む危険な任務を請け負っていた。

 

「ホントにボクは戦わなくていいの?」

 

「むしろ戦っちゃダメだ。こういうのは初めは戦場の空気を吸うことから始めんだよ。一番慣れてるやつが最前線に立たないと次が育たないだろうが。」

 

「へー!そういうもんなんだー」

 

「本音を言うとな、死ぬほど嫌いなんだよ。戦いに慣れてないやつを逐次投入して無駄に死人を作んのが。」

 

そういうアルファルドは苦々しげな表情をしていた。

きっと過去に何かあったのだろうがユウキはそれを聞くことはしなかった。

 

 

————————————————————————

 

「被検体の様子はどうだ。」

 

草木も眠る丑三つ時、風の音しか聞こえないはずの草原で妖しい明りを放つ”窓”から声が響く。周りには人影はなく、開けた原野に一人の影が”窓”と会話している。

 

「————崩壊は一度起きかけましたが何とか耐えました。」

 

「耐えるだけでは不十分だ。崩壊そのものを起こさないようにならなければ意味がない。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「全力を尽くします。いくらコンティニューが無限だからといって俺が使える時間が無限ではありませんから。」

 

「よろしい。お前の手で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

音もなく窓が消える。暗中の密談は終わり、歯車が加速する。

 

「————————ああ。わかってるよ。」

 

誰も見ていないはずの影を空の大蛇だけが見つめていた。

 



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天使の名

自由行動の日、ユウキは待ちに待った村の中を探索することにした。

無論、右も左もわからない世界で少しでも多くの情報を収集することが目的だが、なにより新しい世界で見たこともないものを見て楽しむというVRゲーマーとしてのユウキの本能が騒いでいた。

村の建物は多くが木製で板張りの建物がほとんどだ。村は特産の丸太でできた堅牢な塀に囲まれてはいるが閉塞感はなく、隣接する森と相まってのどかな一枚の風景画のようだ。住人たちは農作業や林業、材木加工で生計を立てて、ときおり外に出るときに南の大きな木製の扉をあけて出ていく。人でにぎわってはいないが過疎化している印象はなく、子供たちの少しやかましい笑い声が響いてくる。そんな村だった。

 

「おりゃー!」「くらえーい!」「よけんなよコラー!」

 

「甘ぇぞテツ。いきなりそんな大振り振っても当たるわけねぇだろ。ってパール!お前正面から二人同時に攻撃しようとすんじゃねー!味方にあたるぞ!二人がかりで挑むなら一人は正面で陽動!もう一人は背後か側面に回れって言ったろ!」

 

子供たちの歓声の中にに聞き覚えのある声が響く。村の中央広場でアルファルドと二人の少年たちが仲良く棒でチャンバラをしていた。

2対1だがアルファルドは両手に持った棒で起用に子供たちの猛攻を防ぐばかりかアドバイスまでしている。そのへんはさすがプロに傭兵といったところか。テツと呼ばれた活発そうな少年が果敢に攻めるがやはり当たらず回避されスカされた勢いそのままに転ぶ。元気少女のパールもアドバイスどおり後ろに回り込むが後ろ手に回された棒で渾身の一撃を防がれ、逆に衝撃で棒をはじかれる。

 

「くっそーまた勝てなかったぜ!」「はぁはぁ・・・アルさん強すぎだよぉ・・」

 

「出直してこい。テツは振り方に余計な力が抜けたな。素振りの成果はでてるぞ。パールも前よりは周りのことが見えてきたな。頑張ったじゃねえか。」

 

ねぎらいの言葉とともにアルファルドは二人の頭をなでる。その姿は傭兵としての冷徹なものからは想像もできないほど暖かかった。テツは悔しげな表情を一転させ、パールは顔を輝かせる。

そこにはいままでアルファルドは冷静な傭兵のイメージがあったが意外な一面があった。

 

「おつかれ。すっごくいいお兄ちゃんしてたね。」

 

水を汲んできて三人に渡す。珍しいものを見せてもらったサービス料だ。

「なんだ、ユウキか。また新手に来られたら流石に参ってたぜ。」

 

テツは水を一気に飲み干すと物おじしない性格なのか

 

「ねーおねーさん、見ない顔だね。どこから来たの?」

 

なんて聞いてきた。

 

「あ!それ気になってた!もしかしてアルさんの彼女?」

 

「へー!アルもついにかー!おめでとう!」

 

愉快な勘違いをされヒューヒューと囃し立てられる。

「え!?いいいいやーボクとアルファルドはそんな関係じゃなくてー」

 

「残念ながら違うんだよなぁコイツはユウキ。結構腕が立つみたいだったから昨日俺の傍付きにしたんだ。」

 

可愛らしい勘違いに驚いてしまったユウキの代わりに隣から冷静なフォローが入る。

腕が立つとかちょっとデリカシーがないんじゃないか。

 

「へー!じゃぁ強いんだな!もしかしてアルより!?」「いや、アルさんより強かったら傍付きすっとばしてるでしょ。」「それもそうかー!」と子供たちは新しい村人に興味深々になる。

その後、テツとパールどころか集まってきた村中の子供たちから質問攻めにあい、ユウキが解放されたのは2時間後のことだった。

 

子供たちから解放された二人は村はずれのベンチに座り、ひと時の休憩を楽しんでいた。

 

「そういえば、意外と子供好きなんだね。ちょっと意外だった。」

 

傭兵という物騒な稼業にしてはアルファルドは子供の操縦がうまい。小さな村だ。外界からの人の出入りが少ない村で回りを堅牢な塀で囲まれているため、子供たちは外の世界というものに多大な興味を持っている。質問攻めが2時間程度で済んだのもアルファルドがフォローしてくれた成果だった。

 

「これでも大家族の上のほうで育ったからな。たんに慣れてるだけだ。」

 

「へー!何人だったの?」

 

「最大で45人。血のつながりはなかったけど皆といるのは楽しかった。」

 

そう答えるアルファルドの表情があまりにも寂し気でユウキはこれ以上踏み込めなかった。大家族すぎる気もしたがもしかしたら孤児院か何かで暮らしていたのかもしれない。

そこに踏み込むのは早すぎると思って話題を変える。

 

「そういえばさ。昨日ギルドで神様とか天使とか聞いたけどやっぱりヒンノムでもそういうのがあるの?ボクそういうのずーっと気になっててさー」

 

「それだったら教会に行って来いよ。ここからあっちに20メルくらいだ。俺はそういうのあんま詳しくなくてな。」

 

「そうなんだー!じゃあ行ってくるね!バイバイ!」

 

手を振って走り出すユウキを見送り、アルファルドはため息をついた。

————————少し、しゃべりすぎたな。

そんなことを考えながらアルファルドは家に戻っていった。

 

教会はRPG的な荘厳なものではなくどちらかというと寺院のようなこじんまりとしたものだった。

中に入ると赤毛のシスター服の少女が出迎えてくれた。現実世界のものと通じるデザインのあるシスター服だ。清らかな衣装を押し上げる双丘が女性的な印象を醸し出している。

スタイルいいな。おっぱいはリーファクラスじゃないかな。

「いらっしゃいませ。あら?見ない顔ですね。もしかして最近来たっていう。」

 

「あ、はい。ボク、ユウキです。はじめまして。」

流石田舎の村、情報が回るのが早い。

 

「私はフィーネっていいます。すごいですね、ユウキさん。アルファルドさんが人を誘うことってなかなかないんですよ。それで、こちらには何をしに?アルさんの傍付きなら薬草でしょうか。」

 

早合点しておくに行こうとするフィーネを止めて、本題に入る。

 

「まったくアルファルドさんったら・・・記憶喪失の貴方になーんにも教えていないなんて・・・すいませんね。あとでお説教しておきます。それで、この世界についてでしたね。一般常識くらいのものですが————————」

 

フィーネ曰く、この世界は一柱の神、アルベリオンが原初の大地をを作り上たものだ。

アルベリオンが世界を作り出す過程で原初の人間が誕生した。だが人間はアルベリオンにとってイレギュラーな創造物だった。

そこでアルベリオンはその手の10本の指を切り落とし、世界を任せる役目を持つものを作り上げた。

指はすべて天使となり、天界から世界を運営していた。

ところが天使のうち1人が自らを脅かしかねないアルベリオンを恐れ、だまし討ちの果てに神を殺害した。

神を殺した天使の名はリリス。リリスは神を殺した咎をほかの天使から糾弾され、戦争を起こした。

リリスは強大な天使だったが1対9では敵わず翼をもがれ天界から地上に墜とされた。最後の力を振り絞ったリリスは神の遺体を利用して自らの後継者を作り上げ、それがビースト、エルフになった。というものであった。

このあたりはよくある創世神話の一つだ。とユウキは納得できた。だが問題はその次、残った天使の名前だった。

 

「————天使の名は、熾天使(セラフィム)智天使(ケルビム)主天使(ドミニオン)座天使(スローン)権天使(アルケー)力天使(ヴァーチェ)能天使(エクスシア)大天使(アークアンゲロイ)天使(アンゲロイ)といいます。」



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その名は

————————熾天使(セラフィム)智天使(ケルビム)主天使(ドミニオン)座天使(スローン)権天使(アルケー)力天使(ヴァーチェ)能天使(エクスシア)大天使(アークアンゲロイ)天使(アンゲロイ)

それは現実世界において偽ディオニシウス・アレオパギタの『天上位階論』に書かれたキリスト教の天使の位階を表すものだ。神に仕える権能を持つ9つの位階に分けられた天使。そらがこの世界では固体名として9柱の天使として語り継がれている。

クリスチャンの母を持つユウキはそれがすぐに理解できた。

————————この世界が何者かが作り上げた仮想世界、否()()()であることは疑いようがない。だが何のために世界を運営する天使の名を現実世界の天使の位階にちなんで名付けたのかがわからなかった。だが、この世界は過去に現実世界の人間の干渉を受けたか()()()()()()()()()()()()()()()()()なのではないのか。

 

「どうしましたか?ユウキさん?お体がすぐれないようでしたら薬、お出ししますが。」

 

「え?あ、全然大丈夫だよ、気にしないで。」

 

「そうですか。でも無理はしないでくださいね。傭兵の皆さんって結構意地っ張りな人が多いですから。」

 

シスターが回復役(ヒーラー)なのはどこも同じなのだろうか。フィーネの優しさは混乱したユウキにとって最高の清涼剤だった。

————————そういえばフィーネ、どことなくシウネーに似てるなぁ。

落ち着きを取り戻したユウキの最初の感想はそんな暢気なものだった。

 

「そういえばアルファルドが人を誘って戦うって珍しいって聞いたけど彼、ずっと一人で戦ってきたの?」

 

天使のことはわからないことが増えただけなので話題を切り替える。天使も分からないがなかなかどうして彼も謎が多いのだ。

 

「ええ。そうなんです。大規模な作戦でもあの人は単身で危険な陽動とかをすることが多くて・・・だからあの人が傍付きを持ったと聞いたときはすっごい驚いたんですよ。やっぱり大切な人ができると無理とかしなくなるんですよね!」

 

「いやいやいやいや!!何言ってんの!!ボクたちまだあって1日もたってないんだよ!」

 

なにかすごい誤解をされてなかったかボク!アルファルドがって・・・

 

「だってそれくらいすごいことなんですよ!姉さんなんて『所帯持つと男は変わるねェ』とか『あの様子じゃあ弱みでも握らんてんじゃァねェか。惚れた弱みって奴をよォ!』って言ってましたし!」

 

惚れた弱み!?所帯!?いくらボクが物理的箱入り娘でもさすがに単語の意味ぐらいはわかる。ってか何勘違いしてんのこの子!!

 

「あのぉ、お聞きしますけどフィーネさんのお姉さんて・・・」

 

「あ、はい。イヴリースといいます。今はギルドの受付をしているみたいですけど・・・」

 

あ、察し。

あの人が姉ならこんな純粋そうな人にあることないこと吹き込みそうだ。

 

「いやそれお姉さんの嘘だよ・・・会って一日で結婚ってありえないでしょ・・・」

 

「そうですよね・・・あははは・・・ごめんなさい、興奮しちゃて。お恥ずかしい。」

 

フィーネは照れたように頬を掻く。

 

「でも本当に珍しいことなんですよ。こんな辺鄙な村に常駐してくれる青等級の人なんてあの人くらいですし。ユウキさんもあの人を気にかけてあげてください。」

 

「うん。わかったよ。アルファルドはボクが責任をもって監視するよ。」

 

そう答えて手を差し出す。それに応える右手は細かったけれど頼りなさは感じなかった。

 

 

 

「ねーユーキねーちゃーん」

 

帰宅の道中、幼い声に呼び止められ振り返る。

先ほどアルファルドが遊んでいたテツだ。

 

「何かな。いいよ。ボクに答えられるんなら何でも聞いて。」

 

「ねーちゃんってーどーしてアルの弟子になれたのー?」

 

2時間の質問攻めの中でも聞かれてなかった問だ。

 

「えっとそれは・・・」

 

答えられない。アルファルドが弟子をあまりとらないのは周知の事実らしいがなぜ自分がその例外なのかは等のユウキが一番わからないのだ。

なぜだろう?その問いに答えを出すべく頭をひねりまくるユウキであったが────────

 

「ひゃうん!」

 

背後からおしりを触られた。振り向くと後ろにも子供名前は確か、ニーだったか。

 

「ちょっとぉ!なにすんのさ!」

 

お怒りモードのユウキであったが子供たちはどこ吹く風。

 

「イエーイ!よーどー作戦大成功!!」

「ナイスだニー!」

 

なんて言ってはしゃぎながらハイタッチしている。見た目にはほほえましい光景だが被害者としては素直に笑えない。

さっきはアルファルドはいいお兄ちゃんと思ったが前言撤回する。アルファルドはいいお兄ちゃんじゃない。いい悪いお兄ちゃんなのだ。



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第1章 星下の決戦 暗中の3人

「おい!!フィーネはいるか!!」

 

夕食を終え、明日の作戦決行の段取りを話している最中、イヴリースが家に飛び込んできた。端正な顔に焦燥が浮かび、息は荒く、体中汗だらけだった。おそらく町中を探し回っていたのだろう。

 

「落ち着けイヴリース。一から事情を説明してもらわんことには何も動けん。」

 

「これが落ち着いていられるかよ!!アイツは・・・アタシが守ってやらなきゃいけねェのに!!」

 

イヴリースはアルファルドの胸ぐらをつかみにかかる。が、すぐに冷静さを取り戻して謝罪する。

 

「・・・すまねェ。熱くなった。」

 

「分かればいいよ。それで?状況は?」

 

アルファルドは冷静に状況把握に努めながら戦の準備を始める。直剣を帯刀し、革製のジャケットを羽織り、それに小瓶やら野球ボールのようなものを仕込んでいる。

 

「アイツ、いつもは日没前に帰ってくんのに今日は何故か帰ってこなかったンだ。それで、教会にいったら地下倉庫の床に穴が開いてて・・・」

 

「その穴は塞いだか?」

 

「いや、まだだ。」

 

「わかった。そこから連れ去られたとみて間違いないだろう。ユウキは門に行ってくれ。イヴリースは穴をふさいでから家々を回ってこい。物置小屋から厩まで全部だ。俺はフィーネを探しに行く。」

 

「どうしてだ!!捜索隊は出さねェのかよ!!このままじゃ・・・」

 

「地面を掘って侵入した以上組織的で時間をかけた犯行と見て間違いないだろう。だったら連中がシスター一人拉致して済むとは思えない。大部隊が外で待機しているはずだ。そいつらが押し寄せてきたらひとたまりもない。いますべきは侵入者の炙り出しと村の防衛だ。」

 

「────────っ」

 

イヴリースは反論できず、沈黙する。

 

「まかせたぞ。こっちは最低でも足取りくらいはつかんで見せる。」

 

後ろは任せた。そういわんばかりの迷いのない走りでアルファルドの姿は闇に溶けていった。そしてユウキもすぐにその背中を追った。

 

 

ユウキが門についたころにはアルファルドの読み道理、門の閂は破壊されていた。いまのところ開けられた様子はないがそれも時間の問題か。周りを見渡すが閂の代わりになりそうなものが見当たらない。否、破壊されていた。

 

「それならこいつでどうだ!」

 

剣を引き抜いて閂に代わりにする。これなら多少の時間稼ぎはできるだろう。

だが肝心の閂があれでは時間稼ぎにしかならない。なにせ店売りの剣だ。折れてしまうのは想像に難くない。だがこれでユウキは丸腰。得物の再回収と閂の代用を求めて戻ろうとした矢先、

 

「ちっ、気づかれてやがったか。だがまあいい。ここでお前を消せば万事解決だ。」

 

────────そう簡単にはいかない。とばかりに闇の中から悪意が出現した。

 

 

イヴリースは暗闇を駆ける。本当は今すぐ穴に入ってフィーネを探したいところだが、感情を殺してその衝動を叫びに変える。

 

「敵襲だァ!!ビーストの野郎どもが教会に穴開けて侵入してきやがった!!」

 

村人たちが一斉に騒ぎ出し、家から出てくる。幸い、住人たちはまだ完全に寝静まっていなかった。詳しい説明は省いてまずは住人への被害の確認と穴をふさぐことをしなければならない。

