奥多摩個人迷宮+ (ぱちぱち)
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人物設定・魔法など

ちょっとキャラが多いので一覧で思いついた人を書き込みました。
抜けている人や魔法があったら気づき次第入れます。

4.11 鈴木兄妹と山岸兄弟の画像を作ってみました。キャラ把握の足しになればと思います。
他の人も要望があれば作るかも?

誤字修正、名無しの通りすがり様、仔犬様ありがとうございました!


人物設定

 

主要メンバー

 

鈴木一郎

オリ主。

山岸恭二、下原沙織の同級生。中学の頃まで恭二と一緒に野球をやっていたが恭二が野球を辞めた際に同じく野球部を退部。元々先輩後輩といった間柄が苦手だった為本人的に渡りに船だったらしい。

浸食の口出現時に恭二を助けられなかった事が負い目になっている。

コスプレについては内心偽者なのになぁという認識のため快く思っていないが、演じる以上は演じた先の恥にならないようそれらしい態度をとる。その態度が余計にヒーローっぽく見られる要因になっているのだが気づいていない。

 

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鈴木一花

オリキャラ。一郎の妹。一郎より2つ下でまだ中学生。

テンションの高いオタクな妹というキャラで仲間内では通しているが、学校では物静かで日本人形のような外見と合わさり落ち着いた人物だと思われている。隠ぺい力の高いオタク。

当初はおバカな兄のお目付け役兼真一との接点作りくらいの気持ちだったが、一郎の立場が思った以上に悪い所にあると悟ってからは必死に社会的な立場の向上を目論んでいる。本編だと語り切れてないけど一番無理して仲間についていっている。

最近はこの目論見が成功したため当初の目的を果たそうと真一にアタックしているが年齢差という壁は高い模様。

 

【挿絵表示】

 

 

山岸恭二

原作主人公。このお話でもキーマンにして主人公の相棒。

全ての魔法はこいつが生み出していると言っても良い位の魔法センスと発想力を持ち、高い運動能力で接近戦もこなせるパーフェクトマジシャン。初期の段階でも10層位までなら1人で行って戻ってこれる位の壊れキャラ。

このお話では自分でも真似できない能力を持った相棒の存在と、常に刺激を与えてくる相手(一花のオタ知識)の存在もあり原作にない魔法等もガンガン開発している。

 

【挿絵表示】

 

 

下原沙織

原作の巨乳ヒロイン。このお話では若干影が薄いが、チームの精神的なバランスを保つ役割を果たしている。

一花とは実の姉妹のように仲が良く、山岸兄弟攻略同盟という組織を密かに結成して日夜努力している。

 

山岸真一

恭二の兄でチームのリーダー。山岸家長男。

恭二に劣るものの抜群の魔法センスと恭二以上の身体能力を持ち、頭の回転の速さは米国のニュースキャスターだったシャーロットさんも舌を巻くほど。そしてイケメンという欠点の無い高スペック大学生。

彼女募集中だが流石に一花は下限を下回っている模様。

 

【挿絵表示】

 

 

シャーロット・オガワ

元米国のCCNテレビのキャスター。20台の赤毛の美女。

頭の回転が早く、知識分野での山岸家の要。かと思えばスパイダーマンの大ファンでキャラ崩壊が起きるなどといった人間的な魅力の持ち主。

一時間以上寝ると元気があり余り過ぎるという社畜専用の特性【超回復】を持っている。最近はもっぱら10分程度仮眠して余った時間はコスチューム作成や情報収集(ネットサーフィン)に用いている。

原作からチームに居るのだが多分一番キャラが変わってるかわいそうな人。

 

岩田浩二

陸上自衛隊の二等陸曹。28歳男性

180を超える体格に特に教えられるまでもなくヒールを自力で覚えている等かなり恵まれた素質を持つ自衛官。その素質を見込まれてダンジョン攻略部隊の教官になるべくヤマギシに派遣されている。

今の目標は翻訳の魔法と変身の魔法を覚えること。好きなヒーローはメタルヒーローシリーズ。

 

ジュリア・ドナッティ

米空軍所属の少尉。24歳女性

米空軍アカデミーという超難関出身のエリート。魔法に対しての素質と、それ以上にトリプルリンガルという特技を持つため選抜された。

スパイダーマン状態の一郎を見て黄色い悲鳴を上げるなどシャーロットさんとかなり気が合う様子。

 

ベンジャミン・バートン

米陸軍少尉。24歳。出世コースを蹴って(?)ヤマギシへ出向してきた。休日に秋葉へ行こうと暇があるたびに言っている。

 

坂口美佐

二等陸層。25歳。看護師の資格持ち。身長が低く小動物のような印象のある可愛い系の美人。

 

マニー・ジャクソン

元米軍のリタイア組。ダンジョン内で遭難しかけた際に恭二と一郎に助けられた経験を持つ5人組のリーダー格。197センチの巨体に100キロを越す体重で、後5cm身長があればNBLかNFLに行っていたらしい。いかつい外見に優しい内面を持つ男。

5人組でそのままチームを組んでおり、他のメンバーは、

 カルロス・サントス(ヒスパニック系でスペイン語と英語が可能)

 ウォーカー(デトロイト出身の黒人)

 オライリー(唯一の白人)

 ロペス(マイアミ出身の黒人)

 

家族

 

山岸さん(社長)

山岸家の家長。コンビニを経営していたら浸食の口発生事件が起き、息子と息子の友人が重傷を負ったり変な穴が店に開いて営業不能になったりと踏んだり蹴ったり。

息子が無事に帰ってきたのと、そもそも山岸家で一番ダンジョンに憧れを持っているのもこの人なので本人的に今の状況は忙しいけど楽しいといった状況のようだ。

 

下原夫妻

下原沙織の両親。気弱な父と気丈な母と言うベストカップル。奥さんのほうはアンチエイジングの効果で現状沙織の姉にしか見えない姿らしい。

 

鈴木爺

オリキャラ。元猟師の爺さん。最近孫が男の顔を見せたりと老後の楽しみが増えてきてご満悦。ダンジョンの効果でまた走り回れるようになったので猟師に復帰するか検討中。

 

鈴木夫妻

オリキャラ。鈴木兄妹の両親。父親は元猟師で現在は夫婦で観光業を商っている。父親のほうはダンジョンの発展に商機を見ており、山岸さんとよく商売の話をするようになった。

 

 

 

装備関係

 

安藤さん

オリキャラ。真一の剣の師匠で現在は山岸チームの剣の師匠。素の状態でもゴブリン相手に無双していたが現在はオーク相手に無双できている模様。

 

藤島さん

刀匠。槍の開発を依頼されている。最近知り合った宮部さんと素材の吟味をして新しい槍の開発を検討中。

 

宮部さん

オリキャラ。治金学の専門家兼鍛冶師。その経歴で委員会に参加し藤島さんと知り合った。

 

刀剣商の店主:銀座に店を構える刀剣商。藤島さんを紹介した。

 

先輩:原作登場キャラだが名無し。開発部門で真一さんといつも悪ふざけのようなノリで様々な発明品を開発している。今作ではマスターイチカの一門に所属する事になった。実は82話から居る。

 

ヤマギシ関連

 

砂川教授:定年間近のとある大学の教授。老いてなお研究意欲と行動力が衰えず大学教授の座を捨ててヤマギシの病院に務める事を決意。マスターイチカ一門

 

 

米軍関連

 

ジョナサン・ニールズ大佐。

横田基地司令。何かと山岸家に便宜を図ってくれている。孫が一郎のファンになった影響で小まめにお願いをしていたが、最近は一郎自身より一郎の祖父と仲良くなっており休日には奥多摩で狩りを楽しんでいるらしい。

 

 

 

 

日本政府

 

総理

一時山岸家と政府の間が不仲になり掛けた時に気を配ったりと、何かと便宜を図ってくれている。

最近ダンジョンに入った影響か一気に若返り精力的に活動中。

 

幹事長

部下の尻拭いをした人。彼は悪くないが現場が悪い。

最近ダンジョンに入った影響か薄くなっていた髪が一気に戻ってきてご満悦だがついにカツラをつけたと思われている。

 

 

 

自衛隊

 

幹部の人

委員会に参加している。米軍と自衛隊との装備の差を認識しており、現状のまま自衛隊が突入しても同じ結果になると隊内の意見を纏めている。

 

 

 

日本冒険者協会

 

御神苗さん:日本代表のリーダー。東大の学生。今回本気でヤマギシ所属を狙っているが同期の日本人勢が最年少以外頼りにならずアカンかもと思ってきている。尚名前は優治のため初対面の時一郎に「惜しい!」呼ばわりされた。本人もそう思っている。

 

昭夫くん:日本代表の1人。博多に住んでいるらしく、初日にヤマギシビル1階のラーメン屋で「ラーメン!」と注文をして何のラーメンか聞かれ、「ラーメンと頼んだらとんこつがでてくるのが当たり前だと思っていた」と顔を真っ赤にして語っていた。割と自爆芸が多い人気者。

 

佐々木:元日本冒険者協会所属の冒険者で御神苗さんや昭夫君たちと同期の教官訓練参加者。現在はダンジョン内での婦女暴行の罪により起訴されている。

 

足立さん:西伊豆ダンジョンの代表冒険者。御神苗さん達と同期で落第組の一人。元は地元の名士である佐々木の取り巻きであったが、佐々木のやらかしとこれまでの自分の生き方に疑問を持ち、現在は西伊豆ダンジョンの代表冒険者として活躍している。

 

根津さん:又の名をネズ吉。夕張ダンジョンの代表冒険者。御神苗さん達と同期で落第組の一人。国内4人目の特性と言われている超感知の持ち主。その冒険者としてのスタイルは国内でもほぼオンリーワンと言っていいアサシンスタイル

 

千葉さん:みちのくダンジョンの代表冒険者。元は夕張ダンジョン所属でネズ吉さんの薫陶を受けている。前回の教官訓練で優秀な成績を残してはいるが、他のダンジョン代表と違って個性が無い事を悩んでいる。

 

上杉さん:ちなみに下の名前は小虎。名前の通り両親が上杉謙信のファンであり、子供の頃から剣術やら槍術を学んでいた。一郎たちの剣術の師である安藤さんに一時期師事を受けていたこともあるので実は姉弟子だったりする。黒尾ダンジョンの水無瀬香苗とは互いにライバル視している間柄。

 

 

一条さん:一郎に感化されて動画配信とコスプレを始めた冒険者(オタク)。『一条麻呂のダンジョン紀行シリーズ』という動画を投稿している。割りと初期から冒険者協会とは歩調を合わせていたらしいが、初回の教官訓練では枠に漏れた。

 

 

世界冒険者協会

 

ウィリアム・トーマス・ジャクソン

大富豪ジャクソン家の次男。典型的なオタクだったが、長年憧れたヒーローが現実になったというニュースに居ても立ってもいられずダンジョンに潜る。3層までは自力で潜れているらしいが、まだ魔力は感じ取れないらしい。

 

キャサリン・C・ブラス

ブラス家の長女。18歳と言う年齢の割には小さな体躯をしており、金髪のツインテールという事も相まって黒ゴスをつけた人形のような見た目をしている。

 

デビッド:アメリカ代表。愛すべき馬鹿1号。魔法も格闘技もそつなくこなせるためアメリカ代表のリーダー格を担っている。実力的な問題で悪目立ちしかねないジェイやジョシュさんを上手くチームに取り込んだ調整能力は中々のもの。

 

オリバー・J・マクドウェル:イギリス代表。レベル5保持者。180センチオーバーの体躯に鋭い顔立ちの青年。妹のアイリーンと参加。元々冒険者志望ではなかったがある日たまたま見た一郎の動画が彼の人生を変えた。

 

アイリーン・E・マクドウェル:オリバーの妹でイギリス代表。レベル5保持者。元新体操の選手160センチちょっとの身長だが非常に引き締まった体躯をしている。ある日兄に勧められて見た動画が彼女の人生を変えた。新体操を辞めて武術に手を出し、近場のダンジョンに兄と共に潜り続け見事イギリス代表の座を射止める。

 

セルゲイさん:ロシア代表の男性。2mを超える体格に体に見合った筋肉の鎧を付けた正に人の姿をした熊。モスクワ大学に在学するエリートでもあり、レスリングの有力選手でもある。

 

ファビアンさん:フランス代表。外見は10代の優男だが、初対面で全員を前にメルシー!と大きな声で言い放つなど結構な強心臓の持ち主。

 

カミーユさん:フランス代表の女性。実家はフランスで空手道場を営んでいるらしい。元々女性にしてはかなり力もあるのだが流石に熊とは比べられなかった模様。

 

オリーヴィアさん:ドイツ代表のリーダー。金髪碧眼で切れ長の目を持つ正にクールビューティーといった風体の人。尚中身は乙女。

 

 

 

フランス冒険者協会

 

マクシムさん:ファビアンさんの親族。フランス冒険者協会の幹部で、ヨーロッパ県内での魔力電池生産工場の設立を推進している。

 

 

 

 

魔法一覧

 

 

 

ファイアボール

火の玉を飛ばす

 

サンダーボルト

雷を起こし相手に打ち込む

 

ストレングス

筋力を上昇させる。一郎の自動発動のものは3倍、詠唱で発動したものは5倍近く跳ね上がる。

 

トランスファーム

変身。外観を魔法でいじってそう見えるようにしており本当に変形しているわけではない。

 

トランスレーション

翻訳の魔法。ビデオなどでは効果は無い。

 

ウェイトロス

軽量化の魔法。5分の1位まで体重を落とせる。この魔法とストレングスを併用すると飛び回ることが可能になる。

 

ウェイトアップ

重量アップの魔法。重量を5倍にする事も出来そうだがこれを使うと地面が割れるため全力は試していない

 

ネット

魔法の網の作成。網には粘着性を持たせることも可能。

 

エドゥヒーション

付着力の付与。足にかけると壁や天井に張り付くことも可能。この魔法もウェイトロスとの相性がいい。

 

ウォールラン

エドゥヒーションの足回り限定の強化版。ピタッとくっつきすぐ離す事が出来るので壁走りに最適。

 

ターンアンデッド:聖属性(?)の魔法。ゾンビ等のアンデッドに効果有。

 

ホーリーライト:ターンアンデッドの範囲強化版

 

レジスト:抵抗力を上げる魔法。基本的に自身の状態異常に対する抵抗力を上げる為、状態異常になった後だと効果が薄い。

 

リザレクション:上位回復魔法。傷も状態異常も回復する。

 

エアコントロール:自身の周りに空気の結界を作る魔法。基本的に一定の気温を保ち、外気に混ざっている有害な物質を排除する。

 

フロート:文字通り浮遊の魔法。人類の乗り物の歴史を変えかねない可能性を秘めている。

 

アンチグラヴィティ:読んで字のごとく。アンチマジックのように過剰重力による拘束からの離脱に使用される。発展系の魔法はフロート。この魔法を逆転させると……?

 

 

一郎専用魔法

 

ロックバスター(ブルースも。魔法の属性弾を使用可能)

カセットアーム(アタッチメント変形可能)

ウェブシューター(糸の発射・及び糸の属性変更可能)

ミギー(伸び縮み、斬撃、打撃といった使用可能。喋らない)

ジャバウォック(封印中。右腕変形。打撃、爪による斬撃など。力が欲しいかとは聞いてこない)

スパイダーマッ(ウェブシューターとほぼ一緒だが糸が太かったりする)

ハルク(封印中。超腕力)

祟り神(封印中。というか普段は未使用)

ファイブハンド(いつつのあいのうで。通常時のスーパーハンドにパワー、冷熱、レーダー、エレキの4形態)

アサシンブレード(ダブルブレードモード。ネズ吉の技術を習得する際に練習用に取得。気配遮断が可能)

 

 

魔法の右腕(発展系):これでもまだ未完の魔法。完成形があるかもわからない。鈴木一郎の右腕を模しており魔力によって形を保っている。

 

 現在分かっている特性は【変形】と【変質】、そして新たに【変容】。変形は文字通り右腕の形と機能を変えること。変質は右腕に魔力を集めることにより魔法の発動を変質させる能力。変容は変形の影響を全身に及ぼし

、容姿まで変えられる事(頭脳にも影響あり)。変容により使用者の体はより右腕の機能に合わせて上書きされていく。

 

 また、熟練度の上昇速度は模した変形の種類によって変わるという事も今回分かり、鈴木一郎に近い年齢、特に日本人男性は非常に熟練度の上がりが早いと思われる。

 鈴木一花はこれを親和性と名付け、現状最も親和性が高いのは高槻涼か泉新一と思われる為、ジャバウォックへの変身は禁止された。

 

 

 

恭二専用

 

ファイアボール5連打(フィンガーフレアボムズ)

文字通りファイアボールを一度に5連射。

 

レールガン

電気を使用して金属を加速させて打ち出す。何故出来たのか微妙に良く分からず再現できる人間が他に居ない。

 

ゲート(現状恭二専用):ダンジョンのゲートと同質の空間同士を繋げる穴を作る。莫大な魔力を消費する為、現状は恭二しか使用できない。ダンジョン外での使用もほぼ不可能。

 

アンチグラヴィティの逆:……

 

 

 

 

冒険者資格について(日本)

ダンジョン一種免許:ダンジョンへの立ち入りを許可される資格。

取得条件:レベル5、5層への独力到達(チームは組んだ上で)が条件

 

ダンジョン二種免許:他者を連れてダンジョンへ出入りする事が出来る資格。ただし免許を持たない人物を連れている場合は5層までの立ち入りとなる。

取得条件:レベル10、10層へ教官の力を使わずに突破が条件。

 

ダンジョン指導員資格:ダンジョン免許取得の為の教習を行える。

取得条件:10層までを独力で到達した上、定められた魔法の使用と習熟、更に教導を行えるかと言った知識的な部分

 

各階層を攻略した際はその階層に合わせたバッジを付ける事が出来る。5層まで突破ならレベル5、8層までならレベル8、という具合に。

これらのバッジは協会から発行される。

 

 

 

現在出ているダンジョン(日本は9カ所。)

 

北海道

夕張ダンジョン

 

東北に一つ(未)

 

北陸に一つ(未)

 

関東

奥多摩ダンジョン

忍野ダンジョン

 

東海

西伊豆ダンジョン

 

関西

黒尾ダンジョン

 

四国に一つ(未)

 

九州

大宰府ダンジョン

 

 

作中に出るオリジナルアメコミ

 

MAGICSPIDER

 東京で生まれ東京で育ったごく普通の高校生、ハジメ・ヤマダは夏の長期休暇に合わせて妹と連れだって静岡に住む父方の祖父母を尋ねた。山歩きを趣味とする祖父に連れられて富士山へ登山を行っていたハジメと妹のハナ、たまたま同道した米国からの旅行客ウィラードは突如空間を開くようにして現れたオークの兵隊に襲われる。右腕を失い、妹をオーク兵に攫われ、自らも命の危機に瀕したハジメは生と死の狭間で自身の中に流れ込む魔法という力に目覚めた。妹が好きだと行っていたヒーローを模してマスクをかぶった彼の戦いが始まる。

 

MAGICSPIDER~魔法クモの世界へ~

 富士山の山頂でオーク王を倒したハジメは自身を助けてくれたカラテの達人、ゴンザエモン・ミフネの元で修行の日々を送っていた。そんな日々の中この世界の魔術師、ドクター・ストレンジから『異世界の扉がまた開こうとしている』という情報を受け取ったハジメは、なぜオーク王がこの世界に現れたのか、その原因を探るため同じ師の元で研鑽を積んでいたウィラードと共に異世界へと旅立つ。

 

MAGICSPIDER~旅は道連れ世は情け~

 異界の創造神・魔法蜘蛛との邂逅により自身の力のルーツを知ったハジメは、かつて自らの世界で生まれ落ち異界へと渡って混乱を撒き散らした魔女、カグヤを異界の月へと封じる事に成功する。膨大な魔力を制御するためドクター・ストレンジに弟子入りしたハナを見送った後、やるべきことを失ったハジメは何故かついてくる赤いタイツの男を相棒に、母国への帰路へつく。徒歩で。

 

リーフでの発売は米国のみ。日本ではそれぞれのシリーズのペーパーバックが販売されているが、一番ページ数の少ないMAGICSPIDERでも500Pを越える鈍器。



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プロローグ~奥多摩のとある一日~

誤字修正、椦紋様ありがとうございました!


6月20日。夕方。

買出しを兼ねて実家の家業手伝いをやらされているだろう友人を激励しにきたら右手が飛ばされて友人も死に掛けてます。

 

比喩じゃなくて物理的に。全身ガラスで串刺しとかこれもうあかんだろうな・・・恭二、お前の事、嫌いじゃなかったぜ!それを庇おうとして俺も右腕千切れたけどな!

すまん。ヤバイって思った時にはもう間に合わなかったんだ・・・

 

「きゃあああああ!」

「恭二!い、一郎くん!沙織ちゃん、救急車!救急車を呼んでくれ!」

 

視界の端で友人の兄貴と幼馴染(巨乳)がパニックになっているのが見えるが、ショックがでかいのか血が足りないのか頭がボーっとして注意が動かせん。これは俺も駄目かもわからん。まさか高校も卒業できずにくたばる事になるとはこの海のリハ・・・駄目だ。痛みで現実に引き戻される。

 

意識が保っている間に止血をしなければならんのだろうが、恭二がさっきからパクパクと何かを呟いている。

助けを求めているのか・・・?俺はガラスの海の中、左手で右腕を押さえながら、恭二に近づいていった。流石に助けられるとは思えんが・・・知り合いの顔が傍にあった方が、少しは気が楽になるかもしれん・・・って。

 

 

「なんだ、こりゃ」

 

 

思わずそう呟いた俺の目の前。恭二を吹っ飛ばした鉄製の冷蔵庫の中に、真っ黒な穴が現れていた。

その穴から溢れ出るように出てくる白いもやに全身を包まれ、俺はつい右手でもやを飛ばそうと腕を振る。

淡い光が、コンビニの中を包み込んだ。

 

 

 

後に迷宮侵食と言われる事件は、そんな風に唐突に俺たちを巻き込んで、世界を変えた。

 

 

 

 

 

そして現在。

 

「俺たちどうなるんかねぇ」

「知らね」

 

病院に隔離されて早3日。精密検査から人体実験に変更されそうな予兆に戦々恐々としながら、俺たちは二人並んでベッドに寝転がっていた。

恭二の全身を貫くガラスは全てなくなってます。というか逆再生みたいな感じで抜けてったらしいです。救急車の中で。

 

・・・魔法・・・なんだそうだ。恭二もそう言っているし。恐らくそうなんだろう。

あ、俺も右腕生えました。前より色が白くなったけど。

 

 

 

奥多摩個人迷宮+

 

 

 

いつ人体実験をされるのか気が気でない中、入院から3日目に無事退院できました。

恭二の親父さんマジ感謝。うちの親父はシーズン前の駆込予約とかって仕事の対応に追われてて全然頼りにならんかったけどな!

 

持つべき物は行動力に溢れた友人の家族である。俺もお相伴に預からせてもらうぜ!

と一緒に出ようとしたら「君は別」とか玄関を出る前に病院側の人に呼び止められました。

 

勿論切れる山岸さん(恭二の親父さん)、タジタジでゴネる病院職員(多分偉い人)。結果保護者としてうちの爺さんが病院まで迎えに来る事で決着がついた。

 

流石にその段階でゴネられる事はなかったが、顛末を聞いた爺さんが凄い形相で怒鳴りこんで来たのも原因かもしれない。

70超えてるんだが最近まで現役の猟師やってただけあって修羅場のときの威圧感が半端ない。山岸さんと恭二が引いてるぞ。

 

 

 

病院から出た後は俺は爺さんの軽トラに、山岸さん家は自家用車でそのまま帰るそうだ。

後で出来たら一度顔出して欲しいって言われたから爺さんにその事を伝えたら、一度実家に寄った後送ってくれるそうだ。

 

「一郎」

「ん?」

「お前の母ちゃんによう謝っとけ」

「・・・ん」

 

病院からの帰り道。不意に爺さんがぽつりと呟いた。

軽く頷いて返すと、しわくちゃの手で爺さんは俺の頭を撫でる。

 

「ようやった。友達を大切にせぇよ」

「・・・俺なんもできんかったよ」

「何もせん奴の方が多い。お前は動けた。それでいい」

「・・・うん」

 

あ、やべすっげぇ恥ずかしいわ。

そっぽを向いて、車の窓の外を見る。

3日ぶりに戻った奥多摩の町は、世間の騒がしさが嘘のようにいつもの風景だった。

 

 

 

家に帰って、母さんに泣かれて、何とか落ち着かせること小一時間。

爺さんの軽トラにのって俺は恭二の家にきていた。

恭二の家は奥多摩駅近くにあり、何年前からか家業の雑貨屋を改装してコンビニにし、そこを家族で経営している。

まあ、今は見るも無残な状態である。

 

 

「やあ、一郎くんいらっしゃい」

 

 

コンビニ側は警察やらマスコミやらが一杯でとてもではないが入ることが出来ないため、自宅側の入り口に回って中に入る。

ここに入るまでにも記者やら何やらにマイクを突きつけられて邪魔されそうになったがそこは爺さんの睨みが功をそうした。

 

中には突っ込んでくる気合入った人も居たがな。

あの赤毛のねーちゃん美人だった・・・いかん。3日も禁欲していたせいで股間の反応が早いな。

ちょっとポジションを替えよう。

 

 

「山岸さん、この度は」

「下村さん。申し訳ありません。一郎くんを巻き込むような形になってしまい・・・」

「いやいや。もしあそこで恭二くんを見捨てるようなら叱り飛ばしましたわ」

 

 

大人同士の会話が始まったので余計な口を出さずに出されたお茶を飲んでいると、襖を開けて真一さんと恭二が部屋に入ってきた。

 

 

「やあ一郎くん、退院おめでとう」

「ご心配をおかけして申し訳ないです」

 

 

俺の顔を見て安堵したかのように顔を綻ばせる。相変わらずイケメンだなこの兄ちゃん。

子供の頃から恭二と一緒に可愛がってもらったから今はそれほどでもないが、顔も良い頭も良い運動もイケるという完璧超人で恭二と一緒にコンプレックス抱いてました。

でも超良い人なんだよな・・・最近ナンパ師みたいになってるけど。

 

 

「右腕、大丈夫なのか?」

「あ、はい。動いとります」

「そうか・・・」

 

 

そういえば真一さんもあの場に居ったね。そら心配になるか・・・肘より下無くなってたもんな俺。

ってそういえば。

 

 

「恭二、お前沙織ちゃんに連絡入れたか?」

「・・・あ。いや、まだだ」

「さっさと連絡入れとけ。沙織ちゃんすげー心配してたぞ」

 

 

その場にもう一人居た関係者を思い出して恭二に尋ねるが、恐らく忘れてたのだろうなこの反応は。いい加減愛想尽かされても知らんぞ。

 

電話でも何でも良いから連絡入れとけ、と真一さんと一緒に恭二を部屋から蹴り出すと、大人同士の話し合いが終わったのか山岸さんが「一郎くん」と俺に声をかけてきた。

 

 

「下村さんとも話したが、恐らく、これから先も似たようなことが起こるだろう。ほら、病院の」

「ああ。はい」

 

 

あいつら俺と恭二を完全に実験動物か何かだと思ってたみたいだからな。正直いつ解剖されるか気が気でなかった。

 

 

「今回は何とかなったが、相手は国家だ。どんな手を使ってくるかわからん」

「身辺に気をつけんといかんぞ。お前も、恭二くんも」

「・・・はい。気をつけます」

 

 

冗談なんか1mmも感じさせない大人二人の声音に、俺は神妙な顔をして頷いた。

 

 

 

その日の夜に相方の恭二が警官にボコボコにされて連行されちまったけどな!

俺の覚悟を返してくれ・・・




山岸恭二:原作主人公。原作で出てくる魔法は全部こいつが作ってるってくらいやベー奴。兄貴や幼馴染と比べて顔面偏差値が・・・と某掲示板で煽られても気にしない広い心の持ち主

山岸真一:恭二の兄貴。イケメン。大概の事は高水準でできる完璧超人。

下原沙織:恭二と一郎の幼馴染。巨乳。子供の頃から恭二が好きと態度で示しているのにスルーされ続けている。

山岸さん:真一と恭二の親父さん。日本版WIZは発売日に並んで買ったらしい。

鈴木一郎:オリ主。恭二とは小学校からの付き合い。中学時代は運動部に所属していたが体育会系のやり取りに疲れて現在は帰宅部。妹からの影響でゲーム等はライトオタ程度の知識あり。


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第一話〜第四話

四話統合

誤字修正。アンセルム様、244様、仔犬様、ハクオロ様、久遠 篝様、kuzuchi様ありがとうございました!


「何してんだお前」

「いや、マジすまん」

 

 

ニュースを見てすぐに駆けつけた俺を出迎えたのは、先ほどまでボコボコにされていた容疑者Y氏であった。顔を見ると治っていたので尋ねたら、魔法で治ったらしい。

取り敢えず無事だったのを喜んですぐに締め上げると、ダンジョンの中が気になったから、等と意味不明な言い訳を供述してきた。無論一発殴っとく。

 

 

「あ。すげぇな」

「・・・ん?」

「全然痛みがない。身体能力が上がってるんだなって」

 

 

どういう事か確認すると、ダンジョン内でコウモリやらなにやらを倒した時に光の粒のような何かが恭二の体の中に入ってきたらしい。

それは恐らく魔物の魔力で、それを吸収した結果身体能力が上がったのだろう、と。

 

 

「つまり、経験値を貯めてレベルが上がった的な奴か?」

「恐らく。ただ、レベルみたいに一気に上がるって感じじゃなくてちょっとずつ上がっていってる気がする」

「それって、ゲームみたいな感じって事か?」

 

 

真一さんが、そう言って話に入ってきた。真一さんも中が気になるらしい。恭二が身に付けた魔法といいあの穴が原因だろう現象で山岸さん家は大変な目にあってるしな。少しでも情報が欲しいんだろう。

 

 

「うん、そんな感じ。ウィザードリィって知ってる?」

「分からいでかぁ!」

 

 

ゲームの話で例えようと恭二が某名作ゲームの名を出すと、唐突に山岸さんが叫んだ。何でも初代の頃から大ファンらしい。初代ってあの超難易度の・・・すげぇな山岸さん。

恭二も真一さんもゲーム好きだし、山岸家は一家揃って結構なゲーマーなんだな。うちだと妹しかゲームをしないから少し羨ましい。

 

 

「中は正にダンジョンって感じだ。1階や2階のモンスターもそんなに大した事はなかった」

「ふぅん。明日は俺も行ってみようかな。この腕も何かありそうだし」

 

 

恭二の話を聞きながら、真っ白くなってしまった右腕を見る。

感触も何もかも今まで付いていた腕と何も変わらないのだが・・・

 

 

「とりあえず今日はもう遅いし、一郎くんも泊まって行きなさい。外の連中に捕まっても事だろう」

「すみません・・・あの報道を見て、いてもたってもいられなくて」

「うちのバカが心配をかけて申し訳ない。ご家族にはこっちから連絡しておくから」

「よろしくお願いします」

 

 

窓から外の警官やら取材陣やらがピリピリしている様子を見て、山岸さんがそう提案してきた。

正直来る途中は無我夢中だったので気にしてなかったが、厳戒態勢状態の中突っ込んできたんだよな。やばいことしてたわ。

お言葉に甘えて、今日は早めに寝ることにする。明日のダンジョンアタックが少し楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンアタックは延期になりました。

あ、別に問題が起きたわけではないですよ。何か昨日恭二を助けてくれたって海外の記者さんが取材に来たらしい。

てか、昨日爺ちゃんに突貫してきた記者のお姉さんだ。やっぱ海外の報道関係は気合の入り方違うな(偏見)

 

 

「初めまして、シャーロット・オガワです」

「ど、どうも。山岸です。これが恭二です。あと、こっちが鈴木一郎くん」

 

 

名前を呼ばれたのでペコリと頭を下げる。コンビニで起きた事件の被害者が二人とも揃っていると知った記者のお姉さんが、一緒に取材をしたいと申し込んできたので俺も恭二の隣で取材を受けることになった。

てか山岸さんがしどろもどろ過ぎて・・・非常時にはあんなに頼りになるのに。

途中で山岸さんから真一さんが質問に答えるようになった。やっぱ美人には弱いよね。男やもめだしね(精一杯の弁護)

 

オガワって苗字から察するに恐らく日系アメリカ人なんだろう。ちょっと日本人っぽい赤毛の似合うお姉さんだ。

若干訛りを感じるけど親御さんに教わったのかペラペラの日本語で真一さんに質問をし、カメラに向かって早口の英語でそれらを翻訳するという記者と翻訳の仕事を同時にこなしている。やっぱ海外の報道関係は違うな(偏見)

何て言ってんだろ。英語の成績はそれほど悪くないし単語から読み取れないだろうか。

アクシデああ、事故か。事故の被害者が二人? もうちょっとゆっくり喋ってくれるとわかるんだが。ネイティブ早すぎる。

 

 

『They are victims of the accident事件はevening、山岸氏の経営するコンビニエンスストアで起こりました。突如冷蔵庫内に発生した黒い穴は発生時に周囲の冷蔵庫やガラスを破損させ、彼らは破裂したガラスによって命にかかわる重傷を負ったのです。それはたった4日前のことでした。直前まで冷蔵庫の中にジュースを補充していた山岸恭二さんは全身にガラスの破片を浴び、恭二さんを助けようとした鈴木一郎さんは右腕を切断されてしまったのです』

 

 

耳に意識を集中して単語を拾おうとすると、唐突にチャンネルが変わる様に意味が理解できるようになった。

何だこれ。俺こんなに英語力あったのか。

 

 

「山岸さん。全身にガラスの破片を浴びた恭二くんと右腕を失った一郎くんはその後どのようにして回復したのですか?」

「順番的には一郎くんが先になります。黒い穴から溢れてきたもやを、こう、一郎くんは右手でかき消そうとしてたんですね。その時に右手が光って。恭二は救急車で搬送される時に、全身が光りだして。体から逆再生みたいにガラスを押し出していったんです」

「なるほど」

 

 

恭一さんの答えに相槌を返して、オガワさんがカメラに目線を向ける。

 

 

『彼らに訪れた悲劇は、しかしそれ以上の奇跡によって救われることになりました。恭二くんの体を襲ったガラス片は、彼自身の体から発せられた光と共に押し出されて彼は命の危機から脱し、一郎くんの右腕は再び体に戻り・・・』

『あ、そこ違います。切り離された腕はそのまんまですけど、新しく生えてきたんです。ほら』

「ふぇ?」

 

 

きょとんとするオガワさんに真っ白になった腕を見せる。

 

 

『ほら、ここだけ色が全然違うでしょう?』

『あ、はい。本当ですね・・・生えた、んですか!?』

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 

真っ白になった腕を触りながら、驚きの声を上げるオガワさん。まあ普通トカゲでもあるまいし切り離された部分が生えるなんてないわなぁ。

美人さんとのふれあいにちょっと心をトキめかせていると、恭二が声を上げた。

 

 

「一郎、お前いつの間に英語なんか出来るようになったんだ?」

「いや、出来んよ? 聞く方ならさっきから何となくいけるんだけど」

『えっ!?』

 

 

今度はオガワさんが驚きの声を上げた。

 

 

『先ほどから、私と綺麗な英語で話しているではないですか!?』

『いや、聞き取りは英語でやってるけど会話は日本語ですよね?』

「ああ、言う方は確かに日本語で言ってるな」

『・・・え、えっと。今の会話は日本語で行われているんですか?』

 

 

唐突に英語の才能でも目覚めたのか? と思い真一さんに確認するも、真一さんも俺が日本語を話していると証言してくれた。

困惑した表情を浮かべたオガワさんは、カメラクルーに振り返り『ジャン! ちょっと来て頂戴!』と言うと、再び俺に向き直る。

 

 

「今呼んだジャンは、英語とフランス語が出来る人物です。日本語は出来ません。彼を交えてもう一度会話してもらっても良いでしょうか?」

「あ、はい。あの・・・?」

「山岸さん、もしかしたら、私達は再び歴史が変わる瞬間を目撃しているかもしれません。一度目は4日前。そして、二度目は今・・・」

 

 

ここまできたら、オガワさんが何を言いたいのか頭の鈍い俺でも理解できた。

カメラクルーの一員は抱えていた機材を床に降ろし、こちらに駆け寄ってくる。

 

 

『OKだ、シャーリー。僕は何をすれば良い?』

『ジャン、彼と会話して欲しいの。もしかしたら』

『ああ。奇跡は癒しだけではなかったかもしれないって事だね。勿論OKさ。こんにちは、鈴木さん。僕はジャン・ブルックだ。ジャンと呼んでくれ』

 

 

そう言って、ジャンさんは俺に右手を差し出した。右手を握り返して、俺は彼に答える。

 

 

『こんにちは、ジャンさん。あの、意味は通じます、よね?』

『・・・・・・ああ。ああ、勿論だよ。綺麗に通じている』

 

 

そう言って、信じられないといった表情を浮かべながら、彼は言った。

 

 

『翻訳されている・・・神よ。この奇跡に巡り合えた事に感謝します』

 

 

その一言は回り続けていたカメラにバッチリと捉えられ。

その後、恭二が話したダンジョン内部の詳細と共に世界を駆け巡る大ニュースとなるのだった。

 

 

 

 

第二話

 

 

ダンジョンである。

 

いや、いきなりで申し訳ないが俺も心の興奮が抑えられないらしい。

先日の放送以来もはやほぼ毎日会ってるシャーロットさんやジャンさん達CCNスタッフが機材の準備を進める中、俺は手に持ったバットの感触を確かめる。

1階はコウモリ、2階にゴブリンか。うむ、ド定番RPGだな。燃えるぜ!

 

 

「おいイチロー。現実逃避してるところ悪いんだがな」

「すまん恭二。見逃してくれ」

「いや駄目だろ」

 

 

呆れたようにそう言う恭二と、項垂れる俺。

全ての原因は向こうで沙織ちゃんと談笑するジャージ姿の少女にある。

俺たちが通っていた学校の指定ジャージを着たおかっぱの少女は親指を立てながら沙織ちゃんに意地の悪い笑顔を向けている。

 

 

「さお姉、恭二兄ちゃんが帰ってきてからちゃんとアタックした?」

「えっ!? ええっと、そのぉ」

「駄目だよあんなニブチンに自分から押し倒す甲斐性なんて無いんだからさ。もっとグイグイいかないと」

「そ。そうかなぁ・・・?」

 

 

純情な沙織ちゃんを悪の道に引きずり込もうとするジャージ娘の襟首を掴んで引っ張る。

ジャージ娘は「ぐぇっ」と可愛らしさの欠片も無い悲鳴を上げると、非難するように俺を見た。

 

 

「何すんだよ兄ちゃん!」

「何すんだ、じゃねぇよ。邪魔するんなら置いてくって言ったよな。沙織が全然準備できてないだろうが」

 

 

ジト目で妹を見ると口笛を吹いてそっぽを向いた。

こいつの名は鈴木一花。お恥ずかしい事ながら俺の妹だ。

 

 

「一郎くん、私は気にしてないから」

「さっすがさお姉! 素敵!」

「沙織ちゃん、甘やかすな。こいつすぐ調子に乗るから」

 

 

パッと俺の手から逃れた一花が沙織ちゃんの後ろに隠れる。

この二人、年齢が近いというのもあるんだろうが妙に仲が良い。というか沙織ちゃんが実の妹のように一花を可愛がっている。

近所の同年代で一番下が一花だからというのもあるが、沙織ちゃんは同級生とかが相手の場合可愛がられる側に居ることが多いからな。

お姉ちゃんぶりたいんだろうな、と勝手に推測している。

 

 

「あ~、一郎くん。流石に一花ちゃんは」

「真一さん! お久しぶりです!」

「あ、ああ。お久しぶり、元気だった?」

 

 

それと、狙っている男が被ってないのも仲が良い理由だろうな。

一花の姿を見咎めた真一さんが俺に注意をしようとしたが、インターセプトしてきた一花がグイグイ押していく様は妹ながら恐ろしい。

真一さん、結構遊んでる筈なんだが身内認定した人には甘いから・・・

一花の勢いにタジタジになりながらこちらに視線を向けて助けを求めてくるが、馬に蹴られる趣味は無いので気づかなかった振りをする。

 

さて、再度になるがダンジョンである。

事前に恭二から内部はかなり広いと言われていたので、動きやすい服が良いと思い学校のジャージと、念のために中学の時に使っていた野球のキャッチャー用プロテクターを着けてきた。

気分は日曜日の草野球って所か。ジャージだけでも良いかなと思ったがゴブリンが武器を持っていると言われたからな。気休めだが無いよりは大分ましだろう。

俺のキャッチャー姿を懐かしそうに眺めながら恭二が話しかけてくる。

 

 

「一階の吸血コウモリも二階のゴブリンも結構素早いぞ。ブランク長いけど大丈夫か?」

「バントは得意だぜ」

「せめて振れよ!」

 

 

二人してゲラゲラと笑っていると、一花が大きなリュックサックを引きずってこちらに来た。

 

 

「ちょっとお兄ちゃん! 手伝ってよー」

「お前、これ何入ってんだ?」

「色々~」

 

 

明らかにパンパンに膨れた登山用のリュックサックをドサリ、と置いて一花がふぅ、と息を吐く。

先ほどまで纏わり付かれていた真一さんは・・・助かったって顔でシャーロットさんと話してる。

成るほど、シャーロットさんが見かねて助け舟を入れたのか。

邪魔をされたからかムスっとした顔で一花はリュックサックを開き、中から物を取り出し始める。

 

 

「まずこれ、ロープ。10m分あるから。あとサバイバルナイフね。武器にしても良いけどリーチが短いからお勧めできないかな。こっちはガスバーナーとバーナー用のスタンド。あと小さいステンレスの鍋ね。あと物干し竿」

「お前は一体何と戦うつもりなんだ?」

「いや、むしろ全然足りないんだけど。ダンジョンに行くのにバットと防具だけとか死にに行くだけじゃない」

「お、おう。すまん」

 

 

至極真面目な顔でそう言い切る妹に、思わず頭を下げる。隣の恭二も何故か一緒になって頭を下げている。

そういえばこいつも着の身着のままでダンジョンに潜ったんだよな。今思うと明らかに超危険行為だ。

 

 

「まあ、現実世界にダンジョンなんて今まで無かったしね。私のこれも先人の知恵(TRPG)によるものだから正しいとは言えないけど、備えはあって損は無いでしょ?」

 

 

至極尤もな意見である。

実際、恭二の話を聞いて楽観視していた所はある。未知数の場所なのだ。警戒をしすぎるという事はないだろう。

 

 

「ま、防具で固めたお兄ちゃんに大荷物持たせるのは問題あるから、分担して持っていかないとね」

「いや、これ位なら問題ないぞ?」

「へ?」

 

 

そう言って恭二は前回のダンジョン探索で身に着けたという『収納』の魔法を使い。リュックサックを片付けた。

バットの出し入れ位は見せてもらっていたが、子供位の大きさのカバンが一瞬で消えるのは本当にファンタジーだ。

 

 

「・・・・・・魔法!?」

「いやそうだよ知ってるだろうが」

「知ってたけど初見だよ! うわ、すげー!」

「ハハハ、凄かろう」

「恭二兄ちゃんかっけー!」

 

 

感激の声を上げる一花に気を良くしたのか、恭二が胸を張って笑う。

おい恭二、別に出し惜しみする事じゃないだろうがさ。今の状況を思い出せよ。

 

CCNのスタッフさん、凄い勢いでカメラ向けてこっちに来てるぞ。シャーロットさんめっちゃ早口で意味が分かるのに意味分からんくなってる。

これはまた潜るのが遅れそうだな(傍観)

 

 

 

 

 

 

約1時間ほど予定を押しましたが無事ダンジョンに入れました。入る前から若干疲れた。

先導する恭二と盾役の俺がヘッドライトをつけて先頭を歩き、その後ろにシャーロットさんと一花、沙織ちゃん、スタッフの皆さんと続き,最後尾に真一さんが陣取って背後をカバー。

 

後、何故か妹から渡された物干し竿を手に持ち、小まめに地面を突けと言われた。罠が無いか確認するそうだが、これ意味あるのか?

後ろのほうでジャンさんが『10フィート棒だ!』ってスタッフの人と楽しげに話してるけど何か有名なやり方なのかね。良く分からん。

 

出てくる吸血コウモリをバットでなぎ倒し進むことしばし。

恭二が足を止めたので何事かと思ったらどうやらボス部屋らしい。

 

 

「うおりゃ!」

『ギィ!』

 

 

飛び降りてきたジャイアントバットを恭二が叩き落す。

一撃で終わった。やっぱり一階だとボスでもこんなものか。

ジャイアントバットから出てきた石ころを恭二が収納し、全員分のペットボトルを出してくれたので一息吐く。

なるほど、確かに結構歩いたはずなのに疲れを余り感じない。

実感は無いがこの僅かな間だけでも身体能力が上がっているのかもしれない。

 

「すごいわ。本当にウィザードリーなのね」

「ええ、まあこんな感じです。次の階層だとゴブリンが出てきます」

 

 

シャーロットさんの質問に恭二が答える。

確か次の階層のゴブリンは武器を持っていたはずだ。人数が多い以上、カバーしきれるかわからん。

その懸念はCCNスタッフも持っていたみたいで、何事かスタッフ同士で集まって話し始めた。

恐らく引き返すかどうかだろう。

 

 

「で、実際どうよ。次行きたいって言われたら」

「ちょっと難しいかもしれん。手が足りんからな」

「流石に3人で倍以上の人数をカバーは仕切れんぞ。どちらにせよそろそろ戻るべきだ」

 

 

こっちもこっちで相談だ。出来るだけ危険は避けたいというのは皆思っている。後はどこまで行くか、もしくはもう引き返すかなのだが。

どうするべきかね。俺としては体力が有り余ってる状態なんだが。

ゴブリンを見たことがある恭二の判断次第だが、出来れば進みたい所だ。

 

 

「ねえ、恭ちゃん。魔法とかって使わないの?」

「魔法?」

「ほら。ファイアボールとか、ばぁーっと敵をやっつける的な」

「ファイアボール!」

 

 

沙織ちゃんと恭二の会話を聞きつけて一花が素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「そうだよ恭二兄ちゃん、魔法って結構イメージで出来るんでしょ? やってみようよファイアボール!」

「ふーん。そうだな、じゃあ、ファイアボール!」

 

恭二がそう叫んで右手を掲げると、右掌に赤い炎の玉が出来上がる。

それをふん、っとばかりに打ち出すと、結構な速度の火の玉が壁に飛んで、壁を焦がして消えた。

 

 

「おおー!」

「ファイアボール!」

 

 

驚きの声を上げてパチパチと手を叩く沙織ちゃんと、自分も、と言わんばかりに右手を上げて魔法を唱える一花。

結果、見事に右手に出現した火の玉を同じように飛ばすことに成功。

 

ただ、速度は恭二の物に比べて大分劣るように感じた。これもイメージの差だろうか。

さて、こんな面白そうな事に参加しない手は無い。俺もやってみようと右手に炎を集めるイメージする。

 

 

「ファイアボー・・・なんじゃこりゃあ」

 

 

右手に炎を集めるイメージをしたのが悪かったのか。

右手は確かに炎を集めていたが、手の先から形を変えて筒型になってしまった。

 

銃口のような形に窪んだ手の先から漏れ出る炎はどんどん明るく熱く燃えていくのがわかり、あ、これ放置したら暴発しそうだな、と判断した俺はとりあえず何度もファイアボールを叩きつけられた壁に向かって右腕を向けて、ファイアボール(?)を放つ。

 

収束したファイアボールは勢い良く壁にぶつかり、爆発。大きな焦げ後を残して消えていった。

 

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 

一同、沈黙。そらそうだわ俺だって何言えば良いかわからんもの。

震える指先で俺の右腕を指差した妹が、尋ねてくる。

 

 

「・・・お兄ちゃん、いつの間にライト博士に改造されたの?」

「あの人は正義の博士だろうが」

 

 

そもそも改造されてねえよ。されてないよな? されて、ないよね・・・?

俺の問いに答えてくれる人は誰も居ない。

 

 

 

 

第三話

 

 

「ロックマンだな」

「ロックマンだねー」

「MEGAMANですね」

「いやむしろ空気砲じゃないかな?」

 

 

ダンジョンから脱出した俺達は、山岸家の居間に集まり休息がてら先ほどの『ロックバスター事件』について話し合っていた。

いや、事件って程でもない・・・いやいや人間の体がいきなり変形するのは事件だろ。

 

因みに右手は元に戻りました。色も元の肌色です。

というか変形脱色が自由自在になりました。

あ、今もカメラは回しっぱなしです。CCNのメンバーのテンションの上がり方がヤバいんですがそんなにロックマンが好きなのかね。

 

少しサービスでもするか、と右腕をぐにょぐにょ曲げてXメンのウルヴァリンのように爪を生やしてみると歓声を上げて喜んでくれた。ノリの良い人達だ。

 

左手でも出来ないか試してみるがこっちは形が変わらず、代わりに光の爪のような物が出来た。

魔力の感覚も何となくだが掴めて来たんだが、変形までさせられるのは右腕だけみたいだ。

 

 

「多分、それ新しい腕が生えてるんじゃなくて、魔力でそういうふうに形を保ってるんだろうな」

「何それ怖い」

「お兄ちゃんがアルター能力者になったけど何か質問ある?・・・と」

 

 

普通に病院で検査された時は色以外におかしい所も無かったみたいなんだがな。

後、妹よ。隙を見て変なスレを立てるんじゃない。CCNの人達が慌ててるじゃないか。

 

 

「鈴木さん、そういうのは困ります」

「すみません、シャーロットさん」

 

 

もちろんシャーロットさんに苦言を言われ頭を下げる。

昨日のニュースは大反響だったらしく、シャーロットさん達はかなりのお偉いさんから直々に称賛と激励を受けたらしく凄く張り切ってる。

 

『特ダネがあったらください!』と真っ直ぐ頼んでくるのは流石にどうかと思ったが、そんだけのやる気と図々しさがないと海外の報道機関で働けないんだろう(偏見)

シャーロットさんのお叱りに、意外な事に一花は素直に頭を下げる。

 

 

「ごめんなさい、本気でスレ立てする気はないですよー。ただ、今の時代いつでも情報を拡散できるってのを念頭に、ちょっとお願いがあるんですよね」

「お願い、ですか?」

「そそ。ちょっとした兄孝行って奴でして。ゴニョゴニョ」

 

 

ニヤニヤと笑いながらおかっぱ娘はシャーロットさんの耳元で何やらぼそぼそと喋り始める。

最初は眉を顰めていたシャーロットさんも途中から思案顔になり、最終的には『OK!』と笑いながら許可を出していた。

シャーロットさんの許可を得た妹は満面の笑みを浮かべて俺を見る。

あ、これアカンやつだ。

 

 

 

 

 

「なあ妹よ」

「なんだい兄ちゃん」

「これから実の兄に人生最大の屈辱を与える気分はどうだい」

「ほぼイキかけましたたたた」

「下ネタは使うなっつってるだろ?」

 

 

妹の頬を捻り制裁を加える。

「ひどい・・・」と頬を押さえて蹲る一花にため息をついて、俺は鏡に映る自身の姿を見た。

 

青いヘルメットに薄い青色のタイツ。ヘルメットと同色のグローブとブーツ。

どっからどう見てもロックマンのコスプレイヤーです。しかも割かしリアリティがあって痛い奴。右腕はグローブ状に変形させてあるんだぜ!

・・・死にたい。

爆笑してる恭二の奴は後で締める。

 

 

「はい、じゃあカメラ回してー! 良い感じの画期待してるよお兄ちゃん!」

『OK,ボス!』

 

 

一花の号令に従ってCCNのカメラクルーもカメラを動かし始める。

カメラ回してるジャンさんがめっちゃ笑ってる。やっぱりロックマン好きなんだなあの人。

 

さて、現在地はダンジョンの地下2階。俺達は再びダンジョンに入った後、一気に地下2階まで降りた。

目的はゴブリン討伐。午前中はゴブリンを数体倒した程度で帰ってきたので実際戦ってみるとどうなるのかと、もう一つ。

 

 

「さぁお兄ちゃん、その自慢の右手でバシバシやっちゃって!」

「あいよ。ファイアボール!」

 

 

右手を変形させて銃口の形にし、ファイアボールをゴブリンに向かってバシバシと飛ばしていく。

このロックバスター式ファイアボールは普通のファイアボールと違い、一度唱えたら連発出来るようだ。

その分一発一発の威力はかなり弱いが、チャージして打ち出せば本来のファイアボールよりも威力が高くなる。

 

魔法を見るだけで大体の仕組みが分かると言うチート野郎の恭二曰く、右腕の中にファイアボールを発生させるためのエネルギーが常に発生していて、微量の魔力をそこに追加することで弱い威力のファイアボールを連続で出している、らしい。

 

チャージの際はその足している魔力をドンドン圧縮して打ち出すから凄い威力になるんだとか。

燃費が良さそうで羨ましいと嘯く本人は、指5本にそれぞれファイアボールを発生させて打ち出してゴブリンを木っ端微塵にしたり新魔法をドンドン開発していて、正直何が羨ましいのか良く分からない。なんか別の手段で同じ事してきそうだなあいつ。

 

 

「よぉし、今日はこんな所で良いかな! 皆お疲れ様!」

『お疲れ! 一花も良い指揮だったぜ!』

「テンキューテンキュー! これ、翻訳だっけ。面白いね!」

 

 

このアタック中に翻訳を覚えたのか、スタッフと談笑しながら一花が終了の合図を出す。

ようやくこの地獄から開放されるのか・・・体力的にはまだまだ余裕があるが、変な汗をかいたせいかタイツがジットリと濡れている様に感じる。早く着替えたい・・・

 

 

「じゃあ兄ちゃん、明日の午後は今度は赤白のタイツでやろうか。ヘルメットとグラサンは用意しとくね!」

「勘弁してください」

「まだまだ全然足りないよ? 今のうちにたっぷり用意しとかないといけないんだから!」

「・・・お前。俺をどうしたいんだ?」

 

 

怒る気も失せて尋ねた俺に、一花は至極真面目な顔でこう答えた。

 

 

「とりあえず世界一有名なダンジョン探索者になろうか?」

 

 

 

 

第四話

 

 

ダンジョンの探索した次の日。

 

 

『初めまして、お会いできて光栄です』

 

 

山岸さんの家の前で僕と握手!

尚相手は駐日アメリカ大使。チビッ子相手ならどれだけ気が楽だったか・・・

取り敢えず当たり障りのないように翻訳をかけて返答する。

 

 

『こちらこそお会いできて光栄です』

『素晴らしい、本当に英語で会話しているように感じますね。右手の変身魔法を見せて頂いても?』

『どうぞ。何かリクエストはありますか?』

『そうですね・・ならウルヴァリンをお願いします。息子がアベンジャーズの大ファンなので』

『喜んで』

 

 

シャキン、とボーンクローを出すと、アメリカの人らしく『Wow!』と歓声を上げてペタペタとボーンクローを触る。

あ、刃の部分は流石に危ないですよ。写真? どうぞ。

周囲のマスコミがフラッシュを焚く中、大使と俺はカメラ目線で笑顔を振りまいた。

 

 

 

「写真を撮り終わったらお役御免って事で帰れませんかね」

「駄目だろ」

 

 

式典(?)で見せ物になった後、抵抗する俺も引き摺られて中に入る。

さて、ここからは世知辛い話となる。

 

アメリカ大使なんてVIPがこんな民家を訪問なんて普通はありえない。では、何故こんな状況になっているのか。

勿論、理由はダンジョンゲートだ。

 

 

『アメリカ軍でも通路の画像までしか持ち合わせて居ない中、CCNが放送した内容は世界中に衝撃を与えました。貴方方は間違いなく、現在最も進んでいるダンジョンの第一人者です』

 

 

というのが、昨日放送されたCCNのニュースを見た各国首脳陣の認識らしい。

らしい、というのはアメリカ以外の国がどう思っているか分からないのと、母国であるはずの日本の辛い対応が原因だ。

 

今回の山岸さん家を襲った『浸食の口(ゲート)発生事件』、何と災害認定されない可能性があるそうだ。

保険屋がそこをついて保険金を出し渋っており、山岸さんの家は借金塗れの危機に瀕しているらしい。

 

その件を昨日のゴブリン画像で世界中を沸かせていると評判の敏腕ニュースキャスター、シャーロットさんに相談した結果がこれだ。

 

 

『本日お伺いしたのは、浸食の口(ゲート)についてを詳しく聞きたかったのです』

『わかりました、良いですよ』

 

 

そう大使は英語で話し、それに翻訳の魔法を使って恭二が答える。

ダンジョンに関しての最先任は恭二だ、というのをしっかり認識しているらしい。

 

 

『あと、可能でしたらミスタ・キョージとミスタ・イチローに私共の人間を随行させて欲しいのです』

『構いませんよ。但し人員は少人数でお願いします。こちらの人員は兄の真一と俺とイチロー、出来れば3人の内1人はフリーで動けるようにしたいので2名までと・・・あ、オガワさんなら大丈夫だと思うのでオガワさん含みなら3人でも大丈夫です』

『分かりました』

 

 

昨日のダンジョン探索の際、真一さんもファイアボールとヒールはマスターしている。十分戦力に入れる事が出来るはずだ。

大使は恭二の言葉に頷いて、背後に居たSPの内2名を指名して何事か指示を出している。恐らくこの二人が随行の人員だろう。

 

ガタイの良い強面の人たちだが、不思議とあんまり強そうに感じない。修羅場を経験したせいで感覚が麻痺しているのだろうか?

 

 

「恭二さん、ありがとうございます!」

「いえ。お世話になってますし、実際戦力として見てますからね?」

 

 

ハンディカムのビデオを手に恭二にお礼を言ってくるシャーロットさんに、恭二は頬をかいて答える。

実際、シャーロットさんはすでにダンジョンを経験していて、しかも昨日のうちにファイアボールを覚えている。

ぶっちゃけあのSP二人よりも安心して一緒に潜れる。

 

 

「所でイチローさん、一花ちゃんから今日の分を預かってますよ」

「ジーザス」

 

 

少し前の安心感を返して欲しい。

 

 

 

さて。本日のダンジョンアタックの時間だ。

ヘッドライトを出してくれと恭二に頼むと「いや、必要ない」と断られた。

 

 

「ライトボール」

 

 

恭二がそう言うと、恭二の頭上にふよふよと光の玉が出現する。

一同、どよめく。

 

 

「何だそれ」

「兄貴も出来ると思うよ。これが欲しいって念じてみればいけるいける」

「お、おう。じゃあ・・・おお、出来た!」

「あ、私も」

『・・・駄目だ、出てこない』

『こちらもだ』

 

恭二の言葉に従って真一さん達も試しにライトボールを唱えてみると、ダンジョン経験組は全員が成功するも未経験者はうんともすんとも言わないようだ。

俺? めっちゃ光ってるよ右腕が。

 

 

「一郎の場合、体外に出す系統の魔法は右手を出入り口にしてるっぽいな」

「すげー不便なんだが何とかならんか?」

 

 

赤く光る右腕を見ながらそう言うと、恭二はお手上げ、とばかりに肩をすくめた。

 

 

『HAHAHA! 気を落とすなよProtoman!』

『チャージっぽくてカッコいいぜ!』

 

 

SPの二人が肩をポンポン、と叩いて慰めてくれる。

すまん、頼りにならなそうとか言ってしまって。君らめちゃ良い奴らだな・・・

あ、彼らが言ってるように今日はロックマンの格好ではありません。

 

赤いヘルメットにサングラス、そして背中には輝く盾。

あの妹、本当に用意してやがりました。ロックマンのお兄さん、ブルースのコスプレです。外国だとプロトマンって名前なんですね。初めて知りました。

 

ブルースバスターは常に銃口状態なので今現在も右腕は変形させていますが、やたらとSPのお二人がこのバスターに触ってきます。

 

 

『昨日の動画は俺も見たが本当に腕が変形するんだな!』

『生でMega Manに会えるとは思ってなかったよ!』

 

 

いや、本物じゃないし今日はブルースね。

因みにもう分かるとおり彼らは昨日の俺の黒歴史(ロックマンコスでのゴブリン退治)を見ていたそうです。

何でもCCNのサイト上でダンジョンについて調べると、最初のページにゴブリン退治の動画へのリンクが貼ってあるそうです。

 

というかCCNの公式アカウントで動画が発表されてました。

全世界レベルで俺の黒歴史が現在進行形でさらされているという事ですね。

死にたい・・・

 

SPの二人はその後も変身には痛みが無いのかや、変身するときの感覚などを質問すると、次は恭二に収納や魔法についての質問をし始めた。

 

もちろん、ダンジョン内を移動しながらなので所々で戦闘を挟んでいるのだが1階、2階の敵は誰か1人が警戒していれば正直余裕で倒せる程度の雑魚しか居ない。

ゴブリンを見て戻る頃にはSPの二人もライトボールを使えるようになっていた。

 

恭二はそれを見て、恐らくダンジョン内には魔力的な何かが漂っており、それを体に取り入れて人間は魔法を使っているのだと推測を立てていた。

 

 

 

 

 

 

『ミスタ・キョウジとミスタ・イチローのお陰で我々はあの浸食の口(ゲート)について一つの結論を得ることが出来ました。あの浸食の口(ゲート)は間違いなくこの世界ではなくどこか別の。そう、異世界と言うべき場所に繋がっていると』

 

 

SPの二人組から報告を受けた大使は数分ほど考え込んだ後、そう発言した。

そして恭二からドロップ品を受け取ると、お礼を言って急ぎ足で帰っていった。シャーロットさんが言うには恐らく米国首脳部に急いで連絡を取るのだろう、との事だ。

 

そして今回の仕事の報酬として、米国政府から多額の礼金を貰うことができ、山岸さんの家も一息つく事が出来たらしい。

俺の方にも幾らかの報酬が出ていたそうだが、母さんが通帳を持ってきて青い顔で「あんた、何したの・・・?」と尋ねてきたので詳しい額は怖くて聞いていない。

 

まあ、そういった終わった事はどうでもいいのだ。

俺は今、非常に困った状況に陥っていた。

 

 

「あ、ロックマンだ!」

「あの、サインお願いします!」

「バスター見せてくれよ!」

 

 

町を歩くだけで渋滞が出来た経験はありますか? 俺は今経験しています。

何でもCCNのダンジョン動画、既に十数億回再生されているらしく。リアルロックマンとして、俺は一躍時の人、らしい。

通学もまともにできません。

・・・どうしてこうなった!?

 

 




シャーロット・オガワ:CNNの記者。赤毛の美人で割りと気合入った記者さん。日本語も英語もペラペラの才女。

ジャン・ブルック:オリキャラ。CNNのスタッフで金髪の30台男性。画像編集や予備のカメラマンを担当。再登場するかはわからない

鈴木一花:オリ主妹。純度高めのオタク。乙女の擬態が上手い。おかっぱ頭がチャームポイント

ライト博士:家庭用ロボットを戦闘用に改造して悪の科学者と戦わせている正義の科学者。登場予定はなし

ロックマン:言わずと知れた名作アクションゲーム。海外だとMEGA MANという名前で発売。因みに本家ロックマンは両手を銃口に変形可能です。

アルター能力者:スクライドは良いぞ!

アメリカ大使:女性のエリート官僚。この後子供に一郎との握手の写真を見せて心底羨ましがられる。

SP二人:名前はボブとディック。再登場予定なし。

ブルース:ロックマンのお兄ちゃん。海外だとプロトマンと呼ばれている、口笛を吹きながら出てくるが一郎は口笛が上手くないため動画の方だと編集で何とかした。


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第五話〜第八話

誤字修正。ハクオロ様、244様、仔犬様、moba様、kuzuchi様ありがとうございました!


第五話

 

 

「よし、今日は3層以降を目指してみようか」

「ライトボールは先頭の恭二と最後尾の沙織ちゃんが使おう。前衛は俺と恭二。一郎くんは盾とバスターで前衛のカバーを中心に。一花ちゃんは周囲を警戒しながら手が足りない場所に援護を入れてくれ」

「りょうかいでっす!」

 

 

さて、ここ最近のゴタゴタのせいでゆっくり時間が取れなかったので、久しぶりの純粋なダンジョンアタックである。

これまでダンジョンに入るときは撮影やら随行やらのしがらみがあり、結局新しい魔法の開発以外に進捗がなかったため3層以降は手付かずのままになっていた。

魔法も充実してきたし、戦闘の連携も若干だがこなれてきた。そろそろ次の段階に進むべきタイミングだろう。

 

 

「あれ、今日はロックマンじゃないんだ?」

「コスプレは撮影とかが入る時だけだよ! 誰も見てないのにやる意味ないって」

 

 

沙織ちゃんが余計な一言を口にしたが、意外にも一花がそれを否定した。

あの格好と動画のお陰で現在自主休校中(学校側からの要請でもある)の俺としてはそろそろこんな目にあっている理由が知りたい所なんだが。

そう尋ねると、一花は「へ?」と間の抜けた表情をした後、周囲の人間の顔を見渡して1人だけ納得したように頷いた。

 

 

「あそっか。お兄ちゃんも恭二兄ちゃんも体育会系で結構カースト上だったね。真一さんとさお姉は美形さんだしね」

「あー。一花ちゃん、何となく察してはいたから、その三人と同じ枠組みからはハブいて欲しいかな?」

 

 

真一さんヒデェっすよ。

この朴念仁や天然と同等の扱いってのは流石に心が折れそうなんですが。

 

 

「さっすが真一さん! 気遣いもお上手なんですね!」

「中学生に気遣いが出来ないって言われてるんだけど」

「おう、俺もそう思うぜ」

「お前もだよ」

「お前ら二人ともだよ。まあ、お前ら二人は被害者って意識が先にあるからだろうな」

 

 

バカ話を恭二として場をごまかそうとしたが真一さんには通じなかったらしい。

被害者という事は、浸食の口(ゲート)が出来た時に関することだろうか?

 

 

「俺たち身内は兎も角、普通右手が自由自在に変形する奴が街中に居たらどう思うかって話だよ」

「・・・え、魔法って言えば」

「それで通じるのは今の状況だからだろ? 単純に今現在も一郎くんの事を知らない人がここに居たとして、その人の前でいきなり右腕を変形させたらどういう扱いをされると思う?」

「それは・・・その」

「普通に考えて排斥されるよ。お兄ちゃん、この間ウルヴァリンの変身してたでしょ? Xメンってどういう世界か分かってる? あの世界のミュータントは人類の脅威って扱いで、その状況を変える為にXメンは人類を守ってるんだよ?」

 

 

一花は真剣な表情でそう言った。その声音には、いつものような冗談めかした雰囲気は欠片もない。

右腕に目を落とし、右腕を変形させる。ぐにょぐにょと腕が動く様子を見て、自分の感覚が麻痺している事に気づいた。

 

これ、知らない人が見たらっつか普通に気持ち悪いわ。

もし自分以外の赤の他人がこの状態で傍に居たとしたら、恐らく近寄らないか遠ざけるだろう。

自分がとんでもなく危険なラインに居る事に、今更ながらに気づいてしまった。

 

 

「まあでも、今じゃ世界一有名なコスプレイヤー(一部ガチ)だしそこそこ安全だとは思うよ?」

「・・・シャーロットさんと話してたのは」

「CCNの公式アカウントで動画を流すってのは、実はシャーロットさんのアイデアなんだよね。私はこうなりそうだからお兄ちゃんの情報を無難に広めたいって話しただけだもん。危険は無いですよ~って」

 

 

あの撮影の時何か相談してたのはこの事か。

 

 

「その割にはめっちゃ笑ってたけど」

「その時点ではドラえもんのコスプレだったんだよね。絶対空気砲のが似てたって」

「どっちにしろコスプレじゃねぇか!・・・気付いてやれなくて、すまん。助かったよ」

「良いって事よ。私も楽しかったし?」

 

 

にや、と笑う妹の頭を撫でる。

こういう事をすると普段は恥ずかしがって逃げていくのだが、今日は逃げずに受け入れてくれる。

夢見心地というのだろうか。自分が今、現実に居るという事を忘れていたように感じる。

そんな俺の様子を一花は気付いていたのだろう。直接何かを俺に言わず、自分のわがままで言っているようにして。

 

 

「まあお兄ちゃんにコスプレさせるの楽しくなってきたし、これからも続けてもらうからね?」

「ああ。お前の指示に従うよ」

「・・・デレた?」

「やかまし」

 

 

デコピンを一発入れると、痛いよー、さお姉! と沙織ちゃんに甘えるように一花は逃げていった。

思わずふっと笑いそうになった時、肩にポン、と手を置かれたので振り向くと恭二が険しい顔で立っていた。

 

 

「悪い、俺も調子に乗ってたわ」

「お互い様だな。俺もだ」

「・・・気をつけよう」

「そうだな・・・周りに心配かけないようにしねぇとな」

 

 

俺の言葉に頷いて、恭二は「うし、そろそろ行くか兄貴!」と真一さんに話しかける。

さて、まずは目先の事からだ。

未踏破階層への挑戦前に一つの懸念を解消できた。

幸先が良い出発だと思って、頑張るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

3層へのアタックは無事成功した。したのだが、ここで一つ問題が起きた。

まず、この階層の雑魚は前の2層でボス部屋にいた長剣を持つゴブリンとナイフを持つゴブリンの群れだった。

 

ここまでは問題ないのだが、3層のボス部屋で出てきた杖を持ったゴブリンの存在が非常に厄介な状況を引き起こした。

こいつは俺たちの姿を見咎めた瞬間に、手に持つ杖からファイアボールを使ってきたのだ。

 

この時はボス部屋に入る前であり戦う準備を整えていたため、相手に魔法を使われる前にバスターで攻撃して散らす事が出来た。

しかしこれは常に射撃が出来る状態で待機していたから出来た事だ。

2層から3層への変化を見るに、恐らく次の4層ではこの魔法を使うゴブリンが雑魚として出てくる可能性が高い。

 

そうなると、今のジャージや胴着といった衣服でファイアボールをぶつけられたらどうなるか。

よくて髪や衣服への引火、悪ければ一撃で殺されてしまうかもしれない。

 

 

「今日は一旦戻ろう。装備について一度話し合ったほうが良い」

 

 

真一さんの言葉に全員が頷き、俺達はダンジョンを後にする。

しかし、装備か。今の野球のプロテクターじゃ炎は防げないだろうな。

どんな物がいいんだろうか。Amazonで買えるものだと良いのだが・・・

 

 

 

 

 

そんなこんなで悩んでいたら現在横田基地にお邪魔する事になりました。

次は大統領にでも会うのかな?(錯乱)

 

 

 

 

第六話

 

 

『皆さんようこそ。私が当基地司令のジョナサン・ニールズ大佐です』

『初めまして、山岸真一です。こちらが弟の恭二と下原沙織さん、鈴木一郎くんと一花さんです』

 

 

翻訳の魔法を使って真一さんが応える。大佐は名前を呼ばれた順に握手をして俺達を歓迎してくれた。

 

 

『駐日大使閣下よりホワイトハウスに連絡があり、当基地の備品の供与を《ダンジョン内での既製技術の効果判定》の名目で無償供与する判断が下されました』

 

 

昨日あれだけ悩まされた装備についての問題をシャーロットさんに相談すると、次の日には急遽横田基地への訪問が決定されていた。

何が起こったのか良く分からないがとんでもない速度で物事が決まったのだけは理解できる。

 

それに無償って事は買う必要がないって事か。資金が心もとない俺たちにとっては助かる話だ。

ただ、隣に立つ一花が低い声で「ホワイトハウス・・・?」と呟いているのが気にかかるが・・・

 

 

『それは、助かります。ありがとうございます』

『これから皆さんには一人ずつ担当者をお付けして採寸し、お帰りの際に一式の装備をお渡しします。それと・・・』

 

 

大佐はそこで言葉を切って、俺に目を向ける。

 

 

『出来れば一緒に写真をお願いできますかな。孫がMEGAMANのファンでしてな』

『あ、ハイ』

「スーツあるよ!」

 

 

一花さん用意良いっすね。

恭二達の採寸をやってる間に司令部の希望者と握手を行う。皆右手に興味津々で、特に腕をバスターに変形させると喜んでくれる。

 

 

「エリート軍人さんのコネゲット美味しいです」

 

 

一花はそうほくそ笑むが、お偉いさんと笑顔で握手してるこっちは気が気ではない。

失礼な態度を取ってないだろうか。あ、こっちに笑顔ですね、ハイどうぞ。

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃんもレイヤーが板に付いて来たね!」

「全然嬉しくないがありがとう」

 

 

採寸も終わり対燃牲の高い軍用装備を1人ダンボール4箱分も受け取った俺達は、笑顔で見送ってくれた基地職員の方々に別れを告げて帰路に就いた。

荷物は全て恭二が収納で片付けているので運搬も気にならない。

 

あと気付かなかったが、シャーロットさんの分の装備ももらえたらしい。この人完全にダンジョン探索についてくる気満々だな。

 

 

「装備がどのように使われているかや効果について、画像で提出を義務付けられました」

 

 

理論武装までされてある。やっぱ海外の報道関係は気合が違うな(偏見)

山岸さん家についたら早速おニューの装備を試す。

今まで意識してなかったけど・・・軍服って、良いよね。こう、機能美というかさ・・・

 

などとにやにや笑いながら新しい装備に袖を通すと、どれも何故か右腕だけ半分位に切り取られていて真顔になる羽目になった。

解せぬ。

 

 

「一郎くんの変身魔法は、有名ですから」

「それでもこれはショックですわ」

 

 

シャーロットさんが慰めてくれるが気分は晴れない。右の袖は肘辺りから切り取られており、右腕をあらわにしている。

本物の軍服なのにパチ物感が凄い。

折角の軍服なのに・・・

 

 

「次はARMSかな」

「やめてください」

「却下☆」

 

 

恐ろしいことを呟く妹に懇願するも一言で断られる。

また、新しいのが来るのか・・・そうか。

この鬱憤はモンスターにぶつけて解消しよう。

 

 

 

 

 

 

 

新装備に身を固めた俺たちはさあいくぞ、っとダンジョンに足を踏み入れる。

わけではなく、その前に魔法対策を進めることにした。

バリアーが作れないか試しているのだ

 

 

「アンチマジックでいいかな?」

「いっそバリアー! とか分かりやすくない?」

「魔法を防ぐってイメージがしやすいほうが良いと思う。けど、どっちも試すか」

 

 

恭二が沙織ちゃんや一花の言葉に頷いて、どちらの魔法も使えるか唱えてみるとどちらも効果を発揮することが出来た。

ただ、魔法を防ぐ時はアンチマジック、物理的な攻撃に対してはバリアーが有効という結果で、それぞれ効力が大きく変わる結果となった。

 

見た目としては通常時から見えるのがバリアーで、体の周囲を薄い膜のようなものが覆っている。

視界が遮られないかと心配になったが、中からは特に何かがあるようには感じないらしい。

 

対してアンチマジックは普段は目に見えないが、魔法が当たった瞬間に周囲を青白く包む障壁の形をしていた。

同時に展開する事が可能だったため、この二つはダンジョンに入った瞬間に全員にかける事にする。

 

 

「後は武器が欲しい所だなぁ。いつまでもバットってのもな」

「相手から奪うってのは? ゴブの剣とか」

「使い慣れてない刃物とかは止めたほうが良いぞ。日本刀とか買えないかねぇ」

 

 

剣道をしていたらしい真一さんが、バットを持って素振りの動作をするも顔をしかめる。

 

 

「銃刀法とかって大丈夫なのか?」

「銃じゃなければ大丈夫だよ。免許っていうか刀の場合は証明書が付いてれば持ってても問題ないから」

「そういやお前、猟銃触ろうとして爺さんにこっぴどく怒られてたな」

「お陰で1月お小遣い抜きだよ・・・死ぬかと思った」

 

 

それはどう考えてもお前が悪いのでしっかり反省すると良い。

とりあえず今回のダンジョンアタックには間に合わないが、お金もそこそこあるし購入を検討しても良いのでは、という流れになると、真一さんが物凄くやる気を出している。

そんなに刀が欲しいのか。欲しいわな。俺も欲しいわ。一緒に買って貰えないか検討してもらおう。

 

 

 

第七話

 

 

「一郎!」

「あいよっと」

 

 

恭二の突撃に合わせてファイアバスター(ファイアボールとは若干違うため命名した)を連射して牽制。

ゴブリンの群れが怯んだ隙にゴブリンメイジの頭を恭二がホームランする。

 

 

「サンダーボルト!」

「ファイアボール!」

 

 

沙織ちゃんと一花が残りのゴブリンを掃討してゲームセットだ。

サンダーボルトはファイアボールが苦手な沙織ちゃんの為に先ほどの恭二が開発した攻撃魔法になる。

沙織ちゃん、ファイアボールはイメージのせいか10mも飛ばないんだよな。別に本当に投げるわけじゃないんだが。

 

ただ、代わりにと作られた魔法だが凶悪さはファイアボール以上かもしれない。

奥多摩はよく雷が落ちるんだが、日頃見慣れていてイメージしやすいのか、サンダーボルトを使うと本物の雷と遜色違わない稲光が指先から放たれる。

 

速度もファイアボールの比ではなく、レーザーのように相手を襲って一瞬で感電死させてしまう。

・・・バスターだとどうなるか試してみたら雷属性っぽくなった。ボスのチップはまだ入れてないんだがな。

 

 

「さて、そろそろボス部屋といこうか」

「りょうかい」

 

 

ある程度慣らしも終わった所で事前に確認していたボス部屋に突入だ。

さて、今度はどんな敵かな、と中を確認すると一匹だけ明らかにゴブリンより強そうな面構えの奴がいる。

オーガとかかな? よりゴブリンより凶悪そうな顔をしたそいつは俺たちに気付くと威嚇の咆哮をあげる。

 

 

「恭二、ボスは手を出す『サンダーボルト』・・・お前なぁ」

「ごめん、つい」

 

 

颯爽と駆け出そうとした真一さんの真横を稲光が走る。

一発でボスが黒焦げだ。

 

 

「すまん、全部倒しちまった」

「お前なぁ・・・しょうがない。次の階層で近接戦を試そう」

「了解。皆、まだ魔法は使えそうか?」

 

 

恭二の問いに各自が問題ない旨を返し、真一さんを先頭にして再びダンジョンの階層を降りる。

いつ魔力切れになるのかわからないってのは困るな。ステータスとか見れるようにならないだろうか。

 

 

「一郎、後ろから周辺警戒を頼む。あと、ボス部屋はあっちっぽい」

「了解。シャーロットさん、ポジションを変わりましょう」

「OK」

 

 

考え事をしている間に5階層に降り立ったようだ。

感知魔法でボス部屋を感知したらしい恭二に返事をして、最後尾を歩いていたシャーロットさんと場所を入れ替える。

準備するバスターは弾速が早いサンダーボルトだな。

 

 

「よし、今日はこの層を攻略したら終了しよう。恭二、前衛は勤めるから案内は頼んだ」

「了解。やる気満々だな、兄貴」

「ああ。魔法ばっかりだとやる事が少なくてな」

 

 

真一さんがそう言ってにやり、と笑った。割とバトルジャンキーなんですね真一さん。

そういえば剣道や格闘技もやってるって言ってたな・・・刀刀と言ってるのも接近戦がしたいからかもしれん。

 

 

「ワイルドな真一さんも素敵・・・ポッ」

「あばたもえくぼってな」

 

 

妹と益体もないやり取りをしている内に接敵したらしい。

敵の内訳はオーガ一匹に剣ゴブ3、メイジ1の5匹。ナイフはもう出ないのかな?

バットを構えた恭二の「一郎!」という叫びに合わせてサンダーバスターを連射。

周囲のゴブリンが怯んだり感電している隙に真一さんと恭二が突貫した。

 

 

「メイジは俺がやる! 兄貴!」

「オルァアアア!」

 

 

雄たけびを上げながら真一さんはオーガに突貫。

オーガは叫び返しながらこれを迎撃するも、体格差に押し切られて力負けし、最後は真一さんのバットに頭を潰されて終わった。

オーガがやられて怯んだゴブリンメイジは逃げ出そうとするも、その背中に恭二の追撃を受けて倒れ、残りのゴブリンは一花のファイアボールによって焼けることになる。

 

 

「・・・・ふぅー、よし」

 

 

被害なく接近戦も乗り切った真一さんは荒い息を整えて右手で小さくガッツポーズを行った。

手ごたえのようなものを感じたのだろう。

その後も何戦かするも特に手子摺る事も無く戦闘を終わらせることができた。

 

 

「よし、そろそろボス部屋に行こうか」

「OK、こっちだよ」

 

 

事前に当たりをつけていた方向に歩いていくと少し大きめの広間のような場所に続いていた。

さて、この階層のボスは・・・

 

 

「デカッ!」

「うわー。豚さんだねぇ」

 

 

複数のゴブリンやオーガに囲まれて一際目立つ豚鼻の巨人が立っていた。

 

 

「オークかなぁ、あれ」

「恐らくは。あれの相手は俺がする。恭二、一郎くん、手を出すなよ」

「了解です。気をつけていきましょう」

 

 

ついに俺たちより体格の勝る相手が出てきたか。

やる気を漲らせる真一さんの言葉にそう返事を返し、ごくりと唾を飲み込んで俺はバスターを構えた。

 

 

 

第八話

 

 

「全員一瞬だけ目をつぶってくれ!」

「了解! 何するんだ!」

「目くらましだよ! フラッシュ!」

 

 

開戦と同時に恭二が叫ぶ。とっさに目を閉じると、瞼越しでも分かるほどの強力な光が一瞬部屋を覆った。

目を開けるとゴブリン達が目を覆って身もだえしている。

成るほど、閃光手榴弾か! ライトボールの光度を変えたのかね。

 

 

「ナイスだ恭二! ッシャアアアア!」

 

 

気合一閃、とばかりに真一さんがバットでオークを殴りつける。

だが。

 

 

「ヤベッ!」

「真一さん!」

「バカ、止まるんじゃない!」

 

 

真一さんの攻撃を受けてもオークは止まらず、逆にバットを捕まれて拘束されてしまった。

オークの棍棒が真一さんを襲う。真一さんも咄嗟にバットを手放して逃げようとするが、知らないとばかりに奴はその防御ごと真一さんをぶっ飛ばした。

 

悲鳴を上げて立ちすくむ一花の前に立ち、ゴブリンメイジからのファイアボールをアンチマジックで受け止める。

 

 

「兄貴!」

「だ、大丈夫だ! バリアが効いた!」

 

 

よろめきながらも真一さんが立ち上がる。

そんな真一さんに止めを刺そうとオークが近寄っていくが、そんな事はこのバスターが許さない。

顔にサンダーバスターをぶち当てると、一撃で倒すことは出来なかったが相当効いたらしくオークはがくり、と膝をつく。

 

 

「恭二! 沙織ちゃん! シャーロットさん!」

「わかってる!サンダーボルト!」

「サンダーボルト!」

「ファイアーボール!」

 

 

魔法の集中砲火により敵チームを焼き尽くし、戦闘は終了となった。

急いで真一さんの下に走りより、肩を貸す。

 

 

「恭二、ヒールを!」

「いや、大丈夫だ。ダメージはない。転がったせいでふらつくだけだよ。あと、肝が冷えた」

「そりゃあんな棍棒で殴られれば肝も冷えますわ」

「ほんとだよ。いやー、焦った」

 

 

思った以上にダメージがないようで安心する。

少しすると足取りもしっかりしてきたので自分で立てるか確認すると、「大丈夫」との事なので離れる。

足腰もしっかりしてるし大丈夫だろう。・・・今回の探索はここまでだな。

 

さて、涙目で真一さんに詰め寄る妹を宥める役目は真一さんに任せてさっさと退散だ。

馬に蹴られる趣味は無いんでな。

 

 

 

 

 

 

「武器と防具の追加。これは必須な」

 

 

一撃で倒しきれずに反撃を受ける。今回は事前にしっかりとバリアの魔法を張っていたから問題なかったが、もしバリアが切れていたら真一さんはどうなっていたかわからない。

飛ばされた距離を鑑みるに骨や内臓が破裂している可能性もあった。

 

 

「生きてさえいれば恭二の魔法で回復できる。逆に言えば一撃で死んじまったら元も子もないって事だ」

「・・・体の急所を庇うプロテクターは必須だよ。出来れば軍用のが」

「米軍でもSWATなどが採用しているはずです。大佐に確認すれば回してもらえると思います」

 

 

真一さんに引っ付いたまま一花がそう言うと、肯定するようにシャーロットさんが答えた。

防具はそれでOKだとして、次は武器だな。

 

 

「男のロマンとしては刀だと思うんだが命がかかってるしな」

「真一さんは剣道の経験もあるし刀が良いんですよね」

「ああ。刀か、どちらにしても刃物が良いと思う。今回のオークみたいに自分より大柄な相手は鈍器だと少しな」

「槍が欲しいですね。リーチ的にも」

 

 

まあ、バットで殴りかかっても相手を倒しきれなかったしな。

これが刃物なら少なくとも切り傷をつけてもう少し相手を怯ませられたかもしれないし、急所に突き立てられたらそれで倒せたかもしれない。

どちらにせよ一旦は山岸さんに相談だな。刀って幾ら位で買えるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

山岸さん、店の再建で少しでもお金が欲しい所なのに息子達の報酬金に一切手をつけてなかったことが発覚。

二人の通帳と印鑑をポイっと渡して「息子の金に手をつけるほど落ちぶれてねぇよ」と照れ顔で言っていたが、正直めちゃカッコいいと思う。

 

うちはそのまま親に全額渡したけどどうなってんのかな。

CCNからも動画の報酬が来てるって話だけど金足りるだろうか。

 

 

「まぁ、法律上は問題ないんだろうが一応警察にも話通しておけよ。面倒は一度で十分だ。あと、俺もそろそろダンジョンに行きたい」

「社長、コンビニの再建頑張ってくださいね」

 

 

ここ最近のゴタゴタですっかり不信感があるのか、不機嫌そうに山岸さんは言った。

あと、何だかんだでストレスがあるんだろうな。

最近は俺達の冒険話を聞くたびに羨ましそうに「ダンジョンいきてぇ・・・」と呟く山岸さんに、真一さんがそう言って返した。

 

何だかんだでまだまだ資金難は続いており、今山岸さんは非常に多忙だ。

ダンジョンに付き合うにしてもまだまだ先の話だろう。

それより先にまずは武器についてだ。

 

 

「シャーロットさん、警察の偉い人に顔って利きますか?」

「・・・そう、ですね。ちょっと当たれそうな筋はあります」

「あ。じゃあ、日本刀に限らずどこまで武器が使えるかの確認にしたほうがいいよ。これから先、ほんとにドラゴンとかが出てきてもおかしくないんだから。ドラゴンに刀ってRPGの勇者みたいな真似、真一さんにしてほしくないもん」

 

 

引っ付いたままだが若干調子が戻ってきた一花がそう言った。

まぁ、ありえない未来だとも言えないか。

魔法が効かない敵が出てくる可能性もあるし、強力な武器はあるに越した事はない。

 

 

 

 

そして翌日。俺達は首相官邸にお邪魔する事になった。

これ色々すっ飛ばしすぎじゃないか?

 




明日は投稿しないと昨日言ったな?あれは嘘だ。


X- MEN:言わずと知れたマーベル・コミックの誇る人気ヒーロー漫画。突如生まれたミュータント達がヒーローとして超能力で戦う。一花が例として挙げたようにミュータント達は基本偏見の目に晒されているのでかなり悲惨な待遇。でも偏見の目をなくすためにX- MENは今日も戦っている!


ジョナサン・ニールズ大佐:米軍横田基地の司令官。後に本土にいる孫に一郎との握手の写真を送り大喜びされご満悦。

ARMS:力が欲しいか?力が欲しいのなら くれてやる!!


ボスのチップ:倒したボスのチップを組み込むことにより様々な武装を使用できるようになる!というのが本家であるが、一郎の場合使える属性魔法なら特にボスを倒さなくても使用可能。あくまで魔法だからね。


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第九話〜第十二話

誤字修正。ハクオロ様、244様、仔犬様、見習い様、T2ina様、kuzuchi様ありがとうございます!


第九話

 

 

「これ、大丈夫なんですかね」

「大丈夫よ。貴方達に対する失策の数々で、日本政府も焦ってたみたいだから」

 

 

実際政府筋には助けてもらった覚えないですしね。

入院してた時だって特に動くのに支障ないのに検査検査&検査で3日も拘束されて、下手すれば検査代金まで出させられる所だったからな。

 

 

「その点を我々も苦慮していたんです」

 

 

首相官邸に到着した俺達は官房長官室に案内された。

ここ最近お偉いさんばっかりに会ってるせいで麻痺してたが、やっぱり自分の国のトップと会うのは緊張する。

 

 

 

「山岸真一さん、山岸恭二さん、鈴木一郎さん、下原沙織さん、シャーロット・オガワさん。今日はようこそお越し下さいました」

 

 

官房長官室には官房長官氏と幹事長氏が揃っていた。

促されるままに席につくと幹事長氏が口を開く。

 

 

「申し訳ないがオガワさん、同席なさるならここからあとは全てオフレコでお願いしたい」

「はい、オフレコで」

 

幹事長にうなずき返すシャーロットさん。

 

 

「まずは皆さんに、浸食の口(ゲート)発生当日以来の政府の不手際をお詫びします。誠に申し訳ありませんでした」

 

 

そう言って、幹事長氏は正面に座る真一さんに頭を下げた。

 

 

「ただご理解いただきたいのは、あまりに突発的な事象であった上、正体不明の……アレでしたから、我々としても過敏にならざるを得なかったのです」

「事情は……まあ、わかりました。ただ、弟とその友人を生体解剖しようとしたり、不当に拘束したり、暴行を加えたあげくに『公務執行妨害』で逮捕しようとしたり、事情も説明せず、私たちの家を長期間立ち入り禁止にしたり、挙げ句の果てにあれほどの状態になっているのに、ついに災害認定も金銭的な援助もしなかった事は忘れませんが」

 

 

幹事長氏に真一さんはすごい笑顔でそう答えてから官房長官に向き直る。

 

 

「私たちの危機は、あのゲートからではなく全て日本政府から押し寄せてきましたし、私たちを救ってくれたのはCCNテレビであり、このシャーロットさんであり、駐日大使であり、アメリカです。それは今も変わりません」

「返す言葉もありません。誠に申し訳ないことをした」

「正直、どんな困り事も日本政府ではなくアメリカに頼った方がいいんじゃないかって気さえしますが、ウチは日本にありますし、俺たちは日本人です。もし日本政府が俺たちに協力していただけるのなら、今日までのことについての謝罪は、受け入れます。勿論忘れませんがね」

 

 

そこまで言い切って真一さんは出された湯飲みを手にとり、口に運ぶ。

すげぇな真一さん。大物政治家のプレッシャーもなんのそのって感じだ。

 

 

「君の言い分も尤もな話だ。これまでの事を忘れず、実りある関係を築いていきたいと思う」

「その言葉に期待します」

 

 

それで、と仕切り直して、真一さんは今日の本題に入った。

 

 

「現在我々はダンジョンの第五層に達しています。その階層である問題が発生し、その解決の為のご相談をしたいのです。恭二、バットを出してくれ」

「了解」

 

 

恭二が収納していた真一さんのバットを取り出した。

そのバットは途中から歪んでおり、また巨大な手形のような物がついていた。

 

 

「・・・なんと」

「これは・・・すごい」

「これは昨日、5層のボスであるオークに殴りかかったバットです。一撃を与えたのですが大したダメージも与えられず、逆に奪われて殺されかけました」

 

 

絶句する二人の政治家の前にバットを置き、淡々と真一さんは語る。

 

 

「ここから先に進むための武器を我々は求めています。例えば日本刀、槍、薙刀。重火器の使用も視野に入れなければいけないかもしれません。その為の援護が欲しいのです」

「・・・・・・成る程」

「勿論、まだ槍や重火器の使用を検討するには世論が厳しいのは承知しています。しかし、世界中に100ヶ所、国内にも11ヶ所ダンジョンは存在しています。今後はダンジョンを探索する専門家がきっと現れるでしょう。武器や防具が必要になります。何らかの方法で所持を許可してもらえないと、非常に困る事になる」

「それは、確かにそうなるかもしれません。分かりました。ひとまず専門家に諮ってどのような対策が取れるのか研究を始めましょう」

「よろしくお願いします」

 

 

真一さんの説明に合点がいったのか、幹事長氏がそう言って頷いた。

部屋の隅にいた秘書らしき女性に目線を送ると、その女性は頷いて何処かしらに連絡を取り始める。

それを横目で眺めながら、真一さんは「ああ、そういえば」と思い出したように口にする。

 

 

「ところで、今俺たちが使っている装備は米軍から供与されています。ご存じでしたか?」

「いえ……存じ上げておりませんでしたが」

「このままですと、アメリカ軍主導で迷宮用の装備技術が発展します。日本企業は下請けになるのでは?」

「それは……面白くはありませんな。田井中君!」

 

 

真一さんの言葉をすぐに理解出来たのか、幹事長氏が立ち上がって秘書さんと話始める。

用件が終わった以上長居する意味もない。真一さんが「そろそろ行こう」と口にしたので俺達はソファーから立ち上がった。

真一さんが官房長官に礼を言って握手をしてした時、部屋のドアをノックしてSPを引き連れた男性が入ってきた。

 

 

「申し訳ない、時間がないのでこのままで失礼します」

 

 

内閣総理大臣はそう言って軽く頭を下げた。

 

 

 

第十話

 

 

「申し訳ない、時間が押しておりましてこのままで失礼します」

 

 

そう言って総理が挨拶をした。

いきなりの日本トップの登場に流石の真一さんも驚いたのか固まってしまっている。

 

 

「アメリカ大使より皆さんのお話は伺っております。現時点で世界屈指の『冒険者』だと。我々日本政府の対応に多々問題があったことも承知しております。ですが、我々としては今後、皆さんのお力、お知恵をお借りして、なんとか『迷宮』問題をよりよい方向に進めたいと思っています。憤りもあるでしょうが、どうかお力をお貸しください」

 

 

そう言って総理は頭を下げると、真一さんから順に俺達と握手を行っていった。

そして俺の前に来ると、「鈴木一郎くんだね」と声をかけてくる。

 

 

「君が行っている広報活動の目的は把握しています。君達の危惧は尤もな事だと思う。我々日本政府としても助力を惜しまないつもりだ。右手を見せてもらっても?」

「あ、はい」

 

 

そういって、総理は俺の右手に触れ、そして硬く握手を交わした。

 

 

「本当に申し訳ない。このあと閣議がありまして……必ずいずれ時間を取って、皆様のお話をお聞かせいただきたいと思いいます……須田君」

「はい」

 

 

総理はそう言って官房長官と共に部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、負けた! 悔しい!」

 

 

真一さんはそう言って髪を掻く。シャーロットさんは苦笑いだ。

俺としてはもう凄いとしか言葉に出来ない対談だったが、真一さんからしたら最後の最後で詰めを誤った出来らしい。

いや、うん。総理の不意討ちはしょうがないと思う。

こちらの要望もほとんど通ったし良いんじゃないかな?

 

さて、現在俺達は東京は銀座に来ている。

日本刀を扱う刀剣商が銀座には集中しているからだ。

 

 

「何で銀座なんだろうね」

「わかんね。買う人が多いんじゃないか?」

 

 

沙織ちゃんの質問に恭二が答える。それは流石に適当すぎるだろ。沙織ちゃん膨れてるぞ。

俺達はスマホで調べた店の住所をリストアップしていく。予算も限られているし少しでも安く数を揃えたい。

 

リストアップした店から一件選んで中に入ると、ショーケースに陳列された刀剣類がまず目にはいる。

物珍しさにキョロキョロしていると、真一さんは真っ直ぐに店主らしき初老男性に向かって歩いていく。

 

 

「何の用だい、お兄さん方」

「実用で刀を使いたいんですが、一本予算50万で用意できませんか?」

「実用ぉ?」

 

 

店主の男性は困惑気に真一さんを見て、俺達に目を向ける。

 

 

「あんた、右手の。ダンジョンかい」

「あ、はい」

「ああ、そうかそうか。ニュースでみたよ」

 

 

店主さんは納得したとばかりに頷くと、真一さんに向き直った。

 

 

「無銘の物でも構いません。ニュースで見たのならご存知と思いますが、俺達はバットを使って戦っていました。それでは勝てない敵が出てきたので、武器を探しています」

「成る程。合点がいった。だがね兄さん、まず一つ。ここで売ってる物に50万で買える刀はない。良くて懐刀か脇差し位だな」

 

 

これでそこそこの店なんでね、と店主さんは笑った。

 

 

「そう、ですか…」

「二つ目だが、名を得た名匠ではなく修行中の中堅所の打ち物で良いかな? その値段でもかき集めれば数本は手に入るだろうさ。紹介料は多少頂くがね」

「お願いします!」

 

 

真一さんの言葉に頷いて、店主さんは俺達を応接間らしき場所に通してくれた。

他所の店舗に連絡を取る間、お茶でも飲んで待って欲しいそうだ。

 

店主さんはそれから程なく8本の刀をかき集めてきた。

料金も1本50万前後。流石はプロだな。

 

 

「はい、毎度あり」

「お世話をお掛けしました」

「なぁに、面白いものも見れたし他所に恩も売れたからな。良い仕事だった」

 

 

近所の銀行でお金を下ろしてきて、一括現金払いする。恭二の収納で刀を全て片付けると、店主さんは「おおっ?」と驚いて喜んでた。

 

 

「そうだ、兄さん達は奥多摩だったな? あんたらに渡した刀の内、3本を打った刀匠は、青梅に住んでいるぞ」

「青梅に?」

「ああ。確か沢井だったな」

 

 

奥多摩町からすぐ隣だ。

 

 

「1本50万じゃそうそう刀なんか買えんぞ。そっちの刀匠に一度話してみたらどうだ?」

「紹介をお願いできますか?」

「構わん。修行中の連中の食い扶持になるしな。ただ……」

 

 

店主さんはそう言って俺に目線を向ける。

 

 

「孫にちょっと自慢したいんだが」

「あ、はい」

「出来ればあの青い奴になれんかね。孫が好きでな」

 

 

散々お世話になったし構いませんです。ちょっと着替えの場所を借りますね。

その後、ロックマンのスーツを着て数枚写真を取る。

シャーロットさんがポラロイドを持ってて助かった……あ、こういう時用に一花に渡されてたんですね。

この場に居ないのに用意良いっすね一花さん。

 

 

 

 

 

 

 

刀剣商を出た俺達は横田基地に向かっていた。

 

 

「ニールズ大佐がシンイチのアイディアを聞きたいそうです」

 

 

シャーロットさんに頼んでいた防具の件で、米軍からも前向きな返答が来たためだ。

 

 

『ライオットシールド、ですか』

『はい。右手に片手武器を持ち、左手に盾を。恐らくこれが一番臨機応変に対応出来ます』

『ふむ……』

 

 

オークに曲げられたバットを見ながらニールズ大佐は頷いた。

 

 

『恐ろしい。たったの5層下にこのような怪物が居るのですな……わかりました。確かにSWATの装備が良いでしょう。3日程頂ければ用意致します』

「ありがとうございます!」

『いえ、こちらこそ礼を言わせて頂きたい。貴方方の生の情報は大変価値のあるものだ。この程度の援助ではむしろ申し訳ない位ですよ』

 

そう言って大佐と真一さんが握手をかわす。

これで防具の目処もついた。第6層の攻略も見えたな。

 

 

『ああ、所で、その』

『あ、はい』

 

 

今日二回目の撮影会ですね、わかります。

あ、お孫さんに連絡入れたら凄い羨ましがってた、そうですか。それは良かった。

は、はは。

 

 

 

第十一話

 

 

新しい装備が届くのは週末になるとの事なので、

 

 

「じゃあキリキリ撮ってこうか!」

『OK、ボス!』

 

 

一花の号令にCCNスタッフが陽気に返事を返す。

ここはダンジョンの3層入り口。

新魔法の研究ついでにある程度慣れてきた3、4層をコスプレをしてクリアしようという魂胆だ。

 

 

「ヒーローは戦ってなんぼでしょ!」

 

 

とは妹氏の談である。ヒーロー?

疑問符が頭を過ぎるが、まぁヒーローを模しているといえばその通りか。

 

さて、今回は何を着せられるのか・・・と覚悟を決めるも一花はそれらしい手荷物を持っていない。

スタッフに預けたのかな? と思いそちらを見ても撮影機材くらいしか持ってない。

と言うことは収納か?

 

 

「いや、流石にこの短期間で新コスは用意できてないからね。恭二先生、お願いします!」

「どぉれ」

 

 

一花の言葉に合わせて芝居がかった様子で恭二が俺の前に来る。

新コスチュームはない? どういうことだ。

右手しか変身はできないんだが。

 

 

「右手以外は変えられんぞ?」

「大丈夫だ。こんなこともあろうかと! こんなこともあろうかと! 新魔法を開発した!」

「私も一度言ってみたいよ。素直に羨ましい!」

 

 

大事なところなので二度繰り返したらしい。

恭二は俺の左腕に触ると「ちょっと使ってみる」と言って呪文を唱えた。

 

 

「トランスフォーム!」

「そのままかい」

「イメージしやすいんだよ。おし、出来たぞ」

 

 

恭二がそう言って手を離すと手を銀色のグローブのようなものが覆っている。

ペタペタと体を触ると、確かに軍服を着ているはずなのに、その上から何かが覆っているように感じる。

 

あ、これもしかして頭も覆ってるのか? 触るまで分からなかったが何かバリアーに近い感じがするな。

 

 

「ふふふふふっ、まさかここまで上手く行くとはね、見てみる?」

 

 

ほくそ笑む一花はそう言って携帯電話を渡してきた。

礼を言って携帯を受け取り画面を見ると・・・・・・

 

 

「・・・・・・何だこれ。仮面ライダーのパチ物か?」

「本物の仮面ライダーだよ! 謝れ! 4号ライダーさんに謝れ!」

「お、おうすまん」

 

 

ヘルメットの下が普通に口なんだが、あ、いえ何でもないですごめんなさい。

参考資料として用意していた漫画を見せてもらう。こんなものまで収納してんのかよ恭二。

 

えーと、途中から参加なんだな。ライダーマンか。

ほうほう、カセットアーム。右手のアタッチメントを付け替えて色々出来る、確かに俺向きかもしれんな。

 

 

 

 

 

 

 

「マシンガンアーム!」

 

 

右腕を機関銃型に変形させて弾(簡易ファイアボール)をばら撒く。

もちろん優先的にゴブリンメイジを鎮圧だ。

簡易式とはいえ当たればほぼ相手を倒せる。やっぱり弾幕はパワーだぜ!

そしてその弾幕を避けて近づいてきた奴には!

 

 

「ギガァ!」

「スイングアーム!」

 

 

右腕を鉄球に変形させてオーガをぶん殴る。

剣を使って防ごうとするが、そんなもので鉄球が止まるものか!

顔面を変形させてぶっ飛んだオーガが光の粒子になって消えると、今回の戦闘は終了となった。

やべ、これ楽しいわ。

 

思った以上にライダーマンスタイルがハマってつい4層もラストまで来てしまった。

しかもここまでほぼ1人で戦ってる。これめちゃ強いんじゃないか?

 

 

「強いなライダーマン。やる事が探知しかなかった」

「いや、十分助かった。でも確かに良いわ。万能型って感じで。あと技名叫ぶのが楽しい」

「技名じゃなくてアタッチメントね!」

 

 

一花がそう言ってスポーツドリンクを手渡してくる。

 

 

「いやー、良い画取れたよー! これは放送した時の反応が楽しみだね!」

「そうか。でも、これ知ってる人いるのか?」

「んふーふ。もっちろん! 若い人はロックマンで引き付けたからね。次はナイスミドルな人たちを狙わないと!」

 

 

ロックマンやブルースの動画で若い世代に注目されたので、次はもっと上の世代も視野に入れるらしい。

 

実際、俺にサインを貰っていく人たちもお孫さんとかお子さんにって人が多かった。その点を一花も苦慮していたらしい。

 

 

「子供や孫がファン、じゃやっぱり弱いんだよね。味方をもっと増やさないと」

「ありがたいけど、無理はすんなよ?」

「今めっちゃ楽しんでるから大丈夫!」

 

 

一花はそう言うと、「じゃ、撤収!」とスタッフに声をかけにいった。

・・・・・・うーむ。もっと頑張らんといかんな。

兄として負けるわけにはいかんと気合を入れて、俺はふと思い出す。

 

これ(変身)どうやったら解けるんだ?

すんません恭二先生ちょっとこれどうやれば。アンチマジック?

・・・・・・あの、解けないんですが恭二先生? 恭二先生!?

 

 

 

尚触りながらアンチマジックをしたら解けました。結局半日変身しっぱなしでした。

・・・・・・疲れた。

 

 

 

第十二話

 

 

さて、防具が届くまでの間に行ったのは撮影会だけではない。

 

 

「そうそう、目釘の真上を持つんだ」

 

「あ、安西先生・・・刀が重いです」

 

「惜しい。僕は安藤だね。それスラムダンクだっけ。良く知ってるね」

 

 

カラカラと笑って安藤先生は鞘にいれたままの日本刀を構え、振り上げ、振り下ろすまでの動作を行う。

真一さんが昔通っていた剣道場の師範代だという安藤先生は、真一さんから今回日本刀を扱うことになった、という相談を受けてすぐに山岸家に来てくれたという。

 

 

「素人がいきなり本身を扱うなんて無茶にも程がある。事前に相談してくれて良かった」

 

 

とは山岸家についてすぐ、応接間での言葉だ。

それから二時間、日本刀を扱う上で気をつけたほうが良い取り扱いについてのレクチャーを受けた後、実際に木刀を手渡されて全員で素振りの練習だ。

 

 

「ふむ、思ったよりもみんな力がある。あのちっちゃい子なんかまともに持てるかも怪しそうなのに」

 

「おそらくダンジョンの影響です。魔力と言いますか、魔法に使うエネルギーは身体能力も向上させるみたいで」

 

「興味がつきないな。真一、この後日本刀を実戦で使うのだろう? その時私も潜らせて欲しい」

 

「わかりました。CCNの方とも相談になりますが」

 

 

安藤先生は真一さんと俺たちの素振りを見てそう話し合う。

確かに最近、結構無茶な動きをしても余裕で出来てしまう。ロックマンのコスの時はそれほどでも無かったが、ライダーマンの時はキックでゴブリンが破裂したりしてたからな。

キックは、義務だろ? ライダーマンはやらない? あ、そう・・・

 

 

「いや、やっぱおかしいって。普通に蹴って破裂ってなんだよ」

 

「ヒーローですから?」

 

「やかまし。ちょっと力込めてもらえるか?」

 

 

恭二に言われるまま、左手をぎゅっと握り締める。

眉を顰めて恭二が真剣な表情で左手をじぃっと眺めると、恭二の目が淡く光りだした。

あれ、こいつなんか魔法使ってね?

そう問いかける前に「ああ、わかった!」と恭二が言った。

 

 

「強化の魔法だ、これ」

 

「・・・何も唱えてないぞ?」

 

「分かってるよ。多分自動でかかるんだ。俺らも魔力を持ってから似たような事になってるけど、それをお前の場合きっちり魔法として発動してるんだよ。自動で」

 

「パッシブスキルとアクティブスキルの違いってこと?」

 

 

途中から口を挟んできた一花に、「パッシブ?」と恭二が尋ねる。

 

 

「要は常時その効果が現れるものの事。アクティブは普通の魔法みたいに使おうとしたら効果がでるものの事だね」

 

「ああ、それ。そんな感じ。ちょっと俺も使ってみるわ・・・パワー、でいいかな」

 

「そこはストレングスだよ恭二兄ちゃん」

 

 

一花の突っ込みに苦笑して恭二が「ストレングス!」と叫ぶ。

一瞬光ったかと思うと、すぐにその光も収まる。外見的な変化は無さそうだな。

 

 

「・・・あ、なるほど。一郎、ちょっと飛ぶからしくったら受け止めてくれ」

 

「・・・うん?」

 

 

何を言ってるんだ、と問いかける前に恭二がしゃがむと、ドンッという音と共に姿が見えなくなった。

恭二が立っていた地面にはひび割れのような後がある・・・上か。

 

恭二はおそらく4、5mほど飛び上がった後、落ちてきた。

これ受け止めるのか俺。あ、いやでもあいつなんか妙にゆっくり落ちてくるな。

すたっと地面に降り立った恭二は満足そうな笑顔を浮かべた。

 

 

「体重を軽くして飛び上がってみた。いや、予想より行ったわ」

 

「今新呪文2連発だったのかすげぇなお前。ここで試すか普通」

 

「失敗は成功の母だからな。最悪どっちか失敗しても受け止めてもらえれば大丈夫だし」

 

 

あっけらかんと言い放つ恭二。やっぱこいつヤバイ奴なんじゃないかと最近小まめに思う。

取り敢えず慌てて駆け寄ってきた真一さんへの説明はお前がしっかりやれよ。

ヘルプ? 俺関係ないだろ今の。

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ恭二兄ちゃんちょっと相談なんだけどさ」

 

「うん? 何だ一花ちゃん」

 

「あのさ。ごにょごにょごにょ」

 

「・・・ああ、イケるかも?」

 

「ほんと!?」

 

 

後ろのほうでごにょごにょと一花と恭二が何やら密談している。

非常に嫌な予感がするが、今現在俺はそれどころではない状況に陥っておりそちらに構う余裕が無い。

 

 

「えーと、あっちにいるね」

 

「私もわかったよ!」

 

「お、沙織と一花ちゃん正解。兄貴と一郎とシャーロットさんはどうだ?」

 

「俺は何となく掴めて来た気がする」

 

「・・・・・・まだだ」

 

「これ、難しいです」

 

 

必死に魔力の流れ的なものを嗅ぎ取ろうとするもどこに敵が居るのかが良く分からない。

そう、今俺達は感知の魔法を練習しているのだ。

 

というのも、恭二が再三今のうちに絶対に覚えたほうが良いという二つの魔法・・・回復と感知を覚えるまでは、5層以降には行かないほうがいいと言い始めたからだ。

 

先日の事件の影響か慎重になった真一さんもそれを承諾。

俺も沙織ちゃんも一花も異存は無かったし、シャーロットさんも有効性を認めてくれたため現在刀の習熟がてら俺達は2、3層で感知の魔法を練習していた。

 

練習、しているのだが・・・

 

 

「回復まで右手から発射されるのか」

 

「ある意味有用じゃない? 距離があっても射撃でヒール!」

 

「ヒールショットって所か」

 

 

どうも体から離れた距離への魔法は右腕を基点に発動するらしい。

バリアくらいの奴なら問題ないんだがな。

 

 

「多分そういう得意分野的なのが人によってあるのかもね!」

 

「恭二は魔法全般、一郎くんは近距離って感じかな?」

 

「そうかも。意識しないでストレングスを使うのは俺には出来ないし」

 

 

持続時間的にも呪文でストレングスを唱えると数分で効果が切れるらしく、俺のように好きな時に力めば発動ってのとは実質的には違うもののようだ。ただ、瞬発力だと呪文の方が良さそうな気もする。

 

 

「あ。もしかしたら今いけたかも」

 

 

暫く練習して魔力の流れを読むという事を繰り返していると、ゴブリンが姿を現す前くらいに何となくこちらから何かが来る、というのがわかるようになってきた。

その感覚を出来るだけ広げるように何度も繰り返していくと、ボスの存在だろう、少し大きな気配にいきつく。

 

 

「なんかあれ。飛行機とかのセンサーみたいなのあるじゃん。あれが頭にある感じ」

 

「人それぞれなのかな? 私はなんかこの辺りって、ピンと来た感じだよ!」

 

「へぇ~」

 

 

恭二も一花と似たような感覚らしい。魔法についての捉え方でも結構差がでるもんだな。

その後は日本刀でゴブリンと戦い、都度講評を安藤先生から貰って夕方前には疲れてきたので終了。

明明後日には防具も届くだろうし、次はオークだな。

やる気を漲らせて、俺たちは帰路についた。

 

 




官房長官:半分頭を下げに来た人。

幹事長:残りの半分頭を下げに来た人。


総理大臣:特に意識してなかったが絶妙のタイミングで入ってきた事を官房長官に言われ苦笑い。

刀剣商の店主:孫と久しぶりに会話が弾む。

ニールズ大佐:孫にMEGA MANと親しいと自慢。会わせて欲しいとお願いされて苦境に立たされる


CCNスタッフ:最近少女の号令で動く事に楽しみを感じている。

ライダーマン:仮面ライダーV3の相棒。正式な4号ライダーだぞ!彼の活躍を見たい人は是非『仮面ライダーSPIRITS』を読もう!(ダイマ)

山岸恭二:バリアーのコツでちょろっと変身魔法を完成させた。イメージできれば大概いけるんじゃないかと最近は色々な漫画を読み割りとヤベー魔法がぽつぽつ開発されている。


安藤先生:真一が剣道をしていた頃の恩師。一郎たちが感知の練習中、ひたすら画面外でゴブリンを切りまくっていた。


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第十三話〜第十六話

誤字修正。ハクオロ様、244様、仔犬様、kuzuchi様ありがとうございました


第十三話

 

防具がついに届いた。

今回届けてもらったのは特殊部隊用のボディプロテクター、ニーシンパッド、エルボーパッドと要所をカバーするもに、真一さん待望のライオットシールドだ。

 

使用してみてどうだったかの感想も欲しいらしい。

早速装着すると、刀を持ってる時は盾はちょっと取り回しが難しいかもしれない。

 

 

「これ、握るんじゃなくて腕に装着する感じにできないかな?」

 

 

沙織ちゃんがそう言って右手で日本刀を振るが、中々しっくりこないらしい。

片手だとどうしても握りが浅くなるからな。

身体能力が向上しているとはいえ、本来両手で振る物を片手で扱うのは難しいからな。

 

俺?最初からライオットシールドしか持ってないよ。

武器に関しては右手を変形させれば良い俺はこの点気楽である。

日本刀はかっこいいと思うけどな!

 

 

 

 

 

 

さて、先日から実際にダンジョンで日本刀を使用して分かった事が一つある。

正直、消耗品過ぎて補充が追いつかない。

 

 

「つばぜり合いとかしたら一瞬で刃が欠けるわ・・・」

 

 

ドカッとゴブリンを蹴り飛ばして真一さんがそう呟いた。

3層を突破する際、剣ゴブリンを二人纏めて相手取った時に傷をつけてしまったらしい。

純粋に俺達の技量が足りないだけなのかも知れないがな。

先日潜った時安藤先生に渡した剣は刃こぼれ一つなかったし。

 

 

「えいっ!」

 

 

沙織ちゃんとシャーロットさんも順調に刀に習熟しているらしい。

剣ゴブが相手なら近接だけでももう大丈夫だろう。

しかし、鞘に入れようとして中々入らない辺りを見るにもう曲がってしまったのだろうな。

 

 

 

 

「で。本当に1人でやるんですか?」

 

「ああ。すまんが譲ってくれ」

 

闘志を滾らせて刀を構える真一さんに了承の意を返し、戦闘を開始する。

けん制にマシンガンアームを使って弾をばら撒き、怯んだ隙に恭二がファイアボールでメイジを片付ける。

周囲に散ったオーガは女性陣が魔法を使って片付け、お膳立ては整った。

 

真一さんは前に進み出ると、盾を構えてじりじりと間合いをつめるように動く。

オークもそれに答えるように間合いを計りながら接近を始める。

 

 

「・・・・・・」

 

「グルルゥグワア!」

 

「・・・ストレングス!」

 

 

互いの距離があと2、3歩という段階で痺れを切らしたのか、オークが棍棒を振り被って真一さんに殴りかかった。

右上から打ち下ろされた棍棒の一撃を、真一さんは盾を使って横合いから殴り飛ばす。

大きく左によろけて体勢が崩れたオークに、真一さんは雄たけびを上げて刀を振り被り、縦一文字に切り裂いた。

 

 

「どうだぁ!」

 

 

ガッツポーズをして真一さんはそう叫んだ。

前回死にかけた相手にきっちり完勝。リベンジマッチも素晴らしい結果になったな!

 

 

「恭二!一郎!まだまだお前らだけには任せられないからな!こっからも俺が付いて行ってやるよ!」

 

 

そう笑って、真一さんは「よし、次の階層覗いてくるか!」と足を進めた。

恭二に顔を向けると、ちょっと涙ぐんでる。

・・・・・・どういうことだ?

 

 

 

「真一さんも色々悩んでるって事じゃないかな?」

 

 

今日の探索は6層で軽く戦って終了となった。6層の雑魚はやはりオークにオーガ数体、メイジというチームになるようだ。

家に戻ってから、学校が終わって帰っていた一花に今日あった事を話すと、少し考えた後に妹はそう答えた。

 

 

「まず、恭二兄ちゃん。別格だよね、多分恭二兄ちゃんだけで5層まで楽勝でしょ?」

 

「間違いないな。あいつ、色々試しながら潜ってるから」

 

「次にお兄ちゃん。その右手もそうだけど、いつでも身体能力アップはヤバイでしょ。チートだよチート」

 

「恭二見てると霞む気がするがな。最近どっちも出来てるし」

 

 

そう。あの魔法博士遂に擬似的に俺の右手を真似してきたのだ。

なんでもトランスフォームを改造して中身もあつらえてみたそうだ。

ただ、俺のように完全にその物という訳ではなく、質量も無い為ハリボテ感が凄いそうだが。

 

 

「恭二兄ちゃんは呪文って一手間が入るでしょ?念じるだけでいけるとは言ってたけどイメージがって言ってたしイメージなしでもパパッとできるお兄ちゃんとは大分違うと思うけどね。ま、話を戻すけど!」

 

 

要は役割の話だ。俺達二人に探索者として見劣りしている。シャーロットさんはCCN関連で山岸家を支えてくれていて、沙織ちゃんはチーム内のムードメーカー、一花は動画作成等ダンジョン関連の広報として動いているらしいし、翻って真一さん個人は何なのか。

 

俺達は真一さんを頼れるチームリーダーだと思っているが、真一さんにとってはそうではない、という事らしい。

 

 

「全然分からなかった」

 

「お兄ちゃん、人からの自分に対する感情はほんとニブチンだからね。女の人限定の恭二兄ちゃんよりひどいよ!」

 

「10年も幼馴染に片思いさせてるレジェンドと一緒にしないで欲しいです」

 

「50歩100歩かな?」

 

「あんたたち!もうご飯できてるわよ」

 

 

妹とバカ話をしている間に母親から飯のお呼びがかかった。

さて、今日のご飯は何かな、とソファから立ち上がった俺に一花がそういえば、と声をかける。

 

 

「お兄ちゃん、明日から6層の撮影をやるんだよね?」

 

「ああ。真一さんとシャーロットさんはそのつもりらしい」

 

「ならさ、恭二兄ちゃんがこの前使ってた魔法で、体を軽くするのがあったじゃん。あれちょっと覚えてきてくれない?」

 

「あー。別に構わんが出来るかわからんぞ?」

 

「うん、兄ちゃんの得意分野的に大丈夫だと思うけどね!」

 

 

そう言って「じゃあ、お先!」と一花は居間を出て行った。

後に残された俺はあの魔法どうやるんだろ、と思い浮かべながら一花を追って部屋を出る。

答えは1週間後にわかった。

 

 

 

『嘘・・・スパイディ!?』

 

『なんてこった。僕は夢を見てるのか、こんな。信じられない』

 

 

CCNスタッフが唖然と見守る中、俺は右腕から発射した魔法の糸をダンジョンの壁に張り付け、壁を走り、狭いダンジョンの中を飛び回るように動きながらゴブリンたちを倒して回る。

赤と青を基軸にした全身タイツの男。そう、その名も!

 

 

「俺は地獄からの使者、スパイダーマッ!」

 

「残念、それは東映だなぁ」

 

 

仮面ライダーつながりで最近そっちをチェックしてるんだ。

いや、面白いよ東映版。駄目?

 

 

 

 

第十四話

 

 

『危ない物は没収!』

 

 

右腕から発射した魔法の糸をオーガの武器に巻き付けて奪い取り、左手から発射した蜘蛛の巣状の魔法の糸で天井に貼り付ける。

 

 

『よそ見してていいのかい?』

 

 

オーガ達が呆気に取られている隙に一番手前のゴブリンメイジにウェブを巻きつけて引っ張り、足元に転がってきたメイジを蹴り飛ばして煙にする。

 

我に返ったオーガ達が飛び掛ってきた瞬間に天井に飛び移り、目標を失って倒れこんだオーガにウェブシューターを当てて地面に縛り付ける。

 

 

『上から失礼!』

 

 

そして上空からの飛び蹴りで一体を倒し、残りを倒す前に棍棒を振り上げて襲い掛かってくるオークの突進を横合いに飛ぶ事でかわす。

オークの下敷きになって1体煙になったことは見なかったことにする。

 

 

『いきなり飛び掛るなんてどうしたの?カルシウム足りてないんじゃない?』

「ブギァアアア!」

『・・・・・・足りてないっぽいね!』

 

 

そう言ってスパイダーマンが肩をすくめるとオークは咆哮と突撃で返した。

 

 

『でも残念。デカブツの相手は慣れてるんだ』

「ブギッ!?」

 

 

ウェブシューターを顔に当てると、オークは怯み顔から糸を引き剥がそうともがき始める。

 

 

『足元がお留守じゃない?』

 

 

視界を奪った瞬間に滑り込んで両足を蹴り飛ばし、体勢を崩したところに天井にジャンプ。

上空からウェブで全身を覆い身動きが出来ないオークの頭に全体重と勢いを載せたスタンプを加える。

 

 

『一丁あがり!いい汗かいたよ!』

 

 

カメラに目線を向けて画面内のスパイダーマンはそう締めくくった。

 

 

 

「この声どうしたん?」

 

「声優さんに頼んだよ!日米両方の!」

 

「へぇ。お金とか大丈夫か?」

 

「CCNが喜んでお金出してくれるって!」

 

「そっか。そっか・・・」

 

 

どうも、今回スタント担当になったらしい鈴木一郎です。

先日、CCNスタッフを仰天させたスパイダーマンコスでの動画撮影も無事終了しさて次はアップロードだ、という段階で再び一花監督からの待ったがかかり、数日後。やっと完成したと言われて見せられたのが先ほどの動画です。

 

うん、やばいね声優って。台本なしの筈なんだけどすげぇ。

スパイダーマンめっちゃ喋るな。俺「とぅ!」とか「へあ!」とかしか言ってなかったんだが。

 

 

「だから声優さんにお願いしたんだけどね!」

 

「すんません……」

 

「お兄ちゃんに演技は期待してないから大丈夫!他は期待以上だったしね!」

 

「やる事多過ぎて死にそうだったぞ」

 

 

そう。このスパイダーマンの動画を撮影する為に俺が覚えた新魔法、その数なんと4。

一週間でこれらを覚えて無意識に使えるように習熟し、さらにスパイダーマンっぽい動きを織り混ぜられるようにビデオ等で動きの修正をして、更にその動きをしながら敵と戦えるよう訓練をして、と。

正直学校に行ってたらまだまだ終わってなかったと思う。

 

あ、この度というか数日前から正式に休学という形になりました。

恭二達は高校は出ると言ってたが、俺の場合学校に行くだけで学校にも生徒にも迷惑かけちまったしな。

 

最近も恭二の家に行くだけでもトランスフォームを使ってるし、道端で俺を探してるのかカメラ持った人がうろうろしてるのも見かける。

 

特にこないだのライダーマンをネットに流した辺りから明らかに本格的な装備をした年輩の方々が結構な頻度で陣取ってる。

通りすがりを装って話しかけてみると、結構遠い地域から撮影にきてるらしい。

 

 

「コスプレだとはわかってる。でも、実際に戦っているライダーをこのカメラに収められるかと思うと、居ても立ってもいられなくてな」

 

「成る程、こだわりなんですね」

 

 

大学生を装って少し話してみると結構いい人達が多かった。

今話してるおじさんは近畿から車を飛ばして来たらしい。

自動車の後部を改装して

 

 

「仕事は大丈夫なんすか?」

 

「嫁に任せてある。2、3日なら問題ないさ」

 

「俺は有給取った!」

 

「俺も」

 

 

近場で話を聞いていたおじさん方も話に加わってくる。

そこからはどこから来たやら今までのカメラ歴やらと話が弾み、缶コーヒーまで奢って貰ってしまった。

いつまで経っても山岸さん家に来ない俺を心配した一花の連絡がなければまだ話してたかもしれない。

 

 

「何とかならん?」

 

「ライダーマンなら何とかかな?」

 

 

シャーロットさんから、スパイダーマンは絶対絶対絶対にCCNで扱わせて欲しいと言われているのでそっちは無理としても既に露出しているライダーマンならそれほど厳しくはないはずだ。

 

 

「という訳でどっかで撮影会とかしても良いですかね?」

 

「……出来れば独占したいけど、スパイディでなければ……」

 

 

シャーロットさん、スパイダーマンの大ファンらしく、初めてトランスフォームを使って変身した姿を見た時は狂喜乱舞だった。

 

それ以降もやれ「スパイディの飛び方はもっとこう」と動きの修正を入れてきたり、「壁を走れなきゃスパイディじゃない」と言ってウォールラン(壁に足を吸い付ける魔法)の開発を恭二と行ったり、「私もMJと同じ赤毛なんだけど」とどうすれば良いかわからない事を言い始めた時には即座にジャンさんに連れていかれたが、あれ結局どうなったのだろうか。

聞くのが怖くて聞けない。

 

話を戻して撮影会の事だ。

結局、今奥多摩に集まっている人に関しては住民の迷惑になるから、という事で帰ってもらった。

 

尚、その際にせめて一枚でも写真を取らせて欲しいとの声に答えて、公民館の一室を借りて臨時の撮影会を行った。

 

トランスフォームを使い、ヘルメットを被った瞬間に変身を済ませるとどよめきの声が上がり、カセットアームを切り替えると歓声とシャッター音が室内を埋め尽くす。

最後に握手をすると、皆カセットアームを触りたがり、そして涙した。

 

 

「結城さん、貴方に会えて嬉しい」

 

「あの、鈴木なんですが」

 

 

全然話を聞いてもらえず数十人のおじさん達にライダーマンへの思いの丈をぶつけられる苦行が始まった。

 

 

 

 

 

第十五話

 

 

握手会という苦い思い出はさておき。

今日は以前からアポイントメントを取っていた刀匠に会いに行く日だ。

 

見るからにワクワクしている真一さんに学校を休まされたらしい恭二とそれについてきた沙織ちゃん、 ヤル気満々で打ち合わせをしているシャーロットさん達CCNクルー、そしてそれを羨ましそうに眺める山岸さんという、真一さんと恭二のテンションが可笑しい事を除けばいつも通りの光景だな。

 

 

「俺も行きてぇ」

 

「誰か居ないといかんだろ。工事も始まってるし」

 

 

以前、CCNが山岸家の窮状を自社の番組で訴え、義援金を募ってくれていたのだがこのお金が先日漸く入ってきた。

ちなみに想像していたものより文字通り桁が違って山岸さんは卒倒しそうになったらしい。

 

そして、ある程度以上に纏まったお金が入ったので山岸さんはこれを機に法人化を行い、探索者チームの装備の支払いやダンジョンを覆う建屋の建築、コンビニの代替地の確保などを行っている。

 

……俺の動画を何回も見てイメージはバッチリらしい。

普通の探索には欠片も役に立たないと思うので今度恭二に注意して貰おう。

 

 

 

「初めまして、お話は伺ってます」

 

 

工房を訪ねると作務衣を着た四十過ぎの男性、刀匠の藤島さんが俺達を出迎えてくれた。

顔立ちから頑固一徹といった厳しそうな印象を受けたが、言葉遣いは丁寧柔らかく初見のイメージを良い意味で裏切ってくれた。

 

俺達はまず、実際に戦闘で使用して折れ曲がったバットや、刃こぼれした刀等を工房に広げさせてもらい藤島さんに見てもらった。

 

藤島さんはその時の状況等を詳しく聞いてきたがその辺りは真一さんが逐一答える。

俺の場合ほとんど武器を扱わないからなぁ。

 

 

「ふむ。その状況では数打ちをたくさん使ってコストを押さえるのが良いでしょう。非常に正しい運用法だと思います」

 

 

そう言って藤島さんは苦笑いを浮かべる。

 

 

「刀鍛冶としては歯がゆいんですが、本来刀は護身用なんです。それが、江戸時代には武士の魂みたいな扱いになった」

 

 

武器としては槍の方が優れている。

藤島さんも無限にモンスターが現れるダンジョンのような場所では、槍の方をお勧めしたいそうだ。

 

 

「我々もその点は認識していました。そこでお願いなんですが、藤島さんに是非槍の作成をお願いしたいのです」

 

「私が、ですか」

 

 

槍を作ること自体は鍜冶師なら出来る。行わないのは需要が全くないからだ。

現在ある槍は骨董品等の名品のみで、刀に比べて手頃な値段の物はない。

俺達が求める条件の槍を手に入れるには新しく作るしかない。

 

 

「なるほど、お話はわかりました。問題ありませんが一つだけ条件があります」

 

「条件ですか?」

 

「私も一度連れていってもらいたい」

 

 

そう言って藤島さんは表情を緩める。

 

使用した刀を藤島さんに預けて、学生組は帰路につくことになった。

CCNスタッフはこの機会に作刀風景を撮影するらしい。

 

日本の文化が好きだと言っていたシャーロットさんはずっと藤島さんに付いて回りスタッフ一同に苦笑いを浮かばせた。

 

タクシーを呼んでもらって帰る間際にようやく「気を付けて下さいね!」と声をかけてもらったがその瞬間以外ずっと鍜冶道具を見てたからな。

下手すると刀が一本出来るまで見続けるんじゃないか?

 

 

 

一応夜には取材が終わったらしい。

 

 

「あんな美人さんにマジマジ見られると緊張しますね」

 

 

とは次の日、早速ダンジョンを体験しにきた藤島さんから聞いた話だ。

シャーロットさんはそれを聞いているのか居ないのか、真一さんと今日のダンジョンアタックについて意見を巡らせている。

 

 

「今日は藤島さんに刀が実際に使用されている所を見てもらう。刀のストックがないから3層の剣持ちのゴブリンをメインに行こう」

 

「オーケー」

 

「藤島さんのサポートには一郎がついてくれ」

 

「了解でっす」

 

 

さて、今日は撮影ではないので変身なしで右手はカセットアームに変形。

隙を見てハンマー打ち込もうと画策していると藤島さんから「ライダーマン……?」との呟きが。

 

珍しい反応だったので聞いてみると基本的にテレビもネットも余り使わないらしい。

なるほど。ヘルメットを被って変身!

 

 

「ライダーマン!」

 

「おおおおおお!」

 

 

大喜びで握手を求められた。

前のカメラのおじさん方と世代が近そうだなとは思ってたので試してみたがビンゴだったらしい。

あ、撮影ですか?どうぞ。

記念に作業場に飾る?あ、はい。作刀の邪魔にならなければどうぞ。

 

 

 

さて、ダンジョンである。

といっても今さらこの階層で何か起こることはない。

ゲストの藤島さん以外は感知が使える上に戦闘毎に全員にバリアーをかけてあるため、万に一つの事故もないだろう。

 

といってもここはダンジョン内。油断は禁物だ。

センサーに常に気を配り、藤島さんが観察に専念できるよう注意して行動する。

探索が終わった頃には、全ての刀が鞘に入れられないほど損傷していた。

 

 

「この使用した刀はお預かりしても?」

 

「勿論大丈夫です」

 

「知り合いの刀匠にも見て貰おうと思います。何人か声をかけた友人は直ぐにでも見たいと言っていました」

 

 

実際に刀が使用される事は現代では殆どない。

実戦で使用された刀に刀匠達がどんなインスピレーションを受けるのか。今から楽しみだな!

 

後日、刀についても勿論盛り上がったがそれよりライダーマンと握手をしている写真が大反響だったと藤島さんに言われ、何とも言えない気分になる事をこの時の俺はまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

第十六話

 

 

さて、藤島さんに武器についての相談を済ませた俺達は6層の攻略に取り掛かる事になった。

といっても武器の問題があったので、先日お世話になった刀剣商の店主さんに連絡を入れ、日数がかかっても良いのでと頼み刀を数振り購入。

メインはバット、もしもの時は腰に差した刀を用いるスタンスだ。

 

 

「オークにはファイアボールが効く……かな?」

「ヘッドショットならファイアバスターでも一撃だしな。サンダーならどこに当たっても同じだが」

「サンダーボルトは消費がな。お前は関係ないだろうが」

 

 

羨ましそうに恭二が俺の右腕を見る。

今回のメンバーは真一さん、恭二、沙織ちゃん、シャーロットさんに一花を加えたフルメンバーのパーティーだ。

 

特にトランスフォームを使う必要もないため、俺は右腕をロックバスター式に変形。

前衛は真一さんと恭二に任せて後方から弾をばら蒔いている。

 

ロックバスターにしている時はバスターの銃口から魔法が発射される。

このバスターは本来のファイアボールやサンダーボルトに比べれば半分位の威力になるが、魔力効率が段違いらしい。

威力の面も魔力をチャージをするとどんどん威力を上げられる。

 

ただ、チャージはその分時間もかかるし消費もある。その上、銃口からの発射に縛られるから凄く便利って訳でもない。

恭二のようにファイアボールを複数出して任意の相手にポンポン投げわけるような事も出来ないしな。

 

 

「ボスは……胸当てつけてやがる」

「魔法主体で大正解だね!」

 

 

バットを肩に置いて真一さんがそう呟くと、一花がヨイショするように拍手を贈る。

前々から真一さんにべったり押せ押せの一花だが、最近はリーダーとしての真一さんを補佐したり後押ししたりするような所が多く見られる。

 

探索の時間がどうしても取れないし少しでも役に立ちたい、と言っていたが……流石にナンパ好きな真一さんも一花は完全に対象外らしく端から見ると兄の手伝いを頑張る妹にしか見えない。

 

真一さんに迷惑をかけなきゃ邪魔するつもりはないので、地道に頑張って欲しい所である。

流石に真一さんの世間体もあるから応援はしないがな。

 

 

「サンダーボルト!」

「サンダーボルト!」

 

 

ちなみに戦闘自体は恭二と沙織ちゃんの全力サンダーボルト二発で終了した。

雑魚のオーガやオークは恭二の一発目で、辛うじて生き残っていたオークジェネラルも沙織ちゃんの二発目で煙と化した。

身構えていた真一さんとシャーロットさんは苦笑を浮かべている。

 

 

「このまま7層も行けそうだね!」

「油断するなよ一花ちゃん。まぁ、俺も次までは問題ないと思うけどな」

「撮影スタッフを入れる前に習熟も必要です。進める内は進みましょう」

 

 

最近ボーナスが出たとホクホク顔のシャーロットさんは相変わらず更なる特ダネに餓えている。

ここ一週間ほどダンジョンの情報には目新しいものもない。そろそろ次の段階に進みたいとの事だ。

 

CCNには山岸さんの家の窮状を救ってもらった恩義もあるし、手応え的にも問題ない。

そのまま俺達は7層の攻略に入った。

 

 

 

7層ではオーガが消えてオークジェネラルが雑魚に加わった。

オークにオークジェネラルと完全に肉弾戦特化の布陣である。

近接戦闘なら苦労したろうなぁ、とサンダーボルトで一掃されるオーク達を見ながらオークジェネラルに止めのファイアバスターをお見舞いする。

 

近寄られると不味いならそもそも近寄らせなければ良いのだ。

特に危なげなく7層のボス部屋までたどり着くと、オーク達よりも頭一つは大きなオーガのようなモンスターがいる。

 

 

「……鬼?」

「日本の鬼に近いな」

 

 

槍をもった鬼は雄叫びを上げて俺達に襲いかかってきた。

近寄られると不味そうだと感じたので牽制のファイアバスターを顔面にぶち当て、怯んだ所をサンダーボルトの一斉攻撃。

後にはドロップ品しか残らなかった。

 

 

「やり過ぎたかな」

「俺達の安全性には変えられないさ」

「それもそうですね。ところで」

 

 

真一さんの言葉に頷いて、俺は鬼のドロップ品を拾い上げる。

ドロップ品は各自の獲物。つまり、槍だ。

真一さんも微妙な表情を浮かべている。

ここ数日のやり取りが一発で解消しかねないからその表情になるのも分かりますがね……

 

 

「とりあえず、使ってみたらどうです?」

「……そうだな」

 

 

 

「これめっちゃ良いわ!」

 

8層に突入し、とりあえず試してみると言って真一さんは数匹のオークを槍で相手取る。

そして、まさに開眼というべきか。

数戦でオークやオークジェネラルをバッタバッタとなぎ倒しながら楽しそうに笑うようになった。

 

流石に同じ間合いの鬼に近接で突っ掛かるのはやらないようだが、刀の時とはまるで違う殲滅速度には目を見張る物がある。

真一さん、もしかして長物の方が刀より相性良いんじゃないか?

恭二も真似してるがあそこまで使いこなせてないしな。

 

 

「一郎、すまんが鬼は頼んだ!」

「あいよ」

 

恭二の頭越しにサンダーバスターを鬼に撃ち込む。

あれだけタッパがあると的もでかくてありがたい。そんなに魔法抵抗力もないみたいだしサンダーバスターなら一撃だ。

 

8層も問題なく行けそうだ。これは今回で10層まで行けるか?

まぁ、行ける所まで行きたいが。判断は真一さんに任せよう。

余計な考え事を止めて、俺は戦闘に意識を切り替えた。

 

 




山岸 真一:弟がヤバイってのは何となく分かってたけど最近弟分の方もヤバイことに気づき置いていかれてる間隔に襲われる。でも身体能力はどう考えても随一なので本人の心配しすぎ。

鈴木 一花:正直一番置いてかれてるのは自分なんだけどなぁと思ってる。戦闘能力で一歩及ばない分、良い女は男を支えるもの、と真一のフォローを中心に行動を始める。

スパイダーマッ!:東映版スパイダーマンは本家原作者も絶賛する位出来がいい。レオパルドン以外


スパイダーマン:言わずと知れたスーパーヒーロー。悲惨な境遇の話が多いため、一花としては彼かウルヴァリンを兄に演じて貰うのが当面の目標だった。

山岸恭二:一花に頼まれて粘着力のある魔法の網を打ち出すネットと天井に張り付く為のエドゥヒーション、更にシャーロットからの要請で壁を自在に走れるようエドゥヒーションを改良したウォールランを作成。他人の発想にインスピレーションを受けたのかどんどん魔法を改良中

シャーロット・オガワ:ついMJと呼ばせそうになった所を同僚にインターセプトされ事なきを得る。後に正気に返った。日本刀の作刀風景を余すところなく撮らえようとするも流石に迷惑だと他のスタッフに止められる。


山岸さん:藤島さんをダンジョンに連れていった件でブーたれている。1日に1度「俺も行きてぇ」と呟くようになる。

藤島さん:ツーショットの写真を拡大して引き延ばし作業場に飾る。何か集中したいときこの時の写真を眺める癖ができる。




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第十七話〜第二十話

このお話はフィクションです。
実在の人物っぽい内容や他作品のヒーロー名を言ってますがあくまで勝手に使ってるだけなのでご了承ください。
ただ、故人の色々な逸話を聞くと実際にこんな状況が起きたらマジでこういう事言いそうだな、と思いお話にしてあります。

誤字修正。244様、kubiwatuki様、仔犬様、kuzuchi様ありがとうございます!


第十七話

 

 

ダンジョン第8層を探索。大鬼が雑魚として出現するようになった。

ドロップ品で槍が溜まるのは良い事なのだが、重い。

 

特にオークジェネラルの大剣がやばい。持てなくはないが、収納が無ければ回収は考えられない重さだ。

恭二が居なかったらドロップ品を捌き切れなかったろうな。

 

 

「そういえば沙織ちゃん達もよくそれ持てるね。ストレングス使ってないよね?」

 

「うん。ちょっと重いけど大丈夫」

 

「身体強化、結構でかい効果があるみたいだな」

 

 

ダンジョンに潜る前の沙織ちゃんなら槍の方で限界だろう。一花についてはまだ成長が足りてないのか大剣は重過ぎるみたいだが。潜った回数も関係しているのか?

 

さて、そうやって色々検証しながら進んだ8層も危なげなくボス部屋にたどりつく事が出来た。

そうだろうなとは思っていたが大鬼が2体にオークジェネラルが4体か。そして・・・

 

 

「キモッ」

 

「何だあれ。ゾンビか?」

 

 

所々が腐ったような外見の大きな猿のような化け物が雄たけびを上げている。

真一さんが気持ち悪そうにサンダーボルトを唱えると沙織ちゃんも続けてサンダーボルトを放つ。

二人の魔法でオークジェネラルと大鬼が沈む中、ゾンビっぽい何かは大きく後ろに跳んで魔法を回避した。

 

 

「早い!お兄ちゃん、マシンガン!」

 

「了解。マシンガンアーム!ファイアボール装填!」

 

 

右腕を変形させてマシンガンアームに変え、マガジン内にファイアボールを装填。

弾をバラけさせて、推定グール?を近づかせないよう牽制する。

 

 

「恭二、頼む!」

 

「OK、ファイアボール5連射!」

 

 

恭二がファイアボールを唱えると、空中に5つの火の玉が浮かび上がる。

時間差で飛んでくる5つの火の玉に、流石に動きの早いグールも避けきれずに3発目が命中。

そのまま煙となって消えた。

ドロップ品は角だろうか。何かに使えるのかね?

 

 

「ふぅ、まさか避けられるとはな」

 

 

サンダーボルトを避けられたのがショックだったのか、真一さんがそう呟いた。

確かに、ここまでは無類の強さを発揮していた魔法だけに通じなかったのはショックだろう。

 

というかあいつ、もしかして俺1人だと結構ヤバイ敵じゃないか?

マシンガンも結構避けられたし。

 

 

「恭ちゃん、今日はもう帰ろう」

 

「撤退に賛成。ちょっと作戦立てたほうが良いよね」

 

 

顔を青ざめた沙織ちゃんの言葉に一花が賛成と手を挙げる。

 

 

「動きが素早かったですね・・・もし近づかれていたら不味かったかもしれません」

 

「そうだな・・・よし、一先ず8層まで攻略できたし撤退しよう」

 

「了解です」

 

 

真一さんがそう判断を下し、俺達は帰路についた。

 

 

 

「新しい魔法が必要だな」

 

 

帰り道で恭二がそう呟いた。

曰く、ファイアボールは非常に使いやすい魔法だが命中しなければ意味が無い。

 

恭二のように一度に連射する手もあるが、それだと魔力の無駄も多いし、どの位魔法が使えるかが目で見て判断できない現状では多用するべきじゃない。

 

今まではサンダーボルトで範囲をカバーしていたが、そのサンダーボルトでも捉えきれない相手が出てきた以上新しい魔法の開発は急務だ。

 

 

「もっと広範囲を一気に攻撃できるようなものがいいな」

 

「ゲームで言う全体魔法みたいな奴か?」

 

「そうそう。大きな魔法を使うとき、もし自分を中心に魔法を発動したら、周囲の仲間まで巻き込むかもしれないし。敵の近くで発動するように設定して、決められたエリアの敵を巻き込むような魔法が欲しい。一応、案もあるんだ」

 

 

第1層の入り口付近まで戻ってきた俺達は、大部屋の手前に陣取る。

 

 

「フレイムインフェルノとかどうだろう」

 

「それ、火炎地獄って意味?」

 

「そうそう。ファイアストームとも迷ったんだけどね。ちょっと使ってみる」

 

 

一花の問いかけに肯定を返して、恭二が大部屋の中に向かって魔法を発動する。

 

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 

ボゥン!と軽い衝撃音と共に、5M先くらいに四角い炎の箱が出来上がり、天井辺りまで燃え盛ってから消えた。

 

 

「良い感じだな。範囲も広いし上も対処できる」

 

「イメージ通りに発動できたよ」

 

「なら俺も試してみるか。フレイムインフェルノ!」

 

 

恭二の言葉に真一さんも詠唱を行い、結果は見事に成功。

続けて沙織ちゃん、シャーロットさん、一花と皆成功していく。

さて、問題は俺だな。

 

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 

外に出すイメージの魔法が極端に苦手な俺はさてどうなるかと思ったが、やはり部屋の中では発動せず右腕にセットされてしまうようだ。

ロックバスターを構えて、先ほどまで目標にされていたエリアに向かってフレイムバスターを放つ。

 

ボゥン!

 

 

「発動したね」

 

「発動しましたね」

 

「どうみてもグレネードだけどね!」

 

 

着弾した場所を中心に爆発したインフェルノバスターを見て、各自が思い思いに感想を述べてくれる。

いや、まあうん。範囲攻撃は持ってなかったから良いんだけどさ。

なんか納得いかないのは何故だろうか。

 

 

 

さて、ダンジョンも新階層まで到達。

新しい魔法も解決し、装備についても解決の目処が立ったと良い事が続く中、俺にとっては極めて微妙なニュースが舞い込んでくることになった。

 

と言っても気分的な問題で、一花からすると大変喜ばしいニュースらしい。

それはというと、アメリカから届いた一通の手紙だった。

 

 

「貴方の戦いと冒険心に敬意を評し、正式なスパイダーマンの一員と認めます。だって!」

 

「スパイダーマンって一杯居るんだな。やったぜ・・・嘘やろ工藤」

 

「残念、現実だよ!」

 

 

アメリカの某大手漫画出版社から届いた手紙をシャーロットさんに読んで貰う。

読む内に興奮して英語で叫び始めたシャーロットさんの言葉を翻訳で確認すると、どうも原作者が例のスパイダーマンVSオークを見て非常に感激したらしく、是非会ってみたい。

 

そして出来れば漫画の方にも出演して欲しい、という事らしい。

 

漫画に関しては秒速で断ろうとしたがシャーロットさんに力づくで止められた。

一花に助けを求めるも「それを断るなんてとんでもない」と言われてなくなく了承させられることになる。

 

恭二と真一さんは完全に見てみぬ振りを決め込み沙織ちゃんは理解できてない。

孤軍だと言うことに気づいていなかった俺の負けか。

ちくしょう。

 

 

 

 

第十八話

 

 

山岸さんの家で昼ご飯を頂きながらCCNの番組を見る。

冒険が終わった後はその日の反省を振り返るのだが、夕方まで冒険した時はいつしかそのままご飯を頂くようになり、気づいたら冒険後にご飯を食べてから会議をするようになった。

 

CCNの番組を見るのも、最近ようやくCCNの契約をしたとの事なのでシャーロットさんの仕事がどんな物なのかを見るといった物なのだが。

 

 

「ダンジョン内の放送だと冷静なのにスパイダーマンの話をしてると凄くキャラが変わって面白いね!」

 

「お恥ずかしいです。ファンとしてはやはり熱が入ってしまって」

 

 

そう、先日まさかの公式に認定された件をCCN側が大々的に放送しているのだ。

今現在、TV画面の中ではスパイダーマンのコスチュームを着た俺がオークをスタンプで倒すシーンが放送されている。

 

その様子を見ていたまま話すシャーロットさんの報道はファンだからこその熱意に溢れたものであり、反響も凄いのだという。

 

 

「実はこの度、ダンジョンとスパイディ専属のキャスターになりまして」

 

「おお、それは僕らにとってありがたいですね。他の人だとどうしても一緒に潜る時大変だから」

 

「はい。ボス直々に電話で任命されました」

 

 

日本のキャスターは別の新人さんに任されることになるらしい。

というのも、CCN本社経由で軍用品のアクションカメラを入手し、カメラクルーをわざわざ入れなくても良いようになったらしい。

 

これは軍用品らしく高性能、高機能で耐衝撃、耐水没性能を誇る。ダンジョン内部の撮影した映像の提出を条件に最新の物を米軍から入手したそうだ。

 

 

「カメラクルーも、動画編集の為にジャンが残るけど他のメンバーはここを離れることになりました」

 

「そうですか・・・折角仲良くなったのに残念です」

 

 

ここまで苦楽を共にしてきた仲間の離脱に悲しい思いもあるが、彼らも仕事だからな。

旅立ちを祝福しないと。

 

 

「それと、横田基地の大佐から『サンプルのため石と敵の武器を譲って欲しい』と言ってました。協力費を弾むので、可能な限り多くの石が欲しい、とのことです」

 

「藤島さんからも大剣と槍が欲しいって言われてたな」

 

「ああ、じゃあ今から行こうか」

 

 

シャーロットさんの言葉に思い出したように真一さんが語る。

近場の藤島さんから会いに行こう、という話になりシャーロットさんが車を出すようだ。

 

俺は今回武器の使用もしてないし収納も使えないからお役ごめんだな。

・・・待て、何故俺の腕を掴む。

心象が違う?いやいや今更心象もないだろう。シャーロットさん、反対側まで固めないでください。

 

結局連行されることになった。

 

 

 

「これは凄い」

 

 

大剣と槍を見た藤島さんの感想である。

その反応も尤もだ。魔法が無かったら俺達だってこんなもの持った2m越えの怪物と対峙なんてしたくない。

 

藤島さんが重そうに大剣を構えるのを見ながら、ふと作業小屋のドアが開いているので中を見ると、でっかく引き伸ばされた俺との握手の写真が飾られているのを見てそっとドアを閉めた。

見なかったことにしよう。

 

藤島さんに一振りずつ大剣と槍を預けて横田基地へ向かう。

事前に連絡を入れていたためかスムーズに中に入れてもらえた。

中に入れてもらえたのだが・・・・・・

 

 

『ようスパイディ!敵はうちの基地に居ないぜ?』

 

『ああ、ごめん。ちょっとまって。感動してしまって。涙が』

 

『あ、あの。サインと、撮影を!』

 

 

前回とは比ではない位の人の波が押し寄せてくる。

予想していたのか恭二達は離れた所で事務の人とお話し中だ。

あ、手をひらひらされてる。チクショウめ!

ごめんなさい、気の利いた台詞は言えなくて。

 

あ、公式サイトの方でも本家より口数が少ないってなってるから大丈夫?それマジ?

マジだった。何で向こうさんが俺のキャラを把握してるんですかねぇ(震え声)

 

結局この基地の一部機能が麻痺するような事態は大佐が一喝するまで続くことになった。

『来賓に対する云々』と厳つい顔で叫ぶ大佐さんだが、そのポケットに入ってるカメラが全てを裏切ってますよ?

 

あ、はい。司令室でですねわかりました。

え、お孫さんに一言メッセージ?お名前は?ダニエル君ですね分かりました。ちょっと変身しますね。

出来れば肩を組んで欲しい?良いですよ。

 

 

 

日本語しか出来なくてごめんね、と日本のスパイダーマンより、とポーズを交えてビデオに話しかける。

翻訳の魔法はどうも直接対峙していないといけないらしい。

映画とかだと完全に英語しか聞こえないので若干不便である。

 

ビデオを撮り終わった後に大佐から少し時間が欲しいと言われ、待っていると基地の広報官という人が出てきて大佐と握手をしている写真が取りたいと言われ了承する。

横田基地のホームページの一面に載せるらしい。

凄く・・・・・・恥ずかしいです。

 

 

『それだけ貴方の持つ影響力が大きくなったという事です。少なくともアメリカは貴方を害するという選択肢をもはや持たないでしょう』

 

『それは、恐縮です。何分特殊な右腕ですので』

 

『人は自分と違うものを怖がるものですからな。しかしそれは大部分において知らない故の悲劇です。貴方を知らない人間はもはや数えるほどでしょう』

 

 

その言葉通りなら嬉しい話です。演じているだけの身としてはヒーローそのものみたいに見られるのはやはり違和感がすごくて。

 

 

『貴方の実力に対しても我々は評価をしているのですがね。山岸恭二さんという魔法のエキスパートを除けば貴方は随一のポテンシャルを持った冒険者だ。我々も貴方方の持つ情報を頼りにしている面があります』

 

『色々とお世話になっているので、お役に立てているなら何よりです』

 

 

米軍には資金面・装備面共に大分お世話になっている。

何かしらこちらから返すことが出来ていれば良いのだが。

 

 

『そういえば我々も近くダンジョンに入る事になりましてな。専門家の意見を聞かせてもらうかもしれません。その時はよろしくお願いします』

 

『わかりました』

 

 

その後も少し談笑をして大佐の部屋から出た。

米軍のダンジョンアタックか。事故が無ければ良いんだがな。

 

 

 

 

第十九話

 

 

さて、ダンジョンである。

今日は9層を突破を目標に、あのグールへの対策を立てて準備をしている。

 

 

「取り敢えず開幕フレイムインフェルノで。撃ちもらしは恭二と一郎が頼む」

 

「了解でっす」

 

「オーケー」

 

 

事前に立てた作戦では今回、開幕のフレイムインフェルノを使うのはシャーロットさんだ。

これはダンジョンに潜った回数が少ないシャーロットさんと一花の魔法でも問題なく倒せるかの確認と、シャーロットさんは前回グールに対して少し怯えが見えた為、克服の為にも先制を任せてみよう、という事になった。

 

8層までは特に問題なく抜ける事ができた。

一度しっかり攻略してしまえば、それ以降は手間取る事もない。

このダンジョンを作った奴が誰かは知らないが、努力した分だけ進みやすくなる所は評価してもいいかもしれん。

 

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 

さて、件の8層ボス部屋であるが、結論から言うと問題なく突破する事ができた。

グールは魔法の発動に合わせて後方に飛び避けようとするが、範囲から抜けきれず炎の直撃を受けて消し炭になった。

 

恭二の見立ては間違ってなかったって事だな。

魔法を使ったシャーロットさんも「やりました!」と満足気だ。

 

 

「よし、余裕もあるしこのまま9層に入ろう。前に俺と一花ちゃん、後方に恭二、右は沙織ちゃんで左はシャーロットさんが対応する。一郎、どこかがピンチになったら援護を入れてくれ。出来るな?」

 

「任せてください」

 

 

ロックバスターにフレイムインフェルノを装填して俺は真一さんの問いに答えた。

9層はそれまでの階層と同様に開けた部屋や四つ角での襲撃が多かった。

まず真一さんか一花が敵を感知した通路にフレイムインフェルノを撃ち込み進路を確保。

 

そのまま進路先の警戒を行い、残りのメンバーが周囲を警戒。

もし追加が出たときは各自で対応し手が足りないところに俺が入る方式だ。

 

真一さんの号令に従い、俺達は9層の中を進む。

予想通り各方位からの攻撃があったがフレイムインフェルノの連打で対応し、たまに出る撃ち漏らしは俺が射撃でけりを付ける。

いくら素早い奴でも爆裂するフレイムバスターの連射は避けきれないだろう。

 

 

「一郎、うるさい」

 

「すまん、ちょっと楽しくなって」

 

 

恭二に睨まれたので連射はやめておこう。爆裂音で余計に敵が集まってる感じもするしな。

その後も詰まることなく俺達はボス部屋の前にたどり着いた。

 

さて、グールが来たとなると次も似たようなものか・・・と思っていたら案の定。

グールや大鬼に囲まれて西洋風のヘルメット、サーベル風の幅広刀に円形の盾を持った骨が偉そうに立っている。

 

 

「スケルトンか」

 

「これまた分かりやすい奴だね。大鬼より強いんだ」

 

「勘弁してよぉ」

 

 

真一さんの呟きに一花が反応を返す。沙織ちゃんはホラーが苦手なのかげんなりとした表情だ。

 

 

「兄貴、俺がやる」

 

「わかった、頼むぞ」

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 

恭二はそう言って一歩前に進み出る。身構えるモンスター達のど真ん中に炎の柱が立ち、部屋を赤く染め上げた。

さて結果は・・・・・・流石はボスか。

 

 

「これで止めだ!」

 

 

念のため装填したままのフレイムバスターをぶつけると生き残ったスケルトンも煙になって消滅した。

ドロップ品はサーベル。真一さんは槍が好きらしいし、最近刀の扱いが上手くなってきた恭二に渡すと嬉しそうにぶんぶんと振り回していた。

大剣は何か違ったらしい。

 

 

「さて、次に行こうか」

 

「嫌だよ恭ちゃん・・・次はゾンビが出そうだよぉ」

 

「さお姉駄目だよ!そういう事言うとほんとに出て来るんだから!」

 

 

ぐずる沙織ちゃんの腰を一花がどんどんと押して前に進んでいく。

フラグって奴か。でも本当に傾向的にそうなりそうなんだよなぁ。

 

 

「ゾンビが出るなら銃かチェーンソーが欲しいです・・・」

 

「良いんですかそれで」

 

 

ゾンビ映画の本場はちょっと格が違うわ。グールの時はあんなにビビってたのにもう克服したらしい。

 

 

 

「敵はやっぱ、グール4にスケルトン2だ」

 

 

10層に降りた俺達を迎え撃ったのは予想通りの布陣だった。

開幕にインフェルノを連打して殲滅し、ドロップを回収する。

 

 

「今までのダンジョンと造りが違うな」

 

「ああ。降りる最中、土や岩の壁からいきなり石作りの壁に切り替わってた」

 

 

ドロップ品を回収しながら、恭二がそう呟いたので俺も相槌を返す。

今までは土や岩の中を進む、それこそ鉱山の中と言ったダンジョンだった。

それが9層から10層に降りている最中にいきなり石造りの階段に切り替わったのだ。

 

米軍はこのダンジョンは異界に繋がっていると言っていたが、もしかしたらこのダンジョン自体それぞれ別の異界を繋げて出来ているのだろうか。

それなら、俺達は今新しい異界に入ったという事か?

モンスターは同じだが。

 

 

「この扉、先が見えなくてめんどくさい」

 

「いっそぶっ壊すか?」

 

「いやいや」

 

 

この階層に来て変わったことがもう一つある。

各部屋の仕切りにボロボロのドアがつけられており、今までのように先の見通しが出来なくなっているのだ。

 

恭二がいらいらしたように壁をファイアボールでぶっ飛ばしているが、グールやらスケルトンやらが扉を開けたらコンニチワ、と襲い掛かってくるかもしれない現状その気持ちもわかる。

 

ホラーでも扉を開ける時って必ず仕掛けてくるしな!

俺達は足早にボス部屋までたどり着いた。

 

そして嫌な予感は当たるものだ。

 

 

「ありゃー。やっぱりフラグだったねさお姉」

 

「半透明の人。ゴースト、いやレイスですかね」

 

「ホラーはもう嫌だよぉ」

 

 

女性陣が言葉にするように、視線の先にはスケルトンやグールに傅かれた半透明のモンスターが陣取っている。

やっぱり言霊ってあるんだな。俺も気をつけよう。

 

 

 

 

第二十話

 

 

「全員アンチマジックをかけ直せ!」

 

「了解!」

 

 

アンチマジックをかけ直し、10層のボス部屋に突入。

得物は杖か。こいつも魔法を使うんだろうな。

初見の敵は何をしてくるかわからない分、緊張感がある。

 

 

「グール4スケルトン2にレイスか、どう行く?」

 

「開幕ぶっぱが安定だけど、問題はあれに効くかかな?」

 

「ヒールとか効きそうだな」

 

 

一先ずは真一さんと恭二でフレイムインフェルノをぶち当ててみて効果があるかの確認となった。

 

 

「フレイムインフェルノ!」

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 

兄弟二人の重ねがけにより、激しい炎の柱が天井まで焼き尽くす。

だが、肝心のレイスは生き残ったらしい。

 

少しの間影のような体が若干薄くなっていたが、すぐに濃さを取り戻した。どうやらフレイムインフェルノでは効果が薄いみたいだ。

 

 

「ボオオオオォォ!」

 

「魔法が来るぞ!」

 

 

杖を掲げたレイスの姿を見て、恭二が叫んだ。

レイスが壊れかけて止まりそうなテープの音のような薄気味悪い声をあげると、身構える俺達の足の下から体全体を覆うように赤黒い炎が襲いかかってくる。

 

だが、体が焼かれる前に薄い膜のような物が体を包んで炎を散らした。

アンチマジック様々だ。

 

 

「ヒール!」

 

 

炎を散らした後、直ぐ様恭二がレイスに向かってヒールを唱えた。

 

 

「ゴッ!」

 

 

恭二のヒールに包まれたレイスはかなり嫌そうに身体をよじっているように見える。

成る程、やはり回復魔法は嫌か。

 

 

「ならこれだ。キュア!」

 

 

恭二の詠唱に合わせて、レイスの身体の中心あたりから、激しく白い光がわき上がった。

よし、明らかに苦しんでいる。やはり回復魔法はレイスに効果があるらしい。

 

 

「光属性か聖属性が特攻って事かな?試してみるね!サンダーボルトいっきまーす!」

 

 

一花の掛け声に合わせて稲光がレイスに襲いかかる。

キュアの一撃にのたうっていたレイスは稲光の直撃を受け、悲鳴すらあげずに紫色の粒子になって霧散し、ドロップ品の杖だけがころん、と音をたてて転がっていた。

 

 

 

「さて。初めて見るタイプのドロップ品だな」

 

「鍵・・・でしょうか?」

 

 

真一さんが拾い上げたドロップ品を眺めながらシャーロットさんがそう言った。

青緑色・・・青銅かな?の鍵がレイスの杖の下にあったのを恭二が見つけたらしい。

 

 

「鍵があるって事はどっかに使えるって事だよね!」

 

「順当に行けば扉の鍵か宝の鍵かな?」

 

「宝箱だったら良いなー」

 

 

沙織ちゃんの希望に添えるかは分からないが、家捜しと行こうか。

ボス部屋を探索すると、普段は次の階層に繋がる道がある辺りに扉があった。

 

そこを開けてみると更に二つ扉があり、右手の扉に鍵穴がある。

念のため正面を確認すると、下層への階段がある。

 

 

「ここだな」

 

「私開けてみたい!」

 

「良いけど折るなよ?って!」

 

 

沙織ちゃんが恭二から鍵を受け取り鍵穴に今拾った鍵を差し込んで回す。

あと、その際に恭二にヒジ打ちをしていたがどう見ても恭二が悪い。デリカシー無さすぎだろ。

 

 

「あ、開いたよ!」

 

「沙織ちゃん、気をつけて開けてくれ」

 

 

真一さんが武器を構えて警戒している。沙織ちゃんも慎重にドアを少し開いて様子を伺っている。

そこには、ボス部屋の四分の一程度の小部屋があった。

中には薄く光る水晶球が置かれた台と、側に置かれた小さな箱。

 

 

「マジで宝箱だ」

 

「開けるの誰がやる?私は嫌!」

 

「宝箱には罠って相場だしな。よし一郎!」

 

「俺ぇ!?」

 

 

手を伸ばせないかと言われたのでやってみる。できた。

うわぁ、ダルシムみたい。

 

 

「というより甲賀忍法帖の小豆蠟斎じゃないかな?」

 

「知らねぇよ!」

 

「イチローさんはニンジャだった?」

 

 

これ以上属性は要りません。

とはいえ俺が一番安全なのも確かだし、ここは覚悟を決めよう。

壁の隅の方に全員で盾の壁をつくり、さらにアンチマジックとバリアーも重ねがけする。

そして一番端の方から、俺が右手を伸ばして箱に手を伸ばす

 

・・・・・・よし、開けたぞ。

盾を構えたまま箱に近づくと、中には羊皮紙が二枚と、今まで見たことのないようなデザインの金貨が五枚入っていた。

 

 

「お宝・・・?」

 

「金ならお宝だろうが5枚じゃなあ」

 

「まぁ何かにつかえるかもしれんし、恭二収納しといてくれ」

 

「了解」

 

 

金貨を恭二に渡し、羊皮紙を眺めているシャーロットさんに目を向ける。

シャーロットさんは紙を色々な角度から眺めていたが、こちらの視線に気付くとお手上げとばかりに肩をすくめた。

 

 

「見たこともない文字です。専門家ではないんでそれ以上はわかりませんね」

 

「俺達じゃ判断出来ないな。恭二」

 

「はいはい」

 

 

羊皮紙も恭二の収納送りにして。さて、後はこの水晶玉だけだな。

 

 

「台座から取り外せるのかな?ってやばっ!」

 

 

真一さんが慎重に水晶玉に手を触れた瞬間に真っ白な発光が起こり、足元に青白く輝く魔法陣が出現する。

そして魔法陣は強く輝いた後に、ふわりと消えていった。

 

 

「罠は不発か?」

 

「いやー、これ罠じゃないのかもね」

 

 

周囲を見渡しながら一花がそう言って、壁を触っている。

 

 

「やっぱり、さっきと壁の材質が違うよ」

 

「まさか、ワープの罠か!?」

 

「わかんないけど、多分転移室じゃないかな?外見てみようよ!」

 

 

一花に促されるように外に出ると、そこは見覚えのある場所だった。

どこかの階層の階段前。見覚えがあると言うことは9層までのどこかだろう。

もしさっきの部屋が転送室なら少し戻れば恐らく・・・

 

 

「やっぱりここ、1層だ」

 

 

何度も見た1層のボス部屋に俺達は戻ってきていた。

 

 




下原沙織:グールの気持ち悪さに暫く意気消沈。ゾンビ映画を見れば耐性がつくよ!と一花に騙され後日涙目で一花に詰め寄った。

シャーロット・オガワ:沙織と一緒にゾンビ映画を鑑賞。こちらは本当に耐性がついた模様。むしろゾンビが出なかったことに少し残念な気持ちを抱いている。

スパイダーマン:動画の閲覧回数がエグい事になっている模様。また、一郎から許可が降りた為正式にスパイダーマンのバリエーションの1人扱いとなり更に熱は加速する事になる。


CCN:シャーロットさんからスパイダーマン公式化と言われ何を言っているのかわからず問い合わせるとマジだったので泡を食ってホームページに特設コーナーを立ち上げる。

藤島さん:沙織ちゃんが普通に大剣を構えていた所を目撃し少し敗北感を味わう。

ニールズ大佐:孫にスパイダーマンからビデオレターを送り彼との仲の良さアピールに成功。今度は直接会いたいと言われ真顔になる。


鈴木一花:沙織の泡を食う姿がかわいい。


山岸真一:この転送室、ヤバいんじゃないかと思案中


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第二十一話~第二十四話

4話統合。

誤字修正。ハクオロ様、244様、仔犬様、Lynn様、kuzuchi様ありがとうございます!


第二十一話

 

 

「これアカンくね?」

 

「アカンね」

 

「かなり不味いな。公表できんぞ」

 

 

俺と一花の呟きに真一さんが頷いた。

俺達としては正直助かる機能だ。一々1層から降りていかなくて済むのだから。

ただ、手軽に10層に行けることが良いことだとは思えない。

余り深く考えない俺でももしそんな事が公表されたら面倒くさいことになると分かるのだ。

社会人のシャーロットさんや大学生の真一さんならもっと深い所まで予想出来ているだろう。

 

 

「ええと、不味い、と言いますと?」

 

「シャーロットさんって所々残念だね?」

 

「ざんね・・・残念です?」

 

 

こちらに振られても困るけどちょっとこけそうになりましたよ。

 

 

「欧米って確か報道は表現者責任だよね?この転送室の存在を一般の人が知ったらどう考えてどう行動すると思うか本当にわからないの?」

 

「いや、そこが日本と欧米の違いだよ。報道した内容の取捨選択を個人が行う欧米と違って、日本は報道側に非難を集中させて責任を負わせる事が多い。本来は欧米のように読者や視聴者が取捨選択をして真実を見極めるべきなんだ」

 

 

真一さんはそこで一度言葉を切る。

 

 

「シャーロットさん、貴女達CCNの報道によってダンジョンの情報は世界中を飛び交っている。いずれ俺達のようにダンジョンに挑戦する人物も現れるだろう。それは良い。その人物は俺達のように準備を進め、情報を集め、そして1層1層攻略をするだろう。それなら良いんだ」

 

「でもそんな時にこのショートカットの存在を知っていたら、どうなるかな?1層や2層で自信をつけて、軽い気持ちで10層にショートカット!絶対居るよね。そんな迷惑な馬鹿」

 

 

真一さんの言葉を一花が引き継ぐ。

シャーロットさんは真一さん達の言葉を聞きながら、徐々に顔を青ざめていく。

これは日本でも欧米でも起こりえる事態だ。どんな所にだって馬鹿なことをやらかす人間は居るし、それで迷惑を被る人間もいる。

 

 

「で、そんな馬鹿な真似をした奴の家族はさ。口をそろえて私達にこういうんだよ。人殺しって!」

 

「勿論そうはならない可能性もあるが、見えている地雷をわざわざ踏みに行く必要はない。特ダネを一つ潰してしまう形になるのは悪いと思うが・・・俺たちは自分の安全を重視するべきだ」

 

「いえ・・・当然の危惧だと思います。最初にリスクを考えるべきでした」

 

 

すみません、とシャーロットさんが頭を下げてカメラを真一さんに手渡した。

カメラを真一さんが受け取ると、シャーロットさんは深く息を吸って、吐き出す。

 

 

「中に入っているSDをお預けします。この情報に関するデータは全て真一さんに判断を任せます」

 

「ありがとうございます。データは確かにお預かりしました」

 

 

SDカードを抜き出して真一さんがそう答えると、場の空気が穏やかになる。

無事収まって良かった。折角ここまで一緒に来たんだからトラブルの芽は早めに摘むべきだよな。

そのまま俺達は山岸家に戻り、今日の結果を山岸さんに報告。

不味い情報についても一度伝えると、山岸さんも情報の秘匿に賛成してくれた。

 

 

「今のうちは殆ど義捐金で賄われているからな。世間様を敵に回せば首も回らなくなる。今度こそ全てを失っちまうぞ」

 

 

浸食の口(ゲート)の出現で家職を失い、息子までも失いかけた人の言葉は重いな。

俺達が何も言えずにいると湿っぽくなった場を察したのか、山岸さんがいつもの調子で「いつになったらダンジョンに行けるんだ」と真一さんに絡み始める。

この人には本当にお世話になってる。いつか山岸さんにも暇が出来たら一緒にダンジョンに潜りたいな。

 

 

 

一先ずその日は解散となり、明日また今後の対処について話すので集まろうという事になった。

そのまま俺はトランスフォームを使い大学生風の優男に変身して一花と家に帰る。

 

 

「お兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「今ならアメリカに逃げられるよ?家族一緒で」

 

「冗談」

 

「冗談じゃないよ。多分、今日みたいな事はいつか必ず起こる。今日はシャーロットさんが相手だから何とかなった。でも次が大丈夫なんてわからない。今ならヒーローのままアメリカで暮らせるよ!ダンジョンの専門家はどこでも需要があるし、なんならユーチューバーになっても良いし!」

 

 

足を止めて一花を見る。

テンションの高い話し方はいつものままだが、一花はニコリともせずまっすぐこちらの瞳を見つめていた。

下手な言葉で誤魔化そうとして、口が止まる。瞬き一つしない一花の瞳は、俺じゃあ誤魔化せそうにない。

だから、思っていることだけを口にしようと決めた。

 

 

「恭二を見捨てられん」

 

「他人じゃん。ただの友達でしょ?」

 

「あの時俺はあいつを助けられなかった」

 

「それって、浸食の口(ゲート)の時?お兄ちゃんだって大怪我したじゃん!助けようとして!その右手はもう昔のものじゃないんだよ!?」

 

「そうだ。もう昔の俺じゃない。次は助けるって決めたんだ。俺くらいは傍に居てやるって。あの時決めたんだ」

 

 

今でも脳裏にずっとこびりついている。全身をガラスで串刺しにされた恭二の姿が。

うわ言みたいにぶつぶつと唇を動かしていたあいつの姿が。

あの時、俺は間に合わなかった。ドジこいて右腕まで失った。

せめて最後くらいは看取ってやろうとして、それも出来なかった。

あいつは自力で助かった。俺なんてあの時あの場に必要じゃなかった。

それが堪らなく悔しかった。

 

 

「それは、さお姉や真一さんじゃ駄目なの?」

 

「駄目だ」

 

「人殺しって石を投げられるかもしれないよ?」

 

「構わない」

 

「家族に・・・家族が、槍玉にあげられるかもしれないよ?」

 

「・・・俺が迷惑だと感じたら、縁を」

 

「それ以上言ったら絶対許さない!」

 

 

言葉を言い切る前に一花の叫びに止められる。

 

 

「・・・・・・すまん」

 

 

ただ謝るしかできない俺を、一花はじっと見つめていた。

数分、そのまま二人で立ち尽くしていると、一花は深く息を吸って、ため息をつく。

 

 

「・・・いいよ。お兄ちゃんお馬鹿だもん。私が、一杯考えるのはいつもの事だから」

 

「すまん。迷惑をかける」

 

「馬鹿!そこはありがとうって言ってよ!・・・兄妹じゃん」

 

 

抱きついてきた一花を抱きしめる。

その日は久しぶりに一花と手をつないで家に帰った。

 

 

 

「CCNを辞めてきました!今日からよろしくお願いします!」

 

「うわーそうきたかー」

 

 

朝。山岸さんの家に行くと開口一番にシャーロットさんがそう言ってきた。

何でも、山岸さん家に出資をして役員として雇用されたらしい。

昨日あの後何があったのか、目線で恭二に問うと肩をすくめて「俺しーらね」と返してくる。使えない奴だ!

その様子を見て何が言いたいのかを察したのか、シャーロットさんが笑顔で事情を話した。

 

 

「あのままでは私は企業人とチームの一員、二つの立場に板ばさみになってしまうと考えました。そしてそんな状態の人間を信用する事も信頼する事も難しい。きっとどこかで壁を作ってしまうでしょう」

 

 

だからすっぱり辞めて来ました、とシャーロットさんは笑う。

彼女にとってここでの生活はすでにCCNでの立場より高い位置にあるらしい。

そして、彼女の決断に山岸さんが答えた、というのがこの状況らしい。

 

 

「貴方の存在も、大きいです」

 

「へ?」

 

「きっと貴方と恭二さんは、これから世界を大きく変える事になる。それを間近で見れる機会を棒に振るなんてありえない」

 

「・・・・・・おい、言われてるぞ恭二」

 

「お前もだよ!押し付けんじゃねぇ!」

 

「あはははははは!」

 

 

俺と恭二の掛け合いにシャーロットさんが笑う。

そうだよな。仲間ってのはこうでなくちゃいけない。

脇で毒気を抜かれている一花の頭に手をやる。

 

 

「もうちょっと頑張ってみようぜ?」

 

「・・・・・・皆バカばっか」

 

 

俺の言葉に、一花は苦笑を浮かべてそう答えた。

 

 

 

第二十二話

 

 

取り敢えず言える事はシャーロットさんぐう有能。

法人山岸に参加した彼女はまず今まで所属していたCCNとフリーのキャスターとして契約を結びニュースソースとデータの保護を得た。

更に同僚だったジャンさん達3人のエディターやエンジニアを引き抜いて、ダンジョンに潜っているときに収録しているヘルメットに装着したアクションカムの映像の編集とそのデータのCCNジャパンへの送信を担当させる。

この3名は更に俺のコピーヒーロー動画の作成も担当している。スパイダーマンの動画は全世界有数の再生数を誇っているが他のコピーヒーロー動画も負けては居ない。

 

一花から去年アニメでやっていた寄生獣の主人公を撮ってみたら?と言われたので試してみると、元の顔立ちが近かったのか結構な再現率だったのでこれで行こうと決定。

動画を撮る際にミギーは喋れないのかとジャンさんに言われたので音声器官をつけようとしてみたがこれは出来ず、しょうがないので声優に依頼をして口パクに合わせて声を充ててもらいBGMなどの許諾も得て使用。

その際に制作会社の方に話が流れたのかわざわざ奥多摩まで来て「実写化と聞いて」と言われ困惑する羽目になる。

 

 

「ちょっとこっちでお話ししようねおじさん!」

 

 

一花がシャーロットさんを交えて話し合いを行い、あくまでもファンが主人公とミギーを再現するだけの動画である事を確認。

実写化する予定の映画を宣伝してもらえないかと依頼されたためシャーロットさんが後日先方と話を詰める事になったようだ。

折角来てもらったのでミギーに変形させて挨拶をすると是非映画のスタントを、と言われた為丁重にお断りをさせてもらう。

あんまり長期間奥多摩を離れるのはな。

 

それでも諦め切れなかったらしい制作会社の方から後日連絡があり、ロケバスを連れて撮影陣が奥多摩にくる事になる。

一部の撮影の為だけにここに来るって良いんですか?

あ、監督が是非と。そうですか・・・

 

山岸さん家経由でスタントマンとして契約し、そのまま数週間撮影陣は野外での撮影をして帰っていった。

俳優の人とかも結構年が近くて仲良くなれた何名かとはLINEも交換してある。

ただ、女性陣が殆ど真一さんに目線が行っていたのは悔しい所である。

撮影時間以外はダンジョンに潜っていたりしたのだが、一度うっかりスパイダーマンの格好のまま撮影現場に行って騒ぎを起こしてしまった事もあった。

 

 

「一郎くん頼む、あれ見せてくれ。建物から建物に糸で繋いで移動する奴」

 

「あれ高い建物がないと出来ないんですよねぇ」

 

 

代案で樹から樹へと糸を繋ぎ、後は軽量化とストレングスで引っ張って体を飛ばしてみた。

NGシーンやDVD特典等に使って良いかと言われたがアメリカの方に聞いてみてくださいと答えておく。

これは後日の話だが本当に許可を取って映画のラストにNGシーンとして放映。

撮影陣に元気に「おはようございます!」と挨拶をするスパイダーマンという謎過ぎる映像とその後の移動シーンが好評を得たらしくDVDの売れ行きが凄い事になったらしい。

前後編に分かれた作りらしいので、また今度撮影に来るらしい。

 

 

「店を開きてぇなぁ・・・」

 

「再建頑張りましょう社長」

 

 

人が大量に増えたのにまだコンビニ再建中の山岸さんは、折角の商機をふいにしてしまいブルーな表情を浮かべている。

次の撮影までには店も直っているそうなので早く元気になって欲しいものだ。

それと、今回の契約の際に俺は正式に山岸さん家の社員として登録されることになった。

家族とも相談し、もうまともに学校に通うことは出来なさそうなので学校は正式に退学。

通信制の学校に編入して高卒資格を目指している。

 

 

 

そんな日々を過ごしていたある日、いきなりシャーロットさんから呼び出しを受けた。

両親と一花も一緒に急いできてくれという内容に何事かと慌てて山岸さん家に駆けつけると、そこには久しぶりに見る下原さん家のご両親と他のメンバー全員が揃っている。

これはただ事じゃないぞ、と感じていると、父親が口火を切った。

 

 

「山岸さん、下原さん。ご無沙汰しております。いつも倅と娘がお世話になっているのに挨拶が遅れて申し訳ない」

 

「鈴木さん、こちらこそご無沙汰しております」

 

「鈴木さん、ご無沙汰しております。本日は・・・」

 

 

親父達が一通り挨拶を述べると、視線がシャーロットさんに向く。

頃合と見たシャーロットさんは一同を座らせてから話し始めた。

 

 

「そろいましたね……では先ほど米軍から私に入った電話の内容をお話しします・・・まずこのお話には時間限定の守秘義務があります。事態の解決までの間、ここで聞いた話は一切口外無用でお願いします。お約束いただける方だけ残ってください……」

 

シャーロットさんがそう言って周囲を見渡す。誰も立ち上がるものは居ない。

 

 

「カリフォルニアの太平洋夏時間22時過ぎ、カリフォルニア州ビッグベアーの西にあるバトラーピークに出現したダンジョンを捜索中だった、フォートアーウィン基地で編成されたタスクチームが消息を絶ちました。現地上層部及び合衆国政府は合衆国単独での解決は不可能と判断。他国人ではありますが山岸家所属の冒険者チームに探索依頼が出されました。この依頼はホワイトハウスから出ています。ここまではよろしいでしょうか?」

 

「それはつまり、合衆国大統領からの依頼という事で良いんですか?」

 

「その通りです」

 

真一さんの問いかけにシャーロットさんが返答する。

合衆国大統領という名前が出た段階で親父達の顔は青を通り越して真っ白になっている。

現在の山岸さん家が世界的に有名なのは知っていただろうが飛び出してきた名前がビッグネームすぎるからな。

むしろ母さん達の方が平然としているのはちょっと意外だった。

 

 

「確かキョウジ以外は皆パスポートを持っていたわね?」

 

「うん。私とお兄ちゃんは今度アメリカに渡る予定だったから一緒に用意してるよ!」

 

 

スパイダーマンの件で是非一度アメリカに来て欲しいと懇願されており、一応パスポートだけは用意してある。

まさか最初に使うのがこんな事態になるとは思わなかったが。

 

 

「現時点で可能な限り速く決断し、超法規措置を用いてでも招きたい、という政治判断が下されています。もちろん、我々が出動を決めた場合、ですが。横田基地から特別機に乗りグアムの基地で乗り換え、カリフォルニアに向かう空路を設定されています。どうしますか? この依頼、受けますか? 受ける場合はひとつ問題があります」

 

「そのメンバーの大半が未成年で学生だという事ですね」

 

「そうです。年齢的にイチカちゃんは最初から除外させていますが問題は残り3名。いえ、最近退学したイチローは別として残り2名の事になります」

 

 

そう言ってシャーロットさんは恭二と沙織ちゃんを見る。

 

 

「なら俺も退学する」

 

「私もそれでいいよ」

 

 

恭二と沙織ちゃんが揃って頷いた所で一花が「私も行きたい!」と騒ぎ出したがそれは母さんが物理的に黙らせた。

沙織ちゃんはそのまま山岸家に正社員として雇われることにするらしい。

 

 

「父さん。俺行くよ」

 

「・・・わかった。もう止めん」

 

 

黙って話を聞いていた父さんにそう告げると、険しい表情のまま父さんは頷いた。

各自の保護者を1人連れて行かないといけないとシャーロットさんが話すと、真一さん、下原のおばさん、母さんがそれぞれついて来てくれるそうだ。

 

 

「では、全員この書類にサインをお願いします」

 

 

シャーロットさんが一枚一枚英文の内容を説明し、守秘義務同意書、契約書など数枚の書類に全員でサインをする。

この場に居た人間全てが書類にサインをすると、表で待っていた横田基地からの迎えの車に一同乗り込んだ。

三度目の来訪であるが、まさかこんな事態になるとはな。

タスクチームの面々が無事であると良いんだが。

 

 

 

第二十三話

 

 

初海外上陸はグァムだった。

と言っても数分だけだったが。一度観光で来てみたいと思ってたんだが、まさか乗り継ぎで通り過ぎるだけになるとは思わなかった。

そして十数時間後に俺たちは目的のカリフォルニアの空軍基地に到着。

ここで母さん達保護者組はゲストハウスに行き、俺たちは軍用ヘリに乗って現地へ急行することになった。

 

移動の際、機内で状況は説明されている。

ダンジョン探索のために集められた選抜の一個小隊36人が、第一層で待機した通信兵と指揮官を除き、現在死傷、行方不明、連絡不能。

最後の連絡は第7層での物で、通信は各フロアに置かれた無線機による中継で行われていた。

10人程度の分隊が3。

消息を絶った分隊は先行の分隊で、残りの分隊は先行分隊の救援に向かいそのまま音信不通になったそうだ。

 

 

「オークとオークジェネラル?」

 

 

先行隊が撮影した映像には見慣れたオークとオークジェネラルの姿が映っている。

ここに行くまでの映像も確認したが内部的にはほとんど奥多摩のダンジョンと変わりないようだ。

現場には救援用の物資が山積みされており、これらを恭二の収納に入れる。

付いて来る人員は兵士2名に通信兵1名。全員がしっかりと武装している。

 

今回は速度重視のため、俺はすでにスパイダーマンに変身している。

ネットでモンスターの出入りする入り口を塞いで最短距離を疾走するという計画だ。

 

 

『スパイディ、貴方と共闘できるなんて夢のようだ。こんな状況で無ければどれほど良かったか・・・』

 

『心中、お察しします。出来る限りの努力はしますよ』

 

 

現場指揮官が俺の姿を見て握手を求めてくる。

青白かった顔色に僅かに血の気が戻ってきたように感じる。俺の虚名も役に立つ所はあるらしい。

そのまま俺達は急ぎ足で出発した。先頭は俺と恭二と重火器を持った兵士だ。

俺が進入口を塞ぎ、兵士二人が重火器で敵を殲滅。

手が足りない所を恭二の魔法が焼き尽くし、俺達は過去最速のスピードで6層まで踏破した。

 

七層に入った俺たちが真っ先にしなければならないことは、通信兵による状況確認だ。

これをしなければ最悪、俺たちは友軍誤射の的になりかねない。

重火器の火力は目にしたからな。あれは流石に食らいたくない。

通信兵が齎した情報は悲惨の一言だった。

8名死亡。10名負傷。無事な兵士は12名だが弾薬も心もとない。すぐさま救援が必要な状況だった。

 

 

「モンスタートレイン・・・・・・」

 

 

通信兵の聞きだす情報に耳を傾けながらシャーロットさんが暗い表情で呟いた。

モンスターを倒しきれない内に新しいモンスターが襲い掛かってくる事を指すのだが、これが起こるとかなり高い確率で戦線が崩壊してしまう。

この階層の敵はオークとオークジェネラル。接近を許してしまえばほぼ一撃で倒されかねない奴らだ。

恐らくM4等の重火器でも奴らを倒しきれず、また重火器の音を目印にモンスターが集まってしまったのだろう。

 

このダンジョンのモンスターはリポップする。倒しても倒してもまた出てくるのだ。

殲滅速度よりもその速度が速くなってしまえば、結果はこうなってしまう。

 

 

「現在地はボス部屋の手前です。残存戦力と・・・遺体及び負傷者も全てそこに集まっています」

 

「恭二、先行するぞ。多分俺とお前二人で走った方が速い」

 

「了解」

 

 

軽量化の魔法を唱えて恭二が槍を抜く。

 

 

「真一さん、道中の通路はネットで塞ぎますが」

 

「分かってる。出来るだけ急いで行くから撃ち漏らしててもいいぞ」

 

 

3名の兵士を見ながらそう言うと、真一さんは頷いて後を請け負ってくれた。

他の面子なら兎も角この3名に俺と恭二の高速移動に着いて来させるのは不可能だろう。

退路の確保的な意味でも真一さん達が後詰をしてくれるのはありがたい。

俺と恭二は高速のまま通路に飛び込む。その際、通信兵が背後で何事かを叫んでいたが聞こえなかった。

 

 

 

散発的な銃声がボス部屋のほうから聞こえる。

誤射を避けるために手前で大声を張り上げた。

 

 

『発砲を止めてくれ!助けにきたぞ!』

 

 

念のためバリアーを発動して部屋に飛び込む。

オークは12体か。今まさに1人に大剣を振り下ろそうとしたオークをウェブシューターで邪魔して蹴り倒す。

 

 

「恭二!」

 

「了解。フレイムインフェルノ!」

 

 

恭二の魔法に4~5体のオークとオークジェネラルが纏めて焼き払われる。

分散してるせいで一気に殲滅とはいかんか。

俺は通路の一つをネットで封鎖して後続のオークたちを邪魔すると、分かれたオークにウェブシューターを当てて動けなくした後に殴り倒す。

最近、打撃でもオークを倒せるようになってきた。着々と人外になっている気がする・・・

程なく恭二の魔法で残りのオークも殲滅できた。

 

 

「恭二、回復魔法を!」

 

「分かってる。えーと、エリアヒール!」

 

 

周囲を白い光が包み、負傷していた面々の顔に血の気が戻ってくる。

だが、一部重傷の人にはそれだけでは足りなかったらしい。

内臓が出てる人もいる・・・よく生きていたな。

 

 

「キュア!」

 

 

重傷の人には恭二が重ねがけでキュアを唱えている。

 

 

『遺体用の袋とストレッチャーを用意しました。重傷のけが人は恭二に。まだ少しふらつく人は俺に言ってください。新しい銃も弾倉も充分補給があります』

 

 

俺は無事だった兵士達や、治療を受けて起き上がってきた人たちにそう話しかける。

ふらつく人たちにはウェブシューターにネットの代わりにヒールを装填して発射。

最初は驚かれたが糸状のヒールが継続的に発動しているのを見て納得してくれた。

体力の回復も出来るから、消耗したときには良いんだ。このウェブヒール。

 

真一さん達が合流したのはちょうどこの位の事だった。

現場の惨状を見て、沙織ちゃんが意識を失う。

シャーロットさんが咄嗟に助けて事なきを得たが・・・・・・

無事だった兵士達と復帰した兵士達は、仲間の遺体を袋につめてストレッチャーに乗せていた。

 

真一さんたちは邪魔が入らないように周囲を警戒している。

俺もモンスターが入り込まないようにネットを維持しつつ、周辺警戒を行っていた。

恭二は残された物品を兵士の人に記録してもらいながら収納している。

そして、治療と物品の回収が終わった後、恭二は暗い顔でストレッチャーに触れていく。

収納して、回収するためだ。

 

 

「これは『モノ』だ」

 

 

一言だけ最初に呟いて、恭二はどんどんストレッチャーを回収していく。

俺達はその光景を、黙って見つめていた。

 

 

 

第二十四話

 

 

『お会いできて光栄だよ、スパイディ。私も貴方のファンなんだ』

 

『こちらこそ、お会いできて光栄です。大統領閣下』

 

 

にこやかに笑う大統領と握手を交わす。

シャッター音とフラッシュが周囲を埋め尽くしている。

他の4人はそれぞれが礼服を着ている中、俺だけスパイダーマンの格好をしていて目立ちまくってる。

あのダンジョンアタックの翌日。俺達はホワイトハウスで大統領と会っていた。

 

 

 

時間は昨日に遡る。

俺達は無事救出できた米軍兵士22人を伴ってダンジョンから撤退を開始しようとしていた。

気絶していた沙織ちゃんの手当てを恭二に任せて、俺と真一さんは先頭に立って道を切り開く。

帰り道は特に大きな問題もなく脱出は完了した。

 

地上に帰り着いた俺達はすぐさま彼らの基地にヘリで移動する事になった。

帰り着いてすぐに恭二が収納から遺体を乗せたストレッチャーを出し、引き渡す。

それが終わるとすぐに俺達はシャワーを借りた。

どんなに洗っても血の匂いがこびり付いたままだった。

 

そしてそれが終わった後に俺達は緑の芝生がある、アメリカ国旗と陸軍旗のはためく公園みたいな場所に案内された。

基地の兵士達が総出で整列している。俺達の姿を見ると、全員が一斉に敬礼してくれた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

恭二が一言、日本語で謝っていた。

やめてくれよ。泣きそうになるだろうが。

日本に帰りたいと心から思った。

 

 

「すみません皆さん、このあと、ワシントンDCに行かねばなりません」

 

「勘弁してくださいよ・・・」

 

「ごめんなさい。大統領がお会いしたいと・・・・・・」

 

 

申し訳無さそうなシャーロットさんの言葉に俺達は互いの目を見合わせた。

そしてホワイトハウスまで、俺達はチャーター便で直行することになった。

家族揃って初めてのワシントンDCである。まさかここに来る事になるとは思わなかった。

 

そして、場面は冒頭に戻る。

といってもこの後は大統領直々に「陸軍名誉勲章」とやらをいただいて、わざわざ開いて貰ったパーティーで一生縁がなさそうな偉そうな人達と緊張しながら話をしただけだ。

正直何の話をしたのかもよく覚えてない。

 

帰りはまたチャーター機を使って横田基地まで飛んだ。横田基地でも、大佐以下兵隊さんがずらっと並んで敬礼をしてきて非常に困る羽目になった。

尚、超法規的な措置をとって出入国をしたため日本側はアメリカ政府からの通達により俺達の出国を知り、後日俺達は旭日単光章という勲章を授与される事になったがこれは先の話。

アメリカ側への配慮と言う形で晴れてお咎めなしの身分になった俺達は、無事奥多摩に戻ることが出来たのだ。

 

 

 

アメリカから帰った恭二と沙織ちゃんを待ち受けていたのは退学手続きと会社登記の改定、不動産購入などの事務仕事だった。

ひーひー言いながら慣れない書類に四苦八苦する恭二達を尻目に、すでに通信制の学校に席を移していた俺は空いた時間を使って山岸さん他、下原家、鈴木家の保護者達をダンジョンに連れて行った。

引率役として真一さんと俺と一花、そして真一さんの剣道の師匠である安藤さんにお願いしてきてもらっている。

安藤さん自体はゴブリン相手なら無双できていたのを確認していたため、足りないメンバーの代わりという事で急遽来てもらった形になる。

 

 

「前々から真一にお願いしてたんで僕としては嬉しい限りですがね」

 

 

そう言って笑う安藤先生の手には藤島さん作の数打ちの刀が握られている。

安藤先生は週何度かの剣道教室の為に奥多摩まで通っており、都合が合うときに刀の扱いを相談していたため、最早真一さんの、というより俺達にとっての剣の師匠になるんだろう。

対モンスター用の剣術についても考えてもらっており、最早俺達の仲間の一員と言っても過言ではない。

 

さて、常日ごろからダンジョンにいきたいを口癖にしていた山岸さんは兎も角、他の家族をダンジョンに連れて行くのはどういう事かと言うと。

先日総理にお願いして立ち上げたダンジョン諮問委員会の存在がまず前提として出てくる。

このダンジョン諮問委員会はこれからのダンジョン探索者・・・つまり冒険者達の存在をどう認識するのか。

つまり、新たな職業としてこれらが広まるのかや、警察、自治体、刀剣商や刀匠といった各分野の専門家達が、「どうすれば現代社会において冒険者という商売が興ったとき対応できるのか」といったことを真剣に議論し、対策を打つ事を目的に設立された。

 

先日のアメリカでの出来事は、正直俺達にとってかなり重い出来事だった。

あの時倒れてしまった沙織ちゃんは勿論、女性のシャーロットさん、恭二や真一さんと言った比較的精神的にタフな人間でもトラウマを抱えてしまっていたのだ。

現在、彼らはトラウマの専門家に話を聞いてもらったり診断をしてもらったりして回復に努めている。

俺は・・・・・・元々猟師になる可能性があったから、生き死に対しては多少心構えが出来ていたらしい。

カウンセラーの方にすでに立ち直りつつあると言われた時は、もしかして俺は情のない人間なのかと少し自分に疑問を覚えてしまったほどだ。

 

少し話がそれた。

 

兎に角、ダンジョン専門の委員会が設立し、話し合われた内容の一つを検証するために俺達は今ダンジョンに潜ろうとしている。

 

 

「山岸さん、体力テストお疲れ様でした」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「山岸さん、ちと運動不足ですなぁ」

 

 

数キロを走り終わった山岸さんにそっと酸素ボンベを渡す。爺ちゃん、あんたは例外だからな。

万全を期すために一度に連れて行く人数は最大二人までとし、最初の組は山岸さんとうちの爺さんを連れて行くことになっている。

目標は5階までの踏破。

この冒険が終わった後にもう一度体力検査を行い、ダンジョンが齎す人体への効果を検証する。

それが今日の目的だ。

 

 

「はい、おじさん。念のためにおじいちゃんもヒール!」

 

 

一花が二人に手をかざしてヒールを発動する。

二つの対象に魔法をかける技術を恭二から教わっているらしく、最近では両手で魔法を使い分けることも出来てきているらしい。

こいつも結構器用な奴なんだよな。

 

体力を回復した山岸さんがバットを手に持ち胴体のみにプロテクターを着けてヘルメットを被る。

爺ちゃんはバットの変わりに猟銃を持っている。

爺ちゃんの猟銃も、米軍のように銃がダンジョン内でどのような効果を持つのかを調べるために持ち込みの許可を取った物だ。

着々と皆が前に進んでいる。それを実感しながら俺は先頭に立ってダンジョンに足を踏み入れた。

 

 




山岸恭二:学校を辞めて正式に山岸家正社員になる。今までは学校に吸われていた時間を全てダンジョンに傾けられると実は乗り気。国外では苦い経験を得て一つ成長した。

山岸真一:シャーロットさんがここまで思い切ったことをしてくるとは思わず困惑するも喜んだ。国外では苦い経験を得て一つ成長した。

下原沙織:正式に法人山岸の社員になる。最近は学校でも持て囃されていて面倒だと感じていた為実は渡りに船だった。国外では苦い経験を得て一つ成長した。

下原父:娘が危険な場所に行くことに反対したいがおねだりには勝てなかったよ・・・

下原母:この機に恭二を見事射止めなさいと沙織に発破をかける。

シャーロット・オガワ:安定した生活よりも波乱に満ちた人生を選ぶ。CCNとはフリーのエージェントとして契約しなおしヤマギシ家の広報担当に就任。

鈴木一郎:スパイダーマンの格好をして情けない姿は見せられないと自己暗示を繰り返している。

鈴木一花:山岸家及び鈴木家が排斥される可能性が露骨に見えたため逃亡を画策するも肝心の兄に却下される。ブルーな気分で山岸家に行くと自分よりよほど肝の据わったシャーロットさんに愕然。敗北感と安堵が入り混じった複雑な心境。

山岸さん:苦手な広報担当に見知った人がついてくれて大助かり。ダンジョンに行きたいという回数がやっぱり増えた。また、やっと念願かなってダンジョンに突入できるヤッター!と喜んだがでもその前に体力検査をしないといけなくなり顔面蒼白になった。


鈴木父:現在は観光業経営。猟師としての生業では子供を育てられないと山歩きの知識を使って野山の散策ツアーや狩猟体験ツアーなどを企画運営している。ダンジョンに潜る子供の話を聞きながら銃を持って一度潜ってみたいと思っていた。

鈴木母:息子が死に掛けた原因であるダンジョンに良い感情を抱いていないが、最近の一郎の面構えが若い頃の夫に似てきており最近は肯定し始めている。


大統領閣下:笑顔が素敵なナイスミドル。次の日から暫く、米国の新聞とニュース番組をスパイダーマンと握手をする大統領の姿が騒がせる事になる。

安藤さん:ゴブリンとの戦いを忘れないように日々鍛錬を積んでいる。人外の相手に対する戦闘方法を模索中。

鈴木爺ちゃん:魔物祓いの真似事を猟師の自分がすることになるとは思って居なかったと世の中の不思議を噛み締めている。


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第二十五話~第二十八話

このお話はフィクションです。
4話統合

誤字修正。ハクオロ様、244様、kuzuchi様ありがとうございます


第二十五話

 

 

「オリャァ!」

 

「・・・・・・」

 

バァン!

 

 

山岸さんがバットでゴブリンを殴り飛ばし、じいちゃんが銃でメイジを撃つ。

遠近でバランスを取りながら二人は順調に階層を下っていた。

 

もちろんモンスターを倒して出てきた魔石やドロップは二人の取り分として俺がカバンに入れて預かっている。

といってもすぐに容量が一杯になったためこれも報告しないといけないだろう。

それと、ナイフや剣といった物を詰め込む必要がある以上防刃素材のバッグでないといけないので、これも報告が必要だな。

 

そのままオーガも処理をして戦闘終了。

大分二人ともこなれてきたのでボス部屋に突入する事になった。

ここは安藤さんも参加する。最初のうちは何度か手助けをしていたが、流石は山岸家の人間と言うべきか、山岸さんのセンスがかなり良くてすぐにストレングスとバリアーを覚えて一人立ちしたため、手持ちぶさたになっていたらしい。

真一さんが一度死にかけたという事もあり、一度オークとは戦ってみたいそうだ。

 

 

「事前にバリアーとアンチマジックは必ずかけ直してください」

 

「了解だ。バリアー!」

 

「一花、頼む」

 

「はーい!おじいちゃんも練習してね?」

 

 

まだアンチマジックは扱えない山岸さんと両方出来ないじいちゃんに一花が魔法をかける。

安藤さんは事前に二つとも覚えていたらしく自分でかけ直していた。

 

準備が整ったら突入だ。

安藤さんと山岸さんが手近のオーガに切り込み、じいちゃんがメイジを処理している。

役割分担が上手いこと機能してるな。

そして、安藤さんが早い。瞬く間にオーガを斬り倒してオークと相対している。

 

 

「グガアァァ!」

 

「・・・・・・ふっ」

 

 

安藤さんはオークのこん棒を半歩動いて避けると、こん棒を持つ手をまず切り飛ばした。

オークは怯まずに逆の手で殴りかかろうとするが、その前に刀で喉を裂かれて煙になった。

 

 

「お見事!いやぁ流石は先生、見事な太刀筋ですな」

 

「ありがとうございます。山岸さんもこの短期間で驚くほど上達されてましたね。剣道の経験が?」

 

「昔、学校で触った位ですねぇ」

 

 

山岸さんと安藤さんが話す傍ら、じいちゃんは腰を鳴らして柔軟を行っていた。

心なしかダンジョンに入る前より大分力強い動きだ。

 

 

「一郎、この後はまた体力検査だったな?」

 

「ああ。その予定」

 

「そうか」

 

 

そう言ってじいちゃんは銃を抱えて黙りこんだ。

帰りも特に問題なく山岸家にたどり着き、その後近くの広場を使って筋力の確認、マラソンによる持久力の確認を行ったのだが、結果は予期していた通りというか予想以上というか。

 

軒並み大幅な上昇を見せ、しかもじいちゃんに至っては健康な40代並の体力を取り戻している、という結果になった。

この後にダンジョンに潜った下原夫妻やうちの親父達も大体同じような結果になる。

それぞれダンジョンに入る前と入った後の身体能力の変化のデータと、下原のおばさんの提案で外見の変化も写真で残したところ、ほぼ若返りと言っても良い結果になった。

 

この事実を知った委員会はこの情報を一先ず箝口令を敷いて規制する。

下手に漏れると何の準備もなしに潜る人間が出かねないとの判断からだ。

以前のショートカットの存在と同じく、まだ早すぎる情報って事だな。母さん達のアンチエイジングっぷりを見たら間違いなくダンジョンに無謀な挑戦をする奴が出てくるだろう。

一先ず法律的にダンジョンへの立ち入りをどうするか。早くその辺りは決めとくべきだろう。

 

 

 

「銃は一定の効果をあげたという事でよろしいのですね?」

 

 

先日のじいちゃんの成果を報告した際に委員会でそう尋ねられた。

質問の相手は自衛隊の幹部の方で、軍事的な分野を担当している。

この人は先日米軍にもたらされた被害について最も熱心に尋ねてきて、自衛隊ならどうなるのかをシミュレーションしたり、冒険者という存在が軍事的にどのような役割を果たすのかを研究している。

 

 

「5階までは間違いなく有効と言えます。ですが、前提として訓練を施された人間しか扱えない、誤射の可能性、またどうしても威力の面において大規模な魔法に劣るなど、運用する場合の注意点は多くあります」

 

「銃が通用しないモンスターも存在するのですか?」

 

「はい。10階層のレイスは銃弾では倒せないでしょう。また、それより前の階層でも重火器では掃討しきれずにモンスターがリポップ・・・ええと、再度出現する速度が殲滅速度を上回った結果米軍が全滅しかけた事を考えると、銃器だけではダンジョンの深い階層には通用しないと考えられます」

 

 

その言葉に幹部の方は成る程と頷いて、手元のメモに何か書き始めた。

今回、じいちゃんは徹底して遠距離から敵の頭を狙ったり前衛の動きをサポートしたりと後衛の役割を全うしていた。

事前によく話していたからという事もあるだろうが、米軍の小銃でも倒しきれない相手を猟銃では仕留めきれないと判断していたのだと思う。

 

 

「では次の質問ですが、米軍から提供された装備について」

 

 

今度は日本の大手スポーツメーカーの方が手を上げる。

会議は数時間に渡って続けられた。

 

 

 

 

第二十六話

 

 

「第1回ヤマギシ会議を開催します!」

 

「わー!」

 

「どんどんぱふぱふー」

 

 

山岸さんの掛け声に沙織と一花が合いの手を入れる。

軽いノリで始まった経営会議に真一さんとシャーロットさんは苦笑している。

 

 

「まず、旧店舗の修復・改修は完了した。新店舗の用地は隣接区画の移転について政府がやってくれたんで円満解決。あとは建物の撤去とか整地とかだ。で、地上5階建てで地下二階のビルになる予定だ」

 

 

山岸さんがそう言うと、シャーロットさんが資料を配り始める。

一階を店舗、二階から上をオフィス、最上階を自宅にする予定。地下は倉庫と駐車場になるのか。

 

 

「コンビニのほうは、休業補償してるみんながまた来てくれる事になってる。後は真一と恭二と沙織ちゃんが抜ける分を募集しないとな」

 

「工費はどのくらいなんだ?」

 

「総工費は3億だ」

 

 

奥多摩ではそうそう聞かない金額に真一さんが苦笑を浮かべた。

 

 

「義援金のお陰で何とかな。ありがたい事だよ本当に」

 

 

そう言って山岸さんは感慨深そうにビルの資料を見る。

 

 

「ビルの2階と3階は賃貸に出す。日本とアメリカの政府筋の組織が入るそうだ。四階は全フロアウチの会社で使う。シャーロットさんの部署のために超高速回線を引いてある」

 

「ありがとうございます。どうしても普通のインターネット回線だと時間がかかるので。助かります」

 

 

シャーロットさんがそう言って頭を下げる。

政府筋ね。まぁ間違いなくダンジョン関係の組織なんだろうが。

 

 

「1階のコンビニの隣はラーメン屋さんが入ってくれる」

 

「そりゃありがたいっすね。近場に飲食店があるのは助かります」

 

「美味い店だと良いんだがな」

 

 

恭二と二人でまだ見ぬラーメン屋に思いを馳せる。

近場にあるラーメン屋というのは俺達健康的な十代男子には特別なものだ。ふと腹が減ったときに食べるラーメンは格別だからな。

 

 

「で、次の話なんだが。お前ら冒険者部門の方はどうなんだ?CCNからの情報料以外だと一郎の動画収入位だが、・・・あ、後こないだのスタント代金もか。採算は取れそうなのか?」

 

「現状だと厳しい。今の所動画収入が予想より多いから何とかなってるが、それが途絶えた時や更に部門の出費が増えてしまった場合は赤字になる可能性が高い」

 

 

現状、冒険者部門の収入はCCNから入ってくるお金や俺が当初から行っていた動画からの収入が主な物だ。これらのお金で装備の更新やスタッフの人件費を賄っているが、探索自体での収入はほぼ無いに等しい。

 

 

「ドロップ品に貴金属やらが含まれてれば一気に変わるんだがな」

 

「まぁ、少しずつ先に進めるしかないからね」

 

 

真一さんの言葉を一花が引き継いで答える。

現状10層までしか人類は到達していない。ここから何層下る事になるのかは分からないが、出てくるモンスターの傾向的にまだまだ続きそうな気はする。

 

 

「ここからダンジョンがどこまで続いていくかはわからないが、何か価値があるものが出れば冒険者の数は間違いなく急増する。そこまで行けば最先端に立つ俺達の経験と知識の価値は一気に上がる」

 

「後はやっぱり法整備の後だけど、ダンジョンに潜る時の護衛とか魔法のレクチャーとかは需要があると思うよ。やっぱりあのアンチエイジングは凄いから!叔父さんも10歳位若返った気がするって言ってたでしょ?」

 

「ああ。ダンジョンに潜るだけでも効果があるんだし、新しい健康法になり得るのか」

 

 

真一さんがこれからの展望を語り、一花が補足を入れる。最近の委員会等でもよく見る光景だ。

最近、委員会の会議に出る際は真一さんは代表として、その脇にはシャーロットさんと一花がつく事になっている。シャーロットさんの元キャスターとしての知識は当たり前として、一花のサブカル的な視点からの意見は意外と役に立つ事が多いらしい。

 

俺?置物というか、基本居るだけになってます。

実際戦ったとかの話なら俺か恭二にお鉢が回ってくるんだがな。後は魔法についての意見か。

 

 

「そういえば自衛隊も今後、迷宮捜索に入るんだっけ?」

 

「ああ。そう言えば委員会でも言われたっけ。人材教育のお願い。米軍は仕切り直しだっけ?」

 

「ああ。前回の失敗を踏まえ、暫くは再編成に充てるそうだ」

 

 

委員会に参加している自衛官の方からは、同行ないし人材育成の相談が来ている。

現状、米軍が失敗したため、ダンジョンの7層より下に潜れる人間は俺達しか居ない。

なら俺達にそこから先に対応出来る冒険者の育成を頼めば良い。という事だろう。

 

 

「事情は分かったし必要だとも思うが先に進みたい」

 

「お前なぁ」

 

 

恭二の本音に山岸さんが呆れたように声を上げる。

そんなん俺達皆そう思っとるわ。

実際、10層に到達してから数週間、軽く潜る以外は先に進めてないせいで皆フラストレーションが溜まっている。

その状態で余計な人材育成はやりたくない。

 

 

「頼んだぞスパイダーマン」

 

「いやいやここは魔法博士の出番でしょ」

 

「お前らいい加減にしろ。収入にもなるしこの仕事は受けとくからな!」

 

 

恭二と押し付け合いをしていたら山岸さんに叱られてしまった。お金は大事だからね。仕方ないね。

そしてこの一言で今日の議題は全て終了し、今日の会議はお開きとなった。

新人の育成は全体でやる事に決まってしまった。

全部貧乏が悪い。

 

 

 

 

第二十七話

 

 

俺達は現在、週に1、2度の割合で政府が立ち上げたダンジョン対策の委員会に顔を出している。

委員会のメンバーは各分野の専門家で構成されており、都合や新しい議題が出る度に小まめに増減を繰り返しているのだが、何故か俺達と相性の悪い分野という物がある。

この日もとある分野の専門家で、随分な態度の人が質問をしてきた。

 

 

「ダンジョンに潜るメリットは? 金をかけて時間をかけて人命までかけて、なにか得られるものはありましたか?」

 

「まず単純にダンジョンに入るだけで多少の体力の増強効果が見込めます。これは複数回、色々な分野の方に試して頂いてデータも取れています。またモンスターと実際に戦い、これを退治しますとこの体力増強効果が更にアップするという事も確認が取れています。手元の資料の内ダンジョン探索前・後で分かれている年代別のデータを詳しく読んで頂ければこれらは確認できると思います」

 

「たかが健康法でここまで大げさな委員会を作っているのですか」

 

 

お、こいつおかしいな。と思い他の委員の方を見ると他の方々も「なんだこいつ」といった目で件の人物を見ている。俺の認識がおかしい訳ではなかったらしい。

 

 

「貴方にとって人によっては二倍近くまで身体能力が上がる事象がたかが健康法というのならそうなんでしょうね。そちらのスポーツ分野の担当の方はスポーツ史が変わると仰られていましたし人によって価値観は違うのでそこに文句はつけません。ただ、現状肌年齢が50代から20代後半まで若返ったという報告も上がっている為、少なくともお金や時間をかける価値はあると私は思っています。人命については仰る通り。出来るだけ人が命を失わずにダンジョンに潜れるように対策をする為の委員会で、分科会だと思っておりますが貴方には別の物に見えたのでしょうね」

 

「そんな馬鹿な!こんな非科学的な!」

 

 

そこで騒ぎ立てていた人物は警備の人につまみ出される事になった。

こんな非科学的なも何も非科学的な事象がまかり通るようになってしまったから対策委員会なんてものを立ち上げているのに何を言っているのだろうか。

場が微妙に白けてしまった為会議は一旦休憩という事になった。

 

 

「ふう、つっかれたー」

 

 

真一さんがお茶を飲みながらソファーにへたり込んでいる。

長時間の質疑応答は基本的に真一さんが受ける為、今日は喋りっぱなしだった。そら疲れるだろう。

お疲れ様でした!と真一さんの肩を揉んでいると、ドアを開けて総理が入ってきて俺と目が合う。総理は中を一望し、苦笑。

恥ずかしい所を見せてしまった。

 

 

「休憩中に申し訳ない。今日は時間をとっていただきありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ有意義なお話をさせていただけました」

 

 

真一さんが頭を下げる。若干先ほどの醜態を見られたせいか顔が赤い。

 

 

「ところで、最後の質問をされた方は……」

 

「その件で……申し訳ない。不快な思いをさせてしまって」

 

 

真一さんの問い掛けに総理は頭を下げた。

なんでもあの人物は医療関係の人らしい。やっぱりなぁ、と思いながら総理と真一さんの話を聞くと、何でも回復魔法の存在を医療関係者が目の敵にしているらしい。

今回参加したあの人もその思いが強かったらしく、今回の会議を使って俺達を貶められないかと考えていたようだ。

尤も、その方面にばかり意識が行っていたせいで現状のダンジョンについての知識や資料の確認をおざなりにしていて大恥をかいたようだが。

 

 

「今回はあれでしたが、皆様の分科会には産官通してすごい参加希望者があるんです」

 

「それはありがたいことです。俺達も日本で活動するわけでして、日本企業の協力や、法整備が進むと嬉しいです」

 

「出土品についてはまぁこれからでしょうが。この体力増強の効果という目に見える結果はやはり素晴らしいですな。私も30代に戻ったような気分です」

 

 

そう言って総理はぐっと右腕を挙げて力瘤を見せるようにポーズを取って笑った。

先日、体力増強の効果が間違いないと判断された後に総理から要請があり、閣僚の中の希望者がダンジョンに潜る事になったのだが。

結果は肌ツヤを取り戻した目の前に居る総理が物語ってくれているな。

 

 

「この結果を受け、まずダンジョンへの立ち入りについての法整備は急ぎ行われることになりました。やはり、その。女性は止まりませんからな」

 

「お願いします。僕らもそこが怖いところだと思っているので」

 

 

新聞やニュースでも一部閣僚が急に若返ったと評判になっているので、早晩この事実に気づく人もいるだろう。法整備は近日中に行われるとの事だ。

そして、これに合わせてモンスターが落とす魔石の価値も一気に上がることになる。

ダンジョンに入らなくても魔石から魔力を吸い出せば近い効果を得られるからだ。

ただ、まとまった数でないと意味が無いのでやはり一番いいのはダンジョンでモンスターと戦うことなのだが。

 

 

「ところで、奥多摩ダンジョン周辺の民間地買収の件ですが、本当に第三セクターでやらなくて良いのですか?」

 

「はい。お申し出はありがたいんですが、資金も自前で用意できますし。立ち退きの話し合いだけご協力いただければ、あとはウチが買い取ります」

 

 

近所には老舗旅館などもあるし、当事者同士だと感情的な部分で対立しないかが心配だからな。政府主導で立ち退きをやってもらえるならこれに越した事はない。

総理とはその後、現状米軍から装備を用意してもらっている状況の是正と、銃をわざわざ使わないでも魔法で事足りる。つまり銃刀法についてはそこまでいじらなくても良い事を話した。

銃がそれほど必要ないという部分は総理も非常に興味深げだった。

日本だとやはり銃の所持は難しいし、ネックになると思っていたらしい。

 

 

「皆さんのお陰で道筋が見えた気がします。これからもどうぞ、よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 

真一さんと総理が握手を交わす。

日本政府とのわだかまりも最近は解消された気がする。

この調子で早く冒険に専念できると良いんだがな

 

 

 

 

第二十八話

 

 

「よし。やれ、一郎」

 

「アラホラサッサー」

 

 

11層のモンスター・ゴーレムをフレイムバスターでしばき倒す。

現在俺達は11層にアタックしている最中だ。11層は今までの洞窟的な見た目から一転、広い荒野のような場所になっている。

あくまで見た目が地上みたいだって言う所がミソだ。俺達が出てきた扉の両脇は見えない壁のようなもので遮られている。ダンジョン内なのは変わってないという事だ。

 

そしてこの階層では俺のフレイムバスターが無双する事態が発生している。ゴーレムと聞いて想像できると思うが、こいつが3、4m位の大きさでまずデカイ。その上土か岩で出来ているらしく斬撃も効果は薄そうだ。

という訳でフレイムバスター(グレネード)の出番である。

 

 

「ふははは。ゴーレムがまるでゴミの様だ」

 

「わ、懐かしい。それジブリだっけ」

 

「場面が違うぞお兄ちゃん!」

 

 

このまま進むと空中庭園っぽい所も出てきそうだな。この台詞はそこまで取って置いた方がいいか。

とりあえず一通り周ろうと動くもフィールドが広すぎる。

何度かのゴーレムの来襲を撃退するも、一旦引き返そうという事になった。

 

 

「移動手段が必要だな。あと、対応できるのが一郎だけってのは不味い」

 

「バズーカとか欲しいね。後は新魔法とかないかなー?」

 

「んー。一郎ほど効率的に出来ないからなぁ。ちょっと考えとくけど」

 

「兎に角、一度ニールズ大佐に確認してみよう」

 

 

記録媒体に周囲の映像やゴーレムの姿を納めて撤収。

困った時の米軍頼みである。

 

 

 

 

 

米軍施設内を歩いていると皆さんが敬礼をしてきて非常に恥ずかしい目にあうとはこの陸のイチローの目を持ってしても読めなかった。

 

 

『申し訳ない、規則でしてな』

 

 

苦笑するニールズ大佐に返礼を返す。何でも以前貰った勲章はどえらい物らしく、軍属の人はこの勲章の持ち主を見かけたら必ず先に敬礼をしなければいけないらしい。月に年金が1300ドルも付くしあれ結構とんでもない勲章なんだな・・・

とりあえず俺達は相談したい事の内容を説明。

大佐は11層の映像を見て、暫く無言で考え込んでいた。

 

 

『これは、本当にダンジョンの映像ですか?』

 

 

画面では扉の脇に何かがあると、こんこんと見えない壁を叩いている映像が映されている。

 

 

『ええ、このダンジョンを作った相手がいるとしたらとてもふざけてると思いますが、これは十一層です』

 

 

真一さんはそう言って、次はゴーレムの姿を映した映像を見せる。

 

 

『そしてこれがこの階層の敵です。映像では一郎が対処していますが、他の人員で対応できない相手です。対抗策として今考えているのはバズーカ等のロケットランチャーなのですが、用意できないでしょうか?』

 

『ふむ。バズーカならばすぐに用意できるでしょう。ただ、現状これよりも射程の長いロケットランチャーは多数存在するため私共としてはそちらの提供をお勧めしたい。無論時間は取らせませんが』

 

『それはありがたい。出来るだけ安価で用意できるものが欲しいのですが』

 

『統合参謀本部の政治判断は必要ですが、ダンジョン内の特定の敵駆逐のために必要な兵器の運用試験、という事であれば米軍にある複数種類のロケットランチャーを供与、あるいは無償提供できると思います。M-72が私はいいかと思いますが』

 

「M-72?」

 

「M-72LAW、使い捨てのロケットランチャーだよ!」

 

 

俺の疑問符に一花が回答する。良く知ってるなこいつ。

 

 

『後は、このフィールドの全容を調べるためにドローンと、出来ればジープを用意できないでしょうか。かなり広いフィールドのようなので移動手段が欲しいのです』

 

『成るほど、了解しました。映像情報をいただけるのでしたらどちらも用意致しましょう』

 

『勿論得た情報は米軍側にも提供させていただきます。よろしくお願いします』

 

 

この二つについても了承を頂けたので、今回の訪問の目的は全て達成できたことになる。

気楽な立場の俺達は肩の荷が下りた状態だが、真一さんやシャーロットさんの仕事はまだまだある。

次は予定されている人員の教育についてだ。

 

 

『俺たちはただ魔法について講義するだけで、訓練や滞在期間の管理なんかは自前でやっていただけるならお受けします。翻訳の魔法があるので言語については問題ありませんが、俺たちとの窓口になれる常駐の担当者とかを置いていただけるとありがたいです』

 

 

まず真一さんは俺達のダンジョン探索が阻害されないよう基本的な雑務はあくまでも米軍側が持つように条件をつけた。

 

 

『それと、自衛隊側からも同じ要望が届いているのですが、別々に行うのは負担が大きいので合同でお願いしたいです』

 

『なるほど、分かりました。LAWの件と合わせて上に提案しておきます』

 

『それと、現在時点で魔法の才能があると分かっている人が居れば、その人を先に派遣して俺達と探索してみてはどうでしょうか。そしてその後その人が教官になって各地の隊員に教える』

 

『ふむ・・・成るほど。予め教員を育てておくという事ですね』

 

大佐は興味深そうに頷いて、副官の人にメモを取るように伝える。

 

 

『少し検討させていただきたい。所で、奥多摩にはその。四十人ほどの生徒が三ヶ月ほど宿泊できる施設はありますかな?』

 

『一応観光施設があるのでそれくらいの人数ならまぁ・・・たとえばいま補強工事してるダンジョンの入り口の建屋の上にワンルームの個室とか作ったら、便利でしょうか?』

 

『おお、それはありがたいですな。やはり移動の際、軍人が歩いているとどうしても日本では、難しいものがありますので』

 

『さすがに設計から建築まである程度時間がかかるでしょうから、その間は通ってもらう必要があるでしょうね』

 

 

と言った形で今回の米軍との交渉は纏まった。

この後真一さんは防衛省とも同じようなやり取りを行い、日米で合わせて40人の人員の受け入

れと、この人員が宿泊する施設をダンジョン上に建設。その建設の間は日米で1人、教員役になる予定の人員を派遣して俺たちのパーティで鍛える、という内容を検討してもらうことになった。

 

と言ってもこのすぐ後に官邸から直接連絡があり、工賃についても日本政府が負担するためもっと大きな宿泊施設を用意して欲しいと頼まれることになった。

何でもすでに政府としてはダンジョンを歩くための教員の育成を検討していたらしく、今回の話は前例として非常に有用。出来ればもっと人員を一気に入れて欲しいと言われた。

 

ただ、こちらの負担も考えると流石に人員だけ一気にこられても面倒が見切れないのでその辺りは段階的に増やしていくという事で見てもらい、また建物が政府出資という形になってもヤマギシとしては何かとやり難い為、資金援助をしてもらったという形にして当初より少し大きな建物を作り、後に規模が拡大した際すぐ拡張できるように用意していく、という方針になったらしい。

 

政府・自衛隊・米軍からそこそこの資金を引っ張ってきて装備も用意してもらった真一さんスゴイ有能。帰ってこの報告を聞いた社長が「俺もう引退してダンジョンに専念しようかな」と言い出したので皆でヨイショするのが一番大変だったのはまた別の話である。

 




山岸恭二:書類の多さに学校を辞めたことを早くも後悔してきている。

下原沙織:以下同文

山岸さん:最初の体力測定でダンジョンに潜りたいと言ったことを後悔していたが、実際潜った後の体の調子に愕然としている。

鈴木爺:猟師に復帰する事を決めた。


医療関係者:魔法でちょちょいと治るとかふざけてんのか、と息巻いていたが全然別方面で医療に関係のある効果が実証されていて大恥をかく。以後この人物は会議には参加できなくなり、引き継いだ医療関係者が肩身の狭い思いをするようになる。

総理:最近後退していた生え際が急速に戻ってきたと実感。また殆どの女性議員を味方につけることに成功しダンジョン関連の法案をどんどん整備していく。


山岸真一:最近頭の回転が明らかに早くなってきていると感じている。魔力の発達が脳の働きにも影響が出るのか、検査を受けようとも思うが医療関係が信用できず足踏み。

ニールズ大佐:今度孫が来日する際に是非会って貰えないかと一郎に頼み了承を貰う。完全勝利したお爺ちゃんUC


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第二十九話~第三十二話

誤字修正。244様、ぬぬねの様、T2ina様、kuzuchi様ありがとうございます!


第二十九話

 

 

既存の施設の上部に新しい建築物を乗せる、というのは結構難しいらしい。

防衛省と米軍との話し合いを社長に報告すると、「ううむ」と唸って考え始めた。

次の日に建設会社に相談してみる、と言っていたが、返ってきた結果は、旧店舗の建屋をすっぽり囲む形で重量鉄骨の施設を造り、上階層を構築する、ということになったらしい。

うちの持ち出しが余り無いことがだけが救いだが、暫く工事で時間がかかりそうだ。

 

とりあえず十一階層が待機状態になっている中、刀匠の藤島さんから槍の試作品が出来たと連絡が入った。早速行ってみると藤島さんだけでなくお仲間と言う刀匠の方々が居たので挨拶をしておく。何でも日本政府からのお達しもあった為、本格的に用意する武装についての検討を行っていたらしい。

 

 

「刀や槍以外でも薙刀や斧、それにバットも使われていたと言うので金砕棒。試してみたい武器は沢山あります」

 

 

熱心に語る男性は宮部さんといい、この中では変り種で冶金学の講師を行う傍ら鍛冶師としての修行を積んでいるらしい。刀匠としての評価はまだまだと言った所だが、その経歴から委員会にも参加し、そこで藤島さんと知り合ったそうだ。

 

話を戻して、今回の槍の試作品だ。藤島さんは当初色々な穂先を作ってそれを実際に試してみる事を考えていたそうだが、モンスター相手に使い勝手が分からないという事で、シンプルがベストだと判断して素槍という一般的なシンプルデザインの物を作成したそうだ。

柄に関してはジュラルミンで作っているそうで、これは宮部さんからのアドバイスらしい。

 

 

「値段が圧倒的に違います。チタン合金ので作成すると、おそらく加工が終わった状態で三倍近く高いですね」

 

「それは・・・流石に使い切れませんね」

 

 

アルミ合金製の物とチタン合金製の物の値段表を見ると、確かに圧倒的な差がある。硬度などの大きな格差がないなら、これはもうアルミ合金製一択だろう。

お金は大事だよなぁ、と最近出費続きの俺達にとっても人事ではない。削減できる所は削減しておくべきだろう。

 

 

「あの、これから槍を使用するなら是非一緒にダンジョンに潜らせて欲しいのですが」

 

「ああ、良いですよ」

 

 

真一さんが二つ返事で許可を出すと、その場に居た3、4名の刀匠達が皆立ち上がって自らの得物を持ち出してきた。

慌てて一度に入れるのは3名まで、と注文をつけて早速奥多摩に戻りダンジョンに出発だ。

今回も人数が多いため5層までの冒険となり、槍を持った集団がオークを串刺しにして終了。

というか皆さんそこそこ武術の心得があるらしくまるで心配する場面もなく終わってしまった。

 

・・・最近、護衛ばっかりで何とも暴れ足りない気分である。何か接近戦用の右腕を新規開発するべきだろうか。

新規開発といえば、どうも恭二がまたぞろ新魔法を開発したらしい。

今回の冒険の最中に一度見せてもらったんだが、コインをピン、と弾いたと思ったらゴブリンがミンチになっててビビッた。

 

 

「・・・何だそれ」

 

「最近一花に見せてもらったアニメが面白くてな。レールガンって知ってるか?」

 

「俺はお前がどこに行くのかが心配だよ」

 

 

急遽、藤島さん達のダンジョンアタック後に恭二と俺の二人でダンジョンに潜り、ゴーレムに向かって試してみたところ一撃で粉砕が可能だと確認。

魔法でもゴーレムの退治が可能だと証明されたわけだが、ある問題が生じてしまった。

収納と同じく、恭二以外が扱えないのだ。

 

試してみた真一さん曰く、「お前(恭二)は頭おかしい」との事。再現しようとしたらただ電流を金属片に含ませることしか出来なかった時の話だ。こんな事言ってる真一さんだが殆どの魔法は数回試したら使えるセンスの塊みたいな人なので暫くしたら扱っていてもおかしくない。

俺?普通にサンダーバスターになりました。出来るわけないわあんなん。

 

 

 

諮問委員会がらみで預けてあったドロップ武器の成分検査の結果が来た。

 

 

「ナイフや剣などは青銅製ですね。本当にわずかばかりの貴金属の混入はありますが、基本的に銅です。資料的価値を除くと、おそらく、一キロあたり200円から500円くらいの価値になると思います」

 

「やっぱりそんな物ですか」

 

「金貨のほうは、含有率75%以上あります。貴金属商では一枚あたり1万円以上の買値になると思います」

 

 

申し訳無さそうに研究員の方は言ってくるが、まあこの位の値段だろうなとは事前に予想されていたのでショックはない。

問題はここからだろう。

 

 

「最後に、ドロップストーンについてです。正直、この魔力を吸い出すという現象が良く分からないせいで値段がつけられない状況です。私も試させていただきましたが、数を使えば使うほど確かに体力が向上していくのを感じました。現状はもう山岸さんの言い値といった扱いですね」

 

「成るほど、ありがとうございました」

 

「このドロップストーンについてはまだまだ研究が足りてないのでどんどん持ってきて頂いて結構です。ただ、もう少し値段は抑えたいところですが。やはり消耗品的な扱いになってしまうので・・・」

 

 

言い値とはいえそこまで高く請求するわけにもいかない。他のダンジョンでも取れるものだし、

あんまり阿漕なイメージを持たれて関係を壊せば困るのは俺達だ。

ゴーレムの魔石はかなり大きかったし、魔力の含有量も多かった気がする。大きさで値段を変えて売り出してのが良いのかもしれないな。社長にはそう報告しておこう。

 

 

 

 

第三十話

 

 

「魔法が使え、今後教員候補生として送り込まれる人材を育てられる者の育成を」

 

 

という日米両方の要望に答える形で、今日から二人の研修生が奥多摩に入ってきた。

まず日本の自衛隊からは岩田浩二さん。28才。自衛隊の二等陸曹だ。見るからに体格の良い人で、どうやらすでに回復魔法を使っているらしく何度か怪我を治したことがあるらしい。

次に米軍からは、ジュリア・ドナッティさん。24才の女性士官。ドナッティさんも魔法の素養ありと認められてここに来たが、空軍の士官アカデミーを出てるというとても凄いエリートさんなのだそうだ。

4歳も年下のドナッティさんに岩田さんが尊敬の眼差しを向けていたので聞いて見たらそう教えてくれた。

そのドナッティさんは今、直立不動、敬礼で固まってしまって大変に困っている所だ。

 

 

『あの、流石に同じチームで毎回直立不動になられると困ると言うか』

 

『す、すみません。つい染み付いた動きが・・・』

 

 

まだ翻訳が使えない岩田さんは怪訝な目で俺達のやり取りを見ている。岩田さんには俺の言葉が分かるから、会話が成立しているのがおかしく見えるんだろうな。

ただ、ドナッティさんはラテン語と日本語が出来るトライリンガルという事なので、二人が翻訳を覚えるまでは日本語のほうで会話をしてもらうようにお願いしておく。

まずは下地を整えるためにダンジョンブートキャンプと行こうか。

 

 

 

とりあえず二人に槍を渡して、大コウモリを討伐してもらう。魔石から魔力を吸うのが手っ取り早いが、まずは倒したモンスターからの吸収とドロップがどのように出てくるかを浅い階層で確かめてもらうためだ。

大コウモリを二人が難なく倒していくのを見ながら、ある程度魔石が溜まって来たら俺達が持っていた物と含めて一気に吸収をしてもらう。

本人達が魔力を感じられるようになるまでこれをくり返し、ある程度目処が立ったらまず最初にライトボールとファイアボールを覚えてもらう。

この二つがあれば浅い階層なら問題なく進めるからな。

 

二人があっさりとこの二つの魔法を習得したら、次はサンダーボルトとバリアー、アンチマジックの順に覚えてもらう。特にバリアーとアンチマジックは命に関わるからここを覚えるまでは先に進めない旨を伝えて練習を繰り返してもらう。

サンダーボルトは比較的あっさり覚えられたようだが、アンチマジックはやはり難しいらしい。実際に見たほうがいいか、と恭二にアンチマジックを使ってもらってバスターで狙う。

 

 

「お二人とも、よく見ててくださいね。ファイアバスター!」

 

 

言葉にする必要はないが、撃つ瞬間に一言かけてからファイアバスターを発射。小さな火の玉が恭二に当たる瞬間、淡い光の壁が出現してバスターを打ち消した。

この実演が功を奏したのか、二人は続けてアンチマジックとバリアーを習得。

とりあえず初日の目標は二人とも達成できたようだ。

 

 

 

「で、ダンジョン探索が終わったら俺達は必ず飯を食べるんです」

 

「成るほど。部活を思い出すなぁ」

 

「日本食、とてもヘルシーで大好きです」

 

「おかわりもあるぞ!」

 

「一花、それはやめなさい」

 

 

会議室もとい山岸家の居間に大きめのテーブルを置いてカレーを食べる。今回の料理はうちの母ちゃんが作ってくれた。

最近、うちの父親と社長が話し合っている事が多く、家族で山岸さんの家にお邪魔することが多くなったので、定期的にダンジョン帰りの食事を母さんが作って待っていてくれるのだ。

岩田さんは部隊で飯を食べてるみたいだと微妙そうな顔をしていたので聞いてみると、隊内だと食堂に集まって皆が決まった時間に食べているから、こんな感じになるらしい。

 

 

「まぁ、ゆっくり食べるってのはやらないんですがね」

 

「自衛隊は早く食べるように訓練されているんですね」

 

「最初の訓練校時代からきっちりしつけられました。米軍ではどんな感じなんですか?」

 

 

岩田さんの悲哀にドナッティさんが曖昧な表情を浮かべて答えると、岩田さんがドナッティさんに米軍についての質問をして二人は互いの組織の違いについて話を咲かせ始めた。ゆっくり飯も食べさせてもらえないって大変だなーと思いながらカレーを啜っていると、唐突に二人の視線がこちらを向いた。

 

 

「あの、所で」

 

「スパイダーマンって一郎くんで良いんですよね?」

 

「あ、はい」

 

 

特に隠していることでもないので頷くと、ささっと二人が取り出したのはサイン色紙だった。

あ、このパターンはちょっと懐かしいな。最近変身して出歩くから。

サインを書くのも大分慣れたのでついでに二人の似顔絵も書いて渡す。右腕がやけに器用に動くせいで画力が半端なく上がったのだ。一点ものですぜ。へへへ。

 

 

「お兄ちゃん」

 

「うん、なんだいマイシスター」

 

「それ、聞いてないんだけど」

 

 

えらく上手に書かれた二人の似顔絵を指差して一花は眉を寄せて詰め寄ってきた。

ちょっと近いです、一花さん落ち着いて。

 

 

「そういう新しい特技はちゃんと教えてもらわないと!さぁ撮影のお時間ですわよ」

 

「えぇ、飯食べてからで良い?」

 

「40秒で支度しな!」

 

「出来るか!」

 

慌ててカレーを詰め込み、食器を母ちゃんに渡して外に出る。

後にはポカンと佇む新人二人と爆笑する恭二と沙織ちゃん、恥をかかせてとため息をつく母さんが取り残されることになった。

尚、この時に作った「40秒でスパイダーマンがスパイダーマンを書いてみた」という動画は結構なヒットになったそうだ。

 

 

 

 

第三十一話

 

 

「右から3」

 

「クリア」

 

 

ドナッティさんの観測を元に岩田さんがライトボールを投げ、狙撃。恐らくゴブリンだろう敵の気配が消えた。

現在はのメンバーは俺、一花に岩田さんとドナッティさんの4人組だ。

 

 

「うん、いい感じだね!見敵必殺はダンジョンの基本だから、今の観測距離をもっと伸ばせるようにイメージしよっか!」

 

「いやぁ、中々難しい。何となく強い気配はわかるんですがね」

 

「まだ、どちらから来るかしか分かりません・・・」

 

 

岩田さんとドナッティさんの軍人コンビを仲間にして一週間程が経った。

二人は順調な上達を見せており、現在は感知の魔法の熟練度を上げるため低層でのダンジョンアタックを繰り返している。

 

他のメンバー?11層の地図埋め中だ。恭二が魔法でゴーレムを倒せるようになったから、11層の探索も容易になった為今の内にどの位の大きさか、米軍から譲ってもらったドローンを使って調査するらしい。

今頃はレールガンの練習がてら11層で暴れまわっている事だろう。俺もそっちに行きたいんだがジャンケンに負けてしまったからしょうがない・・・

 

これも大事なお仕事だし、二人が早く一人前になれば8人で11層に挑むことも出来る。ここは我慢するべき所だ。

後は感知の精度とフレイムインフェルノを覚えて、そこからは実地でパーティーの一員として動きを覚えてもらうことになる。二人の成長速度を考えれば近い未来かもしれないな。

 

 

 

そして更に一週間が経過して。

 

 

「こいつはすげぇや」

 

『信じられない・・・』

 

 

10層までを踏破し、初めて11層に入った二人はそう言って立ち尽くした。まぁ、いきなりダンジョンから荒野に出たらその反応になるわな。俺達も最初は唖然としてたし。

二人は順調な仕上がりを見せ、課題の魔法を全て習得。本日からチームへの合流を果たして、10層までのアタックを行った。結果は言わなくても分かると思うが無事11層への扉を潜ることができ、俺達ヤマギシチームは8人体制になる。

 

そして例のショートカットについての情報を二人に伝える事になった。ここ数週間のやり取りで人間として信頼出来そうだと判断できたのと、自力でここまで来れる人間ならどちらにしろ伝えなければならないという理由もある。

 

1層に一瞬で移動し、呆然とする二人に一先ずヤマギシ家に行こうと伝えて食事と会議を行う。

 

 

「このショートカットの存在は、日米のトップと俺達ヤマギシチームしか知りません。理由は分かりますか?」

 

「ええと・・・一般に知られたら不味いって事ですよね」

 

「恐らく、ダンジョンに対する法整備が整ってない、ではありませんか?」

 

 

岩田さんは怪しかったが、ドナッティさんは流石というか。俺達が危険視している物がうっすら見えているようだ。

日本と違って米国の高級士官は政治家としての役割を持っているらしいから、こう言ったリスクとかに敏感なのかもしれない。岩田さんも何となく危ないって意識はあるみたいだけどこの辺りは自衛隊と米軍の違いって事かな?

 

 

「今の状態で国民をダンジョンに放り込むのは自殺幇助と変わらない。これはどちらの国の政府も同じ見解です。それを助長するような真似をするわけにはいかない。俺達はただ、人殺しと罵られるのを出来る限り避けたいだけなんです」

 

 

真一さんの真剣な表情に、岩田さんもドナッティさんも若干顔を青くして頷いた。

今現在、日米はダンジョンについて共同の声明を発表している。それは許可を得ない人物や企業のダンジョンへの進入を禁じるといったものだ。

 

俺達ヤマギシの社員及びその協力者は事前に許可を得てダンジョン内の探索を行っている、という形に一応はなっている。一応というのは俺達が同行する場合は許可の無い人物にも一時的に許可を与えることが可能だからだ。

 

これを利用して協力関係のある分野の専門家を連れて探索体験してもらったり、政治家をダンジョンに立ち入らせたりといった事を行っている。勿論俺達が安全を保障できる人員と階層までしか連れて行けないが。

 

 

「ダンジョンに入る為に必要な技能、魔法の習得。更に中での事故や事件が起こる事への備え。まだまだ手探りの状態です。お二人への教育と、その結果もその一環になりますので、これからも協力をお願いします」

 

「勿論です。幾らでも扱き使って下さい!」

 

「必要な事があれば何でも言ってください」

 

 

真一さんの言葉に二人が頷いて答えると、場は一気に穏やかになった。ここで意見が食い違ったりしたらちょっと面倒な事になったかもしれなかったし良かった良かった。

 

 

「ん?今なんでもするって」

 

「止めろバカ」

 

「お兄ちゃん退いて!せっかくの知的な美人枠にあれこれ出来るチャンスなんだよ!?」

 

「イチカ、それだと私はどういう枠なんですか?」

 

「そりゃ勿論残念美人イタイイタイ!」

 

 

シャーロットさんと一花のじゃれ合いに周囲で笑いが起きる。暗い話ばかりだと場も重たくなるし、気でも遣ったのだろうかね。

和やかなまま会議は進み、明日からのダンジョン攻略について打ち合わせをして俺達は解散した。

米軍から明日にはロケット弾と移動手段を用意できると言われている。明日は一気に探索を進めたいものだ。

 

 

 

 

第三十二話

 

 

さぁてパーティの始まりだぜ!

いきなりテンションが高くて申し訳ないが、やっぱりデカブツをロケットランチャーでぶっ飛ばすのは一度は見てみたい光景だからな。

 

現在俺達は11層まで降りてきている。朝方にようやく米軍から供与してもらったロケットランチャーが届いたので、実戦で武器の効果測定をしよう、というのが本日の主目的だ。

まぁ、あわよくばこのまま行ける所まで潜って行こうと思ってるんだがね。必要だったとはいえ数週間の足止めはやっぱり心に来るものがあったからな・・・・・・

 

そしてここでもう一つ政府からのプレゼントがあった。米軍からの武器提供を聞きつけた委員会所属の自衛隊の幹部の人が、上層部に掛け合って自衛隊が使用しているカールグスタフ無反動砲と89式小銃にとりつけるタイプの小型グレネードを供与してくれたのだ。

 

効果測定の結果を知らせて欲しいと言われているが、こういう事には動きが鈍いという印象があった自衛隊からの動きだっただけに少し驚いた。勿論この装備は元々使用経験があるという岩田さんが使用することになる。

 

 

「ドローンで地図を作ったんだが、やっぱりこのフィールドは車が必要だな」

 

 

先日、俺と一花を置いていって作成した地図を広げながら、真一さんがそう言った。

あの件についてはまだ恨みがましい視線を向けてしまう。真一さん、劣化版だがレールガンに成功したらしいし・・・この人も大概センスの塊だ。

 

 

「という訳で用意したジープがこちらです」

 

「ワーオ!でもお高いんでしょう?」

 

「それがなんと米軍からの提供により0円、0円のサプライズ!」

 

「まじめにやれ、二人とも」

 

 

冗談めかしてジープ2台を収納から取り出した恭二につい合いの手を入れてしまう。案の定真一さんから睨まれたが、違うんだ・・・恭二がノって来いってごめんなさい。

ケツを叩かれたので慌ててジープの上部に飛び乗る。付着の魔法を使えばこんな所に乗ってても安定できるんだから凄い。風が気持ちいいぜ。

 

まぁ、いきなり魔法を撃たれたら不味いからな。俺が上部から見張っていれば急な襲撃にも対応できるだろうという魂胆だ。

魔法を防げそうな車も用意できそうだとは言っていたが、ちょっと時間がかかりそうだから少し待ってくれと言われた。恭二でも飛行機に乗せて運べばすぐに終わりそうだがな。今度提案してみるか。

 

 

 

ドオン!

 

と大きな音を立ててゴーレムが爆発四散する。

ドナッティさんを射手、岩田さんをサポートにした攻撃は見事成功。ドナッティさんも「ワーオ!」と大喜びだ。

気持ちはわかる・・・見ている側の俺達もちょっと興奮する位カッコよかったからな。そりゃバイオハザードでも毎回ロケットランチャーだわ。ロマンがあるもの。

 

続いて岩田さんのカールグスタフもゴーレムに向けて発射すると、こちらも一撃で倒すことに成功。日米両方に良い報告が出来そうだ。

このままボスまで行こう、と恭二が提案したので了承を返す。ジープの走破性はやっぱり凄い。ゴーレムの一撃は確かに怖いが、そもそも近づかれる前にすいすいと敵を避けてフィールドを走り回る事が出来る。

仮に近づかれても、

 

 

『ウェブシューター!ああ、カメラが欲しいわ!』

 

『イチカちゃん、動画用のカメラは持ってきてないの!?』

 

「撮影用はないよ!今日は探索重視だしってか詰め寄らないでほんと」

 

 

クモの糸でゴーレムを縫いとめると、シャーロットさんとドナッティさんが一花に詰め寄って騒ぎ始める。シャーロットさんはいつも見てるでしょうに・・・

というかドナッティさん運転運転!

 

 

「すげー粘着力だな、クモの糸」

 

「ネットな。お前が名づけた魔法だろうが」

 

「おう、でも見た目まんまクモの糸だぞ?」

 

「それな」

 

 

最初は本当にクモの糸と名づけようとして真一さんと沙織ちゃんにガチ目のトーンで説得されたらしい。そらそうだわ俺がいても止めてる。

そのまま俺達はフロアボスの手前まで到達。岩田さんにM72で撃ってもらうと、難なくボスを吹っ飛ばすことが出来た。

 

ロケットランチャーならほぼ確殺だなこれは。この映像もシャーロットさんが持つアクティブカメラで捉えて日米に提出する予定だ。

ドロップは石と、何か石材のようなブロックだった。次のゴーレムはストーンゴーレムってか?今までの雑魚ゴーレムはクレイゴーレムって事かね。

 

ボスを倒すと、今まで見えなかった扉が出現している。俺達は早速扉を潜って一つ下の階層に突入した。

12層もどうやら前マップと同じフィールドタイプらしく、荒野がまた続いていた。

早速ドローンを飛ばして偵察を行い、周辺の様子を確認。どうやらここの雑魚はストーンゴーレムらしい。

 

 

「予想通りって所かな。兄貴、どうする?」

 

「目新しい発見もないしこのまま次に行くか。岩田さん、ドナッティさん」

 

 

ジープを恭二が出し直しながら尋ねると、真一さんは頷いて二人に声をかけた。

そのままジープで出発。危ないところもなくフロアボスの手前まで到達し、そこでジープを片付ける。

今度のゴーレムは明らかに金属製だった。アイアンゴーレムって奴か?

 

 

「どうせだったらレンガっぽい見た目の奴が見たかったね。岩田さんオナシャス!」

 

「あいよ!」

 

 

岩田さんが軽いノリでM72をアイアンゴーレムに打ち込む。仮にも金属製なので生き残る可能性も考えていたが、どうやら一撃で倒せたようだ。

ドロップ品は鉄かなこれ・・・とおぉ?

右手でドロップ品を持ち上げようとしたら急な喪失感と共にドロップ品を取り落としてしまった。

なんぞこれ、とそちらを見ると・・・

 

 

「嘘・・・・・・・・・・お兄ちゃん、右手が・・・・・・」

 

 

一花に言われて右手に目を向けると、半ば位から右手が形を失って崩れていくのを目にする事になった。

・・・・・・どうしようこれ。

急に右腕だけが無くなりバランスが悪いなぁ、とどこか遠くの事のように感じながら、初めてのコスプレ握手会以来久しぶりに俺は途方にくれる事になった。

 

 

 

尚数分で元に戻りました。

 




山岸恭二:どうやらレベル5だったらしい。顛末を聞いた一花から暇なときに見ろと言われ大量のアニメのDVDを贈られ困惑気味。

藤島さん:三段突きなどをゴブリンに試していたら十字槍の穂先が壊れて素槍が良いかなぁと黄昏ることになる。

宮部さん:オリキャラ。もっと色々な金属を使ってみたいと藤島さんと相談中。


岩田浩二:陸自の二等陸曹。最前線のチームと言われかなり緊張して来て見たら予想以上の若さに驚き、ダンジョン内での堅実な立ち回りに再度驚くことになる。変身を早く覚えられないか努力中。変身のポーズを自室で行いイメトレはバッチリ。



ジュリア・ドナッティ:生のスパイダーマンに会えると一週間位緊張しっぱなしで来日。実際に相対すると普通の少年にしか見えなかったがダンジョン内では明らかにベテラン然とした立ち回りを見せられて期待度上昇中。尚信じられない速度で似顔絵を渡された時歓喜の叫びを上げそうになっていた。


バイオハザード:ラスボスにはロケットランチャー。

一郎の右手:そもそも魔力で作られてるのでどうなっても特に痛みや何かはない。


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第三十三話~第三十六話

誤字修正、日向@様、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第三十三話

 

 

「これ、魔力を吸い取ってるな」

 

 

俺が落とした鉄のようなドロップ品を拾い、恭二はそう言った。魔力吸収とはまた面白い特性だ。これを装甲にしたら魔法も弾きそうだな。

右腕は無事に元の姿を取り戻している。一時的に魔力を吸われて形を失ってしまったのだろうが肝が冷えた。一花なんか未だに右手に抱きついたまま離れてくれない。

 

 

「一花、大丈夫だって」

 

「うん。ごめんもうちょっと」

 

 

涙声でしがみつく一花に困り果てた俺は救いを求めて周りを見渡すが皆そっと目を逸らしていく。

真一さん、ここは男らしい所見せて下さいよ!

結局その日は一花が動けなくなったのでお開きになった。目標も達成してたしそこは良いんだが自分が原因だと……。何と言うか、モニョるというか。とりあえずその日一日は一花を落ち着かせることに費やした。

翌日になると表面上は落ち着いていたが、まだ少し様子がおかしかったのでダンジョン攻略は恭二たちに任せて家で大人しくすることに。

 

 

「ごめんね、お兄ちゃん」

 

「いいよ。久しぶりに街にでも行くか?」

 

「ううん。いかない・・・」

 

「そうか。スマブラでもやるか」

 

「やる」

 

 

そのまま会話もなく、一日家でダラダラと過ごす。久しぶりにのんびりと過ごしたのが効いたのか、次の日には一花も復調したらしく笑顔を見せるようになった。

一応連絡はしていたが昨日は欠勤してしまったので社長に謝りに行くと、むしろ休日くらいしっかり取れと怒られた。

 

休日・・・そういえば休日らしい休日って取ってなかったな。ダンジョンに潜るのはもう半分趣味みたいな領域だし・・・

今度、恭二でも誘って山登りでもするかな。街はうるさいだろうし・・・

 

 

「それで、結果はどうだったんだ?」

 

「15層まで潜った。途中金が出たぞ」

 

「うっそだろお前」

 

 

思わず素で返したがいたく真面目な顔をしている恭二にこれマジだと認識。詳しく話を聞くと、どうも14層のボスが金のゴーレムだったらしい。勿論15層では雑魚としてこの金ゴーレムが歩き回っていたので乱獲して来たそうだ。

 

それぞれの階層の敵は、13層が予想通り雑魚がアイアンで、ボスはミスリルか?銀と金が混ざったような相手。14層のボスは金。そして最後の15層はクリスタル?っぽい外見のゴーレムだったらしい。もちろんこれも倒してドロップは取ってきてあるそうだ。

 

 

「とりあえずの感想は、戦闘は楽勝。だけど移動がネックだ。俺達も来年は免許取れるし、車が運転できるようになったほうがいいかもしれん」

 

「ああ・・・確かに広いからな。とりあえずバイクの免許でも取りに行くか?どっかで集中講座でも受けて」

 

「それもいいな。ちょっと兄貴に話してみるか。兄貴も免許取りたがってたし」

 

 

そこで言葉を切って、恭二は少し考えた後に俺を見た。

 

 

「一花ちゃん、このまま潜らせるのか?」

 

「あいつが望む限りはそのつもりだ」

 

「そうか。なら、いい。兄貴に言っとくから、免許の件は頭の隅に置いといてくれ」

 

 

そう言って恭二は席を離れた。あのニブチン、そういう気の回し方が出来るなら沙織ちゃんにも遣ってやれば良いのに。

ため息をついて俺も椅子から立ちあがる。

軽く潜って暴れたい気分だ。

 

 

 

沖縄で合宿免許を取る事になりました。やったぜ!

社長曰く、丁度いいからついでに休暇を取って骨を休めよう、との事。浸食の口(ゲート)発生からこっちほとんど碌に休めてなかったし、工事も着工が始まり、岩田さんたちの教育もある程度の結果が出た。

このタイミングで骨休みを入れても罰は当たらんだろう、との事だ。

俺と恭二、沙織ちゃんの3名はバイクを、社長や真一さん、シャーロットさんは大型免許をとって、出来た合間にバカンスを楽しもうという訳だ。

 

 

「一花ちゃんも夏休みだろう?家族帯同って事で付いて来ていいからな」

 

「やったー!社長太っ腹!」

 

「最近痩せて来たわい!」

 

 

一花のヨイショに社長が怒り笑いのような表情で返した。ちょっと体型の事はデリケートな話だからあんまりイジッて欲しくないみたいだ。

最近、暇がある時はダンジョンの浅い辺りでゴブリン相手に運動しているから、大分引き締まってきたと思うんだけどな。

 

 

 

近く沖縄に行く事が決まった我々ヤマギシチームは意気揚々とインゴットを集める為にダンジョンに潜る。

ある程度画像や映像が集まったらこれをシャーロットさんが率いる我が社の画像チームが加工・編集し、日米に渡す映像資料として作成。

横田基地にこの映像資料を届けに行く傍ら、ドロップ品のサンプルを渡し、変わりにここでM72ロケットランチャー等の補給を受け取ってくる。

 

政府からの計らいで岩田さんの武器補給もこの横田基地にある空自の基地で受ける事が出来るため、それらを収納に片付けて俺達は基地を後にする。

武器の補給がたやすく出来るのは非常にありがたい事だ。

 

 

「そう言えば武器といえば。あの魔力を吸い取る鉄、あれで武器でも作れないかな?」

 

「魔法金属って奴かもしれないんだよね。藤島さんに一度試してもらわないと」

 

「・・・私、あれ嫌い」

 

 

グズる一花を宥めながら、横田基地の帰りに藤島さんの工房に立ち寄りインゴットを10個ほど渡す。

何度かダンジョン経験がある藤島さんは、このインゴットの特性をすぐに理解したようだ。

 

 

「宮部さんにも連絡入れてみます。面白い物が出来そうです」

 

「柄についてはお任せします。これで刀を打って欲しいんですが」

 

「そこら辺は法律の整備が出来るまで難しそうですねぇ・・・」

 

 

刀は銃刀法の関係もあり、指定された玉鋼以外の素材を使うのは「美術工芸品」のカテゴリから外れる恐れがあるらしい。

委員会などでもこの件は取り沙汰されており、新法か旧来の法律が整備される可能性があるそうだ。

新しい武器が出来たら自分も試させて欲しいという藤島さんの言葉に了承を返して、俺達は今度こそ奥多摩に戻った。

 

 

 

 

第三十四話

 

 

16層にやってきた俺達を出迎えたのは薄暗い洞窟の入り口だった。

鉱山だろうか。どでーん、とそびえる岩山の横っ腹にある坑道が入り口のようだ。

これを見た瞬間に準備不足を感じた俺達は一旦引き返すことを選択。

途中金ゴーレムを乱獲しながらまた元来た道を戻っていく。

 

 

「ガスマスクと酸素ボンベが欲しいです」

 

「安全性を確認するまでは様子見が必要でしょう」

 

 

軍事の専門家二人の見解が一致した段階で俺達は日米に装備の供給を求める事を選択。

二人に必要な装備をリストアップしてもらい、岩田さんは自衛隊、他の面々は米軍に装備品の申請を行った。

 

そしてこの間に出来たオフを使って女性陣は水着を買いに行くらしい。男子組はしまむらで十分なんだが・・・

岩田さんはこの間に自衛隊に報告をすると言って出かけている。久方ぶりに奥多摩男子のみとなったヤマギシ家ではのんびりとした空気がただよっていた。

 

 

「そういえば、スポーツ系のメーカーからの話が来てるって言ってませんでした?」

 

「ん?あー、あれな」

 

 

恭二とスマブラをする傍ら、ソファにゴロ寝していた真一さんに尋ねると、何でも諮問委員のメーカーが数社、ヤマギシ家にアポを取ってきているらしい。

どうやらそろそろ、冒険者用のウェアやプロテクターの開発に入るそうだ。まあ、俺達としてもありがたい話だ。やっぱり軍服って目立つし、変身の魔法が苦手な人もいるからな。

 

服装や制服ってのはその職業の顔にもなるわけだから、民間企業で開発してもらえるのはありがたいし助かる。無料で提供してもらえそうってのも大きいけど!

 

そんな感じで一日を過ごしていたら、報告のために出ていた岩田さんが自衛隊の偉い人達を連れて戻ってきた。委員会のほうでよく話をする幹部の人も一緒だ。

神田さんというその幹部の人はぺこりと一礼すると、他の方の紹介をしてくれる。何でも防衛大学の教官さんと、防衛政策局の方らしい。

 

 

「実は、山岸さんにお願いがあるのです」

 

「お願いですか」

 

「実は、忍野村のダンジョン攻略に手助けを頂きたく」

 

 

自衛隊は現在、忍野村に出現した迷宮で、迷宮探索の訓練を行っているらしい。先の米軍の失敗を知る自衛隊の上層部はこの訓練にかなり神経を使っており、慎重に、大規模な人員を用いて訓練を行っている。

 

具体的に言うと、各階層のスタート地点に予備部隊を置き、交代制でその階層を巡回。リポップした端からモンスターを駆除していくという物だ。

手数の多さを生かした軍隊らしい迷宮攻略だなぁ、と感じたのだが、当初から想定されていたある問題が無視できないレベルにまで達してしまったらしい。

 

 

「安全性を高める為の方策なのですが、正直言って幾ら予算があっても追いつかない状況でして」

 

 

そりゃそうだな、と感じた。同じ事を米軍が行っても相当キツそうなのに予算に制限の多い自衛隊がそれを行うのだから結果は推して知るべしだろう。

何でも一体辺りに使う弾丸の消費が階を跨げば跨ぐほど加速度的に上がってしまうらしい。無理なく維持できそうなのは精々2、3階位で、オークが出てくる階層まで行くと一日に消費する弾丸が許容量の数倍になってしまうそうだ。

 

ヤマギシの場合銃弾を使うのは岩田さんやシャーロットさん位で、槍などはそれほど消耗も多くない。それに魔法を多用していけば槍の損耗も抑えられる。

岩田さん達もオーク辺りからは魔法に切り替えるしね。

その辺りも岩田さんからの報告で上がっていたのだろう。神田さんはしきりに頷いて、自衛隊でも槍などの武装を導入したり、岩田さんのような人材を早期に育成したいと語った。

 

 

「成るほど。お話は分かりました。しかしお金がない、というのは実はウチでも問題になってるんですよ」

 

 

実際、教官育成のための宿舎を立てるお金も日米の政府から資金援助を受けて建設をしている最中であり、その間に先生の先生にする為、岩田さんという人材を教育しているのが現状だ。

うちの手出しだけだとこんな宿舎を建てる費用を用意するなんて難しいなんてものじゃないし、わがヤマギシは身の丈以上の負担が常に降りかかっている状態にある。

 

 

「すいませんが、最低でも一人あたり一日200万円の報酬がいただきたいです。こいつの<収納>を利用する場合は更に上乗せで」

 

「200万ですか。うぅむ・・・しかしヤマギシさんのチームの精鋭を借りると考えると」

 

「決して高すぎるという事はないと思います。少なくともその料金分の銃弾以上には働けるかと」

 

 

真一さんの言葉に神田さんは頷き、「一度持ち帰らせて頂き検討いたします」と言って席を立った。

岩田さんを交えて一度自衛隊の方でも話をするらしい。200万か・・・・・・途方もない金額なんだが最近聞く値段がとんでもない物ばかりで普通に感じる。これ金銭感覚が若干麻痺してきた気がするぞ。

 

真一さんなんか「もっと吹っかけられたかなぁあの反応だと」と言って少し落ち込んでいるがこの人最近怖い。前から頭がいいって印象だったが最近は予知でもしてんじゃないかって位に先読みがハマるし人の心を読んでるんじゃないかって位バシバシ内心を当ててくる。

その癖妙に女心というか押しに弱いところは変わってないというね。

 

後日、この話は正式に締結され俺達は忍野ダンジョンに手助けに行くことになる。

 

 

「やっぱりもっと吹っかければよかったかぁ」

 

「いやもう十分ですって」

 

 

嘆く真一さんに苦笑して俺はそう返した。

 

 

 

 

第三十五話

 

 

忍野ダンジョンへの派遣は真一さん、シャーロットさん、恭二、沙織ちゃんの4人で行くことになった。

立場上岩田さんとドナッティさんは残らないといけないからな。

 

この間に二人と一花をあわせた4名でこれから教育しなければいけない日米合わせての40名の人員にどういった教育を施すかを考えておこう、という事になり、浅い階層を毎日あーでもない、こーでもないと潜り続ける。

収納がないと車の持ち運びが出来なくて、11層以降はキツイからなぁ。あれ使える奴増えないだろうか。センスのある真一さんや沙織ちゃん辺りならそろそろ到達しそうなんだが。

 

 

「いや、それを言うならお兄ちゃんもでしょ?」

 

「俺、体に直で作用する以外は苦手だからなぁ」

 

「うーん。そっちに関しては恭二兄ちゃん以上に使いこなせるのにね」

 

 

魔法全般が超一級品の恭二と身体限定の俺とでは大分違うと思うがな。しかし収納か・・・今度恭二に相談してみるかね。いつまでもあいつにおんぶに抱っこは流石に不味いだろうし。

 

 

「収納も大事ですが、やはりまず自力での回復と自衛手段の確立は急務でしょう」

 

「最初はコウモリあたりを自力で倒せるようにして倒した魔石は自分で消費。少しずつ魔力を増やしていかないと」

 

 

二人の言葉に頷いて、大まかな訓練の段階を決める。

まず、魔力を自覚できるまでの1層にて大コウモリの討伐と魔石の吸収。1層の大コウモリは何かしら武器があれば素人でも倒せる相手だ。訓練を積んでいる日米の兵士なら問題なく対処できるだろう。

 

また、俺達が事前に4、5層で多めにモンスターを狩り、これらの魔石も吸収してもらおうと思う。これに関しては政府に買い上げてもらってそれを使用するという形を取りたい。魔石は現在そこそこ良い値段で取引されているから良い収入になるだろう。

 

1層で魔力についてを把握できたらまずはライトボールやファイアボール等の基本とも言える魔法に着手する。

また、余裕がありそうな人にはアンチマジックとバリアーも覚えてもらう。特にライトボールとアンチマジック等の防御魔法は必ず覚えないと3層以降には挑戦させないことにする。

この3つの魔法は使えなければ死亡率がグンと上がってしまうから、ここだけは妥協できない。

 

そしてこの3つの魔法を覚えて、攻撃呪文などもぽつぽつと覚えてきたら次はチームを組んでの討伐だ。

覚えた呪文によって役割を分担し、人数的には5人チームを日米で組んでもらう。言語が違うのは致命的な隙になりかねないから、日米でチームは当然分けてもらう。

そしてこの5人のチームに俺達チームヤマギシのメンバーが1人入り、6人チームとしてフォーメーションを組むのだ。

 

勿論俺達がでしゃばっては訓練にならないから、基本的には5人で対応し、手が回らなかったり危険だと判断したときに初めてヤマギシのメンバーが手を貸すことになる。

まぁ、岩田さんとドナッティさんはそれぞれ所属する自衛隊と米軍に専属で回ってもらうので、実質は残りのメンバーがその時々でチーム分けされる形になるのだが。

 

 

「えーと、それだと一花ちゃんのチームが不安がったり、一花ちゃんの指示を聞かなかったりするんじゃないかな?」

 

「そうですね。彼女は見た目も年齢も明らかに若すぎる。少し懸念が残ります」

 

「んー、まあそう言われるかなーとは思ってたけどね!基本的に私とお兄ちゃんはこのチームには入んないよ!」

 

 

岩田さんの言葉にドナッティさんが頷くと、一花も言われると分かっていたのか、予め考えていた腹案を話し始めた。

そもそも一度に8チーム全部が入ることはないのだ。モンスターの数にも限りはあるし、一つの層で40人が討伐を始めればあっと言う間にモンスターを倒しつくしてしまうのは目に見えている。

 

なので、一度に入るチームは半分の4チーム。2時間交代で後続の4チームと入れ替わり、合間に気づいたことや注意点などを擦り合わせるといった手法をとる。

そして交代の合間には1時間の休憩を挟み、1日に一度にチームが入るのはそれぞれ4時間とする。

俺たちも休まないとキツいしな。

 

 

「で、空いた私とお兄ちゃんが小まめに巡回をして安全性をあげるって感じ。同じ階層なら無線も使えるしピンチになったら助けに入るよ!」

 

「成るほど。えーと、一郎君がチームに入らないのは一花ちゃんと組むからって事かな」

 

「いや、お兄ちゃんの魔法は誰の参考にもならないでしょ」

 

 

マジトーンでばっさり言われてしまい、思わず真顔で一花を見るが、向こうも真顔だったので思わず目を逸らす。

こないだの腕消失以来、前にもまして遠慮がなくなった気がする。

一先ず、今日話し合ったことは記録に残して、恭二達が帰って来た時に再度話し合うことになった。

 

 

 

恭二たちが忍野ダンジョンから戻ってきた。戦果は上々らしく、自衛隊は一先ず活動限界点を5層に定め、後は人員の成長を待つ形になるそうだ。

特に恭二達が刀や槍を振り回して魔法で相手をなぎ払う姿は彼ら自衛隊に衝撃を与えたらしく、教育人員の選定とプランについて、岩田さんが偉そうな人に度々呼び出されていた。

折角のオフなのに可愛そうに・・・・・・

 

さて、恭二達も帰ってきたことだし、米軍に頼んでいたガスマスク等の坑道攻略用の装備も整っている。

さあ攻略再開だ、とはならず。それよりも楽しみなイベントが俺達には用意されている。

季節は8月。真夏の南国での合宿免許取得が始まった。

 

 

 

 

第三十六話

 

 

「夏だ!海だ!沖縄だー!」

 

「イエーイ」

 

「い、イエーイ」

 

 

ジュリアさん、一花と浩二さんのノリに無理について行かなくて良いですよ。

 

 

「羨ましい・・・・・・」

 

 

今回は完全に唯の休暇になる三人の楽しそうな様子を、真一さんが恨めしそうに見る。

真一さんは年齢制限で中型限定解除までしか取れないそうだが、実習やら何やらで全然遊びに出る余裕がないらしい。

 

昨日までビーチで沖縄の子とお近づき!とか目論んでた罰が当たったんだろう。

俺達元高校生組も自動二輪の勉強で同じく缶詰だから気持ちは同じだけどな!

折角の南国が…まぁ来てすぐ台風の洗礼を浴びて日程が狂ったせいでもあるんだけど。雨男疑惑のある社長には是非社員の福利厚生に力を入れて欲しいものである。

 

という訳で夜に街へ繰り出し社長の奢りでどデカいステーキを食べる。有名人の色紙が壁中に並んでるし凄い店なんだろうか。でも値段は庶民的。

明日はあぐー豚が良いですね!と社長に話すと「程々にしてくれ」と苦笑されてしまった。

 

 

「一郎よぅ」

 

「はい、お代わり良いんですか?」

 

「まだ食う気か!そうじゃなくて。芸能事務所の件だが、本当に良いのか?結構な待遇だったろう」

 

「ああ、その件っすか」

 

 

沖縄に来る前に打診された他所への移動の話だったか。すっかり過去の事になってた。

というのも、以前映画に協力した時の関係者さんが俺の演技と魔法にほれ込んだ!とか言って事務所に所属しないかとヤマギシに打診をしてきたのだ。

 

で、その事務所さんが社長も知ってる超大手だったみたいで断るのも何だか勿体無いという心境らしい。

まあ、俺自体はその提案に何の魅力も感じなかったので断ったんだがね。

 

 

「もー!おじさん、その件はこっちの安売りになるから駄目って言ったじゃん」

 

「いや、一花ちゃん。しかしなぁ」

 

「社長。相手は明らかにイチローくんという人材の価値を認識できていません。ただのスタントマンとしてならあの条件は破格ですが、現在のイチロー君の知名度と希少性を考えればまるで話にならない条件です」

 

「え。俺そんなになってるの?」

 

 

聞き捨てならない言葉につい口を挟むと、その場に居た全員が「こいつは何を言ってるんだ」という目で俺を見てきた。

あ、これ俺が間違ってるのか。黙っとこう。沈黙は金というしな。

 

 

「知名度だけで言えば日本の総理大臣より有名人でしょお兄ちゃん。動画の総再生回数、人類の総人口超えてるんだよ?」

 

「・・・・・・マジで?」

 

 

俺の記憶だと数億位いって凄い凄いって言われてた記憶しかないんだが。

 

 

「うん。ほら、あのアメリカで公認スパイダーマンになるってのあったでしょう。あの後から一気に伸びたの」

 

「米軍の同期達も皆イチローさんの動画を見てます」

 

「うちの隊でもそうです。俺なんか魔法がちょっと使えたから変身できないのかってからかわれて。中々難しいですがね」

 

「はい。これが一般的な見解だよ?実際さっきからチラチラ見られてるのお兄ちゃんだからね?他のメンバーもダンジョン関係のニュースを見てれば皆有名かもしれないけど、お兄ちゃんの知名度はちょっともうそういうベクトルじゃないから」

 

 

何故か誇らしそうに話す一花にデコピンを食らわせて俺は社長に向き直る。

 

 

「社長、恥ずかしいんで帰りましょう!」

 

「却下。お代わりでも何でもすると良い」

 

 

にやにや笑って社長はウェイターを呼び、テンダーロインステーキをもう一枚注文する。

何てこった!ステーキが来るなら食べるまで動けないじゃないか!

サラダをむしゃむしゃ食べながら俺は天を仰いだ。

 

 

「それでも食べるのがお前らしいわ」

 

「注文されてるしステーキに罪はない!」

 

「お兄ちゃんの精神性、ほんと羨ましいよ!」

 

 

恭二と一花に野次られるも食べ物に罪はないからな。美味しく頂くのが礼儀ってものだろう。

ウェイターの人がステーキを持ってきてくれたのでサラダは一時中断だ。

 

 

「あの、ダンジョンのヤマギシさんですよね」

 

「え、はい」

 

「すみません、こちらにサインをお願いできませんか」

 

 

ステーキを持ってきた若い高校生くらい?俺たちと同年代らしきウェイターの女の子が、サイン色紙を持って俺たちにお伺いを立ててくる。てっきりまっすぐ俺に来ると思っていたから身構えていた俺以外の面々が一瞬面食らって動きを止める。

 

 

「わかりました。チームヤマギシって事で良いですか?」

 

「あ、はいお願いします!」

 

 

皆の動きが鈍い内にサイン色紙を受け取り、真ん中にヤマギシと英語で書き込んで左脇に名前を書く。

そして、それを恭二に笑顔で手渡した。

 

 

「・・・・・・うぇ!?」

 

「ほら早くしろよほらほら」

 

「て、てめぇ!」

 

「普段の俺の気分を味わうといいほれほれ待たせてるぞ」

 

 

勢いに任せて全員分のサインを色紙に書かせる。慣れない事をしたせいか皆顔が赤い。

ふふっ、普段の俺がどんな気分か存分に味わうといい。

はい、ウェイターさんどうぞサインです。あ。後一枚?俺別枠で?あ、・・・・・・はい。

 

結局余分に写真つきでサインを強請られて変身までして撮影。周りの人が携帯でパシャパシャとカメラを切る中俺たちは退店した。

途中まで俺を親の仇のように睨んでいた他のメンバーが店を出る頃には妙に優しくしてきたのが余計に心に来る。

変なことはもうしないでおこう。

 

 




山岸恭二:無事に自衛隊にも「こいつはヤバイ」と認識された模様。

鈴木一花:右腕を失った兄の姿はちょっとショックだった模様。小まめに兄の手に目線が行くようになった。

岩田浩二:折角の休みをお偉いさんとの会合につぶされてしまった可愛そうな人。沖縄旅行がタダで行けるからと自分を慰めている。

ジュリア・ドナッティ:一花を着せ替え人形にしてオフを満喫。

藤島さん:魔剣の作成が出来る可能性にテンションアップ


神田さん:統合幕僚監部所属の人。ダンジョンとそこから生み出される脅威に対処する為委員会に所属。当初は脅威としか捉えてなかったが、ダンジョンから生み出される魔法や、徐々に出てくるドロップ品などを見てこれは自衛隊に取り込めないかと認識を改める。特に魔法は兵士の新たな資質だと認識している。


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第三十七話~第四十話

統合作業完了!
ご迷惑をお掛けしました。


誤字修正、日向@様、まつーん様、244様、アンヘル☆様、椦紋様、ハクオロ様、kuzuchi様、kifuji様ありがとうございました!


第三十七話

 

 

「ねんがんの バイクのめんきょを てにいれたぞ!」

 

「ニアころしてでもうばいとる」

 

「タクシー待たしてるぞ、早くしろ」

 

「「ごめんなさい」」

 

 

ついつい浮かれて一花と戯れていたら真一さんに怒られた。反省。

沖縄での免許合宿も無事に全員が合格判定を貰い免許証を取得。晴れて自由の身になった俺達はそれまでの鬱憤を晴らすように遊び回った。

 

一花は元々遊び回ってたが…真っ黒に日焼けしてTシャツ短パンで走り回る姿は地元の子供となんら変わらない。

・・・よくよく考えたら、俺が至らないばかりに一花には苦労させてしまっているし。たまには羽目を外して楽しんで貰おう。

そんな事を考えていたのが悪いのか、国際通りを歩いていた女性陣が質の悪いナンパにあったらしい。

 

らしい、というのは沙織ちゃんからの連絡を受けて現場に急行したときにはすでに一花の手によって全員が叩きのめされていたからだ。約1名は股間を押さえて泡を吹いている。

思わず股間がヒュンッとなった。

騒ぎを聞きつけて来た警察に事情を説明。余りの惨状に一部過剰防衛になるんじゃないかと思ったが、

 

 

「こいつ、私の胸を揉みやがったんだよ!極刑でしょ極刑!」

 

「何で加減したんだ?潰せよ・・・・・・」

 

「ロリコンは社会正義的に去勢しとくべきだろ」

 

 

と一花が股間を押さえた男を指差して叫んだ。周りの人たちも「俺も見たぞ!」等の証言をしてくれた為警察側の加害者?に対する視線も一気に厳しいものになる。

俺たち?ちょっとお仕置きモードになってるけどちょっとだけだから。

 

 

「もー!お兄ちゃんも恭二兄も落ち着いてよ。私が自分でケリつけたから良いでしょ!」

 

「いや、ワンパンなら誤射かもしれんし」

 

「んな訳ないでしょ!もー!」

 

 

一花に叱られたためそのまま警察署まで直行。警察署ではあんまり脅さないでくれとちょっと注意されてしまった。仰るとおりです。真に申し訳ない。

 

 

 

さて、事故のような事件も終わり俺たちは合宿を終えて奥多摩に帰還したのだが、早速大量の書類に埋もれる羽目になった。バカンスが恋しい・・・・・・てか2、3日しか遊べてないから結局殆ど休んでないじゃないか!

 

まず、ヤマギシにとって大きな事はインゴットの成分分析が終わったことだ。純金のインゴットは純度が高い金で構成されておりそのまま売却しても問題ないそうだ。5kgで2500万円らしい。

 

・・・・・・・・・うん、凄いな。成分分析用に回した数個のインゴットでこないだ恭二たちが忍野ダンジョンで稼いできた金額をあっさり超えてしまった。まだ一杯残ってるんだがこれ市場に流していいのか?

 

ちょっと偉い人に聞いてみたらいきなり大量に出されると値崩れしかねないので調整したいと言われちょっと待ちの状態。というか口外しないでって言われました。もうすぐダンジョンに入る際の制限が盛り込まれた法案が通る為それまでは発表しないで欲しいそうです。

結構な速度で法律って出来るんだなぁと思っていたら俺の考えを読んでいたのかシャーロットさんが説明してくれた。

 

 

「ここまで早く決まるのは政府の危機感もあるんです。与党・野党関係なく」

 

「多分、今のまま内実が公表されたら洒落にならない人死にが出ると思うからね!永遠の若さと財宝!人が命をかけるのに十分すぎる理由だもん」

 

「永遠って程でも無いだろうがなぁ」

 

「それ猟師に復帰したお爺ちゃんを見て言えるの?こないだ熊狩りにわざわざ遠征してたよ?」

 

「あれは妖怪の類だろう」

 

 

社長と一緒にダンジョンに潜ってから、うちの爺さんはいきなり現役復帰を宣言し、今も野山を元気に駆け回っている。70を超えて衰えていた足腰が一気に若返ったと言ってたがそれにしたって元気すぎると思うんだがな。

爺さんが狩って来た新鮮な鳥や獣の肉が食べられるのは嬉しいがね。

 

さて、少し話を戻す。金のインゴットについてはもう話したと思うがそれ以外のインゴットについてだ。

まずもう一つの貴金属らしきエレクトラムだが、これは予想通り金と銀で構成されていた。ただ、貴金属ではあるが他のインゴットよりも魔力との親和性が高くてこれを鋳つぶして売るのは余りに勿体無いとの事でそのまま使うことになっている。

 

他のインゴットも大なり小なり魔力との相性が良く、魔鉄はもちろん石とレンガのインゴットも魔力を通すことが確認されている。これらを使ってマジックアイテムが作れないだろうかと提案が上がってきているらしい。

この提案を聞いたとき、日本企業すげぇって心のそこから思った。

 

その後、具体的に魔法で電気自動車動かせないかな?と言われた時はもっと驚いたがな!

以前からダンジョン内で運搬を目的とした自動車的なものを作れないかと言われていたのだが、魔力を集めてそれを動力にするというのは完全に盲点だった。ダンジョン内なら実質無補給で動けるって事だ。

 

現在持っているドロップ品を一揃いサンプルとして提供する。恭二の収納がほぼ固有技能として認識され始めている現状、収納以外でドロップ品を運ぶ方法は必須といえる。是非とも完成して欲しいものだ。

 

 

 

 

第三十八話

 

 

『素晴らしい。現代兵器の面目躍如といった所ですな』

 

 

横田基地に報告という形で訪れた俺たちが撮影した提供してもらったジープやM72の運用データに、ニールズ大佐は満足そうに頷いてそう口にした。

特にアイアンゴーレムがM72の直撃で吹き飛ぶシーンがお気に入りらしい。気持ちは分かりますよ大佐。やっぱりデカブツをロケットランチャーで吹き飛ばすシーンは最高に気持ち良いからな!

 

 

『分かってくれるかイチ!』

 

『分かりますよジョンおじさん!』

 

 

思わずガシッと握手を交わす。何だかんだこの人とは波長が合うのか会うたびに話を交わしていたらいつの間にか愛称で呼び合う仲になってた。お孫さんとのプレゼントに何が良いかとかたまに相談されたりするんだが本当に家族思いの良い人なんだこの人。

 

何だかうちの爺ちゃんを思い出すぜって話をしたら興味を引いたらしく是非今度会ってみたいとの事なので、うちの実家で奥多摩狩猟ツアーのガイドも最近やってるんでどうですかと宣伝も兼ねて話しておく。今の状況じゃ家業の猟師も父親の観光業も継げそうにないし・・・多少は役に立たないとな!

 

 

『ああ、そうだ。君の所で教育を受けているドナッティ少尉だがどうかな。君の評価は』

 

『ドナッティさんですか?冷静で思慮深い人ですね。魔法のセンスも勿論ですが周りに対する目配りが凄い。あの人は良い教官になると思います』

 

 

出会ってからまだそれ程立ってないがドナッティさんが後ろに居ると安心感が凄い。魔法に対する取り組みも熱心で苦手分野のある俺より使える魔法は多いかもしれない。俺がそう答えると、ニールズ大佐はうむ、うむと満足そうに頷いて席を立った。

 

何でも本国からダンジョンに関する最新の情報を共有するよう義務付けられているらしく、今回のように米国側にも関係がある情報はいち早く報告しないといけないらしい。「非常に良い報告が出来そうだ」と別れ際に言っていたから、ドナッティさんの評価が下がるような事は無いだろう。

 

 

「あーあ・・・」

 

「・・・・・・どうした。俺何かしたのか?」

 

「いえ、イチローらしいと言いますか」

 

「ごめん、良く意味が分からん」

 

 

後日、かなりお偉い人から直接激励の言葉があったと青い顔で語るドナッティさんの姿に、この時のやり取りの意味が分かり土下座で謝り倒そうとした所、そんなのは良いからそろそろ名前で呼んで欲しいと言われたのでジュリアさんと呼びかけるとめっちゃ喜ばれた。一人だけ名字呼びで疎外感があったらしい。

 

浩二さんなんか2週間もしない内に他の人全員から名前呼びになってたからなぁ。あの人のコミュ力はちょっと凄いと思う。本人自体はクソ真面目な性格なんだが周りにそれを強いることもないし何より偶に羽目を外した時の愛嬌が凄い。人の良さが滲み出てるというか何というか。

 

ジュリアさんだけべた褒めしてもバランスが悪いと思ったので、その辺りを自衛隊への報告の窓口になってる神田さんに伝えると、神田さんはうんうんと上機嫌に頷いて、「実はあいつを推薦したのは私なんですよ」と答えてくれた。

 

何でも浩二さんが新入隊員の時にたまたま神田さんが教育部隊の隊長を努めていて、以来何かと縁があり今回の話が出た時に「あいつなら大丈夫だろう」と推薦したとの事。

 

実際浩二さんには本当に助けてもらっている。何だかんだ10代が多いチームだから、男性の大人が居るってだけでやっぱり安心感がある。

特に真一さんは大学生からいきなりヤマギシという企業の幹部としての働きを求められたせいで精神的にキツそうだったのが、浩二さんが加入してからは多少の余裕を取り戻したように見える。

 

という感じで浩二さんが如何に得難い存在なのか、出来ればチームに残って欲しい位だと熱心に語ると神田さんも終始にこにこ顔で「いやぁ、実際の現場の声は上げとかないとなぁ」と言っていた。

 

 

「って感じでヨイショしときましたから」

 

「おっまえ・・・畜生、ありがとう!」

 

 

アームロックを俺にかけながら浩二さんが渋い声で礼を言ってくる。いえいえ大したことはしてませんとも。そろそろギブギブ。

こちらにも相当上の方から期待の言葉と次回の昇給は期待するように言われたそうだ。良かったじゃないですか。肉食べに行きましょうよ。

 

 

「イチロー、お前俺より高級取りだろが。出すけど」

 

「食べ放題で良いですから」

 

 

インゴットのお陰でヤマギシの財政はかなり上向きになっており、毎月の給料もちょっと信じられないお金になっていた。

まだダンジョン法は施行されていないが、各企業に研究用にインゴットを売却するだけで今までの赤字が全て塗り替わる程にお金が入ってきているからだ。

これで大っぴらにインゴットの売却が出来るようになれば・・・・・・ちょっと洒落にならん金額になるんじゃないかな。

 

その後、食べ放題の話を何処から嗅ぎつけたのか恭二と沙織ちゃん、一花が加わり、出先から戻ってきた真一さんも参加を表明した為いっそ皆で食べに行こうという話になる。

この辺りから青い顔になっていた浩二さんが可哀想になったのか、社長が経費で全て出してくれる事になった。

 

 

「もう安請け合いは絶対にしない」

 

「はははは・・・・・・申し訳ねっす」

 

 

心底安堵したという顔の浩二さんに頭を下げる。

尚、経費で食べる焼肉は大変美味しかったです。社長ありがとうございました!

 

 

 

 

第三十九話

 

 

ダンジョン基本法が施行された。

 

 

 

ここ最近類を見ない速度で決まったこの法律は基本的にダンジョンに入る為には許認可が必要であること、内部で取得したものは基本的に取得者のものになること、そして内部での危険性については自己責任とする事という3つが定められている。

 

テレビの画面には記者会見を受ける総理の姿がある。

シャーロットさんがノートPCをつけてCCNのサイトを開くと、トップページで米国大統領の演説が放送されている。米国でもダンジョン法という名前で新しい法律が施行されたのだ。

 

俺達の懸念、ダンジョンに入る際必ず起こるだろう死者についてを両政府は当然の危惧だと認識してくれた。その結果がこのスピード施行だと思うが最後の自己責任については、本当に有り難い。俺達が一番求めていた法律だ。

 

テレビの中の総理は淡々とした口調でダンジョン法についての説明を終え、質疑応答に移る。

記者達が口々にどういった狙いで施行されたのか。これほどの早さで施行されたのは何故かといった質問をする中、一人の記者がある質問をした。

 

 

「最近、総理や一部閣僚が非常に、その。若返っていると評判なのですが。それはダンジョンに関係するものなのでしょうか」

 

「関係します。詳しい事は政府HPに記載がありますが、ダンジョン内部に満ちているという暫定名・魔力という要素が人間の体力に非常に大きな影響を与えるというデータが確認されています。その体力には所謂若さという物も含まれております」

 

「そ・・・・・・それは、誰もが享受できるものなのですか?」

 

「個人差は大きいでしょうが現在ダンジョンに入ったことのある人間は総じて影響を受けています。最も極端な例では70代の男性が30、40代の体力を取り戻したという物もあります。この男性は外見は大きく変化が無かったようですが」

 

「それは・・・・・・」

 

「総理に質問があります!」

 

 

余りの衝撃に二の句が継げなくなった記者に変わって、勢いよく手を上げた記者が返答も待たずに質問を始めた。

 

 

「それ程の効果があると分かっていながら何故ダンジョンへの立ち入りを制限するのですか!門戸をもっと広げるべきではないでしょうか!そもそも!ちょっと、止めて!離しなさい!」

 

 

周囲の記者に羽交い締めにされた女性記者がそのままズルズルと会場の外に連れ出されていく。

その光景を見た総理は沈痛な表情を浮かべたまま静かに言葉を発する。

 

 

「我々が今回の施行を急いだ理由は彼女のような人物がダンジョンに挑み、亡くなるといった事態を危惧した為であります。ダンジョンの危険性を認識し、正しい知識と危機管理能力を持ったと認可された人物に、『冒険者』としての資格を付与していく予定です」

 

「その認可を与える条件とは?」

 

「冒険者教育資格を保持した教官の下、最低限の技能と魔法を取得したと認められた場合に発行されます。現在はこの教官を養成している段階であり近日発足予定の日本冒険者協会にて教官の管理と資格の発行を行っていく予定です。繰り返しますが今回取り急ぎダンジョン基本法が施行されたのは早まった挑戦を阻止する為となります。日本国民の皆様、くれぐれも短慮を行わないようお願いします」

 

 

 

総理の発言を見てリモコンを持ったシャーロットさんがテレビを消す。

不思議な感覚だった。遂に来た、という気持ちと、もう来てしまった、という気持ちが一緒になっている頭を駆け巡っているような気がする。

一緒にテレビを見ていた真一さんは目をつぶってじっと何かを考えていたが、考えが纏まったのか立ち上がって周囲を見渡した。

この場には社長や動画班を含めたチームヤマギシの全メンバーが揃っている。

社長が腕を組んで見守っている中、真一さんは一つ息を吸って、吐いてから全員に号令を下した。

 

 

「シャーロットさん、日米に許可を取った後、隠蔽していたショートカットの存在とインゴットの存在をぶちまけてくれ。下手に隠して後で後ろ指を差される方が困る。浩二さんとジュリアさんにはそれぞれ自衛隊と米軍に連絡を入れて秘匿したい情報がないかの再確認をお願いします。もし何か問題があればシャーロットさんと協議してください」

 

「OK、ボス!」

 

「了解です!」

 

「すぐに確認します」

 

 

シャーロットさんと浩二さん、ジュリアさんが頷いてそれぞれ携帯電話を手に取る。

 

 

「一花ちゃん、隠蔽の関係上撮り貯めしていた動画をバンバン流してくれ。出来るだけ派手なアクションの奴を優先で、ゴーレムをロケットランチャーでぶっ飛ばしている奴は必ず入れてくれ」

 

「イエーイ!一花ちゃんの動画フォルダが火を噴くぜー!」

 

『ボス!派手な花火を打ち上げましょうぜ!』

 

 

一花と動画陣営がノリノリで親指を立てて返す。すっかり一花がボス扱いなんだがそれでいいのか動画班。

 

 

「恭二、イチローと沙織ちゃんは俺と外回りだ。委員会が来週には冒険者協会と名前を変えるからそこの設立メンバーに挨拶回りだ。イチロー、お前の名前を使わない選択肢は無いからな?」

 

「了解、風除けが居ると気が楽だぜぇ」

 

「お前、お前それ言ったらあかんやつだろうが・・・・・・」

 

「わ、ちょっと一郎君も恭ちゃんも暴れないでよ!」

 

 

アームロックを仕掛けるもするりと逃げられる。最近近距離でも隙が無くなってやがる・・・・・・。

真一さんの指示に全体が一斉に動き始める。社長は満足そうにその様子を眺めていた。

ちょっと目元が濡れて見えたのは気のせいじゃないんだろうなぁ。自慢の長男だしね。

でも社長、そんな安穏としている場合じゃないと思うんですが。

 

 

「親父、何をボーッとしてるんだ?頭の親父が居なきゃ挨拶回りの意味が無いだろうが。早く行くぞ」

 

「お、俺も?いやいやそっちはお前に任せるから」

 

「政治家の先生やらが親父に挨拶したいってわざわざ連絡入れてきてるんだからほら、わがまま言うんじゃない」

 

 

ぐいぐいと渋る社長を引っ張りながら真一さんが外に出て行く。社長本当に涙目になってたけど大丈夫だろうか。

大丈夫じゃ無さそうだけど、まぁ社長だししょうがないよね。真一さんはあくまで実働班のトップだからね。

慣れない背広に身を包んで俺達は外に出る。

ダンジョンに潜ってるほうが気が楽なんだがなぁ。

 

 

 

 

第四十話

 

 

日米両政府からダンジョンに関する法案が施行され、世界が衝撃を受けたその日。

ダンジョン情報に関して世界の最先端を行くCCNから重大発表と題して発されたニュースが、世界中に再び衝撃を走らせる事になった。

 

金の算出。そして、若返り。

人類が求め続けるその二つがダンジョンにあると、そのニュースは語っていた。

そして、最後に必ず同じ文言が繰り返される。

 

 

「但しダンジョンには命の危険があります。米軍の一部隊が遭難しかけるといった事例もあるため、各国政府は自国民の保護の為ダンジョンに対する抜本的な見直しを図るべきでしょう」

 

 

わざわざ各国とつけて放送されているのは、どうも事前に米国が音頭を取ってダンジョンへの過剰な流入についての懸念を国連などの政府機関を通して行っていたかららしい。

事実日米が同時にダンジョンについての法案を可決させると、相次ぐようにEUや東南アジア周辺国等がダンジョンの立ち入りに関しての取締りを行っており、事前にある程度話を通していたのだろう。

 

逆に恐らく相当数のダンジョンがあると言われている中国やロシアはそういった取締りをしないようで、続々とダンジョンに一般市民が入り込んだり、ダンジョンの所有権を巡っての諍いが頻発しているそうだ。

 

1層に関してなら一般的な人なら大丈夫かもしれないが、2層以降は相手も武装している。欲ばっても良い事は無いと思うんだがな。

 

まぁ、変なことを言われないとも限らないのでヤマギシのHPでは5層までの危険度と事前に用意しておかなければいけないものを記載し、更に『これらの準備に、必ず光源魔法と回復魔法、簡単な攻撃魔法を覚えた人材は2名つける事』と書いて警告を出している。

 

また、一花が作成している動画の一つに無理やり恭二を出してそれらの実演と、これがなければどんな状態になるのかといった物を実演してみた。

 

一番基本となる光源魔法が無い状態で敵と遭遇した場合。これはバリアーをかけて俺が行ったのだが、感知の魔法が無ければバリアーも破られていたかもしれない位危険な物だった。

暗闇でも撮影できる特殊カメラを借りてきて行ったのだが、画面内では敵が見えていない状況のスパイダーマンが四苦八苦しながらゴブリンを退治している。

 

 

「これ、どうやって攻撃を避けてるんだ?」

 

「何となく殴られる場所が分かるから、それで」

 

「何それ怖い」

 

 

この動画を発表してすぐにコメント欄に「彼は本物のスパイダーマンなのでは?どう見たってスパイダーセンスを使ってるようにしか見えない」「アメイジング」「こんなのスーパーヒーローしか出来ない」と褒めているのか怖がっているのかよく分からないコメントがたくさんされていた。

 

再生回数はあっと言う間に数億になったらしい。

その動画を上げた次の日に「光源魔法があった場合」と題して同じ状況でのゴブリン退治を動画で上げる。

 

まあ、視界内に入った瞬間ウェブシューターで縫いとめて終了するだけなのだが。勿論コメント欄も盛況で「目を閉じても勝てるのに縛りが無ければ当然」「アメイジング」「ゴブリンって弱い?」といった声が上がっていたので「弱いけれどナイフを持っている。刺されれば痛い」とコメントしておくと凄い勢いでグッドサインを押された。

 

回復魔法に関してはバリアーをつけた状態でオークと殴り合いをしてみて、ぶっ飛ばされた時に使用してみたりといった事をしてみる。実際に傷を負った状態で使うのが視覚的には一番なんだろうが流石にね。

最終的にストレングスを併用して殴り倒してしまったのだがちょっとやり過ぎたかもしれない。ドーピング魔法とか言われそう。

 

そして最後の攻撃魔法。これに関しては恭二先生の出番である。俺だと右手が勝手に変換しちゃうからね・・・・・・

 

 

「ファイアーボール!」

 

「サンダーボルト!」

 

 

指先からファイアーボールを5つも飛ばす恭二先生の派手な魔法行使に世界中が魅了されること請け合いだろう。沙織ちゃんが使ってるほうが普通の魔法だってコメントしとこう。恭二の真似なんて恭二にしかできねぇよ・・・・・・

 

俺達が動画を使ってダンジョンについての情報を上げ続けている一方、チームとしてのヤマギシは真一さんや社長による地盤固めのような動きが続いている。

特に教育関係についてだ。現状はダンジョンの出入りだけが制限されているため、有資格者とされている人物がヤマギシにしか所属していない。

 

魔石の情報も開示してあるため、会社としてのヤマギシは世界中からの問合せにパンクしてしまったのだ。

家業のコンビニの方にも全くの専門外な電話が入ってきていて普通の業務に差し支えているらしいので一般回線を一時止めてしまったらしい。

 

 

「という訳で冒険者協会の方でそういった問合せは全て受けてくれるそうだ。大規模なセンターが出来るぞ・・・やっと終わった・・・・・・」

 

 

最近発足したばかりの冒険者協会の最初の大きな仕事は問合せの窓口を作る事だったらしい。ここ数日缶詰になっていた真一さんがげっそりとした様子でそう言って倒れるようにソファーで眠り始めた。

 

社長は・・・・・・玄関先で倒れてる。部屋まで連れて行ってあげよう・・・・・・お疲れ様でした。

以前から作っていた自衛隊と米軍兵士用の宿舎が先日完成したため、来週からは教官の育成に入る事になる。

その前に来た一山を無事に乗り越えられて良かったと思うべきか。判断に悩むな。

 




鈴木一郎:ロリコン死すべし慈悲は無い

山岸恭二:ロリコン死すべし慈悲は無い

山岸真一:お前らガチすぎ。去勢で良いだろ

鈴木一花:男共はバカばっかだなぁと嘆きつつ真一のちょっと心配そうな声かけに内心ガッツポーズ

下原沙織:一郎くんも恭ちゃんもお馬鹿だなぁと言いつつ特に止める気はなかった模様。

ジュリア・ドナッティ:チームメンバーと名前で呼び合う仲になったとテンション上昇。帰国した後の事は怖くて考えたくない。

岩田浩二:支払いの時の金額を聞いて命拾いしたと安堵のため息をつく。

ジョナサン・ニールズ大佐:後日誘われた狩猟ツアーに参加しそこで生涯の友を得る。

総理:記者会見の場でやらかす奴がいるとはまさか思ってなかったので困惑気味。説得力を持たせる事が出来たと開き直ろうと努力している。


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第四十一話 専用マシンはライダーの基本

誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございました!


第四十一話 専用マシンはライダーの基本

 

 

さて、教官教育も始まるし方針を固めないとな!

と気合を入れていた俺は今、一花に拘束されて車に詰め込まれている。

何でも新装備の開発が出来たらしい。そう言えばこの間スポーツメーカーの人が開発しているって言ってたわ。

 

 

「それなら他の連中はどうした?」

 

「皆受け取りに行ってるよ!」

 

 

そう言って車は東京は銀座に向かっていた。この間刀を買いに行ったから見覚えのある辺りだなー、こんな所にある会社だったのか。

と思っていたら明らかにとある映画会社の前に着き困惑。

 

 

「一花さん。なんかスポーツ用品とは全然関係無さそうでお兄さん困惑してるんだけどどういうこと?」

 

「お兄ちゃん、変身はライダーマンね!」

 

 

 

あ、はい。

横断幕にライダーマン大歓迎って書いてるんだけど何だこれ。イベントなんだろうか。めちゃめちゃカメラとか回されててビビるんだけど。

とりあえず変身をしてライダーマンに。そのまま車から降りると凄い勢いでカメラのフラッシュが視界を埋め尽くした。

一花に促されるままにまっすぐ社屋の前に歩いていくと、見覚えのあるバイクをすっごい偉そうな人が押してくる・・・ライダーマンマシンかー

そうかー。成るほど確かに装備の更新だな。うん。

 

 

「特製にチューンナップしてあります」

 

「ありがとうございます。これからも頑張ります」

 

 

バイクを押していた男性と握手を交わす。何か泣いてらっしゃるんですが大丈夫だろうか。

最近無駄に高くなったサービス精神を発揮してグッと肩を抱いてカメラに移りやすいポジションを取ると、一斉にフラッシュが光る。

こんな感じで良いのかなーと一花をちらりと見ると、グッと親指を立てているので問題なかった模様。

その後社屋の中で引渡しの書類を貰い、更に数名の人物と写真撮影。後、何故居るんだ一号様・・・・・・思わずこちらから写真撮影をお願いしてしまったぞ。

 

 

「ありがとうございます!正面玄関にこの写真を引き伸ばして設置させてもらいます!」

 

「それは勘弁してくれるとありがたいです・・・・・・」

 

「ははは。所で今度新作の仮面ライダーを撮るのですが」

 

 

それはノーセンキューでお願いします。暫く忙しくなる予定なんで・・・・・・

談笑を交わしてお暇を告げる。バイクは輸送で奥多摩に送ってくれるらしい。免許取り立てで奥多摩まで運転するのは怖かったから正直ありがたい。

 

後、他のメンバーは本当にスポーツメーカーに行っていたらしくこういったプランが上がっているという事で見本のような資料を貰ってきていた。

やっぱりジッパー等は難しいため軍服のようになるみたいだな。プロテクターの下から着る物だが、金属だと溶けた場合がやっぱり怖いという事だろう。

 

 

「お前用のプランもあったぞ」

 

「聞きたくない」

 

 

明らかにライダーマンのプロテクターっぽい物が写真に写りこんだ資料を渡されたが。あれか、日本だとやっぱりそちらの方が人気って事だろうか。

 

 

「一息ついたら新しい変身も試さないとね。練習してるんでしょ?」

 

「・・・・・・一応、言われた作品は目を通してるし何度か試してみたけど。これいるか?」

 

「挑戦することを忘れちゃいけないよ!それに右手の変形はどんな効果があるかわからないでしょ?」

 

 

それはそうだ。最近変形をしたミギーのお陰で妙に高速で精密な動きをするようになったり、どうも新しい変形を覚えるたびに右腕が強化されているような気がする。

これを恭二や一花に相談したところ、恐らく本当に強化しているのではなく力の使い方を今覚えていっているのではないか、という事だ。

強化とどう違うのかと言うと、本来出来る事を、俺が使いこなせていないから使った時に覚えていっているらしい。

 

それまでは明らかに右腕が変化した形だったため試さなかったが、ライダーマンになった辺りから確かに右腕自体の力が上がった気がするし、スパイダーマンになった辺りから感知能力がより鋭くなっている気がする。

そしてミギーで覚えた精密な動きと変形の早さ、バリエーションでようやくこの事に俺たちは気づいたという訳だ。

実際、ミギーを使う際に目を出したらそこからの視界も共有できたからな・・・・・・うむ、ここまで変わらないとわからないってのは確かに鈍すぎたか。

 

 

「そういえば藤島さんから言われてた魔鉄を使った新武器ってどうなんだ?」

 

「あっちを見てくれ」

 

 

あっち、と言われて窓の外を見ると、真一さんと藤島さんがぶんぶんと炎を纏った槍を振り回していた。

・・・・・・アンチマジックは使ってるな。

見なかったことにして恭二に視線を向ける。

 

 

「とりあえず大成功って事でいいかな」

 

「良いんじゃね?」

 

 

後日、槍にエンチャントを施した武器を片手に暴れまわるダンジョン動画をとった所、現代に蘇る魔槍といわれてちょっとニュースを賑やかしたのは別の話。

魔剣とか魔槍とかってのはやっぱロマンだよな。皆分かってくれて嬉しいぜ。

 

 



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第四十二話 第二回ヤマギシ会議

誤字修正、日向@様、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第四十ニ話 第二回ヤマギシ会議

 

 

「第二回ヤマギシ会議を開催する!」

 

「わー!」

 

「どんどんぱふぱふー」

 

 

これ毎回やるのか?やるのか・・・・・・白い目で見られても一切気にしない社長はメンタルの鬼だな。

 

 

「新しいビルで営業を開始したコンビニですが、一時の混乱はありましたが現在は無事に通常営業をしています。冒険者協会には感謝ですね」

 

「思い出したくも無い地獄の日々だった・・・・・・こえーな美容って」

 

 

電話の相手が9割方女性だったらしいが、冒険者協会が問い合わせ窓口を作るまでの日々を思い出したのか社長がブルリと震え上がる。全然諦めてくれなくて延々同じ事を繰り返していたらしい。

 

 

「次にダンジョン上に作ったマンションですが、こちらについては内装を終えていつでも入居は開始できるそうです。自衛隊と米軍からすでに荷物が届き始めており、急ピッチで業者が運び込みをしています」

 

「浩二さんとジュリアさんともお別れかぁ、残念」

 

「まだ暫くは奥多摩に居てくれるけど、チームとしては脱退になるな」

 

 

自衛隊と米軍の受け入れ準備が出来た為、それまで教官役として俺達のチームで学んでいた浩二さんとジュリアさんも原隊復帰となる。分かっていた事とはいえ、この数ヶ月一緒に過ごした仲間の離脱はやっぱり堪える。

 

 

「あと、新しいビルの上の階の内装工事も終わったから引越しの準備をしといてくれ。一郎と沙織ちゃんも引越しで良いんだな?」

 

「うぃっす。まぁ、一花は流石に親元から離せませんが」

 

「時間が不規則になっちゃうからね。といってもすぐ近くに家があるからあんまり1人暮らしって気はしないかな」

 

 

俺と沙織ちゃん、それからシャーロットさんは今回からヤマギシビルにお引越しだ。帰ってくる時間が最近バラバラで実家にも迷惑をかけていたし、一応もう社会人って扱いになるからな。社宅に住まわせてもらうようなものだ。

一花の奴は最後まで自分もと言ってたが流石にこいつを一緒に住まわせるわけにはいかないからな、今だって夜遅くなりそうなときは一花を家に帰しているし。

あと、今ヤマギシさん達が使っている家は動画班の寮扱いになるらしい。作業部屋が出来るぜ!とか喜んでたが今現在実質一部屋を謎の機材で埋め尽くしていてまだ足りないのだろうか。

 

 

『あの、あんまりうちの実家をめちゃめちゃにしないでくれな?』

 

『勿論ですよ社長!』

 

 

最近翻訳の魔法を覚えた社長が伺うように確認したが、それやらかすともやらかさないとも取れるんだが。まぁ、こいつらの変な情熱は凄い物があるしあんまり邪魔しないほうが良い物作ってくれるんだが・・・・・・

 

 

「ゴーレムのドロップで冒険者部門は黒字になりました。今まではCCNへのデータ提供と動画の広告収入が主な収入でしたが、これが一気にドロップ品の方にシフトしています。ただ、広告収入のほうは未だに上昇を続けているので暫くは大きくバランスを崩すことはないと思います。ただ・・・・・・」

 

「ただ?」

 

「CCNから、ダンジョンの既存の情報に関して、映像買取がコストカットするとの連絡が入っています」

 

「ニュースとしては目新しいものが無いって事だね!でも、動画関連についてと新情報はまだまだ流して欲しいって!」

 

 

俺達が15層で足踏みに入ってからすでに1月以上が経っている。また、俺が動画で上げている情報も低階層の物が多いためようは情報の価値が無くなって来ているのだろう。

その割には何の準備もせずにどこかの国で大量にダンジョンで人死にが出ているみたいだが。何故か俺たちが悪いと言ってきたらしいがアレだけ警告してそれでも入ったのなら自己責任だと思うんだがなぁ。

 

とりあえず動画でも哀悼の意を表して、こんな事態を起こさない為に自分の動画はある。自身のために準備をしてくれ!と言った感じで各国の声優さんにお願いして吹き替えで発言をしておいた。

とある国の発言について疑問視している人はやっぱり結構な数居たみたいで、大体の人が賛同してくれて気が楽になったよ。

ただ、何故か自国のマスコミがまるで意に介さずこっちを攻撃してくるのが意味分からないんだがな・・・・・・

 

 

「最後に俺から。スポーツ用品等のメーカーからヤマギシにユニフォームが提供されるようになりました。色は俺の一存でブルーな」

 

「親父!俺は断固反対だ!」

 

「私も!絶対ピンクが良いです!」

 

「却下。何が悲しくて黄緑やらピンクのユニフォーム着なきゃいかんのだ」

 

 

真一さんと沙織ちゃんの色のセンスはちょっとおかしいと思う。知らないうちにそんな明るい色のユニフォームでダンジョンに潜らされる所だったのか、危ねぇ。

社長を褒め称えるように拍手を送ると恭二と一花も同じ気持ちだったのかパチパチと手を叩く。怫然とした表情なのは真一さんと沙織ちゃんと・・・・・・シャーロットさん、ちょっと残念そうなのは何故です?

 

 

「あ、忘れてた!そう言えばこないだ、お兄ちゃんのバイク貰いに言った時にバイク会社の人を紹介してもらったんだ。ダンジョン専用のバイクの開発とか提案されたんだけど」

 

「ああ。こちらにも連絡が来ています。既存のオフロードバイクに魔石を積んで、ダンジョン内で使えないかと言う話でしたね」

 

「こないだの迷宮内電気自動車といい、日本企業は魔力を新種のエネルギーとして捉えてるみたいだな」

 

 

こないだ俺が一号様と握手をしていたときに妹は企業との折衝を行っていたらしい。ちょっと初耳なんですが。普通におじさん達に可愛がられてたようにしか見えんかった・・・・・・

 

 

「お兄ちゃんが一号様と握手してるシーンは向こうの会社のHPトップになってたからお兄ちゃんはお兄ちゃんの仕事をしたと思うよ?」

 

「あ、はい。アリガトウゴザイマス」

 

 

適材適所ですからね。は、はは・・・・・・兄貴としてのプライドをズタズタにされながらこの日の会議は終了した。

広告塔として、頑張ろう、うん。

 

 



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第四十三話 鈴木家、ヤマギシ入り

暫くは7時投稿になります

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第四十三話 鈴木家、ヤマギシ入り

 

 

浩二さんとジュリアさんは都合のため一度原隊復帰してから再度こちらに来るらしい。

 

 

「次に来る時は岩田浩二一等陸曹であります!」

 

「え、あ。つ、次に来る時もジュリア・ドナッティ少尉であります!」

 

「ジュリアさん変わってないじゃん」

 

「勤務年数も関係するんで・・・でも、新しい勲章を貰えるんですよ!」

 

 

ジュリアさんが受勲されるものは今回、新設されたダンジョンに関する勲章らしく、米国初の受勲者として表彰されたらしい。

昇進よりなお大きい栄誉って奴かな。まぁジュリアさんなら直ぐに出世しそうな気がするけどね。

 

 

「お二人ともありがとうございました。ちょっとのお別れですが、来週からよろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

「お世話になりました。また来週からもよろしくお願いします」

 

 

二人と握手を交わして暫しの別れを告げる。次に会うときには2人とも、ウチのダンジョンを使った魔法教育の教官だ。

 

 

 

 

さて、受け入れの準備も一段落し、後は人員が到着するのを待つだけになった俺達は暇になった。

というとそうでもなかったりする。

 

 

「ちょっと取りたい特許があるんだ」

 

 

真一さんがそう言って、藤島さんに預けていたあるライオットシールドを取り出す。

 

 

「真一さん、それは?」

 

「刀を魔鉄で打ったら魔法を乗せることが出来た。なら、他の装備もマジックアイテムに出来ないかと思ってな、見ててくれ。アンチマジック!」

 

 

真一さんが魔法を唱えると、シールドが光り輝いた。

 

 

「おお!え、それ何で作ったんですか?」

 

「ライオットシールドにエレクトラムをメッキ代わりに使ったんだ。これは、凄いぞ。一郎、ちょっとバスターでこのシールドを撃ってみてくれ」

 

「りょうかいでっす」

 

 

自信満々に言い切った真一さんの言葉に頷いて、俺はバスターモードの右手をシールドにむけファイアバスターを放つ。

バスターがシールドに当たる瞬間、俺達が度々目にする魔法をかき消す青い光が一瞬走ると、シールドは先ほどと変わらぬ輝きを放っていた。焦げ跡もないし、間違いなく魔法をかき消している。

 

 

「このエンチャントメッキは誰もまだ気づいていない。今これを抑えておく必要がある」

 

「素晴らしい発明だと思います。それで、特許はどのように?」

 

「そこなんだよなぁ。出来ればあまり使えなかったときの損切りに外部に委託しようかと思ったんだけど」

 

 

そう言って、真一さんは言葉を濁してこちらを見る。

 

 

「一郎の右腕みたいに、特定の魔法が別の変化をするかもしれなかったりするし、今後の件も含めて確実に抑えときたい技術なんだよな」

 

「でしたら、社内に弁理士と弁護士を複数雇うべきです。これからもこのように迷宮産の技術を特許申請するにしてもノウハウを積んだ弁護士が身内に居るのと居ないのとでは大きく動きやすさが違いますから」

 

「・・・・・・・・・ちょっと親父と相談するけど、そうですね。その方向で行きましょうか」

 

「あ、それなら私いい人しってる」

 

 

真一さんとシャーロットさんの話がある程度固まった段階で、様子見をしていた一花が手を上げた。

 

 

「うちのかーさん元弁護士だよ!」

 

 

 

 

 

「お父さんが今の事業を立ち上げる時に一緒にお仕事をして、ね。懐かしいわぁ」

 

 

おっとりとした口調で話す母さんだが、これで俺が生まれるまではバリバリ一線で働く敏腕弁護士だったらしい。自己申告だが。

 

 

「今でも新しい法律のチェックとかはしてるけど、流石にブランクもあるから・・・昔の弁護士仲間を紹介しても良いけれど」

 

「紹介も有り難いんですが、出来れば鈴木さんにも所属して欲しいです。身内の人間が法律部門に居るのは、やっぱり安心感が違います」

 

「母さん、受けたらええよ」

 

 

真一さんの言葉に母さんは眉を寄せて考え込むが、そこに父さんが横から口を出した。

 

 

「ヤマギシさんにはこれからお世話になるし、一郎も一花ももう手がかからん。復帰してもええ頃合いやろ」

 

「でも、家の仕事が・・・」

 

「あぁ、うん、それなんだが。実はヤマギシさんからな。誘われとるんだわ。事業の規模がどんどん大きくなるのに人手が無さすぎる、とな。一郎もお世話になっとるし受けようかと思うんだが。母さんに相談しようと思ったら先に母さんに話が来るとはな」

 

「じゃあ、今の仕事はどうするの?贔屓にしてくれる人も居るじゃない」

 

「ああ。今、事務所で働いとる・・・」

 

 

両親が話し込んでしまったのでこちらは手持ち無沙汰になってしまった。

長くなりそうだし今すぐ決めるとかでなくても良いので、と伝えて俺達は一度ヤマギシのビルに戻ることにした。

 

後日、母さんは正式にヤマギシに入社し、法律部門を任される事になる。父さんも事業の引き継ぎを終わり次第ヤマギシの事務関係を引き受けてくれるそうだ。

今は社長とシャーロットさん、後は真一さんがちょこちょこ見ていた実務関係に一気に増員が入る形になるため、最近悪化の一途を辿っていた社長達の顔色も明るくなっている。

 

そして現在の仕事に関して母さんがシャーロットさんから引き継ぎを受けたのだが、

 

 

「よく今までシャーロットちゃんだけで回してたわねぇ」

 

「あはは・・・とても助かります」

 

 

法律関係、政府関係、事務手続きと殆どの仕事をしていたシャーロットさんのあまりの業務の多さに母さんはまず社長の部屋に殴り込み、別の意味で顔色を悪くした社長から人事権を強奪。

 

下原のおばさんやご近所の知り合いをパートで雇って事務処理の速度を一気に改善。昔の仕事仲間で現在はフリーだったり、母さんと同じく産休やら何やらの理由で離職していた元弁護士や税理士を士会への復帰資金の用立て等で囲い込み法律部門も形作り、母さんが入社して父さんが入社するまでのたった数週間でヤマギシの内部を個人経営の商店から企業に変貌させた。

 

で、父さんが入社する前日に人事権を社長に返して法律部門に引っ込んだ。

たった数週間で実務のボスみたいな扱いになった人物のいきなりの行動に周りが目を白黒する中、同僚ではなく家族の視点で見ていた俺と一花は呆れながら一連のやり取りを見ていた。

 

 

 

 

 

「いやぁ、長らくお待たせしました。今日からよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、待ち望んでいました・・・本当によろしくお願いします」

 

「ははは、やはり人手不足が酷いようですね。うちの家内が迷惑をかけていませんですかな?ちとおっとりとし過ぎる所がありますから」

 

「は、ははは。いえいえ大変助かりましたよ」

 

 

ようやく合流した父さんと社長が談笑している。が、社長の方は父さんの背後に立つ母さんの目を気にして引き攣った笑顔を浮かべている。

父さんの前だと母さん凄い猫を被るんだよなぁ。

 

 

「あれだけぼろぼろの猫の皮なのに何で父さん気付かないかなぁ」

 

「いやぁ。気付いてても気にしてないんじゃないか?父さん母さんにベタぼれだし」

 

 

冷や汗を流す社長と朗らかに笑う父さんを見ながら俺と一花は部屋を離れる。母さんの矛先がこちらに来たら堪らないからな。

 

 



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第四十四話 魔法発電の開発

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第四十四話 魔法発電の開発

 

 

ヤマギシ内の業務改善が急ピッチで進む中、法律の専門家と事務処理の余力を得た俺達は二つの特許をまず取得した。

一つは前回話したエンチャントメッキ。そしてもう一つは。

 

 

「エレクトラムの丸棒にフレイムインフェルノをエンチャント。こいつを小型タービン発電機に積んでみた結果がこれだ」

 

 

横田基地周辺は昔から空軍の基地があり、周囲にある中小企業には世界でも有数の技術力を持ったメーカーや製造業者がひしめいている。

そんな横田基地周辺を俺達は奔走し、横田基地から勧められた金属加工業者と、エンジン技術で有名なIHCという企業に接触。

丸棒の作成とジェットエンジン技術を流用した小型の高効率タービン発電機を入手して、今に至る。

 

 

「凄いぞ、ガンガン回ってる」

 

 

真一さんが会心の笑みを浮かべる。

魔力をエネルギーにするというイメージは元からあった。実際そのアプローチを行っている企業もいる。

ただ、このエンチャントの発想を思いつけるのは現在メッキの開発者の藤島さんと宮部さんか、俺達しかいない。

完全に競争相手のいない独占技術だ。

 

早速法律部門の人に見てもらい、ヤマギシ法務チームの初仕事として特許を出願。母さん達は一週間ほどで特許申請までこぎ着けてくれた。

真一さんは実験したタービンエンジンの作り手であるIHCをビジネスパートナーに選び、IHCの商品である20tトラックの荷台にタービン発電機を据え付けた移動型の発電装置を改造。

燃料室をエレクトラムに置き換えただけの簡単な改造だが、一週間で火力発電型のタービン発電機を開発した。

それを持って今、総理や冒険者協会の関係者、委員会の関係者を集めて検証実験を行っている。

 

 

「発電を開始します」

 

 

真一さんがそう言うと係りの人がエレクトラムの丸棒を発電機に挿入。

グングンと発電量を表すメーターが上がっていくにつれて周囲の興奮が高まっていく。

発電機は特に事故も無く魔力が消えるまで終始安定した発電を行い続けた。

 

 

「素晴らしい。資源の無い日本にとってまさに福音と言える発明だ。山岸君、ありがとう!」

 

「いえ。総理のこれまでの支援の賜物です」

 

 

真一さんと総理が握手を交わす。同席していたカメラマン達がすかさずシャッターを切ったその一枚は翌日の新聞の一面を飾り、エレクトラム製の燃料ペレットは恐ろしいほどの大反響となった。

世界中の石油原産国以外がもろ手を挙げてこのニュースを歓迎し、ヤマギシには連日世界各国の政府機関、エネルギー企業、電気関連企業、そして自動車産業などから問い合わせが殺到。

 

もしヤマギシの業務改善が行われていなかったらと思うとぞっとするほどの電話や問合せの数々に戦々恐々とした俺達は、これを機に親類や知り合いといった縁を総動員して会社の社員を30人近く増やした。

 

 

「愛知県の超大手自動車会社からタービンエンジンの自動車を作りたいって連絡が来てるみたいだよ!」

 

「あっそ」

 

 

そんな中俺はというと相も変わらずダンジョンに潜って動画を撮っていた。特に最近はライダーマンマシンを11層以降で乗り回す動画をよく撮っている。

事務処理などで手が足りないときはミギーの力を使って高速で書類仕事をやったりしているが、基本俺達冒険者チームは呼ばれることが無ければダンジョンへの準備や、真一さんの手伝いで新製品の開発などをしている。

 

まぁ、真一さんやシャーロットさんが忙しいから現在は16層へのダンジョンアタックも行わず、ゴーレム相手に対デカブツの練習をしたりライダーマンマシンで疾走しながらの攻撃を練習したりしているが。

 

 

「・・・・・・早く先に進みてぇなぁ」

 

「まぁ、しょうがあるまいて。俺らも食べてかないといけないし装備には金かかるし」

 

「んー、そうだがなぁ」

 

 

適度にストレス発散している俺と違ってひたすらダンジョンに潜りたがっているのが恭二だ。

恭二は今現在の会社にまつわるあれこれを、しょうがないとは思うが全部ブッチして1人でもダンジョンに潜りたいと社長の前で言い切った筋金入りのダンジョンキチだ。その後めっちゃ怒られてたけど。

今の足踏みしている状況はひたすらストレスが溜まるだけなんだろうな。

 

 

「今の状況もすぐ終わるって。IHCと代理人契約を結ぼうと社長たちも働きかけてるし」

 

「それが終わったら次は近隣の土地を買収して、エレクトラムペレットを作ってる会社と合同で工場を建てて。それと平行して藤島さん達刀匠の皆さんの工房を隣接して建てて。そしてそしてそれらと更に平行して日米の教官教育が来る。むしろ俺達のんびりダンジョンに居ていいのかね?」

 

「いいんだろ。エレクトラムを大量に集めろって言われてるし。俺はむしろ、周囲の状況が俺たちに安心してダンジョンに潜ってもらえるように整ってきてると思ってるがなぁ」

 

「見解の相違って奴だな・・・・・・お、ゴーレム発見」

 

 

バイクで疾走しながら耳元に着いたインカムで恭二と会話を交わす。

バカ話をしながらも周囲を感知で見ていた恭二がゴールドゴーレムに気づき進路を曲げる。

向こうもこちらに気づいたのか腕を振り上げて攻撃しようとしてくるが遅い遅い。バイクを運転しながらの魔法も身につけた恭二の早さには付いて行けずあっさりレールガンの餌食になった。

 

そのレールガン、両手で撃てるのはちょっとずるいぜおい。

すっかりルーチンワークのようにゴーレムを狩る俺達二人は、今日も今日とてペレットの燃料に現金収入にとあくせく暇を潰すのだった。

 

 




山岸恭二:16層に突入する準備は出来ているのに進めない状況にストレスを抱えている。

鈴木一郎:バイクを走らせながらライダーキックが出来ないか試行中。


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第四十五話 ベンさんと美佐さん

新人参加回



誤字修正。ハクオロ様、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第四十五話 ベンさんと美佐さん

 

 

「ベンジャミン・バートン少尉デス。ヨロシクお願いしマース」

 

「坂口美佐二等陸曹であります!よろしくお願いします!」

 

日米の訓練生受け入れに先駆けて、ジュリアさんと浩二さんの代わりに二人の人材がチームに参加した。

まず米陸軍からは日本語が若干怪しい陽気なイケメン白人男性のベンジャミン・バートンさん。24歳の陸軍士官で、なんと弁護士の免許も持ってる超の付くアメリカンエリートだそうだ。

 

 

「家柄もホワイトアメリカンのセレブで、このまま10年軍に勤めて、更に10年弁護士、そこから政治家という出世コースの人材なんですがね」

 

「て事はヤマギシへの出向はそれを上回るチャンスになったって事かな?」

 

「可能性はあります。そして出向のタイミングも素晴らしい。かなり先を見る目を持っているようですね」

 

 

冒険者部門頭脳担当のシャーロットさんと一花は彼をかなり高く評価しているらしい。

その評価は決して間違ってないと思うんだが・・・

 

 

『やぁスパイディ、会えて光栄です。今から秋葉原に一緒に行きませんか?日本のアニメと漫画は素晴らしいですね!貴方の他の変身した姿についても勉強したいです』

 

 

この人一花と同じ匂いがする。有能な趣味人だこれ。

 

そして次に陸自から出向してきた坂口美佐さん。25才女性の陸曹で、何と看護師の免許を持っているそうだ。

勿論歩兵訓練は施されているそうだが、最初から回復魔法が使えた浩二さんといい、自衛隊は回復魔法の習得に重きを置いているのだろうか。

非常に小柄な人で一花より少し背が高い位の身長なのだが・・・何というか、警戒心の強い小動物を彷彿とさせる人だ。

 

 

「リスみたいだな」

 

「ちょっ、きょーちゃん止めてよ!」

 

 

ボソリと恭二が呟くと耐え切れなかったのか沙織ちゃんが吹き出した。

 

 

 

 

 

前回の浩二さんとジュリアさんの経験を活かして、まずは魔石を吸収してもらい二人には魔力の感覚を掴んでもらう。

次にライトボール、ヒール、バリアーといった必要最低限の魔法を覚えるまで大コウモリやゴブリン退治を行い、基礎が固まったらパーティーを組んでダンジョンアタックという手順でいく。

といっても途中で横田基地からの呼び出しがあり、日米の訓練兵のお迎えが入ったので二人の自力での10層到達は一旦延期になってしまった。

 

 

横田基地についた俺達を米軍20人と自衛隊20人の選抜チームが出迎えてくれた。

先頭に立つのは先日別れたばかりのジュリアさんと浩二さん。二人が俺達に敬礼をすると、それに合わせて一斉に全員が俺達に敬礼をしてくる。

 

 

「おい、恭二」

 

「ああ、分かってる」

 

 

一人一人の紹介を岩田さんとドナッティさんがしてくれるが、俺達の視線は5人の米兵に向けられていた。

全員の紹介が終わった瞬間に恭二が5人に向かって歩き出したので俺も付いていく。

 

 

『あの。お久しぶりです。お体の具合は、どうですか?』

 

『お久しぶりです。貴方の、貴方達のお陰で、どこも悪くありません』

 

 

恭二が声をかけた人物は、黒人の身長190cm以上ありそうな大男だ。小太りでスキンヘッドという厳つい外見だがやけに瞳が可愛い。恐らく20代前半のその人物は、以前カリフォルニアのダンジョンで救助した部隊の隊員だ。

腹を裂かれていたのに俺達の救助まで生き抜いていたタフな人で、恭二に助けられたらすぐに起き上がって周りの人を助けようとしていた。

 

 

『そうですか。本当に良かった』

 

 

そう言って恭二が彼と握手をすると、5人全員が涙を浮かべた。ちょっと俺も貰い泣きしそうだ。

一同は軍用車を使って奥多摩に移動する。奥多摩に着いたらそのままヤマギシのワンルームマンションに案内する。

このマンション、各部屋にはトイレしかないが変わりに3階に男女別の大浴場と食堂があり、食事は持ち回りで日米が担当するらしい。

俺達も利用していいそうなので早速お邪魔する事にした。

 

 

「米軍の料理はやっぱりお肉多めだね!」

 

「バイキング形式か、すげぇな」

 

「お兄ちゃん、あんまり欲張らないでよ?」

 

 

肉を更に積み上げてニコニコしながら歩く俺を、横から一花が注意してくる。

 

 

「おーい、一郎。こっちこっち」

 

「あいよ。あ『どうも』」

 

『ど、どうも。お邪魔しています』

 

 

見ると例の5人と相席していたらしい。挨拶するが、どうも表情が硬い。あれ、俺嫌われてるのか?

 

 

『あ、あの。カリフォルニアでは本当にお世話なりました。ありがとうございました』

 

『いえいえ。俺達は依頼を全うしただけですので。えぇと、ちょっと表情が固くないです?もっとフランクに行きましょうよ』

 

『それは、その、すみません、貴方相手にほぼ初見で、フランクに話せるアメリカ人はそう居ませんよ!』

 

 

悲鳴をあげるような声に、周囲に座って聞き耳を立てていたらしい米軍兵士が一斉に頷いた。

ジュリアさんにまで頷かれたのは本気でショックなんですが。

 

 

「申し訳ないですが、イチローさんには一度実際に目にして欲しかったので。多分、今アメリカの何処で貴方を見かけても似たような反応になると思います」

 

「・・・・・・あ、はい」

 

 

笑顔のまま固まる俺に申し訳なさそうにジュリアさんがそう言った。

一花さん、ちょっと流石にこれは俺も心が折れそうなんですが。頑張れ?はい・・・

 




ベンジャミン・バートン:米陸軍少尉。24歳。出世コースを蹴って?ヤマギシへ出向してきた。休日に秋葉へ行こうと暇があるたびに言っている。

坂口美佐:二等陸層。25歳。看護師の資格持ち。身長が低く小動物のような印象のある可愛い系の美人。


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第四十六話 日米教官訓練

誤字修正。244様、あんころ(餅)様、kuzuchi様ありがとうございました!


第四十六話 日米教官訓練

 

 

「自衛隊のAチームと米軍のAチームがダンジョンに入ったみたい」

 

「よし、俺達も行くぞ。ベンさん、美佐さんよろしくお願いします」

 

「コチラこそヨロシクお願いしマス」

 

「頑張ります!」

 

 

自衛隊のAチームには浩二さんが、米軍のAチームにはジュリアさんがついてるから問題ないと思うが、念のためダンジョン内のレスキュー部隊として俺と一花、それに基礎的な魔法を全て習得したベンさんと美佐さんが巡回することになっている。

この巡回ではベンさんと美佐さんの感知の魔法の精度を上げる事も目的にしている。

 

 

「この感知の精度がそのままダンジョン内での生死に関わるから、頑張って磨いてください」

 

「了解デース」

 

「中々、難しいですね」

 

 

飄々としたベンさんとは対照的に生真面目そうな美佐さんは眉を寄せる。

ああ、いつの間にか愛称で呼んでるけど、ベンジャミンさんだと呼びにくいだろうって事で本人が言い出したことだ。美佐さんもその時に許可を貰っている。

 

 

【日米チームへ。巡回チーム出発します】

 

【JAチーム了解】

 

【AAチーム了解】

 

 

JAは日本A、AAはアメリカA。単純な分け方だが咄嗟の際に問題なく区別できるように分かりやすい言葉で表してもらっている。

日本側が救助を求めているのにアメリカ側に走ってしまうとかあったら困るからね。こういう奴は分かりやすくしとかないと。

 

もう少ししたらBチームも出発する。1層に24名も入るのは初めてなので、同士討ちが無い様今日は各自銃は自重してもらい近接用のブラックジャックのような棍棒を持ってもらっている。大コウモリ相手ならこれで十分すぎる位だからね。

念のために拳銃は持っていると思うけど、無線で聞く状況的にどこも拳銃を抜くような状況にはなっていないみたいだ。

 

初日の取り敢えずの目標は各自にダンジョンに慣れてもらうことと、あわよくば魔力の存在確認をしてもらう事。倒した魔石は公平に分配する予定なので、今日中に魔力が感じ取れるセンスのある人を見出せれば満点って所だろうか。

 

A/Bチームが終わればその次はC/Dチームになる。今日は午前中のそれぞれ2時間だけダンジョンに潜り、午後は各自で実際に潜った際に気になったことや気づいたこと等をまとめて議論するために会議を開く予定だ。

この会議は言語の関係上日米で別々に行う予定だが、今回の教官教育に来ているメンバーには最終的に皆翻訳の魔法を覚えてもらう予定なので、途中からはその練習も兼ねて日米での合同会議等も行う予定だ。翻訳の魔法は実際に相手の言葉を聞き取ろうとすると覚えやすいしね。

 

 

 

 

さて、ダンジョンである。

午後になったらヤマギシチームのメンバーは暇になってしまったので、これはチャンスだと恭二の進言により16層へ。

ベンさんも美佐さんもそれぞれの会議に参加しているので、6名でのダンジョンアタックとなる。

 

 

「個人的に一番良い人数だと思う」

 

「ああ。多すぎず少なすぎず。5名か6名が1パーティの理想人数だって報告しとこうか」

 

「少なくとも新層に突入するときは6名がベストだな。唯の狩りなら5名でいいけど」

 

 

そんな軽口を叩きながら大昔の炭鉱のように、もろい部分を柱や板で補強してある坑道の中を歩く。防毒マスクと酸素ボンベは腰に付けてありいつでも被れるよう準備している。

 

 

「サイアク・・・・・・」

 

「キモーい」

 

 

沙織ちゃんと一花がそう言って口を閉じた。

ずるずる動く腐敗した「人間」だったもの。グールなんか目じゃない気持ち悪さだ。

 

 

「恭二、何かないか。アンデッドに効きそうな魔法」

 

「あー、えーと。ホーリーライトかターンアンデッドかな」

 

「よし、やれ」

 

「あいよ」

 

 

少し恭二が考え込む中、とりあえずゾンビを火葬で仕留める。フレイムインフェルノが目の前に展開されているのに突っ込んでくる姿はちょっとシュールだった。

自意識がないのかもしれないな。フレイムインフェルノに焼かれて灰になり、ドロップ品を落とすゾンビを見てそう考えていると、恭二が「OK」と声を上げた。

 

 

「試してみる。ターンアンデッド!」

 

 

恭二が魔法を唱えた瞬間、ゾンビの上空から乳白色の魔法が降り注ぎ、一転、上空に舞い戻って消える。

おお、と仲間達のどよめきが聞こえる中、恭二はどんどん魔法でゾンビを仕留めていった。

 

 

「属性は聖と浄化って考えて作ってみた。ちょっと試してみて欲しい」

 

「成るほど、聖属性と浄化か。それをイメージしながらやってみればいいんだな」

 

 

イメージが頭の中で一致したのか真一さんが納得したように頷いた。練習がてら全員で交代しながらターンアンデッドを唱えつつ前に進む。

俺の場合はなんか乳白色に右腕が光りました。流石に接近戦をするつもりは無いのでスパイダーマンモードになり、乳白色に輝く糸をばら撒いてます。

糸に包まれたゾンビが昇天していく様は正直ちょっと面白かった。

 

16層のボスはネクロマンサーだった。周囲には腐敗した冒険者的なのが四人。1人は魔法使いらしい木の杖を持った女のゾンビで、残りは長剣を持った戦士だ。

俺はウェブシューターを使って聖属性の糸をばら撒きゾンビを縫いつける。特に魔法使いは、下手な動きはさせるわけにはいかないからな。

手下が絡め取られたからか、ネクロマンサーは一声唸り声を上げると周囲からゾンビがまた湧き出てきた。

 

 

「恭二!」

 

「分かってる。ホーリーライト!」

 

 

え、その魔法何?と思った瞬間恭二を中心に乳白色の光が弾け、周囲のゾンビが全て昇天していく。あ、範囲版のターンアンデッドか。もう開発したのね。

怯んだネクロマンサーに右手を巨大な手に変形させて一撃。いきなり新技なんか出してきたのでちょっと対抗心を見せてみる。

巨大な爪を持ったその右手で叩き潰され、ネクロマンサーは煙になった。

 

 

「何だそれカッケー」

 

「いや、お前こそなんだ今の。何時の間に開発してたんその魔法」

 

「ターンアンデッド開発したときに思いついた。結構魔力食うからまだ試さなかったけど」

 

「さいですか」

 

 

軽口を叩きあいながらドロップ品の回収をする俺達を、呆れた目で真一さんが見ている。

 

 

「お前らもうちょい人類の言葉で会話してくれ。とりあえず恭二、その魔法のイメージを早く教えろ」

 

「うーっす」

 

 

ドロップ品を収納に仕舞い込み恭二が返事を返す。

次は17層か。気を引き締めていこう。

 




ターンアンデッド:聖属性?の魔法。ゾンビ等のアンデッドに効果有。

ホーリーライト:ターンアンデッドの範囲強化版


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第四十七話 バンシーの恐怖

17層・18層攻略。まだダンジョン回


誤字修正。ハクオロ様、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第四十七話 バンシーの恐怖

 

 

十七層の雑魚は予想通りネクロマンサーだった。

といっても攻撃手段はもう知れている以上魔法連打で完封だ。

やっぱりフレイムインフェルノが強すぎる。これ絶対に10層とかで思いついて良い魔法じゃない。

 

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 

沙織ちゃんがネクロマンサーに止めを刺した。グロに耐性のない沙織ちゃんだが遠距離ならある程度平気なのか、近づかれる前に感知した敵をバンバン魔法で焼き払っている。

ゾンビに噛まれて大丈夫かもわからないし、遠距離攻撃が鉄板だろうな。

 

 

「ボスはネクロマンサーと・・・・・・マミーか?」

 

「見えないだけゾンビよりマシ・・・・・・」

 

 

ボス部屋に入るとネクロマンサーが使役したモンスターを連れて待ち構えていた。引き連れているのは包帯で全身を覆ったミイラのような怪物だ。

炎が有効そうなので一斉射撃でボス部屋を真っ赤に染める。大した苦労も無く17層も攻略完了だ。

 

 

「マミーのドロップは・・・鞘付きの短剣。宝玉付きだな」

 

「これ、価値があるかなぁ?」

 

「どうかな。何か特殊な効果があるかもしれないし取っとこう」

 

 

ゴーレムのインゴットのようにどんな効果があるかわからないからな。一通り調べるまで価値を見出すのは難しい。

ネクロマンサーのドロップ品は変わらず水晶玉だったが、雑魚のネクロマンサーが落とす物より透明度が高く感じる。

これは、次もネクロマンサーな予感がぷんぷんするな。

 

 

「やっぱり・・・・・・」

 

「もうこいつ嫌・・・・・・」

 

 

18層の雑魚は予想通りネクロマンサーとマミーだった。面倒になった俺達は考えうる限り最短距離を火葬しながら走りぬける事にする。

そしてボス部屋まで走り抜けて、中を伺うと・・・・・・嫌な予感は当たるようだ。

 

 

「またネクロマンサーか・・・あとは、女?」

 

「全身黒ずくめにフードマント・・・明らかに悪い魔女っぽいんだけど」

 

「後はスケルトンかぁ。この階層でも出てくるとはね!」

 

「皆、アンチマジックはかけなおしておいてくれ。何かがあった時は恭二、頼むぞ」

 

「りょうかい。気合入れなおすわ」

 

 

真一さんの指示に従い、各自がアンチマジックをかけなおす。俺も戦闘能力の高いライダーマンスタイルに切り替えて、自身にバリアとアンチマジックをかけなおした。

 

 

「いくぞ!」

 

 

真一さんの号令に従いボス部屋に突入した瞬間。

 

 

【ギャアアアアアア!】

 

 

黒い女が金切り声のような叫び声を上げた。

音を聴いた瞬間、天地が逆転したような衝撃を受けて俺は座り込んだ。

これは、まずい。体が動かない。

自分の身体がまるで粘着性のある液体の中にとらわれているような感覚だ。

ヤバい、どんどんスケルトンが近づいてくる。このままじゃ不味い。

後方の仲間からの魔法はない。皆恐らく同じ状況だ。先頭の俺と恭二が止めなければ後ろの仲間が。

一花が危ない!

 

 

「オオオオオオオオ!!!!」

 

 

雄たけびを上げて、立ち上がった。魔力と言う魔力を無理やり体内で爆発させて相手の影響を消し飛ばす。

戦闘態勢をとるスケルトンに駆け寄り殴り飛ばすと、殴った部分が吹き飛んだ。

手の周りを何か黒い蛇のようなものが這い回り、普段からは信じられないほどの力が全身を覆っている。

 

 

「恭二!」

 

「・・・!レジストぉ!」

 

 

俺の声に応えて恭二が立ち上がった。

俺は恭二を庇うように立ち、スケルトンの攻撃を盾で遮る。

 

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 

特大の火柱がボスのネクロマンサーと黒い女を包み消滅させる。

最後のスケルトンを殴り倒すと、ちょうど魔力切れか右腕が溶けるように消えた。

荒い息をつきながら恭二を見ると、顔を興奮で真っ赤にした恭二の姿がそこにあった。

 

 

「きょ、きょう・・・」

 

「兄貴!クソっ、レジスト!」

 

 

真一さんのうめき声に我に返ったのか、恭二は慌てて全員に魔法をかける。

レジスト・・・抵抗か。あの状態にそれで抗ったって事だな。

 

 

「あ・・・うう」

 

「これじゃ駄目か!どうする・・・状態異常、状態異常だ。治す・・・よし!リザレクション!」

 

 

ヒールより強い閃光のような光が真一さん達を覆った。

効果は・・よし、顔色が戻っている!

