泥棒一家の器用貧乏 (望夢)
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プロローグ

なんとなくファーストコンタクト見たら書きたくなったので出来上がってしまった。


 

 最初に目覚めた時、そこに映ったのは左右が壁に囲まれた夜空だった。

 

 どうして、何故とか喚いている余裕は残念ながらなかった。

 

 衛生状況は最悪。日本以外で水道水を飲むのは止めた方が良いというのをネットの掲示板かなにかで見たような覚えがあるものの、喉の乾きは如何ともし難いために誘惑に負けた。

 

 錆び鉄の味のするクソ不味い水だったが我慢するしかない。お陰でお腹を下して地獄を見たが。

 

 朽ちた建物が並ぶ此処は肥溜の様な場所だ。

 

 遠くに見える摩天楼。自由の女神。廃れた港町。

 

 とんでもない所で目覚めてしまった。

 

「転生特典とか貰っちゃいないよ……」

 

 空を仰いでも仕方がない。

 

 そんな暇があれば今日の食べ物を探しに歩かないとならない。

 

 住めば都と人は言うが、スラムなんて場所は都にはどう頑張っても転じる事はあり得ない場所だ。

 

 ゴミ箱を漁るなんていうことを自分がする様になるなんて思わなかった。

 

「これは……ヤバイな」

 

 誰かが捨てた食べ掛けのハンバーガー。スラムの住人からすればご馳走だ。自分も目が食べたがっているが、それでも食べる気にはなれなかった。

 

 日本に住んでいた頃の衛生感が果てしなく邪魔になる。もう何日もマトモな食事はしていない。その辺の公園に生えている雑草くらいしか食べていない。

 

 苦いだけで美味しくもない食事だが、それでも痛んでいる物を食べるよりはマシ。洗える分気持ち的に雑草の方が抵抗感なく口に出来る。と思う程度にはまだ余裕があるらしい。というかこの身体はかなり胃腸周りに気を使わないと直ぐに体調を崩す。

 

「あら、ラッキー」

 

 袋に入った食パンを見つけた。カビが端にあるが千切れば問題ないだろう。たまに家庭ゴミはこういう掘り出し物がある。痛んでるとダメだが、カビならまだ少し大丈夫だ。

 

 顔的にはアジア系。黒目黒髪だから多分日系の血が入ったかなんかだろう。中華系ではないと思う。そんな子供の身体の弱さと同年代でもちんまいのは如何ともし難いたい。

 

「今日も綺麗な空だなぁ……」

 

 ムカつく程に綺麗な夜空だ。

 

 血に濡れた鉄パイプを放り捨てながら、よろよろと歩く。

 

 戦利品を奪おうとしたアホに絡まれるのも慣れてきた。

 

 スラムは弱肉強食。力こそが唯一絶対のルールだ。

 

 ただ今回は少し相手の人数が多かった様な気がする。 

 

 スラムでは圧倒的な弱者である子供は徒党を組んで今日を生きている。自分のように一匹狼は体の良い鴨ネギだろう。

 

 それなら自分も徒党を組めば良いが、生憎自分は生粋の日本人だ。

 

 英語なんぞクソ食らえだ。

 

「ごほっ、っっ、肋でも逝ったか……っ」

 

 何処かで手にいれたか、金属バットのフルスイングで殴られたからだ。咄嗟に打撃が通る前に後ろに跳んでみたものの、素人じゃやっぱりどうにもならなかったらしい。

 

「うぐぅ…っ、いっってぇ……」

 

 喧嘩なんてこのスラムに来てからしかしたことがない上に、今まで片手で足りる少人数だったからどうにかなったものの、今回は10人は超えていた。というかほとんど見たような覚えがあった顔ばかりだった。ここに来てからノした相手、だったと思う。多分。

 

「頭も痛いけど、胸の方がヤバそうだな」

 

 懐から出したヨレヨレのタバコの箱から1本出してマッチで火を点ける。

 

「うぐっ、がはっ、ゲホッ」

 

 肺に煙を取り込めば冗談じゃない痛みが襲ってきた。

 

「ぐぅぅっ。……冗談抜きで痛い。保険なんか降りないんだぞちくしょうっ」

 

 病院にも行けない悪態を吐いて気を紛らわせる。

 

「いてぇぇぇ……」

 

 子供相手とはいえ、多勢に無勢だとどうしようもない。頭もバットで殴られたが、それよりも胸の方が痛かった。

 

「ぺっ……ちくしょー……」

 

 口に溜まった血と一緒に吸いかけのタバコを吐き出す。吸えないなら咥えていても仕方がない。

 

「日本語か……」

 

「え…?」

 

 聞こえてきた渋い男の声に顔を上げた。

 

 夜で見え難い上に、疲労で霞んでいるから余計に相手の顔は見えない。だがその男が黒いジャケットを着ているらしいのはわかった。

 

 だが、それ以上に気を引いたのは、久しく聞いていなかった日本語だった。

 

「……日本人、……?」

 

 何故か酷く安心した。今までの緊張感が全部吹き飛ぶくらいに何かかぷっつりと切れた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日、仕事先からの帰り道への近道を使った先で、このアメリカじゃ久しく聞いていなかった日本語を耳にした。

 

 目の前に転がってきた火の点いたタバコを視線で追ってみれば、路地の入り口には薄汚い子供が壁に背を預けて座っていた。血の臭いがする。スラムじゃ珍しくもない光景だった。

 

 だが態々日本語を話すようなガキは見たことはない。

 

「親とでもはぐれたか?」

 

 それとも拐われたか。いずれにしろ関係ない事だが。

 

 不規則な呼吸と顰めっ面を浮かべながらも、安心して寝ている寝顔に魔が差して連れてきてしまった。

 

 捨て猫を気分で拾うわけじゃあるまいし。

 

 肋が折れているらしいが、この時間じゃ医者も開いていない。アウトローの医者に看せても金が出ていくだけだ。そこまでの義理もない。

 

 一応手当てはするが、あとは本人の体力次第だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 目が覚めたら、知らない天井だった。

 

「……知らない天井だ」

 

 このネタ今の子供にわかるのかなぁって思いながら、シーツの感覚に身を捩る。

 

「ぬがっっ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぎっっっ」

 

 胸に走る激痛に別の意味で身を捩る……のを堪える。

 

「起きて早々騒がしいな」

 

「ぅっっっ、…あ、あんた…は……」

 

 痛みに呻きながら、声の主を探した。僅かなスタンドライトの光で顔は見えないが、声は気を失う前に聞いた声だった。

 

「助けて、くれたんですか?」

 

「金が掛かるから医者に看せちゃいないがな」

 

 それでも、暖かい布団で寝られたのは数ヵ月振りだった。

 

「っっ、あり、っぅ、が、とうっ」

 

 当たり前だった暖かい布団で寝るという文明的な事に再びありつけた嬉しさから涙が込み上げてきた。

 

「手ぇ出した手前だ。傷が治るまで好きにしな」

 

 そう言って、男は立ち上がった。そのまま部屋から出ていく気配だった。

 

「あ、あの……」

 

「悪いが仕事だ。好きに寛いでろ」

 

「英語、話せないんで…。その……」

 

「……ルームサービスにしとくから好きに食え」

 

「あっ、はい……」

 

 そう言って男は出ていった。

 

 身体を起こそうにも全身打撲であちこち痛いため、観念してベッドに身を委ねた。

 

「夢……じゃ、ないよな」

 

 目を閉じたら夢だった。そんな事が起こるのではないかと怖くなってとても眠れるような状態じゃなかった。

 

 暖かい料理が運ばれてくる。それを少しずつ味わって食べる。変な味もしない普通の食べ物だった。

 

 なのに涙が止めどなく溢れていく。舌が過敏に脳ミソに刺激を与えていく。胃がびっくりしないように良く噛んで飲み込む。

 

 何回か吐き戻したものの、最後は気合いで胃に納めた。咳き込んだ時の胸の痛みは最悪だったが。

 

「名前、訊いてないなぁ……」

 

 テーブルの灰皿からシケモクを拝借して、丁度転がっていたマッチで火を点ける。

 

「いち゛ぢ……」

 

 肺いっぱいに煙を吸い込むとまだ普通に痛い。ちょっとだけ煙を吸い込んで吐き出す。子供にタバコは不味いって? 知るかそんなもん。

 

「……いつ帰ってくるかなぁ」

 

 そんな感じでシケモクをプカプカふかしながら時間を潰して待つ。だがマッチが無くなれば火も点けられない。

 

 昼食を食べても帰って来なかった。

 

 テレビを点けても全部英語だ。

 

 昼食を食べておやつの時間になってくると猛烈に眠くなってきた。

 

「……酒しかない」

 

 棚に置いてあったウィスキーを、冷凍庫から氷を拝借してロックでちびちび頂く。ウィスキーはハイボールしか飲まないからロックでもだいぶキツかった。

 

 娯楽が無さすぎて暇だ。昨日まではゴミ箱漁りで1日を過ごしていたからじっとしているのが身体が疼いて仕方がなかった。

 

 アルコールが内臓に染み渡るのを感じながら、シャワーを浴びる事にする。服は着替えさせられていたが、それでも身体は埃っぽい。

 

 まだ1杯も飲みきってないから大丈夫だろうと思いながら服を脱ぐ。包帯とガーゼを巻かれた胸元を見ると内出血で痛々しい傷を見せてくれた。

 

「こら痛いわな」

 

 それでもシャワーは浴びたいのでかなりのぬるま湯で身体を流せば瞬く間に泥水が流れていく。

 

 何回もシャンプーで洗っては流してを繰り返した。身体も隅々まで洗い流したら意外と肌が白かった。

 

「う~ん。将来有望そうだ」

 

 それでも自分の顔ではないことに少し寂しさがあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……とんでもねーガキだな」

 

 仕事から帰ってみればマッチが空になっていた。シケモクを吸ってたらしい。さらにバーボンが2本空いていた。

 

 空になったビンを抱きながら床で寝ている様はおっさんだが、風呂に入ったのか、綺麗になった髪は結構艶やかな黒髪だった。埃でボサボサになっていた髪が整えられていると、成る程拐われてもおかしくはないだろう。

 

「おい、起きろ」

 

「んっ……あ、…お帰りなさい」

 

 いくらなんでも床で寝てたら風邪を引くだろう。揺すって起こすとまだ眠そうに身体を起こした。

 

 日本語を使うのも随分と久し振りだ。

 

 着ているブカブカのワイシャツはクローゼットから引っ張り出したんだろう。服をもう1着用意するべきだったか。

 

「ごめんなさい。喉乾いて開けちゃった」

 

「喉乾いたなら水でも飲め」

 

「……当たったから水道水はヤダ」

 

 そう言って顔を逸らす表情には実体験の悲壮さが滲み出ていた。

 

「次はジュースも好きに頼みな」

 

「……英語わかんない」

 

「単語くらい覚える気はあるか?」

 

「教えてくれるの?」

 

「でなきゃ不便だからな」

 

 見た目はもう10歳近いが、話した感じだともう少し歳上かもしれない。物分かりが良さそうなガキで助かった。

 

「あの、名前を訊いても良いですか?」

 

「名前を訊くなら先ず自分から名乗りな」

 

 と言いながらガキの様子を見ると、困った顔をして俯いた。

 

「……名乗れる名前がない」

 

 果てしなく面倒なガキを拾っちまったか?

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 黒いスーツに目深く被っている黒い帽子。長い顎髭もこの人は良く似合っていた。何故か火薬臭いけど。

 

 名前を知りたかったが、先ず名乗れと言われて困った。

 

 前の自分の名前は名乗れるが、それでボロが出ても面白くない。この元々の身体の名前なんてわからない。

 

「……名乗れる名前がない」

 

 だから素直にぶちゃけるだけだ。

 

 少し空気が固くなった気がした。

 

 スラムに居た名前も名乗れない日本語しか喋れない子供なんて厄介事の塊だろう。

 

「まぁ。その傷が治るまでだ。好きに呼びな」

 

「それはそれで困るんですが」

 

「俺は困らねぇ」

 

 そりゃそうですがね。ただ無理に聞いて追い出されても敵わないので名前を訊くのは諦める。

 

「じゃあ……パパ?」

 

「パパはやめろ。俺は独身だ」

 

 そんな感じで互いに名前も呼ばない奇妙な生活はスタートした。

 

 とはいえ、朝には部屋を出て夜中まで帰らない。それでも毎日帰ってくる。お陰で昼寝して帰ってくる頃に起きて、朝出る時間にまた起きて、「いってらっしゃい」と「お帰りなさい」は言うようにしている。

 

 「あぁ…」としか返事はされないものの、それでも毎日顔を会わせるのは大事だ。

 

 酒の好みはバーボンとスコッチ、ストレート派だけど気分でロックも飲む。タバコはポールモールで気分でマルボロ。

 

 好きなものはベーコン豆。あとはクラシックが好きな音楽らしい。

 

 そして仕事は定職じゃないらしい。

 

 世話になって一月。6ヵ所もホテルを変えた。ホテルを変えるときは決まってかなり火薬臭い。

 

「あ、お帰りなさい」

 

「動くぞ。支度しろ」

 

「あ、うん」

 

 珍しく夕方に帰ってきてホテルを変えるらしい。

 

 キャリーケースに荷物を詰める。手荷物は必要最低限だ。40秒もあれば支度できる。

 

「うっ…」

 

 キャリーケースを運ぶ時に少し引き攣る痛みが襲ってきた。骨はまだ治りきれていない。

 

 車に荷物を乗せて助手席に座る。

 

 地下駐車場から出て久し振りに外の世界に触れる。普段は部屋に缶詰めだからだ。

 

 流れていく景色に飽きてふとサイドミラーを見る。

 

「……ねぇ」

 

「気づいたか?」

 

 一ヶ月前とはいえ、数ヵ月はゴロツキの肥溜めに居た所為か、ピリッとした獲物を狙う雰囲気がなんとなくわかる様になった。

 

「ちょいと荒っぽくなるぜ?」

 

 それを聞いて深くシートに座り直すと車が急加速する。Gで僅かな痛みを感じながら堪える。

 

「しっかり掴まってろ!」

 

 ドアを掴むと強烈な横Gが掛かる。右Gが掛かるから左に曲がったらしい。

 

「ちょっと、この先は…!」

 

「野郎にケツを追われるのはゴメンでな」

 

 記憶している地図に照らし合わせればこの先は港の倉庫街で行き止まりだ。

 

「うひゃあっ!?」

 

「死にたくなきゃ頭下げてろ!」

 

 後ろからマシンガンだろう立て続く銃声が鳴り、後部座席の窓ガラスを撃ち砕いていく。

 

 いくつかの角を曲がって、車が跳び跳ねる。それで天井に頭をぶつけた。

 

「いっでぇぇぇ!! って、んげ!? RPG構えてるよ!?」

 

「ただの野良犬じゃないらしいな」

 

 サイドミラーから見えた危ない武器の名を叫ぶ。こんな状況なのに運転手はクールなままだ。

 

「窓開けて伏せろ!」

 

 その言葉に従って窓を降ろしながら伏せる。パワーウィンドウで助かった。

 

 また横Gに振り回されながら、車の中をRPGの弾頭が飛び去っていった。運転席と助手席の窓を開けてRPGを素通りさせて避けるなんて無茶苦茶だ。

 

 そのまま今度はバックしながら反撃にリボルバーを撃つ。

 

「んがっ! いっっってぇぇぇっっ」

 

「このままここに居ろ!」

 

 急ブレーキで座席のボックスに顔面強打。みんなシートベルトはちゃんとしようね。

 

 運転席から飛び出していくパッパを見送る。

 

 運転席の窓からちょっとだけ外を見る。

 

「RPGなんて御大層なもん引っ提げて来やがって。誰の差し金だ!」

 

「へへっ。アンタに怨みを持つ人間は多いってこった。アンタを殺りゃ裏での名も上がる。みんなハッピーで目出度しってわけさ」

 

「フッ。なら、俺もハッピーにして貰わないとな!」

 

 後ろ腰から抜いたリボルバーでの速撃ち0.3秒のガンマンはそこいらのチンピラやゴロツキが相手になるタマじゃない。

 

「カッコいい……」

 

 撃ちきった後のリロードも1秒程度だろう。

 

 あんな風にカッコよく銃を撃ってみたいもんだ。

 

「なっ、ちょっ、いだだだだっっ」

 

「大人しくしやがれ!」

 

 いつの間に居たのか、チンピラの男の腕に抱えられてしまった。

 

「動くな次元! テメェのガキの鼻が三つになる所が見てえか!?」

 

 コメカミに銃を突きつけられる。……まさか人質になるなんて。というか、胸が締め付けられて痛みがヤバい。口の中に血が滲んで来た。

 

「残念だがソイツは俺のガキじゃねぇ。それとな。お前がその引き金を引く前に、俺はお前の頭に真っ赤なザクロを拵えられるんだぜ?」

 

 この人なら普通に出来そうだから困る。だから不安もなくて泣きも喚きもしない。痛みで呻きはしそうだけど。

 

 さらに言えば自分の為に銃を降ろす必要もない。

 

 ただ前も後ろも敵となれば、敵の多い前を気にして欲しいが、結果的に後ろからの奇襲を防げた……かもしれない、かな?。

 

 良い感じに口の中に粘ついた血が溜まって来た。

 

「っ、ぺっっ」

 

「ぬあ!? このガキ!!」

 

 痛む胸を締め付けてくれた礼に顔に鉄分豊富な血を吹き付けてやる。

 

「くたばれクソ野郎…」

 

 その瞬間に立て続くコンバットマグナムの銃声。ストンと落ちる視界。

 

「へぶっ!?」

 

 地面に投げ出される事はなく、後ろに倒れたチンピラの身体がクッションになった。流石である。

 

 そして痛む胸を抑えながら起き上がると立っている人間はパッパだけだった。

 

「……いきなり動くなよ。驚くだろうが」

 

「それでもきっちり合わせてくれたでしょ?」

 

「けっ。可愛いげのねぇガキだ」

 

「そりゃどうも。っっぐ、ゲホッゲホッゲホッッ」

 

「……大丈夫か?」

 

「さて、ねぇ…」

 

 暫く落ち着いていた痛みが振り出しに戻った気分だった。そして気管に水が入った様な感覚が咳を誘発させる。口の中に滲む血が増えてきた。

 

「……仕方ねぇな」

 

「あ、え?」

 

「今回は特別だぞ」

 

 横抱きに抱えられて車に乗せられると、向かった先は医者だった。とは言っても闇医者だろうが。

 

 やっぱり折れた肋骨で傷ついていた肺を治療して貰って、骨も固定させられた。2ヶ月はベッドとお友達の予定である。

 

「……お願いがあるんだけど」

 

「……なんだ?」 

 

「元気になったら、銃の撃ち方を教えて欲しい」

 

「それが何を意味するかわかってるのか?」

 

「借りの作りっぱなしは居心地悪くてね。返せるかわからないけれど、先ず返す為の地力が欲しい」

 

「借りを返す相手に借りを作ってもか?」

 

「その分、更に上乗せで返すよ」

 

 ただ拾った子供に銃の撃ち方を教える義理はない。それでも治療費はじめそれなりにお金は使って貰った。

 

「……10万ドルだ」

 

「え?」

 

「10万ドル稼いで返しな。それが出来るまでケツは持ってやる」

 

「契約成立、ね」

 

「その代わり少しでも弱音を上げたらそれまでだ」

 

「上等…!」

 

 パンっと、音を鳴らして手を結んだ。

 

 それが早撃ちガンマンと自分の、本当の始まりだった。

 

 それはまだ、ガンマンと大泥棒が出逢う前の話だった。

 

 

 

 

to be continued… 



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EPISODE:0 ファーストコンタクト
最初の夜


TVSPだとファーストコンタクトはかなり面白い話だと思います。たぶんカリオストロの次に見てるルパンだと思う。


 

 銀色のコンバットマグナム。それがあの人から与えられた得物だった。

 

 あの日。ベッドの上での誓いから数年が経つ。

 

 この数年であの人の弟子または実の子供として狙われた事は数え切れない。

 

 あの人は良い練習になると言うが冗談じゃない。怨み辛みは本人に向けて欲しい。それでもヤバい時は助けてくれるから関係は続いている。

 

 裏世界きってのガンマン次元大介の一人息子。

 

 銀色の二挺拳銃(シルヴァリオ・トゥーハンド)の名で少しは有名になっているが、個人的な仕事はやってこない。あくまで次元が有名人だから付随して自分も有名なだけだ。

 

 なにしろ見掛けはまだ中学生くらいのガキだから。

 

 それでも一応仕事の手伝いをする様になったものの、銃を撃ち落として武装解除するくらいだ。人殺しは、自分のケツを自分で持てるようになってからしろとのお達しだからだ。

 

 なんだかんだ子供には優しくて面倒見の良いパッパである。まさかの妹が居る所為だろうか? 会ったことも見たこともないけど。

 

 銃の扱い方を教えられて数年。未だに早撃ち0.3秒には届かない。どう頑張っても0.5秒を越えられない。

 

 それをカバーする為に二挺拳銃スタイルになった。リロードに手間が掛かるが、二挺なら0.3秒の早撃ちが実現出来た。

 

 煌めく銀色のコンバットマグナム。一挺6発。二挺拳銃なら最初に装填されている12発までなら撃ち放題だ。

 

 357マグナム弾なら大抵撃ち落とした銃はオシャカになる。

 

 服装も師匠であるパッパに倣って黒系統のスーツと帽子を被る。中のシャツは白を好んで着る。ネクタイは青。それで次元の関係者だと示し回っているわけだが、一人になると絡まれる事が多い。見掛けは相変わらずちんまいからだろう。154cmは男としては低い身長だ。だから並べば身体は子供頭脳は大人の探偵より親子に見えるだろう。身体も細いからか弱く見えるのがいけないのか。

 

 子供だからと甘く見ると痛い目見るのにそれをわからない連中が多くて嫌になる。

 

 大通りから一本脇道に入ると、瞬く間に左右の道を数人のチンピラに囲まれた。右にふたりと左にひとり。

 

「次元の連れ子のノワールだな? 大人しくしてもらおうか」

 

 ノワールとは、自分が名乗っている名前だ。『黒』という名前はパッパから貰った名前だ。でも流石にクロ助は無い。自分は犬でも猫でもない。だから『黒』という名前は貰った。普段黒系のスーツを着ているのも名前に恥じない男になってみたかったからだ。日本人は形から入るものだって言うし。

 

「こんな真昼間から子供相手にチャカ突き付けて。どうするつもりだ?」

 

「お前をダシに使えば次元も出てくる。お前たちを殺れば俺たちの名も上がる」

 

「人質取って上げた名なんて。メッキにもなりゃしねぇよ」

 

「あんま大人を舐めない方が良いぞガキ。テメェなんぞ次元が居なけりゃコワかねぇ…!」

 

 とは言いつつ、チンピラのひとりは構えている銃が震えている。足も震えている上にへっぴり腰だ。そんな状態で銃を撃てばひっくり返ったり最悪肩を痛める。初めの頃、本物の銃を撃つことに少しビビっていた自分にパッパが口酸っぱくして言っていた事だ。

 

 銃はちゃんと腰を据えて撃て。あとは女を扱うみたいに優しくすれば良い。

 

 まだ仮にも小学生くらいだった自分に女を扱うみたいにという表現を使ってもわからないだろうものの、パッパはハードボイルドだからね、仕方ないね。そういう教え方しか知らないんだから。だからそれを自分なりに噛み砕いて理解する必要があったりする。

 

「あ、そう。なら…」

 

 後ろ腰のホルスターに収まっている銀の愛銃のグリップに手を伸ばす。それを見てチンピラ達も銃を構えようとするが、遅すぎる。

 

「おれがどれくらいコワくないか、357マグナム弾の洗礼に乗せて教えてやるよ。ファッキンブラザー」

 

 続く銃声は3発。聞きなれたコンバットマグナムの重低音が耳に心地良い。

 

 右手の撃ち終ったマグナムの銃口から立ち昇る煙を吹き消して、くるくると手の中で回しながらホルスターに戻す。

 

 一挺一発0.5秒。3発でも1.5秒。チンピラ相手には充分な早撃ちだろう。それでもパッパなら3発撃つのに一秒要らないのだから充分遅い。本物の殺し屋の前なら二挺で相手しないと通用しない。

 

「そんなへっぴり腰でおれのタマ取るのは10年早いよ。お兄さんたち」

 

 次々と倒れ伏すチンピラ達。その頭はバリカンで剃り込みを入れたように真っ直ぐに髪の毛が禿げている。頭皮を削らずに髪の毛だけ吹き飛ばすのも中々腕を要求されるからこうしたチンピラ相手じゃないと使えない手だけど実際有効だ。ひとりチビッてる。汚いなぁもう。

 

 こうして降りかかる火の粉を振り払うようなことは独り歩きしていると毎度の様に起こる。パッパが近くに居ると恐くて近寄ってこないようなチンピラとかゴロツキが、自分がひとりの時なら勝てると勘違いして寄って来る。

 

 確かに数年前の自分ならなにも出来なくて人質直行便だった。それが嫌で銃の撃ち方を覚えたのだから、そんな今で捕まったりして人質になる様なら死んだほうがマシだ。

 

 自分の不手際で次元大介の名前に泥を塗りたくはない。

 

「それでも毎回だといい加減鬱陶しくてイヤになる。弾代ばっか出て行くだけだしさ」

 

「そいつは災難だな」

 

「誰の所為じゃ誰の」

 

 フライパンに広げた卵を菜箸を使って丸めて行く。だし巻き玉子だ。

 

 個人的な怨みなら仕方のないことだが。99.9%はパッパ絡みだ。

 

 それでも0.1%は個人的な怨みで襲われる事があるのだから、自分もこのアメリカはニューヨークの暗黒街で狙われるくらいの名のある立場になってきた。

 

「はいどうぞ」

 

「相変わらず良い焼き色だな」

 

 白米に味噌汁。だし巻き玉子。近場のマーケットが輸入製品を豊富に扱っているから最近は日本食ブームが我が家に到来している。

 

 殺し屋傭兵用心棒ボディーガードと、グローバルな活動範囲を持つパッパだが。根本的な舌の構造は日本人のそれだ。

 

 舌の好みが似ているから献立には困らない。ただピーマンの肉詰めとかハンバーグを食べれないのはちと辛い。食べれないわけじゃないが、パッパは挽き肉が苦手らしい。

 

「しっかし。ここ最近は日本食ばっかで少し飽きてきたな。中華とか食いたい気分だ」

 

「ヤダよ。中華街なんて治安悪いところ行くの」

 

 住んでいる所なら適当に掃除出来てるものの。中華街は少し離れていて材料買いに行けばそこが軽く戦場に様変わりだろう。あの辺りはスラムとは別の意味で危ない。白昼堂々一般人の前でもヤクの取り引きや鉛玉が飛び交いもする場所だ。

 

「材料なんてそこいらで仕入れりゃ良いだろう」

 

「それじゃあ美味しいのが作れないからヤダ」

 

「面倒くせえなぁ」

 

「凝り性なんですよ」

 

 元々持っている長所が料理とかそれくらいだ。だから食えれば良いって言うのはなるべくやらないようにしている。

 

「今夜は泊まり込みだ。食ったら出るぞ」

 

「ラージャ。支度してくるよ」

 

 身体が小さい分少食なのは少し助かるところだ。前世は180あった大食らいだったからいくらセーブしても最低限の食事代でも今の倍以上はしていた。そう考えるとちんまいのは食事代が安い上に狭いところに入れるし、小回りも利くから良いところもある。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 俺に関わったお陰で狙われ出したガキを育てることになって5年が過ぎた。

 

 ノワールと名乗ることにしたガキは、そこそこは出来る様になった。それこそニューヨーク周りでひっそり暮らすのなら問題ない腕だ。0.5秒の早撃ちなら、そこらのチンピラやゴロツキじゃ問題ねぇ。

 

 だが、時にやって来る腕試しの殺し屋相手や用心棒を生業にするプロだとまだ少しキツいだろう。

 

 10万ドル稼いで返すまではケツを持つと約束した手前。途中で放り出すのは男のする事じゃないが、安請け負いが過ぎたかもな。

 

 今日からニューヨークマフィアのボディーガードの仕事だ。子連れになってから仕事がチョイと減ったが、その代わりにガキに仕込む時間が取れたので差し引きゼロだろう。ガキの作る飯はなんだかんだ旨いから損している様な気分はない。酒とタバコにも寛容だからな。

 

 ただ飯の後にちゃんと歯を磨いたかと毎回しつこいのは勘弁して貰いたいぜ。お前は俺の母ちゃんか何かか。

 

 去年虫歯になって一時期銃も撃てなくて仕事を代わりにさせていた所為じゃねぇだろうな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 マフィアのボディーガードとして雇われた次元に着いていく形で、自分にも警備の仕事を任された。

 

「ガルベス一家……ねぇ」

 

 次元のもとで保護されて数年。それでも影も形もなかった赤いジャケットの大泥棒の影がチラついた。

 

 これはいよいよもって、面白くなるかもしれない。

 

 だからいつも以上にマグナムの手入れにも熱が入る。

 

 豪華な屋敷に物々しい警備。ドレスコードにマシンガンを構える物騒な警備員たちの中で、自分は少し目立つだろう。見掛けも背格好も子供の黒スーツ。服に着られている感抜群だろう。

 

 だから最も外周の目立たない雑木林周りの警備を任された。

 

 任されたとはいえ、厄介払いなのは聞かずともわかりすぎている。

 

 ガルベスの掃除屋のシェイドと言ったサングラスの男は明らかに次元を毛嫌いしている。その腰巾着でガキの自分は余計に目障りなんだろう。

 

「っ、銃声……?」

 

 聞き慣れたコンバットマグナムの銃声が遠くから響いてくる。

 

 何時でも抜ける様に構えておく。息を押し殺して限界まで気配を消す。

 

 銃声の聞こえた方向と、自分の居る位置、そして警備配置と屋敷と周辺の地図を照らし合わせて。

 

 ガサガサと林が揺れる音がする。

 

「ビンゴだぜ」

 

「あらららら!? お前は…!」

 

 暗闇に慣れた目でも目立つ赤いジャケット。

 

「はじめまして、泥棒さん。これはほんのご挨拶だ!」

 

 初めから二挺のコンバットマグナムを構え、引き金を引く。

 

「わっ、ほっ、やっ、ちょっ、りゃあっ」

 

 だが猿顔の大泥棒は二挺の射撃を曲芸師の様に身体をクネらせて避けていく。

 

 次元の早撃ちを身のこなしで避ける変態だ。同じスピードの早撃ちなら避けられるという事か。更に言うと、此方が足や肩なんかの当たっても致命傷を避けられる場所を狙っているのもあるのかもしれない。身体を狙われる時よりも避け易い筈だ。しかも子供の片腕で銃を撃っているから狙いが更にずれる。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる戦法で早撃ち以外を妥協してるスタイルだったりする弱点もある。

 

 11発目を撃った瞬間に、空になった右手のマグナムのシリンダーを出し、空薬莢を捨てる。同時に12発目を撃ち、これで左右のマグナムは弾切れだ。

 

 12発目を撃った反動を利用して左手を素早く引き戻し、ホルスターに戻しながら腰のベルトに引っ掛けておいたスピードローダーを手に取り、素早く右手のマグナムに再装填する。

 

 物陰に隠れて二挺の再装填を済ませる方が手数が増えるのだが。今は追撃をする方が先だ。0.3秒の早撃ちが当たらないのなら、0.5秒の未熟な早撃ちでも同じだ。

 

 なら両手を使って安定する射撃で有効打を与える方が賢明だ。命中率はこちらの方が上だ。

 

 マグナムの再装填が終われば、此方にも銃口が向けられていた。

 

 向こうが撃った弾に、此方が撃った弾をぶつけ。更にもう一発弾丸を間髪いれずに放つ。

 

 リボルバーは6発のハンデがある代わりに、オートマチックよりも連射が速い。マシンピストルとかは考慮しない。目の前の大泥棒のワルサーP38よりも速いのは確かならそれで構わない。

 

 咄嗟にワルサーを守って身を引いた大泥棒は雑木林の中にダイブした。それを追って残り4発を撃って手応えは返ってこない。それを確認する前に木陰に転がり込んで二挺のマグナムをリロードする。

 

「さて。どうするか」

 

 次元には耳は良いと褒められている。耳を澄ませて、風に揺れる林の音を聞き取ろうとするが、遠くからガサガサと別の林の音が聞こえて音が掻き回される。ガルベスの所の人間が泥棒を消しに林に入ってきたのだろう。

 

 物凄く胸がドキドキして鼓動が煩いと思うほどだった。緊張感から汗が流れるが、嫌な汗じゃなかった。

 

 様子を窺おうと顔を覗かせようとしたらワルサーの銃声と共に鼻先を銃弾が掠めていった。耳は向こうの方が良いらしい。それでも次に撃つのにタイムラグがある。

 

 顔を覗かせようとした動きをそのままに身体を地面に横たわらせながらくるくると地面を転がってマグナムを撃ち込み、別の木陰に入る。

 

 6発撃ち込んでも手応えがない。

 

 木陰に沿って隠れながら立ち上がって、影からマグナムを撃とうとした瞬間。

 

「ッグ!!?」

 

 キィンッと音がして、右手のマグナムが弾かれた。撃たれてマグナムを弾かれた右手の手首を痛めた。よりにもよって右手は最悪だ。利き手だから無理はしない。

 

 そのまま木陰に隠れていると、ガルベスの所の連中に追い立てられて緊張感は去っていった。

 

 弾かれたマグナムを拾い上げる。フレームが少しヘコんでいた。

 

「ルパン三世……か」

 

 次元と共に居る自分は、あの大泥棒とどんな風に関わっていくのだろうか。

 

 命がいくつあってもマイナスになりそうなデンジャーな毎日が待っているのだろうかという期待と不安。

 

「次は逃がさない」

 

 成る程。パッパがルパンとの決着に拘ったわけがわかる。

 

 手元の傷ついたマグナム。命よりも大切なガンマンの誇りを傷つけられたら我慢出来ないなこりゃ。

 

「あー……、でもパッパの獲物だしなぁ」

 

「誰がパッパだ」

 

 手早くマグナムをしまい、痺れを感じる右手をグーパーする。手元の銃を撃ち弾かれるのは実際物凄い衝撃だった。

 

「あら、パッパ聞いてたの?」

 

「パッパはやめろクロ助」

 

「クロ助やめろパッパ」

 

 そんな売り言葉に買い言葉だが。こういうやり取りが出来るのは信頼がある証し……だと思う。

 

「やりあったのか?」

 

「12発をくねくね避けやがってくれたよ」

 

「……右手は大丈夫か?」

 

「オーライ。マグナムを弾かれただけだから」

 

 右手をヒラヒラさせながら一応無事なのを伝える。

 

「利き手はガンマンの命だ。大事にしろよ」

 

「うん。わかったよ」

 

 踵を返すパッパに続いて自分も引き上げる。あとでマグナムをバラして整備しよう。

 

 もう一度大泥棒が潜んでいた林に目を向ける。

 

 ポケットに入れたまだ痺れる右手を握り締める。

 

「まぁ。たまには負けも覚えるこった」

 

「肝に銘じておくよ」

 

 銃を握って数年。今夜が初めての負けを経験した夜だった。

 

 懐からマルボロを取り出して1本咥えるとマッチで火を点ける。

 

「敗けの一服は苦い…、か」

 

 

 

 

to be continued…



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ルパンと子犬

 

「次元大介…?」

 

「ああ。黒の帽子にコンバットマグナム。暗黒街で1、2を争う本物のガンマンだ」

 

 ガルベスの屋敷から追撃を撒いた俺は、商売敵だが憎めない奴であるブラッドの所に来ていた。

 

 ついでに夜にやりあったあの早撃ちガンマンの事をそれとなく口にしてみれば、ブラッドが口にしたのはそのガンマンの名前だった。

 

 まぁ。ガルベスの所で仕損じた情報まで出回ってるのは面白くなかったが。

 

「ガルベスの野郎が次元を雇ったとなりゃ。子犬の方も一緒ってわけか。こりゃちと骨が折れそうな相手だな」

 

「子犬……?」

 

 あのガンマンと子犬。まるで接点がわからないが。子と聞いてふと思い起こされたのは、その次元と瓜二つの格好に、銀色のリボルバーの二挺拳銃を構えるガキの姿だった。

 

「数年前から次元が連れ回してるガキさ。銀色の二挺拳銃(シルヴァリオ・トゥーハンド)。次元の名に隠れちゃいるが、このガキも相当な腕らしい。噂じゃ去年麻薬の密売組織をひとりで潰したらしいぜ」

 

「へぇ~。おっかねぇガキも居たもんだ」

 

 あの時。偶々月の光が反射してあのガキの銃を撃ち落とせたが。そういった端々の未熟さはあっても早撃ちの腕と持っている雰囲気は親とそう変わらない感じだった。あんな恐いガンマンふたりも相手にしたかないが。子犬はまだ勝機がある。というか、子犬はおそらく殺しができねぇ。でなかったら足や肩なんかわざわざ狙わずに胴体を狙えば良いはずなのにそれをしなかった。

 

 その辺、親は実に容赦がないから逆に避けるだけならなんとかなった。子犬には一発噛まれた。

 

 こっちのワルサーの弾を撃って弾いて、そのまま間髪入れずにワルサーを直接撃ってきやがった。

 

 逃げるのに銃を壊されたら堪らなかったから避けたが。その弾が僅かに肩を掠めていった。

 

 何れにしろ。恐い番犬を拵えたもんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

「ルパン三世……か」

 

「フランスの大怪盗アルセーヌ・ルパンの三代目。欧州圏じゃそこそこ名のある泥棒だけど、ここ何年かはアメリカ大陸を中心に仕事してるらしい。まぁ、欲しいお宝があれば西へ東へ現れる文字通りの神出鬼没の大泥棒だよ」

 

 一夜明けてガルベスの屋敷でルパンに関するプロフィールをパッパに聞かせる。まぁ、昨日調べたまだ程度の浅い自己紹介みたいなプロフィールだけど。

 

「すばしっこい奴だが銃なら此方が上だ。次は逃がしゃしねぇよ」

 

「燃えてるね」

 

「そりゃオメーもだろ?」

 

「まぁね」

 

 おれのマグナムは銃身に少し傷を負った程度で使うのには問題ないものの、パーツを発注して取り替えることになった。良い射撃をするには良い銃と腕があってこそだ。それがパッパの教えだから泣く泣くフレームを交換することになった。

 

 まだ数年しか銃を握っちゃいない、尻の青いガキではあるが。おれにもガンマンのプライドなんていうものがあったらしい。いや。このマグナムが特別だからだろう。

 

 撃たれた理由はわかった。月の光を不用意にマグナムで反射させた自分の落ち度だ。

 

 だからその授業料のお礼参りをするだけだ。

 

 とはいえルパンはパッパの獲物なので、自分に出来るのはルパンについて調べることだ。

 

「正面から撃ち合いに乗るかはわからないよ? 此方の早撃ちの腕は昨日で知られてる」

 

「それでもチャンスを待つさ。狩りと同じだ」

 

「オーライ。ルパンの得物はワルサーP38。特定で組んでる奴は今のところは居ないみたいだね」

 

「1対1か…」

 

「そこは2対1じゃないの?」

 

「いくらお前でも邪魔すれば怒るぞ?」

 

「はいはい」

 

 釘を指す、様な感じではないものの一応伝えたぞとその帽子に隠れた顔は言っている。

 

 話が終わってどちらともなく立ち上がる。

 

 早撃ちのガンマンなら、言葉は要らない。

 

「早い者勝ち」

 

「恨みっこなし」

 

 そう言って、引き抜いたマグナムの銃底をかち合って、ガルベスの屋敷を出る。

 

 うん。ちょっとパッパがカッコいい。こんなカッコいい事をパッパとしちゃって良いのだろうか? 今日か明日おれ撃たれたりしないよね?