動揺して穴を放置したミスを取り戻さなければ。

かつてギルド関係者として、学んだ戦術(マニュアル)を思い出して今やるべきことを整理する。

小さい村とはいえ住人全てを確認するにはあまりにも時間が足りない。確認作業を村の青年団に任せて、幾人かの農夫や大工を起こしたのち、穴をふさぐよう伝達すると家に向かって走り出す。

こちらも幸運なことに武器の類は盗まれていなかった。愛用の槍を持ち出して男衆を送り込んだ教会に向かう。

全速力で教会に到着すると入口に見知らぬ死体が転がっていた。

────────アルファルドの仕業だな。

今は別行動している仲間の迅さに感嘆し、屍を乗り越えて礼拝堂を超えて奥の地下倉庫に向かう。

────────トン。カン。トン。カン。と釘を打つ音が聞こえる。

その音が敵に居場所を知らせているとは知らずに。

 

 

アルファルドは現状の見方戦力に不安を覚えていた。現状この村で戦力になるのは3人、いや2人。ユウキは現状遭遇戦のみの1回しか実戦経験がなく、イヴリースは冷静とはいいがたい。村の農夫や木こりたちも力自慢ではあるのだが野盗と互角に戦えるとは思えない。

教会のトンネルは25メル程で地上に出た。

村の西側は大森林でしかも異常に固い木々がうっそうと茂っているため高級木材の一種ではあるのだが、いかんせん切り倒すことの費用対効果が悪い。

つまりここは完全に未開発地域。

このド田舎で未開発の地域は潜伏、逃走に適している地形だった。

月明りのみを頼りに森を走る。ランプや松明など問題外、そんなもの敵に位置を教えているようなものなので持ってきていない。

ラッキーなことに敵は足跡を残していってくれた。方角は西へ。が、その足跡は300メルほどの追跡ののちに途切れていた。

 

「止め足だな。古典的な手を使いやがって。」

 

わざと偽の足跡を残し、その足跡を踏んで戻って隣の藪に飛び込む。野生動物も行う典型的な手だ。

────────ここまでは想定内。人を抱えた相手に暗闇でも追い付く可能性はなくはない。

が、深追いは逆に木乃伊取りが木乃伊になりかねない。出口の穴は塞いだため早急に正門に戻って村の防備を固めなければ────────

周囲から殺気を感じる。恐らく敵は複数。

とりあえず殺気がした方向の暗中にナイフを投擲する。暗剣(アンケン)と呼ばれる特製の代物だ。漆黒に塗られたナイフは手元を離れると即座にに闇に溶けて刹那の後に標的の臓器に音もなく入り込む。間抜けな悲鳴とともに位置を教えた男にさらに追加のナイフを投擲、これも命中する。

その後投げた方向と逆の藪に退避。仲間の死に気付いた敵は闇の中ざわざわと声を荒げる。

 

「やってくれたな。まずはお前らから相手してやる。」

 

視界は最悪、敵の数は不明。静謐が破られた森の中、三人の戦いがが始まった。

 



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『絶剣』の戦い

門での戦いは拮抗していた。ビーストの男は『青龍刀』に似た短いが幅広の剣を振りかぶり、ユウキを殺さんとその剣を振り下ろす。だが相手は数多の世界を駆け抜けて絶剣(ゼッケン)の二つ名までつけられた猛者だ。振り下ろされる前に剣をはじき、切り上げをそらし、横薙ぎを潜り抜け、刺突を回避する。すべての攻撃を完璧に回避しきるという神業を披露するが、それは気の遠くなるような千日手だった。

小柄な体躯と身軽さを利用し、敵を翻弄していく様は流麗極まりない舞い踊るようなものであったが、実際はユウキは攻めあぐねていた。

実力差的にはユウキの圧勝であることは間違いないのだが、なにしろ得物が鞘だ。単純に使いにくい。グリップがないため衝撃は100%手に伝わるし、手汗や衝撃でいつ滑り落ちるかもわからない。

強度の高い木材を使用しているためか頼みの鞘は一撃で両断されることはなさそうだが、それでも鞘の耐久値がすさまじい速度で減少値て行くのが感覚的に理解できた。振り下ろしを正面からガードしたら3撃ほどで壊れるだろう。

加えて鞘では一撃の威力が低いため攻撃をクリーンヒットさせても効果は薄い。対してこちらは一発でも貰ったらどうなるかわからない。よしんば一撃をくらわしてもダメージ覚悟で攻められたらどうしようもないのだ。

戦術的にユウキの取れる選択肢がかなり狭いのに対して襲撃者にそんな縛りは存在しない。やることはただ一つ。────────こいつを殺して閂代わりの剣を奪う。

短期的にはユウキが、長期的には襲撃者の有利。加えて門が開けられてしまう時間制限(タイムリミット)まである。

状況が敵に傾くのは時間の問題だった。

 

「ぶっ刺したらぁ!!」

 

が、均衡を守れば結果的に勝てるはずのビーストの男はかすり傷一つ負わないユウキに苛立っての強烈な突きを放つ。カタナ系ソードスキル烈棘(レッシ)、怒りによって力んだ突きは速度こそ今までで最速、最強の威力を持つなものの、放った後の隙が大きい。渾身の突きが身をひねって躱され、体中のバネを伸ばし切った時、男は自らの悪手を悟った。

ユウキはひねった体を元に戻す勢いをそのままに後ろ回し蹴りを腹に叩き込む。体重差を感じさせないほどの強烈な衝撃に男はよろめき────────

 

「いったん離脱!」

 

「な、待ちやがれぇ!テメェ!」

 

そのスキに背後の罵声を無視して逃げる。とはいっても戦いから逃げ出すわけではない。逃走したら閂が奪われてやはり敗北。

とするとユウキの狙いは────────

 

「やっぱりあった!エルナ村なら絶対あるよねこれは!良かったー!」

 

蹴りを一撃浴びせて離脱するユウキの態度に逆上した男はまたしても悪手をとった。

門を閉ざす剣を引き抜いてしまえばよかったものの、彼はそうせずにユウキを追いかける。

 

「ぶっ────────殺す!!」

 

 

隙だらけの背中に振り下ろされる青龍刀。

しかし、必殺の間合いで放たれる曲刀ソードスキル『リーバー』は、小さな少女の肉を切り裂く手ごたえを返さずに金属と金属がぶつかる感覚とともに弾かれた。

 

「なん・・・だと・・・」

 

 

其の手には薪割り用の肉厚で大ぶりな鉈。丸太すら両断する頑丈な鋼の刃は得意とする片手直剣には及ばないものの、いつ壊れるかも知れない鞘に比べたら雲泥の差のスペックを持つ強力な武装。

得物の不利が緩和したことでユウキは攻撃でき、襲撃者は防御せざるを得なくなり、形勢は逆転する。これまで防戦一方だったユウキは怒涛の連続攻撃で男を追い詰めていく。

無論、男も素人ではないが絶剣(ゼッケン)の卓越した剣技の前に少しずつ傷を負い、苦し紛れに放ったソードスキルを躱され技後硬直という決定的なスキをさらす。

ユウキはその隙に左側方に回り込みながら鉈を振りかぶった。

勝負はこの時点で決着。相手にはもういかなる回避手段も防御手段も存在しない。

 

振りかぶられた鉈が落ち、薪の代わりに頭を割ろうと迫る────────

 

 

そうなる寸前、鉈は止まった。

 

「降参する?」

 

空前絶後の剣技で敵を翻弄し続けた剣士はそう言って己の勝利を謳った。

 

「殺さないでいてくれるのか・・・?」

 

「当たり前じゃん。人を殺しちゃいけないんだよ。それとも、おにーさんは続きやりたいの?」

 

男は左手に持った剣を手放し、涙を呑んで生きていることを実感する。

奇跡だ。敵に決定的なスキを突かれて確実な死を迎えるはずだったのに何の因果か生き恥をさらしている。

あり得ない奇跡を前に地面に手をついて尻もちをつく。

 

「ありがとう・・。ありがとう・・・・。」

 

男の命乞いに応えてユウキは鉈を下げる。

敵にだってプライドはある。

年端もいかぬ少女に剣で完敗し、戦場で2つもミスを重ねた男にもはや戦意はないだろう────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう高をくくった油断を見逃されるほど、戦場というものは甘くなかった。

 

「騙されてくれてありがとう。」

 

 

予備武装のナイフが懐から引き抜かれ

 

────────夜の闇に鮮血が飛び散った。

 

 



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たたかう受付嬢

教会が何やら騒がしくなっている。

エルナ村潜入部隊の1人、ボルドーは予想以上に速い敵の対応に焦りを感じていた。

本当は教会に潜入したのち、閂を破壊してこっそり帰って別動隊に襲ってもらう。そんな予定で動いていたにもかかわらず、忘れ物を取りに戻ったシスターに発見されるわ、口封じはできたものの実働部隊は6人から4人に減ってしまった上に肝心の退路がふさがれようとしている。

 

「クソッタレ、どうしてこうなっちまったんだ、ああ、最悪だ。正門行ったワーカントは何してんだ・・・」

 

本来の任務である物見櫓の制圧を放棄して教会に向かう。どうせこんな田舎の村、大して戦力を割いていまい。

 

「なん・・・だと・・・・・」

 

入口には仲間の一人、フェンの無残な死体が転がっていた。

 

「便所の蛆虫以下の糞虫どもが、皆殺しにしてやらぁ!!!」

 

逆上したボルドーは村の特産、ケンタウリスギの椅子の合間を縫って槌の音のする方、教会の地下倉庫に走り出した。

そして入口から2番目の椅子を過ぎたあたりで────────世界が横転した。

 

 

 

「殺す────────絶対に殺す。」

 

穴は大工職の村人たちに任せ、イヴリースは教会の2階に息をひそめて獲物を待ち続けていた。

教会という地形は待ち伏せ(アンブッシュ)(トラップ)に最適だ。薄暗く、通るルートは限られる。さらに入口と目的地が一つしかない。

ユウキ、あの突如現れた弟子が正門を守れるかは賭けだがあのアルファルドが選ぶのだ。相当な実力か見込みがないと勧誘はしないだろう。

ああ、思い出したら腹が立ってきた。なんでヤツはあんな少女を弟子にしたのだろう。自分なんて何度頼んでそのたびに断られたことか────────

 

「クソッタレ────────」

 

余計な思考は汚い罵声とともに闇に溶ける。

待望の獲物のご到着だ。そして馬鹿な標的は罠に気付かずに飛び込んでいき、そしてかかった。

1歩分の勢いをつけて『ジャンプ』する。窓からさす月明りと地下倉庫の照明だけが明りの暗い協会の闇の中に溶け込み、重力に引かれて断頭台の如く体ごと槍が落ちる。

竜騎士(ドラグーン)のごときジャンプは教会に本日2個目の大穴を穿った。踏みつけにされた獲物とともに。

 

「おい、なんか言うことはないかよ。」

 

「────────────────────────」

 

イヴリースの一撃はボルドーの心臓を穿ち、即死させた。問答など不可能。なぜなら答える余裕を与えなかったからだ。

 

「チッ。だんまりかよ。獣は獣らしくよォ、なんか吠えてみろよオイ。聞いてんのか、フィーネはどこだ!テメェらの仲間は何人いんだよコラァ!!」

 

槍の石突で傷口を抉る。敵の”天寿”を削れば削るほど情報は遠のく。そんなことは解っているはずなのに憎悪を抑えられずに殴る。殴る。殴る。

すでにとこ切れた相手を病的なまでに殴ってもイヴリースのフラストレーションすら解決しない。

 

「成程。この村に『青』がいるという噂は事実らしい。」

 

罵声が響き渡る教会に場にふさわしい落ち着いた声が響く。

いままでの汚らしい胴間声とは異なり、低いが品のあるアルトボイス。

フードをかぶっていてその正体は見えない。身長は165センほどか。

先ほどの男たちとは打って変わって武人のような落ち着きのある声色だ。

 

「誰だテメェは。今は機嫌がいいんだ。好きな死に方くらいは選ばせてやる。」

 

突如沸いた新しい獲物にイヴリースは歓喜する。殺せる。まだあの獣どもを殺すことができる。そう考えると胸が躍った。

 

「和が名はランファル。仲間の仇、討たせてもらおう。」

 

第2戦目が始まる。



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夜襲の夜襲

アルファルドの足元には3人の屍が転がっていた。死んではない。だがそれはシステム的にHPが0になっていないだけだ。

 

「kff.]@fsfsfnuefhfhaihaifyetksjekfhfvu────────────────」

「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイイイイイイイイイイイイイイイヘヘヘヘヘヘヘh」

「ah---------ppppppppppbbbbbbbb」

 

3人がこうなったのはアルファルドの拷問の結果だ。最初に炎と風の複合魔術で眼球を焼き、足の腱をナイフで切断して無力化して捕縛した。

一人と油断して余計な欲を出す連中ばかりだったのが幸運だった。

 

「お前が吐けばお前だけは助けてやる。」とか逆に「仲間を助けてやる」といった交渉、壊れた仲間を見せたりする精神的拷問から木の棒を差し込んで生きた針山にしたり内臓を虫に食べさせたり顔の皮膚をはがしたりする肉体的拷問など、その他もろもろその場でできるお手軽拷問コースを披露したが、結果はろくな情報を得られずに全員壊してしまった。

 

「全く、根性があるのかそれともないのか・・・・」

 

拷問の最中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が気になったが、おそらくは潜入のために剃ったのだろう。奴はビースト特有の鋭い歯も少なく、まるで人間のようだった。

ロクな情報も得られずに外に出てしまったアルファルドの落胆は大きい。

 

どうせこいつらの相手をしたせいでフィーネには追い付けない。

それにあの穴はもう塞がれているだろう。

優先すべきは正門のほう、エルナ村を脅かす本隊だ。

トンネルを掘った時点で大量の敵兵が村を襲わなかったということは敵はがら空きの正門から入ってくると睨んでいる。

 

「ってこれ一人で大軍相手に無双しなけりゃならねえのかよ・・・勘弁してくれ・・・」

 

現在外に出ているのはアルファルドのみ。

自分一人で夜襲をかけに来た集団を相手にしなけらばならない。正面からやったら瞬殺される。

ただでさえ昨日年下の少女にいいようにやられたのに今日もやられ役とか勘弁してほしかった。

 

「まぁ()()()()()()()()()()()()()()()()()してる以上、そんな状況になることを許した俺の負けだな。」

 

アルファルドはあっさりと自らの敗北を認める。いくつもの戦いを生き残ってきた歴戦の猛者にしてはあまりにも潔い負けっぷりだ。

 

「だが、次は勝つ。一本取ったくらいじゃ人は死なねぇってことを思い知らせてやる」

 

 

 

 

 

敵は50人ほどの小隊だった。ほぼ全員皮鎧や軽量級の防具を付け、略奪の時間を今か今かと待ち望んでいる。

「まずは女だろ、女。ひゃー、売り飛ばすのがもったいねぇぜ。」「お前そう言って女以外殺しちゃうじゃん、あいつらだって売れるのに。」「ヒャッハー!早く突入許可下りねぇかな?」

全員思い思いの欲望を吐きながら欲に毛深い顔面を歪ませている。

その中心に水を差すようにアルファルドは野球ボールのようなものを投げ込んだ。

 

「バースト・エレメント」

 

殺意を込めた呪詛が放たれる。

ボールの中で空気が膨張し、それが熱を得て更に加速する。限界になった圧力はボールを内側から破砕し、熱風とともに破片をまき散らして拡散した。

投げたものは鬼哭胡桃(キコクグルミ)と呼ばれる西の森に自生している大きいが何の変哲もないクルミだ。

魔術は基本的に術者の手元でしか発動しないが、『バースト・エレメント』だけは例外だ。

なにせ何もせずにエネルギーだけ放出するのだから放っておいても魔術因子はバーストする。実際に因子精製後5分後に魔術はバーストする。

そのバースト・エレメントのエネルギーを有効活用したのがアルファルドが放った灼風弾(シャップウダン)だ。クルミの堅い殻を利用して魔術のエネルギーを『溜めて』『放つ』。そうすることで少ない空間リソースと最低限の詠唱で最大の威力を発揮し、やけどを負わせるだけの魔術を手榴弾(グレネード)に昇華される。副次的にクルミの破片での裂傷も期待できるので本物にかなり近いといってもいい。

まさにくるみ割り爆弾(ナッツクラッカーボム)だ。

投げた後はすぐさま逃走する。敵わないというのもあるが、『奇襲だけ受けた』という事実だけあったほうが敵の心理を攪乱できる。

今頃敵は1個分隊クラスが奇襲をかけてきたのだと思われるだろう。実態はアルファルド一人だが。

 

夜の闇を縫ってアルファルドは爆破と逃走を繰り返すが、いくら夜だからといってこれだけ攻撃したら見つからないわけがない。4回目の爆破で一瞬、アルファルドの姿が捉えられた。

 

「糞野郎!よりにもよって隠れるだけしか能のない芋虫が!さっさとかかってこいやぁ!!」

 