恭二は念の為、全員にもう一度リザレクションをかけて様子を見る。

 

 

「どうだ、兄貴」

 

「・・・ふぅ、はぁ。大丈夫だ、何とか、戻ってこれた」

 

 

ドカッと真一さんが座り込む。沙織ちゃんやシャーロットさん、一花も立っていられないのかぺたり、と地面に膝を突けた。

 

 

「・・・・・・ヤバかった。あのオークにぶっ飛ばされた時よりも」

 

「・・・・・・恐らく状態異常だと思う。あいつの鳴き声はアンチマジックを貫通してたから、スキルかな」

 

「バンシーかな、多分」

 

「イギリスの伝説に出る妖精ですね。アレは、かなり邪悪に見えましたが」

 

「妖精なんて可愛いもんじゃない。悪霊って方がまだ分かる」

 

 

シャーロットさんの言葉に恭二が頷いた。

俺達は心を落ち着けるために他愛無い内容の会話を繰り返した。

 

 

「さて、どうする?」

 

 

ある程度頃合を見て、真一さんがそう尋ねる。

撤退か進むか、という事だろう。

 

 

「進もう。この階層はさっさと終わらせた方が良い気がする」

 

「俺もそれに賛成」

 

「ほう、理由は?」

 

 

恭二が真っ先に手を上げたので俺も賛成の声を上げる。撤退になると踏んでいたのか真一さんが少し驚いた顔をしている。

 

 

「まず、対策が立てられれば大した相手じゃないのが一つ。あいつの鳴き声に抵抗するレジストと、万が一状態異常になった時のリザレクション。これがあればあいつはただの雑魚だ」

 

「・・・・・・成るほど。一郎、お前もレジストが使えるんだな?」

 

「いや、俺は力技で破ったんで」

 

「・・・・・・・・・・・・人類の言葉で分かるように話してくれ」

 

「と言われましてもねぇ」

 

 

無理やり魔力を体に込めて弾き返したからそれ以外に言い様がない。

 

 

「レジストとリザレクションは後で教えるよ。で、二つ目がこの辛気臭いエリアをとっとと終わらせたい。ドロップも美味くないしな」

 

「私賛成」

 

「あたしも」

 

「じゃあ、私も。流石に辛くなってきました・・・・・・」

 

 

二つ目の言葉に女性陣全員が賛成に回り、真一さんはお手上げと肩をすくめる。

多数決なら仕方ないよね。早めに魔力回復しよう。

 

 




レジスト:抵抗力を上げる魔法。基本的に自身の状態異常に対する抵抗力を上げる為、状態異常になった後だと効果が薄い。

リザレクション:上位回復魔法。傷も状態異常も回復する。


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第四十八話 ドラゴンスレイヤー

20層まで攻略。普段よりちょっと長くなりました。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第四十八話 ドラゴンスレイヤー

 

 

さて、色々大変だったボス部屋を出て19層へ。

となる前に全員でレジストの練習からだ。次の階層に入る前に覚えないとバンシーの相手が辛いからな。

 

 

「バンシーの泣き声は恐らく俺達の精神を直接攻撃してくる魔法か、スキルなんだと思う。だから、レジストはその攻撃から精神を遠ざける、要はバリアーと同じく精神の壁を作って攻撃を妨げたり、弱体化するように【障壁】を作るイメージで使用している。バリアーと似た様なイメージで出来ると思う」

 

「なるほどな。これに属性を混ぜるのか。聖で良いのか?」

 

「ちょっとやってみるね!」

 

 

レジストのイメージはバリアに近く、イメージもしやすかった為か全員がすぐに覚えることが出来た。

だが、もう一つの魔法。リザレクションに関しては難航していた。

 

 

「駄目だな。どうしてもヒールになってしまう」

 

「イメージの仕方がなぁ。復活と言うか復帰させるって考えてみたらどうだ?」

 

「んー、んん?うーぬ」

 

 

沙織ちゃんや真一さんといった今までの魔法は全て見ただけで覚えてこれたセンスの良い人たちでもどうもイメージが沸かないらしく、ヒールが発動してしまうようだ。

俺は一応成功できたが、いつも通り右腕に付与する事しか出来ず乳白色に光る右腕という微妙な見た目の新必殺技(回復呪文)が出来てしまった。

これで殴ると相手は治る。アンデッドには特攻だがな。

 

 

「そういえば、さっきなんか一瞬だけ右腕が変なオーラ出してなかったか?」

 

「ああ、うん。俺もちょっとビビッた」

 

「・・・・・・多分、もののけ姫のアシタカじゃないかな、と思う。邪王炎殺拳の可能性もあるけど」

 

 

眉を寄せて一花がそういうが、確証は無いようだ。

俺も一瞬だったしよくわからなかったが、そう言われてみるとそんな気がしてみたのでちょっと使ってみた。

 

 

「うぉっ」

 

「うわ!」

 

 

ごっそりと魔力を吸われて右腕の周囲に黒い蛇のようなオーラが立ち昇る。それと同時に、体中を全能感の様な心地よさが駆け巡った。

瞬時にバスターに切り替えるが、魔力を吸われすぎたせいか微妙に気だるさが体を襲ってくる。右腕が溶けるほどじゃないが、これは本当に一瞬しか使えないな。

 

 

「これ魔力の消費がやばいわ。多分、そうとう強い腕だけど」

 

「うん・・・・・・感知ですっごい魔力の流れを感じたよ。お兄ちゃん、これ当分っていうかほんとのピンチ以外禁止ね」

 

「おお。頼まれても出来ねぇわ・・・すまん、ここの魔石貰っていいか?」

 

「いいぞ、あまり無理するなよ?」

 

 

足りない分の魔力をバンシーの魔石を使って補う。流石に18層のボスだけあってかなり回復したのを感じる。

 

 

「行けるか?」

 

「大丈夫です。今の・・・呪いの腕を使わなければ問題ありません」

 

「わかった。じゃあ、行こうか!」

 

 

真一さんの号令を受けて俺達は19層へ足を踏み入れた。

19層では予想通りバンシーが雑魚として出てきたが、しっかり対策を取れば怖い相手ではない。

要は初見殺しのような奴だったんだな。その分、恐ろしい位に致死率が高い。

先に俺達が入ってよかった。もし、恭二や俺が居ないパーティーなら恐らくここで全滅していた可能性が高い。

バンシーのドロップは・・・・・・フード付きのマントだ。絶対に着たくない。

 

アウトレンジでの魔法攻撃でどんどん進み。ボス部屋までやってくる。

19層のボスはネクロマンサーに、従者として侍る赤黒い血でペイントされたスケルトン。そしてバンシーと・・・レイスか。

 

 

「9層の奴よりはパワーアップしてると見よう。一気に火力で押し切るぞ!」

 

 

真一さんの号令でボス部屋に突入。

 

 

【ギャアアアアアア!】

 

 

即座にバンシーが金切り声を上げるが・・・よし、レジストできている!

 

 

「フレイムインフェルノ!」

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 

状態異常を完全に防げたことを確認し、各自がフレイムインフェルノを放つ。一瞬でボス部屋が炎に包まれた。

悲鳴を上げる事も無くモンスターたちが瞬時に消滅していく。

 

 

「よし。これならやれるな」

 

「20層までの必須魔法になりそうですね」

 

 

レジストの効果の高さに自信がついたのか、真一さんはすぐさま20層への突入を決断。

俺達も異議はなく、そのまま一直線にボス部屋までひた走る。

さっさとダンジョンから出たいという意思が足を速めたのか、程なく俺達は20層のボス部屋へとたどり着いた。

 

 

「うわぁ」

 

「いつか来るかと思ってたがなぁ」

 

 

明らかにドラゴンの体躯をしたゾンビとそれを従えるネクロマンサーのコンビに一花と真一さんが苦笑いを浮かべる。

あいつブレス撃ってくるのかね。肉がぽたぽた腐り落ちてるし骨も見えるんだが。

 

 

「バンシー、レイス、スケルトン。ここまでの総ざらいみたいな編成だな。それにあのネクロマンサーめちゃめちゃ身なりがいいぞ」

 

「全部の指に指輪付けてるし。ネクロマンサーロードって所かな?」

 

 

部屋の手前で作戦会議がてら恭二と一花が雑談を始める。口調は気の抜ける言い方だが、表情は一切笑っていない。

あのドラゴンゾンビが俺達を全滅させうる敵だと認識しているんだろう。

 

 

「よし。全員、ガスマスク着用。腐敗した空気を肺に入れるのはさけよう。リザレクションがあるから大事は無いと思うが」

 

「あ、そういえば使ってなかったね。賛成!」

 

「俺も。すっかり忘れてたわ」

 

 

酸素ボンベを背中に背負い、ガスマスクに付けて外の空気を完全に遮断するタイプのマスクだ。こちらが吐き出す息は逆流防止弁という物を押し出して吐き出すので二酸化炭素が溜まる事もない。

そして全員が念の為にアンチマジック・バリアー・レジストをかけ直して、全員がしっかりシールドと、シールドへのエンチャントも行う。

死なない事を最優先にフォーメーションを組み、俺達はボス部屋に突入した。

 

 

【ギャアアアアアア!】

 

【ゴボゴボ、ゴォォォ!】

 

 

バンシーの金切り声にあわせてドラゴンゾンビが咆哮を上げる。まるで排水溝に水が流れ込む時のような音だ。

真一さんたちの魔法がボス部屋を包み、炎の柱が何本も立ち並ぶ中、ドラゴンゾンビはそんな魔法の嵐を涼風だと言わんばかりに腐りきった口を開く。

白骨化した牙が並ぶあごの奥、喉に蠢く紫色に発光する何かが見えた瞬間、俺はフルチャージしたリザレクションバスターを口の中に叩き込んだ。

 

 

【ゴォォオ!】

 

 

濁流のような悲鳴を上げてのたうつドラゴンゾンビを乳白色の閃光が包む。

恭二のリザレクションだろうそれは一瞬でドラゴンゾンビを灰にしてしまった。

周囲を確認し、もう敵が居ないと見て取った真一さんが手で合図をしてマスクを外す。

 

 

「よし、作戦がバッチリ当たったな!」

 

「一郎、ナイス!良いタイミングだったぜ」!

 

「お前もな。一発で昇天させちまいやがって」

 

「ドラゴンスレイヤーですよ!私達!」

 

「よかったー!何も無くて」

 

「あいつのブレスは食らいたくないからね。ハメ勝ちできてよかったよ」

 

 

口々に喜びの声を上げて、俺達はドラゴンが残した見たことも無いような大きさの魔石と、ドラゴンの骨と牙を拾った。

そして、予想通りに鍵を見つける。

 

 

「やっぱりあったか。なら、この先にあれがあるな」

 

「早く帰りたいよぉ、真一さん!」

 

「本当ですね・・・今日はもう、クタクタです」

 

 

ネクロマンサーのドロップ品と共に落ちていた鍵を拾い、真一さんが奥のほうへ歩いていく。

ネクロマンサーのドロップ品は指輪だった。恭二に収納してもらい、俺達も先に進む。

予想通り先に進む道と鍵のかかった部屋があったのでこれを開けると、20層の転送室があったので早速宝箱タイムだ!

ミギーを使って部屋の外から腕を伸ばして宝箱を開ける。今回も罠は無く、中には人数分の皮袋があった。10枚前後の金貨と何らかの宝石、指輪、そして皮袋をどけると、読めない文字の手紙が置かれていた。

それらを恭二に収納してもらい、俺達は水晶玉に手をかざす。

見慣れた1層の部屋に出た俺達は無言のままダンジョンの外に出て、その場でへたり込んだ。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

立とうとしてよろめいた沙織ちゃんを、恭二が支える。

 

 

「・・・・・・し、死ぬかと思った」

 

「うん・・・・・・」

 

 

終わったと認識したとたん体が死の恐怖を思い出したらしい。呆けた表情の沙織ちゃんと一花がそう呟くと、沈黙が場を満たした。

 

 

「今日は、帰ろうか」

 

「・・・そうだな。反省会は明日だ。正直、寝たい」

 

「浩二さんとジュリアには、私から連絡しておきます・・・・・・」

 

 

そう言葉を交わして、俺達は解散する事になった。全ての続きは明日。反省も何もかも先送りにして、俺達は帰路につく。

1人で歩くのも億劫なのか、一花はずっと俺に縋り付いて離れなかったので、俺はそのまま実家まで一花を送って、一花が眠るまで手を握ってやった。

 

 

 




鈴木一郎:結局一花が手を離してくれなくてそのまま雑魚寝。

鈴木一花:一郎の手を握ったまま寝ていた事に気づき赤面。蹴り起こす。

山岸恭二:死にかけるという経験がチートをより進化させる。

山岸真一:人生最大のピンチに何もできなかったという事実と、弟と弟分が自力で立ち上がったと言う事実が心に一筋の傷を作った。

下原沙織:恐怖で眠れなかったため恭二の部屋に突撃。

シャーロット・オガワ:強い酒を呷って体を強制的に休ませる。かなり精神的に着ていた模様。


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第四十九話 ゲートの魔法

誤字修正。ハクオロ様、244様、T2ina様ありがとうございました!


第四十九話 ゲートの魔法

 

 

翌日の教育はダメージの大きな沙織ちゃんと一花を休ませて、俺がヘルプで沙織ちゃんの代打をする事になった。流石にまだ経験の浅いベンさんや美佐さんを俺達と同等の扱いにするわけにはいかない。低層とはいえ事故は起こりえるからな。

 

今日の訓練は午前と午後でしっかり行い、夕方のミーティングで昨日のダンジョン探索についてを外部組に伝えた。

反応は半信半疑といった感じだが、映像付きでパーティーが全滅しかけた瞬間を見せると押し黙る。

まぁ、あの状態異常は一度経験しないと理解できないだろう。

 

 

「あれを一度味わってもらうのをこれからの教育に入れるべきかもしれないな。初見殺しが実在するって、身をもって知ることが出来る」

 

「まずは教官組から行こうか。今ならすぐ20層へ行けるけど、体力は大丈夫ですか?」

 

 

浩二さん達は互いを見回してから、真一さんの提案に頷いた。

そして二時間後。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・そ、外」

 

 

リザレクションで体力は回復しているはずだが、青い表情で浩二さん達はダンジョンを出た。

浩二さん達ほど基礎が出来ていないベンさんと美佐さんは、顔を真っ青にしたまま無言で道を歩いている。

 

 

「あんな奴、知らなければ、皆殺しにされてもおかしくない・・・・・・」

 

 

浩二さんの呟きに一同が頷いて、再び会議室に足を向ける。

カリキュラムを一部修正する必要がある。後は派遣元への連絡が必要だな。

 

 

 

 

そんな形でこの秋、俺達は教官をやる傍ら状態異常に対しての研究も進めることになった。

特に致死率が高いと思われる麻痺や盲目状態、毒と言ったゲームなどでもポピュラーな状態異常に、熱や寒さ等といった環境を変えるような魔法等も視野に入れて新規魔法を開発したり、対策を練っていく。

とりあえず今回最大の成果としては。

 

 

「エアコントロール!」

 

 

恭二が発動させた魔法が薄緑色の膜を周囲にめぐらせる。

この中は常に一定の気温に保たれていて、暑さや寒さといったマイナスな状況を防ぐことが出来る。また、この膜の中には毒煙や麻痺煙といった空気に混ざる有害な物質を防ぐ機能もある。

頭に超が付くほど便利な魔法が生まれてしまった。

 

 

「これを付与したペレットを個人で持ち運べるようにすれば、花粉症から解放される!」

 

 

魔法の詳細を聞いた委員の1人がその瞬間にこう叫んでしまうほどの効果に、周囲は色めきたった。

と言っても、幾ら俺達でもそう何度も新製品を開発し続けることは出来ないため、真一さんたち経営陣は国内の空気清浄機などを作っているメーカーに相談してみるようだ。

 

 

「現状、まだまだペレットの数が足りないからな。発電機の方が優先になる」

 

「頼むぞ、恭二、一郎!ガンガンエレクトラムと魔石を取ってきてくれ!」

 

 

社長にガシッと肩を掴まれて頼み込まれる。最近、事務作業から解放された分社長は色々なお偉いさん達と話をする事が多くなったそうだ。

で、大体の人が二言目には発電機か魔石の話をするらしい。

ゴーレムの魔石が一つあれば大型の火力発電所をフルで一日動かす魔力を得ることが出来るそうなので、俺達の最優先対象はエレクトラムゴーレムの討伐だ。

現在は俺と恭二の二人組で一日にエレクトラムゴーレムを20体、普通のゴーレムを4、50は倒すことが出来ている。

移動の距離さえなければもっとバリバリ倒せると思うが、フィールドの広さが広さだからこれはしょうがない。

 

 

「なぁ、恭二、何かワープとかそんな感じの魔法は作れないのか?流石に嫌になってきた」

 

「ああ・・・一応俺も考えてるんだが」

 

 

バイクを転がすのは好きなんだが、ずっと同じ風景を見るのは流石に気が滅入ってくる。

駄目元で魔法博士に尋ねてみるも、感触がよろしくないようだ。

 

 

「いや、出来るかもしれん。ただ、転移した先が知っている場所かとか、転移したときにほら。何か虫とかが体に入り込んだりしないかが怖くてな」

 

「ああ・・・・・・『いしのなかにいる』って奴か。なら、転送室みたいに転移先を指定して、そこにゲートみたいなのを作れないのか?ダンジョンの入り口みたいな奴」

 

「いやいや流石に・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「恭二?」

 

「・・・・・・いける。イチロー、お前天才かもしれんぞ」

 

 

恭二はにやりと笑うと、地面に足で×印をつける。

 

 

「よし、ここに一度出してみる」

 

「マジか。マジか!?」

 

「成功するかはわからんがな。ゲート!」

 

 

恭二がそう呪文を唱えると、ボンヤリとしたもやが×印をつけた辺りを覆う。そしてもやが晴れると、見覚えのある黒い穴がそこに出現した。

間違いない、ダンジョンの入り口だ。

 

 

「ちょっと見てみる。どこに繋いでるんだ?」

 

「一応、ダンジョンの入り口のつもり・・・・・・・これ、やばいわ。維持するだけでガンガン魔力が」

 

「もうちっとだけ頑張ってくれ」

 

 

念の為右腕をミギーに変えてゲートに向かって伸ばす。最悪これで変な場所に繋がっていてもこちらに大きなダメージは無い。

ミギーの視界をこちらと共有すると・・・・・・

 

 

「間違いない。ダンジョンの、ゲート前に繋がってる」

 

「っし!大成功だ!って、ああ!」

 

 

成功を喜んでガッツポーズをする恭二。だが、そこで気が緩んだのかゲートが消滅してしまった。

一緒にミギーも飛ばされてしまったが、元々魔力で組まれた物の為魔力以外の損失感はない。

 

 

「すげぇな。ついに転送まで出来ちまうようになったか」

 

「・・・・・・・いや、外だと無理だ。これ、魔力消費がヤバすぎる。魔力が空気に満ちてるダンジョンじゃなかったら多分あっと言う間に消えるし、行き先のゲートも展開しないといけないから1人じゃ間に合わない」

 

「お前で駄目なら・・・・・・少なくとも暫くは空間転移はダンジョン内限定だな。それでも、すげぇよ」

 

 

疲れ果てたという表情の恭二に肩を貸して立たせる。

これでパーティーが全滅する可能性がグッと減った。20層以降の攻略に良い弾みがついたな。

 

 




エアコントロール:自身の周りに空気の結界を作る魔法。基本的に一定の気温を保ち、外気に混ざっている有害な物質を排除する。

ゲート(現状恭二専用):ダンジョンのゲートと同質の空間同士を繋げる穴を作る。莫大な魔力を消費する為、現状は恭二しか使用できない。ダンジョン外での使用もほぼ不可能。


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第五十話 世界冒険者協会

第五十話 世界冒険者協会

 

 

「世界冒険者協会?何じゃそりゃ」

 

「本部はアメリカのロサンゼルスにあるらしい。一応日本の協会にも連絡来てるらしいぞ」

 

 

そう言って恭二はヤマギシ宛に送られてきた手紙をヒラヒラとはためかせる。

世界冒険者協会ねぇ。俺達に何のようなのか。

 

 

「喜べ一郎。ぜひお前に名誉会長になって欲しいらしい」

 

「謹んでお譲りします」

 

「俺もヤダよ忙しいのに」

 

「それな。日本の協会だけで手一杯だしアメリカまで手を伸ばすのは無理だろ」

 

 

毎日手分けして教育と魔石の確保に走り回り、何かあれば協会や企業に呼び出されて質問され、と非常に忙しい日々を送る俺達に、わざわざアメリカの仕事まで背負い込む余裕はない。

IHCが発表した魔法燃料とそれを使ったタービン発電機も実験機を更に発展させた商用発電機の評価が始まったし、民間企業が自社工場の自前の電源に使いたいとかの話も来ていて、燃料用ペレットは現状まるで足りなくなっている。

 

お陰で単独でもゴーレムを狩れる俺と恭二は連日14層に潜り続ける羽目になった。だが、恭二が新しく開発したゲートの魔法のお陰で帰りは楽々出口まで行けるようになったから大分負担はなくなったけどな!

 

このゲートの魔法の存在は一瞬日本冒険者協会に激震を走らせたが、魔力消費が酷すぎて外では使えない、いわばダンジョン専門の魔法だとわかると一気に沈静化した。そのダンジョン内部でもまともに使えるのが恭二だけだから余計にな。

 

 

「いや、それでも将来、魔力問題さえ解決出来れば外でも使えるかもしれない」

 

 

そう言って真一さんは最近、忙しい合間を縫ってその時暇な人員と一緒に1、2時間狩りを行っているらしい。ゴーレム等の大型の魔石以外は自分で吸収して自力を高めているそうだ。

 

 

「いつまでも弟達におんぶに抱っこされるわけにはいかないからな」

 

「いやいや頼りにしてますよ。ダンジョンの中でも外でも」

 

「・・・・・・」

 

 

ダンジョン内なら前衛も後衛もこなせる上にリーダーとして指示まで出してくれるオールラウンダーで、魔法のセンスも抜群。

外に出たら新しい魔法関連の特許にはほぼ名前が出てくるヤマギシの要で、次期社長。

政財界からの覚えも目出度いらしく、最近では社長よりまず真一さんと繋ぎを取りたい、という人も居るらしい。

俺や恭二が好きに動けているのも真一さんが居るからって所か大きい。

実の弟からは言いにくいかもしれないから俺の方から頼りにしてると伝えると、真一さんは少しだけ目を閉じて、深く息を吐いた。

 

 

「そうか・・・・・・そうだな。なら、もっと頑張らないとな」

 

「体に気を付けて下さいね?」

 

「ああ。俺程度の忙しさで倒れてたら親父に笑われちまうからな。お前も程々にしとけよ」

 

「完全にルーチンワークになってるんで。適当に切り上げますよ」

 

 

朗らかに笑う真一さんは、悩みが消えたのかますます精力的に動くようになった。リーダーの行動力が乗り移ったのか開発中の商品や技術が立て続けに成功し、ますますペレットと魔石の需要が過熱していく。

といっても俺達も限られた人数で無理くり回しているので、現状以上の成果を出すことは難しい。

一先ず、国が主導で行っている火力発電機の開発に注力し、そちらが軌道に乗り次第他の案件に着手することにして、新規の開発や技術協力については一時保留となった。

ここから先は更なる教育が進まないと対応できない。マンパワーの不足を今居る人員で無理して何とかしても続かないからな。

 

 

 

 

「ううぅ、悔しい!」

 

「さお姉、ドンマイ!」

 

 

そんな忙しい中のある日。キッチンで朝飯でも食べようかと部屋を出ると、沙織ちゃんと一花がノートPCを弄りながら何事か騒いでいる。

 

 

「何してんの?」

 

「あ、イチロー君。な、なんでもないよ?」

 

「なんでもないなんでもない!」

 

「お前ら誤魔化すの下手すぎ。何見てるんだ?」

 

 

ノートPCの画面をバタンと閉じて必死に隠す姿は疑ってくれと言ってるようにしか見えない。

 

 

「とりあえず見せて?」

 

「はい・・・」

 

「わ、悪いことしてたんじゃないからね?」

 

 

素直にノートPCを明け渡す沙織ちゃんに比べて一花は往生際が悪いなぁ。

とりあえず開いていた画面を見ると・・・にちゃん?

 

 

「ダンジョン考察スレ。なんだこれ」

 

「まとめサイトを巡回したら偶然見つけて。これ、書いてる事酷いんだよ!事実無根だよ!」

 

 

なになに。ヤマギシはケチ、魔石を独り占めしてる。可愛い子が多いのは人気取りの為。レイヤーがいる。兄貴に比べて弟は微妙。あんな小さな子を働かせてるのは違法。

ほーん。良くある批判スレじゃないか?

 

 

「こんなん無視しときゃ良いじゃん」

 

「でも悔しいよ!皆一生懸命頑張ってるのに!」

 

「やっぱり良く知りもしない奴に言いたい放題されるのは腹立つからねー。私もちょっと知り合いのスーパーハカーに依頼してこいつらを地獄に」

 

「厨房乙」

 

 

俺としては無視一択で良いと思うんだがなぁ。こんなん一々気にしてたら身が持たないぞ。

とりあえずボロを出しそうな二人にはもうここを見るのを禁止しておく。

 

 

「露出が多い以上、そういった声に振り回されるのは仕方ありません。二人も、自分からそういった所には近寄らないようにしてください」

 

「はーい・・・」

 

「ごめんなさーい」

 

 

キッチンに居たシャーロットさんに顛末を話すと、シャーロットさんは呆れ顔で二人に注意を促した。

君子って訳でもないけど、危うきには近寄らないのが一番だからな。

しかし、そうか。外部ではヤマギシが完全に独占してるようにしか見えないのか。

これからウチの会社がどう進むべきか、一度皆で話し合ってみるべきかな。

 

 




世界冒険者協会:名前がうさんくさい。


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第五十一話 ダンジョン免許制度

予約投稿を失敗していたため侘び投稿。
明日の七時も間に合えば投稿します。間に合わなかったら12時になると思います。



誤字修正。ハクオロ様、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第五十一話 ダンジョン免許制度

 

 

藤島さん達の努力が実り、玉鋼以外でも刀を作る許可が出た。

 

 

「やっと色々な合金を試すことが出来るよ!」

 

 

最近は鍛冶もできる冶金学者として色々活躍している宮部さんもこのニュースに喜んでいた。

藤島さんとコンビを組んで魔鉄を組み込んだ合金を開発しているらしく、前々から許可を申し込んでいたらしい。

この度目出度くお墨付きを貰えた為、張り切っているようだ。

装備が強化されるのは俺達にとってもありがたい事だし、藤島さんと宮部さんには是非このまま研究を続けて欲しい所だ。

 

頑張っていると言えば、発電機の件でウチと協力してるIHC等の日本企業も頑張っている。

ペレットを扱えるのがヤマギシしか居ない関係で完全に燃料不足になっている現状を変えるために、少ない数のペレットで効率的に動力を確保出来ないか、または自作でペレットを作成出来ないかという試みをしているらしい。まぁ、その為に研究用にペレットを欲しがられているので結局今現在の供給不足は解決してないんだが。

自作したというペレットも見せて貰ったが、とても代用品にはならない出来映えだった。ダンジョン産の金属じゃないと、あんまり魔力の通りが良く無いんだよなぁ。

 

この、魔力がどれ位込められているのか、込めることが出来るのかは魔法をそこそこ修めている人物でないと調べられないし、それも感覚的な物になってしまう。

これを可視化できないかは、真一さんが今研究をしているらしい。

 

 

「ダンジョン1層でオオコウモリの魔石を吸収した人物が1として、俺達が幾ら魔力を持ってるのか。単位を作りたいんだ」

 

「今はペレットの魔力がどの位で切れるのか、感覚的にしかわかりませんしね」

 

「もしこれを数値化出来れば、エネルギーとしての魔力の価値は一気に高まるぞ!」

 

 

真一さんは最近、ドロップ品の効果や魔力に対する反応を調べているらしい。ダンジョン産の物は全て魔力に対して反応するため、そこを利用出来ないか調べているそうだ。

という訳で俺と恭二、それに沙織ちゃんの三人は仕事や学校で動けない他のメンバーの代わりにひたすら20層までのドロップ品や魔石を集め続けている。

 

日米の教官育成も来月で一旦の終わりを迎える予定で、三ヶ月の猛訓練を経て10層までなら俺達の力がなくても問題なく潜れる様になった40人の教官候補生達は、教官として教える側になる。

そしてそれは、浩二さん達やジュリアさん達とのお別れという事にもなる。

 

別れの前に、浩二さん達には20層までを経験して貰う予定だ。

日本冒険者協会が作った基準で言えば20層到達はレベル20という単位になる。現在ヤマギシチームしか所持者の居ない、間違いなく最先端の冒険者の称号だ。もし何かしらの理由で離職したりした場合も日本の中でなら立派な資格になるから無駄にはならないだろう。というかもし離職したらまた是非ヤマギシに来て欲しい。日米が選抜しただけあって彼らは本当に有能な冒険者だからな。

 

 

 

 

 

さて、資格と言えばこの度日本の冒険者協会は正式にダンジョンに潜る際の免許を発効することになった。

色々細かい言葉が付くが、大雑把に言うと運転免許のようにダンジョンへの出入りを解禁されるダンジョン一種免許、次に他者を連れて出入りする事が出来る二種免許。そしてそれらの免許を取得するための教習を行うことの出来るダンジョン指導員資格の3つに分類される。

これらはそれぞれレベル5、5層への独力到達(チームは組んだ上で)で一種免許。レベル10、10層へ教官の力を使わずに突破できて二種免許。教官資格については10層までを独力で到達した上、定められた魔法の使用と習熟、更に教導を行えるかと言った知識的な部分も見られることになる。

 

現在指導員資格を持っているのはヤマギシ所属の5名と一花、それに浩二さんとジュリアさんの8名だけだ。予定通りに進めば来月には今現在の受講生40名にベンさんと美佐さんが資格を持つことになる為一気に人数が5倍以上になり、これからはどんどん免許所得者が増えていくだろう。

そして、この指導員資格について、先日名前の挙がった世界冒険者協会から米国政府経由で依頼が入ってきた。

 

 

「米国の冒険者を育てたい?」

 

「ああ。何でも向こうではヤマギシに相当する冒険者チームが育たなかったらしくてなぁ。協会を立ち上げたは良いがレベル5以上の冒険者が独りもいないらしい」

 

 

まぁ、オーガまでは兎も角オークは銃だけだと辛いものがあるからなぁ。あいつら大口径の銃弾でも場所によってはそのまま突っ込んでくるみたいだし。

米軍の精鋭がチームを組んで7層で全滅しかけたというのは、それだけの理由があるって事だ。仮に退役軍人を集めて行ったとしてもその位が限界になるのだろう。

向こうに恭二のようにどんどん魔法を作れる奴が居ればまた違うんだろうが。

 

 

「米国政府からって事は流石に断れんか。次の受講者に入れることになるのか?」

 

「うむ。日本冒険者協会とも提携を始めたらしくてな。そっちの人員と調整してうちにどの位受け入れて欲しいのか連絡があるそうだ」

 

「ふーん。うちとしては、ちゃんと筋を通してくれるなら断る理由は無いな」

 

「最初はどうかと思ったけど、大分力の入った組織みたいだなぁ」

 

 

そう言って真一さんは、会議室においてあるスクリーンに世界冒険者協会のホームページを映した。

結構綺麗に区分けされている。英語のため書いてることは良く分からんが。

直接聞くのなら翻訳が利くんだがなぁ。

 

 

「実は私にもオファーが入ってるんです、日本支部の支部長にならないかって」

 

「え。どうするんです?」

 

「勿論断りました。だって、ダンジョンに入れなくなりそうですから」

 

 

シャーロットさんがそう言って朗らかに笑う。

ここに居るメンバーは皆、暇を見てはダンジョンに潜るダンジョンキチに近い連中だ。研究に大忙しの真一さんですら日に1、2時間は必ず潜って魔石を回収したり魔法の練習をしているからな。

今現在の忙しさは、あくまで俺達自身がダンジョンに潜るための準備。

その準備にかまけて腕を鈍らせる様な事はしたくないそうだ。

 

 

「冒険者の数が増える事は大歓迎だ。企画倒れも無さそうだし、この件は歓迎する方向で行こう」

 

 

真一さんはそう言って世界冒険者協会のHPに視線を向ける。

どんな奴が来てもうちの優位は揺らがないって顔だな。本当に頼れるリーダーだぜ!

 




山岸真一:米国の冒険者か。どんな可愛い子が居るか楽しみだ。

山岸恭二:絶対ろくなこと考えてないだろうなぁ

下原沙織:真ちゃん悪い顔してるなぁ

シャーロット・オガワ:これが無ければいいリーダーなんですが・・・

鈴木一花:ぶー!私が居るのに!


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第五十二話 米国からの来訪者

7時間に合った



誤字修正。ハクオロ様、244様、見習い様、kuzuchi様ありがとうございました!


第五十二話 米国からの来訪者

 

 

冬がやってきた。

奥多摩は山間にある為冬になると道が凍ったりして国道が通れなくなることもある。青梅線のお陰で陸の孤島にはならずに済むが、道路上にまで根雪や氷が残るようになれば急な外出はほぼ無理になる。不便な季節だ。

 

そんな季節にある嬉しいニュースが入ってきた。下原の小父さん、沙織ちゃんのお父さんがうちのヤマギシに入社してくれたのだ。

元々青梅の個人商社の次男坊で今までは兄の片腕として働いていたのだが、下原の小母さんもうちで働いてくれているし、実家の方も長男の子供が大人になってこの春に入社をしていた為、彼に自分の仕事を引き継いでいる最中で丁度いい頃合だったらしい。

これを機に下原の小母さんもパートから正式にヤマギシの社員になり、今は一家でヤマギシビルの5階に住んでいる。

 

 

「いやぁ、エレベーターで1階降りるだけで職場なんて夢のようです」

 

「全くですなぁ、寒さも厳しくなってきますし」

 

 

と言っても下原の小父さんはうちの父さんと同じく渉外担当で、主に冒険者協会側とのやり取りをしてもらうので毎日都心の方に行くことになるんだがなぁ。

父さんはこれからは技術協力をしているIHCなどの会社を回る担当になるらしく、真一さんとの打ち合わせが多くなった為先月に比べて奥多摩に居ることが増えてきた。

顔を合わせる機会が前よりも増えてうちのお母様もにっこにこである。

ただ、新しい弟か妹が欲しいかって質問はちょっと勘弁して欲しいです。

 

 

 

さて、そんな冬に入る奥多摩にある珍客が訪れてきた。

何とアメリカから世界冒険者協会の幹部がやってきたらしい。

次の冒険者教育の話もほぼ本決まりになったし挨拶にでも来たのかと思ったら、どうも恭二と俺に会いに来たらしい。

 

 

「久しぶりの変身接待だねお兄ちゃん!」

 

「最近忙しかったから忘れられていたのに・・・・・・」

 

 

動画の方は小まめに更新している。この間、変身の魔法を使ってジャバウォックへの変身シーンを再現してみたらコメント欄が「次はハルクでお願いします」で埋め尽くされていてちょっと吹いた。全部英語だったので組織票と思って受け付けませんと応えると、何とアメリカの某原作者様からお願いしますと言われたので次回にやりますと発表。現在は練習中である。

 

 

「兄貴や一郎だけじゃなく、俺ぇ?すっごい面倒な事になりそうだ」

 

「そうだね、多分『良く分かってる』人だと思うよ」

 

 

うめき声を上げる恭二に、一花が相槌を打つ。

基本的にヤマギシのフロントマンは真一さんになるし、真一さんがリーダーなので大体の人は真一さんに会おうとする。例外は俺やシャーロットさんのように、冒険者とはまた別の意味での顔を持っている場合だ。

その点、直で恭二を指名するって事は、テレビで見た以上の情報源から情報を取れるという事だろう。

念の為に、シャーロットさんには同席をお願いしておこう。嫌な予感がする。

 

 

「シャーロットさん、これから会う人物の情報ってあります?」

 

「ええ、調べてますよ」

 

 

約束の人物との会談の前に、事務所に居たシャーロットさんに同行のお願いと事前情報を教えてもらう。

世界冒険者協会を構成しているのは、いくつかある個人ダンジョンのオーナーの内、テキサスのブラス家とモンタナのジャクソン家の代表だそうだ。

ジャクソンの代表は大学生の次男。ブラスは長女で、18才。

ジャクソン家は観光業、天然資源や木材の生産や加工で財をなした富豪。そして、ブラス家は世界的エネルギー企業の一社、ブラスコ社のオーナーで経営者一族だ。

 

 

「どちらも大変力のある一族で、勿論ここと付き合う場合はメリットとデメリットが発生します。特にブラスコは危険です」

 

 

テキサス人独特の陽気さと傲慢さが共存する経営方針。必要であればギャンブルのように資金を投入し、カジノごと買い占めるように根こそぎ持って行くような、そんな事を代々帝王学として学び受け継いできた一族だ。

下手なところを見せれば丸ごとむしられる可能性もある。

そんな厄介な存在は、新ビルの屋上に作られたヘリポートの初の利用者として俺達の前に姿を見せた。

 

 

 

 

『は、ははははじめまして、ウィリアム・トーマス・ジャクソンです!』

 

『はじめまして、キャサリン・C・ブラスです』

 

『はじめまして、イチロー・スズキです。お会いできて光栄です』

 

『はじめまして、イチカ・スズキです。よろしくお願いします』

 

 

翻訳の魔法を使って、ヘリから降りてきた彼・彼女と挨拶を交わす。中への案内役は俺とイチカが押し付けられてしまった。

それぞれサングラスをつけた黒服のボディガードと通訳を連れて来ており、彼らを案内してビル内の会議室へと向かう。

 

その道中、やたらとジャクソンの次男坊に話しかけられた。見た目が典型的なギーク(パソコンオタク)で、話し方もドモリ気味で少し聞き取りづらいのだが、どうやら俺の動画のファンらしい。

そう言えば最近、ジョン小父さんに会いに横田基地に行った時も似たような反応を貰ったことがある。

ブラス家の長女の方は比較的冷静だが、何と言うかこの子、多分恭二目当てじゃないかなぁという節がある。

一花に恭二についての質問を何度かしてたし。多分この子が恭二を指名したんだろうな。

格好が完全に黒ゴスという初めてみるような服装をしているが、一花と同じ位の身長のせいか良く似合っている。

 

 

『こちらが会議室になります』

 

 

会議室のドアを開けてエスコートする。中には社長を含めたうちの幹部が勢ぞろいしている。

彼らを席に案内して、俺と一花も椅子に座る。

さて、どんな話になるのだろうか。面倒ごとにならなければいいんだがな。




ウィリアム・トーマス・ジャクソン:大富豪ジャクソン家の次男。典型的なオタクだったが、長年憧れたヒーローが現実になったというニュースに居ても立ってもいられずダンジョンに潜る。3層までは自力で潜れているらしいが、まだ魔力は感じ取れないらしい。

キャサリン・C・ブラス:ブラス家の長女。18歳と言う年齢の割には小さな体躯をしており、金髪のツインテールという事も相まって黒ゴスをつけた人形のような見た目をしている。


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第五十三話 彼らにとってのヒーロー

感想が2件も同時に来るという初めての体験にテンションを上げてしまってつい書き上げてしまったんだ。ちょっと手が痛いので明日は普通にやります(反省)

誤字修正。244様、見習い様、kuzuchi様ありがとうございました!


第五十三話 彼らにとってのヒーロー

 

 

『本日は、貴重なお時間をいただき私たちとお会いくださってありがとうございます』

 

 

口火を切ったのはブラス家の長女だった。

18という年齢の割には体躯の小ささが目立つが、立ち居振る舞いや口調、物腰等に品位を感じる。

ジャクソンの次男の方は完全に見た目通りだからこっちが世界冒険者協会の分かってる方だろうなぁ。

 

ブラス嬢の提案はいくつかあったが、まず最初に来るのはヤマギシチームの世界冒険者協会への参加だった。

これは、すでに日本冒険者協会に所属している事を理由に断る。日本冒険者協会と世界冒険者協会がどういう関係になるか分からないしヤマギシの一存だけで決めて良いものじゃない。話は日本冒険者協会と行ってほしい。

次の提案は世界冒険者協会で役人にならないかと言われたが、これも同じ理由で受けられないと伝えておく。

まぁ、この辺りは相手もダメ元って所なのかあっさり引いてくれた。

問題は次の提案だった。

 

 

『現在行われている冒険者の教官育成についてお話をしてあると思いますが、我々はこの冒険者の育成に強い興味を持っています。特に魔法の習熟訓練を行えるのは現在この奥多摩しかない。これを専門的に研究・開発する研究機関・・・有体に言えば大学のような物を作りたいのです』

 

『大学、ですか?』

 

『はい。現在皆様が開発している魔法燃料、エネルギーのブラスコとしても注目していますが、その魔法製品の開発に関しても現在は一部の天才の閃きだけに頼っている状態です。現在、魔力や魔法についてはほぼ何も分かっていない状態です。そんな状態ですらすでに世界を揺るがすような発明がなされています。そして、今貴方方が使用している翻訳魔法!直接対面していないと使えないと言われていますが、それも今現在の話です。これからどうなるかは分かりません。もし、技術や知識の蓄えによって、これが通信越しでも使用できる日が来たら・・・それは、人類史にとっても非常に大きな一歩だと思います』

 

 

迫力というか。彼女の魔法に対する情熱を圧力のように叩きつけられる気分だ。

しかし、なるほど。確かに今の俺達は魔法に対しては恭二が開発した物を使用しているだけの状態で、それは一個人に非常に寄りかかった危うい代物だ、というのは理解できる。

あと、この子の恭二を見る目が熱い。同じ目を良く向けられるからなんとなく分かるが、このブラスの長女・・・恭二を英雄視してるのかもしれない。

だが、理由が分からん。魔法に対して熱い思いを持っているみたいだが。

 

 

『成るほど、ブラスさんの仰りたい事は良く分かりました。実際俺たちも同じ懸念を持っているため、その解消の一手として魔法を教える事の出来る人物を育てるように努力しています。ただ、人を育てると言う関係で一足飛びにという事が難しいのが現状です』

 

『勿論そこは理解しています。その為に我々も次回の教官教育に参加する予定なので』

 

『ご理解いただけて幸いです。何分、小さな企業ですので人員の問題もありまして』

 

 

何せこの会議場に入りきる人数しか社員が居ないからなぁ。世界に名だたる大企業とは地力が圧倒的に違うのだ。

ブラス嬢もそこは理解しているのか、それ以上の提案はしてこなかった。あくまで今回は世界冒険者協会がどういう理念で動いているのかを俺達に伝える為に来たのかも知れない。

実際に話を聞いてみると、今まで感じていたうさんくささのような物が無くなったし。応援してもいいって思える内容だったな。

そしてこのまま話が終わるのかと思った時、ブラス嬢がジャクソンの次男に目線を送る。

 

 

『あ、あー。その、実は今日はあと一つお願いがありまして』

 

『お願いですか、どのような?』

 

 

いきなり提案ではなくお願いと言われ、真一さんが怪訝そうな顔で応えた。

 

 

『その、イチロー・スズキさんとキョージ・ヤマギシさんと、是非ダンジョンに潜りたいのです。彼ら・・・あなた方は、私達二人にとってヒーローなので』

 

 

そう言って恥ずかしそうに顔を赤く染めるギークと、同じく顔を赤く染める黒ゴスに会議場の空気は何とも言えない物になった。

おい、どうするよと恭二に目を向けて確認すると、仕方ないんじゃね?という表情で返事が来た。

という事で会議は終わり、他の仕事がある社長や真一さん達は席を立ち俺と恭二、沙織ちゃん、一花、の4名にジャクソン・ブラスコの人員を含めたメンバーで奥多摩ダンジョンに入る事になる。

とりあえず明らかに恭二狙いの黒ゴスちゃんは恭二と沙織ちゃんに押し付け、俺はギーグ君を担当する事にする。

一花も何となくこっちとの方が話しやすそうだしな。オタク同士通じるものがあるのかもしれないな。

 

ギーク君は独力で3層まで潜ったことがあるらしく、今回はフロントアタッカーを任せることにする。

また、黒ゴスちゃんは何と自力で回復魔法を使えるらしく、基本はギーク君と彼らの護衛2人を前衛に黒ゴスちゃんが援護を、そして手が足りない所を俺達がカバーする方式で行く。

そして銃社会のアメリカなのにギーク君なんと剣装備である。

 

 

『昔、中世の頃実際に使われていた剣を鍛冶師に打ち直してもらったんだ。銃は5層までは有効だけど6層、7層と行くとどうしても近接武器や魔法に見劣りするって、動画で学んだから』

 

『俺の動画を見てくれているんですね』

 

『もちろんさ!君が初めてTVに映ったCCNのニュースからここまで、全部の動画や画像を集めているよ!MEGAMANの時からずっと追いかけていたんだ!最近の動画ではエンターテイメントに寄ってるけど、随所で相手の行動を阻害したり一手先を読んで魔法を撃ったりしているだろう!勿論気づいていたよ!』

 

 

きっちりと事前に知識を仕入れてあるし、見てくれてありがとう位のノリで会話を振ったら矢のように返答が帰ってきた。

おお、うん。熱心だな。その調子で警戒をね。余り話に夢中になるのは良くないぜ。

 

 

『あ、ああ、すまない。話に夢中になるとつい、我を忘れてしまうんだ。普段は、こう簡単に夢中になったりしないよ。君が目の前に居るからずっと頭がパニックを起こしているんだ』

 

『ああ、うん、大丈夫。これから俺と君は命を預けあってダンジョンに潜るんだ。心を落ち着けよう。俺を頼ってくれていい』

 

『ああ!もちろん、もちろんさ。夢みたいだけど現実だ。僕は今奥多摩に居て、隣にマジックスパイディが居て、一緒にダンジョンに潜るんだ。国の友達皆羨ましがるよ!』

 

 

プロテクターを装備しながら、彼はそう言って笑顔を浮かべる。

向こうのブラス嬢も準備が整ったようなので、早速ダンジョンに入るとしよう。

さてさて。アメリカの代表の実力はどんなものかねぇ。

 

 




マジックスパイディ:米国の一郎のあだ名。スパイディはスパイダーマンの愛称であり、魔法を使うスパイダーマンという意味があるらしい。現在連載中らしい。


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第五十四話 奇跡も魔法も世にはある

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第五十四話 奇跡も魔法も世にはある

 

 

『ウオオオォォォ!』

 

 

吼えながらジャクソンの次男・・・ウィリアムがゴブリンを追い散らす。背後がお留守になりそうな所をガードマンがカバーし、誰かが傷を負えばブラス嬢が回復を行う。

ブラス嬢は何でも持病持ちらしいので、あまり激しい動きを行わないように恭二と沙織ちゃんが傍に控えている。それでもダンジョン経験はあるらしいが、大コウモリとゴブリンメイジは危険度が段違いだしな。

 

一花と俺は致命的な場面が起きないように警戒と、場所によっては俺が入り口をクモの糸で防いで闘い易いように調整したりしている。

自分で闘った方が魔力の吸収も良いし何より経験になるからな。

途中で手に入った魔石は全て吸収してもらう。これだけでも相当変わるだろう。

今日は魔力が感じられるまでガンガン吸収してもらって気持ち良くアメリカに帰ってもらおう。

 

 

『信じられない位順調だ。こんなに違うなんて』

 

『魔力が、実感できるほどに増えてます』

 

 

ある程度魔石の吸収を行った後、実際にストレングスやバリア、アンチマジックを恭二が全員にかけてバフがどんな効果を及ぼすのか体験してもらうと、そこに行くまでの苦労が嘘のようにさくさくと前に進んでいく。

現在は5層。すでにジャクソン・ブラスコの4名はレベル5と認定される場所まで来ている。

この辺りの魔石から吸収できる魔力は大コウモリとは比較にならない。ブラス嬢もかなりヒールを連発できるようになってきたし、そろそろ別の魔法を教えても良い頃合だろう。

 

 

『オークまでは見てみたいです』

 

『なら、このままじゃちょっと危ないな。よし、じゃあ魔法教室と行こうか』

 

 

このままどこまで進みたいかを確認すると一度オークを見てみたいと言われた為、恭二が即席で魔法を幾つか見せて必要最低限のものをサクッと覚えてもらうことにする。

魔力自体は問題ないはずだから、とりあえず実演してそれを真似てもらう方式らしい。ここ最近魔法を教える経験が多かったから、その教え方は堂に入ったものだった。

ライトボールから始まりファイアボール、バリア、フレイムインフェルノ、サンダーボルト、アンチマジック、ヒール、キュア。

現在、10層までを攻略する際に必要になると言われている魔法を、ブラス嬢はなんと一度見るだけで覚えてしまった。

というかキュアに関してはもうすでに使えていたな。

逆にウィリアムは攻撃呪文やバリアやアンチマジックはサクッと覚えたのだが、回復呪文が良く分からないらしい。

まぁ、これは要練習という事だな。

 

 

『この調子なら、10層までにターンアンデッドを覚えることも出来るかもね!』

 

『ターンアンデッド。そういえば10層までにアンデッドが出るんだったな』

 

『アンデッドには直接的な攻撃は効果がないから、覚えていると便利な魔法だよ』

 

 

大分打ち解けてきたのか気安い表情で一花とウィリアムが話す。

 

 

『後はリザレクションとかもね。ウィリアム兄ちゃんは難しいかもだけど、ブラスさんなら行けるかも?』

 

『彼女のセンスは本当に凄いな。あれで病弱でなければ是非パーティを組んで欲しい位だ』

 

『へぇ、病弱なんだ?すっごく元気に見えるけど』

 

『20歳まで生きることも難しいほどの難病らしい。ただ、あのキュアを発現したときに大分寿命が延びたと聞いたよ』

 

 

何でも、テレビで恭二が大復活を果たした瞬間の映像を見て、彼女はキュアを発現させたらしい。テレビで見ただけってすげぇな。下手しなくても真一さんや沙織ちゃんレベルのセンスかもしれん。

・・・・・・しかし、なるほど。彼女が恭二に向ける視線の理由が何となく見えた気がした。

 

 

『ブラス家の長女が難病で明日も知れないってのはセレブの間では有名だった。僕も冒険者協会を立ち上げた時に初めて会った時は驚いたよ。だから、今日は是非一緒に来て欲しいって無理を言って来てもらったんだ』

 

『・・・・・・ウィリアム兄ちゃん結構良い人だね?』

 

『ははッ!米国では僕みたいな奴は初見で見下されちゃうから、対等に接してくれた彼女に恩を返したかったんだ。それだけだよ』

 

 

照れくさそうに笑うウィリアムの肩をパンパンと叩き、肩を組む。

 

 

『俺、そういう恩返し大好き。尊敬するわ』

 

『あ、え、えっと?』

 

『俺の事はイチローでいいぞ。土産話にでもなんでもしてくれ』

 

『あ!あああ、ありがとう!僕の事は、ウィルって呼んでくれ!親しい人は皆そう呼ぶんだ』

 

 

ガシッと握手を交わして俺達は新しい友人の誕生を喜び合った。

しかし、難病か。魔法が効いたって事はリザレクションならもしかしたら。

 

 

『なぁ、恭二。彼女ならリザレクションもイケるんじゃないか?沙織ちゃん以外はまだ成功できてない難易度の高い呪文だが』

 

『ああ、そうだな。こんだけ良いセンスならもしかしたらイケるかも』

 

『リザレクション・・・・・・ですか?意味は復活という事でしょうか』

 

『ああ。17層に強力な状態異常を使う相手が居て、この状態異常を回復させるために作られたんだ。アンデッドにも絶大な効果がある』

 

『なるほど・・・・・・見せていただいても?』

 

『僕も見せてもらいたいな』

 

 

恭二にそう話しかけると、恭二も同じ事を考えていたらしい。リザレクションについての説明をすると、ブラス嬢もウィルも興味津々だ。

その言葉に頷いて、恭二はまず自分と沙織ちゃんにリザレクションをかけて見せてみる。

健康的な人には疲労回復の効果があるから、ダンジョン疲れもこれで消し飛ぶ。

 

 

『後は体験してみてくれ。リザレクションをかけても?』

 

『はい、どうぞ』

 

『OKだよ』

 

『うん。じゃあ、かけるぞ』

 

「恭二、ブラス嬢は持病もあるらしいし、健康的な体をイメージしてみてくれないか?」

 

「うん?わかった。リザレクション!」

 

 

リザレクションをかける前に一声伝えておく。これで多少なりとも症状が緩和すればいいんだがな。

乳白色の閃光が二人を包み込み、すぐに晴れる。

 

 

『ふぅ、凄いな!さっきまで感じていた疲れも全部消し飛んだよ!』

 

『・・・・・・・・・え。嘘、え?』

 

『・・・・・・ブラスさん、どうしました?』

 

 

すっきりとした表情のウィルとは対照的に、ブラス嬢は愕然とした顔で自分の頭に手を当てて何かを確認している。

うん?何か悪影響が出た事なんて今まで無いはずなんだが。少し怖くなって声をかける。

 

 

『あ、あの。違うんです、どうもしてないのがおかしいというか。頭の中がすっきりして、こんなの初めてで』

 

『お、お嬢様?』

 

『あの。この近くに大きな病院はありませんか!?』

 

『と、隣町にありますが』

 

『ありがとうございます!あの、申し訳ないのですがダンジョン攻略を切り上げてもいいでしょうか!』

 

『あ、ああ。ちょっと待ってくれ。皆、脱出するがいいか?』

 

 

ブラス嬢の剣幕に押された恭二が周囲に確認を取る。この状況で断る奴は流石に居らず、そのままゲートの魔法を使って脱出する事になった。

ブラス嬢はそのままヘリを使って近くの大病院に向かうらしい。ウィルは・・・・・・置いて行かれたと乾いた笑いを浮かべていた。

まあ、ジャクソンの力を使えば新しいヘリを用意することも可能らしいから、帰ろうと思えば帰れるらしいが。

 

 

『ちょっと彼女も心配だし、このまま連絡が来るまでお邪魔してもいいかな?』

 

『ええ、勿論。空き部屋があるのでそちらを使ってください』

 

 

念の為に事務所に居たシャーロットさんに許可を貰い、ウィルはヤマギシビルに一泊することになった。

そして次の日。ブラス家からの連絡が事務所に入ってきた。

その内容は、完治不可能だと言われていた脳の腫瘍が取り除かれていた、との事だった。

現代に起きた奇跡だと電話越しに喜びの声を上げる通訳さんの声を漏れ聞きながら、恭二を見るとぽかんとした表情を浮かべていた。

 

 

「なあ、一郎」

 

「なんだい恭二」

 

「俺、普通に魔法を使っただけなんだが」

 

「・・・・・・奇跡も魔法もあるんだよなぁこの世の中」

 

 

その日のうちにヤマギシ家宛にアメリカのブラス家から、是非お礼を言いたいので冬のバカンスをご一緒しませんかとのお誘いが舞い込んでくる事になるのを、この時の俺達は知る由も無かった。

まぁ、人の生き死にになるかもしれなかったし、良かったと思おう。うん。



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第五十五話 冬期休暇

誤字修正。244様、椦紋様、アンヘル☆様、見習い様、kuzuchi様ありがとうございました!


第五十五話 冬期休暇

 

 

ヤマギシのコンビニは近隣の住人や日米の訓練生で賑わっている。

現在は元々バイトリーダーだった人を店長に、他のバイトを正社員にして回しているらしい。俺もよく利用させて貰っているのだが昔からの知り合いのフリーターの兄ちゃんがいつの間にか店長なんて呼ばれてて驚いた。

ボーナスも出るらしく、貰いすぎたのかと経理に相談して笑われてしまったらしい。

 

 

「貯金通帳の数字が見たこともない金額になってて怖い。両親に親孝行の名目で海外旅行プレゼントしたけどまだあるわ」

 

「素直に貯金してくださいよ」

 

「いや、貯金用にも口座作ってそっちにも入れてあるんだよ!どうしよう、感覚が麻痺しそう・・・」

 

 

一応、うちのコンビニ部門の責任者なのでそこそこ渡してるだけだと思うんだけど。根が小市民なんだろうなぁ。

とりあえず冒険者部門のように纏まった休みが取れない彼等コンビニ部門は、年末年始の休みの間ヤマギシで唯一可動する部署になる。

何かあったときの対策等や連絡先は伝えてあるので、ひとまず問題はないだろう。

 

さて、人生二度目の海外渡航は南国の国でのバカンスになった。

行先は勿論日本人の憧れの地ハワイ!ではなく、西カリブ海のバージン諸島という場所らしい。

何でもこの地にブラス家が保有する別荘があるとの事だ。

 

 

『ハワイなんて寒くて駄目だよ。やっぱりバカンスといったらこれくらい暖かい所じゃないと!』

 

『さっすがガチモンのセレブは言う事が違うね!』

 

 

今冬、そのままヤマギシビルに宿泊していたウィルが慣れた様子で荷造りを手伝ってくれる。

大学は大丈夫なのか聞いたら、すでに単位は取得しているし急いで出ないといけない講義も無いとの事。どうせすぐに冬期休暇に入るし、どうせなら一緒に行こう、と海外に不慣れな俺達の講師兼案内役を買って出てくれたのだ。

今回、俺達はパスポートしか用意していない。なんとジャクソンが所有しているプライベートジェットに一緒に乗せて行ってくれるらしい。

 

 

『この格好で大丈夫なのか?Tシャツに短パンって』

 

『大丈夫だよ。むしろフォーマルなんかで行ったら暑くて大変だからね!』

 

 

恭二の質問にウィルがそう答える。最近は他のメンバーにも慣れてきたのかドモったりする事も無く普通に話が出来ている。

友人が仲間を受け入れてくれた気がして少し嬉しい。

そして俺達はクリスマスの準備で忙しい東京を離れて一路、常夏のカリブへと旅立ったのだ。

 

 

 

 

『うわー、すごいね。半そででも暑いや!』

 

『クーラーが欲しくなるな、これは』

 

 

空港を出た瞬間に真夏の空気が俺達を包み込む。気温は何と28度だ。

そして空港に迎えに来ていたブラス家のリムジンに乗り込み、ブラス家の別荘へと向かう。ガンガンに効いたクーラーが心地いい。

別荘に到着するとまずはと部屋に通される。さすがに世界的企業のオーナー所有物件だけあり、一人一部屋ずつもらえたりしている。

ドレスコードもなくラフな格好で楽しんで欲しいとの事なので、ありがたくお言葉に甘えさせてもらおう。

 

 

『ようこそ皆さん。ウィルも良く来てくれました』

 

 

ブラス嬢は相変わらずボディガードと通訳を連れてにこやかに俺達の部屋に入ってきた。

心なしか日本であった時より顔色がいい気がする。本当に病気が治ったのかな?

 

 

『やぁ、ケイティ。話は聞いたよ。本当に、本当に良かった』

 

『ありがとう、ございます。貴方が私を日本に連れ出してくれたお陰で』

 

『言いっこなしさ。同じ協会の仲間じゃないか。さ、御礼を言うのは僕じゃないだろう?』

 

 

ウィルはそう言ってブラス嬢の手を取り、恭二の前に誘った。

ブラス嬢は大人しくウィルに従って恭二の前に立つ。

 

 

『恭二さん・・・・・・・本当に、ありがとうございました』

 

『・・・いや、こちらこそ勝手にやっただけで。その、本当に良かった』

 

 

ブラス嬢が涙ながらにお礼の言葉を口にすると、恭二は照れくさそうに頭をかいて、そう応えた。

恭二の言葉を聴いて、ブラス嬢は何も言わずに恭二に抱きつき、恭二もそれを受け入れた。邪魔をするのも気が引けたので、他の人間は皆押し黙ってその様子を見ている。

沙織ちゃんだけはちょっとぐぬぬ、ってしてるけどな。まぁ、今日は彼女に譲ってやってくれ。

 

 

 

 

 

『すみません、お恥ずかしい所を見せてしまいました』

 

『いやぁ、何か見ました?ウィルさん』

 

『さぁ?僕のROMには何も無いよ』

 

 

暫く恭二の胸で泣いた後、落ち着いたのか恥ずかしそうにそう言うブラス嬢に俺とウィルはそう言って肩をすくめる。

健康に生まれ育った俺達には彼女の本当の気持ちなんて分かるはずもないが、女性の涙を軽々しく扱っちゃいけないという事だけは万国共通だからな。

俺とウィルがおどけてそう言うと、真一さん達も笑顔で頷いた。

 

 

『さて、ブラスさん。再会を喜び合うのも良いですがそろそろ今日の予定を聞かせてもらっても良いですか?折角の良い天気なのに日が暮れてはもったいない』

 

『ふふっ。ブラスさん、ではなく是非ケイティとお呼びください。この後はシャーロット・アマリーでショッピングはいかがでしょう?』

 

『勿論ですよケイティ。俺の事はイチローと呼んでください』

 

『あ、じゃあ私はイチカで!ケイティお姉ちゃんよろしくね!』

 

『わ。私も、サオリって呼んでねケイティちゃん』

 

 

湿っぽい空気のままでは折角の南国も楽しめない。そのまま皆でがやがやと騒ぎながら俺達はリムジンに乗り込んで街に繰り出した。

一度場が明るくなるとそこは南国の空気か。大変楽しいショッピングだった。

しかし、沙織ちゃん。一花と同じ位の体躯だからだろうが、なんかいつの間にかケイティを妹扱いしてない?

その子多分恋敵になる上に君より年上なんだけど。良いのかな?本人達が良いならいいんだけど・・・・・・

 




コンビニの店長:大学生の頃からヤマギシのコンビニで働いている。一度は他所への就職を考えていたが両親の年齢や田畑をどうするか考えた結果地元に居ついている。多分以後出てこない。

キャサリン・C・ブラス:ずっと病院のベッドに縛り付けられる日々を過ごしていた。ある日、テレビで流れた恭二が始めて魔法を使った瞬間を見て、キュアを理解。動かない体を無理に動かしてダンジョンへ行き、自身にキュアをかけてまともに動ける体を得た。彼女にとって山岸恭二は唯一無二のヒーローであり、リザレクションを受けて長年の持病を克服した今は命の恩人でもある。

ウィリアム・トーマス・ジャクソン:自身のヒーローに認められるというある種人生最大の転機を迎えて自信をつけ、周囲に眼が配れるようになった。


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第五十六話 クリスマスパーティー

クリスマスパーティ回

誤字修正。244様、KUKA様、kubiwatuki様ありがとうございました!


第五十六話 クリスマスパーティー

 

 

ショッピングで夏用のフォーマルスーツを仕立ててもらった。

何でも今度パーティーを行うため、それ用の服が必要だ、との事だ。

流石にオーダーメイドは時間が無いとの事なので、高級仕立て服を専用に調整してもらって揃える事になった。

 

 

『こちらの都合にお付き合い頂く訳ですから、料金は気にしないで下さい』

 

 

というお言葉も頂いた為、甘えさせてもらうことにする。

数日をビーチで遊んだりして過ごし、全員のフォーマルのお直しが終わった頃。

俺達は観光用のクルージング船に乗って、東の突端部分にあるホテルに向かうことになった。

 

船から見る町並みが凄く綺麗だ・・・ここ数日は日本のように不躾にカメラを向けられることもなく、落ち着いた日々を過ごすことができた。

サインを求められることが多いのは変わらなかったけどな。向こうもオフなのか映画とかで見たことがあるようなないような人が結構居たりして映画に誘ってくるのはちょっと勘弁して欲しい。

まぁ、その辺りはウィルやケイティが上手い事あしらってくれたから助かった。二人が結構けん制になっていたらしい。ボディガードが居るとやっぱり違うね。

 

ホテルに着いたらベルボーイ達が飛んで出てくる。俺たちの荷物を聞いてるが、俺たちに荷物があるはずない。全部恭二が収納しているからね。

と言っても流石に何もなしでは彼らもチップを貰い損ねることになる。

部屋まで案内してもらったお礼に何か渡そうかとすると、それよりも是非、握手をして欲しいといわれたので了承。少しでも気持ちよく仕事をしてもらいたいしね。

ホテルの部屋も、俺たちが今まで泊まったことがないような良質の部屋を用意してもらえた。

ベランダで夕日を眺めていたり、たわいも無い話に興じる事暫し。夕日が隠れた頃にパーティへのお呼びがかかった。

 

そして会場に案内されて、絶句。

身内のクリスマスパーティだろうと思っていたら欧州各地の冒険者協会の幹部が集まっていました。

困惑気味な俺達を他所に社長と真一さんはいそいそと案内されたテーブルへ向かう。

これは、知っている反応だ。俺達に黙っていたんだな・・・・・・

裏切り者への糾弾は後で行うこととして、一先ず会場内へ入る。

とりあえず先に入った真一さんや社長より皆俺を見てくるんですが。めっちゃ見られてるんですが。

 

 

『世界で一番の冒険者はわからないが、君は間違いなく現在世界で一番有名な冒険者だからね』

 

『嬉しそうに言わないでくれよウィル。あんまり悪目立ちするのは好きじゃないんだ・・・』

 

 

ウィルと談笑していると、周りからひそひそ話されてるんですが大丈夫なんですかねぇ。大丈夫?あ、はい。

超一流ホテルのパーティルーム貸し切りで行われた世界冒険者協会のクリスマスパーティは盛大だった。

メリークリスマスの乾杯後、クリスマスキャロルが流れてきたのだが・・・季節感が全然一致してなくて不思議な感覚だ。

その後は自由歓談になったのだが、その瞬間俺と真一さん、シャーロットさんの周りに人垣が出来る。

 

 

『やぁ、スパイディ。お会いできて光栄だよ。いつも動画で活躍を見させてもらっている』

 

『ああ、ありがとうございます。ええと』

 

『ああ、イチロー、彼はイギリスの富豪で・・・』

 

 

ウィルの助けを借りながら各地の協会の有力者と顔を合わせて言葉を交わす。

俺は本来こういった政治的な駆け引き等の能力はないのだが、事前にウィルがある程度のあしらい方やマナー等を教えてくれたので何とか取り繕うことは出来たみたいだ。

今回、俺が絶対にしてはいけない事は「別の土地にあるダンジョンへ入る約束」を取り付けられる事らしい。

 

 

『君の知名度は抜群だ。その君が入ったことがあるってだけで一定の宣伝にはなるからね』

 

『そんなものかねぇ』

 

『勿論、アメリカや日本ならそんなに制限はかけないよ。でも、きっちりと国内の法律を整備している国はまだまだ少ない。用心に越した事はないだろう?』

 

『面倒だな。そういった諸々から影響を受けたくないから動画を撮ってたのに』

 

『人気が出すぎるのも考えものだね。でも、立場のせいで自由に動けないってのは、僕も少し気持ちが分かるよ』

 

 

明らかなお偉いさんの波が引いていき、のんびりとウィルと料理を楽しみながら雑談に興じる。

ようやく落ち着いてきたかなという時に、今度は明らかに今までとは質の違う連中が寄ってきた。

明らかにオタク気質の奴らだ。

こういう連中の方が正直話していて気が楽になるのは、俺もオタク気質だからかねぇ。

ウィルに話すような口調で彼らと応対すると何故か喜んでくれたのでそのままグループを作って会話を弾ませる。

偉い人とのコネ作りは真一さんや社長が引き継いでくれるだろうし、俺もそろそろパーティを楽しませてもらうとしよう。

 

お酒こそ飲めないがひたすら食べて、美味しい果物のジュースを飲んで。是非見たいといわれたので一応ホテル側に許可を貰ってスパイダーマンに変身。

調度品を壊さないように飛び回るのは骨が折れたが、ウェブを使った移動をして見せたときの盛り上がりは最高だった。

ショーを終えた後にケイティに一言場を乱したと謝罪をするが、むしろ最高の催しだったとお礼を言われた。

 

 

『魔法を使えばヒーローになれる、というのは、若者にとってある種最高の夢に、希望になります。貴方は、貴方のままダンジョンに挑んで下さい』

 

『あー、うん。難しいことは分からんが、出来る限り頑張るよ』

 

『はい!あ、後すみません。そのままの格好でちょっとこちらに来て下さい』

 

『うん?』

 

 

そのままケイティに連れられて壇上に上がり、同じく上がってきた各協会のお偉方と、何故か社長を含めた十数人で記念撮影。

天井からウェブで釣り下がる感じで、と言われたため1人だけさかさまに移ったこの写真が後に世界冒険者協会のHPのトップを飾ることになる。

と言っても、その時の俺は頭に血が上るからさっさと終わって欲しいとしか思って居なかったが。知ってればもう少しポーズも気にしたのに・・・・・・

 



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第五十七話 テキサスへ

誤字修正。244様、kubiwatuki様ありがとうございます!


第五十七話 テキサスへ

 

 

「じゃあ親父、飲み過ぎるなよ!」

 

「母ちゃん、やらかしたら頼むわ」

 

「やらねぇよ!お前ら俺を何だと思ってやがる!」

 

 

昨日パーティーで酔い潰れた人が何だって?

まぁ、母さんも居るし下原のおばさんと二人で目を光らせてたら親父ーズが悪さすることも無いだろう。

俺達はケイティのプライベートジェットに乗り込みテキサスへと向かった。

 

何でも彼女の家族が是非会いたいと言ってきたらしい。ケイティにとっても急な話だったようで、朝方に申し訳なさそうに俺達の部屋に来た彼女に俺達は苦笑しながら了承を伝える。

急な予定変更や移動はもう慣れた。それに、前々から米国には正式に訪問する予定だったから俺としては丁度良い機会だ。

 

テキサス州コンローにある空港でジェットからヘリに乗り換えてヒューストンのブラス家へ。

そしてヒューストンで俺達は本物の大豪邸という物を目にする事になった。

リバーオークスと呼ばれる東京で言ったら田園調布的な街なんだが、家の中を公道が走り、公園があるなんて建物は今までに見たことがない。

この周辺は高級住宅街で、他の家々も間違いなく富豪が住む豪邸なんだろうが、そのでかい家々がブラス家の邸宅にある庭にまず10個以上は入りそうな感じだ。

 

庭にあるヘリポートに降ろされた俺達はそのまま豪邸の中に招待される。

そして俺達を出迎えてくれたのは、その豪邸の主だった。

 

 

『ようこそみなさん。孫がお世話になりました』

 

 

ケイティの祖父というこの人、ダニエル・クリストファー・ブラスはブラス家の当主にして世界に名だたるエネルギー産業の雄、ブラスコのオーナーだそうだ。

彼の隣に立つ秘書らしき女性が俺達の側に立ち、年齢の順にシャーロットさん、真一さん、俺、沙織ちゃん、一花とパーティーのメンバーを紹介していく。

その都度ダニエル老は握手をして歓迎の意を述べてくれるのだが、明らかに約1名を意識してて少し同情を覚える。

 

 

『そして、最後に。キョウジ・ヤマギシさんです』

 

『ありがとう!本当にありがとう!君は孫の恩人だ!私、ブラス家は生涯この恩を忘れないだろう!』

 

『ぐええええぇ!』

 

『お、おじい様!キョウジが苦しがってます』

 

 

満を持して紹介された恭二をダニエル老が全力で抱きしめる。

悲鳴を上げる恭二にケイティが助け舟を出したが、一旦は落ち着いたかに見えたダニエル老はまた感極まったのか恭二の肩をぽんぽんと叩いて再び抱きしめる。

恭二の肩を抱きながらダニエル老は屋敷の中に案内してくれた。反対側にはケイティがふくれっ面で恭二の右手を確保しており、その後ろを更にふくれっ面で沙織ちゃんが歩くと言うカオスな事態に。

残りの面子は勿論その様子をニヤニヤ見ながらついていく。

屋敷の中の応接間では明らかにダニエル老の子供・・・恐らくケイティの父親だろう人物が待っていて、恭二をダニエル老が紹介すると全く同じリアクションで恭二を抱きしめる。

この辺りでつい笑ってしまった。まぁ、周囲の使用人とかも笑顔だから許してもらえるだろう。

 

 

『キャサリンの脳の腫瘍が見つかったのは12歳の時です』

 

 

キャサリン・・・ケイティの父親・・・ダニエル・ジュニア氏によると、生まれつき心疾患を患っていたケイティは12歳の時に脳腫瘍が発覚。

健康的とは言えなかった体はそこで致命的なバランス崩壊を迎え、最先端の治療を施して尚、恐らく来年か再来年まで生きることは難しいと言われていた。

そんな時に恭二の動画に出会い、キュアを覚えて心疾患を抑えて生活をしていたのだ。

そして、ウィルの誘いに乗って日本に渡り、恭二と直接対面し、リザレクションを受けた。

 

 

『長年求めてやまなかった健康な体になれたんです。どんなにお金を積んでも手に入れることが出来なかった事を、キョウジが与えてくれました』

 

 

涙を浮かべながら話すケイティを、ダニエル老とジュニア氏は労わる様に優しく抱きしめる。

 

 

『このご恩は生涯忘れません。私達に出来る事があればなんなりとお礼をさせていただきたい』

 

『・・・・・・恭二。お前が決めろ』

 

 

ダニエル老の言葉に無言で俯く恭二に、真一さんが促すように声をかける。

 

 

『・・・・・・それなら、お願いがあるんですが。この件は、家族と関係者以外には決して広めて欲しくないんです』

 

 

顔を上げた恭二は青くなった表情で口を開いた。

驚いた顔を浮かべたブラス家の面々に恭二はそのまま言葉を続ける。

 

 

『俺は冒険者であると自負しています。現在殆どの魔法を俺が作ってるので、今現在既存の魔法は恐らく全て使えると思いますが。だからと言って、医者をするつもりはないんです。多分この話が広まれば、世界中の難病に苦しむ人たちが奥多摩に押し寄せてくる。それは、流石に不味い』

 

『しかもリザレクションは、今使える人間が非常に限られた魔法だ、な』

 

 

恭二の足りなかった言葉を真一さんが補う。

この話が広まれば恐らく恭二はリザレクションをひたすら使わされ続ける事になる。それを恐れているのだろう。

不安そうな表情を浮かべる恭二の説明に得心したのか、ダニエル老が力強く頷いた。

 

 

『もちろん、ブラス家は決して恩を仇で返すような真似はしない。そうすると、どうすべきか』

 

『キャサリンさんは非常に魔法のセンスが良い。自分の魔法で治したと、そう宣伝することは出来ないでしょうか?』

 

『・・・キャサリン、どうしたい?』

 

『私は、それで良いと思います。キョウジの負担になるのは嫌ですし、何よりこれは後発の感を否めないアメリカ冒険者協会の箔付けにも役に立つでしょう。感情面でも。実利の面でも大きい』

 

『うむ。では、そのように取り計らおう』

 

 

ダニエル老とジュニア氏は頷き合って控えていた秘書の女性に何事かを話す。

恐らく明日にはケイティのニュースが全米を流れるんだろうなぁと思いながら、俺達は応接間を後にした。

 

 




キャサリン・C・ブラス:次の日には全米中に奇跡の少女として報道される予定。本人としては特に何も思っておらず、これを機に冒険者協会のイメージを上昇させるつもり。

ダニエル・クリストファー・ブラス:ケイティちゃんの祖父。政財界に名を轟かす豪腕の持ち主として知られているが可愛い女孫には勝てない模様。

ダニエル・ジュニア:ケイティちゃんの父親。病弱に生まれた我が子が元気に暮らせることになり実は一番喜んでいる人。


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第五十八話 何より特別な誕生会

かなり拙い文章で申し訳ない。いつかどこかで入れたかった場面なんですが丁度話の時期が年末だったので。
時間が無かったので見返しも出来てませんが、書きたい事は突っ込めた気がします。

誤字修正。kubiwatuki様、244様、アンヘル☆様、見習い様、kuzuchi様ありがとうございます!


第五十八話 何より特別な誕生会

 

 

『もてなしたいので一晩滞在して欲しい』

 

 

ダニエル老の言葉に従って俺達はブラス家の心づくしを受けることになった。

夕食の席ではダニエル老の夫人にジュニア氏の夫人・・・つまりケイティのお母さん、そしてケイティの兄であるジョシュアさんと、妹のジェニファーさんを紹介された。

 

ジョシュアさんは妹の病状が変わったと聞かされ、在学しているオースティンから文字通り飛んで来たそうだ。良い方に変わったと聞かされ、怒ればいいのか笑えばいいのかという複雑な表情を浮かべながらわんわん泣いていた。恐らくいいやつなんだろうな。

そしてもう1人。やたらと恭二に鋭い視線を向けるかと思えば俺を見てキョロキョロと視線を泳がせる、見た目はそのまま大きくなったケイティのジェニファーさん。愉快な家族だ。

 

 

『明日は是非我々の保有するウルフクリークのダンジョンに来ていただけないでしょうか』

 

『私達は構いませんが・・・ええと、一郎と一花は確か明後日ニューヨークに行かないといけないんだよな?』

 

『そっすね。明日には準備があるんで自分らは申し訳ないんですが』

 

『そんな!』

 

 

何故かジェニファーさんから驚きの声が来たんだが。

とはいえこれはもう大分前から誘われていた件なので今更変更もできないし心情的にしたくないんだ。

今回丁度良い機会なのでとある人物に会いに行く事になっていて、ついでにその人物の誕生日が丁度28日だったので、こちらとの窓口になっている人と共謀してサプライズパーティを企画しており、そこに参加する事になっている。

言い出しっぺの俺が参加しないのは流石に不義理にすぎるだろう。

 

 

『なるほど。義理堅いのですな。ビジネスマンとしては有り難い商売相手です』

 

『商売相手というか、こちらが一方的に利用させてもらってるのでせめてものお礼をと思って』

 

『・・・・・・12月28日?もしかして』

 

 

ダニエル老に褒められた気がするがこちらとしては寧ろ恩返しの意味合いが強い。

何せ彼の生み出したキャラクターを無断で利用させてもらってるからな。後にOKは貰えたけどやっぱり何かしらでお返しはしておきたいのだ。

 

俺が詳しい経緯とどのような計画かを説明すると、ブラス家の面々は目を輝かせて面白いと言ってくれた。

『彼』の個人的なファンでもあるというジェニファーさん・・・ジェニファーも参加を熱望した為、ブラス家の面々も予定を変更してニューヨークへと向かう事になり、ヤマギシチームも全員が『企て』に協力してくれる事になった。

 

 

「というか、そんな面白そうな事はむしろ呼べよ」

 

「いや、お前そういう華やかなの嫌いだろ」

 

 

脇を小突いてくる恭二に反論するも「それはそれ」と返される。こいつ次の動画には無理やり出演させたる。

 

 

「じゃぁ話も決まったことだし連絡いれるよ!マーブルの担当さんに!」

 

 

 

 

 

 

ニューヨークの街並みはこの日、不思議なざわめきに包まれていた。

ニューヨーク市長からの突然の放送。

本日昼の12時から30分。ニューヨークの中央部で「何に遭遇しても」けして慌てず、車の運転を誤るような事はしないように。

その言葉だけが延々と朝から、ラジオやテレビのニュースで流れ続けている。

何かがある。その漠然と下した期待が街を覆っていた。

所々にスタンバイしているテレビの中継車もその期待に拍車をかける。

時刻はもうすぐ12時だ。

 

突然、全ての信号が点滅して赤に変わった。昼間の車道は混み合っていたが、誰もクラクションを鳴らすこともなく外に出る。

何かがどこかで始まっている。

ふと、空を見上げた男性が居た。ただ、何気なく上を向いただけの彼は次の瞬間に大きな声を上げた。

釣られて上を見た隣の女性も、その声に気付いた車から降りた男性も。

次々と皆空を見上げてこう叫ぶ。

 

 

【スパイダーマン!】

 

 

と。

 

 

ビルの間と間を右手から糸を飛ばして飛び行く彼の姿は皆が思い浮かべるタイツスーツではなく蜘蛛の糸を模した赤いラインの入ったタキシードだったが、その赤いマスクと蜘蛛の糸を使った移動方法を見誤るニューヨークの人間は居ない。

 

 

『だ、だが何故右手だけでウェブを?』

 

『マジックスパイディだ!だから右手だけなんだよ!彼は魔法の右腕を持っていて、そこからウェブシューターを扱うんだ!』

 

 

上を眺めていた男性に近くに佇んでいた少年がそう説明した。彼は興奮気味に大きな声で自身の持つ知識をひけらかし、それを聞いた周囲がなるほどと頷いて空を見上げる。

ドンドン遠ざかっていくスパイディはなるほど、通常のスパイディよりも大分アクロバットな飛び方をしている。

彼が通り過ぎた通りは再び信号が青になったが、余韻に浸る彼らは暫くその事実に気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

『なぁ、ジェームズ。私はいつまでその、スペシャルゲストとやらを待てば良いんだ?』

 

『申し訳ないミスター。予想よりも時間がかかっているようでして』

 

『そう言ってすでに30分も経っているんだぞ!来賓の皆さんはすでに一杯目を飲み終えてしまっているじゃないか!』

 

 

パーティの主賓であるスタン・M・リードはイライラとした様子でパーティの幹事を演じているジェームズを問い詰める。

今回のパーティには自身の大ファンだという大富豪ブラス家の令嬢が飛び込みで参加してきたり、ニューヨーク市長がお祝いの言葉を送ってきたりと嬉しいサプライズが多かった為に、余計に遅刻しているスペシャルゲストとやらが気になった。

 

ジェームズの方は必死にスタンを宥めながら、冷静にスタッフの様子を見やる。

適度な苛立ちは最高のスパイスだ。頃合いだろうか。

スタッフの一人がマイクに向かって何事かを話しながらこちらに合図を送ってきた。よし。と頷いて、ジェームズは大きく手を振り上げる。

 

その動作に来賓客が席から立ち上がる。

そして吹き抜けになっている会場の二階にある窓をスタッフが開けると、そこから文字通り人が飛び出してきた。

彼はシャンデリアに糸を絡めながら会場内を飛び、目標の人物の前に両手を突いて着地すると崩れた胸元を直してスタンの前に立った。

 

 

『少し遅れましたね、申し訳ありません』

 

『あ、いや。き、気にしないでくれ』

 

 

呆然とするスタンに蜘蛛柄のタキシードを着けた人物。一郎が扮するスパイダーマンがそう謝罪すると、まだ動揺が鎮まらないのか震える声でスタンが答える。

 

ジェームズが再び手を振り上げる。

二階のギャラリーに続く扉が開き、

 

 

『シルバーサーファー、ソー、サイクロプス、ははっ!ハルクも!?』

 

 

ギャラリーには彼が手掛けた作品のヒーロー達が並んで立っていた。

 

 

『さ、スタンさん。どうかご清聴を』

 

 

いつの間にか用意された椅子にスタンを座らせて、一郎が指揮棒を手に取る。

スピーカーから流れる音楽に合わせて彼が指揮棒を振ると、歌が始まった。

 

 

【ハッピバースデートゥユー】

 

 

スタンの頬を涙が伝った。

 




スタン・M・リード:本物と名前は若干変わってますがこの世界ののスパイダーマンの原作者。マーブルも同じ理由です。ほとんど変化はないけど。つい数カ月前に無くなってしまったので、申し訳ない。追悼の意味も込めて今回の作品は上げました。


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第五十九話 テキサス接待ダンジョンツアー

メリークリスマス(ぱちぱちは仕事中です)

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


第五十九話 テキサス接待ダンジョンツアー

 

 

ブラス家の一室で俺はコーヒーをメイドさんに淹れてもらう。テレビを付けると先日のニューヨークでの出来事が流れていた。

盛大なパーティから一夜明けた翌日。俺達は別れを惜しむスタンさんに挨拶をした後、ニューヨークから再びテキサスに戻った。

スタンさんの誕生日パーティーは大成功と言っていい出来だった。

 

 

『ありがとう。私はこの世で一番幸せな脚本家だ』

 

 

自分が生み出したヒーロー達からのバースデーソングを聞き、涙を流しながら彼はそう言っていた。

彼が生み出したスパイダーマンというキャラクターによって多大な利益を受けた身としては、せめてもの恩返しになれば嬉しい。

 

それと、プレゼントとして用意していたゴーレムの魔石を5つ吸収して貰った。全て吸収しきった時には50代かと見間違える位に肌にハリが戻っていて、ヒーローを演じていた女性の方々からの熱視線が凄かったわ。

アメリカ冒険者協会の宣伝もしときました。

 

さて、今日はテキサスのウルフクリークにあるブラス家所有のダンジョンに宿泊の礼として共に潜る予定だ。

スタンさんのパーティーでは色々協力して貰ったし今日は全力で頑張るぜ!

 

 

「お前はご婦人方の護衛な」

 

「そりゃないぜ真一さん」

 

「向こうからのご指名だ。目立ちすぎたんだよお前は。ほら、ご婦人方がお待ちかねだぞ」

 

 

やる気満々といったブラス家の男達に真一さんや恭二、沙織ちゃんが付き、俺や一花、シャーロットさんが婦人方の護衛につく。婦人方の黄色い声がなんとも居心地が悪い。

あと、何故かやる気満々組だったはずのジェニファーさんが婦人組に来てます。こっちだと経験が碌につめないかもしれないけど良いんだろうか。良いんですか、はい。

 

ダンジョンへはブラス家からハマー5台に分乗して向かった。

現地に着くと使用人達がやたらとでかいテントを立て、その中でダニエル老らと婦人組はコーヒーを飲みながらくつろいでいる。

そしてジョシュアさんとジェニファーさん。それ米軍の兵士が持ってるライフルでしょ。民間人が持ってて良いんですか?

 

 

『ああ、これは正式名称がAR-15と言ってM16とは同じ銃だが、フルオートが出来ないタイプの民間用だよ』

 

『M16というのは米軍が割り振った番号で、要は組織内での名前なんです』

 

『成るほど、銃にも色々名前があるんですね』

 

 

一つ勉強になった。ただ、中では出来れば銃ではなくて刀や槍が望ましいので一応注意しておく。

理由を尋ねられたので、同士討ちが怖いのが一つと、下に潜れば潜るほど銃が効果を及ぼさなくなってくるのが一つ。

あと、イヤープロテクターをつけていると味方の声も近隣の音も拾えなくなるのが不味い。

狭いダンジョン内では跳弾も起こり得るから正直デメリットが目立つという事を説明した。

 

まぁ、そう言われても銃社会のアメリカではやっぱり身を守る=銃の印象が強いだろうからお勧めは拳銃を一つ。

後は折角なのでウチのメインウェポンのご紹介といこう。

先生、よろしくお願いします!

 

 

「どぉれ」

 

 

お。流石は真一さん。最近見栄えの良い槍の扱い方を研究してるだけあって咄嗟のネタ振りにも反応してくれるんですね。

何事か始まるのかと興味津々のブラス家の面々の前で真一さんは愛用の素槍を構えて、

 

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 

ボゥ、っと炎を宿した槍で突き、払い、叩きと動作を繰り返して最後に魔法を切り替え。なぎ払うように周囲に振り回す。

簡単な実演だったが十分に興味を引けたようだ。

 

 

『魔法しか通用しない相手にも効果があるし、通常の状態でもダンジョン内なら十分メインウェポンとして利用できる。全て奥多摩で開発者の刀匠が手作りで作成している物です』

 

『素晴らしい。刀匠(ソードスミス)の生産量はどの程度だろうか?是非購入したい』

 

『全員分は流石に用意していませんが、とりあえず予備の半分の3本ならお譲りできます。ダンジョン内の不測の事態を考えてこれ以上は』

 

 

因みにケイティはすでに槍を持っている。前回来日した際に恭二が使った炎の槍技に魅せられてしまったらしい。

真一さんとジョシュアさんの商談により一先ず3本を購入という形でお譲りすることになったが、このままだと恐らく重さが問題で扱いにくいだろう。

という訳で皆さんには一度潜ってもらい、ある程度進んだ辺りで魔石を吸収してもらうことになった。

ジョシュアさんとジュニア氏は最初から槍に挑戦するつもりという事なので、先に手持ちの魔石を少し吸収してもらう。これだけでも大分違うだろう。

 

 

『凄いなこれは。さっきまであんなに重く感じたのに』

 

『父さん、片手でも持てるようになったよ!』

 

『ダンジョンに長く居れば居るほど魔力も蓄積されます。その時には魔石も溜まっているはずなのでもう一度吸収を行いましょう』

 

『ご婦人方はある程度奥に進んだ辺りで魔石を吸収してもらいます。魔力が自覚できるまで吸収して頂ければ魔法に挑戦しましょう』

 

 

すっかり接待になれた真一さんとシャーロットさんがそれぞれの担当する人員に軽い予定の話を行っている。

 

 

 

『ねぇ、イチローは今日はどんな変身をするの?』

 

『あー。決めてないからジェニファーさんのリクエストがあれ『スパイディ!』はい。好きなんだ?』

 

『大好き!ビルとビルの間を飛び交う赤い影!その名は!スパイダーマン!』

 

『それ日本版のオマージュ?』

 

『そうよ、マーブルのHPで全部見たの。あれが20年以上前の作品だなんて信じられないわ!』

 

 

結構コアなファンだね君。ならちょっとファンサービスと行こうか。

ふふふ。新魔法のお披露目だぜ。

 

 

「ボイスチェンジと、更に変身!」

 

『声?何を・・・』

 

【俺は地獄から来た男、スパイダーマッ】

 

『うそ!?山城拓也!?』

 

 

一発でキャラ名が出てくるってすげぇな。

今回の探索は通常のスパイダーマンではなく東映版をリスペクトといこう。

 

 




ボイスチェンジ:変声の魔法。あくまで声を変えるだけのため翻訳と併用は出来ない(翻訳はどちらかというとテレパシーに近い為)


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第六十話 笑顔とは本来()

誤字修正。ハクオロ様、244様ありがとうございます!


第六十話 笑顔とは本来()

 

 

『スパイダーネット!』

 

 

クモの糸に絡まれて身動きの取れないゴブリンにご婦人方の一斉射撃が決まる。

うーん、やはりこの位の階層だと銃で十分無双できるな。

まぁ、今日はオークまでは行かない予定だしこのままでも良いかも知れない。

 

 

『イヤッホォォウ!』

 

『ハッハッハッ!炎の槍を食らえ!』

 

 

槍を持ったジョシュアさんとジュニア氏が楽しそうにゴブリンを叩きのめしてるし、槍の宣伝自体は十分行えただろう。

婦人方のチームで唯一槍を持ったジェニファーさんは少し退屈そうだが、まぁダンジョンを歩くだけでも体力増強は見込める。

ここは一つ、のんびりおしゃべりでもしながらピクニックと行こうじゃないか。

 

 

『ジェニファーじゃなくてジェイでいいわ。仲の良い人は皆そう呼んでるから』

 

『お、これはありがとう。あっちに混ざった方が楽しいんじゃないか?』

 

 

指差した先ではジュニア氏が打ち上げたゴブリンにジョシュアさんとケイティが止めを刺す親子タッグが行われている。

息ぴったりですげぇ。むしろ俺がしてみたいわ。今度恭二と練習してみようかね。

 

 

『お父さんも兄さんも子供みたいにはしゃいで・・・恥ずかしい』

 

『うーん、男ってバカばっか。まぁ、気持ちは分かるけどね。闘うときってやっぱり気分が高揚するからさ!』

 

『イチカも経験あるの?』

 

 

後方でご婦人方とおしゃべりをしていたイチカが話に加わってきた。あちらは、今はシャーロットさんが付いて魔石タイムか。

元々美人だったのもあるんだろうが、奥方達の若返りが凄いなぁ。ジュニア氏とかたまにちらちらと奥さんを見てる目がね。うん。

仲が良いのは良い事だと思うよ。

 

 

『ジェイ姉ちゃんもあれやってみたら?お兄ちゃんとのタッグ。良い記念になると思うよ!』

 

『え。ええ!?』

 

『いいよ。じゃあジェイ構えてくれ』

 

『えええ!?』

 

 

驚きの声を上げるジェイを尻目にスパイダーストリングスを使いゴブリンを一匹捕まえて、一気に引っ張る。

普段のウェブシューターより若干重いが、その分力のあるスパイダーストリングスはたやすくゴブリンを巻き取り、ゴブリンをコチラに飛ばすことに成功。

後はタイミングを合わせてくれれば即席のコンビネーションだ。

 

 

『ええい、チェストー!』

 

「それ刀だよジェイ姉ちゃん」

 

 

イチカ、動揺してるのか翻訳解けてるぞ。

俺が引っ張ったゴブリンを空中でジェイが串刺しにすると、その一撃でゴブリンが消滅する。

 

 

『うん、ナイスアタック!即席だけど良いコンビネーションだね!』

 

『合わせてくれてサンキュー!度胸もあるしジェイは良い冒険者になれるよ』

 

 

ハイタッチを求めると、呆然としていたジェイの顔に笑顔が広がり、力いっぱい右手を叩かれた。

それ以降終日ジェイは上機嫌で、何故か意味深な表情でダニエル老が肩を叩いてきた。何なんだ一体。

この日は結局5層まで潜り、出てきた魔石やドロップ品は記念として全てブラス家に使用してもらうことになった。

 

そして最後に魔法のレクチャーをしたのだが、ケイティの家族だからという事もあるのか。皆非常にセンスがある。

特に女性陣のセンスが高く、ジェイはほぼ初見で基礎的な魔法を覚えてしまい、しかも翻訳魔法まで一気に習得してしまっていた。

今度日本に遊びにくると楽しそうに笑う彼女の笑顔が、何故か肉食獣のように見えたのは気のせいだろうか。

 

 

 

 

 

ブラス家の面々に見送られて俺達は再びバージン諸島の家族の元へと戻った。

何でもニューイヤーパーティーが開かれるらしい。

 

 

「親父ーズは大丈夫でした?」

 

「駄目ね。他の協会の幹部にレベル10認定バッジを見せびらかして恥ずかしいったら」

 

「鈴木さん、それはもう謝ったじゃないですか・・・・・・」

 

 

懸念事項だったハメを外した親父達だが、やっぱりやらかしていたらしい。

現在ダンジョンに実際に潜った事のある協会関係者は日本に限定される為、胸元にレベルを刻まれたバッジは日本だけでしか発行されていない。

他の協会の幹部に『それは何なのか?』と尋ねられた社長は鼻高々にどこまで潜ったかの証明だと自慢していたらしい。

その様子を見咎めた母さんが翻訳魔法を使って上手い事話題を逸らして、後で社長と親父にお灸をすえたらしい。

母さん達が居て良かった・・・・・・発足して間もないのに日本と他の冒険者協会で軋轢が出来たら目も当てられん。

 

 

「いや、しかしなぁ。あいつら名族だなんだってこっちを頭から見下してきてるんだぞ」

 

「言わせておけば良いんです。来年もパーティーがあれば、今度は揉み手で擦り寄ってきますから」

 

「そうそう。イギリスの代表やアメリカの代表はその点こっちを立ててるでしょう?目端の利く人ならそうなるんだから、他は無視しておけばいいんですよ」

 

 

父さんがそう言って美味しそうにテキサス土産のビーフジャーキーを齧る。

バカンスは良いのだが趣味の狩猟が出来なくて少し暇になってきたらしく、最近は覚えたばかりの翻訳魔法を使って海外の協会の人に話しかけては狩り仲間を探しているらしい。

欧州の偉い人は結構ハンティングとかをやってる人が多く、若い頃とはいえ専門の猟師だった親父はこのバカンス中に結構な人脈を築いてきてるらしい。

そして、そんな外国の窓口になっている父さんの言葉だからこそ社長も頷けるものがあったのか。この話は一旦ここで終わった。

国内は下原の小父さんが総括し、国外は親父が担当するのも良いかも知れないな。ただ、国外担当だと母さんまで一緒についていきそうなのが難点だがね。

 

 




スパイダーネット:東映版スパイダーマンの技。ネットを相手にぶちまける。相手を拘束するのに便利。


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第六十一話 弟子取り・弟子入り

遂にリポップにUAを抜かれてしまった・・・

誤字修正。244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


第六十一話 弟子取り・弟子入り

 

 

正月三が日をバージン諸島で過ごした俺達はいよいよ日本に帰ることになった。

帰りはブラス家のプライベートジェットで送ってくれるそうなので羽田にフライト申請を出したが、一杯のようだったので、横田経由でこっそり帰ることになった。

 

何故かウィルも一緒に。

 

 

『イチカに弟子入りしたんだ。あのハルクをどうやれば良いのかが知りたくって』

 

『弟子にしました』

 

 

無い胸を張ってふんぞり返る一花をちょいちょいと呼んで事情を聞く。

なんでもウィルはTV中継で流れていたスタンさんの誕生会で、ハルクの中身が誰なのかを調べていたらしい。

ただ、どう調べても俳優が分からなかったので現場に居た恭二に聞いてみたら、恭二が指差したのが一花だった、というわけだ。

 

それなら恭二に弟子入りすれば良いのにと思ったが、恭二曰く、「出来る奴に教えるのは簡単だけど出来ない奴に教えるなら一花が一番上手い」らしい。

まぁ、一花はこういっちゃなんだがヤマギシチーム内ではセンスが良いというより器用って評価が高いからな。

 

 

『彼女に弟子入りしてわかったよ。キョージの感覚は天才のそれで、天才に近しい人か感覚が近い人じゃないとイメージがしにくい。その点彼女はまず、イメージを構築するやり方から自分で考えている。学びやすさが全然違うんだ!』

 

「照れるぜ」

 

「まぁ、本人が納得してるなら良いんだが」

 

 

見た目小学生でも通じる一花に『マスター!』とか言ってる大学生って絵面がね、ヤバい。

だが、確かに誰かに教えるなら一花のやり方が一番いいかもしれない。

俺や恭二のような感覚で魔法を使ってる節がある奴なら兎も角・・・というかヤマギシチームはほとんど感覚で引っかかればその魔法を使える面子で構成されているが、一花や米軍のジュリアさんなんかは感覚よりも理論。

 

こうやってイメージしてここに魔力を注いで、といったやり方で魔法を使っているらしいとは聞いていた。というか、ほとんどの人はそうやって魔法を使っているらしい。

どちらもイメージ次第なんだが、ある程度魔力があるのに魔法が中々使えない、発動できない人達はこのイメージで手間取っているみたいだ。

その最初の段階を手助けする一花の教え方は、なるほど理に適っているんだろう。

 

 

「ハルクの時はどうしてたんだ?」

 

『ハルクの時はまずこの位の大きさになるってのを想定して、ハルクのイメージ画像を見ながら自分からどれだけ『膨らませる』かってのを意識しながら変身したよ!自分の今の動きとハルクの動き、両方をイメージしながらやったから難しかったけど楽しかった!』

 

『殆ど幻術だよね!マスター、変身の魔法自体は覚えたけど正直サイズが違う人は演じ切れないよ!』

 

『逆に考えるんだウィル。「演じる必要はない」って考えるんだ。自分の頭の中にそのヒーローはいるか?居るんなら彼をただ思い浮かべて動けばいいんだ!居ないならすぐにコミックスを見るんだ!』

 

『なるほど!わかった、やってみるよ!』

 

 

演じる必要はないってそれいやよそう。俺の勝手な思い込みで(ry

まぁ、一花の教育のお陰かウィルは急速に魔法使いとしての実力を高めてきており、元々磨いていた戦士としての実力も相まって一月ほどの滞在の間に10層への到達に成功。

俺達ヤマギシチーム以外では初めてテレポート室を利用した冒険者になった。

 

まぁ、自衛隊と米軍の教官チームも皆大詰めに来ているから来月にはもっと利用者は増えるんだがな。

日本の冒険者以外では初の民間人でのレベル10となり、まだ米軍兵士は教習受講中のため、二種免許を発行された海外初の冒険者となる。

という訳でちょっとしたお祝いに記念撮影と、食事会を行う。

 

 

『信じられない。味噌っかすの僕が、民間人初のレベル10だなんて』

 

 

10層までの独力突破・・・他のメンバーこそヤマギシチームだが、俺達ははあくまで補助と支援に徹していたため独力突破と認められた・・・を達成したウィルの頬からつぅ、っと涙が伝う。

この時に取った記念写真はアメリカ冒険者協会のトップページに暫く載ることになりそうだ。

訓練中の教官陣を除けば米軍の7層到達が最高だったからな。世界冒険者協会にとっても新年早々嬉しいニュースだろう。

あと何故かその写真の下に『偉大なる師、イチカ・スズキと我が友イチロー・スズキに捧ぐ』と書かれたコメントがあり、英語が読めなかった為ウィルに何を書いたのか尋ねると「箔付け」とだけ応えられた。

シャーロットさんに聞いてみると爆笑してたのであんまり良い事が書かれてないっぽいな。

ちょっとウィルを連れて空中散歩でもしてくるか。右腕基点だからぐるぐる回って凄いぞ?

 

 

 

 

 

そして2月。この月は別れの月になった。

日米共同の教官教育はめでたく全員履修終了となり、自衛隊20人、米軍20人の新任教官の育成が完了した。

そしてそれにあわせて浩二さんと美佐さん、ベンさんとジュリアさんの軍属組も原隊復帰し、奥多摩を去ることになる。

 

 

「寂しくなるなぁ・・・ここのラーメン好きだったんだが」

 

「ラーメン、ステイツとは比べ物にナリません。悲しいデス」

 

「そこはせめて奥多摩から離れたくない、とかにしてくださいよ」

 

 

笑いながら並んでラーメンを啜る。場合によってはもうこんな事出来ないかもしれないなぁ。

浩二さんには色々教えてもらったし、ベンさんとは一緒に山手線を何度も利用する仲だった。

これから教育隊に配属になった後、政府が保有するダンジョンに赴きそこで新人教育の任に当たるそうだが、そこが奥多摩ほど環境が整ってるとは思えないからなぁ。

ヤマギシとしては、今回の教育を機に自衛隊や米軍とは距離を置くことが決まっている。というか政府からそう依頼されている。

民間冒険者の教育に舵を振りたい日米政府としては、軍属の為だけの訓練期間が惜しいと感じている人が要るみたいだ。

 

実際、ヤマギシチームに参加しレベル20認定と教官免許まで手に入れた人材が日米共に2名も居るのだ。

真一さんなんかはこれ以降は民間に振り分けてくれと直接言われてたりするらしい。

皆魔石が欲しいんだろうなぁと思いながら俺達はラーメンの支払いを済ませて帰路に就く。

40名もの人が居なくなるせいか、やけに寒く感じる日だった。

 




鈴木一花:米国で変なあだ名が付いている事に気づきプルプル震える羽目になる。

ウィリアム・トーマス・ジャクソン:可愛い女の子をマスター呼びして教えてもらっていたと全米に向かって自慢した。同志と呼んでいた友達が少し減った模様。尚すぐ仲直りしたらしい。


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第六十二話 教育準備

誤字修正。アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございました!


第六十二話 教育準備

 

 

今日も今日とてゴーレムをばったばったとなぎ倒す。

最近、あんまりにもゴーレムとばかり闘っているのでちょっと奇をてらってジャバウォックで殴りかかったり、要望の多いハルクで近接戦を行ったりと暇つぶしをしていたのだが。

 

 

『ィヤアアァァ!』

 

 

刀匠達が現場を知りたいという事で急遽ダンジョン体験ツアーを敢行。本当についで位の感覚で付いてきたウィルがゴブリン相手にはっちゃけている。

最近覚えた変身魔法は大分安定しているが、まだまだサイズの大きな人物への変身は出来ないそうなので、今はマイティ・ソーに変身して剣を振り回している。

ストレングスを使用しても流石に彼のパワーは再現しきれないが、ウィルは満足そうなのでまぁ良いだろ。

 

 

「西洋剣もなかなか」

 

「やはり頑丈だな。鉈に近いかな?」

 

 

藤島さんと宮部さんがウィルが振り回している剣を見ながらそう言った。

何度かダンジョン経験のある二人は冷静だが、他の若い刀匠はウィルの活躍に目を輝かせている。

それを意識してかウィルの動きもドンドンよくなっていく。

後の方では単純に殴る蹴るでぶっ飛ばしたりしてたし、ゴブリンやオーガ、恐らくオークまでなら近接戦でも上手く処理出来そうだ。

 

この日は5層で切り上げたが、あの調子なら遠からず11層に挑戦できるかもしれない。次の教官教育にはウィルも来るって言ってたし、彼にはケイティと一緒にアメリカチームのリーダー格として頑張ってもらいたい。

ケイティといえば、何でもリザレクションに成功したそうだ。あのヤベー魔法の成功者がまた1人・・・

真一さんとしては、冒険者教育とあわせて医者にも魔法を伝えて行きたいらしい。ただ、うちと医療関係は仲が微妙だからな・・・・・・リザレクションの効果については政府側も認識しているためヤマギシの構想にも理解を示してもらっている。気長に人員を育てるしかないだろう。

 

人員を育てるといったらもう一つ。俺達ヤマギシチームの剣の師匠でもある安藤さんが、正式にヤマギシと契約を結んで人員育成に協力してくれることになった。

というのも、これから来る人員について一つの不安があったためだ。次回奥多摩で学ぶ人たちは日米選抜チームと違って民間人だ。

そこそこ鍛えている人も勿論居るだろうが、大多数は初めてダンジョンに潜った時の俺達のように日常的に闘うような事のない一般人。

ウィルのように自分で潜りに行くアグレッシブさがあっても完全な素人では教える側も難しいため、せめて体の動かし方、武器の振り回し方位は専門家が教えられる体制を整える必要があったのだ。

体力測定も可能なトレーニング施設をダンジョン近くに作り、安藤さんは基本的に週何度かそこで指導を行ってもらうつもりだ。

 

 

「体力のない人間、ある人間、それぞれの鍛え方は心得ているので」

 

「頼もしいです。育成について何か他には?」

 

「流石に40人を一人で見るのは無理なので、同門の人間に声をかけてもいいですか?」

 

 

勿論二つ返事でOKを出した。安藤さんは二種免許持ちなので、近隣に住む同門の剣道家に声をかけて何度かもうダンジョンに潜っているらしい。

魔法については流石に指導できなかったそうだが、素の実力で5層まで突破した安藤さんの同門の人だ。期待度は高い。

何なら基本的な魔法くらいは俺達が教えると伝えると喜んでくれた。魔法が使えなければ10層までの到達は難しいからな。

教える側がレベル5バッジしかつけていないのはちょっと見栄えも悪いしね。

 

 

 

 

さて、微妙にダンジョンと関係のある話の一つとして、最近奥多摩では建設ラッシュが起きている。

ダンジョン関連でにわかに住居が足りないという状況が起きてしまったためだ。

奥多摩は河川の流れで切り開かれた場所で、居住できる区域が非常に少ない。これまでは問題なかったのだが、ダンジョンが出来てからはこの居住区域の少なさが問題になってしまった。

まぁ、これまでマンションなんか建ててもどうしようも無かったせいなんだが、今は需要が生まれているからな。

今一番奥多摩で資金力があるのがヤマギシなんだから、これは自力で何とかしないといけない。

というわけでダンジョン近くに大型のオフィスビルとマンションが建つ予定だ。国の後押しがあるからヤマギシが買収したこの一帯は建坪率や容積率が大幅に緩和されており、結構高い建物になるらしい。

また、オフィスビルには日本冒険者協会と世界冒険者協会日本支部の奥多摩支部が作られるらしく、これは先に述べたトレーニング施設やダンジョン上部の寮とも接続される予定になっており、この一角は完全にダンジョン関連の建物だけになる。

まぁ、ここまで聞くと奥多摩も開発されていって良い事のように感じるんだが、勿論それだけではない。

 

 

「だめだな。川向こうの小学校は諦めよう」

 

「申し訳ない山岸さん。何度も説明したんですが・・・」

 

 

町立の小学校手前まで土地を買占める事が出来、次は小学校を買い取って青梅線沿いに新しい校舎を建てよう、という計画が空気の読めない町議によって白紙になってしまったのだ。

観光業を営んでいた折に何度か話したことのある父さんが粘り強く説明をしたが、欲が出てしまったのか。

順調に進んでいた話にいきなりとんでもない額をふっかけてくるという事をしでかし、結局そのまま物別れになってしまった。

 

山岸家もウチも代々奥多摩に居を構えていた地元の人間だ。無理に進めて同じ地元の人に恨まれてまで何かをするつもりはない。

折角の広くて便利な場所に小学校を建て直すって話が立ち消えになって、その話を台無しにした人たちがどうなるかまではしらんけど。

 

 




マイティ・ソー:アメコミのスーパーヒーローでハルクの喧嘩友達。アスガルドの神々の王オーディンの息子でアスガード最強の戦士。ハルク並のパワーとタフネスに格闘能力、更に非常に高い戦略的知識と直感力まで持ってるチート。しかもムジョルニア(魔法のハンマー)を持つと天候操作やらの超能力まで使えるチート。つまりチートオブチート。


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第六十三話 レベル30到達

誤字修正、日向@様、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


第六十三話 レベル30到達

 

 

3月。

ゼネコンの方々がクソ寒い中川向こうの山を整地しはじめたり、新ビル棟建設のための穴掘りなどをするためにやってきた。

お陰で2月に一時落ち込んでいたコンビニの売り上げがV字回復して店長の顔色が元に戻っていた。赤字になっても大して問題はないけど、やっぱり気分的にね。辛かったらしい。

 

新ビル棟一階には、冒険者たちのためのアンテナショップが出来る。

俺達が実際に使っている装備や武器、ダンジョン用の電気カーゴ車や、最近日本の会社が開発してくれたダンジョン仕様のSUVなんかも展示される予定だ。

 

このダンジョン仕様のSUVなのだが、実際に車検が通る形で作ってくれたそうでなんと街中でも乗ることが出来るらしい。

見せてもらったらサファリラリー車のようにデコレーションされており、俺達の装備を作ってくれている各社のスポンサーデカールが貼られていてやたらとかっこいい。

 

早くこれが運転できるようになりたい。街中でこれを乗り回したら気分良いだろうなぁ。

因みに建設会社の人たちにはダンジョン上の寮を借り上げてもらっている。空いてる物件は効率よく回さないとね。

 

 

 

さて、久々のダンジョンである。

3月の間、ゴーレムのインゴットを回収する以外のやる事がなくなった俺達はこの期間に一気にダンジョン攻略を進めた。

21層は石造りのダンジョンらしいダンジョンだ。道幅は狭く、時たま出る広間では敵が待ち構えている。

最初の21層では中学生ほどの大きさの狼が相手だった。コイツは接近戦主体だとかなりの難敵になるだろう。

 

まあ、フレイムインフェルノを進路に置いたら完封できるんですがね。

22層では3メートルちかい上背を持った熊が出てくる。

こいつらを突破した後に続くのはサソリ、でかいカニ、マンティコア、ケルベロス、ワーウルフ、ワータイガー・・・・・・そして30層のボスはキマイラだ。

 

人獣系のドロップは剣など。魔獣は牙やら甲羅やら。30層のボスのキマイラは毛皮をドロップした。

この毛皮なんだが、耐魔性に優れた素材ではある。あるのだが、今の防具にアンチマジックをかけた方が良いんだよね。

一応研究用に確保して使い道を探しているが・・・・・・いっそ貴重な毛皮のコートとして売り出した方が良いかもしれんな。

 

 

 

そして4月。

日本冒険者協会は銀座で売り出されてるオフィスビルを20億くらいで買って銀座支部を作った。むしろ本部じゃね?という位立派な建物なんだが、奥多摩の方を本部にしたいらしい。

全ての始まりの地だからってのもあるらしいから、まぁ気持ちは分かる。

まぁ、対外的な事務なんかは銀座でやって、奥多摩の方は完全に司令部って感じになるらしいんだがね。

このビル購入にはヤマギシも出資しており、「銀座にビル持っちまったぜぇ」と社長がにやついていた。協会所有なんでヤマギシがどうこう出来る物件じゃないんだけどね。

 

とりあえずビル購入の際の式典に出席した折、銀座の刀剣商の所に「近所にうちの支部が出来ました」と報告を入れたらお茶とサイン色紙をすっと出された。

手形でいいかな?あ、すんません真面目にやりますわ。

 

SUVの提供の条件が11層でのCM撮影だったので撮影隊を連れて11層へ。

俺達は御揃いの装備を着てやたら細かい絵コンテに従って数日、撮影につきあった。勿論運転手はシャーロットさんだ。美人は絵になるからね。

ただ、問題は隣に俺が座らされた事なんだが。知名度を生かせ?なら何か変身させろよ。素顔で有名人っぽく振舞うの苦手なんだから。

 

次の日、本当にマーブルに許可を貰ってきたらしく何故か1人だけ外を飛びまわらされた挙句、途中で疲れたような小芝居をして車の中に入れてもらおうとするスパイダーマンというなんとも言いづらいCMが出来てしまった。

完成した瞬間にデータを送られたらしいスタンさんからめっちゃ面白いってメールが来たけどあれでいいのか?いいのかなぁ・・・・・・

テレビでもオンエアされるらしいけど、ネットでは全編公開されてるんだそうだ。ヤマギシチーム全員がこんな形で動画に映るのは中々少ないから少し楽しみだぜ。

 

さて、次に法律でもちょっと進展があった。

対ゴーレム用の武装、RPG-7を冒険者免許持ちなら購入が出来るようになりそうなのだ。

自衛隊の調達に強い商社が、代理権を取得したそうなんだが。今現在はヤマギシ関係の人間しかそこまで進めていないから、暫くはウチがお世話になるんだろうな。

 

そしてこれは日本の話ではないのだが、ウィルとケイティのチームがついにゴーレムのマップに入ったらしい。

ウィルには事前にレクチャーをしていたので問題ないと思うが、ゴーレムには不用意に接近戦を仕掛けないよう注意と、おめでとうという祝辞を送っておく。

また、この事によりうちの法務部も動き出す必要があった。

 

 

「よし、じゃあペレットの特許を申請するか」

 

 

今現在のヤマギシの飯の種、ペレットの国際特許取得である。

予め、ヤマギシ以外の人間が11層に突入したらいつでも申請できるようにしていたのだが、まぁやはり最初はアメリカだったか。

ウィルとケイティはうちのチームでも少し磨けば通用しそうだしなぁ。

 

ヤマギシのペレットの燃料制御の仕組みは、メイジ系のドロップ品である魔法の杖を細かい爪楊枝のような枝に破砕して、ひとつに<フレイムインフェルノ>発動のエンチャントを、もう一つに<マジックキャンセル>の術を施して、それらをペレットに当てる事で燃やしたり消したりをしている。

ケイティなら、恐らく初見で見破るかもしれない。魔法に関して恭二がそう感じたなら恐らくそうなのだろう。

 

そんな彼女は自身に起こった奇跡を大々的に発表した。

不治の病を克服したこと。それが魔法によって行われたこと。

欧米には宗教的理由で「魔法」を嫌悪する感情があるらしい。そうした意識の改善と、迷宮や冒険者への恐怖感を払拭するための政治的な策らしい。

そして彼女達世界冒険者協会は、医師による回復魔法の習得への支援を打ち出している。

 

すでに数人の医師がキュアを習得しており、中々の滑り出しを見せているようだ。

彼女達が行っていることは魔法の右腕を持つ俺にとっても他人事ではない。早速応援のメッセージを動画で配信して少しでも追い風が吹くように応援しておく。

 

次の日、何故か恭二宛ではなく俺宛にケイティから連絡が来た。

 

 

「イチロー、ヤリすぎ!」

 

「ごめん意味分からん。なんで?」

 

 

たどたどしい日本語で俺に文句を言ってくるケイティに疑問符を投げると、途中で通訳のお姉さんに代わる。

言われたキーワードでネットを検索すると、『世界のヒーローが認めた!』『医療に新しい風を!』という文面で色々な国から世界冒険者協会への支援が開始されたらしい。

そっと画面を閉じ、通訳のお姉さんにケイティに代わってもらう。

 

 

「マジごめん」

 

「自分のエーキョーリョク、考エル大事!」

 

 

その後も延々愚痴られたので謝り倒す羽目になった。

は、はは・・・・・・はぁ・・・・・・




キャンセル:文字通り一度発動した魔法を打ち消す。アンチマジックの応用版


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第六十四話 世界冒険者協会・始動

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第六十四話 世界冒険者協会・始動

 

 

「世界冒険者協会の正式発足の発表会とレセプションがあるそうだ。イチロー、キャサリン嬢から絶対に来いだと」

 

「あっ、ハイ」

 

 

すっごい嫌な予感がするが流石にこれは断れん。良かれと思ってとはいえ、結構な迷惑をかけちまったしな。

結果自体は良かったんだろうが、支援を貰いすぎてハードルがガン上げされてしまったらしいし・・・・・・うん。俺もようやくリザレクションっぽい魔法を使えるようになったし、医師の教育も手伝える所は手伝おう。

そうそう。ヤマギシチームはついに全員がリザレクションに相当する魔法を覚えることが出来た。

相当するってのはまぁ、俺の魔法が例によってバスターから出たりネットに付与されたりと明らかに腕によって効果や出方が変わるから何だが。回復力的な意味合いだと相当といえるのでこう表現している。

このリザレクションの取得だが、一つ驚いたことがあった。

なんといつもならそのズバ抜けたセンスでさっさと魔法を覚えてしまう真一さんが苦戦する中、恭二、沙織ちゃんに続いて一花が先にリザレクションを覚えたのだ。

 

 

「私が何べんバンシーに凸したと思ってんの?」

 

 

周囲の驚きと祝いの言葉に対し無表情でそう応えた一花に、その場に居た一同が沈黙した。

その後、一花式の【痛くなければ覚えませぬ】教育法により全員リザレクションを扱えるようになったが、覚えが悪ければその分自身のメンタルにダメージが蓄積されるこの教育法はかなり人を選ぶという事で一時封印。

リザレクションについては基本的に他者のリザレクションを受けてイメージを持ち、キュアやヒールを習熟していって発展させるという形式で教えていくことになった。

こっちは沙織ちゃんが覚えた形式だし、とっても穏便な方法だ。

 

 

「まぁ、正気で人が救えるんならそれがいいよね!手っ取り早くブラックジャックになれる機会を貰って、その人が正気で居られるんならね」

 

「気合の入った奴しか来ないだろうしなぁ・・・・・・」

 

 

封印解除はそれほど遠くないかもしれない。

 

 

 

さて、話を世界冒険者協会の正式発足について戻す。

この会合には現在ヤマギシで中核に居る人間皆に招待状が届いているが、流石に大工事を行っている最中に責任者が誰も国内に居ないのはちと困る。

という訳で国内の営業を担当している下原のおじさんが責任者として残る事になった。

勿論経理をしているおばさんも一緒だ。

 

という訳で社長とヤマギシチーム、父さん母さんという面子で俺達は数ヶ月ぶりにアメリカの地を踏むことになった。

会場はテキサス州東部の町、ヒューストンのヒューストン・コンベンションセンター。

成田空港にウィルが手配してくれたプライベートジェットでの渡米である。

 

 

『やぁ、よく来てくれたね!』

 

『よっすウィル。二ヶ月ぶり?』

 

 

空港に到着した俺達をウィルが出迎えてくれた。それは良いんだが背後の撮影陣は何だ?

フラッシュで眩しくて目が開けられんのだが。

 

 

『まぁ、有名税って奴だよ。ニューヨークの件、あの後凄い反響だったんだ。あれを許可した市長の再選は固いだろうね。選挙前にまた呼ばれるかも?』

 

『あれ疲れるから嫌だ』

 

『疲れるで済むだけ凄いよ。僕なんか終わった後暫く歩けなかったし・・・・・・ただ、人生最高の瞬間だった』

 

 

俺とウィルが握手を交わす瞬間、狙ったように一斉にフラッシュが焚かれる。

ウィルも米国では注目の人物だし、美味しい絵なんだろうな。それは良いんだが俺達はどこから外に出ればいいんだ?

この撮影陣の中突っ切るの?ボディーガードつけて?・・・ええっと、はい。

 

 

 

 

会場に隣接しているヒルトンを用意してもらい、一先ず俺達は旅の疲れを癒す。

そして次の日、前夜祭のパーティーに出席することになった。

 

 

『やぁ、ヤマギシの皆さん!お久しぶりですな!』

 

 

会場にはブラス家の面々がいた。相変わらず恭二が抱きつかれてる。

以前お世話になった時と全然・・・・・・いや、なんか妙に若くなってるな。これは相当数ダンジョンに行ってそうだ。

 

 

『イチロー!お久しぶり!』

 

『やぁジェイお久しぶり。元気だった?』

 

 

綺麗なブロンドに映える赤いドレスを着たジェイと挨拶を交わす。俺は以前仕立ててもらったスーツに着られている状態で役落ち感が半端ない。

もうちょっとおしゃれも磨いた方が良いんだろうか・・・いや、目立つのは変身しているときで十分だろう。

 

 

『ジェイ姉ちゃんお久しぶり!すっごい綺麗だね!』

 

『ありがとうイチカ。イチカもその着物、とっても素敵よ!』

 

 

ブラス家のご婦人方に挨拶をしてきた一花が会話に加わり、ジェイが応える。

一花は今日、何故か1人だけ着物を着けてきた。しかも割りと渋めの色合いの物をだ。

キャラ付けがどうとか言ってたが正直こいつが何を考えているのかたまに分からなくなる。まぁ、何かしらの意味はあるんだろうが・・・

 

 

『あー、すまないジェニファー嬢、マスターイチカ。イチローをお借りしても?』

 

『ジャクソンさん、お久しぶりです。イチローに何か?』

 

『・・・あ、おけおけ』

 

 

会場に入るまでは一緒に居たが、その後挨拶回りに回っていたウィルが笑顔で声をかけてくる。

怪訝そうなジェイに対して、一花は何かを察したのかすすっと離れていった。

 

 

『イチロー、君と是非話したいって人が列を成してるんだ。僕の友人達でね。ちょっと来てくれないか?』

 

『あ、ああ。構わないけど』

 

『ごめん、今日中に終わるとは思うから』

 

『・・・・・・ん?』

 

 

言われた言葉が理解できずにウィルに付いて行くと、会場を出て大会議室と書かれた部屋に案内された。

部屋に入った瞬間、すぐそれと分かる熱気を感じる。

埋め尽くす人、人、人。100名近い人間が会議室に犇き、それぞれが思い思いに自分の最愛のヒーローの姿をしている。

 

 

『皆!カメラの準備は万全か!』

 

『てめぇウィル!』

 

 

ちょっ、おまっ!ストレングスまで使って肩を掴むな!あ、おいばかやめあーっ!

 

 

 

結局日付を回るまでバカ騒ぎに付き合わされることになり、翌月には写真集を発表することになりました。

後半は俺も楽しかったけどさ。楽しかったけどさぁ!




一花式教育法:バンシーの泣き声を無防備に聞く、リザレクションで復活の繰り返し。普通に病む。


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第六十五話 アメリカの馬鹿共(褒め言葉)

前回ウィルに連れ込まれた後の話。
書きたい事を書いたら作中時間が一日経ってなくてビビる。
皆様良いお年を。


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第六十五話 アメリカの馬鹿共(褒め言葉)

 

 

「ねっむ・・・」

 

昨日はあのまま撮影会と、そして何をとち狂ったのか『冒険者たちの夜明け』やら『新時代到来』やら色々と英語で書かれたプラカードを持って町を練り歩く羽目になった。

大丈夫なのかウィルに確認したらちゃんと許可は取っているとのこと。

実際、外に出るといつの間に行っていたのかコンベンションセンター前の道路が交通規制されており、空には取材ヘリがぱらぱらとその様子を撮影しているのが見える。

ウィルから渡された資料によればコンベンションセンターの周囲をぐるっと大回りして最後はセンターの隣にある公園に入り、そこで実際に参加している冒険者による決起会のような物を開くらしい。

そう。このレイヤーども全員、アメリカの協会に所属している冒険者らしい。

 

 

「ノリいいなお前ら」

 

『魔法の存在を知り、君の存在を知った瞬間にダンジョンに駆け込んだ同志たちさ。愛すべき馬鹿どもだよ!』

 

『お前もだろうが!ちくしょう!俺にも変身を教えてくれ!』

 

『俺が先だ!』

 

『すまないが予約制なんだ。頑張って次の日本研修枠に受かるよう努力してくれ!』

 

『おれも美少女にマスターって言いたおい馬鹿やm』

 

 

怪しいことを言い出した馬鹿に周囲が制裁を加え始めたので俺も加わっておく。

何と言うか。恭二と学校で馬鹿をしていた頃を思い出す馬鹿騒ぎだ。

ウィルやケイティという友人達のお陰で最初に感じていた胡散臭さというのは無くなっていたが、少なくとも所属している人間は好きかもしれん。

まぁ、今現在ここにいる連中が海の物とも山の物とも分からないダンジョンにロマンだけで突っ込む馬鹿どもだからそう感じているだけかもしれないがな。

 

 

『・・・で、私はこの格好で良いの?』

 

『ヒュー♪似合うじゃないかジェニファー嬢!』

 

『ジェイで良いわ。インヴィジブル・ウーマンね・・・大好き♪』

 

『君の場合はインヴィジブル・ガールだね。初期の名前なんだ』

 

 

青いスーツに輝く胸元の4の文字。宇宙忍者ゴームズのヒロイン、インヴィジブル・ウーマンだ。カートゥーンネットワークでよく見たなぁ。

ムッシュムラムラってたまに言いたくなるよね。

 

 

『いやファンタスティック・フォーだからね?』

 

『ゴームズだとスージーだっけ』

 

 

日本への輸出版はたまに意味分からん名前になるからなぁ。

さて、今回の変身は前々から練習していたハルクで行こう。ウィルはマイティ・ソーに変身しているしね。

そう。ソーとハルクが並ぶとなればまぁ、やることは一つだ。

ようウィル!ちょっと面貸せや!

 

という訳で『チキチキ!ヒーローだらけの鬼ごっこ!』が突如勃発。コースになっているルートを俺とウィルでチャンバラしながらその後ろから他の冒険者が行進するという前代未聞のパレードが始まった。

ウィルはバリアは勿論ストレングスもウェイトレスも使えるから殴ってぶっ飛ばすには最高なんだよね。俺も勿論同じ状態だから、兎に角ぽんぽん飛んでぽんぽん戻ってくる殴り合いが始まった。

右腕だけハルク状態で他の部分は通常サイズなんだが、まぁ変身で若干見た目は弄ってるしね。外からはスーパーサイズのハルクとウィルのガチの殴り合いに見えるだろう。

 

そうやって殴り合いをしながら、時たま肩を組んだり、右腕だけでウィルを持ち上げたりとパフォーマンスを行って居ると、何かバリア覚えたって連中がどんじゃん参戦してきてハルクVSマイティソーから大乱闘スマッシュブラザーズになったんだけど。

ジェイ、お前までか・・・バリア使えるんだね。透明化の魔法とか出来たら完全に持ちキャラになるかもな。

あとお前ら!物は壊すなよ?フリじゃないからな?・・・・・・理解したなら良し!かかってこいやぁ!

 

会場の公園についた頃には皆ボロボロになっていて、俺達は肩を組み、教えてもらったアメリカの国歌を歌いながら公園に入場した。

勿論ケイティにしこたま怒られた。

ただ、決起会は素晴らしい盛り上がりを見せたし、今回の行進は米国中で凄く反響が大きかったそうだ。

中にはこの時の経験を元にバリアの他にストレングスを身につけたという冒険者も居り、世界冒険者協会の冒険者の質を高める事にも繋がったから許して欲しい。

駄目?駄目かな?・・・・・・駄目かぁ。

 

正座してケイティに怒られる(ハルク)(変身したまま)とウィル(マイティソー)(変身したまま)の姿がシュールだと周りに笑われ、笑った奴らもケイティの逆鱗に触れて正座させられ、ついでに何故かジェイまで正座させられて、この瞬間世界冒険者協会におけるヒエラルキーが決定することになった。

まぁ、元々ケイティが代表みたいなもんだし変化なしか。

 

 

 

 

結局その後は汚した道の清掃を行わされ、夜になったらなったで今度は決起会に参加した馬鹿共の内輪騒ぎに連れ出され、部屋に戻れたのは結局深夜になってしまった。

 

 

「きのうはおたのしみでしたね」

 

「シバいたろか小娘」

 

 

いつの間にか部屋に帰ってぐっすり眠っていた一花のにやにや顔に若干殺意すら覚える。

寝不足気味の頭にヒールをかけて疲れを飛ばす。右腕が通常モードの時にヒールを使うと掌がぽぅっと白く光るので患部に手を当てる必要があるが、触っている部分が気持ちいいからよく使用している。

あと光る掌をかざすって如何にも『治療の魔法を使ってる』感があって好きなんだ。

今日はこの後に冒険者協会の設立宣言が行われる。それを見た後はコンベンションセンター各所でワークショップや何やらが開かれる予定だ。

なんでも俺達が使っている装備やグッズが多数出展され、モデルには全て俺達が使われているらしい。

普段は真一さんや俺が矢面に立ってるからクローズアップされない恭二を煽れるチャンスだ。気合を入れて行こう!

 

 

「流石にそれは引くわー」

 

「うん。俺もそう思う」

 

 

前言撤回。程ほどに頑張ろう。




ファンタスティック・フォー:スーパーヒーロー4人が主役の作品。日本だと『宇宙忍者ゴームズ』という題名で放送され、ガンロック(本来の名前はザ・シング)の「ムッシュムラムラ」という決め台詞が大流行したらしい。言いたくなる気持ちはわかる。


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第六十六話 レセプションパーティー

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


誤字修正、日向@様、244様、ふがふがふがしす様ありがとうございます!


第六十六話 レセプションパーティー

 

 

「こんな事は許されざるよ」

 

「ざまぁ」

 

 

無表情でワークショップ前に佇む恭二に俺は満面の笑みで親指を立てる。

ワークショップの中の一つに魔法を使った技術や燃料ペレットについて取り扱う場所があり、ここにこれまでに開発された魔法の公開されている物の一覧表があったのだが。

開発者の項目が俺が一つ、ケイティが一つ、残り全て山岸恭二という名前で埋め尽くされておりご丁寧にファイヤーボールを5つ空中に浮かべている恭二の写真が添えられているのだ。

今現在一つの魔法を同時に5個も多重展開できる化け物は恭二しか居ないため、実質オリジナル魔法扱いで『フィンガー・フレア・ボムズ』と書かれているがこれ作った奴の悪意というか情熱が透けて見える気がする。

因みに俺の名前が入っている項目は『魔法の右腕』となっており、形態変化後の魔法はそれぞれ魔法の右腕の一形態とされている。ケイティの物はリザレクションだな。

 

で、こんだけ名前が堂々と目立つ所にあるのを、注目されるのが大嫌いな恭二が嫌がらないわけがない。

というかあからさまに恭二に擦り寄る奴が増えてきている。さっきまで社長の方にバンバン行ってたんだが社長、まだ翻訳つかえないからなぁ。

ワークショップで大いに名前を売ったヤマギシチームはその後の夕方のレセプションパーティーでも引っ張りだこになった。社長以外。

 

あんまりこういう場が得意じゃない恭二と沙織ちゃんにはジェイとジョシュさん(呼び捨てでも良いと言われたが真一さんより年上だし・・・)がついて周囲を抑えてくれているから、真一さんとシャーロットさんに偉そうな人たちが集中してて大変そうだ。

 

俺?昨日の馬鹿ども関係で周りを埋め尽くされてて騒がしいけどとても楽しんでます。

流石に昨日のメンバーが全員居るわけではないが、ダンジョンに継続的に挑戦できる余裕のある奴はやっぱり生活に余裕がないと厳しいからな。

そこそこ金のある親を動かしてこの冒険者協会に協力させているって連中も結構居るんだ。

 

 

『最初は道楽にちょっと金を出すかって感じだったのに、急に掌返されたのは面白くなかったけどな』

 

『俺もだ!最初は「この金額はくれてやるから好きに使え」って感じだったのに、イチローが話題になれば成る程変に力入れてきてよ。何が「次の日本行きには必ず参加しろ!」だ!行けたら行きてぇよ!そしてマスターイチカにグボッ』

 

 

あほな事を抜かそうとした金髪のガリを周囲が蹴りまくって制裁を加える。

俺?勿論参加してる。というか蹴倒したのは俺だ。バリア張ってるし怪我はないだろう。

しかしまぁ。世知辛い話だな。現場はロマンを求め上は結果を求めるのはどこも一緒だけど、どうやらウィルの仲間達はこの会場に参加しているのだろう親たちにはあんまりいい感情を持っていないようだ。

まぁ、ロマンだけでは皆食っていけないからな。ヤマギシも安定して黒字が出せるようになるまでは結構苦労したし。

ゴーレム様々って所だ。

 

 

『ケイティも可愛そうに。キョージにアプローチしたいのに小父様方が離してくれないみたいだ』

 

『お前の方はいいのか?全米ナンバーワン冒険者のウィル君?』

 

『僕はイチロー達のおこぼれで最初にレベル10になっただけだからね。話題性とリーダーシップのあるケイティに話が行くのは当然の事だよ。あとめんどくさい』

 

 

最後が間違いなく本音なんだろうなぁ・・・

ただ、ウィルとケイティでは冒険者としての質がまるで違うし、魔法センスの差はあるけどウィルがそんなに劣っているとは感じないんだよな。

むしろ事接近戦では下手すると俺でも不覚を取りそうな位ガンガン上達してるから、現時点ではウィルの方が総合的に優れているんじゃないかと思ってる。

まぁ、ケイティが忙しくて纏まった時間ダンジョンに挑戦できてないのもあるとは思うが。

 

 

『ま、辛気臭い話はよしておこう。皆、料理をたっぷり食べて体力を養ってくれ。夜は長いぞ?』

 

『イエェイ!今夜こそ帰さないぞイチロー!』

 

『俺未成年なんでそこら辺配慮頼むぞ?ほんとに』

 

 

昨日あんだけ騒いだのになんでこいつらこんなに元気なんだ?

堅苦しい話からスタコラサッサするのは同意だが、こいつらに付き合ってると何時寝れるか分からんしとっとと隙を見て抜け出すとするか。

昨日のジェイを見て思いついたんだが、変身って上手い事調整すれば恐らく透明になれるからな。

探知が使えるウィルにだけこそっと伝えておけば抜け出すのは簡単だろう。

 

 

 

 

 

「お前らひでぇよ。俺だけあんなおっさん達に囲まれてヒーコラ言ってたのに」

 

「お勤めご苦労様でした!」

 

「助かりました!」

 

「あーもー。今日はもう寝る・・・・・・」

 

 

パーティーが終わる直前まで捕まっていた真一さんがへとへとの顔で部屋に引き上げてきた。

サクッと抜け出して部屋でアメリカのTVを見ていた俺と恭二が腰を90度まげて頭を下げると、何か言いたそうにしながらも真一さんは上着を脱いでどかっとソファに座った。

まぁ、ヤマギシのフロントマンは真一さんだからな。どうしても真一さんに集中するのは避けられないし。

 

 

「明日はもう予定もないしこのまま帰るのか?」

 

「親父はな。俺達は一度ブラス家に寄っていく。是非来て欲しいそうだ」

 

「ふーん」

 

 

明日の予定を恭二が確認すると、眠そうな声で真一さんがそう返事を返した。

時差ボケでずっと眠気が取れないんだよなぁ。気持ちは分かる。

今日はもうゆっくりとくつろいで疲れを残さないようにしよう。

 

 

『やぁイチロー!迎えに来たよ!やっぱり皆君と一緒に出かけたいんだって!』

 

 

ウィルェ・・・・・・

結局逃げ切れずその日も朝帰りになりイチカに同じ台詞を言われる羽目になる。今度は無言でアイアンクローしたよ。当然だろ。

まさかアメリカの地で天丼を食らう羽目になるとはこの海の(ry



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第六十七話 日本の役割

今回は短め。
まさかのケイティとの会話だけで終わりました。。。

誤字修正、244様、ぼんじん様ありがとうございます!


第六十七話 日本の役割

 

 

数カ月ぶりに訪れたブラス家は相変わらずの大きさだった。わざわざ手配してくれたヘリから降り立つと、昨日は碌に話すことが出来なかったケイティが出迎えてくれる。

他の家族は皆それぞれの役目があるため、今は居ないらしい。まぁ、昨日のパーティーでもブラス家は引っ張りだこだったからな。

 

 

『今回は皆さんご参加頂きありがとうございます!いろいろお話ししたいことがあったのですが、コンベンションでは時間が取れませんでした』

 

 

若干申し訳無さそうに言うケイティからそっと目を逸らす。時間がなくなった理由の一つに間違いなく俺たちの馬鹿騒ぎの後始末も入っているからだ。

 

 

『今日はあちらに居なくてもいいんですか?』

 

 

真一さんが問いかけるとにっこりと笑ってケイティは応えた。

 

 

『基調講演と主要な方々への顔合わせはもう終わりましたから。今あちらにいるのはその他の顔つなぎ目的の方々やウィルのように後片付けを担当している人だけです』

 

 

その後片付け要員は朝の4時まで遊び歩いていたんだけど大丈夫なんだろうか。

 

 

 

 

さて、今回正式に発足した世界冒険者協会は各国の冒険者協会の上位団体として発足された。

すでに冒険者協会が正式に発足し動いているのは日本と米国だけだが、現在準備段階の国は10近くあり、日本の協会の情報を元に各国の協会を指導、運営の補助を行っていくらしい。

これだけを見ると日本におんぶに抱っこのように見えるが、情報提供や人材育成が出来るほどに冒険者協会の形を整えているのが日本しかないため、当面は仕方ないらしい。

ただ、それらの提供を行う代わりに日本冒険者協会は世界冒険者協会から相応の補助を受け、更に下部組織ではなくあくまで独立した団体として世界冒険者協会に加盟しているという扱いになり、かなり特別な待遇を受けることになるそうだ。

 

 

『冒険者協会における日本の役割は、大きく、重要です。タービン発電もそうですが、全世界に先んじて、ファッション、武器、車まですでに用意している。そしてそれら全てに納得できる十分な理由が存在する。まだ浸食の口(ゲート)出現から一年も経っていないというのに。これは驚嘆に値する事です』

 

『米軍にもその辺りのノウハウは渡ってるはずですがね』

 

『軍組織の秘密主義は時として困ったものです。お陰で日本に全て先んじられてしまいました』

 

 

自身の熱弁に対して冷静に返す真一さんに、ケイティは苦笑で応えた。

 

 

『そういえば、米軍からの武器供与を終了するとか?』

 

『ええ。まぁ、ウチもおかげさまで資金繰りに目処が付きましたんで』

 

『それが良いですね。軍組織は政治的な思惑に左右されますから』

 

 

そこら辺の考え方が日本とは全然違うな。日本の自衛隊は本当に不自由な組織でまともに動くのにも苦労するが、米軍はそうじゃない。

高級幹部に至っては政治家とそう変わらないし、議員には軍派閥なんてものもあるくらいだ。

昨日のパーティーにも議員の方々が多く来ていたし、将来は冒険者閥なんてのも出来るかもな。

 

 

 

『先ほど、冒険者協会にとって日本は特別だと言いましたが、それは民間技術だけではありません』

 

 

秘書の人が入れてくれたティーに口をつけた後、ケイティは静かに言った。

 

 

『あなた方チームヤマギシの存在が、正に冒険者協会にとってもっとも特別な存在なのです』

 

 

CCNで放送されながらのダンジョン攻略、魔法の発見・開発、米軍の救助、魔法アイテムの発明、そして世界一有名な冒険者の存在。

世界中の人間が『ダンジョンに潜る者たち』として俺達を思い浮かべる。つまり、今現在冒険者というイメージは=ヤマギシチームになるという事だ。

成る程。上の軌跡だけを見るとハリウッド辺りで映画化されてもおかしくないものだな。もしくは『プロジェクトX』かな。

そう言えばハリウッド化を希望されて断ったとか社長言ってたなぁ。

 

 

『ウチにも来ましたよ。余命2年の富豪の娘が奇跡の完治。定番の泣ける話ですね。3年以内には映画になるかと』

 

『・・・OK出したんですね』

 

『冒険者の宣伝としては格好の話ですからね。社会に受け入れられるチャンスがあるなら、悪い事ではありません』

 

 

そう言ってケイティは凄みのある笑顔で笑った。

笑顔は元々攻撃的な意味合いってあれ、本当なんだな。正直殴り合ってるときのオークの笑顔が可愛く見えるわ。

これで恭二と話してる時はびっくりする位可愛い笑顔を浮かべるんだから・・・

 

 

『あと、出来ればヤマギシの映画もOKを出して欲しいんですが』

 

『それは絶対にノウ』

 

 

真一さんが反応する前に恭二が答えた。まぁ、そうなるとこいつが主役だしな。

昨日のパーティーでさらし者にあった経験が堪えたのか今日の反応はかなり過敏だ。

その引きこもり気質は何とかした方がいいと思うんだがなぁ。

まぁ、意中の人間の不興を買ってまで推すつもりはなかったのかケイティもその後は映画の話はしなくなった。

ただ、俺に『マーブルが動いています』とか言ってくるのは止めて欲しいな。

恭二もそれで元気を取り戻すんじゃない。

 

 



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第六十八話 魔法の右腕

誤字修正、244様、kuzuchi様ありがとうございます!

3が日更新できないかと思ったら何とかなった。
あと副題を付けてみました。どこどこの話ってのが分かりにくかったので。
ちょっと細かい話が続いて申し訳ない!




UA1万達成ありがとうございます!
リポップの方でステマしてごめんなさい()


『それではそろそろ本題に移りましょうか』

 

 

中身の無くなったティーカップを置いて、ケイティはそう切り出した。

 

 

『以前提案していた、奥多摩ダンジョンでの育成についてご相談させてください』

 

『ああ、米国の冒険者を次回の育成計画に加える件ですね』

 

『はい。奥多摩周辺で確保できる宿泊施設を上限に、各地から、魔法の修行を志す人員を集めて、数週間から数ヶ月、ブートキャンプを開いて欲しいのです』

 

 

なるほど。割と予想通りの内容だ。100人位は来るだろうなーとは予想していたからな。

 

 

『なるほど。所で何故ウチで行うのかお伺いしても?ウルフクリークのダンジョンは周囲も広く施設を新設すれば非常に便利だと思いますが』

 

『勿論ウルフクリークのダンジョン周囲も開発する予定ですが、それは今使えるわけではありません。その点奥多摩は環境が素晴らしい。施設もそうですが、何より管理者であり教官になるヤマギシチームは世界最先端の冒険者ですから』

 

 

それに大人数の教育の経験もある、と。なるほど、確かに現時点ではトップの環境だな。

他の冒険者が育ってくればまた違うかもしれんが。

 

 

『今はダンジョン上の宿舎は建設業者に貸し出してあるので・・・開くとしたら6月下旬以降でしょうね』

 

『なるほど。なら夏休みもありますし、7月1日以降で調整いたします』

 

『夏休み?学生も居るんですか?』

 

『そういえば今回のパーティーでも、冒険者側の参加者は学生が多かったなぁ』

 

『彼等は日本へ派遣する候補の冒険者達です。皆、優秀な冒険者の卵達ですよ。おバカさんが多いですが』

 

 

残念な事に女の子は少なかったがな。あとその。おバカさんの辺りでこちらを見るのは止めてほしいです。

 

 

『ダンジョンの存在を知って、退職してまで潜ろうという人間は少ないでしょう。ウィルのような学生を主体に失職している者、ニート、そして私のように生活に余裕のある夢追い人が主体です』

 

『ケイティちゃんって夢追い人って仕事なんだ?』

 

『ロマンチストとも言いますね』

 

 

沙織ちゃんの質問にケイティが笑いながら答える。多分冗談だと思ってるんだろうが沙織ちゃんは、本気で質問してると思うぞ?

まぁうちとしては人格に問題のある人で無ければ問題はない。そこら辺はケイティやウィルの目を信頼しよう。

 

 

『こちらとしては人選についてまでとやかく言う気はない。ただし、日本の常識で判断して、ダメだと思ったら容赦なく追放する。以後出入り禁止だ。いいな?』

 

『はい。わかりました』

 

 

ぎらりと目を光らせながら言った真一さんの言葉に、ケイティが強く頷いた。

小さな体が大きく見える。相変わらず気合の入ったケイティは凄い覇気だな。

 

 

 

 

夜になるとブラス家の面々が続々と帰ってきた。

ジョシュさんは大学のほうに用事があるらしく帰ってきてなかったが。

 

 

『今年は目出度い事が多い。孫娘の快癒に日本に新たな友人が出来た』

 

 

上機嫌なダニエル老はそう言って食前酒の入ったグラスを傾ける。

以前も夕食の招待を受けたが、相変わらず豪華過ぎて落ち着かない。

 

 

『所でミスター・シンイチ。ヤマギシとブラスコで新しい会社を作りたい』

 

『私にその権限はないので父との相談になりますね。内容をお伺いしても?』

 

 

美味しそうにグラスを傾けていたダニエル老が突然ぶっ込んで来たが真一さんは小首を傾げるだけで冷静に先を促した。

その様子にダニエル老やジュニア氏が楽しそうに笑みを浮かべる。

 

 

『なるほど。ミスター・キョージやミスター・イチローがリーダーと認めるだけはある。父がいきなりすまないね』

 

『いえ・・・それで、急なお話ですが我々に何を求めていて、ブラスコは何を我々に齎してくれるのか教えていただきたい』

 

 

ジュニア氏の言葉に真一さんは少しだけ笑顔を見せて質問を返した。

 

 

『メリット・デメリットの話の前に我々の内心を打ち明けよう。単刀直入に言えば我々は今後もエネルギー産業の雄で有り続けたいという思いと共に、ヤマギシという企業と組んでこの後の歴史を変える舞台に立ちたいと思っている。ああ、もちろんこれはミスター・キョージへの恩とは別に、企業としてのブラスコの判断だ。我々は、これからヤマギシが世界を変えるような存在になると確信している。エジソンのように、フォードのように、ゲイツのようにだ』

 

『成る程。我々の技術力と発展性をそこまで買って頂けているという事ですね』

 

『それと同時に脆弱性も知っているつもりだ。企業としての体力、人材の育成状況、そしてリスクヘッジの能力の欠如』

 

『ふむ。リスクヘッジですか?』

 

『これは極端な例だが、たとえば国籍不明のテロリストが奥多摩の工場を襲ったとして、君達はどういった対処が出来るかね?ヤマギシの現在の価値を考えればありえない話ではない。特に産油国は諸手を挙げて喜ぶだろうな』

 

『テロ・・・・・・』

 

 

ダニエル老のたとえ話に真一さんが言葉を失った。

一花とシャーロットさんは一瞬だけ瞬きをして互いに視線を見合わせる。計算でもしてるんだろうか。

まあ、考えなくても分かる。施設がぼろぼろにされて民間人の協力者が全滅。ヤマギシチームにも被害が出るだろう。

 

考慮の外にあった出来事を指摘されて真一さんも少し動揺しているようだ。

少し時間を稼ぐ必要があるかな?

余り口外したくない事なんだが・・・

 

 

『直接狙われるならどうとでも出来ますが施設を狙われると何も出来ないでしょうね。仰るとおりです』

 

『ふむ。我々の想定では恐らく人員も含めて全滅すると睨んでいるのだが、ミスター・イチローには別の予測があるのかな?』

 

 

ジュニア氏が訝しむ様にこちらを見るので、以前共闘した米軍部隊や訓練生を念頭において脳内で考えてみる。

 

 

『・・・まぁ、何とかなると思います。1km範囲なら殺意を持った相手は寝ていてもわかりますので』

 

『・・・・・・・・・それは、変身の魔法を使った後の話かい?』

 

『いえ?』

 

 

最近、右腕をスパイダーマンにしてなくても悪意や殺意を感知できるようになってきたんだよな。

スパイダーマンに変形できるようになってから何と言うか、直感のようなものが鋭くなった気はしていたのだが、使えば使うほどにそれが成長しているのだ。

流石にウェブの発射やらはできないが、使いこなしていくうちに・・・そう、何と言うか体が【馴染んで】きている感覚がある。

 

一花は熟練度と言っていた。恐らく右腕の変身はただ扱えるだけではなく使いこなせばこなすほどに化ける、と。

まぁ、その辺りの成長性については発表していない。下手に伝えればますます人外扱いされちまうしな。

 

・・・・・・ARMSやミギーを覚えたのを少しだけ後悔したのは内緒だ。あれらの熟練度を上げるとヤバイ気がする。

 

 

『・・・・・・ますます君に興味がわいてきたよ。ジェイ、お前の男を見る目は正しかったぞ!』

 

『ちょっ、パパ!』

 

 

なんでそこでジェイに話が飛ぶのか。まぁ、真一さんが持ち直したみたいだし向こうに握られっぱなしだった主導権は取り返せただろう。

余計なでしゃばりはここまでにして、後は頼もしいリーダーに任せるとするか。

 




魔法の右腕:恐らくまだ未完の魔法。完成形があるかもわからない。鈴木一郎の右腕を模しており魔力によって形を保っている。現在分かっている特性は【変形】と【変質】。変形は文字通り右腕の形と機能を変えること。変質は右腕に魔力を集めることにより魔法の発動を変質させる能力。また、使用者の体をその右腕の機能に合わせて上書きしていく。


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第六十九話 日本帰国。そして

この物語はフィクションです。実在の人物っぽい人も居たりしますが基本微妙に違う他人だと思って心を広く持ちお読みください。




許してください、なんで(ry

誤字修正。kuzuchi様ありがとうございます!


『素晴らしい。二ヶ月前の我々の判断はやはり間違いなかった』

 

 

わいわいと騒ぐジェイとジュニア氏のやり取りを微笑ましいという目で見ながらダニエル老はそう言った。

 

 

『だからこそ惜しい。これだけの人材に恵まれた企業はそう居ないだろう。だが、企業としての未熟さがヤマギシの成長を妨げている。是非我々の提案を考えてほしい』

 

『なるほど。いえ、私も勉強させて頂きました。一度父とじっくり話し合ってみます』

 

『よろしく頼む。さて、料理を楽しもうじゃないか』

 

 

ダニエル老の言葉に合わせるように料理が到着しこの話は終了となった。

流石はブラス家。料理も絶品のものばかりだ。

 

 

「お前、よくあの話の後にそんなに美味しそうに食べられるな・・・・・・」

 

「料理に罪はないだろう?美味しく食べてやらないと可哀想だ」

 

 

お、この肉すっげぇやわらかい。出来ればご飯が欲しいんだがなぁ。

 

 

「・・・なぁ、さっきの感覚の件なんだが。何時頃から自覚してたんだ?」

 

「ミギーの時だな。明らかに自前の器用さが上がったし。それまでは微妙に何かが不味いとか、嫌な予感がするって思ってた」

 

「・・・・・そうか」

 

「後は・・・うん。恐らくなんだが傷の治りが早くなってる気がする」

 

 

俺の言葉を聴いて恭二は押し黙った。

恐らく、変形した回数も関係あるんだろう。最近髪の毛が茶色になっているように感じるし、明らかにスパイディの中の人に身体的特徴が寄って来てる気がする。

どうせなら頭脳まで似てくれれば良いんだがな。ライダーマンに変身しまくるのに。

 

あと、俺はお前も似たような状態じゃないかと思ってるんだがなぁ。本人は気づいてないけど、魔法やモンスターを見るときに恭二の目が淡く光ることがある。

あれは何か起こってるくさいんだが・・・一度、一花に相談してみるか。

 

 

ブラス家からの歓待を受けて二日後。俺達も日本へ帰る事になった。

帰りしなにブラスコ社から渡されたジュラルミンのアタッシュケースには、彼らが提案してきたビジネスについて、恐ろしく緻密な提案書と分析データが詰まっていた。

こんな物を渡してくるくらい彼らはヤマギシを重要視してるって事か。

 

 

「テキサスって土地安いなぁ・・・」

 

 

工場設立案を眺めながら恭二がぼやいた。奥多摩も安いっちゃ安いが確保できる敷地面積が文字通り桁違いだからな。

 

 

「これって、うちにとってもブラスコにとってもメリットのある話なんですよね? 真一さんはなんで渋い顔してるんですか?」

 

「ウチだけなら問題ない。ないんだが・・・」

 

「今まで販売代理店だったIHCが、これだと締め出されちゃうんだよねー」

 

 

言葉を濁した真一さんを引き継ぐように一花が答える。

 

 

「厳密にいうと、IHCが狙っているだろう世界戦略が縮小を余儀なくされる、だな。IHCは魔法ペレットで一気にシェアを拡大するつもりだ。だが、そこにもっと大きな存在のブラスコが出てくれば話は変わってくる」

 

「間違いなくIHCにとっては面白くない話になります。彼らもこれからヤマギシとの付き合いを拡大して利益を得ていく算段だったでしょうから」

 

「なるほどー」

 

 

社長とシャーロットさんの言葉に沙織ちゃんが頷いているが、恐らく半分も理解できてないんだろうなぁ・・・・・・

結局この件は社長預かりとなり、社長はIHCと数日間協議した上でやはりテロの危険にIHCは対応できないとして、折れる事になった。

ただし、国内シェアに関してはIHCが今までどおり握る事で合意し、この件はブラスコとウチがまた話し合う事になるだろう。

まぁ、住み分けが出来ていればブラスコ側も文句は無いだろうしね。

 

という訳でうちの父さんはまたテキサスにとんぼ返りする事になった。

真一さんが開発した燃料制御棒のシステムやペレット製造とリチャージあたりの特許も国際特許として無事登録されたし、工場についての話が煮詰まるまでテキサス通いが続くだろうなぁ。

母さんも国際弁護士免許に挑戦しようかとか言ってるがそっとしておこう。

さて、このブラスコとの提携の流れで実はヤマギシ、IHC、日本にとって結構大きなメリットが出来た。

それは特許を守らない国、特許権が存在しない国との取引を抑制できることだ。

設立して間もないヤマギシではその辺りの政治的な感覚はほぼ無いに等しい。ブラスコという巨大な後ろ盾ができた事でそれらの相手から距離を取る事ができたのは大きなメリットだった。

 

 

 

 

さて、そんなこんなで国内に帰ってきて数週間が経ったころ。

何故か初代様が奥多摩にやってきた。

 

 

「やぁ、鈴木君。久しぶりだね!」

 

「はははははいお久しぶりです!きょ、今日は何のご用で?」

 

「お兄ちゃん緊張しすぎ!オジ様!お久しぶりです!」

 

 

以前お会いしたのは去年、特別仕様のバイクを授与された時以来だから半年以上前の話だ。

あれ以降、特に映像関係ではたまに仕事を振られる位で何か関わったとかは無かったはずなのだが。

用件を聞いたはずの最初に応対していた社長は、子供に戻ったようにはしゃいで役に立たなかったのでシャーロットさんに頼んで蹴り出して貰っている。

こういう時の担当のはずの真一さんは生憎都心の方に出ずっぱりで今日は一日居ないし、恭二はこの手の事に役に立たない。

とりあえずアメリカ土産で買って来たコーヒーを淹れるととても喜んでくれた。本当にコーヒーが好きなんだな・・・・・・

 

 

「実は・・・・・・横紙破りだとは分かっているが。恥を忍んで頼みたい事がある」

 

「た、頼みですか?」

 

「ああ・・・・・・頼む。俺をダンジョンに連れて行ってくれ!」

 

 

ガバリ、と席を立ち頭を下げる初代様に慌てて俺は頭を上げてくれと頼んだ。

何がどうなっているんだいったい・・・

 

 




初代様:一号ライダーの中の人。ただしスタンさんみたいに微妙に変わってます。


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第七十話 一号ライダーここにあり

このお話はフィクションです。

このお話と前話は場合によっては差し替えるかもしれません。自分でもこれはやってていいのか色々考えてまして。

誤字修正、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


『トゥ!』

 

 

銀色に光るグローブがコウモリを叩き落とし。

 

 

『たぁ!』

 

 

パンチがゴブリンを貫き。

 

 

『ライダー・・・キック!』

 

 

銀のブーツがオーガを打ち砕く。

そして対峙するオークと、一号ライダーの姿を最後にその動画は幕を閉じた。

 

何これ超続きが気になるんだけど。

 

 

「流石の技術だね。ジャン達も感心してたよ!」

 

「魅せ方が凄いな、参考になる」

 

 

これは先日やって来た初代様が初めてダンジョンに潜った時に許可をもらって撮影した映像だ。

因みに最初に魔石を吸収して貰った以外にこちらから何か助力などはしていない。

バリアもライトボールもすぐ覚えてたし本当に70近い人なんだろうか。実は改造されてるって言われても信じそうだ。

 

あの後初代様に何とか頭を上げてもらい話を聞いた所、来年ライダーの記念映画の主演をする事になったそうだ。

映画とダンジョンに何か関係が?と首を傾げていると、厳密にはダンジョン自体にではなく魔力を得る事が目的なんだそうだ。

 

 

「来年の映画は長年戦い続けた一号が体の限界を迎えながらも、少女を助ける為に限界を超えるという話になっている」

 

「凄く見たいです」

 

「ありがとう。だが、その期待に応える事が今の老いた体で出来るのかが不安でならなかった。もう一度、あの頃の力を取り戻せれば。悶々としていた所に、君がアメリカで起こしたニュースを見た」

 

 

ハルクVSソーの事か。あれ日本でもニュースになってるんだな・・・

日本だと、ダンジョン関係のニュースは余り良く思われてないのか扱いが軽いしあまり騒がれてないと思ってたんだが。

 

 

「私が長年求めていたのはアレだよ!鈴木君!いや、ライダーマン二号!」

 

「それは恐れ多すぎるのでホント勘弁して下さい」

 

 

あくまで一ファンの分限を超えたくないんです。

 

 

 

というやり取りがあり、再び初代様に頭を下げられて・・・これを断われる日本男児が居るか?居ないだろ?

 

という訳で社長に一応お伺いを立て(二つ返事で了解を貰えた)

チームの指揮官である真一さんにも許可を取り(むしろ羨ましがられた。代わってほしいそうだ)

空いてた恭二と一花をお供に(一花はノリノリでカメラチームまで引き連れてきた)

初代様と共にダンジョンへ挑戦する事になった。

 

で、結果が先程の動画である。

 

 

 

ウチのアカウントで上げるのは流石に筋違いにも程があるのであくまで協力と銘打って向こうのアカウントで配信をした所凄まじい反響があったらしい。

 

だろうな。実際に現場に居た俺でももう一度見たいって、思ったし。

変な所から文句を付けられる前に東京の方の映画会社とも話をつけて次作の演技指導という名目も貰ったので正式な仕事扱いにもなって万々歳。

 

ただ、唯一誤算だったのが二代目様と三代目様を連れて初代様が魔法の練習に通い始めた事だろうか。

変身とストレングスと重量変化を覚えたいらしい。

 

何がしたいのかが容易に想像できるし正直見たい。見たいんだがこのまま昭和ライダーの皆様がヤマギシに通い詰めになられると冒険者協会の仕事が・・・

 

 

「大丈夫。我々も冒険者として登録してあるから指導を受けても問題はない。君達に余裕がある時に指導してくれ!」

 

「・・・・・・一花!いちかー!」

 

 

取り敢えず各種身体能力アップ系とバリア、そして可能なら変身を覚えるまでの契約で指導を継続する事になった。

後、7月にある大規模な育成の際に【武術の教官の一人】として初代様に顔出しして貰える事になったので足りない人員の確保にも繋がる・・・のだが・・・

 

 

「良いのか?本当に良いのか?」

 

「初代様も最初に言ってたじゃん、横紙破りだって。ちゃんとした仕事として対価を払った方があちらも気が楽だし、魔法に比べて地味に見られる武術の教官にすっごいネームバリューの人が居ればこっちも助かるでしょ?」

 

「それは、まぁ、確かに」

 

 

身体能力が上がっても体の動かし方を分かってなければ意味がないからな。

咄嗟の時に最後に体を守るのは身に着けたプロテクターと自身だけなんだから、冒険者になる以上武術の心得は必須項目と言っていいものだし。

 

という訳で正式に初代様が講師的な扱いで7月の冒険者教育に加わることになった。まぁお忙しい方なんでほぼ臨時講師になるんだが。

講師陣については冒険者協会のHPに記載されるので初代様も本名で名前を登録し、安藤さん達と同じ列に名前を連ねる事になったのだが。

 

次の日、冒険者協会のコールセンターに凄まじい数の問い合わせと冒険者教育への参加申込があったらしい。

といってももう既に人員は決まっているので追加枠はないと全て断ったらしいが。

 

初代様、嬉しかったからってつぶやいたーでつい呟いたらしいです。隠してる事でもないしね。

まぁ、結果は推して知るべし、って感じだったけど。

冒険者協会としては箔付けにもなるし嬉しい悲鳴って感じなんだけど、前に来てたカメコの方々がまたぞろ奥多摩に姿を表すようになったのは少し困る。

あ、あの自営業のオッサンまた来たのか。奥さん大変だなぁ。

 

 




カメコの方々:14話以来の登場


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第七十一話 ヤマギシ再編

奥多摩がランキング入りしてて泡食った。
スレイヤーズリポップともどもよろしくお願いしますm(_ _)m

誤字修正。みずーり様、、244様、椦紋様ありがとうございます!


7月に向けて俺達はやる事が多かった。

まず、警察から派出所に使用する土地建物の無心がある。

 

これは各地のダンジョンでもだが、奥多摩には常に機動隊か警官隊が勝手にダンジョンへ入り込んだりしないように、また今の所起きてないがダンジョンからモンスターが出てこないように見張ってくれているのだが、現状この任務がどの位続くか分からないため、機動隊のランクルや装甲車ではもう賄いきれないとの事だ。

 

それに、季節はこれから真夏になる。熱中症も起こりえる以上警察の上層部でも現場の環境を整備する必要性を感じているのだろう。

ヤマギシとしてもありがたい申し出だし二つ返事でOKを出したらしい。

旧コンビニ店舗跡の駐車場をつぶし、警察署といって良い規模のビルを建てることになったそうだ。

 

 

「1チーム10人で三交代。1チームが完全オフで署を離れ、1チームは屋内待機、のこり1チームが職務にあたるといったローテーションか」

 

「無断でダンジョンに入ろうとする人も絶えないしもっと数が増えてもいいと思うんだがなぁ」

 

 

この30人にはある程度のダンジョン内部での行動力も必要になる為、現在恭二と沙織ちゃん、それに一花がダンジョン内の習熟を担当している。

 

現在の奥多摩には、以前の自衛隊員達と同じく精鋭といえる機動隊員が配属されているそうで、二度目という事もありかなり順調に育っているらしい。

今回の教育から高校生になった一花も教官として参加するため、7月に向けた予行演習とでも思っておけばいいだろう。

 

名前が挙がった人物以外が何をしているかと言うと、俺も含めてあちこちを飛び回っている状況だ。

真一さんとシャーロットさんはIHCとブラスコの折衝で飛び回っているし、社長は月の半分位はテキサスに行っている。

 

それに合わせて親父も短期出張を繰り返しており、夫婦の時間が少なくなった母さんが荒れている。

下原の小父さん小母さんが奥多摩を見ていてくれているが、急激な事業規模の拡大に我が社は翻弄されている次第だ。

 

という訳で縁故を頼って40人ほどだった正社員を更に増やし、100人を超える規模になった。

 

合弁予定だった瑞穂町の金属加工会社、三成精密さんは、このたびめでたくウチに吸収合併されることになり、オヤジさんである三枝(さえぐさ)さんは、取締役工場長に就任することが決まっているし、今まで各担当者=となって居た社内の部署もきっちりと整備され、法務部、営業部、経理部、広報部、そして新たに知財管理部、研究部、資材部が発足。

 

人材不足で青息吐息だったヤマギシもようやく一息つく事が出来た。

まぁ、中途採用の人材たちの面接と雇用に、日本に帰ってきた社長と真一さんが青息吐息だったがな。

 

機動隊員をダンジョンへ案内するという案件を見た時、ぽつりと真一さんが「俺も行きてぇ・・・」とか呟いていたが・・・社長のネタをパクっちゃだめでしょう。

 

 

 

さて、そんなわけで7月がやってきた。

俺たちは、世界冒険者協会主催、日本冒険者協会開催の「冒険者育成キャンプ」の結団式にやってきた。会場は、冒険者協会銀座支部である。

 

定員40名。

それに各国の幹部達も帯同している。いわゆるG8と呼ばれる先進国からの参加で人員はほぼ占められている。

 

参加費用は一人ひと月100万円で、これには交通費などは含まれないが、各国の冒険者協会が補助金などを出しているようで金銭的なトラブルは耳に入ってこない。

まぁ、もしトラブルがあってもこちらに何かくる事はないだろう。事前に真一さんがあれだけ念押しして出禁を匂わしていたし。

 

我が日本からも5人が参加している。日本国内の各所にあるダンジョンの肝いりらしいが、この機会に仲良くなっておきたいところだ。

 

さて、他に各国はというと流石は代表格というか。

定員枠の冒険者は誰も彼もが国の威信を背負っているといわんばかりな、出来そうな人たちで占められており、皆胸元にはレベル5以上のプレートが付けられている。

が、アメリカはやっぱり格が違った。

 

レベル20のウィルとレベル15のケイティの存在は明らかに場違いだったし、正直こっち(教官側)の人間だと思うんだがどうだろうか。

あとジェイとジョシュさん。忙しいはずの君らが何でここに居るんですかねぇ?

 

 

『いやぁ。自前で潜るだけなら兎も角、教育するとなるとまた勝手が違うからね。勉強させてもらうよ』

 

『この機会に日本の教官免許を取得して、米国でもしっかり教育が実施できるよう学んで行きたいと思います』

 

『ほら、ジェイ。久しぶりに会ったんだから』

 

『ちょっ、兄さん押さないでよ!』

 

 

相変わらずのウィル達に質問の答えになってないジェイとジョシュさん。

数ヶ月ぶりだけど変わっていないようで安心したよ。

 

 

『まぁ、僕らもそこそこ使える自信はあるけどダンジョンは今後のブラスコにとっても重要な資源の獲得先になる。そのダンジョン関連で随一と言っても良い勉強の場だからね。無理してでも来たかったんだ』

 

『私は、その。高校の休みも重なったし、前に日本に行くって約束してたし・・・』

 

『うん、覚えてる。日本にようこそ!歓迎するよ』

 

 

アメリカからの参加は五人。幹部として来たウィルとケイティを除き、そのうち2人をブラス家兄妹が取る。残りはモンタナはジャクソン家の枠で、前に冒険者協会の会場で出会った愛すべき馬鹿が2名。カリフォルニア本部から1人だ。

残り30人枠も各国5人で埋めてきており、ドイツ、イタリア、フランス、イギリス、カナダ、そしてロシアだ。

とりあえずでかい人が多い。威圧感が凄すぎて話しづらいぜ・・・・・・

 

 

 




三枝さん:瑞穂町の金属加工会社を長年営んでいた。元々は合弁会社を設立する予定だったがテロの話を聞き、確かに不味いと判断。しかしビジネス的にヤマギシとの関係を切るなんて考えられないためいっそ、とばかりに吸収してもらう事を選択した剛毅な人。


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第七十二話 ファーストコンタクト

日間ランキングに初めて乗ったので記念に2話目を更新。
明日の分は今急いで書いてます()

誤字修正、244様ありがとうございます!


式典とかではお決まりのスピーチを世界冒険者協会の偉い人や日本の偉い人が行って式典は終了。

そのまま全員分の荷物を既に詰め込んだバス二台に乗って奥多摩へ出発だ。

 

さて、今回のブートキャンプに参加するメンツは、基本、ダンジョン上のワンルーム使用だ。

基本というのは、ブラス兄妹はブラスコ社がダンジョン棟の南に完成した複合施設棟の最上階の一室を押さえているのを知っているため、そこにメイドやらを引き入れて生活スペースを作っているからだ。

 

因みに複合施設棟の1階は俺たちヤマギシチームの装備品を展示するショールームになっていて、装備品に携わるすべての企業のPRを行っている。

そして、今回の参加者にはこの展示している装備品の自費注文が許可されている。

 

受付のお姉さん方の多々買え・・・もっと多々買えというオーラに触発されたのか1000万するSUVが10台も注文されたらしい。

確かに街乗りオーケーだしカッコいい車だけどさ・・・流石に派手すぎるだろ、と思わないでもない。

 

 

 

 

『そこら辺ははあれさ。ほら、中二病』

 

『身も蓋もないな』

 

『ここに来てる人はね、大なり小なり似たようなものだと思うよ』

 

 

ウィルの言葉に愛すべき馬鹿一号と二号が笑い出す。

ドイツ代表の人とかめっちゃ真面目そうなんだが。そうか、中2を患ってるのか。

なんか親近感が湧いてきたぞ。

 

現在俺とウィル達米国バカ三連星は複合施設1階の中に設置された休憩スペースでダベっている。

一応役割としては案内役を担当してるんだが、ここのブースのお姉さん方は各国の言葉が堪能な人が多いし、何か皆さん俺に話しかけて来ないので暇をしているのだ。

 

夕方にある歓迎会まで時間もあるし、ウィル達は前のレセプションの時にもう装備品は見てるしな。

 

 

『装備の発注は良いのか?』

 

『僕らはね。前に日本に来た時武器はフジシマさんに依頼してあるし、その他の装備も米国で開発中だから』

 

『でも受け取りはまだ先だけどな!早く魔法剣が使いたいぜ!』

 

『あの、すみませんミスター』

 

 

下らない事をゲラゲラ笑いながら話していると、遠慮がちな声で話しかけられる。

 

 

『はい、何でしょう?何か質問でも?』

 

『あ、いえ、その』

 

『ご歓談中に申し訳ない。宜しければ我々も挨拶をさせて頂きたいのですが』

 

 

やっと仕事が出来たかとやる気を漲らせて返事を返すも、声をかけてきた女の子は躊躇するように言葉を濁らせる。

変わって声をかけてきたのは背の高い金髪のお兄さんだ。

ふーん、イギリスの代表か。

特に断る理由はないが先約のウィルを見る。

ウィルもオーケーか。なら構わんだろう。

 

 

『初めまして、イチロー・スズキです。どうぞお見知りおきを』

 

『イチロー、いつも言ってるけど君を知らない冒険者は居ないよ?ウィリアム・トーマス・ジャクソンだ。よろしく』

 

 

名乗った後に握手を求めれば良いんだよな?

取り敢えず名乗った後に代表格っぽい兄ちゃんに手を差し出すと、何故かいきなりハンカチを取り出して自分の手をゴシゴシ擦った後、割れ物に触れるかのように俺の手を握り返した。

 

え、何その反応。

 

一緒に居た女の子は手を握った瞬間に崩れ落ちそうになったし。半放置みたいな状態で苦笑いを浮かべていたウィルが慌てて助け起こして事なきを得たが。

 

 

『す、すみません。妹は貴方の大ファンで』

 

『あー、いや、オーケー』

 

 

オリバー・J・マクドウェルと名乗った青年はウィルから妹を受け取ると、一言断ってから休憩室の椅子に座って妹さんを介抱し始めた。

 

 

『あー、その、大丈夫?回復魔法でもかけようか?』

 

『あ、いえ、お気遣いなく。アイリーン、大丈夫か?』

 

『う、うぅん』

 

 

暫く休ませて上げた方が良さそうだな。

まぁその為の休憩スペースだしゆっくり休んで貰うか。

 

 

『それは良いけど君はちょっと席を外した方がいいかもね?』

 

『うん?』

 

 

ニヤニヤと笑いながら出入り口を指差すウィルの姿に嫌な予感を覚える。

指している方向を見ると、さっきまでお姉さん方と熱心に装備について話し合っていた各国代表が、何時の間にやらこちらの様子を伺っていた。

あ、これあかん流れやな。

 

 

 

結局各国代表と挨拶を交わし、話をしていたらあっと言う間に夕方の歓迎会の時間になった。

途中で復活してきたマクドウェル妹(アイリーンって名前らしい)も会話に入ってきたんだが近づいただけで倒れこみそうになるのは勘弁して欲しい。

どんだけ男に耐性がないんだ・・・と思っていたらウィルとは普通に話してるし。

 

 

「重度のファンなんてそんなもんだよ!目の前にラインハルト様が居たらわたしもあーなるかも。お兄ちゃんも初代様と初めて会った時はあんな感じだったよ?」

 

「初代様と比べられてもな・・・」

 

「知名度だけなら世界規模なんだからもっと自信持とうよ?ファンの子達にも失礼になっちゃうよ!」

 

 

そう言われても去年までただの高校生だったからなぁ。ヤマギシのコンビニで恭二や同級生と馬鹿話をして、陳列を手伝ってた頃の感覚が全然抜けない。

学校も通信制の高校に移籍してしまったし。もうあの日々に戻る事はないと分かっていても、やっぱり思う所はある。

 

 

「私も芸能人とかがよく通う学校に入ったけど、特に困った事はないけどね!あ、休みやすくなったのが一番の変化かな?」

 

「アイドルとか俳優の卵とかが一杯居て喜んでなかったか?」

 

「いや、割かしドロドロしてて夢壊れたかな」

 

 

真顔でそう言う一花の肩を軽く叩く。いつか良い事あるさ。

 




オリバー・J・マクドウェル:イギリス代表。レベル5保持者。180センチオーバーの体躯に鋭い顔立ちの青年。妹のアイリーンと参加。元々冒険者志望ではなかったがある日たまたま見た一郎の動画が彼の人生を変えた。

アイリーン・E・マクドウェル:オリバーの妹でイギリス代表。レベル5保持者。元新体操の選手160センチちょっとの身長だが非常に引き締まった体躯をしている。ある日兄に勧められて見た動画が彼女の人生を変えた。新体操を止めて武術に手を出し、近場のダンジョンに兄と共に潜り続け見事イギリス代表の座を射止める。


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第七十三話 教習開始

話数が多くなって来たので前半の話を統合します。
気付いたら原作の話数を超えてしまった・・・

統合で迷惑をかけてしまった方は申し訳ありませんでしたm(_ _)m
お詫びになるかわかりませんが12時にもう一本あげます。そちらもどうぞよろしくお願いします。


誤字修正、ハクオロ様、、244様いつもありがとうございます!


「オヒサシブリデス」

 

 

夕方の歓迎会ではサプライズが待っていた。

幹部枠で来ていたケイティがヤマギシカラーのユニフォームを着て会場に現れたのだ。

しかもカタコトではあるが日本語で話してる。

これは何かしたなと恭二に視線をやると恭二も困惑気味だ。

 

 

「ケイティちゃ~ん!」

 

「サオリ!」

 

 

沙織ちゃんが大喜びでケイティに抱きついてる。いつも思うけど、ライバルなのに本当に仲良しだね君たち。

何でも今回、リザレクションが使えるケイティはアメリカ代表の引率兼医学生の候補生を別口で鍛える教官役として参加しているらしい。

ついでに教官免許の取得も狙ってるとは言っていたが相変わらずバイタリティに富んだお嬢さんだ。

 

さて、世界冒険者協会では俺達が所属している日本冒険者協会とは違った形で幾つか資格のようなものを作っている。

軍隊のバッジに似たようなタイプで、攻撃魔法の赤、治癒魔法の白、教員の黄色。ほかに、キャンプ受講済みを現す青とか、俺達が便宜上レベルと呼んでいる攻略済みの階層を現すバッジも勿論ある。

今回ケイティと一緒に付いて来た医療系の人たちは、冒険者免許と同時に医師免許を持っている事を示す黒地に白い蛇のバッジとかね。医学生は医師免許を持っていないので、白地に黒の蛇だ。

 

たとえばヤマギシチームのメンバーなら、胸元に赤、白、黄、青、レベル30と書かれたバッジを付けることになる。

恐らくこのバッジは今後増える事はあれど減る事はないだろうな。

今現在は役割の分担も行わずに一律にある程度の技能を取得してもらっているが、今後更に発展していけばいくほど出来る事も増えていく。

その際に今の大まかなバッジだけだと不便だろうしね。

 

ちなみに、これらのバッジはエンチャント付きで、指で触るとライトボールの魔法で発光する偽造対策がされてる無駄に凝った仕様をしている。

日本国内だとレベル5のバッジは免許取得の意味を持つし、偽造されると不味いからね。

 

 

 

さて、次の日。

早速ダンジョンに突入、とする前にチーム分けを行った。1チーム10人の4チームに分かれて、それぞれのチームを恭二、沙織ちゃん、シャーロットさん、一花が別れて担当する。

 

一花のチームは向こうのチームたっての希望で一花が受け持つことになった。

 

 

「マスターイチカをよろしく」

 

「やかましい」

 

 

ウィルが「マスターのお陰で魔法を覚えられた」とか米国で吹聴しているせいで、マスターイチカの名前は米国冒険者協会では有名らしい。

殆ど全員顔見知りだし、ジェイやジョシュさんは一花の実力を知っているため若すぎると侮られる事もないだろう。

 

因みに俺はウィルと一緒にボス部屋の前で陣取り、ゴールテープ代わりを務めることになっている。

俺達と合流したらその場で自分達が手に入れた魔石を吸収してもらい、教官役はその間に顔写真入りの事前のチェックシートで確認しながら、現在の能力をABC判定する。

 

この判定は教えず出来ればA、教えて出来ればB、出来なければC。

現在どの位の魔法が使えるかの確認だ。

 

今回の参加者は完全な未経験の冒険者は殆ど居らず、各自がすでに何度かダンジョンに潜っている人ばかりだ。

A判定ばかりが出ても可笑しくないなと思ってたら以外と得意不得意が分かれるらしい。

人によっては回復魔法が出来なかったり、攻撃魔法が使えなかったりとかな。

 

 

全ての確認が終わったら午前は終了。

ダンジョンを出て三階に上がって、昼食タイムだ。

 

さて、今回は明らかに国際色が豊かになる事がわかっていたのでバイキング形式にして食材に何を使っているのかを表記して貰ったりしている。

アレルギーや菜食主義の人、お国柄あんまり食べない食材とかもあるかもしれないからね。

 

シェフのお給金は協会から出るし食べ物は活力の源になる。ここはケチる所じゃないと強く要望を出した結果このような形式になったらしいが、代表の皆からは重ね重ね好評なようだ。

 

 

「一番喜んでるのがお前じゃなけりゃ、素直に感心したんだがな」

 

「あ、これ美味し」

 

「聞けよ」

 

 

立場って便利だよね?

午後の部は前半とはまた別のチーム分けで、前半でA判定が多かった順にA、B、C、Dの4チームに分けた。

それぞれのチームを恭二、沙織ちゃん、シャーロットさん、一花の順に受け持ち、基礎的な魔法がB判定になるまで反復練習をしてもらう事になる。

 

因みにチーム分けと教官の順番も関係がある。

魔法を覚えるセンスがありそうな人を感覚型の恭二、沙織ちゃんに振り、判断が付かない人をシャーロットさんが。そして一番センスがないと判断された10人にマスターイチカが付くことになる。

 

 

「全員サクッとBまで育てればマスターイチカの弟子として扱っても良いよね?」

 

「お前がそれで良いなら良いんじゃないか?」

 

 

お前が受け持ちになるって言われたDチームの人たち、皆鎮痛な表情で天を仰いでるけど。

まぁ、ここにいる全員の中で見た目一番幼い奴が教官になるって言われて喜ぶ人はあんまり居ないだろうしな。

 

 

『やった!マスターイチカの教習チームだ!やったぞ!!』

 

『クソがあぁああ!俺と変われええぇ!!』

 

 

訂正。あのバカ共を除く。

 



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第七十四話 マスターイチカ

急な統合で迷惑をかけたため詫び投稿です。

誤字修正、244様ありがとうございます!


さて、今回の教習で特に念入りに教える予定の魔法がいくつかあるが、その中でもダントツで優先的に覚えるよう義務付けられた魔法がある。

それはバリアとアンチマジックだ。

 

 

「この二つを完璧に覚えるまで他の魔法はさせないからね!」

 

「「はい!」」

 

 

マスターイチカの言葉に班員が大きな声で返事を返す。

一花の教え方はまず、実際に使ってみせ、どのような効果があるか、という所から説明する。

 

協力的なアメリカ代表の一人にバリアを張り、体格のあるドイツ代表の男性に彼に殴りかかってもらい結果がどうなるか。

自身にアンチマジックを張り、攻撃魔法が使えるというイタリア代表の女性に魔法を撃って貰ってどうなるかを実際に見せて、この二つは必ず覚えなければいけない。

と、念押しのようにもう一度繰り返す。

 

この一連のやり取りで真剣度が上がったDチームの面々に、一花はまず全員にバリアをかけ、互いに殴り合ってみるよう伝えた。

 

 

「まずは恩恵を受けて、どんな魔法かから認識しないとね!」

 

 

ある程度時間が立った後に、各自にキャンセルの魔法をかけてバリアを完全に解除した後、それぞれにバリアがどういった魔法だったのかヒアリングを行い各自の魔法に対する認識を把握。

この辺りで早い人はすでにバリアを使えるようになる。

 

まだ使えない人には再度バリアを張り、こんどはバリア展開中にどんな感覚なのか意識してもらい、数回殴り合った後にもう一度キャンセルを行う。

 

これらを3、4回繰り返す内に、全員がバリアを覚えてしまった。

そしてバリアを覚えてしまえばアンチマジックは簡単で、今度はそれほど時間を使わずにアンチマジックも全員がB判定となり必須項目の二つをたったの二時間で全員が覚えてしまった。

 

 

「皆ウィルよりも覚えが良かったよ!」

 

『耳が痛いなぁ』

 

 

殆ど半分が最初からバリアを使えたAチームもまだ終わってない時間に本日分の教習を終わらせた一花に、ウィルも苦笑で返すしかない。

そしてその事実に気付かされたDチームの面々の一花に対する眼差しが凄い。

 

 

『流石はマスターイチカ!やっぱり凄い!可愛い!』

 

『ふぉっふぉっふぉっ。それほどでもある』

 

『あ、あの。私もマスターとお呼びしても?』

 

『私は一向に構わんっ!』

 

 

調子に乗っている一花はあれよあれよとDチームのメンバーにマスターと呼ばれ始めた。

まぁ、お前さんらがそれで良いなら良いんだけどな。

戻ってきた他のチームの奴からどう見えてるかは考えた方が良いと思うぞ?

 

 

 

その後も大きな問題はなく、次の日も午前・午後に分けて魔法の訓練を行い、三日も掛からずに全員が基礎的な魔法を習得する事ができた。

 

因みにキュアはこの基礎的な魔法には含まれていないのだが、三日目の午前には全員が予定の魔法を覚えてしまった為、午後に一花がまだキュアが出来ない人物を全員集め、封印された荒行【一花式ブートキャンプ】を使えば数時間で覚えられるかも、と中二心を擽る声音で唆す。

 

態々血判状でどんな苦行にも文句は言わないと念押しさせて、一花は恭二を連れてきた。

 

 

「いや、マジでやるのか?」

 

「うん。恭兄もオーケーって言ったでしょ?」

 

「人に向けてやる事は予想外だったけどな!」

 

 

ヤケ糞気味に応える恭二の姿に嫌な予感が背筋を走る。

俺、実演やらされるんだけど何をされるんだ?

 

 

「生贄の羊がお前か。なら遠慮はいらねーけどよ」

 

「いや遠慮しろよ。一花、一花さん?」

 

「はい、じゃーキュアの練習に必要不可欠な状態異常をまずは学ぼうね!恭兄、お願い!」

 

「あいよ。ポイズン!」

 

 

恭二が呪文を唱えると、毒々しい色をした緑色の水球が恭二の前に現れる。

どよめく周囲を尻目に、一花がジェスチャーで左手を入れろと指示を出してくる。

ヤバい、今すぐ逃げたい。

 

 

「・・・ええいままよ!キュア!」

 

 

右手にキュアを発動させて、勢い良くポイズンの魔法に左手を突っ込む。

まず襲ってきたのは猛烈な気怠さと頭痛だった。

すぐさま左手を抜き取り、キュアを宿した右手で頭と左手に触れる。

 

 

「うぉえええ!」

 

 

必死に吐き気を堪えながらキュアを体に当て続け、何とかまともに呼吸が出来るようになった俺は、恭二を睨みつけた。

 

 

「おい!テメーこれ、マジヤバいぞ!なんだこれ!?」

 

「命に別状はない位の強さにしてある。ナイスファイト!」

 

「やかましいわ!」

 

 

凄くイイ笑顔で親指を立てる恭二に悪態をつく。

こいつ、この魔法覚えたら絶対にチャージバスターでぶつけてやる。

 

 

「今見た通り、擬似的に病気の状態にする魔法だから安心して!じゃあ早速行ってみよー!」

 

 

笑顔で死刑宣告を告げる一花に青い顔を浮かべる20名強の冒険者達。

簡単に血判状なんかにサインをした自らの若さを恨むと良い。

 

若干の八つ当たりを含めてその後の進行に協力(力尽く)して、結果本当に二時間もしない内に全ての人員がキュアを覚える事が出来た。

 

そして、全ての冒険者に【マスターイチカ】の名前を刻みつけ、今回の魔法講義は終了。

 

これからは実技と体術訓練になる為一花と接する機会は少なくなったが、この訓練に参加した冒険者は彼女の前に来たら必ず最敬礼をするようになり、各支部の随伴員達にまで畏怖されるようになった。

 

 

「あれ?間違ったかな?」

 

「(加減を)間違ったんですね、わかります」

 

 

思っていた反応と違ったのか首を傾げる一花の頭を、俺は優しく撫でた。

 




ポイズン:相手を病気にする魔法。強弱が調整でき、軽ければ風邪程度、強ければ腐食させることも可能。


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第七十五話 魔法考察・ストレングス

このお話はフィクションです。

今日、40話までの統合を行いますので、読んでいる話がズレたりしたら申し訳ない。

誤字修正、244様、kubiwatuki様、見習い様、kuzuchi様ありがとうございます!


さて、基本的な魔法の講義が終わった後は身体的な動きの強化だ。

ぶっちゃけると各国の代表というだけあって何かしらの武術を学んでいる人が多いので1から鍛える、という人はあまり居ないのだが、この訓練に参加する前と後では決定的に違う事が二つある。

まず、魔力の増加による身体能力の大幅な向上。ダンジョンで取った魔石は全て自分のものだし、ヤマギシで蓄えていた魔石を使って各人たっぷりと魔力を吸ってもらっている為、劇的に身体能力が上がっている。

次に、ストレングスに代表されるバフ魔法の存在だ。

 

 

『各自、ストレングスを使ってくれ。バリアはちゃんと張っているな?』

 

『『はい!』』

 

『よし。でははじめ!』

 

 

初代様の掛け声に従ってロシア代表の熊みたいな男性とフランス代表の女性が手を合わせて、押し合いを始める。

通常なら、まず勝負にならないやり取りだが、しかしここに魔法が存在すると話が変わってくる。

 

 

『おお!』

 

『すごい・・・』

 

 

対格差がある分ロシアの男性が優勢だが、女性側も負けては居ない。多少押し込まれているもののその場で踏ん張っている。

これは、ストレングスの強化度の違いによるものだ。

男性は前衛としては非常に優秀な人物で、組み手や武器の取り扱いに関して優れた成績を残した。

魔法についても、ストレングスはちゃんと使用している。

では何故、明らかに力の差があるはずの勝負が接戦になっているのか。

 

これは、ストレングスだけの話ではないが、魔法の強度には、個人差や習熟度による優劣が存在するようなのだ。

この事実に最初に気づいたのは、ウィルを教えていた時の一花だった。

今まで周りには聞いただけで魔法を覚えるような存在しか居なかった為発覚しなかったのだが、ウィルに訓練を施しているときに、彼が使う魔法の威力が明らかに低かった事に気づいた一花は、恭二に見てもらいながら幾つかの魔法を使ってその差を比べてみた。

すると、明らかに同じ位の魔力を使っているはずなのにウィルよりも一花の方が優れた結果を残したのだ。

 

この結果を元にちょっとした実験を行ってみた。1人の被験者(この時はウィルだった)に対して別々の人間がストレングスを使ってみたのだ。

結果は、真一さんのストレングスが5.6倍のパワーアップをしたのに対し、一花は4.8倍。実に0.8も数字に差が出る結果になった。

恭二が見る限り互いの魔力消費はほぼ同じ位だったそうなので、魔法の結果にも個人差が出る事がはっきりわかる結果になった。

 

そして、その後一花が習熟度についても言及。

一郎の右腕のように何度も使っていれば魔法も熟れるのではないか?という理論を元に1週間ストレングスを何度も唱え続け、再度実験してみた結果、真一さんが5.6のままだったのに対し一花は5.1まで結果を底上げしてきた。

 

前衛に付く事の多い真一さんは当然ストレングスを何度も使っている。

その分、結果が上がったのではないかと一花は言い、これだけでは資質まではわからないとまだストレングスを使えない下原のおばさんとうちの母さんの力を借りて実験。

結果、下原のおばさんが4.3の強化に対し母さんは3.8となり、一花の予測が正しかったと判明した。

 

この結果はもちろん冒険者協会にも通達され、どんな魔法も同じ結果になると思っていた各方面に激震が走った。

特に火力発電などでフレイムインフェルノを使うため、術者によっては結果が劣る可能性があるというのは大問題だ。

協会側としても優劣が出るのならまず基準。どこからが優れていて、どこからが劣っているのかを確認しなければならない。

 

という訳で今回のブートキャンプでは平均値の算出も一つの目標になっている。

彼らは殆どの魔法を今回のブートキャンプで覚える事になるし、元々使えた魔法もそれほど熟れているわけではない。

彼らの結果を総合して、暫定的な強化度合いや魔法の優劣を記録。平均値を割り出していき、一先ずの基準値を作っていく。

 

 

『ぐぬぅ、むん!』

 

『くっ・・・うううう!』

 

 

ロシア代表のセルゲイさんが止め、とばかりに力を込め、フランス代表のカミーユさんに押し勝った。

セルゲイさんの強化度は3.5倍。対するカミーユさんは4.8倍と1.3もの差があるが、元々の身体能力差がそれだけあったという事だろう。

 

 

『このように、魔法を使えばこれだけ体格差がある相手にも互角の戦いが出来るし、逆にこれだけ体格差のある相手に粘られる事もある。今までの自分の常識に囚われれば逆に身を危険に晒す事になりかねない。己の限界を、今の訓練中にしっかり見極めて欲しい!』

 

『『はい!』』

 

『うむ。では各自、呼ばれた順に出てきて組み手を行ってくれ。この武道場はかなり頑丈に出来ているがストレングスを使っている以上破損の可能性は高い。気をつけてくれ!』

 

『『はい!』』

 

『それと、武術の心得がない人間は私の所に来なさい。基礎的な部分からになるが、体の動かし方を教えよう』

 

『『はい!』』

 

 

返事をした中に居た日本人の顔が上気してる。まぁ、普通に有名人だしな初代様。

この画像はちゃんと保存していて、今後の為の資料として協会で取り扱う予定だが、これネットに流したら次回のブートキャンプ、定員割れだけは絶対に起こらないだろうな。

取りあえず許可を貰って東の映画会社に送っておけば有効活用してくれるだろうか。

 




セルゲイさん:ロシア代表の男性。2mを超える体格に体に見合った筋肉の鎧を付けた正に人の姿をした熊。モスクワ大学に在学するエリートでもあり、レスリングの有力選手でもある。

カミーユさん:フランス代表の女性。実家はフランスで空手道場を営んでいるらしい。元々女性にしてはかなり力もあるのだが流石に熊とは比べられなかった模様。


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第七十六話 比べられるという事

ちょいと短め。
統合作業完了。ご迷惑をお掛けした方、申し訳ありませんでした

誤字修正、244様ありがとうございます!


「うひょひょひょひょ」

 

「笑い方がはしたない」

 

「あいてっ!」

 

 

女子がしてはいけない笑い声をあげていた妹を小突く。

 

 

「ひどいや兄ちゃん。ぷりちーな妹に向かって手を上げるなんて」

 

「何を見ていたんだ?」

 

「ガンスルー!?」

 

 

ええと、これは。各個人の魔法のデータか。結構細かく分けられた数字が出ているな。

お。マクドウェル兄妹か。二人とも最初からレベル5保持者だったし自力で魔法もそこそこ使えてたんだよな。

攻撃魔法がどちらも上手で、逆に回復魔法は妹が、補助魔法はお兄さんが早く上達してたっけ。

 

 

「いやー、やっぱり今回のキャンプは良いデータが集まるね!初めて使った魔法の威力も出来るだけ集めて、3日置きに測ったら面白い事が分かったよ!」

 

「へぇ。やっぱり使えば使うほど威力が上がるのか?」

 

「それは前提。何と、この習熟にも相性があるみたいなんだよね!」

 

 

これみて!と名前が一覧で表示されている表のようなものを見る。

あいうえお順で並んでいるためか一番上はアイリーンさんか。ええと。

【アイリーン・E・マクドウェル ファイアボール 初期:発動速度1.3秒 時速120km 3日目:発動速度0.9秒 時速128km】

 

ほほう。で、次が兄貴のオリバーさんか。

【オリバー・J・マクドウェル ファイアボール 初期:発動速度1.5秒 時速130km 3日目:発動速度1.4秒 時速131km】

こっちは殆ど数字が変わらないな。でも、初期の時速はオリバーさんの方が早いのか。

 

 

「というか、基本的に男の人の方がファイアボールの速度は速いんだよね。何か球を投げるってイメージのせいかも!」

 

「ああ。そういえば恭二がそう言ってたな。俺の場合発射ってイメージだから想像できないんだが」

 

「お兄ちゃんバスターで撃ってるしね・・・・・・実際、一番早いのはお兄ちゃんの数字だもん。イメージがつかめれば他の人も速度が上がるんだろうけど、出来なかったら一番難しい項目かも」

 

 

という事はアイリーンさんは時速を上げるイメージが出来たって事か。

下手に遅いと相手に躱される可能性もあるし攻撃速度が上がるのは良い事だな。

 

 

「と、そうじゃないや。その部分もなんだけど大事なのは発動速度ね。アイリーンさんを見てるなら分かると思うけど、0.4秒も早くなってるのにお兄さんのオリバーさんは殆ど変わらないでしょ?」

 

「あ、そういえば。アイリーンさん早いな。発動が1秒切るのは結構居ないと思うのに」

 

「うん。そこなんだけど、アイリーンさんは他の魔法も慣れてきたらどんどん早くなってるんだよね。他の人も多少早くなるけど、ここまで一気に上がってるのはアイリーンさんとフランスのカミーユさん、後はジェイお姉ちゃんがちょっと落ちるけどって位なんだよね」

 

「ジェイより上って凄いな。確かあの子はずっとAチームに居ていの一番に全部の魔法を覚えてたのに」

 

 

確かアイリーンさんは補助魔法が覚えられなくてマスターイチカのお世話になっていたし、カミーユさんも最初はA、後はC、Bと決して覚えが早い人ではなかったはずだ。

まぁ、この合宿に参加している人間は誰も彼も各国の代表で本当にセンスがないって人は居ないんだけどね。

それを考慮に入れてもブラス兄妹は抜群と言って良い成績を残してる。しかも妹は魔法の成績が兄より良いんだ。

 

 

「ジェイお姉ちゃんは全部の数字が優秀だよ!流石にケイティちゃんよりは全体的に劣るけど、ケイティちゃんより凄いの恭二兄くらいしか居ないからね!」

 

「ああ、うん。あの子はアメリカ側の恭二みたいなもんだからな」

 

「ただ、センスはあってもそれを具現化する能力は恭二兄に劣るかなー?リザレクションは対外的にはケイティちゃんのオリジナルだけどさ」

 

 

あいつはアニメからヒントを得て魔法作っちまう類の論外枠だからなぁ・・・一緒にするのは色々と問題がある気がする。

フィンガー・フレア・ボムズしかりレールガンしかり。「ティンときた」で即興で魔法を使って実戦投入して来るんだから比べられる方も堪ったもんじゃないだろうな。

 

 

「お兄ちゃんの妹って名前も結構堪ったもんじゃないんだけどね?真一さんの気持ちが最近分かってきたよわたしゃ」

 

「ん?」

 

「なーんでもない!出来る事を頑張るって大事だよね」

 

 

弱音のような言葉に思わず一花の顔を見るが、表情は普段とあまり変わっていなかった。

 

 

「あー・・・一花。頼りにしてる。あんまり無理するなよ」

 

「・・・・・・そう思うなら労わって?」

 

 

ジロリ、と睨まれてしまった為、その後の予定を変更。

小一時間ほど一花の愚痴を聞いたり、飲み物を入れてやったりと小間使いをしているとウィルが様子を見に来た為捕獲し、二人で女王様に仕える執事のようにへーこらする羽目になった。

大分ストレスが溜まってたんだろうな・・・頼りない兄ですまぬ、すまぬ・・・・・・

 

 

『なぁ、イチロー。さっきのプレイは良くやるのかい?もしそうなら僕は君の事を倒さなければいけないんだが』

 

『お前ちょっと表出ろ?』

 

 

真剣な表情でそう問いかけてくるウィルに青筋を浮かべて俺は答える。

この後仲良く喧嘩しました。




ファイアーボール:イチローの速度は(バスター時で)秒速300m前後。ファイアボールとしてみればぶっちぎりで早いがレールガンや光の速度のサンダーボルトには大分劣ると思っている。


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第七十七話 ダンジョン訓練前夜

誤字修正、日向@様、kuzuchi様ありがとうございました!


さて、考察にかまけてばかりいるように見えるが教習もきちんと進んでいる。

最低限、10層突破までに必要な魔法を覚え、体術を磨く時間も作った。

教官陣は次のステップに移る準備が出来たと判断し、各国のリーダーを招集する。

 

 

「明日から実際にダンジョン突破に挑戦する事になる。それに際して、注意事項を説明する。ああ、楽にして聞いてくれ。大した事じゃない」

 

 

真一さんの通達に各国のリーダーが姿勢を正す。が、その様子に苦笑を浮かべて真一さんはそう言った。

 

 

「まず、どういった形で行うかを説明する。メンバーは5名に誘導員1名の6人編成。誘導員は基本的に自衛以外の行動は行わないが、先に進む道筋はこの誘導員が教えてくれる。リーダーはその時の誘導員と良く話し合ってどこまで進むか、どこで引き返すかを判断してくれ」

 

『という事は、基本的には5名の仲間でダンジョンアタックをするという事ですか』

 

「その通り。少なくとも現在の実力ならば10層まで到達できる下地はもう出来ている。後はそれを使いこなす段階だ」

 

 

ロシア代表のセルゲイさんの質問に真一さんは頷いてそう答えた。

少なくとも彼らは初めて俺達が10層まで到達したときよりも恵まれた環境に居る。

後は身につけた技能を適所で使いこなせれば問題なく10層まで到達できるはずだ。

 

 

「ああ、人数は5名だが、基本的に班員はランダムに決まる。これは固定のメンバー以外と組む可能性も考慮に入れての事だ」

 

『成る程。つまり、翻訳魔法は常に意識して使わなければいけないのですね』

 

「そうだ。特にリーダー格である君達は常に指示を飛ばせる状態でなければならない。これも評価に含まれると思ってくれ」

 

 

評価、という言葉に各国代表の目が真剣みを増した。

他の代表メンバーと違い、彼らはその国の冒険者のリーダー、つまり顔になる事を見込まれてここに来ている。

他の代表候補より少しでも高い評価を得なければいけない立場なのだ。

そして、今回はそれだけではない。

イギリス代表のオリバーさんが手を上げて質問をする。

 

 

『失礼。是非確認させていただきたい事があります』

 

「どうぞ」

 

『では・・・この、今回のブートキャンプの参加者は評価によってはヤマギシチームに編入される、という話は本当でしょうか』

 

「非常に優秀な成績を残した方はヤマギシチームに参加してもらうかもしれません。永続的に、という話ではなく数ヶ月の範囲ですが」

 

 

真一さんのその言葉に室内がどよめいた。

因みに、これは2名ほどの予定で、参加者が望んだ場合のみ、と協会内では話がついている。

ヤマギシが望んだ事ではないので真一さんの対応は淡白極まるが、俺としては浩二さん達のように仲間が増えるようで少し楽しみだ。

今回の参加者は皆年齢が近いせいもあるのか、前回の自衛隊・米軍合同キャンプの時よりも仲良くなった人が多いしね。

 

ざわつく室内を尻目に、話が終わった真一さんが「では、班分けはまた明日」とさっさと部屋から出て行った。

真一さん的には数ヶ月だけ、ってのが気に入らないみたいなんだよな。

育ったらはいさよならってか、と憤慨してたし。

まぁ、うちに所属したって経歴をつけて自国の冒険者に箔を付けたいんだろうとは思うけど。そんな思惑とかは抜きに仲良くしたいしね。

 

 

『皆と一緒に潜れる日を楽しみにしてるよ!でも今はそれよりご飯の時間だ。早く行かないとご飯なくなっちゃうよ?』

 

 

部屋を出る前に親指を立ててそう言うと、ざわついていた室内が穏やかな空気に戻った。

くいくいと親指を動かすとセルゲイさんがのそり、と立ち上がった。

 

 

『腹が減っては戦はできぬ、だったか?』

 

『そうそう。よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む。これ俺の座右の銘ね』

 

『ドラゴンボールじゃねぇか!』

 

 

アメリカ代表の愛すべき馬鹿1号、デビッドがちょっとテンション上げてる。もしかしてドラゴンボール好きかい?俺もだよ。

俺の言いたい事が伝わったのか、眉間に皺を寄せていたオリバーさんやフランス代表のファビアンさんも苦笑して席を立った。

まぁ、競い合うなんて昼間になんぼでも出来るんだから今は仲良く行こうぜ?

 

 

 

幸いにして飯を食いっぱぐれる事も無く俺達は無事食堂で夕飯にありつく事が出来た。

ここの料理、雇ってるシェフの腕が良い上に色んな国の食事が楽しめるからよく使ってるんだよね。

うん、流石はフレンチ。めちゃ美味いわ。

 

俺が1人ばくばくと食べ続ける中、各国の代表はそれぞれがテーブルを占有して明日についてのミーティングを行っている。

あちらこちらからどよめきの声と俺をちらちら見る視線があるから、ヤマギシへの参加がやっぱりトレンドなのかねぇ。

 

 

『なぁ、イッチ。これって俺達でもありえるのか?』

 

『優秀な成績って話だから特に制限は無いな。本当に結果で選ぶみたいよ』

 

『どっちにしろ俺とジェイは無理だな。本国を更に数ヶ月も離れるなんて出来ないし』

 

『そういう人は辞退して他に回しても良いってさ』

 

 

アメリカチームだとジェイが最有力になるんだが、ブラス家の人間は多忙だからなぁ・・・

ケイティは何か怪しいけど、流石に学校に通っているジェイとジョシュさんは無理だろう。

 

 

「俺たちも無理や。地元のダンジョンを少しでも潜らないかんけん」

 

『昭夫くん、翻訳翻訳』

 

『あ、ごめんなさい。僕達も地元からあんまり離れられないんですよね。やっぱり、期待というかなんというか』

 

 

ここの食堂では基本的に翻訳魔法を使う事になっている。暗黙のルール的な物だが、やっぱり言葉が通じる・通じないってのは結構大きな心理的障害になるからね。

特に今回は8カ国の人間が一同に集まっているから、トラブルの種は少しでも減らそう、という彼らの自助努力の一つだ。

後、翻訳魔法使うと訛りが酷くても標準語に聞こえるらしい。ネットスラングは普通に使えるのに面白い効果だ。

 

地元、という単語に結構な数の人間の視線が落ちる。やっぱり地元を離れて、となると色々大変だろうしね。

特に今回のように地元の期待を背負ってきている人が更に延長しました、というのは難しそうだ。

 

 

『あー、その。その人数はもう決まってるのか?ウィルとキャサリン嬢が含まれるんなら正直3人以上じゃないとキツいんだが』

 

『その二人を含まないで最低2名。って言ったらやる気出る?』

 

『出るねぇ』

 

 

彼らにとってウィルとケイティは完全にヤマギシと同じ教官枠なんだろうな。魔法の訓練とか代役になったりしてたし。

地元という単語で視線を落としていた面々も再び顔を上げてやる気に満ちているみたいだし良い感じの燃料になっただろう。

願わくば「皆優秀だから多めに取る!」くらい真一さんに言わせる結果にしたいね。

 




デビッド:アメリカ代表。愛すべき馬鹿1号。魔法も格闘技もそつなくこなせるためアメリカ代表のリーダー格を担っている。実力的な問題で悪目立ちしかねないジェイやジョシュさんを上手くチームに取り込んだ調整能力は中々のもの。

ファビアンさん:フランス代表。外見は10台の優男だが、初対面で全員を前にメルシー!と大きな声で言い放つなど結構な強心臓の持ち主。

昭夫くん:日本代表の1人。博多に住んでいるらしく、初日にヤマギシビル1階のラーメン屋で「ラーメン!」と注文をして何のラーメンか聞かれ、「ラーメンと頼んだらとんこつがでてくるのが当たり前だと思っていた」と顔を真っ赤にして語っていた。割と自爆芸が多い人気者。


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第七十八話 日本代表の問題

誤字修正、霧空様、244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


「魔法が特殊過ぎて助言できないんだよね」

 

『素敵だと思います』

 

「あ、はい」

 

 

ドイツ代表のオリーヴィアさんは凄くクールな外見の金髪が似合うお姉さんなんだが、こう。

話をしたらそこはかとなく漂う残念臭というかね。

 

うん。いや、仕事は出来る人だと思うし、実際頼りになるリーダーなんだが。

この人、これですっげぇミーハーなんだよなぁ・・・

 

 

「じゃあ、先導するから戦法はオリーヴィアさんが決めて下さい。取り敢えず目標はどこまでに?」

 

『今日の内にオークを見てみようと思います。撤退は隊員に不測の事態が起きた時か、誘導員から指示があった時に行います』

 

「なる程、了解です。取り敢えず感知の魔法の実地訓練でもあるので各自、感覚を研ぎ澄ませて下さいね」

 

 

指示を出すとキリッとした表情になる。

先程までのミーハーなファンの顔から急に頼れるリーダーの顔に激変するのにも最近は慣れてきた。

そのまま特に指示を変えることもなくさっくり6層まで辿り着く。彼らのレベルだとこの辺りは殆ど消化試合になるんだよね。

 

まぁ、本番は6層以降になるからなぁ。

オーク相手にも危なげなく魔法で完封。魔石を拾って俺に手渡してくるので、記録簿に記載して背中に背負ったリュックに入れる。

 

この記録簿は、最初にダンジョンに潜った時に魔石の数が記憶と違う、という問題が起きた為、各誘導員が持たされている物だ。

魔石の吸収について、真剣に考えてくれているのは嬉しいが。誤魔化しが入るかも、と疑心暗鬼になっても困るしね。

 

 

「オリーヴィアさん。目標は達成しましたがどうします?」

 

『・・・各自、使用魔法の回数を・・・ドゥーチェが若干多いな。撤退を具申します』

 

「了解です」

 

 

うん、危機管理能力もあるし班員の言葉を聞く事も出来る。

やっぱり優秀な人なんだよなぁ。

取り敢えず冒険者としては優秀。なお注意事項ありとしとこう。

 

 

 

因みに各国のリーダー達は皆優秀で、彼女と比べても遜色ない人物しかいない。

というか仮にも国を代表して来ている以上、優秀じゃない人物なんか居ないので切磋琢磨を期待してるんだよねこっちは。

 

 

「そこんとこどう思う?昭夫くん」

 

「面目なかとよ・・・」

 

「翻訳」

 

『あ、ごめんなさい。面目次第もないです、はい』

 

 

いや、君じゃないよ?

君はそそっかしい所さえ無ければ非常に優秀だし。

魔法も格闘も両講師から褒められる位の頑張り屋さんで、格闘の方なんか元々経験が無いのに必死で喰らいついており初代様が実に楽しそうに指導している。

 

もし柵が無ければ探検隊が復活した折にはスカウトしたい人材とか言ってたけど、まさかダンジョンで探検隊をする気はないですよね?

 

と、話がそれたが昭夫くんと日本のリーダーの御神苗さんは全く問題ないのだが、残りの3人が問題なのだ。

この3名、成績自体は悪くないんだが・・・向上心と協調性という物がないのか、現代日本の若者というか。

自分の興味がある事にしか見向きしない所がある。

 

今現在は各国のリーダーが班を率いてダンジョンに入っているが、彼らの行動を見て各国の他の代表は自身がリーダーになった時に備えている。

だが3人は違う。あのままでは、教官免許を取得するのは難しいだろうな。

 

今も彼等は翻訳魔法も使わずに3人で固まって話している。

この食堂に皆が居る理由もあんまり理解できてないようだ。リーダーの御神苗さんは各国の色んな人と話してコミュニケーションを取っているというのに。

 

 

『その点、アキオは可愛いわね!』

 

『あ、ちょっカミーユさん!?』

 

 

そおっと近付いてきたカミーユさんが昭夫くんを背後から抱きしめた。豊満なバストが押し付けられたのか、顔を真っ赤にして昭夫くんが悲鳴をあげる。

最年少の昭夫くんはその初々しい反応もあってかお姉様方から大人気だ。同情はするが、取り敢えずそこ代われ!

 

わーわーと騒ぎ始めたため何事かとこちらを見る代表達。また昭夫くんがからかわれていると気付くと大体の人間が笑ってその様子を眺めている。

 

その大体に入ってない日本勢ェ……。御神苗さんも努力してるみたいだけど、同じ日本人の昭夫くんにすら絡んでいかないってどうなんだろうか。

むしろ若干忌々しそうにすら見えるんだが・・・

 

 

 

「普通に人気者の昭夫くんに嫉妬してるんじゃない?」

 

「なんだそりゃ」

 

 

夕食も終わり、今日のブリーフィングの時間。

どうにも溶け込めてない様子の日本代表の様子を話した時、一花の分析に真一さんが苦々しそうな表情になった。

 

 

「各国の代表は、流石にケイティやウィルの御眼鏡に適っただけはあるけど、日本はなぁ」

 

「御神苗さんと昭夫くんが居なきゃ完全にお荷物だったね!どんな人選なんだろ。笑えてくるよ」

 

「一応、各ダンジョンの代表の筈だがな。一度協会にも現状を伝えておこう。このままじゃ教官免許をやれんぞ」

 

 

お膝元の日本だけ合格率が悪い、となればそれは日本冒険者協会にとっても一大事だ。

まぁ、他の国の冒険者が軒並み合格してれば流石にヤマギシが責任を問われることはないと思うが、俺達の求めてやまない教官になれる冒険者が日本では殆ど増えない事になるしな。

協会の方から何かしら対応策が出れば良いんだが。

 




オリーヴィアさん:ドイツ代表のリーダー。金髪碧眼で切れ長の目を持つ正にクールビューティーといった風体の人。尚中身は乙女。

御神苗さん:日本代表のリーダー。東大の学生。今回本気でヤマギシ所属を狙っているが同期の日本人勢が最年少以外頼りにならずアカンかもと思ってきている。尚名前は優治のため初対面の時一郎に「惜しい!」呼ばわりされた。本人もそう思っている。


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第七十九話 合格者37人

毎日更新がモチベーション的にキツくなって来たのと、数日ほど会社のお偉いさんが見回ってるため作業時間が確保できません。
日曜日の分は用意してあるのですが、月曜日から何日か更新出来ないかも知れないので、7時に更新されてなかったら察して頂けるとありがたいです。

誤字修正、244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


各国代表のリーダー達が10層に到達し、二種免許を取得した。

ここからはリーダー格以外の班員が順番にチームを率いてダンジョンに潜り、全員がチームリーダーとしてチームを率いて10層に到達する事が出来るまで習熟訓練を行う予定だ。

 

各国リーダー達は班員兼補佐役となりその時のチームリーダーを補助。ダンジョンアタック後のミーティングではその時の総評と指導点を伝える役割を担う事になる。

つまり彼らにとっても教官免許の訓練になると言う事だな。

 

 

「やる事が無くなったなぁ」

 

「良い事じゃないか。やる事のある班に当たらなくて」

 

「ああ。今日は佐伯さんが5チームの班長なんだっけ。担当は?」

 

「シャーロットさんなんだけど、あの人女性の教官だとなんか態度がな」

 

「ああ。沙織ちゃんがぶーたれてたなぁ」

 

 

基本的にチームは8チームにわかれており、1から4までが前半、5から8までが後半として分かれてダンジョンに入っている。

 

人によっては最初のリーダーの時に10層まで行く場合もある為、チームリーダー達による最初の10層到達から一週間も行かない内に半分以上の代表メンバーが二種免許を取得している。

 

今現在まだ二種免許を取ってない人も大体は慎重な人か、順番の組み合わせが悪かった人達だ。

二種免許を取った人は各国のリーダーと同じく班員兼補佐役になる為、そういった人達も殆どは2、3日で合格するだろう。

本当にごく一部を除けば。

 

 

「何か協会の方からもう少し手心をとか言われてるっぽいね!」

 

「人の生死が掛かってるのに何言ってんだって、社長が切れてたな」

 

 

問題がある人間は3名。全員が日本代表だ。

その内、まだ見込みがありそうなのが2名。この2人は、もう1人の見込みがないとヤマギシチーム全員に判断された佐伯という男に従っており、彼から遠ざかっている時は指示にも従うし、言われた事を熟す事も出来る。

 

 

「つまり指示待ち人間だよね?」

 

「そうともいうな」

 

「二種まではともかく教官免許は無理じゃない?」

 

 

俺も無理だと思ってる。

一冒険者としてならともかく、彼らに後輩の冒険者を育てる事が出来るとは思えない。

 

或いは10層まで単独で潜れる位の実力者なら話は別かもしれないが、キャンプを始めてもうすぐ一月という現在、彼らは明らかに他の冒険者達に遅れを取り始めている。

この状況を問題視している協会幹部も居る為、何かしらの動きはあると思うが・・・

 

 

 

結局、7月の間に件の3名は教官免許を取得する事は出来なかった。

日本冒険者協会としては人選に問題があったとし、これらの3名は8月以降の教官研修には参加させず一冒険者として地元のダンジョンに戻ることになる。

 

あの3人、見送りに来た昭夫くんに悪態ついて出て行きやがった。

仲間と思っていた人達の妬みと恨みの言葉に参ってしまった昭夫くんをお姉様方が慰めていたのはちょっと羨ましかったがな!

しかしあいつら、出て行く時まで迷惑をかけるなんて、本当に碌な事しないな。

 

 

「協会長には文句を言っといた。記念すべき初回に贔屓人選なんぞしやがって」

 

 

不愉快そうにそう言って、社長がノシノシとアロハシャツを着たままヤマギシのSUVに乗り込む。

格好と表情が全然一致してませんよ、社長。

一先ず全員が教官免許を取得し、後は実際に人を教える教官研修を残すのみとなったブートキャンプでは、この一ヶ月の疲れを癒やす為と、教えることになる人員の調整の為に一週間ほどの休みが設けられた。

そして預かっている生徒さんが一斉に居なくなる頃合いを見計らってヤマギシも夏期休暇に入る。

 

 

「と言っても俺達は免許取得の為だから、殆ど仕事の延長だけどなぁ」

 

「ぼやくな。沖縄の海でも見て心を癒やそうぜ」

 

 

俺と恭二はため息をつきながら飛行機に乗り込む。

社長達は一週間で帰る事になるが、俺と恭二と沙織ちゃんは普通免許を、真一さんが大型免許の取得、それに今年は一花がバイク免許を取れる歳だからな。

前回はただの賑やかしだったから、今年はたっぷり苦労するがいい。

 

 

 

「実は奥多摩でもう免許取ってきてるんだよね」

 

「嘘だろお前」

 

 

教習所に何故か姿が見えなかった一花に何をしていたのか問い詰めると、にこやかな笑顔で真新しい運転免許証を取り出してきた。

しかも取得した日付は5月。もう三ヶ月も前になる。

 

 

「前々から準備してたし筆記も実技もラクショーだったよ?」

 

「一発合格とか・・・都市伝説じゃなかったのか」

 

「いや、珍しいかもしれないけど珍しいってだけだよ?制度として成り立つ位は居るんだから」

 

 

戦々恐々とした様子の恭二に呆れるように一花が答える。

俺と恭二は昨年、その筆記の方で大分苦労したんだが。

一花は一週間は社長達に付いて回り、それが終わったら知り合いの所を回ったり離島を巡るらしい。

年頃の娘が、と社長は心配してたが大鬼相手に接近戦が出来る一花を何とか出来る奴はそうそう居ない。

 

その間俺達は毎日暑い中、ホテルと教習所を往復する毎日だ。

MT免許の教習と大型自動二輪、大型特殊、牽引まで取るので、結構ハードな研修になるな・・・

 

 

「でも実は水着新調したんだよね」

 

「終わったら、帰る前に遊ぶか」

 

 

恭二と沙織ちゃんの間に漂う甘酸っぱい空気が心に来るぜ。

早く奥多摩に帰りたい・・・




佐伯さん:日本代表の問題児。西伊豆ダンジョンから代表としてきていたがリーダーとしての適正が非常に低いと判断され、教官免許の取得まで進める事ができなかった。


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第八十話 役割 

何日かお休み予定。
ちょっと負担がきてるので更新の仕方を見直すかもしれません

誤字修正、244様、所長様、kuzuchi様ありがとうございます!


沖縄の夏は暑かった。

それ以上は話したくない。

二週間を過ぎた辺りで沙織ちゃんがキツそうにしてたので一花の予定を変えてもらって一日観光に費やしたり、誕生日に小さなパーティーをしたり、その後恭二といい雰囲気になってて独り身が寂しくなったりとかあったけど細かく話したくない。

 

俺達が奥多摩に帰る頃には入れ違いになるように各国の代表達が国へ帰っていった。

一月近く留守にしていたのに皆が別れるのが辛い、まだ色々教えてほしいと言ってくれた時は少しウルっと来てしまったけど、メンバー皆とは連絡先を交換したぜ!

ただ、翻訳は文字には適用されないから専ら日本語でお願いしてるんだけどね。

 

彼女達には『死なない冒険者』になる為の基礎になる部分をみっちり仕込んだつもりだ。

地元に帰ってもこの部分だけは絶対に疎かにしないでくれと念押しをしているし、奥多摩での合宿は継続的に行う予定だから、来年はもしかしたら彼ら彼女らが鍛えた冒険者を俺達が教育する事になるかもしれない。今から楽しみで仕方ないな。

 

そして、今回のキャンプで最優秀と賞されたのはやはりというか何と言うか。ブラス兄弟の妹、ジェイだった。

姉譲りの魔法センスに姉より優れた身体能力に、勤勉さまで備えた彼女は当然のようにキャンプ最初からトップに立ち続け、2ヶ月の間首位の座を他の代表に譲らず堅持し続けた。

各国のリーダーや兄貴のジョシュさんもかなり追いすがっていたんだがなぁ。惜しくも彼女の牙城を崩すには至らなかった。

 

ただ、彼女は本国の方でもやる事がかなりある為にヤマギシに参加すると言ったことは出来ないそうだ。

彼女なら問題なく俺達と同じレベルまで来れると思うだけに残念だが、彼女には彼女の生きる道があるししょうがないだろう。

まぁもし米国でダンジョンに潜る時があったり、日本に来る予定が出来たら一緒にダンジョンに潜ろうと約束を交わしたし、寂しくなるがこれっきりって訳でもない。

年末にはまたブラス家と一緒に冬期休暇を取る予定みたいだしな。

 

 

「で、ヤマギシへの参加枠は結局日米で分け合う事になったと」

「まぁ、仕方ないでしょうね。他の国では、トップ冒険者を数ヶ月も国外に出す余裕は無いんでしょう」

『ユージは兎も角、僕としてはラッキーだよ!正直アイリーンには負けてると思ってたからね』

「アイリーンさんなぁ。最後まで男嫌いが直らなかったから・・・」

「いや、あれは一郎くんの前だけ・・・いや、止そうジェイに殺されちゃう」

 

 

御神苗さんとデビッドの書類手続きを手伝いながら、俺は昨日行われたヤマギシチームへの参加メンバーの発表を思い出した。

まぁ、殆どの国の冒険者が地元の理由で戻る事になるとは分かっていたので、結局日本代表の御神苗さんとアメリカのデビッドに決まったんだが。

ギリギリまで参加したいと言っていたアイリーンさん、泣いてたんだよなぁ・・・・・・

別れの間際にほっぺにキスまで貰ったのはいい思い出だ。イギリスに行く事があれば必ず連絡入れよう。

 

 

『まぁ、今回の代表は誰が選ばれてもおかしくなかったからね。特に8月に入ってからの皆の進歩は凄かったよ』

「・・・・・・バンシーを超える前と後で、明らかに自身が変わったと感じました」

 

 

あれは、まあ、凄い経験だろう。

今回、教官免許を取得した37人は8月頭に全員20層まで連れて行った。バンシーを経験させる為だ。

あの状態異常を受けた後に数瞬間をおいてリザレクションを受けるまでの間。

あのどんよりとした、深い沼に閉じ込められたような感覚は、もし知らずに受ければそのまま何も出来ずに殺されてもおかしくない。

 

バンシーを経験した後の彼らは文字通り爆発的な勢いで成長した。

8月終わりに戻ってきた際には殆どの人物が、戻ってきた後には全ての代表が自力での20層到達を達成しており、中にはレジストどころかリザレクションまで覚えた人物も居た。

医師キャンプの方でもリザレクションの発現を確認できている為、今回のブートキャンプは世界冒険者協会にとって最高の結果で終わった事になる。

ケイティ大歓喜だな。

戻ってきた時はもう上がりまくったテンションに任せて恭二に抱きついてキスまでしていた。すぐに沙織ちゃんに引き剥がされて結局両手に華になっていたがね。

くそがっ!

 

 

「リザレクションと言えば、医療行為で魔法を使う病院の設立が決まりそうなんだってね」

「ああ。厚労省がついに折れたんですっけ。医学部の知人がそう言えばダンジョンについて聞いてきてたな・・・」

『そういえばキャサリン嬢のキャンプ、人員増加するんだってね。こっちにも日本人が来るのかなぁ』

 

 

ケイティが主催で行っているブートキャンプは前評判の高さと実際にリザレクションを発現した事もあって、今世界中の医療関係にかなり注目されているらしい。

本人も今の追い風の状態で一気に波に乗りたいと言っていたから、次の人員はかなりの人数が予測される。

マンションの内装もようやく完成したしこっちを借り上げてもらうのもありかもしれないな。

 

 

 

『それはあなたたちの仕事でしょ? 俺は医者じゃない。冒険者だ』

 

恭二さん、ガチ切れしとる。

新しく来た医者や医学生への説明会に参加した俺達は、まず最初にこの説明会に参加している人々の空気に違和感を感じた。

何と言うか、こいつら説明されればホイっとリザレクションが使えると思っている節があるのだ。

いや、まぁ医者と言えばどこの国でもエリートだからその自意識が高いのは分かるんだ。

ただ、やけに鼻持ちならない傲慢な人間が目立つんだよなぁ。

 

この状態でダンジョンに入れるわけにはいかないと、恭二がまずケイティに自身にリザレクションをかけるように依頼。

センスが本当に高い人間なら或いはこれで使えるようになるかもしれないが、流石にケイティのような人物は居なかったらしい。

その後、リザレクションの属性や発動した時の発光などを説明していると、途中で恭二の説明を遮った人物が居た。

そして、「何故実験台が説明をしているのか?」と言い放ったのだ。

 

この時点で結構キテるなとは思ってたのだが、恭二は一旦言葉を飲み込んでその場の全員にリザレクションを使用。

40人全員が光に包まれると言う異常現象に軽いパニックが起こる中、恭二は魔力を込めた拍手を行った。

一瞬で静まり返った室内を見渡して、恭二が言葉を続ける。

 

『まず、皆さん守秘義務の契約書にサインはしてますか?挙手をお願いします・・・・・・しているみたいですね。では説明しましょう。現在世界中で発見された魔法はほぼ全て俺が冒険の最中に開発したものです。勿論リザレクションも俺がケイティに教えたものになります。つまり、彼女と同じレベルでこの魔法について説明できる為この教壇に俺は立っているんですね。何か質問は?』

 

にこやかな恭二の発言に、場の空気が凍りつく。薬が大分効いたらしいな。

そのまま次の説明に移ろうとした時、先ほど実験台云々と言っていたおっさんが震える手を上げて質問をしてきた。

 

『あ、貴方は・・・・・・これほどの力がありながら、何故それを人を救うことに役立てようとしないのですか!』

 

ここで恭二の我慢が限界を超えて上の発言に繋がった。

吐き捨てるように言い放った後、恭二は更に言葉を続ける。

 

『俺達はあくまで冒険者であって医者じゃない。医者が担当する仕事は人を癒す仕事で、俺達冒険者は冒険する事が仕事のはずだ。リザレクションもヒールもキュアも冒険に必要だったから作る事ができた。見つかった魔法を冒険以外で使うのなら、それは専門家が行うべき事だ。教えてくれと言われたから俺たちはただ教える。それをどう使うか、役立てるかは貴方方の仕事だろ』

 

そこまで言って、恭二は少し落ち着いたのか机に座って彼を見る医者や医学生達を見やり、一つため息をついた。

 

『まず勘違いしないで欲しいのは我々は貴方方がその崇高な理念を元に、魔法という現象を使って患者を癒やす術を学びたいと言っているからその手助けを引き受けたんだ。貴方方が言う様に、私達の力があれば大勢の人を救うことができるでしょうね。大勢の人が助けを求めてくるでしょう。医者でも病院でもない、設備すらないここに。冒険者としてダンジョンに潜っている俺に助けを求めに来るんだ。それ、正しい事なんですか?』

 

しんと静まり返る会場に恭二はため息を吐いた。

 

『医者の仕事は医者がやってくれ。以上です』

 



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第八十一話 リザレクション・ブートキャンプ

お待たせして申し訳ありません。
今後は月~金で更新して土日はお休みにしようと思います。

誤字修正、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


はい、じゃあ二人組みを作って~

違うな、これは俺のトラウマだ。

昔っから沙織ちゃんは恭二にべったりで恭二は恭二で割りと人見知りするタイプだから基本3人で同じクラスとかになると俺だけハブられたんだよなぁ

 

「あんまり芳しくないねぇ」

「まぁ、ヒールやキュアは結構早かったしこれからだろ」

 

医者のブートキャンプ参加者に二人組みを作ってもらい互いにリザレクションを掛け合う。

が、当然というか何と言うか発現できる人はいなかった。

この結果に一部のお医者様方は何故出来ないのかと苦言を漏らしていたが・・・

この魔法そこまで優しいものでもないんだがなぁ。

 

まぁ、彼らがそう思うのもわかる。なんたって畑違いの冒険者達ですら結構な数が習得したんだしな。

あくまでも冒険者としての訓練をしにきた37名の内12人が習得できたというのは、冒険者協会にとってはかなり大きい数字だったらしい。

当然専門に学びに来た人間は全員習得するだろうと見積もられてるんだな。

 

ただ、このお医者様方と協会の上の人たちが失念している事がある。

それは、元から彼らは魔法のセンスが高い、もしくは運動能力が高いと見られて各国で見出された人材だということだ。

あの37名の教官候補生達はそもそも国の威信をかけて選び抜かれた選抜者であり、俺から言わせれば今回参加しているお医者様方よりよほどリザレクションの適正がある。

その中から短期間の訓練とは言え、12名しか習得できなかったとみるべきなのだ。

 

ちなみにこの12名のうち実に8名が元から回復魔法を使えていた人物で、最初から回復魔法の素養が高いと言われていた人たちだ。

元から『魔法の習得はセンス次第と』言われていた所に、『魔法には得意不得意が存在する』という説も追加されて教える側も考える事が増えてきた。

ケイティが提案していた魔法大学、確かに必要かもしれないな。

 

一先ず彼らには特急で10層までの攻略を行ってもらう。殆どの人間は本国でダンジョンに入った事があるそうなので魔石の吸収やら細かい点まで言わなくて良いのはありがたい。

彼らは教官候補生達と違ってじっくり冒険者として育てる必要はないので、どうやったらリザレクションが出来るのか、この一点に絞って俺達は魔法の使い方を説明する。

 

「それでも、やっぱりまだ習得者は現れないか」

「デース。イチカキャンプ、やるシカありマセーン」

 

最近日本語が上達してきたケイティが渋い顔でそう言った。

あれキッツいからなぁ・・・前回リタイアが出なかったのが不思議な位に。

一先ずやるにしても希望者から募集をかけないといけないな。倫理的に。

 

 

 

16層以降の敵はお荷物が一緒だと危険が高いが、見合った効果はあったらしい。

俺達ヤマギシチーム6名に新規で参加した御神苗さんとデビッド、それにウィルとケイティの4人を加えた10人を5名ずつに分け、この5名で10名の訓練生をバンシーの元に送り届ける。

と言っても恭二は車の出し入れの為に基本11層に残って16層まで送った後はまた11層に戻るという仕事があるし、流石に1人にするのも問題があるので護衛代わりに俺も抜け、4人で10人の前後につく形になる。

基本行って帰ってまた行っての繰り返しで一日が終わっちまう。まぁ、合間にゴーレムの魔石を補充できたし良いか。まだまだ需要を全然満たせてないしなぁ。

 

全員が終わった後にようやくお役御免になった俺達がダンジョンの外に出て会議室へ行くと、ちょうどミーティングが始まる所だったらしい。

しかし・・・・・・お医者様は殆どダウン状態でまともに会話が出来てないな。

まぁ、しょうがないだろう。一度の冒険中にバンシーに出会うたびにアレを食らって、その都度回復しての繰り返しじゃあなぁ。

多分今日だけで10回は超えたんじゃないか?状態異常を受けたの。

 

『んー、初日で出来れば1人位は覚えて欲しかったけどしょうがないよね!明日も同じコースで行くから、自主練はかかさないでね!』

『ス、スズキ教官。明日も、同じ事を繰り返すのですか?』

『うん、覚えるまでやるよ?あ、でも連日は辛いかもしれないね!明日もやって、明後日は休養日。2日に1休なら体調管理も万全だよね!』

 

笑顔で死刑と言ってるようにしか聞こえないが・・・いや、まあ一花自体はアレ本当に毎日やってたからなぁ・・・

自分に出来た事をエリートの方々が出来ないって思ってないのかもしれない。

ただ、あの必死になれる状況ってのも結構大事な物なんだと思う。前の冒険者連中は本当に適性が無かった奴まで数日でキュアを覚えてたしな。

 

初日は駄目だったが二日目の途中でリザレクションを発現する事に成功する人物が出てくると、ぽつぽつと成功者が出始め、2週間も繰り返すうちには殆どの参加者がリザレクションを使えるようになった。

途中でストレスのあまりに一気に白髪になった人も居たけどリザレクションで治ってたのは凄かった。その人はその時受けたリザレクションで感覚を掴めたそうなので、やはり感覚をどう掴むかに全てが掛かっているんだろうな。

 

「それでも3人、まだ使えない人が居るんだよねぇ・・・・・・」

「むしろ真面目に頑張ってる人たちなのにねぇ」

 

一花の呟きに沙織ちゃんが答える。

予想以上の速度でリザレクションを使える人が増えたが、それよりも残った人員が問題になっている。

彼らはイギリス人、フランス人、ロシア人が各一名。年齢も人種も性別も宗教観もバラバラな彼らが何故リザレクションを覚えられないのか。これが分からないのだ。

 

「一度、原点に戻ろっか」

「原点?」

「ああ・・・ビョーイン、連れてクデスね!」

 

精神的に追い詰められてるとは思うが、そこまでは行ってないと思いたいんだが・・・

 

「ノー。彼ら、患者会わせる、デス」

 

・・・ああ、成る程。

確かにそれなら効果があるかもしれない。

 

 

 

その日の夜。落ちこぼれと影で囁かれていた3名もリザレクションを習得する事が出来た。

彼らは涙を流しながら、興奮で落ち着きをなくしたかのように捲くし立てた。

 

『貴方の言った通りだ。我々医者が患者を助けるべきだ。ようやく、あの時の言葉の意味が分かった』

 

ロシア人の女性医師は涙ながらにそう言って恭二にキスの雨を降らせている。

病院を紹介してもらった参加者の1人、川口医師は、もらい泣きをしながら経緯を説明してくれた。

彼は自身の所属する病院に彼らを連れて行き、重病者、取り分け難病に苦しむ患者達の居る病棟を回ったらしい。

回診に同行させ、痛みに苦しむもの。余命幾ばくもないもの。幼いもの。

それらを見せ、そして家族の了承を得る事ができた患者のみに限定し、<リザレクション>につきあってもらったそうだ。

結果は、彼らの喜びようを見て分かるとおりだ。

 

「医者のことは医者がやれ。最初言われたときはむっとしました。傲慢に聞こえたんです。でも、今なら分かります。貴方方は冒険をするべきだ。多くの発見や魔法で、あなたたちの冒険の重要性は恐ろしく高い。だから、医療(こっち)医者(わたしたち)に任せてください」

 

そう言って、川口医師は涙を拭いて笑った。

彼ら4名と握手を交わし、俺達は今日の結果を持って今回のリザレクション習得ブートキャンプの終了を協会に報告する。

今夜は良い夢が見られそうだ。

 



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第八十二話 魔剣は浪漫

誤字修正、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


「魔法が使える医師が各ダンジョンに欲しい?」

「ええ、少なくとも今回のキャンプに参加した冒険者達が居るダンジョンには。恐らくそこは近隣の冒険者の育成も担う事になるから必要でしょうね」

 

真一さんはそう言ってウチの親父に書類の束を渡す。今回のキャンプで魔法には適正が必要な事が分かったし、もしかすると人によっては本当に覚えられない可能性もあるからな。

ダンジョンを出たらすぐに回復魔法を掛けて貰える場所は必要だろう。

前回縁ができた川口医師は、「職場の義理を果たせたら是非この奥多摩で働きたい」と言ってくれているし、まず奥多摩で実施してみるのも良いかもしれない。

 

「迷宮に潜るスキルもあるリザレクションの使える医師。しかも今後は後進の育成も担ってくれるそうだ。喜べお前ら!今回のブートキャンプでは3名も冒険者部門が増えたぞ!」

「やったー!人手不足解消だー!」

「どんどんぱふぱふー」

 

会議のたびに行われるこのノリはいつまで続くんだろうな。

ほら、初参加のデビッドや御神苗さんが戸惑ってるじゃないか。

さて、今回の会議は現状の確認という意味合いと現在ヤマギシが行っている事を新人二人に説明するという意味合いがある。

現在ヤマギシは奥多摩の山を削って大工事を行い、工場を建てている。

 

「元々ウチと協力関係にあった瑞穂町にあった三成精密さんは身内になったし、全部こっちの新工場に移したんだよね!」

「最新設備も入れてある。少なくとも去年の1.3倍はペレットも作れるって試算も出ている」

 

ヤマギシの主要産業になった燃料ペレットの生産が更に加速するわけだ。まぁ、今現在まるで需要に供給が追いついてないからようやくって所か。

燃料ペレットは現在一本1000万以上の値段で取引されている。一度買えば再度魔力の補充はできるんだが、どこも新品を欲しがっているせいでまるで足りてない状況なのだ。

しかし、新しく完成したこの工場で生産するペレットは、フル稼働すれば現状国内にある火力発電所の分を十二分に賄える計算になるらしい。

この結果に、石油の消耗を大きく抑える事ができると政府筋からも喜びの声が上がっているそうだ。

まぁ、燃料ペレットについてはテキサスの方で大規模な工場が鋭意建設中だし、そちらが完成するまで精々稼がせてもらおう。

 

また、この工場の建設に伴い、藤島さんを筆頭に刀匠が10名、それに刀研ぎ師3名、鞘や拵えの職人さん2名が、この工場に隣接する工房の主として居を移してくれていた。

彼らは形式上、個人事業主としてヤマギシと契約してもらって、変わりにこちらは工房と住居を提供する形だ。

 

「シナジーが凄いよね。三成精密の技術で、アルミ合金製の槍の柄が量産できるようになったもん」

「ああ。今まで使っていた柄よりも軽くて硬い。この辺りはやっぱり蓄積した技術力の差だろうな」

 

藤島さんも宮部さんも悔しいけど嬉しい、って不思議な言葉を口にしていた。

技術者としては悔しいけど、そんな相手と一緒に仕事が出来るのは嬉しい。張り合いがあるって言っていたな。

ライバルって奴なんだろうか。うむ、何となく気持ちは分かる。

金属加工の職人と刀匠が隣同士で作業が出来るのは生産性をとても向上させている。

この調子で行けば世界的に注目が集まっている現状でも装備を行き渡らせる事が可能かもしれない。

 

また、玉鋼の制限から開放された日本刀も、ダンジョン由来の魔鉄や現代冶金学で作り上げた合金を使用した「魔剣」の製造が認められるようになった。

こいつは5~6層のオーガやゴブリンが持つ剣なんか相手にもならない強さだ。恭二が試し切りに使ったら、敵の剣ごと両断し刃こぼれもしなかった。

なにより、エンチャントの炎をたなびかせて敵を斬る映像はめっちゃカッコいい。そうとしか表現できない位にカッコいい。

 

値段は一振り300万円以上と超強気の値段なのに常に生産待ちの状態で作れば作るだけ売れている状態だ。

槍の方も一本200万以上という値段なのに同じく人気で、この間預金通帳を見て怖くなったと藤島さんが語っていた。

初めて俺が米国政府からの報酬を振り込まれた時と全く同じ表情だったので、少し笑ってしまった。

 

ペレットといえば同じゴーレムのストーンゴーレムのブロックやサンドゴーレムの残すレンガ状のドロップも魔力を纏わせる形で活用できないか研究が進められている。

こちらの研究は主に真一さんと、真一さんが自身の大学の先輩をスカウトして連れてきて一緒に研究しているそうだ。

引き合わせてもらった時にいきなりシェーのポーズをした後にサインを求められて「あ、この人は変人だな」と確信したが、非常に優秀な人らしくブロックやレンガを破砕した後にセラミックのように加工したりして魔力を乗せられないかや、モンスターがドロップする皮の有効活用などを研究してくれている。

この間試作品として渡されたキマイラの皮を使って作られたボディアーマーは、アーマー自体に魔力が通ればバリアの効果を及ぼすように作られており、魔石を使って十分に魔力を持った冒険者なら着るだけでバリアを維持してくれる優れものだ。

 

「惜しむらくはずっと消費されるせいで魔力切れが起きるって事だな」

「下手な人には渡せないよね。過信して大事故とか目も当てられないし」

「そうは行ってもな。魔力測定器でもなければ誰がどの位使えるかもわからんし」

「測定器・・・・・・欲しいですね」

 

結局魔力を測る何かが無ければ誰がどれ位魔法を使えるかもわからない。こういったマジックアイテム的な物も使いづらくなってしまう。

あーでもないこーでもないと俺達が朝食そっちのけで話していると、「ソーいえば」と一緒にご飯を食べていたケイティがポン、と手を叩いてこう提案してきた。

 

「皆サン、カリフォルニア、行きマス?」

 

にっこりと笑ったケイティの顔を呆気に取られたように俺達は見た。

 




先輩:研究職に突こうと思ったが言動がエキセントリックすぎて全落ちしこのまま院に進むかと覚悟を決めていた所真一に拾われた人。


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第八十三話 魔力センサーの開発

誤字修正、日向@様、ハクオロ様、244様ありがとうございます!


日本も大概だがカリフォルニアには変人が多い。

今俺の前で大仰なリアクションで俺の手を取り喜んでいる薄汚れた格好の学生を見て、改めて俺はそれを思い知った。

変な人、というのは社会的には余り褒められた言い方ではないが、人と異なった発想を持つ人、というのは意外と大きな事を成したりする。

そんな人材になるのでは、とブラスコと全米冒険者協会は、素材を提供したり、見込みがありそうな変人には資金援助をしたり、会社設立の援助をしているらしい。

真一さんと同年代らしい彼もそんな人物の1人だった。

 

『ぼぼ僕の開発した測定器は、ごごゴブリンの魔石を吸収した時の経験を元に開発しました』

 

出会った当初のウィルを思い出すこの安心感よ。

何でも本人はダンジョンには少ししか潜った事がない為、ゴブリンの魔石やドロップ品を協会から融通してもらい、魔石の魔力を吸う前と吸った後の違いから関連付ける事のできるエネルギーを測定。

恐らく誤差が最も少ないだろうパターンを発見し、これを測定する機械を作ったそうだ。

物を見せてもらうと、ごてごてとしたむき出しの電子回路にLEDランプやカウンターが付いていて、中にPCで使うような基盤がありそこで計算をしているらしい。

手作り感がすごい。こういうの良いね。

 

試しに動いている所が見たい、というと了承した兄ちゃんがプレートに手を乗せる。計量器みたいだなぁと思いつつプレートの傍についているカウンターを見ていると、チ、チ・・・とメーターが上がっていき。数値は6.2と表示された。

何でも1の数字はゴブリンの未使用魔石を基にして居るそうなので、彼は6.2ゴブリンの魔力を持っていることになる。

次に付き添いという事で来ている協会の人に試しにプレートに触ってもらうと、こちらは3.2となった。成る程、この人はダンジョンに数回足を踏み入れただけという事なのでダンジョン未探索者は大体この位の数字なんだろうな。

さて、では本命のご登場だ。

 

「恭二、お前やってみろよ」

「ああ。俺も出来ればお前の今の数字が知りたいな」

「ええ・・・・・・」

 

嫌そうな顔をする恭二を両脇から俺と真一さんで抑えてプレートの前まで歩かせる。

間違いなく現在人類最高の数字が出るはずだし、このデータは貴重な物になるだろう。後、恭二と他の人間がどれくらい差があるのかも見てみたいしな。

観念したのか大人しく恭二が右手をプレートの上に乗せると、一瞬で数値が駆け上がり4桁を超えてカウンターは『ERROR』の文字になった。

 

『嘘!?』

 

その結果に目を剥いた兄ちゃんはリセットをして再度自分の手を乗せ、問題なく6.2の数値が出た様子に安堵の顔を見せた。

 

『えーと、じゃあ私が触って見ても良いかな?』

『あ、ああ。お嬢さんよろしく頼むよ』

『は~い』

 

一花が手を上げると兄ちゃんもプレートから手を離してリセットを行った。

一花がそっと壊さないように手を乗せると恭二の時より大分緩やかだがあっと言う間に4桁まで行き、4桁を超えて『ERROR』の文字が出てくる。

兄ちゃんがムンクみたいな顔をしてる、すげぇな、あんな顔人間が出来るのか。

まぁ、確認する限りこれだと計算能力が足りてないんじゃないかな?

 

「恭二、オークの魔石って出せるか?」

「ん?あ、ああ」

 

俺に言われて恭二が収納からオークの魔石を取り出す。

ゴブリンのそれよりも大きなそれを兄ちゃんは初めて見るらしく何なのかを確認されたが、オークの物だと伝えて乗せてみても良いかと確認する。

了承を得られたので確かめる意味も込めてプレートの上に乗せて見ると64.7という数字が出た。

結構差があるんだな、ゴブリンと。

 

『このオークの魔石を吸収してみてもらっても良いですか?』

『あ、ああ。ありがとう。良いのかい?』

「どうぞどうぞ」

 

オークの魔石は現在の値段だと未使用で数十万円位するからな。思いもかけず貴重な物を手にしてしまった兄ちゃんが少し震えながら魔石を吸収する。

そして使用されたオークの魔石をプレートに載せると0.2の数字になった。このコンマ2は誤差だとしてもほぼ正確に数字が出せているようだ。

そしてここが重要なのだが、兄ちゃんに再度プレートに触って貰う。恐らくこの結果が恭二と一花の測定が出来なかった理由だろうなぁ。

 

『・・・・・・70.8。多少目減りしているが・・・・・・』

『成る程。どうやらこの計測器は非常に優秀な出来のようですが、メモリが細かすぎるんでしょうね』

 

体重計を求めていたら計量器が出されたようなものだろうな。

だが、今現在10層までがメインの狩場になる一般の冒険者やこれから冒険者になる人、一般人の魔力を計る時にはかなり役に立つんではないだろうか?

そう伝えると、兄ちゃんは嬉しそうに頷いていた。恐らく計算性能の問題だから、通常のPCレベルではなくもっと専門化した機械を用意できれば恐らく解決できるだろうとの事だ。

とりあえず現状のレベルで何処まで図れるか確認した所、10層までの相手ならほぼ問題はないがゴーレム以降は桁が上がってしまう為対応できない模様だった。

 

『面白い結果です。少なくとも現状でも低位の魔石を選り分けるのに使えるし、細かい魔力を測るのには十分すぎる性能でしょうね』

『あ、ありがとうございます!』

『ただし、このままではセンサーの能力が明らかに足りていない。非常に良いアイデアなのに設備や材料が足りていないのを感じていますが・・・』

 

真一さんがにこやかに笑いながら発想と着眼点を褒め、ただ諸々足りていないものを指摘すると兄ちゃんも神妙そうに頷いた。

実際、10層までの産物で見るなら兄ちゃんの機械は十分すぎる性能だった。ただ、そこから先の桁が文字通り違ってしまったのが問題なのだ。

彼はその後ブラスコや真一さんと数回の協議を経て、センサーの特許を取得。ブラスコ側の支援を受けてセンサーの能力向上に日夜を費やす事になったらしい。

取りあえずもっとも単純に計算能力を引き上げたコンピューターを用いて開発を続けていくそうだ。

 

そして、彼が最初に作った魔力計量器は機能はそのままで冒険者の居るダンジョンに配布。未使用の魔石と使用済みの魔石を選り分けるのに使われているらしい。

どこにでも不心得物は居るもので、今までも結構な数の使用済魔石を人に売りつけようとした者が居るらしく、こういった目で見て判断できる機械は非常にありがたいそうだ。

高性能センサーが開発されれば今は手作業で見て行っている火力発電所の燃料ペレットの入れ替えも全て機械に任せることが出来るようになるし、魔力の残量などを測る事も出来るようになるかもしれない。

変人兄ちゃんにはこのまま頑張って欲しいものである。

 



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第八十四話 アンチエイジングの恐怖

誤字修正、244様ありがとうございます!


その日、ヤマギシに激震が走る。

 

「出来ちゃった♪」

「私も」

 

下原&鈴木家の母親s、W妊娠である。

 

「もーやだ!おかーさん恥ずかしいよーもー!」

「この年で弟妹かー。そっかー・・・」

 

沙織ちゃんは牛のようにもーもー言ってるし一花は一花でボケーッと空を見ている。

一花で16も差があり、俺と沙織ちゃんに至っては18歳差だ。ほぼ親子の年齢だな。

俺も黄昏そうになった。最近、母さんも父さんも若返ってからなんか熱々だなぁと思ったら・・・

いや、夫婦だからそりゃ可笑しくはないけどさ。

 

「暫くは問題ないと思うけど、産休の申請をしたいんですが・・・・・・」

「あ、ああ。そりゃ構わんが・・・・・・」

 

祝い事なのにどこか喜びきれないような雰囲気の社長。まぁ、法務部の頭である母さんと総務部でも気心の知れた下原の小母さんがほぼ同時に抜けるのはキツいだろうな。

 

ただ、産休はほかの女性社員にも起こり得るし、大きな仕事が終わった今の時期に経験出来ると思えばむしろプラスなんじゃないだろうか。

等と言う事を夕食の場所で告げたら一斉に「誰だお前?」と言われてしまった。解せぬ。

 

「普段はボケーっと聞き役になってるお前が、いきなりそんな事言いだせばなぁ」

「恭二兄もあんまり人の事言えないよね?」

「キョーちゃん、ブーメラン、ワタシ知ッテル!」

 

にやにや笑っていた恭二の顔が一花とケイティからの集中砲火に一気にしかめ面に変わった。

基本難しい事は真一さんやシャーロットさんに投げてるからなぁ・・・俺達。

因みに我ら幼馴染トリオ最後の1人、沙織ちゃんはいつの間にかシャーロットさんの所に避難しておしゃべりをしている。

さっきまで恭二の隣に居た筈なのに・・・はえーよホセ。

 

兎に角。目出度い話ではあるが二人とも40を超えており高齢出産になるため、事前の身体チェックは入念に行う事になった。

その結果はなんと全く問題なし。肉体年齢を調べると20台後半の数字になっており、母子共に問題ないレベルだった。

実年齢との差に診察をした医師が驚愕し、機械の故障かもしれない、と再検査を言ってきたほどだ。ダンジョンによるアンチエイジング効果を改めて思い知らされた気分だ。

 

勿論、この情報は冒険者協会にとっても追い風になる情報だ。

最近、ブラス家の保有する物件を諸事情により出されてしまい、ヤマギシビルの住居スペースに住み着いたケイティも目を輝かせてこの情報を拡散させた。

勿論肉体年齢≠実年齢という部分だ。

 

妊娠してすぐの為体型に変化がまだ殆ど無い下原のおばさんとうちの母さん、それに広報所属のうちの女性社員、更にはなんとアメリカのブラス家のお婆様とお母様まで持ち出してダンジョンに入る前と現在のビフォー・アフターの写真を作成。

事前に本人達に許可を取って世界冒険者協会と各支部のHPにアップロードした所、サーバーがあっと言う間にダウンしたらしい。

 

「・・・・・・・・・アンビリーバボー」

「分かるぞー今の気持ち」

 

世界冒険者協会からの新情報!という名目で写真がネットにアップロードされた時はニコニコした表情で、この情報があれば冒険者全体に対する世論を良い方向に誘導できる、と意気込んでいたケイティが30分で真顔になり、サーバーが飛んだときには青い顔でそう呟いていた。

俺も経験があるから分かる。凄い!って気持ちじゃなくて怖い!ってなるんだよな。

恐らく1時間の間にとんでもない数のアクセスが集中したのが原因らしい。サーバー関係には相当気合を入れたと言ってたんだけどね。凄いな、アンチエイジング。

 

結局サーバーは更なる強化と数を増やす事で対策し、混乱は収束した。したが、今度は世界中にあのとんでもアンチエイジングの成果が出回るわけで。

魔石の単価が1時間ごとにドンドン高くなっているんですが。

例のカリフォルニアの変な兄ちゃんの開発した魔力計量器で大まかな基準は出せているので、世界冒険者協会は魔力値が200を超えれば大幅なアンチエイジング効果が、そこに達さなくても10を越えた辺りから若返り始めるという数値を公表している。

少なくともゴブリンの魔石位の魔力含有量だと10個は必要になる計算になるのだが。

現在、そのゴブリンの魔石ですら一つ10万円を超えていると言うね。ちょっと前まではもっと安かったんだ。アンチエイジングの効果があると騒がれていた頃でも数万円だったし。

 

各地の冒険者協会が『もっと魔石を!』とプラカードを持ったデモ隊に囲まれるようになり、世界冒険者協会も慌てて対策を立てている状況だ。

日本?勿論、今現在奥多摩の旅館は満室だよ?

 

「ドーシヨ!ドーシヨ!」

 

予想以上どころか予想より数十倍でかい反響になって返ってきた現状に、あわあわとケイティが報告書の束を読んでいる。

うわ、フランスの魔石相場すげぇ。何回ストップ高になってるんだ?

 

「こうなるって予想できなかったの?」

「・・・・・・健康なヒト、コンナに若さホシイ、知らなカッタ」

 

何でも長い事病床にあったケイティは何よりも命を繋ぐ事に全ての感情が集中していたらしく。

世の婦女が求めるアンチエイジングも、需要の一つ程度の認識だったそうだ。

 

「女性人気、トテモ大事・・・・・・ダカラ、イケる、思ッタノニ・・・・・・」

「いや、行けると思うよ?」

「・・・・・・why?」

 

呆気に取られたような顔をするケイティ。

最近は体も成長を始めており、初めて会った時の幼さは完全に消えたと思ってたんだが・・・・・・そういう顔すると余り変わってないように思えるなぁ。

まぁ。うまくいくかはわからんが・・・

 

「逆に考えるんだケイティ。『魔石を用意できないなら俺達が用意しなくても良い』って考えるんだ」

「・・・・・・エエト。ノックしてモシモーシ」

 

ケイティさん、そこは俺の頭だよ。中身が入ってるからね?そこには脳みそが入ってるからね?

 

 



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第八十五話 臨時冒険者(女性のみ)

誤字修正、ハクオロ様、244様、kuzuchi様いつもありがとうございます!


「はい、では皆さんバットはお持ちになりましたか?」

「「「はい!」」」

「ではバリアとアンチマジックをかけますので一列に並んでお待ちください」

「「「はい!」」」

 

御神苗さんの言葉に10名並んだお姉さま方が気合の入った声で返事を返した。

彼女達10名は冒険者協会主催のダンジョン探索ツアーに参加した『臨時』冒険者達だ。

ダンジョンにはいる免許は勿論所持していない為教官か2種免許持ちの人物と一緒でないとダンジョンに入る事はできない、一種免許すら持っていない。普段はまったく別の仕事をしていたり家庭を持っている人物達ばかりが10名。

これから2時間の間に2種以上の冒険者1名に1種免許もちの冒険者4名で彼女達をガードしながら彼らは2時間ほどかけて5層まで潜り、その間に全員が魔力200まで数値を上げる。

これが冒険者協会が増えた魔石需要に答える為に行った施策だ。

 

これを1日に4回、全国でも2種以上の冒険者が居るダンジョン5箇所で開催している。

つまり、1日に200名が魔力200以上になる計算だ。土日しか来れないって人も居るだろうし毎日だ。

うん、わかってる。全然足りないって事は。平行して2種免許もちの教育もしているがまるで足りてない現状だ。

何せ協会から政府に働きかけて、自衛官の2種持ちまで借り出している状況だからな。

 

ただこの200名を選ぶ際に、冒険者協会は一工夫入れてある。これが原因で、当初思っていたよりも反発は少なくなっている。

その一工夫は、「特別感」だ。

 

 

 

「入りたいって言うんなら皆冒険者にしちまえばいいんだよ」

 

そう言う俺にケイティは目をぱちくりと動かして、次に首を横に振った。

 

「ソレ、駄目デス。ダンジョン危ナイ、リスク高スギ、デス。教育、時間足リナイ」

「まあ、勿論1から教育なんてする気はないよ。でも5層までなら2種免許もちなら足手まとい付きでも潜れるだろ?」

「ソノ人数、足リマセン!」

「まあ、聞いてくれ。まず、魔力200になるの自体は5層まで潜れば普通達成する。ダンジョンの中を歩くだけでもそこそこ増えるしな」

 

そもそもダンジョンに潜れる人数が居ない為に頭を悩ませているケイティは若干言葉を荒らげるも、俺も何も考えなしで提案しているわけじゃない。

教える人数、潜れる人数が足りてないからこんな問題になっている。この人材不足は需要に対して供給が間に合ってないから起こっているのだ。

なら、供給が間に合うまで待ってもらうしかない。その為にどう納得させるかが大事な所になる。

真面目にやったって絶対に人手不足なのは変わらないんだからな。

 

「最初に最低限の供給の数字を出すんだ。現在、国内で2種以上の冒険者を抱えるダンジョンは奥多摩、黒尾、西伊豆、大宰府の4箇所。これは流石に少なすぎるから京都も追加して5箇所で、毎日朝2回、夜2回の計4回。10名の人員に2種以上の冒険者1人に1種冒険者を4名のパーティーで護衛する」

『・・・切り替えます。続けてください』

 

翻訳の魔法を発動させてケイティが真剣な表情でこちらを見る。

聞いてくれる態勢になったらしい。ここ最近、日本語の勉強の為に翻訳を切ってる状況でずっと接してたから違和感がすげぇな。

 

『なら俺も翻訳で。1種を持ってる人は結構な数居るしバリアやアンチマジックがあれば5層までで危険になる事はまずありえない。2種免持ちは必ず1層ごとにバリアとアンチマジックを張り替える係、他の4名は主にピンチになったら助けに入る係で、1人で2、3人面倒を見てもらう』

『・・・・・・一つのダンジョンで日に4回・・・・・・2種持ちが3名居れば休みの日を挟みながら・・・・・・自衛隊に協力を要請すれば確かに出来ない事はないでしょう。しかし200名は少なすぎる。それに冒険者の数が足りない他国では』

『まず、俺は日本の解決策から伝えてある。事情を知らない他国の事までは流石に助言できないよ』

 

そう言ってケイティにまず前提が違う事を伝える。

世界冒険者協会の幹部であるケイティと俺とでは視点も持ってる情報も違うからな。

ただ、恐らくこの方法は規模や人数こそ変われど何処の国でも出来ると思う。

 

『で、ここからが肝心なんだが。例えばくじ引きをしたときにそのくじが外れたとして、何で外したんだって怒鳴り込む相手をケイティはどう思う?』

『軽蔑します』

『お、おう』

 

即答で返されて思わず言葉が止まってしまった。

翻訳で会話するときのケイティは、その。可愛らしさ成分が全部男らしさとか、潔さみたいなパラメーターに変換されてて非常にカッコいいんだが・・・

うん、この果断さ、嫌いじゃないんだけど戸惑うわ。

 

『まあ、兎も角。自身の運が悪い事を声高に宣伝するような真似になるわけだな。で、そのくじを使って順番を決めたりするのが世の中にはあるんだよね』

『・・・・・・ああ!抽選と言う事ですか!』

『そそ。毎日200名。必ず選ばれる中に入れなかったのは運が悪かったから。でも一度選ばれた人物は再度抽選されないからいつか必ず入れる。そして時間を稼いだ間に2種免許もちを増やす事が出来れば入る時間や入れるダンジョンも増えるよな?』

『この200名のうちにそのまま冒険者になると考える人がいるかもしれない。そうなれば冒険者の総数の底上げにもなるし、何より民意が!ほぼ全ての女性が冒険者を経験した、言わば冒険者予備軍になる!凄いチャンスになります!』

『まぁ、抽選の方法やすっごい身勝手な人は何の根拠も無く特別扱いを求めてきたりするからトラブルはあると思うけどね』

 

そこら辺は普通のクレーマーとかと同じ扱いでいいだろう。一々相手にするだけ無駄だしな。

俺の言葉にケイティは頷いて、早速携帯電話を取り出した。

程なく全世界の冒険者協会のHPに『臨時冒険者登録フォーム』が設けられ、またサーバーが落ちたのは・・・まぁ、しょうがないだろう。



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第八十六話 福岡へ

誤字修正。kuzuchi様ありがとうございます!


「大変そうだな」

『大変どころじゃなかとよ!』

 

太宰府ダンジョンの昭夫くんからの久しぶりの連絡は、愚痴と悲鳴が混じった物だった。

最早バブルと言っても過言じゃない熱狂的な魔石需要の中、九州最強の冒険者である彼に暇な日なんて存在しない。高校に通いながら後進の育成を行って居たところにいきなり来たこの魔石需要の嵐。ここ最近は学校側が公休扱いで、プリント等で家で勉強をしながらダンジョンで臨時冒険者達を指導しているらしい。

 

そこまでは良い。元々彼は大家族の長男で、苦しい家計を支える為にダンジョンに潜っていた。今回の需要増は確かにキツいが、最悪学校を辞めてでもお金を得る為に頑張る。と。

ただ、幼さの残る整った顔立ちの彼が、九州のお姉様方の心を鷲掴みにしてしまったのが問題らしい。

 

「爆発しちまえ」

『何ばいいよっと!?』

 

ファン倶楽部ってなんだ。冒険者の仲間から愚痴を聞いてたと思ったら急にアイドルになりました、とか意味わからんのだが。

今日も昼にコンビニで弁当を買おうとしたら臨時冒険者のお姉様方にお弁当を分けてもらったらしい。

しかも手作りだとか。何それ羨まし過ぎるだろう。

 

ネットの方を見ると、なんと非公式のファンサイトまで存在した。

基本潜っている時以外は昭夫くんもダンジョン前の事務所に詰めているらしいから遭遇する可能性も高いし、下手な地下アイドルよりもアイドルらしい顔立ちと相まって口コミで人気上昇中なんだとか。

 

 

 

 

「いや、それならヤマギシチームみんなファン倶楽部あるじゃん」

「嘘だろおい」

「一番会員多いのお兄ちゃんだよ?次がさお姉で、その次が真一さん!」

 

何それ初耳なんだけど。

と言っても勿論公式の物ではなく、非公式なファン倶楽部らしい。らしい、というのは一応ヤマギシにファン倶楽部を作って良いか問い合わせがあった際に許可をしたので、公式にヤマギシが関与している訳ではないが、事実上黙認している、というややこしい存在なのだそうだ。

 

「だってお兄ちゃんも恭二兄も絶対嫌がるでしょ?」

 

妹に思考回路を完全に見透かされてるんだが。

 

「まぁ、でも今回の昭夫くんの件は渡りに船かもね!」

「ハイ。昭夫、カワイイ。人気出ル分カッテタ」

「ここらで冒険者個々人の人気アップを図るのも手かも?今は、冒険者=ヤマギシチームだから、良くも悪くもヤマギシの皆にしかスポットが当たってないけど・・・」

「人気出ル。認メラレル。名誉アル仕事、ナリマス!」

 

名誉ある仕事か。

例えば子供の頃になりたい職業を聞かれたとき。パイロットや医者といった名前の中に冒険者という言葉が入るようになれば、って事だろうな。

一度そうやって認められてしまえば、そう簡単にその評価を貶められる事もなくなるだろう。

 

「どんな分野にも第一人者や著名な人物は居ます。今まではヤマギシが。そしてケイティやウィルが続いて、更に昭夫君。成る程、確かに攻め時かもしれません」

「なんか支援した方がいいかな?」

「ファン倶楽部、接触シテミル、ヤリマス!」

 

元々報道関係者で、広報の担当もしているシャーロットさんが頷いた為に一気に話が進んだな。

この過程に昭夫くんの意思が反映されてないのは可哀想だが。女性ばっかりにちやほやされてる以上同情はしない。

ただ、家族にまで迷惑が行かないように気遣いはしとくよう伝えておこう。

 

 

 

「なんて言ってたら福岡に来ちまったぜ」

「連れてきちまったぜ!」

 

イラッと来たので一花の頭の上にカバンを乗せる。

というか、このカバンもこいつの私物だ。やたら重かったけど何が入っとるんだ?

 

『ハハハ!本当に仲が良いな君たちは!ボス、そろそろ合流時間ですよ』

「おっけー。ありがとうジャン」

『いえいえ。太宰府ですか、楽しみです』

 

重い荷物といえばこの人もだ。

今回、引率役代わりに俺達についてきた撮影班のジャンさんもやたらと重そうなカバンやバッグをストレングスまで使って持ち運んでる。

この人も例の魔力測定器でエラーを出す位ダンジョンに潜ってる歴戦の冒険者だから、これ位は楽勝なんだろうが・・・

 

「お、見っけた」

 

一花が指差す方を見ると、成る程間違いないと分かる車両が空港の前に止められていた。

冒険者協会仕様のSUVだ・・・・・・街中でこれを乗り回してるのか福岡支部。

いや、乗り心地も良いしちゃんと街中を走れる車なんだけどさ。派手すぎじゃね?

 

「イチローさん!と、い、一花ちゃんお久しぶりです!」

「お、標準語頑張ってるね!でも翻訳でも良いよ?」

「か、か、からかわんでくれん」

 

相変わらず女の前だと急におどおどしだす純情ボーイ。うん。久しぶりに見る昭夫くんだ。

とりあえず写メってコミュニティに流しとこ。

 

「そ、それで。急に呼ばれて来たけんよう分からんけど、手伝いに来てくれたとね?」

「うん、2種免許持ちを増やしたいんでしょ?今3名だっけ」

「そ、そうや。俺含めて4人で回しちょるけん、皆大変で・・・」

 

一日4回と考えても誰かが休みを取ったりしないといけないわけで・・・昭夫君、マジでフル出勤してるのか?

ずっと居るって聞いてたけど・・・・・・体力は回復魔法で回復するが心は休みがないといかん。

 

「おっけーおっけー。じゃあ、私達が居る間にあと10人は増やさないとね!」

「学校がある一花は兎も角、俺は暫く居るから。安定するまでは手伝うよ」

「ほんとか!助かるばい!」

「ううん、こっちも別件で昭夫君に用事があったからね!」

 

そう言って一花は重たいバッグから黒い髑髏が描かれたヘルメットを取り出した。

それを見た瞬間に昭夫くんは俺を見て、再度一花を見て顔を青ざめる。

じゃ、11層行こうぜ昭夫君。

 




ジャンさん:ヤマギシ撮影班の1人。普段は一花の問い掛けに『OK!ボス!』とだけ言う係。

昭夫くん:初回の教官訓練参加者。現在九州最強の冒険者であり、高校生だが学校側の配慮()でダンジョンに掛かりっきりの状態。


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第八十七話 お前と俺でダブルライダー

誤字修正、244様ありがとうございます!


全身を黒く染め上げたボディスーツ。骸骨のマスクを着けた男は、一人荒野をバイクで走っていた。

黒いマフラーを靡かせながら走る彼は何かに気づいたように前方を見やると、砂埃をたてながらバイクを止めた。

前方には巨大な作り物の巨人が土の中から盛り上がり、彼を待ち受けるように佇んでいる。

ゆっくりと自身に向かってくる巨人を、バイクを降りた彼は髑髏の奥の瞳で捉えた。

 

 

 

「はい、カット!お兄ちゃん、やっちゃえ!」

「あいよ」

 

用済みのゴーレムはチャージしたグレネードバスターで吹き飛ばす。この瞬間が堪らない。

勿論今回のドロップ品の取り分は見事な演技を見せてくれた主演の物だ。

 

「嬉しいばってん・・・納得いかん」

 

髑髏マスクを着けた昭夫君が唸りながら腕を組んだ。

そう。今回、撮影されていたのは昭夫君だ。最近、変身した物に引っ張られそうで新しい変身をしてないから、ちょっと動画が滞っていた。

それで何故昭夫君がこんな格好なのかというと、彼のあがりやすさを多少でもマシにするためだ。

 

ファン倶楽部の話が出た時、昭夫君の上がりやすさと純さが話題になった。恐らく経験不足によるものだろうが、彼の純さは長所でもあるが短所でもあると。

つまり、普通には経験出来ないような目に遭わせて慣れちまえば良い、ついでに動画撮影の新しいアクセントになれば良いなぁ、位のノリでこの撮影は行われている。 

 

勿論報酬は奮発してあるし、昭夫くんは顔を出すことは無い。というか報酬の額を聞いた瞬間に一花に縋り付いてたし・・・一番お金になるゴーレム狩りはしてないはずだが、ここ最近の魔石需要で大分稼いでるんじゃないのか、と聞いてみたら苦労をかけた両親の為に、家を建て替えてあげたいとの事だった。

一花に頼んで撮影の報酬を少し上乗せしてもらった。こういうのに弱いんだよ俺・・・

 

そして、昭夫君に渡したこの黒いボディアーマー、こいつはヤマギシ開発部渾身の力作だ。

キマイラの皮革を惜しげもなく使ってアーマーを作り、内部と関節部には協力してくれたメーカーから入手した難燃性の布地を使用。全身に魔鉄を主体にした合金で出来た極細金属糸でコーティング。この金属糸にアンチマジック・バリア・エアコントロール・ウエイトレスをエンチャントしているから、魔力を持った人が着れば非常に快適に動く事が出来る。

右腕のナックルガードとブーツの金具にはサンダーボルトを付与してあり、電磁パンチと電磁キックも再現した。

 

更にこの髑髏柄のメット。こいつはヤマギシチームが使用しているメットと根本的には同じ物なのだが、変身の魔法をエンチャントしてあり、魔力持ちが魔力を流すと髑髏のマークが浮かび上がるようになっている。

通常の変身と同じように使用者の視界を妨げない優れ物だ。

 

「これ。このツーショットが欲しかった・・・!あ、昭夫ライダーはもうちょいポーズこうね」

「あ、はい。昭夫ライダー?」

「オリジナルは滝ライダーだしね」

「あ、はぁ・・・昭夫ライダー・・・」

「うむ、いい構えだ昭夫ライダー。先輩として鼻が高いぞ!」

「全然嬉しくなかとよ」

 

そこは冷静に突っ込まないでくれよ。

一先ず撮影を終わりダンジョンから出る。ジャンさんに後で見せてもらった昭夫ライダーとライダーマンのツーショットは非常に良い出来だった。

こう、今にも「今日は俺とお前でダブルライダーだ」的なノリというかね。

取り敢えずこれも冒険者のコミュニティに流しといて・・・あ、初代様にも送っとこ。

 

 

 

太宰府ダンジョンの内部は奥多摩とそれほど違いは無いようだった。念の為に10層までを昭夫くんと潜って様子を見てみたが、おおまかな内部の構造は変化がないらしい。精々道順が違うくらいか。

今回の俺達の役割は昭夫君の負担軽減と人材育成、及び手が出せる範囲での支援だ。

 

「すげぇ、このボディアーマー、全然重く感じない」

「暑くもない。これ本当に着てるのか?違和感が無さ過ぎる」

「ふふふ。そうだろうそうだろう」

 

調子に乗ったように含み笑いを浮かべる一花。凄いのはお前じゃなくて開発チームだからな。因みにこの装備品もこの支援に含まれている。

まぁ、全部昭夫君に渡したボディアーマーとほぼ同じ物なんだが。流石に昭夫君に追随してダンジョンに潜ってるだけはあり、着ているだけで魔力を消費するこのボディアーマーを着ても特に違和感は感じないようだ。

 

これらの装備品に関してはモニターを兼任して貰う為、無償提供となる。ヤマギシチームの方でも使っているが、俺達完全な熟練の冒険者だけじゃなく、色々な段階の冒険者に使用してもらってデータを集めないといけない。何しろこれからは『マジックアイテムの開発はヤマギシ』と言われるようにブランド化を進めたいのだから、こういったデータは非常に貴重な物になる。

 

これから彼らは二種免許を取得するまで俺と一花の指導を受けて貰う。魔法や基本的に注意すべき事柄は一花が、ダンジョン内部での行動・・・二種免許持ちに求められる素人や新人へのカバーのやり方にダンジョン内部

での気配の探り方といった、熟練の冒険者になる為に必要な技能は俺が教えることになる。

 

教官免許の取得を目指すにしてもこれらの能力は必須技能だからな。

場合によっては今の昭夫くんみたいにチヤホヤされるかも・・・と一花が呟いたら目に見えてやる気になった数名を醒めた目で眺めながら、俺と一花の太宰府ブートキャンプはスタートした。




昭夫くん:実は割とノリ気。ただ、生来の恥ずかしがりな性格が表にでやすい。

お前と俺でダブルライダー:仮面ライダーSPIRITSマジSPIRITS。一郎と一花で牙狼と滝ライダーのどちらが良いか悩んだ結果採用。


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第八十八話 西伊豆問題

誤字修正、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


第八十八話 西伊豆問題

 

 

マスターイチカぱねぇ。

 

「フレイムインフェルノ!」

「ヒール!」

 

つい2、3日前までライトボールやファイアボール位をギリギリ覚えた、という魔法が苦手だという人物にたった3日で必要最低限の魔法を全て教え込みやがった。

勿論一花式ブートキャンプは封印した上で、だ。あれは本人に相当な覚悟が無ければ出来ないからな。

 

「相手が魔法をどういうイメージで使おうとしてるかをちゃんと把握しなきゃ駄目だよ。自分はこうだからこう教えた、だとイメージが掴めるまでに時間がかかっちゃう」

「む、難しかね・・・」

「大丈夫!要は相手と仲良くなって、何を考えてるのか分かろうってことだから!昭夫くんならヨユーだよ!」

 

自身の教育法を出来るだけ昭夫に伝えようと一花はここ数日、自分の教育の時は時間が合えば昭夫くんにも見てもらっているらしい。

現在教官免許持ちの専業冒険者は東京に固まっている。そんな中、唯一西日本で教官免許保持者がいる太宰府ダンジョンはある意味西日本の冒険者の受け皿になる事を期待されているし、俺達ヤマギシチームも昭夫くんとそのパーティーには期待している。

 

何せ彼らが一線級の冒険者になり、一線級の教官になってくれれば奥多摩に集中している育成の負担が軽減されるからだ。

今回見て感じる限り皆熱意もあるし、冒険者という職業についても真剣に考えてくれている。こんな人たちなら、支援し甲斐があるというもんだ。

 

 

 

まぁ、どこもそうなら良かったんだがなぁ。

西伊豆のダンジョンにヘルプに行っていた御神苗さんとデビッドから、悲鳴のようなヘルプ要請が入ってきた。

西伊豆ダンジョンはまるで人が育っておらず、毎日4回のアタックは無理。人員の追加を求むという物だ。

しかも、育ってないのは2種免許持ちどころか、1種冒険者も、という惨状。

 

西伊豆の佐伯さん達は、本当に自身の事しかしていなかったらしい。身内の人間を冒険者にしてやる、と言ってダンジョン内部に連れ込み、魔石を取ってそれを換金といった毎日を過ごしていたらしく、合宿の時よりも技能も動きも衰えていたそうだ。

 

その上、お寺の敷地内にあるダンジョンを檀家だから、という理由で私物化。現地の冒険者協会の人間の言う事には表面上従うそうだが、あれやこれやと理由をつけて協力を拒否する事も多いらしい。

しかも、今現在行っている臨時冒険者のダンジョンアタックについては、数回行ったあと日当が安すぎると文句をつけて、協会の要請も無視して魔石狩りを行っているらしい。

 

『彼らがここまで愚かだとは思わなかった』

 

同じチームの一員だった御神苗さんは、電話口でそう言って暫く黙り込んだ。

勿論こんな事が許される筈も無い。彼らは少なくとも一時期は日本代表の冒険者教官候補だったのだから。

現在、魔石需要がバブルのように跳ね上がっているせいで日本冒険者協会は完全にキャパシティを越えてしまっている為何の対応も取れていないが、この状況が終われば彼らは冒険者として活動する事は出来なくなるだろう。

 

 

 

「じゃ、お馬鹿さん達のお仕置きに行ってくるね!」

「おう、気を付けて。御神苗さんとデビッドによろしくな」

 

現地の人員が全く当てにできない以上、余裕のある所から補充を入れるしかない。

京都に応援に行っていた恭二と沙織ちゃんからは恭二が、福岡からは一花が応援要員として西伊豆に行く事になった。

現地冒険者に問題があるため本当は俺がいく方が良いんだが、育成の技術だと明らかに一花が群を抜いているからな。

向こうの教育をしっかりしないと他に影響が出かねない現状、最も適正のある一花が抜擢されたそうだ。

 

それと、奥多摩の方からは俺達の剣の師匠である安藤さんが応援に行ってくれるそうだ。

現地には安藤さんの流派の道場があるらしいから、そちらの門下生を1種冒険者にして人員の補充も行ってくれるらしい。

この人員不足の中、本当にありがたい。育成の際の助力と言い、本当に安藤さんには足を向けて眠れんな。

戻るときのお土産は奮発しないといけないな。昭夫君に何が良いか聞いてみるか。

 

空港まで一花を送った後、俺とジャンさんはそのまま少し回り道をして昭夫君を迎えに行く。

彼は元々バイク通勤をしているのだが、最近その姿をカメラで収めようとカメコの人たちが多くてバイクでの移動が困難になっているらしい。

原因は勿論先日取った動画・・・・・・も原因だが、一番の理由は昭夫君のうっかりである。

昭夫くん、普段の臨時冒険者のダンジョンアタックの際に、特別仕様のボディスーツとメットを使ってしまったのだ。

 

ヘルメットを被った瞬間に現れるドクロのマークにその時の女性陣は騒然。「あ、間違えたと!」と顔を赤らめながらメットを外す昭夫くんに更に騒然。

結果、つぶやきでメット姿の昭夫くんがネット上に流れ、しかもタイミング悪く初代様が「我が弟子が友の後継者に」とかなんとかつぶやいてダブルライダーの画像を呟いてたからあっと言う間に拡散される事態が起こった。

 

奥多摩から何人か見知った顔が大宰府に流れて来てたのには少し笑ってしまったが。行動力すげぇなおっさん達。

事ここに至ってはと予定を前倒しで昭夫君のアイドル化計画をジャンさんは進めているし、何だかんだ昭夫君も女性の扱いには慣れてきたのか、前ほどひどい上がり方はしないようになってきている。2種免許持ちがもう少し増えれば大宰府ダンジョンは一先ず安定するだろう。

 

そう思っていた数日後。西伊豆ダンジョンに応援に行った恭二から電話が入ってくる。

それは一花とデビッドが、現地の冒険者にダンジョン内で襲われたという連絡だった。




昭夫くん:間の悪さに関しては遠坂さん家並かも知れない

初代様:ある意味神掛かっている。出来れば一郎共々本当にライダーの後輩にならないかなぁと思っているが無理強いするつもりはない模様。


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第八十九話 暴走(弱)

BJ(偽)のノリがどうしても出てしまう・・・ちょっと安定しない文章で申し訳ない・・・

後、後書きにカスタムキャストを使って挿絵を入れてみました。初めての試みなので上手く言ってなかったら教えて下さい。

誤字修正、244様ありがとうございます!


横合いからすぱん、と顔を叩かれる。

痛い、というより驚いた。一瞬、意識が真っ白に飛びそうになっていたのが、急に視界が開けたように感じたからだ。

 

「・・・痛ぇな、昭夫くん」

「やかましか」

 

殴られたのに罵倒された。解せぬ。

 

「解せぬじゃなか。どうすっとよこの部屋」

「・・・うん?」

 

ふと昭夫君に固定されていた視線を周囲に向ける。

先ほどまで和風の居間だった宿舎の一室は、俺を中心に見るも無残にぼろぼろになっていた。

良く見ると昭夫君の衣服もかなりダメージを受けている。

 

「・・・ここはどこ?私はだれ」

「下手なボケはいらんとよ。何があった?あのウネウネは?この部屋片付けるのは?」

「あ、はいごめんなさい」

 

初めて見る昭夫君の激オコっぷりに俺は居住まいを正して正座した。

 

 

 

「すぐ西伊豆に行こう」

 

話し終えた後。昭夫君はダンジョンの職員さんに連絡を取り車を回してくれた。

昭夫君・・・ありがてぇ・・・

ありがたいが仕事は良いのかと言うと、慌てたように今日非番の人に連絡を取っていたのは昭夫君だなぁと思ってしまった。

いや、違う。こういった仕事は本来俺がやらなければいけないのだ。

携帯電話を取り出して真一さんに連絡を入れる。

 

『わかった。すぐそちらは何とかするよう手配する。叔父さん達も今出先から西伊豆に向かったそうだ。飛行機は手配しておく』

「すみません」

『気にするな。きっと大丈夫だ。俺もこちらが片付いたら現地に向かう。詳しい事が分かったら連絡を入れるから携帯は持っていてくれ・・・・・・向こうで会おう』

「はい」

 

そう言って、真一さんは電話を切った。ダンジョン内で冒険者が他の冒険者に襲われるといった事態に、冒険者協会側もかなり紛糾しているらしい。

俺と前後する形で現地の協会の職員から奥多摩にも連絡が入っていたらしい。

今回の事件はヤマギシの一員が被害者である以上、社長や真一さんは代表として奥多摩に待機して協会とやり取りをしているらしい。

職員からの連絡では詳しい事は判明せず、御神苗さんが現地の責任者として警察の事情聴取に付き合っているせいで中々続報も来ないらしいが、恭二がそろそろ現地入りするため、そちらからの情報を待っているところ、だそうだ。

 

昭夫君に詳細を伝えて、とりあえずの人員の目処は立ったことを伝えると、彼はほっとしたようにため息をついた。

というか昭夫君、完全についてくる気満々だけど別に付き合わなくても良いんだよ?と尋ねると、

 

『いや、新幹線の中でこれまたやらかしたらどうする気です?』

「面目次第もございません」

 

翻訳まで使われて本気の口調でボロボロになった部屋を指差された為、すぐに降参の白旗をあげた。

ここみんなで使う休憩室だもんね。うん、本当にごめん。

魔鉄でも握っていくか・・・したくないけどしゃあない。

右腕が使えなくなるが予防になるしな。

 

 

 

静岡の空港から電車に乗って更にバスに乗り換えて。

非常に長い旅路の末、俺と昭夫君はようやく西伊豆にたどり着いた。

そして、現地で俺と昭夫君を向かえたのは。

 

「あ、お兄ちゃん来たんだ」

「・・・来たんだじゃねぇぞ・・・・・・」

『やぁ、イチロー。すまない、心配をかけたみたいで』

「おう、やっぱ遠かったみたいだな」

「二人とも、お疲れ様。昭夫くん、お久しぶり~!」

 

ヤマギシの借り上げた社宅に取るものも取らずに駆けつけた俺と昭夫君を、のんびりと居間でお茶を飲みながら一花とデビッド、それに恭二と沙織ちゃんが出迎えてくれた。

安堵と脱力と、こみ上げてくる怒りを感じながら右腕にくくりつけた魔鉄を取る。

ハルクになっちまいそうな位に腹は立っているが、この場には恭二もいるし最悪こいつが殴って止めてくれるだろう。右腕無いと歩きにくいし。

 

「お父さんたちももうすぐ来るって。私もちょっと病院で女のお医者さんに検査されてたからさ!連絡遅れてごめんね!」

『僕も警察から解放されたの、ついさっきだからさ。翻訳が出来るのに英語が出来る人を連れてくるって聞かないんだよ!非効率的だよね!』

「わかった。頼む、怒りの矛先をくれ。何があったんだ?」

 

二人同時に頭を下げられたが、わざわざ5、6時間もかけて特急で急いで福岡から飛んできたのだ。

これで勘違いでした、だと流石に付き合ってくれた昭夫君に申し訳なさ過ぎる。

俺の問いに一花とデビッドは互いに顔を見合わせ、ついで恭二と沙織ちゃんに視線を向ける。

なんだ?と訝しむ俺に恭二はぽりぽりと頬をかきながら魔鉄を収納から取り出して俺の隣に立った。

非常に嫌な予感がするが・・・デビッド。お前も何故俺の隣に来る?暴れるから?暴れる内容なのか?

 

「うーんと。あのさ、本当に何も無かったから取り乱さないで聞いてよ?」

「・・・待て。恭二、それ、やっぱり魔鉄くくりつけてくれ」

「おk」

 

嫌な予感が天元突破した為右腕にテープを使って魔石をくくりつける。ハルクの怒りの増幅が発動したら誰も止められなくなっちまうかもしれんからな。

恭二ならレールガンを使ってでも止めて来るかも知れんが・・・・・・いやそれ下手したら俺死んでるか。

右側に恭二、左側にデビッド。空気を読んだのか背後に昭夫君が立ち・・・俺は囚人かなにかか。

話が出来る状態になったと判断したのか、一花は口を開いた。

 

「まず、佐伯さんって重度のロリコンみたいでダンジョン内でいきなりプロポーズされちゃったんだよね」

 

きゃっ、言っちゃった。とばかりに戯ける一花を見て、俺は言われた言葉をゆっくりと頭の中で咀嚼した。

 

「ほー。プロ・・・・・・・・・・・・・・・・・・佐えきぃいいい!!」

「お、落ち着け一郎!気持ちは分かる!気持ちは分かるぞ!」

「だったら離せぇ!プ、プ、プロポぉおあああ!」

『凄い力だ!ストレングスを使ってるのに!』

 

全力で家を飛び出そうとした俺を恭二とデビッド、更に昭夫君の3人が拘束する。

 

「あーあ・・・」

「予想通りだねぇ」

 

呆れたように呟く女子陣を尻目に俺達の格闘は恭二がネットで俺をがんじがらめにするまで続く事になった。

 




参考までに一花さんの画像作ってみました。


【挿絵表示】


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第九十話 「貴女と、合体したい!」「○ね♪」

すっごい低俗な内容になったので次回に飛ばしても大丈夫です。サブタイどおりの話なんで(汗)

誤字修正、244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


『教官殿!けけけ結婚を前提に、お付き合いしてください!』

『は?やだ!』

『うおおおお!な、ななな何故ですか!』

 

まずは最初にがつんと行こうと思い、佐伯ともう1人の合宿経験者の足立、そして何名かの取り巻きを連れて一花はダンジョンに潜ったらしい。

と言っても最近の彼らの評判を省みるに1人では流石に無用心なので、デビッドと協会職員で1級免許を持っている人間も連れた上でだ。

 

協会職員の人からも、最後のチャンスをと言われていたので実技の確認がてら彼らのダンジョンアタックを見ていた。

勿論、途中途中で指導を交えながら。思っていたよりも技量というか、判断力などが衰えていたのを感じた一花は、10層まで潜り終えた後にその点を告げた。

このままでは2種冒険者として免許を保持し続けるのは難しい、と。

で、帰ってきたのが上の言葉だった。

 

 

 

『ごめん、全然意味が分からない』

「わかんないよね。私も分からないし一緒に居たデビッドもそれどころか身内のはずの足立さんもわかんなかったって」

 

翻訳まで使った昭夫君のマジレスに一花は笑ってそう答えた。

俺?俺は今ネットに包まれて畳の上でごそごそしてるよ。

恭二の野郎、口まで塞ぎやがった。

 

「この後に何か感極まったのか『教官殿!わ、私は、貴女と合体したい!』『○ね♪』みたいなハートフルボッコストーリーがあったんだけど」

「もがもが」

「あはっ♪全然意味わかんない」

 

そりゃ口までネットで塞がれてっからな。

で、二人が襲われたという話はここからだそうだ。

 

『まぁ、あの。本当に実害はなかったんだけどさ。サエキ、急に一花に飛び掛ったんだよね』

「あんまりにも気持ち悪くて蹴り倒したんだけど、また立ち上がって笑顔で飛び掛ってきてさ!最後には皆で引き剥がそうとしたんだけどそうしたら暴れ始めて」

 

ストレングスまで使って拘束を振りほどき、一花に抱きついてきたらしい。

バリアがある以上、そこそこの打撃なんかはまるで意味を成さない。成人している自身と一花では体格差もあるし、多少ストレングスの効果が劣っていても力押しできると思ったのか。

その目論見は、一花の使ったアンチマジックの派生魔法で意味を成さなかったらしいが。

 

「前々から練習してたんだけど、まさかこんな事で使う事になるなんてね・・・」

 

アンチマジックは基本的に自身の周囲に張り巡らされる為効果範囲が薄い。

相手のストレングス等のバフ系魔法は攻撃魔法などのように弾いてくれず、接触できる位の距離で再度唱えないと解除できなかったりする。

また、口を塞がれると使えなくなってしまう。

エンチャントによって継続的にアンチマジックを行い続けるアイテムを作ったりと研究もしているが、一花はこれを右手や体の一部にエンチャントして、魔法消去能力を維持する事が出来ないかと考えていたらしい。

 

「幻想殺しが出来ないかなーと思ったんだけど無理だったね」

「もが」

「まあ、ストレングスさえ解除しちゃえばこっちのもんだよ。ついでにビンタと股間蹴りしといたから私はもう気が済んだかな」

『彼、金的を受けた後も脂汗を浮かべたまま笑顔でマスターに縋り付こうとしてたね』

 

沙織ちゃん以外のこの場にいる人間が少し前かがみになった。

この時の騒動が原因でダンジョン内で襲われた、という話になったらしい。デビッドも拘束を振り解かれた時に結構良いのを貰ったみたいだし、間違ってはいないだろう。

間違っては居ないんだろうが・・・・・・

 

「今、ヤマギシ本社とか東京とかがすげー騒ぎになってるんだけど」

「いや、当然じゃない?これ完全にダンジョン内での婦女暴行だよ?こっちがボコボコにしたけどね!」

『男として同情するダメージを受けてたけど、人間として、同じ冒険者としては心底軽蔑するよ。自分の欲望に負けて・・・』

 

恭二の言葉に被害者となった一花とデビッドはそう答えた。

入れ違いで俺達が来た為に、真一さんから俺達への連絡は間に合わない形になったが、警察からの事情聴取を終えたデビッドが本社のシャーロットさんにすでにあらましを報告してあるらしい。

そろそろ落ち着いたので拘束を解け、と床に頭をゴンゴンとたたきつける。気づいた恭二がアンチマジックを唱えて、俺はネットから開放される事になった。

肝心の佐伯はすでにお縄になっており、警察署で事情聴取を受けているところらしい。

 

真一さんは電話の内容を聞いた後に、切れて良いのかこんな奴を教育していたと嘆けば良いのかわからない、と微妙な連絡をよこしてきた。

ヤマギシ経由で事情を知らされた協会側も対応に苦慮しているらしい。特に彼を推薦していたとある上官は彼のキャンプでの成績も相まって非常に不味い立場になっているそうだ。知らんけど。

警察側もレベル10冒険者である佐伯を長期抑留する為に奥多摩の冒険者免許持ちの機動隊員を臨時で呼び寄せたりと多大な迷惑を被っており、冒険者協会は折角の好印象が続いていた所に大幅なブレーキをかけられることになった。

 

「所で、なんで佐伯さん、あんなとち狂ってたんだ?キャンプの時はただの不真面目な兄ちゃんだったよな」

「ああしてれば私の指導が一杯受けられるからだって」

『マスターは、成績の悪い生徒に教える事が多かったからね・・・』

 

何でも元々ロリコン気味な所があり、ネットなどで俺と一緒に出てくる一花に前々から目をつけていたらしい。

実際に会ったら粉をかけようかと考えていたそうだが、そこで思っていたのとは違う形で一花の厳しい指導を受け、それに憤懣を持つのではなく何故か開いてはいけない扉を開いてしまったらしい。

後ほど、事情聴取から開解された足立さんはそう言って一花とデビッドに頭を下げた。

 

佐伯は地元有数の名士の子供で、足立さんの家系は代々お世話になっているらしく幼少期からの付き合いがあったらしい。

前回のキャンプでも半ば佐伯さんの付き人位の感覚で参加していた為・・・真面目に教えていた俺達としては業腹ものだが、その点はその場で申し訳ない、家の関係上断る事もできなかったと謝られた・・・足立さん自体は落第にも特にショックを受けていなかったのだが、佐伯さんは違った。

戻ってきた後の佐伯さんは完全に頭のねじが外れてしまっていたらしく、狼藉の多さに家族の方でも庇い立てが出来なくなっていた所だったそうだ。

彼と佐伯家は警察の取調べにも非常に協力的らしい。

 

冒険者協会は佐伯の2種冒険者免許を剥奪する事を決定。足立さんは現地冒険者の代表として西伊豆ダンジョンでの冒険者育成及び臨時冒険者のダンジョンアタックを支援する事を約束したそうだ。

一先ず、今回の暴行事件についての現場での処理は終わった。だが、まあ問題はこれからだろう。先ほどの電話のやり取りを思い出し、これから来る日本冒険者協会への嵐に他人事のように大変だなぁと考えた。

ケイティ、マジギレだったなぁ・・・・・・ヤマギシには火の粉は飛ばさないって言ってたけど。

ま、あんまりストレス貯めて暴走しても困るし。今日の教育頑張るか。




佐伯さん:気持ち悪い人を書こうと思ったら予想より気持ち悪くてぱちぱちもちょっとびっくりしている人。重度のロリコンにM属性まで付属してある。

足立さん:全然興味が無い分野に無理やりいかされて落第してようやく元の生活に戻れると思ったら雇い主側の跡取りが精神的におかしくなってしまい踏んだり蹴ったりな人。


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第九十一話 さらば福岡

誤字修正、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


『喜べ一郎!前に教育したマニーたちを覚えているか?あの5人組の米兵』

「ああ、懐かしいな。どうした、連絡でも来たのか?」

『来年3月一杯で除隊して、うちに来てくれることになった!』

「マジで!?」

 

福岡に戻って数週間。毎日ダンジョンに潜る日々を過ごしていた俺に、久方ぶりの朗報が恭二からもたらされた。

マニー達は以前米軍がヤマギシに救助を申し出た件で助けた兵士で、一昨年行っていた自衛隊・米軍共同の教官育成に参加した軍曹達だ。

別れ際に恭二といつかヤマギシで雇うと約束をしていたらしいが、まさか本当に来てくれるとは思わなかった。

 

何でも彼らはダンジョンに関わる人員の教育に功ありとして新しく創設されたダンジョン出征勲章やパープルハート勲章、シルバースター勲章など、いくつも勲章を獲得し、胸に沢山のバッジをつけて名誉除隊証を受け取る事ができるそうだ。

日本語はまだ未修得だそうだが、全員翻訳魔法を覚えているしこちらでの生活も問題ないだろうし、何よりも彼らは現在でレベル20。ゴーレムの相手も難なくこなせる逸材たちだ。

 

それに教官としての経歴も長いため、2種免許冒険者の育成も任せる事ができる。これ以上ないほどに嬉しい朗報だった。

この事を聞いたケイティがヤマギシのアメリカ支部を作ってそちらで面倒をみてはどうかと提案してきたそうだが、本部の人員不足が深刻な状況なのでそれはできないと断られて非常に残念がっていたらしい。

 

そう。人員不足なのだ。

そろそろ年末になるというのにまるで衰えない女性の波。一応年末年始期間は行わないと事前告知をしてあるが、そんな事はしったこっちゃないとばかりに臨時冒険者達は毎日毎日ダンジョンに詰め掛けている。

また、臨時冒険者の中にはその後1種免許を取得し本当に冒険者になった人も多数居るため、教育に専念しているヤマギシチームのメンバーは殆ど休みなしで教導教導また教導といった毎日を過ごしていた。

 

まぁ、11月を超えて12月前には2種持ちの冒険者もかなり増えた為、臨時冒険者は2種免許保持者に任せて教官免許持ちは2種免許保持者を増やす事に専念できた。国内に位置する全てのダンジョンにある程度2種免許もちを所属させる事ができた為、ヤマギシチームもそれぞれが年末には奥多摩に戻る事ができるだろう。

教官免許保持者も増やしたいのだが、あれこそしっかりとした環境で教育しないといけないからな。

 

暴行事件のせいで来年の日本枠は削られそうなんだけどな。

ケイティマジ怖いわ。世界冒険者協会名義で日本冒険者協会に送られた文章はもう、筆舌に尽くし難いほどの怒りで満ち溢れていたらしい。

曰く、世界中で冒険者が受け入れられそうなこのタイミングでこの不祥事、どう始末をつけるのか。そもそもどういった選考基準で候補者を選んでいるのか開示の要求。開示できないのなら次回以降の教官教育は全て世界冒険者協会が主導で行う。ヤマギシ側との折衝も全てコチラが行う。

 

完全に日本冒険者協会が信用できないといった内容で、協会側もこの言い草にはかなり頭に来たようなのだが、次に世界冒険者協会側がとった行動で一気に顔を赤から青に染める事になった。

なんと米国大統領から日本の総理大臣にこの件に関しての質問が飛んだそうなのだ。しかも公の場で。

それだけ米国側がダンジョンという新しいフロンティアになりえる存在を重視しているという事らしいのだが(ケイティからの又聞き)この事態に日本冒険者協会は事件発生時の比ではない位の大騒ぎになったらしい。

 

ヤマギシ?勿論蚊帳の外で日々臨時冒険者の相手をしてましたよ。教官候補の選定は完全に日本協会に任せてあり、俺たちは彼らの選定結果を信じて冒険者を教育した。

不純な動機で参加した人物や元々参加したいと思って居なかった人物を1月も教育させられるなんて思っても居なかった。

だから、真一さんを筆頭に全員がこの件で日本冒険者協会の肩を持つ気はないのだ。

 

・・・不愉快な話題を考えるのはやめよう。

ケイティと言えば、彼女が奥多摩で訓練していた40人の医師から、4人の人材がうちをベースに活動してくれる事が決まった。

本人たちの強い希望はもちろんの事、ウチでの育成の効果が冒険者協会に認められての措置だった。

日本の川口医師を筆頭に、イギリス人、フランス人、ロシア人の例の「落ちこぼれ」組が来てくれる事になっていて、その内の1人は九州の要である大宰府ダンジョンに配属される事になるそうだ。

彼と入れ替わる形で俺は大宰府を去る。

数ヶ月も家を離れるのはこれが初めてだったから、色々と思い出もできた。

後博多のご飯がとても美味しくて離れるのが辛い・・・・・・

 

「うちの家族も寂しがるとよ・・・・・・」

「何、飛行機で来れば2時間位で会えるさ。なんせ国内だからな」

 

最近ではすっかり福岡のアイドル扱いが定着した昭夫君が残念だ、とばかりにそう言ってくれた。

彼のご家族には何度かご馳走になっている。弟4名、妹2名という両親も合わせれば野球が出来そうな大家族だった。

弟達に変身を教えたのは良い思い出だ。彼らも将来冒険者になると言ってくれていたし、いつか昭夫君が育てた彼らを奥多摩で教育する事もあるかもしれない。

また、彼の動画はあれ以降も何度か撮っているが、どれも好調な伸びを見せている。特に仕事か何かで初代様が福岡に来た時撮ったダブルライダーは、凄まじい反響だった。

他の大宰府ダンジョン所属の2種冒険者と、変身を使って怪人役をした甲斐があったというものだ。

思い出を振り返りつつ、俺は送迎のために用意された車に乗る。

窓の向こうで手を振る昭夫君に手を振り返し、俺は大宰府ダンジョンを後にした。




福岡のご飯:福岡のご飯は本当に美味しい。福岡に居た頃に2年で10kg太りました。


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第九十二話 ブラス家との再会

誤字修正。あまにた様、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


「今年も、バカンス、オーケー?」

 

満面の笑みで誘ってくるケイティ。この誘いに乗って今年もヤマギシ上層部はクリスマスから年明けまでの長期休暇をヴァージン諸島で過ごす事になった。

何せ日本は色々うるさくて碌に休めないからな。

 

「お腹の子に影響しそうだから、私達は留守番するわ」

「皆楽しんできてね」

「山岸さん、こちらは心配しないでのんびりしてきて下さい」

 

妊娠中の母さん達を気遣って、父さんと下原の小父さんは奥多摩に残るそうなので、安心して留守を任せることが出来る。俺達はブラス家の保有するプライベートジェットに乗ってヴァージン諸島へと旅立った。

 

 

『やぁ、ヤマギシさん。今年も歓迎します』

『今年もお世話になります』

 

社長とブラス老が握手を交わす。テキサスの眉毛一家は、今年は全員揃ってバカンスに来ていた。

暫くみない内にブラス老から老の文字が抜けそうになってるのを見るに、大分ダンジョンに潜っているみたいだな。昨年は明らかに60を超えてる見た目だったのに、40代だと言われても通じそうな外見だ。

ジュニア氏が大きく変わってないせいで、年の離れた兄弟にしか見えない。 

 

社長と握手を交わしたあと、ブラス老は俺達一人一人に握手を交わし、礼を述べた。

 

『今年は凄い年になりましたな』

 

ひとまず荷物を起き、過ごしやすい服装に着替えてブラス家の面々と合流。

夕食まで少し間があるから、とお茶を頂いていた俺達に

、ブラス老がそう切り出した。

 

『我々のダンジョンにも、民間各所からダンジョンにチャレンジしたいという申し出があります。しかし、現状この広大なアメリカに2種免許以上の冒険者は僅かに数十名。大変に苦慮しているところです』

『我々も同じ状況です。事前に通達して年末年始はダンジョンアタックを行わないとしていたお陰で我々もここに来られましたが、戻ったらまた2種免許保持者の教育を行わなければならないでしょう。せめて一日に一つのダンジョンで数百名は利用出来なけれ何時まで経ってもこの状況は終わりません』

『我々も同じ認識を持っています。日本の冒険者協会は残念でしたが、現場の最前線に居るヤマギシが同じ認識を持ってくれて居て安心です』

 

サラリと毒を吐かれるが、まぁ俺達も佐伯事件の事後のグダグダには思う所あるから黙って頷いた。

ブラスコとしては、この未曾有の大チャンスを振出しに戻しかねない佐伯事件を非常に重要視しているそうだ。

 

これまでも行われていたダンジョン探索前の身体チェックや持ち込み物の規制を更に本格的に行い、またダンジョン内部に入る際の人数の制限、緊急時等を除きダンジョン内では最低3人以上のパーティーを組んだり、ヘルメットには必ずアクティブビデオカメラを付けたヘルメットを使用。

 

内部に入る際に受付からカメラのSDカードを受取り、外に出る際は必ず提出し、ダンジョン内部での探索内容もレポートとして提出する等、内部で好き勝手出来ないように法整備を行うそうだ。

 

ブラス老の視点で見ると、日本でもこれらはある程度行われているのだが、これまでは人員不足もあり徹底しておらず、違反した場合の罰則等も到底満足の行く出来とは言えないのだそうだ。

 

『そして何より・・・』

 

ブラス老は間を置いて空になったコップを持ち、右手でリンゴを持った。

それ程力が入っていないような表情でブラス老が右手で握り締めると、リンゴがメキメキと音を立てて潰れて果汁がコップに注がれる。

 

『70過ぎの老人がこれ程までの力を手に入れるのだ。恐らく普通の牢獄では現役の冒険者を束縛出来ない。違うかね?』

『いえ、仰る通りです。そして、それに近い事を出来る人間が現在急速に増えている』

『被害に遭いやすい女性から進んでいるのは幸いと言うべきか。しかし女性にも勿論犯罪を犯す者はいる』

『ストレングスを使える者と使えない者では、力比べはまず使える者が勝ちます。そして、バリアはそこそこの銃火器も無効に出来る。勿論、限界はありますがね』

 

真一さんの言葉にブラス老は頷いた。

現在、彼の元にはダンジョン関係の様々な陳情が届いているらしい。

恐らくジャクソンも同じ状況だろうとブラス老は語った。

 

『警察関係の人間は恐れている。自分たちは重武装なのに対し犯罪者は身一つ、それでも拘束すらできないという悪夢のような状況をね。これまでも心配の声は上がっていた。だが、現実として冒険者の中から犯罪者が出た以上、もはや猶予はないと』

『成る程。お話は分かりました。日本でも奥多摩では機動隊員の訓練を行っています。それを更に拡大して、と言う事ですね』

 

ブラス老の言葉に真一さんはそう答えて、社長を見る。

社長はちらりと恭二を見て、深く頷いた。

 

『今の状況で、動けるのは奥多摩だけでしょうな・・・人員が丁度戻ってきてタイミングも良い。ただ、受け入れの準備の為に時間がかかりますし、予定されていた医療関係者の教育が割りを食う形になりますが』

『それはご心配なさらず。前回の参加者が数名協力を申し出てくれていますので、規模を縮小して行う予定です』

 

社長の言葉にケイティがそう答える。

リザレクションキャンプの卒業生は全員が2種免許持ちと同等の実力を備えている。勿論佐伯さんや足立さんのように多少鈍ってる可能性はあるが、10層までなら問題なく対応できるはずだ。

最終的にリザレクションを覚える所はケイティと念のためにあと1人レジストが使える人間が居れば対応できるしな。

 

『後は、世界中がこの事・・・明らかな冒険者とそれ以外との力の差に気づく前に一つ手を打つべきだろう・・・幸いな事に、この場には世界有数の発言力を持った人物が居る事だしな』

『・・・・・・あ、そういう手使うんだ!おじいちゃん凄い!』

 

ブラス老がそう言って俺を見ると、一花も何かに気づいたように声を上げて俺を見る。

釣られるようにこちらを見る周囲からの視線に晒されて、俺はそっと自分を指差して小首をかしげた。

また何かやらされるのか・・・・・・俺最近めっちゃショックなことあってようやく立ち直・・・・・・いや。一番ショックなのはそりゃ一花だけどさ。

あ、はい。頑張ります・・・・・・ぐすん。



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第九十三話 動画にメッセージを込めて

誤字修正、ハクオロ様、、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


『とても残念な。残念なお話があります』

 

画面の中。素顔の俺はそう言って目を伏せ、静かに語りだした。

 

現在、自身が所属しているヤマギシチームは後進の教育を行っている事。

昨年、冒険者の教官になる為に奥多摩を訪れた各国の冒険者達を教育した事。

その内の数人が脱落し、彼等の内一人が精神に異常をきたしダンジョン内部で女性に襲い掛かった事。

その女性が・・・自身の妹だという事。

 

画面の中の俺は再び目を瞑り、少し間をあけたあと、カメラに向かって語りかけた。

 

『幸いな事にその場には他の冒険者が居ました。また、妹は僕に匹敵する冒険者です。不意の行動にも対応が出来ました。けれど、仲間だと思っていた冒険者から襲われたそのショックは大きい。とても、とても大きなものです』

『お兄ちゃん・・・』

 

画面外から現れた一花を優しく抱きしめ、俺はカメラを見る。

 

『冒険者の力は両手をハンマーのように強くし、体を羽根の様に軽く動かしてくれます。ですが、その力に溺れないで下さい。その力の使い方を誤れば貴方も隣人も不幸になるでしょう・・・貴方の心の中のヒーローを見失わないで下さい』

 

そう言って、俺は頭を下げる。少しづつ画面が暗くなり、画面が消えていく・・・

 

 

 

「お兄ちゃん、意外と演技上手くなったね!」

「もうちょい余韻に浸ろうぜ?」

 

画面が消えてすぐのやり取りである。

若干クサい台詞が多かったって?これ位が外国だと受け入れやすいらしい。脚本は外注してあるので、最後の一言以外は俺の言葉じゃないんだよな。

もうお察しだろうが、今のやり取りは撮影した動画の中の出来事だ。

 

ブラス老からの一言をヒントに、一花はまず一番影響力のある俺の動画の利用を考えた。少なくとも数千万人が一日で観る事になるからだ。

タイトルも通常と違い深刻な内容で有る事を匂わし、マスクも付けず素顔の俺の言葉として話をした。

勿論字幕は各国の物を用意してある。

俺としてもロックマンの時は晒してるし素顔は知れ渡っているので構わない。

 

一つ問題があるとすれば、一花を被害者としてクローズアップする事で余計な騒動が起きないかという点だが、ここは飲み込むべきリスクらしい。

この動画を撮った目的は、最低でも一花(ヤマギシ)は被害者で、冒険者としての力を悪用した結果こうなるリスクがある。という事を知らしめる為の動画だ。

この動画が消えた画面にはとあるリンクアドレスが白文字で書かれており、コメント欄にもこのリンクアドレスが載せられている。

 

ポチリ、とリンクアドレスをクリックすると、少し後に世界冒険者協会の総合HPに繋がった。

このページでは事件の詳細な内容を実名だけ避けて載せられており、S(佐伯の事)が一花に襲い掛かって反撃を受け、拘束された事が載せられている。

また、ダンジョン内部では持込み物にも制限があり、また常に複数での行動が義務付けられて居るため、上記のような事が起こっても取り押さえる事は可能であるとも。

しかし、ダンジョン外部ではそうではない。

魔法を使える者と使えない者では明らかな戦力差が出てしまう。

この為、世界冒険者協会は支部のある国家から要請があれば警官等の治安維持組織の職員を訓練し、治安維持活動に貢献していく予定である、と。

 

この動画と世界冒険者協会からの発表は、その日の夕方には世界中を駆け巡る事になる。

直ぐ様特集が組まれ、事件の有った西伊豆と日本冒険者協会には取材陣が詰め掛けているらしい。

勿論ヤマギシにも取材陣は殺到したそうだが、父さんと下原の小父さんのコンビが上手く捌いてくれているそうだ。

 

後、何故か女性の人権団体がヤマギシを口撃してるらしいが、意味が分からな過ぎてマスコミもまるで取り上げてないらしい。一応ヤマギシのHPにはこういう意見があった旨を載せてあるらしいが・・・・・・

 

「あ、これ。この代表名、佐伯さんを推薦してた協会の幹部と一緒だ」

「・・・・・・ああ!」

 

騒動の後に急速に発言力を失い、近々協会の席が無くなりそうな人だ。そう言えばケイティが名指しで文句言ってた時に聞いた名前だな。

女性の権利団体が何故、と思ったらそう言う訳か。

 

「要約すると兎に角いちゃもんつけて魔石を寄越せって言いたいらしいけど、これ公表するとか母さん鬼だね」

「お前が襲われた件で襲われた側に文句つける奴に母さんが遠慮するわけないだろ」

 

文章を見るだけで苛ついていた俺がそう言うと、少し考えた後に一花はポン、と手を叩いた。

 

「・・・・・・だよね。何か謎理論過ぎてちょっと混乱してた。女子高生の人権は守ってくれない団体なのかな?」

「何の権利団体なのかな?」

 

二人して首を傾げるも答えは出ない。

その他にも隣国の冒険者協会を名乗る組織から冒険者教育の受け入れ要請、日本には冒険者を教育する力はない為ヤマギシは他国に移るべき、中にはストレートに国際裁判を起こされたくなければ自国の冒険者を教育しろといった脅し文句まで。

この事件を機会と捉えたのか数多くの怪文書がヤマギシ宛に送られており、しかも幾つかは正式な文書であるのが笑えない。

 

しょうがないのでちゃんと法務部にも広報部にも更にケイティ経由で世界冒険者協会にも許可をとり、前回放送の反響という名目で動画を撮り、全て公表した所阿鼻叫喚が起きたのは言うまでもない。

これで暫く大人しくなってくれれば良いんだがな。



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第九十四話 他国の反応

誤字修正、244様、アンヘル☆様ありがとうございました!


「なんか隣の国から謝罪と賠償の請求がヤマギシ宛に来てるんだけど」

「へー。意外と暇なんだね」

 

ネットニュースで隣国の国会にデモが詰め掛けていると書かれてたのだが、大袈裟な情報だったのかもしれない。

先日公開した動画によって巻き起こった一連の事態に対し、ヤマギシはあくまで被害者であり、動画の中で公表された各方面からの要求には従うつもりはないと公式に発表している。

そもそも、ただこういう風な要求を何故か付き合いのない所からされました。という事を発表しただけなので謝罪も賠償も必要な事だとは思わないんだがな。

 

「お兄ちゃんの目線って、偶にどこ向いてるか分からないよね」

「・・・そうか?」

「うん。頭と目のどっちが問題なんだろ。たまにすっごい良い意見出るのに、アクリル製の目ん玉してるとしか思えない時がある」

 

少し声を落とした一花の言葉に首を傾げる。

一花の件での茶々入れはともかく、それ以降の向こうの動きなんてどうでも良いと思ってるから、余り詳しく調べてないのだが。何か間違ってたのかもしれない。

 

「まぁ、日本だとあんまり実感無いかもしれないけどさ。国外だとお兄ちゃんってまんま現実に出て来たヒーローなのよね。実態はともかく」

「実態?」

「実態」

 

思わず問い返すも、真剣な表情で頷かれた為目を逸らす。実際はまぁ、こんな感じでのんびりしてるしな。別に日夜世界の為に戦ってる訳でもないし。

 

「で、今のシチュエーションってさ。他所の国の政治団体がヤマギシに対して無茶振りしてるってのは分かるよね?何故か一部国内からも来てるけど」

「ああ。それはまあ」

「そんなんをお兄ちゃんが動画で晒したら、普通お兄ちゃんのファンの方々は激オコだよ?ヒーローを邪魔する国家権力とかまんま映画の悪役じゃん。いろんな所で抗議デモが企画されてるみたいだし?」

 

一杯居るっていう俺のファンは何を俺に求めてるんだろうか。

国内だとせいぜい「ダンジョン探索頑張って!」とか声をかけられるか、写真を撮られるとかなんだが。

 

「日本人の好きなヒーロー像って悲劇のヒーローが多いから、お兄ちゃんはあんまり当てはまらないんじゃないかな。アメリカとかだと単純に『色々変身できてすごい!』って見てくれてる人も多いみたいだよ?」

「恭二で良いんじゃね?あいつ死にかけた所から復活してるし悲劇的だろ」

「それも違うんだよなぁ」

 

他愛もない話を交わしていると、会議室にどんどん人が入ってきた。

今日は月に一度、集まれる人間だけで行う定例会議の日だ。10分もしない内に会議室の殆どの席が埋まり、最後に社長が入ってくる。

 

「あー、皆お疲れさん。最近騒がしいと思うが、職務に支障がでていないようで安心している。さて、今回の議題だが、少しデカい仕事がある。意見を聞きたい」

 

最近の電話攻勢に聊か疲れ気味の社長はこほん、と咳払いを一つする。

その仕草に頷いて、シャーロットさんが立ち上がった。

 

「現在、日本国内の2種冒険者の数は大宰府で23名、西伊豆で7名。黒尾と忍野が5名。奥多摩では50名を超えています。最も奥多摩の場合は刀匠の皆様や社長他のヤマギシ社員を含めた数字ですが・・・・・・現状、他の各ダンジョンに奥多摩・大宰府の余剰の冒険者を回しており、一日に4回のダンジョンアタックを毎日行えています」

「結構増えたんだね~」

 

シャーロットさんの言葉に沙織ちゃんがぱちぱちと手をたたきながらそう言った。

確かに大分増えた。教官免許の時のように相手に教えるという技術を叩き込まないですんだから、一度に纏めて教習できるのも原因だろうな。

彼らは専業冒険者として毎日ダンジョンに潜り、臨時冒険者という名前のお姉さま方の介護を行いながら魔法やダンジョンについて習熟していく。

一度のダンジョンアタックにつき危険手当が冒険者協会からも出ており(協会は臨時冒険者から講習費を徴収している)、また自身がダンジョンで手に入れた魔石については売却も可能だ。

 

因みに現在、魔石の価格は魔力量で決まり、魔力1のゴブリンの魔石で5千円。これも一時期に比べればかなり安くなっているが、ゴブリンを2匹倒せば1万円になるのだ。

この魔石の価格は魔力量が上がれば上がるほど値段も跳ね上がり、魔力が1000を超えるゴーレムのものだと1千万を超える。

このレベルのものだと大規模魔力発電用のペレットを複数回補充できる魔力量になるうえ、人間が一度吸収してしまえば一発で保有魔力が1000近くまで跳ね上がるのだ。

魔力発電の研究用に値段を抑えて流しているが、流してすぐ売り切れという状況は改善されていない。

 

これらが何を意味するかと言うと、冒険者という職業はそこそこの腕があるだけでも非常に儲かるのだ。

そして、彼らには最低限生き残れるレベルの基礎技術は叩き込んである。

このまま時が過ぎれば、彼らも立派な教官候補生になり、そして教官になり、彼らが教えた冒険者達がダンジョンに潜っていくようになるだろう。

 

「それと臨時冒険者の中から、正式な冒険者として登録したいと言う声もかなり上がっています」

「ダンジョンに潜るだけで魔力も溜まるしね」

「ええ。それに気づいた目端の利く人は兼業という形ですが冒険者協会に登録をしてくれているようです。まぁ、それが理由で、ちょっと大きな事になってしまったんですが」

「うん?もしかして次の仕事って、その人たちの教育って事?」

 

口を濁したシャーロットさんに一花が尋ねる。そのレベルの事なら俺達じゃなくてそのダンジョンの2種冒険者が教えるべき事柄になるんだが・・・

シャーロットさんの言葉を引き継ぐように真一さんが口を開いた。

 

「いや。ダンジョンに入る女性の比率が高くなったことが問題なんだ。恭二、一郎。すまんが、この間の警官の教育。すぐに始めなければ不味い」

「・・・あ。ああ、あれか」

「そういえば世界冒険者協会が募集してましたね。何時からやるんですか?」

 

一花の事件をきっかけにダンジョン内での犯罪をどう対処するのか。また、冒険者が暴れたときはどうすれば良いのか。

それらの疑問に答えるため、世界冒険者協会は各国の警察等の治安維持組織に声をかけていた。

その事は事前に知っていた為、何時からやるのかと俺が問いかけると、真一さんは渋い顔で「来週」と答えた。

 

ぱちくりと数回瞬きをして、俺達は真一さんを見る。

その苦みばしった顔に、どうやら冗談じゃないと気づいて俺と恭二は互いの顔を見合わせた。

え、マジで来週各国から人来るの?無理じゃね?

 



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第九十五話 デモの影響

誤字修正、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


「・・・・・・いやいやいやいや来週ってそんな」

 

いきなり来週から大規模なキャンプが始まる、と宣言された会議室はざわめきに満たされていた。

医師のブートキャンプが始まる前は暇が出来るから、ダンジョン攻略を進めたり新しいマジックアイテムの開発に充てたいと真一さん自身が言っていたのだ。このいきなりの方針転換に混乱が起こるのは必然だろう。

 

「すまん、これについては本当に先ほど連絡が来たんだ。現在、下原さんが近隣の宿泊施設に連絡を入れて急ピッチで受け入れ態勢を整えている」

「ゴメンなさい。他の国、本当に焦っテマス。人員が決マッて、すぐにと言わレマシタ」

 

申し訳なさそうなケイティの顔に、相当せっつかれているのだと理解する。

 

「・・・・・・で、それを受け入れた理由があるんだろ?」

「・・・う、む。正直、本人達は善意の行動だから文句も言えないんだ」

 

そのやり取りを黙って見ていた恭二は、そう言って真一さんを見る。まぁ、普通は断るよな、こんな急な話。明らかに何かがあったのだ。

眉を顰める俺達に、ケイティは場所を移動し、会議室に備え付けられたPCをつけてプロジェクターで画面を出す。

 

「これハ、各国の抗議デモの主催者の一覧デス」

「抗議デモ?」

「ほら、一花ちゃんの件で変な文書が来ただろ。あれを公開したんだが、その件が結構大きくなってな」

「恭二、こっちを見るな。ちゃんと皆に確認して動画にした。お前にも相談したろうが」

 

物凄い目でこちらを睨む恭二にそう反論すると目を逸らされた。生返事っぽいからあんまり理解してなかったんだろうな。俺もここまでの話になるとは思わなかったけど。

 

「・・・・・・なんか見知った名前が並んでるんだけど」

「見知った・・・・・・オリバーとファビアンの名前が見えるんですが」

 

俺と恭二が遊んでいる間に文書を読み進めていた一花と御神苗さんが、少し声を震わせてそう言った。

ケイティが見やすいように画面を操作すると、イギリスのデモの代表はオリバーさん、フランスではファビアンさんが代表をしているらしい。

どちらもその国の冒険者のリーダー的な存在だ。

 

「彼らは勿論、非常に適切で平和なデモを行ってくれた。貶められた彼らの恩師の名誉を回復する為に、というお題目で。各国のマスコミは挙って彼らのデモを称賛している。冒険者協会としては、この辺りは全く問題ない」

「問題あるノハ、彼ラがデモを行ッタという事に反応した各国ノ治安維持組織デス。平和的なデモは問題ナイ。けど、コレが暴動に発展シタら?トップレベル冒険者一人の戦力はMBT並とされてマス。しかモ人間サイズの。軍が出ナイト彼らヲ止められナイ。その事を彼らハ、とても不安に思ッてマス」

 

一花の事を、彼らは本当に慕ってたんだなぁ・・・たまに御神苗さんとかが怯えた目で見てる時があるから、とんだスパルタ教師だと思ってたんだが。

あと、よく意味が分からなかったのでMBTって何か一花に訪ねたら、戦車の事らしい。

ほー。俺達、戦車と同レベルって見られてるのか。流石に戦車砲はバリアじゃ防げないと思うんだがな。

 

「あー・・・ええっと。つまり、捕まえるのが怖いから対抗手段を早くくれって言われてるんだよな?」

「その通りだ。実際佐伯の件もあったし近々やらなければいけない事が前倒しになった形だな。医者のブートキャンプを後に回して2、3月に始める予定だったんだが」

「自分の国の冒険者位信じ・・・られないか。最初にやらかしたのは日本人だけど、そこは良いのか?」

「そこは・・・・・・一郎の名声による所が大きい。あと、何だかんだ世界冒険者協会の女性支持はかなりのモノだぞ」

 

そんな名声本当にいらない。

だが、周囲はその言葉で納得したようで意見はそれ以降出なかった。それで納得されるのも割とこう、もにょるんだよな。動画撮ってコスプレしてるだけなのに。

自分の話をされてる筈なんだが、全然別の人間について語っているように感じるというか。うーむ。

 

「まぁ、事の発端はともかく、元々やる予定の物を前倒しにするだけだからな。それに警察とは出来るだけ良好な関係で居たいしな」

「お上に逆らったらおまんま食い上げちゃうからね」

 

社長の言葉に一花が戯けて答えると、騒然としていた会議室に和やかさが戻ってくる。

 

「さて、悪い話ばかりじゃない。前々から協議されていた川向こうの小学校だが、買い上げることが出来た」

「あ、町議会がめちゃめちゃ吹っ掛けてた所だ。どうなったの?」

「東京都と政府を動かした。代わりの代替地は中学校隣を整地して建て替える予定だ」

「親方日の丸万歳!」

「小学校の跡地には大規模な病院を建てる予定だ。こっちは川口医師と話して決めた。前々から、魔法を医療に役立てる場が欲しいとは声も上がっていたし・・・・・・あと、去年の黒字が大き過ぎて不味い」

 

ボソリと本音が聞こえてきた。冒険者教育もそうだが、臨時冒険者の受講料も何割かはそのダンジョンの持ち主に入ってくる上、迷宮のドロップ品や魔石は現在奥多摩から出ているものが殆どだからな。

しかも、昨年は魔力発電やらマジックアイテムの開発やらが上手く行き、かなりの売上が出たらしいし・・・そりゃ儲かってるだろうな。

儲かり過ぎて不味いってのも変な話だが。

 

「病院の建設費や小学校の移設費用はウチが出した。これも広義の意味で設備投資だしな。あと、ブラス嬢からの要望があった魔法医師の研修先にもしようと思っているから、この病院のスタッフは全て冒険者免許持ちになる予定だ。医師のブートキャンプの際に彼らも合流して教育する事になる」

「奥多摩だけで足りるのか?」

「足りんな。だから、西伊豆と忍野も使う」

 

足立さんの居る西伊豆はともかく、忍野?自衛隊が管理してる忍野が何故ここで候補に上がるんだ?

俺達の疑問の視線を受けて、社長は真一さんに目配せをする。

その視線に頷いて、真一さんは席を立ち、ケイティと入れ替わって会議室のパソコンを操作する。

画面が切り替わり、パワーポイントが開かれる。

そこには大きな文字でこう書かれていた。

 

【忍野ダンジョン購入計画】と。

 



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第九十六話 サビ落とし

誤字修正:ハクオロ様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


さて、久々の深層攻略だ。

うん?いきなり過ぎるって?そりゃ来週には大量に各国から人が来るからな。巻ける所は巻いていかなきゃ。

 

久方ぶりの深層攻略という事で、今回は冒険者部門全員が参加し、更に部外の冒険者としてケイティと、半ばからはウィルも警官隊教育の為に日本に来るそうなんで、そこからは総勢10名でのダンジョン攻略になる。

 

まあ、ウィルが来るまではまだ間があるんで、先に20層から30層までをリハビリがてらに攻略だな。ケイティや御神苗さん、それにデビッドは30層までのチャレンジになるが、彼らの普段の戦いぶりを見るに、ワーウルフやらの速度に慣れさえすれば危険はないはずだ。

 

 

「速いってのがこれだけ面倒だとはね」

『しかも魔法が効きにくい!』

 

前衛の御神苗さんとデビッドが同時にフレイムインフェルノを放つと、悲鳴を上げてキマイラが煙になった。

これで30層まではクリア。サポートは万全とはいえ、一回のアタックできっちり攻略できる辺りやはり優秀だ。

まぁ、所々でケイティと一花のバフや魔法で相手の妨害をしてるのも大きいんだがな。

 

今回のアタックでは俺、真一さん、沙織ちゃんとシャーロットさんを予備戦力として一つ前のフロアに貼り付け、御神苗さんをリーダーに恭二、一花、ケイティ、デビッドの5名で30層までの攻略を行ってもらっている。これは基本新しいメンバーの実力確認と連携の確認を行うための物だ。

 

このメンバーに恭二と一花が入っているのは、ダンジョン内の事なら恭二が大概何とかしてくれるという信頼と、そこに一花の補佐が入れば万に一つの事故もない、という理由だ。この二人は中衛の様なポジションでチームの補佐を行い、基本は御神苗さんの指示に従って行動している。

たまに一花が御神苗さんの指示にニヤリと笑うたびに御神苗さんの顔は青くなってるがな。怖がられ過ぎだろ一花。

 

「うんうん。成長が見て取れて何よりだね!これなら背中を預けられるよ!」

『「ありがとうございます!」』

 

御神苗さんとデビッドが、腰を90度位曲げて一花に頭を下げる。その様子に周囲は一歩後退った。

 

「あ、流石に毎回こんなじゃないよ?」

「まだ二人とも頭下げてるけど」

 

周囲の様子に一花が弁解を述べるも、未だに頭を上げない二人の姿が更に引き立つだけに終わる。

 

 

 

『一度でもマスターに教導を受けたらそうなると思うよ』

「それどんな洗脳なんだ?」

『凄いよね。でも、そんなに酷い目に遭わされたわけでもないんだよ?』

 

現場にいた本人達だけではやはり情報に偏りがある為、ここは一番弟子に話を聞いてみることにした。

という訳で日本にやってきたウィルに聞き出してみると、ウィルも似たような状態になる事はあるらしい。

と言っても彼らのようにカチンコチンに緊張するのではなく、敬服するというか、そんな感覚なんだそうだ。

 

『似たような感覚は君や恭二、というかヤマギシチーム全員から感じるよ。ただ、君達の場合は何というか、圧力が凄いって感じるけど、マスターの物は跪きたいというか、そんな魅力みたいな感じかな』

「お巡りさんコイツです」

『今の奥多摩では洒落にならないから止めてくれ』

 

石を投げればどっかの警官に当たりそうだもんな、現状。

しかし魅力ね。佐伯も変な扉開いてたし、あいつ変なフェロモンでも出てるのかね。

 

『近いかもしれないね。ただ、フェロモンというよりは魔力が問題なんじゃないかなと僕は思ってる』

「どうしてそこで魔力の話になるんだ?」

『勘だよ。ただ、恭二の魔法発動から始まり、君の右手にアンチエイジング、ケイティの奇跡まで。全部魔力が絡んでる。何か起きたというならまず疑うのはそこだろう?』

「・・・そうだ。そうだな」

 

思い返せばダンジョンが出現したのが全ての発端だが、そのダンジョンが齎してくれた魔力という存在に対して俺達は未だに何も知らないままだ。

それに、魔力を貯めれば身体能力があがる。これは良い。良いのだが、向上するのは身体能力だけなのか?

一花の現状はもしかしたら何か全く別の特性が絡むんじゃないだろうか。

 

「ケイティの研究機関、俺も支援しなきゃいかんな」

『ああ。僕もそんな気がしてきた。もしかしたらある程度以上の魔力を溜め込んだら、新しい能力に目覚めるのかもしれない』

 

そいつは夢のある話だ。

 

「まぁ、先の事はどうあれ。今は目前に迫ったダンジョン攻略だ。悪いが錆落としに時間はかけられないぞ?」

『オッケー。最近低層ばかりで退屈してたんだ。久々にワーウルフと力比べをしたいところだった』

「そこはゴーレムにしとけよ」

『あっちはデカイだけで弱すぎるからね』

 

軽口を叩きながらウィルは特注品のボディアーマーを身に着ける。腰にはこれも特注品の魔鉄を用いたグラディウス。そして槍を手に持った。

ウィルは魔法も使えるが適正は完全に近接よりだ。アーマーを着込んだ彼は以前のなよっとした空気が完全に消え、正に戦士といった風貌になる。

 

「恭二、援護と一花のお守り頼んだ」

「良いけど俺は撮すなよ?」

「そこら辺はこの一花さんの指揮を信じて!行くよジャン!」

『オーケー、ボス!』

 

さて、俺とウィルが揃ったという事は恒例のチャンバラ動画を撮影するという事なのだが、今回は大一番の前という事もあってウィルのサビ落としをかねた競争動画を撮影することになった。

内容は21層から30層まで真っ直ぐ進み、その間にどれだけ敵を倒せるかという物だ。

最近、スカッとした動画を撮ってなかったからな。たまには何も考えずに楽しむ物も良いだろう。

 

 

尚結果は圧勝した。早い相手にはウェブが効果的なのだ。途中からズルいと言われ、ロックマンに切り替えたけどそれでも遠距離攻撃のある無しは大きい。

動画の出来も結構良かったし、アップロードが楽しみだ。



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第九十七話 新層への挑戦

誤字修正。ハクオロ様、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


「さて、こっから先は未知の領域だな」

 

31層へ続く階段を見ながら恭二は興奮を隠し切れない様子でそう言った。

このダンジョンキチにとって、この階段の先には宝の山が眠ってるように見えてるのかもしれんな。

ウィルが合流している為、現在俺達は5人・5人の2パーティで編成を行っている。本当は6人パーティが一番バランスが良い為6・4で分かれても良いのだが、31層の敵についての情報も無い状態では片方に戦力を固めるのは良くないとこうなった。

20階層の動物系の敵のように高速でこちらの背後に回りこんでくる敵もいるのだから、背後からの奇襲は起こりえるものとして考えた方が良い。気配が読めても相手の速度が速くて回り込まれる事はあるからな。

 

「一郎、後ろは任せた。恭二、先行チームの要はお前だ。初見殺しの可能性もあるから、俺とウィルが前衛として当たる。俺が指示を飛ばせない状況になったらお前が動け。最初の敵と交戦した後は、対策を練ってから本格的に31層攻略に当たるぞ」

「うっす」

「了解」

 

真一さんの指示に頷く。20層以降初見殺しと言えるものは居なかったが、バンシーを一度でも経験した冒険者に未知のモンスターを侮る者は居ない。

真一さんを先頭に真一さん、ウィル、恭二、沙織ちゃん、ケイティちゃんの順番で31層への階段を下りていく。

突入の際に多少時間差を置いたのは降りてすぐに戦闘中だった場合、人数が多すぎて邪魔になる可能性を考えての事だ。都合よく広場があるとは限らないしな。

 

「さて、じゃあ3分経ったら降りようか。無線はちゃんとONにしといてね!」

「了解です。先頭は僕とシャーロットさん、真ん中にマスターが入って、デビッドと一郎君が。指揮権の順番はマスター、僕、シャーロットさんで移行ですね」

「了解です」

『ラジャー。じゃあ時間を測るよ』

「頼んだ」

 

時計を持ったデビッドの声を待ち、俺達は31層に突入した。

そして、潜ってすぐに「これは面倒くさい」と感想を持つことになる。

 

地下水脈による自然に出来た洞窟、という物だろうか。所々に坑道的な石組みの横坑はあるが、基本的に自然が生み出した天然の洞窟を使われたもののように思える。

降りてすぐの場所には敵は居なかったらしく、無線で確認すると先行チームはすでに先に進んでいるらしい。

魔力的な感知にも引っかかりは覚えない。近隣に敵は居ないらしい。

シャーロットさんが記録用とはまた別のカメラを構える。

こちらは通常のヘルメットに備え付けられたビデオカメラと違って動画を撮る為のものではないが、新層に潜る際に少しでも鮮明な画像を残す為に用意したものだ。ライトボールの明かりの下、シャーロットさんはパシャリ、パシャリと周囲の風景や岩肌、生えているコケなどを撮影している。

 

「思ったより明るい・・・?」

「いや、むしろこれは・・・コケが光っているように感じますね」

 

御神苗さんが周囲を見回しながらそう言うと、カメラを撮りながらシャーロットさんがそう言った。

彼女がレンズを向ける先にあるコケは、確かに微量の光を放っているように思える。ライトボールの光が反射されているものとは明らかに光り方が違うようだ。

カメラから目を離し、シャーロットさんが手袋をつけたままコケを岩肌から剥がす。すると、光が消える。

首をかしげるシャーロットさんの手元で、またコケが光を放ち始める。

 

「どうやら、魔力を送ると光り始めるようですね」

「おおー。岩肌で光ってたのはダンジョンの魔力でかな。結構光るね」

「流石にライトボールほどではありませんが、この程度の魔力でこれだけ光るのなら・・・色々利用価値はありそうですね」

 

そう言ってシャーロットさんはボディアーマーの腰部分につけていた小型のバッグから金属質の小さなケースを取り出した。

ダンジョン内の物をサンプルとして持ち帰るために幾つか持ち込んでいる物だ。コケをいくらか入れた後、別のケースに近くの岩を少し砕いて破片を入れる。

この岩にも魔力が通っているようだし、何かの素材になるかもしれないからな。

 

ある程度様子を撮影しサンプルも入手した後、俺達は先に進む。先行チームは川に出くわし、かなり冷たい様子の為迂回すると連絡が来た。

了解の連絡を送り、そのまま歩き続けると川に差し掛かった辺りで先行チームから戦闘に入ったと連絡が入る。

今までの階層と違い中々会敵しなかったためもしかしたら敵が存在しないのではないかと思っていたが、そんな事も無かったようだ。

まぁ、向こうには恭二も真一さんも居るし、ウィルもサビは十分に落としておいた。特に心配はないだろう。

 

念のため急いで合流する旨を伝え、川の水をサンプルとして回収した後、川沿いに道を急ぐ。

先行チームは敵と戦った後すぐの場所で止まって対策会議を行っていたようで、すぐに合流する事が出来た。

 

「バジリスク?甲賀忍法帖の」

「違う。モンスターの方だ・・・ほら、龍だったり蛇だったり国によって姿が違うアレ」

「ああ・・・・・・え。誰か石化したのか?」

 

モンスターのバジリスクと言えば石化で有名なモンスターだ。後、凄い毒。アンチドーテがあるとは言え即死してしまえば効果があるとは思えないし、非常に危険なモンスターだ。

いきなりこのレベルのモンスターが出てくるか。30層台もこれは侮れそうに無いな。

因みに石化を受けたのは真一さんらしい。バジリスクと眼があった瞬間に体が動かなくなったそうだ。

 

「流石に危険すぎるな。これは一度戻って対策を練った方が良いだろう」

「ああ。くそ、せめて32層に行きたかったぜ!」

 

真一さんの言葉に恭二が悔しそうに笑ってそう言った。

早速引き返す事は悔しいが、思った以上の難敵に闘志を燃やしているらしい。

次に潜るまでには完封する魔法を考えると張り切っている。

それと、バジリスクからドロップした鱗付きの皮。これも何か役に立ちそうな気がするとの事。

なんでもバジリスクはフレイムインフェルノ2発に耐え切るタフネスぶりで、恐らく相当高い魔法抵抗力があるとの事だ。

ボディスーツの強化に役に立つかもしれないし、魔法抵抗力が高いと言う事はマジックアイテムの外装にしたりしても良いかもしれない。

たった1層進んだだけでこれだけの新発見が出たことに真一さんとケイティはかなり興奮しているようだ。

 

「やはり、ヤマギシチームはどんどん前に進むべきなのでしょうね・・・・・・」

「早めに攻略に専念できるようになりたいな」

 

御神苗さんの言葉に真一さんがそう返す。

日程の関係上リベンジアタックは時を置いてからになるだろう。

まぁ、恭二も真一さんもやる気満々だし、そう遠くはならないかもしれないがな。

一先ず今日は帰って飯を食べよう。うん?どうした恭二。

不完全燃焼だから30層から20層まで逆タイムアタック?

この野郎・・・・・・面白そうじゃねぇか!