 

 そんな事を考えつつ、街を歩く。行く宛はないがこういうときの探し物をするなら人に聞くのが一番だ。

 

「どうしてここで曲がる」

 

「ダディこそ」

 

「ダディも止めろ」

 

「じゃあ……ダロン?」

 

「先ずその発想から外れる気はないのか?」

 

 ちなみにダロンとはフランス語でオヤジという意味だ。

 

「でも保護者でしょ? それとも師匠(マスター)って呼んでみる?」

 

「なんか背筋がムズムズするから止めろ」

 

「ワガママだなぁ…」

 

 とか喋りながら大通りから1本逸れると、左右の道を銃を握ったチンピラに塞がれた。なんかこのパターン最近多いんだけど。

 

「次元大介だな。悪く思うなよ? アンタを殺りゃ暗黒街での名も上がる」

 

「ラッキーだぜ。子犬連れとはよ」

 

「び、ビビって声も出ねぇのか?」

 

 誰が子犬じゃ。あとビビってるのはそっちだ。

 

 しっかし。こりゃまたバカが釣れてしまった。きっとこのニューヨークに来たばかりのチンピラだろう。

 

 自分だけならまだしも、次元に手を出そうなんていうバカはご近所には居ない。なによりガルベス一家のボディーガードになったことも噂で広がっている。下手を打てばニューヨークマフィアを敵に回すことになって、ニューヨーク湾にコンクリート詰めにされて沈められても文句も言えない様な愚行だったりする。

 

「退きなチンピラ。俺たちゃ今機嫌が悪いんだ」

 

 さっきまでのパッパとは違う。ガンマン次元大介が表に出てきている。

 

 ガードマンとして最低限の仕事はしている次元だが。ルパンを仕損じた事をシェイドにああだこうだ言われたのが気に食わないんだろう。更にガンマンの自分が狙った相手を仕損じた事もあって。ガンマン次元の不機嫌度は推して計るべし。

 

「やろぉぉぉっっ」

 

「わっ、ちょっ」

 

 チンピラが吠えた瞬間に身体を押してくるパッパにつられて自分の身体も動く。

 

 背中合わせになって響いた銃声は6発。

 

 右に居たふたりのチンピラの銃を撃ち落とし、そのままぐるりと反対側の、左に居たチンピラの髪の毛を吹き飛ばした。

 

 次元は左に居たチンピラの銃を撃ち落とし、右に居たふたりのチンピラの髪の毛を吹き飛ばした。

 

 マグナムの銃声しかしていない一瞬の事だった。

 

「いきなり動かないでよ。ビックリするでしょ」

 

「はん! 的が動いた方が練習になるだろ?」

 

「まったく…」

 

 此方が利き手じゃない左手じゃないと銃が撃てない事を忘れてないかと思いつつ、そのまま背中を離して歩き始める。

 

 自分は左、パッパは右だ。

 

 探すのはルパンというより、青のACコブラだ。そんなスポーツカーをスラム街で転がせば目立つ。

 

 何回か絡まれながらもスラム街を歩く。中には子供のグループなんかとも接触する。

 

 大人に聞くよりも子供の方が色んな情報を知っている。生きるために必死な子供はそれこそ食べ物を求めてあちこち出歩くからだ。

 

 情報料を渡して、突き止めたアパートに入る。裏の非常階段の下に青のACコブラも見つけている。

 

 確か一番右の部屋だったか。

 

 記憶違いじゃなければそうだったはずだ。

 

 なにぶん何年も経つ上にしょっちゅう見てたルパンはカリオストロとファーストコンタクトだが、それでもファーストコンタクトを最後に見たのは15年くらい前だ。

 

「本当に、ルパンの世界なんだな」

 

 それでもスラム街での生活や、鉄火場でマグナムを撃っていればこの世界での人生を現実として受け止めるのには充分だった。

 

 痛いのが嫌だから弾に当たらない様に立ち回ってはいるものの、それも何時まで続くか。直撃は避けているものの、掠めた傷なんかは何ヵ所も負っている。

 

 去年の麻薬の密売組織を潰した仕事の時は死ぬかと思ったけど。

 

 だから今も痛む右手首を気にしながらも、大きなケガがないように祈ってドアをノックする。

 

「こんにちはー」

 

「はいはいどなた~?」

 

 少し高めの声を作って、そんな間の抜ける挨拶をして、応えて貰えるとは思わなかった。

 

「お前は……」

 

「こんにちは。ルパン三世さん?」

 

 帽子のつばを左手の人指し指で持ち上げながら、ルパンに直接顔を見える様にする。

 

「ヒュー♪ こらまたかわいらしいワンちゃんだこと」

 

「褒め言葉として受け取っておくぜ」

 

 男に可愛いと言われても嬉しかないが、争いに来たわけじゃない。

 

「それで? ガルベスの所の番犬が俺になんの用だ?」

 

「命を貰いに来た、って言ったら?」

 

「よせやい。その気なら、もう抜いてるだろう?」

 

 そう言いながらルパンはドアを開け放ってくれた。部屋に入ってもOKってことだろうか。

 

 部屋に入ってベッドに腰掛ける。

 

「用向きはひとつ。ひとつ賭けをしないかって事さ」

 

「賭け?」

 

「クラム・オブ・ヘルメス。あれはおれも気になってる物でさ」

 

「おやおや。そんな事を俺に言っちゃって良いのかなぁ?」

 

「ガルベスと契約してるのはパッパだからね。おれはオマケってワケ」

 

 だからガルベス一家に義理立てする謂れはない。なにより疎まれてるし。あまりやり過ぎたらパッパに迷惑が行くから表立ってあれこれする気はないが。

 

「本当はマグナムの礼がしたいんだが、獲物を取るとパッパが怒るからな。だからおれはおれなりにこの鬱憤を晴らすことにしたってわけだ」

 

「それで? その賭けに俺が乗るメリットは?」

 

「チップは命。当たればクラム・オブ・ヘルメスの鍵の在処ならどうかな?」

 

「……知ってるのか?」

 

 ルパンの声がシリアス寄りのトーンに変わった。第一関門はクリアした様だ。

 

「クラム・オブ・ヘルメスを開けるには、それ専用の鍵が要る。それがないと何をやっても中身は拝めない。鍵が必要な事を知っていても、在処まではまだなんだろう?」

 

 伸るか反るか。ルパンの返答を待つ。

 

「お前の要望は?」

 

「……次元がアンタに勝ったら、クラム・オブ・ヘルメスの中身の巻物を見せて欲しい。アンタが次元に勝ったら、鍵の在処を教える。それでどうだ?」

 

「なるほど。だが、俺が自分で鍵の在処を見つければ、賭けをする意味もなくなるな」

 

「ま、その時はその時さ」

 

 そう言ってベッドから立ち上がって部屋のドアに手を掛ける。

 

 だが背中にルパンが銃口を向けている気配を察して止まる。

 

「アジトの場所を知られちまったからな。このままおさらばバイバイはちぃ~っと難しいわなぁ」

 

「良く言うよ。スラムにスポーツカーで乗り入れて、どうぞ見つけてくださいって釣糸垂らしてたクセに」

 

 本命は次元を釣りたかったんだろう。それにおれが乗っかったまでだ。

 

「利き腕じゃなくても、この体勢から0.3秒で撃ち返せるんだぜ?」

 

 本当は0.5秒程だけどハッタリを噛ましておく。実際に殺りあったら今度は明るい室内だ。この距離ならどっちも弾を外し様がないだろう。

 

「……止めだ止めだ。こちとら徹夜で眠いんだ。とっとと帰んな」

 

「おれがガルベスにチクるとは考えないのか?」

 

「その気なら今ごろ団体客がご到着だ。それに、そういうつまらねぇ事をするタマには見えねぇんだよな。お前も、次元もな」

 

「そりゃ光栄だ。また会おうぜ」

 

 ルパンの部屋から出て。アパートの非常階段側を降りる。

 

「っ、ふ、ふふ、ははははっ」

 

 ルパンとの語らいを終えて、込み上げてきた興奮が口を突いて漏れる。

 

 ルパンが伸るか反るかはどっちでも良かったし、銃なら次元が負けるはずがない。賭けにもならない賭けだ。

 

 それでもクラム・オブ・ヘルメスの中身の巻物は気になるのは確かだった。アレ以外だと黄金の龍の置物をなんかしなくちゃならなかったはずだ。昔は燃えよ斬鉄剣も見てたはずなんだがね。

 

 マルボロを咥えて火を点ける。

 

「やっぱりパーラメント買おうかなぁ」

 

 遊びのあとのタバコは旨い。パッパの余りを貰った赤マルだけど、やっぱり吸い慣れているタバコの方が旨い。

 

「今夜か…」

 

 ルパンと次元が二度目の邂逅を果たすのだろう。

 

「おれが居てもどうにかなるワケじゃないだろうけどね」

 

 これでちょっとはルパンも真面目に次元と勝負してくれるだろうか。

 

 そう考えながらスラム街をあとにした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「まったく。とんでもねぇガキだぜ」

 

 確かに釣れればラッキー程度に糸は垂らしていたが。俺の予想だとガルベスの連中が真っ先に釣れる候補で、次元が釣れれば大当たりの気分だったんだがまさかのダークホースのご登場とはね。

 

 明るい所で見た面はとてもコンバットマグナムをブッ放す様なガキには見えなかった。ハリウッドの子役が衣装を着て現れたっていう方がお似合いだ。

 

 それを身体から香る火薬と血の匂いが、それなりに鉄火場に身を浸している事を語っていた。

 

 パッパの為に敵を焚き付けに来る度胸があるガキがこの世に居るか普通。

 

 だが。鍵の在処の話は本当だろう。ガキでも裏社会の人間だ。ガセネタ程怨みを買う物はない。

 

 ガキに突き止められて、天下の大泥棒のルパン三世様に突き止められないはずがねぇってんだよ。

 

「パッパ、パッパねぇ…」

 

 親想いの良い子犬じゃねぇか。

 

「ふっ、わ~ぁっ。さて、寝るか」

 

 なんか子犬が子犬じゃねぇって吠えてそうだが気のせいだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「くしゅっ」

 

 急にくしゃみが出た。どこがで自分の事を子犬だと言われた気がする。なんで子犬なんだかねぇ。パッパにリード引いて子供を散歩させる趣味はないと思うけど。

 

「今夜は帰ってくる気配はないだろうしなぁ」

 

 久し振りにハンバーガーでも食べるのも良いかな。ジャンクフードって時々唐突に食べたくなる。

 

「ひとり、か……」

 

 子供の身はこういう時には不便だ。大人でも夜遊びはしたことないけど、バーで酒を引っかけに行けないのだからやっぱり不便だ。

 

「このッ、離せっ。離せよッ!」

 

 ……言葉は粗暴だが、女の声が耳に入った。

 

 聞こえた先は路地裏だ。そこで頭はRー18禁的な事を妄想するが。スラム街じゃ残念ながら妄想じゃ終わらない。

 

「やれやれ…」

 

 耳に聞こえたものは仕方がない。見て見ぬふりしても気になってぐっすり眠れないだろう。

 

 夕方で影の増えてきた路地裏。まだ多い人通りの喧騒で気づかれ難い場所だろうが。運が悪かった。おれの耳がその声を拾ってしまったからだ。

 

 黒人の男数人がアジア系の女の子を囲っているらしい。

 

「お楽しみになるところ悪いが、通行の邪魔だ。とっとと失せな」

 

「んだとっ? やんのかテメェ!」

 

「男が寄って集って女の子を嬲って、情けねぇな」

 

 良く見ればまだまだ幼い女の子だった。背格好なら自分と同じくらいだろうか。

 

「ガキじゃねぇか。死にたくなかったら失せな!」

 

 そう言いながら男のひとりが銃を向けてくる。

 

「ひとつ良いことを教えてやろうか」

 

 ルパンと話せて気分がノッた余韻の所為か、おれはとある台詞を口にしていた。

 

「ああん!? 頭沸いてるのかテメェ?」

 

「ピストル抜いたからには命賭けろよ?」

 

「は?」

 

「そいつは脅しの道具じゃねぇって、言ったんだ」

 

 言い切りと同時にマグナムを抜いて男の銃を撃ち落とす。

 

「テメェこのガキ!」

 

 別の男が銃を抜いて構える間に撃ち落とす。

 

「クソッ、なんなんだテメェは!?」

 

「屑に名乗る名はねぇよ」

 

 マグナムを構えたまま言い放てば、男のひとりの視線がおれのマグナムとおれ自身を見つめていた。

 

「ぎ、銀のリボルバーに黒スーツと帽子のガキ……。て、テメェ、銀色の二挺拳銃か(シルヴァリオ・トゥーハンド)!?」

 

「へぇ…。わかってるなら話が早い。ケツに新しい穴を拵えたくなかったら失せな。3度目はねぇぜ?」

 

「二挺拳銃かなんだか知らねぇが、ガキが調子に乗るんじゃねぇ!!」

 

 そう言いながら、まだおれの名を知らないらしい男が突っ込んでくる。此方側はまだ開拓してないから仕方ないのかな?

 

 体格差は倍以上だろうが、アホかコイツ。こっちは銃を持っているのに体当たりをしようとして来る。

 

「死ねえええっっ」

 

「よっこい、せいっ!!」

 

 突き出された腕を取って背負い投げる。

 

 結構な勢いが乗っていたから投げ易かった。

 

「ごっ、ぐべっ」

 

 受け身も取れずに顔面から地面にキスするハメになった黒人の大男。護身術もパッパから習っているが、柔道は前世からの引き継ぎものだ。

 

「ちょ、ま、待てよ! 下手なことすりゃコイツの命はねぇぞ!!」

 

 女の子に刃物を突き付けて人質を取る男。怯えからか手に持つナイフは震えている。

 

 人質になった女の子も泣きそうだ。目元に大粒の涙を浮かべている。

 

「言っておくがな。おれはここを通りたいだけだし、その娘とはなんら関係ねぇ。だがな…」

 

 右腕を台座代わりにして、マグナムを構える。撃鉄を起こしてあとは引き金を引くだけだ。

 

「お前がその娘をかっ切る前に、おれはお前の頭をポップコーンみたいに弾けさせられるんだぜ?」

 

 それはハッタリじゃない。出来る自信がある。

 

 沈黙だけが流れた。マグナムで狙われている男たちは滝汗を流している。こっちはまったく動じない。

 

 ……なんか弱いものイジメしてるみたいでシラけそうだ。

 

 そんな男たちの顔が不自然にニヤついた。

 

「危ない後ろ!!」

 

 女の子が叫ぶが、気配駄々漏れで近づけばモロバレだ。

 

 台座にしていた右腕を素早く下げてもう一挺のマグナムを抜いて、後ろから襲おうとした黒人の大男の顎に突きつける。

 

「生憎おれは二挺拳銃(トゥーハンド)だぜ? 動けば容赦なく頭が吹き飛ぶと思いな」

 

 まだ普通に手首は痛いが、ハードボイルドなら女の前で痩せ我慢のひとつくらいは頑張ろう。

 

「く、クソッ、覚えとけよォ!!」

 

 そんな捨てセリフを吐いて男たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。

 

 マグナムを納めて女の子に歩み寄る。

 

 汚れていても服らしかった服は破かれ、未成熟ながら膨らみを見せる胸を晒して――って、何見てるんだおれは。

 

 ジャケットの上着を脱いで、肩に掛けてやる。

 

「保証はないが。なにもしないって言葉が信じられるなら、付いてくるか?」

 

 その言葉に女の子はコクリと頷いた。

 

 

 

 

to be continued… 

 

  



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それは女の香り

ラブロマンスはありません。タブンネ!


 

 すっかり暗くなったニューヨークの街で、黒のジャケットを羽織らせた女の子を連れ歩く。

 

「…………何処に、向かってるんですか?」

 

「今夜の寝床」

 

 おれもバカじゃない。女の子を連れてガルベスの屋敷に入るわけにはいかない。

 

 黒人のチンピラから助けた女の子を連れて、おれはとあるホテルに入った。宿泊費とは別に料金を払う。こういう世界で安心して寝泊まりするには余計に金が掛かるという事だ。

 

 部屋に入って備え付け冷蔵庫を開けるが、水しか入っていない。

 

「風呂に入るなら先に入って良いぞ。その間にチョイと買い物に出てくる」

 

「え、ええ……」

 

 急にしおらしくなった様子の女の子。というより多分此方が素だろう。粗暴な口調はスラム街で生きていく知恵だったりする。スラム街でこんな丁寧な敬語を使えば瞬く間にカモ扱いされる。

 

 でもそれは弱者の間だけで、マフィアとかの幹部とか表でデカい役割とかしている人間には丁寧語を使う奴も居る。スーツ着てて丁寧語を喋るからって気軽にカツ上げするなよ? マとかヤの付く自営業のオジサンに当たったら身体がハチの巣になるからな?

 

 ホテルから出て新しいジャケットを買う。あとは適当に服も買っておく。下着は後で買わせれば良いだろうか。

 

 適当に酒とつまみ、あとはパーラメント。子供の買い物にしたらオヤジ臭い品目だが、却ってそれが子供のお使いに見られるからやり易い。

 

「どうするかなぁ……」

 

 助けた手前、当分は面倒を見るつもりだ。少なくても今回のヤマが終わるまで。でないとおれと関わったせいで人質に抜擢されましたなんて笑い話にもなりゃしない。

 

「というフラグを敢えて立てれば問題ないでしょ」

 

 酒につまみ、服とか入った買い物袋を引っ提げてホテルに戻る。 

 

 戻ればまだバスルームから出ていないらしい。女の子だからな。久し振りの風呂で念入りに身体とか洗いたいんだろう。自分も一時間は洗っては流してを繰り返した記憶がある。

 

 コップに氷を入れてウィスキーと炭酸水でハイボールを作る。

 

 それをちびちび飲みながらマグナムの手入れをする。

 

 銃が恋人っていう次元やルパンの言葉を、こうして銃を持って命を預けているとわかる。

 

 要は職人の道具に対する思い入れのそれに近い。

 

 タバコを咥えて火を点ける。

 

 子供の身体に酒にタバコは平成民からすると不健康だとか言われそうだが、アウトローに国も法律もねぇよ。

 

「……ま、気にしたって仕方ないか」

 

 好きなように生きて、好きなように死ぬ。それがこの世界の死生観だ。

 

 タバコを吹かしながらハイボールをちびちび飲んでいるとバスルームのドアが開いた。

 

「きゃっ!? ……、か、帰ってたんです、か…」

 

「……見てないから早く着替えな」

 

 そう言いながらベッドの上に広げた着替えを指差す。適当なTシャツとジーパンだ。男物だけど我慢してもらう。

 

「……犬耳?」

 

「犬じゃねぇ……」

 

 帽子を外したら女の子がそんなことを言ってきた。風呂に入るんで帽子を取ったが、きっと彼女からはこめかみ辺りから某白露型みたいにチョインと跳ねてる髪の毛が見えているだろう。

 

 銃撃戦は激しい動きをするから帽子が外れる事だってあるし、パッパと出逢ったばかりの頃なら帽子も被っていなかった。だから子犬なんて言われるようになったとか思いたくない。

 

 どれもこれも虫歯で二月も銃を撃てなかったどこぞの歯医者が大嫌ぇなガンマンパッパの所為だ。車の運転とかはやって貰ったけど、それ以外のドンパチ関係はみんなおれがやらされた。

 

 マグナムの他にもありとあらゆる火器の使い方を教わった。見た目は子供、頭脳は大人だからってマジでハワイでパッパに教わると誰が想像できるか。お陰さまで車からボートにヘリまで一通りは乗れる。無免だけど。

 

 お陰さまで銀色の二挺拳銃(シルヴァリオ・トゥーハンド)なんて厨二病クサい名前が付いちまった。……カッコいいから好きだけどね!

 

 帽子とマグナムをテーブルに置いてバスルームに入る。

 

 頭からシャワーで熱湯を被って、良い感じにアルコールが身体に巡っていく。

 

 お湯でも水でも濡らせば普通はしんなりして落ち着く筈の髪の毛の跳ねは、それでもあまり無意味だったりする。

 

 適当に頭と身体を洗ってバスルームから出ると、彼女は一人がけソファで小さくなって座っていた。

 

「あれま」

 

 風呂上がりには着替えるまで彼女を見ないようにしていたからわからなかったが、綺麗になるとかなりかわいい娘だった。ボサボサの髪も色の良い黒髪で妖しい光を宿しそうな程のセミロングの髪は少女に似合わない色香があった。

 

「……あ、あの…」

 

「なんだ? 別に獲って食ったりしないさ」

 

 ルームサービスで夕食を注文しながら、彼女の反対のソファに腰掛けて足をテーブルに乗せようとしたが、流石に人の居る方に足は向けられないから断念して足を組むだけに留めた。

 

「タバコ吸うけど、構わないか?」

 

「はっ、はいっ。お、お構いなく……」

 

「おう」

 

 パッパ以外と二人きり、しかも赤の他人とある上に相手は女の子だからつい昔のクセみたいにタバコOKかどうか聞いてしまった。喫煙所なんてものはまだこの世にはない。

 

 タバコに火を点けて、一服煙を吐いて、灰皿にタバコを置いて口を開く。

 

「お前、歳は幾つだ?」

 

「じゅ、14……です…」

 

「14か。それにしちゃあ綺麗だな」

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 おれの言葉に俯く女の子。確かに綺麗で将来美女確定の美少女だが。おれの言いたい綺麗さは別の話だ。

 

 スラム街生まれの人間と、スラム街に住むことになった人間というのは持っている空気に違いがある。

 

 目の前の彼女は後者だ。更に言うとスラムに入ってからまだ日が浅い。それは彼女の着ていた服の汚れ加減で推察出来る。

 

「親はどうした?」

 

「…………」

 

 その言葉に返答はない。ただ、腕に力が入ったのを見逃さない。

 

「これからどうする?」

 

「どうって……」

 

 おれの問いに呆ける彼女に、机の上からマグナムを取って弾を抜き、空の銃を彼女に投げる。

 

「きゃっ、わ、わわっ」

 

 弾が入っていないのにおっかなびっくりという感じでマグナムを掴んだ彼女を見計らって口を開く。

 

「それがお前の命の重さだ」

 

「わたしの……」

 

 昔。おれもあの人に言われた言葉だ。

 

 銃の重さが命の重さ。ガンマンらしい例えだ。銃がなければガンマンは始まらない。

 

 親も居ないらしい上に女の子の彼女が生きるには力がなければならないだろう。

 

 彼女の容姿なら身売りでもすれば生きていけるだろうが、そんな鬼畜外道な提案をするくらいなら自分の頭を撃ち抜くね、おれは。

 

「おれだっていつまでも面倒見れるわけじゃない。何時までアメリカに居るかわからないしな」

 

 パッパがルパンと付き合うなら自分も付いていくつもりだ。というより、まだ10万ドル稼いでないから離れるつもりはないし。それにおれはファザコンだから死ぬまでパッパに付いていくつもりだ。

 

 そんな生活に、いずれは国際指名手配犯の仲間入りを果たすつもりでもある。そんなハチャメチャデンジャーな人生に付き合わせる気はない。

 

「まぁ、直ぐにどうするかを決めろとは言わない。先ずは飯を食って今日は寝ろ」

 

 そう言って灰皿に乗せていたタバコをまた口に咥えて、ぼーっと天上を眺めて暇を潰す。

 

 コトリとマグナムをテーブルに置いた音が聞こえた。視線を向けると、なんでか彼女はTシャツを脱ぎ出した。

 

「ちょ、ちょっと…!?」

 

「わっ、わたしには、これくらいしか…っ」

 

 脱いだTシャツを胸に抱きながら胸元を隠す彼女。ハッキリ見える場所で見たから良く見える。見掛けは中学生くらいなのにこの娘胸でけぇ。Dある?

 

「バカ野郎! そういうのは大事な時に取っとけ!」

 

 そもそもそういうんで助けたんじゃない。

 

 ただ大人が子供と言っても差し支えのない女の子を囲って嬲ろうとしたのが見過ごせなかっただけだ。

 

 大人が子供から、しかも男が女から搾取するのは違うだろどう考えても。

 

「でも、わたし…っ」

 

 俯きながら震えている時点で経験ないだろうって感じだった。

 

「まだ、なんだろう?」

 

 下世話な言い方だが、こっちの意味を正しく受け取ってくれたらしい。耳まで赤くしてこくんと頷いた。

 

「スラムに暮らしてどれくらいだ?」

 

「い、1年、くらい、です……」

 

 妙だな。それくらいの間スラム暮らしでならもっと服とか色々酷いはずだ。

 

「誰かと居たか?」

 

「……ママと」

 

 そう言って彼女は俯いてしまった。

 

「一月くらいか?」

 

「……3週間、くらい、です……っ」

 

 ソファから立ってジャケットを手に取って肩に掛けてやりながらハンカチをそっと置いておく。

 

「大体飯が出来るまで20分だ」

 

「え……?」

 

「チョイと外で一服してくる」

 

 着替えながらそう告げて、マグナムもちゃんとホルスターに戻しながら部屋を出る。

 

 ……タバコ忘れた。締まらねぇね、どうも。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 わたしを助けてくれたのは黒のスーツに黒い帽子を被ったかわいいカウボーイだった。

 

 わたしより年下のはず、だと思う。

 

 男の人に囲まれて、乱暴されるんだって。とても恐かった。

 

 ママが死んでから初めて他人に助けてもらった。

 

 わたしよりも年下の男の子なのに、銃を使って大人を追い払ってくれて。こんなキレイなホテルに連れてきてくれて。

 

 なにも持ってないわたしには、もう身体で返すしかなくって。

 

 と、年下だけど意味は伝わってたから大丈夫な……はず。うん…。

 

 経験、あるのかな…?

 

「重かったなぁ……」

 

 変な想像をした頭を振るって別の事を考える。

 

 あんな重い銃を、映画のガンマンみたいに一瞬で早撃ちして、しかも片手で二挺も構えていた。わたしとそんなに変わらない細い腕で。

 

「カッコ、良かったなぁ……」

 

 思い出すと恐かった事なのに、夕陽の光を背に現れたのは白馬の王子さまよりとってもカッコいいカウボーイ。

 

 カウボーイも馬には乗るから、ガンマンの方が良いのかな?

 

 ママの事を思い出して泣いてしまって。気を使わせちゃった。

 

「……ママ」

 

 涙を拭ったハンカチも、肩に掛けて貰った服も、温かかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 飯を食べてガルベスの屋敷に戻れば、ガルベスの部下たちが慌ただしく右往左往していた。

 

 お宝盗まれて慌ててるって所かな?

 

「……空振りか?」

 

 寝泊まりする部屋に入ると、ソファで横になっているパッパの声がした。真新しい火薬の匂いが漂ってきた。

 

「いんや。ダブルリーチでもう一息ってとこかな?」

 

「…どういうこった」

 

「ルパンと会ったけど抜かなかったってだけだよ」

 

 部屋にある荷物からまた必要最低限の荷物を取り出す。

 

「……何処に行くんだ?」

 

「こんな場所じゃ熟睡出来ないから外で寝るの」

 

「違ぇねぇ」

 

 そう言ってパッパはソファから立つとなんでか肩を組んできた。パッパお髭イタい。

 

「おめぇもようやく女遊びを覚えやがったか!」

 

 影で見えないのに顔がニヤついてるのが声でわかる。

 

「なんでよ急に」

 

「んで? 明日の朝飯は赤飯か?」

 

「だからなんで?」

 

 て言うかおれはまだ体格的に充分未成年でパッパが居ても夜のお店には入れませんのよ? バー以外入る気ないけど。

 

「女連れるならもうチョイ周りを気にしな。お前だってここいらじゃ有名人なんだぜ」

 

「肝に銘じておきますよ…。ったく」

 

 シリアスパッパの腕を振りほどいて部屋を出る。つまり調べれば彼女を連れていた事がバレるっていう忠告だ。

 

「明日はショッピングしてくるから」

 

「おうおう。行ってこい行ってこい」

 

 ハードボイルドパッパがすっかりうざったいオヤジパッパだ。ああいうのはめんどくさい。

 

 明日は考えて宿決めよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ククク。からかい甲斐のねぇヤツ」 

 

 ただルパン探しで先を行かれたのはチョイとアレだな。たまに鋭い時があるからなあアイツは。

 

 ただアイツもガンマンの端くれだ。

 

 なのにルパンに抜かなかったと言った。

 

「何を考えてる」

 

 ただ、邪魔をする様な事はしてないだろう。その辺りの線引きはちゃんとしてるヤツだ。

 

「……大きくなりやがって」

 

 女を知る歳になったと思うと、なんでか急に自分が老けた気分だ。まだ20代だっつうの!

 

「ケッ」

 

 ひとり静かな夜も随分久しぶりだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 本当だったら今日は不二子を探そうと思っていたものの、予定変更である。

 

「あ、あの……」

 

「なんだ?」

 

「この車…」

 

「おれのだよ」

 

 荷物を後部座背に放り込んで乗り込む車はフィアット・500。色はカリ城定番のクリームイエローだ。チョイと感動できるね。音煩いけど。

 

 運転席は座席を高くしたりペダル周りを延長したり弄ったくらいであとはそのまんまだ。

 

「でも、運転免許は…?」

 

「裏社会で免許なんてのは1ドルの価値にもならねぇよ」

 

 車に乗ってエンジンをかける。

 

「免許が無いと警察に捕まっちゃうんじゃ」

 

「無免で捕まってたら今頃何回警察に捕まったかわかったもんじゃねぇよ」

 

 それこそ船舶から航空機、車にバイクまで色々乗り回しているのを摘発されてたらキリが無いよ。

 

「乗るなら早く乗りな」

 

「は、はい……」

 

 助手席に座るのを確認して、車を発進させる。

 

「きょ、今日は何処に行くんですか…?」

 

「そっちの下着と幾つか野暮用を片付ける」

 

「ぅっ……あ、ありがとう、ございます……」

 

 パンツは貸せても男物だし、ブラなんか持っちゃいないし選べないから本人に選んで貰うしかない。

 

 余計な目撃者を減らす為に街中に向かう。物の値は張る代わりにアングラからの目はほぼ無くなる。人を隠すなら人の中だ。

 

「あの……」

 

「なんだ?」

 

「……銃は、何時から」

 

「…………6年目だな」

 

 こっちの世界でもう5回もニューヨークでハッピーニューイヤーを聞いた。

 

 そう考えたら小学生が入学から卒業までの時間を過ごしたことになる。

 

 もしこれが夢だって今さら言われても意地でも目覚めてやらない。

 

 向こうの家族には悪いが、おれはこっちでガンマンとしてハードボイルドに生きてみたいんだ。

 

「贅沢しないなら半年かそこらで仕込んでやるよ」

 

「半年で…?」

 

「やる気とセンス次第だがな」

 

 実際リボルバーの撃ち方を教わったのはそれくらいの時間だった。あとはひたすら的当てだ。更に自分は早撃ちに時間を割いていた。それは今もだが。

 

 一挺の早撃ち0.3秒。本気なら0.2秒。必ずものにしてみせる。

 

「普通に生きたいのなら、そこまで這い上がるしかない」

 

 親無しなら孤児院に入るのも手だが、アタリを引かなかったらそこは人身売買と売春の温床だ。そう言う時代なのさ、まだ。

 

「……どうして、銃を…」

 

「生きる為だ」

 

 生きる為。シンプルで原点だ。

 

 だから次元大介という一流のガンマンに失望されないように、おれは銃を握って生きる。それがこの世界での生き方を教えてくれた男に対する礼儀だ。

 

「おれもスラムに住むようになった人間だった」

 

 普通の日本人で、仕事をして家に帰ればパソコンの前に陣取って動画を見たりゲーム三昧だった生活を送っていた。

 

 それがある日いきなりニューヨークのスラム街に放り込まれていたんだ。

 

 明日の食べ物どころか、生きていけるのかすらわからない地獄。

 

 そんな地獄から掬い上げて貰ったんだ。

 

 だからおれは、次元大介という男に感謝をして、ガンマンとして尊敬し、信奉し、信仰する。

 

「…あ、あの、な、名前は」

 

「……ノワール。そっちは?」

 

「……サオリ、です」

 

「サオリ、か。どっちか日本人か?」

 

「…パパのパパが、日本人だって、聞いてます」

 

「なるほどな」

 

 なら彼女のアジア系の特徴は父方の遺伝というわけか。

 

 地下駐車場に車を停めて、大通りに徒歩で上がる。この辺りはセレブも利用するから裏側の下衆な視線は入ってこれない。

 

 適当に目についたランジェリーショップに入る。

 

「好きなの選びな」

 

「え、あ、うっ、で、でも……」

 

 金銭感覚を把握する為に敢えてフリーにさせる。

 

 視線が一瞬深紫の下着に泳ぐ。

 

 色に拘りはないが、敢えて言うなら黒と紫だ。

 

 

 

 

to be continued… 



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子犬の仕事日

キリが良かったんで短めですけど投稿しました。みなさんルパンが大好きなのが感想から伝わってきますよ。

だからビクビクしてますが、好きに書かせてもらっています。


 

 下着の買い物が終わってまた車での移動になる。

 

 昨日寝泊まりしたエリアから市街地を挟んで向かい側のとある地区。この辺りはおれの庭みたいな場所だ。

 

 車を停めたのはとあるガンショップの前だ。

 

 サオリも連れて一緒に入店する。

 

「珍しいな。パッパはどうした?」

 

「汗水垂らしてお仕事中さ」

 

「倅は親の銭でデートか?」

 

「まぁな」

 

 ここはパッパと古い付き合いのあるショップで、おれのマグナムも此処で買って貰った物だ。部品も弾も仕入れるのはいつもこの店にしている。

 

「ブツは?」

 

「超特急だからな。今朝入荷したよ」

 

「サンクス。奥の工房借りるよ」

 

 ルパンにやられたマグナムの修理の為にパーツを発注していたその受け取りに来たのだ。

 

「しかしまたえらい娘を引っ掻けたな」

 

「スラム歴1ヶ月のぺーぺーだよ。絡まれてたのを助けただけさ」

 

「それで助けられたお前さんとデートか? 大したラブロマンスだ」

 

「冗談。夜のドラマでも売れねぇよ」

 

 会話しながら傷ついたフレームを新品に交換する。交換を終えた傷ついたフレームには1度口づけをして作業台に置く。

 

「もう一挺のマグナム見せてみな」

 

「ほいよ」

 

 腰からもう一挺のマグナムを抜いて店主に渡す。取り付けた新しいフレームを動かして尖りを無くす。

 

「シリンダーの掃除が甘いな。いざって時に動作不良でおっ()んでも死にきれねぇぜ?」

 

「マジか。肝に銘じておきますよ」

 

 自分ではちゃんとやりきったと思いながらもプロにはまだ程遠い様だ。

 

「ついでにいつものと、S&W M10一挺と弾も10箱くれ」

 

「懐かしいな。女に持たせるのか?」

 

 S&W M10は初めて買って貰った銃だ。これでリボルバーの撃ち方の基礎を教わった。

 

「街向こうで連れ回してるのを見られてるみたいでね。護身用だよ」

 

「女に銃を貢いでも花は咲かねぇぜ?」

 

「花が咲くかどうかは本人次第さ」

 

 精算を終えて、店に並ぶ銃を興味津々に見て回っていた彼女の肩を叩く。

 

「待たせたな。行くぞ」

 

「あ、はい」

 

 そこから今夜の宿を決めるために車を走らせたものの、大通りに出てから面白くない気配が漂ってきた。

 

「あの……、どうかしたんですか…?」

 

 暫く一言も喋らなかったからだろう。彼女から訊ねられた。

 

「サイドミラーで後ろ見てみろ。顔は向けるな。目だけで見ろ」

 

 そう言いながら信号を曲がる。何回かそれを繰り返す。

 

「付いてくる……」

 

 乗用車が3台、こっちの後をピタリと付けて来る。バレバレの尾行だから程度は知れてそうだ。

 

 庭の代わりにおれの顔も車も割れてるというわけだ。サオリを連れているから勝てるとか思ったバカどもかな? いずれにしろ付けられてるとおちおち寝床も決められない。

 

「なんで付いてくるんですか?」

 

「暇なんだろ?」

 

 とはいえ正面切っての撃ち合いだと自分一人なら余裕なものの、守ってやらないとならない存在が同席しているとなるとその余裕もない。何より利き腕のケガだ。

 

「しっかり掴まってろ。荒っぽく行くぜ」

 

 ギアを上げてアクセルを踏み込む。タイヤが空回りして煙が上がる。

 

 右の道に飛び込むように曲がる。そのまま勢いを乗せてスピンターンで180度回転する。

 

「きゃあああっ」

 

「平成一桁を舐めるなよ?」

 

 ターンの勢いのままフルスピードで発進。慌てて曲がって来た追跡車と擦れ違う。

 

 左に曲がって来た道を戻る。

 

「どうするんですか!?」

 

「適当に撒いてやるさ」

 

 後ろからUターンしてきた3台の乗用車が追って来る。

 

 その内の先頭の一台が隣に並走して来る。

 

「ぶ、ぶつかる!」

 

 車を寄せてくるが、ブレーキを掛けて車一台分後ろに下がる。

 

 そして右側から前の追跡者を追い抜きに掛かりながら窓を開けて、左手にマグナムを握る。

 

 斜め後ろからタイヤを片側2つとも撃ち抜いてやる。バランスを崩して横転する車をアクセルを踏み込んで追い抜く。

 

 一台は巻き添えに出来たものの、もう一台は横転した車を避けられたらしいが。

 

「チェックメイトだ」

 

 思いっきりハンドルを切り、またスピンターンで180度振り向きながらバックギアに、そのままバックしながら追って来る車の前タイヤを撃ち抜いてやる。両方の前タイヤを撃ち抜かれた車は前につんのめってひっくり返った。

 

 そんな車たちを横目に、おれのフィアットはクールに去るぜ。

 

「い、いつも、こんなことを…?」

 

「いいや」

 

 さて、ゆっくり宿でも探すか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 新しいホテルにサオリを置いて、おれはガルベスの屋敷に戻った。するとボス直々にお呼びが掛かった。

 

「おれに何か用ですか?」

 

 パッパはどんな相手でも言葉を変えないが、元ホワイトカラーの所為か。おれは一応雇い主のボスに敬語を使う。

 

「おめぇにひとつ仕事を頼みたくてな。ノワール」

 

「仕事?」

 

 マフィアのボスが態々自分に仕事を持ってくる。おれなんかより自分のお抱えの部下を使う方が安上がりで済むだろう。

 

「もちろんタダじゃねぇ。報酬は弾むぜ?」

 

「殺しはやりませんけど?」

 

 人を撃つことはあっても、おれはまだ人を殺した事はない。撃っても大抵が相手の武器とかだからだ。

 

「殺しじゃねぇ。ただ掃除を頼みてぇのさ」

 

「内容は…?」

 

 引き受けた仕事はマフィアの壊滅だ。マフィアといっても中の下。ガルベス一家からすれば相手にならない規模の弱小勢力だ。

 

 だが、そのマフィアは東方面に強い密輸ルートを幾つか持っている。

 

 普通に考えればガルベスが自分の勢力を広げる為の仕事と受け取れるが、何か引っ掛かる。魚の骨が喉に引っ掛かった様な嫌な気分だ。

 

 それでも生きるのに金は必要だし、断って自分やパッパの印象を悪くされても面白くない。だから引き受けた。

 

 1度ホテルに戻ればサオリはまだ起きていた。

 

「お、お帰りなさい」

 

「仕事が入った。帰りは明日の夜になる。ルームサービスは好きに使え。ただ、勝手に出歩くなよ?」

 

「は、はいっ」

 

 大丈夫だと思うが釘を指して置く。出歩いてまた絡まれても助けに行けないからだ。

 

 準備を終えて部屋を出る。

 

 ファーストコンタクトはルパンの口説き話っていう内容だったが、それでも真実かもしれないというニクい演出で締め括られている。

 

 だからルパンの知らないこともあるかもしれない。口説く女に弱小マフィアが潰れたなんてどうでも良い話だ。

 

 そもそもおれというイレギュラーも居るのだから今更だ。

 

 小さな港湾を拠点に置くマフィアはチャイニーズ系列である所為かアジア系の顔がぞろぞろだ。

 

 弱小らしく出てくる火器もハンドガンばかりだ。腕も梃子摺る様な奴は居ない。右手が使えなくてもどうにかなる。

 

 去年の麻薬の密売組織を潰した時も、チャイニーズ系列だったなぁ。

 

「歯応えがねぇな。欠伸が出そうだ……」

 

 それでも人数は無駄に居るから気は抜けないが、制圧するのにはそう難しくもなかった。

 

「人を殺れねぇって噂は本当だったらしいな」

 

 片っ端から武器を撃ち落として、あとは脚や腕やらを撃って無力化する。357マグナムだからそれでもかなりの深傷だ。

 

 後始末に来たシェイドにそんな事を言われた。

 

「あいにくおれは殺し屋じゃないんでね」

 

 帽子の座りを直しながら帰るために歩き出す。

 

「待て。何処に行く」

 

「おれの仕事は終わりだ。あとはアンタらの仕事だろ? 掃除屋さんよ」

 

「テメェ……っ」

 

 背中に殺気をひしひしと感じる。

 

「大人を舐めるのも大概にしとけよガキ」

 

「ガキだなんだと貶さなけりゃイキれねぇか?」

 

「そうかい。どうやら死にてぇらしいな…! っ!?」

 

 シェイドが銃を抜き切る前に片足の踵を軸に振り向いてマグナムを向ける。こういうときは小柄で小回りが利く身体は良い。

 

「おれに抜きで勝てねぇようじゃ、次元に勝つのは夢のまた夢だぜ? シェイドさんよ」

 

 マグナムを腰にしまい。今度こそ帰るために立ち去る。これで少しはナメられずに済むかねぇ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……クソッ」

 

 シェイドの胸中は荒れ狂っていた。

 

 ガルベスの用心棒としてそれなりに働いていた自分を、新参のクセにコケにするふたりのガンマンが気に入らなかった。

 

 スカした態度の次元も。その生意気なガキのノワールもだ。

 

 だが、そのノワールに今抜きで負けた。

 

 子供に自分が負けた。

 

 リボルバーを扱う自分も、ガルベスの用心棒兼掃除屋として、この銃でやって来た。

 

 それを手に似合わない銃を引っ提げた生意気なガキに遅れを取った。しかも背中を見せていたガキにだ。

 

 プライドを傷つけられたシェイドは去り行く小さな黒い背中を、今は見送った。抑えのつかない殺意を込めて。 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ガルベスの屋敷に戻ったおれはガルベスから報酬を貰いに赴いた。

 

「……なんの真似だ」

 

 用意されていたのは札束で10万ドルだった。

 

 何も知らないで用意された金額とは思わない。たとえ未熟でも仕事はしてきた。それを差し引いても報酬としては少なすぎる額だ。

 

「こいつはお前の買い取り代だ」

 

 10万ドルを稼ぐ話は誰にもしていないのだが。実は暗黒街でもこの噂は広まっている。

 

 何故ならおれの治療費が10万ドルだったからだ。

 

 そして暗黒街の一匹狼だった次元が態々金を出してまで治療したガキとして自分は狙われ始めたのだ。

 

「ノワール。おめぇは頭も良くてお利口だ。このまま次元に付いても将来は明るくねぇぜ?」

 

「確かに。定職に就かない父親程不安なものはないな」

 

「ワシならおめぇに楽な仕事と生活を用意してやれる。どうだ?」

 

「マフィアのボス直々の引っこ抜きとは、嬉しすぎて涙が出るね」

 

 踵を返しておれは部屋を出るドアに歩き出す。

 

「だがな。そういう言葉は女に掛ける言葉だ。生憎おれは男だ。そしてこのおれに首輪を掛けられるのはこの世でたったひとりのガンマンだけなんだよ。悪いが他を当たってくれ」

 

「フッ、フッはははははは!! 随分肝の据わったガキだ。おい!」

 

 ガルベスが声を掛けると、部下がアタッシュケースを持って現れた。

 

「そいつが今回の仕事の報酬だ。持って行きな」

 

「そいつはどうも」

 

 アタッシュケースを受け取る。片手で持つにはかなり重い。

 

 部屋を出て、おれは屋敷の寝床で寝ることにした。尾行を避けるためだ。

 

 タバコを咥えて火を点ける。明日は銀行に行くかな。

 

「……首輪、か」

 

 周りが子犬とか言いまくるからだ。

 

 それでも、次元以外の指図を受ける気がないのは確かなことだった。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬の賭け

また短めで申し訳ない。

ルパンファミリーの中で誰が一番絡ませ難いかと考えたら、やっぱり不二子ちゃんかもしれない。

ファーストコンタクトで縁を用意するのが難しい。他のみんなはなんとかなりそうだけど不二子ちゃんだけが良い案が思い付かない。


 

「何か他に買うものはあるか?」

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

 年下に見えるガンマンの男の子。でもその雰囲気がわたしに丁寧語を話させる。助けて貰ったからと言うのもあるかもしれない。

 

 車の後部座席にはいくつもの袋に日用品が入っている。

 

「た、タバコって、美味しいんですか……?」

 

「いや。辛いだけさ」

 

「辛い…?」

 

 映画とかドラマじゃ美味いってセリフを良く聞くから、つい訊いてみた。

 

 彼は余り自分から喋る子じゃない。それでも話し掛ければ応えてはくれる。

 

「知らなくて良い味さ。まだな…」

 

 子供なのに彼はお酒もタバコもお構い無しだ。お酒は飲ませて貰ったことはあるけど、美味しいとは思わなかった。「お子さまだな」って彼は笑ったけど。

 

 寝ている寝顔はとってもかわいいのに、起きているときは少し恐い様な感じのする子。でも優しいのはわかる。でなかったらわたしは今ここに居ない。

 

「あそこのカフェで少し待っててくれ。飯も適当に食べろ」

 

「あ、はい…」

 

 車を道の端に停めて、歩いていく彼は路地裏に入って行った。その小さな黒い背中は、いつも見た目よりも何倍も大きく見える。小さいのにとても頼りになる背中なんだと思う。

 

 ある日、パパが死んだってママに聞いて、まるで隠れる様にわたしはママとひっそりと暮らしていた。わたしは殆ど家から出る事をしなかった。外は危ないからって、ママが言ってたから。

 

 ある日、ママがお昼になっても起きてこなくて、様子を見に行ったらママは冷たくなっていた。

 

 そのあとは家にあったお金を少しずつ使って暮らしていた。

 

 それも出来なくなってスラム街でゴミを漁って生きる事を始めた。ゴミの傷みかけの食べ物を口にした時は涙が止まらなかった。

 

 そんな生活が一月を過ぎようとした時に、彼に出逢って、今に至る。

 

 彼が居ないと外を出歩けない。人によったら不便に思うかもしれない。でも、彼に救われたわたしには贅沢を言う権利はない。

 

「こんにちは、お嬢さん。相席良いかな?」

 

「っ、…は、はい……っ」

 

 注文したアイスティーとサンドイッチ、彼の貸してくれた本を読みながら迎えに来るのを待っていると、向かい側に男の人が座った。混み合っているから仕方ないよね。

 

 カッコいいガンマンの彼から借りたのはホラー小説だった。コズミック・ホラー小説というもので、クトゥルフの呼び声というタイトルだった。

 

 ホラーというより内容が謎過ぎてわたしには何が怖いのかわからなかった。

 

 相席の男の人にじっと見られている気がする。

 

「あ、あのぉ……。何か?」

 

 そこで顔を上げると、赤いジャケットを着た男の人と目が合った。

 

「いやいや別に。かわいいなぁって思っただけさ」

 

「は、はぁ……」

 

 可愛いとか、綺麗だとか。最近初対面の男の人にそんなことを言われている気がする。

 

 スラム街で絡まれた時にも言われたけれど、彼や目の前の人とは違う厭な感じの言葉に聞こえて恐かったし気持ちが悪かった。

 

 でも彼の言葉は恐くなかったし、目の前の人の言葉は気持ち悪くなかった。

 

「君今ひとり? マッマやパッパは?」

 

「……両親はもう…。今は連れの人を待っているんです」

 

「……わりぃな。デリカシーのない質問だった」

 

「い、いえ……」

 

 パパが死んだっていうことはママに聞いた事だから現実味はない。でもママが死んだのはその時に居られなかったとしてもわたしの前で眠っていた。だからわたしは親無しになったという事実だけは理解できた。まだ受け入れるのは大変だけど、両親を亡くして独り身になってしまった他の子供よりわたしは恵まれた環境に居ると思う。

 

 だからわたしは寂しいとは思わない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「やあノワール。デートは良いのかい?」

 

「茶化すな。ベニー」

 

 路地裏の安アパートの一室を、おれは訪ねていた。安アパートには似合わない最新のパソコン機器が目白押しだが。

 

 ベニーは昨今増え始めているパソコンを使った情報屋をしている。ハッキングで電子化された情報を引っ張り出して売っているのだ。大手の企業とかだとパソコンでデータ管理をしているところも増えてきたから、ベニーみたいなハッカーが続々と増え始めている。

 

「探して貰いたい奴が居る」

 

「オーライ。誰をお探しで?」

 

「峰 不二子。この街に居るはずだ。ピンクのハーレーを転がしてる」

 

「峰 不二子ね。最近女を作ったと思ったらもう別の女探しかい?」

 

「詮索は身を滅ぼすぜベニー。アイツはただ気紛れで助けてやっただけだ」

 

「にしては手元に置いて大事にしてるみたいだけど? 暗黒街じゃ、子犬が子猫を侍らしたって噂で持ちきりだよ」

 

「はん! 酒の肴にもならない噂だな」

 

 無駄に若者の女絡みの噂話が大好きなおじさん程手に負えないものはない。不用心だったおれの不始末だと言われたらなんとも言えないが。

 

「それともうひとつ。最近君を嗅ぎ回ってる連中が居る。用心しといた方がいい」

 

「やけにサービスが良いなベニー。料金に上乗せは利かねぇぜ?」

 

「少ない友人としての忠告さ。それと、お探しの人を見つけたよ」

 

 そう言いながらプリントアウトされた紙を受け取る。

 

「まさか灯台もと暗しとはな」

 

「ロープライスの君とは違って、彼女はお金持ちみたいだね」

 

「金って奴は程よく稼いで程よく使うのが一番なのさ」

 

 しかしまさか今サオリを寝泊まりさせているホテルのスウィートに不二子ちゃんまで泊まっているとは思いもしなかった。こりゃ泊まる場所を変えた方が良いな。

 

 情報料に色を付けて支払い、おれはサオリを待たせているカフェに向かった。

 

「……なんでアンタがここに居る」

 

「まぁ、そう睨みなさんなって」

 

「あ、あの、おかえりなさい…」

 

 サオリの対面に座るルパンに警戒心を向けながら言い放つ。

 

 流石にまだ14歳。胸は大きいがまだ子供のサオリに手を出すとは思いたくはない。……クラリスの件があるから不安になってきた。

 

「不用心だぜ? 女の子をひとりで待たせちゃ」

 

「白昼堂々一般人巻き込んでドンパチするバカは居ないだろう。しかもこの辺りはガルベスの庭だ」

 

「詰めが甘ぇよ。カウンター席の客。隣の女の影に隠れて、ずーっと此方を見てたぜ」

 

「ケッ。面白くねぇ」

 

 サオリの隣にドカリと座り、店員にアイスティーを注文する。

 

「で。なんでここに居る」

 

「なぁに。噂の子猫ちゃんの顔を拝んでみたくってな」

 

「もう少しマシなウソを吐くんだな。峰 不二子の情報を探しに来たんだろ?」

 

 この辺りは情報屋が多い。いくらルパンでも全部自分で探し出した訳じゃない。と、思いたい。

 