当然そんな安い挑発は無視する。なぜか「童貞」だの「インポ」だの程度の低い罵倒が響いて敵部隊は次々と森に入ってくる。ひとつ屋根の下に女の子を住まわしておいて手を出せていないあたり健全な男子としては否定し難い悪口だ。

アルファルドの目的は撃退であって殲滅ではない。これで敵兵が引いてくれれば御の字。アルファルドの目的は達成される。

それに夜の森の中で地の利があるアルファルドに追いつけるものはいなかった。

それにもかかわらず部隊はアルファルドを追うもの、負傷者を介抱するもの、そのままアルファルドを振り切って村に行こうとするもの、火の魔法を森に向かって滅茶苦茶に放つものがそれぞれ個別で動いていて意思統一がなされていない。否、アルファルドに意思統一を破壊された。

 

「うろたえるな!!我々の目的はエルナ村だ!焦って追ったらそれこそ敵の思うつぼだ!」

 

リーダーらしき男の一喝で混乱した状況が復調を示し始めた。

 

「ですが総長、奴らは我々の居場所を読んで攻撃してきました!このままでは待ち伏せの可能性も」

 

「愚か者!それだったら一斉に攻撃されてとっくに我らは壊滅しておる!それがないということは敵は我々の動きを完全に把握できてはいない!」

 

とはいえ、不可視の敵に後ろをとられながら進軍するのも気持ちが悪い。部下たちの手前落ち着いてはいるが、ビーストの首領(ドン)、カウフラマンは敵の動きに不安を覚えていた。攻撃のが一斉に放たれず、異なる地点から間隔をあけて放たれていることから敵はおそらく1人、最大でも3人だろう。その中の一人が恐らく例の『青』なのだろうがそれだけの相手が単独でヒットアンドアウェイを繰り返しているあたり、襲撃に気付いたものの対応はかなり遅れているといっていい。

住人の避難は間に合わず、単身で敵を倒しに行った、というところか。それにこの場に『青』がいるのなら中の者たちが門を攻略しているはずだ。

こいつはピンチじゃねぇ。チャンスだ。

 

「全軍、全方位に魔術を打ったのにちにエルナ村に突撃ィ!!!」

「応ッ!!!」

 

魔術は空間の天使の力(テレズマ)を消費して行使される。部隊全員でテレズマを枯渇させることで敵を実質的に無力化させることは敵の魔術攻撃には最も有効な対処法になる。その隙に攻めいる。

目論見は成功して、敵の厄介な爆撃は止んだ。

爆撃の脅威から解放された一個小隊が鬨の声を上げて一斉に動く。

 

正門はすぐ目の前、ここを通った瞬間、我々は勝利する。だが正門は見えず、代わりに彼らを出迎えたのは門を覆う白い煙だった。

 

「なにぃ!!これは一体なんだ!?」

「分かるわけないでしょう!」

「どうする?入るか?」

「いや、これは明らかに罠だろ」

「どーすんだよここで引くとかあり得ねぇだろ」

「じゃあお前行けよ」

「やだよお前が行けや」

 

様々な議論が持ち上がる中、彼らの共通心理はこの謎の煙はなんだ?というものだった。当然、後ろへの警戒が甘くなる。背後からの死神の足音に事前に気付いたものはいなかった。

灰色の疾風が陣形の中心を吹き抜け、道筋にあるものを切り刻んでそのまま速度を落とさずに煙の中に消えていった。

 

「なぁ!?」「糞、貴様ァ!」「待ちやがれ!!」

 

斬られた者は死者は勿論いるものの、かすり傷だけのものなど、程度は様々だ。殺すことより通り抜けることを優先した襲撃。

それに気づきながらもよりにもよって自陣を素通りされたことへの屈辱を彼らは我慢できなかった。

煙をただの目くらましと決めつけ、怒りのままに今度こそ殺さんとばかりに白い空間に突っ込んでいき────────────────

 

 

 

 

瞬間、世界が炎に包まれた。

 

 

 



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合流の狼煙

ヒンノムに来るまではただの少女だったユウキには酷な話だが、ルール無用の殺し合いの経験値とあらゆる事態への想定がユウキに足りていなかった。これは命を奪い合う殺し合いだ。いざ尋常に勝負などというのはあり得ない話だ。

ゲームのデュエルのようなルールにのっとったものとは違う、最終的に生き残った者が勝者であるという不文律をユウキは理解していなかった。

いくら常人離れした反応速度を持とうと勝ちを確信したものほど脆いものはない。

そう言わんばかりに切り上げられるナイフは月明りの下、弧を描いてユウキの体を切り裂かんとうなりを上げる。

回避不能の一撃は当然の如くユウキの華奢な体を切り裂いた。

 

 

ただし左肩の皮膚を数ミリ分の深さを。

 

「痛ったぁ・・・」

 

騙し討ちを避けた勢いそのままバックステップで間合いを空けて離脱を図る。

 

「クソッタレが、舐めやがって。油断したと見せかけてしっかり警戒してやがんじゃねぇか」

 

 

誤解だ。いくら無理のある体勢から放たれたとはいえあの騙し討ちは完璧に決まっていた。

完全に油断していたあの状況で反応できたのはユウキの実力だけではない。

この時のユウキは知る由もなかったが、反応できたのは先日のアルファルドとの練習試合のおかげだ。

あの傭兵は練習試合で随分と大人げない手を打ってくるものだと思ったものだが、あれはただ弟子に対して下手なマウントを取りに行くためのものではなかった。

あれでユウキに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを学ばせていた。その無意識下での刷り込みが完全に油断しきっていたユウキの意識を引き締め、回避行動を間に合わせた。

 

「やってくれたね!さすがのボクでもこれは許せないよ。」

 

彼女にしては珍しいことに怒気を孕んだ声色に変化する。夜の闇を背負い、鉈を構えるユウキの姿は少なくとも男にとっては羅刹のそれだ。

必殺のはずの一撃を回避された男の敗北はこの時点で確定していた。純粋な地力ではユウキには敵わない。体格も経験も劣る女の子相手に情けないことこの上ないが今は自分の命が最優先と判断し、すぐに立ち上がって逃走を図る。

 

「あ!待て!逃げるな!」

 

「テメェ相手にいつまでも時間食ってる場合じゃねぇんだよこの怪物女!」

 

「なっ・・・失礼なこと言わないでよ!女の子に向かって!」

 

斬られたことよりモラハラ発言に怒って追走を開始する。あれほどの激戦を繰り広げていたにもかかわらず二人の負傷は小さい。

この視界では逃走する襲撃者が有利。加えてユウキは門からそう遠くに離れることができない。

背後の気配が消えて安堵する男だったが、突如側頭部に強烈な衝撃を受ける。

ユウキが追い付くとそこには村の青年たちに囲んでリンチにされる敵兵がいた。

「どう落とし前つけてくれるんだオラァ!!」「修繕費払えや!!」「ほかの仲間はどこだ!!」

 

怒声や罵声が飛び交い、かかとから角材まで多種多様な暴力が振り下ろされる。

 

「────────待って!!」

 

何故今まで殺し合いをして命すら奪われかけた相手をかばおうとするか、ユウキには自分でもその理由がわからなかった。強いて言うならただそうすべきだと思ったから。

 

「止んじゃねえ!」「こんな畜生いくら殺したところで一緒だ!」「なぜこいつをかばおうとする!お前も敵か、新入り!!」

 

「だって、こんなの絶対おかしい!!動けない人を一方的に殴り続けるなんて間違ってる!その人にだって家族がいるんだ!殺しちゃいけない!」

 

「うるせぇ!何も知らないガキが勝手なこと言ってんじゃねぇ!」「────────」「お前から殺ってやろうか!!」

 

ユウキの訴えは青年達を振り向かせることすらできずに無為に終わる。もはや反撃すらできない相手への暴行はなにか病的なものを感じさせるに十分な光景だった。

────────この世界はなにか歪んでいる。

表面上は優しかった村人たちは実は凶暴性を秘めていた?いや、違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

こうなってしまった人たちを止められる理屈はないものかと逡巡する。そうしている間にも殴られている男のHPは減り続けている─────どうする?

 

「やめんか馬鹿ども!」

 

止まった状況に老人の声が響き渡る。青年たちは振り下ろす腕を止め、声が聞こえた闇を見る。名前は確か、村長のリカードだ。

 

「なぜ止めるんですか村長!」「こいつは村を滅茶苦茶にしようとした奴ですよ!」

 

青年たちは抗議するが、全員手は止めている。静まったところで村長の一喝が入る。

 

「この馬鹿者が!生かしておけば人質交換なり売り飛ばしたりなりできるじゃろうが!このまま殺すなんて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

村長の静止は襲撃者のことは考えておらず、ひどく合理的なものだった。

これが、戦争。平和ボケしきった日本生まれ日本育ちのユウキにとってそのギャップは強烈なカルチャーショックだった。

そんなことには気づかず、村長は続ける。

 

「ここまでやればもうこやつは一歩も動けんじゃろうて、このお嬢さんの判断は冷静じゃ。さすがはアルファルド殿の傍付きじゃ。よく状況を理解しとる。」

 

無論、ユウキはそんなことは考えていない。単に助けなきゃって思っただけ。それ以上の合理性もそれ以下の思惑もなかった。

 

「して、状況はどうなっとるんじゃ?イヴリースから敵襲があると聞いてはおるが。」

 

「あ、はい。実は正門に行ったら閂が壊されてて────────」

 

村長の誤解は置いておいて状況をできるだけ簡潔に話す。

 

「なんと、それではハーンを修理に向かわせよう。おい!ハーン!聞こえておるな!」

 

「はい!村長!」

 

ハーンと呼ばれた青年は迅速な返事とともに材木置き場から閂代わりになりそうな頑丈な板を選び出し、担いで走り出す。

あの青年、ユウキの静止に最も過激な罵声を浴びせた人だ。さすがの人見知りしないユウキでも苦手意識を持ったが、そんなことは言ってられない。

あちらはあちらでバツが悪いのだろう。

二人は無言で門に走った。

2分ほどで到着したが、そこでの光景は二人の想像を超えたものだった。門の奥には灰色の煙のようなものが対流して半球のドーム状にとどまっていて、その奥の空は夜中にもかかわらず赤く輝いて煙を不気味に彩っている。門の奥からはざわざわと多くの人の訝しむような声が響いている。

 

「な、なにこれ・・・・?」

「いったい何が起こっているんだ・・?」

 

正門の豹変に絶句する二人、一瞬早く己を取り戻したユウキは正門そのものには突破された形跡がないことに感づいた。

足跡は無し、閂代わりのユウキの剣は刺さったまま。ほかの異変といえば────────

 

「これはアルファルドのナイフ!」

 

地面に黒塗りのナイフが刺さっているのを確認する。アルファルドは正門に来たのか、いや、彼が村に戻る退路は既にイヴリースが閉ざしている。

ということはアルファルドは正門前でこれを投げ込んだのか・・・

近づくとナイフには紙が縛り付けてある。きっとメッセージだ。

 

「おい!新入り、何が書いてある!ってなあ!」

 

ハーンが近づいてきた瞬間、小さな炎が空に上がる。信号ののろしだ。

 

「ハーンさん!今から一瞬門を開けるよ!」

 

「はぁ!?お前何馬鹿なこと言ってんだ!?聞こえねぇのか!もうすぐそこまで敵が来てんだよ!それも訳の分かんねぇ煙を放った魔術師も一緒だ!」

 

「アルファルドのメッセージだよ!いいから早く!時間がないんだ!」

 

「くそ・・・デマだったら許さねぇぞ・・・」

 

ユウキは剣を引き抜いて、その直後にハーンは門を人一人分開けた。そこに一つの人影が滑り込んでくる。スライディングして人影が通過するや否やハーンは門を閉め、しまったところでユウキが本物の閂を差し込む。

この間、わずか2秒。即席のチームとは思えないほどの連係プレーだった。

 

「伏せろ!」

 

人影が叫び、門の向こうに向かって野球ボールのような何かを投げる。ボールは放物線を描き、煙の中に消える。

そして────────

 

バースト・エレメント(発破)

 

単純な呪文が響いた後、門の向こう側でこの世のものとは思えない轟音が響く。

巻き込まれたら一瞬で死に至るほどのすさまじい音と衝撃と熱量が発生し、ビースト兵の多くが巻き込まれた。刹那のうちに拡散する炎は眼球を蒸発させ、脂肪を燃やし、体内から水分とHPを消し飛ばす。衝撃と音は骨を折り、内臓を揺らして門で守られていたユウキとハーンでさえバランスを崩させるほどの破壊をもたらした。

 

「ナイス連携だ。ユウキ、おかげで助かったぜ。」

 

アルファルドの感謝は爆発の衝撃にひるんだユウキの鼓膜と心臓が飛び出すほどの動転した精神には届かなかった。

 

「いやいやいやいや!!なにあの爆発!あの雲も火事も全部君がやったの?ねぇ!」

「そうですよ!なんなんスかあれ!どうゆう術使ったらあんなことになるんスか?!」

 

門で威力の大部分を殺してアレだ。今頃敵軍は壊滅状態だろう。

戦車砲の一撃もしのぐあの大爆発、あれほどの威力の魔術はユウキどころかハーンの知識にすら存在しない。

 

「ああ、あれな。雲炎爆粉(ウンエンバッコ)っつー術でな。純粋な魔術での火力でやってんじゃねーんだよ。術は粉塵の固定と着火だけ。あとはあの雲が燃えてくれんの。」

 

異世界転生ものにはよく粉塵爆発を利用した攻撃があったが、あれを実際にやるとああなるらしい。絶対に粉塵爆発には手は出さないぞ。ユウキはそう固く誓った。

 

「じゃああの森火事は・・?」

「あれは俺じゃなくて敵がやらかした。」

「てか門!門燃えてる!」

 

気づいたら正門は燃えていた。あんな爆発を起こしたのだ。当然、木製の扉も櫓も着火する。

問答しているうちに門の火は少しずつ広がっていた。

 

「やっべ、また村長にどやされる。」

「消火!消火しなきゃ!」

「どーしてくれんスかアルファルドさん!」

「ハーンはできるだけ多くの人を呼んで消火作業をしろ!ユウキは教会に応援に行け!俺は上から敵の様子を確認する!」

「「り、了解!」」

 

あわただしくアルファルドは指示を出し、自分が蒔いた事態の収拾にあたる。

とんだマッチポンプだなぁ。なんてユウキは呆れていた。



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神前の殺し合い

先手を取ったのはイヴリースだった。一息のうちに入口まで踏み込むと下段から脳天を狙った刺突を放つ。

渾身の憎悪をもって放たれた一撃は月光を反射する矢となってランファルの脳髄を貪らんと迫る。

しかし、ランファルも覚悟してきている兵士だ。当然の如く首を振るだけで槍を避け、懐に入って刹那のための後に腰に帯刀した刀を抜く。

────────抜刀術か。

イヴリース槍を引き戻して盾に構えて居合をガードする。ガードそのものは成功したものの、すさまじい威力に負けて後方に吹っ飛ぶ。

体勢は崩されないものの、余りの破壊力に両手が痺れる。それに脇腹も少しばかり斬られた。

『こりゃあ拙いな。敵をよく見ないうちに仕掛けたこちらのミスだ。』

大きい隙を見せたイヴリースだったが、ランファルはその隙を追おうとはせずに納刀する。

 

「なんだァてめぇ舐めてんのか、なぜ追撃しない。」

 

「・・・敵に語るべきことなど無い。」

 

問答には答えず、抜刀の構えをとるランファル。その姿はまるで一撃必殺を謳う『侍』のようだ。

 

「そうかィ。こっちはたくさんしゃべることがあるんだがなァ!!」

 

スカートの裏に仕込んだ暗剣(アンケン)を引き抜いて3つ同時に投擲する。アルファルドに頼み込んで唯一教えてもらった技だ。

闇に溶け込み獲物に突き進む3つの剣をランファルは右に前転して避け、椅子を盾にして逃れる。

────────妙だ。あれほどの達人ならあの程度の攻撃、無駄なく回避か刀で弾いてイヴリースを両断しに行ったはずだ。何故そうしない?