 

 

 

尚、女性陣はさっさと帰ってしまい大分遅くなった男組は夕飯を食べ損ねてしまった為、ラーメン屋で祝杯をあげることになった。

勝者は真一さん。恭二と俺の潰しあいをさっさと避けて先に進んだのが決め手だそうだ。

いや、ちょっと熱くなってしまったんだよね。うん。次は絶対に負けん。



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第九十八話 警察強化合宿・開始

誤字修正。ハクオロ様、、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


「いやー、流石に壮観だね!」

『世界各国の警官隊、総勢240名か。奥多摩のキャパはここが限界だろうね』

 

 一花の言葉にウィルが頷いた。

現在俺たちは銀座にある日本冒険者協会のビルで、世界各国から集まった警官達のキャンプの開催式に参加している。

といっても今回の仕切りは日本冒険者協会ではなく、世界冒険者協会が行っている。

 

「お、ケイティが挨拶に行ったな」

「うん。いやー、やっぱり着飾ると凄い美人だね。恭二兄」

「お、そうだな」

 

 日本冒険者協会の手を離れたこの行事を何故日本冒険者協会のビルで行っているかと言うと、少し複雑な政治の力学というものが働いているらしい。

 

 まず最初の問題として、今回の参加者の中には日本の機動隊も含まれているのが上げられる。奥多摩には数十名規模ですでにダンジョン免許持ちの機動隊員が居る。しかし、自国で正式に行われる警官の教育に、自国の警官が入らないのは流石にどうなのか、という意見が政府の中で出た。

 

 また、日本冒険者協会としても今回の件で世界冒険者協会に完全に呑まれた状態になってしまった為、教官の教育を全て世界冒険者協会が扱うようになるのでは、という危機感があったらしい。ヤマギシにもあの手この手で声かけがあったそうだ。

 

 俺たちとしても別に日本冒険者協会自体に含みがあるわけではない。例の人物という例外はあったが、準備委員会の頃から日本に冒険者と言う存在を誕生させようと協力してやってきたのだ。一部が暴走したからと言ってばっさりと関係を断ち切る程度の付き合いではないと思っている。

 

 というわけでケイティにも話を通し、日本側からも30名の参加となり、8カ国合わせて240名の人間がこの狭い奥多摩で2~3ヶ月の研修を行う事になった。期間がずれ込んでいるのは、教官免許を取得次第、順次帰っていくというスタンスで行う為だ。

 

「それだけ、切羽詰っているって事か」

「デース」

 

 俺の呟きに、挨拶から戻ってきたケイティが頷いた。

今俺たちは来賓席のかなり前の方に席を置かれている。チームヤマギシと書かれた縦看板の横に座ってくれと言われた為ここに居るんだが、ちらちらと警官達がこちらを見ているのを感じる。中には挨拶をしている各国大使をガン無視してこちらに熱い視線を送ってくる年配の男性も居て少し怖い。

 

会場に入るときも、『お会いできて光栄です!』だの『さ、サインをお願いします!』だのと入り口手前で10人以上の男性にもみくちゃにされるという経験したくない思いをした。正直勘弁して欲しい。

 

「いや、残当でしょ。あの人たちは皆、お兄ちゃんみたいになる為に来たんだよ?」

「俺ぇ?」

「そ。戦車並みの相手に生身で立ち向かうってさ。そんなのヒーロー位でしょ。そう思わないと立ち向かう勇気なんて持てないよ」

 

 ・・・・・・最近、クレイゴーレム相手にハンマーを持って何分で解体できるか競争したりしてるんだが。もしかしてこれは異常なことなのだろうか。真一さんやウィルもノッリノリで参加してるんだが。

尋ねるのが怖くて俺は口をつぐんだ。この事は男だけの秘密にしておこう。

 

 

 式典が終わった後に十数台のバスを借り切って警官隊は奥多摩へと移動していく。俺達はヤマギシ仕様のSUVに乗って先に奥多摩へ出発する。

最近、この派手な車に乗るのにも慣れて来た自分がいる。通りすがりの学生が手を振ってくるのに手を振り返したりとかな。

 

「そういえば、警官さん達の住む所はどうするんですか?」

「ああ。ダンジョン上の寮はアメリカが。他の国は近隣の旅館に頼んで部屋を確保してある。日本の警官隊は最近作った機動隊の駐屯所に仮設ベッドを作るそうだ」

「日本だけ可哀想だな・・・・・・」

「その分、オフの日には出かけやすいし帰りやすいからな。彼らは」

 

 今回は人数が人数だけに各国が毎日潜ると言う事は出来ない。基本的には1日6カ国の警官がもぐり、残りの2カ国はオフ。また、日曜日は完全に休養日としている。前回のキャンプの際にも、毎日毎日ダンジョンに潜り続けるのはやはり疲労が溜まるし、疲労が溜まっていると判断ミスが頻発した。これを教訓として、今回の訓練ではダンジョン内に入るONと、休養に当てるOFFは意識して取らせるようにする予定だ。

 また、日曜を休養日にしたのは教官を務める人間の疲労も考慮した為だ。教官の誤りで全滅、なんて事になったら目も当てられないしな。

 

 奥多摩に到着した後はヤマギシのビルに戻ってスーツからユニフォームに着替える。今日はダンジョンに潜る予定は無いが、この後に装備の授与式とキャンプの開幕宣言を行う必要がある。俺達がユニフォームを着る事でキャンプ中の制服はこのユニフォームだと印象付ける為、でもあるらしい。

 

 何故か平然とヤマギシのユニフォームを着ているケイティとウィルには誰も触れずに、俺達は授与式の会場となるビルの前で警官隊のバスを迎え入れた。

これから数ヶ月、忙しくなるだろうが。彼らがダンジョン内で生きるか死ぬかは今日からの数ヶ月にかかっている。

 先頭のバスから降りてきたアメリカチームの代表と握手を交わしながら、俺は気合を入れなおした。

 



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第九十九話 警官教育・下地作り

誤字修正、244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございました!


 今回のキャンプでは前回と違う点が幾つかある。

 その中でも一番大きいものは、基本的に彼らはモンスターを相手にするのではなく、冒険者を対象にする、という所だろう。彼らが今モンスター相手に戦っているのはあくまでも魔力を溜め、魔法を取得する為だ。魔力が溜まれば身体能力も向上し、魔法を取得すればそれだけ冒険者の魔法にも対抗が可能になる。

 

 というわけで、彼らにはまずオークを取っ組み合いで倒せる力を身につけて貰う所から始めた。勿論バリアをかけてあるし、危険になれば誰かがヘルプに入る。

といっても、流石に普段の状態でオークに勝つのは至難の技だ。まず、体格も違えば腕力も違う。下地を整える必要があった。

 

「というわけで、11層に張り付いてます。いってらっしゃーい」

「まぁ、車も放置してたら消えるみたいだしなぁ。頑張ってきてくれ」

 

 1人1人にアメリカが開発しなおしてくれたRPGを渡し、SUV5台を使って第一陣のアメリカグループはゴーレム狩りに旅立っていった。それらを手を振って見送り、俺と一花は待機要員の為に用意されたキャンピングカーに入る。1人2匹を狩り、その魔石を吸収する。これで魔力的にはオークを上回るし、それだけ魔力があればストレングスやバリア、アンチマジックの習得も大分楽になるだろう。

 彼らの移動用の車の確保のために、俺達ヤマギシチームは2名がこの11層に張り付く事になっている。まあ、魔力アップ訓練は最初の1週間しか行わないから、毎日4時間、昼に交代の形でのんびりやっている。ゴーレム狩りはロケットランチャーがあれば2種冒険者でも十分可能だからな。

 

「でも、良いのか? ゴーレムの魔石って今、全然需要が足りてないんだろ?」

「変わりに、最初の1週間以降は持ちきれる範囲でドロップした魔石を協会に渡す契約らしいよ」

 

 俺の問いに一花がそう答える。成る程。そういう形で協会は警察と話をつけてあるのか。下手に現金を貰うより確かにそちらの方がありがたいな。

 俺が納得したのを感じたのか、一花は手元のリモコンを操作して、キャンピングカーに備え付けてあるテレビで映画を見始めた。俺が以前撮影に協力したミギーが出る例の映画だ。放映中は多忙のせいで足を運べなかったから、せめてDVDは買うと連絡先を交換した俳優陣に言っていたら何故か発売前のDVDを制作会社から送ってきた。しかもノーカット版で、様々な撮影時の映像付だ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「何だいシスター」

「そろそろミギー、喋らない?」

「喋ったらヤバイんじゃないか? 色々」

 

 そんだけシンクロしてるって事になるしな。最終的に自己封印しそうだし、封印せずに敵対ルートに入っても不味いんだけど。その言葉にうーうー唸って、一花はため息をついてリモコンを操作する。諦めたようだ。

 

 時刻は11時過ぎ。そろそろ交代の時間だ。アメリカ勢も戻ってくるだろうし、交代の準備をしよう。と言っても、キャンピングカーの鍵の受け渡しと偶に邪魔しに来るゴーレムの魔石を纏めておくだけなんだがな。

 

 

 

 ある程度の下地が出来たら、今度は一花の出番だった。ウィルの言葉ではないが、一花の指導力というか、カリスマ性はやはり魔力に起因するらしい。今回、時間短縮もそうだが魔法の習熟に関しては一花が総監督となって、他のヤマギシメンバーや教官免許保持者がそれをサポートする、という形式を取る。

 効果は、目で見て分かるほどに出た。

 

『教官殿! イタリアチーム全員がバリアの獲得に成功しました!』

「うんうん。順調だね! じゃあ、全員並んでテストをしようか。アメリカチームはストレングスをもう覚えてたね? 全員で殴ったげて!」

『OK、ボス!』

 

 2~30代の大柄なお兄さん方が目を輝かせて一花を慕う様子は正直ちょっと思う所があるが、それはまあ副次的な事として。まだ開始から2日たっていないにも関わらず、全体の半数がストレングスとバリア、そしてアンチマジックを習得している。

 

 彼らは母国で魔法の才能アリとみなされて送り込まれた冒険者の代表達とは違う。あくまでも今回の教育のために自ら志願して来た警察官達で、魔法のセンスなどは選抜理由に入っておらず、体力と対人能力の高さを見込まれて送られてきた人々だ。

 そんな彼らが、たった数日でこの進歩を遂げた。

 

「イチカ! 最高デ~す!」

「うきゃ、ちょ、ケイティ胸! 痛いから!」

 

 力いっぱい抱きしめられた一花が悲鳴を上げている。この件で一番喜んでいるのは恐らくケイティだろう。彼女自身必要だと思っているとは言え、今回の警官教育で割を食ったのは彼女が主導する医師達のキャンプなのだ。

 

 この調子でいけば、予定を前倒しできる確率はかなりある。それだけ医師キャンプへの準備が進むと、以前にも増して張り切っている。そして、同門の弟子が増えたウィルもかなり喜んでいる一人だ。

 彼が主催しているマスターイチカ同門会の会員が一気に200名近く増えたからな。この調子でいけば遠からず全警官が加入してくれると張り切っている。

 

「その張り切りを教育の方に振り分けて欲しいと思うのは俺だけか?」

「頑張ってるじゃないか。マスターの邪魔をしないように」

 

 冒険者同士の戦いがどうなるのか、というテストケースとして組み手を行いながら相談を交わす。俺とウィルのバトルだと、どうしても被害が大きくなるからかなり遠くに引いたカメラからの映像になるが、少しでも彼らの参考になれば良いのだが。

 

 後日、あんなのに突っ込まなければいけないのかと自信をなくした様子で語る警官を一花が叱咤激励しているシーンを目撃した。いや、恭二相手だとあの比じゃないんだが……




一花「頑張れ♪ 頑張れ♪」
警官達「うおぉぉぉお!」

という感じで傍から見たら危ない様子に見えるやり取りがそこらで行われている模様。


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第百話 警官訓練・オーク道場

誤字修正。ハクオロ様、244様、アンヘル☆様ありがとうございました!


「ブモオォォ!」

『ふんぬ!』

 

 2mを超えるオークの突進を、イギリスの警官が受け止める。明らかに体格に差がある相手の全力のブチかましを受け止めた警官は、そのままオークの腕を取って投げ飛ばした。

 

「一本背負いかー」

『体格に差がある相手に柔道。良い選択だね』

 

 ウィルと周囲の警戒をしながら観戦していると、彼はそのまま足で顔を踏み潰して止めを刺した。オークは一瞬グロ画像にのようになった後、煙のように消えた。

 欧米の人の思い切りの良さは、たまに本当に怖くなる。他のメンバーもウィルも平然としてるから、これが基準なのだろうか。

 

『相手はモンスターだよ? きっちり止めを刺さないと誰かが殺されるんだ』

「うん。ただ絵面が怖いなって」

『……まぁね』

 

 俺の言葉に少し黙った後、ウィルはこくりと頷いた。やっぱりお前もちょっと引いてたのか。あれが国際基準なのかと少し身構えてしまったじゃないか。

 一先ず、今のオーク討伐で今日のノルマであるチーム全員の素手でのオーク討伐は達成した。リポップも大分遅くなって来たので、今日はここらで仕舞いだろう。全員にこのまま走ってダンジョン外まで出ると告げて、先行して走り始める。スパイダーマンだと少し早すぎるから、ここは堅実にライダーマンで行こう。

 途中に出てくるモンスターに関しては基本スルーして後続にぶつける。これも訓練だからだ。彼らが相手するのは冒険者。街中だけではなくダンジョン内まで追いかけなければいけない事もあるだろう。

 その時、ダンジョンでモンスターに邪魔されたから追いつけませんでした、では意味が無いのだ。まぁ、流石にまだ一対一でようやくオークを倒せるレベルの彼らに無茶は押し付けるつもりはない。道中でそこそこの規模の群れが居るときはマシンガンアームで間引きをしておこう。

 

 

 

「あー。それならあの人が一番凄いよ。ほら」

「あの人?」

 

 待機所に戻ってきた俺とウィルにお茶を差し出しながら、沙織ちゃんがある方向を指差す。目で追うと、柔軟体操をしている女性の姿が有った。服装からしてカナダの警官だと思われる。今回の警官教育では各国最低でも4名は女性を加えて参加している。彼女もその内の1人なのだろう。

 

「あの人、カナダの実習1位だよ」

「……マジで?」

「うん。アリアさんって言うんだけど、昔オリンピックに柔道選手として出たことあるんだって。オークを巴投げ一発で倒しちゃった。具体的に言うと股間に」

「やめてくだされ」

 

 笑顔で話す沙織ちゃんに懇願するようにそう言ってこの話を打ち切った。しかし、アリアさんね……ヤマギシなんかが顕著だが、魔法が普及した結果男女の体力差は大きく縮まったと言われてきている。何せ魔力が多ければその分身体能力が活性化し、筋力も体力も、反射神経すら強化されるのだから。

 勿論、元になった体の筋量に差があればそれはそのまま反映される。冒険者キャンプの時、ロシアのセルゲイさんとフランスのカミーユさんが力比べをした時の結果がそれを物語っている。

 

 だが、今までのように圧倒的な差ではなくなったのも、あの力比べの結果は物語っていた。

 何せセルゲイさんとカミーユさんの体重差は50から60kg。カミーユさんは自身の体重の約2倍の相手に負けずに接戦を繰り広げたのだ。この結果を見て、これまでのように男性が体力的に優位だ、等と言い切る奴は早々居ないだろう。

 

 今回の警官教育でも、その様な事例は出始めている。他の並み居る男性を押しのけて1位に登ったアリアさんは別格としても、他の国の女性警官達も決して男性に劣るような結果は出していない。彼女達も全く同じようにオークと取っ組み合い、問題なく撃破している。

 この事をケイティと、恐らくはウィルも注意深く見守っているように感じる。二人は時折、翻訳を切って英語で熱く弁論を交わしている時がある。漏れ聞こえた内容は、撤廃・ジェンダー・差別といった内容だった。ケイティは、今回の結果も今後の冒険者協会にとって重要な要素になると捉え、それに対してウィルは発表のタイミングが重要だと考えている。どちらも今の流れを決して悪いとは考えていないのだろう。

 

「そこまで上手くいくかなーとも思うけどね?」

「お。お疲れ」

「ただいまー。いやー、やっぱり初代様の訓練は辛たん」

 

 運動着姿で大量の汗をかいた一花が待機所に入ってくる。スポーツドリンクをペットボトルごと渡すと、ごくごくと美味しそうに飲み始めた。対人戦闘術の相手役として、ヤマギシチームは交代で初代様に格闘術を学んでいる。空手、柔道と徒手格闘技に精通している初代様の手助けは、今回の警官教育では必要不可欠なものだ。本当にお世話になってしまっている。

 何かで返せないかと相談した事があったが、この間のダブルライダーで十分すぎる位に返してもらっていると言われて肩を叩かれた。

 

「いや、あの動画すっごい役に立ってるよ? 今度撮る映画の一部に使いたいって言ってたから」

「……あれ映画になるの?」

「うん。九州に行ってる間に一応シャチョーともお話してたよ。昭夫君も良いって言ってるし、すっごい宣伝効果だからスポンサーもガンガンついてるんだって!」

 

 そう言って一花は飲みきったスポーツドリンクをゴミ箱に片付けた。ラベルにキャップも外して分別してある。几帳面な所は本当に俺と同じ血が流れているのか疑問に思うほどだ。ウチの家系、一花以外は皆ずぼらだからなぁ……

 

「まぁ、初代様に頼まれれば撮影に付き合う位の覚悟はしといてね? 忙しい中、何だかんだ本当にお世話になってるんだから」

「それは、まあ……やらなきゃだめだよなぁ」

 

 ジト目で俺を見る妹から目を逸らす。1人なら兎も角、初代様と競演するの本当に恐れ多すぎるんだよ。でも初代様に肩を叩かれて頼まれたら、二つ返事ではいって言う、だろうな……

 スタントマンで収まる事を祈り、俺は待機所を後にする。昼を食べたらまた午後の訓練だ。このもやもやは運動で発散しよう。

 八つ当たりでは決してない。




アリアさん:カナダの女性警官。オークの股間に足を置き巴投げの際に思い切り蹴り飛ばしたらしい。怖すぎる。


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第百一話 銀幕再デビュー?

引っ越しの手伝いをしなければいけないので、14、15日は更新出来ないかもしれません。百ニ話と百三話は出来次第あげる形にします。

誤字修正、Haru-1732様、フレディ・エルム様、244様ありがとうございました!


 警官隊の教育は、関係者一同が思ってもいなかった速度で進んで行った。2月に入る頃には、すでに参加者全員が目標としていたストレングス、バリア、アンチマジックの習得に成功。

 

 更にダンジョン内部での活動や逃走した犯人を追いかける為に感知の魔法の習得と訓練も行っており、余裕のある物はそこから他の魔法、例えばスパイダーマンの時に使っているネットの魔法や、自身の重さを軽くするウェイトロス、壁走りを可能にするウォールラン等を練習している。

 

「俺が使う魔法多くね?」

「基本殺さずに捕えるって考えるならスパイダーマンすっごく優秀だからね。警官に教えるって考えるなら偏っちゃうよ」

「あの人たちにレールガン教えても意味ないだろ?」

 

 俺の疑問の言葉に一花と真一さんが答える。二人共今日は完全にオフで、今から出掛けるのだと一花が嬉しそうに言っていた。

 最近、この二人にシャーロットさんを加えた3名のヤマギシチーム頭脳班は昼は訓練、夜は研究や会議への出席と忙しく動き回っていたが、訓練の段階が進んだ結果ようやく少しはゆっくり出来るようになったらしい。現場でしか役に立たない身としては少しでも疲れを癒やしてくれと願うばかりである。

 

「じゃあ、何かあったら連絡してくれ」

「行ってくるぜぃ!」

 

 真一さんと一花はそう言って車に乗って出かけていった。一花の奴、はしゃいでるけど恭二達と現地合流する予定なのを覚えてるだろうか?

 あの様子だと完全に頭から抜け落ちてるっぽいが、肝心な所で大ボケかまさない事を祈るばかりだ。

 

「さて、俺達も行こうか!」

「……緊張してきた」

 

 俺は努めて笑顔を浮かべて昭夫君と肩を組む。今日一日である程度俺達の所は終わらせるらしいから頑張らないとな。何って? 

 勿論銀幕デビューだよ。

 

 

 

「デビューおめでとう。いや、前のスタントマンを含めたら再デビュー?」

「やかましい」

 

 ニヤニヤと笑う恭二に悪態をつき、俺はジャンさんの操作するPCに顔を向ける。ボウリングが楽しかっただの一花が可哀想だっただのと今日の報告をした後、急に悪い笑顔になって何を言うかと思えば。

 本日分の撮影は順調に終了した。初代様も大満足の出来だったらしい。魔法とか撃ちまくって演出をやってた昭夫君はめちゃめちゃ疲れた顔をしてたけど。

 そう。今日の俺と昭夫君の主な仕事は演出だ。後は、初代様以外の登場ライダーのスーツアクターだな。初代様は自力でライダーキックしてたから手助けの必要はなかった。

 

 今、ジャンさんがやっているのは、この魔法を使った演出の見栄えが良くなるように画像を調整する作業だ。この手の作業の経験値でうちの撮影班を超える人材はこの世界に居ないからな。ちゃんと契約を交わしてこの分の協力費も貰っているし、彼らもヤマギシ撮影チームの全力を見せるんだと張り切っている。

 そう。ヤマギシ撮影チーム。影に日向に俺達を助けて来てくれた彼らの技術が、遂に日の目を見ることになったのだ。魔法を使った演出はそれはド迫力だが、何でもかんでもリアルであることが素晴らしいわけじゃない。爆炎や煙、土埃、破裂した岩が石礫になって飛来するなど、リアルすぎる環境ではまた必要とする撮影技術も編集技術も違ってくる。

 

 奥多摩は現在山を削って土地を広げている為、採掘現場のような広い空き地がそこかしこにある。ここの許可を取り撮影を始めた監督さんと初代様は、最初のシーン撮影で当初思っていた以上に魔法演出の良さを引き出せていない事に気づいた。一旦撮影を取りやめて俺に普段の動画撮影の際の様子を尋ねてきた。そこで俺はすぐに携帯を取り出して動画編集作業中だったジャンさんを呼び出し、彼を監督に紹介したのだ。

 初代様もジャンさんとは九州で会っており、その際にうちの撮影班の人間であると言う事も覚えていた為、彼への協力要請はスムーズに決まった。

 

『うーむ。やはり一号の動きについていけてるのは君と昭夫君だけだね』

「あの人本当に改造されてるんじゃないかな?」

 

 今回の撮影では初代様の他に現在放送中のライダーも参加しているんだが。そっちのライダーの動きと初代様の動きの凄みが違いすぎてチグハグなイメージになっている気がする。

 何と言うか、初代様の迫力が半端ないのだ。勿論加減しているし相手も初代様もバリアをかけた状態で殺陣をしているのだが、パンチやキックは元より、走る挙動や着地、果ては変身ポーズまで。力を余し、そして緩めず。

 

 40年以上戦い続け限界を超えて酷使され続けた肉体という設定の為、所々で体が言う事を聞いてくれない、衰えたような演技は入っている。しかし、それらを抜きにしても一つ一つの動作から、溢れる躍動感や力強さが滲み出ている。

 ありていに言えば超カッコいい。

 

『これ、衰えたって演出必要なのかな? むしろ今が全盛期って気がするんだけど』

「初期プロットではそうだったし一応撮影スケジュールはそう組んでるみたいだ。途中で変わるかもしれないけど」

『……そうか。彼は改造人間だから外見年齢が変わらなかったんだな』

 

 まさか肉体年齢が2~30も一気に若返るなんて企画スタッフも思わなかっただろうからな。俺等もここまで若返るとは思ってなかったから、彼らを責めるわけにもいかないだろう。完全に皺とか消えちゃったし。

 画面の中では初代様が変身を決めるシーンが再生されているのだが、「あれ? これ息子さん?」と言わんばかりの若さの男性が往年のポーズを決め、一号ライダーに変身を行う。この変身も勿論本人の魔法で行われている。このシーンだけで金が取れる動画が作れる気がする。

 ……後で、東京の映画会社さんに聞いてみよう。

 

 警官教育の関係上、俺は小まめに参加する事はできないし、昭夫君も学校がある為毎回参加することは出来ないが、関わっている以上できる限りの支援はやりたい。初代様のこの映画にかける思いも知っているしな。

 携帯電話を取り出して、初代様に連絡を入れる。まずはご本人に確認をしよう。この思い付きを、喜んでくれると良いんだが。

 



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第百二話 実地訓練 VSウィル

何とか14日分は完成しましたが、14、15日は作業時間が取れず15日更新はちょっと無理っぽいです。
定期更新が出来ず申し訳ない。


誤字修正。日向@様、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


『さ。どこからでもいいよ?』

『……』

 

 ウィルの言葉に、正面に立つイギリスの警官は一つ頷いてジリジリと距離を詰め始める。それに対してウィルは木刀を半身で構えて周囲を見渡す。

 

 油断しているわけではない。一度に3名を相手にしている為、一人に注意を絞るわけにはいかないのだ。周囲に散った2名は、ちらちらと視界から外れるように動きながらウィルの隙を伺っている。それぞれの警官はバラバラの国籍の警官同士で即席のトリオを組んでこの訓練に参加している。事前に与えられた5分の相談時間で、彼らはウィルへの対処に包囲による捕縛を選択したのだ。

 

 周囲にはその様子を眺める各国の警官隊、約50名。彼等は必要とされる魔法や感知能力等を習得し、基礎講習を合格した組の面々だ。

 彼等はここに至るまでの基礎訓練で平均的な2種冒険者と渡り合える基礎能力を身に着けており、ここから先は母国の他の警官への教導を行う為の練習と、ここに来た最大の目的……一線級の冒険者を捕縛する為の訓練が始まる。因みにこの組は最も過程が進んでいる組で、まだまだ200名近くが基礎訓練を行っている。

 

 つまり、こちらは最低限の人数で回さなければいけないわけで、そうなると魔法が得意じゃないウィルと、特殊すぎる俺にお鉢が回ってくるわけだ。因みにウィルは5戦目、俺は先程4戦目が終わった所だ。

 結果? 勿論全勝している。

 

『時間をかけ過ぎ』

『うわっ!』

 

 隙を伺っていた警官の1人の意識がずれたと感じた瞬間にウィルが右斜め後ろの警官に飛び掛り、蹴り飛ばした。感知の魔法を使いこなしていれば、相手の動きは何となく分かる。ポジションをずらそうとした瞬間に文字通り一直線に飛んできたウィルの速度に反応できず1人が蹴り飛ばされ、ネットの魔法で拘束される。

 これで包囲が崩れた。後は1人ずつ順番に倒していけば良い。瞬きの間に1人が脱落した警官チームは、連携が崩れた隙を突かれてあっと言う間に残り一人になり、そしてその1人も10秒もせずに脱落し全滅判定を受ける。これで模擬戦は終了だ。

 

『はい。じゃあネットを解除するから反省会と行こうか。まず、何が不味かったかから。意見のある人は手を挙げてくれ』

 

 そして一度模擬戦が終わってからはディスカッションの時間になる。この時間は実際に戦った人物が気づいた反省点を言ってもらい、それに対して教官役がどこが悪いと感じたか、狙いやすかったかを感想として話す。

 

 教官と言っても俺達は対人戦は素人。基本的にモンスターと戦うつもりでやっているので、視点としては冒険者目線になる。むしろ、その方が冒険者に対する対策としてはありがたいらしい。彼等の仮想敵はまさしく冒険者なのだから。

 

 因みにこの一連の流れは全て録画されている。勿論ディスカッションも含めて。彼らの後に続く残りの警官隊は、このディスカッションと彼らの模擬戦を見て事前に対策を取ったり、誰と組んでも大丈夫なように意見交換や連携の練習を行う筈だ。

 彼等は前回訓練した冒険者達と違い、モンスターを相手にするのではなく犯罪者に身を落とした冒険者が相手となるため、どこで、どんなタイミングで遭遇するかわからない、という前提がある。

 

 例えば街中で。例えば建物の中で。お行儀良くダンジョンの階層毎に出現して対策できるモンスターとは違い、冒険者は人間である以上どこにいるかわからない。そうなると気心のしれた仲間以外の警官と共同して抑える役割を果たさないといけない事もあるだろう。

 そういった際に連携が取れずに被害が拡大した等という事を防ぐ為に、このキャンプでは対冒険者用の基本戦術の開発と、それを全員に共有する事が求められている。ここで開発した戦術が俺達ヤマギシチームにも効果があれば、今回のキャンプは大成功と言えるだろう。

 

『僕もナチュラルにヤマギシチーム扱いなのは嬉しいね』

「ウィルはほら……名誉ヤマギシ隊員?」

『ワッペンと制服の着用許可とかもらえるのかな。あ、両方貰ってるや』

 

 昼食の時間になった為、食堂でウィルと並んで飯を食べる。ピロシキは好きなんだが、スープ系はお腹に貯まる気がしないんだよな。5杯位飲まないと。

 周りの連中は午後の訓練に向けて昼食を食べながらディスカッションを進めている。席順は特に決められていないのだが、自然と先ほど組んだ面子同士で集まって話をしている。ここに集まっている50名は翻訳の魔法をすでに覚えている為、議論はかなり盛り上がっているようだ。飯を食べることを忘れなければ良いのだが。

 

『お疲れ様でした』

「お、昭夫君おっつ。撮影終わったの?」

『やぁ、アッキ。お久しぶり』

『ウィルさん、お久しぶりです。凄い熱気ですね』

 

 今回のキャンプにはノータッチの昭夫君が周囲の様子を見てそう感想を述べる。確かに、前回の冒険者キャンプの時と比較しても彼らはかなり熱心だろうな。人数的にも前回の比ではないし。

 

『いやー、参りました。初代様が急に路線を少し変えようと言い出して、今向こうは編集会議中ですよ。一郎さんおめでとうございます。名前持ちキャラになりそうですよ僕ら』

「うそやろ」

『そうか、それはおめでとう! これで名実ともに俳優の肩書きが増えるね!』

 

 冗談なのか本気なのか。頬を引きつらせて笑う昭夫君の言葉にウィルは単純に喜びの声をあげる。そして、一縷の望みをかけた俺の問い掛けに昭夫君は静かに首を横に振った。

 ……ピロシキが冷める前に食べよう。編集会議でもしかしたら否決されるかもしれないし。しれないよな。してくれ編集スタッフさん。

 

 その1時間後、初代様からの着信が入り望みが絶たれた事を知った俺は全てのエネルギーを訓練に振り分ける事になった。八つ当たりじゃないよ?

 



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第百三話 滝ライダー

ギリ15日間に合った!

誤字修正、244様ありがとうございました!


『祖父の夢。仮面ライダー……貴方と共に戦うために僕は来ました』

『き、君は』

 

 傷を負った1号ライダーを庇うように立つ男が居た。いや、男がというよりは少年だろうか。少し高さを残したその声。背丈もそれほど高くはない。だが、不思議と懐かしい気持ちがする。

 

『僕は滝。滝一也。戦えなくなった祖父の夢、僕が引き継ぐ』

 

 少年が振り返る。黒いヘルメットの隙間から見える素顔にかつての戦友の面影を感じ、1号ライダーは驚きの声をあげた。

 

 

 

「めっちゃ良い役貰ってね?」

「そっすね、ライダーマン2号」

 

 シナリオの修正が行われた後の収録で見せてもらった編集前の画像を見て、つい口から出た言葉に静かな口調で昭夫君が返した。付け焼き刃の標準語はイントネーションが微妙だが、映像の中の昭夫君の台詞は特に違和感なく行われている。まぁ、声優に声をあてて貰ってるからね。そりゃ綺麗に聞こえるだろう。

 邦画なのに声優と聞いてちょっと違和感があるかもしれないが、勿論声自体は昭夫君の声だ。声優が昭夫君の声を使って声をあてる、という不思議な現象が起こってるわけだな。この種は翻訳と変身の魔法のバリエーションにある、変声という魔法にある。

 

 この魔法、なんと他人の声を変える事が出来る上に翻訳と違って録音できるのだ。といっても他人の声を変えられるほど器用に魔法が使えるのは一花と恭二位で、俺は自身の声を変える位しか出来ない。バリエーションというだけあってかなり難しい魔法でもある。

 昭夫君の付け焼き刃の標準語は、明らかに口の形がおかしくなるのを防ぐ為の物で、実際は昭夫君の演技や動きに合わせて声優が声をあてているから発音もはっきりし、かつ爆音に紛れて声が聞こえなかったりするという事も防げる。後は発音に問題がある俳優の起用にも役に立つとか立たないとか。

 

「オンドゥル語が駆逐されてしまうね!」

「あれはああいう方言だから」

 

 一花の言葉に思わず弁護を入れてしまうが、実際あの言語はある種究極の滑舌だと思う。普通あんな発音できないからな。

 

「監督から、是非これからも力を貸してほしいって言われてたみたいですが」

「初代様から頼まれなきゃヤダ。私もお兄ちゃんも、特にフリーの昭夫君は魔石狩りに専念したほうが儲かるし、そっちが本業でしょ? これで色気出して俳優業のパイまで食べちゃ駄目でしょ」

「ゴーレムだけ狩ってた方が本当は儲かるんだよなぁ」

 

 それがなくても訓練の講師代もめちゃめちゃ高給だし。実際、ここ最近の講師代としてヤマギシから支払われた報酬だけで、初代様も数年分の収入稼いだって仰ってたしな。ヤマギシは儲かってる分社員や従業員への報酬に還元して(税金対策をして)いるから、業績が上がれば上がった分だけ報酬も青天井で上がっていく。

 また、冒険者免許持ちはそのレベルによって基本給が変わる為、魔石などを取ってこなくても結構な額の収入が入る。その分色々仕事が振られるけどな。

 

 3月から入社予定のマニーさん達なんか、予定される初任給の額に思わず誤字なのかと問い合わせてきたそうだ。本当に桁が一つ上がったらしいが、彼らは全員がレベル20を超えるチームの冒険者だからな。この程度はむしろ安いし、ここからの歩合でどれだけ跳ね上がるか分からないと伝えたら泣きながら恭二と社長に感謝の言葉を言っていたらしい。

 

「そういえばマニーさん達の社宅はあのマンションになるんだっけ」

「うん。両親も連れてくるって言ってたし、大きめの部屋を渡す予定だよ!」

「親孝行したいって言ってたしそれ位は福利厚生になるか」

 

 ダンジョン関係者のみが居住する大型マンションの一室に彼らは居住する事になる。流石に1フロア丸々とは行かないが、家族が多い人には部屋を少しいじって広くする位は行う予定だ。彼らの加入は人材不足に喘ぐヤマギシにとって福音と言ってもいいからな。

 何せ、教育に手を取られている現状。需要がまるで満たせていない魔石狩りに専念できる人材が5人も加入するのだ。しかも、単独でゴーレムが狩れる練度の冒険者が。そして、どうしても手が足りない時に教官になってもらう事もできる。

 

 こんな冒険者を雇えるなら、一戸建てをぽんと渡してもお釣りが来るだろう。社長なんか彼らが来る日を毎日カレンダーとにらめっこしながら数えてる位だ。

 仕方が無い事とは言え、毎日のようにせっつかれるのが辛いと言ってたしな。毎日胃の辺りを押さえながら自分にリザレクションをかける社長を見るのもこれで最後になるだろう。あれ見てて悲しくなるからなぁ……

 

 

 

「お、やられたー」

『ハァ、ハァ……や、やった!』

『ついに、ついにイチローを捕らえたぞ!』

『やった! おい、カメラ撮っていたか!?』

 

 ネットに捉えられた俺の姿に周囲の面々が歓声を上げる。ロックマンモードのままネットに絡まれた俺はもぞもぞと体を動かしてみて、完全に抜け出せない状況になっていると確認してからアンチマジックを撃つ。この訓練中は基本的にアンチマジックは禁止していた為、一種の終了の合図だ。

 

 拘束から開放された俺を見て勝者である警官チームが一瞬身構えるが、アンチマジックが使用されている事に気づき顔を紅潮させる。これが意味する所はただ一つ。教官の捕縛成功という事だからだ。

 

『素晴らしい結果だった。即席チームでありながら見事な連携もそうだったし、読みにくい特殊な魔法を扱う相手に良く対処できている』

『君達3名は実技試験の合格を通達するよ。これからは実技に関しては参加自由。そして、別のチームになるだろうが後2名、実技で教官を捕まえる事が出きれば繰り上げ卒業の対象になる』

『はい! ありがとうございます!』

『よし、切りも良いし今回はここまで。各自、体のケアをした後は解散してくれ』

 

 俺の言葉を引き継ぐようにウィルが解散を告げると、警官達は口々に3名の合格者を囲んで祝福を投げる。この3名の合格者の中にはアリアさんも含まれている。彼女は名実ともにこの合宿最優のメンバーの1人になった。

 満足そうに頷くウィルを見る。彼女の姿を見ていると、本当に男女の差が全く無くなる日ってのが近いうちに来るのかもしれないなと感じる。

 

 だがそれはそれとして負けたのが悔しい。これでまた恭二の笑いのネタが一つ増える事になる……しかし恭二を警官隊にぶつけるのは可哀想を通り越してイジメになってしまう。今度何か逆転のネタを考えなければいけないだろう。




滝一也:滝和也の孫という設定。老いて戦えなくなった祖父の代わりに日本を守る為に立ち上がった少年。祖父譲りの戦闘術と特製のバトルスーツを用いて戦う。このスーツはとある天才科学者謹製のバトルスーツで、着用者に人間の数倍の力を与えると共に衝撃吸収能力、更に両腕両足に電撃発生装置をつけており、ライダーパンチとライダーキックも使用可能。スーツが戦闘モードになると、ヘルメットにドクロのマークが浮かび上がる。


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第百四話 魔法についての講義

説明回になるため読み飛ばしちゃっても大丈夫です。


 一度合格者が出ると後はかなり早かった。基本的に冒険者の身体能力はある一定以上からは緩やかに伸びて行く為、1対多というのは基本的に1の方が不利だ。高レベル冒険者の身体能力に慣れてくれば、後は連携さえ決まれば取り押さえる事は簡単だ。順調に1組、また1組と合格者が出てくる中、俺達はある問題に直面していた。

 

「取り押さえた後なんだけど魔法を使って逃げられたら意味が無いよね?」

「口を押さえちまえば良いんじゃないか?」

「どんな魔法かは難しいけど、一応声が出せなくても魔法は使えるよ。ただ、指向性を持たせることが出来ないからどうなるかわかんないけど」

「指向性……? いや、それ自爆するかもしれないんじゃないか?」

 

 俺の言葉に頷いて、一花は少し考えた後に右手を開き掌を上に向ける。

 

「ちょっと見ててね。ファイアーボール!」

「お前、こんな場所で……あれ?」

 

 一花の掌の上には見慣れた赤い火の玉、ではなく水のように透き通った球体が出現する。ファイアーボールのバリエーションを増やせないかとの試みで作られた失敗魔法の一つだ。これただの水の玉なんだよな。一応ウォーターボールという名前をつけられたが、使える奴は皆水鉄砲と呼んでいる。

 

「さっき、お前ファイアーボールって唱えてなかった?」

「うん。ファイアーボールを使うつもりで最後にウォーターボールに切り替えたの」

「……つまり?」

「魔法を使う上でいっちばん大事なのはささやきでもいのりでも詠唱でもなく、最後の念じる部分って事。そこまでは言ってみたら助走というか、向きの調整みたいな物なの。魔法の中身を理解してる人はこんな芸当も出来るんだ」

 

 そう言って一花はアンチマジックを唱えてウォーターボールを打ち消した。

 

「あ、でも魔法を唱えるのが無意味ってわけじゃないよ? 無言で魔法使うって1から銃身を作って銃を撃つみたいな物だからね。出来るとしたら恭二兄ちゃんかケイティちゃん……もしかしたらさお姉も、ってくらいじゃないかな」

「お前は出来ないのか?」

「一回の魔法使うのに何十分もうんうん唸ってようやくだね。でも途中で集中が途切れたら霧散しちゃうから多分無理」

 

 私センスないからねー、と自虐のように一花は言うが、つまり一花よりセンスが無い人物、大多数の冒険者にとっては関係の無い話という訳だ。いや、関係はあるか。無理に魔法を使おうとすると酷い事になる、という事なのだから。

 俺と一花の会話を聞いていた警官の1人が恐る恐る、といった具合に手を上げる。そういえば今、魔法についての講義中だった。会話形式で進めていく、という事で一花の相方役を今回任されたのだが、半分位雑談のノリだったな。講義の内容が冒険者の魔法使用についてだったので内容がズレていた訳ではないが、少し反省する。

 

『あの、今の話をお聞きしますと、取り押さえた後に犯人の自爆を警戒しなければいけない、という事でしょうか』

「うん、そうなるね。ただ、流石にそれじゃお仕事にならないだろうと言う事で、なんと今回の商品はコチラ!」

『は、はぁ?』

 

 じゃじゃーん、と自分の口で効果音をつけて、一花は講義用の机の下に置いていた袋を持ち上げた。中から出てきたのは、手錠をつけたグローブのような物だ。

 

「じゃあ、君、ちょっとこれつけてもらってもいい?」

『あ、はい。了解しました!』

 

 最前列に居た警官を指名して一花は立ち上がらせ、この拘束具のようなものをつけさせる。おっかなびっくりといった様子でグローブの中に手を入れた彼はぎょっとしたような表情を浮かべ、思わず手を引いた。

 一花は其の様子に苦笑をもらし、再度促してグローブの中に手を入れさせる。警官はおどおどとした様子でグローブの中に手を入れて、其の上から一花が手錠を嵌める。

 

「ちょっと魔法を発動させてみて。ストレングスでもいいよ」

『は、はぁ……ストレングス! うん? ストレングス!』

 

 手錠を嵌められた警官が何度か魔法を唱えようとするが、上手くいかないのだろうか。何度か試した後に諦めたように首を横に振った。

 

「えー、このグローブは魔鉄を使って魔力を常に吸い続けるようにされてます。あんまり魔法使い過ぎると内部が熱くなって来るから気をつけてね?」

『あ、はい。ええと、ストレングスはなぜ発動しなかったのでしょうか?』

「うん、とってもいい質問です。ちょっと待ってね?」

 

 一花は鍵を使って彼の手錠を外す。グローブから手を抜いた警官は、両手を不思議そうに眺めた後席についた。一花はグローブを講義机の上に見やすいように置き、こちらを注視する警官達に目を向けた。

 

「まず、魔法ってどこで発動してるかって事なんだけどね。基本的に今現在教育を受けている冒険者は口か手から魔法を発動させてるんだよね。この発動って意味が分かる人!」

 

 挙手を求めるように手を上げた一花の問いに、恐る恐る、と言った具合で数名の警官が手を上げた。

 

「うん。貴方達は魔法のセンスが高いと思うよ。分かりやすく言うとファイアーボールって掌から出てるよね。つまり、魔法を唱えてその現象が起きるのは両手を起点にしてるって事なんだよね。アンチマジック、ヒール、どれも患部や目標に掌を向けて行うように教育されてるでしょ? 少なくとも冒険者協会ではそうやって教育してるから」

『成る程。つまり、その道具は』

「うん。この魔鉄を使った拘束具は、魔法の基点に魔力が集められるのを阻害する為の道具なんだ。全身拘束が一番望ましいけど流石に難しいと思うから、一番重要な両手を封じる為に手袋みたいな形になってるけどね。後の時間は実際に試してみてね!」

 

 今日の講義はこれにて終了、と告げた一花の声に、警官達は一斉に立ち上がってグローブを見るために前の方に歩いてくる。グローブについてはそのまま次の授業でも使う為そこに置いておくように言付けて、俺と一花は講義室から出た。

 

「いやー、良い反応だったね。これはまたヒット商品を作ってしまったかも」

「真一さん、忙しそうだったのはこれが理由か?」

「うん。警官教育を始めた段階で、拘束する際どうするかは議論に上がってたんだよね」

「教育期間中に間に合ってよかったな。所で俺があれ付けたら右腕溶けるんだけどどうすればいいのかな」

「……腕の付け根を包むとか?」

 

 俺の疑問に数瞬考えた後、一花は苦笑いを浮かべながらそう答えた。人によっては発動場所が違ったりするらしいし、色々な形の物を開発してはいるそうだが。口が発動の基点になっている人はどうするんだろう。SM用具みたいになるのかな?

 とりあえず口用の道具の体験だけはしたくないな。

 



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第百五話 逃げ切れなかった話

誤字修正。244様ありがとうございます!


『仮面ライダー1号。あんたに、頼みがある』

 

 聞き覚えのある声だった。彼の仲間が育てた子供で、年を取りかつてのように動けなくなった仲間の変わりに、世界中に散る他の仲間達への援護や支援を行ってくれている青年だ。

 

『結城君。その、右腕は……』

『少しドジりました。義父さんに笑われちまうな……いや。これが、俺の運命だったんでしょうね』

 

 失った右腕から血を垂らしながら、青年……結城一路は吼えた。

 

『頼む、仮面ライダー! 俺にカセットアームを……義父さんの腕を、移植してくれ! 義父の後を、俺が継ぐ!』

『し、しかし』

 

 戸惑う1号ライダー。結城一路はふらつきながら彼に詰め寄り、叫ぶ。

 

『俺を、ライダーマンにしてくれ!』

 

 

 

「等という予告編が世間を席巻してるんですが」

「お兄ちゃん、何時の間に年取ったの?」

「私は一切関知しておりません」

 

 公開された映画の予告編に映っている『どう見ても20代にしか見えない俺』と隣に座る俺を見比べながら、恭二と一花はそう尋ねてくる。いや、普通に変身したんだけど。監督さんから10年後位の予想図的なイラストを渡されたから、其の通りに変身を行っただけだ。どっかで見たような。そう、何と言うか月刊マガジンとかで見かけたような絵柄だったのは気のせいだと思う。

 

 今回の映画は「復活」と「受け継がれる魂」というメッセージが込められている。復活は、1号ライダーの現役復帰。更に力を増した、40年以上にわたる研鑽の重みを乗せた1号の戦いぶりと、後継者達の存在。魂は消えず、受け継がれていく姿を全てカメラに収めたいと監督は語っていた。俺の演じる結城一路は結城博士に引き取られた孤児という設定で、昭夫君の演じる滝一也の優等生っぽさとはまた違う、若干アウトローめいた印象を人に与えるような口調と、設定年齢28歳という1号以外の主人公ライダーでは最年長という立場から1号を補佐するような動きを主にしている。

 

「何かまとめサイトとかでうちの両親が他所で作った子供とか言われてるんだけど」

「それ母さんに言うなよ。ブチ切れるぞ」

「もう切れててサイトの運営にめっちゃ文句言ってるよ」

 

 手遅れだったか。あの母さんに目をつけられるなんて可哀想に……この事態を放置してたらこっちにまで飛び火が来そうだな。ちょっと監督に連絡を入れて公式に見解を出してもらわないと命が危ないかもしれない。

 

 

 

 必要に駆られて東京の映画会社から公式見解を出してもらった翌日。ウィルが微妙な顔を浮かべて俺の部屋を訪ねてきた。何故かケイティまで背後に居り、その後ろにはキラキラとした顔でシャーロットさんが立っている。

 

『おめでとう』

「おめでとうゴザいます!」

「おめでとう一郎君!」

 

 俺はシンジ君かな?

 何が言いたいのか良く分からなかったのでとりあえず部屋の中に通し、思い思いの場所に座ってもらう。どういう話なのかを聞こうとしたら、シャーロットさんは英文の書かれた文章を俺に手渡してきた。多少は読めるが文字が多くて判別が出来ない。ただ、名前の部分になるだろう部分に書かれているスタン・M・リードというサインから大体の事情は察する事ができた。シャーロットさんが喜んでいる理由も。

 

『スタン氏からは日本の映画に出るならこちらも大丈夫だよね? って電話が来てた。何故か僕に』

「ウィルも一緒ダカら、怖くないデス。宣伝、お願いシマす!」

「いつかこんな日が来ると思ってました。勿論特設サイトの準備は出来ています。ヤマギシのHPに所属人員のページを作ったのでそちらで大きく喧伝しています!」

「しないでいいです……」

 

 いつか来るとは思ってたが遂に来たか。頭を抱える俺にシャーロットさんはテンションが上がっているのかドンドンと俺の前にコミックの山を積み上げていく。何かと聞くと、予習しておくべき作品の日本語翻訳されたものらしい。何故ここにあるのかと問うと、いつか来る機会の為に布教用に用意していたとの事。そういえば貴方重度のスパイダーマン好きだったね。最近、慣れたと思って全然騒いでなかったのは機会を伺っていただけ、と。

 

『マジック・スパイディってそのままの名前みたいだね。ええと、突如起きたダンジョン災害で親友を守る為に右腕を失い、魔法を身に付けた少年。姿を隠す為にたまたまつけたアメリカのヒーローのマスクを被り、偽者のスパイダーマンとして日夜ダンジョンの脅威から街を守る為活動を開始する……』

「まさかの単独主演!?」

『あ、いや。この活動に目をつけてアメリカに招聘されるって書かれてるね。復讐者たちの話の一部で、最初は敵対するけど後で和解するポジみたいだよ。僕と君のコンビがスパイディと鉄男に真っ向勝負を仕掛けるらしい。狂ってるけど最高だ!』

 

 ウィルの言葉にげんなりとしてしまった俺の横で、シャーロットさんがコミックの中から一冊の本を俺に手渡してきた。マジック・スパイディと書かれた表紙に、恐らくこれが原案なんだろうなぁとページを開く。個人としてもヤマギシとしてもスパイディの名前にはお世話になっているし、断れる話じゃない。

 

「あの。基本冒険者としての仕事を優先に」

「勿論分かってます。スタン氏は原作者である前に貴方のファンだと仰っていました。ただ、大事な作品の時に手を貸してくれるだけで良い、と」

「あの。余計プレッシャーが」

 

 ニコニコと笑顔でそう言うシャーロットさんの無自覚なプレッシャーに押しつぶされそうになりながらマジック・スパイディを開く。

 正直めちゃめちゃ面白かったです。ただ、面白い分これ演じるのは本当に怖いんですが……声は一花が協力する? 違う、そうじゃない。



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第百六話 第一陣の卒業

誤字修正。kuzuchi様ありがとうございました!


 遂に警官達から卒業生が出た。アメリカチームが8名、イギリスとドイツが6名、残りの参加国も4名から5名といった具合で卒業条件であるヤマギシチーム3名の捕縛をクリアし、50名程が奥多摩を去る事になった。研修開始から約2ヶ月。

 

 想定より若干早い位に落ち着いたが、本当はもっと前にはこの半分位が卒業出来る予定だった。だが、卒業予定の警官達の自己判断で卒業を遅らせる事になったのだ。

 

『後に続く仲間達に自分達の経験を出来るだけ伝えたいのです』

 

 最初の合格者は訓練を修了するかという問いにそう答えた。そして最初に実地訓練に入った50名全員が合格し、基礎講習を受けていた人間が全員実地訓練に参加できるようになった時、ようやく彼らは教育の修了を選択した。

 総合ビルの1階にあるホールを借り切って行った第一回修了式にはまだ実地訓練中の仲間達も駆けつけ、先に国へ帰る仲間達を見送った。彼らはそのまま東京の世界冒険者協会のビルで式典を行って、その後一泊した後に母国へと戻っていくらしい。

 

「いやー、50人も居なくなるとやっぱり寂しくなるね!」

「来週にはお医者さんのブートキャンプの第一陣が来るからそれどころじゃなくなるがな」

「はや……早くない?」

「元々今くらいの時期に部屋が開くって見込んでたらしい。予想通りになって万々歳だな」

 

 一花の疑問にそう答える。ケイティ曰く、部屋に空きが出たら即開始という予定だったそうだ。早ければ2ヶ月で開く予定だったから、ある程度都合がつけられる人だけが先行して奥多摩に来るわけだな。先行していた50名が自分達の経験をしっかりと後に続くメンバーに残してくれたお陰で、今現在の実地訓練では数回で教官を捉えることの出来るチームも居る。恐らく、後1ヶ月もしないうちに全員が合格できる気がする。

 

「今回の訓練も終わりが見えてきたな」

「新しいヒット商品も生まれたしね!」

 

 魔力を封じるグローブの存在は、これから起きていくだろう魔法犯罪者の存在に頭を悩ませていた各国にとって福音とも言える存在だった。何せどれだけ魔力が強かろうがこのグローブがあればそれを封じる事ができる上、発売の際にはグローブだけではなく全身を覆うようなタイプの拘束具も開発してある。魔鉄の在庫が少し怖いが、そこはここ半年で増えた2種冒険者達に活躍してもらうとしよう。

 

「とりあえずは、あれだね」

「ああ。そうだな……そろそろいくか、31層攻略」

 

 そして、ある程度訓練に目処がつき、人材の動きも押さえる事ができるようになったため、中断していた31層の攻略に着手する時間が出来た。とある用件で俺のスケジュールがかなりタイトになってしまったがこれはしょうがない。リザレクションをかけて眠気も疲れもぶっ飛ばしてやるしかないだろう。後、そろそろ恭二の目が怖いしな。

 

 

 

「実はもう対策を用意してある」

「おお、流石は恭二博士。で、どういった魔法なんですか?」

「ゴーグルにアンチマジックをかけたらいける」

「マジか」

 

 マジらしい。と言っても勿論、特製のエレクトラムを蒸着させたものでないと意味が無い。ようは奴の視線は魔法と同じ、という事だ。視線を受ける際に普通のアンチマジックでは抜かれてしまう。なら、アンチマジックをかけたメガネやゴーグルならば防げるのではないか?

 恭二はそう考え、実際に沙織ちゃんと御神苗さんと一緒に試しに行ったらしい。危険だから止めろよお前と真一さんがマジ切れしてた。せめて一郎を連れて行って被害担当にさせろ? それちょっと扱い酷くないですかね。

 

「お前なら気合で何とかなるだろ。バンシーの時みたいに」

「あれは本当になんでああなったか今でも分からないもんね!」

 

 真一さんがさも当然のようにそう言って、それに実の妹まで乗っかってくる。俺の味方はどこかに居ないのだろうか。沙織ちゃんや恭二すらも目を逸らしてしまった。ウィルはこういう時は最初から敵だから眼中に無い。

 

「私はスパイディの味方ですよ」

「シャーロットさん!」

「だから、今回の動画は任せてください!」

「シャーロットさん!?」

 

 カメラを片手に親指を立てるシャーロットさん。またシャーロットさんのスパイディ病が発症してしまった。こうなると彼女は敵ですらないもっと厄介な相手になってしまう。全部が全部善意で来られるから断りにくいのだ。

 また、映画の話がある以上宣伝材料は多いほうがいい、という事なので今回は強制的にスパイダーマンになった。久しぶりに実戦での動画撮影の為、ジャンさん達撮影班も本気の装備で潜る事になるらしい。まあ、その前にまずはバジリスクに対策が出来ているか、が問題だがな。試したのは1人だけだし実証は多いほうがいいだろう。

 

 30層までエレベーターで移動し、そのままパーティーを二つに分ける。今回は俺がメインアタッカー、ウィルがサブで、一花、ケイティ、シャーロットさんが援護する形になる。全員がきちんと特殊マスクを着用してのアタックだ。こいつでちゃんと防げていれば……

 

「……目があったが、なんとも無い!」

『流石はキョージだ』

 

 バジリスクの視線にすくむ事も無く俺達は魔法を放ち、怯むバジリスクに俺はウェブを射掛けてぐるぐる巻きにしてしまう。そして、勢いをつけて脳天からスタンプ攻撃をすると、バジリスクはくぐもった悲鳴のような声を上げて煙になった。これならバジリスクは怖くない。

 行くか、32層。

 

 仲間達と頷きあって、俺達は更に奥へ向かって歩みを進めた。



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第百七話 VSコカトリス

誤字修正、244様、アンヘル☆様ありがとうございました!


『やはり、魔法に対しては耐性があるね!』

 

 バジリスクに対して一斉に魔法を放つがどうも効果が薄い。特にここに来るまでほぼこれだけで何とかなっていたフレイムインフェルノが効き辛いのは辛いな。そろそろ新しい魔法が必要になってきたか。

 まぁ、今回は31層の突破が目的だ。バジリスクの脅威である石化の視線は封じた。毒は相手と距離を取れば問題ないし、俺のスパイダーマン形態にとって簡単に動きを封じられるバジリスクは完全にカモだ。ついでにいくつか試したい事もあったので、このままバジリスクには30層台攻略に向けた練習台になってもらおう。

 

「準備おっけー!」

『よし、サンダーボルト!』

「サンダーボルト!」

 

 拘束したバジリスクに向かってウィルとシャーロットさんのサンダーボルトが放たれる。俺の拘束の上から電流で焼かれ、バジリスクが悲鳴をあげる。が、まだ仕留めきれてない。

 

「てい!」

 

 一花が投げたナイフのような物が拘束されたバジリスクに突き刺さる。あまり使わない武器だがちゃんと当てられたか。

 

「サンダーボルト!」

 

 そして、一花が投げたナイフが突き刺さったのを確認し、ケイティがサンダーボルトを放つ。すると、通常なら雷の様にバラけていくサンダーボルトがナイフに吸引されるように集まり、一本の太い電流となってバジリスクを襲った。けたたましい悲鳴を上げてバジリスクは瞬時に煙のように消え失せた。

 

「おー、すげぇ」

『次は拘束してすぐに使って効果を確認してみよう』

「イチカ、忍者みたい! カッコいい。ニンニン」

「いやー、それほどでもあるかなーいてっ」

 

 鼻が伸びた一花の額を指で弾く。調子に乗り過ぎるとこいつは失敗しやすくなるからな。普段はともかくダンジョン内では早めに止めとかないと。

 そのまま俺達は31層の探索を続ける。マッピングもそうだが、バジリスクの魔石とドロップを集めるのも目的だ。これだけ魔法への抵抗力が高い上に蛇革だからな。20層のアニマル軍団を相手にしてた時から懇意にしている革職人が是非扱ってみたいと言っていたし、色々とスーツ作成で手伝って貰っている恩返し半分、新しい素材の実証実験半分という感じで素材集めをしている。32層の敵によってはそのまま32層を攻略する可能性はあるが、流石にゴーレムの時のように同じ敵ばかりという事はないだろう。

 

 次のバジリスクにはさっそく一花のナイフ投げとサンダーボルトのコンボを仕掛けてみる。結果は、なんと1発で敵を仕留める事に成功。外皮の下の抵抗力はそれほどでもない事が分かった。こうなれば後は簡単だ。拘束、ナイフ投げ、サンダーボルトのコンボで楽々とバジリスクを攻略成功。ボードを使って水路を渡った真一さんのチームとは別に俺達は着々と魔石と素材を集めた。

 

「お兄ちゃん、そろそろ合流しようって」

「オッケー。じゃあいよいよボスとのご対面だな」

 

 暫くすると恭二たちがボス部屋付近までのルートをマッピングし終わったと無線で連絡してきた為、合流しやすい位置まで移動しゴムボートで迎えに来てもらう。この水路を何もなしで渡るのはやはりキツそうだったので、ボートは必須装備になるかもしれない。

 

「こうなると船舶操縦士免許がほしいな。二種の小型免許があれば運転できるんだろ?」

「ああ。まぁそうだな」

「私はマリンバイク・ライセンスが欲しいかなぁ」

「私も、マリンバイク・ライセンス取りたいデス」

 

 実際に公海に出るわけではないので免許自体は必ず必要という訳ではないが、やっぱりないよりはあった方が良い。恭二がそう真一さんに尋ねると横から沙織ちゃんがそう答え、それにケイティが賛成、とばかりに声を上げた。この調子では今年も皆で沖縄に行く事になりそうだなぁ。

 

 

 

「……にわとり?」

 

 ボス部屋をちらりと覗いた一花がそう言ってひょい、と顔をこちらに向ける。うん、お前の目はおかしくない。あれはどうみても鶏だな。ただ、サイズが人より大きいだけで。

 

「バジリスクを従える鳥……コカトリスですか?」

「そうかもしれませんね。と言う事は」

「石化警戒。あと、猛毒だ。剣や槍は使っちゃだめだよ? 槍伝いに毒を送り込んで殺す逸話があるから!」

 

 一花の声に了承を唱える。ボス戦はメンバーを入れ替え、前列に俺、真一さん、恭二の三名が並び、後列に一花、沙織ちゃん、シャーロットさんのヤマギシ第一チームで行う。接近戦主体のウィルは今回論外だし、ケイティや他の二人もまだまだ連携では初期メンバーには及ばない。それに、このメンバーは未知の敵に慣れているからな。

 全員がゴーグルを装備。毒を受けないようにバリアとアンチマジック、それにレジストは再度かけ直し、空気が汚染されている可能性も考えてエアコントロールの魔法もかける。鉱山階層以外ではそうそうかけないんだが念のため、という奴だ。

 

「よし、じゃあ一郎、先陣は任せたぞ」

「りょうかい。いくぜ!」

 

 まず先行して俺が注意をひきつける。コカトリスの石化を防げるかは分からないから、他の人間がカバーに入れる位置をキープしとかないとな。ウェブを使って天井に移動し、そこに張り付いて陣取った俺にコカトリスとバジリスクの視線が向く。少しの違和感はあったが、問題なく動ける。ゴーグルはしっかり役目を果たしてくれたようだ。

 

「てやー」

「えい!」

 

 そこに一花と沙織ちゃんのナイフ投げが決まる。昔はボールを投げるのにもへろへろな玉を投げていた沙織ちゃんも今じゃ立派な冒険者。ストレングスも重ねがけした筋力でのナイフの投擲は200km/h近い速度で目標に命中し、大きなダメージを与えた。

 

「サンダーボルト!」

「サンダーボルト!」

 

 そこに真一さんとシャーロットさんのサンダーボルトが飛び、2体のバジリスクを一撃で消滅させる。コカトリスは上に気を取られていた隙に取り巻きが消えた事に気付いたのか戸惑ったようにきょろきょろと周囲を見回し、その頭を恭二のレールガンが貫いて霧になって消えた。

 

「思ったよりも弱かったね」

「ゴーグルで石化も阻害できるし……兄貴」

「ああ……行こうか、32層」

 

 ドロップ品の尾羽を拾いながらそう宣言する真一さんに周囲の面々も頷いた。32層もこの調子で行ければ良いんだがな。

 



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第百八話 初見殺し再び

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 32層に突入した結果を言うとただ一つ。コカトリスは弱い。以上だ。

 31層と違って今回はスピードクリアを目指している為まっすぐにボス部屋へと向かっているのだが、途中で遭遇したコカトリスは全てフレイムインフェルノ一発で倒してしまった。ナイフ投げの意味がなくて前衛に回った一花が暇そうにしている。何せほとんど拘束→恭二のインフェルノで終了してしまっているからな。2、3戦した位から後続のメンバーは身構えることすらなく周辺のマッピングや石やコケの採集を行っている。コカトリスは感知にもバンバン引っかかるし、厄介さで言えば明らかにバジリスク以下なんだよなぁ。

 

「あっと言う間に着いちゃったな、ボス部屋」

「拍子抜けって奴だが、皆。そろそろ気合を入れなおせよ」

 

 気の抜けた言葉を聞いた為か、真一さんが周囲のメンバーを見回して注意を促す。その言葉に頷く仲間達の様子をみながら、真一さんは深く息を吸って、吐き出した。真一さん自身も32層は本当に何もしてなかったからな。深呼吸で気分を入れ替えているのだろう。

 

「とりあえず私はお役御免だから後ろに回りたいかなーって」

「……恭ちゃん、私も後ろに行きたいなー」

「いや、どうしたんだ急に?」

 

 こそっとボス部屋を覗いて来たらしい一花と沙織ちゃんが揃って不参加を申し込んできた。若干顔色も青くなってるし、またゴースト系の敵だろうか。恭二と目があったので二人でそろっとボス部屋へ近づき中の様子を見る。

 

「サソリだ」

「サソリだな。でけぇ……あれで刺されたら一撃で死ぬんじゃね」

「バリアは効くと思うけど、接近戦は避けた方が無難だろうな」

 

 二人してそう頷き合って仲間達の所まで戻る。コカトリス2体を従えた巨大なサソリ、という単語で女性陣が軒並み拒否反応を示していたので、メンバーは俺、恭二、ウィルを前衛に真一さん、御神苗さん、デビッドが後衛として前衛をサポートする形を取る。今回はここで終わる予定だし、33層を進む時までには慣れてくれと言っておいたが……

 

「どうするかね。一先ずフレイムインフェルノでコカトリスは片付けるとして、問題はあのサソリだな」

「先に天井に張り付いて注意を引き付けるから、その隙に何が効くか試してくれ」

「オッケー」

「第二陣は万一の事があったら支援を頼む。全員、バリアとアンチマジック、そしてレジストはしっかりかけろよ」

 

 指示通りに各自が準備を行う。俺はそれにプラスしてウェイトロスをかけておく。空中をぶんぶん飛び回るのにこいつが解けたら不味いからな。後は、あのサソリの能力しだいなのだが、サソリの化け物ってなるとパッと思いつくものが無い。尻尾からビームとか毒液発射なんかだと非常に困るな。早めに拘束してしまおう。

 

「よし、行くぞ!フレイムインフェルノ!」

「おう!」

「フレイムインフェルノ!」

 

 真一さんの号令にまず恭二のフレイムインフェルノが飛び、コカトリスを焼き尽くす。残ったサソリの注意を惹き付ける為に俺はまっすぐ飛び出してウェブを数発サソリに浴びせ、そして天井にウェブを飛ばす。空中へ移動しようとジャンプした瞬間、何故か体が急に重くなり、天井に張り付いていたウェブがくっ付いていた岩ごと地面に落ちてしまった。中途半端にジャンプしてしまっていた俺は地面に着地すると、俺の拘束を振り解こうともがくサソリから急いで距離を取って後方を振り返る。

 

「何だ!? おい恭二、今何が……」

 

 後方を振り返って何が起きたのかを確認しようとすると、そこには地面に押し付けられるように倒れ伏す仲間達の姿があった。何かしらのドームのような物が部屋を覆っており、その中に居た俺とサソリ以外の仲間達が全て封じられている。

 

「お兄ちゃん! 後ろ……あぐっ!」

 

 駆けつけようとした一花がドームに入った瞬間、叩きつけられる様に地面に倒れ伏した。そちらに注意が向きそうになったが、ぞわりと背筋を予感が走り、気付いたら俺の体は真横に飛んでいた。拘束から抜けたサソリの太い尻尾が俺の体が先ほどまで居た場所を通り過ぎる。間一髪か。いや、それよりもこの状況は不味い。後方ではアンチマジックをケイティ達が唱えているが、効果が薄いようだ。

 

 こいつをあちらに向かわせたら不味い。今、身動きの出来ない仲間達は瞬く間に殺されかねん。つまり、こいつをここで足止めもしくは倒さなければいけないわけだ。俺が何故影響を受けていないか分からない以上、攻撃力の高い他の姿に変身をするのも不味い。スパイダーマンモードを解いた瞬間、地面に縫い付けられたら不味いのだから。

 

「時間を稼ぐ! 恭二、そっちは何とかしてくれ!」

「ぐ、ぎっ……た、たの、む!」

 

 苦しそうな恭二の声を背中に聞きながら、俺は横に飛んでサソリの尻尾攻撃を避ける。すれ違いざまにウェブを飛ばそうとしても地面に落ちてしまい飛ばす事ができない。しょうがないのでウェブをそのまま伸ばして、鞭のように振り回して相手に向かって嫌がらせのようにぶち当てる。攻撃力こそないが、多少距離が取れる上に相手の注意をこちらに引きつける事が出来たようだ。サソリはぶんぶんと振り回される糸にイライラしているのか、鋏と尻尾を使って糸を切ったり当たらない距離で尻尾を振り回したりと翻弄されている。

 

「いと、が……そう、か、ウェイトロスだ! 兄貴」

「う、ウェイ、トロス……!」

 

 俺が注意を惹き付けている間に恭二が事態を解決させたらしい。倒れ伏していた仲間達が次々と復活していく姿が横目にちらりと見えた。成る程、ウェイトロスのお陰で俺は動けていたのか。ジャンプしたときに感じた体が重くなった感覚は本当に重くなってたって事だな。

 

「サンダーボルト!」

「サンダーボルト!」

『サンダーボルト!』

 

 サソリに向かって復活した恭二と真一さん、デビッドのサンダーボルトが飛ぶ。その3本の魔法にサソリは瞬時に消し炭の灰になって煙のように消えた。ドロップ品は……毒の尻尾とかどうするんだこれ?

 

「駄目だな。このドーム、まだ消えない」

『ウェイトロス、覚えてて良かったけどこれいつまで出っ放しなんだろうね』

「多分、重力を増してるんだろうね! 魔法何でもありすぎじゃね?」

「今さらだろう。恭二、解除できないか?」

「んー、ちょっと待ってくれ。こうかな? アンチグラヴィティ!」

 

 恭二はドームの外まで出てからしげしげと外観を確認し。眉を寄せながら新しい魔法を唱えた。すると部屋中を覆っていたドームのような重力場が掻き消える。久しぶりに来た初見殺しの敵だった。コカトリスが楽だった分、衝撃が大きかった気がする。

 

 目標のボス部屋も攻略できたし、今日はもう解散しよう。真一さんは心底疲れ果てたという風にそう言って、恭二にゲートを開かせた。普段は魔力消費が、と早々使う事のないゲートだが、今日は四の五の言ってられる精神状況じゃない。ウェイトロスが使えなかった御神苗さんなんか、シャーロットさんに肩を借りてようやく歩けている有様だからな。

 

 反省会を行う空気でも無かった為、その日はそのまま解散し各自で体を休める事になった。一時とは言え影響を受けた一花も辛そうに歩いていたから、久しぶりに背負って実家の方に帰った。小学生の時以来だったため少し恥ずかしそうにしていたが、たまには兄貴らしい所も見せないとな。

 



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第百九話 反省会

最後のスタンさんの話は、賛否両論あると思うので先に書きますが、現実に同じキャストで映画の形でできるならぱちぱちは大賛成です。昔なら出来ない表現とかもあるでしょうし。

流石に年齢が年齢なので引退やら何やらありますから、それが出来なくてもリスペクトを感じられる物は楽しめると思います。

誤字修正、アンヘル☆様ありがとうございました!


「死ぬかと思った」

 

 ダンジョン探索の翌日。朝に食堂にやってきた恭ニの言葉に、あのサソリの能力を受けた人間は一斉に頭を縦に振った。俺も一応受けた側なんだが、酷い目に遭った訳ではないので頷きにくい。あいつとの一騎打ちは死ぬかと思ったが。

 

「だが、その甲斐はあった。そうだろう?」

「ああ! 皆見てくれ。フロート!」

 

 恭ニが手に持ったボールに魔法をかけると、ふわりと、とボールが宙に浮いた。明らかに物理法則を無視したその動きにどよめきの声が広がる。普段は冷静なケイティすら驚きの余りガタっと椅子から立ち上がり、隣に座っていたウィルに座るよう促されていた。ウィルも手が震えているので冷静という訳ではないだろうが。

 

 ボールは数分間空中に浮き続けて、そして効果が切れたのか地面に落ちた。

 

「こいつは昨日のアンチグラビティの派生の魔法だ。重力を重くする魔法があるならその逆もあると思って開発してみたんだが、普通のボールでもこれだ。こいつがしっかりとエレクトラム加工をされた素材に付与されればどうなるかはまだ分からんが、これより下って事はないだろう」

 

 魔法の効果が切れたボールを手に持って、真一さんは俺達を見た。

 

「法務の方にはすでに話を通してる。知財管理部が大仕事だと張り切ってるよ」

「医療、工業問わず利用方法はいくらでも有るよ! 宇宙開発にも使えるだろうし」 

「まぁ、専門的な使い方はその道の人に任せて俺達は大元で実利にありつくのが一番だろう。取り敢えずこれからの予定に支障をきたさない程度に色々開発していく予定だ。あと、ケイティとウィル。ここで君達に情報を渡した意味はわかるな?」

「もちろんデス。報告と口止メ、理解してマス」

『邪魔はしないし、援護は任せて』

 

 国内は元より、これで国際特許についても問題はないだろう。ブラスコとジャクソンが噛んでくれた以上、テロ対策も含めて万全になりそうだ。

 その後は軽く今日の打ち合わせをして食事を取り、各自が自身の仕事に向かって行った。今日は予定が無いため、昭夫君でも誘って遊びに行こうかと歩き出した俺を、ちょいちょいとウィルが手招きしてくる。

 

 スパイダーマンスタイルでもないのに非常に嫌な予感がした俺は逃げようとしたが、振り返るとそこには満面の笑みを浮かべたシャーロットさんの姿があった。

 

 

 

『やぁ、久しぶりだね!』

『あ、はいお久しぶりです』

 

 前に作ってもらった高級スーツを着せられて、俺はウィルとシャーロットさん、そして何故かめかし込んだ一花に引き摺られる様に東京の方の映画会社にやってきた。

 

「おお、兄ちゃんあれあれ」

「やめろください」

 

 玄関にデカデカと飾られる自分と初代様の握手の写真がマジで恥ずかしい。これ、今度の映画用に変身したバージョンも撮ってあって週替りで展示されてるらしいんだが、この会社は本社をテーマパークにでもする気なんだろうか。

 

 いや、そこは良い。自分も許可を出したし、割とノリノリで撮ってたのは否定しない。だからそっちは良いんだが。

 

『所でなんでここに居るんですかスタンさん』

『ハッハッハ! 君の顔が見たかったのと少しの野暮用だよ!』

『今度の映画の試写会に是非参加したいと言っているんだ』

 

 何故か通訳のような形でスタンさんの隣に座る初代様がそう言葉にすると、スタンさんは大きく頷いて俺を指差した。

 

『それよりズルいよ、イッチ! 映画に出てくれるなら早く言って欲しかった』

『成り行きなんです。申し訳ない』

『冗談だよ。彼等のマネジメントが優れていたんだろう。もちろん、次の映画の時は宜しく頼むよ』

『あ、はい』

 

 ニコニコとそう語るスタンさんの笑顔に、どうやら退路を完全に絶たれたことを悟る。

 その後、日本のスパイダーマンの話をしたり、新しい映画の素晴らしい点などを語ったスタンさんはそろそろ会談が終わるという頃合いに一度言葉を切り、尋ねるように隣に座る初代様に言った。

 

『所で、現在世界的に有名になりつつある【ライダーマン】、彼の映画は存在しないのですかな』

『ライダーマン、ですか』

 

 困惑する初代様と映画会社の重役に、笑みを浮かべながらスタンさんは話し続ける。今の状況が非常に勿体無い、と。

 現在、ダンジョン関係でのニュースが絶える事はほぼないという状況で、爆発的に認知度が上がっているコンテンツがある。例えばスパイダーマン、例えばメガマン、例えば、ライダーマン。全て俺が初期から変身をしている物だ。そして、この三つの中でただ一つ。ライダーマンだけが現状を活かしきれてないのだという。

 

『スパイダーマンは問題ない。我々は何度だって彼の映画を作るだろう。メガマンもそう。あのシリーズはまだまだ続くし、今の追い風にのって新作を開発中だそうだ。では、ライダーマンは?』

「それについては、今回の映画が」

『そう。今回の映画が出来たからこそ真剣に検討するべきだ。あの動画の出来は素晴らしい物だった。本編もきっと素晴らしいだろうね……その素晴らしさを知る為にはかつてのドラマを知らなければいけない。その為に40年前の話をそのまま流すのも駄目だ』

 

 そう問いかけるスタンさんに、映画会社の重役は答える事が出来ない。困惑している周囲を見渡して、スタンさんは微笑む。

 

『今こそかつてのライダー達の軌跡をリバイバルするべきタイミングではありませんかな?』

 

 そう言ってスタンさんは席を立った。あの、何で俺の襟首を。ダンジョンに入りたい? この場はこのままで良いんですかスタン先生!



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第百十話 嵐のような男

前話の続きです。

誤字修正。244様、アンセルム様、KUKA様ありがとうございました!


『ううむ、興味深い』

『スタンさん、ゴブリンも刃物を持ってるんでそんな近づいたら』

『うぉ! はは、こいつめ!』

 

 初めて見る明らかなモンスターである大コウモリやゴブリンに近づきすぎて危ない目にあったり、オークを観察しようと彼がふらふら近づく前にオークをウェブで拘束すると細部が見れないと文句を言われたり、スタンさんを連れたダンジョン探索は非情に順調に進んだ。順調に、進んだのだ。

 そして、必ず見たいといっていた11層に彼を連れて行く。

 

『素晴らしい』

 

 ゴーレムの歩く姿を見てただ一言、彼はそう言った。手に持ったカメラでパシャパシャと撮り、興奮した様子で早口で何事かをまくし立てながら色々な角度でゴーレムを撮影する。あんまり近づかれる前に対処したいんだが、ちょっと声をかけるのが憚られる光景だ。

 

『あー、スタンさん。何か倒し方にリクエストがあれば』

『ウェブで! あ、いや。ロケットランチャーもやはり捨てがたいな! メガマンのナパームショットも捨てがたい! ううむ、これほどの難問が唐突に襲ってくるとは全くダンジョンは素晴らしいな!』

 

 咄嗟にウェブと叫んだ後も考え直したように様々な武器や技名を呟いてはあーでもないこーでもないとスタンさんは悩み続ける。そろそろゴーレムの攻撃範囲だから危ないんだが。しょうがないので、最初に叫ばれたウェブでゴーレムの足を縫いつけ、バランスを崩して倒れこんだゴーレムを更にウェブで縛り付ける。

 

『イィヤッホゥ! やっぱりウェブは最高だ!』

『恭二、ロケラン』

「あいよ」

 

 回収係兼万が一の護衛役に連れてきた恭二からアメリカ製のRPGを受け取り、スタンさんを手招きする。何でもアメリカで1種冒険者の資格を取ってきたらしいので、折角だからゴーレム退治を体験してもらおう。目に見えて戸惑うスタンさんにRPGを手渡した。

 

『これを、私が?』

『ええ。冒険者なら使用許可を出せるので』

 

 おっかなびっくりといった様子でRPGを構えるスタンさんに念のためにストレングスをかけ、動きを封じられたゴーレムに向かって引き金を引いてもらう。真っ直ぐ飛んでいった対戦車榴弾は直撃したゴーレムをバラバラに吹き飛ばす。その光景にスタンさんは先ほどまでの戸惑いなど感じられない声で叫び声を上げた。

 

『ハッハー! これは最高の気分だね! 陸軍を退役して70年経つが、まさかこんな所でこんな兵器を使うとは思わなかったよ!』

『陸軍に居たんですね』

『ああ。戦時中にね。ずっとマニュアルや漫画を書かされていたよ。この年になってまさかね……人生とは何があるのか分からないもんだ。そしてそれが楽しい』

 

 スタンさんは手元のRPGを恭二に返すと、テクテクとゴーレムが居た場所に歩み寄り魔石を拾い上げる。今回倒した魔物の魔石は吸収してくれて構わないと伝えている為、そのまま吸収しているのだろ。ゴーレムは10層までのモンスターとは格が違う魔力量を持つから、かなり実感のある魔力アップになるはずだ。

 

『うぅむ、やはりゴーレムの魔石は違うね。以前誕生日プレゼントで渡された時を思い出すよ。あれ以来若い頃に戻ったように体が動いてくれるんだ』

『初めて会った時も十分若かったですがね』

『気分はいつだって20代のつもりだよ。だが、どんなに気張っても90を超えたら体が動かなかった。今は気分も体調も同じ年齢に戻ったよ』

 

 顔に皺は刻まれているが、確かに彼の歩みは90代の男性には見えない。もっと若い……下手をすれば30代に見られてもおかしくない程にしっかりとした足取りだった。

 

 

 

 スタンさんは奥多摩に1泊して帰る事になった。日本での用事は大丈夫なのかと尋ねた所、本当に俺の顔を見るのが主の目的で、東京の方の映画会社に寄ったのはあくまでも挨拶と、あとは少しだけ今後のビジネス展開について相談したい事があったそうだ。

 

『実は君が来る前に、日本版スパイダーマンを復活させられないかと相談したんだ』

『そっちもですか』

『スパイダーバースもあるからね。まぁ、はっきりと断られてしまった。代わりにスパイダーバースでのレオパルドンの使用許可はもらえたけど』

『そっちをですか!?』

 

 映画に出るのかレオパルドン。めちゃめちゃ見たいぞレオパルドン。漫画のスパイダーバースではちらっとだけ出て仲間を逃がす為に破壊されるという素晴らしいポジションだったが映画だとどうなるんだろう。むしろ実写で出来るのか?

 

『君と一花君が協力してくれるなら実写化も可能だと思ってるよ。スパイダーシリーズ初の3Dアニメも悪くないんだけどね、僕は』

『先の話は止しておきましょう』

『うん。という訳で次の復讐者たちはよろしく頼むよ。全世界が君を待っている』

 

 いや、待たれてもねぇ。と内心思ってしまうのだが、協力すると言った手前頷く以外の行動が取れない。余り映画などに拘束されたくないと事前に話しているから、そこを考慮してくれる事を祈るしかないか。俺が口をもごもごとしている様子がおかしかったのか、スタンさんは笑って俺の肩を叩く。

 

『勿論、ライダーの方と被れば調整は行うとも。私はあちらも楽しみにしているんだ』

『いや、ええ……あれどれ位本気だったんですか?』

『作り直すという意味でならまず無理だろうね。例の漫画のアニメ化が出来れば御の字という位じゃないかな? ただ、新規の為の入り口を作ってほしいというのは本音だよ。特に若い外国人が入りやすいような、ね。あれだけの拘りを持って作られた作品だと難しいかもしれないが。パワーレンジャーのようにこっちに合わせて輸入してしまうのも良いかもしれないな。その際は初代の彼に師匠の役を担ってもらって……』

 

 ぽんぽんと何でもないことのように新しい構想をどんどん並べ立てていくスタンさんに、俺は相槌を打つ事しか出来なかった。この人、若さを取り戻した途端にこれか。アメリカの方では連続で新企画や映画の企画が出てるらしいが絶対この人がやらかしてるんだろうな。間違いない。

 

 空港まで見送り、別れ際に『また近々会うと思う』と不吉な予言を残して嵐のようにスタンさんは去っていった。たった二日案内をしただけなのにサソリと戦った時よりも重くなった体を引きずって俺は奥多摩に戻る。今日はもう、休もう。



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第百十一話 警官教育修了。あとフロートの影響

誤字修正。244様ありがとうございます!


 警官隊全員の教育がようやく終わった。総勢240名、計3ヶ月に渡る訓練の最後の修了式にはこれまで教育に尽力してくれた教官たちや日本の参加者だった警官も訪れ、最後の修了者たちを労っている。

 

「ようやく一山終わったなぁ」

「次の医者ブートキャンプは始まってるけどあっちは警官隊ほど付きっ切りって訳じゃないからね」

 

 恭二と一花が雑談をしている脇で、俺は大量に詰まれたコミックスの消化を行っていた。余り読むのは早いほうではないため、他の仕事をしながらだとどうしても読むのが疎かになってしまうからだ。後は、知識の蓄えというのか。何か良い魔法のネタがないのかもチェックしている。ドクター・ストレンジ……これ恭二に読ませたほうがいいかもしれんな。何と言うか、あいつならいくらか再現できそうな気がするのだ。暇な時に読んでもらうのもありかもしれない。

 

「なぁ、兄貴。フロートの方はどうなりそうなんだ?」

「開発部の先輩が言語能力を失う位驚いてた」

「まぁ、そうなりますわな」

 

 エレクトラムを使用したシールドにフロートをエンチャントする。ただそれだけの事なのだが、それを見た人間は大概が言葉を失った。何せ、ぷかぷかと板が浮いているのだ。送風機がないかとシールドの下に手を突っ込んだ人も居る。また、フロートでエンチャントしたシールドに恭二が乗ってみたら普通に浮いていたので人が乗れる事も実証されており、持ち込んだ特許庁の役人はその日のうちに慌てて査定を行い異例の速さで特許が取れた。

 

 この早さには日本政府からの特例の措置も絡んでいる。海外では「先に登録したモン勝ち」という特許システムの国もある。そんな国に貴重な魔法技術を取られる訳にはいかない、と日本政府はヤマギシからの特許取得の要請には可能な限り最短で応える様に通達を出しているらしい。えこひいきと言ってしまえばそれまでだが、魔法エネルギーや今回のフロートにはそれだけで国の力を大幅に増しかねない可能性がある。最優先で確保をしなければといけないと政府も思ってくれているのだろう。

 

 特許を取得した事を公開した後、俺たちヤマギシ宛にとんでもない数の問合せが入ってきた。なんせ浮遊、反重力だ。この言葉だけで様々な可能性を見出す人は多いらしい。

 

「とはいえ、今現在だとただ浮き上がるだけしか出来ないからなぁ」

「制御が問題だね。後ろにプロペラでもつける?」

「それが最有力だな。現状でもホバークラフトを駆逐してしまいそうな性能の船は出来ると思う」

 

 浮き上がるという事は出来ても前に進んだり止まったりという機能はこの魔法には無い。その為そういった事を行う機能をつけなければ折角の浮遊能力も活かしきれないのだ。ただ浮遊させるだけなら現状でも十分なんだがな。先に述べたホバークラフトとかを参考に色々考えているのだが、ブレーキの部分や空中での姿勢制御がやはり難しいようだ。ダンジョン内部の資材運搬機を開発できないかとバイクや車を提供してくれているとある企業が接触してきているらしく、そちらと共同で考えるのもありかもしれない。

 

 また、エネルギー開発の時に協力してくれていたIHCが宇宙開発の分野でフロートを使った新素材の開発が出来ないかと持ちかけてきている。宇宙に上がる際、一番リスクがあるのはロケットで無理やり成層圏まで持ち上げる時らしいのだが、この部分をフロートが代用してくれれば安全に宇宙まで上る事ができる、というのだ。また、航空関係ではフロートによる浮遊は大幅なコスト削減の可能性を秘めていると話題になっているらしい。何せ浮き上がる為に必要なエネルギーを丸々推進力に使えるのだ。魔法エネルギーの開発が進むと共に開発されている新しい魔法式ジェットエンジンと合わせて、気の早い人などは既存の航空技術は過去の物になるとまで言い始めているらしい。言いたい気持ちも分かるけど、古い技術と組み合わせた方が効果はあるんじゃないかと思うんだけどね。

 

 

 

「なんかお悩みみたいなんで、すっごい簡単な案ならあるけど聞きます?」

「是非!」

 

 最近、事ここに至っては自身も魔法を覚えなければいけない、とマスターイチカの門下生になった研究部所属の真一さんの先輩が、引きそうなほどの剣幕で頭を下げてくる。本当に困っているらしい。この剣幕で来られる様な大した考えじゃないんだが。

 

「ええとですね、とりあえずこれですね」

「……絨毯?」

「はい。全体にエレクトラムの塗装を吹きかけた簡易のものです。別に絨毯でなくてもいいですよ?」

 

 一瞬、魔法の絨毯でも想像したのだろうか。変な表情になった先輩さんにただ身近に合った物で代用した旨を伝えると納得したのか半信半疑なのか、微妙な表情のまま先輩さんは頷いた。

 この絨毯はあくまでも浮遊する為の材料、ようは土台のようなものだ。そこそこの大きさで平べったいものなら木の板でも良い。この浮かせた絨毯の上に、更に大きな絨毯を被せる。その絨毯の端が地面にすれる手前位が望ましいかな。

 

「成る程。上に乗せた絨毯の自重で安定性を求めるのか。ホバークラフトに近い考えかな?」

「ああ、それもあるんですがどっちかというとこちらが本命です。恭二、エアコントロールをこの上の絨毯にかけてくれ」

「ん? ああ、ちょっと待て。エアコントロール」

 

 傍で暇そうにコミックを読んでいた恭二に頼み、エアコントロールをかけてもらう。風の結界がきっちりと絨毯の周りを覆っているのを確認すると、先輩さんにこの絨毯の上に乗り込んでもらう。

 

「ふむ、ああ、やはり単独で飛ばしているよりは大分安定するが、何故エアコントロールを?」

「恭二、そのまま動かしてみてくれ」

「は? ……あ、ああ!」

「え? あれ、これ動いてる? 何で!?」

 

 恭二と先輩さんが驚きの声を上げる中、絨毯はのろのろと動き始めた。やっぱり出来たか。空気をコントロールする、文字通りこの魔法はそう言った魔法なのだ。なんせウェブを使って高速で動いていてもこの魔法を使っていれば風の影響などを一切受けることは無かったのだから。

 先輩はブレイクスルーが起きた! と慌てて飛び降りようとして転んで地面に落ち、それを気にする素振りも見せずに立ち上がって走り出した。恐らく研究室に向かうのだろう。こんな簡易式ではなくもっとしっかりとした作りの魔法の絨毯とか出来ないだろうか。乗ってみたいんだが。




先輩:原作登場キャラだが名無し。開発部門で真一さんといつも悪ふざけのようなノリで様々な発明品を開発している。今作ではマスターイチカの一門に所属する事になった。実は82話から居る。


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第百十二話 魔法の畳

誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございました!


 先輩さんはどうもあの絨毯のイメージが頭に焼き付いたのか、茣蓙(ゴザ)に金属糸にしたエレクトラムを縫い込んで補強と魔法付与を合わせて行い、土台になる板の代わりに二重にした畳にエレクトラムを仕込んで茣蓙(ゴザ)でそれを包むという、見た目が完全に歪な畳にしか見えない物を作ってきた。

 

「取り敢えずエアコントロールによる制御はこれで特許を取っちまおう。見た目は悪いがインパクトがデカい」

「わ、これ本当に安定するね」

「周りを全部制御しちまえば安定するさ。隅に寄りすぎて落ちないでねマスター」

 

 畳?の上に座って茶を飲みながら一花と先輩がノロノロとした低空飛行で工場を移動している。藤島さん達がびっくりしてるな。

 ちなみに俺はエレクトラムをコーティングしたシールドを使ってサーフィンのように後ろに着いて行ってる。これはこれで面白いのだ。風の波に乗るというか何というか。

 

 この畳のようなナニカを車に積んで特許庁の支所に行くと、歓声と戸惑いの声が半々位で戸惑っているのが目に見えて面白かった。傍目だと何故か畳が飛んでてそれに先輩さんと一花が乗って茶をしばいてるようにしか見えんからな。魔法の絨毯スタイルだったらもう少し歓声が大きかったかもしれない。

 

「あの、一度検査の為に乗っても良いですか?」

「どうぞどうぞ」

 

 エアコントロールを使っている一花は降りられない為、先輩が畳?から降りて席を空ける。一畳しかないから3人は流石に狭くなるしな。先輩が座っていた場所に職員さんが乗り込むと、向かい合わせに座る一花が急須でお茶を注ぐ。座布団にみかん入れまで揃えてあるから本当に一休み出来そうな空間だ。職員さん、途中から完全に休憩モードに入って談笑してるし。

 

「じゃあ、そろそろ動かしましょうか。一花」

「おっけー」

 

 当初の目的を忘れていると判断したのか、周囲の特許庁の職員さんの視線が厳しくなったので一花に声をかける。大分和んでたみたいだけど、取り敢えず休憩はこの後にしてほしい。俺等も時間がないしな。

 職員さんの指示通りに畳?を縦横無尽に動かすと、今度は純粋に歓声が上がった。

 

「エアコントロールによる周辺大気の制御ですか……あの、これ、他の分野でもかなり使えません?」

「何にでも使えますよ。暴風雨にも効果があるんで」

 

 その様子を見ていた職員の一人にそう尋ねられたので答えると、慌てたようにメモ書きを始めた。メモをちらりと見ると建築素材と書かれていたので、これはまた魔鉄やエレクトラムの需要が増えそうだなぁ、と増えた報告事項を頭のメモに残しておく。忘れる前に一花に伝えておかないとな。

 

 さて、こんな面白い物はさっさと世界に紹介すべきだろうとの事で、特許の出願が上手く行った後は奥多摩に戻り、兄妹二人でノロノロと畳で茶を啜りながら奥多摩の街を練り飛ぶ?動画を撮り、即日公開。

 結果、世界中から驚きと困惑の声が動画のメッセージ欄に送られる事になった。大体「一緒に観光したい」とか「ついにスーパーマンも視野に入れたのか」とか、中には「これ絨毯だとうわよせやめろ」とかいう怪しい台詞まで寄せられたが概ね面白がってくれてるようだ。

 

「次はコタツかな」

「いや、普通の乗り物飛ばしましょうよ」

「……車か」

 

 それは夢があるから是非応援したい。先輩さんと駄弁りながら研究室に行くと、真一さんが昨日作った絨毯の上で楽しそうにサーフィンをしていたのでそっとドアを閉める。最近忙しそうだったししょうがない。誰だって羽目を外したい時はあるからな。先輩さんも優しい笑顔を浮かべたまま「よし、一郎君。ラーメン食べに行こうぜ!」と誘ってくれた。皆がこれ位優しければ世界は平和なんだろうがなぁ。

 

「ちょっと待て!」

 

 研究室のドアを荒々しく開いて真一さんが廊下に出てきた。若干肩で息をしている。余程焦っているのだろう。

 

「あ、真一さんお疲れ様です。どうされました急に。僕らは今帰ってきたばかりで何も見てませんよ」

「ほんとほんと」

「それ見てるって自白みたいなもんじゃねーか」

 

 ちょっと焦って口調が荒れている真一さんを宥めすかして研究室に入る。食事を取りたいのは本当だが先に報告を済ませるのも良いだろう。

 

「そうか、反応は上々って所か」

「そりゃそうだ。人類の乗り物の歴史が変わるからなこれ!」

 

 嬉しそうに絨毯に乗る真一さんに、興奮した先輩が捲し立てるようにアレがしたい、コレが出来ると騒いでいる。この二人、本当にマジックアイテム作りが好きなんだろうな。

 

「そういえば、これ二つの魔法を使った別々の絨毯を使ってますけど、キャンセルの魔法とかかけたら両方解けるんですよね。浮かしっぱなしなら良いんですがそこは大丈夫なんですか?」

「そっちはもう目処が付いた。エレクトラムを絶縁したらいける」

「絶縁?」

「ああ。前々から幾つかの魔法を組み合わせた製品は考えてたんだが、ゴムで覆ったら互いの魔法に干渉しないんだよ。必要な所にキャンセルの魔法が掛かれば問題ないし、むしろ今の問題は浮遊する力の調節だな」

 

 そう言って真一さんがキャンセルの魔法を唱えると、エアコントロールとフロートの両方が解け、絨毯と真一さんが地面に落ちる。真一さんは軽やかに着地したが、一々高い場所から落ちてたら土台も上に乗っているモノも壊れかねんな。

 

「一郎、悪いが俺は暫くこの技術の運用について研究を重ねたい。お前のアイデアのお陰で空気抵抗という最大の障害を除去する事が出来そうだからな」

「あー、了解です。恭二は暫く俺が見ますね」

「ああ……ちょっと、俺も心の整理をつけたいんだ。すぐに戻れるよう努力する」

 

 ぽりぽりと頬をかく真一さんに俺は黙って頷いた。バンシーに続きサソリでも、死を待つしかなかった状況というのは堪えたのだろう。グラヴィティを食らった恭二と俺以外のメンバーは、暫く32層への挑戦は出来ないと思っている。バンシーの時は不屈にすら思えた一花ですら、サソリでのアンチグラヴィティ習得について言い出さないのだから。

 黙って部屋を出る俺に、真一さんは一言「頼む」とだけ声をかけた。無言で頷き、俺は部屋を出る。

 あの人は必ず戻ってくる。なんせ俺たちの兄貴分なのだから。




フロート:文字通り浮遊の魔法。人類の乗り物の歴史を変えかねない可能性を秘めている。

アンチグラヴィティ:読んで字のごとく。アンチマジックのように過剰重力による拘束からの離脱に使用される。発展系の魔法はフロート。この魔法を逆転させると……?


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第百十三話 アンチグラヴィティの逆

誤字修正。244様、所長様ありがとうございました!


『まぁ、命懸けだし仕方ない事だよ。休憩は誰にだって必要だしね』

 

 一人でしみじみとラーメンを食べていた俺に、たまたま居たウィルと昭夫君を交えて先程の話をする。予想以上に深刻な内容だったのか昭夫君は二の句が継げないようだが、こういった話とは縁が遠そうなウィルはあっけらかんとした態度でそう言ってラーメンを啜り始めた。

 

「……軽くね?」

『余り深刻に言ってもね。それにまぁ彼は帰ってくるって言ったんだろ? なら帰ってくるさ』

「成る程、信頼し、してるんですね?」

『まぁ、何だかんだ彼以上のリーダーは居ないし信じたいって感じかな?』

 

 イチローもキョージもリーダーとして見ると論外だからね、とサラリと毒づくウィルに肘打ちを入れてラーメンを啜る。

 実際、他のメンツでリーダーなんてやるのは厳しい。初めて潜る階層なら特にだ。一番適正がありそうなのは一花かケイティだが、その二人は恐らく俺と恭二に頼りすぎてしまう。ウィル? 真っ先に敵に飛び込む奴がリーダーやるのは間違ってるだろ。

 

『まぁ、暫く骨休めでもしようよ。新発見の連続で世界も驚く気力を失ってる。今追加が来ても消化しきれないよ』

「フロートはすごか魔法たい!」

「まあ、それはそうだけどな。あと昭夫君、素が出てるよ」

 

 ここ数日はどデカい新発見の連発でニュース等もフロートとエアコントロール一色になっている。フロートはともかくエアコントロール自体は大分前から存在するんだがな。

 

『今までエアコンとしてしか使ってなかったから、そんな事が出来るなんて少しも思わなかったからね』

「いっつも使ってるけん、げふん。意識して、ませんでした。全然使いこなしてなかっ、たんですね」

「まぁ、エアコントロールしながら高速移動なんて俺位しかしないだろうからなぁ。初代様はキックの時に使ってたみたいだから多分気づいてたみたいだけど」

 

 あれって驚く事かな? とか普通に呟かれてた時はちょっとびっくりした。実際に使わないと意識しないってのは確かにあるだろう。昭夫君みたいに普段からエアコン代わりに使っている人にとって、温度調整以外にこの魔法の使用方法が存在するなんて考えなかっただろうし。あ、花粉症予防に使ってたってのは居たな。あれで気付くべきだったのかもしれない。

 ラーメンを食べ終えて3人で何となく総合ビルをぶらぶらしていると、冒険者協会支部から両脇に美少女を侍らせたハーレム野郎が降りてきた。あっちいけ、と手でしっしと追い払うも仲間に混ざりたそうにこちらを見てくるのでしょうがなく1階の休憩室に移動する。

 

「折角の休みなんだから都心に出てこいよ。二人連れて」

「都心で遊ぶよりダンジョンに潜りたい」

「ダンジョンガチ勢怖すぎ」

 

 恭二の怖い所は多分100%本音でこれを言ってる事だろうな。隣にこんだけ可愛い女の子を連れて最初に出てくる言葉がダンジョンな辺りヤバすぎる。

 

『人数的には丁度良いけどね。僕もサソリにはリベンジしたいし』

「お前、一応あんとき死にかけた一人だよね?」

『あの程度の失敗は目じゃないよ。僕の20年間の日陰者扱いに比べたらあの程度は軽いものさ』

 

 サラっと重い事を軽い口調で話すんじゃない。昭夫君も沙織ちゃんも引いてるじゃねぇか。ケイティは共感する所があるのかうんうんと頷いてるし、恭二はそんな事はどうでも良いからダンジョンいこうぜってオーラが出てる。お前最近本当に隙あらばダンジョンって言葉にするの止めろよ。真一さんからも結構ガチで心配されてるんだぞ?

 

「とっとと最下層まで行きたいのに世間が邪魔するんだよ……俺にダンジョンを潜らせてくれるならアメリカでも」

「ダメ! キョーちゃんは奥多摩の冒険者なの!」

「キョーちゃん! テキサスはイツでもOKヨ!」

 

 恭二の不用意な発言に普段は仲の良い二人が全面戦争になってしまった。こういう場面だと恭二は役に立たないし、ウィル、頼む!

 

『いや、キョージがアメリカに来てくれるなら大歓迎だけど、多分今よりダンジョンに潜れなくなるよ? 他の国はまるで人員が足りてないんだから』

「俺は奥多摩の一冒険者だから」

 

 ウィルの言葉にあっさりと変わり身を決め込む恭二に、俺と昭夫君のローキックが入った。

 

 

 

『アンチグラヴィティはこうか。ありがとうキョージ』

「そうだよな。アンチグラヴィティが出来るって事はお前なら逆も出来るって事だからな」

 

 ダンジョン11層の荒野地帯。入ってすぐに俺たちは近場のゴーレムを片付けて安全地帯を作り上げると、そこに陣取ってひたすら魔法の練習をした。もちろん、目下の目標であるアンチグラヴィティの練習だ。サソリの代役は恭二がやってくれている。

 

「グラヴィティ!」

『んー、そこはベ○ン! って言って欲しかったかな』

「じゃあベ○ン」

『良いね! 気分が乗ってきたよ!』

 

 地面に縫い付けられたウィルの言葉に恭二がさらに重圧をあげたらしく、ミシミシと音が聞こえてくる。アンチグラヴィティの上からグラヴィティを重ねがけすると突破されるみたいだな。

 

「突破って言うより対消滅だな。火が水で消えるみたいに魔法の効果が互いに消えてる」

「なるほど。最悪、キャンセルじゃなくグラヴィティをぶつけても良いのか」

「いや、それはそうだけど俺以外にこの魔法使える奴出てくるかが分からん。難しいぞこれ」

 

 そう言って恭二がグラヴィティを解除すると、ウィルがひょいっと立ち上がった。屈伸運動をしている所を見ると血が大分下がってしまったのかもしれない。グラヴィティに関してはセンスが抜群に高いケイティでも一発では使えないみたいだし、暫くは恭二のオリジナルスペル扱いになりそうだな、これは。

 

「対消滅……メドロ」

「流石にやらねぇよ」

 

 沙織ちゃんが一言呟こうとする前に恭二が止める。一花、お前沙織ちゃんにも読ませたのかダイ大。名作だけどさ。



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第百十四話 ライダーマン2号

今週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、あんころ(餅)様ありがとうございます!


『本郷さん、後は任せました』

『止めろ、結城君! 引き返すんだ!』

『その頼みは、聞けませんね』

 

 加速し続ける輸送機の中、通信機ごしに漏れる声。尊敬している男の悲痛な叫びは、心に痛いのか。溢れ出す血液を左腕で押し止め、結城一路は通信機の電源を切った。積めるだけ積んだ火薬の山の中、蹌踉めきながら立ち上がる。

 

『さて……本郷さんじゃないのは悪いが、地獄までの案内は頼んだ。慣れてんだろ?』

『ふん、ライダー共を1人、道連れに出来るのなら本望よ……いや、不服か。自身の力で貴様らを倒す事こそ我が望みだったのだ』

 

 全身をロープアームで雁字搦めにされた男は、自嘲の笑みを浮かべた。

 

『若造、名を名乗れ』

『……結城、一路』

『ふっ……結城丈二の……小僧。生きて戻れれば本郷に伝えよ。地獄大使は、再びお前の前に立つと。必ず、だ』

『……てめぇで伝えろよ、爺さん』

 

 地獄大使と呼ばれた男が苦しげに呻くと、体が揺らめくように掻き消える。ロープをすり抜ける様に拘束から抜け出した地獄大使の拳が一路……ライダーマンを捉えた。

 

『大怨霊……いや、大首領。ライダーマン、結城一路の最後を見な!』

 

 手に持った爆弾を叩き付け高らかに笑い声を上げながら結城一路の姿が爆炎の中に掻き消える。

 

 

 

 

 

 

「え、死んだの?」

「その後しれっと復活するんじゃない?」

「一応出番は終わりなんだなぁ」

 

 ジャンの編集作業を見ながらコメントを残す恭二と一花にそう返す。ラスボス手前で退場が今回の俺の役所らしい。

 この後、滝ライダーこと滝一也も敵の兵隊を引き受けて1号ライダーと現在放映中のライダーに道を譲り、先へと進んだライダーたちが大怨霊を引き剥がされた敵の親玉を叩くのだそうだ。そのシーンの撮影が終われば今回の撮影は終了、クランクアップだ。と初代様が嬉しそうに語っていた。

 

「結局この大怨霊って何だった訳?」

「元々は大昔に封印された妖怪みたいなものらしいんだけど、蓋を開けてみたらショッカーの大首領が力を奪って成り代わってたんだって。初代ライダーからの敵なんだけど、正体がわからないんだよね。ただ、エネルギーの塊だとかイド(自我)の怪物とか言われてたりする……そもそも悪霊って呼ばれてたりするから形が無いみたいなんだよね」

「ほー。ラスボスとの関係は?」

「封印されてた力を手に入れようとした側とそれを取り込んで操ろうとした側」

 

 現行ライダーが幽霊を扱ってる為、最初はそのストーリーに合わせる予定だったんだが、予想以上に魔法が多岐にわたって扱える事に気付いた撮影陣が予定を変更。

 物体のない代物も魔法で表現出来る=大首領だろうと何故か監督が言い出して、それに初代様が乗っかり何故か地獄大使役の俳優さんまでやりたがった為予定を変更。

 

 今回の流れを大まかに言うと、まず大怨霊=首領は黒幕ではない。あくまで本筋の敵がその力を取り込む為に求めていたもので、地獄大使もその為に復活させられた被害者のような物だ。

 

 何者かに蘇らされた地獄大使が己を利用しようとした黒幕を裏切り大怨霊を奪取。1号と決着をつける為に、己の精神が大首領に食い荒らされるのを覚悟した上で自身に憑依させ、1号との最後の戦いに挑む。

 

 あと一歩まで1号を追い詰めるも大怨霊を抑え切れずに暴走し1号に敗北、大怨霊としての本性を顕にしようとした所で注連縄を用いたロープアームに捕らえられ、最後は結城一路の機転により遥か上空で爆発に巻き込まれる。

 

 そしてこの爆発を見送った1号は、震える声で「ありがとう、ライダーマン2号」とだけ言葉を絞り出し、黒幕との戦いに向かうのだ。

 

「ちなみにこの黒幕、現行ライダーの方での敵なんだけど、地獄大使がカッコ良すぎてどうやって盛り上げるかで今撮影陣は悩んでるんだって」

「ああ、うん」

 

 面白い場面を撮ろうとして面白すぎて困るというのも変な話だ。

 

 

 

 俺の分の撮影も終わりコミックもあらかた消化したある日。川口医師に呼ばれて医師ブートキャンプに顔を出すと、

 

「やぁ、ヒーロー。いつも君のダンジョン講座を見てるよ」

「あ、どうも」

 

 川口医師の恩師だという大学教授の砂川先生は、俺と一花が動画に上げているダンジョンについての勉強動画みたいな物を見てくれているらしい。

 10層までは楽に行けるので誰かに説明する為の資料作りも兼ねているもので、ダンジョンの事をTVやネットでしか知らない人達に元々好評を貰っていたシリーズなのだが、臨時冒険者制度が始まってからは予習を兼ねて皆が見るのか一時期はパート1が世界一再生された動画になっていたらしい。

 

 何でも今度作る魔法医療を扱う病院に来る気らしく、ヤマギシの幹部に顔見せを行っているそうだ。俺は冒険者部と広報部の掛け持ちになっており厳密に言うと平社員なんだが、名物社員枠で声をかけたらしい。

 

「妹は高校卒業したら教育部門の長になるらしい」

「うわー身内人事。お兄ちゃんは?」

「平です」

 

 下手に役職持たせると扱い辛いらしい。代わりに給料は成果給って事でいっぱい貰えてるがね。

 

「まぁ、病院が出来たら君も理事の一人になるだろうし肩書なんて責任負わされるだけだ。給料が同じなら無い方が良い」

「教授も大変なんですねぇ」

 

 そろそろ定年なのに休みも講演やらなにやらで潰され、学内では下らない派閥争いで自由に研究が出来ない。ため息をつく教授と肩を叩き合い、俺達は硬い握手を交わした。

 

「バカばっか」

 

 止めてください妹様。その冷たい目、俺に効く。




砂川教授:定年間近のとある大学の教授。老いてなお研究意欲と行動力が衰えず大学教授の座を捨ててヤマギシの病院に務める事を決意。マスターイチカ一門


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第百十五話 5人組、入社

誤字修正。KUKA様、244様ありがとうございます!


 遂にマニーさん達がやってきてくれた。社長が小躍りして空港まで自分で車を飛ばしていこうとしたので周囲で取り押さえて(仕事から逃げる口実だった為)恭二と俺、それに御神苗さんで車を出して迎えに行く。実践畑の俺たちは他の人よりも暇があるからしょうがない。という形で社長に敬礼をすると書類の束を投げつけられたので急いで逃亡する。

 

『マニーさん、お久しぶりです!』

『うん……? ああ、キョージさんとイチローさん!』

 

 空港に彼らを迎えに行く前に変身をしてから入り、到着口の前で待つ。便は到着していた為、ほどなく彼らとは合流できた。最初は怪訝な顔をしていたが、マニーさんは俺の変装の姿は見たことがあるからすぐに気づいてくれたようだ。彼らは5名にそれぞれの妻子と結構な大所帯だが、これでもまだ一部だけで、他の親族も呼んでいるため数ヶ月にかけて日本に渡ってくるそうだ。

 車に戻った後に変身を解くと、子供達に『MS!』『すっごーいMSだ!』とわちゃわちゃにされて危うく事故る所だった。マジック・スパイディをもじってMSと言うのが俺の米国での一番新しいあだ名なんだそうな。順番逆じゃなくて良かったわ。

 

『ありがとう、イチローさん。家族と一緒に住める住宅まで用意してもらって』

『そこは、社長にお礼を言ってください』

 

 隣に座ったカルロスさんにそう言って、米国での話を尋ねたりあの訓練キャンプの思い出を語ったりと話に花を咲かせながら奥多摩へと戻る。彼らを引き合わせて、本日の俺の仕事は終了となったわけだが。

 

「一郎。手伝え」

「そりゃないっすよ社長」

 

 朝の件を根に持っていたらしい社長のドサ周り(顔合わせ)に付き合わされる羽目になり、結局夜まで良く分からない偉そうな人たちと毒にも薬にもならない話をする羽目になった。飯は美味かったけど全然食べた気にならず、深夜まで開けてくれているコンビニ横のラーメン屋でラーメンセットを社長と啜って互いに愚痴を言い合いながら家に帰る。こんな仕事毎日やってりゃそらストレス溜まるだろうな。今度ダンジョンに付き合ってあげよう。

 

 

 

『なぁ、イチロー。ハリウッドから矢の様に出演依頼が来るんだけどどうすれば良いかな』

「俺が聞きたいわ」

 

 警官教育も終わったしそろそろ帰るかなぁとウィルが言い出したのが先週。元々警官教育の為に長期出張のような形で国を出ている為、帰るというのはまぁ当然の話なんだが、これをどこからか嗅ぎ付けたのか世界冒険者協会宛やらウィルの個人ツブヤイター等に恐ろしい数の出演依頼やら今後の予定伺いやらが来ているらしい。

 

 俺と同じ沼に嵌るがいい、と最初は歓迎していたのだが何故か俺とセットの話が多くて楽しめなくなったのでマジレスという形で対処する。後は何故か一花が誘われてるっぽいがあいつは無理だろう。

 なんせどの依頼も魔力を持っている役者を起用した新しい時代の映画、というコンセプトで行われている。美容法として魔力吸収が市民権を得始めている昨今、当然ショービジネスの世界では魔力持ちが割と幅を利かせているらしい……身体能力まで上がるのだから当然といえば当然だが。そして、そこにもし一定の魔力もちに効果が抜群のイチカを放り込んだらどうなるか。

 

『効果覿面だね。その手があったか、流石はイチロー』

「やめろください」

 

 瞬く間にショービジネスの世界がマスターイチカ一門に侵略されてしまうだろう。マスターイチカ一門を増やす事に余念の無いこの男は勿論冗談だと笑って誤魔化そうとするが、絶対に本気だった。こいつ普段は飄々としてる癖に一花が絡むと途端に狂信者みたいになるからなぁ。頭の中でかつての冒険者訓練の際、仲間のマスターイチカ一門の冒険者たちと共に『マスターを称える会』とか言ってひたすら一花の発言録を朗読するだけの会をやっていた姿が思い浮かぶ。一花が怖がって止めなければ定例で行うつもりだったらしい。

 

 この話の一番恐ろしい所は、参加者全員がもう一度やりたいと言っていたのを一花の願いの一言ですっぱり諦めた事だろう。あの時、生半可な言葉はこいつらに言うなと一花と話し合ったのは嫌な思い出である。本人たちは半分ネタのつもりでやってるらしいがどこまで本気なのかが読めなくて怖すぎる。一花じゃなくても怖がるわ。

 

『まぁ、どちらにしても近々向こうに帰らないといけないからね。実家からもお見合いがどうたらこうたら煩いんだ』

「あー。名家あるあるね、わかるわ」

『君の方が普通は厳しいはずなんだがねぇ。ブラスコとヤマギシ社長に感謝したほうがいいよ?』

「なんで?」

 

 問い返すと肩をすくめるようにウィルは笑って親指を立てる。何か罠でも仕掛けられているのかと周囲を見渡すがいつもどおりのダンジョンの風景であり、特に何かがあるわけではない。笑い出すウィルに首をかしげ、まぁ良いかと俺は特訓を続ける。

 今現在何をやっているかと言うと、ベ○ンをかけてもらって、それを魔力を循環させる事でどれ位耐えられるかの実験だ。ほら、DBでもあるだろ? 重力室トレーニング。

 流石に普通にやったら血が下に行ってそのままお陀仏なので、現在魔力を体中に循環させて無理やり血流を起こせないかと試しているのだ。

 

『意外と耐えてるのが凄いね』

「口とかは大丈夫なんだが、やっぱり循環させるってのが辛いわ」

『僕はまるでイメージできなかったけどね。やっぱり君と僕じゃ魔力の捉え方が違うのかもしれないな』

 

 過剰重力の影響下で腕立て伏せをしてみるが、やはり何かをしながらだとかなり辛いな。因みに先ほど同じ事をやろうとしたウィルは開始2秒で「あ、これ死ぬ」と英語で呟いて倒れ伏したのでこの1時間過剰重力の影響下で動いているのは俺だけだ。何と言うか、右腕が再生するときを思い浮かべながら魔力を動かすと上手くいくんだよなぁ。

 

 ウィルはグラヴィティの維持と救急の時のアンチグラヴィティ要員をしてもらい、ジャンさんの撮影の下俺たちはその後2時間ほど撮影を続け、限界が来た俺が倒れ伏した時に終了となった。全力で魔力を扱う以上消費がでかいと思ったが予想よりも長かったな。恭二用の魔力計測器が完成したら俺も測らせてもらおう。

 



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第百十六話 クランクアップ

誤字修正。244様、kuzuchi様いつもありがとうございます!


『ライダー、ジャンプ!』

 

 両足を揃えて跳び上がり、空中で回転する仮面ライダー1号。その反動を利用して態勢を整え、必殺の一撃を叫ぶ。

 

『ライダー、キィィイック!』

『ぐわぁあああ!』

 

 撃ち抜かれた敵は雄叫びをあげて爆発。爆風に揺らめくマフラーを写しながらカメラは少しずつ上空へと向いていき、一瞬だけ光る何かを写して画面は暗く消えていく。

 

 

 

「カーット! お疲れ様でした!」

 

 監督がそう叫ぶと、場を歓声が包み込んだ。その場で隣り合った人物と握手を交わすスタッフ達の中、出番こそすでに終わっていたが俺も撮影仲間の一人として呼ばれていた為、駆け足で監督の元へと走る。

 

「監督、お疲れ様でした!」

「おお、一郎君か! ありがとう、君と昭夫君のお陰で凄い映画を撮ることが出来た!」

 

 俺の差し出した右手を両手で握り返し、監督は涙を目に浮かべながらそう言った。表現したくても出来ない事が、魔法を使えば出来る。その事に凄く喜んでくれていたが、涙ながらにそう言われると嬉しいような気恥ずかしいような気持ちだ。

 まぁそれはそれとして確保成功だ。

 

「全員傾注! 今から監督の胴上げを行うぞ〜!」

「え、ちょっ、一郎君!?」

 

 話を通していたスタントマンの方々や俳優陣がバタバタと集まってくる中、逃げようとする監督を右腕で拘束する。話を聞いていなかった初代様も苦笑いを浮かべながらこちらへと歩み寄ってくる。貴方も対象なんだがなぁ。

 

 

 胴上げを終えたあとは貸し切った会場へ移動し、クランクアップを祝っての打ち上げが始まった。俺と昭夫君はお酒は飲めないからと監督直々にビール瓶を持ってお酌係を任命されたので、そこらで好きに飲み始めたスタッフや俳優陣にビールを注ぎながら挨拶をして回る。

 

「おお、一郎に昭夫か! 今回はありがとう」

「初代様、ささ。一杯どうぞ」

「先生、俺の方も」

 

 二人同時にコップにビールを注ぎあっと言う間に溢れかえるビールに、おいこら! と初代様が笑いながら俺たちを叱る。辺りの連中がその様子を見てまた笑いだし、あちらこちらで乾杯の音頭が繰り返される。バカ騒ぎは貸しきった会場の時間一杯まで繰り返され、素面だった俺と昭夫君は皆の介抱の為にこっそりアンチドーテを使って回る羽目になった。あれ二日酔いにも効くんだよなぁ。

 元気になったおっさんどもは二次会だぁと気合を入れて夜の東京へ繰り出して行き、俺たちと同年代の若手俳優陣はおっさんどもの嵐が去った後に青梅線に乗って帰っていった。

 

「いやー、疲れたなぁ」

「結局、ろくに飯食え、ませんでしたね」

「なら、俺が今からラーメンを奢ってやろう」

 

 二人して駅のホームから出てきてさて、さて帰るかどうするかとぼやいていた時。唐突に後ろから声が掛かったので振り返ると、おっさん達と夜の街に繰り出していったはずの初代様がそこに立っていた。地獄大使役の人に捕まってた筈なんだが抜け出したのだろうか。

 

「いや、彼には丁寧に断ったよ。撮影中に何度か機会もあったからな……試写会の時は抜けられそうに無いが」

 

 苦笑して初代様はくいくい、と指で合図をして歩き出す。このあたりでラーメンと言ったらヤマギシ下のあの店の事だ。この数ヶ月の撮影の間、撮影陣の胃袋をがっちり掴んだあの店は俳優たちのツブヤイター等に良く登場する上に駅から近いこともあってすっかり人気スポットになっている。だが、流石に夕飯時には遅すぎるこの位の時間だとすんなり入ることが出来た。

 

 店内に入ってすぐ頼むのはチャーシューメンセット大盛り。学生も満足させるボリュームと言われているが俺には少し物足りない為、替え玉用の食券を2、3枚用意しておく。昭夫君はつつましくチャーハンセットの大盛りだ。遠慮など一切しない俺たちに初代様は笑って塩ラーメンセットの大盛りを頼む。

 

「魔力のお陰か知らんが、70近くでこんなに食べられるようになるとは思わんかったよ」

「本当に改造されてないんですよね? 土星のCMに出てたときより明らかに若くなってるって評判ですけど」

「土星さん四郎か。良く知ってるな……生まれる前だろう?」

 

 いや、今でもあのCM集は面白いっすよ初代様。昭夫君と二人、初代様を囲むように座りラーメンを待つ間にこの撮影の思い出話に花を咲かせ、数分。出てきたラーメンを男3名、無言ですすりはじめる。うぅむ、美味い。

 

「今回の撮影、無理を言ってすまなかったな」

「いや、お世話になってますし楽しかったですよ」

「んぐっ。俺、僕も、良い経験になりました」

 

 ある程度食べ終わった頃。スープを飲んでいた初代様が唐突にそう切り出した。撮影の参加自体は確かに唐突で逃げたかったが、楽しいと思ったのは事実だ。それに新しいキャラを1から演じるというのは初めての経験だったから余計に。役者が自分のキャラに関わる思い出を強く持つという気持ちも理解できた気がする。

 

「役者の道に進む気は、やはり無いんだな」

「……お誘い頂けるのは、嬉しいんですが。俺は冒険者ですから」

「僕も、冒険者としての自分を捨て、捨てることは、出来ません」

「それでいい。役者としての俺はお前達を惜しいと思うが、ここ1年で俺にも冒険者としての俺が出来上がった。その俺が言うんだ。お前たちは、冒険者としてあるべきだ、とな」

 

 そう言って初代様は俺と昭夫君の肩を抱いた。

 

「機会がある時にまた一緒に演ろう。今回は俺の我が侭に付き合ってくれて、ありがとう」

「……こちらこそ、ありがとう、ございました」

「先生、ありがとうございます」

 

 にっこりと笑う初代様の言葉に、俺と昭夫君は頭を下げた。初代様は「じゃぁ、また会おう!」と言って立ち上がり、そのまま店を後にする。

 俺と昭夫君は数分ほどその場で頭を下げたまま佇み、そして少し冷めてしまったラーメンを全部腹に収める。少しだけ寂しさを感じてながら、俺と昭夫君は部屋に戻った。

 

 

 

「よう、一郎! 実は次の復讐者たちにお前の師匠役で出ることになってな。またよろしく頼むぞ!」

「あ、はい」

 

 次の日に部屋をノックされたので出ると、満面の笑みを浮かべてそう語る初代様の姿があった。そういえば貴方、研修のために協会のマンションに部屋を用意して貰ってるんですよね。

 寂しさが全部吹き飛んだが、まぁ。うん。これはこれで良かったのだろう。



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第百十七話 宣材撮影。あとアメリカ行き

『ハッハー! ご機嫌だぜ!』

「おー、いいよ! 感じでてるねー」

 

 とりあえず現状の実力を確認、という名目でマニーさん達が落ち着いた頃合を見計らってダンジョンに入った。マニーさん達のチーム5人にデビッドを含めた6名のチームで1層から順繰り下に下りていく。10層以下から始めたのは、純粋にチームに異物(デビッド)を入れてもきっちり機能するかという確認と、他者が彼らのチームに紛れても実力を発揮できるかという確認をするためだ。

 

 結果から言うと完全にその心配は杞憂で、前・後に綺麗に分かれたチームはきっちり各々の役割を果たし何事も無く10層まで到達。昼の休憩に一度戻ってからまた11層にワープし、RPG無双を経て15層へ。そこに行くまでの全てをカメラに収めて、この日は一旦終了と言う事になった。鉱山エリアは撮影機材にも少し悪いし色々あってR指定の映像になる事が決定しているからね。

 

 そう、今回の主目的は連携の確認と、彼ら新人組の活躍する姿をカメラに収めて宣材を取る事だ。コレに関しては彼らがウチに来てくれると決まった時点でシャーロットさんが必ず必要になると主張していたもので、最優先で用意しなければいけないものだとされていた。

 

「彼らがヤマギシチームに所属する事は、大きな意味があります。人種的な意味で」

「黒人、ヒスパニック系、白人、アジア系が区別無ク参加する。凄く大キな政治的意味、持ちます」

 

 シャーロットさんの言葉にケイティが頷いた。ウィルやデビッドも肯定っぽいし、色んな人種が居るアメリカ組はこの辺シビアなのかもしれない。というか別にヤマギシ自体は優秀な冒険者は(犯罪者はお断りだが)基本的に所属したいと言って来れば迎え入れる用意があるんだが、相手側が気後れするのとそもそも冒険者自体がどこも人手不足で引く手あまたなのでこちらに寄ってこないんだよな。給金の形態とかも公表してないし。

 

 

 ある程度の宣材を取れたのでこいつを動画班にお願いして編集、アップロードしてもらう。今回、新人チームのイメージはアメリカナイズに豪快&豪快なイメージでまとめてもらった。ヤマギシチームはどちらかというと魔法的な派手さがメインで、そこに一風変わった芸風の俺という形だから純粋にパワー・イズ・ジャスティスな見た目をしてるマニーたちにはそれを生かした特徴をつけたかったのだ。

 

『ヤマギシに所属する以上、そういった目で見られるのは避けられないと思っていた。それに、もう少し身長があれば俺はNBAでスター選手になってたんだ』

「NBAじゃないけどこっちではスター選手並の注目度になるとおもうよ。報酬もね」

『ありがたい。これからはガンガンこき使ってくれ!』

 

 感慨深そうに自分たちの動画を見るマニーさんにそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。

 

 

 

 さて、正式加入したマニーさん達のお陰でヤマギシチームは忙しくて身動きの取れないシャーロットさんと、研究に暫く専念するという真一さん、そしてそろそろアメリカに戻るというウィルの代わりになる人員を補充する事が出来た。新層への挑戦は今現在のフロート熱が冷めたらという事で恭二も納得している。人員的に久しぶりに余裕が出来た形になる。

 

「という訳で、テキサスに一度戻りたいデス」

 

 ケイティが冒険者部での会議中にそう発言した。勝手に戻ればいいのでは、と思うかもしれないが、何時の間にやらケイティはブラスコからヤマギシへの出向社員という形でチームに所属していたのでこの報告が必要なのだ。

 

「ウルフクリークにも、病院作りたいデス」

 

 彼女が今回戻る理由がコレだ。奥多摩での病院建設が本格的に動き出した為、テキサスの方もそろそろ動かしたいのだとか。あっちは敷地的な束縛もほぼないし法律的にも日本ほど横槍が入れられる事はない。話が決まればすぐに動けるだろう。これには現状医師のブートキャンプがほぼ順調に進んでいるのもあるらしい。ある程度纏まった数の卒業生がそろそろ出るので、今のうちに受け皿を確保しておきたいのだとか。

 

 これは日本も同じ課題が出るだろうし、ヤマギシとしても事前にテキサスのほうで問題点の洗い出しを行ってくれるならありがたい。それにこの事業はヤマギシとブラスコの共同経営の会社が行う事になるので、無関係ではないしな。

 

 賛成多数でこの議題は可決され、ついでとばかりにアメリカに用事がある俺とケイティたってのお願いで恭二が補佐に選出され、それならばと俺たちの日程に合わせて帰るというウィルのプライベートジェットに同乗させてもらって俺たちは再びテキサスの土を踏んだ。

 

 久しぶりに会うブラス家の面々は、何と言うか。全体的に若返っていた。ブラス老はもう老という文字が失礼になりそうな外見になっているし、ジュニア氏はジョシュさんのお兄さんと言われた方が納得できる見た目になっている。

 

 奥さん方は、元から綺麗だったのに若さが戻った事で美しさに拍車がかかっており、ケイティやジェイと並ぶと美人3姉妹とその母(実は祖母)という不思議な構図になる。世代が一つ無くなっててこれは皆必死に魔石を求めるだろうなぁ、と今更ながらに実感した。

 

 そして、ヤマギシから持ち出した資料を元にケイティはプレゼンを家族に対して行った。たとえ身内といえど、ブラス嬢の提案をほいほいとは聞かない姿勢はすごいと思う。ただ、事あるごとににやり、と笑ったりしてる感じケイティの成長を楽しんでいるんだろうなぁという空気を感じた。質問はかなり厳しい目線の物が多かったが。

 

『リザレクションを使った医療と、その医療を広めるためのメディカルセンターは必ず必要になる』

 

 ケイティのその発言は受け入れられ、ウルフクリークにも巨大な病院群が作られる事になった。まぁ、元々ヤマギシ・ブラスコ(共同経営の会社の名前)が周辺の開発を担当していたから、そこにこの案件が加わる形になったんだが。

 

 後から始動したプロジェクトだが、その資金力と重要性から米国からの支援もかなり厚いらしく(ケイティのプレゼンを聞いた翌日にはブラス老が動いていた)完成はかなり早くなるだろうとの事なので、場合によっては世界初の魔法医療センターの名前はこちらに取られるかもしれない。日本政府のお尻を叩く必要があるかもな。



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第百十八話 スパイディ・イン・ニューヨーク

今週最後の投稿。
また来週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、ハクオロ様、アンヘル☆様、kuzuchi様いつもありがとうございます!


 その日、ニューヨークは平日の昼間とは思えない程の静けさだった。道を行く車は思い思いの場所に止まり、運転手は皆車から降りてカメラを構えて上空を睨みつけていた。これは今朝方、ニューヨーク市長から緊急放送という名目で全市民へ放送がなされ、この時間この通り沿いにいる車両は決して動いてはいけないと言われた為だ。その放送はつい先ほどまで全市内で流れ続け、その放送で指定されていた通りの路肩にはニューヨーク市警中の車を集めたのかパトカーが数十台も並んで、数kmに渡り交通規制を敷いて通行する車を監視している。

 この奇妙な状況に、ニューヨーク市民の脳裏に一昨年の冬のある日の出来事が過ぎる。時間があるもの、ないもの、なければ作れば良いと開き直るものまで、様々なニューヨーカー達が自分と仕事に都合をつけて、とある通り沿いにある種の期待と予感を胸に秘めてひしめき合う。この一角だけがまるで大きな祭りの会場であるかのような人口密度の中、不思議と誰も口を開くものは居ない。聞こえてくる音は近隣で立つ人間の息遣いと、時折時間を数えて読み上げる誰かの声だけだった。

 突然、全ての信号が赤に変わる。

 

『時間だ』

 

 その言葉を言ったのは誰だったのか。カメラを構えて上空を睨みつける男だったかもしれないし、路肩に車を止めている警察官だったかもしれない。ただ、誰かがその言葉を発した瞬間に、彼は来た。

 文字通り、空を舞って。

 

『ハーイ、皆! ただいま、ニューヨーク!』

 

 拡声器も何も使った様子はないのに不思議と響いたその声を聴いた瞬間、割れるような歓声が爆発するように通りに響き渡った。『スパイディ!』と呼ぶ声もあれば、『おかえりMS!』と彼を迎える声も聞こえる。一つ言えることは、この場に居る全ての人間が彼を歓迎していて、彼はそれを楽しんでいた。彼はゆっくりとウェブを使って空を舞い、低空に来たときに手を上げた男性の手をハイタッチしてまた上空に上がる。

 奇声のような喜びの雄たけびをあげる男性の声と、彼をもみくちゃにして祝うニューヨーカー達の姿をチラリと見て、彼は目の端にある物を発見。ウェブを切り、滑空するように途中でアクロバティックを見せて歩道に降り立った。

 まさか彼が降りてくるなんて思って居なかった彼らは動揺しながらも道を空け、その様子に手を上げて謝罪する彼の後ろについていく。

 

 【タコス&チーズ】と書かれた店舗の前に立った彼は、驚きで目をまん丸と開いた初老の店長を尻目にメニューを眺める。

 

『どれも美味しそうだね。おじさん、お勧めはどれ?』

『あ、ああ。うちのお勧めはライスをタコスと一緒に包んだタコライススティックだよ。食べやすいし、ぼろぼろと落ちないんだ』

『飛んでても落ちないかな?』

『わしは飛んだ事がないからわからんなぁ』

 

 店長の答えにそりゃそうだ、と彼が笑ってタコライススティックを頼み、一本を齧って『うんまぁい!』と叫んだ。腕につけたブレスレットから10ドル札を取り出した彼はお釣りを渡そうとする店長に首を振ってレジ脇の募金箱を指差す。

 

『とっても美味しかったよ、ありがとう』

 

 じゃね、と手を上げて再び空へと帰っていった彼を見送り、店長は上空を見上げたまま、腰を抜かしたようにその場に座り込む。暫くすると交通規制は解け、信号も赤から青に戻ったが誰もその場を動こうとせずに上空を見上げ続けていた。彼らは同じく正気に帰った警官隊に促されるまでその場に佇み、正気を取り戻した後はタコス屋の前で長蛇の列と化すことになる。ニューヨークに新しい名所が誕生した事を察した警官隊は市警本部に連絡を入れ、周囲の交通規制を渋滞解消の為に行い始める。勿論、彼らもタコス屋に並んだのは言うまでもないだろう。

 

 

 

『という感じでやりましたけど大丈夫ですか?』

『もちろん、事故は起きなかったよ!』

『そちらではないんですが』

 

 数ヶ月ぶりに会ったスタンさんは相も変らぬテンションの高さで俺を出迎えてくれた。まぁ分かると思うが先ほどの光景は彼とニューヨーク市長が組んだ結果である。ニューヨーク市長、前回のアレで支持率が10%位上がったと喜んでいたらしく、結構な頻度でスタンさんに彼は来ないのか。来るんなら全力で便宜図るぜ! とプッシュしていたらしい。

 

『僕としてもいい宣伝になるしありがたかったけどさ!』

『あー。予告編もう作ったんですっけ』

 

 今回、俺がケイティに着いて来たのは元からあった用事を片付けるためだ。スタンさんから復讐者の打ち合わせと顔見せの為に一度ニューヨークに来てくれと頼まれていたので、ある意味渡りに船のタイミングだったな。ただ、すでに作ったという予告編、俺の立ち絵とか奥多摩の映像しかないんだが大丈夫なんだろうか。

 

『大丈夫。こいつでミスリードを狙うんだ。まさか皆復讐者の話だとは思わないだろう』

『えっと、それってバレないんですか?』

『スポンサーは責任者にしか知らせてないし、復讐者たちの俳優にも黙っててもらってる。あと、うちでこの内容を知っているのは僕とジェームズだけだから問題ないよ。途中まではマジック・スパイディとして撮影するしね』

 

 この人の遊び心凄いわ。全米を騙すつもりだ。スタンさんはワクワクといった感情を一切隠さずに上機嫌で話し続ける。この後は市長と面会をした後、撮影スタッフや俳優陣と顔を合わせることになるらしい。初代様と初めて会った時と同じようなプレッシャーを感じながら、俺は淹れてもらったコーヒーを一口含んだ。

 

 



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第百十九話 歓迎会

今週もよろしくお願いします。

誤字修正。244様、あんころ(餅)様ありがとうございます!


『初めまして、タコスの宣伝を行う為に来ました、イチロー・スズキです。野球選手じゃありません』

『ここにいる誰もが知ってる情報をありがとう』

 

 ちょっと冗談めかして言うとドっと場が沸いてくれる。優しい人達っぽくてよかった。

 

『イチロー君、この場に居る面々は皆共犯者ばかりだ』

 

 スタンさんはそう言って傍らに立つ俳優と肩を組む。社長だ、社長が居ると思わずテンション上がりそうになったがよくよく考えたらここに居る面子が何かしらの役の人だから当たり前か。落ち着くために深く息を吸って右手を差し出し握手を交わす。

 

 彼らは次回の映画の事情、『実は復讐者たちのストーリーであるのに、全米に対してMSの制作だと誤認させる』為に協力してくれている俳優達だ。キャップ、社長、ロンゲといったビッグ3は元より、過去作に登場したヒーローたちを演じた俳優がズラリと並んだ光景はため息しか出てこない。

 

『今回のプロジェクトは本当にごく一部の存在と俳優しか知らされていない。ここにいるメンバーも皆、別の仕事を請けているように情報が出回っているんだ』

『俺は何故か北極海にロケに行ってることになってるぞ』

『あー、うん。君の事務所はもう少しウソの技術を磨くのをお勧めするよ』

 

 茶化すようにキャップの俳優がそう言うとスタンさんは心底残念そうにそう答え、その様子にくすくすと笑いが漏れる。『俺はアマゾンだった』『私は日本よ。本当に京都に行きたいわ』と言った声も漏れ聞こえるがそれ本当に隠すつもりがあるのだろうか。

 

『今回は復讐者たちAチームの撮影班とBチーム、いわばMSの主軸のストーリーを撮影するBチームに分かれる。途中で勿論合流するが最初はアメリカと日本で別れての事になるので顔を合わせる機会が少なくなりそうだからね。皆も新しい仲間と話したいことがあるだろうし、是非交流を深めてくれ。あ、乾杯』

『遅いよ編集長! 乾杯!』

『乾杯!』

 

 スタンさんの掛け声に合わせて周囲では杯を掲げて一気に飲み干したり、隣に立つ人物と話し合いながら杯を交わしたりと言った風景が広がる。そして一斉にこちらに視線が向いた。思わず後ずさりそうになるのに、隣にやってきたイケメン俳優が苦笑を浮かべる。

 

『おい、皆。僕の後輩が怯えているじゃないか。特に女性陣、視線がその、怖すぎる』

 

 ブルブルと震えるような仕草で両腕を抱く仕草に苦笑が広がる。

 

『あら。女はダンジョンに興味津々なのよ、スパイディ』

『1人で10層までいけたって呟いてなかった?』

『ゴーレムはまだ狩ったことが無いわ』

 

 この間の映画で本家スパイディを演じていた俳優さんとブラック・ウィドウ役の女優さんを皮切りにぞくぞくと周囲に人が集まってくる。というか皆、こっちに来るんだけど。あの、そんな話しかけられてもあ、こっちも話しかけられたら。

 

 結局2時間近く話しっぱなしで最後には一発芸代わりに天井を歩いたり歩かせたりしていたら全員天井に来たり、ウェブに喜んで包まれるキャップの姿を一斉に写真撮影をしたりと騒ぎながら会合は終わりを告げた。一番騒いでたのがスタンさんだったのがまぁ、うん。お察しだったが。

 

 

 

『いいなぁ、僕も行きたかったよ』

「来りゃよかったじゃん」

『実家が忙しかったんだよ。全く』

 

 先日終わった会合の後、スタンさんから色々引っ張りまわされているある日。数日振りにウィルが連絡を寄越して来たのでホテルの自室で待っていると、やたらと身奇麗に整えた紳士が部屋にやってきて最初の数分は誰か分からず合言葉を尋ねてみたりギャグのようなやり取りをして本人かを確認する事になった。

 

『でも、こんなやり取りが楽しいよ。実家では本当に気が休まらなかったから』

「大変だね。でもなんで? 前まで自宅の部屋が唯一の楽園だったんだろ」

『楽園は消えてしまった。あそこにあるのは富と権力と名声に目が眩んだ俗物達の姿だけだ』

「つまり?」

『僕の大事な大事なコレクションは全部物置に放り込まれていて机には大量の見合い写真だ。この数日僕は毎日父親と大喧嘩だよ』

 

 本当に気落ちしているウィルの様子に肩を叩く。流石に可哀想になったのでまたうちに来るか尋ねたら暫くはどうしても居なければいけないとの事。大学の卒業式に出なければいけないからだそうだ。それが終わり次第また日本に来るとは割とガチ目のトーンで言っていたので、余程腹に据えかねているのだろう。オタクの私財を雑に扱うって宣戦布告と変わらんからなぁ。

 

『一応言っとくけど君だって無関係じゃないんだからね』

「そこで俺の名前が出る理由が分からんのだが」

『うちの親は何とかマスターと僕を見合いさせられないか再三ヤマギシに問い合わせてるんだけど待て待て待て』

 

 何も言わずに立ち上がった俺を羽交い絞めするようにウィルが止めに入る。大丈夫、お前には手を出さないよ。違う? ハハッ

 

『当たり前だ。マスターと僕なんてそんな恐れ多い事、考える事すら出来るわけないだろうが』

「……お、おう。相変わらずだな。頭冷えたわ」

 

 何故か俺に対して怒りを露にするウィルにちょっと引いて俺は席に戻る。ヤマギシ経由って事は母さんにも伝わってるだろうしあちらから何も言われないなら、まぁ、手は打ってるって事だろう。変な所から話が来るよりはまだマシだし。しかし、一花に見合い話か……時間が立つのが早いな。そういえば今年で俺も20だしそろそろ彼女が欲しい所だが。暫くは無理かな。



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第百二十話 ニューヨークにおける彼

誤字修正。KUKA様、所長様ありがとうございます!


『良いねぇ。うん、実に良い』

『ミスター、正直生きた心地がしないので早めに終わらせたいんですが』

 

 ご満悦でカメラを眺めるスタンさんに社長役の俳優が顔を引きつらせてそう発言した。単に上空200M位で宙吊りになってるだけなので命に別状はないんだがな。念の為に途中でフロートを掛けたウェブも張り巡らせてあるし。

 

 何をしているのかというと、大体お察しの通り復讐者達の撮影だ。今は上空での戦いで隙をついて社長を捕らえたシーン。宣伝第二弾の落ちに使うみたいだからこの部分は早めに撮りたいらしく、俺がアメリカに居る間に、という事で早めに撮影となった。

 

 第二弾という事は第一弾もある訳で、こちらは既に全世界に向けて発信されている。まさかの社長との激突で締められた第一弾では素晴らしい反響を呼んでいるらしく、早速どちらが勝つのか、本家のスパイディとの関係は、といった憶測が飛び交う事になった。

 

 また、MSとしてのストーリーとしては、漫画版から若干変わっており親友を助ける為ではなく妹を助ける為に変更されたそうだ。これは恭ニのキャラが強過ぎる為と、やはり少女を助ける為に家族が奮闘する、という分かりやすく感情移入できる要素を優先した為だそうだ。恭ニの奴を巻き込めると思ってたんだがなぁ。

 

 このストーリーの変更でまず変わったのはウィルの登場タイミング。MSでのウィルは家族との折り合いが悪く日本へ逃避するように旅行に出掛けそこでダンジョン騒動に巻き込まれたという設定で物語の中に現れた。

 

 しかしこの話では最初から留学をしており、ダンジョン近くの大学で語学を学びながら、MS主人公の家族が経営するキャンプ場でバイトをしていたりと最初から知り合いであるとされている。これに関しては時間短縮の為らしいからしょうがないが、漫画版読み込んできたのが一気に無駄になった気がして少しモニョる。

 

 いや、面白かったし読んだ事自体に文句は無いんだ。ただ、シャーロットさん監修で台詞を一つ一つ言えるようになるまで鍛えられた時間が無駄だった時の虚無感は半端じゃなかった。コレに関してはウィルも被害者だった為一緒に落ち込んでいると、そのシーンを何故か撮影される。NG集っぽいので使うらしい。

 

『幾らなんでも全部の台詞を覚えてくるとか信じられない』

『その信じられない事を強要してくる人がヤマギシの渉外担当の1人です』

『怖い。戸締りしとこう』

 

 最近日本の雰囲気を知る為と称して暇があればネットサーフィンを行っているスタンさんは時たま物凄く間違ってる方面に力を入れていて現代日本の一員としては修正を図っているのだが、新しい事はどんどん取り入れる割に一度良いと思ったら頑固に使い続ける所があって難航している。ネットスラングは用法用量を守ってくださいと何度も言ってるでしょう。都合の悪いときだけ90代の老人に戻らないで下さい。

 

 

 

 ふと気づいたら恭二の奴が日本に帰っていた。何が起きたのか全く分からないと思う、俺も意味が分からなかった。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものじゃないもっと恐ろしい何かを味わったぜ。

 

『ごめん、楽しそうだったから声かけるのも何だかなって』

「おまえ、ころちゅ」

『ニンジンくえよ』

「食っとるわ!」

 

 そう言って携帯電話を切る。帰りの日にちがズレるのは知ってたがせめて声くらい掛けろと思うのは間違っているだろうか。いや、絶対間違ってない。この復讐は必ず果たすと心に決める。

 

『あー、それで、スパイディ』

『あ、すみません。自分はMSの方です』

『ああ、うん。そっちじゃなくて、そろそろ引渡しを、ね』

 

 そう言って黒人の警官はウェブで絡め取られた数名の男たちを指差した。恭二と電話で話をしていたら目の前で引ったくりを見かけたので咄嗟にウェブで拘束してしまったのだ。そう言えばそのままにしてたけどコレ俺どうなるんだろう? 暴行に値するのかな。とりあえず両手を前に出して弁護士を呼んでくれと言えばいいんだろうか。

 

『あのな。冗談でもそれは止めてくれ。ニューヨーク市警がデモ隊に破壊されちまう』

『いやいやまさか』

『まさかもないぜ。周囲見てくれよ』

 

 言われて周りを見渡すと、凄い数の民衆が真剣な表情でこちらを眺めているのを見ているのに気づく。何名か棒切れっぽいのを持ってるように見えるのは気のせいだと思いたい。気のせいじゃないよなぁ。

 

『今、アンタの生徒だったアンダーソン警部補がこっちに向かってる。犯人はコチラで搬送するから、この拘束を解いて大人しく俺と待っててくれ』

『……あー、その。ごめんなさい?』

『むしろ礼を言わせてくれ。俺とここに居る仲間は二次元に入らないであんたと協力できたんだから。ありがとう、ヒーロー』

 

 そう言って握手を求めてくる警官、ダニーさんという名前の巡査さんと握手を交わすと、周囲を割れんばかりの拍手が埋め尽くした。どうやらこれで正解だったらしい。犯人達も暫く放置してしまった為急いで拘束を解き、手荒にして申し訳ないと一言詫びると、『あんたに捕まえられたんなら箔がつくよ』と苦笑を返された。あんまり悪い事するなよ、と声をかけてパトカーに乗った連中を見送ると、何故か連中パトカーの中から大きな声で『ありがとう、スパイディ!』『ニューヨークへようこそ!』と叫び始めた。あ、中の警官に殴られた。

 

『毎回ああいう感じなんですか?』

『んな訳ないだろ。あんたが特別なんだよ……連中は留置所の中でデカい顔が出来るだろうさ。なんせ本物のヒーローに手ずから捕まった初めての人間だからな』

「……いやー、冗談キツイわ」

 

 入れ違うように現場に入ってきたパトカーから見覚えのある白人男性が出てくるのを尻目に、俺は周囲の溢れんばかりのスパイディコールにマスクの下の顔を引きつらせて立ち尽くした。本当に冗談キツイわ。マジで。



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第百二十一話 スパイディ逮捕!? 驚愕の真実は!

サブタイはどっかのゴシップ誌のタイトルです。

誤字修正。kuzuchi様ありがとうございました!


 アンダーソンさんはつい先日まで奥多摩で対冒険者用の訓練を積んだ警官の一人だ。基本的に例の訓練を行った警官は後進の教育の為に教官の任についているのだが、ニューヨークの様な大都市では彼のように対冒険者訓練を積んだ警官の運用を行う為に数人が配備されて実地での運用実験を行っているらしい。

 

 ニューヨーク以外にも対冒険者訓練を積んだ警官は西海岸とワシントンに配備されており、彼等は後進の教育を行う他の訓練履修者が育てた後進の受け皿を作る為に奮闘しているそうだ。

 

『まさかこんな序盤で貴方レベルの相手の抑え役をやらされるとは思いませんでしたがね』

「迷惑をかけて申し訳ない」

『いやいや。貴方は誇れる事をしたのですから、頭を下げないで下さい! 所でマスターはお元気ですか?』

 

 そういや貴方も門下生でしたね。

 彼の運転するパトカーに揺られながらニューヨーク市警に入ると、待ち構えていたカメラマン達がパシャパシャとシャッターを切る。捕まってないよ、と両手首がフリーな事をアピールすると何人かが笑ってくれた。

 

『普通の手錠じゃ拘束も出来ないでしょうが』

「アンダーソンさんの腰に着いてるのだと手が溶けちゃうしね」

『その映像を見られたら私がマスターに殺され……』

 

 そこで言葉を切られると凄く怖いです。俺とアンダーソンさんはそのまま真っ直ぐ署長室に通され、中に入ったらゴテゴテと勲章を着けた壮年の男性複数人に敬礼を向けられる事になった。

 

『あくまで一協力者として行動したという事で』

『はい。こちらとしても大変恐縮ですが』

 

 ハンカチで額の汗を拭いながら署長は申し訳なさそうにそう言った。やっぱりヒーローが華麗に解決! という形で処理されると後々がとても面倒臭くなるみたいだ。

 

 俺としてもその判断には特に異論は無かったので了承し、あくまでたまたま見かけた犯罪者を現行犯で捕まえた、という形で発表して貰うことにした。あんまり変な形で騒がれても困るからね。

 

 その後署長と握手をしているシーンを広報の人がパシャリと撮り、善良な一市民との微笑ましい対談みたいな感じで公表してくれるそうだ。色々体面も気にしないといけないのは大変そうだ。良かれと思ってやった事で面倒もかけてしまったので少し気が重い。

 

『いや、貴方は正しい事をしました。それを見て騒ぎ立てる連中が悪いのですから』

『そう言ってくれるのはありがたいですね』

『さて、一働きした後は腹も空いたでしょう。本場のステーキを堪能していかれませんか?』

『是非ご一緒させて下さい!』

 

 少し落ち込んでいた俺に気を遣ってくれたのか、この後は非番だというアンダーソンさんに誘われて、俺は行き付けだというステーキ屋で本場アメリカのドデカイステーキを堪能する事になった。何というか、うん。肉塊ってこういうのを言うんだろうな。久々に肉を見たくないって気持ちになるまで食べた気がする。近場の焼肉屋さんは食べ放題無くなっちゃったからなぁ。

 

 

 

『シャーロットさんが気付いたら国外へ行こうとしてて割と焦ったよ!』

「何してんのあの人」

 

 あやうく捕まりかけた事を連絡すると帰ってきた返答がこれで思わず真顔になった。何でも前々から色々と仕事を調整してアメリカに行こうとしていたらしいがスッパ抜かれた俺の連行?シーンを見て思わず飛び出してしまった、というのが事の顛末だそうだ。

 

 勿論社長以下真一さんやうちの両親等の首脳陣が慌てて引き止めて事なきを得たらしい。俺としては迷惑をかけてしまったので申し訳ないやら恥ずかしいやら、たまらない気持ちだ。

 

「とはいえシャーロットさんも大分うちの為に頑張ってるんだし偶には休みもあげないといけないんじゃね?」

『それでニューヨークでロマンスも悪かーないけど、お兄ちゃんどうせ今から色々飛び回ってから日本に帰るんでしょ?』

「ああ、そうだけど」

『普通にすれ違うからこっちに居とけって事だよ』

 

 確かに別に抑留される訳でも無いから迎えに来てもらう必要もないしな。アンダーソンさんが一応の身元保証人になってくれたし。

 

「わかった。帰る時は迎えを宜しくって伝えといてくれ」

『それを自分で言わないからお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだよ?』

「あの人のアレはそういうんじゃないだろ。ああ、アンダーソンさんがマスターに宜しくって言ってたぞ」

『嘘!? へー、そっちに今は居るんだ』

 

 不服そうな声で呻く一花にこちらで出会った教え子の話をすると途端に上機嫌な様子に戻る。ステーキ店でレコードを更新した話と合わせて彼とのやり取りを話すと終始笑い続けていた。ただ食べるだけの話がそんなに面白かったのだろうか。

 

 一花との会話を終えると次は父親に連絡を入れる。シャーロットさんの件で何故か迷惑をかけてしまったみたいだしな。

 

 父親の方には正確な情報が回ってきていたらしく、特に小言も貰わずに明日の飛行機で帰る旨を伝えておく。俺が居ない間に駅前に複合型の商業施設が出来たらしく、昔から奥多摩に店を出していた個人スーパーのご主人や歯医者さんや整骨院さん等が入ってくれているらしい。

 

 ヤマギシが土地を再開発した時に立ち退いてくれた人達なので、このビルの地権を応分に渡していつまでも心配なく商売が出来る様に配慮しているそうだ。俺も子供の頃から世話になった人達が多いから、彼等がそのまま奥多摩で暮らしてくれるのは素直に嬉しい。日本に帰ったら挨拶回りでもするかな。



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第百二十ニ話 ジャンさんがニューヨークに来た

『やぁ、イッチ。元気そうで何よりだ』

『ジャンさん。ようこそニューヨークへ?』

『ありがとう。懐かしい空気だ』

 

 人が一人、丸々入りそうな荷物を抱えたヤマギシ撮影班の一人、ジャンさんはノシッ、ノシッ、と音を立てながらこちらに歩いてくる。

 

 彼が何故ここに居るのかというと、東京の方の映画会社からマーブル側に情報提供というか、紹介があったのが原因だ。「今現在、最も魔法を映像に活かす技術」を持つ人物として。

 

 シャーロットさん経由で依頼されたジャンさんはこの仕事を快諾。映像編集の一人としてヤマギシ所属のまま今回の映画に協力する為に帰国してきたのだ。

 

『まさかただの報道スタッフがハリウッドの映像編集をやる事になるとは思わなかったよ』

 

 スタンさんが用意してくれたクルマに乗り込み、日本の話を色々していた時。ポツリとジャンさんがそう呟いた。色々お願いしたり無茶ぶりしている自覚はあったので愛想笑いで誤魔化そうとするが、そんな俺の様子がツボだったのか、ジャンさんは大笑いしながら俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でてくる。

 

 暫く談笑を楽しんでいると、車がとある建物の中に入り込み、そこで停車。シャッターが閉まるのを待ってから俺達は車の外に出て2台目に乗り換える。俺狙いのパパラッチが変な所で映画の情報を入手しないとも限らない為、映画関連の相手に会う時は大分慎重になっているんだ。

 

 少し時間を置いてからまた車は発進。そこから更に時間を置いて俺達が乗り換えた車が発進し、今度は真っ直ぐに目的のマーブル社へと向かった。

 

 

 スタンさんとジャンさんを引き合わせた後、俺たちはジャンさんの為に借り上げたアパートの一室へと向かった。今回の仕事は長丁場になりそうなのでスタジオ近くで移動の便が良い場所を選んで借りたのだが、結構広いし家具もある程度すでに設置されているしで結構住みやすそうな場所だった。やたらとデカイ荷物を室内に置き荷解きを手伝うと、ほとんど全てPCの部品で撮影機材というより完全に編集用の機材だな。

 

『まぁ、撮影に関しても負けるつもりはないけど今回は完全に編集でって言われてるしね。足りない分はこっちで買えば良いから』

「これで最低限ってすごいですね」

 

 ジャンさんが背負っていた荷物、女性一人分くらいの高さがあったからな。恐らくウェイトロスの魔法とストレングスを使ってたんだろうが間違いなく数百キロはあった筈だ。

 

『こっちに支部でもあれば楽なんだけどね。今からでもテキサスに拠点を移さない?』

「そこはスタンさんかシャーロットさんと交渉してください」

 

 俺の言葉にジャンさんは苦笑を浮かべて肩をすくめた。まぁ、シャーロットさんのここ最近の様子を聞く限り難しいだろうなぁ。暇があればニューヨークへ行きたいと呟いてるらしいし。下手なことを言ったらニューヨーク支部を作るとか名目作ってこっちに来そうだし。シャーロットさんが抜けると海外での渉外担当がうちの父親だけになってただでさえ忙しい父親が余計に家に帰ってこなくなりそうだった。そうなるとまぁうちの母が止まらなくなるんだよね。社長の胃袋の為にも父さんには適度に帰ってきてもらわないと。

 

『そういえばPV見たよ。随分と奥多摩で撮影した動画が使われてたけど撮れ高なくなったんじゃない?』

『来週か再来週には一度帰国予定だよ。こっちでの本格的な撮影は秋以降になりそう』

『なるほどねぇ。向こうで撮る時はまぁ、他のメンバーがいるから大丈夫だろうけど頼むからカメラが追えない速度では動かないでくれよ?』

 

 困るのはこっちなんだからな、と眉を寄せるジャンさんに出来るだけ頑張ります、とだけ答える。流石に高速移動中はそこまで気も回せないし、カメラの位置取りで対応する位しか手がないからなぁ。これがジャンさんか他の撮影班のメンバーならこっちの動きを見ながらカメラワークまで変えてくれるんだが流石に一般人の反射神経だと厳しいだろう。場合によっては他の撮影班の力を借りることになるかもしれないな。

 

 

『という訳で帰ります』

『よし、ちょっとこっち来てくれ』

 

 俺は恭二とは違うので帰る時は挨拶ぐらいするぜ、とウィルの居るホテルに顔を出して挨拶をすると、ぐっと肩を掴まれて部屋に引きずり込まれる。俺にそっちの趣味はないと言ったら割とガチ目で腹を殴られたのでまじめに聞く態勢を取ることにした。

 

『それがソファーに寝そべるって事なのかい』

『こないだみたいにまじめに受け止めすぎても迷惑かと思って』

 

 今から思えばあくまでも打診しただけの話に過剰反応しすぎた気がするので少しだけ反省の意味を込めてふかふかのソファに寝転がる。どっちにしろ俺は帰らないといけないのはウィルも分かっているのだ。恐らく愚痴を吐きたいだけだろうしそれはこちらも承知している。これくらいの態度で居れば気負いもなく話せるだろう。

 ため息をついたウィルは自分もごろり、とソファに寝転がると、天井を向いてあー、だとかうー、だとか言いながら逡巡し、深く息を吸ってから、吐き出した。

 

『なぁ、イチロー。君、今彼女いるっけ』

『お前俺にケンカを売ってるのか?』

『OK、落ち着け。確認だけだよ。これから作る予定もないな?』

 

 返事の代わりにウェブを打ち込んだらアンチマジックではじかれた。戦争だろうが。思ってるだけならまだしも……それを言っちまったら戦争しかないだろうが……ッ!

 

『わかった。なぁ、性格はともかく可愛い女の子と知り合いになりたいか?』

『出来れば性格も良い方がいいけど、まあ』

『OK! じゃあ近いうちにまた日本で会おうぜ! 楽しみにしててくれよ!』

 

 話はすんだ、とばかりにヒザをパンッと叩いてウィルは立ち上がり、俺も起き上がってもう一発ウェブを打ち込む。ちっ、まだアンチマジックしてやがる。明らかに何か悪い方向へ転がった話をそのままにするつもりは無いんだよ。

 

『うちの妹が日本で待ってるぜ。じゃあな!』

『……はっ?』

 

 俺があっけにとられた隙をついて、ウィルは窓から飛び降りた。慌てて窓に駆け寄ると、どこかに身を隠したのかもう姿が見えなくなっている。というかここ20階なんだが。

 

 状況がつかめずに混乱する俺に追い打ちをかけるように携帯電話が鳴り響く。着信は母さん。厄介事の予感を感じながら俺は着信を取り、そして予想通りの厄介事にウィルをボコる事を心に誓うのだった。見合いとかどうしろっつうんだよ。




割とウィルは何とかしようとしてたんですが感情的な問題なのでしかたないですよね。


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第百二十三話 ウィルの妹

今週最後の投稿。来週もよろしくお願いします。

誤字修正。244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございました!


 スタンさんに最後の挨拶を行って日本に飛ぶ。日本の撮影陣本隊は諸事情あって少し遅れて来るとの事なので、先行している日本撮影組のプロデューサー(撮影現場等調整中)に顔を通しておいて何かあった時は連絡するように頼んでおき、久方ぶりの奥多摩へと帰ってくる。

 

 駅前の工事が済んでいたり、旧小学校が工事に入っていたりと嬉しい進捗を目にして現実から逃避していると、車はヤマギシビルの前に到着。明らかに高級車だとわかる車が何台もビル前の駐車場に止められていて非常に嫌な予感しかしない。

 

 ビル前に車をつけると、すでにスタンバっていた一花からちょいちょいと手招きを受けて恐る恐るついていくと、ブラスコが借り上げているビルの一室に連れていかれる。中にはケイティとシャーロットさん、それによく見知った顔の金髪の少女と、見たことはないが誰かの面影がある金髪の少女が互いの頬を全力でひねり上げていた。

 

 あまりの光景に絶句する俺と一花を見て、二人は花が咲いたような明るい笑顔で互いの頬を引っ張りながらこちらに声をかけてくる。

 

『ハーイ、イッチお久しぶり。すぐにこいつ片付けるから待っててね』

『初めましてイチローさん、兄がお世話になってます。すぐに片付けるのはこちらのセリフですわ』

『良いからじゃれ合いはその位にしておきなさい』

 

 スパーン、と二人の頭を叩いてケイティが場を収めた。

 

 

 

『初めまして。ウィリアムの妹のダニエラ・イヴァンジェリン・ジャクソンです。家族からはイヴと呼ばれています』

 

 そう名乗りをあげ、彼女…イヴは優雅な一礼をした。ウィリアムと同じ髪質の少し色の薄い金髪は並んで座るジェイの金髪と比較してみても違いが分かる。同じ金髪でも色合いが変わると印象が違うもんだな。上品な服装に身を包んだ彼女は、抓られた右の頬が真っ赤になっていなければお上品なセレブのお嬢様にしか見えない。あれだけの醜態を晒した上でそう見えるのだから大したもんだ。

 

 一方のジェイは、こちらはどうやら大学から飛んできたらしい。テキサスでよく見かけたシャツにジーンズといった格好で、むしろ今の時期の日本では寒いのではないかという位の薄着だった。あ、流石にコートはつけてきたのか。まぁ、それは良いとしてだ。

 

『君ら何しに来たの?』

『この度は両家の縁を更に深める為に』

『イチロー、こいつの言う事は聞かないでいいよ。こいつはイチローの名前にしか興味がないんだ!』

『あんただってただのミーハーじゃない!』

 

 イヴが挨拶をしようとするとジェイがそれを妨害し、それに腹を立てたイヴがジェイを口撃。図星を突かれたのかジェイが激高して立ち上がり、それにイヴも立ち上がった所でケイティが二人の耳を引っ張って部屋の外にたたき出した。

 

『なぁ、ケイティ。当事者そっちのけで盛り上がられても困るんだけどあれどういう事?』

『……ただただ申し訳なく』

 

 口を挟む暇すらないこのやり取りに流石に辟易とした俺はこの場で最も冷静そうなケイティに話を聞く事にした。シャーロットさん? シャーロットさんが冷静な訳がないだろう?

 

 そして話を聞いてみると、うん。何というか上流階級って怖いねって言葉しか頭に思い浮かばなかった。まず、彼女。イヴァンジェリンがお見合いに来たのは本人の希望もあったが、やはりジャクソン家の意向が強く働いているのが分かった。ジャクソン家は現在のヤマギシとの繋がり程度では満足できないらしい。これは合併企業を立ち上げたブラスコの存在が強く影響しているようだ。

 

『ブラス家は現在、アメリカのセレブ業界でも頭一つ抜けそうな状況になっているのです』

 

 ケイティという奇跡の体現者の存在、新しい産業とも言えるダンジョン産業への強い影響力、生業であるエネルギー関連産業でも魔力エネルギーという新エネルギーの権益を確保し、たった1年2年でブラスコは世界有数のエネルギー会社という冠言葉を世界一へと変貌させかけているのだ。

 

『では、同時期に接触をした筈のジャクソン家はどうでしょうか』

 

 世界冒険者協会との接触が俺たちヤマギシとブラス家の接触の始まりだとするなら、それはジャクソン家も同じことだった。実際にウィルはアメリカどころか世界有数の冒険者だし、俺の動画系列でも良く露出がある為抜群の知名度を持っている。彼は世界冒険者協会のもう一つの顔と言える立場なので彼の生家であるジャクソン家の名前は更に高まった。

 

 アンチエイジング効果で一気にダンジョンの利用者が増えた為、生業の観光業に新しい風を吹き込むことも出来たし業績は上向き。これからどんどん利用者も増えるだろうし彼らもダンジョンの恩恵を十分に受けているのだが、ブラスコと見比べた時に彼らはその差に愕然としたらしい。

 

『彼らは確かに業績は上向きですが、ブラスコのように世界一だと言われかねないほどの急発展は出来ていません。そしてその理由を彼らはダンジョンからの恩恵が不足しているためだと考えたのです』

 

 ブラスコの急発展の最大要因、生業であるエネルギー関連での新エネルギーに匹敵する新しい主要産業の開拓。その為にはより強固な繋がりを。そして白羽の矢がたったのが俺であり一花だったという訳だ。

 

「はっきり言えば気に食わないし欲張りすぎじゃね?」

「大きな企業、そーいうもの。うちも私がヤマギシチームじゃなかったラ、多分同じことしたデス」

 

 その場合はケイティが恭二とお見合いでもしてたのかもしれないわけね。今とあんまり変わらんなぁ。

 ケイティは申し訳なさそうな顔をしたまま外で聞こえるバタバタとした騒ぎを鎮圧する為に部屋を後にし、部屋の中にはシャーロットさんと一花、そして俺のチームメンバーだけが残った。気まずい沈黙の中、俺は机に頬杖をついてこれからについて考える。

 しょうがなかったとはいえ、名前を売った結果の因果が回って来たという事だろうが。苦しいなぁ。一花にまで累が及んじまうとは。

 

「シャーロットさん。ままならないものですねぇ」

「そうですね……撮影は梅雨に入る前が望ましいと思います」

「あ、はい。一花、頼む」

 

 まだファンモードから抜けてないシャーロットさんの頭を一花がチョップで叩く。もう少しON/OFFしっかりして貰えませんかね。




ダニエラ・イヴァンジェリン・ジャクソン:ウィルの妹。年齢は一花より一つ上で今年高校を卒業予定の少女。少し白に近い金髪。ウィル曰く性格はともかく容姿は良い。


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第百二十四話 騒動の顛末(あとしまつ)

今週も宜しくお願いします!

誤字修正。244様いつもありがとうございます!


『やぁ、また会っ痛い、ちょ、マスターまで』

「残念でもなく当然」

「流石に今回は私もさ! 思う所があるかな!」

 

 兄妹二人のローキックを両足に受けて堪らずウィルが膝をつく。暴行? いやいやこれ位は許されるだろう。せめて事前に伝えろと。

 

「別に受ける気ないから見合い位何遍でもやってあげるのに」

『すみませんマスター、僕がそれをやると本当に世界各国の同士に殺害されてしまいます』

「アンタらは私を嫁き遅れにしたいのかい」

 

 切実な様子のウィルの言葉に一花が顔を青褪める。いつものテンションが維持できてないって事は本気でドン引きしてるんだな。

 

 というか一花一門はこいつの事をどうしたいんだろうか。割と俗な人間だってのは理解してる筈なのにやたらと神聖視しようとするし。その割には貢物に海外発売のゲームソフトとか贈ってくる辺り趣味嗜好はしっかり理解出来てるみたいだしな。

 

 まぁ、その辺りの藪を突いてヤマタノオロチが出て来ても困るし丁寧にスルーするとして、だ。

 

「それで、あの怪獣二人はどーすんだよ」

『もう一人の方までは責任を負いかねるんだけど』

「そっちはもう一人の保護者が頑張るから大丈夫」

 

 この数週間、奥多摩を中心に暴れ回る二体の怪獣に対して保護責任を求めると割と前向き? な回答が返ってきた。流石に責任を感じてはいたらしい。

 

 さて、怪獣と称された件の二人、イヴとジェイだがこの二人本当に仲が悪い。聞けば同じ大学に通っているらしいんだが、大学でも事ある毎に衝突しているらしい。それを日本に来てまでやられても困るんだけどその喧嘩の内容が更に困るんだな。

 

『イッチはこっちが好き!』

『アンタの想像で話してるんじゃないわよ!』

「タコスもチミチャンガも好きなんで両方頼むって」

『『ダメ!』』

 

 とかいう日常的な物から、

 

『こっちのルートが早いはずよ』

『貴方の感知狂ってるんじゃない? こっちに決まってるでしょ』

「どっちも遠回りなんだけど」

 

 等のダンジョン内部の物まで。特に後半は浅い階層じゃなかったら危なかった。

 意外というかイヴも筋が良くて割と早めに1級冒険者レベルには至ったのだが、流石にジェイと比べればまだまだレベル差はある。しかし、彼女が絡むとジェイが途端にポンコツになるので誰かストッパーが居ないとこの二人を組ませてダンジョンに潜らせる事が出来ないのだ。

 

 現在ヤマギシでストッパーとなりえるのはケイティか一花のみ。俺は余計に助長させる為先述のダンジョンアタック以来組むことを禁じられたので除外されている。恭二? あいつは「わかった。なら両方行こうぜ!」って回答になるから除外だ。命の危険がないって意味ならストッパーとして入れていいかもしれない。

 

 とりあえず一連の流れを保護者枠に説明すると何度か頭を掻いた後にウィルは俺に尋ねてきた。

 

『正直すまんかった』

「出来れば引き取ってほしいんだけど。もしくはジェイと引き離して、どうぞ」

『あちら次第ではあるけど、了解した。ジェニファー嬢とそこまで相性が悪いとは思わなかったよ』

 

 俺もその点についてはびっくりしてる。何せジェイは前回の冒険者研修ではあと一歩で最優秀と言われるレベルの成績だった冒険者だ。そのジェイがあんな凡ミスをする位に精神をかき乱されるってのは相当な物だと思うからな。

 

 

『ご迷惑を、おかけしました』

『申し訳ありませんでした……』

 

 保護者を交えての会談の結果。二人は並んでこれまでに迷惑をかけていたヤマギシの関係者に頭を下げて回った。背後にいるケイティとウィルの圧力もあると思うが、本人たちも自分達がやらかしているのは分かっていて、ただこの相手にだけは負けたくないという一心で暴走気味だったらしい。出来ればウィルが来る前にそれが出来ていればなぁとは思うが、きっかけが掴めなかったのかもな。

 

 今回の件では完全にヤマギシはとばっちりであり、俺も騒動を引き起こした側の立場になる為、彼女たちの謝罪行脚には俺も付き合うことになった。事前に一言挨拶を入れて、場を設ける程度の事なのだが、その俺の様子に罪悪感を持ってもらえているようなので流石に次同じ失敗をすることはないだろう。ここで何も感じないならもう俺じゃどうしようもないし。

 

「というか、お前がやれよ兄貴」

『兄と呼んでくれるか義弟よ……ごめん、スパイダーフォームに無言で変わるのはやめてくれ。わかってる、冗談だって』

「流石にこのタイミングではそれは冗談にならないからね」

 

 一花様が猛り狂っておられるぞ。いや、なんか今回の件で一番怒ってるの、実は一花なんだよね。何でも自分の見合いの代わりに兄に見合いを持ってくるこの流れが無性に気に食わないらしい。そこは自分に持ってこいよ、と。

 

「私に持ってきてたらイケメンのアメリカ人がちやほやしてくれたんでしょ?」

「ウィルだったかもしれんが」

「ウィルにはいつもちやほやしてもらってるから良いか。じゃなくて、代わりがいる扱いとか本命はお兄ちゃんとかさ。私のピュアなハートが今回ボロボロにされたんだけど」

 

 それ前半が本音だろ。まぁ、うん。将を射んとする者はまず馬を射よ、と馬扱いされればそりゃ気分良くないわな。最近は自分にしか出来ない分野を見つけて前より自信をもってた分、余計に心に来たのかもしれない。やっぱりジャクソン家許せねぇわ。

 

 というのをジャクソンの次男坊に話すとその瞬間一花の足を舐めんばかりの勢いで謝罪に行ってたから暫くしたら機嫌も直るかもしれんが。騒動の発端になった二人は暫くケイティとウィルの監督の元扱きつつ、修行をしてから本国に戻るらしい。どっちも冒険者としては優秀だから、そちらで評判を上げてほしいものだ。

 

「所でお兄ちゃん。いつの間に金髪に染めたの?」

「……いや、地毛だが?」

 

 足を舐められそうになりながらウィルを蹴たぐる妹にそう返すと、場の空気が静かに凍った。え、俺今金髪になってんの?



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第百二十五話 変異

何のイメージに引っ張られたのか茶髪じゃなく金髪にしてしまったので少し修正入れてます。
ゲームでピーターが頭を撫でるシーンをいつも見てる筈なのに()

誤字修正。244様いつもありがとうございます!


「金髪……いや、色の薄い茶髪?」

 

 手鏡を借りて頭を確認すると確かに髪の色が変わってる。俺の黒々とした日本人らしい髪は影も形もなく……あとちょっと髪が伸びた気がする。

 

「とりあえずお兄ちゃんはハルクには絶対にならないでね。アシタカも」

『あ、はい』

「……言葉まで英語になってる」

 

 悲しそうな顔でうつむく一花に慌てて日本語にシフトする。意識しないと日本語から英語に切り替わってしまうせいでうまい事話せない。これはもう最初から翻訳を使っとく方がいいな。

 現在地はヤマギシ本社の開発室だ。現状を真一さんに報告するためと、何か大きな違いが出ているかの確認をしなければいけないからな。実際に発明品を動かすために面積の広い開発室は確認作業にも向いている。

 

「……冗談キツイぜ、おい」

 

 思わずといった様子で俺の髪が変色するのを見ていた真一さんは、ぽつり、とそう呟いた。これ、変身を解除したら黒髪に戻るので俺と恭二は疑似サイヤ人ごっこと言ってる。それを聞いた一花にしこたま怒られたが。

 

 ひとまず何が出来るのか、と尋ねられたのでひょいっと天井まで飛び上がる。それはもう見知ってる、と言われたのだが、魔法を一切使ってないと言ったら真一さんと先輩は黙り込んだ。俺がいつもスパイダーマンとして動く際には、ストレングスとウェイトロス、それに天井に張り付く際はエドゥヒーション(粘着力の付与)を使っているのを二人は知っている。俺はそれらの魔法を今使っていない。

 

「おい、まさかだが左手は」

『そっちはシューターがないので』

「……あれば出来るって事だな。そうか。そうか……」

 

 ひょい、っと飛び降りて二人の前に立つ。体が何というか、馴染むような感触だ。そう、今までは右腕と他の部分が歪だった。だが、今は違う。全身が右腕に合わさったようなそんな感覚だった。

 

「前々から、一花ちゃんやケイティが語っていた懸念が本格的になったって訳か。大学の設立まで間に合わなかったな……」

「設立予定だったんですか?」

「忍野でな。こっちは面積が足りん」

 

 忍野は平野が多いから奥多摩と違って土地の確保が簡単なのだ。大規模な施設を作るのならあちらに、とは言われていたのだが、確かに現状手いっぱいの奥多摩でこれ以上大規模な建設は難しいだろう。これに合わせて青梅街道を再開発して忍野までの道をもっと通りやすくする計画も出ているらしい。まあ、これは国からの許可が下りればという所か。

 

 大学が出来た時には現在のヤマギシの研究施設もそちらと合同で行うことになるそうだ。ヤマギシとブラスコ出資の私大になる予定だしそうなると先輩や真一さん達ももっと大規模な実験等を大手を振って出来るようになるわけだ。

 

「いやいや。その場合は君たちにも手伝ってもらうよ」

『いやー、考えるの苦手なんですよねぇ。大学にも行く気はなかったんで』

 

 うんうんと唸る真一さんを横目に俺と先輩さんは雑談交じりに思い浮かんだ魔法アイテムのネタをあーでもない、こーでもないと話した。この人はロマン重視の部分があるが、流石に工学を専門にしているだけあって実現できれば実現したいというアイデアが山のようにある。それらに対して俺は一冒険者としての視点や民間人としての視点で回答を返す。

 

「うん、一郎、それは何だ?」

『え? 落書きですよ。シューター作れないかなって思ってたんですが』

「……にしては随分と綺麗な設計図だね」

 

 そんなやり取りをしながら落書きをしたりメモをしたりとしていると、考えがまとまったのか真一さんがこちらに目を向け、俺の手元の落書きに目を向けた。ミギーのおかげか最近は絵心が急激に上がっておりきれいな描写で手首につけるブレスレット式のウェブシューターが書かれている。

 

「……先輩、これ3Dプリンターで」

「了解。ちょっと興味わいてきたよ」

『いや、落書きですよこんなの。どうせ作るならこう』

 

 すらすらすら、とメモ帳代わりにしているノートに再び絵を描きこむ俺に、二人は険しい目を向けてきた。俺も気づいている。明らかに俺の知識レベルにあった内容のメモではないからだ。描き始めた手を停めることなく描き切り、俺はそれを先輩さんに渡した。

 

 受け取った先輩さんは軽く口笛を吹いてから3Dプリンターにデータを入力。数十分ほど待つと、中からどこかで見た事の有るブレスレットが出てくる。

 

「左手でつけて見ろ」

『分かってます。ちょっと待ってくださいね……ボタンはこうか』

「やばい、ちょっとドキドキしてきた」

 

 適当な物を試験場代わりにした広間に置いて左手でウェブを発射。すると体の一部が何かに引っ張られる間隔と共に蜘蛛の糸が発射される。成功だ。巻き取り機能も試してみたら問題なく動く。これで左手からもウェブを使えるようになったわけだ。

 

「といっても暫くはお蔵入りだがな」

「公表したらまずいでしょ」

『そうですねぇ』

 

 三者三様だが、意見は一致しているみたいだ。これは公表したらまずい。主に俺の立場とか色々な物が不味い。今まででさえ結構混同視されてたのにこの現状が広まれば俺≠スパイディとようやく持ってきた今の図式が崩れてしまう。アメリカで警官にお世話をかけた一件でリアルにヒーローやるのは流石に懲りた。

 

「でも、これで研究の相談が出来る人が増えたのは大きい。これからもよろしく頼むよ」

『あんまり頭良くなった気がしないんですがねぇ』

「使い方が悪いんだろ」

 

 あの、それ頭の使い方ってようはバカってことなんですが。あ、そのままの意味ですか。はい。



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第百二十六話 病院設立・そして例の会

誤字修正。ほいっつぁ様、KUKA様、椦紋様、244様、SparkS様、ぼんじん様、kuzuchi様ありがとうございました!


 小学校が出来たので落成式に出席した。俺も何年か前まで通ってた卒業生だし、一応地元の有名人ポジにいるしな。通ってた頃の先生が何人か居たので思い出話に花を咲かせてる内に偉い人の話が終わったりするハプニングはあったが、無事に新校舎も完成したしこれからは新しい環境で子どもたちに学んで欲しい。

 

 さて、最近は私事で大分忙しかったが勿論ヤマギシとしても忙しいのに変わりはない。小学校の落成式もそうだが、ヤマギシはこの空いた場所に建てる病院の建設も行っていて、そちらの人員確保に駆けずり回っている。

 

「砂川教授は無事に引退して、病院の理事長に就任予定です」

「ああ、川口医師の恩師の」

 

 魔法医療の第一線を張る、と年甲斐もなくはしゃいでいたおじいさんの顔を思い出す。医療法人というのは医師以外が理事長になるのを嫌うそうで、これは営利目的に病院を運営しないためらしいんだが俺達ヤマギシとしてはありがたい話だった。

 

 というのも、もし仮にヤマギシの人間が理事長になる場合明らかにその人物がパンクするからだ。冒険者は増えたが、管理する上層部の人材不足は依然として継続中である。

 

 その点、川口医師の紹介で会った事のある砂川元教授なら人柄も凡そ知っているし、何よりも本人が魔法医療の可能性に意欲的だから安心してこちらの研究・実証をお願い出来る。通常の病院関係とは余り反りが合わないヤマギシの人間とも拒否反応無く接してくれるので、こちらとしては本当に大助かりだ。

 

 まぁ、俺達ヤマギシ本社の結構な人間も病院関係者として名前は載せる事になるんだけどな。社長達大人陣は理事になるらしい。俺達は社員の扱いになるらしい。というのも、

 

「申し訳無いけど、未成年は理事にはなれないんだ」

「あ、そういうの全然いらないので」

 

 申し訳無さそうにそう言う砂川先生に全力で首を横に振る。理事とかいう立場にされてもその、困る。

 現在集められた医師は50人。そのうち半数以上がすでにリザレクションを扱っており、残りの人間も暇を見ては奥多摩にやってきて一花式教育を受け、メキメキと魔法の能力を向上させている。

 

 この病院は基本的に普通の外来病院ではなく、普通の医療も行うがそれ以上に魔法医療の実証の場という面が強い。完全予約制になるし、お値段も保険が利かない内は非常に割高になるだろう。だが、実はもうかなりの問い合わせが入っているそうだ。

 

「政府も何とか保険適用が出来ないかと厚労省と協議をしているが、やはり現状だと難しいそうだ」

「せめて大学病院で研究が始まらないと無理なんじゃないかな? 結局理解できないものに保険を適用できないってのがあの人たちの考えの大本なんでしょ?」

 

 厚労省とは結構な勢いでバチバチ言わせてたヤマギシとしては、やっぱり連中に対する考えは少し否定的になってしまう。俺もそうだし、恭二なんかは一度解剖する計画まで立てられてたらしいからな。もちろん案だけで流石に自国民、しかも健康な状態の人物を解剖するなんて案は出た瞬間に却下されているが、それが出てただけでも連中が魔法に対してどういったスタンスだったのかがわかる。

 

 後にアンチエイジング効果が発見され、今では国民の1割近くがすでに冒険者としての身分を持つ現状だと流石に表立って敵対してくる気配はないが、内心はまだ燻ってるんじゃないか、と俺と恭二は見ている。他の人たちはどうかは知らんが、モルモット扱いされた記憶は多分生涯消えることはないだろう。

 

 

 

 さて、病院の人員の確保に躍起になっている間に日にちは進み、5月半ば。ついにこの日がやってきた。

 初代様主演の映画、『仮面ライダー』の完成披露試写会だ。

 

「本日はお集まりいただきありがとうございます」

 

 監督の挨拶が最初に入り、そこからすぐに映画上映に移る。普通の試写会とは違い盛り上げ等も何もなくいきなり始まった上映に初めはどよめきが起こったが、すぐにその声は聞こえなくなった。目が離せなくなったのだ。

 まるで大昔のカンフー映画のように間違いなく当てている打撃シーン、壁を突き破って行われる攻撃などの臨場感溢れるアクションシーンもそうだが、何よりも主演の若さが問題だった。どう見ても30前半にしか見えない男の熟練の演技。彼の姿を長年見知っている業界の人間だからこそわかるその異常に、魔法の二文字が頭を過る。

 

 ドラマパートも特異だった。昨今の恋愛模様が幅を利かせる他の映画等とは違い、今回の主役とヒロインはそもそも世代が違う。孫の年齢のヒロインを守るために戦う、というコンセプトなのは勿論だが、他の男優たちも一切そんなそぶりを見せず、己の使命を全うする為に葛藤する青年たちを一号ライダーが叱咤し、時には激励して前を向いて歩かせるという姿が徹底して描かれていた。徹頭徹尾『仮面ライダー』達の戦いを描き続けて、そして一号ライダーが夕焼けにバイクを走らせて消えていくシーンを最後に映画は終わった。

 

 映画が終わった後も、誰一人言葉を発することなく静かに佇む中、急に会場の全ての電気が消える。どよめく観衆達の中を高笑いが響く。

 

『うはははは。我が名は地獄大使。この世は我が獲物よ』

 

 高笑いと共に舞台上に光が戻り、その中央には地獄大使が佇んでいた。

 何が始まるのかって?

 

「待て! 地獄大使」

 

 そりゃヒーローショーに決まってるじゃん。

 

 

 1時間後。解禁されたツブヤイターや動画サイトでは全俳優を用いたヒーローショーの様子がアップされ世間の話題をかっさらう事になる。俺も勿論参加したけどカセットアームは封印させられた。解せぬ。



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第百二十七話 西伊豆にて

ちょっとにニヤつこうと思って感想を開いたらデップーネタが運営に怒られてた。結構厳しいんですね(震え声)

誤字修正。244様ありがとうございます!


 俺は今西伊豆の海辺をのんびりと歩いている。潮風が心地良い。現代社会で疲れた心身が癒やされる気がするなぁ。

 

「その心身が疲れた理由は誰のせいかな?」

「そう。ワタクシめのせいです」

 

 最近ストレスが溜まってるのか一花の当たりがキツイです。いや、ちゃんと仕事で西伊豆に来てるからね? 病院の人員が結構な数確保できてるので、彼等にも実習という形で冒険者になって貰ったのでその教育に来てるんだ。

 

 これはヤマギシという会社自体の方針なんだが、基本的にヤマギシグループのどこかに所属する社員は全て冒険者の資格を取らせるつもりだ。

 

 これはダンジョンからの産物が会社の根幹を担っている事もあるが、恭二が魔法を初めて使った時の騒動もあるし、冒険者という存在がどういうものなのかをせめてうちの社員には理解して貰わないといけない、と真一さんが社長に訴え、それを社長が受け入れた事から始まった。

 

 現在ヤマギシ全体ですでに数百名が働いているが、彼等は全員一時期冒険者部に研修という形で所属し、最低でも一種免許を取得して貰っている。中には空いた時間に臨時冒険者の講師に出たりしている人も居て、下手な国全体よりも冒険者の数が多かったりする。ちなみに殆どの人間がマスター門下生だ。

 

「偶に自分がどこに向かってるのか分からなくなるんだよね」

「分かる」

 

 兄妹二人並んで黄昏ていると、リア充の恭二=サンが沙織ちゃんとケイティを侍らしながら看護師さん達のビーチボールに凸しているのを目撃する。 

 畜生。こないだの件でより一層周囲の睨み合いが加速して周りに女っ気がない俺への当て付けか?

 

「シャーロットさんはどないしたんよ」

「あの人ほど明確にファンの立場で来られたらさ。その、な?」

 

 最初の頃は互いに距離感を掴みそこねてたけど、最近はもう完全に『ヒーロー()』と『サポーター()』の間柄だからな。マネージャーみたいな事をしてくるし周りもそれが当然だというように彼女を止めないから、今では映画等への出演依頼なんかはほぼシャーロットさん経由で入ってくる。

 

 それらにヤマギシとしての仕事も受け持っているから激務の筈なんだが、結構小まめにスパイディ動画の撮影現場に顔を出しに来るし基本元気一杯だしで撮影班や上層部からはある種の怪物だと思われてる。

 

「もしかしたら、そういう類の特性持ちなのかもね」

「何その社畜作成用の特性」

「お兄ちゃんのソレもあんまり人の事言えないからね?」

 

 ソレ、と右腕を指差して一花は顔を曇らせる。まぁ、現在一番実害っぽいのが出てるのはこいつだからな。今現在で一定以上に魔力が成長した人間で、はっきり特性らしきものを発現したのはヤマギシチームで3名。恭二、俺、一花だ。

 

 恭二は例の目というか、奴の魔法への適性自体が殆ど異能に近いから外すとして、俺の右腕と一花のカリスマ。良く分かってない恭二を除いて、はっきりとした異能はこの二つ何だが、どちらも割と後に影響が残るというデメリットが出て来た。

 

 俺の場合はどうも多用したらそちらの姿に引っ張られるという事。一花の場合は影響力がデカくなりすぎること。何せ今ではちょっと話しただけでマスターイチカの門下生に成りたがる位に周囲にカリスマをばら撒いているらしい。

 

 ある程度以上に魔力があれば影響はないから、今現在はマスターイチカの指導を受けるのはある程度育った冒険者で有る事が条件になったのだが、その事で何を勘違いしたのかマスターイチカ門下生共は『マスターイチカの指導を受けた経験がトップ冒険者の証』という言い方で自身が指導する後輩達にいつかマスターの指導を受けられるよう努力しろ、と発破をかけているらしい。

 

「たまんねっすわ」

「ハードルガン上げやね」

「私まだ花も恥じらう高校2年生なんだけどなー」

 

 ははっと笑うイチカの頭を撫でる。学校の方ではすでに腫れ物というか女王様みたいな扱いらしい。何せ芸能人が多く通う学校だ。魔力持ちが多くおり、その殆どは抵抗力がない程度の魔力しか持っていない。

 

 父さん母さんが一度文化祭か何かで訪れた時は、一花の後ろを総回診の如く見知った顔の(子役やアイドルの)娘達が付いてきていたらしい。後何故かウィルが居たそうだが、こいつは例の事件もあったからとイベントの際は護衛として極力参加しているんだとか。

 

『マスターの側に従者の一人も居ないのはやはり問題だからね』

『やかましい』

 

 肩をすくめるウィルと久々にマジのバトルになりかけたのは良い思い出である。そんなんだから一花が新興宗教の長とか根も葉もない噂が立つんだぞ? あいつら本当に自重しろよ。

 

「新興宗教って言った! 言わないでって言ったのに言った!」

「ああ、ごめんて。泣くなよ」

 

 良し良しと頭を撫でてやると抱きついて来た一花がグズるように愚痴を言い始める。うん、6割位が俺とウィルに対するものなのは本当にごめんな。お前には本当に苦労かけてるわ。お前は頑張ってる。だからあんま気にすんなよ。兄ちゃんが何とかしてやるから。

 

「本当に申し訳無いと思ってるなら試写会であんな事やらかさない!」

「大変申し訳無い気持ちで一杯です、はい」

 

 西伊豆に来た理由それだもんな。うん。流石にびっくりしたわ。まさかもうミギーが喋るなんて思わなかったからさ。




魔法の右腕(発展系):これでもまだ未完の魔法。完成形があるかもわからない。鈴木一郎の右腕を模しており魔力によって形を保っている。

 現在分かっている特性は【変形】と【変質】、そして新たに【変容】。変形は文字通り右腕の形と機能を変えること。変質は右腕に魔力を集めることにより魔法の発動を変質させる能力。変容は変形の影響を全身に及ぼし
、容姿まで変えられる事(頭脳にも影響あり)。変容により使用者の体はより右腕の機能に合わせて上書きされていく。

 また、熟練度の上昇速度は模した変形の種類によって変わるという事も今回分かり、鈴木一郎に近い年齢、特に日本人男性は非常に熟練度の上がりが早いと思われる。
 鈴木一花はこれを親和性と名付け、現状最も親和性が高いのは高槻涼か泉新一と思われる為、ジャバウォックへの変身は禁止された。


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第百二十八話 【ミギー】

今週もありがとうございました!
また来週もよろしくお願いします。

誤字修正。244様、ありがとうございます!


『ふむ、イチロー、こういう時は大きくVサインをすれば良いのか?』

「そうそう……ええ?」

 

 ヒーローショーも終わり。拍手に包まれた壇上で手を振っていると、突然右手が変形して俺に尋ねてきた。つい自然に返事をした俺の声と併せて可愛らしい平野ボイスがマイクに拾われ、その様子を見ていた何名かがガタッと椅子から立ち上がる。あ、これ不味いわ、とヒーローショーが終わった事もあり、俺は長居は無用、とばかりに一緒に手を振って試写会場を後にした。

 

 とりあえず今回も魔法の延長線にある出来事だという事で会社の広報には仕事をしてもらう。まぁ奥多摩に戻った瞬間にシャーロットさんが待ち構えてたけどこれはしょうがない。広報は彼女のポジだし……

 

 すぐさま最近新魔法の試験場みたいな扱いになっている開発部に移動し、ヤマギシチームメンバーと先輩さんの前で彼? を外に出す。右手が喋るというとんでもない事態に対して、まず最初に発狂したのは意外にもケイティだった。勿論喜んで、の方だ。

 

『意志を持ってる! 右手が! 魔法で、魔法でできた右手が! ああ、神よ!』

 

 等と意味不明な供述をしており、専門家(恭二)の調べでは喜びが有頂天に達しているため戻ってくるまで意思疎通は出来ないとの事である。喜びすぎだろと思ったがウィル曰く初めて恭二に会う前のヘリの中はずっとこんな感じだったらしいので、それ位嬉しい事なんだと納得する。本人が理知的であんまり感じないんだが、ケイティと恭二の関係性は俺にとってのシャーロットさんみたいな感じだからな。その恭二との初対面と同じくらいに喜んでるなら本当に大したことなんだろう。

 

『ふむ。他者の放つ魔力の波動という物はこういう物か。興味深いな』

「そういう物も分かるのか?」

『ああ。何せわたしも魔力とやらで構成されている存在だからな。自分以外の似たような存在というのは、存外気になるものだぞ』

 

 左手で頬杖を突きながら問いかけると、右手はうねうねと動いて言葉を話す。微妙に感覚も残っているせいで何というか、非常にくすぐったい感触が広がっている。彼? の名は【ミギー】。俺の持つ魔法の右手の一形態にして初めて明確な意識を持ったと思われる【魔法】だ。

 

『その意志というものがどういう定義なのかは疑問があるが、自分で考え行動する事が出来るという意味でならそうなるだろうな』

「違うって見方もあるの?」

『少なくともわたしは意図した行動を行うという意味で意志を持つといえるだろうが、自我を有するとは言いづらい存在だ。変身という魔法によって都度生み出されているわたしが一つの統一した意識を保持し続けているとは考えにくい。わたしは自身を鈴木一郎という人物が魔法によって作り出した副脳、つまりAIのような物だと定義している』

「成程、わからん」

『わたしなりに分かりやすくかみ砕いたつもりだが。いっそ考えるだけ無駄だと思った方が互いの為かもしれないな』

 

 ご丁寧にHAHAHAと無機質な声で笑う彼は、周囲の反応が思った通りではなく首をかしげるように目玉を揺らした。

 

「……お前の右手、本当に何でもありになったな。この間のスパイダーマンといい」

「スパイディ? そこで何故スパイディなんですかシンイチ?」

「あ、やべ」

 

 ついうっかりといった具合に口を滑らせた真一さんにシャーロットさんの視線が固定される。今回はスパイディ関連じゃないせいで反応が鈍かったシャーロットさんを活性化させてしまったか……無茶しやがって。

 じゃない、このままではこっちに飛び火が来る。こいつはスタコラサッサだぜ!

 

 

 

「という訳で西伊豆まで逃げてきたんだよね!」

「今回は兄貴が悪いわ。あ、また着信」

「社長が味方でよかった」

 

 さっと電話一本で社長には連絡を入れて事態(シャーロットさんにスパイダーマン関連が漏れた)を伝えると、暫く西伊豆で大人しくしておけと指示を頂く事になった。シャーロットさんが落ち着くまでは距離を置いてって事だと思うけど、あの人が落ち着くのって何時なのだろうか。むしろ追いかけて来るんじゃ……

 

 と心配に思ってたら何か母さんが結構がっつりと説得を行ってくれたらしい。同じ女だったら母親の方が強いんだよ、と自信満々に言い切った母さんの安心感よ。社長と真一さん、ますます母さんに頭が上がらなくなってしまったみたいで電話で弱音を吐いてたけど。母は強しだからしょうがないって慰めておいた。

 

「まぁ、貴方は来ると思ってましたけどね」

『やっぱり? 僕も多分待ってるだろうなって思ってたんだ。やぁ、ミギー、僕はスタン。イッチの友人さ』

『よろしく、スタン。成程、魔力は老化に対してこれほど効果を及ぼすものなのだな。実に興味深い』

 

 試写会でガタっと立ち上がった一人、スタンさんはソファにゆったりと座りながらミギーの小さな手を握って握手を交わしている。割と出会ってはいけない二人が出会った気がする。

 

『所でイッチ、多分スパイディでも変化が出てるんだろう? そちらを僕に見せてくれないかな?』

『髪の変色、言語体系の変化。頭脳の俊敏化と上げればきりが』

「ヤメルォオ!」

 

 キュピーン、と目を光らせたスタンさんを見ながら俺はおしゃべりを止めない右腕に叫んだ。ほら、獲物を狙う捕食者の顔になってる。あ、一花さん逃げないでくれ! 一人にしないでー!




ミギー:魔法の右腕の一形態。自身で考え、動き、学ぶことが出来るある種の生物のような存在。本腕?としては切り替えるたびに消失する以上自身は一己の存在ではないと思っているらしい。


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番外編 右腕との会談

サブタイトルでミスが発覚したので(白目)番外編に変更しました



今週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


 テレビをつけるとワイドショーでミギーの映像がデカデカと紹介されていた。何故か寄生獣の映画の映像が使われたりと色々言いたい所のある番組だったが、主張する事は一貫している。

 

 即ち、危険性があるか否かだ。

 

「そこの所どうよ」

『私が人を好んで襲いかかる場面があれば危なかったかもしれないな』

「なるほど。特にそういう欲求はないと」

 

 カタカタとミギーは自身の手でキーボードを動かしながら色々なサイトを見て回っている。これはある種の知識の蓄えらしい。俺の魔力を元に生み出され、変身が解ける度に消えるミギーが調べ物をしても意味がないと思うかもしれないが、実を言うと俺とミギーの感覚は共有されているから俺も彼の見ている物を見ている、つまり情報の共有が出来ているのだ。

 

 

 これに目を付けた一花は知りたがりの癖があるミギーの知的好奇心と記憶力を用いて、ある実験を行った。

 

「じゃあ、お兄ちゃん、これは?」

「イギリスの冒険者協会の会長、名前は〜」

「「「おおおおお!」」」 

 

 いや、人の名前を覚えてた位で大袈裟な、と思うかもしれないが、世界中のお偉いさんの名前を覚えるの割と時間がかかったからな。ミギーが一緒じゃないと思い出すのにも時間がかかるし。

 

『やはりわたしは副脳と定義した方が良さそうだな。イチローの持つ直感や虫の知らせという能力はわたしでは手出しできないが、思考能力や演算能力に関しては補助が可能らしい』

「本格的にAIみたいだね」

 

 取り敢えずパーティーとかではミギーを使うのが一番だという事が確定した。熟練度の問題もミギーはもう関係ないからね。

 何せもう熟練度がマックスになってしまったのだから。

 

 

 

『熟練度というよりは体を慣らすと言った方が良いかもしれない』

 

 話は少しさかのぼる。これは、最初にミギーと話し合いを行った時の彼の言葉だ。最初の会談(自分の右手相手に大げさかもしれないが)の時に俺達はまず一定時間で変身を解除する事を決め、この時間の中で彼に対して色々な質問を行おうとしたのだ。何せミギーは喋る魔法だ。俺の知識を前提にするとしても、今現在そこに在って考える事の出来る魔法という存在に聞きたい事は山ほどあった。

 

 念のために何時でも制圧できるように恭二と沙織ちゃん、一花に周囲を固めてもらい、ミギーに対して話をする上での幾つかの取り決めを話すと、彼は不思議そうな表情を浮かべてその取り決めに同意して俺たちの質問に答えてくれた。その際に、最初に一花が尋ねたのは熟練度という物についてだった。

 

 なぜ、使えば使うほどに機能を増していくのか。同じ魔法を扱っているはずがまるで成長しているように。そんな一花の質問に、ミギーは少し考えた後に答えた。そして、こうも続けたのだ。『成長しているのはわたしではなくイチローだ』と。

 

『まず前提としてわたし達右腕の魔法は、最初の変身、つまり基礎の段階で一つの魔法として完結している』

「……うん? でも、喋れなかったじゃん」

『それはそうだ。右腕だけあっても意志があるわけでもなければ思考できるわけでもない。脳という演算装置が無ければ人間とて物事を考えられまい』

「ごめん。意味わかんない」

 

 一花が強い口調でミギーに問いただす。この会談に臨むと決めた段階から随分と思い詰めていたが、ちょっと気負いすぎてるな。

 

「一花、落ち着け」

「……ごめん」

 

 俺の言葉に一花は一度目をつむり、そう一言詫びた。責任を感じているのは理解している。けれど、妹を思い悩ませる事になると、兄としてはやっぱり苦い思いになる。そんな俺と一花の様子を痛ましそうに周囲が見る中、空気を読まずにミギーは首をかしげてこう発言した。

 

『ふむ。つまりだ。右腕の魔法は最初の段階で完結している。それ以降は全てイチロー側のアクション。要は体の慣れから来る機能の追加だと言えば分かりやすいだろうか』

「……ちょっとまて。お前がしゃべってるのは全て一郎が行ってるって事か? そんな馬鹿な」

 

 恭二の言葉にミギーはちらりとそちらを向き、目玉を伸ばして頷くような動作を行った。

 

『わたしが喋ることが出来るようになったのは、右腕と脳を繋ぐ魔力のラインが出来上がったからだ。このラインを通じてわたしは脳の機能を学び、右腕の中にそれを模倣したものを魔力で作り上げた。元々わたしと視覚などの情報を共有できていたのだ。視神経から脳までの距離はすぐだぞ』

「お兄ちゃん! 今すぐ変身を解除して!」

 

 その言葉を聞いた一花が悲鳴のような声を上げる。魔力が脳まで繋がっている。つまり、ミギーは俺の脳に対して最も近い距離に居る異物という事になる。

 

『安心してくれ。私はあくまでイチローの魔力でできている。脳の複製に近い事が出来ようと私が脳になることは出来ないし、仮にそれを行っても魔力が生成できなくなりあっという間に消えて死んでしまうだろうさ』

「安心しろ一花。悪い予感はしないし、多分本当の事だと思う。逆にこっちからはちょっと弄れるっぽいけどな」

 

 わざわざ俺の頭を指さした後にしおしおと死んだマネをするミギーに不謹慎ながらも苦笑した。俺のイメージの中にあるミギーとここまでそっくりでなくても良いだろうに。それにイメージを切り替えたら急に男性ボイスに切り替わった。

 

『おいおい、わたしは君のイメージで出来てるんだぜ。君のイメージそっくりになるに決まってるじゃないか』

「それもそうか」

 

 ミギーの言葉に苦笑して、俺は声を女性ボイスに切り替える。つまり、俺にとってミギーというキャラクターの印象はこうなのだろう。最初に変身をした時は多用しすぎれば危ない予感がしたが今はもうそれもない。映画を見て漫画版よりコミカルなイメージがついたからかもしれないな。

 

 そして、それらの情報を踏まえた上で俺は一つの結論を得た。恐らくジャバウォックと祟り神は使えば災いを招くだろうな、と。

 

『まぁ、私は恐らくもうこれ以上の発展はあるまい。君たちの言葉でいうならば熟練度マックスというわけだ。後藤が居るなら話は変わるかもしれないがね』

「単独でのってイメージがある以上、これ以上は進まない。つまり発展する余地がないって事か」

 

 その言葉で俺はミギーに対する警戒心を完全に解いた。直感が嘘を言っていないと告げたのもあるが、彼の言葉を借りるなら、ミギーは言わば俺の信じた、俺のイメージした通りのミギーだ。それならば信じられる。俺のイメージの中のミギーは少し言葉足らずだったり機械的であったりするが、少なくともシンイチに対して彼が感じていた物は友情だったと俺は信じている。

 きっといい関係を築いていける。そう確信をもって、俺は左手でミギーの小さな手に握手を求めたのだ。

 

 

『自分で自分と握手するというのはどうかと思うぜ』

「言うなよ」




なおスタンさんは大変満足して帰りました。


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第百二十九話 ウチュウジン

誤字修正。244様、ありがとうございます!


『あー、テステス。ワレワレハウチュウジンダ。イチロー、この言葉に意味はあるのか?』

『様式美って奴だよ』

 

 何をしてるのかって? そりゃ勿論動画撮影だ。俺の活動の基盤はやっぱりこの動画撮影にあるからな。奥多摩から撮影班にも来てもらってミギーの紹介を行ってる。前に撮ったミギーの動画は何が出来るのか、という紹介だったが今回は俺とミギーの一人漫才をメインに撮影しようと思っている。その様子が寂しい? 喋る右手が相手だから寂しいなんて感じないよ。

 

「いや、見てるこっちが寂しいわ」

「うん。一郎くん、辛い事があるなら言ってね?」

「恭二、沙織ちゃんが結構エグい」

「こいつ天然だから……」

 

 撮影の合間に野次を飛ばす係として呼び出した恭二と沙織ちゃんが口々に好き放題言ってくる。特に沙織ちゃん。恭二は煽り半分茶々入れ半分といった具合なんだが、ガチトーンで心配されるとその、困る。

 

 俺と恭二のやり取りを不思議そうに見る沙織ちゃんにポンコツ可愛いってこんな路線なんだな。恭二爆ぜろ。と中指を立てて、休憩を終えた俺はカメラの前に立ちミギーと三分クッキングの撮影に取り掛かった。

 

 何故こんな事をしているのかというと、まぁ平たく言えばミギーのキャラクターを世間に定着させる為だ。

 

「予想よりも大分危険視されてるね」

「そこはむしろ予想通りだろ」

 

 カタカタとパソコンを触りながら一花はネット上の反応を見る。まぁ原作が原作だししょうがないんだけど。今までは形を真似ている位で済んでたのが喋っちゃったしな。

 

「今まで撮り貯めてる分を放出するタイミングが重要かな。どうせなら最高のタイミングを図りたいんだけど」

『苦労をかけるな』

「ホントにね!」

 

 一花の手元を覗き込むように回り込んでいたミギーにデコピンを一発入れて、一花は席を立つ。最初の頃は互いに(一花側が原因で)ギクシャクしていた一花とミギーも、ここ数日の間に大分落ち着いてやり取りが出来る様になってきた。

 

 ミギーと一花が喧嘩してると何だか兄妹喧嘩してるみたいで少しやきもきしていたから、これで大分気が楽になった。このまま仲良くなってくれれば良いんだがな。

 

 

 

 さて、動画を撮るのも立派な仕事だが、今回西伊豆に来たのは看護師さん達に冒険者としての教導を施すためだ。今回も200人近くの膨大な人数だが、地元の有力者の協力もあるし、今回潜る看護師さん達は事前にちょくちょく奥多摩に来ていた初期からの就職内定組だ。臨時冒険者の潜る階層とは棲み分けが出来ているので、スムーズな狩りが行える。

 

 地元の有力者ってのはほら。あれだ。佐伯某さん。何だかんだ名士の一族で、例の件は本人の暴走で方が付いたからね。西伊豆では変わらない影響力を持ってるし、それに西伊豆ダンジョンは妙蓮寺というお寺の裏手に出ているのだが、そこの檀家さんでもあるらしいからダンジョンの使用の際にある程度の融通を。例えば境内に休憩所を作らせてもらったりといった事も行わせてもらっている。

 

 この寺の住職である前田円丈さんはダンジョンオーナーの中では唯一、冒険者協会の設立前からヤマギシや冒険者協会に協力してくれている人で、西伊豆の冒険者組織の一応のトップになる。ただ、宗教法人であるために組織化等で苦労しているらしくヤマギシのノウハウを学ぶために結構な回数奥多摩に来てたりもする。ただ、ヤマギシの様に単純ではないのが、経営権を持っているのは住職なんだが、檀家の存在と宗派の本山というまた別の思惑を持った存在も考えなければいけないことだ。

 

 それぞれにそれぞれの欲があり、目的があるのだから、当然意見が纏まるわけもない。この状況が変わったのが、実は去年の佐伯某のダンジョン事件からだ。あの事件の犯人である佐伯はこの地の有力者の子息で、尚且つその家は妙蓮寺の檀家総代だった。つまり、去年の事件で檀家側で混乱が起きた為に3竦みが解消されたというわけだ。現在は足立さんを中心にじっくりと冒険者の育成と臨時冒険者の対応を行っているらしい。

 

「ただ、やはりどうしても……寺の敷地の中で殺生が行われているんじゃないかと考えると、心苦しいですね」

 

 ため息をつくように住職がそう言う。お茶を頂きながらその言葉に頷く。確かにモンスターを生き物だと捉えると、そう見えてしまうかもしれない。ただ、彼らは死ねば煙のように消えてアイテムを落とし、しかも暫くすれば成長した姿でまた歩き回るのだ。これを生き物と捉えるのは難しいのではないか。

 

「むしろ、生き物というよりも魔物。魔力で出来た物って認識の方が良いと思うんですがね。これみたいに」

『イチカ。わたしのお茶を返してくれ』

「お兄ちゃんのお茶でしょうが」

「実はどっちが飲んでも喉の渇きが癒されるんだよなぁ」

 

 これ呼ばわりされたミギーと一花のやり取りに住職が目を丸くする。申し訳ない、急に漫才を見せてしまって。

 

 住職にはこの後もミギーを何度か見せているのだが、この生き物だか何だか良く分からない物を見て住職もモンスターを生き物というよりそういう存在、魔に属するものだと認識する事が出来たようで、肩の荷が下りた様な、気が楽になったという風に礼を言われてしまった。つまりミギーは魔物扱い……いや、まぁあんまり変わらないか。恐らく魔物と似たような要素で出来ているのは間違いないしな。

 現地の協力も得て順調に看護師たちの教育も進んでいるし、この調子なら恒例の夏休みが今年も取れそうだ。去年は遊ぶ暇もなかったし、その分今年は楽しむとしよう。

 



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第百三十話  人の振り見て

誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


 待ちに待ったタイミングというか何というか。以前からヤマギシを敵視していた婦人団体を覚えているだろうか。女子高生の一花が襲われたのに何故かヤマギシ側を攻撃していた例の佐伯の推薦者達だ。最近名前を聞かないなぁと思っていたら何と今回、公式声明として魔法の危険性について長々とした声明を発表し、現在の魔法協会と政府をヤマギシの傀儡であると批判してきたのだ。

 この内容もまた面白い。ヤマギシは新規魔法技術を独占して寡占状態を作り魔法発電等の新規産業に自分達以外が入れないようにしている、不当に魔石の値段を釣り上げており、実質は更に十分の一程度の値段に収まるはず、と言った本当に調べているのか分からない内容の発言をし、かと思えば一部の優れた冒険者をもっと魔石確保に回すべき、と言った真面目な内容も含まれていたり、面白すぎて非常に判断に困る声明だった。

 

「つまり分かりやすく言うとヤマギシはもっと周りに利益を寄こせって言いたいんだよ」

「営利企業に儲けるなって横やりを入れてるわけだ。どんな思考回路してるんだろうね」

「しかも魔法は危険だって言いながらその次の言葉は独占を許すなだぜ。意味わかんねー」

 

 真一さんがニュースを見ながら吐き捨てる様にそう言った。独占状態に見えるのは純粋に一番深い階層に俺達が居るからで、それ以外のダンジョン関連の企業等も別に何もしていないわけではない。例えばテキサスの例の変人さんはブラスコの支援を受けながら魔力センサーの上限アップに熱意を燃やしていて、今では全世界のダンジョンに彼が作った魔力センサーが設置されている。

 他にもレベル20以上の冒険者が居る国ではチラホラと独自の技術やダンジョンの利用方法を考えている。どこの国かは言わないが、ある国何かはダンジョンに不燃ごみを投棄したら何日で消えるかという実験を真面目に行って自信満々に『2日でなくなりました!』と叫んでいた。ダンジョンの支配者も堪ったもんじゃないだろうな。

 

「じゃあ、良い感じに温まってきたみたいなんでそろそろやるか」

「OK」

「ああ。遠慮なく出しちゃってくれ」

 

 1週間ほど経過を見て、大方の話の流れが出来上がった時にそこに飛び乗るように出てきた今回の声明だが、実を言うと彼等がやらなくてもどこかが似たような事をやるんじゃないかなぁと予測されていたのだ。

 というのもヤマギシという企業は明らかに出来上がって数年の規模じゃない位に業務内容を拡大し続けており、それに対して割を食った相手というのはけっこうな数存在する。ならばそういった連中に今回の騒動がどう見えるのかというと、間違いなくチャンスだと見られるはずだ。

 

 仮に不利益を被っているような関係でなくても、一人勝ちのような状態の企業が近くにあればそれを妬ましいと思うのが人間だ。勝ち馬に乗っているはずのジャクソンですら、自分より順位が上の馬に乗っていたブラスコに嫉妬して騒動を起したのだから。

 西日本のどこかがこの騒動に合わせて独自の動きでもしないかなと予想を立てていたのだが、まさかこんな近場に暴発してくれる人間が居るとは思わなかった。

 

「じゃあ12時に合わせて一気に更新掛けるね。お兄ちゃんとミギーの漫才動画」

「流石にタイトルはもう少し捻ってくれよ」

「漫才で良いじゃん。事実だし」

 

 いや、まぁその通りなんだが。もう少しセンスのいい名前にして貰った方がやっぱり見られる側としてはね。一花君?

 

 

 

『なぁ、イチロー』

『静かにしろ。釣りってのは魚との真剣勝負なんだ。少し騒ぐと連中』

『わたしが手を伸ばして捕まえた方が早い気がするぜ?』

『……情緒って奴がだなぁ』

 

 数時間毎に連続投稿されるミギーの動画は、アッという間に大人気動画シリーズになった。何せ、魔法が喋っている。それだけでも今までにない斬新さなのに、この右手の話すことや動きがやたらとコミカルでついクスリと笑ってしまったりする。

 宿主? であるイチローとの掛け合いもまた面白く、これに時たま混ざるイチローの妹のイチカとミギーとの張り合いやキョージとの熱く下らない戦い等、普段はダンジョン内での戦闘をメインに扱う動画の多い1チャンネル(イチローのチャンネル名)では余り扱わない日常的なイチローの顔を見る事が出来て、日本国内だけでも数百万規模、全世界ならあるいは億に達すると言われる、彼の世界中のファン達に好評だった。

 

 そして、それだけの人間に好評だという事実は、当然世間の反応にも影響を与える。特に今現在話題の中心である存在だけにマスコミは敏感にその辺りの空気の変化をかぎ分けたのだろう。例の団体の公式声明後の2、3日の間はやたらとこの会見の映像を流していたのに、ある日からピタリと報道で触れられる事が無くなった。

 イチローの右腕の危険性を再三説いていたあるコメンテーターは、次の日からまるで昨日までのことを忘れたかのようにミギーのコミカルな姿に「思わず微笑ましいと思いました」と発言をして物議を醸しだしたりしていたが、まあこれは極端な例だ。大体のニュース番組などはミギーの動画が話題になっている、位の報道を行ってこの件は過去の事だと切り替えてしまった。

 特に誰にも望まれずにはしごを勝手に登った例の団体は、世間の注目を集めるだけ集めてお役御免とばかりにはしごを外されたわけだ。

 

「はしごに勝手に登ったんだからしょうがないよね」

「一花の時にもう少しマシな対応だったら、もう少しは考えてあげてもよかったんだがなぁ」

 

 彼らが何と発言してももうマスコミは取り上げる気もないのだろう。がらんとした会場で公式会見を行っている例の団体の代表の姿に哀れさすら感じて俺は画面を落とした。ネット上でだけ見れる彼らの公式会見は、この後彼らの団体が事実上の空中分解を遂げた後も残されており、度々ネット民に自爆の好例としてネタにされるだけの代物になったらしい。

 まぁ、結局閃光のように話題をかっさらって消えていったからなぁ。彼らのお陰でミギーに対して偏見のようなものがつかなかった事に感謝してそれ以降は手出ししてなかったんだが、本当に自分たちだけで内部完結して消えていった。人のふり見て、というが、ああいう風にはならないよう俺たちのチームも気を付けるべきだろう。



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第百三十一話  天才科学者の頭脳

次はライダーマン。但し。

誤字修正。244様、鋸草様、kuzuchi様いつもありがとうございます!


 最近、部屋で本を読む事が増えた。勿論漫画だけではない。高校を卒業してからは読む事の無かった参考書を久々に開いてみて、少しずつ読み進めて行く。教室で読むとあんなにも眠くなったのに、改めて見るととても面白く感じるから不思議な物だ。

 

 部屋ではミギーと一緒になって共に分野を分けて本を読み、仕事の時間はそろそろ何かが開けそうなライダーマンを優先して選択し、時たま動画を撮ったりして日々を過ごしていると、ある日それはいきなり訪れた。出来るだけライダーマンで居る様にしていた俺は、昼食の為に近所の食堂へ来ていた。そこはお寺からほど近い場所にあり、ここ最近はこの食堂で白身魚フライ定食を頼んで丼物で締めるのが俺の日課になっていた。

 

 何時もの様に定食を注文し、さて今日は海鮮丼か、それともいっそ牛丼かと次の注文に頭を悩ませていると、ふと目にした天井の模様に気を取られた。あの染みはなぜ出来たのか。何時ぐらいに、等と思考を飛ばしている間に料理が来て、その時はそれ以上気にせずに料理に舌鼓をうった。結局海鮮丼にしたが牛丼でも良かったかもしれないなぁ、と考えながら腹ごなしがてらに歩いてお寺まで戻ろうとすると、普段は目につかないような周囲の風景がやたらと頭に入ってくる。

 

 この電柱にはこんな傷がある。あそこにはあの木が生えている。あそこの子供は足を擦りむいている。普段ならば気にしないような小さな情報がいつも以上に気にかかり、それらに意識を割きながらも俺の足はいつものようにお寺へと向かい、そこにたむろしている看護師さんたちとにこやかに会話をして、ふと気づいた顔の疲れや服の汚れなどが目についてそれらをそっと指摘し、その辺りで俺は気づいた。

 やたらと世界がクリアに見えて、まるで高性能なセンサーか何かで周囲を見回しているかのような感覚。それらの情報を俺の頭は無理なく処理していき、俺の意思とは無関係に情報をどんどん俺に投げ渡してくる。

 

 こいつは堪らねぇ、と咄嗟に変身を切り替えてミギーを選択。普段の感覚に急に切り替わった衝撃に目がチカチカと火花を散らすが、それでもさっきよりはマシだった。

 

『随分と消耗しているな』

「うん……? ああ、うん。頭がぼんやりとする」

『ふむ……だいぶん発熱しているようだぜ』

 

 ミギーは俺の頭にピタリ、と自身の一部を張り付けると、熱いとばかりにその部分をひらひらと泳がせる。左手で額を触ると、確かに随分と熱く感じる。ウォーターボールを唱えてミギーの口からぴゅーっとばかりに水を発射してもらい頭を濡らすと非常に気持ちが良い。あと、糖分が欲しい。あ、流石にそこまでは魔力じゃ無理か。そっか。そうか。

 

 

 

「明らかに頭の普段使ってない部分を活性化させた影響だよね」

「失礼な。俺はいつだって色んなことを考えているぞ」

「うん。それを継続させてね?」

 

 暫く休んだ後、臨時冒険者さんの女性陣に甘いものを強請ったらキャッキャと喜んで幾つかチョコや飴をもらえたのでそれらで糖分を補給。凄いわ人体。あっという間にさっきまでの気怠さが消えていった。とりあえず問題なく動けるようになったら一花の元に移動し、事の経緯を説明すると眉を寄せて考え込み、少ししてから「飴を舐めたら楽になったんだね?」と質問してきたので頷くと、一花は恐らく、とつけてから語り始めた。

 

「お兄ちゃん、多分ライダーマンが頭部――頭脳までパスを繋げたんだと思うけど、しばらく……それこそ慣れるまでは一日に5分とか短い時間だけ変化させて」

「良いけどどうして?」

「お兄ちゃんのイメージの、結城丈二がとんでもない天才だったって事だよ。それだとスパイダーマンも影響が出るはずなんだけど、蜘蛛とライダーでどんな違いが……脳作用にも影響してるのかな。そういう能力あったっけ」

「一花さーん?」

 

 ぶつぶつと呟き始めた一花に問いかけるも反応がない。困ったな、と手持ち無沙汰にしていると、ちょいちょい、とミギーが手招きをしてくるので促されるままに席を離れる。自分の右手に手招きされるってのもまた変な状況だなぁ、と思いつつ歩いていくと、普段読書に使っている書庫のような所に案内された。

 こいつ、この状況で知識欲を優先させるか。

 

『その意図も含まれているが、今回はむしろこれが最大の解決方法だ』

「読書が?」

『わたしが本を読んで頭脳に詰め込めば、それを他の変身形態の時に利用できるのは分かっている。逆にわたしも先程までのライダーマン状態がどういった知識の蓄え方をしているかは理解できた。彼はわたし以上の知りたがりのようだな』

「彼って……えっライダーマンも意志があるの?」

『意志というより、イチローの認識するイメージのライダーマンを再現するにはイチローの知識が足りなさすぎるんだ。スパイダーマンはもう少し遊び心があったが、ライダーマンは真面目な人物なんだろうな。足りない分を一気に学び取ろうと躍起になっている』

 

 いや、ピーターも結構真面目な……真面目だよな。うん。結構遊んでたり陽気なイメージがあるけど。だが、そうか。確かに俺の脳みそでいきなり結城丈二を再現するのは無理だ。頭の出来が違いすぎる。さっきの妙に周囲が気になる感覚は、俺の中のライダーマンが周囲の情報を学び取っていたという事なんだろう。

 

『まぁ、ここに置かれている物は古文書とかの歴史資料だから理系の科学者である結城丈二が求めている物ではないだろうがな』

「ダメじゃん」

『頭を活発化させるのには役に立つさ』

 

 それもそうか、と俺は椅子の一つに腰を置き左手で手近な本を手に取り開く。お、これは妖怪の本か。成程成程。過去の退魔の記録なんだなこれは。最近は左手一本で本を読むのも慣れてきた。何事も慣れが大事だし、この状況も慣らしていけば何とかなるだろう。しかし、勉強もせずに頭が痛いなんて凄い体験をしたんだな、俺。

 しかし、長時間の使用が難しいとなると今度は何を使うか。一応練習している変身はあるんだが、両手があった方が映えるんだよなぁ。ファイブハンドは。



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第百三十二話  いつつのあいのうで

先輩ライダーが動けない時に後輩ライダーが登場する。これぞ伝統()

今週もありがとうございました。来週もよろしくお願いします!
(予約時間ミスってそのまま投稿してましたごめんなさいなんでも(ry)

誤字修正。244様ありがとうございます!


「レーダーアイのセンサーがスゴいんだが」

「10kmだもんね!」

 

 ダンジョン内部の荒野階層で飛ばしてみるとまぁ凄い精度でゴーレムの位置が分かる。大まかな位置を把握した後はミギーに切り替えて超速でマップを作成。連中はほぼ動く事が無いからドローンで全体を撮影するよりも数段早く全体を調査できる。

 

 それに……

 

「おお、一撃で!」

「流石は特攻でドグマ王国最強の怪人を倒したレーダーアイ。凄い威力だな」

「見るからに武器になりそうな外見してるもんね! 何でこれみて武器になるって気付かないんだろうね?」

 

 ゴーレムに特攻させると、一撃で胴体を吹き飛ばす高威力のミサイルに早変わりだ。しかし、なんでこんな如何にもミサイルというかロケットみたいな外見の物をただのレーダーだと思ったのだろうか。恭二や一花と不思議だなぁと話し合いながら、今度はパワーハンドを試すか。

 

 別のゴーレムまでバイクで移動し、そのままパワーハンドに切り替えて殴りかかる。流石は現行仮面ライダー最大のパンチ力。500トンという膨大な力はあっさりとゴーレムを文字通り吹き飛ばした。特に何の技もない。ただ殴っただけでこれだ。これに赤心少林拳の技術が乗ったパンチが本来なら飛んでくるわけだ。ちょっと恐ろし過ぎて使える気がしないぜ!

 まぁ、流石にスペック通りは再現できてない気がする。多分俺の肉体が耐えきれるレベルにまで腕力が落とし込まれてるんだろうが、数tは軽くありそうなゴーレムでも問題なくぶっ飛ばせるんだから相当の力だろうな。

 

「うーん、この強キャラ感。結構使い慣れてない?」

「実を言うと1年位練習してた」

「長っ!?」

 

 いや。だってさ。変身ポーズめちゃめちゃカッコいいじゃん。赤心少林拳がカッコ良すぎるから変身ポーズまで練習してしまって、今じゃ意識せずにポーズが取れたりする。仮面ライダーの撮影中に、余興で変身ポーズをしたら初代様が爆笑してたし結構な出来だと思う。ただ、その時ポロっと「赤心少林拳か……」とか不穏な言葉を言ってたのは、気にしないでおこうと思う。

 

「そうだ。ライダーマンと言えば順調?」

「まだ無理だな。この間ミギーと静岡大学に行って来たけど全然読み足りない」

 

 最初期の周囲全部を読み取ろうとする感覚は流石に消えたが、まだライダーマンは使いこなせてない気がする。ここ1週間位、オフの時はミギーを使ってひたすらネットを漁りながら自分は文献を読んで知識を蓄えてたりするんだが、こんだけやってもまだまだ足りないと感じる。まさか通信制の高校を卒業した後にこんなに勉強する事になるとは思わなかったよ。

 

「……お前本当に一郎か?」

「おう。所で沙織ちゃんも俺と同じく通信制でも高校を卒業したんだがその辺どう思いますかねぇ恭二さん」

 

 恭二が信じられない物を見るような目で見てきたのでジト目を向けて煽るとそっと目をそらした。沙織ちゃんはきっちり卒業してるのにお前ときたら。物を知るって面白いぞ?

 この妙蓮寺にはちょっと偏りはあるが昔から残っている歴史の本や仏教の本が置いてあり、これがかなり面白い。妖怪退治の逸話とかめっちゃ燃えるし読み物としてももうちょっと読みやすければ人気が出そうだな。

 後はやっぱり偉大な通信販売だ。結構移動手段が限られる場所の筈なんだが1週間くらいで注文した本が届く。工学系の本から学生が読むような数学の参考書まで、がっつり大人買いした本を夜が更けるまで読む。晴耕雨読って奴かな。こんなのんびりとした日々を過ごすのも悪くないね。

 

「所で一花さん、さっきから幻想殺し(指)を使って何をやっているんでせうか」

「いや。ラーの鏡がないからこれで代用できないかなって」

「それはスゴイ・シツレイじゃないかな君」

 

 いや、キョトンとされてもさ。俺もほら、頑張ってるんだよ。今更ながらに学習意欲も出てきたし、それに自分の魔法を使いこなせないっていやだし。将来的にはジャバウォックやハルクや祟り神も使いたいとは思ってるんだ。その為にも自分のスペックを上げないといけないなって思ってるんだよマイシスター。

 

「……いや、良い事なんだけど納得いかない。まさか精神性に、しかもいい方向に影響が出るなんて。お母さんが泣いて喜びそう」

「うーんこの信頼感」

「信頼とは一体なんなんですかねぇ」

 

 だからなんでキョトンとするんだお前らは。息ぴったりすぎるだろうが!

 

 

 

 さて、話は戻ってスーパー1の性能実験だ。実を言うと、前回の冒険の時に思いついてて試してなかった事があるので、こいつを試したかったのが今回の性能実験の主目的だったりする。場所は31層。ここはバイザーがあればもう怖い場所ではない。

 

「さて、早速やってみようか」

「OK。じゃあ、撮影は任せてね!」

「頼む」

 

 これが上手い事行けば新しい攻略手段にもなるかもしれんからな。俺達はこの階層の移動を遮っている水路まで移動すると冷熱ハンドに切り替え、そこから更に冷凍ガスへと切り替える。こいつは元々左手用だからちょっと手間がかかるんだよな。

 さて、いくぞ。

 

「チェ~ンジ、冷熱ハンド! 冷凍ガス、発射!」

 

 左右逆ではあるがこの時の為に練習したポージングを使い、ピシッと緑色に変わったグローブを水場に向ける。俺の右手から放射された白い冷凍ガスが水煙のように水面に吹き付けられると、瞬く間に水路が凍り付いていく。およそ1分ほどで周囲も含めてかっちんかちんだ。

 

「おお、凄い」

「ふはははは。この階層、水路さえなければそれほど複雑じゃないからな。一々ボートを用意するのも大変だしいっそ凍らせちまえばいいやと思ったんだ」

「成程。いや、確かにこれは、うん」

 

 恭二がとんとん、と凍り付いた水面に足をつける。何度か体重をかけても小揺るぎもしないし、かなりしっかりと凍り付いているようだ。流石は惑星一つを冷やすとまで言われた超科学。大幅に劣化してるだろうがそれでもこれか。凄いなスーパー1。これより上って言われるRXはどんな化け物なんだろうか。

 

「こいつを魔法に落とし込むのはお前達の役割だぜ」

「ああ。任せてくれ」

「オッケー」

 

 そして、ここにこの二人を連れてきたのも理由がある。今現在、新規魔法の開発に成功したって言えるのがちょっと特殊な俺を除くとこの二人しか居ないからな。特に恭二の作った魔法を一般人でも使える様に落とし込む事は一花の得意とするところだ。開発自体はあっさりと終わるだろう。

 そして、その魔法の開発が終われば、この階層は対策さえ踏めば全く怖くないモンスターの出る、手ごろな狩場へと変貌する。しかも深層の中身がたっぷり詰まった魔石を落とす。

 魔石需要、かなり解消されるんじゃないだろうか?

 まだだれにも伝えてない予想だがあながち間違っていないような気がする。まぁ、暫くはスーパー1の練習がてらこの階層をうろちょろするのも悪くないだろう。さて、今日は帰って飯でも食べるか。昼は定食1人前で終わってしまったしな。頭にも栄養を送らないといけないし。

 そして部屋に戻り、風呂に入った瞬間、俺はすっかり忘れていた事柄を思い出した。

 

「エレキハンド忘れてた」

 

 サンドゴーレムに使うのも何か可笑しい気がして後で試そうと思っていたんだ。冷熱ハンドで終わった感がすごくてつい試すのを忘れていた……今から試そうにも、こんな場所でアレを使えば間違いなく大被害である。また明日、ダンジョン内で試すしかない。

 最後の最後でしまらないなぁと苦笑し、俺はミギーに変身をして左手で本を開く。さて、ライダーマンを使いこなすためにも知識習得に励むとしよう。




原作作中だと一番使われてるイメージがあるエレキハンドさん。正直強いし発電機代わりになったりと便利すぎる。
あと妙蓮寺って打ち込むと何故か命蓮寺って変換されてちょっと楽しい。


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第百三十三話 西伊豆合宿終了。

新年度初投稿。今週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様ありがとうございます!


「ほいっと」

「ぐっ」

 

 足立さんが目くらまし代わりに放ったファイアボールをひょいっと避けて近寄り、腕を掴んで投げ飛ばす。互いにバリアとアンチマジックを張っている以上、下手な打撃も魔法も意味がない。そうなると最も効果的なのは衝撃を体に伝える事と絞め技になるわけだ。

 という訳でほほいっと投げ飛ばした足立さんの首に手を回したところで試合終了。まぁ、ライカンスロープ辺りは締め技も使ってきやがったからな。この辺りの対処法も覚えておいた方が良いという事で使ってみたが、存外綺麗に決まったな。

 

「あいててて」

「お疲れ様です」

「ああ、これは。ありがとうございます」

 

 足立さんに手を貸して立ち上がらせる。以前に比べて大分体の動きが良い。しっかりダンジョン探索に精を出してるんだろうな。彼にとってはこのダンジョンの筆頭冒険者という立場は勝手に転がり込んできたようなものだが、思った以上にしっかりと役目を全うしてくれているようだ。

 

「いやぁ。やはり歯が立ちませんでした」

「いやいや。以前に比べたら全然違いますよ」

「……そうですかね。ただ、毎日ダンジョンに潜って、戻る。それを繰り返しているだけなんですがね」

 

 そう言って足立さんは自嘲気味に笑った。ただそれだけの事でも、繰り返して行う事が重要なんだ。毎日ダンジョンに潜り続けるだけでも魔力は上がるし、間を置かずに戦闘を積む事は非常に重要な訓練になる。魔力が上がってもそれを使いこなせなければ意味がないのだから。

 そして、俺達が以前ここに訪れていた時の足立さんはそれだけの事が出来ていなかった。その結果、日本代表の教官候補生でありながら結局教官免許を取得する事が出来なかったのだ。

 

「次の教官試験。今の足立さんならイケると思いますよ」

「……ありがとう」

 

 少しだけ嬉しそうな顔を見せて、足立さんは頭を下げる。

 

「待ってます。奥多摩で」

 

 看護師さん達の合宿は昨日終わった。今日、俺達は奥多摩へと帰る。また会える時を楽しみに待つとしようか。

 

 

 

『まぁ、俺が奥多摩に居ないかもしれないんだけどね』

『いやいや。暫くは奥多摩での撮影だよ』

『あ、そういうんじゃなくてですね、はい』

 

 数週間ぶりに奥多摩に帰ってきたらまるで我が家のようにリラックスした様子でスタンさんが待っていた。何でも一駅前の辺りに即席の事務所を借りているらしい。まぁ例の撮影の為だろうな間違いなく。

 というか向こうの撮影は大丈夫なのかと聞くと、すでに一部が始まっているのだが、ゴーサインを出した後はスタンさんのような立場の人物は暇になるらしい。

 

『今回はカメオ出演は日本の方でになるからね』

『どこで出てくる気なんですか』

『勿論観光客さ。君のおじいさんと話をしたんだが、狩猟というのはやはり奥深いね。先週奥多摩の山を一緒に歩いてみたんだが、いきなり立ち止まったかと思うとパァン、だ。鹿狩りをこの年で、しかも生で見る事になるなんて思わなかったよ』

 

 来週は私もライフルを触るのさ、何十年振りかな! とエキサイトするスタンさん。思った以上に日本をエンジョイしてるぞこの爺さん。というかうちの爺さんといい老人共はダンジョンに潜ると血の気が多くなる仕様なんだろうか……あ、うちの爺さんは元々だったわ

 

 そんなこんなで話は進んでいき、俺の最初の撮影の日にちを知らされる。夏の盛りを過ぎて秋口から、撮影現場は今も拡張を続けている奥多摩の端っこの方を1区画丸々使ってセットを作るらしい。まず区画を作るというこのスケールの違いがハリウッドだなぁと思う。

 

『いや、これも実は魔法のお陰なんだけどね』

『そうなんですか?』

『ああ。まず建築の際にフロートを使うだけで安全性が段違いに上がったりするんだ。それにウェイトロスやウェイトアップは便利だからね。今までにハリウッドが行ってきた工事の総工費が4分の1くらいに圧縮できそうだと報告を受けているよ』

 

 4分の1って……ヤバくね? でもまぁそうか。重機とかも数が減らせるし、重機が減る分人も減らすことが出来るのか。持ち運べない重さの物も人の手で運んでいけるし、フロートがあればある程度の高さまで割と自由に動かすことも出来る……めっちゃ工事楽になるんじゃないかそれ?

 ヤマギシは完全にそっち側の需要を見てなかったからな。ちょっとこれは盲点だったかもしれん。

 

 スタンさんと軽く打ち合わせをした後に昼がまだだという事で一緒にラーメンを食べに行く……が、よく考えたら90代の人にラーメンって流石にヤバいよなぁと考えなおし声をかけるも代案にステーキを出されたのでそのままラーメン屋に突入。何かリザレクションを受けたら歯がまた丈夫になったらしい。すげぇなリザレクション。

 

 そしてスタンさんは何の躊躇もなくとんこつラーメンを選択。背油マシマシって大丈夫なのか心配になるメニューを美味しそうにペロリと平らげた時に俺はこの人の年齢について考えるのをやめた。マイナス60歳か。ドラゴンボールにでも願いをかけたのかな。

 

『さて、この後はダンジョンにでも繰り出そうか。ちょっとゴーレムとの取っ組み合いを見てインスピレーションを動かしたいんだ』

『俺が取っ組み合うんですね分かります』

 

 親指を立てて言い放つスタンさんに苦笑をしてさてダンジョンにでも行くか、とラーメン屋から出ると、見覚えのあるバイクがヤマギシビルに向かって走ってくるのが見えた。初代様だ。今日は都心の方に用事があると言っていたんだが、と思いながら手を振ると、こちらに気付いたのか真っ直ぐにバイクが俺に向かってくる。

 

「どうしたんですか。今日は確か映画の件で取材があったんじゃ?」

「ああ、取材は終わった。丁度いい所に居た。一郎、少し話したいことがある」

 

 深刻そうな顔を浮かべる初代様の言葉に、俺は首をかしげる。ライダー関連はもうしばらく予定が無い筈だ。思いつくものがない。

 ひとまずスタンさんに断りを入れて、俺は初代様とヤマギシビルの中へと入る。会議室開いてるかなぁ。



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第百三十四話 初代様の頼み事

誤字修正。244様、あんころ(餅)様、kuzuchi様ありがとうございます!


「……久しぶりだな、タケ」

「あの。初代様。一郎ですけど」

「おお、すまん。余りに雰囲気が似ていてなぁ」

 

 会議室に入るなり「ライダーマンを見せてくれ」と言われたので変身。そしてしげしげと俺の顔を見つめて、放たれた第一声がこれである。と、ヤバいなんかライダーマンが過剰反応しとる。

 

 ミギーに咄嗟に変身をすると初代様が残念そうな顔になったが、事情を説明すると今度は難しそうな顔になる。まぁ長時間の変身ができなくなってるからな。撮影や何かしらでライダーマンが必要な時はあるし、初代様も困ってしまうか。早めに慣れようとはしてるんだが。

 

「いや。すまん、こちらの話だ。それよりも、本当に悪い影響は他に無いんだな?」

「はい。勉強好きになった位ですかね」

「そいつは良い。全国の子供達に広めたいな。はっはっはっ」

 

 安堵したようにそう言って初代様は笑った。どうも、都心の仕事中にどこかしらから変身による影響の話を伝え聞いて、慌てて奥多摩に戻ってきたらしい。そう言えばあれ、ちょっと前までヤマギシ社員以外へは緘口令が敷かれてるんだった。完全に知ってる物だと思ってたけど、初代様一応外部の人だもんな。

 

「焦ったぞ。もしも致命的な変化が起きていたなら、親御さんに何と謝ればいいのか分からなかったからな」

「いや、この変身はあくまでも俺の魔法ですから」

「それは違う。俺がお前に頼んでかなりの回数変身をさせたんだ。それに映画の撮影の際に、お前の両親にはくれぐれも息子を頼むと頼まれていたからな」

「初耳なんですが」

「……オフレコで頼む」

 

 口元に指をあててそう言う初代様にしょうがないなぁと笑う。何だかんだで気を遣ってくれていたように感じたのだが、まさか両親と初代様が密かに相談をしていたとは思わなかった。聞けば昭夫君の両親とも一度会って話をしたらしい。

 

「お前たちには俺の我儘に付き合わせた形になるからな。せめてこれ位はしなければ親御さんに顔向けできん。だが、お前たちのお陰で俺の理想以上の作品が作れた。本当に、ありがとう」

 

 ギュッと初代様は俺の手を握り、深々と頭を下げた。慌てて俺も「いやいやこちらこそ」と頭を下げ、数分後に様子を見に来た一花が現れるまで、その場で両手を握り合ったまま男二人が頭を下げ合うという変な絵面が続くことになった。

 

 

 

「二人とも何をしているのかな? かな?」

「面目ない」

「はっはっは」

 

 初代様。笑っても誤魔化せないと思いますよ。

 会議室の椅子に初代様と向かい合うようにして座った俺は一花の持ってきてくれたお茶を啜りながらさて、と居住まいを正す。初代様の要件は恐らくまだ終わっていないと直感が告げているからだ。そんな俺の様子に重要な話になると思ったのか、お盆をテーブルに置いて隣に一花が座る。一人で考えるのはまだまだ一花やケイティさんには及ばないから、正直居てくれるのは助かる。

 

「それで、他にもお話があるようですがどうされました?」

「う、む。そう見えたかな?」

「勘、という程度ですが。何かあったんですね」

 

 俺の問いかけに観念したように初代様がそう尋ねてくる。その様子に厄介事だろうなぁと思いながら俺が再度確認すると、初代様は難しい顔をしたまま頷いて口を開いた。

 

「実はな。私の助手として人を使わせて欲しいのだ。勿論、彼らの報酬については」

「良いですよ。ちょっと真一さんに伝えておきます。一花、頼む」

「私の分から……うん?」

 

 初代様が言い終わる前に俺は携帯を手に取って一花に渡した。俺の意図を汲んでくれたのか、一花は「はーい」とにっこりと笑ってから席を立ち、そのまま部屋から出て行った。その様子を驚愕の表情で眺めている初代様に向き直り俺は深くうなずいた。

 

「……すまん」

「必要な人員なんでしょう? 元々初代様の教室の人事権は初代様にありますから気にしないで下さい。一花が上手く伝えてくれます」

 

 俺の言葉に再度初代様が頭を下げた。頭を下げられることでは決してないのだ。ただ、態々社長や真一さんを通さずに俺に言ったという事は何かしら突っ込まれたくない事情があるのだろうと勝手に予測して勝手に俺が気を回しただけなんだから。

 

 俺の意図を酌んでくれたのか、初代様は再度頭を下げた後に準備が出来次第、すぐに連れてくると言って会議室を後にした。決まったら即行動、相変わらずバイタリティに溢れた人だ。しかし、初代様が頭を下げてまで頼み込んでくる人か。どんな人だろうか。綺麗な女性とかだと嬉しいんだがなぁ。

 

 

 

「やぁ、一郎君。噂は聞いているよ」

「年齢は私達が大分上だが、ここでは君が先輩だ。冒険者として一刻も早く一人立ちできるよう指導してほしい」

「この前はありがとう。今日からよろしく!」

「撮影の時みたいな無様はもう見せないからな」

「……ア、ハイ」

 

 後日。初代様から以前頼んでいた件でと連絡があり、ヤマギシビルの前で待つ事十分弱。ワゴン車に乗って表れた彼らは口々にそう言って頭をペコリと下げていく。

 

 後ろの二人は、あれだ。ちょっと前に一緒に仕事をした現行ライダーの二人だ。芝居というかアクションに磨きをかけたいとツブヤイターで言っていたが、まさか冒険者になりに来るとは思わなかった。だが、気心の知れた人物なのでこちらはまだいい。問題は前の二人である。

 

「一郎、二人とも一応お前の先輩にあたるライダーだが、ここではお前が先輩だ。俺も手伝うから、まずは彼らのレベルアップを手伝ってくれないか」

「ア、ハイ」

「ファイブハンドを使ってくれていると聞いて、居てもたっても居られなかったんだ。実際に扱える訳ではないが赤心少林拳の構えや魅せ方なら指導できる。任せてくれ」

「ア、ハイ」

 

 同じ返事を繰り返す俺の様子に初代様が苦笑している。S1さんとアマゾンさん同時に連れて来るんですか。流石に不意打ちってもんじゃないですよ初代様。



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第百三十五話 ダンジョン研修(ライダー版)

今回は普通の冒険者としてです。

誤字修正。ハクオロ様、244様ありがとうございます!


「本当は、役者に復帰するつもりはなかったんだ。実を言うと今もね。ただ、彼から『もう一度、君のアマゾンが見たい』と熱心に口説かれてね。つい、ここに来てしまった」

「その割には女性ファンへの対応がお上手ですね」

 

 臨時冒険者の女性から黄色い声を浴びて、アマゾンさんははにかむ様に笑いながらそう言った。その割には随分と手慣れた様子だと突っ込めば意味深な微笑みだけが返ってくる。かっけぇ、こういう人をダンディって言うんだろうなぁ。

 

 一先ず研修という形で各自の装備を整えて、基本的なダンジョン内部での注意を行い、初代様が先導、俺が後衛としてダンジョン内部に突入。浅い階層では臨時冒険者のお姉様方の邪魔になってしまう為にさっさと5層まで降りようと動いていたのだが、行く先々でこの新旧ライダーズは女性陣に囲まれてしまい、満足に動く事が出来なくなった。しまったな。最初に10層へ降りておくべきだった。

 

「やっぱ凄い人気ですね」

「君も結構声を掛けられていたみたいだがね、っと、これがモンスターか」

 

 S1さんがピシッとオオコウモリを叩き落とす。流石は元レンジャー部隊というか、慣れている訳でもないのに薄暗いダンジョンの中でも違和感なく動けているらしい。

 モンスターがリポップしだすと臨時冒険者のお姉様方もそちらにかかり始めたのでさっさと移動する事にして奥へ奥へと進み、都合数回のファンによる足止めの後に無事6層へと到着。今日はここを主な狩場にするつもりだ。

 

 ゴブリンとオーガ、それにオークの混成で低層の主要な敵の経験が積める上に、ゴブリンメイジが居るから対魔法の経験まで詰めてしまう。ある程度動ける人間ならここからスタートした方が効率が良いのだ。

 そして、今日のメンバーはある程度魔力の吸収も行ってアクションも出来る若手俳優と、加齢による衰えこそあるがかつてのアクション俳優。そして万が一が起きないようにすでに変身までして気合十分な初代様と、S1さんたっての希望でファイブハンドを使用する俺。この階層なら万に一つもない編成だろう。

 

 

 

「ライダァ、キィィック!」

「ライダァパンチ!」

「トゥ! 電光ォ、ライダーキィィック!」

「初代様。初代様。他の人の分を残してください」

 

 気合が入りすぎて初代様が若干暴走気味だったが、狩りは順調に進んだ。一度注意してからは初代様も大人しく? 指導の方に精を出してくれたしな。流石に俺が大先輩に何かを指導するのはやり辛いので基本はアマゾンさんとS1さんを初代様が、俺は他の二人を指導する形で役割を分担する。

 

「オークは俺が最初に片づけます。チェーンジッ! エレキハンド! エレキ光線、発射!」

「おお!」

 

 オークみたいな大物は流石にいきなり相手させられないから初手でエレキハンドで蒸発させておき、残りのオーガやゴブリンたちは半々という形で処理。エレキハンドを使う時にS1さんが非常に嬉しそうだったので次は冷熱ハンドを使うとしよう。

 

「基本は長物で間合いを取りながら。相手の手が届かない場所からの攻撃を意識してください」

「OK!」

「あ、待て」

 

 幽霊くんが貸し出した刀を持ってオーガと相対。その後ろからお化けくんが槍で援護か。うん、良いコンビネーションだ。さて、向こうの方は大丈夫かと見てみると、こちらもS1さんが刀、アマゾンさんが槍を持って前衛・後衛の役割を全うしていた。初代様もうんうん頷いているし問題は無さそうだな。いきなり素手で挑みかからせそうで怖かったんだ。

 

 数回ほど同じように戦ってもらってから魔石を吸収してもらい、体力の違いを確認して貰ったら全員にリザレクションをかけて再度モンスターと戦う。今度はゴブリンとオーガは俺と初代様が、残りの4名でオークと戦ってもらう。

 

「うぅむ。やはりこのサイズの相手は緊張するなぁ」

「そうですかね。随分と美味しそうな外見じゃないですか」

「……先輩方の余裕が理解できないんだが」

「しっかりしろ。お前も主役ライダーだ、負けるんじゃない」

「そんなの関係あるか!」

 

 幽霊くんの叫びに反応したのか、オークたちが叫び声をあげてこちらに駆け寄ってくる。冷熱ハンドで厄介なメイジとオーガを氷漬けにし、残ったゴブリンの中に初代様が飛び込む。オークまでの道は開けた。

 

「え、ええい! 同年代に負けられるか!」

「うむ。その意気だ! よし、我々も負けられんな」

「ああ、左右から挟むぞ」

「了解です!」

 

 やけくそ気味に幽霊くんが叫んで刀を持ってオークに突撃し、その動きに合わせる様にアマゾンさんとS1さんが左右に分かれる。お化けくんは槍をオークの顔辺りに突き入れ、幽霊くんへと攻撃をしようとしていたオークの動きをけん制している。苛立ったオークが棍棒を振り回して周囲を攻撃しようとすると、その動きをさっと後ろに飛び退いて避けアマゾンさんがオークの膝に槍を突き入れた。

 

「ブギィ!」

「隙あり! トォウ!」

「こっちもだ! イヤァ!」

 

 S1さんが刀でオークの逆の足を切りつけ、倒れ込もうとしたオークへ最上段に刀を構えた幽霊くんの一撃が袈裟懸けに決まる。魔石で上昇した筋力を全て乗せた一撃は綺麗にオークを両断し、オークは煙の様に消え去った。

 

「……やった、か」

「何がブランクだ。全然衰えを感じなかったぞ」

「ああ、ビックリするほど体がよく動く。これが魔力か……凄いものだ」

 

 呼吸を整えるアマゾンさんにS1さんが話しかけると、その言葉にアマゾンさんは満足げに頷いた。今回がダンジョン初潜りの筈なんだがすでに歴戦の風格を感じてちょっと感動する。

 

「ところかわって若い君たちは」

「いや、あっちと比べられると困るんだが」

 

 お化けくんに冷静に言われてそれもそうか、と頷く。あれ、幽霊くんはどうしたのか、と視線を向けると先ほどオークを袈裟懸けに斬り倒した姿勢のまま固まっている。その手元には根元からポッキリと折れた刀の姿があった。

 ああ。本当に全力で叩き切ってしまったのか。大丈夫、君の運動能力ならこのまま冒険者として一暴れすればそれ位すぐに稼ぎ出せるって。初代様の補助につく以上は二種冒険者免許は最低取ってもらうから。ゴーレムを中心に狩ってればあっという間に年収が稼げちゃうぞ?

 



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第百三十六話 噛みつきは流石に無理でした

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


「ふむ、そこはこう、だな」

「こう、ですか?」

「ああ、そうだ。花を包むようにイメージしてくれ」

 

 カメラの位置に気を付けながら、そう言ってS1さんは優しく包み込むように両手を組み合わせる。それを見ながら俺も同じように両手を組み合わせる。何をしているのかって? 

 そらライダー特訓だよ。これこそ撮影するべきだって事で撮影班も入ってもらって一連のやり取りを映してもらっているんだ。

 

 まぁ梅花の型自体は流石に架空の拳法だからS1さんが直接見せるってことは出来ないが、形に関してはやはり熟練の動きだ。特に人を魅せる動きに関して非常に勉強になってる。

 あと、最近の初代様を見てると割と梅花もイケる気がするんだよなぁ。魔法に最も重要な物はイメージだ。あるいはあの人は自身のイメージのみで仮面ライダー1号を作り出そうとしているのではないだろうか。先の電光ライダーキックを見るとそう思えてならない。勿論、悪い事じゃないがな。

 

 さて、アマゾンさん達が奥多摩にやってきてから2週間ほどが経過し、幽霊君とお化け君は無事に二種冒険者の資格を取得。役者としての仕事の傍らになるため纏まった時間を取るのは難しそうだが、彼らの予定が空いた時はその分厳しく。例えば20層に飛んで19層の敵に挑ませたりしてスパルタ特訓を行っている。

 

 この時は基本的にスパイダーマンを使ってウェブによる援護に徹底しているのだが、当初は1撃で刀を叩き折っていた幽霊君も刀の扱い方を学んだのか、連戦しても特に問題なく戦えている。元からそつがなかったお化け君とのコンビで10層までは二人で突破出来ている。時間と装備が許せば問題なくゴーレムも倒せるだろう上達は、この短期訓練の結果としては上等すぎるだろう。

 

 で、肝心のレジェンド二人なのだが。

 

「キキ~!」

 

 恭二に開発させた新魔法、アイアンクローを使って、変身したアマゾンさんが大鬼を素手で切り裂いていき。

 

「トゥ! ヤァ!」

 

 同じく新魔法、アイアンクローの応用版、というかこちらを先に作ったのだが、アイアンハンドを使ってオークを殴り飛ばすS1さん。勿論こちらも変身魔法は会得済みである。すでに10層まではこの調子で突破しているため文句なく二種冒険者の免許を取得。ただ、近接戦に寄った魔法の取得を行っているので教官免許に挑戦するにはこれからまた一花式ブートキャンプを行わないといけないだろうが……いきなり新魔法が出てきてびっくりしただろう。俺も驚いている。

 

「ああ、恭二君。これはいい、この魔法はとても良いよ」

「いえ。面白い発想だったので俺も勉強になりました」

 

 今回、初代様の代わりに恭二が付いてきてくれたのだが、全ての切っ掛けはこの恭二を魔法の生みの親として二人に紹介した事だった。何でも初代様のように何とか自分たちのスタイルを生み出すことができないか模索していたアマゾンさんとS1さんは、恭二に魔法を新規開発する事は出来ないかと相談をしたらしい。

 

 そしてそんな話を恭二にすれば「出来らぁ」以外の返事が返ってくることはまずないので、恭二はその日のうちに「こんな感じですかね?」と魔力の力場を両手に作り出すアイアンハンドを作成。喜ぶ二人に「じゃあ次はアマゾンさんですね」と言ってその場で変形魔法「アイアンクロー」を生み出し、手近にあった木の枝を指で切断してみせたのだ。

 

「今は両足の方も作成中。ただ、意識してないと維持できないからちょっと改良中だな」

「お、おう。そういった改良なら一花辺りに相談してみたら良いんじゃないか?」

「……そうだな。帰ったら聞いてみる」

 

 ポン、と手を叩いて納得する恭二に空恐ろしいものを感じて俺はそっと視線をそらした。こいつまたチート具合に磨きがかかっている。

 

 

 

「へき地医療・救急医療かぁ」

 

 実際にそうなんだが病院の公的な資料の文字で見たらやっぱり思う所はあるわけで。うぅむ。地元がへき地認定されている事に嘆けばいいのか、一応東京なんだがと憤慨すればいいのか。

 

 病院名は「社会医療法人翠嶺会・山岸記念病院」。8月の内には完成を迎えられそうという事だが、丁度その頃は沖縄に飛んでいるので俺と恭二、沙織ちゃんに一花の4名は式典に参加する事が出来ない。

 8月には病院スタッフの方々は正式にヤマギシ所属になり、ヤマギシと病院の職員合計で約1200名となる。勿論全員冒険者二種以上を持った冒険者で、これで俺達ヤマギシ社の人間が所属している日本冒険者協会は正式に全世界トップの二種冒険者持ちの協会になった。二位のアメリカとは倍は差がついている事になるな。

 

「二種冒険者が増えル、とても良い事デス」

『その分教官候補生が増えるわけでもあるしね』

「9月になっタラ教官候補生、また受入れデス」

 

 いそいそと水着を用意しながらケイティとウィルはそう予定について話す。着いてくる気満々なんだなお前ら。いや、良いんだけど。この二人、ちょっと前まで米国と日本を行ったり来たりで忙しそうにしていたから骨休めでもするんだろうが、つい最近まで飛び回っていたのにそんなに長期休んで大丈夫なのだろうか少し心配である。

 

『いや、そっちが終わったから次の動きまで今しか休めないんだよねぇ』

「テキサスの工場、正式稼働しまシタ。これからは魔石買取が本格化しマス」

「ああ、もう完成したのか。でも、今の状況で魔石を売るような奴が居るのか? 未だに毎日臨時冒険者のお姉さま方は毎日毎日ダンジョンに来てるみたいだし」

 

 俺の言葉にウィルとケイティは微妙な表情で互いを見合わせた。うん? 俺もしかして的外れなことを言ったのだろうか。

 

『イチロー、今現在1種冒険者は1万人以上存在している。彼らが売り払う数だけで相当数の魔石が毎日冒険者協会に引き取られているんだよ』

「魔石を全部吸収せずに半分は売り払う。それだけで生活できている人が多いんだよ。10層以下に行けない1種冒険者でもね!」

「よぅ、一花。恭二からの相談は終わったのか?」

 

 会話に参加するように一花がそう言ってテーブルに着く。先程まで恭二と新魔法について協議していた筈なのだが。

 

「うん。いやー、やっぱり新鮮な意見って良いね! 考えてみれば今まで初代様ってマジで拳で殴ってたんだね」

「それで怪我もしてなかったって事実な」

『日本人って時たま突然変異みたいな人が出て来るんだよねぇ』

 

 俺と一花を見ながらうんうんと頷くウィルとケイティにジト目を送る。割とお前らもその枠なんだけどな?



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第百三十七話 in沖縄

今週もお疲れ様でした!

ちょっと文章が乱れてたので修正。

誤字修正。、kuzuchi様ありがとうございました!


「じゃあ、行ってきます。お土産楽しみにしていて下さい!」

「俺も行きてぇ」

「俺も行きたいなぁ」

 

 社長の言葉に合わせるように真一さんがぼやく。親子揃って同じ台詞を言わないで頂きたい。

 さて、季節は8月に入ってすぐ。夏季休暇という事でヤマギシの一部社員は長期休暇に入った。俺、恭二、沙織ちゃん、一花にケイティとウィルは連れ立って沖縄に行き、マリンバイクや船舶免許と言った免許講習と並行して休暇を楽しむ予定だ。今回は流石の一花も去年の様に1月丸々といった研修期間は流石に取れないので恐らく2週間位で戻ってくる予定だが、この半年は働き詰めだったしさっさと免許を取ってゆっくり沖縄の海を楽しもうと思う。

 

「でも、真一さん気の毒だね。式典に参加しないといけないから沖縄に行けないって」

「まぁ兄貴も理事だしなぁ。来週には完成するんだっけ、病院」

 

 悔しそうに手を振るヤマギシ親子をしり目に俺達の乗ったヤマギシSUVは出発。後半に休暇が入っている御神苗さんに空港まで送ってもらって飛行機に乗り、真夏の沖縄へと旅立った。これで3度目の沖縄だが、やはり夏の日差しがすさまじい。まるで目の前にファイアボールが迫っているみたいに肌を日差しが照り付けてくる。エアコントロールが無ければ日中は長い事歩けないな。

 

「夏だ! 海だ! 沖縄だー!」

「イエーイ!」

「イエーイ!」

 

 それにしてもこの高校生、ノリノリである。一花の掛け声にケイティとウィルがノリノリで乗っかると、出遅れた沙織ちゃんが「い、イエーイ!」とあちらのグループに参加しようとしてるが止めておく。ノリ切れなくてすごすご帰ってくるのが目に見えてるしな。

 

「早めにホテルにチェックインしよっか!」

「おお。空港出た瞬間に騒ぎ出したから周りからめっちゃ見られてるしな」

「てへぺろいてっ。ちょ、舌噛む!」

 

 ハメを外しすぎな小娘にチョップを食らわせて黙らせる。今年も一花は知り合いの所を回ったり離島を回ったりするらしい。今回は前半で免許取得を終わらせて後半の1週間は皆で一緒に過ごす予定なので、その知り合いも紹介してもらう事になっている。去年は散々迷惑をかけてしまったみたいだしな。

 

「所で、どんな知り合いなんだ?」

「一昨年、私たちにセクハラ仕掛けてきた馬鹿を〆たでしょ? あの時の被害者の一人だよ」

 

 ……ああ、潰しとけばいいのにって思った連中か。そういえばあいつら沖縄に居るんだったな。

 

「お兄ちゃん顔。顔!」

「うん、くるみを割るだけだよ」

「話が通じてない!」

 

 やいのやいのと騒ぎながらホテルにチェックイン。去年もお世話になった港の近くのホテルで、眺めもいいし何よりすぐ近くに凄く美味しいステーキ屋がある素晴らしいホテルだ。この暑さでステーキを食べるのかって? 暑いからこそ分厚いステーキで元気を出さなきゃいけないんだよ。早速食べに行こうぜ。行かない? あ、そう……

 

 

 

「喜屋武 杏子、14歳です! 一花お姉ちゃんには色々教えてもらってます!」

 

 一花の友人だという人は、合流場所の道の駅のフードコートでジュースを飲みながら待っていた。ご両親に小学生の弟さんと妹さん。そして杏子ちゃんという一花の友人の女の子の5人家族だ。

 

「……えっと。一昨年の何て言ってたっけ」

「痴漢被害者仲間」

「あいつらやっぱり潰しておくべきだったんじゃないか?」

 

 俺の真面目な言葉に珍しく一切反論せずに恭二がうなずいた。

 前半の週で俺達は特に問題なく小型船舶免許を取得に成功。併せてマリンバイクライセンスも取得した。意気揚々と一花と合流する為に北部に移動した俺達は、喜屋武さん親子と一緒に居る一花と合流して、そのままフードコートで食事をとり北部の水族館で観光を楽しんだ。

 去年、一昨年は北部までは来れなかったが、開発の進んだ南部とは比べることも出来ないくらいに海がきれいだ。日本国内だってひいき目もあるかもしれないが、ヴァージン諸島にもそれほど見劣りしてない気がする。

 

「妹さんにはうちの娘が本当にお世話になっていて。うちの娘があんな風に笑えているのは妹さんのお陰です」

「あ、いえいえこちらこそ。妹が迷惑をかけていないかもう心配で心配で」

「いえ、そんな事は決してありません。子供たちの前ではしっかりとしたお姉さんをしてくれていますよ」

 

 喜屋武さんの言葉に後部座席に居る一花をチラリと見ると、小学生の弟君や妹君の相手を微笑みながらしている一花の姿が見える。その姿は皆の妹分として振舞ういつもの一花からは想像できない、穏やかな表情だった。

 杏子ちゃんは例の事件の時、一花たちがナンパされる前から男達に無理やり連れまわされていたらしい。その様子を見咎めた一花が男たちに近付いて確認しようとした事から騒動が起きたという。

 

「あの事件の後、娘は塞ぎ込んでしまいました。怖かったのでしょう、大の男に力づくで連れまわされてしまったのですから。そんな時、沖縄を離れる前に妹さんがうちを訪れてくれまして。『早く気付いてあげられなくてごめん』と……それ以来何かと気に掛けてくれたようで。娘とも頻繁に連絡を取り合ってくれているんです」

 

 去年、再び会った時は一緒に離島を巡ったりしていたらしく、それ以降杏子ちゃんは以前のような明るさを取り戻したのだという。一時期は通えなくなっていた学校にも復学し、今は受験に向けて勉強をしているんだそうだ。

 

「貴方と妹さん……一花ちゃんの動画、特に一花ちゃんが出てくるものは必ず毎回チェックしています。娘にとって一花ちゃんは、ヒーローなんです」

「……」

 

 喜屋武さんの言葉を聞きながら、俺は静かにうなずく。いつまでも子供だと思っていたが。そんなイメージで接していたが、いつの間にか大人になって居たんだな。胸の中を誇らしさと少しの寂しさが駆け巡るような心地だった。

 

 喜屋武さん達の家に泊まらせてもらったり、離島に渡った時は現地の民宿を借りたりして俺達は沖縄での残りの日数を楽しんだ。ウィルやケイティは普段プライベートビーチばかりで混雑とは無縁のバカンスを送っていたので、普段とは何もかもが違う不自由さを楽しんでいるようだった。

 その隙を見て沙織ちゃんは恭二を捕まえて夕焼けの海でイチャイチャしていたし、恭二は朴念仁だったしと色々あったが、最後の最後まで沖縄を楽しみつくしたと思う。

 

「お姉ちゃん! また、また来てね!」

「おっけー! また来年来るね!」

 

 空港まで見送ってくれた喜屋武さん達に別れを告げて、俺達は空港内へと入っていく。帰りの便までは少し間がある為ラウンジで時間を潰そうという事になり、俺はこれ幸いと少し話がある、と一花を連れて席を立つ。

 

 ついて来ようとしたウィルは兄妹のローキックで黙らせてからラウンジの端の方へ行き、一花に頼んでエアコントロールを使って周囲に音が漏れないように結界を作ってもらう。こういう細かい作業は本当に随一の腕前だ。恭二は出来てももっと荒いからなぁ。

 

「……できたよ」

「ああ、すまん。急に悪いな」

「ううん。どうしたの?」

 

 そばにある椅子に座ると、隣に一花が座った。何と切り出せば良いのか迷う俺の顔を不思議そうに眺めながら一花はそう尋ねてくる。

 その顔を見て、決心が鈍る。出来れば聞きたくない。だが、聞かなければいけない事でもある。俺が一花の兄貴である限り、俺が聞かなければいけない事だ。

 

「本当はもっと早くに聞くべきだったな、って思ってる。お前はもう小さな子供じゃないし、考えも俺なんかよりずっと大人だ。だから、もっと早くに気付いてやるべきだったんだ」

「……お兄ちゃん?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべる妹の顔を見る。

 

「……なぁ、一花。冒険者を辞めたいって、思ってるか?」

 

 深く息を吸って呼吸を整え、そう尋ねる。

 一花の呼吸が、一瞬止まるのを感じた。



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第百三十八話 一花の進退

今週も宜しくお願いします。
前回大分引っ張ってたので今日だけ早めの時間に更新。明日は通常通り予定です。

誤字修正。アンヘル☆様、いぬーぴー様ありがとうございました!


「お兄ちゃん」

「ん?」

 

 無言のまま少し時が流れて、そして意を決したように一花は俺を見る。

 

「私、教師になりたい」

「……そっか。勉強頑張ってたもんな」

「冒険者だって嫌いじゃないし辞めるつもりもないよ。でも、一番やりたい事はそれ」

「うん」

 

 少しづつ声が震えてくる妹の頭を右手で撫でる。最初はビクリと震えた一花は、少しづつされるがままに力を抜いていき、俺に抱きついてきた。

 

「一度、皆で話をしよう」

「……うん」

「皆、喜んでくれるよきっと。お前が進むべき道を見つけたんだから」

「……ん」

 

 鼻をすすりあげる妹をギュッと右腕で抱き寄せて、あやすように落ち着かせる。飛行機の時間ギリギリまで俺は一花と静かに話をした。

 

 

 

「そうか。うん、確かに一花なら良い先生になれると思う」

「うん、きっと良い先生になるよ!」

 

 ヤマギシ本社に戻った後、チームメンバーを集めて会議室に入り、俺は一花の将来について相談したいと切り出した。まず話を始めてすぐに、沙織ちゃんは兎も角として意外にも恭二が賛成の声を上げた。ダンジョンダンジョン言ってるこいつが最初に手を上げるのは予想外だったが、よく考えたら恭二にとっても一花は妹分だ。そんな一花が自分の道を決めたのを素直に喜んでくれたのだろう。

 

「良い事だと思います。マスターの成績なら問題なく大体の学校に受かるでしょうし」

「一花ちゃんの進みたい道に進むのが一番だと俺も思う。応援するよ」

 

 続いて御神苗さんと真一さんが賛成の声を上げた。特に真一さんの応援するよ、という声に一花の顔が輝くのが見えて兄としては嬉しい限りだ。思い人からの援護ってのはやっぱり嬉しいもんなんだろう。

 ただ、残りのメンバーの顔は少し暗い。特にシャーロットさんとケイティは……ケイティはうん。一花の育成能力を当てにしてる節があるからな、まぁしょうがないだろう。しかし妹が自分のやりたい事について勇気を振り絞ってくれたのだ。俺は一花を応援するし、仲間であるケイティにも納得してほしい所なのだが。

 

「いえ。イチカの道、邪魔するつもりアリません。冒険者から別の道行く人、当然居る筈。ソレがヤマギシチームのメンバーなら良いモデルケースなります。それに、イチカはきっと良い先生ナレる」

「ええ。一花ちゃんの適正は高いと思う。そこについては私達も心配していないし、冒険者を引退するって訳でもないんでしょう?」

「うん。奥多摩から通える大学にいくつもり。第一志望は御神苗さんの学校だけど、流石に厳しそうだから私学になるかなって思ってる」

 

 二人からの言葉に一花は笑顔を浮かべて答えた。御神苗さんの大学って日本一の……学校ではトップって言ってたけどそこに挑戦できるレベルだったのは知らなかった。御神苗さんも何かうんうん頷いてるし。一花が後輩になるかもって喜んでくれてるんだろうが、この人もマスターイチカの弟子の一人だからひいき目に見てるのかもしれない。話半分に聞いておこう。

 しかし、それだとなんでケイティは暗い顔をしているんだろうか。確かに付きっ切りという事は出来なくなるかもしれないが、一花の講習は短期集中型。人材が豊富になってきている現状なら、どうしても通常の人じゃ教えきれないような相手に一花が対処してくれれば後は他の教官で補えると思うのだが。

 

「問題は他にあります。冒険者の増加に伴って魔石を使って魔力を持つ人はこれからどんどん増えていきます。そんな状況だと一花ちゃんの場合は……例の体質が問題です」

「今の学校、イチカはクイーンビーなってマス。これは魔力持ちが多い学校だから当然デス。そして大学でも同じ状況なる、思いマス。その次ハ……恐らく勤務先デス」

「……うん、私もそう思う」

 

 言いづらそうにシャーロットさんとケイティが切り出した言葉に、一花は小さく頷いた。周りの人間もあっ、という表情を浮かべている。

 

『ある程度以上の魔力持ちなら問題ないって言うのは本当にある程度以上だからね。初めて接した1週間は本物の大スターが目の前にいるみたいな感覚だったから、未成年の先生をするのは不味いかもね。相手が一切魔力を持ってないなら別かもしれないけど……ソースは僕だ』

 

 デビッドはそう言って腕を組んだまま空を見上げる。マスター信者のデビッドにとっては、イチカに否定的なコメントを言うのが辛いのだろう。そしてこの姿こそが周囲が危惧している物だという事だ。下手な恩師なんか目じゃないくらいに子供に大きな影響を与えてしまう。それを危惧している。恐らく、一花自身も。

 

『……例えばの話なんだけど』

 

 場の空気が暗くなりかけた時。今までジッと黙り込んでいたウィルが唐突に口を開けた。周囲の視線を集めたウィルはポリポリと頬をかきながら言葉をつづける。

 

『魔法を専門に教える学科、というよりは、学校を作ることは出来ないかな。事前にある程度以上の魔力を持った相手を限定対象にした』

『魔法を?』

 

 ケイティがつい英語でウィルに尋ねた。以前から彼女が構想していた魔法を研究する大学、その大学の話にリンクしているように感じた為だろう。

 

『ああ。勿論時間のかかる話だけどさ。冒険者専門学校、しかも若いころからの……言ってみれば。ホグワーツっぽいもの、僕たちで作れないかな?』

 



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第百三十九話 ウィルの主張

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 前々から構想していた物の一つに魔法を専門に扱う大学という物があった。提唱者はケイティで、彼女は自身を助けてくれた魔法という力についてを研究し、広く世の中の為に使おうという思いから魔法を専門に扱う研究機関の設立が必要であると、それこそ初めて会った時から度々言っていた。

 

 その事を側で聞いていたウィルはこう思ったのだという。『魔法を研究するという事はその研究者たちも全てある程度以上の魔法を扱える。しかも現役の冒険者であることが望ましいのではないか』と。

 

 ただ最新の魔法技術を研究するだけなら現状のヤマギシの様に企業の研究でも構わないのだ。だが、ケイティの構想では魔法大学は広く魔法という分野を研究し、学問として発展させていく事を求めている。これは利益をどうしても追及する企業の研究では出来ない事で、ダンジョンに携わる人間としてもぜひ発展してほしい学問である。

 

『だが、ここで問題になるのは学生だ。この魔法大学は通常の大学よりも専門性の高い大学になる。当然要求されるハードルは高い』

 

 扱うものが魔法で魔力が必要になるものである以上、研究者だけでなく入学する学生も冒険者となる事はほぼ必須事項であり、それも出来れば早いうちから。しっかりと研究に携わる為には入学時点である程度の実力が望ましいだろう。それこそ二種冒険者以上の実力は欲しい。

 

「なら入学前に二種冒険者資格を取得するのを必須条件にするとか?」

『それでも良いんだけど、今度は地域差が問題なんだ。今の状況だと地域によって差が開きすぎる。ダンジョンの有る地域の子供と他の地域の子供じゃそもそもの難易度が段違いだろう?』

「まぁ、今の臨時冒険者の波が落ち着けば……ダンジョン近くに住む人が圧倒的に有利になるわな」

 

 恭二の言葉にウィルは頷いた。勿論ウィルの言っている言葉だけが完全に正しい訳じゃない。早い人では数日で2種まで到達する場合もあるし、ゴーレムを一体狩って魔石を吸収すればそこそこの魔力を身につける事は出来る。

 一花の体質が効果を無くすほど、となると少し難しいかもしれないが、短期間に集中的に訓練を受けて2種冒険者免許を取得する事は不可能ではない。例えば今も訓練中のライダー達が正にそれだからな。

 だが、そんな事はウィルも分かっている事だった。

 

『勿論、今のライダー陣のように短期的に訓練を施して実力を身に着ける事も可能だよ。僕もその口だしね……教官免許取得者さえ捕まえる事が出来れば誰にだってチャンスはあるはずだ』

 

 ウィルはそう言ってため息をつく。日米以外では先進8カ国に5人ずつしかおらず、最多の日本ですら20人前後しか居ない教官免許保持者……普通に考えても無理だろうな。

 

『現状、ヤマギシ以外でそんな飛び込みの相手に何週間も教官を張り付けられる組織はない。必然的にこの話は東京周辺。奥多摩や忍野が近くにあるこの辺りの話になる。二種免許保持者に限定しちゃうと他地域の学生は入学も難しいだろうね』

「それで、ホグワーツ?」

『はい。マスター! マスターの夢はこのウィル、全霊を持って応援させていただきます。ですが! マスターの指導を受けるなんてごほげふん。うらやぐぇぇ』

 

 げふんげふんと言い始めたウィルの脇腹を遠慮なくどつく。そういうとこだぞ? 一花が最近マスターモードにならないのはお前のそういうとこ見てるせいだからな?

 

『し、失礼しました。教師になりたいという夢は勿論応援しますが、その為にはまず生徒が必要。マスターの魅力に抗えるとは思いませんが、ある程度以上に専門的に魔力を身に着けている学生なら可能性はあるのではないかと思います。どちらにしろ魔法を専門的に学ぶ大学があるならその前提、魔法を身に着ける学校も存在するべきでしょう』

「ウィルが最後まで気持ち悪くなかったら頷いたんだけど」

『僕でも気持ち悪いよウィル。初めてダンジョンに潜った頃の君を思い出した』

 

 一花の口撃に怯んだウィルにまさかの同志デビッドからの追撃が飛び、ウィルは両手で顔を覆う。どうやらKOされてしまったらしい。

 まだウィルがギークっぽかった頃は、確かにいつも挙動不審で目がきょろきょろ周りを見てたもんな。薄暗いダンジョンの中でもあの感じだったんならむしろモンスターより怖いわ。

 

 だが、ウィルの言葉は色々極端ではあるが頷ける部分も多かった。地域格差って奴は確かに今まで考えた事がなかった部分だ。臨時冒険者の人たちはもう、何というか野宿してでもって位に気合入ってるし、奥多摩は何だかんだで雪で閉ざされたりしなければ交通の便はそこそこ良いからな。特に最近は街道を拡張工事したりしているから車も通りやすくなったし、青梅線の便数も去年より増えてる。

 

 奥多摩をホームにしている俺達だと、完全にダンジョンがない地域の人たちの事まで考えが回らなかった。俺達が用事がある場所は殆どがダンジョンがある場所か、ダンジョン関連の場所になるからな。

 

「ケイティ。割と今の話で頷ける部分が多かった気がするんだけど意見が欲しいな」

「イチロー? そう、デスね。通う人間に条件付けル、考えてませんデシタ」

「だけど必要な事だよな。魔法を扱う人は冒険者でなければならない。安全管理の為にも」

 

 俺の言葉にケイティは深く頷いた。去年の佐伯の件もそうだし、今年頭にあった警官訓練も。全て冒険者が魔法を扱う前提の話だ。冒険者として登録されている相手だからこそ俺達も危険な魔法を教えているし、国も管理下にあるとできるわけだ。当然学生たちは全員冒険者として登録する必要があるし、ある程度以上の実力は必須になる。魔法を扱えなければ話にならないしな。

 

 俺の視線を受けて目をつむってケイティは考え始めた。彼女に皆の視線が集まる中、俺は再度ウィルの脇腹を叩いて正気に戻す。この状態にした本人が放心していたら意味がないからな。痛い? 抗議は後で聞くからとりあえずお前もしっかりケイティの話を聞け。

 

 ケイティは数分目をつむって考え続けた後、口を開いて翻訳魔法を唱える。そして目を開けて俺を真っ直ぐに見た。

 

『……時期が来たと、判断しました。今日の話も踏まえて、冒険者協会の今後の方針を固めたいと思います』

「わかった。なら俺達は日本冒険者協会に話を通して……総理にも伝えるべきですかね、真一さん」

「ああ。交渉の際は俺が前に立とう。ヤマギシにとっても基礎分野の研究を行ってくれるのはありがたいからな」

 

 互いに言葉と視線を交わして、頷き合う。ケイティは自身の理想の為に、真一さんは会社の利益の為に。そして俺は……まぁ、妹の為に一肌脱ぐくらいは良いでしょう、結城さん。

 発熱で頭がぼうっとするが、表情には出さないよう努めて俺は右手で一花の頭を撫でる。心の中でそう問いかけても右腕(結城さん)は何も返してはくれない。

 

 けれども、何故か笑っているような気がした。



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第百四十話 総理との会談

誤字修正。244様、龍の香草焼き様、所長様ありがとうございます!


「成る程……お話は理解しました。それが必要な事も」

「お忙しい所申し訳ありません。内容が内容ですので早目にご相談したくて」

「いえ、むしろこちらからお礼を言うべき案件です。世界初の魔法研究機関と魔法教育機関。どちらも冒険者発祥の地である我が国が作るべき物でしょう……米国に先を越されたら、国会で何を言われるか」

 

 首を竦めるような総理の仕草に苦笑が漏れる。元々の発案がケイティだから、米国が先に作っても可笑しくはないからな。

 日本としては現状のアドバンテージを崩したくないのだろう。一昨年の災害以降、一時は落ち込んでいた日本の景気も魔法技術というカンフル剤により劇的に改善された。その為、政財界は魔法分野では常に先んじている現在の立ち位置を崩したくないのだ。ヤマギシの魔法開発の特許取得を優遇しているのはこの辺りが理由になる。

 

 総理は一度関係省庁と相談をしてみなければと慌ただしく席を立ち、特に都心に用事もなかった真一さんと俺は官邸から車を用意してもらって奥多摩に戻る。予想外に感触が良かったな。

 

「まぁ、元々冒険者の専門学校は必要だと言われていたからな。それが臨時冒険者制度によって一時的に立ち消えになってたけど、そっちもそろそろ落ち着きそうだし。政府側も何かしら考えていたんだろうさ」

「専門学校じゃなくて大学、更に付属の教育機関までってのは驚いてたみたいですがね」

 

 総理が一度関係省庁と、というのもそれが原因だろう。あの慌ただしい姿を見るにすでに文部科学大臣には連絡をしているかもしれない。

 政府側としては、恐らく学校と言っても冒険者を専門に養成する訓練校のような物を想定していたはずだ。勿論結果として冒険者が増える事は変わりない。

 

 だが、今回持ち込まれた話はその想定を大きく飛び越えて、魔法に対する技術の研究と進歩に主目的をおき、魔法技術を専門的に研究する機関を作るという物だった……これらは現在の政府の方針とも一致するし、何よりも手をこまねいていれば米国が全てを持っていく可能性が高いというのも優先順位を跳ね上げているんだろう。

 

「所で……頭大丈夫か?」

「唐突に頭がおかしいみたいに言わないでください……いえ、もう切り替えたんですがまだ痛いですね」

「わかった。リザレクション!」

 

 真一さんのリザレクションが俺の体を包み込む。最近は大分使える時間が伸びたんだが、やはりライダーマン変身は頭が熱くなってしまう。

 だが、以前は5分で頭がズキズキと痛んだのに今は30分は持ちこたえる事が出来る。進歩している実感があるのは良い物だ。

 

「そう考えれば全国の学生垂涎の能力だよなぁ」

「使いっぱなしにした時の地獄の頭痛を経験したらそんな事言えないと思いますがねぇ」

 

 俺の言葉に真一さんは笑って首を振った。いや、本当に辛いんですよ。マジで。

 

 

 

 さて、魔法学校についての話は静かにスタートした。

 学校法人を立ち上げる事になるだろう話はやはり一朝一夕で終わる事ではないのでこちらは少しずつ進めていくとして、実は俺達ヤマギシの主要メンバー、特に沙織ちゃんにとって重大な出来事が待ち受けていた。

 

 沙織ちゃんの弟が生まれたのだ。病院は開院したばかりのヤマギシ記念病院で病院開院以来初の患者であり、初めての出産、初めて生まれた子供、と初めて尽くしの彼の名前は「恭太」。恭二から一文字貰ったらしい。

 

 沙織ちゃんなんか大はしゃぎで毎日弟の顔を見てトロけてるし、恭二も恭二で自分の名前を分け与えた恭太を可愛がってる。しかし……あれだな。下原一家は家ぐるみで恭二の取り込みに来たのか。

 

 あ、恭太の誕生ですっかり薄れていたがヤマギシ記念病院も無事に開院した。世界初の魔法治療病院ということもあって注目されてたのもあるんだが、開院式にはなんと、皇太子殿下からもお言葉を賜ったり、総理や官房長、厚生労働大臣、都知事なども参列してくれたらしい。その当時は俺達は沖縄に居たから直接見ることは無かったが、社長なんかお声がけを貰ったらしく人生で一番緊張したとかボヤいていた。

 

 後はブラス家のメンバーも参加してたらしい。スケジュール上今回は会う事が出来なかったが、再来月にテキサスにも病院が出来るらしいからそちらの開院式には来てほしいと言われたので勿論了解をしておいた。

 

 むしろ今年の冬から暫くアメリカに渡りっぱなしになりそうだから、そのまま向こうで過ごすのも良いかもしれない。というのも、今年の秋には教官訓練が予定されていたんだが、これについて俺はほぼノータッチになるからだ。

 

「今年の教官訓練では、各国の教官たちが主体になって新たな教官を育成する、という事で良いんだな?」

「ハイ。ヤマギシチームは合否判定をお願いしマス」

『前回と違って人数も莫大な数になるしね。全体をムラなく見るのは幾らヤマギシでも手が足りないだろう』

 

 今年頭に行った警官隊のようにある程度対人に限定した教育なら兎も角、ダンジョン内部で活動する冒険者を育成するための教官免許は、当然審査も厳しく行わなければいけない。審査する側も出来る限りの体制を整えなければならないし、ここでトチってしまえばそれは即人命につながる危険性がある。

 それに、各国の教官たちにとってもこの訓練は大きな意味がある。

 

『ここである程度以上の成果を。例えば最短で受け持った候補生たちが全て免許を取得したりすればそれは大きな実績になる。その国にとっても、その教官にとってもだ』

「各国の冒険者にとって明確な実績を示す良い機会って事か」

「後は、イチカの弟子として恥ずかしい事できナイ、皆思ってマス。それに教官増えれバ負担も減る。身動きができやすくなれば、スカウトにも応じやすくなりマス」

『僕や御神苗みたいに出向から正規雇用って道もあるからね。皆必死だよ』

「こっち見んな?」

 

 全員の視線が一花に集まるという不思議な状況でその日の会議は終了した。そういうところが一花が宗教って言葉を嫌いになる原因なんだがな。



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第百四十一話 文化祭前

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 学校の件が少しおかしな事になっている。というのも、俺達が提案した魔法学校……俺達は中高一貫で通常の学習の他に魔法を学び、卒業時には二種冒険者免許を取得し……といった内容の物なんだが、どこから話が歪んだのか専門学校を先に作ると勘違いをして文科省以外の省庁、それこそ総務、防衛省に警察庁と言った普段は仲良く接している方々や、厚労省みたいに普段は少し距離感がある所まで鬼気迫る表情で詰め寄ってきたらしい。

 

 専門学校を作って、という声は以前から上がっていたしそちらも着手しなければいけないとは思うんだが、正直そっちに回すリソースは今は完全に臨時冒険者の方々に取られているんだよな。今年の教官訓練で教官免許所得者が数十名増える予定だからそちらの受け入れ先としては良いかもしれないが、少なくともヤマギシは魔法大学と魔法学校の準備で手いっぱいになる。これらも数年越しの計画で動いているんだ。一花が大学を卒業した頃合いに間に合えば良いんだが。

 

「のんびりして良いんだよ? 私の我儘だし」

「良いんだよ。どっちにしろ必要なんだから大人しく我儘聞いてもらっとけ」

 

 一花の先導に従いながら学校内を歩く。初めて見る学校の中ってのはこう、ワクワクするもんだな。文化祭準備中で所々段ボールやら絵具やらが散乱しているが、これもまぁ祭りの匂いを感じさせてくれるんで個人的にはグッド。文化祭か……最後の文化祭からもう3年経つのか。月日は百代の過客って言うが本当にあっという間に過ぎ去っていくもんだ。

 

「おお、これはこれはようこそ御出で下さいました」

 

 一花の通う学校の学園長さんは俺みたいな若造相手なのに随分と丁寧な対応を返してきた。お偉い人との挨拶の時は結構な割合で若いからって上から目線で接されることが多いんだが。ぺこりと頭を下げてから勧めに従ってソファーに腰掛ける。

 

「私共の学校はその性質上芸能関係のお子さんが多く通われていますからね。若さに惑わされて大問題、なんてのもあったりするんですよ」

「はぁ。大変なんですね」

「大変です。しかも、なまじ実力や人気があったりするともう目も当てられない。あっという間にモンスターの出来上がりです。正直言いまして鈴木さんが入学してくれたお陰で昨年と今年にかけては随分助かっているんですよ。もし居なかったらと思うともう」

 

 首をすくめるように冗談めかした態度を取る学園長の姿につい笑みが零れてしまう。今までに接した事の有る芸能関係の人は割と自制の出来る人が多かったが、やはり子供のまま人気者になった人は色々と周りも大変なんだろう。俺にとっても他人事ではない内容だし、よく覚えておこう。

 

「それで、俺は具体的にはどういった事をすればいいんですか? 魔法を用いた警備についての相談と伺っていますが」

「はい。これは父兄の皆さんにお願いしているんですが、当学園はその性質上、厳重なセキュリティで守られています。しかし、学園祭の際はどうしても外部の方を招き入れる事になりこのセキュリティも万全とは言えなくなってしまいます」

「ああ。まぁ、しょうがないですね」

 

 内部に部外者が居るとなると人員的にどうしても目が届かない場所が出てくるだろうし、そこは仕方ないだろう。しかし、例年問題なく対処出来ていたのならば態々新しい手法を取り入れる事も無いんじゃないかと思うんだが……一花が話を聞いて止めていないという事は何か問題があるという事か。

 

「実を言うと。これは……我々の怠慢と捉えられても仕方がないのですが……私どもの警備員に冒険者が居ないのです」

「……はぁ、なるほ、ど?」

「つまり、仮に魔法が使える人が入り込んだら止める手段がないって事だよ」

「それと、芸能関係の人間は魔法が使えるようになっている人も多く……学内の人間は一花さんが睨みを利かせてくれているのですが。外部からの人間とトラブルになった時に仲裁に入る事すら出来ないのです。お恥ずかしい限りですが」

 

 一花の補足にああ、と合点がいった。というか睨みを利かせてるって。もしかしてうちの妹はスケ番なんだろうか。子供の頃はヨーヨーとか好きだったしな。

 

「普段は危ないと感じたら即通報か私に教えてって言ってるんだよ。連絡来たことは無いけど」

「基本的に通報で対応する予定です。避難の時なら兎も角、生徒に頼るなんてマネはする気はありませんので。それに、これまで幸いな事に魔法を使ってくるような不審者は居ませんでした。勿論早く警備員の方にも冒険者講習を受けさせたいのですが、冒険者協会に問い合わせてもどこのダンジョンも依頼出来る状況じゃないらしく……」

 

 まぁ、日中はほぼ臨時冒険者の講習で初心者用の階層は使われてるからなぁ。しかし警備の人が魔力持ちでないとなると確かに厳しいものがあるか。ある程度以上の人たち、それこそ政治家や大企業のSP何かは恐らく魔力持ちが多いんだろうが、ここみたいに民間の学校が、となるとそりゃ難しいだろうな。魔石は高いし割り込めるような伝手もないだろう……いや、一花が通っているなんて最高のアドバンテージがあるんだ。顰蹙を買うのを恐れてるのかな?

 なら勝手に警備員を鍛えるなんてやってもそれはそれで問題があるのか。

 

「お話は分かりました。父兄として出来る範囲の協力はさせてもらうつもりです。それで、結局俺は何をすれば?」

 

 俺が笑顔で頷いたら、学園長は笑顔で、一花はニヤリと笑って俺を見た。ん? 何でかちょっと心がザワっと来たぞ?

 

「ありがとうございます! それでは今度の土曜は警備の方を」

「この格好でやってね?」

 

 久しぶりに見る満面の笑みを浮かべた一花は、手に持った衣装の書かれたイラストを俺にずいっと差し出した。

 おっと一花さん。このパターン久しぶりですね。もしかしてこれでストレス解消とか考えてないよな……こっちを見なさいマイシスター。お兄さん怒ってないから。



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第百四十二話 文化祭

今週もありがとうございました。
また来週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、Lynn様、kuzuchi様ありがとうございます!


 文化祭の当日。会場となった学園入口では祭りの熱気とはまた別種の、戸惑うようなざわめきが広がっていた。

 会場となる校内へ入る為の出入り口である校舎の門前に、一人の男が立っているからである。

 

『チケットを拝見します』

「あ、はい」

 

 列に並んだ女性にそうにこやかな様子で……サングラスに阻まれて表情は見えないが……話しかける外国人らしい男は、手渡されたチケットと名簿を確認して頷くと、『ありがとうございます』と一礼をして校内へと通した。

 芸能関係者が多い学園であるから納得の警備体制であるが、このざわめきはそんな事で起こっているわけではなかった。

 

「あれ……」

「うん、間違いない」

 

 黒スーツを着た黒いサングラスを着た男性の姿を眺めながら来場した客たちは皆同じ言葉を口にした。

 エージェントスミスが居ると。

 

 

 

『いらっしゃいませ』

「あ、どうも」

『何かお探しですか?』

 

 キョロキョロと周囲を見渡しながら歩く男性に黒いサングラスをした男が話しかける。外国人に話しかけられたと思った男性は思わず及び腰になったが、言葉が日本語に聞こえる事と左腕にスタッフだと示す腕章があった為に安堵したように息を吐いた。

 

「あ、あの。近くにトイレがないかと……その」

『トイレならこの廊下の突き当りを左に曲がればすぐです。ご案内しましょうか?』

「あ、いえ……ありがとうございます」

『混んでいる場合は階段を移動すれば別のトイレがあります。それでは』

 

 一礼をして黒いスーツの男は離れて行った。どうやら彼は見回りを行っているらしい。男性はそう言えば入場した時に同じ人物にチケットを確認して貰ったな、と思い出し交代したのかと自分で結論をつけ、トイレへと急いだ。

 

 また別の所では迷子になった子供の前で途方に暮れるように周囲を見渡して親を探すエージェントスミスが。そしてそのエージェントスミスに応援に向かうエージェントスミスの姿もある。

 

 途中から来場客達も何か可笑しい事に気付いた。何せ彼等は一様に同じ対応と声音で話しかけて来るのだから。しかし非常に親切な対応を取る彼等に少しづつ不信感が減っていった時、その事件は起きた。

 

 

「きゃああぁ!」

「へっへへ…ま、まこちゃんが、こ、こんなに近くに!」

 

 ジュニアアイドルの少女がクラスの出し物の売り子をしている時に、不審者に絡まれるという事態が起こった。不審者は大柄な男性であり、間に入ろうとしたクラスメートの男子を押しのけて今にも少女に襲いかかろうとしている。

 周辺にいた来場客が騒ぎ警備員を、と誰かが叫んだ時、その男は来場客達で出来た人の壁を避けるように『本物の壁』を走って騒ぎの真ん中へと飛び込んだ。

 

 跳躍した男はクルリと空中で前回り回転をしてスタン、と着地をすると何事も無かったかのようにスタスタと。呆気にとられたようにこちらを見る男と少女の間に体を入れ、少女を庇う様に男と向き合う。

 

『お客様、学生への手出しはご遠慮願います。詰め所までご同行頂けますか』

「な、なんだ……あんた」

『ご同行頂けますか?』

 

 有無を言わさないその迫力に男が一歩後退った。だが、男も簡単に諦めがつかなかったのか、右手を握り締め警備員らしき金髪の男に殴りかかった。背後に少女を庇っている以上避ける事は出来ない。少なくとも体格に勝る自身なら体勢を崩す事も出来る。……と男が考えたのかは分からないが。

 確かに男の拳は金髪の男性を捉えた。振り下ろす様に殴りかかった右拳は避けようともしない金髪の男性の左頬を捉えて、撃ち抜こうとして出来なかったのだ。野次馬達の悲鳴があがり、そして困惑の声に切り替わる。

 

 強い手応えを感じた男は笑みを浮かべていた。だが、その笑みはすぐに驚愕へ、そして恐怖に歪んだ。彼の視界には自分の右拳を顔に受けながら少しも見動きすらしていない男の姿があったからだ。

 

『こちらの要請にお答え頂けないようですので、実力行使をさせて頂きます』

「……ひっ、ひぃ」

 

 怯えたように逃げ出そうとする男が振り返ると、そこには先程まで自分と向かい合っていた男が一人、二人、三人。男を包囲するように立ち塞がっていた。目をぱちくりと動かし、壊れた機械のようにゆっくりと先程自分が殴りかかった男を見る。

 首をグキリ、と動かしてこちらに手を伸ばすエージェントスミスの姿が目に入った時、男は余りの恐怖にそのまま意識を飛ばしすのだった。

 

 

 

「つまり大成功という事で良いんじゃないかな」

「良いわけあるか」

 

 失神した男を救護室に叩き込み、俺は運営本部に戻ってきた。まぁお察しだと思うがさっきのスミスの中身は俺だ。

 ちなみに他のメンバーはウィルやデビッド、それにマニーさん達の英語が出来るメンバーだ。翻訳魔法を使っていても英語が母国語の人はきっちり英語で聞こえちゃうからね。念の為に、一花と二人で頼み込んで彼等には動いて貰った。

 

「お。でも予想通りの反応が出てるよ。ほらつぶやいたーで」

「んー、納得できん」

 

 一花の携帯を見ると、つぶやいたーのトレンドに早速エージェントやらスミスといった単語が並んでいた。まぁ別にスミスと名乗った訳ではないので厳密には違うんだがな。あっちほど髪の毛薄くしてないし。

 

「エージェントスミス自体も元ネタはあるからね。ただのコスプレみたいな物だけど一応仁義は通したし大丈夫じゃないかな?」

「スタンさん、ワーニーブラザーズに喧嘩売ってなきゃ良いんだけど」

 

 こんな事やるよ、と言った時は第一声が『何で!? ズルい!』だったけど今回のコンセプトを説明すると理解を示してくれたし、穏便に済んでいると思いたい。

 

 今回、全員が同じ顔、同じ声(これは一花に変声をかけてもらった)で警備員として学内を一線級の冒険者に見回って貰った。因みに普段働いている警備員の方々も同じように変身をして貰っている。

 

 これは、この姿の人間が見回っているという事を印象付ける為のものだ。実を言うと先程の男の騒ぎが無かったら似たような形でサクラが騒動を起こす予定だったのだ。そしてそれを質と数の暴力で鎮圧してアピールを行う予定だった。まさかの変質者出現でそのプランは必要なくなったが。

 

「せっかく昭夫君にも来てもらったのに」

「いや、昭夫君とマトリックスやらなくて済んで良かったわ」

 

 因みにそのような状況になってたら割とガチで動く予定だったので学園長がほっと息を吐いているのが見えた。

 何故こんな面倒な事をしているのかと言うと、来年以降の布石の為だ。はっきり言えば冒険者不足は暫く続くのが確定している。その為、この学園の警備体制を一気に変えるというのはかなり難しい。精々が来年までに一人か二人、一級冒険者になれれば御の字位だろう。

 

 そして、そんな状況で何故か頼みの綱になっている一花が卒業すれば目も当てられない。

 という事で学園長から相談を受けた一花は、ストレス解消のついでとばかりに正体不明の敏腕警備集団『エージェント』を登場させ、来年以降も大きなイベントの際には警備員を彼等の姿に変装させる事で抑止力的な効果を狙ったのだ。

 

 一人か二人は何とか教育に組み込む事が前提になるが、そこはヤマギシ社員である俺達なら簡単な事だしな。これが全員を、となると余所から嘴を突っ込まれるかもしれんが、一人二人なら個人的友誼とかでゴリ押し出来るだろう。初代様の例もあるし。

 

「さて、お兄ちゃんはこれから暇だよね?」

「ああ。俺の当番は終わったけど」

「なら昭夫君も誘って学祭回ろうよ。真一さん捕まらなかったし」

 

 あ、はい。キープ君ですね、分かります。え。可愛い子紹介してくれる? マジで?

 

 ……もしもし昭夫君?




カスタムキャストで男キャラも作れるようになってたので鈴木兄妹と山岸兄弟を作ってみました。(山岸兄弟は書籍版のイメージで作ってます)
人物紹介にあるので小説を読む際のイメージに役に立てばありがたいです。


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第百四十三話 撮影開始

今週もよろしくお願いします。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!




『やっぱりズルいよ』

『やぶから棒に何すか』

 

 撮影陣が本揃いしようやく始まったとある映画の撮影所にて、開口一番にスタンさんに文句を言われた。いや、まぁ色々言いたい事もあるんだろうけどアレはどちらかというと一花発案なんでそっちに言ってもらえるとありがたいんですがね。

 スタンさんが文句を言っているのは先日行われた一花の学校での学園祭の事だ。エージェントっぽい恰好をしたヤマギシ英語組(+α)による警備活動とまぁやっぱりやらされた舞台劇について、スタンさんとしてはとても納得のいかない状況らしい。前々から付き合いのあるウチではなく何故ワーニーブランドをモデルにするのかというね。

 

『皆同じ人に見える個人が特定されにくいキャラクターで一番知名度があって、目に見えて抑止力があるものから選んだからね。日本での知名度的なものも加味してるから次点はショッカー戦闘員だったんだけど』

『そっちだったら昭夫君が敵役にならなくても良かったんだけど逆に通報されそうだからなぁ』

 

 因みに劇の内容は一列に並んだエージェントの前で俺扮するスミスっぽい人と昭夫君扮するヘルメットを付けた暴漢っぽい人の一騎打ちだったりする。途中途中でフロートを使って空中戦とかをスローモーションっぽくしてみたりストップモーションを混ぜてみたりと現在魔法で使える演出をフル活用したから結構好評だった。

 ヘルメットにドクロマークを付けてなかったのになぜか途中から「瀧ライダーだ!」ってバレてたのはちょっとビックリしたけどさ。

 

『彼の演技は分かりやすいからね。何というか味があるというかさ』

『演技経験1年の素人なんですがね』

『才能があるんだろうね。それに華もある。もし魔法に出会って居なくても彼は暫くしたら役者になってたかもしれないなぁ……』

 

 その昭夫君はあちらで今回の映画の師匠役を務める初代様から色々注意というか、この間の寸劇の論評をされているみたいだ。もう完全に師弟関係になっているけど、昭夫君はあくまで冒険者としての立場を優先させるって言っているんだよね。それでも良いならって初代様は言われたらしいがむしろ大喜びだったらしい。少なくとも完全に冒険者主体で、というよりもスタンスを寄せてくれたことが嬉しいらしい。

 因みに昭夫君が東京に来ている理由は、日本側から派遣された教官訓練の教官に選ばれたからだ。日本側の教官代表は御神苗さんだが、その補佐という形になるらしい。他国は3名ずつ教官を派遣しているのに対して日本は2名だけになるが、これは最終的な判定をヤマギシチームが行うためらしい。

 

 昭夫君の学校は大丈夫なのかを聞くと、最近福岡市にあるとある私立学校に編入したそうだ。そちらの学校側では彼の事情についても詳しく把握しており、可能な限り協力してくれているらしい。出席日数が足りない分は休みの日に出席をしたり課題を出したりと言った一花の学校のようなシステムを用い始めているらしく、同じように学業と仕事の板挟みに苦しむ九州にいる芸能関係者が注目しているそうだ。

 

 昭夫君も完全に芸能関係の括りになってしまったと苦笑していたが、ファンクラブが数万人規模で居る人物はもう芸能人と言っても良いんじゃないかな、と思う。

 

「それはそう、なんですがね」

「お。大分標準語も安定してきたね」

 

 東京での仕事が増えた為、訛りを矯正しようとよく昭夫君は人と話をするようになったそうだ。一番最初にあった頃のあの引っ込み思案気味だった彼を知る身としてはその成長が誇らしい。実を言うとこの成長を一番喜んでるのは初代様だったりする。初代様、昭夫君が訓練生だった頃から何かと目をかけてたからなぁ。

 

 今回の撮影では昭夫君にも同級生役で少し出演をお願いしている。後、スタントマンとしても手伝ってくれるらしい。日本部分の撮影は派手な物でも対応できそうだからスタンさんも大張り切りだ。一花が演出を手伝ってくれる事もあるしね。

 さて、そろそろ撮影開始か。教室の中で授業を受けるのは2、3年ぶりだから少し新鮮な気分がする。久しぶりの学生気分を満喫するとしようかね。

 

 

 

「お兄ちゃん、カプコムの広報の人から連絡が来たんだけど」

「え。遂に『ロックマンシリーズのOPを実写でやってみた』シリーズがお叱りを受けたのか?」

「いつでも証拠隠滅の用意は出来てるよお兄ちゃん!」

「んな訳ないだろうが馬鹿ども。ほら、電話」

 

 俺と一花の寸劇を叩き切って恭二がコードレスの電話機を持って歩いてくる。あ、内線か。ほいほいっと。

 

『どうもどうも鈴木さん、ご無沙汰しております』

「あの、出来心だったんです」

『はい?』

 

 一花にローキックされた。いや、すまんついノリが切り替え出来なくてさ。

 

「それでどのようなご用件になりますかね。動画の件です?」

『ああ、いえいえ。動画に関してはもう全てお任せして。我々も広告を打たせてもらっているお陰で海外での売り上げが大幅に上がっていて本当に鈴木さんにはお世話になっています』

「いえいえ」

 

 元々ロックマン自体は海外での認知度が高いコンテンツだったが、最近は俺の最初期からの変身パターンという事と俺が上げているロックマンネタを題材にした動画の影響で結構売れ行きが良いらしく、新作の開発や過去作をまとめたコレクションシリーズなんかも発売が決定しているらしい。

 その分動画の方で広告費用は貰っているから互いにWIN・WINの関係だと思うんだが、どうやら今回はこれらとはまた別の話になるようだ。

 

『実はですね、鈴木さん。マーブルさんから次のマーブルVSカプコムで、マジックスパイダーをマーブル側で参戦させたいと要請があったんです』

 

 言い出した人が誰かが良く分かるお話ですね。カプコムさんが良いなら構いませんけど……あ、PVとCMに出て欲しい。

 その辺りはヤマギシを通して貰えますかねぇ(震え声)

 




あ、ツイッターで更新報告始めました @patipati321 (機能活用の為)

初めて呟いたら奥多摩在住の方からイイネが飛んできてめちゃめちゃ焦りました。
作品の更新に関してはそちらで報告あげようと思います。


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第百四十四話 マジックスパイダー

誤字修正。244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


『何だ、あれは……』

 

 突然現れた黒い何か。それは少しずつ大きく広がっていき、人が数人は入れるほどの大きさになっていく。

 妹を庇う様に、学生服を着た『少年』は前に出る。周辺を歩いていた老人や大学生らしい外国人の青年がこちらを怪訝そうに見る中、それは足音を響かせてやってきた。

 

 デカい。恐らく2mは下らない人型のそれは豚のような顔をしており、筋骨隆々とした体を古めかしい鎧に包んで周囲を見回した。

 呆気にとられるようにその姿を見る人間たちを眺めて、その豚人間とでも呼ぶべき存在は少年とその後ろ……この場にいる唯一の女性を見てその顔を歪ませる。

 

『……ハナ、逃げろ!』

『お、お兄ちゃん!?』

 

 雄たけびを上げる豚人間……オークが少年たちに向かって真っすぐに走り始める。奴の狙いは妹……女だ。荷物を投げ捨て、手に持ったバットを握りしめて少年はもう一度叫んだ。

 

『逃げろ! 早く!』

 

 

 

「緊迫のシーンだね」

「ああ。最初の見せ場だからな。気合入ってるよ」

 

 編集された映像を見ながら俺と一花は言葉を交わす。今回撮影されたデータは全てアメリカにいるジャンさんに回される。現在見ているこれは未編集の代物だ。日本編での大まかな流れは、平和に暮らしていた高校生のハジメとその妹のハナが浸食の口(ゲート)が現れた事によりモンスターに襲われ、魔法の力を手に入れる所から始まる。

 

 この後、オークと戦って右腕を失ったハジメは連れ去られそうになるハナを助ける為に右腕を再生。再生した右腕の魔法の力によってオークを倒しその場を切り抜ける事になる。因みにこの場に居た外国人の学生はウィルで、彼はオークを倒したハジメに近寄り、負傷した右腕の治療を行い兄妹と知己を得る事になる。

 

 後々は相棒ポジションになるんだが、この初登場時は初めて会った時のギークっぽい印象の強いキャラクターだな。治療シーンから時間が経過して、次に登場するときはハジメの修行シーンになり、そこで巻き込まれるように空手の達人……初代様なんだけど……の弟子になってハジメをサポートする役柄につくんだ。

 

「それで、顔を隠してモンスターと戦うためにスパイダーマスクをかぶるんだよね?」

「ああ。下はパーカー着てるけどな」

 

 そう。このマジックスパイダー編、主人公がマスク以外はスパイダースーツを付けてないんだ。体格が分かり辛いように大きなパーカーを黒く塗りつぶして着こなしており、パッと見はどこかのストリートギャングっぽいイメージになる。後半のアメリカに渡る時はちゃんとしたスパイダースーツを着る事になるそうなんだけど、最終的にはこのダボっとしたパーカーを着た姿に戻って最終決戦に臨むらしい。

 

 スタンさんとしてはこの現代の若者っぽい恰好をした姿をMSの基本にして、服が破けたり大事な一戦の時は服を脱ぎ捨てる事で覚悟を示すというような、通常のスパイダーマンとの違いを押し出していきたいらしい。まぁピーター・パーカーの跡継ぎはマイルズが居るしね。

 

「イチローさん、そろそろ撮影始まりますよ~」

 

 部屋の外から昭夫君の声が聞こえる。もう休憩時間も終わりか。飲みかけていたスポーツドリンクを一気飲みしてごみ箱に入れ、黒いパーカーをひっつかむ。こいつの初お披露目をしないといけないからな。さて、もうひと頑張りするとしようか。

 

 

 

 さて、ついに今年の教官免許研修が始まった。といっても今回は都心の日本冒険者協会支部での式典は不参加で良いという事だったので、俺達ヤマギシチームは奥多摩ビルの大ホールの準備を手伝いながら気長に研修生たちを待つことになった。

 

 勿論世界冒険者協会のお偉いさんであるケイティやウィル、それに日本の教官筆頭になる御神苗さんとその補助の昭夫君は式典に参加しなければいけないのでこの場にはいない。立場ってのも大変だなぁと恭二と二人でテーブルを運んでいると、ざわざわと入口付近が騒がしくなる。

 

 まだ研修生の到着まで間がある筈だが……と恭二と連れ立って騒ぎを覗きに行くと、カメラを持った一花がドアに隠れながら何かを撮っているのに気付いた。小さく声をかけて近付いていくと。

 

「何で私が入れないのよ! 私は理事よ! 冒険者協会の理事なのよ!」

「困ります。部外者はお引き取り下さい」

「セクハラー! あんた婦女子に何手を触れてるのよ! セクハラ! セクハラ!」

「あ、取り押さえろ!」

 

 ビル内に無理やり入ろうともがくスーツを着た中年女性を警備員の人々が体で押しとどめているという不可思議な状況が発生していた。何だあれ、と驚愕で呆ける俺と恭二に一花が静かな声で告げる。

 

「あれ、あの変な団体の元代表だよ。空中分解した奴」

「……あ、ああ。あの……えっ、あの人もう理事じゃないよな」

「錯乱してるのかも。これ一応状況証拠用に撮影してるから邪魔しないでね」

 

 一花の言葉に生返事で頷き、とりあえず最寄りの警察署に連絡を入れる。研修生が来る前にあの日本の恥を片付けないといかんしな。知り合いの巡査さんが出てくれたので状況を説明し、急いで駆け付けてもらい件の元理事はパトカーに詰め込まれてヤマギシビル前から強制的に排除される事になった。

 

「……協会にも連絡入れとこうか」

「そだね……」

 

 念の為に協会にもこの珍事を連絡。昨年から続く不祥事にピリピリしていた冒険者協会の担当者は入ってきたこの連絡にお通夜のようなトーンで答えて、また連絡をすると言って電話を終えた。

 

 後に状況を聞くと、何とあのおばさん。都心の方のビルにも不法侵入しようとして強制的に追い出されたらしく、そっちが駄目だから、とこちらに入り込もうとしていたらしい。入り込んで何をする気だったかは不明のままだ。

 

 組織を形作る最初期とはいえ、あんな人間が理事だったんだな。日本冒険者協会、ちょっと内部見直した方が良いんじゃないだろうか?

 険しい表情でヤマギシビルにやってきたケイティを見ながら、俺と一花は小声でそう語り合った。



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第百四十五話 最後の一人

誤字修正。244様ありがとうございます!


 ヤマギシビルの大ホールに続々と各国の代表が入場してくる。国家の代表は予想通りというか、前回の教官訓練で各国のリーダーを務めていた面子だ。

 

 懐かしい面々が顔を見せてくれる中、最後に現れた日本の面々はかなり驚きの構成だった。まず、教官の二人は予想というか知っていた通り御神苗さんと昭夫君なんだが、日本側の研修生の代表が足立さんだったのだ。

 

「おい、知ってたのか」

「いや、聞いてない」

 

 恭二と小声でボソボソ話している内に後のメンバーも入ってくる。見知った顔としては京都のダンジョンオーナー一族のお嬢様二人と、昭夫君の元で訓練を受けていた二種冒険者、それと……まぁ、確かに実力的に来るだろうと思っていたし足立さんが居るのなら彼を呼ばない理由はないだろうが。

 

 やたらとオドオドとした様子で最後尾を歩く小男の姿に俺達ヤマギシ組は苦笑を浮かべる。彼の名は根津 吉兵。御神苗さん達と共に訓練を受けた元教官候補の一人で、足立さん達と共に実力不足で研修を終えた三人の一人だ。

 

 

 

「ネズ吉さん、お久しぶりです」

「臨時冒険者の際は色々助かりました」

「あ、そのぉ、ご無沙汰してて申し訳ありません、はい」

 

 へこへこと周りを見回しながら頭を下げる根津の姿に再び周囲が苦笑を漏らす。ネズ吉というあだ名は前回の教官免許試験の時に彼のちょろちょろとした動きと名前の響きから佐伯が呼び始めて、気付いたら定着してしまっていたあだ名だ。普通は嫌がりそうな響きなんだがむしろ大喜びでその名前を受け入れ、以来何故か彼は佐伯を信奉して腰ぎんちゃくになったという不思議な感性の持ち主だ。

 

 まぁ流石に佐伯が逮捕された際に正気に戻ったらしく、臨時冒険者の件で彼に連絡を取った時は頻りに「マスターは大丈夫か?」とか「同期として本当に申し訳ない」とか佐伯が行った犯罪について、被害者である一花の安否をひたすら気にしていたので俺としては含むところはない。

 

 昭夫君に悪口を言っていた件も、佐伯と別れた後にすぐ昭夫君に連絡を入れて謝罪していたらしいしね。場の空気というか、佐伯に追従してしまって申し訳ないって。まぁ、見た目と言動通り非常に憶病な人なんだな。この人は。

 

 さて、そんな憶病な根津さんが何故この場に居るのかというと、実は今回に関しては実力で選ばれたのと、少し特殊な立ち位置に彼が立っていることが原因だ。

 根津は前回の試験で不合格になった後、北海道の夕張ダンジョンに戻ってそこでずっと活動をしていた。昭夫君が日本最南端の冒険者だとすれば彼は日本最北端の冒険者な訳だ。勿論教官免許保持者の昭夫君とは実力的には大分差があるが。

 そんな彼が何故今回もまた選ばれて来たのかというと……

 

「あのぉ、所で……一郎さんはいつの間に茶髪になられたんですか?」

「………おお、マジか」

「うーん、興味深いねぇ」

 

 俺は現在スパイディフォームに変身を被せて黒髪に見せている。周囲には普段通りに黒髪に見えている筈なのだが、その変身を突破して彼は俺の本来の姿を見定めているらしい。

 

 これが彼が呼ばれた理由の一つ。どうも根津さんは変身などの姿を誤魔化す魔法を見破る事が出来るようなのだ。勿論ビデオ等で映っているものを見破るという事は出来ず直接見た物だけになるし、本人曰く目で見ているというよりは体全体で感じる、という形になるらしい。要は感知が進化しすぎて別物になったようなもの、らしい。

 

「実際普通の感知ならどれ位分かるの?」

「えぇと……他にはこの会場内の人の体温とか……一応医学生なので、体調の良し悪しまでなら、何とか……分かるかと……」

「パねぇ」

 

 そう。この人、どうも特性に目覚めたらしく、しかもそれがこの超探知特化だったのだ。ダンジョンだろうが屋外だろうがお構いなしというレベルの。

 勿論この能力が発覚した段階で冒険者協会としては彼の囲い込みに走っている。何せ日本人4人目の特性持ちで、しかもこれまでと違いヤマギシチーム以外の存在なのだから。

 

 また、後輩冒険者の教導という意味でも彼は貢献している。彼自身の戦闘能力はお察しの通りそれ程高くないのだが、石橋をひたすら叩く形式で如何に効率よく相手を倒すかに知恵を絞っているらしく、彼の元で1種冒険者をやっている面々は1層から10層までとはいえ非常に優秀な成績を……それこそ免許持ちが居ればすぐに2種免許試験に合格できる位に鍛え上げられていたらしい。

 

 今回の研修にも数名、夕張ダンジョンの冒険者が来ているらしいから、協会側としても彼の育成能力は評価しているらしい。足立さんとは違った意味で立場が成長を促したタイプなんだろうな。

 

「い、命優先という……教官方のお言葉は、ずっと胸に刻んで、おります……私、感銘しました……またお会いできて、光栄です」

「あ、うん。まぁ……よろしくね」

 

 恭二の手を握ってぶんぶんと上下に振り回す根津さんに恭二も曖昧な笑みを浮かべる。これで影響されやすい所さえなければ非常にいい人なんだが。

 彼には足立さんと一緒に教官免許試験を初めて受ける人たちを同じ立場からサポートしてもらう事になる。勿論前回のやらかしを覚えている面々、それこそケイティや各国の教官陣からは懸念の声が上がったが、足立さんと根津さんは日本入りした各国代表の宿舎を回って、迷惑をかけた同期の教官たちに一人一人頭を下げて回ったそうだ。

 

 前回迷惑をかけてしまってどの面下げてと思われるのは承知の上だが、自分たちのような研修生がまた出る事を未然に防ぎたいのだ、と。

 

 勿論懐疑的な目で見られているのは変わらない。だが、足立さんの変化や根津さんの成長を知る身としては彼らに期待したいと思っているのも確かだ。この研修に参加した冒険者たちが今度こそ全員合格出来ると良いんだがな。



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第百四十六話 門下生の集い

誤字修正。KUKA様、244様ありがとうございます!


 ダンジョン上の食堂は、今や知る人ぞ知るグルメスポットになっている。何せ世界各国からポンポンと研修に来るものだから、現在では様々な国の料理人が常駐しているのだ。しかも金に糸目を付けずに選りすぐりのシェフを雇っているのだから味はお墨付き。

 

 まぁ当然の事ではある。何せ冒険者は基本的に命懸けの仕事だ。実入りも多いし、俺達が教えた人材は安全マージンを十分取っているとはいえ殺意を持ったモンスターと対峙するのはそれなり以上のストレスがかかる。こういった福利厚生を充実させないとストレスで潰れる事も考えられるのだから。

 

 ダンジョンに潜りっ放しでも良いと笑って言える恭二みたいな異常者はそうそう居ないのだ」

 

「誰が異常者だ誰が」

「しまった。つい口から出たか」

「いくらなんでもわざとらしいよお兄ちゃん!」

 

 白々しい言い合いに周囲から苦笑が漏れる。式典が終わった後、研修生には一度それぞれの宿舎に荷物を置きに行って貰っている。この場にいるのは研修生以外の、各国の教官達だ。

 

『お変わりないようで安心しました』

 

 イギリス代表の教官であるオリバーさんがそう言って一花を見る。彼は佐伯の事件の際に一花を弁護する為に行進デモを行った行動派のマスター門下生だ。その行動力と実行力はマスター門下でも抜きん出ている一人である。

 

 まぁ、この場にいる全員が各国で抗議の声を上げたりしていた前科持ちばかりなんだがな。オリバーさんはこの中でも抜きん出ているぞ? 門下生が数百人の中でデモまで主導したのはオリバーさんとフランス代表のファビアンさんだけだからな。

 

 そのもう一人であるフランス代表のファビアンさんは、一年前よりも大分長くなった前髪をふわっと風に靡かせながら微笑んでいる。視線が一花に固定されている事には目をそらしておこう。その隣に座るロシア代表のセルゲイさんはドイツ代表のオリーヴィアさんと熱心に何かを話している。ただ、時たま口がマスターって動いているからまぁ内容はお察しだが。

 

『君達本当にマスターが好きだね。もっと自重しないと駄目だよ』

「今日のお前が言うな定期」

『ここ数年ヤマギシに入り浸りのお前がいうな! 代われ!』

 

 ウィルの言葉に口々に反論が飛び交う。真っ先に口を開いたのが一花なんだかその辺どう思うウィル……全然堪えてないっぽいな此奴。むしろ何かめっちゃ嬉しそうでちょっと気持ち悪いので肘を打ち込んでおく。

 

 ぐふっ、とうめき声をあげてテーブルに突っ伏すウィルに喝采を上げる教官一同。お前ら、鉄の結束とか何とか……いや、よそう。余り深く考えたらいけない事な気がする。

 

 

 

 さて、所変わってMS……に見せかけた復讐者達の撮影は順調に進んでいる。今は初代様扮する武道家の元で体の使い方を学んでいるシーンだ。それまでは有り余る魔力と力だけで戦っていたマジック・スパイダーことハジメが、モンスターから助けようとした相手に逆に助けられて諭され、力の使い方と戦う理由を学ぶ重要な場面になる。

 

『良いか、ハジメ。ただ強くなるなら誰にだって出来る』

『しかし師匠、俺は』

『そう。お前は魔法を使える。体力もある。こんな老骨には真似できない若さがある。だが、それだけだ。それだけの違いしか私とお前には無いのだ』

 

 画面の中では畳の上で正座をした初代様とハジメ……少し若い姿の俺が向き合い、問答を繰り広げている。他者よりも力を持った存在である自分が周りの皆を守らなければいけない、と思い込む姿に危機感を抱いた師匠……この作品ではマスターとだけ呼ばれている……は彼と静かに語り合い、その若さゆえの真っ直ぐさを決して否定せずにただ足りないものがあるとだけ言葉を続ける。

 

『力には意志が伴わなければならない。その意志無くして力は強さ足りえない、脆い物になってしまう』

『……はい』

『脆い力では人を守る事などできん。それを忘れてくれるな……なぁ、ハジメよ』

 

 そう言って師匠は皺だらけの顔を歪めて、優しく笑った。編集されたこの動画を見ながら、スタンさんはうんうんと満足気に頷いている。ここから場面は年月を跨ぐ形になり、ハジメは師匠の元で1年余りの鍛錬を積みながらMSとしての活動を続け、そしてその活動が故に復讐者の本流へと組み込まれる事になる、という筋書きだ。

 

『原作的にはどうなるんですか?』

『良い質問だ。原作はこれから作ればいいのさ』

 

 いやいやアカンだろう。

 

『まぁ、流石に全部後付け設定はやらないけど完全に原作通りに進むわけではないからね』

『成程?』

『そのお陰で国連部隊の一部って名目でアベンジャーズや離反者への当て馬にされる役割なんだけどね』

 

 世知辛いもんである。この後の作中では中盤は完全にアベンジャーズの敵としての役割を担っており、ビッグ3は元より本家スパイダーマンやドクター・ストレンジといった大物ヒーロー達とも交戦する事になる。

 

 因みにこんな流れになった原因は故郷のゲートを封じる研究と防衛を代わりに行ってくれるという口車に乗っての事で、ウィル扮するウィラードという相棒と一緒に世界を救ったヒーロー達を捕縛、或いはデータ収集という名目で連戦するという、視聴者側から見れば完全にヴィランよりの立ち位置だ。

 

『ああ……早く見たいよ。スパイディ同士の戦いが……』

『楽しそうですね』

『楽しいよ。こんなに楽しい事は90年生きた中でもそうそうなかったさ!』

 

 そう言ってスタンさんは嬉しそうに笑った。撮影は順調すぎるほどに進んでいる。恐らく後1月もしないうちに日本国内の分は終わる事になるだろう。その次は本番……アメリカでの撮影陣との合流だ。その前に国内で出来る事はしっかりやっておかないとな……ゲームのモーションキャプチャーとかさ。



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第百四十七話 モーションキャプチャー

今週もありがとうございました。
また来週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、ぼんじん様ありがとうございます!


「ご足労をおかけして申し訳ありません」

「あ、いえいえ」

 

 カプコムの担当の人に頭を下げられるもこちらとしては特に思う所はない。何せ今まで長い事ロックマンをお借りして活動していたわけだしな。こちらが寧ろ頭を下げておくべきだろう。

 

「いや……ここ数年の海外での売上げは本当に鈴木さん様様なので頭を下げられたら私の首が」

「あ、はい。結構売れたんですね」

「お陰様で」

 

 互いに頭を上げ下げして苦笑する。今日はモーションキャプチャーという物をお願いされているからだ。内容はTVとかでも見た事があるし大体分かる。色々と体に機材をつけて色んな動きをすればいいんだ。ただ、今回一つだけ問題があるとすれば。

 

「あの、次の動きはこの動画の……」

「あ、はい」

「それが終わりましたらこちらを……」

 

 かれこれ1時間ほど色々な動作を取っているのだが、その指示のやり方が何というか……殆どの動作が俺の動画を元に動いてくれという要望だった。何でもこれが一番皆が思い浮かべるマジック・スパイディらしい。まぁ依頼主からの要望だし可能な限り叶えるとしよう。

 

 今回、差別化を図る上で通常のスパイダーマンとマジック・スパイダーの顕著な違いは、まず基本的に硬い。これが一番顕著な違いらしい。コミックの方でもバリアを使っているから打撃や斬撃といった攻撃には基本あんまりダメージを受ける事はないので、その点を強調する事になったそうだ。

 そして次に、本家よりも攻撃能力、というか全体的に攻撃力は低めに設定されているらしい。本家と違って魔力で底上げをしている設定のため、ハルクと殴り合えるれっきとした超人であるスパイダーマンよりも力はない、というのがスタッフの言葉だ、実際にどんなに頑張っても魔力なしの人の5倍くらいしか底上げ出来ないからそこは間違っていない。

 

 だが、代わりに元々テクニカルな動きをする本家よりも更に色々なギミックがこのMSには盛り込まれている。まず、相手を拘束するウェブシューターが画面内に留まり任意で爆発する地雷になったり、右方向にだけだがウェブグラインドを数回行えたり、本家よりも発動が遅い代わりにスーパーアーマー付の超必殺技があったりと結構な部分が本家のスパイダーマンと違っているらしい。

 あと、蜘蛛の遺伝子を持っている訳じゃないから、動きが蜘蛛というよりはそれを真似ようとした人間という印象をプレイした人間に持ってもらうようにしているらしい。空中の動作はかなりスパイダーマンよりの動きを求められたが、地上では空手とかその辺りをイメージした動作をしてほしいそうだ。

 

「本家と同じくテクニックのいるキャラクターですが、魔法を用いているという事から本家よりも更にテクニカルなイメージを付けたいと考えています」

「成程。楽しみにしてます」

 

 休憩を取りながらプロデューサーさんと意識合わせに小話をして、ふと気づけば半日近くモーション取りに時間を費やすことになった。正拳突きとか本当に使うのか分からないモーションまで取られたのだが……ま、まぁ出来上がりを楽しみにしておこう。

 

 

 

 ネズ吉さんヤバい。

 

 思わず唖然とするその報告の内容にぽかん、とヤマギシチームが呆けた表情を浮かべた。何とネズ吉さん、単身で15層まで行って戻って来たらしい。ボス以外とは戦わずに、である。

 どうやったのかというと、基本的に隠れてモンスターをやり過ごすそうなのだが、その隠れ方が凄い。まるで意味が分からないのだ。

 

「か、簡単な事なんですが……自分は壁だって、お、思ってれば……その、誤魔化せるんです、はい」

「いやー、キツいっすよ」

「それだけ聞いても意味わからないんだよねぇ」

 

 実際にネズ吉さんがダンジョン内部を潜っている最中のヘルメットカメラの映像を見たら余計に混乱が広がった。敵を察知したらしいネズ吉さんがすすっと壁際に歩いて行ったかと思うと、目の前をモンスターの群れが気付きもしないで歩いていくのだから。

 

「……これも特性、なのかな?」

「もしかしたら超探知の派生なのかもしれないな。ジャマー的な奴なのかも」

 

 この新発見に昨年から不祥事の続く日本冒険者協会は大喜びである。人間には効果がないらしくダンジョン内で実際にやってもらっても壁際に立っているようにしか見えない為、どういった内容の能力なのかは今一つかめないが、効果は確かだ。

 恭二も興味津々で目を赤くして見ているし、もしかしたらオリジナル魔法の使い手がまた一人増えるかもしれない。

 

 また、このネズ吉さんの成果は他の研修生たちの奮起にもつながった。

 

『ネヅが結果を見せた以上、我々も負けてはいられないな』

「ああ。特に俺は同じ立場だからな」

 

 やる気満々で自分が率いる研修生に語るオリバーさん。そしてネズ吉さんの躍進に、同じ前回からの参加者である足立さんは静かに闘志を燃やしている。どうやらこの1週間ほどで互いの間にあった蟠りが大分無くなったらしい。そういう意味でもネズ吉さんのこの功績は良いタイミングだな。

 

「一度、二種以上ノ冒険者を対象にシテ、特性調べた方ガいいカモ」

『わかりやすいものは兎も角、分かりにくいものは埋もれたままかもしれないからね……もしかしたら僕たちも』

 

 ケイティとウィルがそう言って互いに視線を向ける。ネズ吉さんの魔力量で特性が発現しているのなら、この二人が発現していない訳がないからな。俺や一花みたいに特別わかりやすい物は兎も角として、確かにヤマギシチームのメンバーや一線級の冒険者は何かしら目覚めている可能性が高い。

 これだけ実力のある冒険者がそろっているのだし、一度きっちり確認した方が良いのかもしれないな。




Twitter始めました。投稿通知とか愚痴とか呟いてたりします。
@patipati321

後Twitter企画で短編を書きました。
パッパラ隊知ってる人が割といて嬉しかったです。


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第百四十八話 日本での撮影、終了

今週もよろしくお願いします!

焦り過ぎて普通に投稿してしまった申し訳ない。
文章を幾らか微調整(白目)

誤字修正。kuzuchi様ありがとうございました!


『……わかりました』

 

 黒いスーツを着た男の言葉にハジメは頷いた。彼がハジメに対して行った提案……ゲートの研究と周辺の警護はハジメにとって魅力的であったし、何よりも彼が語る力の重要性……ただ無秩序に力を持つ存在がゲートから現れるモンスターと被ったのも一つの理由だった。

 

『ハジメ……』

『師匠、決めました。俺、行ってきます』

 

 そんなハジメの決意に満ちた表情に師である老師は小さく頷き、彼の決断を受け入れた。彼に武を授けて1年。常人とは異なるハジメに常人である老師が教えられる事はもうほとんど残っていない。

 その決断がどういった結果を招くかはまだ分からない。だが、若人の確実な成長を感じた老師は小さく頷いた。

 

『なら、俺も付き合うよ』

『ウィラード』

 

 二人の会話をいつから聞いていたのか。道着を着たウィラードの姿に腰を浮かしたハジメに、ウィラードはゆっくりと首を横に振った。置いて行かれるのはごめんだという彼の視線に、浮かした腰をしずかにソファに沈める。

 そんな師弟3名の様子を、黒いスーツを着た男はにこやかに眺めていた。

 

 

 

「こいつが黒幕だね」

「違いない。黒いしな」

『そこが判断基準なのかい』

 

 上がってきた撮影済の映像を見ながら俺達はうんうんと唸りながらあーでもない、こーでもないと今度の映画について話し始める。日本での撮影は殆ど終わっているので、スタンさんはもうアメリカに渡ってしまっている。

 

 修行シーンとゲートからの町の防衛のシーンはほぼ撮影が終わり、現在の俺達は次の部分、アメリカへ渡る為の導入のシーンを撮影している。といっても初代様の役割である老師はここからラストまで出番がないので、暫くは教官免許の指導員に専念する事になっており現場の方へはもう来ていない。

 クランクアップ前に渡米してくるとの事なので、その辺りで他のキャストへ紹介しラストの辺りでひと暴れしてもらう予定になっている。

 

 それに、初代様は他のお歴々(仮面ライダー)の教習を殆ど一手に引き受けてるからな……最近聞いた話だとアマゾンさん達はすでに15層へと到達しているらしく、今は魔力アップに専念する為にゴーレムを狩り続けているらしい。

 特に貴金属のインゴットはそのままでも十分価値がある上に今では魔力電池の大本に使っている貴重な素材の一つだからな。マニーさん達と一緒にゴーレムをガンガン狩ってくれるチームが出たのはありがたいことだ。

 

 ただ、幽霊君とお化け君がヤマギシから振り込まれた報酬を見て何度か転職をとか言い始めたのは全力で止める必要があったが。その時に初代様が言った「金なんかの為にヒーローを辞めてどうする」という言葉に、二人がうなだれていたのは印象的だった。

 あと何故かS1さんもダメージを受けていて、その様子をポンポンと肩を叩いて慰めるアマゾンさんという謎の構図があったのは、うん。見なかったことにしてあげよう。

 

 

 

 さて、この4名が一人前と言えるレベルになった事により、初代様は温めていた計画を話してくれた。

 

「俳優、特にアクション俳優を冒険者に、ですか?」

 

 社長の問いかけに初代様は真剣な表情でこくり、と頷いた。彼が言うのはまぁ、平たく言えば現在様々な分野の映像で登場するアクション俳優、スタントマンと言った業種の人間を冒険者としたいという要望だ。

 その内容に社長が顔をしかめるがこれは仕方のない事だろう。現状ですら奥多摩ダンジョンは飽和状態。夜以外は常に1~5層に人がおり、それ以降の階層もどこかしらの研修が行われており、10層以降になると今度は実力的な問題で難しくなってくる。

 

「勿論、その点は分かっています。これは何も直ぐという話ではなく、例の学校の話と絡み合わせたいのです」

「……成程?」

 

 初代様の話に社長は興味を惹かれたらしく、組んでいた腕を外して少し前のめりな姿勢になる。魔法学校関連はヤマギシにとっても重要な長期的戦略の一つで、そこに話が飛ぶのなら対応も変わってくる。

 

 経営者としての顔になった社長が目配せしてきたので、俺は頷いて部屋を出る。これ以上は話の邪魔になると判断されたみたいだな。

 

 まぁ、大体の予想は付くんだが……初代様が何処まで考えているかは分からないが、現状のまま行けば恐らくアクション俳優やスタントマン、それにスーツアクターという職業が無くなる可能性が高いからな。

 

 何故かと言うと、まぁはっきり言えば冒険者の身体能力が問題だ。俺や昭夫君を見れば分かるように一線級の冒険者の身体能力は、凄まじい物になる……それこそ今までは必死に鍛錬をしなければ出来ないような動きも簡単にできてしまうほど。

 

 それにバリアというどんな危険なスタントをしても生き延びる事の出来る魔法がある。極めつけは変身魔法だ。スーツを着る必要すら無くなったこの魔法により、初代様は身軽な格好のままなのに周囲からは変身しているように見えている。

 

 この変身魔法を俳優が覚えてしまえば、もう現場でスーツを着ることなく撮影を行う事が出来るのだ。現在は冒険者の数も冒険者になった俳優も少なく、それ程目立った問題は起きていないように見える。しかし近い将来にスーツアクターという業種自体が無くなる可能性は非常に高いだろう。勿論、バリアで危険を回避できるならスタントマンもだ。

 

 初代様はこの流れに気付いているのだろうな。他ならぬ自身が最初に魔法を覚えた俳優なのだから。その利便性と、この後の流れまで頭に浮かんだ筈だ。

 

 そして、そんな流れを座して見過ごす人でもない。どういったプランかまでは流石に分からないが何かしら行動を起こすとは思っていた。それが今だったのだろう。あの場で呼び止められなかった以上は俺に出来る事はまだないんだろうな。

 

 変身をミギーに切り替えて頭をトントンと叩きながら俺はビルを出る。まぁ何かしら決まったら連絡が来るだろうし、今はそれよりも研修寮のランチに意識を切り替えよう。

 

 今日は世界のパスタバイキングだ。この時の為に朝は軽めに済ませておいたし先程から空腹で腹がキリキリしている。全メニュー制覇のためにも早く行かないとな!



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第百四十九話 買い物

祝・奥多摩個人迷宮+10万UA達成しました!
正直めちゃめちゃ嬉しいです。
BJ(偽)とアイマス(詐欺)が10万UA行った時の数倍くらい嬉しいです。
一人祝勝会と称して近くの焼肉屋に(ry

誤字修正。kuzuchi様ありがとうございました!


『どうですか、教官』

「あ、はい。似合ってると、思います」

『本当ですか!?』

 

 ぽりぽりと頬を掻きながらそう言うと、アイリーンさんは花が開いたようにぱぁ、と満面の笑みを浮かべる。少し気恥ずかしいが別にお世辞ではない。お洒落な服を着てお兄さんと同じ綺麗な金髪をショートボブにしたアイリーンさんは凄く可愛かった。普段ダンジョンに入る時は英国用の白地に赤が入ったボディアーマーを付けており、ダンジョン外でも制服代わりの作業服に身を包んでいるため余り意識する事は無かったが、普段美人を見慣れていると思う俺でもつい見惚れてしまう位に彼女は可愛かった。

 

「ありがとうございましたー!」

『教官、あの、お金』

「いや、良いですよ。今日は付き合ってもらってますし」

 

 随分と気合の入った店員の声を背に、慌てた様な表情を浮かべるアイリーンさんと連れ立って店を出る。似合っていると思ったのでどれを選ぼうかと迷っている彼女の手を引いて全部レジに渡す。流石に現金では足りなかったのでカード払いだが、特に問題なく使う事が出来る店で良かった。

 ヤマギシの社員全員に渡されている冒険者免許替わりのカードはそのまま銀行からの引き落としが出来るデビットカードの機能が付いており、装備品なんかを追加して購入するときもこちらから引き落として貰っているのだが……正直幾ら入ってるか分からないんだよな。ドロップ品を清算したお金もこっちに入るから。

 

 しかしちょっと買いすぎてしまったか。流石に両手が完全にふさがっているのは困る。

 

『あの、教官……私も』

「あ、いえ大丈夫ですよ。重いんじゃなくてちょっと持ちにくいだけで」

 

 一度車に戻って荷物を置いてきた方が良いかもしれないな。何をしているのかって? もちろん買い出しだよ。もうすぐアメリカに行くしあんまりダサい服装で行くのもな、と思い立って……嘘だ。一花に「お願いだから「絶対に働かないTシャツ」で歩くのは止めてよ? 振りじゃねーぞ」って本気で脅されちまったからな。ただ、俺は正直自分のセンスには自身が無い。その為誰かに見立てて貰おうと思って食堂で人を探していたらたまたま食事に来ていたアイリーンさんが付き合ってくれたのだ。

 

 うん、正直女性と買い物に出るなんて母さんと一花以外は殆どないから緊張してる。これって完全に傍から見たらデートだよなぁ。アイリーンさんみたいに可愛い人の手とかさっき握っちゃったし大丈夫かな。嫌われてないといいんだが。見栄張ってアイリーンさんの分も買ってあげたけどこれで少し位は付き合ってくれた恩を返せていればいいんだが。

 

『あの、それで教官、次は……』

「あ、はい、ええと。コートが欲しくて」

『ああ、ならあちらのブランドに寄りましょう。男性物の……』

 

 そう言ってアイリーンさんが指さす方を見ると、TVのCMで見た事の有るブランドの看板が見えた。確かにここなら良い物が手に入るだろうな、とそちらへ歩こうとする時、そっと右腕の裾をアイリーンさんの手が掴んでいた。

 いかんな、つい一人で買い物をしている癖が抜けない。アイリーンさんの歩幅に合わせるように足を動かし、二人で店の中へと入る。アイリーンさんはこれから寒くなるからと、黒いトレンチコートのような物を選んでくれた。かなり頑丈な造りのようでこれなら色々な所で扱えそうだ。

 

 それから俺とアイリーンさんは余り会話は弾まなかったが特に問題なく買い物を終えて、『この後も、予定空いてます!』というアイリーンさんをお気に入りの食事処に案内して昼食を楽しみ、そのまま映画を見に行ったり後半は遊び倒す形で休日を満喫。奥多摩に帰った時には日が沈み始めていた。

 

「アイリーンさんありがとうございました。俺、正直センスに自信が無いんで……助かりました」

『いえ、私も、その。楽しかった、です!』

「またお願いするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

 

 車で各国の教官陣が寝泊まりする寮の前につけ、アイリーンさんに今日のお礼を告げると目をキョロキョロと動かしながらアイリーンさんが返事をしてくれた。まだ男性恐怖症気味な所はあるが以前の様に男と手を握っただけで倒れそうになるなんて事は無かったし、皆やっぱり成長しているんだな、と時間の流れを感じる。

 

 またお願いします、と告げてその場を離れる。バックミラーを見ると寮から出てきた人たちにアイリーンさんが囲まれているのが見えた。アイリーンさん、可愛いし人気者なのは知っていたが……折角の休日を潰してしまって申し訳ない事をしてしまったかな。

 

 

 

「で、ちゃんとしっぽりいって来たの?」

「ちょっと頭出しなさい」

「えちょあだだだだ」

 

 有無を言わさずに一花の頭を捕まえてグリグリと制裁を加える。体が大きくなってもオツムは変わっていないようだな。ちょっと修正しなければいけない。

 

「いや、でもデートだろ? 手を繋いだりとかキスとか」

「あだだだだだ!」

「そうだよイチロー君。アイリーンちゃんも結構気合入ってたし」

「いや、朝方に捕まえて買い物の手伝いお願いしただけだし……でも、ちょっと手を繋いだ時はあった。柔らかかった」

 

 なんとなく感触が残っているような気がして右手に目をやる。少し気恥ずかしい気がしたが、まぁ。悪くない気分だった。アメリカに渡る前にまた休日が合えばお誘いしてみようか……アイリーンさんが嫌でなければ良いんだが。

 

 

 

『もしもしジェイ?』

『イヴかい? 不味い事になったよ』

 

 その二人を呼んだらお前らビルから叩き出すからな、と伝えたところ二人とも笑顔で電話を切ってくれた。もうすぐアメリカに渡るから、向こうで会おうとその二人とは約束しているんだ………それだけでも心が重いんだからさ。余計な重圧までかけないでくれよ。



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第百五十話 地獄大使、入院する

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


「今日は、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 TVカメラを引き連れてくる地獄大使さん。何故か病院の制服を着て案内役を任された俺は、病院のスタッフと一緒にTVカメラや地獄大使さんに施設の説明や案内を行っている。一応このヤマギシ記念病院にも籍を置いているからという事なんだが、多分社長と理事長と真一さんが嫌がったんだろうな。例の西伊豆の件以来、あの人たちマスコミに押しかけられるの嫌いだから……

 

 さて、今回地獄大使さんが訪問しているのは何もTV番組だけが問題ではない。たまたまTV局ですれ違った初代様と、世間話がてらどうも最近調子が悪いとぼやいたらしい地獄大使さんに「なら良い病院を紹介する」と初代様が言い、社長に話が行ったのが切っ掛けだった。

 あっという間に理事長に話が行き、そういえばちゃんとした紹介は行っていなかったな、という事で今回はとあるTVの制作会社に依頼して紹介番組を作って貰う事になったのだ。基本的には有料のドキュメンタリー専門のチャンネルで流すそうだが、放送から一月たったらヤマギシのHPでも放送を開始する予定らしい。

 

 宣伝の為に1本番組作るってスゲーなと思ったら、出来るだけ編集などでこちらの言いたい事を伝える為に仕方なくとの事だった。今回のヤマギシ記念病院の番組は世界中に対してどういった治療をするのかしっかりと知らしめるための物でもあり、実際にこの病院で受ける魔法治療がどういった物になるのかを地獄大使さんが受ける治療を例として発表する事になる。

 

「少し恥ずかしい気もするなぁ」

「我慢してください」

「う、うぅむ」

 

 大きな機材の中で苦笑を浮かべる地獄大使さんにこちらも苦笑を浮かべて答える。全身をくまなく調査し、体の現状を知る。これがまず初日に行われる物だ。当然その日はこの超厳重な身体検査で潰れる為、この日はそのまま入院という形になる。

 

「この病院の病院食は美味しいんで満足していただけると思いますよ」

「ああ、確かに上手いな。後はここに酒があれば良いんだが」

「退院後の楽しみに取っておいてください」

 

 地獄大使さんの言葉にスタッフ一同の笑い声が入ってこの日の撮影は終了。地獄大使さんはそのまま病院内で心電図検査や血圧検査を24時間行う必要があるので病院の個室にて休むことになる。また、その様子を定期的にスタッフが入れ替わりで撮影する事になるそうだ。

 

 ヤマギシ記念病院では基本的に患者が入院する病棟は全部屋個室になっている。これはこの病院が魔法治療を行う為に作られたというのもあるが、一番はこの病院にかかりに来る患者が大体は非常に難しい病気を持った人物たちであろうと想定されているからだ。プライバシーの保護のためにも全室個室という形が望ましいという事になり、設計の段階からかなりの部屋数を確保できるように作られている。

 

 まぁ、迷ったら元も子もないので一つ一つのフロアには各所に地図を設けてある。部屋も狭いわけではないので快適な環境を入院者に提供出来るだろう。

 

 

 そして次の日。

 

「よぉ、地獄大使」

「貴様、本郷!」

 

 等という小芝居の後に笑い合う二人の大物俳優がカメラに収められる。日程の都合上初日は来られなかった初代様、満を持しての合流である。初代様の場合自身がリザレクションを使える為に入院することは無いのだが、お見舞いという名目と、念のために全身を検査してもらおうという判断だ。

 

「いやぁ、式典には参加していたがまさかこんなに早くここの世話になるとはなぁ」

「そういえば理事の一人でしたね」

「ああ。といっても名前だけのようなものだがね」

 

 病院服を着て感慨深げにそうつぶやく初代様。この人もこの病院が建つ際にヤマギシ側の人間として名前を連ねて居たりする。俺や恭二たちが未成年で理事に名を連ねる事が出来なかったので、冒険者部門の外部顧問枠であった初代様に話が来たのが理由らしい。畑違いの分野だからと最初は断っていたらしいが、結局は社長に押し負ける形で名前を連ねる事になったらしい。多分社長のアレは初代様と同じ欄に名前を載せたくてやったんだろうなぁと思っているが、お陰で今回のような番組を作る切っ掛けが出来たのだから世の中わからないものだ。

 

 さて、こんな感じで1日、2日とロケを続けて3日目。前日までの結果が出たという事でTVカメラを連れて診察室に行き、医師の診断を皆で聞く事になった。結論から言えば心肺機能が衰えてきているとの事、それに肝機能など体の各所に小さな問題が見受けられるとの事で、現状生活を送る分には問題があるが大病を患っているわけではない、という結果が出た。

 

 胸を撫で下ろす地獄大使さんに医師は「ではこれから魔法による治療を行います」と宣言。驚きの表情を浮かべる地獄大使さんに医師は言葉を続けた。

 

「このまま放置すれば気温の寒暖差などによって急性心不全等の恐れもあるので、衰えた内臓機能を一旦リフレッシュさせる事が必要です」

「それは……その、可能なのですか?」

「はい。一先ずは処置をしますので……ああ、カメラで撮られるならどうぞ。映像は一瞬しかありませんので注意お願いします」

 

 促されるようにカメラクルーが場所を調整し、医師と地獄大使さんが二人とも収まるようにする。やがてクルースタッフからOKサインが出るのを見た医師は地獄大使さんに手を伸ばして「リザレクション」を唱えた。

 地獄大使さんの体を白い光が包み、そしてすぐに消える。光が消えた後、自分の体の各部位を触る地獄大使さんに病院スタッフは初日に行った検査を再度行う旨を告げ、3日目はそのまま初日の焼き直しのような状態になった。

 

「再度行うのは、どういった意図が……?」

「これはまぁ、言ってみれば患者の為の物です。正直な話を言えばリザレクションを使って治ったと患者が納得しないケースを想定していますので」

 

 二回目の検査を受けている最中、地獄大使さんが問いかけて来たので俺はそう答える。この魔法治療は現在進めているとはいえまだ保険は適用できない。当然医療費も高額になってしまう為、患者側もただ魔法を受けただけでは納得しないだろう、という判断が病院関係者から出され、結果として二度検査をし、結果を相手の分かる形で示そうという方針が出来上がったのだ。

 

 当然、2度目の検査では全く問題点がなく、むしろ老化によって通常起こる筈のどこかしらの劣化すらも治療してしまっている為この二日間地獄大使さんは非常に体の元気さを持て余す結果になった。

 入院が終わったその日の内に地獄大使さんは初代様と連れ立って夜の街に消え、どうやら飲み終わる度に初代様からキュアを受けたらしく(もちろん内緒で)ツブヤイターでその様子を投稿。朝まで元気に騒ぐ60代男性二人の様子が細かくつぶやかれ、最後に地獄大使さんが「凄い体験をした。是非みてくれ!」と番組について呟いた結果、有料チャンネルの会員数が一時的に増加したそうだ。

 

 この番組は後に海外でも評判となり、当初の目論見通り病院のシステムや環境を衆目の目に晒す事に成功したのは良いんだが、予想以上に環境がいい事も知れ渡った為予約がひっきりなしで半年先まで埋まってしまっている状況らしい。

 院長先生から引きつった笑いでお礼を言われた時は正直申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ま、まあ閑古鳥が鳴くよりはいいですよね?