「峰 不二子? だーれかなそりゃ。お前さんの新しいガールフレンドかい?」

 

「ダチを殺した相手を探して。恋人のその女を探している。違うか?」

 

「……何を知ってる」

 

 ルパンから僅かに敵意が漏れてきた。気安かった声もシリアスに変わった。

 

 物語として知っているからというかなりズルいアドバンテージだが、あいにく物語の世界であってもここは現実だ。確証のある情報しか吐かない事にしている。記憶も少し怪しいからだ。だから――。

 

「おれが知ってるのは不二子の居場所だ」

 

 そう言ってベニーから手に入れたプリントを折り畳んだ紙をルパンに投げて寄越す。

 

「それともうひとつ。例の鍵がガルベスの所に渡りそうだ。その前に在処を突き止められなかったら、中身を見せてもらうぜ?」

 

 おれがマフィアを壊滅させて手に入れた密輸ルート。それを譲る代わりに斬鉄剣を取引する。骨董収集にも金が掛かるからな。

 

 気になって調べてみたらビンゴだったわけだ。

 

「可愛いげのねぇガキだぜ」

 

「挑戦状と受け取って欲しいね」

 

 賭けの条件を変える為に不二子ちゃんの情報は充分代金になるだろう。あとはルパンが斬鉄剣の在処を突き止められるかどうかだ。

 

「フッ。あんまり大人をからかうと、あとでこえー思いをするぜ?」

 

「上等。ナメられるよりマシだ」

 

 立ち上がるルパンにコインを、親指で弾いて投げ渡す。

 

「ガード代だ。コーヒーは奢らせて貰う」

 

「パッパよりは可愛いげのあるワンちゃんだな」

 

 ひらひらと後ろ手を振りながら店を出ていくルパンを見送る。

 

 運ばれてきたアイスティーの次にハンバーガーを頼んで待つ。

 

「あ、あの…」

 

「大人の話だ。余計な首は突っ込まないのが長生きのコツだぜ?」

 

「……狙われているんですか?」

 

「人質を取らねぇとガキとも撃ち合えねぇ腰抜けどもさ」

 

 タバコを吸う為に、先程までルパンが居た場所に座り直す。

 

「どうして、ここまでしてくれるんですか?」

 

「手前ぇの都合だ。気にするな」

 

 実際、ガルベスとやり合う時に邪魔にならないように、今は彼女を守ってるだけだ。助けた手前、ガルベスがお縄になるまでは面倒を見る。そのあとの事はパッパとルパンの身の振りがわからないとなんとも言えない。

 

「飯食ったら今日は帰るぞ」

 

「は、はい」

 

 次の宿も探さないとならないし。色々と忙しくててんてこ舞いだ。

 

 帰り道で尾行されたが、それを撒いてホテルに戻る。

 

 フロントでルパンと擦れ違った。隣には女が居た。

 

 生の不二子ちゃんは、……美人だったとだけ言わせてもらおう。

 

 てかあれが下手するとまだ10代くらいだと噂のある女の色香かと思うと末恐ろしいものを感じた。見掛けというより雰囲気が、存在感が色っぽかった。あれじゃあ世の中の男は騙されても仕方がない。

 

 あんなセクシャルアダルティーな10代女子が居てたまるかと言いたいが。それを言ったら自分はミドルティーンのガンマンだ。

 

 正確な歳なんてわからないから気分で言ってるだけだけどね。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ブラッドの死。アイツが誰に殺られたのか、アイツが盗んだだろうクラム・オブ・ヘルメスの手懸かりを探して、アイツの女を探すことにした。

 

 そうしたらあの子犬が居やがった。しかもガールフレンドが出来たって噂はマジだったらしい。フィアットなんてかわいい車に乗っちゃって。かわいいのは見掛けだけじゃなくて趣味もらしい。

 

 アイツが路地裏に向かうから時間をズラそうと、ガールフレンドに声を掛けることにした。

 

 しっかし、かわいい顔してアイツも男だね。おっきいのが好みか。

 

 ブラッドの女の居場所を先に突き止められたり、鍵の動きも把握している手際は認めてやるが面白くねぇ。まるでこっちの考えを見透かされてる様で嫌な気分だった。

 

 あのガキの考えが見えて来ねぇ。それがどうにも引っ掛かって仕方がなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 あまり来たくはなかったが。次の宿は中華街に程近いホテルだった。不二子の泊まるホテルからは離れた場所にあるからガルベスの目には留まり難いだろう。

 

 タバコが切れたから買いに出た先でとんでもない物を見てしまった。

 

 茶色のトレンチコートに帽子。縄の付いた輪っぱで人を一本釣りする日本人。

 

 生のとっつぁんだった。

 

 マジでか。いやいやいや。まだ自分ととっつぁんには縁がないから大丈夫かと思ったら、とっつぁんが捕まえた男の腕からすっぽ抜けたヤクの包みが腕の中に降ってきたのだ。なんだこの奇跡的なホールインワン。まったく嬉しくねぇ。

 

「日本警察の銭形だ。その小包を渡して貰おうか?」

 

「言っておきますが、おれは無関係だ。欲しければどうぞ持っていってくれ。ヤクの不法所持でしょっぴかれたくないんでね」

 

 ヤクの包みを渡しながら無関係なのを示す。いや今回マジで無関係だから。

 

「日本語? 坊や日本人か……?」

 

 誤解を招かないように伝わりやすい日本語で話す。英語を覚えてから日本語を話すのは久し振りだ。

 

「さて。それより署に電話した方が良いんじゃないですか? あと、タクシーのおっちゃんも待ってますよ」

 

「おっとしまった。元気でな坊や」

 

 敬礼して去っていくとっつぁんに敬礼を返して帰路に着く。

 

 っぶねぇ…。サオリが留守番してる時で助かったぜ。とっつぁんにサオリを重要参考人として連れていかれても困るからな。

 

 次元、ルパン、不二子、とっつぁん。

 

 あとは五エ門が来ればルパンファミリーをコンプリートだ。

 

「……嵐の前の静けさ、か」

 

 口に咥えて火を点けたタバコからゆっくりと立ち昇る紫煙を見上げる。

 

 風のない空へと昇る煙は真っ直ぐ伸びて消えて行くのだった。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と子猫

なんかルパンぽい事をしていないから皆さんから怒られないかと思いながら、早くルパンぽい事をしたい一心で筆を進めてます。


 

 とっつぁんとの邂逅を果たしたその夜。

 

 不二子が捕まってガルベスのもとにやって来た。

 

 ガルベスの部屋でソファに横になっているパッパの向かいの席に座って、マグナムを磨いたりして暇を潰していた。パッパのオマケとはいえ、一応自分もガルベスに雇われている身だからだ。

 

 ガルベスに自分を売り込んで、ルパンに取り入って斬鉄剣を盗ませ、それを横取りする。

 

 見た目は美人でもトゲがありすぎて触るのもおっかない。

 

「こんばんは。坊や」

 

「…シェイドは気が短いぞ。早く行かねぇと茹で蛸みたいに真っ赤になるぜ?」

 

 数人の部下を連れて不二子の作戦を実行する為に先に部屋を出たシェイド。周りの警戒する部下たちを気にも留めず不二子が話し掛けてきた。

 

「大丈夫よ、少しくらい」

 

「…逞しい女だな」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 ウィンクしながら部下と共に部屋を出ていく不二子。

 

 態々声を掛けて自分が不二子と何らかの接触があったことをバラしやがった。

 

「なにかあったのか?」

 

「泊まってたホテルで擦れ違っただけさ」

 

 パッパのフォローに素直に答える。

 

 不二子のお陰で組織内で動き難くなった。

 

 ただでさえシェイドに目をつけられているのに、偶々擦れ違っただけと言うだけでは身の潔白を証明できないのがこの世界だ。例えそれが真実であってもだ。

 

 しかし不二子が捕まったとなると、近々ルパンも斬鉄剣の在処に辿り着くだろう。

 

 ルパンに斬鉄剣を盗ませ、それを横取りすることで懐を痛めずに斬鉄剣を手にする。ガルベスも良く考えてるよ。でなきゃマフィアのボスなんてやってられないんだろうが。

 

 不二子がルパンに取り入って、ルパンが予告状を出すまで暇になるだろう。第一幕が閉幕し、第二幕が始まる。

 

 雨の中車を走らせて、ホテルに戻った。

 

 流石に夜中過ぎてサオリは寝ていると思ったが。

 

「…あ、…おかえりな、さい」

 

「遅くなるときは先に寝てろと言ったろ?」

 

「で、でも……っ」

 

 咎められたと思ったのか、肩を縮こまらせる。

 

 彼女を見ているとまるで昔の自分を見ているようだ。

 

 何故自分が拾われたのか。何故何も出来ない自分を面倒見てくれるのか。不安で仕方がないんだろう。

 

 ジャケットと帽子を脱いで、マグナムもテーブルの上に置く。

 

 タバコを点け、作ったハイボールで今日1日の疲れを癒す。

 

 程よく酔いが回る事で漸く身体の緊張感が解けて気持ち良く眠ることが出来る。絶えず緊張している自分を寝つけさせるのは子守唄でも人肌でもない。アルコールと、いくら洗っても身体に染み着いている火薬の匂いだ。

 

「どうした? 寝ないのか?」

 

「……わたし」

 

 何かを言い難そうにするが、特に此方から訊く様な事はしない。

 

 買ってきたS&W M10を引っ張りだし、手の中で遊ぶ。2インチモデルだから子供のオモチャに見える。

 

 最初に握った銃の感触を手は覚えていた。

 

 買ってきた弾の一箱を開ける。

 

 信頼の置ける店だが、買ってきた弾は使う前に点検をする。店での保存状態。或いは製造段階での不備があるかもしれないからだ。

 

 357マグナム弾なら店の店主が予め見ておいてくれる。常連特典っていうやつだ。

 

 ただ今回は急だったため、チェックは自分でやるしかない。

 

 テーブルの上にチェックした弾丸を立てて並べていく。豚のあのシーンを前世の子供の頃に見た所為で、ボルトや釘を数えるときも無意味に立てて数えていた。

 

 そして今も無意味に立てて並べていく。口の中が寂しくなればハイボールを飲んだり、タバコを吸ったり、合間を挟みながら弾丸をチェックしていく。

 

「……なにを、してるんです?」

 

 半分寝ている様な蕩けた声でそんなことを訊かれた。

 

「ハズレ弾がないか見てる」

 

 ガンマンの世界は一発の弾が生死を分ける。パッパに教わったことだ。だからハズレ弾がないかをチェックする作業は結果的に自分の命を守ることになる。

 

「明日は早いぞ。もう寝ろ」

 

「…はい。……で、も」

 

 半分目を閉じながら、それでも彼女はじっと見つめてくる。

 

「明日、銃の扱いを教える。寝惚けた頭に叩き込める様にちゃんと寝とけ」

 

「わ、たし……」

 

 ベットから立ち上がって、狭いソファーに腰掛けてくる。いくら体格が子供だからとはいえ、ふたりで座ると狭い上に互いの肩がぶつかる。

 

「なにがしたいんだ?」

 

「コワい、です……」 

 

 くっと、服越しに腕を掴まれた。肩に寄り掛かられて、掴まれた腕を胸に抱かれる。

 

「おれは白馬の王子さまじゃない。金で人を撃つアウトローだ」

 

 手元で遊んでいたM10のシリンダーを戻して、テーブルに置く。

 

 そうだ。金で人を撃つ無法者(アウトロー)だ。だが銃をやたら滅多ら撃つような狂人(ジャンキー)でもない。

 

 ただおれは、そこに居たいから銃を手にする事を選んだ。生きていくために。そして、この目で、世界一の大泥棒一家が見ている光景を見るために。

 

「自分の道は、自分で選ぶしかない。なにをしたいのか、どうしたいのか。どう生きて、どう死ぬのか」

 

 風呂に入ろうかと立ち上がると、背中に寄り掛かられた。

 

「自分で決められないようじゃ、それまでだ」

 

 背中の重みから離れ、帽子を被り、ジャケットを羽織ってマグナムを腰に戻す。

 

「待って…っ」

 

「少し風に当たってくる」

 

 外は雨だ。酒が回って火照った頭も冷やしてくれるだろう。

 

 おれだってバカじゃない。あれが彼女なりの誘い方だったんだろう。だが、流石に14歳の女の子に手を出したら犯罪だろう。アウトローにだって自分の法律(ルール)はある。

 

 親も死んでひとりぼっち。庇護者に捨てられないように自分の価値観をどうにか示したいというのもわかるつもりだが、ズルズルと泥沼に嵌まるつもりはない。

 

「…置いて、行かないでっ」

 

「それを決めるのはおれじゃねぇ」

 

「待って!!」

 

 部屋から出ていこうとするおれを、腰に腕を回してまで引き留めようとする。

 

「お、願い……、待っ、て……っ」

 

「……酒が切れたから、買ってくるだけだ」

 

「…いや、です……」

 

「……良い娘だから離せ」

 

「っ…!? ご、ごめん、なさい…っっ」

 

 今にも泣き出しそうな声が背中から沸いてくる。

 

 後ろ腰からマグナムを抜いて、俯いている彼女に渡す。

 

 これなら信用出来るだろう。

 

 そのまま何も言わずにおれは部屋を出ていく。

 

 この時間なら顔馴染みのバーで譲ってくれるだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼が赤いジャケットを着た男の人と話した日から、わたしは不安で胸がいっぱいだった。

 

 赤いジャケットを着た男の人と話している間、隣に座っていたから見えた彼は楽しそうな顔をしていた。

 

 わたしの知らない顔。

 

 その顔を見た時から、とても不安になった。まるで彼が何処か遠くへ行ってしまいそうで。

 

 彼が銃の使い方を教えてくれる。そう言った時、抑えていた不安が一気に湧き出てきた。

 

「わたしじゃ、ダメなのかな……」

 

 彼から受け取った銃は、冷たいのに暖かい気がした。

 

「自分が、なにをしたいのか……」

 

 わたしがしたいこと。

 

 銃は、まだ撃てないけど、一生懸命覚えれば……。

 

「一緒に……」

 

 彼の銃を胸に抱きながら、背中からベットに横になる。

 

 銃を胸に抱いて危ないはずなのに、とても安心する自分が居た。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 寝不足の上にアルコールが程よく残って痛む頭に顰めっ面を浮かべながら、買い物をしてた。

 

「よう。子犬ちゃん」

 

「……なんの用だ」

 

 そうしたらルパンと出会った。隣には不二子も居る。

 

「いんや。偶然見つけたんでチョイとご挨拶ってな」

 

「気軽に挨拶する間柄になった覚えはねぇよ。さっさと失せなきゃ愛車がフロリダ辺りまで吹き飛ぶぜ?」

 

 マグナムに手を掛けながら言い放つ。ガルベスの尾行を受けてるのに話し掛けてくるなと思う。

 

「ハァイ、坊や。デートの邪魔しちゃったかしら?」

 

「ありゃりゃ? お知り合いなの?」

 

「ガルベスの屋敷でちょっとね」

 

「そっちこそ、ガルベスを狙った泥棒とデートなんぞ良くやるよ」

 

 ルパンには確か盗聴器が仕掛けられているはずだ。だから今は余計な会話をしたくはない。しかもサオリを連れているという最悪なタイミングだ。

 

「あら、坊やには言われたくはないわ。子猫ちゃん、その坊やがどういう相手か知っていて付いているのかしら?」

 

「わたしは……」

 

 不二子から話し掛けられるサオリだが、答えられるわけがない。なにしろおれが何者かなんて彼女には話してないからだ。

 

「行くぞ」

 

「は、はい…っ」

 

 そう言って踵を返す。今はルパンと不二子と話す必要性がないからだ。

 

「おれの負け、か」

 

 不二子がサオリに話し掛けた一瞬で手品のようにジャケットの内ポケットに入れられたルパンの文字と顔が入った犯行予告のカード。

 

 まぁ、最初から賭けに勝てるとは思っていなかった。中身の巻物は見れれば良いかな程度だった。

 

 車を停めたパーキングの近道へ裏路地に入って、立ち止まる。

 

「あ、あの……」

 

「良い加減出てきたらどうだ?」

 

「え……?」

 

「トボけても無駄だ。それとも、額にタバコを吸う穴を拵えて欲しいか?」

 

 サオリの腕を引いて背中に庇いながら振り向く。

 

「いつから気づいていた」

 

 そう言って現れたのは白くて高そうなスーツを着こなした白人だった。金髪で碧眼。アメリカ人か欧州人か。

 

 他にもマシンガンを手に構えた男たちが数人現れ、その男をガードする。そっちはアジア系。中華系の顔だ。

 

「おれを嗅ぎ回っていたのはお前たちか」

 

「そうだ。とはいえ、俺たちはお前とやり合うつもりはない。その背のお嬢さんを引き渡してくれるなら、此方は手を引こう」

 

「悪いな。名も知らない相手とビジネスする気はないんだ」

 

 とはいえ、こういう場合は引き渡しても撃たれるのが相場が決まっている。

 

「それは失礼。俺はザルツ。以後お見知り置きを」

 

「ならザルツさんよ。この娘はただのスラム出身の娘っ子だ。誰かと間違えちゃないか?」

 

「いや。その娘こそ、俺が探している娘だ。死んだボス、アデルの一人娘。サオリ」

 

「パパの名前……」

 

「そうだサオリ。そして俺たちのボス、お前のパパを殺したのはそこに居るガキのガンマンだ」

 

「え…!?」

 

「忘れたとは言わせねぇぜ子犬ちゃん。一年前の事をな」

 

「麻薬密売組織の残党か。ご苦労なこった」

 

 相手は4人。サオリを庇いながらでもどうにかなるか。

 

「いくら早撃ちの二挺拳銃でも、こっちはマシンガンだ。穴あきチーズにはなりたくないだろう?」

 

「成る程。確かに穴あきチーズは困るな」

 

「それじゃあ、契約成立だな」

 

「おうおう連れてけ。こっちも偶然助けたまでだ」

 

 話が纏まった。そう思えば彼女が腕に抱き着いてくる。

 

 首を振って、イヤイヤと意思表示してくる。

 

「一応、この娘の面倒を見た代金代わりに訊いても良いか?」

 

「なにをだ?」

 

「箱入り娘のこの娘を引き取ってどうする? こんな娘っ子1ドルの価値にもならないだろう」

 

「もちろん。組織での俺の影響力を磐石にする為だ」

 

「そうかい」

 

 チラリと視線を移せば、彼女は泣きそうだった。

 

「ただなぁ。ひとつ解せない。確かにおれはアンタらのボスを撃ったかもしれない。だが、おれは銃を握ってから今日まで人を殺した覚えはない。あの夜も、掃除屋が掃除し易い様に足くらいしか撃っちゃいないんだ。ダメだぜ? 良い大人が嘘を言っちゃ」

 

「……例えそうでも、ボスを撃った事に変わりはない。違うか、カウボーイ?」

 

「ま、違いはないな。だがなザルツ。嘘つきとは交渉しないのがこの世界の常識だろ?」

 

 マグナムを抜いてザルツのガードマンを撃ち、背後に潜んでいた奴らも撃つ。聞こえの良い耳で助かった。背後からセーフティを解除する音が聞こえていたのだ。

 

「走れ!」

 

 腕を引きながらサオリと走って表に出る。真っ昼間で表で銃撃は出来ないだろう。警察はすっ飛んで来るし、ここはガルベスの庭だ。あまり事を荒立てたくないはずだ。

 

 信号待ちの人集りに紛れ込み、停まっているフィアットに飛び込めば、車は何事もなく走り出した。

 

「助かったよ、パッパ」

 

「パッパ言うな。ひとつ貸しだ」

 

「オーライ」

 

 どうせルパンが動くまで暇だろうパッパに手伝って貰ったのだ。

 

 直ぐに乗り込める様に倒していた助手席を起こして、腰を落ち着ける。

 

「次の信号で交代だ。お前の車は狭くていけねぇ」

 

「ラージャ」

 

 返事をしながらマグナムの弾を補充する。

 

 赤信号で止まったので、パッパと運転を代わる。

 

「相手はわかったのか?」

 

「去年潰した麻薬組織の生き残りだ。残党纏めに死んだボスの一人娘のサオリが欲しかったんだと」

 

「成る程。ご苦労なこった」

 

「まったくだ…」

 

 ザルツと、自分に向けた言葉に何も言い返せなかった。

 

 まさか気紛れで助けた女の子が、とんだ爆弾だったわけだ。

 

 内ポケットからタバコを取り出して咥えると、パッパが火を出してくれた。

 

「んっ、あんがと」

 

「それで、どうする?」

 

「フッ。決まってるだろ? 売られたケンカは買う。それが男だ」

 

「ケッ。いっちょ前にカッコつけやがって。だが、後始末の監督不届きはこっちもだ。俺も一枚噛ませろ」

 

「あら? 良いの?」

 

「手前ぇのケツくらい手前ぇで拭くさ」

 

「クククク。子猫探しがとんだ薮蛇だったらしいな。同情するよ」

 

「あ、あの……」

 

 パッパ参戦にザルツの冥福を祈っていると、後部座席から声が掛かった。

 

「あなたが、パパを撃ったって」

 

「言っただろう? 金で人を撃つアウトローだって。この世界じゃ珍しくもない。でしょ? パッパ」

 

「パッパは止めろ。あと、俺に振るな」

 

 そうは言われても、経験がないんだから、経験がありそうなパッパに訊くのが一番だ。

 

「嫌なら車から降りても良い。くあっ!?」

 

「イヤ……です…」

 

 運転席越しに首に腕を回してきたサオリの所為で変な声が漏れた。パッパが横から然り気無くハンドルを握ったから何事もなかったが。

 

「フッ。いつの間にこんな良い子ちゃんを引っ掻けたんだ、クロ助」

 

「肘やめ肘。クロ助やめーや」

 

 肘でうりうりとやってくるパッパの口許はきっとニヤついている。

 

「とりあえず離してくれ。運転出来ないだろ」

 

「置いて、行かないですよね……」

 

「わかったわかった。良い子だから離してくれ」

 

 首から腕は離してくれたが、今度は後ろから抱き締められた。肩の部分に彼女の顔があるのがわかる。吐息がうなじに掛かる。

 

「おーおー。お熱いこった」

 

「それならどんなに良いか」

 

 彼女にあるのは依存の比率がデカい。それをどう修正してやったもんかと頭を悩ませる立場にしかわからない苦労だ。

 

「決行は夜だな」

 

「それまでに場所を突き止められる?」

 

「余裕だな。お前とはパイプの太さが違う」

 

「実に頼もしいことで」

 

 そう、あの次元大介が味方であることは何よりも頼もしいことだった。

 

 

 

 

to be continued…



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事情持ちの女と来たら?

ある意味お約束。お酒で程よく頭が蕩けてるから内容がアレかもしれないけど許して。


 

 ホテルで降ろされたおれたちは、互いに無言で部屋に入った。

 

 タバコを吸う為に擦ったマッチの音が厭に響く。

 

 ソファに座ってぼけっとしながらタバコを噴かしていると、マッチを擦る音が聞こえた。

 

「っっ、ケホッケホッ、ケホッ」

 

「なにやってんだ?」

 

「ケホッ、ぅぅっ、ケホッケホッ」

 

 タバコの吸い方も知らないのに、咽返るサオリの背中を撫でてやる。思いっきり肺に吸い込んだ反応だ。まぁ、誰もが一度はやる。おれも前世で経験した。

 

「い、いた…い……っ、ケホッケホッ」

 

「吸い方も知らないのに吸おうとするからだ。アホ」

 

 咳の落ち着いた彼女はショボくれた様子を見せ――いきなり服を脱ぎ始めた。

 

「お、おいちょっと…!」

 

 着ているのはTシャツにジーパンだから脱ぐのは早い。Tシャツに引っ掛かった胸がばるんばるんしよった。

 

 下乳しか隠れていなくて、上は殆どレースでスケスケ。パンティも大事な所しか隠れていない攻め仕様。これで一番リーズナブル。入る店を間違えたかな? セレブの感覚は一般ピープルにはわからんね。

 

 でもムフフな雰囲気じゃない。サオリはそのままクローゼットを引っくり返すように開け放つと、中からおれの服一式を取り出していそいそと着替えた。

 

 マジで何がしたいんだ?

 

「ど、どう、ですか……?」

 

 深く被った帽子のつばを持ち上げ、なんで顔を赤くする。

 

「……その服と帽子はな。おれのガンマンとしての誇りなんだ」

 

「っ……!?」

 

 そう言うと怯えたように身をガチガチにする彼女。ビビるなら最初からやるなと言いたい。

 

「……わたしは、…わたしも……っ」

 

「…………ほれ、後ろ向け」

 

 懐からホルスターに収まったM10を取り出す。

 

 少し細めのウェスト、ヒップは見掛けより実際は大きい。

 

 ホルスターをベルトに引っ掛けてやれば終わりだ。

 

「……次、こっち向け」

 

「はい…」

 

 此方に向き直った彼女の首に、自分の首もとから外したネクタイを巻いて縛ってやる。ネクタイピンのオマケ着きだ。

 

「帽子ももう少し目深く被れ」

 

「んっ…」

 

 服のヨレも直してやれば、格好だけは出来上がりだ。

 

「で? なんのマネだ」

 

「……あ、あなたの…」

 

「成る程。そいつは面白いな」

 

「っ…!?」

 

「腰が引けてるぜ? カウガール」

 

 もう数えるのもバカらしいくらいに繰り返した、腰から抜いたマグナムの銃口を額に突きつけてやる。

 

「…それでも、わたしは…っ」

 

 後ろ腰からM10を抜いて腰溜めに構えるサオリ。

 

「……銃を構える時は両手で構えろ」

 

「両手で……」

 

 鏡合わせで見せる様にマグナムを両手で握って構える。

 

「肩の力は必要最低限。でないと撃った反動で肩を痛めるぞ」

 

「こう、ですか…?」

 

「そうだ」

 

 そして親指でハンマーを起こす。

 

「素人がダブルアクションで撃つと狙いがブレる。撃つときはシングルアクションで、身体の中心を狙え。そうすれば多少狙いがズレても身体の何処かには当たる」

 

 振り向きながら引き金を引く。マグナムの銃声が響き、窓ガラスを砕き、外に居た何かを撃ち抜いた。

 

「伏せろ!」

 

「きゃあっ」

 

 伏せろと言っても彼女が反応しきれないのはわかっている。

 

 ベッドに押し倒して身体を伏せさせれば、窓から銃弾の嵐が舞い込んだ。

 

「チィッ、嗅ぎ付けて来たか…!」

 

 チャイニーズ・マフィアなら、中華街に程近いこのホテルを嗅ぎ付けてもおかしくはないが、思ったよりも動きが早い。考えられることは、これは最初から計画的な動きだと言うことだ。

 

「ここで大人しくしてろ」

 

「は、はい…」

 

 銃撃が一度止んだ。恐らくマガジンを撃ちきったリロードタイムだろう。

 

 武器だけはいっちょ前だが、扱いが素人だ。複数人居るなら絶えず銃撃出来るようにリロードのタイミングは外すのが常套だ。

 

 銃撃の音からして5人。さっきのひとりを含めて6人か。

 

「く…っ」

 

 飛び出しながら窓の方に向けてマグナムを撃つ。

 

「がっ」

 

「ぎゃっ」

 

「ぐあっ」

 

 手応えは3つ。これが次元なら5人軽く撃ち抜いているって言うのにっ。

 

 反撃の銃撃を物陰でやり過ごしながら弾をリロードする。

 

 廊下に続くドアを蹴り飛ばして、転がり出る。

 

 視界の左端で何かが光る。

 

 マグナムを向けて引き金を引く。聞こえた銃声は、マグナムの2発。

 

「っぐ、くぅっっ…!!」

 

 マグナムが床に落ちる。

 

 視線の先には、マグナムを構えている男が居た。また白人だ。

 

「次元の子犬と聞いたが、所詮は子犬か」

 

「なにもんだ、手前ぇ…っ」

 

 血の滲む左腕の痛みを噛み殺しながら、マグナムを持つ白人を睨む。

 

「俺はルチアーノ。お前のパッパとは古い馴染みだ」

 

「ケッ。親の因縁をガキに持ち込むんじゃねぇよ…っ」

 

 事情持ちの女の次は、因縁ある敵のご登場とはお約束過ぎて涙が出てくる。

 

「ザルツの雇われか?」

 

「さて。これから死ぬお前に教える気はねぇな」

 

「そうかい…っ」

 

 ルチアーノの射撃は次元のそれより遅い。

 

 右手でマグナムを抜いて、ルチアーノのマグナムを撃ち落とす。空かさずに部屋の中に飛び退き、ベッドに押し倒したサオリを引き起こす。

 

「裏の窓だ!」

 

 彼女を先に行かせて、裏手の窓を撃ち抜く。そこなら隣の建物の屋根があるから逃げる事が出来るはずだ。

 

 あとに続こうとした時、銃声と共に足が崩れ落ちる。

 

 右足から血が流れ始める。

 

「ちくしょう…! おれのマグナムを…っっ」

 

 ルチアーノが握る銀色のマグナム。それはおれの落としたマグナムだった。

 

「ノワール……!」

 

「行け!!」

 

「っ、やぁ…っっ」

 

「走れっっ!!」

 

「っぅぅぅ」

 

 動こうとしない彼女に怒鳴りながら睨み付ける。振り返りながらマグナムを構えるが、ルチアーノに蹴り飛ばされた。

 

「お嬢様。大人しく付いてくるなら、このガキの命は助けてやる」

 

「っ…!?」

 

「バカ野郎! 罠に決まってるだろ! 早く行けっ、があああああっっっ」

 

 サオリに逃げるように言うおれの足を、ルチアーノは踏みつけてきた。ただ踏まれるならまだしも、掠めたとはいえ撃たれた傷は生理的な悲鳴を出すには充分だ。

 

「さぁ。どうするお嬢様? 別に俺はこのままガキを撃ってお前を捕まえても構わないんだぜ?」

 

 そう言いながらルチアーノはおれにマグナムを向けながら彼女を脅す。

 

「……なんのマネだ? お嬢様」

 

「…彼から、離れて…っ」

 

 ルチアーノにM10を向けるサオリ。教えた通りに銃を構え、ハンマーを起こす。構えだけなら先ず先ずだ。

 

「本気かお嬢様? 死なない程度に痛い目見たいのかな?」

 

「……離れろって、言った…!」

 

 銃を構える彼女は真っ直ぐに、震えることなく銃を向け続けた。

 

 そして一発の銃声が響いた。マグナムの銃声だ。

 

「っぐ、なにもんだ!!」

 

「相変わらずだな、ルチアーノ」

 

 声の主はおれの撃ち抜いた窓からマグナムを構えていた。

 

「次元……っ」

 

 2回もマグナムを撃ち落とされて流石に手を痛めたのだろう。

 

 次元を睨み付けるルチアーノ。

 

 丸腰になったルチアーノに向けてサオリが銃の引き金を引いたが、ルチアーノは銃撃を避けて身を引いた。

 

「ノワール…っっ」

 

「喚くな。掠り傷だ」

 

「ほれ、消毒液だ」

 

「お高い消毒液だこって」

 

 パッパからバーボンの瓶を受け取って、それで傷を洗う。

 

「ぅっ、ぐぅぅぅっっっ」

 

 銃撃で傷を負ったのは久し振りだ。

 

 傷口をキツく絞める事で痛みを誤魔化す。

 

「外は?」

 

「あらかた片付けたさ」

 

「流石パッパ。手が早い」

 

「パッパ言うな。あとな、俺は奥手なんだ」

 

「嘘おっしゃい。いっっ、もう少し優しく扱ってくれよ。痛てて」

 

 パッパの腕を借りて立ち上がる。酒が傷に染みるぜまったく。

 

「ほら、お前さんのオンナだ」

 

「ああ」

 

 次元からマグナムを受け取る。上手く弾いたもんだ。マグナムも掠り傷だった。

 

「なんなんだ、あのクソマグナム野郎は。パッパの馴染みとか言ってたけど?」

 

「ルチアーノは昔殺り合ったやつだ。アイツも殺し屋でな。殺す相手と同じ得物を使うのさ」

 

「変わった殺し屋も居たもんだ」

 

 血で汚れた服を脱ぎ、クローゼットから新しいシャツとジャケットを出す。

 

 青のシャツに白ネクタイ。カリ城パッパの組み合わせだ。

 

「っっ。ネクタイが」

 

 撃たれた腕の痛みでネクタイが上手く結べなかった。

 

「ほら、貸してみろ」

 

「あ、うん…」

 

 パッパにネクタイをひったくられ、結んで貰った。帽子も適当な位置に被せてくれる。そしてベルトにマグナムが収まるホルスターも引っ掛けてくれた。

 

「フッ。似合うぜカウボーイ」

 

「カウボーイじゃねぇ。ガンマンだ」

 

 パッパから差し出されたタバコを1本受け取り、口で咥えると火を点けてくれた。

 

「連中の寝床はわかったの?」

 

「ああ。チャイナタウンを抜けた先。今じゃ廃れた海運会社のあった小さな船着き場だ」

 

「成る程。ヤクを流すにはうってつけってワケか」

 

 右手でマグナムを抜いて構える。好調には少し劣るが、それでも傷を負った左腕より断然マシだった。

 

「……ところで。いつからカウガールを拵えたんだ?」

 

「おれのマネだと」

 

「成る程。良いオンナだ」

 

「あ、あの……。わたし…っ」

 

 話題が自分に向いたからだろう。なにか覚悟を決めた声をサオリは発した。

 

「好きにしな。だが、お守りはしねぇぞ?」

 

 彼女に向けて次元が言い放つ。

 

 それに彼女は頷いた。

 

「わからんね。自分のオヤジを撃った男に付いて来ても一文の価値にもなりゃしねぇのに」

 

「だからお前はガキなんだよ」

 

「なにがだよ。だいたいねぇ。手ぇ出したら犯罪でしょうが」

 

 14歳の女の子に手を出したら世間一般的にロリコン扱いだ。

 

「それでも受け入れてやるのが、男の甲斐性ってヤツさ」

 

 そう言うと、パッパは部屋から出ていこうとする。そのあとをおれも追おうとするが。

 

「その足じゃ、もう少し大人しくしてろ」

 

「ちょっと。どこ行くんだよ」

 

「酒が無いから買ってくる」

 

 確かに今の治療で盛大にパッパのバーボンは消費されてほぼ空っぽだ。

 

 だからって襲撃直後でケガ人置いていくような薄情ものじゃない。とはいえ自分の命は自分で守るのがおれたち裏社会の決まりだからなぁ。

 

「いっっ…。……あぁ、悪い」

 

「んっしょ……」

 

 サオリに肩を借りてソファに座る。転がってるグラスを立てて、バーボンを注ぐ。

 

「暇なら弾込めとけ。一発が手前ぇの命を分けるんだからな」

 

「はい…」

 

 マグナムのシリンダーを出し、使った弾を交換する。

 

「あっ…」

 

 ポロポロと弾を落とす彼女を横目に、弾込めを終える。

 

 サオリにM10用の弾を持ってこさせる。箱を受け取るが、腰を上げようとして足の痛みで顔を顰める。

 

「大丈夫、ですか……?」

 

「この程度、つばでも付けときゃ治るわ」

 

 痛いのはノーセンキューだが、こういう痛みが生きているんだって実感させてくれる。

 

「どうしたんだ?」

 

 シリンダーに弾を込めようとする彼女の手が震えていて、弾が込められていない。

 

「……コワかった…、です…」

 

「恐いと思うなら上出来だ」

 

 おれの腰掛ける隣に座ると、手を絡めてきた。震えているから手を握るのにも手間が掛かった。

 

「…わたしは、コワい」

 

「そうかい」

 

「……ノワールは?」

 

「どうかね」

 

 恐いには恐いんだろう。命を賭けた銃撃戦が素面で出来るわけがない。だからおれは半端者なんだ。恐いって感情を、次元のマネをして誤魔化してるだけだ。

 

 気紛れ。というよりは手前勝手なポリシーで助けた女の子が偶々厄介な種だったが、親の因縁に子は関係ない。

 

「お、おい…!」

 

「教えて、くれますか…?」

 

「……そういうのはあと5年したら覚えるんだな」

 

 タバコを咥える彼女の口からタバコを奪って、咥えて火を点ける。タバコは二十歳からだ。

 

 口からタバコを奪われて、代わりに柔らかい感触がした。

 

「バカか。こういうのはムードと相手を選べ」

 

「わたしは、構いません……」

 

 そしてもう一度、唇に柔らかい感触がした。

 

 

 

 

to be continued… 



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子犬のポリシー

なんでか生まれてしまった脇道もやっつけ仕事ですがようやく終わりです。次回からようやくファーストコンタクト再始動です。オリジナル要素なんて要らねーんだよと思っていただろう読者の皆様は次回をご期待ください。


 

 寝息を立てて、膝の上にあるサオリの頭を撫でてやりながらちびちびとバーボンを飲む。ストレートだから飲み辛い。ウィスキーはハイボール派だし、普段はサワー系かビールはスーパードライ派なんだ。

 

「なんだ、なんともなかったのか? つまんねぇなぁ」

 

「なんともあってたまるか。エロオヤジ」

 

 確かに今の時代の14歳って考えたら出るとこ出て引っ込むところ引っ込んでますよ。平均的な14歳に真正面からケンカ売ってるスタイルしてますけどね。

 

 14歳でもウ=ス異本ならOKだって?

 

 知るか。今は(おとこ)の時間だ。

 

「カーっ!! おめぇそれでも男か? 金タマ付いてんのか!?」

 

「うっさい!! 余計なお世話だっつの!」

 

 彼女の頭をそっと降ろして、ソファから立ち上がる。

 

「これから人を撃とうっていう手で、女が抱けるかバカ」

 

「細けぇなぁ。女の覚悟も汲んでやるのが男ってもんだぜ?」

 

「だったら男でなくても構わないさ」

 

 マグナムを収め、左肩を回す。引き攣る痛みを堪えてよれたジャケットを直す。

 

「なら何になるってんだ?」

 

「決まってるだろ」

 

 腰から抜いたマグナムで帽子のつばを押し上げて、片目だけを次元に見せながら答えを出す。

 

「ガンマン、だ」

 

「ケッ。カッコつけやがって」

 

「男はカッコつけて生きるもんだって教わったんでね」

 

「へぇ。誰にだ?」

 

「さて。誰だったかな」

 

 部屋から出ていく次元に続いて、おれも部屋を出る。

 

 フィアットの運転席に自分。次元は助手席だ。

 

 場所がわかっているなら、あとは向かうだけだ。

 

「ルチアーノとはおれがケリをつける」

 

「勝手にしろ」

 

「勝手にさせて貰うさ」

 

 車を走らせ、目的の船着き場へと向かう。

 

「だがな。仮にもルチアーノはプロの殺し屋だ。半人前のお前に勝ち筋が見えてるのか?」

 

「だからさ。アイツは殺し屋だが、()()()()じゃない。相手によって得物を代えるなら、特定の得物を使い込んでいないってことになる」

 

 そんな相手に撃ち負けてこのまま引き下がっていられるわけがない。1発お見舞いしてやらなくちゃ腹の虫が治まらないってやつだ。 

 

「おれに勝ち筋があるとすればそこだけだ。違うか?」

 

「ま、わかってんのなら何も言わねぇよ。好きにしな」

 

「あいよ」

 

 そう、相手によって得物を代えるなら、コンバットマグナムの扱いにはおれにだって一日の長があるはずだ。

 

 それに、反射神経や反応速度はこっちがおそらく上だ。

 

 部屋から転がり出た時。向こうがおれの姿を認めて引き金を引く前に、おれは銃を向けることが出来た。若いっていうのはこういうときは便利だ。

 

「…ひとつ訊いて良い?」

 

「なんだ?」

 

「ルチアーノと撃ち合って、勝つ自信ある?」

 

「フッ。答える必要があるか?」

 

「ま、そうだよね」

 

「だったら訊くなよ」

 

 つまりそういう事だ。なら、おれにも勝ち筋がある。

 

 船着き場の入り口から少し離れた裏道に車を停めて、あとは徒歩だ。

 

「見張りは、3人か」

 

「手下は問題じゃねぇ。ルチアーノには注意しなきゃだがな」

 

「オーライ。それじゃ」

 

「おっぱじめようぜ!」

 

 物陰から飛び出し、寝静まる闇の中でマグナムの銃声が響いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「っ、ぅぅ……はっ!?」

 

 周りを見渡すと、もう夜だった。

 

「ノワール……?」

 

 部屋の中を見渡しても、誰も居ない。

 

「どこ……?」

 

 銃弾で穴だらけの荒れた部屋は少しだけ肌寒い。

 

「ノワール……」

 

 ノワールがくれた銃をテーブルの上から取って、腰のホルスターにしまう。

 

 なにかが爆発している音が聞こえていて、空が少しだけ赤くなっている。

 

「……バカ」

 

 ホテルから飛び出して走り出す。

 

「置いて行かないでって、言ったのに……っ」

 

 言ってもダメなら勝手に付いていく。だから待たない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「カーッカッカ! 随分とハデに吹っ飛ばしたな」

 

「燃料缶でもぶち抜いたんだろ」

 

 弾をリロードしながら次元に返す。轟々と燃え盛る炎と、鼻につくガソリンの臭い。流れ弾か何かが当たったのかもしれない。

 

 しかしこれで光源が出来たから戦い易くはなった。

 

「数ばかりはいるけど、まるで七面鳥撃ちだ」

 

「弱小マフィアの残党だからな。腕は期待すんな」

 

 物陰から物陰に転がりながら、サブマシンガンを撃ってくる相手に向かってマグナムを撃つ。

 

 チンピラやゴロツキ相手なら武器を撃つが、相手は仮にもマフィアの構成員だ。

 

 武器を撃つ他にも腕や足を撃つ。

 

 掠める程度の軽傷を負う運の良いやつも居るが、直撃すればエグい肉の抉れ方をする。

 

「弾足りるかなコレ」

 

「数だけは居るタイプが一番面倒だからな」

 

 一撃一殺の次元に倣うように自分も一撃必倒を心掛けているが、それでも殺さないようにしているから無駄弾が出る。

 

「いちいち相手にしてたらキリがねぇや」

 

「んで? どうするんだ、カウボーイ」

 

「どたまブチ抜きゃ済む話だ。あと、カウボーイじゃない。ガンマンだ」

 

 とはいえサブマシンガンでドカドカ撃たれていると顔を出す暇がない。

 

「俺が隙を作ってやる。そうしたら飛び込め」

 

「そういうのは大人の仕事じゃないの?」

 

「これも練習だ。ほれ、行ってこい!」

 

「おれは犬じゃねぇっ」

 

 次元が酒ビンを投げ込むと、それにつられて銃撃が散る。

 

 物陰から躍り出て、マグナムで片っ端から見えている相手の武器を撃ち落とす。丸腰になった敵を撃つのは次元だった。

 

「これで一段落か」

 

「ザルツも探さないと。これ以上ウロチョロされても堪んないからね」

 

 弾をリロードしながら次元と合流する。周りにはザルツの手下たちが転がっていた。

 

 構成員全部相手にしても弾代が掛かるばかりだ。だから頭のザルツを探し出して終わりにさせる。

 

 こちとらこれからルパンやガルベス相手にデカい山が控えているんだ。後腐れがないようにスマートに終えたい。

 

「っ、次元後ろ!」

 

「くぬっ!?」

 

 次元の後ろで動いた人影に向けてマグナムを撃つ。

 

 聞こえた銃声は3発だった。

 

「ぐっ……!」

 

「……背中からとはな。だがそれが手前ぇの限界だ、ルチアーノ」

 

 右肩を押さえるルチアーノ。身を捻って脇の下からマグナムを撃った次元。そしてルチアーノが撃った弾丸を撃ち落とした。肩を撃ったのはおれだ。

 

「次元…」

 

「言ったろ? 好きにしな」

 

 そう言って次元は身を譲って、おれはルチアーノと対面する。

 

「立ちなルチアーノ。サシで勝負だ」

 

「く……っ」

 

 おれの言葉に従って立ち上がったルチアーノを見て、おれはマグナムを腰に収める。

 

 対するルチアーノは撃たれた肩を押さえながら、右手のマグナムを捨てた。

 

「ま、待ってくれ。俺はザルツに金で雇われただけだ。二度とお前の前に現れないと誓う。だからな? 見逃してくれ」

 

「はぁ…?」

 

「ふぅ……」

 

 銃を捨てたと思ったら、やられたのは命乞いだった。

 

 そんなルチアーノに次元は呆れた様に息を吐いた。

 

「またそれかルチアーノ。お前ぇ恥ずかしくないのか?」

 

「るせぇぞ次元! 命あっての人生だろ?」

 

「プライドを捨ててまで生き延びたいとは思わねぇよ」

 

 恥を捨てて命乞いをされた事などなかったため拍子抜けしてしまった。

 

 確かに命あっての物種とは言うものの、こんな調子で良く裏社会で殺し屋なんてやってこれたなと思う。

 

「どうするノワール? 煮るなり焼くなりはお前ぇさんに任せるぞ」

 

「どうって言われてもねぇ……」

 

 完全にシラけた。腕のお礼をするつもりだったが、ルチアーノも1発受けている。差し引きゼロになったが、不完全燃焼だ。

 

「はぁ……っ。気が変わらねぇウチにとっとと消えな」

 

 一応無抵抗になった相手だ。そんな相手を撃つ様な人間にはなりたくない。だから腹の虫が治まらずとも、仕方がないから銃を収める。

 

「そ、それじゃあ、あばよ」

 

「っ、避けろノワール!!」

 

 次元がそう叫んだ時、サーチライトに照らされ、そしてマシンガンによる銃撃の嵐が襲ってきた。

 