続けて暗剣(アンケン)を1本投げ、礼拝堂の壁に沿って走るランファルを牽制する。続いてもう一本、と見せかけたフェイント。これにも反応してランファルは回避行動をとる。

 

「オイ、コラ!随分と大げさな回避じゃねえか!何も投げちゃいないぜ!」

 

イヴリースは無口な敵に挑発を続ける。地力で負ける相手には怒らせて攻撃を単調にするしかない。

仕込んだナイフは残り5本。この5本でランファルの力の正体を暴いてミスを誘わなければイヴリースに勝ち目はなかった。

 

「そらァ!そらァ!もういっちょォ!」

 

3連続で投げつけられるナイフ。このうち2本目はランファルの初撃の延長上で斬られた椅子の破片だ。

どれも命中こそしないものの回避行動をとらせて目的地に誘導する役目は果たした。

 

「ここだァ!」

 

壁際に仕込んだロープを暗剣で切断する。切られたロープはバルコニーに置かれた角材から支えを奪い、走るランファルの走行ルート上に転がり落ちる。角材の雨霰がランファルの脳天を砕かんと直下する────

 

「くっ、仕方あるまい────────」

 

回避は無理と悟ったか、ランファルは抜刀術の体勢を取って降りかかる角材の迎撃に向う。

雷光の如き一閃が白い鞘から青白い閃光と共に放たれ、重力に従うだけだった角材が両断されるどころか吹っ飛んで行く。

 

「この、化け物がァ!!」

 

抜刀後の隙を狙ってイヴリースは全身のバネをフル活用して走り出し、振りかぶって槍の穂先を桜色に輝かせる。

芒天流奥義、枝垂桜(シダレザクラ)、かつての浮遊城では単発ソードスキル『クラッシュ・アイン』と呼ばれた技が叩き込まれるが、ランファルも負けじと刀身を黄色く染め上げて奥義をもって迎え撃つ。

鋼と鋼がぶつかり合い、けたたましい音と火花が上がる。

 

「オオ、ラアァ!!」

「覇ああああああ!!」

 

桜色の光が黄色の輝きを侵食し、黄色い閃光が桜色の光芒を切り裂く。両者の攻撃は衝突地点で停止し、轟音と衝撃だけを残して霧消する。

力と力の押し合いは、イヴリースの判定勝ちに近い形で決着した。ランファルは後方の壁まで後退し、イヴリースは弾かれるが直ぐに体勢を建て直す。

衝撃によってランファルのフードが開かれる。最初の声や剣戟のときの叫びで想像はついていたが、フードの下には女の顔があった。

浅黒い肌をした端正な顔立ちは可愛らしいというより凛々しく、長い黒髪をポニーテールにして1つにまとめている。

頭のてっぺんには獣人の象徴の耳、見た目からしてイヌ科か。

年齢はかなり若く、10代終盤から20代ほど。

女性としては骨太、高身長な体格だが、女性らしさを損なってはいない。

むしろそれが相まって高貴な女戦士といったところか。

 

「お前女かよ。敵じゃなかったらすげぇ好みの顔だぜ。」

 

「貴女がそれを言いますか。」

 

イヴリースの挑発には応じず、ランファルは必殺の期を伺う。間合いはかなり離れた。

無策で踏み込めばあのナイフが待っているだろう。

逡巡するランファルとは無関係にイヴリースの挑発は続く。

 

「お前、なんでいちいち納刀する?めんどくせェだろそれ。」

 

「忘れたのか?敵に語る事など何も無い。」

 

「じゃあ勝手にしゃべらせてもらうサ。てめぇの抜刀術は確かにヤバいがそれは抜刀術に限ったことだ。一度納刀しないとあのバカげた威力は出せねェ。」

「つまりだ、こっちが1度抜かせちまえばどうにかなるってことよ!」

 

この世界では剣の威力は筋力や体格にもよるが、奥義に関して言えばそれよりも意志の力が重要になる。

己の剣は敵よりも強い。修練を重ねた我が剣は無敵だ。

そういった強固なイメージが必殺の一撃を作り上げるのだ。

恐らくランファルは自身の抜刀術に特化した修練を重ね、抜刀時に限定して『至高の一太刀』を作り上げたのだ。

邪道に走ったイヴリースやアルファルドとは対極に位置する剣技。それがランファルの強さだ。

故にイヴリースはランファルが納刀している状態では勝ち目はない。

邪道が王道と真っ当にぶつかる時点で敗北、アルファルドに言わせれば()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

だが、その極端な剣技は弱点を孕む。

初撃からの追撃がなかったのはランファルが抜刀術以外の剣技に自身が無かったから。

ナイフを大袈裟に避けたのは1度に弾けるナイフは1本だけで、弾いたことがデメリットになるから。

ぶつかり合いで争えたのは納刀していなかったから。

ランファルの脆さは、ここに露呈した。

同時にイヴリースも状況は好転したものの、芳しくない。

即席トラップはまだ有るが、仕込んだ暗剣は残り2本。きっと次の投擲1発で使い切る。

しかもこの間合いでは取り出す隙を突かれかねない。

さらに言えば抜刀時もランファルは弱い訳では無い。技後硬直を一瞬で建て直し、反撃できる技量があるため半端な攻撃では返り討ちだ。

 

両者は睨み合い、互いの隙を探っていく。

しかし、膠着は数秒の後に解かれた。ランファルが突撃し、必殺の間合いに踏み込まんと迫る。イヴリースはそれをさせまいと暗剣を眉間と心臓に2本投げつけ足止めにかかる。眉間に放った物は避けられ、心臓狙いは途中で阻まれる。切られた角材の破片だ。

飛ばされた後にランファルは破片を拾って不可視の暗剣への対策にしたのだ。

 

「しま────ッ!」

「遅い!!」

 

必殺の一撃が閃き、イヴリースを両断せんと迫り来る。

それを何とかイヴリースは槍で防ぐ。轟音と閃光が起こり、イヴリースは大きく後退する。

ランファルの抜刀術第2の弱点、放つ前の一瞬の溜めが無かったらイヴリースの上半身と下半身は分けられていた。それほどの一撃。

後退しながら飛び上がるイヴリース。持ち前の身軽さを生かしてバルコニーまで飛び、三角飛びの容量で抜刀後のランファルを空から槍を突き刺しに向う。しかし、初撃の衝撃が大きく、挙動が一瞬遅れる。

────その一瞬が、致命的だった。

ランファルは大きすぎる動きの隙を使って納刀し、後の先を取らんと構える。

逃げ場のないイヴリースに青白い閃光を放たれ無慈悲なカウンターが決まる。

 

そのはずだった。

イヴリースが槍を突き立てたのはランファルの2歩手前だった。当然、刀のリーチでは空振りし、必殺の一撃は誰も殺害することなく空のみを斬る。

その隙を見逃すことなくイヴリースは最後の力を振り絞って跳躍し、突き立った槍の石突を起点に一回転する。

 

「喰らえ、葛ァ───落としィ!!」

 

重力と意志力に突き動かされた踵が落ち、ランファルの脳天に迫る。

必殺を返した一撃はランファルがすんでのところで頭部を避けたものの右肩に突き刺さり、神速の居合を殺した。

 



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一応の決着

イヴリースの渾身の踵落としが決まり、骨が砕ける感触とともにランファルは前のめりに倒れる。

それと同時にイヴリースも踵落としを叩き込んだ体勢から背中から落ちる。

二人が地に背中をつくと同時にどこかからこの世のものとは思えない轟音が響き渡った。

 

「今のは・・・」

「さあァねェ。大方ウチの大将がやったんじゃねェか?」

 

少なくともイヴリースの知る限りそんなことができそうなのはアルファルドだけだ。正門から聞こえたのでユウキの可能性もなくはないが。

 

「それでよォ、続き、やんのかィ」

「無論だ。敵に背中を見せるつもりは毛頭ない。」

 

倒れても闘志は萎えず、二人は第二ラウンドを始めようとする。

槍は深く刺さりすぎて抜けないし、今までに負ったダメージだって相当だ。特に初撃にもらった右脇腹と3発目の居合でやられた右肩が酷い。今までは無理してやってきたが、もはや戦う体力など残ってはいない。

対してあっちはまだ右肩を負傷しただけ。まだ余力を残している。

ランファルは立ち上がり、それに応じてイヴリースも立つ。勝利などありえないと分かっていながら。

 

「あれだけの爆音だ、今頃お前のお仲間は木端微塵だろうさ。今のうちに投降したほうがいいんじゃねーかァ?」

「愚問だな。降りたところでお前たちに殺される未来は変わらんだろう。それにあれをお前たちがやった証拠がない。」

「それこそ愚問だろ。だったらなんでお前らは正門を開けに行ったんだよ。いや、お前らはなんで()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「答える義理など存在しない!!」

 

無傷の左手を握りしめて殴りかかるランファル。両者ともに戦闘続行は困難なはずなのに気力のみで戦う。はずだった。

 

「させるかよ獣畜生が!」

 

床の穴を塞ぎ終わった村人たちがトンカチやらノコギリやらを持って乱入してくる。

負傷したランファルを囲むように村人たちが迫りくる。その眼には憎悪と殺意。とてもではないが敵兵とはいえ怪我人に向けるものではなかった。

 

「これで、終わりだ!!」

村人たちが一斉に走ってくる。

ランファルも応戦するが既に戦う牙は抜かれてしまい、狩られるものと狩るものの立場が逆転し、数という力が一人の少女を飲み込む。

角材、槌、蹴り、拳。暴力の嵐は絶え間なく降り注ぐかに思われたがそれは思いのほか早く終わった。

ただ、凌辱の時間に変わっただけだが。

フードが引き剥がされ、付けた皮鎧が外される。

 

「止めろ・・・それだけは・・」

「へっ誰が止めるかよお馬鹿さん。テメェのお肉は欲しそうにしてるぜ。」

「イヤだ、助けて・・誰か・・・」

ランファルの必死の懇願もむなしく、欲望は満たされない限り続いていく。

麻のインナーが容易く引き裂かれ、押さえつけられていた豊かな乳房が外気に触れる。

 

「意外といい体してんじゃねぇか、やっぱり孕むのがお好きなタイプですかい?」

「この、外道がぁ!」

 

ランファルは渾身の力を振り絞って胸に手を伸ばす男を蹴りつける。

みぞおちにクリーンヒットするが、体勢の悪い状態から放つ蹴りなどただ相手を逆上させるだけだ。多少の抵抗はスパイスといわんばかりに男たちは罵声を上げその魔手を伸ばさんと迫りくる────────

 

が、その行為は一人の声によって中断された。

 

「もうやめて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故────────」

「なぜだユウキ!なんでそいつをかばう!」

 

突如戦場に現れた第三の剣士の登場に二人の驚愕の声が重なり、続いてユウキへの糾弾が上がる。

 

「アルファルドの指示だよ。戦いは終わったから敵は生かして捕らえろだって。」

 

正直これだけの人数相手に説得できるほどユウキは口がうまくはない。だが、アルファルドの名前を出せば話くらいは聞いてくれるだろう。そう判断した結果だった。

村人たちはユウキの思惑どうり荒げていた声を静め、ユウキに問いかける。

 

「本当か?アルファルドがそんなことを言ったのか?」

「うん。それに、ボクだってそんなひどい目に合ってる人を放ってなんてできない。彼の命令がなくったって止めて見せる。」

 

アルファルドの名前を出されたことで村人たちは回答に詰まった。一人を除いて。

 

「ふっざけんな!!アルがそんななまっちょろいこと言うはずあるか!!!そいつはフィーネをさらったんだ!アイツがこいつらを許すはずねェ!!」

 

イヴリースはすさまじい剣幕で腹部の負傷も気にせずに怒鳴る。その迫力にユウキは思わず一歩後ずさるが、負けじと言い返す。

 

「アルファルドだったら情報を求めてこの人は生かすよ。『これは復讐じゃない。フィーネを取り戻す戦いなんだ』ってね。」

 

大嘘だ。アルファルドとはまだ3日ほどの付き合いだ。彼が言いそうなことなんてわかるはずがない。

それでもイヴリースは納得したのか引き下がる。なにせ一番付き合いが長いのはイヴリースなのだ。彼女なら誰よりもアルファルドのことを理解している。そう判断したい上での賭けだったがどうやら成功したらしい。

 

「ふざけるな私は敵に助けられてまで生きながらえるつもりはない!」

「違うよ。」

ランファルの必死の覚悟をユウキは即座に否定する。その言葉はユウキにとってのNGワードだった。

「生きてるんならちゃんと生きなきゃダメだよ。そんな簡単に自分の命を軽く見積もらないで。」

いままで物腰が柔らかかった見るからに実戦経験のなさそうな少女が発する迫力に教会が支配される。

ユウキは怒っていた。他種族を見下して人間扱いしないこの世界に。死への覚悟もできてないくせに口先だけで死を望むランファルに。そして何より何もこの世界を知らない自分自身に。その怒りが何よりの雄弁となって意志の力として空気を換えたのだ。

それに感化されてランファルは冷静さと観察力を取り戻す。

ユウキは肩口の傷を除いてほとんど無傷だ。

正門からこの少女が来たのならば幾人の仲間たちと戦ったはずだ。彼らを無傷で退けた相手とこの負傷で相手にはできない。

間違いない。この少女が『青』だ。とランファルは悟る。実際はアルファルドなのだが。

 

「私の完敗だ・・・好きにしろ。」

 

負け惜しみをつぶやく。

 

「うん。そうさせてもらうね。じゃあ行こっか。おねーさん。ボクとアルファルドの家に。あそこならなんか薬とかあるだろうから!その前に服貸すね。ボクのでよっかったらだけど」

 

半裸のランファルに服を貸し、手を差し伸べる。

その手に応えたのち、ランファルの意識は眠りの中へと落ちていった。

 

 

一方アルファルドは正門の物見やぐらを消火しながら敵を眺めていた。敵部隊は先の爆破で4割が壊滅。これ以上の進行は不可能だと撤退するが、自分たちがつけた火事に苦しみさらに勢力を減らすだろう。

村人たちは一人を除いて全員無事、この戦いはエルナ村の勝利に終わった。だがアルファルドは楽観しない。

その眼はフィーネを取り戻すための次なる戦いを見据えていた。

 

「それはそれとしてお説教タイムだろうなぁ、村長話なげーんだよなぁ。」

 

なんてぼやいていたが。

 

 




第1章の前半、襲撃編はこれにて終了です。
次に奪還編へ向かいます。


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戦後処理ー尋問、そして

戦争が終わったあとは戦後の処理というものがある。ランファルは結局アルファルドの預かりに。ボクと戦ったワーカントは村の地下牢に送られ、村人たちは正門と森火事の消火に当たっていた。

ランファルの尋問、正門の修繕、フィーネの追跡とやることは色々あるはずだったが、最初にユウキたちに待ち受けていたのは村長リカードのお説教だった。

内容は主にこの襲撃を未然に防げなかったことと、正門での爆破と森火事だ。

後半はほとんどアルファルドの所業と勘違いされているものだから村長の目は厳しかった。

 

「お前さんのせいで10年かけて育てたスギが全滅じゃろぅがい!どうしてくれるんじゃ!」

「だからあれは敵の魔術だって!」

「どちらにせよお前さんの爆破で吹っ飛ぶじゃろうが!」

「そこまでいかねぇよ!精々1/3くらい…」

「どちらにせよ被害甚大じゃろうが!報酬は払うがそこから被害補填と修繕費を引かせてもらう!ワシは『青』とて容赦せんぞ!」

「んなご無体な!俺一人のポケットマネーで払えるわけないだろ!」

「王都にいって騎士にでもなんにでもなって高給取ればいいじゃろ!」

「嫌だわ!あんな陰湿なとこ!」

「ええい!文句ばかり…」

 

口答えするアルファルドの隣でユウキは無言で正座する。

こんなに長引くのはアルファルドのせいなのではないだろうか?

そもそも正門で爆発を引き起こしたのはアルファルドでユウキは関係のない話だ。

しかし一応自分も戦っていたので連帯責任と割り切るしかない。少なくとも村長は連帯責任と思っているだろう。

もしかしてブラック企業なのでは?傭兵会社アルファルド(2名)は。

ちなみにイヴリースは怪我人のためお説教は後日。

死活問題がかかっているアルファルドはともかくユウキは早く終わんないかなぁと思っていたが、リカードのお怒りはユウキにも飛び火した。

 

「お前さん、何黙りこくっておるんじゃ!アルファルドの馬鹿のやらかしは側付きの責任でもあるのじゃぞ!」

「そんな!?」

「側付きの躾もなっとらんのか全く…お前さんにも連帯責任で賠償させてもらうからな。覚悟しておくんじゃぞ!」

 

この世界で目を覚まして3日目、ユウキ借金を負う。定職に就いたはいいもののお先は真っ暗だ。

その後とリカードとアルファルドの口論?は2時間も続き、ユウキの足は感覚が無くなっていた。

 

************************************************

 

 

 

「さて、これからランファルっていう敵の尋問に向う。付いてきてくれ。」

 

村長のお説教が終わり、痺れる足を引きずりながら帰宅して早々、アルファルドは切り出した。

確かに捕虜を捕らえたら情報を引き出すことは理解出来る。だが、何故ボクを同行させるのかが分からなかった。

 

「え?ボクもいくの?ボクあんまりそういうの好きじゃないんだけど…」

「好きじゃなくてもいつかやらなくちゃいけないことだから経験させておきたくてな。それと乱暴な手段はあんまり意味が無いみたいだから大丈夫だ。」

「え?」

「いや、なんでもない。」

 

アルファルドは物理的拷問を使わないではなく意味が無いと言っていた。

その違いが分からなかったが。

 

ランファルはアルファルド家の二階の部屋に両手両足を縛って拘束している。元々はユウキの部屋だ。

狭い廊下を通って件の敵兵と対面する。

ランファルの状態は酷いものだった。

まず、服がボロボロだ。胸のプレートは奪われその下のインナーは引き裂かれて豊かな乳房が露出している。

一応ユウキの服を貸して大事なところは隠してはいるものの男性であるアルファルドに対面させるにはいささか露出度が高い。

下半身を覆う革鎧は既に無く、露出を多くされた服装から覗く肌は青痣だらけ。

特にイヴリースに壊された右肩は赤く腫れあがり、放っておいたら壊死しそうだ。

 

「酷い・・・」

あまりの惨状に目を背ける。これはひどい。いくら敵兵といえどこんな残酷なことってあり得るのか?