 



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第百五十一話 模範的ダンジョンアタック

誤字修正。244様、ありがとうございます!


「クリア」

『オッケー、先行するから援護を』

『了解』

 

 御神苗さんがチラリと魔法で焼かれた室内を確認。残敵の数を確認して問題ないと判断し、声とハンドサイン両方で後続に合図を送ると、後続の冒険者達は静かに前へと進み始める。

 

 今回のメンバーは御神苗さんをリーダーにイギリスのオリバーさん、ロシアのセルゲイさんがフロント、ドイツのオリーヴィアさんとフランスのファビアンさんがバックにつき、この最後尾から着いていく形でダンジョンに一潜りしている。

 

 30層までなら俺一人でも何とかなるし、そもそも他の面子も全員レベル20以上の高レベルパーティーというこの面子は、30層までを特に危機無く潜る事が出来た。特にオリバーさん、自分よりデカイライカンスロープやキマイラを刀で真っ二つにする姿は中々に迫力がある。以前は完全に魔法主体だったのに、今はむしろウィルのように接近戦主体に近い戦闘スタイルだ。

 

 逆にセルゲイさんは以前までの体格に任せた戦い方から大分変り、その巨体から想像できない素早さで縦横無尽に動き回り後衛をモンスターから守り通す熟練の技を見せてくれた。ヤマギシチームには敵の攻撃を引き受けるタンク役が居ない為差を計れないが、恐らく彼は現状世界一のタンクなのかもしれないな。

 

 そのまま前衛の活躍と後衛が隙を見て魔法を打ち込むオーソドックスな攻略方法で30層までを突破し、このチームは全員がレベル30の証を手に入れる。ヤマギシ関連以外のチームでは初の快挙になるので、この時の映像はそれぞれのカメラから抜き出されて協会側が編集し、30層までの一般的な模範踏破方法として二種冒険者以上の協会員に開放されることになった。

 

 

 

「一般的とな」

「オールスターは一般的に含まれないそうだ」

「何だそりゃ」

 

 いや本当にな。俺と恭二を真似できないってのはまだ分かるんだが、真一さんなんか正にオールマイティって言葉の見本みたいなスタイルなんだがな。あれこそ冒険者が最も参考にするべきスタイルだし、本当に手を切り落として俺の真似をしようとした人はまず真一さんを目標にした方が良い。現地の冒険者が何とか治療したらしいが肝が冷える事件だった。

 

 因みにオールスターってのは恭二と俺のツートップを真一さんがカバーし、沙織ちゃんが援護を行いその脇をウィルとケイティが固めるチームの事らしい。ここにシャーロットさんと一花が含まれていないのは協会と本人の都合だ。協会側としてはどうも一花の事は一流の冒険者である前に超一流の教育者として扱いたいらしく、まずこのオールスターから一花の名前を消したらしい。一花としても一々騒がれるのは嫌だったらしいので特に何か言う事も無い。

 次にシャーロットさんについては、彼女本人が辞退したからだ。

 

「私はあくまでも補佐ですから」

 

 席を譲られる形になったウィルが彼女に良いのかと尋ねるも、シャーロットさんは微笑みを浮かべてそう言ったらしい。言葉通りに自分はあくまでもヤマギシチームの補佐だというスタンスを崩さないシャーロットさんはこういった物に名前を連ねるのを嫌がる事がある。

 

「それに、サイドキックがヒーローの前に出てはいけないでしょう!」

 

 この言葉にウィルは苦笑してシャーロットさんに譲られた分頑張る、と言っていたが。割と本人は本気で言っている気がするのであんまり気にしない方が良い気がする。

 

「あれはね。下手に名前を挙げて名声に束縛されるのが嫌なんだよ」

「一花先生……割とシャーロットさんの満足ポイントが分かりません、一花先生!」

「諦めたらそこで試合終了……諦めたら?」

 

 そりゃあねぇぜ一花さん。

 

「というかわかりやすいほどわかりやすいじゃん。スパイディに変身してぎゅっと抱きしめてきなよ」

「あれは恋愛感情じゃないだろう」

「ファン心理でもさ。多分1週間くらい寝ないでも元気に動き回るよ。それやったら」

 

 ヤマギシ本社のTV等に対する広報の仕事に社長の秘書替わりの働き、それに冒険者としての仕事。どの時間にやってるのかって位多忙なシャーロットさんだが、信じられないことに体には一切影響を受けていないらしい。

 

 以前尋ねた時は10分くらい寝たら全ての疲れが無くなる感覚があると言っていたので慌ててヤマギシ記念病院に連れ込んで検査をしてもらったのだが、結果は本当に白。分かった事はシャーロットさんは信じられない程の効率で疲れを癒しているという事だった。

 

 まず間違いなくこういう特性なんだろうなと思ったが、世間に発表したらすごい勢いで労基法違反で社長が捕まりそうな内容なのでこの事は社内での極秘事項になった。

 

「おかげでシャーロットさんのあだ名が分身能力者になったよ」

「……ああ」

 

 不思議と納得してしまう説得力だ。ヤマギシ関連だとあの人本当にどこにでも出て来るしな。そら二人以上居るんじゃないかと言われてもおかしくないか。

 

「シャーロットさん、逆に1時間以上寝るともう元気が余り過ぎて大変って言ってたしね……」

「お前とはまた別のデメリットのある特性だな……」

「余った時間であの人ひたすら自分用のコスチューム作ってるんだって。コミックは全部読んだから」

「……一花先生」

 

 助けを求めるように妹に声をかけるも妹はこちらを見てはくれなかった。一人じゃどうにもならないんですが。ねぇ、こっちを見てくれよマイシスター!



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第百五十二話 渡米

今週もありがとうございました。
来週もよろしくお願いします!

誤字修正。アンヘル☆様、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


「じゃあ、行ってくる」

「うん。私も冬休みに一回そっちに行くからね!」

『その時はぜひ連絡して下さい。迎えに行きます』

「来ないで、どうぞ」

 

 荷物を抱えた俺とウィルの見送りに恭二と沙織ちゃん、それに一花が来てくれた。勿論各自が変身を使っている。このメンバーが空港にいたりしたら大変な騒ぎになっちまうからな。

 

「じゃあ、気を付けてな」

「おう。そっちは頼んだぜ」

 

 ごつん、と恭二と互いの拳を打ち付ける。俺とウィル、それに今回はケイティも諸事情あって奥多摩から暫く離れる為、ヤマギシチームは一度再編成をする事になった。

 指揮官としては御神苗さんが担当し、恭二をメイン、サブを沙織ちゃん、その二人と御神苗さんを一花とデビッドが支える形になる。

 

 5人編成になる為、ある程度の安全マージンが取れる場所にしか潜れないが……すでに対策が出来ている31層までなら特に問題は無いだろう。

 

「兄貴がな」

「ん?」

「近々、戻ってくるかもしれない」

「……本人が、そう言ったのか?」

 

 恭二はその言葉に少しこちらを向いた後に、静かに頷いた。

 

「……そうか。なら、戻って来た時は初期メンバーで一潜りするか」

「ああ……そうなると良いな」

 

 互いに笑みを浮かべて、もう一度拳を打ち合わせる。今度は先程より少し強く。俺とウィルは後ろを振り返りながら手を振って、暫しの別れを告げて空港のラウンジへと向かう。アメリカへ行こう。

 

 

 

『はぁいイチロー、元気にしてた?』

『イッチ、久しぶり!』

「帰って良いかな」

『落ち着いて。食べられはしないから』

 

 食われるわけねぇだろうが、とウィルに蹴りを入れて向き直る。ジェイとイヴは二人並んでニコやかな表情を浮かべてこちらに手を振っている。

 互いの足を踏み合おうと足元が修羅場ってるのは見ない方が良いんだろう。周りに迷惑をかけていないだけなんぼかマシだろうしな。

 

 二人と隣り合わせに座るのだけは勘弁してほしいと頼み込み、二人組はそれぞれ前後の席に。こちらはウィルと二人並んで椅子に座る事になる。この二人は並ぶと極端に反発しあうから、間に入った方がなんぼかマシなんだ……

 

『やぁ、イチローにウィル。待っていたよ』

『よろしくお願いします』

 

 ニューヨークのマーブルビルでスタンさんと合流。送迎の為に来ていたジェイとイヴはこのまま解散でも良いんだが、二人ともそのまま居座るつもりらしくバチバチと視線を戦わせながら俺達の後ろについている。

 スタンさんが苦笑してるけどこれ放置していい……いいんですか、わかりました。

 

『この娘達も馬鹿じゃないさ。ここで暴れたりしたらどうなるかは分かって着いてきてる筈だよ』

『はぁ……』

『ちなみに彼女達を信じてるんじゃなくてブラス家とジャクソン家を信用して言ってるんだ。一度問題を起こした二人をあの二家が問題ないとしてここに寄越したんだ。つまり、もう問題はないって事になるんだよ』

 

 ね? とばかりにスタンさんが背後に立つ二人に声をかけると、二人共表情を固くしながらも深く頷いた。

 

『アメリカのセレブってのはね。それ相応の理由を持ってセレブって階層に居るんだ。君もこれからは否応なしに彼らと付き合う事になるだろうけど、決して彼らを見縊ってはいけない』

『……はい』

『うん。老婆心ながらの忠告だ……そこの二人は手出しさえしなければ君に不利益になる事はしないだろうから、彼女達に上流階級との付き合い方を学ぶといい。ただし、手出しすれば即ゴールインだよ』

『肝に銘じておきます』

 

 スタンさんはその返事にニヤリと笑って肩を叩いてくる。多分この人の事だからめちゃめちゃ楽しんでるんだろうな。

 

『楽しいさ。ここまで生きた甲斐があった』

『心を読まないでくれます?』

『君のその顔を見れば分かるよ。君のそれはある種の才能だが、隣でフォローしてくれる者が必要だろうね。君の妹さんは実に得難い人材だ。大事にしてあげなさい』

『……ええと、その……はい。そんなに分かりやすいですか?』

『私には文字が書いているように見えるよ、多分他の人間にも。裏表の無い性格だからこそ君はこれだけ慕われているのかもしれないな』

 

 苦笑混じりにそう言われて思わず顔に手を当てる。そんな俺の様子にスタンさんは大きな声をあげて笑い始めた。

 

 

 

『よう、MS。遅かったじゃないか』

『撮影が終わるかとヒヤヒヤしてたぜ』

 

 撮影所に入ると、それに気が付いた俳優達が次々に声を掛けてきた。あ、ちょっ、社長首! 首締まってるからそれ!

 

 何故か盛大に体中を平手で歓迎された俺達は、苦笑を浮かべる監督の元へと他の俳優達に押し出されるように連れてこられる。

 

『ようこそMS。すまないがここだとスパイディと被るからな。終始MSと呼ばせてもらうよ』

『了解です。ええと、ボス』

『ジョンで良い。頼むぜ、ヒーロー』

 

 監督が差し出した手を握り返す。すると、周囲の俳優達からドッと歓声が上がり拍手が巻き起こる。

 

 何がなんだか分からずに戸惑っていると、トントン、と肩を叩かれ、振り返ると視界一杯に広がる白いナニかが。

 

 べシャリと顔に叩きつけられたそれに何が起きたのか分からずにフリーズしていると、二発目、三発目と顔や頭にナニカが当たる。

 

 口元から感じる仄かな甘さ。

 ……これクリームパイだ。

 

『歓迎するぜ!』

『こっちもだ!』

 

 視界を急いで確保すると撮影現場は突発的なパイ投げ大会になっていた。俺だけではなく、ウィルや何故かジェイとイヴまでパイ投げの的になっているし、投げ合っているニンゲン同士でもパイをぶつけ合っている。

 

 なるほど、理解した。全員ぶっ飛ばす。

 

 補充係のスタッフからパイを受け取り、祭りの中へと足を進める。ヒーローの力、見せてやろうじゃないか!



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第百五十三話 スパイディvsウィラード

※重要な連絡※
GW中は何日か完全に執筆時間が取れない日があるので、休載する日があります。
取り敢えず明日は更新ありません。皆様良いGWを。
ぱちぱちは勿論仕事です(白目)
むしろ普段より忙しい……

誤字修正。KUKA様、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


『ぐっ』

 

 飛んできたウェブに足を取られ、速度が落ちるのを感じたアイアンマンは咄嗟にエネルギーシールドを展開し、連続でぶつけられる火炎球を防ぐ。

 

『厄介な物だ……魔法とは!』

『こちらもお忘れなく』

 

 背後から響いた声に咄嗟に振り返ったアイアンマンの視界に、大上段に構えた刀を振り下ろさんとするウィラードの姿があった。発光する刀のエネルギーにこれが自身を傷つけえると判断したトニー・スタークは咄嗟に身を庇おうとし右腕を振り上げ――

 

『おっと、君の相手はこっちだ!』

 

 横合いから伸びてきた蜘蛛の糸に救われることになる。

 腕をからめとられたウィラードを引っ張ってスパイダーマンはビルの合間を跳躍する。未知の戦術を持ったこのコンビを一緒に戦わせたら不味い。彼はそう判断を下し、一先ずの分断を試みた。1対1であればアイアンマンはそう易々と落ちないという信頼もあった。

 

 しかし、一つ誤算もある。

 

『って、熱っ』

 

 背後から連射される炎弾が身をかする。ウィラードを拘束していたウェブが燃えて消えたのを感じたスパイダーマンはすぐさまウェブを近くの建物に張り付け、緊急回避を行った。

 1対1に分断したとしても、魔法の万能性は損なわれる事がないのだ。

 

『ちょ、熱っ、待って待って周りが大火事になっちゃうよ!』

『あ……なら水で行こうか』

 

 大声を上げて抗議の声を上げると、ウィラードは少し考えた後に右手をかざし……その右手から高圧水流が放射されスパイダーマンへと襲い掛かる。軽々とウェブを引きちぎる水流の威力に絶句しながらもピーター・パーカーはウィラードから所々漂う素人臭さに違和感を感じながら戦闘を行う。

 

 彼らは明らかに自分と同じだ。戦い馴れていない。いや、おそらく自分よりも戦いの経験はあるだろうが……そう。人と戦い馴れていない。スタークさんなら気付いている筈だ。そのスタークさんがあっちを攻め切れていない。何かがある。それだけは間違いない。

 

 高圧水流の雨から逃れながらピーター・パーカーはその何かを見つけようと行動を開始した。

 

 

 

 録画された画像をスタッフ一同が流している。彼らはただ無言で……自分たちが撮影した映像を何度も何度も見ていた。

 

『これは……』

 

 不意に一人が口を開く。撮影班のスタッフで、年かさのベテランの一人だった。最初の復讐者たちを撮影した時から複数回ロケに参加している人物で、今回の撮影でもその知識を生かしてスタッフのまとめ役の一人を担っている。

 

『これは、本当にCGを使わずに行われた映像なのか?』

『それは、撮影した自分が一番良く分かっているだろう……マーク』

 

 彼の独り言のような呟きに、監督が答える。監督の言葉にマークと呼ばれた男性はただ何度か頷いて、その様子を監督はじっと眺めていた。

 

『彼はね。CGを活かした撮影の専門家なんだ』

『という事は、これまでの復讐者達の?』

『ああ。CGによる演出は全て彼が指揮していた。勿論今回もそのつもりだったんだろうね。つい先程までは……』

 

 会議室の中は重苦しい沈黙に包まれており、何がなんだか良く分からずに出されたジュースをチビリチビリと舐めていた俺に、スタンさんはそっと耳打ちをして事情を教えてくれた。

 

『勿論企画当初はそのつもりだったよ。実際に彼の技術は素晴らしいからね。僕らの期待に答えて素晴らしい映像にしあげてくれただろう……』

『企画当初は、ですか』

『そう。魔法が映像に転用できるとはっきり分かるまでは、ね』

 

 もっと言えば君の動画が世に出回るまでかな、とスタンさんは付け足して言葉にし、マークさんに視線を戻す。

 

 魔法によって、何もかもがよくなった訳ではない。彼のように今まで培ってきた技術が最先端から転がり落ちたり、陳腐化した人も多いだろう。

 

 現在、復讐者たちの映像演出にはジャンさんの意見がかなり多く取り入れられている。彼は魔法による演出の第一人者に等しい人物で、本人も大概の魔法は使用できるからな。

 

 アメリカでは冒険者はまだまだ希少な存在で、その殆どが臨時冒険者への対応にあたっている為、魔法が使える人物はそれだけで貴重な存在だ。

 

 映像編集の仕事も任されている為何でも彼がやる訳ではないが、大道具を動かす時にウェイトロスを使ったり、ワイヤーアクションを行う時にバリアとウォールランを行ったり、スパイダーマンにエドゥヒーションを行ったりと細かい部分でもガンガン魔法を使えるため、特にCGを用いなくてもまるで本物のスパイダーマンが壁をよじ登ったり、アイアンマンが空を飛んでいるような映像が撮れたのだ。

 

 勿論CGの仕事が完全に無くなるわけではない。細かい部分の修正や、アイアンマンのギミック等はやはりCGを使った方が派手な映像を見る事はできる。

 

 だから監督も彼の質問に真摯に答えたのだろう。決して蔑ろにする気はないのだから。

 

『だが……今後魔法による演出や撮影はドンドン増えていくだろうね』

 

 撮影スタッフ達から目を逸らさずにスタンさんはそう零した。

 

 まず、純粋に予算が全然違うらしい。何せセットを作る際に重機を持ち込まなくても重い物を運べるというのは非常に大きいらしいし、土台の重量を引き上げると安定感が増すという事も今回のロケで分かったそうだ。

 

 セットを作る為の予算が非常に少なくなり、また、仮に撮影中に破損したとしても修理も容易に行えるのだそうだ。建材の重さを調整出来るというのは、それだけ凄い事なんだとか。

 

 次に爆薬などがほぼ魔法で代用できるようになり、ファイアボールの応用で役者に当たらないように爆発を任意のタイミングで起こしたり、実際に雷をサンダーボルトで表現したりできた為、かなり派手なアクションを予算もかけずに行う事が出来るようになった。

 

 そして何よりも安全になった。撮影現場では事故は当然起こり得るし安全確保の為に予算をかけるのはこれもまた当然の事だが、その常識をバリアとフロートが覆した。今回のアイアンマンスーツにはフロートが一部のパーツに付与されており、今まで以上に空中戦が自然な形で表現できるようになったそうだ。

 

 しかも、殆どスタントなしで。

 

 当然先程のバトルシーンも殆どがワイヤーアクションと魔法による演出で、アイアンマンの飛行シーンにCGの手直しが後から入る位で、他は全てCGなしの映像だ。

 

 こっちのスパイディの代わりにウェブをくっつけたのも実は俺だったりする。変身でそこだけ代わりになったんだよね。

 

 そんな事を考えているうちに俺とスタンさんの視線の先で、マークさんと監督が固く握手を交わしている。

 

『折り合いをつけられたか。安心したよ』

『ええ。撮影は楽しく終わらせたいですからね』

 

 二人の握手に周囲から控えめな拍手が贈られる。皆固唾を呑んで成り行きを見守っていたのだろう。安堵したような空気を感じる。

 

 スタンさんに倣って俺も控えめな拍手を贈っておこう。俺達が魔法を広めた以上、その結果割を食った人と出会う事もこれからは増えていくだろう。今回の出来事はよく覚えておかなければいけないな。



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第百五十四話 懐かしい人たち

やっと書きあがりました。GW中は書きあがり次第投稿する形でやります

明日も更新出来るか分かりません(白目)



『今回の奴は自信作なんだ! きっと君の奥の奥まで測定してくれるよ』

『言い方怖いんですがそれは……おい、これはタダの測定機だよな? なぁ、兄ちゃん!』

 

 世界冒険者協会の本部に顔を出してくれと言われていたので所要のついでに顔を出すと、いきなり変人兄ちゃんに絡まれた。久しぶりに会ったので挨拶をしたのが運の尽きというか、いきなり研究室に連れ込まれ、やたらと仰々しい形の台座の前に立たさる羽目になる。

 

 俺の抗議の声を無視するように変人兄ちゃんはヘヘヘ、と笑いながら俺の右手を手の形に窪んだ台座の上に乗せて固定するように専用のベルトを巻きつける。

 

 観念して大人しく右腕の力を抜くと、程なくやたらとごてごて色々ついたパソコンっぽい何かが動き始め、設置されたディスプレイに数字が現れ始めた。

 

『………来た。来たぞ、来た!』

『おお、凄い勢いでカウンターが』

『理論上は判定出来ない数字はない筈なんだ! ブラス家の長男と次女二人を併せた魔力量でも問題なかった!』

 

 自信満々に変人兄ちゃんが叫ぶ。自信満々にもなるだけあるな、あの二人を纏めてってのは凄い。二人共教官免許持ちの一線級の冒険者だぞ。

 因みにあの二人のそれぞれの魔力量は忙しくて余り潜れていないジョシュさんが2万で、最近はライバルに勝つ為に鍛え直しているらしいジェイが6万だそうだ。

 

 となるとほぼ毎日ダンジョンに入っていた俺は10万位は超えてるのかな、とのんびりカウンターの数字を眺めていたらあっさりと10万を突破。

 

 おお? と兄ちゃんと二人でカウンターを見ているとそのまま桁をもう一つ突破し、150万を超えた所で計算が止まる。

 

『………』

『……………流石は僕の機械。今までの10倍以上の数字でも対応出来た』

『いや、そこから?』

 

 うんうんと頷く兄ちゃんに思わずそう声をかけると、すっと目をそらされた。あ、その対応はちょっと心に来るものがある。そうか、150万か……これ他のヤマギシチームどうなってるんだろうな。

 

『一度、向こうに跳んで調べてみるのも良いかな……そうだ。出来れば君の左手でも測定させてもらえないかな』

『あ、はい』

 

 そう言えば俺の右手は純粋な魔力の塊だし、差が出るかもしれない。比べて見るのも必要だろう。

 先程と同じようにごてごてとした機械がついたパソコンっぽい何かが動き出し、バチバチと何かを算出していく。ディスプレイの数字は先程と同じような速さで加算されていき、最終的には80万近くで止まった。

 

『………非常に興味深いね。このデータは使わせてもらっても良いかな』

 

 目を爛々と輝かせた変人兄ちゃんの言葉にどうぞ、と答えを返す。勿論日本にも、というか世界中の冒険者協会にはこの結果を通知するという事だったので特に否やはない。

 このデータが魔法技術の発展に役立つなら是非そうして欲しい。

 

 

 

「やぁ、鈴木君久しぶりだね!」

「ども、お久しぶりです」

 

 世界冒険者協会に顔を出した際に日本冒険者協会の支部にも顔を出す。支部の人は以前日本で冒険者協会の立ち上げに尽力していた人で、世界冒険者協会が発足した際に米国にも担当が必要だという事で駐在員的な扱いでこちらに来た人だ。

 

「一人身だとこういうの押し付けられちゃうからね……鈴木君も早めに身を固めた方が良いよ?」

「自分の場合はまた色々あるんで……」

「ああ……」

 

 そう言葉にすると苦笑されてしまう。というのもジェイやイヴの暴走とそれに巻き込まれたヤマギシ本社の話は結構噂になっているらしい。どちらもアメリカでは有数の冒険者の為、米国冒険者協会と同じ建物に入っている世界冒険者協会ではあっという間に話が広まったそうだ。

 

「まぁジェイちゃんは前々から君にアピールしてたのは知ってたから古参の協会員としてはジェイちゃんを応援してるんだけどね。モテる男は辛いね?」

「この後ブラス家に行くんで……その辺りは触れないでください……」

「……ごめんね?」

 

 この、この、と肘でつつかれるが死んだ声でしか返事が返せない。俺の様子に流石に不憫だと思ったのか支部の人は苦笑を浮かべておやつ代わりに買っていたというビーフジャーキーをくれた。許す。

 

 日本の協会から渡してほしいと言われていた書類を彼に渡して別れ、今度は米国冒険者協会の部屋へと向かう。今日はケイティと合流し、その後にブラス家に向かう予定なのだ。

 

「おっす、ケイティ」

「イチロー! おっす!」

 

 案内された部屋に入るとやたらと豪勢な椅子に座ったケイティとその前で青い顔でソファに座る白人のオジさんが居る。邪魔かな? と一瞬ドアの辺りで躊躇するが、ケイティも表情が明るいしオジさんなんか天の助けみたいな顔で俺を見て来たのでついそのまま中に入り込んでしまった。

 

 状況が分からずにキョロキョロしてるとケイティがテーブルの反対側の椅子を勧めて来たのでそちらに座る。

 

『それで、どうした?』

『実は、少し困ったことがありまして……イチロー、この後の予定はウチの家に行くだけで終わりですか?』

 

 念のために翻訳を使ってケイティに尋ねると、気まずそうな表情を浮かべてケイティが予定を確認してくる。大体知ってるパターンだ。この後は厄介事なんだよな。

 

 眉を寄せて小さく頷くと、こちらが思っていることを予測したのだろう。ケイティが非常に申し訳なさそうな顔を浮かべて頼みごとを口にした。

 

『その……このお礼はいずれ必ず行いますので、一緒にダンジョンに潜って貰えませんか?』

『……いや、それ位なら問題ないけど……メンバーは?』

『私と今すぐにジョシュとジェイ、それにウィルも呼びます。後は………プレジデントです』

『この話は無かったという事で』

『待って! お願いですから!』

 

 すっと椅子から立ち上がった俺を誰が責められるというのだろうか。勿論参加は断り切れませんでしたがね(白目)



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第百五十五話 続・懐かしい人たち

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


『やぁ、スパイディ。いや、今はマジックスパイディだったね。今日はよろしく頼む』

『あ、はい。よろしくお願いします』

 

 にこやかな表情を浮かべた黒人の男性と握手を交わす。大統領閣下と直接会うのは二度目だけど、前に会った時よりも明らかに若くなってる。

 

『君達の発見したアンチエイジング効果のお陰で体力が戻ってきたんだ。お陰で家族の為に時間を割く余裕も出来た。とても感謝しているよ』

 

 俺の視線に気付いたのだろう、大統領閣下はそう言って照れくさそうに笑う。家族仲が良好なようで何よりである。

 

 テキサスにあるブラス家所有のダンジョン前は常にない物々しい警戒態勢を敷かれている。一国の首脳、しかもアメリカ合衆国の大統領が居るんだから当然と言えば当然だろう。

 

 現地はある種のセレモニーのような状態だ。何でも今回は大統領自身が初めてのダンジョンアタックに臨むという非常に大きな意味のある式典になるらしい。

 

 この式典によって米国はダンジョンという存在に対して真剣に向き合うという事と、場合によっては大統領自身が陣頭に立つ事も辞さないという意志を諸外国に対して示す狙いがあるそうだが。

 

『それ、外国人の俺が居ていいんですかね』

『頼む、今回はむしろ居てくれ』

 

 マスクに隠れて目を白黒させながらボヤく俺にジョシュさんが笑顔を浮かべたまま絞り出すように必死の声で語りかけてくる。いや、そう言われてもねぇ。大統領にもそりゃ護衛はつくとは思ってたけど。俺としてはむしろ俺の代わりに彼らをチームに入れた方が良いんじゃないかなって思うんだがね。

 

 そう思いながら視線を動かし、演説を行う大統領に目を向ける。彼の両隣に立つのは男女二人の軍人……それはとても見知った相手だった。ジュリア・ドナッティとベンジャミン・バートン。かつてはヤマギシで研修を行い一緒に切磋琢磨したまごう事なき元ヤマギシチームのメンバー二人。

 

 ヤマギシで培った技術を米軍にフィードバックする為に別れたかつての仲間の姿につい頬が緩むのを感じる。あれから日にちが経っているとはいえ間違いなく一線級の冒険者二人だ。こちらが見ていることに気付いたのかベンさんがウィンクをしてくる。その姿に変わってないなぁと感じながら軽く頷いて返事を返す。

 

 とんだ厄介事だと思ったが、これは恭二たちに良い土産話が出来そうだ。

 

 

 

『モンスター!ビッグバットです』

『うむ、私がフロントに立とう』

 

 槍を手にした大統領の言葉にすっと前衛がスペースを空ける。その構えは堂に入った物で、突きまでの動作もよどみなく行われている。この様子なら特に手助けはいらないだろうが、一応上空を飛ぶ大コウモリにウェブをぶつけて叩き落すといったサポートを行う。

 

『テンキュー、スパイディ!』

 

 落ちてきたコウモリを大統領が薙ぎ払いで切り飛ばし、コウモリは煙のように消えて魔石が転がってきた。大統領の初討伐成功だ。護衛の軍人・冒険者混合パーティが拍手をし、その様子を専属のカメラでとる。大統領は倒したモンスターの魔石をにっこりと笑って拾い上げた。

 

 成程、確かにこれは凄い効果があるだろう。感心しながら合衆国政府の思惑について考えを巡らせる。

 

『大統領、次でボスの部屋です。ボスはゴブリン。武器を使います』

『オーケー。だがこちらの方がリーチが長いしこの槍は強力だ。それに頼りになる護衛も居る。止まる理由は無い』

『イエス、サー』

 

 ベンさんと大統領の会話が耳に入る。今回のダンジョンアタックでは大統領の側には常にベンさんやジュリアさんが控えている。護衛という意味なら、この階層ならあの二人では十分を通り越して過剰戦力だ。そこに冒険者協会側の戦力……護衛チームが必要だとは思わないんだけど。

 

 まぁこっちもカカシではないからな。向こうの二人と同格の冒険者がこちらには居るんだ。邪魔にならないように適度にサポートをしているが……時折こちらを見る二人の表情は決して悪い物ではないからこちらを貶めるような事ではないと思うが、どうにも蚊帳の外に置かれているような感触がある。

 

 この催しの意味は理解したがどうにも腑に落ちない何かがある。まるで予定していなかった事が起こっているような何かが。

 

「……イチローが居て、良かったデス」

「後で話、教えてくれよ?」

 

 ボソリ、と呟いたケイティの言葉に俺がそう返すと、ケイティは少しだけ眉を寄せてから頷いた。

 

 

 

 その後は特に何事もなくダンジョンアタックは進み、5層に到達した所で終了。疲れた体にヒールをかけてもらった大統領は無事にヒールを覚え、「これで暗殺者に狙われても安心だ」と微妙に笑えないブラックジョークを放った後に「すまない、君達が守ってくれるのも含めてだよ」と慌てたように護衛チームに言葉を付け足していた。

 

『ありがとうMS。今日は一生の思い出になる。娘に自慢できるよ……あと、これにサインをくれないか』

『あ、はい』

 

 もう書き慣れてしまったサインを渡し、最後にもう一度握手をして大統領は去っていった。とりあえず今日はこれでお役御免という事か。

 

「イチローさん、コッチ来てる知ってマシタが、ビックリです。今度、メールしマス」

「実は近いうちにお会いしたかったんです。また後日改めて」

 

 ベンさんとジュリアさんが別れ際にそう言って握手を求めてきたのでそれに応じ、現在の彼らの配属先等を確認してまた会う約束を取り付ける。撮影の方は各俳優のスケジュール合わせで撮影日がマチマチだから、他に仕事が無い俺は結構暇なんだ。会いに行く位は都合を付けられるからね。

 

 さて。二人と別れた後に、俺はブラス家とついでにウィルが待つブラス家の屋敷へとやってきた。

 流石にいきなり大統領の護衛なんぞやらされたんだ。事情を知らない訳にもいかないしな……でもあんまり関わりたくない内容だろうなぁ……等と考えながら、ブラス家の家令に案内されて応接間の方へ行くと、そこには驚くべき人物がのんびりとジュースを飲む姿が。

 

「……お前何してんの」

「そっちこそ。俺達はさっき到着したばかりだけど」

「さっき? 俺達?」

「うん。本当は2日前に着く予定だったんだけどさ。便が欠航しちまってよ。他のメンバーは荷物置いたらすぐに来るよ。俺は収納に入れてある」

 

 のほほんとした表情で「驚かせる予定だったのになぁ」と語る恭二の姿と、その向かいに座ったケイティの姿。ケイティの気まずそうな表情。

 

 大体この辺りで事情が呑み込めてきた俺は、決して恭二が悪いわけではなかったがとりあえず脛に蹴りを入れておいた。ヤマギシチームの代役をやらされたんだ。この程度の意趣返しは許されるだろう?



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第百五十六話 ヒヤリハット

土日は更新ありません。

細かく修正。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


『今回は急な依頼をして申し訳なかった』

『あの、もう良いので。事情は分かりましたから』

 

 ブラス老から直接頭を下げられるという珍しい事態に面食らった俺は、謝罪を受け取って一先ず矛を収める。周囲には数週間ぶりに会うヤマギシの面子。冒険者チームは元より社長と真一さんまで来ている、本当にヤマギシをほぼ代表するメンバーだ。

 

 今回の騒動、何というか、本当に間が悪いのと運が悪いのと人的ミスが重なった珍事だった。やはりと言うか本当はヤマギシチームで大統領の護衛にあたる予定で、恭二達は元々今度出来るブラス家の病院の開院式典に出る為に、本来であれば2日前にアメリカに渡ってくる予定だった。因みにこれは俺に連絡は来てない。サプライズのつもりだったらしい。

 

 恭二達が来る事は俺以外の冒険者協会の関係者は知っていたらしい。それをどこからか嗅ぎ付けたのか、今回の式典に合わせて来訪する大統領の護衛としてヤマギシチームと一緒にダンジョンに入るのはどうかと話が上がったのだ。

 

 これに対して協会側も急な話ではヤマギシチームに負担を強いるかもしれないと渋っていたのだが、政府側の担当者が今後の関係的にも大統領がダンジョンに入るのは必要なプロセスであると主張。実際にその通りなので協会側も拒否出来ずに一度ヤマギシチームに伺いを立てて了承が得られれば、と答えたらしい。

 

 協会側はそれとなくヤマギシに打診し、VIPの護衛をお願いしたいと依頼。ヤマギシ側もそれを了承したのだが、この時双方にとって予想外な事が起きた。

 

 季節外れの台風で、ヤマギシチームの到着が2日も遅れてしまった事だ。しかも、その連絡が伝達ミスでケイティに伝わるまでに時間が掛かり、気付けば当日になっていたという……最後のミスが無ければここまでバタつく事も無かったのだが。

 

『事情が事情だけに、私達もヤマギシも慌てふためきました。最悪はヤマギシチームが誰も居ないのに私とウィルの二人が表に立つ事になるかと……』

『そんな時にたまたまテキサスに来てた俺が顔を出したと。なるほど』

『という訳で俺は蹴られ損な訳だが』

『黙ってた罰だ。ここに来るまで意味もわからずに大統領の護衛やらやらされてたんだぞ、こっちは』

 

 ブーたれる恭二にこちらも文句をつけておく。一番悪いのは伝達をミスった人なんだが、この人もな。今年高校を卒業したばかりの子でまだ研修期間中。

 

 通常はそれほど重要性のないヤマギシとの連絡要員として(基本はケイティごしにやり取りをするから仕事が少ない)働いている子だから、いきなり来た緊急の連絡を管轄違いの部署に流してしまい、あわや大惨事という状態になる所だった。

 

「というか、最初からケイティに連絡入れれば良かったんじゃね?」

「まず、俺達は一度Uターンする羽目になって連絡が取れなかった。シャーロットさんも一緒に来てるし鈴木の小父さんも国外に出てたから、ケイティの連絡先が分かる奴がほとんど奥多摩に居なかったんだ。それにウチの本社で留守番してる奴もまだ入社一年目の事務員なんだよ」

 

 俺の疑問に真一さんがそう答える。その彼も世界冒険者協会に連絡を取った以上は大丈夫だろうと思っていたらしい。たまたま御神苗さんがウィルと連絡を取っていなければヤマギシが遅れる事も伝わらなかった可能性があった。

 

 今回、社長までテキサスに来ていて、ヤマギシの本社には国内の渉外担当者の下原の小父さん小母さんと、テストの為に日本に残っている一花ぐらいしか居なかった。

 

 ほぼ責任者の立場になる下原の小父さん達は多忙で対応出来ないし、そもそもまだ高校生の一花はダンジョン関連以外は基本的に会社の仕事にはタッチしないし、そもそも勉強で忙しい。

 

 成程。その状況で俺が現れたらそりゃあのおじさんも天の助けみたいな顔になるわけだ。俺は言ってみればヤマギシチームの広告塔みたいなもんだしな。それにウィルと俺がコンビをよく組むのは周知の事実だし、ケイティが加わっていれば最低限の面目は立つと。

 

 そこまで考えてため息をつく。無事に終わったとはいえ今回の事は一歩間違えば大惨事の事態だった。やっぱり新しい組織って事もあってヤマギシも世界冒険者協会もどこか人材不足が見え隠れしてるな。今回は何とかなったがこれ再発とかされても責任取れんぞ。また都合よく俺が居るとは限らないんだから。多分、その辺はケイティも理解できてるんだろう。終始顔色が優れない。

 

『今回の恩をブラス家は決して忘れない。明日の式典まで精一杯の心づくしを用意したから楽しんでいってくれ』

『そういう事なら遠慮なく』

 

 明らかに目いっぱい豪華な食事の山がどんどん並べられていくので、俺は気分良く食事を楽しむことにする。何だかんだでケイティや世界冒険者協会にはお世話になっているし、悪意が無いならただのミスだ。何時までも引っ張って気まずい関係で居る方こそ俺にとっては嫌な事だからな。こんだけ盛大に労ってくれるんだし、俺にとってはそれでいい。それに悪い事ばかりではなかったからな。

 

「そういえばよ。ジュリアさんとベンさんに会ったぞ。ついさっき」

「は?」

「何日くらいいるんだ? 一緒に会いに行こうぜ」

 

 目を点にして驚く恭二にニヤニヤと笑いながらそう尋ねる。偶然とはいえ昔の仲間に会えた分、俺にとって今回の騒動はプラス収支って所だな。組織の問題点も見えて来たし……ケイティの手腕に期待って所かね。



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第百五十七話 ブラスコ・マジック・メディカルセンター

先週はゴタゴタして申し訳ありません。
今週もよろしくお願いします。

誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


 何回か参加してるけど、式典ってのはどうも苦手だ。ただじっと待つのが性に合わないという事もあるが、何よりも周りの人達が年配の偉そうな人が多いのに、その中一人だけタイツスーツでやたらめったら目立つのが嫌なんだよ。

 

 今着けてる蜘蛛柄のスーツはスタンさんの誕生パーティーの際に着けたものと同じようなデザインで、誕生パーティーの時の物よりも少し大人し目の印象を与える色合いになっている。しかし、周りが黒を基調にしたり灰色や茶色のスーツ等であるのに対して一人だけ赤やら蜘蛛の巣柄やらしていればまぁ目立つ。

 

 当然の様に演説している人物よりもこちらにカメラが向いた時はちょっと反応に困るんだが、演説してる人がそれを見て苦笑したり演説中のネタにしたりしてくるから止めるに止めれない。「私の演説に疲れた時は左を見てくれ。元気になる」ってそこ俺ぇ! 

 

 ブラック・ジョークのつもりだろうけど俺だけ笑えないからね! マスクしてるから見えないかもしれないけどさ!

 

「流石に大統領の時はみんな大統領を見てるな」

「ここでこっち見てる奴が居たらそいつ何しに来てるんだよ」

 

 小声で下らない話をしていると、大統領の演説が終了。会場内はスタンディングオベーションで大統領に拍手を贈る。勿論俺達も立ち上がって拍手を贈る。

 

 

 

 今回の病院開院はアメリカにとっても大きな意味がある。日本の後追いでアメリカの魔法技術は発展しているが、病院関連、つまり医療分野での魔法の活用に関して、アメリカは日本とほぼ同じ時期に専門機関を造る事が出来たからだ。

 

 大統領はダンジョンの発展と魔法技術の発展は国策としていく事を発表。これも当然の話で、米国では現在、国民の一割近くが何らかの形で魔力を得ており、その恩恵に預かっている。魔力持ちは富裕層に行くほど多く……むしろ富裕層で魔石によるアンチエイジングを行っていない人は殆ど居ないと言っていい。

 

 彼らは安定した魔石とドロップ品の供給を望んでいる。また、人によっては実際にダンジョンに入ってモンスターと戦う事を好む人も居るらしい。そういう人は何と、さっさとレベル10以上になってゴーレムを相手に狩りを楽しんでいるのだとか。

 

「モチロン、本当に一部だけデース。大抵のセレブは魔石オンリーデス」

「やっぱり自前で取りに行く猛者は少ないんだな」

「ええ。日本よりもダンジョンの数こそ多いですが、アメリカはその分冒険者も分散されるので……強いチームを組みにくいという問題もあります」

 

 ベンさんの言葉にうなづいて返すと、そこにジュリアさんの捕捉が入る。まぁ、最強の冒険者二人が日本に入り浸ってるしね。ウィルの方をガン見するとそっと目を背けたので自覚はあるらしい。恭二狙いのケイティは兎も角お前は実家が苦手で国外に逃げてるんだよな。今の所の気持ちを正直に言ってください、ほら。

 

『協会に迷惑かけなければとっくに縁切ってるよ。僕のコレクション……あの後NYに避難させる為にアパートの1部屋を買い取って専用の家にしたんだ。どれだけ苦労したか……』

「その苦労を母国の冒険者育成に向けなさい」

『ちゃんと撮影が空いた日は、2種冒険者候補の育成に協力してるよ……休日もない状況だ』

「その2種冒険者候補ってお前の仲間内(愛すべき馬鹿共)の事か?」

『ああ、そうとも呼ばれているね』

 

 俺の言葉に白々しくウィルが笑い声をあげる。この野郎、全然堪えてないな。

 

「そいえばキョージさん。実は今日は、お願いあって来まシタ」

「お、お願い? なんです一体」

「実ハ、私とジュリアは来年にハ退役しようト思ってマース」

「それで、その。ヤマギシに入社できないかと」

「マジですか!?」

 

 ベンさんの言葉にジュリアさんが付け足すと、周囲でランチを共にしていた仲間達の驚きの声が広がる。

 

「私達は今、非常に焦っています。御神苗さんや昭夫君という後発の冒険者たちに追い付かれ、追い越されている事に」

「ドンドン差、つけられテル。デモ、軍に居てハ冒険者に専念、難しイ。僕たちモ元ヤマギシチームメンバー、誇りアリマス」

「二人で何度か話し合って……それに日本の浩二さんや美佐も同じ考えでした」

「あの二人も……それは、正直嬉しいです。ヤマギシはいつだって皆を歓迎しますよ!」

 

 恭二の嬉しそうな声にベンさんとジュリアさんが安心したように顔を見合わせる。この二人レベルならどこに行っても大歓迎されると思うんだがな。

 実際、今ケイティとウィルが口をパクパクしてるし。

 

『ベン、いえミスター・バートン。待遇について、一度詳しく』 

『申し訳ありませんが……私にとって、またヤマギシチームに加われる事は望外の喜びですので』

『ジュ、ミス・ドナッティは……』

『……その、申し訳ありません』

 

 英語で引き止め工作にかかるケイティに苦笑いを浮かべながら、二人は丁寧な口調でその申し出を断った。

 

『そんな……また一線級の冒険者が日本に……』

「日本に入り浸ってる冒険者は多いからな……例えば」

 

 嘆くケイティにそう応じるとさっと彼女は目をそらした。ウィルと全く同じ反応か。君も自覚はあるんだね。

 

 ケイティはもう少しアメリカの方に居ても良いんじゃないかと思うんだが、大きな訓練とかはどうしても奥多摩を使うからな。ケイティはしょうがない面もある。実務をケイティに頼ってるウィルには情状酌量の余地はないが。

 

「浩二さんや美佐さんもか。久しぶりだなぁ」

「日本に帰ったらよろしく伝えといてくれ」

 

 俺は暫く帰れそうにないしな。しかし、これでうまいこと行けば初期チームのメンバーが全員ヤマギシに戻ってくるのか。

 こいつはサクッと撮影を終わらせて早く日本に帰らないと……一人だけ仲間外れは嫌だからな!



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第百五十八話 キャップとの戦い

誤字修正。244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


『あの時の……スパイダー坊やか? いや、しかし』

 

 木々の間を抜けながら高速で飛来する黒い影。襲い来るウェブの嵐から身を隠しながらキャプテン・アメリカは独りごちる。トニーが連れてきた少年を思い出し、しかし明らかに雑なその攻撃に疑問を持つ。キャプテンの盾を奪い取ったあの時よりも明らかに精度が落ちている。

 

 戦士としての経験がキャプテンに違和感を与えていた。何か、狙いがあるのか、いや、しかし……数瞬の間キャプテンの思考が敵の狙いへとそれる。だが、それを見透かしたかのように周囲に乱雑に撃ち込まれた蜘蛛の巣が、一斉にキャプテンに向かって飛び掛かった。

 

『うぉおお!』

『獲った』

 

 周囲に打ち込まれた蜘蛛の巣はまるで追尾する様に全周囲からキャプテンに襲い掛かる。それを操作する蜘蛛の姿を模した何かは確信をそのマスクの口元を歪め、そして驚愕の声を上げた。

 

『! 糸が、一斉に』

 

 だが、キャプテンに襲い掛かる筈の蜘蛛の巣は全て何か見えない力によって巻き取られていく。サイコキネシス、しかも強力な。これは、報告にあったものだ。つまり相手は……

 

『スカーレット・ウィッチ!』

『スティーブ、今のうちに!』

『しまっ……』

 

 一瞬気を取られた隙に投げつけられた盾が小柄な敵対者を強襲し、腹部を強打。数mほど吹き飛ばす事に成功する……手ごたえはあった。少なくとも無視できないダメージは与えている。そう確信したキャプテンは、しかし次に目にした光景に『馬鹿な』と小さく呟いた。

 

 右腕から雷をまとった蜘蛛の巣を垂らしながら、まるでダメージが無いかのように立ち上がった彼。体格が良く分からないぶかぶかの黒い道着のようなものを着て、頭はすっぽりと黒いマスクで覆われていた。そして、特徴的な全身に走る黄色い雷状の蜘蛛の巣。

 

『……お前は、誰だ』

『マジック・スパイダー。アンタを捕まえに来た』

 

 驚くほどに若い声で、キャプテンの問いにその男は答えを返す。そして、画面を雷鳴が覆い尽くした。

 

 

 

「悪役やってるね!」

「悪役だな」

「見事に悪役だね」

 

 一花、恭二、沙織ちゃんの順に一言。ありがとう、お前らの言葉、心に突き刺さったよ。

 

 撮影所を見たいっていう要望に応えてわざわざスタンさん経由で許可貰って、その上まだ編集もされてない出来たてほやほやの動画を見せたのにな。友達甲斐のない連中と妹である。

 

「私はもう関係者だよ? ちゃんと声優さんの声、変えてあるんだから」

「ん? 一花も撮影の手伝いやってるのか?」

「うん。吹き替えの声優さんは私が変声かけてあげるんだよ」

「ああ……本当に器用だな一花は」

 

 自分の声を変えるのは少し魔法を囓れば何とかなるんだが。それは恭二も同じなようで感心したように何度も頷いている。

 

 今回の撮影では、一花は役者として出る事はない代わりに、こういった細かい部分に魔法を使って手助けをしてくれている。変な特性よりもこの器用さこそが一花の持ち味だよな。後は教育か。

 

「まぁ、私も程良い小遣い稼ぎになるし学校も公休くれたしね。課題は大量に出てるけど教室でキャーキャー言われながら勉強するより数百倍マシだよ!」

「……よしよし」

「もっと。もっと慰めて。私のこの心の闇を晴らすには目一杯甘やかされるしかないんだから」

 

 苦労している我が妹の頭を撫でてやるが、死んだ魚のような目で全然足りないと言われてしまった。俺一人の兄力じゃまるで足りないのだろう。ならばこちらも本腰を入れるしかない。

 

「恭二、沙織ちゃん。手を貸してくれ!」

「おぅ!」

「もちろん」

「は? え、ちょ」

 

 という訳でこちらは近所の兄貴分と姉貴分を加えたジェット褒め殺しアタックを仕掛けるぜ。俺を踏み台にしても更なる兄姉が褒め倒す。この鉄壁の布陣、崩せるものなら崩してみるがいい!

 

 

『何やってんの君ら』

「お、お疲れ様。そっちも今日の分は終了か?」

『ああ。ってマスタァァァァ! いつこちらに? 言ってもらえれば撮影をサボってでもお迎えに』

「来んな馬鹿☆」

 

 黒い道着を着たウィルが休憩所代わりにしているジャンさんの作業場にやってきた。そして大体予想通りの反応を返したので出会い頭に一花の膝蹴りが炸裂。吹き飛ぶと機材が壊れる可能性があるので腕を掴んでおく。

 

「というか毎回お前も懲りないね」

『つい、その……忠誠心がだね』

「高校2年生に使う単語じゃないよ!」

 

 恭二の言葉にウィルがそう返し、思わずといった表情で一花が半歩下がりながら呟いた。マスター教徒はなぁ。

 

『アメリカにマスターが来てるなんて会報で知らせないと! ゴメン、今から忙しくなるからまた後で!』

「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!」

「こっちでやるから少し落ち着け」

 

 走り去ろうとしたウィルに背中からスパイダーウェブが襲い掛かる。映画みたいにホーミング性能は無いがパワータイプのウィルでも拘束出来る強度はある。

 

 一度捕まえたら後はタコ殴り(主に一花によるもの)でウィルを説得し、一花がアメリカを離れた後になら会報とやらに載せてもいいという事でウィルも納得。

 

 だが、代わりに会報用の写真を撮るという名目と、騒ぎを聞き付けた女優陣により一花は着せ替え人形にされて写真撮影会が始まる。

 

 俺? もちろんこの流れで俺まで着せ替えされては困るので一花がキャーキャー言われている内に恭二や沙織ちゃんと一緒に撮影所から脱出したよ。

 

 皆の分の甘い物を買って帰ったら撮影後の女優陣からは褒めてもらえたしハグまでしてくれた。一花からは脛を蹴られたがな。ケーキを気に入ってくれて良かった。



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第百五十九話 宣伝

誤字修正。244様、アンヘル☆様、鋸草様、kuzuchi様ありがとうございます!


 知名度ってのはとても重要な要素なんだ。等とスタンさんが言い出した瞬間に嫌な予感はしていた。スパイディに変身した際のセンスとはまた別の、歴戦の動画投稿者としての勘という奴だろうか。こいつは碌な事にならないと分かった時、左の脇腹が痛くなるのだ。

 

 おなか痛いんで、とその場を立ち去ろうとする俺の右肩を恭二が掴み、何か言う前に俺の体をリザレクションの光が包み込む。

 

「痛みは消えたか?」

「ああ、ありがとう。爽快な気分だよ」

『よし話は着いたな。じゃあ、早速行こうか。宣伝の時間だ』

 

 という訳で俺はフォーマルな場所ではもうこれで来てくれとよく言われるスパイダーフォーマルを身に纏い、拘束要員兼演出要員として恭二、後なぜか着飾って死んだ顔で俺達の背後についてくる一花を引き連れて豪華な黒塗りの車に乗ってどこかのTV局へとやってきた。

 

 局へリムジンで乗り付けるシーンから全て撮影が始まっているらしく、何とか再起動したドレス姿の一花の手を取り、いつもの様子でにこやかに笑いながらフラッシュの中を歩くスタンさんに連れられて局内へと入る。恭二? 変身してSPに成りすましてるよ。俺もその手を使えばよかった。

 

『いや、君にそれをやられたら困るよ? 今回のメインは君なんだから』

『勘弁して下さい』

『ほら、スマイルスマイル。マスクで見えないだろうけど!』

 

 それは笑う意味があるんだろうか?

 

 

 

 オークの群れ。しかも一人一人が魔法を扱うその軍勢がワシントンを襲う。何故か科学の知識を持った彼らはボディアーマーを身に纏い、銃を持ち、そして人間よりも頑強な肉体を持っていた。瞬く間に蹴散らされていく米軍。破壊されるホワイトハウス。

 

 屋上に靡く旗に豪奢な鎧を着たオークが手をかけ……そして横合いから飛んできた蜘蛛の糸に絡めとられ、屋根の上に張り付けられたところにまた飛んできた『雷を帯びた』ウェブに絡めとられ全身を痺れさせることとなる。

 

『うん?』

『あれ?』

 

 スタッ、とホワイトハウスの屋上に二人の人影が降り立つ。

 

『ええと、ええ?』

 

 赤と青を基調にした、蜘蛛柄のタイツスーツを着た男は驚いたように頭を掻いたり辺りをキョロキョロと見渡し。

 

『……あ、どうも』

 

 対して手作りの蜘蛛の巣のようなマスクをつけた少年らしき人物はパーカーを被りなおしてペコリ、と頭を下げる。

 

 

 

 暗くなった画面にマーブルプレゼンツ、MAGICSPYDERの文字が広がる。視聴者として今回呼ばれた観客からはスタンディングオベーションを受ける。

 

 いやぁ、それにしても凄いよね。今回も本家スパイダーマン以外は他のヒーローの情報が全然出てきてないのにめちゃめちゃ面白そうな映画の予告になってる。

 

『いやぁ、素晴らしい予告でしたね』

『あ、どうも』

 

 司会者らしい白髪の叔父さんがペラペラとどれだけ映画の動きやリアリティが凄かったかを語ってくれている。今回用意した予告編のシーンは前半と後半の繋ぎ合わせみたいな物で、間に入った他のヒーローとのバトルは抜いた物で構成されている。

 

 本来の激闘部分を使わなくてもこれだけ派手な部分を用意して最後にオチまでつけてみせた脚本担当と演出の働きには脱帽だ。

 

『所でMS。そろそろ隣のキュートなガールも紹介が必要じゃないかな?』

『ああ、そうですね。今回の映画で特殊演出を担当してます、俺の妹の』

『イチカ・スズキです。日本から来ました』

『それは存じてますよ』

 

 イチカの言葉にHAHAHAとアメリカのホームドラマとかでよくある感じの笑い声が起きる。オーディエンスが本当にHAHAHA笑いしてて少しびっくりした。あれってスタッフが後から入れる物だと思ってた。

 

『しかし、その年齢で特殊演出という事は、やはり魔法の?』

『ええ。イチカは魔法教育では冒険者協会でもかなり優秀と評価されてまして、今回ヒーロー達への魔法の指導と、爆発や爆炎の演出を行っています』

『高校生だから冬の間だけですが』

『なるほど。この抜擢はスタン氏が?』

『ああ。彼女の魔法は必ず必要だと……』

 

 スタンさんがいつものトークを始める。終始ニコニコとやり取りをする姿に流石はスマイル・リードと呼ばれるだけはあるなぁと感心していたら、いつの間にかまたこちらに話が飛んできた。ええと、はい。ちょっと天井に張り付いて見せれば良いんですね、わかりました……

 

 

 

 あそこで今までで一番の歓声が来たんだけど。番宣的に良いんだろうか。

 

『良いの良いの。今は明らかに君の話題が一番ホットなんだから』

『それで良いんですか』

『それとこれとは別だからね。今日の番組はね、米国でも中々敷居が高い番組なんだが、君の名前がチラリと出ただけで凄い食い付きだったよ。これで次回以降もあそこで宣伝をお願い出来る』

 

 スタンさんはそうほくそ笑むと、運転手に一言声をかける。さて、もう昼時だしどこかで飯でも行くのかな。

 

『次の局は食堂が良くてね。普段宣伝で御世話になってる所だから味は期待してて良いよ』

『……おかわりですか』

『ああ、あと2回はあるよ』

 

 食べ比べでもしてみると良いと笑うスタンさんに乾いた笑い声で答える。一花が死んだ目をしている理由はこれか。

 

『……食事、美味しいと良いな』

『そうだねお兄ちゃん。もうヤケだわ』

 

 この後兄と妹でめちゃめちゃどか食いした。個人的にはスタンさんが勧めるだけあり、二軒目の局の食堂は美味しかった。それだけが救いである。



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第百六十話 共闘

誤字修正。244様、あんころ(餅)様ありがとうございます!


『……俺達を騙したんですね』

『騙したわけじゃない。ちゃんと研究だってしている……ただ、人類の為にゲートを有効活用する道が正しいと思っただけだ』

『外の、あれが?』

 

 オフィサーと呼ばれていた男はハジメの言葉にそう言っていつもの微笑みを浮かべる。外にはオークたちの手によって作り出された巨大な建造物の姿がある。オークスタンプと呼ばれたその巨大な破壊槌の目標は……富士山。

 

『富士の火口の奥深く。時の天皇により封印された月の民の秘術……不老不死の呪法は人類の夢だよ、ハジメ君』

『そんな事はどうだって良い……俺の妹を、どこへやった』

『彼女はオークの皇帝に見出されたよ。あれほどの魔法適性……人類とオークの間の懸け橋に相応しい。君もオーク族の皇帝の義兄となるのだから相応の……それは悪手だな』

 

 右腕を伸ばしてウェブを発射しようとするハジメにオフィサーは小さく笑って首を横に振った。打ち出されようとしたウェブは突如消え……そして先程まであった筈の右腕が消える。驚愕に目を見開くハジメの体を、彼の着ている道着が覆い、拘束する。

 

『君の魔法は非常に強力だ。君の妹さんの魔法適性は君以上だが、殊戦闘能力という点で君を上回ることは無いだろう……魔法が使えればね』

『……』

『ああ、もう言葉も出せないか。すまない、少し拘束力が強すぎたみたいだな……対魔法使い用の拘束着もうまく動いたようだし、君は暫くそこで大人しくしていたまえ。妹さんの晴れ舞台に君を呼べないのは残念だが……君が選んだことだ。連れていけ』

 

 オフィサーの指示を聞き、数名のパワードスーツを着た男がハジメを荷物の様に抱えて部屋を後にする。それを見届けた男は静かにくつくつと笑い声を部屋に響かせ……そして突如起きた爆音に笑いを途絶えさせる。

 

 部屋を揺らすように爆音は1度、2度、3度と響き、建物が大きく揺れる。身をかがませたオフィサーは机にしがみつくようにして揺れに耐え、そして4度目……吹き飛んだ自分の部屋のドアを咄嗟に転がる事で回避し、床に倒れ込む。

 

『な、なんだ! 何が、何が起きた』

『あー、その。だな』

 

 よろよろと立ち上がったオフィサーの視界に入ってきたのは、赤い装甲服を着た人物と赤い皮膚を持った男……そして、先ほど拘束した筈の、道着を失い肌着だけになった少年の姿だった。

 

『ノックをしたんだが随分とドアがオンボロでね』

『少し伺いたい事がある。この少年と貴方の関係。そして外の建造物について』

 

 彼ら二人……いや、三人の視線を受けて、オフィサーはごくりと喉を鳴らし……緊急脱出用のゲート発生装置に手をかけ……その手にハジメから飛んだ糸が絡みつく。

 

『妹はどこだ。オフィサー……質問はまだ終わってないぞ』

 

 

 

「何か緊迫のシーンだな」

「緊迫のシーンだからな」

 

 ぼりぼりとポップコーンを食べながらのコメントにそう返す。舞台は後半の初め……MSが復讐者達と共闘を始める場面だ。

 

「この場面に行くまでに社長、キャップ、スパイディ、スカーレットウィッチ、ヴィジョン。それにアントマンと交戦。全員のデータ集めやって……社長とスパイダーマンは国連管理下なんだろ? なんで戦ったんだ?」

「実は復讐者達というよりもMSとウィラードのデータ、魔法の戦闘能力の測定って意味合いがあったんだ。だから指示のあった相手と戦ってデータ集め、ついでに上手く拘束できれば御の字くらいの指示しか出されてない。ヴィジョンにはほぼ負けてるし、他も結局決着つかずだろ。MS側も復讐者達側も殺す気は欠片もないからそんな結果に収まったんだな」

「ほー」

「オフィサーからすればそれで良いんだ。少なくともつい1年前まで完全な素人だった子供が、超一線級の超人相手に戦えるって事が判明したから。彼はこの誰でも使える可能性のある魔法という存在を隠匿して出来れば自分の手中に収めたかった。だからゲートを閉じる気は無いし、そのゲートの先にあるオークの帝国とは仲良く付き合ってゲートの安定化を図りたい。その近隣に居れば魔力の波動を受けて魔法に目覚めるって代物だからな」

 

 そして周囲を囲って魔力の恩恵を閉じ込め、自身の子飼いの人間に魔力を纏わせて戦力化。最終的には大きな予算もかからずにスーパーヒーロー並の戦闘能力を持った軍隊を手に入れる、という目論見だった。オーク軍は見せ札といざという時の備えであり、これだけの戦力をたかが小娘一人の犠牲で手に入れられるなら御の字、というわけだ。

 

「成程、悪役らしい悪役だな。こいつ本当に国連職員なのか?」

「そこは本当。国連側には復讐者達の分裂等を見て彼らのカウンターになる存在が必要なんじゃないかって報告してる。要はMSとウィラードはアンチ復讐者達って枠組みで雇われてるわけだ。ふたを開けたら全然違ったわけだけど」

 

 国連からの予算を使ってオフィサーは魔法という新しい技術の研究とその制御法の研究に予算を使ったわけだ。そして、実際それは結構な成果を上げた。復讐者達と違ってゲート由来の魔法は魔法さえ発動させなければただの人と変わらない。今回のMSの様に着ているスーツに仕掛けを施したりすれば拘束も難しくない為、制御も管理もしやすい。だからこそオフィサーの野心に火が付いたともいえるんだがな。

 

「オチはもう出来てるのか?」

「ああ。撮影も殆ど終わってる。後は細かく撮り直してる部分と……公開日当日、開始と共にネットに流される最後のPVの撮影だな」

 

 公開日までずっと嘘予告で居続けた映画って多分この世で初なんじゃないだろうか。まぁ、スタンさんがイケると判断したんだし大丈夫だろう。



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第百六十一話 MS()クランクアップ

今週もお疲れさまでした。
来週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様ありがとうございます!


【馬鹿ナ。ゲートヲ!】

『仕組み自体は単純な物だ。少年、それに妹さんも手伝いなさい』

『はい!』

『わかり、ました!』

 

 噴火を始めようとした富士の火口。突き立てられたオークスタンプの根元でドクター・ストレンジとハジメとハナが魔法の光を走らせる。ゲートは広がりながら富士の火口を下り、ドンドン奥深くまで移動していく。

 

『噴火のエネルギーを全てゲートの向こうへ飛ばす。自分の行動のツケは自身で払うべきだ』

【ヤメロォォォ!】

『お前の相手は僕だと言っている!』

 

 オークの王が吠えながら月の民の秘宝を掲げようとするが、その右腕をウィラードの刀が捉えた。切り飛ばされる右腕、不死の力によりすぐさま再生が始まるが、炎を纏った魔剣は切断した瞬間にその部分を焼き焦がす。そして取り落とされた月の民の秘宝はスパイダーマンの糸に絡めとられ、彼の手に渡る。

 

 そして、衝撃。地鳴りのような音がすると周囲が揺れ動き、強靭な足腰をした超人たちですら立てない程の揺れが富士山火口を襲い……やがて消えていく。吹き飛ばされると身構えていた周囲の人間たちは自身がマグマの海の中に居るわけではないと知り、安堵の表情を浮かべる。そんな中、ただ一人……オークの王はガクリ、と膝をついた。

 

 あのゲートの先には彼の王国がある。彼の故郷が、あの先にあるのだ。

 

【我ガ国……我ガ民が……】

『……お前が選んだ選択だ。あのゲートが開いた時、もしもお前達が友好的に接触を図ってきていたなら……僕達は戦う必要すらなかったかもしれないのに』

【……オノレェ、下等種族ガァァア!】

『……本当に、残念だ』

 

 月の民の秘宝により手に入れた不死はすでにその手にない。だが再生した右腕と全盛期を取り戻した肉体を持った彼は変わらず最強のオークの王であった。本来の得物ではないが腰に帯びた剣を抜き去り、ウィラードに襲い掛かる。

 

 だが、振り上げた刃がウィラードに襲い掛かることは無かった。

 二つの方向から同時に発射された蜘蛛の糸が、一つはオーク王の右腕を巻き上げ、もう一つの蜘蛛の糸がオーク王の足を地面に縫い付ける。

 

『ウィラード、ありがとう。本当に……君のお陰で俺はここまで来れた』

『言うなよ。友達じゃないか……友達は助け合うものだろ』

 

 ウィラードの側にパーカーを着た黒髪の少年がスタっと音を立てて降り立つ。彼はウィラードの肩にポン、と手を置くと、万感の思いを込めて感謝の言葉を口にした。その言葉にふっ、と笑みを返してウィラードは肩をすくめる。

 

『仲が良いようで羨ましいや。友達は大事にしないとね、スタークさん』

『……う、む。そう……だな』

 

 そんな様子を眺めながら、少し離れた位置に全身を赤と青を基調としたタイツスーツで覆った男と、赤い装甲服を身に付けた男が降り立った。彼らの様子に装甲服を着た男――アイアンマンは少し言いよどんだが、タイツスーツの男――スパイダーマンはそれに気づくことなく彼らを羨ましがる。

 

『さて……よう、うちの妹が随分とお世話になったみたいじゃないか』

 

 パーカーを着た少年はポケットからマスクを取り出しながらそうオーク王に声をかけた。歯ぎしりするような彼の表情を眺めながら、ゆっくりと頭にマスクを被る。手作りのチャチなマスクだ。ただ顔を見えにくくするために作ったものだった。今では自分の一部の様に感じるそのマスクをつけた時、ハジメはただのハジメではなくなる。

 

【魔法使イノ小童メが】

『違う。俺は小童じゃない』

 

 マスクを付けた後に、パーカーのフードを被り直し、両手をポケットに突っ込む。コキリと首を鳴らしてハジメだった男はオーク王に向かって言い放つ。

 

『俺はマジック・スパイダー。アンタを倒しに来た』

 

 最後の戦いが今、始まる。

 

 

 

『俺はマジック・スパイダー。アンタを倒しに来た』

「ヤ メ ロ」

 

 クランクアップを祝う宴の最中。唐突に翻訳魔法付きでそう言い放った恭二に膝蹴りをかます。周囲は大爆笑である。しかもご丁寧に変声まで使いやがって。隣でジュース飲んでたハナちゃん役のアイドルの子が凄い噴き出してるじゃないか。

 

『いやぁ、ほら。俺も最近20層までしか潜れてなくて暇だし』

『まぁ、そうだろうけどな。でも結構2種免許保持者が増えたんだろ?』

 

 諸事情あって日本からとんぼ返りしてきた恭二は今、アメリカの冒険者協会から丁重な扱いを受けて二種冒険者の数の底上げを行っている。今日本でやってる教官キャンプの卒業生がそろそろ帰ってくるから、彼らの補佐役と来年度の教官候補者の育成が恭二の主な仕事だ。

 

『そこら辺はほら。マスターが居たからさ。やっぱスゲーわ……あの効率は俺には真似できんな』

『ああ……あとそろそろその変声やめろ。自分と話してるみたいで違和感がすごい』

 

 この現場を見てない人から見たら俺が一人で延々としゃべってるみたいになるじゃねぇか。後スパイディ笑いすぎ。これ頼むからインスタに流さないでくれよ?

 

『よう、MS。そっちで友達と遊んでないでこっちにも来いよ。後マスターはどうした?』

『そうよMS。次の映画までお別れなんだしこっちで一緒に話しましょう。所でマスターの姿が見えないけど』

『イチカは学生なんでもう国に帰りました……知ってるでしょうに』

 

 キャップとウィッチさんが壁の華になっていた俺達に声をかけてくれる。ウィルの奴はこういう時セレブ出身だからか知り合いが結構いて問題ないんだが、俺はどうにもこういうパーティーだと落ち着かないんだよな。やっぱり周囲が大人ばかりってのもあると思う。

 

「あの、お二人は何て……?」

「ああ、こっちに混ざらないかって。あ、翻訳切れてるんですね。ちょい待ってください」

 

 ハナちゃん役の女の子が二人の言葉に首をかしげていたので、恭二が彼女に翻訳をかけ直した。器用な奴は他人にも翻訳がかけられてうらやましいものだ。1、2時間くらいしか持続できないらしいが、もうこの宴の間は切れる事もないだろう。

 

 因みにこの子は一花の学校の後輩らしく、日本の方で殆ど出番が終わっていたので撮影への参加も冬休みに入ってから。最後のシーン辺りに出る為に一花と一緒に渡米してきた。クランクアップまで参加する予定だったので、明日明後日には帰る予定だ。

 

 彼女とは数少ない日本人同士の上に共通の知り合いが居たので、結構撮影中に仲良くなれた気がする。学校内の一花の様子も知れたし、彼女――松井 花ちゃんとの出会いは今回の撮影で一番の収穫だったかもしれない。

 

『本当にイチローさんにはお世話になって……私、一生の思い出になると思います』

『いや、また映画で共演もありそうだし。帰りの便も一緒だろ? 妹共々コンゴトモヨロシク』

 

 彼女には学校での一花の様子を教えてくれと頼み込んでいる。何だかんだ上手くやってるとは花ちゃんの言葉なのだが、この娘も一花の影響を受けちゃってるみたいだけど割と感情の制御が上手くて慕ってる以上の表現もしてこないし。

 

 一度日本に戻ったらダンジョン研修に連れて行こうかね。初代様も見込みがありそうな子は紹介してくれって言ってたし。アイドル業ってどんなものか分からんけどスタンさんが見出したって事はそれなりに素質はあると思うしね。

 

 まぁ、どちらにしても……

 

『ヘイMS。どっちの糸が早いか勝負と行こうぜ』

『OKスパイディ。もうアンタの時代は終わったと教えてあげますよ』

 

 今は俺が作ったウェブシューターで遊んでる俳優達に冒険者としての力を見せつけるのが先だ。魔力で糸を出すから暫くしたら消えるからって奴らは暴れ過ぎた。俺の食べ物を巻き取った罪を数えてもらおうか。



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第百六十二話 MSの評判

今週もよろしくお願いします!

今回は以前要望のあった形式を行ってみました。
上手くできているかはわかりませんが楽しんでいただければありがたいです!


【MAGIC SPIDER総合スレ 263】

 

1名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 このスレではMAGIC SPIDERのコミック・映画について纏めて取り扱っています。

 現在好評連載中のMAGIC SPIDERシリーズ及び今春公開予定の映画『MAGIC SPIDER』について語りましょう!

 

========== 注意事項 ==========

 ●MAGIC SPIDERご本人様こと鈴木一郎氏の他動画シリーズについての話題はスレ違。

  イッチ総合スレ4720  http://鈴木一郎/***/~

  マーブル総合スレ162  http://マーブル/+++/~

  ライダー魔法隊応援スレ3420  http://ライダー魔法/%%%/~

  ロックマンイッチ総合スレ873  http://ロックマンイッチ/###/~

  ミギーと喋りたいスレ2208  http://ミギーと喋りたい/$$$/~

 

 ●次スレは>>950が宣言後立てる。無理なら代理人を指名すること。

 

 ●sage推奨。

 

 ●荒らしは通報。マスターの悲劇を再び起こす奴は遠慮なく。

 

 前スレ http://魔法蜘蛛/&&&/~

 

2名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>1乙

 

3名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>1乙。ニューヨークに行きたいかー!

 俺は行きたい(願望)

 

4名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 誰もがそう思ったことをありがとう。大人しく奥多摩に引っ越そうぜ

 

5名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>4

 最近クソみたいな上がり幅で地価が上がってるんですがそれは

 

6名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 東京民の俺が通りますよっと。

 

7名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 東京でも場所によっては地の果てって位遠い気がする。

 電車乗り継ぎで行けるのは羨ましいけど。

 

8名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 そろそろスレ違だぞ。

 因みに俺は青梅民。撮影現場まで行ったけどイッチには会えなかった。

 でもマスターとヒロイン役の子がお茶してるのを見かけて3日位寝れなかった

 

9名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>8

 お前だけは絶対に許さん。画像はよ

 

10名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>8

 じわじわとなぶり殺しにされたくなければ画像はよ

 

11名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 マスターはプライベート撮影嫌って言われたから。ただヒロインちゃんはOK貰ったしサインももらえたからそれなら

 つ【ヒロインちゃん画像】【サイン画像】

 

12名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>11

 お幾ら万円でしょうか。

 言い値を出すんで両方売ってくだちい

 

13名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>12

 家宝にするんで売れません。二人ともすっごく可愛かった。

 

14名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 所でマスターってイッチの妹ちゃんだよね。

 お人形みたいな凄いかわいい子なのに何でマスターって呼ばれてるの?

 

15名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>14

 つ【マスター信者のマスター信者によるマスターへの愛の捧げ場所日本語版(直リンク)】

 

16名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>15

 何回見てもパワーがありすぎて草。乗ってる名簿のリストに各国の代表冒険者が勢ぞろいしてるし。

 

17名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 マスターは通ってる高校でも似た様な感じで敬われてるらしいゾ!

 多分リアルにギルガメッシュ並のカリスマが出てるんじゃないかと疑ってる。

 

18名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>15

 なんだこれ! なんだこれ!

 

19名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 マスター信者の愛の伝道所だよ。ウィラード役の俳優が立ち上げたマスターの弟子たちによって構成された互助組織だ。

 

20名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>19

 ウィリアムは俳優じゃない。現アメリカ最強の冒険者だよ。イッチの親友だからMSの相方として映画に出てるだけで本業冒険者だ。

 

21名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>19

 ウィリアムが出てる動画纏め見てこい。めっちゃ面白い愛すべき馬鹿だから

 つ【ウィリアム動画まとめ(直リンク)】

 

22名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 愛の伝道所は誇張が多いからあんまり信用ならんけど。

 他の冒険者や昭夫ライダーのツブヤイターを見るにマスターは個性派の筆頭みたいな兄貴と違って凄い堅実なタイプの冒険者で、魔法を人に教えるのも抜群に上手いらしい。だからついたあだ名がマスター(師範)な。

 

23名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 こんな可愛い女の子をマスターって呼んで崇めたてる世の大人共。

 

24名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 そんな事を言ってた大人もマスターの指導を受けてマスター組に入ったんだよなぁ。

 つ【とある警察官の変遷 教習前(魚拓)教習後(魚拓)】

 

25名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>24

 手のひらクルックルやな

 

 

以下100を超えるまでマスターの話題

 

 

129名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 おれは しょうきに もどった

 

130名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 毎回マスター関連はスレの消費が早すぎる。

 このロリコンどもめ!

 

131名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 スレが立って2時間も経っていないんだが。

 

132名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 そろそろ話題をMSに向けようぜ。

 イッチは今アメリカだっけか

 

133名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>132

 うむ。昨日も元気にニューヨークでパーカーにスパイダーマスク付けて歩いてたみたいだ

 【昨日放送されたとあるニュース】

 

134名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>133

 見逃してた見てくる

 

135名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 完全にこのスタイルが確立したみたいね。本家とは差別化を図るんだっけ

 

136名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 見てきた。イッチマジイッチ。ちょっとニューヨーク飛んでくる

 

137名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 マーブルもスパイディとマジックスパイダーは差別化するつもりみたいね

 

138名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 >>136

 落ち着け。イッチは近々帰ってくるんだぞ。ヒロイン役の子のツブヤイターを見ろ

 

139名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 マジか。マジだ。

 

140名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 撮影自体はもう終わったらしいからな。来月の試写会の時にはまた渡米するらしいが

 

141名無しの魔法蜘蛛  20××/○○/△△

 東京でスパイディ・イン・トーキョーやってくれねぇかなぁ……

 

 

以下のんべんだらりとした会話の流れ。

 

 

 

「こいつら全員ぬっころす」

「落ち着けマスター」

 

 帰国した俺を待っていたのは狂乱する妹の姿だった。愛の伝道所の直リンクを踏んで精神的に大ダメージを負った妹は時たま発作を起こすが、俺達は今日も元気です。

 

「こら、一花。二郎ちゃんの前であんまり汚い言葉を使わないで」

「あ、ごめんごめん」

 

 最近生まれた我が家のブラザーを胸に抱きながら、母さんは一花の言葉遣いを窘める。生まれた日には間に合わなかったが、ようやくうちの次男坊に会う事が出来た。一花の時はほとんど覚えてないが、赤ん坊の頃の一花にそっくりな子らしい。二郎か……ラーメン好きな子になりそうだな。大きくなったら色んな店に食べ歩きで連れて行ってやるか。

 

「来月の試写会は限定試写会になるんだってね」

「スタンさん本気で公開日まで秘密にする気なんだねぇ」

 

 我が家全員にあてて送られた限定試写会の招待状に、父さんが苦笑を浮かべながらそう言った。流石に生まれたばかりの二郎が居る以上父さんも母さんも参加出来ないし、こっちの2枚は恭二と沙織ちゃんにでも渡すか。

 

「あ、そうだお兄ちゃん」

「うん?」

「明日の昼から。真一さんがダンジョンに入ろうって」

 

 何事も無いようにそう言った一花の姿に一瞬虚を突かれ、そして思わず一花の顔を見る。

 一花の顔は満面の笑みを浮かべていた。その笑顔に、俺は疑問の余地もなくその言葉を信じる事が出来た。

 恭二から話は聞いていた。期待もしていたし、信じても居た。だが、それが確定しただけでこんなにも嬉しいなんて。

 

「真一さん……おかえりなさい」

 

 その場には居ない人物に思わず語り掛ける失態を犯してしまったが、仕方のない事だろう。




これ疲れるのと文字数が大幅に多くなる不具合。
評判が良ければまたやるかもしれませんが頻繁には無理ですねw


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第百六十三話 真一さんの復帰

ようやく自分の中で折り合いがついたみたいです。

誤字修正。ハクオロ様、KUKA様、244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


「……」

「おい……頼む。無言で涙ぐむのをやめてくれよ」

 

 ボディアーマーを着た真一さんの姿に思わず立ち止まってほろりと来たのだが、その姿が罪悪感をわかせてしまうらしい。真一さんは顔を背けて、「悪かったな」と呟いた。

 

「全然かまわないよ兄貴。さ、指示を頼むぜ。このまま40層まで行っちまうか」

「行かねぇよ馬鹿たれ」

「いてっ」

 

 普段の1.5倍位元気な恭二を真一さんが小突く。懐かしいと感じる光景だった。まだ1年も経ってないんだがなぁ。

 

「おかえりなさい」

「……ああ。ただいま」

 

 目元をぬぐって右手を差し出す。真一さんは少しだけばつが悪そうに苦笑を浮かべてその右手を握りしめた。

 

 

 

「浩二さんと美佐さんは4月になったら来てくれるらしい」

「ベンさん達も4月までにはって言ってたから、そうなるとまたチーム分けが難しくなるな」

 

 31層。メンバーは真一さんをリーダーに恭二、俺のツートップ、中に真一さん、そして後ろを沙織ちゃん、シャーロットさん、一花で固める、初期チームでは一番オーソドックスなスタイルだ。

 

 久しぶりの深部探索なので完全に対策が出来ているバジリスク相手にチームの慣らしを行いながら、これからのチーム分けについての会話を交わす。バジリスクはその視線にさえ気を付ければ正直怖い相手じゃない。実際出会ってサンダーボルトで問題なく対応できるし、奴らの速度ならこのメンバーで対応できない者は居ない。

 

「恭二、次の交差点、頭を見せずに中にフレイムインフェルノを打ち込め。一郎は恭二の魔法の後に広場に入れ」

「了解です。魔法越しでも石化が飛んでくるかの確認ですか?」

「ああ。見えない波がぶつかってきたイメージがあったらそれだ。前々から試したかったが機会が無かったからな」

 

 まぁ、対策が出来過ぎていて特に苦労する場面が無いので途中からはこんな風にデータ集めに切り替わったんだがな。開発陣にも所属している真一さんはやはり発想や想定する場面が多いらしく、戦闘前に色々な注文を付けてくる。特にバジリスクの視線のような魔法は実際には目で見る事が出来ない物だから色々知りたいらしい。

 

「個人的にはこう、魔眼ってのも興味があるんだよな」

「……恭二のそれは魔眼じゃないのか?」

「いや、何か鑑定っぽいのは出来るけど魔眼とは別なんだよな」

 

 こまめに左目が赤くなってるんで何かと思ったらそれ鑑定だったんかい。

 

「ちょっと待て。初耳だぞ、おい」

「いや、言うタイミングが無くて。下手な時に言ったら一郎みたいに悪目立ちするかなって」

 

 家族である真一さんも知らなかったらしく、慌てたように恭二に問いただす。あ、真一さんは知ってると思ったけどそちらにも言っていなかったのか。てっきりどっかのヒーローみたいに目からビームが出るから止められてると思ったんだが。

 

「もしもしケイティ? デカいニュースがある」

「ダンジョンで電話は繋がらないだろうが」

「それはそうとして俺の悪目立ちって最初期の筈だろ?」

「まぁ、その。うん」

 

 グッと恭二の首に手を回して締め上げる。この野郎、そんな能力があるのに3年も隠してたのかい。

 

 文字通り締め上げた後に恭二に能力の詳細を吐かせると、最初は収納した物のレベルというか、熟練度的な物が見える程度だったらしい。

 

 それが、魔力が上がる内に少しづつ、少しづつ見える範囲が広がり、今では魔力を帯びた物の簡単な判定が出来る様になったのだとか。

 

「熟練度的な物ってどんな?」

「刀とか長持ちしてるのあるだろ。俺が今使ってるのは今+12位かな。多分普通の刀より切れ味良くなってると思う」

「+で性能が上がってくんだ……どれ位変わるのかチェックだね」

「ああ。まさか冒険者に戻って最初の発見が弟のだとは思わなかったぞ」

 

 一花がメモ帳に書き込みながらそう呟き、それに頷くように真一さんが返した。何となく隠そうとしてるのは知ってたからそのまま聞かずに居たのだが、もっと早くに確認しておけば良かったかもしれない。

 

 これは戻ったらまたデカい騒ぎになりそうだ。何せ恭二の特性はその圧倒的なセンスだと思われてたんだからな。それが蓋を開ければ魔法や魔力を帯びた物品を調べる目だった、と。

 

 本当にケイティに連絡を入れたい。アメリカから飛んで来かねないぞ、これは。

 

「ねぇ、真一さん。チェックしたい項目ってまだある?」

「うん? いや、取り敢えず最低限必要なデータは揃った、かな」

「なら、もう良いよね。サソリ」

 

 一花がその名を口にした瞬間、真一さんの顔が強張るのを感じた。真一さんが一時リタイアした原因、重力を操る大サソリは、未だに真一さんの心に影を残している。

 

 だが、これを突破しない事には真一さんの完全復帰は有り得ない。心に影を残したままより深く潜る事は出来ないのだから。

 

「今日は、サソリを一体狩ったら帰る。だよね?」

「……ああ。調べる事も出来たし、そう、だな」

「一人で。戦うんだよね?」

 

 一花の険しい表情に真一さんが一瞬だけ口ごもる。この一人で戦うというのは、真一さんが口にした言葉だ。

 

 始めてオークにぶっ飛ばされた時も真一さんは一対一でオークを倒しその恐怖を克服した。

 

 なら、サソリにも、と真一さんは冒険に出る前に全員の前で宣言をしたのだ。そして、一花はそれに対して反対意見を口にした。

 

 危なくなればすぐに助けに入る。その事だけは念押しして、俺達は先へと進む。

 

「真一さん」

「……何だ?」

「サソリって食べられるらしいですね」

「……クッ。今度専門店でも行くか」

 

 少し気負ってる風に見えたのでそそっと真一さんに近寄り小さくそう呟くと、真一さんが苦笑してそう答える。そうそう、食ってやる位の気持ちで挑まないとね。

 

 なお、結果は全く問題のない戦いぶりで真一さんが大サソリを退治して終わった。対策さえしてれば後は尻尾が怖い位だからな。それよりも専門店を調べる方が大事だ。真一さんは捕まえたし恭二も連れて行こう。



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第百六十四話 魔眼騒動と真一さん()

誤字修正。244様ありがとうございます!


『イマすぐそっち行きマス!』

「お、おう」

 

 真一さんのカムバックも無事に終わり、ダンジョンから脱出した俺達は早速今回取れたデータを開発班にフィードバックした。開発班は今回の冒険で得たデータと新事実として判明した恭二の能力……鑑定がどこまで使える物なのかを確認する作業に入る。

 

 忙しそうにしている真一さん達に代わって、こういう場合連絡を入れないと拗ねそうなケイティへの連絡を入れておく。あの娘は恭二関連で何か動きがあったら全部知らないと気がすまない質だからな。アメリカ人ってのは皆そうなんだろうか。

 

 多少時差があったが真一さんのカムバックを知っているケイティも詳細な連絡が欲しかったらしく、早めに起きていたので今日の冒険の結果を伝える。

 最初の方は真一さんのデータ取りの話に「流石はシンイチデス」とうんうんと頷いていたのだが、途中で恭二の目の話をした瞬間に「what?」といきなり英語に切り替わり、少し説明をしたらこの言葉が飛んできた。

 

 終わりの挨拶もそこそこにブツンと切れた電話に予想以上の食い付きだなと頷き、そのまま電話を操作して日本冒険者協会の広報担当へと連絡を入れる。ヤマギシの方針としては公表する方向に向いたのでこれは全く問題のない行為であり、社内の意思に沿った行為だと言えるだろう。

 

「あ、もしもし」

『おお、これは一郎君。どうしたんだい急に』

「実はちょっとサイトの情報の更新が必要でして。はい。ほら、特性のコーナーの。はい。いえ二人目というか恭二の奴が……」

 

 間違った情報を公表するわけにはいかないからな。当然の行動だろう。

 まぁ次の日には冒険者系の情報サイトで瞬く間に拡散されることになったんだけどな。

 

 

 

『えー、我が日本冒険者協会に所属する冒険者、山岸恭二氏が新たに特性を発現したことを報告いたします。氏は冒険者の先駆け的存在であり現在一般的に使われている魔法の発明者である事でも有名ですが~』

 

 パソコンの画面では日本冒険者協会の広報担当さんがビシッとスーツを着て会見を行っている映像が映し出されている。この映像は一部の衛星放送やネット動画サイトで生放送されており、現在の冒険者の成り立ちと魔法の発明の経緯が簡単に説明され、そして本題の「一部冒険者が持つ特異性について」の説明を彼は行い始めた。

 

 まぁこの説明の際に例に出されたのが俺の右腕だったから俺までクローズアップされちゃったのは痛し痒しだが。

 

「全国ネットで名前が出るなんて久しぶりじゃないか?」

「お前、ころちゅ」

「俺は会社の方針に従っただけだから! 何にも意図してないから!」

 

 ふるふると震えながらそう呟く恭二に、ここ最近の鬱憤を全て笑顔に込めてぶつける。二人で仲良く罵り合っていると一花がケイティを伴ってやってきた。伴って、というより必死に抑えながら、という感じだが。

 

「おっすケイテ」

『恭二! 目、目を見せてさぁ、早く!』

「oh……」

「ちょ、ケイティマジストッ、ああ!」

 

 ケイティは完全に俺をスルーして恭二に詰め寄った。余りの速さにストレングスでも使ってるのかと思ったら一花がマジックキャンセルを全力で発動させてるみたいだからそれも無さそうだし……というかうちの妹が腰に張り付いたままなんだけど、そろそろ助けに入るべきだろうか。

 

 

 

「おい、バカ。おい」

「ほへ? はふぁはふぃほい」

「うるさい、お前は馬鹿で十分だこのバカ! 何だこの店は!」

「サソリ料理を出してくれる店ですよ」

 

 至極当然の事を言い放つ真一さんに首を傾げながらサソリの唐揚げを飲み下す。最初はどうかと思ったが非常にサクサクして美味しい。

 

「ほら真一さんも。冷めちゃいますよ?」

「おま、お前、お前なぁ……」

「いや、見た目は確かにサソリですけど普通に美味しいですから。ほらこっちの茹でサソリなんか中身本当にエビみたいですよ」

 

 綺麗に殻を割られて出された少し大きな茹でたサソリに箸を伸ばす。身の部分が少し少ないのは確かに難点だが、プリプリした食感で美味しい。

 

 俺に促されたからか、真一さんは顔を顰めながらも小さなサソリの揚げ物に手を出し、目を瞑ってそれを口に放り込んだ。

 

「……美味い」

「でしょ?」

 

 スナック感覚でバリバリ食べれるしこの香ばしい匂いも良い。こうなると地下の大サソリがどんな味かも試してみたくなるが……まぁ流石に生は無理だろうし毒付きの尻尾を食べたいとも思わん。

 

 ヤケのようにガツガツとサソリを口に放り込む真一さんにちょっと他の料理にも手を出す俺。男二人の小さな宴は一時間程続き、周りの客の異様な物を見るような目を背に受けながら俺達は店を後にする。

 

 

「シャアオラァ!」

 

 そして次の日。そこには今までの苦手意識が完全に消えた真一さんの姿があった。やはり食ってやるという強い意志が働いた結果だろう。昨日迄の及び腰は鳴りを潜め、獣のような眼光でサソリを見る真一さんの姿は控えめに言って最高にイカしてる。

 

 これぞ俺達の兄貴だぜ! なぁ、恭二!

 

「引くわー」

「酷い奴だな。実のお兄さんに」

「お前にだよ! 昨日帰ってきてから兄貴が別人みたいになってて、オヤジがどれだけ心配したか!」

 

 いやいや、あれもまた真一さんの一部だろ。あの人普段は理性と外面でにこやかなイメージだけど、ガキの頃は俺と恭二の悪戯にマジ切れしてはボッコボコにしてきた人だからな。

 

 普段は抑圧されてる真一さんの内なる野生、ビーストモードが解放されたわけだ。あ、サソリが煙に変わった。

 

「ちっ、煮込んで喰ってやりたかったんだがな」

「……ワイルドな真一さんも素敵。ぽっ」

「一花、戻ってこい一花さん」 

「そっちは駄目だよいっちゃん!」

 

 ビーストモードが継続している真一さんはボソリとそう呟いて槍を担ぐ。その姿に頬を赤くする一花と、その一花に慌てたように声を掛けている恭二と沙織ちゃん。そして、そんな一同を苦笑しながらシャーロットさんが眺めている。

 

 懐かしいと感じる風景だった。

 

 さて、次はいよいよ前人未到の33層だ。気合いを入れ直して行かないとな。



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第百六十五話 34層攻略

誤字修正。椦紋様、ハクオロ様、244様ありがとうございました!


「フリーズ!」

 

 33層ではやはり大サソリが雑魚として出てきた。といってもすでにこいつは対策がたってる相手だから問題ない。仮に問題があるとしたら群れて出て来た時くらいだったんだが、こいつらはどうも多くても2、3匹くらいしか同時には出てこないらしい。

 

 つまり、まるで問題なく対処できるって事だ。恭二が開発した氷属性の魔法、フリーズは発動が早く、しかも相手の動きを封じる効果がある便利な呪文だ。特にこの階層の敵は炎系の魔法の効きが悪い為、フリーズで動きを止めて止めを刺すかサンダーボルトの連射が効率的になる。

 

「やっぱ対策立ってる相手は楽だな」

「そっすね」

 

 今は後衛組の慣らしの為に場所を譲って広域警戒に移っている俺と真一さんは、周囲に目線を向けながらこの階層の感想を述べた。これが仮に重力系の魔法を開発する前だったら本気で命がけの階層になっただろうから、恭二博士の開発力様様である。というかいつの間にかビーストモード解除されたんですね。

 

「いつまでもテンション上がりっぱなしなのも疲れるからな。でも、久々に暴れられてすっきりしたわ」

「そらあんだけ暴れればすっきりもしますわ」

 

 顔を見合わせて、笑いあう。さて、戦闘も終わった事だし慣らし運転もこんなもので良いだろう。ここからは本番……初見の敵との戦いだ。

 

「……牛?」

「体は牛だな。顔は猛獣だが」

「キメラにしては……不細工ですね」

 

 一花の言葉に真一さんとシャーロットさんが答える。敵は胴体は牛、頭は猛獣……獅子? みたいな外見のモンスターが一体にサソリが2体。頭脳担当3名がもし敵の正体を判明出来れば多少は身構えられるんだが、分からないんならしょうがない。とりあえずはオーソドックスな戦法で行こう。

 

「じゃ、行ってきます」

「おう、アンチグラヴィティは打ち込んどくから安心してくれ」

「了解でっす」

 

 返事と共に天井に糸を張り付けて跳躍。部屋に入った瞬間にサソリが魔法を放ったようだが背後から援護として飛んできたアンチグラヴィティが相殺したのだろう。何事もなく天井にたどり着くことが出来た。そのまま両足を天井に付着させて上空から蜘蛛の糸を乱れ撃ち、糸に絡まって動けなくなったサソリと牛? に連続でサンダーボルトが撃ち込まれる。

 

 流石に牛はサソリ程アッサリ倒せなかったが、フリーズで機動力が殺されているせいでほぼカモ状態になっており、最後には恭二の2発目のフリーズでそのまま氷漬けになって消滅した。ドロップ品はある意味予想通りの角だ。

 

「……弱くね?」

「違う。サソリを無効化できなかったらこいつに全員ひき殺されてたかもしれん。相手の戦法を完全に封じたこちらの作戦勝ちだ」

 

 思わず、と言った様子で呟いた恭二の言葉を否定して真一さんがそう結論を下した。要は相手がやりたい事を逐一こちらが潰した結果であって、もしこれが上手くいっていなければ一人二人ぶっ飛ばされてた可能性はあるわけだ。この巨体に轢き飛ばされたらバリアがあるとはいえ無事に済むかはちょっと分からんな。

 

 遠距離攻撃があるわけでもなさそうなので牛は対応可、という事で階層を進めて34層。恭二のテンションはダダ上がりである。

 

「流石にこの層をクリアしたら帰るぞ。この角も調べなければならんからな」

「……あい」

「お前……」

 

 真一さんの制止に途端にやる気を失う恭二という男。いや、こういう奴だって知ってたが。

 

「とりあえず角のサンプルは少し欲しいから適当に3、4匹狩ってからボス部屋に行こう。この階層を詳しく調べるのは次回だな」

「オーケー、なら次は私がメインで行くわね」

 

 真一さんの指示に従い沙織ちゃんがセンターに出る。各自の戦闘経験って意味でも今回の敵はある意味楽だ。タフさは厄介だがその分色々試せるしね。

 

 結局ボス部屋まで行く途中で折良く5回の戦闘を行う事が出来た。それぞれが一度ずつメインを張って戦う事が出来たしある程度のパターンも分かったので、この牛の相手はもうそれほど苦労はしないだろう。

 

 という訳で本日のメインディッシュの時間である。

 

「また牛……だけどこいつはすげぇや」

「有名人来ちゃったねー」

 

 牛の頭を負った2m以上はある巨体の男を前に真一さんと一花が場違いな感想を述べる。まぁ、うん。言いたいのは分かる。いつか来るだろうなとは思ってたけどここで来るか、ミノタウロス。いや、日本だと牛頭馬頭の牛頭かな?

 

 ミノタウロスは巨大なその牛頭がすっぽり隠れるようなサイズの幅広で無骨な斧を右手でブルンブルンと振り回しこちらにやる気をアピールしてくる。ボディビルダーみたいな筋肉が腕の動きに合わせて盛り上がったりしていて傍から見る分には面白いんだが、あれを叩きつけられたらバリアがあっても怖いな。

 

「というわけで一郎、フリーズが効かない時は頼んだ」

「了解っす」

 

 一先ずはここまでの鉄板戦術が通用するかを試すため、フリーズで全体の動きを止めた後に一斉砲撃という道筋を立てて作戦会議は終了。「あ、もういいの?」的な表情でこちらを見ていた牛頭にお待たせ、と手を上げる。こいつ随分と表情豊かだな。

 

『ブモォオオオオオ!』

「おっとやらせないよ! FREEZE!」

「一花、それ違う奴。フリーズ!」

 

 それぞれがミノタウロスや御付きに出てきた牛? にフリーズをかける……が。

 牛は問題なく封じられたがあの牛頭、フリーズをレジストしやがった。大分対魔力が高いらしい。かといってあの筋肉だるま相手に接近戦はやりたくない。という訳で早速蜘蛛の糸に絡まってもらうとしよう。

 

 最近映画とかで発想を得た時限式蜘蛛の巣爆弾も駆使してミノの進路に配置し、右手から糸を連射。一発二発はレジストしても数には抗えまい。案の定、暫くしたら牛頭はレジストしきれずに蜘蛛の糸に絡めとられてその場に倒れ伏す事になる。

 

「お前……容赦ねぇな」

「いや、止めにサンダーボルト撃ちまくってる奴が言うなよ。お前のが容赦ないわ」

 

 恭二が眉を顰めてそう口にするが、封じただけの俺より明らかにオーバーキルって位魔法打ち込むお前のが傍から見たら怖いぞ。というかレールガンはどうしたレールガンは。

 

「いや、サンダーボルト何発で倒せるかの実験的な」

「……ああ、確かに他の人には必要だわな」

「そうだろ? 今思いついたけど」

 

 もっともらしい言葉を言い放った口に蜘蛛の巣を放ち、オーバーキルされてあっという間に煙になった牛頭の居た辺りへと向かう。ドロップは予想通り斧、か。持ってみるがストレングスなしだと振るえない重さだ。

 

「おし、じゃあ今回はここで終了だな」

 

 真一さんの指示に頷き、俺達はボス部屋から出て元来た道を戻る。しかし、あの牛、妙に表情豊かだったな。蜘蛛の巣を数発無効化してたし、ごり押しは有効だったみたいだが……少し検証してみた方が良いか。まぁ、まずは家に帰って腹いっぱい飯を食ってからだ。牛を見たし今日は牛肉だな。



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第百六十六話 鑑定眼

今週もありがとうございました!
また来週もよろしくお願いします。

あ、エンドゲーム見てきました。最高でした(語彙力低下)

誤字修正。244様ありがとうございました!


 34層の牛頭の情報を伝えた所、日本冒険者協会も世界冒険者協会もかなり騒ぎになったらしい。まぁ迷宮の神話とかもあるらしい有名モンスターだからな。一応協会に許可をもらってビジュアルを公開したところ、予想以上に反響があったし。知っている怪物が存在しているってのはやっぱり大きいんだろうな。ワーウルフの時は欧米が結構騒いでたけど、今回は結構色んな所の人が反応してる気がする。

 

 協会に許可をもらって付き合いのあるCCNに世界に先駆けて動画を放送してもらったのも大きいかもしれない。あそこにはシャーロットさんからこっち色々助けてもらってるしね。こういう特ダネがある時は優先的に回していたりするんだ。

 

 まぁ、そんな新層に纏わるお話も、チェックする項目が増え過ぎたせいで暫くは止まる事になる。恭二が不満そうにしていたがこのタイミングで鑑定眼なんて物をぶち込んだお前が割と悪いんだぞ? 

 刀匠達が作った魔剣なんて物までステータスが見えるってそれどんな目だよ。出来栄えが5段階で分割されるってなったら、そりゃ刀匠さん達が目の色変えるに決まってる。

 

 

 

 という訳で実働・広報班でのお仕事が多い俺は今は半休暇みたいな扱いになって、ダンジョンでアンチエイジングに勤しむお姉さま方の指導や何かまた増えたライダー道場の訓練に参加したりと悠々自適な生活を送っていたわけだが。

 

「やぁ、一郎君!」

「浩二さん! 美佐さんも」

「御無沙汰してます」

 

 とある日曜日。前々から連絡が入っていた浩二さんと美佐さんがヤマギシにやってきた。

 

「あ、じゃあ正式に」

「ああ。今年度末で自衛隊を退官する。一応僕たちなりに後進の指導の義務は果たしたと考えているし……ベン達と時期が被りそうなのは驚いたが」

「ベンさん達の話はこちらも驚きました。という事はお二人も?」

「ああ……その。山岸社長にも了解を貰えたからね。また4月からお世話になるよ」

「私は記念病院の方での務めが主になりそうですが……よろしくお願いします」

 

 浩二さんの言葉にペコリ、と美佐さんが頭を下げる。いやいやこちらのセリフですよ。それにしても、二人から聞く所によると自衛官も結構大変らしい。俺達と同じように討伐していても公務員であるという理由で報酬が通常の給料に危険手当を増した金額しかもらえないらしいからな。ドロップ品は国の物になるそうだし……

 

「飛行手当と同じような形で報酬を増やしているんですが、やはりそれにも限界はありますからね。外で冒険者活動をしたらバイト扱いになって報酬が受け取れなかったりもしますから……」

「それにどうしても育成メインになるから……後輩の御神苗君や昭夫君に明らかに抜かれてるって感じる時が一番つらかったですね」

 

 ヤマギシから離れて原隊復帰した後も二人は頑張って後進の育成に尽力していたらしい。彼らのお陰で自衛隊には現在結構な人数の冒険者がおり、ちょっと前まで行っていた教官訓練では自衛隊員も2、3人教官免許を取得したらしいし、二人の自衛隊への貢献はかなり評価されているらしい。

 

 しかし、かつて研修していたヤマギシのメンバーがどんどん新しい魔法や新しい階層へチャレンジしているのを横目に見ていると、日々の忙しさのためドンドンと遅れていく、という焦りも感じていたようだ。

 

「そういえば社宅は大丈夫ですか? お二人ならマンションの部屋も用意できるでしょうしなんなら社長に伝えてビルに……」

「……実は、それでですね」

「部屋を一つにしてほしいんです。その……」

 

 そう言って互いの左手をそっと見せてくる浩二さんと美佐さん。ああ、成程。そういう事か。にんまりとほほ笑みを浮かべて二人にいつからなのかを確認する。こういう身内のめでたい話ってのはやっぱり嬉しい物だな。

 

 

 

「正確な数字までは見えないが、この眼はヤバいわ」

 

 真一さんがそう言って恭二の眼について纏めた資料を手渡してくる。現状、この眼はどんな魔法でも見る事が出来るようになる、つまり任意でON・OFFが可能な訳だ。ネズ吉さんみたいな感知が進化しすぎてるものとは違って、魔法がどんな形で飛んでくるのかもわかるしどんな魔力構成なのかも大体見えてしまうらしい。

 

「まぁ、初めて見る構成はじっくり見ないと分からないけどな。あと細かすぎて一花のなんちゃって幻想殺しは無理。そんな一部にエンチャントするよりは全体にエンチャントする方が楽だ」

「うーん、このmとcmの違いみたいな感覚差」

 

 因みにこれはあくまでも機能の一つだ。他にも収納したアイテムを一覧で見る事も出来るし、それらのアイテムの熟練度……ようはどれくらい魔力を帯びて強化されているかも見る事が出来る。また、魔力を帯びた物品ならその物品の出来栄えが5段階位で表現されるらしく、大まかな武器などの性能も把握できるそうだ。

 

 これに対して刀匠の方々が色めきだっている。一番悪い物は廃品、その次が粗悪。そして平凡、良作と続き名品となるのだが、この名品までたどり着いている鍛冶師は今の所居ないからだ。ではどうやってこの名品を見分けているのかというと、とある刀鍛冶が持ってきた家宝だという刀を収納し判定したからになる。村正はやっぱ凄いわ。しかも何故かこの村正、最初から魔力を帯びていたらしい。

 

「魔力というか、魂というか。そんなものが見える」

「……なんでも鑑定団に出てみるか?」

「勘弁してくれよ……」

 

 というかその話が本当ならこれまでに御伽噺的な物だと思われてた事柄も信ぴょう性が出て来るんだが、これもしかして凄い発見なんじゃないだろうか。

 この事を聞いた藤島さん達は一度恭二を連れて美術館などを回るそうだ。今までに作られていた物品に魔力がこもっている可能性は彼等刀匠にとっても他人事ではない。魔力という要素を取り入れた技法が過去にあった可能性だからな。

 

 刀剣だけでなく色々な歴史的な物品を恭二に見せるんだとケイティもやる気になってるし。まぁ、恭二が死んだ目で目立つことを嫌がってるので良しとしよう。刀剣は俺も好きだし一緒についていくかね。



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第百六十七話 受賞

今週も宜しくお願いします!
誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 随分慣れたと思ったが、やっぱりこう。華やかな場にスーツ姿で居るのはまだ違和感がある。今、スーツを着てここに立つ俺はヤマギシに所属する冒険者鈴木一郎ではなくて、動画を見た人たちが思い描く鈴木一郎なのだろう。

 

 何かを模した時に感じる違和感。多分この違和感が俺と模した人物との違いなのだろう。幸いな事に今の所違和感がなくなるような事は無いが、これが無くなった時、鈴木一郎はどうなるのか。少し怖い所ではある。

 

「一郎、行くぞ」

「はい」

 

 珍しくスーツを着込んだ初代様に従って車から降りる。フラッシュの雨を受けながら俺と初代様はレッドカーペットの上を歩き会場へと入っていく。

 

 東京アカデミー賞に何故かノミネートされてしまった俺は、同じくノミネートされた監督や初代様と一緒に偉く場違いな場所に顔を出す事になった。

 

「ひぇぇ、知ってる顔ばかりだ」

「この中で一番知名度があるのは君だがな」

 

 怖気づく俺の言葉に監督が苦笑を浮かべながら答えてくれる。そうは言われても、一般市民としてはやっぱり芸能人って奴には身構えちゃうんだよね。

 

 誰か知り合いでも居れば良いんだけど、残念な事に見える範囲には知り合いは居ないようだ。まぁ、大人しくテーブルについてのんびりとお茶でも飲むか……と、思っていたのだが。

 

「何かめっちゃ見られてるんですが」

「お前さん達ヤマギシチームは本当に冒険者関連以外は出てこないからな。珍しいんだろ」

 

 こちらに何故か注目が集まってきていて何とも居心地の悪い時間を過ごしながらお茶で誤魔化す事十数分。式が始まると流石にこちらに集中していた視線は無くなった。

 

 よしよし、これでのんびりとお茶を楽しむぞ、と喜んだのもつかの間。今回出演した仮面ライダーは凄かったらしい。最優秀美術賞やら撮影賞やらをガンガン取りまくり、挙句には主演男優賞と新人なんたら特別賞とやらまで持って行ってしまった。

 

 そう。初代様となんと俺が賞を貰ってしまったのだ。審査員からは「まるでそこに結城丈二が居るようだった」とのコメントがあったので、多分この人が特撮ファンで、この人の評価が決め手になったのだろう。こんな大層な賞をもらうのは正直恐れ多いのだが、初代様がニッコニコでこっちを見てるから辞退なんてマネも出来る筈がなく。

 

 呼ばれたので舞台に上がろうとしたらスタッフから何故か用意されていたヘルメットを渡されたので、ああ、と色々察して変身。初代様も合わせて変身した姿で舞台の上に立ち、ヒーローショーっぽい口調でお礼を言うと何故か皆立ち上がって拍手を送ってくれた。

 

 主演・助演女優賞を受賞した女優さんや助演男優賞を受賞した俳優さん達と集合写真を撮る際も、何故か初代様と俺は変身したまま撮影。変身を解除した状態も欲しいと言われたので言われるままに変身を解くとまた拍手が巻き起こる。

 

 そんな形で全ての受賞が終わり、閉会の挨拶が行われるとその日の式は終了。普段とはまた別の方面で熱意のある取材陣の攻勢に笑顔で応対して車に乗り込み、何とか無事に切り抜ける事が出来た。筈だ。

 

「お疲れ様、一郎君」

「疲れました。美味しいご飯が食べたいです。しゃぶしゃぶとかどうですか?」

「随分とへろへろじゃないか」

 

 最後の方はまた周囲からの視線が気になりせっかく出してもらった飲み物も味わえなかったし、あまり面白い式ではなかったな。お世話になった初代様や監督が受賞したのは嬉しい事だし付き合いと思えば良いのか。

 

「まぁ、あれはな。出来ればお前と接点が欲しいんだよ、皆」

「……はぁ。奥多摩に来てもらえれば幾らでも接点なんて持てると思いますがね」

「彼等は役者で、お前は冒険者。その事に気付かなければ……難しいだろうな。私も役者だが、少し特異な立ち位置だったから気付けた事でもある。冒険者って職業はな、色々と外から見たら良くわからないんだ」

 

 初代様はそう言って、少し眉を寄せて窓の外を見る。俺なんかただ変身が有名なだけの動画投稿者だし、それほど面白い性格という訳でもない。

 

 そりゃ友人や知り合いがダンジョンに潜りたいと言えば手伝うが、それ以上の事は出来ないんだけどなぁ。

 

 

 

「お兄ちゃん、これこれ」

「あん?」

 

 初代様や監督としゃぶしゃぶをしゃぶり尽くして家に帰った俺を、最近新調したというPCをカタカタと動かしながらマイシスターが温かく背中で迎えてくれた。

 

「……何じゃこりゃ」

「お兄ちゃん、いつの間に俳優になったの?」

「わからん」

 

 一花が指差した先を覗き込むと、そこにはヤボーニュースのトップページが開かれており、何故かページの一番大きなニュース欄に先程の受賞式の写真と、その会場に向かう俺の姿が写し出されている。

 

「えぇと、『鈴木一郎、俳優業に専念か!?』いや言ってねぇよ何だこれ」

「おお、見事なまでの飛ばし記事」

 

 眉を顰めながら記事の内容を眺めると、話した覚えもない事が出るわ出るわ。というかこんな質問を受けた覚えがないから多分これ完全に憶測だけで書かれてるっぽいな。

 

「お兄ちゃんの勘違いって事は?」

「ない。俺、会場入りの前からずっとライダーマンモードだから」

「なるほど。結城さんなら確実だね」

 

 ……あの、一応俺がメインなんだけど信頼違い過ぎない? 気持ちはわかるけどさぁ。

 

 俺の微妙な内心を知ってか知らずか一花は「これ、シャーロットさんに連絡しとくね!」と席を立つ。

 

「あの、一花さん、俺本体……」

 

 去り行く一花の背中にそう語り掛けるも返事は帰ってこない。一人虚しく俺はPCを開いてネットサーフィンを楽しむ事にした。くすん。



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第百六十八話 会社の編成状況。あと巣窟

今回は説明回みたいなものになります。

誤字修正。MARDER様、244様、アンヘル☆様、都庵様、kuzuchi様ありがとうございました!


 ヤマギシ社内は社長を筆頭に8つの部門に分かれて運営されている。ああ、勿論ブラスコとの合弁会社のヤマギシ・ブラスコは別にして、だ。

 大まかに分けると法務部、営業部、経理部、広報部に冒険者部。それに再編した際に追加された知財管理部、研究部、資材部の8部門だな。

 

 それぞれの部門を説明すると長くなるのだが、代表者は大体ヤマギシ発足時のメンバーで、法務部長はうちの母ちゃん、営業部は沙織ちゃんの小父さんとうちの父ちゃんのダブルヘッド。冒険者部は一応恭二が部長だ。

 

 経理部は沙織ちゃんの小母さんが最初は見ていたが後に小母さんの広報部への移動に伴ってシャーロットさんが兼任部長となり、広報部はシャーロットさんが筆頭で移動してきた沙織ちゃんの小母さんが事務兼広報の顔みたいな感じで回している。

 

 そして新しい部門である知財管理部は母ちゃんの元部下の弁護士さんが部長として魔法関係の管理を一手に担っており、研究部は真一さんの先輩が。資材部は工場関連を一括に引き受けているから吸収合併した三成精密が丸々ここに含まれており、ある種独特の組織になっている。代表者は元三成精密社長の三枝さんで、三枝さんは取締役工場長という肩書の為厳密にはここは部門というよりは工場という括りになる。

 

 さて、長々と話をしたのは、だ。この上の組織図を見てなにかおかしな役職があると思う。何故か2部門、しかも割と経営の根幹に近い部分で兼任部長等という何の為の部門分けなのかが分からない所があるのだ。

 

 シャーロットさんという圧倒的な人材の力で何とかしているが、普通そこはちゃんと分けた方が良い。その為最近では御神苗さんがシャーロットさんの補佐として手伝っているのだが、シャーロットさんが凄すぎて彼女の補助を抜くのはまだ難しいらしい。

 

 経理部の人員をガンガン増員しているので近いうちに何とかなるとは思うんだが……まぁ、そこは兎も角だ。

 実はこのシャーロットさんが部長を務める2部門、特に広報部の方は実は社内でもかなり特異な部門になっている。仕事の内容が、ではない。人材の内容がだ。

 

 沙織ちゃんの小母さんという前に立つフロント担当以外の広報部の人は、基本的にヤマギシのPRやメディアへの応対などを行う人たちで構成されているのだが……この人達は殆どがシャーロットさんが見出した、社内外の人材である。繰り返すが彼ら彼女ら(圧倒的に女性が多い部署だが)はシャーロットさんが社内や社外からスカウトしてきた人材である。どうなっているかはまぁ、言わなくても分かるだろう。

 

 

 で、なぜ急にこんな社内の話を長々としたのかというと、だ。

 

「オタの巣窟がお兄ちゃんに用があるって」

「勘弁してください」

「だが残念。現実! これが、現実!」

 

 朝起きてすぐ。愛しいマイシスターの無慈悲な一言で爽やかな朝は脆くも崩れ去った。シャーロットさんに確認してもらっていた例の誤情報が何処からどんな意図で流れているのか。そしてそれがヤマギシに影響があるのかの精査が終わったんだろうが。物凄く行きたくないので電話じゃ駄目なんだろうか。

 

「駄目です。同じ建物の中じゃん行って来なよ」

「いや、あの階層との間にはめっちゃ分厚いバリアがあってだな」

「行け♪」

「はい」

 

 妹の目が据わった瞬間に踵を返し俺はエレベーターへと向かう。2階下とは言え歩いていきたくないんだ、あの階層。階段まで変なレイアウトされてるから。

 

 憂鬱な気分でエレベーターに乗り、目的の階層を押し……このまま1階まで下りたい誘惑に駆られるが一花からドチャクソ怒られる未来が目に見えているので大人しくエレベーターから降り……

 

「oh……」

 

 いきなりドーンッと置かれたMSとライダーマンの等身大パネルに心を折られそうになった。後、周りの壁。所々にMAGIC SPIDERとかライダーマンの変身シーンとかのポスターが張られてて胸が痛い。恭二の左目が赤くなってるポスターは見てて心が和んだけど。

 

 歩くだけでダメージを受ける廊下を出来る限り天井を眺めながら歩き、目的の部屋……広報部の事務室前にやってきた俺は一つ深呼吸をしてミギーへと右腕を変身させた。

 

『うん? ああ、またか。わかった』

「すまん、頼む……」

 

 周囲を見渡して事態を察してくれたミギーにドアを開けるのを任せて俺は壁際まで後退する。ミギーは慣れた様子でトントンとドアを叩き、返事が聞こえたらそのままドアノブを回して扉を開く。

 

 瞬間、視界が真っ白になるんではないかというレベルのフラッシュがミギーを襲った。

 

『むっ眩しいな』

「あ、またミギーちゃんだ! クソッでも可愛いなこっち向いて!」

「最近一郎君が賢くなって辛いでもミギーちゃん尊い!」

 

 ミギーがノックをして返事を待ち、ドアを開けるまでの時間は5秒くらいだろう。その間にカメラを構えドア前に待機していたという事実に戦慄を禁じえない。確かにヤマギシの社員は皆2種冒険者ばかりだけどさ。早すぎるだろ。

 

「ああ、一郎さん。ようこそいらっしゃいました……ほら、貴方達も邪魔しない」

「はーい、ぶちょーごめんなさい!」

「ごめんなさい、うちの子達が……一郎さん?」

「いえぇ、なんでもないです……」

 

 奥の方から何時もの笑顔でやってきたシャーロットさんがにこやかにカメコを追い散らし、俺を手招きして中へといざなう。

 その手招きが地獄への手招きの様に見えて仕方がないんですが。気のせい? あ、はい。



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第百六十九話 シャーロットさんとのお話

誤字修正。244様ありがとうございます!


「ここに来るのはお久しぶりではないですか?」

「出来れば来たくなかったです」

 

 俺の率直な返答に流石にシャーロットさんも苦笑いである。シャーロットさんに入れてもらった紅茶を口に含み周囲を軽く見渡した……相変わらず美味しい。これを味わえただけでもこの階層に入った……いや、まだマイナスだな。大分マイナスだわ。

 

 しかしこの部屋は確か応接間の扱いだった筈なんだけど、明らかに椅子からテーブルから全部マーブル一色なんだが。色合いじゃないぞ、キャラものって意味でだ。

 

 天井の蛍光灯はキャプテンの盾みたいだし、椅子は黒い革張りかなと思ったら肘かけの先っぽが色んなキャラの頭になってる。よく出来てるわ。どこで売ってるんだろ。

 

 更に蜘蛛柄のシーツを被せたテーブル。この紅茶のカップもよく見たら復讐者達がデザインされたカップだった。マーブル本社でももう少し大人しかった気がするんだが会社を間違えたんだろうか。

 

「何か部屋がパワーアップしてません?」

「マーブルに頼んだら色々と送ってくれるんです」

「スタンさんですね」

 

 大体予想がついたのでそう尋ねると苦笑しながらも頷いてくる。完全にマーブルファン日本支部になってるなぁこの部屋。

 さて、そんな事はどうでも良い。雑談も楽しいのだが、そろそろ窓ガラス越しにこちらをチラチラっと眺めるカメラのレンズが気になるので話を進めたい。

 

「それで、呼ばれたのは何故」

「あ、そうですね。ごめんなさい、少し話し込んでしまって。こちらをご覧ください」

「あ、はい……はえ? これなんです?」

 

 そう言ってシャーロットさんが取り出した分厚い書類を受け取り、うわぁ、と思いながら表紙を眺める。するとそこには『MAGIC SPIDER IN TOKYO』の文字があった。呆気に取られながら中を開こうとすると恐らくストレングスを使用したのだろう、凄まじい速度で手の中の資料がシャーロットさんに奪い取られる。

 

「すみません間違えました」

「……いや、あのそれ」

「間違えました」

「はい」

 

 突っ込んだらいけない話題らしい。強張った笑顔のシャーロットさんの勢いに負けて深く頷く。

でも俺、それはやらないからね? 絶対にやらないからね?

 

 

 少し話がズレてしまったが、シャーロットさんから言われたことはやはり今後の対外的な対応についてだった。

 

「ヤマギシとしては一郎さんの基本は冒険者、何かがあればそれ以外もという兼業スタイルをプッシュしていきたいと考えています」

「兼業ですか」

「兼業です。冒険者は他の職業よりも兼業しやすい職業なので」

 

 まぁ、これは俺も分かる。教官免許持ちは希望すれば協会に就職できるが、それ以外の二種や一種免許の冒険者は割とバイト感覚でダンジョンに潜ったりしてるそうだ。

 

 臨時冒険者についていく依頼なんか一度潜るのを補佐したらその都度1万円の手当が貰えるらしいから、これを毎日行って生活してる人も居るらしい。昭夫君なんかも育成がてらこの手当でお小遣いを稼いで弟妹の食費に充ててたらしいし。

 

「それと、映画関連はむしろこれからが本番だと思います」  

 

 日本アカデミー賞という国内最大の式典で受賞されたが、本番はむしろこの後になる。というのも、5月にあるとある映画祭にどうもこの作品も御呼ばれする可能性があり、そこでまた俺の名前が出る可能性があるらしいからだ。というか実際に会場に来てほしいとすでにヤマギシに連絡は来ているらしい。しかもフランスのファビアンさんから。

 

「ファビアンはあれでフランスの名士一族の出ですからね。恐らく実行委員にも知人や親族がいて頼まれたんでしょう」

「あ、そうなんだ」

「予測になるんですがね。本人も『出来れば来てほしい』と、最大限一郎さんの意志を尊重してくれと言っていました」

 

 確かにファビアンさんはこう、無駄に度胸があったり明らかに長すぎる前髪をしたりただ者じゃない感はあったけど。舞台の経験はあるってのは聞いたことあるし、もしかしたら本当にそういう家系なのかもしれないな。

 

 まぁファビアンさんが居るんならこないだの日本アカデミーみたいにひたすら頭の中で素数を数えたり、監督や初代様とだけお喋りなんて事はないだろうしな。

 

 こないだの研修の時はあんまり話せなかったし、ファビアンさんに呼ばれたんならまぁ、良いかな。アメリカ組はしょっちゅう会えるけど他の地域の人はあんまり会う機会が無いしね。

 

「それと、こちらのメディアへの応答の対応表を参考にしてください。この間の応答をTVで見る限り問題は無さそうでしたが……」

「そこはその、基本はライダーマンで行きます」

「はい、それなら大丈夫かと思います。スパイディで行ってほしいとは思うんですが、彼はこう、言葉を間違える事も多いので……」

 

 本当に心惜しそうな表情を浮かべてこちらをちらちらと見ながらシャーロットさんがそう呟く。まぁ、スパイダーマンって基本は陽気なお喋りって感じになるからね。頭の回転が速くなってるのは分かるんだけどね。

 

「分かってます。変な言葉尻を捕らえられてってのも面白くないですからね……気を付けます」

「はい、よろしくお願いしますね。あ、それと」

「はい?」

 

 メディア応対の注意事項と書かれた冊子を受け取って席を立とうとした所、シャーロットさんに呼び止められたので再度座り直す。

 

 まだ何か用事があったのかな、と思っていたらシャーロットさんはスッと立ち上がり、テクテクと歩いてドアの所へと向かう。

 

 そしてドアノブに手を掛けて一気にドア開くと、向こうでスタンバっていたのだろう数名の広報部員がギョッとした顔でシャーロットさんを見て、蜘蛛の子が散って行くように逃げ出して行った。

 

「さ、どうぞ。またお願いしますね」

「ここもう来たくないです」

 

 にこやかな笑顔で言われても誤魔化されないですからね? フリじゃないです。



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第百七十話 ヤマギシ第二の暗部

今回も説明回。
色々突っ込まれてて長いです。普段の倍くらい。

誤字修正。244様、薊(tbistle)様、kuzuchi様ありがとうございます!


「良いかい一郎君、これはね、人類史に残る革命的な発明なんだよ。人類はついに重力を克服したんだ」

「あ、はい」

「反応が小さい!」

  

 いや、どないせいっちゅーねん。

 

「それで、俺は今回何をすれば良いんですか?」

「うむ。君の発明したウェブシューターは非常に素晴らしい発明だ。魔力を持つ人なら誰でも強靭で柔軟性のある蜘蛛糸を発射できる。この誰でも、というのが素晴らしい。君の蜘蛛糸には前々から目をつけて居たんだが、このウェブシューターのお陰でわざわざ君にご足労を願う必要がなくなったのだからな。加えてじっくり試させて貰ったがこの糸の性質が素晴らしい! 強靭さと柔軟性が良いんだ、このバランスが良い。しかも使用後に魔力を切れば少しづつ消えていくという環境に配慮した設計も素晴らしい。ある種この蜘蛛糸こそ」

「先輩さん、先輩さん」

「失敬」

 

 一声かけるとすぐに眼鏡をくいっと持ち上げて先輩さんは正気に戻る。まぁ、こういう人なんだこの人。同じような経緯で働いてることもあってアメリカの変人兄ちゃんとも意気投合してるらしいから、この人も純度の高い変な人なんだろうな。

 

 今日はヤマギシ第二の暗部と名高い開発室に朝から呼ばれている。暇なのかって? その通りだ。諸事情あって今凄い暇なんだよ。

 臨時冒険者に関しては全ダンジョンできっちりシフトを組んで行えるようになったし、ならもっと深くのダンジョンに行こうと思っても真一さんも恭二も凄く忙しい状況なんだ。

 

 実は二人とも暫く奥多摩から離れる事になっちまってな。というのも、恭二の目の事が原因で宮内庁からの依頼が来てしまったのだ。恭二は当事者、真一さんはヤマギシの代表として。あとは付き人みたいな感覚で沙織ちゃんも恭二に着いて行ってしまった。

 あの3人はここ1、2週間ほど全国津々浦々を巡っており、各地にある遺跡や古物を鑑定眼で見る作業を行っているらしい。

 

 守秘義務的な事で余り詳しくは語れないそうなのだがまだ始まったばかりの調査でも結構な発見が重ねられているらしく、偶に恭二から連絡が来る時は大概「日本ヤバい」から言葉が始まる。

 何がヤバいのかは答えられないらしいのだが、正直物凄く気になるのでついていけばよかったと心の底から後悔している。

 

「いや、一郎君まで離れたら不味いでしょう」

「そうですかね? シャーロットさんも一花も居るし、御神苗さんやデヴィッドももう十分超一流の冒険者ですよ」

「君か恭二君のどちらかが即応できるってのはやっぱり安心感が違うからね。どちらも長期で出かけるとなるとやっぱり不安の声は出ると思うよ」

 

 カチャカチャと機械のセッティングを続けながら先輩氏はそう語る。この人も実は2種免許持ちの冒険者なんだよな。というかヤマギシの幹部扱いの人で2種未満の人は居ないんだ。社長も、うちや下原さん家も全員2種以上持ってるし、社長なんかあれで教官免許保持者である。

 

 魔法の才能は遺伝が結構デカイみたいで、真一さんや恭二の親ってだけあって物凄くセンスのある人なんだよな、社長。ブラス家も兄妹はケイティに似て凄くセンスがあったし。

 その点我が鈴木家は一家揃ってセンスがあんまりないので、一花式ブートキャンプで無理くり魔法を覚え込む羽目になった。一花があんなに教導をやり辛そうにしてたのは後にも先にもあれだけだったな。

 

 それと先輩氏が言ってる不安の声というのは、今のヤマギシの立ち位置というか日本冒険者協会におけるヤマギシの立場が大きく影響している。

 

 ちょっと長くなる話なんだが、前回の教官合宿で日本の全ダンジョンにある程度の教官免許持ちの冒険者が増え、現在日本中の1種、2種免許持ちの冒険者はどんどん数を増やしている。

 

 この冒険者の総数が増えた事で各地のダンジョンでは無理なく臨時冒険者への対応が出来るようになったり、これまでほぼ一人でダンジョンの育成計画を切り盛りしていた昭夫君やネズ吉さん、そもそも教官免許持ちが居なかった他のダンジョンなどにも教官免許保持者が赴任し始めた。

 これによって人材不足という面では確かにかなり解消できたのだが、今度は前々から予想されていた別の問題が表面化してきた。

 

 冒険者の数が急増したことによりダンジョン内部に入る人間、特に5層以降へ足を踏み入れる人間の数が一気に増えた為、何か事故が起きた際に対応できる人間が限られてしまうのだ。

 

「まぁ、勝手に頼りにされてる君からすれば業腹だろうがね。よし、これに乗ってみてくれ」

「仕方ないでしょう。他に出来る人も居ないんですし、名前だけはやたらと有名ですからね、俺。おお、結構安定してますね」

 

 現在、各ダンジョンでは入口の受付で何階層まで潜るのかある程度の制限がかけられる。例えば2種冒険者とはいえいきなり2、3層と続けて新階層への突入は出来ないようにしてあったりする。レベル11ならば12層まで。レベル12なら13層までといった具合にだ。違反した場合は入場停止などの罰則もある。

 

 これはいきなり高レベルの敵と遭遇する危険を減らすと共に、ダンジョン内部での遭難等の危険を減らすための制度だが、とは言えダンジョン内部には別に監視などがあるわけではなく潜ろうと思えばどこまでも行けてしまう。

 

 一応5層から6層への階段の所には朝9時から夜9時まで交代制で見張りの冒険者が居るが、彼らはあくまでも見張り。臨時冒険者や1種冒険者しか居ないようなPTならそこで止めるがそれ以上の冒険者免許持ちは通る事が出来るので、そこ以降は各自の判断という物になってしまう。

 

 勿論基本装備として渡されているカメラ付きのヘルメットは装備を義務付けられており、このカメラに受付から渡されたSDカードを入れて冒険者は潜る事になる。後でバレる事になるのは皆分かっているのだが、どんな業種にもズルい奴や抜け道を見つけようとする奴は居る。SDを壊したり攻撃された振りをしてヘルメットを捨てたり、という事例は実はすでに何件か報告が入ってきているのだ。

 

 とは言えそんな連中でも、ダンジョン内部で人死にを出す事は避けたいというのが冒険者協会の偽らざる本音だ。

 そんな状況で日本冒険者協会がまずとった方策は各ダンジョン内での巡回班の創設。有体に言えばダンジョン内部の自警団を組織した。それも各ダンジョン毎に。

 

 警察にもダンジョン担当の冒険者免許持ちの人は居る。だが、彼らはあくまでも犯罪捜査の為の人員で、常にダンジョン内部に常駐する訳ではない。当然ダンジョン内部の治安維持の為には、常にダンジョン内部に張り付いている治安維持組織が必要になるわけだ。

 

 そして、そんな巡回班には勿論そのダンジョンの教官免許持ちと2種冒険者が所属しているわけなので大概の問題は彼らで解決できるのだが、米軍が公表したかつてのダンジョン内での事故は未だに苦い経験としてダンジョン関係者の間では語られている。その為、冒険者協会としてはその上で更に一つセーフティーを用意する事にした。

 

 それが緊急時における日本最高の冒険者たちによる救助支援、通称ヤマギシコールである。

 

「その為だけに協会から貰った新型の長距離移動用ヘリが上にあるんだっけ」

「しかも最新機器をガンガン使った特注品らしいっすね。一度乗りましたけどやたらと早かったです」

「だろうねぇ。あれ北海道も九州も無補給で行けるんでしょ? おし、じゃあ飛んでみて」

「はい」

 

 この日本冒険者協会の動きは世界冒険者協会側でもかなり注目されており、危機管理のテストケースとして用いられているらしい。一時期は軍用ヘリを、と言われていたらしいが流石にそれは不味いという事で、民間でも一番航続距離に優れたヘリを用意してくれたそうだ。

 

 各ダンジョンにある日本冒険者協会支部には奥多摩への直通の電話が設置され、これが一度鳴ればその瞬間にスクランブル。奥多摩に詰めているヤマギシチームのメンバーでチームを組み問題が起きたダンジョンへ向かう事になっている。まぁ、設置してから1、2か月経つが一度もなった事のない代物だがね。

 

「あ、これエアコントロールを使ってるんですね」

「ああ。空気調整が出来るって事はある程度の風量も調節できるって事だからね。これで速度を出して、着地の際は」

 

 先輩さんがグッグッと手を握る動作をしたのでハンドルについているブレーキらしきものを握りしめる。

 すると恐らく逆風が吹いているのだろう、急激に俺が乗っている乗り物の速度が落ちていき、止まった後にプシャァ、と乗り物の下部から白い糸の様な物が噴出して乗り物と地面を繋ぎとめる。

 

「ON/OFFが複雑になりすぎたからね。そいつは魔力が続く限り浮かびっぱなしなんだが、その際にウェブを錨の代わりにしているんだ。それに緊急時のスイッチを押せば全方位にウェブを発射して強制的に止まるようにもなっている。非常に安全に気を遣った設計の代物だよ」

「おぉ、すげぇ」

「無重力ビークルって所かな。乗り心地はどうだった?」

「凄く安定してましたね。乗り込んだ時はどうなるかと思いましたが」

「重量の安定にはかなり気を遣っている。こいつは実は見た目よりもかなり重いんだよ」

 

 俺の言葉に気を良くしたように先輩氏は語って、ポンポンと先程まで俺が乗っていた無重力ビークルを軽く叩いた。確かにこれは世界の乗り物業界に革命を起こす代物になるかもしれない。

 

「まぁ、今はかなり魔力が潤沢な状態じゃなきゃ使えないんだがね。ダンジョン内とか」

「魔力電池の需要がまた上がりますね……」

「うん。あ、魔力切れた」

 

 先輩の言葉と共にドガン、と凄い音を立てて無重力ビークルが金属製の床に落ちる。床が補強されてるのはこれが理由か。

 成程、確かにこれは重い。そしてまだこれは実験段階だなぁということも確信する。さっきたっぷり魔力を込めてまだ20分も経ってないからなぁ……こいつは先が長そうだ。




流石に疲れたので明日は短めの予定です。


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第百七十一話 フロートバイク そして米軍へ

今週もありがとうございました。
また来週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 無重力バイクの目処が立ったという報告は、機体の共同開発元である某バイク会社と一緒に記者会見で行われた。と言っても現状は魔力満タンの状態でも一時間も持たない凄まじい魔力食い虫な訳で、まだまだ商品化のレベルではない。

 

 だが、この発表はエンジンを持たずに魔法だけで動く車両が実現したという、その報告の為だけに行われた。それが世界の常識を一変してしまうとヤマギシも某バイク会社も確信していたからだ。

 

「なるほどぉ。エアコントロールの機能を持った端末を増やして風力を強化するんだ。先輩さん考えたね。まだまだ改良点は多いけど」

「曲がるのがクソ難しいんだよなぁ、今のままだと」

 

 一花がノロノロと無重力ビークル、便宜上の名称としてはフロートバイクと名付けられた試験機を動かしながら感想を述べる。先輩さんも一花の言葉に素直に頷いている。彼をしても中々改善できない問題点であるのだろう。

 

 このフロートバイクはそもそも地面と接していない為、現状移動や姿勢制御の全てをエアコントロールに頼っている。エアコントロールの性質上強風などにも影響を受けずに済むが、やはり元々空気調節の為の魔法だ。

 どんなに強化しても出力自体はそこまで強くないので、バイクと名付けてはいるが速度はママチャリくらいかな、という程度。この間の魔法の畳よりは大分早いが、やはりもう少し速度は欲しい所ではある。

 

 現状はエアコントロールと並行して、恭二に風の魔法でも開発してもらってそれをアクセルとブレーキに、エアコントロールを完全に姿勢制御用に扱おうかという方向で纏まっているのだが、そうすると今度は曲がれないという問題も出てくる。

 いや、曲がれないというよりもかなり大きく回り込むことになる、か。カーブにも風の魔法を使うと考えると今度は姿勢制御用のエアコントロールに影響を与えかねないそうだ。調節も難しくなるだろうし、この部分が解決すれば開発も一気に進むそうなんだが。

 

「空飛ぶ鉄男方式は駄目なの? エアコントロールの端末を一気に増やしてさ。各方面からの調節して姿勢制御するの。前に進む時は幾つかの端末を進行方向とは逆にして速度も確保!」

「ジャービスがないと調節が無理。処理しきれない」

「ミギーくんなら?」

「それだ!」

「それだじゃないです」

 

 結局解決にならないじゃねぇか。でもコンピューターで姿勢制御ってのは良い案だと思う。戦闘機とかの技術にそういうのがありそうなんだけど、一度ブラス家にも頼ってみた方が良いかもしれないな。

 

 

 

 等と考えていたのがいけなかったのか。

 

『やぁ、イチロー。いきなりの招待ですまないな』

『いや、別に良いけどさ。ジョンおじさん』

 

 横田基地司令のジョナサン・ニールズ大佐に丁重な招待状を貰った俺と先輩さんは、久方ぶりにやってきた横田基地の司令室でのんびりとお茶を楽しんでいた。

 

「い、いいいい一郎君、そ、そそそれでこんかいは」

「先輩、翻訳。翻訳使いましょう」

 

 訂正。一部全然のんびりできてないな。というか落ち着きましょうよ先輩。別に取って食われるわけじゃありませんから。

 

『それで、今回はどんなご用件で? お願いしている事は特になかった筈ですが。あ、お茶会のご招待って意味なら喜んで。最近暇してたんで』

『ああ、それはいい。今度タローを誘って山中でキャンピングと行こうじゃないか! まぁ、今回はちょっと違うんだがね。これは政府筋から頼まれた件で。電話で話すにはちと……出来れば実務担当のミス・オガワも居てくれた方が助かったんだが』

 

 シャーロットさん、今日は冒険者協会の用事で都心から離れられないんだよなぁ。あ、太郎ってのはうちのじいちゃんね。

 ジョンおじさんは狩猟が趣味で、うちの爺さんは本職の猟師だ。この二人、予想以上に馬があったらしく、休日にはプライベートで奥多摩に来ているジョンおじさんを見る事も珍しくない。

 

 その関係なら話は早いかなぁと思っていたのだが、おじさんの表情を見るにどうやらそうは上手くいかないみたいだな。

 

『まぁ、これは君たちの会社にも正式に連絡をすることになるとは思うのだが……君たちの開発したフロートバイク、開発に米軍も噛ませてほしいんだ』

『ひへっ!?』

『……成程?』

 

 先輩さんの驚愕の声を聞きながら、右手をライダーマンに切り替える。物が物だけに米軍からも何かしらの反応は来ると思っていたが、予想以上に真っ直ぐ突っ込んできたなぁ。

 

『わかりました。詳しくお話を伺いましょう』

 

 椅子に座り直し、ニールズ大佐の目を真っ直ぐと見る。その様子に驚いたような顔を浮かべた大佐は、ジョンおじさんの顔からジョナサン・ニールズ大佐の表情へと切り替わった。

 これはちょっと気合入れて交渉しないといけないかもしれないな……流石に兵器開発までは責任取り切れん。



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第百七十二話 ヤマギシ会議・フロート関連

今週もよろしくお願いします!
フロート関連の話が続いて申し訳ない。恐らく次回位で終わります

誤字修正。アンヘル☆様、244様、kuzuchi様有難うございます!


 会議室は重苦しい空気に包まれていた。俺から渡された報告書に目を通した社長とシャーロットさんは険しい表情を浮かべ、一花は無表情。他の面々もそれぞれ程度の違いはあれど、歓迎的な話ではないのは確かだ。

 

「断れない話なんだな?」

「まず間違いなく」

「そうか……嫌な話が来たなぁ、おい」

 

 ため息をつくようにそう言って、社長は天を仰いだ。すみませんね、頑張りはしたんですが。

 

 ニールズ大佐との会談は思った以上に早く終わった。というのも大佐はあくまで現地窓口。そこそこの権限はあるが、大本はもっと上になるからここで大きな変更や断るといった事も難しい為だ。

 

 それに最初期のヤマギシを助けてくれたのは米軍であり、ニールズ大佐だった。彼からの話だと俺達も無下に出来ないからなぁ。

 

「問題は我々にどこまでの話を振ってくるか、ですね」

「現状フロートと魔力電池、それにエアコントロールはヤマギシが最も技術を蓄積してます。まぁ、当然の事ですね。米軍もこれらの研究は進めているのでしょうがまだ形になった物はないようです」

「魔力電池は、ヤマギシの物でもまだまだ改良の余地があるからなぁ」

 

 電力への変換って意味なら全く問題が無いのだが、いや、この場合はフレイムインフェルノとサンダーボルトの効率が凄すぎるだけかな。現行の魔力電池3本あればフレイムインフェルノだけで大型火力発電所を1日ぶん回せるんだから。

 

 しかも魔力電池はそれぞれ使い切ったら再充電可能な代物だ。そしてサンダーボルトなんかはエネルギーを保存する時のロスが無ければもっと効率が良いらしい。モノホンの電力の塊だしね。

 

 さて、それらの抜群に効率の良い魔法に対してフロートであるが。実はこいつを飛ばすだけならばそれほど魔力消費量は多くないんだ。物の重さによって消費魔力が増えるという特徴もあるが、これもまぁ許容範囲内だ。

 

 あんまり重いとOFFにした時に自重によって持ち上げていた物もダメージを受ける可能性はあるが、これは徐々に魔力を絞るという方式を模索中なので直に解決するだろう。

 

 問題はもう一つの方。エアコントロールにある。先輩氏の構想ではエアコントロールによる姿勢制御と恭二辺りに風力を使う魔法を新開発させて、魔法式のブースターを作成。後は推進力の確保。

 

 ブースターの向きを調節できるように加工してカーブなどにも対応させるつもりだったのだが、そこまで突っ込めば恐らくまずまともに飛ばす事も出来ないって位に魔力を食う。エアコントロールが。

 

 こいつは本当に盲点だったんだが、基本的にエアコントロールって魔法は周囲の空調、つまり調整のための魔法でその為に周囲の空気を操作しているんだが、そんな魔法が2重3重と重なっていればどうなるかというと。

 

「結論。互いに干渉しあって常時最高出力状態だね!」

「やっぱりかぁ……イケると思ったんだがなぁ」

 

 右手と左手で同時にエアコントロールを発動してみるという、割と凄まじい技を試した我が妹の言葉に先輩氏が首垂れる。方向を絞ってある奴はまだ大丈夫なんだが、普通のエアコントロールがまぁエネルギーを食うんだな。逆にフロートとエアコントロール1つだけならそれほど消費も無いんだが今度は安定感が無いのと速度が全然でないんで魔法の畳と同じ代物が出来てしまう。

 

「米国は、やはり」

「戦闘機に乗せたいみたいだね。後はヘリ、それに戦車。車両の踏破性を一気に引き上げちゃうからね。戦闘機はちょっと想像できないけど、ヘリはずっとフロートが発動できるなら、下手したら地球一周できる機種が出来るんじゃない?」

『ホバークラフトもだ。エンジンの出力を推進力に全て回せるから航続距離が段違いに伸びるだろうね』

 

 一花の言葉にそれまで黙って成り行きを見守っていたデビッドが答える。米国人である彼としては母国の邪魔になるような真似はしたくないんだろうが、ヤマギシの一員として言葉にするべきところは口にしてくれたんだろう。

 

 これらは全て民生品でも同じことが言える。現在公開されたこのフロートについての技術は各国ですでに研究が始まっているが、何せフロート自体がほぼ最新の魔法だ。使える人間が少ない為まだまだ取得者が少なく、机上の理論ばかり、という所も少なくない。

 

 ヤマギシにフロートの取得の為だけに訪れる冒険者も居る位だから、どれだけ期待されているのかが良く分かる技術でもあるんだがな。応用範囲が広すぎて正直コントロールし切れる気がしない画期的すぎる技術でもある。

 

 とはいえ、唯唯諾諾と現状に流されるのもそれはそれで不味いわけで。こういう時の為のオブザーバー的な立場の人物に俺達は連絡を取る事になった。

 

 

 

『という訳でそちらからも働きかけて貰えんかな』

『了解です。こちらを飛ばしてヤマギシへの要請とは……少し政府と話し合わなければいけないかもしれませんね』

『ジョンおじさん経由で来るのは初期の正規ルートだからな。そっちは咎める気はないんだがウチとしては非常に困った状態なんだ』

『そういった物も織り込んで行うのが外交ですよスパイディ』

 

 ふふっ、と微笑みかけるようなケイティの言葉に思わず苦笑を浮かべる。若干の皮肉も込めてきてる筈なんだが、まるで気にならないで苦笑させられてしまう。成程、これが話術か。

 

 普段のデスデス言ってる姿が印象的だが、英語で彼女と話すと本当に同年代とは思えない。スパイディモードも結構頭の切れは負けない筈なんだが、ここら辺の主導権が握り切れないのは単純に俺の経験不足が原因だろうな。

 

『ヤマギシ・ブラスコとしては兵器開発への協力と取られかねない案件は避けたい。良い判断です。あくまでもヤマギシは冒険者関連に関してを専門に扱う企業であるべきですからね。落とし所はどこを見ておられるんですか?』

『それなんだが……完全に無しってのは無理だな?』

『それは考慮にすら値しませんね。米国政府は敵に回すべきではない。回す意味もない相手です』

『だろうね』

 

 断言するケイティの言葉に頷きを返す。俺も一つ決断を下した。社長からはすでにOKを貰っている。流石にこれ以上引っ張るのは無理だろうしな。

 

 欲しいと言っている相手がいるのなら、それは商品になる。俺達ヤマギシは魔法を商品として扱って大きくなった会社だ。流石に兵器丸ごと作れと言われれば拒否しなければいけないが、全世界に対して平等に販売を行う、元となる部品を売る事はやぶさかではない。

 

 社長や出張中の真一さんとも話し合った事だ。手に余るなら手から離す事も必要であると。俺達のポッケにはデカすぎる代物ならそれでどれだけ利益を得る事が出来るかに注力するべきだろう。

 

『現状開発が終わったフロートを付与した魔鉄の板、商品名は【フローティングボード】かな。ON/OFFの装置とセットで販売を開始しようと思う』

『……それだけで米軍を納得させると?』

『米軍が期待してるのは恭二が開発するだろう今後の魔法を使用した関連技術だろう? それらも順次公開していくさ。この技術に関してうちは隠し立てするつもりはもうない。少なくともヤマギシはね』

 

 他所が自力で開発した技術に関しては流石に責任はとれんがな。販売したフローティングボードが何に使用されるかは販売した先によるだろうが、今まで開発した魔法も軍事転用の利くモノが多かったのだ。恐らく俺達が知らない所でまた何かしら関連する技術は出来てるだろうが、流石にそこまでは関知できない。

 

 それに、各国が無重力関連の開発に難航している最大の要因はこのフロート魔法の使い手が足らず、まるでフローティングボードが足りていないのが原因でもある。魔力電池も高いからな。だったらこっちからそれらの基盤を用意して、どんどん発展して貰った方が良い。ヤマギシはあくまでフローティングボード自体の改良に努めた方が効率的だ。

 

 まぁ、先輩さんが血の涙を流して渋ってたのでフロートバイクはそのまま開発を続けるつもりだが、あくまでもダンジョン内部用にチューンしていく予定である。元々そのつもりで作っていた物だしね。

 

 これで米国が納得してくれれば良いんだが。さて、どう出るかな?



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第百七十三話 フローティングボード関連・決着

今回でフローティングボード関連の一連の流れが一先ず終わりました。
この技術放出がどうなるかはまた暫くしてからになると思います。デロげふんげふんも出るかもしれませんね。

誤字修正。アンヘル☆様、244様、kuzuchi様有難うございます!


「生産が追い付かない」

「ですよね」

 

 工場長の三枝さんがそう零すと、出張から戻ってきた真一さんが相槌を打つ。ヤマギシは持てる余力と新しく出来た工場のレーンの半分をフローティングボードの生産に傾けたのだが、現状ではまるで需要を満たす事が出来そうにない。

 

 どのくらいの需要かというと、ヤマギシがフローティングボードの販売を決定してすぐ、ヤマギシと日本冒険者協会の電話回線は使用出来なくなった位だ。WEBサイトの方も2時間で万を超える問い合わせが来ており、正に魔力発電の悪夢再びといった状況である。

 

「まぁ、兵器作らされるよりはマシだがな」

「気持ち的にはそうですね」

 

 ボヤくように呟く三枝さんの言葉に頷きを返す。あのまま米軍の次期主力兵器開発なんかさせられてたら堪らんかったからな。間違いなく守秘義務やら何やらで雁字搦めにされる所だった。

 

「それで、向こうは納得したのか? あちらとしては出来れば独占したかったんだろ」

「優先販売と今後バージョンアップされるフローティングボードへの有償交換で納得させました」

 

 ブラスコが、とまでは声に出さない。ヤマギシが惜しげも無く自社の最新技術を放出したことで、歩調を合わせているブラスコもまぁそれなりに影響が出る事は避けられない。結構な強気で政府に抗議を行ったらしい。

 

 短期的には最新技術をばら蒔いたヤマギシの大損に思えるが、長期的にはフローティングボード関連の普及が促進されて、更に魔力電池の需要が増えて得になると踏んでるんだが……そこはそれ。損に見えるという点が肝心らしい。

 

 旧来のエネルギー関連に更に魔力エネルギー関連という新分野の開拓に成功し今や飛ぶ鳥を落とす勢いのブラスコからの『お問い合わせ』は、合衆国政府の閣僚たちにもそこそこの影響を与える事が出来たらしい。

 ヤマギシがフローティングボード自体の販売を始めると発表した次の日には大使経由で非公式に謝罪の連絡が入った。

 

 その際に、ジョンおじさんに飛び火しかねない状況なので「ニールズ大佐の顔を立てて大事にしたくない」と伝えておく。こちらが何を言いたいのかは大使さん位の人なら流石に分かるだろうし、ジョンおじさんがトカゲのしっぽにされたら流石に気まずいからな。じいちゃんにも釘刺されてるし。本当最後まで頭を悩ませてくれる案件だった。

 

 

 

 さて、ヤマギシを大騒ぎに陥れたフローティングボードの件が凡その決着を迎えたのは良いんだが、生産ラインを大急ぎで整えたせいで魔力電池の生産ラインが大幅に割を食う形になった。

 

 これで一番困るのが日本向けの魔力電池関連の販売をしているIHCなのだが、IHCはIHCで自社で進めているフロートや魔力発電を用いたロケットや航空機の素材開発を行っているから痛し痒しといった状態。まぁ向こうからは出来るだけ早くに魔力電池の生産ラインを増やしてほしいと要望があったがな。

 

「という訳で、忍野ダンジョン周辺にヤマギシの生産拠点をガンガン作る予定だ」

「あっちは奥多摩よりも広いからね! 奥多摩の周りは冒険者用の施設に固めて、生産拠点は向こうで統一するのも手だと思うよ?」

「金属リサイクルプラントも新設したい。低層のオークやオーガが落とす武器を分離すれば、純銅や貴金属に分離できるからな。正直純金の魔力電池は価格が高くなりすぎるから、純銅の魔力電池を試したいんだ」

 

 真一さん、一花の頭脳担当班に工場長の言葉もあり、今年の方針として工場の拡大移設と新規施設の追加、および奥多摩の土地の再整理が決定。現在使っている工場等は解体して宿泊施設を増設し、急な来訪者や今なお需要の衰えない臨時冒険者たちの宿として用いる予定だ。

 

 奥多摩は最も設備関連の整ったダンジョンであり、しかも日本の首都圏から通い易い場所にある。今後冒険者が増えれば増えるほど需要が増えるダンジョンと目されており、事実これまでも何とか近隣の宿泊施設に頼み込んでようやく研修生を受け入れてきていた。

 臨時冒険者から1級冒険者へと変わる人間も多い為冒険者は女性の方が数が多く、こういった住居関連は気を付けすぎる位が丁度いいのだ。

 

 それに、これから仲間も増えるしな。住める場所はどんどん増やしていく方が良い。

 

 

 

「お久しぶりです。今日からお世話になります」

「お世話になります」

「おお、おお! よく来てくれた、歓迎するよ」

 

 頭を下げる男女二人組に社長が頬を綻ばせて喜んでいる。岩田浩二さんと坂口美佐さん……いや、もう籍を入れたって事だから岩田美佐さんか。

 この二人はかつて、自衛隊から派遣されてヤマギシチームに所属していた旧ヤマギシチームメンバーで、最近まで自衛隊のダンジョン訓練の教官を務めていた人たちだ。

 

 彼等は自衛隊を3月付で退職し、二人は晴れてヤマギシに入社。正式にメンバーとして参加する事になった。心強い仲間の加入だ。

 まぁ、今は恭二と沙織ちゃんが日本各地をうろうろしている影響で深層への突入は自粛している為、二人には30層までの訓練と各部門への挨拶、それに新しく開発された魔法を覚えてもらう事から始まるんだがな。

 

「という訳でようこそ一花’sブートキャンプへ。ふふふふ。二人なら変な影響を与える心配も無いしビシバシ行くよ! ビシバシ!」

「お、お手柔らかに……」

「ビシバシ!」

 

 妹よ、それは返事じゃあないぞ?

 

 一難去った後ののんびりとした空気の中、ヤマギシ冒険者チームはダンジョンに潜ったり魔法の習熟訓練、それにいつの間にか増えていたレジェンドライダー関係者との胃の痛いお話をしながら4月は瞬く間に過ぎていき、GWが訪れて5月。

 

 欧州の地に俺は降り立った。

 



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第百七十四話 フランス冒険者協会

暫くの間、更新時間を基本6時、遅くても7時にしようと思います。

誤字修正。アンヘル☆様、KUKA様、244様ありがとうございました!


『うめぇ』

『うめぇ』

『ご満足頂けましたか?』

 

 テーブルマナーに四苦八苦しながらも魚を切り分けてパクりと口に入れると、蕩けるほどの旨味が口の中を駆け巡る。フランス料理は別格ってよく聞くけど確かに凄いわ。兄妹共々感想がさっきからうめぇしか出てこない。

 

 ファビアンさんはそんな俺達の様子に苦笑しながら優雅にナイフとフォークを使って食事を進める。俺達よりもゆったりとした動きなのに全然無駄が無くてさくさくと食べ続けてる姿は流石は本場の住人って所だろうか。

 

『いやーごめんね! 支払い任せちゃって』

『いえいえ。マスターとイチローさんの役に立ったなら本望です。ああ、君、支払いは私の家に回してくれ』

 

 ふぁさっと前髪をかき上げ、ファビアンさんが給仕の人にそう伝える。ここはファビアンさん一家行きつけのお店らしく、こういった対応も可能らしい。手ぶらで大丈夫って満面の笑みで言われた時はどうするのかと思ったが、流石は名士って所だろうな。

 

 現在、俺と一花はファビアンさんの実家にお邪魔させてもらっている。フランス国際映画祭の日にちまではどこぞのホテルに泊まろうと思っていたのだが、『水臭い事は言わないでいただきたい』といつもの自信満々な口調で連絡を入れてきて、あれよあれよという間に俺達兄妹に監督の3名が泊まらせてもらう事になった。一人足りない? そっちも無事にフランスに入っている。

 

『所で、その。シショーは本当にカミーユの所に?』

『うん。カミーユさん所の実家の道場で暫く稽古をつけるって』

 

 一花の返答に安堵の吐息を吐くファビアンさん。そういえば空手と柔道をたった2ヶ月で叩きこまれた組の人だったね、ファビアンさん。フェンシングを習得していたから体の動かし方が分からないって訳じゃなかったんだけど、筋が良いからって良くしごかれてたっけ。

 

 因みに同じフランス代表だったカミーユさんの方は昭夫君と同じく愛弟子扱いで、本人も空手道場の跡取りって事もあってか非常に積極的に初代様の稽古を受けていた一人だ。昭夫君が日本の愛弟子なら彼女は欧州の愛弟子って所だろうか。流派は違うらしいけど。

 

『ま、まぁシショーがいらっしゃらないのは仕方ないとして』

『何なら今から呼んでも』

『やめていただきたい』

 

 無表情でこちらを見るファビアンさんに思わず頭を下げる。本当にトラウマになってるんじゃないかこれ。

 

 さて、一頻り美食を堪能した後はお仕事の時間だ。今回、俺と一花の二人が欧州に渡ってきたのは、主目的としてはライダー映画がカンヌの方で行われる映画祭に出展して、それがどうも賞を貰えそうだからと呼ばれたのが一つ。今回は規模の大きな祭典なんで、他の出演者も続々入国予定である。

 

 それとまた別件として。これはヤマギシの方でのお仕事なんだが。

 

『初めましてイチロー・スズキさん。ファビアンから噂はお聞きしています』

『初めまして。鈴木一郎です、よろしくお願いします』

『初めまして、鈴木一花です!』

 

 ファビアンさんの親族だという彼はマクシムさん。フランスの冒険者協会の幹部の一人で、ファビアンさんは彼の推薦で冒険者となり日本での教官訓練に参加したらしい。

 

『ファビアンは少し調子に乗りやすい所があるが責任感のある立派な若者だ。リーダーに相応しいと判断して日本へ行ってもらったのだが、大正解だったよ』

『叔父さん、少し恥ずかしいですよ』

 

 推薦した私の鼻も高いと自慢気に話す彼の言葉に、前髪をふぁさっとかき上げてファビアンさんが恥じらいの言葉を放つ。血縁関係はもう少し遠いらしいが行動や外見から「親族だなぁ」と何故か確信を持つことが出来た。自信満々なのと前髪が長いのがフランス名門の方々の特徴なんだろうか。

 

 まぁ、ファビアンさんが冒険者として優れているのは間違いない。個人としての評価はアメリカのブラス兄妹に劣っているが、協会、及びフランス国内の冒険者への貢献度という意味ならファビアンさんは間違いなく素晴らしいリーダーだ。

 

 最初の内は国内に5人しかいない教官免許持ち冒険者のリーダーとして各地の冒険者へ指導を行い、一花の件で行ったデモ活動などを通じて世間的な認知を得ると今度は国内の冒険者のあり方について政府と協議。

 

 『誰からも愛され尊敬される、勇気ある冒険者』をテーマにしたフランス冒険者心得という物を作ってある種の騎士道精神的な物をフランスの冒険者に根付かせようと日々努力しているらしい。

 

 一流の冒険者は主力戦車に匹敵するとまで言われている。それだけの力がある存在が理念も何もなく無秩序に存在するのは危険であると彼は考えたわけだ。

 

『素晴らしいと思います。日本では正にそれによって事件が起きたわけですから』

『デモは驚いたけど、嬉しかったよ。ありがと!』

『……いえ、その。教官方に、そう言って頂けると……ありがたいです。私は、自分の信念に従って行動したまでで、その』

 

 真っ直ぐ褒められて少し照れ臭そうにするファビアンさんに、一花が「愛い奴め、このこのー」とウザがらみを始める。偶にこの人凄いギャップがあるんだよな。別にキャラ作ってる訳じゃないんだろうけど、素のファビアンさんは凄く純朴な人なのかもしれない。

 

 微笑ましく思いながら、俺は同じくその様子を苦笑しながら眺めるマクシムさんに顔を向ける。

 

『それで、件のお話なんですが』

『ああ……フランス冒険者協会としても大変ありがたい申し出だからね。やはり冒険者が稼ぎ出した物品を金銭に変えるシステムは国内になければどうしてもね』

『わかります。輸送だなんだで出費が大きくなる以上、避けられないでしょうね』

 

 特に魔石関連は処理できる場所が限られているからな。現状はそのまま地産地消しているが、ある程度以上魔力持ちが増えた後を見据えると消費先が魔力電池への補充用だけになるのは免れない。そうなったら日本やアメリカへ輸送しなければならず、採算性が著しく悪くなる。

 

 その事を懸念していたヨーロッパ各国の冒険者協会からの要請で、俺は前乗りする形でフランスにやってきた。

 

『ヤマギシかブラスコの魔力電池工場をヨーロッパに。出来れば数か所は欲しい』

 

 マクシムさんの言葉に俺は頷きを返して、持参した現状のプランを纏めた書類を彼に手渡した。



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第百七十五話 カンヌの方の国際映画祭

誤字修正。244様ありがとうございました!


 ヨーロッパでの仮面ライダー人気は残念ながら低いと言わざるを得ない。というよりも日本の実写ヒーロー物はあんまり欧米では人気が無い。やっぱりどこの国もヒーローをやるなら自分たちと似たような人が良いって事か何かなのか。これがアジア圏なら絶大な人気なんだがね。

 

 まぁ、そんなヒーロー実写モノは、やっぱりというか世界各国色々な国に独自の物として存在したりするから需要自体はとても大きいものなんだ。そして、その需要に対して国家の壁を作品の質で突破した稀有な例として蝙蝠男やスパイダーマン、復讐者達といったアメコミ系の映画が存在する。

 

 そんなほぼ1強状態のヒーロー物ジャンルに、待ったをかけた存在が昨年登場する。

 

 ご存知我らがライダーである。

 

 

 

 レッドカーペット前。数多のスター達の訪れを心待ちにしている面々の前に黒塗りのリムジンが乗り付ける。予定時刻よりもかなり早い時間。会場前で待機していた報道関係者やパパラッチ達は今年の会場一番乗りは誰かと囁き合い彼らのボルテージが上がる中、ゆっくりとした動作でドアが開かれる。

 

『……え?』

『イチカ・スズキ? 何故?』

 

 最初に聞こえたのは困惑の声だった。ドアを開けて降り立った少女はとても高い知名度を誇る人物だったのは間違いない。何せあのイチロー・スズキの妹なのだから。だが、彼女は女優ではない。困惑の中彼女に対してカメラを向けフラッシュが焚かれる中、レッドカーペットに向かわずに後ろを向き立ち止まる彼女の姿に困惑の声は広がっていく。

 

 そんな困惑した空気が流れている会場前に、ブオン、とエンジンをふかせて3台のバイクが現れた。会場前に乗り付けた3台のバイクの搭乗者はバイクを停車すると、駆け寄ってきたスーツを着た警備員に何事かを伝えて、バイクを任せてレッドカーペット前で待つイチカ・スズキの元へと向かう。

 

 彼らの姿を見た時、欧米出身のとあるパパラッチは一瞬彼らが何なのか分からなかった。緑色の装甲を付けたバトルアーマー。それが彼が最初に思い描いた解答だ。後の二人は、青を基調としたヘルメットを被った同じようなバトルスーツを身に着けた青年らしき人物と、ドクロのマークがペイントされたヘルメットと黒いライダージャケットに身を包んだ人物。こちらはどこかで見覚えのある姿だったので、昨年の新作映画の登場人物だったかと彼は自身の頭の中を模索する。

 

 自分の周りの人間の反応を見ようと思い彼は周囲を見回した。すると欧米関連の報道関係者は皆一様に戸惑ったような反応を返しているが、アジア圏、とりわけモヒカンの様なヘアスタイルの小太りの男が狂ったように「仮面ライダー! 仮面ライダーがいる!」と大きな声で叫んでいる。

 

『仮面……ライダー?』

 

 パパラッチの男は歓声と困惑が入り混じった声の中、自身に向けられた声に右手を上げて返すバトルアーマーを着た男達の姿を捉える。この写真は金になる。彼の中のパパラッチとしての直感がそう言っていたからだ。

 

 そして、声援に答えながらレッドカーペットへと向かう彼等の前に数名の係員らしき人物が立ちふさがる。写真を撮りながら彼は「ドレスコードで引っかかったのか」と苦笑を浮かべる。この姿も撮影しておこうと、パシャリパシャリとシャッターを切りながらファインダー越しに彼らを見ていると、緑色のバトルアーマーを着た男が右手を持ち上げて指を弾くように親指と中指を合わせるのが目に入った。

 

 パチリと、騒がしい会場だというのに何故か響き渡ったフィンガースナップの音の後。その場には先程まで居たバトルアーマーを着た男たちは居らず。見事な出来栄えのスーツに身を包んだ精悍な顔立ちの青年……と、若干幼さの残る顔立ちの少年。そして……世界一有名な冒険者の姿がそこに現れた。

 

 一拍の静寂の後。会場前は火山が噴火したかのような歓声と熱狂に包まれる事となる。

 

 

 

『ストーリーとしてはシンプルだ。悪の組織に改造された主人公が悪と戦い続け、そして40年の歳月が過ぎ。老朽化した体を引きずり尚も戦う主人公と彼を取り巻く仲間達。受け継がれていく正義へ掛ける魂の物語』

『シンプルな背景ではあるが中身は凄まじい。魔法という新たな技術を惜し気もなく投入し、最高のリアリティを観客に提供してくれている。アクションシーンの見ごたえは言葉に言い表せられないよ。あれこそが殺陣の神髄だろう』

 

 残念なことに最高賞であるパルムドールは逃してしまったが、作品はグランプリを受賞し、初代様は審査員賞を受賞した。という訳で監督や初代様、昭夫君と並んで会場入りするも、相変わらず凄い場違い感がある。

 

 何名か復讐者達で共演した俳優達とも顔を合わせたんだが、6月の上映まではあくまで初対面、という振りをしなければいけないので軽く挨拶を交わしたくらいでとどまった。

 

 まぁ、さっきから復讐者グループの方で頻繁に「イチローがまたやった!」とか文章とさっきの写メが飛び交ってるから、多分後で電話がガンガン来そうな気はするけど。

 

 いや、欧米だとどうしてもライダーの知名度が低いからさ。ちょっとした話題作りは必要かなって監督が言い始めたんだよね。

 

 一緒に会場に来た一花は先に会場に入っていたファビアンさんと関係者席の方へ行き、二人で楽しくカメラに映る俺達を見るとの事で入口で別れた。のだが、会場内へ入ったらなぜかカメラをもった人々に囲まれているようだった。

 

 眉を寄せたその顔に不覚にも少し笑ってしまったが、その様子が見られていたのか更に不機嫌そうに頬を膨らませている。後で助けてやらないと拗ねられちまいそうだな。

 

 まぁ、今はそれよりも監督と初代様に拍手を送らないとな。お世話になった二人が国際的に認められるってのは、やっぱり嬉しいや。



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第百七十六話 ガラガランダ

今週もありがとうございました。来週もよろしくお願いします!

映画の一号では変身はしてないんですが、そこはスルーという事でお願いします。使いたかったんです(震え声)

誤字修正。244様有難うございます!


 何か予想以上にライダーの知名度が弾けたらしい。映画祭と並行して行われてる映画見本市では、殺到といった様子でライダーの上映権を全世界のバイヤーが求めて日夜交渉を戦わせていたらしい。

 

 先日行われた会場入りの際の映像は瞬く間に世界中に広まった。また、とある運のいいカメラマンが撮影した、フィンガースナップの前とその後の画像は世界中の新聞社にフランス国際映画祭の今年の目玉として取り上げられた。

 

 ライダーの知名度を引き上げるという意味では大成功と言えるだろう。その夜にスタンさんからの2時間に及ぶ「ズルいズルいズルい」という抗議の電話と、復讐者達のグループからのからかい半分に送られてきた大量の祝福メッセージは少し困ったが、まぁ必要経費って所だろうな。

 

 次の日には仕事の関係で遅れてきた幽霊君やお化け君達、それに地獄大使さんも合流し、そこからは各国の報道関係者から申し込まれた取材に答える日々だ。

 

『グランプリ受賞、おめでとうございます!』

『有難うございます』

『これも応援してくれているファンの皆さんのお陰です』

 

 中央に座る監督と初代様が無難な言い回しで取材陣の質問に答える。配置としては中央に監督とそれを囲むように主演の初代様と敵役の地獄大使さん、正規のライダーである幽霊君とお化け君。そして外側に俺と昭夫君が座る形だ。勿論ライダースーツではなく素顔で。

 といっても俺は厳密には素顔では無いんだが。

 

『あ、あの。彼はイチロー・スズキ……のお兄さんでしょうか?』

『いえ、彼はイチロー君で間違いありません。劇中の年齢に合わせて変身しているんです』

 

 そう。作中だと俺は20代後半位に合わせて変身してるから取材もこの姿で受けているのだ。ライダー映画に出る時は恐らくこちらが主になるだろうからって事でこの姿で取材を受けている。

 一応この説明を受けたら変身を解除するようにしているのだが、その瞬間に焚かれるフラッシュが凄くて少し困る。

 

 まぁ、そんな努力もあってか今回の国際映画祭では下手すると最高賞の作品よりも注目度が高く、街中をぶらっと歩くと行く先々で変身をせがまれたりする。

 

 特に登場ライダー5名全員での変身はどの国の報道関係者にも大ウケだ。その時々で変身を行う順番を変えたり、一花が居る時は発光エフェクトをライトの魔法で行ったり手を変え品を変え変身を行ったりして同じ変身シーンにならないよう工夫している。

 

 更に希望が多かったので実際の手合わせを見せたり……まぁこの場合は流石に殆ど一般人の地獄大使さんに無茶をさせる訳にはいかず、大体初代様のフィーバーに対処できる俺か昭夫君で初代様との組手になるんだが、これが想像以上にフランスの人の心を掴んだらしい。

 

 気持ちはわかる。この面子だとそれぞれストレングスやウェイトロスは当たり前。バリアがあるのと、専用に借りた広場だからって事で好き放題暴れ回ったもんだから、一般人には改造人間同士の戦いにしか見えなかっただろう。昭夫君の役割はちょっと違うんだが、元になった人をリスペクトすれば超人になるから仕方ない。

 

 特に最近の初代様はデフォでパンチやキックに電光が走ったりするから、新型スーツのガチっとした姿と相まってヨーロッパの子供達に大人気らしい。

 また、公開されている実年齢と見た目との余りの違いに「彼は本当に改造人間なのでは」という話も実しやかに囁かれているそうだ。

 

 

 

「一郎君、私にも変身の魔法を教えてくれないか?」

「いやぁ、せめて何度かダンジョン入ってからじゃないと……」

 

 自身も変身が出来るのだろうとせがまれる事が多くなった地獄大使さんが、どんよりとした表情でそう尋ねてくる。現地の子供なんかが「ジゴータイ! ジゴータイ」と言って指さしてくるのに何のリアクションも取れないのが結構堪えているらしい。嬉しそうにこちらを見る子供の顔が悲しそうに変わるのが非常に堪えるらしい。

 

「ダンジョンかぁ……それは確かに難しいなぁ。今の状況でこの地を離れるのは難しいだろうし」

「いえ、そうかダンジョンか。その手がありましたね」

 

 そう。カンヌに居る内に一度は行こうと思っていた場所がある。これはもしかしたらある種の好機かもしれないな。地獄大使さんに許可を取って席を立ち、スパイダーマンへ変形してから携帯を取り出してマクシムさんに連絡を取る。上手くいけばフランス冒険者協会の後押しにもなる筈だ。

 

『もしもし、マクシムさんですか? はい、イチローです。少し相談したい事がありまして……』

 

 

 

 国際映画祭のあるカンヌの沖合にはサントマルグリット島という島がある。この島はサント=マルグリット砦というかつての要塞跡があり、その中の牢獄には色々な憶測が飛び交う人物、鉄仮面の男も収容されていたことがあるらしい。この要塞跡の一部は現在博物館になっていて、この辺りに観光に来た時はぜひ一度は寄った方が良い観光スポットらしい。

 

 とはいえ今回俺達は観光で来たわけじゃないんだがな。

 

「武器に関してはこの槍を使ってください。基本的には昭夫君と俺でサポートします」

「あ、ああ。わかった」

 

 騒めく取材陣の中を歩きながら、俺と昭夫君は地獄大使さんの両脇を固めるように歩く。今回のパーティー編成は序盤は地獄大使さんをメインに両脇を俺と昭夫君、討ち漏らしは初代様、幽霊君、お化け君が担当する形になる。

 

 サントマルグリット島にはフランス国内に20数か所あるダンジョンの一つがある。といっても離島という立地の為周囲に冒険者用の建物はない。そんな場所に何故俺達が居るのかというと、地獄大使さんの要望に答えつつカンヌから日帰りで行ける、交通の便がいい場所がここ位だったからだ。フランスの冒険者協会からフランスに居る内に是非ダンジョンに挑戦してほしいと頼まれていたので、それを達成するチャンスだというのも理由になる。

 

 あとは、俺自身の息抜きも兼ねてはいるけど、これは口外していない。一花辺りは気づいていると思うけど。まぁ、そういう訳で今日は冒険者協会からの依頼という形でこの島にやって来たわけだ。俺の知名度を活かして開発されていないダンジョンに人を呼び込むという魂胆もあるらしい。ほら、有名人が入ったダンジョンに、というノリでさ。冒険者の数は増えてきているが、今度は一部のダンジョンに固まりすぎる問題が起きてるらしいから。

 

 まぁ、そんな冒険者側の事情でやって来たは良いんだが、まさか取材陣と初代様及び幽霊君、お化け君が居るのは予想外だった。カンヌに監督しか残ってないんだけど大丈夫なんだろうか。

 

『このダンジョンは最初のアタックで10層まで攻略済。立地の不便さもありここを専門で潜る冒険者も居ない為、臨時冒険者の受け入れも出来ず手付かずのままです。内部モンスターは奥多摩と変化はありませんが、マップが少し異なります』

『ああ、ありがとう。助かったよ』

『いえ、良い宣伝になりますので……お気をつけて』

 

 今回はダンジョンアタックに参加せずこの場を整える事に尽力してくれたファビアンさんに一言礼を言って、振り返る。詰めかけた取材陣に笑顔で手を振ると、こちらに向けてカメラを向ける多数のパパラッチ達の視線が突き刺さる。ああ。ちょっと待ってくれ。流石に何もなしで彼らを返すのも気が引けるので、ちょっとしたパフォーマンスでもしようか。

 

「一花、頼んだぞ」

「オッケー。じゃあ気を付けていってね?」

 

 ファビアンさんと一緒に待機に回る一花にそう声をかけて、俺達はダンジョン前の鉄格子に立ち――利用者が少ない為、現在は鉄格子によってダンジョン周囲が封印されている。元牢獄のあった場所だけにある意味それっぽい――初代様に目配せを送る。

 

「うむ。行くぞ。変身!」

 

 初代様の掛け声に合わせて各自が己の変身ポーズをとり、変身を始める。そして最後に。

 

『ガーラガラガラ……ガラァ!』

 

 喉元を鳴らすように声を上げて地獄大使さんが叫び、ガラガランダへと姿を変える。勿論こっそり変身魔法を唱えたのは一花だ。映画だとあんまりこの姿は無かったんだが、インパクトが強い方が良いという判断で全員が戦闘モードに変更されている。

 

『よし、行くぞ!』

『『『オウ!』』』

 

 複数のライダー+怪人一人というシュールな光景だが、欧米のヒーローは割と怪人っぽいのも多いから大丈夫だろう。フラッシュの光に後押しされながら初代様を先頭にライダーズはサントマルグリットダンジョンの中へと進んでいった……あ、いや駄目だ初代様、地獄大使さんに経験を積ませないと、初代様! 話を聞いてください!

 

 新入りに良い所を見せようとした方の若干の暴走はあったがそこはそれ。一人以外は20層まで単独でも行ける面子に支えられて地獄大使さんも無事10層突破とゴーレムの魔石吸収も済ませ、十分な魔力量になったと判断して帰還。一花指導の元その次の日には変身魔法だけは身につける事に成功した。

 

 ほとんど徹夜に近い特訓だったのだが、魔力を十分に吸収した地獄大使さんは元気一杯。満面の笑みを浮かべて街中で「ガーラガラガラ」をやり、その周囲がパニックになったのはまた別の話である。いや、ビックリする位魔法版のガラガランダはリアルなんだわ。でも本人は嬉しそうだったから良しとしよう。良しで良いよな?



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第百七十七話 とある先行上映会。

今週もよろしくお願いします!
いきなり番外編みたいなのりですみません。今回は初の一郎完全抜きとなります。

誤字修正。244様、ヒロシの腹様、kuzuchi様有難うございます!


『パパ、ママ! 早く早く』

『おい、ジェシー。そんなに慌てて転ぶんじゃないぞ!』

 

 ハロルドは落ち着きなさげに動き回る愛娘にそう声をかけ、隣を歩く妻にやれやれと肩をすくめる動作をする。娘が興奮しているのも分からないでもない。彼もこの日を心待ちにしていたのだから。

 

 逸る気持ちを抑え込み、威厳が損なわれないように気を付けながら彼は妻の手を取って少し足早に会場へと続く廊下を歩く。今日、この日。秘密先行上映会と言われる式典に参加できる人物は映画関係者か彼らに伝手のある本当にごく一部の面々だけだった。

 

 この先行上映会に参加する際に、彼らは一つの誓約書を書いている。それは『決してこの映画の内容を、公開日まで漏らさない事』という物だ。会場はとある豪華客船の中のVIPルーム。彼等は格安の料金で1週間ほどクルージングを楽しみながら、公開日を迎える事になる。

 

 その徹底ぶりに期待値はどんどん高まっていった。何せ今回のMAGIC SPIDERはつい数日前にフランス国際映画祭を騒がせたKAMEN RIDERと同じく魔法技術を全面採用しているのだ。しかも完全秘匿。何かがあると推察するには十分すぎる状況だ。

 

『招待状をお見せいただけますか?』

『ああ、勿論』

 

 会場の入り口だろう、大きなドアの前に立つスーツを着た男性に招待状を渡すと、中身を確認した彼は笑顔を浮かべて会場内へのドアを開けてくれた。一言礼を言い、ハロルドは妻とジェシーの手を引いて会場内へと入る。

 

 指定されたテーブル付きの椅子に座る。この上映会に参加している人々は誰も彼も凄い面子だ。恐らく通常の椅子ならば100人を超えて入る事が出来る会場内はその半分ほどの人数しかおらず、彼ら用のテーブルや椅子はゆったりとした、長時間の上映も苦痛なく見られるように配慮されたものになっている。

 

 時間があれば挨拶に回りたいところだったが……壇上に若い男が登っていく。少し早い気がするが、どうやら開演時間のようだ。

 

『お集まりの皆さま、本日は我が――』

 

 お決まりの挨拶スピーチ。ぱちぱちと手を叩き、内容を見守る。さて、事前に渡されたプログラムではこの後に監督の挨拶と俳優の挨拶だったか。ハロルドと同じようにプログラムを眺めている人がちらほらと見える。その様子を見咎めたのか、司会を務める若い男性が笑みを深める。

 

『ああ、忘れておりました。皆さまのお手元にある事前配布されたプログラムですが、もう役に立たないのでどうぞ席に備え付けられているゴミ箱にお入れください』

『なに?』

 

 スピーカーから流れる司会の男の発言に戸惑いと疑問の声が上がる。馬鹿な。確かにこの先行上映会の為に前後の予定を1週間空けてきたが、事前配布のプログラムに従ってスケジュールを立てているというのに。連絡が取れる状況でなければ仕事に差し支えが。

 

 諸々の場所から上がる声に司会の男は笑顔で答える。

 

『言葉が足りませんでしたな。勿論時間に関してはスケジュール通りです。といっても監督挨拶や俳優挨拶は後回しにしてまず上映からという意味ですがね』

 

 その言葉に周囲から安堵の吐息が聞こえる。だが、まて。先程から喋っていた若い男の声が、急にしわがれ声になったのは気のせいだろうか。いや、気のせいなどではない。どこかで聞いた事の有る声だった。間違いなく、しかもごく最近。この映画を見る為に事前に見たマーブルシリーズの映画の中で。場面場面を思い出しながらハロルドはしげしげと彼に目を向ける。

 あの人好きのする満面の笑みを浮かべた男。

 

『スマイリー!』

 

 ハロルドは舞台の上に立つ若い男の笑顔を見て、頭の中に思い浮かんだ彼のあだ名をつい大きな声で叫んでしまった。あちらこちらで「スマイリー! うそ!?」「馬鹿な、若すぎる」といった声が上がる中、呼びかけられた彼は悪戯が成功した子供の様に笑って右手を上げて、中指と親指を組み合わせる。

 

 フィンガースナップ。この1月どのニュースにも登場した有名な仕草。KAMEN RIDERが行ったカンヌでのあのシーン。頭の中を様々な言葉が駆け巡り。

 

 指が鳴らされる。

 

『今宵を共にする50名の素晴らしき友たちへ』

 

 司会の青年の姿は掻き消え。そこに立つ壮年の老人はそう言って笑みを浮かべた。

 

『数時間後、貴方方は観客から共犯者へと姿を変える事になるでしょう。この最大最高の嘘(マジック・スパイダー)を見終わった後の貴方方と、語らうのを楽しみにしています』

 

 老人……スタン・M・リードは両手を広げて高らかに開幕を宣言する。

 

『エクセルシオール!!』

 

 

 

 その日。映画評論家であるハロルドは自身のブログにこのような記載の記事を書き込んだ。

 

【MAGIC SPIDERを見ようと思っている人々へ。もしも貴方が来週の上映当日に幸運にもこの映画を見る事が出来たなら、貴方は私と同じ衝撃を受ける事でしょう。そして、出来れば知人で映画が好きな人物に、こう誘いの言葉をかけて欲しい。『最高だった。この感覚は説明が出来ない』と。きっと見れば理解してくれる。その時、私と貴方は共犯者となれるはずです。そして、映画を見終わった後にこう叫んでほしい】

 

 切れ味の鋭い評論を行う彼の記事に小首を傾げながらブログを見た人々は公開日を迎え、劇場へ赴き、そして、彼の言葉の真意を理解した。彼と彼らはこの時確かに共犯者として互いを認識していた。世界を騙す共犯者達として。そして、映画を見終わった後、彼らは口々にこう叫んだのだ。

 

『エクセルシオール!!』と。




ハロルド:映画評論家。今後出る予定はない。

エクセルシオール:本家スタンリーの代名詞。ラテン語で「優れた」、「気品のある」あるいは「常に向上する」を意味する。今回、魔法という新ジャンルを取り入れて「向上」を果たした映画の〆の言葉に相応しいと思って連呼してみました。


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第百七十八話 大きすぎた影響

時間間違えました、ごめんなさい!

誤字修正。244様、アンヘル☆様、ヒロシの腹様、kuzuchi様ありがとうございます!


 MAGIC SPIDERのガワを被った復讐者達は世界同時公開として6月に各地の映画館で公開され、世界中が嬉しい悲鳴という名の叫びを上げた。

 

 公開日前の秘密先行上映会では、映画が終わった瞬間に映画関係の重鎮という方々からスタンディングオベーションを受けていたし、多分これは人気出るだろうと思っていたら案の定って所だな。実際、一観客として見た時は本当にワクワクしたし、ドキドキしたし、感動した。

 

 まぁ元々前評判も高かった所に、実際の映画も期待以上だ、騙された、という声が多い。出演者としては大変ありがたいご声援だし嬉しいというのも本音だ……本音なんだが。

 

 流石にここまで忙しくなるとはなぁ。フラッシュの雨を浴びながら、貼り付けた笑顔の下で溜息をつく。

 

『ハナ役を演じてみての感想は?』

『今後のキャリアは。これからは女優として……』

『はい、皆さん質問の時間は終わってますよー』

 

 とある国の式典で、役者への質問をいつまでも行おうとする記者達からハナちゃん役の娘……花ちゃんを庇うように移動する。

 

 そりゃないよMSって言われても、そもそも女の子困らせてんじゃないよ? と返すと周囲の人もそりゃそうだと苦笑を浮かべて謝罪の言葉を花ちゃんに伝えてくる。流石にこういった公式の会見に入ってくる人は礼儀正しいなぁ。

 

「いえ、絶対違うと思います……」

『そう? 割と欧米の記者さんに困らされた事無いけどなぁ』

『なぁMS、今度のイギリスの方の式典も出てくれよ。あのハイエナ共が借りてきた猫みたいじゃないか! 僕は前にあいつらに酷い目に遭わされたから苦手なんだよ』

『本家さんのは自業自得でしょう』

 

 撮影風景の画像流出とかは流石に擁護できないです。これのせいで本家さんの台本は本当に台詞が入ってなくて、彼とのやり取りは全部アドリブになってしまうから苦労させられた。 

 

 でも、お陰で若い世代のノリみたいな物が引き出せたらしく、俺と本家さんの掛け合いは結構評判が良い。戦ってる時以外は「マック行かね?」「良いね。ああ、ポテトは揚げたてじゃないと」「わかる」とかすっごい軽いノリの会話ばっかなんだけど、この軽さが良いらしい。

 

 

 まぁ、そんな評判もあって。あと俺と本家さんが並んでるのはマーブルファンからしたら堪らない位に贅沢なシーンらしいので、この評価を活かして上映している国の式典を時にメンツを変えたりしながら周っていき、7月。

 

 大体20位の国でパシャパシャとフラッシュの雨に打たれた俺は、半分燃え尽きた状態で日本に帰ってきた。取材依頼とかはまだガンガン来てるけど、流石にこれ以上はもう身が持たない。

 

 スタンさんから頼まれていた分よりも多く働いたし、俺とほぼ一緒に回ってた花ちゃんも期末テストを受けに先に帰ってしまって、日本が恋しくなったのもある。

 

 それに、頑張ったお陰で期待以上って評価も定着してきたし、もう良いだろうというかもう無理、とスタンさんに連絡。スタンさんも苦笑しながら労ってくれたので、晴れてお役御免というわけだ。

 

 まぁ、日本に帰って来たら平穏であるとかそんな事は無いんですがね。

 

「歴代売上No.1間違いなしだね!」

「やっぱりマーブルシリーズは人気があるなぁ」

「最近のHOTなネタも取り入れた渾身の一作だからねぇ。ね、お兄ちゃん?」

 

 一花のニヤニヤとした声。言いたい事は分かるし言わせたい事も分かってる。だが、あえて言おう。あれは俺じゃないんだ……ハジメっていう名前のマーブルヒーローの一人なんだ。

 

 外を出歩くだけで取り囲んでくる取材陣からの「ハジメさん、一言お願いします!」「今後のヒーロー活動について!」という頭沸いてるのかって内容の声が耳に入ってくるだけで精神がゴリゴリ削られてるんだよ。

 

 最初の一週間は、しょうがないと我慢した。こうなる事は分かっていたし、覚悟だってしていた。でも、今回は今までの動画シリーズとはまた違うんだよ、向かってくる声の質が。

 

 見知らぬ人から「イチローさん!」とか「イッチ!」とか呼びかけられるのはもう慣れたけど、自分が演じたキャラをあたかも自分自身であるかのように見られるってのは、やっぱり疲れるんだよな。しかも、「あくまでコスプレです」って回答すると逆に喜ばれたりするし。テンプレってなんだ事実だろうが。

 

 今更ながらにヒーローを演じる俳優の辛さってのが分かった気がする。そら迂闊な真似できなくなるわ。一気に作品とヒーローの名前を落としちゃうんだから。初代様、よくこれを40年以上続けられたな。

 

 しかも今回は、普段動画を見ないような層の人なんかも見ちゃう「超話題作」に連続で出てたりするもんだから、奥多摩を歩いてたら明らかに俺のチャンネルなんか見て無さそうな30代くらいの真面目そうな人とか、還暦越えてそうなおじいさんとかの層からも「サインを」って声かけられるようになったんだ。四六時中、地元を歩いていても、ラーメン店でラーメン啜ってても。

 

 お陰でここ数日はずっと変身をしっぱなしだ。そしてどこからか俺が変身して外に出ている事を学習したパパラッチは、ヤマギシから出る男性全員に声をかけるようになってしまい、遂に通常の業務にまで差し支えが出るようになってしまった。これを受けた社長が正式にヤマギシの名前で各報道関係に抗議を出し、多少は沈静化したのだが未だに町を歩く事もままならない状態が続いている。

 

「まぁ、話題続きだったししょうがないんじゃない? もうTVで見ない日はないって位だしね」

「テレビのない所に逃げたい……半年位」

「……しょうがないにゃあ」

 

 窓の外。明らかに出待ちを狙っているパパラッチらしき人影や、懐かしい特撮オタのおっさん達の姿に心荒む俺を見かねてか。一花は仕事以外は完全に引きこもった俺の事を社長に相談し、現状を流石に看過できないと感じたのか。気晴らしにと素晴らしい仕事を用意してくれた。

 

 

 

「という訳でよろしくお願いしますね! ネズ吉さん」

「こ、こちらこそ、へへ……」

 

 俺の言葉にネズ吉さんはにへら、と笑って頭を下げる。それを横目で見ながら、俺は7月の割には随分と涼しい空気の街並みを見る。

 

 やってきたぜ、北海道。待ってろよ、夕張メロン。必ず堪能してやるからな。




花ちゃん:一花の学校での後輩。現役アイドルだが、今回の映画で女優としての名声の方が大きくなり少し複雑。

本家さん:マジで自分が出た映画で流出やらかした人。

ネズ吉さん:北海道の夕張ダンジョンの代表冒険者。日本4人目の特性持ちで以上に探知能力が高い。


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第百七十九話 夕張ダンジョン・ネズ吉という男

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


 ネズ吉さんの運転する車の窓から外を見る。空港から車で1時間ほどの場所に夕張市は谷と谷の間の隙間を埋めるような形で作られた町だった。

 

「うーん、空気が何か違うなぁ」

「と、東京とはちょっと、ち、違う感じはしますね。い、田舎だからかなぁ」

 

 助手席で窓の外を眺めながらそう言った俺に、ネズ吉さんが苦笑しつつそう答えた。奥多摩も山の中だけど、何となく都会の匂いという物がどっかに漂ってる気がするからな。特に最近は再開発で煙っぽいし、余計にそう感じるのかもしれない。開発が始まってから奥多摩に来た、ネズ吉さんは良く分からないらしいけど。

 

 まぁテレビが無い所ってのは言い過ぎだが、日本最北端というだけあって東京から距離もあるしのんびりと出来そうだ。ヤマギシ広報からの発表では、俺は現在アメリカの方に行ってることになってるからね。仕事の内容自体は同じだし大きな嘘は言っていない。後程アメリカに渡るのも本当だし。

 

「でも、良いんですか? ネズ吉さん、ヤマギシ所属になって」

「は……はいぃ、その。今の冒険者協会所属だけよりも、安定しますしぃ……そ、装備もヤマギシ所属なら。ら、楽に調達出来るんで……」

「その辺りはお任せください。安心して冒険に専念できるよう、ヤマギシもサポートしますので」

 

 きょろきょろと所在なさげに周囲を見るネズ吉さんの様子に、シャーロットさんが笑顔を浮かべてそう答える。そしてその笑顔を受けてネズ吉さんがまた所在なさげに周囲を見渡した。シャーロットさんの仕事のできる美人オーラに当てられてるんだろうな、これ。

 

 今回のお仕事はシャーロットさんの補佐として全国のダンジョンを回り、ヤマギシの支社建設予定地への視察及び現地冒険者との交流。まぁ、この交流には現地の冒険者で希望する人のスカウトなんかも含まれる。

 

 といってもあくまでもそれとなく誘って来てくれればよし、位のノリだ。という事で俺のやる事は雑用と現地での冒険者指導という何時もの仕事になるため、結局シャーロットさんの補佐というよりお手伝いって方が合ってるかな。

 日頃からシャーロットさんにはお世話になってるし、扱き使われる分には問題ない。少しほとぼりを冷ましたかった俺としてはありがたい仕事だ。

 

 あのままニート決め込むのも寝覚めが悪かったし、一時はまた全国を巡っている恭二に着いていこうかとも思ったんだが、恭二本人から「お前来たらヤバいことになるから来るな」と割とガチめのトーンで忠告されちゃったんだよな。あいつの眼に何が映ってたのか怖くて聞けねぇよ。

 

「場所の選定もありますが、現在使っている冒険者の施設はそのまま使えるように工夫するつもりです」

「あ、ありがとうございます……い、いまの、施設にも大分愛着、がわいてるんで……」

 

 シャーロットさんの言葉に嬉しそうにネズ吉さんが頷いた。彼のホームである「夕張ダンジョン」は町から山の中に入っていった所の、三笠市との境位にある原生野にぽつんと出現したダンジョンだ。

 

 周囲は森に囲まれているが割と広いエリアで……それこそ野原と言える平たんな大地が広がっており、国が整地をして開発を開始した現在でも冒険者協会の受付と冒険者用の住宅兼宿しか存在しない。

 ここまでの道自体は作られているが町から歩くにはちと遠い距離だ。まあ、だからこそ開発のし甲斐があるってもんだろう。

 

「それじゃあ、少しの間ですがよろしくお願いしますね」

「は、はい……よろしくお願いします」

 

 『夕張ダンジョン荘』と看板で銘打たれた木製のロッジの様な建物の前で、俺とネズ吉さんは固く握手を交わす。1週間ばかりだが、ネズ吉さんの冒険者としてのスタイルも気になってたし、勉強のつもりで頑張るとしよう。

 

 所でメロンがおやつって本当ですか? 今、シーズンなんですよね確か。え、協会内だと食べ放題? 

 ……食べ放題。

 ほう。

 

 

 

「正直すんませんでした」

「い、いえ、自分もその。説明が足りなくて……」

 

 夕張メロンは最高でした。そして食べ過ぎて現地の職員さんに怒られた俺は、お詫びを兼ねて早速ダンジョンアタックに精を出している。あと、ネズ吉さん。本当に申し訳ないので、この件は俺が全面的に悪いって事にして下さい。居た堪れないんで…

 

「きき、気にしないで下さい。田村さんは、その、口うるさいけどい、いい人なんです。後で、し、しっかり謝れば、ゆる、してもらえますから……」 

「いや、それは勿論です。後で差し入れ持ってかないとなぁ」

 

 などと無駄話を挟みながら俺とネズ吉さんはのんびりと22層を歩いている。メンバーは俺、ネズ吉さん、以上二名である。普通ならもっと大勢で潜る階層なんだが、ネズ吉さん以外の夕張ダンジョンの冒険者は基本的に12,3層が主な狩場だからここまでくる理由がない。

 当然ネズ吉さんもルール上相方も居ない状況ではここまで潜ってはいけない為、この間の教官訓練以来のチャレンジになるらしいんだが……

 

 はっきり言ってネズ吉さん、超強いから俺の助力なんか要らないんだよな。

 

「き、来ました」

「うす」

 

 ふよふよと浮かぶ畳……なんとフローティングボードの開発最初期のあれらしい。いつの間にか無くなってたと思ったらネズ吉さんが貰ってたそうだ……の上にゴロゴロと魔石を載せたまま、ネズ吉さんは敵の来襲を察してフードを被り直す。

 全身をできうる限り覆い隠したその姿は「……忍者……いや、アサシン?」という具合なんだがこれが小柄なネズ吉さんに意外と似合うんだ。

 

 ネズ吉さんが見ている方向に注意すると感知に2体のワーウルフの反応が引っかかる。連中の牙も素材として研究中なんだよな。と意識をそちらに向けると、ふとした瞬間にネズ吉さんの姿が掻き消えた。

 

 比喩じゃない。本当に、消えたように見えているのだ。勿論、保護色とかそういった物を魔法で出してる訳じゃない。恐らく俺の視界には今もネズ吉さんがどこかに見えている筈なんだが、これが分からない。相変わらず凄い特技だ。

 

『ガウアアアア!』

 

 俺が居る広場に躍り込んできた2体のワーウルフ。番だろうか、片方が叫び声をあげ、そして叫びながら唐突に前のめりに倒れ込み、沈黙する。

 いきなり相棒が倒れた事に虚を突かれたようにそちらを凝視するもう1体のワーウルフの喉がぱっくりと裂け、血しぶきを上げながらそのワーウルフも倒れ込んで煙になった。

 

 そして、2体のワーウルフが倒れて煙になった場所には、先ほどまで姿を消していたネズ吉さんが何事もなかったかのようにいそいそとドロップ品を回収する姿がある。

 

「……一花がべた褒めするわけだわぁ」

 

 以前見た時は、立ち止まらないと姿を誤魔化すことは出来なかった。それが今では走りながらだって相手に悟られずに近づき、悟られずに首を掻き切る事が出来る。

 この間の教官研修で、同レベル以上の冒険者たちとの切磋琢磨によって成長したのは生徒たちだけではなかったって事だな。

 

 今回はこのまま、一人で30層まで行ってもらおうか。最悪俺がボスを突破するつもりだったんだがそれも必要なさそうだしな。

 しかし……俺達が施してる教育って戦士とか魔法使いの育成の筈なんだが、これどう考えても暗殺者だよなぁ。冒険者の職業分け、一度きっちり考えた方が良いかもしれん。



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第百七十九話 アサシン

時間ギリギリに完成。
ちょっと読み直しが普段より足りてないので、アップ段階でもどんどん修正してる可能性があります。なんか急に変わったと思ったらお察しください()

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


「こう?」

「は、はい……歩き方は、こうが、良さそうです……」

 

 ネズ吉さんの背後から真似するような形でついていく。ここはダンジョン内部ではなく夕張荘の運動施設内だ。冬は完全に辺りが雪に閉ざされる為に完全に空調が行き届いたこの施設の中で、ネズ吉さんの指導を受けたり逆に気付いたことを伝えたりしながら、俺達はアサシンの動き方についてを研究していた。

 

 何故こんなことをしているのかというと、あのダンジョン内部での動きをみたらこれは是が非でも今後の為に取り込むべき技術だと思ったのがまず一つ。実際ネズ吉さんが指導している夕張ダンジョンの冒険者は、多かれ少なかれ足音を殺して獲物に忍び寄ったりといった芸当をする事が出来るらしい。

 

 まぁ、この辺りは主に視覚に頼って居そうな相手……例えばゴブリンとかオーガ、大鬼のような相手になるんだがな。オークは鼻が利くらしく、廊下でそっと様子を伺うだけでも割と気付かれてしまう事があるらしい。ネズ吉さん以外は。

 

「そ、その……空気の流れが、分かれば……何とかなると……思うんですが」

「超感知そこまで分かるんですか?」

「はいぃ、あ、後は……部屋の魔力と、一体化というか……その、同化的な、ええと。む、難しいんですが」

 

 頭を掻きながら説明しづらそうにネズ吉さんが言葉を捻り出している。多分、彼と他の人では感じている世界が違うんだろうな。

 

 だが、その世界の事を言葉に出来るのはネズ吉さんしか居ないわけで。なんとか言語化してその感覚を他の人にも伝えられれば、この技術を冒険者教育の中に取り込む事が出来るかもしれない。

 

 単独での生存能力が劇的に上がる技術だけに、何とか取り入れたいのだが……飯の種を周知する事になるネズ吉さんもこの技術の伝授には積極的だしね。

 

「こ、ここれがで、出来れば。か、帰る、だけなら誰でも、出、来ます」

「うん。それは間違いない」

 

 魔力の中に身を紛らわす方法の為、外に出ると正直それほど大きな効果はない。良くも悪くもダンジョン用の技能だが、ダンジョン内部での生存能力はこれを身に着けるだけで大分変わるだろう。勿論、良い意味で。

 

 まぁ、問題は何か悪さをした人がこの技術を身に着ければ探しに行った人にも見えないって事なんだが、この技能、実を言うとでっかい弱点というか、絶対に誤魔化しきれない物がある。

 

 ビデオカメラである。

 

「まぁ、当たり前と言えば当たり前ですよね。あれはこう、光学迷彩的な奴じゃないと」

「は、はいぃ。な、ななので、あんまり危険視は、さ、されません、でした……そ、外だとつ、使えませんし……」

「まぁ、そりゃそうですよねぇ」

 

 ダンジョン近くだと漏れ出てる魔力の影響で姿が掻き消えるように見えるが、この運動施設内だとすっごく影が薄く感じる、位の効果しかない。それでも十分凄いんだが、どこかに忍び込めるとかそういった事は難しいだろう。

 

 それでもダンジョン内部ではかなり強力な技能なので、この技術を持った人間が増えた時用に暗視ゴーグルや熱源感知みたいな機械もダンジョン内の見回りの人には持たせるべきだろうなぁ。これは一応報告上げておこう。

 

 どちらにしろこの技術を何かしらで取り入れられないと話は始まらないんだがな。シャーロットさんの予定だと来週にも宮城にあるダンジョンを見に行くらしいし、そちらにも同行する予定の身としてはせめて何かしらの切っ掛けでも掴みたい所だ。

 

「うーん……やっぱり、難しい……」

「そ、そそそう、ですかね……? きょ、教官な、なら、あああっという間に変身、してなん、とかすると思って、ま、ました」

「…………それだ」

 

 ネズ吉さんの言葉に俺はポン、と手を叩いた。流石に熟練度上げとか諸々あるためすぐ結果を、とまではいかないだろうが、よく考えたら俺には右手があるんだ。実物という最高の教科書もあるんだし、そっち込みで再現する事も可能だろう。

 

 それこそ右手に特徴がある忍者やいっそネズ吉さんをリスペクトしてアサシンでも良いし……後は人格的に大量殺人鬼とか存在するだけで周囲に被害を及ぼす、とかでも無ければ良いんだ。そして、出来れば体系だった技術を持った存在。何となくだがそちらの方が技術の伝達が早い気がする。

 

 これらを満たす存在として丁度いい相手が頭の中でリストアップされてきたので、早速試してみるとしよう。彼等の場合本来は左手だが2で器材を再設計して両手でも可能になっていたし、両手で可能ならダブルハンドを再現した事もある。右手のイメージも簡単だった。

 

 一丁なってみるか。アサシンって奴に。

 

 

 

 獲物の気配でも感じたのか。そのゴブリンは足早にその部屋の中へと走り込んできた。洞窟の中のそこそこ広々とした部屋の中心で光るそれをみつけ、ゴブリンは「ギャギャッ」と仲間を呼びながらそちらに駆け寄る。後ろから仲間の走る音を確認した彼は、テクテクと警戒しながらその光る何かに歩み寄っていく。

 

 彼のちっぽけな脳みそではそれが何なのかは分からない。群れのリーダーであるシャーマンに確認してもらうか。そう思い立ち、恐る恐る光る筒のような物を手に取り、彼は後ろにたどり着いただろう仲間の方を振り向き……そして喉元を投げつけられたナイフで抉られた。

 

 彼が最後に見た光景は、自分にナイフを投げたであろう存在がリーダーのシャーマンを押しつぶしながら右腕で頭を抉っている姿だった。そして、意識を失った彼は煙へと姿を変える。

 

 一人を除いて動くものが居なくなった広場に残ったのは、数個の魔石とドロップ品。そして、白を基調としたフードを被って佇む男の姿。

 男は周囲を見回しながらドロップ品を回収し、ぽつりと……呟くように言葉を発した。

 

「やっべアサシン楽しい」

 

 口元をにやつかせながら男はふんふふーんと鼻歌を歌いながら更に奥へと潜っていく。慣熟訓練がてらのダンジョンアタックで10層まで行って戻ってきた後、今度はネズ吉を伴って一緒に10層以降にも挑戦。

 

 互いの感覚を言葉にしあいながら確かめるのはやはり大きく、ネズ吉の超感知が必要な部分は流石に再現できなかったが、滞在期間中にある程度の技能の走り位のレベルは習得。次回の教官訓練の際に時間が合えばまた慣熟訓練を行う約束を取り付け、手を振って別れを惜しむネズ吉に手を振り返し。一郎は夕張ダンジョンを去った。

 

 勿論お土産に夕張メロンを大人買いしたのは言うまでもないことである。



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第百八十話 みちのくダンジョンと直江津ダンジョン

今週も有難うございました。
また来週もよろしくお願いします!

誤字修正。アンヘル☆様、見習い様、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


「みちのくって陸奥の国って意味ですよね。割と範囲広いと思うんですが」

「みちのく公園の側に出て来たからじゃないでしょうか……?」

 

 宮城県に出現した『みちのくダンジョン』の視察を終え、現地冒険者協会の人の熱い見送りを受けながら俺とシャーロットさんは車に乗り込む。現地での話をしろって? 現地に知り合いが居ないから、本当に代表冒険者の人と仲良くなる位しか出来なかった。何でも元々は夕張ダンジョンで修行してたそうで、教官免許取得の際に実家のある宮城に引っ越して代表として日々後進の育成に当たっているそうだ。

 

 あ、そういえば前回から出てた代表冒険者って単語だがこれは単純にそのダンジョンの冒険者の顔、代表者の事を指す。協会から正式に任命されて、お給料も出る公式な身分だ。奥多摩だと真一さんがこれに当たる。知名度的には俺か恭二って最初は言われてたんだが、恭二は表に出るの嫌がるし、俺は代表者って程奥多摩に居られないからな。

 

 本当はほぼ常駐している御神苗さん辺りが望ましいんだが、流石に最初期のヤマギシチームを押しのけて代表を名乗るのは胃が痛いと顔を青くして断られたら諦めざるを得なかった。この制度は現在日本だけでテスト的に運用していて、各ダンジョン毎の特色であるとか色々な区分けを行うって名目で行われている。まだまだ試験的な制度だ。

 

 奥多摩1極の現状を変えるためにも各ダンジョンで特色をつくり、全体的に盛り上げたいってのが冒険者協会の方針らしい。

 その一環でダンジョン毎にHPとかも作られているのだが、そこには近隣の施設であるとか代表冒険者の名前や顔写真が載ったり、冒険者としての仕事着を付けてどんな指導を行うかとかの動画コーナーもあったりとこれが結構面白い。

 

 ネズ吉さんのスタイルはやっぱり皆から「アサシン」って風に言われてるし、昭夫君は仕事着にあの「瀧ライダー」を付けてるからダンジョンのサイトとしては最多のアクセス数を誇ってたりする。何故か荒っぽい感じの人々からもあのドクロが浮かぶヘルメットが大好評らしく、サイト内に物販コーナーまで設けてこれが結構儲かってるそうだ。

 

「まぁ、彼らは最初期の訓練時代から居る古参ですし、特徴的な戦い方ですからね」

 

 シャーロットさんの言葉に頷きながら、みちのくダンジョンでの計画を眺める。ネズ吉さんの指導を受けていただけあってみちのくダンジョンの代表、千葉さんは隠密からのアンブッシュも出来る上に、奥多摩で教えている一般的な前衛と後衛の技術も兼ね備えた器用な人だった。実力もある。

 

 ただ、知名度という意味では圧倒的に劣っている。これはPRを始めたのが最近だというのもあるが、何よりもこれという特徴が無いというのが大きい。器用な、という意味なら真一さんや御神苗さんという先達も居るしね。また、ホームのみちのくダンジョンも立地はかなり恵まれているのだが、後発だという理由で周囲の冒険者向け施設の開発が進んでないという問題もある。今は協会の受付兼事務所と宿泊施設があるだけだしな。

 

 いっそ何でも出来るし忍者っぽい技もあるんだから、黒脛巾組の設定持ってきて忍者っぽく纏めても良いんじゃないかなとも思ったが、そこら辺は一度考えてみたいとの事だ。良いと思うんだけどな、忍者。京都の黒尾は双子姉妹のダブルトップだし、北陸の直江津ダンジョンは侍。四国は神道系の人らしいから、被るって事は無いと思うんだが。

 

「一郎さんもエンターティナーが板についてきましたね。とってもいい事だと思います」

「……つい、出てきてしまうようになりまして。はい」

 

 スタンさんからの影響か。何事も見る人を楽しませるって方面をまず考えてしまう。そして何故それが良い事だと思われるか少しお話したいんですがね、シャーロットさん。シャーロットさん?

 

 

 

「いざぁぁぁああああ!」

「尋常に勝負……!」

 

 掛け声を上げる刀を上段に構えた相手の声に、静かに返答し斬撃型に切り替えたミギーを手に持つ。あ、勿論刃引きしてるし互いにバリアは張ってある。腕試しみたいなもんだな。

 

 さて、初手はどうでるか、と相手の動きを待っていたら次の瞬間に目の前に刀が振り下ろされてちょっとビビる。5mくらいの距離が一瞬で詰められるか。早いな。頭の中でドンドン感想を垂れ流しながら、右手は確実に相手の斬撃を防いでいく。

 

 成程、確かに強いわ。安藤さんが太鼓判を押す剣士ってのはハッタリでも何でもなかったな。このレベルなら多分、ゴーレム位なら刀で切っちまいそうな気はする。刀が駄目になるだろうから流石にやらんだろうが。

 

 攻め切れないと判断したのかひょいっと後方に飛び、相手さんは一つ大きく息を吐く。呼吸を整えよう、という事なんだろうが残念、そいつは悪手でな。このミギーさん、分裂出来る上に伸びるんだわ。3方位から同時に攻撃。こいつを捌くにはツバメ返しでも使わなきゃ無理だぜ?

 

 という訳で距離と数の暴力を持って勝利した俺は、鳩尾にミギーの一撃を貰って吹き飛んだ彼女を助け起こす。一戦交えた後はカラリと笑顔になり、「いやー、参りました」と素直に降参の意思を示すこの人は上杉さん。直江津ダンジョンの代表冒険者だ。

 

 前回の教官訓練ではあまり会話も出来なかったので現地の職員さんに紹介をしてもらったのだが、その際に「よし、闘りましょう」と笑顔で言い切られた時は少し驚いた。そういう人だとは聞いてたが血の気多すぎだろう。

 

 まあ、こちらの実力を見せたら途端に気のいいお姉さんに変わったので、根は良い人なのだと思う……思いたい。この人は新規に教官免許を取得した中でも7名しか居ない女性の一人で、しかも接近戦においては間違いなく全訓練生中最優秀と言われた女傑だ。

 

 遠距離魔法を使わないという既存の冒険者の王道の真逆を行くポリシーさえなければ、前回訓練で京都の水無瀬姉妹の妹さんを差し置いて国内最優と呼ばれていた可能性もある。まぁ、そんなスタイルだからこのダンジョンでの訓練は他の教官が見ていて、自分はもっぱら接近戦の稽古と感知魔法を教えているらしい。ある意味趣味人の極みと言える人だ。

 

 直江津ダンジョンは夕張ダンジョンやみちのくダンジョンと違って街中に存在し、周囲にあまり開発の余地が無い。ヤマギシが手を出すにはちょっと辛い場所になるので、ここでは現地の法人などと協力してダンジョンに関連する物品の販売ルートの構築などに終始したのであまり滞在することは無かった。

 

 まぁ、その分俺もやる事が少なかったので、完全に観光気分で上杉さんと北陸の名産をたっぷりと楽しむことが出来たけどね。やっぱり北の海は海産物が良い。夏なのにそこそこ涼しいし。

 

「時に、鈴木殿は次は黒尾に行くのですか?」

「あ、はい。あっちに行って、その後に四国に行って最後は九州ですね」

「ならば、香苗に決着の時を待つ、とお伝え下さい」

 

 キリっとした表情でそう言い放つ上杉さん。さっきまで幸せそうに海鮮丼を掻き込んでた人とは思えない変わり身の早さだった。ちょっとこの手のタイプは接したことが無いから、前回の教官訓練に参加出来なかったのが凄く悔しくなってきたぞ。

 

 彼女が言う香苗さんというのは、黒尾ダンジョンの水無瀬姉妹の妹さんの事だ。前回の教官訓練で日本最優と言われた人物で、お姉さんの静流さんも凄く優秀で京都の黒尾ダンジョンで二枚看板と言われている……んだけど、これ、お姉さんの方は完全に眼中に入ってないんだろうなぁ。

 

 伝言を快く受け、シャーロットさんの方の用事も片付いた後はそのまま新潟からの飛行機に乗って大阪へと飛んだ。目的地は京都の黒尾山。国内では間違いなく2番目に規模の大きい施設がある、黒尾ダンジョンである。




千葉さん:みちのくダンジョンの代表冒険者。元は夕張ダンジョン所属でネズ吉さんの薫陶を受けている。前回の教官訓練で優秀な成績を残してはいるが、他のダンジョン代表と違って個性が無い事を悩んでいる。

上杉さん:ちなみに下の名前は小虎。名前の通り両親が上杉謙信のファンであり、子供の頃から剣術やら槍術を学んでいた。一郎たちの剣術の師である安藤さんに一時期師事を受けていたこともあるので実は姉弟子だったりする。黒尾ダンジョンの水無瀬香苗とは互いにライバル視している間柄。


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第百八十一話 京都へ

今週もよろしくお願いします!
ついに京都へ来ましたね……

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


「おっすおっす」

「お前ら何してん」

「お仕事だよー、ね、きょーちゃん」

「おー」

 

 大阪の空港に降り立った俺とシャーロットさんを待ち受けていたのは、東京に居る筈の我がシスターと日本中を巡っている筈の恭二達の姿だった。何でもこの1月ほどは京都を色々と見て回っているらしく、そんな最中に俺が来ると一花から連絡があった為、なら合流するかと大阪まで出て来たらしい。

 

 それは、確かに大変ありがたいんだが。肝心の受験生一花君が何故こんな所に居るのかな? 今が大事な時期だって事は受験しなかった俺でも分かる事である。返答によっては兄が鬼に変わる事も起こりえる案件にちょっと声を低くして尋ねると、その答えは意外な所から帰ってきた。

 

「こ、こんにちは……その、ちょっと、変身、させてもらってます……花です……」

「一応A判定貰ってるし、可愛い後輩の息抜き位手伝ってもバチは当たらないかなって。私も勉強漬けは気が滅入るしね!」

 

 見覚えのない姿の少女から聞き覚えのある声が聞こえて俺は目をぱちくりとする。先月まで一緒にマスコミの嵐に耐えていた同志花ちゃんの声がする。確か花ちゃんはまだ魔法を使いこなせてなかったから、一花に教わったか魔法をかけてもらったのか。

 

 というか、今が正に売り込みの時期って感じなのに大丈夫なのか確認すると、むしろ加熱しすぎて少し冷ます必要があると事務所が判断したとの事。実際、彼女と一花が通っているあの学校も、本来なら芸能人が多いというその性質上マスコミ対応は手慣れたものなはずなんだが、今回は完全に対応力を越えてしまっており他の生徒にまで影響が出てしまっているそうだ。事務所側にも配慮してくれとの通達が来ていたらしい。

 

 事務所側としても何とかしようにも人気の過熱が限度を超えている、というどうしようもない状況に閉口したらしい。昨年から今年にかけて忙しくしていたし、学校も長期休みに入った為これを機に花ちゃんは事務所からしばらくお休みを貰え、骨休めを行う予定……だったのだが。

 

「どこに行っても……サイン攻めにあったりマスコミに追いかけられてしまって……」

「しょうがないから私が助けてあげたんだよね。ふんすふんす」

「ほぉ。うん、それなら良し。よくやったぞ妹よ」

「照れるぜ」

 

 恭二の運転するSUVに乗り込み、京都に向かう道すがら。居なかった間の奥多摩の様子を聞きながら事情を尋ねると、予想よりも向こうは大変なんだなぁという結論に達した。俺が奥多摩を離れて花ちゃんに取材が集中したせいもあるし、出先でもちゃんとこまめに勉強してるなら言う言葉はない。

 

 というか映画公開から2か月経つんだが、未だにひたすら俳優陣を追いかけるって何が聞きたいんだろうか。言うべきことも微妙な事も含めて全部インタビューで答えたからもう言う言葉が無いぞ。今日の天気の感想でも言えば良いのか?

 

 日本のマスコミというか記者さんやアナウンサーやらは大体同じような質問ばかりで、こっちも毎回同じ返答返すしかないから結構困るんだよな。応答が。

 

「ま。何かハナちゃんの休みとお兄ちゃんの京都行きが丁度被ってたし、花ちゃん忙しすぎて修学旅行も行けなかったみたいだしさ。なら京都一緒に回ろうってお誘いしたわけよ」

「そ、その。お邪魔はしませんので……」

「ああ、うん。花ちゃんは気にしないでいいよ。大変だったの分かるし、途中で抜けちゃってごめんね?」

「いえ……一郎さんは、純粋なタレントでもありませんから……はい」

 

 途中で逃げ出しちゃったから罪悪感が凄い。ま、まぁ彼女は現在売れっ子のアイドル。話題になるのは悪い事じゃないし、俺みたいに本業が別にあるって訳でもない。最近はアイドルとしての面よりも女優としての面で結構評価されててドラマとかの仕事が結構来ているみたいだけど、多分高校生の間は例の映画の関係であまり他の仕事も取れないんだろうな……

 

 何か遠回しに逃げ道が塞がれて行っているのに気づいてしまった気がするが気にしないでおこう。そう言えば来年も本編撮るから。本編だけだからってスタンさんが言ってた気がするけど俺は何も気づかなかった。1月くらいダンジョンに潜るテスト、提案してみるべきだろうか。

 

 

 

 京都の黒尾ダンジョンのオーナー、水無瀬家は京都の名家で、維新後に実業界に進出した旧家で今でも関西の実業界では名の知られた一族らしい。彼らは元々黒尾ダンジョン周辺の山の所有者であり、ダンジョン騒動が起きた時に念のために調べてみたらダンジョンを発見したらしい。

 

 その後、ヤマギシという前例もあった為ダンジョン周辺の開発に前向きな日本政府や、新たな産業になりえると考えた京都府の強力な後押しもあり、3年前までただの山だった黒尾山はかなり開発されているようだ。

 

「水無瀬忠功です。本日はお越しいただきありがとうございます」

「シャーロット・オガワです。こちらは鈴木一郎さん」

「初めまして」

「おお、お噂は聞いています。孫達から動画を見せていただきましてな」

 

 背広を着た老人、黒尾ダンジョンのオーナーである水無瀬氏は背の低い小柄な老人だった。

 

「ヤマギシさんには本当にお世話になっておりまして。ほら、あのフローボードでしたか」

「フローティングボードですね」

「ああ、それですそれです。アレの技術公開のお陰でうちと関係のあるメーカーさんも活気が出ましてね。世界初の浮遊する自動車を作るんだとか、自重を気にせずに動かせる作業機械とか」

「先の広い技術ですからね。ヤマギシでもドンドン新規開発していくつもりですから今後もご利用いただければ」

「そうです。そこが凄い」

 

 若干興奮気味の水無瀬さんは、この技術公開がどれだけ凄い事なのか。どれだけ衝撃的だったのかを語ってくれた。あの技術公開と基盤となるボードの開発及び販売により、産業界、とくに製造業や建築業といった分野が軒並み新規技術開発に動き出し、彼が影響力を持つ関西の実業界だけでも優に数百、下手すれば数千億という規模の資産が今現在も動いているのだという。

 

「あれほどの技術です。秘匿技術として扱えばそれがどれほどの利益を生むかわかりません。しかし、それを選ばず技術の発展と進歩を促してくれたヤマギシさんの決断がどれほど難しいものだったか。もし自分が同じ立場であると考えればとても出来る物ではありません」

 

 一度お会いしてお話を聞きたいものです、との言葉に当人に伝えておくと約束をし、その後も少しの雑談の後俺とシャーロットさんは水無瀬氏のオフィスから離れた。社長、割と簡単に「わかった。真一の判断に任せる」って言ってたけど難しい決断だったんだな。

 

 だが、そのお陰かどうか。ヤマギシの評判はあれ以降、「良く分からない技術を扱う企業」から「新規技術開発に熱心な新進気鋭の企業」に代わったらしい。水無瀬さんの好感度が高かったのもそれが原因だろう。

 

「さて、挨拶は済ませたし次は早速ダンジョンを」

「……いえ、その前にどうやら」

 

 ダンジョンを見に行こうと言おうとした時に、シャーロットさんが遮るように言葉を切る。

 立ち止まった彼女の視線の先を見る。すると、そちらに立っていた二人組の美人さんがこちらに強い眼差しを向けている事に気付いた。

 

「初めまして、水無瀬静流と申します」

「……水無瀬香苗です」

 

 その強い視線に目をぱちくりとさせて俺は軽く頭を下げる。はて、この二人とはほとんど初対面に近い筈だがやたらと視線に圧があるな。どちらにしろ。どうやらまだダンジョンに向かうことは出来ないらしい。




京都弁わからない……


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第百八十二話 既視感のある場面

誤字修正。244様、広畝様、kuzuchi様ありがとうございます!


「いざ……」

「尋常に、勝負!」

 

 何故か襲い来る既視感と戦いながら俺と水無瀬(妹)……香苗さんは野原で対峙する。上杉さんから事前に連絡が来ていたらしく、到着した時には既に相手側は準備万端で水無瀬さんのオフィスで待ち構えていたらしい。というか朝からスタンバってたそうだ。

 

 あれ、俺が受けた伝言はそんな内容じゃなかったんだがなぁむしろ直で言えば良いじゃん、と思いながら流されるままに近隣の空き地に移動し、見届け人として姉の方の水無瀬さんとニヤニヤ顔の恭二が一応ストッパーとしてついてくれている。

 

 ニヤニヤしてる恭二もつい先日手合わせと称して一戦交えたらしいから、俺を道連れに出来て嬉しいんだろうな。有名人を見かけたら手合わせを申し出るってどこの剣豪なんだろうか。

 

「剣豪。言われてみたいものどすなぁ」

「あ、はい……所でそれ、魔鉄使ってますね?」

 

 俺の問いかけに香苗さんは深い笑みを浮かべる。魔鉄を用いた刀や槍の創作は奥多摩で始まったが、刀鍛冶自体は日本全国にいる。それに水無瀬家は京都の古い名族だ。魔鉄を鍛冶に活かそうと、取り入れようとしている柔軟な思考の鍛冶師と渡りをつける事は難しい事じゃないだろう。

 

 しかも彼女はインゴットを取りに行けるだけの実力がある冒険者で、実家の財力もある。あの薙刀も恐らくはその手によるものだろう。うん、素晴らしい。こういう風な物が世に出てくればもっともっと冒険者の多様性ってのが出てくるだろう。

 

 香苗さんの戦法は分かりやすい冒険者スタイルだった。周囲の影響を考えて攻撃魔法は範囲系は除き、ウォーターボールのように周りに影響を与えない物に限定。それらを駆使して相手をけん制し、少しずつ間合いを詰めて攻め切れないようなら薙刀で相手のリーチ外から一撃。

 

 うん、20層台の敵で苦戦する相手は居ないだろうな、という練度である。しかも薙刀の練度も上杉さんの猛攻をしのぎ切れるレベルというだけあって非常に高い。身体操作が上手く、上がった腕力を上手く用いて縦横無尽に薙刀を繰り出す術はある種芸術的ですらある。

 

 ただそれでもやっぱりミギーの全方位攻撃は捌き切れず、背後から飛んできた攻撃に気を取られた隙に足を払われて思い切り背中から地面に落ちた。すまんね。前衛主体の相手にはこれ、無類と言っていい強さなんだ。

 

「終了~! お前もうちょっとさぁ」

「やかましい。開幕フィンガーアクアボムズで圧殺したお前が言うなし」

「けふっ……ああ、あかんわこれ……小虎が無理いうてたんもわかります」

 

 結構な衝撃だったのか、けほけほとせき込みながら起き上がった香苗さんに手を貸して起き上がらせる。いや、小虎さんよりも大分保ったと思いますよ。彼女、ミギーの弾幕の中を真っ直ぐ突っ込んで来てましたから。あれはあれで凄い度胸だと思うけどな。

 

「香苗」

「うん、満足したわ。うちもこのお人に頼るんなら、文句はあらしまへん」

 

 パンパンと衣服に付いた土や草を落とす香苗さんにお姉さん……静流さんが語り掛けると、香苗さんは先程までの鬼気迫る表情が嘘のように穏やかな顔で頷いた。

 

「妹の突然のご無礼、申し訳ありませんでした。お付き合いいただきありがとうございます」

「あ、いえいえ。二回目なんで」

「……あのバカ虎……お詫びは後程改めて、正式に行わせていただきます」

「いや……上杉さんも良い人だったんで……」

 

 俺の言葉に恐らく誰かを連想したのだろう。一瞬静流さんの雰囲気が真っ黒になった。あの人本当に何やったんだろう。去年の教官訓練、いなかったのが本当に残念になってきた。

 

「それで、厚かましいのんは承知してますが、一つ。日本の冒険者の代表ともいえる、山岸さんと鈴木さんのお力をお借りしたい事がありまして」

「力を、ですか? 恭二だけでなく俺も?」

「はい……」

 

 そう言って静流さんは、少し言葉を濁した後に口を開く。

 

「冒険者不足が深刻になりそうな問題が起き始めてます」

 

 それはこれまで教育に力を割り振っていた俺達ヤマギシにとっても他人事とは言えない案件だった。

 

 

 

 はっきり言えば、奥多摩とヤマギシの名前が強すぎる。前々から言われていたことだが、改めて現地で人を教えている人物から話を聞くと更にくっきりと問題が浮かび上がってきた。

 

「有能な人はみぃんな奥多摩に行きたい思うとります」

「後に残る人は何かしら事情があって地元に残る人か向上心のない人ばかり。気持ちも分からへん事もあらしまへんが……」

「難しい問題でしょうね……確かに」

 

 そう言って言葉を切る香苗さんにシャーロットさんが頷きを返す。設備が整っている黒尾でもその傾向があるという事は他のダンジョンでそうなってもおかしくはないだろう。

 

 まぁ、現状は実際に拠点を移動したという人物は居ない為、まだ心配の領域だが。これらの問題が表面化する前に彼女たちが気付いたのは、本当にたまたまだったらしい。というのも、この黒尾ダンジョンで訓練を受けている学生たちが、大学を卒業した時にどういった進路を取るか軽口で話をしていたのが聞こえて来たらしいのだ。

 

「彼らの人生ですから責める訳にもいきまへんが、黒尾に残る言うてくれる子は一人も居まへんどした」

 

 残念そうにそう語る香苗さんの言葉に俺は小さく頷いた。確かに責められる事じゃない。でも、せっかく育てた人材が育てた端から他所に取られるのは堪ったもんじゃないだろう。取る側になる奥多摩所属の冒険者としても申し訳なさがまさる。

 

 シャーロットさんも難しい顔をしている。これは確かに放置して良い問題ではない……そして、すぐに解決できるような問題でもない。

 

「分かりました。この件は、協会の上層部にも掛け合う必要があると思います。自分たちも出来る限り力になる事を約束します」

「ありがとうございます……!」

 

 頭を下げる静流さんと香苗さんに頷きを返し目をつむって少し考える。一度真一さんにも話しておかなければいけないだろう。最近、奥多摩に人が移住しているのは知っていた。それが更に加速するような状況になれば、キャパをあっという間にオーバーするのは目に見えている。

 

 ケイティにも相談しておくべきだろう。これはアメリカでだって起こりえる問題だ。知恵は多い方が良いだろうしな。

 

 所で、この件で相談したいならなんで香苗さんは俺との試合を望んでたんですか? え、頼るなら自分よりも強い人じゃないと気分が? あと上杉さんがやたらと自慢げに負けた話をしてきて、ライバルとしては一度戦ってみたかった……ですか……貴方も戦闘民族だったんですね。



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第百八十三話 一極集中の弊害

誤字修正。244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


『ヤマギシとしては困らんが、協会としては頭が痛いだろうな』

「まぁ、そうっすよね」

『むしろウチはそんな状況を抑止するために動いてる方だと思うぞ? ダンジョン傍に支社を立てるってのはようはそこに相当数のウチの社員が来る訳だからな。ウチの社員ってことは当然二種持ち以上の冒険者で、小遣い稼ぎにダンジョンにもガンガン潜ってくれるはずだぞ』

 

 水無瀬姉妹からの相談内容を伝えると、真一さんはあっさりとした口調でそう返した。確かに今のヤマギシの動きはある種日本中のダンジョンへの冒険者の再分配みたいな物だから、いの一番に問題解決へ取り組んでるようなものか。

 

 ちなみに同じ相談を受けた恭二は全体のレベルを引き上げておけば人の移動が増えてもレベルの低下は防げるという脳筋な結論に達し、教官や二種持ちといった人を教える事のある面々の強化訓練を行う予定らしい。

 

「つまり現行の制度で教えきれてない事を探して、教官達の能力を引き上げられるよう努力するって事か」

「それだけだと東京への人材流出は歯止め利かないかなぁ」

「とはいえ、俺達レベルで出来る事はこれくらいだしな」

「ヤマギシだけじゃ人手足りなさすぎだよねー」

 

 用意してもらったホテルの一部屋に集まり、半分駄弁るように案を出し合うも上手い考えは浮かんでこない。こんな時の頼みの綱のライダーマンモードでも【自分達だけでは打つ手が足りない】と結論出ちまったし。

 

 真一さんからは協会関係や政府筋にも連絡を入れておくと言われているが、それだけでは少し心許ない。という訳で足りない手を思いつけるだろう相手に連絡を入れてみる事にする。

 

 

 

『アメリカなら全力で冒険者を囲い込みますね。少なくとも教官免許までの全費用等を持つ代わりに5年は専属になる契約を結びます』

『あ、はい』

 

 一言でばっさり行きますね、流石はケイティさんパネぇっすわ。と感想を返すと、受話器の向こうからは苦笑するような気配を感じた。

 

『むしろ当然のことです。それぞれのダンジョンの周辺を開発しているのは、そこから上がる収益が近隣を潤す事を目的としているもの。それの元となる稼ぎ手があっさりと他所に奪われる事を警戒するのは、むしろそれらのシステムの維持をする側としては当然やらなければいけない事になります』

『成程。経営者としての目線で言えば当然という事だな。個人的には奥多摩に固まられても狩りの邪魔になりそうだな、と思ってるから、出来る限りそんな事態は避けたいんだが』

『冒険者として、というよりは一つのダンジョンの専属としては当然の言葉ですね。冒険者が集まるという事はそれだけ競争が生まれるという事。特に稼ぎが良いゴーレムは二種冒険者なら格好の相手ですからね。たかだか十数万の弾頭一発で十倍以上の稼ぎになります……殺到するでしょうね』

 

 まぁ、そうなるだろうな。最近はゴブリンなんかの武器などからも貴金属を取り出すリサイクル施設を用意して低階層でも十分収益を上げられるように工夫しているが、そういったのをこまごま集めるよりも一発ゴーレムでドカンと当てた方がコスパは良い。流石に貴金属のレートは落ちてきているが、魔石の需要は未だに上がっている。一日一匹狩るだけでも合わせれば十分すぎる値段になるんだからな。殺到するだろう。

 

 ドロップ品や魔石がガンガン算出されるのは良い事なんだけど、そうなると11~14層までが人で溢れかえる事になるんだよな。あそこの荒野、バイクで走ると凄く気持ち良いんだけど。

 

『まぁ、いずれは供給過剰になる日が来ると思いますがね。そうなった時に自然とバラけると思いますよ?』

『それまでダンジョン周辺が寂れるのを待つってのも勿体ない話だよなぁ』

 

 その状態になるまでどの位かかるか分からないし、一つのダンジョンがやたらと発展するよりは他の地域も活性化した方が良いのは間違いない。かといってヤマギシの社員を支社に回して無理くり回すなんてまず無理な話だし、そもそもヤマギシの社員はヤマギシの利益を第一に考えるからな。

 

 過剰になるダンジョンだと数百人位が一斉にポップした瞬間のゴーレムに群がるのか。四方八方からロケットランチャーぶち込まれたら危な……

 いや待てよ。供給過剰になるのはほぼ見えてる事なんだ。どのダンジョンでもどの国でも恐らくこの問題はいずれやってくる。という事は、だ。

 

『なぁ、ケイティ。一つ思いついたんだが……少し迂遠な方法になるんだがな』

 

 まぁ、実力を磨きに奥多摩に来るってのは100歩譲っても良いんだけど、それで奥多摩にだけ集まるってのはちょっとね。

 

 あっという間にキャパオーバーになるのが目に見えているし、結果さっきのゴーレムの例えみたいに数少ない獲物を奪い合うなんて事が現実に起きかねない。実際、初期の臨時冒険者とかがそんな感じで、一匹のコウモリを5人の女性が追いかけまわすなんてあったしね。

 

『……細部を詰める必要はありますが、必要になる事は間違いありませんね。自然に任せるままでは、確かに無駄が多くなる』

 

 ケイティの言葉に同意を返す。そう、今のままでも最終的には振り分けは行われるだろうがどうしても無駄が出る。だったら、最初から無理のない範囲以上は受け付けないようにした方が良い。1つのダンジョンで、もしくは1つの階層での冒険可能な人数の上限設定と、各冒険者の実績の蓄積。

 

 そして最終的には資格所持者でも実績によって評価を分ける。同じ二種冒険者でも免許取り立てとある程度以上冒険をこなしてる人物を同列に扱う事は出来ないからな。

 

 当然実績のある冒険者は深い階層への挑戦を求められるし、経験の浅い冒険者は浅い階層で実績を積むことを求められる。命掛けである以上、強い反発は無いだろう。少なくとも今は。

 

 これも結構穴がある気がするが……その穴を埋めるか、または別の道を探すかはお偉いさんが考える事だろう。一介の冒険者には過ぎた難題だ。結果が分かったら連絡してくれとケイティに頼み、俺は電話を切った。彼女ならいい結果を出してくれるだろうと信じて。

 

 

 そして次の日。

 

「ハイ、イチロー! 昨日のお話、続きしに来まシタ!」

「……お、おう」

 

 元気に笑顔を振りまくケイティさんの姿に俺は背後を振り返る。そこには逃げ道を遮断するように動く我が妹と恭二の姿があった。

 ジーザス。




今回の、この連載始まって一番悩んでるかもしれない()

あ、あとゼル伝のブレワイ新作出ますねありがとうございます(唐突)


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第百八十四話 ケイティ来る

誤字修正。244様、アンヘル☆様、見習い様ありがとうございます!


「行動早すぎ……早すぎない?」

「NO! 時はお金デス」

「そこ態々日本語にする?」

 

 元々英語の諺の筈だけどな。苦笑を浮かべながらケイティと握手を交わす。態々自家用ジェットを飛ばして大阪の空港に乗り付けたそうだ。大金持ちはやる事が違うな。

 

 当然、忙しい彼女が態々日本に飛んできたのは勿論観光の為、等ではなく。昨日頼んだ件についてアメリカ側の対応が大まかに決まり、併せて日本側との調整を行う為だ。クーガーの兄貴もかくやってレベルの速さだな。

 

「アメリカでも設備の差、懸念されてマス。日本はとても良い先例なる、期待されてマス」

「という名目で本部を離れたわけだ」

「八つ橋美味しいデス」

 

 もぐもぐとお店で売っていた八つ橋を美味しそうに頬張る金髪ツインドリルゴスロリっ娘を見る。明らかに満喫している顔だが、観光ではない筈だ。

 

「でも助かったよケイティ。俺達だけじゃ良い案も浮かばなかったし」

「NO! キョーちゃん達も頑張ってる。全体の底上げ、とっても大事!」

「あの。俺の提案の方はどうなんですかね」

「イチロー、頑張ったネ。満点は上げられないケド良い線!」

 

 背伸びをしたケイティにいい子いい子と頭を撫でられる。良かった、どうやら及第点くらいは貰えるらしい。

 

「見た目の絵面が凄いね!」

「ケイティ、あれで俺らより年上だからな……たまに一花より下に見えるけど」

「……否定できないなぁ。私の妹ポジが危ういよ、お兄ちゃん!」

「お前はマスターポジじゃないか?」

 

 傍から見たら20代後半の兄ちゃんが中高生位の女の子にいい子いい子されているという突っ込みどころの多い光景だからなぁ、色々変な目でみられるのはしょうがない。

 いや、一応この子が一番年上なんだけどさ、この中だと。あと一花さん、最近ローキックの手加減忘れてないかな。バリアを突き抜けてくる気がするんだけど。いや痛い、痛いからな!?

 

 

 

『簡単に言えば奥多摩は初心者か最上級者専用にするしかないと思います』

「奥多摩を……ですか?」

 

 一頻り恭二とのデート(沙織ちゃんも付いてきてたけど)を楽しんだケイティは、事前にアポを取っていたらしい水無瀬氏のオフィスへと向かった。随行はヤマギシの一族である恭二と、ヤマギシの実務を支えているシャーロットさん。そして何故か俺である。

 

 ケイティとしては、頭脳担当に回ることの多い一花にも経験になるから来て欲しかったそうだが、そっちは俺が突っぱねた。あいつはまだ高校生だし、受験前に変な責任を負わせたくはないからな。それに花ちゃんを放っておかせるわけにもいかないし、沙織ちゃんが保護者としてついてくれるそうだからあっちは女3名で楽しくやってるだろう。

 

 まぁ、そっちは純粋に京都を楽しんでくれればいいから問題ないとして。

 

『向上心のある人間が上を目指して、というのは止めようがありませんし、ここはどうしようもありません。奥多摩は現状間違いなく世界一の冒険者を擁するダンジョンで、冒険者として上位を目指す場合、奥多摩を目指すのは至極当然の事になります。実際、お孫さん方が受けた教官訓練の質を見ても分かる事だと思います。あれを毎年行うだけの環境・人材は、奥多摩でしか用意できません』

「……それは、まぁその通りですな。我々も奥多摩ダンジョンを手本に設備を投資したり周囲の環境を整えております。全て手探りで行ったヤマギシさんや冒険者協会には感謝しかありません。ヤマギシさん達に含むものは決してないんです……ただ、少し困った状況が見えてきているのは間違いない」

 

 姉妹からの報告を受けているのだろう。好調だと思っていたダンジョン関連の思わぬ落とし穴が見つかった為か、水無瀬氏の顔色は優れない。そして、そんな水無瀬氏の言葉にケイティは深く頷いた。

 

『恐らくあと1、2年もしない内にある程度以上の実力を持った各地の冒険者たちがこぞって奥多摩へと向かうでしょう』

「そう、ですな。孫から聞いた状況なら……」

『そして、これは奥多摩側のお話になりますが、まず間違いなくキャパシティをオーバーしてしまうでしょうね。現状の臨時冒険者制度で、最初の頃に起きていたモンスター枯渇問題をご存知ですか?』

「……ああ、そういえば。うちのカミさんもその頃にダンジョンに行っていたので、覚えております。そうだ、その問題があったか」

 

 ケイティの出した例えに身に覚えがあったのだろう。水無瀬氏がポン、と手を叩く。モンスターは無限にポップするが、その復活までには時間がかかる。現状、臨時冒険者の時間分けがきっちりされているためそんな事は起こっていないが、最初期の手探りの頃は各地のダンジョンであっという間にモンスターが居なくなってしまうということは起こったりしていたのだ。

 

 奥多摩だとポップまでの時間はもうわかっていたからさっさと対応できたが、教官冒険者が居なかったダンジョンではそう手早く対応できていなかったらしく、協会側が奥多摩の制度を参考に全国に流布して、と細かく動いてたのを覚えている。

 

『そうなる事が目に見えている以上、それに対する対策をするのは当然です。仮に奥多摩のキャパシティが常にオーバーしている状況では今後の教官訓練などにも差し支える以上、協会が制度を設けるのは当然の事でしょう』

「それが先の、初心者と最上級者向けちゅう話どすか」

『静流さん。外国の人と話をするときは』

『申し訳ありません、教官』

 

 ケイティの言葉に尋ね返した静流さんに恭二が静かにそう言うと、静流さんが翻訳を発動させてペコリと頭を下げる。意思疎通が出来ずにダンジョンに潜ると危険だ、という信念の元、恭二はこの点だけは口酸っぱく注意するんだよな。

 

『おっしゃる通りです。奥多摩の特異性は誰しもが分かっている。だったら、最初から特殊な時と立場でしか利用できないとしてしまうのが良い。ヤマギシはそもそも忍野ダンジョンという立地に恵まれたダンジョンをもう一つ保有しているんですから、通常の、一般的な冒険者からの素材をそちらで賄う事が出来ます』

「それだけの負担は他のダンジョンオーナーには出来ませんからな……そして奥多摩自身は研修地としてやダンジョン研究の第一線として機能していくと。なるほど、その代わりに各ダンジョンで特に優秀な数名は晴れて奥多摩での冒険を許され、ダンジョン研究の一助となっていく、ですか」

『まぁ、あくまでも理想はそうです。少なくともヤマギシチームの足を引っ張らないレベルにならなければいけないので、それこそ各地の代表者並みを求められるでしょうね』

 

 その言葉に水無瀬氏は若干血の気の戻った顔で深く頷いた。それだけの技量を持った冒険者の育成は難しい。初回の5名、それに前回の40名だって選りすぐりの中から選ばれた人間たちで、そんな彼等でも専門でみっちり研修を行って数か月かかったのだ。

 

 兼任冒険者ならばそれがどれだけかかるか。まぁ、一部初代様のような例外枠も居るが、あの人だって奥多摩に住むレベルで通い詰めてようやくだったんだから、他の人がどうなるかはお察しだろう。仮にそれだけ成長した人が現れたとしても、その人数はそれこそ数名といった所だ。

 

 水無瀬氏もその辺りを感じ取ってくれたのだろう。早速西日本のダンジョン関係者にこの件を伝えて制度が上手くいくように根回しに動いてくれるそうだ。話を聞き終えた水無瀬姉妹の顔色も明るい。懸念を大分晴らす事が出来たって事だろうな。

 

 この後東京に行かなければいけないというケイティの言葉に俺達は水無瀬氏のオフィスを後にする。水無瀬氏と水無瀬姉妹は車が見えなくなるまで見送ってくれていた。余程恩に感じてくれたのだろう。

 

『……まぁ、これでもまだ問題は一杯あるんですがね』

『ああ、やっぱり? 選別の方法とかマスコミ対応とか色々あるよね』

『その辺りは日本の協会に任せるとします。アメリカはまだそこまで段階が進んでいないので、日本の推移を見てから制度を確定させるつもりですしね』

 

 翻訳を切り、ぼそりと英語で呟いたケイティに英語で返す。うーん、やっぱりケイティの日本語と英語の落差はすごいな。まぁ、ここから先は……一介の冒険者である俺の手には余るしなぁ。社長とか真一さんが頑張るだろう。うん。




奥多摩は完全にオンリーワン&ナンバーワンとして独立させる案。
これも結構問題あると思いますが後は現地で問題点を洗い出して解決していくでしょう(目そらし)


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第百八十五話 外部役員鈴木一郎

今週もお疲れ様でした。
来週もよろしくお願いします!

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「お前、本当に来るなよ?」

「行かねぇよ、というか俺が行くとどうなるのか逆に気になるんだけど」

「……割と有名な祟り神が出てくるかもしれん」

 

 ……前に大宰府に住んでたけどあれ危なかったのか? そう尋ねるも恭二は目を逸らすばかりである。おい、俺これから福岡にも行くんだぞ?

 

「あっちは、多分大丈夫だろ……前も何とかなってるんだし」

「俺の目を見ながら言ってくれませんかねぇ」

 

 恭二は本来の用事、というか依頼である宮内庁の方々と連日のように由緒ある神社仏閣を巡り、様々な物品を魔力的な目線で見ているらしい。一応守秘義務的な物で詳しくは語ってくれなかったが、魔力を込めればその瞬間に力を取り戻しそうな物がチラホラあったりするそうだ。

 

 恭二がこれまでに回った場所やこれから回る場所で得たデータは、全て宮内庁の方で纏められていて、それらは危険度や貴重度と言った物で仕分け、特に危険な物は厳重に封をして封印という形で処理されている。日本の歴史の古さが良く分かる数が封印処理されているとかなんとか。

 

 この話の最後に、皇居の宝物殿はスリリングだったと語る恭二の目は死んでいた。絶対に行かないようにしておこう。

 

 

 

 さて、テンション低く仕事へと旅立った恭二は置いておいて。発展している黒尾ダンジョンではヤマギシもあまり大きな仕事が無い為、今回俺の出番はもう終わっただろうと。後はシャーロットさんに何か頼まれた時に動いて、残りは可愛い妹と妹役を引き連れて京都観光でもするかなぁと思っていたのだが。

 

 どうにも事態は思わぬ方向に進んでいってしまっているらしい。

 

「どうでしょう、京都にヤマギシさんと水無瀬で共同のダンジョン経営会社を設立する、というのは」

「ええと、あの」

「その時は是非鈴木さんを社長という形で。ああ、勿論所属は奥多摩のままで構いません。実質の管理はうちの方で行いますし」

 

 あのシャーロットさんもタジタジになるような勢いで水無瀬氏がヤマギシと水無瀬との合同の会社設立を持ちかけて来たのだ。しかも俺を頭に据えて。シャーロットさんも俺の引き抜きではと最初は警戒をしていたが、基本は奥多摩に所属して貰えればいいし、何かしら式典がある時に出てもらう形で、とのこと。実務に関しても現在水無瀬が経営しているダンジョン運営会社……こちらは静流さんが現在は社長を務めている……がそのまま担当するという。

 

 実質黒尾ダンジョンがヤマギシの影響を受けるようになるだけで、こちらとしては本当に影響がない……それこそ俺の名前を使って何か変な事をされると迷惑かな、というくらいであちらには知名度による恩恵を得られる以外にメリットのない事だった。

 

 いくら何でもこの条件で受ける事は出来ないと驚くシャーロットさんに、水無瀬氏はゆっくりと頭を振ってこう答えた。

 

「水無瀬のダンジョン部門はまだ出来て日も浅い。それがこれだけ発展出来ているのはたまたま立地が良かったのと優れた先達のお陰です。その先達が自社の利益も顧みずに全体の為に動いてくれている。そんな中、己惚れる訳じゃありませんが水無瀬くらい影響力のある家が、自分達の利益だけを確保するために動くというのは流石に許される事じゃぁないでしょう。周囲から見てもね」

「はぁ……」

「それに何よりも。私は鈴木さんの男気というか、行動力にシビれてしまいましてな。孫よりも年下の人物に何をと思うかもしれませんが、頼み事をした次の日には協会の実力者を連れて来たのには度肝を抜かれました。しかも聞けば今協会内部で話し合われている案も元は鈴木さんが出した物を改良したとか」

 

 シャーロットさんの視線がこちらを見る。めったに見る事のない笑っていないその表情に「俺、何かやっちゃいました?」と返そうとするも言葉が出て来ず、俺はそっと目をそらした。

 

 その後も背中が痒くなる様なべた褒め責めとシャーロットさんの視線に晒され、生きた心地がしない話し合いは数時間ほど続き。終了間際にはほぼグロッキーになりながらも俺はなんとか自分の足で立ちあがり、シャーロットさんと共に水無瀬氏のオフィスを後にした。

 

 

「少し、予想外な展開です」

「社長になりたくないです」

「……イチロー社長……MS社長」

「ないです」

 

 ハッと何かに気付いたかのように、シャーロットさんは呟きながらこちらを凝視する。無いから。これ以上属性を上乗せしないでほしいんだよこっちは。ただでさえ本家さんから「俺達色々被ってるよね。あ、こないだ教えてもらったNYのタコスの店良かったよ、ありがとう」とメッセージ貰ったからなぁ。

 

 本家さんとは趣味嗜好に加え割と味覚まで近かったから、このままでは個性が被ってしまう、と互いに相違点を探そうと連絡取り合ってるんだ。今度お勧めのアニメを連絡してそちらに違いがあるかも確認する予定である。

 

「まずは社長に連絡を取……真一さんに連絡しましょう」

「そうだな。社長はGOしか言わない気がする」

 

 シャーロットさんと頷き合い、真一さんにまず確認を取る為に電話を入れる。社長に対する信頼は、勿論ある。でもこういう判断は真一さんの方が優れてるからそちらに判断を仰いだ方が良い。それにトップに伝える前にそのひとつ前に話を通すのは必要な事である。そう、必要な事だ。

 

『ウッソだろお前』

「俺も驚いてます」

 

 呆れを含んだ声音で驚いた真一さんに、現在の正直な気持ちを吐露する。誰かにコスプレの事で驚かれたり喜ばれたりってのは何回も体験してるけど、こういった会社の仕事でここまで真っ直ぐ評価されたことが初めてだってのもある。その結果がまさかの社長就任要請ってのもな。

 

 俺の話を聞いた真一さんは暫く悩んだ後、一度会議にかけると言って電話を切った。流石にこれは即答できる案件ではないとの事だ。まぁ、俺も一応ヤマギシで役職持ってる社員だしなぁ。

 

 

 そして、これは少し先の話になるが。流石に代表取締役として就任するのは難しいという事でお断りを入れたが、外部顧問というような形で俺は水無瀬とヤマギシの合弁会社に所属する事になった。

 

 水無瀬氏は少し残念そうだったが、これで縁も出来たとその報告を前向きに捉えてくれているようで、その後も西日本のダンジョンの発展を目標としてダンジョン間の連携を取っていく方針だそうだ。

 

「そこでどうです、鈴木さん。うちの孫はまだ相手もおらず」

「あ、すみませんちょっと次の四国ダンジョンの視察があってすぐ発ちますので失礼」

 

 ただ、何かある度に俺と水無瀬姉妹の縁談を口にしてくるのだけは勘弁してほしい。まだ20になったばかりでお見合いは……もっと自由恋愛したいというか。うん。二人とも美人だし嫌って訳じゃないんだけどさ。だから外堀埋めるのは勘弁してください……。




プロメア面白すぎる。


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第百八十六話 四国土佐ダンジョン

今週もよろしくお願いします!

今回はネタ枠です。

誤字修正。見習い様、244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


 瀬戸大橋。四国と本州とを繋ぐこの橋は、幾つもの橋が瀬戸内の島々を繋ぐ形で出来ている。ギネスに載ってる偉大な建築物だとのことで、前々から間近で見てみたいと思ってたんだが。

 

「長いな」

「長いねぇ」

「長いですね」

 

 ハンドルを握りながら余りの長さにそうぼやくと、一花と花ちゃんがうんうんと頷いて同じ感想を呟く。途中途中の島々に普通に人が住んでたりして楽しくはあるんだが、昼食を向こうで取る予定だからな。そろそろお腹と背中がくっついてしまいそうだ。

 

「所で、折角四国に来たんだからあれやらないの? あれ」

「ん?」

「ほら、四国と言えば絶対に安全って。ライダーネタじゃん」

「ああ……まぁな」

 

 手持ちのビデオカメラを回しながらニヤニヤとそう尋ねてくる一花の言葉に若干言葉を濁し、我が妹ながらなんでこうタイムリーな話題を出してくるかなぁ、と思いながら、ナビに打ち込んだ住所へと真っ直ぐに向かう。

 

 さて、今日のお昼はステーキだ。東京に居た頃は結局お邪魔出来なかったし、たっぷり楽しませてもらうとしようか。

 

 

 

 そのステーキハウスは今年の春に完成したばかりらしい。関東を中心としたとあるステーキチェーンのその店は、何でもこのダンジョンのオーナーが是非にととある店舗のオーナーとチェーン元に頼み込み、敷地や建物まで提供するという大盤振る舞いを行って誘致してきたそうだ。

 

 ん? と店の看板を見て小首を傾げる一花をちょいちょいと手招きし、お店のドアを開ける。事前に予約は入れていたし丁度いい時間だろうと店内を見渡すと、ピカァっと店内を光が走り、咄嗟の事に身構える俺達の前に一人の男が立ちふさがった。

 

「四国をヤマギシランドにするだと! ゆ る さ ん ! 四国はこのブラックRXが守る!」

「おお、まさか生でその言葉が聞けるとは……感激でおじゃ」

 

 ぐっと右手を握りしめるその黒いボディに濃緑の装甲。昭和と平成の二つを股にかけた最強と謳われたライダーの姿がそこに在った。近くの席に座っていた神官のような装束を着たおっさんが拍手をしながらその様子を褒め称えていると、恥ずかしくなったのだろう、彼はぽりぽりと頭を掻きながら変身を解除する。

 

 そんな一連の流れに店内が拍手に包まれる中、俺達……事前に知っていた俺とシャーロットさんは兎も角、一花はパクパクと口を開けて鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしている。冗談のつもりだったんだろうが割とビックリするタイミングだったのは確かだ。まさか本人から聞けるとは思わなかっただろうけど。

 

「今日はよろしくお願いします」

「ああ、たっぷり食べて行って欲しい! 注文が決まったら呼んでくれ!」

 

 ニカッと人好きのする笑顔を浮かべて、彼……BLACKさんは厨房へと戻って行った。

 

「……お兄ちゃん」

「おう」

「何で? 何でBLACKさんがこっちゃいるの? え。確かに、確かに最近あっち関連の人がヤマギシに顔出してるって聞いてたけど、え?」

 

 ぐいぐいと袖を引っ張るマイシスターの言葉に俺は小さく「うむ……」と答えて、そっと人差し指を神主スタイルのおっさんに向ける。

 そちらに目を向けた一花はまず最初に「げっ」と声に出した後、「ああ……」と納得するような声音になり、最後に「はぁ……」とため息をついた。

 

「……そういえば、麻呂のおっさん四国だったっけ」

「おっさんとはひどいでおじゃるな、師匠殿」

「40超えてる子持ちのおっさんをおっさんと呼んで何が悪いのかな?」

 

 一花の言葉にほほほほと誤魔化すように笑い声をあげると、神主スタイルの男性は「ささっ、座ってたもれ」と席へ着くことを促した。

 

 彼の名は一条公彦。又の名を『麻呂』と呼ばれる有名動画投稿者にして土佐ダンジョンのオーナー兼代表冒険者であり……

 

「うぅむ、今の一幕だけで開店資金全てを負担した甲斐があったというもの。動画投稿に拍車がかかるでおじゃるな!」

 

 俺が知りえる限り最も趣味に生きている冒険者(オタク)である。

 

 

 

 ダンジョンが現れた際。一条さんは幾つかの事業を抱えるやり手の実業家だったらしい。美人の奥さんに奥さんに似た可愛い一人娘。ちょっとオタク趣味なだけで特に変哲もない一般人だった彼が、最初に道を変えるきっかけになったのは、恭二の魔法再生を見たことが切っ掛けだったそうだ。

 

 何でも彼はあの瞬間、これは魔法だと理解したらしい。ケイティに匹敵する位の魔法への感受性を一条さんは持っていた。それを見た瞬間に彼はほうぼうを探してダンジョンの情報を集め、最も家に近い場所に出現したダンジョンの場所を把握。当時のごたごたとした情勢を最大限生かして周辺の土地を安く買い上げ、ダンジョンオーナーになった。

 

 そして、次に彼を変貌させたのは……遺憾ながら俺の動画だった。魔法を得る手段を手に入れたが、一条さんは用心深い人物だった。元々ゲーマーだったのもあるらしい。命が掛っている以上攻略情報を最優先。魔法の力を手に入れる為にダンジョンへもぐる……そんな認識の彼がヤマギシの発信する情報をチェックしない訳が無い。

 

 そしてそれらを集めて行き、封鎖された土佐ダンジョンに警察官と共同で調査を行っていた彼は、情報収集の中でふととあるダンジョン内の様子を撮影した動画を目にしたのだという。

 

 それは、オークに立ち向かう一人の男の姿であり……その姿を見た時、この無駄に行動力のある有能な馬鹿野郎は盛大に道を踏み外したのだ。

 

 コスプレ冒険者としての道へと。

 

「あの動画シリーズは、正に人生を変える切っ掛けでおじゃった。それまでのただ平凡な人生に風穴を開ける……そう、あの時、正しく麿は自身の道を見出したのでおじゃる」

「その口調、素なんですか?」

「流石に素は違うが、今はカメラを回しておじゃるからな……」

 

 つっと視線を横に向けると、そこにはそこそこお値段が張りそうな本格的なカメラを抱えた妙齢の美女と、緊張した面持ちでマイクを持つ中学生くらいの女の子の姿があった。どちらも一条さんに合わせるように巫女服を着けていて、ステーキ屋の一角はさながら和風コスプレ会場といった様相を呈している。

 

 一条さんの視線に気付いたカメラを持った方……一条さんの奥さんは一つ頷いて娘さんに何かを伝え、娘さんはそれにコクリ、と頷いて手近な紙にカリカリと何かを書き始める。そしてそれをパッとカンペのようにこちらに向け……

 

【二代目ライダーマンの結城一路さんをお願いします】

「あ、はい」

「おおっ!?」

 

 変身を変えてライダーマン、更に姿を結城一路に変更すると、店内の他の客や一条さん親子が喜びの声を上げる。いや、喜んでくれるのは嬉しいけど一条さん、これ貴方の動画……ま、まぁ良いんだけど。

 

「この家族……全っ然変わってないね……」

【師匠ちゃんマジ師匠ちゃん可愛い】

「麻呂重ちゃんも可愛いよ?」

 

 諦めたように笑う一花にえへへと笑う一条さんの娘さん。麻呂重はペンネームみたいな物だ。彼女と一条さんの奥さんも前回の教官訓練に参加したメンバーであり、娘さんは教官免許保持者としては最年少記録保持者でもある。何せまだ14歳。訓練受講時は13歳だからな。

 

 代表冒険者でもある父を妻と娘が助ける、ヤマギシにも通じる所のある完全な親族経営のダンジョン。

 

 それが四国土佐ダンジョンだ。




一条さん:一郎に感化されて動画配信とコスプレを始めた冒険者(オタク)。『一条麻呂のダンジョン紀行シリーズ』という動画を投稿している。割りと初期から冒険者協会とは歩調を合わせていたらしいが、初回の教官訓練では枠に漏れた。
 土佐ダンジョンの経営にもかなり熱心だが、三顧の礼ではすまないレベルでBLACKさんの店舗とチェーン元に通い詰めて誘致に成功するなど全力で趣味に走る事も多く、設備面では黒尾に劣っている。

麻呂の嫁と娘:嫁さんは一条の方、娘さんは麻呂重のペンネーム?で活動しているらしい。急にキャラ崩壊した公彦を心配していたが無事染められた模様。


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第百八十七話 四国でのお仕事。

誤字修正。244様、見習い様、kuzuchi様ありがとうございます!


『お主、麻呂を一条三位のそっくりさんと知っての狼藉でおじゃるか?』

『グルルゥアアアアア!』

『ヒョエ~!?』

 

 画面内では大見得を切った瞬間にオークに襲い掛かられる一条さんの姿がある。彼は部屋の中を大声を上げながら駆けずり回り、それを追いかけるモンスターをあの手この手を使って……それこそ時には大きな肉を用意してモンスターの注意をひこうとしたり、時には使えもしない刀を振り回して結局一条の方さんに助けられたり、時には麻呂重ちゃんの魔法に巻き込まれたりしながら少しずつダンジョンを攻略していく。

 

 これが一条さんの動画『麻呂のダンジョン紀行』シリーズの基本的な流れだ。最近では優秀な魔法使いだという事が周知されてきたので若干方針を変換。様々な新魔法を開発しようと努力している姿と試しのシーンを撮影するなど、基本的にコメディよりのスタンスの動画を撮影する為、大人から子供まで愛されているキャラクターだと言えるだろう。

 

「やっぱり面白いね、麻呂シリーズ」

「コメディ路線に重点を置いていて、かつ他とも一線を画す試みも多い。大変参考になります」

「お恥ずかしい限りです。イッチシリーズに比べたらまだまだですよ」

 

 一花とシャーロットさんの言葉に化粧を落とした一条さんが頭を掻いて答える。いや、俺の動画そこまで大層な試みは無いんですよ……

 

 

 

 土佐ダンジョンは海が一望できる小高い丘の上に出現したらしい。当時の持ち主は持山に急遽現れたこの黒い穴を心底怖がっていたらしく、そこにこの穴に興味を持っていた一条さんが接触。その結果、予想以上に安くダンジョン一帯を購入する事が出来たらしい。

 

「運が良かった、それに尽きるでしょうね。別のタイミングだったらこれ程スムーズにダンジョン周辺を手に入れる事は出来ませんでした」

「なるほど」

 

 化粧と衣装を脱いだ一条さんは鋭い印象の顔立ちをした男性だった。とても先程までおじゃおじゃ言っていたとは思えない。

 

「てことは、今の状況をその地主さん悔しそうにしてたり?」

「いえ、ダンジョン周辺は購入しましたがそれ以上は基本手付かずですからね。周辺の開発の為に何度もお話したので今では飲み仲間ですよ。今夜泊まってもらう宿もその方が経営しているものです」

「飲み仲間っすか」

「新参者ですからね。最初に縁が出来たのもそうですし、まず最初に元の地主さんと仲良くなることを目指しました。自分が儲かるだけでなく周りも儲けさせなければ結局続きませんからね、彼には度々助けて貰っています」

「成程。何となくわかります。ヤマギシも元々地元に根差した家だったので周辺の理解と協力を得る事が出来たので」

 

 奥さんの淹れてくれたコーヒーを一口含む。BLACKさんのステーキは大変美味しかったので、ついブラックとRX両方のステーキを頼んでしまい少しお腹が膨れてしまった。お腹を慣らす意味でもこのコーヒーはありがたい。

 

「それではヤマギシの関連会社の誘致等は」

「ああ、そちらはご安心ください。ダンジョン関連が盛り上がっている現状でヤマギシさんという看板がどういう役割なのか、十分すぎるほどに地域の方々には説明しています。四国は何せ水の問題がありますから、北海道とは別の意味で魔法を覚えるという事は重要な事なんです。当然、関心も強い」

 

 そう言って、一条さんは右の人差し指を立てる。その指先に現れた水球に一花はぐぬぬ、と唸り声をあげた。まったく別の言葉を話しながらの魔法行使。この超高難易度技術を苦も無く行うそのセンスの高さに思わず嫉妬心が出ているんだろう。俺達兄妹、魔法を扱うセンスは本当に低いからな。

 

 とはいえ、こんな真似が出来る奴は日本では他に恭二だけだし、世界中を探し回っても後はケイティが候補にあがるくらいだろうから仕様がないと言えばそれまで何だが。それほどまでに隔絶したセンスの高さで、彼は北陸の上杉さんとは真逆の方面に突き抜けた才能を持つ超一級品の後衛だと認識されている。

 

 まぁ、その分接近戦だと物凄く不器用らしく、相手に近寄られる前に倒すを徹底する必要がある為に、特化して訓練した結果このスタイルに落ち着いたそうなんだが。どちらも高レベルで行える香苗さんが前期最優秀とされたのもそれが理由らしい。彼女、どっちも一歩落ち位の超優秀な成績だったからな。

 

「香苗お姉ちゃんは、凄く……カッコいいです」

「そうね。静流さんは良家のお嬢さんってイメージだけど、彼女は……何というか、戦国時代のお姫様みたいなイメージかしら?」

「槍を持って敵陣に突入するタイプのな」

 

 麻呂重ちゃんの言葉に両親が相槌を打ち、室内に笑い声が広がる。本当に仲の良い家族なんだろうと感じる。前期の教官訓練では、彼女たち親子が一種のムードメーカー役を担っていたというのもうなずける話だ。

 

「と、すみません。少し脱線しましたが、先ほど話したようにこの地のダンジョン周辺の根回しはある程度終わっています。後は、現在存在する企業とぶつかり合わない規模に収めていただきたい所なのですが……」

「そちらに関しましては……」

 

 一条さんがビジネスモードに切り替わったのを察したのか、シャーロットさんはバッグから現状ヤマギシが各ダンジョン付近に設置する支社の規模や役割を話し始める。こうなると完全に俺達が手出しできることは無くなってしまう。

 

「どうしよっか」

「うーん、土佐ダンジョンに行ってみるか……でも花ちゃんがなぁ」

「あ、あの」

「うん?」

 

 手持無沙汰になった為、さてどうしようかと悩んでいると麻呂重ちゃんがそっと手を上げて声をかけてきた。一花は仲が良いからそちらかな、と思ったら彼女の視線は俺を向いている。首を傾げると、麻呂重ちゃんは意を決したように口を開く。

 

「こ、これから、い、一條神社の方に呼ばれてるので、お、お散歩行きませんか!?」

「……う、うん。良いけど」

 

 ずん、ずん、と前に踏み込みながら言葉にする麻呂重ちゃんに肯定の返事を返すと、彼女は「しゃーんなろー!」と小さくガッツポーズを決めてバタバタと部屋から出て行った。何事かと思ってすぐそばにいた一条の方さんを見ると、くすくすと笑いながら「あの子、結城一路のファンなんです」と答えを返してくれる。

 

「……あ、ああ。えと、変身しといた方が?」

「うちの娘がすみません。暫くお相手してくれれば途中で電池が切れると思うので……」

 

 いや、それは何かヤバいんじゃないでしょうか。あとシャーロットさん。その出来る……って視線止めてください。仕事中でしょう。

 

 

 その後、麻呂重ちゃん……本名は久美子ちゃんと言うらしい……が満足するまで市内を回る事になった俺達は、一條神社や四万十川を見に行ったりと観光を満喫。途中で本当に電池が切れたように久美子ちゃんが眠りこけてしまったので、一条さんの家まで背負って送り届ける羽目になったりもしたが、楽しい一日を過ごす事が出来た。

 

 シャーロットさんの方も順調に進んだらしく、明日からは支社の設立予定地を回ったり地元の業者との挨拶などを行うそうだ。そして勿論夜もBLACKさんのお店に顔を出した。まだジャンボハンバーグを食べてなかったからな……流石に他の面子はホテルでご飯を食べていたけど。二度目の来店は予想してなかったらしく、BLACKさんにまであきれ顔で見られたのは内緒である。




イッチシリーズに影響を受けた動画シリーズは他にもあったり(登場するかは未定)


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第百八十八話 大宰府再び

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


「恭二に脅されたせいで由緒ある神社とかに参拝しづらくなった」

「残念でもなく当然ですね。またタタリ神されても困りますから」

「……最近、標準語上手くなったね」

「ありがとうございます」

 

 精一杯の皮肉を込めるもまるで通用せず、俺は大宰府ダンジョンの前に体育座りで座り込んだ。昭夫君、最近強くなったね……へへ、免許皆伝だぜ。等とボケを行うも「はいはい」の一言で片づけられ、ぐいっと首根っこを掴まれて引きずられる。いや、まぁ、昭夫くんの反応が正しいんだけどね。あのタタリ神のせいで、結局室内の改装をする羽目になったらしいから。

 

「あの時は本当に申し訳なかった……」

「……いえ、しょうがないですからね。俺も、同じ立場なら冷静さを失うと思います」

 

 ため息をついて手を離した昭夫君に再度ごめんね、と告げて立ち上がる。例の件は一応その後にちゃんと謝罪をしてあるんだが、この大宰府に来ると申し訳なさが頭に来るんだよな。

 

 四国土佐ダンジョンでの話し合いも終わり、ついでにコラボ企画って事で一条一家とダブルライダーアクションショーを行った後、俺達は当初の予定通り九州へと渡った。俺も一度滞在した事の有る大宰府ダンジョンが最終目的地だからだ。

 

「大宰府ダンジョンのオーナーは地元の名士の一人で、本人はダンジョン運営に熱心という訳ではありません」

 

 シャーロットさんが事前に調べていた情報を教えてくれる。何でも持山の麓にいきなり表れたその黒い穴に対して、オーナーさんは最初周りを固めて塞ごうとしていたらしい。危険だと判断したわけだな。当初は警察やらもその判断に賛成していたのだが、ヤマギシの件がドンドンニュースで流れて行って事態は一転した。

 

 むしろ有効活用しようとする地元の人と、あくまでも危険では、と封印を主張するオーナーとの間で話がこじれて居た時に、どこからかダンジョンの噂を聞きつけてきた昭夫君がダンジョンに勝手に入り込んだのが事の始まりだった。

 

「最初はしこたま怒られました。爺……森さんにはこってりしぼられて」

「まぁ、そらそうでしょうね。恭二兄ちゃんなんて自宅のダンジョンに入っただけで警官に袋叩きにされてたし」

「ああ、ありましたねぇそういう事」

 

 ダンジョンに入った理由は、当時生活に苦しんでいた家族を助ける為に魔法を身に着ける為だったという。病院にかかることにすら難儀する状況で、熱を出した弟さんの為に昭夫君は一縷の望みをかけてダンジョンに走り、侵入し、魔物と戦った。

 

 そして、幸いにもセンスがあったからだろう。魔法の力を手に入れ。それをオーナーの森さんの前で見せて土下座をしたそうだ。弟を治療する為に家まで帰りたいと。その姿に心を打たれた森さんは彼を車で博多まで送り、それ以降の付き合いになるらしい。

 

「精が出ますな」

「爺ちゃん」

「あ、どうも。その節は本当に……」

「やぁ、お久しぶりです。その節は……妹さんが無事で良かった」

 

 久しぶりの挨拶代わりに軽くダンジョンに潜った後、改装したというダンジョン前の休憩所で話をしていると、このダンジョンと周辺施設のオーナーである森さんに声を掛けられた。

 

 森さんは上品そうな顔立ちの年配の男性で、先祖代々この周辺に根付いた地主さんらしい。まぁ奥多摩を除いたダンジョンは大体辺鄙な所に出たりするから、その土地の主ってのは大体昔からそこを持ってる人だったりするんだけどな。辺鄙な場所……最近はともかく奥多摩も大概……いや、止めとこう。少し悲しくなってきた。

 

「よっこらしょ、と」

「爺ちゃん、腰大丈夫?」

「ああ……前のヒールってのが効いたよ、ありがとう……ああ、鈴木くん。出来れば他には」

「言いませんよ」

 

 苦笑を浮かべて森さんに向き直る。昔から体が弱いらしく、森さんはこまめに体調を崩すらしい。そんな彼の為に昭夫くんは魔法を使って治療を行ったり、何回も魔石を彼に渡したそうだが、森さんはそれを使うつもりがないそうだ。

 

 魔力を持たず、自然のままに老いる事を選択する。以前こちらにお邪魔した時にそう森さんは言っていた。恐らくそれは今も続けているのだろう。

 

「魔法をね、否定するつもりはないんです。あれば勿論便利だと思うし、最初の頃の拒否感みたいな物はもうありません」

 

 備え付けのポットと急須を使ってお茶を淹れてくれた森さんは、ぽつり、とそう呟いた。

 

「図らずもダンジョンオーナーという物になってから色々学ばせて貰いましてね。新しい情報を得れば得る程これは大したものだと思ってはおるんです。実際に女房や子供達はみぃんな昭夫くんが持って来てくれる魔石のお陰で若返ってまして、今じゃあ並んで歩くと女房の爺様だと勘違いされとります」

「婆ちゃんは気持ちが若いから」

「それを本人に言っとくれ。三日は機嫌が良くなるからなぁ」

 

 おどけたように話す森さんの言葉に、俺と昭夫くんはけらけらと笑い声を上げる。森さんは決して気難しい人ではない。ただ、選択しただけなんだ。自分は魔力を持たないと。

 

「この歳ですからね。色々ありました。その色々も含めて、自分の人生ですからね。そのまま終わりたいとね。思えとります」

 

 そう言って森さんは皺のよった顔に微笑みを浮かべる。彼と同じ選択をする人は決して少なくないらしい。中には強烈な拒否反応を見せる人もいるそうだ。

 

 これからヤマギシが規模を拡大する上で、こういった魔力に対して拒否感を感じる人への応対はしっかりしないといけないんだろうな。

 

 和やかな雰囲気で話してくれる森さんに内心感謝しながら、俺達はのんびりとお茶を楽しんだ。



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第百八十九話 in奥多摩

 出かけた時は夏の盛りだったが、ふと気づけばもう8月も終わるかという時期になっていた。結局2か月近くも奥多摩を空けていた事になるのか。まぁ、すぐにまた出掛けるんだがな。

 よくよく考えれば去年から今年にかけてじっくりと奥多摩に居た時期の方が少ない気がする。風景にも見慣れない物が増えてきたし、あんまり忙しすぎるのも考え物だな。

 

「冒険者の広告塔、頑張ってくれてて嬉しいデス」

「勝手にそういうものに任命しないでください」

「NO。皆そう思ってるヨ?」

 

 そんな馬鹿な、とは言葉にしない。流石に自分が全冒険者の中でも目立っているという自覚くらいはある。今回の旅路で出会った昭夫君を含めた6名の冒険者は日本の冒険者協会関係者なら誰でも知っているような有名人だが、それはあくまでも関係者ならという話。

 世間一般での知名度で言うならやはりヤマギシチーム、特に俺と、本人は嫌がるが最初の魔法使いである恭二を超える人物は居ない。

 

 日本冒険者協会としては第二、第三の俺もしくは恭二に出てきてほしいそうだが……昭夫君はある意味非常に知名度の高い存在になったとはいえ、まだまだ成果は上がってないようだ。

 

「贅沢な悩みデス。アメリカでは3番手すら居ナイ。私とウィルの二人以外は、日本に居るデビッドが少し有名な位デス」

「デビッドも最近ヤマギシチームのメンバーとして結構表に立ってるしね」

「ウィルの仲間達も動画配信とか頑張ってマスが、彼らはコミュニティ内に留まる傾向が強すぎマス。あと一歩メジャーへの道を踏み出せナイ」

 

 まぁあいつら基本的にインドア派のオタクだしな。ダンジョン=俺の部屋位のイメージで(とつ)ってるって言ってたし、それ以上を求めるのは酷だろう。まぁお祭り好きな所があるから、こないだのパレードみたいな奴にはガンガン参加してくれるだろうし、そういうの企画してもっと認知度上げて見るのはどうだろうか。

 

 というか、デビッドが有名っていうならあいつらはどうした。お前の妹とそのライバルは。ジェイはデビッドを押しのけて最優秀を勝ち取った優秀な冒険者だしウィルの妹(イヴ)の方もそのジェイと対抗できる位の筈だろ。あの二人はルックスも良いから祭り上げたらあっという間にスターダムになるんじゃないだろうか?

 

 そう尋ねてみると、ケイティは深い笑みを浮かべてこちらを見る。お、もしかしてなんか企んでるんだろうか。

 

「……ええと、聞かない方が良かったり?」

「NO。話しても大丈夫、デス。でも、聞きたい?」

「OKOK、ありがとう」

 

 小首を傾げながら訪ねてくるケイティにいや、と首を横に振る。こういう出し方をしてくるって事は別にこちらに影響が出るようなものでも無さそうだしな。あの二人も大学一年生だし、勉学に影響が出ない範囲で頑張ってるなら良いんだが。

 

 

 

「そうか……森さんはやっぱりそうおっしゃっていたか」

「はい。他者に対して強制はしないけど、立場を変える気はない、と」

「うむ……会合で何度かお話を伺った事があるが、芯の強い人だな。見習いたいものだ」

 

 社長室で今回の報告を行っていると、最後にぽつり、と社長が言葉を漏らした。魔法の恩恵をフルに受けて成長しているヤマギシとしては、真逆に舵を切った森さんの決断は自分達には出せない貴重な発想だ。

 世の中にはそういった考えの人も居る。魔法に社運を賭けているとはいえ、その事を念頭に置かなければどこかで足を取られる事になりかねない。そういった意味でも今回の出張旅行は貴重な経験だった。

 

「各地のダンジョンは予想通り、どこもまだまだ設備という面では奥多摩に劣るものでした」

「まぁ、うちは真っ先にスタートダッシュを切って、官民合同で走り続けてたからなぁ」

 

 シャーロットさんの報告に社長はうんうんと頷きながら、手元の資料を真一さんに手渡す。真一さんは受け取った資料に「ふぅむ」と考えるような声を上げると、全体を見渡して書類を二つにより分けて社長に返した。

 

「夕張とみちのく、それに大宰府ダンジョンは全力で資本を投下して良いだろうな。他は現地の企業と衝突しかねないから、調整に少しかかるだろう」

「大宰府の場合は地元がなぁ……一度政府に橋渡しをお願いするか。よし、二人ともお疲れさん。後倒しになってすまないが休暇を楽しんでくれ」

「はい。それでは」

「失礼します」

「おう。ああ、一郎ハメ外しすぎんなよ?」

 

 真一さんの言葉にぽりぽりと頭を掻いた社長はため息を一つつき、ニカッと笑顔を浮かべて労いの言葉をかけてくれる。最後の一言は余計だけどな。

 苦笑を浮かべて部屋を出た俺とシャーロットさんは、少し時期のずれた休みの計画を話し合いながら幹部用の宿舎……ヤマギシビルの住居フロアへと戻ってきた。

 

 今回の休みは時期もズレた為10月まで丸々休んでいいと言われているのだが、ウィルに呼ばれてアメリカに行く以外に予定が入ってないのが難点だ。

 まぁ取材関係はぶった切ったからしょうがないんだけどな。シャーロットさんも両親に顔を見せに行くという事でアメリカに行くらしいし、日付合わせて一緒に行こうかと算段を立てたりしていたのだが。

 

「ああ、そう来るかぁ……」

 

 居間代わりに使っている共同スペースに何故か人が集まっていた。面白い番組でもあったのかとみると、朝方、冒険者協会に行ってきますと言っていたケイティの姿がTVの画面に映っている。

 

 空いていた椅子に座り、右手をスパイディに切り替える。英語にも慣れてきたが、この状態が一番聞き取りにミスがない。

 

『……このため、我々世界冒険者協会は冒険者ランク制度の試験的な導入を行っていきます』

 

 画面内のケイティの言葉を聞きながら俺は頬杖をついてソファにもたれかかる。まだ一月も経ってないんだがな。手が早いな、ほんと。



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第百九十話 ランク制導入

厨二回路が錆びついてて難産でした。
もっと良いの用意できたのに!!(嘆)

今週もありがとうございました!
また来週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます!


「どったの兄ちゃん」

「現実逃避してた」

 

 怪訝そうな顔でこちらを見るマイシスターの声にそう返すと、ハンッ、と鼻で笑う音と共に一花が隣に座る。最近妹の兄に対する扱いが酷いんだ。どこに訴えれば良いんだろうか。

 

「いやぁ、ケイティも手が早いよね、ほんと。あんだけ恭二兄ちゃん相手にまごまごしてる割に、仕事の方は早い早い」

 

 画面内でギラギラと目を光らせながら発言するケイティの姿を見ながら、一連の流れをけらけらと笑いながら一花はそう評した。

 手が早い、確かにその通りだろう。俺が前に話した格付けの話を、本当にこの短期間で。冒険者内の実績に応じて振り分ける案を形にして、公表まで持っていったんだから。

 

『今後冒険者の数は増える事はあれど減る事はありません。それこそ老人から子供まで魔法という力を求める者は数多く、そして一度冒険者となった人物はその魔力によって長く現役でいる事が考えられます。それに対してダンジョンの数はあの事件から増えるという事はありませんでした。いつか必ずダンジョンが足りなくなる時が来る、これはその時の為の方策です』

 

 質問に対して淀みなく答えるケイティはその有り余るエネルギーをぶつけるように今後起こりえる将来像、そしてそれに対しての備えとしていくつかの対策。それらを行う上での判断基準としての冒険者の実力と実績による区別を声高に唱えている。俺が提案した物よりも洗練されたそれは、流石としか言いようのない出来栄えのものだった。

 

『この区別分けの基準は一体?』

『勿論、現状の区分である国際免許制度が大本になります。最下級のEは一般冒険者のクラスで、これは一種冒険者免許持ち、レベルで言えば5までの人間に付与される最初の区分です。そしてC~Dは二種冒険者。ここからは一人前の冒険者としてのクラスで、教官免許への受験資格もC以上からとなります。いわばこのDからCへ上がるまでが実務訓練期間という訳ですね。B以上は当然教官免許を取得した人物が対象です』

 

 質問をした記者はケイティの言葉にふむふむと頷き、何かしらのメモを取り始める。これに関しては成程、と思った。確かに、現在の教官免許はある程度の実力と他者へ魔法を教える能力があるかってのが大きなポイントになっている。その二つがしっかりしていればダンジョンに潜り始めて数か月って奴でもサクッと取れちまう資格でもあるから、ジョシュさんやジェイみたいに教官免許を短期集中で取ってる人も居たりするわけだ。

 

 まぁあの二人は割と例外って位にセンスがあったから何とかなってたんだが、それでも教官訓練を受けていた時は経験不足だったってのは否定できない。それを解消するためにも、ちゃんとした実績を積まないと上がれない期間があるってのは良い事だと思う。

 

『それで、B以上の区別はどのように……?』

『そうですね。その質問の前に、まず』

 

 次の記者の質問に対してケイティは少し言葉を切り、すっと横に視線を向ける。その視線に合わせるようにカメラが動き、画面が横にずれ……舞台脇から出てきた見知った顔の登場に、会場内が少しの間どよめき声を上げる。

 

『ウィラード……』

『ウィリアムだ。何故……』

『後ろの二人は?』

『あれはブラスの次女とジャクソンの長女だ。確か冒険者で……』

 

 ざわざわと騒めく記者陣の前でいつものニヤついた面を少し引き締めたままウィルがペコリとお辞儀をすると、後ろの続いたジェイとイヴもにこやかに微笑んで一礼する。3名が舞台に上がった事を確認したケイティは、再びマイクに向き直って口を開く。

 

『B以上の区分は大分難航しました。教官免許保持者は誰もが指導者としての実力を持った実力者です。当然このレベルになると実績で判断するのも難しい。そこで、それらを区別する明確な指標となるとまずどこまでの階層に潜れるかの指標となるレベル、そして次に魔力量』

 

 舞台裏にあるプロジェクターらしきものに映像がともり、そこに顔写真と共に3名のレベルと魔力量が映し出される。ウィルは当然のようにレベル32.そして魔力量はなんと50万オーバーである。隣に立つジェイがレベル30で15万、イヴがレベル30で12万であるのに対して数倍の差をつけているわけだ。

 

 以前見た時よりも大分魔力量が上がっている。それに、前はあれだけ敵意剥きだしでいがみ合っていた二人が今はそんな様子を欠片も見せずに隣に立って笑いあっている。以前の騒動を知る身としてはちょっとした青天の霹靂だな。

 

「あの二人も危機感があるんだろうねぇ。英国にすっごいライバルが出て来たし」

「……ライバル? オリバーさん達は確かに凄い冒険者に育ってるが」

「あー……いや、いいや」

 

 からかうような口調だった一花は、俺の言葉を聞くと途端に渋い顔をして口を閉じる。……アイリーンさんはそういうんじゃないんだよなぁ。

 

『一般的に教官免許を保持できる程度の実力の持ち主は、魔力量にして1万MPもあれば十分と言われています。このように同じ教官免許保持者でも数字という明確な違いが出せる事から、まずレベル。次に魔力量から算出して区別を分ける事になります。Bランクはレベル30未満で魔力量10万以下。この魔力量10万レベルという数字は、一人で複数都市の電力を賄える規模の魔力保持者で世界中を探しても2桁しか存在しません。全員が当然のように教官免許保持者です』

『成程。では、Aランクが最高位という事ですね』

『……ええ。米国では、そうなりますね』

 

 記者の言葉に頷きを返して、ケイティは後ろの画面を向く。彼女が手で操作すると画面には今度はケイティ自身の顔が出てくる。その魔力量は80万オーバーとウィルよりも更に多い数字が出てくる。と言っても恭二の次に魔法使いとしてのセンスに溢れている、と言われている彼女にしては若干少なく感じるが……俺の左手側と同値くらいだしなぁ。

 

 いや、暇さえあればダンジョンに入ってる俺や恭二みたいな連中と違って彼女は多忙な中からダンジョンに潜る時間を作ってるんだから、むしろあれだけ魔力を持っているのは凄い事なんだろう。

 

『米国では、というと』

『この日本では、全員が私やウィルに匹敵し、かつ一部は明らかに上回るチームが存在します。彼らは全ての冒険者の師であり先達であり目標です。当然、彼ら最先端のチームを表する際に我々はAランクをつけようとしたのですが……明らかに頭二つは抜けた存在を同じランクに押し込めることは出来ないという、選考したメンバーの満場一致の意見により我々は特例を定める事にしました』

 

 言葉をそこで切り、ケイティは静かに息を吐く。嫌な予感に思わず椅子から立ち上がって画面を見つめる俺の前で、画面の中のケイティはマイクを手に取ると静かに後ろを振り向き、画面を切り替える。

 

 その画面に現れた“3名”の顔写真に、隣に座る妹から「は?」と間の抜けた声が漏れる。いや、むしろ何で自分は関係ないと思ってたんだよ。選考するのどう考えてもお前の弟子たちだろうが。

 

『【我らが師父(マイ・マスター)】イチカ・スズキ。【唯一の英雄(オンリーワンヒーロー)】イチロー・スズキ。そして……【始まりの冒険者(ザ・スターター)】キョウジ・ヤマギシ。この3名をランク制度の“特例(オーバーランク)”Sランクとして認定します。全ての冒険者の目標……頂点として』

 

 その言葉と共にケイティはペコリ、と頭を下げる。伝えたい事は伝えたと、言う事なんだろうが。隣に座ったまま口をパクパクと開いたり閉じたりしている妹の頭に手を置いて、「どうしたもんかねぇ」と呟きながら画面を見つめる。

 

 ケイティが去った後も、画面には俺達の顔写真が映されていた。その写真の下、燦然と輝くSの文字と……一花で150万。俺が何故か300万/200万で、恭二は……

 

「どうなってんだあいつ」

 

 思わず呟きが漏れるが、それを気にする人間はこの場には居ない。口々にランクがどうだこうだ凄いだなんだという声で語り合う中。恭二の顔写真の下。中心に描かれた1000万の文字に、呆れを超えて戦慄すら覚えながら俺は深くソファに腰を下ろした。魔力量だけとはいえ、大分水をあけられていた事が……何故だか無性に悔しい。

 

 ライバルのつもり……だったんだがなぁ。トリプルスコアはちょっと凹むぜ。



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第百九十一話 ランク騒動・前

今週もよろしくお願いします!

今回は前回の影響のお話。

誤字修正。アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございました!


『助けてくれ、身動きが取れない』

「ざまぁ。どしたよ?」

『なんかケイティのアレが終わってから周りにいっつも人が来る。変身してないと町が歩けない』

「俺の気持ち、分かってくれたか」

『有名人凄いな。一般市民の俺には分からんからどんどん大事件起して話題をかっさらってくれ』

 

 いつもの押し付け合いを行った後、互いにヘラヘラと笑いながら近況を報告する。現在は中国地方に居るらしい。古い神社ってのは怖いんだと震えながら話す恭二に笑えねぇよと返し、こちらは正直暫く帰ってこない方が良いと連絡を入れる。

 

『ああ、やっぱり忙しいのか? 離れてるこっちでもこれだからなぁ』

「それもあるんだけどさ……ちょっと一花とケイティがな」

『……何があったんだ?』

 

 可愛い妹分と米国の妹なのか姉なのか良く分からない仲間二人の名前に、考えがまとまらないのか恭二は声を落として尋ねてくる。片方ずつなら偶に何かやらかしてもおかしくないが、この二人の名前が同時に上がるってのは確かにあまりない事だ。

 

 一花もケイティも頭の良い娘達だ。互いに自分に出来る事、自分がやれる事。やってはいけない事を理解してその振る舞いを行えるため、この二人が何か問題を起こすとしたら大概はその人生経験では想像も出来ない……例えばケイティが若さに対する判断を誤った時や、マスター組なる存在が出て来た時の一花の様に明らかに彼女たちの思考を大幅に上回る事が無ければ問題になるような事はほぼない。

 

 良く言えば安定していて、悪く言えば過ぎた冒険をする事が無い。するとしても勝算のない事は起こさない。必ずメリットとデメリットを考えて行動を起こす……それが彼女たちに対する家族や友人からの主な評価だった。

 

 そんな彼女たちが……というよりは一花がブチ切れるなんて事が起こったんだから、世の中何が起こるかわからんなぁ。

 

 

 

 始まりは、記者会見が終わった後だった。ソファに座って会見を見ていた、正にそのすぐ後。TVを設置している居間は、やけに重苦しい雰囲気に包まれていた。

 というのも、最高ランクに評されたはずの一人。冒険者としては最高の名誉を受けた一人である一花が、眉間に皺を寄せて不機嫌そうに何かを考えているからだ。

 

 周囲の面々は完全に触らぬ神状態でこちらを見てる。基本的に一花がここまで不機嫌な様子を人に見せる事は少ないから、戸惑ってるんだろう。中学の頃はたまに非常に不機嫌な時があったが、最近は鳴りを潜めていたしな。

 

 こういう時は大体沙織ちゃんが上手い事宥めてくれてたんだが、彼女は現在恭二と日本行脚中でこの場には居ない。後の頼みの綱は真一さんなんだが、マスコミからの問い合わせが連続で入ってきていて手が離せないらしい。

 

 これはしょうがない。今こそ兄としての威厳を見せるしかないだろう、と拝むような視線を向けてくる御神苗さん達に深く頷きを返して、俺は一花の隣に座った。

 

「どうした、一花」

「……」

 

 声をかけても視線が動くだけで返答はない。あ、これヤバい奴かも知らん。スパイディに変身してる訳でもないのに加速度的に嫌な予感がするのを感じながら、俺は努めて笑顔を浮かべたまま一花の反応を待つ。

 

「……気に食わない」

「マイ・マスターは信者の」

「お兄ちゃんは黙ってて。そういうのじゃないから」

「あ、はい……」

 

 低い声で呟くようにそう口にした妹の言葉に従い、俺はすごすごと席を立つ。御神苗さん、デビッド。そのやっぱりなって顔はやめてくれ。地味に傷つくから。

 

 言外に感じる役立たずという視線から目をそらし、俺はその場にいるもう一人、沈黙を保つシャーロットさんに目を向ける。同性であるシャーロットさんなら一花の懐に入り込みやすいし、何よりこの場では俺に次ぐ長さの付き合いだ。何とかなるかもしれん。

 

 俺の視線に苦笑を浮かべたシャーロットさんは一つ頷いて一花の座るソファーまで歩き、一言声をかけてから横に座る。声は小さくてよく聞こえないが、やはり同性である事が良いのだろう。軽く何事かをぼそぼそと話しているように見える。これは解決の糸口が見えたか、と御神苗さんやデビッドと顔を合わせて喜びの表情を上げると、唐突に。

 

「やっぱりそうだよねぇ! シャーロットさんも、そう感じたよねっ!?」

「はい……間違いないかと……」

 

 唐突に声を荒らげた一花と、それに賛同するように低い声で相槌を打つシャーロットさん。二人は固い握手を交わし、唐突な事態に固まった俺達3名にギンッと鋭い視線を向ける。ビクッと震える男三人を睨みつけながら、一花はゆっくりと口を開いた。

 

「お兄ちゃん、恭二兄ちゃんとマジで戦った事、ある?」

「あ。お、おお。たまにな。互いにレールガンとかファイブハンドのレーダーハンドとかは封印してやってる」

「……なんでそこでレーダーハンド?」

「あれ、ゴーレムにぶっ放したらその周辺がデカいクレーターになって跡形もなく吹き飛ぶんだよ……」

 

 半分ミサイルのつもりで使ってたら本当に洒落にならない威力になって、二人で「これは対人戦に使わない」って紳士協定を結ぶ羽目になったからな。因みにファイアーボールに魔力を継ぎ足した偽カイザーフェニックスとか色々遊びで魔法を作っているが、やっぱり基本の魔法が一番使い勝手が良いからって結構お蔵入りになっている魔法はあったりする。ロックバスターにネットの魔法を詰めて撃つとかね。普通にスパイディでやった方が早いんだよあれ。

 

「色々衝撃の事実が分かったけど、まぁ、ともかく。大体勝率はどの位?」

「今なら3から4割。近づけなかったら負けるけど近づけたら優勢取れる。ミギーのおかげで中距離戦でも撃ち負けなくなったし、5割の確率で近づけて、後は接近戦で仕留めきれない時に負けるかな」

「……そう。大体それくらいか……」

 

 今度は一転。難しそうな顔で一花は宙を眺める。

 沈黙した一花に、もしかして俺たちの方が難しく考えていただけで、それほど深い悩みではないのでは、という淡い期待が浮かび上がってくる。

 

 

 その期待も帰ってきたケイティと一花の一触即発の空気で霧散する事になったがな。矢面に立たされた俺は冷や汗をかきながら一花を後ろから押さえつける羽目になった。

 

 こ、こういう時頼りになる沙織ちゃんが居ないのが痛すぎる……シャーロットさんもなんか変だし……沙織ちゃんマジ帰ってきてくれ……



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第百九十一話 ランク騒動・後 鈴木兄妹

初の前後編終結。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


「ケイティ、幾つか言いたいことはあるけど、取り敢えず一発殴っても良い?」

「……はい」

「待て待て待て待て」

 

 ケイティを睨み付ける一花と、項垂れるケイティ。そして一花を背後から押さえる俺。仲間達の団欒の場である筈のその部屋は、今現在一触即発の空気に包まれている。その場に居るのは、空気に呑まれたジェイとイヴ。覚悟を決めたような表情のウィル。無表情なシャーロットさん。事態に置いていかれている御神苗さんとデビッド。ヤマギシチームとテキサスチームの一線級の冒険者たちが雁首揃えて、無言で俺達の三人のやり取りを見守っている。

 

 一花さん、その、ストレングスまで使うのはやりすぎだからな。少し落ち着いて話し合おうぜ?

 

「私は落ち着いているよ? 多分、こんなに頭がすっきりしてるのはここ数年なかったって位に。だから、離して?」

「駄目だ。椅子に座れ。これは冒険者部の次席としての命令だ」

「お兄ちゃん?」

「ケイティもだ。まずは椅子に座ってから……ゆっくり話そう。シャーロットさん、ウィルも残ってくれ。残りの人はすまんが、部屋から出てもらえるか?」

『……ごめんなさい』

 

 俺の言葉に一花が怪訝そうな声を浮かべる。一応、名ばかりだが俺も役職持ちなんだ。恭二が居ない以上、この場を仕切る位の権限はある。シャーロットさんとウィルを残したのは当事者以外で状況を把握していそうな人物だったから。

 

 ケイティの様子を見るに、明らかに今回のやり取りで非があるのはケイティだろう。何となく、俺も予想はついているが……周りにどう思われようと俺と恭二は気にしないんだが、一花は気に食わなかったって事だろう。なら、しっかり話を付けた方が良い。どういう結果になろうが、それを後々まで燻らせる方が問題が大きくなるからな。

 

 

 

「話の前に。まずケイティ、正直に答えて欲しいんだけどさ。今、魔力量幾ら? あれ多分何年か前のデータでしょ?」

『……250万、です』

「だろうね。ケイティならそれくらい行ってると思ってた。じゃあ、ウィルは?」

『僕は100万にギリギリ届いたくらいかなぁ。といっても僕みたいなタイプには関係ないんだけどね。魔力量って』

「お前の場合身体能力アップに全力傾けるだけで良いからな……」

 

 ジェイ達に退室してもらい、食卓の席に腰掛けた俺達はシャーロットさんが淹れてくれたお茶で口を湿らせた後。一花が向かいに座ったケイティにまず最初に尋ねた事は、あの魔力量についてだった。やけに少ないと思っていたが、やっぱり二人とも逆サバ読んでたか。

 

 というか、これを良く他の冒険者協会の幹部が認めたな。普通自国のヒーローを他国の人間の下に置こうなんて思わないだろうし。怪訝に思っていると、こちらが言いたい事を察したのかシャーロットさんが口を開く。

 

「米国のヒーローという意味でなら誰よりも相応しい人物がS級に名を連ねて居ます。米国人にとって貴方はもはや他国の冒険者ではありません。スーパーヒーローなんですよ」

「そんな馬鹿な……えっ」

 

 いやいやと思って周囲を見回すと、シャーロットさん以外の人々が肯定的な顔で頷くのを見て、俺は「えぇ……?」と小さく呟いた。そんな俺の様子を無視するように一花はケイティに視線を向ける。

 

「じゃあ次の質問。本当のS級の判断基準は?」

『A級上位の実力者だとA級の人間に認められた者で、かつ素晴らしい功績を残した者です。一郎は冒険者の認知度とイメージアップ。一花は冒険者の教育方法の発案と実践。恭二は……言うまでもありません。魔法開発に多大な尽力を行っている事です』

「ならそこに何人か足りないよね。少なくとも魔法科学という分野を現在進行形で発展させている真一さん、世界冒険者協会という組織を立ち上げて聖女と呼ばれているケイティ、米国ナンバーワン冒険者でお兄ちゃんと同じく冒険者のイメージアップに貢献しているウィル、目立った功績ではないけど縁の下の力持ちとしてヤマギシチームをずっと支えていて、実力だけなら間違いなく私以上の沙織姉ちゃん。シャーロットさんだって選ばれてもおかしくはないんだ……。あれれ、おかしいな。私が審査員なら最低でもあと4、5人は増えると思うんだけどなぁ?」

 

 指折り数えるように名前を上げる一花の声は、少しずつ低くなっていく。まるで怒りで声が震えるのを無理やり抑えようとするように。その怒気に中てられたのか、顔を青くしたウィルが口を開こうとした時、一花はドンッ、と軽くテーブルを叩いてその動きを制する。

 

「目立たないからでしょ。恭二兄ちゃんが」

『…………』

「一花」

「魔力量も関係なくて。選考基準だって満たしてる人は他にいる。自分たちの魔力量まで誤魔化してさ。私とお兄ちゃんが入ってたのは世間認知度が高かったからだよね。特にお兄ちゃんはリアルヒーローなんて言われててすっごく人気者で。さぞ良く跳ねる踏み台だよね」

「一花。よせ」

 

 震える声を隠せなくなった一花の肩に手をかける。それでも一花は止まらない。

 

『マスター、それは違います! 確かに多少恭二にスポットを当てていますが本来は』

「何も違わない……たとえどんな意図があっても私のお兄ちゃんをあんた達は馬鹿にした……馬鹿にしたんだっ!」

「一花!」

 

 涙をぽろぽろと落としながら叫ぶ一花を咄嗟に抱きよせる。「ふぇ?」ときょとんとした表情を浮かべる一花の顔を胸の中にうずめさせながら、ぽんぽんと背中を叩く。

 

「それ以上言わなくていい」

「……お兄ちゃ」

「良いんだ。怒ってくれてありがとう……お前みたいな妹がいて、俺は幸せだよ」

 

 ポンポンと、あやすように背中を叩いてやる。今回のランク分けで世間が俺と恭二という存在をどう思うか。まぁ、十中八九魔力量を実力と見て、恭二は俺の数倍凄い冒険者なんだと思うだろう。これは間違いない。実際、魔法使いとしては恭二は世界一――しかもぶっちぎりという言葉が付く――だし、純粋な戦士としてもトップレベルだし、あいつがそれだけ凄い人物だと思われるのは、俺も嬉しい。本当に嬉しいんだ。

 

 ただ、一花と恐らくシャーロットさんが気に食わないのは、今回その評価の土台に俺を使っている所なんだろう。「あいつよりもあいつは凄い」。これは単純だ。一発で周知できてしまうからな。

 

「ケイティ。本当に隠したかったのは、何だ」

『……本来の、S級の選考基準です』

「そうか。S級になった場合、どういった事が出来るようになる?」

『冒険者協会のある全ての国への移動許可とダンジョン探索の許可。現在開発中の超長距離ヘリの無償使用許可は決定してる。また、各国の冒険者協会は最大限S級冒険者の要請に応える必要がある、としている。冒険者の象徴、だからさ……』

「なるほど。そらほいほい増やせんわな」

 

 腕の中で一花がすすり泣く声を聞きながら、俺は小さくため息をついた。多少は恭二を凄く見せたいというケイティの欲求もあるんだろう。だから一花は猛烈に怒っているんだし、ケイティも一切反論しなかった。

 

 ただ、米国……というかウィルが納得するだけの理由があったのも間違いない。それが恐らくS級の選考基準。S級冒険者という物の権限というか、出来る事や影響力を聞いてそこが良く分かった。はっきり言って、これから先のS級冒険者への道は非常に険しいものとなるだろう。というか、多分無理だ。

 

 基準とする部分。実力の方は、まぁ、努力次第だろう。ここは基準をクリアしている人間は、多い筈だ。恭二とそこそこ戦えれば十分S級と言えるだろうし、そのレベルなら両手で数える位には存在しているからだ。問題は、比類なき功績の方だな。

 

 ほぼ全ての魔法を開発した恭二、効率的な魔法の訓練方法を確立した一花、そしてそこそこ頑張って世間の注目を集めた俺。初代様辺りなら俺と同じポジションで狙えるかもしれないが、他の二人に匹敵する功績を上げるのは流石に無茶と言えるだろう。

 

 ああ、これに先ほど一花が上げた5名は別とする。多分来年か再来年にその辺りはS級になるはずだ。一般冒険者のモチベーションアップの為にな。決して閉ざされた道ではない事を示す為に。その道の険しさを覆い隠す為に。

 

 そう、モチベーションアップだ。多分これがウィル達が本来の選定基準を隠した理由だろうな。目指す事が無理だと分かっている頂点ってのはニンジンにはなりにくいからな。目のある人ほど諦めちまう可能性が出てくる。それを、恐らくウィルや他の冒険者協会幹部は恐れた。

 

 数字がはっきりしてる分、魔力量ってのは分かりやすい指標だからな。そっちを代替案として発表するのは確かに理にかなってる。恭二と俺、それに一花の数字は、少なくともそこまで修練を積めばチャンスがあるという認識を世間に与える事が出来たわけだ。

 

 それはさ、納得も理解も出来るんだ。

 

 だけど……妹を泣かせてしまったのは、流石に堪えるぜ、おい。しんどいなぁ、本当に。

 

「ケイティ。恭二についてで、何かあったな?」

『……申し訳ありません、私の立場では答えられない』

「おっけー、それだけで良い。一花は極端としても、他にも同じような感想を抱く人は居ると思う。対応は早いほど修正が利くはずだ……任せて大丈夫か?」

『はい。必ず』

「……頼む。またお前を信じさせてくれ」

 

 予想通りの回答に、一つだけ頷きを返す。ケイティにしては穴の大きい動きだと思っていた。拙速にも程がある、もっと煮詰めるべき案件を無理やり先倒しで出したような違和感。

 

 多分、恭二の立場を補強する必要があった。しかも形振り構わず、迅速に。それが何となく見えて、俺はケイティへの怒りを胸の中に押し殺す。兄妹二人だけにしてほしいと他の3名に伝えて、一花を抱きかかえて自分の部屋に向かった。

 

 たまには、二人でゆっくり話そうか。お前の話を最近、きっちり聞いて上げられてなかったしな。ああ、そうだ。恭二の馬鹿に、暫く戻ってくるなと言っておかないと。

 落ち着く前にあいつの顔を見たらついボコボコにしちまうかもしれんからな。それは八つ当たりにも程がある……やっぱりボコボコにしに行こうかなぁ。




まさかの4000文字。きっつい

一花の主張は一郎のファンで内情を知っている人間にはそう見える、という話です。

多少ケイティの意図もありましたが、今の段階でランク分けを実施するなら魔力量は分かりやすい線引きなのは間違いありません。
本当に最先端のレベルに行くと関係無くなるだけなんで。

次回。恭二ボコボコ(嘘)


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第百九十二話 冒険者の頂点

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 呼吸を整える。

 

 激しい動きを行っている訳でもないのに簡単に乱れる呼吸に自分の未熟さを感じながら、指示された通りの動作を自らの体に教え込む。

 

 これが、中々に難しいんだなぁ。

 

「良し、そこまで」

「……ふぅー……はい! ありがとうございました!」

「お兄ちゃん、お疲れ様!」

「ああ、ありがとう」

 

 指導してくれた喜多村さんに礼を行う。剣道なんかである程度体の動かし方は学んでいたが、やっぱり中国拳法は難しい。最近、勉強の傍らあまり傍から離れない一花と一緒に中国拳法の指導を受けて居るんだが……うぅむ。成果が出ているのかが良く分からないな。

 

「いや、その歳で大したものだと思うよ。俺が君と同じくらいの頃は飛んだり跳ねたりが精々だったからね」

「そう言われると自信になります。中国拳法は、確か一緒に撮影を行っていた……」

「ああ、マスクマンの時にね。あれ以来、趣味になってしまってね。今でもずっと続けていて……まぁ、お陰で色々と幅も広がったよ」

 

 喜多村さんの言葉に頷き、一口スポーツ飲料を含む。エアコントロールをあえてOFFにして、周囲の空気の流れを感じながら型を繰り返す。それだけの事なのに強化された体力を持つ自身ですら大分消耗している。これを長年続けているというそれだけで尊敬できてしまう。

 

 基礎の型に込められた意味合いが多くて、幾ら懸命になろうと深みがまるで見通せない。そんな底の深さが、中国拳法には確かにある。実感こそまるでわかないが、それが少しだけでも感じられる程度にはどうやら自分は進歩しているらしい。

 

 奥多摩では以前武道場代わりに使っていた体育館周辺を改装して、更に様々な武術を学ぶための施設を建てている所だ。本格的に研修専門のダンジョンになりそうだから、学ぶ、修行するための施設は急ピッチで整えられている。

 

 人員についても同じだ。剣術と空手や柔道などは以前から講師を……講師と言っていいのか分からないが……雇っており、完全な素人に得物を持たせる前に基礎的な技術を教え込んでいた。

 

 それを更に発展させて、現在では槍術や薙刀、棒術といった長柄の武器を扱う方や、剣術でも安藤さん以外の流派の方を招いたりして選択の幅を広げるようにしている。それに喜多村さんのように初代様経由で冒険者としての訓練の傍ら、他の冒険者に稽古をつけてくれる臨時雇いの講師も居たりするから、体術の訓練というだけでも結構恵まれた環境になって来ている。

 

 かくいう俺もその恵まれた環境を利用して、様々な武術を齧っている最中だ。少し情けない所を妹に見せてしまったし、次に恭二と会った時にはボコボコにする位の力を身につけておかないとな。

 

 

 

 先日の騒動。騒動としておく。決してそれ以上の事ではなかったと、俺は思っている……から数日。ケイティは約束通り、広まってしまった不当なイメージを払しょくする為にある映像を公開した。勿論、それは俺と恭二の許可を取ったうえで、と言っておく。

 

 内容は、俺と恭二のヘルメットに残されていたSDの映像だ。数か月前SDに記録されていた、とあるダンジョンアタックの映像。途中まで変哲もない。30層までバリバリとモンスターを引き潰すだけのその映像は、30層のボス部屋をクリアした時に少しだけ様子が変わったのだ。

 

 音声だけは除かれたその映像では互いに向き直って何か言葉を交わし……そして、互いに笑顔を浮かべながら二人の戦いは始まった。

 そう、これは彼等二人が時たま行っている模擬戦……世界最強決定戦と言っても良い試合の映像である。

 

 試合が始まったと思われる瞬間、互いに横に飛んで互いの攻撃から身をかわす。一郎はスパイディだろう、視界を遮るように『左手につけた』ウェブシューターから糸を連射し、右手を使って部屋内を動き回る。

 

 その動きを予測していた恭二は恐らく風の魔法だろう、結界のような物を周囲に張り巡らして横に飛ぶ。疑似的な空中飛行を短期間だが行い、そして、右腕に炎を纏わせて、それを飛び交う一郎に向けて解き放つ。

 

 その炎は、大きく、巨大で……美しい赤に身を包んだ不死鳥の姿をしていた。

 

 不規則な軌道で一郎に迫る鳳凰を更に恭二は連続で放つ。視界一面が炎に包まれるほどの連射にその映像を見ていた面々は恭二という冒険者の強さと恐ろしさを知り、勝負が着いた事を確信し……炎全てがその姿のまま凍り付いた事に驚愕を覚えた。

 

 凍り付いた鳳凰を蹴り砕き、銀色の手袋をはめた一人のヒーローが姿を現す。そのヒーローは、もう一度呼び出された鳳凰を右手から噴射された冷凍ガスで凍り付かせると、真っ直ぐ恭二との距離を詰める為に走り出した。

 

 刀を抜いた恭二が周囲に水泡のような魔法を出現させる。恐らくは相当圧縮された水の塊だろうか、弾こうとした一郎の拳を逆に押し返し、その隙に恭二は見事な太刀筋で応戦する。

 

 そのコンビネーションは凶悪だ。或いは、このまままた距離を取られてそして……そう、誰もが思ったその時。

 

 ヒーローは猛烈な攻撃の最中。両手を胸の前で合掌し、何かを包み込むように……その掌を花開かせるように開いたのだ。

 

 周囲を旋回する水球を。炎を纏った斬撃を。彼は無数の拳によりいなし、逸らし、刀の懐に潜り込む。そして、必殺の諸手打ちが恭二を捉えようとした時。不意に黒い何かが一郎、恭二視点共に吹き出てきて、視界を覆いつくしてしまった。

 

 再び視界が戻った時。二人の距離は最初の距離とほぼ同等の、10m近い距離になっており……

 恭二の両手には、オレンジ色に発光した魔法陣があった。

 

 

 

 そこで映像は途切れる。その後の勝敗は彼ら二人にしかわからない事だ。

 ただ、一つだけいえる事はある。

 この頂きとも言える冒険者二人の『組み手』は、先日のランク制度導入をも上回る反響を世にもたらした。

 人類は、ここまで上り詰める事が出来るのだという事実と共に。




黒く噴き出したアレはゲートの魔法です。流石にこの情報は不味いという事でうまくごまかしてあります。一部こういうのが大好きなどこかのご老人辺りは勘づいてそうですが


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第百九十三話 NYから来た男

大雨の片付けで大分時間を取られそうなんで明日の投稿延期になるかもしれません。
6時に更新が無かったらお察し下さい(吐血)

誤字修正。、kuzuchi様ありがとうございました!


『急にランク制なんて出て来たから何事かと思ったよ』

『いきなりですみませんね』

『君が謝る事じゃないさ。お嬢さんやその他の人には、僕の方からもお小言させて貰ったけどね』

『ハハハ……』

 

 にこやかな表情で毒を吐く老人……スタンさんの言葉に、曖昧な笑顔を浮かべておく。まぁ、態々俺に報告したって事ははっきり文句を言ったけど、文句で終わらせたって事だろう。スタンさんは全米の冒険者協会のスポンサーの一人で、特に例の映画の件で広報面では非常に強力な後押しを行っている人物だ。そのスタンさんからの『お小言』は結構きついと思うんだが。

 

 例のランク分け会議の次の日。スタンさんはその足でテキサスにある冒険者協会本部に殴りこみをかける予定だったそうだ。そのタイミングでケイティから連絡が入り、恐らく彼女は彼にかなり込み入った事情まで話したのだろう。その場でスタンさんは一先ず殴り込みを辞めたそうだ。

 

『理由と事情が分かった以上はね。協会側がルールを作るのは当然のことだし、ウチとしては『もっとこちらにも配慮しろ』以上は言えないからね。まぁ、お上からのお達しじゃしょうがない』

 

 にこやかにそう話す彼の『配慮しろ』は、結構な圧力があるんだろうなぁ。等と考えながらブラックさんが運んできてくれたジャンボハンバーグをナイフとフォークで切り分ける。今週は東京のお店に顔を出すと言ってたから、丁度いいとスタンさんの紹介がてらお店にお邪魔している。前回は時間の関係でサイドメニューをあまり頼めなかったから、今日はメニュー制覇を目指していくつもりだ。

 

 店舗の各所に散らばるグッズ類に『こういう展望もあるのか。日本のアクション俳優はキャラと一緒に愛されるんだね』と感心しているスタンさんは、RXステーキをむしゃむしゃと美味しそうに食べている。90代とは一体何なんだろうか。うちの爺さんも最近仕留めてきた獲物を燻製にしたりとやけに肉食だし、魔力が多くなると食欲も上がるんだろうか。

 

『あぁ、そういえばその後に出てきた動画も見たけどさ。あれ凄いね、何で映画の前にあれ教えてくれなかったの? 彼にストレンジの魔法演出をお願いしたいんだけど』

『むしろ前の映画見て『あ、これイケる』って思ったらしいです』

『成程。世界一の魔法使いと呼ばれてるのも頷けるよ……まぁ、ドクターストレンジの方が強いと思うけどね』

『そのどっちが強い論やめてください……最近、それで酷い目にしかあってないんです』

『コミックなんてそんなもんじゃないか。ハルク並みのパワー、アイアンマンに匹敵する頭脳。知名度が高い人物を基準に設定するのはね、良く知らない人に物事を伝える時にとても便利なんだ。今回のは許さないけど』

 

 スタンさんはにこやかな表情でそう語るが、目が笑っていなかったのは気のせいじゃないだろう。手早く事情を連絡し、説明を受けていてこれだ。もしケイティから何の連絡も無ければスタンさんがスマイリーの名前を投げ捨てていたのは間違いない。

 

 何せ連絡を受けた後、1日も経たずに日本に飛んできた位なんだから。この事だけでも、スタンさんがどれだけ事態を重く受け止めていたのかが分かる。

 

『君の顔を立てて。私はこれ以上彼らに何かを言うことは無い……何度か言っていると思うが、君はもっと自分が周囲にどう思われているのかを意識した方が良い。イチカ君が爆発したのは、君が今回の件で怒る事が無いと分かっていたからだぞ』

『……すみません』

『いや、老いぼれの愚痴だよ。とはいえ、君がもしも少しでも私に対して悪いと思ってくれているのなら。再来月からのスケジュールを空けておいてくれると嬉しいな』

「……あ、はい」

『日本語が出来なくてもハイと言ってくれたのは分かった。よろしく頼むよ? ああ、そうだ。冒険者協会にウィルのスケジュールを空ける事も頼まなければな。忙しくなるぞ!』

 

 力強く肩を掴まれて言われた言葉に俺は精一杯の笑顔を浮かべて答えた。その返事に心底嬉しそうな笑顔を浮かべてスタンさんが肩に手を回してくる。多分、きっと、恐らく、励ましてくれているんだろう。そうに違いない。うん。

 

 その後、出てきた端からやけ食いのように食べまくって店のメニューを全制覇し、乾いた笑顔を浮かべるブラックさんとスタンさんの三人で並んで記念撮影。前回と同じくダブルライダーと、スタンさんからの要望に応えてMS(パーカースタイル)とRXでの写真を撮ってもらう。

 

『SNSで流しても大丈夫かな?』

『ええ、勿論です』

『……ふむ、翻訳も出来る……成程。確かに言われている通りなんだね』

 

 ブラックさんを品定めするように眺めるスタンさん。あの、ブラックさんも仕事中なんであんまりそういうのは止めてください、と伝えるとスタンさんは両手をあげて『すまないすまない、つい』と苦笑いを浮かべる。

 

 前々から初代様が育てているという俳優冒険者チームに興味を持っていたらしいからな。その一人を見てしまってつい品定めをしてしまったのだろう。東京の方の映画会社とも最近色々と接点を持ってるらしいし、今回折角東京に来たんだからと何度かお邪魔もしてるみたいだからな。

 

 もしかしたらスパイダーマのリバイバルが起きるかもしれない。流石にMSがあるから俺は中身にはならなくて済みそうだし、スパイダーマは純粋に特撮として面白いから、もし復活するなら是非見たいもんだ。レオパルドンの演出に魔法を使っても良いしね。




もう1場面ぶち込みたかったけど予想より長くなったので。
一花の次に過激な反応をしそうだった人でした。


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第百九十四話 新(旧)メンバー加入

ギリギリ間に合った()
今週もありがとうございました。
また来週もよろしくお願いします!

誤字修正。アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます。


 夏も終わり秋。ランク分けとそれに付随する騒動がある程度落ち着きを見せた頃。

 

「イチローサーン! お久しぶりデース」

「また御厄介になります」

「こちらこそ、おかえりなさい」

 

 ジュリア・ドナッティさんとベンジャミン・バートンさん。二人の仲間が奥多摩に戻ってきた。去年、彼等が大統領の護衛をしていた時に遭遇して以来の再会である。米軍は夏に除隊していたらしいのだが、諸事情あって日本に渡るのが遅れてしまっていたらしい。

 

「そう言えば夏にはとか言ってましたよね。どうかされたんですか?」

「ゴメンなさーい! 私のダディ、大統領とネンネンコロリデス。ダディのお願い、私断れナイ。ジュリア、私助けてくれマシタ」

「懇ろ、ですね。彼のお父様が大統領のスタッフの一人でして、その縁から魔法に関する基礎知識を大統領にお教えしていました」

 

 それはレベルが高いというか何というか。そこを辞めてウチに来ても大丈夫なのか心配になるんだが、講義が進む内にむしろ是非行ってくるよう後押しされたらしい。何それ怖いんだけど。

 

 大統領自身経済的な観点から元々非常に魔法について興味があったらしく、ジュリアさんやベンさんに引率されて実際にダンジョンに入ったりもしたらしい。大統領をダンジョンに放り込むのは結構な問題だと思うんだが、それをやってのける行動力は凄いな。

 

「彼は貴方とイチカさんの大ファンですよ。是非恭二さんや一花ちゃんと一緒に米国に帰化してほしいと常々言っていました。次回の渡米の際には是非購入した魔剣にサインを入れて欲しいそうです」

「に、日本が好きなんでとお伝え頂ければ……」

 

 おかしいな。住居スペースは完全に空調が効いてるのに背中がぞくりとしたぞ? それにはい、と言ったらそのまま本当に連れて行かれそうな恐怖を感じるんですがジョーク、ジョークですよね?

 

「勿論ジョーク。プレジデント、ジョーク好きデース。でも、ジョークじゃない国、沢山ありマース。外国旅行、食べ物気を付けてくだサーイ」

「……それは穏やかじゃあないですね」

 

 言葉は軽く感じるが、そう語るベンさんの目は少しも笑っていない。つまり彼はそれがありえると思っているし、彼が最近まで所属していた米国大統領府もありえると思っているという事だろう。

 

 ジュリアさんは、俺のスパイダーセンスの事は知っている筈だ。シャーロットさんの趣味友である彼女にシャーロットさんが語っていない筈がないからな。俺も別に隠していない。それでも口に出したという事は、多分本気で狙っているような連中が居るという事だろう。しかも少なくない数で。

 

 確かに変装するわけにもいかない祭典なんかでは結構怪しい視線を感じたりする事はある。あれを感じるようになってから、ここ最近素顔で街を歩いたことは一度もない。

 

 つまり、あの粘着くような視線とビンビン突き刺さる危機感はそういった類いのものだった、という事か。大変迷惑な話だ。こちとら一介の民間人だぞ。

 

「それが起こる。ヤマギシはもう、そういう存在なんです。そして、貴方方ヤマギシチームも」

 

 ジュリアさんの言葉に、俺は頷きを返した。現状のヤマギシはたった数年で世界有数と言える知名度を誇る会社になったし、歴史を変えるような発明品を多数保有している。

 

 それらを欲しがっている奴は多いし、米国も実際欲しがっているが彼らはこちらに対して配慮するつもりがある、とメッセンジャーを務めてくれた二人は語っているわけだ。

 

 そして、二人は多分かなりこちらに多目に情報を渡してくれている。プレジデントの下りは冗談めかして誤魔化しているが、恐らく本来は伝えなくても良い情報の筈。彼等の内心が少しだけ伝わってきたような気がして、少しだけ頬が緩む。

 

「……二人が戻ってきてくれて良かった。本当に、そう思います」

『……ありがとうございます。貴方に頼りにして貰えるのは、望外の喜びです』

「我々も出来る限りはお力になりますが、先ずは皆さんの協力が必要です。社長には許可を頂きました。要人警護は対象の協力も必要不可欠です。一緒に学びましょう」

 

 目に涙を浮かべて感動しているベンさんを後目に、にこやかな表情を浮かべたままジュリアさんはどこから取り出したのかという多さの冊子をドン、とテーブルの上に置いた。

 

 目を点にする俺の前で、にこやかな表情のまま冊子を一つ一つ丁寧に説明し始めるジュリアさん。狙撃の警戒ってそれ必要あるんですか? え、ベンさんもウンウンしてるけど本当に必要なんですか? 

 

 えっ?

 

 

 

「受験前にマジ勘弁」

「それな。勉強はどうよ」

「夏に息抜きする位の余裕はあるよ。これならもっと上でも狙えたかもね」

「お、おう」

 

 冊子を眺めながらそう零す一花に戦慄を覚えながら頷きを返す。東大より上って何だよ。大学院大学か?

 

「でも渡るんならアメリカだしアメリカだとブラス家かジャクソン家の干渉は目に見えてるからね。奥多摩離れる気は無いしやっぱり東大かなぁ。恭二兄ちゃんみたいにゲートで通学出来るなら別だけどさ」

「まぁ、お前が決めた事なら文句は言わねぇよ。ほら、出来たぞ。右手見せろ」

「ありがと」

 

 一花の右腕にサイズを調整したウェブシューターを巻き付ける。こいつは本人の魔力があれば魔法を使わなくても使えるからな。発射された糸は時間経過で消えるかアンチマジックを使うまで消えない為、防犯用具としてはこの上ないシロモノだし、緊急時には警察やヤマギシの警備センターに緊急コールを流してくれる。

 

 当然発信機の機能も付けられて居るため、ダンジョン内部以外ならこれを付けていれば居場所を見失う事はそうはないだろう。

 

 ヤマギシに戻って来た米軍組二人の意見を社長は受け入れ、ヤマギシ幹部並びにヤマギシチームの面々は外出時にはこれを必ず装備するように義務付けられるようになった。

 

 社長曰く「この手の事は、確かに少し遅かったくらいだろうな」との事。遠方に出てた恭二と沙織ちゃんも急遽呼び出され、お勉強を強制される事となった。

 

 存分に煽ってやりたいが、沙織ちゃんも涙目になってるから煽るに煽れん。恭二は履修→現地→履修の繰り返しだから他の面々が終わった辺りで存分にニヤニヤしてやれば良いか。



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第百九十五話 秋の風物詩、ならず

今週もよろしくお願いします!
手直し中に投稿されちゃったので所々修正入ってます。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 さて、季節は秋。例年このくらいの時期になると毎年奥多摩には大量の教官研修受講者が来て賑わっていたのだが、今年は若干システム変更があり奥多摩周辺はいつもの臨時冒険者のお姉さま方で賑わっている。

 

 というのも、例年この時期は奥多摩の臨時冒険者受け入れが制限されて、その分の余剰で研修生を滞在させていたから、秋から冬にかけては東京の臨時冒険者の半数位は皆忍野ダンジョンの方へ行ってもらってたんだな。今回は滞在期間は2週間にまで絞り込まれたため、影響が最小限に抑えられる事になっている。

 

 この滞在期間の絞り込みは、例年の反省というか、各国の状況が整ってきたことに起因している。奥多摩で教官免許を発行するのは変わらないが、その前段階の教官研修。これは施設と教官の数さえ整えばどこの国でも行えるものだ。その為、昨年一気に教官の人数が増えた各国でその部分を行ってもらう事になった。

 

「ま。今年は倍以上の規模になるって言ってたしねぇ」

「流石に1000人近くも数か月滞在されたら洒落にならんな」

「そだね。しっかしお兄ちゃん眼鏡似合わないね」

「ほっとけ」

 

 参考書へ向けていた視線を上げてそう悪態をつく妹に、唇をとがらせて返す。俺だって仕事じゃなければ眼鏡なんて付けたくはない。だが、まぁ……我がヤマギシが誇る研究チームが開発した商品で、そのモデルになれと真一さんに言われれば弟分としては「ハイ喜んで!」以外の返答はない。

 

 俺が付けている眼鏡はヤマギシが新開発したもので、効果は簡単。一般人でも使用できる程度の魔力量で発動するヒールをエンチャントしており、何時間作業をしても目が疲れない、という物だ。

 

 一般人でも、という言葉通り多少の疲労回復くらいしか期待できない、非常に弱い回復効果しかないが、実際これを付けているとずっとパソコンやスマホを眺めていても目が疲れない。むしろ視界が澄み渡るように感じて眠気覚ましの効果も期待できそうだ。

 

 フロートの際に重要技術過ぎて大事になった経験と大掛かりな物は生産能力が追いつかないという世知辛い理由で、真一さんたち開発チームは今年度の開発傾向をかなり変更したそうだ。もっと身近な、まさにこう言ったアイテムが欲しいと言われるような。民間でも活用できるような路線の商品を次々と生み出そうと開発を進めている。

 

 その一つがこの誰でも使用できる身体補助機能を付与したマジックアイテムだ。機能と効果を限定的にしている分作りやすいし、量産もしやすい。今年は一般的に普及しそうな商品を出していこうと社員からもアイデアを募集して色々作っているのだが、この眼鏡や同じ機能のクッションなんかはかなり需要があるんじゃないだろうか。

 

「これなら他所の工場でも作れそうだね」

「それもある。うちは殆どの生産能力を魔力電池とフロートボードに傾けてるからな」

 

 ヤマギシは大規模な工場を持ってるが、それらは全て魔力電池とフロート製品の生産に使われており、他のマジックアイテムが作れない状況だ。しかし、魔法という物が知れ渡り、一般庶民にも結構な割合で魔力持ちが出てきた昨今。魔法を使った便利な商品を求める声はどんどん高まっている。

 

「法律的にはどうなの、これとか厚労省辺りがまたブーブー言いそうじゃない?」

「なんか効果を弱めてるのがそこの対策でな。『体力回復の補助』みたいな言葉をつけて通そうとしてるみたい。向こうも最近は協力的だから、色々アドバイスを貰ってるみたいだよ」

「ふーん。まぁ、あのお兄ちゃんと恭二兄ちゃん拉致ろうとしたあいつが居なきゃ良いや」

「もう退職したらしいぞ。実家の権力振りかざしてやりたい放題してたらしいから、誰も助けを入れなかったらしい。哀れなもんだ」

 

 哀れだと思うだけでそれ以上は何も感じないがな。魔法を使ったという事例でモルモット扱いされかけたのは何だかんだで物凄く怖かった。あの時、社長やうちの爺さんが来てくれなきゃどうなってたか分かったもんじゃない。

 

 あれも日本だから助かったんであって、もっと国が強権を持ってる国生まれだったら今頃どうなってたか分かったもんじゃないし、ベンさん達が警備系統を組織してくれて本当に助かった。この六法全書みたいな冊子の山を読み解く仕事もそれを思えば安いもんだぜ。

 

 

 

 さて、ベンさん達の加入によりヤマギシには新たな子会社が誕生した。その名もズバリ「警備会社ヤマギシ」である。

 

 これまでは外部委託で警備員さん達に見回りや本社ビルの監視カメラを見てもらう、一般的な警備は行っていたが、ベンさん達から「とてもじゃないがこの警備体制では不十分」だとの指摘が入り、彼らの入社から1週間後にはまず形だけ、その次の週には今まで契約していた警備会社さんを丸ごと買収、そこを母体にして体制を一新して完全子会社化し、更に米軍や自衛隊に求人を出して即戦力となる人材を募集し始めた。

 

「任期明けの自衛官の就職口を紹介するのもどこの駐屯地も苦労していましたからね。ヤマギシのような優良企業が引き受けてくれるならもろ手を挙げて歓迎してくれるはずですよ」

「米軍も同じデース。日本大好き、一杯居マス。彼等へ声掛け、任せて下サーイ」

「まぁ、流石に冒険者としての訓練を受けた隊員は米軍も自衛隊も出そうとはしないと思いますがね」

 

 ジュリアさんがそう纏めてくれたが、それでも十分すぎる。元々今の警備会社の人たちはほぼそのまま雇用されるという事だし、彼らには順次冒険者としての訓練とベンさん監修の警備マニュアルを身に着けてもらい、元自衛官、元米軍が入隊する頃にはベテランとして新人教育を担当してもらうそうだ。翻訳という魔法があるヤマギシは外国人の雇用が楽だからな。電話とか無線が困るから、最終的に日本語を覚えてもらう必要はあるけど。

 

 マニーさん達ヤマギシセカンドチームもベンさん達と協力して警備会社のテコ入れを行ってくれるそうだし、2〜3か月もすれば誰か社長を代わってくれる人も出てくるはずだ。うん。そうに違いない。そうだと嬉しいな。

 



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第百九十六話 一郎、社長になったってよ

でも会社の話は殆どなし。

誤字修正。、kuzuchi様ありがとうございました!


 肩書きが増えました。やったね恭二!

 

「……ラーメン、奢ろうか?」

「ありがてえ、ありがてえ……勉強手伝うぞ」

 

 心底気の毒そうにこちらを気遣う恭二の言葉に思わず本音で礼を返す。2、3年ぶりに活字を読んでるせいでどうにも頭に知識が入り込まないと言っていたし、流石に完全に身につかないとかだと周囲が困るからな。手助けに入るのもやぶさかではない。

 

 本当は恭二が社長にされそうだったのだが、そちらは政府筋から「山岸恭二さんが動きにくくなるのは困る」とかなり丁重なお話が社長宛に来たらしい。真一さんに振るかとも思ったらしいが真一さんはヤマギシブラスコも見なければ行けない。

 

 そこで信頼が出来てかつヤマギシチームの一員としては随一のネームバリューがある俺に白羽の矢が立ったという訳だ。と言っても俺自身結構飛び回っているし、京都の方にも顔を出さないといけないからそんなに暇がある訳じゃない。

 

 その辺りは新しく入ったベンさんやジュリアさん、それに浩二さん達自衛隊上がりの人もそちらを手伝ってくれるので、あくまでも俺に求められているのはある程度の実務能力とそれ以上に旗印としての存在感だという。

 

 それなら恭二で良いじゃん、と思うかもしれないが、恭二は恭二で色々厄介な立場になっている。というのも、全国を巡って色々とヤバい事実を見聞きした恭二は立場的にも知識的にも一民間企業にそのまま置いていて良い状況じゃないそうだ。本人の意向は兎も角、抱えている情報がヤバすぎるらしい。

 

 これはヤマギシの幹部だけに知らされた情報だが、どうも過去に魔力に似た何かがこの世界に存在したのはほぼ確定したそうだ。明らかに魔力を用いて扱う前提に作られた物品がとある宝物殿や離島の神社に収められていたそうだし、恭二が見る限り安全そうなものに魔力を流し込んだ所実際に効能を発揮した物もあるらしい。

 

「多分、本当に鬼切ったんだろうなって剣とか。魔力流し込んだら本当に凄い威圧感放ってびっくりした」

「……それ、大丈夫だよな? どこの寺なんだよ」

「清水寺。特にそれから何も言われてないな。あ、いや。むしろ周りが静かになったとか住みやすくなったとか言ってたから邪気を払ってるんじゃないか?」

「なにそれこわい」

 

 俺が握ったら持ち主が出て来るとか流石にないよな? い、一応名品って刀とか銀座の刀商の爺さんに触らせてもらった事あるんだけどこれもしかしてヤバかったんだろうか……と、特にクレームとかは来てないし大丈夫だろう。何か起こったら駆けつけるという事でいこう。

 

 

 

「お兄ちゃん、いやさ社長」

「やめろくだしあ」

「取締役の方が良かった? 水無瀬さんのおじいさんから祝電来てたよ! モッテモテだね!」

「……あー。その、お礼は言っとかないとな」

 

 以前のやり取りで本当に俺のファンになってくれたらしい水無瀬さんは、あれから何かある度に連絡を寄こしてくれている。何でも俺との会話でダンジョンに対しても色々と目線が変わったとかで、どうも最近はお孫さん達から色々習っているらしくSNSなんかも始めているらしい。

 

 元々関西では結構な影響力のある人だったからあっという間に財界人を中心にフォロワーを増やしていき、また何故か結構な頻度でダンジョン関係の話や俺の話を内部側の視点から発信しているもんだから、始めて2か月位で万を超すフォロワーを獲得。

 

 それに普段は上品な物腰とのほほんとした文章が特徴なのに、お孫さんの事や俺の事を話すときだけ熱意がもの凄く、そのギャップが面白いと人気を博しているそうだ。

 

 麻呂さんが「強力なライバルだ……おじゃ」とかつい生放送で真顔を晒してしまう位には脅威的な勢いで面白オーナー枠を脅かしているらしい。

 

「その麻呂さんもこないだのお兄ちゃんとのコラボが大当たりしたみたいだけどね」

「あれはな。ブラックさんが動画に出て来たの確か初めてだし、俺とセットも初めてだったし。そら注目されるだろ」

「うん。お兄ちゃん目線で言うとそうだけど、麻呂さんとかほかの動画投稿者だとちょっと違うんだよねぇ」

 

 ぽりぽりと頭を掻く一花はうーん、と少し頭を捻り、何かを思いついたのだろう。ポンッ、と手を叩いた。

 

「お兄ちゃんさ。他の人の動画に出た事ある? 公式動画以外で。あ、こないだのイキマスQは別だよ? 切れたナイフがカンヌでうろちょろしてたアレ」

「んー……初代様と一緒……あれは東京の方の映画会社の依頼で、ロックマン……は自分の動画か。あ、昭夫君の奴」

「そ。でも昭夫君はそもそもお兄ちゃんの動画でこういった動画投稿とかを始めたし言ってみれば身内枠。弟子枠だよね? 麻呂さんが初めてなんだよ。自分の動画にお兄ちゃんを登場させた部外者の動画投稿者は。まぁ、そういった依頼はシャーロットさんが全部弾いてたんだけどさ」

「むしろそんな依頼が今まであったなんて聞いた事がないんですが」

 

 聞いてたからってどうこうする訳ではないんだが、一言も報告が無いという事実に思わず戦慄を隠せない。シャーロット、恐ろしい子……と少女漫画ごっこを妹と行いながら、そういえば麻呂さんもあれが初コラボだったんじゃないかなと思い出す。

 

 麻呂さんシリーズは大体見てるけど家族とダンジョン所属の冒険者以外が出てるのはほぼ見た事が無い。例外として撮影を許可された研修の時位かな。あの時は確か昭夫君とわちゃわちゃ遊んでた気がする。やっぱり冒険者としてのスタイルを前面に押し出してると他と絡みにくいってのもあるんだろうな。

 

 とはいえ、折角知名度の高い動画チャンネルを維持してるんだし、最近開発してる小物類なんかの紹介とか面白そうだと思ってるんだがこれは難しそうかな。テレビで最近よくある1ヶ月位使ってみたって奴。

 

 初代様に頼めば結構反響良さそうだし、シューズの下敷きとかにヒールを付与した商品を試して貰って「いくらキックしても足が痛くならない!」とかやって貰ったらバカ売れ……いや、止めておくか。もうちょいまともな商品で試してもらう方が良いわな。うん



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第百九十七話 文化祭再び

誤字修正。244様、見習い様、アンヘル☆様、薊(tbistle)様、kuzuchi様ありがとうございます!


 『ヤマギシ警備保障』は元々青梅にあった合同会社青梅警備保障という会社を買収し、土台として形を整えた企業だ。100%ヤマギシからの出資で、子会社というより完全に別部署位の距離感だな。

 

 社長業なんて当然やった事はない為、色々と覚える事ややらなければいけない事は多い。が、その辺りはジュリアさんと、意外かもしれないがベンさんが補ってくれている。

 

 日本語が怪しかったり秋葉原に魅了されてたりと愉快な面が目立つが、流石に超エリートコースを歩んできた代議士の息子は格が違う。

 

 副社長として実務のトップに立ったベンさんはあっという間に組織の形を整えると、ジュリアさんとタッグを組んで社長業初心者の俺の為に分かりやすく仕事を仕分けてくれた。

 

 覚える順番にまで気を遣ってくれてたらしく、それ程期間も掛からずに一通りの業務内容や基礎知識、それに現場で実際に勤務をしたりと必要と思える知識を覚える事が出来たのは、二人が優秀な教官であったのが大きい。

 

『ボスの覚えが良かったのもありますよ!』

「そう言って貰えると有難いですね」

 

 ヤマギシ警備保障の制服……黒に近い色合いのスーツに身を包んだマニーさんは、俺の背中をバンバン叩きながらそう言って豪快に笑う。さて、スーツの部分で気付くかもしれないが、昨年の秋を覚えているだろうか。

 

「今年もよろしくお願いしますね。鈴木さん、いえ、鈴木社長!」

「来年からどうするか、本当に考えた方が良いよ? がくちょー」

 

 今年も文化祭の季節がやってきた。記念すべきヤマギシ警備保障の初社外依頼は、一花が通う学校の文化祭警護の仕事となる。当然格好は去年と同じく全員スーツ……ではない。他の面々はそれぞれスーツ姿ではあるけれど、まぁちょっとしたお仕事がある俺は今回例外扱いになる。

 

「何か上手いこと言いくるめられた感じがするんだけど。というかこっちで教育してた警備員さん達は?」

「とてもじゃないけど捌き切れないって向こうの会社が悲鳴を上げてるみたいだよ! 来年どうする気なのかな? かな?」

「今年は例年に増して、その。断れない筋からの来客が多くなりまして……」

 

 半分やけのような一花の言葉に、平身低頭といった様子の学長。まぁ、ウチとしては丁度良いタイミングで実習が出来るし、良いんだけど。来年は流石に受けないぞ?