 首根っこを引っ張られて次元と物陰に隠れられたおれだったが。移ろう視界の片隅で、弾の衝撃によって死の舞を踊るルチアーノを、おれは見てしまった。

 

「まったく。とんだ外れを引いたもんだ」

 

「っ、ザルツか!?」

 

「昼振りだなノワール。お嬢様を渡す気になったか?」

 

「ノーセンキューだこの野郎」

 

「そうかい。ならそこで死んで貰おうか。心配しなくても、彼女には良い暮らしをさせてやるよ」

 

「それもノーセンキューだクソ野郎」

 

 物陰から躍り出て、先ずはサーチライトを潰す。

 

 銃撃を掻い潜ればマグナムの銃声が聞こえる。

 

 サーチライトが次々と潰され、暗闇の中に紛れながら近付き、ザルツの目の前に転がり出る。

 

「よう、ザルツ。辞世の句は考えてあるか?」

 

 マグナムを向けながらそう言い放つ。サーチライトの灯りはすべて消え、再び炎の照らす淡い光だけが今のおれを照らし出す。

 

「くっ…っ。おい、さっさとこのガキを殺さねぇか!!」

 

 そうザルツは叫ぶが、誰も返事を返さなかった。

 

「無駄だ。他の手下はみんな次元が片付けちまったからな」

 

 サーチライトを操作したり、おれを銃撃していた手下たちは次元が片っ端から撃ち倒した。

 

「おれたちを消す気なら、もう少しマシな手駒を揃えるんだったな」

 

「ちっ。黄色い猿どもが。どいつもこいつも…っ」

 

「フッ。辞世の句にしちゃ洒落てるな」

 

 指でハンマーを起こす。狙いは額だ。

 

「まっ、待て! てめぇは人を殺せねぇんだろ? それに組織も潰れちまった。これ以上やり合う理由はねぇだろ?」

 

「だから?」

 

「ま、まず、今回の手付けに10万ドルやる。今後関わらない約束で1000万ドルをやる。どうだ? ここで見逃してくれたら1010万ドル手に入るんだぜ? これでお前も自由の身だ。1000万ドルもあれば遊び放題だぜ?」

 

「お前は勘違いしてるよ、ザルツ」

 

「な、何をだ…?」

 

「いくら積まれても、おれに首輪を掛けられるのはこの世でただひとりだけだ。そして、お前はおれのポリシーに触れた。さらに言えばな、おれは人を殺さないだけで、殺せないわけじゃない」

 

「ま、待て、待ってくれ! 1000万ドルだぞ!?」

 

「男ってのはな、金じゃねぇんだよ」

 

「待――っ」

 

 引き金を引くと共に、耳に響く銃声。弾け飛ぶ火薬と煙り。

 

 白目を向いて倒れるザルツ。吐いた血反吐が顔に掛かるが、釣り上げられた魚の様にピクピクと震えている。つまり死んでない。

 

 ザルツに撃ち込んだのは空砲だ。それでも脳震盪で伸びる程度には威力があるが。

 

「遅かったな……」

 

 視線を向ければ、そこには肩で息をしているサオリの姿があった。

 

「なんでっ、置いて、行ったんですか……っ」

 

「ガキを鉄火場に連れて行けるわけがないだろ」

 

「お前もガキだろ」

 

「うっさいよパッパ」

 

 今カッコつけてる所なんだから邪魔しないで。

 

「おれたちのケリは付いた。あとは自分のケリを付けな」

 

「え…?」

 

「……こいつは決して殺しをやらねぇ。お前のパパを殺ったのは、そこで伸びてるザルツだ。マフィアの権力争いなんて珍しいもんじゃないがな」

 

「コイツが、パパを……ママを…っ」

 

 次元が事の真相を告げる。確かにおれも人は撃つ。だが殺さない様に撃つ技術を次元から徹底的に仕込まれている。当たり所が悪いってこともあるかもしれない。それでも撃たれた相手が死なない場所を極力撃っている。自信がないときは武器を撃って動きを止めて撃つということもしている。

 

 まぁ、出血多量で死ぬこともあるかもしれないが、そこはもうおれの認知外だ。

 

「パパの仇を討ちたいなら好きにしな」

 

 そう言っておれはマグナムをしまって歩き出し、彼女と擦れ違う。

 

 その時、背中に小さな衝撃が走った。サオリが背中に抱き着いて来たからだ。

 

「どうした?」

 

「……別に良いの。ノワールが撃ってくれたから」

 

「アイツはまだ生きてるぞ」

 

「…殺したら、ママが大変だった分を味わわせられないもん」

 

「フッ。こえー嬢ちゃんだな」

 

 箱入り娘っぽさのある彼女だが、潜在的に良い性格をしているのだろう。コワい娘というパッパの感想に同意する。

 

「それに、まだ、キレイなままでいたいですから」

 

「は…?」

 

「ククク。とんでもねぇオンナを引っ掻けたな」

 

「笑い事かよ」

 

「約束を破ったのはノワールですからね?」

 

 背中にあった彼女の腕が腰に回され、ぎゅっと力を込めて締められた。

 

「二度と離さないから」

 

「カッハハハハ。よかったなぁノワール」

 

「何処がだ」

 

 背中にしがみつく女の子を引き摺り、口を開けて笑うパッパを連れながら炎をバックに歩く。

 

 なんとも締まらない一枚絵にENDってつきそうだと思いながら、フィアットに乗り込んで夜の街に走り出した。

 

「ノワール…」

 

「なんだ?」

 

「ありがとう…」

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と斬鉄剣

やっぱり原作沿いは早くて良い。ちょっとご都合主義だけど、どうぞよろしく。


 

 弱小マフィアを壊滅させた翌日。フィアットを転がして辿り着いたのはスラム街だった。

 

 廃れた無人の家。そこがサオリの家だった。

 

「ただいま。ママ」

 

 墓石に花を添えるサオリ。近くの共同墓地にサオリの母親は眠っている。

 

 写真を見せてもらったが、彼女の発育の良さは母親の遺伝と言っておこう。マフィアのボスの女だ。別嬪で当たり前だろう。

 

「パパとはあまり会えなかったけど、優しいパパだった。ママも優しかった。でも、パパが死んでから大変だった。ママとひっそり暮らしていたけど、ママはいつも泣いていて、パパが死んで弱っちゃってたのかもしれない」

 

 そしてある日に息を引き取った。少ない金で墓を用立てて、あとの残った金で暮らしていたということらしい。

 

「身体を売るとかも考えた。でも恐くて出来なかった……」

 

 墓に歩み寄り、火を着けたタバコを立てて、コップをひとつ置き、そこにバーボンを注ぐ。

 

「お金もなくなって、ゴミを漁って。その帰り道にノワールに出逢えた」

 

 立っているおれの肩に寄り掛かって、指を絡めてくる。

 

「悲しいことも、恐いこともあったけど。わたしは幸せだよ、ママ…」

 

 彼女の独白を聞きながら、日本人らしく片手で墓に拝む。両手でないのは勘弁して欲しい。片手が塞がっているからだ。

 

「どうしても、ダメ…ですか?」

 

「ああ。モノホンのマフィアだからな。ド素人を連れていくわけにはいかないんだ」

 

「…早く、帰ってきて……」

 

「なるべくはな」

 

 彼女の頭を撫でて、車をガルベスの屋敷に向ける。

 

 あの一件以来。彼女はおれの行く先々に着いてこようとする。だが連れていけない所もある。だから大人しく留守番をしていて欲しい事もある。ガルベスの屋敷には連れては行けない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 わたしが置いて行かれるのは、わたしが弱いからだ。

 

 強くなりたい。そうすれば、ノワールと一緒に居られると思う。

 

 ずっと一緒に居たい。離れたくない。

 

 ノワールが居ないと、胸が苦しくて。ノワールと居ると、胸が温かくて。お腹の下がとても熱くなる。

 

 ノワールとキスをすると、幸せで、頭が蕩けそうになる。身体をさわられると気持ち良くて、手が離れると切なくなる。

 

「早く、帰って来ないかなぁ……」

 

 洗濯物に入れられた彼のシャツを着ながらベッドで横になって、弾の入っていない銃を手元で遊んで手に馴染ませるのが、わたしの昼間の過ごし方になった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ガルベスの屋敷に着いたおれはまたガルベスに呼ばれた。

 

「出勤早々お呼び出しを受けるような事をした覚えはないですよ、ボス」

 

「ノワール。お前ぇにまた仕事を頼みたくてな」

 

「今度はなんです? また掃除ですか?」

 

「ルパンが予告状を出した。そのダラハイドからボディーガードの仕事が届いてるのさ」

 

「真面目にガードする気がないから、ガキのおれを送り込もうってことですか?」

 

 漁夫の利を狙っているガルベスからすればダラハイドの依頼を受け入れる必要はない。だが、ダラハイドとの関係を悪くしたくないと考えているだろうガルベスは、おれを送り込む事で体裁を保つ事にしたという事だ。

 

「依頼はボディーガードであって、お宝を守ることじゃねぇ」

 

「おれがルパンを殺っても構わないと?」

 

「親の仇討ちか? まぁ、出来るならやってみな」

 

「オーライ。計画をおじゃんにして海に沈められたくはないから正当防衛程度に留めますよ」

 

 というわけで、おれは斬鉄剣の持ち主であるハンス・ダラハイドのボディーガードとして、合法的にダラハイドビルに入ることが出来る立場になった。

 

 表向きは貿易会社の社長。だが裏では密輸で大儲けしている。

 

 そんなハンス・ダラハイド。車イスに乗ったお爺ちゃんだが、市警にも顔が利くニューヨークの影の支配者のひとりだと言えるだろう。

 

「ようこそ、カウボーイ。君の噂は聞いているよ」

 

「お初にお目にかかる。ミスター・ダラハイド。あなたの噂も良く耳にしますよ」

 

「それが良い噂である事を祈っているよ」

 

 優しそうなお爺ちゃんだが、これでもニューヨークの支配者のひとりだ。

 

 見掛けに騙されて悪い噂で金を揺する様な事をして、ニューヨーク湾の漁礁になった人間は数えきれない。

 

「今夜9時、でしたね」

 

「そうだ。だがルパンがどの様なこそ泥であっても、私の金庫は破ることは叶わんよ」

 

「ほう。それまたスゴい金庫なんですね」

 

「うむ。20インチの厚さの鉄板に守られ、私しか開けることの出来ない仕掛けがしてある」

 

「それはスゴいですね。是非とも拝見したいです」

 

「成る程。まぁ良いだろう。付いて来なさい」

 

 子供というのは結構便利だ。舐められることも結構あるが、こうして子供みたいに興味を示すと見せてくれたりする。まぁ、純粋に最新式の防犯システムを見てみたいのもあるし、あわよくば斬鉄剣に触ってみたいのだ。

 

 ダラハイドビルの最上階の金庫室。

 

 応接室から移ってやって来たそこで、分厚い金庫とご対面だ。

 

「随分と大掛かりですね」

 

 てかコレの中に斬鉄剣一本だけっていうのも物凄いけど。

 

「このビルの建設時に合わせて取りつけたものだ。コレを正規以外の方法で開けることは不可能だ」

 

「成る程…」

 

 それでもルパンは頭が良い。知能指数300だっけか。だから本人に開けさせて奪うという大胆な盗みかたをする。そのスリルすら楽しんでいるんだから、大した人間だよ。

 

「見てみるかね? 私のお宝を」

 

「良いんですか?」

 

「君は日本系の血が流れているそうじゃないか。なら、あのお宝の価値がわかるだろう」

 

 そう言ってダラハイドは、壁から出てきたコンソールで網膜認識という最新技術で守られている金庫を開けた。

 

 中には細長い桐箱が入っていた。それを持ってきて、中身を見せてくれた。

 

「中々良い物だろう。日本刀はいくつか持っているが、ここまで見事な物は見たことはない」

 

「これが……」

 

 ダラハイドが桐箱から斬鉄剣を取り出して、刃を抜いて見せてくれた。

 

 細身の直剣の様に見えて、しかし刃は片方のみの片刃だ。そして刀身の先を見れば造りが日本刀のそれだった。顔が映るほどの曇りのない刀身は美しいの一言だった。まさに芸術だ。

 

「感銘を受けました。ありがとうございます」

 

 美しいものを見た。素直にそう思えた。

 

「手に取ってみるかね?」

 

「良いんですか!?」

 

「コレの良さをわかる人間は少なくてね。君の目は確かなようだ。その若い目に免じて特別にだ」

 

「ありがとうございますっ」

 

 今のおれ、物凄くだらしない顔をしている自信がある。

 

 クールなガンマンキャラで通している筈なのに、今の自分は見かけ通りの子供みたいに興奮した顔をしているはずだ。

 

 鞘に納められた斬鉄剣を受け取る。

 

 予想以上に軽くて驚いた。

 

 この軽さで世界一の切れ味の日本刀。

 

 こんなもの握ったら日本男児の魂が疼く。

 

 テーブルの上にマグナムの弾丸を立てて置く。

 

 左手に鞘を持ち、腰溜めに斬鉄剣を構え、親指で僅かに刃を抜く。

 

「っ、ちぇりおおおおおぉぉぉっっ!!」

 

 斬鉄剣の柄を右手で掴み、引き抜く。

 

 振り抜いた斬鉄剣は、鉛で出来たマグナムの弾頭をスッパリと斬り裂いた。

 

「これが、斬鉄剣……」

 

 まるで手に吸い付くような軽さ。子供の腕力。そして素人の抜刀でも弾丸を斬り裂ける切れ味。

 

 これが斬鉄剣の切れ味かと感動した。

 

「素晴らしいものを見せてもらったよ。だがいきなりは驚いてしまうな。さぁ、それを返しておくれ」

 

「あ、はい。すみません」

 

 斬鉄剣を鞘に納め、桐箱に戻す。

 

 斬鉄剣に触れられた感動に浸りながら時間は過ぎ、そして夜がやって来る。

 

 地上には記者団やニューヨーク市警の警官たちが集まってくる。

 

「あーらら。随分と気合い入れちゃってまぁ」

 

「なんの騒ぎかな?」

 

「ルパンがマスコミにも予告状を送ったみたいですね」

 

「ふん。物好きなこそ泥だ。ノワール君、私のガードは任せたよ」

 

「わかりました」

 

 返事を返しながら、確かルパンは市警本部長に化けて出てくるんだったかと思い出しながら、警官を連れてやって来たクロフォードと名乗る市警本部長に対面した。

 

 ウィンクを飛ばしてやると、一瞬ぎょっとしたクロフォード本部長。やっぱり中身はルパンで当たりか。

 

 物々しい警備態勢に物申すダラハイドお爺ちゃんに、ネズミ一匹入る隙間もないと豪語するクロフォード本部長。

 

 確かにネズミ一匹入れそうにないが。

 

 とっつぁんひとりは入ってくるんだよなぁ。

 

 天井の通風口から降ってきたとっつぁん。このビル相当高いはずなんだけどなぁ。それを下水道から這い上がってくるなんて、とっつぁんのバイタリティーってどうなってるんだろうか。

 

「君は確か、中華街で…」

 

「こんばんは、刑事さん」

 

 悲報。とっつぁんに覚えられてました。ちくせう。

 

「彼は私のボディーガードだ。子供と見て侮らんことだ」

 

「は、はぁ…」

 

 わーい。ダラハイドお爺ちゃんの紹介で更にとっつぁんからの視線が刺さるよぉ(泣き

 

 そりゃ見かけ子供のおれがボディーガードなんて紹介されたら普通本当かと疑うよなぁ。

 

 そして夜の9時と共に時計の鐘が鳴り響く。

 

 明かりが消え、警官たちのどよめく声が響く。

 

 直ぐ様仕事のダラハイドお爺ちゃんのガードに就く。そして明かりが点けば金庫はなんともなかった。

 

「おおっ! 金庫は無事だ!」

 

『なっはっはっはっは!』

 

「こ、この声は!?」

 

『こんばんは諸君。ルパン三世だ』

 

 何処からか響く声。音の出所はダラハイドの車イスからだ。だがわかっていても手は出さない。

 

 お爺ちゃんには悪いが、ルパンには斬鉄剣を盗んで貰わなければならないからだ。

 

『約束通り9時丁度にお宝は頂いた』

 

「なに!?」

 

「不可能だ! この通り金庫は開いておらんじゃないか」

 

 ルパン扮する本部長の言う通り。網膜認識だから普通には開けられない仕組みになっている。

 

『その不可能を可能にするのが、ルパン三世なのさ』

 

「そこか!」

 

『お宝はあらかじめ偽物とすり替えさせて貰った』

 

「偽物!?」

 

「ただのテープだ」

 

 とっつぁんが声の出所に気づき、テープレコーダーをダラハイドの車イスからひっ剥がした。

 

 偽物と聞いたダラハイドは驚いて金庫を開けに向かう。つい昼間本物と確認したばかりなのだからそりゃ驚く。

 

 金庫を開けて駆け寄る一堂。おれもお爺ちゃんのガードマンだから金庫に近寄る。

 

「こ、これが、偽物だというのか!?」

 

「よし、直ぐに鑑識に回そう!」

 

 そう言って斬鉄剣の入った桐箱を手にする本部長。

 

「ん? おっ! ちょっと待った! それを何処へ運ぶもりです? クロフォード本部長、いや、ルパン三世!」

 

「なに!? 彼が?」

 

 本部長を呼び止めるとっつぁん。いやほんと、なんでわかるんだろうね。おれみたいに先入観のないダラハイドお爺ちゃんはすっかり騙されていたというのに。

 

「はっはっは! なにを言うのかね? 私はただ鑑識に」

 

「騙されてはいけません! ルパンは変装の名人なんです。はじめからどうもおかしいと思っていたんだ。正体を見せろ、ルパン三世」

 

 生とっつぁんはカッコいいと思いつつ、警官が本部長に銃を向けるのに便乗してマグナムを抜く。といっても撃たないけど。

 

「ほう。しかしそれを言うなら、一番怪しいのは君ではないのかね?」

 

「なにぃ?」

 

 しかし本部長の切り返しでとっつぁんの雲行きは一気に怪しくなった。

 

「無理やり部屋に押し入り、テープの在処を暴き、その証拠物件を手放そうとしない。その機械は君が仕掛けたんだろう」

 

「な、なにを馬鹿な!」

 

「つまり、コイツがルパンだ! ルパンを逮捕しろ!!」

 

 本部長の言葉に警官がとっつぁんに群がる。

 

 とっつぁんが投げたテープレコーダーをマグナムで撃ち抜く。煙は出たが、広がるのは最小限に留める。でないと視界ゼロでダラハイドお爺ちゃんが危ないからだ。

 

 銃声で動きが止まる警官たち。一斉に視線が集まってくる。

 

「偽物かどうか、調べる方法ならありますよ。本部長、その中身をご存知で?」

 

「い、いいや…」

 

 逃げるタイミングを逃したルパンはどう思っているのか。焦ってくれてるなら少し嬉しい。

 

「それは斬鉄剣と言われる世界に一振りの名刀だ。お貸しいただけるのなら、その本物の切れ味をお見せしましょう」

 

 ルパンからしたら堪ったもんじゃないだろう。煙幕装置は壊されて逃走する機を失ったんだから。

 

「成る程。では、お願いしようかな」

 

 そういう本部長におれは歩み寄るが、床になにかが転がった。ピンクだか赤だかのビー玉サイズの玉だ。

 

「っ!?」

 

 その玉が眩い光を放った。

 

「クソッ、目がっ」

 

 閃光に焼かれた目はなにも見えない。だが走り去る足音は聞こえた。だからマグナムをお見舞いするが、手応えはない。

 

 閃光玉を使わせられたのなら、次元もサシの勝負がやり易くなったはずだ。

 

「さぁ、どうする。ルパン」

 

 回復した警官たちの走る音を耳にしながら、おれは次元とのサシで勝負する少し先の未来のルパンへ向けて、そう呟いてやった。

 

 純粋な銃撃戦なら、次元はルパンには負けない。そう信じているから、そうなるようにルパンの手札を使わせてやった。それだけで、胸が高鳴る。あのルパンに手札を切らせたんだと、心が滾る。

 

「お前の敗けだよ。ルパン」

 

 

 

 

to be continued… 



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子犬の失敗

またまたやっつけ仕事ですが、一応ケリになります。あとは少しの後処理とエンドロールですかね。

次のお話のアンケートやろうかなぁって思ってますので、よろしくお願いします。詳しくは活動報告まで。


 

 目をやられたんで今日はもう休むとダラハイドお爺ちゃんに伝え、おれはフィアットに乗り込み、情報屋のベニーに組ませたノートPCでルパンを追跡していた。

 

 昼間に斬鉄剣を触らせて貰えたのは僥倖だった。

 

 斬鉄剣を桐箱にしまう時に、小型の発信機を忍び込ませて貰った。

 

 だから斬鉄剣を桐箱に入れて持ち運んでいる限り、斬鉄剣の在処は筒抜けという事だ。

 

 しかし封鎖された道の外に車を取りに向かうのは少し手面倒だった。

 

 船着き場に車を停めて、ボートに乗り込む。

 

 発信機の反応を確認すれば、反応は川に出ていた。

 

「このまま追えば……」 

 

 地図と照らし合わせれば、向かっている先はガルベスの屋敷だ。ルパンを捕まえるために人が出払っているから、不二子と合流してトンズラするには丁度良いだろう。

 

「行きたかないけどなぁ……」

 

 黙って待っていれば全て世は事もなしで丸く収まるんだろうが。パッパが捕まっているだろうに、なにもしないで待っているっていう不義理な人間にはなりたくはない。

 

「普通じゃないよなぁ……」

 

 常識的に考えて自分から鉄火場に飛び込んでいくなんて異常者だ。

 

 寿司詰めラッシュに揺られて、愛想笑いを浮かべて、なぁなぁで毎日を仕事に費やして、週一で飲む酒とタバコ代にパソコンが友達ならハッピーだった人生。

 

 でもそれが、6年前に変わったんだ。変えて貰ったんだ。

 

 そんな世は事もなしな平和で平凡な毎日が、そんな全部がどうでもよくなるくらいに刺激的な毎日を過ごせる世界を教えてくれたんだ。

 

 だからこの命はあの日のベッドの上で誓った瞬間から、次元大介というひとりの男に預けてある。

 

「問題はどうやって助けるか、だな」

 

 もんごえ先生に任せておけばすべて丸く収まるだろうが、援護しようにもマグナム二挺で出来る仕事がいくらあるだろうか。

 

 ボスの器量はデカいから、例え次元が組織を裏切っても、真面目に仕事をしているおれを直ぐに拘束する。とはならないはずだ。

 

 ただシェイドは突っ掛かって来そうで面倒だ。

 

「どうする。どうやって状況に介入する」

 

 ない頭で考えても、介入できる箇所は物凄く少ない。ハードボイルドにキメれる場面がない。

 

 五エ門の突入に合わせて突っ込むくらいの策しか思いつかなかった。

 

「ちぃ、傷が疼きやがる」

 

 そもそも左肩も右足も怪我が治っちゃいない。まだあの日から数日だ。両手は使えるが傷に響く。足も全力疾走は出来ない。そんな状態で鉄火場に介入しようとしているんだから、おれもバカだ。

 

 それでも、男にはやらなくちゃならないときがある。

 

 ボートを接舷させて飛び降り、発信機の反応を追う。まだ敷地内に反応がある。

 

 耳に聞こえてきたマグナムの銃声。それも連続した連射音だ。

 

 林の中から次元とルパンのサシの場を見つけ、身を潜める。

 

 撃ちきったマグナムをリロードし、次を撃つ構えになる次元に、ルパンは何かを指で弾いた。

 

 一枚のコインだ。それを反射的に撃った次元。その間にワルサーを拾ったルパンが、次元のマグナムを撃ち落とした。

 

「次元が……、負けた……?」

 

 そんなはずがない。次元が負けるはずがない。

 

「勝負あり、だな」

 

「く…っ。殺れよ。遠慮は要らねぇ」

 

 その言葉を聞いたとき、おれは林の中から飛び出していた。

 

「ルパーーーンっっ!!」

 

 走りながらルパンを狙ってマグナムの引き金を引く。その狙いはワルサーでも、ルパンの腕や足でもなく、胴体を狙ったものだった。

 

「ぐっ、がは…っ」

 

 腹部に感じた衝撃。崩れ落ちる足。手から落ちるマグナム。口には錆び鉄の味が充満していく。

 

「ノワール…!」

 

 今まで腕や足を掠めたり抉ったりという経験はあった。それでも直撃だけは避ける様にしてきた。

 

 それでも漫画じゃないんだから、いつかこういう日が来るとは思っていた。

 

「ごめ…、よけい、な、こと……」

 

「喋るな。傷に障る」

 

 余計なことをしなければ、少なくとも負けるという結果を生むはずがなかった。

 

「ふ…っ、たのし、かった…よ……」

 

「ノワール…!!」

 

 身体を揺さぶられるものの、急激な眠気に意識が抗えずに落ちていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ひでぇ1日だったぜ。まったく」

 

 ガルベスの屋敷で失敬したメルセデス・ベンツを転がしながら呟く。

 

 隣に座る次元は黙りだ。子犬を撃った所為か?

 

 とんでもないガキだと思っていたが、銭形警部とはまた別の鋭さがあって厄介な奴だったぜ。

 

 クラム・オブ・ヘルメスの鍵を盗みに行けば、何故かそこに居て、しかもこっちの変装を一発で見抜きやがった。

 

 それどころか逃走用の煙幕装置は壊されるわ、閃光玉は使わされるわ。目を潰しても音を聞いてこっちに銃を撃ってくるわ。ただもんじゃねぇな。

 

 だが流石にこれ以上邪魔されるわけにもいかなかったから少し麻酔でおネンネして貰ったがな。

 

 死んじゃいないのは次元も承知済みのはずなんだがねぇ。根に持つ程度には情があるってことか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ぅっ、ぐぅぅ…っぅ、…ルパンのやつ、一服盛りやがって…っ」

 

 物凄く酷い二日酔いみたいな気分の悪さを覚えながら目が覚める。

 

 結論から言って、おれは死んじゃいなかった。ただ盗みを邪魔した意趣返しか、かなり強力で身体に残る麻酔の所為で身動きが取れなかった。

 

「目が覚めたか」

 

「ああ。礼を言いますよ。ミスター・ブシドー」

 

 あの後、おれは五エ門に拾われていた。

 

 ガルベスの屋敷の地下拷問部屋が吹き飛んだ爆風によって一緒に吹き飛ばされた五エ門が、ガルベスの手下たちをやり過ごしていたら倒れているおれを見つけて拾ってくれたのだ。

 

「ルパンと共に捕らえられていた男が、お主と同じ服装をしていた。関係者か?」

 

「育ての親ですよ」

 

「左様か」

 

 五エ門から湯気立つコップを受け取る。色が深緑でバジルソースを連想する。香りはそんな美味しそうな物ではなかったが。

 

「これを飲めば直ぐ良くなる」

 

「かたじけない」

 

 相手が五エ門だからちょっと古風な感じで礼を言う。

 

 一気に煽って胃の中に流し込む。味を感じたら飲み込めない自信がある。直飲みで度数の強い酒が喉を焼きながら胃に落ちて行くような感覚と同じものを感じながらコップの中身を飲み干す。

 

 正直胃から立ち籠める香りだけで吐きそうだ。良薬口に苦しでも限度があるわ。

 

「何故あの様な場で倒れていたのだ?」

 

「ルパンに一服盛られたんだよ。お陰さまで治りそうだけど」

 

 麻酔弾を撃ち込まれた脇腹は包帯を巻かれていた。

 

「斬鉄剣が欲しかったのさ…」

 

 そう呟くと、五エ門は動きを止めた。

 

「試し切りさせて貰った時にね。あまりの切れ味に欲しくなったんだよ。その刀が」

 

「…斬鉄剣は我が一族の鍛えし物。余人にこの刀を渡すわけには行かぬ」

 

「そうかい。まぁ、こんな身体じゃ盗んでトンズラすることも出来やしない。助けて貰った義理もある。恩を仇で返す様なことはしないさ」

 

 ともかく今は身体の薬を抜くのが先だ。

 

「悪いが寝かせてもらうよ」

 

「好きに致せ。拙者は少し出てくる」

 

 ガルベスの屋敷での鉄火場は逃したが、最後の鉄火場は外しはしない。それにルパンには借りが出来た。そいつも返さないとならない。

 

 五エ門がルパンに果たし状を送りに行ったのなら、明日の日の出が勝負だ。

 

「まるで不二子みたいだな…」

 

 うまく立ち回れれば一発大当り。その後も綱渡りだろうが、それはこの世界に生きていれば、ルパンたちと関わっていくならいつものことになるだろう。

 

 斬鉄剣を造る錬金術。おれの欲しいものはただひとつ、それだけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「明日の朝、か…」

 

 あの侍がルパンに向けた果たし状は、ルパンの持つ宝と、あの切れ味抜群の刀を賭けた勝負だった。

 

 俺はどっちにも興味はないが、ルパンには助けられた借りがある。それに、ルパンを殺るのは俺だ。その上アイツを撃たれた借りもまだ返しちゃいない。

 

「あっちこっちに借りばっか作りやがって。どうするつもりだあのバカ」

 

 別口の紙で、今アイツはあの侍に保護されているらしい。ルパンに撃たれた時は焦ったが、気を失っただけだった上に血も出ていなかった。だから後で回収する為に死んだ事にしたが、なんであの侍野郎に拾われてるんだよ。姿が見えなくて探した所為で不覚にもガルベスの部下たちに追い詰められるなんていうバカを見ちまった。

 

「バカは俺か…」

 

 たった10万ドルなんて俺にとっちゃはした金だ。

 

 だが、あの小さい教え子の姿がないだけで微妙に調子が狂う。

 

「フン」

 

 タバコを咥えて火を点けるが、今一旨いとは感じなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 1日寝た事と、五エ門がくれた薬のお陰か、身体はなんともなく動くようになった。

 

 五エ門の後を尾けてやって来たのはセントラルパークだった。

 

「何故付いてくる」

 

「待ち人が居るからさ、おれにも」

 

「左様でござるか」

 

 正座する五エ門の隣に腰を降ろす。正座は足が痛むため、胡座の座禅を組む。

 

 五エ門が決闘前に意識を高めているように、自分もまた大仕事を前にして意識を高める。高まるかはわからないが、穏やかにはなる。

 

 誰かが芝生を踏む音が聞こえた。

 

「立会人ならば不要だ」

 

「俺が相手だ」

 

「ルパンに頼まれたのか?」

 

「いや、そうじゃねぇ。あの野郎に借りが出来ちまってな」

 

「某、無益な殺生はせぬ」

 

「もうひとつ理由がある。……ルパンを殺るのは俺だ」

 

「……命を捨てる、覚悟は出来ているか?」

 

「そいつは、鏡に向かって言いな」

 

 次元が現れてから、息を吸うのも忘れて二人の会話に聞き入っていた。

 

 殺気ではなく、闘気のみなのに息が詰まりそうだ。

 

 風が吹き、その風に運ばれてきた桜の花びらが、次元と五エ門の間を吹き抜ける。

 

 マグナムの銃声。それを斬鉄剣が弾く音。

 

 次元や自分が相手の銃口の向きから射線を予測して弾を撃ち落とすなんて事をやったりするが、五エ門は撃たれた弾を見切っているという凄まじい動体視力を持っているはずだ。確か五エ門は伊賀の忍の修行も修めていたはずだ。

 

 ニンジャサムライvs早撃ちガンマン。

 

 マグナムの弾丸を弾く間、五エ門は動かない。マグナムの弾切れとリロードの合間に次元へ近づく五エ門。

 

 息を呑む暇もない一瞬の攻防だった。

 

 飛び上がって勝負を決めようとした五エ門と、リロードを終えてマグナムを向ける次元を朝日が照らす。

 

「これだけ撃って、1発掠めただけか」

 

「その1発が某の命取りになる…」

 

 互いに得物を突き付けながら笑いあうふたり。本物の男はカッコつけなくてもナチュラルでカッコいいから羨ましい。

 

 そこにルパンが現れて、五エ門をおちょくって怒らせて、ルパンと五エ門の鬼ごっこinニューヨークが始まった。

 

 そこでおれは立ち上がって咥えたタバコに火を点けながらパッパに歩み寄った。

 

「ただいま」

 

「ああ」

 

 何時ものように返事は短い。

 

「傷は良いのか?」

 

「傷よりヤク抜きだよ。まだ頭ん中でチャペルがリンゴン響いてやがるよ」

 

「そいつは難儀だな」

 

 腰からマグナムを抜いて、使った弾丸を交換する。

 

「で、いつまでここに居るの?」

 

「奴が来るまでだ」

 

「来ると思うの?」

 

「カンだがな」

 

 普通カンで待つかどうか決めるっていうのは確証がないからバカにされそうだけど、パッパがやるとキマるんだよなぁ。

 

 自分がやっても子供の背伸びにしか見えないだろう。

 

 それがいつか、本物になるように今はその背中から学ぶだけだ。

 

 そしてしばらく待てばコンボイ司令官が燃えながら公園に突っ込んできた。

 

 岸に上がったルパンに、五エ門は斬鉄剣を抜いた。それを誘導したルパンはまんまとクラム・オブ・ヘルメスを開けることに成功した。

 

 ルパンが目的の為に人の情も利用する様に、五エ門は呆れ果てた奴だと言いながら、どかりと芝生の上に座った。

 

「お前もだ、五エ門」

 

 そうパッパが呟くと、次々と黒い車がやって来て周りを囲まれた。ボロボロで頭や腕に包帯を巻いたガルベスもご登場だ。

 

「とうとうお宝の鍵を開けたらしいな」

 

「お陰さんでなぁ。で、なんか用か?」

 

「ほざけルパン。最後に笑うのは、このワシだ!」

 

 ガルベスの声と共に手下達がマシンガンを一斉掃射してきた。

 

 しかも火炎放射器のオマケ付きだ。

 

「あっっつ!! やけどしたらどうしてくれるってんだよ!」

 

「やけどで済みゃ良いがなっ」

 

 次元と共に逃げ回りながらマグナムを撃つ。すると肩が五エ門とぶつかった。

 

「…やるか」

 

「うむ」

 

「オーライ。ショータイムだ」

 

 3人同時に走り出す。

 

「撃てええええっっ」

 

 ガルベスの声と共に、再び一斉掃射が始まるが。

 

 小うるさいのはマグナムの二挺拳銃で次々に黙らせる。

 

 五エ門が斬鉄剣を手で回転させ、火炎放射器の炎を防ぎ、その隙に次元が火炎放射器のタンクを撃って爆発させる。

 

 リロードを終えたマグナムで次々とガルベスの手下たちの持つマシンガンを撃ち落とし、次元と五エ門が止めを刺して行く。

 

「ぬあああああああっっ」

 

 手下を全員始末されたガルベスはヤケクソになった様に叫びながらヘヴィマシンガンを撃って来る。反動が物凄くて片手で撃てる様な代物じゃないはずなんだがと、その射撃から逃れながら思う。

 

 弾を1発リロードした次元がヘヴィマシンガンを撃つと、その衝撃で銃身が跳ね上がる。戻そうにもトリガーが引きっぱなしだから反動が続いて銃身を下げられないらしい。

 

「つぇあああああああ!!!!」

 

 そして五エ門がヘヴィマシンガンごとガルベスを切り伏せて、メインイベントは幕を閉じた。

 

 あとは最終ステージを残すだけだ。

 

 

 

 

to be continued…



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エピローグ

これにてファーストコンタクト篇は終了になります。ワンクッション挟むか、そのまま次の物語に進むか。みなさんどちらが好みですかね? そのまま次の物語に進むなら今のところはカリオストロの城に進むのですが、まだアンケートは募集してますので活動報告も覗いて行ってくださいな。


 

 ガルベス一家を片付けて一息吐いたものの、辺りを見回してルパンを探す。まぁ、当然居ないんだけど。

 

「なぁ、ルパンは?」

 

「いや、知らねぇよ」

 

「しまった、巻物を。くっ」

 

 五エ門も辺りを見回してルパンを探すが、やはり見当たらない様だ。

 

 そんな時、セントラルパーク内にある石造りのベルヴェデーレ城が爆発して吹き飛んだ。

 

「なんだありゃ?」

 

「もしやルパン!」

 

 駆け出す五エ門を追っておれとパッパも走り出す。

 

「あれは……」

 

 焼けながら風に乗って舞い上がる巻物が見えた。

 

 結局、結末は変わらなかったというわけか。

 

「これにてお役御免」

 

「待てよ。ヤツを倒さずに行くのか?」

 

「某の道は剣の道。縁があればまた会うこともある」

 

 そう言って五エ門は去っていく。巻物が焼けてしまった以上、ルパンを狙う意味は無くなったが故だろう。

 

「っと、パトカーが来るよ」

 

「あれだけ騒ぎゃ当たり前だな。ずらかるぞ」

 

「ラージャ」

 

 パトカーの音が耳に聞こえ、それをパッパに知らせる。警察に絡まれても面倒な為、ここはトンズラするに限る。

 

 セントラルパークを出て、しばらく近くの喫茶店で暇を持て余す。

 

 結局自分のした事はなんだったんだろうかと思いながら、咥えたタバコに火を点ける為にマッチを擦る。

 

「あ、ルパン」

 

 熱りが冷め、警察が1度引き上げたからだろう。歩道を走るルパンを見つけた。

 

「行くぞ」

 

「あ、ちょっと待って」

 

 席を立つ次元の後を追う。メルセデス・ベンツに乗り込む次元。助手席が空いているが、自分はスペアタイヤの縁に腰掛ける。

 

「良いのか? 危ねぇぞ」

 

「ルパンを乗せるんでしょ? 構いやしないよ。その代わりフィアットを拾いたいんだけど」

 

「手前ぇで交渉しな」

 

「あいよ」

 

 走り出す車に揺られて、ルパンの所へ向かう。

 

 ルパンの横を過ぎて、少し走ってから車が停まった。

 

「手前ぇが転がしな」

 

「…サービス悪いぜ?」

 

 助手席に移った次元の代わりに、運転席にルパンが座って、再び車は動き出した。

 

「これで貸し借りなしだぜ」

 

「まぁだそんなこと言ってんのか? もうちょっと気楽に行こうぜ」

 

「お気楽すぎんのもどうだかな」

 

 相棒とはまだ程遠く、ギスギスした会話に耳を傾けながらマッチを擦るが、風が強くてタバコに火を点ける前にマッチが消えてしまう。

 

「さて。次は何をやる?」

 

「ん? フン。勝手に決めな」

 

 マッチに火が点く音が聞こえた。 

 

「いつか、その帽子を脱がせてみてぇんだよ」

 

「ケッ…」

 

 ルパンの持つマッチの火に咥えたタバコを近づける次元。その口許は笑っていた。

 

「子犬ちゃんもどうだ?」

 

「良いのか? 邪魔にしかならないかも知れないぜ?」

 

「この俺と張り合ったんだ。あれだけ出来りゃ充分だ」

 

「そいつは光栄だね」

 

 ルパンの持つマッチにおれもタバコを近づけて火を点ける。

 

 そうか、ルパンにはおれのやって来た事は勝負として認知してもらえる程度にはやれていたのか。

 

 なら次もやってやるさ。次元大介の早撃ちを覚えてこれたんだ。なら、世界一の大泥棒ルパン三世の技術だって覚えて次は盗みで勝負してやる。

 

「次は負けない」

 

「フッ。いいぜ。いつでも相手になってやるよ」

 

 小さく呟いた言葉に、ルパンは返してくれた。

 

 マッチの火が消え、夕陽がおれたちを照らしながら沈んでいった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「素敵ねぇ…」

 

「大昔の話さ」

 

 火が消えたマッチを捨てる次元に、おれは歩み寄っていく。

 

「お伽噺も大概にしておくんだな」

 

「ほんと。だいたいあたしはそんな陳腐なオンナじゃないわ」

 

「いやー、良くできてたぜ。女を口説くにはな」

 

 五エ門、不二子が現れ、そしてパッパが上から飛び降りて来る。

 

「まぁ、何処までが作り話かはさて置いて。時間だぜ、ルパン」

 

「こ、これってどういうこと?」

 

 次元がふたり、今まで話していた次元とパッパを交互に見る記者の女性。

 

「ぬふふふ。もう一息だったのになぁ。ごめんよ? 時間切れだってさ」

 

 そう笑った次元は変装をしていたルパンだった。

 

 そう、すべてはルパンの作り話――というわけでもない。何故ならその一部始終を見てきた人間がここにいるからだ。

 

 録音機が小さく煙を上げた瞬間に退散する。

 

 ここからはお伽噺ではない、本物のルパン一家のお仕事だ。

 

 狙いは連邦準備銀行の保管する金塊だ。

 

 とっつぁんに化けたルパンが支配人にルパンの予告状を見せる。警備の確認と偽ってエレベーターに乗る。

 

 そこで変装を解く。驚く支配人を軽く気絶させる。

 

「うぇ。もう来ちゃったよとっつぁん」

 

 携帯端末で監視カメラの映像を見ていたら、銀行の入り口にパトカーが殺到してきた。

 

「なははははっ。そんじゃまぁ、いただくものいただいてずらかるとしますか?」

 

 警備室で不二子がお色気ポーズで警備員を誘い出す。それにホイホイ鼻の下を伸ばして出てくる警備員ってどうなのかと思いつつ、不二子が薬で眠らせた警備員を跨いでシステムの掌握を始める。

 

「こっちは終わったわ。そっちはどう? 子犬ちゃん」

 

「子犬言うなし。あと少し待って」

 

 警備システムを掌握して、防火壁を降ろす。

 

「防火壁を降ろしたから作業時間は稼げるけど、メインじゃないから10分程度で奪い返されるよ」

 

「オーケー。10分あれば余裕さ。行くぜ」

 

 端末の操作を終えて、歩き出すルパンたちに駆け寄る。

 

 警備員の詰め所からふたり出て来て銃を構えてくるが、その銃を構えきる前に2発の銃声が響き、警備員の銃を撃ち落とす。

 

「さっすが早撃ち親子。頼りになるぜ」

 

「親子じゃねぇ」

 

「つれないパッパだなぁ」

 

「パッパ言うな」

 

 ルパンからお褒めの言葉を貰うが、パッパは親子括りが不満そうだ。パッパと呼んでは言うなと返されるのも相変わらずだ。それでも未だに自分はパッパと共に過ごしている事が多い。

 

 分厚い金庫の扉を斬鉄剣で斬り裂く五エ門。

 

 露になった金庫の中は、照明の光を眩く反射する金塊が鉄格子で区切られた保管室に山になっていた。

 

 これをひとつひとつ鉄格子を普通に開けていたら相当な時間が掛かるが。

 

「五エ門、ノワール、頼むわ」

 

「拙者は右を切ろう」

 

「良いのか? 抜いても」

 

「ルパンの夢だ。今回は致し方あるまい」

 

「委細承知。左は任された」

 

 肩に紐で吊り下がっていた野太刀を腰溜めに構える。

 

「っ、つぇああああああ!!!!」

 

「っ、ちぇりおおおおお!!!!」

 

 通路を駆け抜けながら、野太刀を抜き、次々と鉄格子を切り裂いていく。

 

 途中で天井に穴も開けておく。

 

「またつまらぬ物を斬ってしまった」

 

 お約束の五エ門の決め台詞を聞きながら、自分も野太刀の刃を納める。

 

「我に断てぬものなし…」

 

 そんな決め言葉を添えて。

 

 わっせわっせと金塊を外から引いたベルトコンベアに載せていくルパンたちを横目に、おれは金庫の鍵を開けていた。

 

「クラム・オブ・ヘルメス。ゲットだぜ」

 

 斬鉄剣で斬られたクラム・オブ・ヘルメス。

 

 そう、作り話じゃないんだ。

 

 ルパンたちとの出逢いも。今自分が此処に居る事が真実だ。

 

「ルパン、お探しのブツだ!」

 

「はいよぉ。また鍵開けが早くなったんじゃねぇのけ?」

 

「先生が良いからねっ」

 

 ルパンに今回のお宝を渡しながら言葉を返す。

 

 天下一の大泥棒との実技講習付きのコースだ。

 

 それを10年以上も続けていれば凡人でもそれなりの泥棒にはなれる。

 

 そうさ。ルパン三世はルパンだからじゃない。

 

「よぉとっつぁん! ご苦労様だっこって」

 

「ルパーーン!! 逮捕だあああっ」

 

 そんなとっつぁんの姿も見飽きるくらいに見てきた。泥棒一家のひとりとして。

 

「じゃなーとっつぁぁん! こいつはプレゼントだっぜぇっ」

 

 そう言いながらベルトコンベアに乗るルパンはとっつぁんに、ボンバーシュートしたくなるザ・爆弾を投げつけた。普通爆弾渡したら死ぬ様なものなんだけど、とっつぁんだからまったく心配じゃないと思う辺り自分も毒されてるんだろう。

 

 そう思いつつ、爆弾の爆発の煙に紛れてベルトコンベアを走って戻る。

 

「オーライ。とっつぁんもう居ないよ」

 

「流石とっつぁん。毎回良い塩梅に引っ掛かってくれますなぁ」

 

「毒も適量ならば薬となる。でござる」

 

「それより早く行くぞ。グズグズしてるととっつぁんが戻って来るかもだしな」

 

「ああん、ちょっと待ってよ! もう少し金塊持って行きたいのっ」

 

 泥棒してるのに緊迫感もない緩い空気で歩き出す。

 

 この空気が、おれは好きだ。

 

「んじゃま、先ず第一の仕掛けをポチーっとな!」 

 携帯端末で見てみれば、夜空を飛ぶルパン気球から落下傘を付けられた金塊が降ってくる。

 

 それを囮に警察の目を反らす。とっつぁんには車に人形を乗せた偽装車で騙す。

 

 そして正面玄関から堂々と出てくる。最高にCOOLな逃げ方だ。

 

 ルパンが玄関を出て、クラム・オブ・ヘルメスを保管したガラスケースを誰かに見せる様に懐から出した。

 

 ルパンの話が真実かどうかは、その話を聞いた人それぞれだ。

 

 ただおれにとってはたったひとつの真実の話があった。それで充分だ。

 

 ちなみに言えば、あの話には少しだけ続きがあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 フィアットを停めた船着き場に着いて、運転席に乗り込む。

 

「ホラ子犬ちゃん。今回の手間賃だ」

 

「え…?」

 

 そう言ったルパンが、運転席に座るおれの足の上に投げたのは古めかしい巻物だった。

 

「おい。そいつは…」

 

 それには次元も少なからず驚いている様だった。

 

 何故ならさっきこの巻物は燃えカスになったはずなのだから。

 

「クラム・オブ・ヘルメス。その巻物さ。この天下のルパン様よりも先に真実に辿り着いた子犬ちゃんへのささやかなご褒美さ」

 

「いつの間にすり替えたんだ?」

 

「おいおい次元。狙った獲物は逃がさない俺はルパン三世様だぜ? せーっかく手に入れたお宝をおいそれと盗られて堪るかってんだ」

 

 そう、そんな風に抜け目がないのがルパンだ。だからおれがどうこうしたってどうにもならない相手だったというわけだ。

 

「そういう事なら有り難く頂いておくよ」

 

 巻物を懐にしまいながら、次の目的地が決まった。

 

「次元、おれは暫く日本に行こうと思ってる」

 

「なに? 日本だって?」

 

「コイツを解読する前に、スジを通しておかないといけない相手がいるからね」

 

 そう。あの五エ門には話を通さないと斬鉄剣で斬られても死にきれないからだ。

 

「…女はどうするんだ?」

 

「面倒は自分で見るさ」

 

 それが彼女を拾ってきた自分の責任だ。とはいえ、日本に付いてくるかどうかは彼女の判断に任せる。そうでないならハワイ辺りで過ごしてもらおう。それならまだ安心できる。

 

「斬鉄剣か…」

 

 今でも覚えているあの手に吸い付いてくるような感覚のある柄の感触。手に馴染ませたマグナムとは違う。まるで運命の相手に出逢ったような手の感触だった。

 

 それをもう一度手にするには道は険しいだろう。あの五エ門をどうやって納得させるか。納得させる為の方法が無いわけではないが、先ずは日本で五エ門を探す所からだ。

 

「日本……か」

 

 思わぬ帰郷という事になるが、それでも年代は違う。でも憧れの昭和の日本を存分に楽しめると考えればそれもまた良いだろう。楽しんでいる暇があればの話だが。

 

「取り敢えず今夜は飲みたい」

 

「いいぜ。一仕事終えた後の一杯といこうか」

 

「ま、それも良いか」

 

 というやり取りがあったわけなのだ。

 

 だがそれを知るのは、当事者の自分と、ルパンと、次元だけであった。

 

 

 

 

to be continued…



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血煙の石川五エ門
子犬vs五エ門


今のところアンケートはカリオストロ一強みたいですね。名作ですものね。


 

 時代と違うとはいえ、大分日本は過ごしやすい。なにしろ街中でスリに必要以上に警戒しなくて良いし、マフィアの襲撃を気にして宿を転々としなくても良いのだから。

 

 日本が文化的に独特な国である事が影響しているのか、マフィアとは価値観が全然違う極道――ヤクザとかの人達との仕事はやり難い。

 

 実力主義傾向が強いマフィアに比べて、ヤクザ組織は良くも悪くも日本的だ。結束が固いが、年功序列の色が強い。単純な実力だけじゃダメ。子供という部分でナメられる。 

 

 それでも権力争いとかで仁義なんぞクソ食らえみたいな誇りもなにもないただのバカも居たりするけど。

 

 身を寄せている道場の稽古場で、胡座の座禅を組む。煩悩を追い出し、平常心を保つ為だ。

 

「ノワール……」

 

 背中に寄り掛かってくる重さに、精神世界から現実に意識を引き上げられる。

 

「暑苦しいんだけど」

 

「ごは、んが…、でき、まし…た、よ…?」

 

「ああ。わかった」

 

「……ぅぅ。日本語は難しい」

 

 日本に来てまだ数ヵ月。その間にカタコトでも日本語が話せる様に日常生活はすべて日本語で話している。

 

「ぅひゃう!?」

 

「英語を使うなバカタレ」

 

「ぅぅ、ひ、どい、です、よ…」

 

 ぺしっとチョップをお見舞いする。英語を使うとチョップが飛んでくる。

 

 これでも優しい方だ。おれなんか日本語使う度にグー時々マグナムの銃底だったんだぞ?