 

「ユウキ、頼みがある。」

「何?これ以上あの人に酷いことをするならボクは止めるよ。」

「これからやることは村の皆、特にイヴリースには言わないでくれ。」

「う、うん。」

 

返事を聞くより先にアルファルドは歩き出し、式句を唱える。

 

「システムコール・ウォーターエレメントジェネレート・コード・ヒーリング」

 

アルファルドの手の中に2つの青い輝く球体が現れる。

球体は溶けだすように光の霧となって手のひらに拡散する。

そのまま光る手のひらでランファルの右肩に触れていくと光が収まりだんだん弱くなった後に消えていく。

 

「アルファルド、何をしたの?」

「回復魔術だ。ちっ、やっぱり俺じゃあへなちょこ効果しか出ないか・・・」

「なぁんだ!やっぱり治してくれるんだね!」

 

暗い地下牢の中、ランプを近づけてアルファルドが触れた部分を見ると心なしか内出血の痣が小さくなっているような感じがした。

アルファルドはランファルの傷の治療の意思はあるものの立場上、それを公にはできない。それゆえユウキに口止めした。だから彼女を助けられると思ったのだが────────

 

「いや、無理。」

 

予想外の返答に閉口する。アルファルドは確かにランファルの治療を試みた。

恐らく村の住人たちは彼女を害すれど治療などしないだろう。ならば治療しようとしたアルファルドが唯一の希望なはず────────

 

「ユウキ、魔術についてはどれだけ知識がある?」

「全然何にも知らないよ。最初に君に教えてもらったくらい。確か地水火風の属性とそれに対応した適正があるんだったっけ?」

 

初日にアルファルドに少し教えてもらったことだ。確か適正によってできる魔術の規模が違ってくるとか。

 

「基本的に治療術式の属性は水なんだが、あいにく俺は壊すのは得意でも治すのは下手糞でな。適性があったお前にやってほしい。」

 

確かアルファルドの水適正はD+、最低にかなり近い適正だった。対してボクはA、適正で言えばボクがやるのは当然だけど

 

「でもボクは魔術なんて使ったことないし呪文だって何も知らない。いったいどうやって治すのかさえ分かんないんだよ!?」

「ああ。だから練習すんぞ。」

 

そう言ってアルファルドは踵を返す。だがそれはすぐに背後から呼び止められた。

 

「待て・・・貴様らは何故敵を助ける・・・?」

 

アルファルドの魔術が効いたのかそれともただの気力か、ランファルは目を覚まし二人を見据える。

 

「こいつはどうだか知らんが俺には思惑はあってお前には利用価値がある。お前から情報を引き出すまでは殺したくはない。」

 

「それは殺さない理由であって助ける理由ではないだろう!!答えろ!!」

 

一度はランファルを治療する意思を見せたアルファルドだが、捕虜の激昂を流すほど甘くはなかった。

ナイフを取り出しながら反転し、一瞬のうちに接近したかと思えば空いている方の手でのどを掴んでベッドに叩きつける。

振り上げられるナイフ。

「アルファルド!」

ユウキの静止も聞かず、迷いなく振り下ろされる金属片が左胸に落ち────────

少女の柔肌を傷つけることなく止まった。

 

「な、何を・・・」

思いもよらないアルファルドの行動に二人とも閉口する。

10秒ほど続いた静寂を破ったのはアルファルドだった。

 

「お前、素人だな?」

「な、何を言って」

「覚悟ができてねーっつってんだよ。殺さないっていう敵の言葉信じるわ、この程度の拘束解けないわ。情報を渡さないかといってといて自決すらしてない。やってることが一々ヌル過ぎる。」

 

「挙句の果てに殺そうとしたとき目をつむりやがった。とてもじゃないが戦場に出ていい奴じゃない。故郷に帰ってママのミルクでも飲んでろよガキンチョ。テメーみてーなのが戦場にいるのが一番腹立つんだよ。負けたやつは名誉の戦士すら許されず利用されるだけ利用されて死ぬ。そんなことも分かんねぇのかよお前は。」

 

アルファルドは吐き捨てるだけ吐き捨ててナイフをしまって背を向ける。

確かにランファルはボクに助けられた時もやけに素直に投降した。

それは思惑があってのことではなく死ぬ覚悟ができていなかったから。アルファルドはその弱さをいともたやすく看破していた。

彼は敵に対して憎悪するのではなく覚悟ができていない者を戦場にいることに怒り、悲しんでいた。

ほかの村人とは違ってアルファルドは種族関係なしに人々を平等に見ている。

歴史的にこの世界の住人たちに焼きつけられている意識からアルファルドだけがその影響を受けていなかった。

 

「それにお前が敵情報を持っているかも怪しい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだろ?」

 

「「────────────────ッ」」

 

驚愕の声がアルファルドを挟んで共鳴する。

 

「貴様、なぜそれを・・・」

「ちょっとそれどういうこと!この人たちは村を襲撃するために来たんじゃなかったの!?」

 

ランファルたちはアルファルドや村人に気付かれずに地下道を作り、教会から侵入、そこでフィーネに見つかり、何らかの形で口封じ、その後村の正門を解放し、すんでのところでボクたちに阻まれた。

正門の部隊と彼らは共犯でなければならないはず。

なのにアルファルドは全く逆の言葉を発し、ランファルそれが事実のようなリアクションをしている。

 

「気付いたのは戦いが終わった後のことだ。確信を持ったのはお前らのお仲間の遺体の体毛が獣人にしては薄かったこと。それに退路にわざわざ教会に戻ろうとしていたことが理由だ。」

 

「え?それだけ?」

アルファルドの推理の種は意外なところにあった。

体毛に関しては確かに不思議に思っていた。

暗くてわかりにくかったこともあったが初日の二人と今日のワーカントやランファルでは確かに後者のほうが人間よりな見た目をしていた。

ランファルについては女性だからとか獣人も個人差があるのではないのかと思っていたが、そうではないらしい。

だが、教会のほうの理由については解らない。

なぜそんな少ない情報からランファルたちの事情が把握できたんだろう?

 

「お前たちは門を開けたあと教会に戻ろうとした。わざわざ教会の前に見張りまで残してな。これがどうにも引っかかっていた。本隊に突入させたら本隊と合流すればいいはずなのにわざわざこいつらは教会に戻っていた。教会に拘ったのは一体何のためか?とずっと疑問に思っていた。」

「なるほど。確かに。妙な話だよね。」

 

アルファルドの疑問は当然のものだった。生きと帰りを同じルートにしなければならないなんて奇妙な話だ。

 

「それに一度は開門に成功しているにもかかわらず本隊の突入タイミングがずれていた。最初はただのミスだと思ったが、さすがに杜撰すぎる。さて、ユウキ。なぜこいつらの連携はこんなにグダグダだったと思う?」

 

質問を投げかけられるが、当然わからない。着眼した違和感はたしかにユウキも納得のいくものだったが何分この世界に来たばかりの身ゆえ考えがまとまらない。

ただ他に疑問の余地があるとすれば────

 

「ランファルたちが獣人じゃないから?」

 

アルファルドは体毛が薄いと言っていた。最初にあった獣人はいかにもファンタジー作品に出てくるような風体をしていたが、目の前のランファルは側頭部でなく頭頂部に耳がついているだけだ。

戦闘時は暗くて観察する余裕がなかったからわからなかったが、今思い返すとワーカントもそこまで獣っぽい風体をしていなかったように感じる。

 

「そうだ。こいつらは獣人の仲間ではないが何らかの形で利用されていた。と考えるのが妥当だろう。それに地下道なんて作業どうやったって村人たちに見咎められる。穴の長さから察するに土の魔術を使ったところで時間はかなりかかる作戦になる。それに獣人は魔術があまり得意ではない。あんなトンネル掘ることさえできないはずだ。」

 

そう言ってアルファルドは肩をすくめる。

この人、この状況下でそこまで見抜いていたのか。

年に似合わない白髪、真実を射抜く鷹のように鋭い目、淡々とした口調が推理小説の主人公のようだ。

 

「俺の推理は話した。これからはお前が答える番だ。一体お前たちは何者なんだ?」

 

核心に迫る。この一連の襲撃事件の真実に。その問いが今投げかけられた。

 



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戦後処理その二ー救援要請

問が投げかけられる。

二人の間の空間にはまるで空気に逆鱗に触れたような刺々しい沈黙が流れていた。

 

「分かりました。どちらにせよ失敗した以上我々に未来など無いですからね。ならば『青』に()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

ランファルは奇妙な言葉でしばし続いた沈黙を破る。

その表情は自分一人の命がかわいいというよりは何もかもをあきらめたような諦観と悲壮感に満ちていた。

 

「どういうことだ?正門の連中と君たちは敵同士だったのか?」

「先にあなたの問いに答えます。()()()()()()()()()()()()()。」

 

「え!?人を襲うのは獣人だけのはずじゃないの?」

 

確かこの世界では人と獣人がお互い争い、その過程で捕らわれる人たちが出ている。そういう世界だったはず。なのに獣人ではない人たちがボクらを襲うのか?

それとも獣人たちに雇われたか。いや、あの酷い差別意識を持っている人々がそう簡単に獣人の軍門に下るとは思えない。

それに容姿そのものは人間だが獣人特有の耳を持つランファルは一体どの陣営に属しているのか。

それともあの差別意識はエルナ村だけのもので地域差があるのか?

 

「原則的にはそうですが例外というか抜け道があり、それが私たち、ハーフビーストなのです。」

「つまりは人間と獣人のハーフってこと?あ、だからその耳。」

「ええ、その通りです。私は獣人の血が薄く、耳が生えているだけなのですが濃い者だと全身毛深い人もいます。また、耳が側頭部についている人もいるので法則性はありませんが。」

 

成程。ランファルが耳を除けば人間の見た目をしているのにエルナ村を襲った理由がそれか。

どちらの陣営でもない第3勢力、ランファルたちの正体がハーフなら説明がつく。

 

「では順を追って話します。あなた方はハーフについてどれほどご存じですか?」

「存在は知ってるが実物は赤ん坊か死体くらいしか見たことがない。」

「全くもってなーんにも知らないんだ。ちょっとしたことでボク記憶喪失でさ。この世界のことは全然わかんないんだ。」

 

二者2二様の回答をする。記憶喪失のことは隠したほうがいいのか迷ったけどとりあえず正直に話す。

アルファルドは『余計なこと言うな』と言いたげな視線を送ってくるがまあ、それはそれだ。

 

「記憶喪失!?大丈夫なんですか貴方は!?」

 

言い訳とはいえ記憶喪失というとかなり心配される。

この人、悪い人ではないな。敵に捕まって敵の心配する当たりかなりいい人だ。

横の相棒も似たようなものだけど。

今まであった獣人たちに比べると随分と話の分かる人だ。

 

「ちょっと不便なだけで今はアルファルドもいるしそこまで苦労してないよ。それよりも続き、聞かせて。」

「わかりました。ではハーフについてから。一般的にハーフは望まれた出生をしません。なぜなら夫婦間で生まれる子供ではないからです。」

「どういうこと?」

「どちらの種族にせよ捕らえられて帰ることのできなかったものは男性なら強制労働、女性なら体で働かされることが多いです。」

「体って・・・・」

「まあ、珍しい話じゃないがな。」

 

かなり直接的な表現だ。アルファルドにこの世界の現状を教えてもらった時そういうことが起こりうる世界とは聞いていたが目の前に実例があるとは思わなかった。

旧SAOでは性行為ができたと聞いている。それにVRエロゲーなんてものだって存在していた。

だからこの世界が本物の異世界がザ・シードをベースに生まれた仮想世界なら生殖行動ができたってかまわないだろう。

だが、あの世界ではハラスメントコードで守られていた。強制的な性行為やその結果子供ができるなんてあり得ないはずだ。だがこの世界に法則はあってもルールはない。

弱者は守られず守るものが存在しない。ここはルーツはどうあれ、本物の異世界なんだ。

これだけ生々しいものを見せつけられると本当に仮想世界なのか疑わしくなってくる。

魔法と高度に発達した科学は見分けがつかないというがいったいこの世界は()()()()()()

 

「その結果できた子供が私たちです。私たちを宿した母がとる選択肢は二つ。捨てるか、守るか。私たちはハーフ故に捨てられた子供や必死にわが子を守ろうとして脱走した母親が作った集落の人間です。」

「私たちは少人数ではありますが森の中で狩猟しながらひっそりと暮らしていました。生活は不安定で日々の食料も怪しい生活でしたが、獣人・人間双方に存在を気づかれぬよう拠点を転々としながら生きていくしかなかった。」

「しかしその生活も2か月前に終焉を迎えました。集落、私たちは隠れ里と呼んでいるのですがそこに中規模の獣人の部隊が攻めてきました。そん性質上男手の少ない我々は容易く追い詰められ、殺され、略奪の限りを尽くされました。その結果父と母が戦死し、里の約半数が戦死。我々全員が捕まったがリーダーらしき男、名をアガメムノンと名乗った男が私たちにある命令を出したのです。」

 

ランファルの話に絶句して言葉も出ない。これがこの世界の闇、そして現状。

アルファルドは平然としているがボクにはそんな風には受け止められない。この世界はたとえ作られたものだとしてももう一つの世界なんだ。

 

「『この東にエルナ村ってのがある。そこの正門を2か月以内に開けて俺たちを入れろ。作戦が成功したらお前たちの処遇、いくらか融通してやってもいいぞ』と。」

 

「成程ね。俺たちがつけるべき落とし前はそいつらか。だがお前たちは連中がそんな口約束を守るとでも?」

 

アルファルドは苛立たし気に口を開く。確かにランファルたちの事情は理解できるが、それで襲撃されたエルナ村はたまったものじゃない。

それにアルファルドの指摘ももっともだ。略奪する側が奪われるほうを気にするとは思えない。それにボクにだってそんな約束反故にされそうなことくらいわかる。

 

「勿論我々も鵜呑みにしたわけではありません。ですが、嘘だとしても私たちは従うしかなかった。いえ、私たちはこの仕事が終わったら連中がエルナ村に蹂躙されているうちに一人でも多くの同胞を逃がす予定でした」

 

「俺たちは囮、か。俺の存在は知ってたんだろう?舐められたものだな。それに俺はお前らの事情などどうでもいいんだ。まさか俺たちがお前らを助けるとでも?冗談じゃない。とっととフィーネの居場所を吐けや。」

 

口先は厳しいが怒気は感じられない。

ランファル質の事情には同情するがボクの心理的にはアルファルドと同意見だ。先に仕掛けてきたのはあちら。彼女の行動は獣人たちに害すれど自身に利するものではない。

どうせこのままなら・・・といたやけっぱちのような自白だ。

 

「あのシスター服の方のことですか。我々の作戦は彼女のせいで大きく乱れました。彼女の口を封じるために実行部隊のうち2人が途中離脱してしまいましたから。」

 

「口を封じてって・・・まさか・・・」

「殺した、なんて言ったらお前の価値はなくなる。勿論そうは言わねえよな。」

 

最悪の想像をしてしまう。彼女たちの境遇には同情するしかないけれどもあの子を殺した人たちを助けようと思えるほど聖人君子じゃないし、何よりアルファルドは絶対に許しはしない。

 

「いえ、殺したわけではありません。彼女は我々が連れ去りましたが、危害は加えていません。獣人たちも知らぬこの西の竹林にある拠点に拘束しています。教会のシスターなら利用価値がある。魔術や薬での治療行為や追跡を撒くために彼女には協力してもらおうとしていました。」

 

ランファルは話が進むにつれて口が回らなくなっていった。

彼女からすれば決死の作戦が失敗に終わって敵に捕まり、苦渋の判断の末に誰に相談することなくボクという敵にすがるしかなかった。まさしく最悪の状況だろう。

なんとかしてランファルたちを助けたい。

本来敵のはずの彼女にボクは何故かそんな思いを抱き始めた。

 

「フィーネの居場所はそこであってるんだな。」

「ええ。」

「嘘でないという保証はない。お前を連れて道案内させる。お前らの監視役は俺が殲滅したんだ。もうこれでフィーネの居場所を知ってるやつはお前しかいないんだからな。」

「ハーフの人たちはどうするの?」

「どうって、ほっとくほかないだろ。俺たちはフィーネを取り戻せればそれでいいんだし。わざわざ他人事に首突っ込んでケガしてやる義理はねえよ。」

 

アルファルドは今度こそ背を向けて去ろうとする。ランファルの懇願は敵わず、ハーフの一族はここに終焉を迎える。

正論なのはアルファルドのほうだ。先に仕掛けてきたのはハーフの一族のほう。アルファルドはそれに報復するどころか治療までしたのだ。これ以上の譲歩はない、彼は十分にランファルに礼を尽くしたんだ。

それでも、ボクはアルファルドにハーフの人たちを見捨ててほしくはなかった。

彼だけはこの世界で唯一人を平等に見れる人だからだ。

 

 