 

 今年は身内からの頼みって事で依頼されたんだから。マスクを被りながらそう学長に伝えると、彼は非常に困った顔で愛想笑いを浮かべた。これ頼む気だったな絶対に。他所からのやっかみ受けるのはそっちなんだけどね。

 

 

 

 昨年の文化祭が話題になった事もあり、今年の文化祭はかなり来場者が多いと事前に伝えられていた。学校側も決して無能ではない。花たちのような芸能関係者は家族だけではなくマネージャーを側に置く事も認められていたし、事前に警備員を倍増させるなどの対策を取っていた。

 

 ただ、対策をとってもそれが十全に役に立つとは限らないのが世の中というもので。

 

「きゃっ」

「花ちゃん!? ちょっ、ちょっと貴方たち!」

「すみません松井さん! 一言、一言お願いします!」

 

 どうやって入り込んだのか。報道関係だろう男は花を庇おうとするマネージャーを押しのけて無理やり花にカメラを向けて迫ってくる。しかも一人ではなく、数人連れという状態で。

 

 夏休みの間は先輩である一花の好意で雲隠れし、学校が始まったら学業優先という事である程度報道関係をシャットアウトできていた。その事が更に報道関係者の過熱を生んでしまったのは皮肉と言っても良いかもしれない。

 

 血走った眼で花に迫る男の圧力に、花が「ひっ」と小さく悲鳴をもらしたその時。

 

 開け放たれた窓から飛んできた白い糸が男の手に持ったカメラを絡め捕り、ひょいっと手からカメラが奪い去られた。

 

 呆気に取られる男達に次々と糸が巻き付けられ、あるものは壁に、あるものは足を床に縫い付けられるように動きを封じられる。騒然とする周囲はその光景に「まさか」を想定し、全員の視線が窓枠に向けられ……

 

「……お兄、ちゃん……っ!」

「たく。あんまりボーっとすんなよ。大丈夫か、ハナ」

 

 手作り感のあるマスクを被った『小柄な人物』が廊下に現れた事で、周囲は爆発するような歓声を上げた。

 

 

 

 マジック・スパイダーをよろしく! という言葉を周囲にかけて拘束した報道関係者を巡回していたマニーさんのチームに引き渡す。

 

 今回エージェントスタイルにしなかった理由は、次回作を匂わせる感じでというスタンさんのお願いをこなす為と、いかつい感じの顔立ちの人が多かったからってのもあるんだよな。

 

 多分こういうトラブルが多いと事前予想されてたから用意したんだが、2m近いマニーさんがにこやかな表情を浮かべながら肩を掴んでくるのは凄いプレッシャーらしく、一気に委縮した彼らの顔を見るにこれが正解だったようだ。

 

「おに、じゃなくて……一郎さん、助かりました……」

「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだけど……ハナちゃんなら良いかなぁ……というかお持ち帰りできないかなぁハナちゃん」

「駄目です我慢しなさい。気にしないでいいよ、これ仕事だから」

 

 パーカーとマスクを被ったまま答える。これが仕事着だから外すわけにもいかないんだよね。エアコントロールのお陰で熱いとも寒いとも感じないけどさ。変身して誤魔化しても良いけど何かの拍子にアンチマジックされても困るしな。

 

 お察しの通り今回のコスチュームはMSで、基本ともオールドともいわれているスタイル、手作りマスクにパーカーという出で立ちで周囲を見回っている。ちゃんと仕事だぞ?

 

 騒ぎになるだろうって、そりゃ大騒ぎだよ。先程から周囲を大名行列みたいに人が囲んでカメラやらビデオやらが回されてるし、さっきみたいな報道関係者もうろうろ歩く俺について回っている。

 

 というか後ろに付いて来てるのさっきの記者さんだしな。口頭で注意した後、周囲に迷惑行為をかけない事と2m以内に近づかない事を条件について回っても良いと許可を出したんだ。この様子を別の視点から撮ってる事も伝えているが、むしろ喜んでいたな。写真の信ぴょう性が出るとか何とか。

 

「つまり、俺は盛大な囮兼今年のメインゲストなわけだ」

「随分と豪勢な囮だね?」

「他の警備が楽になるだろ。まぁ部外者ばかり目立ってもアレだし、ここは華を二人引き連れてだな」

「花だけにってかやかましい! あ。おーい、まこちゃんこっちこっち」

 

 キメ顔で放った洒落を妹に叩き切られてへの字に口を曲げていると、一花が目ざとく群衆から誰かを見つけて引っ張ってくる。お、去年暴漢に襲われてたジュニアアイドルの子やん。サインもらお。お礼? 別に良いんだよ仕事中だし。所でサイン……サイン欲しい? え、あ。はいどうぞ。

 

 ……うん? 護衛対象からサイン強請られてるのは何か可笑しくないか?



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第百九十八話 恭二帰還

誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


「ただいま」

「おう。何かしょっちゅう居るから出てた印象は無いけどな」

「まぁ、週の半分位帰ってたしなぁ」

 

 出向という扱いで出ていた恭二が戻ってきた。活字を眺めてると眠くなる病を患っている恭二は尻叩き役を求めて結構こまめに出先から戻ってきていたため、出向っていう感覚は最近薄れてたんだが。そろそろ回る場所もなくなり、大まかなデータが出そろった為に戻って来たらしい。

 

「で、こちらが」

「宮内庁の赤部と申します」

「内閣官房の池田です。お会いできて光栄です」

「あ、はい」

 

 恭二がいつもの調子で自身の後ろに立つ二人に声をかけると、彼らはペコリと頭を下げて自らの名前を名乗った。普段着の恭二の後ろに並んで立つピシッとしたスーツ姿の男女というアンバランスな組み合わせだが、その肩書も中々面白い。全然別の省庁じゃねーか。

 

 何でも、恭二への働きかけ自体は宮内庁が行ったのは間違いないらしいが、基本的に宮内庁は皇室関連に携わる省庁である。当然今回のような全国の重要文化財なんかを直接目で見るような事柄は基本的には管轄外となる。なるのだが。

 

 

「はっきり言えば洒落にならない状況だった、と申しますか。内閣官房の方にまで仕事が回ってまいりまして」

「は……はぁ」

 

 若干疲れた様な表情で語る池田氏のあんまりな言葉に、社長が気の抜けた返事を返す。どちらも疲れた顔をしているのは気のせいではない。直接話に加わるわけではないが、「貴方は聞いてください」と真剣な表情で同席を求められた俺も恐らく似た様な顔をしているだろう。

 

 恭二の能力が知れ渡った時、現在の政権は結構気楽に「おお、ステータスオープンって奴ですな!」とか言って笑ってたんだ。しかも閣僚会議で。ダンジョンなんて物が出てきたせいで最近ファンタジーに対する認識が大分変わって来たのもある。「知識を得る為にもファンタジー要素のあるゲームや漫画、小説、それに映画を見る」ってのが割と教養として求められるようになってきたんだな。

 

 まあ、そんなノリだから今回のこれも結構気軽に構えていたわけだ。詳しく見れるみたいだし、鑑定がてらどこぞの博物館の代物を見て貰おう、とか行ってみたら、まさかの村正が魔力反応を示したというトンでも情報が飛び出して。政権からすれば正に寝耳に水の話だったろう。色々な伝説は各地に残っていたが、それらのいくつかは本当に起きた事かもしれない。その情報は、これまでの歴史がひっくり返りかねない代物だ。

 

「宮内庁としては。はっきり言って知りたくなかった事ばかりですが、今知れてよかったという状況です」

「結構魔力がある人が触ると、そこから吸っちゃうみたいだからさ。お前なんか下手したら同化するかもしれんぞ」

「……村正が?」

「どっかの剣が本体のスタンドみたいになりたいなら止めないけど」

 

 嫌に決まってるだろうがこの馬鹿。

 

 その後も話を聞いていると、政府としては今回の事もあり恭二を何とか公務員にしようとしたらしい。しかしこの事に本人が「ダンジョンに入る時間がなくなるなら絶対に嫌だ」と真顔で言い切り、頓挫。とはいえ恭二をそのままにしておくことも出来ず、政府としてはこれを機に魔法関連の政府機関を公式に作る事を考えているらしい。

 

 魔法利権に関しては色々な省庁で綱の引き合いが行われていたが、その後もどんどん拡大していく利権の規模に、正直どこかの省庁が単独で持つことはほぼ無理だという結論が出てきている。どこも欲しい。欲しいが、どこかの省庁が一元管理してしまうとその省庁の影響力が強くなりすぎる。前に若手議員が言っていた魔法省の誕生が現実味を帯びて来たわけだ。

 

「陰陽寮の復活も考えているみたいです。折角過去にそういった公的機関があったのですから、これを使わない手はないと」

「実際、過去の陰陽道の秘儀も或いは本当に効果があったのかもしれません。それらを調べる事も重要な事です」

 

 そう語るお二人は今後も奥多摩に駐在し、ヤマギシと現政権との連絡係兼恭二の付き人のような形になるそうだ。国家公務員とかいうエリートさん達がそれで良いのかと尋ねると、むしろ今後数十年は日本経済のカンフル剤になるだろうヤマギシと近づける機会であり、非常に美味しいのだとか。

 

「国家公務員も結局どことコネがあるかですからねぇ」

「世知辛い話ですね」

「全くです」

 

 池田さんの言葉にそう返すと、二人は苦笑して頷いた。思ったよりも話せる人達らしい。彼らは今後冒険者協会が入っているビルに事務所を構えて出向という形でヤマギシに顔を出す予定らしい。直接は言ってきていないけど、多分恭二の護衛と監視も兼ねてるんだろうな。赤部さん物凄い美人だし、ハニトラも狙ってるか……?

 

 まぁ、沙織ちゃんとケイティという強力な壁をはねのけるのは難しそうだし、恭二にその甲斐性があるとも思えないからそっち方面は気にしないでも良いだろう。

 

「難しい話も終わったしダンジョン行こうぜ」

「おう。いやお前はもうちょい聞いとけよ」 

「分かってるって。兄貴もそこそこ落ち着いてきたって言ってるし、久しぶりに深層チャレンジだ」

 

 本当に分かってるのか分かってないのか判断できないが……まぁ、最近お決まりの相手しか戦って居なくて正直不完全燃焼も良い所だったからな。前の時から半年以上たってるし、もう我慢の限界なんだろう。

 

 ミノタウロス相手ならもう完勝出来る位には相手したし、最近むしろ食傷気味だったからな。こちらとしては望むところだ。目指せ40層って所だな。



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第百九十九話 36層

今週もありがとうございました!
また来週もよろしくお願いします。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 最近はこの牛頭と戦うだけで牛肉が恋しくなってくる。結構な頻度でステーキを食べてるんだが、食べても食べても食欲は尽きないというか。もしかすると俺の特性って実は右腕じゃなくて大食いなんじゃないだろうか。

 

「んな訳ないだろう」

『ブモォォォォ!』

「ドラアアアァァァ!」

 

 ミノタウロスの突撃に対し、相手の足元にフロートをかけて邪魔するというやたらと器用な事を恭二が行い、そこに真一さんのストレングスマシマシの槍の一撃が襲い掛かる。ドゴン、と凡そ生物に槍を突き刺したとは思えない音を立ててミノタウロスに大穴が開き、そしてミノ吉は煙となって消えていく。

 

 接近戦でもこのチームなら問題なしか。流石にあの斧の一撃を思い切り貰ったらバリアごと貫通されそうな気がするが、逆にあの大振りにさえ気を付ければもうこいつは敵じゃない。むしろグラヴィティ対策が必要なサソリの方が厄介だと思える。2、3体纏めて位なら正直小細工なしでも真っ向戦えそうだな。

 

「この斧、そういえば成分はどうなってるんですか?」

「上の階層のゴブリンなんかと同じだな。ただ、やたらと魔法の通りが良いらしいからこれもマジックアイテムらしいが」

「かなり高品質の魔法の斧って読めるぞ」

「……そうだよ。お前に見せれば早いんだったよ」

 

 恭二の言葉に真一さんが今思い出したとばかりにげんなりとした表情を浮かべる。いや、そうは言っても成分表なんかは恭二じゃ分からないんですから。一回溶かす必要があったと思いましょう。

 

 しかし、魔法の斧か。これもしかして俺触らない方が良いんだろうか、と拾おうとした右手を引っ込める。そもそも持ち手が人が持つサイズじゃないから片手じゃ持てないしな。両手で抱えていきなり意識を乗っ取られるとか怖すぎるから用心しとかな。

 

「いや、流石にそれはないと思うけど。多分……」

 

 赤く発光する左目で捕捉しながら恭二はドロップ品の斧を両手に持ち、「よいしょっと」と気の抜ける掛け声をあげる。すると、恭二の持っている部分から斧が白く発光し始め、みるみるそのサイズを小さくしていった。

 

「おいおい」

「ちょ、恭二兄ちゃんそういうのはカメラを待ってよ!」

「ああ、すまん」

「わー、すごいすごい! もう一回やってよきょーちゃん!」

 

 呆れた様な真一さんの声に正気に返ったのか。一花がぷりぷりと恭二に文句をつけ、それに恭二は参ったな、とばかりに頭をかく。ここ最近気落ちしてた一花も恭二と沙織ちゃんの復帰に伴い前の明るさを取り戻したように感じる。その事に安堵しながら俺は自分の足元にある斧を拾い上げてみる。

 

 あ、確かに魔力吸われる感触はあるな。魔鉄と同じか……まぁ初めて魔鉄に触った時より魔力も増えたし、いきなり右手が吸いつくされるなんて事はないか。などと頭の中で考えていると、斧がいきなり発光を始めてそのサイズを変え始める。

 

 え、この現象、自動発生するのか?

 

「多分、持ち手が魔力を込めればそれに合わせてサイズを変えるんだと思う」

「うわ、凄い。質量保存の法則ガン無視だね!」

「魔法だからなぁ」

 

 魔法だからって言葉が便利すぎて困る。この現象に思わず真一さんが技術者魂をヒートアップさせて乱獲を宣言しかけたが、ミノ吉のドロップ品は恭二の収納の中に結構な数あるからな。10個くらい元のサイズの斧をドスンドスンと落としてやったら正気に返ってくれた。

 

 さて、それじゃあついにボス部屋だ、と意気込みテンションマックスになる恭二をしり目に、俺と正気に返った真一さんは事前にある程度の陣形組み立てについて話をしながらボス部屋をのぞき込み。

 

「……馬?」

「牛頭の次は馬頭か。牛頭馬頭を現してるのか?」

「あはっ。さながらダンジョンは地獄の途中って事かな!」

 

 ミノ吉の馬頭バージョンという風体のボスの姿に各自が好き放題感想を言いながら陣形をとる。いきなり全方位に攻撃が来る可能性もある為後衛組はアンチマジックの準備、前衛は俺、恭二、そして沙織ちゃん。シャーロットさんと一花がアンチマジックをいつでも飛ばせるように準備し、中衛になる真一さんはいつでも援護に入れるようにレールガン用の鉄礫を両手に持っている。

 

 そして準備万端突撃した俺達は思いのほかあっさりと牛頭馬頭を打倒し、35層をクリアする事になった。牛頭と大して変わらなかったからさ……対策全部そのまま適用されちまったらそらこうなるわ。

 

 

 

「ストップ」

 

 35層から下る階段を降りていくと、風景が一気に切り替わる。

 

「……森か?」

「トンネルを抜けるとそこは森でしたってね。うわー、これはエルフでも出てきそうだね」

「エルフ。是非見てみたいですね」

 

 鍾乳洞の中からいきなり森に続く道の中に放り出された形になったが。どうしようかと真一さんに視線を向けると、すでに採集用の瓶を手にせっせとその辺の草や木なんかからサンプルを取っている姿が目に入る。思いの外焦り気味な表情なのは恐らく気のせいじゃないだろう。

 

 うん、これはあれだ。今回はここまでだ。

 

「恭二」

「……分かってる。これ、間違いなく迷わせて来る奴だろうな」

「GPS機能はヘルメットについてますがこれはどちらかというと受信用ですからね……」

「あと、流石に未知の植生の森に突っ込むのは怖いね。茸の胞子にやられて茸人間とか起きても可笑しくないし」

 

 ダンジョン内では常にエアコントロールをかけているが、触ったりしたらそれが服に付着する可能性もある。地上でパンデミックが起こるのは流石に不味いだろう。

 

 各自が持ち込んだ採集用の小瓶に、恭二の収納に入れてある小型のスコップを使って土や木、草などを削り取って詰め込み、またビニール袋に周辺の空気を取り込んで口を閉じる。ここからの帰りは恭二のゲートだから一瞬で済むが、念のために洞窟エリアに戻って各自の頭に殺菌用のアルコール液をぶちまけておく。

 

「とりあえず植物防疫所に連絡だな」

「ダンジョン入口に検疫所を作るって話、進んでるんだっけ?」

「ダンジョン法への追加で盛り込んでるらしい。自費で作っても良いんだがもう少しかかるそうだ」

 

 鍾乳洞エリアで魔力を浴びると光る苔が発見され、ダンジョン自体にも素材と呼べるものが存在する事が発覚してからかなり経つ。その間、そういった持ち込み品に対して色々と議論が行われていたのだが、政府と野党の間で揉めていて中々話が進まないらしい。

 

 どちらも利権に関するお話らしく、折角ただで大量に手に入りそうな素材なのに光苔(俗称である。まだ正式名称はない)は未だに『危険かもしれない』というだけの理由で恭二の収納にしまい込まれている。植物防疫所に持ち込んで一応問題はないとお墨付きも貰ってあるんだがな。

 

 まぁ、魔法関連は完全に現政権、今の与党の成果とみなされているのでそれに噛みつきたいのは分かるんだが、正直政治の道具にされるのはあんまり好きじゃない。総理には大分お世話になってるし政権側が頑張ってくれてるのは分かるんだがな。

 

 などとまた暫く足踏みしそうな気配に恭二がぶすぅ、とむくれていた時。状況の打破は意外な所から行われる事になった。

 

『イギリスにようこそ、い、イチローさん!』

『お久しぶりです。マ、マスターを英国にお迎え出来るとはこのオリバー』

『そういうの良いからね!?』

 

 ロンドンの国際空港に降り立った俺達をマクドウェル兄妹が迎えてくれる。兄妹揃って相変わらず面白いなあ。この二人は。

 

 え、うち? うちは普通の兄妹ですよ。




36層以降のデータが一切ない。どうしよう。


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第二百話 ロンドンダンジョン

今週もよろしくお願いします!
誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


 そこそこ値の張りそうな年代物のヴィンテージカーに揺られて1時間。ロンドンから少し離れた郊外にマクドウェル兄妹の暮らす屋敷はあった。

 

『お待ちしておりました』

『父上、帰られていたのですか』

『大事なお客様がいらっしゃるのに悠長に仕事に行っても居られないからな。急いで戻って来た』

 

 使用人らしき男性たちが慌ただしく荷物を運んでくれる中、何となくオリバーさんの面影をもった初老の男性がにこやかな表情で俺達を出迎えてくれる。イギリスでも有名な実業家らしいマクドウェル氏はイギリス冒険者協会の理事で初期の頃からの支援者であり、世界冒険者協会内部でも重鎮の一人として数えられている人物だ。

 

 何度か日本にも渡って来ていて会合なんかで顔を合わせた事があるが、こうして私的な状況で顔を合わせるのは初めてだな。

 

『ご無沙汰しております。今回は急な訪問を受け入れていただきありがとうございました』

『いえいえ。栄えある36層の調査に我がロンドンダンジョンを選んでいただけた事は望外の喜びです。ロンドンダンジョンも決して奥多摩やテキサスダンジョンに劣った設備ではない事をアピールする絶好の機会ですからな』

 

 自信を持ってそう断言するマクドウェル氏に真一さんは『頼もしい限りです』と英語で返事を返し、にこやかな表情で握手を交わす。ロンドンダンジョンはロンドン市の郊外に出現し、非常に行き来の利便性が良いと聞いたことがある。

 

 ロンドン市に近く、郊外の為土地も確保しやすい。山を全て崩して平地にした奥多摩というような立地の為、テキサスほどじゃないが結構大規模な開発が行われているとアイリーンさんが言っていた。

 

 また、ダンジョン内部も奥多摩と違って若干迷宮の内部構造が変化しており、20層位から出てくるワーウルフなどの出現エリアである石造りのダンジョンは、見渡す限りの草原のようになっているそうだ。

 

『我々としても持ち帰ってきた草木がどんな細菌を持っているかは懸念しておりました。その為、防疫所等に関しては早い段階から設置して運用しています』

『成程。日本だとその辺りは後手後手になってしまいました』

『その分、日本の冒険者協会は様々な試みを積極的に行っていると思います。政治の分野で手が出せない物は仕方のない事かと』

 

 マクドウェル氏がそう言って顔を曇らせる真一さんに同情するといった風に言葉をかける。彼にはすでにこちらの内情は大体伝わっているのだろう。全面的にヤマギシチームのサポートに徹すると約束をしてくれた。勿論、36層のデータは真っ先にイギリス冒険者協会に提供するという見返りもあるけどな。

 

 今現在、30層より下の階層に挑戦した事の有るチームは日本とアメリカにしか居らず、各国はそのデータを元に自国の冒険者が到達しうるだろう階層を試算して十分安全マージンを取るような形で冒険者チームに指導している。

 

 これは、新発見を目指すよりも魔石という新エネルギーの媒体を入手する事を各国が優先しているからというのもある。各国の冒険者協会としてはせっかく育てた精鋭冒険者チームが一度の探索で全滅する可能性を恐れているわけだ。実際、20層まで潜った事の有る人物はバンシーを経験している。

 

 そして、30層に入ってすぐに起きた重力場という新魔法の存在。その場に恭二という最も魔法に精通した人間が居た事と、たまたま反属性魔法の軽量化を常時起動していた俺が居たからあの場は何とかなった。

 

 しかし、もし他の人間があのサソリと何の知識もなく対峙していればどうなったかはまぁ目に見えている。何も出来ずに圧殺されていたかあの尻尾で刺殺されていたはずだ。

 

『だからこそ、貴方方のデータは貴重なのです。二度にわたって致死級のトラップを潜り抜けた貴方方ヤマギシチームは貴方方が思う以上に各国の評価と尊敬を集めているのです』

 

 マクドウェル氏の言葉に一時は引退を考えていた真一さんが微妙そうな顔を浮かべる。実際二回も何もできずにただ死が向かって来るのを待つ状況に陥ったら、普通は立ち上がる力を無くすか逃げ出してしまう。恭二のようにダンジョンに魅入られていたりしなきゃ普通はそれが正常なんだ。

 

 俺も恭二に付き合っているだけだし、潜らないで良いんなら好き好んで危険な新層探索なんかはやりたいとは思わない。それが普通の人間だろう。そして、冒険者協会という組織が発足して、各国に職業冒険者が誕生してから数年。未だに無茶な冒険をして冒険者が死亡した、という事は少なくとも冒険者協会がある国家では起こっていない。

 

 これこそ冒険者協会という組織が存在する最大の利点だと俺は思っている。

 

『オリバーさんやアイリーンさんは30層より下でも十分通用する技量を備えていると思います。我々も全員が常に探索に当たれるわけではない為、ご助力は大変ありがたいです』

『こちらこそ。貴重な経験を我が国の冒険者に伝えて頂ける今回のご提案は大変ありがたいものでした……二人をよろしくお願いします』

 

 最後に一瞬だけ、冒険者協会の理事ではなく二人の父親としての表情を浮かべてマクドウェル氏は頭を下げた。オリバーさんが冒険者になりたいと言った時、マクドウェル氏は最初猛烈に反対をしたらしい。兵役を経験した事のある氏は、命の危険がある冒険者という存在に最初は懐疑的であったそうだ。

 

 辛抱強く説得してくるオリバーさんの言葉と、ブラス家・ジャクソン家による米国の動き。それらを見て、実業家としてのマクドウェル氏は冒険者という分野に一筋の光を見出し支援を決定。しかし、一人の父親としては子供達が常に命の危険にさらされるかもしれない、というのはやはり怖いものだという。

 

 冒険者という職業は、相手がモンスターである以上やはり必ず安全という言葉がつかえない。実際、情報のないモンスターと戦う時は最先端に居ると言われているヤマギシチームでも死の危険を感じながら戦っている。残された家族は今日の朝行ってきますと言っていた家族が帰ってこないという事もありえるのだ。当然、内心はとても怖いだろう。

 

 ロンドンダンジョンは事安全面においての制度は恐らく欧州一で、マクドウェル氏の思想を反映してか厳重なメディカルチェックや装備点検の義務化などを行っているらしい。それらについても学んで、日本のダンジョンにフィードバックしていかないといけないな。



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第二百一話 試し潜り

誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


「ダンジョンに潜る前に30分かかるとは思わなかった」

「確かに。でも、けっこうきっちりメディカルチェックやってたな」

 

 ロンドンダンジョンは周囲を大きな冒険者協会の建物で覆っており、中に入るには建物内にある出入口から入るしかない。その出入り口へはまずメディカルチェックルームに繋がっており、これからダンジョンに潜る冒険者の健康状態を確認してくる。

 

 そしてそのメディカルチェックルームを超えたら今度は装備の受け取りと点検のフロアになっている。ここで自分のプロテクター等の装備と貸し出しされるビデオカメラ用のSDを受け取り、係員の目の前で装着する。このフロアは男女別に分かれており、不要な物品を持ち込まないかも徹底してみる為に、それぞれ同性の担当官が着替えの姿までチェックしている。

 

『犯罪は起こると考えて、ではどうすれば予防できるかの対策を行うべき』

 

 マクドウェル氏はイギリス冒険者協会の方針をそう話していた。実際に持ち込む物品に関しては恭二の例外を除き人間どうやったって限りがあるから、不要な物を持ち込むのは自分の命にもかかわる。世界冒険者協会は全体の方針として人命第一を掲げて居る為、どこの国もこの辺りはかなり強行して対策をとっている。日本の場合はスキャンとかを設置しているが、イギリスはそもそも怪しい動きをしないよう監視する方針というわけだ。

 

「じゃあ、とりあえず30まで行ってみるか」

「そだね。噂の20層台も見てみたいし!」

 

 さらっとこのダンジョンの最高到達階層を宣言する恭二ににこやかな顔で同調する一花。オリバーさん達は日本でサソリまでは経験しているが、安全マージンをしっかりとるという方針の為このロンドンダンジョンでは30層までしか攻略されていない。

 

 これは、20層台のダンジョン風景が若干違った事も起因している。あくまでも風景が違う程度で出てくるモンスターに差異はなかったが、これからもそうだとは限らない。

 

 せめてオリバーさん達と同レベルの人間が6名チームで潜れるなら話は変わるかもしれないが、そういった腕利きの冒険者は基本チームリーダーとして各地にあるダンジョンで後進の育成などを行っている貴重な人員だ。教官免許保持者が増えたとはいえほいほいと動かすことは出来ない。

 

 過剰なまでに戦力が整っている奥多摩だからこそ、挑戦する余裕がある。他国はまだまだ地盤固めの真っ最中であり、当然文字通りの冒険に打って出る余裕はないということだな。

 

 必然的に最先端の情報は日本とアメリカばかりに蓄積され、他国は一歩遅れた情報をそれらの国々から譲り受ける事になる。今回の申し出に英国が飛びついたのも、そんな状況を打破できないかとの思いが強いんだろう。

 

 

 

 荒野は見慣れているが見渡す限りの大草原は初めてだ。ロンドンダンジョンの21層はどうやらゴーレムの出てきた階層と同じく、大フロアタイプらしい。遠くの方に見えた人影らしきものは恐らくモンスターだと思うが、丘が邪魔でよく見えない内に消えてしまった。

 

『恭二』

『あいよ』

 

 真一さんが声をかけると、恭二は分かっているとばかりに収納からドローンを取り出した。この場にはオリバーさん達兄妹も居る為、英語が出来ない恭二と沙織ちゃんは翻訳魔法をつかって会話している。両方の言語が出来ると、この翻訳ってのも不思議な感覚に聞こえる。日本語と英語、どちらで言ってるのかが全く分からないんだ。

 

『お、こいつらこっちに向かってるっぽいね。要警戒』

『オーケー。なら恭』

『アイリーンさん、お兄ちゃんの援護やってみてね。余裕のある内に試しとかないと!』

『えっあ』

『はい! お任せください、マスター!』

 

 ついついいつもの癖で恭二に声をかけたら「お前は何を言っているんだ」的なニュアンスを含んだ一花のフォローが入る。これは完全に俺のミスだな、一花さんめっちゃ睨んできてる。

 

 というのも初回は兎も角、次回以降は恭二や真一さんが参加できなくなる可能性が出てくる為、代わりの人員としてオリバーさんとアイリーンさんが一時的にヤマギシチームに加入する事になっているのを忘れていた。

 

 その為の練習を余裕のある階層で試そうと言われていたんだがなぁ、つい癖になってしまっているんだろう。

 

『平地だし……よし。ライダーマンフォームで行きます。マシンガンで相手をけん制するので動きが鈍った所にフレイムインフェルノを』

『は、はい! 頑張ります』

『恭二、バイク』

『あいよ』

 

 適度で良いんだけどなぁ、とやる気満々といった表情のアイリーンさんの返事に頷いて恭二に声をかける。野郎、こちらに顔も向けずにぽいっという感じでバイクを出してきやがった。倒れたらどうすんだよ、これ特注品だぞ。

 

 バイクに跨ると共に変身を行いライダーマンに。相手はまだ数100m先で余裕がある。アイリーンさんを後ろに跨がらせてスロットルを開ける。以前頂いたライダーマンマシンに魔法付与を行い、常にエアコントロールとウェイトロスによる軽量化を行っているライダーマンマシン改は文字通り飛ぶような速さで走る事が出来る。

 

 あっという間に距離を詰められたモンスター達が混乱する中、周囲を旋回するようにバイクを傾けて右腕をマシンガンアームに変形。足元に弾丸をばらまくと、モンスター達はそれから逃れるように身を翻し、こちらの思惑通りに密集してくれた。

 

『フレイムインフェルノ!』

 

 念のため若干バイクの速度を緩めると、それに合わせるようにアイリーンさんがフレイムインフェルノを放ちモンスター達が炎の中で大きな悲鳴を上げる。30層くらいなら兎も角この辺りのモンスターはこの火力じゃ助からんだろうな。

 

『ナイス。その調子で砲台は任せましたよ』

『は、はい! ありがとうございます!』

 

 良い感じの連携だったと背後に声をかけると、アイリーンさんは感極まったような声を上げて背後から抱き着いてきた。あ、ちょ、ちょっと運転中だから。背中の天国が気になって運転が。あーっ

 

 その後、アイリーンさんを下ろした後も暫く変身を解除する事が出来なかった。理由? ちょっと不自然な体勢になりそうだから、かな……



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第二百二話 イギリス料理

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 同じ島国とはいえ秋のロンドンはかなり冷え込む。事前に連絡を貰っていたとはいえ、ジャケットやらを用意しておいて良かった。エアコントロールがあるとはいえ、流石に真夏みたいな恰好でうろつくのは目立ちすぎるからな。

 

「でもロンドンの人は結構薄着で歩いてるよね!」

『ロンドンはすぐ近くに二つダンジョンがあるので、若い人間に冒険者が多いんです。中にはエアコントロールのお陰でお洒落がしやすいと、冒険者になりにくる人も居るんですよ』

「あー。うん、日本でもモデルとか役者さん達がそのノリだなぁ」

 

 イギリス料理の店で注文した料理を待つ間、俺達はそれぞれの国の冒険者について世間話をしていた。やっぱりお国柄というか、意外と欧州の人はダンジョンという物を身近な物だと捉えてるのか。兼業や専業の冒険者を選択する人はかなりいるらしい。

 

 特に中高年になると若さを保つ為に本業の傍ら兼業冒険者の道を選んだりするのが流行ってるんだとか。まぁ若さを求めるのはどこも一緒だな。そういったそこそこ年の行った人はケアのきめ細やかな英国のダンジョンを選ぶことが多いそうだ。

 

 そう、英国の、である。欧州の冒険者は何というか、それぞれの国に拘らないというか行き来が楽だからと平気で隣の国のダンジョンに行ったりする事があるらしい。

 

 日本国内では現在、国内ダンジョンの行き来を簡便にする為にダンジョン毎に魔石燃焼型の新型ヘリを配備してこいつで定期便を、といったような施策を試みているが、欧州の場合そんな物がなくてもバスと車で行き来してしまうそうだ。

 

『まぁ、冒険者協会のある国とない国のダンジョンでは危険性に圧倒的な違いが出ますからね。自分の実力と危険性を見極めてダンジョンを選ぶのは当然の事でしょう』

『協会がない国のダンジョンに入る人も居るんですか?』

『ええ。やっぱり、儲かりますからね。ドロップ品は兎も角、協会の手が入っていない魔石の値段は天井知らずですから』

 

 オリバーさんの言葉に聞き捨てならない部分があった為尋ねると、何事もないかのようにそう返事が返ってきた。いや、それ危険何てもんじゃ……ヤバい案件じゃないか?

 

「いえ。協会は再三注意して居ますので……実際EU内部の国々ではすでに冒険者協会の発足準備に入っている国も多く、管理下に置かれているダンジョンを封鎖している国は多い筈です」

『流石に全てを、というのは各国の内部事情もある為無理があるという訳です。そして、そういった未規制のダンジョンに潜ろうとする人間を止める事も残念ながら……』

「EU内部はむしろまだ目が届いている方ですね。まぁ、アメリカやロシアのように広すぎて未だにぽこぽこと未発見のダンジョンが見つかる国もあります。協会としても手をこまねいている訳ではないんですが、世界中をとなるとどうしても……」

 

 オリバーさんとシャーロットさんは、そう言って少し申し訳なさそうな顔を浮かべる。いや、二人が悪いわけではないし……今のは質問の仕方が悪かったな。申し訳ないと頭を下げておく。

 

 しかし……うん。成程。確かに、イギリス人が自国の料理の話をしないのが良く分かった。この丸々ウナギのぶつ切りが入ったゼリーを一体どうすれば良いんだ。

 

「……え。マジで食べるんだ」

『ははは……一応連れてきましたが……その。無理はしないで良いですよ?』

「いやぁ、一辺食べとかないとさ。ほら、割とグルメで通ってるし」

「B級舌が良く言うよ。何でもおいしいおいしいって食べてるくせに」

 

 恭二の言葉にやかましいと返事を返して、俺は目の前に置かれているドンッと効果音でも付きそうな代物に目を向ける。イギリス料理が食べてみたいと無茶ぶりをした結果、オリバーさんからそこそこ美味しいという事で連れてきてもらったお店の逸品、ウナギのゼリーよせである。

 

 まず、開幕すでに生臭い為正直後悔し始めているのだが……と、とにかくまずは一口。

 

 ……うん、生臭い。

 

 

 

『フランスで食べた奴は凄く美味しかったんだけどね……なんであれでそのまま来ちゃったのか』

『英国人も自国の料理は……その。基本的に素朴な調理法しかないので、味付けは個人でしてくれという物でして』

 

 成程、昔ながらの作り方だとそうなると。最近はイギリス料理を改革した美味しいイギリス料理なる新しい料理体系もあるらしいから、最初からそちらにすればよかったかな。昔ながらの、という言葉につい拘ってしまった失敗だろう。少し反省する。

 

 口直しに訪れたカレー屋が大繁盛しているのも頷ける話である。英国は大航海時代から各地の文化を集めており、その中には当然食文化もある。カレーなんかは現在日本でよく食べられてるのはイギリス式の物で、インド式をアレンジした物だったりする。うん、やはりカレー粉は万能だ。これがあればたいていなんとかなる。

 

『今度はモダン・ブリティッシュ形式の料理を出すお店にお連れします』

『ありがとうございます。うん、美味しい』

 

 出てきたカレーの大皿にスプーンを落とす。これを生み出す技術があるのになんで昔ながらの現地料理がああなんだろうか。首を傾げながら栄養補給の為にお代わりを頼み、明日のダンジョン探索に向けて英気を養う。

 

 明日からは本格的にロンドンダンジョンの30層以下を攻略に当たるわけだからな。上手い飯を食って気合を入れておかないと。何か面白い発見があると良いんだがね。



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第二百三話 ダンジョンの森

誤字修正。見習い様、所長様、kuzuchi様ありがとうございます!


 念の為という事で渡された防護マスクを被り、エアコントロールも発動。俺達は再び36層へと足を踏み入れる。

 

『これ……少し植生が違うかな』

『周辺の地形は似通ってるけどな』

 

 今回もデータ取りに周辺の物を採集しつつ、カメラで外観や生えている植物等を撮影。後は念の為に上空からドローンで映像を確認しよう。

 

『蛍光剤はうちのチームの浮遊貨物車から垂らしますね』

『お、よろしく! 道に迷うのはやっぱり怖いしね!』

『GPSはあるけどこれが狂ったら目も当てられないからな』

 

 今回、予想される障害……森林内部の見通しの悪さと遭難の可能性を踏まえて、イギリス冒険者協会と相談の結果幾つかの装備を特注する事にした。

 

 例えばGPS追跡機能を付けたドローンを使い上空から近隣の映像を流しながらマッピングを行い、スタート地点に設置したキャンプ地に情報を集積し、マッピングやデータ収集を行っていく。

 

 また、イギリスで開発されたフロートを用いた全地形対応型の荷物運搬車両にブラックライトに反応して光る蛍光インクを乗せており、移動に合わせて少量ずつインクを垂らしてくれるようにタンクと機械を積んでいる。後は念のために虫よけもかけとく位か。

 

 恭二の直感だが、恐らくこの森は方向感覚を失わせて迷わせるような造りになっているだろうとの事だから、これ位の準備は当然行っておくべきだろう。

 

『とりあえず今日はどうする?』

『オリバーさんのチームにも手伝ってもらってるし、出来る限りさっさとデータを集め切りたいなぁ』

『俺も工場の設営の話し合いがあるからな。フランスにも渡らないといけないしあまり時間は取れなくなる』

 

 どこまで行くかの問いに対して恭二と真一さんはあまり手間をかけられないと断言した。実際、現在ヤマギシチーム6名とマクドウェルチーム6名がキャンプ地に詰めている。恐らく次回からは恭二か真一さんが抜けるし、来月には俺もアメリカへ渡らないといけないからそれほど手間をかけることは出来ない。

 

 なら、話は決まりだ。とりあえず今日の段階でボスを倒して次の階層もチェックしてしまおう。真一さんも恐らくその考えだったのだろう。俺の考えに頷いて、キャンプ地にオリバーさんの仲間4名を残してデータの収集と万一の時の情報管制を行ってもらい、ヤマギシチーム6名に荷物護衛用にオリバーさんとアイリーンさんを連れて俺達は森の中へ足を踏み入れた。

 

『全員、レジスト』

『了解』

 

 だが、森へ足を一歩踏み入れた途端、先頭の恭二がピタッと足を止めて手で全員を制止し、指示を飛ばす。レジストを発動させておく……おおう、なんだこれは。レジストを発動したとたん、先ほどまで森の道だと思っていた先には道のない藪が広がっていた。

 

 騒めく周囲をしり目に恭二は足を踏み入れていた藪から出てきて周囲をキョロキョロと見回し、「あっちだな」と右手を上げて森の一部を指さした。そこには確かに先程までは見えなかった小道のような物が広がっていて、自分たちが歩いていた森へ続く道は途中から左に曲がってその小道へ続いているのが分かる。

 

『……何故気付かなかった』

『多分外からレジストをかけても分からんわ。森の手前位からかな。違和感があったから使ってみたら案の定だった』

『……迷いの森……何かの伝承に出てきそうですね』

『ああ。でもレジストが効いてる内は大丈夫っぽい』

 

 精神に働きかけるタイプの何かがこの森を覆ってるって事か。しかも幻影タイプ。うわぁ、めんどくさいわこれ。とりあえず新しく出てきた道の方へ足を進めてみよう。念のためにスパイディに変身をしておくと、さっきからセンスがビンビン感知しっぱなしである。この森自体が冒険者に悪意を持ってるように感じる。

 

 全部焼き払った方が良いんじゃないかなとかちらっと思いながらも獣道のような小道を進んでいくと、途中から道が途切れて藪になっていた。道が消える事は野山ではよくある事だ。こいつは将来猟師になる事を視野に入れていた狩人一郎氏の出番かな。

 

 等と思っていたら恭二が何を思ったのかフィンガーフレアフェニックスを雨の様に森に向かって撃ち込み始める。

 

 いきなり始まった森林への放火に周囲がドン引きする中、空気を読んで俺はそっと恭二に声をかけた。

 

『え、唐突な環境破壊?』

『違うわ! 多分、これで……』

 

 数十発の不死鳥が撃ち込まれたその場は一面山火事のような状況に陥っており、エアコントロールで空気の壁を作って無ければ、俺達も余波を受けていただろう。

 

『ギョエエエエエェェェ!』

 

 そして響き渡る悲鳴。炎の中で数本の木らしき何かがのたうち回るように燃え移った炎から逃れようと枝をくねくねと動かしている。やがてそれらは他の木々と同じように動かなくなり、恭二が「もういっか」と手のひらから猛烈な勢いで水を噴射して周囲を鎮火すると、林だと思われていた部分はきれいさっぱりとなくなっていた。

 

 転がっている大量の魔石を見るに、まぁ、うん。モンスターだったんだろうが……

 

『え、もしかして今のモンスター? だ、だってモンスターの反応が』

『目で見たら分かったんだ。こいつらただの木じゃないって』

『……擬態能力……しかも、魔力の感知を誤魔化せるタイプの』

 

 真一さんが不味いモノが来た、と眉をひそめる。モンスターを感知する能力は冒険者にとっての生命線の一つだ。これが出来ないとなるとかなり対処が難しくなる。

 

 しかも、外観は全く普通の樹木と見分けがつかない。だから恭二も周囲ごと焼き払ったのだろう……こいつは、見分け方が見つかるまで、危なすぎて恭二抜きじゃこの階層に潜れんぞ。

 

 ボスも見ておきたいという恭二の言葉に頷いて俺達は再度進行を開始する。しかし、最初の時と違って皆の足取りは重い。というかこれ、あれか。さっきからスパイダーセンスがビンビン来てるのって、森自体じゃなくて森に擬態した連中の反応だったのか。

 

 とりあえず怪しいと思う場所にガンガンフレイムインフェルノをばらまくスタイルで森の中を焼き払いながら進み、そこそこ広いマップの端まで移動。このフロアに入った瞬間から感じていた大きな気配の持ち主の所へと俺達は到達する。

 

 そして、そこに奴は居た。

 

『……oh……』

『こいつはやべーな』

 

 思わず、といったオリバーさんのため息を聞きながらぽつりと呟く。そこには過去最大級の5、6階建てのビルみたいなサイズの巨大な樹のモンスターがこちらを睨みつけるように立っていた。

 

 まさかイギリスにきて怪獣と戦う羽目になるとは読めなかったぜ。ライダーマンの頭脳でもな。



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第二百四話 巨大樹

今週もお疲れさまでした。
予約に入れるのをすっかり忘れてた(汗)

誤字修正。見習い様、244様、アンヘル☆様ありがとうございます。


『でかぁぁい! 説明不要!』

『いや説明しろよ』

『知らないから結局できないんだなぁ。エントかトレントじゃない?』

 

 やたらとでかい樹の化け物が居る広間の手前で立ち止まり、とりあえずどう対処するかの作戦を練り直す。当初の予定では通常通りの陣形で一当てするつもりだったんだが、流石に今回はな。ちょっとサイズがデカすぎて陣形もクソも無さそうな気がする。

 

 攻撃手段は恐らくあのやたらと長い枝だろうが、あれの一振りで俺ら6人纏めて薙ぎ払えそうだぞ。というかあれ動くんだよな、顔とかやたらとゆっくり動いてこっちをガン見してるんだが。

 

『動く筈だけど……ちょっとどういう攻撃手段か分からないのは怖いね』

『ふぅむ。一郎、ちょいと小突いてくるとかは出来そうか?』

『えぇ……初手で強行偵察はちょっと……』

『それもそうか。なら、やる事は一つだな』

 

 ちょっとチェリオ買ってこい、位のノリで強硬偵察を命じられかけた俺が慌てて無理無理と首を横に振ると、真一さんはあっさりとその案を捨てて恭二に向き直る。お、恭二を凸させるなら俺は賛成に回るぜ、と意気込んでいたのだが、真一さんが恭二に何事かを話すと恭二は一つ頷いて収納からロケットランチャーを二丁取り出した。

 

『時間差で撃ち込むぞ。迎撃したら攻撃手段と防御手段、迎撃しないならしないで鴨撃ちだ』

『オッケー兄貴! 久しぶりのロケランの時間だな!』

 

 いそいそと二人してロケランを担いで『後方確認、よーし!』等と一々声を上げて安全確認を行う。とっくに周囲からメンバーは離れているが、確認は大事だからね。ちょっとテンション上がりすぎてて叫び気味になってるのもまぁ男の子だからな。巨大生物? にロケランをぶち込むのはロマンだ。

 

 動画チャンスを察した一花が手持ち用の小型ビデオを持ち、他のヤマギシの女性陣はやれやれといった表情を浮かべている。急な展開についていけないオリバーさんやアイリーンさんをしり目に、俺は口をへの字に曲げて恭二に歩み寄り、右手を差し出した。勿論参加するためだ。当然だろう?

 

 

『タイミングをずらせよ! 俺から行くぞ!』

『OK!』

『なら俺が最後だ!』

 

 周囲の安全確認を声を大にして行い、まずは真一さんの持つアメリカ製作版RPGが火を噴いた。ここまで俺達の様子を何もせずにただ見つめるだけだった巨大樹は明確な攻撃にようやくアクションを取り、こちらの予想通りその巨大な枝をしならせてからRPGを叩き落そうとする。

 

 その巨体からは予想できない速さだった。だが、それは巨体の割にはという域を出ない。デカいからか随分とゆったりした動きに見える枝の一振りは飛来するRPGを迎撃するには到底間に合わず、結果RPGは巨大樹のど真ん中に命中。爆音を上げて大きな穴を穿つ。そしてそこに続いて射撃された恭二のRPGがさく裂し、今度は目に当たるだろう穴に入り込むと内部から爆発。のたうち回る巨大樹に止めとばかりに俺の撃ったRPGがぶち込まれ、巨大樹は絶叫を上げて緑色の煙を上げて消え去った

 

『……あれ、弱くね?』

『いや、アウトレンジから上手く攻撃ぶち当てただけだから……近づいてたらあの枝はかなり脅威だと思うぞ』

『それでも道中の敵の方がよっぽど脅威度高かったね!』

『間違いありませんね。ボスは対策が立てやすいですが、道中の連中はどうすればいいか……』

 

 一花の言葉に同意というようにオリバーが頷いた。実際、日本のネズ吉さんを除けばスパイダーマンのスパイダーセンスは危機感知という意味では随一だ。そのスパイダーセンスでも危ないとしか掴み切れなかったのは非常に困る。恭二抜きでこの階層を突破するのが凄く困難になるからだ。

 

 フレイムインフェルノで焼き払いながら進むしか道が無いってのは流石にキツイ。結構な幅歩くことになるし、次の階層も同じだと普通に魔力が切れかねんぞ。

 

『さて、こいつのドロップは……こいつもさっきの連中と同じく丸太か』

『ある意味最強の武器になりそうだけどね。てかデカッ! え、さっきまでのウソッキー達は普通の丸太だったよね?』

 

 道中、樹に擬態していたモンスター達はそれぞれ一抱え程の大きさの木材を落としていたが、ボスは少し格が違った。ボスのドロップ品は、そのまま中をくりぬけば人が入れそうなサイズの、恐らく先程まで振り回していた腕の部分だろう枝だった。地面に勢いよく叩きつけていたしかなり頑丈そうな材木だ。

 

 というかこれ、パーティー全員が抱えてようやく持てるかというサイズなんだが、こんなんドロップされても持ち運びが出来ないぞ? 収納が使える人間はまだ恭二しか居ないんだから。

 

『収納しとく……とりあえず次の階層も見てみるか』

『そうだな……もしかしたらこの階層だけがこういった造りの可能性もある』

 

 ボスが陣取っていた場所の根元、地面の下に続く土で出来た階段を見ながら恭二がそう言葉にすると、真一さんは一つ頷いてから一先ず次の階層の偵察を決断した。恭二と俺の順に階段を下りて行き、次の階層へ進むと、そこは先程と同じように一面に森が広がるフロアだった。

 

 しかも、今回は36層のように草原のエリアはなく、直接森の中へ足を踏み入れる形になる。互いに目を見合わせた俺と恭二は一つ頷いて、背後の真一さんを見る。ここは一度撤退するべきだろう。狭い場所での遭遇戦がいきなり始まっても困るからな

 

 俺達の判断を是として真一さんは撤退を決断。ゲートを使って36層のキャンプ地に赴き、残っていたオリバーさんのチームメイトと合流。彼らを連れて撤退を行った。

 

 厄介な雑魚に、正面から当たれば強力そうなボス。この森林フロアは当初の予想通りかなり難しいフロアになりそうだ。その分、こちらもやる気が出てくるというもんだがな。

 

 差し当たってはあの雑魚をどうにかしなければいけない。そこの攻略をどうするか、一度話し合ってみるか。




重要なお知らせ。

この度退職する事になりました。今までは仕事の空き時間に執筆を進めて行く形だったのですが、流石に新しい職場で同じような形態で執筆が取れるとは思えず(その分働く時間も減りますが)これまでの更新ペースはほぼ維持できないと思われる為、落ち着くまではかなり不定期な形での更新になると思います。
というか次の職場、どうやら離島なんでまずネット環境があるか分かりません。
早ければ8月、遅くても9月には引っ越しをしているので落ち着くまでは更新が滞ると思いますが、ご理解の程よろしくお願いします。


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番外編 イッチ総合スレ+1

今週もよろしくお願いします

先週伝えた通りちょっと更新は不安定になりますが出来る限り頑張ります……

微修正。コピペの変更
誤字修正。244様ありがとうございます!


【オンリーワン】イッチ総合スレ6741【ヒーロー】

 

1名無しのジロー  20××/○○/△△

 

 このスレは我らが”オンリーワン・ヒーロー”こと鈴木一郎氏(またの名をイッチ)について纏めて取り扱っています。

 動画に映画、ついでに冒険と八面六臂の活躍を見せる我らがイッチについてを語りましょう!

 

 ========== 注意事項 ==========

 ●鈴木一郎氏は本人自体のジャンルが多岐に渡る為、各専用スレの話題はそれぞれのスレでお願いします。

   マーブル総合スレ 452           http://マーブル/+++/~

   MAGIC SPIDER総合スレ 1026   http://魔法蜘蛛/&&&/~

   ライダー魔法隊応援スレ 5721     http://ライダー魔法/%%%/~

   ライダーマン二号スレ  3976       http://結城一路/***/~

   ロックマンイッチ総合スレ 1234     http://ロックマンイッチ/###/~

   ミギーと喋りたいスレ 3700        http://ミギーと喋りたい/$$$/~

 

 ●次スレは>>900が宣言後立てる。無理なら代理人を指名すること。 次スレが出来るまでは自重願います

 

 ●sage推奨。

 

 ●荒らしは通報。マスターの悲劇を再び起こす奴はトリプルライダーキック

 

 前スレ http://鈴木一郎/***/~

 

 

2名無しのジロー  20××/○○/△△

 >>1乙

 

3名無しのジロー  20××/○○/△△

 >>1乙

 あと前スレ>>945おめ。イッチ愛用のラーメン店だよなぁ。聖地巡礼やりてーわ

 

4名無しのジロー  20××/○○/△△

 愛用どころか職場のすぐ下じゃねーか。

 俺も行きたい

 

5名無しのジロー  20××/○○/△△

 待て。それを言うならこないだのスタンおじさんのうp画像だろうが。

 ブラックとライダーマン2号と並んだ写真が見れるステーキ屋が東京にあるんだぞ

 

6名無しのジロー  20××/○○/△△

 つまりステーキを食べた後に〆のラーメンを奥多摩で食えば良いんだな

 

7名無しのジロー  20××/○○/△△

 >>6

 天才?

 

 

~以下200ほど聖地巡礼についての会話~

 

 

226名無しのジロー  20××/○○/△△

 >>215

 だからイッチとキョーちゃんどっちが強いのかは荒れるからやめろって。

 あの模擬戦動画見て興奮したのは分かったから

 

227名無しのジロー  20××/○○/△△

 実際、あの梅花の型は震えた。

 魂が。

 

228名無しのジロー  20××/○○/△△

 >>227

 然り。スーパー1見直したわ

 

229名無しのジロー  20××/○○/△△

 なぁ、ところで今スーパー1ってヤマギシで仕事してるんだよな。

 アマゾンと一緒に臨時冒険者の引率やってたってツブヤイターで上がってたけど

 

230名無しのジロー  20××/○○/△△

 >>229

 当人のブログの20×Ω/○×/△□の記事と初代様のその日のツブヤイターを見ろ。

 

231名無しのジロー  20××/○○/△△

 >>230

 見たわ。

 やった事は許される事じゃないけど、償おうという強い意志を感じた。初代様かっこよすぎるだろ

 

232名無しのジロー  20××/○○/△△

 ヤマギシから受け取ってた報酬全部使ったらしいな。

 たった1、2年でそんだけ貰ってたのも驚きだが、それを全部使ったのも驚いた。

 

233名無しのジロー  20××/○○/△△

 やっぱ俺達のレジェンドはレジェンドだったって事だよ。

 スーパー1の日記、どういった経緯でそうなったのか書いてあったけど身につまされたわ。

 

234名無しのジロー  20××/○○/△△

 言いたくなる気持ちは分かるがスレ違だ。ライダー魔法隊応援スレで話そうぜ

 

235名無しのジロー  20××/○○/△△

 すまん。

 しかし、ヤマギシがどんだけ儲けてるのかとどんだけ冒険者に金払ってるのかが良く分かる一件でもあったな

 

236名無しのジロー  20××/○○/△△

 実際イッチレベルの冒険者は一度の冒険で数千万は稼いでくるらしいからな。

 初代様が基本役者にシフトを置いているからって理由もあるだろうけど、やろうと思えばもっと稼ぐことも出来る筈。

 

237名無しのジロー  20××/○○/△△

 その辺りはイッチよりも他の冒険者の動画のが分かるよね。

 麻呂とかその辺り結構ネタに使ってくれるから世知辛さとかも何となく伝わってくるけど。

 

238名無しのジロー  20××/○○/△△

 麻呂は押しも押されぬ上位冒険者勢だろうが。日本どころか世界で10本の指に入る魔法使いって言われてるんだぞ。

 自称ダンジョンプリンセスのダンプちゃん(17)シリーズとかやせぎす太郎の底辺冒険者の日常シリーズを最初から見てこい。

 最初の壁であるオークと対峙するのがどんだけ怖いのか。イッチとかヤマギシチームがどんだけ化け物なのか良く分かるぞ。

 

239名無しのジロー  20××/○○/△△

 臨時冒険者の時は全然難しくないからそのまま流れで一種冒険者取ったぜ!

 てノリでオークのフルスイング貰ったんだっけ。バリア無かったら即死だった奴

 

240名無しのジロー  20××/○○/△△

 最初の頃は華麗な俺の活躍! みたいなノリでイキってた奴が次の動画で明らかにPTSDっぽくなってて真顔になったわ。

 

241名無しのジロー  20××/○○/△△

 実際初めてオークと対峙して冒険者止める奴、多いからな。

 そういうのが居るって分かってても、めちゃめちゃ怖いらしい。

 むしろその二人はかなり頑張ってる方の動画配信者だろ。

 大物動画配信者とか名乗ってる連中のダンジョンシリーズ大概続かねーし。

 

242名無しのジロー  20××/○○/△△

 そういうのが分からずに初見でオークに遭遇した時にバットで殴りかかって、逆に殴り飛ばされたのにも関わらずふっつーにその後も冒険者続けてる人も居ますがね。

 

243名無しのジロー  20××/○○/△△

 YAMAGISHIの一族を普通の人間と同じ区分けにするのは駄目だろ。

 SUZUKI兄妹を一般的な兄妹と区分するのと同義だぞ。

 

244名無しのジロー  20××/○○/△△

 >>243

 すまん。その例えで魂で理解できた

 

245名無しのマスター信者  20××/○○/△△

 マスターのお教えは全てに優先する

 

246名無しのジロー  20××/○○/△△

 >>245

 お家に帰って。どうぞ。

 

 

~以下マスター教徒とイッチ信者の骨肉の戦い。他所が平和になった~

 

 

 

【奥多摩へ】ライダー魔法隊応援スレ 5721【集え戦士たち】

1名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 このスレは奥多摩の地にて訓練に励む我らがヒーロー、ライダーズを応援するスレです。

 遂に多忙なX氏も参戦! お前ら、奥多摩に持ち込むカメラの貯蔵は十分か

 

 ========== 注意事項 ==========

 ●【!ここはライダースレです!】鈴木一郎氏については本人自体のジャンルが多岐に渡る為、各専用スレでお願いします。

   株式会社ヤマギシスレ 168       http://YAMAGISHI/%%%/~

   イッチ総合スレ       6741     http://鈴木一郎/***/~

   ライダーマン二号スレ  3976      http://結城一路/***/~

   ヤマギシアンチスレ   43        http://ヤマアン/===/~

   ミギーと喋りたいスレ   3700      http://ミギーと喋りたい/$$$/~

 

 ●次スレは>>900が宣言後立てる。無理なら代理人を指名すること。 次スレが出来るまでは自重願います

 

 ●荒らしは通報。マスターの悲劇を再び起こす奴は真・電光稲妻ライダーキック

 

 前スレ http://ライダー魔法/%%%/~

 

2名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>1乙

 

3名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>1乙

 それ電光ライダーキックじゃないのか?

 

4名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>3

 映画の際に使った新技な。元の電光ライダーキックより機動が不確定になってこれぞ稲妻って事で名前が付いたらしい

 

5名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>3

 信じられない事にマジで今の初代様のキックはこうなるらしい。これが通常のライダーキック扱いな。

 

6名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>5

 あの方本当に改造されてるんじゃないか?

 

7名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>6

 そうに決まってるだろうが。

 ヤマギシはショッ●ーと同じく悪の秘密結社だったんだよ!

 

8名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>7

 な、なんだってー!!?

 

9名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>7、8

 様式美乙

 

 

~以下テンプレートのやりとり~

 

 

563名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 実際今のライダーズには何名が参加してるんだ?

 

564名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 存命の昭和ライダーは全員。あと、平成もちょぼちょぼか。何故かGOKUTOが参加してたのには吹いたけど。

 

565名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 イッチと二人でダブルライダーマンやってほしいわ。いや、割とガチで

 

566名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 ライダーズと言うかむしろアクション俳優講座みたいになってるっぽいけどな。

 戦隊の方も合流してきてるんだろ

 

567名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 初代様、マジでアクション俳優業界を救うつもりっぽいな。

 魔法に対応できないアクション俳優は今後未来はないって思ってるらしい。

 

568名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 実際幽霊の後のゲーム、アクションとかやべーもん。海外とかからも現時点で結構なファンがついてるんだろ?

 

569名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 海外からはどう考えても映画の影響だ。ライダーシリーズの映画初のヨーロッパ公開も大評判だったし。

 

570名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 実際、あれはやべーわ……

 初見で見ても超面白い。アクションも派手だし、敵の怪人のグロさもそうなら演出もかなり凄い。

 こんなに予算かけて大丈夫かって位丁寧に作られてたわ。

 

571名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>570

 今までの作品でもかなり予算使ってない方らしいぞ

 

572名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>571

 嘘つけ。下手なハリウッド映画よりも演出もアクションシーンも派手だったぞ

 

573名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>572

 監督のツブヤイター見てこい。マジで普通のTV位の予算しかかかってねーから。

 イッチの妹をやたら褒めちぎってたけどあれなら分かるわ。制作に転職した方が良いんじゃねその子

 

574名無しの仮面バイク乗り  20××/○○/△△

 >>573

 マスターを映画製作だけとか勿体ないにも程がありすぎるわ

 

 

~以下日常的な特撮版の風景~




あ、アンケート締め切りました。とりあえずぶっちぎりの掲示板回でしたがこんなんでええんですかね(めそらし)

評判良かったら明日はマーブルスレ+1の予定です。


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番外編 マーブル総合スレ+1

掲示板回二回目

誤字修正。アンヘル☆様ありがとうございました!


【復讐者達】マーブル総合スレ 452【出撃】

 

1名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 

 このスレはマーブル社が関係しているコミック・アニメ・映画の総合スレです。様々な世界戦についても語ってOK

 

 公式

 ttp://マーブル.com/

 ttp://www.日本マーブル.com/

 

 ※前スレ

 【魔法蜘蛛?】マーブル総合スレ 453【いいや復讐者達さ】

 http://マーブル/+++/~

 

2名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 ※注意事項※

 1.ハジメとイッチを混同しないように。マスター信者は巣にお帰り。

 2. 煽り、荒らしなどは徹底スルー

 3.反応したあなたも荒らしと認定されるので、正義のレスを返してもあなたは荒らしの仲間入り

 4.専用ブラウザでNGワードを入力すれば非常に快適ですよ!

 

 次スレは>>900を踏んだ方がなるべく立てて下さい。

 

3名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>1乙

 >>前スレ927

 ハジメが○○学園の文化祭に居たってのはマジの話だ。

 探れば動画が上がってくるぞ

 

4名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>1乙

 ハナちゃんと本物の妹にジュニアアイドルまで引き連れたちんどん行列だったなw

 

5名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 あの学園、去年はエージェントスミスで盛り上がったのに今年はハジメご本人登場だろ

 来年はライダーマンか? いいぞもっとやれ

 

6名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 妹さんが卒業したらやるわけ……ハナちゃんが居るからやる可能性はあるか

 

7名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 脱線しかけてるぞ。

 

8名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>7

 すまん。久しぶりにハジメの情報が出たからちょっとテンション上がってな

 円盤早くでねーかなぁ……未公開映像とか山ほどあるって聞いてるんだが

 

9名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>8

 上演終わるまでは無いんじゃないか?

 未だに地元の応援上映なんか満員御礼だったぞ

 

10名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>8

 それソースどこよ?

 

11名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 本家スパイディのツブヤイター。

 めっちゃ怒られたってその後出てきてたぞ

 

12名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>11

 本家の漏洩なら間違いないな

 

13名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>11.12

 厚い信頼を感じる。残当だが

 

 

~その後スパイディについてあーでもないこーでもないと雑談~

 

 

638名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>586

 コミックの方だとハナちゃんはストレンジの弟子になってる

 

639名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 魔法の才能はMS以上って明言されてるからなハナちゃん。

 そろそろMSのサイドキックになっても可笑しくない。

 当のMSが絶対に許さないだろうが

 

640名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>639

 公式設定としてブラコンがついちまったからな。

 あのコミックは最高だった。

 

641名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>639

 あの……ウィラード……

 

642名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>641

 ウィラード”さん”だろうがデコスケ野郎が!

 

643名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 明らかにウィラードはサイドキックの枠を超えてるからな

 コミックの方でもヒーローの相棒ではなく、相棒のヒーローって扱いだし。

 

644名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 実際アメリカ側でもめちゃめちゃ人気なんだろ、ウィラード。

 

645名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 見た目が魔法を使う武士スタイルの金髪アメリカ人やからな。

 向こうのオタクの心鷲掴みにしてその余波で普通の人までファンにしてもうた

 

646名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 実際映画のウィラードかっこよすぎる……

 スパイディとのバトルもそうだけどオーク王相手の時間稼ぎのシーンとか最高

 結構ズタボロにされてたのに、最後の『お前の相手は僕だと言っている!』だからな

 

647名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>646

 うむ……実に良き。円盤買ったら毎日見る(確信)

 そしてそこから『ウィラード……ありがとう』からの『俺はマジック・スパイダー』

 

648名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 やめろ

 映画館に駆け込みたくなったじゃねぇか!

 

649名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 行ってらっしゃい。特典のパンフ新バージョン出たらしいぞ

 

650名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>649

 マジかすぐ行くわ

 

 

~以下映画館駆け込み勢の増加。スレが静かになる~

 

 

 

【目指せ】冒険者速報スレ 1368【ヤマギシ】

 

1名無しの冒険者 20××/○○/△△

 

 このスレは冒険者関連の最新情報を取り扱うスレッドです。主に日本各地のダンジョンの情報、各ダンジョンでの冒険者の情報についてを語ってください。

 既出の情報に関しては冒総スレ(冒険者総合)かヤマギシスレに。

 

 公式

 ttp://www.日本冒険者協会.com/

 ttp://世界冒険者協会.com/

 

 他スレ

 冒険者総合スレ

 http://冒総/???/~

 

 株式会社ヤマギシスレ 168      

 http://YAMAGISHI/%%%/~

 

2名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>1乙

 

3名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>1乙

 

4名無しの冒険者 20××/○○/△△

 次の教官免許のボーダー、17層クリアってマジか?

 

5名無しの冒険者 20××/○○/△△

 独力PTでだよな。無理ゲー

 

6名無しの冒険者 20××/○○/△△

 バンシーショックは事前に経験させて貰えるけど……

 あれでうちのPT半分がセミリタイアだ。俺ももう、鉱山に入れない……

 

7名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>6

 予想以上にヤバそうだな、バンシー

 

8名無しの冒険者 20××/○○/△△

 基本的に10層以降の情報はあまり口外しないように言い含められてるのにバンシーだけは例外だからな

 最初からこういうのが居るから心の準備をしとけって意味で。

 

9名無しの冒険者 20××/○○/△△

 今更感あるけどな。その口外しないってのも。

 

10名無しの冒険者 20××/○○/△△

 冒険者免許持ち自体は増えたからなぁ。二種まで行ける奴は少ないけど

 

11ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 吐きそう

 

12名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ダンプちゃん駄目だ! 薄まって来たのにまたゲロインに逆戻りだぞダンプちゃん!

 

13名無しの冒険者 20××/○○/△△

 また開幕嘔吐来るの?

 

14名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ダンプちゃんおっつおっつ。

 確か今日動画撮影行ってくるって報告してなかった?

 

15名無しの冒険者 20××/○○/△△

 昨日の動画では嬉々とした顔だったダンプちゃん。

 12時間後しめやかに嘔吐

 

16ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 冗談抜きで限界。

 胃に穴が開きそうだった

 

17名無しの冒険者 20××/○○/△△

 どしたん? 流石に洒落にならん位きつそうだな

 

18名無しの冒険者 20××/○○/△△

 俺の胸にお吐きよ

 

19ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 >>18

 変態乙

 ふー……やせぎす太郎首絞める

 

20名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>19

 唐突な殺害宣言に草

 

21名無しの冒険者 20××/○○/△△

 コラボってのは聞いてたけどそんな酷い企画だったのか?

 

22名無しの冒険者 20××/○○/△△

 やせぎす君めっちゃおどおどしたタイプの良い子なのに何したん?

 

23ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 コラボ主:やせぎす太郎

 コラボ内容:ペアと撮影係をそれぞれつけて二人で10層まで挑戦。

 

 私が事前に聞いてた内容ね

 

24名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ふぁー

 

25名無しの冒険者 20××/○○/△△

 え。それ大丈夫なん?

 普通に危なく感じるけど

 

26ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 はー。ちょっと落ち着いてきた。

 

 >>25

 勿論危ない。バリア切れたら大鬼に一刀両断されてもおかしくないからね。

 人外以上じゃないと普通やらないし私も最初はそう返事をしたんだけど

 なんかやたらと非常時は助けが入るって事でヘルプメンバーも居るからって。

 あ、じゃあ分かりましたってね。なったの。

 

27一条三位のそっくりさん 20××/○○/△△

 >>26

 やせぎす君超慎重派でおじゃるからな。つい頷くのも分からん事も無い

 

28名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>27

 ヒョエー!

 

29名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>27

 ままままま麻呂重ちゃんを僕に下さい

 

30一条三位のそっくりさん 20××/○○/△△

 >>29

 駄目だ

 

31ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 あ、麻呂おじさんちっすちっす

 

32名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>30

 マジすぎて草

 

33名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>29

 無茶しやがって……

 

34名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>30

 ヒェッ……

 

35一条三位のそっくりさん 20××/○○/△△

 >>31

 ほほほ。お久しぶりでおじゃるな

 所で結局何があったのかの?

 

36名無しの冒険者 20××/○○/△△

 そ、そうだね。何があったんだいダンプちゃん!

 

37名無しの冒険者 20××/○○/△△

 早くこの空気をかき消すんだ!

 吐け、吐くんだダンプちゃん!

 

38ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 必死過ぎワロタ☆ ぜってー吐かねーからな。

 

 コラボの企画自体は問題なかったのね。

 互いに関東圏だからじゃあ東京で合流しようって事で。

 ダンジョンは奥多摩ね。制限前に行こうぜって事で。許可も取ってあるって。

 

 そこで気付くべきだった。

 

39名無しの冒険者 20××/○○/△△

 奥多摩って単語で色々すぎるんだが

 

40名無しの冒険者 20××/○○/△△

 え。まさか。

 ダンプちゃんが胃に穴が開くって。ええ?

 

41一条三位のそっくりさん 20××/○○/△△

 んん? 確かヤマギシチームは……いや、続けてたもれ

 

42名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ちょっとまって麻呂さん何か凄い情報知ってそうな

 

43名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>42

 待て。それより先にダンプちゃんの報告だ。

 動画編集前に結構大きな発表がありそうなんだぞ!

 

 

44ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 >>41

 ちょっとそれ私が気になるんで後で教えてくださいね

 

 まぁ、結論から言おうか。

 コラボ内容は問題なかった。そこは問題なかったんだ。

 ヘルプの人が初代様だっただけで

 

45名無しの冒険者 20××/○○/△△

 え

 

46名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ふぁ?

 

47名無しの冒険者 20××/○○/△△

 釣り……

 

48名無しの冒険者 20××/○○/△△

 いやウッソやろ

 

 

~以下数百、真偽についての応答~

 

 

639一条三位のそっくりさん 20××/○○/△△

 やせぎす君に聞いて参った。マジでおじゃるな

 

640名無しの冒険者 20××/○○/△△

 くぁwせdrftgyふじこlp

 

641名無しの冒険者 20××/○○/△△

 うっそだろお前www

 

642名無しの冒険者 20××/○○/△△

 え、むしろなんで?

 え???

 

643ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 私の胃が壊れた理由は察したよな?

 察したよな?

 これ吐いても私許されるよな?

 

644名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>643

 お疲れ以上の言葉が言えんわ……

 

645名無しの冒険者 20××/○○/△△

 羨ましい通り越して絶句。

 俺なら失禁しちゃうね

 

646名無しの冒険者 20××/○○/△△

 むしろやせぎす太郎はどうやってあの方を

 

647一条三位のそっくりさん 20××/○○/△△

 やせぎす君は奥多摩で二種免許を取ったらしいからの。

 かのお方は奥多摩の体術指導を行っている方。繋がりがあっても可笑しくはないの。

 

 正直めちゃめちゃ羨ましい。

 

648名無しの冒険者 20××/○○/△△

 麻呂さんが素になるレベル……だと……!?

 

649ダンジョンプリンセス 20××/○○/△△

 だからってこんな動画にゲスト出演させてどうすんだよ!

 しかもノーギャラで受けてくれたって話だぞ!

 痛いよ! 心とか良心とか色々!! 

 私いつものドレスで行ったんだぞ! ごめんなさい!!

 

 初代様、めっちゃ親切に指導してくれてめっちゃ良い人だった……

 しかも終わった後に「おし、○○ちゃん(本名)飯行こうか!」ってラーメン奢って貰ってしまって……

 緊張しすぎて味がしなかったけどありがとうございました! 写真一生大事にします!!!

 

650仮面バイク乗り 20××/○○/△△

 すみません、お話を詳しく聞きたいのですが

 

651名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>650

 巣にお帰り下さい

 

~以下、騒ぎを聞きつけた一部特撮板住人と論争。数時間後やせぎす太郎が動画を投稿し平和になる~

 

 




後半はちょっと勢いに任せて作りすぎた感あります、申し訳ない。

あと明日は更新できないかもしれません。


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番外編 とある一般的冒険者の一日

昨日更新できず申し訳ない。
その分今日は少し長めの話。他の冒険者の視線での小話になります。

ちょっと加筆修正。

誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


 気配感知は冒険の生命線。僕の指導を行ってくれている足立さんはそう言って、自分が教えている冒険者が5層へと潜る前に、まず気配感知を重点的に教えてくれた。

 

「はぁ……はぁ……た、たしけてく、ください!」

 

 ありがとうございます、足立さん。お陰でどうやら生き残れそうです。

 

 心の中で師に当たる青年の顔を思い浮かべながら僕は感知していた反応の方へとひた走る。僕が精一杯張り上げた声が聞こえたのか、僕が感知していた大きな魔力反応……この階層ではまず間違いなく他の冒険者チームだろう……が僕の方へ向かって駆け寄ってくるのを感じる。

 

 早い。恐らく数部屋分。距離にして200mは離れていた筈なのに、ようやく一種免許を取ったばかりの自分では想像もできない速さで彼らは僕の前に現れた。先頭を走る人物の胸元を見るとそこにはレベル18という表記。二種冒険者、しかも教官候補級。その力強い風体に僕は深く安堵の息を吐いた。

 

「どうした!」

「と、ととトレイン! チーム5名! の、残りは階段に!」

「わかった! 後は任せろ!」

「オーク3! ゴブリン7! メイジは……関係ない! 全部ぶっとばせ!」

 

 先頭を走っていたレベル18の男性……恐らくこのPTのリーダーだろう男性は僕の拙い報告に力強く返事を返すと、担いでいた槍を取り出してすれ違う様に僕の背後に向かって走り出した。その横から数発のファイアボールが飛び、背後でオークの物だろう野太い悲鳴が廊下に響く。

 

「怪我はないか!」

「だ、大丈夫、です、殴られては、いません」

「よし。【ヒール!】 状況は。要救助者はいるか?」

 

 突撃していった男性に援護射撃を行う数名のPTメンバー。彼等に指示を出し終えた女性、恐らくサブリーダーだろう人が疲労した僕に【ヒール】をかけてくれた。先程まで乱れに乱れていた呼吸が急速に整うのを感じる。ヒールを受けた事は何度かあるが、今日ほど効果を実感した事は無かった。

 

「他の、メンバーは階段に逃げ込みました……ぼ、僕は魔石回収で少し離れていて、階段に駆け寄る前にオークに捕まりそうだったので逆方面に……」

「そうか。もしかして感知で私たちがこの層に居る事を感じたのか?」

「は、はい……」

 

 その返答に彼女はほう、と息を吐いて頷き、「その感知能力をしっかり磨きなさい」と笑顔を浮かべて、僕の肩をぽんぽんと叩く。彼女はそのまま僕の横を通り過ぎると前線に向かっていった男性に向かって声を張り上げる。

 

「千葉! オーク数匹に時間をかけ過ぎじゃないか」

「残しといたんだよ! お前後で五月蠅いだろうが」

「ふっ。当然だろう。上杉小虎、推して参る!」

「……いや、当然じゃねーだろ」

 

 迫るオークの棍棒を捌きながら千葉と呼ばれた男性はげんなりとした表情を浮かべてそうぼやいた。だが、上杉と名乗った女性はまるで気にもしないように刀を抜くと、満面の笑みを浮かべて倒れ込むように前のめりになり……その姿が掻き消えた。

 

 え、と僕が息を吐くように声をだした時には一匹のオークの首が分かたれていた。そちらに目を向けようとしたらその隣のゴブリンが。転々と瞬間移動のように現れては敵が倒れていく姿はコマ送りしたアニメを見ているようだった。

 

 何度か瞬く程度の時間で僕がトレインしていたモンスターグループは全滅し、後にはオークやゴブリンのドロップ品の数々。まるで種の分からない手品でも見ているかのような光景に思わずぽかん、と口を半開きにしてそれらを眺めていると、ぽんぽん、と背後から肩を叩かれて振り返る。

 

「お仲間を迎えにいかねばなるまい。動けるでおじゃるかな?」

 

 そこには麻呂が居た。

 

 

 

「ありがとうございます、うちの訓練生を助けて貰ったようで……」

「いえいえ、冒険者は助け合いが大前提。それに良い画も取れた故気にしないで欲しいでおじゃ。休憩場所と寝所の提供、感謝しておりますぞ」

「ふむ。所で一条さん、いつまでおじゃる口調なんだ?」

「お前、もう黙ってろ……」

 

 PTメンバーと合流した僕達は千葉さん達PT……なんでも協会の仕事で西伊豆に来ていた臨時PTらしい……に付き添ってもらってダンジョンから脱出。危うく死傷者が出る可能性のあった事態に協会支部がざわつく中、僕達は休憩所で体を休めていた。

 

 このダンジョンの訓練指導官である足立さんは騒動の内容を確認すると、躊躇なく麻呂姿の冒険者、一条さんに深く頭を下げる。それに対して一条さんは笑顔を浮かべて首を横に振った。

 

 冒険者は助け合いが大前提。何度も口を酸っぱく教え込まれた言葉が頭を過る。その通りだ。助け合わなければ簡単に死ぬこともある。あそこは、そういう場所なんだ。

 

 ヤマギシチームの動画を見て冒険を始めた一般の冒険者が、最初に躓きぶつかる壁がオークだという。それは、勿論分かっていた。事前に何度も話し合い、準備をした。自分たちは必ずこの壁を乗り越えるんだと、仲間達で励まし合った。

 

 それら全てが、一瞬の油断で不意になる。もしも彼らが居なければ、階段に逃げ込めた他の4名は兎も角、少なくとも僕は死んでいただろう。思い出したあの追われる恐怖。指先が震えるのを自覚して、ぎゅっと拳を握りしめる。

 

「その恐怖を忘れるな。濃ゆい死の気配から逃げ切った証だからな」

 

 そんな僕の様子をどう思ったのか。上杉さんはこちらに目線を向けてそう語り掛けてきた。怪訝な顔を浮かべる僕に隣の千葉さんがぽりぽりと頭を掻きながら口を開く。

 

「あー。すまん、これでこいつ褒めてるつもりなんだ。死ぬかもしれないって状況で、最後まで足掻けた事を評価してるんだよ」

「大体あってる」

「お前……」

「ほほほほ」

 

 上杉さんと千葉さんの漫才の様なやり取りに一条さんが愉快愉快と口元を覆いながら微笑んだ。その様子に思わず恐怖を忘れて、僕達も笑顔を浮かべる。強い冒険者。足立さんしかこの西伊豆には上位の冒険者が居なかったが、奥多摩や他のダンジョンには彼らの様な人たちが沢山いるんだろうか。

 

 心の中で奥多摩の風景を思い浮かべながら、こんな所で躓いている場合じゃないと密かに気合いを入れる。隣に座るPTの仲間達に視線を向けると、全員目に強い光があった。大丈夫、誰も僕達は折れていない。今日の失敗を明日には繰り返さない。たとえ牛歩の様な歩みでも前に進むことが重要なんだ。

 

 それが出来ない時。その時がきっと、冒険者を辞めなければいけない時だろう。少なくとも、僕達のゴールは、ここじゃない。

 

 

 

 その後、協会での用を終えた僕達はPT全員でお金を出し合い、助けて貰ったお礼にと一条さんチーム(本来のリーダーは一条さんらしい)を食事に誘い、他のダンジョンの事や冒険者について、それにアドバイスのような物があればと色々な話を聞かせて貰った。

 

 何でも彼等は各ダンジョンの次期管理者というか指導教官になる予定の人たちらしく、この西伊豆ダンジョンに来たのも、教官免許こそ保持していないが教官訓練を受けた経験のある足立さんの話が聞きたかった事。また、彼らの住む場所から考えて丁度中間地点で、人を受け入れる余地がまだ残っている事等と条件が一番良かったかららしい。

 

「俺の師匠も足立さんと同期で、こっちも教官免許は持ってないんだけどな。すげー人なんだ……八瀬君にちょっと似てるタイプかな。憶病だけど、その分慎重な人でさ」

「その凄い人や足立氏でも取れなかった教官免許でおじゃる。我々も気合を入れなければと、候補生同士でつるんで修行の真似事をしているのでおじゃ」

「……この煮付け、良し」

「良しじゃねーよ」

 

 これだけ凄い彼等でもまだまだ自分たちは未熟だと感じているらしい。言葉の節々に感じる、向上心。貪欲なまでに更に上を目指すその姿勢を見習わなければいけない。彼らが未熟であるのなら僕達は未だに殻も破れて居ない卵でしかないのだから。

 

「東海の海の幸もけっして悪くないな。うむ」

 

 約一名、少し怪しい人が居るがこれは気にしない方が良いだろう。こういう完全に特化した何かを持った人は常人とはまた別の思考回路を持っていたりする。山岸の恭二くんとかと同じタイプなんだろう。向上心とか何かの現れ方が少し特殊なんだと思っている。

 

「初見で上杉殿をそう評する人物は初めてでおじゃるなぁ」

「……あ。す、すみません。失礼ですよね、ご、ごめんなさい」

「いや、褒めておじゃる。良い目をしている……感知にも才があるようでおじゃるし、良い冒険者に育つかもしれんのぅ」

 

 そう頷いて、一条さんは目を細めて僕を見る。値踏みされているようなその視線に据わりが悪くなるが、彼ほどの人に評価されるのは悪い気分ではない。少しばかり居心地は悪くなるけれど。

 

 そんな少し居心地の悪い空気になりかけた時、がしっと上杉さんが僕の肩を掴んだ。

 

「いや、その前にまずお前は肉を食え。八瀬 太郎じゃなくてやせすぎ太郎だろうお前」

「プハッ」

 

 唐突な上杉さんの言葉に千葉さんがビールを噴出した。ゲホゲホと咽る千葉さんをしり目に、顔を赤らめた上杉さんがすっと僕の体に抱き着くように腕を回し……ふんわりと香る女性の香りと柔らかな感触に胸をドギマギさせる僕の耳元で上杉さんがぽつりと呟いた。

 

「ほっそ」

 

 僕の心はボロボロだ。

 

「あの。子供の頃から、肉が付き辛い体質で……」

「ああ。道理で……パッと見で女子かと思ったぞ。太郎じゃなくて花子じゃないのか?」

 

 僕の心はボロボロだ。

 妙齢の女性に心をズタボロにされるのは一度で十分すぎる。天丼が許されるのはギャグだけだろう。

 

「おい、流石に失礼だぞ」

「そう言って千葉殿も咽ておじゃったがな」

「あの不意打ちは卑怯でしょう……」

「うむ。外見も悪くないし名前もインパクト抜群。良いキャラでおじゃるな……見どころもある」

 

 千葉さんが助け舟をだそうとしてくれるも、今度は一条さんがそこに口を挟む。盛大に噴いていたのは事実なので、千葉さんも後ろめたくなったのか言葉が弱まる。そんな状況の中、一人様子を見守っていた一条さんはにこりと笑って僕に向き直る。

 

「時に八瀬殿。いやさ、やせすぎ太郎殿。動画配信に興味はありませんかな?」

「……ふぇ?」

 

 満面の笑みを浮かべて親指を立てる麻呂の言葉を理解できず、僕は口を半開きにしたままそう言葉をこぼした。

 

 

 

『はい、ええと、こちらからオークが来ますね。逃げます』

『あ、はい、逃げます。広場であいつらとやり合うのは僕にはキツイんで』

『わ、こっちにも来てる。あ、あっちに他のPT居るな。ちょっと共闘お願いして来ますね』

『許可貰いました。相手の進路上に鳴り子仕掛けたんで鳴った瞬間に一斉射撃ですね』

『はいドーン』

 

 カメラマン役のPTメンバーと話し合う形で低階層を進みながら動画を撮影する。これが今の僕の冒険スタイルだ。かつてはやせすぎと言われた体も魔力の充足によって改善されて行き、今では精々やせぎす位にまで進歩する事が出来た。これも歩みを止めなかった結果だろう。

 

 他のPTメンバーとは、一緒に当時の麻呂さん達と同じランクである二種冒険者にまでなる事は出来た。しかし、残りの3名は大学を卒業した時に就職し、今は休日にしか一緒に潜る事が出来ない状況だ。

 

 まぁ、会社側も二種免許持ちの冒険者という事でかなり優遇してくれているらしく、ほぼ毎週1度は潜る事の出来る、かなり恵まれた環境ではあるのだが。

 

『やせぎす太郎さんですよね! 頑張って下さい!』

『ありがとう。動画見てくれてるんだ、嬉しいです』

『はい! 俺達、『やせぎす太郎の底辺冒険者の日常』シリーズを見て準備とか色々勉強してます!』

 

 共闘してくれたPTにはドロップ品を全て渡す。代わりに動画の取れ高稼ぎを手伝ってもらうのだが、最近はこういった形でお礼の言葉を言われる事が多い。そういう言葉を聞くと、麻呂さんから頼まれた役割を全うできているとつい笑顔を浮かべてしまう。

 

 低層での準備の大事さ。駆け出しの頃から少しずつ前に進んできた僕の動画を見て、同じ駆け出しから始めた彼等後輩たちがそれを参考に前へと進みだす。自分が麻呂さん達に受けた恩を、今度は後輩たちへ。受け継ぐ事が出来ている、それが堪らなく嬉しい。

 

 二種免許を取った時は、麻呂さん達からもお祝いの連絡が届いた。あれからも麻呂さん達とは連絡を取り合い、彼らが教官免許の為に奥多摩に来た時には何度か奥多摩に会いに行ったりもした。実家があるから通いやすいのもある。最近は帰る度に風景が一変していて、里帰りというより里だった場所に帰っているような印象だが。

 

『山岸の真ちゃんが頑張っとるで。お前も頑張れよ』

 

 里帰りした時、かつての同級生を引き合いに出して発破をかけてきた父親を思い出し、苦笑いを浮かべながら僕はカメラに向き直る。

 

 同級生にとっての山岸真一はヒーローだ。これはダンジョンに潜り始める前から変わらない。目標にこそすれど、比べられるなんておこがましいにも程がある。

 

 ……勿論、いつかは、という思いもあるんだが。

 

『よし、じゃぁ今日はここまでですね。今回使用したのは鳴り子と爆竹です。費用はこんだけ、実入りは最後に流しますね』

 

 ある程度探索をして、使った物品の料金と回収した魔石やドロップ品の料金を最後に挙げる。低層ではドロップ品も貴重な収入源だ。ヤマギシがドロップ品から貴金属を回収するプラントを作ってからはこれらが馬鹿にできない値段で取引されている。

 

 始めた当初の収支は偶に赤が混じる事もあったので、安定して10数万の黒字が出せるようになったのはありがたい。ゴブリンの魔石も昔ほどの値が付かなくなったからな。国外だとまだまだ天井知らずらしいが。

 

 まぁ、無理しなくても良い。少しずつ前に進めばいいんだ。

 

 それが僕の冒険者としての在り方なんだから。




2日分纏めてという事で少し長めに、一般的な冒険者の話でした。
金曜日は必ず更新しますが、6時に更新出来るかわかりません。昼くらいになるかもしれないので朝の更新を楽しみにされている方は申し訳ありません。


八瀬 太郎:
HNやせぎす太郎。初期はやせすぎ太郎と名乗っていたが魔力の向上ですぐに体が成長し、やせぎす太郎に改名した。奥多摩生まれで真一の同級生。
生来体が小さく、幼少期は良くイジメられていたが、真一が当時のガキ大将をぼこぼこにして頂点に立って以降は平穏に過ごすことが出来た。
ゲート出現時には静岡の大学に通っていた為奥多摩に居らず、最寄りのダンジョンである西伊豆ダンジョンをホームに活動。大学卒業後も奥多摩には戻らず西伊豆に居を構えている。
目標の人物は真一。歩みは牛歩の如く。しかし止まらずに彼は冒険者の道を歩んでいる。


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番外編 映画を作ってる最中の小話

今週もお疲れさまでした。
遅くなって申し訳ない。職場で色々あり帰り道でタイヤがパンクし予定が未定でグダグダの状況で作る事になりまして(吐血)

暫く更新は不定期になります。ご了承お願いします。
あ、誤字修正は起きてからやります。
今はとにかく眠い……

誤字修正。244様、アンヘル☆様、kuzuchi様ありがとうございます


 ニューヨークのとあるビル街の一角。高層ビルが立ち並ぶその区画に、ひっそりと周りのビルに隠れるように立っている一つの建物。外観は普通の商業ビルに偽装されたその建物の中にスーツ姿のアジア人の男性が入っていく。一階のフロントに声をかけて許可をとり、エレベーターに乗って3階を押し、そしてそこで降りた後に隣のエレベーターに乗り込み15階を選択。

 

 高速で移動するエレベーターが数十秒で15階へと到達すると、ドアが開いてすぐの場所にまた指紋認証形式のドアが出てくる。ここはどこの秘密基地だと思いながらアジア人の男性……山岸真一は変身を解き、携帯電話を耳にあてる。

 

 ほどなく出てきた弟分の声に到着した旨を伝えると、数分後に指紋認証のドアが音もなく開く。ひょっこりと顔を出した弟分の顔に、真一は少しだけため息をついた後、片手をあげて久しぶりだと挨拶を交わした。

 

 

 

『やぁ、お久しぶりですね若社長』

『ははは。まだ社長はオヤジですよ』

『ヤマギシブラスコの方は君が社長だろう? 米国ではすでに注目の若手実業家なんだ。もっと胸を張って張って』

 

 バンバンと笑顔で真一さんの肩を叩くスタンさん。真一さん、スタンさんみたいなタイプは苦手なのか押されっぱなしである。まぁ、この爺さん大分距離感近いしな。ウチの爺さんや財界のお偉方を見た後にこの人を見たら大分戸惑うのは分かる気がする。これでウチの爺さんみたいなタイプとも仲良くできるんだから本当に不思議な人だ。

 

『ああ、話し合いの前に折角来てもらったんだ。社内でも見ていくかい? 最近ここに入ったとあるファンは涙を流して喜んでたよ』

『ウィルって名前の奴です』

『は、ははは。いえ、残念ですが、この後も回る所があるので……』

 

 スタンさんの言葉に乾いた笑顔を浮かべて真一さんは首を横に振った。ウィルの奴、初めてここに入った時にその場でマスターへの感謝の祈りとやらを数分間捧げて周囲をドン引きさせていたな。膝の皿に思い切りローキックを打ち込んでおいたのだが、最近ますます頑丈になってきたあの男はけろりとした顔で「痛い痛い」と言っていた。

 

 勿論、後程この話を聞いた一花が似非幻想殺しを打ち込んで悶絶させた為、制裁は完了している。あれ、バリアを突き破るくせに自分のストレングスはそのままという割と卑怯臭い魔法なんだ。似た様な魔法が使える恭二でもそこまで細かくコントロールは出来ない為、ほぼ一花のオンリーワン魔法になっている。

 

『さて、じゃあ契約のお話をしようか』

『ええ。で、これからの一郎の今後のスケジュールについてですが、ヤマギシとしては……』

『まぁ、彼のスタンスは冒険者が第一だからね! 僕らとしてもそこは……』

 

 まっすぐスタンさんのオフィスにやってきた俺達は、部屋の中央に置かれたソファに腰掛ける。スタンさんと真一さんは今後のスケジュールについてを話し合っている。俺の意見はすでに会社側に伝えてあるため、後はすり合わせる形になるわけだ。

 

 本来は真一さんが来る理由は無かったんだが、スタンさんが一度真一さんとは話し合ってみたいと言い出した事と、シャーロットさんが多忙だった事。また、たまたま真一さんがアメリカに渡米していた事が重なりこの会談が実現した。

 

 とはいえ、スタンさんが何を言い出すか分からず戦々恐々としていると、一先ずの方針についての合意が取れたのか二人が握手を交わした。どうやら合意がなったらしい。あ。終わったのか。よかった、と思ったのもつかの間。

 

『所で君、ヒーローになる気はないかい?』

『嫌です』

 

 握手をしたままそう笑顔で尋ねるスタンさんに笑顔を浮かべたまま即答で返す真一さん。残当以外の言葉が浮かんでこないのだが、スタンさんは至極残念そうに首を横に振った。

 

『ルックスも良いし運動神経もある。実業家とかの難しい役どころも出来るんじゃないかと』

『あの、スタンさん。流石に真一さんは時間が』

『無理かぁ……実業家をダブルスパイディの教官にするのは面白そうかなぁと思ったんだが……』

 

 それはそれで見たいけど真一さんはヤマギシの屋台骨なんでそこを引っこ抜かないでいただきたい。社長? 社長も頑張ってるよ。社長はほら、頭部だから。うん。頭脳はシャーロットさんと真一さんが二人で左右分け合ってる形になるけどね。

 

 というか現在でも一杯ヒーローをやりたい俳優は居るでしょうしダンジョンに潜ってる俳優なんかアメリカなら多いだろうに、と伝えると途端にスタンさんは渋い顔をする。

 

『君とウィル君がハードルを上げまくったせいでなり手が居ないんだよ。というか監督がOK出さないんだ』

 

 いや、それを俺に言われても。その、困るというかね。確かに映画の撮影の時に監督がやたらと褒めてくれてるのは分かってるんだけどさ。俺の素人臭い演技に目を瞑って褒めてくれてるんだとばかり思っていたんだが。あ、演技というよりも運動能力の方? それこそスタントマンを雇うべきだと思うんだけど、そういう意味でもないんだろうな。初代様経由で人を呼ぶしかないんじゃないだろうか。

 

 合意が為された為、仕事の時間は終わりという事か。スタンさんは戸棚から最近のお気に入りだと小皿に入れたお菓子を俺と真一さんの前に出した。ここからは私的な時間という事か。真一さんも少しなら、と頷いてお茶のお代わりを注いでいる。

 

『それもまぁ考えたんだけど、ミスター・ライダーに頼り切りになるのもね……ヒーローの配役と言えば、そうだ。君だよ』

『……暫く冒険者活動に専念』

『そうじゃなくって。最初はウルヴァリンなんかも行ってたろうに、最近は他のヒーローをやってくれなくなったよね。何故かうちの会社に要望が上がってるんだけどどうかしたのかい?』

 

 間を置かずに映画は勘弁してください、と言おうとした所、スタンさんは違う違うと首を横に振ってそう尋ねてきた。ああ、そっちか。と一つ頷いて、うーん、と首を捻る。まさか直接イッチチャンネルの方ではなくマーブルの方に連絡が行っているとは思わなかったのもあるが、割と大した理由じゃないんだよなぁ。これ。

 

 まぁ、ウルヴァリンをやらなくなった理由は簡単だ。当時の自分の接近戦能力ではウルヴァリンは自殺行為だったからで、今は逆にウルヴァリンで戦う理由が無いからだ。基本的に戦闘能力で変身を選んでいたため、遠距離戦も戦える変身に偏重していったのが理由になる。

 

 今なら使いこなせる自信はあるが、今度はすでにMSとしてきっちりイメージがついてるから逆に他のヒーローがやり辛いんだよね。スタンさんが言っていた事とは逆だが、将来誰かがそのヒーローをやる時に、俺が変身していたという事が何かしらの足かせになったら、と思うんだ。

 

 洗脳教育に等しかったとはいえ、俺だって今ではマーブルコミックのファンだと自信を持って言える。だからこそ、将来そういった新たなるヒーローが出てくるなら、邪魔になる要素を少しでも削りたいって、そう考えている。

 

『……偽物、かな』

『熱でもあるのか?』

『スゴイ・シツレイですよね?』

 

 二人同時にそう怪訝そうな顔をされると、流石に温厚な俺でも切れるぞおい。

 

『いや、冗談だよ……しかしそうか。そういう事なら、とても嬉しいよ』

 

 苦笑を浮かべながらスタンさんは、しかしどこか満足気な表情でそう口にする。普段にこやかな笑顔を浮かべる事の多いスタンさんの少し珍しい表情に驚きを感じていると、スタンさんは意味深な笑みを浮かべたまま真一さんに向き直る。

 

 猛烈に嫌な予感を覚えて言葉を挟もうとする俺を、すっと手を上げて真一さんが制した。咄嗟に長年染みついた上下関係により言葉を失ってしまった俺は、次にスタンさんが言った一言を聞いた瞬間部屋から飛び出るように逃げ出す事となる。

 

『とりあえず全ヒーローを彼に演じてもらうとかできないかな? それなら不公平感も無いだろうし、これからヒーロー役をやる時も『全員やってたからノーカン』と言いやすくなるだろうし』

『ああ、いいっすねぇ。面白い、やりましょう』

 

 それらの言葉を背後に聞きながら俺は部屋から飛び出した。背後に迫るのは真一さん、勿論互いに全力である。非常階段や能力を駆使してNY中を逃げ回った後、スタンさんに呼ばれて参戦したウィルと真一さんの二人掛かりで捕らえられた俺は恥辱の数日間を送る事になった。真一さん、次の仕事は……あ、ストレス解消優先。連絡は入れた……いやいやいやいや。

 

 撮影した画像は映画の円盤の特典になるらしい。やめろください。



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第二百五話 フランス経由ドイツ行

今週から不定期更新になります。

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!



 フランスで欧州初の魔力電池工場の工事が始まった。

 

『ファビアンさん、代表就任おめでとうございます!』

『ありがとう! 魔石は魔法産業の根幹に当たる大切な資源。この魔石を魔力電池へと加工する……』

 

 式典に御呼ばれした我らヤマギシチームが見守る中、長い前髪をファサッさせながらファビアンさんがいつもの笑顔を浮かべて式辞を述べている。フランスにおける冒険者の顔とも言える彼の栄達は結構注目されているみたいで、他国の記者などからも結構な頻度で質問が飛んだりしている。

 

 何故か数件こっちに飛び火しているがそこはマスコミなれしているファビアンさん。曖昧な表情を浮かべて口元に指を持ってきて「秘密だよ?」という風にジェスチャーを浮かべた後。

 

 マスターにフランスの大学を勧めたけどこっぴどく断られた、近いうちに映画に出演が決定している、内容はミュージカルで、そちらの演出も依頼したがマスターに断られた等と、割とそれ言っていいのかという内容の話をガンガン振って場を盛り上げ、変な方向に質問が飛びそうになったら自らネタを提供するスタイルで式典を乗り切った。俺には到底出来ないスタイルだ。あんな風に目立ちたくない。

 

「ファビアンぇ……」

 

 予期せぬ場所で飛び火した一花さんの顔が般若を超えるナニカになっているので、この後のファビアンさんの運命は酷く過酷な物になるだろう。俺達は決して彼の犠牲を無駄にしないよう、固く心に誓った。

 

「流石にんな事はしないよ!」

「実際は?」

「フロートを覚えるまでベタン責め……かな?」

 

 どうやらファビアンさんは潰れたヒキガエルのような姿にされるらしい。一刻も早くフロートを覚えられるようにアドバイスをしよう。顔の真剣さから『やる』と決意しているらしい一花の横顔を眺めながら、俺は再び固く心に誓った。

 

 

 

『お久しぶりです、教官方』

『オリーヴィアさんもおっひさ!』

『マスター、リヴァとお呼び頂ければ』

 

 ファビアンさんの尊い犠牲により気分を持ち直した一花を連れて、次の目的地のドイツへ俺達はやって来た。と言っても今回はフランスとは違ってプライベートで、前回の渡欧の際に寄る事が出来なかったドイツにも機会があれば来てほしいと、ドイツの冒険者組のリーダーであるオリーヴィアさんに請われていたからの来訪だ。

 

 実を言うと他のイタリアやカナダ、ロシアといった冒険者協会のある国からは、結構な頻度で一度来て欲しいって言われてるんだよね。大体最高の料理で御持て成しするって文面が続くんだけど俺はどれだけグルメキャラで通ってるんだろうか。流石に時間が合わないから受けたりはしていないけどいつかは訪れないといけないだろうなぁ。

 

『今回でイタリアに行けばよかったのに』

『……あそこは、その。ちょっと音楽性が違うって言うか』

『決して悪い方ではないんですがね。援護は出来ませんが』

 

 若干目を泳がせてそう弁護を行うオリーヴィアさん。いや、同期の桜というし、あの人が良い人なのは分かるんだけど……記憶が。思い出す事を拒否するというかね。前回カンヌに行った時も実を言うとちょっと無理すれば向こうまで行けたんだけど、向こうのリーダー……というかチームは何かね。うん。敬して遠ざけるべきというか個性的すぎてあんまり絡みに行きたくないんだよね。

 

 それとは若干違う理由でカナダも出来れば絡みたくない。あっちはまた別のベクトルで、何というか。むしろ80年代の日本人と言われても可笑しくない感じというかやたらと暑苦しいというか。アメリカでの撮影期、こちらから会おうとは一切思えない感じと言えば分かるだろうか。いや、決して悪い人物ではないんだ。あっちから勝手に来る時は拒まなかったし。ただ、あの時ウィルが逃げやがった事は決して忘れない。決してだ。

 

『……ち、近くに美味しいソーセージを出す店がありますよ!』

『……行こっか』

『そだな……』

 

 本格的に食い物で釣れば誤魔化せると思われてるのかは知らんが、この話題はちょっと方々にダメージが行ってしまうしね。悪い記憶は美味しいソーセージを黒ビールで流し込む至福で押し流すに限る。

 

 オリーヴィアさんお勧めの店でおススメを頼むと、シンプルなソーセージとジャガイモの料理が出てくる。あまり手の込んだ感じのしない料理だったが、一口食べたらついうぅむ、と唸らせられた。やっぱりドイツのソーセージは違う。それにシンプルに見えたジャガイモ料理がすごく良い。塩気の強いハムやソーセージにジャガイモが程よく絡んでんまい。こいつはビールが進むぜ!

 

『相変わらずのご健啖ですね』

『美味しいですよ?』

 

 パチパチと小さく拍手をしてくれるオリーヴィアさんに笑顔でそう返すと、ポっと顔を赤くしていやんいやんと頭を振る。相変わらず男に対する免疫が皆無な人である。この反応を見て俺に気があるとかそういう考えは一切ない。この人、ミーハーな所があるから最初の内は俺とかヤマギシチームだけだったんだが、最終的には同期の仲の良い男性全員に同じ反応で返してたからな。

 

 そこまで仲の良くない人には大抵鉄仮面で通すから、今ではドイツの女帝とか欧州の冒険者達の間では呼ばれてるらしいが……教官免許一期組では強い小動物扱いだったんだがな。オリーヴィアさん。

 

『あ、明日にはセルゲイも到着するとの事です』

『へー、セルゲイさんもこっちに来るんだ。どったの?』

『ロ、ロシアは国土が広いですから……どうしても自国のダンジョン管理に手が足りず、教育用の施設やノウハウの蓄積が遅れていまして……』

『ああ。そういえばまだポコポコ新しいダンジョンが山の中からとか出てきてるんだっけ? で、ある程度蓄積が出来てるドイツやらに研修生を派遣してると?』

 

 恐らく中国やインドみたいな所もそうだろうが、人間の手が一切入っていない場所にダンジョンが出来ていて、誰も気づかずに最近になって発見される、という事が未だに起こっている。冒険者協会があるアメリカやロシアでも未発見ダンジョンが出て来るんだから、他の地域は推して知るべしというか、多分欧州にもまだまだ未発見のダンジョンは存在するだろう。

 

 なら日本に聞きにくれば……とも思ったが恐らくそっちも行ってるんだろうな。俺は関わっていないが産業の乏しいシベリアに魔力電池工場を作るとかいう話も出てきてるみたいだし。その辺りの話もセルゲイさんから聞いてみるか。

 

 ところでこのお店って何種類くらいソーセージを扱ってるんですかね。あ、いえいえ勿論ただ聞いただけですよ。聞いただけ。




仕事を辞めると決まった時から物凄い勢いで体調が悪い。
多分、気持ちとかなんか色々切れたんだと思うんですが、総合すると今のタイミングで辞めれて良かったという意識でいっぱいです(支離滅裂)


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第二百六話 ドイツとロシアの試み

誤字修正。244様、日向@様、MARDER様、kuzuchi様ありがとうございました!

ちょっと指摘があったのでセルゲイさんの名字を変更


 ロシア代表のセルゲイさんは非常に大柄な人だ。2m越えの身長に元々格闘技を行っているという屈強な肉体。マニーさんと同じく愛嬌のある顔立ちだと思うが、体格が体格の為に側に立たれると物凄い威圧感を感じる。

 

『お久しぶりです』

「オヒサァシブリス」

『翻訳で良いよ?』

『……やはり日本語は難しいですね』

 

 そんな喋る熊の様なセルゲイさんだが、実際に喋ってみると実はかなり話しやすい人だったりする。自分が厳つい外見だという事を気にしているみたいで、自分から話しかけることは少ないが会話を振ると大体ノッてくれるし、ロシアでもかなり有名な大学の大学院生という事もあってかなり博識だったりする。専門は確か文学だっただろうか。

 

 まぁ、さっきの日本語を聞いて文学部? と思われるかもしれないが、文系とは言え別に外国語専門ではないからな。あと、そもそも日本語って発音から何からめちゃめちゃ難しいらしい。それでも読みの方はほぼ1年で全く問題がない位に仕上げたんだからかなり優秀だと思う。発音に関してはかなり長い目で見ないと難しいだろう。

 

 この事例を見るに恭二への一念であんだけ上達が早かったケイティはやはりスゲーって事だろう。オタク趣味で必死になって日本語を勉強しているベンさんですら未だに似非日本語だしね。

 

『最初は金策になればと、研究室の面々でゴブリンを叩きに行ったのが始まりでした。文学部はどうしても、他に比べて予算の確保が難しいので』

『それって、ヤマギシが動画を公開し始めたくらいの事かな?』

『初めてスパイダーマンが出てきた位ですかね。研究室の他の学生が見つけて。その後に翻訳という魔法の存在も出てきて教授も興味を持ち初めまして』

 

 どんな相手とも意思疎通が可能になる翻訳魔法は、教授さんにとって喉から手が出る程欲しい代物であったらしい。そんな存在を提示された彼の担当教授は安全面という至極真っ当な思考回路を放棄。金策と魔法習得が同時に熟せる素晴らしい手段としてダンジョンへと乗り出したそうだ。

 

 まぁ、セルゲイさんは体格的に魔法抜きでもオークと殴り合いが出来そうな人だし、彼が味方側として側にいるなら冒険してみよう、と思うのも分からないでもない。実際、国側が規制をかけるまでの期間の間に5層までは庭のような状態だったらしいしな。それ以降の階層は他の人がついて行けなくて断念したそうだが、恐らく彼一人ならオークとも問題なくやり合えたんだろう。

 

 ロシアでのダンジョンへの侵入規制は割と早く行われたらしい。アメリカ側と違って情報はないが、恐らく軍人に結構な数の死人が出ているんだとか。その辺りはセルゲイさんも聞かされていないらしく、断片的に協会幹部からそういった事があったとだけ聞かされたそうだ。情報統制が厳しい国ってのは確かだな。

 

 

 

『それで、冒険者協会に行くと思ってたんだけどこれはどんな催しなんだ?』

『結構大きな……なんぞこれ』

『そちらの用事も確かにありますが。実を言うと、今回は丁度良い機会なんでお二人に是非見て欲しい物がありまして』

 

 ホテルでセルゲイさんと「また後程会いましょう」と別れた後、何カ所か名所っぽい所を巡った後に頃合いだという事で連れていかれたのは、結構大きな複合施設のような所だった。スタジアムのような形をしているが野球場とかサッカー場なんかにするには少し小さすぎるその施設は、何というか、そう……

 

『コロッセオってさぁ。ころせよぉって聞こえるよね』

『ああ、それか』

『そ、そこまで物騒な施設では……いえ、それに近い用途の時もありますが』

 

 一花の言葉に頭の隅に引っかかっていた単語が出てきたと喜ぶと、そんな俺と一花のやり取りにオリーヴィアさんが乾いた声で笑いながらそう弁護するような言葉を発した。

 

『ここは、魔法技術を用いて行われるスポーツや格闘技の専用施設です。最近少しずつ認知度を上げて居るんですよ』

『ほへぇ。そんなのがあるんだ』

『冒険者用の訓練施設が元になっておりまして、ドイツとロシアの協会が主導で運営しています。モスクワにももう一つコロッセオがあって、興行が上手くいけばイタリアやフランスにも広げていこうと計画されています』

 

 冒険者の力の使いどころの模索をしている時に出てきた案らしく、オリーヴィアさんも参加したことがあるらしい。これもまた各国独自の魔法の有効活用という事だろう。確かに良く見ればそこここでレベルバッジを付けた冒険者が居るし、協会の職員らしき人も居る。

 

 成程、冒険者の訓練風景って結構派手になるし、そこに目を付けていっそ、という事かな。実際目の付け所としては悪くないと思う。今日は確か平日の筈だがコロッセオの中には結構な数の来客が来ているし、客席の方からはそれと分かる熱気が伝わってくる。かなり盛況な様子だ。

 

『……これって、いつ位に出来上がったの?』

『前回の教官訓練時には工事に着工していて、完成したのは今年の夏です。……こう言っては申し訳ないんですが、非常にタイミングが良かったですね』

『夏かぁ……うん。あれの後ならまぁ、分かるかな』

 

 白けた様な表情を浮かべる一花の言葉。夏というと……一花の反応的にあの動画辺りが原因って事だろうが。あの動画で人気が出るってのもちょっと複雑な心境である。俺は知り合いのコスプレだし、恭二は恭二で漫画の技をパクりまくってるし。

 

 しかし、こういった魔法による催し物というか、施設とかが出来ていたのは知らなかった。バリアがあれば格闘技なんかはかなり安全になるだろうし……まぁその分、どうやってケリをつけるかが難しいだろうが、色々工夫しているんだろうな。

 

 そのままオリーヴィアさんの案内に従いコロシアムの職員用の通路を通り、実況席やらが設置された区画のゲストルームに通される。何でも今日は現在のパンクラチオンルールの暫定王者であるセルゲイさんと、ドイツ代表の一人の試合があるらしい。出来て数か月のコロッセオとは言えチャンピオンとはセルゲイさん凄いな。

 

『パンクラチオン方式は素手による戦いとなります。互いにバリアは当然行っていますが、有効だと見られる攻撃を5度相手に当てれば勝利という非常に単純なルールです』

『……これ、互いに魔法は?』

『攻撃魔法以外なら全てアリとなっています。周囲の壁にはアンチマジックが付与されていますので極力安全は確保されています』

『ふーん。空中戦もありって事か。障害物なんかもあるし、これめちゃめちゃ派手になるんじゃない?』

『見ごたえは保証しますよ』

 

 一花の言葉にニヤリ、とオリーヴィアさんが笑って答える。闘技場というから映画なんかで見る砂地で出来た舞台を思い描いていたのだが中にはあえて作られたのだろう段差や大きな岩、柱といった遮蔽物のような物がゴロゴロと転がっているし、これを全部使って良いんなら結構派手な事が出来そうだ。

 

 俺なら柱にウェブを使って振り回すとかかな。バリアがあれば柱でどついても死にはしないだろうし、むしろそれくらいしないと有効打として認められなさそうな気がする。

 

 ふーむ、と物色するように舞台を眺めていると、会場の準備が出来たらしく、実況席に座った兄ちゃんが手元のメモを眺めながら声を張り上げ始めた。あの実況の兄ちゃんも教官訓練で見た事のある人だ。そんな人物を実況に使ってるとは、ドイツ側はこのコロッセオに相当力を入れているみたいだな。

 

【皆様、大変お待たせ致しました。これより魔法格闘技総合戦・パンクラチオンルールのタイトルマッチを行います。まずは挑戦者、西の方角より我がドイツの誇る白い雷光、アウグスティーン ・ フレンツェンの入場です!】

 

 その言葉と共に、恐らく出力を落としたフレイムインフェルノだろうか。二本の火柱が上がり、その間からボクサーパンツとグローブを付けた白人の男性が静かに会場内へと入ってくる。彼もオリーヴィアさんと同期の最初期から冒険者を行っている古参組の一人で、白人参加組でもかなりの巨躯を誇る人物だ。

 

 彼はシャドーの要領で数回虚空に向かって拳を打ち込むと、仁王立ちの姿勢になり反対側……チャンピオンがやってくる入口を睨みつける。

 

【続きまして……暫定王者の登場です。ロシアの誇る人間戦車! 赤い暴風、セルゲイ・ルビンスキ!】

 

 アナウンスの声に合わせるように再び上がる火柱。それらは先程と違って通路を完全に遮るように現れ、チャンピオンの入場を邪魔するようなその光景に来場していた観客達がざわめく中それは起きた。

 

 ブオン、という擬音が見えるかのような腕の一振り。ただの一振りで立ち上る火柱が、まるで風にかき消されたかのように立ち消える。おぉ、と感嘆の声がそこかしこから洩れる中、その腕の持ち主は会場内に姿を現した。

 

 鍛え抜かれた筋肉に包まれた肉体。大柄なフレンツェンさんが小さく見えるほどの巨躯。そして、特徴的な赤いパンツ。

 

 傷こそないが何をイメージしているかは一瞬で分かったぜ。そうか、そういえば外国でもアレ人気だったよね。そっちに行ったか、セルゲイさん。

 

『この戦いを、祖国とマスターに捧げる……!』

『……同じく』

 

 天に右人差し指を向けてそう宣言するセルゲイさんと、その言葉に頷きを返すフレンツェンさん。その言葉に口から魂が抜けだした一花を他所に、二人の漢と漢は舞台の中央でぶつかり合った。




誤字修正は起きたらやります


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第二百七話 ドイツ協会協会長

お久しぶりです(白目)
以前のような更新頻度は無理ですが空いている時に更新していこうと思います。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


「私に捧げられてもその、困るんだよね」

「祖国と同列に並べられたらなぁ」

 

 闘技場にて二人の戦士からの熱い奉納を受けた一花は「いやぁ」だの「しかし」だのとぶつぶつ呟きながら首を傾げる。嬉しい事は嬉しいんだろうが、それ以上に困ったという印象だ。

 まぁ実際困るだろうな。祖国と同じくって重すぎるわ。

 

『ま、まぁあの二人は……ちょっと思い込みが激しい方だと、思いますので』

「それあの二人だけだよね? 本当にあの二人だけだよね?」

『あ、そろそろ着きますよ教官! ここがドイツ冒険者協会です!』

 

 大事な事なので二回繰り返した一花の言葉に、オリーヴィアさんは解答せずに目的地についた事を告げる。頬を落ちる汗は見なかった事にしよう。

 

「さて……これすげぇな」

「こういうのはちょっと想像してなかったねぇ」

 

 車から降りた俺達は目の前にドーン、と佇む大きな城に思わず目を点にしながら感嘆の声を漏らす。そんな俺達の様子に少し誇らしげな笑みを浮かべてオリーヴィアさんは『こちらにどうぞ』とエスコートするように俺達を促し、正面玄関だろう門へと足を進める。

 

 何故か西洋風の鎧らしきものを身に着けた門番さんに挨拶をしてオリーヴィアさんが門の前に立つと、ギギィ、と音がして巨大な門が……開くと思ったら、門の一部分に見えていた所がスライドするように左右に分かれていく。まぁ毎回こんな大きな門開け閉めしてたら不便だろうけど肩透かしをくらった気分だ。

 

『見ての通り、ここは元々とある貴族の保有していた御城を買い取ってドイツ冒険者協会の本部施設として使用しています。外観は協会長の意向で古いように見えますが、内部は改装して最新設備にしてあります』

「へー。協会長さん中々ロマンが分かってるんだね」

『……ロマン、ですかねぇ』

 

 一花の言葉に意味深な、というよりは微妙そうな表情を浮かべるオリーヴィアさん。その表情を見るだけで不安に駆られるようになってしまったのは、なんだろう。慣れという奴なんだろうか。いやよそう、俺の勝手な推測で一花を混乱させたくないからな。

 

 協会長室です、と案内された分厚い木のドアの前でオリーヴィアさんは軽く服装の乱れを正すと、コンコンとドアをノックする。数秒ほど間が開いた後にそっとドアに耳を寄せたオリーヴィアさんが引きつった笑みを浮かべると、ガチャリとドアノブを回して俺と一花に笑いかける。

 

『大変申し訳ありません。少し見苦しい姿をお見せします』

「へ?」

「どういう」

 

 事、と言おうとした時。開かれたドアから猛烈な勢いで白い煙が噴き出してきた。

 予想外の状況にすわ襲撃か!? と咄嗟に判断した俺は、一花を小脇に抱えるとスパイダーマンに変身し天井に飛び移る。眼下ではドアから溢れ出る煙の中、大きく開かれたドアから室内へと入るオリーヴィアさんの姿がある。

 

「オリーヴィアさん!?」

『ああ、もう。少しお待ちを。エアコントロール!』

 

 鼻をつく刺激臭に顔を顰めながら部屋の中へ入ったオリーヴィアさんに声をかけるも、彼女は少し待つように声を上げてからエアコントロールを発動させ、そのまま中へと消えていった。

 

「エアコントロール! お兄ちゃん、ちょっと下ろして」

「お、おお」

 

 どうやら襲撃ではないらしい……が、これはどういった状況だろうか。一先ずエアコントロールと翻訳を発動させてからひょいっと廊下に降り立ち、小脇に抱えていた一花を下ろす。

 

 室内はまだ煙が蔓延していて視界が悪いが、恐らくオリーヴィアさんだろう影が奥の方でガラっと何かを開く音……恐らく窓だろうか……がすると、急速に煙が薄れて行き中の様子が見て取れるようになる。

 

『もう平気かな。オリーヴィアさんは大丈夫?』

『すみません、お騒がせをして。すぐに起こしますので』

『あ、いえいえ……起こす?』

 

 煙が晴れた部屋の中は予想以上に酷い惨状だった。何が酷いというと、とにかく酷いとしか言えない。まず、まっすぐ行った先にある上質な木材で作られただろう執務机は書類の山で埋もれている。何百枚という枚数の書類の束がいくつも並んでいるというか。片付けられないサラリーマンの机と言えば伝わるだろうか。

 

 またその周囲も酷い有様だった。いくつも並んだ本棚からは乱雑に本が抜き出されており、中に収められていただろう本は周辺にバラバラに出されている。中には読みかけなのか開かれたページのまま投げ出された物もある始末だった。

 

 そして、極めつけは。

 

『起きなさい! お姉ちゃん! 今日はお客様が来るって言ってたでしょうが!!』

『うーん、もう食べられないよぉ』

『うっわベタな寝言』

 

 何に使うのか良く分からないフラスコやそれらに入った液体……黙々と煙を吐き出している様子を見るにあれが先程の煙の元だろう……の前で大の字になっている小さな人影に、オリーヴィアさんが馬乗りになってゆさゆさと胸元を掴んで揺り起こそうとしている姿を見る。その姿に思わずといった様子で一花が言葉を漏らすと、オリーヴィアさんの揺さぶりが更に激しくなる。

 

 あれ頭取れるんじゃないか? 逆に心配になって来たんだけど。

 

 

 

『酷い目に遭った』

『自業自得です』

『残当かなって』

『まぁ、うん。ノーコメントで』

 

 結局数分ほどジェットコースターのような揺さぶりを受け続けてようやく目を覚ました小さな人影、ドイツ冒険者協会の協会長はふらふらと頭を揺らしながら自身に『ヒール』をかけて立ち上がる。

 

 随分と背の低い女性だった。もしかしたら一花と同じくらいだろうか。会話を聞くにオリーヴィアさんのご家族なんだろうが、背の高いオリーヴィアさんと比べたら下手すると2、30センチは差があるかもしれない。やたらと童顔なのもあり、会話を聞かなければどう考えてもオリーヴィアさんの妹さんにしか見えない。

 

 そしてその格好も凄い。魔女のようなとんがり帽子にぶかぶかのコート。コートの下はどうやらYシャツのようだが、ぱっと見はどこからどう見ても魔女にしか見えない姿だった。

 

『お恥ずかしい所を見せてしまったね。私がドイツ冒険者協会会長にしてドイツ錬金術師組合筆頭『水銀の錬金術師』アガーテ・バッハシュタインだ。お会いできて光栄だよ、オンリーワン・ヒーロー、そしてマスター』

 

 くいっと帽子の鍔を少し下げ、気取ったような調子で協会長……アガーテさんはそう言った。

 

 どうしよう、この人レベルの高い厨二さんだ。




アガーテ・バッハシュタイン:オリキャラ。ドイツ冒険者協会の協会長にして研究者。というよりむしろ研究者としての方に重点を置いている人。何故会長なんかやってるのかは次回。あと恰好や言動が厨二っぽいのはまごう事なき厨二病のため。

オリーヴィア・バッハシュタイン:姉に振り回されている。自分は常識人だと思っているが割と彼女も周りを振り回すので姉妹だなぁとドイツ協会内では思われている。


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第二百八話 『水銀』の錬金術師

実家に居る内に更新。
次の更新は少し先になります。

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


『お察しの通り私は実務面ではそれほど役に立つ存在ではなくてね』

『堂々と言わないでよお姉ちゃん』

 

 飲み物としてビーカーを手渡したり(中身はレモネード風味のジュースだった)それ言っていいのかというぶっちゃけた発言をしたり、どうやらアガーテさんは見た目通りかなりかっ飛んだ人物らしい。この人と話してると本社の開発部の先輩さんやアメリカの変人兄ちゃんを思い出す。

 

 有体に言えば有能な変人枠って事だ。こういうタイプの人と話してると世の中の広さを思い知らされる。

 

『実務ができない協会長ってそれはそれでヤバいんじゃないの?』

『副会長と幹部陣はその分実務畑の人材が揃ってるからね。私がこの椅子に座ってるのは、まあ。日本で言うと客寄せパンダだよ』

『せめて広報役とか、そういう言葉にした方がいいんじゃない?』

『……ああ!』

『ああ! じゃないが』

 

 顔を引きつらせた一花の言葉にアガーテさんは今思いついた、と言わんばかりにポン、と手を叩く。その様子にオリーヴィアさんが痛そうに頭を抑えている。俺? 歯を食いしばって必死に笑わないようにしてるよ。

 

 まぁ、これだけ聞くとドイツ協会ヤバいとしか感じないんだが、流石にそこはれっきとした世界規模の組織。ただのお飾りを一国のトップに据えるなんて事はない。つまり実務面を差っ引いても彼女をトップに座らせるだけの理由が彼女にはあるということだ。

 

 その理由が――錬金術。

 

『「水銀」ねぇ』

『なるほど。これも魔法、なんですよね?』

『ああ。エアコントロールとウォーターボールの融合……と言えば聞こえは良いが、用は二つの魔法を水銀に付与しただけなんだがね。君たちの二番煎じに過ぎない技術だよ』

 

 いや、それかなり凄い技術だと思うんだが。今、俺と一花の前で踊るように動く銀色の水を眺めながら俺はごくりと唾を飲み込む。どっからどう見ても月霊髄液にしか見えない。一花なんか目が怪しく光ってるぞ、自重しろ妹。

 

『これ、かなり自在に動いてますが』

『私が維持できるのは精々5、6リットルくらいかな。重さのせいもあってそれ以上となるとエアコントロールの出力では操りきれないんだ。索敵能力も運搬能力もないし「元ネタ」に比べればただ動く水銀に過ぎないね』

 

 それでもかなりの代物だろう。反発しない魔法を一つの素材に付与する、というのは俺たちも行っている。しかしそれが液体で、となると話は変わってくる。固形の物品と違って流動する液体の場合、魔法を付与するのがかなり難しくなるからだ。

 

 例えば水にエアコントロールを付与するとして、それで水を自在に動かせるのかというとそんな事は無い。仮に付与しても水の内部にある空気が漏れ出すだけになる筈だし、そもそもどの位の範囲が魔法にかかっているかがわからないので殆ど使い物にならないのだ。

 

 ウォーターボールの場合はそもそも水球を作り上げるだけの魔法なのでこんなに自在に変形したりできないし、あれで生み出すのは水であって水銀ではないからな。

 

 恐らくウォーターボールの魔法で扱う水銀の範囲を、エアコントロールで操作を、という形なんだろうが、俺にはまずどうやってるかも思いつかないし到底無理な芸当だろう。こういうのが得意な一花も難しそうな顔を浮かべている以上、たぶん現在はアガーテさんしか使い手のいない技術だ。

 

 恭二辺りならウォーターコントロールとかそういった魔法を作り出して同じことができそうだが、彼女はそういった新規の魔法を作り出すのではなく既存の、結構な割合の術者がいる魔法だけを用いてこの状態に仕上げたわけだ。ドイツ協会が旗印にしている理由がなんとなくわかった気がする。

 

『私にとっては目的の為の研究の成果の一つなんだが、ここまでに目立った功績の無いドイツ協会では数少ないアピールポイントらしくてね。この研究成果と技術部門の最古参だったせいでなれない椅子に座らされることになった。まぁ変わりに研究費に困ることはなくなったんだがね』

 

 ちびちびとビーカーを傾けながら、アガーテさんは話を続ける。 

 

『ドイツ冒険者協会は立ち上げの時にいくつかの団体が纏まって誕生した経緯があるんだ』

『さっき言ってたね。錬金術師組合だっけ?』

『そう。後は魔術研究会とか、幾つかの騎士団とかそういった。言ってみればおファンタジーな内容でも馬鹿にせずに真剣に取り組めるだろうって連中だね』

 

 そういえば門番さんが何故か騎士甲冑つけてたっけな。あれ、もしかしてマジモンの甲冑だったのか。しまったな、撮影を頼めばよかった。

 

『……もしかしてだけど、ドイツってあんまり』

『ファンタジー文学やらに関しては決して負けないとは思っているんだがね。ダンジョンや魔法の登場に対して国全体の初動が遅くて、日米の後塵を拝するようになってからようやく私たちのような民間の小規模団体が寄り集まってダンジョン攻略を始めたんだ。その辺りで世界冒険者協会からも声掛けがあって、じゃあ丁度良いから、とね』

 

 嘆くような声音をあげてアガーテさんはふるふると首を横に振る。

 

『あの段階でさっさとダンジョン攻略と研究にリソースを割り振っていれば今のように殆どの主要な技術を日米に抑えられるなんて事も無かったんだが。特に発電だね。魔力電池の開発は我々も行っていたが、アドバンテージが大き過ぎて勝負にもならないなんて羽目にならずにすんだんだああ思い返すと腹立たしい何が現場の努力が足りないだ政治家の無能を我々研究者に押し付けてなんとするだからあのハゲは』

『姉さん、落ち着いて姉さん』

『……おお! すまない。つい愚痴が出てしまった』

『……あ、いえ。お疲れ様です』

 

 険しい顔をしたと思ったら一転、アガーテさんはころっと表情を変えて謝罪を口にした。何というか、根っからの技術屋というか。ドイツ協会はヤマギシの誘致にもかなり積極的に動いているというし、彼女をトップに据えているという事はドイツは攻略そのものよりも技術開発に力を割り振っているんだろうな。

 

 先ほどの水銀操作を見るに魔法技術もかなりの腕前だし、冒険者としてもこの人強いんじゃないかなーと思うが、多分そんな事よりも研究に専念したいんだろうな、この人。

 

『ねぇ、さっきちらっと言ってたけどさ。水銀操作は成果の一つって事は目的はもっと別なんだよね。結局何をやろうとしてるの?』

 

 会話が少し途切れた所に一花はそう尋ねる。そういえば水銀は目的の為の研究の一つって言っていたな。見た限りだと現時点でもかなり高度な事をやってるように見えるが、これが通過点の一つとなるとその目的ってのはどれだけ難しい事なのか。確かに内容が気になる。

 

『あー。ええと、まだまるで進んでいないし一応機密もあるんだが』

『話せる範囲でも良いよ?』

『ふぅむ。……まぁ、現状だと君らの発見に頼り切りの状態であるしなぁ……構わんか』

 

 少し考え込むように宙に視線を泳がせて、アガーテさんは小さく頷くと自分の手に嵌めていた指輪を一つ、大事そうに抜き取ってから一花に『これを見て欲しい』と手渡した。

 

『出来れば鑑定眼を持っているキョージ・ヤマギシ殿に見てもらいたい代物でね』

『へぇ……綺麗だねこれ。銀で出来てるのかな』

『いいや。分からないんだ、それが』

『……分からない?』

 

 そっと指輪を手に取り眺める一花の言葉に、アガーテさんは小さく首を横に振って口を開いた。

 

『私の錬金術師としての目標は、これを生成する事なんだ。恐らく、これは魔法銀……ミスリルなんだと思う』

 

 固い決意を言葉の端に滲ませながら、アガーテさんはそう言葉にする。その名前に俺と一花は小さく息を呑んだ。

 ダンジョンが出てきてからこっち、ファンタジーな単語には慣れてると思ってたけどな。まさかこの旅の内にその名前を聞く事になるとは思わなかったぜ。




『水銀』の錬金術:見た目月霊髄液。流体の操作が可能になるという画期的な技術、としてドイツ協会が喧伝してるが日本の技術発表が多すぎて今一目立っていない。色々使い道があるのは間違いない。

なんだか良く分からない素材の指輪:付けてると疲れが緩和されるらしい。元々持っていたものだが魔石の吸収を行っていた際に光を放ち、成分を調べてみたら良く分からないと結論が出た。バッハシュタインの家に代々伝わる物らしい。


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第二百九話 推しとファン

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


『現代医学は未知の領域に到達した』

 

 ドイツにあるとある大学。今回の訪独には冒険者協会への顔出しとは別に要件があったのだが、その際にやたらと髭が長い白髪の教授さんが出てきて、俺の両手を取ったと思ったらこの一言である。

 

 俺なんかやっちゃいましたっけ? と最近流行りの言葉でその場を濁そうと曖昧な笑みを浮かべたのだが、残念な事にそちら関係のネタが通じないドイツでは皆くそ真面目な顔で俺がやらかしたらしい偉業を声高に褒め称えてくる。偉業というか、うん。凄いのは俺という訳じゃないのだが。

 

『では、次はスパイダーマンでお願いします』

『あ、はい』

 

 いそいそと新しい用紙を準備しながらそう要請してくる学者さんに答えてライダーマンからスパイダーマンへと変身を変える。この際マスクはつけない状態での姿に変わった為、金色に変わった髪に一瞬どよめきが起こるがそこは皆さん一流のマッげふんげふん科学者さん。

 

 すぐに初志を取り戻し俺の頭とかにごてごてと張り付けられた何かしらの測定器らしき代物から吸い上げられるデータへと視線を戻していた。

 

 何をやってるのかって? IQテストですよ。

 

 

 

『信じられん。何度見ても……うぅむ』

『そうだろうそうだろう』

 

 白髪の教授の言葉に何故か得意げな表情でアガーテさんが頷く。ちなみに今アガーテさんは俺の膝の上に座っており、うんうんとアガーテさんが頭を動かすたびに三角帽の先の部分がぺちぺちと頬を叩いてくる。

 

『あの、アガーテさん。帽子の先が』

『アガーテと呼んでくれと言っただろう、一路』

『あ、はい……あ、アガーテ』

 

 若干据わった目で上目遣いをされても迫力しかないんだな。ここに来て初めての経験ばかりだぜ(白目)

 精一杯のひきつった笑顔でそう返すと、アガーテ……は顔を綻ばせて無邪気そうな笑みを浮かべた。10近く年上の人とは思えないその邪気のない笑顔も、先ほどの視線を思い出すとそのまま受け取ることができないんですがね。

 

 何でこうなっているのかというと……一番近い言葉はこれだろうな。ファンサービス。

 アガーテさん、大人気すぎて上映が未だに続いているライダー映画の大ファンなんだそうだ。特に二代目ライダーマンたる結城一路のファンらしい。うん、結城一路のファンだ。鈴木一郎じゃない。

 

 初めてドイツ冒険者協会を訪れた時に有能な変人枠だな、と判断した俺の見立ては間違っていなかった。彼女はシャーロットさんとある種の同類で、そしてある一点で決定的に違う人種の人間なのだ。

 

 そう。現実を二次元に近づけようとその全てを博愛の精神で推していくシャーロットさんと違い、彼女は推しは俳優ではなくキャラ。そのキャラの姿とあり方と性格が好きだからひたすらそのキャラを推し捲る。ある種極まったファンと言える人種だ。

 

『あ、少し髭を伸ばしたらどうだろうか。あの映画の一路は若々しい姿だったから、出来ればどうねげふんげふん。30前後の落ち着いた雰囲気が出てくれば色々捗るんだが』

『しかも脳内発展まで行えるタイプかぁ……』

 

 初めてシャーロットさんに襲撃された時を思い出すね。コミック読破するまで終われま10の時は辛いとか嫌だとかではなく魂が抜けそうになったよ。

 

 一日だけで良いので、と割とお姉さん想いらしいオリーヴィアさんに頼まれて快諾した朝方の自分が恨めしい。まさかここまで急激に態度が変わるなんてこれまでに……シャーロットさんが居たか。いや、シャーロットさんの事例を前例として扱ってはいけないからやっぱり予測なんて無理だな。

 

 大学に入った後は彼女のリクエストに合わせて変身したのだが、要望が出るわ出るわ。お陰で現在の俺の姿は映画の際の結城一路よりも若干老けた感じになっている。服装は革ジャンにダメージジーンズとあまり変化はないが、くたびれた感じを演出してほしいと無茶ぶりされて若干ボロさを演出するという高度な変身を行う羽目になった。

 

 そして完成した変身の姿で今度は腕組みをしてくれと言われたので応えると『こ、恋人に見えるだろうか……』とか頬を赤らめながら言われるという、ね。

 

 140ちょっとの身長で童顔なアガーテさんと変身で一路になっている俺とじゃぁ歳の近い親子にしか見えないんじゃないかと思ったが口に出すことはせず『どうだろうかなぁ』と一路っぽい声音で曖昧に濁すことに留める。スパイディにならなくても直観が危険って叫んでたからな。

 

 もちろん、彼女はただついてきただけじゃない。この大学は元々アガーテさんが勤めていた場所らしいから案内人としてはこの上ない人物なんだ。この教授さんだって結構なその道の権威的な人なんだけど、アガーテさん経由で繋ぎを作ってもらったからスムーズに会うことができた。それに機材の利用やらもデータの提出が義務付けられているとはいえ無料で用意して貰っている。

 

 ドイツで用意できる最高の機材と人材を揃えた、と腕を組んで歩きながらアガーテさんは言っていたが、確かに東京で受けたテストとは仰々しさがまるで違った。脳波まで測定してもらっちゃったから仰々しくなるのは仕方ないんだが。

 

 普段はこういう人が一緒の時は一花が止め役に回ることが多いんだが、一花も一花で別の検査を受けている最中だからな。遮るもののないアガーテさんは生き生きと『推しと同じ空気を吸ってる。私は今世界で一番幸せだ……』と鼻頭を指で押さえている。教授さん目を丸くしてるけど、大丈夫なんだろうか。後々の人間関係とか。

 

『この娘が変なのは昔からですからそれほど不思議ではありませんな。むしろアガーテの要求水準に答えられる人物がこの世に居た方が驚きですなぁ』

『ふふふ。私は絶対に妥協しないからな』

『褒めとらんぞ馬鹿娘。立場が出来て多少は成長したかと思ったら根っこはまるで変っとらんなお主』

 

 これよりも昔はもっとパワーがあったっていうんですか。ヤバいなドイツ。今でも俺の知人の中ではトップレベルの変人なのに。

 戦慄に顔を青くする俺に膝の上のアガーテさんは何を勘違いしたのか上機嫌そうに頭を揺らす。あの、さっきから本当に帽子がビンタしてくるんで、ちょ。

 

『まぁ、学問の道で生きようとする者は多かれ少なかれどこかのネジがズレとるもんですな。かく言う儂も研究の場では似たようなもの。あまり気にしてもキリがありませんぞ』

『それ当事者がいう言葉じゃないんじゃ』

『ほっほっほ』

 

 俺の言葉を誤魔化すように笑いながら、教授は『こちらが結果ですぞ。しかし、やはり信じられん』と零しながら手に持っていた俺の検査結果を渡してくれる。

 一応口頭では結果を聞いていたが、確かに信じられんわな。俺もここに及んでいまだに半信半疑だし、専門の人なら尚更だろう。

 

 何せ、俺個人のIQは124であったのに対し。

 ライダーマンはIQ201、スパイダーマンに至ってはIQ250にまで跳ね上がり、詳しい計測が難しいとまで診断されてしまったのだから。



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第二百十話 一花の新技

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


油断していた、という訳じゃあない。一花の強さを俺は誰よりも知っていたし、実際に俺では出来ない事をいくつも実現しているこの小さな妹を俺は最大限に評価しているつもり、だった。

 

「ふふーん。どうよ?」

「……おったまげた」

 

一撃の衝撃で折れ曲がった模擬刀を片手にふんぞり返る妹に、何とかそう返事を返して自身の右脇に手を当てる。この右脇から左肩にかけて袈裟懸けに入れられた一撃は、俺の油断や慢心とは全く関係なく入れられた一撃だった。

 

一花が手に持つ刀が模擬刀ではなく、キャンセルかアンチマジックを施された魔法刀であれば間違いなく今の一瞬で俺の体は真っ二つになっていたわけだ。

 

つまり、なんだ。

 

たった今、俺は妹に人生で初めてって位の完全敗北を喫した訳だな。

 

「思った以上に衝撃が大きくてむしろ冷静になった気がする」

「私は人生の目的の一つを達成したからさ! もっと大きく反応してほしいんだけど!!?」

 

バリアを張っていた為に肉体的にはダメージはなかったが、模擬刀のペイントはバリア越しでもしっかりと体に付着しどういった形で一撃が入れられていたのかを示している。これがなければどこからどう攻撃が来たのかもわからなかっただろうな。なんせ一花の動きが速すぎて、いつ斬られたのかもわからずに勝負が終わってしまったんだから。

 

「ドイツまで来た甲斐があったってわけか」

「んー、そうだね。まだまだ改良点は沢山あるけど……お兄ちゃんに通用するなら使えるかなぁ」

 

そう言って一花は、ふんぞり返った姿勢のまま思案するような表情を見せる。この一撃を身に着ける為だけに制限の多い日本を飛び出して各国の大学でスポーツ医学とか色々話を聞いて回り、実質この1週間ほどで実用にまで持っていったのはわが妹ながら素晴らしいの一言だ。

 

まぁ同じポーズで固まったまま喋ってる辺り、恐らく後遺症で動けないのだろうがな。さっさと自分でリザレクションでもかければいいのに見栄を張ってまぁ。

 

ぷるぷると震える一花の足を見ながら、苦笑を浮かべて一花へ向かって足を進める。頑張った妹を全力で褒め称えるのは兄の義務だからな。決して負けた腹いせとかそんな事を考えているわけではない。

 

本当だぞ?

 

 

 

「お兄ちゃんは鬼畜。はっきりわかんだね」

「頭を撫でただけなんだよなぁ」

 

たったそれだけの動作をされただけで全身の痛みで絶叫する羽目になる技なんか使うんじゃないと声を大にして言いたい。いや、確かにくそ強かったけど。これ初見で対処できる奴居ないだろうな。恐らく、恭二でも無理だ。

 

一花のしたことはごく単純な事だった。俺が戦闘態勢に入る前に俺の懐に入り込み、袈裟懸けに切り捨てる。これを俺が反応できない速度で行っただけだ。恐らく音速は出てたんじゃないだろうか。

 

「まさか本当に再現するとはな。【天翔龍閃】」

「どっちかというと瞬天殺とかかなぁ、二撃目は出来ないし。あ、後遺症もあるし一刀修羅かも」

 

人間の限界を超える速度を出している為に負担もでかいらしく、一撃で武器を破壊し尚且つ自分の全身にも多大なダメージを残す自爆技。確かに一刀修羅……むしろ羅刹の方な気がする。自分でリザレクションが出来る一花だから利用できるが、その系統の魔法が苦手な人物はまず使用できない魔法だろう。

 

まぁ、最低でもエアコントロールとストレングス、ウェイトロスに一歩目とブレーキの時のみ使用するエドゥヒーション。たったの一秒未満にこれだけの魔法を同時に制御できないと使用できない超々高難易度な技だからそもそも使えそうな人が殆どいないんだがな。

 

『難易度もそうですが、これを使われた際に対処できる人間はまず居ないでしょうね』

「もっと褒めてたもれ。ふんすふんす」

 

オリーヴィアさんの言葉に鼻を高くする一花に、その姿を見て『ああ、マスターが今日も可愛い!』と幸せそうなオリーヴィアさん。ある意味マスター教徒で一番一花の望む反応を返すのはオリーヴィアさんかもしれない。ウィルとかのは仰々しすぎてウザさが勝ってしまうからな。あいつも決して悪い奴じゃない。悪い奴じゃないんだがな。

 

「大事な友人の一人だけどそれはそれとしてマスター教の件は絶対に許さない」

「残当」

『ノ、ノーコメントで』

 

固い決意を秘めた一花の言葉に、マスター教徒であるオリーヴィアさんはそっと目をそらした。

 

 

 

数日滞在したドイツともお別れの日がやってきた。

 

『なぁ、最後にもう一回だけ一路に』

『姉 さ ん ?』

『ごめんなさい』

 

ここ数日ですっかり見慣れた光景に苦笑を浮かべながら、俺と一花はオリーヴィアさんとアガーテさんの見送りを受けて空港ターミナルの中へと入る。

 

「じゃあお兄ちゃん、暫く会えないけどお腹冷やさないようにね。シャーロットさんやスタンさんにも宜しく!」

「お前は母さんか。そっちも受験頑張れよ」

「あはっ。よゆーよゆー」

 

一花は一旦イギリスに行った後、受験のために日本へと戻る予定だ。学校の方はというと、一花の通っている芸能クラスはその特異性からすでにこの時期から授業自体はなくなっていて、一部の受験組は各自で追い込みをしている状況である。

 

そんな大事な時期にのんびり海外旅行してて良いのかというと、「ぶっちゃけ覚える事がもうない」らしい。少なくともここ3、4年の過去問や赤本の内容はすべて覚えてしまっているらしく、問題集なども既知の問題ばかりで行う理由が薄くなってしまっているそうだ。

 

「冒険者になってから、やたらと記憶力が良いんだよねぇ。やっぱり魔力で脳が活性化されてるのかな?」

「その理論でいくと恭二は」

「恭二兄ちゃんは、ほら。特化系だから」

 

そっと目をそらした妹の言葉に恭二ぇ……と呟きを漏らしながら、一花と二人並んで飛行機を待つ。

次に会うとしたら、年末年始か受験後か。暫くは離れる事になるし、たっぷり話をしておかないとな。



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第二百十一話 近況報告 37層

誤字修正。ハクオロ様ありがとうございます!


『37層めっちゃ楽しい』

「いきなりだなおい」

 

 アメリカについてから数時間。そろそろ定時連絡するべきかと悩んだ矢先にかかってきた恭二からの電話は、そんな一言から始まった。

 

「メンバーはお前と沙織ちゃんと、後はオリバーさん達か?」

『兄貴と一花もだよ。久しぶりに兄貴がビーストモードになってた』

「真一さん、ちゃんと労わってやれよ?」

『おう。サソリじゃなくてちゃんとした物一緒に食いに行ってくるわ』

「あれ美味しかったんだがなぁ」

 

 巨大企業ヤマギシの後継者としてすっかり有名人になってしまった真一さんは、朝から晩まで仕事仕事の毎日だ。これは国外に出ている現在でも変わらず、最近では数名の社員を引き連れて書類の処理なども移動中に、また睡眠をリザレクションで補うといった事も行って時間を捻出しているのだとか。

 

 まぁリザレクションでも精神的な疲労感までは回復できないみたいだから、ちゃんと隙を見て仮眠はしてるみたいだが。

 

『数分で数時間眠った位に回復できる魔法はないかって言われてるんだよな』

「それ絶対に開発しちゃいけない魔法だぞ」

『わかってる。俺だって過重労働の片棒かつぐ気はない』

 

 日本人にだけは渡してはいけない魔法だ。過労死こそ無くなるかもしれないが、間違いなく1か月戦えますか! とかいう標語が流行ってヤマギシが悪者にされる予感がする。

 

「と、話が逸れたが。37層潜ったのか?」

『ああ、前回の調査で特にヤバい病原菌なんかは見つからなかったみたいだからな。一花が居るうちに潜っとこうって、兄貴の気分転換がてらに』

「気分転換で新層チャレンジするなし。で、36層の木人はどうしたんだ?」

 

 36層に出てくる樹木に擬態するモンスター、木人はかなり危険度の高い相手だ。何せ魔力感知でも割り出すのが困難で、恭二の目が無ければモンスターだと判別する事が出来ず無防備に攻撃を受ける可能性がある。

 

 感知に特化したネズ吉さん辺りならもしかしたら結果は変わるかもしれないが、現状恭二抜きで36層に突入するのは危険、というのがヤマギシチームが下した新層への判断だ。

 

『木人の対抗策はまだ立ってない。ただ、魔力反応はかなりぼやけるけど出てはいるから、火炎放射器で怪しい場所は燃やして進むってのが検討されてる』

「なんか近くに居るってのは確かに感じたけど……何事も試していかないといけないか」

 

 あの階層のモンスターはボスも含めて動き自体は鈍いから、どこにいるかさえわかれば危険度も大分下がるだろう。

 

『暫くは試行錯誤って所だな。まぁ36層は確かに大変だけど、そこを突破したら凄いからな』

「ん? 軽く見た感じは37層も森が広がってるだけっぽかったが」

『妖精居たぞ』

「マジで!?」

『マジ。ティンカーベルっぽいの。攻撃してこないし沙織がなんか懐かれて調査中も付き纏われてた』

 

 一応感知ではモンスターの反応があったらしいんだが、その反応の主である妖精たちは花畑でキャッキャと遊んでるだけで別段こちらに攻撃してくる様子もなく、それどころか遊んでほしいとじゃれついて来たりしたそうだ。

 

「モンスターが攻撃してこないんなら、37層は安全な階層って事か?」

『いや。そのかわいらしい妖精とは別に、なんか小悪魔というか昔の映画のグレムリンって居たろ。あんな感じの奴が結構居て、しかも魔力感知での反応が妖精と同じなんだ』

「あ。ああ、それはめんどくさい」

『一気に焼き払おうにも妖精とかも巻き込むから沙織が絶対に嫌だって聞かなくてな……相手は魔法をガンガン撃ってくるのにこっちは肉弾戦って普段の逆みたいな状況になった』

 

 しかもこの推定グレムリン、なんとサンダーボルトを使ってくるらしい。妖精が居ようとお構いなしに撃ってくるので妖精側も反撃でグレムリンに魔法を撃つのだが、彼ら彼女らも勿論人間側をお構いなしに魔法を使いまくる為、戦闘が起こった現場はアンチマジックが無ければまず即死は免れない危険地帯と化すのだとか。

 

「それどうやって突破したん?」

『アンチマジックをしっかり張ってれば連中そんなに強くないから、魔法の嵐の中近寄って魔剣で叩く』

「脳筋プレイな。お疲れさん」

『お前が居たら上空からウェブ連打で楽勝なんだが……ヤマギシで作ってるウェブシューターだと網の目がなぁ』

 

 ヤマギシが開発した人気商品の一つ、魔力もちなら誰でも使えるウェブシューターは基本的に調節ができない。そもそもオークや大鬼のような体格の大きなモンスターに普通の冒険者が優位に立ち回るための装備だからってのもあるが、あんまり利便性を上げると犯罪に使われそうで制限をかけていたりもするのだ。

 

『ミスター』

 

 恭二から近況についてを聞いていると、どうやら目的地に到着したらしい。黒服を着た運転手さんが後ろを振り返ってこちらに声かけをしてきたので頷きを返して、電話口に別れを告げる。

 

「こっちの目処が立ったら行ってみたいな。あ、すまんそろそろ到着みたいだから切るわ」

『おう、待ってるわ。スタンさんとこだっけ?』

「いや……」

 

 恭二の言葉に少し言葉を濁して、若干声を震わせながら俺は向き合いたくない現実を口にする。

 

「ホワイトハウス」

『……は?』

 

 空港で降りた瞬間にエスコートされたんですよね。は、はは。

 日本に帰りたい。



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第二百十二話 ウィルソン大統領

遅くなって申し訳ありません。
ちょっと別作品の更新に物凄いエネルギー使ってしまって(白目)

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


『私が最も好きなシーンは、やはりハジメがハナを助け出したシーンだね。秘宝を富士山中から取り出すために大規模転移魔法の触媒とされたハナが、もう用済みだとオークの王に殺されそうなタイミングでストレンジのスリングリングが現れた時は興奮したよ! 空いた時間があれば何度もあのシーンを再生してるんだ。やっぱりヒーローは遅れて、そして間に合わないといけないんだ!』

『あ、はい』

 

 若干白目を向きながらそう相槌を打つと、向かいに座るナイスミドルは我が意を得たり! とばかりに再び口を開く。あ、ヤベ、と思った所で、横合いに座った秘書官らしき人が慌てたようにナイスミドルに耳打ちをする。その迅速な対応に、恐らく慣れてるんだろうなぁと彼の気苦労を感じていると、ナイスミドルが口をもごもごとさせながら諦めたように小さなため息をつく。

 

 安堵の表情を浮かべる秘書官さんに心の中で拍手を送っていると、こちらに向き直ったナイスミドル――米国大統領閣下は居住まいを正して再び口を開いた。

 

『さて。非常に、非常に残念だがプライベートな話はここまでとして、そろそろ本題に入るとしよう。その前に……招待を受けてくれてありがとうMS。合衆国は国を挙げて君の来訪を歓迎するよ』

 

 そう言って、現米国大統領のウィルソン氏はにこやかな表情を浮かべた。

 

 

 

『君達には随分迷惑をかけてしまった。ブラス嬢にも憎まれ役をさせてしまった……公式の場では口に出せないが、本当に申し訳なく思っている』

『すみません貴方に頭を下げられると本気で居心地が悪くなるんです』

 

 まずは、と口にしてすぐ、ウィルソン氏は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。周囲には俺とウィルソン氏、そして秘書官さんの3名。多分外には沢山のボディガードも居て監視もされてるんだろうが、ほぼ衆人環視のない状況とはいえ現職の大統領に謝罪をされるのは恐れ多すぎる。

 

 ウィルソン氏は俺の言葉に礼を返して頭を上げる。

 

『キョージ・ヤマギシを祭り上げるという決定を下したのは私だし、その事を米国に責任を持つ者として後悔はしていない。ただ、一個人としてはどうしても君に一言謝りたかった……すまない』

『あー……何となくそうじゃないかなぁとは思ってました。前後が明らかにおかしかったですし』

『彼女も交えた世界冒険者協会の首脳陣とは何度も話し合った。最終的には必須であると理解して貰えたが、混乱は避けられないだろうとも』

『まぁ……混乱しましたね』

 

 ヤマギシとブラスコの連帯がギクシャクするレベルで混乱してしまったんだが、これはまぁ向こうも知っているだろう。それらを織り込み済みで、それでも強硬した何か。

 

 世界冒険者協会がヤマギシとこじれる可能性と天秤にかけた上で、ランキング制なんて導入して恭二を祭り上げた理由。米国政府が態々主導してまで行った一連の真相。秘書官さんに淹れてもらったコーヒーで口を湿らせ、大統領の言葉を待つ。

 

『だが、先ほども言ったがこれは必要な事だったんだ。彼に対して世界冒険者協会及び米国政府がどう評価しているかを内外に知らしめる為にも』

『……内外、ですか』

『ああ。内外だ』

 

 俺の言葉に大統領は小さく頷き、秘書官さんへと目配せをする。その視線に頷きを返して、秘書官さんは一枚の書類を手渡してきた。

 

 グラフやら何やらで書かれた書類は全て英文で書かれており、念のためにスパイダーマンに変身を切り替えてそれらを読んでいく…………

 

『嘘やん』

『今年に入ってから貴方とキョージ・ヤマギシを対象に行われたテロ及びハニートラップの回数は共に100を軽く超えています。勿論、全て未遂で食い止めていますが』

 

 顔を引きつらせた俺の言葉に容赦なく秘書官さんがとどめを刺す。自爆も含めたテロ未遂、大よそ2~300件。ハニトラに至っては毎日3、4回計画されており、今日飛んできた飛行機の中でもテロとハニトラ両方が企まれていた、そうだ。

 

 そしてそんな俺よりも狙われてるらしい恭二君20歳。なんとハニトラ未遂の回数が1000を超えているらしい。中にはあまりにハニトラが成功しないから同性愛者なんじゃないかと男性のハニトラ要員が準備されたらしく、5~6回くらい別枠で男と書かれたグラフが出されていた。大草原。

 

『あの。ぜんぜんしらなかったんですが』

『こちらも網を張っているからね。仮にその網を突破してもベンジャミンやジュリアが最終防衛ラインとして食い止めている。彼らは優秀だ』

『日本国外の場合は、常に冒険者協会の誰かが一緒に居たはずです』

『……いましたね。しかも腕っこきの人が』

 

 二人の言葉にここ数か月の生活を思い出す。そういえばイギリスでもフランスでもドイツでも、常に誰かが俺と恭二の傍にいた気がする。スパイダーセンスで粘っこい気配からは遠ざかるようにしてたんだが、うん。ハニトラは想定してなかったわ。

 

『ランキング制で君たちの注目度と重要性を世間は認知した、と理由をつけて、世界冒険者協会はヤマギシチーム……とりわけ君達、上位3名を代わりのいない最重要な人物として護衛対象に指定している。上位3名以外だと特にシンイチ・ヤマギシは注目の的だそうだ』

『……い、いえ。その、あの』

『君も若い男だ。ハニートラップは厳しいだろう?』

『ま、前向きに善処する考えです』

 

 そっと目をそらしてそうお茶を濁す。正直、俺だって健康な男の子である。綺麗なお姉さんがあられもない姿で迫ってきたら断りきれる自信はない。

 

 その様子に苦笑を浮かべて、大統領は口を開いた。

 

『まぁ、そういった保護という観点もあるんだが、キョージ・ヤマギシに関してはまかり間違って第三次世界大戦の引き金になられても困るからね』

「What do you mean」

 

 何事もないようにそう言った大統領閣下に思わず素で尋ね返した。

 もしかしてリアルに無限石とか持ってると思われてるのか? 恭二は……確かに怪しいかもしれない。



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第二百十三話 立食パーティー

遅くなって申し訳ありません!

誤字修正。244様、ありがとうございました!


「煌びやかなパーティってのは苦手なんだよなぁ」

『君の場合、人目が集まるのが苦手なんだろう?』

「そうともいう」

 

 壁の華ならぬ壁の男と化した俺の言葉にウィルがそう返し、二人してけらけらと笑いながらグラスを合わせる。勝手知ったるなんとやら。こういう空気になるからウィルと居るのは疲れないんだ。あ、このシャンパン美味いな。

 

 大統領閣下から『この後に歓迎のパーティーがあるから是非参加してくれ』と招待という名の強制連行を受けて行った先で俺を待っていたのは、やたらと偉そうな肩書の方々がやたらとキラキラとした視線でサインを強請る立食形式のパーティーだった。

 

 多分1、2時間くらいずっと知らない人とあいさつを交わしてただろうか。そろそろ限界だという頃合いに、何故か紛れ込んでいたウィルが壁際に連れ出してくれなければまだ人の中に居たかもしれない。

 

『ミスター・ウィルソンと対面で話したんだって?』

「おー。すげぇなあの人」

『まあね。僕も初めて会った時はピリッと背中に電流が走ったよ。君がスパイダーセンスを電気信号で例えていた理由がなんとなく分かったかもね』

「大統領……?」

『ちゃんと大統領選でドランプ対立候補を下したれっきとした大統領だよ?』

 

 冗談めかしているが目は笑っていないウィルの姿に、思わず疑問の言葉を投げかける。いや、俺がすごいって言ったのは雰囲気とかそんな話なんだが。もしかして伝説の傭兵だったとか超敏腕エージェントだったとか付加設定ついてくるのだろうか。

 

 俺の疑問にそっと目をそらしながら応え、ウィルはさも今思い出したかのように『あ、そういえば!』と手をポンと叩く。いや、とりあえず乗っとくけどそれで普通誤魔化されないからな?

 

『ケイティもこの会場に』

「さーてっとちょっくら大統領に声かけてくるかな」

『それは露骨じゃない?』

「やかましい」

 

 ジト目でこちらを見るウィルにそう返事を返し、ため息をついて頭をかく。正直な話、俺個人としてはケイティに対して怒りだとかそういう感情は殆どないんだが。正直な話、非常に気まずい。俺の為に一花はケイティに怒りを爆発させ、ケイティはそれを甘んじて受け入れていた。その間に原因となった俺が入っても碌な事にならないと思うんだが。

 

 しかし、うん。

 

 どうやらその決断は少し遅かったらしい。

 

『お久しぶりですね、イチロー』

「……よ。久しぶり、ケイティ」

 

 硬い表情を浮かべて歩み寄る彼女の姿に、立ち止まってそちらに向き直る。これはちょっと覚悟を決めてお話しないといけないかな。

 

 

 

 男二人に女一人。皆揃ってパーティー会場の壁の華となれば男二人が一人を争って、とでも思われそうな場面だが流れている空気には欠片も色気って物が感じられない、

 

「…………」

『…………』

『でさー、ダンプちゃんったら面白いんだ。マスターに突っかかっていったと思ったら一言二言交わしただけで涙目になって『きょ、今日はこの位にしておきますわ!』って完璧すぎる捨て台詞で』

 

 無言で視線を交わす俺とケイティ。その傍で恐らく場を盛り上げる為だろう、ウィルは過去に遭遇した面白冒険話をぺらぺらと大きな声で話し続けている。というかその話初耳なんだけど後で詳しく教えてくれないか? ケイティもぴくぴく眉動いてるから超気になってると思うんだ。むしろそっちに話をシフトして。

 

『その。わた、私は』

「あ。うん。ごめんちょっと待ってね」

『……はい?』

 

 見事に空気がずれていたので少し天井を見上げて息を吐く。緊張するとつい冗談めかした事を考えてしまうのはスパイディの影響だろうか。いや、ちゃんと問題と向き合えていないのは俺個人の意気地のなさで、ピーター()のせいにしては失礼だな。

 

 深く息を吸い込んで、吐き出す。視線をケイティに戻して、彼女を見る。

 

 相変わらず見事な金髪をこれまた見事なツインドリルで纏めて、トレードマークのゴシック調のドレスに身を包んだ姿は以前日本で見た時となんら変わらないように思える。だが、以前は対峙した時に感じていた覇気のような物が感じ取れなくなっている、ような気がする。

 

 交わした視線に感じる熱量が違うのだ。前のケイティは、何というか。どんな時も情熱のような物を全身から漲らせていた。生まれた時から死と隣り合わせに生きていた彼女はそこから解放された時、これまで閉じ込められていたエネルギーの全てをその奇跡を世界に広める事に費やすと決めたのだろう。傍から見ているだけの俺たちにもそのひた向きさは伝わっていた。

 

 ある種恭二の仲間なんだこの子は。一つの事を自分の中で定めたらただひたすらにそれを邁進する。恭二にとってのダンジョンが彼女にとっての魔法で、その魔法を彼女にもたらした恭二は彼女にとって最高のヒーローなんだ。正直な話、そこまでの情熱を持てる彼女を尊敬もしていた。俺は、ただ恭二に付き合う事しかできない。同じ熱量の感情を持つ彼女に少し嫉妬していたりもする。

 

 だから。

 

「あれはさ」

『はい』

「恭二や俺がこれからもダンジョンに潜るのに、必要な事だったんだろ?」

 

 今にも消えいりそうな彼女の姿は、少し見て居られない。

 

「それなら俺は良いよ。一度、一花とはしっかり話し合って欲しいけどさ」

 

 ぽりぽりと頭をかき、気恥ずかしさから少しだけ彼女から視線をそらして。

 

『……はい!』

 

 そっと差し出した俺の右手を、ケイティが握り返す。

 

『ふふっ』

「おい、笑うなよ。自分でも恥ずかしいことをしてると思ってるんだから」

『いえ……イチロー、キョーちゃんと同じこと言ってましたから、つい』

 

 そう言ってけらけらとケイティは笑い始める。あ、その。ちょっと今の流れもう一回リテイクいいですかね。あいつと被るのはちょっと気に障るって言うかさ? おいウィル、ちょっとお前も手伝ってくれ。俺の名誉の回復のために……!

 

『そしてダンプちゃんの配信にマスターが現れたときが傑作だったね。「何してんの?」ってただマスターが横合いから声をかけただけであの子それまでの取り繕った顔がいきなり作画崩壊しちゃって』

「お前はいつまでやってるんだよ! それとその配信のナンバー教えてくれ!」

『プッ、クッ…………も、もうだめッ』

 

 限界を超えたのか。口元を押さえて笑い始めるケイティに延々語り続けるウィル、そして頭をかきむしる俺。豪華絢爛なパーティー会場の片隅で集まった駄弁り合いとでも言うべき話し合いは、さすがに見かねた大統領(ホスト)が挨拶に来るまで続く事になった。

 

 大体ウィルが悪い。



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第二百十三話 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っている

今回はちょっと短め。

誤字修正。アンヘル☆様、広畝様ありがとうございます!


『Hey MS! ダンジョンには夢と希望と女の子との出会いが詰まってるんじゃないのかい!?』

『夢と希望はあるけど最後はラノベの読みすぎです』

 

 アメリカにもラノベってあるのかは疑問だが一応伝わったらしく、本家スパイディさんはぐぬぬっと唸り声を上げて睨みつけてくる。いや、あんた超人気俳優でモッテモテやないんですか。ガールフレンドのお誘いが多くて大変だとかツブヤイターしちゃって炎上してたの知ってますからね?

 

『いや、ああいう遊びなれた感じの子じゃなくてだね。冒険者の娘ってこう、ストイックなイメージというか戦う女性って感じがしてグッとくるんだよ。それに専業の娘って美人が多いしね!』

『協会に注意喚起しときますね』

『そりゃないだろイッチ!』

 

 残念でもなく当然なんだよなぁ。久しぶりに会ったのに相変わらずの軽さに少し安心感を覚えてしまう。ここ数日はやたらと偉い人の前に引き出されて緊張しっぱなしだったから余計にそう感じるのかもしれない。

 

 だが、慣れない社交も昨日で終わり。今日からは本来の目的であるマーブルへの訪問や打ち合わせが始まるわけで、その相手は気心の知れたスタンさん達だ。撮影に対しては色々思うところもあるけどな!

 

『というかですね、人によっては毎回命がけって気持ちで挑んでたりするんでそんな時に軽く声掛けられても困りますって』

『あー……うーんそうだねぇ……』

 

 本家さんもダンジョンに潜った経験はあるだろうけど、恒常的に潜る冒険者にとってダンジョン内、特に本家さんが潜れる位の階層って事は10層以下だろうし、その位の階層をアタックしてる子達は基本必死だろうから余計な茶々は入れてほしくないんだ。10層まではいわば冒険者を続けられるかどうかの分水嶺みたいな物だし。

 

 まぁ10層までというか、ぶっちゃけオークが超えられるかどうかが最も大きい試練なんだけどね。

 

『あぁ、オーク。確かにあれは怖い。映画で何度も戦った筈だったんだけどダンジョン内だと全く別物に見えるね』

『撮影の時のはエキストラ役の人に一花が変身をかけてたやつですからね』

『凄いリアリティだったよ。あれを見て僕もダンジョンに潜るようになったんだ。これからの時代は魔法を使えないとってね』

 

 お陰で自前で傷の手当もできるようになったし疲れた時にヒールするとすごく快適なんだ、と笑う本家さん。確かにヒールは本当に便利なんだよな。リザレクションに慣れるとまた違うんだけど。あっちは本当に一番体の調子が良い所まで持って行っちゃうから。

 

『え、というかオーク突破したんですか?』

『うん。キャップや鉄男さんと一緒にね。オフの予定が会うときに一緒に潜ったりしてるんだ。日本でも俳優や女優に人気なんだろ? ローシがツブヤイターで良く言ってるじゃん』

 

 あ、老師って初代様の事ですねわかります。映画でもその呼び名でテロップ流されてたしな。アメリカだとライダーの方よりも、こっちかハジメが彼を呼ぶ時の「師匠」の方が有名かもしれない。

 

『ローシがアクションスターを育ててるってこっちでも結構有名なんだよ。そこから第二、第三のMSが出てくるんじゃないかって』

『俺を基準にするのはやめてくれませんかねぇ?』

『去年と今年で2作も超話題作に出てるんだから、それは無理じゃないかな?』

 

 白目を向きながら本家さんにそう返すと、全く違う方面から追撃が襲い掛かってくる。部屋のドアを開けたスタンさんは、にやにや笑いながら室内へ入ってきた。

 

『スタンさん、言うてはならんことを……』

『……むしろ俳優としては誇らしい事の筈なんだけど』

『(俳優じゃ)ないです』

 

 眉を寄せて首をかしげる本家さんに白目のまま答えると、苦笑いで返されてしまう。別にボケてるわけじゃないんですがね。フリじゃないんですがね。俺の視線に気づいているのか居ないのか。スタンさんはそのあだ名の通りのいつもの笑顔を浮かべながら俺と本家さんの向かいの椅子に腰かける。

 

『いやぁ、遅れてすまないね。ちょっとレオパルドンレオパルドンと五月蠅い奴の対処をしていて』

『え。スパイダーバースで登場するんですか?』

『そうだね。俳優の関係で難しかったが君が一人二役に』

『不参加が良いと思います』

 

 いや、好きだけどさレオパルドン。個人的にスパイダーマッはやっぱりあの人が演じて欲しい所ではあるんだ。本人も元気に俳優やってるんだし。

 

『そうか、残念だ。まぁそれはそれとして早速だが次の映画についてなんだが』

『直球っすね』

『待たせてしまったしね。楽しくお話するのはまた出来るさ!』

 

 そうにこやかに笑いながら、スタンさんは2枚の紙をテーブルの上に置き、俺と本家さんの前に差し出す。

 

『他の映画との兼ね合いもあるしまだ綺麗に決まってるわけじゃないんだがね。君たちには2パターンの方向性がある。時に……』

 

 その紙に目を通そうとする俺たちを手で制し、ピッと俺の前に置かれた紙の一文を指さして。いつもの笑顔を不敵な笑みに変えながら、スタンさんはこう言った。

 

『異世界探検に興味はないかい?』

 



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第二百十四話 CM

新年最初の奥多摩+投稿。
少し間が開いて申し訳ない。ちょっとアイマス熱が(言い訳)
今年もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 泣きじゃくる少年が居た。年のころは10代半ばだろうか。黒人の、小柄な少年だ。

 彼は雨の中傘も差さずに雨に打たれながら、雨に涙が流されていくのも気にも留めずに泣き続けていた。

 道行く大人たちはそんな少年を見ないように顔を背けて通り過ぎていく。眉をひそめ、気の毒そうにしながら。

 けれど、誰もそんな少年に歩み寄る大人は居ない。

 

”坊や。なんで泣いてるんだい”

 

 いや、

 

 ただ一人だけ。泣き続ける少年に声をかける青年が現れた。恐らく20代くらいの、黒いコートを着た青年だった。

 自身が差していた傘を差しだし、少年が濡れないようにして。自らを濡らす雨粒など気にも留めないように彼は少年にそう声をかける。

 

『ヒーローに助けてってお願いしたんだ。ずっとずっとお願いしてたんだ。でも、誰も助けに来てくれない』

 

 少年は声を枯らしてそう叫んだ。彼の叫びを聞いてバツが悪かったのだろう。青年以外の周囲の大人たちが顔を顰める中、青年はうん、と一つだけ頷くと自身の持つ傘を彼に手渡して、反対の手を自身の右手で握りながら少年を誘うように歩き始める。

 

『ヒーローなんて嘘っぱちだ。本当は居ないんだって皆知ってる。でも、信じたかったんだ』

”君は、もうヒーローを信じていないのかい?”

『信じて……信じたいけど……』

”そうか……なら坊や。実は、君の悩みを解決するとっても素敵な方法があるんだけど”

『素敵な方法?』

 

 男の言葉に怪訝そうな表情を浮かべて、少年は男をみようと顔を上げ――

 赤く、黒い線の入ったコスチュームに包まれた青年の姿に言葉を失った。

 

”ヒーローがこの世界に居ないなら、「君がヒーロー」になればいい”

 

 青年の陽気な言葉に合わせるように、道行く先からあふれんばかりの光が少年と青年を照らす。

 

”ダンジョンで皆を待ってるよ”

 

 その言葉と共に青年の姿は光の中に消えていき、あとに残された少年の手には彼が持っていた傘と――冒険者のレベルバッジが握りしめられていた。

 

 

 

 

『なんすかこれ』

『世界冒険者協会のCM。全世界28か国放映中!』

『協会ない国でも流れてるんすか』

『次の拡大予定の国々だね。アジアも台湾やタイなんかが候補に挙がってるみたいだよ。良い出来でしょ?』

『まぁ、確かに。結局は自分で解決しろって投げ遣り感も感じますが』

『……それが普通でしょ? 待ってるだけで結果が来るわけないじゃん』

 

 あ、はい。

 

 『やっぱ俳優が良いよねぇ』と若干鼻を高くしながら語る本家スパイディに「そっすね」と返して、再度リピート再生をしてその数十秒のCMを眺める。

 これ結構な部分で魔法使ってるな。変身もそうだけど雨に打たれてる少年や本家さんにもひそかにエアコントロールがかけられてるし。

 

 流石の世界冒険者協会。多分これ、現存するありとあらゆるテレビCMで一番魔法技術使ってる……いや、下手したら世界初の魔法技術を用いたテレビCMじゃないか?

 

 多分この構成的にジャンさんが関わってるだろうなぁ、とニューヨークにほぼ定住する仲間の顔を思い浮かべながらスマホを本家さんに返す。仲間の成果を見るってのも結構楽しいもんだな。

 

 というかもしかしてスパイディがダンジョン公式ヒーローなんだろうか。なんかアメコミの歴史を紐解けば一人くらいダンジョン特化のヒーロー居そうな気がするんだが。

 

『……君じゃん?』

『自己紹介ですか?』

『ちげーし。あ、ウィルと花ちゃんお疲れ。そっちはもう撮影だっけ?』

『はい! ドクターとハナの修行シーンは序盤なんで』

『ドクターの演武の相手に選ばれたのは光栄だけど、ちょっと場違い感ヤバいね。交代しない?』

『お断りします』

 

 汗を拭きながら道着姿のウィルと花ちゃんが控室に入ってきて、俺と本家さんが居るテーブルに座る。大分動いたのだろう、冬だというのに二人は顔を上気させて暑そうにジュースを飲んでいる。

 

 二人の演じるウィラードとハナ、それにハジメは前回の映画の際、独学で魔法を身に着けてしまったという設定だった。そのため、そのままでは危険であるという理由で、前回の映画の後はドクターの元に身を置き、魔法の知識と技術を叩き込まれている。

 

 実は前回の撮影の際に軽くだがほかの映画に使う為の映像も撮られていて、そこではドクターの元で修行する俺たちの姿がちらっと映ってたりするんだよね。同じ世界観を共有してそれぞれの映画を撮影するからこその楽しみって奴だろう。

 

 優秀な魔法使いとしての適性、取り分け転移に関してはドクターすらも上回る魔法の素質を持つハナと、なんでもそつなくこなせるウィラード。純粋な魔法使いとしての適性は二人に劣るが、右腕を媒介にする特殊な魔法と、鍛えれば鍛えるほどに磨きあがる戦士としての才能を持つハジメ。

 

 物語の序盤はこの3名がドクターの元で正しい魔法の使い方を学ぶところからスタートし、そして中盤に差し掛かったところで……うん。まぁ。冒険の始まりってわけだ。

 

『前回の方でも結構な活躍だったのにここから更に強化するんだ、MS』

『前の映画は、純粋に魔法って技術に対して鉄男さんや本家さんが不慣れだからかなり押せただけらしいよ』

『ドクター相手だと10回やって9回負けるんだって。あのままだと』

 

 オークの王様と戦う時も周りからの援護があってようやく互角。最後のタイマンの時も相手は切り札を切った後だから勝てたって感じだからね。

 だが、今回の映画からは違う。磨き上げた武術に魔法の技術を上乗せすることでハジメ達は真のヒーローとなるのだ……とスタンさんはいつもの笑顔で力説してくれた。

 

 うん。ストーリー的にめっちゃ後押しされてるのが分かるけどマジで勘弁してほしい。

 

『いやーそれはキツいでしょ。もうマーブル側も君と本家さんのダブルスパイダーは時代の柱って形で見てると思うし。売上的にも君が抜けるのは厳しいと思うよ』

『いや、俺、冒険者なんだけど』

『そうだね』

「そうだね、じゃないが」

「あはははは……」

 

 思わず漏れた日本語に花ちゃんが苦笑を漏らす。いや、本家さんも『また始まった』じゃないんですよ。結構何度も色んな所で言ってますが、俺は冒険者として冒険したいんです。映画はあくまで会社の仕事なんですよ?

 

『うん、君がストイックな冒険者であるのは分かってるし、それを踏まえてマーブルもスケジュール組んでくれてるから。所でストイックな冒険者のイッチは世界冒険者協会の新CM撮影に勿論協力してくれるよね?』

『アイタタタタ耳が痛い。何か頭痛もするな』

『リザレクション。さぁこれで痛みもなくなったね』

 

 この野郎、と睨みつけるもどこ吹く風という表情でウィルはそう言った。こいつ、こっちが嫌がるけど頷くラインが分かっているから、的確にそこをガンガンついてきやがる。

 

『次のCMは更に拡大して世界38カ国で放映されるよ! アジア圏でもK国やシンガポールが対象に入るね!』

『余計に出たくなくなったんだが。というかさっきのもそうだけど中華が入ってないの?』

『あそこは内戦中だしね。魔法使いの渡航が禁止されてるんだよ』

『ほーん……内戦ってなんだ?』

 

 聞き流すに流せない単語が耳から飛び込んできたせいで一瞬間抜けのような表情を浮かべてウィルの顔を見る。俺の質問に逆に驚いたのか、ウィルが片眉を上げて怪訝そうに首を傾げながら口を開く。

 

『中華は今、北京政府と地方軍閥と少数民族が三つ巴の内戦状態に入っているから、魔法使いの渡航や魔法技術の販売は止められているんだよ。あれ、日本政府や協会からヤマギシに連絡が行ってる筈……あれ?』

 

 言葉を進めるごとに顔を青くして「俺、何かやっちゃいました?」とウィルは表情で物語っている。こっちが聞きてーよ。



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第二百十五話 車中の雑談

誤字修正。244様ありがとうございます!


『俺の指示で未成年組やお前と恭二には伝えないようにしてある』

「……あ、やっぱりですか」

 

 電話機越しに話す社長の声は普段とそれほど変わらなかった。内容が内容だけに深刻な声音で「実はな……」とか切り出されるんじゃないかと戦々恐々としていたんだが。

 

『前にちょろっと技術を寄越せって強請られたくらいでうちは中華系とは殆ど付き合いはないしな。お前らに伝えなかったのも変な罪悪感を持たれても困るから、若い連中には言わなかっただけだ』

「えぇ……」

 

 予想以上にあっけらかんとした社長の言葉に思わず呆気に取られながら、いくつか連絡事項を伝えて電話を切る。

 

『どうだった?』

「いや、うん。変な罪悪感持たれても困るから黙ってただけだって」

『ああ。そういう方針なんだ。別に君やマスターには伝えても問題ないと思うけどね、恭二は兎も角』

「あいつダンジョンと魔法に関してはほんっとに沸点低いからなぁ」

 

 ウィルの言葉に苦笑を浮かべながら、恭二にこの話が伝わったらどうなるかを頭に思い浮かべる。

 うん、ろくな事にならんだろうな。

 

『ま、協会本部に行く時に嫌でも耳にするだろうから僕のやらかしも必要だったって事で。いいよね? ね?』

「ケイティに一言言っとくわ」

『Nooooooooooo!!』

 

 まるでこの世の終わりだと言わんばかりのウィルの叫びに小さくため息をつきながら携帯を懐にしまい込む。

 

「というか、世界冒険者協会だともう周知の事実みたいなもんなのか」

『まあ、かなり注目してるよ。なんせ人間と人間が魔法を使って大規模な闘争を行う、初めての事例なんだから』

「……まぁ、そうなるわなぁ」

 

 撮影を終え、スタッフさんの運転する車で今日の宿泊先まで向かう道中。

 ウィルの口から出る中華と、それに中東などの紛争地帯での魔法技術の扱いは、平和な日本に住む俺には想像できないものばかりだった。

 

『流石にマスター門下の教官級には居ないんだけどさ。その下の段階の、彼らが教えている冒険者が、金銭で魔法技術を傭兵たちに提供しているらしい』

「それは、協会として良いのか?」

『勿論良くはないよ。というか、そもそも教官免許も持っていないのに一般人に魔法を教えちゃいけないんだから』

「そらそうだ」

『二種冒険者が一種冒険者を指導するのとは訳が違う。それに、魔法技術の中には許可なしで他国の者に教えちゃいけない物もあるんだ。攻撃魔法やバリアはこれに含まれるんだよ』

「つまり?」

『発見次第逮捕拘束。そして、ようやく準備された魔法使い用の刑務所にぶち込む事になるね』

 

 日本でのダンジョン内婦女暴行未遂事件以来、各国は魔法使いの犯罪者に対しての備えに追われていた。特に米国は日本の次に魔法使いの人口が多い事もあり前政権の頃から対魔法使い用の施策を準備していたらしい。

 魔法使い用、というだけありその内部はかなり堅固な代物で、独房周囲の建材は全てアンチマジック付与、囚人服や拘束用の手錠なども魔鉄を混ぜ込んだ特注品で、ストレングスを使おうしてもすぐにかき消されてしまう。

 仮に俺や恭二が捕まっても早々脱獄できない牢獄になっているらしい。

 

『唯一の懸念は、人数がどれだけ居るかだよ。魔法使いの刑事は少ない。そして、仮に捕まえても魔法使い用の刑務所はまだ一か所しかできてないんだ』

「あっという間にパンクされても困るわな」

 

 渋い顔でそう語るウィルに頷いていると、どうやらホテルに到着したらしい。都心部からもほど近い結構良さそうなホテルだ。

 ホテルの正面玄関に車を寄せると、タタっとベルボーイが駆け寄ってくるので荷物を渡す。

 最初は自分で持とうとしてたんだが、彼らもこれが仕事だからと以前注意されちゃったからね。ちゃんとチップは弾まないと。

 受け付けはすでに終わっているらしいのでそのままエレベーターに乗り、真っすぐに部屋へ。内装も良い感じだし、中々グレードの高いホテルみたいだな。

 

『じゃあ、明日の8時には声を掛けに来るから』

『お願いします』

 

 この部屋は俺とウィルが寝泊まりする為のものらしく、スタッフさんは下のもっと低い階層の部屋を取っているらしい。

 緊急時の連絡先と部屋番号を貰って室内へ。俺たちの部屋は最上階に位置しているだけあってかなりランクの高い部屋らしく、広々とした広間と寝室が備え付けられていた。

 

「広っ」

『中々良い部屋じゃないか』

「広すぎる。こんなんあっても使い切れんし落ち着かないんだよ」

『君、本当に一般市民っぽさが抜けないよね……』

 

 一般市民だからな? ウィルと何百回行ったか分からないやり取りをしながら荷物を置き、広間のソファにどかりと座り込む。

 撮影も順調。都市部と森林部での往復が多いせいで移動疲れがあるが、それもまぁ覚悟していた程じゃない。

 主演……前回のオールスターと違って主演。それだけが心を重くさせてくる。今からウィルにバトンタッチできないだろうか。

 

『僕主演の映画ももう予定されてるよ?』

「マジか。すげーなマーブル」

『サイドキックのつもりなんだけどね、僕は――呼び鈴?』

 

 二人してソファーに寝転んで駄弁っていると、来客を知らせる呼び鈴が鳴らされる。スタッフさんが戻ってきたのだろうか。

 念のために二人で変身とバリアを行い、何が起きても対応できるように準備をした後に玄関へと向かう。

 

『はいはい。どちら様……アンダーソンさん?』

『その声はイチロー先生ですね。お久しぶりです』

 

 備え付けのドアカメラとマイクを動かすと、画面の中には見知った顔の男性の姿があった。

 ニューヨーク市警のアンダーソン警部。対魔法使い用の訓練を受けた、俺達の教え子だ。

 

『え、アンダーソンさん? どうして』

 

 背後からウィルの声がする。警官への訓練は世界冒険者協会の肝いり施策で、ウィルもその現場に居た。当然卒業生で、しかも同国の人間であるアンダーソンさんとは面識もある。

 ウィルの声が聞こえたのか。アンダーソンさんは安心するように微笑み、そして表情を切り替えて俺たちにこう告げた。

 

『ジャクソン氏も居るなら大変助かります。お休みのところ申し訳ありませんが、急ぎ荷物を持って移動していただきたい』

 

 有無を言わせぬその強い口調に、ドア越しでもわかるアンダーソンさんの苦渋を噛み締めたかのような声。

 事情が呑み込めず、ウィルと俺は首を傾げて目を見合わせるのだった。



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第二百十六話 ホテル脱出

福岡に引っ越しました。寒い。

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


『こちらです。お早く』

『最上階から階段で降りる事になるとは読めなかった。この鈴木一郎の目をもってしても』

『リハク乙。貴重な経験だったね』

 

 30階はあったホテルを階段で降りるのは中々に面倒だったが、そこは強化された身体能力を誇る冒険者3名。息を乱すこともなく半ば駆け足で階段を降り切ると、そのまま職員用通路を通りホテルの搬入口から外に出る。

 

 大型車両が通行する事を想定されて作られた搬入口には2台のトラックが止められており、片方はアンダーソンさんがホテル内部に入るために使用したものらしい。

 アンダーソンさんがその内の一つのリヤドアを開くと、荷台の中にはホテルの一室と見まがうような部屋が用意されていた。

 

『出入口は中華側の人間に完全に見張られています。少し面倒な手段でしたが、背に腹は代えられません』

『次の映画は007だったかな』

『ブラックウィドゥさんなら出てそうだね』

『ハハハ、確かに』

 

 茶化すように右手の指を振りながらそう言うと、片眉をあげてウィルが答える。

 アンダーソンさんは俺達の言葉に苦笑いを浮かべながら相槌を打つと、促すように俺とウィルを見る。

 

『一応協会には連絡しときたいんだけど』

『こちらからも連絡しておりますので、合流した旨伝えて貰えれば』

「早いなぁ」

『……?』

 

 ポツリと日本語で呟くと、アンダーソンさんは怪訝そうな顔を浮かべた。

 翻訳の魔法を発動させて『ああ、いや。全然連絡なかったからね』と言葉を濁し、どうするか悩んでいると連絡が終わったのだろうウィルがスマホをしまい込んで右指を立ててくる。

 

『オッケー。ケイティからの指示はアンダーソンさんと合流出来たらそのまま次の現場近くのホテルに行って欲しいだって』

『了解です。運転は』

『トラックの運転手はもう準備しています』

『僕らが居ない事がバレたら不味いんじゃないかな』

『代わりにFBIの捜査官が二名、これからチェックインする予定です。お二人には大変申し訳ないのですが、この機にFBIは中華のスパイ網を一網打尽にするつもりのようで……』

 

 申し訳なさそうに眉を寄せるアンダーソンさんの姿に苦笑を浮かべて、俺とウィルは荷台に乗り込んだ。

 うん、成程。何となく状況が読めてきた。

 取り敢えずはこの場は移動した方が良さそうだな。

 

 

 

 トラックの荷台の中って、なんかこう変にテンションが上がる気がする。普段乗れない場所だからってのもあるかもしれない。閉じた空間だし、何となく秘密基地みたいな感覚がするのかもしれない。

 

 さて、1、2時間ほどのドライブになるとの事だったので大変かなと思ったが、結構改造されてるのか大きな車の割には揺れも少なく快適なドライブだ。冷蔵庫もついてるし、大きい分下手なリムジンとかよりも快適かもしれない。

 

『急に来るからびっくりしたよ』

『申し訳ありません。情報を掴んだのも本日で』

 

 アンダーソンさんがぺこぺことウィルに頭を下げる。ホテルを出た後、俺の方のスマホにもアンダーソンさんと行動を共にしてほしいと連絡が入ってきた。

 

 FBIの仕事に何故ニューヨーク市警のアンダーソンさんが? と思っていたら、どうもFBI側の冒険者資格持ちはその殆どがある件にかかりきりで応援として俺達と面識があるアンダーソンさんが派遣されたらしい。

 

『お二人には話しておきますが、FBIはテロとスパイへの対策にほぼ全ての処理能力を使い切っている状況です』

『……変身かな?』

『はい。中東からの流入が止まりません。一般の検査機器では対応できない為、ヤマギシ・ブラスコの魔力探知機が各国際空港に急ぎ配備されていますが……』

 

 ふるふると力なく首を横に振るアンダーソンさんに、俺達は小さくため息をつく。

 ダンジョンが出現してから3年。魔法が世に広まり始めてから2年。

 いつかはそうなるかもと思っていたが、やっぱり、という感情とどうして、という感情が胸の中を駆け回っている。

 ……恭二の奴、嫌がってるだろうな。

 

『この話題は止めとこうか』

『そうですね……そういえば今回の渡米では一花教官はいらっしゃらなかったのですか?』

『ん。あいつ受験なんですよ』

『ああ……どこの大学でもあの方なら引く手数多だと思うんですが』

 

 ちらりとウィルを見ると、うんうんと頷いて『一花ちゃん、うちの大学に来ないかなぁ』等と嘯いている。

 一つ頷きを返して、アンダーソンさんを見る。

 

『そういえばアンダーソンさんは会った当初から一花に結構色々教えてもらってましたからね』

『ええ。あの方は素晴らしい教育者ですからね。少しでも教えを乞えるのは幸運なことです』

「はいダウト。もういいか?」

『そだね』

 

 トラックに乗ってから約1時間。良い頃合いだろうと思い確認してみたがウィルも同意見だったらしい。

 

『は、はて。すみません、翻訳を切っていまして』

『うん。まぁ、貴方にはいくつか言いたいことも聞きたいこともあるけど、取り敢えず舌をかまないようにしといてくださいね』

『え、ええ?』

 

形態変化(フォームチェンジ)― ハルク

 

『とりあえず、車止めるぞ』

『オッケー』

 

 全身を駆け巡る全能感を理性で制御しながら、俺はウィルにそう声をかけて。

 

『フンッ!』

 

 力任せに右腕を打ち下ろし、トラックと地面を縫い付けるのだった。

 



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第二百十七話 腕力の正しい使い方(脳筋)

 

ズガガガガガガガガガガッ!!!!

 

 およそ人体と地面が接触したとは思えない音を立ててトラックは急速にその速度を落とす。

 

 車内は直下型大地震でも起きたかのように右に左に上下にと激しく揺れ動き、アンダーソンさんを名乗る男とウィルは荷台の中を跳ね回っている。

 

 こんな感じのアトラクションがどこかにあったような、と場違いな感想を抱きながら右腕に更に力を籠め。

 

『ふんっ!』

 

 右手で掴んでいた地面を”腕力で”持ち上げ、放り投げる。盛り上がった地面に巻き込まれるようにトラックは宙を飛び、落下。

 

 1、2回大きな衝撃が車内を走った後、恐らく横向きに倒れたのだろう。壁に向かってウィル達やソファなどが落ちていく。

 

『げほっ……ちょ、どうなってんのこれ?』

 

 穴をあけたトラックの床を軸に体を固定していた俺と異なり、車内を跳ね回っていたウィル達はソファや冷蔵庫にもみくちゃにされ、状況が理解できていないようだ。

 

 自分を押しつぶす家具をどけながら、ふらふらと頭を揺らしてウィルが起き上がる。バリアを使用しているのは見えていたからダメージはないだろうが、平衡感覚を失っているらしい。

 

 ズボリ、と床から腕を引き抜き、ウィルの傍に立つ。どうやら外傷もない、か。バリアでも三半規管のマヒはどうにもならないんだなぁと心のメモに書き込みながらウィルを担いでのしのしとトラックの中を歩く。

 

『もいっちょ、ふんっ!』

 

 軽く撫でる位の力でトラックのリヤドアを殴ると、垂直にドアが吹っ飛んでいった。相変わらずバカげたパワーだ。

 

『ひぇぇ。流っ石ハルク』

『加減が難しい』

『そりゃあハルクだからね。あれ、そういえば封印は解いたんだ?』

『ああ。解決策が見つかったからな』

 

 全身を緑色に変色させながら、理性を失わずに過ごす。今後の映画でバナー博士とハルクの関係がどうなるのかを聞いた時、俺は自分が思い違いをしていた事を悟った。

 

 ハルクとは対話が出来る。彼は理性のないモンスターなどではなく、ただ感情の起伏が激しいだけの人間だ。俺が彼の事を知ろうとしなかっただけで、少しずつ歩み寄っていけばハルクもまた答えてくれる。

 

『”ライトボール” やれやれ。また手強くなったか』

『接近戦の勝率、また下げてやるよ』

『面白いね。僕のソースタイルと君のハルク、どちらが強いか試そうか』

 

 そう言い合ってケラケラと笑い合い、さて。と俺たちは魔法の明かりに照らされたトラックに目を向ける。

 

 横倒しになったトラックの荷台から現れたのは、アジア系の顔立ちをした青年だった。どうやらまだ足元が定まっていないのか、よろめく様にトラックにもたれ掛かりながら、俺とウィルに鋭い視線を向けてくる。

 

『何て、無茶な真似を』

『僕とイチローを同時に誘拐しようなんて真似よりは大分大人しいと思うけどね?』

 

 皮肉気に口角を上げるウィルの言葉に、青年の顔が歪む。

 

『何時から、気づいていた』

『割と最初から? 少なくとも僕らや同期の生徒ならすぐに気づいたと思うよ』

 

 ウィルの言葉に怪訝そうな顔を浮かべる青年。まぁ、あの合図というか指をふりふりしてる奴に反応しろってのも難しいと思うんだが。

 

 だが、少なくともアンダーソンさんならあれだけジェスチャーを流して翻訳魔法を発動させないなんて事はなかっただろう。そこまで馬鹿正直に教える気はないが、あの段階でこいつが別人だというのは分かり切った事だった。

 

 後、念のためにアンダーソンさんだけに通じるカマもかけたら見事に引っかかったしな。アンダーソンさん、はじめは一花の事を『教官? 小娘だろ』って態度だったのに最終的には誰よりもイチカに心服したビフォーアフターな人だからさ。

 

 初期から教えを受けてとかってのは本人からしたらすんごい皮肉になっちゃうんだわ。別人以外にありえん。

 

『あ、一応言っとくけど現在地はもう協会側に伝わってるよ。連絡もすでに済ませてあるし逃げるのも難しいと思うけど?』

『今なら優しく捕まえるから』

『……戯言を』

 

 念のためにウィルと二人で自首を勧めるも心に響かなかったのか。

 

 どうやら体の感覚が戻ってきたらしい青年は、こちらを向きながら何かしらの拳法らしき構えを取る。太極拳? いや、少し毛色が違うように感じる。

 

 日本で軽く中国武術は齧ったんだが、知っている構えとは異なるものだった。

 

 まぁ、敵対するならしょうがない。アンダーソンさんをどうしたのかも含めて、この男には聞きたいことが山ほどあるのだ。

 

 ―形態変化―(フォームチェンジ) スーパー1

 

 拳法には拳法で。まだまだ完成とは遠いが、俺の赤心少林拳が本家中国拳法にどこまで通用するか確かめるとしよう。

 

『手伝おうか?』

『いや、一人で良い。十分だ』

『舐めた真似を……二人同時でも私は一向にかまわんっ!』

 

 別に舐めている訳ではなく、人間相手の連携に慣れていないから念のために別々に戦うだけなんだが……まぁ相手がどう受け取るかは相手次第。それで冷静さを欠いてくれるならこちらとしては御の字だ。

 

 激昂する青年と対峙し、その怒りを受け流すように俺は梅花の型を取る。相手の初撃に合わせて、一撃で決め撃つ。

 

 と、思っていたのだが。

 

『飛参!』

 

 対峙する青年の背後、トラック側から鋭い声が走る。

 

 びくりと肩を揺らし、先ほどまでの怒気を霧散させる青年。声のする方に目を向けると、そこには大穴を開けたトラックの運転席と運転手らしく中年の男性。

 

 そして、恐らく声の主だろう、中華風の衣装に身を包んだ大柄な老人の姿。

 

 まるで長年風雨に晒された岩肌のような厳しい顔立ちをした老人は、青年に目を向けると叱責するように声を上げる。

 

『貴様の此度の責務を忘れたかっ!』

『! い、いいえ老師! 決してっ』

『ならばその拳を何故握りしめている』

『……は、はい』

 

 慌てたように俺に背を向けて老人に対して頭を下げる青年。どうやらあれが、今回の黒幕、大本って所だろうか。

 

『おいおい、嘘だろ』

『ウィル?』

 

 呆然としたような声でウィルが呟く。怪訝に思い視線を向けると、ウィルは呆然とした様子で老人を眺めながらガリガリと頭を掻きむしっていた。

 

 どうやら、あれは有名人らしい。そしてここに居るのがおかしい相手、と。

 

 急激に嫌な予感センサーがビンビンに反応し始めたんだが、これはあれか。もしかするのだろうか。

 

『あれ、中華の反乱軍の統領』

「マジかよ」

 

 視線の先ではぺこぺこと平謝りする青年に何事かを語り掛けていた老人が、一つ溜息をついた後にこちらにくわっと視線を向ける。

 

 ええと、あれか。挨拶はニーハオで良いんだっけ……?



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第二百十八話 老人との邂逅

誤字修正、244様、日向@様ありがとうございました!


『お初にお目にかかる、日本の英雄殿』

『英雄って柄じゃありませんがね』

 

 右手の拳を左手で包み、老人は鋭い視線を向けたままこちらに声をかけてくる。先ほどまで叱責されていた男を背後に控えさせ、緩やかな歩みでこちらに近寄ってくる姿にムクムクと警戒心が跳ね上がる。

 

 純粋な武術の技量ではまだまだ未熟な俺では図り切れないが、この老人から漂う気配や佇まいからは初代様や上杉さんの様に武術をベースに戦う人たちに通じる物がある。

 

 いや、恐らく武術家としてなら彼らですら届いていない領域に居る御仁かもしれない。

 

『それで、今を時めく反乱軍の統領さんが自国を離れてどうされたんですか? 密入国も誘拐もそちらの国でも犯罪だと思いますが』

 

 険しく眉を寄せたままウィルはそう詰問する。その言葉に表情を動かすことなく統領と呼ばれた老人は答えた。

 

『まず謝罪と訂正を』

 

 老人は一言そう言い、ウィルに視線を向ける。

 

『アンダーソンという捜査官に関して姿を偽った件は我らの罪である。誠に申し訳ない事をした。そして訂正だが、我らの向かう先は貴殿達が元々向かう予定だった宿泊先であり、誘拐というよりは護送担当を騙った、というのが正しかろう』

 

 老人はそう言って言葉を切り、ウィルから俺に視線を向ける。

 

『……その辺りはまた別途聞きたいけどそれよりも。アンダーソンさんはどうした?』

『先のホテルで政府側の諜報員の相手をしている筈だ』

『そっちも来てるのは間違いないと。うちの国の防諜どうなってんだよ』

『全くだな』

 

 嘆く様に空を仰ぐウィルに大きく頷きを返して、さて。と気合を入れなおす。

 

 敵意こそ感じないが、目の前に立つ人物からは深く関わると面倒くさい事になるオーラがプンプン出ているし手段も気に食わない。正直このまま帰ってくれるのが一番なんだが、それも難しそうだ。

 

 いっそ先ほどの男のように武力で全部決着がついたら楽なんだが……いや、正直勝てるかどうかまでは分からないがな。

 

 老人の後ろに控えている方なら、恐らく未完成なスーパー1でも対処できた。だが、この老人が相手では少し厳しいかもしれない。

 

 対個人向けのフォームに姿を変えるかどうか。スパイダーマン、ミギー。いくつか選択肢はあるが、さて。

 

『それで、そこまでして入れ替わって、単にタクシー運転手への転職って訳でもないんだろう? 僕らに接触をしてきたのはどういう理由だい』

『英雄殿を見に参った』

『成程。イチローを見に……は?』

 

 至極真面目な顔をしてそう言い放つ老人に、ウィルがうんうんと頷き、そして信じられない物を見る目で彼に視線を向ける。

 

 そんなウィルの反応も気にしていないのか。老人は変わらず俺に視線を向け……いや、違う。これはただ視線を向けてるんじゃない。

 

 観察されている。全身隈なく、値踏みするかのように。

 

『仙術――魔法、とこちらで呼ばれているものがこの世に再び現れて以降の君達の活躍は我々も耳にしていた。そして、それらを身に着けた恐らくこの世で有数の猛者たち。冒険者と名乗る者たちの事も。その上澄みであるヤマギシの事も……そして貴殿と、山岸 恭二の事も』

 

 その言葉と共に、ビリビリと空気が揺れる。いや、空気どころではない。地面が、揺れている。

 

 目の前の老人を中心にざわめく様に広がる振動。肌を撫でる様に流れていくそれらに、自然と俺の両手が華を包み込むように形作られる。

 

 気を抜けば瞬時にやられる。スパイダーセンスを働かせるまでもない、確信に近い予感に俺の体は素直に従った。

 

『我らが英雄と貴殿。どちらが上なのかを我自らが見極める。我らの目的はただ、それだけよ』

『……先ほど。そちらの人を止められていたと思うんですが』

『競うだけが見極めに非ず』

 

 ふっと笑うように老人が言葉にすると、周囲を包んでいたビリビリとした空気が霧散するように消えていく。こちらも構えを解くと老人はそれまでの厳しく顰めた顔を少しだけ綻ばせて小さく頷いた。

 

 ドサッ、と隣で大きな音がする。そちらに目をやると青い顔で地面に膝をついたウィルが、大きく胸を弾ませて呼吸を繰り返している。

 

『良き者を見れた。誠、世は広く面白い』

 

 そんなウィルの様子が目に入らないのか。そう呟いて何度も頷きながら老人はくるり、と背を向ける。

 

『礼となるかは分からぬが面白き物をお見せしよう』

『老師!?』

『構わぬ。本国の情勢は最早決したも同然』

 

 飛参と呼ばれた男の言葉にゆっくりと首を横に振って老人は答え、右手を握ったまま口元に寄せ――そして

 

ヒュルルルルルルルッ

 

 口笛のような音が周囲を走ると、空気を吹き込まれる形になった拳の反対側から白い靄のようなものがどんどん出てくる。

 

 靄……いや、雲だろうか。それらは霧散することなくその場にとどまり、ある程度の大きさまで広がった辺りで老人は口元から拳を離した。

 

『我らが秘儀、筋斗雲の術。その目でしかと見たか、英雄殿』

『……マジっすか』

『マジ、という奴だな』

 

 呆気に取られるように呟いた俺に、老人はまるで悪戯に成功したかのように口元を緩ませて微笑んだ。

 

 まるでそこに床があるかのように雲に飛び乗る老人と飛参、そして慌てる様に駆け寄ってきたトラックの運転手。

 

『我が国も暫くすれば落ち着く筈。その折には是非我らが英雄と貴殿が(まみ)える事を願う。あれも貴殿に劣らぬ男よ』

 

 そう言い残して、老人達を乗せた雲がふわりと浮き上がる。

 

 本物だ。

 

 本物の、筋斗雲だ。

 

再見(ツァイツェン)

 

 翻訳が切れたのだろう。老人はそう言葉を残し、そして文字通り空を駆けて去っていく。

 

 どこか現実離れしたその光景に少し呆然としていた俺たちの耳に、猛スピードで走る車のタイヤの音が届く。

 

 未だに荒い呼吸を繰り返すウィルを助け起こして、さてと走りよるヘッドライトを視界に納めながら考える。

 

 ……筋斗雲にのって消えていったって話して信じてもらえるんだろうか?

 



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第二百十九話 本物の証明

誤字修正、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


「イチカの事をどう思いますか?」

『言葉で表す事自体が畏れ多く』

「あ、良かった本物だ」

 

 俺の質問に対して、彼は顔を青くして首を横に振る。間違いない、この反応はアンダーソンさんだ。

 

 まぁ、流石に二度も同じ手段はしてこないとは思ってたんだが、一度合った事は二度あってもおかしくはないし用心はしておくべきだろう。ヤマギシにも一度相談はしているが、まだ変身に対する対策が完成していないしな。

 

『大変ご迷惑をおかけしてしまい……』

『いや、アンダーソンさんが悪いわけじゃありませんし』

 

 何のために先の質問が行われたのか悟ったのだろう。申し訳なさそうに頭を下げるアンダーソンさんに手を横に振って気にしていない事をアピールしてみる。

 

 実際、アンダーソンさんはあの後5分ほどして俺達が居たホテルに到着したらしいし、あそこでもう少し俺達が時間を稼いでいれば企みも露見していたのだ。

 

 よく考えてみると連中本当に綱渡りな事してたんだな。いや、露見しても良いとか思ってそうだけどさ、あの爺さんなら。

 

「結局、あの爺さんあの後どうなったんですかね」

『こちらに入っている話では太平洋側に高速で飛行する物体を見たという報告が数件。その後の報告は上がっていませんが……』

「あれでもし太平洋渡ったんなら尋常じゃない燃費の良さだな」

 

 多少引っかかる所はあるが、垣間見たあの速度ならありえるかもしれない。途中の島かなんかで休めばあの爺さんなら本当にやっちまいそうだな。

 

『信じられません……まさか海を越えて』

「うん、まぁ。何が起きるか分からない世の中だってのが再認識できましたね」

 

 ダンジョンや魔法が出てきたんだ。なんちゃって仙人が出て来たっておかしくはないだろう。

 

 いや、その可能性自体は考えていたがついに出てきてしまったって所だろうか。だから恭二はイギリスでお宝鑑定団(幻想)なんて一人でやってるんだしな。

 

「しっかし、頭が痛いぜほんと」

 

 面倒事ってのは連続で起きるって相場が決まってるんだがなぁ。流石に今回は少し、ヘビーに過ぎるぜ。

 

 一つ溜息をついて、携帯電話を開く。

 

「……来ない、か」

 

 ここ数日連絡が取れない友人。ウィルからの返信は、今日も来なかった。

 

 

 

『誰だってそうさ。友人と顔を合わせたくないタイミングなんて幾らでもあるよ』

『そんなものですかねぇ……』

『例えば。あくまで例えで実際にあった事じゃないけどさ。自分が気になってる女の子を一生懸命口説き落とそうとしてたんだけど、実はその子が友人の妹だったりしたら物凄く気まずいでしょ?』

『相手の顔、まともに見れないですね。所でそれは誰の妹だったのかちょっと詳しく』

『あくまでも例えさ例え! おっと次の撮影か』

『待てや本家』

 

 脱兎の如く逃げだした本家に声をかけるも時すでに遅し。瞬く間に視界から彼の姿が消えていく。というかはえーよ本家。ダンジョンに潜って鍛えてるってのは伊達じゃないみたいだな。

 

 まぁ、本家さんが他の俳優数人を誘って一花や花ちゃんを連れて何度か遊びに行ってるのは知ってるんだ。特に花ちゃんは初めての海外での仕事って事で誰とも話せない状況だったから、孤立しないよう気にかけてくれてたらしい。

 

 おかげで花ちゃんもある種のマスコットというか、撮影陣最年少というのもあり今では皆の娘か妹かって位に可愛がってもらっている。一花も彼女の事を気にしてたし、俺にとっても可愛い妹分だし本当にありがたいことだ。

 

「だが一花を狙う、というのは別の話。お兄ちゃんは認めません!」

『君、唐突にシスコン発症する癖があるよね』

「どやかましい」

 

 聞きなれた声の突っ込みに口をへの字に曲げて返事を返す。自分自身もちょっと過干渉かなーとか思ってるんだが、少し生意気な所もあるが可愛い妹なのだ。

 

『僕の所は僕があれだからちょっとこじれちゃったけど、でも。まあ少し羨ましいよ』

「まぁアメリカのスクールカースト制度はね。ちょっと異常かなって思える」

『とはいえ、お陰でダンジョンに巡り合えて、マスターや君とも出会えた。それだけで十分報われたと思ってるよ』

 

 そう言いながらテーブルの向かい側に座って――ウィルは右手を軽く上げた。

 

「よっ」

『や。ご無沙汰……じゃないか。まだ一週間だったかな』

「一週間も音沙汰なしならご無沙汰で良いんじゃないか?」

『ま、そうだね。うん……一応、監督さん達には声掛けてあったんだけどね』

 

 それ俺聞いてないんですがね。

 

『連絡返せなくてごめん、ちょっと考えたいことがあって、ずっとダンジョンに居てさ』

「いや、かまわ……一週間ダンジョンに居たのか?」

『ああ。うん、そうだね。PTメンバーに無理を言って、1週間30層に詰めてたんだ。多分人類初の試みじゃないかな』

 

 多分じゃなくて間違いなく人類初だろう。今のところ、冒険者協会が確認している最長の記録は米軍の特殊部隊が遭難した際の記録で、あの時が確か3~4日ほどだった筈だ。

 

 あの時は1層から連絡用のケーブルを繋ぎながら潜っていき、7層で限界を迎えたんだったか。それに対してこちらは30層。モンスターの強さを考えても危険は段違いだ。

 

「お前っ」

『すまない、自分でも危険な事をしたのは分かっているんだ……でも、やらないといけなかった。少なくとも僕にとっては』

「…………あの爺さんの事か?」

 

 そう言って頭を下げるウィルに、浮かしかけた腰を落として尋ねる。まぁ、十中八九そうだろうとは思うが。あの爺さんの存在は、俺にとっても衝撃的だった。

 

 俺達冒険者とは異なる進化を遂げてきたと思われる魔法使いの存在は、非常に大きい物だからな。

 

『まぁ、その通りではあるんだけどね……君には、想像が難しい感情かもしれないけど』

「うん?」

『いや……少し、見て欲しい物があるんだ』

 

 少しだけ表情を歪めながらウィルはそう言って、俺に背を向ける。

 

 その背中に妙な圧力のような物を感じながら、俺は胸ポケットから携帯電話を取り出した。

 

 いや、行方不明になってたやつが帰ってきたら取り敢えず関係者に連絡するでしょ。うん。



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第二百二十話 ウィリアム・トーマス・ジャクソン

お待たせして申し訳ありません

誤字修正。ロート・シュピーネ様、T2ina様、kuzuchi様ありがとうございます!


 米国で放映されている冒険者協会のCMを思い浮かべる。

 

 ヒーローが居ないなら自分がなれば良い。その言葉を見て、多くの若者たちや時には年長の方までもが冒険者協会の門を叩いたらしい。誰も彼もがあのCMを見て、誰かを連想し、そして自分もそうありたいと願って。

 

 CMを作る時には懐疑的だったケイティや他の協会幹部も、加入者の数……臨時冒険者ではなく二種を取得する冒険者数の増加に表情を綻ばせ、CMの原案を出した僕を褒め称えていた。向上心のある人材の獲得に寄与した、と。

 

 だが、彼等は一つだけ勘違いをしていた。僕が何故あのCMを作ったのか。その理由を、彼等は理解していなかった。

 

 あのCMは、そんな大層な代物ではない。

 

 ……本当は。

 

『見ててくれ、イチロー。僕が、君に届くために作り上げた魔法……変身の派生形』

 

 そう語る僕の顔をイチローは一度だけ怪訝そうな表情で見て、そして真剣な表情に切り替えて腕を組む。

 

 おふざけを排したイチローの表情は、独特な物になる。普段は半ば閉じているような三白眼をくわっと見開き、真っすぐに対象を見つめてくる。

 

 これだ。ごくりと唾を飲み込んで圧力すら感じるその視線を受け止めながら、僕は自身の中のボルテージを引き上げていく。飲まれれば立ち上がれない。あの老人から受けた衝撃に近しい感覚に抗いながら、腹の下に力を籠める。

 

 ――感情の高まり。自身の中で渦巻く力を言葉に乗せて紡ぎあげ、僕はイチローの目を睨み返した。

 

『サンダー・ストラップ!』

 

 言葉と共に、雷鳴が体中を駆け回る。バリバリと激しい音が耳を打ち、一瞬だけ意識が遠のくのを感じた。

 

『ウィル!?』

『だ、だいじょう、ぶ! あはっ』

 

 初めて魔法を見た時。全身が光に包まれたキョージを見て、僕は自身の中に雷鳴のような衝撃を受けたことを覚えている。

 

 その姿に僕は自身が光に包まれる姿を夢想し、ダンジョンに興味を持ったのだ。

 

 だからこの魔法の着想自体は、実は結構前から頭の中にあった。

 

 それだけ前に思いついていた魔法を今になって開発しているのは、単純な話。

 

 ――僕が自分の限界を勝手に決めて、歩みを止めてしまっていたからだ。

 

【世界トップレベルの冒険者】

【アメリカの誇り】

【リアルヒーロー】

 

 興味本位で始めたダンジョン探索。魔法。そして……人生を変える人々との出会い。

 

 たったの数年でただ実家が金持ちなだけのナードだった僕は、全米を代表する冒険者となった。かつてTVやコミックで眺めていただけのヒーローたちと肩を並べるような扱いを受けるようになった。

 

 今の自分の力に。アメリカ最強の冒険者という名前に満足してしまっていた。

 

『は、ははっ……』

 

 ――自分は、ヒーロー等ではないと分かっていたのに。

 

『ははっ、は、はははは!』

 

 あのCMは、自分が言ってほしかった言葉だったんだ。本当は、誰かに……きっとイチロー・スズキに言って欲しかった言葉なんんだろう。

 

 誰かに背中を押してもらえなければ前に踏み出せない。

 

 そんな情けない男が、僕なんだ。

 

 あの老人との一瞥は、僕にその事をこれ以上無い程に思い出させてくれた。

 

『……だけど』

 

 雷鳴を全身に纏わせ、操る。初めて魔法を見た時にこの姿を思い浮かべ、そして出来る訳がないと諦めていた魔法。

 

 諦めて、少しだけの満足を得て。

 

 ――心を折られて。

 

 それでも諦めきれなくて。

 

 足掻いて、藻掻いて、そして。

 

 雷鳴を纏う自身の体を見て、僕は小さく息を吐く。

 

 これは、僕の挫折感が目覚めさせた僕だけの魔法。

 

 ヒーローの隣に立つために生み出した、僕のちっぽけな意地。

 

『イチロー』

『?』

『僕はね。子供のころから……ヒーローになりたかったんだ』

『ふーん。なりゃいいじゃん』

『……君なら、そう言っちゃうだろうね』

 

 事も無げに答えるイチローの姿に思わず苦笑を漏らす。それがどれだけ大変な事なのかを彼は案の定良く分かっていないらしい。この点に関しては、親愛なるマスターの取った方策とはいえ少しだけ文句を付けたくもなる。

 

 始まりがコスプレに扮するという切り口でなければ、ここまで自己評価を見誤ったままになることもなかっただろうに。

 

 ただのコスプレイヤーに全世界の人間が憧れるなんて、あるわけがないというのにこの男は未だに自分を一般人だと思い込んでいるのだ。

 

 心に浮かべた不満を笑顔で押し隠しながら魔法を解除する。その直後、大量の汗が全身から噴き出してきた。

 

 使える事と使いこなすことは全く別の話だ。僕のイメージではこのサンダー・ストラップは雷鳴と同化し、光の速度で攻守を実現させる攻防一体の魔法、なのだが現状ではただ雷を全身に纏わせているだけの物にすぎない。

 

 まだまだ完成にはほど遠い。だが、取っ掛かりは掴めた。

 

『この魔法が完成すれば、僕も君の隣に立てるかな……?』

『いや、お前と恭二が居ないと色々困るんだけどな。色々と』

『それは光栄だね』

 

 ポツリとそう呟いた言葉に慌てたように答えるイチローに再び笑いを浮かべて、彼の肩をぽん、と叩く。

 

 この肩にいつか並び立てる日まで止まる時間なんかない。あの老人との遭遇は、僕にそれを教えてくれた。

 

 右手を握りしめ、天を仰ぐ。次は、気圧されたりなんかしない。

 

 まぁ、今のところは。

 

『ウィィィルゥゥゥ』

「あ、ケイティ」

 

 久しぶりに会った同僚のご機嫌を伺わないとね。あの、イチロー助け……あ。無理。そう。



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第二百二十一話 映画の進捗

お待たせしました。


 小さく息を吸って、吐く。

 

『全身に魔力を循環させるんだ』

 

 胡坐をかいて座るハジメの背後から、ドクターの声が耳に入る。

 

 揺れそうになる心を務めて平静に保ち、頭だけを動かしながら彼の指示に従い魔力を巡らせていく。

 

『そうだ。己の体の脳天から足先に至るまで。自らの魔力を循環させるんだ。息を吸って吐くように、当たり前の事として身につけろ』

 

 ドクターの言葉を理解しながら、しかし心は波一つない水面のように静かに。自分の血管の一本一本に魔力が流れていくのを知覚しながら、ハジメはただその感覚を自身に馴染ませ続ける。

 

 これが彼にとっての基本にして極意。一日の凡そ半分を毎日注ぎ込んでも終わらぬ訓練により彼の魔力操作は比類なき程に磨き上げられていったが、それでもなおドクターは「足りぬ」と口にする。

 

『妹ほどの魔術の才は無く、ウィラード程の万能性もない。だが、君にはそれらを補って余りあるほどの戦士としてのセンスがある。それこそ私の知る限り最も優れた人間と呼べるほどの……ハジメ』

 

 熱意の籠ったその一言に少しだけ心にさざ波が立つも、ハジメはそれをすぐに抑えて静かに目を開く。

 

 視線の先。彼を覗き込むようにこちらを見るドクターと目を合わせ、少しの間見つめ合う。

 

 ドクターは何かに満足したように小さく頷き、そして再び口を開いた。

 

『君に必要なものは小手先の魔術ではない。魔力操作、その一点。後は君のセンスが全て補ってくれる』

 

 そう言ってドクターは、小さく口を動かして「及第点」と呟いた。

 

 

 

「めっちゃ辛口……?」

『いやドクター・ストレンジの言葉とは思えない位高評価じゃないかな?』

 

 ポップコーンをばりばり食べながらウィルと一緒に編集作業中の映像を勝手に拝見する事しばし。思わず口から出てきた言葉にウィルから即座に突っ込みが入る。

 

『というかウィラードとの訓練の際にはやれ「才能がない」とか「ハナの爪の垢でも飲んだ方が良い」とかばりばり言ってくるしね。セリフとは言え結構心がえぐられるよ?』

「え。でも俺とのシーンだと普通にウィラード褒めてるじゃん。もしかしてツンデレ?」

『……ツン、デレてる……のか?』

 

 顎に手を当てて考え込むウィルの姿にそこまで悩まんでも、と思いながら編集画面に再び視線を向ける。

 

 お、この後はハナちゃんが異世界へのゲートを開くシーンだな。巫女装束に身を包んだハナが金属製のワンドを振るい、大きな魔法陣を作り出して異界への扉を開く。CGと魔法を融合させた今作屈指の派手なシーンだ。

 

『ハナはすっかり巫女装束が板についてきたね』

「一応ドクターの門下になる筈なんだけど日本人っぽさを出したいって大人の」

『それ以上はいけない』

 

 真剣な表情を浮かべて首を横に振るウィルに「お、おう」とだけ言葉を返す。突いてはいけない藪もあるんだな、うん。

 

 

 

 ガチャリ、と横付けされた車のドアが開く。

 

『本日はお時間を頂きありがとうございましたスパイディ』

『あ、いえいえ。お話するだけでしたし』

 

 ドアを開けてくれた背の高い白人――CIAだかの魔法対策班に所属している男性がぺこりと頭を下げてお礼を言ってくる。

 

 まぁ今回はこちらが御呼ばれした立場だし礼を言ってくるのは良いんだが、丁寧な対応過ぎてこっちがドギマギしてくる。お役人様に弱い日本人にはちょっと心理的に辛いんだよね、こういうの。

 

『国家に対する協力は国民として当然です。前回のような事があっては、困りますものね』

『ええ、それは勿論。重々承知しております、Ms.ブラス』

 

 まぁそんな俺の心情なんかどこ吹く風、と平然とお役人にデカい釘を打ち込むアメリカ版沙織ちゃんことケイティさん。それストレートに言っちゃえるアメリカって凄い。

 

『ケイティ、あんまり強くは』

『ええ。分かっていますよ……勿論』

 

 とはいえ俺達にとっても彼等の働きが重要になってくるんだから、一々いがみ合ってても意味がない。あんまりつんけんする前にやんわりとケイティを諫めると、彼女はあっさりと矛先を下げる。

 

 まぁ、ケイティもその辺りは分かってるんだろうけど一応言っておかないといけないと思ってたんだろう。実際に前回のあの老人の侵入は、連邦政府にとっても寝耳に水レベルの事態だったんだから。

 

 【筋斗雲】の魔法。これも俺の勝手な命名で、彼等は別の名前で呼んでいるかもしれないが、あの魔法の存在とそれを使って海を渡れる魔法使いの存在は、米国政府や世界冒険者協会、そしてそちら経由で情報を得た世界各国の首脳にとんでもない衝撃を与えたらしい。

 

 熟練の冒険者の戦力は戦車にも匹敵する。トップレベルであればその戦力は戦術級にまで跳ね上がる。

 

 これは、現在世界冒険者協会の支部がある国家の共通認識でもある。仮に俺や恭二がテロに走った場合、それを止める為には数発の戦術核が必要になるそうだ。

 

 いつの間にか範馬勇次郎扱いを受けているのもアレだが、まぁ今回の本題は俺達ではなくかの老人。老師とも呼ばれる人物の事だ。

 

「イチロー」

「うん?」

 

 高級リムジンの中。向かい合うように座っていた俺にケイティは瞳を閉じ、考え込むような仕草をしたまま声をかけてくる。

 

「ローシは、イチローより強イ?」

「……分からん。恭二より強いとは感じなかったな」

「OK。ウィルは自分より格上言ってマシタ。イチローからシンイチの間、でレベル設定シマス」

 

 すっと目を開けて彼女は頷き、ふぅ、とため息を吐く。

 

「信じられマセン。人間サイズの移動手段、まさかキョーちゃんより先に出てクル思ってナカッタです」

「恭二は恭二でそろそろ空位は飛びそうだがな」

「ソレ出来ればもっと先にして欲しいデス」

 

 頭が痛い、とこめかみに手を置くケイティ。ワープが世界にバレたらこれ以上にヤバいんだろうなぁとそっと視線をそらし、窓の外を見る。

 

 窓の外では積もっていた雪が少しずつ解け、ぽつりぽつりと緑が見えてきている。そろそろ冬も終わりだろう。

 

 一花の受験もそろそろ終わるだろうし、近いうちに日本に一度帰るかね。



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第二百二十二話 とある少女のお話

222話という事でちょくちょく出てきたあのキャラのお話を入れてみました。

そして過去最長(白目)

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


 カタカタとキーボードを叩く音がする。

 

 断続的に続くそれは時に早く、時にゆっくりと。使用者の心情を現す様に音を響かせて、狭い室内に木霊していく。

 

「あぁ~」

 

 やがて目途が立ったのか諦めたのか。ギシリ、と椅子を軋ませて伸びをするように腕を上げて、この部屋の主は口元を抑えて欠伸しながら、ふと目に入ったカレンダーの日付に気付く。

 

「一花の奴、あれで落ちてたら指さして笑ってやる」

 

 その日付――センター試験の合否の日時――頭に思い浮かんだ悪友の姿に口元を歪ませて。

 

 ダンジョンプリンセスを自称する少女、檀 姫子は中断していた動画編集に取り掛かった。

 

 

 

 鈴木 一花という存在を知ったのはいつ頃だったか。恐らく小学生くらいの頃だったと思う。

 

 自慢になってしまうが、私は子供の頃から優れていた。同年代の誰よりも。それどころか上級生と比べたとしても。

 

 男の子にも負けない身体能力。上級生にだって劣らない頭脳。筆を持てば先生も感心するほどの絵がかけたし、音楽だって大概の楽器は少し練習すれば苦も無く演奏できるようになる器用さも持っていた。

 

 そして何よりも優れた容姿。母親が戯れに送った写真が元でファッション雑誌のモデルを務めていた事もあるし、飽きてしまうまでには何度かTVにだって出演したこともある。

 

 実家は代々地主の家系で、奥多摩や青梅辺りの土地を多く持っており近隣の名士としても知られている。

 

 完璧だった。全てを持って私は生まれた。そう、思っていた。

 

 あの日。

 

『最優秀賞、鈴木 一花さん』

 

 初めて誰かに敗れたと感じた、あの時まで。

 

――負けた。

 

 彼女が描いた一枚の絵を見た時、そう自覚したのを覚えている。

 

 それは奥多摩の山の中。猟銃を構える老人の横顔と、その先に見える獲物の姿。

 

 息遣いまで感じるようなリアルさに、思わず見比べた自分の絵の稚拙さに恥ずかしさすら覚え、そしてこの絵を描いた人物の顔を見てやろうと舞台に上がる少女に目をやって。

 

「……」

 

 息を、呑んだ。

 

『おめでとうございます』

「ありがとうございます」

 

 人形のような顔立ちとは良く言ったものだ。小学生の頃の鈴木 一花はまるで日本人形をそのまま人間にしたかのような妖しい美しさを持っていた。

 

 その瞳は無機質で、何も写していないかのように思えるほど感情を感じさせず。ただ声をかけられたから返答した、と言わんばかりにお立ち台の上に立つ教育委員会のお偉方からの賛辞の言葉を受けていた。

 

 その姿を見た時、私は悟った。

 

 あの女にとって、この式典はどうでもいいものなのだ、と。

 

 私が数か月をかけて描いた絵よりも数倍優れた作品を描きながら、私が欲した称賛を受けながら。その全てを平等に価値が無いと断じているのだと。

 

 思い込みが激しいと言われればそれまでかもしれない。だが、間違っているとはどうしても思えない。

 

 表彰式を終えた後、居てもたってもいられなかった私は家族に断りを入れて彼女の姿を探した。嫉妬もあったのだろうが、それ以上に彼女の事が気になってしまったのだ。

 

 自分にとって最も価値あるもの……他者からの称賛をあれほどに受けながら、何故貴方は詰まらなそうな表情を浮かべているのか。その答えを、知りたかった。

 

 ほどなく見つけた日本人形のような少女の姿。家族だろう、少し年上らしき男の子と共に歩くその姿を追って私は駆け寄る。

 

 何事かとこちらに目線を向ける二人。私は息を整えながら胸を張って名を名乗り、彼女に話しかけた。

 

「私の名は檀 姫子。今回の最優秀賞は貴女に取られてしまいましたが、次回は」

「あ、私もうこのコンテストには出ないから。じゃね」

 

 胸を張った姿勢のまま固まる私に手を振って、二人は歩き去っていく。私が正気を取り戻したのは彼女達が歩き去って行った後。心配した母親が探しに来てくれた時だった。

 

 そう、あれが最初の出来事。

 

 長い長いあの女との戦いの、始まりの日の事だった。

 

 

 

「あら鈴木さん。こんな所で会うなんて奇遇ですわね。今回は私が勝たせていただきますわ」

「えっと、誰?」

 

 次の遭遇は書道のコンテストの時だった。再び会った彼女に声をかけた時、相手方は一切こちらの事を覚えておらず地団太を踏んだ。結果は大賞を鈴木 一花が。私の結果は優秀賞にとどまった。

 

「あら鈴木さん……今度こそ、私の名前を貴方に覚えさせてみせますわ」

「あ、いや覚えてるよ。伴さんだよね。伴姫子」

「檀! 檀 姫子ですわ!」

 

 そしてその次はピアノコンクール。彼女の小さな手から紡ぎだされた旋律に思わずうっとりとしてしまい、自身の演奏順番を忘れてしまいこの時は不戦敗だった。くそが。

 

「あら鈴木さん。同じ学校になりましたわね……学力テストで、次こそ上に立ってみせますわ」

「ああ、檀ちゃんか。私の事は一花でいいよ?」

「……なら、私も姫子でいいですわ」

 

 中学への入学。両親に我がままを言って奥多摩で保有している家に住居を移し、彼女と同じ学校に通えるようにする。学力テストでは3年間一花を抜くことは出来なかった。ちくしょう。

 

「なら、次は体力で勝負……絶対に負けね……負けませんわ!」

「おー、まだ取り繕うね。もう素直に普通の口調で行ったら?」

「……お母さんに怒られるんだよ」

 

 この頃から、すでに彼女の事を気に入らないだとかそういった感情は無くなっていた。ただ、負けたくない相手。友人、そしてライバル。そんな感情が自分には芽生えていたのかもしれない。

 

 結果としては初期、一年生位の頃は私の方が優勢だった。彼女は体格が小さいし、私は発育が良かったから当然のことだ。勝負は2年以降と考えていた時。

 

 あの事件が起きてしまった。

 

 『浸食の口(ゲート)発生事件』

 

 近隣に住む人々すべてに大きな影響を与えたそれは、当然の様に私と彼女の間柄に強く爪痕を刻む事となる。

 

 私たちの感情など、知った事かと言わんばかりに。

 

 

 

『姫子ちゃんは鈴木さんとこのお嬢さんと友達だから』

『まぁ。ヤマギシの』

『あそこはダンジョンの権利で』

『じゃあ檀さんの所も』

『上手い事取り入って』

 

 耳に入ってくる大人達の声。相槌を打つように話を合わせる両親。何かを期待するような粘っこい視線。

 

 例の事件から半年が経ち、一年が経ち。ダンジョンという物がどうも金を生み出すようだと世間が認識し始めたころ。

 

「姫子」

「……ごめんなさい」

 

 町議である祖父がやらかしを行い、ヤマギシと決裂。そしてその結果奥多摩での地盤を失い――

 

 高校進学を機に、私は数年を過ごした奥多摩から離れる事になった。

 

『姫子ちゃん自体に思う所はない。だが、自分の子供を出汁にするような檀さんの所とは仕事は出来ない』

 

 決裂時。謝罪の為に訪れたヤマギシ本社で、山岸のおじさんに言われた言葉が頭を過る。

 

 まだ浸食の口(ゲート)が出来る前。家族経営のコンビニだった頃、一花と一緒にお菓子を買いに行った時に朗らかに笑っておまけをしてくれたおじさんは、今や押しも押されぬ巨大企業の主となっていた。

 

 そのヤマギシから疎まれた。奥多摩は最早ヤマギシと共にある。居場所を無くした檀家は奥多摩周辺の資産を売り、奥多摩から手を引くことを決定した。

 

「おじさん達が勝手にやってた事で、姫子が責任感じる事はないでしょ」

「そうだけどさ……迷惑かけたじゃん」

 

 言葉を取り繕う余裕もなく。泣きたくなるほどの情けなさを必死で押し殺しながら、隣に立つ友に涙だけは見せまいと歯を食いしばる。

 

 ここで涙を見せる事だけは出来ない。もし見せてしまえば、一花に負い目を追わせてしまうかもしれない。

 

 それだけは、ライバルとして。孤独になりがちな彼女の友人として、する訳にはいかなかった。

 

 だが、そんな自分の内心も。自分の数歩先をいつも平然と歩く友人には、見透かされていたのだろう。

 

「荷物はそれで全部? 青梅の方の家に届けるんだよね」

「え。ええ、そうよ」

「なら、こっちで特急の配達員を手配したから」

 

 大きなリュックサック一つ。それが今の私の全てだった。他の荷物はすでに引っ越し業者に送ってもらっている。これに入っているのは完全な自分の私物――奥多摩で手に入れたものだけを残していた。

 

 ぎゅっと旅行鞄の持ち手を握りしめる。感傷に過ぎないかもしれない。だが、これは自分で運ぶべきものだ。折角の彼女の好意だが、甘えるわけにはいかない。

 

 断ろうと私が口を開いた。

 

 正にその時。

 

「やぁ、スパイダースズキ便です。お運びするのはこちらのレディでよろしいですか?」

 

 上空から舞い降りる黒い影。思わず後ずさった私の前に、赤を基調とした網目模様のタイツスーツを着込んだ人物が現れた。

 

「お、時間通りの到着だね。これは良い引っ越しサービス」

「……え、ええと。一郎、先輩?」

「うん。姫子ちゃんお久しぶり、元気だった?」

 

 マスクの部分が消えて顔があらわになる。黒い髪に若干細い三白眼。一花の家にお邪魔したとき、いつも陽気そうな笑顔を浮かべて迎えてくれた一花の兄。

 

 そして今では世界有数の有名人となった青年、鈴木一郎。

 

 何度も会っている人物の筈なのに、滲み出る圧力のような物を感じて二の句が継げなくなっている私に、彼は片膝をついて右手の平を上に向けながら私に差し出してくる。

 

「できうる限り快適な旅と素晴らしい景色を貴女にお届けに参りました。エスコートのご許可を、レディ」

「うぇ、あ。は、はい」

「姫子ちゃん、テンパりすぎっしょ」

 

 展開についていけずにただ頷くだけのマシーンとなった私に鈴木兄妹は苦笑を浮かべ、一郎さんはすっと背中を私に向けてしゃがみ込む。

 

「ほんとうはお姫様だっこが理想なんだけど、両手が塞がると移動が難しいからね」

「え。あ、はい! ふ、ふつつかものですが」

「嫁入りかい」

 

 思わず口を入れた一花の突っ込みに答える余裕もなく、私は一郎さんの背に体を重ねる。大きな背中だ。まるで大木のようにがっしりとした頼もしさを感じ、子供の頃に負ぶって貰った父の背中を思い出す。

 

 一郎さんは右手を後ろに向けてウェブシューターを発射。私の体をウェブで固定すると、視線を一花に向けて一つ頷く。

 

「うん。じゃあ、まぁ……姫子。また、会おう」

「……うん。また」

 

 気恥ずかしそうにそう言う一花の声。我慢していた涙が一滴漏れるのを感じ、私は一郎さんの背中に顔を埋めた。

 

「じゃ、行ってくる」

「うん……奥多摩の景色、楽しんでって」

 

 一郎さんと一花の声。その声に返事を返す間もなく、急速な風の圧力と、そして浮遊感を感じ私は顔を上げる。

 

「エアコントロール。さ、良く見て。奥多摩の上空の景色、最高だよ?」

「――はい!」

 

 自慢気な一郎さんの声を耳にしながら、私は声を張り上げる。

 

 上空数十メートル。普段は見る事のない、奥多摩の姿。その全てを目に焼き付けようと、少女は目を見開いた。

 

 

 

「で、初めて吐いたのがあの空中浮遊の後なんだよなぁ」

「ゲロインダンプちゃんの雛形があっこなんだねぇ」

「ゲロイン言うなし」

 

 どうやら問題なく受験に成功したらしい友人から遊びのお誘いを受け、青梅線に乗る事しばし。

 

 奥多摩駅前で合流した友人と、最近出来たという駅前のカフェに入り駄弁る。

 

 この辺りもたった数年ですっかり様変わりしてしまった。自分がここを出た頃とは比べ物にならない発展した第二の地元に、頬が緩むのを感じる。

 

『お、おい。あれ』

『ああ、マスターとダンプちゃんだ』

『ダンプちゃんがまた吐かされるのか』

「吐かねーよくそが」

「うーん、すっかりお嬢様口調が崩れたねぇ」

「……おほほほ」

 

 外野からの声に思わず素で反応してしまい、慌てて取り繕うも時すでに遅し。周囲からの「今日の分の罵り頂きましたー!」という声と一花の冷めた視線に目をそらし、私は口元を隠して微笑みながら必死に現状の打開策を考える。

 

「つーかいつまでもここに居たら人に囲まれて出られなくなるぞ。私ら一応有名人なんだから」

「そうなんだけどねぇ。そろそろお兄ちゃんが帰ってくる筈なんだよ」

「……ぱーどぅん?」

 

 それ今以上の大混乱が約束されてる事じゃね? という私の視線に対し一花はオフコース、と視線で答えてにやりと笑う。

 

 あ、相変わらずこいつ話題作りの天才や。自身のライバルに対し戦慄を覚えながら、私はカバンを持って席を立つ。

 

「おっけーわかった。済まんがちょっと席立つぞ」

「ん。どしたの?」

「いや、一郎さん来るんだろ」

 

 言って、少しだけ顔が赤くなるのを感じながら頬をかく。

 

 思い出すのは、あの時の空中浮遊。そして、大きな背中。

 

「ちょっと化粧と着替えをな。こんなイベント、配信しなきゃ損だろ」

「お、チャンスは逃さないその姿勢。嫌いじゃないぜ!」

「はっはっは。100万再生、あっという間に行きそうだな(震え声)」

 

 動画配信なんて道に入った。その始まりは、確かにあの日のあの背中だったのかもしれない。

 

 照れで赤くなる頬が見られないように顔を背け、私はお手洗いへと向かう。

 

 次の動画も、気合入れるとするか。




檀 姫子:
ダンジョン専門の動画配信者、HNはダンジョン・プリンセス。現在は忍野ダンジョンをメインに活動中。
ダンジョン探索者となる際に実家を出ており、現在は一人暮らし中。別に仲が悪くなっているわけではないが、ある種のケジメらしい。
配信する動画のジャンルは主に「ソロで〇〇層に潜ってみた」「~~さんについていってみた」といったダンジョン内での探索動画や他のダンジョン探索者の紹介といった内容の物が多く、非常に顔が広いのがある意味特徴。よく動画中に吐く(音声のみ)
小中とずっと猫被ってた一花の本性を知る数少ない友人の一人。


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第二百二十三話 帰郷

久々更新。お待たせしました

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


「おひけぇなすって! おひけぇなすって! 手前、生国は――」

「久しぶりに会った後輩がいきなり仁義を切ってきたんだが」

「ごめん、この娘テンパると急にアホになっちゃうから……」

 

 待ち合わせに指定されていたカフェに入り、スマホで連絡を取り。

 

 久しぶりに再会した妹は、相も変わらず小生意気な口調でにやにやと笑っていて――久々に会った後輩は、なんだか変な感じになっていた。

 

 というか、その。黒を基調としたゴシック調のドレスでそれは合わんだろ。いや、ある意味絵になってるのか?

 

 続きの言葉が出てこないのか、「おひけぇなすって!」を連呼する姫子ちゃんの姿に爆笑する妹の頭を小突き、外へ出ようと促す。

 

 一応変装してるが、一花も姫子ちゃんも素の格好だからな。間違いなくパパラッチが嗅ぎ付けてる。スタンさん経由で雇ってるSPさんが対応してくれるとは思うが、人込みからはさっさと出た方が良い。

 

「お、お兄ちゃんが業界人っぽい言葉をしゃべってる!」

「いや、流石に2本も映画出てるんだからそれ位はな。と、そうだ一花」

「うん?」

 

 まだ実感の方はそんなにないが、ハリウッドのスター達と何度も出かけたりしてるんだ。彼らの行動を見て俺だって色々成長したりするんだよ。

 

 まぁ、今はそんな小さい事はどうでもいい。重要な事ではない。

 

「大学合格、おめでとう」

「――うん!」

 

 この一言を言う為に、日本に帰って来たんだ。

 

 誰かに邪魔される前に、きっちり言っておかないとな。

 

 

 

「おう、お帰り」

 

 ガラリと引き戸を開ける。玄関の配置。廊下の間取り。置かれている物の違いに細かな違和感を感じながらも、ふわりと香る懐かしい空気。

 

 ここ数年は専らヤマギシビルの自室にばかり行っていたが、この空気を感じる度に帰ってきたと感じる。

 

 ああ。実家はここなんだなと思わされる、そんな一瞬。

 

「ただいま、爺ちゃん」

「ただまー!」

「お、お邪魔……します……」

「おう……姫ちゃんか、久しいな。ゆっくりしていきな」

 

 そのままヤマギシビルの自室に――と思ったんだが一花と一緒に姫子ちゃんも居るし、一応部外者になる彼女をビル内に連れ込むのもどうかと一花から突っ込まれたのもあり。

 

 新年になってからまだ爺ちゃんに顔を見せてなかったし、行き先を変更して実家の方へと顔を出す事にした。

 

 数か月ぶりに顔を見た爺ちゃんは、そろそろ80が見えてくる年齢とは欠片も思えない矍鑠とした様子で俺達を出迎えてくれる。

 

 うーん。爺ちゃんと言いブラス老といいこの前の老師といい。魔法に関わりを持った老人、誰も彼もパワフル過ぎないかね?

 

 あと姫子ちゃん。爺ちゃんにそんな怯えなくていいから。この人、強面だけどそんな無作為に噛みついたりしないって。

 

「いやぁ、姫子がここを出てった経緯知ってるとそれはキツいんじゃないかなぁって」

「……流石に姫ちゃんにゃやらねぇよ」

 

 バツが悪そうな口調で爺さんがそう口にする。

 

 まぁ、檀さんと爺さんのやり取りをその場に居た人から又聞きした時は、正直檀さん可哀そうだなって思ったけどさ。

 

「そういえば爺ちゃん。今日は仕事、大丈夫だった?」

「ん、ああ。いや、実は予定が空いちまってな」

 

 爺さんはぽりぽりと頬をかきながらそう言うと、「茶菓子取ってくらぁ」と立ち上がりのそのそと部屋を出ていく。

 

「実はさ」

「ん?」

 

 そんな祖父の背中を尻目に。

 

 一花はにやにやと笑いながら俺の耳元に口を寄せ、ひそひそと話し始める。

 

「お兄ちゃんが久々に帰ってくるから、今日の予定全部空けちゃったんだよ。おじいちゃん」

「……ちょっと手伝ってくる」

「行ってら。私は、このぽんこつにちょっとお説教しなきゃいけないから」

「だ、誰がぽんこつか!」

「お前だよ! 化粧してドレス着てやるのが仁義切りってどこの極道!? うら若き乙女がする事!?」

「あ、頭が真っ白になったんだよ!」

 

 ピーチクパーチクと姦しい妹と妹分に苦笑を浮かべながら席を立ち。台所の入り口へと向かう。

 

 爺さんは台所の中、棚の上段に置かれていた菓子箱を取ろうと手を伸ばしている。

 

「爺さん、手伝うよ」

「ん、おお」

 

 爺さんの代わりに菓子箱に手を伸ばす。いつの間にか爺さんの背を超えて、いつの間にか大人って年齢になって。

 

「茶、淹れるぞ」

「うん、お願い。湯呑これ使って良い?」

「おう」

 

 それでも変わらず、爺さんは爺さんで、俺は鈴木一郎のままだ。

 

 最近、自分が何なのか。誰なのかが少しわからなくなっていたけど、この家の空気は昔のままで。

 

「おぅい、一花。姫ちゃん。羊羹でいいかね」

「あ、ありがとうお爺ちゃん! 姫子、続きは後ね」

「ふぁい」

 

 それが堪らなく嬉しい。

 

 

 

「なんてしんみりしてた空気を返してくれ」

「まぁ、うん。しょうがないんじゃない?」

 

 思わずぼやくように呟くと、付き人代わりについてきた一花がにやにや笑いを浮かべながらそう返す。

 

 いや、わかってたよ? スタンさんもなんかやけにすんなり日本に帰してくれるなと思ってたし。絶対に何かあるって。

 

「はい、それでは本番入りますので、鈴木さん。今日はよろしくお願いします!」

「あ、はーい」

「はーい(震え声)」

 

 ADさんの元気な声に答えて右手を振り、そのまま帰ろうかと悩んでいる間に気付けば舞台袖にまで連れてこられてしまった。

 

 え、何をするのかって?

 

 もちろん……映画の番宣だよ。



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第二百二十四話 ハジメ、拳を握るの巻(宣伝)

誤字修正、kifuji様ありがとうございます


 強いとは、何だろうか。

 

『良いかハジメ』

 

 師と仰ぐ魔法使いの言葉を何度も頭の中で反芻(はんすう)しながら、ハジメは右の拳をゆっくりと握りしめる。

 

 小指から順番に指を折り畳み、親指を人差し指に添え。

 

 メキリ、と音がするほどにそれらを締め上げながら、ハジメはゆっくりと歩き始める。

 

『こと戦うという事に関して、私がお前に伝える事はもう何もない』

 

 基礎の基礎と言われた魔力の循環を体に叩き込まれた後。数回の手合わせの後に師はそう言い放った。

 

 余りにも特異なその魔法。師――ソーサラー・スプリーム(最も優れた魔術師)ですらも「自身では扱いきれない」としたハジメの《魔法蜘蛛の右腕》は、それ自体がすでに一つの魔法として完成した――他の魔法を必要とすらしないものだからだ。

 

『だから、ハジメ。戦う前によく考えろ。その力を振るう時はいつなのか。どうして力を振るうのか』

 

 ハジメの視界には燃え盛る家々の姿がある。血塗れの老若男女達の姿が。怪物から逃げ惑う人々の姿が。

 

 助けを求めて叫ぶ、妹をどこか彷彿とさせる少女の姿が見えるのだ。

 

『そして考えに考えて結論が出た、その時』

 

 ならば、己はどうするのか。どうすればいいのか。

 

 そんなことはもう、決まっている。

 

『その右腕を』

 

 この右腕を

 

 ――ぶちかます(せ)!

 

 

 

 ドズン、と暗くなった画面。やがてスクリーン一杯に広がる【To be continued】の文字においおい、と苦笑をこらえながら司会者へと視線を向ける。

 

 確かこの後は紹介が入って、そこから数十分ほどひな壇に座ってお喋りに興じればいい筈、なんだが。

 

 司会の方が反応を返してくれないんだがどうすればいいんだろうか。あ、なんかスタッフさんが必死でボード振ってる。本当にカンペってあるんだなぁ。

 

「っ……いやぁ、凄まじい迫力の映像でしたねぇ。さて、今の映像をご覧になった方は今日のゲストはお判りになったでしょう。ライダー映画でデビューを飾り、今やヒーロー物と言えばまず名前が出てくるハリウッドスター、鈴木一郎さんです」

「あの、スターじゃなくて冒険者です」

「あ、失礼。そういえばそう名乗られてましたね」

 

 自称とかじゃないんですがね?(震え声)

 

 

 

「最近、自分が冒険者である事を忘れられているように思うんだ」

「……え、今更?」

 

 収録が終わった帰り道。車の中でぽつりとそう呟くと、少し間が空いた後に一花からやたらと呆れたような声音でそうお返事が返ってくる。

 

 うん? お兄さんちょっと意外なんだがなんでお前がそういう返答になるんだろうかね。常日頃口酸っぱく「僕、冒険者です」って口に出してた筈なんだけど。

 

「いやぁ。一番直近でダンジョン潜ったのいつ?」

「……イギリス」

「何か月も前じゃん?」

 

 グサリ、と致命的な一言を放ち、一花は苦笑も浮かべずにこちらを見る。

 

 いや、うん。分かってるんだよ。冒険者ってのに全然冒険できてないのはさ。自覚してるんだ。

 

 でも例え現状がどうであれ、気持ちとしては俺はいつだってダンジョンに潜りたいし、様々なしがらみがなければずっと恭二と一緒に深層目指してアタックかけたいんだ。

 

「まぁ、お兄ちゃんの希望は分かってるんだけどね。広告塔としてお兄ちゃん以上にふさわしい人が居ないから、今の状況は中々変えられないよね」

「……きょ、恭二」

「出来る訳ないじゃん。きょー兄のあれはもうダンジョン狂いってレベルだよ?」

 

 一縷の望みをかけて恭二を生贄に差し出そうとするも、論外の判定を受けて黙り込む。いや、そりゃああいつがカメラ向けられても愛想笑い以上の物が出てくるとは俺も思ってないけどさ。

 

 一応世界1位様なんだからもう少し俺の分の負担をあいつに投げても良いと思うんだよね。うん。

 

「あ、それだ」

「どれだ?」

「ランク制だよランク制。日本でも試験的に今進めてるみたいなんだけど」

「ああ……実感わかないよな。基本変わらないし」

「まぁ、私たちはね。でも姫子とかは結構影響あるみたいだよ。特に優遇措置とかが」

「ほーん?」

 

 確かEから始まってD>C>B>Aの順番だったか。Eは最下級の第一種冒険者で、二種以降はDからC。教官免許に受かった人物はB以上への昇格が可能になる、と。

 

 その昇格の基準ってのがあんまりピンと来てないんだが、少なくとも身近な冒険者でその辺りに引っかかる奴が居ないからな。実感がわかないのかもしれない。

 

「で、優遇措置ってのはなんだ?」

「C以上はさ、登録してるダンジョン以外のダンジョンへ移動するのが楽になるんだよ。魔力ヘリってあったじゃん、燃料に魔力が使える奴を定期便に使うって言ってたじゃん」

「ああ、そういやそんなのもあったな」

「あれの搭乗資格がCランク以上なんだよね。代わりにCランク以上なら普通に飛行機や新幹線で移動するよりもお安く移動できるの。姫子、あれ使って結構他のダンジョンに潜ったりしてるらしいよ。撮れ高稼ぐために」

「撮れ高?」

「撮れ高」

 

 そういえばあの子も結構な古参の冒険者兼動画配信者だし、マンネリ防止とかも気を付けてるんだろうなぁ。同じ映像ばかりってのも味気ないからね。

 

「流石はトップ配信者。意識が違うね!」

「どやかましい。で、結局ランク制がどうしたんだ」

「うふふ、それはね?」

 

 こういう話の振り方をする時は大概なにか企んでいるときだ。勿体ぶる一花をため息交じりに促すと、一花はにかっと笑って口を開く。

 

「一度Eランクから冒険者、やってみない?」

 

 その口から放たれた言葉に呆気に取られる俺に、一花は悪戯が成功したような笑顔を浮かべた。



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第二百二十四話 冒険者専門学校

 会議室のような場所、というのだろうか。白く四角い部屋の中、パイプ椅子と机を並べただけのそこに数人の人間が居る。

 

 事前に聞かされていた話では確か5名の生徒が居るという話だったが、今現在部屋に居るのは3名。自分を含めても4名であと一人はまだ来ていないらしい。

 

 空いている席に腰かけ、テーブルの上に置かれた資料――実習マニュアルと書かれた書類を手に取る。

 

 書かれているのは本当に基本的な事だった。これとこれを覚える。これをしたら危ない。こういった場合はこう対処する。全て奥多摩で俺達ヤマギシパーティーが纏め上げ、先達として後輩たちに教えていった事柄ばかり。

 

 なるほど、こういった絵付きのマニュアルだとより分かりやすいな。教官訓練とかだともう実践で体に教え込む手法ばかりだったからある意味新鮮な気がする。

 

「えー、では揃ったようなので」

 

 熱心にマニュアルを読み込んでいるとどうやら全員揃ったらしい。マニュアルを閉じ、ホワイトボードの前に立つ教師に目を向ける。

 

「私が今回、Eランク冒険者初期教育の担当を務める間島と申します。短い期間になりますが、どうぞよろしく」

「「よろしくお願いします!」」

 

 教官の声に合わせて頭を下げる。

 

 え、何をしているのかって?

 

 そりゃあ勿論、新人冒険者になりにきたんだよ。

 

 

 

 冒険者専門学校という物が出来た、という話を聞いたのはつい数か月前の話だ。これを聞いた時はようやく、という思いとついに、という思いが同時に過ったのを覚えている。

 

 というのも、冒険者の教育機関については結構前から政治家さん達もわーわーとうるさかったんだ。ただ、圧倒的に教官免許保持者の数が足りず、ヤマギシがその教官を負担し続けるのもどうなのかっていう理由で中々前には進んでいなかった。

 

 その状況がようやく変わったのが去年。各地のダンジョンで教官免許候補を育て、最終試験を奥多摩で行う方式に切り替えてからは一気に教官免許取得者の数が増えたのだ。

 

 そして、これまでに数倍する速度で増えた教官免許保持者たちに喜び勇んで政府は飛びついた。日本は飛びぬけて冒険者の数・質ともに高い国家だが、それはヤマギシによるスタートダッシュがあったからの話。

 

 ぼやぼやしていればあっという間にアメリカやイギリス、発展著しいドイツなどに抜き去られてしまう事になりかねない。現在、魔法技術のフィードバックによる最新技術やエネルギー開発によって好転している景気もどうなるかわかったものではないだろう。

 

 また、冒険者の数が増えればそれだけ魔石やダンジョン由来の魔鉄などの資源が多く手に入るのだ。

 

 冒険者の数は質に、そして国力にも直結する。ここ数年のヤマギシの躍進に政府はそう確信を持ち、全力で冒険者養成へと舵を切ったのだ。

 

 現在は奥多摩と忍野、博多と京都という元々設備が整っていたダンジョンにしか学校は作られていないが、今後は全てのダンジョンに併設する形で作られる事になるだろう。

 

「えー、という訳で。教育期間使用する道具、武器や防具については全てこちらで用意してあります。通販サイト等の武具は当たり外れがありますので使用は禁止です」

「あの、それって……私達はいくら位負担するんですか?」

「ご心配には及びません。これは国の補助金で用意してありますので……ああ、それと教育を無事修了した後は貸与する武具は国からの補助という事でそのままご使用いただいても構いません」

 

 学生だろう女性、最前列に座り熱心に間島さんの話を聞いていた人が手を上げて質問をすると、あらかじめ想定している質問だったのか。よどみなく間島さんは返答を返した。

 

 その言葉にどよめく室内。学校と言いつつ授業料も殆ど取っていない上に、最も負担の大きい武器防具も用意してくれるという太っ腹ぶり。この辺りにどれだけ日本がこの施策にやる気があるのか見えてくるな。

 

 気になった点などをメモりながら間島さんの話を聞いていく。大まかな教育スケジュールはほぼ奥多摩や他のダンジョンで行われている物と変わらない、か。まぁすでに初心者に対する冒険者の手引きみたいなのはほぼ完成してるからな。

 

「さて、それでは私の話は以上としまして。これから皆さんにはチームを組んで教育期間を過ごしてもらいます」

「チームっすか?」

 

 間島さんの言葉に、最後尾でボールペンをくるくると回していたヤンキー風の兄ちゃんが質問を返す。

 

 その言葉に一つ頷き、間島さんはホワイトボードの上の方に班長:間島 吾朗と書き、その下に1から5までの数字を書き込んでいく。

 

「チームワークは冒険者にとって基礎の基礎。それこそ真っ先に磨かなければいけない能力です。そのため、この教育期間中はここにいる私を含めた6名を1つのチームとして、全てのカリキュラムを共にする事になります。当然、飲食も含めて」

 

 その言葉に若干のざわめき。主に女性陣からのものを受け、間島さんは「ああ、勿論寝所やお風呂とかは別ですからご安心ください」と慌てたように言い、ざわめきは一先ず収まった。

 

 こほん、と一つ咳払いをした間島さんは、空気を入れ替えたいのか。少し大きめの声を上げてホワイトボードを指さす。

 

「では、こちらに今から自己紹介がてら皆さん自分の名前を書き込んでいってください……そうですね、では最年長の山田さんからお願いします」

 

 1と書かれた部分を指さして間島さんはそう言い、そしてその視線を俺に向ける。

 

 若干助けを求めるようなその視線に苦笑をもらしそうになりながら、俺は「はい」と小さく頷いて席を立つ。

 

 設定年齢は30代後半。少し運動不足が見える立ち振る舞い。くたびれたサラリーマンのような佇まいのしがないオッサンというイメージ。

 

「山田太郎です。よろしくお願いします」

 

 こちらを見つめる4対の視線ににこりと微笑みを返して、偽名:山田太郎の最初の一歩は始まった。

 

 というか他の4名10代か20前半しか居ないんだけど。年齢設定ミスってない一花さん。一花さん?




間島 吾朗:教官免許保持者。真島の兄貴じゃありません


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第二百二十五話 学校での仲間

お待たせしました。

今回も導入部分。話が進まず申し訳ない。

誤字修正。244様ありがとうございます!


「だから俺、そいつに言ってやったわけっすよ。『俺は冒険者になってビッグになる』って!」

「へぇ、なるほど」

「山田のとっつぁんもそう思うっしょ? 男なら天辺目指さなきゃぁって」

 

 間島さんの説明を受けている最中ずっとボールペンを回していた少年、武藤君はそう語りながらピシッと人差し指を天井に向け、恐らく決め顔のつもりだろう斜め45度くらいの角度で笑顔を向けてくる。

 

 その姿に思わず、といった様子で同じテーブルに座った他の面々がくすりと笑い、それに調子づいたのか武藤君は更にテンション高く……何故か俺に話を振ってくる。

 

 いや、恐らく同性だから話しやすいって言うのもあるんだろうが。外見のチャラッぽさとは裏腹に女性慣れしてないのかもしれないな。クラスとかに一人は居たお調子者タイプって感じかな。

 

「ちょっと良夫。さっさとご飯食べないと休憩時間無くなっちゃうわよ」

「へ? あ、やっべ」

 

 そんな武藤君に、彼の右隣に座っていた少女から声がかかる。小野島と名乗る彼女は武藤君と同じ高校の同級生らしく、彼とはペアでこの初期教育に申し込んだらしい。こちらは武藤君とはかなりタイプが違う。真面目そうな少女だ。

 

 最初に聞いた時は個人の免許取得に何故ペア申し込みが? と思ったが、むしろ学校が開設してからこちら、複数人か団体での申し込みの方が個人より圧倒的に多いらしい。

 

 まぁ、これに関しては理由を聞いたらあっさりと納得できたのだが。というか俺達ヤマギシチームだってそれが理由でずっとある程度固定のメンバー組んでたからな。

 

 命を預けるんだ。それなら、やっぱり気心知れた相手に預けたい。実際に自分が冒険者になるという段階に来て、皆それに気づいたんだろう。

 

「山田さんは、ご飯をそんなに食べて大丈夫だったんですか? この後、間島先生の話では結構動くって」

「ああ、心配には及びませんよ。腹八分目で抑えていますので」

「は、はぁ……私の5食分は食べてるように見えたんですが……

 

 そして一人で申し込みをするって事は(イコール)変わり者って事になるんだが、なんとこのチーム。武藤君と小野島さん以外は変わり者で構成されている。勿論俺も含めて。

 

 今俺に声をかけてきた彼女、円城さんもそんな変わり種の一人だ。

 

 ほんわかとした空気の似合う柔らかな雰囲気の女性だが、役者の卵らしく余り大きな声ではないのに彼女の言葉は騒がしい食堂内でもはっきりと耳に届く。ダンジョン内でも彼女の声は良く通るだろう。

 

「……山田さんの食べっぷりでもうお腹いっぱい」

 

 そしてもう一人の変わり種は俺を――というよりも俺の前にある食器を見て、少し引きつった表情を浮かべている。

 

 彼女の名前は手越さん。神奈川の大学に在籍しているという学生さんで、先ほどの説明会では最前列でガンガン質問をして間島さんをあたふたとさせていた女性だ。

 

 事前に冒険者についてもかなり調べていたらしく、魔法の取得についてや実際に冒険に潜る際の注意点などを熱心に尋ねる姿が印象的だった。

 

 この昼休憩の間もご飯をそこそこに先ほど尋ねた質問についてをなにやらメモしているらしく、稀にポツリと「やはりオークで……」やら「練習するべき魔法は……」等と口にしている。

 

 あらかじめ色々な場面を想定して備えるタイプの人なんだろう。想定外の時にどう動けるのか見たいところだが……と、これはどちらかというと教官目線だな。今の俺は教えられる側。しっかりイメージを持たなければ。

 

「さて、武藤君も無事飯抜きを免れたようだし」

「とっつぁん、ひでぇよ」

「ははは。まぁ、これに懲りたら時間の調節はしっかりとね。飯抜きでダンジョンに潜るのは嫌だろう?」

 

 出来る限り落ち着いた声音をイメージする。今のこの場に居るのは30代後半の男、山田太郎だ。

 

 設定としては山田太郎氏は『ヤマギシ警備保障』に今年度入社予定の元自衛官である。これは年齢と動きのギャップを少しでも誤魔化す為にある程度動ける理由が必要だったことと、『ヤマギシ警備保障』なら人員についての誤魔化しも容易だからだ。

 

 ほとんど人に任せてるけど、一応俺そこの社長(名ばかり)だからな。仮に問い合わせがあった場合もちゃんとカバーできるようにしてくれている……一花が。

 

「間島さんからは130ま……失礼。13時には訓練室という施設に来て欲しいと言われている。そろそろ移動しようか」

「りょうかいっす」

「わかりました」

 

 自衛官としての常識は中々抜けにくい、という話を同じヤマギシチームの浩二さんに教わっていた為、今回の為に付け焼刃だが自衛官っぽい仕草や言動を元自衛官のメンバーから学び、常にキャラがブレないように気を付けておく。

 

 外見が完璧に違えばそうそうバレる事は無いと思うが、一花に口酸っぱく注意された部分だからな。十分気を付けておこう。

 

 まぁ、演技の練習だとでも思えばいいだろう。ライダーマンの一路で20代半ばくらいの年齢までなら演じた事はあるが、今演じている山田太郎は40手前。実年齢とは倍くらいの差があるんだから。

 

 ……いつの間にか、演技の練習とかもちょろっと自前でやるようになってる自分が怖いぜ。

 

「山田さん、どうしました?」

「ああ、いえ。今日の予定と今後の流れを考えていまして」

「ああ。でも、皆さん移動されてしまいますよ?」

 

 円城さんからのやんわりとした注意に軽く頭を下げて返し、いかんいかんと軽く頭を振って雑念を飛ばす。

 

 今回の俺の役割はむしろここからなんだから、気持ちを切り替えていかないと。

 

「最初の訓練、何になるんですかね」

「さぁて、どうですかね。自衛隊の様にいきなり整列を覚え込まされるのは勘弁して欲しいですが」

「そうですね」

 

 冗談と受け取ったのか、クスリと笑う円城さんに、実際にそんな訓練から始まったらいきなりボロを出すことになるから勘弁して欲しい、と若干の願いを込めながら苦笑を返しておく。

 

 まぁ……実際にそんな訓練をやってきたら大問題なわけだがな。ダンジョン内で整列なんてやってる余裕はないし、そんなスペースがある場所もそうそうない。

 

 仮にそんな訓練をやらせようとする教官が居るとしたら……それは。

 

「……まぁ、まずは少し様子見だな」

「どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありませんよ」

 

 ポツリと呟いた言葉を聞きとがめたのか。こちらを見る円城さんになんでもないと笑顔で返して彼女と並んで廊下を歩く。

 

 他人を疑うってのはあんまり向いてないんだがなぁ……偽装された小型カメラを指で弄りながら、俺は一つ溜息をついた。



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第二百二十六話 冒険者の第一歩

更新遅くなり申し訳ありません。暫く間が空くと思います

誤字修正。244様ありがとうございます!


 右手を伸ばし、石の真上にかざす。普段は特に意識して行う仕草ではない。だが、こうやって人の前に立ち、他者の説明を受けながら行ってみると幾つかの気づき、のようなものが出てくる。

 

 まず一つ。この石から魔力を抜き取るって感覚、初めにこの現象を発見した奴はなにを考えてこれを『魔力の吸収』だと思って行ったのかという事。

 

 普通見た目ただの石を触ってなんだかわけのわからないパワーが体に伝わってきたら怖いだろう。

 

 あんときは状況が状況で正直頭の色んな部分が麻痺してた気もするけど冷静に考えたらおかしいよな。恭二って奴のことだけどさ。

 

「山田さん、どうでしょうか」

「あ、ええ。はい、なんだかわけのわからない感覚ですが、流れこんでくる感覚はありました」

「分けの分からない。まぁ、確かにそうですね」

 

 俺の率直な感想に間島さんは苦笑を浮かべながら頷き、俺が魔力を吸収した後の魔石を持って手に持った籠にいれていく。

 

 魔力吸収後の魔石も研究対象の一つだからな。魔石はダンジョン資源の中でも最も需要の多い資源で、その重要性が認識され始めた頃から再利用が出来ないか、もしくは魔力を失った後の石も何か特性がないのか様々な研究機関が調べている、らしい。

 

 ヤマギシでも研究しようとしてたらしいんだけど、新発見に次ぐ新発見にそこまで手を出せる余裕がなかったようだ。一分野を丸々ヤマギシだけで扱いきれるわけでもないし、他に振れるところは振った方が良いって事だろう。

 

「うぉっ!? び、ビリってきた!?」

「きゃっ!」

 

 さっさと魔力吸収を終えて周囲を見渡すと、初めて魔力を吸収したのだろう高校生組が驚きの声を上げる。彼らほどではないが、他の2人も驚いたような表情を浮かべて力を失った魔石に視線を向けている。

 

 覚えのある光景だ。初めてこれをやれと言われた時はついに恭二がおかしくなったのかと思ったなぁ。

 

「うん、皆さん終わったみたいですね。これがダンジョンと関わる人間にとっての最初の一歩。魔力吸収です」

 

 パン、と手を叩いた間島さんに全員の視線が集まり、それを確認した間島さんはにこやかな笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

「テレビやインターネットでも言われていますが、冒険者にとって魔力は全ての基本。また、魔力発電なども耳にしたことはあると思いますが、魔力とは現在最も高価でそれ以上に有用なエネルギー資源です」

 

 間島さんの言葉に、隣に立った手越さんがうんうんと頷いている。勉強熱心な彼女は事前に一般に広まっている知識はあらかた集めていたらしい。手元にメモを用意し、知らない単語が出てくればすぐにメモ。逆に知っている知識があれば今の様にうんうんと頷いて間島さんの話を聞いている。

 

「今、貴方方が吸収した魔石はオオコウモリの魔石。ダンジョン第一層に出てくるモンスターで、当然最もダンジョン内部で弱いモンスターです。恐らく最も多くの人間に倒されたモンスターで、落とす魔石の魔力量も最低の物となります」

 

 自分の話を聞く生徒達が理解できているのか、確認するようにゆっくりと全員を見回しながら、間島さんは話を続ける。

 

「つまり殆どの冒険者は。今、貴方方が行ったようにオオコウモリの魔石から初めて魔力吸収を行ったわけです――それこそ、ヤマギシチームですらも」

 

 にこりと笑いながらそう告げる間島さんの言葉。その言葉に騒めく自身の生徒達を目にしながら、彼は一呼吸入れた後に声を張り上げた。

 

「これが、最初の一歩だ。全ての冒険者にとっての、最初の一歩だ。おめでとう。新たな冒険者たち。僕達は君達を歓迎する!」

 

 胸を張り、自信に満ちた表情を浮かべて。自分の言葉に目を輝かせる生徒達に満足げな表情を浮かべて、間島さんはうんうんと小さく頷いた。

 

 素晴らしいスピーチだ。彼を教官として採用した日本協会の担当者は有能な人なんだろう。

 

 ――こっちを様子見するようにチラ見するのが無ければもう少し感動できたんだがな!

 

 苦笑いを浮かべて頷くと、あからさまに安堵したような表情を浮かべて間島さんは笑みを浮かべる。ヤマギシチームの名前を出した時も明らかにこっちに意識を向けていたし、これは何かしら気づかれているのだろうか。

 

 いや……ヤマギシ系列の社員だから忖度してるだけって可能性もある、か?

 

 彼については一度、一花に相談してみる必要があるかもしれんな。教官免許保持者なら一花の記憶に残ってる可能性もあるし。

 

「さて、これで最初の講義は終わりました。次は小休止を挟んで武具の授与を行う、予定でしたが。丁度皆さんの体術指導を行う先生がいらしていたのでご紹介したいと思います」

「……えっと、体術指導、ですか?」

「ええ。魔法や冒険者としての知識なら私でも教えられますが、体の動かし方などはやはり専門家の知識が必要ですからね」

 

 手越さんの質問にそう答え、先生という人物を呼びに行くのだろう、間島さんは訓練室の入り口へと歩いていく。

 

 まぁ冒険者はあくまでもダンジョンの専門家だ。奥多摩でも安藤さんや初代様のように剣術や体術の指導者は別途で居るんだから、教育機関であるこの学校にもそういった人物が居てしかるべきだろう。

 

 胸に付けた小型マイクを指で弄りながら、願わくばまともな人であればありが……た……

 

「初めまして、新たな冒険者の諸君。私はスーパー1、短い期間だがよろしく頼む!」

「うっそだろおい」

  

 すでに変身まで行った状態で現れた良く見知った人物の姿。ちらちらとこちらを見る彼の姿に思わず素の口調に戻ってしまったが俺は悪くない。悪くないだろ、うん。



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第二百二十七話 報・連・相

「要請を出したのは私なんだ」

 

 カラン、と音を立ててグラスの氷が揺れる。

 

 そこは落ち着いた雰囲気のバーだった。自己主張しすぎない音量の静かなジャズと初老のマスターがグラスを磨く音をBGMに、数名の人間が静かにグラスを傾けている。

 

 普段の俺では場の空気に呑まれてしまったかもしれない。

 

「一講師としてあそこに入るようになって数か月。私の目に入る範囲でおかしな点はない。まぁあくまでも一介の体術の講師だから、内務までは良く分からないんだがね」

 

 マスターに同じものを、と声をかけスーパー1さんはこちらに視線を向ける。

 

「だからこの違和感も根拠はないのかもしれないし間違っているのかもしれない」

「……」

「だがね、何か……何かが引っかかるんだ(・・・・・・・・・・)。誤魔化されている感覚というか、綺麗に歯が噛み合わないような違和感を感じている」

 

 無言でジントニックを呷る俺に、スーパー1さんはそう語り掛ける様に言いながら、マスターから手渡されたグラスに口をつける。

 

「君が来た時には驚いたが、同時に助かったとも思っている。直感に関して私は君以上の人材を知らないし、人間性は言わずもがな、だからね」

「買ってくれているのはありがたいですが、Eランク講習は短期間です。何も見つけられないかもしれませんよ?」

「それでも良いさ。いや、むしろその方が良いのかな。君が見て、そう判断したなら私はそれを信じられるからね」

 

 俺の言葉に苦笑を交えて、スーパー1さんはグラスをテーブルに置いた。

 

「講習に携わっている人間はみんな真剣だ。真剣に未来の冒険者を育てていて、誇りをもって職務に励んでいる。そんな彼等が何かしらの片棒を担がされているなんて、悔しいじゃないか」

「……そうですね」

「私が……私が言えるような事ではないかもしれんが……悔しいじゃないか」

 

 ポツリ、と最後に呟く様に口にして。スーパー1さんはグラスを一息にグラスを呷った。

 

 

 

「とはいえいきなりサプライズぶち込んできた妹にはきっちり罰を与えねばなるまい」

『だいじょびだいじょび』

「大丈夫じゃないから(おこ)」

『大丈夫だって。一応カバーストーリーは出来てるしお兄ちゃんの演技力(笑)でもなんとかなるっしょ。それに講師側にも頼れる人が居るのは何かと助かるでしょ?』

「それは、まぁ。そうだがサプライズにする理由はないだろ」

『お兄ちゃん絶対態度に出るじゃん』

「はい」

 

 ぐうの音も出ず妹に完敗を喫した駄目な兄貴が居るらしい。

 

『スーパー1さんは元々自衛隊の人だからね! 後輩の後輩だから面倒を見るって理由も付けられるし、お兄ちゃんが何かポカしても誤魔化せる話術も持ってる。お兄ちゃんのポカが誤魔化せる範囲ならね?』

「お、おう」

 

 彼の登場時に思わず呆然としてしまった事を思い出し、そっと目を泳がせる。あれ事前に知ってたら少し不味かったかもしれん。自然に驚くって、結構大変だよね。

 

「ま、まぁそんな事はどうでも良いんだ。重要じゃない」

『お、そうだね! 誤魔化されてあげるよ!』

「誤魔化してないから(震え声)」

『んふふ』

 

 電話越しにからかうように一花は笑い、その声音にため息を漏らす。昔はお兄ちゃんお兄ちゃんと後ろについてくる可愛い妹だったのに、今では兄を玩具にするような子になってしまった。

 

 頼りになる妹に成長してくれて嬉しい限りである。嬉しい限りである……多分。

 

『何もないならそれで良いんだけどね!』

「それフラグじゃ」

『お兄ちゃんは受けた講習の内容とか備品なんかのもらった物については逐一報告してね! こっちで精査しとくから!』

「了解」

『うん、よろしく! まぁ色々頼んじゃったけどさ。今頼んだこと以外は気にしないで良いから、新人生活を楽しんでくれると嬉しいね!』

「無茶を言うな」

『だよね!』

 

 そんな物調べてなんかあるのか、とも思ったが一花がわざわざ頼んでくるんだから何かしらの意味があるんだろう。

 

 あと、この状況で心底楽しく実習とか出来るかと声を大にして言いたい。間島さんもなんか感づいてるっぽい……ああ、そういえばまだ聞くべきことがあったな。

 

「なぁ一花。間島さんって今の教官の人なんだけど、覚えあるか?」

『間島……あー、ああうん覚えてる覚えてる。ネズ吉さん門下の静かな方ね』

「何それ初耳。静かじゃない方も居るん?」

『みちのくダンジョンの千葉さんが暑苦しい方担当!』

「もうちょっと手心加えて表現してあげてくれ」

 

 確かに千葉さん、レスラーみたいな体格で結構言動も暑苦しいタイプだけどさ。その体格から予想されるパワフルな戦い方もネズ吉さん門下ってだけあってアサシンスタイルも出来る器用万能なタイプの優秀な冒険者なんだぞ。

 

 他の代表冒険者と比べてキャラが薄いからって最近は黒脛巾組の設定持ってきて、衣装とか忍者っぽくしたり涙ぐましい努力を行ってる苦労人でもあるんだぞ!

 

 体格が良すぎて全然似合ってなかったけど。

 

『忍者レスラーって最近評判だよね』

「彼冒険者」

『あ、そうだね。うん。冒険者だね! 所で間島さんがどったの?』

「お前も話題の逸らし方は人の事言えないよな」

『お兄ちゃんに合わせてるだけだから(震え声)』

 

 この辺り兄妹だなってたまに思う。まぁ一花の場合は身内にしか隙を見せないからちょっと比べるのは厳しいかもしれないが。俺の尊厳的な意味合いで(震え声)

 

「この話題は止めよう」

『せやね!』

 

 互いに致命傷を受ける前に一旦話を仕切り直し、元の話題に切り替える。

 

「間島さんなんだけど、あの人もこっちの事情知ってたりする?」

『ううん。こっちの事情知ってるのは内部だとスーパー1さんだけだけど。何かあったの?』

「なんか授業中常にこっちの様子伺ってくるからヤマギシと関係があるのかなって」

『…………』

「一花?」

 

 間島さんの件を告げると、急に一花は無言になり、反応がなくなった。電波が悪いのかと思ったが向こうの息遣いは感じる為回線が切れた訳ではないだろう。

 

 不審に思い再度声掛けをするもやはり反応は返ってこない。ぶつぶつと何かを呟くような声だけはするんだが……間違えてミュートでも押したのだろうか。

 

「おい、一花!」

『――あ、ごめん。ちょっと考え事してた』

「おお。びっくりしたぞ」

『うん、ごめんね。私の知ってる間島さんの情報とちょっと照らし合わせてたからさ。うーん、常に見てくるんだよね?』

「ああ。やっぱりなにかおかしいのか?」

『おかしいというか……』

 

 そこで一旦口ごもり、一花はふぅ、と電話越しに一息いれた。

 

 一花が態々一呼吸入れるような案件、という事なのだろう。国家ぐるみ、もしくはまさか例の老師案件?

 自分の中で緊張感が増してくるのを感じながら、次の言葉を待つ。

 

『間島さんが情報を持ってないと仮定したら2パターン思いついたよ。良い方と悪い方』

「……良い方から頼む」

『ネズ吉さん門下だからね。同じ能力か似通った能力の感知スキルを持ってるのかもしれない』

「ああ」

  

 一花の言葉に納得して頷く。成程、確かにそれなら俺の正体を看破してきてもおかしくはないだろう。それに数少ない特性持ちが増えたとなればそれは冒険者全体にとってもプラスになる。確かに良い情報だ。その通りなら。

 

「なら……悪い方は、なんだ?」

 

 特性持ちが良い方、とすればそれに匹敵する何かしらで、しかも悪い結果。どんな事柄なのかも想像することが出来ない。

 

 ただ、ここ最近更に確度を増してきた直感が言っている。この情報は俺にとって、ろくなものじゃないという事を。

 

 ごくりと唾を飲み込んで、俺は一花にそう尋ねた。

 

『シャーロットさんの同類』

「なるほど、うん。よし、じゃあおやすみ」

『こっちの方が確率は高いかなって。やったねお兄ちゃん! 同性のサイドキック候補だゾ!』

「どやかましいわい」

 

 嬉しくない予測ありがとうマイシスター。

 

 クソァ。



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第二百二十八話 おすすめの鈍器

 入校してから二日目。個人的な懸念事項こそ多々あるものの昨日のような大きなトラブルもなく、間島さんを班長とする間島班は本日から本格的に訓練を開始する事になった。

 

 個人的な懸念事項は兎も角。

 

「えー、ここにある訓練用の武器はどれを使って頂いても結構です。好きな物を手に取ってください」

「よっしゃあ!」

 

 笑顔を浮かべてそう告げる間島さんに高校生ペアの男子、武藤君が気合の入った声で叫んだ。男の子ならしょうがない。俺も初めて刀を握った時はそうだったからな。

 

「えーと、木の棒、ハンマー、ナイフ、バット……ラインナップが微妙じゃないですか?」

「ははは。そうでしょうねぇ」

 

 喜び勇んで武器が立てかけられている棚を目にした武藤君だったが、実際に間近でそれらを見ると出鼻をくじかれたような表情で間島さんにそう尋ねる。

 

 見る限り、これらの武器は……成程?

 

「うっし、じゃぁこんなかじゃ一番まともなこれにすっか」

「良夫。大丈夫なの?」

「任せとけって。ちゃんと軍手もしてるしこれ位へーきだよ」

 

 並んでいる武器類の共通項に思い至り良く考えられているなぁと一人頷いていると、どうやら武藤君の武器選びが終わったらしい。彼は案山子の前に立ち小野島さんと軽口を交わしながら、その手に持った片手で持つには大きめの刃物を構えている。

 

 その姿を見た瞬間。思わず、俺は彼に声をかけていた。

 

「悪い事は言わないから鈍器にしなさい」

「えっ」 

 

 目の前で鉈のような刃物を構える武藤君が、びっくりしたような表情で振り返る。手元を見てやっぱりなぁと頬をかき、一言声をかけて彼が持つ鉈を借りる。

 

「まず一つ。軍手をして持つのは良くない。すっぽ抜ければ武器を失う上に、場合によっては味方を傷つけてしまうからね」

 

 利き腕の右手を見せながらそう言い、ゆっくりと武藤君にも見える様に柄を握る。

 

「次に距離。このくらいの刃物は確かに扱いやすいがその分リーチが短い。当然、その分だけ相手に近づかなければいけない」

 

 刃物を持ったまま手をまっすぐに伸ばし、訓練用に用意された案山子の首元に刃物を当てる。個人差があるとはいえ大体1m前後という所だろうか。

 

「そして最後に。これが一番の問題なんだが……刃こぼれが起きたり、脂で切れなくなったりと刃物はすぐに駄目になる」

 

 そう言いながら鉈をくるっと回転させ、柄の方を武藤君に向けて差し出す。

 

 少し差し出がましい行動をしてしまっただろうか。間島さんに視線を向けて様子を見ると、いつも通りのにこにことした表情を浮かべたままうんうんと頷いている。どうやら間島さん的には問題なかったらしい。

 

 対して武藤君は……うん。理解はしてくれたみたいだが、少し難しい顔をしている。ちょっと頭ごなしすぎただろうか。

 

「山田さん、質問いいですか?」

「どうぞ手越さん」

「ヤマギシチームが刀や槍を使ってるの見た事あるけど、他の冒険者の動画とかだとあんまり刀とか見ないんです。それって、やっぱり理由は」

「それについては私が答えましょう。彼らは魔鉄を組み合わせた魔剣や魔槍を毎回2,3本は使いつぶして冒険しています」

 

 手越さんの質問に答えようとすると、それまで黙って俺達の会話を聞いていた間島さんが片手を上げてそう答えを口にする。

 

「私も現役冒険者ですから魔剣や魔槍を使ったことはあります。あれらは確かに強力ですが、山田さんの言う通り何度も使える物ではありません。そもそも魔剣は品薄でそうそう手に入るものでもない。あれは生産元を抱えるヤマギシチームだから出来る事ですよ」

「……成程。では、彼ら以外の普通の冒険者はどういった装備をしているんですか?」

「それこそ千差万別と言えますね。例えば皆さんに今使って貰っている刃物や鈍器などは、どれも実際に使っている冒険者が居る物になります。もっとも、刃物に関しては先の山田さんの言葉通り、使い慣れていない人物はすぐに壊してしまって別の武器を使うようになるそうですが」

 

 そう言いながら間島さんは武器の棚に近寄り、一本のナイフを手に取る。

 

 そのまま彼は案山子に歩み寄り――ダンッと音を立ててナイフを突き立て、引き抜いた。

 

 彼は引き抜いたナイフの刃を眺めて、一つ頷くとそのナイフを見やすいように掲げる。

 

「この通り。ただの案山子相手でも先端が欠けてしまっています。素人がどれだけ上手く使っても、このナイフでは数回使用するだけで切れ味が維持できなくなるでしょうね」

「えっ、じゃあなんで置いてあるんですか?」

「剣道や剣術を学んでいる人物が来る可能性もあるから、ですね。冒険者は戦闘を避けられません。そのため、自然と武道経験者が多くなります。例えばそちらの山田さんのように」

 

 間島さんの言葉に頷きを返す。俺の場合は剣術を学び始めたのは冒険者になってからだが……山田太郎としては前職の自衛官であった頃に学んだ事になっている。

 

「勿論、未経験の方も沢山居ます。ですがそういった方々が経験者と同じように扱いが難しい武具を持っても良い結果にはなりませんからね。鈍器、特にバットなどは殆どの日本人が見た事のある道具ですから、自然と扱い方も振るい方も皆さん理解している。実際に出来るかどうかは要練習かもしれませんが――」

 

 そう言いながら間島さんは右手を背中に回す様に動かし――何故か出てきたバットを手に持った。思わず目が点になる周囲の視線を受けながら、間島さんは感触を確かめる様にぶんぶんとそれを振り回した後、備え付けらえた案山子に向けてバットを振るった。

 

 ドグォン!

 

 大きな破砕音が鳴り響く。殴られた案山子に目をやると、頭部が吹き飛んで見るも無残な姿になっていた。後衛指示が多いと聞いていたが、流石は教官免許保持者。大した膂力である。

 

「とまぁ、鍛えた冒険者ならただのバットでもこのような事が可能になります。バットは立派な武器です」

「あの。それよりそのバットどこから」

「山岸恭二を除く冒険者にとって武器のリソースは有限。一線級の冒険者には限られたスペースにどれだけ武装を持ち込めるかが求められます。皆さんも頑張ればこれくらいはできるようになりますよ」

 

 それ、俺出来ないんだけどなぁ。

 

 どうやら自分はまだまだ未熟だったらしいとショックを受ける内なる鈴木一郎を尻目に、山田太郎としての自分は感嘆のため息を漏らした。まだまだ勉強できる事は多くあるという事だろう。

 

 折角だからこの研修期間に、基礎を叩き直していくのも良いかもしれない。生徒側で教育を受けたのは初めてだが、間島さんはかなり当たりの部類の教官だろう。

 

 後は――

 

「…………」

 

 その何かある度に意味ありげにこちらを見る視線さえなければ素晴らしい教官なんですがねぇ。

 

 頬が引きつるのを感じながら視線に気づかないふりをし、俺は武器の棚に歩み寄る。

 

 武藤君に偉そうなことを言った手前、そこそこ扱えるところは見せておかなければいけない。勿論扱え過ぎるのはNG。全く良い演技の練習になりそうだぜ…………本当にな(震え声)



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第二百二十九話 受付嬢

誤字修正。244様ありがとうございます!


 その場所の内部イメージについて、デザインを担当した人物はこう言っていた。

 

『どうせならばロマンを追求したかった』と。

 

 いくつかの建物を繋ぎ合わせて作られたその建物は近隣でも有数の規模を誇る混合建築物だ。奥多摩駅前から続く大型ショッピングモールをまっすぐに抜け、冒険者協会が入ったヤマギシ第二ビルに入る。冒険者用の店舗が並ぶ第二ビルの中を更に進み、俺達はその場所に辿り着いた。

 

 木目模様をした茶色い床や壁。あえて木製の物を選択したテーブルや椅子。飲食物を提供するカウンター。ガヤガヤとした人々は、その殆どがヤマギシチームと同じデザインのダンジョン探索用ユニフォームとプロテクターを装着している。

 

 人々の姿形こそ現代的だが、見る人が見ればこの場所をこう呼ぶだろう。

 

 冒険者の酒場、と。

 

「かっけぇ……青いユニフォーム。あれ、全員ヤマギシの人なんすか間島せんせー」

「ええ。一部はヤマギシモデルを購入した民間人という事もありますが、この奥多摩なら殆どはヤマギシ社員でしょうね」

「やっぱり! すっげぇ!」

「良夫、あんまり騒がないでよ! もう、恥ずかしい」

 

 受付の入り口でその風景にはしゃぐ武藤君に小野島さんが顔を赤らめながらそう諫めるが、テンションが上がり切った武藤君には届かない。彼はスマホを取り出すとパシャリパシャリと周囲や自分を撮影し始めた。

 

「あ、他の探索者さんは写らないようにしてくださいね。後で撮った画像はチェックしますよ」

「うぇ!?」

「当たり前じゃない……」

 

 ハシャギまわる武藤君に間島さんが一言釘を刺し、それに引きつった声を上げる武藤君と当然だと頷く小野島さん。あそこだけ毎回コントみたいになってるな。

 

「でも、武藤君がハシャぐのも、分かる気がします」

「うん、そだね……」

「なんだか、自分が今から冒険者になるんだって……今、本当に今実感がわきました」

 

 手越さんの言葉に円城さんが相槌を打つ。二人は受付前で屯する、思い思いの武装をした冒険者たちに視線を向けている。

 

 プロテクターはほぼ全ての冒険者に共通する装備だが、得物に関してはそれこそ千差万別だ。刀を腰にはく者もいれば、槍を担ぐ者もいる。まぁ、最も多いのは――

 

「鈍器持ってる人、本当に多いんですね」

「ね。バットに釘とか刺してたりするし……」

 

 それは逆に壊れやすくなるだけなんじゃないだろうか、と思わないでもないが確かに痛そうではある。どんな冒険者なのかと興味を持って二人の視線の先に目を向けると、そこには他の冒険者達と違い、ユニフォームではなくゴシック調の黒いドレスを身に着けた冒険者(どっかのダンジョンプリンセス)の姿が。

 

 見なかった事にしよう。

 

「さ、まずは受付で登録からです。皆さん、冒険者カードは持っていますね?」

「おす! 師匠、もちろんっすよ!」

「冒険者界隈で師匠(マスター)なんて呼び名は一人にしか許されてないので間違ってもそれ言わないでくださいね?」

「え、あ。はい……」

「順当に教官か、先生でお願いします。私も死にたくないんです」

  

 間島さんの声は普段のそれよりも低く小さい声だったが、何故かはっきりと耳に届いた。勢いに呑まれるように頷いた武藤君にうんうんと頷きを返し、間島さんは受付に向かって足を進める。

 

 彼に従って歩いていくと、周辺の視線がこちらに向けられるのが分かる。値踏みされているような視線や、微笑ましいものを見るような視線。中には意地の悪い事に圧力まで込めた視線を向けてくる奴もいる。

 

 俺達が着ている水色のユニフォームは全国の訓練校で採用されたもので、一目で冒険者未満だと分かる様に作られている。それを見た彼等先輩冒険者からの可愛い後輩たちに対する彼らなりの歓迎なんだろうが、仮にも現代日本なんだからもう少し手加減して欲しい物である。

 

「……あ、あれ?」

  

 間島さんのすぐ後ろを歩いていた武藤君の足が鈍る。意地の悪い先輩方からの気当たりに体が反応してしまったのだろう。

 

 険しい表情を浮かべて、武藤君を庇うように前に立つ。試すにしても趣味が悪い。下手人だろう人物に視線を向ける。

 

「立花さん、もうちょっと加減を覚えてくださいね」

「わり、あの坊主の反応が面白くてつい……すまねぇな坊主。先輩冒険者っぽい事がしたくてよ」

「は? あ、いや。ええと、俺なにかやっちゃいました?」

「やられてた、の間違いね。新人さん」

 

 俺の視線を受けて、バツの悪そうな顔を浮かべた人物に奥の方から声がかかる。

 

 声の主は女性だった。椅子から立ち上がった彼女はピンク色にコーディネートされた制服らしきものを身に着け、頭には同じ色合いの帽子を被っている。

 

 恐らく変身魔法を使っているのだろう、青みがかった色合いの肩まで届く長い髪をした彼女はいたずらっぽく笑いながら口を開いた。

 

「奥多摩ダンジョンへようこそ、未来の冒険者達。長い付き合いになることを祈ってるわ」

 

 笑顔を浮かべながら彼女はそう口にする。左肩に着けられたレベル票は25。胸に光るBランク冒険者バッジに、各種魔法講習履修済を示す勲章の数々。

 

 数年前に起きたダンジョン内部でのある事件を切っ掛けに、ダンジョンに直接かかわりのある職員はある程度の実力をもつべきという声が上がり、その結果『ほぼほぼ国家公務員! しかも受付業務だけで手取りがドン! 時間外手当もバン!』と喜んでいた所に課せられた冒険者訓練。

 

 普段通りの仕事の後に組まれた冒険者としてのスキルアップ実習の数々を乗り越え、彼女たちは生まれた。

 

「私は奥多摩ダンジョンの受付嬢、如月芽衣子よ。如月さんでも芽衣子ちゃんでも気軽に呼びなさい」

 

 ダンジョン最先進国日本でしか出来ない究極の贅沢、冒険者受付嬢。

 

 諸外国が発狂するような存在(ロマン)は、不敵な笑顔を浮かべてガイナ立ちでこちらを見ていた。

 

 なんでガイナ立ちなのかはわからない。




なんでガイナ立ちなのかはわからない。


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第二百三十話 ダンジョンに入る前

遅くなって申し訳ありません。

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございました!


「あんたたちちゃんと10フィート棒は持った? ダンジョン探索の基本ヨ?」

「真面目にやりなさい」

「はいはい――では受付業務を始めます。皆様一列に並んで、カードを提出して下さい」

 

 間島さんと微笑ましいやり取りを交わした後。如月さんは先ほどまでの人を食ったような笑みから優しい微笑みのような表情に切り替えて受付の椅子に座りなおした。

 

「はぁ。最初からそうすれば……山田さん、それでは登録の際受け取った免許証を出してください。入場受付になりますので」

「あ、はい。これでお願いします」

 

 いきなりの豹変に戸惑っていると、先頭に居た俺に間島さんが声をかけてくる。いかんいかんと慌てて冒険者資格の免許証を取り出し、受付に座る如月さんに手渡す。

  

 この場で行われる受付というものは『誰がダンジョンに入るのか』、『いつ入ったのか』というものを残すための作業で、ダンジョン協会が存在する国の全ダンジョンでそれぞれの冒険者が自分用に作られた冒険者資格の免許証、公称『ギルドカード』を提出する事で行われる。

 

 作業自体はカードを専用の機器の上に乗せるだけという単純な物だが、受付された情報は各ダンジョンの受付にあるPCからそれぞれの国の本部にあるサーバーに蓄積され、これらによって各冒険者が現在どこのダンジョンに入っているのか、何時間ダンジョンに入っているのかという危機管理も行われている。

 

 決してミスがあってはいけない部分の為、ギルドカードを受け取る如月さんの表情も真剣なものだ。

 

 後は身体チェックのような物だが、義務付けられているカメラ付きヘルメットの検査がある。撮影機能に問題はないかのチェックとSDカードなどに不備がないか、GPSは動いているかを確認し、検査担当から手渡しで渡されたヘルメットをその場で装着する。

 

 ここまでの作業の事をダンジョン関連の人は受付業務と読んでいる。全部通しで行うと意外と時間がかかるんだが、命が掛かっている以上その点に文句をいう奴は居ない。

 

「ポン、ポン、ポンっと。はい、これで終わり」

「ありがとうございます」

 

 最後に受付をした手越さんに如月さんがヘルメットを渡し、班員全員の受付が終了した。いよいよダンジョンに入る事になる。

 

「間島の兄貴ぃ、今日はどこまで潜るノ?」

「私はヤクザでも眼帯でもないんですがね? 予定では3層で魔法を体験してもらうつもりです」

「なら、ちょっとタイミング悪いわね。今、2、3層は地獄ヨ?」

 

 受付が終わり真面目モードが終了したのか。如月さんはまた人を食ったような笑顔を浮かべて受付カウンターにもたれ掛かるように身を乗り出し、間島さんに話しかける。

 

 先ほどからのやり取りを見ているとどうも知り合いらしいが、今いち関係性が分かりにくい人たちだ。

 

「……時間ズレたのか?」

「例によって例の如く婦人団体がー人権がーってまぁ小一時間。随分気がたってたわよー♪」

  

 若干胸が強調されるような姿勢になったからだろう。ごく一部に視線を集中させる武藤くんとその頬をつねり上げる小野島さんによるコントを背景に、如月さんと間島さんは不穏な会話を繰り広げる。

 

 如月さんの情報に口元を引きつらせながら間島さんは「情報、ありがとう」と口にすると少し考えるそぶりを見せ、うんっと一つ頷くと。

 

「少し予定変更をして1時間ほど1層で戦闘訓練といきましょう」

「えっ、先生、今日は1、2戦したらそのまま次の階層に」

「いえ……まぁ、ええと。かなり刺激的な映像を見る事になりそうなので。これ教官命令です」

 

 口をもごもごと動かしながらそう話す間島さんに「お優しい事ね」とくすりと微笑みを浮かべる。

 

「ほらほら。教官の指示には従う。他の冒険者の受付もあるから、早く場所を空けてネ?」

「あ、すみません」

「それじゃあ、私の後についてきてください」

 

 如月さんに急かされるように班員達は間島さんの後を続いていく。先ほどの『可愛がり』もあったため最後まで様子を見ていたが、他の冒険者達もあれ以降はこちらに注意を向けるそぶりは見せなかった。

 

 いや、唯一姫子ちゃんだけはこっちを見て訝し気にしてたんだが。まさかバレてないだろうな。それっぽい要素は全部消してる筈なんだが。

 

「オジ様。みんな行っちゃうわヨ?」

「っと、ああ。これは失礼」

「ふふっ。気をつけてね!」

 

 頭をかきながら苦笑する俺に、如月さんはくすりと微笑を浮かべ。

 

「だって・・・あなたってちっとも強そうに見えないんですもの! ウフフ」

 

 人好きのする笑顔に悪戯っ気を浮かべながら、彼女はそう言ってパチリ、とウィンクをした。

 

 

 

「メタルマックスかー」

「あんのレトロゲーマー……」

 

 思わずつぶやいた一言に事情を察したのか。小さな声で間島さんがそうぼやくように呟いた。

 

「間島教官! あの人と仲良いっぽく見えたんですが、もしかして恋人とか!?」

「勘弁してください。あいつとは教官合宿の同期なだけです。本当に」

 

 武藤君の質問に疲れたような声で先頭を歩く間島さんが返答を返す。表情までは見えないが、随分と背中が煤けているように感じる。大分苦労しているんだろう。

 

 しかし間島さんの同期という事は水無瀬・上杉世代というわけなんだがこの世代色物が多すぎやしないだろうか。一つ前の御神苗さんや昭夫君世代が随分おとなしく感じるぞ?

 

「私達の同期はトップ二人からして趣味人でしたからねぇ。暇があれば果し合いしてましたし」

「――あの、冒険者ってそんなに血生臭」

「あの二人がおかしいだけです」

 

 俺のモノローグを読んだのかと言わんばかりのタイミングでため息交じりにそう話す間島さん。その内容に思わず頬を引きつらせながら尋ねる円城さんに、被せるように間島さんが否定の言葉を放つ。

 

「……間島さんの同期はおかしい、と」

 

 そんな二人のやり取りに手越さんは丈夫そうな皮のカバーを付けた手帳に熱心に書き込みを行っている。いや、そこ一緒くたにしたら間島さんも……いや、しかし。

 

「はい。では皆さん、この黒い穴がダンジョンゲート。ダンジョンの入り口になります」

「うわ、すっげぇ……マジで空間に穴が開いてる!?」

「ね、ねぇ良夫。私達、本当にこれに入るの?」

「黒い穴、ここが初めてのダンジョン災害の場所。空間に浮かぶように穴が開いていて……」

「…………………駄目だわ。書き込む言葉が思い浮かばない」

 

 初めてここに立つとやはり感じる物があるんだろう。振り返った間島さんの言葉に、班員達がそれぞれ多様な反応を返す。勿論山田太郎としては初めてゲート前に立つわけだから、俺も驚いている様子を浮かべている。

 

 間島さんは俺達の反応にうんうんと満足げに頷きながら、ゲートを指さしながらしゃべり始めた。

 

「驚いたりするのはまだ早いですよ。我々冒険者にとって本番はこのゲートをくぐった先にあるんですから。さ、皆さん付いて来てください。記念すべき初の冒険ですよ!」

「あ、はい……」

 

 そう言いながら間島さんは見本を示す様にゲートに右手だけを出し入れし、問題ない事を示した後にゲートをくぐり中に入っていく。

 

「……よ、よし!」

 

 彼の後に続く様に手越さんがゲートの前に立つが、今一歩足を踏み出すことが出来ないのか。背後を振り返り、助けを求めるような視線を俺達に送ってくる。

 

 まぁ明らかに怪しい物体だからな、ゲート。普通の人が尻込みするのは仕方ない。

 

「では、私と手越さんが一緒に。その後に円城さん。武藤君は小野島さんを頼めるかい?」

「あ、はい!」

「お……オッケーとっつぁん、任せてくれ!」

「うん。では、行きましょうか手越さん」

「はい! た、助かりました」

 

 あまり俺が矢面に立ちすぎるのも後々の彼らの成長の妨げになりかねないんだが、これ位なら班員内の助け合いの範疇だろう。

 

 手をゲートの中に入れ、問題がないかを確認。これを先ほどの間島さんと同じように皆に見えるように行う。おっかなびっくり、初めてゲートに触る山田太郎をイメージしながら慎重に。

 

 手越さんも俺に合わせる様にゲートに触れ、ゲート内に手を入れ、出してを数回行い。互いに息を合わせて俺達はゲートの中に入りこむ。

 

 ついつい目を閉じ、息を止めながらゲートをくぐる。空調の効いた空間から湿った密室の中へと入り込んだ感触。そして目を開けて一気に開けた視界。

 

 隣に立つ手越さんの息を呑む音が聞こえる中、俺は――いや。『山田太郎』は、小さく息を吸って吐く。

 

 世界が切り替わる感覚。ドアを開けて別の部屋に入ったとかそういった物ではない。文字通り別世界へと入り込んでしまったこの感覚。

 

 これがダンジョン。

 

「ダンジョンへようこそ」

 

 壁に寄りかかるように立ちながら、俺達を眺めて……間島さんは、微笑を浮かべながらそう言った。



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第二百三十一話 地獄の2層

『2、3層は地獄ヨ?』

 

 頭の中を如月さんの声が過る。

 

 1層でオオコウモリを相手に初モンスター戦を行い、凡そ一時間。ほとんど野生の獣と変わらないとはいえ、いきなり生き物と殺し合うというのは中々ハードルが高いのか割と手間取った人も居たが、無事に班員5名全員がオオコウモリとの戦いを征する事に成功。そのままボス部屋のゴブリンも危なげなく倒すことが出来た。

 

 ここで最早ムードメーカーになったと言っても良い武藤君が「下層に行きたい」と主張し、渋る間島さんを押し切り――勿論予定時間になっていたというのもあるが――階層エレベーターを通り過ぎて2階へ降りる事になった。

 

 そして、今。

 

 俺達の前に、地獄が姿を現した。

 

キィエエエエエェェェェエッ!!

 

あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!

 

グギャアアアァァァ……

 

 幾多に渡る雄たけびのような声。悲鳴。階段を降りる度に聞こえてくるそれらに身構えていた俺達を歓迎するかのように流れる音の奔流。階段から降りた先の広場で、繰り広げられるサバトに、女性陣が小さく息を呑む。

 

「こいつはぁぁぁぁああ! わたしのぉおおおおおお!!」

 

 叫びながら、鬼のごとき形相でそれはゴブリンを追いかける。運動がしやすいようにだろう茶色いジャージに身を包み、パーマされた頭を振り乱しながら、彼女は手に持ったバットを走りながら振りかぶり、振り下ろす。

 

 グゴシャァ! と大きな音を立ててゴブリンの頭がザクロの様に砕け、それを為した女性は大きく口を開けて勝利の凱歌を――

 

「あああああ魔石落ちてるぅ! もーらい!」

「――あ”?」

 

 あげようとする前に、横合いから消えたゴブリンから落ちる戦利品、魔石をかすめ取る手が一つ。見れば同じようにジャージ姿の……こちらは紫色だが……女性が『拾い上げた』魔石を嬉しそうに頬ずりしている。

 

「ちょっとあんた! 横取りしてんじゃないわよ!」

「えぇ!? 横取りなんかじゃありません。落ちてたのを拾っただけですよぉ? あんたはゴブリン倒しただけで満足したんでしょ? 嬉しそうに涎垂らして」

「ふざけんじゃないわよ!」

「なによ!?」

 

 一触即発といわんばかりの二人の女性。これは止めに入らねばいかんか、と身構えていると、二人の横合いを何も言わず、別のジャージ姿の女性が走り去っていく。

 

「あ、ちょ!」

「ゴブリンは私のものよ!」

「私の物よ!」

 

 先ほどまでの争いもどこ吹く風と言った様子で走り去っていく二人の女性。

 

 俺達以外の誰も居なくなった部屋の中。静かになった空間に、ぽつり、と武藤君の声が響き渡った。

 

「成程。地獄だ」

 

 その場に居た全員が無言で首を縦に振った。

 

 

「えー。無事に初の冒険を終了しましたね。皆さんお疲れ様でした」

「無事、ですか」

「山田さん。言いたいことはわかります。分かってますから……」

 

 冒険を終えて学校に戻った後。教壇の前に立つ間島さんの言葉に思わず口をはさむも、消え入るような間島さんの声にその後の言葉が言えず口をつぐむ。最近参加してなかったけど、臨時冒険者のお姉さん達はあんな感じだったな。そういえば。

 

 臨時冒険者の人数を大幅に増やせない最大の理由があれだ。彼女達が必死なのはわかるんだが、必死すぎて随伴の冒険者達だけじゃ面倒を見切れないのだ。

 

 一つのダンジョンで毎日数百名の臨時冒険者が低層に潜っているが、この数百名の面倒を見るために毎日午前・午後で十数名の二種免許持ちの冒険者が動いている。普通なら10層より下を探索できるレベルの冒険者が十数名も拘束されているわけだ。

 

 勿論持ち回り制だが、二種免許持ちが少ないダンジョンでは当然お鉢が回る事も多い。勿論国から手当が出るし危険も少ないとはいえ、どれだけ大変なのかはまぁ見た通りだ。各ダンジョンから冒険者が奥多摩に来たがっていた理由の一つでもある。

 

 これが昭夫君みたいなアイドル扱いされてる子とかならまた話は別なんだがな。昭夫君の場合、彼が一言声をかけただけで借りてきた猫みたいに皆さん大人しくなるらしい。御神苗さんが随分羨ましがってたのを覚えている。

 

「ごほん。えー、今回初めてモンスターと対峙したわけですが、皆さんもうおわかりでしょう。連中は弱いです」

「はい……えっと、はい。大分拍子抜けしちゃいました」

「でしょうね。連中、ゴブリンは弱い。私が皆さんにかけた『バリア』の魔法が無くてもまず負ける事はないでしょう」

 

 小野島さんの言葉に間島さんはうんうんと頷きを返す。実際、よっぽど運動が苦手という人でもなければ普通のゴブリンに負ける事はないといえる。下手すれば連中、人間の子供より弱いからな。思い切り叩く事さえできればまず大丈夫だろう。

 

 その叩くって行為自体に抵抗があり、負けてしまう人も居るらしいんだがこれは周りがカバーすればいいだけだ。その点を考えても、やっぱりダンジョンに入る際にPTを組むのは理にかなってるわけだ。生存率が段違いで上がるしね。

 

「まぁ、ゴブリンやその次のオーガまではこのままの調子で大丈夫でしょうね。そこから先に行くのは、しっかり魔法を覚えてからです」

「「はい!」」

 

 全員の返事に間島さんはうんうんと頷きを返し、「では今日は」と終わりの挨拶に移ろうとした所で、教室のドアをコンコンとノックする音が部屋の中を響き渡る。

 

 怪訝そうな表情を浮かべてドア前に移動し、間島さんはドアを開ける。

 

「あれ、須藤さんどうされました?」

「どうされました、じゃありませんよ間島先生。ドロップ品の提出にいつまでたってもこないから」

「……あっ」

 

 少しの間の後、間島さんが間の抜けた声をあげる。

 

 須藤と呼ばれた初老の男性は、その様子に呆れたようにため息を吐いた。



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第二百三十二話 教育期間

誤字修正。T2ina様ありがとうございます!


 教育期間も半ばを過ぎ、色々見えてきたことがある。

 

「とっつぁん、すまねぇ!」

「了解」

 

 突出してメイジを始末した武藤君を横合いからオーガの小剣が襲う。が、その前に盾を持って俺が割り込みをかけ、盾でオーガの一撃をはじき返す。

 

 そのままシールドバッシュを仕掛けてオーガを弾き飛ばし、武藤君と共に後方へ駆けて距離を空ける。そして空いた空間に他のメンバーがファイアーボールを打ち込み、残った敵を一掃する。

 

 うん、良いパターンだった。魔法抵抗力のあるメイジをさくっと武藤君が無力化できたのもそうだし、合図通りに動いてくれた後衛の動きも良かった。前衛の動きに後衛が思考を合わせる。傍から見れば簡単に見えるが、これこそダンジョン内で最も重要な要素。チームワークの基本中の基本だ。

 

「山田さん、今のシールドバッシュですが」

「ん、ああ。相手の出鼻をくじく意味合いでね」

「ええ、そこは問題ありません。後ははじき返す方向を――」

 

 一戦が終わったらその場で今の一戦の良かった点、反省点を洗い出す。勿論再度襲撃がある可能性もある為、斥候担当の手越さんが常に周囲に気を配っている。手元のメモ帳に色々と記入しながら。

 

 それ大変だしどちらか変わろうか? と一度訪ねた事があるが、どうもメモを取らないと落ち着かない上に集中が出来ないらしいのと、思った以上に斥候役として周囲を見るのが性に合っているらしくこのまま続けさせてくれと懇願されてしまった。

 

 その際に彼女のメモ帳を少し見せてもらったのだが、周囲のスケッチやら気付いた点やら反省点やらと教育機関のこれまでの歩みの殆ど全てが小さなメモ帳に網羅されている非常に出来のいい資料になっており、思わず素を出してコピーさせて貰えないか頼みそうになってしまった程だ。

 

 一花やシャーロットさんが喜びそうな人材なので、一応報告の際に伝えておいたがどうなるやら。

 

「良夫、あんまり突っ込み過ぎないでよ」

「大丈夫さ。とっつぁんと俺、息ぴったしだもん! な、とっつぁん!」

「はははっ……事前の打ち合わせ通りに動きなさい」

「あっはい」

 

 頬をひくひくとさせながら調子のいい武藤君の言葉に応えると、笑顔を引きつらせて武藤君がそう答える。武藤君と小野島さんカップルも大分こなれてきたのだが、この二人も面白い成長をしそうな片鱗が見えてきている。当初の印象通り武藤君は前衛、しかも特化型。ストレングスやバリアという補助魔法は覚えられたのに攻撃魔法はど下手という面白い尖り方をしている。

 

 それとは逆に小野島さんは気真面目そうな発言や何かと武藤君の世話を焼きたがる姿からサポート型かなと思っていたが、意外に攻撃魔法の方に才能があり逆に回復魔法やストレングスなどの補助魔法に苦戦している。割れ鍋に綴じ蓋というか互いに互いの苦手をカバーしている、ある意味ベストともいえるペアだ。

 

「皆さん、怪我はありませんか?」

「大丈夫っすよエンジョーセンセ」

「良夫君みたいに大きな生徒は持ってません! 山田さんは、大丈夫ですか?」

「ええ。盾で綺麗に受けられたので問題ありません」

「それなら、良いんですが……」

 

 ほっとしたように息を吐く円城さん。彼女はある程度前衛もこなせる他の班員と違って、動きながらの魔法行使を苦手としている。しかし攻撃・補助・回復魔法のどれもに適性を見せていて、現在の時点でバリア、ヒール、ファイアーボールの初球冒険者3点セットを覚えおり、現在はサンダーボルト・ストレングスなどの先に進む為には必須と言える魔法の習得を行っている。ゲームで言う所の魔法職という所だろうか。

 

 俺が今まで教育に携わった教官候補生達には居なかったタイプであり、非常に興味深い相手だ。

 

「よし、それじゃあドロップ品を集めよう。間島さん、『カーゴ』をお願いします」

「了解です」

 

 俺達の話し合いに口を出さずに見ていた間島さんに声をかける。一番最初の冒険以降、彼は基本的に俺達の行動を見守り、何か問題がある時に口を出すというスタンスで俺達の教育を行っている。

 

「先ほどの武藤君へのカバーはお見事でした。タンクとしての役割が板についてきましたね」

「ありがとうございます。『カーゴ』はそこに浮かせて下さい」

 

 相変わらずたまに見られている感覚があるが、心配していた彼からのアクションは今のところない。一花の予想が外れていた、という事を切に願いながら、彼が引いてきた『カーゴ』に手をかける。

 

 車輪の無い荷台付きバイクという形をしたこれは、ヤマギシと某大手自動車メーカーが手を取り合って開発したダンジョン用の新装備。

 

 浮遊型荷物運搬機である。 

 

「結構溜まったっすねぇ! これ何ポイントになるかな」

「前回の換算から考えるに……今回で一人頭1000ポイントは超えるかもしれない」

「1000……! 一週間しないで10万かぁ!」

「こら、雑に扱わない。錆びたナイフで手を切ったら、破傷風になるかもしれないんだから」

「あ、すまん」

 

 手越さんの言葉に鼻息荒く武藤君が叫び、ついで小野島さんからの注意にしゅん、と項垂れる。

 

 彼等が言うポイントというのは、冒険者専門学校におけるドロップ品買取の際の単位だ。普通に円でも良いんじゃないかと思うんだが、換金の際に法律がどうたらこうたらでこういう単位を設けているらしい。パチンコ屋みたいだな。

 

「オーガの小剣は確か30ポイント位だから、うん。1000は超えてると思うよ」

「ゴブリンのナイフと全然ポイント違うんすよねぇ」

「まぁ、この位の階層のドロップ品は素材としての価値しかないからね。10層より下なら研究品として買いたいってものもあるだろうけど」

 

 武藤君の言葉にそう答えながら小剣をカーゴに乗せる。実を言うと買取価格は各組織で結構ズレるんだが、その辺りはまだまだ知らなくても良い知識だ。変に教えて変な期待をさせても良くないだろうしね。

 

「さて、じゃあ切りも良いし今日はこのまま戻りましょうか」

「……地獄も、多分終わった時間帯ですしね」

「はははっ……」

 

 その言葉に何も答えず、間島さんはカーゴに跨る。将来的には各冒険者につき一台カーゴを、と言われているらしいが、今はまだまだ高価な代物だ。一般の冒険者にいきわたるにはまだ時間がかかるだろう。

 

 バックアタックの警戒の為最後尾を歩きながら、カーゴを中心に歩く仲間達を見る。

 

 俺達の時は周囲が騒がしすぎて、純粋にダンジョンに向かい合ってたのは恐らく恭二だけだった。俺も仲間達も、それぞれ理由を持ってダンジョンに向かっていたが、それはしがらみや仲間、家族の為といった意味合いが強かった。

 

 そして……今。何のしがらみもなくダンジョンに挑戦する人たちと出会って。未知を喜び、先へと進む彼らと共にあるいて。彼らにも、ヤマギシの仲間たちと同じように仲間意識を持つことが出来ている。冒険が、楽しいと感じることが出来ている。

 

「……恭二が、ダンジョンに拘る理由。少しだけ分かった気がする」

「……? 山田さん、どうかされました?」

「ああ、いえ。何でもありません」

  

 ぼそりと呟いた俺に円城さんが振り返るが、首を横に振って誤魔化す。いかんいかん。今メッキが剥がれかけたぞ。

 

 まぁあいつほどダンジョン狂になる気はないが……俺ももう少し、ダンジョンと向き合うべきなのかもしれんな。右手の事もあるし。

 

 まぁ、その前に。

 

 折角できた新しい仲間達の門出を大過なく祝う為にも、細かな不祥事はさっさと消えてもらった方が良いか。

 

 ポケットの中のポイント表を握り潰し、そう独り言ちながら俺は仲間達の後を追い歩き出した。



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第二百三十三話 スーパーハカー

「個人としては、色々な窓口があるのは妥当だと思うんだけどネ」

「ははは……」

 

 今日も今日とてダンジョンでの実習を終えた俺達を待っていたのは美人受付嬢の物憂げなため息だった。

 

 いや、まぁ。買取窓口を華麗にスルーしていくカーゴの群れについ言いたくなるのは分かるんだが買取窓口が固定されてる俺達に言われても困るとしか言えないんだが。

 

「やだ、ジョーダンよ冗談。おじ様、意外とお堅いのネ?」

「貴方の中で私はどういう位置づけなんでしょうか」

 

 思わずそう問いかけた俺に、彼女はふっと小さく笑って意味ありげな笑みを浮かべる。あ、うん。これは聞かない方が良いパターンだ。

 

「ま、私の個人的見解はどうでも良いとしまして」

 

 すっと胸元から一枚のメモ用紙を取り出し、如月さんはカウンターに身を乗り出して囁く様に呟いた。

 

「『同じ公務員同士』。仲良くできると思うのよネ。私達って」

「私はもう、公務員ではありませんがね」

 

 俺の答えをどう感じたのか。曖昧な笑顔を浮かべたまま、如月さんは小さく一つ頷いた。

 

 

 

「失礼しま~、ってとっつぁん今日はもう寝るの?」

 

 ノックを数回。返事を返した俺に断って部屋の中に入ってきた武藤君は、布団に包まった俺の姿にそうこぼした。どこかに出かけるつもりだったのか外行き用の格好をしている。

 

「ああ……ちょっと気疲れしてな」

「ああ……受付のねーちゃんにまたイジられてたもんなぁ」

 

 俺の言葉に合点がいったのか、苦笑いを浮かべて武藤君がそう口にする。いや、まぁ確かに如月さんやたらと絡んでくるけど、何だかんだ気遣いの出来る人だと思うぞ。

 

 俺達新人に対するケアは勿論、他の冒険者達に対してもその日のダンジョン情報や、狩場がバッティングしないように配慮。それに例の地獄に巻き込まれないように注意喚起もしてくれ、そして現在メインで潜ってる人間の事を、多分パーティーメンバー以外で一番知っているのは如月さんではないかってくらいに奥多摩の冒険者達個人個人を『知って』くれている。

 

 私生活で問題があり不調だった冒険者を顔色だけで「あ、なんかあったな」と判断し、躁鬱になりかけていた一人の冒険者を救った事がある、という一例でどれだけ彼女が周囲に気を配っているかが良く分かるだろう。

 

 こっちの事を見透かしてるのか何なのか。意味ありげな微笑を浮かべながら冒険者協会が把握してる『あるデータ』について教えてくれた時は「え、もしかしてバレてる?」と気が気ではなかったがな。

 

 どうも彼女、俺が今もどこかの公務員に所属していると思っているらしく、カマをかけるように「霞が関のエリートさんと合コンとかできない?」だとか「マジックレンジャーズってニチアサみたいな名前よね。担当の趣味?」だとか曖昧な返事しか返せない事を尋ねてくるのだ。

 

 あ、マジックレンジャーズってのは自衛隊のレンジャー部隊の中で、魔法訓練を受けた人たちの総称みたいなもんだ。今はヤマギシに所属してる岩田さん夫妻が冒険者としてのいろはを教えた方々で、命名に関しては特撮好きの浩二さんの影響が出ているんじゃないかと睨んでいる。

 

「どこかに出るのかい」

「あ、うん。いや、おう! 明日は休みだし今日も会議だなんだで訓練が早く終わったからな。美咲といっぺん家に帰ろうかって」

「ああ、そうか。そうだね、親御さんに無事な顔を見せてやりなさい。きっと、心配しているだろうからね」

「心配なんてしなくて良いのに。俺たちマッシー班は無敵っしょ!」

 

 俺の言葉にけらけらと笑って武藤君が力こぶをつくるように右腕をあげる。

 

 まぁ、確かにその姿を見せれば親御さんも安心するかもしれない。なにせ1週間前より明らかに体つきが大きくなっているからな。

 

 元々運動もしていたそうだが、魔力による身体補強の効率は段違いだ。1週間そこらで彼の身体は明らかに強く、大きくなっている。ここまで顕著に差が出るのは珍しいから、元々筋肉の付きやすい体質だったのかもしれんな。

 

 因みに俺が知る限りで最も体つきが変わったのはウィルだったりする。ヒョロガリの金髪ナードが半年でムキムキマッチョメンである! という姿になるのは何度思い返しても感嘆のため息しか出てこない。

 

 北米の上流階級が冒険者に好意的なのも、その辺が大きいんだろうな。下手なジムなんかよりも数倍効果的な筋トレになるから。

 

「ま、気をつけて帰りなさい。小野島さんをちゃんとエスコートするんだぞ?」

「分かってるって! とっつぁんもゆっくり休んでくれよ。トシなんだからさ!」

「おい。まぁ、ゆっくり休んでるさ。行ってらっしゃい」

「行ってきます!」

 

 布団で『顔』を隠しながら、武藤君と挨拶を交わし。彼の気配が完全に消えたのを確認してから、俺はむくりと体を起こす。左手で撫でる様に顔を触る。どうにもこの肌付きが未だに慣れない。

 

 さて、とバチリと電気を放つ右手をほぐす様に握り、開きを繰り返す。男女の性別の違いもあるのか、少しばかり勝手がつかめなかったが――もう慣れた。

 

 ベッド脇にあるコンセントに手を近づける。幸いなことに建物内のPCは全てローカルネットワークでつながっているらしい。目的のPCに関してもそれは同様だ。残念なことにネット回線は流石に繋いでいなかったらしいが他のPCを経由してしまえばそれも問題ない。

 

 コンセントに付属されたLANケーブルを手繰り、ローカルネットワークの内部へと入り込む。

 

 さてさて。ドロップ品を『どこに持って行った』のか。教えてもらうぜ、校長先生。



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第二百三十四話 圧迫会談

遅くなって申し訳ありません。

誤字修正。見習い様、244様、名無しの通りすがり様、kuzuchi様ありがとうございます!


 正面のスライドドアが開き、誰かが建物に入ってくる。時刻は朝の10時過ぎ。出社してきた教官や職員達ももう仕事を始めている時間帯。

 

 今日は来客予定はなかった筈だが。教材の売り込みやセールスなら事前に連絡を受ける筈だし、連絡のない飛び込み営業の類は全て警備が弾いてくれる。珍しい事が起きたな、と感じながらほぼルーティンワークと化した挨拶を行おうと入り口に業務用の笑顔を向け――

 

「――えっ」

 

 ビル内に入ってきた3名の訪問者の姿に、彼女は笑顔のまま体を強張らせる事になる。

 

「失礼、学校長はいらっしゃいますか?」

「あ、ひゃ、ひゃい」

 

 訪問者のうち、最も若い男がカウンター越しに彼女に声をかける。思ったよりも低い声、彼女のイメージの中の彼は大人であったり子供の姿であったりと千差万別だったが、実際の素であろう彼は思った以上に大人びた雰囲気を持つ青年であった。

 

 いや、当然だろう。彼が世に出てすでに幾数年。初めてその姿を世間が認知してからそれだけの月日が経ち、彼は少年から青年へと姿を変えた。

 

 かつては同情を向ける対象であった少年は、世に知られていく程に憧れの対象へと変わっていき、そして――

 

「お待ちしていました、鈴木さん。そして、ようこそいらっしゃってくださいました、山岸社長、それにそちらは――公安の方、ですかね?」

「間島教官」

「ははっ、その姿でそう言われるとこそばゆく感じますね。さ、こちらへどうぞ」

 

 彼女が思考を飛ばしている間に間島教官が姿を現し、彼らを誘うように手振りで示す。彼らの来訪を予測していたのかスーツを着込んだ彼は、受付の女性に目配せするように視線を向けてくる。

 

 その仕草で大事なことを思い出した彼女は、慌てたようにカウンターに備え付けられた引き出しを開け、中からストラップのついたカードを3枚取り出した。

 

「あ、あの! こ、こちらのカードキーを! お持ちく、ください!」

「ありがとうございます。社長、後藤さん。これを」

「ん、ああ」

「鈴木さん手ずからとは、恐れ入ります」

 

 彼女からカードを受け取った若い男……鈴木一郎は笑顔を浮かべて彼女に一言礼を言い、一緒に来訪した他の2名にカードを配る。

 

 そのまま受付嬢に会釈し、建物の中へと入っていく一行を見送った後。

 

 受付嬢は30秒ほど軽く頭を下げた姿勢のまま固まり、やがてぷしゅぅ、と空気が抜けたかのようによろよろと自身の椅子に座り込んだ。

 

「……あ、サイン」

 

 ぼそり、となにかを思い出したかのように呟いた後、彼女は携帯を取り出し非番の同僚へと連絡を入れる。サイン色紙を急いで用意させるために。

 

 

 

 酷い光景である。

 

 目の前で繰り広げられる2時間ドラマの犯人を追い詰めるシーンばりの風景をゲンドウポーズで眺めながら、ぼんやりとここに来るまでの過程を思い返す。

 

 俺が行った事自体は単純だ。教育を受けている間おかしいと思った部分の精査を行っていき、『ごまかし』が利きそうな部分を調べ上げ、アイテムの回収に目星をつけたのだ。

 

 ポイント制自体は外でもやってる所は多いんだが、出納簿をわざわざオフラインのPCでつけていたから、なにか直感めいたもので怪しいと感じ、裏技を駆使してデータの抜き出しを行い。

 

 そして、その結果。事態は国内を飛び越える結果となるのだった。

 

 ……飛び越え、ちゃったんだよなぁ。

 

「ダンジョン由来の物品はその取扱を厳重に。取り分け国外への許可なき輸出はダンジョン法により厳しく罰せられます。冒険者を育成する専門学校の長である貴方が、それを知らないとは言いませんね?」

「は、はぃ、それは、はぃ…………」

「うちのリサイクルプラントに持ち込まれるドロップ品の数と、貴校で取り扱われている『ハズ』のドロップ品の数が合わないのはすでに確認してあります」

「ドロップ品の所有権を持つ在校生が、自前で他所に持ち込んでいるかとも思えばそれも違うようですし……」

 

 そこで言葉を切って、先程から校長に延々と言葉を浴びせている後藤さんがちらり、とこちらを見る。どうも後藤さんは俺に気を使ってくれているらしく、俺の持ち出した証拠を使う際に確認するように視線を向けてくる。

 

 提出した証拠品については、あんまり真っ当な手段で手に入れたものでもないので好きに使ってもらって構わないんだが。

 

「運搬、集荷、そして出港まで。『かの軍事国家』らしい手回しの良さと強引さですねぇ」

 

 後藤さんはそう言いながらすっと幾つかの固有名詞が書かれたメモ帳を校長の前に差し出す。すると、校長の青かった顔色は青を飛び越し、真っ白な灰のように白く変化した。

 

 がっくりと項垂れる校長に後藤さんはにこりともせずに任意同行を求め、校長はそれに力なく頷きを返した。 

 

 

 

 建物の外に出た後。社長は息苦しいかのように大きく息をすって、はいた。一先ず肩の荷が降りたのと、これから起きる騒動にため息を吐きそうになったのだろう。

 

 この冒険者学校にはヤマギシからも少なくない融資や支援が行われている。特に教育に対するノウハウなんかはヤマギシと冒険者協会の教育部門にしか存在しないから、立ち上げの際にはかなり援助もしていたらしい。まぁ、これはどこの冒険者教育機関に対しても同じだがな。

 

 で、そんな状況だと冒険者教育=ヤマギシと見られるわけで、そこで大事が起きると間違いなくヤマギシに飛び火してくるわけだ。というかもう飛び火するのは確定してる。すでに数回国外にドロップ品が持ち出されているしね。

 

「だが、少なくとも最悪の、うちが全く関わらないうちに事が露見するというケースは回避できた」

「多少のちょろまかしだと、思ってたんですがね」

「ほんとだよ……なんでお前、軽い休暇予定で国際問題暴いてんだ。悪運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまってるのか?」

「悪運の一言で片付けて欲しくないかなって(震え声)」

 

 二人並んでスーツを着た野郎が、二人並んでその場にしゃがみ込み深いため息をつく。タバコでもあったらそのまま咥えてしまいたい気分だ。吸えないけど。

 

「あの……」

「はい?」

 

 チョンチョン、と肩を軽く触られ、声が背後からかけられる。疲れた表情を取り繕って曖昧な笑みを浮かべて背後を振り返ると――

 

「ほ、本物……」

「やっべ、マジだ。マジのイッチだ」

「(パシャパシャパシャ)」

 

 開いたビルのドアから、ざわざわとざわめくロビーの音が耳に入る。ロビー内部にはいつの間にか在校生や職員、教官といった面々が集ってきており、その人数はどんどん増えていっているようだ。

 

 右頬を引き攣らせながら周囲を見渡す。すると、開いている窓から、隣のビルから、あるいは道行く人々からの視線、視線、視線の数々。

 

「……ひっさしぶりだなぁ」

「お前が素顔で歩くとこうなるんだな。頑張れよ」

「いやー、キツイっす」

「骨は拾っちゃる」

「はっはっは……たのんます」

 

 追手の相当数が冒険者ってとんでもない無理ゲーな気がするが俺たちの戦いはこれからだ。これからだから(大事なことなのでry)



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第二百三十五話 逃亡の果てに

更新遅くなり申し訳ありません……


「腹かかえてワロタ」

「どやかましいわい」

 

 野次馬、パパラッチ、ダンジョンプリンセス。数多の追っ手から必死になって逃げてきた兄に対して、指を指しながら嘲笑う妹が居るらしい。

 

 くそがっ

 

「イチローさん、お疲れ様デース!」

「お疲れ様でした。飲み物はコーラで良いですか?」

 

 休憩中だったのか、ヤマギシビルの共有スペースでくつろいでいたシャーロットさんとベンさんが声をかけてくる。シャーロットさんは基本的に巣から出てくる時は出かける予定があるか社長室だから、この二人がセットで並んでいるのは結構珍しい。同性のジュリアさんとはたまに食事に行ったりもするみたいだけどね。

 

 ベンさんはまぁ、日曜とかにチェックのシャツにジーパン履いてアニメ柄の紙袋を両手に持ってる時以外は奥多摩付近に居るから、休憩とかの時間に会うことも多いんだけどね。ベンさん用の部屋は結構大きいはずなんだけど、最近戦利品にスペースが圧迫されてるらしくもう一部屋どこかに借りるか検討中らしい。

 

 2年前と比べて賃貸の値段が2倍くらいになってる奥多摩でそれを検討してる辺り彼もウィルとかと同じ階級の人なんだなって(小並感)

 

「あ、ありがとうございます。あと、何か軽く食べたいんですが」

「わかりました。ピクルスも入れてぺっちゃんこに潰しておきますね」

「サンドイッチですねわかります」

 

 打てば響くような会話に、実家に戻った時とはまた別の『帰ってきた』という実感が湧いてくる。1,2週間は奥多摩に居るのにこう感じるのは、やっぱりこのメンバーだからだろう。

 

「最近は新しい仲間とぼうけんのひび、楽しんでるんでしょ?」

「まぁね。彼らとの冒険も勿論面白いよ。余計な視線を気にせずにすむし……間島さんの視線はたまにどこまで見透かしてるのかって気がして怖いけど。そこんとこどうなんですかね、シャーロットさん」

「マシマ……? ああ、イエスイチロー・ノータッチの。彼なら心配いらないでしょう」

「めちゃめちゃ心配になる単語が聞こえたんですが(震え声)」

「実害はない、って素敵な言葉だね!」

「(素敵じゃ)ないです」

 

 ベンさん、苦笑いしてないでこの二人を止めて下さい。あ、無理? はい。

 

「時に、風の噂でお兄ちゃんがお姉ちゃんになったとかならなかったとか聞いたんだけど。お兄ちゃんの口から」

「言ってません。御坂さんのデッドコピーに一瞬なっただけだぞ」

「……スパイダーガール?」

「いやぁ、ビリビリの方だからどっちかというと、って違うからね???」

 

 男の魂までは無くなったわけじゃないからな。いや、マジで。孫悟空式の確認? 女の子がはしたないことするんじゃありません。

 

 

 

 

「オジサマ、ちょおぉぉぉっと待ってくれない?」

「うん?」

 

 教育機関も残りわずか。卒業要件である5層到達も達成した間島班は、現在は個人の実力アップのためにオーク手前での魔石狩りと必修魔法の練習に時間をあてている。必修魔法というのは、まぁヒールやバリアなどの冒険者としての基礎の事だ。

 

 魔石狩りはともかくとして、大体の魔法が右手から出てくるという欠点がある俺には今回の練習は大変良い機会なので、これを機に練習し直したのだが。ミギーさん経由なら、なんと! それっぽく普通に発動しているように見せかけることが出来るようになった!

 

 いや、それが普通なんだけどさ。ロックバスターでヒール球ぶっぱなすとかスパイダーウェブにヒーリング効果つけるとかめんどくさい事やらないですむようになったんだ。喜びもひとしおだよ。

 

 と、今はその前に。

 

「如月さん、どうされましt」

「なああぁぁぁんで! 教えてくれなかったのよぉぉぉおおお!!?」

「うぉっ」

 

 受付から身を乗り出し、どころか飛び出てきた如月さんの勢いに圧され、思わず一歩後ずさった俺に如月さんが飛びかかる。あ、ちょ、止めて。胸柔らか、じゃなく!

 

「イッチがこんな案件で出てくるなんて! 折角ユニフォーム姿以外の生イッチを拝めるチャンスだったのにぃぃぃぃ!」

「ええ……」

 

 すわ大事か、と身構えていたらなんだか良く分からない事でキレられていた。思わず顔が真顔になりながらも、半泣きですがりついてくる如月さんを落ち着かせようと声をかける。

 

「あ、おう……その、ごめんなさい?」

「ごめんですむなら公務員いらないわよぉぉ! あ、私公務員だったあぁぁ!」

「よし落ち着こうか!」

 

 あ、駄目だ逆効果だこれ。

 

 完全に錯乱状態の如月さん。助けを求めて周囲を見渡すも、頼りになるはずの仲間たち(間島班の班員)はそっと視線をそらしてしまう。あの、仲間のピンチですよ?

 

 結局錯乱する如月さんはこの後も支離滅裂な嘆きを周囲にバラ撒き。後に如月の乱と呼ばれるこの事件は、他の受付嬢が彼女を鎮圧するまで続く事になる。

 

 大迷惑である。

 

「あれだけ近くに来て気づかないとは、同じイッチファンクラブ会員として恥ずかしい……ですよね?」

「俺に言われても困るんですがそれは」

 

 なお、その顛末を後ほど聞いた間島さんの言葉がこれである。あんた本気で隠さなくなってきたな?



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第二百三十六話 卒業

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


【それでは卒業証書授与式を始めます】

 

 物事には始まりがあれば終りがある。

 

【研修生代表、山田太郎】

「はい」

 

 スピーカーから流れる自分の名前。この名前とも今日で最後と考えると感慨深いものがある。幾らなんでも安直にすぎる名前だったが、名乗ってみると妙にしっくりくる。元の名前と似た系統だったからだろうか。

 

 壇上に上がりながら、この短い期間を共にした仲間達へ目を向ける。円城さんや小野島さんは涙ぐみ、手越さんはいつものようにメモを片手に。武藤君は……まぁ良いとして。

 

 良い半月だった。そう思えるくらいに、彼らとの日々は楽しかった。

 

 まぁ、心残りがあるとするなら。

 

【――卒業を認める。学校長代理、 間島 吾朗】

 

 最後まで謎を残してしまった事だろうか。

 

 

 

「卒業ぉ」

 

 小さく息を整え、手に持ったグラスを勢いよく上空に掲げながら。

 

「おめでとぉー! イヤッホォー!」

 

 頭上から降りかかるジュースも気にせずに武藤君は開始の挨拶を叫ぶ。酒が入っているわけでもないはずなんだがテンションがおかしい。相棒の小野島さんが物凄く恥ずかしそうにしているのだが良いのだろうか。

 

「おめでとう。全員合格、喜ばしい」

「おめでとうございます。無事終わってほっとしました」

「ありがとうございます。スーパー1先生もお忙しい中……」

「気にしないでくれ。教え子の卒業くらい祝う暇はあるから」

 

 そう笑ってスーパー1さんはグラスを掲げる。学食を貸し切ってのパーティー、しかも未成年も居るため今回は酒類を用意していないそうだが、烏龍茶でもイケメンが飲んでると絵になる。

 

「そう言ってもらえると嬉しいがね。最近は俳優業はほとんどやってないからなぁ」

「え、じゃあ今はどういった……」

 

 苦笑するスーパー1さんに手越さんがメモを片手に突撃する。折角のパーティーなのに一時もペンが止まっていないんだが。

 

「そういうとっつぁんは楽しみすぎでしょ……」

「当然だよ。日本での食べ納めになるしね」

「ああ……山田さんはお仕事でアメリカに行くんですよね」

「寂しくなります……山田さんには良夫ともども本当にお世話になったのに」

「私の方こそ、お世話になった。君たちと学べて本当に良かった」

 

 残念そうな班員達の言葉に本心で応える。短い期間だったが、実りある学生生活だった。

 

 彼らは卒業後もそのままPTを組んでダンジョンに挑むらしい。これから知らない誰かを探すよりも、苦楽を共にした仲間と組んだほうが良い。命の掛かった現場だ。背中を預けるなら信頼できる人がいい。ソロ冒険者? そんなのはある一定以上の実力者にのみ許されたスタイルだ。

 

 まぁ 中には新人のときからほぼソロで潜ってる例外(昭夫君や姫子ちゃん)も居るっちゃいるんだが。

 

「よーし、じゃあ写真とろうぜ! 手越ちゃんもメモってないでこっちこっち!」

「ちゃんをつけない!」

「まーまー」

「気にしないでいいわよ。ヨシオくんだもの」

 

 皆を引っ張るように声を上げる武藤君。それに対して苦言をもらす小野島さんを、円城さんと手越さんがなだめる。

 

 ――いいチームだ。彼らはきっといい冒険者になる。

 

 間島さんを中心に、班員とお世話になった職員さん、そしてスーパー1さんを始めとした教官たちも加わった輪の中。

 

 向けられたカメラに笑顔を浮かべながら、俺の冒険者学校生活は終わりを告げた。

 

 

 

「で戻ってきて早々ですが」

「はい」

「この惨状is何。三文字で答えてくれ」

「せめて三行は欲しいかなぁって……」

 

 部屋に積まれたダンボールの山、山、山。数日ぶりに戻った自室のあまりの惨状。あまりに不可解なこの事件を解決するため、俺は頼れる妹を召喚。何故こんな事を行ったのか、訳を尋ねるのであった……

 

「いや、私じゃないからね?」

「カツ丼、食うか?」

「それ有料な奴でしょ!?」

 

 なおカツ丼は下のラーメン屋さんに頼んだ。美味しかった。

 

「あむあむ。えーっと、なんの話だっけ」

「このダンボールの山に囲まれて忘れるんじゃありません」

「食堂で食べようよ?」

 

 全くその通りなんだが、こう。荷物の山の中で隠れたように食べる飯ってワクワクしないだろうか。隠れ家とかでおにぎりをほお張る感覚というかね。

 

 ほら、となりのトトロの冒頭の引っ越しのシーン。あの荷物の中にある狭っ苦しいスキマとか最高じゃね?