 

 ここ毎日おれは朝は座禅で精神統一から始まる。

 

 素振りをしようにも、左手が使えない。

 

 包帯でぐるぐる巻きの左手。利き手の右を庇うとどうしても左手がケガをする。

 

 五エ門の腕が良かったから左手がまだくっついているが、そうでなければおれの左手はなくなっていただろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 巻物を手に入れて、ルパンと次元と自分の3人でバーで飲んだあと、おれはホテルに戻った。

 

 今日には帰ると約束した手前、ちゃんと帰らないとあとが恐い。……いつからおれはカカァ天下の所帯持ちリーマンになったんだろうか?

 

 現代日本なら飲酒運転でパクられるだろうが、見つからなきゃ良いんだ。それにニューヨークでおれのフィアットを停めようなんてする警官はいない。下手に手を出すと357マグナム弾が飛んでくるのを知ってるからだ。

 

 ホテルに着いたのはもう日付が変わりそうな時間帯だった。それでも一応帰っては来れた。

 

「……寝てなかったのか」

 

「お、お帰りなさい……」

 

 枕元のスタンドの小さな灯りだけを点けて起きていたサオリ。心配性にも程がないか?

 

「…近々日本に渡る」

 

「え…? ニホン? サクーラ、スーシ、テンプーラ、フジヤーマのニホン?」

 

「……取り敢えずその日本だ。しばらく定住する事になるだろう」

 

 五エ門を探さなければならない上に、探したあとは斬鉄剣に関して色々としなければならない。そうなるとどうしても数年単位で日本を活動拠点にする必要がある。

 

 おれがマグナムをマトモに撃てる様になるまで数年掛かった。

 

 斬鉄剣を手に入れると考えると五エ門から了承を得て新しく造るしかない。その許可を得るのだって命を賭ける必要があるだろう。

 

「どうするかは、お前で決めろ…っ、お、おい!?」

 

 床に押し倒される勢いで抱き着かれ、尻餅を突くどころか天井が見えている。

 

「お、置いていっちゃ、やだ…っ。な、なんでも、するから、連れて行ってっ…、ぅひゃう!?」

 

 そう言って服に手を掛けようとする彼女の頭にチョップをお見舞いする。

 

「い、いたい……」

 

「そういう事はまだ5年早いわバカ」

 

「ぅぅ……わ、わたしは…、わたしだって…」

 

「そういう考えが子供的なんだ」

 

 身体を起こしてサオリと向かい合う。今にも泣き出しそうな彼女の涙を拭ってやる。

 

「一緒に日本に来るか?」

 

「…うん」

 

 ガッチリと抱き着かれて苦しいんだが、安心させる為に背中を軽く叩いてやったり、頭を撫でてやる。今度精神関係の医学書でも買おうかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 そんな感じでおれはサオリを連れて日本に渡ったが、先ずは五エ門を探すことから始めなければならなかった。

 

 久し振りとはいえ、此方で過ごした年数の約5倍は生活していた祖国は年代が違えども勝手知ったる土地だ。

 

 ただそこから情報を得たりするのに裏社会で生活するのは大変の一言では収まらなかった。仁義は見るには良いが、実際に関わるとめんどくせぇと思う辺り価値観が変わったんだなぁと少し寂しかった。組織立った義理と人情なんて外国じゃクソ食らえだからなぁ。

 

 東京から南下しながら船が出入りする港や空港で聴き込みをして、足取りが掴めたのは神奈川県だった。

 

 とある山奥に近いところにある寺に身を寄せているらしい。

 

 アメリカでルパンにあげてしまったフィアットに代わって日本で買ったスバル・360から降りる。

 

「ここなの?」

 

「ああ。間違いない」

 

 サオリに言葉を返しながらマグナムの弾を確認して、寺の中に入る。

 

 裏の方に回れば、そこには斬鉄剣を構える五エ門を見つけた。

 

「っ、つぇああああああああ!!!!」

 

 引き抜いた斬鉄剣が斬ったのは地面に刺さる鉄骨だった。

 

 あまりの鮮やかな一閃に拍手してしまった。

 

「お主、何故此処に?」

 

「一月振りだな。五エ門さんよ」

 

 挨拶をしながら、おれは懐からクラム・オブ・ヘルメスの中にあった錬金術が記された巻物を取り出して見せる。

 

「その巻物は!?」

 

 腰溜めに斬鉄剣を構える五エ門に手で待ったを掛ける。

 

「待て待て待て。いきなり斬られたんじゃ成仏出来ないって」

 

「その巻物をこちらに渡せ。さもなくば子供であろうとも斬る!」

 

「成る程。なら、どうせ斬るならひとつ勝負をして貰えないかな?」

 

「勝負だと?」

 

「おれも斬鉄剣が欲しいんだ。だが、斬鉄剣を新しく造った所で持ち主の腕がなまくらじゃ意味がない。この勝負に勝てたら、おれに鋼鉄斬りを教えて欲しい。あと出来れば刀鍛冶もだ。斬鉄剣に関する情報は必要以上表に出さないように刀も自分で打つつもりだ」

 

 そう。斬鉄剣の製法は世に解き放てないものだ。故に五エ門はニューヨークでルパンの持つ巻物を狙い、その抹消を確認して去ったのだ。だが、巻物は実際にはルパンがすり替えていて、燃えたのは偽物。本物はおれが今持っている。ルパンでもクラム・オブ・ヘルメスの鍵が斬鉄剣というクラム・オブ・ヘルメスと同じ製法で造られた刀だった事までは調べがつかなかったらしい。

 

 原作知識というズルがあるから1から調べるよりも多くのヒントがある自分が調べあげるから探せた斬鉄剣の在処。それをルパンに認められて巻物を貰ったが、素直に喜べないのも確かだった。だから今、おれは五エ門の前に居る。

 

「その話に拙者が乗る益はない。大人しく巻物を渡せ」

 

「益ならあるさ。錬金術を知る人間を手元に置いておける利が」

 

 少なくともおれが記憶している限り、カリブ海とモロッコの2回は斬鉄剣が折れている。それを直すのも容易ではないはずだ。アニメだから良いのかもしれないが、現実問題として斬鉄剣の製法を正しく知る人間が居ることにメリットはあるはずなのだ。

 

「それはお主ではなくとも良いこと。渡さぬのならば、斬る!」

 

「だから勝負さ。こっちだって危ない橋を渡ってこの巻物を手に入れたんだ。負ければ命ごと持っていけ」

 

「何故それまでして斬鉄剣を求める」

 

「理屈じゃないさ。ただ欲しいから欲しい。それだけだ」

 

 マグナムをいつでも抜けるように構える。そう、理屈じゃない。欲しいと思ったからだ。

 

 その為に、五エ門に認めて貰う必要がある。

 

銀色の二挺拳銃(シルヴァリオ・トゥーハンド)、ノワール」

 

「……十三代目石川五エ門――!」

 

 だから五エ門が受けざる得ない様に名乗りを上げる。

 

「いざ尋常に――」

 

「勝負!!」

 

 駆け出す五エ門に向かってマグナムを抜く。利き手の右手に握る。一挺だけなのはリロードの早さを重視したからだ。

 

 だがやはりマシンガンの弾丸すら斬り伏せる五エ門に、人力の早撃ちでは弾が見切られてしまっている。

 

 1度撃ち尽くした為にリロードに入る。リロード速度だけは次元にも劣らない。

 

 リロードし終えたマグナムを右手に構えたら、左手にもマグナムを構えた二挺拳銃で勝負を掛ける。

 

 次元に対しては跳躍して引き分けたからだろう。

 

 そのまま地を駆け抜けてくる五エ門。

 

 残り一挺ずつに1発ずつの計2発が残って、五エ門はあと一歩の間合いに居る。

 

 左手のマグナムが最後の1発を撃つ。

 

 それも斬り伏せた五エ門の太刀筋は上からの切り下ろしだった。

 

「っ、なっ!?」

 

「ぐぎっ、がああっ」

 

 降り下ろされる斬鉄剣を、空になった左手のマグナムの銃身で受け止めるが、大した抵抗も出来ずに斬られてしまう。だが確実に刃が遅くなった。

 

 その刃を左手で掴む。もちろん掌に刃は食い込んだ。その間に五エ門に右手のマグナムを突きつける。いつでも撃てる様にハンマーを起こして、だ。

 

「……どうした。斬れよ」

 

 五エ門が少しでも力を入れれば、子供の手など楽に切り裂ける。

 

 だが女子供は切らない主義の五エ門だからこそ、おれは斬鉄剣を掴むという賭けに出る事が出来た。

 

 五エ門の動体視力と反射神経。そして斬鉄剣の切れ味をわかっているからこそ、手を止めるだろうと信じていた。

 

 卑怯者と罵るならば好きにしろと言っておく。

 

 綺麗すぎる切り口に斬鉄剣があるからだろう。血は出ていないが、痛みを通り越した熱を感じる。

 

 手が無くなれば斬鉄剣どころではなくガンマンとしても終わるだろう。少なくともリボルバーは使えなくなる。片手は無事でも、片手が上半分なくなったらリロードは出来なくなるだろう。

 

 それほどの覚悟があるという五エ門へのメッセージでもあった。

 

 五エ門が斬鉄剣で手を切り落とした瞬間に引き金は引ける。そうなれば痛み分けにはなるだろう。現状傷を負っている自分の方が判定負けではある。

 

「そのままそっと指を放せ。手は動かすな」

 

 大人しく言う通りにして、斬鉄剣から指を放す。

 

 五エ門に左手の手首を強く掴まれ、斬鉄剣を抜かれた。

 

「それだけの覚悟があるのならば、歯を食いしばれ」

 

 針と糸を出した五エ門の意図を汲み取り、ジャケットの襟を強く噛む。

 

「ふぐっっ、むぐぅぅぅぅぅっっっ!!!!」

 

 麻酔なしでの縫合という拷問みたいな治療を受け、包帯をぐるぐる巻きにされた左手が完成した。

 

「まったく。呆れ果てたヤツだ」

 

「世界最強の切れ味を持つ刀を手にしようってんだから、ガンマンとしての人生も賭けないと認めて貰えないだろう?」

 

「その覚悟に免じて鋼鉄斬りは教えよう。だが巻物は渡して欲しい」

 

「わかった。ならせめて翻訳させて欲しい。古文だから読むに読めなくてね。翻訳したやつも扱いは注意すると約束する。それが破られたら遠慮なく斬ってくれ」

 

「良いだろう。その誓いが果たされる事を祈る」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ただ者ではない子供だ」

 

 一月程前に出逢い、肩を並べた少年に決闘を申し込まれるとは思いも寄らなかった。

 

 内に秘めたる夜叉を飼う目をした少年。

 

 だがその欲には曇りはなく、覚悟も本物だった。

 

 斬鉄剣を掴まれた時。そのまま手を切り落とす事も容易かった。だが考えるよりも早く刀を止めていた。まるで斬鉄剣が自らの意思で止まったかの様に刃は進まなかった。

 

 斬鉄剣を得るために盗むのではなく、自ら造ると言ったその姿勢に羨ましさと光を見たから故に、彼の手を治療したのだった。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と極道

英語部分はエキサイト翻訳だから適当に流して。

この話を書くために血煙の石川五エ門を見たわけだけど、アニメを見ていて痛いと感じる生々しさが最近にはなかった味で良かった。

アンケートは血煙の五エ門篇間受け付けてますのでよろしくです。


 

 五エ門のポリシーを逆手に取るという少しズルをしつつも勝負に一応は勝てたおれは手の怪我が治るまでは座禅を組むか、マグナムの早抜きくらいしかやることがなかった。だから図書館とかで古文書を読み漁ったりして巻物の解読に注力出来たわけだが。

 

 それでもまだ半分も読めてないから、読み解くには時間が掛かりそうだ。

 

 今日もまた座禅を組ながら朝の一時を過ごす。自分の意識を周囲に広げ、気配を読む。これを座禅を組まずとも出来るようになれと五エ門先生のお達しだ。

 

 そんな座禅を組んで集中している自分の鼓膜を殴る銃声。隅の方でサオリが銃を撃っている。

 

「熱っ!?」

 

 撃った直後のシリンダーは熱いから気を付けろと言ったんだが。撃ったときは約60度の熱が火薬の爆発で発生している。だから弾を手で込める時は注意しないとならない。

 

 周りに民家がないから銃を撃っても気にしないで済むのは良い。

 

 おれも銃に関しては撃ち方とメンテナンスの仕方くらいを教わっただけだ。あとはひたすら撃って身体に使い方を覚え込ませた。だから暇があれば撃つという生活を1年はやっていたはずだ。6年も前だと正直記憶が怪しいけど。ただひたすら銃を撃っていた記憶くらいしか今のところ思い出がない。だから一月前のルパンとの出逢いは、次元と出逢えた時と同じくらいの興奮があった。

 

 そして五エ門との一騎討ちだ。

 

 あれほど心が震えたサシの勝負は当分出来ないだろう。

 

「おれも狂っちまったかな?」

 

 普通じゃないと落ち着いて考えればそうだろう。普通の考え方をする人間が日本刀を手で引っ掴む様な事をするかと言う具合に、何かが狂っているんだ。

 

 それでも、それが普通では味わえない心の興奮が病みつきになっちまったという事だ。

 

 最初は斬鉄剣のメンテナンスを考えて作り方を覚えておこうという程度だった。

 

 だが、斬鉄剣を手にした時、どうしてもその切れ味を体感したくなった。いざ実際に抜いてみれば、素人の振りでも鉛を斬れる程の切れ味に惚れてしまったという事だ。

 

 それに銃を撃てない場所でも刀は関係なく使える。

 

 その為に五エ門に剣の技を教えて貰いたかったのだ。

 

 斬鉄剣だけではその良さを引き出しきれない。五エ門の鋼鉄斬りと斬鉄剣が合わさって初めて何でも斬ることが可能となるのだろう。

 

「五エ門……」

 

 意識の間合いに五エ門が入ってきて、座禅を中断する。

 

「仕事に行ってくる」

 

「わかった。武運を祈るよ」

 

 五エ門は用心棒の仕事で生計を立てているらしい。

 

 こっちも一応貯金はあるからしばらくは大丈夫だ。

 

 左手が治ったら、おれも仕事を探そうかと思う。

 

「サオリ。そろそろ時間だ」

 

「あ、ぅ、はい…」

 

 返事がぎこちないのは日本語に慣れていないのが原因だけではない。

 

 スーツから着替えたサオリは上下黒のセーラー服に身を包んでいた。

 

 スバルに乗り込んで車を麓に向かって走らせる。

 

 車を停めたのは麓の中学校だ。日本は義務教育だからなぁ。14歳なら普通に中学2年生として学校に通うことは普通の事だ。

 

「なんだ?まだ緊張してんのか」

 

「ぅっ、だ、だっ、て、にほん、ご、まだ、よ、く、わからな、い」

 

「……別にだからってイジメられたりしねぇよ。むしろクラスの人気者になれるかもな」

 

「……別に。そういうのは、いい」

 

 話しやすい英語に変えてみるが、それでも学校に行く様な空気にはならない。

 

 とはいえ彼女は本当の意味でまだ14歳なのだ。マフィアのボスの娘だから家庭教師に勉強を教わっていて、学校に通ったことはないそうだ。

 

 マジものの箱入り娘って事だから、身近な他人が自分しか居ないことも依存症に拍車を掛けているのだろう。だから友達でも出来ればと思って学校に入れる事にしたのだ。

 

 それに、日本だったらわざわざ裏社会に身を費やさなくても人並みには生きていける国だ。

 

 その辺りは元マフィアの一人娘として利用される可能性もほぼない上に社会保障や人権も色々と最低限の融通が利く日本はアメリカよりは生きやすい国だ。

 

 サオリを預けて帰ろうかと思ったんだが、万力みたいな力で腕を掴まれて離さないので、教室まで着いていくことになってしまった。

 

「それでは、名前を呼んだら入ってきてくださいね?」

 

「ぅぅ…………」

 

 担任は優しそうな女の先生だから助かった。

 

 日本語がまだちゃんと話せないから不安で仕方がないのはわかるが、それを言っても始まらないし、少しずつ人慣れもさせていかなければならない。だから学校に通わせる事にした。それで高校にも出来れば進学して卒業して欲しい。中卒の人生は選択肢が少ないというのは前世で経験済みだ。

 

 それを言う自分自身学歴はないのだが、こっちは既に裏社会で生計を立てられるから良いのだ。

 

「ではサオリさん。入ってください」

 

「ほら、呼ばれたぞ?」

 

「っっ…!?」

 

 背中に身を潜めている彼女に声を掛けてやる。だが呼ばれた事に肩をビクつかせて反応はしたが動こうとしない。

 

「シャキッとしろ。殺し屋に銃を向けた度量は何処に行ったんだ?」

 

「ぅぅ……」

 

 同年代の子供の方が殺し屋に銃を向けて啖呵を切るよりも楽勝なはずなのだが、彼女にとっては見ず知らずの人間が大勢居る場に出る方が勇気が要るらしい。

 

「ほら」

 

「んっ……あぁ…」

 

 帽子を取って彼女に被せてやる。

 

「貸してやるから行けるよな?」

 

「うん……!」

 

 帽子を取った所為で跳ねる髪の毛で人前にはあまり出たくないが仕方がない。何時までも待たせたら先生が困るからだ。

 

 セーラー服にソフト帽なんてミスマッチだが、致し方ない。でも背中に身を潜めるのを止めても腕を放してくれないのはもう少しどうにかならないものかと思う。

 

 だから教室の中にまで引っ張られてしまった。

 

「それでは自己紹介をお願いします」

 

 先生のスルースキルがありがたいぜ。

 

「ぁ、ぅ、ぅぅ……」

 

「ただ名前を言うだけだ。そう固くなるな。あ、ちゃんと日本語でだぞ?」

 

 他の子供たちには会話がわからないように英語で話し掛ける。

 

「…わ、わかった……っ」

 

 背中を押してやってようやく決心したか、一度頷いて深呼吸して、口を開いた。

 

わたしの名前はサオリです(My name is SAORI)これからよろしくお願いします(Nice to meet you)。ぅひゃうっ!?」

 

「誰が英語で自己紹介しろっつたバカ」

 

「ぅぅ…。いたい…」

 

 日本語で自己紹介をしろと言ったのに普通に英語で自己紹介したからチョップの刑である。

 

「リテイク! やり直せ。ちゃんとやらなきゃ帽子を返して貰うぞ」

 

「やっ…っ。が、がんばる、から。やだ…っ」

 

 いや帽子はおれのだからあとでちゃんと返して貰わなきゃ困るんだが。

 

 ともかくようやくマトモに自己紹介が出来そうだ。そして早く済ませて欲しい。さっきから注目の的になってて恥ずかしくて仕方がない。

 

「サオリ…、で、す。……アメリカ、か、ら、き、まし、た。よ、よろ、し、く……」

 

 それで短い自己紹介を日本語で終えられた彼女は、帽子のつばを引っ張って目深に被った。

 

「という感じでこの娘はまだまだ日本語を勉強中だ。不便かもしれないが、仲良くしてやってくれ」

 

 そうおれが締め括ると拍手が送られて、サオリはまたおれの背中に引っ込んでしまった。

 

 先ずは人見知りを直すところから始めないとならないな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 手の傷も治り、若干傷口が手を動かすと痛む程度になる頃。寺にやーさんの空気を感じる男が現れた。

 

 なんでも五エ門の噂を聞いてやって来たらしい。

 

 相変わらず見る者を惚れ惚れさせる居合いに、そのやーさんの男も惚れ込んで、五エ門に用心棒を依頼した。

 

 ただ、何故か自分もその時治った左手の調子を見るために空き缶を早撃ちしていたらスカウトされてしまったわけだが。

 

 日本への渡航費や戸籍を用意したり車を買ったりと出費はしていたから、その補填の為に仕事に就けるのは有り難い事だ。

 

 五エ門を見定めた男の名は稲庭牧男。

 

 鉄竜会という極道でも名のある組の組長さんだった。

 

 城を船に乗せたような物凄い賭博船を経営している。国が違っても儲けの手段は同じという事だ。

 

 おれはいつもの通りの格好だが、五エ門は紋付き羽織に、斬鉄剣も装飾を与えられて、るろう人侍が武士になる勢いでイメージが変わった。

 

 だが新参者の五エ門や自分に組長が世話をやいてくれるのが気に入らないという態度を隠さない鉄竜会の幹部たちの態度の小ささに、五エ門は相手にする気がない様で、何を言われても涼しく受け流している。それが本物の強者の余裕なのだが、それを不遜な態度に映るらしい目ン玉の時点で節穴だな。

 

 用心棒四天王とはいっても、五エ門や次元を見ているおれからすると、器の小ささがどんな強い言葉を言っても弱く見える。弱者の遠吠えのそれに近い。

 

 そしてお約束の様におれにも突っ掛かられる。見掛けが子供だからナメられるのはもう慣れた。言葉を言っても無駄だから、実力は鉄火場で示すだけだ。

 

 しかし五エ門の白い紋付き羽織に合わせて黒の紋付き羽織を拵えてもらってなんか悪い気がする。羽織るだけなら問題ないから羽織っているけど、それで余計に気に食わないらしい。古参の面子があるのもわかるがねぇ。組長の見込んだ男を新参だからとなじるのが極道の幹部がする事か。

 

 警備の打ち合わせにも閉め出されているから、やることがなくて組長の隣に立って暇を弄ぶ。五エ門も立派になった斬鉄剣を抱いて静かに座っている。

 

 大きな賭博の裏には客に紛れて何かしらのトラブル要因がある。

 

 例えば今、組員に連れてこられたのは余所の組員の男。賭博でイカサマをしたらしい。御愁傷様である。

 

 だがそんな組員を連れ戻しに、その余所の組の組長が手下を連れて幹部室にカチコミにやって来た。

 

 悪いことをしたのはそっちなのに難癖つけてくるものだから西郷兄弟の弟の方が動いた。

 

 相手の組長を鉄棍で顔面フルスイング。良い音が鳴った。

 

「「「「「野郎…っ!!」」」」

 

 同道していた手下達が果物ナイフの様に細いヤッパを抜いた。あれで襲い掛かられても恐くはないが。

 

 ヤッパを抜いたのなら殺る気があると言うことだ。

 

 五エ門は身動きする様子はない。鉄竜会のお手並み拝見と行くらしい。渋いねぇ。

 

 だがガンマンとしては獲物は早い者勝ち。

 

 瞬時にマグナムを抜いて5連射。ヤッパを持つ相手の組員を武装解除して、マグナムを納める。あとはお好きにどうぞと言うように、また稲庭組長の傍に控える。

 

 銃声の所為で一拍空白が生まれたが、すぐに制圧は終わった。

 

「新入りさんよ、出番がなかったな。それとなガキ。いきなりチャカぶっぱなすなよ。コイツらと一緒に始末されても文句は言えねぇぜ?」

 

「おれはおれの仕事をしたまでだ。その時は手前ぇらの鼻の穴が3つに増えるだけだ」

 

「ふっ。おもしれぇ事を言うガキだ。次のカチコミで是非見せて貰おうじゃぬぇか」

 

「ああ。楽しみにしておけよ」

 

 こういう場面ではナメられない様に胸張った態度でいる方がちょうど良い。昔ならビビってこんなこと出来るワケがないんだが。次元大介という裏社会一のガンマンの弟子として、銀色の二挺拳銃(シルヴァリオ・トゥーハンド)というガンマンとしての築き上げた自分はこうしてヤクザのガンを涼しく受け流せる肝っ玉を鍛え上げられた。まぁ、ガンマンという自分のスイッチを入れないと恐いものは恐いんだが。

 

「五エ門…!」

 

「死ね稲庭ぁ!!」

 

 西郷の弟に殴られて伸びていた相手の組長が俯せの体勢から起き上がるフリをして銃を構えていた。

 

 稲庭組長の前に出て、銃口から射線を計算しながらマグナムを抜く。だがそれよりも早く五エ門が駆け抜け、撃たれた弾を斬鉄剣で弾き、相手の組長を足で仰向けにすると、銃を斬り裂いて解体した。

 

「お見事!」

 

 その鮮やかな手並みに稲庭組長はご満足の様子だ。

 

「斬鉄の技に早撃ちのガキか。まるで曲芸団だな」

 

「お主らと肩を並べるには、これで充分でござる」

 

「ぬぅ…っ」

 

 そんな五エ門の態度が気に食わないらしい西郷の兄は顔に不満を隠さずに唸る。面倒だなぁ、まったく。

 

「良くやった五エ門、ノワ坊」

 

「某は勤めを果たした迄でござるゆえ」

 

「ありがたくいただきますよ、組長」

 

 懐の広いボスは付き合っていて楽で良い。

 

 組長に肩を叩かれ、お褒めの言葉を素直に受け取る。

 

 使った弾を交換していると、船が揺れた。

 

「五エ門」

 

「拙者が見てくる。お主は稲庭殿の傍に」

 

「承知した」

 

 船の不自然な揺れの連続に、五エ門が様子を見てくると席を外した。

 

 だがその間にも不自然な揺れは続く為、避難する事が決まった。

 

 廊下を歩いていると爆発音と共に船体が大きく揺れる。

 

「爆発…? 機関室から、か…?」

 

 爆発の音がした距離と揺れ。頭に入れてある賭博船の見取り図。そこから逆算して機関室で爆発が起きたのだろうと当たりをつける。

 

 この賭博船は構造物に可燃性の物も多い。早く避難する方が懸命そうだ。

 

「っ!? 伏せろ!!」

 

 爆音が直ぐ右で聞こえた。だが身体が動く前に視界が真っ赤に染まり、身を焦がす程の熱が身体を舐めていった。

 

 

 

 

to be continued… 



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子犬と銭形

ようやく血煙の石川五エ門が半分終わる。とはいえ次で一気に血煙篇は終わるでしょう。

アンケート的には次はカリオストロになると思います。

時系列が難しいですけど、なんとかやってみます。意外と1$マネーウォーズや燃えよ斬鉄剣にも票が入っているので、時系列的に先に燃えよ斬鉄剣が次の次で来るかもしれません。


 

「…っ、くっそぉ……っ、いっっ」

 

 軽い火傷もヒリヒリするが、酷いのは頭だ。何かが当たったのか、帽子の上からでも頭が割れたらしい。

 

 短い時間だが気を失っていたのは確かで、周りは炎が燃え盛っている。酷く焦げ臭い。

 

「早く、逃げないと……」

 

「……その、声は…、ノワ坊、か…?」

 

「っ!? 組長!?」

 

 弱々しい稲庭組長の声が聞こえた。燃え盛る熱を耐えながら、階段で木材に潰されて倒れている稲庭組長を見つけた。

 

「組長、しっかり!」

 

「くっ…、ざまぁ、ねぇ……っ」

 

 周りに他の組員は誰もいなかった。仁義の極道が聞いて呆れるなまったく。

 

 木材の柱は、残念ながら子供の腕力でどうにかなる重さじゃない。五エ門が居れば斬鉄剣でどうにか出来るのだが。

 

「っぐ、逃げろ、ノワ坊。おめぇまで丸焼きになるぞ」

 

「お銭を貰ってないのに死なれちゃ困るんだよ組長!」

 

 折り重なった柱。頭にぶつかってるから早く医者に見せないと危ない上に、仰向けになっている四肢が柱で潰されている。

 

「少し荒っぽく行きますよ!」

 

 こっちもいつ焼けるかわからないから手段は選ばない。

 

 マグナムを抜いて柱を撃つ。弾を込める左手がヒリつくが無視する。

 

 マグナムで柱を削るというバカみたいな方法だが、これしか今はない。

 

「くそっ」

 

 細くなった柱を蹴ってへし折る。

 

 組長の両手両足は見事にへし折れている。

 

「っ、熱っっ」

 

 火の手も周りが木材中心だから回りが早い。

 

「……も、もう、良い。行け。鉄竜会は、荷物になるな、が、掟だ…」

 

「あいにくおれは組員じゃない。雇われの用心棒だ。弾代とスーツ代に治療費は別料金だ組長」

 

 だがこのままおちおちしていたらおれも焼け死ぬ。

 

「組長。命と手足。どっちを取る」

 

「……任せる。やれ、ノワ坊」

 

「ああ」

 

 まだ柱に潰れている腕にマグナムの銃口を向ける。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 病院で治療を受け、横になっていると部屋のドアが開いた。

 

「五エ門先生…か……」

 

「……かたじけない」

 

「貸しひとつだ」

 

 自分も稲庭組長に雇われた身だが、先に依頼を受けたのは五エ門の方だ。

 

 賭博船のエンジンをぶっ壊した斧男の話を聞くが、心当たりはない。自分の知識にはない出来事の様だ。

 

 しかし五エ門が仕留め損なうという事はそれだけの実力者という事だ。

 

 紋付き羽織のお陰で爆発の炎を受けても軽い火傷で済んだ。五エ門と同じサイズで作ってあったから丈が長くて膝ぐらいあったからな。

 

 ただ頭が割れて数針縫う怪我だ。それに髪の毛も少し焦げた。

 

「稲庭殿は…?」

 

「生きちゃいる。だが四肢が使い物にならない上に怪我が怪我だ。今は集中治療室に入ってる」

 

 それでもあれで死んでないのだから組長も頑丈な人間だ。普通の人間なら柱が頭を直撃した怪我で死んでるぞ。

 

 マグナムで左腕と左足を撃って削り千切った。そうでないと今頃組長と揃ってこんがり丸焼けだ。

 

 鉄竜会も組長が生きていたからそれほど荒れちゃいないが、賭博船をキャンプファイヤーにした斧男を逃した五エ門。さらに組長の手足をもいだおれへの風当たりは強い。それにまだ不確かな情報だが、賭博船の売上金を盗みにルパンが乗り込んでいたらしい。

 

 まったく、面倒にごちゃごちゃしやがってからに。

 

「どこに行くんだ?」

 

「……某の不始末故、片をつけに行く」

 

「そうか。おれの分も頼むわ」

 

「委細承知」

 

 この傷で戦えるとは判断しない。だから仇討ちは五エ門に任せて今は寝る。

 

 一眠りした所で、部屋に今度は鉄竜会の組員が入ってきた。

 

 組長が面会をしたいとのお達しだ。1日で話せる様になるなんて、極道の組長ってのは余程頑丈だな。

 

 組長の個室に入ると、そこでは鉄竜会用心棒四天王までお待ちだった。

 

「どの面下げてオヤジの前に現れやがった、ガキ」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 絡んでくる西郷の兄を軽くいなして、稲庭組長が横になっているベッドの横に立つ。

 

「…よぉ、ノワ坊。元気か……?」

 

「お互いに。組長」

 

「五エ門はどうした…?」

 

「組長の手足の敵討ちに」

 

「そうか。律儀な侍だ…」

 

「ええ」

 

 言葉は少なく、だが、互いの言いたいことは伝わっている。他の組員が居るから細かい話は出来ないが、命の礼は受け取った。

 

「銭の心配はするな。今は傷を癒せ」

 

「組長も。お大事に」

 

 踵を返して、ガンを飛ばされながらも、それを涼しく受け流して組長の病室を出る。

 

 廊下を歩いていると、数ヵ月前に出逢った茶色い帽子とトレンチコートを目にした。

 

「……なんでここに居る。坊や」

 

「……仕事だよ。銭形警部」

 

 そう、病院の廊下でまさかの銭形のとっつぁんとエンカウントだ。

 

「ルパンは何処だ?」

 

「さて。おれはルパンと組んでるわけじゃないんでね」

 

 ルパンと組んでいるのはパッパの方だ。そして、ニューヨークで別れてからルパンとは会っていない。だから今どこに居るのかもわからないのは本当の事だ。

 

 今はマグナムも持っていないし、銃刀法でしょっぴかれる理由もない。

 

「待て。……この男を見ていないか?」

 

 そう言って銭形が見せてきた写真には軍服を着た金髪のおっさんが写っていた。

 

「いや」

 

 特徴は五エ門から聞いた通りのものだ。顔は覚えた。

 

 だが見ていないのは本当の事だ。銭形にそう答えて去る。

 

 病室に戻ってマグナムを腰のホルスターに納めて病院を出る。

 

 敵討ちは五エ門に任せたが、それでも探さないとは言っていない。

 

「足がねぇな」

 

 五エ門と相乗りで組長の車に乗っていたから、車は家だ。

 

 借りている借家にもここからじゃ遠い。

 

 困っているととっつぁんが病院から出てきた。

 

「ちょっとそこまで乗せてくれないか? 銭形警部」

 

「俺の車はタクシーじゃねぇ」

 

「固いこと言うなよ」

 

 助手席に乗り込んで、ドアを閉める。

 

「公務執行妨害で逮捕するぞ?」

 

「おれも写真の男を探してる。銭形警部に着いていけば会えるってカンが囁くんだ」

 

「ちっ。かわいげのねぇ坊やだ」

 

 降りる気がないのを汲んだとっつぁんはエンジンを掛けて車を発進させた。

 

「あの写真の男はなんなんだ。なんで賭博船を襲った」

 

「知らん。知っていてもお前に喋りはせん」

 

「さいですか。だが、名前くらいは知りたいね。おれだって被害者だ。その権利くらいあるだろう?」

 

 そう。今回のおれはなにもしていない被害者だ。だがあの五エ門が仕損じる男だ。それほどの男がどうして賭博船を燃やしたのか知っておかないと引き際がわからない。

 

「男の名はホーク。バミューダの亡霊だ」

 

「……マジか」

 

 バミューダの亡霊の噂はニューヨークに居るときに耳にしている。バミューダの極秘作戦中に戦死した既に死んでる筈の男だ。2000人もの兵士をひとりで殺した化け物。

 

「そんな化け物がなんで日本を彷徨いてる」

 

「わからん。だが、あの賭博船に居たのなら、ルパンと関係があるはずだ」

 

「ルパンが賭博の売上をガメたって組員が言ってたっけな。事実確認はまだだけど」

 

「なんのつもりだ」

 

「言ったでしょう。おれも被害者だ」

 

 とっつぁんの前だからタバコも吸えないが、贅沢は言えない。

 

 警察無線で大男の外国人がバイクを盗んだという通報が流れてきた。場所はこの街のアメリカンバーだ。

 

「そこの交差点を左。信号五つ越えたら右で湾岸道路に出れる。今の時間ならそっちの方が早い」

 

「……詳しいな」

 

「仕事場の地図を頭に入れておかなきゃボディーガードは勤まりませんの」

 

「ハンス・ダラハイドのボディーガードはどうした?」

 

「任期満了でお勤め終わったから、故郷を凱旋ですよ」

 

「故郷だと?」

 

「生まれも育ちも日本ですよ。埼玉の田舎町で生まれた。梨が旨い良い場所なんです」

 

 といっても前世の話だが。

 

「それがなんだってアメリカに居た」

 

「さてね。誘拐かなにか。気づいたらスラムに居た。気づいたら銃で生計を立てる様になった。向こうの裏社会じゃ珍しくもない」

 

 世間話程度に自分の素性を話したが、調べた所でなにも出てこない。この身体の本当の生まれだってわからない。知りたいとも思わない。もうこの身体の人生はおれのものだ。

 

 アメリカンバーに着くと、当然ホークは居ないわけだが、どっちに行ったかまでは目撃情報があった。

 

「まだ着いてくる気か?」

 

「ホークを見つけるまでは」

 

「そうか。なら公務執行妨害で逮捕する 」

 

「冗談。何も邪魔しちゃいませんのに」

 

 そして銭形にメモ用紙を一枚渡した。売上金の行方は鉄竜会でも調べている。とっつぁんが聞き込みをしている間、無線を通じてあれこれ調べていた。賭博船の救命ボートが見つかったそうだ。

 

 そして売上金を持って移動出来る範囲の中の手頃で人目につきにくく、でもチョイとおしゃんてぃな別荘をリストアップして、怪しげな場所をさらに絞った。

 

 ルパンだけならわからないが、一緒に次元パッパも居るなら万が一に逃げるのも想定して此処だろうという場所を選んだ。

 

「なんだこりゃ?」

 

「ルパンが居そうな場所。ホークの狙いがルパンなら、その場所に居る」

 

「何が狙いだ」

 

「ホークの行方」

 

 また走り出す車。山道に向かっていく。

 

「何故ホークを狙う」

 

「依頼人の仇討ちをしたい生真面目さんがいて、そのお手伝いですよ」

 

 車はどうやらおれの絞り込んだ山荘に向かうらしい。

 

 それで良いのかとっつぁん。

 

「居れば良し。居なければ虚偽で任意同行だ」

 

「さいですか」

 

 車に揺られて山道を走る。信号に引っ掛かり、信号待ちをしていると警察無線が入った。

 

 山荘で爆発事件。目撃情報から現場から逃走するスポーツカーとオートバイが確認されたそうだ。

 

「ルパンにホークか。なにしてやがる」

 

 信号が切り替わって動き出す車の中でマグナムを確認する。弾を変えて再び戻す。

 

「……許可はあるのか」

 

「抜かりなく」

 

 と言っても偽造だけど。

 

「っぐ!?」

 

 左手の傷が急に痛み出しだ。

 

「どうした…?」

 

 急に呻いて、左手を抑えたからだろう。とっつぁんに訊ねられたが、わけがわからない。ただわかるのは。

 

「斬鉄剣が……鳴いてる」

 

「なに? むっ」

 

 車のライトに照らされて道のど真ん中に佇む大男の姿があった。

 

「五エ門…っ」

 

 ルパンと次元に担がれた五エ門の姿があった。

 

 止まった車からこっそりと抜け出して、山の斜面を登って少し遠回りでルパンたちと合流する。

 

「よう、ノワール。どうしたんだ、こんな山奥で」

 

「この子犬ちゃん。さっき銭形の車から降りてきたわよ? グルなんじゃないの?」

 

「今組んでるのは五エ門とだよ。それより五エ門はどうしたんだ」

 

「木こりのビッグベアにやられたんだよ」

 

「ウソだろ…。噂通りの化け物か、バミューダの亡霊は」

 

「なんだ。知ってたのか」

 

「賭博船をカムチャッカファイヤーにしたって五エ門と銭形のとっつぁんから聞いたんだよ」

 

 ルパンたちと話していたら、起き上がった五エ門はまるで夢遊病患者のように歩き出した。

 

「何があったんだ…?」

 

「居合いの一閃を見切られたんだ。それでああだ」

 

「五エ門の居合いを!? 何てやつだ…」

 

 五エ門の居合いの速さはおれだって何度も見ているが未だに見切れた事はない。それを初見で見切れたなどと信じられなかった。

 

「どこ行くんだ?」

 

「五エ門を追い掛ける」

 

「やめとけ。今のやつに何をしても野暮ってやつさ」

 

「何もしなくても見ているだけは出来る」

 

 そもそもこの件は自分も無関係じゃない。

 

 ルパンの言うように野暮だろう事はわかっている。それでも放って置く方が今の五エ門は危ない。

 

「あ、おい。ノワール…!」

 

「最近見ないうちに別の人に懐いちゃったのかしら?」

 

 別に懐いてるのとは少し違う。ただ、見届けなければならないと思っているだけだ。

 

 焼けて着られなくなった黒の紋付き羽織の代わりに、五エ門の落としていった白の紋付き羽織を肩に羽織って、おれは五エ門のあとを追った。

 

 

 

 

to be continued…

 



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子犬と見切り

血煙のとっつぁんヤバいよね。射撃が次元並みだと思い出すカッコいいシーン。ホークのバイクのリアタイヤを、スリップする車の窓から後ろ向きで撃って撃ち抜くところでご飯三杯行ける。


 

 修行を始めた五エ門を見守る。

 

 荒れる波が打ち付ける細長い岩の上で斬鉄剣を腰溜めに構えたまま、飛び出してきた大きなサメの牙に背中を切られる。

 

「なんで抜かないのよ?」

 

 普段の五エ門なら、ただのサメなんて切り伏せるのは簡単な相手だ。だが五エ門は斬鉄剣を抜かなかった。

 

「抜かないんじゃない。抜けないんだ……」

 

「ノワールの言う通りだな」

 

「居合い斬りを見切られた嫌なイメージが頭ん中にこびりついてるんだよ」

 

「呆れた。男ってどうしてそうバカなのかしら。付き合いきれないわ」

 

 そう言って不二子は去っていく。確かに物事を現実的に見る女にはわからない感覚だろう。

 

「バカもバカ。大バカ野郎だな」

 

「男っていうのはみんなそんなもんだろう」

 

 だが男だから、プロフェッショナルだからわかる話だ。

 

 今の五エ門は剣士としてのプライドを根本からポッキリ折られている状態だ。

 

「く……っ」

 

 疼く左手の傷を、拳を握り締めて耐える。

 

 傷は治っているはずだが、今まで感じたことのない程の痛みを発している。奥歯を噛んで堪えていなければ喚いてしまいたいくらいに痛い。

 

 10mくらいの高さの薪に火を点けた炎に囲まれている五エ門を見守る。

 

 サウナなんかめじゃないくらいの熱風。中心に居る五エ門は火炙りに近い。

 

「熱じぃっっ」

 

「焦げくせぇっ。アイツ良く耐えられるな」

 

「ぐ……っ」

 

 左手の傷からまるで炎が噴き出しているのではないのかと思うほどに全身に熱が駆け巡っていく。

 