しかし、ランファルも無策でアルファルドを説得しようとはしていなかった。

「待ってください。無論謝礼はさせていただきます。」

 

「確かに俺は傭兵だ。金の都合がつけば気まぐれにお前たちを助けるかもしれん。だが全滅寸前の弱小一族に人を雇えるほどの余裕があるとでも?出世払いはお断りだ。それにフィーネを交渉の道具に使おうとは思うなよ。それをやったらお前の未来はないと思え。」

 

忠告が入る。アルファルドは金次第ならランファルたちに力を貸すこともやぶさかではないらしい。

殺し合ってきた相手と一緒に酒が飲めるのが傭兵の流儀なんて話を聞いたことがあったがアルファルドもそういう類の人らしい。

 

「これを。我が一族に伝わる秘宝です。」

 

ランファルは首にかけられた飾りを差し出す。

3センチ角のきれいな透明な石だ。磨かれた形跡はないのに表面はつるつるとして丸っこく、高い屈折率をもつ輝きはダイヤモンドのようだ。それになにか力のようなものを感じる。

 

「驚いたな。無属性の大粒の魔鉱石か。だが少しばかり交渉材料としては足りないな。」

「ねぇ、魔鉱石ってなんなの?魔術を使ううえで必要なものなの?」

 

聞いたことのない単語が出てくる。

こういうファンタジー世界の常識に照らすと魔鉱石は魔術の触媒になったりそれ自体が力を持ったりするものだが、この世界でもそういったものなのだろうか。

名前からして高値で取引されていそうな感じがする。アルファルドのせいで連帯保証人になってしまった借金返済の足しになるだろうか。

 

「魔術を扱ううえで必要な魔術因子を一定量保存できる鉱石だよ。耐久限界はあるけど結構便利で重宝されている。このサイズだと半永久的に使える物で王都あたりだと結構いい値で取引されてるって聞いたな。」

 

「我が一族はエルダー大森林中に良質な魔鉱石の鉱脈を発見しています。これは獣人たちには伝えていません。我々の鉱脈の情報とこれををお譲りします。」

「じゃあさ、村長に負わされた借金とかの足しとかになるわけだ。よかったじゃん。これチャンスかもよ!」

 

アルファルドの協力を取り付けるためにランファルは絶好の材料を出してきた。

なにせこちとら多額の借金を負っている身だ。

負債返済のためにはランファルの言葉にのるのも一つの手、差別意識とは自由なうえに合理主義のアルファルドなら乗ってくるかもしれない。

 

「証拠は?その魔鉱石が偶然拾ったものではないという保証がどこにある。それにお前がそれをどうこうできる権限があるのか?」

「私は首長の娘です。それに命には代えられない。一族の皆も納得はするでしょう。証拠についてはこれと他にいくつかアジトに魔鉱石があります。それをあなたに前金として渡しますのでそれで信頼していただくしかないかと。」

 

アルファルドは眉間にしわを寄せて考え始める。

彼とてランファルがここで嘘を言っても何の意味もないことは解っているだろう。

彼女がここで語ったことが嘘だとしても結局彼女が売り飛ばされることは変わらないからだ。

彼女の話に乗るメリットは魔鉱石の話が本当なら借金を返してもおつりがくること。加えてノーリスクでフィーネを救い出せることだ。

リスクはあるが交渉としては悪くない。

 

「糞、なんで俺は側付きと捕虜の口車に乗せられようとしてるんだ・・・」

 

悪態をつきながら視線を逸らすアルファルド。

 

「ユウキ、一応確認するがもうひと働きしてもらうが構わないか?」

「大丈夫だよ。まっかせて。これでも体力には自信あるんだ。」

 

あくまでゲームでの話で現実の肉体は虚弱極まりないものだったが、この世界での肉体は思ったよりも頑丈で体力もある。

それになにより世界から差別されているランファルたちをほっとけなかった。

 

「鉱脈の情報じゃ足りねぇ。テメェらを助けたら一族郎党鉱脈で働いてもらうぞ。レートは6:4で6が俺だ。魔鉱石は人間側のルートでさばいてやるからテメェら全員まとめてこき使わせてもらう。覚悟してもらうぞ。」

 

口は悪いもののアルファルドはあろうことかハーフの人たちに働き口まで用意する算段までつけ始めた。

 

なんだかんだ言って面倒見のいい人というか、非情に見えて非常に徹しきれない人。

というのがユウキのアルファルドの印象だ。

敵の人間に治療するばかりか助言まで与え、立場的に圧倒的優位にもかかわらずランファルと対等に接していた。

その優しさが、ユウキがアルファルドについていく何よりの理由だった。

 

「ありがとうございます。この御恩は必ず返させていただきます。」

 

こらえきれず涙を流すランファル。

アルファルドは彼女にかけてあったタオルを投げ渡して叱咤する。

 

「泣くのは全部終わってからだ。今は無理やりでも動いてもらうぞ。それにフィーネの身柄が先だ。あいつを取り戻すまではこちらは君たちに協力できん。っつーかこの関係も明るみにしてはいけない関係なんだ。リスクに対するリターンを期待しているぞ。」



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戦後処理その三ー治療

アルファルドとランファルの交渉は成立。

正直これから連戦が始まるのだと思うと気が滅入るのだが、異世界生活開幕に借金を負うというのもなんかヤバい気がするのでアルファルドに協力する。

ペインアブソーバ無しのこの世界で戦うのは不安がないわけではないがもう既に2回も乗り越えた身だ。

楽観しているかもしれないが、あれが獣人たちの平均的な実力ならタイマンか二人くらいなら何とかなると思う。

それに本当のところ、ランファルの一族を救いたいという気持ちは本当なのだ。

 

「それで、敵やお前らのお仲間の位置は一体どこだ?」

「西エルダ川沿いに済んでいました。いまや奴らの拠点に成り下がりましたが。」

 

西エルダ川、どこかで聞いたことのある名前だ。そう昔のことじゃないはず。

 

「ってボクたちが明日夜襲しかけるところじゃん!」

「その通りだよ。」

 

思ったより話は色々と繋がっていた。これから襲撃を仕掛けようとしている相手に襲撃されたのか。

世間は狭いなんてものじゃないくらいの偶然だった。

 

「どういうことですか?」

「お前らのキャンプを俺たちの仲間が明日の夜カチコミに行く日程になっている。お前らの襲撃がなければ俺たちはそっちに出る予定だったんだが、まさかキャンセルした予定が復活するとはな・・・」

 

予想以上に複雑な状況になってきた。戦況はランファルたちを襲った獣人たちとアルファルドがともに戦うはずだった人間の傭兵部隊、そしてボクたちとハーフの一族の三つ巴を呈している。

獣人たちは人間の撃退、人間たちはキャンプの部隊の制圧、そしてボクたちはその混沌としたな状況下でハーフの一族を救出しなければならない。かなり難しいミッションだ。

 

「これ、予想以上に大変なことになってない?」

「逆にチャンスだともとれる。作戦失敗がばれるのは時間の問題だし獣人共の目は傭兵部隊に向く。俺たちはそのどさくさに紛れてハーフの一族を回収すればいい。」

「どさくさって・・・まぁ確かにそんな考えもあるよね。」

「そうそう、無理矢理ポジティブ」

 

確かにこの戦力ではあの集団の大本を相手するのは無理だ。

たしかに敵の敵がいることは状況が楽になるだろう。しかしそんな大乱戦の中でどうやってハーフの一族の一族を救出するんだろう?

 

「救出はお前らとユウキでやってくれ。俺は表向きは傭兵部隊として参戦してお前らの脱出ルートをさりげなくサポートする。保護と脱出はお前らの手にかかってる。頼んだ。」

「なるほど、貴方にも表向きの立場がありますからね、表立って私たちの味方はできないのでしょう。それに人間側の情報を把握する必要がある。わかりました、自分の仲間は自分で助けます。」

「ボクもいるからね。まっかせて、きっと皆助けて見せるから。」

 

向かうは西、ハーフの一族を救出し、この事態の元凶を叩きに行く。

新たな戦いがまた始まる。

 

 

 

大まかな概要が決まった後、アルファルドが何らかの物資の補給を始めていた彼の戦闘スタイルからして結構消費が激しタイプなのだろう。特にあの正門での爆発、雲炎爆粉(ウンエンバッコ)という魔術はそのデタラメな火力からして結構コストがかかるに技だ。それゆえアルファルドはその補充をしなければならない。

その間にボクはランファルの応急治療にあたる。彼女も大事な戦力だ。

本格的な治療はフィーネにしてもらうらしいがその前に迅速に案内できるように足を重点的にやってほしいというのがアルファルドの依頼だった。

 

「いやぁ、ごめんね。ボクの師匠素直じゃなくて。大丈夫?痛くなかった?」

「問題ないです。彼の言葉は正しかった。私は戦士として戦場に立つにはあまりにも未熟に過ぎ、こうして生き恥を晒している。あなたの前で言うのもなんですが無様ですね、私。」

「全然無様じゃないよ。今生きててこれからも生きる意志があるんならいくらでも生き恥は掻いていいってボク思うんだ。失敗したって生きてれば取り戻せるものはあるんだし。」

「・・・そうですか。貴女には不本意でしょうが今日、貴女に会えてよかった。」

「はは、なんだかくすぐったいなぁ。それじゃ始めるね。えーっと確かしすてむ・こーるだっけ?うーんと、次は…」

 

ユウキの手のひらから青く光る光の玉が出現し、続く呪文ともに光が拡散してランファルを照らす。

ランファルは力なく笑ってその青光を眺めていた。

本当のところ、ランファルは作戦が失敗して仲間の多くが死に、一族の全滅が確定したにもかかわらず降ってわいたように敵だったアルファルドの助力を得られた時、自分が持ちかけた話しながら耳を疑っていた。

 

歴史上ハーフは人間、獣人双方から差別され、疎まれ、迫害されてきた、実際にランファル自身、それを受けてきた身だ。

だからボクやアルファルドのような人間と会うこと自体ランファルにとって初めての経験だった。

それに、魔鉱石の情報だけではアルファルドが味方になる可能性は低かった。

魔鉱石の情報そのものが嘘だと言われればそこまでだし、情報だけ吐かされて終わることやアルファルドがハーフと組むリスクを恐れて決裂する可能性だって大いにあった。

彼がそれをしなかったのは彼だけに見られる平等性と正門火災の借金のせいだろう。

それにユウキの存在も大きかった。

アルファルドがランファルの提案を呑んだのはユウキが自分たちを救うことを望み、それに応えたからに過ぎない。

経験したことのない優しさと幸運を手にしたランファルは現実感が持てなかった。

これからが本番のはずなのに情けないと自分でも思うのだが、思うように四肢に力がはいらなかった。

 

そんなランファルを見かねて声をかける。

「ねぇ、ランファルさん、一つ聞いていいかな?」

少し遅れて返答が帰ってくる。

「は、はい。なんでしょう。」

 

「生き恥は掻いちゃダメなのかな?」

一番気になったことを聞いてみる。騎士や戦士みたいな考え方なんてできないし、ボク自身かなり生への執着が強いほうだ。

だからわからなかったのだ。生きることを諦められることを。

 

返答は、なかった。だからボクは続けて話す。

「ボクもさ、いつ死ぬかわかんない時も友達だと思ってた人たちがくるっと手のひらを返して差別された時もあったんだ。でもね、死のうなんて一回も思わなかったんだ。」

「ユウキ、貴女は・・・」

 

口が勝手に言葉を紡ぎだす。なぜかこれだけは彼女に言いたかった。

「ボクはさ、今生きててこれからも生きる意志があるんならいくらでも生き恥は掻いていいと思うんだ。失敗したって取り戻せるチャンス、生きていればいくらでもあるんだから。」

 

正直自分でも自分が何を言いたいのかわからない。

ただ、大切な人がまだ生きているのにそれを投げだすってことは違うと思ったから言葉が勝手に口から出た。ただそれだけだった。

そうだ。確かに闘病の苦しみも、無菌室から出られない不自由も、ボクたち家族がエイズ患者だってことで回りが手の平を返したこともつらかったし、何度も投げだしたいと思った。

それでも死にたいなんて一回も思ったことはなかった。

自分から出た言葉に気付かされる。

ボクがランファルを救いたいと思ったのは憐憫からではなく、大切な家族を一度諦めた諦観を、理不尽な理由で差別されるこの世界を、ボクはただ気に入らなかったからだ。

 

「・・・・そうですね。ありがとうございます。ユウキ、貴女は強い人だ。」

「ボクは全然強くなんてないよ。今だってアルファルドに頼りっきりだし、とてもじゃないけど一人で生き抜ける自信はないんだ。ただ生きてたいだけ」

「そうですか。ですが私はそれが貴女の”強さ”だと、そう思います。」

「ありがと。それじゃあいくね、システム・コール────」

 

二回目のトライ。治るように祈りを込め、さっきアルファルドが詠唱した呪文を唱える。

祝詞は前よりも力を持ち、強い光とともにランプの明かりしかない部屋を照らした。

手を離すと多少の腫れが引いた程度の結果に終わった。

初めての魔術だったが効果がアルファルドより出ている。彼、本気で才能無いんだ。と思うと少しおかしかった。

その後も繰り返し同じ行動をしたがここから4回目のトライで魔術が使えなくなった。

 

「あっれー?どうして発動間にボクはランファルの応急治療にあたっていた。しないのかな?もしかして噛んだ?それともMP切れ?」

「そのMPというのは分かりませんが多分ここの天使の力(テレズマ)が切れてしまったのでしょう。」

「てれずま?何それ?魔力みたいなもの?」

「そういう言い方のある地域もあるみたいですね。要は空間に存在する魔術を扱うためのエネルギーです。」

 

定番の設定だが魔法には使用制限があった。

なるほど、アルファルドが教えてくれずにボクに丸投げした理由がこれか。

ボクが彼に頼ってしまえば彼が天使の力(テレズマ)を消費してしまい、ランファルの治療が大きく遅れる。

この世界の魔術がどれだけの威力を発揮するかはまだサンプル不足だけれども、アルファルドが言うには魔術だけでは正門のアレみたいな大規模爆撃は出来ないらしい。

便利な様に思えてこの世界の魔術は工夫しないとALOみたいな典型的な魔法ファンタジーと比較すると結構しょぼいように感じる。

魔術攻撃のほうが遠距離攻撃できて強そうだがそれがあまり行われないということは魔術が剣より実戦に適さないからだろう。

まぁ、その逆を行くアルファルドみたいな暗殺爆殺型魔術使いもいるが。

あの人、何処ぞのバーサクヒーラーより属性盛りすぎなんじゃないか?

 

「ごめんね。初めての下手っぴな魔術で天使の力(テレズマ)使っちゃって。キミが自分でやった方が良かったのに。」

「いえ。私自身水属性の適正は無いので貴女がやってくれて良かった。ありがとうございます。不思議な方ですね。貴女たちは、本当のところ私は交渉なんて成立すると思っていなかったんですからね。」

「えへへ。何だか褒められると照れるなぁ」

 

 

それでもボクはハーフの一族を助けたかったし、それはアルファルドも同じだろう。

その証拠とばかりに術の名残の天使の力(テレズマ)が青く輝いていた。



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再会

「ふぁ~~~~~あ。」

 

静寂と闇が支配する深い森の中、場違いなあくびが響く。

村から出て20分が経過した。

現在午前0時15分。午後8時のランファルたちの夜襲からリカードのお説教、ランファルの尋問と特濃にもほどがあるほど濃い一日だ。これでこの世界にきて3日目なのだから勘弁してほしい。

精神力には自信があるユウキだったが流石に疲れた。

自分で選んだ道とはいえこのままだと徹夜コースは確定。

ランファルの隠れ家が村から徒歩で30分ほどの距離にあるらしいが、夜道だとさらに時間がかかる。負傷したランファルを連れたペースでいくと帰還したら夜が明けるだろう。

 

「これが終わったら豪勢な飯にするからあとちょっと頑張れ。徹夜明けのごちそうってのは体に悪いが脳みそには最高なんだ。」

「うう・・・消化のいいものがいいな。」

 

このパーティーで唯一アルファルドだけが元気だ。彼も連戦の疲れはあるだろうに全くそのそぶりを見せない。

実戦経験の差、もしくは肉体的な鍛え方の違いか。最も激しい戦闘(彼の場合は戦争クラス)をしたのは間違いなく彼なのに最も消耗していない。恐ろしい男だ。

 

「了解した。パンとスープくらいしか用意できないけどな。」

 

 

村から30分ほど歩いただろうか。針葉樹林だった世界は一変して竹林へと姿を変える。月明りが差し込みやすくなり、いくらか視界がよくなる。

現実世界のものとなんら変わりのない竹林だ。背の高い竹がいくつもランダムに並び、足元には笹薮が生い茂っている。

ちなみにこの世界の月は現実世界と変わらず1個で満ち欠けの周期も同じらしい。

星に関しては現実世界よりは圧倒的によく見えるが並びの法則性はつかめない。

例えばオリオン座や北斗七星といった分かりやすい星座は見つけられなかった。

竹林をしばらく進むと4mほどの崖が道を塞いでいた。その崖の一部にランファルは近づき、地面を掴んだ。

ランファルの腕が引かれると、地面にカモフラージュした布がめくられ、地面だと思っていた部分から横穴が現れた。

 