 

「うーん、良く分からんこだわりだなぁ。え、じゃあなんで私呼ばれたの?」

「それはそれとして何がなんだかわからない」

「もー。しょうがないなぁいち太くんは」

「昔のドラえもん映画見ると声の違和感が凄いんだよな」

「分かる」

 

 あまり似ていない青だぬきロボの声真似に素で感想を返すと同じく素で一花から返答が返ってくる。3代目って凄いよな国民的アニメ。

 

「げふんげふん。えーと、このダンボールについてだよね」

「うむ」

「とりあえず呼ばれる前に開いてほしかったんだけど、賄賂」

「ほー。賄賂……ワイロ?」

「そそ。悪い言い方だとね? どっちかというと贈り物ってのが正しいけど」

 

 ビリビリとガムテープを剥がしながら一花はそう口にし。

 

「要するに、あっちだけ贔屓しすぎだろこっちも見てーって事だよ、多分ね!」

 

 引き出されたジョーカーと書かれたコミックを手に、にやりと微笑んだ。



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第二百三十七話 ○○としては××の提案に反対である

誤字修正。名無しの通りすがり様、げんまいちゃーはん様、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


『よぅ、”悪ガキ”』

 額を触る。触られる。身動き一つできない彼を、血まみれの男は愛おしそうに、憎しみを込めて、愉悦そうな表情で触れ続ける。

 

 ご自慢の化粧は見る影もなく血に塗り替えられ……いいや違う。

 

 白く塗られた顔を赤く染め直し。涙の代わりに血涙を流し。裂けた口で笑う男は、正しくピエロ。

 

 地獄の中で彼を嘲笑う、ピエロだった。

『景気はどうだい?』

『あんたの懐が暖かければ、よくなるよ』

『そいつはいい。金は便利だからな。だが必ずしも必要なものじゃない』

『そうかい』

 

 だから、つい。その姿を面白いと感じてしまったのだろう。

 

 言葉尻にピエロの腕から抜け出し、力のままに彼の髪を掴み地面に叩きつける。死にかけのピエロはその見た目以上に力が弱く、簡単にねじ伏せることが出来た。

 

 右手で頭を抑え、左手でナイフを握る。何度も繰り返した動作。ついピエロの話を聞き入ってしまったがもうそれも終わり。

 

『”悪ガキ”、本当に必要なのは言葉と』

 

 仕事を――

 

『一欠片の悪意だ』

『……想いだけでこの状況が変わるって?』

 

 押さえつけた頭から漏れ出る言葉。地べたに無様に這いつくばる男の言葉を耳にして、彼は何故か左手ではなく唇を動かした。

 

 ほぼ無意識に問いかけられたその言葉に、くつくつと男は笑い声をあげる。その笑い声に苛つきを覚えて、彼はうつ伏せになっている男の脇腹を蹴る。

 

 ゲホッと腹を抑えてむせ返りながら、それでも男は嘲笑う。

 

『クグック、仕事人としちゃ落第だな』

『気分じゃなくなった。どっちみち、おっさんは金持ってなさそうだしな』

『よく見える目を持ってるじゃないか。追い剥ぎとしての才能はないがな』

 

 揶揄するような男の声につまらなそうに彼は鼻を鳴らす。

 

 強い鉄の香りが彼の鼻孔をくすぐる。仰向けに横たわる男から香るそれに、そろそろ手を打たなければこの男がくたばるだろう事を感じ――どうでもいいと切り捨てる。

 

『なぁ、おっさん』

 

 だから、男がくたばる前に彼は尋ねた。彼に興味をもち、未だにナイフを振り下ろせないその訳を。

 

『なんであんた、俺を撫でてくれたんだ?』

 

 彼の言葉に、男は死にかけのまま。血反吐を吐き、むせ返りながら口角を大きく釣り上げる。ピエロは天を仰いだまま一頻り笑って、そして。

 

『お前の……いや』

 

 彼に視線を向けて、男はため息をつくように息を吐いた。

 

『お前には、きっとわからんよ』

 

 

 

 そこまで読んで、一呼吸置いた後。そっと製本されたそれを閉じて、ダンボールの中にしまう。

 

「だってさ」

「だってじゃないが。なんだこれ。こんな話あったっけ? なんでこの男の子のデザイン俺っぽいの?」

「描き下ろしだって」

「なんで!?」

 

 大量にコミックが詰め込まれた他のダンボールとは違い、一つだけ少し小さめのダンボールに入っていたファイルから出てきた資料に描かれたどっかの誰かをモチーフにしたコミック。しかもわざわざ製本されたそれになんとも言い難い恐怖を感じてそっとダンボールを閉じる。

 

「ちなスタンさんからは『ちょっと情緒的すぎる。あとMSのブランド的にこれは受けないで』だって」

「これ以上の余分なお仕事はノーセンキューなんですが。オレ冒険者、OK? せっかく気持ちも新たにダンジョンに向き合おうと思ってるんだから変なのは勘弁だな」

「天下の蝙蝠男出演を変なのとはたまげたね! まぁこの感じだとコウモリさんの方じゃないかもしれないけど」

 

 資料を戻した段ボール箱を元の位置に直し、さて、と一花は俺に向き直るように座る。

 

「で、こっからはこの荷物がここにある理由だけどさ」

「はい」

「お兄ちゃん、今の映画が終わったら、今度はDCコミックスの方に肩入れしてくれない?」

「なんで???」

「割となんでとか言える話題でもないんだよなぁ」

 

 またいつもの悪ノリかと思えば、どうにも様子が違う。口をへの字に曲げる一花の姿に首を傾げていると、一花はふぅ、とため息を一つついて口を開く。

 

「まぁ、あれだよ……影響力が強すぎるんだってさ。お兄ちゃん」

 

 

 

「マーブルファンとしてはDCCの提案に反対です」

「はーいシャーロットさんは黙ってましょうねー」

「ふがふがふが」

 

 普段の怜悧さをふっ飛ばしたシャーロットさんを一花が抑える。相変わらず特定の条件だといきなり限界オタクになる人だ。

 

『僕としてはシャーリーの言葉に賛成したいんだけどねぇ』

『スタンさんでも断れないんですか』

『君を独り占めしている、という理論で来られるとウチも強く言い返せないんだ。これがDCCからだけ声が上がってるならやりようもあったんだけどね』

『言い返しましょうよ。俺、個人。OK?』

『それはさすがにもう通らないでしょ』

 

 そこは通してほしいんですが。

 

 画面越しに見えるスタンさんの表情はいつもの飄々とした笑顔だが、若干硬い表情を浮かべている。その表情から、この話が彼にとっても苦渋の決断なのだと理解できた。

 

『実態がどうあれ、君はこの世界に唯一人存在する”リアルヒーロー”だ。そう認識されていて、民衆がそう望んでいる。君をマーブル(ウチ)だけで扱い続けるのは、この辺りが限界だろう……口惜しいがね』

 

 心底悔しいのだろう。普段の笑顔を消して、眉を顰めてスタンさんはそう口にする。

 

 誰の話だか分からないが、世の中には大変な人もいるらしい。可哀想に。

 

「お兄ちゃんのことだからね?」

「信じ続ければワンチャン(震え声)」

「ないんだなぁこれが!」

『ああ、勿論”MS”というキャラクターに関してはそのままマーブル(ウチ)の枠内だがね。向こうは向こうで色々考えてるだろう。”MS”を超える存在感のヒーローを産み出せるとは到底思えないがね』

『あ、そういうのならヤマギシの方でも噛まないとね。お兄ちゃんのプロデュースはウチを通してもらわないと』

『あの、断るって事は』

 

 小さく手を上げて発言するも、スタンさんと一花はちらりとだけこちらを見た後、何事も無かったかのように会話を続けていく。

 

 あ、うん。出来ない奴なんですね、これ。わかりたくないけどもう慣れたよ。クソァ



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第二百三十八話 精神安定の特効薬

誤字修正。名無しの通りすがり様、アンヘル☆様、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


『お前、厄介ごとのバーゲンセールやー』

「おまえ、コロチュ」

 

 助けて恭二えもん!と愚痴混じりの電話をし十数分。全てを聞き終えた後に恭二が放った言葉がこれである。やはりこのダンジョン狂いはどこかでとっちめなければならない(使命感)

 

『悪いって。まぁいつもの事で安心したわ』

「おい?」

『こっちの方でも新作の。ほら、マジックスパイダーかっこ今回は本当かっことじのCM流れてたけどさ。まさかそっち以外からも話が来るなんてな』

「その括弧づけはいりません。割とどうしてこうなった。俺の平穏は、平穏、どこ……」

『まぁ、あれだ。うん、強く生きろ。ダンジョン潜る?』

「潜りてぇよチクショウメェ!」

 

 学校から戻ってすぐに現実に打ちのめされるなんて思わなかった。楽しかったな、冒険者学校。武藤君がどつかれてるシーンをもう一度見たい。時間を巻き戻せないだろうか。

 

 いや待てよ、限定的とは言えワープまで生み出したプロフェッサーキョウジならワンチャン時間遡行とか逆行も可能性が微レ存。

 

『ねーわ。想像できんし仮に出来たんなら未来の俺がどっかで会いに来てると思う』

「どんな理由で?」

『ダンジョン面白かったぜって言いに』

「ネタバレ乙」

 

 ゲラゲラと笑い合いながら近況を軽く伝え、互いに互いの健闘を祈り合い、からかいながら電話を切る。

 

 うむ、やはりバカ話こそ精神安定には重要だな。古事記にも多分書いてる。読んだことないけど

 

「いやー、流石に古事記にも書いてなかったと思うよ!」

「読んだことあるの?」

「うん。今の時代ネットでも読めるよ?」

 

 電話が終わるのを待っていたのか、スイカバーをペロペロと舐めながら一花が声をかけてきた。一先ず食べてから話しなさい。溢れたらもったいないでしょ。

 

 というかスイカバーとか懐かしいものを。まだ売ってるんだな。

 

「うん。ヤマギシストアに売ってたよ」

「あのコンビニそんな紛らわしい名前だったか」

 

 一花の言葉に首をかしげるも、律儀に黙々とアイスを食べ始めたので返事は返ってこない。まぁ良いかと気を取り直してぬるくなったコーヒーを口に含む。

 

 会社の入った建物には各階に一つ、コンビニ等に置いてあるコーヒーメーカーが導入されている。なんでも社長曰く「ああいう大型店舗にしか置いてない機材使いたかったから」らしい。未だにあの人の中ではコンビニ業は家業の位置づけにあるんだろうか。

 

「あるんだろうなぁ。後継いだ店長さんも幹部扱いだし」

「ん、元バイトリーダーさんの事? そりゃあの人山岸家が大変だった時も文句も言わないでついてきてくれた生え抜きのヤマギシ社員じゃん。それに真一さんの先輩で根っからの奥多摩っ子だし、あの人冷遇はできないでしょ?」

「ああ、そう考えると確かに」

「コンビニ部門は社長の思い入れも強いしね! その割に主張の少ない人だから影薄く感じるけど!」

「それ絶対に本人には言うなよ?」

 

 本人めっちゃ気さくないい人なんだけどね。あの人、本社会議とかがあると「なんで俺ここにいるんだろ」って内心思ってそうな顔して話聞いてるんだよな。俺も最近よくそういう表情でカメラの前に立ってたから、店長さんの気持ちがよく分かる。

 

 ……今度、缶コーヒーでも差し入れよう。恭二が戻ってきた辺りで。

 

「で、なんか用事だったのか?」

「あ、そうだ! まさか恭二兄と被るとは思ってなかったけど、映画のトレイラーの件!」

「ああ、見たのか?」

「うん! スタンさん気合入ってるよね! 同時期にアベンジャーズ本編も発表予定なのに!」

「みたいだな。あっちには俺出ないけど」

「その次が集大成でそこに向けてなんだよね。お兄ちゃんの映画も布石みたいな扱いで! くぅ~楽しみだよ!」

 

 興奮した風に一花がテーブルをバンバンと叩きながら話し始める。限界オタク化するほど面白かったのだろうか。それはそれで嬉しい話である。

 

「まぁ私も元々そっち側興味あったし、だからお兄ちゃんに勧めたのもあるからね!」

「こんな状況になるとは1ミリも思わなかったがな」

「んふー」

 

 んふーじゃないが?

 

 軽くイラッと来たが、満面の笑みでどうだ凄いだろと言わんばかりの表情を浮かべられると毒気やらなんやらが抜けていってしまう。なんだかんだで頭脳面ではこいつやシャーロットさんにおんぶにだっこだし文句も言えんか。

 

 ため息と一緒に色々なものを流しながら、飲み終わった紙コップをゴミ箱に捨てる。

 

「そういえばさ!」

「うん?」

「今回のトレイラーでさ、色んな人種が出てきたじゃん? 前の奴だとオークと殴り合ってる映像で終わってたけど、その辺どう関わるのかなって!」

「お前日本で撮る場面の協力頼まれてんだろ? そこで聞きゃいいじゃんか」

「やだなー。お兄ちゃんの口から聞きたいんだよ臨場感たっぷりに! 録画して恭二兄に待って痛い痛い」

 

 左手で一花の額に優しくアイアンクローをかますと、ギブアップとばかりに手をぺちぺちと叩いてくる。兄を裏切る妹に遠慮などはない。

 

「ごめんって! 冗談じゃん」

「次はミギーにやってもら」

「本当に申し訳ありませんでした(震え声)」

「よろしい」

 

 ミギーの名前を出した瞬間、俺の言葉を遮るように一花が頭を下げた。あいつ俺の一部の筈なのに割と冗談通じない上にやたらと器用だからな。後遺症が残らない一歩手前でギリギリ締め付けてきそうな気がする。

 

「でも、聞きたいのは本当だよ! スタンさん、ギリギリまでこっちにも情報流そうとしないからね。今のうちにイメージつけたいし!」

「うーん」

 

 一花の言葉に軽く首を捻って考える。事前にどこまで情報を開示していいかはマーブル側から伝えられていて、一花には結構深いところまで話しても良い、とは言われているのだ。

 

 問題は一花の場合ある程度情報を渡したらあっさりと大筋を看破してきそうって所なんだよな。スタンさんが伝えてないって事はその辺考えてるのかもしれん。集大成に繋がる布石ってあたりまでもう把握してるっぽいし。

 

「まぁ、強いて言うなら」

 

 となると、言えるとしたら。

 

「今回の敵はオークじゃない」

 

これくらいになるんだよな。



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第二百三十九話 ファンタジー路線

遅くなって申し訳ありません。

誤字修正。名無しの通りすがり様、アンヘル☆様ありがとうございます!


 どこまでも広がるかのような深い森の中を、一人の小柄な影が走り抜ける。

 

『はぁ……はぁ……』

 

 緑色に染め抜かれた光沢のある生地で出来た服に茶色いブーツ、動きを阻害しないよう右肩にかけられた弓はその小さな体躯に比例して小さな物だが、使い込まれた様子からそれが殺傷力の有る”武器”である事を示している。

 

 彼は木々の合間を飛び抜けるように駆け、後方を気にしながら草花で彩られた大地を走り続ける。追われているのだろうか。その表情はひどく悪い。

 

『ほぅい!』

 

 そんな彼の足元に風を切って一本の矢が突き刺さる。当てるつもりのない牽制の一矢。驚き停止する彼の頭上から降ってくる呼びかけの声。

 

『! ほぅい! 待ってくれ! 俺はアデラヴィ氏族のセヴランス! 族長からの使いで来た!』

『アデラヴィ? おお、東森の小人集か!』

 

 頭上から降ってくる聞き慣れた呼びかけの声に、セヴランスと名乗った小人が一つ安堵のため息をつく。森番の戦士が居るということはこの付近は人類圏。命懸けの行程が終わった事に安堵しながら、セヴランスは息を整えつつ弓を肩にかけ直した。

 

 頭上の戦士が甲高い音のなる石笛を吹き鳴らすと、やがて頭上から森の一部がかき分けられるかのように蠢き、一本の道が出来上がる。里を覆う迷いの森に資格無き者が入れば、通常は二度と出ることが出来ない。故に森番と呼ばれる戦士たちはその境界上を見張り、外敵と友人とを見極める重要な役目を担っているのだ。

 

『ありがとう! ええと』

『耳長族のメルミネじゃ。ようこそ戦士の里、蜘蛛の巣へ。君の来訪に大蜘蛛様の加護があらん事を』

 

 礼の声を上げるセヴランスに頭上の戦士……まだ若い姿の、しかし老練な言葉遣いを放つ耳長族の青年は、歌いかけるかのようにそう告げた。

 

 

『森の外? 想像したこともないな』

 

 ピクン、と美しく長い耳を跳ね上げ彼女は質問にそう応える。

 

 美しい少女だった。白磁のような肌を緑色の生地で編んだドレスに身を包み、こちらを見る瞳は緑色で透き通るかのような色合いをしている。彼が思いつく限りで比較できる容貌の持ち主となると、かつて共に戦場を駆けたブラック・ウィドーぐらいだろうか。

 

 はじめて遭遇した時、思わず赤面してしまったそのあどけなさの残る美貌に少しだけ視線をずらす。その時の事を思い出すと自動的にその後ノサれた記憶も思い起こしてしまう為、羞恥心が湧いてくるのだ。

 

『でもこの世界の事は知ってるよ。この世界はね、世界樹から伸びた枝の端、一枚の葉の上に存在するんだ』

『へぇ』

『葉の上に土が積もって大地が生まれ、葉をすべる朝露は川になった。そして、やがて、幾つもの果実が生まれ、その中から人族が生まれたんだ』

『ふぅん……ええと、オークやゴブリンもか?』

『もちろん。知恵ある種族は皆世界樹から生まれたんだよ。それが善きにしろ悪しきにしろ』

 

 彼女の薀蓄になるほど、とハジメが頷くと、彼女はまたピクン、と耳を跳ね上げる。喜ぶ時、彼女は決まってこの動作をする。

 

 魔法に優れ長寿な耳長族、その中でも頭に【大】の文字がつく優秀な魔導師である彼女は、見た目とは反する年月を生きている……のだが、その割に妙に子供らしい所がある。その部分に元の世界に残してきた妹の面影を感じ、ハジメは彼女に対して偉大な魔導師に向ける尊敬とは別の、親愛のような感情をいだき始めていた。

 

『君が来たという世界もきっと、そんな世界樹の枝のどこかに存在するんだろうね』

『まぁ、次元の裂け目から直飛び込める位置にあるのは間違いないだろうな』

『……そんなものに最初に飛び込んだオーク族の戦士には敬意を評するよ。蛮勇とは彼らの為にある言葉だ』

『お前、意外とオーク嫌いだな?』

 

 ふっとハジメが笑み零すのと、彼女がにやり、と笑い返すのはほぼ同じタイミングだった。

 

 彼女はハジメの言葉に答えずに、彼を誘うように窓辺へと歩む。それに付き従うように動くハジメに彼女は眼下へ視線を向けながら話しかける。

 

『嫌いじゃないさ』

 

 彼女の視線の先には、人々の営みがあった。

 

 偉大なる森の長、大蜘蛛を象徴するようにクモの巣状に伸びた街路を歩く人々は、鎧兜に身をつけた戦士から買い物かごを持ったご婦人、友人たちと笑いはしる少年少女、商品を手に持ち声を張り上げる商人の男。

 

『たとえ相争う事があろうと、彼らも我らも大蜘蛛の森の民だ。憎しむなんてありえない』

『そっか』

 

 呟くような彼女の声に相槌を打ち、ハジメは眼下の町並みを見下ろした。

 

 雑多な街、というのが連れてこられて最初に感じた印象だった。日本やアメリカのように整備されていない街路に建物。そして何よりも、そこを歩く人々の姿。

 

 彼女のような長耳、日本で言う所のエルフやけむくじゃらの豆戦車のようなドワーフに始まり、小人や獣人、妖精、果ては、彼にとって因縁の有るオークまで。

 

 多種多様な種族が生活を営むここは戦士の里、蜘蛛の巣。

 

 異邦人であるハジメがここに受け入れられたのは、力を示したからだ。彼らは勇と武を何よりも尊ぶ。それは、この森が決して人にとって住みやすい場所ではない事も関係しているだろう。

 

 しかし、身一つであったハジメにとってはありがたい話だ。

 

『君には感謝しているんだ、ハジメ』

『……』

『君が倒したオークの王、大戦士ザムートは為政者としては失格だったかもしれない。彼の治めた国は彼の行いによって大火に消えた。それは純然たる事実で、結末だ』

『それは』

『ああ! 君を非難しているわけではないよ。国を失ったのはオーク族の選択によるものだ。雄々しく戦った君に非があるなんてこの里に住むものは誰も思っていないだろう』

 

 でもね、と一言呟いて。少女の姿をした大魔導師は振り返ってハジメを見る。

 

『最後の最後。全てを失ったザムートがただ一つ。戦士としての魂だけは失わずに戦場で果てた事。君が討ち果たしてくれたことに本当に感謝しているんだ。彼の息子の、元婚約者としてはね』

『……良く分かんねぇよアルディス』

『価値観の相違って奴だね』

 

 なんとも言えない、と表情で語るハジメにアルディスと呼ばれた彼女は笑いかける。

 

 さて、ではそろそろ食事でも、と彼女が告げようとしたその時。

 

『大魔導師様! 急報、急報でございます!』

 

 二人が居る客間に転がり込むような勢いで駆け込み、息を切らしながら急報を告げる戦士の姿にアルディスは表情を切り替える。

 

 つかの間の平穏が、終わりを告げたようだ。

 

 

 

 パタリ、と本を閉じる音がする。無言で一花は手に持った本をテーブルに置き、手近に置いてあったカップを手に取り温かい紅茶で喉を潤した。

 

 そしてふぅ、と一言息を吐き。

 

「おっかしいなぁ。私MSの台本読んでたと思うんだけどいつの間に指輪物語の新章を……?」

「MSは割とガチ目にファンタジー路線と現代路線の併用で行くらしいゾ」

「いやまぁ異世界物って聞いてたけどというかここで引くの!?続きは!?」

「ここから先は日本の撮影が始まるまで機密なんだわ」

 

 どこまでの開示が可能か聞いた際にも、ここから先は完成まで秘密にしてねって直接言われてるしな。むしろここまで読ませてるだけ一花の要望を真摯に受け止めてくれていると思ってほしい。

 

 ――多分、町並み再現に一花の力を借りたいのかなーとは思うんだが。ジャンさん一人じゃ大変だしね。

 

「あと、このアルディスって子がヒロインなのかな? ついに妹以外の女っ気がMSにも!?」

「コミックの方もハナちゃんしか出てこないしなぁ」

 

 なんか最近、あんまりにもヒロイン(女ヴィランすら)が出てこないからマーブルは一体何に忖度してるんだとどっかの掲示板でもネタにされてるらしいからな。彼女の存在はそこそこ話題になるだろう。あの女優さんも本当に美人だし。同じ年齢でモデルからの転身でまだ無名な人って話だったが、あんな美人さんがぽっと出てくる辺りアメリカってのは凄い国だと思う。

 

 この台本くらいまではもう撮影も進んでいて、後は森の中での戦いの描写を撮れれば、と言っていたが。

 

「うーむ」

 

 先日電話した際のスタンさんの一言から端を発する悩みに、何度目かも分からない唸り声を上げる。

 

 ダンジョン内で俺の戦闘シーンを撮影したいって、あれマジでやるつもりなんだろうか。流石に30層以上上だと安全性の保証が出来ないんだがな。




びっくりするくらいファンタジーっぽくなってこれで良いのかと何度か書き直してこうなりました(白目)


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第二百四十話 ラーメンは飲み物

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


「そういえばお兄ちゃんってさ、コラボ配信とかってあんまりやらないよね!」

「うん?……うん」

「それはどういう意味のうんなのかなーって」

 

 とある日のお昼頃。ビル下のラーメン屋さんから出前を取る(割増料金)という有る種究極の贅沢を堪能していると、唐突に隣でずるずるラーメンを啜っていた一花がそう尋ねてきたため、二度三度と頷きを返す。

 

 どういう意味もそもそも一人の配信も進んでやりたい訳じゃないんだけどね。他の人が絡んでくるとか余計にやりたくないんだけどね?

 

 言外にそう意思を込めて視線を送るも妹君の面の皮を貫くことは出来ず、一花は意味わからないんだけど? と言わんばかりに首を傾げる。

 

「もぐもぐもぐ」

「口の中を空にしてから喋ろうか!」

「……………………ずずずー。ごちそうさまでした」

「その量で中断じゃなくて食べ終わるって選択肢があったかー」

 

 確かに礼儀がなっていないと判断し食べることに集中することしばし。スープを飲みきった俺の姿に一花は「うぅむ」と唸り声を上げた。味わう手間さえかけなきゃ丼半分くらいの残量なら成人男性は秒で食べられる。ラーメンは飲み物だしな。

 

「それは違う気がするんだけどなぁ!」

 

 納得がいかない、と表情に浮かべながら一花はカチャカチャとMikanBookのキーボードを叩く。来月からの大学生活で使うから、とつい最近購入したばかりの筈だがもう使いこなせているようだ。未だにスマホを電話と動画再生以外に使えない恭二や沙織ちゃんとはえらい違いである。

 

 俺? 俺はほら、余裕だし。なんならSNSや配信だって扱いきれるし。

 

「それ呟きの事前チェックで一回も引っかからないようになってから言ってほしいかな!」

「大変申し訳ありません」

 

 してはいけない表現や発言してはいけない事柄なんかの注意がやたらめったら多いんだよこの世の中。2,3年前までは同級生と下ネタでゲラゲラ笑ってた身としては結構辛いもんがあるんだがね。

 

「去年は最も影響力のある100人にも選ばれたりしてたからね。今年もノミネート濃厚なお兄ちゃんがテンテンくんのOPとか熱唱するのは不味いんじゃないかな!」

「テンテンくんのOPを歌う気は無かったぞマイシスター???」

「ま、そんな事はどうでもいいのさ重要な事じゃない! 実は丁度進行中の企画があってさ! お兄ちゃんも暇なら是非来てほしいって言われてるんだよね!」

「来週からこっちでの撮影も始まるから暇じゃないです」

「今は暇でしょ? お兄ちゃんのスケジュール管理、誰がしてると思ってるの?」

 

 貴女ですマイシスター

 

 いや、確かにこっちの予定とか諸々全部シャーロットさんと一花が管理してるんだから筒抜けなのは分かるんだけどさ。俺にも得体のしれない仕事を断る自由ってものがあると思うんだ……思うんですがその辺どうお考えなんでしょうかね我が妹様は。

 

 これで可愛らしい声で「逝け♪」とか言われたら兄としては涙を流してドナドナを歌うしか無くなってしまうんだが。

 

「いや、ほんとそんな怪しい企画って訳じゃないよ。参加者はほぼお兄ちゃんも知ってる人ばっかだし」

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

「お兄ちゃんスマホゲーとか全然やらないのにそういう煽り文句だけはよく知ってるよね?」

「8割はお前か恭二経由だゾ」

 

 半目でこちらを見る妹に同じく半目でそう返すと、一花は心当たりがあるのかそっと視線をそらした。まぁ、うん。残り2割は面白外国人としてアキバのメイドさんに大人気のベンさん経由なんだがね。あの人ほど生まれてくる国を間違えたと言える人はそう居ないだろう。

 

 ヤマギシグループ全体の警備関連の差配を担当してるって超多忙な人の筈なのに、毎週金曜の夜までには一週間分の仕事を終わらせて土日はアキバ周辺に新しく借りたマンションで趣味を満喫してるらしい。今じゃジーパンに萌えT着て歩く風物詩みたいな存在になってるとかなんとか。

 

 確か奥多摩にも一つ戦利品収集用に部屋を借りるって言ってたから……いや、まぁそんだけ収入があるから出来るんだろうが、小市民の俺としては真似できない生活スタイルだな。

 

「お兄ちゃんこそ溜め込まないで使わないといけないんだけどね? 折角伝手があるんだから、自分用にカスタマイズした車でも買ってファンを喜ばせてあげなよ!」

「いっぺんライダーマンマシンで走ったら大渋滞を引き起こしたんですが」

「……公道以外で!」

 

 道行く人々が一斉に携帯電話を向けて動画撮影を始める異常事態を思い返したのか、一花は笑顔のままそう口にした。レース場でしか走らせられない専用マシンを購入してどうしろ。別にレーサーになる気はまるでないんだが。

 

 あ、でも最近大型免許を取ったらしい昭夫くんから福岡(こっち)に来たらツーリング行こう、とか誘われてるし公道で走れるバイクは持っていても良いかな。事故ってもバリアがあるし、エアコントロールで雨風も防げるからそこそこ経験のある冒険者はバイク持ちが多いんだ。

 

「あ、それ丁度いいかも!」

 

 その事を伝えると、我が意を得たり! と一花は笑みを浮かべながら手に持ったMikanBookの画面をこちらに向ける。

 

「さっきのオフコラボって話なんだけどさ!」

「……なんぞこれ?」

 

 見たことが有る人ない人が一斉にカメラに向けてサムズアップをするなんとも言えない集合写真と、その上部に位置づけられた『冒険者協会主催! 配信冒険者集合オフ』と書かれたページ。

 

 中央で満面の笑みを浮かべる麻呂さんに視線を合わせながらそう口にした俺に、一花はいつものように笑顔を浮かべたまま、いたずらっぽくこう言った。

 

「久しぶりにさ! 配信者っぽい事しようよ!」




気づいたら二百四十話……(白目)
これからもよろしくお願いします


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第二百四十一話 合同オフ開始

7時丁度間に合わなかった……orz

誤字修正。244様ありがとうございます!


『なにか面白いことをしないか?』

 

 始まりはあるニンジャコスプレの書き込みからだった。

 

『面白いこと?』

『イベントって事? いいねぇ!』

『具体的な案はあるのでおじゃるか?』

 

 同じ分野で戦う仲間兼商売敵(ライバル)たちが集うチャットは俄に活気づく。トップ不在の中、停滞するダンジョン探索。マンネリ化した配信活動への倦怠が見え隠れしていた界隈に、活気が戻ってきた。

 

『全国のダンジョンを配信冒険者で攻略とかですかね?』

『専業なら兎も角兼業は無理』

『春休みの間なら兎も角、大学が始まるまでには終わらせたいですわ』

 

 次々と出る諸問題。遅々として進まぬ企画。このままでは企画がボツる。集まる面々の脳裏にその言葉が過ぎった、その時。

 

『そうだ、北海道へ行こう』

 

 一人の男の言葉が、決定打となった。

 

 

 

ドドンドン ドドンドン ドドンドン ドドンドン ドドンドン

 

プロジェクトD~冒険者たち~

 

 

 

『かぜのな』

『それ以上はいかんでおじゃ』

 

 

わこつ

麻呂とニンジャの同期タッグか!

わこつ

いかんでしょ

カ○ラックは強敵でしたね・・・・・・

わこつ

 

 

 いきなりマイクを持ったニンジャ風の男を、進行役と書かれた名札を貼り付けた麻呂風の男が押し留める。彼らの前に若干遅れて【一条麻呂】と【みちのくニンジャ】と書かれたテロップが現れる。それに合わせるかのように周囲を囲むスタッフから漏れる失笑の声にニンジャ風の男が頭をかきながら浮かした腰を椅子に下ろした。

 

 そんな彼らの様子に合わせるように画面を流れていく文章、メッセージ。配信が始まった瞬間から流れるその文章を机に備え付けられた画面で見ながら、一条麻呂が口を開く。

 

『乙ありでおじゃ。一条三位のそっくりさん事一条麻呂、今回は総司会を担当させて頂いておじゃる。しかしスマイル動画での配信は久しぶりでおじゃるな』

『みちのくダンジョンに潜む影、みちのくニンジャだヨロシクな! メッセージが流れてくんだよな、俺は初経験だが面白いんじゃないか!』

『今回は幾つかの動画配信サイトからも生中継されておじゃ。協会の広報さん、本当にお疲れ様です』

 

 一瞬素に戻って軽く頭を下げた麻呂に、少しの間の後【ええんやで(にっこり)】と画面にテロップが表示される。

 

 

そしてこのノリである

さすが冒険者協会そこに痺れる、憧ry

それで良いのか冒険者協会!

 

 

『世界一動画配信に力を入れている協会でおじゃるからな』

『前例が凄いからなぁ、っと。ダベるのはこの後幾らでも出来るからな。今は先に、そろそろ紹介して欲しそうな連中にカメラを渡すぜ!』

 

 メッセージに返事を返す麻呂と相づちを打つニンジャの前に、催促するかのように【巻きで】と書かれたテロップが表示される。

 

 そのテロップに対してまたメッセージが荒ぶるも、苦笑を浮かべながらニンジャがそう続けると画面がぱっと切り替わる。

 

『そのノリで渡されてもちょっと……あ、痩せぎす太郎です。よろしく』

『かーっ! 痩せすぎ君は硬いなぁ! うなる魂仮面が光る! エセライダー惨状!』

『……皆様ごきげんよう。ダンジョンに咲く漆黒の薔薇、ダンジョン・プリンセスですわ』

『あの、僕今は痩せぎす太郎でして……』

 

 2カメと右下に書かれた画面には【痩せぎす太郎】と書かれた細身の青年とパチもののライダーマスクを被った【エセライダー】、そしてドレスに身を包んだ少女【ダンジョン・プリンセス】の3名が現れ、それぞれ発言をした後にまた画面が切り替わり次の配信者に、そちらの紹介も終わるとまた次の画面へと変わっていき、10名の参加者が名乗りを終えた所で画面が再び麻呂とニンジャの映る1カメに戻ってくる。

 

 

ダンプちゃん! ゲロインダンプちゃんじゃないか!

京都からはエセライダーが参加か

忠猫ポチ公ちゃんは不参加か

くノ一さんとニンジャが遂に出会うのか・・・・・・

ダンプちゃん早速顔色悪い、悪くない?

ポチ公ちゃんはアカンでしょ(年齢)

タカバット! お前は博多の誇りバイ!

あの、そろそろ痩せぎす太郎くんについてもふれてあげてください

 

 

 自らの推し配信者が居る、居ないという話題でコメント欄がざわめく中、画面を眺めた麻呂は小さく頷いて口上をあげはじめる。

 

『さて、各人の紹介も終わった所で』

『麻呂さん、もっと喋らせて~!』

『黙りゃ! 先程から巻いてコールがバンバンこっちに来てるでおじゃ!』

 

 参加者の一人の言葉を切って捨てる麻呂。そのやり取りに再び室内が笑いに包まれる中、麻呂は今回の企画について話し始めた。

 

『それではこれより『冒険者協会主催! 配信冒険者集合オフ』を始めるでおじゃ。今回の企画内容は……』

 

 そこで麻呂が言葉を切ると、カメラの映像が途切れパワーポイントのような資料作成ソフトで作ったのだろう【ダンジョン配信ぶらり旅~北海道はでっかいどう~】と書かれたスライド画面が現れる。

 

 

なぜそこでダジャレなのか

コレガワカラナイ

 

 

『その辺は初っ端プロ○ェクトXパロの段階でお察しでおじゃるな』

『TVとかでたまにやってる車の中やバイクにカメラつけて旅する奴だな! あれを夕張ダンジョンまでやるわけだ』

『勿論麻呂たちは冒険者じゃからの。到着後はこのメンバーで一潜りするでおじゃるが……まぁたまにはダンジョン外部でのオフも、という企画でおじゃる』

 

 麻呂とニンジャの言葉に合わせて、画面は再び彼らを移す1カメ映像に切り替わる。

 

え、どっから夕張まで行くん?

仙台からでも日をまたぎそうなんですがそれは

24時間耐久配信かな?

生放送耐久配信か……ふふっ怖い()

 

 麻呂達の話すスケジュールに戦々恐々とした様子で流れていくメッセージ。それらを見ながら、口元に悪い笑みを浮かべて麻呂は言葉を続けた。

 

『勿論耐久配信でおじゃ』

 

 

ですよねー

ですよねー

試されているのは俺達だった?

ですよねー

ですよねー

冒険者の体力を基準にするのいくない

ですよねー

 

 

『ひょひょひょ。それでは早速、我らが数日お世話になるマスィーンの元へ移動するでおじゃ』

『免許を持ってないメンバーの為にバイク4、車2の編成だぜ! なんでお前が持ってないんだエセライダー……』

『フヒヒ、サーセン! マイマシンはバイシクルでして』

 

 ガヤガヤと席を立ち移動を始める参加者たちの中、ツッコミを入れられた仮面の男に一瞬スポットが向き、【なんでやねん】とテロップがつけられる。

 

 数分程度の移動時間だが、狭い廊下を歩いていくという事もあり1カメにほぼ全員が映り込む状況。各々がそれぞれ僅かな隙間にアピールをしようと麻呂やニンジャに絡んでいく中、先程から言葉少なだったダンジョン・プリンセスと元々アピールが苦手な痩せぎす太郎はどんどん先行していき、やがて駐車場のドアの中へ消えていった。

 

 その姿に麻呂やニンジャ、それに目ざとい配信者は違和感を持っていたが、たった十数秒の差でありただ先に歩いていっただけ。声を上げることもない、と彼らの後に続き駐車場のドアを開け――

 

『ごめん、麻呂おじさん』

『ひょ? ひょ…………なんで?』

 

 ドアを開けてすぐ目に入った光景。ドア脇でぷるぷると震えながらそう言うダンプの声も耳に届かず、思わず素の声でそう尋ねる麻呂の姿を映し、慌てたようにカメラが急旋回される。

 

 急な画面回転に視聴者達が阿鼻叫喚の声を上げ。

 

『ども、皆さん。今日はよろしくおねがいします』

『片道だけどね!』

『俺達も一応配信者やけん』

 

 

くぁwせdrftgyふじこlp

なんで?

くぁwせdrftgyふじこlp

くぁwせdrftgyふじこlp

ヒョエー

麻呂が戻ってこないぞwww

イッチだあああああああ

くぁwせdrftgyふじこlp

昭夫ライダーフル装備じゃねーかw

 

 

 スペシャルゲストと手書きで書かれた手看板を持った鈴木兄妹と昭夫の姿に、参加者と視聴者。そしてスマイル動画のサーバーは絶叫する事になった。



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第二百四十二話 開幕波乱

『ん~、中々戻ってこないね!』

 

 

復帰したぞ!

皆!F5アタックを止めるんだ

スマイルどころか他のサイトも落ちてるな

もう止めて! サーバーのライフはもう0よ!!?

画面真っ暗やん

はぁ(クソデカため息)

声聞こえてきたぞ

開幕マスターありがとうございます

開幕じゃないんだよなぁ

 

 

 

 いきなりエラー画面になった更新されないチャットの流れ。複数の動画サイトを巡回するもどこも同じ状況が10分ほど続いた後。辟易とした様子でF5を押す視聴者達の耳に、少し低めの少女の声が響く。

 

『お、戻ってきた?』

『みたいだな』

『うんうん。流石は冒険者協会、力技に定評があるね!』

 

 その声に反応したチャットを見たのか、声の主はぱちぱちと拍手をしながらそう口にすると画面中央に【お褒め頂き恐悦至極(震え声)】と書かれたテロップが現れる。そのテロップに合わせるようにカメラが動き――

 

 ヘルメットを持った一人の青年を映し出す。

 

 黒いレザースーツ、節々に補強されているのだろう硬質な輝きを見せるそれに身を包んだ青年は、戦乙女の名を関する単車をベースにしたマシンに跨ったまま、手に持った黒いヘルメットを被り――フェイスガードに白いドクロのマークが浮かび上がる。

 

『はいカットー!』

『今のは一号ライダーの映画中盤、戦いに赴く際のワンシーンですね! この前に地獄大使と一号の最初の邂逅が起き、窮地に陥った一号の元へと謎の戦士が駆けつける演出か~ら~の! ヘルメット一杯に広がるドクロマークで往年のファンを痺れさせ新規ファンを昭夫沼に陥れた作中屈指の名シーン! その甘いマスクから今やお茶の間でも大人気な昭夫パイセンが初めて全国区でいやいや元から知名度は会ったけど公共の放送でって意味で名前が知れ渡ったのはこのシーンのお陰と言ってもいいでしょう!』

『限界過ぎて意味がわからねぇぞエセライダー!』

『つまり、かっこいいって事さ!』

『は、恥ずかしか……』

 

 ガヤガヤと昭夫を囲んで盛り上がる配信者達の姿。恐らくまだカメラ復帰が伝わっていないのか、リラックスした表情が見受けられる。そんな各人の表情をアップで写し、ゆっくりとした動作でカメラを動かす推定協会のカメラマン。【ニヤニヤ】とテロップが書かれている辺り半ば狙ったのかもしれない。

 

 

めっちゃくつろいどるやん

昭夫ライダアアアアうわああああああ!

エセライダーwww

特撮限界オタクくんはさぁ……

 

 

『うむ、思わぬトラブル……予期できたトラブルでおじゃったが一先ずは無事解決した事を喜ぶでおじゃ』

『10分以内にスピード解決! ニンジャ並のスピードだぜ』

『ニンジャとは一体』

『影に生きる者さ……さて、じゃあオレはあっちの車に戻るぜ!』

『うむ。準備が整い次第出発するでおじゃ』

 

 カメラが切り替わり、これは車中だろうか。そこそこ広めの乗用車らしき車の中、運転席に一条麻呂、助手席にダンプ、後部座席に座っていたニンジャがそう言ってドアを開けて車内から出ていき、それに麻呂が笑顔で応える。

 

 バタン、とドアが閉まり、少しの沈黙。そして、ちらとカメラを見た麻呂は『さて……』と呟くように口を開き、深い溜め息を一つついた後。

 

『ダンプちゃん……ハメたな?』

『モウシワケアリマシェン』

 

 一切視線をダンプに向けずそう告げる麻呂にこちらも視線を向けず呟くようにダンプはそう応えた。

 

 

草草&草

ヒェッ

マジトーンwwwこれは仕方ないwww

キレてるキレてるぅ!

 

 

 テロップすら流れずに場面が切り替わる。今度はもう一つ用意された車の車内映像(2カメ)のようだ。【嫌な事件だったね……】と流れるテロップに視聴者が同意する中、切り替わった車の運転席にニンジャが座り込む。こちらは彼が運転を担当するらしい。

 

『さて、それじゃあそろそろ出発するぞ!』

『了解たい。お、カメラこっちに来とーとよ!』

『あらあらまあ。りすなぁの皆様、ご覧になっていますか?』

 

 自身の持つ端末で確認したのか、野球のユニフォームのような姿をした配信者、タカバットの声に少し露出の多い赤い忍者衣装を身に纏った女性の配信者、くの一がカメラに向けててぴーすぴーすとVサインをみせる。

 

 

くの一さんきゃわわ

こっちはタカバットとくの一さんか

今日こそ配信中に頭巾が脱げる!

ツブヤイターで素顔晒してるのに頑なに配信は頭巾姿の配信者の鏡

あれ、エセライダーも確か免許……ここに居ないってことは

生贄はまぎれもなく奴さ(白目)

 

 

『車組も準備できてるみたいだね!』

『太郎先輩、もう一度考えて貰えませんか。真一さんも「タローが来てくれたら助かる」ってよく言ってて』

『あの、マジでそれ後でちゃんと考えて答えるからこの場では勘弁してくれないかな、して下さいお願いします』

『ん、今なんでもするって』

『言ってません』

 

 再び画面が切り替わり今度はバイク組(3カメ)……なのだが、少し妙な状況だった。

 

 本来はバイク組(3カメ)のカメラマンはバイク組(3カメ)全体をカバーするのだが、何故か映し出された画面には頼み込むように手を合わせて頭を下げる鈴木一郎と震える声で応対する痩せぎす太郎、我関せずとカメラに向かってジョジョ立ち初級編を始める鈴木一花だけが画面に映り込み、他の配信者の姿は見えない。

 

 

わっつあはぷん?

どういう状況ならこうなるんだ???

(普通)そうはならんやろ(白目)

なっとるやろがい!

 

 

『一郎さん、麻呂さんがそろそろって言うとるけん』

『あ、すまん。それじゃあ先輩、また後で』

『あ、はい』

『ヤマギシは人材不足だからさ、ごめーんね?』

『ふぁい』

 

 【なぁにこれぇ(白目)】とテロップが思考を放棄しコメント欄も「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!」とポルナレフ状態に陥る中、画面内で真っ白になった痩せぎす太郎が膝から崩れ落ちるように倒れ込む。

 

 その様子にコメント欄が涙する中、波乱のオフコラボはようやく幕を開けたのであった。




書きたい描写が多くて話が前に進まない(白目)


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第二百四十三話 道中車内1

誤字修正。244様、kuzuchi様ありがとうございます!


『いやー、壮観だねぇ』

『全くでおじゃるなぁ。所でマスター、何故この車に』

『やー、一番事故ってそうだったからさ! 内部的な意味で!』

『アリガトゴザイマシュ』

『タスカリマシタ』

 

 大音量でBGMを流しながら目の前を横切るバイクの姿にんふーっと満足げなため息をもらす一花と、それに答えて相槌を打つ一条麻呂。死屍累々のダンプとエセライダーをアクセントに1カメが設置された車両では、二人の軽快な会話とお茶目な舌戦が繰り広げられていた。

 

 

ダンプちゃんとエセライダーwww

マスターのため息カワイインじゃー

まぁあのバイクは仕方ない

始まって1時間でもう2死か。残機の貯蔵は大丈夫か?(震え声)

 

 

『いやーでも今回はホントいい企画だと思うよ! 日本の技術力を世界に示すって意味でもさ!』

『で、おじゃるな。麻呂達も画面ごしでしか見たことが無かった故、良い機会でおじゃった』

『まさかこの目で拝める日が来るとは思わんかったすねー』

『『『『発明王ヤマザキのパッソル改』』』』

 

 

動画配信冒険者 発明王ヤマザキ

ホームダンジョン:北海道 夕張ダンジョン

ヤマギシによる魔力発電の開発にインスパイアされダンジョンに挑み始めた在野の発明家だゾ!

代表的な発明品としては魔力式超火力バーナー通称【ライトセーバー】、そして今回彼が乗車しているヤ○ハとの共同開発魔力エンジン搭載型パッソル通称【パッソル改】だ!

 

動画配信冒険者 エセライダー

ホームダンジョン:京都 黒尾ダンジョン

日本3番めのコスプレ冒険配信者を自称するただの特撮オタクだゾ!

参加組の中では一条麻呂やみちのくニンジャ並の冒険者歴の持ち主だけど漂う小物臭で【業界最大の小物】の異名持ちだ!

 

 

 紹介テロップと共に画面が各自のバイクに備え付けられたカメラの画像が表示される。ヘルメットの上に金メッキの王冠を取り付け、小さなマントをなびかせる人物、発明王ヤマザキはバイク横に取り付けられたラジカセから<ヤマザキ一番!>をエンドレス再生させながら、1カメ車と2カメ車の周りをグルグルと回っている。

 

『い、イチロー先輩のライダーマンマシン2号が私は良いかなぁって』

『いや、そりゃイッチのライダーマンマシン2号と昭夫スペシャルが並んで走ってるのは特撮ファンとしてはもうご飯3杯はイケる組み合わせですがね!? あの軽車両に異常にデカい魔力エンジンのフォルムはちょっとこれ見とかなきゃいかんでしょっていうか! まさに魔法大国ニッポンというかね!?』

『まー言いたいことはわかるかな! それにあの人、どのカメラでも<ヤマザキ一番!>がBGMになるよう狙って走ってるよね! 若干洗脳されそうかな!』

『涙ぐましいを通り越して狂気すら感じるでおじゃ』

 

 

何が彼をそこまで駆り立てるんだ

愛じゃよマスター、愛じゃ

イギリスに帰ってどうぞ

 

 

 【愛なら仕方ない】と流れるテロップと共に画面が切り替わる。今度はみちのくニンジャの運転する2号車――ではなく。全体の映像が撮影できるように用意されたスタッフがカメラを持つ先頭車両からの映像である。

 

『あら。全体画像に切り替わりましたわ』

『という事は、会話はこっちか』

『あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!! テメェヤマザキぃ!! 昭夫ライダーとイッチの2ショットが!!! 見えんちゃろうがっ!!』

『落ち着けタカバット!』

『荒ぶられてますねぇ。あら、現場犬さんが手を振ってきてますわ』

 

 ただしこの車両には配信冒険者は乗り込んでいない。この為、会話は画面右下に用意されたサブカメ映像に映し出された車両の物が使われ、今回は2号車の会話を耳にしながらの全体映像になる。

 

 

動画配信冒険者 くの一

ホームダンジョン:四国 土佐ダンジョン

土佐ダンジョンで麻呂妻さんと麻呂重ちゃん母娘と男性人気を2分?するレイヤー冒険者だゾ!

ピンクの頭巾に色々際どいくの一衣装、でもポロリはない抜群の戦闘バランスがウリだよ!

 

 

動画配信冒険者 タカバット

ホームダンジョン:福岡 太宰府ダンジョン

プロ野球選手志望の学生配信冒険者だゾ!

バットを背中から取り出す技術、どこで覚えたんですか???

 

 

『テロップさんキレッキレだな!』

『今も入っとーとよ』

『その、お恥ずかしい画像は見せないよう、その……』

 

 

テロップwwwいいぞもっとやれwww

これイッチとかのもあるのか?

くの一さんのおっとりボイスで癒やされるんじゃぁ~^^

バット入れたまま座ってるのかw

無理だろ。下手な文章だと世界中のイッチファンが……

ヒエッ

現場犬、ヘルメットが犬型の特注品ってマジだったのか

 

 

 流れるテロップとコメント欄に配信冒険者達が三者三様の反応を見せる中、「おっ」とみちのくニンジャが声を上げる。鈴木一郎と昭夫、それにバイク組の配信冒険者、現場犬とロッカー劇女が戯れるようにバイクを走らせるツーリング映像が切り替わり、2カメ映像がメインになった為だ。

 

『最初のSAについたみたいだな!』

『意外と早かとね』

『まだ東京を出てすぐのような気がします』

『体感時間だと数十分だったな。実は1時間以上経ってたんだが! ああ、視聴者の皆に報告だ。SAではドライバーの変更が行われるぞ。出来る限り色々な組み合わせの会話が見れるよう工夫したつもりだ!』

『エセライダーさん以外は、ですけどね』

『……なんであいつバイク免許持ってないんだろうな』

 

 

その場に居ないのにイジられるとは流石配信冒険者界隈最大の小物

最大の小物というパワーワード

てことはイッチや昭夫くんとのおしゃべりも!!?

盛 り 上 が っ て ま い り ま し た

あれ。その場合って誰がバイクに

……もしや

 

 

『……次のSAでは車組とバイク組で車両を交換する予定だったんだが、実は誰がどのバイクに乗るかは決まっていないんだよな』

 

 流れるコメント欄がイッチや昭夫君の色に染め上がる中。ハンドルを握るみちのくニンジャは、SAに消えていく先頭車両を見ながらボソリ、と呟いた一言に、車内とコメント欄の空気が凍り付く。

 

『……え、ほんなこつ?』

『それは……その。大丈夫なんですか?』

『最初は大丈夫だと思ってたんだけどな』

 

 戦争だよなぁ、とSAに入っていく鈴木一郎を見ながら呟かれたみちのくニンジャの一言に、くの一とタカバットは小さく頷きを返した。




次回、戦争勃発。デュエルスタンバイ!


動画配信冒険者 一条麻呂

ホームダンジョン:四国 土佐ダンジョン

ご存知日本2番めのコスプレ冒険者! 土佐ダンジョンの代表冒険者でもあるゾ!

美人な奥様と娘さんが本体と言われる事もあるけど【一条三位のそっくりさんシリーズ】や【アレンジ魔法で陰陽術】シリーズなどイッチの動画に迫る再生数の動画も作成する大人気配信冒険者だ!


動画配信冒険者 みちのくニンジャ

ホームダンジョン:宮城 みちのくダンジョン

みちのくダンジョンの代表冒険者にして忍術の使い手だゾ(魔法です)!

夕張ダンジョンでの修行時代、ニンジャマスターネズ吉に受けた教えを元に今日も元気にアンブッシュ!


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第二百四十四話 道中2 SAにて

誤字修正、244様、アンヘル☆様ありがとうございました!


_人人人人人人人人人人人人人人人人人_

> 最初はグー! じゃんけんポン! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

 

『お、画面がこっちに来たな。姐さん、出番ですぜ!』

『オゥ。待たせたなテメェら。ロッカー劇女だァ……ヨロシク』

『『ヨロシクぅ!』』

 

 

_人人人人人人人人人人人人人人人人人_

> アイコでショ! アイコでショ! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

 両脇にエセライダーと現場犬を従えたロッカー劇女の登場。【いつもの】というテロップと共にコメント欄を覆い尽くす「ヨロシク」のコメントに、スマホ画面を眺めていた一花は親指を立ててポージングを続ける3名に向ける。

 

『お約束って、良いと思うよ!』

『アリガトぅ!』

『へっへっへ、お褒め頂き』

『ワンワン! 建設株式会社をどうぞよろしくワン』

 

 

動画配信冒険者 ロッカー劇女

ホームダンジョン:東京 奥多摩ダンジョン

売れない劇団女優冴無乙女とは仮の姿。最近人気急上昇中のロックバンド<MAGICAL>のギタリスト[乙女姐さん]とは彼女の事だゾ!

同じ関東圏がホームの現場犬と何故か京都住まいのエセライダーをお供に今日も姐御とヨロシクぅ!!

 

 

動画配信冒険者 現場犬

ホームダンジョン:山梨 忍野ダンジョン

魔法工事のスペシャリスト、安全確認バリアヨシ!

最近本業が忙しいけど<MAGICAL>のライブには毎回行ってるらしいゾ!

 

 

_人人人人人人人人人人人人人人人人人_

> アイコでショ! アイコでショ! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

 

今日もヨロシク乙女姐さん!

後ろが気になって仕方ないんだけど

なんでエセライダーは自ら下僕になるの?

現場犬www

犬耳だけの衣装なのに尻尾ブンブン振ってるように見える

現場犬の会社は11(ワンワン)建設だゾ! イレブンって読んじゃダメだからな!

説明ニキおっつおっつ

だから後ろよぉ!!

 

『はい。というわけでここから司会代行を務めさせていただきます、エセライダーと!』

『わたくし、ダンジョンプリンセスがお送りいたしますわ。背後のアレは気にしないでくださいまし』

『男には、引けない時があるからなぁ……俺も、バイク免許があれば』

『くの一さんは女性ですが』

『げほんげほん。えー、はい。現在俺たちは~サービスエリアの駐車場にですね。はい、場所をお借りしている状況です』

 

 意図的にだろう背後の状況を無視して、司会役を引き継いだエセライダーは「臨時司会」とマジックで書かれたホワイトボードを手に持ちエセライダーとダンプがカメラに視線を向けながら話し始める。

 

 エセライダーが現在地を口にすると、現状を見せるためだろうか。メインカメラとして使われていた1カメは周囲の状況を旋回しながら映し出す。

 

 

_人人人人人人人人人人人人人人人人人_

> アイコでショ! アイコでショ! <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

 

 まず最初に映し出されたのは総勢5名によるじゃんけん合戦の映像だった。誰一人笑顔もなく、外行きの表情を消し去って1台のバイクの周りで延々じゃんけんを繰り返すその映像を、1カメのカメラマンは数秒だけ映した後にそっと別の方向を映し始める。

 

 【あ、あっちではイッチが囲まれてるぞ!】何かを誤魔化すように流れたテロップに釣られる形でカメラの映像が切り替わり、映し出された映像は正に人の波というべき代物だった。

 

『わー、イッチが人に囲まれてるー(棒)』

『もう姿も見えませんね―(棒)』

『オメェら……誤魔化すの下手な』

 

 ロッカー劇女の言葉にエセライダーとダンプはそっとカメラから視線をそらす。恐らく店舗の入り口が中心だろうか。ブラックホールに吸い込まれるかのように集まり続ける人々の流れは衰えること無く、むしろ勢いを増しているかのように見える。

 

『ワンワン! いやー俺結構最近、声掛けられる事増えてたんですけどね。あれ見たらまだまだだなって思いますわ』

『道中も結構パシャられてたからね! そろそろ出る準備した方が良いかな?』

 

 恐らく周辺からも集まっているのか。高速道路途中のSAとは思えないほどに入って来る車の群れと人の波。称賛や羨望の前に恐怖すら覚えるその現象に心底ドン引きする表情をじゃんけん組以外の配信冒険者たちが浮かべる中。

 

『シャアアアアアッ!!』

 

 雄叫びをあげ両手を天に掲げるタカバットと、地面を叩き悔しがる他の面々。どうやら決着がついたようだ。

 

『おっし、じゃあ出られる内に出ちゃおうか!』

『え。で、でも先輩が』

『大丈夫大丈夫。お兄ちゃんなら走って追いつけるから!』

 

 

走ってwww

マジでできそうだなw

マスター容赦なす。だがそこが良い!

 

 

 その様子を見た一花の言葉にコメント欄が加速する中、誇らしげにライダーマンマシン2号に跨るタカバットや「ヤマザキ一番」を流しながら変わらずパッソル改に跨る発明王ヤマザキ、その他の新バイク組は続々とSAから走り出していく。

 

『じゃ、お兄ちゃん先行ってるねー!』

 

 【え、マジで置いていくの???】とテロップが心配する中、SAの出口で窓を開けて一花がそう声を張り上げる。その姿に「え、マジ?」等と混乱する周囲を尻目に車両は高速道路に戻ろうと進んでいき。

 

 公道に戻る前に、トスン、という軽い音と共に車体に白い糸状の物が貼り付けられ、ヒュゥンという風切り音と共に開け放たれた窓からスルリ、と音がしそうな程滑らかに人が車内へと入り込んでくる。

 

『流石に酷すぎじゃね?』

『ちゃんと声かけたじゃん。お兄ちゃんがサービス精神旺盛すぎなんだよ!』

『仕方ないだろ。ファンだって言うんだから』

 

 滑り込んできた人物は手作り感あふれるマスクを脱ぎ捨て、先程までよりも若干幼く見える容姿でそうボヤくように呟き、自分が入り込んできた窓を閉めた。

 




仁義なき戦いの勝者はタカバットでした。

次回。ハジメくん質問箱を乞うご期待







こういうの聞きたいとかあれば募集してます(白目)


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第二百四十五話 今回、サーバー死す。デュエルスタンバイ!

 拝啓、今はヨーロッパを飛び回っている父さん。育児休暇中の母さん、お元気でしょうか。母さんは今朝あったから分かるけど。

 

 俺は今――

 

「あ”あ”あ”あ”っっっ!!! なんで!!! なんでカメラがない所でそんな!!! そんなファン憤死のサービス映像を!!! バラまいちゃうの!!?」

「ちょ、乙女姉さん車内! ここ車内だから!」

「うーん。やっぱり暫くはサーバー復旧できそうにないね!」

「幻の名シーンん”ん””!!! 全世界のイッチメンのみ”ん”な”ごめ”ん”っっ!!!」

 

 とっても困った場面に遭遇しています。

 

 

 

「落ち着きました?」

「申し訳ありまずびー」

「はい、チーンして。チーン」

 

 後部座席からティッシュを差し出す一花に、ロッカー劇女さんは大人しく従って鼻をかむ。先程の狂乱からすでに30分。サーバーの方はすでに復旧されているそうだが、諸事情により今はバイク組と2号車の映像を中心にしているそうだ。

 

 スマホでそちらの映像を見ると、右下に【サーバー増設作業が終わるまでイッチは勘弁してください】と書かれてあった。俺は何を勘弁すれば良いんだろうか。

 

「出番でしょ」

「まぁ、うん。今回はお客様だし主役の出番はこれ以上取らないよう気をつけるよ」

「――そうだね!!!」

「何か色々飲み込んだ笑顔だな???」

「気の所為じゃないかなっ! 所で今更だけど、エセライダーって免許持ってるんだ」

「イエスイエスイエス! 持っていないのは二輪免許のみでして。なんなら大型免許も持っておりますよ!」

「なんでバイク免許だけ持ってないんだエセライダー!」

 

 親指を立ててウィンクする妹に疑問符を突きつけるも答えは返ってこない。釈然としない思いを抱えながらも耳に入ってきた単語に思わずツッコミの言葉を入れる。大型免許は俺も持ってるが、バイク免許のほうが難易度は低いと思うんだが。しかもエセとはいえライダーを名乗る人物だ。

 

「おお、まさかイッチにまでそのツッコミを入れてもらえるとは!」

「ふふん。うちのお兄ちゃんは様式美にも理解があるお兄ちゃんだからね!」

「様式美に理解がある兄とは一体」

 

 妹の口から出てきた謎言語を翻訳する事が出来ないでいると、いつの間にか復活したのか。助手席に座るロッカー劇女さんがおずおずと言った様子でこちらを振り返ってきた。

 

「あの、ですね。その。今運営本部に連絡したら、このカメラの映像も一応保存できてるらしくて、ぐふっふっ。そ、その……後ほど。んふっ。先程の映像を、公開するかもしれませんが、よろしいでしょうか」

「え、あ。はい、まぁ俺は構わないんですが」

「シャッ! 言質った!!! 記念が増えるよ! やったねイッチメンの皆!」

「イッチメンis何?」

 

 虚空に向けてガッツポーズを浮かべるロッカー劇女さんの姿に目を丸くしていると、エセライダーがふっと小さく笑って口を開いた。

 

「驚いたでしょう? 乙女姐さん、配信時やステージの上だとさっきみたいにガンガン行こうぜって感じですが、素だとこうなんですわ。俺も初コラボの時にお会いして、びっくりしたんです。それ以来そのギャップにやられて一舎弟ですわ」

 

 どういう過程を辿れば初対面の女性の舎弟になろうと思うんだろうか。ますます謎めいてきたエセライダーの精神性は一先ず置いておくとして、今は映像の事である。

 

「これ、後日映像を使うって場合はどうなるんだろ。そこら辺、シャーロットさんに確認した方が良いのか?」

「大丈夫じゃないかな。企画自体は協会が主体のものだし、権利関係はもう話し合ってると思うよ!」

「ふ、ふふひひ、ふ。そちらは問題ない、かと。わ、私達としては呼ばれただけで、利益があったので……まぁまさか鈴木兄妹が参加するとは少しも思ってませんでしたが。心臓止まるかと思いました。多分一度止まった。憤死した後にライダーマンマシン2号の雄姿で蘇生したまであります」

「お、おう? 申し訳ありませんでした」

 

 大事なことのようなので同じような意味合いの言葉を数回繰り返したロッカー劇女さんからそっと目をそらして謝罪を行う。一花に誘われて、とはいえ飛び入り参加だ。そら色んな人に迷惑をかけただろう。シャーロットさんとか広報の人なんかにも。

 

 ――あの人らならなんか予想外の方向に利益を出してきそうだな!

 

「名高きヤマギシ広報部か……イッチの目が死んでるし一体どんな魔境なんだろうか」

「魔境ってのは否定しないけど悪名高いの?」

「報道関係者からはっすねぇ。イッチもそうですが、魔法関係の情報元といえばやっぱあそこですからね。ダンジョン関連の初動で舐め腐った真似してた連中は容赦なく締め出されてますし、シャーロット・オガワ率いるヤマギシ広報部は一部じゃ魔王扱いですわ」

「そ、その分。ダンジョン関係者にとっては、たの、頼もしい取引相手で、す。わ、私も、お陰で認知度。が。た、助かってます」

 

 自業自得だと思いますがね、とヘラヘラ笑うエセライダーと彼の言葉に頷きながらたどたどしい言葉で続けるロッカー劇女さん。他人から聞く身内の評判になるほど、と頷いていると、スマホから短く通知音が鳴り響く。

 

 ウィルからの連絡か。ええと。

 

「どったの?」

「ウィルからだ。『今から行っていい?』だとよ」

「うぃ”り”あ”む”っ!! むほーっ! 現代版金髪コナン・ザ・グレートッッ!! 元々冒険者で演劇未経験なのにねっ! 彼の演技しゅごいのっ! 抜身の刃みたいな迫力とねっ! ハジメと接する時の男友達感がねっ!! 聞いてるエセライダーっ!!?」

「ちょ、姐さん運転!? 俺運転してるから!!?」

「劇女さん落ち着いてくださいね?」

 

 俺の言葉を聞き、ロッカー劇女さんがバンバンとエセライダーの肩を叩く。流石に運転中の人の邪魔はイケないと思うので一言注意を伝え、ウィルへ返信を返しておく

 

「あ。うっふぅ……私は落ち着いた。いや、落ち着くな。今からウィル来るの? そんな事態が許されるのなら、私は一体あと何度尊死することになるんだ。怖い、この企画怖いよエセライダー!?」

「俺は今、隣が怖いっすよ姐さん! ここ高速ですよ!?」

「皆さんに悪いし、『駄目』って返しといたわ」

「げふっ(吐血)」

 

 漫才のような二人のやり取りを尻目にウィルへ返信を返すと、助手席に座ったロッカー劇女さんが小さなうめき声を上げた後急に静かになった。テンションが振り切れちゃったんだろう。俺も初代様と会ったときは似たような経験があるから、なんとなく分かる。

 

「いやぁ、違うと思うなぁ」

「そうか?」

 

 にこにこと笑顔のままそう呟いた一花の言葉に首を傾げ、まぁ良いかと自分を納得させて座席に深く座り直す。次の休憩までは時間も有るし、エセライダーと好きなライダーについて語るとしよう。後日この映像が放送される際の撮れ高も稼がないとな。



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第二百四十六話 湯けむりの宿に若い男女。なにもおきないはずもなく

更新遅れてもうしわけありませんでした(白目)

誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


「0・0・0って言葉知ってます?」

 

 トクトク、とお猪口に注がれる清酒。隣に腰掛ける現場犬の言葉に「いえ……」と首を横に振り、注いでもらったお猪口に口をつける。

 

 火照った体の中に、外気で冷やされた地酒。喉を通る冷たさが心地よい。

 

「たしか、工事現場の標語だったかな?」

「麻呂さん」

 

 いつの間にか俺たちの会話を聞いていたのか。メイクを落とした一条麻呂は、頭にタオルを乗せて俺たちの入る浴槽へ腰を下ろしながらそう言って現場犬を見る。

 

 一条麻呂の視線を受けながら、一つ頷きを返して現場犬は続きを話し始めた。

 

「標語というよりは、実績ですかね。この3つの数字は魔法施工管理技師という免許を持った管理者が居た建設現場で、一年を通して起きた労災事故・感染症クラスター・工期遅延の件数になります。あ、件数は昨年のものですね。この免許、一昨年作られたばかりなんで」

「0が3つ。つまり、1件もなかったと?」

 

 ザブン、と音を立てて発明王ヤマザキが。更に彼の後ろからは先程サウナに向かっていた筈のみちのくニンジャと昭夫君の姿が見える。

 

 どうやら、とある事情でこの場に居ない者を除いた男性参加者全員が、露天風呂に集まってしまったようだ。

 

「まぁ、広い風呂場だし貸し切りだし。これもまたヨシ!」

「それは猫の持ち芸じゃろうに……と、このメンツだとつい麻呂口調になってしまうね」

「骨身に染みてるわけですか。まま、麻呂さんも一献!」

「余り飲みすぎないようにしましょうね」

「その時はキュアがあるからへーきへーき」

「いかんでしょ。して、それは凄いこと、なのですかな?」

 

 駄目な大人の見本のようなセリフを吐きながらお猪口を傾けるみちのくニンジャに冷徹な一言をかけ、発明王ヤマザキは先を促すように現場犬に視線を向ける。

 

「凄いことですね。その前の年は1,000人弱の死亡者と11万人の休業事故がありましたので。魔法施工管理技師が居た現場は全国でも20件程度でしたが、その中には1箇所1000人規模で工員が動く現場もありましたね」

「それだけの規模で、0か」

「めっちゃ大変でした」

「お前さんの会社かい」

 

 虚ろな視線で空を仰ぐ現場犬に思わず、といった具合にみちのくニンジャが口をはさむ。

 

「いえ、施工主はうちじゃなくて大手ゼネコンの○☓で。建設現場とかって少し特殊で、施工主の会社が色んな会社に声かけて必要な人員を集めるというか……まぁ、そういう感じで。うちの会社は社員全員が魔法施工管理技師なんで、そういう現場に出向みたいな感じで回されるんです」

「ああ、IT系と同じ形かな」

 

 現場犬の言葉に思い当たるものがあったのだろう。一条麻呂が納得がいった、とばかりに頷きながらお猪口を傾ける。

 

「IT土方も大変らしいっすねぇ……うちは、その。元々親父の会社が傾きかけた時に、例の穴の事件があったんすよね。で、ニュースとかネットとかでイッチやヤマギシの次男坊の件が流れたじゃないですか。あれで地元の他業者が軒並みダンジョン近くの工事を断っちゃって、自衛隊さんからなんとかできんかって発注が来たのが現状の始まりというか」

「あったあった。おかげで私が土佐ダンジョン周りを購入する時はすんなり行ったが、最初の1,2ヶ月は商売仲間や親戚から気が狂ったような扱いを受けたね」

「最初の頃はそんな感じだったな! 俺もイッチのライダーマンショーを見るまでは、ダンジョンや冒険者って存在に色眼鏡かかってた気がする」

「少なくとも世間からの認知が変わったのは、あの動画シリーズの成果だろうね。そして私はコスプレの良さに目覚めた」

「そりゃ麻呂さんだけ……とも言えんか。少なくとも、現行で配信冒険者やってる奴でイッチの影響受けてない奴はいねぇっすからね」

「良い月だなぁ」

 

 褒め殺しにでもあったかのような気恥ずかしさに天を仰ぎ、月を眺める。おかしい、現場犬さんと魔法の活用について話していただけなのにどうしてこうなった。

 

「皆、色々な理由で冒険者になってるけど。一郎さんに憧れたのは、同じやけん」

「やめろ昭夫くん。それは俺に効く」

「お、照れてんのかイッチ!」

「あ、ちょ、千葉さんやめ、ヤメロー!」

「へへへよいではないかよいではないか!」

 

 バシャバシャとこちらに近寄り、ヘッドロックをかけてくるみちのくニンジャ。その様子にニヤニヤと笑いながらにじりよる現場犬、我関せずの発明王ヤマザキと、下手くそな口笛を吹きそっぽを向く昭夫くん。おい昭夫くん、君が発端だぞ昭夫くん?

 

 抵抗する俺に二人がかりで襲いかかるニンジャと犬。本気を出すと周囲に被害が出てしまう為どうにも出来ず、からかわれ倒すことになるのか、と覚悟を決めたその瞬間。

 

「あ」

 

 メキメキ、と音を立てて女子風呂側の壁……木板が倒れ込んでくる。

 

「「「あ」」」

 

 顕になる女風呂。桃源郷がそこに現れ……ることはなく。水着に身を包んだ我が妹、ロッカー劇女、くの一の姿と。はるか向こうでタオルに身を包み、あちゃー、と顔に手をやる後輩の姿。

 

「「あ……」」

 

 カッパのような服を身に着け、カメラを持ったエセライダーとタカバットの姿に全てを察して男湯の面々がざぶん、と湯の中に体を沈め。

 

「普通、逆じゃない?」

 

 今まで一言も発さず、影のように湯に浸かっていた痩せぎす太郎の一言に、全員が深く頷きを帰した。




千葉さん:みちのくニンジャの本名。みちのくダンジョンのHPではソウルネーム:みちのくニンジャとされている


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第二百四十七話 東北自動車道封鎖できません

遅くなって申し訳ありません!


 バババババババババ

 

 周囲に鳴り響くプロペラ音に視線を向ける。視線の先を飛ぶ白いボディのヘリコプターは、周囲を舐めるようにぐるりと旋回しながら俺たちの頭上を行き来する。

 

「TV局ですかねぇ」

「TV局かなぁ」

 

 ぼんやりとした表情でそう呟く現場犬に、同じくぼんやりとした表情を浮かべたみちのくニンジャがそう答える。彼らのやり取りを横目で眺めながら、一花がうぅむ、と唸り声を上げる。

 

「見誤ったかぁ」

「見誤ったか、じゃないが」

 

 視線の先。一面を埋め尽くす車・車・人の群れ。ここは高速道路の筈なんだが、と現実的な現実逃避を行ったのはつい1時間ほど前の話。駆けつけた警察による”決死”の交通整理によりモーゼの如く別れた車列の中を、低速で走る2台の車とバイク6台。気分は完全な護送車両である。改造車両が3台もある豪華ラインナップだからな。明日の朝刊は頂きだろう(白目)

 

 稀に飛び出そうとする人々と警察官の熱き戦い(やり取り)を眺めながら、徐行くらいの速度で道を行くことしばし。並んでいる車列の中に明らかに他の物見遊山とは様子の違う人々を見かけ、隣に座る一花に尋ねる。

 

「あの。何故、道行く車両が垂れ幕を掲げてるんですかね」

「『ありがとうヤマギシ! ありがとうイッチ!』……うん、標語かな?」

「あー……福島ですかねぇ。ほら、原発の」

 

 小首を傾げる俺と一花の疑問に、答えを返したのは現場犬だった。

 

「原発、ですか?」

「ええ。うちが扱ってた現場の一つもそうなんですがね。原発の解体、かなり進んでるんですよ。魔法のおかげで」

「ふーん? もしかしてエアコントロールかな!」

「そうですね。それもあるんですが……まぁ、機密でもないですしお二人には言っちゃいますが」

 

 助手席に座りながら後ろに振り返り、現場犬は少しだけ声を抑えながら口を開いた。

 

「エアコントロール、物にかけたらそれについてるウィルスとか……放射汚染とかも除去してくれるみたいなんですわ」

 

 

 

「ノーベル賞ものじゃないかな?」

「除去った放射線はどこいったんだろうな」

「それを言うとキュアとかリザレクションもよくわかんないからね!」

「魔法すげー」

「この場合は恭二兄すげーになるんじゃないかな?」

 

 それはあんまり言いたくないなぁ。いや、あいつが凄いのは分かるんだが、まぁなんとなく気分の問題でね? 調子に乗るだろうし。

 

「うし、到着だ。住み慣れた我がダンジョン、まさかこんな形で帰ってくるとは」

「夢にも思いませんでしたよ。パレードの主賓ってあんな気分だったんでしょうね。いい経験したわ―」

「スンマセン」

 

 明るい声で到着をつげるみちのくニンジャとほがらかに笑う現場犬の言葉に罪悪感を感じながらそっと視線をそらす。どう考えてもあの大名行列の原因は俺にある。流石に明け方前のこの時間にここまで人が高速に来るとは思わなかったのだ。

 

 車を降り、冷たい空気を吸い込む。みちのくダンジョン周辺はまだまだ開発が進んでおらず、少し前の奥多摩とよく似た草木の香りが漂っている。

 

「ドライブは諦めるちゃうの?」

「まぁ、予想より斜め上の大事になっちまいましたからねぇ」

「マジスンマセン」

「いやー、許可した協会も協会ですし、正直俺らにとっては普通にやるより数倍旨味のあるイベントだったんで全然気にしてませんよ?」

「さっきチラ見したらチャンネル登録数が3倍くらいになってて震えが止まらねぇよ……」

 

 しかも海外からのユーザーですよね。日本語分かるのかねぇ、という二人の半ば現実逃避気味なやり取りを行いながら、みちのくニンジャは勝手知ったる、という具合に敷地の中をズンズンと歩いていく。

 

 そういえば前回ここに来た時は車での移動だったから、ここは使わなかったんだよな。

 

 ダンジョン側に併設された平たいアスファルトで舗装されたその場所――魔導エンジン式大型ヘリの格納庫へ足を踏み入れながらそう考えていると、先に到着していた一条麻呂がこちらを見ながら笑顔で手を降っている。

 

 ――猛烈な悪寒を感じ、逃げ出そうとした所を背後から昭夫くんに取り押さえられる。昭夫くん!? 何を、な……

 

 あーっ!!!

 

 

 

『はい、それでは! ここからは予定を変更して、時間が浮きまくったのでイッチによる最速ダンジョンアタックをお送りするでおじゃ』

『陸路だと、色々な所からのお声がな。協会も無視できなくてな……!』

『見抜けなかった。この鈴木一花の目をもってしても……!』

『節穴乙。とはいえゲストに負担を強いるのは気が引けるでおじゃ。飛び入りゲストでおじゃるが。飛び入りゲストでおじゃったが』

 

 

東北自動車道まだ渋滞してるゾ

Itchi!

草生えるわあんなん

英断。イッチの影響力パネェわ

仕込みゲストじゃなかったのか(驚愕)

 

 

「飛び入り(本番前)とは思わなかったからなぁ」

 

 耳につけたイヤホンから聞こえる一花や麻呂たちの声にそう呟きを返し、手元の携帯画面で流れていくコメントを確認する。ふむ、今の所問題はなさそう、か。

 

「先輩、それじゃカメラマン、お願いします」

「ああ。うん、その……お、お手柔らかに?」

「任せてください。先輩の半径3m以内にモンスターは近づけないので」

 

 ダンジョン出現後すぐの頃。米軍が壊滅したカリフォルニアのダンジョンの件で、世間に公表された情報の一つにダンジョン内の情報のやり取りがあった。

 

 米軍はカリフォルニアダンジョンに入る際、有線・無線両方の通信網構築を行おうとし、有線で物理的に階層を跨げば通信網を築く事が出来、結果7層で壊滅するまでの間、米軍が築いた通信網はリアルタイムの情報を地上に送り届けることに成功していた。

 

 つまり、どういう事かというと。

 

『10層までの各階層の階段にケーブルを敷き!出入り口毎に基地局を設けて無理くりリアルタイムの情報をお届けするという超力技のこの企画!』

『普通は収録した後の映像で行うでおじゃ。協会の全面協力がなければまず無理でおじゃるな』

『それでも人手足らなくて配信者まで駆り出されて基地局持たされてるからね!』

 

「そこまで大変ならやらなければいいんじゃないか?」

「ま、まぁ臨時冒険者の女性陣のために5層までなら結構やってるし……」

 

 つい漏れた本音に心苦しそうな表情で太郎先輩が答える。太郎先輩を責めてるわけじゃないんだがな。久しぶりにダンジョンを気兼ねなく潜れそうだし、これ以上は気にしないでおいたほうが良いだろうか。

 

 まぁ、後ろにいる先輩を振り切ってもいけないし、速度重視のスパイダーマンはやめて……よし。

 

「ヤァッ!」

 

 両拳を胸の前で突き合わせ、掛け声を叫ぶ。笛の音のような甲高い音と共に両手を天に突き上げ、右手から発する光に包まれながら帽子を被るように両腕を下ろし――

 

「ライダー、マン!」

 

 とりあえず1時間を目標に頑張ってみようか。



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第二百四十八話 ダンジョンRTA

遅くなり申し訳ありません寒い……

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


 思えば不思議なものである。

 

「マシンガンアーム!」

 

 走りながら右腕のアタッチメントを切り替え、バラ撒くように魔力の弾丸が放たれる。毎秒1000発の暴力は室内のオーク達を瞬く間に蜂の巣にし、それを成した当人は足を緩めること無く部屋を駆け抜けていく。1部屋3秒ほどの蹂躙劇。バイク並の速度で駆けながらそれを成す、前をひた走る現代の英雄。

 

 誰が他にこんな事ができるというのか。確かに低層のモンスターは弱い。そこそこ鍛えた民間人でもゴブリンくらいまでなら魔力強化なしでも倒しきれる。これは実体験でわかっている事だ。5層くらいまでなら自分も同じようなことはできるだろう。殲滅力の差こそ出るだろうが。

 

 だが、目の前の男は違う。地下1層から地下2層。更に2層から3層へと。徐々に強化されるモンスター達を相手に、彼は最初から最後まで全く同じペースでそれら全てを処理し、時たま背後をチラと見ながらひたすらに駆け抜けていく。

 

 こちらを気遣っているのだろう。すでに階層は地下7層。オークの次の初心者殺しと呼ばれる大鬼を片手間に処理しながら。こちらの息が切れていないか。ペースが早すぎていないか。そして恐らくは、モンスターがこちらを襲わないかすらも考慮しながら、彼は無人の野を行くが如くダンジョンを駆け抜けていく。時たま、進路とは関係のない方向に行う射撃は、つまりそういう事なのだろう。

 

 背後を走っているだけの自分がそれを感じたのだ。より全体を見渡せる者なら更に顕著にそれを感じ取れるはず。解説として軽快なトークを披露するみちのくニンジャや一条麻呂の声に、どこか感嘆の声が含まれているのはそれが理由だろう。

 

 そして彼らがより細かく、分かりやすく噛み砕いた話を聞いて視聴者達は目の前を行く英雄、鈴木一郎の行っていることの凄さを認識し、より彼を英雄視していくというわけだ。

 

 本当に不思議なものである。

 

『シンにい! タロにい! カブトムシとった!』

『いっぱいいた!!』

『おまっ! それゴk』

『バッカ、棄ててこい! あ、虫かご開けあああああああぁぁ!!?』

 

 真一の後ろを追いかけていたあの鼻垂れの悪ガキどもが。記憶の中、何かやらかしては恭二と共に真一にプロレス技をかけられていた姿と今の後ろ姿を重ね合わせ、なんとも言えない感覚を味わいながらカメラを構える。今の自分はカメラマン。目の前の英雄の姿を余すところ無くレンズに収める影の役割だ。

 

 裏方に徹するというのは、久しぶりだった。ここ最近、妙に上がった知名度のせいでメインを張らされる場面が多くなったが、本来自分はそこまで目立つようなタイプの人間ではない。動画配信も自分の知名度アップが目的というより、ダンジョンに入ろうとする後輩たちへの餞別というか、指針になればいいと思って始めた事なのだ。

 

 本来の自分は山岸真一(ヒーロー)に憧れて、なりたくて、なれなかった。どこにでもいる普通の人間だ。夢や理想を追いかけきれなかった、半端な人間なのだ。

 

「はっやっ!? ここ9階だよ!? まだ1時間も経ってないのに!!?」

「お、劇女さんお疲れ様です……えと、配信中です?」

「……普通にあと3,4時間かかると思ってたから、その……ついモンハン配信をね」

「お疲れっしたー」

 

 だからこそ、不思議だった。自分の知る彼や恭二は、決して真一のような明星ではなかった。頭脳明晰、運動神経抜群、更に交友関係まで広い真一が凄すぎたとも言えるが、故郷を離れる前に見た、中学の頃の一郎と恭二が今のような。それこそ人類でも指折りの英雄なんて呼ばれるような人間になるとは少しも思わなかった。

 

 あえて言うならば、彼の妹である鈴木一花ならまだそう思えたかも知れない。一郎達とはまた真逆の意味で、小学生時代の彼女から今の姿を想像することはできない。

 

「大分丸くなったよなぁ」

「はい?」

「痩せぎすくん、どったの?」

 

 しみじみとした思いが口に出たらしく、一郎が立ち止まってこちらを振り返る。場所はボス部屋の手前。最後の基地局担当として『ここはボス部屋』と書かれたホワイトボードを持ったエセライダーの言葉に「あ、いや」と慌てながら声を上げ、チラと一郎を見る。

 

 マスクの下から見える口元。先程まで昔のことを考えていたからだろうか。その姿に、中学生時代の、学ランを来た鈴木一郎の姿がダブって見えた。撮影中、疑問に思っていたこと。何か口にしなければ。いくらかの焦りと混乱。そして――

 

「いちろーってさ」

「あ、はい」

 

 同郷ゆえの気安さが痩せぎす太郎の口を動かした。

 

「同世代でちゃん付けするのさおちゃんだけだけど、幼稚園の時きょーじと取り合ってさおちゃんにフラれたのまだ引きずってるの?」

「ゲップ」

「ファーwwww」

 

 白目をむいて叫びだすエセライダーと、白目をむいて吐血する鈴木一郎(ヒーロー)。再び死んだサーバー。混沌とした場に己の失敗を悟った痩せぎす太郎は、「あっ」と小さく声を上げて、取り繕うようにポン、と一郎の肩を叩く。

 

「あの当時からあの二人はもうオシドリ夫婦みたいな感じだし……でも、挑戦することは大事だと思うよ?」

「ころしてください」

「止めまできっちり刺さんでも……」

 

 ガクリ、と膝を折る鈴木一郎の姿はカメラに余すところ無く撮られたが、サーバーの死によって10層ボスの虐殺劇と共に闇に葬られることとなった。帰り道、一人では歩けないほどに憔悴した一郎に肩を貸すエセライダーの視線はどこまでも温かかったという。



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第二百四十九話 悲劇の後()

多分、今年最後の更新です。
皆さん良いお年を。

誤字修正。244様ありがとうございます!


「悲しい、悲しい事が起きました」

「太郎兄ちゃん、鬼だね」

「……オイは恥ずかしかっ! 生きておられんごっ!!」

「介錯いる?」

「素で返すのはやめろよマイシスター。ついさっきイギリスから「ごめんね?」って電話が来て余計に死にたくなって」

「はい、この話終了。やめっ! やめっ!」

 

 焦り気味に俺のセリフを食うように言葉を重ね、一花は強引にこの話題を終わらせた。ネタにすることも出来ないか。妹の気遣いが痛すぎて、割と真剣に腹を切るべきか悩む。つらたん。

 

「ま、まぁ放送事故はともかく。1時間での10層攻略おめでとう! 記録されてる限りじゃ最速なんじゃない?」

「恭二辺りが本気だしたらすぐ塗り替えられそうな最速記録だけどな」

「それ言うならお兄ちゃんも本気じゃなかったしね!」

 

 本気でやったらどこでもドア(ゲート)が使える恭二に勝てる奴は居ないんだが、まぁこれは公表されてないし考慮に入れるべきじゃないか。

 

 ――駄目だな。どうにも気分が落ち込んでいる。

 

 深く鼻で息を吸って、口から吐き出す。潮の香りが体に染み込むような錯覚。今、自分が海辺に居ることをこの時初めて俺は意識した。気持ちを切り替えようと思い立つまで、周囲の状況さえ頭に入っていなかったらしい。もう一度深く深呼吸をして、気持ちを切り替える。

 

 流石に完全に、とはいかない。多分夜、寝る前あたりで布団の中でごろごろするハメになるだろうが、なにか考えていたり行っている間くらいは大丈夫だろう。少しずつテンションを上げていって、元の状態に――

 

「いちろーくん、そろそろ――」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!?」

「ちょっ、太郎兄ちゃん!? せっかく落ち着いてきたのに」

「え”っ”あ、いや。ごめん!?」

 

 戻ろう、と考えた瞬間、目の前にひょっこり現れた痩せぎす太郎の姿に走馬灯のように一連の場面が脳内で再生され、ムンクのように悲鳴を上げながら右往左往を繰り返す。騒ぎを聞きつけた一条麻呂が一喝してくれなければ、しばらく戻ってこれなかったかも知れない。

 

 恐るべし、痩せぎす太郎先輩……っ!

 

「色々言いたいことはあるけどね!!! 地元の先輩がこんなに厄介だとは思わなかったよ!!!」

「なんか、ごめんなさい」

「太郎兄ちゃんは本気で反省してね」

 

 めったに見れないマジトーンで詰めよる一花に、痩せぎす太郎はコクコクと、無言で頷きを返す。その姿をじっと眺めた後、深い息を吐いて一花は背を向ける。一花の場合、テンション上がってるときより静かな時の方が本気度が高いからな。下手な言葉を返すと絶対零度の視線が飛んでくるから、付き合いの長い人は何も言えなくなるんだ。

 

 俺? ああいう詰め寄り方されたらその瞬間、条件反射の土下座が出る。経験が違うよ、経験が(白目)

 

「ヘイ姫k――ダンプちゃん! 乙女トークタイムの時間だよ!!」

「待ってお前今本みょ」

「気の所為だよ! 多分きっとメイビー!! というか隠してるつもりだったのそのハンドルネーム!!」

「隠してるに決まってるだろうがマメチビっ!? お前マジでポロッと地元トーク出てきそうなの気をつけろよ? 痩せぎす先輩じゃないんだから」

「ぐふっ」

「あら。それならわたしもおとめとーくに」

「……くのいちパイセン、乙女トークって年れグワアアアアアァァァァァ!?」

「エ、エセライダインーーーっっ!? しっかりしろ! 傷は致命傷だっ!?」

 

 そして途端に巻き起こす騒動を少し離れたところで眺める。姫子ちゃん、多分気を利かせてくれたんだろう。ノリツッコミが普段より大人しい上に矛先を痩せぎす太郎さんに向けている。

 

 流石にその後の誘爆までは読めなかったのか。ワイワイと騒ぐ乙女(大人)女性陣とボロクソにされているエセライダー達の一陣から距離を取り、あっちの地元勢3名は固まって行動するようだ。太郎さんは、暫く乙女(少女)達に囲まれて針の筵になっててもらおう。

 

「イッチはどう行動する予定でおじゃ?」

「取り敢えず一番先っぽまで行ってみようかなって思います。川なら結構経験有るんですがね」

「うむ。まぁ未経験よりは勝手も分かろうが、川と海では色々と違う部分もある。分からぬ事があれば聞きに来て欲しいでおじゃ」

 

 普段つけている烏帽子をワークキャップに切り替え、白粉をつけたままサングラスを着用する一条麻呂の姿に吹き出すのを必死で堪えながら頷きを返し、隣に立つみちのくニンジャに視線を向ける。ふるふる震えているのは、そういう事なんだろう。頑張って欲しいものである。

 

「一郎さん、俺も一緒して良かですか。俺、初めてで」

「俺もお願いしたかです」

「あ、うん。一緒に行こうか。といっても俺、川ばっかりで海は初めてなんだよな」

「いえ、俺ら全く経験なかですから、少しでも教えてもらえれば。それにイッチとは一度、ゆっくり話して見たか思うとったです。中学の頃、野球やっとったち聞いとったので」

「ああ。うん、いいよ。というかタカバットさん同い年でしょ? もっと砕けた話し方でも良いよ」

「いやー流石にそれはキツか」

 

 ヘラヘラと笑いながら男3名、連れ立って防波堤の上を歩く。背後をちらりと見れば、どうやらそれぞれが2,3名のグループを組んで問題なく準備を終えているらしい。

 

 ダンジョンアタックが予想以上に早すぎてまたも急遽組まれたイベントであるが、空は快晴。風も穏やかで、もしかしたら最初からこっちにしていた方が問題は無かったのかも知れない。悲しい、悲しい事が起きることも無かったかも知れない。鬱だ。

 

 え、何をするのかって? そりゃあ健康な男女が十数名海に集まってるんだ。やることなんか決まってるだろう。

 

「釣れると良かですね」

「お昼ごはんが掛かってるからね。皆、全力で」

「一郎さん、流石にミギィで海釣りは絵面がやばすぎるけん……」

 

 海釣りである。釣果なしは米と野菜だけになっちゃうからな。育ち盛りとしては全力、出すしかあるまい。



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第二百五十話 九州男子と男子会(釣り)

こちらの作品でもあけましておめでとうございます!
今年も拙作をよろしくおねがいします。

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


 風もなく、穏やかな波の音に包まれた防波堤でのんびりと糸を垂らす。釣りが趣味というわけではないが、この穏やかな空気は好ましい。

 

 持参したレジャーチェアに腰掛け、年齢の近い男3人、並んで座りながら駄弁る。ここ最近は中々なかった時間だ。

 

話す内容は色々ある。カメラの目もあるため下世話な内容は互いに禁じているが、それ以外。例えば共通の話題であるダンジョンの事、誰それが腕の良い冒険者である事、次の教官試験について。

 

 ただ、まぁ話が盛り上がるというと趣味に関するものが一番というか。

 

「奥多摩中央っすか。聞いたことなかねぇ」

「強豪でもないし、近くの学校が合併して十年くらい前に出来た新設校だからね。校舎は古い奴を流用したらしいけど」

「ほー」

「奥多摩中と東和大中と……たしか東和大中がうちの父さんとかが学生の頃全国制覇したらしいけど、それも今や昔。どこにでもある田舎の学校だったよ」

「首都に有る田舎の学校」

「案外言い過ぎでもないのがなぁ」

 

 東京都内とは一体、と話を聞いた時に思ったもんだ。

 

「中学の頃はシニアの方がメインやったけん、あまり詳しくなかと……あ、でも東京ならあいつは覚えとる。武蔵ブレイブスの吉田! シニアと甲子園、両方でけちょんけちょんにさね……あのえっぐいカーブ打てる気しなかとよ」

「武蔵の吉田って神奈川マリナーズ行ったヨシタク? 確かにあれは打つの難しかったかな。たまに飯食べに行ったりするよ」

「あれ打てってえ、友達!? うわ、世間狭かねー! 博多大堀の鷹条ち覚えとーか聞いてくれんかね!」

「あいよ。今メッセ送っとく」

「ありがとう! あ、やべ本名」

「タカバットさん、甲子園ネタでしょっちゅうそん時の映像流すから今更じゃ」

「ドンマイ」

 

 名前からして野球好きというタカバットが居る以上、話す内容が野球に偏るのは当然のことだろう。俺もスポーツで言うなら野球が一番好きだし、話題にこまることはない。それに彼ガンガン話を振ってくるから間が持たないって事もないし。

 

 まぁ俺たち二人につきあわされる形になった昭夫くんがちょっと可哀想だけど。

 

「あ、いえ。俺も野球は嫌いじゃなかよ。家の手伝いでスポーツはやった事なかですが」

「うーん、苦学生。今度暇な時に一緒にやってみる? キャッチボールくらいならすぐ付き合えると思うよ?」

「それなら俺の付き合いのあるメーカーにグローブとボール用意してもらったほうが良かです。冒険者の力じゃ、あっという間に駄目になるけん」

「あ、やっぱり? 俺も最初の冒険の時につけてたレガース、すぐ駄目になったんだよね」

「イッチはキャッチか、俺ピッチやけん今度相手してほしかね! 山岸情報でアイテムも使い込めば強くなるち言われとーけど、やっぱり限界は有るとよ。素直に買い替え――とキタキタ! 引いとーと!」

 

 会話を交わしながら急に竿を引き上げ、タカバットはワーワーと楽しそうにリールを回す。おしゃべり好きで、リアクションが大きく、何よりも一つひとつの事柄を心から楽しんでいるのだろう。今まで周りに居なかったタイプの人だ。

 

 釣り上げたカレイだかヒラメだか良く分からない魚をドヤ顔でカメラの前に持っていく姿に、こちらまで楽しくなってくるような感覚を受ける。他の動画配信者と接する事は麻呂さん以外ほとんど無かったが、予想よりも面白い人が多い。

 

 今回のイベント、最初に来た時はどうしようかと思ったし太郎さんは本気で首を締めてやろうかと思ったけど、来てよかったかも知れない。太郎さんは、うん。思い浮かべないことにしよう。まだ傷は深い。

 

「いやー、しかしこれ結構デカか! これは一等賞狙えそうやなぁ」

「おっと、勝負はまだまだ終わらない。秘密兵器でここから逆転∨やねん」

「な阪関。使い所としてはただしくはある、のか……?」

「どういう意味があると?」

「「世紀の逆転劇フラグだね(たい)」」

 

 当時は子供過ぎて理解できなかったが、後々見返すと本当にタイミングが神がかってたんだな。ミギーを伸ばして海に突っ込ませながらうんうんと頷いていると、ちょん、ちょんと肩をタカバットに叩かれる。

 

「うん、どうしたんだい鷹条くん」

「いや生配信中だからタカバットじゃなくて。それ何しとーと?」

「素潜り漁」

「これ釣り番組やけんね!?」

 

 アウトー!と声高に叫ぶタカバットと手で大きな☓を作る昭夫くん。多数決の原理に破れ、泣く泣くタコを掴んだミギーを戻しながら俺は心に誓うのだった。

 

 次までにフィッシングアームを開発しなければ、と。

 

 

 

「グランダ○武蔵でも始めるの?」

「へいシスター、それ兄も生まれる前の漫画だゾ!」

「じゃあ○釣りキチ三平?」

「もっと古い上に隠せてない!?」

 

 他愛もない話を一花と交わしながら、紙皿に乗せたタコの切り身を醤油につけてパクリと口に入れる。うむ、上手い。

 

 俺たちは今、仙台港にある食事処を一つ借り切って昼食会を行っている。釣り上げた魚は新鮮な内が一番、と妙に気合の入った麻呂さんが主張し、時間的にもそろそろお昼時だったからだ。

 

 焼き魚、刺し身、天ぷら、少し変わってあら汁。釣りたてこそが一番、と言うだけありどの料理もご飯に合う。ついつい箸が止められなくなってしまう。

 

「あの」

「あ、はいなんですかくのいちさん」

「えぇと、その。イッチは、もしかしてふーどふぁいたぁという職種で」

「いえ、自分は冒険者ですが」

「あ、はい」

「お兄ちゃんぇ……」

 

 隣に座ったくのいちさんの視線が気になるが、もしかしたら彼女の食べたい物に手を付けてしまったのだろうか。それは流石に申し訳がなさすぎる。

 

「絶対そういう訳じゃないよ?」

「……?」

「お兄ちゃんほんと食べてる時食べることしか考えないよね」

 

 そいつは流石に失礼だぜマイシスター。しかし口は物を食べることに集中しているため返事が返せない。仕方ない、美味しいんだから仕方ない。

 

「……あの。イッチ、これ」

「あ、俺も。一郎さん、どうぞ」

「じゃあ俺も」

「私も……」

 

 ガツガツ食べていると、何故か周囲の人々が1品、また1品と小皿や盛り皿を俺の前においていく。その光景を見ていた店員さんも、何故か台所からおひつを持って、ドンっと俺の座る机に置いていく。

 

「ここは天国か? 俺は夢を見ているのだろうか」

「悪夢かなぁ」

 

 ポツリと呟いた言葉に諦めたような声の一花の言葉が挟まるが、最早気にもならず俺はおひつに手を伸ばした。米は主食だからね。仕方ないね。仕方ない。



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第二百五十一話 旅の途中で

誤字修正。名無しの通りすがり様、244様ありがとうございます!


 ダンジョンが現れてから数年、世界の技術はそれまでとは全くベクトルの異なる新機軸、魔法の登場によって飛躍的な進歩を始めていた。

 

 化石燃料に頼らない新エネルギー・魔力の登場、魔法による重力制御、回復魔法の発見による医療改革。これまで発展してきた技術体系の根本を揺るがす程の新発見。そして、山岸恭二によって世に示されたかつて存在したという魔法文明の再発見。

 

 たった数年で、19世紀から20世紀にかけておきた産業革命並の衝撃が世界を駆け巡ったのだ。

 

 いまや各分野の最先端は既存技術の発展ではなく、如何にしてこの新機軸を取り込んでいくかに焦点が絞られており、魔法を扱える人物限定となるが、ほぼ永久機関といえる魔導エンジンのように、魔法と科学のハイブリッドともよぶべき技術は毎日のように産声を上げている。

 

「この機体もそうです」

 

 カタカタと膝の上に乗せたノートPCを操作しながら、発明王ヤマザキはそう口にする。

 

 みちのくダンジョンに戻ってきた俺達は、準備されていた魔導ヘリに乗り込み空路で夕張ダンジョンへと向かうことになった。

 

 用意されたヘリは2台。半分に分かれて乗り込んだ俺達は、それぞれの旅の暇を持て余す――わけもなく。

 

 前方の方ではみちのくニンジャとエセライダー氏が「トレダカガー」と叫んでいるので、恐らく自分たちの配信用の動画を撮り溜めているのだろう。

 

「元は米軍が扱っていた兵員輸送用ヘリのテストタイプでしてな。色々問題が出てお蔵入りになる筈だったものを随分昔に日本が引き取りまして」

「へー。色々問題って、解決したんですか?」

「ええ。主問題がエンジンに関わる事柄でしてな。私も改修に携わったのですが、面白い仕事でした」

 

 言いながら発明王ヤマザキはノートPCを閉じる。魔導バイクを運転する際、挙動についてを毎回レポートにしなければならないらしい。物ができてハイ終わり、というわけにはいかないのだろう。

 

「今までにない試みというのは、何が起こるか分からないということですからな。いきなりエンジンが大爆発という事も起こらないとは言えないわけで、故にデータを残すのは必要なことなのですよ」

「まぁ、そうですね。初見殺しって本当に死んじゃうから初見殺しですし」

「ヤマギシチームが残してくれたデータが無ければどれだけの人間が犠牲になったか。恐らく国内で……政府が禁じるまでと考えても3,4桁はくだらなかったでしょうな」

 

 少し考える素振りを見せてそう口にする発明王ヤマザキに、曖昧な表情で頷きを返す。これ、かなり控えめな数字で言われてるな。アメリカ側の見立てだと、日本人なら恐らく更に多いと言われていたりするんだよね。中高生メインで。

 

 今現在、日本国内でのダンジョンアタックは、ガッチガチに規制やら何やらで固められている。ダンジョンに潜る前にどこまで潜るのか、新規階層に行くなら対策は万全か、体調に不備はないかetc...

 

「1層から5層までのお客様方にとっては、入退場の作業の方がダンジョン内に居る時間より長いと評判ですな。それで犠牲者が出ないのならば続けるべきでしょう」

「臨時冒険者の方々は、まぁ、その。別枠というかですね」

 

 ”若さ”という最強のカンフル剤をキメたお姉さま方の姿を幻視し、若干震える声を振り絞って発明王ヤマザキに相槌を打つ。

 

 この企画に参加している配信冒険者は全員10層を攻略した冒険者2種以上の免許を持っており、誰もが臨時冒険者の引率を経験したことが有る。

 

 つまり、発明王ヤマザキもあの狂気を感じた経験があるわけで。

 

「……」

「…………」

 

 互いに無言のまま差し出した右手をガシッと掴み、うんうんと頷き合う。あれは怖い。何が怖いってダンジョンが出た後はそれまでの狂騒が嘘のように穏やかな表情で「あらあら」「うふふ」と話しながら出ていく所がヤバい。つい20分前まで互いに魔石をひっつかみ合いながら口汚く罵り合ってたのに。

 

「ところで、この移動時間中は配信どうなってるんですかね。小休止になるんですか?」

「ニンジャ氏に聞いた話だと、『仮面ライダー』と『復讐者』になるそうです。まぁ、ちょうど4,5時間は潰れる計算ですからな」

「おっと予想外の方向だな???」

「日本冒険者協会は協賛に入っていますから。申請しやすかったのでは。よく考えればどちらもネット配信は初めてですか。この機会に初視聴というものも多いでしょうなぁ」

 

 『復讐者』の方は確か地上波もまだじゃなかったかな。え、それでOK出たの? 冒険者協会強すぎでは……

 

「いや、どう考えてもイッチパワーだと思うんですがそれは」

「お。エセライダーさんども。撮影中ですか」

「イエース! いい機会ですからね。普段は炎上かコラボ以外だと地味is地味とか言われちまうから、ここで俺の撮れ高となってくれいイッチ!」

「欲望一直線なその思考、嫌いじゃない」

 

 右手でビデオカメラを持ち、左手の親指をグッと立てて笑うエセライダーにグッと親指を立てて返す。まだまだ夕張までは時間が有る。暇もあるし、とことん付き合わせてもらうぜ!



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第二百五十二話 グランドフィナーレ

沖縄あったかい

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


 そこは不思議な空間だった

 

 壁に埋め込まれた灯りに淡く照らされた近未来的な通路。ゴゥンゴゥンとうごめく謎の機械群を手で触れながら、みちのくニンジャは周囲を探るように見回した。

 

 そんな彼の耳が、コツ、コツ、という足音を捉える。振り向く彼の視界の先、深い闇が広がるそこに目を凝らす彼は、闇を切り裂くように伸びる赤い光を見る。

 

デーデーデー デッデデー デッデデー

 

 コー、ホーと呼吸音を響かせながら、彼は歩く。右手に握る剣、赤く光を放つライトセーバーを構えながら、闇の中を、まっすぐ。ニンジャに向かってまっすぐと。

 

デーデーデー デッデデー デッデデー

 

 壁に埋め込まれた光源が、その姿を照らし出す。

 

 黒くメタリックに光るボディーアーマーとマスク、黒いマントを身に着けた男の姿を。

 

 金縛りにあったかのように立ちすくむみちのくニンジャの前に立ち、黒いボディーアーマーを着た男、ダース・ベイダーのコスプレに身を包んだ彼は、右手の指でみちのくニンジャを指差した。

 

「あいむ ゆあ ますたー(私は貴方の師匠です)」

「ノォォォォォォォォォ!!!?」

 

 仮面を外したネズ吉の姿に、みちのくニンジャが雄叫びを上げ。

 

 うるさいでおじゃ、と姿を表した一条麻呂にツッコミを入れられながら、彼らのグランドフィナーレは幕を開けた。

 

 

 

『いきなりスター・ウォーズのパロディとは凄い度胸だね! 米国もそうだけど、冒険者協会って冒険心に溢れた人間しか居ないのかな?』

『一冒険者としてはお上の内情は把握いたしかねておりまして』

 

 ゲスト、と手書きで書かれた名札を指で弾きながら、老人は口を開いた。

 

 目の前で繰り広げられる喧騒に彼、スタンさんはそう感想を言葉にし、彼の言葉に思わず視線を逸しながら俺は政治家の答弁を参考にした返答を口にする。流石に全部が全部そういう訳ではないと思うんだけど具体例をあげろとか言われたら困っちゃうからね。色々と。

 

 視界の先では恥ずかしくなったのかネズ吉がすぅっと姿を晦まし、それを他の冒険者が追いかけるという騒動が勃発。超感知持ち+マスターアサシンばりの気配遮断が出来るネズ吉さんが本気で隠れたら正直見つけられる気がしないんだが大丈夫だろうか。

 

『君でも無理なんだ?』

『無理ですねぇ。見つけるだけならスパイディで行けそうなんですが、こっちが近づく前に向こうが近づいてるのに気付いちゃうんで』

『ああ。感知の方が得意なんだっけ。面白い題材だ。インスピレーションが湧いてきそうだよ!』

『まぁ、あの人の特性が面白いのは間違いないですね』

 

 魔法でメタ張って相手に何もさせずに倒す、という冒険者の基本スタイルとは全く別の、相手が気付かない内に倒すというどこの暗殺者なのかというスタイルの人だからな。本人が露出が嫌いなせいで有名じゃないけど、分かる人には彼のファンだって人も居たりする。一花ほど強烈じゃないけど。

 

『見る目がある人はどこにでも居るものだ。しかし彼は、うん。ウチだと誰だろうかなぁ』

『何かしら例えが出てきそうなのがスゲェわ』

 

 感知能力、プロフェッサー?いやスタイルが違いすぎる彼はそもそも、と独り言のように呟くスタンさんにそう返して彼から視線を外し、テーブルに肘を置き頬杖を突く。撮影セットとして用意された機材に、恐らくウェイトロスをかけてテキパキと運び出す現場犬と、彼の支持に従ってパタパタと動く他の配信者達。

 

 見る限り2mは越えていそうな鉄の塊をくの一さんが軽々抱えている姿を見ると、魔法の力の凄さを改めて感じさせてくれる。

 

『頭が痛い問題なんだよね。冒険者の存在って』

『ああ。まぁ、言いたいことはわかります』

 

 下手なスーパーヒーローよりもヒーローらしい能力。彼らは少なくとも3年前まではごく普通の一般人だった。今、あの重そうな機材を片手間に運ぶ面々の誰もが、100kgの荷物を持つことなど出来なかっただろう。

 

 ウェイトロス。それがなくてもストレングスさえ使えれば、10層くらいまで潜れる冒険者ならだれもがあの光景を作り出すことが出来る。出来てしまう。

 

『そろそろウチもアレをやるしかないかなぁって社内では話題になってるんだよねぇ』

『アレ、ですか?』

『全ヒーロー総出の修行回』

 

 絵面がどうしても地味になるんだよなぁと若干テンションを落としながら口にするスタンさんに無言で首を横に降っておく。マーブルの全ヒーローがダンジョンに殴り込みに行く話とか普通に面白そうなんだが。

 

『まぁ抜群の案内役も居るし案としては結構有力な』

『ウィルとかそろそろサイドキック卒業で良いんじゃないですかね。あ、スタンさんそろそろお仕事の時間じゃないですか?』

『君、こういう話題だと本当に対応が冷たいね。ああ、そこの君、そろそろ良い頃合いかな』

 

 まかり間違って変なシリーズになられてMS出演シリーズが増えられても困る。大変困るんだ。主にシャーリーさんのテンション的な意味で。俺の言葉に若干不満そうにしながら居住まいを正したあと、スタンさんは撤収作業に参加せず、カメラの準備をしていたスタッフさんに声をかけた。

 

 その言葉にスタッフさんは少しお待ち下さい、と一言英語で告げてから耳に有るイヤホンに手をかけ、何事か話し始める。ワイヤレスイヤホンマイクという奴だ。復讐者達の映画で社長や本家さんと戦うシーンだと、アレをつけてウィルと会話したりしてるんだよな。ダンジョンの中でも、チームメンバー同士のやり取りに使用できないか試してる装備の一つだ。

 

『OKデス』

 

 そんな考えを頭の中で巡らせている間に、スタッフさん側の準備は整ったらしい。用意されていたカメラがこちらを向き、それに気付いた周辺の撤収作業中のスタッフ達も集まりだす中。

 

 簡易的なパイプ机とパイプ椅子に座ったスタン・リードが口を開いた。

 

『ああ、ありがとう。それで、いつから話し始めれば良いのかな』

『スタンさん、もう始まってます』

『Wow! すまない、あまりこういう事には慣れていないんだ』

 

 耳打ちするようにそう言うとさもビックリしたというように両目を開けてスタンさんは謝罪の言葉を口にする。世界でも有数のインタビュー慣れした爺さんの言葉に、動画ページに繋いでいる画面は一面wに包まれている。草生えるという概念はどうやら諸外国にも広がっているらしい。

 

『ああ、すまない。折角面白い番組を楽しんでいたのに、急にしわくちゃの爺が出てきて驚かれているだろう』

『絶対そういう驚きとは違うと思いますよ』

『隣に居るこの老人に優しくない青年が居る事から分かるかも知れないが、今から始まるのは番組宣伝という奴なんだ。実は来月、私が所属している会社の映画が出る。映画スケジュールで知ってるだって? ありがとう、しかしこれから見せる映像はまだ見ていないだろう?』

 

 その言葉に合わせるように、スマホから流れ出すBGM。恐らく配信画面を見ている面々の耳には、このBGMと老人の声が同時に響いているんだろう。上手い引きだなぁ、と思いながらカメラから視線を外さないように笑顔を浮かべる。

 

『ああ、そうそう』

 

 そろそろ映像が始まる、というタイミングで何かを思い出したかのようにスタンさんは口を開き。

 

『次の映画では隣の彼は出てこない。それが何故かは……映画館で是非目にしてほしい』

 

 満面の笑みを浮かべた後、スタン氏はそう言葉を残し、配信画面は復讐者たちの新PVへと切り替わる。

 

 後に「そりゃねぇよスタン」という流行語候補を生み出した一幕は、こうして幕を閉じ。

 

 最後の最後でとんでもない爆弾を投げつけ全てを掻っ攫ったスタン氏の所業に、他の参加者から「あれはひどい」と愚痴を言いながら皆で札幌に繰り出し美味しい料理を食べて、今回の小旅行?企画は終わりを告げたのだった。



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第二百五十三話 公開

遅くなって申し訳ありません。
新しい仕事の拘束時間がキツいので、更新頻度は落ちると思います

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


『カーットッ!』

 

 万感の思いを込めた一言だった。

 

 一つの作品の終わり。それを撮り終えた一声の後、一瞬の静寂の後、撮影現場は歓喜の声に包まれる。カメラの前に立つ役者たち、そのカメラを操る者たち、それらを支えるスタッフたち……そして、自ら一つの作品に幕を下ろした監督自身

 

 彼らは周囲に居る戦友達と互いを称え合い、固い握手を、或いは抱擁を交わす。

 

 そして、彼らの視線は、一つに向けられる。

 

「はー、終わった」

 

 そう呟いて、青年はペタリと地面に腰を下ろす。

 

 撮影用に誂えられた蜘蛛を象った衣装は所々が破け、血糊や付けられた泥で酷く汚れている。正に激戦の後、という風体の彼はそのまま大の字になって地面に寝転がった。

 

 そんな主演俳優の一つ一つの行動に、撮影スタッフ達は言いようのない感情を覚えていた。この作品は彼が居なければ始まらなかった。この映画は、彼が存在したから。彼が居たから作り出された。

 

『そうだ。終わったんだ。そして、始まりでも有る』

 

 全身で終わりを告げる、この映画の全てと言っても過言ではない彼の姿。それは否応なしにその場にいる全員に一つの終わりを実感させ――そして、これから起きる新たなる戦いを連想させる物であった。

 

 その全てを。撮影スタッフたちから少し離れて見ていたスタン・リードは、愛称の元となった笑顔を浮かべながら一人ごちる。

 

 彼は元々一つの予感を持っていた。恐らく一年後に発表されるだろう一つの集大成。それが世に出される時、既存の映画は全て過去のものになる、というものだ。

 

 その予感は前回の復讐者達によって強まり、今回の復讐者達を撮り終えた時に確信へと変わり――今、目の前の光景を見て。

 

 それはスタン・リードの中では確信を越えて事実。むしろ当然の結果だと結論づけるに至った。

 

『やぁ、皆。お疲れ様』

「あ、スタンさん」

 

 周囲の視線が自身に向かうのを感じながら、片手を上げて彼は声を上げた。歴史が変わる、その瞬間の立役者とは到底思えない力の抜けた声音。どんなに周囲が変わろうと決して揺るがないその自我にヤキモキする事もあれば、これほど頼もしい者はないと思う事もある。

 

『今回は、頼もしいの方かな』

『へ? あ、すみません。英語に切り替えますね』

『ああ、ありがとう。日本語はまだ私には難しいからね!』

『その年齢で新言語取得を志すのは正直凄いですわ』

『心はいつでも十代さ。さて、皆! 一先ずの区切りという事で我がマーブル社としては打ち上げを――』

 

 無限の戦い(インフィニティ・ウォー)、そして魔法蜘蛛(マジック・スパイダー)。2ヶ月にも満たない期間で次々に公開されるそれらにファンたちはどう楽しんでくれるだろうか。

 

 その光景を心待ちにしながら、スタン・リードは最近色が戻ってきた髭を撫で付けた。

 

 

 

「キャンパスライフはどうよ」

「遠い」

「自宅から通ってるからなぁ」

 

 一年の間は駒場キャンパスらしいが、電車だろうがバイクだろうが普通に1,2時間はかかる距離だ。そうなると朝1の講義に出るには7時には家をでなければいけないわけで。

 

「まぁ、高校も結構時間かかったし慣れてるっちゃ慣れてるけどさぁ。はぁ……大学生になったら遅寝遅起きで夜中まで掲示板荒らして回るって幼い頃の夢は儚くも潰えてしまったよ!」

「捨てなさい、そんな夢」

「勿論今は思ってないよ! 最近は∨配信とか熱いし、そっちにチェックをね!」

「そういうこっちゃ無いんだがなぁ」

 

 小首を傾げながら首を傾げていると、先に定食を食べ終わった一花がスマホを弄りながら「おー」と小さく感嘆の声を上げる。何かしら気になる事でもあったのだろうか。

 

「あ、いやね。何日か前に復讐者達の映画出たじゃん」

「ズルズル」

「ラーメン啜る音で返事してほしくないなぁって。マナー悪いよ」

 

 すまん、しかしあれだ。久しぶりに食べたこの一階のラーメンが美味すぎて、口が勝手に動いてしまうのだ。ああ、なんて濃厚な豚骨スープ。替え玉3杯目で少し薄まった所に投入した替えスープの効果は抜群だ。ちょっと飽きが来た時にはニンニクを投入。そこからはむしろ別のラーメンになるので実質一杯目である。

 

「んなわきゃないよね!」

「…………」

「オッケー、それ食べ終わったら話に付き合って?」

「あ、いやすまん。すぐ終わる」

 

 飲み物を飲み込む勢いでスープごと飲み干し、手を合わせて一礼。食には礼を尽くさなければいけない。とある週刊飛翔漫画も言ってた。

 

「あの世界、一度で良いから行ってみたいよね」

「行けなくてもいいからあの何でも調味料に出来る器具欲しい、ほしくない?」

「それね! と、漫画談義も楽しいけど今回はこっちこっち」

 

 そう言って一花は手に持ったスマホ画面をこちらに向ける。ええと、なになに。嘘付新報? ものすごい名前のニュースサイト見てるなお前。で、見ているページの見出しは【復讐者達、興行収入10億ドル突破】か。ふむ。

 

「ええと、あれだ。確か日本では今日から劇場公開するんだっけか」

「うん、そうだね!」

「という事は、この記事は米国と他国の数字だけでって事なんだな。へぇ」

 

 ふむふむ、と文字に相槌を打ちながら記事に目を通していき。最後までスクロールした後、小さくほぅ、と息をついてからスマホを一花に返す。いま読んだ文章を頭の中で吟味し、そして口を開く。

 

「……早くね?」

「多分歴代最速じゃないかな? やっぱあの宣伝が効いてるのかもね!」

 

 同接が多すぎて何度も落ちてたらしいからねぇ、としみじみとした口調で告げる一花の言葉に「あぁ……」と生返事を返し。

 

「早くね?」

魔法蜘蛛(マジック・スパイダー)の公開が楽しみだね、お兄ちゃん!」

 

 思わず再び口から出た言葉に満面の笑みで応えるマイシスターの声を聞きながら、コップに残った水を飲み干し、ラーメンの残り香を流し込む。ふぅ、とため息を吐いた後、思わず開いた口から言葉が漏れ出ていく。

 

「早すぎね?」

 

 2ヶ月後。全く同じ言葉を吐くことになるなどとは露知らず。呆然と繰り返しながら、俺はラーメンを新たに注文するのだった。

 

 次は塩である。



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第二百五十四話 涙

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


「お兄ちゃん……」

 

 妹が、泣いている。

 

 その光景を見た瞬間、背筋をブワリと何かが駆け上っていくのを感じた。右腕から伝わってくる脈動感。全身を覆っていく魔力の波のようなものを表に出さないよう抑えながら、深く息を吸って、そしてゆっくりと吐き出していく。

 

 頭がよく、器用で。何より人を思いやる心を持った優しい娘。俺には出来すぎな、自慢の妹。涙なんて見たのはそれこそ十数年ぶりの、妹が。

 

「……どうした?」

 

 そんな妹が、泣いている。

 

 努めて言葉を抑える。違和感を覚えさせないよう、言葉を選び、声音を抑えて一花の頭に手を置いた。安心させるように、ゆっくりと頭を撫ですさる。

 

 一花に触れた右腕から感じる脈動感。強まるそれを抑えて、妹に安心感を与えるように優しく、ゆっくりと。

 

「ハナちゃんが……ハナちゃんが」

「……花ちゃんに、なにかあったのか?」

 

 優しく尋ねた結果、一花の口から出てきた名前に胸の内を焦がす感情が薄れていくのを感じ。そして、感情が薄れたその事実に罪悪感が湧き上がってくる。花ちゃんは一花の後輩で、自分にとっても身近な存在の少女だ。その娘に何かが起きているかもしれないというのに、安堵するなど。

 

 自身の薄情さに嫌気が差しながら、再度優しく尋ねるように口を開く。今は自己嫌悪に陥っている場合じゃない。何があったのか。自分は何をすべきなのかを知るべきだ。

 

 握りしめた左手からつぅっと液体が垂れる。一花に見えないように左手を隠しながら膝を折り、目線を一花に合わせる。

 

 そんな俺の行動が功を奏したのか。一花のしゃくりあげる声は少しずつ小さくなり、やがて止まった。

 

「ハナちゃんがね」

「ああ」

 

 一頻り涙を流して落ち着いたのだろう。鼻をすすりながら、一花は涙を拭いながら口を開き。

 

「指パッチンで、消えちゃったの」

「はい」

 

 本日のシリアスタイムはどうやら終了のようです。

 

 

 

「すっっっっごく面白かったけどあれ監督バカなの!? バカだよね!!?」

「ノリノリだったゾ。というかお前、まだ見てなかったんだな。言えば試写会とかも参加させてもらえただろうに」

「今回は制作に関わってないしね!! それに映画館で友達や一杯の観客と見るから面白いんだよ!!」

「ご尤もで」

 

 友人達と例の復讐者達を見に行ったらしい一花さんの、落ち着いた後の最初の言動である。色々言いたいことはあるがそれ以上に安堵感が凄いので大人しく聞き役に徹すること30分。自室に置き去りにしていた友達たちを思い出して部屋から出るまでの間、一花は愚痴とも称賛とも取れる言葉を延々吐き出し続けた。

 

 言いたいことは正直分かる。復讐者達の次の本編は1年後。この1年の間に複数の関連映画が出るとは言え、あのラストから一年引っ張られる事になるマーブルファンは阿鼻叫喚ものだろう。実際掲示板なんかも毎日がホットスポットって状況だ。

 

「流行語大賞に『ハジメー! はやくきてくれー!』がノミネートされるかもしれないって言ってたよ! テレビで!」

「出演すらしてないんですが(震え声)」

「今度の映画ほんとうにたのしみだね!」

 

 たのしみだね、の部分が若干棒になってる辺り一花も戦々恐々とはしているらしい。俺の現況は一花にとっても想定外だって言ってたからな。たまにニュースを見て「やっべ」とか呟いてるし。

 

 ――想定外と言えば一花の涙も久しぶりに見たな。俺の記憶にある限りじゃランキング騒動の時と進路についての話を聞いた時だったか。あ、後は小学生の時に山で遭難しかけてた時くらいか。

 

「その黒歴史だけは思い出してほしくないかなって。しかも今は」

「忘れたくても忘れられんぞ。あの後からお前、俺をお兄ちゃんって……うん?」

「あ、あのー。先輩、そろそろ良いですか」

 

 あれから10年たったのかぁ、とかつての妹の姿を思い浮かべていると、ドアを開けた一花の背後からひょっこりと見知った顔が現れた。

 

 ダンジョンプリンセスこと壇 姫子。一花が本音で付き合えるかなり希少な友人であり、俺にとってもかわいい後輩である。

 

「こないだぶりだね。姫ちゃん。大学生活どう?」

「その節はどうも。お陰でチャンネル登録数うはうはってげふんげふん。大学は、まぁ可もなく不可もなく、ですかね」

「……あれ影響大きかったみたいだね」

 

 前回のオフコラボの際、連絡先を交換したタカバットからも、折に触れて「博多に来たらおすすめのラーメン奢らせてくれ」って言われてたりする。倍増どころの話じゃないらしい。

 

「海外勢がびっくりするくらい増えたんで……スタン・リードに全部持ってかれたのは腑に落ちませんが」

「あの人相手じゃしょうがないって」

 

 嬉しさ半分、悔しさ半分といった様子の姫ちゃんの言葉に苦笑を浮かべてそう応える。あの人、1世紀近く生きてて未だに現役の化け物だからな。

 

「立ち話もなんだし、お茶でも飲んでいってよ。今日は一花に付き合って映画見に行ってくれたのかい?」

「頼れる後輩が捕まらなかったからね……その頼れる後輩は指パッチンされちゃったし」

「花ちゃん隣に座らせて一緒に見に行くとか最高に贅沢な見方だな?」

「次の映画の時はお兄ちゃんを連れていけば良いんだね!」

「あ、あの。その時は一緒に……」

 

 談笑しながらあーだこーだと語り合う妹と後輩を眺めながら、時折茶々を入れ、そして茶々を入れられる。穏やかな日々ってのはこういう事を言うのだろう。

 

 ここ数年、本当に激動って言えるほどの日々だったからな……たまにはこうしたのんびりとした生活も悪くはない。

 

 まぁ、とはいえ。

 

「んじゃぁお茶を飲んで一服したし、むしゃくしゃするから気分転換してこようよ! ちょっとバジリスクしばきたいし!」

「ダンジョンは命がけの場所だからな???」

「ノリで30層までタイムアタックする人が言ってもなぁ……私まだ25までなんですが」

 

 生活の一部に完全にダンジョンが根付いているこの現状が、他の人にとってものんびりとした生活かどうかはわからんがな。

 

 取り敢えず姫子ちゃんの最高到達階層の更新はやっとこう。最高のサポートを期待してくれ!



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番外編 マーブルスレその他

久しぶりの掲示板回

誤字修正、晴読雨読さまむらありがとうございます!


【阿鼻叫喚】マーブル総合スレ 765【地獄絵図】

 

1名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 

 このスレはマーブル社が関係しているコミック・アニメ・映画の総合スレです。様々な世界戦についても語ってOK

 

 公式

 ttp://マーブル.com/

 ttp://www.日本マーブル.com/

 

 ※前スレ

 【指ぱっちんは】マーブル総合スレ 764【犯罪です】

 http://マーブル/+++/~

 

2名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 ※注意事項※

 1.ハジメとイッチを混同しないように。マスター信者は巣にお帰り。

 2. 煽り、荒らしなどは徹底スルー

 3.反応したあなたも荒らしと認定されるので、正義のレスを返してもあなたは荒らしの仲間入り

 4.専用ブラウザでNGワードを入力すれば非常に快適ですよ!

 

 次スレは>>900を踏んだ方がなるべく立てて下さい。

 

 ……どうしてこうなった! どうしてこうなった!

 

 

~以下、立て乙とどうしてこうなったが続く~

 

 

 

72名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 犠牲者一覧

 ドクター、紅魔女、隼、黒豹、本家蜘蛛、銀河防衛隊

 

73名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>72

 眼帯ハゲと臨時長官が抜けてる

 

74名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>72

 ハナちゃんが抜けてるゾ

 

75名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>72

 即死呪文やめろ

 やめろ(震え声)

 

76名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>74

 ハナちゃんは死んでないから。ほら、今日はブラジルでの公開に合わせてイベントに出てるじゃん。

 

77名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>76

 痛々しすぎて見てられん

 

78名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>76

 ブワッ

 

79名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 ハジメー! はやくきてくれー!!!

 

80名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 ハジメー!

 

 

~数百レスに渡りハジメ降臨の嘆願と嘆きの声が続く~

 

 

391名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 MSの新規情報はないのか

 

392名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 公開予定は前と変わらんな

 

393名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 これどうなんだよ。マジで。前に出てたPVはなんだったんだ

 

394名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 PVだとハナちゃんも本家蜘蛛も出てたし、ワンチャン復活あるんじゃないかと思ってる

 

395名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 流石にあの流れをあっさりなしは無いだろ

 なしにしてほしいけど(切望)

 

396名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 ハジメー!はや(ry

 

397名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 あるとしたら過去の話になる、か?

 

398名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 それだと本編にMSが出てこなかった理由にならんだろ。出るだけで相当なファンが見に行くキャラだぞ

 

399名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>393

 前回の本編みたいに盛大なペテンだった、に賭けてる。賭けさせてくれ

 

400名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 待ち遠しすぎる。ほんとどうなんだこれ

 

 

 

 

【ヤマギシは】冒険者速報スレ 1368【皆さんの生活を応援します】

 

1名無しの冒険者 20××/○○/△△

 

 このスレは冒険者関連の最新情報を取り扱うスレッドです。主に日本各地のダンジョンの情報、各ダンジョンでの冒険者の情報についてを語ってください。

 既出の情報に関しては冒総スレ(冒険者総合)かヤマギシスレに。

 

 公式

 ttp://www.日本冒険者協会.com/

 ttp://世界冒険者協会.com/

 

 他スレ

 冒険者総合スレ6543

 http://冒総/???/~

 

 株式会社ヤマギシスレ 521      

 http://YAMAGISHI/%%%/~

 

2名無しの冒険者 20××/○○/△△

 立て乙

 

3名無しの冒険者 20××/○○/△△

 縦乙い

 

4名無しの冒険者 20××/○○/△△

 立て乙

 マーブルスレがどこも大荒れですわね

 

5名無しの冒険者 20××/○○/△△

 立て乙

 

6名無しの冒険者 20××/○○/△△

 縦乙

 >>4

 スレチだぞ

 

7名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ダンプちゃんのヤマギシブートキャンプ来てる

 

8名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ヤマギシチーム頭おかしいンゴ

 

9名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>4

 巣にお帰り

 

10名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>7

 >>8

 初回のブートキャンプ後になんJ語で感想を述べるプリンセスの図クソワロタ

 

11名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>8

 あの端正な顔立ちで、ものすごい真顔でこれ言ってのけた瞬間は深くにも笑いましたわね。草ですわw

 

12名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>11

 草に草を生やすな

 

13名無しの冒険者 20××/○○/△△

 冒総スレの方でヤマギシブートキャンプを試そうとしてダンジョン受付にめっちゃ怒られたって奴が居た

 

14名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ダンプちゃん、エスカリボルグ(釘バット)に拘らなきゃもっと行けるんだなって

 

15名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>13

 イッチかせめてヤマギシチーム並の熟練冒険者が居ないとやっちゃだめって動画に注意事項があるんだがな

 

16名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>10

 実践実践また実践の超スパルタ教育だったからね。仕方ないね

 

19名無しの冒険者 20××/○○/△△

 Q:何回吐きましたか

 A:覚えてません(複数回)の流れは最高だった。やっぱダンプちゃんは吐かないとね!

 

20名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>19

 親衛隊の愛情屈折しすぎてて毎回笑える

 

21名無しの冒険者 20××/○○/△△

 大学生になってからは前より配信ペース上がったし、登録数もやべーし、親衛隊はこんなだしもうダンプちゃんも人気動画配信者だね

 

22名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>21

 こんなサディスト共に纏わりつかれるダンプちゃんが可哀想過ぎる

 

 

 

~以下、ダラダラとダンジョンの話題が続く~



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第二百五十五話 ダンジョン防疫局

遅くなってすみません!
戻ってきた理由とか詳しくはまた次回か次々回あたりに

誤字修正、244様、灰汁人様、kuzuchi様ありがとうございます!


「うお」

「お」

 

 今日も今日とて積んだコミックの処理を、と山盛りのコミック雑誌を抱えて談話室に足を踏み入れる、共用のテーブルに座ってどんぶり一杯の米をかき込む珍しい奴と遭遇した。

 

「あれ、イギリスに永住するんじゃなかったのか」

「なんでやねん。あー、米うめー」

「美味しいね、恭ちゃん」

 

 山岸恭二と下原沙織。チームヤマギの誇る全一冒険者とその嫁の帰還である。

 

 

 

 ベリベリと音を立ててマジックテープを剥がし、腕を通して貼り直す。ヤマギシの、というよりも日本冒険者協会が指定している冒険者のユニフォームは金属を使っておらず、ジッパーの代わりにマジックテープが使用されている。

 

 金属を使っていない理由はまぁ、あれだ。ファイアボールを食らって金属部分が溶けたら悲惨な事になるからな。

 

「支払いは任せろー(ばりばりばり)」

「やめて!」

「――イェア!」

 

 ピシガシグッグ!

 

「恭ちゃん、楽しそう」

「ジョジョネタ乙。お兄ちゃんハシャいでるなぁ!」

 

 着脱の際に良くやるネタを交わし合い、恭二と両腕をぶつけあう。これだよこれ。このノリが最近足りなかったんだ。

 

「このユニフォームも久しぶりだね」

「最近は円卓騎士団のユニフォームばっかだったからなぁ」

 

 感慨深そうに呟く沙織ちゃんに、恭二が頷きながらそう応える。円卓騎士団っていうのは30層より下の深層攻略の為に結成された、英国冒険者のトップチームだそうだ。オリバーさんがリーダー、と思いきや、なんかリーダーはリアル王子様がやってるんだとかやってないんだとか。

 

「まぁ実質はオリバーさんがリーダーだったけどな」

「真面目な人だったけどねー、王子様」

 

 関わり合いになりたくない単語ぶっちぎりナンバーワン、”政治案件”の匂いがプンプンする内容ですね。くぉれはさっさと帰ってきてて大正解のパターンか。

 

 ドイツのトップチームも何とか騎士団だったし、欧州系の冒険者は騎士の系列でチーム名を決めていくのだろうか。

 

「ソッチのほうが国民から理解されやすい、とかじゃないかな!」

「ウチやアメリカみたいに企業名がってのは意外と少ないんだな」

「宣伝代わりに企業名、ってのも勿論あると思うけど、ウチとかブラスコみたいなインパクトは難しいだろうね! 看板になる冒険者で劣っちゃうから」

 

 各国の代表クラスはその国のトップチームに参加してるし、その他の冒険者でチームを組んだとしてもやっぱり知名度や注目度では見劣りしてしまう。企業勢がトップチームなんて日本と米国だけだしな。

 

「その二国が勢力図的にはぶっちぎってるしねぇ。恭二兄とさお姉が居なくなったら、円卓もどこまで潜れるのかな? っと」

 

 そう言いつつブーツに足を通した一花は、紐をギュッと結んだ後に立ち上がり。

 

「じゃ、行こっか! ダンジョン防疫局の開局記念!」

 

 笑みを浮かべて振り返り、そう口にした。

 

 

 

 校長先生と政治家の挨拶は長いって相場が決まってるんだ。俺は詳しいんだ。

 

「んなの日本人なら誰でも知ってるよ」

「炎天下で何十分も立ちっぱなしって、普通に虐待不可避だよねぇ」

 

 ボソボソと口を動かすと隣に立つ恭二と一花から心温まる回答が帰ってくる。実際今はどうなってるんだろうな。俺の場合、高校途中から通信制だし卒業証書は郵送で送られてきたからその辺がよくわからん。

 

 最後に出た式典ってなんだろう。高校の入学式だったかな。

 

「山岸記念病院とかヤマギシ・ブラスコ設立の時の式典とか色々あった気がするけど、学校行事はそういやぁ」

「私は高校の卒業式と大学の入学式があったからね! またかよおいって感じ!」

 

 一花の言葉に「ああ……」と恭二が軽く頷きを返す。通信制とはいえ高校を卒業した俺と違って、こいつはそのままヤマギシに就職したからな。同じ環境だった沙織ちゃんは大検はとったっつぅのにこの男と来たら。

 

 いや、まぁこのダンジョン狂いがダンジョン以外にそこまで労力使うとも思えんのだが。免許系はダンジョンで使うから頑張ってたけどなぁ。

 

「免許といえば、そういえば国際免許はどうなったんだ。あっちのダンジョンでも運転したんだろ」

「あー。一応ライセンスは取った。向こうでもずっとダンジョンってわけでもなかったからなぁ」

「ソレ以外の日は大英博物館?」

「思い出させるな」

「お、おう」

 

 茶化すような口調で大英博物館の名を出すと、ピキリと表情を固めたまま恭二が絞り出すような声でそう口にする。

 

 その反応に逆に聞きたくなってきたが、流石に難しそうだ。というか日本でも大概だったのにそれに輪をかけて酷かったんだな。大英博物館。

 

「まぁあっちは数百年単位の略奪の歴史があるからね! 呪いの逸品の十や二十は転がっててもおかしくないでしょ!」

「その程度なら笑えたんだが」

「おおっと?」

 

 ネタにできる範疇を飛び越えそうなのでどうやらこの話題はここまでのようだ。流石に無駄に胃を痛めるような趣味は俺にも一花にもないからな。

 

 ……現地に居るオリバーさん達がなんかあったら頑張るだろう。多分。

 

『と、いうわけで~』

 

「お。そろそろ終わるか?」

「いや待て、フェイクかもしれんぞ」

「フェイク挨拶は斬新だねぇ」

 

 口元だけを動かして会話すること暫し。

 

 どうやら話す内容が尽きたらしい厚生労働省のお偉いさんは「あ~」だの「う~」だの唸りながら数分ほど時間を引き伸ばし、やがて司会進行を務める職員のジェスチャーに屈してすごすごと壇上から去っていった。

 

 なんで話す事もないのにいつまでも引っ張ってんだ?

 

「長く話すのがああいう人にとっては偉いってスタンスなんじゃないかな」

「そうなのか?」

「ん、ごめん適当言った」

「こいつぅ」

 

 表情を変えずにバカ話を繰り広げること暫し。

 

 最後に壇上に上がった我らが社長にアイコンタクトを送り、きっちり三分で挨拶を終わらせた後。記念撮影を終えて、日本ダンジョン防疫局は開局の運びとなった。

 

 この日のためにしっかりと教育を受けたスタッフ達が奥多摩ダンジョン前に新設された施設に陣取り、これからダンジョンに入る人間、出てきた人間の検査を行い、人間に有害なナニカが入り込まないかを確認していく。

 

 勿論未知の存在、ダンジョンが相手だ。これだけの準備をシても未だに万全とは言えないかもしれない。だが、できうる手は全て打ったと言っても良い状況である。

 

 ということは、だ。

 

「さて。じゃぁ久しぶりに集まったことだし」

「おう」

「今日は学校もお休みだしね!」

 

 式典が終わった後。ユニフォームのままダンジョン前に集まった俺たちは互いの顔を見合わせて小さく頷き合う。

 

「行くか」

 

 ダンジョンである。



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第二百五十六話 木こり

誤字修正、kuzuchi様ありがとうございました!


「俺たち木ーを切るー」

 

 カーン、カーン

 

「ホイホイホー」

 

 カーン、カーン

 

「ホイホイh」

「ねぇお兄ちゃん本気で気が散るからやめて?」

「ごめんなさい」

 

 身の丈ほどもあろうかという斧を振り回す妹様の言葉には真摯に対応すべきだろう。構えてる斧がちょっと怖かったとかじゃないぞ!

 

「ミノの斧がこんな所で役に立つとはなぁ」

「あいつがあそこに居たのもこれが理由かもしれないね!」

 

 カーン、カーン

 

『HAHAHA! 俺は5回で切れるぜ!』

『おいおい、なら俺は3回だ!』

 

 声のする方を見れば、景気の良い音を立ててマニーさん達ヤマギシBチームが斧を振り回してハシャいでいる。普段はゴーレム狩りで魔石とインゴット回収を主な業務にしているから、久しぶりの最前線業務で気合が入っているようだ。

 

 ううん、これは俺たちも負けてられんな。3回、いや2回できっちり叩き切ってやるぜ。

 

 えっ、何をしているのかって?

 

 そりゃあ木こりだよ。ダンジョンの中で。

 

 

 

 割と脈絡なく戻ってきた恭二だが、実を言うと恭二と沙織ちゃんの帰還自体は予定よりも大分遅れていたりする。

 

 あんなダンジョン狂いでも公称世界一の冒険者って肩書と、知られる限りで唯一の収納魔法使い。その上魔法作成能力を持っていて、見るだけで歴史の闇に葬られていたなんだかヤバい代物(遺物)を見抜く目と属性過多にも程がある奴だからな。

 

 これだけ並べるとどこのなろう小説の主人公だって話だ。まぁそんなヤバい奴だから母国である日本以外に長期滞在するってのは色々な思惑が動いちまうので、新層へのアタックという名目があれど数ヶ月も他国に滞在するのは良くないんだが――

 

「恭二兄! こっちの木は大体切り終えたよ!」

「オッケー。あ、右手の森は木人が多いから後回しな。あっちは燃やして木炭回収に回す」

「了解!」

 

 それらの諸問題をぶっちしちまう位に、この36層以降の森に生えてる木がヤバかったのである。

 

 日本どころか世界中に先駆けて36層以降の階層に挑戦した英国では、当然のように踏破した階層全域の調査が行われた。草木から虫、小動物、勿論ドロップ品に至るまで。

 

 恭二の収納能力に任せて森の一部をまるごと持ってきたと言っても過言ではないそれらの物資を、国家総力を上げて検証・研究したというのだから英国の本気度が伺えるというものである。

 

 そして、英国はこれだけの労力を費やした成果を手に入れた。

 

 この36層から下の森林エリアと呼ばれる階層に生えている材木、通称【魔樹】に関連する特許群だ。

 

「魔鉄と同じように魔力を蓄える性質。ある程度の魔力持ちなら魔樹に魔力を付与することも簡単だ」

「ただ握ってるだけで良いからね。魔石の魔力を吸わせることもできるし!」

 

 まぁダンジョンに生えてる奴はダンジョン内の魔力を吸ってるからそれほど吸い取るって感覚は無いんだが、魔力を空にした魔樹の魔力吸引は魔鉄よりも強力だった。一瞬右手が溶けかけたからな。

 

 まぁこれだけなら加工しやすい魔鉄くらいの扱いなんだが、この材木の特徴というか凄い点はこれじゃぁない。

 

 この材木の特徴は、むしろ他のモノと組み合わせたときにこそ発揮されるのだ。

 

「最初は偶然だったんだが、な。木人は倒し方でドロップ品が若干変わるからさ。これ使って何かできないかなって」

「倒し方でドロップの内容が変わるのは面白いよね! 燃やして倒すと炭になってるんだっけ?」

「丸太一本丸々の木炭ってのも凄いな」

 

 見た目は黒い丸太と普通の丸太だからな。実際に研究者達の前にだした時は結構な騒ぎになったらしい。

 

 で、炭が出てきたんだったらじゃぁ何か燃やすか。という話になり。

 

「で、この木炭を使ってバーベキューをしたんだが」

「お。いいねぇ」

「最初に食に目が向く辺り日本人だね!!」

「野外で肉焼くのは楽しいな。お前ん所のキャンプ場で今度やろうぜ」

「任せてくれ。あと爺さんが獲ってきた新鮮な肉を提供するぞ!」

 

 キャンプ場の跡取り息子として設営から処理まで全て仕込まれてるからな! なんなら仕留めた獣の処理までできたりもする。

 

 まぁ今は父さんもヤマギシの仕事が忙しくて管理を人に任せてるし、厳密に言うとウチのキャンプ場とは言いづらいんだが。管理人さんの給料はヤマギシ経由で出してるからあそこも一応ヤマギシグループに入るのだろうか。

 

「ヤマギシの従業員なら無料で利用できるし、完全にグループ企業じゃない?」

「なんてこった。俺は社長令息だった?」

「いや警備会社の社長だろお前は」

「完全に名ばかりだがな!」

 

 なんせ実務の殆どはあそこで斧構えて『マキ割ダイナミック!』とか叫んでるベンさんがやってくれてるからな。

 

「まぁ、その話は置いとくとして。良さげな炭があったら肉を焼くのは日本人として当然だが、そこからが凄かったんだ」

「良さげな炭があったら肉を焼くのは日本人として当然だとして、どんな事が起こったんだ?」

「肉に魔力が付いた」

「草」

「それ食べたら下手な魔石よりも効率よく魔力が増えた」

「料理バフktkr!」

 

 端的に起きた現象を一言で言い表した恭二に、同じく一言で返事を返す。いや、笑うっきゃ無いだろうこれ。横で話を聞いてた一花の喜びようも凄い。

 

 つまり、この魔木炭?で何かを調理するとそれだけで魔力にバフがかかるという訳だ。そしてこれは何も食物だけの話じゃなかったりするからヤバいという表現になる。

 

「実験した感じ、燃やした時にできる炎自体がこう、魔力を付与するような効果を持つというか。鉄を溶かすための炉でこの木炭を使ったら鉄が全部魔力帯びてたし、なんなら炉を構成する耐火レンガ自体が魔力を帯びてた」

「それ、恭二兄が見たらそうなってたって事だよね?」

「ああ。英国だと、今はこの木炭を使って耐火レンガを作る所から進めてる」

「で、その材料がこれ、と」

「木人とそこらに生えてる木の材質はほとんど変わらないからな。生えてる奴は一旦外の施設で炭にしないといけないけど」

「炭焼き職人さん達大歓喜だね!」

「まぁ炭にする材木が足りないと意味ないんだが」

 

 という過程があり、ヤマギシである一定以上のレベルにある冒険者達が大挙して36層に押し寄せ森林伐採を行っている、というわけだ。真一さんや研究室の先輩さん、それにヤマギシが囲い込んでる鍛冶屋さんグループもこの魔樹には注目してるらしいから、これはヤマギシ冒険者部最優先事項になっていたりする。

 

 需要と供給がまるで釣り合っていないせいで、外から仕入れると莫大な金銭が必要になるからね!!!

 

「マニーさん達はゴーレム退治から離れてこっちの伐採に本腰入れてもらうことになるかも?」

「ゴーレムの魔石+貴金属ドロップをあわせた金額より、魔木炭一本の方が2,3倍高い値段だからなぁ」

 

 初回の今回は冒険者部門全員での木こり作業だったが、次回からはこの経験を活かして効率的な伐採計画を練らないといけないそうだ。おそらくは今後も需要が満たされることは無さそうだし、せめてヤマギシ内部で使う分は自分たちで確保していきたい所だ。

 

 で、ちょっとそこのダンジョンバカ。しれっと次の階層に行こうとするんじゃない。上空からウェブ連打で楽勝? 俺も行く前提で話をすすめるのを止めろ。

 

 行くけど。



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第二百五十七話 妖精さんと悪妖精

誤字首都圏。名無しの通りすがり様、kuzuchi様ありがとうございます!


 36層のボス、一花命名の「18くん」こと大木人をロケラン祭りでぶっ飛ばし、出てきた人間が丸々入れそうなバカでかい枝を恭二が収納する。こいつの木材に関しては希少過ぎて未だに研究が進んでいないらしい。でかすぎて持ち運べるのが収納持ちの恭二だけだからな。

 

 そのまま大木人が消えた後に地下へと続く階段を発見。これが37層へ続く階段だという。この階層はボスを倒さないと次に進めない仕組み、という訳だ。

 

 今までの階層だと基本的にボスをスルーして次に、という事も出来たんだが。ここから先は最低でもこいつを倒せる実力がないといけない、という事だろうか。

 

 まぁロケラン祭りじゃなきゃ確かに倒すのに苦労しそうな奴だったが。

 

「じゃぁこのまま37層へ行って、38層チラ見してくる感じで」

「メンバーはどうする?」

「お前は確定。沙織と、頭脳役で一花かシャーロットさんのどっちかもしくは両方が来てくれるなら嬉しいな」

「いっそ全員で行くか?」

「いや、1……なにかあった時用に2パーティで良いだろ。魔樹集めは冒険者協会からの頼まれごとだし今回はそっちがメインだからな」

 

 階段を眺めながら、恭二と俺は雑談するように段取りを進めていく。

 

 となると前衛になる1PTの方には大概の問題に対処できる俺と恭二の2トップで、シャーリーさんに判断役を任せる形で、2トップの補助として沙織ちゃんを入れてあと残り2名を埋める。

 

 2PTの方は本人たちの承諾があればだが、一花とベンさん、岩田浩二さんの3名で3トップ、後を後衛型のメンバーで支える形が良いだろうか。こっちは1PTが危機に陥った時に助太刀に入る役目があるから、判断力に優れた人が望ましいだろう。

 

 二人で話し合った結果に頷き合い、一先ずの計画は立った。後はこれに付き合ってくれる人が居るか、である。

 

「んじゃぁ、そういう訳でこれから新層に行こうと思うんですが――」

 

 そう口にしながら後ろを振り返った恭二の言葉が、徐々に力を失っていく。

 

 無言の圧力、とでも言うべきものだろうか。こちらを見つめる、その場にいたヤマギシ冒険者部全員の視線。その圧力にさらされながら、俺は無意識の内にゴクリとツバを飲み込んだ。

 

 これは、アレだ。こないだ北海道まで遊びに行った時、誰がライダーマンマシン2号を運転するか尋ねた時と同じだ。

 

『OK! 勿論俺たちBチームは全員準備万端だぜキョージ・サン!』

「待ってください。それだとBチームは一花さんに負担が集中します。同じ大学出身の先輩として僕が――」

「医療役は大事ですよね?」

 

 つまり、全員がガチ。にこやかに、少しも目が笑っていない表情で口々に自身をアピールする彼ら彼女らの姿に、恭二と俺は互いに視線を向け合う。

 

 互いに思っていることは一つ。それを確認できたからか、恭二はすぅっと息を吸い。

 

「じゃあ、じゃんけんで残りは決めましょう」

 

「『「「『さいしょはグー!』」」』」

 

 全てを運否天賦に任せることに決めた。いや、この場に居るメンツなら誰が付いてきてくれても問題ないからさ。うん。

 

 

 

 1,2PT総勢12名。争奪戦に破れた面々の恨めしげな表情を背にしながら階段を下りていく。材質的には35層から36層へ移動するさいの土作りの階段と同じ、だろうか。一応サンプルにいくらか土を削って持っていくか。

 

「お前と一緒にこの階層に挑戦したかったんだ」

 

 そんな探り探りの移動の最中。36層から37層へと向かう階段の途中で、ポツリと恭二はそう言葉を漏らした。

 

 そういえばこいつと新層に挑むのは随分と久しぶりだ。36層以降が森林地帯という特異性もあったとはいえ、思えば長い足止めを食らっていたんだな。

 

「だから、正直。いま、すっげーワクワクしてる」

「恭二、お前……」

 

 感慨深い保険も(2PT)、という風な恭二の言葉をしんみりとした気持ちで聴きながら、37層への入り口をくぐる。

 

 見た目は36層と似ているが、ここには厄介な木人が居ない代わりに更に厄介な……攻撃しづらいという意味では厄介な妖精と、そいつらに紛れる悪妖精、グレムリンが居るらしい。

 

 らしい、というのはその情報はあくまでも英国の物で、日本ではまだこの階層は未チャレンジな領域だ。ここ最近、全般的な冒険者の成長により30層台まで到達する国も増えてきているのだが、一部のダンジョンの作りが国によって変わっていたり、というのはどの国でも起こっている事らしい。

 

 国というよりも地域、というべきか。島国である日本や英国は現状、どのダンジョンも同じ造りだが、米国やロシアなんかは地域によって差異が出ていることもあるという。

 

 特にロシアはシベリアと呼ばれる地域にあるダンジョンの30層台が極寒の雪山らしく、かるく挑戦するだけで試された気分になるらしい。エアコントロールが無ければ死んでいた、とは挑戦したセルゲイさんの言葉である。

 

 ……北海道はそうじゃなくて良かった。

 

 ま、まぁ出てくるモンスターに差はないからそこは助かったそうだが、これ以降の階層でもそうだとは言えないからな。

 

 可能性の高い妖精や悪妖精なら対処法はすでに英国で判明している。アンチマジックを切らさなければ直接攻撃手段を持たない連中は完封できる。

 

 仮にソレ以外のモンスターだった場合は……まぁ、俺と恭二の二人なら対処出来るだろう。保険も(2PT)かかっているしね。

 

 ……尤も、どうやら保険は必要無さそうだが。

 

「わぁ、お久しぶり!」

 

 沙織ちゃんの周囲を飛ぶ、ティンカーベルのような妖精たちの姿に、悪妖精こそ確認できていないがどうやらこの階層のモンスターは英国と違いがないようだ。

 

 さて、彼らが出てきたという事は。変身をスパイダーマンに切り替える。ビンビンとスパイダーセンスにくる悪意の群れ。なるほど、たしかに妖精と気配が似通っている。これは通常の感知魔法だと対処が難しいだろう。

 

 無言でPT全体がアンチマジックを張り直す。やがて、開けた場所に陣取った俺たちの前に、それらは姿を表した。

 

 なんというか。確かに、グレムリンと評した恭二の気持ちも分かるグロテスクな見た目の妖精たちは、妖精たちに紛れながらこちらにめがけて真っ直ぐに走り寄ってきて――

 

 その殆どは上空から連打された俺のウェブに周囲の妖精たちごと捕まり、身動きも取れずにその場に拘束されていった。言葉通り、一網打尽である。

 

 連中、近づかなければ魔法は撃たないらしく、一度拘束しちまえば大人しいもんである。これを繰り返しながら進んでいけば、この階層の突破は問題なく行けるだろう。

 

「そう、これこれ。お前が見た目幼児な妖精たちをウェブまみれにするシーン。これが見たかったんだ」

「恭二、てめぇ!?」

「……アリ、ですね」

「シャーリーさん!?」

 

 ゲラゲラ笑いながらヘルメットについたカメラを動かす恭二に、資料撮影用に持ち歩いていたカメラでパシャパシャと現場を撮影し始めるシャーリーさん。仕事用の備品で何やってるんだこいつらは。

 

 というかこの光景、そう言えば2PTも見るんだよな。一花がこれを見たらなんて反応を返すか……

 

「よし、こうりゃくがんばるぞー!」

「おう」

 

 結論。なかったことにしよう。無理か?

 

 ……無理かなぁ。



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第二百五十八話 見た目に問題のあるボス戦

誤字修正。ルナリア様ありがとうございます!


「あれは犯罪だな」

「あれは犯罪だね!」

『あれは犯罪だ』

「蜘蛛らしさを感じますよ!」

「やっかましいわ!!!」

 

 口々に好き勝手な事を言うヤマギシチームの面々に怒声で返し、森の中に蜘蛛の巣トラップを張り巡らせる。妖精や悪妖精は人間を探知するとワラワラと集まってくるからな。そいつらが一定範囲に近づけないよう、ウェブを使って森の中に蜘蛛の巣を設置しているのだ。

 

 効果は上々。蜘蛛の糸越しの振動でどんどん妖精たちが蜘蛛の巣にダイブしているのが感じられる。発見したボスの周囲はただの広場だからな。連中が突っ込んでくるとめんどくさい事になりそうだったし、個人的には良い判断だと思う。

 

「とはいえ絵面がヤバすぎるからね!」

「悪の方はともかく、普通の妖精はサイズの小さな少年少女にしか見えんからなぁ……」

 

 しかもどいつも美形の、が頭につく。そんな容姿の存在が蜘蛛の巣に絡め取られる姿はこう、なんというかヤバい。無言でその姿を撮影し続けるシャーリーさんもヤバい。真顔がこんなに怖いと思ったことは初めてだ。

 

 まぁ、姿がどうあれモンスター。あいつらがちょっかいをかけてくる可能性を考えるとこのトラップを設置しない選択肢はないんだが。

 

「で、肝心の相手はアレか」

「うーん、これまでとはまた別の意味で犯罪チック」

「やりにくい外見だなぁ」

 

 そう言って恭二が視線を向けた先にいる、おそらくこの階層のボスだろう存在。ボス部屋だろう開けた広場の中央で、ふわふわと小さな妖精に囲まれながらキャッキャと笑う幼児の姿に、男二人が並んでげんなりとした表情を浮かべる。

 

 サイズが大きいせいでどっからどう見ても羽の生えた幼児にしか見えない。あれを喜んで攻撃できる奴はどっかおかしいだろう。

 

 

 

「でっかい妖精だし大妖精って名付けようか」

「おい馬鹿やめろ」

 

 軽口を叩きあい、恭二と二人で広場に足を踏み入れる。その瞬間、こちらに視線を向けるボス、仮称デカ妖精に向かって、牽制のウェブ連射を放つ。

 

 牽制とは言え決まれば動きをほぼ封じられるし、こいつで決まってほしいのだが。

 

【キャハッ♪】

 

 そいつはやっぱり砂糖水のように甘かった!

 

 巻き起こる暴風。周囲の妖精たちすら巻き込んだそれに散らされるウェブ。その暴風は竜巻の形に纏まり、ポイっと投げつけるようなデカ妖精の動作と共にまっすぐ俺と恭二、そしてその背後にいる仲間たちに向かって放たれる。

 

「キョジさん、いきます!」

「了解!」

「【フレイムインフェルノ!】」

 

 その竜巻に対処しようと身構えた恭二に、背後からかかる声。前衛二人を補佐するために中衛に回っていたベンさんが、魔法を発動させる。

 

 一定範囲内を炎の柱で焼き尽くすフレイムインフェルノは竜巻を真っ向から迎え撃ち、暴風に散らされながらも壁となり、数瞬後に竜巻を巻き込んで消滅する。

 

 範囲外にはほぼ影響が出ない魔法だと思っていたが、なるほど。そういう使い方もできるのか。

 

「ナイスベン! 【サンダーボルト!】」

「いっくよー!」

「【サンダーボルト!】」

 

 竜巻と炎のぶつかり合いが終わり、それを避けた俺と恭二が左右に散会した後。開けた射線に、沙織ちゃん、シャーリーさん、浩二さんの後衛3名による雷撃3連弾が放たれる。

 

 サンダーボルトは威力もあり、射程も長く、その上効果範囲が直線に限定される。援護射撃には最適の魔法である。

 

【ブー!】

 

 しかし、対魔法障壁とでも言うのか。魔法が直撃した瞬間、デカ妖精の周囲を淡い光の膜が包みこむ。こっちが使うアンチマジックと同じようなものだろう。

 

 と、いうことはだ。

 

「恭二」

「あいよ」

「決めちまうぞ?」

「構わんよ」

 

 直接攻撃、つまり物理以外は通りが悪い、と。さっきの暴風を思い返すにロケラン祭りも弾かれそうだし、近づきすぎても風にやられかねない。

 

 このレベルのモンスターに普通の銃器が通るかも分からない。それこそ対物ライフルレベルを持ってこないといけないかもしれないし、流石に今回の冒険でそこまでの装備は恭二のアイテムボックスにも入っていない。

 

 物質化した魔力が通るか分からん以上、ミギーやシェルブリットといった俺の変身も効果があるかは分からない。何より初見だ、ある程度の情報を抜く必要はあれどあまり長引かせたくはない。

 

 まぁ、あの暴風は見れたし今回は十分だろう。

 

「つまり」

 

 スパイディからの変更。髪の色が金から茶色に変わり、ぶわり、と音を立てて髪が伸びていくのを感じながら足を止める。ポケットに入れいていた魔鉄製のコインを取り出し、右手でピンと弾く。

 

 全身から迸る電流を右腕に集め、電磁のレールを作り出し――真っ直ぐ標的に銃口(右手)を向ける。

 

【アイー!】

超電磁砲(コイツ)の出番ってわけね」

 

 まずいと感じたのか。俺に向かって再び暴風を放とうとするデカ妖精にニヤリと笑顔を向け、俺はそう口にする。

 

 落ちてくるコインが電磁のレールに落ち、急激に加速。超高速でデカ妖精に向かって放たれたコインは与えられた空気抵抗による熱により発光しながら飛び、暴風を突き破りデカ妖精の体の中央から上を吹き飛ばす。

 

 背後から起きる歓声の声。ピュー、と恭二が下手くそな口笛を吹いたので、へらへらと笑顔でサムズアップを向けておく。

 

 魔鉄のコインはよく魔力を通す。通常の金属製のコインよりも持ちも良いし、こういう物理弱点みたいな奴にはやっぱりこれが一番だろう。

 

「お兄ちゃん!」

「ん?」

 

 とりあえずこの階層の特徴である妖精の群れとセットでこいつの暴風を食らうとまずいなぁ、と次回以降の攻略方法を考えていると、背後から一花に呼びかけられたので振り返ると。

 

「……ヨシッ」

「ヨシじゃないが」

 

 いつの間にか近くまで来ていた一花が、俺の胸元に視線を向けて一言。大きく頷きながらそう口にした。

 

 性別までは変わってないぞ? いや、本当に。



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第二百五十九話 遠距離物理はやっぱり強い

遅くなって申し訳ありません。
時間が取れ次第その他作品も更新していきます!

誤字修正。灰汁人様、Hanna様ありがとうございます!


 結論から言うと、こいつは(デカ妖精)準備さえしっかりしてればそれほど強い相手じゃない。

 

ドンッ!

 

『YEAH!』

「おー、ナイスショット」

「お兄ちゃん、こういう場合はビューティフォー! だよ!」

「HAHAHA! 久しぶりですが鈍ってなくて良かったデース!」

 

 恭二の収納から取り出した大型ライフルを手に、射手を務めたベンさんが得意げに鼻頭を指でこする。

 

 広場の手前。デカ妖精の感知範囲外の木々を伐採し、丁度いい大きさの切り株に二脚を乗せて固定させたライフル銃が吐き出した弾丸は、デカ妖精の胴体中央を撃ち抜き消滅させた。

 

 対物ライフルだかなんだかいう名前の筈だがすごい威力だ。確かゴーレムにも効果がある奴だったか

 

「耐久力は無さそうですね」

「近づいて斬れれば手っ取り早そうだけどなぁ」

 

 遠目でその光景を眺めながらシャーリーさんがそう感想を述べると、不承不承とした様子で恭二が首を縦に振る。モンスターが寄ってくるから恭二は銃とか騒々しい装備が嫌いなんだよな。

 

 まぁ、今現在は対策を……森中に張り巡らせている蜘蛛の巣を対策と読んで良いのか分からんが行っているから、その問題点はなんとかなる。

 

「お兄ちゃんが居ればって条件付きならものすごく楽な階層だね! ね、お姉ちゃん!」

「性別は変わってないって言ってるだろうが!!」

「その条件、満たせるのヤマギシチームだけなんですがねぇ」

「他のチームだとちょっと危なすぎるな。準備してる間に妖精や悪妖精に纏わりつかれて邪魔される」

 

 隙き有らば胸元をペシペシと叩く妹の頭をはたき、一花のお守りをしてくれていた御神苗さんと言葉を交わす。個人としては一つ前の木人階層に比べたら大分楽に感じるんだが、あくまでそれはウェブを際限なく張り巡らせることが出来るからの話。

 

 他の変身でこの階層を抜けるとなると、それこそ森を焼き払って「妖精は消毒だァ~!」スタイルで行くか、森の上を飛んで妖精を無視してデカ妖精に速攻をかけるか。まぁまともな攻略法と呼べるものは思いつかない。

 

「アンチマジックでゴリ押しもあると思うけど、それはそれでいつ効果が切れるかわかんないし怖いよね!」

「かけ直す前に魔法連打食らったら流石に死人が出るだろうからなぁ」

「所で名前は御坂真琴がいいと思わない?」

「……」

「いでででで!!」

 

 両手を固く握りしめ、妹の頭を万力のようにグリグリと押さえつける。某国民的アニメでおなじみのグリグリこうげき。やらかした悪ガキへの最終手段に俺は手を出した。

 

 御坂美琴への変身後からやたらとテンションが上がってる一花も、頭に衝撃を加えれば収まるだろう。収まってくれ。

 

「良いじゃねぇか別に性別の一つや二つ。減るもんじゃなし」

「減るわ! 尊厳とか色々な物が減るわ!!!」

 

 ゲラゲラと笑う恭二にそう怒鳴り返しておく。恭二の右手には先程のデカ妖精がつけていた大きな羽のような飾りがあった。どうやらドロップ品を回収してきたらしい。

 

 あのデカ妖精を最初に倒してからリポップするまでが約6時間。恭二の収納からキャンピングカーや撮影器具を取り出し、広場の様子を撮影していたシャーリーさん達も機材の片付けを始めている。

 

 今回の冒険はここまで、か。いや、一応38層はチラ見していくって言ってたしそれが終わったら撤収かな?

 

「ま、焦らず行こうぜ」

「お前の口からそんな言葉が出るとはなぁ」

 

 デカ妖精の居た辺り。地下へと続く階段がある広場を眺めていると、キャンピングカーや機材を収納しながら恭二がそう声をかけてくる。

 

 居られるならずっとダンジョンに居たがるコイツが珍しいことを言うもんだ。

 

「38層。何が居ると思う?」

「木人、妖精と来たし次は獣とか?」

「ありえる。デッカイ剣咥えた狼とか」

「やっべめちゃ見たい」

 

 そう口にし合った後、ケラケラと笑い合い。すぅっと恭二の顔から笑顔が消える。

 

「36層からこっち。今までとパターンが変わったのは気づいてるか?」

「今まではその階のボスが次のエリアの雑魚って感じだったな」

「ああ。それが木人以降はそのエリアの雑魚の強化版みたいな奴がボスになってる」

 

 大木人にデカ妖精。ステルスもクソもなかった大木人は兎も角、デカ妖精は単純に大きさを増しただけじゃなく、明らかに強力な魔法を使うようになっていた。あの強風はアンチマジックで弾けるか試す気にもならないレベルの魔法だ。

 

 次の階層。森エリアが続くようなおそらくそこも森を連想させるモンスターだろう。森の魔物と言えば後は獣系統と、キノコのバケモノなんかも考えられる。木人が居た以上、草花の魔物ってのもありえるだろう。

 

「あとは虫」

「ああ、そういえば虫も見たことなかったな」

「それにドラゴン」

「ドラゴン、それも……」

 

 うんうん、と頷きを返そうとして、言葉に詰まり恭二に視線を向ける。恭二の顔に笑顔はない。

 

「……あり得るのか?」

「もう一度対戦しただろう。20層がドラゴンゾンビだったんだ。なら、40層は。そう考えてもおかしくはないだろ」

 

 そう語る恭二の表情は真剣で、あり得ると考えてこの話を俺に振ってきているのがよく分かる。そうだ。ドラゴンゾンビはすでに倒している。すでに俺たちは、死して躯となっていたとはいえドラゴンと戦っているのだ。

 

「……死んで操られていた奴であんだけ圧力を感じたんだ。弱点をついてあの時は圧勝できたが、生きていて聖属性みたいなわかりやすい弱点のないドラゴンが相手ならどうなる?」

「ロケラン祭り……も効果があるか分からんしなぁ」

「こっから先は常に万全の状態で行きたい。38層のチェックは最低限。作戦はいのちだいじに、で」

「りょーかい」

 

 恭二の差し出した右手に左手をこつん、とぶつけて恭二の言葉に頷きを返す。

 

 命がけの冒険ってのは本当に必要な時に必要なだけ行うべきだ。そして、今はそのタイミングじゃない。その見解は、俺も恭二も一致している。

 

 まずは38層の調査。今日は軽く見て回って、明日以降はその傾向のチェックと行こう。



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第二百六十話 バーベキュー

遅くなってすみません!

誤字修正。244様、shark様ありがとうございます!


「肉を食べる時はね、誰にも邪魔されず自由で……なんというか、救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」

「五郎ちゃん乙」

「次のお肉、焼けましたよー」

 

 つい口から出てしまった迷言に一花からの一言が入るが、そんな事気にもならないほどにこのお肉は美味い。確かカビか何かを使って濃厚熟成させた赤身肉だったか。霜降りとはまた違った趣でこれもまたヨシ!

 

 俺たちが居を構えるヤマギシビルからほど近く。奥多摩キャンプ場と捻りのない名前のキャンプ場の一角で、ミディアムに焼かれたお肉を頬張る。これぞ至福。なぜ肉はこれほどまでに俺たちの心を捉えるのか。

 

 打ち上げに行こう、という話に迷わずバーベキューと叫んだ一時間前の俺、よくやった!

 

「多分これ、世界一高級なバーベキューだよねぇ」

「ああ……この肉にはそれだけの価値がある」

「いや、このお肉も高いけど燃料がね。魔樹って今、時価じゃん?」

「あんなに景気よく燃やして良いんですかねぇ、お嬢さん」

「うん、気にしないでいいよ! 供給元はウチだからね!」

 

 調理を担当してくれているキャンプ場の管理人さん夫婦の奥さんが、恐る恐るといった具合に一花にそう声をかけてくる。英国の方がどうなってるかは分からんが、あっちから魔樹が市場に供給されたって話も聞かない。ウチがつけた値段がこの魔樹の値段になる状態だな。

 

 まぁそこまで詳しい話をしたら更に管理人さん達を萎縮させてしまう。一花もそのへん分かっているのか、それ以上詳しい話はせずに親指を立てて「ダイジョブダイジョブ、イチカをシンジテー」と笑いかけた。

 

 それ全然大丈夫そうじゃないんだが、長年の付き合いからか笑って流してくれた奥さんマジ奥さん。

 

「ここでバーベキューしてると、なんだか昔を思い出すな」

「夏休みの度に半分は手伝いに駆り出されてたからねぇ!」

「自分が持ち込んだテントの設営くらい覚えてこいや! ってお客さんにどうオブラートに伝えるか頭を捻ったなぁ」

「説明書も持ってきてない奴困ったよねぇ」

 

 ヤマギシに就職する際、確か土地もろともヤマギシに売却したんだったか。中学生の頃は、将来はこのキャンプ場を継ぐかじいちゃんのように猟師になるか。自分の将来はどっちかになると思ってたんだが。

 

 気づいたらなんか変なことになってるな。俺の人生。まぁ楽しいことは間違いないんだが。

 

「ヘイ一郎! あっちで御神苗さんがマニーさん達の飲み比べに巻き込まれてるぜ!」

「マジで!? 絶対近づかねー!」

「「HAHAHAHAHA!!!」」

「笑う要素どこ……? ここ……?」

 

 妹よ。そこは俺の胸板だ。というか今はライダーマンモードなんだから胸に変化があるわけがないんだが。つんつん突くのは止めなさい。兄妹でもセクハラは適用されるんだぞ? 知らんけど。

 

「きょーちゃん、なんだか懐かしいね! ここでみんなでワイワイしてると子供の頃みたい!」

「鈴木のおじさん、手伝ったらお駄賃くれたからなぁ。それでウチのコンビニでアイス買って家計に貢献してたんだ。懐かしい」

「私が言いたいのはそんな世知辛いことじゃないよぉ」

 

 しみじみとした恭二の言葉に沙織ちゃんがブー、と口を膨らませる。ウチからも恭二の家からもいい距離でそこそこの広さがあるこのキャンプ場は、良い遊び場だったんだ。

 

 沙織ちゃんとしてはその辺りの過去の思い出に話を咲かせたかったんだろうが、そういう情緒を恭二に求めるのは難問にすぎるだろう。

 

「しかしまぁ、あれだな」

「あん?」

「ほら。木、妖精と来て何が来るかと身構えてたら」

「……ああ」

 

 肉に齧り付くことしばし。唐突に話を切り出してきた恭二の言葉に38層の様子を思い返し、うん、と一つ頷きを返す。

 

「妖精とは別の意味でやりづらいよな」

「やりづらい」

「肌の色が緑じゃなくて色んな所が葉っぱで隠れてなかったらヤバいよな」

「ヤバい」

 

 ぽわんぽわんと頭に思い浮かぶその光景に、男二人が思わず箸を止める。あれはヤバかった。作品の年齢制限がR指定になっちゃいそうなノリだった。

 

「もー! きょーちゃんったら!」

「男は悲しいのう、悲しいのう!」

「いてっ」

「いやあれは仕方ないだろう」

 

 更にブー垂れる幼馴染の怒りの矛先を恭二に任せて、ニヤニヤ笑う妹の言葉にそう返す。

 

 38層。出現したモンスター。とりあえずの仮称として恭二が名付けたのは「アルラウネ」。緑の肌をした少女……女草?である。

 

 獣か虫が来ると思ってた所に再びの植物系モンスターの登場に恭二と二人で「そうきたかー」と頷き合い。わさわさと根っこの生えた足を動かしながらこちらに向かってくる彼女たちの姿と、色々危ない葉っぱの動きに「そうなるかー」と、今度は一花も混ざって口にして、その場での即撤退を決め込んだ。

 

 ……一当てくらいはしとくべきだったかもしれんけど、それやると沙織ちゃんの機嫌がもっと悪くなったろうしなぁ。沙織ちゃん、彼女たち見た瞬間恭二の目を押さえに行ったから。

 

 目を押さえる沙織ちゃん背負ったまま恭二が階段駆け上ってたのは正直面白かった。また38層に潜る時は是非このPTでやりたいね(愉悦)。

 

「次回のアタックの時は連中の脅威度を図るのと、問題なければボスまで見に行こうか」

「ボス……か」

 

 沙織ちゃんを宥めながらそう口にする恭二の言葉に、ふむ、と頷きながらふと思った事を口にする。

 

「デカイのかな」

「デカイだろう」

 

 36層からの流れ的にはそうなるはずなんだが。何がデカイとは言わず、俺と恭二は二人頷きあった。

 

 勿論沙織ちゃんは不機嫌になったし一花は爆笑した。解せぬ。



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第二百六十一話 テレビ会議

遅くなって申し訳ありません!

誤字修正、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 ヤマギシ本社内に複数存在する会議室。その中でも冒険者部門が存在する階層の会議室は、全ての座席に固定型のPCとカメラ、マイクが設置されている。

 

 冒険者部門のトップである山岸恭二、彼の上役であり冒険者部門の総取締を行っている山岸真一、実質的な冒険者の顔とも言える鈴木一郎のスリートップが海外に出ることが多く、彼らが出先でも会議に参加できるようにデザインされているからだ。

 

『報告は受け取った。参加者である冒険者部門の全職員は臨時ボーナスに期待してほしい』

「『「「イェアァ!!!」」』」

 

 例えばこのように、フランスに出張中の真一に先の深層攻略についての報告を行ったり――

 

『そして合わせて追加オーダーだ。需要に供給が全く足りてない。どんどん魔樹を取ってきてくれ』

「『「「Oh......」」』」

 

 合わせてお仕事をぶん投げられたりもする。会社勤めは世知辛いなぁ!

 

「兄貴。イギリスの方はやっぱり難しそうなのか?」

『難しいだろうな。あそこまで潜れる人間は限られているし、うちもお前の収納がなければこれだけの数は持ち出せん。ああ、炭になった魔樹ならそこそこ持ち出してるそうだが』

 

 森までついたらファイヤーしてるんですね、わかります。

 

 実際木人や妖精相手の場合、火炎放射器で一斉に燃やしまくって森を進むのが一番簡単で確実な攻略法だからな。木人のドロップは炭だけになるし、妖精相手だと視覚的な問題で厳しいけど。

 

 森で木人を見極めてそれ以外を木こりするのは、正直恭二の目がないと厳しいしそれを持ち帰るにも恭二の収納が必要。ゴーレムの時みたいに車で移動して車に載せて帰りはエレベーターってのも難しいしな。階層的に。

 

『という訳で実質的に魔樹を安定供給できるのはウチだけだ。喜べ恭二、世界冒険者協会直々に暫く専念してくれって連絡が来てる。これで諸外国めぐりは一旦ストップだ』

「全然うれしくないんだが???」

「……お、おめでとう」

「肩震わせながら言われても嬉しくないぞ?」

 

 親指を立てて祝いの言葉をかけるも、恭二の心には届かないようだ。こんなにも真心でおめでとうと言っているのに、解せぬ。

 

「イチローさんにもご依頼がありますよ。次の映画の番宣が何本か」

「38層の攻略は色々問題がありそうだしな。俺も本腰を入れないと」

「間に合ってるからしっかり番宣してきてくれ!」

 

 にやにやといい気分だった所にシャーリーさんからの冷水。テメェ恭二! さっきお祝いしてやった恩を忘れやがって!

 

「お兄ちゃんが嫌がるなら本数を減らせるかもだけど! 流石に主演作の宣伝はしっかりしないといけないんじゃないかな!」

「一花、お前もか!」

 

 ついに妹にまで裏切られた鬱だ、とムンクの叫びを体現していると、コホン、と画面越しに真一さんが咳払いを一つ。

 

『久しぶりの漫才も見てて楽しいんだが、こっちも時間が押してるんでな』

「すんませんっした!」

「罰はこのアホにオナシャス!」

『お前ら日本に帰ったら説教な』

 

 久しぶりに見る凄惨な笑顔を浮かべて真一さんとの通信がOFFになる。会議前から長い時間は難しい、と言ってたし本当に忙しいのだろう。

 

「土下座何発で許してもらえるかなぁ」

「やらなきゃ良いのに毎回この駄兄どもは……」

 

 最後の笑顔に戦々恐々としながら呟くと、一花がハァッ、とため息をつく。とはいえ恭二とのやり取りはなんというかライフワークみたいなものだから早々変えるのも難しいんだよな。

 

 さて。真一さんが通信を切った事で会議の進行はシャーリーさんが行い始める。ここまでの会議では基本的に真一さんの都合に合わせて、現状報告と真一さんからの指示を受けるだけだったからな。

 

 むしろここからが本格的なヤマギシ冒険者部の会議と言えるんだが……

 

「それでは次の議題は魔樹伐採のローテーションですが――」

「魔樹を利用しタ新装備案が出てマス。広く意見ヲ取り入れるタメにツブヤイターや顔本で募集してミタところ、予想よりも良い案ガ集まって来ましタ」

「日本各地へのヤマギシ支社の進出は順調です。各ダンジョンオーナーとも懇意に出来たのがやはり大きく――」

「世界冒険者協会からも魔樹の輸出について問い合わせ来てるんでしょ? とりあえず一週間は伐採をしてみて、伐採量の平均値を作ろうよ! それ投げたらケイティならうまくやるでしょ!」

 

 名目上のトップである恭二、一応副部長なる役職の俺、部長補佐の沙織ちゃんに彼らの会話に入り込める訳もなく。肩書上は上に連なる3名が置物となり、ヤマギシ頭脳班が主導となって会議は進み、そして終わっていく。

 

 上司は責任を取るのが仕事だからね! 仕方ないね!

 

「シャーリーさんもベンさんも別部門の長なんだけどね! ついでにお兄ちゃんは子会社の社長だったよね!!」

「やめろください」

 

 警備会社の方の会議だと、置物通り越して完全なお飾り状態なんだ。思い出させるな恥ずかしい(ガチ)。

 

 流石にある程度実務も知らんとなぁ、とベンさんには折を見てどういう仕事をすれば良いのか尋ねたりしているんだが……

 

「イチローさんが社長ってダケで信頼はバツグンデスヨ!」

 

 というベンさんの言葉とサムズアップで毎回「あ、うん」とすごすご社長用の椅子に座り直すことになるんだ。有名人が経営者ってお店とかよくテレビで見るけど、だいたいこんな感じなんだろうか。

 

「有名人といえばお兄ちゃん、番宣でさ! 珍しくバラエティ番組の依頼があるんだけどさ! メンバーに面白い人が居るよ!」

「え……バラエティとか出たくな」

「ほらコレ!」

 

 仕事をしたくないでゴザる、と口に出す前に勘のいい妹のインターセプトが俺に襲いかかる。なんて妹だ、これは訴訟も辞さない。

 

 まぁ目の前に出された以上は読むけどバラエティなんてどれも……と思いながらも書類の内容に目を通し――

 

「これは出るっきゃねぇわ」

「なにぃ!?」

「い、一郎くんがバラエティに!!」

 

 即落ちとも言える手のひらスクリューをした俺を見て、恭二と沙織ちゃんが驚愕の声を上げる。言いたいことは分かる。バラエティ番組とかスタンさんに首根っこ引きずられた時くらいしか出ないし出たくもないからな。公言もしてるし。

 

 それでも誘ってきたという事はテレビ局側もそれだけ勝算があったって事で……

「ええと……ああ、寄生獣のスタッフじゃんこれ」

「それにライダー関係の俳優さんも」

「こっちのプロ野球選手はキョー兄も知ってるんじゃない?」

「覚えてる覚えてる。結局勝てなかったなぁ、懐かしい」

 

 なにせ司会以外の出演メンバーが、全員知り合いや友人なんだから。ここまで気を遣って貰って、実際にこのメンツが来てくれるなら俺としても否やとは言いにくいよなぁ。まぁ、知り合いに会いに行くって気持ちで頑張ってみるか。



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番外編 イッチ特番実況スレ

早すぎるよ三浦先生……


【魔法蜘蛛】イッチ総合スレ9876【ライダー新4号】

 

1名無しのジロー  20××/○○/△△

 

 このスレは我らが”オンリーワン・ヒーロー”こと鈴木一郎氏(またの名をイッチ)について纏めて取り扱っています。

 動画に映画、ついでに冒険と八面六臂の活躍を見せる我らがイッチについてを語りましょう!

 

 ========== 注意事項 ==========

 ●鈴木一郎氏は本人自体のジャンルが多岐に渡る為、各専用スレの話題はそれぞれのスレでお願いします。

   マーブル総合スレ 872           http://マーブル/+++/~

   MAGIC SPIDER総合スレ 2021   http://魔法蜘蛛/&&&/~

   ライダー魔法隊応援スレ 6963     http://ライダー魔法/%%%/~

   ライダーマン二号スレ  4826       http://結城一路/***/~

   ロックマンイッチ総合スレ 2345     http://ロックマンイッチ/###/~

   ミギーと喋りたいスレ 4521        http://ミギーと喋りたい/$$$/~

 

 ●次スレは>>900が宣言後立てる。無理なら代理人を指名すること。 次スレが出来るまでは自重願います

 

 ●sage推奨。

 

 ●荒らしは通報。マスターの悲劇を再び起こす奴はトリプルライダーキック

 

 前スレ http://鈴木一郎/***/~

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

392名無しのジロー  20××/○○/△△

生特番とか初じゃね

 

 

393名無しのジロー  20××/○○/△△

イッチ自体滅多にテレビ出ないしな

 

 

394名無しのジロー  20××/○○/△△

公開まであと一週間もあるとかつらすぎる

 

 

395名無しのジロー  20××/○○/△△

それ。いつまで映画館の前にいれば良いんだ

 

 

396名無しのジロー  20××/○○/△△

>395

お前は家に帰れwww

 

 

397名無しのジロー  20××/○○/△△

お、始まるぞ

 

 

398名無しのジロー  20××/○○/△△

実況スレできてっからそろそろスレ違だ

http://生放送/###/~

 

 

399名無しのジロー  20××/○○/△△

>398

トンクス

見てくるわ

 

 

400名無しのジロー  20××/○○/△△

>398

のりこめー

 

 

401名無しのジロー  20××/○○/△△

>398

ここがイッチのハウスね!

 

 

402名無しのジロー  20××/○○/△△

>401

奥多摩かな?

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

イッチ特番実況スレ1

 

1名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

 

ぺたり

 

司会:明日茂さんぽ

ゲスト:初代様(レジェンド)、渋谷将(寄生獣)、吉田拓矢(神奈川マリナーズ)、他多数(予定)

 

 ========== 注意事項 ==========

 ●鈴木一郎氏は本人自体のジャンルが多岐に渡る為、各専用スレの話題はそれぞれのスレでお願いします。

   マーブル総合スレ 872           http://マーブル/+++/~

   MAGIC SPIDER総合スレ 2021   http://魔法蜘蛛/&&&/~

   ライダー魔法隊応援スレ 6963     http://ライダー魔法/%%%/~

   ライダーマン二号スレ  4826       http://結城一路/***/~

   ロックマンイッチ総合スレ 2345     http://ロックマンイッチ/###/~

   ミギーと喋りたいスレ 4521        http://ミギーと喋りたい/$$$/~

 

 ●次スレは>>900が宣言後立てる。無理なら代理人を指名すること。 次スレが出来るまでは自重願います

 

 ●sage推奨。

 

 ●荒らしは通報。マスターの悲劇を再び起こす奴はトリプルライダーキック

 

 

 

2名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>1 立て乙

18時までが遠いお

 

 

3名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>1 立て乙

全裸でテレビの前に座ってるんだがクーラーの風が冷たい

 

 

4名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>1 立て乙

>3 服着ろよ

 

 

 

~~以下立て乙の連続で次スレまで~~

 

 

 

イッチ特番実況スレ2

 

1名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

 

自重

 

 ========== 注意事項 ==========

 ●鈴木一郎氏は本人自体のジャンルが多岐に渡る為、各専用スレの話題はそれぞれのスレでお願いします。

   マーブル総合スレ 872           http://マーブル/+++/~

   MAGIC SPIDER総合スレ 2022   http://魔法蜘蛛/&&&/~

   ライダー魔法隊応援スレ 6963     http://ライダー魔法/%%%/~

   ライダーマン二号スレ  4826       http://結城一路/***/~

   ロックマンイッチ総合スレ 2345     http://ロックマンイッチ/###/~

   ミギーと喋りたいスレ 4521        http://ミギーと喋りたい/$$$/~

 

 ●次スレは>>900が宣言後立てる。無理なら代理人を指名すること。 次スレが出来るまでは自重願います

 

 ●sage推奨。

 

 ●荒らしは通報。マスターの悲劇を再び起こす奴はトリプルライダーキック

 

 

 

2名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>1 サーセンwww

 

 

3名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>1たて乙

乙だけで1スレ消費は草

 

 

4名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

流石に乙はストップな

 

 

5名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

番組前にスレが終わるとは見抜けなかった、この(ry

 

 

6名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>5

おじいちゃん晩ごはんなら食べたでしょ

 

 

7名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>6

まだ5時だぞw

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

イッチ特番実況スレ6

 

1名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

 

貴様ら

 

 

2名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>1 結局5スレも消費したなwww

 

 

3名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>1 すまぬ、すまぬ……

 

 

4名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>1 ば、番組始まるから!(目逸らし)

 

 

5名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>4 お、もうそんな時間か

 

 

6名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

テンプレも消えたwww

ヤマギシのCM初めてみた

 

 

7名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

特番の予算はヤマギシが出していた……?(名推理)

 

 

8名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>6 ニュース番組のスポンサーで最近良く見るよ

 

 

9名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

始また

 

 

10名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

は? 森しか見えんのだが

 

 

11名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

スタジオからお送りしております(大森林)

 

 

12名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

いきなり映画の予告編?

 

 

13名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

でもさんぽさん居るぞ

 

 

14名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

明日茂さんぽ「スタジオに入ったと思ったら遭難しました」

初代様「そうなんですね」

 

初代様wwww

 

 

15名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

めっちゃ真面目な顔でwww

 

 

16名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

さんぽさん突っ込んで良いのか迷ってるw

 

 

17名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

ほえー。今回の映画で使ってる技術なんか

 

 

18名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

立体映像みたいなもんってこと?

さんぽさん思い切り木の根っこに座ってるけど

 

 

19名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

初代様が木登り初めたぞ。どういう魔法なんだこれ

 

 

20名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>19 多分変身の魔法の応用。上手い奴は他の奴も変身被せられるし、なんなら質感まで誤魔化せる。

初代様が何に登ってるかは知らんしスタジオ丸ごと出来る奴も存在するとは思わんかったが

 

多分マスターだこれ(震え声)

 

 

21名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

変身とは一体

 

 

22名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

イッチなんか体積まで変わるらしいから

 

 

23名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

いきなり襲撃が始まった

 

 

24名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>22 でもイッチは個人限定っつってたよな。つまりマスターは凄いprprpr

 

 

25名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>22 ハジメと一路はやっぱり体重違うんか!

解析班がどう考えても同じ身長の人間の足音じゃないとか言ってたからなぁ!

 

 

26名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

スタジオ内で弓矢がばらまかれてるw

そしてそれを手で撃ち落とす初代様ww

 

 

27名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

これ復讐者で出てたオーク兵か?

 

 

28名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

そしてキタアアアアアアアァァ!

 

29名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

初代様「変…………身ッ!」

さんぽさん「ウヒョオォォォ!」

 

 

30名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

さんぽさんwww

 

 

31名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

初代様の一撃一撃に『SMAAAAASH!』やら『WHOOSH!!』やら出てくるの草なんだ

 

 

32名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

さんぽさんを庇いながらオーク兵を蹴散らすムーヴ、俺でなきゃ見逃しちゃうね

 

 

33名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

さんぽさん大歓喜

 

 

34名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

そして満を持して登場するイッじゃなくてハジメ

 

 

35名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

そっちの映画だからまぁ分かるけどこの流れならライダーマン2号だろ!!!

 

 

36名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

あ、いや初代様も変身を解いたぞ

というか背景が森から道場に切り替わった

 

 

37名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

ゲストメンバー全員居るやん!

道着姿でwww

 

 

38名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

ふえぇぇ、魔法の演出凄すぎるんご

いきなり場面転換したとしか思えんかった

 

 

39名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

このシーン見たことある!

これ復讐者のハジメと師匠の鍛錬シーンだ!

 

 

40名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

ちょっと動きが派手というか映画よりも飛び跳ねてない?

 

 

41名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

相手の突きに乗って蹴りを放つって漫画かな???

 

 

42名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

これ映画というよりもアメコミの鍛錬シーンの再現だ

『MAGIC SPIDER』の57ページから59まで

 

 

43名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

特定早すぎぃ!

 

 

44名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

お辞儀をして終了。そしてスタジオが普通のひな壇バラエティみたいなスタジオになったな

 

 

45名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>44 お辞儀をするのだ、ハジメ

 

 

46名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>45 お辞儀さんオッスオッス

 

 

47名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

初っ端から飛ばしまくったなぁ

 

 

48名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

これが一時間か……(ごくり)

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

【はえーよ】イッチ特番実況スレ12【ホセ】

 

1名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

 

 

テンプレ省略しました

 

 

2名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>1 乙wwwwww

 

 

3名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

渋谷将「もっかい奥多摩で撮影したいですわ。あそこのラーメンまた食べたいなぁ」

イッチ「あの時の撮影現場、ビルになってますけどね」

 

イッチwww

 

 

4名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

思い出くらい浸らせてやれよwww

 

 

5名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

トイレから帰ったらスレが変わってた。な、なにを(ry

さっきまで「誰でも打てるカーブの打ち方講座」してたと思ったらどういう話の展開なんだ

 

 

6名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

奥多摩は開発ラッシュだからな。建設系で働いてる親戚が「あそこだけバブル」とか言ってた

 

 

7名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

奥多摩というよりダンジョン付近の再開発が凄いんだよ。関東なら忍野なんかダンジョン周辺の地価が20倍になってる

 

奥多摩? ハハッ

 

 

8名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>5 吉田拓矢とイッチがよくラーメンに行くって話から、奥多摩で撮影中に食べたラーメンの話を渋谷が切り出してそっから

 

 

9名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

ヤマギシビル一階の名店だな。初代様も奥多摩行く度に寄ってるっていう

 

 

10名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>9 マジで美味いぞ。しかも安い。

普通のラーメンだけなら600円だしチャーハンセットにしても800円。量も多い

そして何よりも自家製チャーシューがくっそ美味い

 

 

11名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>10 もしかして=神店

 

 

12名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

魔法関連に興味がないラーメンフリークもこの為だけに奥多摩に行くってくらいの神店ぞ

 

 

13名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

ここまで映画の宣伝0なんだが

 

 

14名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>13 番組名が「鈴木一郎の軌跡」だから問題ないのでは

 

 

15名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>13 最初に森で戦ったろうが!

 

 

16名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

復讐者本編がアレすぎて映画が待ち切れん

 

 

17名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

ハジメー!! 早く来てくれーー!!

 

 

18名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>16

>17

なおどう見ても異世界の話=復讐者本編とかかわり合いがない模様

 

 

19名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

MSで心の安寧が確保できんとマジで死者が出るんじゃないか?

 

 

20名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

あの引きはね……ハナちゃん……

 

 

21名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

お、ようやく映画の宣伝か

 

 

22名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

番宣の仕事を忘れてなかったイッチ、有能

 

 

23名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

TV局としてはイッチが局の番組に出てくれるだけで御の字だろうからなぁ

 

 

24名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

最終トレーラー!?

 

 

25名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

普通に重大発表で草

 

 

26名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

俺はイッチを信じてたで

 

 

27名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

サンキューイッチ

フォーエバーイッチ

 

 

28名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

やる時はやる、それがイッチ

 

 

29名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

番宣を忘れてたなんて事はなかった

 

 

30名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

前の続きっぽいが、なんか戦いっぽい?

 

 

31名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

指輪物語バリのファンタジーバトルが繰り広げられてるんですが

 

 

32名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

オークが味方? 敵? よくわからんぞどうなってんだ

 

 

33名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

>26~29

素晴らしい手のひら返し、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね

 

 

34名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

お、やっぱりこのエルフっ娘がヒロインなのか

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

【HERO? NO】イッチ特番実況スレ13【I'm MAGIC SPYDER】

 

1名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

 

 

一週間この状態で待てと言われた次第

どうしてくれる(全裸)

 

 

2名無しさんLIVE中  20××/○○/△△

服着ろよ



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第二百六十二話 打ち上げ(胃袋)

誤字修正。名無しの通りすがり様、244様、kuzuchi様ありがとうございます!


 一仕事終わると打ち上げに出るというのは、どんな業界・ジャンルの職業であろうと変わらない。仕事を終えたという一つの区切りをつけ、それまでの苦労をねぎらう目的で皆で祝う。強制される会社の飲み会と考えると少し億劫だが、仕事から開放されて馬鹿騒ぎできる、と考えると少し楽しさもあるかもしれない。

 

「断じて言うがこれは打ち上げじゃないぞ。フードバトルだ」

「ふぉんふぁふぁふぁな」

「食べながら喋るな」

「無理……もう見たくね……」

「し、死ぬな! 創造、お前が死んだら誰がお前の分を食べるんだ!!?」

 

 用意された超大盛りカツ丼を平らげながらしみじみとしていると、何かを察したのか隣に座るプロ野球選手がそう声をかけてきたので遺憾の意を表する。

 

 反対側の席に隣に視線を移せば、寄生獣でお世話になった主演の渋谷さんと、最近ライダー軍団に加入した創造くんが必死の形相を浮かべながら特盛カツ丼に箸を伸ばしている。食べきれないなら俺が食べるのに……

 

「い、いえ……せ、先輩にこれ食べさせ……食べさせる、わけには……」

 

 ふるふると震えながらにこりと笑顔を浮かべる姿に流石に悪いことをしてしまったという気分が芽生えてくる。一応創造くん俺より年上なんだけど、なぜか「先輩だから」って初対面からめちゃめちゃ気を遣ってくれるんだよね。

 

 ただまぁ、それに甘えて3軒はしごは流石にきつかったか。普通に隣のプロ野球選手が付き合えてるからつい限界を見誤ってたかもしれん。

 

「いや俺もキッツいぞ? どうなってんだお前の腹」

「もぐもぐ」

「おう、食べきってから答えるんだなもうそれでいいわ」

「ごくん。いや、最初の店はほら。初代様やさんぽさんが居たからあんまり食べれなかったろ。緊張して」

「あんまり(寿司大皿5人前)だったね……そういえばラーメンもセット食べて二杯目とか頼んでたっけ」

 

 ラーメンは飲み物だから仕方ない、仕方なくない?

 

「その次に行ったカレー店でこっちは腹一杯なんだがな? というか「二軒目行こうぜ!」とか言うから飲みに行くと思ったのになんでカレー屋とカツ丼店なんだよせめてそこはラーメンだろ」

「この辺りまではあんまり来ないから、つい。ラーメンも良いな」

「流石に勘弁してほしいかなぁ」

「……死ぬ」

「お、おう。ごめんね?」

 

 バッとこちらを振り返る渋谷さんと創造くんの顔が完全に死んでいる。流石にこれ以上付き合わせるのも悪いか。しかしそうなるとこの後はどうするか。本当にお酒を飲みに行くのもいいし、もう良い時間だから帰っても良い。どっかのホテルで一泊もありかな。

 

「あー、それなら俺近くに良い店知ってるよ。個室だから静かに飲める」

「……正直、歩くのも車乗るのもきついっすわ」

「おけ。そこ行きましょう。創造くん、肩貸す?」

 

 無言で首を縦に振る創造くんを介護しながら歩くこと数分。本当に近い場所に在ったその渋谷さんおすすめの店は小洒落た雰囲気の居酒屋で、芸能人等もよく利用するお店なのだとか。

 

「商売柄、周りの目はどうしても気になるからね。ここなら気にしないで飲めるから重宝してるよ」

「成程。有名人は大変ですね」

「この場の他全員を集めても足元にも及ばない有名人だけどね、君は」

 

 ははは、と笑ってメニューを見る。流石に食べ物は……枝豆有るじゃんとりあえずこれとたこ焼き、フライドポテトにお。ピザ美味しそうだな、後は焼き鳥と、海鮮サラダ! そういうのもあるのか!

 

 未だ食べるのか、とげんなりとした表情を浮かべる隣のプロ野球選手に一人用だから、と答えて安心させ、とりあえずで頼んでいた生ビールを店員さんが持ってきたので一先ずはジョッキを持ち、乾杯!とグラスを軽くぶつけ合う。

 

「所で創造くん大丈夫?」

「あと少し休ませてください……」

「お、おう」

 

 予想以上にいっぱいいっぱいだったらしい創造くんは壁にもたれかかって天井をぼぅっと眺めている。そこまで付き合わなくても良かったんだが……

 

「俳優業界も体育会系だからね……先輩だけ食べさせるのはまぁ」

「え。これ俺が悪かったりします? というか俺俳優じゃないんですが」

「ライダーの後輩なんでしょ。あそこ特殊な環境だし」

「ライ……う、うーん」

 

 確かにライダーの皆さんは色々特殊というか、初代様ブートキャンプを受ける幽霊くん達しかり明らかにきっちり上下関係出来てる気はしたけど。俺に対しては別にそんな事もなかったんだがな。一緒に初代様のブートキャンプも受けたし。

 

「お前の場合、立場が特殊すぎるんだろ。そっちの創造さんが気にしすぎてるってのもあるかもしれんが」

 

 隣のプロ野球選手はそう言いながらグビッと一気にビールをあおり、ジョッキを空にする。良い飲みっぷりじゃん、さすがはリアル体育会系。

 

「まぁ20超えてからはしょっちゅう飲みに連れてかれてるからなぁ。明日もオフだしこれくらいは」

「中4日だっけ。ローテ頑張ってるじゃん」

「裏ローテだけどなぁ。まだまだエースには程遠いわ」

 

 枝豆を持ってきた店員さんにビールの追加を頼みながら、隣のプロ野球選手ははぁ、とため息交じりにそう口にする。高卒3年目で一軍ローテ入りなんてかなりハイペースだと思うんだが、本人的にはまだまだ納得が出来ていないらしい。

 

「噂の魔力アップにも手を出したいんだがなー。最寄りの奥多摩は新規冒険者の受付をしてねーしなんかプロ野球機構も魔力持ちの選手の扱いでちょっと雰囲気怪しいしよー」

 

 枝豆を鞘ごと口に放り込みながら、隣のプロ野球選手は愚痴るようにそう呟く。

 

 まぁ、しかたないことだろう。これは他のプロスポーツ全般に言えることなんだが、魔力持ちとそれ以外の選手の身体能力差は大人と子供以上に大きい場合があるからだ。

 

 例えば格闘技などはこれが顕著にでるんだが、身長2m超えの大男が本気で殴りつけたとしてもレベル20くらいの冒険者にはダメージを与えることが出来なかったりする。そのレベルで活動できる冒険者は頭をライフルでズドンでもされなきゃ早々死なないくらいに頑丈だ。その2者が殴り合ったとしてどちらが勝つかなんて言うまでもないだろう。

 

 魔力持ちと非魔力持ちでは競い合うことすらできない力の差が存在する。だからこそ欧州、ドイツ支部などでは魔力持ちだけの闘技場なんてものを試験的に運営してたりするんだよな。

 

「その内、魔力持ちと非魔力持ちで違うリーグが出来たりするかもな」

「それ、非魔力持ちの方はどう考えても独立リーグとかと同じ扱いになるだろうなぁ」

 

 遠いけど忍野に行くかねぇ、と遠い目を浮かべる友人に「がんばえー」と返して、グビリとジョッキをあおる。

 

 ううん、やはり枝豆をビールで流し込むのは良い。これぞ先人の知恵というやつか。

 

 まぁプロリーグのあるスポーツだしそうそうすぐに何かが変わるとは思えんが。魔力持ちの選手はドンドン増えていくだろうし、そうなると魔力を持たない選手はドンドン不利になるだろう。

 

 もしダンジョンに行く、と隣のプロ野球選手が考えたなら……忍野に行くんなら姫子ちゃんか現場犬さん辺りに声かけとくか。あの二人なら有名人慣れしてるだろうし10層くらいまでなら問題ないだろう。

 

 友人が活躍する姿は、嬉しいもんだしな。これくらいの手助けは安いもんだろう。



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第二百六十三話 映画帰り

遅くなって申し訳ありません!

誤字修正。げんまいちゃーはん様、244様ありがとうございます!


 変身の一番良い所は、完全な別人になれることだ。姿形は勿論、声や身長まで変えることができればそれはよく見知った人物でも見抜くことが出来ない変装になる。

 

 ここ数年の周囲の環境の変化で、本来の姿ではまともに外を出歩く事も出来ない俺がストレスにやられたりしないのも、これがあるからだ。

 

 その大事な、それこそ俺にとっては冒険者としての基本技術、生命線とも言えるその魔法が。

 

「まさかこういう形で自分に牙を剥くとは」

「どうしたの、お姉ちゃん?」

「(性別は変わって)ないです」

 

 満員御礼どころか数時間待ちもザラと言える長い行列を抜け、映画館の外へ。映画館のあるショッピングモールは話題沸騰の映画が上映されているからか、平日の真っ昼間から結構な賑わいを見せている。

 

「そりゃぁ、その一つ前の本編がアレだったからだよね!」

「指パッチンはひどい事件でしたね」

「そしてそこから繋がるMSがこういう結末かぁ!!!」

 

 髪の色を変身で変え、メガネや小物で軽い変装をした一花と並んでアイスクリームを舐める。うむ、美味い。普通のバニラアイスよりも少し甘みが強いのは、ううむ。なにかミルクに秘訣が?

 

「練乳とかを混ぜ込むのかな! よくわかんないけど!」

「うーむ。スイーツは専門外だからなぁ」

 

 しゃくしゃくとコーンを食べ、道端に設置されているゴミ箱に包装用紙を捨てる。昼飯を食べて映画を見たから、今はちょうどおやつ時。甘いもの、食べたいよね。

 

「ねぇねぇ君達、かわいいね! 良かったら俺らと――」

「すみません、俺、男なんで」

「え」

 

 少し物足りないな、と他に良さげな店がないか周囲を見渡していると、なにかを勘違いしたのか大学生くらいの男連れにそう声をかけられる。うちの妹が可愛いのは仕方ない。仕方ないが俺はジーパンにシャツ姿やぞ体格でわかるだろなんでわかんねーんだよこいつら。

 

「いやぁ、難しいんじゃない? お兄ちゃん後ろから見ても美人さんにしか見えないし!」

「は、え。いや、今の声、え、お兄ちゃ、ええぇ?」

「もうちょっと慣らしたいんだが、多用すんのきついなコレ」

 

 ビリビリさん、電子機器の操作がクッソ便利になるんで結構な使い勝手なんだが、見た目が女っぽくなるという致命的な不具合があるんだよな。

 

 ずっと口を開けたまま狼狽する青年たちに手を振ってその場を後にする。多少変化しているが声も完全な男声だからな。鏡見ながら喋ると俺自身でも違和感凄いんだ。

 

 まぁどういう見方をしても俺の正体がバレない変身だから、こういうお出かけの時は最近よく使ってるんだが。

 

「やっぱり使い続けるほうが馴染むんだ?」

「まぁな。と言ってもこう長時間変身しっぱなしでもあんまり意味がなかったりする」

「ほほう、その心は!」

「5分くらい変身してるのと1時間変身してるの、どっちも習熟度があんまり変わらんのよなぁ。変身した瞬間が一番経験値が稼げてる気がする」

 

 変身する時はその変身先についてを深くイメージしながら魔法を発動させるからか。ただ漫然と変身し続けるよりもこまめに変身を変える方が効率が良い。

 

「気がする」

「大事なことなので(ry) お兄ちゃんのソレ、他に例がないから比較対象も出来ないし結局お兄ちゃんの感覚次第なんだよねー!」

「魔法はイメージってな。普通の魔法は、逆にイメージがわかんのだが」

 

 あんまりにもイメージがわかなくて初期はロックバスターにヒール込めて撃ち込んでたからな。おかげで大概の魔法はなにかしらに絡めて使えるようにはなった。ヒーリング効果のあるウェブなんてどのタイミングで使えば良いのかって珍魔法も出来たりしたけど。

 

 

 

 少し歩いた後、休憩がてらオシャレな外観の珈琲店に入店。魔法のような名前のコーヒーを頼み、窓から少し奥まったところにあるテーブルにつく。

 

 ふぅ、とどちらからともなく小さく息を吐き。

 

「映画を見ました」

「見たな」

「マーブルは鬼畜です」

「はい」

 

 一切の抑揚を感じさせない一花の声。凄みすら感じるソレに抗えず、俺は小さく頷きを返す。いや、うん。内容知ってるとはいえ映画館で見ると俺もね。結構な感動とラストで衝撃を受けちゃったからな。

 

 今回の映画。初の主演作『MAGIC SPIDER』だが、大まかなストーリーは一言でいうと異世界転移冒険活劇である。復讐者達の名前を使ってるけど地球が舞台になるのは前半の30分くらいで、残りは異世界で物語は進行する。

 

 異星からだけではなく異世界からの侵略。これが一度だけの物とは考えられなかった国連は、”門”を開けることの出来るハナと国連にエージェントとして所属するMS/ハジメに調査を依頼した――が今作の導入部分だ。

 

 冒頭部分はハジメやウィル、ハナと言った『MAGIC SPIDER』主要キャラクターの修行シーン。前回の復讐者本編ではウィルやハナは結構な活躍をしていたが、その基盤はこの修業にあったのか、というのを印象づけるものだった。

 

 そう。この話、実はスタートは前回の復讐者本編より前。前回の復讐者はハジメが異世界に旅立った後に行われた事になるのだ。

 

「そしてそっから始まる指輪物語だよね!」

「指輪物語言うな」

「いや、だってさ! 世界自体がでっかい蜘蛛の背中にあって、その上で各種族がそれぞれの領分で生活して。どっからどうみても超古典ファンタジーの舞台じゃん?」

 

 まぁファンタジー要素強いわな。脚本家の人も魔法=ファンタジー、MSはこれまでのMCU世界とは独立した動きをしたい、せや異世界に放り込んだろ! くらいの勢いでシナリオ作ってたらしいし。

 

 最初のオーク王の時からMSの異世界冒険は決まっていた、というわけだ。

 

「世界観と敵対者が結構面白いよね! 世界=創造者たる大蜘蛛自身、しかも前回の富士山の噴火を異世界に飛ばした影響で大蜘蛛が弱体化して、更に更に富士山で不死の秘宝によって封印されていた大怪異カグヤが目を覚ます! あの色っぽい狩衣良いよね!」

「復讐者本編が盛大な伏線になるっていう信じられない豪華なことやってるよなぁ。あとあれは色々目に毒だったな。あれ着てアクションしてたからこう」

 

 今回の敵役、カグヤのモチーフはかぐや姫だ。というか前回の不死の秘宝もかぐや姫の伝説から来てるから、あれも盛大な伏線だったわけだな。

 

 時の帝や貴族たちを虜にし無茶な冒険を強いた、という逸話から非常に危険な美女、というコンセプトでキャラデザされており、ブラック・ウィドゥにも匹敵するお色気キャラでもある。敵だけど。

 

「演出も豪勢だよね! 生あるもの全てを魅了できるカグヤが支配下に置いた怪物化した樹木に魔物たち、それらと戦うために人間、エルフやドワーフ、ホビット、生き残ってカグヤにあらがっていたオーク王の息子が率いるオークの戦士たちによる連合軍! あれ何人居たんだろ!」

「500以上は確実だったかなぁ」

 

 北海道で撮影した最後の戦い、エキストラの数を増やすために変身が使えるヤマギシ社員に出てもらったりもしたからな。

 

「MSの力の源が実は異世界の神/世界である大蜘蛛の魔力だったという衝撃の事実! そして始まるカグヤとお兄ちゃんの一騎打ち! 己の右腕を媒介に大蜘蛛の足を呼び出し、カグヤを月までぶっ飛ばすラストバトルは手に汗握ったね! というかほとんど無限拳だったけど大丈夫なのかな!」

「無限拳と違って拳?は一本だけだから……(震え声)」

 

 いっぺんやってみたかった、とかいう理由であれが決め手になったとは流石に言えない。やってみたかったってのは俺の話じゃない。脚本と監督さんの話だ。

 

 あの二人、とりあえず俺が変身でそれっぽい感じにでっかい蜘蛛の足出したらめちゃめちゃ喜んでCG加工班に映像だしてたからな。流石に月まで届くリアル蜘蛛足は出せなかったけど。

 

「月に飛ばされたカグヤがオロオロしながら周囲を見渡すシーンは、ちょっと笑っちゃったね!」

「あいつ、不死身と魅了能力以外は持ち味ないからね。そのまま月から出られないの」

 

 MSとの戦いも終始ボコられながら不死の力で回復、陰陽術っぽい魔法で攻撃という実際に戦ったら面倒だけど強いかと言うとそうでもない感じの戦いぶりで、正直戦闘力として見るなら不死の秘宝を持った前作オーク王の方が強かったりする。

 

 ただ、MS以外の人は近づけば魅了されてしまうから、もしMSがこの世界に来なかったり、大蜘蛛との邂逅を経て覚醒してなければ間違いなく勝ったのはカグヤだった。ラスボスとして相応しい強さの敵だったのは間違いない。

 

「いやぁ。最初に色々言ったけどさ! 今作は間違いなく面白かったね! 既存の設定を踏まえて新しい舞台を生み出す。マーブルの長所が良く出てる作品だと思うよ!」

「ああ。試写会とかで見るのと映画館で見るのはやっぱ違うわ。俺も一観客として楽しめたよ」

 

 注文したコーヒーに口をつけながら、一花は朗らかに笑う。その言葉に数ヶ月の苦労が報われたような気がして、少し嬉しくなる。

 

 スタンさんのお願いが元とはいえ、皆で頑張って作り出した作品を褒められるのは、やっぱり嬉しいもんだ。

 

「それはそれとしてラストのさ。戻ろうとしたハジメの目の前で、ハナちゃんの体が崩れて門が消えるシーンはヤバいと思うんだけど!?」

「せやな」

 

 前回の本編からこの幕引きは、鬼畜呼ばわりされてもおかしくはないわな。うん。



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第二百六十四話 影響と後始末

誤字修正、244様、名無しの通りすがり様ありがとうございます!


「ここにノートパソコンがあります。ワイファイにつないでネット環境も整えてあります。基地局はこのビルの屋上に設置されており電波状態も良好です」

「はい」

「そしてこれは最も規模の大きい映画レビューサイトです」

「おいバカ止めろ」

 

 映画『MAGIC SPIDER』公開から一週間。

 

 その影響の大きさは過去に出演した『ライダー一号』、『復讐者本編』とは比べることすら出来ないほどに大きな物となっていた。

 

『えー、映画『MAGIC SPIDER』公開から1週間。ファンたちによるニューヨークのデモは現在も勢いが衰えていません』

『興行収入ランキングをただ一週で塗り替え、前評判が過小評価であったことを証明した『MS』。次なる目標は――』

『魔法を使った表現、素晴らしい。過去作からの伏線の数々を大胆に絡める脚本、これもまた素晴らしい。しかし、です。何よりも凄いのは主演である鈴木一郎演じるハジメの、演技を超えた自然体そのままの”演技”こそがこの作品のキモでして――』

『映画史は一つの区切りを迎えた。『MS』前と『MS』後では、映画を取り巻く環境は劇的と言っても良い変化を遂げている』

『映画発表前の番宣、生放送の奴ですね――あれ、見た時に僕、勝てないなぁ、って思ったんですよ。彼、ダンジョンに潜る時と寝る時以外はほぼ漫画やアニメ、映画、ドラマといったものを見続けているそうなんですよね。新しいキャラクターを模索し、そのキャラクターを自身に取り込むために。そしてそれを行っていながら、ほぼオリジナルキャラとも言えるハジメをあぁも見事に演じ切られるとね』

 

 テレビのリモコンを操作する。どのチャンネルに合わせてもどの番組でも映画の話がされている。

 

 とあるニュースでは米国・ニューヨークのメインストリートの一つを占拠するマーブルファンの一群が手に手に『MSを返せ!』『救いを!』と書かれたプラカードを手に叫び声を上げており。

 

 それとは別のニュース番組ではアナウンサーが『MS』の興行収入が過去類を見ないほどの勢いで跳ね上がっているのを興奮した様子で語り続け。

 

 また別の番組では、バラエティ番組の筈がどこかで名前を聞いたような覚えのある映画評論家や映画監督、果てには本職である筈の俳優までもが口々にMSの、ひいては自分の話をしている。

 

「どうして……」

「その「どうして」が何を指しているかは分かんないけどさ! 残当!」

「ニューヨークのデモはあれ俺関係ないだろ!」

「脚本家さんは暫く身を隠すことになるな! ってスタンさん笑いながら言ってたよね!」

 

 そう口にしながらカタカタとキーボードを叩き、一花がヒョイっと手に持つノーパソの画面をこちらに向ける。

 

「スゲェな、これLIVE映像?」

「そそ! デモの主催側がね! 『僕たちは決して暴力を目的としていない!』って声明出して、それと一緒に流し始めたんだよね!」

 

 どこぞの動画共有サイトだろうか。ノーパソの画面に映るどこかで見たことのある風景はプラカードやMSグッズを手に持った群衆の姿に、思わずため息をつく。

 

 映画の結果を受けてデモという、なんとも言いづらい事態に色々言いたいことをぐっ、と堪えて画面の移り変わりを眺め……てここ前にウェブで空飛び回った通りじゃん。見たことあるわけだ。

 

 タコス屋さんのおじさん、元気かな。次ニューヨークに行くときには寄りたいもんだ。

 

「今じゃ元の名前よりもスパイダー通りって呼ばれる事が多いらしいよ!」

「観光資源の開発に寄与出来たんだなって」

「観光資源どころか聖地作ってる感あるけどね!」

 

 聖地という一花の言葉に思い切り顔を顰めて一花を睨むが、視線を向けられた一花はどこ吹く風、とばかりに鼻歌を歌いながらノーパソをカチャカチャとイジる。

 

「なぁ一花」

「んー?」

「流石にこれ、俺も何かした方が良いのか?」

「”今”は良いかな!」

「”今”は、ね」

「そそ! 多分これ、マーブル側もちょっと予想外だと思うからさ!」

「あの内容で?」

「普通映画の内容でデモ起きるとか思う? しかも社会風刺とかじゃなくて指輪物語で。お、ポチ公ちゃんライブ配信してるじゃん!」

「せやな。指輪物語言うな」

 

 趣味のネットサーフィンを始めた一花の言葉に頷き、ついでに一釘刺しておく。あくまでそういう雰囲気を目指したってだけで別に指輪物語をパクってるわけでもないしな。権利関係とか色々面倒くさい話になりかねんし。

 

 映画関連の宣伝やらなんやらで忙しく、今日まで休む暇もなかった。明日からは冒険者としての活動も徐々に戻していくし、今のうちに溜まってる積本を消化しておかないといけない。とりあえずアニメしか見てなかったベル◯ルクを1から――

 

 

 

「等と思っていた時期が俺にもありました」

「ごめん、予想より早く来ちゃったね」

「すみません、中々話し合いが進まず急になってしまい……」

 

 配信用の機材を組み立てながら、シャーリーさんがそう言って申し訳無さそうに頭を下げてくる。それに気にしてはいない、と手振りで答えて、設置されたカメラに視線を向ける。

 

 予想を遥かに超える反響。国や市との兼ね合い。本来なら反響が多いのは喜ぶべきなんだが、想定を遥かに超えたせいで瞬く間に社会現象っぽくなってしまったしな。責任の所在とか、まぁ色々あるんだろう。

 

 すでに撮影が始まっている復讐者の次の本編。その内容を知らされている側としてはもどかしい状況だが、それをネタバレするわけにも行かず。なんと言えば良いのか、うんうんと悩んでいる間に準備は進んでいく。

 

「ああ、そういえば。他の演者の人もやるんですよね」

「ええ。鉄男にキャプテン、ブラックウィドゥ、ハルク……例のアレで消えなかった関係者は、皆。マーブルの公式サイトで、会社側の声明と合わせる形で公開するそうです」

「なるほど」

 

 まぁ映画が発端でデモになっちゃったからな。とんだ大事になったもんである、とシャーリーさんの言葉に頷きを返し、カメラに視線を戻す。

 

「一花、風景を大蜘蛛の森に変えてくれ。シャーリーさん、内容は俺に任されてるんですよね?」

「オッケー! なにすんのん?」

「はい。デモ隊を穏やかに解散させるよう話してくれるなら、後はどういった内容でもいいと。ネタバレは駄目ですが」

「そこら辺は分かってます」

 

 言いながら、右手の変身を切り替える。ハジメは純粋なスパイディ、ピーター・パーカーになった状態で外見を日本人の少年に変えるイメージで象られたキャラクターだ。最初のうちは少し戸惑ったが、今じゃあこれが一つのキャラクターだと認識できるほどには体に染み付いた変身である。

 

「余分な言葉は言うつもりありません。問題が有ればまた別のものに切り替えますよ」

 

 外見を変えたら今度は声。15歳という設定に従い、若干幼く、けれど声変わりを終えた少年の声をイメージして声帯を型取り、違和感がなくなるまであー、やらうー、やらと発声を行う。この動作だけは、瞬時に切り替わるとは言い切れない。普段は外見だけいじればいいから、中々内部までの変身は慣れないのだ。

 

 声が整うのに合わせる形で、周囲の風景が切り替わる。変身魔法の応用。勿論ただ見せかけるだけで、本当に森が出現したというわけではない。とはいえ今回は別にアクションを行うわけでもなし。ガワさえ見せかけられるなら十分だ。

 

「そのまま、映画のラストシーン。閉じたゲートの前を再現してくれるか」

 

 一花にそう頼み、映画のラストシーンを撮影した状況を頭の中で思い浮かべていく。最後の最後。目の前でゲートが消えた、あの瞬間をイメージ。切り替わっていく画面に、あの時演じていたハジメの中身が蘇ってくるのを感じながら目を閉じる。

 

 ワナワナと震える右手。蘇ってきた感情――怒りを拳を握りしめることで我慢しながら、深く息を吸い、吐く。

 

 動き始めたカメラに向かって視線を向け、ゆっくりとした口調でハジメ()は語り始めた。

 

 

 

『ほんと助かったよ、ありがとうハジメ! ところで諸外国の反響も怖いから、あの配信をマーブルのトップページに据えたいんだけど』

「ほんと勘弁してください」

 

 次の日。報告という形でスタンさん直々の連絡をもらい、泣きを入れる。お礼として以後の広報活動は参加しないでもいい、と言われたが差し引きマイナスってくらいに疲れた気がする。

 

「休みを延長してもらったしベルセ◯ク読もう。うん」

「せやな! あ、ベ◯セルクの通な読み方は1~12巻を読んだ後に14巻以降を読み始めることだよ!」

「ほー。わかった、試してみるわ」

 

 一花の言葉に従い、疲れた頭を切り替える形で漫画本を手に取る。

 

 その日の夜。数年ぶりにガチで妹と口論になった事は、まぁ余談である。



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第二百六十五話 後始末続・他国での魔樹利用

誤字修正。灰汁人様、244様ありがとうございます!


 空間に浮かんだゲートが消え、伸ばした右手は何もつかめずに空を切る。

 

『………………』

 

 開きかけた口から、微かに漏れ出る声。少しの間の後。静かに彼は伸ばした右手を下ろす。

 

 深い呼吸。目を閉じ、静かにその場に佇みながら。彼は震える右手を抑えつけるように握りしめる。

 

『…………必ず』

 

 呼吸を繰り返しながら。唇を噛み締めながら。目を見開き、消えたゲートがあった空間に鋭い視線を向けて。絞り出すように漏れ出たその言葉が風にのる。

 

 誰も聞くことのない宣言。誰にも届くことのないその言葉。

 

『――――必ず、戻る』

 

 呟くようにそう口にして。

 

 ハジメは何も言わずに、かつてゲートがあった場所に背を向けた。

 

 

 

『――我々は、復讐者だ』

 

 決意を込めるように、アメリカの守護者はそう言った。

 

『報いを受けさせる。必ずだ』

 

 弟を、親友を殺された男は静かにそう口にした。

 

『……やられっぱなしは性に合わん』

 

 己の内を誤魔化すように男はそう呟いた。

 

 生き残った者たち。生き延びてしまった者たち。ハジメの言葉を皮切りに、それぞれが言葉こそ違えど発信する”次”への言葉。失意に塗れた世界中のファンに、その言葉が染み渡るのにはそれほど時間はかからなかった。

 

 ある評論家は言う。『MAGIC SPIDERという映画は、あのハジメの最後の言葉を持って完成したのだ』、と。

 

『シリーズを通して覆う絶望感。その払拭を期待されていた今作は、結果としてその期待に応えることは出来なかった。圧倒的とも呼べる出来栄えであったとしても。しかし、あのたった3分ほどの動画。あれが全ての空気を変えた。触発されるように発信されたヒーロー達の言葉もそれを後押しした』

 

 なんども繰り返される3分の動画。デモまで引き起こし、ただの一週間で社会現象にまでなった作品は公開から1月が経った後も未だに人々の心を捉え続けている。

 

 

 

 

『だってよ10億ドルの男』

「10億言うな」

 

 ボリボリと音を立ててスナック菓子をつまむ。ウィルがお土産として持ってきたアメリカのお菓子だが、やたらと量が凄い事を除けば程々の甘辛さが良い具合だ。右手で鷲掴みにした後、口に持っていき大きく頬張る。外では出来ないお下品な食べ方。自宅じゃなきゃ怒られちゃうね!

 

『正直ビックリしたよ。うちの国はまぁ、お国柄デモだとかは結構あるけどさ。映画の内容であそこまでショックを受けた人が居て、それがデモとして成立しちゃう規模にまで膨れ上がる。ニューヨークのデモ隊のニュースを見る度に胃がキリキリしたよ』

「スタンさんも今回は大変だったみたいだな。こういう事があったら大体あの人が表に出てサクッと収めちゃうイメージだったんだけど」

『下手な刺激を与えちゃいけないってのが向こうの上層部の判断だったからね。冒険者協会の方も完全にスクランブル体勢でさ。ケイティなんてデモ期間中ずっと本部に詰めっぱなしだったし』

 

 うんざりとした、という表情で両手を広げるウィルの言葉に「ほーん」と返事を返す。

 

「まぁ、復讐者シリーズは冒険者協会にとっても大事な宣伝塔だしなぁ。そりゃ気が気じゃないか」

『いや、今回はどっちかというと君に対してテロだとかなにかが起きないかが怖かったんだけど』

「なにそれこわい」

『内容的に君がなにかされる可能性は低いってされてたけど、脚本家に対しての殺害予告なんて何十通来てるか分からないんだよ? 精神的に追い詰められた人間は何をするかわからない。デモなんて事が起きた段階で、世界冒険者協会本部は対テロを想定して動いていたんだ。あ、ちょっと貰うよ?』

 

 まぁ、あの動画で全部杞憂になったけどね! ありがたいことに。と続けて、ウィルは俺の持つスナック菓子の袋に手を突っ込んだ。

 

「……ここ最近、奥多摩から出る用事が無かったのって」

『うん』

 

 バリボリとスナックを齧りながら、ウィルは一つ頷いた。うん、じゃないだろ。この一ヶ月漫画見てアニメ見て木こりやってと充実した引きこもり生活が出来てたのに、裏側ではそんな事態が起きていたと……

 

 まぁ、うん。だいたいいつもどおり、シャーリーさんが俺に影響が出ないよう尽力してくれてたんだろう。本当にあの人には足向けて寝られんな。

 

『僕も引きこもりたいよ。撮影にダンジョン探索。特に最近は魔樹の伐採へチャレンジしろってうるさくてね。燃やすんなら出来なくもないけどそれだと炭しか手に入らないし』

 

 久しぶりの休暇だし、ノンビリ田舎でスローライフも良いね、と奥多摩を全力でディスるウィルに「ウィラードさんカミッカミでしたね」と返しておく。他の面々は兎も角ウィルは初心者俳優だしね。急なアドリブは難しかったんだろう。ワロス。

 

「まぁ、ウチも恭二がいない状況で伐採なんかやりたくないからな。あの階層、明らかにそれまでと違って階層が殺しに来てるから」

『その分の見返りも凄いけどね。アレを使って作った椅子、どうなったか聞いてる?』

「いんや。というかあんな物で家具作るとか相変わらずスケール凄いなお米の国」

 

 あんまりにも需要と供給が合わなすぎて、結局時価でしか流通してないトンデモ材木なんだがな。魔樹。それで椅子作るのは流石にどうかと思うんだが。

 

『まぁ仮に値段をつけるとしたら豪邸が建つくらいの値段は付くだろうね』

「椅子で家が買える時代が来たのか。逆転現象過ぎんじゃないか?」

『それだけの価値はあるよ。だってアレ、座ってるだけで少しずつ魔力を吸収できるんだよ? 微々たる量ではあるけど、確認できる限りずっと。量が微妙すぎて魔力エネルギーとしては使いにくいけどね』

 

 件の椅子はなんでも、大統領夫人が使用してるんだとか。ダンジョンに軽く潜るのと同じ程度の魔力吸収が出来るから、お手軽に魔力を持ちたいという層には画期的なアイテムなんだろう。座ってるだけで良いんだから。

 

 少しでもダンジョンに挑戦する人を増やしたい世界冒険者協会としては、魔石の価値を下げかねない魔樹の存在は懸念材料なんだろうが。それ以上に夢のある素材だからね。頭痛いだろうな、偉い人は。

 

『夢のある素材、てのは間違いないしね。こっちも色々試してるよ。流石にヤマギシほど湯水のように消費出来る環境じゃないから、少しずつ進めてる感じだけどさ』

「否定はしない」

 

 日本刀の柄の部分に魔樹を使用して魔力の通りを改善しようとしたり、魔樹を使用して弓を作ったり。代替できそうな素材を全て魔樹に変えて試したりしてるのは、世界中でもヤマギシ開発部だけだろう。

 

 失敗した素材はキャンプファイヤーにして料理に使ったりしてるしね。

 

『ただ肉を焼くだけの調理なのに一流シェフが丹精込めて作った料理よりも金が掛かってるんだよなぁ』

「仕入れタダだから」

 

 食ってく? と軽く誘ってみると、わざわざ翻訳魔法を切ってやたらと元気な声で「モチロン!」と日本語が返ってくる。お前もしかしてこれ狙いで今回来日してきたか? ちょっとこっちを向きなさい。



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第二百六十六話 忍野大工場竣工式

誤字修正、げんまいちゃーはん様ありがとうございます


 パシャパシャと眩しいほどに焚かれるフラッシュ。こちらを向いてくださいという言葉に笑顔で答えながら、根性と気合でハサミを持つ手の震えを抑える。

 

「いやはや。君と並ぶと、やはり私は添え物になってしまいますなぁ」

「いや、はは、は」

 

 隣に立ち、同じく金バサミを手に持った男性。文民の頂点に立つ人物の言葉に嫌な汗をダラダラと背中にかきながら合図に合わせて左手で持ったテープにハサミを入れる。

 

 待っていました、とばかりに光るフラッシュに照らされながら、俺はつぅっと視線をずらしてニコニコした表情で来賓席からこちらを見る恭二に視線を向ける。

 

 なんでヤマギシの新工場が竣工したのに総理と社長と俺の三人で金バサミ持ってんだよ。仕事しろ次男。

 

 

 

「総理の隣に立つの、いつやっても心臓に悪いんです」

「ワンワン! いや、ネームヴァリューって怖いですねぇ! あ、新工場竣工おめでとうございます!」

「一社員なんですがねぇ! あ、現場犬さんお疲れさまです。工事期間はありがとうございました」

 

 ただの工場の竣工式に総理が来るのも怖いですけどねぇ! と軽口を叩き合いながら、打ち上げのために用意された料理をつまむ。お、このオードブル美味いな。濃いめな味付けだがこれが中々。

 

 やはり体力仕事の人をねぎらう場だとこういった味の濃い物が多くなるんだろうか。

 

「あとは酒に合うかがポイントですね。現場の人間なんて大体酒飲みですし」

「ああ、なるほど」

 

 現場犬さんの言葉に頷きを返し、グイッと手に持った缶ビールを呷る。確かに周りを見渡すと現場関係者だろうおじさんやお兄さん達が多い。流石に全作業員というわけではないらしいが、それでも結構な人数の人が飲んで食べている。

 

「大きい現場だったからですねぇ。来月からは宿泊施設も新造が始まりますし、忍野の建設業者は右に左の大忙しですよ」

「奥多摩に本社を置く分、こっちには場所をとらなきゃいけない生産設備を全部移設するんで……」

「鍛冶場の建造なんて初めてみました。いやー、商売繁盛な上に勉強になる仕事が多い! ワンワン! ヤマギシ様様です」

 

 ケラケラと笑いながら犬型マスクをかぶり直し、現場犬は工事の責任者にあいさつ回りをしてくる、と席を立った。日本でも数十名しか居ない魔法施工管理技師専門の会社、11建設(ワンワン)株式会社の社長である現場犬さんは、このヤマギシ忍野工場の施工に計画当初から関わっている。当然、ただ式典に呼ばれた俺よりも顔を出さなきゃいけない相手は多い。

 

 それでも最初に挨拶しにきてくれたのは、こないだの企画でそこそこ仲良くなったから、と思った方が良いのだろうか。

 

『いや、君と仲がいいアピールをしたかったんだと思うけどね』

『あんまり夢のない事を言わないでくれる?』

 

 それまで黙々と料理に舌鼓を打っていたウィルがボソリ、と夢も希望もない言葉を口にする。

 

『それが全部とは言わないだろうけどね……半々くらいかな。こういう場で君と親しげに話せる人間だってアピールしとけば少なくともこの工事に関わった、この場に居る人間で彼を軽んじる奴は居なくなる。たとえ20代の若社長だろうと。上手い手だと思うよ?』

 

 実際ほら、とウィルが視線を送る方向に目を向けると、5,60代くらいの良いスーツを着たおじさん方が顔色を変えて話し合っている姿が目に映る。

 

『その反対側。若い子が集まっている辺りは、若干興奮しながらぺちゃくちゃ話してるね。大方有名人と話せて凄い、だとかかな?』

『現場犬さんも十分有名人なんだけどなぁ』

『日本の一部界隈で、でしょ』

『日本の冒険者界隈で、だよ。軽く潜った事あるけど、あの人も良い冒険者だよ。魔法の使い方も、目の付け所が良かった』

『んー、その点を論じるには僕は彼のことを知らなすぎるかなぁ。あ、でも今回の工事、開始から終了までの間無事故で終わらせたのは非常に良い結果だよね。最初から最後まで魔法を用いた安全管理を行った大規模工事。世界冒険者協会としても非常に有用な事例になる。モデルケースとして扱いたいくらいだ』

『魔法施工管理技師のアピールには十分って感じか』

 

 日本冒険者協会が結構な熱意で推し進めてる新しい資格、魔法施工管理技師は、魔法をある程度使える技能と建築施工管理技士としての知識が求められる取得難易度の高い資格だ。建築施工管理技士としての実務経験があれば筆記の方は免除されるらしいが、バリアやウェイトロスといった魔法の使用と、それらを複数回用いる魔力も求められるからある程度以上の冒険者としての技能も必要になる。

 

 だが、そういった取得難易度と比例するようにこの資格の持ち主は好待遇を受けるという。

 

『まぁ普通にバリアを全作業員にかけるだけでも安全性は段違いで上がるしね。ウェイトロスがあれば重機を扱わなくても重たい荷物を扱える。ストレングスがあれば更に』

『アメリカでも導入しないの?』

『育成は始めてると思うよ。まぁ今は先駆者も居るしね。今回の工事のデータ、日本冒険者協会に取り寄せとかして良さそうな部分を模倣する辺りから始めるんじゃない?』

 

 ヤマギシにしてるみたいにね、と言いながら現場犬さんに視線を送り、少しだけ眺めた後ウィルは手前の料理に視線を戻した。初期の自転車操業みたいな会社運営を知る身としては、ヤマギシを真似るのはかなりリスキーな選択だと思うんだが。

 

 あのコンビニ一軒だった家族経営の会社がよもやでっかい工場を建てて総理を竣工式に呼びつける会社になるとは。たった数年でここまで環境が変わるなんて、あの頃の自分に言っても信じてくれないだろうな。



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第二百六十七話 工場見学

遅くなって申し訳ありません。

誤字修正、244様ありがとうございます!


「柄の部分に魔樹を使用してます」

「oh...」

 

 刀匠、藤島さんの言葉に彼女はごくり、とツバを飲み込んだ。現状世界一高い木材とまで呼ばれる魔樹を消耗品でしかない刀の柄に使っているのだから、この反応は当然と言えるだろう。

 

 新しい素材候補が見つかればヤマギシの技術部では最初に装備の更新が起こる。いや、装備を更新するための研究、と言うべきか。

 

 この魔樹を使用した柄も、魔樹を使用した鞘も、魔樹を分解して作られた木糸を内側に縫い込まれたボディアーマーも、ここ1月、技術畑の社員が総力を上げて開発し、効果を確認している最中の物品だ。

 

「この、鞘。デスか。これはどういった意図ガ?」

「魔鉄には魔力を吸い込む特性があるのはご承知の通りだが、どうも付与した魔法はその溜め込んだ魔力で賄っている節があるからね。なら常に魔力を発し続ける鞘に収めれば長時間の魔力付与が実現できるのではないか、と考えたんだ」

「なるほどぉ!」

「……あれ。この案、確か冒険者部から出たって聞いたんだけど」

 

 一つ一つ彼女の質問に丁寧に答える藤島さんの言葉に相槌を打つと、えっと驚いた表情を浮かべて藤島さんがこちらを見る。いや、案が出た時は「魔力を発する鞘に突っ込んだら付与した魔法がパワーアップするのでは?」というベンさんの主張にかっこいいなぁと思っただけで正直覚えてなかったというかね。うん。

 

「ダイ大は聖典だからね。仕方ないね」

「sacred book?」

「あー、うん。そういう言葉になる、かな? まぁ世の男の子達がついモノマネしちゃうくらい影響力の高い漫画だよ」

「ナルホド! ならイッチがダンジョンでひろーしてクレるデス」

「しないからね???」

 

 実はこっそり練習はしてるけどな!

 

 ダイ大は恭二が良くパロってるからいつか紋章閃やって煽ろうと思って練習し始めて、とりあえず見た目の再現は成功している。魔法の再現については難航してるが。

 

 勿論、アバンストラッシュは傘で練習してる。真剣は危ないからね!

 

「というかさぁ」

「うん?」

「ハイ?」

 

 ダイ大の良さについて語る一花に微笑ましさを感じながら、ふと気づいたことをぼやくように口にすると、一花と彼女は怪訝そうな顔でこちらに視線を向ける。この光景もまぁ結構久しぶりだなぁ、と感慨深くなりながら「いや」と一つ前置きを置いて。

 

「君等仲違いしてたのに、随分仲良くなってない?」

 

 ポリポリと頬をかきながらそう尋ねる俺に、一花とケイティ(・・・・)は「ああ」、と苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

「今も絶許って感情はあるよ? でもそれはそれで関係ぶった切るかってなるとねぇ。色々困るじゃん? 色々」

「ワタシは、元々イチカ好キ、デスよ?」

「んー! 言いたい事多いけど! んー!」

 

 なんとも言いづらそうな表情でうんうん唸る一花の頭をワシワシと撫でる。色々葛藤する所はあるだろうに、それを何とか整理して前に進もうとしているんだろう。

 

 撫でられた事に気を良くしたのか、えへへーと笑う一花に俺の妹がこんなに可愛いなんて、と最近見たアニメのタイトルを思い出しながらケイティに視線を送る。

 

「で、どうだったケイティ。うちの大工場は」

「スバラしい、デス」

 

 俺の問いに満足げな表情を浮かべてケイティが何度も頷いた。本当なら完成式典にも参加したかったそうなんだが、世界冒険者組合本部は例の映画の後が本当に大変だったらしい。結局日程が大幅にズレてしまい式典に間に合わず、完成から1週間たった今日、ようやく彼女は来日する事が出来た、というわけだ。

 

「でも米国にも似たような工場はあるんでしょ?」

「ヤマギシブラスコ、開発より生産、メインにしてマス」

「あー、なるなる。ここはヤマギシの開発設備全部入ってるからねー! 向こうとは空気も違うか」

 

 ヤマギシブラスコというのは米国でブラス家と出資しあって誕生した、魔法を用いた製品の生産・販売を行っている会社だ。現在の主力商品は魔力電池に日本で生産した魔剣などの冒険者装備、それに研究機関向けにダンジョンで採取された素材等だ。

 

 米国内で商売をする上で外国籍の企業のままじゃ色々不都合だからと設立された会社だが、米国の経済規模の影響下ヤマギシのグループ内では頭二つくらい抜けた売上を誇る企業でも有る。それに今現在、魔樹を少量とはいえ販売しているのはこのヤマギシブラスコだけだったりもする。

 

「大統領夫人の椅子、ヤマギシブラスコの魔樹で、作りマシタ」

「一個で豪邸が立つ丸椅子だっけ」

「ハイ、話聞いたトキ、安すぎる思いマシタ」

 

 豪邸の値段がする丸椅子に対して安すぎる、と真顔で言い切るケイティに相変わらずの金銭感覚だなぁ、と苦笑を返す。不思議そうな表情を浮かべるケイティには、多分俺のこの感覚は一生分からんだろうなぁ。

 

「それで。日にちがズレちゃったせいで恭二は木こりにいっちゃってるけどさ」

 

 誤魔化すようにそう口にして一花を見る。特に反応がない、という事はそのまま好きにしても良いという事だろうか。なら、まぁこのメンツだし。ケイティも多分、こっちがメインだろうしな。

 

「新層、見に行きたい?」

「――モチロン」

 

 尋ねるようにそう口にすると、ケイティはにんまりと笑って首を縦に振った。オッケー、じゃあ特急で奥多摩に戻らないとな。ついでに途中で恭二も拾っていくか。ケイティと沙織ちゃんに挟まれた恭二も久しぶりに見たいしね。



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第二百六十八話 米国の技術力はァ!

誤字修正。げんまいちゃーはん様、kuzuchi様、アンヘル☆様ありがとうございます!


「キョーちゃーーーん!!」

「うわ、ケイティ!?」

「むー!」

 

 身の丈ほどもある大きな斧を持った男にゴスロリ衣装を身に着けた少女が抱きつき、彼のそばに立つ女性がぷくーっと頬を膨らませる。ここ一年見なかった光景にうんうんと笑顔を浮かべて頷いていると、合法金髪ゴスロリ娘と鉄板黒髪巨乳幼馴染に挟まれたハーレム野郎からの恨みがましい視線がこちらに向いている。

 

「カーッ! 大口顧客相手だからなー! 意向には沿わないとなー! カーッ!」

「きさまぁあぁぁぁ!!」

「全然悪いと思ってる口調じゃないね、お兄ちゃん! そこに呆れる憧れるぅ!」

 

 両腕を華に専有され、ムキーッという擬音が聞こえそうなほどにむくれる恭二を指差し、一頻り笑い転げた後。ふぅ、と一息呼吸を挟み、気持ちを切り替える。

 

 ――ダンジョンである。

 

 

 

「そのドレスそんなに凄いんだ」

「ハイ! 米国技術の最先端デス」

 

 ケイティがヒラリと身を翻すと、風に舞うようにドレスの裾がふわりと宙を舞う。防刃や防弾、なんなら防火という機能まで持つ、ボディアーマーにも匹敵する防御力の装備品だというのだが見た目はごくごくオシャレなゴシックロリィタにしか見えない。

 

「複数の素材ヲ何重にもして用いていマス。重量のある繊維にはウェイトロスを付与してマスので、実は見た目ヨリ重いんデスよ?」

「手間ひまかけてんだなぁ」

 

 右目だけを赤く染めて恭二がうんうん、とケイティの言葉に頷きを返す。鑑定眼で見てるんだろうが、否定する感じもないし言った通りの性能なんだろうか。魔力の測定器なんかも米国産だし、あっちはあっちで色々新しい試みをしているんだな。

 

「ボディアーマーと変わらナイ強度のドレスアーマー、バリアを付与シたサークレット。どちらモ試験的ニ運用シてる最中デス」

「うーん……性能は兎も角見た目……うーん。ヘッドカメラは?」

「このサークレット、カメラ付いてマス」

 

 性能に関しては自身の目で見て確認したからか納得した様子だが、どうにも軽装に見えるケイティの姿に恭二は難色を示すように唸り声を上げる。

 

 俺たちが付けているプロテクターは随所に様々な合金製のプレートが入っており、衝撃緩衝材なども使用されている。その分ゴテゴテとした見た目でほとんどボディアーマーといった代物だが、このボディアーマーを付けていれば、仮に非冒険者がバリアが切れている状態でオークの一発を貰ってもそう簡単に死ぬことはない、という優れものなんだ。

 

 初期に米軍から払い下げられたプロテクターに改良を重ね、現在では魔鉄等も随所に使用しているため、付与のノリも段違いに良くなっている。下層から上層までどこでも使える万能防具、というのがヤマギシでの評価なのだが。

 

「ヤマギシチームの様ナ冒険者、少ないデス。他のチーム、もっと役割分けマス」

 

 ケイティの言葉にはなんとも言いづらい、と言わんばかりの端切れの悪さが感じられる。ヤマギシチームの面々は誰しもが大体の魔法を扱えて、接近戦も熟せる。基本はアウトレンジから断続的に高威力の魔法をブッパなして、それでも駄目なときは魔剣や魔槍を振るってとどめを刺す、という超脳筋戦法だ。

 

 少し前に混ざっていた新人冒険者達は、基本前衛と後衛に分かれて役割を徹底していた。役割を分けないとどちらも中途半端になって逆に危ない、という意図があったりする。実際新人冒険者の前衛、武藤くんは武器を振るう時に魔法を使おうとして失敗した事がある。魔法の行使が体に染み付いて居なければ、戦いながら魔法を放つってのはそれなりに難しいんだ。

 

「つまり全員が全員ゴチャゴチャした防具をつけるんじゃなくて、色々な防具や武器を用意してそれぞれにあった装備をって事か」

「そう! そうデス!」

 

 武藤くん達元気かなー。奥多摩ダンジョン入り口(冒険者の酒場)の受付さんは相変わらず元気だったけど。軽く話そうかな、と思ったけどこっちを見る視線が怖すぎて諦めたんだ。

 

「装備を良いものにするのは私も賛成かなー。もう慣れちゃったけど、可愛い鎧とかも着てみたいし。ファンタジー的なの」

「さお姉がビキニアーマーを……ゴクリ」

「ゴクリじゃないが???」

 

 コツン、とヘルメット越しに一花の頭を叩くと、周囲の面々が苦笑を零す。一人、沙織ちゃんだけはビキニアーマーの意味を分かってないようだったが。これ後で内容を知って一花が折檻されるまでが流れ(・・)だな。俺は詳しいんだ。

 

「皆さん、そろそろ新層なんで」

「あ、すみません」

 

 苦笑しながらのジュリアさんの苦言に軽く頭を下げ、見えてきた階段の出口前で一度立ち止まる。ここを抜けると例の緑色の美人さん達がわんさかと押し寄せるある意味魔の領域、38層へと入ることが出来るのだが。

 

「キョーちゃんはお留守番デス」

「きょーちゃん、おとなしく待っててね?」

「あ、はい」

 

 目からハイライトが消えた二人に挟まれた恭二の声は震えていた。ジッサイ・コワイ。

 

「あれ、じゃあ俺も残ったほうが良い?」

「んー」

 

 現在、38層入り口に居るメンバーは俺と恭二を除くと一花にケイティ、沙織ちゃんにジュリアさんの6名だ。木こり場には他にも数人女性スタッフが居たはずだが、今から呼んでくるのも面倒だし彼女達だと新層に入るには実力が足らないだろう。

 

 まぁ今回は新層を見るだけの予定の筈だから、入口付近を軽く回って何か有れば戻ってくれば良いだけだろうが。最悪俺と恭二が駆けつければなんとかなる、とは思う、んだが。

 

「初見殺しの可能性もあるし、何が起きても対処できそうな恭二兄とお兄ちゃんは居てほしいんだけどね。まぁお兄ちゃんはお姉ちゃんになればいいだけだし入っても良いんじゃない!?」

「(お姉ちゃんにはなら)ないです。隙あらば俺をお姉ちゃんにしようとするのを止めなさい」

「えー」

 

 えー、じゃない。こらそこの恭二! お前はお前でハーレムのヘイト管理をちゃんとしておけ! 笑ってる場合じゃないでしょ!?

 

「あ、イエ。そこまで入り込むつもりはないデス」

 

 俺と一花のやり取りを微笑ましそうに見ながら、ケイティはふるふると首を横にふる。じゃあやっぱり軽く見てみるだけ、か。それならまぁ、入り口から離れなければいいし問題ないだろう。さすがはケイティ、安全マージンをきっちりとってくれる辺り、どっかの許されるならいつまでもどこまでも潜り続けようとするヤマギシチームメンバーとは違うな。

 

 彼女の言葉に納得した、と頷きを返すと、ケイティはにこっと笑顔を浮かべて口を開く。

 

「ちょっとアルラウネと、お話できナイかと思いまシテ」

 

 …………訂正。この娘もやっぱりどこかおかしいわ。



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第二百六十九話 例の映画で漫画にも影響が出てるってよ

誤字修正。見習い様、名無しの通りすがり様、kuzuchi様、Black マン様ありがとうございます!


『――――以上を持ちまして第34回異種族意思疎通実験を終了します。この実験がより良い未来に繋がることを信じて』

 

 大画面のディスプレイに映るケイティの言葉と共に、画面は黒く変わる。静かだった室内にざわめきの声。ケイティとシャーロットさん、それに追随するように話す御神苗さんやベンさんというヤマギシでも屈指の頭脳派たちが。

 

 そして普段はこういう場合俺と同じくのほほんと口を開けて馬鹿面を晒している恭二が、先程画面に映っていた動画についてあーだこーだと言葉をかわす。

 

「ああいうの見ると、勝てないなぁって思うんだよね」

「うん?」

「ケイティ。あの娘、恭二兄ちゃんとは別ベクトルでダンジョンに狂ってるもん。あの情熱にはちょっと勝てる気しないんだよね」

 

 ヤマギシビルの冒険者部門専用居住スペースには、十数人が入れる食堂兼任の休憩室がある。

 

 キッチンも併設されたそこは団欒の場としてよく活用されており、料理が趣味の者が非番の際その腕を奮ったり、遊び好きな者が目新しいパーティーゲームを覚えてきてはそこで披露したり、あるいは隅の方で積み本を大量に読んだりと毎日誰かがなにかしらを行っている場所だ。

 

「積み本消化してるのは私とお兄ちゃんくらいじゃないかなぁ?」

「昨日……いやもう今日になってたか。夜中にふと目が覚めた時に見たんだが、シャーリーさんが真夜中にチクチク針仕事してたぞ。新しいコスチュームのアイデアが出たんだと」

「あの人、睡眠時間って概念知って……知ってなくない?」

 

 視界の先で元気に会議しているシャーロット・オガワ氏の姿に若干ほほを引きつらせながら一花はそう感想を述べる。

 

 こないだついに認定してはいけない特性ナンバーワンと言われていたあの人の特性が冒険者協会に認定された。【超回復】と言う名称のそれは、これまでとは全く別方面に世間を騒がせることになった。

 

「案の中にさ、【睡眠不要】とかいうのもあったらしいよ」

「それ広報で出しちゃいけないだろ、色々な意味で」

 

 ペラペラと週刊飛翔をめくる一花の言葉に、MSの新刊に目を通しながら答える。最近素の状態でも英語が読めるようになってきたのはやはりコミックを読みまくっているからだろうか。読みまくっているからだな、多分きっとメイビー。

 

「24時間本当に戦えちゃうからねぇ。CMの話もあったみたいだよ。赤牛から」

「さすがは赤牛」

 

 シャーリーさんは日系とは言え見た目がほぼ白人の上に超が頭につく美人だからな。白人圏の企業から結構イメージキャラに、とかいう話が来てるらしい。忙しいからって全部断ってるそうだが。

 

 最近は裏方に回ってばかりだが、初期のヤマギシチームメンバーの知名度の高さは今も変わっていないということだろう。

 

「……おお、そうなるかぁ」

「どったの?」

「いやね。今年始まった週刊飛翔の漫画で役者をテーマにした漫画があるの」

「役者? ガラスのマスクみたいな?」

「うん、そんな……うぅん、同じジャンルにしていいのか……?」

 

 悩むように首を傾げる一花の手元を覗き込み、読んでいる最中の週刊飛翔のページを見る。最近はバトル物や異能物、とくに右手に関わりそうなもの以外はスルーしているから、週刊飛翔も特定の作品以外は読んでいない。

 

 一花は満遍なく読むタイプで手広く新連載などもチェックしてくれているから、なにか良さげな作品があったらこうして教えてくれたりするのだ。

 

 ほー、タイトルは演者の刻か。絵柄は綺麗な……少女漫画でも通じそうな……

 

 …………

 

「どういうこと?」

「ねー」

 

 目に映るページではなんかどっかで見たような顔立ちのイケメンが主人公らしい女の子に「役になりきれないなら――役が出来る自分になればいい」とかそれっぽい台詞を吐きながら目の前で殺陣を演じていた。

 

「この主人公ちゃんが役柄の内面や感情を追体験するって技法を武器に演者として成長していくって話なんだけどさ」

「はい」

「なんかその技法の発展先の技術、真メソッド演技法の持ち主としてつい最近出てきたんだよね、特撮俳優山田太郎ってキャラなんだけど! ダンジョンに潜る冒険者でありながら特撮俳優の大御所に見いだされたった数年でスターダムに伸し上がった才能マンだよ!」

「山田太郎って」

「いやぁ、意外と皆同じ印象があるらしいね! あ、こら! 髪がぐしゃぐしゃになる!!」

 

 ケラケラと笑う一花の頭をグシャグシャとかき混ぜる。冒険者学校に通っていた頃の偽名をドンピシャで当てられてこっちは笑う余裕も出てこんぞ。

 

 というかこれ俺だけじゃなくて昭夫くんも混ざってる? むしろキャラとしては昭夫くんをベースにしてるのだろうか。

 

「昭夫くんが初代様の弟子ってのは有名だしね! 年1くらいで映画に出るだけのお兄ちゃんメインよりはキャラを膨らませやすかったんじゃない?」

「そもそも俺は冒険者なんだが」

「…………あ、そうだね」

 

 そういえばそうだった、と白けたような表情を浮かべる妹の姿に心を抉られる。失望しました、デップーのファン辞めます。

 

「そういえば最近、MSのコミックだとデップー良く出てくるよね!」

「魔法糸を使えば整形っぽいことが出来るんだっけ」

「魔法糸が消えるまでって時間制限あるけどね。侵食されないから少しの間だけ元の顔に戻せるみたい」

 

 MSのコミックは現在3シリーズまで出ている。1シリーズは突如開いたゲートにより現れたオークたちから妹を守るため、魔法に目覚めたハジメがMSになり戦いを繰り広げる話で、2シーズンは逆に異世界に趣き、争いの元である異世界の創造神・魔法蜘蛛の後継争いに参加する話。

 

 オークの王、エルフの大魔法使いと見覚えの有るキャラデザの方々を相手取ってなぎ倒し最終的に魔法蜘蛛の力を手にし、後継者としてそのまま異世界に留まるのかと思いきや妹が居るからとその地位を投げ捨てて地球に帰還。ちょっと違うがここまでは映画に近い流れだ。

 

 そして3つめのシリーズでは妹であるハナがとある魔法使いの元で修行を始めた為手持ち無沙汰になった為、各地に出来たというダンジョンを見回る生活を送っており――その過程で他のヒーローやヴィランとの関わりが増えていっている。

 

「行動範囲が広いのと、明確な役職がないからどこに居てもおかしくないってキャラ付けと、あと萌キャラだからって理由で便利に使われてるよね」

「萌キャラ」

「萌キャラでしょ。1・2シリーズの時はすっごい険しい顔で戦ってたのに妹がもう危なくないって確信した瞬間から『チミチャンガって美味しいのかな?』『美ン味いぞー!』『じゃあ食べる!』だよ?」

 

 一花は俺の手元にあるMSの新刊に視線を向けながらそう口にすると、丁度読み終えたのかパタンと週刊飛翔の新刊を閉じ、同じく大手漫画雑誌の週刊雑誌に手を伸ばした。

 

 視線を手元にあるMSの新刊に戻す。開いたページでは今まさに一花が言ったやり取りをするデップーとハジメが満面の笑みを浮かべてチミチャンガを食べ、そして何故か突っ込んできたサイを模したアーマーを着たヴィランとそれを捕まえようとする本家スパイディに料理を台無しにされ、ブチギレてバトルに発展するという展開だった。確かに萌キャラだわ。

 

 あの映画の後にこのコミックを発表する辺りマーブルさんの度胸は凄いと思う。見習いたいとは思わないけどな!



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第二百七十話 ウィルとのおしゃべり 木こりを終えて

誤字修正、decoy様、BD3rd様、ゴールドアーム様、見習い様、244様ありがとうございました!


 本日分の木こりを終え、集積所にしている入口付近の広場に今日切り倒した分の魔樹を積み上げる。ダンジョン内の木々は、潜るものが居なければ気づいたときには元の姿に戻るという環境破壊とは無縁の代物だが、逆に言えば誰かが居る限りは伐採した木々も元の姿には戻らない。

 

 いや、もしかしたら戻るのかも知れないが、少なくとも伐採開始から1月。恭二が持ち込んだ簡易拠点を使い、常に誰かしらが常駐している現状だと戻る気配は感じられない。

 

「ダンジョンの植生って謎すぎる」

『今更?』

 

 俺の言葉に木材の枝を切り落としていたウィルがプッと吹き出し、こちらに視線を向ける。しばらく暇だというウィルに作業を手伝ってもらっているのだが、思った以上に手慣れた手付きだ。

 

『そりゃあウチ、観光業で財を成す前は木材の生産・加工が家業だったからね。作業を知らなきゃって理由で製材所の雑用やらされた事もあるよ』

「あ。じゃあウチもしかして競合してる?」

『逆。米国の窓口、ウチなんだ。お陰でもう儲かって儲かって』

「ああ……落とした枝が取り分で本当に良いの? バイト代とか」

『同じサイズの金よりも価値があるからねこれ?』

 

 ウィルと掛け合いをしながら拠点に戻る。まだ恭二達は戻ってきていないらしく、拠点には事務作業を行っている冒険者部所属の社員と、仮眠を取る社員の姿だけがあった。恭二達は今日も例の実験のために38層に向かっており、帰りにこっちによって材木を回収する手はずとなっている。

 

「今日も熱心だねぇ」

『今はドローンを使って生態を調査してるらしいけど、彼女たちも不思議な生き物だね。食事を必要としていないらしいよ』

「足の根っこから養分とってるのかね」

 

 ケイティが主導して行っている実験は、第50回を超えた辺りから当初とは違ったアプローチを試し始めたらしい。

 

 らしいという曖昧な表現なのは、基本的にその実験に俺が参加していない為現状を知るには恭二や参加者に聞かなければいけないのと、どうにも実験内容への興味が余り沸かないのだ。

 

 あからさまに知性の有る相手だから相手を知ろうとするのはまぁ考えとしては分かるんだが。

 

「結局階段を突破できなかったのか」

『大ガラスやゴブリンでの実験と同じ結果だね。生きたまま他層へ続く階段やゲートに入り込んだモンスターは、煙のように消えていく』

「そんな実験してるのか、米国」

『明らかに僕らの知る生き物と違ったルーツの存在だよ? 学者じゃなくても知りたいと思うのは当然だと思うんだけど』

 

 学者さんの中には直接入って研究してる人も居るけどね、というウィルの言葉にロシアの赤パンを思い出しああ、と頷きを返す。セルゲイさん、ツブヤイターを見る感じ今も元気にあの格好でコロシアムに立ってるらしい。第二のレッドサイクロンと日本で呼ばれてるとか呼ばれていないとか。

 

「まぁ流石にあの人もダンジョンに入る時はちゃんと装備着てるしなぁ」

『誰の話かは分からないけど、どこの協会も装備品に関してだけはキッチリしてるからね。ケイティが今着けてるドレスアーマーみたいなのはあるかもしれないけど』

「あれもよく考えたらおかしいよな?」

『防刃・防弾繊維で編み込んであるから言うほど変な代物じゃないんだけどね。でも、付与魔法があればこそ成り立つ装備ではあるよ。お陰で付与の触媒になるメイジ系のドロップ品はいつだって品薄さ。欲を言えば魔樹を使いたいんだけどね……あ、そういえば』

 

 ふと思い出したようにウィルはポンと手を叩き、ノートPCに向かってカタカタと作業を行う社員を指差した。

 

『アレ、便利だよね。さすがはヤマギシ』

「うん? ノーパソの良し悪しはわからんけど」

『違う違う、ほら、テーブルの上にあるあのペンダントみたいなの』

 

 そう口にしてちょいちょいと指を動かし、ウィルがノートパソコンの脇に置かれている四角い箱を紐で吊るしたような形状のものを指し示す。

 

「ああ、虫よけだっけ。ぶら下げてるだけで効果があるとかいう」

『いや、あれエアコントロール付与された魔法具だよ。魔力持ちが身につければ自動的にエアコントロールが発動するんだ』

「マジで?」

『うん。というかヤマギシが開発した商品だよ……え?』

 

 俺の疑問の声に反応するように、ウィルがこちらを向いた。

 

「しょ、商品開発からは距離を置いていたので(震え声)」

『あ、うん』

 

 全てを察した、という様子でウィルは表情を消し、魔法具を指していた手を下ろす。

 

『あー。その、ヤマギシ開発部も頑張ってるからさ。たまには君のチャンネルで宣伝とかしてあげたら良いんじゃない? 他の動画配信者みたいにさ』

「気遣いありがとう、心が痛い」

 

 少しだけ優しい声音のウィルから視線をそらし、そっと胸を抑える。冒険用の道具なんかだと結構意見を聞かれるんだが、エアコントロール……いや、エアコントロールは冒険にも必要だしそれを知らなかったのは、うん。

 

「一度、シャーリーさんと相談してみて、かなぁ」

『それが良いね。ああ、そういえばこんな商品も……』

 

 俺の言葉に一つ頷いて、ウィルは指折り数えるように最近気になったという魔法具について話し始めた。フロートを使った浮遊するキックボード、ウォールランを使った壁にも登れる安全靴、ヤマギシが作ったもの、そうでないものも含めて結構な数の魔法具と呼ばれるものが世に出回り始めているそうだ。

 

 その中でも特にエアコントロールが売れ筋であるらしい。便利だからな、あの魔法。エアコンの名の通り猛暑だろうが厳冬だろうが周囲は適温になるし、虫だって寄ってこない。その上インフルエンザなんかも防げるのだ。

 

 自前でエアコントロールが使えれば必要ない魔法具だが、臨時冒険者などでとりあえず魔力を持ったという人も多いし。うん、会社の売上に貢献するという意味でも、一度調べてみようかな。



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第二百七十一話 携帯型エアコントロール発生装置

誤字修正。げんまいちゃーはん様ありがとうございました!


「無理です」

「駄目じゃなくて無理ですか」

「広報でも何度か検討していたんですがね」

 

 シャーリーさんはそう言って、非常に残念そうな表情で首を横に振る。思い立ったが吉日というし、最近会社にろくな貢献をしてないなといううっすらとした自覚もあったため、何か役に立てないかと尋ねてみたのだが……

 

「イッチ……ごほん。一郎さんが仰っていた”ケエコン”――携帯型エアコントロール発生装置は開発部が民生用に制作したマジックアイテムの中でも、主力と目している製品です。冒険者協会とも提携して各地の協会支部で販売しており、エアコントロールをまだ覚えていない冒険者や臨時冒険者の方々が現在の主な購入者層となっています」

「ふむふむ」

「ええと、確か……朝倉さんがケエコンを持ってたわね。少し待っていてください」

 

 そう口にしてシャーリーさんは席を立ち、隣の広報部室へと歩いていく。ヤマギシ社員でも結構な数の人が購入しているらしい。自分でエアコントロールを使えば良いんじゃないか、とも思ったがよく考えると人によっては苦手な魔法、覚えられない魔法も有る。

 

 エアコントロールはコツさえ掴めれば不器用な俺でも使える魔法だが、逆に言えばコツが掴めなければ誰だって使えない可能性がある魔法だ。そういう人には、ケエコンという商品はありがたい代物だろう。

 

 そう考えつつまたMS汚染が強まっている広報部長室を眺めていると、シャーリーさんは件の商品を手に戻ってきた。

 

「おー」

「どうぞ、使ってみてください」

 

 シャーリーさんの言葉に従い、ケエコンを手に持ってみる。予想以上に小さなサイズ、右手だけで覆い隠せそうだ。それに、随分と軽い。

 

 ゆっくりと魔力を流し込むと、周囲一体にエアコントロールが張り巡らされるのを感じる。自分自身で使う場合は自分の周りだけだが、このケエコンはそれよりも範囲が広いらしい。

 

「ケエコンはだいたい5m半径をカバーしています。勿論遮るものがなければ、の話です」

「大体この部屋くらいですか」

「そうですね。範囲内を魔力を流している人物が快適と感じる気温にし、空気を浄化してくれる。まぁ私達が普段使っているエアコントロールと大差ない性能を持っています」

 

 シャーリーさんの言葉に頷きを反し、彼女の執務机の上にケエコンを置く。俺の手からケエコンが離れた瞬間、周囲を覆っていたエアコントロールは消えていった。

 

「携帯性もあり、適用範囲も一部屋くらいなら余裕。かなり便利では」

「はい、便利ですね。これを開発した担当者は商品完成時に『このケエコンがあればヤマギシは後10年戦える』と豪語していたそうです」

「マって名前ですか?」

「たしか間さんという方だったような」

「崖の上にぽつりと建つ一軒家に住んでそうなお名前ですね」

「医師免許は持ってないそうですよ」

 

 思わず出てきた軽口にシャーリーさんがそう返し、互いに苦笑を浮かべあう。

 

「シャーリーさんも大分日本に染まってきたってことですかね」

「一花さんから色々勧められてますので……こほん」

 

 仕切り直すように咳払いを一つした後、シャーリーさんはケエコンを手に取った。

 

「商品としての価値や魅力は、十分すぎるほどにあります。そして一郎さんの提案に対する結論を話しますと」

「はい」

「一郎さんの影響力を考えると販売網が大混乱になる、と予想してます」

「はい……」

「ケエコンに使われているダンジョン由来品はメイジ型のドロップ品である杖などの発動体になるものと、魔力を通しやすくするための魔鉄くらいです。それこそ10層までで賄える手に入りやすい物ばかりですがかといって大量生産出来るかと言うと」

 

 言葉を濁して首を振るシャーリーさんの言葉に小さく頷きを返す。恭二という人型アイテムボックスのせいで感覚が麻痺していたが、一つのパーティーが持って帰れる荷量には限りが有る。しかも原料に使われているメイジ型のドロップ品である杖は棒状で複数持つのが難しい代物だ。

 

 フロートを用いた冒険者用の随伴車両を開発しているというのは以前聞いたが、10層までをメインに活動しているパーティーが持てるような代物じゃないだろうしそれ以降の階層をメインに活動しているパーティーはもっと別の獲物を狙う。11層からは魔樹を除けば最高に利益率の高いゴーレムが居るしね。

 

「それにこのケエコン、常に魔力を消費するので1日潜っただけの臨時冒険者では魔力が足りないんです。せめて訓練校を卒業する程度の魔力がないと24時間使用は難しいですね」

「あー……結構燃費が悪いんですね」

「そういう事情で、数も限られる上に使用にも条件がある商品でして。現状の各ダンジョンや冒険者協会支部での窓口販売による流通が適当である、と判断しています。一郎さんの申し出は本当にありがたいんですが……」

 

 申し訳無さそうに頭を下げるシャーリーさんにいえいえと首を横に振って答える。むしろ忙しい中、俺のために時間を割いてくれたのだ。感謝こそすれ不快に思うなんてありえないしむしろこっちが申し訳ないくらいだ。

 

「しかし、メイン販売層の臨時冒険者の人でも24時間は使えないんですね」

「ええ。ですので、購入した臨時冒険者の方は結構な割合で冒険者登録を行ってくれているそうですよ」

「本当に良く出来てるなこれ?」

 

 エアコントロールの便利さを考えるとさもありなん、という奴だろう。俺も覚えてからは何かしらの理由で魔法を解除されたとかが無い限り常に使ってるし、映画の撮影をやってた時は共演者やスタッフに頼まれてロックバスターにエアコントロールを詰めてよく発射とかしてたなぁ。

 

 複数人に魔法をかける際はあれが一番早いし効率がいいんだ。適温は俺の感覚になるけど。

 

「仮に一郎さんに宣伝を頼むとしたら日産1万個を超えて、かつ冒険者資格持ち限定、という形になるでしょうか。世界冒険者協会も興味を持っているようですし需要と供給を安定させると考えれば……」

「まぁ、必要があれば声かけてもらえれば。会社のためですし、なにより普段から世話になってますからね。いくらでも協力しますよ」

「ありがとうございます。今なんでもするって言いましたね?」

「はい?」

 

 にこやかな表情を浮かべたまま言われたシャーリーさんの言葉に疑問符を浮かべるも、彼女からの返事は返ってこない。返ってきたのは、机の中から取り出された一冊のフラットファイルだった。

 

「時にイッチ、声優に興味はありませんか? 遅まきながらもフルマジック映画スパイダーバースの制作が本格化していまして出来れば(・・・・)イッチにも出演、難しければ声だけでも当ててほしいという要望が。秋からは復讐者本編の撮影も本格化してしまいますしこれは声だけでも良いと思うんですが。それと8月のスパイダーマンの日に際してニューヨーク市長から是非セレモニーに参加してほしいと依頼が入っています。こちらは開催までの間がないため前回のようなパフォーマンスは必要ないとの事ですがあればもちろん」

「あ、急にポンポンが痛いので」

 

 壊れたレコーダーのように延々と呪いの言葉を吐き出し続けるシャーリーさんに背を向ける。男には逃げねばならない時がある。それは、今だ。




なお逃げ切れるとは言ってない


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第二百七十二話 式典への参加

誤字修正、見習い様、ゴールドアーム様、ハインツ・ベルゲ様、名無しの通りすがり様、見習い様ありがとうございました!


【スパイダーマンの日にニューヨーク市で執り行われたセレモニーでは本家とMSの両スパイディが参加し市民を喜ばせた。両名は式典会場であるマディソンスクエアに赤を基調とした蜘蛛柄のタキシードに身を包んで登場。ニューヨーク州知事の演説中に空中散歩からのスーパーヒーローランディングを決めて観衆を沸かせ、10分以上に渡る州知事の演説を切り上げさせる快挙を成し遂げた】

 

【写真:左右にスーパーヒーローが現れ両目を飛び上がらせるほどに驚く州知事の姿】

 

 

 

『会場に居た人たちは別の意味で拍手を送ってたかもね』

「炎天下で10分は死ねるよね!」

「一番暑い場所に居た州知事は元気だったんだけどね」

 

 護送車に囲まれた黒塗りの高級車の中、数人の道連れと共に車内に設置された冷蔵庫から取り出した良く分からない銘柄の缶ジュースをプシュッと開ける。うぅん、派手なお味。ここ数年で米国には何度も滞在してるがこの主張の激しいジュースの色と味にはまだ慣れない。あと匂い。

 

「ルートビアとか凄い匂いだよね!」

『米国だと庶民的な飲料なんだけどね。地域ごとに味も違うし、なんなら自家製とかもある』

「薬品の匂いがするからなぁ。好きなんだけどね」

 

 数人の道連れ――大学も長期休みになり暇を持て余していた一花と、同じく暇を持て余していたウィルがそう口にして缶のプルタブを開ける。日本で手に入る奴は飲むサロンシップなんて呼ばれてるくらいだからな。あの匂いが駄目で完全に受け付けないって人も多いんだ。

 

 まぁ俺も一花も問題ないタイプだからゴクゴクいっちゃうけどな! この炭酸と甘ったるい味のコラボが堪らん。

 

「出来ればチキンとか脂っこいファストフードが欲しい所だが」

『例の店でタコスでも食べればいいじゃないか。列に並んでる人たちも喜んで道を開けてくれるでしょ』

「…………あ、いや。その。俺としてはそんな知名度を笠にきたような真似は」

「揺れてるのがよく分かるなぁ!」

『良いんじゃない? あそこは君のパフォーマンスでNYの新名所として紹介されてるし、店舗側もお客さんもむしろ喜ぶと思うよ』

 

 ウィルの悪魔の誘いに心揺られていると、それまで黙ってスマホをいじっていた道連れの一人――というよりも今回のイベントを考えれば主役と言っても過言ではない人物、スパイディ本家さんがスマホから顔を上げてそう口にする。

 

 撮影現場では取り上げられてたから、と鬼のような勢いでSNSを弄ってた筈なんだが。あ、色々完了したと。お疲れさまです。

 

『この後は夜のミスター・リード主催のパーティーまで時間もあるんだろ? 折角だし軽く観光でもしていけば良いんじゃないかな。あ、写真良い?』

『それどうするんですか?』

『今MSとドライブ中って呟いたら嘘乙って煽られてさ……』

「携帯没収されるの残当じゃないかな!」

 

 これを撮影現場でやらかしたのが本家さんの凄い所だな。撮影自体は特に問題ないので三人並んで座って一花に写真を撮ってもらう。一枚目は私服の姿で、二枚目は変身を使ってそれぞれのキャラクターのコスチュームに切り替えて。

 

『ビフォー・アフター的な感じで良い! 映画のパンフレットとかに乗ってそう』

『ありがとうイチカ! さっそくアップっと』

『このメンバーなら次の復讐者本編ですかねぇ』

『僕パッチンされてるけどね!』

 

 HAHAHA!とアメリカナイズな笑い声を上げてウィルと本家さんがハイタッチを交わす。数ヶ月撮影を共にしているのと年齢が近いのもあり、この二人は友人と呼べる関係になっているそうだ。

 

 元々ギークだったウィルと本家さんだと意外と共通点が少ない気がするんだが。人の相性ってのは分からないものだなぁ。

 

 さてさて。本家さんの言葉ではないがマディソン・スクエア・ガーデンがあるマンハッタン島は観光名所の宝庫だ。タイムズスクエアにメトロポリタン美術館、ニューヨークのど真ん中にある広大なセントラルパーク。そして自由の女神像。

 

「後は変わり種としては日本の誇る女ロックミュージシャンが社長を務めるエキサイトプロは」

「……うん?」

 

 急に良く分からない事を喋り始めた一花の頭を撫でながら窓の外を眺めていると、頭の脳天をムズムズとなにかが動くような感覚が襲ってくる。

 

 あ、やべっと走行中の車のドアを開けて頭上を見ると――

 

 

ドゴォォン!

 

 

 通りに面した高層ビルの一つから爆発音が響き渡り、猛烈な勢いで炎が吹き上がる。ほぼ無意識のうちに近くにあった街灯にウェブを巻きつけ、車外に飛び出る。

 

 背後から響く妹と友人の声に大丈夫とだけ叫び返し、ウェブを巻きつけた街灯に飛び乗って頭上を見上げる。爆発したビルは炎上しながら何度か小さな爆発を起こし、周辺に火の粉と破片をばら撒いている。

 

「……やべぇ!」

 

 降り注ぐコンクリートの破片を目にした瞬間、ウェブを使って爆発したビルの真下へと移動し、ビルとビルの間にウェブを使って蜘蛛の巣を張り巡らせ、通りを覆うように蜘蛛の巣の屋根を構築する。

 

 だが。

 

「全部は……!」

 

 出来得る限り広くカバーできるように張り巡らせたが、そうすると今度は糸の密度が荒く、若干の隙間が出来てくる。こぶし大ほどの大きさの破片は、勢いこそ落ちるだろうが隙間から下へ落ちていく可能性がある。

 

 下に――

 

「お兄ちゃん!」

 

 一瞬の逡巡。それを断ち切るように響く妹の声。下には一花が居る。おそらくウィルも。

 

 なら、大丈夫だ。

 

 ウェブを使って爆発したビルに取り付き、壁を走って上階へと向かう。途中落ちてくる瓦礫にウェブを巻きつけて勢いを殺しながら、炎を吹き出すビルの中へと駆け込んでいく。

 

 常時展開しているエアコントロールによって炎と煙は避けることが出来る。問題はそれらによって視界を完全に遮られている事だが、それに関しては焦る気持ちはない。なにせこういう時のために存在すると言っても過言ではない変身が存在するからな。

 

「変身――スーパー1! 冷熱ハンド!」

 

 巨大戦艦すら一瞬で氷漬けにする冷凍ガスを左腕から照射し、燃え盛る炎を瞬時に鎮火していく。本来の設定なら惑星開発に用いられる、マグマすら凍らせかねない威力の冷凍ガスだ。流石に俺ではそこまでの威力を再現できないが、可燃物の少ないコンクリート製のビルの中ならばこれで十分だろう。

 

 通りに面した部分の消火を終わり、少しずつ内部の消火を行っていく。何が原因かは分からないが、昼間のビルの中での火災だ。逃げ遅れた人――生き残っている人が居るかもしれない。

 

 そういった人々を間違っても凍らせてしまわないよう慎重に冷凍ガスを用いて、俺はビルの内部へと足を踏み入れた。



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第二百七十三話 缶詰

大変遅れて申し訳有りません。
次の話は出来るだけ早く書きます

誤字修正、灰汁人様、見習い様ありがとうございます!


『現場を御覧ください! ○○○の上層部、30~33階部分の壁が完全に吹き飛んでいるのが見えるでしょうか! 氷漬けになった、そう、あの部分です!』

『爆発が起きた瞬間、だと思います。ええ。轟音と共に、いきなり前を走るリムジンからスパイディが……え、MS? ああ、そう。MSが飛び出るように、こう。糸を。そう、ウェブを使って飛び出したんです。ええ、飛び出した、です。私はそれを見てブレーキを踏んで、車を止めました』

『最上階のレストランにいたんです。いきなり、凄い。凄い揺れが――ああ、神様! 煙が黙々と下から上がってきて、私、怖くて……そう。でも、煙はすぐに無くなりました、少しして、店員が店内に居た人たちを誘導して、階段で下へ降りたんです。足も痛くて、でもそれ以上に生きた心地がしなくて、そう。30階の辺りが氷漬けになっていた、そう。なっていたんです』

『魔法ってのが凄いのは、ニュースで知ってたけどね。轟音が響いたあとに、上に視線を向けたんだ。そしたらアンタ、どうなってたと思う? 蜘蛛の巣だよ。しかもちょっとやそっとのものじゃない。通りを埋め尽くすような蜘蛛の巣が天井みたいに通りを覆ってるんだ。小さな穴? もちろんあったが、それも通りに居たスパイディが埋めてくれてた。ウィルも居たよ、声をかけられて、ああ。可愛らしいアジア人の女の子に手を引かれて避難したんだ』

 

 テレビを点ければ、どのチャンネルもどの番組も同じ場面を映し出していた。

 

 マンハッタン島のとある大通りで起きた真昼の悲劇。突如起きた爆発と火災、それに伴う爆風に寄って飛散したコンクリート塊やガラス片による数多の被害。世界有数の都市のど真ん中で起きたという事もあり、この事件はまたたく間に世界中に知れ渡る。

 

『三名。現場に突入した彼が救い出すことの出来た……生存者の人数です』

 

 現場の場面と関連付けられるように流れる映像。それには現在合衆国の最高責任者と呼ばれる人物が、沈痛な表情を浮かべて合衆国旗を背にして壇上に立ち――普段の荒々しさすら感じられる演説とは似ても似つかないような口調で、語りかけるようにマイクに向かって言葉を紡いでいた。

 

連邦捜査局(FBI)による捜査の結果、合衆国はこの事件を人災――人の手によって起きたものだと判断しました。火災及び爆発の発生地点で焼死体となって発見された○○氏の自宅で発見された書き置きと、専門の知識を持った捜査員による現場検証の末に』

 

 そこまで口にして、合衆国大統領と呼ばれる人物は小さく息を吐き、数秒の間瞼を閉じ……

 

『この事件は、記録上では世界初の――魔法を用いた犯罪である事が判明しました』

 

 一言一言を噛みしめるように、そう口にした。

 

 

 

「まぁ、表に出てないだけで実際はもっとありそうだけどね。特にアジアや中東とかの冒険者協会の支部がない地域だとさ!」

 

 ノートPCをカチカチと操作しながら、一花はテレビ画面に映る大統領の言葉にそう感想を述べる。

 

 件の事件の後、俺たちはほぼ丸一日を事情聴取や現場検証に費やし、それ以降は外出を制限されてホテルに缶詰状態になっている。世間の慌ただしさとはほぼ隔離された状態で、しかしテレビやネットでは俺たちがこの騒動の中心であるかのように扱われ。なんともチグハグだなぁ、と感じながら、テレビのリモコンを切り替える。

 

『合衆国政府は今回の悲劇に対して被害者とその親族に対し全面的な支援を行うと発表しました。またこの発表に合わせる形で世界冒険者協会のウィリアム・トーマス・ジャクソン氏が会見を開き――』

 

「お。ウィルも頑張ってるね! スーツ姿は珍しいけど、こうやって見るとやっぱりウィルも大企業の御曹司なんだねぇ!」

 

 テレビ画面の中では、つい先日まで共に缶詰になっていたウィルが、緊張した面持ちで世界冒険者協会のロゴを背負いながらカメラに向かう姿が映し出されている。事件の現場に立ち会った一人であり、世界冒険者協会の代表者格である彼は連日のようにカメラに囲まれながらも、疲れた様子一つ見せずに精力的に動いているらしい。

 

 俺も何かしら手伝いたいのだが、ウィルがここを出ていく時に「まだ君が出るには早い」と首を横に振ったため、テレビ越しに応援する事しか出来ない。

 

「ちゃんと頑張ってるじゃん。事情聴取だけじゃなく現場検証にだって協力して……それにお兄ちゃんがあの時飛び出さなかったら、助けられた3人だってきっと」

 

 現場検証と言っても、それは近隣に魔法の専門家と呼べる人間が俺たちしか居なかったからだ。米国警察やFBIに所属する一花の教え子たちが近くにいれば、捜査の素人である俺たちが協力できる事なんて無かっただろう。

 

 3名の生命を助けることが出来た。だが、それは裏を返せばあの現場に居た数十名の生命を助けることが出来なかった、ということになる。失ったものの責任を全て、なんて偉そうなことは、言えない。だが、魔法が関わっている事件で、その直ぐ側に居て、失ってしまったものが、手からこぼれ落ちてしまった生命がある。

 

 それが、たまらなく悔しい。

 

「……」

 

 自分が随分とネガティブになっているのは、分かっている。

 

 けれど……気持ちを切り替えようにもふつふつと胸の奥から湧き上がってくる衝動が、止められない。魔法を世に知らしめたのは恭二と俺だ。ヤマギシの皆やケイティ達の助けがあったが、恭二が大まかな魔法という枠を作り上げ、俺が様々な形でそれを広めた。

 

 大いなる力には大いなる責任が伴うという。なら、魔法という大いなる力を世にもたらしたものにも、責任があるのではないか。

 

「あー……」

 

 そんな俺の言葉を聞いて、なんとも言いづらい、と言わんばかりの表情を浮かべて、一花がポリポリと頭をかいた。まぁネガティブ全開の野郎の独白なんて聞いたらそういう表情にもなるだろう。

 

「いや、というかさ……はぁ……引っ張られすぎでしょ」

 

 頭を下げて謝罪を口にする俺に向かって深い溜め息をついたあと。

 

「バッカじゃないの? 長男くん」

 

 一花はそう言って、底冷えするような冷たい視線を俺に向けてそう言い放った。




次回 お説教


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第二百七十四話 Who are you

誤字修正、見習い様、244様、名無しの通りすがり様ありがとうございます!


 長男くん、か。一花の声音の冷たさにヒヤリ、と肝を冷やしながらも、随分と懐かしいフレーズが出てきたことに場違いな感慨を覚える。

 

 幼少の頃。小学生に上がって少しくらいまで、一花は俺のことを長男くんと呼んでいた。当時は兄と中々呼んでくれず、ヤキモキしていた覚えがある。

 

 黙り込んで何かを考える一花を眺めながら、そう言えばいつからお兄ちゃんと呼んでくれたっけなぁと考えていると、一花はふっと顔を上げてこちらに視線を向け、ピッと床を指差した。

 

「座って」

「は?」

 

 何をしているのか訝しんでいると、床を指差したまま一花がそう口にする。座るも何も俺は今ソファに座っているんだが。首を傾げると表情を変えないまま一花は再び口を開き――

 

「正座」

「hai!」

 

 凍えるほど冷たい声。逆らえば死ぬ。物理的な意味じゃなく精神的に殺される。そう頭が理解する前に俺の体は動きだし、口で返事を返す前に床に膝を付けて正座の姿勢を取っていた。あ、フローリング固い。

 

「……はぁ……」

 

 そんな俺の様子を一顧だにせず、一花は今日何度目かの深い溜め息を吐きだし、じろりと俺に視線を向ける。

 

「言いたいことは幾つかあるけど」

「えっと、幾つか、というと事件の件だけじゃ」

「まず、大前提なんだけど。長男くんは自分が何者なのかってのをもう一回見つめ直してほしいんだよね」

「あ、あの」

「黙れ」

「hai!」

 

 ピン、と背筋を伸ばしてそう応える。ゆらりと一花の背後に般若の姿が浮かんだように見えてビビったとかそんなんじゃない。付き合いで飲みに行って朝帰りしてきた父さんに笑顔で詰め寄る母さんに似てたとかそんな事は思ってない。

 

 思ってないぞ? あの、だからその見透かしてますよって視線は止め、止めてくれ。心臓に悪い。

 

「とりあえず1つ目はこれだ。長男くん、自分がどんだけ顔に出やすいか自覚したほうが良いね。サトラレかってくらい表情に出てるよ」

「え」

「次。さっきの大前提。自分が何者なのか、だけどさ。自分の名前を言ってみて?」

「あの」

「言ってみて」

「あ、はい。鈴木一郎だ、です……」

 

 眼力に折れてそう名乗った俺に、一花はうんうんと頷いたあと、手に持ったリモコンを操作してチャンネルを切り替える。幾つか画面を切り替えて、お目当てのチャンネルを見つけたのかこちらに向き直った後、一花はテレビを指差して口を開いた。

 

「うん、じゃああの画面に映ってるのは誰? 鈴木一郎? それともピーター・パーカー?」

「えっと」

 

 チラリ、と画面に目を向ける。映し出されていたのは恐らく通行人が撮影したのだろう、ウェブを周囲に張り巡らせていくスパイダーマン……俺の姿が映っていた。

 

 俺じゃん、と口にしようとして、真顔のままこちらを見る一花と視線を交わす。一花が何をいいたいのか、何を伝えたいのかを考えながら、答えを返す。

 

「――俺だ。鈴木一郎」

「そうだね。アレがお兄ちゃんなら鈴木一郎で間違いないよね」

 

 俺の答えに間髪入れずにそう返事を返し。

 

「じゃあ鈴木一郎は何者なのかを考えてみようか」

「……えっと、禅問答か哲学って事?」

「お、思考が止まってないね! 感心感心。じゃあもう少し言ってみようか」

 

 妹の口から出た言葉の意味がわからず、口元をひくつかせながらそう尋ねると、一花は笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「鈴木一郎は日本人です」

「……ああ」

「鈴木一郎は最近成人したばかりの男性です」

「そうだな」

「鈴木一郎は冒険者です。鈴木一郎は右手を失い、代わりに魔法の右手を手に入れました」

「うん、間違いない」

 

 指折り数えるように俺の事を口にする一花に、返事を返していく。家族構成、ヤマギシに所属している、動画配信を行っている、俳優の真似事をしている…一つ一つ、鈴木一郎を構成する事柄を上げていき、そして最後に。

 

「鈴木一郎は最近まで男色だと思われていた。うん、こんなものかな」

「待って」

「言葉にするだけでこれだけ要素があるなんて凄いね、最近のなろう小説でももうちょっと大人しいんじゃない?」

「お願い、ちょっとまって!」

「わ、ちょっ、お兄ちゃん!?」

 

 縋り付くようにして制止をかけると、一瞬素を見せた一花が驚いたように声を上げる。

 

「あの。俺、おれ男すき、違う。それ、なに?」

「……おー、あー……口が滑ったなぁ」

 

 感情に口が追いつかず、しどろもどろになりながら話す俺に一花はポリポリと頬をかきながら宙を見つめ。

 

 うん、となにかに納得したかのように頷いた後、先程までの冷たい笑顔ではなく眩しいほどに輝く笑顔を浮かべて、親指を立てた。

 

「こないだの太郎先輩のアレで払拭したから大丈夫!」

「大丈夫じゃねぇよ! 過去の黒歴史引きずり出されたアレのお陰なんて一ミリも思いたくないわ! というか俺はホモじゃ」

「ちょ、お兄ちゃん! 足元で暴れるな!」

「へぶっ」

 

 わーぎゃーと騒ぎ立てていると、顔に良いヒザが飛んできた。位置関係的にそこが手っ取り早いのは分かるが、せめて手でやってほしかったかな。

 

「全っ然堪えてないのによく言うね?」

「まぁ、頑丈が自慢ですから」

「知ってる」

 

 右腕ぶった切れても動けるくらいには我慢強いんだぞとジョークを口にすると、笑えないよと力なく笑顔を浮かべて、一花は再び大きなため息をつく。

 

「そのシリアスブレイカーっぷりをさ。もっと早く発揮してほしかったかな。なにが悲しくてお兄ちゃんに説教なんかしなきゃいけないんだよ」

「……すまん」

「うん」

 

 俺の謝罪の言葉に頷いて、一花は続きを話し始めた。

 

「じゃあさっき上げた事を簡単にまとめるよ。鈴木一郎は20歳の日本人。冒険者(会社員)兼動画配信者兼俳優をしてる。家族は両親と妹、生まれたばかりの弟。そこそこ裕福。趣味・特技は大食い。右手を失って変わりに魔法の右手を持っている。条件が合えば他者へほぼ完璧に変身できる。知名度が高い……」

 

 先程は細かく挙げられていった事柄を、一花は大雑把にまとめ、簡単なプロフィールのように組み上げて言葉にする。

 

 特に変なところはないな。間違いないと返事を返そうとした俺に、一花が険しい表情を浮かべて首を横にふる。

 

「今、挙げた項目に間違いはないよね」

「……ああ、間違い――」

「じゃあ、この項目のどこを見れば火事場に突撃するなんて選択肢が出てくると思う?」

 

 俺の言葉を遮って、一花はもう一度まとめた簡易プロフィールを読み上げる。

 

「どこにも災害時の協力を強制する項目はない。ヤマギシの社則にも、冒険者協会のルールにもない」

 

 言い切るようにそう口にした一花の言葉に、何かを返そうと口を開く。

 

「あの時、お兄ちゃんは強制されることもなく義務もあるわけじゃないのにあの火事場に向かっていったんだよね。自分の意志で」

「……ああ」

 

 だが、意味のある言葉を口にすることが出来ず、ただ頷く事しか出来なかった。

 

 そして、その事が一花にとっての逆鱗に触れたらしい。険しい表情のまま、一花は言葉を続ける。

 

「――別に人命救助に対して、怒ってるとかじゃないの。あの時お兄ちゃんが飛び出さなきゃ、犠牲者は云百人になってただろうし。あの現場に居て何もしなかったなら、多分もっと悪い状況になってただろうしそこを責めるつもりはないよ」

「……だったら」

「だけどさ。お兄ちゃん。一人で危機に気づき、一人で飛び出し、それを解決する。それは冒険者鈴木一郎の思考じゃないよね」

 

 口を開こうとした俺を、一花は首を横に振って制止する。気圧される形で口をつぐんだ俺を一花は指差した。

 

「お兄ちゃんなら。冒険者鈴木一郎ならあの時、あの緊急事態で一人で飛び出すなんてしなかった。どれだけ時間がなかったとしても、時間がないならこそその場に居た私かウィルに言葉をかけてたよ。バックアップを頼む、って」

 

 そこで一度言葉を切り。表情を悲しげに歪ませて。

 

「冒険者はチームワークだ。たとえ突出した個がいようとそれは変わらない。お兄ちゃんが個人でダンジョンに潜るときだって、それは絶対に安全だと確信出来る場所だけで決して無理はしなかった。ましてや緊急事態であるなら尚更。仲間に背中を預けられるから、お兄ちゃんも恭二兄も好きに動けるんだって。命をかけられるんだって。それが、お兄ちゃんと恭二兄が作り上げた鉄則じゃん……ねぇ、もう一度聞くよ」

 

 そう口にした一花の頬を涙が伝う。

 

「貴方は、誰?」



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番外編 歴史に名を刻む

誤字修正、T2ina様、見習い様、名無しの通りすがり様、244様ありがとうございます!


 ピーター・シモンズは恵まれた人生を歩んできた。

 

 両親は裕福な中流階級の人間で生活に困ったこともなく、運動もそこそこできて頭の出来も悪くはなく、両親の良いところをかけ合わせたような甘い顔立ちは同年代の女性に受けが良かった。学内カーストのヒエラルキーでは当然上位に位置し、また勉学に困るような事も無かったからそのままストレートで有名大学に進学。金融工学を修めた。

 

 恩師の紹介で入社したK&Bという証券会社でそこでも優秀な成績を残し、数年キャリアを積んだ後ヘッドハンティングを受けて他社へ。幾度かのキャリアアップを積み、40代へ差し掛かろうという頃にはエネルギー関連を主に取り扱う企業で彼はそれまでの経歴を買われて原油先物を取り扱う部署の取締を任されるまでに至った。

 

 プライベートも順風満帆だった。有望株として出世を重ねていた彼は地元の名士の娘と見合い結婚する。彼女は小中高と同じ学校に通い、かつては遠くから眺めるだけだった学校の女王的な存在だった。そんなクイーンビーと取り巻きの一人だった自分が結ばれる。娘が生まれた折、孫の顔を見せるために帰郷した際に見かけた、かつて彼女の恋人だった運動部のエースの哀れな姿――郊外のみすぼらしい小屋に住み日銭を稼いでいる姿と合わさり、彼の優越感と自尊心は際限なく肥大化していった。

 

 まだだ。まだ私は上に登れる。いずれはこんなチンケな会社ではなくそれこそ世界経済に関与するような。いや、歴史に名を残すような大企業を率いる者として。

 

 肥大化した自尊心を野心に焚べて燃え上がらせ、彼は彼目線で確定された栄光の未来へと歩みを進めていき、そして。

 

『…………解雇? 私が?』

 

 驚くほど身近にあった破滅と向き合うことになる。

 

 彼に解雇の報告をした人事部の人間は、彼のデスクの前で『今日中に荷物を纏めるように』と告げて部屋から出ていった。彼が現実を認識するまで、おおよそ30分程の時間が必要だった。

 

 解雇された理由は簡単だ。彼が取り締まる原油先物が会社に大損を被せてしまったからだ。一部で聖女だなんだと持ち上げられていた魔力という存在が、全ての相場をめちゃくちゃに叩き壊した。

 

 魔法の存在は知っていた。ペンシルバニア生まれの彼も10数年を過ごした今は立派なニューヨーカーであり、街の空をスパイダーマンが舞った日の事はよく覚えていた。なにせスパイダーマンは彼と同じ、ピーターという名前を持っているのだ。他人とは思えず、彼が好きなコミックのキャラを尋ねられた際は必ずピーター・パーカーと答える程度には、スパイダーマンを好んでいた。

 

 また、奇跡の聖女と呼ばれるブラス家の令嬢本人と面識はないが、他のブラス家の面々とは社交界で挨拶を交わした事もある。大手メジャーのブラスコが注目している存在であり、当然彼らを金のなる木としている彼自身も魔法という存在に注目はした。

 

 魔力が及ぼすアンチエイジング効果に魔石と呼ばれる物品を幾らか購入したこともある。その折、その効果にブラスコは化粧品業界にも喧嘩を売るのかと妻と二人で話し合ったのを覚えている。

 

 そうして調べた結果、彼にとっては魔法とは医療や健康に影響を及ぼす新しい概念。しかしその程度の存在であった。個人的にブラスコがいずれ立ち上げるだろう新企業の株を購入する程度はしても、彼が携わる仕事とは関わりがない。そのはずだった。

 

 その魔法によって生み出された新しいエネルギーの概念によって彼の仕事がめちゃくちゃになり、職を失うまでは。

 

 荷物を抱えて家に戻った彼は築き上げていたコネを駆使し、新しい仕事を探した。解雇されたとはいえ、今回の件は彼にとっても、また業界全体にとっても不意打ちに近い出来事だった。彼の評価はそれほど下がっておらず、高望みをしなければ悪くないポストを手に入れることは出来るだろう。

 

 一件目が空振りに終わった時、彼はまだそう考えていた。

 

 二件目、三件目と続いていく内に彼の態度からは余裕が消え、やがて最後のツテが空振りに終わった時、彼は手に持ったスマートフォンを壁に叩きつけた。今回の騒動では確かに彼の評価は傷つかなかったが、彼のような立場の者もまた大量に生み出されていた。

 

 その中から優先して取り込みたいと思えるほど、彼は優秀ではなかった。その事を彼だけが知らなかった。

 

 彼はその事実を突き付けられ、しかし認められなかった。仕事に逃げることが出来なくなった彼は酒に溺れる事で現実から目をそらした。家族や友人に頼ることは彼の自尊心が許さなかった。妻と口論になり、手を出して、彼女と娘が故郷に帰った後も彼は酒に溺れ続けた。挫折なく人生を送ってきた彼は、そこから起き上がる方法を知らなかったのだ。

 

 転機が訪れたのは彼が職を失ってからしばらく経った後。ニューヨークの空を舞うスパイディの姿を、目撃した時だった。

 

 自由に空を舞う彼の姿に、目を奪われ。心を奪われて、彼はその場で立ちすくみ涙を流した。同じ名前を持った彼の雄姿に、今の自分の姿を重ね合わせて情けなくて涙を流したのだ。

 

 スパイディの姿が消えた後。感動に揺れる街の中を急いで帰宅し、彼はPCを使って冒険者協会について調べた。冒険者になるためだ。幸いまだまだ蓄えには余裕がある。装備を整え、ダンジョンに潜り、彼と同じ魔法を手に入れる。

 

 こうと決めた後の彼は早かった。最も手近なダンジョンを探し、その周囲にある貸家を借りて拠点を作り、冒険者協会に登録して冒険者となる。それらをまたたく間に終わらせると、彼は足繁くダンジョンに通い詰めた。

 

 教官と呼ばれる凄腕の冒険者達は中々捕まらなかったが、運良く彼らの指導を受けられた時には魔法を習い、それ以外の時は同じような立場の冒険者たちとパーティーを組んでダンジョンに潜った。元々運動神経は悪くなかった彼は魔力の充足によりまたたく間に全盛期以上の身体能力を手に入れた。

 

 1年が経過する頃には彼は中堅のソロ冒険者としての地位を手にいれていた。ゴーレムと戦い、かつて以上の収入を手に入れ、比べるべくもない健康で若々しい肉体を手に入れた。

 

 このまま何事もなければ、彼はそのまま中堅冒険者として、やがて教官免許を取得し凄腕の冒険者としての人生を送ることが出来たかも知れない。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 自信を取り戻し、別れた妻と娘を迎えに行った日。かつてみすぼらしい部屋に住んで日銭を稼いでいた、見下していた男がダンジョン筆頭冒険者となり彼の娘を抱きかかえ、妻と談笑している姿を目にした時。男に一撃で伸され、侮蔑の言葉を吐かれた時。愛しているはずの妻と娘からの冷たい視線を受けた時。

 

 彼の中で何かが吹っ切れた時。

 

 彼は、その時。終わることを、運命づけられていたのかも知れない。

 

 

 

 

『まぁ、歴史に名を残すという目標は達成できたみたいだけどね。おかげでこっちは大迷惑だけど』

 

 軽口を叩くような口調で毒を吐き、ウィルは手に持った資料を地面にばら撒いた。ピーター・シモンズ。彼が何を思ってあの場――かつて彼が務めていたオフィスに火を放ったかは、彼が亡くなった今では想像することしか出来ない。

 

『とはいえ、いつかは起こると思っていたことが起きただけ。そう考えれば、君や僕があの場に居たのは僥倖と言えるだろう。其の場の被害としても、協会の立場としても』

「人死は、良いこととは言えないだろ」

『不幸中の幸いって言葉があるだろう? 良い感情はしないよ、僕だって』

 

 俺の言葉にそう返し、ウィルは窮屈そうにしながらネクタイを緩める。体格の良さもあり、スーツ姿のウィルはまさに大企業の御曹司、という風貌なんだがどうにも本人としては違和感が強いらしい。

 

『……彼のことは、どこにでも誰にだって起こり得る事だった。色々な事が重なって、こうなったんだ』

「自業自得な部分も多い、みたいだしな。安心しろって、そこまで引きずられてはいないよ」

『なら』

「まぁ、それはそれとして、な」

 

 ウィルの視線に、ひらひらと魔鉄で出来た右手の義手を振る。

 

 魔鉄には魔力を吸収する作用がある。もちろん無尽蔵というわけではないが、無意識に漏れるくらいの魔力なら数週間は吸い込みつづけるだろう。魔鉄で作った義手で蓋をしたなら、魔力で編み上げた右手が出てくることはない筈だ。

 

「少し見つめ直そうと思ってな。俺も、自分について」

 

 日本に帰国したら、一度家族と話そう。それから、自分を見つめ直すには座禅だろうか。お寺に相談したほうが良いのかね。



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第二百七十五話 団らん

遅れて申し訳ありません。

誤字修正、244様、名無しの通りすがり様ありがとうございます!


 久方ぶりに戻った実家に天使が居た。

 

「俺、ブラコンかもしれん」

「唐突すぎて草なんだ」

「こら、一花! ちゃんとした言葉遣いをしなさい」

「ちょっ、私だけ!?」

 

 キャッキャッと笑って俺の顔に小さな手を押し付けるマイブラザー、鈴木二郎を左手で抱き上げ、つい漏れ出るように言葉が出てくる。親子ほど歳が離れているのもあるかもしれないが可愛い。存在が可愛い。

 

「まぁ、うん。気持ちは分かるよ。私なんて昔っから周りが年上ばっかだから二郎が可愛くて可愛くて。後輩とか姫子とかとはまた違うかあいさってのがあるよね……あ、絶対私の方が二郎可愛がってるわ間違いない。お兄ちゃんは私と二郎で二等分だけど私は二郎だけに一点集中だからねカーッ! 敗北が知りたいわカーッ!」

「なんだそのマウント」

 

 勝ち誇ってるのかうぬぼれてるのか良く分からない一花がまた母さんに雷を落とされる姿を見ながら、右手の義手で二郎のほっぺをつつく。感触が面白いのか魔鉄で出来た義手の指を握ってぶんぶんと指を動かす二郎の姿にほっこりしていると、新聞を読んでいた父さんがおっほんとわざとらしく咳払いをする。

 

 あ、父さんも二郎を構いたいんだな、わかります。そんな父さんを見て、黙ってお茶を飲んでいた爺さんが面白そうな顔を浮かべているので、多分これは後でからかわれるだろうな。母さんが手が離せないときは爺さんが二郎の面倒を見てくれてるらしいし、其の辺で攻めると見た。

 

「一花!」

「ヒョエーッ!」

「父さん、そろそろ左手が疲れたからさ」

「んんっ、そ、そうか。じゃあ父さんが変わりに」

「くっくっくっ」

 

 数年前までは当たり前にあった家族の風景。俺も父さんも諸外国を飛び回っているから、滅多なことじゃ一堂に会するなんてのは出来なくなってしまった。

 

 それでも。暫く顔を合わせない日々が続いていても、こうやって集まると家族がいる、という安心感が胸を満たしてくれる。やっぱりここが俺の実家で、なんだかんだといろいろやっていても最終的に俺はここに帰ってくるんだろう。

 

 二郎がおネムになるまでの間、家族と他愛もない話をする。もしダンジョンが出来なかったら、この風景がずっと続いていたのだろうか。

 

 ――それもまぁ、悪くなかったかもしれないな。

 

 

 

「一花の考えすぎ」

「考えすぎじゃないかしら」

「なんぞ問題があるのか?」

「ええええええええええええええぇぇぇ…………」

 

 すやすやと寝息を立てる二郎をベビーベッドに寝かせた後。臨時で開かれた鈴木家家族会議は多数決の末、一花の訴えを棄却するという結論に達した。一花さん、今回俺に投票権はないから俺を見られても困るんだが。

 

「一郎が恭二くんとの約束事を破った、というのは確かに驚くべきことかもしれないが……時と状況もあるだろう?」

「まぁ、うん。約束事っていうか、冒険者はこう行動するべきってくらいのものだけどさ。行動原理のほとんどが恭二兄なお兄ちゃんが恭二兄との約束事を破るって相当ヤバいよ?」

「一花さん???」

「それはそれで親としては心配なんだがなぁ」

「父さん!??」

 

 我が家族には俺はどう見えているのか。アレだぞ、俺別に恭二と一緒じゃないと死ぬとかそういうアカン心境になった事は一回もないからな?

 

「でも命預けていいって思ってるでしょ?」

「それは一緒に潜るヤマギシチーム全員に思ってる。もちろん、お前にもな」

「……おっ。素面でそう言えるのは評価高いよ?」

 

 軽口を叩くように尋ねてくる一花にそう返答すると、面食らったのかきょとん、とした顔を浮かべた後にそっぽを向いて一花はそう口にする。照れくさいんだろう、正直カッコつけすぎたと俺も恥ずかしくなってるからな。

 

 そんな俺と一花のやりとりをニヤニヤと眺めながら、父さんが欧州土産に買ってきたワインの封を切る。

 

 このやり取りを肴に一杯やるつもりだ、この父親。俺は割と真剣に悩んで相談しているのに!

 

「いや、私ももちろんお前の相談には真剣に対応するつもりだとも」

「その手の中の赤ワインがなきゃ信じられたんだけどね」

「こういうのはな、一郎。大概酒の席で酔っ払いながらするものなんだよ。少なくとも、父さんが今まで受けてきた人生相談は駅前の居酒屋で、グラス片手にだったな」

「えええええええええぇぇぇぇ…………」

「酒をバカにしちゃいかんぞ? 素面で言えないことばかりなんだ。世の中ってのは」

 

 そう口にしながら、父さんは慣れた手付きでワインのコルクを指でぽんっと引き抜く。ふわり、と香る芳醇な葡萄の匂いに、これ結構高いやつじゃないかなどと現金な思考を浮かべていると、母さんがいそいそと席を立つ。

 

「実はとても偶然なんだけれど、良いチーズを丁度買っていたのよ。本当にたまたまなんだけど」

「たまたま(確信犯)ですね、わかります」

「生ハムの原木もあるぞ」

「これもたまた――え、まじで?」

「親父のツテでな」

 

 生ハムの原木ってあの肉の塊の、いつでも生ハムが食べられるという男の子の夢が詰まったようなアレの事だろうか。削ぎ削ぎするのか、ここで。この日本家屋の中で削ぎ削ぎしちゃっていいのか、あれを。

 

「鹿の燻製ならいっくらでも食わせたろうに」

「じいちゃん、それとこれとは大分違う……違うんだよ爺ちゃん」

 

 鹿肉。あれも良いものだ。爺さんが狩猟を引退するまでは狩ってきた鹿や猪の方が普通の牛肉なんかより食卓に上がっていたし、俺の血肉を形付くったのはアレだと言っても過言ではない。

 

 そんな思い出補正付きの代物と比べても、生ハムの原木という単語には強い魔力が宿っている。宿っているんだ!!!

 

「そんな強いられてるんだ、みたいに力説しなくてもね。座って、どうぞ」

「はい」

 

 ついテンションのままにガタリと椅子から立ち上がった俺に、至極冷静な表情を浮かべて一花が苦言を呈する。冷水ぶっかけられるよりも冷たい視線だった。

 

「くっくっ」

「爺ちゃん、笑わないでよ」

 

 そんな俺と一花のやり取りを見て、爺さんはさも愉快そうに笑い声を立てる。バツが悪そうな表情を浮かべる一花の言葉に爺さんはうんうんと頷きを返して俺に視線を向ける。

 

「一郎」

「なに?」

 

 呼びかけられた言葉に返答を返す。爺さんは穏やかな表情のまま俺の目をじっと見つめ、少し間をおいて口を開いた。

 

「ワシぁ魔法だなんだは分からん。一花の言葉も、よぅ分かっとらん。学もないしな」

「うん」

「だからワシは自分が見たものだけを信じとる。無いもんばかりのワシだが、この2つの眼だけは一等もんだ。暗い森の中こちらを狙う獣も、悪ぅい人間もこの眼は見誤った事はなかった」

 

 そこまで口にして、爺さんはだから、と一言挟んだ後。

 

 ふっと口元に小さな笑みを浮かべる。

 

「お前の根っこはガキの時からなーんも変わっとらんよ。他人様に気を使いすぎる、お人好しのまんまだ」

「……お爺ちゃん!」

「一花。お前はちぃと難しいことを考えすぎだ。一郎を見習えとは言わんがもちっとな」

 

 抗議するように声を張り上げた一花に、爺さんは諭すような口調でそう答えてちらりと俺に視線を向ける。

 

 その言い方と視線は俺が考えなしだと言いたいんだろうか。一花さん、その意味ありげな視線はなんですか。俺に効くぞ、それは。

 

「ほらほら、親父も一花もそれぐらいに。親父は冷で良いかい」

「ん」

「一花はジュースね」

「……うん」

 

 席を立っていた両親が居間に戻ってきた。手に持ったお盆には人数分の飲み物と、チーズや生ハムといったおつまみが用意されている。俺と一花が爺さんと話している間に削ぎ削ぎしてきたのだろう。俺に黙って、削ぎ削ぎしてきたのだろう。父さんに対して恨みを抱いたのは初めてかもしれない。

 

「やっぱり特に変わっていないように感じるぞ、一花」

「うん。私もそんな気がしてきた」

「どういうこと???」

「そういう所、かしらね」

「くっくっ」

 

 俺を指してそう口にする父さんに、同調するようにうなずく一花と母さん。そしてそんな俺達を見て笑う爺さんの姿に納得の行かないものを感じながらグラスを受け取る。いい香りだ。酒の良し悪しはまだ分からないが、これが高級な一品だ、というのは俺にも何となく分かる。

 

 軽く口に含み、匂いを楽しみながら飲み下す。はふぅ、と一息ついて、すっときれいに削ぎ落とされた生ハムに手を伸ばす。

 

 塩辛い、だがそれが美味い。

 

「男親にとっては、夢なんだ」

 

 そんな俺の様子をニコニコと眺めながら、父さんはそう口を開く。

 

「息子と酒を酌み交わすってのはな」

「……そういうもんなの?」

「ああ。思えば、ヤマギシに入社してからはこういった親子の時間は取れなかったな。私もお前も、やることが多すぎた」

 

 ふっと苦笑を浮かべながら、父さんはグラスを傾ける。欧米での渉外を担当している父さんは、ほぼ年中他国に出張しているような状況だ。それも一箇所ではない。冒険者協会が存在するG8各国や、これから冒険者協会を発足する予定の国々にはほぼ全て足を運んでいるらしい。

 

「日本の本社にいるより米国のヤマギシブラスコ社に居る時間の方が長いのは、どうかと思うがね。こうして二郎の顔を見るのも久しぶりだ……はぁ」

「海外事業部もどんどん拡大してるんでしょ? 父さんの代わりだって」

「お前の父親というネームバリューがあるかないかで、担当先の対応が変わるんだよ。向こうで挨拶を交わすたびに逆七光なんて言葉が頭をよぎるんだ」

「あ、はい」

 

 複雑そうな表情を浮かべる父親からそっと視線をそらし、目に入ったチーズに手を伸ばす。

 

 おお、これは……凄く、チーズです。

 

 ワインの香りに満たされた口内が瞬く間にチーズ一色に塗り替えられていく。ここまで濃厚なチーズも世の中にはあるんだな。

 

「……美味いか、一郎」

「あ、うん。これ凄くチーズチーズしてるけど、これを食べた後にワインを飲むと一風変わった感じがして」

「そうか」

 

 パクパクとチーズに手を伸ばす俺の言葉に、父さんは満足げな顔を浮かべて一つ頷いて、再びグラスを傾ける。

 

「なぁ、一郎」

「ん?」

「私も親父ほどじゃないが、魔法に詳しいわけじゃない。一花の言う内面の変質というものが、よく飲み込めてない。少なくとも、今話しをしているお前は、中学生の頃とそれほど大きな変化は感じていない。多少大人びた、という印象を持ったくらいだ」

「あー、うん?」

「人間は変わるものだ。それが良きにしろ悪しきにしろ、1年もあれば人は別人としか思えない変化をする事がある。それを成長と呼ぶこともあれば、退化と呼ぶこともある。だから」

 

 そこまで口にして、父さんは押し黙った。表情は笑顔を浮かべたまま、ワイングラスを片手に気楽な体勢で、けれど眼だけは強い力を放ちながら俺のことを見定めようとする視線。

 

 その視線を真っ向から受け止めて、わずか数秒。見つめ合いの後、ふぅ、と小さく息を吐いて父さんは再び口を開いた。

 

「教えてくれないか、一郎。ダンジョンが出来て、ダンジョンに潜って。そして今に至るまでの、お前の歩みを」

「……まぁ、良いけど」

「なに酒もつまみもあるしな。お前はただのんびりと、気ままに思い出話をしてくれれば、それでいいさ」

 

 そう言ってワインを継ぎ足す父さんに、ならば俺も、とワインボトルを受け取り自分のグラスにワインを注ぐ。

 

 始まりから、というとダンジョンが出現したあの瞬間から、か。

 

 クイッとグラスを呷り、喉を滑り落ちていくワインの香りを楽しみながらふぅ、と息を吐く。

 

「まずは、そう。ダンジョンが出現した瞬間だよな。山岸さん家のコンビニ――古い方ね。の品出しを手伝っていた時だった。いきなり黒い穴が――」

 

 あの始まりの瞬間は今思い返してもが恥ずかしい。素面じゃ言えない事もある、か。確かにそうかもしれないな。



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第二百七十六話 お寺訪問

 自分を見つめ直す。

 

 言葉にするのは簡単だが、実際にやろうとすると難しい。まずそもそも自分とはなんなのかなんて事から考えなければならないし、自分はこれこれこういう人間だ、と定義づけ出来たとしてそれが正しいという保証もない。

 

 多分、世界中を探したって自分自身を正しく理解できている人は居ないんじゃなかろうか、なんて思いながら、夏の盛りを迎えた奥多摩を歩く。

 

 家族と話し合って心が軽くなったのは確かだ。しかしどうにも問題が解決したようには思えなかった。そのまま休暇がてら奥多摩で数日のんびりとした日々を過ごしながら考えにふけり……このままではろくな成果も挙げられずに日にちだけが経ってしまうと判断を下す。

 

 時間は有限だ。目まぐるしく動く世界の中、俺だけがいつまでも休暇を過ごすわけにもいかない。できるだけ早くなにかしらの形で、自分の中にあるもやもやとケリをつけなければいけない。ヤマギシで雇用しているカウンセラーさんに話を聞いて貰ったりもしたのだが、どうにも前へ勧めた気がしない。

 

『なら、この方をお尋ねください』

 

 そう考えた俺は車を飛ばして西伊豆ダンジョンに向かった。悩んでいた時、西伊豆ダンジョンがある妙蓮寺の住職、前田さんの事が頭に思い浮かんだからだ。一時期お世話になっていた事もあり、前田さんになら自身の事を相談しても問題ないと考えたのもある。

 

『昔、私が修行時代に知己を得た禅宗の方が居りまして。かなり破天荒な方ですが、彼ならきっとお力になってくれるはずです』

 

 手書きのメモ帳に書き込まれた見覚えのない住所と、書き込まれた蜜林寺という名前。なぜか苦笑を浮かべる前田さんに礼を言い、一花を連れて隣県へと車を走らせた。

 

 

 

「運転してるの! 私だけどね!!」

「いや、俺右手これだから」

「うーん、義手!」

 

 一八歳になってすぐに免許を取ったという一花に車を出してもらい、山道を走る。グネグネとした峠道は運転に慣れたドライバーでも危ない場合があるが、一花は危なげないハンドルさばきで車を走らせる。

 

 16の頃からダンジョンでSUVを乗り回してたからな。経験が違う。

 

「ダンジョン内部ってどういう法律が適用されるんだろね。国際法?」

「私有地で良いんじゃないか。日本冒険者協会が手を入れまくってるけど、奥多摩ダンジョンは便宜上今も山岸家所有のプライベートダンジョン(個人迷宮)だぞ?」

「ああ。タイトル回収、タイトル回収」

 

 うんうんと頷きながら意味のわからない事をつぶやく一花に首をかしげスマホに視線を向ける。そろそろ到着するようだ。山奥だが、意外と電波が通っている。さすがはキノコという所か。

 

 目的地のお寺は、舗装された山中の国道から砂利道の私道に入り、10分ほど車を走らせた場所にあった。昔ながらの木造の門をくぐり境内の中へ入り、所々雑草の生えた石畳を歩く。あまり綺麗に手入れされているようには見受けられないが、荒れ放題というわけでもない。

 

「人は住んでる、みたいだね。管理が甘いっちゃ甘いけど」

「ああ。ごめんくださーい」

 

 一花の言葉に頷いて、一番大きな仏堂に向かって声を張り上げる。十秒ほど待つも返事が帰ってこないため、ぐるりと境内の中を周って生活するための建屋を探す。

 

 正面から仏堂を右回りに進むと、奥の方に一件の小さな家屋が見える。あそこがこの寺の住職さんが住む家だろうか。

 

「ごめんくださーい」

 

 網戸だけがしまった入り口に向かい、声を張り上げる。十数秒待ち、もう一度。今度はもっと大きな声で呼びかけるも返事は帰ってこない。

 

「おかしいな。今日、このくらいの時間に来るとは前田さんから連絡が言ってる筈なんだが」

「あ、私ちょっと回って見てみるね」

 

 そう口にしながら、不作法は承知の上で玄関先から中の様子を伺ってみる。明かりはついていないようだが、奥の方を目を凝らしてみると影のようなものが寝そべっているのを見つけた。

 

 なんだ、寝ているだけか。そう安堵の吐息を吐こうとした時。血相を変えた一花が、家屋の影から姿を表した。

 

「お兄ちゃん! あれ倒れてる! 床に、うつ伏せに!」

「……!?」

 

 一花の叫び声に慌てて網戸を開け中へ。人影へと近づき、義手を外して右手を出現させる。人命救助に四の五の言っている場合ではない。変身はロックマン。右手のバスターにリザレクションを込めながら倒れた人――袈裟をつけた男性を抱き起こし、仰向けに寝かせ直す。

 

 呼吸は……問題ない。上下する胸に安堵しながら右手を男性に向け、込めたリザレクションを男性に向かって放つ。俺の変身の中だと、これが一番即効性のある回復手段だから仕方ないとはいえ、普通の人にバスターを撃つのはやはりいつまでたっても慣れないな。

 

「うっ……」

 

 リザレクションを受け、小さくうめき声を上げる住職さんの姿に安堵し…………うん。

 

「お兄ちゃん、ど……う?」

「ああ……大丈夫、だと思う」

 

 玄関先から駆け込んできた一花の言葉にそう答え、俺は幸せそうな顔でいびきをかき始めた、明らかに外人だと分かる顔立ちをした男性に視線を向ける。

 

 前田さんからの紹介とは言え――胸に過ぎった不安に口元を引くつかせながら、先程まで仰向けになっていた男性の全身から臭う異臭に鼻をつまむ。酒臭いのだ、とんでもなく。

 

 これもしかして酔っ払って寝てただけでは?



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第二百七十七話 座禅体験

「イヤー、助かりまシタ! 檀家さんに誘われてツイ、般若湯が過ぎてシマいまシテ!」

「あ、いえお気になさらず」

 

 つるりと剃り上げた頭をなでながら、陽気な口調で、初老の”外国人”男性が礼を口にする。

 

「うつ伏せにぶっ倒れてるから何事かと思ったよね!」

「HAHAHA! 私もまだまだ修行足りまセン。悟りの道は険しいデス」

「酔ってぶっ倒れて得られる悟りって」

 

 一花の言葉にそう笑顔で返し、住職は俺に向き直るとピシリと背筋を正し、軽く頭を下げる。

 

「よーこそいらっしゃいまシタ、スズキさん。私、この蜜林寺を預かっておりマス、ジョブ・素底部デス。前田さんからは、お話伺っておりマス」

「ジョブ、和尚さんですか。よろしくおねがいします」

 

 そう言ってペコリと頭を下げると、こちらこそ、と住職は陽気な表情を浮かべて返事を返す。

 

 事前に前田さんから聞いてはいたが、本当に外国人のお坊さんだったとは。なんでもこのジョブさんは高校生の時分世界を旅し、禅と巡り合ってそのまま日本に居着いたのだという。とんでもない行動力だ。

 

 そして今日伺うと伝えてたのにぶっ倒れてるとは。前田和尚からは破天荒な人だと聞いていたが、聞いていた以上かもしれない初対面に一抹の不安を覚える。

 

「では早速、禅を体験して頂きマショウ!」

「ねぇ、お兄ちゃん。私めちゃめちゃ不安なんだけど、大丈夫?」

「……ま、前田さんを信じてるから(震え声)」

 

 鼻歌でも歌いそうな位に上機嫌な住職のあとを追いながら、こそこそと一花と会話を交わす。ダメ元とは言え、2,3日は泊まり込む予定でスケジュールも組んである。完全な無駄足になるのは、流石に避けたいのだが。

 

 

 

「禅とは心の事デス」

 

 本堂に通され座り方や姿勢について軽くレクチャーを受け。実際に体験してみようという住職さんの言葉に従って、一花と並んで姿勢を整える。姿勢が整ったら次に呼吸を整え、最後に心を整える。

 

「無心となり自身と向き合う事で己を見つめ直す。そのために座禅は行われマス。お兄さん、雑念混じってマスネ」

 

 この最後の心を整える、というのが難題だ。何かを集中して行うというのは経験した事があるが、無心になって、という事がよく分からない。分からないと言うよりも、どういう状況が無心という状態なのかが理解できないと言ったほうが良いだろうか。

 

「お嬢さんは、お兄さんよりも考えすぎデス」

 

 その言葉とともに住職さんが一花の背後に立ち、少し時間がたった後にパァン、という音がお堂の中に響き渡る。警策と言う棒で肩を叩かれたのだろう。訓練などでぶっ叩かれるのに比べれば痛みはなさそうだ。

 

 その後、1時間ほど座禅を行い、二度ほど警策を受けた。本来ならもう少し長くなるそうだが、「今回は触りデスし、この位にしまショウ!」と住職さんが口にして早めに終わる事になった。

 

「私は8回も叩かれたけどね!」

「お嬢さん、一度の集中力は凄いデス! でもすぐに気が散っテル。精進、ショージン必要デス!」

「私、短期集中型なんだよなぁ。意外とむつかしいね!」

 

 ニコニコとそう笑顔を浮かべる住職さんと、一花がいつもの調子で会話を交わす。出会いが出会いだけに最初は疑いの眼差しを向けていた一花も、予想以上にしっかりとした住職さんの指導に警戒を解いたらしい。

 

「この後は少しの休憩を挟んで再度……ああ! お嬢さんもいらっシャルなら里に降りて食材を買い足さなければ! 山の幸フルコース、二人分デス!」

「…………あ、泊まり込みは俺だけの予定だっけ」

「そのままの流れで一緒に座禅までしちゃったね! いい経験だったけどさ!」

 

 思い出した、と手を叩く住職さんの言葉に、そういえば一花は本来運転手件付添だった事を思い出す。

 

「すみません、予定にない人数で押しかけて……」

「いえいえ、お気になさらず! カワイイお嬢さんならいつでも大歓迎デスげふんげふん」

「おい僧侶」

「HAHAHA! ジョークです!」

 

 わざとらしく咳払いする住職さんに一言、釘を刺す用にそう言うと、住職はそう笑って親指を立てる。ヤマギシBチームの元軍人たちを思い出すようなこのノリ、間違いなくこの人アメリカ人だ。

 

 一頻り談笑した後、住職さんは今後の予定についてを話し始めた。人数が増える分には問題ないが、布団や食材などの準備は一人分しか用意されていないのだという。

 

「それなら私、もう帰るね。今から車飛ばせば夜には奥多摩帰れると思うし」

「分かった。ありがとう、一花。帰り道も気をつけて」

「そいつぁ言わないお約束でしょ!」

 

 そう言ってケラケラ笑いながら、一花は車に乗り、車の中からこちらに数回手をふるとそのまま帰っていった。来る時も苦労していたし、事故にだけは気をつけて欲しい。

 

 一花の車が見えなくなるまで見送ってから、住職さんはお寺の門に手をかけた。門を開けたままだと野生の動物が入ってくる恐れがあるらしい。

 

「ふぅ」

 

 住職さんはそう一つ息を吐き、額に浮かんだ汗を軽く拭った後。

 

「では保護者もお帰りになられた事だし、本番と行こうか」

「え。いえあの、俺が兄。というか、ジョブさん口調」

「ああいう口調が日本人には受けるんでね。これで日本で30年過ごしているから、普通に話せるとも……保護者でしょう、あのお嬢さんは君にとって」

「あ、はい……」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべたまま口早にそう言い放ち。雰囲気と口調だけを豹変させた住職さんは、反論できずに頷きを返した俺から視線を外して「ふぅむ」と口元に手を当てて何かを考え始める。

 

「まずは……そうだな。今から座禅を始めよう。明日の朝まで」

「あしっ!?」

「勿論私も付き合おう。君には警策は必要なさそうだしね」

 

 ちょいちょい、と手招きをして本堂に入っていく住職さんに付き従うように本堂へと足を踏み入れる。

 

 待ってくれ。色々、色々と聞きたいことはある。

 

 でも、それよりも。明日までということは。山の幸フルコースは――

 

 あ、なしですか。はい。



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第二百七十八話 骨と皮

遅くなって申し訳ありません!


グギュルルルルルルルルル

 

グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

「……信じられないな」

 

 思わず、と言った様子で住職さんがそう言葉を零した。なにか信じられないものをみた、と言わんばかりに数度深く呼吸を繰り返し、住職さんは言葉を続ける。

 

「事前に、君の所属する……ヤマギシという会社に連絡を取っていた。前田住職から連絡を頂いた後にね。君が問題視する君自身の問題を推測するためにと伝えれば喜んで協力してくれたよ。そのままご両親にも話を伺っていた。君がそのような体になる前と今、どういった違いがあったのかを私なりに纏めてあるつもりだった。君がその義手で魔力を封じた後の体の様子についても調べてあった。そのうえで、イケると踏んで私は君と会った」

 

 姿勢をぶらさず。ただ口元だけを動かしながらそう話す住職さんは――しかし、と前置きをおいた後に言葉を切り。

 

「だが、この”事態”は私の予想をはるかに超えている」

 

 そう口にして、住職さんは姿勢を崩した。座禅はここまで、という事なのだろう。

 

「水を持ってくる。君はそのまま、動くな」

「……」

 

 労るような口調の住職さんに、それくらいは自分が、と言おうとするも口から言葉が出てこない。そうしている間に住職さんは本堂から出ていった。水を取りに言ってくれたのだろう。

 

 座禅をしている最中は気づかなかったが、どうも酷く喉が乾いている。それに、随分と腹が減った。自分から響いているとは思えない腹の虫に苦笑を漏らそうとして、口から空気だけが漏れ出していく。

 

 ううむ、体調は決して悪くはないのだが、と首を傾げながらぐるりと周囲を見渡すと、周辺が随分と暗くなっているのに気づいた。ああ、もう夜になるのか。確かに、昼からずっと座りっぱなしであればのどが渇いてもおかしくはない。

 

 にしては随分と腹が減ったなぁ、最近燃費悪すぎじゃね? と自身の腹の虫に文句をつけながら立ち上がろうとして――がくり、と体を支えられず、そのまま床に寝っ転がる事になった。

 

 ……あれ?

 

 思った以上に軽い衝撃。思った以上に力が入らない体。足でもしびれたのか、いやしかし。

 

 頭の中を疑問符が駆け回り、ひとまず起き上がろうと両手を顔の近くまで持ってきて――

 

 そして、ようやく俺は今。

 

 自身の左手が骨と皮だけになった姿を見て、自分が異常な状態なのだということを理解した。

 

 

 

 

「白湯だ。ゆっくりと口に含んで、少しずつ飲み込んでくれ」

 

 住職さんの言葉にこくりと頷き、口を少し開く。住職さんはおそらく晩酌用だろうお猪口を使ってゆっくりと俺の口に白湯を注ぎ込んでくれる。

 

 美味い。乾いたスポンジに水が染みていくような感覚。本当に喉が乾いた時は水以上に美味いものはない。

 

 最初は少しずつ、次第にごくごくと喉を鳴らして白湯を飲み始めた俺に、住職さんは強張っていた表情を少し緩めて、ふぅとため息を付いた。

 

「良かった。水すら飲めないほど衰弱しているわけではなかった、か」

「……ぁ……」

「無理に喋らなくていい」

 

 心配をかけた、と口にしようとするも、音をうまく発することが出来ず喉からは空気だけが漏れ出ていく。そんな俺の様子に住職さんは首をふるふると横に振って無理はするなと戒めた。

 

 その言葉に無言のまま頷いて、しかし、と考え直す。自分の体が今、とんでもない状態なのは理解した。しかし、なぜこんな状況なのかが全く分からない。たかだか数時間、座禅を組んでいただけでなぜ俺の体はこんな有様なのか。兆候なんて物もなかったし、なんなら今現在、体に力が入らない以外はすこぶる体調が良いように感じているのだが。

 

 質問をしたくても言葉にすることができないのが、これほどもどかしいとは。視線だけで意図を伝える術はないだろうか。ミギー辺りが使えれば代わりに代弁してもらえるんだが。右手を封じているのをここまで悔やむことになるとは。なんとか義手を外せな……あれ?

 

「……ぁ………?」

「……ああ、その右手かい」

「ぁ……」

 

 右手を持ち上げようとして、その異常に気付き。俺のそんな様子に住職さんも意図を察してくれたのだろう。

 

 バラバラ(・・・・)になった魔鉄製の義手を持って、住職さんは説明のために口を開いた。

 

「明け方、空が白んできた頃合いに大きな音がたってね。見れば君の右手の義手が、ポロポロと崩れていったんだ。そしてそれと前後するように君の体が急速に萎んでいった。健康な青年が、瞬く間にミイラのように変貌していくのを見たときには自分の頭がおかしくなったのかと思ったよ」

 

 そこまで言葉にして、住職さんは一旦言葉を切る。その情景を思い返しているのか少し言葉が震えているように感じる。当然だろう、目の前でそんな光景を見せられて平然と出来るわけがない。

 

 俺が目の前でそんな情景を見せつけられれば、まぁ間違いなくその場でリザレクションを込めたロックバスターを乱射する。むしろ焦らず騒がず対処してくれた住職さん凄いわ。

 

 というか明け方ってもしかして今、朝なんだろうか。座禅を始めたのが昨日の昼過ぎだったから普通に考えたら半日以上飲まず食わずだった事になるんだが。そりゃこんだけ腹の虫が鳴いててもおかしくはないし、冒険者でもないのに同じ事をやってて元気いっぱいに見える住職さん凄いわ。大事なことなので(ry

 

 いや、待て。義手がついていないという事は今現在、変身は問題なく使えるということだ。義手がぶっ壊れている事やこの体の状況について色々考えることはあるが、まずはリザレクションで体を整えるのが先決だろうか。

 

「まさかこんな事になるとは……救急車の手配はしてある。麓の救急隊が駆けつけるまでは十数分といった所だろう。鈴木くん、それまでの辛抱だから、今は安静に――」

 

 住職さんの言葉を耳にしながら、いつもの調子で右手に魔力を通す。からっからの体は、どうも魔力についてもそうだったようでいつもに比べたら随分と抵抗感があるが、それこそこの数年で何千何万回も繰り返した行為だ。多少の阻害要素があれど、とちるなんて事はありえない。

 

 そうだな、住職さんとの意思疎通が出来ないのは困るしここはミギーが良いか。あいつなら俺が言葉を発せなくてもこちらの意図を喋ることが出来るし、触手を通じてヒールやリザレクションを使うことも出来る。今の状況にはうってつけな……

 

 そこまで考え、魔力を右手に通し、さぁ変身を、という段階で。

 

「……?」

 

 右腕から肩にかけて感じていた抵抗感が一層強まったかと思うと、ナニカに胸の内を鷲掴みされるような感覚と、力いっぱいに内側に引きずり込まれるような感触。

 

 あっという間に真っ暗になる視界。何がなんだか分からないままにそれに翻弄され。意識が、遠く――

 

 

 

 そして。

 

『あんた、バッカじゃないの!?』

 

 ふと気が付けば、目の前に茶髪の。どこかで見たことのある顔をした少女が現れて、頬を目一杯叩かれる羽目になった、と。

 

 あの、頬がやたらとビリビリするんだけど。自業自得? あ、はい。

 

 …………え、どういう状況?



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第二百七十九話 対話

メリークリスマス!(まにあった)

状況描写が難しく、読みづらかったら申し訳ありません!

誤字修正。244様ありがとうございます!


 鈴木一郎です……

 

 めのまえがまっくらになった、と思ったらいつの間にか目の前に御坂美琴っぽい誰かが居て平手打ちくらった挙げ句正座させられたとです。

 

 鈴木一郎です……鈴木一郎です……鈴木一郎であぎゃぎゃぎゃ!

 

『芸人のコスプレも始めるつもり?』

「すんませんっしたぁ!」

 

 呆れたような少女の言葉と電流に、額を地面に擦り付けて詫びる。恥も誇りも怒れる女の子には役に立たねぇ。DOGEZA。これこそが唯一にして究極の回答なのだ。許してもらえるかは知らん。

 

『……はぁ。人が、どんな気持ちで……』

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか……ああいや、これ多分通じてるな。なんとなく、相手がどう思っているかがわかるというか。

 

 目の前にいる彼女。御坂美琴も、対面して話をしているが。どういうわけか彼女も自分の一部なんだって実感がある。

 

 ここがどういう場所かは分からないが、彼女は間違いなく俺の変身先の一つで、俺が想像して創造する御坂美琴だ。

 

 そして、今。彼女は俺に対して、強い怒りの感情と、ソレよりも深い悲しみの感情を持っている。

 

 それを俺が察したのを彼女も知ったのだろう。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてこちらを見る彼女にもう一度DOGEZAで誠意を見せるべきだろうか。

 

 そう俺が思い悩んでいると。

 

『なーかしたーなーかしたー。イチローがミコトをなーかしたー』

『泣いてないわよ!』

 

 俺と向かい合うように立つ美琴とは全く別の方角から、囃し立てるような聞き覚えのある声が響く。いや、響くというよりは、直接こいつ脳内に? という感じなんだが。これどうなってるんだ?

 

 兎に角、響いてきたその言葉?思念?に反論する美琴の姿と、ココに至る経緯を考えるに、この声の持ち主は恐らく。

 

「豆つぶドちびニーサン」

『誰が豆つぶドちびじゃ! 原作でもそこまで言われてないぞ!』

「自分で言ってるじゃないか」

 

 声の方向を振り返ると、そこには予想通りで、ある意味予想外の姿があった。

 

 長い金髪を三つ編みにし、金色の瞳をもち、そして右腕と左足を機械鎧(オートメイル)で補う異人の少年。豆つぶドちびニーサン、またの名をエドワード・エルリック。

 

 鋼の錬金術師という作品の主人公を務める人物だ。

 

『主人公って言われるとこっ恥ずかしいな』

『ヒロインよりはマシでしょ。しかも、サブヒロインよりは』

『いや、お前さんスピンオフのほうが本体じゃねーか』

 

 こちらの考えが筒抜けだからか、俺の考えたことをダイレクトに受け取った二人が思い思いの感情をぶつけてくる。もしかしたら口を動かしてすらないかもしれない。俺は普段のように話しているつもりだったが、口を動かす前に相手には何が言いたいのか伝わっていたように感じる。ああ、正しいのか。

 

 人類全部がニュータイプになるとこんな感じになるんだろうか。これはこれで色々ややこしいぞ。

 

『ま、今は話が早く済むと思って我慢しろや……で、予想外、か。そうだろーな』

 

 俺の内心にニーサンはケラケラと笑い声を上げる。いや、声は上がってないから笑いの感情か。本当にややこしいなココ。

 

『お前の一部だぜ、ココも。まぁ、お察しの通り本来なら俺が出てくる予定じゃなかったんだが、こっちにも色々都合があるんだよ』

「だろうな。俺、ニーサンはそこまで練習してないし」

『習熟で言うなら。まぁミコトが10点満点中6なら俺は2か3って所か』

 

 そうだ。右腕に特徴があり、かつ戦闘力がある人物。ニーサンの事は割と初期の頃からチェックしており、何度か練習したこともあった。だからここがもし予想通りの場所なら、居てもおかしくない、予想通りと言える人物だ。

 

 だが、ニーサンの変身は実践では扱うことが出来ず、一度見切りをつけてからはほとんど変身もしていなかった。俺の変身ではエドワード・エルリック――鋼の錬金術師の最大の特徴である、錬金術を使用できなかったからだ。

 

『もっと使えよド三流コスプレイヤー』

「いやいやいや。錬金術がないニーサンなんてちょっと格闘が強くて根性あってめちゃめちゃ頭の良いイケメ……強いな?」

『せやろ?』

『コントやってないでまともに進めなさいよ』

 

 あれ、ニーサンよく考えたら錬金術抜きでも普通に強いんじゃね、と思わず考えていると、間髪入れずにニーサンの自慢げな感情が届き、それに呆れたように美琴の感情が俺たちに向けられる。

 

 ゴホン、と咳払いをするような動作をしてとりあえず話を戻すという感情を二人に向け、今、自分の中でまとまってきた推論を頭の中で言葉に当てはめていく。

 

「ここは、俺の中。正確に言えば俺の魔力の中枢というか、根本の部分、かな?」

『そ。ここはアンタの中。私達の待機場所って言うべきかしらね。私も良くはわからないけど』

 

 俺の考えに御坂美琴……美琴は一つうなずいて肯定の感情を返した。

 

『まぁ、私もアンタの一部だからね。ある程度アンタが習熟した”変身”はみんなココに居るわ。ここから、アンタが”変身”する時に呼び出されて、解除されたらココに戻る』

『補足しとくと習熟が足りないうちはみんな無機質な人形みてーなんだが、ある程度慣れてくると俺らみたいになる。結城丈二やミギーみてぇにお前さんと対話できるほどの奴はそういねーがな、実はお前は知らないだけで俺らはココで雑談やらなにやら結構やってるんだぜ。お前は知らないだけで』

「なんでそこ二回繰り返した???」

 

 俺の強い疑問に二人は答えなかった。

 

『ま、主人格がハブられてるかもしれない点はどうでも良いとして次だ』

「どうでもよくないんじゃない???」

『お前さんも予想外だって感じたろ、この状況で俺が出てくるのが。いや、違うな。本来、真っ先に出てこなきゃいけない連中を押しのけて俺がココで出てくるのは、か』

「…………まぁ」

 

 釈然としないものを感じながらも、ニーサンの言葉に頷きを返す。他にも聞きたいことや確認したいことは山ほどある。あるが、どうしても気になるのだ。

 

 美琴がいるのは、わかる。多分、あの時引っ張ってくれたのは美琴なんだと思う。彼女は、本当に本心から俺のことを案じてくれている。自分自身の一部とは言え、いや、自分自身だからこそその点は一切疑いの余地なく信じられる。

 

 だが、この場所が本当に俺の中で、俺が変身する彼らがどういった理屈でかココに居るのなら。

 

 ――なぜ”彼ら”ではなくニーサンがココに居るのか。それが、どうしても分からない。

 

『だろうな。俺もそう思うよ……まぁ、さっきも言ったがちょっとした事情というかな』

 

 俺が考えをまとめるまでの数秒をニーサンはさもありなんといった顔で頷くとポリポリと機械化した右手の指で頬をかいた。

 

『ぶっちゃけ俺じゃなくても良かったんだが、たまたま俺以外の説明役が出来そうな奴が空いてなかったというかなんというか。ミコトだけじゃ感情的になりそうだからってのがでかいんだが』

『まだ終わってないの?』

 

 言いづらそうに感情を向けてくるニーサンに、美琴が呆れたような感情を返している。どうにも話が見えないが、なにか問題が起きていることは間違いないらしい。

 

 首をかしげる俺にニーサンが『あー……』と途方にくれるような感情を向けてきて、少しの間の後。

 

『まぁ、しゃーないか』

 

 一人、納得するように頷いて、ニーサンはパンッと両腕を合わせた。

 

『言葉にするよりは見たほうが良いだろ。ほかが忙しい理由、映像で出すから覗き込んでくれ』

 

 そう言いながらニーサンがそのまま両腕を地面?に下ろすと、一瞬の発光の後に地面らしき場所に丸い鏡のようなものが浮かび上がる。言われたとおりに覗き込むと、ここと同じような空間が広がる別の場所をカメラのような視点で映しているのが見て取れた。生錬金術スゲェ。生って言っていいかわからんけど見れるとは思わなかった。

 

『お前も使えるようになりゃいつでも見れるだろ』

「いやー、キツイっす」

『……ドイツのあの錬金女が俺に変身できたら、おそらく使えたぞ』

「……は?」

『その話は後だ。ほれ、もう見えてくる』

 

 聞き捨てならない単語に思わずニーサンを見るも、ニーサンは首を横に振って顎でしゃくるように鏡を指した。

 

 訪ねたいことが更に増えた事に内心頭を抱えながら、指示されたとおりに鏡に視線を向け。

 

「……なぁにこれぇ」

 

 そして、更に頭を抱えたくなる光景に思わずそう思念が漏れる。

 

 同じように鏡を眺めていた二人からの苦笑の思念を感じながら、画面に映る光景が現実なのだと信じるまでに数秒ほどを費やし、ふぅ、と一つ深呼吸をして、一人ひとり、数えるように鏡の中で見ることの出来る人物に視線を向ける。

 

 ライダーマン、ロックマンといったよく変身する面々に、いつもはミギーだけなので余り意識していないシンイチ、使い所が限定されるARMSのナイトなどの頻度の少ない面々も含めて、誰も彼も見た覚えのある顔ぶれの集団だ。まぁ、知っているからこそ彼らの模倣をしているのだから当然見覚えがあるのは当たり前。そこは、問題じゃない。

 

 問題は、だ。

 

「なんで皆してスパイダーマン追っかけてんの?」

『ピーターが逃げてるからだよ』

 

 鏡の中で見える人物のほとんど全てが、涙目になって飛び回るスパイダーマンを追いかけているんだが。どういう状況なんだこれ。

 

『まぁ、詳しい話はよ。お前に色々言いたい奴が言ってくれるから』

 

 鏡の中のスパイダーマンVSオールスターを眺めながら、ニーサンは一度思念を切って数回瞬きをした後。

 

『取り敢えず今は、ピーターが死なない事を祈っておけ』

「死ぬ可能性があるのか???」

 

 あ、ライダーマンのネットがぶち当たった。ピーター動かなくなったんだけど、大丈夫だよ、な。あれ?



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第二百八十話 続・対話

「君が知る事以上のことは我々も知ることが出来ない」

 

 クリアな音声。美琴やニーサンからの思念にあった、どこか違和感のようなものが一切ない、本当に自身が頭の中で何かを考えているかのような感覚。

 

「だから、君がココにいる事も、美琴くんがなぜ君をココに呼べたのかも、確実な答えを返すことは出来ない。大まかには、予測できてるんだがね」

 

 変身の習熟というものを、俺は今だに理解しきれていなかったらしい。それが高まれば、より強力に違和感がなく再現できる。その程度に考えていたんだ。

 

「ああ、勿論君がココに来た時の経緯は理解している。正直、美琴くんのように君を叱り飛ばしたい気持ちはある」

 

 だが……けれど、目の前で呆れたような、悔やんでいるような表情を見せる彼は。

 

「とはいえ、その前にこれは言っておかないといけないな」

 

 結城丈二は、俺のイメージするライダーマンは。

 

「直接会うのは初めてかな、一郎。経緯がどうであれ……君と会えた事を嬉しく思う」

 

 確かに生きて、意思を持って俺の前に在る。

 

 

 

「意識を持ってから。最初に考えたのは、魔力というものは何なのか、だった。確か君が初めて米国に渡った頃かな」

『魔力についてはまだ議論中だがな』

「現状こうだろうな、という仮説は幾つか出来ているが。結論を出すには、少し情報が足りなすぎる」

 

 結城さんの言葉にニーサンが補足するように言葉を足した。初めて米国に渡った頃というと、かなり前。それこそダンジョンが出現してそれほど経っていない頃の話だ。

 

「君の習熟が高まるまでは我々も深い思考をする事は出来なかったからね。そのくらいの頃から意識を持ったキャラクターも複数人存在するようになって、互いの意見を交換し合いながら幾つかのテーマを持って話を進めていったんだ」

『まぁ中には難しく考えるのが柄じゃねぇって奴も居るけどな。初期から居る奴らだと、ロックとかタクヤ辺りか』

「全員同じ人物のいち部分なんだから、趣味嗜好の問題だと思うんだけどね。特にロックは」

 

 そう言いながら、二人の視線がついっと横を向く。俺もあえて目をそらしていた方角だ。

 

 その視線の先ではハルクに抑え込まれて「ハナセー!」と泣きわめく本家スパイダーマンを、東映版スパイダーマンがスパイダーストリングスで拘束している姿と、それに追いかけっこの際にダメージを負ったキャラクターの回復用だろう、ヒールを込めたバスターを周辺に乱射するロックマンの姿があった。

 

 こちらが見ていることに気づいたのか。笑顔を浮かべてこちらに左手を振るロックマン――ロック・ヴォルナットに手を振りかえし、少し呼吸を整えた後に二人に尋ねる。

 

「こことあそこの温度差に風邪を引きそうなんだけど、何したらあんなひどい事に?」

『マーブルによくあるアレだ。ネガティブ期』

「ああ……」

 

 その一言で全てを納得しそうになり、言葉を失う。定期的に闇落ちする事で定評があるマーブルヒーローのネガティブ期か。それが襲ってきてるならあの扱いも仕方がない、のか?