 それを一夜掛けて五エ門は耐え抜いた。

 

 だが次は滝に打たれて耐える五エ門を見守る。

 

 全身焼けそうだった感覚が、今度は正反対の凍えそうな冷たさだ。

 

 滝の上から巨大な丸太が落ちてくる。

 

 だがそれでも五エ門は斬鉄剣を抜かない。

 

 丸太の直撃を受ける五エ門。

 

「ぐぅぅぅっっっ」

 

 そして、治った筈の左手の傷口がぱっくりと割れ、血が滴り落ちた。

 

「おいノワール…」

 

「っっ、平気だ…。これくらいっっ」

 

 ルパンに声を掛けられるが、おれは五エ門から目を離さない。

 

 オカルト的な現象だろう。だがわかる。これは斬鉄剣の痛みだ。そして五エ門の痛みだ。

 

「どうなっちまってるんだこりゃ」

 

「……自己投影だな」

 

「自己投影?」

 

「他人に自分を重ね合わせることさ。五エ門もバカならこいつもバカだって事さ」

 

 ルパンが何か言っているが気にしない。今は五エ門の一挙一動を見離してはいけない。そう斬鉄剣が言っているような気がするからだ。

 

 そして昼からは巨大な岩壁相手に抜刀する構えのままでじっとする。

 

 五エ門の意識の間合いの外で、おれも座禅を組んで静かに精神を研ぎ澄ませる。

 

 2日も食べていない。空腹もかなりのものだが、空腹を感じていられるのなら自分は余裕がある。おそらく五エ門はさらにその先に居る。

 

 斬鉄剣が教えてくれる。

 

 抜いた刃を、大きな手で掴まれ、そして大きな斧で肌を擦られ、鍔を切られた。

 

「ぐあっ…っっ」

 

 右の鎖骨の下辺りから痛みがして、服に血が滲み出した。

 

「……もうその辺にしておけ。死ぬぞ」

 

 そう言ったのはルパンだが。それではダメだ。

 

 見届けろと、斬鉄剣が言っている。だから首を横に振った。

 

 ルパンが何も言わずに去っていく。その足音すら敏感に感じられる。

 

 五エ門が何をしたいのかわかってきた。極限まで己を追い詰めて会得できる感覚を手に入れようとしている。それを斬鉄剣が教えてくれる。

 

 人を惑わす妖刀だあれは。

 

 その切れ味に魅せられたらもう戻れない。

 

 夜通し五エ門は岩壁と向かい合った。

 

 朝日が昇り、ルパンたちが去っていく。

 

 雨が降り始め、体温を奪う。雷が耳を苛む。

 

 静かに穏やかに。ただ一点の曇りのない刃を鍛え上げる。

 

 五エ門が立ち上がった。

 

「いくのか……」

 

 小さく呟き、おれも立ち上がる。身体の感覚が鈍い。五エ門の様に自身を追い詰められなければこの様に何も得られない。

 

 五エ門のあとに続いて、山を歩く。

 

 身体の感覚が鈍くなり過ぎて、どうなっているのかわからない。

 

 だが、人里に近くなると、わらわらと鉄竜会の人間が集まってきた。

 

「なんだぁお前。その格好は? 生きてるのか?」

 

 何か言っているが、正直おれも何を言われているのかはわからない。

 

「気を付けた方が良いぞ」

 

「何か言ったか? クソガキ」

 

「耳が聞こえないから返事はしない。ただ、五エ門の前に立つな。武器も出すな。斬られても知らねぇぞ」

 

 おそらく今の五エ門は、銃を抜けばおれでも斬られるだろう。

 

「そうかいおもしれぇ。なら、やって貰おうじゃねぇか」

 

 そう言って鉄昆で五エ門を叩こうとしたバカの武器を撃ち落とす。

 

「このクソガキっ」

 

「喚くな。死にてぇのかバカ」

 

 正直今の自分も良い案配に狂っている。だから武器を抜けば構わず撃つ。

 

「お主たちを斬る道理はない。そこを空けて貰おう。指一本動かすな。そうすれば命だけは助けてやる」

 

 五エ門が口を開いた。斬られたくないからマグナムをしまう。

 

 五エ門の気配が変わった。今の五エ門には、何かが違う。

 

 冷たい刃だ。

 

 五エ門の意識の間合いのギリギリ外に居るから、斬られずに済んでいるが、少しでも五エ門に殺気を向けたら此方にも跳んでくるだろう。

 

 斬鉄剣が笑っている。

 

 音でわかる。過去にないほどの鋭く滑らかな太刀筋に感涙している。

 

 斬られた鉄竜会の面々の間を抜けて、五エ門のあとを追う。

 

 それでも生きていて片手が無事なやつが武器を手にするが、それを手を撃ち抜いて無力化する。

 

 血の滴る左手でも、今は痛みも鈍い。

 

 撃ち切った弾を1発1発込め直す。

 

 熱さも鈍い。身体を打ち、服に染みる雨の冷たさも鈍い。

 

 そんな半死半生の体で歩き続けて、耳に聞き慣れたマグナムの銃声が聞こえた。

 

 光に誘われる蛾のように、音のもとへ向かって歩く。

 

 呼吸が聞こえる。五エ門の静かな呼吸。斬鉄剣の呼吸。足を怪我した銭形の荒い呼吸。逃げて走るルパンと次元の激しい呼吸。

 

 廃れた寺の境内に入る。

 

 五エ門とホークの一騎討ちが始まった。

 

 斬鉄剣を抜いた五エ門の太刀筋をホークはまた見抜いて左指で斬鉄剣を掴んで止めた。だが、五エ門は止まらずにさらにホークに近付き、飛び上がりながら身体を横に回転させて斬鉄剣でホークの親指を裂いた。だがホークに右肩を斧で切られて、寺の屋根に吹き飛ばされた。

 

 お堂の柱を切り裂いて行くホーク。支えを失った屋根は崩れ、崩壊する。

 

 五エ門とホークが再び向き合い、仕掛けたのはホークだった。

 

 左手の斧を投げるホーク。それを鞘から抜いた斬鉄剣で切り裂く五エ門。

 

 その場で一回転してホークに背中を向ける五エ門。

 

 ホークの右手が降り下ろした斧が、五エ門の左腕を大きく削ぎ落とした。だが、五エ門はホークの右腕を切り裂いていた。

 

「なあっ!?」

 

「あああっ!? ダメだぁ…!」

 

「……ホークの右腕が落ちるよ」

 

「なにぃっ!?」

 

「……見えたのか?」

 

「ああ…」

 

 ルパンに言葉を返す。そしておれの言うようにホークの右腕が落ちた。切り口が鮮やか過ぎて暫く傷がくっついている。まるで漫画だな。いや、漫画の世界かここは。

 

 五エ門みたいに何かが見えているわけじゃない。だが、五エ門の太刀筋のすべてが()()()

 

「っっっ!?」

 

 ホークが雄叫びを上げながら斧を降り下ろすが、それを五エ門は斬鉄剣の刀身を滑らせて、太刀筋をいなした。

 

 ホークが切り返す前に、五エ門がホークの首を落とした。

 

「っっっっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ――っ」

 

 そして、自分の首も落ちる幻を視た。

 

 全身から噴き出す汗。死の瞬間。

 

 確かに今、一瞬、自分は五エ門の剣気で死んだ。

 

 だが生きていると脳が正常に物事を判別し、腰が抜けて地面にへたり込んでしまった。

 

 ホークも同じ様に自分が死んだ幻を視たのだろう。

 

 自分自身だけでなく、対する相手にも打ち合う幻を視せて死を与える。今の五エ門はそれほどにただひとつ、()()ということに精神を研ぎ澄ませている。

 

 勝負は着き、それからあとのことはわからない。何故なら気を失っていたからだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 鉄竜会の用心棒の仕事も終わった。

 

 といっても色々とボロボロで最初の1日以外まともに仕事をしていないが。

 

 再び縫合された左手。負ったはずのない切り傷。

 

 これは精神の影響が肉体にまで効果を及ぼした結果だ。記憶の刷り込みで実際には負っていない火傷を負わせるという実験。それと同じで、五エ門の一挙一動を視る事に埋没していた所為で全身火傷を負った上に、五エ門が最初にホークに負わされた傷や、サメにやられた傷も、自分は負っていた。

 

 ホークとの一騎討ちの時は客観的に見て、五エ門の太刀筋を視ていたから大丈夫だった。でなかったら今頃おれも大怪我じゃ済まなかった。

 

「以上が事の顛末です」

 

「…そうか」

 

 自分が見たことを、おれは稲庭組長にすべて話した。

 

「わけぇのを抑えられなかった俺の不始末だ。五エ門によろしく伝えてくれ」

 

「はい」

 

 頭を下げて、病室を出る。

 

「組長がよろしくと言っていたよ」

 

「かたじけない」

 

「差し引きゼロからまた貸しひとつだ」

 

 理由はどうあれ、組長を守れなかった上に組員を切り伏せた五エ門は稲庭組長に見せる顔がないと言うんで、代わりにおれが顔を出した。

 

 ちなみに気を失っていたおれを病院に運んだのは五エ門らしい。

 

 あのあとやって来た銭形のとっつぁんから逃げるのにルパンと次元パッパはトンズラだと。薄情な親だ。

 

 そんな波乱の1週間を終えて、おれは借家に帰ってきた。

 

 サオリを学校に通わせる為に借りた家。アパートなんて周りにはないから借家になった。一応金ならあるからどうにかなる。

 

 時間的には学校から帰ってきてる頃だろう。というか気配が家の中にある。

 

 玄関に入ると、ドタドタと騒がしくなる。引き戸だから音が誤魔化せない。

 

 そのまま走ってきた彼女に、抱き着かれて廊下に押し倒された。

 

「ぅっ、ぅぅ…、っっ」

 

 1週間帰らないだけで泣かれるとは思わなかった。

 

「学校にはちゃんと行ってたか?」

 

 その言葉に彼女は首を横に振った。

 

「……悪い娘だなぁ」

 

 涙でグショグショな顔を上げる彼女の頬に手を掛けながら、親指で拭ってやる。

 

「明日は行くぞ、学校」

 

 それに何度も頷く彼女を見て、身体を起こしながら、その肩に顎を乗せて寄り掛かった。

 

「え? あ、ぅあ、ぅぅっ」

 

「少し寝る。おやすみ」

 

 心身共に限界過ぎて、女の子に身体を預けて寝るなんて醜態を晒しているが、今回ばかりは精も根も、尽き果てた。

 

「Good night NOIR……」

 

 そんな囁きと小さなリップ音もオマケに聞きながら、意識を落とした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 風の音が聞こえる。胸の鼓動が聞こえる。地の揺れを感じる。

 

 天地鳴動というのか。極限にまで研ぎ澄まされた意識はすべてを感じ取る。明鏡止水。クリア・マインド。

 

 アクセルシンクロォォォォォォッ!!!!

 

「痛っ」

 

「……煩悩が紛れているぞ」

 

「はい…」

 

 座禅を組んでいる所で五エ門先生に叩かれた。

 

 あれ以来、また少しおかしくなったらしい。

 

 だが、そうでもないと鋼鉄を斬るなど夢のまた夢だろう。

 

 本格的に五エ門が修行をつけ始めてくれる様になった。

 

 刀の振るい方以外にも、その為の身体作りも指導してくれている。それほどの身体能力の強化があって始めて鋼鉄斬りは修得出来るのだろう。

 

 さらには鍛冶職人も紹介して貰えた。

 

 合間を縫って包丁造りに勤しんでいる日々だ。

 

 時には用心棒の仕事も入れて、武器を主に模造刀を振り始めた。

 

 さすがに日本でマシンガンは相手にしないが、ハンドガンの弾丸なら見切れるようになった。

 

 しかし斬鉄剣を造れる様になるまで何年掛かるかは不明だ。

 

 

 

 

 

to be continued… 



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カリオストロの城
子犬と子猫と偽札


アンケートで一番票が多かったカリオストロの城篇が始まりますが、多分そこまで面白くは出来ないかもしれません。大本の完成度が高すぎて手を加えられない意味で。




 

 生活拠点に日本を中心にしながら、時折ルパンの仕事を手伝ったりしてなんのかんの過ごしたある日。

 

 銀行からお金を引き下ろしたお札を数えていた時だった。

 

「ん…?」

 

 何となく1枚の一万円札に違和感を覚えた。

 

「どうかしたの?」

 

 学校から帰ってきたサオリに声を掛けられた。

 

「ぅひゃう!?」

 

「ああ、お帰り」

 

「痛いぃ……」

 

 また英語を使った彼女にチョップしつつ、テーブルの上に一万円札を並べていれば普通に不思議がられるだろう。 

 

「この一万円札をどう見る?」

 

「なにか変、なの…?」

 

「なーんか気になってな」

 

 他の一万円札も出してみるが、その1枚だけが気になる。だが並べてみてもなんで違和感があるのかわからない。しかし何故か気になる。

 

 気にしても仕方がないからテレビを点けてニュースを回していた時だった。

 

 カリオストロ公国王女。クラリス・ド・カリオストロ姫結婚というニュースを見た。

 

「まさか……」

 

 先程気になった一万円札を手に取って、ニュースを映すテレビ画面と一万円札を行ったり来たり。

 

「ゴート札……」

 

 本物以上と言われた偽金。ナポレオンの資金源になったり、世界恐慌を引き起こしもした歴史の裏舞台にある偽札界のブラックホール。

 

「…また、行っちゃうの……?」

 

 背中に寄り掛かられ、抱き締められる。耳元で悲し気に甘える子供のような声を出す彼女は、毎回ルパン絡みの仕事になるとこんな感じに察してくる。普段の仕事は鉄竜会の稲庭組長絡みの仕事や、時々ダラハイドお爺ちゃんからの依頼も入ってきたりして家を空ける事もあるが、ルパン絡みの仕事は家を空ける間が長い事もあってこんな感じになる。

 

「着いてくるか…?」

 

「良いの!?」

 

 普段学校があるから仕事に関しては関わらせていないが、今回は観光客として滞在する予定だから連れていっても問題ないだろう。義務教育は出席日数も気にしなくて良いからだ。

 

「その代わり、言うことはちゃんと聞けよ?」

 

「うん!」

 

 というわけで、学校に暫く休ませる連絡を入れ、旅行に出る準備を進める。こんなことになるなら五エ門先生がルパンの仕事でヨーロッパに行くって話の時に着いていけば良かった。

 

「それと、銃も持っていけよ」

 

「銃も…?」

 

「一応外国だからな」

 

 日本国内で銃を持ち歩く事なんて皆無のサオリからすれば、銃も持っていくことに違和感を感じる程度には日本の生活は長いとだけ言っておく。

 

 そんな彼女の銃も、S&W M10から、M27に変わっている。通称.357マグナム、レジスタード・マグナムと呼ばれる357マグナム弾を撃つのに適した銃になった。

 

 弾の購入が1本になったから調達料金が安くなったのは良かった。

 

 最初は撃つ度に反動で跳ね上がっていた腕も、確りと保持し続けられる様になった。リロードの時に熱くなったシリンダーを触らなくなった。自衛程度なら出来るだろう。

 

 二挺のコンバットマグナムを後ろ腰のホルスターに収める。

 

 あとは造った野太刀も持っていく。居合いは出来るが、まだ鋼鉄斬りは修得していないし、鍛造の仕方も手探りだ。やり方はわかっても職人の腕が伴っていないからなまくらしか打てていない。斬鉄剣も形になるのにあと何年掛かるのやら。

 

 ちなみに野太刀なのは間合いの関係だ。自分の体型で五エ門と同じ様な間合いで斬るとなると必然的に剣を長くする必要がある。だから野太刀にしてみた。それで余計に斬鉄剣を造るのが大変になったわけだが、致し方ない。

 

 観光客として静かに滞在するつもりでも気づいたら巻き込まれていたなんて事はしょっちゅうだ。だからマグナムが効かないカゲ相手でも打撃武器として野太刀は使えるだろう。未熟とはいえ鍛造には斬鉄剣の技術を使っているからそう簡単には折れないとは思う。

 

 低身長に野太刀の浪漫がわかる同志はサイドテールの神鳴流剣士スッキーだろう。せっちゃん万歳。このせつ万歳。

 

 スバルに荷物を積み込んで、向かうは東京。ニューヨークまで飛んで、そこからヨーロッパに飛ぶ。車も込みだから値段が張るが、ダラハイドお爺ちゃんの格安ルートだからそこまで懐は痛くはない。また今度居合い斬りを見せに行かないとだろうが。

 

 チャーター機で貸し切りの飛行機を操縦しながらカナダで1度給油に降りたりしながら2日掛けてカリオストロ公国入りだ。

 

「カリオストロ公国なんて聞いたことない」

 

「人口3500人。世界で一番小さな国連加盟国だよ。テストに出るかもしれないから覚えておいて損はないかな」

 

 そう言いながら、国境の関所を抜けるためにした変装を解く。とはいえ帽子の代わりに着けた眼鏡と三編みにした後ろ髪を解いたりだ。軽い変装と服装を変えるだけでバレないもんだ。仕事の時は必ず黒いジャケットに帽子は外さないからだ。

 

 ジャケットをロングコート。下をハーフパンツに変えて、薄化粧をすれば意外にもバレない。ただし男としてのプライドにダメージを負う。

 

 某封印指定の人形師の様に眼鏡を掛けて人格を切り替えるなんていう技術も会得した。

 

 次元から早撃ちに重火器に乗り物の扱い。

 

 五エ門から刀の振るい方に忍の身体能力。

 

 ルパンから盗みの技術に変装術。

 

 不二子からは潜入術にその他色々。

 

 悪いことは色々と教わってきた。

 

 眼鏡を外して帽子を被る。このトレードマークがないと落ち着かなくてダメだ。三編みも解いて手櫛で整える。変装する理由としては、おれもICPOのデータベースに名前が載っているからだ。つまり国際指名手配の極悪人だ。

 

 仕事じゃなくて観光だから入国手続きは普通に表から堂々と行けば怪しまれない。

 

「でもどうしてこの国に来たの?」

 

「別に。ただの観光だ」

 

 タバコを咥えて、ライターで火を点ける。日本と違って人目を気にせずに吸えるから気楽で良い。

 

 おれの覚えた違和感の正体がアタリだったら、あの一万円札はゴート札だという事だ。そしてクラリスの結婚という事は、カリオストロでドデカい祭りの開催だ。これを黙ってスルーするわけにはいかないだろう。ルパン一家の一員としては。

 

「ぬがっ」

 

「ひゃっ」

 

 普通に走っていたのに不自然に車が揺れた。道の横に車を止める。

 

「な、なに?」

 

「パンクだな」

 

 位置的に左側のリアタイヤがパンクしたらしい。

 

 車を降りてスペアタイヤとジャッキを用意する。ホイール着きだからボルトを外して、付け替えて、ボルトを閉め直せば交換終了だ。

 

「んん?」

 

「どうしたの?」

 

 道具を片付けていると、耳にエンジン音が聞こえた。聞こえるのは構わないんだが、回転数が高速回転で猛スピードの上にタイヤのスリップ音も聞こえた。

 

 すると猛スピードで走り去る車には、なんでかドレス姿の女の子。

 

 そしてそれを追うリムジン。

 

 車に飛び乗ってエンジンを掛ける。

 

「フッ。おもしろくなってきやがったぜ」

 

「の、ノワール…?」

 

 エンジンが掛かって直ぐにアクセル全開。走り去った2台の車を追った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 日本から飛行機を使って2日。車でも走って3日目にカリオストロ公国なんて国に着いた。

 

 学校から帰ってきたらテーブルに一万円札を並べて唸っている彼が居た。

 

 2枚の一万円札を見せられたけど、何が違うのかわからなかった。

 

 テレビを点けてニュースを見た彼が、一万円札とテレビを交互に見て、いつものクセが出ていた。

 

 多分ルパンさんとのお仕事に行くんだと直ぐにわかった。ルパンさんとのお仕事の話があるとき、彼は独特な笑みを口許に浮かべるからだ。

 

 ルパンさんとのお仕事があるときは彼が遠くに感じていつも不安で、無事に帰ってくることを祈るしかない。その間はソワソワして学校で勉強も身に付かない。

 

 早く卒業して、銃の撃ち方ももっと身につけて、彼の役に立てるようになりたい。そうすればわたしも、置いていかれなくて良い様になると思う。置いていっても勝手に着いていけば良い。

 

 でも今回は珍しくわたしも連れていってくれるみたい。

 

 観光って言ってたけど、観光で終わるとは思っていません。

 

「ノワール…っ」

 

「しっかり掴まってろ!」

 

 物凄い速さで走る車。飛んだり跳ねたりもうめちゃくちゃ。観光なのに、ノワールのバカぁ!

 

「ハハ最高のステージだぜ。イニD世代舐めんなよ」

 

 カーブをドリフトで曲がっていく。

 

 いつの間にか隣にはニューヨークでノワールが乗っていた車が走っていて、ルパンさんとパッパさんが乗っていた。

 

「ようノワール。こんなところでデートか?」

 

「そっちこそどうしたのさ。観光でも来たの?」

 

「わりぃが今は構ってるヒマがねぇ! 先行くぜーっ」

 

 そう言って行ってしまったルパンさんたち。彼はまたあの笑みを口許に浮かべている。

 

「上等! 峠を攻めて鍛えた走り屋のドラテク、見せてやんよ!」

 

「きゃぅっ」

 

 また急に車が加速してシートに身体が沈む。彼の言葉は時々何を言っているのかわからない事が多い。でも彼が心底今の状況を楽しんでいるのは見てわかる。

 

「~~~~♪」

 

 ルパンさんたちの車の後ろにぴったりと着いていくわたしたちの車。ノワールは上機嫌で鼻歌を歌っている。

 

「きゃあああっっ」

 

「ぬおっ、ぐっっ」

 

 目の前に迫ってきたバス。でもノワールは車を傾けてバスとの衝突を避けたルパンさんたちと同じ方法で避けた。

 

「ひゃあああっっ」

 

「~~~~♪」

 

 大きくジャンプする車。背筋がぞわっとする。

 

 そして聞き慣れたマグナムの銃声が聞こえた。

 

「357マグナム? って、ヤバっ!」

 

「きゃぅんっ」

 

 車が急に減速したからおでこをぶつけた。でもそれどころじゃなくて、何かが爆発した音が聞こえた。

 

「ちくしょう。そのフィアットはおれが買ってルパンにあげた車なのにっ」

 

 でもそれってもうルパンさんの車って事だよね?

 

「アウトのアウト。掟破りの坂走りか。付き合うぜ!」

 

「え? ちょっと、いやあああああっっっ」

 

 走っちゃ行けない所を走って行ったルパンさんを追って、ノワールも坂を走って登っていく。

 

 林の中を抜けて今度は下り坂。

 

「ひゃあああああっっっ」

 

 ようやく道路に戻って普通のスピードに戻った。

 

「ぅっ、ひっぐ、ノワール、の、バカぁぁ、っっ」

 

「おいおい。この程度序の口だぞ」

 

「バカぁぁぁっ、死んじゃうよぉ…っっ」

 

 毎回こんな感じでルパンさんと付き合ってたらノワールが死んじゃうよ。でもノワールはバカだから何を言っても止めてくれないのはわかる。わかっちゃう。

 

 やっぱり不二子さんに教わった様にキセイジジツ? を作って、ノワールがちゃんと帰ってきて何処にも行かないようにしなくちゃ!

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 久し振りのカーチェイスを楽しめて満足だった。セルフでテーマ80を流したが、個人的に好きなテーマは直撃の97だ。ワルサーは渋くて好きだった。もう内容殆ど忘れてるけど。

 

 しかしケツを追い掛けていただけだったのが唯一ちょっとつまらんかったが、メインはルパンだから仕方がない。それに、主目的は観光だし。

 

 先ずはルパンの回収でもするかな。

 

 車にロープを引っ掻けて、ルパンが落ちていった崖を降りていく。

 

「あーらら。見事にノビちゃってまぁ」

 

 いやでもこの高さ落ちて無事なんだから頑丈だよなぁ。

 

「あ、あの……」

 

「ああ。気にしないで。この人の知り合いだから」

 

 ルパンを手当てしようとしていた女の子に声を掛けられた。お姫様だけあって別嬪さんだねまた。

 

「どうして、助けてくださったのですか…?」

 

「まぁ、美人な娘に弱いからね、このおじさん」

 

「わたくしが…っ?」

 

 美人と言われて頬を赤らめた彼女。箱入り娘特有だねこういうのは。昔のサオリもこんなんだったっけ?

 

 ハンカチもないから手袋を濡らしてルパンの顔を拭く彼女を眺めながら、小石が落ちてきて上を見上げたらパッパが降りて来ていた。

 

「ん?」

 

「あ…っ」

 

 エンジン音が聞こえて、その方を向くと、黒い煙を吐く船が近づいて来ていた。

 

「…ごめんなさい。ありがとうと、伝えてください」

 

 そう言って彼女は走って行ってしまった。

 

「大丈夫か? パッパ」

 

「ああ、大丈夫だ。あとパッパ言うな」

 

「良いじゃんか。久し振りに会えたんだし」

 

「それよりルパンはどうだ?」

 

「んあ……。俺の花嫁は…?」

 

 降りて来た次元パッパと話していると、ルパンが目を覚ました。

 

「あそこ」

 

「あーらら…」

 

 指で指し示す先では彼女を乗せただろう船がスピードを上げて去っていった。

 

「くそぉ。つかなんで行かせちまったんだよぉっ」

 

「冗談。今回は下手に手を出したら火傷じゃ済まないし」

 

「あん? どういうこった」

 

 そう言うルパンに懐から件の一万円札を出して見せた。

 

「コイツは……」

 

「一万円札じゃねぇか。それがどうしたんだよ?」

 

「本物以上と称えられる偽札界のブラックホール。その震源地がこの国。そうだろルパン?」

 

「成る程。だからこの国に居たのか」

 

 一万円札からこっちの視線を移したルパンは合点が行ったという顔を向けてくる。しかし疑問符も浮かべてそうだ。何故この国がゴート札の震源地だと知っているのかという顔だ。

 

 ゴート札関係の噂はそのブラックホールの噂もあって裏社会でも知っているのは極端に少ないからだ。

 

「ならこの一万円札も」

 

「ああ、ゴート札だ。しっかし良くわかったな。出来が良いから普通は気づかないぜ?」

 

「なんとなくさ。そうしたらニュースでこの国の事をやっててピンっと来たんだ。パッパから偽札掴まされたって聞いてたし」

 

 国営カジノの仕事の後にちょうど電話をしたから、偽札を掴まされた事はおれも知っていた。そしてカリオストロのニュースがあったから、ルパンとパッパもカリオストロに来るとわかっていた。そこでゴート札に関してもパッパにチョイと聞いている。だから口裏は合う様になっている。

 

「ん? コイツは」

 

 一万円札の話題で話が逸れたが、ルパンが握っていた手袋の違和感に気付いた。

 

 手袋の中から銀の指輪が出てきた。

 

「指輪じゃねぇか」

 

「さーてな、どーっかで……はっ」

 

 考え事をしそうになったルパンが、直ぐになにかに思い至った様だ。

 

「ねーっ、早く上がって来てよーっ、車邪魔だってーっ」

 

 上からサオリの声が響いて3人揃って見上げる。

 

「上がるか」

 

「だな」

 

「オーライ」

 

 取り敢えず続きは上に戻ってからという事になった。

 

「んで? 女連れとは珍しいじゃねぇか」

 

「観光ついでだよ」

 

「それで? 何処まで進んだんだ?」

 

「どこも進んでねぇよ」

 

「んげっ。一緒に暮らしてて手ぇださねぇって、それでも男かよおめぇっ。どーなってんだよ次元!」

 

「まったくだよなぁ。五エ門から余計なもんまで学んじまったらしいぜ?」

 

「その歳で童貞はねぇよなぁ」

 

「まだ10代だこの変態オヤジども…っ」

 

 マグナムで撃ってやろうかと思いながら、うるさいオッサンたちのあとに続いてロープを登った。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と子猫とカゲ

この話を書くにあたってカリオストロの城を見返してるけど、音を聞くだけでどの場面をやっているのかわかる程度には見てるんだなぁと書きながら思った。


 

「なにかあったの?」

 

「別になんでもねぇよ」

 

 変態オヤジたちの余計なお世話に辟易しつつ、ルパンのフィアットに着いていく。

 

 中学生の女の子に聞かせる話じゃないから誤魔化しておく。

 

 辿り着いたのは蔦や苔に覆われてしばらく人の手から離れている館だった。

 

 なんか観光は観光だが、別の意味の観光になるなこりゃ。

 

 庭師のお爺さんから、この館は7年前に火事で焼けてしまった大公殿下の館であると聞いたあと、ルパンに着いて行って裏手の湖に向かう。

 

 この湖の中にローマの町が沈んでいて、時計塔がその水を抜く水門を塞き止める栓になっているとは誰が思うか。……水道橋のメンテとかで潜ったりするとわかりそうなものだけど、実際どうなのかは謎だ。

 

「良い音……」

 

「ん? まぁ、そうだなぁ」

 

 時計塔の鐘が鳴る。何処か心に響く優しい音だと思う。

 

 おっさんふたりが絡み合ってなければ聞き心地の良い鐘の音で終われたんだが。

 

 見事なコブラツイストまで掛けてルパンに腹に抱えたものを吐かせるパッパ。骨バキバキいってんの聞こえてきたけど大丈夫だろう。

 

 サンゲツとかのCM明けのイメージが未だに残る時計塔が直ぐ傍にある高台に上がれば、カリオストロ城が見える。カリオストロはもう飽きるほど見たから内容を忘れているという事はない。聖地巡礼ルンルン気分である。

 

「摂政カリオストロ伯爵の城だ」

 

「シンデレラのお城みたい…」

 

 実に女の子な感想を言ってくれるサオリだが、中はそんなメルヘンなお城じゃない。

 

「あそこ見ろよ」

 

「ん?」

 

「いやもっと下だ」

 

 ルパンに促されてパッパが城の方を見る。見る場所がわかっているおれは先に目的のものを見つけた。

 

「水道橋の、向こう」

 

「んん? さっきの船だ! 花嫁はあの城の中か」

 

「彼処に水門があるんだ。昔のまーんまだぜ」

 

「…おまえ、あの城へ潜った事があるのか?」

 

「……10年以上も前の話さ。ゴート札の謎を解こうってな。まーだ駆け出しのチンピラだった」

 

 今から10年前のルパンか。若いルパンって想像も出来ないな。多分10代かもしれないルパン。

 

 ルパンはまだ20代だと思うけど、カリオストロのルパンは晩年ルパン、というか30代ルパンだという噂もある。じゃあ今目の前に居るルパンは?

 

 いや、よそう。深く考えたらSAN値直葬される。

 

 ルパン一家のひとりとして楽しく過ごしていられればそれで世は事もなしだ。

 

「で、どうなった?」

 

「それがコテンコテン。尻尾巻いてよ、逃げっちゃった…っ」

 

「ふぅん……」

 

 まぁ、謎を解いていたら此処には来てないかも知れないが。

 

「なんか来るな」

 

「ん?」

 

 何かのエンジン音が聞こえる。タイミング的に伯爵のオートジャイロかな?

 

 するとみんなして音の方を向く。オートジャイロが見えてきて、城の方に飛んでいくのを見守る。

 

「オートジャイロとはまた古風だな」

 

「伯爵だよ」

 

「んあ?」

 

「さー、宿でも探そうぜぇ」

 

「おい? おい! …ったく。なんだってんだ?」

 

「チョイとおセンチなんじゃないかな?」

 

「どういうこった」

 

「さぁ。そこまでは」

 

 ルパンからすれば昔に助けられた小さな女の子が10年経って大きくなって、また再び出会う事になった。しかもそんな彼女が偽札界のブラックホールの渦中に囚われている。

 

 探せばありそうなラブロマンスかな?

 

 城下町に降りて、先に飯になった。人がかなり居るから四人でひとつの卓を囲む事になった。

 

 だから席を自分とサオリ、ルパンとパッパが隣り合わせになるようにしておく。……オヤジどもがニヤニヤしてるのがなんかムカつく。

 

 頼むのはもちろんミートボールスパゲッティ。あの有名なアレが生で食せるんだから食うだろう。ジブリというか、駿先生のメシシーンってなんであんな旨そうなんだろうなぁ。

 

 おれがスパゲッティ狂いになったのも、子供の頃に風邪を患って学校を休んだ時の暇潰しにカリオストロや紅の豚を見て、スパゲッティのシーンを見てた所為だ。

 

 インフルだろうがなんだろうが昼飯にスパゲッティをせがんでた。自分で働く様になって自由な金が出来れば多ければ毎日一食。最低でも週に一度はスパゲッティを作る。それはこっちでも変わらないからかれこれ30年はスパゲッティを毎週一度は作っている事になる。味はルパンも唸らせられるから大丈夫なはずだ。

 

「これは死滅したゴート文字だ」

 

「ゴート文字?」

 

「光と影、再びひとつとなりて、蘇らん。1517年…年号はローマ数字だ…」

 

「400年前の代物ってわけか…」

 

 銀の指輪に記されている文字を読み上げるルパン。

 

 ……これこんやおれたちも巻き込まれるパターンじゃねぇのけ?

 

 ちなみに席はルパンは変わらずに、対角に座るのがおれ。ルパンから見て右にパッパ、左にサオリが座っている。

 

「お待ちどうさま!」

 

「んほー! 旨そー!」

 

 運ばれてきたミートボールスパゲッティの大皿が二つ。良い感じのトマト系の香りが嗅覚を直撃する。

 

 やっべ、ヨダレ出てきちゃった。

 

「随分熱心ね。何見てるの?」

 

「いやー古い指輪拾ったんでね。値打ちもんかなぁって」

 

 ルパンが銀の指輪を店員に見せると、ルパンの後ろの席で飲んでいる男の目が鋭くなった。ミートボールスパゲッティに視線は向けているが、意識はそっちに向けている。露骨すぎるから逆に怪しく見える。穿ち過ぎかな?

 

「おやま、俺みたい。今晩どーぉ? だいっってぇぇ!! なーにしやがんだこらぁ!!」

 

「貞操教育に悪いだろがバカ」

 

 店員のお姉さんにオオカミになりそうだったルパンの足の甲を、不二子仕込みの踵で抉るように踏む。

 

「やーねぇやーねぇ、これだから冗談がわからねぇボクちゃんは。だからまだ童貞なんだって、んぎゃあああああっっっ」

 

「なにか言ったかな? ルパン」

 

「どーぉなってんだよ次元!」

 

「今のはおめぇが悪い」

 

「みんな食べないの?」

 

 そんな感じで和やかな家族風景になったからか、男は去っていった。

 

「やっぱり伯爵の犬だったな」

 

「指輪を見て目の色変えやがった…っ」

 

 話しながらスパゲッティを根本からごっそり持っていこうとするパッパ。それを根本にフォークを刺して阻止するルパン。 

 

「花嫁だけじゃダメなの? っっ」

 

「指輪も貰いたいっっ」

 

 両者一歩も引かず。切れないスパゲッティの強度を褒めたい。つか子供の前でなにやってるんだこのオッサンどもは。

 

「そうはいかないっっ」

 

 結局パッパが伸びたスパゲッティも根本までぐるぐる巻きに巻き込んで自分の皿に乗せた。

 

「いっでぇぇっっ!! なにしやがるっ」

 

「子供の前でなにみっともない奪い合いしてんの」

 

 ギャグのおふざけなんだけど、実際見ると汚いからパッパの足も踏みつける。

 

「おまえはいつからかーちゃんになったんだよ!」

 

「あら。どっかの誰かさんが虫歯で銃が撃てねぇって呻いてた時からくらいだったかなぁ」

 

「ケッ。だから一緒にメシはやだったんだ」 

 

「だったらもう少し大人らしくすりゃ良いだけでしょ」

 

 とはいえ、この世界で筋を通している数少ない大人としてはちゃんと尊敬はしてる。だから利き手にはいつも必ず買って貰ったコンバットマグナムを握っている。

 

「おめぇの息っ子は良い亭主関白になるな」

 

「カカァ天下の間違いだろ。いてっ」

 

「ぜんぶ聞こえとるわ」

 

 おふざけがダメとは言わないが、時と場所を選んで欲しい。サオリが変なことを覚えたらどうしてくれる。

 

「でもよぉノワール。なぁんも知らない娘っ子も確かに良いがよ? もぅちぃーっと緩くしねぇとかわいそうだっぺ」

 

「だったらもう少し規範になるようなことしてくれ」

 

「おいおい。俺たちは泣く子も黙る大泥棒のルパン一家だぜ? 確かに子供の夢は壊さねぇが、規範にするならとっつぁんに預けるのが一番だってよ」

 

「おいバカやめろ。銭形二号が爆誕しても知らねぇぞ」

 

「いやま確かに。その例が目の前に居るからなぁ」

 

「あら嬉しい。ルパン一家の末っ子としてこれからも頑張りますわ」

 

 そんな感じで夕食を食べ終えて、宿屋に向かう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「お風呂でたよ…」

 

「ああ」

 

 ルパンたちの泊まる203号室の隣り、202号室に泊まれた。

 

 シャワーから帰ってきたサオリに返事を返しながら、マグナムのメンテナンスを終える。

 

「…何処かに行くの?」

 

「いや。だが行けるように着替えはしておけ」

 

 同じ食卓を囲んでいたのだから、きっと此方も襲われる可能性があるだろう。

 

 白の羽織を肩に羽織る。スーツに羽織なんてミスマッチだろうが、野太刀を使うときは羽織る様にしているのだ。居合いを修得した餞別に五エ門先生がくれたものだ。

 

 野太刀の隙をカバーする為の脇差しも腰左に差し、マグナムは後ろ腰のホルスターに二挺納まっている。

 

 マグナムが効かない相手に剣が通じるとは思えないから鈍器として振り回すだけだろう。

 

 完全武装の自分を見たからだろう。彼女もテキパキと着替えたのだが。黒のくの一がそこにいた。

 

「……なんでそんな格好なんだ?」

 

「た、戦うから…。わ、わたしもっ」

 

「いや逃げるからな?」

 

 まともに通じる武器が手元にはない。一応車にはそれらしい武器は積んできたが、仕切り直しは予想できる展開だったから車に積みっぱなしだ。

 

 ちなみにくの一となると自分は超昂閃忍が思い浮かぶ辺り前世がどんな人種かは語るまでもない。戦国ランスもう一周やりたかったなぁ。出たら買うか。

 

 一応忍者みたいなことも出来るけど、ニンジャアトモスフィア的な要素はない。

 

「お出でなさったな」

 

 天井の窓や部屋の窓を警戒しながら、足音を立てずに部屋に入るドアの前を狙える様に、ベッドの上でサオリを庇いながら陣取る。

 

 足音を消していても気配や臭いでわかる。人を殺してきた人間にこびり着く臭いだ。

 

 隣の部屋と同時に天井の窓ガラスを破って黒い影が降りてきた。

 

「っ、シ――ッ」

 

 鞘を掴む左手はほぼ後ろ腰の方まで回し、身体まで捻りながら抜いた野太刀で斬りかかるが、さすがは暗殺のプロ集団。裏仕事に生きてきた人間だけあって、此方の太刀筋に反応してきた。

 

 だが振り向いても既に間合いの中から逃れられない。

 

 身体のバネを最大限に使用した居合いは、火花を散らしながらの一閃で、カゲを吹き飛ばすことは出来た。壁に打ち付けて、それでも四肢を着いて床に着地し、堪えた様子はなさそうだ。マジでか。

 

 スーツは切れたが、その下の鎧までは斬れていない。

 

 隣の部屋からはマグナムの銃声が聞こえる。

 

 懐から閃光玉を出して床に投げつける。

 

 サオリを肩に担いで窓を切り裂いて破り、外に出ると少し遅れて隣の部屋の窓を破ってルパンと次元が出てきた。

 

「ノワール!」

 

「あらら? 良い感じのお邪魔だったかなぁ?」

 

「お陰さまでね!」

 

「わっわっ、ひゃふっ」

 

 屋根伝いに走って駐車場に向かう。追加で閃光玉を投げて、マグナムで撃ち抜く。また強烈な光でカゲたちを足止めする。出来なくても怯ませは出来るだろうし、閃光に隠れて遣り過ごせるだろう。

 

「ひっ、ゃああああああ!!!!」

 

 ルパンたちとは別の場所に停めてある車の所まで行く為に、閃光に隠れて屋根から飛び降りる。

 

「バカ。声が大きい」

 

「だ、だってぇ…っ」

 

 狭い道に降り立ち、さらに細い道を選んで進む。

 

 物陰でサオリを降ろして一息吐く。

 

 辺りに気配がウジャウジャしていて、今は下手に動かない方が得策だろう。

 

 ルパンたちを追っていったカゲの他に、こちらを探すカゲも居る。ただの観光のはずが、暗殺専門の暗部集団に追われるなんて思わなかった。

 

 というのはウソだけど。それならルパンたちと行動を別にすれば良いだけの話だ。だが、それじゃあつまらない。だから適度に関わりながら見学のつもりで丁度良いのかもしれない。自分ひとりならガッツリ首を突っ込めたが、サオリを連れていると程々にした方が良さそうだ。

 

「ノワール…んっ」

 

「まだカゲたちが近くに居る。静かにしろ」

 

 喋ろうとした彼女の唇に人差し指を当てて黙らせ、耳元で声は出さずに空気の音で言葉にする。頷く様子を見ながら、これからどう動くか考える。このままじっとしていても、しらみ潰しに探されたらアウトだ。

 

「行くぞ。なるべく足音立てるな」

 

 頷く彼女から指を離して、手を引きながら歩き出す。カゲの気配を読みながら進む。

 

 足音を立てるなと言ったのは確かだが、それにしたらほぼ無音で着いてくるサオリ。聞こえるのは布が擦れる微かな音だけだ。というか五エ門先生、彼女になにか教えてやがんな? 気配の消し方や無音での歩き方が伊賀の流れのソレ。つまりおれも教わったやつだ。

 

「な、なに…?」

 

「いいや…」

 

 そのまま何事もなく車に辿り着き、変装道具を使って変装する。

 

 背丈が子供だからルパンみたいに誰かに化けて忍び込んだり欺いたりは出来ないが、自分を偽る変装なら出来る。

 

 ブロンドのカツラを着けて、服もいつものジャケットとスラックスからブレザーとホットパンツに着替える。流石にスカートは男としてのなにかを失いそうだから履かない。地毛に押し上げられてカツラでも犬の耳みたいにチョインと跳ねる髪はもう諦めている。靴もブーツに履き替える。

 

 ブレザーの上からコートを着て、首からカメラを吊り下げれば観光客の子供の出来上がりだ。別に斧は振り回したりしないからご安心を。刀は振り回すけど。

 

「んっ、んんっ…。あー…。そっちは着替え終った?」

 

 カラーコンタクトを着けながら声も変えて声を掛ける。

 

「ん…。着替え終ったけど」

 

 黒いくの一からゴシックドレスに着替えたサオリにもブロンドのカツラを被せてやる。落ちないようにリボンを頭に回して結んでやる。

 

「一旦離れる。セーフハウスを使うぞ」

 

「うん…」

 

 こういうことも想定して、あらかじめ予約しておいた別の宿屋に向かう。

 

 夜もまだ長い。酒場の周りにはまだ人も多い。人が居る場所の方が怪しまれずに済む。

 

 カゲの気配もあるが、見られていても気づかれてはいない。

 

 宿に入ってようやく腰を落ち着けられた。

 

「……いつも、こんなことを…?」

 

「良い観光になるだろう?」

 

「良くない…」

 

 そっぽを向いてしまった彼女に苦笑いを浮かべながら、変装を解く。

 

「あ、ちょ、ちょっと?」

 

 背中にのし掛かるように抱き着いてくる重みにつんのめってそのまま床に押し倒された。

 

「良くないから…、良く…して……」

 

 服に手を掛けようとするのを掴んで、引き寄せて唇を重ねる。

 

「っっ!? ……んっ………きゅぅぅ…」

 

 口に含んでいたこの部屋の備え付けのワインをチョイと飲ませてやる。ホント酒がダメな娘だ。一口なのに真っ赤になって酔い潰れてしまった彼女をベッドに寝かせる。

 

「……………いや、ノーカンだ。ノーカン」

 

 グラスにワインを注いで、ちびちびと飲んでいく。

 

「さて。どのお宝を狙いますかねぇ」

 

 カリオストロに隠されたお宝。ローマの町は残念ながら盗める宝じゃない。偽札の原盤を手に入れても不二子は喜ぶだろうが、仮にもルパンの手口を使う自分はルパンらしく盗まなきゃプライドが許さない。

 

「狙ってみるか…?」

 

 窓を開けば見えるカリオストロ城。そのお宝を頂くのがルパンだろう。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と子猫と不二子

カリオストロなのにこんな雰囲気で怒られないかちょっと心配。


 

 翌日。カリオストロ城の城下町を巡り歩く。クラリスと伯爵の結婚に対しては皆肯定的だ。裏ではゴート札を始め色々と悪どい事をやっているが、それがあるからカリオストロ公国は人口が3500人という少数民国家としてでも独立国家として成り立っている。さらには表向きは良い摂政として大公殿下亡きあとも国を支えているという好意的な人の意見もあるが。

 

「疑って掛かると色々と悪い見方になっちゃうなぁ」 

 

「な、なにが…?」

 

「そもそも大公家の屋敷が燃えたのも伯爵の仕業じゃないかって事さ」

 

 10年前既に銀の指輪はクラリスに受け継がれていた。光と影のカリオストロ家が今まで意図的に別れていたものを再びひとつにするために伯爵が事を企てていたとしたら?