「なるほど、これが隠れ家か。見たところ天然ものじゃないな、人力か魔術で掘ったのか。すげえな。」

 

さしものアルファルドも感心している。地面にカモフラージュさせた秘密基地。斜めに穴が掘り進められ、奥までは見えない。穴はかなり奥深くまで達していて、確かにあの実行部隊全員なら何とか収容できそうだ。

だが居住性はかなり悪そうだから定住するのには向かない。足元にはダンゴムシに似た何かやムカデっぽい生き物がわんさか蠢いている。

あのカモフラージュがあれば誰にも気づかれない極めて隠密性の高いアジトだ。

 

「ええ、その通りです。我々、脱走経験者が多いため穴を掘ることは得意なんですよ。」

 

横穴を2mほど進むと石の壁が行く手を塞いでいる。奥から衣擦れの音や明りが漏れているのでこの奥にフィーネとランファルの仲間たちがいるのだろう。

ランファルが石壁を拾った石叩くと奥から声が聞こえてくる。

 

「金に」

「半月」

「空に」

「ニワトリ」

「星の数だけ」

「毛が抜ける」

 

よくわかんない暗号らしきやり取りが終わると石の壁が動き出し、半獣人が出迎える。

そこまで大きくはない痩せぎすの男だ。年は30くらいで頭頂部にはイヌのような耳がついている。

戦士というには少しばかり頼りない体格だが、決して弱弱しさは感じられない。

 

「おかえりなさい、お嬢。ってなんですかこいつらは!っていうかほかの皆は・・・」

「ただいま、ジョー。気持ちはわかりますが抑えてください。これから大事な話があります。彼らを通してください。それと、人質の解放を。」

「了解でやんす。」

 

聞き分けよくジョーと呼ばれた男が奥へと向かう。ランファルに続いて進むと猿ぐつわと縄から解放されたフィーネがアルファルドに抱き着いてきた。

 

「アルファルドさん!私、私────────っ」

「無事でよかった。ケガはないか?」

「はい。でも、でも────────────────」

 

声にならない嗚咽を漏らし、フィーネは端正な顔をぐちょぐちょに濡らしてアルファルドの胸に顔をうずめる。

────────やっと取り戻せた。

アルファルドはフィーネを慰め、ユウキは感動の再開の場面に涙を流した。

これでエルナ村の襲撃事件はすべて解決した。人的被害は0。物的被害は少々あったものの(大体アルファルドのせい)エルナ村は完全に守りきれた。

 

そしてこれからは二人のエクストラステージだ。

借金の返済という理由としてはだいぶ情けない方向へと格下げになった。

それでもこれは敵も味方も救ってみんなでハッピーエンドになるための戦いだとユウキは確信していた。

 

 

────────────────

「お嬢!それは・・・」

「ジョー、それでも私たちは手段など選べるはずがないのです。わかってください。」

「くっ・・・ですが・・・」

 

感動の再会の中、ランファルは二人のハーフの男に事情を説明していくれていた。

二人は煮え切らない様子だったが、ほかに方法がないとランファルに従ってくれている。

彼らだって同胞を殺した敵の力を借りることなど絶対にしたくないだろう。実際にユウキ以外の戦闘メンバーは一人ずつハーフの人を殺している。

そこにアルファルドが入り込んだ。相当空気読まないぞこの人。

 

「事情はランファルから聞いてるな。儲け話を耳にしてあんたたちに協力することになったアルファルドだ。よろしく。」

「私が言うのもなんですけど今まで殺し合ってきた相手によくそんな簡単に握手とかできますよね・・」

「生憎殺し合ってきた相手と一緒に飯を食うなんて日常茶飯事でね。それに負けてすぐ寝返る君が言うのかそれ」

 

ランファルの突っ込みもどこ吹く風、アルファルドはその分厚い面の皮をはがすことはなく友好的な態度で声を荒げたジョーと呼ばれた男に手を差し伸べる。

 

「お前のような得体のしれん男に・・・っぐえ!」

 

強硬な態度をとるジョーだったが、横からランファルの折檻があったのか間抜けな悲鳴を上げたのち渋々アルファルドの手を取る。

 

「ジョー・マックマートだ。まぁ、なんだ。よろしく頼む。」

隣の半獣人の男も続いてアルファルドに応える。

「ウィン・レイラムです・・・よろしくお願いします。」

 

「ああ、ありがとう。期待してるぜ。」

 

握手が交わされ、同盟が結ばれる。

それはこの世界で初めての獣人と人間の共同戦線だった。



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作戦会議

「それで、まず現状を整理しておきますと────────────────」

 

地上に出て、一党はランファルの司会の下、作戦会議はつつがなく進行していた。

といっても現状はアルファルド家で練った大まかなプランを伝えるだけで本当のところはこれからだ。

同席しているのはアルファルドとユウキ、それにハーフの一族のジョーとウィン、それになぜかお嬢とよばれているランファルに、なぜかフィーネだ。

彼女にしてみればボクたちの都合で自分を拉致しようとした人たちを治療しているわけで、心中穏やかではないのだろうけど、アルファルドの言葉には従ってくれた。

教会で会った時もそうだったが、彼女にとってアルファルドは重要な存在なのだろう。

 

「それで、私たちは明日の夜に我らの同胞を彼らと協力して助けに向かいます。皆様、何か質問はありませんか」

 

「一つ聞いて言いですか、お嬢。」

「なんですか、ジョー。」

「作戦失敗がバレるほうが俺たちが戻るより早くないですか?あの大部隊じゃあ帰還に確かに2日はかかりますけど俺達には監視役の3人がいたでしょう。」

「なっ・・・!」

「気づいてなかったんですか?お嬢。」

 

ハーフの襲撃部隊にはあらかじめ監視役がついていたのか。だったらあの大部隊が拠点に到着するより監視役が馬などを使って報告したらおしまいだ。

しかし、その心配もアルファルドの挙手によって杞憂に終わった。

 

「問題ない。お前らの言っていた監視役は俺があらかじめ殺しておいた。3人なら数はあってる。これで報告役は全滅だ。」

「本当ですか!?」

 

薄暗い横穴の中がどよめきだす。

そういえば村の穴の先で拷問の果てに狂死した3人の獣人がいたという報告はあったがやはりアルファルドの仕業だったか。

 

「ああ。それに俺の術一撃ではあの大部隊は全滅こそしなかったが多くの負傷兵を出したはずだ。連中の魔術適性を考えると帰還にもかなり時間がかかるとみていいはずだ。それに本隊に騎兵はいなかったからな。2日どころか3日かかるはず。ネックはむしろこっち側だな。」

 

別に先を見越してやっていたわけではないのだろうけどアルファルドの行動は今現在かなりのアドバンテージを稼いでいた。

対獣人においてはこれでかなりの時間的な余裕が生まれたが、人間側がネックだ。

あちらには時間的猶予がない。

 

「では足はどうするのですか。ここからでは我々も徒歩でしか向かえませんが。」

「足は馬車を用意する。エルナ村で借りていけば半日かからん。」

「ありがとうございます。他にだれか」

 

おそるおそる手を上げたのはフィーネだった。

 

「あのう、アルファルドさん、これって私が聞いても大丈夫な話なんでしょうか・・・」

 

彼女にとってはアルファルドは敵に手を貸している状態、悪く言えば裏切り者だ。

それを目の当たりにできるほど彼女はこの特異な状況に適応できていなかった。

 

「おう。そうだな、忘れてくれ。」

 

アルファルドの回答はあっさりしすぎているというかかなり適当だ。

流石に納得ができなかったのか、彼女は治療を中断し、アルファルドを弾劾する。

その剣幕にジョーとウィンが剣を抜こうとするが、ランファルがこれをいさめた。

 

「どうしてですか!急にこの人の傷を治せって言ったりそれにこの人たちを助けるなんて、何を考えてるんですか!答えてください!貴方は獣人たちの仲間なんですか!!」

 

フィーネの発言はもっともなものだ。

この世界では獣人と人は敵。彼が獣人に利するということは裏切り行為といっても過言ではない。

この世界ではユウキやアルファルドのほうが異端なのだ。

 

「別に連中に利するわけじゃない。むしろ逆できっちり落とし前を付けに行くつもりだ。そのための戦力としてこいつらを利用する。こいつらもこいつらで俺たちを利用する。これはそういう関係なのさ。この件が終わった後もこいつらは俺の管理下に置くことにしたしこいつらも承知している。」

「ですが!」

「こいつらの力でより多くの獣人を殺せる。それは将来的に俺たちの得になるんだ。分かってくれるな。」

「半獣の力を借りてもですか。」

「ああ。俺単体の戦力はそこまで高くない。だから利用できるものは利用したいのさ。」

 

アルファルドの言い分というか懇願に納得したのかしていないのか、フィーネは渋々下がり、口を閉ざした。

 

「すまないな、フィーネ。俺の勝手に付き合わせちまって。後でなんでも言うこと聞いてやるからさ。」

「言質、取りましたからね。」

「ああ。約束する。といっても俺にできることに限らせてもらうが。」

 

 

「では、ほかに何か質問、意見はありますか。」

 

少しばかりの沈黙ののち、ランファルが会議を再開する。

お嬢と呼ばれているだけあるのか、彼女は人の上に立つことにそれなりに慣れている。

この空気を変えてくれるのは非常にありがたい。

 

「それじゃぁ、質問いいかな?アルファルドは傭兵として戦うわけだけどボクらとの連携はどうするの?」

「俺がギルドで情報収集するからユウキは伝令役。こっちの戦闘が始まったらお前らはサイドから回り込んで救出に向かってくれ。」

「わかった。」

 

 

その後もいろいろな議論が続き、1時間ほどたってランファルの治療が済み、会議は解散した。

 



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帰り道

アジトからの帰り道、フィーネとユウキとアルファルド、そして表向きは捕虜のランファルの4人で森を歩く。

ハーフのランファルとフィーネが同席しているせいで行きより空気が重い。

静寂の森の中足音だけが響いている。

それに耐えられずに、フィーネに声をかけてみる。

 

「ねぇ、このあとアルファルドに何をお願いするの?」

「ふぇ!、え、えっと・・・どうしましょうかね・・・」

 

妙な考え事をしていたのか挙動不審なリアクションが返ってくる。

本当にどんな要求をしようとしたのだろうか。

 

「本当に大丈夫なお願いなんだよね・・・」

 

うすうす彼女のアルファルドへの好意に気づいているがゆえに心配になる。

 

「大丈夫です!私、修道女ですから!そんなふしだらなお願いはしません!ええ!」

「ふしだらなお願いなんてボク一言も言ってないんだけどな・・・」

 

この人、ちょっとアレかもしれない。

ますます気になってくると同時に現在進行形でアルファルドと同棲している身分としては不安になってくる。

彼にとっては役得だろうけど。

 

「まぁそこまで言うなら聞かないよ。ってか聞いちゃいけない感じがするし・・・」

「いえ、そんなんじゃないんですよ。もう決めてありますから秘密ですよ。」

 

フィーネは顔を近づけて耳打ちしようとする。

その女性っぽい仕草に同棲ながらドキッとする。いいなぁ、アルファルド。

 

「────────────────」

 

答えはなんてことのないものだった。

 

「えー!?そんなんでいいの?もったいない。」

「これでいいんですよ。これも私の望みでしたし。」

「もうちょっと欲張ってもいいんじゃない?アルファルドは数を指定してなかったんだし。」

 

いじらしくなってちょっといたずらする。後で彼がどうなるか楽しみだ。

 

「そうですね。二つ目も考えますか。ユウキさんは何がいいと思います?」

「そうだなぁ、デートの約束とかは?アルファルドは今フリーみたいだし。」

「そそそそそそんなぁ!私にはとてもとても!」

「大丈夫、大丈夫。ほら、こういうのは実行あるのみだよ!」

「そ、そうなんですか?」

「そうだよそうだよ!ほら、勇気だして!」

 

 

そんな姦しいガールズトークをアルファルドは全力で記憶から抹消しようと努力していた。

 

 

エルナ村に到着した後に家にランファルを(表向きのポーズではあるが)縛り付けた後、フィーネをイヴリースの下に送っていった。

イヴリースの傷は深く、ヒーラーのフィーネがいなかったため自宅療養中の上、彼女を例の作戦に同行させるのはできないが、それでも大事な仲間だ。

玄関の呼び鈴を鳴らして待つとすぐにイヴリースが出迎えた。

 

「はいよー全くなんだこんな時間に・・・」

 

相変わらず受付嬢とは思えない態度でドアを開けたイヴリースはドアを開けきる前にフリーズした。

 

「────────────────」

「えっと・・・ただいま?姉さん」

 

30秒という無駄に長いフリーズから解放されたイヴリースはこの時間に発しては公害になるほどの叫びをあげた。

 

「ふぃいいいいいいいいいねええええええええええええ!!!じんばいしだんだよおおおおお!」

 

何を言いたいのかは解るが何を言っているのかはわからない言葉とともにフィーネに抱き着くイヴリース。

途中で「ゔっ」という(傷が開いたのかもしれない)音が聞こえた気がする。

勢いあまってフィーネごとボクに倒れこんでくる。

 

「大丈夫?ケガしてない?連中になんかヤなことされてない?ああ、でもフィーネの体に我慢できる男なんて・・・!」

 

そこにいつものやさぐれヤンキー受付嬢の面影はなく、一人の姉の姿がいた。

が、その後の彼女の心配はエスカレートした。

傷の痛みや周りの状況をを完全に無視して今度はフィーネの服がはぎとられていく。

ハーフの一族がやっていなかったえげつない行為がよりにもよって実の姉によって行われていく。

問題なのは同行しているアルファルドだ。振り向くとさすがに空気を読んだのかそっぽを向いているものの、わずかに顔が赤い。

 

「ちょっと姉さん、いまアルファルドさんいますから!」

「やめなよイヴさん、アルファルドいるんだし。」

 

ふたりがかりのユニゾンした静止が効いたのか動きを止めて自分の行動を振り返るイヴリース。

途端、暗闇でもわかるくらい赤面する。

 

「す、すまねぇ。アル、ユウキ、上がってくか?」

「残念ながら遠慮しておくよ。お前らも疲れただろ。」

 

取り繕おうとするイヴリースの誘いをやんわりと断りアルファルドはさっきのことは見ていなかったとばかりに踵を返す。

 

「それじゃあな。おやすみ、リー姉妹。」

 

後ろ手に手を振りながら帰還するアルファルドに続く。

 

「それじゃあね!おやすみ!」

「「おやすみ」」

 

二人仲良く揃って別れの挨拶が返ってくる。

姉妹っていいな。この世界にきて知り合いがいなくて不安だったが、このしまいを見るとほっこりする。

関係と性格は真逆だけど姉ちゃんがいたころを思い出すのか、結構親近感がわく。

この二人とはかなり長い付き合いになりそうな予感がした。



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カイナ町へ

家に帰ってからは大爆睡して後、(自分でも命を懸けた殺し合いした後に熟睡できるほど神経が太いとは思ってなかった。)作戦決行当日。

若干オーバーな演技とともにランファルとワーカントを町に売りに行くという建前で村から連れ出し、西の正門から馬車で出発し、途中でジョーとウィンを拾って馬車に揺られて半日。

獣人キャンプ襲撃部隊の拠点、カイナの町前くらいの道中で敵拠点の精確な確認をして、そのあとにボクとアルファルド、それとランファル(耳は帽子でごまかした)でカイナ村に入った。

 

「ここがカイナ町ギルドだ。手筈通り情報収集を頼むぜ。」

 

町の中央部に木製の大きな建物がカイナ町のギルドだ。

エルナ村のギルドはさびれた小屋に一人のやさぐれ受付嬢がいるだけのエルナ村と違い、RPGに出てくるような立派な冒険者ギルドのいでたちをしていた。

中に入ると30人ほどの男たちの騒がしい声が聞こえてくる。

様々な装備に身を包んだ男たちが賭け事やら武器の手入れやらナンパなんかに精を出し、3つのカウンターで受付嬢たちがナンパをうまくスルーしながら事務に励んでいる。

ゲームや異世界物の小説に出てくるような本格的な異世界っぽい光景がそこにあった。

 

「なんか、これぞって感じだねー!」

「君が何を考えているのかは知らんがここは国境沿いの防人の町だ。それなりに常駐戦力もあるし、仕事も多い。俺の仕事も7割はここからもらっていたりするんだ。」

「へー!じゃあこれからボクもお世話になるわけだ。」

 

それになにより、今日はにっくっき敵の拠点を割り出し、殲滅する日。

いつもより多くの戦力が集まっているのも無理はなかった。

 

「それじゃ、俺は色々話付けてくるからよ、ユウキはついてきてくれ。ランファルは酔ってそうな奴からなんか聞き出してくれ。酔っぱらいの与太話でもなんかの役に立つことはあるだろ。」

 

アルファルドの指示に従ってギルド内での情報収集と情報操作にあたる。

今は少しでもハーフの一族の被害を抑え、ボクたちが逃げやすくするための準備段階だ。

 

 

 