 

「ピーターのアレは、どちらかというと君がココに居る事が一番の原因なんだけどね」

「……あの。俺そこまで嫌われるような」

『ちげぇよ。気まずくてお前と合わせる顔がないって逃げようとしたんだよあいつ』

「えぇ……」

「まぁ……たまによくある事だから、それほど気にしないでやってくれ」

 

 言いづらそうに顔を背ける結城さんに、心底愉快そうに笑うニーサン。呆気にとられていると、コホン、と結城さんが咳払いのジェスチャーをした。話を戻したいという事だろう。

 

「魔力についての仮説だが、まず確実なのは定形を持たない生命エネルギーというものだ。その生命エネルギーを魔法という型をつくりそこに魔力を流し込んで結果を生み出す。漫画やアニメーションで良く扱われる題材だが、今現在の主流になっている魔法を見る限りはこの表現がしっくり来る」

『山岸恭二はこの辺をどう見えてるのかね。あいつの見え方(・・・)が分かれば結論が出せるかもしれねぇんだがな。まぁ、そこは今後の知識の増加に期待するとして』

 

 結城さんの言葉に相槌を打ちつつ、ニーサンはそこまで言葉にすると一旦口を閉じて、少し悩んだ様子を見せながら口を開く。

 

『で、魔力について……途中脱線もしたが話をしたのは、だな……』

『あんたが干からびてたのも、私達がココに居るのも。アンタを私がココに引きずり込むことが出来たのも、全部魔力が原因だからよ』

『……おい。段取りってもんを』

『アンタも私も結城さんもコイツの一部なんだから、言葉遊びなんて必要ないでしょ。ココなら時間に追われることはないけど、いつまでもココに居させることもできない。だから、理解できる出来ないは置いておいて、伝えないといけないことはさっさと伝えなきゃ』

「……そうだね。ただ、これはあくまでも俺たちの考え。憶測にすぎないよ、美琴くん」

 

 そこまで黙って話を聞いていた美琴の言葉に話を遮られたニーサンが眉をしかめ、結城さんが同意の相槌を打つ。

 

 理解できないという前提で3名が話をしているのには少し憤懣やる方ないものもあるが、頭脳労働派でもないスズキイチロウくんは黙って3名の話を聞くぜ。沈黙は金銀財宝とも言うしな!

 

「……内心が伝わることももう少し意識したほうが良いね」

「hai」

「うん。少し恥ずかしいときや真剣にならなければいけない時、茶化すような言葉を思い浮かべて気分をごまかす癖。ピーターの影響だろうが、この場では止めたほうが良い」

「それを僕の影響ってのは止めて欲しいんだけどね」

『いや、どう考えてもアンタでしょ』

 

 なんとも言いづらそうに苦笑いを浮かべる結城さんの声に、心底困ったようにどこかで聞いたような誰かの声が返事を返し。その返事に美琴が呆れたように言葉を向ける。

 

 ノシッ、ノシッ、となにか大きなものが歩いてくる感覚。大分この空間に馴染んできたからか、見なくても誰が歩いてきているのかが分かってきた。

 

「すまない、途中から任せきりになってしまって」

『構わないさ、ジョージ。こちらこそすまない。拘束に――と、暴れないでくれピーター――手間取ってしまってね』

「なぁブルース。考え直してくれないか。ちょっと、ほんのちょっとの間この蜘蛛糸を緩めてくれるだけで良いんだ。背中が痒くて仕方ないんだよ、ホント!」

 

 結城さんが声をかけた人物に視線を向ける。そこには、予想通りの人影がいた。

 

 ハルク。マーブルヒーローの一人で、最強級のパワーを誇るヒーロー。本来の彼は常に怒りを振りまく破壊の権化と言っても良いキャラクターなのだが、この場に現れた彼は非常に理知的な――それこそハルクに変身する前のブルース・バナー博士が喋っているかのような印象を受ける。

 

 いや、実際にそうなんだろう。彼が身にまとう服装には見覚えがある。現在撮影中の、復讐者本編。そこに登場するハルクとブルース・バナー博士が完全に一体となったスマートハルク。先程まで大暴れしていたから所々破けていたりするが、この服装はスマートハルクが初登場した際に身に着けていたもののはずだ。

 

『やぁ、イチロー。そう、そのとおり。例の映画で上書きされたようでね。お陰でようやく、ブルース・バナーとしての自分を持つことが出来るようになった』

「彼が知性を取り戻してくれたのは僥倖だったよ」

『このおっさんが暴れたら、止められるやつ少ないからなぁ』

「その数少ない止められる奴として結構頑張って来たと思うんだけど! ねぇエド、頼むよ! 君と僕の仲じゃないか! 本当に無理なんだって!」

『だぁぁ! やっかましいんだよみの虫! いい加減覚悟決めろや!』

 

 頭以外の部分をスパイダーストリングスでグルグル巻にされ、文字通り蜘蛛の巣にぶら下がる獲物のような姿でハルクに運搬されている彼の叫びに、ニーサンがキレた。

 

 ぐいっとニーサンはハルクが持つ蜘蛛の巣の端を掴むと、思い切り力を込めてそれを引きちぎる。支えを失い、受け身を取ることも出来ずに地面に落ちた彼が「うげっ」とうめき声をあげた。

 

 そしてそんな彼の姿に小さなため息を誰かが漏らし、全員の視線が俺に向けられた。やれ、という強い意思と共に。

 

 いや、あの。そんな目で見られてもこまるというかだな。あの、ええっと。

 

「……は、ハロー?」

『外国人にいきなり話しかけられた日本人か、アンタは』

 

 呆れたように脇から飛んでくる美琴の口撃に苦笑が漏れる中。

 

 俺の言葉を聞いた眼前の人物は、うんうんと唸り声を上げた後、顔を持ち上げてこう答えた。

 

「……こういうときはハローって返すべきかな?」

「いやぁ、普通でいいんじゃないかな」

 

 思わず、といった風に軽口を叩く彼にそう返事を返す。米国での本家さんとのやり取りが頭をよぎるが、彼ともまた違う感覚。自分の中の彼が、目の前にいるというその不思議な実感を噛み締めながら、手を差し伸べる。

 

「初めまして、で良いのかな。ピーター」

「……そうだね。うん」

 

 俺の言葉に少しだけ躊躇した後。諦めたかのようにふぅ、とため息を付いて。

 

「初めまして、イチロー。出来れば握手は、この糸を外してからが良いかな」

 

 スパイダーマン――ピーター・パーカーはそう言って、笑顔を浮かべた。



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第二百八十一話 妹

本年も拙作をご覧いただきありがとうございました。

来年もよろしくお願いします!


 

 兄が倒れた。その一報を受けた時、鈴木一花は自分でも驚くほどに冷静だった。少なくとも本人はそう信じていた。電話口の住職から状況を確認、齟齬や漏れがないかをヤマギシに連絡し、最短で兄が担ぎ込まれた病院までのルートを確認。道筋を頭に叩き込むと自身の車に乗り込み、アクセルを踏む。

 

 約2時間ほどの車での道のり。決して速度違反も起こさず、法定基準に則った速度で車を走らせる。冷静だ、間違いなく。そう自身の頭の中で繰り返しながら、そう考えていること事態が冷静ではないのだが――そんな思考の片隅に浮かぶ自身の声を故意に無視し、一花は兄が担ぎ込まれた病院にたどり着いた。

 

 受付に声をかけ、面会の可否を確認。どうやら兄は目を覚ましており、命にも別状はないという情報を手に入れ。そこで、大きな安堵とソレ以上の怒りを感じながら。グツグツと煮え返る内面を仮面で隠しながら、病院の廊下を進む。

 

 怒りの矛先は、まず自分。そして兄。ああ、後はまぁ住職も、だろうか。あのまま自身もあの場に残るべきだった。2時間の旅路のあいだ何度も何度も考えたが、あの場で兄を残して帰るのがどれだけの悪手だったのかが頭に浮かぶだけの結果に終わった。

 

 兄も兄だ。住職からの報告によれば、兄の右手に嵌めていた義手が壊れた瞬間に兄は急激にやせ細ったという。であればそれが魔法的な部分での衰弱であることは間違いがない。あの義手は一花にとって必要な措置であったと思っているが、それが原因で兄に大きな影響が出るのはまた違う問題だ。何かしらの予兆が無かったのか、もしあったのなら何故黙っていたのか。それを問いただして。

 

 ――問いただして、どうするのだ。

 

 止まりそうになる足。それを奮い立たせて、一歩前へと進む。なぜか、この先に進むのが怖いと思ってしまっている。

 

 あの兄が。病気とは無縁な、それこそ冒険者となってからは風邪すらひいた事もない兄が倒れた。しかも尋常な倒れ方ではない。いきなりミイラのようにやせ細り、倒れたのだ。

 

 自分たちは一体なにに手を出してしまったのだ。魔法とは、一体どんな代物なんだ。

 

 自身の手を見る。この手から当たり前のように使っていたそれらが、今はたまらなく怖い。そして、その答えをこれから見てしまうかもしれない。それが……

 

 いいや、違う。自分が怖いのは、そんなものではない。

 

 倒れた兄を――やせ細った兄を見るのが怖い。

 

 たまらなく、怖い。

 

 そうして、迷いを感じながらも足は前へ前へと進んで。

 

 やがて、その時は訪れる。

 

「……334号室」

 

 兄の運び込まれた病室。そのドアの前で、一花は立ちすくんだ。

 

 何かを探すように周辺に目を配る。病室前には沢山のトレイ。配食中だろうか、今は昼どきを過ぎていると思うが。いや、もしかしたらトレイの回収に来たのかもしれない。どうにもタイミングが悪い。出直そうか、と出来るはずもない事柄が頭をよぎり。

 

 それを無視して、一花は病室のドアに指をかける。

 

 ドアを開ける前に、自分の仮面をもう一度しっかりとかぶり直す。動揺を見せてはいけない。まずはいつもの調子で――いや、開口一番に叱り飛ばすのが良いだろう。そして涙を流す。そうすれば私に甘いところのある兄は素直に言葉を聞いてくれるだろう。そうした後になぜこんな状況になったのかを探って。事情が事情だ。今現在、進行している仕事を全てキャンセルしてでも兄には休みを取らせるべきだろう。幸いブラス家との仲も修好したと言っていいし、久しぶりにヴァージン諸島へバカンスに行っても良い。もしくはどこか全く行ったことのない場所にでも。ああ、そういえば室内には住職も居るだろう。彼にも詳しく話を聞かなければ。苛立ちを感じてはいるがそれとこれとは話が――

 

 頭の中でこれからの算段を弾きながら、ドアを開ける。大丈夫、どんな状況でも完璧に鈴木一花でいれる。覚悟を決めて、前に。

 

 そう、心のなかで呟き。

 

 たった数瞬もしない間にその決意を粉々に打ち砕かれ、一花は呆然と立ち尽くした。

 

 ハムッ、ハフハフ、ハフッ!!

 

 視界の隅から隅までが食べ物で埋め尽くされた空間。一種異様とも言える光景に時が止まったかのように立ち尽くす一花の目に、唯一動く部屋の主の姿が映る。

 

 兄だ。倒れたと聞かされた兄がそこにいる。視界に入ったそれを頭脳が認識し、一花は再起動を果たす。

 

「おにいちゃ」

 

 声をかけようとして、再度動きが止まる。

 

 なんと声をかければいい? この状況、全くの想定外。いや、ただ食事をしていただけなら対応できた。だが、一度も想定したことがないような環境、この瞬間、自分は何を言葉として兄にかければ良いのか。

 

 そういった、余計な思考が邪魔をする。ただ、兄に声をかけるという事すら邪魔をしてしまう。

 

 考えすぎる。昨日あの住職に言われた言葉が頭をよぎり、奥歯を噛み締めながら頭をフル回転させて次に繋げる言葉を紡ぎ出――

 

「一花」

 

 その声は、いつもと同じ調子だった。朝起きた時、出かける時、ご飯を食べる時、一緒に遊ぶ時、寝る前に声をかけた時。

 

 いつもと同じ、兄の声が、まとめようとした思考を吹き飛ばす。

 

「すまね、心配かけた」

「…………おにいちゃん」

 

 何を言いたいのか。何が言われたかったのか。なんと言葉にすればいいのか、なんて言葉をかけられたかったのか。

 

 そんな、余計な考えが頭を流れ去って。そして、気づけば一花は涙を流していた。

 

 無事であったことの安堵。そして、心配したという意思表示。

 

 涙で滲む視界の中。慌てたような兄の姿に、内心でほくそ笑む。散々心配をかけたのだ、せいぜい慌ててくれ。涙にくれる自分をどこか客観的に眺めながら、そんな意地の悪い考えを……涙を見せてしまった照れ隠しに考え、一花はポロポロと涙を流した。

 



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第二百八十二話 食べ放題は続く

更新遅くなり申し訳ありません。
ちょっとリアルが忙しすぎて暫くこんな更新速度になりそうです(白目)

誤字修正。見習い様、名無しの通りすがり様、げんまいちゃーはん様ありがとうございます!


「で、こうなってると」

 

 呆れたような恭二の声に無言で頷き、ズルズルとラーメンを啜る。やっぱ下のラーメン屋美味いわ。豚骨がなぁ、いい味出してるんだよなぁ!

 

 そのまま麺をすべて啜り終えた後。器の縁に口をつけて、スープを飲み干す。意外とあっさりとしたその喉越しをゆっくり楽しんだ後に器を置くと、すっと隣に座った一花がその器をどけ新しい料理と入れ替えてくれる。

 

 ステーキ、しかも少し置かれていた筈なのにどう見てもアツアツだ。油が弾けてやがるぜ。これは魔法で保温……いや、温め直したのか?

 

「パーフェクトだ、イチカー」

「感謝の極み」

「何やってんだこの兄妹」

 

 ヘルシングごっこに決まってんだろ。

 

「お前な……ぶっ倒れたって聞いて急いで駆けつけたんだぞこっちは」

「ああ……心配掛けたのは、正直すまんかった」

 

 脱力したように開いたスペースに座る恭二に、本心から頭を下げる。ダンジョン38層で木こりをしていた恭二は、急報を聞いてすぐに帰還してきたらしい。肩で息をする沙織ちゃんが言うには。

 

 沙織ちゃんが息切れするって、こいつどんな強行軍で戻ってきたんだ。沙織ちゃんレベルの冒険者ならフルマラソンをジョギング感覚でこなせる体力がある筈だぞ。

 

「まぁ、ヤマギシ記念病院に移っててくれたのは助かった。ここから隣県まで走るのも面倒だしな」

「もう問題ないんだけどな、体調は」

 

 そう何度も主張しているんだが、担当医の間という先生もこの病院の理事長も、果ては山岸社長に真一さんまでもがしっかり検査しろ、と口を酸っぱくして言ってくる。この病院に移されてから半日。死にかけてから未だに1日も経っていないのはそうなんだが、流石に延々病室で飯を食べ続けるのも飽きてきたんだよな。

 

「いやぁ、むしろ食べ続けないといけないから一箇所に居て欲しいんじゃないかな! 延々作ってるのに更に配達場所がバラけるとか悪夢だよ!」

「そうかな……そうかも」

 

 ぎゅっと俺の左手に抱きついてそう口にする一花に、そう言われれば、と思い直して右手のフォークをステーキ肉に突き立てる。妹との仲が良いアピールじゃないぞ。これ俺が動こうとしたら力尽くで押さえつけるムーヴだからな。

 

 トイレ以外でこの場所から動けないように、という真一さんのお達しを、この妹は物理的に押さえつける方面で実行してきたのだ。男女七歳にして席を同じゅうせず、という有名な言葉を知らないのかと尋ねたら鼻で笑われました。妹の対応がセメントで辛いです。

 

「なんて軽口叩きながら1キロはありそうなステーキが2,3分で消えたんだが。お前の胃と食欲どうなってんだ。ル○ィか?」

「胃に落ちる前に大体消化してるっぽいんだよなぁ」

「……どういうこと?」

 

 なんなら口で咀嚼している間に粗方消えてるっぽいんだが、まぁそこまでは言わなくても良いだろう。

 

 怪訝そうな表情を浮かべる恭二に、右腕から伸びる白い線のようなものをツンツンと指差して、その線が続く扉の外を顎で指す。

 

 俺もまだ良く分かっていないから言語化が難しいんだが。取り敢えず俺が食べた分は今、その線の先に吸い取られる形になっている。詳しいことは、その先にいる人のほうが丁寧に教えてくれるだろ……多分。

 

 

 

 

 山岸社長はオタクだ。

 

 ダンジョンが出現した際、諸々落ち着いた辺りで息子のダンジョン話を聞いた瞬間「俺は、初代Wizardryも日本に入った瞬間プレイしてたんだ!」とか叫んじゃうくらいにちょっと痛い方面のオタクだ。趣味に理解の在る嫁さんと二人で好きなライダーについて口論を交わすくらいにはオタクだ。家業の雑貨屋をコンビニチェーンにしたり、早世した嫁さんの分も愛情を注いで息子二人を育て上げたりと忙しい日々を送る中でも、ニチアサを店舗に置いてあるTVでチェックしてるくらいにはオタクだ。

 

 そんな古き良きオタクと言っても過言ではない男の前に。

 

「つまり魔力に指向性を持たせることができれば」

「ええ。現状でも我々のように思考し、意思のようなものを持つ存在を創り出す事は可能です。神話にある意志を持つ道具類や、日本でも付喪神などは実在していても」

 

 生前の、それこそ放映当時の姿をした結城丈二……と思われる彼が、自慢の長男と会話をしている姿を見せればどうなるか。

 

「あ……」

「恭二のやつが見たという……親父?」

「彼の眼にはどう見えているのか興味……山岸社長、どうされました?」

 

 真一と彼からの視線。瞬きもせず、彼が現れた瞬間から同じ姿勢、同じ表情のまま推移を見守り続けていた山岸社長はそれらを受け、ついに。

 

「あばばばばばばばばばばば」

「親父!?」

「山岸社長!!?」

 

 壊れた。

 

 手に持ったサインペンとメモ帳を、狂ったように震えながら彼に差し出して、壊れた。

 

 喧々囂々とし始めた病院の会議室を、ドアの外側から眺めていた一郎と恭二は、その光景を目にした後。中に続いているぼんやりと光った線を潰さないように気をつけながら、そっと扉を締める。

 

 ふぅ、と一つ息を吐き、恭二は一郎から手渡された肉まんを頬張る。温かい。一花の魔法操作どうなってんだと思いながらモムモムとそれを咀嚼した後、飲み干し。空いた手に持っていた水で口を潤して。

 

「お前の右手どうなってんの???」

「出てきちゃったんだよなぁ……」

 

 燃費悪いし早く戻って欲しいんだが、とガツガツとハンバーガーをどか食いしながら口にする一郎に、やっぱこいつの体が一番おかしいんじゃないだろうか、と確信に近い疑問を抱いて。まぁ面白いしいいか、と山岸恭二は肉まんの残りを頬張った。



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第二百八十三話 にらめっこ

説明回です

誤字修正、244様ありがとうございます!


 結論から言うと、俺はどこまでも衣装劇演者(コスプレイヤー)だった。

 

 俺の右手を軸にした変身は、自身の思い描く“キャラクター”を右手という媒介を用いて、全身を魔力で覆う事で再現している。

 

 これは実際に演じている“キャラクター”たちから直接聞いた話で、“キャラクター”を演じれば演じるほど熟練度が上がっていくと俺は考えていたが、実際の所は変身する際の、変身先の魔力パターンのようなものが体に馴染んで、思い描く“キャラクター”との誤差が少なくなっていただけだった、らしい。

 

 つまり魔力で作った“キャラクター”という衣装を着替えてその“キャラクター”になりきる(を演じる)というのが俺の特性で、社長が壊れかけのラジオのように同じ言葉を繰り返す羽目になった“結城丈二”の存在も、実を言うとその特性の延長線上に在る。

 

「……それガ、倒れた事トなにか関係を?」

「ああ。まぁ、俺の体って変身してる時明らかに質量が変わってると思うんだけど。あれも魔力が原因というかなんというか」

『君、明らかに大きくなったり小さくなったりしてるからね。ハルクとか』

 

 ケイティの言葉にそう答えると、納得した、とばかりに思い当たる節を口にしてウィルが頷いた。アメリカに俺が倒れたという連絡を入れてわずか半日。例のテロ騒動で半端なく忙しい筈の彼らがここに居る事が、とても嬉しい反面申し訳なくてたまらないんだが。

 

『申し訳無い、なんて思わないで良いのに。友人を見舞うなんて当たり前の話だろ?』

「イチローには色々頼りっぱなしデスが。ウィルも、勿論私も貴方を友人だと思ってマス」

「友人だけど組織人としてはいひゃいいひゃい」

 

 隣に座っていた一花がケイティに突っかかる前に頬を引っ張って黙らせる。何度も蒸し返すんじゃないとは言ってあるんだが、一度こじれちまった関係はやっぱり簡単に元には戻せない。

 

 とはいえそんな関係をいつまでも引っ張るわけにもいかない。ってのも理解はしてる筈なんだがな。

 

 それに。

 

「心配して来てくれた相手にその態度は、駄目だろ」

「……そだね。ごめんケイティ、ウィル」

「いえ……構いません、イチカ」

『マスターのお言葉は全て受け入れるけど、それはそれとして。気にしないで良いですよ』

 

 俺の言葉に少し間を置いて頭を下げた一花に、ケイティが首を振って答える。ウィルは…………うん、俺の特性とぶっ倒れた原因についての話に戻そう。

 

 変身という特性は、言ってみれば右手を軸にした衣装替えである。しかも、魔力によって肉体を変質させ、質量すらもイジってしまうレベルでの衣装替えだ。

 

 これはつまり、俺の肉体はその大部分が魔力に対して非常に親和性の高い、魔力の影響で簡単に変質してしまう代物に成り代わっているという事で。

 

「そんな状態の俺が常に魔力を吸われる代物を装備してたらどうなるかっていうのがね」

「……魔力が、血肉のようなモノになっているのだと解釈するト。常に出血、デスか?」

「大体合ってる」

 

 それに+して肉体に馴染んでる残留魔力みたいなものも搾り取られてたからガリッガリのミイラみたいになってたんだが……まぁそこまでは言わなくても良いだろう。詳細な情報はヤマギシからブラスコやジャクソンに送られるだろうし、わざわざ今このタイミングで言っても空気が悪くなるだけだしね。

 

『君がミイラになった理由は分かったけど、あの光景が生まれた原因は結局どういう理屈なんだい? 君がコスプレ趣味なのと彼が現世に出てくるのは流石に理屈が違う気がするけど』

「ああ……」

 

 チラと魔力線の先の現状を眺めた後、そっと目をそらして口をもごもごと動かす。

 

「演じるってのは、外面だけの話じゃないんだ。俺は変身する際、内面も模倣して自分の脳内の“キャラクター”を再現するようにしててな」

 

 そう考えたほうが変身した際のしっくりくる度合いが違ったから、という理由で始めたことだったんだが……その内面の模倣という部分と魔力による肉体の変質が噛み合ってしまったのが、一番の原因だった。

 

 変身している時、俺はその“キャラクター”になりきっていた。彼ならばこうする。彼女ならばああする。外身と中身が合うように、そう考えて変身先を演じていた。そうして何度も変身をし、そしてその変身先に体が馴染めば馴染むほどに、同じく俺の“キャラクター”を模倣した思考も残留思念のように積もっていき。

 

 やがて積もりに積もった残留思念は、自我を持つに至った。

 

「そうやって自我を得た彼ら彼女らは、オレの内部で魔力を糧に成長して、そして遂に俺が変身する要領で魔力を編んで、自身の体を再現した。起こったことをそのまま言葉にすると、そうなる」

 

 これが結城丈二が俺の内部から外部へ出てこれた理由と、その絡繰りだ。

 

「つまり普段お兄ちゃんがコスプレする要領で体を構成してるわけだね。あそこでにらめっこしてる人は」

「にらめっこ言うな」

 

 1時間近く立ち尽くしてるんだから、あれはもうにらめっことかいうレベルじゃない。

 

 険悪なムードというわけではない。わけではないのだが……無言で見つめ合うV3さんと結城さんという、他人が入りこむ余地がないシチュエーションは勘弁してほしい。有線の距離があるから下手に動けないんだ。

 

 いつまでも魔石齧ってるわけにもいかないし、初代様に来てもらって収拾つけてもらうべきだろうか……余計ひどくなりそうだな。うん。



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第二百八十三話のオマケ

前話だけだと少し尻切れトンボに感じたのでオマケをつけてみました。
本編更新じゃなく申し訳ありません(白目)

誤字修正、244様ありがとうございます!


 バタン、と激しくドアが開かれる音。背後から困ります、と呼び止める警備員の声も無視して、ドアの中へと飛び込む。

 

 ドアの向こうに広がる風景。幾度か、未だ若き後輩に招かれて入ったことのある談話室の中には、見知った顔と見知らぬ顔がいくらか。彼らがこちらに驚いたような表情を向けてくる中、呼吸を弾ませながら室内を見渡し。

 

 探し求めたその顔は。もう、会うことがないと思っていた彼の驚いたような表情が目に入った。

 

「……風見」

 

 つぶやかれた一言に。その懐かしい声音に。そして、彼がどうしようもないほどに“結城丈二”であった事に。

 

 呼吸を弾ませながら、口を開こうとして。何かを伝えようとして。

 

 けれど、伝える言葉が見つからなくて。

 

 ∨3を演じていた彼は、ただ黙って、“結城丈二”を見続けた。

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 

 

 どれだけの時間が経ったのか。

 

 ポン、と肩を叩かれ、彼と“結城”の間で止まっていた時間が動き出す。彼が振り返ると、そこには見知った顔――彼らの始まりとも言える男が、何かを噛み締めるように口元を歪めて佇んでいた。

 

「連絡助かったよ、一郎。彼は……“結城丈二”なんだな?」

「はい」

 

 確かめるかのような男の問いかけに、談話室で佇んでいた後輩が即座に肯定を返す。

 

 ああ、そうか。

 

 そうだとは分かっていた。直接あって、確信ももった。

 

 けれど、今。先達と後輩の言葉で。その事実が、確定してしまった。

 

 彼は…………“結城丈二”なのだ。あの家族思いな先輩では、ないのだ。

 

「久しぶりだな、“結城”。また会えるなんて思っていなかった……本当に」

「――“本郷”、俺は」

「分かっている。お前が“彼”ではないのは、良く分かっている」

 

 だが。

 

 そう一つ前置きを置いて、初代と呼ばれる男は。

 

「それでも今、俺は本当に嬉しいと感じている。きっとお前も……そうだろう、“風見”」

 

 ニッと口元を歪めて、彼にそう語りかけた。

 

「……ああ。ああ、そうだな」

 

 その笑顔に、胸の奥で渦巻いていた様々な感情が吹き飛ばされて。

 

 つくづく敵わんなぁ、と頭を振って彼は。“風見志郎”と呼ばれた事のある彼は、首をふるふると振って目の前に立つ“結城丈二”を見る。

 

「今度……」

 

 口を開き。少し躊躇して。そして意を決して、彼は結城丈二に話しかけた。

 

「今度、俺の尊敬する――ある俳優の墓を参ろうと思う」

「…………」

「都合が合えば。もし、合えばでいいんだが」

「分かった。一郎くんの都合もあるが、出来る限り努力する。同行させてくれ」

 

 彼の迷いを含んだ言葉に、結城ははっきりとした口調でそう答えた。その仕草に、かつての先達の姿を思い出す姿に苦笑を浮かべていると、初代と呼ばれた男がヨシ!と声を張り上げる。

 

「久しぶりに飲みに行こうか。連絡が着く奴には声をかけて――ああ、一郎。もちろん来てくれるな?」

「ハイヨロコンデー」

「それ以外の回答がない質問来たね! まぁお兄ちゃん近くに居ないといけないしどっちにしろ」

「一花ちゃんも来るかい。ああ、ウィル、久しぶりだね。そうだ、仲間に紹介するから君もどうだい」

「ハイヨロコンデー」

『師匠のお誘いは断れないなぁ。ケイティはどうする?』

「では、ご一緒に。あ、キョーちゃん、呼んできマス。ノミニケーション、デスよね?」

 

 俄にざわつき始めた室内。場の空気を自分色に塗り替えた男は、手近に居た後輩を捕まえた後に携帯電話を取り出しどこかへと電話をかけ始めた。

 

 これは、予定が空いている連中は全員連れてこられるな。確信に近い予想を懐きながら、彼は携帯を取り出す。

 

 家族に、今日は帰らないと伝えることと。そして。

 

「墓参りに伺わせて頂く旨を、伝えて置かなければな」

 

 彼が亡くなってからは一度も使われなかった連絡先。電話帳に、念の為として登録していたその番号を選択して、携帯電話を耳に当てる。

 

 驚かせてしまうだろうか。いや、もし繋がらなければどうしようか。

 

 様々な事柄を頭に思い浮かべながら、彼はコール音に耳を傾けた。

 

 

 

「新しい特性を公表する? 大丈夫なのか、それは」

「大丈夫じゃないですが、仕方ないんですよね」

 

 意外そうな声で俺の言葉に反応した初代様に、そう返事を返してパクパクと握り寿司を口に放り込む。1店舗目に焼肉、2店舗目が中華と来ての寿司。油分多めの所にSUSHIでさっぱりと。完璧なチョイスだ流石初代様。さす初

 

「お前さんが1店舗目と2店舗目の食材を食いつぶさなきゃ焼肉で終わってたんだがなぁ」

「いやぁ、食べ盛りなんで」

「ここまで食える人類が他に居るとは思えないが」

 

 くつくつと笑う初代様にそうですかねぇ、と相づちを返し、パクパクと皿を空けていく。流石に他の人達はもう限界なのか、軽く寿司をつまんだ後は飲酒にシフトしているらしく。俺の前にはどんどんと他の面々が頼んだ寿司が回されてきて、そして空き皿になってうず高く積み上がっていく。

 

「す、すみませんイチロー先輩、もうギブです」

「ああ、もらいますよ」

 

 申し訳無さそうにするゲームくんから皿を受け取り、ヒョイヒョイっと残った寿司を口に放り込む。うん、美味しい。

 

 食べ終わった皿を返すと、ゲームくんは唖然とした表情を浮かべたまま思わず、という風に口を開いた。

 

「……先輩ってプププランドに親戚がいたりします?」

「(居るわけ)ないです」

 

 丸い悪魔とは縁もゆかりも無いんだ。あっちがコピー能力持ちだからたまに比べられる事はあるけど。

 

 大体、今の食欲もアレだ。結城さんの維持に全力傾けてるからであって、普通はこんなに食べられないからね。誰か出してる間は文字通り満腹感とは無縁になるくらい腹が減るけど。

 

「そうか。すまんな、面倒をかける」

「あ、いえ」

 

 なにか思うところがあったのか。軽く頭を下げる初代様の言葉に首を横に振って答え。

 

「まぁ、こういうのもたまには良いんじゃないでしょうか」

「……そうだな」

 

 座敷の片隅。二人きりで、サシで飲み交わす二人の姿に視線を送りながら、初代様と頷きあう。

 

 あの光景のためなら、一晩くらい食べ続けても良い。心の底から、そう思える。

 

「……で、事情ってのはなんだ。聞いても良いたぐいの話なら、力になるが」

「ああ、いえ。まぁ聞いてもらっても問題ありませんよ」

 

 少し声を落とした初代様の問いかけに首を振る。そう、これに関しては別に聞いてもらっても構わないものだ。というか、できれば初代様には知っていてほしい類の事でもある。本当ならば隠し通していたい事柄ではあるのだが、人の口に戸は立てられないものだし、何かの拍子に事実が露見する事もありえる。

 

 ニューヨークで起きたテロ。あの時のような状況がまた起きた時。その時、力を隠すなんて真似が自分にできるのか。それが、自分でも分からない。

 

「まぁ平たく言うとですね、知らしめたいんですよ」

「うむ」

 

 そうつらつらと考えながら、初代様に合わせるように少し声を落として。

 

「俺の能力はあくまでも演じる事であって――死者蘇生じゃないって」

 

 V3さんと飲み交わす結城さんへと視線を向けながらそう言って、俺は残った寿司を口に放り込んだ。



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第二百八十四話 宴のあと

遅くなった上に全然話が進んでない申し訳ありません(白目)



「す、すみません。鈴木さんたちにご足労頂いてしまって。副社長も山岸部長もまだいらっしゃっていなくて……」

「ああいえ、お気になさらず」

「まー、生き残ってるの私らだけだろうしねぇ」

 

 申し訳無さそうな受付嬢の言葉に苦笑いを浮かべて首を横に振る。現在時刻は朝7時。昨日……というかついさっきまでどんちゃん騒ぎだったからなぁ。一徹二徹は平気の平左な冒険者でも、あんだけ酒をかっ喰らえばこの時間に起きてこれる訳がない。

 

 俺? 勿論寝ていない。というかお酒をどんだけ飲んでも全部魔力に変換されるのか少しも酔えなかったせいでひたすら酔いつぶれた友人上司先輩後輩の介護をさせられていた。年齢的に飲めない一花と一緒に。

 

 まぁその御蔭で件の人物のやらかし?に対処できると考えれば良かっ……いや、良くない。まったくもって良くはない。

 

「……まぁ、その。気持はわかるけどさぁ」

 

 どんどん下に降りていくエレベーターの内部で、一花がポツリとつぶやいた。

 

 気持ちは、確かにわかる。飛行機の関係でどうしても昨夜のうちに奥多摩に戻れず、飲み会に参加できなかった件の人物の気持ちはよく分かる。直撃世代ではない俺ですら胸に来るものがあったんだ。見る人が見れば、あの場は初代様に呼ばれたスピリッツ先生のようにその場でストン、と腰を落として滝のような涙を流してもおかしくはない場所だったのだ。

 

 せめてもの慰めに、と2店舗目くらいから一花に撮影してもらって一部を動画配信していたのだが……

 

「火に油を注いじゃったかもね」

「ぽいなぁ」

 

 昨日の動画に関しては特性が強化された件についても触れており、やらないという選択肢は無かったのだがな。

 

 元々俺の特性については知られていたし、強化された現象も誤解を招きやすい形ではあるが俺の特性の発展としてはまぁなくはない代物だ。流石に人格っぽいのが生えたのはびっくりしたが。

 

 変な勘違いが生まれる前にどういった物かを懇切丁寧に結城さんの口から語ってもらったから、少なくとも昨日の俺の動画を見た人々からは神の奇跡だとかそういった類の発言が飛ぶことはないだろう。多分、ないだろう(大事なry)

 

 うだうだと考え込んでいると、1階に到着したのか軽い振動と共にエレベーターが止まる。ふぅ、と深呼吸を一つ。どういう情景が広がっているかを想像し、覚悟を決めているとエレベーターのドアがゆっくりと開いていき――

 

 

 

 

 

 スーツ姿でプラトーンのポーズをキメている山岸社長の姿に「おうふ」と情けない声を漏らす。想像の数倍キツかった。

 

「いやぁ……これはキツイ」

「かれころ30分近くあの姿勢のままで……他の社員も遠巻きに」

「誰も声かけられないわね、ありゃ」

 

 心底困り果てた、という受付嬢に同意の言葉で応えて、ポリポリと頭をかく。社長がプラトーンのポーズをキメている、おそらくはその視線の先にあっただろう額縁に視線を合わせる。なるほど、アレを見てああなったのか。

 

「社長。山岸社長」

「ァァァァァァァァァ」

「駄目だ。一花、足持ってくれ」

「アイサー!」

 

 これ、社長は今日一日動けんかもしれんな。そこまで衝撃を受けたのか。受けたんだろうなぁ、アレに。

 

 視線を額縁に、そこに飾られた、できたてほやほやの一枚の描き下ろしイラストに向け苦笑いを浮かべる。スピリッツ先生が昨夜、泣きながら一晩で完成させた三枚のイラスト。そのうち一枚を社長のために寄贈してもらったのだが、まさかここまで効果が出るとは。

 

 いや……意外ではない、か。

 

「あ、受付のお姉さん。あの額縁の絵、社長室に持ってきてもらって良いですか。今日一日だけで良いんで」

「え、あ、はい」

 

 昭和ライダー全員に、俺を含めた関東圏にいた平成ライダーほぼ全員。それに部外者ではあるが一花や恭二、沙織ちゃんにウィルとケイティという世界有数の冒険者達の姿がスピリッツ先生の絵柄で写し出されたその一枚のイラストは、実物をついさっきまで見ていた俺ですら魂を持っていかれそうになる魅力を感じる逸品だ。

 

 ファンを公言して憚らない社長がこんな物を見たら、こうなってもおかしくはないのだろう。とはいえ毎日これをやられていたらたまらない。

 

「社長室の壁に飾っとこうか。一日も見続ければ慣れるだろ」

「一日で慣れるかな?」

「慣れるんじゃないの、いくらなんでも」

 

 えっさ、ほいさと社長を抱えて移動しながら一花と会話を交わす。まぁ最悪慣れなかったらどこかの部屋に展示物として飾る手もあるだろう。

 

 なお社長が絵に慣れるまで本当に1日かかったらしくその間主に迷惑を被った真一さんから小言を言われたが、流石にこれは俺に言われても、その、困る。




寄贈されたもの以外のイラスト

2枚目
構図は寄贈されたものと同じで昭和・平成ライダー全員が変身している1枚

3枚目
誘われた地獄大使さん等の関係者が飲み会に参加するために暖簾をくぐり、それを歓迎するライダーズの姿が描かれている。ウィルはヒーロースーツに、他の冒険者も装備を着込んだ姿で描かれており飲み会の描写というより冒険者の酒場といった風情の1枚。


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第二百八十五話 その為の右手

誤字修正、ナナフシ様ありがとうございます!


 ヤマギシ本社ビルには幾つかの応接室がある。これは本社ビルを建設する当時、社長から相談を受けたケイティが進言した事によって作られたものだ。

 

『近い将来、ヤマギシには必ず必要になる』

 

 そう断言したケイティの言葉に従い作成された、来賓する相手の格式に合わせられるようそれぞれ調度品のグレードを分けられた幾つかの応接室。

 

 それらの中でも、最も格式の高い相手――それこそ国賓レベルの相手に使用するために用意された一室で、俺とシャーリーさん、そしてテーブルを挟んで向かい合うように座った男性は、張り詰めた空気のまま無言で互いを見つめ合っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 圧力すら感じる空気の中。最初に動いたのはディスターシャと呼ばれる、中東の方で良く着られている服装に身を包んだ男性だった。

 

 スッ

 

 彼は俺とシャーリーさんの視線を受けながらも動揺した素振りも見せず、ゆっくりとした動作で傍らに置かれていたアタッシュケースを持ち上げ、ゴトリとテーブルの上にそれを置く。

 

「ココニ50万ドルアリマス。全ーテ思いドーリナル額デース」

 

 少し怪しいイントネーションの日本語でそう語りながら、男性はアタッシュケースを開く。中に詰め込まれたドル札の束に視線を滑らせた俺とシャーリーさんを見て、畳み掛けるように彼は言葉を続けた。

 

「貴方YESト答エテクレレバ、皆幸セナリマス。決断ハ貴方ノ右手ニ任セマース」

 

 右手を差し出しながら。自信に満ちた表情で彼は言葉を続けた。

 

「私ノ主君最推シノ、木之本さくらたんノ再現。オ願イデキマスネ?」

 

 

 

 

 

「勿論右手をはたいて断ったのは言うまでもないだろうが」

「見たかったなぁ! これぞアラブ人おえらいさん! みたいな外見のオッサンが至極真面目な顔して木之本さくらたんって言うシーン見たかったなぁ!!」

 

 大事なことなんで2回繰り返したんですね、分かります。

 

 ケラケラと笑う一花の姿になんとも言えない表情を浮かべていると、太ももの上に乗っているものがもぞもぞと動いて何かを主張する。あ、はい。次のページ読めば良いんですね

 

「でもまぁ。例の動画を見てのお話にしてはものすっごい気楽なので良かったね。どこぞの大使から緊急のお話がある、とか聞いたときは何事かと思ったけどさ!」

「最初に話が行った日本冒険者協会側も相当困ったんだろうね。外交筋からとにかく話だけでも、って頼み込まれたとかなんとか」

 

 なにせ新たなるエネルギー、魔力発電を世に送り出したヤマギシと日本は原油マネーを根幹としているアラブ諸国にとって目の上のたんこぶどころじゃないだろうからな。そこに来ての大使直々の、しかも緊急だなんだというお話。担当の外交官も、気が気じゃなかっただろうな。顛末を聞くまでは。

 

 というかヤマギシは向こうの米びつに砂ぶちまける位の事やってる筈なんだけど、やたらと向こうの大使さんがフレンドリーだったのが印象的だった。断った後も一頻り落胆された後、悲しそうな表情で「本国ニ連絡シマース……チラッ」とかこいつ結構余裕あるな? という態度を崩さなかったし。

 

『それに関しては日本の原油輸入量がそれほど減ってないのみ大きいだろうねぇ。原油というのは本当に色々な用途があるし、現状魔力発電施設の数もそれほど多くないからね。今現在も日本は彼らにとってお得意様のままさ』

「なるほど。魔力発電施設って、そう言えば世界中でもまだ5箇所しかないんですっけ」

『そろそろ6基目がドイツでも稼働する予定だよ、一路』

「(今は一路じゃ)ないです」

 

 太ももの上でもぞもぞとしていた人からの言葉にそう答える。さっきから三角帽の先端がペチペチと顔に当たるのは、これもしかして意図的なんだろうか。俺が一花と会話を初めてからやたらと顔に当たってくるんだが。あ、次のページですね、分かりました。

 

「…………さっきからタイミング見計らってたんだけどさ」

 

 そんな俺と膝上の人の姿に、一花は至極真面目な表情を浮かべてピッと俺と“彼女”を指差し口を開く。

 

「なんでアガーテさんがココに居てお兄ちゃんの膝の上に座ってるの?」

「…………なんでだろうなぁ」

 

 一花の言葉に思わず本音をつぶやいて、天を仰ぐ。あ、先端が目に当た、ちょっと痛いです。

 

 

 

 アガーテ・バッハシュタイン。ドイツ冒険者協会の協会長にして研究者、妹はドイツ協会のエース冒険者、オリーヴィア・バッハシュタイン。姉妹揃って優秀な魔法適性を持ち、特に彼女は“水銀”の錬金術師の異名を持つほどの卓越した技術を誇っている。

 

 彼女が開発した『複合魔法による流体の操作技術』は魔法とダンジョン関連の技術で日本・米国のツートップに水を開けられているドイツ冒険者協会にとって数少ない“他国に誇れる”実績の持ち主だ。

 

 そんな彼女は。ドイツにおける冒険者たちの顔とも呼ぶべき才媛は。

 

『なぁ一路、次のページを耳元で読み上げてくれないかな。文章を読み上げることはその内容を理解する事に効果があると長年の研究で判明しているんだ』

「(一路じゃないし耳元で読み上げはし)ないです」

「うーん、これは卑しい女ずい……」

『卑しい? 心外だなマスター。私はただ己の思うまま、望むまま推しているだけさ。これほどまでに私の心をかき乱す彼の存在こそが罪だと言えるんじゃないかな。ああ一路、座っている向きを逆にしても良いかな。君の呼吸を首筋に感じるのも悪くないが顔をもっと近くで見たいんだ。ところで私は体こそこんなナリだが実はスタイルには意外と自信があってね』

「あ、ちょっと電話してくる。すぐ戻るからそれ抑えててねお兄ちゃん絶対に。もしもーし姫子すぐヤマギシに来い。え、大学? 良いから早く、間に合わなくなっても知らんぞーー!!」

 

 焦ったように部屋を飛び出していく一花の姿に、膝上のアガーテさんがクスクスと笑い声を上げる。ここ最近元気がなかった一花があんなに元気に走り回って……

 

『流石にその表現はどうかと思うがね』

「気落ちしてたのは本当なんで」

 

 苦笑をこぼすアガーテさんにそう答えて、さて。と気分を切り替える。

 

「それで、今更ですけど結局どうしてこちらに居るんですか? 実務には殆ど携わっていないとはいえ、協会のトップが簡単に国を離れられるものでもないでしょうに」

『ん。本当に今更な質問だねぇ』

 

 俺の質問に至極真面目な様子で答えて、アガーテさんは「うーん」と少し考えるような素振りを見せる。

 

 少しの間の沈黙。やがて彼女の中で考えが纏まったのか、小さく頷いてアガーテさんは口を開いた。

 

『まぁ幾つか目的があるのは間違いないが、一番大きい理由は』

「……一番大きい理由は?」

 

 そこで一度言葉を切った後。

 

『君が先日行った発表。あれで起きるだろう混乱を抑えるための手伝いを――君を助けて欲しいと依頼されたんだよ。ヤマギシにね』

 

 そう言って、アガーテさんはニコリと笑って仰ぎ見るように俺に視線を向けた。




「ここに50円がある 全てが思い通りになる額よ」

このネタ大好きで度々使ってる事をお許し下さい()


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第二百八十六話 壁ドン

遅れて申し訳ありません&話が進まないorz

誤字修正。見習い様、244様ありがとうございます!


「お控ぇなすって! お控ぇなすって! 手前、生国と発しますは江戸――」

「おっしお前ちょっと来い!」

 

 仁義を切り始めた姫子ちゃんの首筋をぐいっと掴み、一花は部屋の隅まで彼女を引っ張っていく。そのまま壁際に姫子ちゃんを追いやり。

 

 ドンッ!

 

 壁に穴が開くんじゃないかという強さで壁に手をついた。

 

「壁ドンだ……」

「壁ドンだな」

「わー、壁ドンだぁ!」

『壁ドン……なるほど、アレが……』

 

 思わず口から出た言葉に恭二と沙織ちゃん、そしてアガーテさんが感心したような声音でそう返す。一花と姫子ちゃんだと壁ドンしてる側が大分見上げてる構図になってて違和感があるな。姫子ちゃんたしか170くらい身長あった筈だから、20cm近く身長差があるのか。

 

 ガミガミと小声で捲し立てる一花に顔を引くつかせて何事か言葉を返している姫子ちゃん。稀によく見る光景だ。

 

『確かダンジョンプリンセス……だったか、動画配信を生業としている』

「ええ。一花の友人で俺たちの後輩です。ご存知で?」

『ダンジョン関連の動画配信者で20層を突破できる人間はほぼいないからね。一路やヤマギシ関係者を除けば――思い当たるのは四国ダンジョンのマスターくらいじゃないか? 当然チェックしてるさ』

 

 次あたりの教官試験に出すんだろう? と上目遣いに尋ねてくるアガーテさんに、軽く首を横に振って答える。例年三顧の礼で参加を要請される一花なら兎も角、俺はここ数回教官試験には関わっていない。誰がいつ参加するかなんて情報も当然耳には入ってこない。

 

 まぁ、姫子ちゃんは毎回変動するメンバー(コラボ相手が変わる)でも安定して10層を。ある程度連携できる相手なら20層も突破できる実力があるんだ。現在日本にいる二種免許持ちでも有数の実力者なのは間違いないだろう。

 

「そこんとこどうなの、姫子?」

「確かに協会からは教官免許を取らないかって誘われてる。でも、教官免許持っちゃうと色々面倒が増えるんだよねぇ……あ、ご挨拶遅れて申し訳ありません一郎先輩。山岸先輩と下原先輩もお久しぶりです。それと……」

「ああ、気にしないで気にしないで」

「お久しぶり。元気そうだな」

「姫子ちゃん久しぶり! 相変わらずおっきいねぇ!」

『初めまして、ダンジョンプリンセス殿。私はアガーテ・バッハシュタイン。名前だけだが、ドイツ冒険者協会を預かっている者だ』

 

 どうやら話し合いは終わったらしい。不測の事態により中断した挨拶を交わして、一花と姫子ちゃんが席に戻る。所で沙織ちゃん、そのおっきいってのは身長の事だよね? 視線がちょっと下な気がするんだけいや止そう俺の勝手な考えで(ry

 

「……所で私、なんで呼び出されたの? 講義抜けるのかなり面倒だったんだけど」

「そのたわわに実ったメロンであそこの合法ロリからお兄ちゃんを奪い取って」

「お前ガチで殴るぞ?」

 

 一花と姫子による心温まる親友同士の会話から目を背ける。俺は何も聞いてない。

 

『……もしかして、一路はああいうデカい女が好み、なのか? わ、私もCはあるぞ? 脱げば凄いんだよ、ほ、本当だ』

「(脱がないで)いいです」

「お兄ちゃんが初めて拾ってきたエロ本から初めてアキバ遠征して買ってきた同人誌にエロゲまで網羅してる私が言うんだから間違いない。姫子、今のアンタは間違いなげべ」

 

 余裕が無いのか調子に乗ったのか、物凄いことを口走り始めた実妹の口をげんこつで黙らせる。

 

 暴力? これはどう考えても教育的指導だろ常識的に考えて。身内だけの場なら兎も角アガーテさんも居るこの場で口にするような内容じゃないし、なにより。

 

「自分の友だちを、そんな風に扱うんじゃない」

 

 一花と姫子ちゃんの友達付き合いがどういう物かは知らないが、今の一花の言葉はどう考えても友人――いや、人に向かって言って良い言葉じゃない。たとえ冗談だろうと、余裕がなかったのだろうと関係ない。

 

 俺の言葉を聞いた一花は少しの沈黙の後。グルグルと回っていた瞳をパチクリと瞬かせて深く息をすって吐き出した。

 

「……そう、だね。ちょっとテンパってたわ。ごめんね、姫子。私今、最低だった」

「ん、んん……まぁ、なんとかなったから良いよ。アンタがああいう事やるくらい焦ってたんでしょ。なら、許すわ。んなどうでも良い事よりあの小さい魔女っ子はあれ何? なんで一郎先輩の膝の上でメス顔晒してるの? 処す? 処すの? そのために呼んだんだよな? 呼んだと言え

どうでもいいってアンタね……ドイツ製厄介夢女子だよ。行動力だけはやたらとあるからフリーハンド与えるのは不味いと思って

 

 姫子ちゃんに頭を下げる一花とそれを受け入れる姫子ちゃん。その姿にうんうんと頷いているとやたらと性能の良い耳がパワーワードを拾ってきた。ドイツ製厄介夢女子とは一体。

 

『おや。マスターイチカは私が一路と恋仲になるのはお望みではないようだね? 残念だ。私は貴方の事もとても好ましく思っているんだが』

「アガーテさんは嫌いじゃないけどさ。アガーテさんが好きなのはお兄ちゃんじゃなくて”結城一路”でしょ?」

「……え。何。この人本気で一郎先輩狙いなの? え? ドイツの人だよねこの泥棒猫」

 

 俺の膝の上でクスクスと笑うアガーテさんとブータレた一花がにらみ合い、話の流れについていけない姫子ちゃんがキョロキョロと周辺に視線を向ける。

 

 俺に視線を向けられても困るし恭二と沙織ちゃんはこういう話だと役に立たないというか恭二は絶賛沙織ちゃんとケイティとで恋の鞘当て中だからな。ほら、居心地悪そうにしてるしお前こそとっとと決めれば良いのに。

 

 まぁ、こういう場合は余計な事をしないほうがいいもんだ。スルーで安定――

 

「ああ! そういやお前デカい子好みだもんな。ケイティの妹のジェイとか好みのタイプだよな。あっちとはその後どうなってんだ?」

 

 ――安定だと思ったら率先して場を引っ掻き回しにくる奴が居るらしい(震え声)

 

「恭二お前……お前さぁ!」

「このタイミングでそういう話題を振ってくる辺りさ! 恭二兄、性格悪いよね!!」

「いや気になっちゃって。興味本位だよ、ホント」

 

 ニヤニヤとした表情を浮かべる恭二に震える指で首を掻っ切るジェスチャーを送ると、恭二はゲラゲラと笑って親指を立てた。

 

 その露骨な挑発にヒクりと頬を引きつらせる。こいつ……まさか席を立つためだけにその話題をチョイスしたのか? チョイスしたな! ちょっと会話の内容が自分に飛び火しそうだから逃げるためにガソリンぶちまけやがったな!?

 

「――よしわかった。表に出ろ」

「オッケー。いい運動しようぜ」

 

 とまれ誘われた以上はそれに答えなければ無作法というもの。というより普通にムカついたのでちょっとこいつボコる(半ギレ)

 

 周囲の女性陣を置き去りに俺と恭二が連れ立って席を立つ。そのニヤケヅラに超電磁砲(レールガン)撃ち込んだる。絶対にだ。




なお表に出た結果は痛み分けでした


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第二百八十七話 ダイイングメッセージ

だいぶ遅れて申し訳ありません!難産!でした!


「……きょうじぃ」

「なんだぁ……」

「しんだぁ……?」

「……ああ……いや……」

 

 地面にうつ伏せになり、砂の味を噛み締めながら絞り出すように言葉を発する。近くで同じようにぶっ倒れているだろう恭二は俺の言葉に相槌を返し。

 

「いきてるさ……俺も、お前も」

「だなぁ……」

 

 そう息も絶え絶えに軽口を叩いて、そして力尽き、荒野はまた静けさを取り戻した。体をピクリとも動かせない、文字通り死力を振り絞った状態。ここまで消耗したのは初見のバンシー以来じゃなかろうか。

 

 いや、あの時も戦闘後に動く余力はあったから、それ以上か。

 

 右手は……イケるな。ミギ―に変身を変えてリザレクションを撃ってもらうのが……いや。その前にダイイングメッセージを書いとくほうが先か。犯人は、ヤスっと。

 

「この状態でボケる余裕があるのは凄いね!」

「す……しゅご……しゅごい動画を撮ってしまった……っ」

 

 うつ伏せになっているから顔までは見えないが、面白がっている気配はしっかり感じてるんだぞお兄ちゃんは。早めに助けてくれんかね、マイシスター&マイ後輩。

 

 

 

「言いたかないですが馬鹿じゃないですか?」

「「すんませんっした!」」

 

 ヤマギシビルにある冒険者部の事務室で、腰に手を当ててやれやれといった顔を見せる御神苗さんに男二人で頭を下げる。模擬戦の影響でゴーレムの狩り場を荒らしちゃったからな。事前に申告してはいたんだが、ちょっと熱中しすぎたか。

 

「熱中しすぎた、で周辺にクレーターを量産しないでください。拠点用のキャンピングカーに一発でも当たってたら洒落になってなかったですからね? 反省してます?」

「「はい」」

「はいじゃないが」

 

 呆れたような御神苗さん(冒険者部係長待遇)の言葉に項垂れる部長と副部長が居るらしい。いや、流石に反省はしてるしある程度気は使ったんですよ。実際に一発も当ててないし。

 

『一発当たればオシャカだからな! 戦車でゲリラが潜む街中を走破するよりスリリングなドライブだった!』

 

 そのキャンピングカーを運転していた白人の兄ちゃんが、サムズアップと共にそう豪快に笑い声をあげる。マニーさん米軍移籍組の後輩に当たる彼は、昨年まで戦車兵として中東で軍務についていた事があるらしい。

 

 ガチの紛争地帯よりもスリリングだったのか。スリリングだったんだろうな。俺も恭二の弾幕を車で避けろって言われたら躊躇するわ。

 

 バイクならまぁ……雨あられと降り注ぐ魔法をライダーマンマシン2号で、ならちょっとやりたいかもしれん。

 

「飛んでくるのが対戦車ロケット弾じゃなくて連射のきく魔法だからな。そりゃ怖いわ」

「とは不死鳥を連射していた山岸恭二氏のお言葉です」

『いや、一番怖かったのはライダーマンのガトリングだったぜ?』

 

 ……よし! この話は終了だな。

 

「本当に反省してます?」

「「はい」」

 

 抑揚のない御神苗さんの言葉に両膝を地につけて頭を下げる。DOGEZAで……DOGEZAで許してもらえるだろうか……

 

 

 

「それで許してもらえたの?」

「DOGEZA5発目でなんとか」

 

 気付けに初代様ブレンドのコーヒーを楽しみながらマイシスターの言葉にそう返答を返すと、一花はああ、と小さく呟いて苦笑いを浮かべた。許してもらえたというより向こうが根負けして折れてくれた、のが言葉としては正しい気がするけれどね!

 

 まぁ実際の所、キャンピングカーに当たらないように俺も恭二も気を使ってたし、それは運転手の兄ちゃんも証言してくれた。なんも考えずに俺たちが戦ってたら間違いなく周辺が砂漠から更地になってただろう、くらいのものだが。

 

「所でそっちのお話し合いはげふん。ええと、どういう感じで終わったのかな。俺聞いても良い感じの結論に達した?」

「うん、まぁ……随分及び腰だけどどったの?」

「あの流れの話し合いに及び腰にならない野郎がいるのか……?」

 

 居るとしたらとんでもない恋愛経験値を積んだリア充かサイコパスくらいなんじゃないだろうか。

 

 というか、今更気づいたのだが一番の当事者であるアガーテさんの姿が先程から見られない。もう一方の当事者?である姫子ちゃんは先程からスマホに向かって奇声を発してるからおそらく配信中なんだろう。

 

「奇声というかアレは罵り合ってるだけ……ごほん。アガーテさんは日本冒険者協会に挨拶に行かなきゃいけないんだって」

「罵り合う配信とは。ええと、そうか。アガーテさんもドイツ冒険者協会の代表だからな」

「そそ。で、話し合いの結果だけど……お兄ちゃんってさ。今好きな人。ライクじゃなくてラブな人って居る?

「居ない」

「あー。そっか」

 

 呟くような声音の質問に、正直に答えを返すと一花は困ったような顔で天を仰ぐ。一花を困らせるつもりは全くないんだが、ここで嘘をついたり変な見栄を張ってもろくなことになりそうにないしな。

 

 今回、一花が想定して話題にしただろう人たちに魅力がないって意味じゃない。ただ、俺の中で現在、彼女たちはそういう対象じゃないというだけだ。

 

 あと、これは流石に口に出すつもりはないんだが、正直な話最近、というかここ一年、異性に対しての衝動みたいなのが薄くなってたりする。薄くなっているというよりは、なんというか。気分が盛り上がりそうなタイミングで冷水がかけられる感覚、というのだろうか。

 

 多分これ、今まで気づいてなかっただけで内部の面々の視線みたいなものを感じてたんだろうな。河川敷に捨てられてるエロ本を拾おうとしたら知り合いが通りかかってきたレベルで一気に冷え込むんだ。気分が。

 

「恭二兄とガチバトル出来たってことは、もう完全復活って事だよね」

「ああ……まぁ、そぅだな」

 

 俺の回答に一花はうん、と頷きを一つ返し「じゃあジェイとイヴにも連絡しとくね!」いつもの調子で声を上げて未だにスマホに叫び続ける姫子ちゃんの方へと歩いていく。

 

 その背中を見送って、すっかりぬるくなったコーヒーに口をつけ。ふぅ、と小さく息を吐いて天を仰ぐ。

 

 最低でもあと1回、こういう話し合いがあるのか。あるんだろうなぁ(震え声)



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第二百八十八話 映写室

誤字修正、見習い様ありがとうございます!


 

 姫子ちゃんがカタカタとキーボードを叩く音をBGMにしながら、ペラリとページをめくる。学生だった頃はちんぷんかんぷんだった記号や数式がスイスイと頭に入ってくるのは面白いを通り越して――怖い。自分の体は、3年前とは本当に別物になってしまったんだなぁ、とこのうえなく理解してしまうからだ。

 

「だぁれが嘘松じゃぁ!!!」

 

 そんな感情とだいたい同じくらい後輩のテンションが怖かったりするが、これは表に出したら先輩の威厳が台無しになるので腹の中にしまっておこう。

 

 いちおう視線だけをそちらに向けると、姫子ちゃんは鬼気迫る表情で猛烈にキーボードを叩いているのが目に入り気まずさからそっと視線をそらす。誰にでも叫びたくなるとき位あるさ。にんげんだもの。

 

「いやぁ、姫子はかわいいなぁ」

 

 そうして視線を横にそらすと、我が妹がケラケラと笑って姫子ちゃんを眺める姿が目に入る。そうか。なんで平日まっ昼間から姫子ちゃんが居るのかと思ってたら、あれはお前の仕業か。

 

「仕業は酷いな! 私はただ姫子に良いもの見たくない? って誘っただけだよ?」

「あそこで荒ぶるダンプちゃんになってるのは」

「あれは姫子の自爆。掲示板に入り浸るのやめとけって言ってるんだけどね。ストレスにしかならないのに」

 

 まぁそういうキャラだししょうがないよね! と笑顔で宣う一花にキャラ付けなんて言ってはいけません。と注意を促して、読み進めていた本をパタリ、と閉じる。時計を見れば予定の時間まであと数分。頃合いだろう。

 

 俺がソファから立ち上がると、周辺で様子を伺っていた非番のヤマギシ社員がそれに反応して動き始める。数える感じだと十数名というところか。この為にわざわざ休みまでとった!と誇らしげに語る彼らに「お、おう」とだけ返して、未だにキーボードクラッシュを続ける姫子ちゃんに声をかける。

 

 せっかく来てくれたのに見そびれた、なんてハメになるのは可愛そうだし……

 

 制作に関わった身としては、できるだけ多くの人に見て欲しいって気持ちもあるからね。

 

 

 

 

 

 彼らは敗北した。完膚なきまでに。一切の弁論も許されないほどに、敗北を喫した。

 

『奴は宣言通り全宇宙の生命の半分を消し去った』

 

 ある仲間の一言が、全てを表していた。彼らは仲間を、誇りを、数え切れないほどの人々を失った。

 

 そう、負けたのだ。負けて、大事なものを無くして。

 

『彼らを忘れて進むのか』

 

 そうして、すべてを諦めて。今を受け入れて生きていくのがきっと楽なのだろう。賢い生き方とやらなのかもしれない。

 

『いいや』

 

 けれど、その道は。

 

『俺たちは、違う』

 

 けして彼らが選ぶことのない道だ。

 

 たとえ可能性がなくたって諦めることはない。仲間たちのために。この場に居ない仲間たちのためであるのなら、彼らは再び立ち上がる。立ち上がることができる。

 覆すことの出来ない不可能に挑むため(復讐する)に。

 

「――戦うべき時に戦えないことが、どれだけ苦しいか。どれだけ口惜しくやるせないことか」

 

 一人の青年の、怒りと苦悩に満ちた声。

 

「もう、貴方を師と呼ぶことはない――ドクター・ストレンジ」

 

 青年の言葉と共に、画面にはオーク王に刻まれた手製のマスクが映し出され。

 

 復讐者たち(アベンジャーズ)の、終わりが始まった。

 

 

 

 

「え。最後のあれそんな引きで良いんですか?」

「あれが良いってスタンさんがね。俺もちょっと抗議したんだけど」

 

 最前列で一緒に予告編を眺めていた姫子ちゃんがポップコーンを食べる手を止めてこちらにそう尋ねてくるが、俺もこの編集に対しては少し言いたいことがある。

 

 俺が登場するのは本当に終盤も終盤なんだから、もっと他の人にスポットを。特に今回は復讐者本編の締めくくり。メインスタッフと呼ぶべきBIG3にこそ締めをお願いしたかったんだが。

 

「あ、一郎先輩が締めなのは特に問題ないと思います。ほら、世論的な」

「逆にお兄ちゃんが一切出てこないと色々角がたったからこれはしょうがないのでは」

「そんな世論はいらない」

 

 うん? 何をしているのかって? ヤマギシビルにある映写室で映画を見てるんだよ。

 

 福利厚生という名目でヤマギシの本社ビルにはこういったレクリエーションルームがいくつか存在している。というのも本社ビルを立てる際、ヤマギシは内部留保がどうたらこうたらで設備投資にかなり予算を割いていたのだ。

 

 仮眠室は下手なホテルより余程上等な部屋が揃っているし、食堂は複数箇所に点在しそれぞれが和食・洋食・中華等バラエティに富んだラインナップを誇る。そして、この映写室はその中でも群を抜いて贅沢な作りになっているらしい。

 

 我らが広報のボス、シャーロットさんが(おそらく完全に趣味のために)ゴリ押ししたこの映写室はそこらの映画館が裸足で逃げ出すほどの設備を持っているのだ。ここと同格の設備がある映画館なんて本場米国にもあるかどうか、というレベルの代物らしい。

 

 この映写室に設置してある椅子にはどれも注文用のタブレットがあり、映画を見ている最中にも料理や飲物を注文できる。また座席自体も一つ一つのスペースが大きく取られており、他人に気遣うことなく足を伸ばしてゆったりと映画を見ることができる。

 

 なによりもすごいのは音響設備だ。部屋の各所に作られたスピーカーと音響を考えた部屋の造形のせいか、実際にその現場にいるかのような衝撃を体感できるのだ。いったい何億かかったんだろうか。怖くて聞けないぞ。

 

 50名は余裕を持って入れる大きさなので、ここを一度でも利用した芸能関係者は試写会のためにこの映写室を貸してくれ、と頼んできたこともある。というか実際に初代様が頼んだことがあるらしい。流石に本社ビルの中枢に部外者を入れるのは、という理由でその話は流れたそうだが。

 

「初代様、まだ諦めてないらしいよ?」

「あー。ま、まぁ気持ちはわかる」

 

 人がダメになる感じの椅子に体重を預けて、のんべんだらりと一花と雑談を交わす。姫子ちゃん? 一生懸命スマホで誰かとバトルをしているようだ。映画本編が始まったら声をかけるとして、次の予告は――バットマンの名敵役、ジョーカーが主人公か。こいつもかなり面白そうだな。

 

 来年も映画は豊作だなぁ、と一端の映画評論家のようなことを内心で呟きながら、ポップコーンを口に運ぶ。

 

 ハジメが出てくるからって声優のオファーもあったけど、ちゃんとプロを雇ってくれと断ったんだよねスパイダーバース(この映画)。ハジメを演じてくれる声優さんとは役作りのためって何度か話をしてるし、一応俺も関係者の中に名前は入ってるし台本は読んでるんだけど、こうやって実物を見るのは初めてになる。

 

 スパイダーマンたちがアニメーションだとどう動くのか。楽しみだな。



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第二百八十九話 鑑賞会とダラダラ感想会

誤字修正、244様、げんまいちゃーはん様ありがとうございます!


『守らなきゃいけない約束があるんだ』

 

 マイルスと呼ばれた少年は、どこにでも居る少年だった。NYはブルックリンで育ち、音楽とグラフィティを好んでいて、少し気弱で可愛い女の子に弱い。正義感の強い警察官の父と優しい母、実の子供のように自分をかわいがってくれる叔父と家族にも恵まれていた。

 

 ちょっとばかしオツムの出来がよろしかったせいで放り込まれたエリート高に馴染めないせいで最近は悶々とした日々を過ごしていたが、それだって思春期に特有の、ごくありふれた悩み事の一つだった。

 

 それが変わったのは、あの日。学校の寮を抜け出して叔父と会い、彼とグラフィティを壁に描いたあの日。不思議なクモに腕を噛まれた日が全ての始まりだった。

 

 ピーター・パーカーが死んだあの日。彼を見殺しにしてしまったあの日。

 

『もう、スパイダーマンを見殺しにしたくない』

 

 マイルス・モラルスの、一人の高校生の少年の中に芽生えた、小さな炎。彼と同じく同類の面々に囲まれながらそう口にした彼に、複数のスパイディの視線が突き刺さる。

 

 言葉にするのは単純だ。いうだけなら誰にでもできる。だが、戦うことは誰にでもできることじゃない。たまたまスパイダーマンの力を手に入れただけの高校生に何ができるのか。言葉にしなくともそう感じられる彼らのそれにマイルスが答えようとし。

 

 彼の肩をポン、と一人の少年が叩いた。

 

 手作り感あふれるマスクを脱いだ、日系の少年。彼は無言で背負っていたバックパックを下ろし、ジッパーを開けてガサゴソと中に手を突っ込み。

 

『ポテチ食う?』

 

 中から取り出したポテチと日本語で書かれたビニール袋を開けて、マイルスにそう尋ねた。

 

 

 

 

 

「いやなんでだよ」

「…………っ!」

「プッ……くっ!」

 

 映画を見終わった後。思わず口から出た言葉に、隣で鑑賞していた妹と妹分が声を殺して笑い転げている。いや、妹どもだけではない。恐らく背後で同じように鑑賞している社員の人も結構な人数が笑っているように感じる。

 

 ストーリーは、最高だった。多数の次元から集まったスパイダーマン………ウーマンも含めた彼らがこの次元の唯一のスパイダーマンになったマイルス・モラルスを助けてキングピンの野望をくじき元の次元へと帰っていく。その過程に普通の少年から突然超人の能力を身に着けてしまったマイルスの葛藤や、スパイディたちの事情や心情を絡めて進行していく二時間は、あっという間としか言えない濃密な時間だった。

 

 最高だった。最高に面白かったんだ。だけどな。

 

「カートゥーンキャラとコンビ組んでるハジメぇ……」

「ハジメの扱いがスパイダーポークと同じコメディよりなのは斬新だったね! 多分コミック版1巻後半くらいのハジメかなぁ、あれ」

「最初の登場時以外なんか食べてるのはちょっと草生えました」

 

 いや、大まかなストーリーは把握してるというかなんなら制作時に声をあててくれ、って依頼も受けてたからね。大体の内容は把握していたんだけど、文字で見るのと実際に映像で見るのとではやっぱり大きく違うというかなんというか。

 

 今回、別次元から参加したスパイディは別次元のピーター・パーカーことピーター・B・パーカー、スパイダーグウェンことグウェン・ステイシーにスパイダーマン・ノワールのピーター・パーカー、ペニー・パーカーとスパイダー・ハムことピーター・ポーカー。そしてマジック・スパイダーことハジメの6名だ。ピーターが多いって? この世界ではもう死亡してるがもう一人ピーター・パーカーも居たぞ?

 

「ピーターの大盤振る舞いやでぇ!」

「まぁ、そういう作品だからね。原作のスパイダーバースも」

 

 なんせ世界各国にいるスパイダーマンの大集合みたいな作品だからな。その中でも人気のある……うん。多分人気のあるスパイディを集めた結果の闇鍋が今作の3Dアニメ映画だ。

 

 魔法を用いて実写で作ろうかという案もあったんだが、とある事情でMCUに参加していたCGクリエイターたちの手が空いたため彼らを抜擢、制作されたらしく、アクションシーンや各キャラの表情、それに作り込まれた街の描写は圧巻の一言だ。

 

 で、そんな圧巻のグラフィックの中異彩を放つのが、カートゥーンからそのまま持ってきたかのようなキャラデザをしているスパイダーマンの格好をした豚と、常に左手に食い物を持っている少年、と。

 

「ハジメは魔法の力を得る前からデフォで大食いって設定あるし、諸々の事情から解放された3巻以降の食道楽ハジメが素の性格って位置づけだから、まぁ、素が出てると言ったら合ってる……か……?」

「1巻後半のハジメだとドがつくくらいにガンギマってるから、ストーリーが暗くなりすぎるって判断じゃないですかね」

「ガンギマリなのはいつもでしょ。オンオフが激しいだけで、一度スイッチ入ったらどんな犠牲を払ってでも相手を叩きのめしてたじゃん。右手が噛み千切られそうなのに左手で反撃してるの最序盤だよ? まだ魔法も使えないのに」

 

 マジックスパイダーの主人公、ハジメはコミックの方だとオーク兵が乗騎に使ってる大狼に右腕を噛み千切られて失っている。映画だとオーク王に切り落とされてるしモデルの俺は吹っ飛んだガラス片で切断されたから、多分一番悲惨な右腕の失い方だ。

 

 で、コミック版のハジメがキチガげふんげふん呼ばわりされてる所以は、この悲惨な右腕の失い方をした、というかしている最中、右腕を噛み千切られそうになっているまさにその時に発した言葉とその後の行動が原因だ。

 

 なんとこいつ、右腕がパックリいかれてるのにそっちを一切気にせず、オーク兵に連れ去られそうになっている妹に「必ず助ける!」と叫び、その次のコマで無事な左手を狼の目に打ち込んで狼をぶっ殺すというとんでもない事をしでかしたのだ。この直後に魔法に目覚めるのだが、少なくともこの時はまだ魔法使いでもないただの一般人。師匠役の老師にカラテを仕込まれてすらいない頃である。

 

 後にインタビューを受けたクリエイター曰く、本家スパイディとの差別化のため精神性を大きく変容させたとの事だが、とにかくこいつは迷わないのだ。戦うんだったら相手にどんな事情があろうが戦うし叩きのめす。だが一度戦いが終わったらどんな激戦の後もどれだけ派手にやりあった相手とも「お、こんちゃーっす」くらいのノリで会話を交わしている。

 

 この精神性はシリーズを通してちょくちょく顔を出して来るため、コミックを通して読んだ一部の日本ファンからは「またハジメさんがキマっておられる」と敬意と親しみを込めて愛されている。らしい。

 

 だからってモデルになった俺もキマっている訳ではないのだがな。ハジメ推しを名乗る匿名ファンからヤマギシ宛に送られてきた白装束はどういう意図で送ってきたのか。これ着て恭二と死合えとでも言うんだろうか。

 

「スパイダーハムとのコンビってのは確かに意表をつかれたけど、そう考えれば良い手だったのかもね!」

「やりすぎそうになるハジメの毒気をハムが抜いていくというか、いい塩梅のバランスになってる。途中3回くらい調理されそうになってたけど」

「風呂だと称してハムを鍋に放り込んだの腹抱えて笑った」

「良い出汁になるんだよって言葉でメイおばさんが納得しかけてたの面白かったね!」

 

 備え付けのタブレットから飲み物を注文する。こうやってダラダラと余韻に浸りながら映画の感想を言い合うのは、やはり良いもんだ。本当なら本物の映画館で鑑賞して、近場のカフェかどこかに入って行う方が良いんだろうがね。




作中に出るオリジナルアメコミ

MAGICSPIDER
 東京で生まれ東京で育ったごく普通の高校生、ハジメ・ヤマダは夏の長期休暇に合わせて妹と連れだって静岡に住む父方の祖父母を尋ねた。山歩きを趣味とする祖父に連れられて富士山へ登山を行っていたハジメと妹のハナ、たまたま同道した米国からの旅行客ウィラードは突如空間を開くようにして現れたオークの兵隊に襲われる。右腕を失い、妹をオーク兵に攫われ、自らも命の危機に瀕したハジメは生と死の狭間で自身の中に流れ込む魔法という力に目覚めた。妹が好きだと行っていたヒーローを模してマスクをかぶった彼の戦いが始まる。

MAGICSPIDER~魔法クモの世界へ~
 富士山の山頂でオーク王を倒したハジメは自身を助けてくれたカラテの達人、ゴンザエモン・ミフネの元で修行の日々を送っていた。そんな日々の中この世界の魔術師、ドクター・ストレンジから『異世界の扉がまた開こうとしている』という情報を受け取ったハジメは、なぜオーク王がこの世界に現れたのか、その原因を探るため同じ師の元で研鑽を積んでいたウィラードと共に異世界へと旅立つ。

MAGICSPIDER~旅は道連れ世は情け~
 異界の創造神・魔法蜘蛛との邂逅により自身の力のルーツを知ったハジメは、かつて自らの世界で生まれ落ち異界へと渡って混乱を撒き散らした魔女、カグヤを異界の月へと封じる事に成功する。膨大な魔力を制御するためドクター・ストレンジに弟子入りしたハナを見送った後、やるべきことを失ったハジメは何故かついてくる赤いタイツの男を相棒に、母国への帰路へつく。徒歩で。

リーフでの発売は米国のみ。日本ではそれぞれのシリーズのペーパーバックが販売されているが、一番ページ数の少ないMAGICSPIDERでも500Pを越える鈍器。


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番外編 冒険者速報スレその他

暑いですね(死)
こんなに蒸し暑い夏は初めて経験して死にそうです。暑い
皆さんも熱中症に気をつけてください(死)

誤字修正、244様ありがとうございます!


冒険者速報スレ7813【ゲロインを許すな】

 

 

 

1名無しの冒険者  20××/○○/△△

 

 このスレは冒険者関連の最新情報を取り扱うスレッドです。主に日本各地のダンジョンの情報、各ダンジョンでの冒険者の情報についてを語ってください。

 

 既出の情報に関しては冒総スレ(冒険者総合)かヤマギシスレに。

 

 

 

 公式

 

 ttp://www.日本冒険者協会.com/

 

 ttp://世界冒険者協会.com/

 

 

 

 ※前スレ

 

 【アラサー】冒険者速報スレ 7812【合法ロリ】

 http://冒速/???/~

 

 

 他スレ

 

 冒険者総合スレ7215

 

 http://冒総/???/~

 

 

 

 株式会社ヤマギシスレ 596      

 

 http://YAMAGISHI/%%%/~

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

651名無しの冒険者 20××/○○/△△

 名無しは激怒した。必ずやかの邪智暴虐なるダンジョンプリンセスめを"わからせ”なければならぬと決意した。

 

652名無しの冒険者 20××/○○/△△

 分からせ=嘔吐って副音声が聞こえてくる! 不思議!

 

653名無しの冒険者 20××/○○/△△

 殺意高いな。またダンプちゃんがなんかやったのか

 

654名無しの冒険者 20××/○○/△△

 んんっ!有罪!

 

655名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ヤマギシビル前のデモまだ終わらんのか

 

656名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>653 ツブヤイターで絶賛大炎上中だゾ

 

657名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>653 ヤマギシビルの社内映画館で新作映画の先行上映を見たって呟いてイッチ過激派とマスター過激派を煽りちらして炎上

 

658名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>655 最前列のプラカードもった爺さん、こないだテレビでインタビュー受けてた人だよな

 

659名無しの冒険者 20××/○○/△△

 冒速スレだということを思い出せと何度

 

660名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>653

 ttp://ツブヤイター/danp.com

 いつもの

 

661名無しの冒険者 20××/○○/△△

 『関係者以外一切立入禁止の世界最高水準の映画館に来たンゴ!』

 『鈴木兄妹を両手で侍らせるって控えめに言って最の高では???』

 『あ”あ”~公開前の超注目映画をキメるのはぁ~~~キくぅぅぅ(にちゃぁ)』

 『イエーイ! 先輩と一花侍らせてのスリーショット!!!! 煽りちらしてた掲示板民~~見てる~~??^^』

 

 これは炎上ですわ

 

662名無しの冒険者 20××/○○/△△

 あの爺さん、報道前からずっとヤマギシビル前で座り込んでる人だぞ

 

663名無しの冒険者 20××/○○/△△

 冒速スレらしい話題に切り替えろよ

 

664名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>661 ダンプちゃんは本当にお馬鹿だなぁ(ドラ○もん並感)

 

665名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>661これでモデルみたいな体型でキリッとした顔立ちの美人かつ超有名大に現役合格したばかりの大学生で更に登録者数ウン百万の超人気動画配信者という【小説家になる】にもそうそうおらんやろこんな主人公って経歴の持ち主なんですがね

 

666名無しの冒険者 20××/○○/△△

 ちくわ大明神

 

667名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>661 あの恵まれた容姿から飛び出すネットスラングがたまらん

 

668名無しの冒険者 20××/○○/△△

 話題と言ってもここ最近で一番の話題がイッチの変身第2段階の判明だしなぁ

 あとはドイツ冒険者協会と日本冒険者協会の技術提携とか?

 

669名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>658 家族を交通事故で亡くしたって爺さんな。テレビで報道されて一気に全国区の有名人になったな

 

670名無しの冒険者 20××/○○/△△

 合法ロリ協会長が可愛すぎて一気にファンになりました。あれでアラサーは詐欺

 

671名無しの冒険者 20××/○○/△△

 アガーテちゃんprprしたい

 

672名無しの冒険者 20××/○○/△△

 あの協会長はどう考えても客寄せパンダだろ。

 

673名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>666 だれだいまの

 

674名無しの冒険者 20××/○○/△△

 イッチのアレは死者蘇生じゃないって何度言っても信じなくて、最後は号泣しちゃって見てる方が居たたまれなかったわ

 

675名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>674 アレでイッチに批判の声を上げる一部マスメディア(笑)

 

676名無しの冒険者 20××/○○/△△

 アガーテちゃんどっからどう見てもコスプレしてるちうがくせいにしか見えんがアーヘン工科大の理学部でバリバリ実績残してるリケジョやぞ

 

677名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>668 『この鈴木一朗は変身をするたびにパワーがはるかに増す……』

 

678名無しの冒険者 20××/○○/△△

 錬金術師って実在したんだって思った(小並感)

 

679名無しの冒険者 20××/○○/△△

 アガーテちゃんの帽子をもふもふしたい

 

680名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>668 公式会見で三角帽にマントつけたロリっ娘が出てきて会見場が凍りついたの爆笑した

 

681名無しの冒険者 20××/○○/△△

 >>676 錬金術はありまぁす!

 

682名無しの冒険者 20××/○○/△△

 万能細胞は見つからなかったけど万病に効く魔法は見つかったよね

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

【ハジメさんは】マーブル総合スレ 821【やっぱりハジメさん】

 

1名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 

 

 

 このスレはマーブル社が関係しているコミック・アニメ・映画の総合スレです。様々な世界線についても語ってOK

 

 

 

 公式

 

 ttp://マーブル.com/

 

 ttp://www.日本マーブル.com/

 

 

 

 ※前スレ

 

 【公開まで】マーブル総合スレ 820【残り1月】

 

 http://マーブル/+++/~

 

 

2名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 

 ※注意事項※

 

 1.ハジメとイッチを混同しないように。マスター信者は巣にお帰り。

 

 2. 煽り、荒らしなどは徹底スルー

 

 3.反応したあなたも荒らしと認定されるので、正義のレスを返してもあなたは荒らしの仲間入り

 

 4.専用ブラウザでNGワードを入力すれば非常に快適ですよ!

 

 

 

 次スレは>>900を踏んだ方がなるべく立てて下さい。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

326名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>316 ヤマギシビルに入りてぇぇぇぇ!!!

 

327名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 試写会よりなぜ一企業の映写室のが早く『スパイダーバース』を放映できるのか。これが分からない

 

328名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 ダンジョンプリンセスが上げてる映像見てるけどなにこれ。どこの王室御用達映画館だよ

 

329名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 ハジメさんは相変わらずハジメさんしてるっぽいな

 

330名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>327 ヤマギシだからだろ

 

331名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>327 どこの企業だと思ってんだよヤマギシだぞ

 

332名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>327 ライダーの時もMSの時もそうだったゾ

 

333名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 ヤマギシビルに入れるとか羨ま。完全に身内待遇やん

 

334名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 スパイダーポークを釜茹でにしてるシーン映画館でみたいわ

 

335名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>330

 >>331

 >>332

 

 なかよしだね

 

336名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>334 スパイダーウインナーな

 

337名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 先行上映落ちたんで予告編ヘビロテしてますね^^

 

338名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 上映に合わせて新シリーズも連載始まるんだっけ

 

339名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>334

 >>336

 お前も間違っとる。スパイダーミートやぞ

 

340名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 先行上映落選組の悲哀が聞こえる。お先に失礼しますねwww

 

341名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 連載自体は始まっとる。日本では販売されてないだけ

 

342名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 『MAGICSPIDER~SAMURAI~』な。もう2冊めも出とるぞ

 

343名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 いつになったら日本で販売するんですかねぇ(半ギレ)

 

344名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 MSは他のコミックと違ってほぼ週間で進むから早いんだよな

 単行本になるまで日本で販売されないけど(吐血)

 

345名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 単行本てかペーパーバックな。ペーパーバックに纏まるまでほとんどのアメコミは日本で販売されないんだけど、MSに関してはせめて1週遅れで良いから日本でも発売してほしいわ

 

346名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>340 コロチュ

 

347名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 スパイダー非常食さんをポークだのウインナーだの間違うなよ

 

348名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 先行上映でも来週からだから一番の勝ち組はどう考えてもヤマギシ社員

 

349名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>340 貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ

 

350名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 ヤマギシに入社したいけどどの転職サイト見ても募集がない。詰んだ。 

 

351名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>340 仕事終わりに自社ビルの中で見ました。最高でしたよ^^

 

352名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 スパイダーバースが来て、来年は復讐者たちも大詰め。こんなに一年が長く感じるのは初めてかもしれん

 

353名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 予告編の出来が良すぎて一日10回はローテで見てる。待ちきれない。

 

354名無しのヒーロー  20××/○○/△△

 >>351 お前ヤマギシ社員だろ? ヤマギシ社員だな? ヤマギシ社員なんだな!?

 

 

 以下、ダラダラと会話が続く



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第二百九十話 アガーテさんのアイディア

誤字修正、見習い様ありがとうございます!


 社員寮も兼ねている第一ヤマギシビルは鉄筋コンクリート製の10階建てであり、居住スペースは5階より上に存在している。最上階には俺や恭二、一花といった冒険者部の主要幹部や協力関係にあるジャクソン家やブラス家用の部屋が存在しており、当時最高の技術を持って建築されている。

 

 当然防音設備や耐震構造といった技術も最先端のものが使われており、内部に入れば外部の喧騒も一切耳に入ってくることはない。

 

 一部、例外こそ在るが。

 

『引きずられるなよ?』

 

 ソファに身を預け、テレビごしに自分が生活している建物を眺める。ここ数年で数度経験したその奇妙な光景に、ここまで心が揺さぶられたのは初めてだった。

 

 右腕が変形し、腹話術の人形のような形でエドワード・エルリックが現れる。能力が進化した影響か、自身の内部とコンタクトが取れるようになってからはこうやって右腕を本来ありえない、それこそ小さな人の形に変形させる事もできるようになった。この腕はそもそも肉ではなく魔力でもって形成されている。だから、決まった形なんて本来はないのだろう。

 

『あそこに居る連中の殆どはな、一郎。今じゃなくて過去しか見てねーんだ。見えてないんじゃねぇ。見てないんだよ』

「ああ」

 

 呟くようにニーサンの言葉に返事を返すと、小さなため息が漏れ聞こえてくる。

 

 分かってはいるんだ。この光景を目の当たりにした所で俺にできることは何もない。仮に、あの中の誰かの望むように彼らの家族を演じたとしても俺が思い描く姿にしかならない。それに一人ひとりに莫大な時間がかかる以上、俺の生涯を費やしたってあの場にいる全員の望みを叶えることなんて不可能だ。

 

 ピーターはこの光景を俺に見せたくなかった。結城さんは、この光景がもっと酷くなる事を見越して情報公開に踏み切った。どちらが正しいか、なんて話じゃない。俺の能力が一つ段階を進んでしまった以上、これはどうしたっていつかどこかで起きただろう問題だ。

 

 とはいえ、だ。

 

 一目でいい。家族に合わせてくれ。

 

 そうプラカードに書いて、顔をぐちゃぐちゃにしながら懇願する人間が、しかも自分に向かってそれを行う人がいるというのは、心に来るものが在るな。

 

 

 

 

『じゃあ望み通り合わせてやろうじゃないか、というのが我々のコンセプトだ』

「だそうです」

「端的に聞くと超危ない発言に聞こえるのですがそれは」

 

 研究発表会、とずいぶんと達筆な文字で書かれたホワイトボードの前を陣取り、フロートの魔法を利用したのかプカプカと宙に浮いたアガーテさんがパシパシとホワイトボードを叩きながら発言すると、それに追従するように真面目くさった顔で頷きを返す。

 

 傍から見ると精一杯背伸びした小~中学生とそのコントに付き合うお兄ちゃんにしか見えないが、当人たちは真剣だ。

 

 というかアガーテさん、ここ最近やれ日本冒険者協会に呼び出されただの世界冒険者協会の日本支部に挨拶だのとかなり忙しいって聞いてたんだけど。

 

 そう尋ねると、アガーテさんは苦虫を2,3匹纏めて噛み潰したかのような表情を浮かべて口を開く。

 

『私は見た目が見た目だからな。客寄せパンダとして優秀だからとどいつもこいつも』

「あー……ごめんなさい?」

『一路が謝ることじゃいやうんそうだね一路私はとっても傷ついたから癒やしが必要で世の中には誠意って言葉が』

「あ、なんだ元気そうですね」

 

 捲し立てるように話始めたアガーテさんを遮るようにそう口にすると、彼女は唇を少し尖らせた後わざとらしく咳払いをしてポン、と再度ホワイトボードに手をおいた。

 

『話を戻そう。まぁ、多少の忙しさはしょうがないとして私がそもそも来日したのはこの状況を打破するためだからな。日本の協会とのやり取りは建前上仕方なく不本意だが続けなければいけないが、優先するのは当然こちらだ』

「めちゃめちゃ嫌なんですね」

『一路の膝の上から降りて脂ぎった中年どもの相手をしなければならんのだぞ。嫌に決まってるだろ』

「なんで俺の膝の上に居る前提なのかはともかく、まぁ面倒ですよね。ああいうところ」

 

 立場上でなきゃいけない式典とかは俺も経験しているが、正直ああいうのに好き好んで出席する人の気が知れない。数時間衆目にさらされながら特に興味もない話を顔に笑顔を貼り付けて聞き続けるってめちゃめちゃキツいぞ。

 

「個人的にはあれだ。夏休み前の終業式に炎天下の校庭で校長の永い永い挨拶を聞く、みたいな」

「夏休みが長い休みじゃなくて永い休みになるやつな」

『立場の在る人間の挨拶は長くなるもんだが、それは体罰の領域を超えてるんじゃないかな』

 

 体罰じゃなくて学校行事なんだよなぁ。流石に最近はそういったのはどこの学校も冷房の効いた体育館でやってるとは思うけどね。

 

『コホン。とにかく、私が来日したのは一路の現状をなんとか出来うるアイディアがあり、そしてその実現がドイツ冒険者協会にとっても大きな成果となる、と判断したからだ。決して一路に会って抱きしめて一路の匂いと体温を感じながら一路成分を接種する為に来たわけではない』

「後半がなければ有能な協会長ムーヴなんですがね」

「正直過ぎてこの人面白いわー」

 

 鼻息荒くふんすふんすと意気込むアガーテさんに少し引きながら恭二と感想を述べ合うも、アガーテさんはそれらを意に介さずに赤色のペンを取り出し、手慣れた手付きでホワイトボードに文字を書き連ねていく。ドイツ語ではなくきれいな日本語で、しかも開幕書かれていた研究発表会の文字からも感じていたが、えらく達筆な文字だ。

 

 語学は決して専門ではないはずなんだが。こういう所を見ると本当にこの人が優秀なんだと思うことができる。一言余分でさえなければずっと有能なイメージのままなんだが。

 

 俺がそう益体もない事を考えていると、アガーテさんは文字を書き終えたのかキュッと最後に丸を書き入れ、自身が書いた文字の下にピッと一本線を引く。

 

『今回、表立って問題が起きているのは一路の――鈴木一郎の能力が擬似的に死者蘇生に見えてしまった事にある。あの能力には他にも色々と突っ込むべき要素はあるんだが、今現状で最も面倒なのはそこに希望を見出してしまった人間が誤った認識の元騒ぎを起こしている事になるわけだ』

「そこは何度も否定してるんですがね」

『否定していようとあれらには構わないのさ。見たいものしか彼らは見ていない。いや、見れなくなってしまった、というべきかな』

 

 だから。アガーテさんは自身がホワイトボードに書いた文字をペンで指し。

 

『魔法式ヴァーチャル・リアリティ開発計画。いや、魔法を扱う以上ヴァーチャルはおかしいかな? まぁ、わかりやすさをメインにするとこの名称で良いか』

 

 そう口にしながら、大きな丸でその文字を囲んで。

 

『どうしてももう一度見たい光景がある。なら、見てもらえばいいじゃないか。君に頼ること無く、自分自身の力で』

 

 アガーテさんは屈託のない笑顔を浮かべた。



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第二百九十一話 人間バイブレーター

誤字修正、244様ありがとうございます


「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴイアアアアアアアアア」

「先輩、先輩。落ち着いてください」

 

 何をやるにしても上長への報告を行おう。至極真っ当な思考の結果行われたこの行動により、開発室には新たなバイブレーターが導入される事になった。

 

 人間って、こんなに震えるものなんだな。

 

「これを人間全般での括りにしていいかは兎も角」

「兄貴。俺は出来ない」

「――俺もだ。兎も角、経緯は分かった」

 

 恭二の言葉に疲れたように目元を抑えながら、真一さんはそう答える。ツナギを着ているという事は今日は対外での仕事は無いという事だな。

 

 真一さん、ろくに休暇を取ることも出来ないせいで、自社ビルに籠もって魔法を使った研究開発が癒やしになってるとか愚痴ってるからな。貴重な癒やし時間を邪魔するのは気がひけるんだが、研究開発にかかわることだからこそ真一さんには話を通しておかないといけない。ヤマギシの研究開発に関しては真一さんが実権を持ってるんだ。

 

「まぁ今の外の状況が良くないのはヤマギシ社員みんなが思ってる事だからそれは問題ないんだが、まずそれ実現性はあるのか?」

「かかかかかか仮想げげげげげげ」

「先輩、先輩」

『ヘル・ヤマギシのお言葉は尤も。確かにただ聞くだけなら荒唐無稽に感じるかもしれないね。実際、ひと月前の私が貴方の立場だったら全く同じ感想を抱いたと思うよ』

「そそそそそおおおおおどどどどどあああああとととと」

「ひと月……と、いうと」

『実例が現れたじゃないか。脳内にあるだけのはずだったキャラクターが、魔力という肉を纏ってね』

 

 あ、そっちスルーすることにしたのか。

 

 震える先輩氏を横目に見ながら、真一さんとアガーテさんが会話を進めていく。というか俺が元ネタになるのか、この新魔法は。

 

『まぁ新魔法もそうなんだが、完成品は魔法装置と呼ぶべき代物になるだろうがね。構想としては単純だ。使用者の思い描く情景を外部に映し出し、映し出された情報を魔力かそれに変わる何かで固定化する、この流れをいくつかの魔法で行い、その魔法を専用に誂えた機器に付与する。これだけだよ』

「なるほど。なるほ……」

 

 簡単だろ? と言わんばかりに肩をすくめる頷きを返していた真一さんが、なにかに気づいたかのように口元を抑えて考え込む。

 

「いや、それ普通にヤバくね?」

 

 数秒、もしくは数十秒ほどの沈黙。それを破ったのは、先程までバイブレーターとして室内の気温上昇に一役買っていた先輩氏であった。

 

「前提段階でナチュラルに人の心の中を読んでるしそこに目をつむったとしてもそんなの実現したら帰ってこれない奴多いだろ」

「ああ、やっぱりそうですか。そうなりますよね」

 

 先輩氏の言葉に合点がいったのか、うんうんと頷きながら真一さんがアガーテさんに目を向ける。

 

「他者の心を覗くってのはいくら何でも倫理的に問題が大きすぎる。その上社会問題にまで発展する可能性があるなら、ウチじゃあ扱えないな」

『うん、真っ当なご意見だね。当然そこは考えてあるとも』

 

 真一さんの言葉に相槌をうった後、アガーテさんは我が意を得たり、とばかりに微笑んだ。

 

『まずひとつ目。他者の心理というが、これは言ってしまえば"ブレイン・マシン・インターフェース”の魔法版とでも呼ぶべきものになるだろう。ブレイン・マシン・インターフェースについてはご存知かな?』

「脳波を読み取って機械にアウトプットするって奴かな。え、マジで竿じゃん」

「それは頭にチップみたいなものを埋め込むとか、そういうのが必要なものなのか?」

『頭に電極を、というのも手法の一つだが私が考えているのは非侵襲式。先輩氏が言っている竿というものがソードアート・オンラインの事ならばそちらの方に近い。専用の機材によって脳波を読み取り、それを出力する方式だ。既存技術の新しいアプローチとも呼べるものになるだろうし、この方式ならば基本的に自己と機材のみで完結できる。倫理的に問題視される可能性は低くなるはずだ』

 

 もちろん、その機材にネットワーク機能をつけるなら話は別だが、と続けてアガーテさんはパチリと指を鳴らす。

 

 その指の動きに合わせてアガーテさんの懐から生きた蛇のように水銀が流れ出し、それらは空中で一度丸くなった後、どこかで見たことの在る形のヘルメットのような姿に形を変えた。

 

「う―ん、見事なナー○ギア」

「流石にデスゲを連想されるしこの形は駄目じゃないか?」

「……ナーヴ……デスゲ? よく分からんが、既存技術の発展形になるという事、か」

『現状、すでに脳波を読み取ってマシンを操作する、という技術は存在している。そちらの精度はまだまだ発展途上という所だがね』

 

 うんうんと頷きながら先輩氏と恭二が空中で固まったナーヴ○アを品評している二人を尻目に、二人の喜びようがよく分かっていない真一さんとノリノリで水銀くんを操作するアガーテさんの会話が進んでいく。あの○―ヴギア、アニメで見たのとまんま同じ形してるんだがつまりアガーテさんはこの形を完全に覚えてるって事だよな。

 

 知ってはいたけどアガーテさんも結構なオタクだなぁ。

 

『次に2つ目。戻ってこれない人が、という事だが』

 

 などと俺が物思いに耽っている間にも話は進んでいく。考えるように眉を寄せる真一さんに、アガーテさんは微笑みを浮かべたまま指をピン、と2本立ててそう口にする。

 

『こちらに関しては正直、危惧した事はほぼ起こり得ないと思っている』

「――というと? 話を聞く限りだと、下手な麻薬より中毒性がありそうな代物だが」

『そう。確かに、この魔法機械、そうだな。便宜上MR技術と呼ぼう。MR技術に依存する人間はかなり居るだろうね。どんな人間だって現実に疲れたり、逃げたくなる事はある。この技術はそんな人間にとっては麻薬よりも強く影響をおよぼすだろう――けれど』

 

 そこまで言い切って、アガーテさんは口を閉じて、ちらりとこちらに視線を向けた。

 

 いつも俺に向けてくる笑顔ではない。何かを見定めるかのような鋭さをもったそれに目をパチクリとさせていると、アガーテさんはすっと俺から視線を外して真一さんに視線を向ける。

 

『現在人類で二番目に魔力保有量がある一路が十数分で枯渇しかねないほどに魔力を喰う魔法を再現するんだ。簡素化や外付けの魔力装置を使って負担を軽減させるとしても、まぁ。少なくとも私と同程度の魔力量が無ければ扱えないだろう……いや。扱えないように作る(・・・・・・・・)

「ああ――ああ、なるほど」

 

 アガーテさんの言葉に少し考え込む仕草をした後。真一さんは得心がいった、とばかりにぽんと手をたたく。

 

 その仕草にアガーテさんは口角を吊り上げ、楽しそうに口を開いた。

 

『家族の再現? よろしい、自力で行えるよう手筈を整えよう。その為の魔法も機械も我々が用意しよう。後必要なのは魔力だけ。ただただ魔力が必要なだけだ。ああ、大量に魔石を消耗してもいいがそれでは一度の使用に天文学的な金額が必要になるだろう。アラブの石油王でも常用は難しいだろうね。そうなってくると必然的に、ある程度以上は自力で賄う実力、魔力量が求められる事になる』

 

 立て続けに、歌い上げるようにそこまでを口にした後、アガーテさんは一度言葉を切って俺に視線を向け――

 

『つまりは、冒険者になるしかない。出来る出来ないではなく、自らがやるかやらないか。その選択肢を突きつけてやれば、一路に迷惑をかける連中も大人しくなるだろう?』

 

 先ほどとはまた違う、いつも向けてくるような蕩けるような表情を浮かべて、そう口にした。



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第二百九十二話 密談は茶室か料亭が相場だよね

誤字修正、244様ありがとうございます!


 社会人の基本はホウレンソウである。もちろん食べる方ではない。

 

 という事でMR技術の開発を上司である真一さんに報告&その足で社長にも報告しておくという社会人として100%な業務態度をキメた俺は自室に戻り今週発売の週刊少年飛翔を読んでいる。サボりではない。変身のネタ集めという名目で業務としてこれらの情報収集は組み込まれてあるのだ。

 

「世のブラック企業務めな社畜さんに謝ったほうが良いんじゃないかな!」

「おかえり。ノックくらいしなさい」

「ごめん! ただいまー」

 

 言いながらドアを開けて部屋に入ってきた一花は、ぱっぱと靴を脱ぎ捨てると部屋に上がり込み、トウっと掛け声をあげてベッドに飛び込んだ。備え付けではあるがこの部屋のベッドは結構な弾力があり、当然のように飛び込んできた一花はポンポンと数回はねた。

 

 そしてうつ伏せのまま「うあー」とうめき声をあげながらベッドの上でゴロンゴロンと転がること暫し。黙って見つめる俺の視線に気づいたのかうつ伏せのまま顔だけをこちらに向ける。

 

「お兄ちゃん、男ってさ。若い男ってさ」

「おう」

「脳みそと下半身が直結してる率高すぎじゃない?」

「若さゆえの過ちってやつか。そいつ名前は?どこ住み?ちょっと顔写真あったら見せて?」

「ステイステイ」

 

 メキメキと拳を握りながらそう尋ねると起き上がった一花に宥められた。あれ、おかしい、頼れる兄として落ち込んだ妹を慰めるムーヴを決めるタイミングだったはずなのだが。

 

「逆にこっちが落ち着いたよ。あとどっちかというと私より姫子だね! ほら、あのボンキュッボンはね。若い男には眩しすぎたらしいよ! ちょっと買い物でぶらついただけで5連続ナンパされちゃった。100mも歩けなかったよ!」

「あー……まぁ、姫子ちゃんは目立つ容姿してるからなぁ。あれ、姫子ちゃん来てるの?」

「ううん、実家に呼ばれてるからって現地で分かれたよ! お、今週号? 読みたい!」

「ちょっとまってくれ。作者コメントを見る作業が」

 

 愚痴を口にしていると、俺の手元にある週刊少年飛翔を目ざとく見つけた一花がガバっとベッドから起き上がった。あらかた読み終えてるから渡しても良いんだが、たまに事件があるから毎週つい読んじゃうんだよね。作者コメント。

 

 うん、今週は平穏だ。平穏? 首を傾げながら手渡すと、一花は「ありがとーおぉぉ?」と礼を言いたいのか疑問符をあげたいのかよくわからない声をあげて顔を顰めた。

 

 表紙しか見てないのだがなにかあったのだろうか。今週の表紙は別に作者の顔写真大集合表紙、などのネタではなかったハズなんだが。

 

「いや、ほら。この表紙の漫画。『演技者たち』っていま炎上してるじゃん。この状況で巻頭カラーとは週刊少年飛翔は相変わらず強気だなぁって」

「炎上?」

「そ。てかお兄ちゃん関係で炎上してるのに知らなかったの? ツブヤイターでもここ3日くらいトレンド入りしてるじゃん」

「知らない。ツブヤイターは美味しかったご飯をアップするしかしてないからなぁ」

「お兄ちゃんはもうちょっとSNS使いこなそうか? 飯テロ専用ヒーローとか呼ばれてるよ???」

 

 スマホを操作しながらそう首を傾げる妹にこちらも首を傾げて返す。美味い飯を全人類で共有する以外に大事なことがこの世にあっただろうか。3大欲求なんだが。

 

「まぁお兄ちゃんがいきなり哲学とか政治経済について語り始めたら垢乗っ取られたかな? としか思わないけどさ。と、あったあった」

 

 そう言って一花が渡してきたスマホの画面を見ると、そこには『演技者たち原作者 炎上』とシンプルな題名の記事ページが映されていた。

 

 ええと……内容としては先々週に飛翔に乗っていた『演技者たち』の表現についてファンと原作者がツブヤイターで口論になった、と。

 

 はい。

 

「先々週のってどんなんだっけ」

「ほらあれ。『一昭』が自宅に入ってから、鏡の前で色んな表情を浮かべてたの」

「ああ」

 

 一昭というのは『演技者たち』に出てくるキャラクターで、なんでも俺と昭夫くんがベースになっているキャラクターらしく、作中では魔法による変身を使って本物に完全になりきる、という演技方法で役者をしている。

 

 作中では冒険者としてダンジョンに潜っていた所を初代様モチーフな師匠キャラに見出されて役者の道に入り、特に特撮などではその万能性からどの番組にも名前が上がる、とまで言われる人物であり。

 

 そして、その万能性ゆえに自身が誰なのかが分からなくなる、というジレンマを抱えた人物でもある。

 

 メソッド技法の使い手は自身を見失う、というが彼の場合は自分の顔立ちや表情の浮かべ方すらも忘れかけており、話題に登っていた鏡の前でのシーンも「さてさて。俺は、どういう笑い方をしていたかな?」と呟きながら自身の顔を確かめるように色々な表情を浮かべていた。

 

 うん、めちゃめちゃ身につまされる話だ。ちょっと前の俺にガンガン突き刺さる内容だったりするので、このシーンはよく覚えている。自分が自分ではないかのような感覚は、俺も持っていたものだ。

 

 この原作者さん、俺の内側の話が表に出る前にこの流れを構想していたはずだし、そう考えるとめちゃめちゃ凄いんじゃなかろうか。

 

「凄いと思うけどさ。前の結城さんの居酒屋配信? あれが出回った後にそれを全力でドヤってたらそりゃ荒れるよね」

「あ、炎上するってそういう?」

「口は災いの元って言うけど、気をつけないとね」

 

 そうしみじみと語って、一花は飛翔のページを捲り始める。

 

 俺も他人事ではないな。今の世の中どこで誰が見てるか分からない上に、あっという間に世間に知れ渡る可能性もある。特に俺たちは冒険者の最先端として常に見られている立場だし、下手なことを口にすればそれは=冒険者に対するイメージダウンにもつながってしまう。

 

 下手なことは口にしないよう気をつけないと。心のなかでそう呟いて、俺は次の漫画に手を伸ばした。

 

 

 

 そう心していたんですがね。

 

「――」

 

 着物に身を包んだ亭主――姫子ちゃんからすっと手前に置かれた茶碗を、付け焼き刃の作法で受け取る。

 

 まごつきながらも失礼のないよう茶碗に口をつけながらチラと視線を横に向けると、そこでは俺と同じように顔をヒクヒクと笑顔の形に固定させた社長が、真一さんに助けられながらテレビで最も見かける政治家さん――現職の総理大臣と話をしている姿が目に入った。

 

 MRについて報告したのは数時間前なんだけどね。ちょっと展開早くないですかね。



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第二百九十三話 一郎が居る意味

遅れて申し訳ありません

誤字修正、見習い様、まつーん様、アンヘル☆様ありがとうございます!


「世に出すとしてもヤマギシさんの名義では出さないでほしい、というのが政府側の本音です」

 

 一服を喫したあと、社長と社交辞令のやり取りをしていた総理は、場が整ったと判断したのかそう言って俺の隣に座ったアガーテさんを見た。ほぅ、と小さく息を吐くアガーテさんを後目に、社長の隣で社長のフォローに回っていた真一さんが総理に言葉を返す。

 

「それはヤマギシにこの件から手を引け、という要請ですか?」

『もしそうならそれは無体、というものだ。現状の開発計画はヘル・キョージ・ヤマギシの協力が無ければ成り立たない。前提となる新規魔法を開発する所から始めなければならないからね』

「ああ、いえ。勿論、魔法研究の最先端に居るヤマギシさんを除いて、などという事ではなくですね」

 

 真一さんとアガーテさんの言葉に、総理は困ったように眉を寄せる。

 

「今回のMR、という技術ですね。これの開発に関して政府は関与するつもりはありません。勿論、政府出資で運営されている日本冒険者協会が関わる以上は、その立場に沿った意向を示す、くらいはありえますが……」

「で、あるならばなぜ」

 

 歯切れの悪い総理の言葉に真一さんが首を傾げて尋ねると、総理は言いづらそうな表情のまま口を開く。

 

「ヤマギシさん主導でこの技術を開発する、というのは問題ありません。問題は、ヤマギシさんの名前でこの技術を発表したあとの諸問題を我々は恐れています。私の予定を全てあとにしてヘリを回させるほどに」

「……それは」

「政府内でも魔法技術についての研究会は存在します。MRという技術についての情報が二時間ほど前に来た際、その会に在籍する専門家たちはこぞって絶賛していました。革新的という言葉すら陳腐化するほどと表する人物も居たほどです。その際の報告書には竿がどう、という単語が混ざっており……それについては、よく分かりませんでしたが」

「分からなくてもいいと思います」

 

 政府内の研究会とは一体。一瞬尋ねて見たくなるもやぶ蛇になりそうだと思い直し、開きかけた口を閉じる。というかこれアレだな、俺なんで呼ばれたんだろう。さっきから総理と真一さん、それにアガーテさんとの間でしかやり取りが起きてないんだが。

 

 社長は……空気を吸う作業で忙しそうだな、ヨシ。

 

 視線を向ける先に困って周囲を見渡すと、この場の亭主でありお茶を点ててくれていた姫子ちゃんが石のように硬そうな表情を浮かべたまま、手慣れた手付きで茶器を片付けている姿が目に入った。

 

 これアレだ。一切この場の会話を耳にしていないって感じの表情だ。もしかしたらこれがこの場での一番正しい処世術なのか……?

 

「政府が不味い、とする理由はいくつかありますが、端的に言えばヤマギシさんの名前が強すぎるのです。ここ数年、ヤマギシというブランドが世に送り出した技術は世界の常識を塗り替え続けてきた。『あそこが出すならば』という無形の――信仰にすら近い信頼がヤマギシという名前にはある。その名前の元に安易に送り出すには、この技術は劇薬にすぎる。役に立つ、立たないではありません。概要を聞いただけの私ですら分かる、この技術は効果が強すぎる」

『一国のトップにそう評されるとはね。技術者として鼻が高いと言えば良いのか、まだ開発もされていないものに大げさな、と言えば良いのか』

「作れる。だからこそ貴女はこの国に来て山岸恭二と接触した。そうではありませんか?」

 

 であるならば俺もなにか気を紛らわせれば何も聞いていないと断言できるのではないだろうか。いや、きっとそうに違いない。よし、と思い立ってみたもののいきなり思考を横道に、となるとなかなかに難しいものがある。

 

 こういう時は最近あった事を思い返そう。つい最近、先程、呼び出しを察して逃げる妹、鳴り止まない上司からのコール。

 

 ――うん、もっと前の事を思い浮かべよう。

 

 となると週刊飛翔の話題だが……そういえば表紙になってた漫画の炎上に何故か巻き込まれてたな。あの漫画好きなんだが、なんで漫画の内容とは関係ない原作者の行動で炎上してるんだろう。

 

「技術の内容も不味い。ヤマギシさんの名前で出すということは、ヤマギシさんの影響力が強い地域では特別な意味を持ちます。特に、太平洋側の東北地方。かの大災害の影響が未だに色濃く残る地域で、あなた方ヤマギシの名前は下手をしなくても政府以上の信頼を勝ち得ている。エアコントロールという画期的な魔法によって原発や放射線は除去され、やっと故郷に帰る事ができた彼らは。原発跡地に新しくヤマギシの名前で建設されている魔力式発電所によって仕事まで得た彼らは、この技術を見てどう思うでしょうか。かつての光景を再び見るためにヤマギシが"作ってくれた”と、そう思わないと誰が言えるでしょうか」

「それは流石に考えすぎ……ではない、ですね。実際に、この技術の元になった一郎の件で今もビルの外が騒がしいんだから」

「ヤマギシ側に誰しもがこの技術を使えるように改良を望む、ならまだ良いでしょう。この技術について詳細を聞いた担当者は、最悪の想定で一つの地域の住民全てが狂ったようにダンジョンに挑む可能性を示唆していました。老若男女を問わずに、です。そうなれば何千・何万という数になるでしょう。明らかにキャパシティを超え、そしてキャパシティを超えたからと止まってくれる保証はない。勿論最低の想定で、ここまでいってしまう可能性はかなり低いでしょう。しかし、可能性が低いからとこれを政府が座して見ているわけにはいかないのです」

 

 漫画自体は楽しく読んでるし、これが理由で連載中断>打ち切りとかは流石に面白くないな。というか続きが見れなくなるのは困る。シャーリーさんが何も言ってこない以上ヤマギシとしては特に関与するつもりもないんだろうけど、何かしら言葉にしたほうが良いのだろうか。

 

 しかしSNSなんて飯テげふんげふん。今日のご飯を上げるくらいしかツブヤイターを使ってないしそれっぽい事を言葉にして、というのもいい言葉が思いつく気がしない。

 

 こういう時はアレだな、初心に戻ってみよう。俺が出来る世に発信するという事柄は動画くらいなんだし、なにかいい案は。ああ、炎上の元になったシーンを演じてみる、そう。 鏡の前で表情を確認する体で変身を繰り返したら面白いのではないだろうか。

 

「……お話はわかりました。リスクマネジメントとしてヤマギシの名義を使わない方がいい、という助言を頂いたと、解釈させて頂きます」

「このような提案をして申し訳ない。ヤマギシさんには、我が国としても本当に感謝しているのです。ただ、今回は……」

「ああ、いえ。事情はよくわかりました。アガーテさん、一郎もそれでいいな」

『私はどうとでも。元々、独力で出来る開発ではないし、看板が変わるだけだろうしね』

 

 逃げ出した一花を捕まえてカメラマンでもやらせようと考えていると、話がまとまったのか全員の視線が俺とアガーテさんに向けられてくる。というか俺が居る意味この確認の為だけだったんだろうか。だったんだろうな。姫子ちゃんからの視線が可愛そうなものを見る視線になってて辛い。

 

 とりあえずおかのしたって言っとけばいいだろか。駄目かな。駄目か。

 



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第二百九十四話 SNAP!

『ああ』

 

 画面の中、現れた青年は口から漏れ出るようにそう呟くと、鏡を眺めながら自分の顎を指で撫ぜた。

 

 少しぼさっとした髪に目鼻立ちの整った、少し年齢よりも幼く見える顔立ち。"一昭”と呼ばれる漫画のキャラクターを現実に連れて来ればこうなるだろう、という顔立ちの彼は、鏡の前で口を広げたり、眉を寄せたりと様々な表情を浮かべる。

 

 それらのどの表情もしっくり来なかったのか、彼はやがてふぅ、と大きなため息をつき、右手を持ち上げて――

 

SNAP!

 

 指をパチリと弾かせる。その音に反応したかのように彼を中心に空間が歪む。

 

 発光し、ぐにゃぐにゃと彼の体がぼやけるように消えていくと、そこには豚が居た。

 

 豚である。身長は成人男性の膝くらいだろうか。赤と青をメインにしたタイツに身を包んだ豚は先程の一昭のように顎を指で撫ぜながら壁に視線を向け、ふと気づいたように上を見上げた。

 

 (ハム)、身長が足りてない。

 

 そう言わんばかりの、ショックを受けたという表情を浮かべて洗面台の鏡を見上げた豚は、プルプルと体を震わせたあとに右手を持ち上げる。

 

SNAP!

 

 空間がぼやけ、彼は現れた。今度は身長が足りている。なにせ彼はモノクロ(ノワール)であるがコートの似合う成人男性だ。雨の匂いがする風をたなびかせ、洗面台の前で自慢の帽子のつばに手をやってはたと気づいたように動きを止める。

 

 ここは室内だ。帽子は脱がないと。

 

 少しの葛藤のあと、右手を持ち上げてSNAP!

 

 現れた短髪の少女(ペニー)はちょいちょいと鏡を見ながら髪を整え、肩に乗った親友の蜘蛛を指でちょいちょいとつついた後に右手を上げる。

 

SNAP!

 

 白いコスチュームに身を包んだ彼女はマスクを脱ぎ、ふぅ、とため息をついて鏡からカメラへと視線を向ける。挑発的で、自身に満ちた笑顔を浮かべた後、彼女(グウェン)はバレエダンサーのようにクルリとその場で見事な回転を見せ

 

SNAP!

 

 青と赤をメインにした全身タイツ。少しだらしない体はご愛嬌といった風体の茶髪の彼(ピーター)は、自身のボテッとしたお腹を気まずそうに撫でて、カメラに向かって苦笑いを浮かべる。そのまま歩いてくる誰かにハイタッチするように右手をあげ――

 

SNAP!

 

 黒い全身タイツに小柄な、いまだに成人していない少年が入れ替わるように現れた。彼のスマートフォンから流れるHIPHOPに合わせるように黒いスパイダーマン、マイルスは鏡の前でポージングを始める。

 

 2度、3度とポーズを決め、しかししっくりこないのか首を傾げる彼は、なにか思いついた、とばかりに手を叩く。

 

SNAP!

 

 マイルスと似通った背格好の彼は、パーカーのフードを下ろして鏡に視線を向ける。ぽんぽん、と頬を指でたたき、しっくりと来たのか口元を歪めるとカメラに視線を向けた。

 

『――作品は、楽しむモノだよね』

 

 笑いかけるような声。右目の部分だけが破けたマスクを被ったハジメは、開いた右目でウィンクを浮かべて指を鳴らす。

 

SNAP!

 

『スパイダーバース、お楽しみに』

 

 

 

 

 

「地上最強の指パッチンに対抗してみたのですがどうでしょうか」

「お兄ちゃんたまにとんでもない事やらかすよね? おい姫子、姫子! なぜ止めなかった!言え!!」

「私今日は昼前から記憶がトンでるんだよね。そういう事にしなさい。あ、お溢れでバズってるやったぜ」

 

 撮影者特権だよねぇ、と笑ってスマホを弄る姫子ちゃんに、むきぃ、と詰め寄る一花を眺めながら携帯を見る。普段のご飯画像だと数百くらいしか反応がないのに、今回動画を上げてみると上げた瞬間から通知が鳴り止まない状態が続いたのだ。

 

 慌てて通知をOFFにしたから今はおとなしいものだが。流石に流してから1時間は経ってるしもう収まってる、か?

 

「収まってるわけないじゃん。明日まで続くんじゃない?」

「明日で終わらないまであるかなぁ。もう1万リツ超えてるよはっや。先輩、新しい伝説を産んじゃいましたね!」

 

 ツブヤイターらしくメッセージ性の強い動画になったと思うし、今日のお昼ごはんよりは反応があるかなぁとは考えていたのだが、少し大事になりすぎたかもしれない。例のシーンをパロるついでにスパイダーバースの宣伝も、と欲張ったのがいけなかったか。

 

「違う、そうじゃないって歌いたいけど面白いから良いか。スタンさんにはちゃんと許可もらってるの?」

「勿論。めちゃめちゃ笑われた」

「いつも楽しそうだね、あの人」

「人生を楽しむのが長生きの秘訣らしいぞ」

「あと100年は生きてそうだね!」

 

 最近髪の毛の色が戻ってきたとか言ってたし本当にあと100年くらい長生きしそうだな、あの人。

 

「そいえばさ、なんで姫子が茶席の亭主なんかしてたの」

「うちの父親、与党所属の市議会議員なんだよ。去年から。私も家を出た経緯が経緯だし普段はそこまで強く言ってこないんだけど、今回は内容が内容だから山岸のおじさんになんとかアポをって泣きつかれてねぇ」

「ああ……檀さんとこは今も」

「奥多摩には自主的な出禁って感じ? 山岸のおじさんももうそこまで気にしてないとは思うんだけどね。まぁ、そういう経緯でさ。政府から直での連絡は足がつくとかなんとかで、誤魔化すために急遽私が着物着て一席点てる羽目になったわけだ」

「うわぁ、可哀想。私逃げられてよかったぁ」

「はっ倒すぞ?」

「居る意味がないのに逃げられなかったんだぞ、俺は……っ」

 

 俺と姫子ちゃんの非難に、一花はヒューヒュヒューとならない口笛を吹いて視線をそらした。



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第二百九十五話 一郎吸い

おまたせして申し訳ありません!

誤字修正、見習い様、げんまいちゃーはん様ありがとうございます!


「スゥ……フゥ……良いかい、一路」

 

 最近は慣れてきた視界を覆う三角帽と、胸元に吹きかけられる熱い吐息。

 

 アガーテさんはいつもと変わらない口調のまま俺の胸元に顔を埋め、一呼吸ごとに深く呼吸を繰り返しながら言葉を続ける。

 

「あの動画は……スゥ……ファァァ……舐めて良い?」

「ダメです」

「スゥゥゥ……フゥゥゥ……あの動画は大変、素晴らしい出来栄えだと思うんだ」

「ありがとうございます」

「スゥゥゥ……フゥゥゥゥ……でもね、君。あれだけじゃあスゥゥ……フゥゥゥゥ……片手落ちというものだろう」

「片手落ち、ですか?」

 

 俺の腰に足を、両腕を背中に回しガッチリと体勢をキープしたままの彼女の頭に手を回し、視界を邪魔する彼女のトレードマーク、三角帽を外す。そのまま立ち上がって冷蔵庫に歩み寄り、中を確認。ヌカコーラ、ファンダ、マウンテンヂュー、おい!お茶ぁと整えられたラインナップに頭を迷わせる。

 

「アガーテさん何飲みます?」

「スゥゥ……お茶」

「はい」

「両手が使えないから飲ませてほしいな」

「はい」

 

 胸元からの声に頷きを反してコップにお茶を入れ、左手をアガーテさんの背中に回してコップを口元に近づける。

 

 左手を背中に回した際「あびゃああ」と妙齢の女性が出して良い声じゃないなにかが聞こえたが、気のせいだろう。

 

「それで、片手落ちとは」

「……布団を敷こう。なっ?」

「ダメです」

「…………………………あの動画が投稿されて1週間。世界各地で、それぞれの地域の冒険者が君の真似をしているのは知っているかな?」

「ええと、まぁ。フランスのファビアンさんとか辺りは『パクっていい?』って言ってきてましたし妹さんからも連絡は来ましたよ」

 

 心底残念そうなため息を吐いた後、アガーテさんはぽつぽつと呟くような口調で話を始めた。

 

 俺の場合は少々特殊だが、変身という魔法自体は割りとポピュラーな物になってきている。少なくとも日本に研修を受けに来るレベルの冒険者ならほぼ使えて当たり前の魔法だ。要は魔力で自分を覆ってほかから見た姿を変えてるわけだからね。アンチマジックやバリアが使えるならその要領で覚えられるのだ。

 

 そしてそのレベルの冒険者の中には結構な割合でインフルエンサー的な存在が居たりする。特に各国の代表冒険者はその国の顔の一人に数えられるくらいには影響力が強い。

 

 で、そういう人たちが例の動画を見て、面白そうだと自国のヒーローに変身してあの動画を真似して発信し始めたため、ものすごい勢いでツブヤイターのサーバーにダメージが与えられている、と広報部からは聞いている。

 

 広報部に連絡があったんだ。ツブヤイターの運営元から、ああいうのするなら事前に教えてください、できればちゃんとした動画サイトでやってくださいって。シャーリーさん爆笑しながら「さすがイッチ! 誰にもできない事を平然とやってのける!」とかテンション上がって報告の連絡をしてきたんだけどただ動画を投稿しただけなのにそんな事を言われてもその、困る。

 

「そう、そこだ。各国ではマーブルのキャラクターだけではなく、それぞれの国家で人気なヒーローを用いて動画を作っている」

「そうみたいですね。何故か星間戦争のキャラクターとライダーとマーブルヒーローのごちゃ混ぜみたいなとこがありましたが」

「……ドイツだと年齢制限があるから、ヒーロー物は限られるんだ」

 

 言外に妹さんの事を告げると、言いづらそうに胸元から声がする。オリーヴィアさんの動画、世界各国で『星間戦争www自国のヒーローどこwwwうぇっうぇwww』とかネタにされてるみたいだから、その辺アガーテさんも気にしてるんだろう。

 

 ロシアのセルゲイさんなんか完全に割り切って路地決闘のキャラクターをシリーズごとに再現とかやってたし、人それぞれだと思うんだがね。

 

「そう、そこだ。一路、君は日本人であるというのに日本のヒーローをなぜ題材にしなかったんだい?」

「あ、ええとですね。ハジメさんも日本人ヒーローな」

「結城一路が締める動画を見たいと全世界60億人の一路ファンが願っているんだよ」

「全人類を勝手に一路ファンにしないでください」

 

 やんわりとなだめるように声をかけるも、アガーテさんは嫌だい!嫌だよ!見たいんだよ!と出来損ないの三段活用っぽい良い回しで駄々をこねる。その都度体を揺らすのでお腹あたりに柔らかい感触が度々襲いかかってくるのだがこれは所謂当ててんだよという奴だろうか。

 

 自己申告でそこそこ大きい!と言っていたがもしかしたら正しいのかもしれんな。と思いながら携帯を取り出す。

 

 今日のアガーテさんは少し様子がおかしい。いつにもまして甘えてくるし、普段ならこう塩対応で返すと引いてくれるのだが今日は駄々までこね始めた。

 

 よく考えれば異国の地で、あの恭二と毎日毎日ダンジョンに籠もって魔法実験を繰り返しているのだ。慣れない人はスキあらばダンジョンの奥地に入り込もうとするダンジョン狂いの奇行にストレスをためても可笑しくはないだろう。

 

「いや危機感が」

「あ、もしもし初代様、お疲れ様です」

 

 俺のためにわざわざ遠い異国の地から着てくれた人だ。そのせいでストレスが溜まっているならできる限りその解消を手伝って上げるのが人情というものだろう。

 

 諸事情を初代様に伝えると、初代様は二つ返事で了承を返してくれた。ついでに連絡が取れそうな他の先輩方や後輩くんたちにも声をかけてくれ、数時間後ヤマギシビルに集まった彼らと共に前回の撮影で使った部屋で動画を撮影。

 

 流石に前回通りの構図とはいかなかったが、鏡を眺める初代様からの二代目、三代目と入れ替わり立ち替わりの変身ポーズ集は元になった動画とは違った意味でファンを喜ばせる出来栄えになったと思う。

 

 思うのだが、肝心のアガーテさんには「とても嬉しいけどなんか違う」とお言葉を頂いてしまった。解せぬ。あとそろそろ降りてください。




全然話が進まないのでいっそ番外編にしようかと思いましたが話が進まないのは割りといつものことなので(ry


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第二百九十六話 公開日

誤字修正、アンヘル☆様ありがとうございます!


「世界同時公開って聞くとなんだか凄いって感じるよな」

「実際は英語圏と日本に欧州が幾つか、くらいなんだけどね!」

 

 何を言っているのかというと、スパイダーバースの公開日になったのだ。

 

 テレビをつけるとどこの局でも特番が組まれていて、ニュースなどでは長蛇の列を成す映画館の様子が映し出されて、さらにさらにSNSでは盛大なネタバレをかました『演技者たち』の原作者が炎上している。

 

「いやほんと懲りないね???」

「な。こないだの炎上の件でも随分怒られただろうに」

「こないだのどころか、お兄ちゃんがあげた動画についてもなんか炎上してたよね。週1で火事起こさないと気がすまないのかな。姫子リスペクトしてるとか?」

 

 姫子ちゃんのはもうああいう芸風だろとしか言えないのだが、ある程度コントロールしてる姫子ちゃんと違ってこっちの人は特にそういう意図がなさそうな点が凄いと思うんだよな。悪い意味で。

 

 特に今回の奴は、正直反応に困った。

 

「なんか俺のツブヤキにリツブヤキ?して『ほらイッチ許してくれたし俺は間違ってなかった』的な事言ってたんだよね」

「凄い。何が凄いってちょっと言葉に出来ないけど」

「流石に無視するのもどうかと思ったから『貴方の発言について俺からコメントすることはありません。作品と作者は別個に考えています。貴方はまず、出版社と相棒に迷惑をかけてる現状をなんとかした方が良いのではないでしょうか』ってコメント返したらブロック?みたいなことされてね」

「ふぁー……」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まったマイシスターの姿に、多分ブロック?されたときの俺もこんな顔してたんだろうな。

 

「その日のうちに出版社側からヤマギシ宛に連絡が来て平謝りされたらしい。あとなんか漫画家さんからも平謝りされたらしい。シャーリーさんが」

「そっちじゃないだろって突っ込み入れたほうが良いのかな???」

「出版社さんも漫画家さんも特に悪くないし、謝られても困るんだよな」

 

 というかまぁ、俺からすると別に謝られる必要もないんだけどね。彼の発言で特に気分を害したとかもないしこの件で一番怒ってるのは俺よりも周りとか、俺のファンだって名乗る人たちだ。

 

 好きなアイドルが貶されて怒るファンみたいな感じだろうか。

 

「まぁシャーリーさんから『この件はこちらで対応しておきます』って言われたからもうそっちは良いんだけどね」

「ヤマギシ最強の広報部が本気になったか。これは勝負あったね」

 

 なんの勝負か分からないが、まるで我が事のように誇らしげに胸をはる妹の頭をよしよしと撫でておく。

 

 テレビ画面ではインタビューを受けた若者が放った『もう映画見るっていうレベルじゃねぇぞ!!』とよく意図がわからない発言がテロップつきでヘビーローテーションしており、今日中に途切れてくれるのか分からない行列に絶望する映画館職員の様子と共に、映画館が凄いことになっているということを全国に知らしめていた。

 

 多分米国の方も、おそらく同時に放映されてる英国なども似たような状況だろう。話題作とはいえこの加熱っぷりは正直凄い。

 

「多分8割くらいお兄ちゃんのせいだからね……?」

「スタンさんが喜んでくれてるだろうなぁって(震え声)」

「大喜びしてると思うよ。次は復讐者たちの宣伝もお願いされるんじゃないかな?」

 

 ついっと目をそらすと一花はすすっと俺の視線の先に体を割り込ませた。妹よどいてくれ。その視線は俺に効く。

 

 そのまま視線をそらす→一花が反復横跳びを繰り返すこと数分。根負けした俺は両手をホールドアップすることでそれを示し、一花はそれに満足するかのように頷いて再び椅子に座った。

 

 失態だ。妹との精神的な主導権争いに敗北するという痛恨のミスを犯してしまった以上、この場でのやり取りは常に一花にマウントを取られる事になる。致命的な一言が出てくる前になんとか場を、場をごまかさなければ……!」

 

「半分以上口にしてるのはわざとってことでよろしい?」

「はっ!?」

「別にそんなに変なことするつもりも言うつもりもないよ? ただ一生に一度は言ってみたいセリフ第三位の『さくやはおたのしみでしたね』を言うタイミングは教えて欲しいなって」

「お前の一生に一度のセリフおかしくない?」

 

 確かにちょっと言ってみたい気もしないでもないが。

 

「希望としては姫子かシャーリーさん、それにまぁ、アガーテさん相手ならまだ納得出来るかな」

「お前はどの目線からそれ言ってんの……?」

「なんかこないだ女子会で色々話してさ。アガーテさんも色々苦労しててね、心の支えがお兄ちゃんだった時期もあるって聞いちゃったんだ。現地妻でも良いから繋がりが欲しいってまで言われたら、同じ女としてはちょっと応援したくなっちゃうよね?」

「それを俺に聞かれてどう返事しろと???」

「逆に私が真一さんの部屋から朝帰りキメた時に言ってくれても良いんだよ!『さくやはおたのしみでしたね』って!私はそれにこう返すよ!『・・・・・・』ってね!」

「1の主人公はセリフがないからなぁ……真剣に聞いてみるが、真一さんとくっつける目は生まれてるのか?」

 

 俺の質問に対し、一花は愉快そうな表情を凍りつかせて開きかけていた口をゆっくりと閉じた。

 

 少し目を瞬かせた後、口を開こうとしたのかもごもごと動かして、そしてどうしても開き切る事ができなかったので諦めたかのように真一文字に口を結ぶ。

 

「――なんかすまん」

 

 そう目を背けて言葉をかけると、ふるふると震えながら目尻に涙を浮かべて一花は俺の部屋から走り去っていく。

 

 妹との争いは、こうして俺の完全勝利で幕を閉じた。だがそこに勝利の喜びはなく、ただただ虚しさだけが残る結果となった。争いはなにも生み出さないんだな。



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第二百九十七話 新魔法タルパ

 新魔法の開発は順調に進んでいるらしい。というよりも魔法自体はすでに開発が終わってるそうだ。

 

「感覚的には変身魔法に近いからな。あれも言ってみれば自分の記憶にある誰かの再現だろ? こっちはそれにもう少し情報を足した感じだよ」

 

 というのは世界唯一の魔法開発者の言葉であるが、その"もう少し”が外見以外のほぼすべてだという点に目をつぶれば理解できる理屈かもかもしれない。恭二の感覚では元になった変身魔法と俺の変身くらいの違いなんだろうな。俺は普通の変身魔法が使えないから憶測になってしまう。

 

「まずは第一段階は終了。喜ばしいが、とはいえ問題はここからだ……一服いいかな?」

「もちろん」

「ありがたい。今はどこも禁煙だなんだで、パイプを咥える事も難しい」

 

 新魔法の開発に成功し、一頻り喜んだ後。開発協力者のアガーテさんはそう言って私物のパイプを咥えて火を入れる。中身はドライハーブに手を加えたものらしく、フルーティーな香りがあたりに広がっていく。疲労を感じた時の気分転換に口にするそうだが、タバコと違ってニコチン等は含まれていないらしい。気分転換に良いそうだ。

 

 確かに問題はここからだろう。恭二が魔法を作り出すまでは既定路線というか、関係者ほぼ全員が出来ると確信していた。俺の変身を眺めて変身魔法を生み出したのは恭二だからな。魔法を作り出すだけならば、恭二一人がいれば問題はなかった。

 

 だが今回、最も重要でおそらく最も難易度が高いのはここから先だ。開発した魔法を他の人間が使えるようにしなければいけない。

 

 現在、この新魔法を扱える冒険者は恭二とアガーテさんの二人だ。恭二の言葉は正直当てにならないが、その片割れであるアガーテさんも「習得自体は変身魔法が扱える人物なら容易」と言っているのでヤマギシに所属する冒険者なら誰でも覚えることは出来るだろう。

 

「といっても覚えられる事と使える事はまた別の問題だがね?」

「やっぱりイメージが難しい、とかですか」

「いや、それ以前の問題だよ。最初から分かっていた問題だが、燃費が悪すぎる。私の魔力量では維持できて十秒といったところだろう」

 

 おかげでエアコントロールも維持できない、とぼやくように煙を吐くアガーテさんに、まぁアレを再現するなら馬鹿みたいに魔力使うよな、と一度死にかけた経験を思い返して頷きを返す。

 

「だがまぁ、実際に魔法を使ってみて感覚は理解した。十分な魔力とイメージを補助するナニかがあれば一端の冒険者なら誰でもこの魔法を使えるだろ。イメージしやすいものなら補助具も必要なく再現できるだろうね」

「補助具ですか。例えば写真とかビデオですかね」

「私は特に補助具は必要なかったが、まぁそうだね。動画媒体があるならそれが望ましいだろう。もちろん一番望ましいのは本物だが。匂いや肌触りは本物でなければなぁ」

「匂いや肌触りまで再現できるイメージ力って凄いですね」

「それほどでもない」

 

 なにを再現したのか、と問いかけそうになる口を慌てて閉じて、ふふんと得意げにパイプと三角帽を揺らすアガーテさんから視線をそらす。世の中には知らないほうが精神的に楽な事も、まぁ、稀によくあるもんだ。アガーテさんはイメージ力が凄いんだなぁ、で終わらせてしまうのが一番だろう。俺の精神衛生的に。

 

 ところでさも当然のような顔で俺のベッドに座ってるけど、アガーテさんいつになったら仕事に戻るんだろうか。休憩がてら雑談でも、と部屋にやってきてかれこれ5時間ほど時間が経ってるんだが――布団を敷こう? 敷きません。そこが俺の寝床です。

 

 

 

 新魔法は完成したその日に日本冒険者協会に報告され、次の日には日本冒険者協会名義で公表された。新魔法の名称はタルパ。神智学なんかの概念の一つで、霊的・精神的な力によって作成された存在や物体を指す用語だ。作成者とは別の思考・感情・人格を持っているとされ、タルパを作成し交流することはタルパマンシーというらしい。アガーテさんたちが開発する技術の総称はこれにする予定だ。

 

 イマジナリーフレンドで良いんじゃない?とか、最近流行ってるみたいだし投影なら日本のオタクが喜ぶのではという意見もあったが、魔力で存在や物体を形成するならタルパがしっくりくるのでは、というシャーリーさんの意見を採用し、この名前になった。

 

「とはいえ厳密に言うと、この魔法では別の思考を持たせるまではできそうにないんですがね。投影の方が僕は良い気がするんですが」

 

 週2で秋葉原に通い続けて最近ではすっかりアキバの新名()として風格を持ち始めたベンさんが、なんかのアニメデザインのおしゃれな万年筆を手で弄りながらそう口にする。

 

 ここ1年休まず秋葉原に通い続けた結果、かつてのテンプレ外国人風のイントネーションはすっかりなりを潜めて今では彼の日本語はたまにアクセントがズレるくらいで違和感がなくなっているのだ。

 

「でもアキバでは今も外国人旅行者風の喋り方デース。そっちの方がメイド喫茶に帰ったときメイドにウケるので!」

「貴方も大概趣味人ですよね」

「仕事にも全力ですよ。今は秋葉原に冒険者をコンセプトにしたコンセプトカフェを立ち上げる計画をしていてですね」

 

 冒険者という職業は、その成り立ちから現在に至るまでオタクという人種と相性がいい。協会の内部は兎も角冒険者という言葉の中心にいる連中、少なくとも日米の冒険者で一番知名度があるのは俺とウィルだから、特撮・ヒーロー系ジャンルのオタクは冒険者に対する好感度は悪くないだろう。

 

 ベンさんとしてはそこに商機と、あわよくば冒険者人口の増加を見込めるとして日本冒険者協会にも協力してもらい、新規事業を展開していきたいそうだ。

 

「これが上手く行けばゆくゆくはヤマギシが開発した冒険者向けのグッズ、魔法を用いた製品などを販売するショップも併設。奥多摩や忍野ダンジョンまでの交通網も整備して、一区画をまるごと冒険者の街に! 秋葉原を風俗街からオタクの街に取り戻すんです!」

 

 ヤマギシに所属してからこちら、かかさず秋葉原に通っていた彼だが、現状の秋葉原は彼が夢見た街とは遠い存在になっているそうだ。秋葉原は日本で最も移り変わりの早い街と言われているが、それにしたって現状はひどいという。

 

 その現状をなんとかしたいと、ベンさんは目を輝かせながら夢見るようにそれを語る。米国で政治に関わる名家に生まれた彼の口から出てくる提案は非常に具体的で、このまま町おこしでも出来てしまいそうな内容だ。

 

「そういえば最後にアキバ行ってから結構たつな。ケバブ食べたい」

「お、良いですね! 落ち着いたら一緒にアキブラでもやりましょう。武器屋のドラゴンごろし、なんとか購入できないか交渉していまして」

「あれ振り回せる場所が少ないのでは?」

「ロマンですよ、イチローさん。ロマンは全てに優先するんです」

「その意見は、否定できない」

 

 会社の書類を決済しながらする話ではないかもしれないが、ベンさんはおしゃべりの間も片時も万年筆を止めていないし、俺の右手もミギーがしっかりと書類を片付けてくれている。つまりこれはサボりではなく気晴らし、圧倒的気晴らし。

 

 最近は奥多摩も発展してきたとは言え、ケバブが食べれるトルコ料理のお店は近隣にない。今回の魔法の発表で俺に向いていた「あの人を再現して」という圧力も弱まってくれると思う、思いたい、きっとそうなるはず……だから、時間ができれば久しぶりに外出するのも良いかもしれないな。




新魔法の名前はタルパにしました。
いい名称を教えてくれたhasuさんありがとうございます、勉強になりました。


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第二百九十八話 ヤマギシは悪の秘密結社のフロントではありません

『本日正午発表された日本冒険者協会主導によって開発された新魔法"タルパ”について首相は会見を開き、内閣府魔法対策研究会からの報告を発表。新魔法の習得に際し使用資格の制定及び関連法整備が必要であると発言し、魔法使用の自由化を推進する野党側の激しい追求により国会は――』

『魔法を使えるか否かというのは新しい差別の始まりだよね。僕ら一般人がこの酷暑を耐えるためにエアコンを使ったりしてるなか、ご存知ですか? 魔法には自分の周辺の空調を完璧に整えるなんて便利な代物があるんですよ。このタルパって魔法もね、この魔法の使い手は自分が欲しいものをパッと思い浮かべればすぐ用意できるんですよ。いつでもどこでも――』

『魔石の外販価格が高すぎるのが一番の問題ですよ。冒険者以外の国民は日本冒険者協会から販売されている魔石を購入しなければ魔力を得られないというのに、です。ダンジョンに入ってすぐに出現するオオガラスの魔石で3万円、ゴブリンの魔石で10万円。オオガラスの魔力値は基準の1で、ゴブリンは3しかないんです。10層以下に出現するゴーレムの魔石は150以上の魔力値で、300万払ってオオガラスの魔石を100個集めてもゴーレム一個にも満たない魔力しか得られない。こんなもの暴利としか――』

『倍率300倍、現代の超難関"専門学校”冒険者育成講座の真実に迫る』

『臨時冒険者登録をされている方を対象とした詐欺が横行しています。「正規冒険者への登録更新」を謳う書簡やメール等が届いたらそれは詐欺です。冒険者免許は公的資格でありこれを取得する際は講習と試験の合格が必須となります』

『嫁に会うために冒険者になりました。乗るしか無いなって、このBIG WAVEに』

 

 テレビはどこもかしこも……アニメ放送を優先したテレビ首都という例外を除いて特番で埋め尽くされている。内容は8割が新魔法についてで、2割が冒険者と魔法についてだ。

 

「凄いよねー」

「うん?」

 

 談話室でのんびりとお茶をすすっていると、テレビを眺めていた一花がぽつりと呟いた。意味合いが分からず首を傾げると、一花は視線をテレビから外さずに口を開く。

 

「これだけ色んな局が報道してるのに、ヤマギシの名前が全然出てこないんだよね。たまーにコメンテーターが開発者について言及してるけど、そこでもアガーテさんについてか「山岸恭二は過去の魔法開発について~」なんて形で恭二兄について口にするだけだし」

「……まぁ、色々あるんだろ」

 

 姫子ちゃんと二人、壁の花ならぬ畳の石になって見ざる聞かざる言わざるを徹底した茶室での出来事を思い返しながらそう返すと、一花は俺の顔を眺めながら「ふふっ、こわい」とだけ口にしてテレビのチャンネルに手を伸ばす。「ヤマギシ、実は悪の秘密結社のフロント企業」疑惑がまたぞろ出てきそうな状況だな。

 

「デジタル放送の方は流石に特番だらけって感じじゃないね。それでもニュース系の番組じゃ取り扱ってるか」

「海外のニュース番組でも話題になってるな。お、ケイティがコメントしてる」

「魔法関連のニュースだとケイティの顔よく見るよ。知名度も高いしね」

 

 米国では聖女なんてあだ名を持っている友人は、マイクを向けたキャスターの質問に笑みを浮かべて答えを返している。国外の魔法関連のニュースだと、ケイティが専門家としてインタビューを受けてる事が多いらしい。

 

 まぁ知り得る限り、魔法のセンスって意味なら恭二を除けばケイティが一番優れてるだろうからな。映像越しに見た魔法をその場で「あ、これ多分出来る」なんて感じた人は他に知らないし、今現在恭二が開発した新魔法もほとんど練習しないで身につけてるそうだから魔法について彼女に尋ねるのは間違ってない。

 

「ケイティは逆にセンスがありすぎて人に教えるのが苦手なタイプだよね。理屈も感覚も分かってるけど、それを理解できない人の感覚が分からないって感じ!」

「教官訓練の時はそうだったなー」

 

 共に日米の教官候補を教えていたときの事を思い返すと、ケイティ受け持ちの訓練生は少しでもセンスがある人はガンガン伸びてセンスがない人は伸び悩んでいた。ケイティ自身もその点には早いうちに気づいていて、仲がこじれる前だった一花に相談をしたりもしていた。

 

 その結果起きたのが伸び悩む訓練生への一花の特別トレーニングで、そしてマスター教が一気に勢力を増すきっかけでもあったんだが……この話題は駄目だ。下手に口にすると一花が泣く。

 

 なにか話題を変えなければ。ええと、たしか――

 

「……そういえばビル前でプラカード掲げてたおじいさん、冒険者になるんだってな」

「あ、そういえばプラカードの人たち、居なくなってたね!」

「新魔法の発表から数時間で全員居なくなってたな」

 

 俺が引きこもってた理由は、至極あっさりと解決した。あっさり解決しすぎて被害を受けていたはずのヤマギシ側が困惑するくらいあっさりと終わったので、今の一花のように例のデモが終わったという事を知らない関係者も多い。俺もシャーリーさんが詳細を報告してくれるまで知らなかったし、昨日までさんざんこのデモを扱っていた各ニュース番組も今は"タルパ”一色で、デモが終わった、なんてテロップにすら流されていない。

 

 このデモがたち消えるまでの話もまぁ結構酷い。朝方、元気にプラカードを掲げていたおじいさん方を後目に、常駐していたテレビ局の取材班は「本社からの呼び出しがあり」とそそくさと荷物をまとめて帰っていったそうだ。

 

 昨日まで「共に頑張りましょう!」なんて論調で励まし合っていた連中の態度にデモ隊もおかしいと感じたそうで、少し調べてみると新魔法に行き当たり――

 

 まぁ、後は言わずもがなという奴だろう。

 

「デモの参加者、半分は冒険者になるらしいぞ」

「残り半分は何しに来てたんだろうね!」

「日当が出てたんじゃないか」

「抗議デモ参加の日当とは????」

 

 沖縄かどっかの抗議デモは、参加者を日当と弁当支給で集めて人数を水増ししてたりするそうだし、特に主義も主張もなくデモに参加するのは珍しいことでもないだろう。迷惑をかけられていた手前少し思うところはあるが、終わったことをこれ以上とやかくいうつもりもない。

 

 あとはアガーテさんが"MR”機器の開発を終えれば、少なくとも"変身・第二段階”に関連するトラブルは減ってくれるだろう。減ってくれ、頼む。



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第二百九十八話 Excelsior

 トラブルが片付いたら新しい問題が起こるのはいつものことだが、目の前で起こってるこれはトラブルと呼ぶべきか判断に困るな。

 

 パシャパシャとシャッターを切る音が断続的に続くステージの上、その中心。 最も熱気が集まるそこでは今まさにスタンさんが満面の笑みで山岸社長にハグをしている姿を鉄男さんや本家さんと並んで眺めていると、隣に立つ鉄男さんが小さく声をかけてくる。

 

『カメラの前で随分渋い表情じゃないか、MS。もっと婦女子に声をかける位の気持ちで笑顔を浮かべてみたまえ』

「余計ぎこちなくなりそうです。いや、社長も随分成長したなぁって思いまして」

『Mr.ヤマギシはこちらの国ではレジェンドとして扱われてるんだがね。小さなコンビニエンスストアを廃業の危機から5年もしないで企業規模を千倍近く跳ね上げた怪物として』

 

 突発的にレジェンドに絡まれると体がマネキンになる生態を持ってる社長も、予め覚悟を決める時間があったからか笑みを浮かべてスタンさんにハグを返している。ステージに上る前、舞台脇からステージ上に居並ぶ面々を眺めたあとに過呼吸を起こしていたが、一度覚悟が決まれば抜群のパフォーマンスを見せるあたりは真一さんや恭二の父親らしい。

 

 何をしているのかって? 復讐者に関しての記者会見です。ちなみに今日の朝になるまで俺は何も聞かされていませんでした。朝、会社に呼ばれて出社したらスタンさんどころか復讐者メンバー揃い踏みだった時の俺は大層面白い表情をしていたそうだ。

 

 ダンジョンの出現からこっち、驚かされることには慣れているつもりだったが、スタンさんのやる事に慣れる事は生涯なさそうだ。

 

 あとシャーリーさん、確かにトラブルが解決したとはいえ微妙な時期だし、秋に渡米するのが少し怖かったのは事実ですがね。こんな心臓に悪いサプライズでいい仕事した、みたいな表情うかべて親指を立てられても反応に……その……困る……

 

『私のワガママを聞いてくれたスタッフ諸君、我々を受け入れてくれたヤマギシとMr.ヤマギシに感謝の言葉を述べさせて頂く』

 

 用意されたマイクスタンドの前で、スタンさんはそう言った。半分ほど色を取り戻した髪、齢90を超えるとは思えないほどに瑞々しい肌、そして何よりもエネルギッシュな笑顔に報道陣のカメラが集中する中、少し眩しそうに目を細めながらスタンさんは続きを口にする。

 

『この地、奥多摩は我々にとっても思い入れの深い場所だ。ダンジョンと魔法の登場は、世界のすべてを塗り替えた。この地奥多摩から魔法は発信され、世界を揺るがし、塗り替えたんだ。当然その中には我々マーブルも含まれていて、4年前の私に今のことを話しても夢物語だと切って捨てていたに違いない。例えば、この髪とかね』

 

 そう戯けたようなスタンさんの言葉に会場中から小さな笑い声が聞こえてくる。

 

『ここでは多くのことが始まった。ここは多くのことを私に、我々に与えてくれた。我々人類にさらなる高みがあることを教えてくれた。そして、なによりも』

 

 そこで一度言葉を切って、スタンさんは感慨深そうに目を閉じる。

 

『彼との出会いを私に与えてくれた――イチロー、来てくれ』

 

 振り返ったスタンさんの言葉に従い、俳優たちの列から出て彼のそばへと歩み寄る。眩しいほどに焚かれるフラッシュに目を細めながら、途中前を通った時に本家さんや鉄男さんに肩や背中を叩かれながら、スタンさんの隣に立つ。

 

 スタンさんは隣に立った俺に何も言わずに両腕を回し、ハグをした。

 

『君は私に、たくさんの驚きをくれた。君が初めて私を驚かせてくれた日、あのニューヨークの誕生パーティの事を忘れたことは一時もないよ。それからも、何度も私を驚かせて、楽しませてくれたね』

「俺も、スタンさんに出会ってからは驚いてばかりですよ。例えば、今日の会見とか」

『それは良いことだ。良い人生とは驚きに満ちあふれているものだよ』

 

 イタズラが成功したかのような表情を浮かべるスタンさんに、顔を引きつらせたままそう告げると彼はケラケラと笑ってそう口にした。敵わんなぁ、と小さく笑って、スタンさんの背中を両手で軽く叩く。

 

『彼との出会いは、私にとってまさに第二の人生の始まりと言ってもいいものだった。齢90を超えて、私は自分の人生がもう一度始まった事を知った。あの日、窓から彼が飛び込んできた誕生パーティでスタン・リードは文字通り生まれ変わった。あの場で私は、新しい人生を歩み始めたんだ』

 

 熱意のこもったその言葉に、取材陣の視線が集中する。

 

『これから先。魔法という概念が一般化していく中で、我々は厳しい選択をしなければいけない。過去を懐かしみ、魔法を知らない時代を描き続けるか、新しい概念を取り込み、新しい時代を描いていくか、だ』

 

 過去と口にした後に左手を、新しい時代と口にした後に右手を開いて、過去と未来を両手で表現しながら、スタンさんは話し続ける。

 

『今はいいだろう。魔法を知らない時代を皆が覚えている。魔法は超常の力であり、特別な物だった。だが、10年後、20年後の子どもたちは今のコミックを読んでこう口にするだろう。「なぜ、このヒーローたちはエアコントロールもバリアも使わないのか」とね』

『失礼します、それは、今までの作品を捨てるという――』

『質問は後だ。まだ、話を聞いてくれ』

 

 たまらず、という形で立ち上がった記者の一人に笑顔を浮かべたままそう答え、スタンさんは一度言葉を切った。

 

 そして俺を、背後に立つ俳優陣を、居並ぶ記者と、レンズの先に居るだろう人々を眩しそうな表情で眺めて、彼は声を張り上げる。

 

『だからこそ! 我々の長年の集大成とも言える映画をこの地で撮りたかった。始まりの地でこそエンドゲーム(終結)を行いたかった』

 

 向けられたカメラに笑顔を深くして、スタンさんは身振り手振りを交えながら自身の思いの丈を言葉にして、この場に居る全員に叩きつける。

 

『ダンジョン11階層。どこまでも続く荒野で我々はロケに入る』

 

 その言葉に、会場でざわめく声が上がる。ダンジョンが出現して間もない頃、米軍が第7層で壊滅した事をこの場に居る全員が知っている。現在は冒険者の発展に伴い、ある程度の知識と装備があれば第7層は問題なく突破できると言われているが、それは冒険者にとっての話。一般人では5層が限界だと言われているダンジョンで、しかも10層より下の階層での撮影がどれだけ危険な事なのかを、この場に居ることの出来る報道陣は認識している。

 

 たとえヤマギシが全面的にバックアップに入るとしても、危険に過ぎる。そんな共通認識を視線に含ませた無言の圧力に、スタンさんは代名詞でもある笑顔を浮かべたまま自分の懐に手を伸ばし、一枚の円形のバッジを取り出した。

 

 LV15

 

 ただそう記載された銀色の冒険者バッジに困惑する取材陣の反応が、徐々にざわめきへと変わっていく。

 

 スタンさんの背後に並ぶスーパースターたちが、一斉に動き出したからだ。

 

 思い思いの仕草で冒険者バッジを取り出した彼ら彼女らに、プロのカメラマンたちは誰を映せば良いのかとカメラのレンズを右往左往しているようだ。スタンさんの15から本家さんのLV28まで。その数字は、誰も彼もがゴーレムを突破した、一般の認識で言えばプロの冒険者の領域にいる事を示している。

 

『世界冒険者協会の全面協力の元、今撮影のスタッフは、少なくとも撮影現場に立ち会うスタッフは監督を含め全員がLV15を超えた冒険者として認定されている。誰もがダンジョン内部の立ち入りも、ゴーレム討伐も経験した一線級の冒険者で、自身の身の安全は問題なく守れる者たちばかりだ……イチロー、君のバッジは出さなくて良い』

「あ、はい」

 

 これは俺もバッジを見せる流れかと準備をしていたらやんわりとスタンさんに窘められた。失笑する報道陣に頭を掻いていると、背後から本家さんの笑い声が聞こえてくる。なんでや。

 

『勿論、ダンジョン内部では常にモンスターの危険が存在する。故に今回の撮影では世界冒険者協会及び日本冒険者協会の協力の元。チームヤマギシを含めた一流冒険者複数パーティによって11層の間引き及び撮影の警備を行い、安全を確保した上での撮影を行う。この間引きの様子も撮影される予定だ、彼らのファンはそちらも楽しみにしていてくれ――ああ。質疑応答の前だが、先程の質問にお答えしよう』

 

 茶目っ気をにじませながら指を一本ピンと立て。

 

『我々マーブルは今日より、過去存在した全作品と現状をすり合わせる大改編を始める。過去を捨てるのではなく、新しく始めるために現在を取り入れていくのが、我々の選択だ。復讐者たちはその先駆けとなり、これまでのマーブルコミックのエンドゲーム(終結)と新時代の始まりを示す作品になる』

 

 スマイリー・スタンは、世界に向かって叫んだ。

 

Excelsior!(向上せよ!)



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第二百九十九話 護送中

「よい、しょぉ!」

 

 気合の籠もった声と共に姫子ちゃんが振りかぶった釘付き金属バットは、オーガの頭を一撃でかち割った。カキィン、という擬音が聞こえてきそうな見事なフルスイングに思わず拍手を贈ると、姫子ちゃんは照れたように頭を掻きながら「へっへっへっ」と笑う。

 

 育ちはすごく良い子のはずなんだけど、行動の節々からコミカルさが溢れ出てくるのはなんなんだろうな。根っからの気質と言うべきなんだろうか。

 

『素晴らしいスイングだった。MS、彼女はベースボールの経験が?』

『動きも良いし、何より華がある。お嬢さん、女優に興味はないかな?』

『それほどでもあるかもしれませんのことよ! お仕事の話であれば事務所にお願い致しますわ、あ、これ名刺となりますダンジョンプリンセス、ダンジョンプリンセスをどうぞ――』

「すみません、うちの後輩ちょっとお調子に乗りやすいのでそのへんで。姫子ちゃん、今はお仕事優先ね」

「はい……」

 

 11層まで護送中の映画関係者が前衛として無双している姫子ちゃんを褒めそやかすと、彼女は自身の配信ではお決まりらしい"高貴なる者のポーズ”とやらをキメて営業トークを始めた。仕事着に身を包んでいるからか口調もプライベートとは違って少しお嬢様っぽい。

 

 機を見るに敏とでも言うべきなんだろうが、とはいえ流石に仕事中に営業を始められても困る。真面目なトーンで止めに入ると、我に返ったのか気まずそうな表情を浮かべて姫子ちゃんは頭を下げた。

 

 まぁ、お仕事と言っても今回のPTは初めて奥多摩に潜る関係者を11層まで連れて行くだけの仕事だから、気が緩みがちになるのは仕方ないかもしれない。念のために10人一組に二人護衛をつけてはいるが、この人達は全員他のダンジョンで15層以上に至ってるから10層までの道で不覚を取るというのもほぼない。バリアも常に使ってるしね。

 

「護送の仕事よりも中継維持のために待機する仕事のほうが辛そうですわね。ネット環境に繋がるとは言え、リポップしたボスも狩らないといけませんし」

「普段は5層までなのに今回は15層までインフラ整えたんだっけ」

 

 姫子ちゃんはボス部屋の中に入りると、下の階層へ続く入口前に椅子をおいてこちらに手を振るヤマギシ社員二名を見ながらそう呟いた。彼の周囲には電力供給のために用意された魔石を燃料にした発電機とネット回線をつなぐための移動基地局が設置されており、少し離れたところには仮設トイレや休憩用の簡易ベッドなどが設けられている。

 

 これらの設備を1層から10層までの各入り口に用意し、電波が遮断される各階層の階段は有線で、それ以外の部分は無線でネットワークを構築する事により奥多摩では最小限の人員でダンジョン内に通信網を敷いているのだ。

 

 実はこれ普段から臨時冒険者が常に潜っている5層まではやっていて、今回は撮影のために15層までしている。撮影自体は11層で行われるため、そこから先の階層に関しては不測の事態に備えて用意しているものだが。

 

 国外のダンジョンだとこの5層までのネットワーク環境維持というのはやってる場所が殆どないらしく、最初の頃にスパイダースーツを来て意気揚々とダンジョンに潜った本家さんが『うっそだろ! SNSがダンジョン内で出来るじゃん!』と割と本気で喜んでたのが印象的だった。

 

 もちろん彼はその場で一緒に潜っていたスタッフさんや他の俳優と写真を撮りまくってSNSに流し、それらは結構な反響を呼んだらしいが彼自身はマネージャーさんに前回やらかした情報漏洩の件を反省してないのかとボロクソに怒られていた。

 

 まぁ反響があったのでそれ以降のダンジョン行もその場に居るメンバーが撮影して公式チャンネルから配信という形に落ち着いたので、罰金であるとかそういった処罰までは至らなかったそうだが。ここで本家さんが謹慎とかになると流石に困ったので、問題が落着して本当に良かった。

 

『ダンジョンに入れるようになるまで少し日数を使ってしまったから、流石に謹慎は無かったろうがね』

「あー。まぁ皆キツキツのスケジュールですしね」

「あら。奥多摩ダンジョンはヤマギシの許可があれば、冒険者として認定されている人物はどの国の資格でも入場できた筈では……?」

 

 ディレクターさんの言葉に返事を返すと、怪訝そうな表情を浮かべて姫子ちゃんが尋ねてくる。

 

「いや、制度的にはそうなんだけどねぇ」

「制度的に、というと他に問題が?」

「うん。刑法が問題なんだよね」

 

 姫子ちゃんの疑問にできる限り簡潔に答えるが、姫子ちゃんは目をパチクリとさせて首を傾げた。まぁ、国外のダンジョンに入ったことがなければこのあたりの感覚は分かりづらいかもしれないな。

 

 ダンジョン内外に関する制度は、冒険者協会が存在する国だとほとんど変わらない。世界冒険者協会と日本の冒険者協会は厳密には別組織だが、ダンジョン内外に関する取り決めに関しては日本をベースにどの国も自国のルールを敷いたため、この辺はどの国でもほぼ似通った内容になっている。

 

 では今回何が問題だったのかというと、ダンジョンに関する取り決め事態ではなくその取り決めに違反した場合、それこそダンジョン内外で冒険者が犯罪を犯した場合の対処が、日本と米国では大きく違っていたのだ。

 

「米国だとダンジョン内ならともかく、ダンジョン外で攻撃魔法を許可なく使用すると射殺されても文句言えなかったりするんだよね」

「しゃさ……それは、厳しいですわね」

「いや、日本以外はどこも大体これくらい厳しいよ」

 

 日本でもダンジョン外での攻撃魔法使用は原則禁止されており、違反した場合は猶予なしの禁固刑に処されることになる。が、これは世界全体を見渡すと例外と言ってもいいくらいに甘い処置で、他の国では無許可で魔法を使用した人間が警察に問答無用で制圧されるという事件も起きている。俺も一度逮捕されたことあるしね。

 

 世界冒険者協会もかなり頑張っているとは思うが、手に入れた力を使ってみたくなるのが人間なんだろう。そういった人間が箍を外さないためにも、処罰は必要だ。

 

 そういう倫理で魔法に対して向き合っている国の冒険者からすると、日本の制度はゆるすぎて違和感がすごいらしい。そのズレを修正するために、撮影陣は貴重な時間を割いて日本の刑罰に関する講習を受けた。

 

「まぁ厳しくなるわけじゃないから、2日ほどで関係者全体の認識のズレは直ったけどね。これ以上の時間ロスは流石に問題だったから」

「本家さんはギリギリ許された、と」

「許されたわけじゃなくて執行猶予中な感じはあるかな」

 

 10層から11層に抜ける階段を出ると、恭二が収納で持ち込んだコンテナハウスを持ち上げて等間隔に並べる姿が目に入る。拠点の設営は順調なようだ。これなら間を置かずに撮影に入れるだろう。これ以上スケジュールを遅らせるわけにもいかないだろうし、ミスって足を引っ張らないよう気をつけないとな。




カスタムキャストを使用してキャラデザをしてみました
一花(大学生ver)

【挿絵表示】

ダンジョンプリンセスさん

【挿絵表示】

アガーテさん

【挿絵表示】


ソフトの限界でアガーテさんは少し大きく見えてます。あと頭半個分くらい小さくてもうちょっとあどけなくしたかった……


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第三百話 キャッチボール

遅くなって申し訳ありません

誤字修正、244様ありがとうございます!


 ドゴン、とデカい音を立ててゴーレムが吹き飛んだ。

 

「周辺警戒!」

『周辺警戒!』

 

 弾頭を失ったロケットランチャーを片手に御神苗さんが叫ぶと、彼とチームを組んでいる米軍上がりのヤマギシ社員が声を張り上げて答える。

 

 撮影現場に選ばれた11層各地には護衛役の冒険者たちが散らばっており、リポップしたゴーレムは彼らによって出現したその瞬間にロケランを打ち込まれるか、手隙の撮影スタッフが小遣い稼ぎにロケランを打ち込んで処理されている。

 

 ゴーレムの魔石はその魔力量から魔力式発電の燃料として最もポピュラーなもので、冒険者協会に卸したとしても一つで数百万の値がつく。

 

 震災の影響で原子力発電が全面休止となった日本では、その代替として各地に魔力式発電所が建設されている。協会が買い取ったゴーレムの魔石はそこで燃料として使われており、需要は右肩上がりで増え続けている。

 

「10層を超えた冒険者のメインの獲物なのに、いつも供給不足だよな」

「リスポーン地点も割り出されるくらいに延々狩られてるのになぁ」

 

 復讐者本編の撮影は順調だ。忙しい人も多いため最も人数が必要なヒーローと敵が一堂に会してのぶつかり合いを最初に撮影し、それ以降は細かい戦闘シーンを状況に合わせて数パターン撮影する。スケジュールを調整しながらの撮影のため、俺みたいに時間の都合がつけやすい奴は結構空き時間が出来る。

 

 というわけでヤマギシが用意した護衛の代表者(神輿)である恭二を捕まえて、練習がてらキャッチボールで暇をつぶしながらの雑談である。

 

「何がというわけなのかは知らんが、暇なら外に出りゃ良いだろ」

 

 そう言って恭二がボールを投げる。胸元をえぐるストレート! バシン、とミットに収まった直球に良いコントロールだ、と力を込めて返答する。

 

「そうなんだけどなぁ。仕事の途中で現場を離れるって不思議な罪悪感が」

 

 ヤーマザキいーちーばーん

 

「今までの撮影はどうしてたんだよ」

「俺が出演するシーンを連続で撮るって感じで、今まではこんなに撮影期間に空きができるってのが無かったんだよ」

 

 ヤーマザキいーちーばーん

 

 数回のキャッチボール。少しずつ距離を伸ばして、大体マウンドからホームくらいの距離。十分肩はあったまっただろうと判断し、その場に腰を下ろす。

 

 片膝を付き、ミットを構える。試合でもないしサインはない。ストレートならミットに飛び込んでくるし、それ以外ならどこに構えていても意味はない。

 

 振りかぶった恭二の姿が目に入り、流れるように腕が振るわれる。直後にズバン、というミットの悲鳴。ビリビリと手のひらを襲う衝撃に、ミットで受けていなければ受けられなかっただろうな、と感想を懐きながらボールを手に取る。

 

 ボールは衝撃に耐えきれなかったのか、縫い目の部分が千切れて解けてしまっていた。

 

 ヤーマザキいーちーばーん

 

「うげ。ミットもボールも破けてやんの」

「なんだ中古か?」

「新品だよ。どっちも」

「マジ? メーカーどこよ」

「天下のMi○uno」

 

 云万したんだけどなぁと嘆く俺に、恭二は「ドンマイ!」とケラケラ笑いながら口にする。部活やってた頃に欲しかったキャッチャーミット、大人になってようやく手に入れたばかりだったのに。

 

 どんよりとした内心を押し隠しながらミットを外す。悪いことばかりではない。通常のボールやミットでは冒険者の力を受け止めきれないということが早いうちに分かったのは確かな収穫だった。

 

 ヤーマザキいーちーばーん

 

 本番で大失態なんてやらかした日には目も当てられないからな。年末の本番に向けて準備を進めなければ。

 

「ところで撮影中なのにそれ大音量で流して大丈夫なんですか?」

「許可は貰っておりますし、撮影中の場所には近づかないようにしていますので」

「ふたりともお疲れ様。恭二くん、悪いんだけど新品の補充と使用済みの回収をお願い」

「了解です。未使用の残数はそろそろ二桁ですね」

 

 近づいてきたやたらとデカい鉄の塊を屋根上に乗せた改造ハイエースに声をかけると、運転手の発明王ヤマザキがそう答えを返す。助手席に座っていた痩せぎす太郎はこちらに視線を向けて軽く手を上げたあと、グローブを外していた恭二に声をかけた。景気よくぶっ放してたからなぁ、ロケランが切れたんだろう。

 

「これで今日は二度目ですっけ。何体くらい倒してるんですか?」

「我々が交代したあとから数えると、36体ですかな。魔石も回収してあるので、それも収納して貰わなければ」

 

 収納を使って使用済みのロケランと未使用品を交換する二人を眺めながら、発明王ヤマザキと言葉を交わす。

 

 二人が何をやっているのかと言うと、冒険者協会からの依頼を受けて冒険者協会の臨時職員となり、改造ハイエースを出張所に見立てた臨時窓口を開いているのだ。

 

 彼らが託されている業務は2つ。11層に出没するゴーレムを退治する際の必需品と言えるロケットランチャーの供給と回収、そして魔石の買い取り業務だ。

 

 長期間11層に留まる以上、たとえ最初に一掃したとしてもゴーレムがリスポーンするのは避けられない。11層はエレベーターを使用すればすぐに来れる階層ではあるが、弾薬が切れる度に外へと戻るのは手間が掛かるし、なによりロケットランチャーのような武装を持ち込む際は結構な手続きが必要になる。そしてそれだけ面倒な手続きを踏んでも一度に持ち運べる量なんてたがが知れてるのだから、あっという間にまた弾薬補給に戻る羽目になるのは目に見えている。

 

 そこで冒険者協会のお偉いさんとヤマギシの首脳陣、それにマーブルの偉いお爺さんは話し合いを持ち、一つの結論に達した。だったら最初からまとまった数を持ち込んで現地で補給してしまえば良いじゃん、と。

 

「これで紛失とか出たらどうするんだろうな」

「恭二くん、怖いことを言うなよ……ああ、早く今日の交代にならないかな」

「俺のほうが怖いですよ。持ち運ぶの俺だけなんですからね?」

 

 使用済みと新品の交換を行っている恭二と痩せぎす太郎が非常に恐ろしい会話を行っている。使用した分と同じ数の新品を交換して恭二が収納魔法で収めているから、紛失が出るはずはない。ないんだが、扱っているものがものだけに不安は感じてしまう。

 

「そこらへんヤマザキさんはどうなんです? 太郎先輩見てると臨時職員って面倒そうなイメージですが」

「私は発明品を海外セレブに紹介するつもりで志願しました故、それほど負担には感じませんな。3交代の8時間勤務、内容も多少の危険はあれど基本的に弾薬を届けるだけです。届ける物資は、流石にプレッシャーのかかる物品ですが」

 

 現在はこの二人が回っているが、あと数時間もしない内に別の冒険者か協会職員が彼らの交代にやってきて、彼らと同じようにロケランを車に乗せて撮影地付近を回ることになる。本来なら全ての人員を協会職員が担うべきなのだろうが、11層以降に潜れる人間は協会でも数少ないらしく、顔を合わせたことのある出張所の職員は大体が冒険者だった。

 

 世知辛い話だが11層に潜れるなら、協会の職員をやるより冒険者をやった方が圧倒的に実入りが良い。有力な冒険者と顔を合わせやすいという恩恵がある受付嬢などの例外を除けば、冒険者協会の職員という立場は高レベルの冒険者にとって魅力のない代物なのだという。

 

「まぁ今回の仕事に関しては応募が殺到したようですが。誰しもスクリーンで見たことのある人物を間近で見たいと思うものなんでしょうな」

「あー……太郎先輩、やけにオドオドしてるのは」

「地元ダンジョンの協会から頼まれたそうです。彼なら自分から撮影陣に絡んでいく系統のトラブルを起こさないと踏まれたのでしょう。所でイッチ、こちらの屋根の上に設置してあるものを見てください。どう思いますかな」

「すごく……大きいです」

「ありがとう。私の最新の発明品、対ゴーレム用魔法式杭打機通称パイルバンカーです。こいつなら一撃でゴーレムを粉砕できるのですが少し重量が嵩みましてな……1tに。イッチなら問題なく扱えるかと思うのですがどうでしょうか」

「あ、すみません間に合ってます」

 

 1t近いゲテモノを薦められても困る。そう伝えると発明王ヤマザキは残念そうな表情を浮かべてシルクハットを深々と被った。



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第三百一話 ダンプちゃんの音読会

「理想のヒーローを生み出す? 貴方のそんな誇大妄想に付き合って、彼は自身の表情すら忘れてしまった」

「…………」

「貴方は……貴方は自分が何をしてしまったのか分からないの?」

「……分かってる」

「なら、なぜ!」

 

 一つ一つのセリフを声に出しながら姫子ちゃんが週刊少年飛翔のページを捲る。その両脇を挟むように立つ鉄男さんとキャプテンさんは姫子ちゃんが読み上げるセリフに『oh...』とか『なんて事だ』と一々リアクションを返しながら彼女の手元を覗き込んでいる。

 

「本家さん本家さん」

『なんだいMS、今ちょっと忙しいんだ。ほら、自撮りって角度が大事だからさ』

「あれ何してるんですかね」

『あれ? ああ、日本語が読めないから代読してもらってるんじゃない?』

「代読」

『翻訳魔法は口頭じゃないと使えないからね。読めないんだよ』

 

 そこまで口にして『あ、今の角度最高。MSがちょっと写っちゃったけど良いよね?』と尋ねてくる本家さんに礼を言って席を立つ。そういえば翻訳魔法は文字までは翻訳できないんだったか。

 

 恭二いわく人間が発する感情とかなんとかを媒介に意思疎通するのが翻訳魔法であり、書かれた文字にはこれが適用出来ないため翻訳魔法では文字の翻訳が出来ないのだという。俺の場合、英語は知らない内に読めたり話せるようになってたから意識していなかったが、翻訳魔法はあくまで人の発する言葉を翻訳するものなのだ。

 

 同じ理由で通信機越しだと翻訳が適用出来なかったりしたのだが、実はこれに関しては力技でアメリカが解決していたりする。

 

 魔鉄などの魔力を通すダンジョン素材を用いて作った通信ケーブルや電話線を使えば、たとえ通信機越しでも互いに魔力を持った冒険者に限り翻訳が適用されたのだ。ダンジョン素材の希少さを考えれば札束で殴るどころのレベルじゃない。

 

 世界冒険者協会はこの事実と結果を、費用については少々伏せながらも大々的に公表して「人類は言語の壁を乗り越えた」と宣言。国連と協力してこの翻訳対応の通信網を世界中に広げることを目的としたプロジェクト【Babel】を発表し通信業界に衝撃を走らせている。

 

 そのネーミングは縁起が悪くないかと思わないでもないが、世界中で共通の言語をとなるとまぁバベルの塔由来の方がイメージしやすいのも確かだろう。縁起悪いけど。

 

 読み終えたのか少年飛翔を閉じた姫子ちゃんの肩に鉄男さんの手がまわり、その瞬間見事なアッパーカットが鉄男さんの顎を捉えるシーンを見ながら彼らの方へ足を向ける。

 

 撮影の休憩時間をどう使うのも彼らの勝手だが、流石に血を見る前に止めないとな。

 

 

 

「よくも裏切ったァァァァ! 裏切ってくれたァァァ!!!」

「はい、ステイステイ。むしろキャラクター通りじゃん? ナンパされるだけ姫子がいい女って事だよ」

 

 荒ぶる姫子ちゃんを保護者(一花)に預け、ぶっ飛ばされた鉄男さんを肩に担いでキャプテンさんと歩く。キャプテンさん、少し顔が青くなってますが大丈夫ですか? 貧血なら肉を食べましょう。ダンジョン外()に良いキャンプ場があるんでバーベキューでもどうですか?

 

『バーベキュー? いいね、いつ頃やるんだい。みんなに声をかけよう』

「貴方はもう少し反省してください。あの娘は一花と同い年のティーンエイジャーですよ?」

『嘘だろ、アレで……?』

 

 頭をふらふらと揺らしながら愕然とした表情で姫子ちゃんの一部を見る鉄男さんを、どしゃりと地面に落とす。元気があるなら抱える理由もないだろう。

 

 いてぇ! と悲鳴をあげる鉄男さんを後目にキャプテンさんと歩く。忙しなく動くスタッフ。時たま現れては爆殺されるゴーレム。混沌として喧騒が絶えず、けれども活気に満ち溢れた撮影現場の風景。

 

 後数日でこの生活も終わってしまう。それに少し寂しさを感じながら俺たちは偉大な魔法使いとその弟子であるハナコ、それに敵側の魔法使いが戦うシーンを撮影している現場の前にたどり着き、手を軽く上げて挨拶するとそのまま現場を素通りして奥へと移動する。

 

 撮影現場から数百メートルほど離れた場所には即席の野球グラウンドが作られており、出番を待つ俳優や休憩中のスタッフが思い思いの格好でグラブとバットを持ち汗を流している。

 

 俺と恭二が野球の練習をしているのに興味を持ったスタッフや俳優陣が参加を始め、やがてセットを作り終えて暇を持て余していた大道具と小道具のスタッフが一晩でグラウンドを作ったあたりから一種のレクリエーションとして野球の試合が行われるようになったのだ。

 

「使われている道具は福岡のタカバットくんが契約しているスポーツ器具のメーカーが作成した冒険者用の特注品でしてな。ダンジョン素材で作られているので魔力を流せば冒険者の膂力にも耐えられるよう設計されております。私も開発に際し協力したものですから性能は保証しますぞ」

『ありがとうMrヤマザキ。君は本当に色々なところで活躍しているんだね』

「必要なものがあり、それが自分なら作れる。そう考えると我慢できなくなる性分でして……時にキャプテン殿。部品劣化さえ気をつければ半永久的に無補給で動くバイクに興味はありませんかな?」

 

 今日は非番なのか。トレードマークのシルクハットに青いジャージというなんとも言い難い格好をした発明王ヤマザキがキャプテンを相手にセールストークを始めた。海外のセレブに自身の作品を売り込む、そのためだけにこの現場に潜り込んだ発明王ヤマザキはその言葉通り、寝る間も惜しんで自分の発明品を売り込み続けている。

 

 その甲斐あってか、撮影から一週間が経過した現在、なんと1台1千万を超える魔導バイクの発注を10台以上貰っているとの事だった。発明王というより営業王と名乗ったほうが良いのではないかと思う営業力である。

 

 ただ、もっとも最新の発明品であるパイルバンカー装備ハイエースは一台も発注が入っていないそうだ。まぁアレは外で乗れないだろうしね。

 

『さて、俺の出番もまだまだ先だ。今回こそはキョージのナックルを攻略してやる』

「なるほど、じゃあ鉄男さん相手なら全部ストレートが良いですかね」

『おっと、それを見越した舌戦かもしれんぞ?』

 

 ダメージから回復したのか、遅れてやってきた鉄男さんと軽口を交わしてグラウンドに入る。キャプテンは随分と熱心に発明王ヤマザキと会話を交わしている。これはまた1台発注かな?

 

『なぁ、MS。そういえば聞きたかったんだが』

「はい?」

『なんで急にベースボールの練習をしてたんだ? お前さんとキョージが野球をしていたのは聞いたが、それもジュニアハイスクールまでの事なんだろ?』

 

 用意された用具入れに入っている自分用の道具を身に着けていると、同じくグローブを手に取った鉄男さんがそう尋ねてくる。

 

「ああ。恭二と共通の友人に野球選手が居るんですが、そいつに球場に来ないかと誘われてましてね」

『ほぉ! ベースボールプレイヤーの友人か。確かに君たちが始球式にでも来てくれれば大盛りあがりだろうな』

「いえ、そういう式典みたいなものじゃなくてですね。ちょっとテレビ番組の企画なんですが」

『テレビ番組? 君はあまりテレビには出ないイメージだが』

 

 首を傾げる鉄男さんにさてどう説明するかと顎に手を当てて考え込む。日本では一言で説明できるくらい有名なバラエティなんだが、米国だとそれほど知名度がないだろうし。

 

「ええとですね。その番組は、俺と恭二がとても尊敬している野球選手とその相棒がそれぞれチームを組んで、特殊なルールで野球をする番組なんです」

『ふむふむ。君たちが尊敬する、か。偉大な選手なんだろうな』

「ええ。日本人初のメジャーリーガー。好守巧打俊足と三拍子揃った名選手ですが、何よりもチーム全体にまで影響を及ぼすほどの闘争心を持った人です」

『メジャーリーガー? もしかして私も知っている選手かな』

「きっとご存知だと思います。読売ジャイアンツから単身渡米、当時ボロボロになっていたインディアンスをカミカゼプレーとまで呼ばれる強気なプレーで牽引し、二度目のリーグ優勝に貢献した伝説の外野手」

 

 あの人と同じグラウンドで野球ができる機会があるなんて。感動と、恥ずかしい所は見せられないという重圧を胸に秘めながら、その名を口にする。

 

「タカ・タナカ。年末に会えるなんて、夢のようだ」

 

 リアル野球BANに誘ってくれた友人、ヨシタクには足を向けて眠れんな。サインとか貰って良いのかな。貰っていいよな。




メジャーリーグ2が好きなだけの話です()


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第三百二話 参戦

誤字修正、244様ありがとうございます!


 天体を穿つほどの巨大な蜘蛛の足。地上に死の雨を降らせていた戦艦を撃ち抜いたそれは、そうとしか形容できないものだった。

 

 輝く紫色のリングから侵食するように森が焼けた荒野を覆い尽くす。輝く杖を手にした魔法使いたちの歩みとともに増えていく木々は荒れ果てた地面に根を張り、崩れ落ち決壊しようとする湖を支える。

 

 魔法使いたちの後を時代錯誤な軍装をした多種多様な異人種と共に姿を表した。彼らの前を一人歩くあるいは月にまで届くのではと思われる一撃を放った大柄な男はふらふらと空を往く船から傍らに立つ男に視線を移す。

 

『貴方が――』

 

 肉を打つ鈍い音。

 

 頬を抑えた至高の魔術師の前で、男は彼の右頬に叩きつけた左拳を握りしめる。

 

『貴方がどういう思惑で俺を異世界に送ったのかは、分かってます』

『ハジメ、先生はハジメを』

 

 5年の月日によって線の細い少年から逞しい青年へと姿を変えた彼は友に――失ったと思っていた友の言葉に視線を送り、唇を噛み締めた後に頭を振る。

 

 違うのだ。彼の、ウィラードの言葉は、思いは正しい。それは理解しているけれど、そうではない(・・・・・・)

 

『たとえそれが俺を守るためだったとしても』

 

 魔法の力を宿した右腕。それは家族を、友を、身近な誰かを守るために手にした力だった。どうしようもない理不尽に抗うために手に入れた力だった。

 

『戦うべき時に戦えないことが、どれだけ口惜しいか。どれだけ、情けないか』

 

 だが、守れなかった。

 

 戦うことすら許されず、眼の前で崩れていく守るべき妹と友を、故郷へ続く扉が消えていくのを目にして――彼は5年の月日を異世界で過ごしたのだ。おそらく、仮に5年前に敵と戦っていたとしても自分は破れたのだろう。そしてそこで死んだ。それが今になって。敵を目の前に見て、分かる。

 

 けれど、そうではない。そんなことじゃないのだ。

 

 声を震わせる彼を、かつて師と呼ばれていた至高の魔術師は無言で見つめる。語るべき言葉はもうないというように。

 

 その姿に大きく息を吸い込み、吐き出してハジメは彼に背を向けた。

 

『もう、貴方を師と呼ぶことはない――ドクター・ストレンジ』

 

 青年は絞り出すようにその言葉を口にしたあと、その場で目を閉じる。

 

『大地が悲鳴を上げてる。カグヤとの戦いより酷いものはないと思ってたけど、世の中わからないもんだね』

『これは俺の世界の問題だ。お前たちは』

『そう。こっちは君の世界。そして私たちの世界は異世界から来た君に救われた。なら』

 

 突如現れた軍勢の姿に戦場の動きが止まる中。先頭に立つ長耳種の女が、ハジメにより掛かるようにしながら言葉を交わす。

 

『今度は私達の番だろう?』

 

 オオオオオオォォォォォォッ!!!

 

 その言葉に答えるようにエルフが、オークが、ゴブリンが、小人たちが。多種多様な種族の戦士たちが猛り叫ぶ。

 

『……ありがとうアルディス』

『ふふ、どういたしまして。えと、その。お礼は唇でも』

『お兄ちゃん!』

『――ハナ?』

 

 地鳴りのような声の波の中、礼を口にするハジメとアルディスと呼ばれた女性の会話に割り込むように声を張り上げて、小柄な少女、最愛の妹。5年前と変わらない姿のハナがハジメの前に立つ。

 

 怪訝そうな表情を浮かべるハジメと突き刺さるようなアルディスの視線に晒されながら、ハナは抱えていたリュックサックのジッパーを開け中から一枚の布切れを取り出した。

 

『お兄ちゃん、これ』

 

 それはボロボロになった布切れだった。元々赤地に黒い線が走っていたそれには、何度洗っても取り切れなかった黒い血痕が残っている。しかも、大穴も開いているボロ布だ。

 

 差し出されたそれをハジメが手に取る。見覚えのあるそれに、ある種の懐かしさを感じながらハナに視線を向ける。

 

 彼女は何も言わずにただこくりと一つ頷いた。

 

 手に取ったそれを広げ天にかざす。オーク王の一撃を受けたマスクの右部分から見える空の風景。金色に輝く誰かがこちらに飛んでくるのが分かる。援軍だろうか。ゆっくりとした動作で、懐かしむような動作でそのボロ布を頭からかぶる。少し小さくそして懐かしい姿。

 

『ハジメ。兜ならもっと良いものがあるだろうに』

『これで良い。これが良いんだ』

 

 アルディスの揶揄するような声に苦笑で返す。意識が切り替わっていくのを感じる。ただのハジメから戦士へと体の中身が移り変わる。

 

『俺は、マジックスパイダーだから』

 

 視界に映るのはただ一人。岩のような肌を持った、明らかにそれと分かる暴虐の気配を纏った大男。

 

 自分が戦うべき相手を見据えて、戦士は右拳を握りしめた。

 

 

 

「こんだけ強キャラムーブしてるのにマーベルさんと二人がかりでも倒しきれないサノス化け物じゃない?」

「間違いなく最強のヴィランだろうなぁ」

『なんならここに来るまででキャプテンに鉄男、ソー、紅魔女と交戦してダメージもあるはずなんだけどねぇ。あ、僕がノサれた』

 

 ボリボリとポテチに舌鼓を打ちながらスケジュールの関係で遅れたウィルの登場部分を纏めて撮影し、編集された映像を眺める。ウィラードも頑張ったんだがね。電気を纏った刀で切りつけたは良いもののそのまま白刃取りからのぶん回し&キックで沈黙させられてしまった。

 

 その隙に指パッチンガントレットを本家さんが回収。去り際にハジメとハイタッチを交わすイケメンムーブをかますも敵の魔法使いに絡まれて撃墜。それを追いかけるサノスとハジメが二度目のぶつかり合いを始めた所で今回の編集部分は終了だ。

 

「ああ~! いいところなのに!」

『戦争シーンでの僕の活躍はこれで終わりか。後は最後のシーンにちょろっと映るだけだね』

「もうアメリカに帰るのか?」

『あと数シーン、細かい部分を撮ったらね。向こうも向こうで今忙しいんだ』

「そっか。そっちの協会も大変なんだな」

 

 アキバに顔だしたかったなぁとぼやくウィルの肩をぽんと叩く。少し前に起きた魔法によるテロ事件のせいで、世界冒険者協会の上層部は今も忙しく動き回っているらしい。

 

 世界冒険者協会では5層以降に潜る前、つまり冒険者と名乗る資格を得るにはバリアとヒールの取得を義務付けているのだが、バリアを取得した一般的な冒険者は、どういう戦闘スタイルだろうと拳銃を持った成人男性並みの戦闘能力と換算されている。

 

 バリアの強度はその人物の魔力量によって上下するが、どんな冒険者でも拳銃弾くらいなら致命傷を逃れられる強度になるからだ。

 

 現在、世界冒険者協会に所属している冒険者は10万近くまで増えているが、その内全米の冒険者は3万と少し。冒険者資格を有してないダンジョン利用者を含めなくてもそれだけの人数の魔法使いが居て、彼らはその気になれば身一つで大災害を起こすことが出来る。

 

 それは世界冒険者協会も政府も把握していたし、魔法を使える警官や軍人の育成は今も急ピッチで進んでいる。準備を怠っているわけではないのだ。

 

 けれど、事は起きてしまった。であるならばそれを防ぐためにどうすればいいか。政府関係者と協会上層部は、白いシャツを汗まみれにして今も駆けずり回っているらしい。

 

『この撮影が日本で行われてるのもその辺影響しているみたいだね』

「あー。まぁ、なんか変な方向の反対デモとかはあったけど」

『米国だと一度振り切れたら血を見るからね……というかなんで日本はこんなに平和なんだろ。冒険者の犯罪率低すぎじゃない?』

「国民性、ですかねぇ」

 

 日本人のメンタリティは日本に住んでてもちょっと理解できない時があるからね。外国からみたら摩訶不思議に見えるかもしれん。

 

 あと、明らかに危ないのは各ダンジョンの指導層が弾いてるのも大きいと思う。今はまだ彼ら彼女らが各ダンジョンを統制できてるからこその治安の良さだろうな。

 

 とはいえ、人数的には米国の次に冒険者が多いのは日本だ。米国で起きている混乱は日本にも起きる可能性があるし、油断してはいけないだろう。



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第三百三話 完成

遅くなって申し訳ありません!

誤字修正、244様、ロート・シュピーネ様ありがとうございました!


 白衣を着た男性が、慎重な手付きで手に持ったシリンダーを機械にセットしていく。その様子を少し離れた位置から彼ら彼女たちは見守っていた。

 

 複雑な工程はもう存在しない。ただ組み立てるだけの作業を、観客たちは息を呑んで見守った。白衣を着た男性の手で組み立てられていく機械に、熱のこもった視線を向けながら。

 

 カシャリ、と音を立てて部品が組み込まれ、固定するためのボルトが締め付けられる。キュッと最後に一度力を込め、男性は工具をテーブルの上においた。

 

 完成だ

 

 誰かの呟き声に、静まり返っていた部屋の内部が俄に騒がしくなる。出来た、ついに。口々に呟く関係者たちの声に背中を押される形で、この場で最も立場の高い女性――女性と言うにはあまりに幼い見た目であるが、彼女はれっきとした成人女性である――がドアを開け、厳重に隔離された作業スペースへ足を踏み入れる。

 

「主任」

 

 中へ入った彼女は、居ても経ってもいられない様子で作業場の、先輩と一郎たちに呼ばれる青年に声をかける。ヤマギシ開発部の事実上の責任者である彼は室内に入ってきた彼女――アガーテに視線を向け、腕と頭を指差して確認を求めた。

 

 この指差し確認はアンチマジックが掛かっていないかの確認だ。この作業場はアンチマジックをかけた状態では決して入ってはいけない。もし万が一開発中の機材にアンチマジックの影響が出れば、これまでの苦労が水泡に帰す可能性があるからだ。

 

 だから目の前の主任も確認を求め、それを受けたアガーテも素直にそれを受けた。作業部屋に入ってすぐの所にはボタンひとつでウォーターボールを発生させる装置があり、これに手を突っ込めばアンチマジックの影響が切れているかどうかを確認することが出来る。切れていなければウォーターボールは発生せず、切れていれば発生した水玉で突っ込んだ手が水に濡れる。

 

 パシャン、と音を立てて水玉が弾ける。なれた手付きで濡れた手を備え付けのタオルで拭って、彼女は主任の元へ足早に歩み寄る。

 

「出来ましたね」

「……ああ」

「おっと。アガーテさん、手」

「あ、ああ。すまない」

 

 素手で彼の持つ機材を受け取ろうとしたアガーテに主任がそう注意すると、慌てたように彼女はポケットに入れていたゴム質の薄い手袋を取り出して身につける。魔力が両手から伝わり、機材に意図せぬ影響を与える可能性があるからだ。

 

 アガーテが準備を終えたのを確認し終えた後、主任はゆっくりとした動作で彼女に機材を手渡した。ヘルメットを模したその機材を受け取ったアガーテは、慎重な手付きで、噛みしめるようにぐるりと回転させながらそれを眺める。

 

 期間にすれば1月にも満たない時間だった。理論には自信があった。出来るという確信もあった。けれど、実際に、この手の中にそれが組み上がった姿であるという事実が、熱い気持ちとなって胸を駆け巡っていく。

 

『もし』

 

 自然と言葉が溢れ出てきた。最初は完成だとだけ、簡潔に言って終わるつもりだった。けれど――無理だ。

 

『5年前の私が今ここに居て。私が今、このメンバーの一員として仕事をしているなんて聞かされたら、悪い冗談だと思ったでしょう。そしてこう尋ねたと思います。どれだけ重大な研究をやるから、世界中の頭脳を日本なんかに集めたんだ、と』

 

 これは、この感情はたった一言で終えられるものではなかった。立場あるものの長いスピーチなんて害悪だと思っていたが、なるほど。いざ実際に自分が似たような立場になってみると、言いたい言葉を連ねるだけで長くなってしまうのも頷ける。

 

『世界中の第一線で活躍する研究者たち、しかも脳神経というもっとも繊細で、高度で、複雑な学問に携わる錚々たるメンツを集めて何をするんだ、と』

『ヘイ、ボス! 機材の設計やプログラムの組み込みと俺達も働いたんですがね!』

『君たちは後だ後! スタッフロールに名前は入れてある!』

 

 アガーテの言葉に、スピーカー越しに笑い声が漏れ聞こえる。彼女を含めた研究者たちとヤマギシの開発チームは、短い期間ではあれど最高の連携でもって難題に立ち向かった同士だ。この程度の軽口は日常茶飯事である。

 

『……まぁ。5年前の私でなくても、このチームは明らかにおかしいと言えるだろう。脳神経と脳科学の権威を集めて、恐らく世界中でどこを探してもここ以上は存在しないだろう魔法科学の第一人者たちを集めて、それでやっていることは――コスプレイヤーの魔法再現なんだから』

 

 少しだけ肩をすくめ、戯けるような表情を浮かべてアガーテは言葉を続ける。もちろん、彼女のその表情も言動にも少しの本気も含まれてはいない。客観的にそう見えるという事を彼女は口にしているだけで、彼女自身の内心がどういうものなのかを知らないものはこの場には居ない。

 

 彼女が彼をどう思っているかを、この場に居る皆が短い期間の間に文字通り身にしみて理解しているからだ。

 

『だが、そのコスプレイヤーには夢があった。全人類がそれこそ文字通り夢見た、夢としか思えないような出来事を彼は可能にした。自身の脳内イメージを魔力というツールを使って外部に出力する。空想の中の存在を、この世に彼は創り出した』

 

 作り始めた当初から、この装置の最初の被験者は彼女だと決まっていた。彼女には誰にも負けないだけのイメージが合った。本物に抱きついて、形に匂い、髪の毛の硬度までを確かめた彼女以上にそれが適任な人物は居なかった。

 

『これは所詮は模倣の劣化コピーにすぎない。彼のように一人で完結させる事の出来ない我々が群れて生み出した……頂きに手を伸ばしてたまさか掴むことの出来た、不完全な一歩だろう』

 

 呼吸を一つ。心を落ち着けながら目を閉じて、作成したヘルメットを頭にかぶる。前段階では何度も成功していた。今回も大丈夫なはず。いや、大丈夫だ。そう信じて、彼女は今、この世の中に存在するありとあらゆる人工物の中で最も高価なそれを装着する。

 

『だが、たしかに刻んだ一歩だ』

 

 イメージは出来ている。何度も何度も頭の中で思い描いた。本物と比べた事すらある、完璧なイメージ。装着した瞬間にグングンと吸われていく魔力すらも心地よく感じながら、アガーテはゆっくりと目を見開く。

 

 視線の先。形作られていく一人の青年の姿。感極まって、言葉が出なくなりそうになりながらも。つっかえつっかえになりながらも、彼女は言葉を続けた。

 

『私は、私たちは今日、夢を見る権利を手に入れた。夢見たものをこの手に掻き抱く権利を、手にしたのだ』

 

 結城一路。彼女が思い描く、恋すらした架空のキャラクターが、アガーテ一人の力で具現化した瞬間。爆発的に湧き上がるチームメンバーの歓声の中、彼女は溢れ出る涙を拭おうともせずに彼に駆け寄り、そのズボンに手をかけた。

 

 

 

 

 

「アガーテさん、3日くらい謹慎だってよ」

「うーん、残当だね!」



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第三百四話 そこに一路が居たら誰だってそうする

誤字修正、244様ありがとうございました!


「そこに一路が居たら誰だってそうする」

「するわけ無いわ」

 

 意味の分からない供述を繰り返すアガーテ・バッハシュタイン女史に対しヤマギシ私的裁判所の最高裁判長山岸真一は無慈悲にガベル(小槌)を叩いた。もちろん問答無用の有罪判決である。

 

 残念ながら当然の結末だろう。衆人環視の中公然とわいせつ行為に及ぼうとしたのだから。

 

 状況を詳らかに説明するためか、大会議室のスクリーンでは延々と実験の一部始終とアガーテさんの演説、そして彼女が意気揚々と俺……ではなく結城一路に駆け寄って彼が身に着けているジーパンのチャックに手を伸ばすシーンの動画がループ再生されている。

 

 傍聴席代わりに使用している会議室の椅子に座ったままお茶を一口啜り、喧々囂々と言い合う真一さんとアガーテさんを眺めながら、俺は恭二に話しかけた。

 

「俺たちは一体なにを見せられてるんだろうな」

「何って、ナニじゃね?」

「誰が上手いこと言えと」

 

 渾身の表情でどや顔を決める恭二に中指を立ててスクリーン前で真一さんと言い争うアガーテさんを見る。とんでもない物を作ってしまった人なんだが。すごい人のはずなんだが、全然そうは見えないのはもう彼女の個性なんだろうな。

 

 

 

 

 

『これは過去にも未来にも類を見ないほどの、正に歴史に名を残す快挙である』

 

 日本冒険者協会と世界冒険者協会連名の発表を受けて、最初に声を上げたのは米国のとある私立大学だった。物理学において同国のMITすら上回ると言われたかの名門私立大学には魔法について研究する研究者も在籍していたが、まず声を上げたのは彼らではなかった。

 

 物理学の権威と言われる一人の教授は、日本から発された発表を見た後、アガーテさんが提唱した“MR”についての論文を確認し、そして確認後すぐに自身が持つSNSアカウントや関係するメディアに、果てには少し発信力のある学生を動員してこの存在を世に知らしめようと動いた。急遽開かれたインターネット上での配信。学生に手伝わせて作らせたのだろうか、やたらとチープな動画の中で、彼は自身の考えを表明する事さえした。

 

 彼も魔法という新たなる概念について彼なりに調べていたのもある。魔法というよりも魔力という概念に彼は興味を持っていた。現在世に出ている魔法という存在は、明らかに魔力というエネルギーに仕事をさせて結果を得るという、実に物理学らしい仕組みで動いていると感じたからだ。

 

 昨年から今年にかけて、学内の魔法研究者と共同で魔力についての論文を執筆もしている。彼は魔力という存在が新しいエネルギーの単位の一つになるとすら考えていた。

 

 この発表を見るまでは。

 

『これまで私は、魔力という存在をある種の万能なエネルギーだと考えていた。それを媒介にすれば熱にも、電気にも姿を変えるものだと考えていた。この魔力という単位は新しい単位記号として近々物理学の世界にやってくるだろうと、そのために私は魔法を学び、つい先日書き上げた論文を学会に発表することさえ行った。すべて』

 

 動画の中で流ちょうに語る彼がそこで一つ言葉を区切ったのは、彼なりの葛藤の証だったのかもしれない。

 

『すべてこの数日で過去のこととなってしまったが。間違っていたとは思わない。ただ、まるで足りていなかった(・・・・・・・・・・)。彼の、MSという人物についても彼だけが扱える魔法についても存じていたが、私の凝り固まった頭はアレを彼特有の魔法現象だと認識していた。アガーテ女史のようにそれを再現するという考えを持てなかった。魔力のみで一個人を構成するという、それこそ無から有を生み出す所業を万民が持てる日が来るなんて思いもしていなかった。質量保存の法則に真っ向から反逆する日が来るなんて思わなかったのだ』

 

 どれほどの衝撃だったのだろうか。目の下に真っ黒なクマを作り、悲鳴にすら聞こえる声音で彼は話し続けた。自身の長年の研究の成果がまるで役に立たない存在についてと、そんな存在に出会えたことにたいする喜び。それにもっと年若い頃に魔力に出会いたかったという嘆き。そして最後に、これほどの偉大な発明を為したアガーテ女史とそのチーム、そしてMSに対する感謝と祝福を伝えた後、彼の1時間近くにわたる動画は終わった。

 

 この動画は瞬く間に世界中を駆け巡り、彼の動画を切っ掛けに各地の研究者たちがアガーテさんの“MR”技術についてに触れ始めた。内容が内容である上に再現するにも完成したキットは一つ、その上それを利用するにも一級品以上の冒険者でなければ数分も維持できない代物であるために最初は眉唾物の扱いを受けていたが、ヤマギシチームやケイティやウィルといった世界トップの冒険者個々人がそれを利用し、再現性が確認できた辺りでそういった懐疑的な意見は消えた。

 

 消えたどころか、爆発的に弾けたと言ったほうがいいかもしれない。

 

「アガーテさんのあの発表でこんだけ真面目に考察とか心情吐露してくれる人がいるなんてな」

「凄いドヤ顔で自分を虚仮にしてた学会の人とか勘当してきた両親煽り倒してたもんね」

 

 いや、まぁ煽り倒してたのは兎も角内容は素晴らしいものだったんだよ多分。俺の中で聞いてた結城丈二さんとかの頭脳班も関心してたし。

 

 それにまぁ、実際アレとんでもない代物だからな。

 

「どこのドラえもんのひみつ道具だよって代物だからね!」

「俺一個だけドラえもんのひみつ道具もらえるならもしも〇ックス欲しかったなぁ」

「ガチなの来たね。私はどこでもドアかなぁ」

「お前もガチじゃねーか」

 

 一花が大学で扱うために最近新調したノートPCを眺めながら、兄妹二人でネットニュースを読む。撮影のほうも順調すぎてもうほとんど出番も終わってしまったから、こういった暇つぶしが最近の日課になってきている。

 

 世間一般ではMR技術は魔力さえあればどんな想像の産物も生み出せるというとらえ方をされているらしい。現状その魔力を賄える奴が世界中探しても100名にも満たない上ほとんどの人間が数分で限界になる代物だが、その辺は今後の発展に期待ということなんだろうか。

 

「その辺ももう手を付けてるって話だけどね」

「ああ。まぁ、聞いてみれば納得できる話だったな」

 

 魔力の消耗が激しいというなら、考えるべき対策は二つ。

 

 一つは魔力の消耗を抑えること。魔力がガンガン消費されるのは、何もない場所に物体を作り出す際それを維持するために魔力を垂れ流していなければならないかららしく、今回作成したMRヘルメットにはこれを多少サポートして効率化する機能があるらしい。イメージの補助ってアガーテさんは言っていたかな。

 

 そしてもう一つの解決策。それは、単純明快な話だ。

 

 魔力の消耗が激しくて使えないなら、より多く魔力を用意してそれを使えばいい。

 

「外付け魔力バッテリーって感じかな? 関西の会社が開発してるんだっけ?」

「ああ。山セラって会社だな。京都ダンジョンの水無瀬さんとこ経由でヤマギシともつながってるらしい」

「……らしい? あれ、お兄ちゃんたしかヤマギシ全体の警備計画を担うヤマギシ警備の社ちょ」

「それ以上はいけない」

 

 残酷な真実を告げられる前に一花の口を塞ぐ。なんでもかんでも真実が良いってもんじゃないんだ。そのことを分かる心優しい妹になって欲しいと兄は思います。




アガーテさん記者会見の図
【挿絵表示】


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第三百五話 地元が一番落ち着かない

今年もありがとうございました。

来年もよろしくお願いします!

誤字修正、244様、ドッペルドッペル様ありがとうございました!


 現在、確認されている日本のダンジョンは9か所ある。

 

 北から北海道に一つ、東北と北陸にも一つずつ。関東には二つ。西日本では東海・京都・土佐・福岡に一つずつあり、それぞれに冒険者協会の支部が置かれている。

 

 これはあくまで発見されたダンジョンの数であり、国土の多くが山間部である日本にはおそらくまだ未発見のダンジョンが存在するのではないかと言われており国土交通省が血眼になって山間部の調査を進めている、らしい。

 

「人づてに聞いた話だから詳しくは知りませんがねぇ。まぁ、ダンジョン付近の地価上昇っぷりを目にしたらそうなるかなとも思いますが」

「へぇ。奥多摩付近の土地が凄い値上がりしてるのは知ってたんですが、今そうなってるんですか」

「ええ。俺って忍野ダンジョンがホームじゃないですか。忍野の筆頭冒険者って東大上がりの元国家公務員様なんでね。裏話とか色々聞かせてもらってるんですわ」

「……ああ。あの人か」

「出世レースに負けて都落ちして、出先の冒険者協会で一念発起。いまや全国に9か所しかないダンジョンの管理者の一人ですからね」

 

 教官訓練生2期だから彼の教育には俺も関わった覚えがある。やたらと経歴が面白い人だったな、確かに。気難しそうな男性の顔を思い出しながら、キンキンに冷えたお茶をごくごくと飲み干す。美味い。

 

 現場職員のために用意されたウォータージャグのコックを捻り、簡素なプラコップにお茶を注ぐ。日差しが強いせいか、妙に喉が渇く。エアコントロールのお陰で暑さは感じないんだがな。

 

「現場犬さんもどうです?」

「や、俺は良いです。眠気覚ましにコーヒー腹いっぱい飲んじゃって」

「あー、すみません。急に見学なんて申し込んで。忙しかったですよね」

「あ、いやいやいや。気にしないでください。事前に連絡ももらってましたし協力会社の視察なんてよくあることなんで」

「協力会社かぁ。俺はただの一冒険者部の職員なんでちょっと恐縮ですが」

「ここの現場の警備はヤマギシ警備に頼んでるんですが」

「はい」

「素で自分が社長だって忘れてません???」

 

 そんなことはない。もちろん覚えてるとも。先週だって全体朝礼の挨拶をやったし。社長の挨拶だって30秒くらい立派にやり遂げたのだ。

 

 そう声を大にして主張すると、現場犬さんはなんとも言いづらいような表情を浮かべた後に押し黙った。納得してくれたのだろう。

 

「と、ところで工事計画は順調ですか?」

「順調ですよ。大幅に山を削ることになるんで大分かかるかなーって思ってたんですが、予定の三倍くらい早く工事進んでます」

「それめちゃめちゃ早くないですか?」

「早いですよ。俺も驚いてます。最初に話を聞いたときは数年は食ってけると思ったんですがね」

 

 そう苦笑いを浮かべた後、現場犬は困ったように肩をすくめた。

 

「まぁ理由は分かってるんですがね。エアコントロールとフロートが凄すぎる上にウェイトロスでほとんどの荷物が人力で持てちゃうから、車両が入れない場所での作業が早くなってる。なんなら人がショベルカーを人力で運ぶなんて場面もあるんで」

「人力でショベルカーって持てるんですね」

「フロートとウェイトロスの合わせ技ですね。あれなきゃ手で持った部品が自重に耐えられなくて曲がるんじゃないかな」

「持つ方は問題ないんですね、わかります」

 

 まぁウェイトロスがなくてもそこそこの冒険者ならストレングスだけで持てそうな感覚はあるから、ちゃんと負荷を軽くしておけば持ち運びも楽なのかもしれない。

 

「都心の方では駅の着工も始まってるんですがね。あっちもかなり早く進んでるみたいですよ。エアコントロールを使える魔法施工管理者が一人いれば、地下作業の危険性もかなり減りますからね」

「銀座の地下鉄からまっすぐ奥多摩までですっけ。陥没事故とか大丈夫なんですかね」

「結構気を使ってますよ、国も。2年前に博多駅の駅前が陥没しちゃったし、特に今回の工事は魔法施工管理者が設けられた初の大規模インフラ工事なんで」

 

 おかげでプレッシャー感じてます、と現場犬は乾いた笑いを浮かべる。

 

 彼がかかわっているこの工事はヤマギシにとっても、というより奥多摩にとって非常に重要な工事だ。銀座にある日本冒険者協会支部と本部のある奥多摩との間の行き来は、車だと3時間を超える事もある。電車の本数を増やしたり青梅からの公道を広げたりと対応しているが、往来の増加に間に合わっていないのが現状だ。

 

 大きな工事のたびに青梅から奥多摩に抜ける道が工事車両で渋滞してしまうから、青梅線では昨年から米軍の燃料輸送にだけ使っていた貨物列車を増便し、立川から奥多摩までの荷物運搬をほとんど電車で行うようにもなった。

 

 それでも渋滞がひどいから、新しい道路を作るというのは非常に理にかなっていると学のない俺でもわかる話なのだが。

 

「でもダンジョンにつながる地下道だからって『地下道ダンジョン』は思い切りよすぎる名前じゃないですかね」

「それ通称ですからね。あとネーミングはお偉い先生方です。俺はかかわってません」

「偉い先生方もなんというか、ダンジョンって存在に染まってきたって事なんですかね……」

 

 男二人、並んでぶつぶつと行政に対して思うところを述べながら、休憩中で作業が止まった工事現場を眺める。地下道とか言っても青梅を超えたあたりからは地上に出てトンネル掘って奥多摩まで通すらしいし地下道はちょっと違う気がするんだが、都心側から見れば地下だって理由なのかね。

 

 まぁ、便利になるんならそれはそれで良い。あとはこのまま作業終了まで粘って奥多摩に戻る時間をできるだけ遅らせなければ。

 

「あ、急に現場見たいってそういう……? どうしたんですか、たまに家にいると気まずい空気が流れるワーカーホリック旦那みたいですけど」

「いやぁ……今、奥多摩の方に山セラって関西の会社の偉い人が来てるんですがね」

「あ、大きい会社ですね。すみません、たばこ吸いながら聞いて良いです?」

「構いませんよ。エアコンありますし」

「いやぁ、ほんとエアコントロールは神魔法ですね。副流煙まで除去ってくれるからタバコ吸ってても指さされないし」

 

 最近は喫煙者には厳しいんですよねぇ、と現場犬は愚痴りながら胸ポケットから取り出したタバコを加えて、ライターで火をつける。そしてすぅっとそれを吸い込み、吐き出すと白い煙が彼の口から吐き出されて、そして瞬く間に消えていく。これどうなってんだろうな。

 

 これと同じ感覚でインフルエンザに罹った人もエアコントロールさえかけておけば咳をしても自動的にウィルスを散らしてくれるらしい。さすがにそれは目視できないから確認したことはないが、ヤマギシ記念病院では院内に入る人間すべてにエアコントロールをかけているそうだから間違っていないのだろう。

 

「お待たせしました。それで山セラがどうしたんです? あ。向こうの担当とそりが合わないとか?」

「いえ、そちらとの話し合いでは俺は特に関係ないんですが」

「はぁ」

「山セラの社長さんを紹介するって名目で京都黒尾ダンジョンの水無瀬さんが来てまして。あそこの香苗さん、顔を合わせると真剣で手合わせを求めてくるんですよね」

「…………あ、これ幕末じゃなくて現代の話です?」

「平成の話ですねぇ」

 

 想像してみてほしい。よし今日も一日お仕事頑張るぞ、と職場に行ったらきりっとした見た目の美人さんが薙刀持って「イザァッ!」とか言ってくるんだ。もしかして時代劇の中に取り込まれたのかと思っちゃうよね。ヤマギシは討ち入りされたのかな。それにここ数日、MRについての質問が何故か俺に飛んできたりするから下手に道を歩けないし。アガーテさんの目がどんどん怖くなってくるし。映画撮影も順調すぎてやることが無くなったし。

 

「地元にいるのが一番落ち着かないってあると思いませんか」

「……イッチ、このあと飯食べていきません?」

 

 ポン、と俺の肩を優しく叩き、現場犬は右手の親指を立てた。泣けるぜ。



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第三百六話 死して屍拾う者なし

あけましておめでとうございます(週遅れ)
今年もよろしくお願いします

誤字修正、244様ありがとうございます!


 死して屍拾う者なし 死して屍拾う者なし

 

 某時代劇のナレーションが頭を過る光景に思わず二の足を踏み、体育館のドア前で立ちすくむ。

 

 冒険者の訓練用に使われていた体育館は酷い有様だった。中央部分の床に空いた大きな穴、壁一面に刻まれた切り傷に、散乱する照明のガラス片。合戦がこの中で起きましたと言われても信じてしまいそうな惨状と、それらを為したであろう仰向けになって転がる二名の死体。

 

「言いたくなるのは分かるけど二人とも生きてるからね?」

「お、おう」

 

 声のする方に目を向けると、ドアを潜って左手、傷だらけの壁に一花が背中を預けて佇んでいる。手にはハンディサイズのビデオカメラがある。

 

 何してるの? と尋ねると「撮影」とだけ簡潔に答えてビデオカメラを片付け、一花は懐から携帯端末を取り出した。

 

「あ、もしもし美佐さん? うん、終わったよ」

 

 連絡先は坂口さん、となるとヤマギシ救護班の出番か。まぁ、そうだろうなぁと破壊跡に視線を向ける。切り裂かれた壁の向こう側から夜空が見えるぞ。ここ一応訓練用に頑丈に作ってる場所のはずなんだがな。

 

「その一応じゃダメって事がわかったね!」

「改修してからそんなに月日が経ってないはずなんだがな」

「魔法抜きでもこれだもんね。これで魔法ありだったらちょっと笑えなかったかも!」

 

 改修前の武道場では剣術を教えてもらったり初代様に空手を仕込んでもらったのだが。思い出の場所の惨状に嘆いていると、白いつなぎのような服に身を包んだヤマギシ救護班がやってきた。彼らは体育館の惨状に息を飲んだ後、恐る恐るといった様子で中に入り、ぶっ倒れた二人――水無瀬の香苗さんと御神苗さんの元へと進んでいく。

 

各迷宮管理人(ダンジョンマスター)レベルの戦闘に想定した建物なんて建てられるわけないんじゃないか? 個人サイズの戦車が暴れてるようなもんだろ。むしろなんであの二人ダンジョン外で試合ってるの?」

 

 俺や恭二のようにダンジョン内部なら他人に迷惑をかけない場所で幾らでも手合わせすればいいのだ。どうせ誰も見てないところでダンジョン内部は修復されるのだから。

 

 その辺りは理解しているだろうにと視線を向けると、一花はポンポンと袋に仕舞ったビデオカメラを軽く叩く。この惨状を撮影することに意味があったということだろうか。

 

 頭を悩ませている間に救護班の処置は終わったらしい。リザレクションの光が体育館内部を包んだ後、意識を取り戻した香苗さんと御神苗さんはフラフラとした足取りではあるが、救護班の手を借りることなく歩き出した。

 

 その際、香苗さんが獲物を目にした爬虫類のような視線を向けてきたのだがさすがにこの後すぐもう一戦とかは言われないよな。ダブルノックアウトなんてやらかした後だし。

 

「香苗さん、会う度に雰囲気が凄くなってるよね!」

「あの人の変なスイッチ入れた上杉さんは責任もって引き取るべきじゃないか???」

「小虎さんアレよりもっと振り切れてるからなぁ……」

 

 こちらを見ながらぼそぼそと何かを呟き、香苗さんは三日月のように口元を動かして笑みを浮かべた。怖い。

 

 どちらが強い強くない関係なく気圧されてしまうと言うべきか。限界状態のシャーリーさんやアガーテさんを前にする時に近い恐怖を感じてすすっと一花の背後に身を隠す。

 

 蹴られた。

 

 

 

「ダンジョン内部でしか全力で行動できない。ある一定以上の冒険者は全員、この問題を抱えています」

「そうですね」

 

 シャーリーさんの言葉に頷きを返す。教官免許を持つレベルの冒険者なら皆経験していることだ。

 

 冒険者として経験を積んでいくと、素の身体能力が人間を超える。その上で魔法には筋力を上昇させるストレングスなど補助魔法もあり、そこそこの冒険者なら突っ込んできたトラックを逆に跳ね飛ばしたり全力疾走で新幹線を追い抜いたりといったアニメの主人公みたいな暴れ方も平然とできてしまう。

 

 突っ込んできた新幹線を投げ飛ばすとかは流石に無理だ。正義超人はちょっと身体能力的にバグが多過ぎてまだ再現できる気はしないな。ゆで理論とか魔法にからめると面白そうなんだが。

 

「ハルクの完全再現が出来れば似たような事は可能だと思いませんか? 彼のパワーの源は怒り。強く深く思い感情をもとにすれば設定上無限大のパワーが」

「暴走したら奥多摩壊滅しそうなんで……」

 

 やんわりと限界化しそうなシャーリーさんを諫めると、シャーリーさんは不服そうな表情で唇を尖らせた後にコホン、と咳ばらいをする。話を戻そうという合図だろう。

 

「改修した体育館については初代様や安藤さんからも脆弱だと言われていました。本気で踏み込めば穴が開きかねないので改善してほしいと」

「あの二人だったらそうなるでしょうね」

「はい。そして、あの二方にそう言われてしまうと、急いで改善しないといけないので……」

 

 空手や柔道といった体術全般の講師を務める初代様と刀剣術の講師を務めている安藤さん。奥多摩で活動する冒険者ほぼ全部の師匠のような二人が口にするんならつまりそれは奥多摩で活動する冒険者ほぼ全員の意見みたいなものだ。

 

 香苗さんと御神苗さんの一戦はいい機会だというわけだな。実際に思い切り冒険者が体を動かすと一回で建物が半壊してしまうんじゃ色々問題がある。

 

「それにダンジョン内部で模擬戦をするのは、やはりあまり認めたくはないんですよね。安全を考えて」

「シュミマセン」

 

 まっすぐに向けられたシャーリーさんの視線を受けきれず、つぅっと視線を滑らせる。大規模破壊になるのは全部恭二が悪いので、あいつを叱ってください。



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第三百七話 結婚してくれるって言ったじゃない!

「結婚してくれるって言ったじゃない!!」

 

 トレードマークの三角帽をぐしゃぐしゃにしながら、彼女――アガーテさんはそう叫んだ。叫ぶというよりは慟哭と言うべきそれは、アガーテさんをよく知らない人から見ても悲痛という他はない有様で、だからこそ彼女を良く知っている人々は一歩引いた目線で彼女を眺めていた。

 

 なお絶賛言われている側の俺としては苦笑いではすまないくらいバシバシと感情の奔流に晒されているのだが。早くこの公開処刑を終えたい一心で、ここ数年の撮影慣れ(経験)を生かして表情を作り上げる。

 

「それは、俺が?」

 

 困惑していると、今はじめてその言葉を耳にしたと表情で語りながら小首をかしげてそう口にすると、涙で顔を濡らしたアガーテさんが耐えきれない、とばかりに首を縦に振る。

 

「そう、貴方は確かにここで、この場所で私に愛を誓ってくれた。永遠に、病める時も健やかなる時も共に歩もうと誓ってくれたの」

 

 口にしながら、彼女はトレードマークの三角帽を放り投げた。ぺしゃりと地面に落ちたそれを一顧だにすることなくアガーテさんは室内に設置されているなにか大きな機械に歩み寄り、そこに置かれていたヘルメットを手に取った。

 

「こんな風に」

 

 ヘルメットをかぶったアガーテさんの言葉とともに、彼女の隣に結城一路の姿が現れる。つけた瞬間に出てくる辺りよほど練習したんだろうな、と表情には出さずに感心していると、彼女の隣に立つ結城一路がアガーテさんを抱き寄せて愛の言葉をささやき始めた。

 

 多分ドイツ語で。

 

「魔法で生み出された創造物とは結婚できません」

「現実と魔法の区別はつけましょう」

「株式会社ヤマギシからのお願いでした」

 

 やたらと流暢にドイツ語を話す結城一路にヘルメットがあるせいでキスが出来ずにガンガン頭突きをするアガーテさん、それを冷めた目で眺める俺を写した後カメラに話しかけるように一花と沙織ちゃん、そして締めに広報部のボスであるシャーリーさんが一礼をして撮影は終了である。なんの撮影かというと新魔法タルパについての紹介PVのようなものだ。

 

 終了したからそろそろそれ消してね、アガーテさん。

 

「そんな! い、一度出したら魔石の制限上その日はもう出してはいけないことになってるんだ! もう少しだけ、先っちょだけだから!」

「ダメです」

「はい、諦めてね~」

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッ!!!」

 

 必死になってヘルメットごしになんとか唇を一路に届かせようとするアガーテさんを、一花とふたりで羽交い絞めにして頭のヘルメットを取り外す。

 

 ヘルメットが外された瞬間掻き消えるように結城一路の姿が無くなり、アガーテさんは濁音のような悲鳴を上げた。

 

「汚ねぇ悲鳴だぜ」

「お兄ちゃん野菜王子の声真似うまいね」

「お料理地獄で練習したから……」

 

 休日に友人たちとカラオケでネタソン歌いまくる。健全な学生の青春くらい俺だって歩んでいるのだ。

 

「健全……?」

「そんな事よりシャーリーさん、どうですか。俺の正気度をゴリゴリ削って撮影したブツの出来栄えは」

「いま確認していますがいい出来ですよ。特にアガーテさんの迫真の演技と、一郎さんの見下げ果てたモノに向けるような視線が最高です」

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”…………」

 

 おかしいな。俺は特に演技なんかした覚えはないし、せいぜい表情を変えないよう努力しただけなんだが。同じように絶賛されたアガーテさんに視線を向けると、彼女は演技を超えたナニカを継続したまま地べたに蹲っている。

 

 あれと同列レベルに語られているのだろうか。

 

「……まぁ、その。はい」

「そうそう、その視線です。ゾクゾクしちゃいますね」

 

 なんとも言えず頷きを返すと、シャーリーさんは頬を赤らめながら親指を立てる。その視線is何。

 

 

 

「そういえばヤマギシはんはテレビCM出してなおすなぁ」

「必要ないですからね。一応、幾つかのテレビ局にスポンサーとして契約してるみたいですけどね」

「テレビの力が必要あらへんて。うちらも言うてみとおす」

 

 京都黒尾ダンジョンの二枚看板の一人、代表冒険者兼妹のストッパーと言われる水無瀬静流さんは俺の言葉に苦笑を浮かべながらそう返した。まぁ静流さんが苦笑を浮かべる理由もわかる。インターネットの隆盛に伴ってテレビ等のオールドメディアは落ち目だと言われているが、それでもテレビの持つ影響力は馬鹿にできない。

 

 俺が言う必要がないというのは、単にヤマギシという会社が自社の宣伝にテレビを利用する意味がない、というだけだ。ヤマギシが行っている主な事業は魔法を利用した発電事業やフローティングボード基盤の作成・販売、魔法を用いた新規技術の開発・提供、ダンジョン内用装備品の開発にドロップアイテムの買取とダンジョン関連の事業ばかりだ。

 

 宣伝が必要なものといったら開発した技術くらいで、それらもテレビでCMをうつよりは動画サイトなどを使って紹介動画を上げる方がいい。アガーテさんの悲鳴動画みたいに下手な誤解を招きかねない効果の魔法もあるからね。

 

「正直女としては、あの人の気持ちもわかるんどすけどなぁ」

「男としては一生聞きたくないセリフですがね」

 

 あんな言葉を恋人に言われたら気まずすぎるだろ。どうせなら言われる前にプロポーズしたい。

 

「一郎はん、意外と熱い人なんどすなぁ。言いたい人はおるんどすか?」

「居ません」

「…………あ、はい」

 

 ノータイムで即答を返すと、静流さんはキョトンとした表情を浮かべた後気まずそうに顔をそむけた。

 

 はい。



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第三百八話 祭りのあと

誤字修正、244様ありがとうございます!


 クランクアップの掛け声と共に、大量のビールが宙を舞う。

 

 別にビールかけというわけではない。勢いよくジョッキを振り上げたせいで各々自分の頭の上にビールをばらまいてしまったからだ。

 

 その様子に苦笑する面々、テンションを上げる面々、少し引いている一部などなど、パーティ会場として用意されたヤマギシビルの大会議室は混とんとした様子を見せていた。

 

『なーんて一人で壁の花になってなにぶつくさ言ってるの? こいよMS! お前にビールをぶちまけてやる』

「キャプテンさん、キャプテンさんキャラ。キャラ変わってますよ!」

 

 なんだこのパリピ共は、などと思ったわけではないが。普段はいい大人として節度ある態度をとっていた人たちが豹変する姿に恐れ戦いて壁際に避難していると、全身ビール臭いキャプテンさんが両手に水鉄砲を持ってこちらににじり寄ってくる。

 

 おいまて、それ中身水じゃないな? なんでそんな日本のプロ野球優勝決定の時に用意される特殊装備を持ってるんだこの酔っ払い。

 

『カメラはもう止まってるんだよ! そら、いまだ鉄男!』

『オウケイキャップ、行くぜMS!』

「グエェッ!」

 

 なんとか退避しようとするも背後からの強襲に対処できず、せっかくあつらえた背広がビールまみれにされてしまった。殺気とか危険があればビビーンと感知出来るんだが、いいやそんな事は後だ。やられたならやり返さなければ無作法というもの。武器だ、ひとまずは武器を調達しなければ!

 

『HEY! こっちだMS、ビッグ3に引導を渡してやろうぜ!』

『ちょっとまて本家、俺もあっちカウントなのか?』

『バカばっかりね、男って』

『それは僕も含まれてるのかなぁ』

 

 復讐者たちと関わりのある人間のほぼすべてが参加したパーティーはビールと笑顔とざわめきに包まれていた。

 

 このメンバーで集まることはもうないだろう。

 

 去る者もいるし新しく始める者もいる。もう顔を合わせない人もいるかもしれない。物事の終わり(エンドゲーム)とはそういうもので、彼らはそれを良く知っていた。

 

 だから、最後の一人が騒ぎつかれてダウンするまでパーティーは続けられた。

 

 最後の一瞬まで、復讐者たちを楽しみ切るために。

 

 

 

「お兄ちゃん凄くお酒臭い」

「全然酔ってないんだけどな?」

 

 兵どもが夢のあと、と言葉が浮かび上がりそうな惨状を社員の義務として清掃させられる事しばし。様子を見に来た妹の一言にショックを受ける。加齢臭ならぬビール臭、か。俺も大人になったもんだ。

 

「服から匂うんだけど。なんか凄いビール臭い」

「途中で本家さんまで裏切ったから……」

 

 ビッグ3相手に三次元戦法で蹂躙してたら後ろから凄い笑顔の本家さんに撃たれたんだ。勿論やり返したが最終的に1対他みたいな情勢になったからな。さすがに捌ききれなかった。途中で監督やら大人勢引き連れて抜けてった初代様はこの大混乱を見越していたのか。YSS(やはり初代様は凄い)!

 

「着替えよう? 掃除しても余計に汚れちゃうじゃん」

「いや。なんかウィドゥさんとかが酔っ払いの面倒見てるの見ちゃってつい手伝わないとと」

 

 あとそんな事してたらいつの間にか服も乾いてたし周りも酒臭いままぶっ潰れてるしでまぁこのままで良いかってなったんだ。

 

 そうしながら潰れた連中をタクシーに放り込んだりどうしようもないやつをヤマギシビルの仮眠室や社員寮の空き部屋にぶち込んだりで気づけば夜も明け、じゃあもう今更かとパーティー会場の清掃を始めて今に至る、と。

 

「まさかの不眠不休だった。業者さんがやるからお兄ちゃんも寝ちゃっていいのに」

「いやー、なんかなー。寝るのが惜しくて」

 

 唇を尖らせる一花の言葉に頭をかいてそう答える。

 

「祭りの後ってさ。終わるのが惜しくてつい佇んじゃうことあるだろ。あんな感じだよ」

「……あんな感じ、ねぇ」

 

 ジト目の一花にごまかす様にそう言って、祭りが終わったパーティー会場に視線を送る。

 

 楽しかった。

 

 なんだかんだ無理やり参加させられた映画だ。スタンさんの勢いに負けて一度、それから気づけばズルズルと引っ張られて、今に至り。

 

 最初に浮かんだ言葉は、それだった。苦労した、だとか。恥ずかしい、だとかはあった。そりゃもう沢山あった。

 

 どれだけテレビや映画に出ても未だに違和感しかないのに、ハリウッドの一大コンテンツに自分も参加しているなんてなんど聞いても見ても信じられない経験だったが。いざ振り返ってみると、楽しかったという思い出ばかりが胸を過る。

 

「終わっちゃったな……」

「お兄ちゃんはむしろこれからじゃない? MSのコミック人気考えたら今度はドラマとかでもやるかもね」

「それ……は本当に嫌だが。そっちじゃなくてな」

 

 この感情をなんと口にすればいいのだろうか。空虚? それとも欠落感?

 

 答えの出ない問答に溜息を吐いて一花の頭に手をやり、がしがしと撫でる。

 

 「わ、ちょっ」と慌てふためく妹にごまかす様に笑いを浮かべて、俺たちは会場を後にした。

 

「あ、まって一花さん。その脛蹴りは反則」

「どやかましい! くの、このっ!」



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第三百九話 『私を野球に連れてって』

 さて、ダンジョンである。

 

 ヤーマザキいーちばーん

 

「どうしたのお兄ちゃん」

「いや、この階層まで潜るの久しぶりだなって」

「あー。1月ぶりくらいだっけ? 私は木こり当番があるからよく来てるけど!」

 

 一花と会話しながら、背伸びをして森の空気を肺一杯に吸い込む。慌ただしく撤収を進めているマーブル映画の撮影班の皆さんには悪いが、ホスト兼出演者として1月あまり休みなく働いたからな。たまにはゆっくりしてもバチは当たらんだろう。

 

 アルラウネが湧き出てくる38層は彼女たちが基本的にノンアクティブ、こちらから攻撃しなければ敵対的にならない事もあり、ある意味現在のダンジョン内部で一番安全なエリアと呼ばれている。

 

 ケイティ等は本国で忙しくしているというのに、たまに暇を見てはプライベートジェットを飛ばしてはここに来て、アルラウネとの意思疎通が出来ないかと試行錯誤を繰り返している。

 

 ヤーマザキいーちばーん

 

「こないだはキャッチボールやったって言ってたよ」

「ほぅ、それは……なぜキャッチボールを???」

「やっぱり言語は伝わらないっぽいけどね。やけくそで目の前で恭二兄と実演したら興味持ってくれたらしいよ」

 

 彼女たちの生態を観察し趣味嗜好やどういう植生、ならぬ食性をしているかも調べ上げ、果てには一人連れ去ろうとしてそのままダンジョンの泡と消え去った経験からやけになったのか。なんでキャッチボールなのかは良く分からんが、それが本当なら凄い発見というか進歩なんじゃなかろうか。

 

 少なくともこれまでのダンジョン内部での人間とモンスターの関係がガラッと変わる出来事だと思うんだが。

 

 ヤーマザキいーちばーん

 

「だからあの3人、野球のユニフォームなんか着てきてるのか」

「その点はちょっと理解できないけど気分とか気合が違うのかな?」

 

 女性向けに改造されているのだろうテキサス・レンジャーズのユニフォームに身を包んだケイティが綺麗な声で『私を野球に連れてって』を歌い、同じくテキサスレンジャーズのユニフォームを着せられた恭二と沙織ちゃんが「1.2.3ストライクアウト!」と微妙に知ってる部分を微妙に間違いながら歌っている。知らないなら無理に入らなくてもいいと思うんだが。というかこの歌をケイティが歌ってるの面白いな。元ネタと同名じゃん。

 

 しかし初期のダンジョンアタックを思い出す装備で来たな、と最初は思っていたのだが、どうも連中が着てるあのユニフォーム、ケイティのバトルドレスのようにダンジョン用に付与やら何やらでガチガチに固められた特注品らしい。

 

 最初は野球のユニフォームでなにしてんだと思ったんだが、アレはアレで新しい試みの試作品のようなものなんだとか。

 

「ユニフォームやヘルメットにバリア、か。通常のスポーツでバリアを貫通する破壊力が起こるわけがないし、確かに理に適っているね。外的要因での怪我が無くなるわけだから、格闘技みたいな例外を除けばどんなスポーツでもバリアという魔法は役に立つだろう」

「はぁ。次から次にようアイデア出てきはりますなぁ。うちらも見習わな」

 

 ヤーマザキいーちばーん

 

 ふむふむと三角帽を揺らしながらそう口にするアガーテさんの言葉に、水無瀬の静流さんが感心したように頷いた。37層までは二人とも非常に張り詰めた雰囲気をしていたんだが、安全地帯ともいえる38層に入ってからは気が緩んだのか会話が増え、時折笑顔を見せるようになった。

 

 まぁ彼女たちの自力での到達回数は水無瀬姉妹がギリギリ30層、アガーテさんは30未到達という話だったし仕方のない話だろう。20から30までの獣属性のモンスターたちは動きが早く力も強いという厄介さはあるが、その分特殊な能力などは持っていない。

 

 31層のバジリスクは18層のバンシーを超える初見殺しだ。装備さえ整えばバジリスクは頑丈なだけの楽な相手に成り下がるんだが、その装備の数がまだまだ足りていないため、自力で30層まで到達できる水無瀬姉妹のような冒険者でも30層より下層に挑戦するには奥多摩に来てもらわなければいけない。それを考えれば気負ってしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

 ヤーマザキいーちばーん

 

「まぁ一部例外は居るみたいだけど!」

「あの、山崎さん。それなんで流してるんですか?」

「…………………………?」

「不思議そうな顔をされても困るんですが」

 

 38層に入った瞬間から延々ヤマザキ一番を流し続ける発明王ヤマザキにそう尋ねると、彼は何を言っているのかわからない、とでも言いたげに無言で首をかしげた。その仕草を見て、音楽に惹かれてきたのかなんだなんだと興味深そうに集まってきたアルラウネ達が彼と同じように首をかしげている。

 

 ん、この流れもしかして俺が間違っているのだろうか。音楽は種族を超える的ななにかが起きているのか?

 

「いや、あっちのケイティたちは特に寄ってきてないし多分違うんじゃない?」

「その手があったか、という表情で彼を見ているな。音楽作戦はやっていなかったのかな? 日本のオタク文化では異種族との交流はまず歌だと認識していたんだがね」

「マ〇ロスはちょっと特殊例過ぎるかなぁ。むしろ今だと食事じゃない? ネットスーパーで取り寄せた和牛でイチコロだよ! あ、餌付け作戦は失敗したんだっけ」

「彼女らどうも光合成っぽいんだよね、もしくは足代わりの根っこから土の栄養吸ってるとか」

 

 少なくとも何日かけても彼女たちが口から何かを摂取する姿は目撃されなかったらしいから、俺たちと同じような食物を摂取する生き物じゃなさそうだ。

 

「まぁ、その辺も含めて今回のダンジョンアタックでもっと知る事が出来ればいいんだけどな。おい、恭二」

「ちょっと待ってくれ」

 

 目星をつけていた広場に到着したので荷物持ちの恭二に声をかけると、瞬く間にドサドサと荷物が虚空から現れる。この収納もどうなってるのか調べてみたいんだが、中に再生中のビデオカメラを入れても何も映ってなかったんだよな。というか収納した瞬間から再生時間が経っていなかったから内部は時間が止まってる可能性もある。

 

 まぁ、そういう難しいことは後でもいいだろう。まずはさっさと荷解きをして設営に入らないとな。うん、何をするのかって?

 

 安全な森、開けた広場とくればやる事なんて一つしかないだろう。

 

 キャンプである。



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第三百十話 女の敵

『ヒィィィッ! 堪忍やぁ! 仕方なかったんやぁ!』

「絶対に逃がさへん! 女の敵っ!!!」

「イケーッ! そこだ香苗さん! 薙ぎ払えー!」

 

ヤーマザキいーちばーん

 

「このダンジョンアタックに誘われた時には迷いました。現在世界中でも100名にも満たないレベル38の一人に自分がなる、というのが想像できなかったので」

 

 ガチャガチャと音を立ててバーベキュー用のコンロを組み立てながら、発明王ヤマザキはそう話しかけてきた。

 

 随分と手慣れた手つきだ。実家の手伝いでキャンプ場の作業は一通りこなせる俺を除けば、現在作業を手伝ってくれている面々では一番場慣れした印象を受ける。

 

 まぁ他の作業員がスポーツはやるがアウトドアにあまり興味がない恭二と純粋培養お嬢様だったケイティ、趣味全般が女の子らしい沙織ちゃんなんで仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。

 

『掠った! 薙刀がひゅんッて! 鼻先をひゅんッって!!?』

「ゴキブリよりしつっこいわぁ!」

「袋小路に追いつめて! 逃げ場をなくして袋叩きにするよ!!」

 

ヤーマザキいーちばーん

 

「今も不思議な気持ちです。私の自力到達回数は25階。それも師である根津先生の引率での話です。本当の意味の自力となると――」

「あの。真剣な表情と会話と背景とBGMがミスマッチしすぎてるんで、せめてBGM止めて貰えませんか?」

 

 全然集中して話が聞けないので、と素直に伝えると発明王ヤマザキさんは非常に葛藤した様子を見せた後に懐に入れていた端末を取り出して音楽を止めた。そこまで悩むことだったのか、あの音楽を止めることが。

 

「当然です。私のアイデンティティですので」

「ヤマザキ一番が!!?」

「……そこまで驚かれると少し、その。ショックでありますが」

 

 俺たちの会話を聞いていた恭二が思わずと言った様子でそう叫ぶと、発明王ヤマザキさんは少し傷ついたような表情を見せる。

 

「人生で一番落ち込んでいた時期にこの歌のお陰で色々吹っ切れましたので。この歌のような唯我独尊さを身に着けられればと。発明家なんてやってるのも、まぁ。過去の自分を振り切りたくて、自分なりに傾いた結果なんですよ」

「その目論見は成功してると思いますよ。俺、ダンジョンと関わってから色んな人と出会いましたが貴方を超える自由な人は2,3人しか知りませんし」

「割と心当たりが多いんですね。そういう点で私の中でのナンバーワンはイッチなんですが」

「オンリーワンヒーローさんには誰も勝てないからなぁ」

「訴訟も辞さない」

 

 茶々を入れてくる馬鹿に中指を立てて返事を返すとm9(^Д^)プギャーとばかりに俺を指さして恭二が笑う。

 

 その背後でドガンと大きな爆発音があがる。あちらはあちらで元気だな。アルラウネ達に攻撃を当てると彼女たちとも戦うことになるのでその辺は気を付けてほしいんだが。

 

「では、私たちはこの歌に感謝をしなければいけません。貴方という発明家がダンジョンから世界に齎した成果は、非常に大きなものです」

「ブラス嬢にそういわれると少しこそばゆいですね。ヤマギシとブラスコが魔法という概念を世に広めてくれたからこそ、私のようなものが活動する余地があるのですから」

 

 ケイティが作業を進めながらヤマザキさんにそう伝えると、彼は照れたようにトレードマークのシルクハットの縁に手をかけて会釈を返した。

 

「貴方のような創造性を持った人材が活躍できているなら、私たちが行ってきた活動は間違っていなかったという事ですね。魔導エンジンの開発及びそれらを用いた車両の開発、フロートを用いた魔導ヘリの改良並びに新規設計。一個人が行った事例としては破格と言ってもいいでしょう」

「どちらも企業の手を借りておりますよ」

「ええ、その通りですね。そしてどちらの企業も貴方の発案がなければそれらの成功を掴むことは出来なかったのも存じております。是非一度お話をお伺いしたかったので、今日は本当に――」

 

 ケイティ、日本語上手くなったなぁ。と思いながらキャンプ地のセッティングを確認する。途中でテントが崩れたり、バーベキュー中にコンロがぶっ倒れても困るからな。経験者が居るなら最終チェックはそいつがするべき仕事だ。

 

 ――よし、特に問題はないか。テントを固定する杭も地面にぶっ刺すだけでしっかりと固定されてる。まぁダンジョンに潜る前と今じゃ身体能力が違いすぎるからな。今だとエアコントロールもあるから、アウトドアの際に必要な道具が本当に少なくなったのはありがたい。

 

 チュドーンッ!

 

「ところでイチローくん。アレ、出しっぱなしだけど大丈夫なの?」

 

 それまで会話に参加せず恭二が出した食材をワーキャー言いながら眺めていた沙織ちゃんが、モクモクとたつキノコ雲を指さしてそう尋ねてくる。すごく大きいな。きのこ食べたくなってきた。

 

 やっぱりバーベキューで食べるキノコはシイタケだろう。異論は認める。

 

「10層辺りだと維持が大変なんだけどね。この辺りだとなんか、誰を出してもそんなに消耗しないんだよね」

「興味深いですな。イッチの技能とMR技術には大きな関係があるのは理解しております。MR技術に関しては触りしか存じませんが、あれは魔法という概念が引き起こした新たなブレイクスルーの一つでしょう。その使用制限が緩和されるとなれば」

「下層にくれば維持が楽になる。素直に考えれば魔力の関係だと思いますが」

「ああ、うん。多分そんな感じです」

 

 俺の言葉に興味深そうに持論を語り始めるヤマザキさんとケイティに適当に相槌を返す。これ感覚だからうまく言葉に出来ないんだが、下に潜れば潜るほど魔力を肌で感じられるというかなんというか。

 

「下に潜ると右目が疼くんだよな。鎮まれ、俺の鑑定眼……」

「右目真っ赤になってますよダンジョン大先生」

「わ、ほんとに真っ赤だ! きょーちゃん、キレーな眼だね!」

 

 高度な会話に入った有識者二人を尻目に幼馴染二人と馬鹿話を交わしていると、ひゅーんと何かが飛翔する音と共に人間大の物体がキノコ雲の方角から飛んでくる。何が飛んできたのかは理解している。なにせ俺の一部(変身元)なんだから。

 

 危ねーぞー、と声をかけると全員がその言葉に反応し、すっとその場から飛びのいた。流石は一流の冒険者だ、反応が早い。

 

 数瞬後、俺たちが飛びのいて開けた空き地にその物体はズドンと大きな音を立てて地面に激突し、そのまま突き刺さる。

 

 すげぇな。人って地面に刺さるんだ。

 

「所でなんでこいつ出したんだ? というかお前こいつ変身レパートリーに入れてたんだ」

「いや、香苗さんが剣を使える奴と対戦したいっていうから……」

「なんでそれでこの選択だったの???」

「最近熟練度上がってきたからもうちょっと使いたくて」

 

 スケキヨみたいな体勢で足をピクピクと動かす俺の一部(変身元)を、そこらへんで拾った木の棒でつんつん突きながら恭二が尋ねてくるので、そう返事を返す。

 

 本当は最近マジで性欲的なサムシングが感じられなくなってきたから、煩悩全快みたいな奴をもっと習熟したら影響貰えるかなと思ったんだが。

 

『あ~死ぬかと思ったっっ!!』

「よく生きてるなお前」

 

 ズボっと地面から頭を抜き出してそう叫ぶ俺の一部(横島忠夫)にそう答えを返す。まぁこちらに走り寄ってくる女性陣の表情を見るにその命もそう長くはなさそうだが、一回か二回斬られても多分こいつ生きてるだろうし問題ないだろう。



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第三百十一話 キャンプファイヤー

誤字修正、244様ありがとうございます


「どういう心算でアレを?」

 

 戦闘中に思い切り胸の中に顔を埋められたという水無瀬の香苗さんがゴゴゴゴ、という擬音が聞こえてきそうな雰囲気でそう口にしてくる。ふふっ、怖い。

 

 美人が凄んでくると、こう。強面に詰められるよりも恐ろしく感じるよね。

 

「剣が使える人が良いって言われたから……」

 

 とはいえ今回の件に関しては俺の方にも言い分がある。

 

 そもそも割と無理な要望してきたのは香苗さんの方だからね。ほぼ安全だと判断された38層とはいえダンジョンの深部で手合わせなんて無視するから、普通。彼女とは仕事の付き合いもあるし無下にするのも悪いと思ったから受け入れたけど、それだけでもかなり例外的な対応だと言える。

 

 しかも剣を使うってリクエストにも答えてる。これで文句を言われる謂れはない。本人も自分が無茶を言っている自覚があるのか、俺の言葉にバツが悪そうに眼をそらした。

 

 まぁ香苗さんは俺と直接戦うのを望んでたっぽいんだけど変身こそ俺の戦闘の根幹だし、変身元と戦ってるなら実質俺と戦ってるようなものだろう。

 

「じゃあ目の前でセクハラ見せられた私たちは文句言っても良いよね?」

「妹に恥かかされて笑うて許せるほどうちは人間出来てまへんえ?」

「あ、そちらはちょっと考えてなかった」

 

 右手を一花に、左手を水無瀬の静流さんに捕まれて凄まれるもそれはもう俺に言うべきことじゃないというかあっちでアルラウネ達に興味深そうに集られて「裸がーっ! 緑のーっっ!! ちち! しり! ふとももぉぉぉぉぉ!!」と木の洞に向かって叫んでいる男に言うべきじゃないだろうか。

 

「お兄ちゃんの一部じゃん」

「人間には幾つものペルソナ(仮面)があってアレは超極端な例でだな」

「目の前に実物があるのにヘタレてる辺り原作よりもお兄ちゃんよりかな?」

 

 やめてくれ、その言葉は俺に効く。

 

 一花の言葉にアレで?と言いたげな水無瀬姉妹の視線に原作のあいつなら目の前に裸の美人のチャンネーが居たら体が勝手にルパンダイブしてると思います……とは流石に言えずにあいまいに返事を返しておく。

 

 あ、いや。あいつ確かにスケベだがあのアルラウネ達だとキツイか? 無垢な娘相手だと尻込みしちゃうからな。だから木の洞に向かって煩悩叫んでるのかもしれん。

 

「ますますお兄ちゃんよりになってるね」

 

 妹の容赦のない一言にそっと目をそらす。俺はああじゃ。その……違うから(震え声)

 

 

 

 ジュージューと肉の焼ける音が森の中に響く。用意した肉は超高級な霜降り肉――ではなく極力脂身を落とした赤身の多い肉だ。なんでもドライエイジングだかいう技術を使った熟成させたお肉であり、非常に濃厚な味わいになるのだとか。

 

「体が弱かった時は、青カビを使った料理は食べられませんでした。今は以前食べられなかった食材が食べられて、毎日が楽しいです」

 

 というのはこの肉を持ち込んだケイティの談である。今でこそ健康体だが、ケイティは魔法が世に出るまで20歳まで生きられるかもわからないと言われていた。当然、食べられるものも健常者に比べてはるかに少なくなる。

 

 断食で死にかけたからこそ言えるが、食べられないというのは本当に苦しく辛いことだ。彼女はその食べるという行為自体に大きな制限がかかったまま成人近くまで生活してきた。その苦しみはどれほどのものだっただろうか。

 

「いや、お兄ちゃんの断食はまたベクトル違うでしょ。死にかけてたし」

『こらうまい! こらうまい!』

「おいこらヨコシマ! 肉ばっか取らんといて!」

「いや、でもしょうがないわ。これ、普通に焼くだけでめちゃめちゃ美味い」

「うーん、じゅーしー!」

 

 ワイワイガヤガヤとバーベキューコンロに群がって肉を貪る。そして肉をかみ砕いて喉に押し込み、それを炭酸で胃袋まで押し流す。バーベキューの楽しみは、やっぱりこれだろう。

 

「炎を囲んでマイムマイムも、ですね!」

「アメリカにも炎囲んでフォークダンス踊る文化があるのか?」

「文化というには、ギーグ向けになるんですが……米国のとある大きなイベントで広まった風習です。可燃性の処分したいものや持ち帰れないイベントの売れ残りを火にくべて、その炎を囲んで皆でマイムマイムを踊るんです。イベントの準備でたまったストレスを解消するために始まったと言われてます」

「全然知らねぇ。なんだそのカルトみたいなイベント」

 

 売れ残りの可燃物ってのはまぁ日本のイベントを考えれば薄い本とかなんだろうけど、それを持ち帰れないからってイベント後に炎に投げ込むってのは凄いな。これ考え付いたの傾奇者とかじゃないか?

 

「所でしれっと混ざっているヨコシマくんはどうなってるんでしょうか。その、胃や消化器官は」

「人体の神秘、ではないかな」

 

 若者たちから少し離れた辺りでヤマザキさんとアガーテさんがそう首をかしげているが、彼を出してる俺にも良く分からない。多分魔力に変換とかできてるんじゃなかろうか。

 

『お前の胃袋に入ってるっつったらどうする?』

「勘弁してくれ」

 

 こちらの内心に答えるように横島忠夫が茶々を入れてくるので返答を返す。それじゃ折角の味が楽しめないじゃないか。あ、これマジで美味い。どこで売ってるのか後でケイティに聞かないといかんな。それはとりあえず今回のダンジョン探索が無事終わってからで良いとして、だ。

 

「食事が終わったら試してみる、でいいのか?」

「もちろんです。このために準備、沢山してきましたから」

「ん、オーケー」

 

 程よく肉が消化されたタイミングで恭二とケイティにそう尋ねると、彼らは特に考えることもなく首を縦に振った。まぁ今回のメインの目的はそれなんだから当然といえば当然だが。

 

 やり取りを見ていたほかのメンバー達の視線がこちらに集中する。

 

「じゃぁ、まあ。美味しいものを食べてしっかり英気を養ったら」

 

 恭二はチラッと全体を見渡した後、いつも通りの口調で話し始めた。

 

「第32回、38層攻略始めよっか」




※薄い本を炎にくべてマイムマイムする祭りなんて現実にはありません。オリジナル設定をちょっと持ってきただけなのでスルーしていただければありがたいです


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第三百十二話 マンドレイクさん

誤字修正、ドッペルドッペル様ありがとうございます!


 38層のボスはでっかいアルラウネ――ではなく、人型の男の姿をしたモンスターだ。細身な女性体をしているアルラウネと違ってこちらは随分とマッシブな姿をしており、髪が枝葉でできているのと足が地面に根を張っている以外はほぼ人間といってもいい姿だ。股間には葉っぱが張り付けられている。

 

 恭二命名でマンドレイクと名付けられたそのモンスターはアルラウネ達とは違って非常に好戦的で、ボス部屋に入った瞬間にこちらに向かって襲い掛かってくる。見た目通り接近戦を得意としているらしいマンドレイクは、右手を大きな木の槌のように変化させるとそれを使って攻撃したり、両手の指を木の枝のような形に変化させて伸ばし、絡めとるような動きをしてくるらしい。

 

 絡めとる攻撃、という言葉に横島が反応して水無瀬姉妹にボコボコにされたのはまぁご愛敬だろう。実際にマンドレイクとの戦いになれてきた数回目の挑戦時に、接近戦をしかけた沙織ちゃんが絡めとられて大変なことになったらしい。人のような形をしているがこいつも立派な樹木の一種で緑色の肌と思わしき部分の下は非常に堅い木材でできているらしく、沙織ちゃんが絡めとられた際には恭二と沙織ちゃんの魔剣が折られてしまったそうだ。

 

 総合的に見て近接戦を行うと非常に厄介な能力とタフさを誇る、それがマンドレイクというモンスターで。つまり、なんだ。

 

 普通に戦えば、恭二がフィンガーフレアボムズだけで終わらせてしまう相手、というわけだ。

 

「マンドレイク討伐完了……で良いのか?」

「良いのかなぁ」

 

 会敵から30秒。遠距離からの炎系の魔法攻撃にやたら弱いという致命的な弱点を持ったマンドレイクは、あっという間に消し炭のような姿になった。

 

「この炭でキャンプファイヤーすりゃ良かったかな」

「世界一高価なキャンプファイヤー、ギネス記録更新しそうどすねぇ」

 

 恭二の言葉に静流さんが頷いている。そんな微妙な項目までギネス記録ってあるんだろうか。あるんだろうな、この口ぶりだと。

 

 消し炭になったマンドレイクをつんつんと落ちていた木の枝で突いてみる。今の所反応はない、か。立ち上がって視線を巡らせると、ゲートと思わしき大樹の木の洞の前で、アガーテさんとヤマザキさんが難しい顔を浮かべている。

 

「やっぱダメだったか」

 

 木の枝の先、消し炭になっていたマンドレイクが少しずつ元の形を取り戻していくのを眺めながら、そう独り言ちる。

 

 マンドレイクはそれほど強い敵じゃない。勿論素の能力では勝っているんだろうが、明確な弱点がある分上の階層のコカトリスやバジリスクにすら劣る程度の強さしかない。この階層のボスを張るには明らかに不足している。

 

 だが、そんな弱い敵相手に恭二が32度も挑戦をする羽目になっている。その理由はマンドレイクは死なない(・・・・・・・・・・)という、出鱈目にも程がある特性のせいだ。

 

 凡そ十数分の時間を置けばこいつは復活し、またぞろ元気に襲い掛かってくる。このやり取りを、恭二たちはすでに30回以上も繰り返している。遠近両方の戦い方を繰り返したのもこのためであり、魔法でも近接攻撃でもこいつは倒し切れなかった。

 

「恭二、あとどのくらいだ?」

「多分5分くらいで元気に殴り掛かってくるぞ」

「了解」

 

 一度戦闘不能に持ち込んだ後は多少の間があり、その間にアガーテさんやヤマザキさんがゲートが出現するだろうポイントを見て回っている。完全に手づまりな現状を打破するためには、異なる視点の持ち主が必要だ。それに今回で突破できなくてもダンジョンに精通した技術者である彼らが現状最も進んだダンジョン攻略階層を彼らが経験することは、今後のダンジョン攻略において重要な要素となりえる。

 

 ケイティは渋る恭二をそう説得して、今回のダンジョン攻略戦に彼らの同行を求めた。本当ならヤマギシ技術班の先輩さんも連れてきたかったし本人も希望していたのだが、先輩さんは独力での10層到達を達成しておらず、免許的な問題で今回の攻略を見送ることになった。

 

 制度改編のどさくさに紛れてダンジョン攻略階層を20層まで引き上げていればなんとか出来たんだがな。ヤマギシ社長みたいに。

 

「親父は一応2種免は取ったろ」

「ヤマギシパーティーフルメンバーでのパワーレベリングだったけどね!」

「山岸社長、最高齢のレベル35だってニュースで言われてはったのは……」

『ヤマギシの社長がレベル10じゃカッコつかないからなぁ』

「お前らな……」

 

 身内の暴露でどんどん評判を下げているが、社長だってちゃんとバンシーショックもバジリスクショックも体験しているし到達階層までのモンスター討伐も行っている。アンチグラビティも取得してるし、コカトリスやバジリスクだってタイマンで戦える冒険者なんだがな。

 

 忙しすぎてほとんどダンジョンに入れず、魔力の蓄積が出来なくてタイマン以上は難しいけど。

 

『お、そろそろ復活しそうだな』

 

 時間潰しの雑談を交えていると、横島が何かに気づいたかのように片眉を上げて視線をマンドレイクの焼け跡に向ける。まだぱっと見では黒い炭に見えるんだが、横島からはもう動く程度の状態には回復しているだろう、という直感が情報として送られてくる。

 

 いわゆる霊感という奴だろう。どういう理屈かは分からんが、スパイディやこいつみたいなタイプの直感は無下にできない。ほぼ間違いなく何かが起こるからだ。

 

 恭二に視線を向けると、俺に向かって小さくうなずきを返して恭二は口を開いた。

 

「とりあえず今回は戦闘を長引かせたい。いつもほぼ瞬殺してるせいで、こいつと長時間戦ったのは過去に一回だけだからな。それもこっちの油断で慌てふためいて、ろくにデータも残せなかった」

「何ができるのかを把握したいって事か?」

「おう。基本攻撃は食らっていく感じで。バンシーやコカトリスみたいに喰らわなきゃ対策が浮かばない場合もあるしな」

『ッシャアアアアッ! 水無瀬のお姉さま方! い、いやワイは沙織ちゃんでも一向に』

「頼むぞ横島」

『ザッケンナコラーッ! サービスちうもんを――あ、こら一郎テメェ、あ、体が、勝手にっっっ!?』

 

 ふざけんな。女性陣の視線が怖いんだよ。右手経由でそう意思を伝えて中指を立てておくと、横島は『鬼ーっ! 悪魔ーっ!! 鈴木一郎ーっっっ!』と叫び声をあげながら勝手にマンドレイクに向かって歩んでいく足を必死になって止めようとあがき始める。

 

「よし、ビデオに撮っとこうか。モンスターの攻撃をひたすら受けるなんて普通できないし、データは残しとかないとな」

「お兄ちゃん、たまにめちゃめちゃエグイ事考えるよね?」

「ダンジョン探索に犠牲は付きものデース」

「それ大丈夫じゃない博士の大丈夫じゃないときのセリフだからね???」

 

 若干炭っぽい肌色をしたマンドレイクさんは自分に向かって元気よく足を動かし、元気よくそれを止めようと上半身全部を使って抵抗する横島を興味深そうに眺めながら、両手の拳をパキパキと鳴らし始めた。やる気満々という奴だな。一回や二回は死んでも復活する前例のある奴だから遠慮なくやっちゃってください。



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第三百十三話 命が軽い

年度末お疲れさまでした(死)

誤字修正、244様ありがとうございます!


 ダンジョンに潜り始めて随分と経っているが、改めて思う。

 

 この場所は、命が軽い。

 

「最初のモンスターがなにか武器があれば素人でも問題なく対処できるオオコウモリで、次に来るのが武装した大人なら蹴散らせるゴブリン。そしてそこから急に魔法を使うゴブリンシャーマンが出てきて、そして武装した大人でも初見では対処が難しいオーガ、職業軍人でも接近戦では危ないオークと続く。これ、潜ってくる人間を教育するためのラインナップだもんね」

 

 一花の言葉を聞いていた面々がそれぞれの仕草で頷きを返す。ダンジョンに潜ったことがあり、かつ10層まで経験した人間なら誰もが思っていたことだ。

 

 オオコウモリで武装して戦うという経験を積み、ゴブリンで人型の相手と戦う忌避感を取り除き、シャーマンで魔法という概念を知り、オーガで武器戦闘のやり取りを学びここまでの経験を元にオークと戦う。この流れは少なくとも現状調査が入っているどのダンジョンでも一致している。

 

 だから冒険者の初等教育では最初の1~5層を何度もアタックさせるし、臨時冒険者としてダンジョンに潜るお姉さま方にも5層のボス部屋前までしか開放していない。アンチマジックとバリアさえちゃんと準備していれば、オークまでの戦闘ではほぼ危険がないからだ。

 

 このダンジョンを生み出した存在は、ダンジョンに潜る人間の成長を考慮してダンジョンの各階層を創り出している。だからこそ、そこまで理解できたからこそ分かったこともある。

 

 この中では存外に人の命は軽いモノで、このダンジョンはその命の軽さを前提に作られている。

 

 例えば大鬼。オークを何とか倒したとしても、すぐにオーク以上に力があり武器の扱いに秀でてさらに俊敏な戦士のモンスター。ダンジョンに潜り始めの冒険者が真っ向から肉弾戦で戦えば、どんな目に合うかは想像に難くない。

 

 例えばゴーレム。人間サイズの相手との戦いに慣れ切った後、11層に意気揚々と挑戦したらアレが出てくる。魔法も効果が薄い、明らかに人間サイズではない巨大なモンスター。あれを相手に刀で戦うなんて普通は無理だ。

 

 例えばバンシー。ゴーレムをなんとか倒し、先に進んだ冒険者を待ち受ける初見殺し。あれも状態異常という恐怖をダンジョンに潜った冒険者に教えるための存在だったのだろう。

 

 そしてそれらの後にも動物型のモンスターが蔓延る20階層、バンシー以上の初見殺しであるバジリスク・重力サソリ、フィールド全体がトラップとさえ言える魔樹の森、誰が敵か味方かもわからない妖精たちの森と続いていく。

 

 ここから導き出される答えは、まぁ簡単な話だ。

 

「ダンジョンを創り出した存在は俺たちを育てようとしている。多大な犠牲の果てに」

 

 恭二の言葉に、沙織ちゃんがブルリと体を震わせた。ここに来るまでの冒険者としての活動で、俺たちはいつ死んでいてもおかしくなかった。そしてそれをダンジョンの創造者は想定通りの事だった。ダンジョンに潜る以上は命を懸ける覚悟はしていたし、薄々はそうじゃないかと感じていたが。改めて言葉にして耳にすると、やっぱり少しショックを受ける。

 

 俺が身じろぎしたのを察したのか、膝枕をしてくれているアガーテさんが俺の頭をなでなでと撫でまわす。止めてくれ、それは俺に効く……と主張しようと視線を上に向けるも、ご本人曰く『脱いだら凄い』らしい二つの山に視界が阻まれた。

 

 パクパクと口を閉じたり開いたりした後、気恥ずかしくなって視線を会話するケイティたちに向けなおす。

 

「ヤマギシチーム以外が新層に挑めない理由はそこにあります。仮に米国の最精鋭チーム、それこそヤマギシに所属していてもおかしくない練度とレベルの冒険者を集めたとしても、初見でバンシーやバジリスク、グラヴィティスコーピオンと遭遇した場合全滅していたでしょう。勿論その中に私やウィルが居たとしても結果は同じでしょうね」

「食らって即対抗呪文を開発する(ラーニング)恭二兄と気合で耐えきったお兄ちゃんがいるけど」

「その二人が加わってくれたら結果は逆転しますね」

 

 ケイティと一花は一時期のギスギスした関係からは想像できないくらい饒舌に会話を交わしている、元々趣味は似通っているし気質も近いから、相性はよかったのだ。

 

 これで二人の間に入って場を取り持つなんて柄じゃない事を考えることはなくなった。真面目な話の間にクソみたいな個人の感想を考えていると、男性の声が上から降りてくる。

 

「軽く見てきましたが次の階層に続いているのは間違いありませんでした」

「お疲れさまでした。ドクトルヤマザキ」

「階段は上層と同じく安全地帯のようでした。ちらっと39層を覗いてきましたが、見渡す限りはこれまでと同じ森林のようでしたよ」

 

 そう言って帽子の鍔に手をかけ、ヤマザキさんはクイッと帽子を傾ける。丸焼けになった(・・・・・・・)大樹の洞、そこにあるゲートを背景に気取った仕草を見せる彼の姿は、欧州紳士風の衣装とも相まって中々にキマッている。

 

 この姿だけを切り取ったら非常にかっこいい大人の男性なんだがな。ほとんど無意識なのか胸ポケットに着けられた音楽機器の再生ボタンに手を触れてはハッと気付いたように手を離している姿がセットになるせいで、仕事はできるけど変な人という印象を拭い去ることができない。

 

「ところでイッチ。お加減はいかがですかな?」

「……天国かもしれません」

「その場所ならさもありなん、というべきでしょうか」

 

 俺のしゃべり声に合わせてか、頭上の双丘がぶるんと震えるのが目の端に入る。やめてくれ、それは俺に効く(2度目)

 

「まぁ、魔力が抜かれすぎただけなんで。もう少し休めば問題はなくなりますよ」

「それならばよかったのですが。イッチの魔力量で倒れかけるほどに抜かれた。それはそれで、今後の問題になりますな」

「計測器を持ち込まないとはっきりした数量は分かりませんが、一路の魔力量は700万。仮にその半分が抜かれたとしても私の3倍以上の魔力になります」

「魔力を抜かれずに大樹を破壊するのは問題ないでしょうか」

「試す価値はあるでしょうが、横島さんがマンドレイクのツタに囚われて魔力が吸い上げられてからあのゲートは出現しました。それを考えればやはり可能性は低いかと」

 

 地面に腰を下ろしたヤマザキさんと、アガーテさんが会話を始める。うん、今回のゲート出現に関しても含めて、やっぱりこのダンジョンは命が軽い。犠牲を前提に作られてるとしか思えないのだ。

 

 なにせ今回のゲート出現は、恐らく通常の手順だと強力な冒険者が複数(・・・・・・・・・)犠牲になって初めて進むことのできるものとしか思えないからだ。

 

 マンドレイクのツタは、捉えた獲物の魔力を吸い上げる能力を持っていた。まぁこの辺は事前に予想していたのでそこはきっちりと人身御供(横島忠夫)を用意しておいたのだが、問題はその吸い上げる量と吸い上げた結果だった。

 

 普通の人間なら数秒で魔力どころか何もかも吸い上げられるかねない吸引力。傍から見ていれば男が緑色のツタに這い回られる悍ましい光景だったが、実際に吸われる側としては命にすら係わるより恐ろしい攻撃だった。

 

 あ、これは不味いと俺と横島の認識が一致した瞬間、横島はツタを『燃』やして難を逃れ、その炎はマンドレイクにも伝わり、そして数秒ほど後にすぐ傍にあった大樹にまで燃え広がった。

 

 大樹にまで火の粉が飛んだ、とかではない。木の根から煙が噴き出したと思ったら、瞬く間に大樹の全身が燃えていったのだ。

 

 森林火災になっては不味い、と恭二たちがすぐさまウォーターボールを連射して消火に当たったが、火が消し止められた時にはすでにほぼ全体が焼け落ちていて、そして木の洞があった辺りにはダンジョン入り口と似通った姿のゲートが出現。マンドレイクが居たところにはドロップ品のニンジンのような野菜?もあり、どうやらマンドレイクを倒すことにも成功したらしい。

 

 この結果を受けて俺たちは一度考えを整理しようとその場で話し合いを始めた。というか、それは今も続いている。

 

 単純にこの大樹がボスモンスターだったという事も考えられるが、大樹の方を注意深く観察していたアガーテさん曰く横島が吸収されているときには木の洞の中にゲートめいた存在が見えていたそうなので大樹を焼いて解決する、という単純な話でもなさそうだった。

 

 この検証を行うためにも今日は一度戻って休養を取り、明日もう一度ダンジョンアタックを行い。今度はそのまま大樹を燃やす方法を試してみることになる。

 

「まぁ、でも」

 

 多分、何か吸わせないといけないんだろうな。このダンジョンのこれまでの仕組みを考えると。

 

 ぼやくようにそう呟いて体を起こそうとし。頭上を蓋するように存在する双丘にはじき返されて再度頭を太ももの上に戻す。

 

 ――ちゃうねん、忘れてただけやねん(震え声)

 

 だからそんな呆れた目でこちらを見ないでヤマザキさん。あ、アガーテさんズボンに手を伸ばすのは、ちょ、らめー



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番外編 鈴木一郎さんの頭の中

本編執筆がちょっと止まってるので番外編になります。

誤字修正、見習い様、244様、晴読雨読様ありがとうございます!


「これより裁判を始める」

 

 カーン、と音を立ててガベルが打ち鳴らされる。打ち鳴らした人物は額の部分に妬と書かれた黒覆面を身に着け、抑揚のない声で言葉をつづけた。

 

「被告、鈴木一郎はつい先ほど。28歳合法ロリ魔法少女コスの美女に膝枕をされ、更に下乳に頭をぶつけてバルンバルンを間近で見るという羨まけしからんラッキースケベを起こした。大変非常に結構なご飯が三杯はいけそうな光景であったがそれはそれとして同被告内部の哀れな子羊達を嫉妬の炎で火傷させ大変な責め苦を味合わせた。故に極刑。氏ね」

『こいつぁ許せねぇなぁ!』

「吊るそうぜ裁判長!」

 

 裁判長役であろう男、横島忠夫の言葉に同じように黒覆面を身に着けた男たちの言葉が続く。彼らの視線の先で、被告席に座らされた一郎がげんなりとした様子で口を開く。

 

「横島は馬鹿だから仕方ないとして隼人と新一はどうした?」

『ノリだよノリ』

 

 カラカラと笑って答えるARMS『騎士ナイト』の持ち主、新宮隼人との言葉にそういえばこいつも結構な馬鹿だったなと思い返して一郎は脱兎のごとく踵を返した。馬鹿には勝てん。付き合いは浅いがこの空間に馴染んできた経験から、一郎はそれを知っていた。

 

「すまんイチロー」

 

 その右足に泉新一の右手に寄生した寄生獣ミギーが巻き付けられ、飛ぼうとした瞬間にそれを妨害された一郎が「へぶっ!」と悲鳴を上げて顔面から地面?に叩きつけられた。

 

 顔面からもろに落ちた一郎の姿に、バツが悪そうな表情を新一が浮かべる。横島や隼人と同じく高校生の人格を持つ新一だが彼自身はそこそこ常識的な人物だ。暇つぶしに行った麻雀の負債がなければ、横島を手伝うことはなかっただろう。

 

「うおおおおおおお……っ」

「死に晒せ! 天誅じゃあ!」

 

 顔面を抑え、痛みにのたうち回る一郎に向かって横島が自身の霊能力で作り上げたハンズオブグローリー(栄光の手)を剣の形状に変えて振りかぶる。殺ったッ!奥多摩個人迷宮+完!

 

 

 

「へぇ。で、一郎をボコボコにして行動不能にした隙に自分が表に出て女性に声をかける、と。あんたら馬鹿じゃないの?」

「おっしゃる通り」

『だってここ暇なんだよ』

 

 物理的に地面?に頭をめり込ませた横島忠夫の頭をグリグリと踏みしめながら、御坂美琴は正座させた男ども二人を冷たい視線で見下ろしてため息をついた。

 

 ここ、鈴木一郎の頭の中(魔力の根幹)には彼が変身魔法を用いる際に元となるキャラクターが無数に存在している。彼らは元になった作品のキャラクターではなくあくまでも鈴木一郎が思い描くキャラクター達であり、根っこの部分では誰も彼もが鈴木一郎の一部なのだが、魔力を用いて各々の人格の積み重ねが行われていった結果それぞれが個性と呼べるものを有している。

 

 こいつらのような個性を持った連中が、数百名単位で存在しているのだ。そして一部を除き誰も彼もが暇を持て余している。

 

 そら騒動も起きるだろ、というもんだろう。

 

「暇だから、で毎回騒動起こされてたら堪ったもんじゃないんだけど」

『その都度美琴も暴れられるからいい暇つぶしだギャンッ!』

 

 分かってんだよ、へっへっへっとでも言いたげな隼人の言葉に美琴の掌から電撃が走る。隼人の言葉の通りこの空間は基本暇だ。騒動が起きるたびに美琴は鎮圧側に居るが、それがちょうどいい暇つぶしになっている事は間違いない。美琴自身は絶対に認めないだろうが。

 

 もちろんバカ騒ぎだけが彼らにとっての暇つぶしではない。騒動を起こしている騒がしい連中を尻目に趣味に全力で邁進するものもいる。

 

『日曜大工ってやつかな。面白いね、何かを作るのも』

『日曜って単語がいらない出来だと思うけどなぁ。俺としては』

 

 流石に殺風景すぎると言い出し建物を作り始めたスマートハルクとエドワード・エルリック(豆粒ドちびニーサン)を筆頭に、白い風景しかないこの空間に風景を作り始めた者たちも居れば

 

「うまっ! やっぱラーメンはトンコツだよなぁ!」

『わかってませんね。塩こそが全てのラーメンの元。基礎となる味付けですよ』

 

 エドたちが作った家具に身を預け、並んでラーメンをすする反逆者(トリーズナー)カズマと弥勒。彼らのように一郎が食べた記憶のある食物を食べて食道楽を趣味とする者もいる。

 

 彼ら以外にも原典では戦うことのない相手との手合わせを楽しむバトルジャンキーや、有り余る時間をつかって一郎が記憶していく数多の映像・書籍作品を楽しむもの。元になったキャラクターに倣ってなにがしかの研究を行う者。この空間に存在する彼らはそれぞれなりの時間の使い方でこの空間を楽しんでいる。

 

 もちろん、自分の事以外に時間を使うものだっている、

 

「チミチャンガでも食べない? 勧められて食べたんだけど、ちょっとハマっちゃってさ」

「軽食を取るのも良いな。やるべきことを済ませたら付き合うよ」

「OK、ならぱっぱと確認しちゃおうか」

 

 ピーター・パーカーの軽い口調の誘いに、結城丈二もまた軽口で返す。誘いをうまく躱された形になったピーターは首をすくめて遺憾の意を示し、ギシッとエドが作った背もたれ付きの椅子に身を預けた。

 

 彼ら二人の視線の先には大型のスクリーンのようなものが設置されている。映し出されている映像は現在、自室で就寝中の一郎の右手が触れたケーブルから美琴の能力を使って情報を集めているものだ。

 

「規制はされていても意外と漏れてくるものだね」

「美琴様様だな――中華の三つ巴は政府側が不利、か。あの国の国体を考えると確かにこれは外部に漏らせないな」

 

 彼らの大本である鈴木一郎の脇の甘さを補うため、彼らは明らかに脅威となりえる存在に目を光らせている。ハニートラップを仕掛けてきたり、非正規部隊を奥多摩に送り込もうとしていた中華も彼らにとっては監視対象で、それゆえにこういった非合法な手段を使って情報収集も行っている。

 

 その集めた情報のうちの一部、中華政府中枢のサーバーから抜き出した1人が乗れるくらいの雲に乗った道袍を纏った若者たちが数倍から数十倍の正規軍を蹴散らしている映像を眺めながら、結城丈二は膝を組み、ピーター・パーカーは顎に手を当てて思案にふける。脅威となりうる存在への対処法を、その優れた頭脳を持って考え続ける。

 

 それが思考し、自我のようなものが芽生えた自分たちが果たすべき役割だと信じて。より良い選択を選ぶために、彼らは今日も鈴木一郎の頭の中(魔力の根幹)での日々を過ごしていた。




登場人物

全部:鈴木一郎


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第三百十四話 やめろイチロー! ぶっ飛ばすぞぉ!!

誤字修正、ドッペルドッペル様、244様ありがとうございます!


 やめろイチロー! ぶっ飛ばすぞぉ!!

 

 ショ〇カーに改造される初代様のようなセリフを吐いてマンドレイクさんの緑色の触手(枝)に飲まれていく横島を見送りながら、用意した最新式の魔力測定器に左手を置く。右手だと測定器が過剰反応してしまうから基本魔力測定の際は左手だ。

 

 この測定器もどういう仕組みなのかは知らんが、結構細かい単位まで測れるんだよな。持ち運びできるサイズにまで改良されてるし、やっぱりアメリカの変人はなかなか優秀な変人なんだろう。

 

 この測定器、基本単位はBと呼ばれていて、オオコウモリの魔石一個分が1Bとして扱われている。俺の今の魔力量が800万と少しだから、おおよそオオコウモリ800万匹を討伐したら俺と同じ魔力量の魔石が手に入る計算だ。

 

 ちなみに冒険者協会の調べでは日本国内で毎日討伐されるオオコウモリは14000匹らしい。臨時冒険者のお姉さま方が魔力を吸った後の魔石の数が大体それくらいなんだそうな。

 

「まぁ全部が全部回収できているわけではないだろうね。魔力を吸い終わった魔石も色々用途があるから、出来ればすべて回収したいところだが」

「魔石の粉ぁ混ぜた金属は魔力を通しやすくなる。言われるまで気付かしまへんどした」

 

 ヤマギシはんが買い取ってるのはそういう理由なんどすなぁ、と静流さんに視線で責められたような気がしたので目をそらして口笛を吹く。そういう商売事は真一さんに聞いてほしい。もしくは創業者一族の次男坊に。

 

 横島の野太い悲鳴を聞きながら会話を交わしていると、右腕から力が抜けていく感覚が全身に伝わってくる。おお、初回よりは大分楽だが結構なダルさだ。ある程度その感覚を放置していると、ゲートが出現する大樹がスクスクと大きく育っていくのが見える。その中心にある木の洞も大樹の成長に合わせて大きくなり、少しすると黒いゲートが出現する。

 

「測定量は……600万まで減少していますな。イッチ、体調に問題は?」

「怠さがありますが問題ありません。初回よりは大分楽ですね」

「魔法の使い過ぎで疲れる、という事例もあります。200万Bも魔力が抜かれているのですから、体調には十分注意を払わなければいけませんよ」

 

 医療についての知識もあるというので補助についてもらったヤマザキさんの言葉にそう返事を返すと、ヤマザキさんは真剣な表情を浮かべて首を横に振り、そして胸元にあるスイッチに手を伸ばした。

 

 ヤーマザキいー

 

「……失礼しました」

「あ、はい」

 

 慌てたようにスピーカーのスイッチを切るヤマザキさんに努めてそう返答する。もしかしてこれは禁断症状とかその類なのかもしれん。

 

 雑談を交わしているうちに魔力を吸われた横島が解放されたのか、右腕から力が抜けていく感覚がなくなりドシャっと何か重いものが地面に落ちた音がする。視線を向けると白目を向いた横島がピクピクと痙攣して地面に横たわっている姿が目に映る。

 

 横島は美琴を怒らせたから二日連続で盾役をやらされているのだが、さすがに哀れだな。

 

 憐憫の情を覚えて左手で十字を切ると、横島は右手だけを持ち上げて中指を天に突き立てた。意外と元気だ。

 

 さて、横島をぐちゃぐちゃにして吸い切ったマンドレイクさんはというと、吸収した相手の横島に止めを――刺そうとはせずこちらに向かって全身を筋肉全開マッシブな感じに漲らせたポージングを決めている最中だった。吸収する前の細マッチョ状態からフルマッチョ状態に移行した彼はキレている。最高にキレている姿を俺たちの前に晒している。

 

 あれ、これもしかして戦わなくても進めるのでは。

 

 ひとりボディビル選手権会場を眺めながらそう考えていると、俺と同じ思考に至ったのか恭二がテクテクと歩いてゲートに向かっていく。マンドレイクさんはダブルバイセップス・フロントをしている。

 

 あと数歩でゲートにたどり着く場所まで来て、恭二がそっとマンドレイクさんを振り返るとそこにはサイドチェストに移行したマンドレイクさんの姿があった。恭二とマンドレイクのやり取りにゲラゲラと笑い声をあげていると、音を立てるような勢いで木の洞がその口を閉じていく。

 

 目当ての店に入ろうとしたら目の前でいきなりシャッターが閉められたかのような表情を浮かべた恭二に、満面の笑みを浮かべてマンドレイクさんはモスト・マスキュラーに移行した。力を見せつけるかのようなポージングだ。キレてる、キレてるぅ!

 

「一郎、やかましい」

「いや笑うだろ。ギャグかよ」

 

 恭二は両手からカイザーフェニックスを出して、大樹とマンドレイクさん両方に火の鳥を飛ばす。マンドレイクさんは自信満々な表情を浮かべたままダブルバイセップス・バックでカイザーフェニックスを迎え撃ち、大樹と共に満面の笑顔のまま炎の中に消えていった。

 

「いや受け止めきれへんのかい」

「普通に燃えて消えたね!」

 

 呆然とした香苗さんの言葉に、俺と一緒にげらげらと笑っていた一花が答える。多分このダンジョンに入って一番笑ったんじゃなかろうか。まさか38層でこんな面白い敵と出会えるとは思わなかった。

 

 まぁ、ああなるまでの過程はどう考えても過去一で凶悪なんだが。

 

「200万かぁ。今のケイティくらい?」

「魔力量が200万超えてるのなんてヤマギシチームとブラス嬢しか居ないな。ドイツで最も魔力量の多い妹でもようやく100万を突破したくらいだ」

「イチローは初回よりも楽と言ってました。つまり、初回はさらに多く吸われる可能性がありますね」

 

 20秒ほどですべてが燃え尽きたのか、残ったのは大樹の残骸とゲート、それにマンドレイクさんが股間につけていた葉っぱだけになった。いや前回のニンジンはどうした。なんだこのドロップ品は。

 

 至極いやそうな表情でそれを恭二が収納にいれるのを確認し、全員が地面に座り込む。魔力を抜かれたのもそうだが、笑いすぎて疲れたのもあるだろう。なんだよあのボディビルダー。

 

「まぁ、近接戦だと手こずりそうとは感じたけどね」

「普通に炎が弱点なんだろうな、あれ」

 

 一回あの状態のマンドレイクさんとも近接戦をやった方がいいかもな、と会話を交わし、全力で嫌がる横島を宥めすかしながら小休止を取る。今回の結果を踏まえながらそれぞれの考察を語り始める学者組やケイティたちの言葉に耳を傾けながら恭二に視線を向ける。

 

 恭二は時折話を振られた時に相槌を打ちながら。沙織ちゃんに甲斐甲斐しく世話を焼かれながら。ケイティに抱き着かれてそれに反応した沙織ちゃんに反対側から抱き着かれながらも、その視線はずっと消えることなく空に浮かぶゲートに向けられていた。

 

 羨ましいとか妬ましいとか感じる光景のはず何だが、そこまで行くとすげぇとしか思えない。まぁ、気持ちは少し分かるかもしれない。

 

 行くか、39層。



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第三百十五話 36層伐採基地

誤字修正、244様ありがとうございます


 奥多摩ダンジョンの36層にはヤマギシの伐採基地がある。森を切り開いた場所に恭二が持ち込んだコンテナハウスに材木置き場を併設させた簡易な建物だが、毎日20名前後のヤマギシ社員が詰めている。

 

「まぁ、伐採と聞いて丸太小屋を期待している人たちには悪いけどね!」

「丸太小屋を期待してる人たちってのはどこにいるんだ???」

 

 引き締まった臀部! 徐々に汗ばむ上半身! と材木置き場前でバカ騒ぎする妹を尻目に建物の中に入る。時たま訳のわからないネタを持ち出してくるが、妹の奇行を見て向ぬふりするくらいの優しさは俺にだってある。

 

 建物内部では数名の男女が持ち込まれたノートPCに向かってカタカタと指を動かしたり、ちょうど休憩中だったのかカップ麺を啜っているのが目に入る。ドアを開けた俺たちに全員の視線が集まり、次の瞬間にはガタリと音を立てて室内にいた人々が立ち上がり、声を上げた。

 

「部長、お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」

 

 声の先にいた恭二がバツが悪そうにしながら、手近に居た女性社員に声をかける。

 

「あー、お疲れ様です。すみません、今日の警備当番は誰ですか?」

「はい! ええと、今日は御神苗主任のチームですね」

「御神苗さんがいるのか。なら大丈夫かな」

 

 カップ麺を食べていた男性社員がハキハキとした様子で恭二にそう答える。

 

 魔樹の伐採作業は16時間交代制になっており、休憩と仮眠を交互に取り合う形になっている。そのため、現場には常に御神苗さんやマニーさん達ヤマギシBチームのようなレベル36以上の一線級の冒険者が1パーティ詰めている。彼らは現場の作業をほかのヤマギシ社員に任せて、紛れ込んでくる魔樹が出てくるたびに焼き払う仕事に従事しているのだ。

 

 

 

「あれ、部長にイチローくん? 38層の攻略はもう終わったんですか」

 

 それから凡そ20分ほどで基地に戻ってきた御神苗さんは、俺たちの顔を見て開口一番にそう尋ねてきた。まぁ朝方38層に出発してからまだ2時間も経ってないからな。これまで38層へのチャレンジでは毎回半日以上かけてたし、首を傾げられても当然だろう。

 

 彼の後ろで2名の彼のパーティメンバーが、恭二の顔を見た瞬間に気を付けの体勢をとった。お偉いさんがいきなり現場に来たような感覚だろうか。

 

「ええ、38層の攻略というか、目途は立ちました。後は何回か条件を変えて、情報を集めようと思います」

「なるほど……ようやく新層への道が開かれたんですね。部長、おめでとうございます!」

 

 御神苗さんの言葉に、彼の後ろにいた社員と室内にいた社員が口々に『おめでとうございます!』と声を上げる。その声に恭二は顔をひきつらせながら笑顔で礼を言った。

 

 うん。相変わらず、なんというか。

 

 変人ぞろいのうちの会社(ヤマギシ)でもぶっちぎりで真面目な人だけどさ。東大卒で在学中に日本冒険者協会初の教官免許授与者になって、ヤマギシ入社後は若い会社とはいえ入社一年目でコネとかなんもないのに主任としてパーティーを率いている凄く優秀な人だけどさ。率いている人からも、それどころか冒険者部門の人間ほぼ全部に恭二の代わりに冒険者部統率してるの彼だよね、とか言われるくらい慕われてる人だけどさ。

 

 にじみ出る陽キャオーラが眩しいんだよなぁ! こう、なんというか。ハリウッドスターみたいな視線を惹きつけるみたいな感覚じゃなくて、この人になら安心してついていける、みたいな感覚があるんだ。この人は。殿上人なハリウッドスターと違って一般人にも理解しやすい魅力がある人だから、余計に眩しく感じるんだよね。

 

 うお、眩しっと思いながら恭二と御神苗さんの会話を聞き流していると、御神苗さんは部下の一人に声をかけて申し送りを始めた。どうやら話がついたらしい。

 

「じゃあゲストの方々はただお待たせするのもなんですし、木こりの方を体験してもらう形で」

「それでお願いします。香苗さんはもう少し鍛えればいけるかな、と思うけど。流石に今の力量で新層挑戦はね」

「冒険者協会の規約でもそうなってますからね。新層挑戦には同レベルのパーティーで前層まで到達する必要があるって。あ、なら自分が伐採した分の魔樹はお土産に渡したらどうですか?」

「せっかく来てもらったのにヤマギシ(こちら)の都合で待たせてしまいますからね。それが良いかもしれません」

 

 御神苗さんの部下が足早に建物から出ていく。外で待っているアガーテさんたちを木こり現場に案内してくれるのだろう。35層のトレントは致死性の罠がある相手じゃないが擬態を使うモンスターであいつと戦うのは冒険者としても貴重な経験になる。それに落とす素材は現在青天井で値段が吊り上げられている魔樹だ。これなら多少お待たせしても、許してもらえるかもしれない。

 

「よし! じゃあ現場に連絡が行き次第出発しよう」

 

 パン、と拳と掌をぶつけ合わせて、やる気満々といった様子で恭二が立ち上がる。

 

「メンバーはフロントが俺、一郎、御神苗さん。バックに沙織、ケイティ、そして一花。基本方針はまず全員での制圧射撃後、フロントが突撃。バックは突撃したフロントの援護で。オーソドックスな戦法だが相手がどういう特性を持ってるか分からんからな。単純すぎるがうちのいつもの戦法でまずは試して、少しずつ情報を集めながら攻略していこう」

「急にハキハキしゃべりだしたな」

「ダンジョンが呼んでるんだよ。俺を……!」

「はははは」

 

 右手を握りしめ、ぶるぶると震わせる恭二に御神苗さんが渇いた笑い声をあげる。まぁこの人も大学時代からヤマギシ(うち)で、ひいては奥多摩ダンジョンに通ってた人だから、ヤマギシ(うち)の社員の奇行には慣れているだろう。

 

「しかし、ついに新層ですか……」

 

 それに確かにこの人はヤマギシでも有数の真面目で優秀なコミュ力抜群の社員なんだが。

 

「腕がなりますね、ついにこのA・M(アーマードマッスル)スーツの出番が来たか」

「パチモンですけどね」

 

 この人もこの人でよく訓練された変人だからな。いや、まだ海のものとも山のものとも知れない頃の冒険者協会に前のめりで参加した人だからさ。変な所があるのは、まぁ。うん。

 

 メキョリと音を立ててパンプアップされた腕を摩りながら、恍惚とした表情でそう口にする御神苗さんを冷めた目で眺めながらお茶をすする。お、茶柱が立った。




スプリガンのアニメ楽しみですね!


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第三百十六話 アーマードマッスルスーツ擬き

誤字修正、ドッペルドッペル様、244様ありがとうございます!


 説明しよう!

 

 アーマードマッスル(A・M)スーツとは名作漫画『スプリガン』に登場する架空の最新鋭強化スーツだ!

 

 精神感応金属オリハルコンの繊維で造られた人工筋肉を内蔵し、通常の30倍以上の力が出せるスーツ。スイッチである襟元を閉めると人工筋肉がパンプアップし、パワー増幅を開始する。防弾・耐熱の機能も併せ持つ。

 

 つまり現実には存在しない!

 

「ハアアアアアァァァ!」

『…………ッ!?』

 

 では目の前で繰り広げられている【ガチムチ筋肉バトル! 黒と緑のコントラスト~深い森の衝撃~】は。

 

 ヤマギシ冒険者部が誇る中間管理職、御神苗優治さんの身を包んでいる黒くて何だかパンプアップされたパワードスーツっぽい特注のスーツ。明らかなパワーファイターである38層のボス、ムキムキパンイチマンドレイクさんと互角に殴り合っているようなその姿はなんなのかというと、まぁぶっちゃけ全部魔法の応用である。

 

「ハァァァ!」

 

 御神苗さんが気合を込めて右腕を引き絞ると、その動作に反応したように右腕がまるでボディビルダーの二の腕のように膨れ上がり、次の瞬間には高速でマンドレイクさんの左頬に突き刺さる。たまらず仰け反ったマンドレイクさんに、今度は同じように膨れ上がった御神苗さんの左腕が突き刺さる。

 

 あの膨れ上がった筋肉のようなものは、魔鉄と魔樹を用いて作られた人工筋肉によるものだ。

 

 流石に原作のオリハルコン繊維みたいな超技術は使えなかったが、俺達には魔法という科学とはまた別アプローチが存在する。御神苗さんが着ているアーマードマッスル(A・M)スーツ擬きには、全身至る所にストレングス(筋力増加)やバリア、アンチマジックが張り巡らされていて、見た目のコスプレっぽさとは裏腹に超実践向きの仕様に作られている。

 

 まぁ筋肉が盛り上がってるのはそこにストレングス(筋力増加)が発動しているのを示すためのもので言ってみれば見せ筋みたいなものなんだが。パワーアップ部分はストレングスで行ってるから膨らまなくても同じ出力だ。

 

 とはいえ膨らむ部分は完全にお遊びだが、その他の性能はガチもガチ。現状ヤマギシが開発した付与技術やダンジョン産物資を全力投入して開発したこのアーマードマッスル(A・M)スーツ擬き、通称アーマードヤマギシ(A・Y)スーツはなんと通常なら一度しかかけられないストレングスやバリアなどを本人+スーツで発動することが出来るという破格の力を有している。

 

 扱う人間によって増強倍率が変わるストレングスだが、御神苗さんの強化倍率は3.5倍。ヤマギシでも両手の指に入る実力者であり素の身体能力で車を持ち上げられる御神苗さんがストレングスを使い、更に重ね掛けまでされているその一撃はダイナマイトの炸裂並みの威力を持っていると言ってもいいだろう。

 

「!? ぐっ!」

 

 だが、そんな御神苗さんの一発でもマンドレイクさんは『効いたぜ、少しな!』とでも言わんばかりに笑顔を浮かべて右拳を御神苗さんに振るう。多重掛けされたバリアごしにぶん殴られた御神苗さんは驚きの声を上げながら仰け反る様に後ずさり、数歩下がった部分で踏みとどまった。

 

 そして空いたスペースに恭二のカイザーフェニックスが飛び込み、マンドレイクさんは業火に包まれる。

 

 ハッ? と言わんばかりに呆けた顔をした御神苗さんの目の前で、人型の火柱となったマンドレイクさんがゆったりとした動きでサイドチェストのポージングを行い、そして崩れ落ちる、

 

「…………ええぇ………」

 

 気が抜けたような声を発した御神苗さんに、恭二が左手の手首を指でトントントンと叩く。巻いて、じゃねーよ。なんでジェスチャーなんだよ。

 

「いや、普通に千日手になりそうだったから」

「あー、まぁ」

 

 一秒に一回ゲートの穴に視線を向ける恭二に周囲の視線が優しくなる中、言い訳するように口にした恭二の言葉に一花が納得の声をあげた。アーマードヤマギシ(A・Y)スーツを着た御神苗さんは、やろうと思えばそれこそハルク(通常時)みたいなパワーを出せる。そんな御神苗さんの一発でも有効打が出せなかった以上、物理でやるにはマンドレイクさんは厳しすぎるだろうな。

 

 マンドレイクさん相手の時は初手魔法で焼き切るがベター、それが分かったのは大きいだろう。

 

「いえ、助かりました。あいつ普通にバリア貫通してきたんで。多分続けてたら僕が殴り負けてましたね」

「えぇ…………」

「殴られた拍子に衝撃が届いたんで。これ、このアーマードヤマギシ(A・Y)スーツ着てなかったら不味かったですね」

 

 扱う冒険者の実力にもよるが、そこそこ経験積んだ冒険者のバリアは対物ライフルで狙撃されるくらいの衝撃じゃないと貫通できない、と米軍が試した事があるらしい。そこそこ所のレベルじゃない御神苗さんのバリアはもちろんそれ以上で、そこに更にアーマードヤマギシ(A・Y)スーツの重ね掛けまでされている。

 

「俺の右手はバズーカだぜぇ! とかいうレベルって事?」

「戦車砲かもしれませんねぇ」

 

 ドロップされたニンジン?を拾いながら、御神苗さんが一花の言葉にそう答える。流石にただの殴り合いで出していい火力じゃないだろう。マンドレイクさんこえぇ。

 

 

 

 洞窟を抜けると、そこは森でした。

 

「ついに、39層か……!」

「もはや見慣れた光景だね!」

「魔樹の量産体制が確立されてからほぼ毎日見てる光景ですね」

「あ、(察し)」

 

 感慨深そうに呟いた恭二の言葉に一花と御神苗さんの一言が水を差した。いや、水というよりもジェット水流かな。お手当は凄いんですがね、と呟くように口にした中間管理職の言葉に部門トップの責任者は明後日の方向に視線を逸らす。

 

「別にブラック勤務ってわけじゃないですよ? 余暇も十分取ってますし。基本給+成果給+各種手当まで貰えて福利厚生までばっちりなんですよ、ヤマギシって」

「あ、はい。親父もその辺はめちゃめちゃ気を使ってて。俺の目が黒いうちはブラック企業なんて呼ばせないって」

「素晴らしい方針だと思います。大学の同期の話とかも聞いてますが、他所はやっぱり超大手って所以外は――」

 

 出鼻を挫かれた感のある恭二が社長の言葉を口にすると、食いつくように御神苗さんが別企業に入った同級生の話を例にして社長を持ち上げる。父親に対する賛美を耳にして少し気恥ずかしそうな恭二が少し新鮮だった。いや、社長は凄い人だと思うぞ。シャーリーさんや真一さんっていう補助輪が居たのもあるだろうが、自分の唯一の商売台無しにされても折れずに息子に全賭けしてヤマギシを立ち上げて、数年でこんな大企業の社長やってるんだから。普通の人はどっかで躓いてる。

 

 顔を若干赤くした恭二を一花と沙織ちゃんとケイティが楽しそうにからかっているのを尻目に、39層へと向き直る。べ、別に女の子に囲まれてちやほやされてるのが羨ましくなんかないんだからね! 誰も警戒をしていないから、仕方なくなんだから!

 

 いや本当に羨ましいとかそういうのではなく、あそこに絡んでったら絶対に碌な目に遭わないってわかってるんだ。だから横島、内部から血の出るような叫びを聴かせてくるのはやめてください。

 

 一人内心で問答しながら、39層へ一歩足を踏み進める。この39層の第一歩目は山岸恭二ではない! この鈴木一郎だァ! という訳ではないが新階層の一歩目を刻むというのは、やっぱりすこし嬉しいような誇らしいような気持ちが湧き上がってくる。もしかしたら昨日ヤマザキさんがやってるかもしれない、という突っ込みは無しである。

 

 軽く周辺を見回るくらいはやってもいいだろう。変身はスパイダーマンにチェンジだ、これなら何か危機が迫っていても回避でき――

 

 そこまで思考を回し、第一歩目を踏み出した瞬間に頭を過る直感。あ、こらヤバいと認識する前に足場が無くなる感覚と浮遊感。ほとんど無意識のうちに発射したスパイダーウェブ。

 

 第一歩目で落とし穴、か。

 

 目の前に迫る木の杭を眺めながら、どこか他人事のように俺はそう独り言ちた。

 

 あ、これ返しまでついてる。殺意ありすぎじゃね?



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第三百十七話 影

誤字修正、げんまいちゃーはん様、244様ありがとうございました!


 ダンジョンに入り始めてからこっち、何度か死ぬんじゃないか、と思ったことがある。

 

 オークを初めてみた時は「こいつと殴り合う? 御冗談でしょう?」と思ったしバンシーに状態異常食らった時は比喩抜きで死を覚悟したしドラゴンゾンビを見た時は「oh...」と天を仰ぎそうになった。一歩間違えれば、と感じた場面はそれこそ無数にあったりする。

 

 そして、今はソレだ。

 

 間一髪間に合ったスパイダーウェブを飛来した風魔法が切り裂き、再び自由落下する前に目の前にある木の杭の上に着地。片足で木の棒の上に立つ中国拳法の修行シーンみたいな状況になってしまったが、一先ず命の危機は――去ってないな。一秒後に死ぬ未来から逃れたけど期限が見えないだけでいつ死神の鎌が振り下ろされるかわからない状況になっただけだ。

 

「お兄ちゃん!?」

「来るな!」

 

 頭上から聞こえてくる一花の悲鳴にそう返事を返して、頭上に数射ウェブを発射する。釣られたようにその内の一つを風魔法が切り裂いたのを確認して、地上へと飛び上がる。

 

 風魔法が飛んでくる方面を視認するも、森に阻まれて相手の姿は見えない。一度目と二度目共に魔法が飛んできた方面は同じだったから、よほど手の込んだ釣りでもない限り相手が居るのはこちら側だけになるはず。

 

 あ、というか頭が。情報がガンガン入り込んでくる。ここら辺罠だらけじゃねーか。植物魔法の罠やら落とし穴やらのオンパレードだ。森に入るまでなんも仕掛けられてない地面の方が少ないぞ。地面に向かってウェブを乱射して罠の真上に蜘蛛の巣を張り巡らせる。罠を探知できる俺は兎も角、ほかの面々じゃこの中を突っ切るのは難しいだろう。

 

「フレイムインフェルノ!」

 

 地面に向かって蜘蛛の巣を張り巡らせる俺に向かってまた飛んできた風魔法を、恭二の火柱が迎え撃つ。カイザーフェニックスではなく俺と敵との間を遮るように出現した炎の壁は風魔法を受けた際にひときわ強く燃え上がり、風を飲み込み消えていった。

 

「パーフェクトだキョウジィ!」

「感謝の極み」

 

 恭二が稼いだ数秒で周辺に蜘蛛の巣を張り巡らせた後、張り巡らせた蜘蛛の巣の上を駆けながら敵が居るだろう方面に向かってウェブを乱射。風魔法は実態がないせいか非常に見えにくいが、これならどこから飛んでくるかを確認することが出来る。俺だけじゃなく、背後にいるほかのパーティーメンバーたちも。

 

 相手側もそれが分かっているのか、駆け出した俺に対しての攻撃はなかった。ザザッと揺れる木の枝を見るに、どうやら相手さんは撤退を選んだらしい。判断が早いな、と感心しながら相手の姿を探して森の中へと飛び込む。

 

「……影?」

 

 その姿を見た時、思わず口から出た言葉に反応したのかどうなのか。ヒュンッと風切り音を立てて飛来した風魔法を近場の木に飛び移る事で避け、もう一度相手へと視線を向ける。

 

 真っ黒な人型に服を着せたようなソレは、人間の影が服を着て立体的に動いているとしか表現できない、そんな風な存在だった。緑色を主にした動きやすそうな服装と、黒くて少しわかりにくいが尖った耳を見るにエルフ……だろうか。ダークエルフという奴かな。目も鼻も口も真っ黒で表情がまるで分らんが。

 

 思考しながらウェブを放つも、影に当たる前に空中で減速し、地面に落ちてしまう。37層ボスの大妖精のように強めのアンチマジックを張り巡らせているのだろう。2層先の相手と考えると、ボスだった大妖精よりも強い可能性もある。あのレベルのアンチマジックが張り巡らされているなら、下手に近づいたら変身が解かれる可能性もある。

 

 スパイダーマンだと少し相性が悪いか。幸い森の中は先ほどまでと違って罠は少ないようでスパイダーセンスの反応もそれほどではない。完全に無いという訳ではないが、それはスパイダーマン(こちら)で先ほどのように対処すればいい。であるならば。

 

「変身具現――ARMS(ナイト)

『お、出番か!』

 

 対大妖精用の戦法だが、試してみる価値はあるだろう。

 

 スパイダーマンを維持したまま右腕からARMS(ナイト)を呼び出す。ゴリゴリ削れる魔力に白目を剝きそうになるが最悪恭二が突入してくるまでの十数秒を稼げばいい。魔法主体の恭二だと相性が悪い気がするが、あいつは最悪魔剣で殴る選択肢もある。

 

 ……俺も完全物理の手段、持っとくべきだろうか。持っとくべきなんだろうな。変なもの持ってると変身先によっては邪魔にしかならないんだが。

 

 次回への反省を内心ですませながら、ピョンピョンと樹上を飛び回り影の注意を惹きつけ、少なくなった罠の上ににウェブを張り巡らせる。いきなり相手が増えたからか、影は混乱したかのように俺とARMS(ナイト)に視線を向けている。どちらを攻撃すべきか迷っているように見えるが、こいつもしや結構な知能持ちか?

 

『貰った!』

 

 その逡巡の隙をつくようにARMS(ナイト)が踏み込んだ。瞬く間に影との距離を詰めるARMS(ナイト)の姿に流石に危機感を覚えたのか、影は即座に風魔法を使って迎撃しようとする。がアンチマジックを張り巡らせたミストルテインの槍が風魔法を切り裂き、そのまま影へと襲い掛かる。

 

 一瞬、何かが干渉しあったかのようにミストルテインの槍と影の間の空間が揺れた後、ミストルテインの槍はアンチマジックに影響されることなくまっすぐ影を突き刺した。

 

「よし! 成功だな」

 

 追撃の用意をしながら樹上で様子を見ていたが、対策に間違いはなかったようだ。大妖精並みのアンチマジックだと近寄っても変身が解かれる可能性がある。ならいっそアンチマジックでアンチマジックに殴り掛かれば相殺できるのではと考えていたのだが、どうやらこれが正解だったらしい。

 

 ARMS(ナイト)のミストルテインの槍は原作において、同じARMSに対して特攻ともいえるARMS殺しの能力を持っていた。その特性を利用できるかな、とミストルテインの槍に重ね掛けするようにアンチマジックを張り巡らせられないか試行錯誤を繰り返していたのだが、結果を見るにどうやら成功したらしい。

 

 胸のど真ん中を貫かれた影が解けるように消えていく。後にはドロップアイテムだろう小ぶりのナイフが一振りその場に残されていた。

 

 魔法攻撃しかしてこなかったが、近づいていたらこのナイフで攻撃してきたのかな?



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第三百十八話 これから毎秒

誤字修正、244様ありがとうございます!


「これバリア貫通してるわ」

「怖っ」

 

 つんつん、と俺が落ちた穴に生えていた木の杭を突きながら、恭二は面白がるような表情でそう告げた。

 

「多分アンチマジックだと思う。俺らが使ってるのとはちょっと違う感じするけど、効果は一緒だ。多分」

「……研究用にもう何本か持ってくか?」

「いや、アンチマジックがあれば要らんだろ」

 

 念のために一本は持っていくが、と木の杭を収納の中に片付けて、さて。と恭二は気を取り直す様に呟いた。

 

 39層入口は見渡す限りに蜘蛛の糸が張り巡らされている。あの下にはこの落とし穴と同じような割と致死性の高い罠が仕込まれている可能性が高く、まともな移動手段では森の中に入ることも難しいだろう。

 

「そして森の中にはダークエルフの魔の手が! オークが居るんだからエルフも居るかもと思ったけど予感的中だね!」

「顔もなんもないまっくろくろすけだったがな」

 

 それどころか対峙した際の情景を思い返すと、どうもあいつ影すら存在しなかった気がする。影も形も姿が~とかいう比喩じゃなく、上空から奴を見下ろしたら本当に足元に影がなかったのだ。

 

 だが、奴を貫き通した際にARMS(ナイト)が感じた手ごたえは本物だった。あそこに実体があり、それなのに影がない存在。やっこさん16~20層で出てきたアンデッドモンスターに近い存在なのかもしれない。

 

「考察は兎も角として、問題はどう進むか、だな」

 

 各々が影エルフ?についてそれぞれの見解を述べた後、恭二はそう言って目の前に広がる落とし穴を指さした。

 

 これまでの階層ではまぁ階層エリア自体には特に困難な場所はなくて、あったとしても水辺があって通行が制限される場所だったり森林地帯での擬態魔樹くらいのものだった。ああ、検疫所の設立までの足止めもあったか。それだって一度体制を整えてしまえば問題なく進むことが出来るようになった。

 

 だが、この階層は違う。モンスターの脅威だけではなく、ただ進むだけでもこの階層では死の危険が纏わりついてくる。なにせまともに歩くことも難しいのだから。

 

「全体を一度見渡すのが必要かもしれませんね。安全なルートがあるならそれにこしたことはありません」

「フロートを使うのはどうでしょうか。地面と接しなければ落とし穴は意味をなさないのでは」

「そのルートに行くまでの、ここから森まで進む道をまず見極める方法がないと。フロートは良いかもしれないけど、この階層までフロートを使った移動手段を持ち込めるのは俺くらいだ。俺たちしか攻略できないんじゃ意味がないよ」

 

 恭二の言葉に御神苗さんとケイティがそう持論を口にするが恭二は難しそうな表情を浮かべて首を横に振る。

 

「俺たちなら余裕をもって進めるかもしれないけど、俺たちしか進めないんじゃそれは攻略とは言えないだろ。俺たちの後続の冒険者たちが余裕をもって進める道筋を見つけるのが、俺たちに求められる攻略ってやつじゃないか?」

 

 ただ進むだけなら、まぁ。俺が罠を見つけてその上に蜘蛛の巣張り巡らせればいいだけなんで、このチームならイケると思う。イケるとは思うんだが、恭二としてはそれだけではダメって事なんだろう。

 

 随分と欲張りな事を言ってくれるが、まぁ、その欲張りは嫌いじゃない。むしろ恭二らしいというか、相変わらずダンジョンに対してだけは随分と意識高い奴だな、と無駄口を叩きたくなってくる。

 

 俺と同じ感想を抱いたのか、沙織ちゃんが嬉しそうに「攻略、がんばろー!」と恭二の腕に抱き着く。一拍遅れて状況を理解したケイティが反対側の腕に抱き着き、くそ、モゲろという状況が作り出される中、びしっと音が立ちそうな勢いで一花が手を上げる。

 

「じゃあ良い案あるよ! 正にこれしかないって攻略法!」

「お、おぉ! 良いね一花、どういう攻略法だ?」

 

 両手に華を抱えて窮屈そうな表情を見せる恭二がそう尋ねると、一花は片頬の口角を上げて悪そうな笑顔を浮かべた後、目の前に広がる森を指出した。

 

「これから毎秒、森を焼こうぜ!」

 

 

 

 

 “奥多摩ダンジョン39層。悩める冒険者たちが挑む今日の階層です。さて、本日の冒険者たちが抱えていた悩みとは……”

 

「罠が多くて、まともに進めないんです」

 

 “とは、冒険者の一人Oさん。足元に広がる落とし穴などのトラップにほとほと困っているのだとか。そんな冒険者たちを救う今回の匠は……”

 

【魔法の大先生 山岸恭二さん!!!】

 

「一回更地にするのがコツですね」

 

 “と自信満々に語る山岸恭二さん。これまで幾度となくダンジョン攻略を成功させてきた魔法の大先生の手で、今回はどんな変貌を遂げるのでしょうか……”

 

 “このナレーション、まだやらないとダメ?”

 

「一番いい所なんだからもうちょっと頑張ってよお兄ちゃん!」

 

 “あ、うん……なんということでしょう! うっそうと生い茂った森にどこまで続くかわからなかった罠の数々で覆われた39層が、今は炎に包まれているではありませんか! 布や木の葉、それに草木で隠されていた罠たちは炎によってその姿を現し、どこに何があるかが手に取る様に確認できる有様に! 焦げた石ころがアクセントとなり匠の遊び心がうかがえます”

 

「たーのしー」

「キョーちゃん、ダメ! そういうのは言葉にしたら、ダメです! カメラも回ってますよ!」

「いや、でもエルフの森は焼かれるもんなんだろ?」

「そーなの?」

「一花ちゃんがそう言ってるしそうなんじゃないですか?」

 

 そういいながら両手から不死鳥を連射する魔法の大先生と、それに追随するように沙織ちゃんとケイティ、御神苗さんがフレイムインフェルノを周囲に向かって撃ちまくる。エルフの森は焼かれるのがお似合いだ! と悪乗り全快の作戦なんだが、信じがたい事に本当に罠のあぶり出しに成功していてびっくりだ。

 

 俺と一花は何をしてるかって? この作戦の効果を確認、映像として保管するための撮影だよ。ナレーションは一花の趣味だ。

 

 この階層の攻略法として、この作戦は確かに有用そうなんだが……これ、教材として扱っていいのか?

 

 色々後輩たちに悪影響になりそうで不安だよ。



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第三百十九話 大爆笑

 少し予想外のことが起きている。

 

 罠だらけの森を突破する。これを出来うる限りの効率で行うために森に火を放ったわけだが、これに関してはまったく問題がなく。それこそ最大限こちらが想定した通り――むしろ炎に焼かれて姿を現した罠の数々を考えれば、想定以上の効果を発揮したと見てもいいだろう。

 

 落とし穴だけじゃなく焼け落ちて地面に落下した槍らしき代物に誤作動したのか矢じりっぽいのが地面に突き刺さったりとこれ仮にそのまま突っ込んでたらゲリラ戦みたいな有様になってたかもしれない。途中で炎にやられたのかドロップ品らしきアイテムも落ちていたし。

 

 ドロップ品といえば最初に手に入れた小刀っぽいナイフがこの階層の敵のアイテムなのかと思ったが、その次に手に入ったのは弓、その次は煤で汚れた宝石のネックレスとてんでバラバラなのも気にかかる。が、それらは予想外ではあるがそれほど重要ってわけでもない。後々検証が必要かもしれないが、そんな事よりもだ。

 

「めっちゃ笑ってらっしゃる」

「めっちゃ笑ってるね」

 

 森の大部分を焼き払い、恐らくボス部屋? ボスのいるエリアまで進んだ俺たちを迎えたのは、焼失した森を指さして腹抱えて笑ってる長耳の人の姿だった。笑い声こそ聞こえないが言葉なんかなくても人は感情を伝えることが出来るんだな、と謎の確信を抱かせるくらいに、彼は全身を使って笑っていた。

 

 たまに顔を上げてこちらに視線を向け、若干涙目になりながら『お前らマジかよ』みたいな表情を浮かべた後また笑い始める、を3度ほど繰り返す彼――これまでの影と違いちゃんと顔形も判別でき、なんなら陶器みたいに白い肌の美形の兄ちゃんは、やがてヒィヒィと荒い息をつきながら『まった。ちょっと待った』とばかりに片手を向けて静止するようなジェスチャーを浮かべている。

 

 これこのまま攻撃したら何の苦労もなく倒せてしまうのではなかろうか?

 

 一瞬そう邪念が過るも、この場の責任者である恭二が眩しいばかりの笑顔を浮かべて白エルフ?兄ちゃんの静止に応じてしまったのでこちらから始めることもできないが、まぁ恭二にもなにかしら考えがあるんだろう。

 

「おーい、そろそろ良いか?」

『…………!』

 

 やがて笑いの発作が収まったのか、息を整えようとしている兄ちゃんに恭二が声をかけると、まだ動きは怪しいがなんとか兄ちゃんは右手の親指を天に立てて返事を返す。

 

「……言葉通じてるな?」

「そうじゃないかなぁとは思ったけど、明らかに知性があるね!」

 

 最初に遭遇した黒い影と同じように緑色をメインにした服装と、何かしらの動物の皮を使って作られただろう鎧に身を包み見事な拵えが施された剣を腰に差している。最初の影が兵士だとしたら、彼はその長、もしくは兵士を率いる立場なのだろう。明らかに装備の質が違うように感じる。

 

「えーと。あれだ。ここまで森を焼いててこれ言うのもどうかと思うが、話が通じるなら穏便に事を収めるってのはできねーか?」

『!!!………!』

「ですよねー」

「あの、キョーちゃん。折角出会えた明らかな知性持ちで、しかも恐らく文明も」

「うん。ケイティが言いたいことは分かってる。俺もそう思ってるんだけどさ。ありゃ無理だろ」

 

 ジェスチャーでいやいや無理だろと右手をフリフリと振るう兄ちゃんに分かってましたと恭二が笑う。そんな恭二にケイティが声をかけるが、恭二は苦笑いにも似た表情を浮かべて首を横に振った。

 

「あれは、多分そういう風に外側を整えられてるだけで、生きてないんだと思う」

「お前の鑑定、モンスターも見れるのか?」

「あー、ちょっと違うけど、まぁそんな感じ。お前はどう思う?」

「あの人、舌がない。斬られてるとかじゃなくて、口の中に何も見えない。なーんにも、な。生きてないってのは、多分間違いない」

「そっか」

 

 こいつの目どうなってんだと思いながら尋ねると、右目を赤くしたまま恭二がそう答える。逆に質問されたので観察したうえでの所感を伝えると、恭二は一つ頷いた後にそう呟いてスタスタと歩き始めた。

 

『…………?』

「あー。今回大分ズルしてきたし、モンスターっぽい見た目なら兎も角一人を複数人でボコるのは見た目が」

「いや流石にダメだろ」

「きょーちゃん、危ないのはダメだよ?」

 

 一人? と言いたそうに指を一本、ピンと立てた兄ちゃんに恭二がそう答えるが、流石に一人で戦わせるなんて出来るわけがない。ダンジョン内の闘いは人命優先。この人明らかに強そうだし。

 

「うーん。消耗してる3人は周囲を警戒しててくれ。一郎はサブ、一花は補助に。なら、どうだ」

「ま。まぁ、前中後衛って考えたらバランスは悪くは……?」

「それなら本気で不味いときは沙織ちゃんたちの加勢も入るだろうし問題ないだろ」

 

 一花の呟きにそう返事を返し、変身を入れ替える。援護に入るならここはライダーマン……いや、ここは。

 

「あれ? 使えるようになったのか?」

『まだ簡単なものしかできねーがな。土とか』

 

 愛用している魔剣を抜き放った恭二の言葉に、変身後の声音でそう答える。

 

 パン、と両手を叩き合わせて地面にたたきつける。大事なのは理解と分解、再構築。その過程をすべて脳内でイメージする処理能力。バチリと音を立てて地面が動き出し、盛り上がった土が“舞台”を創り出す。

 

 その過程で仕込まれていた地雷らしき何かをひき潰しておくのは、ご愛敬。バレタか、と頭をかく兄ちゃんに片目をつぶって右手の人差し指を向けておく。

 

『ま、死なねー限りはなんとかしてやるよ』

「ニーサン、あんがと」

 

 恭二の言葉にニーサン、鋼の錬金術師エドワード・エルリックの姿でそう答えて、目前で剣を引き抜いた白エルフ兄ちゃんに視線を向ける。

 

 兄ちゃんは俺たちのやり取りを理解しているのか、感謝を、とでも言いたげに微笑を浮かべる。そして剣を眼前に掲げ、何かに捧げるかのように黙礼した後に両手で剣を持ち、構えを取る。その姿は堂々としたもので、明らかに上の階層で戦った大鬼や剣士ゾンビなんかとは戦士としての格が違うと理解できた。

 

 これぞエルフの剣士ってか。攻撃力1400程度じゃ済まなそうだな。



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第三百二十話 決闘

 エルフの兄ちゃんとの戦いは、そこまでの顛末から考えるとあっけなくと言えるレベルの速さで終わった。

 

 一合、恭二と兄ちゃんが切り結ぶ。華奢な外見とは裏腹に豪快な一閃を、恭二が愛用の刀で何とか対応する。この一瞬で相手側の方が剣士としては明らかに格上だと分かったが、恭二は何かを確かめるように二合、三合と剣技での戦いを続けていく。考えがあるとは分かっているが、随分とやきもきさせてくれる奴だ。

 

 そうやって二人の剣と刀がぶつかり合っているうちに、ようやっと顔に確信を浮かべた恭二の剣から雷が迸る。

 

 眼前に現れた雷にエルフの兄ちゃんは驚愕するように目を見開き、瞬時に後ろへ飛び恭二との距離を開けた。

 

 だが、それは悪手だったようだ。

 

「ギガ」

 

 呟くように恭二はそう口にして、大上段に振り上げられたそれを――

 

「ブレイク」

 

 袈裟懸けに斬るように振り下ろした。

 

『…………!?』

 

 雷撃を収束したようなその一閃に兄ちゃんは、引きつったような、けれど心の底から今の状況を楽しんでいると言わんばかりの笑顔を浮かべて手に持った剣を握り直し、斜め下から打ち上げるように剣を振るった。その際に淡く剣が光を放っていたから、もしかしたらあの剣も魔法剣なのかもしれない。

 

 雷撃と光を纏った刀と剣は舞台の中央で激突。一瞬の拮抗と共に激しく光った後、恭二の放った一撃は光を纏った剣を両断し、咄嗟に身を捩った兄ちゃんの右腕も切り裂き斬撃に合わせるように伸びた光の線(・・・)が、舞台を斜めに切り裂いた。

 

 ――いや。いやいやいや。

 

 それは初見殺しすぎるだろう。腕ぶった切られたエルフの兄ちゃん、「嘘やろ」みたいな顔浮かべて崩れ落ちたんだが。

 

「おー……」

 

 なんと言えばいいかもわからず、間の抜けた声が口から出ていく。手助けもいらない完勝。相手の方が剣技は上だったと思うんだが。まさに恭二らしい勝ち方というべきか。

 

 とりあえず言いたいことが幾つか出来てしまったんだが、まぁそれはそれとして。

 

「恭二」

「分かってる」

 

 俺の呼びかけに一つ頷いて、恭二が兄ちゃんに向かって手を伸ばす。

 

「恭二兄、なにしてんの!?」

「心配するな、一花」

 

 恭二の行動に一花が声を荒げた。明らかに知性があるとはいえ、敵対した相手に見せるには恭二の行動は無防備に見える。それは恭二も俺も理解しているのだが、あの兄ちゃん相手なら問題ないだろうな、という予感があるのだ。

 

 スパイダーマンの時のそのものズバリな超直観とは違うが、なんというかな。あの兄ちゃんは、少なくともここで顔を合わせた後はフェアだったんだ。

 

 最初から設置されていた罠は兎も角として、それ以降の闘いにおいては常に対等の条件でこちらに合わせていた。最初から魔法剣を使うことも出来たはずだし、なんなら魔法だって恐らくは扱えただろうに彼は刀を構えた恭二を見て、それに合わせるように剣技での戦いに応じてくれた。

 

 その行動に、俺は彼がただのモンスターではないと確信を抱いたし、実際に戦った恭二はもっと深く彼について理解しているのではないだろうか。

 

 恭二のその行動に右肩を左手で抑えた彼は苦痛に表情を歪ませながら恭二の左手と顔を交互に見やる。最初は訝し気だった彼の表情は、恭二の表情と左手を見比べているうちに徐々にあきれ顔になり、最後には声にならない苦笑いを浮かべて口元を歪ませた。

 

「呆れられてるぞ」

「おかしいな。ここは夕焼けの河川敷コースだと思ったんだが」

「右肩ぶった切っといてそれはないでしょ」

 

 俺と恭二のやり取りに冷静な妹の口撃が突き刺さる。

 

 俺たちのやり取りを理解しているのか、耐えきれないとばかりに肩を震わせたエルフの兄ちゃんが何度も首を横に振る。またツボに入ったのだろうか。随分と笑い上戸なエルフだなぁと思っていると、彼は無事だった左手で切り落とされた右腕が握っていた剣の半ばで切り裂かれた剣身を握って拾い上げ、恭二に差し出した。

 

「俺は別に、あんたと最後までやる気はないんだけど」

『…………』

 

 恭二の言葉にフルフルと首を振り、兄ちゃんは握った剣身を自身の首筋に添える。彼は言葉になどしていないのに、仕方がないと言っているような気がした。

 

 そう、これは仕方がないことなんだと、彼は態度で俺たちにそう諭しているのだろう。

 

「…………わかった。オーケー」

 

 彼が差し出した剣を握り、恭二の左目が赤く光りを放つ。

 

「じゃあな、――――。あんたの剣、凄かったよ」

『!?……………』

 

 恭二が呟くように語り掛けると、兄ちゃんは驚いたように目を見開かせて恭二を見上げ――そして安堵したような、満足したような表情を浮かべた彼を、彼の剣を持った恭二の斬撃が切り裂いた。

 

 ズシャっと地面に倒れこんだ彼の体が、光の粒子になって消えていく。

 

 ドロップ品は出なかった。代わりに、地面に突き立った彼の剣の半身と、恭二が手に持つ半身だけが彼がここに居たことを教えてくれる。

 

「………………ふー」

 

 少しの沈黙。恭二は深く息を吐いて、地面に突き立った剣の半身を拾い上げ収納にしまい込む。先ほどまで持っていた剣のもう半身も消えているから、そちらもしまい込んだのだろう。

 

 恭二が彼の剣を回収すると、視界を覆っていた森の一部が動き始めた。ゲートらしきものが見当たらないと思ったが、ここはボスを倒したら出現するタイプだったのか。

 

 なら確かに、仕方ない事だったのだろう。

 

「ダンジョンってなぁ、なんなんだろうな」

「わかんね」

 

 眼前で急速に組み上げられていく木製の巨大な門を眺めながら、誰に向けたかもわからない恭二の呟きにそう返事を返す。

 

「わかんねーけど」

「けど?」

「それを知るために、先に進まないといけないんだろ」

「……そうだな」

「そうさ」

 

 どさっと腰を下ろしながらそう口にすると、恭二は納得したように首を振って同じように腰を下ろした。

 

 これ、どのくらいで完成するんだろうか。まさか組みあがるまで一日かかる、なんて言わないよな。



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第三百二十一話 お叱り

誤字修正、244様ありがとうございます!


 俺の目の前で恐ろしい拷問が繰り広げられている。

 

 原因は山岸恭二。俺にとって物心つく前からの腐れ縁、幼馴染とも呼ぶべき相手だ。こいつは今、同じく幼馴染である下原沙織の目の前に正座をさせられている。正座させられている理由は危険な階層で単独行動をとったこと。これは冒険者としての規範を作った際、絶対に戒めなければいけないこととして綴られている文言の一つだ。

 

 その規範を作ったヤマギシチームの、実働班の長である山岸恭二が自らこれを破った。それを重く受け止めた下原沙織は合流時に開口一番「正座」と冷たく命令を下した。恭二と俺はその言葉が耳に入った瞬間居住まいを正して地面の上に足を揃えて座った。

 

 恐ろしいのはここからであった。正座して並んで座る俺と恭二を冷たく見下ろした後、沙織ちゃんは唇をツンと尖らせて「私不機嫌なんですが」と態度に示しながら恭二の目の前、向かい合わせになるように正座をして座り込んだ。その行動に周囲が目をぱちくりさせていると、便乗するようにケイティが沙織ちゃんの隣に座り込んだ。こちらは体育座りだった。

 

 これがかれこれ30分ほど前の出来事だ。それ以後、急速に組みあがる木製の壁と門?の音を耳にしながら俺たちは無言でこの場に座り込んでいる。二人分の視線に晒されてだらだらと脂汗を流す恭二と、ふくれっ面で恭二に視線を向ける二人の女の子。その隣でただ正座している俺と、その異様な集団から離れて門が組みあがっていくのを観察している妹と御神苗さん。

 

 なにがキツイって逃げることも出来ない状況なのに根本的に俺は蚊帳の外扱いなんだ。いったい前世でどんなことをやらかしたらこんな目に合うというのか。

 

「恭二兄を止められるのお兄ちゃんだけだし。残当じゃない?」

「一花。木の枝で足を突くのは止めなさい一花!」

 

 超自然土木工事を眺めるのに飽きたのか。正座した俺の足をつんつんと突きながらそうのたまう妹にやんわりとした叱りの言葉を放つも、一花はプークスクスと笑って俺の言葉に耳を貸してくれない。

 

 人の心を思いやらない子になんて育てた覚えはないんだが。

 

 ……仕方ない。ここはこのチーム最年長者であり常識人である御神苗さんに頼るとしよう。いつまでも座り込んでるわけにもいかないし、唇と唇まで5cmくらいの距離で見つめあう幼馴染を眺めるのがそろそろ痛い。封印したはずのクソガキスピリッツがむくむくと表に現れて「キーッス! キーッス!」と囃し立てそうになっちまう。

 

「というわけで御神苗さん、ちょっとこの現状をなんとかしたいんですが」

「……そう、ですね。そろそろ時間も立ってますし。休憩も十分に取ったと考えれば」

「御神苗さん、無視していいよ」

「すみません一郎さん。マスターの言葉はすべてに優先されますので」

「御神苗さん!?」

 

 しょうがないなぁとばかりに苦笑いを浮かべていた御神苗さんが、一花の一言でスゥっと表情を消して頭を下げる。唐突すぎる梯子外しに愕然としていると、俺の頬に一花の両手が添えられる。

 

 ぐいっと顔の向きを変えられる。一花は口元だけ笑みを浮かべて、まるで笑っていない目で俺を静かに眺めていた。

 

「お兄ちゃん」

「はい」

「恭二兄とお兄ちゃんだけで通じ合ってないでさ。説明しようよ? 私たちチームだよね?」

「はい」

「はいじゃないが?」

「すみません」

 

 底冷えするような冷たい声に、考えるよりも先に口がそう言葉を発した。

 

 

 

「あいつで最後だって思ったのは、コレだ」

 

 恭二はそう言いながら収納から小ぶりのナイフを取り出した。この階層で最初に遭遇した影がドロップしたアイテムだ。

 

「このアイテム、鑑定すると“罠猟師”―――の小刀って名前がでて、その後ろに4/12って数字が書かれてるんだ」

「……ごめん、きょーちゃん。猟師って部分のあとがよく聞こえなかったんだけど、なんて言ったの?」

「分からん」

「分からない?」

「冗談抜きで発音が分からない単語なんだけど、意識して言おうとすると一応口から出てくるんだよな」

 

 翻訳魔法の影響かな、と首をかしげながら恭二はそのナイフをしまい、今度は先ほど戦ったエルフ兄ちゃんの折れた剣を取り出した。

 

「で、これが“戦士長”――――の剣。後ろには12/12って書いてある」

「数字が変わった……というかそれって」

「森の中で拾ったドロップ品は全部そういう数字が書かれてて、戦士長含めて12個あった」

「そういう重要そうな情報をなんでパーティーで共有しないかな?」

「悪い。戦士長が一人で爆笑してる所みるまで確信できなかったんだ。下手に情報を伝えて油断して最後に囲まれてボコられる、なんてのもこの階層ならありえそうだったからさ」

「それでも伝えてほしかったかな」

「すまん」

 

 不機嫌そうな一花の言葉に、恭二は素直に頭を下げる。

 

「……あとで真一さんにも報告しとくから」

「一花さん!!?」

「で、お兄ちゃんはなんで恭二兄を止めなかったの? なんか二人して通じ合ってたじゃん」

「あ、それ私も聞きたい」

「私も聞きたいデス」

 

 悲鳴を上げる恭二を無視して一花が矛先を俺に向けると、恭二の両手をそれぞれ占有していた沙織ちゃんとケイティがこちらに視線を向けた。その状態で質問とかされると視線を向けざるを得なくて、俺の内部で横島が暴れ始めるからいまそっちを向きたくないんだけどね。

 

 というかぶっちゃけ、俺の方は大した理由がないんだ。周囲にあのエルフの兄ちゃんしか居ないのは分かってたし、恭二が一人で戦うって言い出した瞬間に細工も施してあったからな。

 

「細工って?」

「この舞台作ったの俺だぞ?」

 

 質問に質問で返すのは不作法だが、その一言でなんとなくこちらが言いたいことは伝わったらしい。沙織ちゃんはそっかぁと朗らかに笑い、ケイティはなるほど。と小さくうなずいて、一花は物凄く眉根を寄せて胡散臭そうな顔でこちらを眺めながら、一回、二回と頷いた。

 

 あとは恭二辺りは気づいてそうだが、この階層の仕組みも判断材料だった。冷静に考えればおそらく一花やケイティも気づくだろうが、この階層は足の踏み場もほとんどない階層だったが、逆に言えば数少なくとも足の踏み場は存在していたのだ。一人か二人くらいなら通行できるレベルで。

 

 そして明らかにほかの階層よりも少ない敵の数。回収したアイテムの分布図の距離を考えるに、この階層は恐らくだが本来1~2人とか少人数での攻略を考えて作られていたんじゃないだろうか。

 

 罠を察知する冒険者一人に、戦闘メイン一人か二人。多分想定されていた攻略メンバーはそのくらいか。

 

 まぁ、その思惑も全て炎の中に消えていってしまったんだが。ダンジョンマスターが居るなら、今頃キレてるだろうなぁ。



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第三百二十二話 そこは森林だった

 層境の大きなトンネル()を抜けるとそこは森林だった。

 

「国語の教科書で見た奴」

「いや、流石にこれは笑うしかないだろ。ネタにも走るわ」

「1時間もレゴブロック見た後にこれはクルものがあるね!」

「僕は面白かったですがね。異世界の建築風景」

 

 40層へと続く門をくぐり、恐らくセーフゾーンだろう門の下から覗き見た40層は森だった。完膚なきまでに森だった。39層よりも森とゲートとの距離が近いくらいしか違いが分からないくらいに森だった。

 

「イチロー、罠感知頼む」

「罠感知じゃないんだが? あー、いや。反応はない」

 

 スパイダーマンへ変身し、最大限警戒しながら40層に頭だけを出して周囲を見渡すが特にビビッと感じる気配はない――というか36層のトレントの森よりも感じるものが何もない。むしろ生き物が居るのかってくらいに静かな空間だ。

 

 門の一部にウェブを張り付け、慎重に一歩足を踏み入れる。問題なし、なら更にもう一歩、と足を進めてセーフエリアを広げていく。チェックし終わった部分にウェブで境目を作り、門と森の間の大体20mほどを安全地帯として確保する。

 

「あの、なんか俺の役目が鉱山のカナリアじゃ」

「見ようによってはそうかもしれんな」

「斥候職が出来る人がほかにいないから。というか、今の冒険者制度だと正面戦力しか育ってないんだよね」

「検討はしてるんですが……戻ったらやる事が山積みになりましたね」

 

 米国に、でも折角キョーちゃんと、でも……と憂鬱そうな声でケイティが嘆いている。俺も最初期の教官教育に携わっていたが、あの教育が間違ってるとは思わない。ただ、現状だと正しいとも言い切れない状況になっている。というかこの数時間で色々前提が変わってしまったな。

 

 現状の冒険者の教育制度だと前衛・後衛と大まかに分けられている中で、最初にどちらも教育して向いていると判断された方へ教育を偏らせていく形で育てられている。だが今回、40層まで至った結果その内容を更に細分化して役割を分けるという事が明確に必要になってしまった。というか罠をチェックする役割の人物が必要になった。

 

 まぁ、検討している、というケイティの言葉の通り、元々もっと各自のポテンシャルや向き不向きに合わせて役割を分担すべきでは、という話は出ていた。なんなら北海道ダンジョンのネズ吉さんやみちのくダンジョンでニンジャやってる千葉さんなんかはまさにそれで、あの人たちのスタイルはただの前衛後衛という括りでは表すことが出来ない独自のものになっている。

 

 というかネズ吉さんの隠密アサシンスタイルは36層以降にずっぽし刺さるんじゃなかろうか? あの人がこの階層まで来たら38層のマッスル以外はあっさりクリアしそうだな。

 

「38層はその辺意識して作られてるのかもな。隠密アンブッシュだけじゃ絶対突破できない」

「最低でも高レベルの魔力持ち(生贄)用意しないとマッスルと戦うことも出来ないわな」

「あれツタに絡めとられたら自力脱出はほぼ無理だぞ。自爆する覚悟くらいないと」

 

 実際横島が絡めとられた時もほぼ自爆する覚悟で“燃”やしたからなんとかなっただけで、仮に俺自身があの状態になったら正直かなり苦労したと思う。やたらと頑丈そうだったし。

 

「で、今回は燃やさない方向で行くのか? モンスターが居ればほぼ相手しないで済むだろ」

「出来れば燃やすのは最後の手段にしたいんだよな。俺たち以外の冒険者たちの攻略方法も考えときたいから。焼き畑農業出来るくらい魔力に溢れてる冒険者ならそれが一番効率的だろうけど」

「ちょうど40層だし焼いた後に畑でも作ってみる? ダンジョン産作物とかこう、定番じゃない?」

「…………だから焼くのは最後の手段だって」

 

 一瞬考える素振りを見せた後、恭二は頭を振って一花の提案を退けた。多分それはそれで面白そうとか思ったんだろうな。

 

 

 

 安全地帯を確認し、森の中の探索を開始してから十数分。

 

「恭二さん! イチローさん、こっち! こっちにもありましたよ!!!」

 

 御神苗さんが壊れた。

 

「ほら見てくださいよ! これ! この大きな木の上、あそこに木の棒が並んでるでしょう!? あれは間違いなくツリーハウスの床になっていたものですよ! 周囲を見てみましょう、恐らく樹上に上がる足場が見つかるはずです!」

「御神苗さん」

「いやもしかすると……ここ! この木の洞、これが入口ですね! 凄い! この建築物は木と一体化して作られているんだ!」

「御神苗さーん」

 

 数回呼びかけるも御神苗さんはテンションが振り切れたままの状態でどこからか取り出したカメラをカシャカシャと動かしている。

 

 危険なダンジョンの中だ。ダンジョンアタック中なら殴ってでも止めるべき行動なんだが、ちょっと今は状況が違っている。

 

39層(ここ)、もしかして安全地帯かもね」

 

 流石にちらりちらりとみんなの頭を過っていた考えを、一花が口にした。

 

「罠もなし。モンスターもなし、だもんね」

 

 ガサガサと草むらに刀の鞘を突っ込みながら、沙織ちゃんが退屈そうな口調でそう返事を返す。森に入った当初は慎重に慎重を期していたのだが、あまりにも何も起こらな過ぎて集中力が切れてしまったのだろう。

 

 真面目にしろ、と注意するべきなんだろうが、本気で何も居ないからな。あった事と言えば明らかに相当な期間放置されただろう森に飲まれた廃墟があるくらいだ。

 

「お、またあった」

「これで5件目か?」

 

 率先して森の中に飛び込み廃墟を見つけては奇声をあげている御神苗さんのお陰で探索は非常に良いペースで進んでいる。というのも御神苗さん、軽く外観や内部を写真で撮影したらどこからか取り出した蛍光色のテープを入口付近に張り付けて次の建物に向かって走り出すのだ。

 

「御神苗さんさ」

「うん」

「大学時代は考古学専攻してて、冒険者になった理由もダンジョンが遺跡の一種ではないかって考えたかららしいよ」

「……ああ」

 

 嬉々としてカメラをパシャり続ける御神苗さんを見ていると、一花がぽつりと呟いた。

 

 そういえば39層のゲート()建設現場でも楽しそうに門を眺めていたが、なるほど。つまり御神苗さんにとって、この階層は待ちに待った本懐を遂げる時、という事か。

 

 ――そういえばあのAMスーツもどきの、もどきじゃない方の持ち主は遺跡の保護を主目的にする集団のエージェントだったな。御神苗さん自身、あの作品は結構意識してるって言ってたし、もしかしたらその流れで考古学を学んだのだろうか。

 

「39層の敵とこのツリーハウス群を見れば、関連付けるしかないよね」

「明らかに俺たちとは違う生活様式だしなぁ。恐らくあのエルフ耳さん達のかつての住居なんだろうが」

「御神苗さんじゃないけど、考古学者の先生とかなら涎を垂らして調査したがるんじゃないかな。ここって!」

 

 アッタアアアアァァ!

 

 どうやら6件目が発見されたらしい。突如森を貫く奇声にも、流石にそろそろ慣れてきたな。

 

 まぁあの調子で御神苗さんが動いてくれればボス部屋も割かし早く発見できそうだし、40層のボスを倒してエレベーターホールを確保したらこの階層をじっくり調査するのも良いかもな。

 

 あのエルフの兄ちゃんは明らかに俺たちと違う文明の持ち主だったし、何か今までにない発見もあるかもしれない。一度戻った時に真一さんに提案してみるか。



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第三百二十三話 ボス部屋発見

遅くなって申し訳ありません。しっくりこなかったので何度か書き直してたりしました、、、

誤字修正、名無しの通りすがり様、ドッペルドッペル様、244様ありがとうございます!


 その場所は森に飲まれてしまった廃墟群の中でもひと際目立つ建造物だった。

 

 木々に阻まれて全体像は確認できないが、ツタに覆われた石材で出来た柱や壁の名残など枝葉の間から見える範囲だけでもこれまで見かけたツリーハウスとは根本的に造りが違うのが見て取れる。単純に他と比べても桁違いにデカいというのもある。

 

「ここがボス部屋だろうな」

「だろうな……とはいえこれ、中に入れるのか?」

「また燃やす?」

「そんなエルフの森みたいに簡単に焼こうって……ここエルフの森かもしれないんだったわ」

 

 嬉々としてカメラを扱う御神苗さんを尻目に、緑に覆われた2本の石柱の前で相談を交わす。恐らくここが出入り口だったんだろな、と当たりはつけているのだが中に入れそうな場所は見当たらない。

 

「ここで行き止まりってわけはないんだ。38,9層を考えればさ。何かを俺たちが満たしてないって事なんだろうけど」

「お兄ちゃん、蛇かなんかに変身してあの中偵察とかできない?」

「ちょっと人型以外は難しいかなって」

「いっそ入口吹っ飛ばしてみるか?」

「最終手段として考えるのは良いですが初手破壊はやめてください。貴重な、貴重な地球外文明の痕跡かもしれないんです……」

 

 懇願するように御神苗さんが口にするが俺としてもこういう建造物をぶっ壊すのは崩落などの二次災害が怖いし、流石に初手から選びたくはない。

 

「あの。実は気づいたことがあるんですが」

 

 では、どうするかと話し合っていると、それまで会話に参加せずにメモ帳に何かを書き込んでいたケイティが声を上げた。

 

「これ。この階層に入ってからここに来るまでの地図というか道筋をメモしていたんですが」

「マッパーだね!」

「そうなれれば良いんですが」

 

 一花の言葉にはにかんだ笑みを浮かべた後、ケイティは手元のメモ帳を俺たちの前で広げた。

 

 何ページかに分けられたその地図は思っていた以上に詳細に森の形状を書き記されていて、特に数字が打たれた目印――廃墟になったツリーハウスについては簡単な外観まで書き込まれている。御神苗さんが周辺を探索していたので多少は時間があったとはいえ、ほとんど数分で書き込まれたとは思えない出来栄えのスケッチだ。

 

「この数字と位置を確認してください。便宜上、ただ廃屋とするのも味気ないのでナンバリングしていたんですが」

 

 そう言ってケイティは1と走り書きされた廃屋を指さし、そこからつぅっとメモ帳の上で指を走らせ、2番の廃屋を指さす。そしてそのまま3番、4番と指を進めていき、最後に12番目となるこのボス部屋の前へとたどり着いたところでメモ帳から指を離す。

 

 12、12か。それは、なんとも覚えのある数字だな?