 

 7年待てば自動的にクラリスは手元にあって銀の指輪も手に入り、隠された財宝も手中に納められる。その7年を使って大公派も始末出来て磐石な基盤を作ることも可能だ。

 

 そんな鬼畜外道な考え方を出来る自分も大概だが、フロム脳標準搭載型の原作知識持ちのヲタクの頭脳を舐めない方が良い。少ない情報からあれこれ考察するのは朝飯前だ。ただしそれが正解かどうかは別として。

 

「もっと普通に歩く方が良いと思うよ? 却って怪しまれるからね」

 

「そ、そう、なの、かな…?」

 

 昨日の襲撃があったのに町中を堂々と歩くのが心配らしい。忙しなくあちこち視線を巡らせているから逆に怪しくなっている。さらに背中にぴったりくっつきながらも引け腰だから少し歩き難い。

 

「……あ、あの、……」

 

「どうかしたの?」

 

「ぅ、ん、えっと、その…」

 

 何かを訊き難そうにするサオリ。何かあっただろうか?

 

「取り敢えず普通に歩こうか。やっぱり少し目立つから」

 

「ぅ、うん……」

 

 変装しても顔は変えていないからアジア系の血の入っているブロンドの姉妹には見えているだろう。極力女の子に見えるファッションにしてみたつもりだ。

 

「喋り方が気になるのなら我慢して。――眼鏡を掛けている間はな。別人に見えるだろう?」

 

 眼鏡を僅かに外していつもの口調に戻す。口調だけでなく雰囲気や発する気配も別人のはずだ。

 

 それを感じたのか、彼女はキョトンとした様子だった。

 

「なんか、手品みたい…」

 

「ククク。手品か。忘年会のネタにもなりゃしねぇよ。――ただこういう方が、僕が同じ人間だって思えないよね?」

 

「……まったく知らない人みたい」

 

「まぁね。だから良いんだよ」

 

 眼鏡の人格を使うのは彼女前では始めてだったか。某人形師の真似をして、銀色の二挺拳銃(シルヴァリオ・トゥーハンド)ノワールとは別の人格を作った。裏社会で顔がいくつもある事は珍しいことじゃない。

 

 素の自分。銀色の二挺拳銃の自分。そして眼鏡人格の自分。

 

 素の自分は次元やルパン、五エ門、不二子に対して見せる事がある。というか次元パッパ相手なら殆ど素である。だから一緒に居ることの多いルパンにも素である事が多い。五エ門に対してはちょっと古い感じに言葉を返してみたりするブシドーなノリで。不二子に関しては……ノーコメントかなぁ。

 

 人間相対する相手に対して仮面を使い分けるなんて事は珍しくもない。自分はそれを大袈裟にしただけだ。

 

 ただ、人格を別にすることで普段の自分とは他人である事を演出出来る。普段だと後ろ髪を三編みにして薄くルージュを塗って眼鏡を掛けるだけだが、今回はその変装を入国時にしているからさらに一捻り加えてブロンドのカツラを被っている。

 

 これで余程注力して見られなければバレないだろうし、昨夜は普通に帽子を被っているから素顔は晒していないから、顔の輪郭と髪の毛が黒くて長いだけしかわからないはずだ。

 

 そしてサオリを変装させてしまえば中々見分けるのに苦労するはずだ。なにしろおれの変装した姿はとっつぁんにもバレないし、ICPOのデータベースのおれの項目は、名前と次元パッパスタイルの格好の写真、コンバットマグナムを使う以外の項目が不明って書いてある。その辺りはかなり気を付けているからなぁおれも。ただ今回はサオリが居るから、彼女の分も気をつける必要があるが。

 

「これからどうするの?」

 

「まぁ、お手紙は出したから、あとは気づいてくれればってところかな?」

 

「どういうこと?」

 

「それは――」

 

「こういうことよ♪」

 

「ひにゃあっ!?」

 

 彼女に事の次第を説明しようとした所に、サオリのたわわなアレを後ろから鷲掴みして現れたのは不二子だった。いや揉みしだくな。

 

「んっ…、やぁ…っ、あんっ…、んあ…っ」

 

「若さって良いわねぇ。なにもしないでこの張りなんだから」

 

「不二子さん?」

 

 むにむにとサオリのたわわを捏ね回す不二子の名を呼ぶ。なにも彼女で遊んでもらう為に来てもらったわけじゃない。

 

「わかったわよ。いいじゃない。忙しい合間を縫って会いに来て上げたんだもの」

 

「気づいて貰えて良かった」

 

 今のカリオストロ城の城下町なんかは結婚記念に花火を打ち上げているから、不二子向けに合図を打ち上げたのだ。

 

 カリオストロ城に不二子が居ると原作知識で知っているから協力を頼みたかったからだ。

 

 近くのカフェで席を取って、不二子と向かい合う。

 

「それで? 態々私を呼んだんですもの。つまらない用事だったら怒るわよ?」

 

「カリオストロ城の中に入りたいんだ」

 

「無理ね。今は結婚式前で厳戒体制なのよ? 私だって入るのに1年掛かったんですからね」

 

「――不二子の狙いは偽札の原盤だよね?」

 

 眼鏡を外し、いつもの自分に戻る。それはルパン一家としての自分として話しているというポーズだ。 

 

「…ルパンの狙いもそれなのかしら?」

 

 何故自分が居てルパンの話になるのだろうかと思った。一応、今回はまだルパンとは組んでいない。

 

「昨日の夜、ルパンと一緒だったでしょ?」

 

「居たには居たけど、こっちは観光目当てだから今回は組んでないよ」

 

「ホントかしら?」

 

「ホントだって。それの証拠に、ホレコレ」

 

 懐から例のゴート札の一万円札を出して不二子に見せる。

 

「普通の一万円札ね。でも、そう言うことね」

 

 この場で一万円札を見せた意味を不二子は汲み取ってくれた。

 

「なにが狙いなの?」

 

「狙いというより、趣味かなぁ」

 

「趣味に協力する義理はなくてよ?」

 

「だから偽札探りの手伝いをする。フリーに動ける手駒欲しくない?」

 

 クラリス付きに選ばれた城内ただひとりの女。そんな不二子が夜な夜な調べごとをひとりでするのは大変だろう。そこに城内をフリーに動ける手駒は不二子には願ってもないものだろう。盗みはともかく隠密行動はルパン一家全員から各々の分野で教え込まれているから、隠れんぼならとっつぁんにだって負けた事はないのが細やかな自慢だ。ただルパンが一緒だと見つかる。とっつぁんのルパンレーダーってどーなってんのかねアレ。

 

「取り分はそっちが9で1を貰えればそれでいい」

 

 ルパン的には偽札は余り興味がないから偽札の原盤も要らない物の、ゼロではビジネスにはならない。不二子はその辺りを気にするから、要らなくても1割貰う提示をする。

 

「あなたのそういう所はルパンに見習って欲しいわね。いいわ。でも誤魔化せるのはひとりだけよ」

 

「オーライ。乗り込むのはひとりでやるつもりだったからそれでいい」

 

「それじゃあ、契約成立ね」

 

「お願いね、不二子」

 

 互いにコーヒーの入ったカップを打ち合う。耳に響きが良い音が鳴った所で、ずいっと不二子が身を乗り出してきた。

 

「それで? あなたの狙いはなぁに?」

 

「なぁにって、だからただの趣味だってば」

 

 趣味というよりポリシーだ。大人の都合に子供が振り回されるのは真っ平御免という事だ。いや確かにルパンとクラリス相手には野暮かも知れんけど、ルパンが撃たれて助かったのだって運が良かったからかもしれない。

 

 というかあの大ジャンプだって普通は落ちて死ぬ。カリオストロに関しては内容を明確に覚えている数少ない物語だけあって、そういった危機を回避できるのなら回避したい。ならルパンと一緒に城に潜入する手もあるものの、流石に時計の歯車の間を潜り抜けていく危ない橋は渡りたくない。アレ最悪潰されて死ぬって。

 

 だから不二子の手引きでどうにか城に入れないかという方法を取ったのだ。

 

「なによ。勿体ぶらないで教えなさいよ」

 

「いやだから、んひっ」

 

 隣にイスを詰めてきた不二子の手が、ホットパンツの所為で露になっている内股に触れた。

 

「さぁ、どうするの? 素直に話すなら今のうちよ?」

 

 耳元で甘い声で囁く不二子。コレはルパンや他の男がだらしないとかあるのかもしれないが、女の声という武器を最大限に使っている不二子の技術の高さが物語っている。

 

 普段他人に触られない場所を触られるくすぐったさ。耳に甘い声で蕩ける様な吐息で囁かれる声。

 

 余程の忍耐力がないと魔性の魔力を撥ね退けるのは不可能だろう。

 

「ねーぇ、ノワール。私とあなたの仲じゃない。そ・れ・と・も、このままお姉さんに身も心も骨抜きにされてから、お話ししたいのかしら?」

 

「やっ、ちょ、どこ触ってっ、んんっ」

 

 内股を擦りながらホットパンツの中にまでその細くしなやかな指を進めてくる不二子。その指が内股をマッサージする様に揉みほぐしてくる。

 

 顔に手を回されて、そのふくよかな胸に導かれ、このまま穏やかに身を任せてしまいたいような軟らかくて甘い香りに包まれてしまう。

 

「あら」

 

「おろ…?」

 

 身体が不二子から離され、グッとサオリの胸に抱き締められた。

 

「うーー…っ」

 

 前が見えないからなんとも言えないが、声からしてサオリが唸っているのは胸から顔に伝わる振動で理解できる。不二子とはまた違って、サオリの方はなんか熱い。子供の身体で代謝が良いからだろうか?

 

「ふふ。久し振りに子犬ちゃんをからかってあげようかと思ったのに、邪魔されちゃったわね」

 

 さっきの色っぽい感じからコロッと、近所の気の知れたお姉さんみたいに明るい声になった不二子は、そのまま席を立った。

 

「方法はまた連絡するわ。無線の周波数はコレね」

 

 走り書きのメモとコーヒーの代金を置く音が聞こえる。

 

「じゃあ、また今度続きをしましょう。子犬ちゃんたち」

 

 そう言っていて、不二子は去っていった。

 

 わかっているのに誘い込まれる不二子の技術の奥深さ。コレばっかりは男の自分には無理なものだ。

 

「そろそろ離してくれ…」

 

「ぅ、あ、ぅぅ、んっ」

 

 ゆっくりと離してくれた彼女の腕から解放され、イスに座り直してテーブルの上に足を乗せて組み、冷めた残りのコーヒーを飲む。

 

 走り書きのメモを読み、ホットパンツの中に忍ばせられた紙と鍵をこっそりパンツのポケットに移す。流石に不二子にも監視なしで自由に行動出来る立場ではない。

 

 今のは全部演技であるのだから不二子は女優としても食べていけると思う。でも不二子も良くも悪くもルパンと似ていてスリリングな生活を送りたい派だからねぇ。

 

 だからそんな恐い顔で睨まんでくださいまし。

 

「わたしの、方が……」

 

「残念ながら不二子の方が軟らかくて大きい」

 

 でもそれは女の子と女の差だから、将来的にはサオリだって男タラシになるんだろうが、本人の性格的に不二子みたいなのは向いていない。壊滅的な人見知りだからねこの娘。

 

「なにがしたいんだ?」

 

 なんでか腕を握られて、胸に押しつけられた。

 

「お、おとこ、の、ひとに、も、もんで、もらうと、いいって…っ」

 

「どこ情報だ、それ」

 

「る、るぱん…さん……」

 

 あのスケベサルオヤジめ。城内で出会したら斬ってやる。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬とカリオストロ城潜入

諏訪湖へ旅行に言っていたので更新が遅れました。諏訪大社とか洩矢神社を巡りました。

風魔一族の野望を見た所為か、いつか岐阜にも行ってみたいと思っています。内容も面白いし、なによりカーチェイスシーンが面白い。声が違うのもまた物珍しさ感覚で見ることが出来ます。


 

 こんなヨーロッパの異国の小さな国で、まさか日本のパトカーに出会うとは思わず。というわけでもないが、原作通りとっつぁんまでやって来た。しかも恐らく日本全国のどの警察よりもヤバい埼玉県警直属の部隊だ。全国での犯罪検挙率1位を誇る文字通りとっつぁんが直々に仕込んだ精鋭だ。つまりとっつぁんも本気という事だ。

 

 しかしこれで日本の警察が入って乱れたカリオストロの衛士たちの警備網に乗じて侵入する事ができる。

 

 警察隊を乗せてきたトラックの車体の裏に張りつき、城内に入れたおれは不二子から貰った鍵を使って城の小さな戸口を開けて城内に侵入する。

 

 泥棒一家の面々から足音を立てない遣り方は色々と教わった。

 

 足は音を立てないように足袋。暗闇に紛れられる様に黒インナーに黒スパッツ、黒のオープンフィンガーの手袋で肌の露出は最低限。不二子みたいなピッチリスーツは着る勇気はない。黒のホットパンツと黒いショート丈のジャケットで身を包む。そんな黒い格好の中で黄色いネクタイが揺れる。

 

 赤外線暗視ゴーグルを着けて、赤外線レーザーの張り巡らされた廊下を避けながら不二子に貰った衛士の巡回ルートのタイミングを見計らって見つからないように先に進む。

 

 しっかしレーザーの多いこと多いこと。まるでミッションインポッシブルな気分だ。何度もルパン絡みで盗みの仕事をやったが、こんなにも厳重な警備装置のオンパレードは初めてだ。連邦準備銀行が鼻で笑えるレベルだ。

 

 比較的警備が薄い場所を不二子が教えてくれなかったら正面から中に入りたいとは思わない。それこそどうにかしてルパンと同じ方法で中に入ろうとしただろう。

 

「とはいえこちとらルパンのメカは色々と持ってますからねぇ。それを使えば、ちょちょいのちょい、よっと」

 

 城の裏手。空中庭園に出てトイレ用のパッコンのアレ、ラバーカップを使ったアンカーガンを使って、モーターの巻き上げで上昇する。そして礼拝堂の扉の前に着地する。ゆっくりと戸を開けて素早く中に入る。

 

 人気のない礼拝堂を駆け抜けて、十字架の台座に辿り着く。

 

「にひひ。まるで体験型のアトラクションみたい」

 

 ただし命懸けのアトラクションだがな。

 

 台座の裏の扉から下へ続く階段を降りていく。一本道だから誰かが上ってこない事を祈る。

 

「さーて、ゴート札の心臓部とご対面と行きますか?」

 

 最後の扉を静かに開く。中から音はしていない。

 

 中には偽札の印刷機がずらーりと並んでいた。

 

 西ドイツの1000マルク札。ポンド、ドル、リーブル、ルピー、ペソ、フラン、ウォン、円。

 

 まさに世界中のお札を網羅している。今の子供に西と東とか意味が通じるのかしら?

 

 もちろんそこで使っている原盤。書類も一通り目星を着けて退散する。

 

 礼拝堂に戻って扉を開け、外を見た。

 

「うわっ、とっつぁんだぁ…」

 

 朝食中の伯爵に挨拶が終わったのだろう銭形のとっつぁんが中庭に出てきた所が見えた。今は動かない方が良さそうだ。

 

「流石昭和のデカ。仕事熱心だこと」

 

 このカリオストロ城の過剰なまでの阻止装置にいけ好かんとタバコを吐き捨て、城の中に戻って行くとっつぁんを見送る。

 

「さぁて、ここからだな」

 

 建物の影になる部分でまたアンカーガンを使ってラバーカップを壁に打ち込む。巻き上げて上に移動したら腰のワイヤーアンカーを打ち込んで一休み。そしてまたアンカーガンで上に登ってと繰り返して屋根の上にまでは取り敢えず登り終えた。

 

「うへぇ…。高いとはわかってるけど、生で見るとなお高いなぁ。鳥肌立つわあんなの」

 

 聳え立つ反り返って見える高い屋根。おれは高所恐怖症だから高いところは本当は嫌なんだよなぁ。

 

「とか言ってちゃまだまだだって笑われるな」

 

 それでも大泥棒一家の弟子の誇りはあるから頑張ってやることはやりますよ。ガンマンもサムライも休憩。今回は天下のカリスマ泥棒の出番というわけだ。

 

「わう? っ、マブい、なんだ…?」

 

 屋根に登って、手を着いた屋根瓦に何か光がヒラヒラと動いて、振り向くと目を太陽の光が焼いた。直ぐに視線を外す。鏡での光の反射だ。

 

「えーっと? …な・に・や・っ・て・ん・だ…? いやバレても知らねぇぞルパン」

 

 光信号を送ってきた相手の位置は大公家の屋敷跡からだ。そこに居てこちらにメッセージを送ってくるとしたらルパンくらいしか居ない。

 

 ただ返事を返してバレたくはないから手の動きで一応返事をしておく。望遠鏡でこっちのことを見ているならわかるはずだ。

 

「下は豪華なお食事。とっつぁんはカップ麺。おれはエナジーバーか」

 

 まだ昼だから夜までは時間が長い。このまま昼寝にでも洒落込みますか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「あのやろう。どーやって城ン中に忍び込みやがったんだ?」

 

「なんだルパン。何か見えたか?」

 

 大公家の焼け跡でテントを張ってカリオストロ城を見張っていた。とっつぁんが城の中に引っ込んだから、他に何かないか望遠鏡で城を見ていたら、城の壁を登っている小さな影を見つけた。拡大してみたら、ノワールのやろうだった。

 

「ウチのワンちゃんが呑気にお城の屋根の上でピクニックしてんだよ」

 

「はぁ!? なんだってっ!?」

 

 次元と代わってやりながら、鏡で挨拶してやる。

 

「ま・っ・て・る・よ、だと? ケッ。生意気言いやがって」

 

「あいつが入れたんだ。俺達に潜り込めないわけがねぇだろ?」

 

 ただどうやって忍び込んだんだか。アイツの身なりならとっつぁんたちの車に張り付いて忍び込んだんだろうが、問題はその後だ。俺だって色々と準備した上でとっつぁんに化けて中で動くつもりだった。

 

 未だに城に動きが無い様子から見れば、バレることなく城の中で行動しているという事だ。

 

「流石は子犬ちゃん。隠れんぼはお手のものだもんな」

 

 俺たちが面白がって色々と教えている所為か、いろんなことをそれなりにやり始めてるが、四人の共通事項の隠遁スキルの伸びは既に一流に片足を突っ込み始めている。

 

「待ってろよ。直ぐに追いついてやるぜ」

 

 普段はそんなでもないが、デカいヤマになると何かとアクティブになって途端に色々と動き回る不思議なやんちゃ坊主。今回はどんな立ち回りを見せてくれるのやら。

 

「あの……」

 

「ん? なにかな子猫ちゃん」

 

 何故かこの場所を突き止めてやって来た子猫ちゃん。一応は人目につかない場所を選んだつもりだったんだがな。流石ノワールだ。俺の考えもお見通しってわけか。

 

「わたしも、その…」

 

「わりぃが自分の面倒を見れないやつを抱えていく程余裕はねぇんだ」

 

 今は特になんともないから良いが、カリオストロ城は足手纏を連れていく余裕はない。子猫ちゃんもノワールとは歳が変わらないらしいが、アイツはもう出逢ったときから俺よりも先んじる部分もあった奴だし、次元直伝の早撃ちのガンマンだ。自分の身は自分で面倒を見るやつでもあった。

 

 だが、子猫ちゃんは違う。

 

「わ、わたしも、たたかえ、ます…っ」

 

 とはいっても、銃の撃ち方を知っているだけだ。火薬の匂いはしても、血の匂いはしない。あのノワールが手ずから面倒を見ている温室育ちのホワイトカラー。

 

 なら何故彼女を連れてきたか。本当にアイツにとっては観光気分なんだろうな。

 

「やめときな」

 

 子猫ちゃんを制したのは次元だった。

 

「こいつは子供の遊びじゃねぇんだぜ」

 

「あ、遊びなんて……」

 

「ハッキリ言うが。これは俺たちの側の仕事だ。邪魔はしねぇこったな」

 

 次元の言う通りだ。そしておそらくこういう事を見せる為にアイツは子猫ちゃんを連れて来たんじゃないのかと思う。

 

「五エ門先生としての判断は?」

 

「サオリもまた修行中の身ゆえ。しかしながらその判断は彼女に委ねるのもまた修行だ」

 

 とは言うが、自分で良く考えなさいという事だ。自分の望むことに、自分の能力が果たして見合っているかどうかだ。その辺りは、ノワールは多少足りない事もあったりするが、アイツは次元と個人的な契約がある。10万ドルを返すまではケツを持つ。毎年に一度、1万ドルを払う10年契約は今も続いている。それにアイツは確かに足りない事もあるが、その足りない部分を別のことで埋め合わせる選択肢(レパートリー)が豊富だ。

 

 だが子猫ちゃんにはそれがない。

 

 ノワールが面倒を見て、ノワールの延長で五エ門が少し面倒を見たり、不二子ちゃんが個人的になんかしてるみたいだが、今回の潜入には残念ながらそれじゃあ足りない上に、俺たちが面倒を見てやる義理は残念ながらないのが確かだ。

 

 夜を待って潜入開始。湖から水道橋を通ってカリオストロ城内に潜入する。難しい行程じゃないが、途中の時計塔の機関部でひでーめにあったが、無事潜入に成功した。とっつぁんが落とし穴に落ちちまったが、とっつぁんのお陰で簡単に城への潜入に成功した。あのとっつぁんが簡単にくたばるわけがないから多分大丈夫だろう。そしていつものようにひょっこり現れるかもなぁ。

 

「さて。こっからどうする」

 

 クラリスの居場所を探さないとならねーし。ノワールの事だから夜が来るまでの間に色々と調べてるはずだ。

 

 アクティブになった時のアイツの情報は信じて良い。

 

 だが最初からガキの集めた情報に頼ってたら天下のルパン三世様の名折れだぜ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 暇に任せて拝借した書類を読んで過ごした。やはり西側を中心にヨーロッパ諸国はもとより、アメリカやアジア圏も、カリオストロに偽札を発注している。この書類があれば小さな国のひとつやふたつは引っくり返るし、アメリカや中国、ロシア(今の時代はまだソビエトだ)等の大国の財務省や大統領の首がすっ飛ぶだろう。

 

「流石に手広く遣り過ぎて質が落ちてるな。これならおれでも一目でわかる」

 

 1枚失敬した一万円札を取り出して、本物と見比べる。注力しても素人にはわからないだろうが、やはり最新のものは少々印刷が粗い。ある意味これがゴート札の落日へのカウントダウンを物語っている様に思えた。

 

 資料に関しては自分が持っていても一文の得にもならないため、とっつぁんに渡してしまうのが最も効果的だろう。

 

「不二子の狙いが偽札の原盤だけなら良いんだけど」

 

 このカリオストロにはローマの遺跡以外にもうひとつ宝が存在する。その宝に関しての調査は殆ど手を出していない。

 

 なにしろ、この情報は不確かなもなのだ。ゲームか何かで再びカリオストロにルパンが現れ、そのお宝を狙った。

 

 そういう記憶しか持ってないのだ。

 

 だから調べるとなるとそのお宝に関しては1から調べなければならない。

 

「調べてみますか」

 

 夜までにはまだ時間がある。そのお宝が本当に存在するのならば狙ってみるのが怪盗ルパンだ。

 

 しかしルパンはクラリスを助ける為に動いていて、他のお宝に手を出している暇はない。

 

 だからルパンを助けるのに支障が出ない範囲で調べ、狙ってみる。目的はあくまでもルパンの支援だ。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と賢者の石の記録

カリオストロの城は本当にどう終わらせようか悩みます。

カリオストロの次は燃えよ斬鉄剣か1$辺りが良いですかね?


 

 カリオストロの真の宝は時計塔の中に隠されている賢者の石と呼ばれているものだ。

 

 賢者の石はそれはそれは錬金術ものには結構出てくるアイテムだ。卑金属を黄金に変え、永遠の命を与えると言われている代物で、あの「とっちゃん坊や」も求めていたものだ。

 

 それそのものには興味がない――とは言わない。

 

 言わない…が、賢者の石なんて使っても永遠の命は得られないととっちゃん坊やは判断して、宇宙に旅立ち、不死の叶う文明を探そうとした。

 

 それは置いて、ともかく賢者の石が本物なのか偽物なのかはわからないが、一錬金術士として気にはなったりする。

 

 先ず調べるとしたら、資料室的な場所だ。となれば、夜中に不二子が忍び込んだ資料室が怪しいのではないだろうか。

 

 光を取り込む窓は嵌め込み式が多い。外からの侵入も極力遮断しているのがカリオストロ城だ。中に入るにはちゃんとしたドアや、開閉可能な窓から入るしかない。

 

「だからルパンも不二子と会ってから態々下の方から地道に壁を登ったわけか」

 

 となると、またこの屋根の上から下に降りなければならないというわけだ。

 

 見つかる危険性はあるが、その危険性すらスリルとして楽しめるかがルパン流だ。

 

 怪盗ルパンのⅣ世を狙っているわけじゃないが、ルパンの盗みを盗んでいる最中の自分としてはルパンらしく行動するのはむしろアリだ。

 

 でなかったら、ルパンと盗みをする理由なんてない。それこそガンマンとして適当に食っていける。

 

 ルパンと組むと楽しいから組む。パッパの言葉通りに、おれはおれが楽しいと思うからルパンと組んだりしてるだけだ。

 

 前世で到底する事はなかった盗み。世間一般的に強盗罪だ。だがその本来はしてはいけないという倫理観に反して盗みを働く愉しさ。難解な仕掛け、難攻不落と呼ばれる警備網。それらを突破して盗む達成感に酔いしれるかどうかだ。

 

 まぁ、今回は泥棒の恩返しと、おれのポリシーの利害が一致しているからクラリスを助けるルパンを援護する為に動いている。ついでにルパンらしく、謎を解いてお宝を手にしたいとも思う。

 

 カリオストロの偽札作りも、ローマの遺跡も、おれにとったら謎じゃない。だからこうして身動きできる幅が増える。おれの場合は賢者の石以外の事は事実確認だ。真の謎解きは、本当に知らないことに適用される。

 

 鉄竜会の一件等、知らない事や物語りの内容を忘れてしまっていることも多々ある。

 

 まぁ、その時も自分に出来る範囲で動いて楽しませて貰っちゃいるがね。

 

 三階のアーチ橋まで降り、城の中に忍び込む。赤外線センサーに引っ掛かるような事はなく。衛士の巡回も、不二子のお陰で大した労力はない。

 

「ここは、図書室か?」

 

 鍵が開いていて人の気配のない部屋に入ってみれば、多くの本が棚に納められた部屋だった。

 

 確かここは隠し扉があった様な。

 

 意味深に一ヶ所だけ周りと表紙の色の違う本で固められた棚。そこから微かに空気の流れを感じる。

 

「これ、か?」

 

 確か色が変わっている本の三つ目を押せば扉が開く仕掛けだったはずだ。

 

 本が棚の奥に沈み、本棚が開く。すると暖炉の中に出た。

 

 廻りに人の気配はない。そのままダッシュで部屋を駆け抜け、反対側の奥まった小さな部屋に入る。カーテンの裏に隣の部屋を覗ける仕掛けがあったはずだ。

 

「誰も居ないな」

 

 そこで伯爵がゴート札の品定めをしている光景が思い浮かぶが、誰もその部屋には居ない。

 

 部屋を出て、その品定めをしていた部屋の扉の前に立つ。鍵は閉まっている。

 

「それでもちょちょいのちょいよ」

 

 下手な鍵明けで何か仕掛けが作動しない様に、特殊な粘土を鍵穴に詰めて引き抜き、鍵の型を取ってスプレーを噴きつければ一瞬で固まった。それを鍵穴に差し込んで鍵を開ける。

 

「本当に世界中の偽札を作ってるんだな」

 

 壁には世界中の主なお札が見本として飾ってある。

 

 一番怪しい机の引き出しを調べる。

 

「……ビンゴ」

 

 伯爵もやはり賢者の石を探しているらしい。既に湖のローマ遺跡に関してはその存在を察知している様だ。

 

 だが調べてはいるが目ぼしい収穫はない。他にあるのはどれも偽札に関する資料だ。となれば、あとは伯爵の私室に入って更なる手懸かりを得る他はない。

 

 不二子なら場所を知っているだろうか?

 

 部屋を出て図書室まで戻る。

 

 図書室から顔を廊下に覗かせて、右を見て左を見て、もう一度右を見て、一気に静かに駆け出す。

 

 階段を上がって四階は衛士の詰め所もあるから近づくなと不二子のメモには書かれている。

 

 五階に上れば、そこからはクラリスの幽閉されている北の塔に行くための仕掛け橋がある。仕掛けは操作方法がわからないためヘタに弄らない。

 

 他の部屋には鍵が掛かっている。鍵が開いている部屋は六階に通じる階段のある部屋があった。

 

 型取り粘土は使ってしまったので、針金を使った鍵明けを行う。昔ながらの鍵であるため、開けるのには数秒掛からなかった。

 

「お邪魔しまーす」

 

 ドアを開き、するりと中に入って内側から鍵を掛け直す。

 

「伯爵様のお部屋にご到ー着っと」

 

 クラリスの幽閉されている北の塔へ続く仕掛け橋の真ん前の部屋が伯爵の部屋だった。

 

 あんな綺麗で可愛い女の子と結婚したい気持ちが純粋ならわからなくもないが。お宝目当てで無理矢理な結婚はNGです。しかもお宝の事しか考えていない。彼女の事を考えていないのでギルティです。政略結婚なんて古い古い。今は自由恋愛の時代だ。

 

 ダラハイドお爺ちゃんや稲庭組長からのプッシュが来てるから他人事じゃないんだけどね……。ルパンとの仕事がないときの安定的な定期収入源だから嫌でも縁を切る方のデメリットの方が多くて困る。

 

 いやお得意様で気に入って貰えてるのは良いんだけど、婚約とかまだ早いよ。一応見掛けはまだ中学生だし。

 

「日記か…」

 

 机の上にあった日記を流し読む。

 

 やはりローマ遺跡の秘密までは辿り着いている。だが、その先の謎を解くことが出来ていない。

 

 賢者の石の記録という本が謎の鍵であるらしい。それは王家の間に保管してあるということだ。

 

「王家の間…ね」

 

 他の目ぼしいものは何故かレコードがあったものの、レコーダーが無い。

 

「いやこの部屋の前にあったな」

 

 なにもない辺鄙な部屋が伯爵の部屋の前にあった。そこには台座の上にレコーダーが置かれていた。

 

 伯爵の部屋を出て、レコーダーにレコードを掛ける。そうして再生すると伯爵の声がレコーダーから発せられる。

 

 しかし日記には後に賢者の石の記録の秘密を紐解くもの。さらにはレコーダーからもゴートの血を引くとか、伯爵自身も賢者の石探しについては今のところお手上げ状態なのが感じられる。

 

 カリオストロの賢者の石については此方もわかっていることは、賢者の石が真のカリオストロの宝で、それがあの時計塔の中に隠されていることだけだ。

 

 仕掛けが作動して、部屋の中央が競り上がって扉が現れた。

 

「これか…」

 

 扉を開いて先に進む。その先は宝物庫の様な場所だった。

 

 そして宝箱に1冊の本があった。他にはそれらしい本はない。

 

「…………読めねぇ」

 

 文字は英語と日本語、ドイツ語は勉強しておけば大抵どうにかなるとルパンに言われたけど、この本の文字はそのどれにも当て嵌まらない。

 

「ゴート文字か…?」

 

 それぐらいしか考えられない。ゴート文字ならルパンが読めるはずだ。

 

 本を持って宝物庫を出る。しかしタダでは出られなかった。

 

「っ、しまった…!」

 

「これはこれは。可愛らしい子ネズミだ」

 

 宝物庫の外では伯爵がカゲを連れて待っていた。

 

「その本の秘密を探っているということは、お前の狙いは賢者の石か」

 

「さて、それを口にしてどうなりましょうか? 伯爵様」

 

 周りはカゲに囲まれていて、相手はマグナムが効かない上に、五エ門の斬鉄剣でも簡単には斬れなかった。

 

 つまりマグナム以外には野太刀しか持っていない上にまだ鋼鉄斬りも修めていないから切れないわけで、つまり詰み感パナイ。

 

「それもそうだ。さぁ、その本を返して貰おうか?」

 

「さて。返したところで助かるわけでもないですからね」

 

 本を懐に入れて、刀の鞘を左手で掴み腰に添える。

 

 居合いの姿勢を取っておくが、正直普通に戦って勝てる見込みはない。

 

「というわけで、どろんとさせていただきます」

 

 足元に転がった350mlの缶。それが弾け、閃光が目を焼き、耳を突くけたたましい音が響く。

 

 お手製のスタングレネードだ。約2、30年あとの武器だから嫌でもかなり効果は出るだろう。正直特殊加工したサングラスと耳栓しとかないと使った本人もダメージが来るヤバい代物だから普通の相手に使っちゃダメだとルパンには言われているが、今回は良いだろう。

 

「ぐっっ、お、おのれぇぇ…っ」

 

「それでは、ごきげんよう」

 

 伯爵もカゲもスタングレネードで床に踞っている間に、離脱する。数十秒は視界も聴覚も使えない。

 

 廊下を駆け抜けて下の階層を目指す。しかし隠れる場所がない。

 

 廊下を走っていると、横から伸びてきた腕に掴まれて引き込まれた。

 

「ふ、不二子…っ」

 

「シッ。黙って…」

 

 廊下の壁の隠し扉に隠された小さな小部屋。小部屋というより人がひとり入るスペースしかない。

 

 そんな狭いスペースに不二子の身体に抱き締められる様に密着する。

 

「それで? いったい何をやらかしたの」

 

「何をって。秘密を探ってただけだけど」

 

 咎める様に言ってくる不二子に、イタズラが見つかった子供みたいに答える。

 

「この城の本当の宝のヒントを見つけたけど、伯爵に見つかっちゃって」

 

「ドジを踏んだのね。そんなところまでルパンに似ちゃったりしなくても良いのに」

 

「いや面目ない。正直助かった」

 

 でなかったら一度城外に撤退するまで考えていたのだ。

 

「ふふ。その代わり、お宝は私にちょうだいね」

 

「ちゃっかりしてるなぁ」

 

 しかし助けられているのは事実なので、それを受け入れるしかない。

 

「それで? 中に隠し持っているのはなにかしら」

 

 インナーの懐を弄る不二子の手を掴んで、ホットパンツの内側からインナーの上着を出して中から本を取り出す。

 

「お宝のヒントだけど、たぶんルパンじゃないと読めないと思う」

 

「ただの本じゃない。これがお宝のヒントなの?」

 

 密着する程狭いスペースであるから中身を見せることは出来ない。そもそも中身を見ても読めないのだが。

 

「伯爵でも読めないゴート文字の本だから、読めるとしたらルパンくらいだと思う」

 

「そう。ならそっちは任せるわ。私は仕事に戻るから」

 

「わかった」

 

 周りに人の気配が無いことを確認して、不二子が出ていく。

 

「………っ、ふぅ…」

 

 緊張感が抜け、肩から力が抜けた。ああいう場面はまだひとりだと恐くて堪ったもんじゃない。

 

 周りに人の気配がないから出て行っても良いが気疲れを落ち着ける為に一息吐く事にした。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と泥棒と大ジャンプ

旅行明けで風邪を引きまして更新速度が落ちてますがお許しを。


 

「ここがカリオストロの城。俺たちはここ。このローマ水道は今も生きている」

 

 ルパンさんが写真に写るお城と時計塔を指差し、水道橋をなぞって行く。

 

「侵入路はここしかない。ローマの水道で、湖から城内に水を引いてるんだ」

 

「成る程。水の中ならレーザーもないって訳か」

 

 ルパンさんとパッパさんがダイビングスーツを着て、水の中に入っていく。

 

「五エ門、見張り頼むぜ」

 

 わたしは五エ門さんとお留守番だ。

 

「五エ門さん。ノワールみたいに皆さんに認めて貰うのにはどうすれば良いの?」

 

「お主も今しているように、ただ修行あるのみだ。呑み込みの早さはともかく、ノワールはそうして日々を積み重ねている。拙者と出逢う前の事は次元に訊く他あるまい」

 

 わたしがノワールと出逢った時、彼はもう二挺拳銃だった。

 

 わたしと出逢う前から銃を撃っていたノワール。それだけの差があって、今ではわたしが学校に行っている間に、ルパンさんやパッパさん、五エ門さんに不二子さんからも様々な事を教わっている。

 

 わたしが銃を撃てるようになる間に、彼はどんどん先へ行ってしまう。置いて行かれたくないと頑張っても、その頑張り以上の早さと時間で間は開いていくばかり。

 

 どうしてノワールはわたしを学校に通わせたのだろうか。こんな事なら学校なんて行きたくない。

 

「ノワールが何を考えているかはわからないが、お主を学校へ通わせた意味がきっとあるはずだ」

 

「それでも…」

 

 たとえ意味があったとしても、わたしが生きている意味はノワールと一緒に居る事。だから少しでも一緒に居られるように銃を撃てるようになった。今も五エ門さんに稽古をつけて貰っている。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 結婚式前の来賓の対応で忙しいのか、夜になると五階からはすっかり人の気配が無くなった。

 

 隠し扉から顔を覗かせ、左右を確認してスッと身体を廊下へ抜け出す。

 

「あらノワール。まだそこに居たの?」

 

「っ!? なんだ不二子か……」

 

 一瞬誰かに見つかったかと思ったが、相手は不二子だった為、肩を撫で下ろした。

 

 滅多なことじゃ見つからない自信があるものの、その術を教えてくれているルパンたち相手だと今みたいに簡単に見つかってしまう。此方の呼吸を覚えられているのもあるかもしれないが。

 

「不二子。お姫様に会いたいんだけど、どうにかならない?」

 

「あら。ノワールの狙いも花嫁なの?」

 

「まだ人生の墓場に入る気はないさ。少し聞いてみたい事がある」

 

 読むのがお手上げの賢者の石の記録はさておき、伯爵よりも大公家の娘であるクラリスの方が古くからの秘密については色々と知っている様な印象がある。だから賢者の石についても何か知っていることはないか訊ねてみる気だった。

 

「そう。でも今はダメよ。明日の朝になら会わせてあげる」

 

「え。明日の朝?」

 

 明日の朝だとルパンが動き始めてそんな落ち着いて話せる時間がない。しかし今日の夜だとルパンとクラリスの再会もある。タイムスケジュールがカツカツだな。

 

「誰かさんが伯爵の部屋でおイタをしちゃったから警備が強化されてるのよ? あなたもルパンの仲間だって世間一般的には認知されてるんですからね」

 

 存外に、おれの所為で警備が厳しくなって抜け出すのも大変なんだからと視線で訴えられている。まさかおれのヘマでルパンの邪魔をしちゃったかな。

 

「だから今夜は私の手伝いをして貰うわよ? イヤとは言わないわよね」

 

「オーライ。そういう契約だからね。従いますよ」

 

 助けられた手前頭が上がらないのは仕方がない事だ。

 

「あ、ちょっ、ひふっ、ひゃ、あうっ」

 

「これは迷惑料で貰っておくわね」

 

 服の中をまさぐられて、とっつぁんに渡そうかと思っていたゴート札の取り引き関係の書類を不二子に取られてしまった。

 

「だ、ダメだってそれは」

 

「あなたが持っていてもあまり価値はないでしょう?」

 

 顎に手を添えられて、まるで愛玩動物を愛でる様に撫でられる。

 

 確かに自分が持っていても意味がない。というより一応子育てをしている身だから危ない橋をあまり渡るような事をしないだけで、不二子ならこの書類を使って大金を巻き上げたりするのだろう。

 

 泥棒家業や用心棒も危ない橋ではあるけれど足がつく様なことは徹底的に避けている。だから不二子みたいに、例えば書類をチラつかせて複数の組織から悪どく稼ぐ様な事はしない。そんなんやったら余計な恨みまで買うからだ。

 

「他にはないのかしら? 隠しても良いことはないわよ」

 

「んひ、んっ、もう、それだけ、ひゃっ、だから…っ」

 

 ホットパンツの中にまで手を入れられて探られ、耳が蕩けそうな甘い声で追及されるが手荷物になる上に短い時間で探した中から持ってきたものであるため、不二子の持っている数枚の書類だけである。

 

 しかしその数枚でもソ連が偽ドル、CIAが偽ルーブル、その取り引き関係の書類を読むだけで世の中腐ってるなぁと思った。いや必要悪として必要なのだろうが。それこそナチスは捕まえた人間の中で紙幣などの印刷技術を持つ者に外国の紙幣を作らせて敵対国に経済混乱を引き起こそうとした事もあったらしい。世界各国の諜報機関や財務機関、政府中枢まで転覆しかねないくらいゴート札の闇はヤバい。そら世界恐慌の引き金にもなりますわ。

 

 不二子に連れられて六階の倉庫に忍び込む。壁の中の隠し金庫を手際良く開けて、中身を見ていく。

 

「ふふ。本当に世界中の政府機関と何かしらの取り引きがあるのね。そうでもなければこんなちっちゃい国が国として成り立たないんでしょうけど」

 

「程々にしておいた方が良いよ? 世界中から狙われて地下暮らしなんかゴメンでしょ?」

 

「なぁに? 一人前に心配してくれるの?」

 

「そりゃ、ビジネスパートナーですから?」

 

 やはり男女の違いとか、おれが出ても怪しまれる行事。サオリの進路相談や衣類等は不二子の世話になっている。書類的な名前でも不二子の名前を借りてるし。

 

 だから不二子になにかあるとちょっと困る。

 

「あら。ちょっとしか困ってくれないの? つれないわねぇ」

 

「絡むヒマがあったらさっさとすませようってば。ひふっ」

 

「んふ。あの娘と一緒で相変わらず首筋弱いわねぇ」

 

「っ、や、やめ、てっ、て…っ」

 

 不二子の鍵開けを見るために、不二子と壁の内側に陣取っていた自分。書類の目ぼしい物を探して渡していたから背中には当然不二子が居たままだ。

 

 背中に覆い被さり、首筋に吐息を吹き付けたり、指でなぞったり、普通の触り方ではなく情緒を誘うような手つきで、身体をまさぐり始める。声を出さないように手で口を覆う。

 

 ルパン、次元、五エ門から色々と教わっている様に、不二子からも潜入に人身掌握、男性の心理誘導、女装含む変装、女性視点からのあれこれ等も教わっている。それこそ身体の何処をどの様に触ると悦ばせるとかということもだ。

 

 全身を愛撫されて、頭に靄が掛かった様に意識がボヤけていく。

 

 こんな格好不二子以外には絶対に見せられない。

 

「あららぁ。燃えちゃってるねーお二人さん。お邪魔だったかなぁ?」

 

「ルパン? もうこんなところまで来ちゃったの」

 

 忘れてた……。

 

 ルパンが現れた為、手を止めた不二子に寄り掛かりながら、穴があったら入りたい気分だった。もしくはルパンの記憶を消したい。

 

「うわっとと!? な、なんだぁノワール? なにすんだって、ほわぁっ!?」

 

「うるさいっ! おとなしく斬られろぉっ、さもなくば記憶を失ええっっ」

 

 ひとンちの娘に要らんことを教えた上に見てはいけないものを見たルパンに切りかかるが、ひょいひょい避けてみせるルパンが余計にムカついてムキに刀を振るう。おそらくマンガみたいに顔が赤くなってお目目がぐるぐるになっているだろう。

 

「はいはい落ち着いた落ち着いた」

 

「これが落ち着けるかっ」

 

 フーッフーッ肩で息をしながらルパンに詰め寄る。

 

「それで。お姫様の居場所は掴めたの?」

 

 話題を切り替える為にルパンにクラリスの居場所は突き止めたか訊ねる。不二子から教えられてお姫様の居場所を知ったのだから、これから知ると思うのだが実際どうなのだろうか。

 

「それがまだじぇーんぜん。調べようにも警備が厳しくってなぁ」

 

 それを聞いて不二子がニヤリと口許に笑みを浮かべた。これはやっぱりおれの所為なのだろうか。

 

「花嫁さんなら北の塔の天辺よ。もっともとても入り込めないでしょうけどね」

 

「中に入るには屋根の上の非常用扉か、正面の仕掛け橋を渡るしかないよ。窓は防弾ガラスだから打ち破るのは現実的じゃないね」

 

 自分の所為でルパンに余計な負担を掛けてしまった詫びに知っていることを話す。

 

「……もうそんな所まで調べあげたの?」

 

 仕掛け橋については既に見た。屋根の非常用扉は今この倉庫の金庫にある城の見取り図を見つけて読んだから間違いない。防弾ガラスについては原作知識からで確認はしていないが間違いないだろう。城の他の窓も完全防弾ガラスだったし。

 

 不二子の言葉に見取り図を見せながら口を開く。

 

「この城の見取り図だ。持ち出せないから頭で覚えて」

 

「さっすがノワールちゃん。お鼻が良いことで」

 

「あんまからかうと噛みつくぞ」

 

 まったく、いつから犬キャラが定着してしまったのか。確かに髪の毛が跳ねていて犬の耳に見えなくもないだけで、次元の後ろを雛鳥みたいに着いて歩いていたのはそうする必要があったからだ。

 

「それで? どうやって乗り込む」

 

「そこは頭を使ってこそがルパンⅢ世さまだぜ? なんとかならあな」

 

 でも正面から行くと言わない辺りやっぱり上から忍び込む気なんだろう。

 

「そうかい。なら餞別だ」

 

 そう言いながらガスライターを投げてルパンに渡す。

 

「ライター? 珍しいじゃないの」

 

「マッチが売ってなかった代わりだけど、もう要らないからやるよ」

 

 適当な理由をつけて不自然なくライターをルパンに渡す。実際マッチを買い忘れた時にカートンでたばこを買った時にオマケで貰ったライターだ。2000年代になるとカートンで買ってもオマケでライターを貰えるのは近所のたばこ屋だけになったっけなぁ。パーラメントも値上がりして500円のワンコインで買えなくなったのには泣いた。