2時間後に情報収集ののちに村はずれの林に集合した。

 

「手筈は整ったな。襲撃の時間は夜9時、俺が連中にキャンプの位置を伝えた。手薄なのは東側だってことも含めてな。」

 

ハーフの一族の収容所はキャンプの西側。

主戦場を反対側にすることで救助、離脱をしやすくするための情報操作に抜かりはない。

すでに傭兵として信頼を得ているアルファルドがいるからできることだった。

 

「これで準部完了だね!しっかしこの国、なんで主戦力を傭兵に頼ってるの?正規軍とかないの?」

 

カイナ町には結構な数の戦力がそろっていたが皆騎士というよりはならず者に近いような身なりのものばかりだ。

こういう世界には華々しい騎士がいることはお約束だが、カイナ町でそういった人をいくらか見かけたもののギルドの中にはいなかった。

 

「騎士様は基本的に貴族連中しかなれないからな。それに連中に命張ってビースト共と戦える根性なんかねえよ。」

 

嘆息しながら聞きたくない情報が返ってくる。

 

「皇国は貴族たちによって作られる騎士団がありますが、基本的に事なかれ主義で全体的な街の管理業務はおこなうものの前線に立つことはあまりありませんからね。連合のほうは身分制度がないですが土地がやせているため浮浪者が多く、その結果皇国に人が流入してこういう結果になっているんですよ。」

「ダメダメじゃん・・・」

 

ランファルの注釈が入るがアルファルドの悪態を補強するものでしかない。

腐敗した貴族と金のかかる正規軍の代わりとして外注して使われている傭兵。

なるほど。アルファルドが騎士を嫌っていた理由がわかった。

騎士という立派な肩書を持っている割に前線に出てこず、後ろから指示だけ出す連中がいるならそりゃあ腹も立つだろう。

 

「騎士の話はいいがよ、これからどうするんだ、アルファルドの旦那。具体的な作戦案は決まったが結構のタイミングを教えてくれ。」

 

口を挟んできたのはジョーだ。差別されてきた経験からか、彼らはアルファルドの指示には従っているものの、信頼はしていない。

そもそもが即席チームだ。分かりやすい合図は必要不可欠だろう。

 

「作戦開始の合図は俺が思いっきりデカい花火を上げてやるから楽しみにしててくれ。」

「いや、あれだけの火力をぶちかましたら救助対象まで巻き込んじゃうでしょ。」

 

正門前の大爆発を思い出す。あんなのが無差別にぶっ放されたらおしまいだ。

 

「少しは加減するさ。それにあの規模でぶっ放したら俺自身巻き添えを食らう。もっと適材適所の爆発にするさ。」

「ぜひそうしてね。それじゃ、切り込み隊長は任せたよ。」

「任された。この作戦のかなめはお前らだ。よろしく頼んだぜ。」

 

差し出された拳を合わせて応える。後ろからランファル、ウィンの拳も続く。

唯一ジョーは渋ったものの、ランファルに諭されて仕方なくアルファルドと拳を合わせた。



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獣人たちの秘め事

「セックスしてえ。」

 

獣人族・ラバウル盗賊団第4大隊隊長アガメムノンは一言でいえば男性器に胴体と四肢がついたような男である。

土地がやせていて貧富の差が激しいダミス連合において比較的裕福な家庭に生まれ育ったアガメムノンだったが、彼は珍しく人間の奴隷を確保するという危険な仕事に携わった。

理由は簡単。

奴隷なら何しても合法だからである。

偉大なる祖、リリスが残した禁忌の石板には夫婦以外の異性との性行為を禁ずる条文が書かれているので、手出しはできない。しかしそれを破ることなど考えることはなかった。

だが家に供給される奴隷たちでは彼の旺盛すぎる性欲を満たすことはできず、彼は欲望のはけ口を外に求めた。

「そうだ、自分でヤル相手を確保すればいいんだ。」

そう考えた彼が盗賊に入ることは迷いがなかった。

彼はその旺盛すぎる性欲からくるモチベーションと強靭な体格と体力をもって次々と頭角を現し、その性質は40代になっても衰えを知らなかった。

「隊長は商品を傷ものにするから商品的価値が下がる」とぼやく部下も同僚もいたが無視し、腕力と精力だけで大隊長まで辿り着いた。

そのころには彼は絶大な腕力と権力を手に入れ、周りで文句を言うものはいなくなった。

 

「ン・・・・・ア────────────────ッ!!!ちくしょう勃起が半端ねェ。早く帰ってこねえかなァあのランファルってメスはよぉ!」

 

地団太を踏んで有り余る欲望を叫ぶが生憎と当の彼女はここにおらず、エルナ村の襲撃に向かっている。

今頃帰還しているのであろうが、その数日を我慢できるようではアガメムノンとはいえなかった。

同僚は男所帯なのでどんな格好をしていても禁忌的には問題ないのだがそれでも屹立した男性器を風にさらして欲望を夕日に向かって叫ぶリーダーの姿というのは部下たちにとってはいささかシュールすぎる光景だ。

 

「ハァハァ、早く帰ってこねえかなぁもう辛抱たまらねえぜ。」

 

両手の指をわきゃわきゃさせながらよだれを垂れ流して舌なめずりするリーダーに近づきたい部下などいないので、必然彼は西のリーダー専用キャンプで一人吐き出せぬ欲望を声に出している。

彼にしては珍しいことにランファルが返るまで1日半も奴隷遊びも自慰も我慢しているあたり彼の本気度がうかがい知れる。

 

そう、彼はランファルに執着していた。

彼女の人生の過酷さを物語るように鍛え上がられた肉体とそれに反比例するようについた豊かな乳房。

獣人の野性味を残しながら彼の大好物の人間の少女の容姿を色濃く残した外見。

征服し、一族を辱めてもなお諦めない心の強さ。

全てが彼のストライクゾーンのど真ん中にあった。

ただ犯すだけでは物足りない。あの女には心の支えを奪い取り、絶望と悲しみで心を折りつくしたうえでその尊厳と肉体を両方同時で犯さなくてはならない。

彼にとっての『愛』とは与えるものではなく奪うもの。

精神的支柱をすべて奪い去り丸裸になった心と体を犯してこそ彼の愛は成るのだ。

 

「俺のッ聖剣はッ心を折る聖剣!!そう!俺のチンポは!!心を衝くチンポだッ!!!!」

 

戦隊シリーズの変身シーンのような挙動で愛を叫ぶ。世界の中心はいま、ここにあるのだ。少なくともこの変態にとっては。

帰ってきたらお帰りの挨拶から叩き込んでやる。

()()()()()()()()()()()()()彼女が返ったらその隣で存分にハメ倒してやろう。

そう心に誓うと部下が大急ぎで走ってくる。

この姿の自分に進んで近づこうとする部下がいないため珍しいこともあるものだなあとのんきなことを考えていたアガメムノンであったがその後の部下の報告に屹立した男性の象徴が理性を取り戻した。

 

「隊長!緊急の報告があります!」

「なんだ!もう帰ってきたのか!もうギンギンで我慢できねえぜ!」

 

部下の男は年中発情しているこの上司にかなり辟易しているが、表面上だけでも見繕って報告する。というか彼に今更な上司の態度を気にしている余裕はなかった。

 

「違います。っていうか敵襲です!この戦力が分散している状況で敵傭兵部隊30名ほどが襲来し、あっという間に前線が壊滅されました!」

「なにぃ!!俺の息子のこの衝動はどこに向ければいいんだ!」

「目の前の戦いに向けてください!」



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闇の中

投擲された灼風弾(シャップウダン)が開戦の合図となりアルファルドとその他歴戦の傭兵たちが一斉にキャンプになだれ込む。

 

無論、獣人たちとて見張りを怠っていないわけではない。彼らがキャンプにたどり着くころには獣人たちはそれなりの防備を固める余裕はあった。

だが彼らにあったのは僅かな時間的余裕だけだった。

第一に戦力の3分の2がエルナ村の制圧に向かっていること。

第二にアルファルドが敵の正確な位置とそこに行くまでのルートをランファルから教わっていること。

そして何より彼らは敵に回してはならないものを敵に回したことだ。

アルファルドはカーラーン皇国の歴史上もっとも若くして傭兵としての『青』等級を取った男だ。

この世界では多くの傭兵たちがより強力な剣術や槍術をもって敵を倒そうとするのに対し、アルファルドは()()()()()()を求めた。

その結果開発されたのがくるみ割り爆弾こと灼風弾(シャップウダン)や発火性の粉塵を利用した殲滅戦に特化した魔術爆撃だ。

粉塵を風属性魔術で制御して敵の視界を奪い、着火してまとめて焼き殺す。

魔術そのものの威力は必要なく、凶悪極まりない火力に対する圧倒的な天使の力(テレズマ)の燃費の良さを誇る魔術爆撃に音もなく敵を暗殺するサイレントキリングの技術。

傭兵たちがいかにして敵を倒すかということに拘っているのに対し、彼の技術は初めから多対一を前提にして完成された技術だった。

いかにして敵の長所を封じるかに特化した彼の能力は他の傭兵たちにやっかまれたものの、ひとたび戦場に出ればほぼ無傷で結果を出して帰還する彼の姿に直接文句を言えるものはいなかった。

「敵と正面から向かい合った時点で敗北」アルファルドの哲学はその戦術に如実に表れ、いつしかアルファルドは青等級まで上り詰めた。

 

 

 

そもそも獣人たちは対人戦は殺害よりも捕獲を重視して装備を整えている。ゆえに彼らは集団での弓矢ややり投げなどの対多数向けの戦術には疎い。

それに対して人間側は集団戦法や密集陣形、アルファルドのアウトレンジ攻撃など対多数の戦い方にある程度慣れている。

自分より弱い者しか相手にしてこなかったものと弱い者のために立ち上がった者たちの練度の差がここに現れた。

風に乗った粉塵や破裂するクルミが敵陣を焼き尽くし、アルファルドを狙って襲い掛かる獣人たちは傭兵たちによって阻まれ集団戦法の餌食となる。

人数的には不利な戦いではあったが天秤は着実に人間側に傾いていった。

 

「こちらは順調。ランファルの情報のおかげでずいぶん楽をさせてもらってる。むしろ大変なのはあちらか・・・」

 

東での人間サイドの戦いはおおむね予定通りに運び、獣人たちの殲滅も時間の問題だ。

だが人間側が獣人たちを制圧するとなるとハーフの一族は確実に殺される。そうなる前にユウキたちは全員救出してこの場を離脱しなければならない。

 

「頼んだぞ・・・ユウキ。」

 

 

 

***************************************************

 

 

場面は変わって獣人キャンプ西の森、アルファルドたちの陽動もあってかなり楽に回り込んで拠点内部まで潜入できた。

エルダー大森林はとても広くて深く、内部の闇鍋のような戦況も相まってか地図が作られておらず、結果獣人の大規模な戦略拠点やハーフの一族のような小規模集落ができても気づかれにくく、補足が難しい。

つまり人間側が獣人を補足しづらいということは逆もまたしかりだ。

人手を東側に移された以上ユウキたち実行部隊の進軍は非常にスムーズだった。

だが、それは対獣人だけのものだった。

 

「ガウ!ガウガウ!ガウ!!!」

 

よだれを垂れ流し、牙をむいた大型の犬2匹が左右からユウキたちに手荒な感慨をした。

獣人は魔術適性が低い代わりに人間以外の動物に対してある程度の命令権がある。

そのテイム能力によって拠点の周りに配備されていた犬たちが襲い掛かってきた。

 

突然の犬の襲来にユウキはひるみ、ランファルは戦慄した。

────────────────見つかった。

 

「はぁ!」

 

静かに近づくことを諦めたランファルとウィンは剣を抜いて迫りくる犬を迎撃する。

清冽な気合とともに左の犬が切り裂かれ、右の犬は飛びかかる勢いを殺せずに剣に刺さって自滅する。

 

「なに?もしかして見つかっちゃった?」

「そのもしかです!ユウキはまっすぐ進んでください!左右は私たちでフォローします!」

「了解!」

 

サイレントモードを解除して全速力で進む。

しばらくすると森が開け、キャンプのようなものが見えてくる。

 

「着きました!あれが我々の収容所です!」

 

地理の授業の資料集で見たモンゴルのゲルのような建物が乱立する中ランファルが右手のゲルを指で指す。

無論、この混乱下でも一人の見張りはついてる。

見張りの男は大声を出して仲間を呼ぼうとするが、アルファルドがひっきりなしに起こす爆音にかき消されてなかなか仲間に届かない。

4人がかりで見張りを突破して扉を叩き斬ると内部ではユウキの想像を絶する光景が広がっていた。

 

むせかえるようなオスの臭い。通気性の良い住居のはずなのにこの中には不快極まる湿気と臭気が漂っていた。

ハーフ女性たちは容姿は様々だが皆ランファルと同じように動物の耳が頭頂部についているファンタジー世界の住人だが、その美しさや非日常を思わさる愛らしい外観はその一糸まとわぬ姿と体中にへばりつく乾いたゲル状の液体と汚らしい体毛によって無残にも台無しにされていた。

彼女たちはうわごとのように虚空を見上げながらうわごとのように言葉にならない音を発している。

欲望のはけ口にされているのは年齢に関係なく理不尽な暴威は幼い少女にまで及んでいたた。

ユウキは彼女たちのこの姿になる前の姿など知らない。だがこの生気のないただ光を吸収する機能しか残らない目を生きている人の目とは思えなかった。

一族の数少ない男たちは錠を外そうと必死になり、手が赤くボロボロになり、体中に赤い内出血痕が残っている。

口にはめられた猿轡は唾液と涙を吸収しきれずに襟元まで体液でびっしょりと濡れている。

 

地獄だ。この世に地獄というものがあるとしたらきっとこういう場所のことを指すのだろう。

 

「そんな・・・どうして・・・」

「糞、奴らめよくも・・・・」

 

ランファルたちは涙を流して立ち尽くし、一人、また一人と握りしめた剣を落としていく。

救いたかったものはもう既に失われていた。

彼らに与えられたのはただ間に合わなかったという絶望だけだった。



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地上の地獄で

「なに・・・これ・・・」

 

いざ助け出さんと向かった先でユウキたちを待っていたのはヒンノムにごまんとある地獄のうち一つだった。

異臭のする大気に穢されるだけ穢されて打ち捨てられた少女たち。

その異様な光景にユウキはベン・ヒノムの谷を連想した。

目の前にある光景重なる旧約聖書につづられた幼児犠牲が行われ,また後に町の汚物や動物・罪人の死体が焼却されたエルサレムの城壁の南にある谷。

後に地獄(ゲヘナ)の同義語となったその他には皮肉なことに()()()()とも呼ばれていた。

余りのおぞましさに吐きそうになる。

隣でらランファルは実際に嘔吐していたがそれを気にすることができるほど余裕のあるものはここにはいなかった。

 

「お嬢・・・私たちに構わず逃げてください・・・」

 

地獄の具現のような光景の中、一人の男が意識を取り戻す。ウィンよりさらに痩せこけた体におびただしい数の青痣が浮き出ていて、言葉を発するだけでも苦悶の表情を浮かべている。

 

「ライ!動けますか?早くここから脱出しますよ!今しかないんです!」

 

一度は戦意を失いかけたランファル一行であったがライと呼ばれる男の言葉で失いかけた己を取り戻す。

すぐさまライを抱え、助けようとするランファルであったが、しかしライは彼女らの助けを拒んだ。

 

「私はもうここを動ける余力はありません・・・お嬢たちだけでもここから逃げてください・・・それにヤツの狙いはお嬢です。ここにいてはいけない・・・」

 

「助けも呼びました。ここから逃げられればそれでみんな助かるのです!立って、立てなければ私が────────────────」

「奴が、奴が来ます。奴が・・・ちくしょう、止められなかった・・・俺たちは何もできやしなかった・・・!」

 

無力感と自責で動けなくなるライを背負ってその場を離れようとするランファル。

ジョーとウィンも抱えられるだけの人を抱えて逃げようとするが、そうは問屋が卸さなかった。

爆発で一瞬だけ照らされることでテントに映る黒く巨大な影。

テントを貫き落ちてくる、ジョーの首を落とさんと迫る肉厚の鋼の刃。

骨組みや繊維を切り裂き、それでも勢いは止まらずに振り下ろされるその刃をユウキがすんでのところで止めていた。

 

幸運なのか不幸なのか、紺野木綿季の性知識はエイズを本格的に発症して入院してから1度も更新されていなかった。

粘膜接触による感染を恐れて触ろうともする人がいなかったことと年齢と病気の関係でに知る必要すらなかったことがより一層彼女の性知識を乏しいものにしていた。

それがジョーの命を救った。

眼前の地上の地獄をユウキが()()()()()()()()()()()()()ことがほんのわずか早く精神的ショックから戻り、意識外からの奇襲に対応できる時間を作り上げた。

 

「良い反応。んーーー勃起♡」

 

テントを切り裂き姿を現したのは重厚な鎧を身にまとった大柄な獣人の男。

今までにあった敵兵より上等な装備をしていることから幹部クラスに見えるその男は彼女たちを穢しに穢し尽くした首魁、アガメムノンだった。

 



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