 

「さっきの39層で手に入れたドロップアイテムの数だね!」

 

 一花の言葉におぉ、と沙織ちゃんと恭二が両手をポン、と叩き合わせた。

 

「まって。さお姉と恭二兄まさか気づか」

「おっし! そうと決まれば逆走だな!」

「なにか分かるかもね、きょーちゃん!」

「お前ら……」

「いや、流石に分かってるって。アイテムの番号について言ったの俺だぞ?」

 

 幼馴染たちの白々しい言葉に言葉を失っていると、苦笑しながら恭二がそう答えた。まぁ、それは良いんだがお前の横で裏切られたような顔をしている沙織ちゃんは、あ、うん。

 

 

 

「とりあえずアイテムを全部出してみた」

「ツリーハウスはほぼ直線上に存在していました。位置を考えると、ナンバー1かナンバー12のアイテムが怪しいですね」

 

 一番最初に見つけたツリーハウスまで戻った後、恭二は収納魔法から39層で手に入れたドロップアイテムのうち、これだろうという二つのアイテムを取り出した。一つはエルフ兄ちゃんの折れた剣で、もう一つは木と皮を組み合わせて作られた弓だ。恐らくはこれが1/12番なんだろう。

 

 そしてどうやらコイツが当たりだったらしい。

 

「ギンギンに輝いてるね。弓。このまま照明替わりに使えそうなくらいだ。弓」

「収納に入れてたせいで気づかなかったなぁ。眩しっ」

 

 ツリーハウスの前で野球場の照明のごとく眩しい光を放つ弓に、一花と恭二が感想を口にする。これ、収納持ちじゃなかったらこの段階で光り輝く弓に気づいてたんだろうな。

 

 あ、いや。収納持ちじゃなかったらアイテムを回収しなかった可能性もあるか。それに39層のモンスターを倒さずに進んでたらそもそも気づかない可能性もあったかな?

 

「それはないと思いますよ。39層は森が広がるエリアでしたが、実質通れる道はほぼ一本でしたし」

「ドロップアイテムが落ちてる場所もほぼ一直線だったしね! 全部のモンスターと遭遇してたと思うよ!」

「ああ、そうなるか」

 

 御神苗さんと一花の言葉に頷きを返して、恭二に視線を向ける。光り輝く木の弓をもってツリーハウスの前に立つ恭二は、どうすればいいか、と首を傾げながら木の弓をツリーハウスが立っている大木に立てかけるように置いた。

 

 恭二としてはとりあえずの行動だったんだろうが、結果は劇的だった。眩い光を放ちながら木の弓が溶けるように大木に吸い込まれて消える。そして数秒ほどの間をおいて大木が、ツリーハウスが揺れ始め、大木を覆っていた緑のツタや植物がどんどん枯れ、そして粉々に砕けて消えていった。

 

 その動きはツリーハウスだけではなく周辺にも伝搬していく。最初はツリーハウス、そしてその周囲にもその流れは伝わっていき、急速に俺たちが立っていた森は姿を消していく。

 

「うお、木の根が消えっ」

「あいたっ」

「フロートを使え!」

 

 足元を覆っていた木の根もどんどん枯れてしまい、足元が不安定を通り越して消失するという異常事態。なんとか立つ場所を確保しようと俺たちが四苦八苦していると、始まりと同じような唐突さで森の変化は終わりを告げた。

 

 実質10秒ほどの騒動。たったその程度の時間でヤマギシチーム全体を混乱させた一連の事態は。

 

「ええぇ……」

「なるほど。なるほど……もしかしたら位には考えてたけど、そうくるかぁ!」

 

 目の前に広がるよく手入れされた土の道路にある程度の間隔で管理されていると分かる木々、そしてたった数十秒前まで明らかな廃屋であったはずなのに、新品同様になっているツリーハウスという謎の存在により、更なる混乱をチームにもたらすこととなる。

 

 これ、中も入れるのかな。ツリーハウスって一度入ってみたいんだけど入ってみても良いんだろうか。怪しいからお預け? そっか。そっか……



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第三百二十四話 切り株の城

「何時間か前にやったネタだけどさ」

「ああ」

「劇的〇フォーアフターはここで使うべきだったね」

 

 撮影用のビデオカメラで周囲の景色を撮りながら、一花が半ば呆れたような口調でそう言った。

 

「そうだなぁ」

 

 その言葉に相槌を返し、目の前に広がる長閑な村の風景を眺めていると背後の森が大きく揺れ、足元に伝っていた木の根がボロボロと崩れ落ちていく。終わったかと振り返ると、木の洞に空いた大きな出入口に御神苗さんが顔を突っ込んでいる姿が見えた。先に立つ御神苗さんに何かが起きた場合の備えとして、少し離れた位置から沙織ちゃんもスタンバッているようだ。

 

 まぁ、ここに来る11個のツリーハウスでは特に何も起きてなかったんで、何事かが起きる可能性は低いんだが。

 

「ここまで肩透かしだとどう考えてもあそこがヤバいんだよね!」

「期待感だけが膨らんでいくなぁ」

「不安しか膨らんでかないんだけど?」

 

 森が密度を減らし、遠くに見えるようになった巨大な建造物について妹と意見を交わしていると「おーい」と恭二がこちらを呼ぶ声が聞こえてくる。周辺の警戒と変化の確認のために散っていたほかのメンバーたちも御神苗さん達が入っていったツリーハウスに集まってきているようだ。

 

「推定ボス部屋周りまでの道が出来てる。これは解放したって事でいいのか?」

「恐らくは。モンスターの影も勿論人の影も見当たりません。全く情報がなければダンジョンだとは分からない、長閑な光景ですね」

「ツリーハウスばっかだし、私は観光地っぽく感じたかな……あ、さお姉と御神苗さんお帰り! どうだった?」

「最高でした! 食器一つ、家具一つとっても見たこともない様式のこれはあのエルフの青年の一族が居住していた場所である可能性が濃厚で節々に見られる文字も現存する地球上の文字に類似するものが思い当たらず」

「おkわかったお疲れちゃん」

 

 周囲について話をしていると、最後のツリーハウスを見回っていた御神苗さんと沙織ちゃんが木の洞から出てくる。一花の問いかけに抑えきれない興奮を口から垂れ流し始めた御神苗さんをスルーしながら、5人で今後どう動くかを話し合う。

 

 と言っても、ここまできたらやる事なんて決まっているのだが。

 

 随分と足踏みしちまったが。40層、クリアするか。

 

 

 

「ツタとかに覆われてて良く分かんなかったけどさ」

「ああ」

「これ切り株だよ、ね……?」

「切り株じゃないか? 樹冠ないし」

「イチロー君、樹冠って何?」

「あれだよさお姉。葉っぱとかが集まって緑の頭っぽく見えるところ」

「ああ!」

 

 遠目に見えていた巨大な建造物は、大樹の。恐らくは切り株と木材に石材を組み合わせた城だった。

 

 何を言っているかわからないと思う。俺も見た瞬間に頭がハテナマークで埋め尽くされた。これをツリーハウスと呼んでいいのかが疑問符をつけたくなるような代物だが、もうそうとしか言いようがないのだから仕方がない。

 

 巨大な――それこそ下手な学校の体育館よりもありそうな横幅の切り株は、所々に空いている穴の部分に石材が補強するかのように詰められている。恐らくは窓なんだろうと中をうかがってみるが、内部には明かりが届いていないようで遠目では薄暗く覗き見ることは出来ない。

 

 先ほど見つけた二本の石柱はどうやら入り口で間違いなかったようで、その石柱と石柱の間には石畳が敷かれてあり切り株の根本にある大きく開かれた門まで石畳が続いている。

 

 俺たちはその石畳の上を歩きながら、切り株の城の中へと足を踏み入れた。

 

「ライトボール」

「ライトボール」

 

 内部には灯りがなかったため、俺と並んで前に立つ御神苗さんと最後尾の沙織ちゃんがライトボールを唱える。ライトボールは基本的に唱えた人物の近くをふよふよと付いてくるから前後に出しておけば視界に困ることはなくなる。

 

 それはそれとして魔法が打ち消された場合に備えて各自の持つヘッドライトを点灯させて石畳を奥へ奥へと進んでいく。

 

「そういえばケイティはドレスアーマーって奴だよね。ヘッドライトってどうしてるの?」

「ライトボールで賄っていたので……このドレスは相手側がアンチマジックを使ってくることを想定してないんです」

「まぁ大妖精以降じゃないと想定する意味がないからな……」

 

 俺の質問に要改善ですね、と頭に着けているサークレット?を触りながらケイティが答える。それを言うなら御神苗さんのY・Mスーツ(ヤマギシマッスル)も似たようなもんだからヤマギシにとっても他人事じゃない。まぁあの先輩さんと真一さんなら大妖精のアンチマジックに対抗する何かを考えてるかもしれないが。

 

「んー、脇道や扉があるけど」

「スルーだ。まずは奥に行くぞ」

 

 途中で見かけた通路について確認すると、恭二はそちらに軽く視線だけを送って首を横に振った。おそらく外から見えた窓のある部屋などに続いているのだろうが、そちらの探索よりもボスを確認する方が利が多いと恭二は判断したって事だろう。

 

 コツコツと石畳が続く道を歩いていくと、奥に大きな扉が見えてくる。再前方の御神苗さんが立ち止まり、恭二に判断を仰ぐように振り返った。

 

「イチロー、罠感知」

「罠感知じゃないんだが。危険は感じない」

「OK。御神苗さん、ゆっくりとドアを開けてくれ。イチローは何があっても対応できるようスタンバイ」

「オーライ」

 

 恭二の指示に従って御神苗さんがドアに手をかける。変身はスパイダーマンを維持し、いつでもウェブが放てるように神経を尖らせておく。

 

「ふんぐっ、ぎっ……」

 

 御神苗さんはY・Mスーツ(ヤマギシマッスル)の筋肉を最大限に膨らませながら、顔に血管を浮かべて扉を少しずつ開いていく。相当な重さがあるらしいが、その機能は見せ筋ではなかったろうかと不躾な疑問が頭を過ったが、口にすることは止めておく。

 

 開かれたドアの向こうには、大きな空間が広がっていた。大理石のように滑らかな石を敷き詰めているらしく、磨き上げられたように光る床に天井を支えるための柱が等間隔で置かれている。

 

 最奥に見えるのは玉座だろうか。そこに座する少女の荘厳な雰囲気と相まって、ここは恐らく王と呼ばれる存在のための場所なのだと言外に伝えてくる。

 

「…………エルフの兄ちゃんの時に感じたことだけど」

 

 そう、ここは王のための広間であり、玉座と呼ぶべき場所があるならばそこに座るのはただ一人。

 

「このダンジョンを作った奴は、性格悪いな」

 

 恐らくこの階層のボスであろう少女――エルフ達の女王と呼ぶべきだろう存在を見据えながら、俺はそう呟きを零した。



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第三百二十五話 異文化コミュニケーション

 翠色の瞳が光る切れ長の目に忘れ鼻、形のいい唇。

 

 玉座に座る尖り耳の少女は、ぼんやりとした表情でこちらに視線を送る仕草がなければ、まるで精巧に作られた人形が座っているかのように錯覚するほどに整った容姿をしていた。服装は宗教関係者が身に着けるローブとドレスの間のようなものだろうか。上品な緑色を主体にしたゆったりとした布地に金色の刺繍で文様が施された衣服は、日本人ならば恐らく中学前後くらいの年齢である少女を上品に、そして華やかに飾り立てている。

 

 頭部に飾られた木製の冠は、恐らく王冠だろうか。月桂冠とよばれる物によく似たそれは中心部に赤い宝石が埋め込まれており、ライトボールの光を受けてキラキラと光を放っている。

 

 なるほど、これは貴種だ。ただ何も言わず、ぼんやりと座っているだけでそう錯覚させてしまう空気を彼女は纏っている。

 

「翻訳魔法は」

「使ってる」

 

 隣でそう呟いた恭二の声にそう返すと、恭二は黙って頷きを返した。

 

「あー、えっと。失礼します、で良いのかな」

「きょーちゃん、お邪魔しますじゃない?」

 

 絨毯が敷かれた石畳の上を歩きながら恭二が玉座の主に声をかける。ぼんやりと空を眺めていた少女の視線が恭二に向けられた。ついで沙織ちゃん、俺と近い順に彼女はゆっくりとその瞳を向け、そして恭二に視線を戻し――最後に何故か俺に視線を向けた。

 

「……これ言葉は通じてるのかな?」

「わかんね。でも、反応はあったからもうちょい続けるぞ」

 

 ここまで近づいても攻撃されないという事を考えると、いきなり戦闘をという方針はとりあえず捨てよう。

 

 交渉役として前に出た恭二と沙織ちゃんがボソボソと会話を交わした後、恭二はちらりとカメラを持った一花に視線を送る。この会話の様子はすべて一花が持つ高性能ビデオカメラで録画されている。これは御神苗さんとケイティの要請だ。

 

 先ほどの兄ちゃんの事例もあるし、恐らく彼女も知性を有している可能性が高い。であるならば、今回のダンジョンアタックは史上初の地球外生命体……いや。異世界の知性体との邂逅となる、かもしれない。ここからの数分が、もしかしたら世界史に残る事態になるかもしれない。記録は残すべきだ、という二人の主張には、あまりそういう方面に意識を向けることがない俺や恭二でも納得させられてしまう重さがあった。

 

「俺たちは君に対して敵意はない。君がここにいる以上恐らくは階層のボスだと思うが、もし戦わずに進めるなら俺たちはそれを選択したい」

 

 恭二の言葉に反応して、再び彼女の視線が恭二へと向けられる。その小さな、首を動かすだけの動作すらも様になっている。

 

 神秘的、という言葉は、彼女のためにあるのだろう。

 

 ダンジョンに潜る過程で色々な経験をしてきた。普通では目にすることもできないような事も見てきたし、対峙することがないような怪物と戦ったこともある。余人では見れないような光景を見たこともあれば、世界有数といえる美女と出会ったこともある。

 

 だが、ここまでのその全てをひっくるめても、目の前に座る彼女ほどの存在感を放つ存在は――それこそドラゴンゾンビを目の前にした時くらいだろうか。あのようなおどろおどろしさではなく、今感じているものはもっと清涼で、尊いものであったが。

 

 ――王様というよりも、神官と言われた方がしっくりくる気がする。

 

 恭二の言葉を聞いていると、ふと頭の中で結城丈二の声が響く。

 

 なるほどと内心で頷きを返すと、玉座に座る少女がゆっくりとした動作で立ち上がるのが目に入った。背後からカツンとなにか硬いものが石畳を叩く音がする。おそらくはケイティが持っている槍の石突が石畳を叩いたのだろう。

 

 後衛の3名は恐らくいつでも動けるよう準備を終えている。目の前に立つ少女が何をしてもすぐさま行動に移れると考えて、ならば前に立つ俺たちはどう動くべきか。

 

 少女はゆったりとした動きで――まるで舞のように優雅な仕草だと感じた――立ち上がると、一歩、二歩と俺たちに向かって歩みを進める。敵対的な空気は感じられないが、表情が一切変わらず何をしようとしているのかが全く読めない。さっきの兄ちゃんくらいに感情がバリバリ表に出てくれると楽なんだが。

 

 少女は俺たちの前、大体3mほどの所で立ち止まり、ぼんやりとした表情を俺に向けてくる。そう。何故か知らないがずっと俺に視線を向けてきているのだ。

 

 恭二が話すとそちらに視線を向けるのだが、恭二が話し終わったら数回瞬きをした後に俺に視線を向けてくる。もしかしてメンチを切りあうとかそういう文化の出身なのだろうか。ヤンキー文化は異世界にもあった……?

 

 いや、初対面の女の子にメンチ切られるような何事かをした覚えはないんだが。というか近くで見ると本当に顔が良いなこの娘……と途方に暮れていると、少女は瞬きを数回行い――小さく形のいい唇を動かした。

 

「おならぷう」

 

 

 

………

 

……

 

 

 

 

『…………おならぷう?』

「ちょっとだけ作戦タイム良いでしょうか」

 

 小首をかしげて再度そう口にする少女にそう丁寧な言葉で申し伝えると、少女はぱちくりと瞬きを行い、再びその小さな唇を動かした

 

「おならぷうとは其の方らの尊き言葉で挨拶を意味するのではないのかぇ?」

「こちらの言葉でお話しいただき大変恐縮なんですが違います」

 

 そう言って首を横に振ると、少女は「……さよか」と表情を変えないまま、落ち込んだような雰囲気を漂わせて黙り込んだ。

 

 あれ、これ異文化コミュニケーションの最初の一言が――いやよそう、俺の勝手な考えだな。

 




グルグルは良いぞ


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第三百二十六話 イチロー式言語学習

スパイダーバース見てきました。最高だった。最高だった。最高だったんだが。
これをあそこで一年お預けって製作陣は人の心がないとしか……エンドゲーム前の一年をもう一回ファンに強要しやがって……チクショウメェ!!!

誤字修正、244様ありがとうございます!


 言葉を交わせる。ただそれだけで過去これまでに遭遇したあらゆるモンスターをぶっちぎってきた推定エルフの女王は、その幼げな見た目に反して随分と落ち着いた声音で話しかけてきた。

 

「拙はそこな片腕を元に言葉を学んだだけであるが」

「つまりお兄ちゃんが悪いってこと?」

「横暴すぎる。訴訟も辞さない」

 

 ぼんやりとした表情のまま“日本語”でそう話すエルフお嬢様の言葉に全員の視線が俺に集中する。あ、背後でケイティが一歩後ずさった。まぁそうだよな。

 

「俺……こちらは男言葉でありんすか。ウチは……私……女子の一人称はこれだっちゃ」

「あの、サラッと俺で言語学習するの止めて貰えませんでしょうか?」

 

 このお嬢さん、今ナチュラルに言語が学べるくらい俺の頭を覗いてるって言ったんだもん。というかなんで俺なんだよ。というかどういうボキャブラリーだよ。どんだけ無作為に俺の脳内覗かれてるの?

 

 “内部の人たち”で慣れてるけど考えてることまるっとお見通しとか流石の俺でもビビるわ。これがサトラレの心境か……知りとうなかった。

 

「うむ? ああ、これはすまねェ。貴殿からは色々漏れ出ているから読みやすいってばよ! 無作法ではあるが学ばせてもらっチャブル」

「何が漏れ出てるのか怖すぎるんですがそれは」

「ふむ? 纏うている魔力を見るに主らは既に魂での意思疎通は会得していると思うておったが……ああ、なる。そっちの女子が下がったのはソレかにゃあ」

 

 表情はぼんやりとしたまま。着々と進む言語学習とは別に、何かを理解したかのように数回頷いた少女はケイティに視線を向けて口を開く。

 

「安心するばい。私が見えるのは此方の上辺に漏れ出る“言葉”だけ。此方とそちらのは魔窟と混ざっているようだから、わかりやすいんだわ――此方、魔窟以外にも混ざり物がおおくないかしらぁん?」

「混ざってる? 魂? なにそれ」

「それを俺に聞かれても困るぞマイシスター???」

「MYSISTER? hmm......it's a complicated language(この言語難しくないか?)

「あ、そっちは別の国の言語でして」

 

 ぼんやりとした顔が初めて困惑に歪み、話しづらそうに英語を口にした少女にそう告げると、やっぱり少女は困惑した表情のまま首を傾げる。まぁ、言語学習中に他の単語混ぜられると混乱するわな。俺も内心をやっぱり読み取られてたっぽい事が確定して混乱しているのだが。

 

 というかなんか魔窟って言われてるけどなにそれ。初めて耳にした単語なんだけどもしかしてダンジョンの事を言ってるのか?

 

 俺はこんな不思議空間と混ざり合ってるつもりはないんだが?

 

「俺とイチローは、なんかおかしいって言ってるのか?」

「うむ。汝と此方は私と同じ、ダンジョンの被造物としての気配がある。此方は、なんだろう分裂してるのか? 意味が分からな過ぎて怖い……ああ、この話し方がしっくりくるな。これを使わせてもらおう」

「なぁ、ダンジョンってなんだ? 俺とイチロー……は一緒にしていいかわからないっぽいけど……みんなと何が違うんだ?」

「おいこら」

「ダンジョン、とは魔窟の事か。本当に難しい言語だ。ああ、私達が探窟者であった頃の経験で語るのならば探窟者にこれほど魔窟……ダンジョンの気配を纏わせるものは居なかった。それこそダンジョンの魔物かと疑うほどだ。此方はダンジョンの気配があるが、それ以上に意思が見えすぎて判断がつかぬ。汝ら魂の合成でもしているのか? 魂に手を加えるは神々への冒涜だぞ?」

「ただ一生懸命生きてるだけなんですが」

「……ダンジョンとは何か、か。それはこの場にいる私も知らない事だ。かつて汝らのように探窟者としてダンジョンに挑んでいた時も、今ダンジョンの一部となった後も終ぞ知る事は出来なかった」

 

 存在しているだけで禁忌みたいな言われ方だったのでつい本音を漏らしたが、少女は眉を寄せたままハテナマークを複数浮かべているかのような表情で首を傾げて言葉をつづけた。これは、俺が、間違っているのか……?

 

 愕然としていると御神苗さんがポンと俺の肩を叩いた。無言でサムズアップはむしろ煽ってるようにしか思えないんですがそれは。

 

「さてさて。ここに出でて幾年月……久方ぶりの会話でつい、余計なことまで話してしまったな」

「待ってください! 貴女は一体何者なんですか? 貴女方も我々と同じようにダンジョンに挑んでいたのですか!? それはどのような、どの世界の……!」

「知らぬ。汝らが知りたい事は私には残っていない。この身は最早――の神官ではなく、ただただ魔力で形作る人形であるゆえに」

 

 詰め寄るようなケイティの言葉に、少女はぼんやりと宙を見るような表情を浮かべたまま、小さく首を横に振って応える。

 

「例え姿形は人なれど、言葉は交わせれど我は魔ぞ。決して油断するな。絆されるな。心を許すな」

 

 少しずつ、言葉が続くごとに少女の体から圧力のようなものが発されていく。距離が近すぎると判断したのか、恭二が左手で後退の指示を出すと沙織ちゃんがさっと後ろに飛び退る。

 

 少女の周囲を緑色に光る靄のようなものが覆っていく。バリアかアンチマジックかは判断つかないが、恐らくはそれに類するようなものだろう。

 

「此度の後進は如何ほどのものか……ああ、そうだ忘れていた。ここまで来たのなら前の階層で手に入れた戦士長の剣を持っているだろう?」

 

 少女の言葉に反応して、恭二が収納から折れた剣を取り出した。空間から抜け落ちるように現れた剣に少女は無表情のまま視線を向け――

 

「先に進みたいのならば私のここにそれを刺すと良い。それが先に進むための仕組みだ」

 

 トントンと自分の胸の中心を指出して、彼女は初めて笑顔を浮かべた。



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第三百二十七話 白か。

 失敗した。

 

 体から力が抜け落ちていき、その場に崩れ落ちるように膝をつく。

 

「お兄ちゃん!?」

 

 ガクリと膝をついた俺に、間髪入れずに少女の右手から放たれた緑色に光る煙のような何かが襲い掛かってくる。常時展開していたバリアがそれを受け止め、ぶわりとバリアごと俺を覆うように広がっていく。

 

 少女は一瞬驚いたように片眉を上げて俺に視線を向ける。彼女にとってはかなり自信のある一撃だったんだろう。俺に気をとられた彼女の隙をつくように炎が走り、少女の姿を炎の柱が埋め尽くす。

 

 終わったか、と思う間もなく周囲を覆う煙が枝木に姿を変え、バリアごしに俺を締め付けるように纏わりつき始めた。あ、これはやっこさん元気満々だな。炎の中に隠れて見えないが、どうやらまだまだ戦いは終わらないらしい。

 

「どうした、イチロー!」

「わり、やば」

 

 恭二の声に返事を返そうにも、上手く口が動かず端的な言葉しか発することが出来ない。両手から稲妻を迸らせながらこちらを見る恭二の顔が目に映った。レールガンみたいな超火力を使わないのは、相手が相手だからだろうか。

 

 原因は分かっているんだが、さてさてどうしたものか。どんな状態でも対処が出来ると考えて変身していた“スパイダーマン”にこんな弱点があったなんて考えていなかった。

 

 いや、分かってはいたんだ。俺の考える俺の中のスパイダーマン(ピーター・パーカー)なんだから、この状況であればそうなるなんて予測出来て然るべきだった。相手が明らかに知性のある人の姿をした少女であると判明した時点で、他の変身に切り替えるべきだった。これは、俺の失敗だ。

 

 彼女が自分の胸を刺し、ここに剣をさせと言った瞬間。俺の中のスパイダーマン(ピーター・パーカー)は彼女と戦えなくなった。彼女を守るべき存在だと、助けなければいけないと認識してしまった。敵だ味方だなんて関係ない。彼女の命を奪うという選択肢はスパイダーマン(ピーター・パーカー)には取れない。それが、俺の考えるスパイダーマン(ピーター・パーカー)だ。

 

 ここで矛盾が起きた。俺自身の意志と俺の中のスパイダーマン(ピーター・パーカー)。どちらも同じく俺の一部であるというのに、意思の食い違いが発生してしまったのだ。

 

 だから、立てない。心は動こうとしているのに体は重く、反応を返してくれないのだ。俺とスパイダーマン(ピーター・パーカー)の意志が互いの行動を邪魔してしまっている。

 

 意図してはいないだろうが、彼女の一言は痛恨の一撃となって俺の行動を縛ったわけだ。

 

【一郎悪い! 今、こっちでピーターを……ああもう! いい加減にしろ!】

【カズマてめぇ! なんで邪魔してんだよ!】

【気に食わねぇからに、決まってんだろうがッッ!】

 

 内心からエドワード・エルリックの声が聞こえてくる。どうやら俺の心の中では一部のやんちゃな連中とそれ以外によるシャレにならない規模の大乱闘が開催されているようだ。漏れ聞こえる声になんだか大変なことになってそうな予感がするんだが、流石にこのタイミングで体の支配権を手放して内心に潜るなんて事は出来ない。

 

 ヤバいな、本格的にピンチじゃないかこれは。ミシミシとバリアを締め上げてくる枝木は、少しずつ俺の体に近づいてきている。瞬間的な火力には対応できても、継続ダメージは試した事なかったな。まさか実地で、命がけで試すことになるとは思わなかった。ははっ()

 

「笑える余裕はあるんだね!?」

「むり、た」

 

 一花の声に返事を返した瞬間、体をアンチマジックの光が包み込む。少女が放っていた枝木も魔法による産物だったらしく、アンチマジックによってぼろぼろと空気に溶けるように消えていった。

 

 圧迫感からの解放と共に、背後から腰に手が回されて、引きずられるようにその場から動かされる。盛り上がった筋肉の腕。御神苗さんの腕だ。

 

「あり、がと」

「構いません! 少し距離を開けますね!」

 

 御神苗さんはYMスーツを膨らませて軽々と俺を担ぎ上げると、一足飛びとでも呼ぶべき速度で戦場から距離を取った。その瞬間、硬いものが砕けるようなバキバキとした音が響き渡り、俺が先ほどまで拘束されていた場所を貫くように一本の樹木が生えた(・・・)

 

 あれは、食らってたらヤバかったかもしれないな。

 

 エルフの少女は健在だった。あれだけの集中砲火を意にも介さず、彼女が腕を振るう度に緑色のオーラが流れ、その先を樹木が覆いつくしていく。あれが彼女の攻撃魔法なんだろう。即効性はないが、一度絡めとられたら面倒くさい上に締め上げてくる形で継続ダメージが入る。バリアとアンチマジックで防ぐことは出来るが、何度も喰らえば破られる可能性はある。

 

 遠目から眺めていると、恭二たちは彼女の攻撃を受けるのではなく等間隔で並んでいる柱の陰に隠れるなどしてやり過ごし、魔法で攻撃する戦法に切り替えたようだ。

 

 とはいえ、彼女の魔法防御力?はどうも大妖精以上に思えるし、先ほどの言葉が確かなら彼女をただ倒すだけではいけないらしい。大威力の魔法で殲滅といういつもの戦法が使えず、特に恭二が非常にやりづらそうにしているのが見て取れた。

 

「アンチマジック! くそ、何が起きてるんだ!? リザレクション!」

 

 そんな状況であれば一人でも手が欲しい所だろうが、無様なことに体が思うように動かない。

 

 少し離れた場所の柱に体を預ける形で俺を座らせた後、御神苗さんは何度も魔法を唱えてくれるが、俺の体は動かない。まぁ、内部で絶賛大乱闘スマッシュブラザーズが開催されているせいなんだが、口が上手く動かないせいでそれを伝えることも出来ない。

 

「片手が下がったのは好機と思えたが……儘ならぬな」

 

 状況を変えなければ。その思いはこちらだけではない。魔法を放ちながら、少女はやけに良く通る声でそう言葉を発した。

 

「故に、埒をあけるとしよう。我が精鋭よ、ここに」

 

 そう少女が呟いた瞬間、背後から眩い光が発されて、背中を預けていた硬質な石の感触が消えた。あっと言葉を発する間もなくバランスを崩した俺の体は後ろに倒れこみ、なにか柔らかな感触を側頭部に感じながら地面に横たわる羽目になる。

 

 視線の先には、すらりと伸びる健康的な肌色の脚と……

 

 なにとは言わないが、白か。清純だと、俺は思うよ。



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第三百二十八話 チートだよな?

誤字修正、244様、青空ハル様ありがとうございます!


 空白、と呼ぶべき瞬間だった。

 

 眼前に映る光景を目にした時、鈴木一郎の内部で争いあっていた者たちは一人の例外もなく動きを止めた。この場にいる全ての者は鈴木一郎の一部であり、それぞれが独自の考えを持つに至った現在でも鈴木一郎が見て、感じたことを認識する能力を持っている。全員が。

 

 もちろん出来るとはいえ彼らも常に一郎と意識をリンクさせているわけではない。実は一郎が思っている以上に彼らは外部の事を見ては居ないのだが、この時ばかりは事情が違っていた。間違いなく過去最大の命の危機。騒動を起こしている側も、それを抑えようとする側も外部がどのような状況であるかは把握している。

 

 いつ、どのタイミングで自らが表に出るような状況になっても行動を起こせるように、仮令それがどのような形であれ。

 

「女の――」

 

 故に、パンと両手を叩き(パン)指を2本立てて(ツー)右手の人差し指と親指で〇を作り(まる)遠くを見るような動作(見え)をする必要がある状況で、迅速に動くことが出来たものは。

 

 脊髄よりも早く反射する煩悩を持ったキャラクターだけであった。

 

 

 

『しりィ! ふとももっ!!! パアアアアアアァァンツッ!!!!』

 

 自分の口から発された叫びに驚く間もなく、体が動き始めた。まず初めに起きたのは噴射である。鼻から間欠泉のように吹き上がった真っ赤な体液が健康的な肌色のおみ足と緑色の清潔そうなスカートを汚した。

 

『ひっ!?』

 

 頭上から本気で怯えるような悲鳴が聞こえ、間を置かずに両足によるスタンピングーー踏みつけ攻撃が始まった。まるで目にも居れたくない害虫に対する情け容赦のない連撃の如く振り下ろされるブーツの嵐を、強引に体のコントロールを持って行った横島忠夫(煩悩)が害虫のような機敏さで避ける。

 

 その動作も含めたすべてがどうやら本気で気持ち悪かったのだろう。頭上の女性は声にもならない悲鳴を上げながら、飛びのくように後ずさってその場を離れた。

 

『おねぇさん! ボカァ! ボカァもぉ!!!』

『来るな寄るないやああああぁぁぁっ!!』

 

 下半身を鼻血で赤く染めた緑色のローブを身にまとったエルフ耳の女性は、かさかさと地面を這うように近づいてくる横島の姿に本気の悲鳴を上げて走って逃げ始める。

 

 彼女は最も近場にいる別の仲間に助けを求めた。彼女と同じように柱があった場所に立つ、小ぶりのナイフを腰に差した筋肉質な体型のエルフ耳の青年だ。

 

 盛りの付いた野良犬のように鼻息荒く仲間を追いかける横島に青年は「うっ」とドン引きを隠さない表情を向け、やれやれと言いたげな表情ですすっと彼女と横島が通る道を開けた。

 

 スルーしたともいう。

 

『すまん、無理』

『罠師おんどりゃあぁ!』

 

 全く悪びれもせずにそう答える青年に、コロンコロンと転がるビー玉を蹴り飛ばしながらローブを着た女性が吠えた。吠えながら、彼女は次の柱――もとい柱から転じて現れた仲間の元へと走る。

 

 視界に映る次の柱――彼女の仲間はポケットの数が多い割烹着のような服を身にまとった女性だった。戦闘に立つ人物には見えないが、この場に立っている以上彼女も何かしらの役割があるのだろう。決して油断するべき相手ではない。

 

『ごめんなさい、私虫が苦手で……』

『素揚げにして蜘蛛食うアンタが、それ言うの!?』

 

 そしてそんな油断するべきではない女性は、必死の形相で助けを求めてきた仲間の声を困ったな、と言わんばかりの笑顔で拒否した。バレバレの嘘で配慮してやったんだぞ、という空気をわざと醸し出す、いっそ見事なまでに取り付く島もない断り方だった。

 

「……なにをやってるのだ、彼奴ら」

「いや、俺に聞かれても」

『ハッハッハッハッハッ!!』

 

 戦闘を中断し、最前線でこの乱痴気騒ぎを眺めていた恭二とエルフの少女の言葉に、彼女の傍らに立つ剣士の兄ちゃんが腹を抱えて笑い出した。ああ、そうだよな。あんたも居るよな、この状況なら。なんせこの広間に合った柱、12本あったんだから。

 

 ローブの女性はその場に立つ仲間に助けを求めるように、横島はそれを追いかけるようにして、ぐるりと戦場を柱に沿う形で走り抜けていった。彼女を助けようとする人物はその間一人もいなかったが、これは彼女が嫌われているというよりも横島が外から見たら想像以上に気持ち悪い動作をしているのが原因のようだ。

 

 鼻から血を噴き出しながらドコドコと両手足を動かして女を追いかける生き物なんて、彼らは見たことがないのだろう。一概にこの世の終わりを見たかのような表情を浮かべるあたり、どうも彼ら彼女らは随分とスレていないように見受けられる。ヤマギシチームの「何やってんだこの馬鹿」という視線との落差が凄い。

 

 さて、体の自由を持っていかれてしまった以上俺に出来ることは横島が暴走をやめるのを待つか、唯一問題なく動く頭を動かすか、くらいしかない。というわけで、新たに表れた12人のエルフ耳たちを観察してみよう。

 

 まず言えることは、この人ら半分は戦うタイプの人には見えないって事だ。6対の柱から現れた12人のエルフ耳。恐らくは39層で戦った黒い影たちだろう11人とエルフの剣士兄ちゃんは、奥に位置する、つまり推定指揮官であるエルフの少女に近しい側に戦士やそれに準ずると見られるものがいる。

 

 判断基準は装備だ。エルフの剣士兄ちゃんやその近辺に現れた人物は鎧を身に着けていたりとしっかりした武装をしているのに対し、最も離れた場所に立っていた初老の男性は明らかに軽装で、伐採用にしか見えない斧を持って立っていた。

 

 立ち居振る舞いも戦う者と考えるとどこかちぐはぐな印象を受ける――恐らく、彼の本職は本当に木こりであるとか、そういうものなんだろう。この場にいる以上は、流石にただの木こりという訳ではないだろうが。

 

 どういう基準で彼らは呼び出されたのか。というかここに来て前の階層の敵を複数で出すシステムが復活かよ。少数有利っぽい39層(階層)の後にこれは詐欺だろ。しかも全員明らかにネームドキャラっぽいだろふざけんな。等と諸々ダンジョンに対する不満を心の中で呟いていると、頼れる仲間たちに死んだ目で見捨てられ続けたローブの女性は、ついに最後の砦であるのだろうエルフの剣士兄ちゃんにまでたどり着いた。

 

『戦士長! もう無理、無理! おねがい、だずげでぇぇっ!』

『はっはっはっはっはっ!』

『笑うなデメェ!』

 

 あ、あいつ意外と悪い奴やな。横島と俺の心がシンクロすると共に、体の感覚が戻ってくる。もう十分という事だろうか、最もひどい部分はお前がやれと言いたいのか。

 

『いや、無理やり制御奪ってっから流石に発動までは出来んわ』

「あ、結構無理してたんだ。やっぱり」

『そらあもうやりたくないって位にはキツかったぞ? まぁ我が事ながら』

 

 顔の穴という穴から垂れ流していた体液を手で拭いながら、横島はヒョイっと手に持ったガラス玉状の物をローブの女性に向かって放り投げ――

 

『文珠ってチートだよな?』

 

 追いかけっこをしながらバラまいていたガラス玉状の物が光を放ち、込められた文字(【縛】)がその文字通りの効果を発揮する。

 

『あ、ヤベ』

『ふぇ?』

 

 光を放つビー玉を目にした瞬間、エルフの剣士兄ちゃんは自身に縋りつくローブの女性を振り払うようにしてからその場を飛びのき、突然見捨てられた形になった可哀そうなローブさんはキョトンとした表情のまま光の檻に閉じ込められた。

 

 彼と同じようにその一瞬に対応できたのは、恐らく戦士と呼べる階級にいる者たちだけだった。最初から警戒していた者、横島の進路から大きく避けていた者、そもそも反応が速い者。文珠を無力化した者。

 

 それぞれ理由は違うが、横島とローブさんのやり取りに意識を持っていかれなかった者たちは奇襲とも言える文珠の発動に対応してみせ、それ以外の者たちは、全て文珠の力に囚われる事になる。

 

 まぁ、つまりは。

 

「……お、おお?」

 

 間の抜けたような声をエルフの少女が上げる頃には、彼女が呼び出したエルフの集団は、半数が無力化されてしまった、という訳だ。

 

 いやぁ、文珠ってチートだよな?




なおこのチートを使いこなすには特殊な訓練と勤務先と実務経験と大気圏に突入して生き残る悪運が必要である


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第三百二十九話 闘い

 最初に動いたのは、御神苗さんだった。

 

 エルフ少女の間の抜けた声に反応するように全員の視線が玉座に向いたその瞬間、もっとも間近にいた罠師の頬に全力の右ストレートをかまし、轟音と共に広間の隅へと吹き飛んでいった罠師を追って走る。

 

 次に動いたのは一花だった。こちらに弓を向けた狩人らしい青年を牽制するように、槍を手に彼の前へ立ちふさがる。沙織ちゃんは鞭を持った女性に、ケイティは魔法使い然とした初老の男性に向かい合う。

 

『形勢逆転ならず。厳しいな』

「してやられたというべきか。ここまで見事ならば悔しさもない」

 

 エルフの兄ちゃんの言葉に、どこか呆けたような表情のまま少女が答えた。言葉を発するまで気づかなかったが、いつの間にかごく自然に少女を庇う立ち位置に来ている。恭二に負けたとはいえ、やっぱりこの兄ちゃん強いな。

 

『恭二』

「おん?」

『剣くれ。刀じゃなくて、そっちの兄ちゃんの奴』

「いや、良いけど……イチロー?」

 

 隣にやってきた恭二に横島がそう言うと、恭二は数回パチクリと瞬きをした後、怪訝そうな顔で剣を収納から出した。

 

 差し出された剣のグリップを右手で握り、感触を確かめる。

 

『イケるな?』

 

 横島の問いかけに応、と答えると、横島はへっと小さく笑った。

 

『そろそろ抑えきれんから、引っ込むわ』

「了解。助かったよ」

『恩に思うんやったらエロい本かビデオのインプット頼むわ』

「美琴にぶっ飛ばされて来い」

 

 ゲラゲラと笑いあって、不意に体の感覚が完全に戻ってくる。

 

『イチロー』

 

 体のコントロールをこちらに投げて寄越した横島が、右手から語り掛けてくる。

 

『俺のこの感情が。ワイの記憶が、お前が読んだ原作のものだっちゅうのは分かっとるんや』

 

 少しずつ内部に潜っていきながら、俺にだけ聞こえるように語り掛けてくる。

 

 横島の声が、右腕を通して俺に語り掛けてくる。

 

『でもな。それがワイじゃないってわかっとっても。それでもワイは……横島忠夫は、ルシオラ(彼女)より世界を選んだ。世界のために、ルシオラ(彼女)を見捨てた。殺しちまった』

 

 だから、今。

 

 聞こえるこの声は。どこかで夕日を眺める少女のような声は。

 

『そんな横島忠夫が、言うべきこっちゃないのは、分かってんだ……分かってんだけどよ』

 

いっしょにここで夕陽を見たね、ヨコシマ

 

 幻聴なんだと、分かっているんだ。

 

『あの娘を助けてやってくれ』

 

 だけれど、それでも今感じているこの胸の。

 

 胸からあふれ出しそうなほどの悲しみと、痛みは本物だった。

 

『――ヒーロー(鈴木一郎)!』

 

 右腕に力をこめる。誰も宿さない、本当に久しぶりにただ一人の意志だけが乗った右腕が、魔力で構成された剣を強く握りしめる。

 

 右手を構成する魔力が巻き付くように剣へと浸み込んでいく。浸み込んで、そして飲み込んで。まるで横島の栄光の手(ハンズオブグローリー)のように刀身を光らせながら伸ばしていく。少しずつ光を伸ばしていき、やがて形を変えて、銀色に輝く刀身が光の中から現れた。

 

「は?」

 

 恭二の呆れたような声が耳に入ってくる。気持ちは分かるが流石にお前に呆れられるのは癪に障るな。

 

「魔法はイメージっつったのはお前だろうが」

「いやいやいや話が違うだろそれは。それ物じゃん、物」

「魔力で出来てるからまだセーフ」

「まだってなんだ?」

「オレハワルクヌェって事」

 

 目の前に立つ少女は言っていた。お前は私達と同じだと。お前たちからはダンジョンの匂いがすると。

 

 彼女の言葉が正しいとするならば、俺の右手はダンジョンに近いのだろう。思い当たる節はある。ダンジョンが出現した時に俺は右手を切り飛ばされて、恭二は全身ズタボロにされた。恐らくあの時。あの瞬間、俺と恭二はダンジョンの一部を取り込んで――いや、もしかしたら、ダンジョンの一部になっちまったのかもしれない。

 

 まぁ、そうなっちまったもんは仕方ないわな。なっちまったんならなっちまったで、どうにか生きるしかないんだ。

 

 なら、使えるもんはなんでも使わんといかんだろう。多少物理法則に喧嘩を売っていても、非常識かなって思うようなことでも。

 

 同じダンジョンの物同士(・・・・・・・・・・・)なんだ。構造が、成分が分かれば模することは簡単だった。

 

 なにせこちとら年がら年中、自分以外のダレか(ナニか)に演り続けてるんだ。それが者から物に代わっただけで、大した違いなんてありゃしない。だから出来ちまったっておかしな事は何もない。そう心の底から思えるなら、それは思い込みを超えて真実になる。

 

 出来ちまうんなら、やるしかない。

 

 やるしかないなら、やり通すっきゃない。

 

 やり通して。臨んだ未来までの道を貫き通すのが。

 

 鈴木一郎(みんな)の望んだ、ヒーローであるなら。

 

こいつ()はカギだ」

 

 俺は、俺たちが進みたい道(ヒーロー)を進む。

 

ダンジョン(そちら)にどういう思惑があろうがなかろうが関係ない。立ち塞がる障害は、全部この鍵でこじ開ける。だから――」

 

 目を爛々と輝かせてこちらを見る少女にカギを向ける。

 

「道を開けろ、モンスター」

「押し通して見せろ、探窟者!」

 

 闘いが、始まった。



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第三百三十話 コスプレイヤーなんだなぁ

誤字修正、244様ありがとうございます!


 

 銀色に輝く鍵の剣。それを知るものならばキーブレードと呼ぶ剣を構えると、剣先に佇む彼女は心底楽しそうに笑っている。

 

 初めて遊園地に連れてこられた幼子のようなというべきか。それとも、大好物の山を目にした食いしん坊な子供のような、と評するべきか悩んでしまう表情を浮かべながら、彼女は一歩、また一歩と歩み寄る。彼女が纏う翠色に淡く輝く光が、彼女の歩みと共に少しずつ、けれど確実に輝きを増していき――。

 

『はい、ストップ』

 

 そんな彼女の邪魔をするように、エルフの青年は彼女に背を向けたまま進路に立ち塞がった。彼女の視界を遮らないよう、しかしそのまま進むには邪魔になる絶妙な位置取りだ。

 

『興味のある事が出来るとすぐに我を忘れる。悪い癖だ、お嬢様?』

「……戦士長は、すぐに私を子ども扱いする」

 

 こちらに視線を向けたまま、というよりどちらかというと恭二を警戒しながら、戦士長と呼ばれた青年は背後の少女と軽口を交わす。

 

 割と助かった、という感覚がある。今のあの子、俺の部屋に入りこんだあと後ろ手にドアのカギをかけたアガーテさんみたいな表情をしてたから。正直、苦手なんだ。女性のそういう表情は。

 

 啖呵を切ったとはいえ、ちょっと今はガス欠だし、少しでも時間が稼げるならありがたい。

 

「所でその後それどうなったん?」

「窓があるじゃろ?」

 

 分かり切った事を聞いてくる恭二にそう答えを返すと、奴はハンッと鼻で笑って両手に魔法を展開し始めた。

 

「なんだそれってまぁ言いたい処だけど、うん。そんなモン出したんだから、前は任せていいんだよな? 素の戦闘は久しぶりだからできませんでした、なんて言いやがったらダンジョン外に蹴りだすぞ」

「おん。大丈夫だろ、俺バッティングお前より上だったし」

「は? 通算打率3分も俺より低かったブンブン丸くんが何か言った?」

「俺、4番でお前3番。もう格付け終わってるから」

「お兄ちゃんたち、いい加減真面目にやって!!!」

「「すんませんっした!!!」」

 

 一花の怒りの声に男二人で謝罪の声を張り上げる。一花の足元には俺たちに向けて放たれたであろう矢が散らばっている。俺たちがダベってる間も、こちらへの弓手の射撃を遮ってくれていたのだろう。

 

 ありがたい。本当にありがたい事だ。困ったときに助けてくれるのは家族だってはっきりわかんだね。

 

「で。一花に庇ってもらってるお兄ちゃん。もうイケるか?」

「魔法撃つのはちとキツいが、動き回る位には」

 

 少しの呼吸の後。気休めであるが回復した魔力を使って、バリアとアンチマジックを張りなおす。

 

 自分で作り直してみてわかったんだが、あの青年が持ってる剣、やはりアンチマジックと恐らくだがアンチバリア的な能力を持っているようだ。おかげで作り直しの際、アンチマジックが邪魔をしてきてただでさえ文珠の連発で枯渇しかけてた魔力が一気に無くなってしまった。

 

 正直、立ってるのもキツイ状況だったんだが、一花の援護と恭二の牽制、そして向こうさん(あちらがわ)の厚意で高出力の魔法を使わなければ戦える程度には体調も回復してきた。

 

『あ、もういい?』

「わざわざ待ってくれてありがとうございます?」

『いいよいいよ。面白いものを見せてもらったし。同じダンジョンの被害者同士楽しくいこう!』

「なんだこの緩さ」

 

 ケラケラと笑う青年の言葉に毒気を抜かれたように恭二がそう呟き。

 

 間髪入れずに恭二に向かって飛んできた空気と魔力が織り交ぜられたような斬撃を、キーブレードで弾く。

 

『ありゃ』

 

 小首をかしげて自分の剣を見る兄ちゃんに向かって、トン、トンと二歩で距離を詰め、キーブレードを振るうと兄ちゃんは光を放つ自身の剣でそれを迎え撃った。

 

『おかしいな。多分、俺を斬った技はこんな感じだったと思うんだけど。思ったより威力が出ないや』

「気軽に他人の技を真似しないでくれます?」

 

 ギィンと金属同士がぶつかり合う音を響かせて、キーブレードと兄ちゃんの魔剣が交差する。

 

 鍔迫り合いをしながら互いに言葉を交わし、言葉の度に剣が離れ、そしてぶつかり合う。

 

 一閃、二閃、三閃――刀身が煌めくたびに火花と星が散り、ライトの光で包まれた広間を照らす。

 

『なにそれ! 火花じゃなくて星が出るんだ? 面白い剣だなぁ!』

「面白い剣でしょ?」

 

 火花と星が散りばめられた戦場を、紫電と緑色の魔力光が貫く。

 

 俺と兄ちゃんの脇をかすめるように恭二とエルフの姫様の魔法が飛び、互いの魔法を迎撃する。恭二は完全に後衛の仕事に徹することにしたらしい。

 

 正直言って助かる。誰かを纏ってる時なら兎も角、素の状態の俺がこの兄ちゃん以上の近接戦能力を持っているとは言いづらい。勿論恭二よりも俺の方が上だが。チーム内ホームラン王だったし。

 

 とはいえ、だ。恭二よりも上であると言っても、それが目の前の彼よりも上であるという事ではない。というか39層の彼と恭二の闘いは、恭二の反則勝ち的な側面があったからな。

 

『でも、多分あと23手で俺が勝っちゃうよ?』

「先の事なんてまだ分からないっしょ」

『そうかもしれないね!』

 

 ギィン、と差し込まれるような突きを上半身を横にズラす事で回避し、お返しに横薙ぎの一閃をお見舞いする。だが、兄ちゃんはそれを余裕の表情を浮かべたまま、すっと背後に飛ぶことで回避した。

 

 あかんな、明らかに近接戦の技術じゃ向こうが上か。こちらは一撃一撃を捌くので精一杯なのに対して、あちらさんはこちらの攻撃を余裕で捌き切っている。どちらが優勢なのかなんて、言うまでもない。

 

 じり貧だな。折角現状を打破できるカギ()を無理くりこさえたってのに、このままじゃそれを活かす間もなく押し切られて終わってしまう。

 

 かといって今現在、俺の内部で2手に分かれてバトってる誰かに変身するというのも難しい。さっきのように横島に頼ろうにも中に戻った瞬間、両陣営の女性陣にボコられてあいつは星になってしまった。無茶しやがって......

 

 つまり、頼れる存在は今、俺の中には存在しないという事だ。

 

「なら、話は簡単だ」

 

 ギィン、と剣を合わせる。派手に散らばった火花と星のエフェクトに包まれながら、振り上げるようにキーブレードを走らせる。大ぶりのこちらの攻撃に合わせるのではなく、兄ちゃんは背後に飛び退る様に距離を開けた。

 

 予想通りだ。ここまでの闘いでずっと観察していたが、彼はどちらかというとテクニカルな戦い方を好むタイプ。手数と技で相手を崩して戦う戦士だ。力を込めた一撃は受けるのではなく流したり、回避しようとする。それは、見ていれば分かった。

 

 そして、見ていたからこそ、こういう事も出来る。

 

 上段に構えたキーブレードに魔力を込める。淡く発光する剣を上段に構えたまま、兄ちゃんへと飛び掛かる様に一歩を踏み出し、そのまま斬撃を放つように振り下ろす。

 

 兄ちゃんの表情から、笑顔が消える。

 

 振り下ろされた斬撃から迸る、空気と魔力が織り交ぜられたような斬撃を、兄ちゃんは同じく魔力光を漲らせた魔剣で受け止め、散らした。

 

「できた」

 

 出来ると思っていた。だからやったのだが、実際に結果が伴うのはやはり嬉しいものだ。

 

 つい口から漏れ出た言葉に、頬をひくひくさせながら兄ちゃんが口を開く。

 

『気軽に他人の技、真似しないでくれる?』

「最初にパクったのはそちらでしょ」

 

 我流ギガブレイク擬きが出来た。なら、他も出来る。大事なのは信じることだ。俺なら出来ると信じることだ。

 

 なぁに、真似するなんて慣れている。なんせたった2,3年で数百人を真似たんだ。しかも実物が目の前にいるなんて恵まれた状況で出来ないわけがない。

 

 今、この瞬間。確かに俺の剣技は目の前の青年に劣っている。このままただの俺で戦えば遠からずこの均衡は破綻するだろう。

 

 だったら、どうするか。そんなもの決まってる。

 

 目の前にいる青年に劣っているのなら、目の前の青年になればいい。

 

 ――ヒーローなんて呼ばれて横島から尻ぶっ叩かれたってのに。どこまで行っても俺はコスプレイヤー(物真似)なんだなぁ。

 

 そう口の中で独り言ちて、少しだけ苦笑を浮かべて。彼と同じように剣を中腰に構えて、彼の前に立つ。

 

 その俺の構えに、表情を険しくする青年を眺めながら、息を整える。

 

 闘いは、始まったばかり。ここからが本番だろ。




分かりにくい方のための簡単な例

変身OUT

見稽古IN


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第三百三十一話 決着

誤字修正、ドッペルドッペル様、げんまいちゃーはん様、244様ありがとうございます!


 振り下ろした斬撃を、半歩横に動いて交わす。そのまま横薙ぎの一閃を放つと、兄ちゃんは振り下ろした剣を跳ね上げるようにして合わせてくる。なるほど。

 

 直後、足元に緑色の光が集まるのが見えたので、兄ちゃんの動きを模倣して背後に跳躍。先ほどまで立っていた場所を緑色のツタが覆い、直後に恭二のカイザーフェニックスがツタを焼き払う。あれ、あいつ俺ごと……?

 

 炎を切り裂くように飛んできた斬撃を剣でかき消すと、斬撃を追いながら地面を滑るように飛んできた兄ちゃんと視線がぶつかり合う。勢いをつけた切り上げに対して、剣を振り下ろして迎え撃つと火花と星が飛び散って室内を明るく照らす。

 

 なるほど、なるほど。

 

 飛ぶ斬撃、振り下ろしの一閃に合わせて踏み込んだ足がキモだ。恐らく瞬動とか瞬歩とかそういう類の技術なんだろうが、踏み込んだ足が一瞬の間にコンマ数ミリというレベルで動いていた。恐らく、あそこで再度踏み込みなおしている(・・・・・・・・・)んだろう。

 

 地面を滑るように移動している秘訣は恐らく魔力だ。飛ぶ斬撃は魔力を空気を切り裂きながら風に纏わせて放つ技だから、同じように足裏に魔力を纏わせて、踏み込みなおした(・・・・・・・)足で微調整しながら勢いをつけて飛び込んでいるのだ。

 

 覚えたぞ。

 

 剣閃に合わせて飛び去る兄ちゃんを追いかける際、足裏に魔力を纏わせてスベる(・・・)。ホバー移動のように追い縋る俺に兄ちゃんはギョッとしたような表情を浮かべながら、悲鳴のような声を上げた。

 

『ほんとにさぁ! こっちの技を、簡単に!』

「簡単じゃないですよ?」

 

 鼻血が出そうなくらいめちゃめちゃ神経研ぎ澄ませて集中してるんだ。簡単なんて一言で言われるのは流石に心外だな。

 

『グッ』

 

 追い縋った俺の一撃を受け損ねて、兄ちゃんの方にキーブレードの一撃が入る。くぐもった声を上げて兄ちゃんが体勢を崩し、地面に膝をつく。

 

「兄さま!?」

 

 好機到来と追撃を放とうとしたら、聞き捨てならない一言を発したエルフの少女から緑色の閃光が放たれた。これまで彼女がこちらに向けて放っていた緻密な操作がされていた魔法とは違い、直線的な軌道でかなりの速度で飛来するものだったが、拙速という言葉が当てはまる非常に拙いものだった。

 

 フェイントもクソもない上に銃弾よりも遅いビームなんて捌くのは簡単だし、何よりも俺にリソースを割いたのは悪手としか言いようがない。

 

 キーブレードで彼女の放った閃光を切り飛ばすのと同じタイミングで、彼女の体を恭二のアンチマジックが襲う。一瞬激しく光った後、彼女の周囲に展開されていた見えざる膜は砕けたガラスのように光りながら空気に散って消えていった。

 

『まだだ!』

 

 転がるようにこちら側に近づきながら、地面すれすれから跳ね上げるように兄ちゃんの剣が飛んでくる。前転回避か、覚えたぞ……ではなく。

 

「焦ったな?」

 

 低空から跳ね上がったきた剣にキーブレードを振り下ろして合わせる。飛び散る火花と星の中、振り下ろしの勢いのままに、キーブレードで剣を押さえつける(・・・・・・)

 

 兄ちゃんは軽快な動きでこちらを翻弄する軽戦士とでも呼ぶべき戦士だ。羽のように軽く不規則な動きで蜂の一刺しをこちらに見舞い、その上飛ぶ斬撃のような一撃で勝負を決める威力の技も使える。

 

 こちらがモノマネなんて反則技を使ったとはいえ、もしもここで焦らずに持ち味を生かして戦い続けていればまだまだ勝負は分からなかっただろう。

 

 手を伸ばせば届く距離に兄ちゃんの顔がある。剣を抑え込まれた現状に驚いた表情を見せ、瞬時に剣を手放してこちらに手を伸ばそうとしている。剣士が剣を捨てる。それを一瞬で判断できる辺り、やっぱりこの人は凄い戦士なんだろうと何度目かもわからない感想を抱きながら、俺も同じくキーブレードを手放した。

 

 青年の動きは鋭く、迷いがない。最小限の動作で勢いをつけた拳撃が、俺の顔を目がけて飛んでくる。目つぶしが出来れば御の字、少しでもこちらを怯ませられれば。そういう考えの透けて見える拳を、円を描くように回した左の掌が優しく受け流す。

 

『……は』

「回し受け」

 

 きょとん、とした表情を浮かべた兄ちゃんの鳩尾に、拳を固めた正拳を打ち込む。グホッと空気を押し出されたような悲鳴を上げて、そしてその場に崩れ落ちる。

 

「正拳突き」

 

 もしも彼が拳の方も剣くらいに達者だったら危なかったかもしれないが、彼の拳闘の技術はそれほど高いものではなかった。鋭さこそはあったが、初代様に散々に扱かれた俺の空手も伊達ではないって事だな。

 

 鳩尾を撃ち抜かれた兄ちゃんはその場で苦しそうにうめき声をあげながら、地面の上でもがき苦しんでいる。流石にライダーパンチとまでは言わないが、魔力を込めた右拳の一発だ。そうそう復帰できるダメージじゃない。

 

 キーブレードを拾い上げ、同じく地に落ちていた兄ちゃんの剣を恭二に向かってけり飛ばす。「危ねっ!?」と悲鳴が聞こえたが味方に火の鳥を嗾けるバカ野郎にはいい気味だ。

 

 少女から緑色の閃光が放たれ、迫りくるそれを切り落とす。恭二が放ったウォーターボールが少女に着弾し、衝撃に耐えきれず後ろに倒れこんだ彼女へと走りこむ。恭二が放ったウォーターボールは弾けず、彼女の顔を覆い続けている。

 

『お嬢様っ!?』

 

 沙織ちゃんと戦っていた女性が、悲鳴のような声をあげてこちらに向かおうとし、それを沙織ちゃんに制止されている。彼女だけではない、一花が戦っている弓手も、ケイティが抑えている老魔法使いも、御神苗さんが抑えこんでいる罠師も。誰もが同じように何とか彼女の救出をしようと隙を探しているが、ヤマギシチームのメンバーに完全に抑え込まれている状況だ。

 

 助けを得られない少女はパニックを起こしたように体を跳ね回らせ、四方八方に緑色の魔力光が飛びまわる。最小限の動きを意識しながらそれを避けて、少女の元へと歩みを進めていく。

 

 別に勿体ぶっているわけではない。暴れまわる魔法の嵐に飛び込むのは流石に面倒が過ぎる。油断をしてラッキーパンチなんぞ貰ったらそれこそ恭二に笑われちまうしな。

 

 それに、もうそろそろだろう。

 

 そう当たりをつけてゆっくりと少女に近づいていくと、やがて彼女はじたばたと空気を求めるように水球を両手で掻き分け始めた。パニックを起こして暴れすぎ、酸欠に陥ったのだ。どうやら思った以上に彼女たちは人間と同じ機能を有しているらしい。

 

 冷静にアンチマジックを展開出来ればもう少し持っただろうに、等と多少上から目線な感想を持ちながら、彼女の前に立つ。水を掻き分ける力が、腕を振り回す勢いが徐々に弱まっている。あまり長くは持たないだろう。

 

 最低の気分だ。死にたくなってくる。でもやらなければ、始まらない。

 

「兄さまはないよ、ダンジョン作った奴死ねばいいのに」

 

 兄妹とかこの世で最も相手したくないチョイスをしたダンジョンの作成者はいつか泣くまで殴り続けてやる、と固く心に誓って、キーブレードを振りかぶり、振り下ろす。

 

 背後から響き渡る男女の悲鳴をBGMにしながら水球を切り飛ばすと、形を失った水球ははじけ飛び、中からずぶぬれになった少女の姿が現れた。

 

「何とかなるのか?」

 

 ケホッ、ケホッと水を吐きながらせき込む少女にキーブレードを突きつけると、いつの間にか背後にいた恭二がそう尋ねてくる。

 

「分からん」

「なんだそりゃ」

「けど」

 

 せき込みながらこちらを眺め、達観したような少女の瞳に抱いた感情が俺に動けというのなら。

 

 ――奇跡をおこすくらいは、やってやれないこともないだろう。ヒーロー(鈴木一郎)

 

 そう自分だけに聞こえる声で格好をつけて、少女の胸にキーブレードを差し込んだ。



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第三百三十二話 世界の震源地から

誤字修正、244様、Brau様ありがとうございます


 見られている。

 

 カギを差し込んだ瞬間に感じた、全身を貫く視線。

 

 観察ではない。値踏みとも、観賞とも違う。

 

 出来るのか、と問いかけるように。やれるのかと尋ねてくるかのように、俺をナニかが見ている。少しだけ驚いたことに、その視線には悪意の類がなかった。むしろ思いやるような優しさを感じさせるものだった。もしかしたら、期待すら含まれていたかもしれない。

 

 その視線がナニかはすぐに分かった。目の前に出てきたら一発殴ってやろうとすら思っていた奴が、確かに居ることを俺は知った。思う事も言いたいことも、いくらでもある。

 

 けれどそれは、今じゃない。

 

 ――お前の相手をするのは、今じゃない。

 

 右手に力を込める。願いを込めた、カギを回す。

 

 カチリと世界が音を立てる。エルフの少女からあふれ出るように流れてくる、ダンジョン(世界)という名前の濁流。急激に自分と世界との境界があいまいになる感覚。意識が濁流に飲み込まれていきそうになるのを必死に耐えながら、ただただ意地と根性だけを頼りに足を踏ん張り、扉に(彼女)手をかける。

 

「押し通ると、言ったろう」

 

 曖昧になった口を動かし、言葉に出来たかも分からない呟きを口にする。

 

 それが聞こえたかどうかは分からない。そんなものにかまけている余裕もない。あふれ出す世界(魔力)という波の中をもがきながら、手にかけた扉に(彼女)力を籠める。

 

 徐々に開かれていく扉。徐々に強くなる魔力の波。存在ごと流されそうになりながら、それでも俺は右手に力を込め。

 

 開かれた扉と、その扉の奥で笑っている誰かの姿を見て。

 

 俺の意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

 

 

「日本政府及び日本冒険者協会並びに世界冒険者協会による連名発表」

 

 ただ一言そう報じられた情報は、瞬く間に世界を駆け巡る。発信地である東京では、ここ1年の間に新設されたり規模を拡大した各国の報道機関が待ってましたとばかりに動き始め、第一報から1時間も立たないうちに官邸には報道陣の波が押し寄せていた。

 

 この数年、世界を揺るがすニュースは何時だって東洋の島国の、首都の外れから発されていた。

 

 始まりはもちろんダンジョンが出現した時だった。無謀で勇敢な少年たちが持ち帰った情報はこの世界にファンタジーが存在することを全世界に知らしめた。

 

 次は魔法が確認された時だ。致命傷を自ら癒した少年の映像が、米国の聖女を含む数多の人間の運命を変える結果に繋がる。

 

 そして、その後も立て続けに、東京の一部地域――奥多摩と呼ばれる山間の街を舞台に、世界はそれまでの常識を塗り替えられていった。難病を過去のものとした魔法医療の確立。化石燃料に依存していたエネルギー問題の抜本的な解決。重力からの解放――世界中が認める、現実に現れたヒーローの誕生。

 

 それらを目にしていた世界各国の報道機関が集うのも無理からぬことだろう。今世紀が始まって十数年、それまでの歴史を過去のものとし、過去に存在したであろう何かを再び蘇らせたダンジョンという存在が世界を左右すると理解していたからだ。

 

 官邸の会見室が溢れるほど――当然入りきれなかった会社もいる――埋め尽くされた報道陣の前で、まず舞台に上がったのは日本冒険者協会の会長であった。

 

「本日はお集まりいただきありがとうございました。これより、日本政府及び日本冒険者協会並びに世界冒険者協会により重大な発表を行わせていただきます」

 

 元は防衛省の職員であり、省内の熾烈で不毛な出世争いに見切りをつけて新設された日本冒険者協会へ転身。世界冒険者協会という競争相手に箔で負けないため肩書だけは大きかった前任から会長職を引き継ぎ、それから幾度目かになるかも分からない重要な発表を前にしながらも、いつも通りの平坦な口調で開会の挨拶を行った。

 

 彼の役割は、今回はここまでである。

 

 彼の言葉を引き継ぐように代わりに登壇したうら若き乙女の姿に、場内の報道陣はザワりと騒ぎ声をあげた。

 

 キャサリン・C・ブラス。知名度という意味では恐らく全冒険者でも3本の指に入る米国の聖女。世界冒険者協会の実質的な代表を務める彼女が直接、しかも日本政府が主導する会見に現れたからだ。

 

 ――これは、もしかするのではないか。

 

 そんな漫然とした期待が、人で埋め尽くされた室内を熱していく中。

 

 壇上に上がった彼女はにこやかな笑顔を浮かべたままマイクの前に立ち、見事な日本語で言葉を離し始めた。

 

「先日、私を含めたヤマギシチームは奥多摩ダンジョンの40層へ到達。これを攻略した事をここに報告いたします」

 

 そして、前置きもなく投げつけられた爆弾に一瞬シィン、と室内が静まり返った後。

 

 ―――――――ーッ!?

 

 叫声にも等しいざわめきが室内を瞬く間に満たしていった。

 

「質問を! 〇〇通信の――」

『ブラス氏は攻略において』

「ヤマギシからの公式発表はあるのですか!?」

 

 検疫が必要というもっともな理由で長らく停滞していたダンジョン攻略。これが動き始めたという情報は、彼らもつかんでいた。けれど、それがどの階層までとなるとそれは極秘。一部関係者以外は耳にすることも出来ない情報だ。

 

 ジャーナリストとしての信念でそれを報道しようとするもの。貴金属のインゴットや魔樹などに代表される高額なダンジョン産物品がまた増えたのではないかと考えたもの。少しでも情報を持ち帰り自国のダンジョン開発を推し進めたいもの。

 

 それぞれの思惑を胸に秘めた熱意のこもる質問の嵐に、ケイティはそれらを押しとどめるよう右手をあげるジェスチャーをしながら「静粛に」と繰り返した。

 

 まだ質問の時間ではない。彼らの行っていることは、はっきりと会見の進行を侵害しているからだ。

 

 熱狂を止めるのに凡そ5分ほどの時間を費やした後、それでもまだ騒めく会場を眺めながらケイティはマイクの前から離れる。質問の時間がやってくると思い込んでいた一部の記者がガタリと席から立ち声を上げようとした瞬間、彼らは言葉を失った。

 

 舞台袖から、3名。

 

 新しく表れた彼らの姿に、この場に詰めかけた数百人が呑まれた(・・・・)のだ。

 

 その中で、先頭を歩く初老の男性が舞台の中央、マイクの前に立ち口を開く。

 

 この国を代表する人物、内閣総理大臣である。

 

「この度、わが国の誇る冒険者チーム、ヤマギシチームとこちらのミス・ブラスがダンジョン40層を攻略した事により、我々は新たなる未知との遭遇を経験することとなりました」

 

 確かにこの会見は日本政府の名前が最初に出てくるものであった。であれば彼が出てきてもおかしくはないかもしれない。過去に例がなかったわけでもない。魔法医療という存在が世に出た時も同じように日本政府は公式発表を行っていた。

 

「新たな未知。それは異世界。我々人類とは異なるルーツ、異なる文化の異文明とでも呼ぶべきものが存在したという事実を彼らは持ち帰ってくれたのです」

 

 しかし、この場にいたジャーナリスト達が言葉を失ったのはそんな事ではなかった。

 

 この場に似つかわしくない、内閣総理大臣の後ろについてきた二人の子供(少年と少女)の姿に彼らは言葉を失ったのだ。

 

 礼服に身を包んだ銀髪の少年と少女。凡そこのような場に立つには不釣り合いな彼らが、ジャーナリスト達から言葉を奪ったのだ。

 

 彼らはなるほど美しかった。翠色の瞳に人形かと見まがうほどに整った容姿。透き通るような白い肌をした、恐らく13から14歳の少年少女たち。その手の趣味の人間ならば思わず手が出てしまいそうになるだろう彼らだが、ジャーナリスト達は彼らの容姿が秀でているから言葉を失ったわけではない。

 

 フルフルと震えながら手をあげ、一人の記者らしき男性が立ち上がった。質問の時間でもなく、総理大臣が言葉を発している最中。明らかな非礼であるというのに、それを止める人間は周囲には誰も居なかった。

 

「それは、未知とは、それは――」

 

 名乗ることも忘れてその記者は震える手で人差し指を立て、彼はゆっくりとそれを舞台上に向ける。壇上に立つ総理大臣を。

 

 否。

 

「貴方と共に入って来た、彼らの事でしょうか?」

 

 彼の背後に立つ、少年と少女を。特徴的な、大きく尖った耳を持つ二人を指さしていた。

 

「…………質問は、質疑応答の時間まで受け付ける予定はございません。が……その質問であればすぐに答えを返せるでしょう」

 

 彼の言葉に答えるように総理大臣が口を開き、振り返って背後に立つ少女を手招いた。その仕草に呼ばれた少女はにんまりと笑顔を浮かべ、傍らに立つ少年の手を引きずるように引っ張ってマイクの前へと歩み寄る。総理大臣はマイクをスタンドから外すと、彼女が取り落とさないようにゆっくりと丁寧にマイクを手渡した。

 

 マイクを手渡された少女は傍らの少年に何事かを尋ね、少年がそれに答えると納得したかのようにマイクを口元に近づけ、磁器のような唇を動かして話し始めた。

 

 

 

「――ワレワレハウチュウジンダ」

 

 

 

 

「ん? おい、イチロー。反応が薄いぞ」

「お前は第一声でボケなきゃ死ぬのか? エルフの出身は大阪か?」

 

 シン、と別の意味で静まり返った会場内で、少年と少女の会話だけが響き渡った。



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第三百三十三話 牛乳飲めば身長は伸びるのか

誤字修正、244様、アンヘル☆様ありがとうございます!


 東京都西多摩郡に位置する奥多摩町は、この2年で恐らく世界一様変わりした街だと言っても過言ではないだろう。

 

 かつては美しい野山と湖に囲まれた長閑な町――いや。少し人口の多い村落という呼び方が相応しかったこの町は、ふと気づけば駅前に長大な複合施設が出来、田畑は開発されて巨大なマンションへと姿を変えていた。

 

 毎日のようにどこかしこで工事が行われ、山は削られ、道は広げられていく。つい数年前までは一山いくら程度といった価値しかなかった地価は桁違いに跳ね上がり、土地に愛着のある一部の地元民以外は皆が土地を売り払ってその土地に建てられたマンションへ住居を移している。

 

 学校帰り。駅前をぶらついて、恭二の家のコンビニを冷かして家路についた道は、もう無い。無いというよりは、面影が亡くなったというべきか。

 

 発展するという事は、悪い事ではない。元の奥多摩は都内とは思えないほどに山の中だったから、買い物一つするのにも不便なありさまだった。大学生になればこんな町を出て、もっと都会らしい生活を送ってみたいとも思っていた。

 

 今は、そんな事はない。駅前の複合施設はちょっとしたショッピングモールのような規模だし、山を削って開いたエリアには大規模なホームセンターも出来ている。電車の本数も増えたし、青梅方面に抜ける道路も拡張を続けている。

 

 間違いなく、数年前よりも今の方が住みやすくなった。

 

 それが分かるのに、なぜか少し寂しい。

 

「森だらけの領地よりここの方が何倍も住みやすいと思うが」

「それでいいのか、森の民」

 

 変わりゆく故郷にノスタルジーを感じていた俺を、現実に引き戻す少女の声。

 

 恐らく来年以降の教科書に載ることが確定している少し尖った耳が特徴的な少女は、俺の言葉にハァ、と小さくため息をついて首をすくめる。

 

「発展の余地がなく森の中で生きるしかないから森の民等と名乗って誤魔化していたにすぎん。住めるんなら肥沃な平野の方が良いに決まってるだろう?」

「このエルフ夢も希望もないんだけど」

「夢も希望もあったら魔窟になんぞ手は出さんよ」

「夢も希望もあったけどダンジョンに前のめりに入っていった俺たちはいったい……」

 

 異世界レベルでバカなことをしてたのでは、等と自身の行いを思い起こしながら、俺とエルフさんはヤマギシ第二ビルの中に入る。

 

 ヤマギシ第二ビル――最近では奥多摩ダンジョンビルと呼ばれるようになったそこは冒険者用の店舗や日本冒険者協会の本部、そして中心に奥多摩ダンジョンの受付がある、まさに日本の冒険者たちの中心地とも言うべき場所だ。

 

 エルフさんはその中でも、奥多摩ダンジョンの受付――通称『冒険者の酒場』を気に入っている。

 

「やはりここは良いな。空気がダンジョン内に近い」

 

 最近では魔樹を用いて一部カウンターや机が高級品化しているその部屋で、エルフさんはフスー、と大きく息を吸って、吐き出した。魔樹から漏れ出てる魔力に反応でもしてるのかな、と彼女を観察していると、ダンッと大きな音が響く。

 

 音の発生源に視線を向けると、なぜかガイナ立ちをしながら不機嫌そうな口調で愚痴を言う受付嬢に、ヘルメットを被った犬――の被り物をした青年が答える姿が目に入った。

 

「私の大事な仕事場が工事現場の事務所になってるんですがね?」

「いやー、しょうがないっしょ」

 

 受付嬢の名前は如月芽衣子。世界でも日本でしか許されない贅沢、レベル25の受付嬢。それに応対する犬のコスプレイヤーは現場犬と名乗る配信冒険者だ。

 

「何分こっちも急ぎの仕事だ、って政府から言われてますんで。表で抗議活動してる方々に変な感じに先に入り込まれて、所有権だ起源だって言われるのが嫌なんでしょ。政治家様方も」

「エルフっ娘から正式にイッチが受け継いだんでしょ? というかヤマギシチーム抜きで40層に行ける人類が向こうに居ると思えないんだけどね」

「イッチとキョージくんは我が国が起源だって二年位前から言ってませんでしたっけ? あ、頭撫でますね」

 

 そう口にして、現場犬さんはわざわざ席を立って俺の頭を撫でにくる。なぜこっちに来た???

 

 というか一度もかの国とは関りをもったことがないんだが、何故かかの国では俺の演じるハジメや結城一路はかの国の人間だという事になっているらしい。流石に公式設定以外のパロ設定を声高に主張するのはちょっと止めてほしいかなって。

 

 あと、なんも言わなかったら如月さんもナチュラルに頭を撫でにくるの止してもらえます?

 

「あ、すみません。いやー、本当に変身じゃないんです? 随分と可愛くなってしまって」

「変身魔法はちょっとメンテ中で……小さいって意味ですよね? 可愛いって小さいって意味だよな?」

「ははは」

「イッチ、私は……! 元のイッチのカッコよさも捨てがたいけど……!お、おねショタの魅力に抗えない……ッッ」

「とんでもない事言い始めたぞ、この受付嬢」

 

 こわ。とずまりすとこ……とばかりに距離を取ると、如月さんはガーン、と自分の口で言った後に先ほどまで座っていた机に戻り、ヨヨヨ、と魔樹で出来た超高級品の机を涙で汚していく。

 

「貴殿ら。私の弟を誑かすのは止めてもらおうか」

「別にあなたの弟になったわけじゃないんですがね?」

 

 そんなやり取りを傍目で見て何を思ったのか。

 

 姉を名乗り始めたエルフさんは、現場犬さんから俺を後ろ手に庇うようにすると、ガルル、と擬音が聞こえそうな表情で彼をにらみつける。

 

 俺たちが奥多摩ダンジョン40層から帰還して3日。もう何度目になるかも分からないそんなやり取りを楽しそうに眺める現場犬さんを眺めながら、自分の頭にポンと手を置いてみる。

 

 現在の身長、153cm。美形のエルフ少年になるというご褒美と30cmも身長を失うという男にとって再起不能レベルのダメージを受けて、早3日。

 

 牛乳飲めば、元に戻るんだろうか。戻らないかな。戻ると良いなぁ。

 



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第三百三十四話 世界一可愛いエルフ耳少年ボーイ

 体を再構築した。

 

 俺の体に起こった事を一言で表すなら、そういう言葉になるだろう。

 

 あの時、カギを用いて扉を開ききった瞬間、扉の向こうから押し寄せてきた奔流。ダンジョンという色がついた魔力の波、とでも定義すべき力の波は、扉を開いた俺とその隣に立っていた恭二を容赦なく押し流そうと、襲い掛かって来た。

 

 形がないはずなのに圧倒的な質量を伴った魔力の津波に襲われて、俺はバラバラになりかけた。比喩じゃない。元々魔力と親和性の高い体をしていたというのも大きな理由だろうが、洪水が土手を削る様に、魔力の波はじわじわと俺の全身を削り崩していった。自分と魔力との境が曖昧になるあの感覚は、恐らく経験したもの以外には理解できないだろう。

 

 最善はさっきまで隣にいた恭二のように、この流れに逆らわず吹き飛ばされることだ。流れが激しいのは出入り口に身を晒しているからで、入口である彼女から手を離して流されてしまえばどうとでもなるのは、分かっている。

 

 だが、手を離してしまえば瞬く間にこの扉は閉じてしまうだろう。そうなれば、恐らく今度こそ俺は彼女を倒さないと(殺さないと)いけなくなる。

 

 だったら手は一つしかない。魔力で体をどうにかする事に関してはこれでもプロだと自認しているから、咄嗟に変身を使う要領で体を保全した後、数秒を開け放たれた彼女()の前に立ち、魔力の津波を耐えきる。耐えきって、そして。

 

 

 

「世界一可愛いエルフ耳少年ボーイが誕生してしまったんだね……」

「美形だとは思いますが世界一は言いすぎじゃないですかね? あ、アガーテさん道開けないと」

「あ、ああ。すまない」

 

 自分と同じくらいの背丈になってしまった俺の頭の上に手を置いて、悲しそうな声音で呟くアガーテさんを、ぐいっと道の端へ引っ張る。バランスを崩しかけた彼女の肩に手を回して、倒れないように手で支えをつくると、プップーッと警笛の音を鳴らしながらそれほど間を置かず、ついさっきまでアガーテさんが立っていた場所を建材を満載したトラックが掠めて行った。随分とゆっくり走っているのを見るにこちらが動くのを待っていてくれたのだろう。

 

 前は特になんとも思わなかったけど、この体になってからだと感慨深いものがある。何を考えてトラックに「森の妖精」なんて名称を付けたんだろうか。

 

「そういえばエルフってドイツ語ですよね。アガーテさんはあのトラックを初めて見た時、どう思いました?」

「……あ、いや……その」

「なにかドイツだと他の意味合いも持ってたりとかするんですかね……あれ、どうしました?」

 

 少し様子が可笑しいアガーテさんに視線を向けると、アガーテさんは稀に良く見る頬を赤く染めて目を爛々と輝かせる表情でこちらを凝視していた。

 

 ああ、これは不味い奴だと頭が認識した瞬間、すっと肩から手を離す。

 

「鈴木一郎さん」

「はい」

「我慢しました。ひどい目にあった貴方を気遣う気持ちが私にもあるから」

「あ、はい」

「私が一路を愛してるのは本当です。顔も内面も顔も体格も顔も何もかもが理想の男性なんです」

「ありがとう、ございます……? 結局顔じゃ」

「今の鈴木一郎さんは、一路の面影を残しつつも妖精のような端正な顔立ちでもし一路が他種族のお嫁さんを貰って子供が生まれたらこうなんだろうなと妄想が捗って堪りませんが一路ではないので我慢できると思いました」

「我慢してください」

「顔が良すぎて、ダメなんです!!」

 

 顔が良すぎてダメってなんだよ。

 

 そう口にしたい気持ちを抑えてアガーテさんに背を向け、トラックが過ぎ去っていった道を駆ける。

 

 様子を見に来た姉を名乗るエルフ耳の少女がやってくるまでの2時間。俺は逃げ切った。

 

 大事な何かを、俺は守り通したのだ。

 

 

 

『そんな情けない台詞を真顔で吐かれてもなぁ』

「男には小さな意地があるっていうかですね」

「弟よ。女子を惹きつける魅力も甲斐性ではあるが、お前はちと受け身が過ぎるな」

 

 作業員が行き交う玉座の間で、エルフの兄ちゃんと姉を自称するエルフ少女に詰められる。おかしいな。悪いのはそこで草木のツタで全身ぐるぐる巻きにされた錬金術師であって俺は欠片も悪くないはずなんだが。

 

「一郎くん、そろそろ上書きお願いしますね」

「あ、はい。これで30分休憩ですかね」

「そうですねぇ。キリも良いですし」

 

 犬型のヘルメットをつけた現場犬さんの言葉に頷きを返してそう尋ねると、彼は顎に手を当てて少し考える素振りをした後にそう返事を返してきた。少し待ってほしいと40層全域につながる通信機に口を近づけて何事かを話した後、現場犬さんはうんうんと頷きながらこちらに視線を向ける。

 

 さて、お仕事の時間である。まだ4,5回しかやったことがない作業なので少し不安感を覚えながら玉座に深く座り、右手を軸に魔力を玉座に伝える。

 

 ここはこの階層の要、司令塔とも呼ぶべき場所だ。この階層の主であればどれだけ離れた場所でもここから全て確認できるし、手を加えることも出来る。今現在行われている作業は39層へ続く道の舗装と出入口付近で行われている伐採基地の建設作業。それに中心拠点となるこの城の内装工事だ。

 

 それらの作業によって行われた変更点を上書きして保存(・・・・・・・)する。ダンジョン内部ではたとえ建築物を建てたとしても人がいなくなれば次の日には跡形もなく消え去ってしまうが、この階層の主であればそれを上書きして保存することも可能だった。

 

 つまり、エルフ耳の少女――巫女姫と名乗る彼女。

 

 そして彼女を扉に見立ててダンジョンの深淵を開き、覗き見て、そして体を再構成し何故か彼女とほぼ(・・)同じ体を持った今の俺ならば上書き保存(それ)を行うことが出来るのだ。

 

 39層が罠だらけだったのは、あの階層の主であったエルフ兄さんが罠漁師が罠を作るたびに上書き保存していたかららしい。そら足の踏み場もないくらいに罠だらけになるわな、と初めて聞いたときには思ったし、彼らはダンジョンが出来た瞬間から延々来るべき日に向けて準備していたという事実には申し訳なさしかなかった。

 

 あの攻略方法で3年余りの努力を一瞬で無に帰してしまったのだ。エルフ兄さんも笑うっきゃなかったろう。

 

「上書き終了しました」

「はい、了解です」

 

 等と考えている間に必要な作業は終わり、俺の言葉に相槌を返した後に現場犬さんは無線で各所への指示を飛ばす。

 

 世界初のダンジョン内拠点。それも町一つと言える規模の未だ名も付けられていない場所の開発は、始まったばかりだ。




名前どうしよう()


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第三百三十五話 来季決算が楽しみですね

奥多摩個人迷宮(原作)コミカライズおめでとうございます!!!!むしろありがとうございます!!!!!
何年待ったか……何年………………

コミックシーモア 奥多摩個人迷宮
https://www.cmoa.jp/title/271870/ @comic_cmoa


 新しく攻略した奥多摩ダンジョンの40層はモンスターの出ない安全なエリアである。

 

 この情報は世界冒険者協会が主導となり、瞬く間に世界中に拡散され、新たなる知的生命体との邂逅という深い衝撃と共に浸透していった。そして発表から数時間もまたずに各地の研究者や冒険者、そしてそれらを飛び越えて各国政府が見解を発表する事態へと進んでいった。

 

 ここ最近停滞していたダンジョン攻略が進んだ事も大きい。新たなる知的生命体? 人類は唯一無二の知的生命体ではなかったと証明されたのは素晴らしい! だが、それらよりもなによりも各国政府が対応しなければいけない問題がこの発表には含まれていた。

 

 部分的ではあるがダンジョンの制御に成功したこと。そして40層だけとはいえ、ほぼ領有化と言えるレベルでの実効支配が行えているという事実が、各国首脳部を刺激したのだ。

 

「世界中の国家から協会への連絡がひっきりなしで、寝る暇もありません」

「貴女、狙いましたね?」

 

 ニコニコとコーヒーを啜るケイティに我がヤマギシが誇る裏方ヒーロー、シャーロット・オガワさんが渋そうな表情を浮かべてそう尋ねると、ケイティはコーヒーカップをテーブルに置いた。

 

「停滞していたダンジョン探索に対して弾みになれば。この思いに嘘偽りはありません。もちろん、協会の影響力を増すチャンスであるとは思っていましたが」

「政治家にとってダンジョンは突然降って湧いた金山のようなもの。しかもそこに、金より付加価値があるものが現れ、そしてそれが簡単に手に入るかもしれない。夢を見るには十分すぎる状況でしょうね。そして夢を見たとしても現状でまともにダンジョン探索が出来るのは世界冒険者協会所属の冒険者だけ。各国の誘致合戦が楽しみね」

「各国はまず、ダンジョンへの探索を行う冒険者の育成をするところから始めなければいけませんから。もちろん、我々世界冒険者協会は条件が合う(・・・・・)方々からの誘致には喜んでお答えする予定ですよ?」

「ダンジョン周辺の開発ノウハウを持ってるヤマギシ・ブラスコの、来季決算が楽しみですね」

「ヤマギシが蓄積したノウハウがあればこそですので……お力添えを頂ければ」

 

 ダンジョンの資源はダンジョンでしか手に入らないため、元々高騰していた。が、その中でも最近発見された魔樹は、右肩上がりで需要が伸び続けている。ダンジョンに潜らずとも魔力を帯びることが出来る、その一点だけでも世界中の金持ちが喉から手が出るほどに欲しいものなのに、軽度の魔力を常に放出するという特性はマジックアイテムの素材としても非常に優秀なのだ。

 

 特に消費魔力の少ないエアコントロールや翻訳魔法であれば魔樹の木片でも十分発動できるのは確認しているから、魔力がない人間でも扱えるマジックアイテムの開発・作成には必要不可欠とも言えるだろう。

 

 そして今回の40層の解放と拠点化は、この圧倒的な需要過多の状況を崩す大きな一歩ともいえる。

 

 今までは恭二の収納魔法がなければ持ち帰ることが難しかった魔樹が、これからは39層で伐採→40層からエレベーターで1層へ運ぶことが出来るようになったのはデカい。また、伐採の邪魔になりそうな39層の影モンスターは40層を支配してからは出現しなくなった。これは姉を名乗る少女曰く、本体が40層に居る以上影は存在できないから、だそうだ。

 

 つまり39層もほぼ安全地帯と言える状況で、そのため現在は邪魔も心配せずに39層と40層の間の門に木材運搬用のレールを通す工事を進めることが出来ている。シャーリーさんの概算としては、この工事が完成すればこれまでの十倍以上の速度で伐採が可能になるそうだ。

 

 そこまで行くと39層が禿山のようにならないか心配なのだが、これについては36層あたりでやっていた頃合いを見て一晩放置して復活させるらしい。このため39層側の施設や線路はすぐに撤去出来る簡易的なものになるそうだ。

 

 そして39層を禿山にする勢いで伐採しても、まったく需要に追い付かないとの試算も出ている。

 

「弟ーーっ!」

 

 環境破壊がなぜ起こるのか。その現実を目の当たりにしていた俺に、姉を名乗るエルフ少女がセーラー服を着て飛び掛かって来る。流石に座ったまま避けることも出来ず横合いからのタックルを受け止めると、姉を名乗るエルフ少女は随分とおびえた様子で背後に迫る変態という名の淑女(ヤマギシ広報部)の群れを指さした。

 

「あいつら、あいつら目が! 獲物を前にして舌ぺろぺろするカエルみたいな目が!」

「貴女の世界のカエルは獲物の前で舌ぺろぺろするんですか」

「帰ろう!? ね、私たちの城に帰ろう!? 工事の音が煩くて寝れないなんてわがまま言わないから!!」

 

 ちょっと見てみたいなそのカエル、等と思っていると、姉を名乗るエルフ少女が俺の首元を掴んでガックンガックンと揺さぶって来る。俺の家はむしろこっちなんだが、まぁ彼女にとってはあの城が家であるのは間違いないだろう。

 

 まぁ彼女と俺は現状離れられない状況なので、彼女を助けると誓った手前出来るだけ希望には添えたい所。俺たちの様子をほほえましそうに眺めるケイティとちょっと瞳孔が開いてるシャーリーさんに許可を取って、俺たちは廊下で待っていたSPさんをぞろぞろと引き連れてヤマギシ広報部(魔境)を後にすることになった。

 

「じゃあうちの実家に行きましょうか。久しぶりに爺さんの作った鹿のジャーキー食べたいし」

「早く! ここから出るぞ弟ああ窓に!ドアガラスの向こうに(窓に!!?)

 

 北海道に行った恭二がそろそろダンジョンアタックにかかる頃だろうし、果報は食って待つとしよう。



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第三百三十六話 実の兄がショタエルフになってモテモテすぎる件について

奥多摩個人迷宮コミカライズありがとう。本当に、ありがとう。
あんまりにも嬉しくてちょっと早く書き上げちゃったのでコミックシーモアの奥多摩個人迷宮(フルカラーコミカライズ)を宣伝させてください。

コミックシーモア 奥多摩個人迷宮
https://www.cmoa.jp/title/271870/

誤字修正、244様、ドッペルドッペル様ありがとうございます


 祖父ちゃんと姉を名乗るエルフ少女がやたらと仲良くなって困った。

 

「弟! 速く爺の家に行くぞ!」

「鈴木さん! 40層攻略について一言!」

「ノーコメントで」

「あの少女との関係性は一体!」

「その変身はいつまで続けるんですか!?」

「新作映画の噂は本当ですか!!」

「女優の――さんとの関係について!」

「ノーコメえ、誰それ?」

 

 何が困ったって、やたらと祖父ちゃんの家に行きたがる姉を名乗るエルフ少女に合わせる形で実家に帰宅すると高確率で取材陣に囲まれるのだ。SPさんたちはエルフ少女を守るために動いてくれてるが、その分手薄になった俺は家に入るまで取材陣に囲まれるわけで。

 

 こういう動きにくい時こそスパイダーマンの出番なんだが、残念なことに現在俺の体は変身が出来ない。

 

 というのも現状、俺の体は本来の姿とは全く違う状態らしくその状況で変身を行うのは危険……らしい。説明してくれた結城さんもここ最近の騒動続きにかなり疲れた様子で、頼むから暫く変身は控えてくれと言っていたので俺はその判断に従った。

 

 現状、結城さんを始めとした頭脳労働が出来るキャラクターが頭を悩ませて体の安定化と元の状態へ戻すために知恵を絞ってくれているので、少なくともその結果が出るまで変身はお預けだ。

 

 という訳でこの場から上手く抜け出すことも出来ず。また、強化された身体能力では無理に押し通ろうとするとそれだけで何人か“挽き”殺してしまうので力押しすることもできず。結局騒ぎを聞きつけた祖父ちゃんが報道陣を一喝して散らすまで、俺はマイクでもみくちゃにされるハメになった。

 

 

 

「実の兄がショタエルフになってモテモテすぎる件について……っと」

「好きでマスコミにモテてるわけじゃないんだけどな。それと、なんだその何年か前にどこかの小説サイトで流行ってそうなタイトルは」

「え、今まさに流行ってるくらいのタイトルじゃない?」

 

 北海道から帰って来た妹の言葉にジェネレーションギャップを感じながらお土産の恋人を名乗るラスクを齧る。北海道の夕張ダンジョンでは夕張メロンを使ったラスクを『ダンジョンの恋人』と名付けて販売し、結構な収益をあげているらしい。

 

 商魂逞しいなぁと思いながら隣に座る姉を名乗るエルフ少女にそれを渡すと、彼女はおっかなびっくりといった様子で包装を開けて中のラスクを渋い顔で眺めていた。

 

「あれ。姉を名乗るエルフさん、どうしました?」

「お兄ちゃん、いい加減名前で呼んであげれば?」

「ううむ。これは、――――か……? 固いから嫌いなんだが」

「似たような食べ物がある……もしや噂に聞くレンバスか?」

「レンバス。こちらの言葉ではこの菓子をそう呼ぶのか。あれはまぁ貴重品ではあるし甘いのだが、歯が欠けそうなほどに固いんだよ」

「それはめちゃめちゃ柔らかいんで大丈夫ですよ?」

「スルーは酷くない?」

「ほんとか? 弟、信じるぞ……?」

 

 宥めすかしてみると姉を名乗るエルフ少女は「ええい、ままよ!」とどこからか調達したらしい語彙を使って『ダンジョンの恋人』に齧りつき、次の瞬間に「あまーーーーーい!」と叫び声をあげた。

 

「相変わらずべったりなんだな、この娘」

「ダンジョン外だと俺から離れられんしな」

 

 恭二の言葉にそう返事を返す。今の所姉を名乗るエルフ少女は、ダンジョン外だと俺から50m以上離れることが出来ない。比喩とかではなく物理的な話だ。

 

 見えない線のようなもので俺と彼女は繋がっており、ダンジョン外部に出るとそれが俺と彼女の行動を縛っている。縛るというよりは、互いに距離を離れることが出来ない、と言ったほうが正しいか。何度か距離を離せないか実験してみたものの、それらは全て失敗してしまった。姉を名乗るエルフ少女を車に乗せて走った時はウェブを使って大型ヴィランを止めようとするスパイダーマンの気持ちが味わえた。もう2度とやりたくない。

 

 また、彼女はダンジョン外ではそのケーブルを通して、肉体の維持のための魔力を俺から受け取っているのが分かった。つまり、変身の発展形の一つであるヒーローの形成とほぼ同じ原理で彼女はダンジョン外でも受肉しているのだ。

 

 まぁ、元になった形成はダンジョン外だとあっという間に魔力が切れる極悪燃費だったがこちらはかなりリーズナブルというか、全然負担がないから別物ではあるんだろうが。

 

 彼女とつながるこの見えない線のようなものを、アガーテさんは“魔力ケーブル”と名付けた。本来ならそろそろドイツに帰るべき彼女が今も元気に奥多摩で俺に襲い掛かっているのは、この“魔力ケーブル”がどういう物なのかを解明するためだったりする。

 

「あ、だからアガーテさんがまだ居るんだ」

「真一さんが物凄くこの魔力ケーブルってものに興味持ってるからなぁ」

「うまい!うまい!うまい!うまい!」

 

 これが解明できれば一切のロスなく送電線のように魔力を送る事も可能になるかもしれない。魔力エネルギーの開発に日夜邁進しているヤマギシとしては興味津々な存在だ。

 

 あと姉を名乗るエルフ少女さん。そんなに食べると夕飯が入らなくなりますよ?

 

「所で北海道はどうだった?」

「あー、うん。ネズ吉さんは相変わらずだったけどあの人もう個人で30層超えちゃってたねぇ」

「超えちゃってたかぁ」

「ボス部屋以外は本当に私たちやること無かったなぁ」

 

 暗にそれ以外はアンブッシュで全部処理してしまってるんだろうな。

 

「まぁ、40層は突破したよ。夕張ダンジョンも」

「お、お疲れさん」

 

 直接面と向かっての殴り合いって意味だとネズ吉さんは確かにヤマギシチームに劣るが、何でもありって場合あれほど怖い冒険者はほかに居ない。目の前にいるはずなのにネズ吉さんを見失って真正面から首を掻き切られたモンスターを見れば、どんな人でもあの人を侮ろうなんて考えないだろう。

 

 前回のメンバーから俺とケイティを除き、代わりにネズ吉さんと最近新婚になった岩田さんを加えた6人で40層を再攻略出来たんだから、総合力で見ればあの人もヤマギシチーム級だと言える。

 

 まぁ、その辺は兎も角として、だ。

 

「どうだった?」

「40層を攻略して、次の日にエレベーターを使って40層を確認してきた」

 

 なにが、とは言わずに問いかけた俺の言葉に、反応したのは一花ではなく恭二だった。少し苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべた後に恭二は口を開く。

 

「40層は、セーフティーだ」

 

 恐らく、世界中の政治家が望んだ言葉を吐き出して、恭二は深いため息をついた。



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第三百三十七話 魔法剣

「40層を攻略した後、あそこは元々拠点として利用できるように作られている。意味は分かるか?」

「皆さんが北海道へ赴いている間に、こちらでも色々試してみました。まずはこれをご覧ください」

 

 姉を名乗るエルフ少女の言葉に、俺たちの装備、特に武器開発を担当してくれている刀匠・藤島さんが続けるように口を開く。

 

 言葉の後、彼は一本の刀を取り出した。特に拵えにも特徴のない、傍から見れば普通の刀にしか見えないそれにその場全員の耳目を集めた後、彼は小さく「抜きます」と言葉にして、鞘から刀を抜く。

 

 ――最初に感じたのは、熱だった。

 

 抜き放たれた瞬間、周囲の空気が歪むほどに強烈な熱を放った刀は、ただそこにあるだけで周囲の温度を引き上げ続けている。

 

 燃えているわけではない。ただ、熱い。

 

「―――の工房を使ったな? 良い剣だ」

「……魔法剣? それは、ええと」

「ええ。魔法剣です。付与しているわけでも、ファイアーボールを纏わせているわけでもありません。そうあれと打ち、そうあるように作られた本物の、魔法剣です」

 

 藤島さんは言葉を震わせながら、ゆっくりと。噛みしめるようにそう口にして、刀を鞘に納めた。

 

「エアコントロール越しでも分かる位に、発熱してましたね」

「ええ。軽く魔力を通すだけで熱を持ちます。恐らく、2000度近くまで上がります」

「なんでそれで刀身無事なんですか」

「わかりません」

 

 いっそすがすがしい程にそう言い切った藤島さんに全員の視線が集中する。

 

「作業工程は、地上と同じです。違うのは場所と、人間です。私は普段一人で打ってますが、この刀を打った時は、ええと。あの」

「―――だな? ああ、そうか。こちらの言葉では認識できぬか」

「体格のいいエルフの、そう。鍛冶師の男性を指すならそれで間違いありません。彼に相槌を頼み、こちらの流儀で刀を打ったらこれが出来上がりました。彼は非常に腕のいい鍛冶師でした。これは、良いものです」

 

 そこまで口にしてから、藤島さんは深く大きなため息を吐く。

 

 良いものを打ったと言うのに表情が暗いのは、これを為したのが自分の力ではないと思っているからだろうか。

 

「―――は故国でも随一と言われる鍛冶師だったが、この国でもその腕は通じたか。色々と面白い国だが、一つの分野で通ずるものがあるなら我々の都も役に立つだろう」

「都っていう規模じゃないけどね!」

「ダンジョンに必要な部分だけが再現されているが、我々の都は、元はもっと大きな都市だったんだぞ。確かにお前らの都は人も建物も大きいが」

 

 一花の言葉に姉を名乗るエルフ少女が張り合うようにそう口を尖らせる。

 

 彼女を新宿駅前に連れて行ったらどういう反応をするんだろう。少しやってみたいな、と考えていると姉を名乗るエルフ少女が怪訝そうにこちらに視線を向けてくる。

 

 魔力ケーブルで繋がっているためか、近距離にいるとなんとなく互いに考えている事がわかるせいで、あまり隠し事ができない。

 

「40層だと、他に利用できる施設はどういったものがあるんだっけ」

「うむ。私以外の12名には家屋があるだろう? 彼らはそこでそれぞれの役割に応じた働きをしてくれる。戦士長ならば戦士の訓練を。商人であれば我々の故国のアイテム販売を」

「でも通貨はダンジョン内で手に入る奴だけなんでしょ?」

「うむ。後は素材を売れば換金してくれるぞ? もちろん商人の手持ち以上には買い取れないが」

「MMOの商人プレイかな???」

 

 誤魔化すために他の役割について尋ねると、コロッと誘導に応じた姉を名乗るエルフ少女と一花の会話が始まる。

 

 ここで話題に出てくる通貨とは、10層ごとに存在するエレベーターホール前の特別なボスを倒した時に出る宝箱の中身の事だ。

 

 今まで全く使用用途が不明だった硬貨にようやく使い道が誕生したのは嬉しいんだが。それほど量のないアレだけでどれだけ買い物が出来るんだろうか。

 

「買い物以外でも訓練を受ける際には謝礼が必要であるし工房を使用する際にも当然使用料は必要だ。農場を借りたいとも言われていたが、その場合は一区画ごとに銅貨なん枚という形になるだろうな。その辺りは担当の者に確認してくれ」

「ローグライクから経営SLGになったのかな???」

「なんで40層なんだよ。これ10層くらいに在った方が良い奴だろ」

「知らん。恐らくは奴も学んでいる途上なのだろう」

 

 恭二の愚痴にも似た言葉を姉を名乗るエルフ少女は一言で切って捨て、不機嫌そうに言葉をつづける。

 

 彼女が言う奴というのは、おそらくダンジョンの造物主だろう存在だ。

 

 俺と彼女。そして“扉”を開けた時すぐそばに居た恭二は、確かにあの瞬間に奴を知覚した。おぼろげながらも見ることが出来たのは俺だけだったが、二人は確かにあの瞬間、扉の向こうで興味深そうにこちらを観察するナニカの存在に気付いた。

 

「私たちの時もそうだった。奴は魔窟に潜る者の成長を望んでいる。その世界に合わせたやり方で、魔窟に人を誘うのだ――それがどういう理由で行われているかは、知らんがな」

 

 そこまで言った後、彼女は座っていたソファに深く腰を沈めて、むすっとした表情で黙り込んだ。

 

 姉を名乗るエルフ少女と彼女の一党は、記憶がほとんど残っていないらしい。恐らくはそこまで再現されていなかっただけなんだろうが、自分が造りものであるという事をこの上なく実感させてくるその事実が、彼女にとって非常に苛立たしいようだ。

 

「――ところで、これ。どう考えても貨幣が足りないと思うんだけどさ。その辺ってどうなるの?」

「うん? 手持ちの金銭では賄えぬのか」

「流石に宝箱の通貨だけだとね。貨幣量全然足りないと思うよ」

 

 場の空気が悪くなったのを悟ったのか。一花が話を変えるように話題を切り出すと、姉を名乗るエルフ少女も気を取り直したように会話を始める。

 

 確かに、宝箱に入っていた通貨がどれだけの価値があるかは分からないが、せいぜい硬貨数枚という内容では満足に店舗を利用することも出来そうにない。

 

 別に初回踏破だけじゃなく、新規PTが攻略するたびに宝箱は手に入るらしいんだが、それだってそこまで多いわけじゃないし大体の冒険者は20層まで行けるかどうかってレベルだ。全冒険者が持っている通貨をすべて集めればまた話は変わってくるだろうが。

 

「なるほど。であれば通貨を発行するしかあるまいな」

「……おおっといきなり話の規模が変わったぞ? え、いや。そうかあそこってよく考えれば城だし姫ちゃんは王女って役割だろうから」

「王たる我が弟が玉座で“そうあれかし”と発すれば貨幣も用意できるだろう」

 

 な、我が弟! と曇りなき笑顔でこちらに話を振る姉を名乗るエルフ少女の言葉に、その場に居る全員の視線が俺に集中する。

 

 いや、こっちを見られても何も分からないんだが。え、そうなの?



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第三百三十八話 そうあれかし

誤字修正、garaasaa様、244様ありがとうございます!


「そうあれかし」

 

 ペカー

 

「ありがとうございます。次はゴブリンの短剣2万本ですね。現在のレートだと金貨で26枚、銀貨4枚に銅貨が52枚です」

「おかのした」

「次の搬入入りまーす!」

 

 殺風景だった内装を近代的に整えられた玉座の間で、玉座に座って「そうあれかし」と呟く。それがここ一月の仕事になりました、鈴木一郎です。

 

 持ち込まれたダンジョン産の物資――ほとんどが低層のモンスタードロップだ――に手を向けて変換すると、ペカーっと光った後にその場には十数枚の硬貨が落ちており、職員はそれらを種類別に分けてアタッシュケースに分けて詰めていく。

 

 この硬貨はダンジョンの40層でしか使用できないものだ。使用用途もこの階層にある店舗や田畑、訓練施設といった設備を使用する際に支払うものでかなり限定されている。

 

 そのため、一先ずは少量ずつ。直通で40層まで来れるようにはなったが安全性を考えるとあるレベル以上の冒険者以外は入れない方が良い、という恭二の主張もあり、ゆっくりとこの階層の有用性を調べていこうと、当初は考えられていた。

 

 だが、ヤマギシという会社がなぜこれほど急激に膨張したのか。ダンジョンが世にどれだけの影響を与えるのかを甘く見ていたこの考えは、あっさり覆される事となる。

 

 最初は訓練施設だった。ダンジョン40層マラソン中の恭二が試しに、と自身の持っていた硬貨で戦士長の訓練を受けたのだ。

 

 魔法を主軸に接近戦も、というどちらかというと魔法戦士とでも呼ぶべき恭二は、接近戦を安定して戦える技術を求めていた。戦士長はなるほど、と恭二の相談にのり、それならば小盾を使った防御技術。いわゆるパリィを覚えてはどうかと言った。

 

 そして恭二に盾を持たせた後、こういう風にやるのだ、と何回か実演を交えて伝えると、恭二はパリィを覚えていた。

 

 比喩ではない。魔法を唱えれば魔法が出るように、パリィを使おうとすればパリィが使えるのだ。自然と、その動作が、行われるのだ。

 

 もちろんその日のうちにヤマギシ家族会議が開催され、満場一致で社員のスキルアップのために使用することが可決された。この段階で嫌な予感はしていた。

 

 次に起きたのは農場と、牧場だ。この農場では畑の一区画を有料で貸し出しており、そこの維持管理をエルフの農夫さんがやってくれる。こちらは種子を提供してお金を払うだけで育ててくれる上に稲作までやってくれるそうなので、40層開通初期から利用していたのだが。

 

 そこで作られた作物がヤバかった。米とか特にヤバかった。なんかヤバいとしか思い浮かばないレベルの作物が出来上がったのだ。

 

 まず成長が速い。尋常じゃなく早い。預けて1週間くらいで普通に完成してる。牧場〇語でもやってるのかという生育速度だ。そして普通に炊いただけでも匂いが凄い。米が炊き上がる匂いだけでご飯が3、4杯いけそうで、炊き上がった米を盛りつけたら一瞬蒸気に虹が垣間見えた。

 

 実際に食べた後も凄かった。一口一口噛みしめるたびに甘みと旨味がコラボして胃袋を殴りつけてくる。これでお替りをしないなんて米に対する冒涜だ。結局おかずも食べずに最初の数杯はお替りする事になった。

 

 そして効能。これが一番問題というか、ヤバいとしか言えないのはこの辺なんだが。

 

 まず、ダンジョンの農場で作った作物を食べるとどうもバフがかかる。魔力が全身にみなぎる感覚というか、なんというか。実際に冒険者用の体力測定機器で試してみると、ダンジョン農場産の作物を食べた時と食べないときでは1.5倍ほどの開きが出ていた。

 

 同じく農場でも既存の家畜。例えば牛や豚を飼育する事が出来るため、なぜか牧場主ではなく牧童と呼ばれているエルフの少年に預けて育てた結果、子牛や子豚が1週も経たずに成熟し美味しいお肉になった。ちゃんと一頭分のお肉になって木の箱に詰めて氷漬けで手渡してくれた。

 

 そしてこちらを実食してみると、まぁ素晴らしい。本職のステーキ屋さんであるブラックさんに調理をお願いしたところ、調理場から味王様ビームみたいな光が漏れ出ていたし、漂ってくる匂いだけで涎が止まらなくなった。

 

 実際に出てきたお肉は周囲で漂う湯気が虹色みたいな光彩を放っていて、つい食べる前に拝んでしまったが、アレを目にした人はきっと同じことをすると俺は確信している。

 

 味? 味は、何故かよく覚えていない。気づいたらステーキ皿は空になっていて、2枚目を再注文していた結果だけが残っている。勿論2枚目の味も覚えていない。

 

 この結果にアガーテさんは発狂した。元からたまに狂ってるような気もするが、いい加減帰って来てくれお前はドイツ冒険者協会のトップなんだぞ、とドイツからの電話で泣きつかれた際に『私はこの農場で作ったジャガイモを常食できるようになるまで帰らないぞ! 良いかフリじゃないからな!』などと叫び声で返したほどだ。

 

 食い物は、まぁ、しょうがない。割とガチ目にアガーテさんにはお世話になっているので出来る限り要望には応えるつもりだ。

 

「さしあたってはヤマギシチームでドイツのダンジョンを1つか2つ解放して差し上げてですね。もちろんメンバーはベストメンバーで」

「鈴木さん、次です、今日は後13回になります」

「はい」

 

 この造幣局、持ち込まれた物資の分しか貨幣にすることが出来ないせいで一度に大量に貨幣を作るという事が出来ない。当然需要に全然間に合わせられないため、俺は土日も惜しんで毎日「そうあれかし」と叫ぶ日々を送っている。

 

 これが無能上司の末路の一つ、判子マシーンか。漫画やアニメで見る分には楽そうだと思っていたが、ただ座って同じことを繰り返すって中々辛いもんだな。



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第三百三十九話 造幣局鈴木一郎

誤字修正、244様ありがとうございます


 1日8時間豪華な椅子に座って「そうあれかし」と呟くだけの簡単な作業を初めて1月。積んでいたゲームや漫画、アニメのDVDで玉座の周辺は俺の部屋と化していた。

 

 唯一の不満と言えば流石にこの階層だとネット環境がないくらいか。エレベーター越しにはネット環境を築くことが出来ないし、10層からそれ以降にインフラを伸ばすには手と人員が足りなさすぎる。

 

「鈴木さーん、次はワーウルフの牙1万個です」

「そうあれかしー」

 

 ペカー

 

 ネット環境がいらないPS2のゲームで円卓の鬼神になりながらそう口にすると、部屋の中が光に包まれ、次いでチャリンチャリンと硬貨が地面に落ちる音がする。良い音だ。なんど聞いても聞き飽きない。

 

「お兄ちゃん」

「行くぞ! 臆病者!」

「いやそれ臆病者はサイファーじゃ。違う、おーいお兄ちゃん!」

 

 なぜか飛んでくるビームをかわしながらミサイルを放っていると、グイッと耳を引っ張られる。あ、ちょ。今その耳敏感なんだからやめ、やめるぉぉ(巻き舌)

 

「あ、起きた起きた」

「兄はずっと起きて居たんですがそれは」

「なら早めにこっちに気づいてほしかったな???」

 

 半ば無意識で仕事しながらゲームをしていると、随分と久しぶりに感じるマイシスターの姿がそこにあった。

 

 あれ、確か今、俺を覗いたヤマギシチームは40層解放マラソン中じゃなかったかな。一花もそっちに付いて行ったと思ってたんだけど。

 

 夕張ダンジョンの40層を攻略した後、恭二を含むヤマギシチームはそのまま日本中のダンジョンを40層まで解放する事になった。40層の有用性を考え、これは至急で済まさないといけないと判断されたからだ。

 

 ダンジョン攻略は身の丈に合った階層を、という信条をもつ恭二は反対よりだったが、40層で訓練をする効果が思った以上に大きい事と安全に魔樹を伐採できるという経済的な利点、それに現状では本当に40層がセーフティーエリアであるのか、奥多摩と夕張だけが例外なのではないか、という疑問がぬぐい切れないため、最終的には日本に存在するダンジョンは全て40層まで解放するということで納得したらしい。

 

 俺はその会議に参加しなかったので伝聞だが。その会議の時も元気よく「そうあれかし!」と言ってたからな。

 

「それで、無限そうあれかし呟きマシーンと化した兄に何の用だ妹よ」

「あ、これ大分ダメージいってるね???」

「だって、この仕事、ちょう、つまんね」

 

 一言一言はっきりと、区切りながらそう言葉を発する。大事なことなので聞き逃されたら溜まらんからな。最初のうちは姉を名乗るエルフ少女が横に居てひっ切りなしに話しかけてくるのでまだ我慢できたが、あの娘も大概飽き性だからな。

 

 1週間もしないうちに「ちょっと遊んでくる!」と言って検証のために各訓練所を回っているヤマギシ社員や奥多摩ダンジョンで教官を務めている冒険者の群れに突撃していき、今ではちょっとしたアイドル扱いらしい。可愛いエルフだしね。仕方ないね。

 

 おかげで彼らが外に出る前に「イッチさ。いい加減、あの娘に名前つけろよ」って割とガチ目な説教をされるんだ。いや、俺だってさ。いい加減姉を名乗るエルフ少女なんて呼びたくはないんだけど色々事情があるんだよ。

 

 今の俺と彼女は魔力ケーブルで繋がっている。ダンジョン外と違って内部だとどれだけ離れても問題ないのだが、それでも繋がっている実感はある。

 

 そんな状態で俺が彼女の名前を決めてしまうと、それが彼女の“本当の”名前になりかねない、らしいんだ。

 

 その辺は正直俺も理解していない。けれど、他でもない彼女本人がそう言ってるんだから間違いないんだろう。

 

 彼女にとってはむしろバッチこい、らしいんだが。

 

 俺としてはどうもその辺、踏ん切りがつかないというか。

 

「でも他のエルフさんもお兄ちゃんしか命名権ないんでしょ? 王様だし」

「なんで俺が王様なんだろうな」

「キーブレードぶち込んだからでしょ」

 

 端的にはっきりと口にした妹の言葉に、はい。と頷きを返す。ぐうの音も出ないとはこういうことなんだろう。

 

 あの場面の事は一切後悔していないしまた同じ場面に遭遇したら同じことをすると断言できるが、とはいえ現状の事を考えると色々「やっちまった」と思ってしまうのは否めない。

 

 変身能力が機能不全を起こしているのは、まぁ飲み込めるとしても現状一人で造幣局やってるのは流石に何とかしたいもんだ。ヤマギシの社内ルールとして1日8時間労働だけは順守しているが、このままのペースで一人で供給とかいう話になると本気でこの40層から離れることが出来なくなる。

 

 この仕事が大切なものだってのは分かっているんだが、俺には正直全然合わない。この1月言いすぎて「そうあれかし」と呟くと時折気が狂いそうになるんだ。

 

「あ、うん。本当に大変だね……?」

「日本刀持ったシスターが嫌いになりそう」

「完全にとばっちりで草」

「兄の一大事に草生やしてるんじゃない」

「ごめんて。まぁ、そんなお兄ちゃんに朗報だよ!」

 

 ケラケラと笑う妹に兄としての威厳たっぷりにそう注意すると、一花は笑いながら頭を下げてピン、と指を立てる。

 

「今、このお城の上で実験してたんだけどさ。造幣局、なんとかなるかも」




本当は明日更新予定だったんですがまた一つ齢を重ねた記念にちょっと早く書き上げました(嘘)
今年もよろしくお願いします(抱負)


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第三百四十話 そこで私は賭けに出た。

「そこで私は賭けに出た。一路が目の前にいるのに手を出すことが出来ない状況にうんざりした私は賭けに出たのだ。だからありとあらゆる結城一路グッズで埋め尽くされた箱の中に閉じこもり、餓死する前に映画内43分時点の戦闘によって受けた傷によりズタズタになってエッチすぎる革ジャンを身に着けた一路が箱を開けて引き出してくれるのに賭けたのだ」

「意味が分からないが、お前は弟が好きなのか?」

 

 階段を上り屋上に出ると、目の前で怪談が話されていた。

 

 ハッハッハッ、我ながらうまい事言えたな。よし、昼の休憩も済んだことだし頑張って「そうあれかしー」してくるか。勤労は国民の義務だからな。20歳になったしちゃんと働いてお国にご奉公しないと。

 

「はい、気持ちは分かるけど行くよお兄ちゃん」

「アレを見てくれ、一花。姉を名乗るエルフ少女ともうアレとしか言えない魔女帽を被った20代後半の女性がへのへのもへじと書かれた何故かうちの中学の制服を着た案山子みたいな物体を挟んでアレな会話を繰り広げているんだよ」

「うんうん」

「近寄らない方が良いだろう?」

「うーむむむ否定できないなぁ!」

 

 見ている分には同年代の少女同士で会話に花を咲かせているように見えるが、会話の内容を聞けば10対0でいたいけな少女をダメな大人が騙しているとしか思えない。

 

 俺の言葉に一花はひどく悩ましげな表情で眉を寄せる。否定する材料を探しているのか「うーん」とかわいらしい唸り声をあげて思案しているが、中々言葉が思い浮かばないのか首を右に倒したり左に倒したりと考え続けているようだ。

 

 これは間違いなく論破した。勝ったな、風呂入って来るか。

 

「でもここで回避に成功しても今度はアレもって玉座の所に行くだけだよ?」

「回避手段をワ〇ップで探してくるからちょっと待っててくれない?」

「お兄ちゃんは逃げられません! 理由はもうお分かりですね? お兄ちゃんが逃げたとして30分もすれば彼女たちはアレをもって問答無用で玉座の間にやってくるからです!」

「覚悟の準備をしておく時間くらいくれよ」

「どんまい!」

 

 ただ一言で切って捨てられ、一花はズルズルと俺を引きずって歩き始める。なぜかくも現実は世知辛いのか。

 

 

 

「この階層の権限を有する弟なら役割を分担する事自体は問題ないんだ。ただそれをするには役割を振るべき存在が必要で、それは外部からの人間である探窟者にすることが出来ない。私達のように魔窟で生まれた存在でなければ役割を与えられないんだ」

「すみません、腹切って詫びます」

「お、おお。どうした弟? ぽんぽん痛いのか?」

「思った以上に真面目な話だったから恥ずかしくなっただけだよ! 姫は気にしないでいいから!」

「う、うむ?」

 

 ワイは恥ずかしかっ! 生きておられんごっ! と叫びそうになるのをなんとか堪えてその場に正座する事で謝罪をアピールすると、姉を名乗るエルフ少女は不思議なものをみるような目つきでこちらに視線を向けてくる。

 

「この案山子。便宜上フォーゲルくんと名付けたが、こいつは魔樹と魔鉄で全身を組んである。衣服はマスターから提供して頂いた一路の中学時代の制服だが」

「弟と関連付ける上でなじみのある物品が必要だったからな、すまんが借りているぞ」

「それは全然かまわないんですが、なんで俺の制服ちょっと全体的に汚れてるのかな???」

「この案山子に着せる際にはもうこの状態だったが……汚してしまったならすまん。許せ、弟よ」

 

 そう言って頭を下げる姉を名乗るエルフ少女に気にしないでくれと首を振る。中学生が3年も使っていたのだ。当然大分草臥れているのはしょうがないだろう。まぁ、卒業した後にクリーニングに出して仕舞った際には結構綺麗になっていたと思う。

 

 そう思っていたのだが、仕舞う前は少なくとも胸元とかについた染みっぽい何かはついていなかったと思うし、それを姉を名乗るエルフ少女が付けるとも思えなかったのでその旨を視線に込めてアガーテさんに向けると、アガーテさんは満面の笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「良いにおいがしました!」

「私貸す前に汚すなって言ったよね???」

「この御仁、腕のいい錬金術師だったがどうにも中々変わっているところがあるな」

「これをそう言える辺りやっぱり器が違うなって」

 

 悪びれもせずに言い切ったアガーテさんに一花が詰め寄る姿を眺めながら、ケラケラと笑うエルフ少女の言葉に格の違いのようなものを感じさせられる。

 

「アガーテと弟の妹は忙しそうだし、さっそくこれを使ってみようか」

「あ、はい」

「この案山子。アガーテの名づけでふぉーげる?か。こいつは全身を魔窟から産出された金属と木材で作成している。魔力が馴染ませやすい素材と弟に関連付ける物品で出来ている」

「ふむふむ。構造は結構単純な造りなんですね」

「単一の役割を持たせるだけだからな。難しい自己判断を下せる魔法人形を作る場合はもっと複雑な構造にするが、今回はこれで十分だ。とはいえ魔力を良く溶かしこんだ鉄を芯としてエルフェンウッドに入れ、互いの属性が反発しないよう整えなければならん。弟に懸想している錬金術師殿は実に良い腕をしている。あれほど金属を自在に操る術師はかつての我が国にも居らなんだ」

「アガーテさんは俺自身に懸想してるわけじゃないんですがね」

「う、うむ?」

 

 少し哲学的な事を言ってしまったためか姉を名乗るエルフ少女が妙な表情で首を傾げた。

 

「それで、俺はここからどうすればいいんですか。思った以上に真面目にやってくれてますし出来る限りのことはさせてください。そろそろ「そうあれかしー」って言うの疲れてきたんです」

「玉座の権能を使う場合は念じるだけでも良いんだがな」

「待って」

「とまれやる事は単純だ。私たちが作成した案山子を依り代にすれば単一の権能であれば委託することが出来るだろう。ああ、一応言っておくが私や我が配下たちにはそれぞれ役割が振られている」

「ちょっと待って???」

「単一の権能とはいえ新しく役割を振る事はできないから、弟の持つ役割を振り分けるにはこのような人形か、私たちのように意思を持ちかつ役割を持たない存在を中身にあてる必要がある」

「あの。素材を換金するのって別に言葉はいらないんですか?」

「うむ。最初のうちは思考がズレるのを避けるために言葉を使った方が良いが、必須という訳ではないぞ?」

 

 ここ1か月ほどの地獄の苦しみを思い返しながら尋ねると、姉を名乗るエルフ少女は特に気負った風もなく、さも当然という口調で頷きを返した。

 

 そうか。あれ、別に、いらなかったのか

 

 この世の無常に襲われて膝をつき、ちょっと蹲ったところに後悔がドスンと伸し掛かって来るとでも言うべきか。本当の衝撃に襲われると人間って割と簡単に立てなくなるんだな。

 

「……大丈夫か、弟よ。なにか辛い事があったなら姉の胸で泣いても良いのだぞ?」

「あ、いえ。自分の不出来を恥じてるだけなんでお気になさらず……それで、自分は何をすればよろしいのでしょうか」

「う、うむ。依り代は用意したから、後は中身を用意しなければいけない。弟の妹によれば弟は自身の内部世界に数多の英雄を住まわせていると聞いた故、彼らに力を借りてはどうかと思ってな」

「それは、俺から彼らを切り離してって事ですか? その、もう戻せないとか」

「この40層は弟の領域だ。いわば、この40層自体が内部世界ともいえる。依り代こそ必要になるが、一時的に存在の置き場所を変える程度ならそう難しい事じゃないだろう」

「わかりました適任(横島)が居るんでそいつにやらせますたのんだぞ横島」

『おっ前ふざけんなよ!!!? なんでワイがあ、ごらてめぇら何を――』

 

 反射的に口から出た言葉に、久しぶりに右手に口が現れて横島忠夫が叫び声をあげた。が、瞬時に鎮圧されたのか口が消え、そして右手がうじゅるうじゅるとうごめいた数秒後。

 

『準備出来たわよ。1月くらいやらせればこいつも大人しくなるでしょ』

「お、おう」

『それ以降は交代制で私たちの誰かが入るわ。あと、その依り代っていうのは出来ればもう少し良いものを用意してほしいわ。例えば両手が使えるような――そうね、両手両足があれば望ましいわね。あ、こいつ(横島)が入る場合は案山子(それ)でいいわよ。下手に両手両足があると何するか分からないから』

「おかのした」

 

 再び動き始めた右手の口から聞こえてくる美琴の声にそう返事を返すと、彼女は満足したのか口を閉じた。

 

 今、俺の内部ってどうなってるんだろうか。怖いもの見たさのような感覚でそう考え、いやな予感がしたのでその考えを振り捨てる。危うきに近寄らないのが一番って中国の偉い人も言ってたしな。



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第三百四十一話 案山子

誤字修整、244さまありがとうございました!


「おんなのぉぉぉぉちち! しりぃ! ふとももぉぉぉぉぉおお!!」

 

 半ば観光名所になりつつある案山子の叫び声が響くと、その日の業務は始まる。

 

 今日も一日ご安全に! という掛け声に合わせて「ご安全に!」と唱和し、列を崩して各々の職場へと向かう職人や作業員を尻目に、ヤマギシ一般職員のAはジャラジャラと音を立てて地面に落ちた硬貨を拾い上げる。

 

「ワータイガーの牙3万個で金貨が50枚に銀貨が」

「メガネぇ! 朝一の分が終わったんだから、早く! 早く再生してくれ!」

「ああ、はいはい」

 

 Aが地面に落ちた硬貨を選別しようとしていると、玉座に縛り付けられた案山子が大声を張り上げる。少しは待ってほしいなぁと思いながらその考えを噯にも出さずにAは一先ず拾った効果を専用のコインケースに収め、案山子の前へ近づいていく。

 

 元からあった玉座の近辺は、その日そこで作業をする者のために簡易なリフォームが為されていた。鈴木一郎が読むために用意した漫画や小説などが並んだ本棚に、ゲームやアニメを見るために用意された大型テレビとその台座。そしてDVD対応のブルーレイディスクプレーヤー。このブルーレイプレーヤーを動かすためのリモコンは紐でくくられており、案山子の首にぶら下げられている。

 

「はい、じゃあ朝の分の報酬として15分再生しますね。次の便が来るのは」

「わかっとる! わかっとるから、早く! はよしてくれぇ!」

 

 腕時計を眺めながらそう案山子に注意を促すAに、もう辛抱堪らんとばかりに体を揺する案山子。初めて目にすれば思わず仰天してしまいそうな光景も、もはやこの現場では日常茶飯事である。

 

 周囲の作業員たちが苦笑を浮かべているのを尻目に、Aは案山子の首にかけられていたリモコンを手に取り、ブルーレイプレーヤーに向かって再生ボタンを押す。

 

『あっは~ん♪』

「ふおおおおおぉぉぉ! い、生きててよがっだああぁぁぁ!!!」

 

 再生された“爆裂!激烈!oh!モーレツ!24時間耐久ブルンブルン体操~ポロリを添えて~”と銘打たれたそこそこ過激なIVの映像に、案山子は歓喜した。おそらく一年近くにも及ぶ禁欲生活から案山子の体とはいえ抜け出せたことに、彼は歓喜していた。

 

 このまま1か月のバカンスが続くならいっそ元に戻らなくても良いのでは。いやしかしイチローに粉かけるネーチャンには美人が多いし戻らないとあのネーチャン達とのラキスケな日常が。いや、いや。

 

 本来なら動く機能がないはずなのに元気にゆさゆさと体を揺らす案山子は、ありもしない未来を妄想してたぎるリビドーを迸らせ続けた。

 

 この様子を全て彼が見てほしくない面々に見られており、一か月の刑期が終わった後どういう目に合うかを彼が知るのはこれから約1週間後。

 

 五体を持った人形の体を依り代にした御坂美琴が、無言で歩み寄って来るのを目にする時であった。

 

 

 

 すべての責任を案山子に押し付けた後、我々は夕張のメロンを求めて北上していた。まさに旬と言うべき夕張メロンの芳醇な香りと甘み、そしてとろけるような食感は農作物についてかなり厳しい舌を持つ姉を名乗るエルフ少女すらも唸らせる出来栄えであった。

 

 北海道の海を全面に押し出した海鮮丼をたっぷり腹に収めた、スイーツとして旬の夕張メロンを口に収める。これ以上の至福があるか?いやない(断言)。

 

 東京から片道2時間くらいなら毎日でも食べに来たくなる味だ。流石にエアコントロールやフロートをバリバリに使った魔導ヘリでもそこまでの速度は出せないが、飛行機に魔法技術を用いて速度アップとかできないだろうか。

 

「ど、どうですかね……?」

「いけます。奥多摩と同じですね」

 

 恐る恐る、といった様子で尋ねてくるネズ吉の言葉にそう応えて彼が持っていた素材、マンドレイクさんの葉っぱを換金する。二枚で金貨になるのか、やはりボスドロップはお高いな。

 

 たっぷり夕張メロンを食べさせてもらった後は仕事の時間だ。夕張ダンジョン40層は、そこに居るエルフ達が全て影だという事を覗けば奥多摩ダンジョンとほぼ同じと言っても良い場所だった。

 

「当然だ。私の一部を受け入れた弟はエルフ族の王たる資格を有している。別の魔窟とはいえ王国の影ともいえる場所ならば権能を振るえるに決まっているだろう」

「こーいうのは実際に行うことが大事なんだよ、姫!」

 

 自信満々にふんすふんすと鼻息を鳴らす姫とよしよしとあやす一花を尻目に、玉座の間から立ち上がる。

 

「やった!」

「ああ、これなら……!」

 

 俺たちの言葉に夕張ダンジョンの関係者の表情が一気に明るくなる。施設に関してはヤマギシからの融通で一通り試しており、奥多摩と同じ結果が出ることは分かっていた。だが、その施設を利用するためにはダンジョン内部だけで使える通貨が必要だ。

 

 これを自ダンジョンで賄うことが出来るかもしれないというのは、彼らにとって非常に大きな意味合いがある。それだけ40層のエルフの都で手に入る諸々は魅力的であり、人類にとって非常に価値のある存在である。

 

 まぁ、こと北海道は夕張ダンジョンにおいては他とはまた別の意味合いも強かったのだが。

 

「よし、急いで社〇さんに連絡だ!」

「ノ0スさん所にも」

「大手の牧場には声かけろ! 良いか、不平等だと思われることだけは避けろ!」

「バカ野郎! 馬産だけじゃなく畜産もだろうが! 生産量日本一の肉牛をブランドとしても日本一にするんだよ!」

「うるせぇ! 凱旋門への夢を忘れたのか!?」

「いつまでも『北海道? ああ、ブランド牛あるよね、トップ10外のwww』なんてなんも分かってない連中に言われてて悔しくないのか!!?」

 

 バタバタと指示を出す偉い人と指示を受けて走る人を尻目に、きょろきょろと落ち着きなく周囲を伺っていたネズ吉さんが申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。ああ、うん。地元の産業は大事にしないといけないからしょうがないですよね。多分この後に行くみちのくダンジョンでも似たような光景はみるんだろうな。

 

 実際に40層の情報が政府筋に知らされた時、一番反応したのが農林水産省とあとなぜか財務省らしい。魔法省とか陰陽省みたいなのができたら流石にそこが一番活発に動いてたかもしれないがね。

 

 発足は秒読みとかニュースで見た覚えがあるんだがいつ出来るんだろうか。実際の所ダンジョンに対する法律こそ整えたがダンジョンを管轄する官公庁は未だに存在しないから、冒険者協会とヤマギシがほぼそれに近い存在なんだよね。今は。

 

「よし、じゃあ次はみちのくダンジョンだね。夏休みももう終わっちゃうしキリキリ次に――あ、ネズ吉さん。千葉さんになにか言っとくことある?」

「あ、はい。じゃあ、修練は怠るな、と……」

「うん、OK!」

 

 みちのくダンジョンの筆頭冒険者にして忍者のコスプレイヤーである千葉さんは、一時期ネズ吉さんの元で修行を積んでいた事がある。いわば師弟関係なんだが、この気弱そうな青年があのいかにもコミュ力のある忍者のコスプレしたお兄さんの師匠だとは実際に目にしたことがあっても違和感が凄い。二人並んだらネズ吉さんの印象完全に消えてしまうんじゃなかろうか――いや。人間関係の摩訶不思議を感じるのは後にして、今はさっさとみちのくダンジョンに移動しよう。

 

 あちらも同じ結果になるのなら、いよいよ日本のダンジョンは同じもの、もしくはコピーされたものではないかという仮説が成立する――かもしれない。

 

 まぁそれは実際に回ってみて確かめるしかないんだろうが。時間が空けば外国のダンジョンがどうなっているかを確認した方が良いだろうな。



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第三百四十二話 奥多摩帰還

誤字修正、見習い様ありがとうございます!


 みちのくダンジョン・直江津ダンジョンと二つのダンジョンの40層を確認した後、俺たちは奥多摩に一度戻った。その二つで何か起きなかったって? 勿論起きたが思い出したくないので割愛する。

 

 明らかに見た目中学生くらいのエルフ少女ガチ恋勢になっていたニンジャや小さくなって顔かたちまで変わった俺を見て「斬鉄剣で華は斬れん……」とか漢女(おとめ)泣きするサムライガールが居た気がするが割愛する。

 

 貴女別に斬鉄剣を持ってるわけじゃないだろうと言うとこれから40層で開発にチャレンジするので刀匠の藤島さんを貸してほしいと言われた。猫の子じゃないんだからと断った。ところで元の状態だったら俺を斬るつもりだったという事だろうか。流石にそれは上杉さんでもないだろ……と信じたい。

 

 勿論全国40層巡りツアーが終わったわけではない。奥多摩の近くには忍野ダンジョンがあるが、そちらに行くという訳でもない。いや、この後すぐに行くことになるのは確定してるんだけど、今回は奥多摩に用が出来た。

 

 というのも、奥多摩でアガーテさんが造っていた人形の記念すべき第一号が出来上がったと報告が入って来たのだ。

 

「説明しよう! このオートマトは人類が手掛けた初の魔法式――」

「あ、アガーテさんそういうのは良いんで」

「……錬金術師に自作の説明をさせないというのは、だね。畜生にも劣る所業なんだよ……!?」

 

 アガーテさんに対する塩っぷりが板についてきた一花の言葉に、アガーテさんは怒りの表情も露に食って掛かる。しかしこうしないといつまでも話し続けるのはもう分かっているので、多分この扱いが変わる事は今後ないだろう。凄い人なのは重々承知してるんだが。

 

 そう。アガーテさんの技術力は本当にすごい。彼女が、たった1週間かそこらで作り上げたこの目の前にある人形は、その事を如実に表していると言っても良い。

 

 魔鉄とエレクトラム(金銀合金)を使って模した人間型の骨格、張り巡らされた弾力のあるツタのようなものは、筋繊維の代わりだろうか。確か40層の商人の店で売っていたものだ。それらの内部部品を覆うように魔樹を使用して作られた外殻と、ご愛敬のやたらと精巧に作られた結城一路の顔。

 

 これだけの代物をこの短期間に出してきたのだから、脱帽としか言葉が出てこないのも仕方ないだろう。牢獄代わりに使っている案山子のようなものが出てくると思っていたのだが、その考えは彼女を侮辱するものだったかもしれない。

 

「これだったら結城さんに入ってもらってもいいかもしれない」

えっっっ!!!!? まってくれこれはいち」

「はいアガーテさん、そろそろ真面目にやろうか」

「マスター! 私は、私はこの上なくまじめだぞマスター! あと少しで純粋一路100%が! 私の夢と希望とロマンが詰まった一路尽くしが!!!」

「始まらないから」

 

 本当に技術力は凄い人なんだよ。多分この骨格、アガーテさんが一人で成形したものだろ。こんなもの作る設備ヤマギシには存在しないからな。

 

『水銀の錬金術師というより、金属の錬金術師と呼んだ方が適切かもしれないね』

 

 右手から顔をのぞかせた結城丈二が、アガーテさんの力作を眺めながらそう呟いた。アガーテさんの二つ名はその持ち前のオタク気質から開発してしまった『月霊髄液もどき』が原因だが、彼女の目標である未知の金属の生成を考えればそちらはあくまでも余禄のようなものだろう。

 

 そういえばあの金属についてはその後の進捗を聞いてなかったな。姉を名乗るエルフ少女ならあの金属の正体に心当たりがあるかもしれない。

 

 

 

 

 俺の変身は恭二が開発した魔法の“変身”とは色々違う部分がある。何かを模するというところは同じだが、その後に起こる現象に違いがあるのだ。

 

 まずサイズだ。恭二が開発した魔法の変身は薄っぺらい魔法の膜のようなもので全身を覆ってイメージ通りの外見に変えるものなので自分より小さなものだったり大きすぎるものにはなれない。20センチくらいなら大きくなっても問題ないらしいがその場合視線が明らかにおかしくなるそうだ。

 

 それに対して俺の変身魔法は骨格がどうなってるのかってレベルで変わることが出来るガワだけではなく中身も一緒に変わっているのだ。また明らかに3m近い人物に変身した際も、その直後に豆粒ドちびニーサンに変身しても問題なく行動できる。

 

 俺の場合は変身というよりも、変身を使う度にその都度別の誰かを被っているという認識だからこれが出来ているのだろう。体を動かすのは変身先の誰かであり、当然自身の肉体に対して熟知している。彼らは俺の内部世界から変身の度に外部に出て体を動かしているのでサイズの違いなんて感じることもなく即座に行動が出来る。

 

 つまり何が言いたいかと言うとだ。

 

 俺の内部世界から出てきて俺の体に被せる誰かを、他の物に被せるとどうなるか。

 

 その結果が目の前にある。ほぼ完全に俺から独立した形で二本の脚で立つ、結城丈二の姿として。

 

「完全に自分の体として外を歩くのは初めてかな」

「ひも付きなら出たことあるじゃないですか。飲み会で」

「あれは内部から外に出張しているような感覚だったからね。最低限のつながりは感じれど、完全に独立して立っている。これは、それこそ意識を持って以降初めての経験だよ」

 

 感慨深げに自分の顔を手で触ったり、周辺を見渡す結城丈二と会話を交わす。ダンジョン外で誰かを外部に出すと急激に腹が減るのだが、人形を介する今回の呼び出しではその感覚が来ない。

 

 あの飢餓感は急速な魔力の欠乏によるものだから、外部に誰かを存在させる――それこそ体を一から魔力だけで作り上げると言うのは、とんでもない魔力を必要とするのだろうな。

 

 人形という依り代があるだけでここまで安定して外に出せるならそれこそ2,3人でも外に出せそうだ。

 

「いや、それは少し気が早いかな。君から独立して外に出てるからだろうが魔力の補充が出来てない。今の状況ではもって20分くらいで体を維持できなくなりそうだ」

「む、それは懸念していたのですが。開発の際、魔樹を多めに使用する事で対策したつもりだったのですが。人形に使われている魔樹からの魔力では補充できませんか?」

「難しいだろう。英霊を召喚し使役するというだけで破格の魔法だ。依り代があるとはいえその魔力消費を考えるとエルフィンウッドとはいえ賄いきれまい。それこそ長老樹本体が傍に居ればともかくとして……まぁ弟の領域であれば魔窟の補助もあるゆえ問題ないだろうが」

「つまり40層がコミケのコスプレブースになるんだね!」

「なりません。夏コミ楽しかった?」

「うん!!!!!!!」

 

 大学の友人や姫子ちゃん、あと母国にも帰らず大型連休を取ったAKIBAの面白外人して有名になって来たベンさんと一緒に夏コミに参加した妹の笑顔が眩しい。

 

 あんな大規模イベントで姫子ちゃんみたいな顔だし有名配信者が歩いてて大丈夫なんだろうかとも思ったが、参加後も特に大きなニュースにはなってなかったから大丈夫だったんだろう。

 

「姫子のリスナーはちゃんと訓練されてるって界隈でも有名だから大丈夫だよ!」

「何が大丈夫かは分からないが分かった」

 

 これだけ強調するという事は大丈夫だったんだろう。俺もそうあれかしが無ければ参加したかったんだが仕方ない。流石にこの需要過多の状況で投げ出すわけにもいかなかったし姉を名乗るエルフ少女が大人しく留守番してくれるわけがないだろうし彼女が付いてきたらそれこそ大騒ぎになるのは目に見えている。

 

 冬は冬で忙しそうだしリアル野球BAN出演という人生の目標レベルのイベントもあるし暫くコミケに参加するってのは無理そうだな。



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第三百四十三話 魔装人形

「うん、問題なく行動できる。40層なら魔力切れで動けなくなることはなさそうだ」

「1層だとカラータイマーなりっぱなしだったのにね! やっぱり階層によって魔力の濃さが違うのかな?」

「カラータイマーをつけるのも考えた方が良いかもね。戦闘中に魔力切れなんて目も当てられない」

「おっとボケを真面目に返されると心が痛いね」

 

 結城さんを入れた人形、仮称魔装人形とでも呼ぶべき代物の性能テストは奥多摩ではなく忍野ダンジョンで行われることになった。元々向かう予定だったというのが主な理由だが、奥多摩ではほぼ同じコンセプトで作られた案山子が実績を出してるってのもある。

 

 あの案山子で問題ないならそれよりも手間暇かけた魔装人形が動かないわけがないだろう、というのが創り手であるアガーテさんの論だが、まぁそらそうだよな。勿論、後々でテストは行う予定だが、後回しにしても問題ないくらいの優先度だろう。

 

 忍野ダンジョンの40層も奥多摩や他のダンジョンと同じくエルフの王国を模した階層で、奥多摩と違ってやはり影しかいないが機能は同じらしく、一通り問題ないか試したあとに魔装人形に入った結城さんに素材の換金が出来るかを確認してもらったらこれも問題なし。俺からのれん分けした魔装人形があれば、他のダンジョンでも素材の一括換金が出来るという事が分かった。

 

「そうなってくると魔装人形の価値が爆上げされちゃうんだけどアガーテさん、これって量産は」

「ヤマギシの職人と設備があれば作れるでしょうね、真新しい技術は何も使っていませんから。ただ、この場合むしろ問題は人形ではなく中身でしょう。鈴木一郎以外にこれの中身を入れ込む手段があるとは思えません。どうやってるのか想像もできませんから」

「ですよねー」

 

 一花の言葉にアガーテさんが珍しくまじめ1000%の回答を返す。これがずっと続くと嬉しいんだが難しいかな。難しいよな。

 

 

 

「なんとかならんか?」

「なんともならんです」

 

 我らがビッグボス山岸社長の折角のお言葉だが、俺としてはそう答えるしかない。

 

 西伊豆のダンジョンでも同じ結果になることを確認した俺たちは、当然その結果を上長である真一さんに報告した。つい1時間前の話だ。

 

 「あぁ……そっかぁ……」と少し遠い目をして答えた真一さんはどこかしかに電話をかけ、そして血相変えた山岸社長が飛び込んできて今に至る。

 

 お話の内容はあれだ。魔装人形を大量配備できないか、せめて国内だけでも――と言う話だ。

 

「国内のダンジョン関係の方々からなぁ。問い合わせが凄くてなぁ」

「冒険者協会って守秘義務あるんじゃなかったですっけ」

「冒険者協会がダンジョン経営者に逆らえるわけないだろ?」

 

 数多いるダンジョン経営者でもトップと言われる人が言うと説得力が違う。

 

 まぁ、いくらボスのお言葉でもそんな気軽にうんと言えるものでもないんだがね。俺の能力くらいの認識で皆は思ってるかもしれないが、俺の認識では内部世界にいる数多の彼ら彼女らはれっきとした一個人で、かつ俺の一部だ。説明が難しいが、個人としての自我を確立した自分の体の一部だと俺は感じている。

 

 必要だからとポンポン自分の体の一部を、しかも自我を持った存在を人形に押し込めて長期間労働を強いるのは流石にどうかと思うわけだ。

 

 その点を山岸社長に伝えると、社長は意外なことを聞いたと目を瞬かせた後、うーん、と唸り声をあげて考え始めた。ヤマギシ社内の『ブラック労働ダメ絶対運動』は社長自身が発起人で、社長なりに理想の労働環境を整えるために色々頑張ってくれている。昔、コンビニを始める前に何事かあったのが原因らしいが、その辺の事情は良く分からない。

 

『俺らは別に構わないけど、待遇はどうなんだ?』

「おっとエドワードさん???」

 

 なんとかゴネてこの話を有耶無耶にしようとしたら右手からにゅっと出てきたミニ豆粒ニーサンに背中を撃たれる。あの、さっきまで一生懸命交渉しようとしてたのにそういう事されるとちょっと、その。

 

「週休二日、給与は日当10万でどうだ? もちろん各人格ごとに口座は作るし、ヤマギシ社員として扱わせてもらう」

『送り迎えで消えたくないから一郎の送迎はつけてくれよ?』

「それは構わんが」

「構ってください」

「構わんな?」

「はい」

 

 社長の一声に抗う事も出来ず俺は首を縦に振った。仕方ないんだ、長い物には巻かれろと古事記にも書いてある。一社会人、いやさ日本人として上長に逆らうなんて事が出来るはずもない……なんだか逆らう意味もなさそうだし。

 

「一郎もなんだかんだで多忙だからな。基本は40層での缶詰になるし、休日の度に外部に出すという事も現状だと難しい」

『20分しか外に出れないんじゃなぁ。そこはアガーテ(ご同輩)に期待するとして、給与を使っての外部からの持ち込みは許可してくれよ? 折角自由にできる体が手に入るんだ、色々実験してみたい』

 

 というか思った以上に内部の彼ら彼女らが乗り気なのがビックリと言うかショックだ。そんなに外に出たいものだろうか。あの内部世界、たまに潜るたびに住み心地良さそうで羨ましく思ってるんだが。

 

 社長と真一さん、それにニーサンと途中で入れ替わって交渉を始めた結城さんとの話し合いはそれから2時間ほど続き、結果として日本国内11か所の各ダンジョンは40層が解放され次第、常に2体の魔装人形を置くことになる。

 

 配属される魔装人形には希望者が殺到。流石によく使うスパイディや結城さんといった面々、出したらトラブルにしかならないのが目に見えているカズマのような連中には自重してもらったが、残った面々は厳正なくじ引きを行ってもらい赴任者を決めることになった。

 

 というか人気がありすぎて長期赴任の筈が1月交代という形になってしまった。あの、交代のたびに俺が迎えに行くことになるんですがそれは。あ。いえちゃんと迎えに行きます、はい。



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第三百四十四話 アラブの石油王

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 けっして狭くはないヤマギシの応接室が、今日はやけに小さく感じてしまう。中にいる人間の数が多いのもある。対面に座る彼の護衛のためにこれでもかと屈強な体格のSPが室内には犇めいているし、こちら側が用意した人員もそれなりの数が居るからだ。

 

 それらの人々の中心で、向かい合うようにテーブルに座るのは社長、真一さん、俺に外務省職員のA氏。そして対面に座るのはただ一人。数多のSPや部下を引き連れてヤマギシに乗り込んできた彼は、上品な仕草でまずは手付に、という言葉と共に一枚の書類をテーブルの上に置いた。

 

 隣に座る外務省の職員がごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。

 

「これは一体?」

『我が国が保有しているダンジョンの権利書だ』

「ええと、それが」

『これをヤマギシに譲渡しても良いと考えている。受けてもらえるならば原油を我が国内部と同じ価格で提供しよう』

 

 隣に座っている外務省の職員が彼の言葉に腰を浮かし、ストーン、と良い音を立てて腰を落とした。尻で餅つきでもするのかな、と横目で彼を眺めながら権利書を眺めると、そこには英文でつらつらと条件項目が盛り込まれている。

 

 対面に座る交渉相手に許可をもらって、外務省の職員に確認をしてもらおうとすると全身が震えだしたので仕方なく待機してもらっていたシャーリーさんにそれを渡すと、彼女は翻訳魔法を使った後にそれを朗々とした声で読み上げ始めた。

 

 現在、世界冒険者協会が進めているG8以外の国家への冒険者協会の普及及び関連施設、特にヤマギシの諸施設の誘致に全面協力すること。国内への常識的な還元をしてもらえるなら実際の運用に関しては口出ししないこと。

 

 大盤振る舞いと言っても良い内容に外務省の職員がまた尻で餅つきを始める。ダンジョンは最早新しい油田と言っても過言ではない存在だ。それらを譲渡し、しかも原油まで優遇して売ってくれるという。

 

 魔力と言う新しいエネルギー源があるとはいえ、だから原油が必要ないという訳ではない。世界中の大体の車両は内燃機関で動いているし、プラスチックなど様々な加工製品の原料は石油だ。明らかに日本には損のないかなりおいしい話なんだが、美味しすぎるからこそ裏が怖い。

 

 つらつらと条件を読み上げていたシャーリーさんが眉を顰め、言い淀む。そら来たぞ、と周囲の視線を集めながら、彼女は躊躇するように対面に座るディスターシャに身を包んだ某国の王族に視線を向けると、彼は鷹揚に頷いて先を促した。

 

「……コホン。ただし以上の条項を履行するうえでヤマギシには、当国首都にあるダンジョンの40層までを打通し、かつ当該階層の管理者を木之本桜たんにすることを求める」

『これだけは絶対です。譲れません』

 

 翻訳魔法により全員がその言葉を理解する中。非常に言い辛そうにその言葉を口にしたシャーリーさんに、被せるように対面に座るアーキルと名乗る某国王族の男性は言い放つ。

 

 とりあえず検討するのでと言い含めてその場は帰ってもらった。

 

 

 

「噂は聞いていましたが、思った以上の切れ者ですね」

「あのさくらたんガチ勢さんが?????」

『そこをメインにしてるのは笑うしかないけどさ』

 

 外務省職員に泣きつかれている社長を置いてヤマギシビルの居住エリアに戻ると、当然のようにケイティとウィルが共同エリアのソファで待ち構えていた。俺たちの行動はもしかしなくてもこいつらに筒抜けなんだろうか。世界のセレブ怖いわぁ……

 

『いや、そもそも世界冒険者協会(うち)と先に交渉してたんだよ、あそこの国は。そちらでは条件を詰めてる最中だったけど、40層についての詳細が届いたらいきなりこちらに飛んで行っちゃったんだよね』

「世界冒険者協会に参加するのは同じなんだが……そんなにさくらたんと会いたいのか?」

「それも関係がないとは言い切れないのですが、そのキャラクターの事はまず横に置きましょう」

 

 俺の言葉にケイティは苦笑しながら首を横に振り、言葉をつづける。

 

「かの国は今回、我々世界冒険者協会が結ぼうと考えていた条件よりも更に優遇された条件を提示しています。我々が想定していたラインは関連施設は地元企業、一部にヤマギシブラスコ社のもの、冒険者協会自体も現地政府によって組織されると考えていました。しかし、今回彼らはそれら全てをヤマギシと日本冒険者協会に委ねました。しかも所有しているダンジョンの一つと原油に関する最高待遇の権益も準備して。もちろん最低限得るモノは確保しているでしょうが、破格と言っていい待遇です」

「わざわざ自分の国の権益を放棄してるって事? それなら切れ者って評価はおかしくないかな」

『逆だよマスター。ここまでされれば絶対に日本政府は首を縦に振る』

 

 ケイティの言葉に首を傾げる一花に、ウィルが答えを返した。

 

『日本政府が動けばヤマギシは動く。ヤマギシブラスコではなくね。そしてこの最後の条文。一見ただのCCさくらガチ勢にしか思えないが、この条文がある以上絶対に起きることがある』

「絶対に起きる事。まぁ、確かにさくらちゃんを外国に売り渡すなって抗議デモくらいは起きそうだが」

『……あ、それ本当に起きそう。というか似たような事が米国でも起きかねないわ。お願いがあるんだけどピーター・パーカーをアメリカに』

「ちょっとそれは……俺にとってももう自分の一部になってるから」

『ですよねー』

「デモの可能性は我々も考えていませんでしたが」

 

 俺とウィルのやり取りにケラケラと笑いながらケイティは懸念を口にした。

 

「ヤマギシの方針では現状、イチローを媒体として作り出したキャラクターにも一社員としての権限を付与すると聞いています。であるならばイチローの渡航。しかも定期的なものがこの条文では確定されます」

「……あ」

 

 そうである。各キャラクターにも働いてもらう以上、週休2日に日当をつけるのが最低限の待遇だというのがヤマギシの方針だし、ずっと働かせ続けるわけにもいかないから定期的に交代は行わないといけない。

 

 下手すれば毎週、そうでなくても月1か2回は渡航する必要が出てくるかもしれないのだ。その事に思い至り一気に渋面になった俺たちに、ケイティはようやっと懸念が伝わったかと何度か頷きながら言った。

 

「イチロー、貴方自身が思っている以上に、貴方が近くにいるというのは大きいんですよ。特に、今回の40層に関連してその価値はさらに増したと言っても良いでしょう。この条件はすでに冒険者協会に加盟している国々でも望むべくもない特別待遇です。全てを投げ打つように見えて、最速でそれ以上のリターンが見込める鬼手。これが切れ者でなくてなんでしょうか」

「……な、なるほど」

 

 ケイティの言葉に真剣な表情を浮かべるウィルと一花。また、近くで話を聞いていた冒険者部の社員の面々も同じようにうんうんと頷いて小声で話し始めた。

 

 なるほど、そうもう一度呟いて頷きを返しておく。こうやって理詰めで言われると確かに納得できるものがある。対面した時に感じた純粋CCさくらガチ勢だという感覚はもしかしたら錯覚だったのかもしれん。なんとなく同類のようなというか、一つのキャラクターを熱心に調べつくし丹念に丹念にやろうと思えば一秒で細部まで思考だけで再現できるまでに至ってそうな気配を感じたので「あ、これ脊髄反射でこの条件を出してきたな」って思ってたんだが、皆が言うならそうなのかもしれない。

 

 まぁ週1とかで中東にわたるとかは流石に面倒すぎるから、その辺はなんとかしてほしいが。社長だけだと怖いが真一さんやシャーリーさんも居るし、変に負担がかかる契約にはならないだろう。



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第三百四十五話 資源に弱いお国柄

誤字修正、244様ありがとうございます!


「もちろんこのままの条件なら断る」

「ヤマギシさん! お願いします考えなおしてヤマギシさん!」

 

 秘書課の女性に小脇に抱きかかえながら外務省職員さんはそう叫ぶも、社長はとっても疲れた、という様子で首を横に振る。体格的には秘書さんの方が小さいから事情を知らない人からすると驚きの場面だが、秘書さんの胸に燦然と輝くレベル20バッジの意味を知っていればまぁ納得できるだろう。ヤマギシ社員は週1でダンジョンに潜ってる冒険者で構成されているから、内勤にも高レベルの冒険者が居たりする。

 

 多分やろうと思えば片手で釣り上げるとかも出来るんだろうが、それをやると今度は持ち上げられる方の負担がヤバいからな。持つ場所が圧迫されて骨折なんて事が起きかねない。

 

「そもそも一郎に全部おっ被せるってのは論外だ」

「はい。もしも社長が前向きに考える、と言われたらどうしようかと思っていました」

「原油価格がどうこうって言われてもなぁ。その為に一郎に無理させるのは違うだろう」

 

 社長の言葉に即答するようにシャーリーさんが頷きを返したタイミングで、外務省職員さんは美人な秘書さんに小脇に抱えられたまま、叫び声を上げながら室外へと去っていった。

 

 それを皆で眺めた後、誰かが吐いたため息を合図に会話が再開される。

 

「日本の外務省は資源に弱いと聞いていましたが、予想以上ですね。もう日本も資源輸出国の側に立っているというのに」

「まぁ、10年くらい前にサブプライムだかなんだかで酷い目にあったからな。今のお役人さんはその辺りが記憶に残ってるんだろ」

「俺はガキだったから全然記憶が無いんだが、そんなに酷かったのか」

「リッター180だか90だかまで値段が上がってなぁ。あん時はガス屋に行くのも嫌だった」

 

 シャーリーさんの言葉に社長が嫌そうな表情を浮かべて返す。10年前というと俺たちはまだ10歳くらいの頃か。ガソリンスタンドなんてアイスを買いに行くくらいしか行ったことなかったな。

 

 

 

 断ると決めたらさっさと伝える。我らがワンマン(ワンマンとは言ってない)社長の鶴の一声で決まった方針を元にヤマギシは動き始めた。といっても面と向かって全否定なんて事はしない。そんな真似国家相手にしたらどんな騒ぎになるか分かったもんじゃないからな。

 

 まず最初に相手側の出してきた条件を読み込み、ヤマギシが条件を飲める部分と飲めない部分に分け、飲めない部分に関して対案としてこちらが容認できるレベルまで引き下げた条件を外務省に提出。今回は一企業を飛び越えて国家間での約定にまで話が飛んでしまうから、面倒ではあるが外務省を通して話し合わないといけないのだ。

 

 問題になる部分、ダンジョンの40層についてであるが、日本国内のダンジョンは確かにほぼすべてが奥多摩と同じような作りではあったが、国外のダンジョンでは全く違う造りやモンスターが出るダンジョンも確認されていたりする。この事を考えると日本国内と同じように管理できるかは正直予想できないため、かの国の該当ダンジョンの条件が合わなければ今回の契約は無効になるという条件を追加した。

 

 俺が40層で色々出来るのは、姉を名乗るエルフ少女と半ば同化に近い現象を引き起こしてしまったからだ。この影響力が国外のダンジョンでも同じように使えるかが分からない以上、実際にやったらできませんでした、なんて事が起きるかもしれない。安請け合いなんて出来るわけがないのだ。

 

 次に40層までの攻略に関してだが、これに関しては受けても良い。受けてもいいのだが、40層まで攻略したとしても現地の冒険者が育っていなければ宝の持ち腐れになってしまう。

 

 というのもそもそもいきなりダンジョンに施設や拠点をを作ったとしても、期待通りの利益が出せるかが怪しいのだ。

 

 仮に40層に両替所があってもそこへ持ち込むドロップがゴブリンやオーガのドロップばかりだと意味がない。それこそ万単位であれば話は別だが、そんな量をこまめに交換できるのは臨時冒険者の奥様方が毎日のように1から5層までを埋め尽くしている日本と米国くらいだろう。農業や牧畜にしたって維持するのにはダンジョン硬貨が必要なのだから、そこそこの階層のドロップ品を算出する冒険者が育っていなければ効果的に利用することは出来ない。

 

 また、冒険者としての面で言うとあそこの施設はある程度以上に育った冒険者が更に前へ進むために存在しているのであり、レベル10くらいのようやく一人前レベルの冒険者じゃスキルが手に入ったとしてもそれを活用する魔力も経験も足りない。

 

 日本や米国レベルとは言わなくても、せめて先行しているG8各国の冒険者並みに冒険者が育ってからでなければ40層の施設を役立てることは難しいし、そうなってくると40層の維持なんてただの重しにしかならない可能性がある。

 

 そのため、40層までの攻略は請け負うがその後40層に拠点を作成するのは十分に国内の冒険者が育ってから。それこそ平均的な実力の冒険者が毎日のように10~20層で狩りを行い、上澄みが30層を突破し40層手前までいけるようになってからだ、というのが目標になるだろう。

 

 もちろん、この時点で40層の拠点を作るのはどれだけ早く進行したとしても2,3年はかかる事になるし、このまま相手側に提出したらまたぞろ終わらない条件闘争が勃発する可能性がある。元から相手側がかなり不利な条件なのに更に条件を付けると言うのは、外面的に非常によろしくないので余り無理も出来ない。

 

 とはいえそこは我がヤマギシが誇る社長の外付け知能ことシャーリーさん。相手側にもう一文。例の絶対にこれだけは譲らないという条件を飲む代わりに、相手にとっても。少なくとも相手の主張を丸呑みするならばかなり嬉しい条件を付け足してバランスを取る事も忘れてはいなかった。

 

 その事に気づいたのは、その翌日。

 

 全身にCCさくらの痛車ラッピングを施されたこれ本当に公道で走っていいのか分からないハイパーカーに乗って現れたアーキルさんが、俺をハグして『任せてくれ。理想のさくらたんを一緒に育てよう!』と叫んだあたりだった。

 

「シャーリーさん???」

『まずはおさらいとしてアニメ全話視聴と単行本を読破だ! 大丈夫、今日一日はすべてのスケジュールをキャンセルしてある! 寝なければ余裕をもって2週目に移行できる余裕がある! 私が隣で各キャラクターの状況や解説を交えるからこれだけで理解度もバッチリさ!』

「イチローさんが国外に赴くのはやはりリスクが大きいので。40層の管理者に木之本桜たんさんを迎えるにはダンジョン外での制限時間等の技術的な束縛が大きく、またイチローさんが普段行う変身とは条件が違いすぎるため現状では難しい、と付け加えたんですよ」

『つまりさくらたんが一人でお出かけをすることが出来るようになって、かつイチローがより深くさくらたんを知ってくれれば解決するという事だね!』

「ちょっとした探りのつもりだったんですが、このご様子なら違うようですね。意図した反応とは違いましたが、一安心という所でしょうか」

「シャーリーさん??????」

 

 肩の荷が下りたとばかりに溜息を吐くシャーリーさんに呼びかけるも、反応は返ってこない。

 

 結局その日はアラブの石油王と肩を組んでCCさくらを観ました。最高でした。流石に徹夜はせずに日付が変わる辺りで眠って(気絶)もらったけど、傍に控えてたSPさんからは控えめなグッジョブサインを貰ったので大丈夫だろう。

 

 とりあえず明日は……これ、こういう場合って版権元に挨拶とかするべきなんだろうがどう対応すればいいんだろうか。肖像権的なものになるのかな?

 

 ええと、いつも楽しく読ませてもらってます。突然ですが貴方方のキャラクターを人形に落とし込んで喋ったり歩いたりできるようにします……これいきなり言われたら相手がどういうリアクションになるか怖いな。正気を疑われるのは流石に嫌だぞ。



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第三百四十六話 試行錯誤

 試行錯誤、という言葉がこれほど当てはまる仕事は割と記憶にないな。

 

 目の前で熱く語り続ける漫画家さんと石油王という不思議な組み合わせを眺めて、ふとそう思う。

 

 ここにやってきた当初は、少し浮ついた気持ちだった。学生の頃、職場見学のニュースなんかで有名人に話を聞いている同学年の姿を見て、少し羨ましいなと思った事もある。それがまさかこの年になってから、しかも子供のころから知ってる作家さんの仕事場に行く機会が来るとは、と。

 

 初代様やスタンさんと初めて会った時もこんな気持ちだったな、と奇妙な懐かしさを感じながら彼らのスタジオを訪れた俺を待っていたのは、血走った目でスケッチブックを抱える漫画家さんたちだった。

 

 浮ついた気持ちなんか急転直下で地面にめり込んでいった。

 

「あの、これは一体」

「貴方の!! 耳を!! 描かせてください!!!」

「はぃ」

 

 勢いに負けた。ナイアガラの滝みたいな激情がぶつかってきて正直怖かった。

 

 30分ほど延々と色々な角度からのスケッチや写真を撮られた後、ふと我に返ったシナリオ担当の鶴の一声により当初の予定であるキャラクターの造形や造りこみについての話に戻るまで、一切逆らわず流れに身を任せて護身しきることが出来たのは褒められてしかるべきではないだろうか。アラブの石油王? 目を輝かせてスタジオを見て回っていたよ。

 

 作家先生たちが正気に戻ってから、まず最初にしたことは外見の固定だった。

 

 これは今回の変身では、かなり手間暇かけないと高クオリティな変身にすることが出来ないからだ。

 

 俺の変身の完成度は、俺自身がその変身先にどれだけ寄せられるかという部分にかかっている。俺自身と変身先の共通事項が多ければ多いだけ感覚を寄せることができ、それがクオリティのアップにもつながる。

 

 共通事項としては、まず右手に何か特徴があるかから始まりその後に人間と言うカテゴリかそうでないか、性別は、身長は、と細かい条件になっていく。つまり成人男性である俺とJSである木之本さくらたんの間には多数の相違点があり、当然最初から高クオリティな変身を行うことは出来ないという訳だ。

 

 ということで資料として用意してもらった等身大木之本桜たんフィギュア(石油王私物)をじっくりと観察し、いつもの調子で変身をして即ダメ出しを喰らう。

 

 左右の間隔をもう少し弄って、髪の毛のボリューム、色気を出してどうぞ。様々な突っ込みとそれ本気で言ってるのかという要望に応えたり応えなかったりして幾度も変身を続け、これは、という出来栄えになったと個人的に思った時、デザイン担当の方に最終判断を伺う。

 

「なんかズレてる気がするから最初からやり直さない?」

「すんませんイメージでやってるんでリセ効かないんスわ……」

「あー、ああそうかいつもの調子でつい。申し訳ないです」

 

 割と自由に変身してるように世間様には思われてるようだが、一度変身を固めるとそれを調整するのはかなり難しかったりする。こういうやり取りを繰り返し、再び等身大フィギュアとにらめっこをした後に微調整を繰り返す。地味で面倒な作業だが、これを潜り抜けなければ満足のいくクオリティには出来ない。

 

 大体日付が変わる辺りで一般人である漫画家先生たちがダウンしたので一旦作業は終了し、内面を固めるためのアニメーション視聴へと移行。先生方が復活したら再び外見の修正を行い始め、流石にこれ以上は無理だと無理やりスケジュールを開けてついてきていた石油王がSPに引きずられて消えていき。

 

 3日目に入る頃には外観に関しての大まかな作業は終了。デザインを担当したという先生がただ一言、目の前でクルリと回って全身を見せた木之本桜に対して「完璧」と呟いたことで、今回の作業は終了となった。

 

 恐らく過去1で作り上げるのに手間がかかった変身だが、少なくともガワに関しては完璧と言える仕上がりになっている、と思う。後は時間をかけて変身を重ね、完成度を引き上げていけば内部的な意味での『人格』も芽生えてくれるだろう。

 

 いや、もしかしたら全く類似点の無い変身を完成させた、という意味では過去最速かもしれないな。苦手な女性への変身をたった数日で完成させたと考えるとかなり早い気がする。御坂美琴の時は忙しくて集中できなかったとはいえ、ガワを固定するのにも一月くらいかかったからな。その分、手間暇はもちろんかけているが。

 

 

 

「それでサイン貰って帰ってきて、終わり?」

「いや、その後は写真会だった」

「写真会」

「なんでも資料にするんだと。それを条件にスケジュール開けて貰ったみたいだからしっかり働いてきたよ」

 

 自分の中での新記録が出来た、と内心ではしゃいでいたらそのままの格好で連れ出され、大体半日くらい色々なロケーションで撮影を行った。わざわざプロまで連れてきての写真撮影はなんだかモデルにでもなった気分だったな。

 

「いや、完全にモデルじゃん。さくらちゃんコスの」

「作者公認でもコスっていうんかね」

「う、うーん。さくらちゃんのコスプレ……いや、作者が造形したんならそれはコスチュームプレイとは言わない、のかな? 他に例がないからどういえばいいのかわかんないなぁ」

 

 作者に許可を貰っててもコスプレとなるはず、いや作者が作り上げたならそれは。答えが纏まらないのかうんうんと悩む妹を横目に何枚かのカードを手に取る。カードキャプターさくらは魔法少女ものの一作品で、様々な魔法が存在し主人公である木之本桜もカードを用いて魔法を行使する。

 

「我に撫子の花を与えよ」

 

 効果を頭に思い浮かべながら呪文を口にすると、カードが光り輝き手元に魔力で出来た花が現れる。これも可能、か。杖を掲げなくても発動できるのは助かるが、少し余分に魔力を消費している感触はある。

 

 完成度も着々と高まっているし、もう少し色々な魔法を使ってみよう。フライとか一度使ってみたかったし。滑空とかなら何度もあるんだが、自在に空を飛ぶってのは経験ないし練習がてら40層でちょっと飛んでみるかな。



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第三百四十七話 男でもいいんだ……!

誤字修正、ナナフシ様、244様、ドッペルドッペル様ありがとうございます!


『奥多摩でイッチがCCさくらの変身に成功して夜な夜なリアル木之本さくらちゃんがフライで空中遊泳をしてるらしいぞ!』

『……奥多摩行ってくる』

『やめろ! 行っても会えるか分からんしなによりイッチは男だぞ!?』

『男でもいい!』

 

『男でもいいんだ……!』

 

 

 

「なんて地獄絵図がSNSで散見されるようになりましたね!」

「ええ……」

「ツーン」

 

 ついに夏休みが終わり、毎日目黒までヒィコラと通っている妹が出合い頭に爆弾を投げつけてきた。なんかここ最近駅が混雑してると噂に聞いてはいたが、そんな理由だったのか。

 

 別に夜な夜な空中遊泳をしてるわけではないんだが、どこからこういう情報は広まるんだろうな?

 

「そりゃ作家先生がお兄ちゃんの写真をツブヤイターでアップしてマウント撮ってるからじゃん?」

「なんでマウント撮ってるんですかねぇ」

「めちゃめちゃ嬉しかったらしいよ?」

「ツーン! ツーン!」

 

 ほら、と一花が見せてくれたスマホの画面には「娘が会いに来てくれました」と満面の笑顔を浮かべた作家先生方とピースサインを浮かべる俺の姿が写っていた。いや、俺は男なんだが、という突っ込みは言うべきだろうか。

 

「言ったら流石に空気読めてないどころの話じゃないかもね!」

「流石にそれくらいは分かるって」

「所で姫どしたん? お兄ちゃんに引っ付いてずっとツンツン言ってるけど」

「いや、泊りがけって事伝えるの忘れてたら拗ねちゃって」

「ツーン!」

 

 拗ねたように無言で背後に引っ付く姉を名乗るエルフ少女に、一花が苦笑を浮かべて目でなんとかしろと合図をしてくる。俺だってなんとかしたいんだが、子泣き爺のように俺の背中に引っ付いたまま何も言わない相手に出来る事なんてせいぜい彼女がアイスを食べる際に背中が汚れるのを我慢するくらいだろう

 

「そういえば最近見ないが姫子ちゃんは元気か? 確か一年の内は同じキャンパスだろ」

「うん、元気だよ。ショタ属性に目覚めようと頑張ってるみたい」

「いきなりどうした???」

「いきなりじゃないんだよなぁ」

 

 この姿になった時お見舞いに一度来てくれてからは顔を見てなかったが、そんな事になっていたのか。いったいあの娘になにがあったんだろう。

 

 

 

「イチローさん、写真集を撮りましょう」

「絶対に嫌です」

 

 アガーテさんに呼ばれてヤマギシ社内を移動していると、見覚えのあるナマモノがドコドコドコと足音を立てて走り寄って来た。名前は忘れたが広報部のナマモノだ。

 

「そんなこと言わずに! 大丈夫、先っちょだけ! 先っちょだけだから!」

「みんなそう言うんですよ」

「その反応が返ってくるのは予想外と言うか言われた事あるの? え、相手はウィル? もしくは昭夫ライダー? ちょっと同人出していい?」

「ダメです」

 

 関わると疲れる。その確信をもってそそくさと退散しようとするも、ドコドコドコと機敏に足を動かして俺の行く先へと先回りし続ける。というかこいつ足速いな。ちゃんとレベル上げてる冒険者の動きだ。

 

「そう言わずに! 間違いなく名作になる! そんな予感が私の脳髄を走ったんだキュピーンッて!」

「そんな予感ゴミ箱に捨てて下さい」

「これをすてるなんてとんでもない! あ、もう到着か。こちらの書類オガワ部長からのものです。確認と受け取りのサインお願いします」

「はい…………はいどうぞ」

「確認しました、ありがとうございます」

 

 サインを受け取り広報部のナマモノは足早に去っていく。趣味人の集まりである広報部の人は、応対するだけで一苦労だ。これで趣味一辺倒ならこちらも強く言えるんだが、あの人たち大体仕事出来る趣味人だからな。許される範囲のギリギリで来るから質が悪い。

 

 気分を切り替えるために一息吐き、そして息を吸う。よし、落ち着いた。

 

「アガーテさん、何か用事があるって聞きましたけど」

 

 ドアを開けて室内に声をかける。この部屋は主にダンジョン産物の研究をするために作られた実験室だ。設備も資材も整っているので現在はアガーテさんがメインで使用している。

 

「……一路ー! 3日ぶりじゃないか! 元気だったか! 泊りに行っても良いか!」

「あ、はい。イチローです。そちらもお元気そうですね。泊りには来ちゃダメです。それと飛びつかないでください」

 

 真剣な表情を浮かべて骨のようなドロップ品を眺めていた彼女は、俺の来訪に気づいた瞬間に目を蕩けさせ、顔を上気させたまままっすぐ飛びついてきた。元の体格なら俺の腰当たりにダイブしていたので気にならなかったが、現在はすぐ目の前に顔があるせいでかなり困る。特に胸元にぶち当たる身長の割に大きなお山が困る。内部に横島が居なくてよかった。

 

「……やっぱり匂いが違う」

「あ、そっすか」

 

 まぁ、すぐに離れてくれるので大きな問題にはならないんだが。なんでも彼女が好む一路の匂いと現在の俺の匂いは若干異なるらしく、抱き着いてくんかくんかするとすぐに現実に引き戻されてしまうらしい。一路の匂いはなんか怪しい薬と同じ効果があるんだろうか。彼女がおハーブキメてるだけじゃないのか?

 

 疑問は尽きないが、とまれ今は早めにアガーテさんが正気に返ってくれたのを喜ぼう。一度トリップすると小一時間戻ってこなかったりするからな。

 

「……アガーテさん、もしかしておハーブキメてらっしゃる?」

「ん? この部屋の芳香剤にはハーブ系は使っていないぞ」

「あ、なら大丈夫です」

 

 とりあえず聞いてみたが違ったらしい。良かった、これではいとか言われてたらリザレクション連射してたぞ。

 

「? まぁいい。随分と待たせてしまったが、ようやく完成したこれを君に送ることが出来るよ」

「待たせた……あれ、俺なにか頼んでましたっけ?」

 

 首を傾げる俺の言葉に、アガーテさんはフルフルと首を横に振る。

 

「君にはたくさんの物を貰った。希望や、夢。もしも君と出会うのがあと3年遅ければ、きっと私は色々なものを諦めていただろう」

 

 首から下げたペンダント……以前見せてもらったリングを吊り下げたそれに手を当てながら、いつも浮かべている人を食った笑顔でも頬を上気させた顔でもなく。ただ表情に感謝と敬意を込めて、彼女はそう言って俺を部屋の奥へと促した。

 

 実験室の奥には所狭しと魔導人形が並べられている。一体目が完成した後も2体目、3体目と魔導人形は造られているが、ここに並んでいるのはその時に見たものとは少し違うような気がする。胸元に魔石を入れているのだろうか?

 

 もしかしたらこれが見せたいものだったのか、とアガーテさんに視線を向けると、アガーテさんは作業用に使っているのだろう机の上に置かれていた、人形用だろう腕らしきものを抱えていた。見知った魔樹のものとは違い、所々に穴が開いているし革張りのようにも見えるのだが。これはなんだろうか。

 

「着けてみてくれ」

「着ける? これをですか」

「ああ。サイズは合うはずだ」

 

 手渡された腕のような物は中に空洞があり、手を入れることが出来るようだ。小手とかそういった類の物か。もしかして新しい装備品のテストだろうかと考えて右手を入れる。サイズはぴったりだ。

 

 いや。ぴったりというよりも、これはなんというか。馴染む、という方が正しい感覚だろうか。何かを身に着けているという違和感がまるで起きない。なんだこれ、凄いぞ。

 

「魔樹をベースに40層で飼育した牛の皮革で作った小手だ。本来なら義手にする予定だったが、体の再構成の影響を鑑みて小手として作った。着け心地はどうだい」

「いや、凄いです、しっくりくるというか。着けてる感覚が全然ありません」

「ふむ。予想以上に親和性が高い。獣モンスターの毛皮も候補に入っていたが、やはり40層に所縁のある物品で作成するのが君には一番合うんだろうね。右手を見せてくれ」

 

 俺の言葉に頷いて、アガーテさんはそう促してくる。その指示に従って右手をアガーテさんの前に差し出すと、彼女は何時も着ている白衣のポケットから小ぶりな魔石を一つ取り出し、俺の右手の小手に空いている穴にそれを差し込んだ。

 

 軽い異物感のあと、溶けるように消えた魔石に首を傾げているとアガーテさんはうんうんと嬉しそうに頷いて、成功だと呟いた。

 

「あの。これは一体?」

「うん。いや、前々から考えていた事なんだが魔導人形や君のお姉さんを名乗るあの娘のお陰で確信できたことがあってね!」

 

 いつもよりもテンション高く、技術者としてのアガーテさんの顔で彼女はしゃべり続ける。

 

「パワーアップキットという奴だ」

 

 ヒーローには付き物だろう? そう言ってアガーテさんはケラケラと笑った。



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第三百四十八話 炎上

誤字修正、見習い様、244様ありがとうございます!


「お前これ以上強くなってどうすんの?」

 

 パワーアップキットとやらを腕に着けた俺を見て、真一さんが至極真面目な顔でそう尋ねてくる。なぜ強くなるのか、か。ひどく哲学的な問題だ。

 

 そこにダンジョンがあるから、と返すべきか万能な一言であるそうあれかし、と返すべきか迷っていると真一さんはため息をついて首元に手をやりネクタイを緩める。

 

 最近見慣れてきた動作だ。あれは『ここからはプライベート』という合図で、ここから先はヤマギシ社副社長という立場ではなく山岸真一として話すという意味合いがある。

 

 つまり、大事な話をしたいという合図だ。

 

「なぁ、一郎。恭二に付き合ってるなら、これ以上無理しなくていいんだぞ?」

「いや、別に無理はしていないんですがね」

 

 どんな言葉が飛んでくるのかと少し身構えていたら、予想外の言葉が飛び出てきた。

 

 無理。俺が?

 

 最初は理解できずに首を傾げていると、真一さんはボリボリと頭をかいてもう一度ため息をつく。そんなにため息をつくと幸せが、と頭に浮かんだが流石にボケる空気でもないし、大人しく次の言葉を待つ。

 

「…………お前の体が、そんなになっちまったのは。ダンジョンに関わったからだろう」

 

 たっぷり10数秒ほど間が空いた後、真一さんが気まずそうに俺を眺めながら、そう口にした。

 

「お前も一花ちゃんも、鈴木さんも奥さんも気にしないで良いと言ってくれた。俺たち山岸家に責はない。当時の状況から見ても、これは仕方のない事だと。もし責任があるとするならそれは無理を通したお前にあるってな」

「あ、はい。その認識で当たってると思いますよ。この身体になったのは完全に俺の我が儘通した結果ですし」

「それでも責任を取るのが責任者の役割なんだよ。預かってる息子さんが別人種の子供になりましたって言われて無責任になれるほど俺も親父も割り切れてねぇよ」

「いや、そう言われましてもですね……」

 

 またこの件か、と顔が歪むのを感じる。鈴木家と山岸家は現在、互いに「うちが悪い」と言い合ってる状態が続いている。この言い合いも実は場所を変え人を変え何度も繰り返されている事だ。

 

 恭二に無理に付き合ってる、とかいう切り口は初めてだけどな。

 

「まぁまぁ真一さんも一郎くんも。この話は結論が出ませんし、一旦止めにしませんか?」

「……そうだな。すまん、一郎」

「あ、いえ」

 

 千日手のような会話の応酬になりかけたところで、ここまで黙っていたシャーリーさんが横合いから助け舟を出してくれた。

 

 シャーリーさんは暗くなりかけた室内の空気をパンパンと手を叩くことで入れ替え、明るい声音で話始める。

 

「さて、暗い話はここまでとして。早速ですが一郎さんの写真撮影会について話を進めていきましょう」

「すみません、もう一度暗い話に戻ってもらっていいですか?」

 

 

 

 あ、これ断っちゃいけないか。

 

 シャーリーさんの口から出てきた言葉は無学な俺にも分かる位に理路整然としていて、現状がどういう場面なのか、なぜ写真集を出すという選択肢が出てきたのかを教えてくれた。

 

 つまるところ、これまで自由に活動を行ってきたツケがそろそろ回って来たのだ。

 

 発端はもちろんCCさくらガチ勢石油王騒動とでも呼ぶべき騒動の件でうちの娘自慢をしてくれた某漫画家集団のツブヤイターだ。わざわざ数日かけて丹念に造りこまれたリアル木之本桜は往年のファン、少し知ってるだけの層、更にまったく知らない層まで魅了してしまったらしく投稿後1時間もかけずにバズり、その勢いのまま世界中を駆け巡った。

 

 その速度たるや最初期に動画で各変身を紹介していた頃にも匹敵するほどで、最近はいい加減俺の変身にも慣れてきた世間様やマスコミ様も取り上げてしまいツブヤいた次の日には俺の女装コスプレ姿が全国のお茶の間に届けられることとなる。

 

 ここまでは良い。ちょっと切腹したくなるけどまぁここまでは良いんだ。

 

 問題はこの件で、流石に販売から二十年以上が経ち売り上げもそれなりになっていたCCさくらが書店から消えるほど一気に売れまくった点である。

 

 これは初めてスパイダーマンやライダーマンに変身を始めた時にも起こっていた事だ。だが、その時はダンジョンという毎週のように新発見を繰り返す大きな関心ごとの一部として捉えられていたので割のいい宣伝効果くらいに収まったのだが、今回はもうリバイバルヒットとかいうレベルじゃないらしい。なにせ日本だけではなく世界中で「この少女が主人公の漫画が見たい!」と声が上がったそうだからな。

 

 この騒ぎを見て元々ヤマギシに好意的ではなかった某人権派の左翼政治団体さん等は「これこそ性搾取! ヤマギシは女性を侮辱している!」などと鬼の首を取ったように大騒ぎし、ヤマギシビル前のデモに久しぶりに姿を見せたそうだ。

 

 そういえば俺が女性への変身を公表したのはこれが初めてだったな。これだけ大騒ぎになったのはその分の物珍しさがあったのだろう。90年代の大きなお兄さんお姉さんや青少年たちの心を鷲掴みにした木之本桜というキャラクターの魅力も勿論大きいだろうが。

 

 書店はこの異常なまでの追い風に異例の大増刷を慣行。CCさくらの版権を持つA出版社さんは海外からの問い合わせに上から下までの大騒ぎ。

 

 そしてこの大騒ぎを見て、他の作家さん。特に俺が変身できることを明かしている作家さん方が一斉に声を上げたのが今回の写真集という話に繋がっている。

 

 要は「あの人らだけズルいでしょ」って事だ。

 

「と言ってもよほど大きな筋からの依頼でなければ今回のような無理は通せませんし通しませんので、新規で誰かを、という件は断らせてもらっています」

「なるほど。所でこれまで勝手に変身してたんですけど、これって不味かったりしました?」

「いえ、そういう動画を上げる際には著作権者に対して許可を貰っていますので」

 

 俺の変身はその完成度から見ても公衆送信権違反に当たる可能性があるので、始めた当初はシャーリーさんが、法務部が設立した後は法務部が動画投稿前に許可を取っているらしい。ライダーとマーブル関連については別だ。その2者とはヤマギシ経由で契約がされており、なんならもっと派手にやれとも言われてたりする。

 

 つまり法律的には全く現状でも問題ない。問題はないのだが、声を上げている方々はいわば俺の変身元の親に当たる人々だ。力を借りている以上は無下にもしずらいし、彼らに不平等感を感じさせてしこりを残すのも良くない。

 

「じゃぁ、公表してる変身を全部撮影するんですか。ええと、今公表してるのって誰だったか」

「いえ、今回は変身できるもの全部を撮影しましょう。新規のものもそのまま著作権者に許可を貰いに行きますので」

「200とか超えるんですがそれは(震え声)」

 

 さくらたんの撮影会は30分近く掛かったし、それと同規模でやるなら単純計算で最速100時間は必要になる。流石にそれはないだろうが、それでも3,4日はまた缶詰になる計算だ。

 

 え、パワーアップキットで外部出力が出来るようになっただろって。確かに魔石があればダンジョン外でも負担なくもう一人出せますけど魔石バカ食いしますし結局100人は。あ、40層でやる? それなら、まぁ、もう一人出せばなんとかイケるかな……?

 

 シャーリーさんにうまい事乗せられたような気がするが、写真を撮って作者さん方が喜んでくれるなら俺に否やはない。未だに夜間涙を流しながら奥多摩の空にカメラを向ける大きなお兄さん方もいるし外部の騒ぎを考えたら暫く40層に引きこもるのもありだろう。1週間ほどかけて現在変身できるキャラクター達の撮影を行い、そのデータを各作者さん方に送付。あとは写真集として出版する旨も許可を貰いながら年末の発売目指していくそうだ。

 

 表紙はエルフバージョンの俺と姉を名乗るエルフ少女がピースをしてる写真で、裏表紙は案山子になった横島だ。カメラマンの人曰く案山子の筈なのにここまで表情が見て取れる写真なんて他に存在しない、これは凄いものだ! との事で並みいる美男美女を押しのけて裏表紙をゲットする事になった。

 

 もちろんこの写真データも原作の作家先生に送ったのだが、次の日には彼のSNSアイコンが案山子横島になっていたらしくかなり気に入っていただけたようだ。

 

 新規でデモやってる人たち? 写真集の販売を公表されたあたりで話題に上がらなくなり、そのままどこかに消えていったらしい。多分、テレビカメラが居なくなったからだ、と以前座り込みをしていたご老人(現在冒険者・10層挑戦中)が言ってたから、そういう事なんだろう。石油王が持ち込んだ今回のお騒がせな騒動は、彼らの撤退で一応の終焉を向かえたというわけだ。

 

「SNSの祭りはまだ終わってないけどね!」

「流石にそこまでは知らないです」

 

 毎日のように流れてくる作家先生の息子娘自慢に『#イッチに変身してもらいたいキャラ』と付けられてガンガン投稿されるイラストの数々。なんなら作家先生自らが書き下ろしたイラストまである始末。

 

 すみません、新規案件は受け付けてないんです。と何回かツブヤいても収束しない祭りに、もういい加減匙を投げたい気分だ。これが炎上するって事か。

 

 怖いな、炎上。



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第三百四十九話 悪魔がほほ笑む時代

誤字修正、見習い様、244様ありがとうございます!


 恭二たちが40層打通作戦から戻って来た。

 

「昭夫くんとか元気だった?」

「今日も元気にこっちに顔出してたろ」

 

 一番最後は日本にあるダンジョンとしては最南端の太宰府だ。とりあえず礼儀として旅先の友人が元気だったか尋ねると、何言ってんだこいつ、という表情で恭二がそう言葉を返す。

 

 昭夫くんは最近、撮影の仕事があるとかで毎週魔導ヘリに乗って東京にやってきているからな。なんなら2,3日前に撮影に行く前にこちらに寄ってきてめちゃめちゃ美味い博多の『通るもん!』とかいうお菓子をお土産にくれたし。

 

 押しも押されぬ最上位層の冒険者である彼は、魔導ヘリでの各ダンジョン移動に優先的に搭乗する事が出来るのだ。これは日本の冒険者でも30層以上に到達した者の特権みたいなもんである。

 

「へぇ、テレビ番組とかに出てるのかな?」

「そういうのもあるみたいだけど、大体はドラマの撮影みたいだぞ。ネットの」

「ネットの?」

「ネットの」

 

 首を傾げる恭二に再度同じ言葉を繰り返して答える。

 

 東京の方の映画会社さんは初代様の映画がヒットしたのを皮切りに、非常に好調な業績を上げているらしい。ここ数年の収益が昭和ライダー全シリーズでの稼ぎにそろそろ追いつきそうなくらいだとか初代様が嬉しそうに言っていたので、相当儲かっているのだろう。

 

 まぁあの初代様の映画、今でも国外でリバイバル放映されてるらしいしそれくらい儲かっても可笑しくはないのかな。お陰で現在進行してる各ライダー関連は国内だけじゃなく国外からの関心も強く東京の方の映画会社さんは国外展開をかなり熱心に推し進めているらしい。

 

 昭夫くんが今参加しているプロジェクトも、そういった国外展開の流れを受けたものらしく最初から公式ホームページのみでの配信を行っていくそうだ。

 

 内容はネット配信だからこそというべきか、昭和ライダーの世界観が繋がっているという設定の元に昭夫くん扮する昭夫ライダーこと滝一也を主人公にし、1話ごとに各ライダーにスポットを当てて彼らのその後の闘いを描いていくのだという。

 

 1話1時間の全12話予定で作られているのだが、面白い所は初代様の映画が第一話に該当するらしく、ネット放映される際は第一話として例の映画があり、ドラマは第2話からという形になっていることだ。実質的には11話作られるって事だな。

 

 昭和ライダーと数えられる人は全員で11人。滝一也を含めて12人という事なんだろう。

 

「ほーん……あれ。4号ライダーって確か」

「公式設定でも亡くなってる場合どう扱うんだろうな」

「いや、その後継者が最近映画で出てきたような」

「映画中で自爆したでしょ!」

「本人自爆した後生存してたじゃん」

 

 不穏な言葉を言い始めた恭二を勢いで黙らせようとするも、恭二は意にも介さず俺が聞きたくない言葉をずけずけと言い放つ。正しければなんでも良いなんて思うんじゃないぞ。事実陳列罪で訴えてやろうか。

 

 まぁ正直今は大分時間が空いているので、正式に依頼されたら多分参加するしかないんだよな。というかもしかしたらすでに話もまとまってるかもしれない。

 

 というのもここ数か月、それこそ魔導人形が開発される前は最優先でそうあれかししてくれと言われていたんだ。今までのダンジョンの常識を覆す40層を最優先、それ以外は一旦置いといて、という具合にヤマギシや冒険者協会は40層を重視していた。他の予定をガン無視してでも、そっちに対してはもう国と冒険者協会が責任を持つからやってくれと頼まれたのだ。

 

 実際に数か月運用していって、データを蓄積しそれが間違っていなかったというのが分かって来たのも大きい。40層の施設はどれもこれまでの価値観を根底から覆しかねないものばかりだった。

 

 まず冒険者という立場にたって大きなものは、訓練場だろう。各種スキルアップを試してみたヤマギシチームや各ダンジョンの管理者級冒険者たちはこの数か月で急激に成長している。

 

 この成長と言うのは肉体的な成長と言う意味ではない。ダンジョンでの戦い、冒険者としての成長という意味だ。

 

 これまでの冒険者たちは、言ってみればヤマギシチームが手探りで辿った我流の道を学ぶしかなかった。ダンジョンでの効率的な戦い方、装備、魔法。それらを学ぶ方法をヤマギシチームは自分たちの体験から落とし込んで他の冒険者たちに教えていったが、それでも手探りで進めていった弊害はあった。

 

 各個人の才能に合わせた訓練。これを行うことが難しかった。40層の訓練場は、それらの弊害をクリアすることが出来るのだ。

 

「あとそれ以上に道具屋の道具が売れまくってるけどな」

「冒険者協会、転売事業で凄い収益だって聞いてるんだがあれ良いのか」

「良いんじゃないか? ダンジョンの物品販売は元々冒険者協会の役割だろ」

 

 また、40層の施設は訓練場だけではない。むしろ国や冒険者協会にとって重要なのはこちらの方だろうか。牧場、農場、鍛冶屋、図書館。そしてそれらを抑えて一番冒険者協会外の人々が関心を持っているのは道具屋。

 

 これらに対しての注目度は、訓練場の比ではない。文字通り世界中が関心を寄せている状態だ。

 

 なにせそこで売っているアイテムは全てが魔力を帯びた物品だ。食品に至るまで、全てがマジックアイテムである。道具屋で販売されているアイテムは目録が各言語で作成され、冒険者協会の出資者は特別にこれらを発注する権利を得ることが出来るのだが瞬く間に予約で埋め尽くされたという。

 

 一番人気はクッキーのような焼き菓子で、これを食べるとリザレクションのような効果を発揮し更に肌年齢が5年は若返るそうだ。

 

 この焼き菓子。なにやら世間様では『レンバス』と呼ばれる物品は一かけらで家が建つと言われるほどの金額で取引されているらしい。焼き菓子がその値段。自分の中の価値基準がバグりそうだ。

 

 こういった事情でここ最近は日本から離れることが出来なかったのだが、魔導人形の開発によってそのお役目から解き放たれた今は俺の身柄もフリー。今まで止めていた仕事も再開することとなり、昭夫くんが参加しているドラマ撮影は俺もスポット参戦するかもしれない。出来れば俳優のような仕事は増やしたくないが、結城一路に関してはもうしょうがないだろう。

 

「よし、じゃあ十分休憩したし第3ラウンド行ってみようか」

「お、良いのか? 40層ブーストがあるからこっちはいつでも大丈夫だが」

「クソチート野郎、次は顔面にレールガンぶち込んでやる」

「死ぬから(震え声)」

 

 体中についた埃を払って恭二が立ち上がる。新しい装備の試しがてら何度か模擬戦を行っているのだが、恭二はこの装備を「チートだ」と口汚く罵って来るのだ。ただ単にあと一人外に出せるようになってダンジョン内なら3人がかりで戦えるだけなんだがな。

 

 負け越した方がラーメンを奢る約束だからな。何を言われようが絶対に勝つ。今は悪魔がほほ笑む時代なんだよ、恭二。



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第三百五十話 41層偵察

 他人の金で食べるラーメンが美味いという事を思い出して数日後。

 

「とりあえず41層を攻略じゃなくて見に行こうか」

 

 国内ダンジョンすべてで40層を解放。結果、国内の全てのダンジョンがほぼ奥多摩と同じだというのが確認できたことを受け、今後の方針を決めるための会議で、最初に恭二はそう口にした

 

 限界だな。その場に居る人間すべての脳裏にその言葉が過る。

 

「偵察は大事だよな。41層は今の所サンプル採取くらいしかしてないから攻略していや違う。偵察だな、偵察は大事だ。新しい階層をまず確認しないとな。でも攻略は進めないといけないよな」

「全然本音が隠せてないぞ?」

 

 ここ数週間、延々と40層攻略をし続けていたせいで思考回路が……と沈痛な面持ちでそう口にすると恭二は何か言いたそうな表情を浮かべてこちらを見た後、会議室に居る面々に向かってこう口にした。

 

「そろそろダンジョン攻略したい」

「素直に言えてえらい」

「会議とはいったい。うごごごご……」

 

 己の欲求100%な恭二の言葉に鈴木兄妹はそれぞれの感想を述べた。実際、軽く偵察位はしておいた方が良いだろう。

 

 なにせ次の階層も、なかなか面白そうな場所だからな。

 

 

 

 さて、ダンジョンである。

 

「40層のエレベーターからすぐ来れるから、実を言うと何回か見てはいるんだよな」

「眺める程度で奥には進めてないけどな」

 

 風と共に鼻を掠める潮の香りと、ざあざあと砂浜に押し寄せる波の音。肌を焦がしそうなほどに熱い太陽の光に目を細めながら、目の前に広がるエメラルドブルーの砂浜を見る。

 

 海だ。まごうこと無く南国の海がそこには広がっていた。

 

「沖縄の海を思い出すねぇ」

「おきなわ? そこにもこのような水たまりがあるのか」

「あ、姫は海見るの初めてなんだ? 海ってのはねぇ」

 

 一花の言葉に姉を名乗るエルフ少女がそう尋ねると、一花は海と言う存在についてある事ない事を語り始めた。そのじゃれあう様子を横目に見ながら、海を眺めていた恭二に声をかける。

 

「バイクで偵察に出た結城さんから連絡きた。砂浜には果てがあるってよ」

「その分身、遠距離からでも連絡取れるのか?」

「外じゃ無理だけどな。ダンジョン内でも、別階層とかになると分からなくなるし」

「それでも十分便利だわ」

「無線機があれば出来る事だろ。ドローンでも良い」

 

 呆れたような恭二の言葉に首をすくめて返す。

 

「ドローンか。こういうフィールドだとあれも使えそうだよな。透明度が高いし、上空からでも海中が見える」

「陸地にない以上、海側に何かありそうだしな。次の時に用意する感じで……あれってどうやって使うんだ。ラジコンみたいなもんかな」

「米軍とか使ってるっぽいしベンさんならいけるんじゃないか?」

「恭ちゃん、砂浜は安全そうだし少し泳いでみる?」

「この海のサンプルは取ってるんだよな。入って安全なのか?」

「ああ、地球上の海とほぼ成分は変わらんそうだ。砂浜もな。とはいえモンスターの姿が見えなさ過ぎて逆に怖いから、少しずつ調査を進める方が良いだろ」

 

 生き生きとした表情であーでもない、こーでもないと恭二は呟きながら攻略について思考を巡らせている。ダンジョンがかかわる事になると途端に脳のスペックが上がってるというか、やたらと頭が回るように感じるのは気のせいではないだろう。

 

 まぁこの場にドローンが無い以上、今のタイミングで出来ることは限られている。

 

「という訳でちょっくら空の旅に行ってくる」

「おう、骨は拾ってやる」

「お前も飛べるだろうが」

「そこまで安定しないんだよ、あれ。結構動くから落ち着いて見れないし」

「あまり無理はするなよ、一郎」

 

 いまだに自身で変身する事しかできない木之本桜たんに変身し杖を使って空へ舞い上がる。戻って来た結城さんと入れ替わる形での偵察だ。

 

 本当なら同じライダーでも水中で活動可能なXさんかスーパー1さんが良いんだろうが、この二人はそこまで確たる人格を有することが出来ないというか、変身は出来るがキャラクターとして自分の中に落とし込めてないせいで彼のように独立で行動してもらうことができない。

 

 この点は多分、実際に先達として接している方々だからだと思う。心理的なブレーキが入っている気がする。

 

 ふわりと軽く上空で旋回し、「お、ちゃんと見せパン!」という妹からの声援を背に空を駆ける。スパイダーマンやカズマのような飛び方とは大分感覚が違うが、自在に飛べるというのは気持ちいいもんだな。

 

 延々と奥多摩の上空にカメラを向けるファンも居るらしいし、一度ファンサでもするべきかなと余計なことを考えながらの上空散歩。上空から見る限りこのフィールドはかなりの遠浅な海らしく、腰くらいまでの深さの海が1キロくらい続いているように見える。

 

 所々に見える魚影は普通の魚かモンスターなのか判断できないが、今までのダンジョン内部に普通の生き物はいなかったし恐らくはモンスターなのだろう。有害かどうかまでは上空からじゃ判断できない。

 

 そのまま速度を上げて遠浅の海を突っ切っていくと、エメラルドグリーンの海面の一部が青くコバルトブルーに変わっている部分が見えてきた。あそこだけ水深が深そうだなと辺りをつけて、上空へと杖を走らせる。

 

 エメラルドグリーンの海に丸く大穴を開けたその場所は上空から見るとコバルトブルーどころか濃藍色と呼ぶべき色合いで、かなり透明度の高い水なのに底が見えないくらいに深いらしい。

 

 多分、ここの奥に何かあるな、と考えながら浜で待機している結城さんに状況を説明し判断を仰ぐ。俺一人ならXさんに変身して潜って来るのも可能だが、それは流石に不用心すぎるだろう。

 

 しかしこれどのくらい深いんだろうな。案山島でも落として確認してもらおうかな、と大穴を見ると、大穴一杯に広がる巨大なサメの口がドアップで迫ってきていた。

 

 あ、この階層そういう感じ?



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第三百五十一話 巨大ザメ

誤字修正、decoy様、見習い様、244様ありがとうございます!


 チャンスだ、と感じた。

 

 迫りくる巨大な顎の脅威をチリチリと肌で感じながら、確かに今が好機だと感じたのだ。

 

 現状こそ、自身は木之本桜というキャラクターのガワだけをトレースしているが、内面までとなるとまだまだ複製しきれていない。外観に関しては自信を持てるからこそ、今の状況は片手落ちというべきだろう。

 

 何百ものキャラクターをトレースしてきた自負もある。所詮は物まね程度のものかもしれないが、それぞれのキャラクターを再現する際にかけた情熱と手間暇は確かな自信となって自分の中に宿っている。

 

 だから、これは好機なのだ。

 

 恥も外聞もなく、自身の中の木之本桜をあと一歩先へと進めるためのチャンスが今、巡ってきたのだ。

 

 そう――――

 

「ほぇ~~~!?」

 

 このセリフを、なんの臆面もなく言えるチャンスなのだ!

 

 大きな声である意味木之本桜の代名詞とも呼べるセリフを叫んで、杖を翻し巨大ザメの顎から逃れる。内心の達成感がすごい。どうしても練習では言えなかったんだ、これ。今のは木之本桜ポイント高かったろうな、あとでカメラの音声を聞いて一花と一緒に修正しなければいけない。

 

 女の子の再現は大変なんだ。しかも小学生。小学生女子なんてどうやって理解すればいいのだ、生態からして20代男とは違いすぎるぞ。一歩ずつ、確実に進んでいくしか道はないのだが、その道が険しすぎて泣けてくる。

 

 徒然と愚痴のような内心を心の中で零しながら、背後を振り返る。

 

 獲物を捕らえ損ねた巨大ザメはガチガチと歯を鳴らすように口を上下させながら、もがく様に穴から飛び出してきた。鮫だ。全長数十メートルはあろうかという鮫の姿が、そこにあった。コイツの姿を確認した瞬間、なんとなくこいつがこの階層のボスだな、というのは分かった。40層で姉を名乗るエルフ少女に感じる感覚が、コイツからは発されているからだ。

 

 いつからダンジョンはB級サメアクション映画の舞台になったというのか。次の映画の話絶対これで出してくるぞ、と嫌な予感を覚えながら杖に魔力を込めて浜へと飛ぶ。もちろん鮫から目はそらさない。新階層のボスにはどんな初見殺しがあるかわかったものじゃないからな。口から放射能火炎出してきても驚きはないだろう。ダンジョンだからな。

 

 まずは仲間との合流。そこからどう戦うかの作戦会議といこう。キャラクター再現という細かな雑念はあっても、別に目の前の敵を過小評価しているわけじゃない。おそらくまともに戦えばかなりの強敵だとみているし、それを踏まえたうえで現状余裕があるなと感じているのだ。おそらく海中か、もしくは海上で出会っていればあの奇襲をモロに受けていただろう。そうなればこれほど余裕は持てなかったはずだ。

 

 まぁ見た目として鮫である以上、十分な水量がなければ移動は難しいはずだが、なにせここはダンジョンで相手はボスモンスターだ。これまでの経験上、何かしらが起きるのは予想するべきだろう。

 

 それこそいきなり竜巻が起きて巨大ザメが飛び回ってもおかしくはない。

 

 逃した獲物である俺を恨めしそうな顔で眺めている様子を見るに、口から歯が飛び出したりといったような類か飛び道具はなさそうだ。いや、自身が飛び道具だ、という可能性はまだ否定できないが。鮫というだけで選択肢が多すぎる。いきなり幽体離脱して襲い掛かってきたりしないよな?

 

「お兄ちゃん、こっちこっち!」

 

 背後を警戒しながら飛行しているうちに、いつの間にか浜に到着していたらしい。杖を操作して浜辺に降り立つと、沙織ちゃんがすごいすごいとテンション高く騒いでいるのを恭二が引きながら宥めるというダンジョン内ならかなり珍しい光景が広がっていた。

 

 沙織ちゃん、結構ミーハーな所あるからな。映画のワンシーンみたいな光景につい興奮してしまったのだろう。まぁ気持ちはわからないでもない。結構離れた距離からでも明らかにデカいとわかる鮫が二枚のヒレを使ってバシャバシャと音を立てながらこちらに向かって走り寄ってくるのだ。騒ぎたくなるのもよくわかる。

 

 …………二枚のヒレを使ってバシャバシャとこちらに走り寄る鮫の姿を見て騒がない人類なんて居ないわな。

 

「迎撃」

「アラホラサッサー」

 

 恭二の言葉に合わせて各人がもっとも射程のある魔法を使って鮫に一斉攻撃を加え、鮫は瞬く間にヒレだけを残して消滅した。鮫殺しの英雄でもやらないと倒せないかと内心ヒヤヒヤしてたから、レールガンが通用したのは正直助かった。

 

「多分ここまで陸に近づくなんて想定してなかったんだろうが、予想以上に弱かったな。フカヒレって高級食材だよな。食えるのかな……雑魚モンスター?が集ってきてるから食べられそうだな。一回食べてみようぜ」

「まずは検疫からだ少し落ち着け。海の中でいきなりあれと遭遇するなんて考えたくないから、あとでどういう風に出現したか見ながら予想立てるから録画データ提出は忘れるなよ。回収はとりあえず、空飛べるお前が取りに行ってくれ」

「おかのした」

 

 木之本桜に変身しなおして、杖にまたがり空へ飛ぶ。あと妹よ、飛ぶたびに見せパンチェックするのは止めなさい。外観はもう完全に固定できたから。なんなら別衣装でもその辺は完ぺきに教え込まれてるからいちいちチェックしないでよろしい。女の子がはしたないでしょ。

 

 上空から海に浮かぶフカヒレへ近づくと、だいたい1mくらいのサイズの魚がフカヒレに噛り付いているのが見えてくる。デカいピラニアとでも言うべきか、顎がやたらとデカい姿が特徴的だ。こいつと腰まで水につかった状態で遭遇したくはないな。空が飛べればそれほど苦にも感じないが、真っ当に水の中を進む場合かなり苦戦しそうなエリアだ。

 

「水よ、戒めの鎖となれ。ウォーティー!」

 

 フカヒレの上に降り立ち、魔法を発動させて海水でモンスターたちを捕縛する。この魔法、水を自在に操るという超チート魔法だと思うんだがその分イメージが難しい。ひとまず作中に似通った使い方をして練習していこう。

 

 そのままフカヒレにかぶりついたままのモンスターと共に、水を操ってフカヒレを浜辺へと移動させる。多少かじられてるがこれだけのサイズのフカヒレなら可食部分も多いだろう。まずは検疫に出さなければいけないだろうが、問題なければ少し分けてもらえないかな。



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第三百五十二話 もらいたくないラブコール

 新層の情報は入手次第、冒険者協会に報告される。これは冒険者協会が発足した時から全冒険者に課せられた――ヤマギシチームかケイティ等一部の超一級冒険者しか果たしたことのない――義務だ。

 

 この義務に関しては何度も話し合いがもたれた。何故ならば新層の情報はそれ自体が膨大な富につながる可能性があるからだ。ダンジョンの生み出す資源は最早利権と言っても良い価値があるため、その利権が大きければ大きいほどトラブルが起きる可能性も増えてくる。

 

 場合によっては戦争すら誘発する可能性……いや。リアル三国志状態な中華を鑑みればダンジョンに端を発する問題ですでに戦争が起きているな。そして、世界冒険者協会が影響力を持っているのはG8に参加している国家だけで、それ以外の国々でのダンジョン運営は各国独自に行っている状況だ。

 

 年々価値が上がっているダンジョンという存在が、世界冒険者協会というある種のルールもなく手元にある。それを持った国家がどうダンジョンと向き合っているのか。想像しかできないが、恐らく大抵の場所ではろくなことにはなっていないだろう。

 

 ダンジョンの価値は、俺たちが引き上げていったものだ。ある意味ではそれらの結果は俺たちにも原因があると言っていいだろう。だがダンジョンに潜ることは俺と恭二にとってはある種の生存戦略だったし、現状はダンジョンから生まれる富をもとに成長したヤマギシという存在が背に乗ってもいる。

 

 そもそも中に何があるかわからない謎の空間が人類の生存圏に点在してるんだから調査しないといけないだろうし、その結果がどういうものであったとしてもそれは俺たちが責任を取るべきようなものでもないだろう。

 

「というわけでこのメッセージを見なかったことに」

「出来ません」

 

 せいいっぱいのりろんぶそうを行った俺の言葉を、シャーリーさんは一刀両断に切り捨てる。

 

 彼女の手元にあるタブレット端末には俺宛のラブコールが表示されていた。動画としては約2~3分くらいの長さだろうか。こういう映画を作りたいというプレゼンのようなものだ。監督を務める予定だという米国人の男性が動画の時間全てを使って一息に語った内容によると、彼は次回作の構想として『突如世界中に現れたダンジョンから人間を貪り食らうために現れる二足歩行する巨大鮫と戦うため、魔法の力に目覚めた成人男性が魔力を行使するために少女の姿に変身し世界中の鮫をマジカルチェンソーでバッタバッタとなぎ倒す』3時間超大作を考えているらしい。

 

 主演の俳優はすでに決まっているが肝心の少女パートを演ずるに適する人間が俺しかおらず、そのためにオファーをしたい、というのが彼の言い分だ。

 

 もちろん俺の個人としての考えは絶対にNOである。

 

「というかこれ明らかに木之本桜に変身して戦闘シーンくれって要望ですよね。なんで先方が41層の動画見てるんですか?」

「その主演俳優(予定)さんが米国でもかなり上位の冒険者ですから、そちらから話せる範囲で伝わったんでしょうね。41層の情報はそれほど秘匿すべき事柄もありませんでしたし」

「海水もめちゃめちゃ水質が良いだけで、浜辺の砂も海中にあった貝類も割と普通でしたからね」

「魔樹や40層のような場所が簡単に出てきても困りますがね。会社としては、利益がどれだけ莫大でもそれを維持するリソースが」

 

 41層の調査結果は割とすぐに出てきた。36層で足踏みした経験をもとにダンジョンと併設する形で作られた検疫所は日本随一の設備と技術を持っているし、また41層は森林と違ってチェックする場所が少ないのも大きかったりする。海中の海藻や貝類、それにモンスター以外の生物がいないかの確認が少し大変だったかな、という程度だ。

 

 一応追加で2、3日追加調査もしたが、結果はほとんど変化なし。41層は初探索から1週間を待たずにほぼ完全に調査が完了することになった。もちろんフカヒレの調査も終わっており、そちらは食材としても問題ないと確認済みである。

 

 あとは大穴の中にあるだろう42層への入り口を見つけなければいけないのだが、そちらに関しては現在米国の冒険者協会の伝手を使って潜水艇を用意している最中だ。俺一人ならXさんにでも変身すればいいんだが、他のメンバーが自由に海中を移動する手段が必要だからな。

 

「実際にXさんへの変身で海中移動は試したことがあるんですか?」

「あ、はい。沖縄に旅行行ったとき試したら問題なかったんで」

「なるほど……その事を恭二さんには伝えてますか?」

 

 シャーリーさんの言葉に首を横に振ると、彼女は何かを考えるようなそぶりをした後にピンと指を立てて俺を見る。このしぐさをするときはシャーリーさんがサイドキックモードに入った時だ。

 

 芝居がかったしぐさでゆっくりと立てた指を振り、シャーリーさんは意味ありげな微笑みを浮かべて口を開く。

 

「であれば、すべての問題が解決する可能性がありますね。急ぎ連絡を取りましょう、恭二()さんの助けが必要です」

「えっ!? すべての問題(サメ映画)が解決するんですか!!?」

「そちらは諦めてお返事をお願いします」

 

 一縷の望みをかけた俺の言葉を、スン、と真顔に戻ったシャーリーさんが一刀両断でぶった切る。

 

 それ断って諦めてくれますかね。あ、難しそう。

 

 はい。

 



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第三百五十三話 もしかして→ハブられてる

誤字修正、ドッペルドッペル様、見習い様ありがとうございます!


「イッチくん、おつかれー! この後どう?」

「幽霊くんお疲れ様です。この格好でですか?」

 

 最近新築された体育館で汗をかいていると、ライダー組と呼ばれる俳優集団の一人、幽霊くんが声をかけてきた。

 

 ライダー組はほぼ全員、特に主役を張った俳優はすべて冒険者となっており普通のジムなどでは満足に動くことができなかったりするそうだ。そのため冒険者が動くことを前提に作られているダンジョン付属の訓練施設、特に初代様が設計段階から意見を出していた奥多摩周辺の運動施設は彼らにとって貴重な練習場所にもなるためよく顔を合わせたりする。

 

 空手着を身に着けてるってことは、初代様の格闘技講座だろうか。ああ、奥のほうに見覚えのある集団がいる。ライダー組で時間の合う面々が集まっているようだ。あ、昭夫くんも居るじゃん。

 

 目の前で話す幽霊くんは陽気な口調でクイクイっとコップを傾ける仕草をしている。飲みに誘ってくれているのだろうが、今の俺は大体ショタエルフ少年ボーイスタイルのため結構酒を飲むのが辛かったりする。周りの目とかそういったものがね。いや、実年齢が20を超えてるのは周知されてるけど絵面の問題が……あ、空手着姿の初代様が凄い顔でこっち見てる。全然大丈夫じゃないっぽいな。

 

「えー、あ、えっと。いやいやいや、そもそも元の姿になれるでしょ? 最近も可愛い子に変身とかしてたし。なにかその姿に拘りとか制限とかあるならこっちもお店考えるけど」

「お、どうした幽霊。まさかイッチをナンパしてんのか?」

「幽霊先輩ゴチになりゃーす!」

 

 物理的な圧力すら感じる視線に気づいた幽霊くんが大慌てでそう言うと、騒ぎに気付いたのかタオルで汗をぬぐっていたライダー組の面々が近づいてくる。往年の名優に最近人気絶頂の若手と年代がバラバラな空手着の集団。この風景写真に収めたらそれだけでバズとやらになりそうだな……あれ、これライダー組ほとんどいるんなら俺呼ばれてな――

 

「ここで顔を合わすのは久しぶりだな、一郎」

「そうですね。最近は40層に出ずっぱりで」

 

 もしかして→ハブられてるという事実に気付きそうになってしまった俺に、初代様が声をかけてくる。そういえばここ最近40層に籠ってたせいでお誘いにも全然答えられなかったし、気を使ってくれてたんだろうな。多分、きっとメイビー。

 

 いや、そうだよ。よくよく考えたらここ2,3か月40層と姉を名乗るエルフ少女の相手でろくに外に出てなかったからな。新婚になったら付き合いが悪くなる奴みたいなノリで誘いづらくなったんだろう。今日も姉を名乗るエルフ少女は向こうで楽しそうに自転車こいでるし。

 

「40層か。噂には聞いてるが、彼女が?」

「ええ。俺の今の姿の元になったというか、なんというか。まぁ微妙な関係の相手なんですがほっとけなくて」

「なるほど。だからお前、極力その姿で街を歩いているのか」

 

 ふむふむ、と楽し気な笑顔を浮かべて確信をぶっこんでくる。これが初代様クオリティだ。

 

 笑顔のまま固まった俺の肩をたたき、ケラケラと笑いながら初代様は「ラーメン、食いに行くか」といつものように誘ってくる。

 

 これははいかイエス以外に答えられねぇよなぁ……

 

 

 

 ヤマギシビルの一階にあるラーメン屋は大繁盛店である。

 

 そもそも美味しいというのもあるがヤマギシビルの真下にあるという立地もあり、更に折を見て初代様などがここの話をするせいで聖地的な意味合いまでもってしまったため最近は常に行列が並んでいるような状態だ。流石にこの行列に有名人であるライダー組を並ばせるわけにはいかないし、そもそも店内に全員入らないかもしれない。

 

 というわけでヤマギシビルの社員食堂にライダー組の皆さんを通し、ラーメンは出前という形にした。ここならお冷もあるしビールくらいなら売ってるからな。

 

「めちゃめちゃ綺麗だな社食。イッチー、イ〇スタ撮ろうぜ」

「お姫ちゃん、もっとこう、ポーズとってポーズ!」

「こ、こうか?」

 

 幸いにも昼飯時は過ぎていたので社食内にもそれほど社員の姿はなく、一角を占領したライダー組の面々はわいわいがやがやと騒ぐ中。紙コップに入れたお茶を軽く合わせて乾杯した後、初代様はエルフ少女を眺めながら口を開いた。

 

「あの娘。それほど立場が不味いのか?」

「分かりません。ただ、俺と恭二の事を思い返しても警戒は必要だと思ってます」

 

 世間話をするような口調で訪ねてくる初代様に、俺も世間話を返すような口調で返事をする。初代様にとってはこの会話は自身の予測が当たっているかの確認作業のようなものだ。ただ、外で話すのもはばかられるのでこの場所に移っただけである。

 

「日本国籍を持っているお前や山岸くんでも解剖しようとした。その話は、俺も聞いている。そうだな、それを考えれば国籍もなく、ダンジョンから生み出された彼女が人間扱いされる保証はないか」

「ああ。事実、彼女の事を記載する冒険者協会の一部資料には人間としての記載ではなくモンスターと記すものもあった。日本国内での今現在の扱いも、一郎の所有『物』というものだ。基本的人権の範疇に彼女は含まれていない」

「それを見て声高にとち狂う馬鹿も出てくるかもしれんか…………ただ人と少し違うだけの、あの娘に」

 

 初代様の言葉に、隣に座った結城さんがそう返事を返す。わいわいがやがやとライダー組の若手――どころか昭和組のおじさん方に囲まれて可愛がられているエルフ少女を眺めながら、初代様はポツリとつぶやくように言葉を続けた。

 

 俺がここ最近エルフ少年の姿をしているのは、世間の認知度を上げるため、というのが大きい。なにせこれまでの人類史にいなかった明らかな異人種だ。ちょっと魔法を使っただけの俺や恭二を解剖しようとした一部のとち狂った連中がまたぞろ悪さをしだすのは目に見えていたからな。

 

 一般的な学術研究のための協力とかなら全く構わないんだが、そういうとち狂った連中に善意や自重という言葉を求めることはできない。そして俺はともかくこの世界に不慣れなエルフ少女は、なにかの拍子にそういった連中の毒牙にかかってしまうかもしれない。彼女はもう、俺にとっても他人ではないのだ。そんな糞みたいな連中に好きなようにさせる気はない以上、俺は彼女も含めての自己防衛を行わなければいけないのだ。

 

「それでお前がエルフになったよ、という例の会見か。あれは衝撃的だった」

 

 俺の言葉を聞いて、初代様が思い出したように笑い始める。総理大臣と一緒に現れた二人のエルフ少年少女。これ以上ないインパクトだったろう。世界中にダンジョンと40層、更にエルフという言葉が駆け巡ったのだから。

 

 あの件で彼女は、あるいは世界でも有数――それこそアメリカの大統領よりも顔が知られた一個人になったかもしれない。

 

 そう。一個人として、あの放送で、彼女は世界中に認識されたのだ。骨格が少し違う、異世界出身の幼い少女として。

 

 それを補強するためにここ数か月、俺は彼女と二人、仲のいい姉弟として同じエルフの姿で世間様に姿を見せ続けている。今現在、少なくとも俺が認識する範囲での世論は彼女を『ダンジョンから生まれたモンスター』ではなく『異世界から来たエルフの少女』として扱っており現状はうまくいっていると言っていいだろう。

 

 疑問に思っていたことが解決した。そう、すっきりした表情で語る初代様が、紙コップに入れたお茶をグビりと飲み干した。

 

「一郎、お前がやりたいことは理解した。俺は、お前たちを応援するよ」

「ありがとうございます」

 

 初代様はそう口にして、遊びまわる近所の子供を眺めるように騒ぐライダー組若手とエルフ少女に視線を向ける。

 

 すべての人が、初代様のように言ってくれれば楽なんだが、なかなかそうもいかないだろう。もう暫くはこの格好で世間様にアピールしなければいけないだろうな。



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第三百五十四話 全ての起源は隣国にあるらしい

投稿したつもりになってた()
皆様メリークリスマス。今夜はポケットの中の戦争を見る作業がありますね。心穏やかに聖夜を乗り切りましょう


誤字修正、244様ありがとうございます!


「お隣の国の世論調査だとお兄ちゃんと姫はあっち起源らしいよ!」

「あれ、去年は俺だけだった覚えあるけど」

「お兄ちゃんの起源があっちだから派生して姫もって事じゃない? 起源ってどういう意味なんだろうね?」

 

 日本民族は大陸から渡ってきたから起源はこちらにある! とかいう主張だろうか。それだと自称姉はダンジョン生まれだから……あ、ダンジョンが隣の国起源って言いたいのか? あれ、でもあそこの国ってたしか管理してるダンジョンがなかった覚えがあるんだが。

 

「首都のそばにあるよ! 北の国との国境だけど」

「ほー。それはまた色々難しそうな……首都のそばに国境あるの?」

「うん。たしか国境から40キロくらい!」

 

 何度かこっちのダンジョンも管理するべきだって日本冒険者協会が言われてるらしいんだが、毎回突っぱねてるとは聞いてる。そらそんな厄介そうな場所の管理、やりたくはないわな。外交問題になりそうだし。

 

「ヤマギシにも依頼が入ってるんだけどね。技術供与と教官だけでって言われたから断ったんだって」

「ふーん。まぁ、現状何もかも手が足りてないのに余計な仕事は抱えられんわな」

「まぁこれ受けてもウチにはなんの得もないしね。周辺施設の運営権くらいは寄越すかなって思ったけどこれもなかったみたいだし」

 

 半官営の冒険者協会とずぶずぶなヤマギシだが、一応営利企業であるから基本的には自社の利益のために活動をしている。数百名の社員を抱えている以上、彼らの生活のためにも利益を得る必要がある。

 

 日本国内の各ダンジョン周辺を格安で開発しているのも、それが後々利益につながるから投資しているだけであり別に慈善事業ではないのだ。

 

 世界冒険者協会や日本冒険者協会に便宜を図っているのは単純にそちらにはいろいろな意味で世話になっているからで、特にこれまでつきあいのない……どころか余計な茶々ばかり入れてくる相手にいい顔をする理由はない。

 

 

 

 画面の中ではベッドに座った自称姉が膝の上で組んだ両手をもじもじと動かしている。初めてのシチュエーションに面食らっているのだろう、少し不安げに見える。

 

――お名前はなんですか?

 

「まだ決まっておらぬ」

 

――年齢はおいくつで

 

「さて……かつての自身と今の私は一緒に出来ないからな。今のこの身で語るなら生まれたばかりの赤ん坊ではないか――」

「はい、しゅうりょー!」

 

 カメラを手に自称姉に様々な質問を投げていた一花が高らかに声を張り上げる。危ない発言が出てくる前に引く。わが妹ながら素晴らしい危機管理能力だ。今の構図で実年齢が0歳は色々不味いからな。色々。

 

 というか自称姉の外見的にそもそも今の構図は不味いだろう。だって今の流れ、中学の頃川沿いで拾ったDVDの――

 

「……ところで一花。今のやり取りとよく似た内容のものを過去に俺も見たことあるんだがお前はそれをどこで知ったのかな。怒らないから正直に言ってごらん?」

「実家のお兄ちゃんの部屋の机の引き出」

「ストップ。それ以上いくない」

 

 兄のデリケートゾーンを踏みにじるなんてとんでもない妹だ。訴訟も辞さないし必ず勝利する確信がある。

 

 それはそれとして今日は、久しぶりに実家に戻るか。

 

「ところでこれは何をしているんだ? 弟がたまに喋っている?機械とよく似ているが」

「んー、姫がこういう人なんだよって紹介をね、みんなにしようと思うんだ!」

「紹介……はて。誰もいないように見えるが。ふぅむ」

 

 不思議そうに首をかしげる自称姉をしり目に一花はあーでもないこーでもないと頭を悩ませ始める。今やろうとしているのは延び延びになっていた自称姉の動画デビューだ。

 

「本当はもうちょっと早くお披露目したかったんだけどね! お兄ちゃんも元の姿に戻れないし! あ、姫そうそう。ベッドの上でこう、漫画を読む感じ」

「40層フィーバーは予期できなかったからなぁ。なぁ一花、アングルおかしくないか?」

「大丈夫! 絶対領域の魅せ方はわかるから! 夏コミでカメ子に学んだ私の撮影技術は完ぺきだよ!」

 

 あーいいねーかわいいよーと自称姉をおだてながらカメラを回し続ける一花になにが大丈夫なのか疑問に思うが、こんだけ自信満々ならまぁ大丈夫なんだろう。多分。

 

「それで、撮影したらどこに投稿するんだ?」

「んー、お兄ちゃんのチャンネルに投稿する予定。姫とお兄ちゃんの関連性を強化したいしね!」

「おかのした。結構久しぶりに動画投稿するな」

「そうだね。前が動画配信者旅行の時だったかな? もう少し投稿したいけど今はみんな忙しいからね!」

 

 配信者の皆で旅行。懐かしいな、最初はバイクや車で移動してたのに途中で高速が高速じゃなくなったんだったか。結局ダンジョン間を移動する魔導ヘリに乗って北海道に渡ったんだよな。40層の改修工事を請け負ってくれている現場犬さんとはあそこで初めて会ったんだったか。結構長く付き合ってるように感じたが、まだ会ってから1年も経ってないんだな。

 

 あの時のメンバーといえば、そういえば最近姫子ちゃんを見ないな。同じ大学に通っている一花からは元気に頑張ってると聞いているんだが、夏休み前は結構な頻度で顔を見せに来ていたのに最近は全然遊びに来なくなったのだ。エルフ化してすぐの頃にお見舞いにきてくれてはいたんだが……

 

 カチャカチャとパソコンを動かして動画配信サイトを開く。大丈夫だとは思うが、少し心配になってしまったのだ。サイト内を確認すると、ちょうどライブ配信を行っているらしい。近況確認ついでに久しぶりに姫子ちゃんのチャンネルにお邪魔させてもらおうかな。

 

 カチリと動画のサムネを選択し動画を開く。画面にはここ最近顔を見なかった姫子ちゃんがダンジョンプリンセスの格好でゲーミングチェアに座り、目を真っ赤に充血させながら小学生くらいの少年が出るアニメにかぶりついている姿が映っていた。

 

――うん。元気そうだな!

 

 妹分の成長を噛みしめながらそっとブラウザを閉じる。成長、なんだろう。多分きっとメイビー。



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第三百五十五話 その名は

今年最後の投稿です。
みなさん、よいお年を!


「誤解なんです! ただ、新しく扉を開こうと頑張っていただけで!」

「よーし姫子、お前は余計な事喋るな!」

 

 久しぶりに顔を見せに来た姫子ちゃんの妄言に一花が気怠そうにフォローを入れる。まぁ、元気そうで良かった。こないだは後輩の成長を間近でみてしまって動揺してしまったが、よく考えたら姫子ちゃんももう19歳。立派な大人と言ってもいい年齢だしああいう事もあるよね。

 

「弟よ。なんだ、この騒がしい娘は」

「一花の親友で俺の後輩だよ」

「「親友じゃない(です)」」

 

 自称姉の問いかけにそう答えると、一花と姫子ちゃんから息の合った否定が返ってくる。だがこの二人、互いに相手が居ないところで同じ問いをされたら否定しないんだよな。相手が居るところで親友云々言われるのが気恥ずかしいだけなんだろう。

 

 ほほえましいねぇとうんうんうなずいていると、形勢の不利を悟ったのか一花がごほん、と一つ咳払いをする。

 

「ところでお兄ちゃん、実はいつか言おう言おうと思っててここまで引っ張ってきたけど、正直めんどくさい事になるからそろそろ解決してほしい事が一つあってさ」

「お、おう……どうしたそんなに改まって」

「姫と姫子が並ぶと非常にめんどくさいんだよね。そろそろ姫の名前なんとかならない?」

「あ、はい」

 

 苛立たし気な一花の言葉に頭を下げる。

 

 いや、わかってるんだ。分かってはいるんだが、色々と覚悟が定まらんというかな?

 

「私はどんな名前でも気にせんぞ、弟よ」

「なるほど、じゃあげろしゃぶとゲレゲ」

「お兄ちゃん?」

「さすがにそれはないですよ、先輩……」

「すみません」

 

 場の空気を和ませようとするもギロリと睨まれて断念する。ゲレゲレまで言い切らなくてよかった。恐らくそこまで口にしていたら妹と妹分から烈火のごとき口撃が降りかかっていただろう。

 

 しかし名前、名前か……

 

「あかん。なにも思いつかん」

「本当に一ミリも考えてなかったの?」

「考えてたけどなんの成果も得られませんでした!」

「おお……もう……」

 

 潔く認めると一花が額に手を当てて座り込んだ。

 

「いや待て、俺の言い分も聞いてくれ。自分にネーミングセンスがないのは分かってるから色々調べてはいたんだ。ただエルフらしい名前で調べたら大体すでに使われていたりセンシティブな作品のキャラ名だったりで流石にそれはどうかと思ったんだよ」

「ああ……エルフ娘の名前なんて日本だといくらでもありすぎてどれ当てても角が立ちそうですもんね」

「そう! そうなんだよ姫子くん!」

「でもげろしゃぶとゲレゲレはないですわ」

「はい」

 

 助け舟を寄越したと見せて叩き切る。見事なまでの上げて落とすにただただ頭を垂れる事しかできない。

 

「実際、こないだの動画の反響凄いからさ。そろそろ名前ないと不味いと思うんだよね!」

「あ、そんなにあれ人気なんだ」

「なんと初日で1億再生! このキャメラマンイチカの実力をもってすればこんなもんだよ。ふんすふんす」

「この娘の映像って、表に出てるのが限られてるんで。これまで餌が供給されなかった釣り堀にオキアミブロックを投げ込んだみたいな惨状になってます」

「なるほど、若干伝わりづらいけど凄い事になってそうなイメージが出来たよ。ありがとう姫子ちゃん」

 

 動画関連に関しては本当に触ってないから実感わかないが、1億ってかなりすごい数字だよな。それだけ自称姉が人気って事だろう。所でなんで例えが釣り堀なんだろう。姫子ちゃん釣りが趣味なのかな。

 

 しかし名前、名前か。洋風っぽい名前にするべきなんだろうがそこまで語彙力がない俺が必死に考えてもどこかのアニメかゲームで使われてそうな名前になっちまう。ここは発想を転換しよう。日本風でもいいさって考えるんだ!

 

 実際彼女は奥多摩のダンジョンで生まれたってことになるんだから日本人って事でいいだろう。それならばまだ名前もやりやすいというか、鈴木家伝統の名付けが適用できる。

 

「一子か二子かな」

「その名前私につけられたらスト起こしてるかな」

「先輩は名付け親向いてないですね」

 

 なんでやねん。とは流石に言い切れんか、俺も自分にこういったセンスがないのは理解している。

 

「まぁでも方向性としては良いかな? 後ろが子とかじゃなくてもうちょっとエルフっぽい感じにすれば違和感すくないかも。あと鈴木家伝統の名付けだと一の文字は私が持ってるからね? 姫は二でしょ」

「? まぁ、私としては呼び名が決まるならなんでもいいが」

「なんでもいいってのが一番困るんだよなぁ」

 

 首をかしげる自称姉の姿にうんうんと頭を悩ませる。エルフっぽい、エルフっぽい……エルフってなんだ?(哲学)

 

 いや待てもう少し広げて考えよう。40層を思い返すと一番イメージに出てくるのはやはり緑だ。エルフというのはまぁ森に関連すると考えると植物系が良いのは間違いない。

 

 二花というのはちょっと語呂が悪いからスルーするとして、それ以外に一文字で植物を表し、語呂も良いもの……緑、植物・葉っぱ?

 

「二葉。ふたつのはと書いて二葉はどうだ」

「……あれ、予想よりまともなの来たよ」

「二子の次でこれってジョグレス進化しすぎじゃない?」

 

 ポンっと手を叩きそう口にすると、一花と姫子ちゃんがいったん顔を見合わせてこしょこしょと失礼な言葉を交わす。まぁそんなことはどうでもいいんだ問題じゃない。

 

 椅子に座って俺たちのやり取りを眺めていた自称姉に声をかける。

 

「どうかな?」

「……ふむ。フタバ、か……」

 

 俺の言葉をかみしめるように繰り返し、自称姉――二葉はうん、と小さくうなずいた。

 

「私は二葉。これからは、お前の姉である二葉だな?」

「ああ。君は鈴木家の二葉だ」

「わかった。それならばそれでいい」

 

 そう俺の目をみてうなずいて、二葉はにんまりと笑いながらフタバ、フタバかと繰り返し呟く。

 

 そしてこの時、俺と二葉をつないでいる魔力のラインに違和感というか強い反応がおきる。彼女が名前を受け入れた瞬間、より一層近づいたというか、同化が進むような感覚を受けたのだ。

 

 名前を付けたことで、彼女と俺のつながりが一歩進んだのか。もしくは、俺の中で彼女の定義が定まったのか。

 

「これからもよろしく頼むよ、弟よ」

「ああ。姉さん」

 

 互いにそれを認識しあい、小さく笑みを零して言葉を交わしあう。これで彼女は俺の家族になった。

 

「一花、二葉の名前を頼む」

「あいさー」

「姫子ちゃんも何かあったら」

「あ、はい。いつでもお手伝いしますんで! バリバリこき使ってくだせぇ」

「姫子、三下でてるよ三下」

 

 だから、家族を守るのは長兄である俺の役目というわけだ。

 

 頑張らないとな、と肩に乗る責任感という重みを感じながら、一花と共にパソコンへと向き合う。

 

 尚、名前を発表した瞬間いっせいに「なぜ和名なんだよ!」「もっとこう、あるだろ!?」「ディードリット希望」との声が殺到するのは数分後の話である。ディードリットは無理だろ。



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番外編 冒険者速報スレその他

誤字修正、244様ありがとうございます!


【合法?】冒険者速報スレ8489【ロリエルフ】

 

 

 

1名無しの冒険者  20××/○○/△△

 

 このスレは冒険者関連の最新情報を取り扱うスレッドです。主に日本各地のダンジョンの情報、各ダンジョンでの冒険者の情報についてを語ってください。

 

 既出の情報に関しては冒総スレ(冒険者総合)かヤマギシスレに。

 

 

 

 公式

 

 ttp://www.日本冒険者協会.com/

 

 ttp://世界冒険者協会.com/

 

 

 

 ※前スレ

 

 【40層】冒険者速報スレ 8488【パライソ】

 http://冒速/???/~

 

 

 他スレ

 

 冒険者総合スレ8008

 

 http://冒総/???/~

 

 

 

 株式会社ヤマギシスレ 666      

 

 http://YAMAGISHI/%%%/~

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

323:名無しの冒険者 20××/○○/△△

フタバちゃんに膝枕されたいだけの人生だった

 

325:名無しの冒険者 20××/○○/△△

おみ足ぺろぺろしたいお

 

328:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>325

 通報しました

 

329:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>325

おまわりさんこいつです

 

331:名無しの冒険者 20××/○○/△△

3スレ前からずっと同じ会話が続いてる

 

333:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>331

3スレどころか先週からずっと変態が湧き続けてるゾ!

 

334:名無しの冒険者 20××/○○/△△

俺たちが求めて止まなかった理想の金髪ロリエルフがこの世界のどこかで俺と同じ空気を吸って生きている事がこんなにうれしいなんて思わなかった父さん母さん生んでくれてありがとう俺奥多摩行ってきます

 

337:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>334

最高に気持ち悪くて草

 

339:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>334

お前みたいな奴が居るせいで奥多摩行きの電車が死ぬほど混んでるんだよ

 

342:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>334

フタバちゃんはお前と同じ空気は吸いたくないだろうな

 

345:名無しの冒険者 20××/○○/△△

フタバって誰

新しい配信冒険者でも増えたのか?

 

347:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>334

両親涙目

 

349:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>334

大人気じゃん

 

352:名無しの冒険者 20××/○○/△△

奥多摩の電車が混んでるのは大体イッチのせい

 

354:名無しの冒険者 20××/○○/△△

フタバちゃんが生まれたのはイッチが原因だから間違ってない定期

 

355:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>345

フタバちゃんを知らない情弱がまだいるとは思わなかった

こないだイッチと一緒に総理と会見してたし全国区で知名度あるでしょ

 

356:名無しの冒険者 20××/○○/△△

>>355

釣りだろ。こんだけ連日ニュースになってんだし知らんわけない

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

【ショタ】イッチ総合スレ10863【ロリ】

 

1:名無しのジロー  20××/○○/△△

 

 このスレは我らが”オンリーワン・ヒーロー”こと鈴木一郎氏(またの名をイッチ)について纏めて取り扱っています。

 動画に映画、ついでに冒険と八面六臂の活躍を見せる我らがイッチについてを語りましょう!

 

 ========== 注意事項 ==========

 ●鈴木一郎氏は本人自体のジャンルが多岐に渡る為、各専用スレの話題はそれぞれのスレでお願いします。

   マーブル総合スレ 1582           http://マーブル/+++/~

   MAGIC SPIDER総合スレ 4831   http://魔法蜘蛛/&&&/~

   ライダー魔法隊応援スレ 9323     http://ライダー魔法/%%%/~

   ライダーマン二号スレ  6325       http://結城一路/***/~

   ロックマンイッチ総合スレ 3832     http://ロックマンイッチ/###/~

   ミギーと喋りたいスレ 6845        http://ミギーと喋りたい/$$$/~

 

 ●次スレは>>900が宣言後立てる。無理なら代理人を指名すること。 次スレが出来るまでは自重願います

 

 ●sage推奨。

 

 ●荒らしは通報。マスターの悲劇を再び起こす奴はトリプルライダーキック

 

 前スレ http://鈴木一郎/***/~

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

576:名無しのジロー  20××/○○/△△

イッチの変身バリエーション最新版出来たぞ

http://変身バリエーション/---/~

 

577:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>576

有能

 

579:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>576

ありがてぇ……

 

582:名無しのジロー  20××/○○/△△

改めてみると死ぬほど多くて草生える

50超えてるじゃん

 

584:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>576

すみません、バリエーションが男キャラばかりなんですがこれで間違いないんでしょうか?

桜ちゃんのあのクオリティなら女性キャラもっと多くてもおかしくないですよね

抜けてる女性キャラがあると思うんですが

 

587:名無しのジロー  20××/○○/△△

五十音順どころか確認された時系列順までソートできてるのヤバすぎぃ!

 

589:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>576

たまにいるイッチガチ勢の所業だ

 

591:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>584

今回の桜ちゃんを見るにありそうだけど現状判明してる変身バリエーションがこれってだけだぞ

 

592:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>576

フタバちゃんの情報がどこにもないんだけど

 

594:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>584

イッチ、毎日いろいろなキャラ練習しとるって公言してるがどのキャラ練習してるかは教えてくれないから……

 

596:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>592

フタバちゃんはイッチの変身先じゃない

 

599:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>592

フタバちゃんは独立した一己の人格を有してるれっきとした日本国民だぞ。結婚だって出来る俺の嫁だ

 

602:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>592

マジレスするとフタバちゃん専用Wiki出来てるからそこで確認してこい。身長体重3サイズ好きな食べ物まで勝手に予想して喧々囂々罵りあってる人間の恥どもが一杯いるぞ

 

603:名無しのジロー  20××/○○/△△

イッチ、DMCのネロとかやってなかったんか

 

604:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>599

勝手に嫁にするな〇すぞ

 

605:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>599

ジ〇ップくんさぁ……

 

606:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>599

世界中に存在する(ガチ)フタバちゃんファンクラブ会員に消されるぞ

 

607:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>599

マスター教え子会に匹敵するフタバちゃんファンクラブを敵に回すとは

成仏しろよ

 

609:名無しのジロー  20××/○○/△△

いい加減スレチだと何度

 

610:名無しのジロー  20××/○○/△△

桜たんに会えるまで奥多摩に住むことにしました

 

611:名無しのジロー  20××/○○/△△

>>610

マジで迷惑だからはよ帰れテント民

 



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第三百五十六話 初遭遇

『ああ、イッチ! こんな変わり果てた姿に……!』

『そんな満面の笑みで言われてもですね』

 

 久しぶりに会ったスタンさんはスマイリースタンの名に恥じないニッコニコの笑顔で悲し気なセリフを口にした。声音は完全に悲劇を目の当たりにしたアメリカ人男性っぽいのに表情との落差が大きすぎて脳がバグりそうだ。

 

 そういえばこの人、何本も映画に出てるベテラン俳優だったっけ。カメオ出演だけど。

 

「イチロー、このご老人は」

「フタバが今読んでるコミックの原作者だよ」

「ふむ。この絵巻を書いた方というわけか」

 

 ソファの上に腰を落とし、社会勉強と称して山のように積まれたコミックや漫画を読み耽る二葉の質問にそう答えを返す。厳密に言うとそのコミックを書いてるわけじゃなく原作を書いた人って意味なんだが、流石に今の段階でそこまで理解しろというのも難しいだろう。

 

『イッチ、彼女が例のエルフかい』

『はい。例のってのがどういう意味かはわかりませんが』

『例のは例のさ。そうか、この娘が唯一本物のエルフか……まさか生きてる間にお目にかかるとは思わなかった』

 

 40層の面々がいるんで唯一本物かどうかは意見が分かれそうだが、現状一般人が会えるエルフは二葉だけと考えればそういう表現にもなるだろうか。40層の彼らは外に出る事ができないしな。

 

『初めまして、お嬢さん。私はスタン・M・リードだ。気軽にスタンと呼んでほしい』

「……なるほど、これが英語というものか」

 

 スタンさんからの挨拶に二葉はそう呟くと、んんっ! と咳ばらいを一つして口を開く。

 

『初めまして、スタンさん。弟からフタバ・スズキと名をもらった者です。以後お見知りおきを』

『……これは驚いた。翻訳魔法を使わずに英語が話せるのかい』

『俺が話せる言語は大体話せるみたいです』

 

 初見の時にラーニングされたからか混ざり合った影響か、言語に関しては二葉はマルチリンガルと言っていいくらいに達者だ。俺の場合ミギーや美琴がネットから回収してきた知識を脳内知識班が総動員でかみ砕いて覚えていったのでそこそこ時間がかかったのだが、彼女の場合はその結果だけを受け取っている形になる。正直羨ましい。

 

 翻訳魔法ではなく同じ言語が使えると分かったからか、エルフという希少性に興味を惹かれたからか。スタンさんは矢継ぎ早に二葉に質問を投げかけ、それに二葉が答える形で二人の会話は進んでいく。

 

 異文化コミュニケーションとでも呼ぶべきだろうか。互いに言っている言葉を互いが中々理解できていないのだが、そんな齟齬すらも楽しむように二人は談笑し、手持無沙汰になった俺が手元にあった『マジックスパイダー4 異次元への侵略者』を読み終わったくらいでスタンさんが『Excelsior!(エクセルシオール!)』と叫んだ。

 

『素晴らしい! 彼女は素晴らしいよイチロー! 価値観が、生き方が我々とはまるで異なるのに理解できる範囲の隣人! これだ、これこそが我々が想像の中で創造しつづけた異人種だ! インスピレーションが、インスピレーションが湧いてくるぞ! これは急いで書き留めねば! ライターは誰が、いや! ここは日本進出を考えて日本の漫画家に依頼するべきか! 確かデッドプールのコミカライズを日本で最も著名な漫画雑誌が』

『スタンさん、ストップです。途中から社外秘とかいろいろありそうな話出てきてます』

『問題ないとも! 契約を交わした話ではないし来月にはヤマギシ・ブラスコがうちの親会社になるし契約を交わす際には社内の話になっているから!』

『なるほど、それならまぁ…………いやいやいや』

 

 勢いに押される形で納得しそうになるが、はたと聞き逃せない単語が出てきたことに気付いた。

 

『ヤマギシブラスコが親会社ってなんですか。初耳なんですが』

『あー、うん。うちの親会社からヤマギシブラスコに株が売却されてね。今回はその関連で訪日したんだがまぁそんな事はどうでもいいんだ重要なことじゃない!』

『いや重要でしょ』

 

 マーブルの親会社はたしか世界で最も有名なネズミのキャラクターが居るあそこだった筈。あそこにとってドル箱と言えるマーブルを畑違いのヤマギシブラスコに売却するなんて正直考えづらいんだが、それが起きたという事はなにか大きな動きがあったという事だろうか。ヤマギシブラスコは魔力エネルギー事業が主力だからそれに関することか……?

 

『彼女は素晴らしいぞイチロー! 彼女の助けがあればこの閉塞感漂う米国のコミック界に新風を巻き起こせる! 君と! 彼女が新しい嵐となるんだ! 私の中には今、全く新たなシリーズの萌芽が沸き起こっている! これを早く文章に書き記さなければいけない、勝利の女神の唇はもう目の前にあるんだ!』

『そうですね。新作のマジックスパイダ―面白かったってライターさんに伝えてください』

『うん、ありがとう。このシリーズは日本の漫画を参考にしていてね。順序良く巻数を繋げていってるんだがこれが好評だ! これまでの作品のようにほかの作品を目にしないと分からないという事もないからコミックの間口としてこれまでのファン層以外にもどんどん売れているんだ! 売上としては過去最高と言ってもいいだろう。国外販売も順調だしね!』

 

 少し水を向けるとスタンさんはニコニコとしながらここ最近の業績について語り始める。よし、うまい事情熱の矛先をそらすことができたか。流石に勢いのままに二葉のハリウッドデビューなんてされたらたまったもんじゃないからな。主に日米の移動的な問題で。

 

 しかし話を聞く限りだとコミック部門も好調なようだし、余計にマーブルが売却される理由が思い浮かばない。ヤマギシブラスコの方だと俺に情報が入ってこないんだよな。何も聞かされてないってことは問題があるわけじゃないんだろうが。

 

 まぁ厄介ごとが出てきても困るし、念のためにも真一さんに聞いてみるか。



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第三百五十七話 5倍役満

誤字修正、ドッペルドッペル様、244様ありがとうございます!


「うちが絡んでるのはお前が原因なんだが」

「いきなりっすね」

 

 前置きのように一言置いて、真一さんは事の経緯を話し始めた。

 

 某世界一有名なネズミの企業がマーブルと合併したのは互いに求めていたものを補い合える関係だったからだ。青少年部門を強化したいネズミーさん所と基本的に資金難で配給に問題があったマーブルが手を組んで現在の復讐者たちという一大コンテンツが生まれた。これは両社の目論見以上の結果と言えるだろう。

 

 だからこそ今回その一大コンテンツを、しかもその集大成ともいえる作品が来年出る段階でマーブル社をネズミーさんの所が手放すというのはかなりおかしな話だったんだが、実のところマーブル作品の映像化についてはこれまで通りネズミーさんの所が配給も含めて担当してくれる予定だという。

 

「まぁヤマギシブラスコはエネルギー事業が主力だからな。畑違いの分野に関しては専門家に任せる方針なんだ」

「じゃあなんで買収なんかかけたんですか? 結構大きな金額だったんでしょ」

「ブラスコの、というよりは世界冒険者協会絡みでな。冒険者のイメージ戦略に扱ううえで、マーブルとそれに付随する形でネズミーさんの力を借りたいらしい」

「な、なるほど……」

「ブラスコ側ではなくヤマギシブラスコが絡んでる理由もわかるだろ。お前がどう思いこもうが冒険者の顔役はお前で、ヤマギシチームだ。ヤマギシの名前が出せるヤマギシブラスコがマーブルの親会社なら通せる話も幾らかあるんだと」

 

 冒険者のイメージアップに関しては、俺たちヤマギシも様々な取り組みを行っている。なんせ一般人から見た冒険者は道端に人間サイズのホッキョクグマが歩いてる、くらいの脅威度があるんだ。一度悪いイメージを持たれてしまえば一気に排斥されかねない。解剖されかけた記憶は今も俺の脳内にしっかり残っている。

 

「で、ここまでが表向きの理由だ」

 

 ケイティやウィルの奴が頑張ってるんだな。そう思おうとした矢先に真一さんはちゃぶ台を返すように言葉を放った。

 

「なんでもネズミーさんの会社内で結構大きな動きがあるらしくてな。きな臭くなってるからそれらしい理由をでっち上げてネズミーさんの所とマーブルの距離を開けておきたいらしい」

「……あの、それ俺が聞いてもいい内容です? 右から左に受け流しちゃいたいんですが」

「モロにお前が理由だから聞いても良いぞ。ブラスコ側、というか世界冒険者協会としては、お前をモチーフにしたキャラクターを使った映画を今の流れでネズミーさんの所に作られるのが嫌なんだと」

「俺マジでそれ聞いていいんですか!?」

 

 悲鳴のような声を上げて尋ねると、真一さんはケラケラと笑って手を振った。どちらかが分からない反応は止めてくれ。

 

 

 

「ネズミーというか、米国の映画界自体がちょっとおかしい流れなんだよね。多様性を表現するとかなんとかって」

「少し待て。言葉の意味を思い出す……多様性、か。人が複数居るなら違いが出る。当たり前のことだと思うんだがそれが弟とどう関わりあうんだ?」

「その当たり前の事を大真面目に主張しないと駄目な国なんだよね、米国って。で、お兄ちゃんは色んな意味でそっちの主張に使われそうなのが問題! アジア人でしょ、女装するでしょ、ショタにもなったし魔法も使えて親しい女性の影も形もない! 5倍役満だよ!」

「なんの役満なんですかねぇ」

 

 あとさらっと魔法が使えるをその枠組みに入れるんじゃない。女装に関しては、まぁ、うん。そこ言われると震え声で変身だから、としか答えることが出来ないんだが。

 

 それと親しい女性ってなんだよ。俺のSNSや通話アプリには100名を超える女性の連絡先が登録されてるんだぞ。

 

「大体冒険者か仕事先の人でしょ」

「はい」

「……お兄ちゃん、身内以外の女の人とさ。二人きりで出かけたことってある? あ、ごめんやっぱいいわ」

 

 そう口にする一花の表情は優しかった。

 

 馬鹿にするなよ、そのくらい。二葉……は家族だし、シャーリーさんと各地のダンジョンに……は仕事か。アガーテさんとは二人きりで研究室に……あれも仕事だ。

 

 あれ。もしかして俺、齢20を超えて異性とデェトをしたことがない……?

 

「というわけで冒険者の看板的な存在だから、お兄ちゃんには変な政治色を持ってほしくないってのが冒険者協会の要望なのね。イメージは大事って事」

「ふむ。政治はどこもややこしい事ばかりだな……どうしたイチロー、わなわなと震えて。ポンポン痛いのか?」

 

 衝撃の事実に気付き震えていると、二葉が心配そうに声をかけてくる。ありがとう。お腹は痛くないんだが心がちょっと風邪をひきそうなんだ。

 

 異性と出かけた経験を指折り数えてみるが、どれもこれも複数人でのお出かけか仕事上のやり取りしか思い至るものがない。一番それらしいやり取りをしたのが二葉との奥多摩散策ツアーってなんだよ。

 

「お兄ちゃん」

「なんだいシスター」

 

 そんな俺の内心をくみ取ってくれたのか。一花はポン、と俺の方に手を置いた。

 

「姫子貸したげるから、原宿あたり一緒にブラついてきなよ。朝帰りでもいいぞ!」

「お前の中では姫子ちゃんをどう扱ってるんだ???」

 

 にやりと頬を歪ませて勝手に親友を投げ渡してきた妹とは一度腹を割って話さないといけない気がする。

 

 あ、こら二葉。朝帰りなんて言葉はラーニングしないでよろしい。教育に悪いから! ぺっしなさい!




朝に更新する余裕がないんで今更新


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第三百五十八話 これからはお前の事マスターって呼ぶわ

日曜更新ギリアウト

誤字修正、244様ありがとうございます!


「で、私が焚きつけたおかげで無事お兄ちゃんとデートが出来た感想はどう?」

「最高だった……これからはお前の事マスターって呼ぶわ」

「ヤメルォオ!?」

 

 原宿ぶらつくのと渋谷ぶらつくのどっちがいいかな? という俺の問いに奥多摩湖でルアーフィッシングしましょう、と迫真の回答を返してくれた姫子ちゃんとのデートは無事終了することができた。キャンプ場経営者(元)の息子としてアウトドア全般は齧っていたのだが、趣味として習熟してる相手にはやはり及ばないというのがはっきり分かる一日だったな。

 

 姫子ちゃん、というか壇さんの家は結構家族ぐるみで釣りを嗜んでるらしく、家族と距離を取っている姫子ちゃんも趣味として釣りは続けているらしい。ルアーフィッシングの代わりにミギーを伸ばして魚を釣るという新しい境地を得ることもできたし、可愛い女の子と湖の傍で食べるおにぎりは美味しかった。たまにはこういう日も悪くないというか、目の前でデートの感想を妹に報告されるという恥の極みのような体験をさせられなければ文句なしに最高の一日だって言えたんだが。

 

 あ、いや。なんか話しかけるたびに三下口調で返事が来るし何かあるたびにいちいち時代劇に出てくる親分と子分のやり取りみたいな問答が挟まれたしちょっとそれは言いすぎか。総合的に良い一日だった。うん、これだな。

 

「ところでなんで二人してフィッシングジャケットに身を包んでるのかな?」

「言わせるなよ馬鹿、恥ずかしい」

「頭ハッピーセットな姫子には『お前デートでどこ行ったんだこら』って副音声が聞こえなかったかな???」

「奥多摩湖」

「素直に言えたのは偉い。で、なんで奥多摩湖を選んだ? 言ってみろ!!」

「一郎さんが街中すっぴんで歩いてたらデートもくそもないだろうが!!」

「なるほど、筋は通ってる。で、もちろん動画は撮ったんだよね?」

「あたぼうよぉ! 世のイッチガチ恋勢に悲鳴あげさせちゃるぜ!」

「割と実害出そうだしお兄ちゃんの映像も入るならヤマギシで内容チェックするから」

「あ、はい。そこは勢いでごまかせんか……」

 

 女三人寄れば姦しいというが、この二人が揃うと3人分くらいのパワーは間違いなくあるだろうな。今日一日着ていたフィッシングジャケットを脱いで二人がやいのやいのと騒ぐ姿を眺めながら、クーラーボックスに入れておいた本日の釣果を確認する。

 

 ブラックバス、ニジマスにヤマメ、イワナにサクラマス……これらは淡水魚であるためしっかりとした下拵えが必要だが、手間暇を惜しまなければどの魚も美味しくいただけるものばかりだ。ブラックバスは唐揚げが良いとして、ニジマスはシンプルに塩焼きが良いかな。それともムニエルかな? 

 

 イワナとヤマメ、サクラマスは塩焼きで、あとは卵を抱えていたのもいるから卵は醬油漬けにしておこうかな。気が向いたときに黄金いくら丼にしても良いだろう。デートだからと置いていった二葉がむくれてるかもしれないし、ここは腕によりをかけないとな。

 

 

 

 料理系の変身を試してみたんだがやはりというかなんというか。ガワだけ真似できてもその内実までは真似できない。トリコの小松シェフとかを真似できたら常に最高の食事を自分で用意できるんだがな。

 

「という訳でネットに転がっていたレシピを使って作成したのがこちらの料理になります」

「おお、なんだか本格的!」

「魚、フィッシュ、か。うむ、狩りは男の仕事であるな。私を置いて出かけたのは不問にしておこう!」

「イェーイ! イッチガチ恋勢見てるぅ? イッチの手料理だよー♪」

「んん? イチロー、このテレビとやらに皆が入っているぞ。鏡の魔法か?」

「これはノーパソ。や、まぁ、似たようなもんかな。うお、すごいコメント数」

 

 商魂逞しいというべきか。さっそくこの現状をアップしてさっそく炎上している姫子ちゃんのダンプちゃんねるをPCの画面に映していると、今日は朝からぺったりと引っ付いて離れない二葉が興味深そうにPCの画面を指さした。

 

 そんな二葉の様子が姫子ちゃんのスマホ越しに見えたのか、すごい速度でコメント欄が流れていく。こいつらエルフすっごい好きなんだな。

 

「や、フタバちゃんもですが先輩の方が主原因じゃないですかね」

「知ってる有名人がいるからつい見ちゃう的なやつかな」

「お兄ちゃん知らない人は、姫k……ダンプちゃんねるには居ないだろうね!」

「つまりイチローは広く名が知れ渡っているという事だろう。姉として誇らしいぞ!」

「いい事ばかりじゃないけどね」

 

 ふんすふんすと鼻息が荒い二葉をどうどうと宥めて、まずはブラックバスの唐揚げに箸を伸ばす。匂いを消すために少し濃いめの味付けにしたのだが、さてお味は……うん、美味しい。

 

 俺が食べ始めたのを見ていたからか。女性が3名揃って言葉の通り姦しく騒いでいた女性陣も、それぞれが料理に手を付け始める。姫子ちゃん、片手でスマホを掲げながら食べるのは止めなさい、お行儀悪い。配信者としては見上げた根性だと思うけどさ。

 

 そして俺たちがただ魚料理を食べるだけの映像でなぜここまで爆速でコメントが流れるのか。色が変わってるやつ知ってるぞ、スパチャってお金投げる奴だろ。なんで他人が飯食ってるだけの映像で金を払うんだよ。料理番組とかじゃないぞ?

 

「いやぁ、お兄ちゃんの食事風景はお金とってもいいと思うけどね?」

「なんで開始3分で料理の半分が無くなってるんだ……」

 

 おかしい。何故か知らないが俺が責められる展開になっている気がする。PCのコメント欄も所々にフードファイターなんて根も葉もない書き込みがされているし。

 

 なんともいえない視線で俺を見てくる妹と妹分の視線から目をそらしながら、バリボリと骨ごとヤマメを齧る。塩味が利いていて最高に旨い。これは味の宝物殿だな。

 

「そ、そういえば姫……ダンプちゃん」

「兄妹似てるなって思いました(小並感)」

「ごほん! そういえばダンプちゃん!釣りの時に確か気になる事言ってたよね。なんだか最近、漫画とかが面白いことになってるって」

「露骨な話題そらしだけど面白そうだし乗ってあげる! どんな話したの、ダンプちゃん」

「……おう、いや、まあ。私は良いんですが」

 

 PC画面で爆速で流れていくコメント欄をチラ見しながら、姫子ちゃんはこほんと咳ばらいを一つして。

 

「ダンジョンが出現した前と出現した後の作品、影響でまくってるんすよ」

 

 昼間釣りをしていた時のようにニヤリと笑って、話を始めた。



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第三百五十九話 なんで現実が創作物超えるんだ

先週は更新が一日遅れてしまったので今週は一日早くしました(妄言)

誤字修正、見習い様ありがとうございます


 ダンジョンが現れた。

 

 自分で言っておいてなんだが、もし5年前の俺にこの事を伝えてもアニメの見過ぎか漫画の読みすぎだとでも返していただろう。その結果として俺や恭二が巻き込まれ、魔法の力に目覚めてダンジョンを攻略し始める、なんて続けたらなろう小説かなにかかと鼻で笑うに違いない。

 

 だが現実としてそれは起きて、俺と恭二はダンジョンに足を踏み入れ、魔法が発見され、それらとダンジョンから産出されるアイテムは世界の構造を一気に変革させていった。ダンジョンが出現して3年が経つ現在ですら40層の発見のようにまだ新たな発見は多くあり、これから先もどんどん世界の価値観はダンジョンによって書き換えられていくだろう。

 

 つまりどういうことかというと、3年前と現在では社会常識そのものが大きく変わっているという事だ。

 

「一番大きいのはやっぱり魔法でしょうね。ダンジョンに入る人間はやっぱり限られているわけで、当然その内実なんてのはイメージしにくかったりします。でも魔法、それに魔力に関しては臨時冒険者のお姉様方って実例が近くにいるでしょ」

 

 ピン、と一本指を立ててダンプちゃんが語り始める。俺たちに語りかけながらカメラワークも意識している、まさに業界人と言うべき姿勢だ。

 

「臨時冒険者ってのは大した制度ですわ。お試しダンジョンって感じで。1から5層までのモンスターならバリアとアンチマジックが使えれば危険もありませんし、一度の冒険でもある程度魔力が実感できるくらいに成長できる。なんならお肌に影響が出るレベルで効果が期待できる。そして一度ダンジョンに潜ったお姉様方は二度目、三度目を希望して冒険者の道に。日本の冒険者が女性多めなのは間違いなくこの制度があるからだと思いますわ」

「なるほど、わかりやすい」

「日本国の元首は探窟者を求めているということか」

「……あの、フタバちゃんはともかく先輩が感心するのはどうかと思うんですが」

「お兄ちゃんも恭二兄ちゃんも利害でダンジョン潜ってるわけじゃないからね! 趣味でやってるからそういうのあんまり興味ないんだよ」

 

 いや、会社に利益をもたらすくらいの感覚は持ってるから流石にそこまで断言されるほど趣味でダンジョン潜ってるわけじゃないんだが。

 

 恭二は知らんけど。

 

「信じられん速度でコメント欄動いてるな。読めない読めない」

「趣味でダンジョン冒険は衝撃的だったようだね。ふんすふんす」

「なんでお前が偉そうなんだよ」

「コホン。あー、続きいいっすか?」

「あ、ごめん。いいよ、お願い」

 

 偉そうに控えめな胸を張る一花に呆れていると、姫子ちゃんがわざとらしく咳ばらいをしてそう訊ねてくる。もちろん邪魔するつもりはないので先を促すと、姫子ちゃんはしからば、と前置きを置いてから少し間を開け、チラリとノーパソの画面に視線を送ってからゆっくりとした口調で話し始めた。

 

 多分、視聴者が聞く態勢になってるかを確認したのかな。プロの配信者の心構え、というやつなんだろうが参考になるな。

 

「さっきの続きに戻りますが、魔法という実例が身近に存在するのが大きい。臨時冒険者も含めて、簡単なものも含めて魔法が使える人間は日本全体でももう数百万ほどに増えてます。来年には1千万の大台に乗るって言われてるんで10数人に1人は魔法が使えるんですね、日本人って」

「あ、もうそんなに増えてるんだ?」

「年がら年中ダンジョンは盛況ですからね。臨時ではなく職業として冒険者登録している人も1万人以上居ますし、誕生してわずか3年足らずで冒険者って職業は急速に日本社会に根付いていってます。小学生の将来なりたいものランキングでは動画配信者と並んで冒険者が上位に来ていますし、この流れは一過性のものではないでしょうね」

 

 そこで一度言葉を切って、姫子ちゃんは「つまりは」と一つ言葉を置いて呼吸を整えた。

 

「現代ものや現代ファンタジーといった名称の、現実(リアル)を扱って世界観を構築する作品は軒並み究極の選択肢を迫られたんですわ。ダンジョンに関して作品内で扱うか、完全に無視するか」

「……あ、ああ。そうなるのか」

「スポーツものや恋愛もの、学園ものといったまだ影響が少なそうなものでも結構な激変があったんですが、バトルものなんかは悲惨です。とある御仁のせいで『まぁ、これくらい現実でも出来るんじゃね?』なんて無理やり陳腐化させられて、なんで現実が創作物超えるんだと一部界隈では話題になってます」

「割とそれはよく言われてる気がするけどね。将棋とか野球とか」

「そっちの二つはマジでなんなんでしょうね(素)」

 

 とある御仁……おそらく恭二のことだろうな。俺は関係ないとして、事実は小説より奇なりなんてことわざもあるくらいだ。創作物を現実が追い越すなんてそれほど珍しい事じゃないだろう。多分、おそらくきっとメイビー。

 

「そういった先達の混乱を見てきたからでしょうかね。ここ2年ほどで連載が始まった漫画は最初からダンジョンありきの設定で始まるものが多いんですが、ヤマギシから新発見の報道が発されるたびに新展開がよく起こってて見てて面白いですよ」

「現実に創作物が合わせていくスタイルか」

「まぁ中には『並行世界設定があるからセーフ!!!』って現実ガン無視してストーリー進めてる作品もありますけどね。FG○とか」

「あの作品は仕方ない。というかF○Oって現代ファンタジーだよね。世の中自体がファンタジーになったらジャンルってどうなるんだろ!」

「もうファンタジーじゃなくなっちゃったからなぁ。現代ものになるんじゃないか?」

 

 現実世界の動きで一つのジャンルが消えたのか。改めて考えると凄い時代を生きてるんだな、俺たち。



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第三百六十話 ヤマギシストアー育成計画

「中小のコンビニチェーンを買収して、ヤマギシ独自のコンビニチェーンを設立しませんか?」

 

 ヤマギシのコンビニ部門を束ねるリーダーさんがこんな事を言い出したのは、肌寒さを感じる11月のことだった。

 

 ヤマギシという会社は元々は親族経営のコンビニを運営していた。ダンジョンが発生した際に店舗は損壊。一時はすべての収入を絶たれた山岸家はダンジョンの攻略に活路を見出し現在に至るわけだが、家業として個人商店を営んでいたという意識は社長を筆頭に山岸一家3人ともに今も根強く残っている。

 

 そのためヤマギシの保有するビルにはどこでもコンビニが入っており、かつて山岸家が経営していたコンビニでバイトリーダーを務めていた人物、リーダーさんがそれらを統括するコンビニ部門の長を務めている。社内最大人員を誇る冒険者部やその業務内容の過密さから常に人員を拡大し続けている広報部に比べれば圧倒的に小さな規模だが、立場上は同格の扱いだ。

 

 コンビニの統括という現在のヤマギシでは傍流も傍流な職務内容からあまり露出はないし本人の性質的にも前へ出ようとするタイプではないが、元々の関係性から社長からの信頼も厚いし真一さんとの関係も良好。見た目はただのド田舎のバイトくんだし周囲もそう思っているが、だからといってヤマギシの首脳部で彼をないがしろにする者はいない。

 

 まぁとはいえ元々がバイトリーダー上がりの青年。コンビニに関することなら兎も角現在ヤマギシが行っている各種事業には全くかかわりを持たないため、普段は会議の場では大人しく置物のように椅子を温めているのだがこの日は違っていた。

 

「ううぅむ……」

「確かにチャンスではあるんだよなぁ」

 

 腕を組み唸るように考え込む社長に、同調するようにつぶやく真一さん。会社のツートップが否定的な反応をしない上に、他の参加者からもざわめきこそ起きるも否定の声は上がらない。リーダーさんと同じく普段はヤマギシ警備の代表兼置物として会議に参加している俺ももちろん置物としての任務を全うし、余計な反応は見せないように努めている。

 

 つまり積極的に賛成する声こそないが、会議室内の面々は彼の提案に消極的に賛成か否定はしないという立ち位置をとっている。これも全てリーダーさんの人徳のなせる業……というのは間違っていないのだが、実を言うとこの案件、会議の場では初めて話し合われているが元々前から検討はされていたのだ。

 

 一番最初にこの話が持ち上がったのは、ヤマギシ社内からではなくケイティの親父さんが恭二に言った一言だったらしい。

 

『うちのダンジョンにヤマギシのコンビニを展開しますか?』

 

 実際はもうちょっと違う言葉だと思うが、まぁ似たようなものだろう。もちろんわざわざアメリカに渡ってコンビニ経営なんてと恭二は苦笑で返したそうだが、この話を聞いたリーダーさんはそれとは違う感想をこの話から抱いたらしい。

 

「ダンジョン前にコンビニ。これ、多分うちにしか出来ない」

 

 そう呟いた後、リーダーさんは定時に仕事を切り上げて家に帰り、翌朝一番で真一さんの元に企画書を持ってきた。ヤマギシストアの規模拡大、オリジナル商品の開発、そして日本国内にある全ダンジョン前への店舗進出。

 

「顧客は毎日何百人と居るんです。現状は近隣の店舗に吸収する形になっていますが、大本のダンジョン前。ここはがら空きだ」

「まぁ、ダンジョン入り口付近に出店できる業者は限られてるからな。それこそヤマギシ(うち)と魔石買取の店舗ぐらいじゃないか?」

「立地が良いのは分かったが、だからってわざわざヤマギシ(うち)でやることか?」

ヤマギシ(うち)にしか出来ないならやる意味はあるし、ダンジョンの利便性が上がるのはヤマギシ(うち)にとってもメリットだ」

 

 当初は肯定・否定両方の声が上がっていた。だがそれら一つ一つにリーダーさんは辛抱強く当たっていき、また上がってきた意見を取り上げては企画に変更を加えていき。やがて40層が攻略されたころにはひとまず現在保有しているコンビニは既存のコンビニチェーンから独立し、ヤマギシオリジナルのコンビニエンスストアとして運営。その話がある程度固まってそれから少し時間が経ち、現在。

 

 決まっていた流れに自身で待ったをかけて、リーダーさんが言い放ったのが冒頭の言葉である。

 

「当初の予定としては、駅の構内にあるあのコンビニを目指していました。各ダンジョンの入り口で食品や飲料を売る。間違いなく需要のある手堅い商売です。事業規模としても人員の問題からそれ以上の出店は難しいと判断していました」

 

 確認するかのようにそう口にして、リーダーさんは周囲を見渡した。

 

「ですが、40層の攻略によって状況が少し変わりました」

 

 否定する言葉が出なかったことに満足そうに頷いて、リーダーさんは言葉を続ける。

 

「ダンジョン産の食材を使った、食料品の生産及び供給、これが出来るのならば勝負に出る価値は十分以上にあります。元々ヤマギシにはダンジョン産の素材を用いて商品を開発する能力がある。あとは開発した商品を量産し運搬するノウハウがあれば状況は整う。中小のコンビニチェーンを吸収合併しそれらを手に入れればダンジョンの素材を使った商品も扱うオンリーワンのコンビニエンスストアが生み出せる――そこまで実現することが出来れば」

 

 言葉を切り。ぐっと身を乗り出してリーダーさんは口を開く。

 

「コンビニ王に、ヤマギシはなれる!!!」

「なってどうするんすか」

「コンビニ王か……」

「親父、そこじゃないって」

 

 どこぞのゴム人間のような発言をするリーダーさんに置物であることを忘れて、ついついそう言葉を返す。最後の最後で台無しだ。

 

 そして社長、もしかして本気で家業としてのコンビニエンスストアが身に染みてるんだろうか。それどう考えてもネタ半分……いや、まあ社長たちが本気で進めるつもりなら反対する理由はないんだけどね。常に人材募集中なヤマギシの内部からは人員を割けそうにないんだけど、そこまで拡張して大丈夫なのかは少し心配だな。



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第三百六十一話 企業合併

難産でした。あとで少し書き直すかもしれません

誤字修正、244様ありがとうございます


 ヤマギシという企業は新興企業だ。

 

 主な業務としてはダンジョン関連。ダンジョンの攻略およびダンジョンから産出される物品や魔法を研究して商品を開発・販売しており、携帯型エアーコントロール発生装置、工業・民間用フローティングボード等の大ヒット商品も数多く生み出している。また魔力式発電所の製造・建設にも関わっており、子会社であるヤマギシブラスコでは化石燃料に代わる新エネルギーの筆頭と目されている魔力式発電技術を全世界に向けて販売している。

 

 元々は小さなコンビニを営む家族経営の会社で、それこそ3年前にダンジョン発生という転機が訪れるまでは従業員数も(家族を含めて)両の手で足りる程度。そのため業績こそ一気に拡大しているものの規模自体は小さなもので、ヤマギシブラスコの共同出資者であるブラスコ等の協力の元なんとか回している会社。

 

 経済界の方々から見ると、ヤマギシという会社はこういう風に見えているらしい。まぁ普通なら10年単位でやるべき仕事をたった数年で、しかも人員不足のままガンガンに推し進めているから、はたから見ると危なっかしく思えるのだろう。

 

 良くも悪くも注目を集めているのは間違いない。

 

「Q:そういう企業が企業買収を進めていると聞いたらどうなりますか?」

「A:御覧のあり様です」

「今の若い子はそんな会話の仕方をするのかい?」

 

 相次ぐ問い合わせに慌ただしく駆け回る営業さんを尻目に、営業部の片隅にポツンと置かれているソファに座って兄妹そろって茶をしばく。周りが忙しくしてるせいでまるで味が分からんというか気が落ち着かないんだが、目の前に座っている沙織ちゃんの父親――下村のおじさんはそんな営業部の風景にもどこ吹く風とばかりにのほほんとした表情でお茶をすすっていた。

 

 下村のおじさんはうちの父さんと同じく渉外を担当している。父さんが国外を担当しているので下村のおじさんは国内担当だ。役職としてはこの営業部の部長を務めており、この慌ただしい営業部内で本来は一番忙しい筈なんだが、いつ会ってものんびりとした雰囲気でお茶をすすっているイメージがある。

 

「いやぁ、実際に私はたいしたことはしてなくてね。優秀な人がたくさん入ってくれたから助けてもらってるんだよ」

 

 のほほんとした表情で下村のおじさんはそう言うが、こちらの会話をうかがっている様子の社員に視線を向けるとぶんぶんと首を横に振っている。まぁヤマギシが立ち上がってすぐの頃なんて下村のおじさんがほぼ一人で国内を担当してたんだ。おじさんの仕事ぶりで大したことをしてない、なんて言われたらほかの営業部の人は困るだろうな。

 

 まぁ下村のおじさんと周囲のすれ違いは今回はどうでもいいとして、だ。

 

「ところで、俺になにか用事があるって沙織ちゃんから聞いたんですが。どうされたんです?」

「おっと。ごめんごめん、ついつい本題を忘れていた。はは、年かなぁ」

 

 ついついのんびりとした空気に流されそうになったのでそう下村さんに尋ねると、下村さんはぽりぽりとほほを掻きながら誤魔化すように笑い声をあげる。

 

「本当に済まないねぇ。本来は私のほうでそちらに伺いたかったんだけど。ちょっと今、営業部はほら。コンビニチェーンの買収話でバタバタしてるでしょ」

「ええ、まぁそうみたいですね」

 

 言葉の通りバタバタと走り回る営業部の人たちを眺めながら下村さんの言葉に答える。

 

「ここ1週間はまともに家に帰る暇もないくらいに忙しくしてる子も居てねぇ。それにここから買収が始まれば調整やら他社との折衝やら更に忙しくなりそうで猫の手も借りたい状況なんだよね」

「まぁ、そうですね。あの、営業に人員を回してくれって話だと俺では力になれないと思うんですが」

「ああ、ごめんごめん。本題はね」

 

 俺の言葉に歯切れが悪そうに頭をかく下村さんに、ここまで部外者だからと口をつぐんでいた一花が「ああ……」と一言呟いて口を開いた。

 

「もしかして臨時冒険者のお守り担当に人が割けないって事?」

「そうなんだよねぇ」

「……ああ、なるほど」

 

 一花と下村さんのやりとりを聞いて、ようやく俺にも事情が呑み込めてきた。臨時冒険者のお守り――つまり教官役を担当する人員を出すのが今の営業部には難しいという事だ。

 

 臨時冒険者とは日本冒険者協会が行っているダンジョン探索ツアーに参加する人々の事を言う。ダンジョンにはいるとき、通常は冒険者の免許を持っていなければいけないが、臨時冒険者は2種以上の冒険者1名に1種免許もちの冒険者4名に率いられながら5層までのダンジョンアタックを体験することができるといういわばお試しで冒険者の仕事を経験できるのだ。

 

 ダンジョンや魔法、それに冒険者という職業は誕生したばかりの新しい存在だ。当然、未知であることから怖がられたり疎まれたりする可能性を考慮した俺たちは、ダンジョンに入る冒険者という存在の概念をある程度固める際、小細工の一つとしてこの臨時冒険者というものを作り上げた。ダンジョンに入れば魔力が手に入る。魔力を持った人間はそれまでとは比べられないほどに体力を増したり、若返ったりする。

 

 これらを拒否感なく体感してもらうために臨時冒険者というものをつくり、毎日人数限定でダンジョンを体験してもらっていたのだが、これを実際に行ってみると実に困ったことが起きてしまった。

 

 この臨時冒険者。人気になりすぎてしまったのだ。

 

 毎日全国のダンジョンでツアーを行ってるのに、予約は3年先まで一杯。当然その状態では問題があると一日に潜れる回数を増やしたりと色々試みているが、それを行うにはどうしたって資格持ちの冒険者が数多く必要だ。資格持ちの冒険者たちは日本冒険者協会の取り決めにより、この臨時冒険者の引率を割り当てられたら協力しなければいけない義務(日当あり)があったりする。

 

 当初は時間がたてばたつほどに冒険者の数も増えて割り当てられる回数も減るはず、と考えられていたのだが、ツアーの回数を増やしたせいで負担は当初とほとんど変わらない状態。

 

 そして日本で一番冒険者が多い組織、社員全員が免許持ちのヤマギシは当然社員全員がこの義務を履行しなければならず、それが現状の営業部にとっては非常に厳しい、と。

 

「申し訳ないんだけどね。ヤマギシ警備からいくらか人員を回してもらえないかな」

「俺としては構わないんですが、こういうのはベンさんに聞いてもらった方が良いんじゃないですかね。ほら、俺お飾りですし」

「もちろんバートン君には話は通すとも。けど社長である君に先にお詫びがてら、伝えておこうとおもってね。もちろん、出来る範囲の協力で構わないんだ」

 

 俺が社長をしている事になっているヤマギシ警備は、ヤマギシが保有するビルや工場などの警備全般を受け持っている。ヤマギシの拡大に合わせるように人員確保も常に行っており、また緊急時に対応するため常に各詰め所には人員が複数名待機している。多少危険のある仕事だからある程度以上に人員には余剰を持つようにしているのだ。

 

 もちろんある程度の細部は詰めなければいけない。どれくらいの人員を、いつ、何名。そのあたりをはっきりしてもらって、そこからすり合わせになるだろうが恐らく問題はないだろう。

 

「わかりました。俺が出来る範囲で協力させていただきますね」

「うん、ありがとう。そう言ってくれると思っていたよ」

 

 俺の言葉に下村さんはそう言い、少し申し訳なさそうに礼を言った。そんな俺と下村さんを眺めて、一花はあーあ、と小さくため息をついていたことに疑問を持ちながらもその場をあとにして。

 

 そして、一花のため息の理由を数日後に俺は知ることになる。

 

 

 

「はい、じゃぁこの資料を今のうちに読み込んでおいてね。渡したスーツのサイズは問題なかったかな?」

「わっつはぷん?」

「うむ。初めて身に着けた故ちと手間取ったが一花が手伝ってくれた」

 

 パリッと決まったスーツに身を包んだ下村さんの言葉に、同じくパリッと決まった女性もののスーツを身に着けた二葉が答えた。

 

 胸に燦然と輝く『ふく社長』と銘打たれた名札がまぶしい。わざわざひらがなを使われている辺りにこだわりが感じられる。

 

「おや、一郎くんは……おっと。鈴木社長はまだ着替えていないのか。魔導ヘリを使うから早めに用意をしてもらえないかな」

「それヤマギシ警備の社長って意味ですよね???」

「もちろんそちら()意味もあるよ」

 

 俺の言葉に人当たりのいい笑顔を浮かべる下村さん。嫌な予感が止まらない俺は、続けて手の中にある明らかにショタエルフ状態の時に合わせただろうスーツを持ち上げて、もう一度下村さんに問いかけた。

 

「人員の追加って臨時冒険者の教官役、ですよね……?」

「もちろんそちら()意味もあるよ」

「…………」

「ああ、もちろん実務をしてくれという訳じゃないんだ。ほら、こども社長って居たじゃないか。合併先の企業から大手チェーンにも負けない何か強い売りが欲しいと言われてね、広報部のオガワ部長に相談したら、知名度の高い二人のタレントを生かさない手はない、と助言されたんだよ」

「ここで出てくるか広報部……!」

「出来る限り協力してくれると言ってくれたよね。山岸社長も真一くんも喜んでいたよ?」

 

 下村さんの言葉に、あっこれもう逃げられんなと気付くも時すでに遅く。

 

 中小コンビニチェーンのおたふくショップを吸収合併したヤマギシストアーはヤマギシの完全子会社、ヤマギシストアー(株)となり、その初代社長と副社長にはコンビニ部門の部門長であるリーダーさんではなく俺と二葉というショタロリエルフコンビが就任することになった。



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第三百六十二話 椅子を温めるための会議

「ヤマギシストアーは全国11か所に存在するダンジョン傍に中核店とし、今回加入したおたふくショップ加盟店を改装した店舗が一般店という形になります」

「中核店というと大規模な店舗を用意するという事でしょうか」

「その中核店がないエリアはどういう扱いに――」

 

 ヤマギシビルの会議室ではここ数日、毎日のようにヤマギシ・おたふくショップ双方の代表者たちが顔を合わせ今後の経営戦略について話し合いが行われている。ヤマギシ側は実務担当としてリーダーさん、それに営業担当の下村さんと部門代表を二人も出しており、今回のヤマギシストアー計画への本気度が伺える体制だ。

 

「中核店ではヤマギシが開発・生産している冒険者向けの装備の販売も手掛けます。これらは今までダンジョン傍に設けられていたヤマギシ直売店での販売でしたが、今回のヤマギシストアー拡大に伴い直売店の業務であった装備品の販売及び魔石やドロップアイテムの買取業務も統合運営していく予定です」

「それらの物品は一般店での取り扱いを行わない、ということでしょうか?」

「行わない、ではなく免許の都合で行えない、ですね。冒険者の装備品はダンジョン近郊の専門店でなければ取り扱いできません。刀や槍などの武器もありますので」

 

 ダンジョン前の受付とかだとロケットランチャー持ったフル武装の連中がたむろしてたり銃刀法? なにそれ美味しいの? みたいな状態だからな。基本的に装備品は購入した後はホームのダンジョンで預かってもらうのが冒険者の基本だ。

 

「一般店で装備品の販売は出来ませんが、ヤマギシだからこそという商品の取り扱いはもちろん計画しています」

 

 とはいえ、ヤマギシといえば冒険者。冒険者といえばヤマギシというくらいには知名度がある以上、ヤマギシの名を関したコンビニでダンジョン由来の物品がなければ片手落ちというものだろう。

 

「ヤマギシが一般市民向けに開発した商品、例えば携帯型エアーコントロール発生装置(ケエコン)などの現在は冒険者協会支部でしか販売していない商品の販売は同業他社が存在しないことからヤマギシストアーの強みとなるでしょうし、まだまだ安定供給とは言えませんがダンジョン産の食料品を用いた飲食物の開発も行われています」

携帯型エアーコントロール発生装置(ケエコン)! しかしあれは品薄すぎて非常に高額になっているのでは」

「安定供給が出来ないものを強みとするのは難しいのではないでしょうか?」

「流通に乗せられる数があるなら……しかしこれだと通常の商品などとの需要の落差が大きくなるのでは」

「目当ての商品がいつも売り切れている、ではせっかく来店いただいたお客様にも迷惑をかけてしまいますからね」

 

 ヤマギシ側が提案する新機軸に対して、おたふくショップ側の代表がコンビニチェーン経営者としての視点から意見を口にして、ヤマギシ側とのすり合わせを行っていく。一番問題になるのはやはりヤマギシのブランド力を生かした商品だ。ヤマギシの名を関する店舗である以上、ダンジョンに関連した商品はどの店舗にも置きたい。

 

 だが携帯型エアーコントロール発生装置(ケエコン)に代表される魔法を使った商品は基本的に供給不足で、仮に店頭に並べてもあっという間に売り切れてしまうのが想像できてしまう。工場の増設などで増産もかけているが魔鉄などダンジョンのドロップ品を扱う関係で一気に需要を満たすほどの増産というのも難しいため、この問題は一朝一夕では解決しないだろう。

 

「なぁイチロー」

「どうした二葉。お腹がすいたのか?」

「食事は食べたばかりだろう。そうではなくてだな」

 

 高級そうな生地で作られたオーダーメイドらしきスーツに身を包んだ二葉は、目の前で喧々諤々と踊る会議を眺めながら、端的に心情を吐露するようにつぶやいた。

 

「我らは何のためにここにいるのだ?」

「椅子を温めるためさ」

 

 なにせヤマギシ側もおたふくショップ側も実務を俺たちに求めてはいないんだからな。上座に用意された椅子の前で会議前に挨拶をして、それ以降は両陣営の会話を聞いて「あー、なるほど完ぺきに理解した」って体で頷いていればミッションコンプリートである。

 

 なんなら着ぐるみでも身代わりにしてしまってもそれほど困らんだろうが、一応とはいえ代表取締役を受けてしまった以上は最低限の責務として会社の今後を決める会議には居なければいけないだろう。

 

 世のこども経営者はみんなこういう風景を見ていたのかなぁ、大変だねぇとぼんやり考えながらお茶をすすっていると、リーダーさんがこちらに視線を向けて口を開いた。

 

「もちろんヤマギシ側でも需要を満たせるかという点は考慮しています。弊社役員である鈴木一郎は代表取締役に就任すると共に副社長に就任する鈴木二葉と鈴木エルフ兄妹としてヤマギシストアーのマスコットを兼任します」

「ブホッ!」

「わっ!?」

 

 いきなり飛び込んできたリーダーさんの言葉に思わずお茶を吹き出すと、隣に座る二葉が驚いたように椅子から飛び上がった。

 

「鈴木エルフ兄妹のグッズ商品は魔力抽出後の屑魔石など現状使い道が少ないダンジョン産物を使用! 現在開発中のものも含めて十数点が開業までに用意できるでしょう」

「おおっ!?」

「げほっ、げほっ!」

「どうした一郎、背中さするか?」

「さらに少年飛翔を擁する出版社と契約を交わし、今月からインターネット上で鈴木エルフ兄妹を主人公とした漫画がWEBサイトの週刊少年飛翔+で連載開始します! この漫画作品は一話更新事に小冊子として全国のヤマギシショップに配布し販売。単行本が出るまでヤマギシストアーに行かなければ紙媒体では読めないためプレミア感を演出することも可能です」

 

 待ってなにそれ聞いてない。

 

 リーダーさんの言葉におたふくショップ側の代表者たちがわいわいと盛り上がっている中、気管に入ったお茶のせいでそう声を上げることもできない。

 

 せき込む俺の視線に気づいたのかリーダーさんはこちらに視線を向けると、にっと白い歯を見せて笑顔を浮かべぐっと親指を立てた。ウィンクまでついている。

 

 リーダーさん、もしかして俺が喜んでるとでも思ったのだろうか。思ってそうだな。うん。

 

 献本として送られてきたという漫画はその場で見ることが出来たが非常に出来が良かった。というかこれ週刊少年飛翔で連載してるヒーロー学園物の作者やんめちゃめちゃ面白いと思ったわなんでこんなの書いてんだ。え、むしろ向こうからやりたいと言われた……?

 

 こんなの絶対おかしいよ(錯乱)



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第三百六十三話 初仕事

ちょっと遅くなり申し訳ございません。

誤字修正、244様ありがとうございます


 ペラリ、ペラリと原稿をめくっていく。印刷された紙の原稿。そこに描かれた話は、ある日本の片田舎の町に新しいコンビニが出来るというものだった。

 

 彼は山ばかりの地元の日常に辟易しており、代わり映えのない日常に変化を待ち望んでいる中学生の少年だ。物語は彼の視点で、ある日地元の駅の前に出来た聞いたことのない名前のコンビニエンスストアが出来たところから始まっていく。

 

 変化を求める少年は、そのコンビニエンスストアに惹かれるように足を向ける。なにか飲み物を。学友との話のネタに。そんな誰に向けたかも分からない言い訳じみた考えを頭の中で流しながら自動ドアの前に立ち、特徴的な来店音に出迎えられながら店の中へと足を踏み入れ――

 

『イィラッシャイアセエエエエェェェッッ!!!』

 

 音の壁が物理的な衝撃を伴って彼に襲い掛かった。

 

 筋肉質という言葉が裸足で逃げ出すかのような圧倒的筋量の。制服なのだろう赤地に黒い縦縞が入った衣服をぱっつんぱっつんにしたナニカに出迎えられ、少年は踏み入れた足を引っ込めて後ろへ駆け出していった。

 

 ――普通万歳!

 

 そう心の中で叫び、頬を流れる水滴を風になびかせる少年の姿を目で追いながら、レジカウンターに居た小柄な少女が常人と異なるとがった耳をピクリと振るわせて口を開く。

 

『のう、弟よ。客がまた逃げてしもうたの』

『おかしいな、妹よ。客商売は元気が大事なはずとヤマギシさんが言っていたのに』

 

 ポン、と音を立てて筋肉だるまが小柄な少年に変わり、少女と同じくとがった耳をぴくぴくと振るわせながら解せぬ、と言いたそうに首をかしげて、そしてそこで原稿は途切れる。

 

 だいたい4ページ前後の文量のそれを読み終わり、もう一度頭から読み直し。トントンと読み終わった原稿を整えて封筒に入れなおして、テーブルの上に置く。

 

 スゥっと息を吸って、吐き出し。

 

「なんだこれ???」

「題名は『町のコンビニエルフさん』が第一候補らしいよ」

「題名聞いてるわけじゃねぇんだよなぁ」

 

 広報部のお姉さんが自信満々の表情で封筒を持ってきたときから怪しいとは思っていた。思っていたのだが、先日の会議から1週間もたたずにこんなものが用意されるとは思っていなかったから不意を打たれてしまった。

 

 確かに見たことあるよこの絵柄。いつも週刊少年飛翔で追っかけてるよアメコミチックな日本漫画ですごく面白いなって思ってる。でもその人の絵柄で自分をモチーフにしたキャラが描かれると色々恥ずかしさがこみ上げてくるというか、本当にこれで良いのかと自問自答したくなるのだ。

 

「え、今更でしょ? お兄ちゃんモチーフのキャラなんてここ1年どの雑誌にも居るじゃん」

「公式と非公式だと気分が違うんだマイシスター!」

 

 非公式であればそれは確定していないのと同じ。つまり実質居ないのと一緒だ。だがこの作品はヤマギシ公式で作られているもの。つまり見て見ぬ振りが出来ないのだ。

 

「ところでこれ、4ページって大分短くないか?」

「うん。短い話を空いた時間に書いてネットに上げるスタイルらしいよ。ほら、ツブヤイターの短い漫画みたいな」

「ああ、なるほど」

 

 週刊連載の傍らもう一本連載増やすとなると大変だろうしな。まぁ普通に考えて販促用の宣伝漫画なんだから、これくらいのさらっと読めるものが良いだろう。むしろこの状況で週刊連載の方と同じ熱量の作品が投げられたら正直困惑する。

 

「このくらいのページ数なら週1くらいで出来るかも、らしいよ」

「この先生はヤマギシに何か弱みでも握られてるのか???」

「むしろ向こうから申し込んできたらしいんだよね!」

 

 週刊連載って普通に体壊すくらいの激務だって聞いたんだが……あ、いや。世の中には某有名ギャンブル漫画の作者さんみたいに同時連載5,6本とかいう化け物も居るらしいし、やろうと思えばできるんだろうか。

 

 とはいえ忙しくなることには変わりないのだし、仕事を依頼する側の責任者(笑)としてはあまり無理をしてほしくない。締め切りみたいなものは設けないようにして時間があるときに書いてくれればいい、と担当の人には言っておこう。

 

 

 

 新しい仕事を始めるというのは忙しいものだ。なにせノウハウってものを一から作っていかなければいけないからだ。物は用意すればいいし人も雇えばいいかもしれないが、効率的にそれらを動かす組織はそうそう簡単に作ることは出来ない。

 

 ヤーマギシいーちーばーん 

 

「なんで俺、そこそこ忙しいんですが」

「奇遇ですな、私もです」

 

 お飾り社長とはいえそこそこ忙しく走り回っていたのを無理やり引きずられ、なんの説明もなくやたらクオリティの高い謎の替え歌を聞かされたら半ギレぐらいは許されだろう。

 

 このシルクハット、ウェブで天井に張り付けてやろうかと真剣に考えながら訪ねると、発明王ヤマザキはいつもどおりに真面目腐った顔でそう答えた。

 

「実はこの度、就職をしまして」

「ちょっと予想外の言葉できた。ご就職、おめでとうございます」

「ありがとうございます。これからお世話になります」

「あ、もしかしなくてもウチですか。はい」

 

 予想外の方面から連続で殴られ続け、思わず丁寧語でそう言葉を返すとやっぱり発明王ヤマザキは真面目腐った顔で頷いた。

 

「魔導エンジンが売れすぎて色々な方面から特許に関しての圧力を受けまして。正直身の危険を感じたので国内一安全な場所に逃げようかな、と」

「思った以上に重たい話だった……えっと、それ俺が聞いちゃって大丈夫な奴ですか?」

「構いません。動画でもう発言してますので」

 

 シルクハットのふちを指で弄りながら、なんでもない事のようにヤマザキは言った。思った以上にストロングスタイルな回答が返ってきたな。これどう反応すれば正解なんだ?

 

 俺の反応をどう思ったのか。ヤマザキさんはシルクハットを弄るのを止めてこちらに視線を向ける。

 

 ヤーマギシいーちーばーん 

 

「ところでこれ、いい出来ではありませんか? 関係各所に回って許可をもらい、ご本人に歌っていただけたんです。ヤマギシストアーのテーマソングという奴になるのでしょうか。ヤマギシに入社した私の初仕事、という事になりますな」

「これが初仕事で良いんですかヤマザキさん」

「…………………?」

 

 いや、そこで怪訝そうな顔をされても。前にも似たような経験をした覚えがあるがこれ、もしかして俺の感性が間違っているんだろうか……?



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第三百六十四話 CM

 ヤマギシストアー開業計画は順調に進んでいる。

 

 開業予定日は来年の正月明け。全国一斉に開業をスタートするらしい。

 

 そのための下準備として飲食物などの生産・仕入れ等の準備はすでに整っており、現在は各地の店舗で外装工事と並行する形で店員教育を行っている。俺も何か所か視察させてもらったが皆さん熱心に開業へ向けての準備を進めていて、名ばかりの責任者であるが彼らを見ていると身が引き締まるような気がする。

 

 もちろん、俺も暇をしているわけではない。

 

「ああ~いいっすね~」

「すごく不安な感想ありがとうございます」

 

 うわごとのようにカメラを回すスタッフさんにそう礼を言うと親指を立てて返事が返ってくる。褒められていると思ったのだろうか?

 

「一郎、もう喋っても良いのか?」

「あ、大丈夫。お疲れ様」

「うむ。同じ言葉を何度も言うのは疲れる」

「カメラを向けられると疲れるからな。慣れないうちはとくに。こういう時はなにか甘いものでも食べてリフレッシュするのが良いんだ」

「あ、イッチはもう少し続きますよ。今度はパンプアップバージョンで勢いよくいきましょう」

 

 カメラを向けられることに慣れていないのもあるだろうが、疲れたような表情を浮かべる二葉にわかるわかる、と頷きを返す。そのまま便乗して舞台から降りようと思ったのだが、どうやらこちらの魂胆は見透かされているようだ。

 

 何を撮っているかって? CMだよ。ヤマギシストアーの。

 

 ヤマギシは広報部、というかシャーリーさんの方針としてメディアにはそこそこ利益を流してうまく付き合っていくという戦略をとっている。もともとシャーリーさんが記者だったってのもあるが、一時期のバッシングを省みて日本のマスコミは基本的にスポンサーに弱い、という特性を利用しているそうだ。

 

 そのためこれまでにもスポンサーとしてテレビ局やラジオ局と繋がりがあったので、ヤマギシストアーの宣伝としてCMを作成し地上波・インターネットで放映する予定なのだという。

 

 それはいいんだが。俺だけやたらと忙しくないか? もう5パターンも撮ってるしそのうち3つは俺だけが出てるバージョンなんだけど? 毎回筋肉ムキムキバージョンでやたらと威勢のいい挨拶をかましたりエとルとフで名前が構成されたトラックを乗り回すだけのCMを3パターンも撮ってるんだけど?

 

「需要がありますんで」

「この筋肉ダルマがどの辺に???」

 

 俺の言葉に先ほどとまったく同じ様子で親指を立てるカメラマンさんにそう尋ねても返事は返ってこなかった。

 

 

 

 テレビ局での用事を終え、さて次の用事の場所に向かうかと気合を入れなおしていると、見覚えのある女性が滑り込み土下座を仕掛けてきた。

 

「ください……私たちにも……チャンス……くださいよ…………っ!」

「えぇ…………」

 

 ちょっと前にみた映画の逆境無頼のような表情までセットだ。

 

 さすがは本職の女優と言うべきか土下座をする女、ダンジョン動画配信者のロッカー劇女はいっそこちらがしり込みするほどに真に迫った土下座を披露している。もしもここに肉焦がし骨焼く鉄板がありこれの上で土下座をしろと言われてもやり遂げてしまいそうな凄みすら感じてしまう。

 

 そしてそんな迫真の土下座を向けられた俺と二葉はどうなっているかというと呆気を通り越して虚無である。ネットの一部でよく使われる宇宙猫のような表情と言うべきか。

 

 まぁ二葉はこの仕草がどういう意味を持っているかをあまり理解していないかもしれないが、いきなり見たこともない大の大人が恥も外聞もなく目の前でひれ伏したのだから凄い衝撃だったろう。

 

「あの。保護者さん(エセライダー)はどちらに?」

「イッチ、逆! 副音声が逆だよ!!?」

 

 彼女が画面の外だとかなり悲しいことになる人だというのは知っているので、取扱責任者の姿を探すもどこにも見当たらない。役目を放棄したのか。いや、もしかして見捨てられ……よそう。これ以上の詮索は誰にとっても悲しいことになりそうだ。

 

「いや、あいつはあいつで自分の活動を行ってるしいつも一緒にいるわけじゃないからね……?」

「劇女さん一人で色々だいじょうぶなんですか?」

「一郎。これは顔見知りなのか?」

「人をこれと言わない。言いたくなるのは分かるけど口が悪いぞ」

 

 上目遣いにこちらを見る劇女さんにそう訊ねると彼女はすっと視線をそらした。多才な人であるのは知っている。劇団員をやりながら最近人気を上げてきたバンドのフロントを張っている人でもある。それらを全部ひっくるめても私生活というかわきの甘さが凄すぎて今いち羽ばたけないというか、周りから心配されまくっているのだが。

 

「あ、これでも良いです。むしろご褒美というかエルフ姫様のオンリーワンになれるならそれで……」

「用事はないようですね。俺たちの活動になにか問い合わせたいことがありましたらヤマギシ広報部か営業部へお願いします」

「待って待って待ってくださいすみませんふざけましたつい出来心なんです」

 

 二葉の教育に悪いのでその場から立ち去ろうとすると、ロッカー劇女は俺の足に縋り付いて懇願を始めた。はたから見れば事案物の光景だが溺れる者はなんとやらというかロッカー劇女は周囲を気にすることもなく俺のズボンを涙とか色々な体液で濡らしてくる。

 

「……それで、チャンス云々ってなんのはなしですか?」

 

 余りにもな光景にいろいろと口から出てきそうな言葉を飲み込んでそう訊ねると、ロッカー劇女は鼻をズビズビと鳴らしながら上目遣いにこちらを見た。化粧が崩れるどころの騒ぎではない。この人、この後仕事とか大丈夫なのか心配になってくる惨状がそこには広がっていた。

 

「現場犬とダンプちゃんが……」

「はい」

「エルフブーストでエグいバズって、界隈同業者に煽り散らしてるんです……! ください……! 私たちにもエルフブースト!」

「なるほど、お疲れさまでした」

「MATTE!!」

 

 聞きたいことはすべて聞けたな。よし。くだらない時間を過ごしてしまった。

 

 あ、こらズボンによだれつけないでください。これからまだ仕事なんですから。



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第三百六十五話 試合前のひと時

明日投稿できないと思うんで早めに投稿
短くて申し訳ありません


 伝説の男がそこにいた。

 

 199X年単身で海を渡り日本野球界からメジャーリーグへ挑戦。途中加入ながらもカミカゼとも呼ばれるガッツあふれるプレーは低迷するチームを奮い立たせ、優勝へと導いた奇跡の男。

 

 日本で野球をしたことがある人物なら。いいや、大体の日本人ならきっと一度は目にしたことがあるその人が、今。目の前にいる。

 

「お会いできて光栄です……タカ田中さん!」

「お、おう」

 

 興奮して震える体を必死に抑えながら、言葉を絞り出す。そんな俺の様子に少し引き気味に田中さんは返事を返してくれた。

 

 返事を返してくれた。こんなにうれしいことはない。

 

「いやどこの限界オタクだよ。タカさん引いてんだろうが」

「イッチはほんなこつタカさん好きやね」

 

 そんな感動に冷や水をぶっかけるように本日の共演者たちが声をかけてくる。一人は青地に神奈川のKがプリントされたシンプルなデザインのユニフォームを着たプロ野球チーム神奈川マリナーズの若手投手、吉田拓也。もう一人はおそらく所属大学のユニフォームなのだろう、HAKATAと胸にプリントされた白地のユニフォームに身を包んだ動画配信者、タカバットだ。

 

 二人とも同年代であり特に吉田拓也、通称ヨシタクの方は中学野球時代に敵と味方に分かれて争ったことがあるため、たまに飯を食いに行ったりはする。いまだに中学時代俺に打たれたことを根に持つ器の小さい男だが、今回この場に呼んでくれたのもヨシタクなので微妙に頭が上がらない。

 

「ちなみに今のやり取りカメラに映ってるぞ」

「そういうの早く言ってくれない???」

「俺らも商売やけんねぇ。撮れ高ゴチっ!」

 

 二人は俺を挟み込むように立つと、わき腹を指でつついたり頭をガシガシと撫でまわし始める。微妙にカメラも意識した立ち位置をしてるのが憎らしい。こいつらまさに今が旬なエルフ姿の俺をとことん弄って、出番を増やす魂胆だな?

 

 だがおあいにく様と言うべきか、俺たちの目の前には生き馬の目を抜くような芸能界を数十年生き抜いた古強者が居るのだ。お前らのようなポット出が画面に映ろうとしてもタカ田中さんの持つ吸引力じみた魅力にカメラが集中するのが当然というものだろう。

 

 俺の期待に満ちた視線に答えるようにタカ田中さんはきっと視線を鋭くしてヨシタクをにらみつけるように見据える。圧力すら感じる視線にヨシタクとタカバットが怯む中、ビシッと人差し指でヨシタクを指さしたタカ田中さんが口を開いた。

 

「ヨシタクよぉ。うち中学じゃねぇんだけどよぉ!?」

「あ、すんません。この子うちの関係者なんで……」

「どこの中坊連れてきてんだよ。困るんだよなぁこんな、こんな……」

 

 田中さんはヨシタクにがなり立てるように文句を言いながら俺の頭をワシワシとかき混ぜながら俺に視線を向け。

 

「エルフじゃねぇか……!?」

 

 間近で見ている俺の顔を覗き込んだ田中さんは、数コンマの間に怒り心頭といった表情から虚を突かれたような表情へ移り変わり、そしてぎょっとしたように眉を浮かせてそう口にした。まさに絶句という言葉が当てはまる表情の変化に周囲からはドカン、と音がしそうなほどの笑いが飛ぶ。

 

 表情の変化、言葉の選定、声質。なにもかもが自然すぎるほどに自然に表現され、笑いへとつながっていく。信じられないほどの技術だ。

 

「おいゴルフ! ゴルフこっちこいエルフがいるぞエルフ!」

「えぇ~。いやいやタカさんなに言ってるんすかそんなエルフが日本に居るわけ……」

 

 驚愕の表情を浮かべたまま田中さんは近場で素振りをしていた芸人、ゴルフ松本さんを呼んだ。ゴルフさんはまたまた、と表情で物語ながらバットを置き、チラリとこちらに視線を向け。

 

 チラッ。チラチラッ。ギュルンッ!

 

 一度見し、二度見して、そして表情を激変させながらゴルフさんの顔がまっすぐこちらを向く。

 

「エルフじゃねぇか……!?」

 

 一拍、二拍とたっぷり時間を取った後。絞り出すように口にしたゴルフさんの言葉に、また周囲から笑い声が起きる。

 

 ジャパニーズお笑いの奥義、天丼。見事としか言えない切れ味だ。流石は大ベテラン芸人さんと言うべきか。この間の取り方は非常に勉強になる。

 

「さっきからイッチはどの目線でコメントしよーと?」

「ブツブツ言ってるの全部マイクに拾われてるぞ、お前」

 

 両隣からの中傷が耳に入るが、今の俺は世界最強モードなので気にもならない。これから俺はこの人たちと野球をするのだ。有頂天になっても仕方ないだろう。

 

 季節は真冬。野球の全てのシーズンは終わり、あとは年末を迎えるだけの時期。

 

 俺史上最大のイベントであるリアル野球盤ゲームが、これから始まる。

 

 

 

「ところで山岸の奴はどうした? あいつも呼ばれてんだろ」

「あいつは置いてきた。ここからの戦いにはついてこれそうもない……」

「いやいや。撮影開始までまだ2時間あるけん」

 

 ヨシタクの言葉に出来る限り厳かな言葉でそう答えると、タカバットがそう口を挟んでくる。冷静な口調でそう返されると、その。ちょっと困る。

 

 カメラの前だからと少しふざけすぎたな。反省しとこうか。



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第三百六十六話 前振り

ちょっと長いうえにまだゲームが始まらない(反省)


 野球盤というボードゲームがある。野球のグラウンドを模したボードの上でパチンコ玉を投げるピッチャー、バットを持ったバッター人形を使い、交互にピッチャーとバッターを交換して得点を競い合うゲームだ。やったことはないがおもちゃ屋などで見かけたことはあるという人は多いだろう、長い歴史を持つゲームである。

 

 今回俺たちが参加するリアル野球盤はそのボードゲームをリアルの球場でリアルの人間が行おう、というTV番組の企画の一つだ。野球グラウンドの各所に『1BH』や『2BH』、『OUT』といったスペースが設置されており、各チームのバッターはマシンが投げるボールをはじき返してヒットを狙ったりアウトになったりする。

 

 20年近い歴史を持つ、それこそ俺が生まれたころから年始を賑やかす番組で俺も子供のころから見てきたものだ。そんな番組に自分がこれから出演するという。野球を辞めて5年も経つ身で、だ。

 

 うん。

 

「やっぱり俺ら場違いじゃね……?」

「今更かよ」

 

 レガースを着こむ俺に、恭二はそう言って手に持っていた硬球をピン、と指の力だけで飛ばす。

 

 今回のリアル野球盤はタカ田中さんが率いる東京の野球名門高、帝都高校OBで構成されたチームと、今年度活躍したプロ野球選手チームが俺や恭二、それにタカバット等の野球が出来るダンジョン関係者を集めたチーム“冒険者”と戦う構成になっている。

 

 例年ならば帝都チーム対その年活躍したり話題性の高いプロ野球選手チームとの対戦になるためバラエティ番組が見たい層だけではなく野球好きでも楽しめるのだが、今年度はむしろ野球関係者VS冒険者のような内容になっている。ふつう逆だろというか、帝都OBチーム+俺たちVSプロ野球選手連合じゃないかと思うんだが。

 

「いやぁ無理だろ」

「あれは無理でおじゃろうなぁ」

 

 ピンク色の忍者装束を身にまとったレスラーことみちのくニンジャ(本名:千葉)と一条三位のそっくりさんこと一条麻呂さんは、俺の切なる願いを無慈悲にも否定した。

 

パァンッ!

 

 大きい破裂音と共に硬球が八つ裂きになる音が聞こえてくる。すべての元凶というかまぁそうなるのは知っていたというか。彼らの視線の先に目を向けると、ピッチングマシン相手にバッティング練習を続けるタカバットの姿が目に入った。

 

 ぶるん、と彼が軽くバットを振るうと、破裂音と共にぐちゃぐちゃになった硬球がスタンドへと運ばれていく。あれ普通の硬球みたいだな。確か前にタカバットは20層台に居る獣モンスターの毛皮で作ったボールでないと冒険者の膂力に耐えられないと言っていたが、なるほど。確かにこれは普通の道具じゃ野球できんわ。

 

 これ色々大丈夫なのかなと思っていると、渋い顔をしたタカ田中さんがちょいちょいと手招きしてくる。

 

「あれ、キミらみんな“ああ”なる?」

 

 タカバットをちらりと見ながら田中さんがそう尋ねてくるので、この場に呼ばれた冒険者の面々を眺める。

 

 タカバットは言うまでもないし千葉さんはレスラーみたいな体格でかなり身体強化もされてる。多分、あそこでバットを持っているのが千葉さんでも同じ結果になるだろう。恭二は言わずもがなだし唯一魔法型の麻呂さんなら力加減が上手くいけばってくらいだろうか。

 

 予測交じりになるがその辺を伝えてみると、田中さんは渋い顔をして一つ頷いた。

 

「ルールをイジらんとまともにゲームできんかな……ちなみにキミがやるとどうなる?」

「今の姿でやると多分破裂しちゃうんで変身してだれか野球選手になりますね」

「なるほど…………ドカベンの岩鬼とかできんの?」

「出来ますよ。全部再現できるとは言えませんけど」

「マジか……マジかぁ……」

 

 変身を見たがる田中さんにあとで見せると約束して冒険者チームの元に戻る。このままじゃまともにプレイもできそうにないし今日のゲームをどうするかチーム内でも話し合っておくか。

 

 

 

「魔球が見たい」

「えぇ…………」

 

 このままだとリアル野球盤の開催すら危ぶまれる中、田中さんたちレギュラー陣が話し合い(カメラの前で)をした結果、本当にいきなり彼らがそう言い始めた。どれぐらい急な話かというと仕事の話をしている最中いきなり『そうだ、京都に行こう』と言い出すレベルだろうか。

 

「いや、真面目な話。キミら普通に打てないじゃん」

「まぁ普通の硬球だとバットにぶつけた瞬間バットと一緒にはじけ飛ぶでしょうね」

「俺、バットが折れるのは見たことあるけど粉々になるの初めて見た」

 

 田中さんの言葉に周辺に居た芸人とプロ野球選手たちがうんうんと頷く。普通はどう扱っても罅が入って折れるくらいだろうし粉々になるのは確かに珍しいだろう。

 

 俺や恭二の場合、復讐者面々と撮影の合間にベースボールしたときに見たことがあるので『せやろな』くらいの感覚だったが、千葉さんや麻呂さんはそこそこ驚いてたし普通の野球を知ってる人間ほど粉砕バット(バット自身が)には驚愕するんだろうな。

 

 そしてこの状況を鑑みて撮影陣は『これはこれで面白い派』と『さすがにちゃんとゲームはやらんと派』とに分かれて考えた。その結果が『魔球見たい』である。

 

 いやそうはならんやろ。

 

 タカバットがメーカーさんと共同開発した冒険者用野球道具があれば、冒険者でも問題なくプレイ出来るのだからそれを使えばいいんじゃないだろうかと思うのだが。

 

「スポンサーの関係が……」

「あ、はい」

「というのは冗談だけど、ちょっと俺等も甘く見てた所があるんだよなぁ」

 

 ガリガリと頭をかき難しそうな表情を浮かべて、田中さんが袋に詰められたバットやボールの残骸に視線を向ける。

 

 番組側の思惑としては圧倒的な身体能力の冒険者組にプロ野球選手連合が技術で対抗し、そこに帝都OBが賑やかして番組を成り立たせるつもりだったらしい。

 

 この構図ならスポンサーである冒険者協会とヤマギシの顔も立ち、プロ野球側の顔も立ち、番組も成立すると良いことづくめであったのだが、実際に冒険者の身体能力を直接目の当たりにするとそんな計算が成り立つようなレベルの話ではない、と田中さんは感じたそうだ。

 

「芸能界にもダンジョンに潜ってる奴とか魔石を買って魔力を吸ってる奴はいるんだよ。どこか『これくらいだろ』って感覚だったんだけどな」

「あー」

 

 田中さんがバックネットに視線を向けたので釣られてそちらを見ると、反省中ですと書かれたホワイトボードを首からぶら下げたロッカー劇女の姿が見える。業界内の冒険者として彼女もこの収録に呼ばれていたのだが、直前にやらかした事を田中さんたち先達に知られてお仕置きされているのだ。

 

 たしかロッカー劇女さんはゴーレムにボコられる的な動画を上げたりしてたので10階はクリアしてる冒険者なんだが、其の辺の冒険者だと確かに凄い身体能力、くらいだろうか。

 

 彼女を基準に冒険者の能力を想定していたのなら、確かに想定がずれてしまうだろう。それにあんまりにも冒険者の能力が常識を逸脱しすぎていると、それはそれで番組側にも俺たちにとっても困ったことが起きるかもしれない。

 

 一般人がこの番組を見て、冒険者に対して恐怖してしまう可能性が出てくるからだ。

 

「という訳で鈴木くんに頼みがあるんだが」

「この前振りで断れるわけないですよね???」

 

 これだけ事前情報を積まれて断る選択肢なんてないのだが、非常にいい笑顔を浮かべた田中さんの言葉にせめてもの抵抗としてそう苦言を呈しておく。俺はけっして無抵抗という訳ではないと主張するために。断れないけど。

 



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第三百六十七話 イッチチャレンジ

土日が忙しいので早めの投稿になります

誤字修正、244様ありがとうございます


 夢のようなものだ。

 

 子供の頃、野球漬けの毎日の中でふと手に取った古びた漫画。練習の合間、休憩時間、そんな少しの時間に目を通した淡い記憶の中の出来事。

 

 大人になって、プロと呼ばれる野球選手になってからその漫画を読み返した。思い出の日々が漫画を通して鮮明に蘇ったあの日。

 

 あれからもう、10年近くが経っている。

 

 そして今、本来ならありえないものを、自分は体験している。

 

 この打席は夢のようなものだ。

 

「イッチチャレンジ」

 

 言葉に出す。相手投手は5名。通常のリアル野球盤ルールと異なり、投球はマシンではなく冒険者と呼ばれる彼らが行うことになった。

 

 その投球術は各人独自のもので好きな人物を選んでいいと言われ、それぞれがどういう投手であるかを説明された時から彼が良いと考えていた。おそらく今現在、世界でも有数の著名人である少年姿の青年が自分の言葉に頷きを返す。

 

 彼の事を知らないものはこの場にはいない。いいや、テレビやネットといった情報媒体に触れることが出来るものなら誰もが彼の事を知っている。彼がどのような人物で、どのようなことが出来るかを知っている。

 

 だから、これは夢だ。夢のようなことを叶える、正に夢のひと時だ。

 

「明青学園――上杉達也」

 

 震えそうになる声を抑えて、そう。いつものように気を付けて、言葉を発する。作品名ではなく個人名であるが、イッチくんは自分の言葉にできるとだけ答えてくれた。

 

 取れ高を考えるならば。プロであるならばもっと違った選択肢を選んだ方がいいとはわかっている。それこそ数多の魔球を操る選手だって彼なら再現できてしまうかもしれない。

 

 けれど、駄目だ。自分の夢は、俺の願いはもう言葉に発してしまった。

 

 イッチくんが、マウンドの上に立つ。ざわめくベンチの動きを尻目に打席に入る。奇しくも自分は右打者で、彼の宿敵はまた右打者だった。ちょっとした類似点を思い付きニヤリと口元を歪める。

 

 ボヤけるようにマウンドの上が揺らめき、少年の姿が掻き消える。代わりに現れたMEISEIとロゴが入ったユニフォームを着た青年は、後ろを振り返ってレフト側のスタンドを眺めた。

 

 まるでそこにボールが飛んで行ったかのようにそちらを眺めて、帽子を取り、右腕で額の汗を拭う。

 

「……延長10回裏、5対4ツーアウト2塁」

 

 見覚えのある動作。見覚えのある仕草。雰囲気。土の香り、詰めかける観衆、静まり返る球場。

 

 全ての球児たちが夢見てそのほとんどがたどり着くことすら出来ない場所。夏の甲子園。そこへとたどり着くために行われる最も残酷で最も熱い最後の戦い。かつて自身も通り過ぎたそれが、今、目の前に広がっている。

 

 かつて通り過ぎたはずの場所に自分は立ち。

 

 マウンドの上に上杉達也が、いる。

 

「俺も――」

 

 バットを握り締め。

 

「浅倉南みたいな幼馴染が、欲しかったッ!!!!! 絶対ホームラン打つ!!!!!!!」

 

 天に向かって、今年度ホームラン王を獲得した和製大砲と呼ばれる男は吠えた。

 

 

 

「この流れで、三球三振はダサすぎるでしょ!」

「いや、あそこでヒット狙いこそダサすぎるでしょ」

 

 タカ田中さんの煽りに至極真面目な顔で和製大砲さんが答える。全部フルスイングだったのは潔く感じたが球とバットが一度も触れなかったのは流石にいただけないだろう。エンタメとしては面白いんだがプロ野球選手にはやはり技術的な意味で見せ場を作ってほしい。

 

「イッチの目線が分からん」

「いや、あんまり圧倒しても後にしこりがのこるじゃん」

 

 審判として背後に立つタカバットの言葉にそう言葉を返すと、お前は何を言っているんだという顔で見られた。解せぬ。

 

「ひょーっほっほっほっ。我が魔球ウォーターボールを喰らえぃ!」

「うぉ、水がはじけっ!」

 

 現在はプロ野球選手側の2番手、走攻守に評判の若手外野手が麻呂さんの投球を攻略しようとしている場面だ。麻呂さんはどう見ても前衛って感じがしないし与しやすいと思ったんだろうが、それは麻呂さんを舐めすぎだろうな。

 

 麻呂さんが投げるボールはウォーターボールの応用だ。硬球の周りにウォーターボールを発生させ、それを操る事によって自在にボールを動かしている。しかも水が緩衝材になってまともにボールを打つことが出来ないし、打ったら水がはじけ飛んできて思わず体がビクッとなる。

 

 さすがは国内でも有数の魔法使いというべきだろうか、あれかなり難しいぞ。しかもテレビカメラごしに見てもどういう魔球かが分かりやすい。非常にエンタメ向きな魔球といえるだろう。

 

 結局2番手の若手外野手はゴロとなりアウト。肩を落としてベンチに戻っていき、それに代わって引きつった顔で米国帰りのベテラン内野手がバッターボックスに立つ。

 

「次、誰が良いですか?」

「えーと。イッチ君ダメ?」

「1攻撃に1回ですね」

 

 軽口を叩きあう……いやこれ大分切実に感じるな。まぁ後に控えているのはタカバットにみちのくニンジャ、それに恭二の3名だ。この3名が投球するだけでボールを破裂させたのはここに居る全員が見ているため、しり込みしてしまうのだろう。

 

「大丈夫ですよ。みんな速球は封印してるんで」

「あ、ああ。それなら……いや、あの速球打ったら腕がもげるからね。銃弾のほうがまだ打てる気するから」

「さすがに銃弾の方がパワーあると思いますよ???」

 

 打席に立ったベテラン内野手は結局みちのくニンジャを選び、彼が投じた分身魔球で空振り三振を取られた。多分これは変身魔法の応用だと思うんだが、自身ではなく物を変身させてしかもそれを投げるというのが凄い。肉体派と思っていた千葉さんにこんな隠し玉があるとは思わなかった。

 

「それをあっさり補ったイッチに言われてもね……」

「や、影は普通に見えたんで」

 

 田中さんに全員三球三振してんじゃねぇと煽られるプロ野球選手チームは可哀そうだが、多分普通に野球してたら絶対に出来ない貴重な経験をした、と思っていただきたい。

 

 さて、通常なら3アウトとなった場合攻守交替となるのだが、今回のリアル野球盤は当初の予定から変更されて投手は冒険者が担当し、帝都チームとプロ野球選手チームはこれに挑戦するという方式になったため俺たちはそのまま続投だ。

 

 まぁ冒険者チームの身体能力が予想以上すぎて番組の体を成すのが困難だったのが原因で、結局俺たち冒険者チームは舞台装置としての役割を求められることになったってわけだ。これに関しては田中さんとプロデューサーさんがカメラの外で頭を下げてくれたし、俺たちとしても今回の魔球縛りは下手に身体能力がクローズアップされるよりはよっぽど美味しい状況だ。対応できれば。

 

「俺の時どうしよ……」

「ファイヤーボール纏わせるとか」

「そりゃつまらんやろう」

 

 ちょっとどうしようか真剣に悩み始めたタカバットを尻目にレガースを外していると、帝都チーム側のベンチから田中さんが歩いてくる。

 

「次。バッター、俺! イッチ出てこいやぁ!」

「いや、目の前に居りますって」

 

 いつもは帝都チームの4番を務める田中さんだが、今回は特別にチームの突撃隊長として一番としての登録だ。チームを勝たせるために自らが先頭に立つ。これぞリーダーシップという奴だな。

 

「田中さんずるい!」

「俺もイッチやりたかったー」

「シャラップッ!」

 

 ブーブーと文句を垂れる自陣営に一喝を入れた後、田中さんはスタンドをバットで差し「アメリカまでぶっ飛ばす!」と叫ぶ。いいね、気合のノリが違う。何度も見た映画のワンシーンが、目の前で再現されているかのような気分だ。

 

 多分、さっきのタッチを見たホームラン王さんもこんな気分だったのかな、と思っていると球場の中をつんざくようなギターの音が響き渡る。

 

 聞き覚えのある。それどころか何度も何度も聞いた曲だ。

 

 もう駄目だ、あいつは終わった。そう言われていた男が、革ジャンを羽織って球場に登場したシーン。テーマソングを背負ったその投手の背中を、何度も何度も巻き戻して見たそのシーンに流れていた曲が、今、この場面で流れている。

 

「クリーブランド・インディアンス。リッキー・ボーン」

 

 困惑して田中さんに視線を向けると、田中さんは悪戯に成功したかのような表情でニヤリと笑い俺が変身するべき男の名を告げる。

 

 ドクンと、胸が高鳴った。

 

「かかって来いよ、ワイルドシング」

 

 そう言って、マウンドを指さす田中さんの姿に、映画の中の彼がダブる。

 

「――ああ」

 

 すべての視線と、球場中の音楽が自分に向けられている。映画の中のワンシーンを眺めていた自分が次の瞬間、そのワンシーンに入り込んでいる。自分の姿に、背中にかつてそれをテレビの前で眺めていた自分の姿を幻視して、そこでようやく思考に現実(リアル)が追いついた。

 

 これは田中さんなりのサプライズだ。恐らく今日、俺とあった瞬間からもしかしたら考えていたのかもしれない。バックネット裏でギターを持つロッカー劇女さんの姿を見るにその可能性は高そうだ。初めて共演する俺への彼なりの贈り物がコレなのだろう。

 

『黙らねぇとはり倒すぜ』

 

 だったら、応える方法はただ一つだ。

 

『全球ターミネーター(ストレート)だ』

 

 カメラに背を向け、マウンドへと歩いていく姿を。かつての自分が憧れた背中を、再現する。カメラの向こうでこの背中に憧れる誰かのために。カッコいいと胸を弾ませた、かつての自分のために。

 

『打てたら名前をつけさせてやるぜ?』

「ハッ」

 

 この場を提供してくれた人への感謝を込めて、全力でねじ伏せる。

 

 振り返り、ドクロの眼鏡ごしに見るタカ・タナカは笑ってバットを構えた。その笑顔に俺も笑って、ボールを握り締め、振り被る。

 

 

 

「この流れで三球三振は恥ずかしいっすよ田中さーん」

「うるせぇ!映画再現だよ!」

 

 なお、勝負は遊び玉なしで終わった。もうちょっと見せ場とかそういうのを作るべきだったんだが……気合が乗りすぎてしまったからしかたないよね!

 

 え、ちょっと展開が早すぎる? もうちょっと間を……あ、はい、すみません。

 

 エンタメって難しい。




明青学園 上杉達也
タッチの主人公。右投げMAX152kmの本格派投手。野球歴2年で甲子園制覇したあだち充作品屈指の化け物

クリーブランド・インディアンス リッキー・ボーン
映画『メジャーリーグ1・2』に登場する剛速球投手。別名ワイルドシング。2ラストの登場シーンはビデオが擦り切れるまで見た人がたくさんいる()


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第三百六十八話 一郎の欠点

「メジャーリーグ4の企画書が届きました。タカ・タナカの息子として父親の後を追ってメジャーリーグに挑戦したイチロー・タナカ役でコーチに就任した父親とリーグ優勝を目指す家族愛テーマのストーリーだそうです」

「出ません」

「ではこちらのダンジョン鮫はどうでしょうか。以前上げた41層の動画から着想を得たと例の会社から持ち込まれた企画でして思った以上に良くできたB級ぶりで一考の余地はあるように思えますが」

「一考しないでください」

 

 シャーリーさんが山積みした企画書の一つを読み上げてこちらを見る。答えは勿論ノー!だ。俺は断れる日本人だからな。

 

「でも、ノリと勢いでやっちゃうんでしょ?」

「妹よ。兄にも自制心くらい、ある……!」

「ほんとぉ?」

 

 ソファに座って週刊少年飛翔を読む妹に断固とした口調で応えると、一花は疑わしそうな表情でこちらに視線を向ける。その視線の圧に耐えかねて視線を逸らすと、一花ははぁ、とため息を吐きながら少年飛翔を閉じた。

 

 止めてくれ一花。その「なにいってだこいつ」って感じのため息はオレに効く。

 

「シャーリーさん。この山の原因って、こないだお兄ちゃんが行ってきたって収録が原因なんだよね?」

「はい。なんでも今回のリアル野球盤は地上波放送に先駆けてリアルタイム配信をやっていまして、そちらが非常に話題になっているんです」

「どういう感じで話題になってるの? 知ってるけどあえてここでお兄ちゃんでもわかる感じで教えて!」

「一花さん! 兄でも分かる感じってのはちょっと棘があるよ一花さん!?」

「あはは。まぁ、一言で言うならイッチの再現力の幅が評価されたと言うべきでしょうね」

 

 俺たち兄妹のやり取りに苦笑しながらシャーリーさんはそうオブラートに包んだ言葉を述べた。

 

 とはいえ再現力と言っても俺がやったことなんて大したことじゃない。対戦する相手の要望に合わせて変身を行い、それっぽい球を投げただけだ。なんなら魔法を使わずに変化球だけでヨシタクを三球三振にした恭二の方が野球的に凄いことをやってるんじゃなかろうか。

 

「魔法を使わずにホップする球なんか投げた恭二兄はともかくととして、ハイジャンプ大回転魔球とか女装してドリームボール投げたら『あ、こいつ大体やれるんだな』って思われるのはしょうがないんじゃない?」

「水原選手のアレはユニフォームだから(震え声)」

「お兄ちゃんの欠点ってさ。人が求めてるって思ったらつい応える人の好さと調子に乗ってサービスしすぎるとこだよね。これ、失敗の元だってジブリの狸が言ってたよ?」

「同じ多摩に住むものとして彼らはリスペクト対象だから」

「バリバリ開発が進んでる今の奥多摩ってあの映画の欲突っ張った人間まんまじゃん???」

 

 たった3年、開発が始まってからは2年ほどの間に奥多摩町は急速に開発されている。確かにこの開発スピードは、あの映画で描かれていた野山の開発速度に匹敵するかもしれない。今の俺たちは奥多摩の野山に住む動物たちにとって、あの映画の人間たちのような存在なんだろうな。

 

 この開発の影響か、最近では近隣の野生動物がかなり減っているらしくじいちゃんが開催している狩猟体験ツアーの継続も困難になってるらしい。必要に迫られてとはいえ自然環境は出来る限り考慮した開発が望ましいんだが、現状奥多摩に対する価値が上がり続けているせいでその辺が後回しになってるんだろう。

 

「それお兄ちゃんの考え?」

「いや、横島がそう言ってるんだ。頭の中で」

「……あー、うーん。そういえばめちゃめちゃ商売上手だったっけアイツ」

 

 なんとも納得がいかないような声音でそう零す一花の言葉に頷きを返しておく。内部に居る住人たちは基本的に俺の知る範囲の知識を元に考えて行動しているのだが、結城さんやピーターのように明らかに俺の脳みその演算能力を超える結果を叩きだす人格も存在している。

 

 彼らは俺の思考から分かれるように生まれた人格なのは間違いない。性別が違う御坂美琴にだって繋がりを感じているし、彼女が自分の人格の一部を有した存在だという認識もある。

 

 だが、もしかしたら、彼らの思考回路は俺の脳とは独立しているのではないか?

 

 自身の一部であるとはわかっていながらも、いつも心の片隅でそう感じているのも否定はできない。というか普通に考えて一人の脳みそで数百人規模の人間の思考とか再現できるもんなんだろうか。そんな事したら比喩でなく頭の使い過ぎで脳みそが茹で上がってしまうのではないか?

 

 まぁ実はすべて魔力が解決するんだよ! で説明つくかもしれないんでこの点はあんまり悩んでも仕方ない気もするけどな。

 

 

 

 さて、そんなこんなで時は過ぎ年末。

 

 今年は公私ともに激動と言っていい日々で心身ともにボロボロのクチャクチャになってしまったため、クリスマス休暇はケイティやウィルの誘いに乗って西カリブ海はバージン諸島でのバカンスを楽しもうと。

 

 すべての年内でやるべき仕事を片付け、各ダンジョンの40層出張組も迎えに行き、一花に引きずられて二葉とダンプちゃんの水着購入の荷物持ちをして、アガーテさんに何故かサイズぴったりのブーメランパンツをプレゼントされ、なんか最近引っ付き方が前にもまして近いというか明らかになんか距離感近い近くない?という恭二と沙織ちゃんとケイティを眺めて。

 

 完ぺきで最高の年末年始を送る予定だった。

 

「予定だったんだよ……昭夫君」

「あ、あははは。ドンマイです」

 

 ロックマンに変身し、エアコントロールをバスターでガンガン海岸にばら撒きながらそう愚痴っていると、ペアを組んでいる昭夫くんが苦笑を浮かべる。最近は東京と福岡を行ったり来たりと忙しくしている昭夫くんにとっても年末年始の休みは貴重なはずだが、彼は文句も言わずに除去作業に従事している。

 

「鈴木さん、ここでの作業は終了いたしました! 次はそのまま南下した先にある漁港をお願いします」

「おかのした」

 

 やつれた顔でそう告げてくる自衛官に二つ返事で応えて、魔力エンジン式に改造されたライダーマンマシン2号に跨る。作業地域は膨大だ。なにせ日本近海で隣国の原子力潜水艦が爆砕したのだから。

 

「年末年始にドンパチやってんじゃねぇよほんと……」

「それは……同意です」

 

 互いに言葉を交わしながら、改造されたバイクを走らせる。海風に乗ってまき散らされた放射能の影響で、ほとんどの住民は避難生活を余儀なくされている。周辺にまで迷惑かけてんじゃねぇよ、と何度目になるかも分からない愚痴を思い浮かべながら、俺と昭夫君の駆るバイクはほとんど人の姿がない冬の海岸線を走った。




平成狸合戦ぽんぽこ。名作ですね(同調圧力)


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第三百六十九話 ラーメンはすべてを解決する。

 九州西岸に潜水艦が現れた。

 

 その連絡が入ってきたのはちょうどクリスマス休暇に向けて残った仕事を片付けていた最中だった。

 

 華国の最新鋭原子力潜水艦と呼ばれていたそれは上部に大きな穴が開き、潜水が不可能な状態で最寄りの陸地である日本を目指して海上を漂っていたらしい。

 

 それを発見した海上保安庁の巡視船が停止するよう警告を発するも時すでに遅く。力尽きた原潜は巡視船を巻き添えに九州の沖合で爆散。周辺海域と九州西岸部に深刻な放射能汚染をまき散らした。

 

 内閣はこれを外部からの攻撃行為と判断して臨時国会を収集。即座に自衛隊の出動を決定し、被害地域への救助活動に入る。そしてこの段階で日本冒険者協会及び世界冒険者協会に被害地域への除染活動の支援要請が入ってくる。

 

 まぁこれは当然と言っていいだろう。なにせ冒険者のほぼすべてが使える魔法、エアコントロールには放射能汚染を除去する効果もあるからだ。汚染地域に備えなしで立ち入れて除去作業に当たれるし、その上福島の汚染除去という実績まである技能持ちの集団だ。

 

 もちろん俺たちヤマギシにも依頼は入ってきたしこんな事態でクリスマス休暇だなんだと言ってはいられない。警備や施設維持といった最低限の人員を除いたヤマギシの全社員は、国からの求めに応じて九州西岸と周辺海域の除去作業に従事することになった。

 

 いや、ヤマギシ社員だけじゃないな。兼業・専業と違いはあるが冒険者協会に登録しているほとんどの冒険者は早い遅いの違いはあれど九州に集まってきているらしい。

 

「ばり助かったとよ……」

「困ったときはお互い様だろ」

 

 事件発生から共にバイクで駆けずり回った昭夫君がぼそりとつぶやくようにそう口にする。俺と昭夫君は遊撃部隊というか、広範囲に広がった被害地域でも手が足りない部分に無補給走行が可能な魔導バイクで急行する役割を担っている。

 

 その役割柄、普通の人間では立ち入れないような海沿いの断崖絶壁などの除去作業も行っており、ろくに休むことも出来ない有り様だ。体力自慢の彼でもキツいだろうな。

 

「汚染元の原潜付近は恭二の部隊が除去に当たってるし、そろそろ落ち着くはずだ。早く終わって博多でとんこつラーメンでも食べに行こうぜ!」

 

 そう励ますように声をかけると、昭夫君はひとつ頷きを返して小さく微笑んだ。よし、パーフェクトコミュニケーションだな。やはりラーメン。ラーメンはすべてを解決する。

 

 

 

 事態発生から4日後。世界冒険者協会からの援軍第一団としてウィルが5百人の冒険者を引き連れてきてくれた。すぐに連絡がついた人間を片っ端から連れてきたとの事だが、ここでの500名の追加は本当にありがたい。休みなしで動いていた一部の人間に休息させる余裕が出てきたな。

 

 このタイミングで遊撃部隊をウィルと交代し、俺と昭夫君も一時休養に入る。なんせ三日間も走り回っていたのだ。体の疲れはリザレクションで何とかなるにしても精神的な疲労は休まないと取れないからな。

 

 現場を離れようとしない昭夫君を力づくで引きずるといった一幕もあったが初動で無理をした甲斐もあり状況は徐々に落ち着いていき、新年を迎えるころにはなんとか事態を収束させることができた。

 

 当然、事が収まった以上半ばボランティアとして除染作業に当たっていた冒険者組もやることがなくなり、各地の避難指示が解除されたのを機にあとは現地の自衛隊の方々に引き継いで帰路に就きはじめる。それは俺たちヤマギシ組も例外ではなく、ようやく自分のベッドで寝れるだとか、この分まとめて休暇取るぞ、などと捕らぬ狸の皮算用をして荷物をまとめていたのだが。

 

「――今回、オブザーバーには魔法についての専門家として山岸恭二氏と鈴木一郎氏、それにキャサリン・C・ブラス氏にご参加いただいております」

「よろしくお願いします(震え声)」

「微力でありますが精一杯務めさせていただきます(震え声)」

「それでは今回の華国原潜爆散事件につきまして現在の調査で分かった範囲の――」

「その前にこの案件を事件で片付けるのは頂けないのではないか。これはもう一国家による武力襲撃に等しい――」

 

 一小市民である俺がなぜ、高そうな制服に身を包んだ政府関係者に連れられて、ごてごてと大量の勲章を胸につけた自衛隊や米軍のお偉いさんが集う会議に参加させられているのか。これが分からない。

 

「魔法の事ならダンジョン大先生の恭二に聞けばいいじゃん」

「いやいやいやここは全世界ナンバーワン知名度のスーパーヒーローの出番だろ」

「お二人が近くに居るなら同時に呼ぶべき案件ですから」

 

 俺と恭二のやり取りに苦笑を浮かべて、ケイティがそう結論付ける。それに関しては正直な話俺も恭二もそれほど文句はなくて、しいて言うなら魔法の研究者としてアガーテさん辺りも呼んだ方がいいんじゃないかと思うくらいなんだが。まぁそこは国籍的な意味合いもあるんだろう。明らかに通常なら部外秘になるような単語がバンバンと飛び出してるし。

 

 ケイティはともかく俺と恭二がこの場に居るのも本来は場違いなんだが、たぶん彼らにとっても想像の埒外だったんだろう。原潜から引き上げられた情報端末に残っていた、ソレの存在は。

 

「華国政府からの指示により、原潜は自国内に向けて核弾頭を発射しました。これは原潜から引き揚げられた端末を解析した結果、間違いのない事実だと思われます」

『だが、その核弾頭が華国の国土を焼くことはなかった。そして、原潜は何者かの手によって潜航不能なほどのダメージを受けた、と」

「はい。そして、それを成したのは戦闘機でも爆撃機でもなく、人間大の高速飛行をするナニかだった。記録で読み取れたのはここまでです」

 

 分析官らしき自衛官の言葉に、翻訳を使った米軍高官がそう答える。その言葉に頷いて、分析官さんはこちらに――恭二と俺に視線を向ける。

 

 つまり彼らは確認したいわけだ。

 

「出来るか?」

「多分。やりたくはないかな。ケイティは?」

「撃ち落とすだけならなんとかなるかもしれません。もちろん核弾頭が誘爆したら耐えきれないでしょうが……」

「準備抜きでやれそうなのは恭二大先生くらいじゃないか? 俺、飛べないし」

「嘘つけ」

 

 発射された核弾頭を打ち落とし、そのまま原潜を破壊することが冒険者に可能なのか、という事を。

 

 そしてその答えは、恐らく出来る。もちろん高速飛行する弾頭を捕らえる速度と足場は必要だが、それさえ確保してしまえば上澄みの冒険者ならばやれてしまうだろう。たぶん、これをやったのはあの老師さんか老師さんオススメのヤツだろうな。あいつら素で空飛べる魔法使ってるらしいし。

 

 俺たちの発言が予想外だったのか。今後の戦略の見直しが、とか戦略級の一個人だとかどこの範馬勇次郎を指しているのか分からない単語が会議室に溢れかえり、結局話はまとまらずにその日の会議はお開きになった。

 

 あの、ところで俺たちはもう帰っても良いんでしょうか。ダメ? そんなー。。。



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