 

「じゃあねルパン。くれぐれも私の仕事の邪魔はしないでね」

 

「はいはーいって。なんだノワールは行かないのか?」

 

「子犬ちゃんはこれからお姉さんとイイことが待ってるから行かないわよねぇ」

 

「あーら羨ましい。ボクちゃんも不二子のワンちゃんになっちゃおうかなぁ。わんわん!」

 

 物凄くバカにされてる気分になったから左手で抜いたマグナムをルパンの鼻の頭に突きつける。 

 

「3秒だけ待ってやるからとっとと行け」

 

「やぁねー、カリカリしなさんなって。あとで骨でも持ってきてやっから」

 

「自分の骨を拾う事にならないように祈っとくよ」

 

「へいへい。そんじゃま、いってくらぁ」

 

 そう言って去るルパンを見送ってマグナムを納める。やっぱりハードボイルドな自分がしっくりくる。不二子に合わせるには素の自分の方がやり易いが、そうなるとどうも不二子のペースに掻き回される。

 

 ……しまった。カッコつけててルパンに賢者の石の記録を見てもらうのを忘れた。

 

「ごめん不二子。やっぱりルパンを追う」

 

「女の子との約束をすっぽかす子に育てた覚えはなくってよ?」

 

「ごめんて。代わりに耳寄りな情報をおひとつ。礼拝堂の祭壇を調べてみると良い。地下工房へ降りる階段がある。そこにゴート札の原盤もあるよ」

 

「相変わらず何処でどうやって調べてくるのかしらこの子は」

 

「そこは企業秘密で」

 

 不二子もまだ偽札の原盤の在処にまでは辿り着いていなかったらしい。その在処を口にしたおれを不思議そうに見てくる。

 

 とはいえ此方は確認作業の様なものだ。何も知らなかったら自分に出来ることなど高が知れている。

 

「仕方ないわね。いってらっしゃい、ノワール」

 

「んっ…。いってきます」

 

 額に口づけを貰って、背伸びをして瞼に口づけをしてルパンのあとを追うために走り出した。

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 夜になったお陰で黒い服の効果を遺憾無く発揮できる。闇のなかに融けるのを最大限に利用して城の中を最短距離で6階から3階へ駆け抜ける。

 

「居た…」

 

 もう屋根の上まで半分というくらいまで壁を登っているルパンを追うために、ラバーカップのアンカーガンを上に向かって撃ち込む。

 

 アンカーガンで登って、腰のワイヤーハーケンを壁に撃ち込み、また上にラバーカップを撃ち込み上に登るのを繰り返す。機械を使っているから素手で登っているルパンよりもペースは早く労力も要らない。

 

「ルパン」

 

「あらら、追い付かれちまったい。てか不ー二子ちゃんとこれからムフフな時間じゃなかったんじゃねぇのけ?」

 

「聞きそびれた事があったんだよ。だからこうして追っ掛けて来たんだ」

 

「もったいねぇなあ。不二子ちゃんからのお誘いなんて滅多にないんだぜ?」

 

「お生憎様。ルパンよりは構われてる自信はあるよ」

 

「……不二子ちゃんいつから年下趣味になっちゃったんだ?」

 

「さぁ。日頃の行いの差じゃないかな?」

 

 日頃不二子が一番だと言っていながら綺麗だったりかわいい女を見つけたら鼻の下を伸ばしてひょいひょい声を掛けに行ってしまうルパン。

 

 それがルパンの悪いところで良いところでもある。その辺りは自分はシャイだから真似できない。

 

 でもルパンに比べて不二子にはちゃんと立てるべきものは立てているし、付き合い方も心得ているからかもしれない。

 

「それで? 俺に聞きそびれた事ってなによ」

 

「これのことなんだけど」

 

 屋根に登って一段落したところにルパンに訊ねられ、賢者の石の記録をルパンに見せる。

 

「こいつはゴート文字だな。しかも暗号化された裏ゴート文字だ」

 

「読めそう?」

 

「いんやお手上げだ。今となっちゃコイツを読める人間は居ねぇんじゃね?」

 

「そっか…」

 

 ルパンから本を受け取って懐にしまう。本がダメならあとはクラリスに聞いてみるしかないわけだが、訊けるタイミングがあるかどうか。

 

「にしても。ひでー所に閉じ込めやがって」

 

「まさしく陸の孤島だね。普通に入る方法はひとつだけ」

 

「ま、普通でなくても入れるなら問題ねぇさ」

 

 指を舐めて風向きを確かめるルパンは聳える更に高い屋根を見上げる。

 

 それを登り始めるルパンを追う。取り敢えずロケットワイヤーに火を着ける所までは見届けよう。

 

「ひぃ。ひぃ、ういぃぃぃぃーーっっ」

 

「ちょ、ルパン、ひゃあぁぁぁぁーーっっ」

 

 途中まで登ったルパンが一休みに止まったらずり落ちてきた。ルパンの後ろに居た自分も巻き込まれて落ちる。

 

「ババ、バカッ! 落ちるんならひとりで落ちろっ」

 

「いやぁ、わりぃわりぃ」

 

 ヘラヘラ笑っていて詫びれた様子が感じられない謝罪をルパンの腰に引っ付きながら聞く。高所恐怖症を堪えて登っていた手前、身構えていない不測の事態に弱い。いやまさか本当にルパンが落ちてくるとまでは思ってはいても考える余裕がない程度には自分の事で手一杯だった。

 

 アンカーを投げて引っ掛けたルパンの背中に引っ付いて屋根の頂上に登りきる。

 

「ひぃ、ひぃ、ひぃ、お前ちょっと重くなったか?」

 

「失敬な。マイナス2キロですよーっだ」

 

 身体の管理に関しても不二子から教えてもらっているから、プロポーションにも気を使っていますよ。

 

「身長は? あだっ」

 

「訊くなバカ」

 

 余計な事を訊いてくるルパンの頭をチョップする。

 

 ルパンの背中から降りて屋根の上に座る。改めて思うが、こんな高くて急な屋根の瓦をどうやって置いて作ったのか激しく気になる。転落事故で死人とか普通に出ていそうだ。

 

「んっ、んっ、んんっ」

 

「なにやってんの」

 

「ひぃはふふぁへーほ」

 

 たぶん火が着かないと言いたいんだろう。ロケットワイヤーの導火線に火を着けようとしているルパン。普段使っていたクセか、ガス欠のライターを一生懸命擦っていた。

 

「おれがあげたライターがあるじゃん」

 

「ほへは」

 

 たぶんそれだって言いたいんだろう。あちこち上着を探すルパン。猛烈にイヤな予感がする。

 

「って、前前まえっ!!」

 

「なにいぃっっ」

 

 ルパンが身動きしていた所為で靴の裏で挟んで固定していたロケットワイヤーを立てる為の棒が支え切れず本体の重さに負けて下に下がって行き、ぽろっと棒が靴の裏から外れてロケットワイヤーも落ちていく。

 

 ワイヤーを引いてどうにか落ちるのを止めようとするルパン。だがロケットワイヤーは中々止まらずに落ちていく。その内ルパンのケツが上がって上半身が下がって行く。ワイヤーを引くのに夢中になっているからだろう。

 

「ちょっとルパン、まだ捕まらないのォッ!?」

 

「あら、あらららららら――――」

 

 ルパンのズボンのベルトを落ちないように掴んで支えようとしたら、ルパンの身体が下に転げ落ちていく。ズボンのベルトを掴んだ腕に引っ張られて自分の身体も落ちて行った。何故にwhy?

 

「わああああああああああああ!!!!」

 

「いぃぃぃぃやあああああああ!!!!」

 

 転がって1回転。立ち上がって走り出した足は急勾配過ぎて止まるとかそんなことがまったくできない。

 

「どーーーすんのォォォルパァァァン!!!!」

 

「知るかぁぁぁああ、うひゃああああああ!!!!」

 

 そして屋根の終わりがすぐそこに迫っていた。

 

「ひえっっ」

 

「南無三っっ」

 

 もう跳ぶ覚悟とかなにも抱く暇もなく、せめて最後の1歩で屋根を踏んだ瞬間に蹴り飛ばす。

 

 途中にあった少し低めの屋根も使って助走をつけてもうひとっ飛び。

 

 迫ってきた北の塔の壁にラバーカップと腰のワイヤーハーケンを撃ち込む。

 

「はぁはぁはぁはぁはぁっ、ひぃ、ひぃ、ひぃ、ふひぃぃ……」

 

  生きた心地のしない大ジャンプ。命綱無しのジャンプ距離でギネスが貰えると言われても2度とやらない。

 

「ルパ~ン、生きてる~? おれ生きてる~? うわっ!?」

 

「ちゃんと足あるだろ?」

 

「だからって足引っ張んな! ビックリするだろっ」

 

「しゃーねーだろ! こっちだって落ちそうなんだよっ」

 

 ラバーカップとハーケンでしっかりと身体を固定している自分と違ってルパンは何も引っ付く装備が今は持っていないらしい。いやメタ視点で装備を用意してきた自分と違ってルパンは有り合わせのものだからなぁ。そこが自分とルパンの差だ。有り合わせの装備で切り抜けられる頭の良さは自分には無い。

 

「ほれ、登るぞ」

 

「ちょっとタイム。まだ心臓がバックンバックンだからもうちょい待って」

 

「んじゃ、先登ってるぞ」

 

「あいよ~」

 

 髪をくしゃくしゃと撫でてルパンは先に登って行った。

 

「ふぅぅぅっ……。マジで死ぬかと思ったわ」

 

 なんとなく後ろを振り向いて跳んできた距離を見たらなんで跳べたのか意味がわからなくなる。

 

「タバコ持ってくるの忘れた……」

 

 ルパンとクラリスの再会を邪魔しないように待っている暇を潰そうとたばこを探したが、今回は吸う機会が殆どなかったから潜入衣装の中に入れるのを忘れていた。

 

「うぅ、さみぃ……」

 

 壁の向こうからルパンの演劇が聞こえてくる。

 

「あ、ヤバそう…」

 

 仕掛け橋が動き出したのを見て、急いで登り始める。

 

 屋根の非常口から部屋の中に降りると、笑いあうルパンとクラリスが居た。

 

「ルパン!」

 

 部屋の照明が点き、ルパンがクラリスを背に庇う。窓をシャッターが降りて遮る。

 

 金ローならここでCMだな。

 

 

 

 

to be continued…



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子猫と子犬と男の世界

子猫ちゃん視点にすると物語が謎に包まれるというか、男の世界は女の子には難しいというお話し。


 

 周囲をカゲたちに囲まれる。鋭い鎧の爪を向けられる。一応いつでも刀を抜けるように構えておくが、斬れない鎧相手だと意味があるかどうかも果たして微妙だ。それでも牽制にはなると思って構えは解かない。

 

「きゃあっ」

 

 クラリスの悲鳴が聞こえたが、後ろは振り向かない。この間もカゲ達と自分の睨み合いは続いているからだ。

 

「泥棒さん!」

 

「コラーッ、ご婦人はもっと丁重に扱えー」

 

 ルパンの周りにカゲの気配がある。囲まれて首に爪を突きつけられているのだろう。

 

 呼吸を限り無く細くし、集中力を極限まで高め、意識で間合いを作る。1歩でも踏みいれば斬るという意識を敷いておけば、直ぐには捕まる様な事はないと思いたい。

 

 カゲたちの包囲が割れて、伯爵が現れた。

 

「態々指輪を届けてくれてありがとうルパン君」

 

「盛大な歓迎痛み入るぜ伯爵」

 

「早速だが君には消えてもらおう」

 

「さーて、そう簡単に消せるかなぁ?」

 

「やめて! その方に手を出してはなりません!」

 

「大丈夫だよお嬢さん。ドロボーの力を信じなきゃ」

 

 ルパンへの話が一区切り着いた伯爵が、ルパンから此方へ視線を向けてきた。

 

「指輪を返してもらった所で、君からも預けたものを返して欲しいものだね。子ねずみ君」

 

「読んでも意味がわからない本でしたからね。返すのは構いませんよ」

 

 懐から賢者の石の記録を出し、床に置いて滑って行くように蹴り飛ばす。

 

 その一瞬他の意識が本に向かった隙を突いて頭上に向かって腕の袖口からアンカーを撃ち出す。

 

 天井に刺さったアンカーから伸びるワイヤーが自動で巻き上げられ、身体が天井に向かって登っていく。

 

 登りきった反動を利用して身体を振って、天井の非常口に飛び込む。

 

「ああ、おいノワールちゃん?」

 

「じゃあねルパン。骨は拾ってあげるから!」

 

 カゲ達がジャンプして非常口に手を掛けようとするのを蹴り飛ばし、非常口を閉める。

 

 中から伯爵がおれを追う様に指示を出す声が聞こえるが、追われるよりも逃げる方が早い。

 

 塔の壁に両腰のワイヤーハーケンを撃ち込んで、そのまま下へ垂直降下。ヘタなアトラクションよりもスリリングな降下の行き着く先は礼拝堂の屋根だ。

 

 屋根に着地してワイヤーを切り離して、アンカーガンで城壁の上の方にアンカーを撃ち、城壁の上に登るとサーチライトが焚かれる。

 

「クソッ」

 

 銃撃を走って避けながら城壁の端から飛んで下の湖に飛び込もうとした瞬間。背中をいくつもの衝撃と熱が襲い。そのまま身体は湖に落ちて行った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「たった今君の息子は地獄に落ちたそうだ」

 

「…っ、そんな。あの子…」

 

「誰が俺の子だよ。俺はまだ独身だってーの」

 

 伯爵からノワールがやられたらしい事を聞かせられた。

 

 それを聞いたクラリスは息を呑んだ。急に現れたノワールのことまで気にかけてくれるなんて良い娘だな。

 

 俺たちに着いてまわって色々なヤマを乗り越えてきたアイツの事だ。簡単には死んでいないとは思うが、そう判断出来る手傷を負っているかもしれないことは確かだろう。

 

「さて。次は君の番だが、態々花嫁の部屋をこそ泥の血で汚す事もないだろうと思っていてね」

 

「そんなこと言っちゃって。あとで後悔するぜ? それとな」

 

 周りのカゲたちに囲まれて誘導された床は落とし穴になっている。ここから地下に落とす気だな。

 

「窮鼠猫を噛むっていう言葉を知ってっか?あんま舐めてっとガブーッと噛みつかれるぜ?」

 

「フッ。減らず口はそこまでだ」

 

 床が抜けて身体が落ちていく。ワイヤーを落とし穴の壁から突き出ている針に引っ掻ける。まったくおっかねぇ城だこと。

 

 まぁ、アイツも一応はルパン一家の仲間だ。そう簡単にくたばる様な鍛え方はしてないし、これくらいでくたばってたらアイツもいくつ命がなくなってるかわかったもんじゃない。

 

 クラリスの指に嵌めた偽の指環から聞こえる伯爵の声を聞きつつ、窮鼠猫を噛むプランを考え始めた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「はぁ…っ、はぁ…っ、っっ、おれはっ、こんな、所でっ、死ぬわけ、には…っ」

 

 岸になんとか這い上がって、背中に刺さった銛を抜く。

 

「ぐくっっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ……っ~~~~~ーーー!!!!!」

 

 刺さった銛を抜いて、あとは地を這って休める場所を探した。まだ何本か刺さっていそうだがどうにも出来ない。

 

 寒さと濡れた服と流血に体力を奪われながら辿り着いたのは植木の木陰だった。

 

「うっ、く…っ」

 

 治療をしようにも身動きが出来る体力は残っていなかった。背中の激痛も尋常ではない。痛みで泣いてしまいそうだ。普通なら意識が飛んでいるが、幸いにも銃弾の掠り傷とか稀によくある直撃の経験のお陰で歯を食い縛れば耐えられないこともない。

 

 ざまぁない。裏社会で生活をしていれば良くあることだ。

 

 襲い来る眠気。今寝たら確実に不味いのはわかっているが、抗えないその誘いに意識を引かれて、眠りに就いてしまった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ぅぅ…っ」

 

 寒さに目が覚めて、まだ夜が白みだした頃だった。

 

「…起きたのか?」

 

「…はい。…おはようございます」

 

 パッパさんに声を掛けられて返事を返す。

 

「ちょうどいい。眠気覚ましにコーヒーでも淹れてくれ」

 

「はい…」

 

 昨日の夜。お城がライトアップされた時、パッパさんも五エ門さんも少しそわそわしたけれど、灯りが直ぐに消えて落ち着いた頃にパッパさんに寝てろと言われて寝てしまった。

 

 水を汲みに湖の方に向かう。水を汲んで、頭を起こすために軽い柔軟体操をして腰の銃を抜く。少し湿っぽい銃身を拭って、冷たい銃にキスをする。これは毎日の日課。離れていてもこの銃でわたしと彼は繋がっているから。

 

 銃を腰のホルスターにしまって、水の入ったバケツを運ぶ。その途中で大きな犬を連れたおじいさんと出逢った。確か庭師のおじいさんだったはず。

 

「お、おはようございます…」

 

「おはよう。この辺りじゃ見ない顔だね。観光かい?」

 

「は、はい…。か、家族と」

 

 あの時はわたしはノワールの影に居たからおじいさんからわたしは見えていなかったらしい。初対面みたいに接するおじいさんに合わせてわたしも初対面の様に会話をする。

 

「そうかそうか。だが、この周りは大公殿下のお屋敷じゃ。あまり荒らさんでおくれと親御さんにも伝えておくれ」

 

「は、はい…。では、それじゃあ…」

 

 わたしが去ろうとすると、おじいさんの連れていた大きなワンちゃんが突然走り出した。

 

「これカール! どこへ行くっ」

 

「ワンッ! ワンッ! ワンッ!」

 

 さっきまで大人しかったのに急に走りながら吠えて行ってしまうワンちゃんを追い掛けるのはおじいさんひとりじゃ大変そうだ。

 

「あ、あのっ、わたしも、追い掛けます」

 

「そうか? すまんな」

 

 バケツを置いてわたしはワンちゃんが走った方に向けて走り出す。五エ門さんの修行で足はかなり速くなっているから、たぶん追い付ける。

 

「ワンッ!」

 

 ワンちゃんに追い付いたのは、少し開けた庭園みたいな場所だった。

 

 お屋敷は焼けて荒れ放題なのに、ここだけは今も手が入っているのがわかる。

 

「見つけた…」

 

「ワンッ」

 

 ワンちゃんがわたしを見て吠えてきた。

 

「ッッ!?!? ノワール!!!!」

 

 木陰で俯せに眠っているノワールが居た。でもどうして周りが血まみれで、背中に2本も棒が刺さってるの?

 

「ワン」

 

「っ、ノワール!!」

 

 どうしたら良いかわからなくて声を描ける。こういう時はどうすれば良いの?

 

「こりゃ酷い。お嬢ちゃんの友だちか?」

 

 あとから追いついてきたおじいさんの声に振り向いて縋りつく様にお願いした。

 

「お願いしますっ、ノワールを助けてっっ」

 

 ノワールが普通のケガをしていないのは百も承知で頼み込む。

 

「で、でも、け、けいさつとか、びょういんはダメで、だから、だからっ」

 

「ワケがありそうだね。お嬢さん」

 

 普通の人なら警察を呼ばれたり病院に連れていかれたりするのは決まっているから、腰から抜いた銃を向けてまでおじいさんに頼み込む。

 

「…なーにやってんだ、おめぇ」

 

「っ、パッパさん! ノワールが、ノワールがっ」

 

 おじいさんに銃を向けていると、パッパさんがやって来た。

 

「パッパ言うな。それとそれくらいで死ぬようなタマじゃねぇよ」

 

「お前さんはこの間の」 

 

「よう、じいさん。ウチの倅が迷惑掛けちまったな」

 

 そうおじいさんに声を掛けると、パッパさんはノワールを肩に担ぎ上げた。

 

「お前さんたちは何者だ。ただの観光客ではなかろう」

 

「まぁ、チョイとした人助けの最中ってだけさ。ジャマしたな」

 

 そのままノワールを担いで歩き出すパッパさん。おじいさんに頭を下げてわたしもあとを追う。

 

「ぅっ…、ぁっ……。じ、じげ、ん……」

 

「目ぇ覚めたか? 余計な手間取らせやがって」

 

「ツケに、しとい、て……」

 

「おうおう。ツケが貯まって大変だなぁ」

 

「…フッ。ちゃんと……、はらう、さ…」

 

 背中に棒が刺さったままで喋っているノワールに声を掛けようかどうしようか迷ってしまう。余計な負担は掛けないようにやっぱり声は掛けない方が良いのかな。

 

「麻酔なんて上等な物はないからな? 覚悟しとけよ」

 

「あぁ……」

 

 お屋敷の天幕を張った場所にノワールを担いだパッパさんが戻ると、五エ門さんもノワールを見て目を一瞬見開いた。

 

「昨夜の動きはお主だったか」

 

「まぁ、そういうこったろうな」

 

 ノワールを俯せに寝かせたパッパさんはネクタイを外して丸めると、ノワールの口にあてがった。

 

「321で抜くぞ」

 

 それにノワールは頷いて答えた。

 

「3、2、1…っ」

 

「ぐむっっっ、むぅぅぅう゛う゛う゛う゛う゛っっ」

 

 一本の棒を抜くだけでとてつもない悲鳴をネクタイを噛んで我慢するノワール。

 

「手持ち沙汰なら手でも握っててやりな」

 

「は、はい…っ」

 

 手が真っ白になるほどに強い力で握られた指を解して、指を絡める様に握り締める。

 

「次、行くぞ。3、2、1っ」

 

「ぐむっっっっ、っ~~~~~ーーー!!!!!」

 

 痛いどころか指が折れそうなくらい強い力で握られた手。でも本人はもっと痛いはず。

 

 どうしてこんな痛い思いをしてまで危ないことをするのだろうか。ノワールも子供だからわたしみたいに学校に通っても良いと思うのはダメなことなのかな。

 

「どうしてノワールはこんなになっても」

 

「男には自分の世界ってものがあるからな。自分の世界と合わない場所に居ても苦しいだけさ」

 

「でもノワールはまだ子供なのに」

 

「子供である前に、コイツはガンマンで居たいのさ。いや、ガンマン以外にも色々とやっちゃいるが、わかっているのは、コイツには普通の生活は合わねぇってことだ」

 

「そんなこと……」

 

 火で炙った針に糸を通して、ノワールの傷口を縫うパッパさんとの問答。日本に居るときのノワールは普通なのに、どうしてルパンさんが関わるとこうも危ないのに首を突っ込んで行くのだろう。

 

「そいつがわからねぇウチはまだまだだぜ」

 

 わからない。ノワールも酷いケガをして、ルパンさんも大ケガをしてお城から逃げてきたのに、どうしてまだ逃げないのか。

 

 わたしには、それがわからない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 庭師のおじいさんに匿って貰って、ベッドに眠り続けるルパンさんはミイラみたいに包帯がぐるぐる巻きだった。

 

「どう? ルパンの具合は」

 

「熱がまだ下がらねぇな。ま、傷が傷だしな」

 

 篭にパンや飲み物を入れたノワールがパッパさんに訊ねながらパンとビンを渡す。

 

「ほい、五エ門」

 

「かたじけない」

 

 五エ門さんにもパンを渡したノワールも椅子に座る。

 

「いちちちっ」

 

「だ、大丈夫?」

 

「あぁ。ゆっくり座ればな」

 

 痛がるノワールに声を掛けて、座ろうとする彼を支えながらゆっくりと座らせる。

 

「それで。そっちはこれからどうすんだ?」

 

 パンをかじりながらノワールにパッパさんが訊ねた。

 

「まぁ。傷はヘマこいた手前の所為だけど、無理矢理女の子がオジサンと結婚させられるのはおれ的にもNGなわけよ」

 

 首もとの黄色いネクタイを締めながらノワールが口を開いた。いつものノワールとは違う。何処かルパンさんに似た調子だった。

 

「伯爵の狙いはカリオストロ家に伝わる秘宝さ」

 

「……お宝の在処がわかったのか?」

 

「まぁ、大体は。問題はその鍵がお姫様と伯爵の持つ銀と金の指環だってことさ」

 

「あの指環か。んで? どう盗むんだ」

 

「カリオストロ家は古い習わしで指環を交わして婚姻の印になる。つまり伯爵とお姫様の結婚式にはちょうどふたつの指環が揃うってわけさ」

 

「結婚式に乗り込もうってか? 大胆な事を考えやがる」

 

「ルパンなら同じことを考えるさ」

 

 パッパさんと話ながら、ノワールは篭から新聞を取り出してパッパさんに投げ渡した。

 

「しかも結婚式には西側諸国を中心にVIPもわんさかの場で偽札造りをおっぴろげにしてお姫様を盗んだらどうなると思う」

 

「ヒゲじじいの権威は失墜だな。だがそれだけで掃除が出来るのか?」

 

「衛星中継も入れるってさっき不二子と会って聞いてきた。全世界生中継ってやつさ」

 

「そりゃたまんねぇわな」

 

 口許をニヤつかせるパッパさんとノワール。この辺りのふたりの顔はそっくりだと思う。

 

「でもいつ不二子とグルだったんだお前」

 

「仕事手伝うから城の中に忍び込む手伝いをして貰ったのさ」

 

「俺たちが苦労して水道から入ろうって時に不二子とよろしくやってたワケだ」

 

「別に~。不二子と仕事してただけだし」

 

 ニヤニヤしながらノワールの肩を肘で突っつくパッパさん。なにやってるんだろう。

 

 ここまで話を聞いてきたけど、内容が殆ど掴めない。どうしてこっそり盗み出さないで目立つ様な事をするのかがわからない。

 

「ただ問題はルパンが起きないと始まらないってことさ」

 

「まぁ、お姫様盗むって予告だしたのはルパンだからな」

 

「オマケにお姫様のルパンに対する印象も白馬の王子さまって言うのがミソよ」

 

「ハッ。サル面の白馬の王子さまなんて夢に出そうだぜ」

 

「ククク、ッッ、ちげぇねぇ」

 

「しかし警備は厳重だ。どうやって城の中に入る」

 

 痛みを堪えながらパッパさんと笑うノワールに五エ門さんが訊ねた。

 

「そこについてもアテはありさ」

 

 そう言いながらノワールはパッパさんから五エ門さんの手に渡った新聞を指差した。

 

「バチカンの大司教が婚姻式の進行役で来るんだとさ」

 

「成る程。それに化けて入ろってワケか」

 

「ピンポーン♪ 大正解!」

 

 そうパッパさんに言いながら立ち上がって、ルパンさんの銃が収まったホルスターを肩から下げて、赤いジャケットを羽織った。

 

「なんだ。ルパンごっこでも始めようってか?」

 

「まさか。城下町に停めてある車を取りに行くだけさ」

 

「あ、ならわたしも…」

 

「否、拙者が参ろう」

 

「悪いね五エ門センセ」

 

 家から出ていくノワールと五エ門さん。またわたしは置いてけぼりだ。

 

「なんでルパンさんの銃を」

 

「背中の傷で後ろ腰から銃が抜けねぇんだろ」

 

「ならホルスターの位置を変えれば良いのに」

 

「それが男ってやつだ」

 

 わたしが女だからノワールやパッパさんたちの事がわからないのかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「いっっっ」

 

「大丈夫か?」

 

「まぁ、なんとか」

 

 背中の引き攣る感覚をこらえながら歩く。

 

「しかし何故ルパンの服を」

 

「いやだって服は血まみれで着れないし。手持ちも全部車だし」

 

「大きさが合わずに却って目立つのではないのか?」

 

「だからワルサーも借りてきたし、五エ門センセ~も居るから心配はしてないのよ」

 

 流石にルパンの服を着たままマグナムは似合わないし。それに傷が痛くて腰からマグナムを抜くのに少し時間が掛かる。だから脇の下から抜けるルパンのワルサーを借りたのだ。

 

「ルパンは解らんでもないが、お主がここまでその花嫁に肩入れする益とはなんだ」

 

「別に。ポリシーだよ」

 

 大人の都合に子供は関係ない。ただそれだけで深い意味はなにもない。

 

 大人に振り回されて人生に生きる意味を見失ったひとりのバカがせめて自分の目に見える範囲で、そんな子供がひとりでも減るのなら。

 

 慈善事業者でも聖人でもない自分に出来るのは高が知れている。

 

 なら何故サオリに手を出したのかと言われたら、日系の血を感じる顔と、まだ子供でスラムに落ちる前の普通の女の子だったからだろう。

 

 言っちまえば、手前の勝手な都合で偶々拾った娘を面倒みてるだけだ。クソ野郎かな?

 

 ただひとつ言える事は、ルパンが目を覚ました時にはすぐに動ける様に準備をするのがおれの仕事だ。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 



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子犬と一家と礼拝堂花火大会

筆が乗ったので最後のCMまで進行しました。この小説でルパンのカリ城を知ったという人が居たら置いてけぼりになりそうなくらい内容端折ったけど許して。

なおルパンと一緒に地下牢に落ちなかったのは、落ちたらルパンを庇って撃たれるくらいしか話が膨らまなかったから地下牢はカットしました。


 

 城下町からスバルを回収して、ルパンのフィアットの中にある道具を使って、ルパンの顔を模したスピーカーとオーディオプレーヤーを用意する。

 

 身体は爆発して破裂する様にしておく。中身のゴート札は城の中で手に入れる事にする。

 

 その他にも対カゲ用の武器も用意する。

 

「おいおい。そいつは人間に向けて撃つもんじゃねぇぞ」

 

「対戦車ライフル引っ張り出しておいて良く言うよ」

 

 ルパンの服から着替えてようやくいつもの自分らしくなれた。やっぱり黒のジャケットに黒い帽子は落ち着く。背中の痛みも和らぐってもんだ。

 

「いてっ。でもやっぱり痛ぇ」

 

 整備して組み立てたのはM79グレネードランチャーだ。シュワちゃん御用達の地獄に落ちろベイビーでわかるとは思う。

 

 次元の対戦車ライフルと同じく普通は人間に向けて撃つ代物じゃないが、弾頭は特別製の粘着弾だ。

 

 マグナムを撃ってもダメ、刀でも斬れないのなら身動きを封じる武器を用意すれば良い。

 

 粘着弾とは言っても発射する火薬の量は対人榴弾と同じ量を使っているから当たれば人の身体なんてのはかなり吹き飛ぶだろう。装甲は厚くても中身の人体に衝撃を伝えて打倒するのは稀によくロボット物で目にする手だ。そういう意味では次元の対戦車ライフルも同じ理屈で通用する。

 

「んで? 女も連れてく気か」

 

「いや。流石にそんな余裕はないから留守番だ」

 

 大司教一行に化けて城内に忍び込むと言っても、ルパン、次元、五エ門、そして自分で精一杯だろう。

 

 出来るだけの準備をして3日目の夜。ようやくルパンも意識を取り戻した。少し記憶に混乱があったが、クラリスの名前を聞いて次元に何日自分が寝ていたか問い詰めたり、血が足りないから食い物じゃんじゃん持ってこいとか大人しく寝ていた分を取り戻すかの様に随分と忙しい。取り敢えず原作知識で食い物持ってこいと言うだろうと予想は出来ていたから、日中に買い物をして買ってきた食材で作っておいたビーフシチューを出す。腹に穴の空いた人間にビーフシチューはどうなのかと思ったが、肉とかソーセージやチーズにパンをそのままかっ食らっていたよりは幾分か身に優しい上に量も作れるし何より栄養バランスも良い。肉が普段の3倍増しのビーフシチューは食べごたえ抜群だ。

 

「バカやろう! そんな慌てて食うなよ。身が受け付けねぇぞ?」

 

「っ、ぶはっ、るしぇ!! あと12時間もないんじゃ食わにゃ治らあっ!!」

 

 ビーフシチューにしたのに暴飲暴食は変わらず、洗面器みたいに大きな器に並々によそったシチューとパンをばくばくと食べ尽くす勢いだ。10人前用意したビーフシチューがルパンひとりで食いきりそうってどんだけ食べてるんだって話だ。そりゃ次元もゆっくり食えって言うわ。

 

 というより食って治すといってもそんな便利に人間の身体は出来ていないと思う。

 

 案の定急に食べ過ぎて身体がびっくりして青い顔になったルパンは食ったから寝るということでようやく此方も晩飯だ。

 

 食べ終わって落ち着いた頃に、庭師のおじいさんに事情を説明できた。この3日間仕込みだ用意だで忙しかったからだ。

 

 目が覚めたとき、ルパンは犬のカールの名前を言った事に疑問を持つおじいさんの言葉から、ルパン本人がカールの名前を知っていたワケ、クラリスとの出逢いを語った。

 

「じゃあ、ルパンさんがお姫様を盗むっていうのは」

 

「世界一の大泥棒の恩返しって所さ」

 

 何故クラリスを拐うことに拘るのか。その答えにサオリも辿り着いたらしい。

 

 あとは若い頃の自分が逃した獲物のリベンジってところもあっただろう。

 

 ともかく、これでようやく身が入る理由が明確になったことだろう。

 

 誇りある悪党ってのは、受けた恩はちゃんと返すもんだ。

 

「取り敢えず落ち着いたんならコレを見てもらえる? 伯爵に借りを返す計画書だ」

 

「どれどれ? ……ほー、よく出来てんじゃん」

 

「あったり前田のクラッカーってな。事前準備も終わってる。あとは決行あるのみだ」

 

「さっすが子犬ちゃん。よーしよしよしよしよし」

 

「やめいっ。帽子が潰れるだろうが」

 

 ムツゴロウさんに撫でられる動物みたいにルパンに頭をわしわしされそうになったが、流石に帽子がヨレるから手を退けた。

 

「それで? どーすんだルパン」

 

「もちのロンよ。ここまでお膳立てされててケツを捲るルパンさまじゃねぇっての」

 

「では?」

 

「ああ。ノワールのプランで明日決行だ」

 

 次元と五エ門の問いに決行を告げるルパン。

 

 詳細に覚えているカリ城の内容から作戦を書き起こしただけあって1発OKを貰えた。細かいところはアドリブになるだろうが、大まかな流れは原作のカリ城とそう変わらない推移になるだろう。

 

「にしてもえっぐいこと考えつくねぇ」

 

「そうでもしないとインターポールも動かないし、でなきゃお姫様に安心して国を明け渡せないでしょ?」

 

 伯爵が原作通りに時計塔の針に挟まれて死ぬにしろ。カリオストロの闇を白日の下にしておかないとルパンも心配でクラリスをカリオストロに置いて去れないだろう。もしクラリスを連れていけば、本人の意思であっても国連加盟国の皇室ご令嬢誘拐犯として世界中からお尋ね者だ。いやそれは今でもあまり変わらないか。

 

「ま、そういう事なんだけどもな。でーもお前さんクラリスにそんな義理があるわけじゃねーっぺ?」

 

「まぁね。良いじゃんか。おれのポリシーなんだから」

 

 ていうことで誤魔化したが、内心はルパンを置いてケツ捲って逃げた事に対する自分なりのケジメだ。

 

 1度退散して地下の幽閉壕かゴート札の工房で合流しようと考えていたが、結局逃げ切れずに傷を負ってルパンを援護する事は叶わなかった。そしてルパンは原作通りに撃たれて重傷を負った。すべて円満に済ませたいなんて傲慢な考えをしているわけじゃないが、手が届く範囲でどうにかしたいって思うことを悪い事だとは思いたくはない。でなかったら自分はなんでルパンを助けるとか思うのもバカのしているただの妄想になってしまう。

 

 理屈は要らない。ただ一緒に居て楽しいから組んで仕事をする。

 

 ただそれだけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 またわたしは置いてけぼり。夜明けと一緒に行ってしまったノワールとルパンさんたち。わたしはおじいさんの家で待っているように言われた。

 

 手持ち沙汰になった手にマグナムを握って暇を弄ぶ。夜になったらテレビを観ると良いと、いたずらっ子みたいなかわいい笑みを浮かべて行ってしまったノワール。

 

 銃を撃てても役に立てない。それがもどかしい。

 

 家の戸がノックされる。

 

「ハァイ、子猫ちゃん」

 

「不二子さん!?」

 

 戸を開けた所に居たのは不二子さんだった。

 

「そんな物騒な物向けちゃやーよ」

 

「ご、ごめんなさい。用心しろって、ノワールが」

 

 マグナムをホルスターに納めて、不二子さんを部屋に向かい入れる。

 

「でもどうして。お仕事があるんじゃ」

 

「そのお仕事。生で見たくない?」

 

「え……?」

 

 一瞬不二子さんの言うことが理解できなかった。

 

「で、でも。危ないって……」

 

「あの子に婚約者が出来るって話。知ってる?」

 

「え………?」

 

 不二子さんのとんでもない言葉の連続に頭の理解がまったく追いつかない。 

 

 あの子って誰? 不二子さんがそんな呼び方をわたしの前でする対象はひとりだけだ。

 

「まぁ、あの子は私の虜だから、どんなひよこちゃんが来ても問題はないんだけど、ヘタに楔を打たれてあの子の自由が束縛されると私としても面白くないのよねぇ」

 

「不二子さん、も、ノワールのこと…」

 

「そうね。あの子は私を裏切らないし。筋金入りのチェリーだからルパンよりも女の子のことを考えてくれる良い子だし。内も外もかわいいし。好きか嫌いかで言えば好きな部類に入る子よ。あと2、3年くらいが食べ頃かしら?」

 

「たっ、食べ頃って……!」

 

 いくらわたしでもその表現がどういう意味なのかわかる。

 

 やっぱりノワールも不二子さんみたいな綺麗な人が良いのかなぁ。

 

「ひゃうんっ!?」

 

「あなたの悪いところは自信がないことね。まぁ、他にもあるけど」

 

「ひゃ、ひゃめ、へ…っ」

 

「またおっぱい大きくなったわね? この前はあの子の邪魔が入ったからわからなかったけど、ブラの大きさが合ってないわ」

 

「んゃぅんっっ、ふ、ふひ、ほ、ひゃん…っっ」

 

 胸をぐにぐにまさぐられながら、不二子さんにそんなことを言われた。

 

 会う度にこんな風に胸をまさぐられなかったら話しやすいお姉さんなのに。

 

「あら。ちゃんとあの子好みの黒なんて。顔は清楚に見えてエッチな下着ね」

 

 それは不二子さんからノワールの好きな色を聞いたから何となく選んでいる色だからってだけで。

 

「あっ、んんっ、ひぅっ、も、もう、やめ、てっっ」

 

「フフ。肌もスベスベだからいくらでも触っていられるけど、流石に時間も少ないからまた今度にするわ」

 

「ハァ、ハァ、ハァ、もっ、やぁ、で、す……」

 

 不二子さんにまさぐられて荒くなった息を整える。

 

 服の乱れを直して、不二子さんに向き直る。

 

「わたしが行っても、良いんですか…?」

 

「メインはルパンたちだもの。私はその間に一仕事はするけど、殆ど見物客よ。ルパンやあの子の仕事を間近で見られる機会も中々ないわよ?」

 

 不二子さんのお誘いに、腰のマグナムのグリップをひと触りして、口を開く。

 

「行きます。行かせてください」

 

「フフ。決まりね」

 

 おじいさんにお礼の手紙を書いて置き。わたしは不二子さんのあとに着いていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 カリオストロ城に続く幹線道路。初日にカーチェイスをした道の崖を爆薬で吹き飛ばして崖崩れを起こして大司教の車を足止めする渋滞を作る。

 

 他には旧道の峠道を通ってくるしかない。

 

 マグナムの整備をしていると、大司教を乗せたリムジンがやって来る。ガスで眠らせた運転手の代わりにパッパが運転していた。

 

「ご苦労さん、次元」

 

「早いとこ着替えて行こうぜ」

 

「まて。女人も剥くのか?」

 

 車には運転手と大司教と世話係だろう女性が乗っていた。変装するとなると女の人の服も必要になるが。

 

「ま。だったらノワールと一緒にトランクにでも入ってるか?」

 

「そうさせて貰おう」

 

「え、や、ムリだって狭いって」

 

 トランクから荷物を引っ張り出して中身を武器や仕掛けに入れ換えていると、ルパンの言葉に了承した五エ門がやって来た。

 

 子供の体格とはいえ、人間がひとり増えるとこう言った弊害が出る。

 

「く、くるひぃ…っ」

 

「これも修行だ」

 

 荷物と五エ門の胸板に挟まれて圧迫死するかと思いながら峠道を越えてカリオストロ城に入った。ちなみに五エ門の胸板は逞しかったです。さらに耳元で井上さんの声を堪能できるある意味特等席だったけど峠道の所為で車酔いで死ねた。自分で運転するか助手席じゃないと酔うんだよ。

 

 陽が落ちて行動開始。斬鉄剣で地下牢への道を作って貰う。そこからゴート札の地下工房に入って、ルパンのダミー人形にゴート札を詰め込む。

 

「ほー。良く出来てるじゃねぇか」

 

「まぁね。あとは時間まで待つだけだよ」

 

 流石に結婚式当日で工房の警備も出払っているらしい。

 

「しかし良く作るなぁ。コレがゴート札の心臓部か」

 

「円、マルク、ポンド、ドル、ルピー、ペソ、フラン、ウォン。世界中のお札の見本市が開けるよ」

 

「そんだけありゃ換金の手間が掛からなくて良いな」

 

「ぜーんぶ偽札だけどね」

 

 ルパンのダミー人形に火薬を詰め。作った頭を嵌める。

 

「ミイラ男のルパン完成ってか?」

 

「地下牢の怨念が籠らねば良いが」

 

「まぁ、怨み晴らさんって感じな目付きだな」

 

 パッパと五エ門センセからルパン人形の感想を頂けて満足する。包帯ぐるぐる巻きの顔で唯一見えている目でどう感情を見せるか拘ったからだ。

 

 とはいえ深夜の零時までまだ9時間もある。朝早起き過ぎて眠くてしょうがない。

 

「眠いなら寝とけよ。先は長いぜ?」

 

「そうさせてもらうわ」

 

 隅っこの影に偽札を広げて敷布団にして、さらに身体の上にも偽札を被る。お札の布団なんてどんなセレブでも出来ない贅沢な寝具だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……寝たか?」

 

「車酔いで難儀していたからな。寝不足なのもあったのだろう」

 

 ルパンの面倒を見ていたのもあるが、小柄だからこっそり動くのに向いているノワールにこの3日間飯の調達も任せっきりの上にメカ作りまでしてたからな。

 

 動かすのは出来てもルパンのメカを作れるのは他にはノワールしか居ねぇ。

 

 しかし今回はいつにも増してアクティブに動いてやがったなコイツも。

 

 不二子とグルだったらしいが、城に不二子が潜ってるなんて何処から仕入れてきたのやら。相変わらず謎が多いガキだが、不二子みたいに裏切らないからなコイツは。

 

「それで。最近のコイツのヤッパはどんな案配なんだ?」

 

 暇になったんで暇潰しに五エ門に日本でのノワールについて訊いてみる。

 

「未だ鉄を断つまでには至らぬが、この斬鉄剣を直す迄にはなった」

 

 そう言って斬鉄剣を抜く五エ門。この前合金チョッキを斬って刃毀れした上に先っちょも折れちまったからな。

 

 ゴート札を掴まされたモナコのカジノで久し振りに五エ門と仕事をしたが、斬鉄剣の切れ味は相変わらずだった。

 

「ノワールの申していた事は正しかった。斬鉄剣が折れる。その時の為に製法を会得する。なんたる先を見る慧眼か」

 

「いっくら斬鉄剣つったって折れるときは折れるだろうよ」

 

 とはいえ何をしても開かないクラム・オブ・ヘルメスを開けられる唯一の鍵だ。その頑丈さはこれまで見てきて知っているつもりだ。それでも細っこい刀だから折れるときは折れるってアイツもわかってたんだろうな。

 

 サムライだからって斬鉄剣の頑丈さを五エ門はチョイと過信してる時もあるからなぁ。 

 

 ただアイツの考えている事はルパンみたいにワケがわからねぇ事も多いが、答えが出たときのドンピシャ加減は予知能力でも持ってるんじゃないかというくらいの的中率だ。

 

 それにルパン相手に遊びを吹っ掛けられる数少ないヤツでもあるから、ルパンも面白がってアイツに構うんだろう。ただ不二子とつるむ悪ぐせまで覚えちまったのはいただけねぇがな。

 

「ああして寝ている姿は普通の子供なのだがな」

 

 札の山に埋もれながら寝返りをして帽子のずれた寝顔は呑気に寝てるガキそのものだ。 

 

「普通のガキならとっくの昔にくたばってるがな」

 

 それくらいには危ない橋を渡ってきた。それでもアイツは俺たちの後ろを着いてきてたからな。

 

「背中の傷の具合は?」

 

「動く分には問題ないだろうが、それで済むかどうかだ。ま、本人もわかっちゃいるだろうから無茶はしねぇだろうよ」

 

「心得た。気には留めておく」

 

「わりぃな」

 

 今回のパーティは相手が色々と身硬い連中ばっかりで使い慣れた武器が使えないからな。そうでなけりゃ多少のケガでも心配なくほっぽっておけるんだがなぁ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 交代で番をして仮眠を取り、いよいよ時間になった。

 

「始まったか…」

 

 オルガンの音色が聞こえてきて、次元が呟く。

 

 対戦車ライフルの銃身を肩に担ぐ次元と五エ門。その銃身の上にルパンの人形を座らせる。

 

 階段を登って、礼拝堂の祭壇の真下にやって来る。

 

 大司教に化けているルパンの声を聞きながら、ノートPCを開いてヘッドフォンを着ける。ボイスチェンジャーソフトを起動する。声はあらかじめルパンの物をサンプリングしてあるから、これでインカムに喋ればルパンの声をスピーカーへ出力出来る。ワイヤレスに対応させる時間がなくて、人形にコードが繋がっているのが難点だが、アドリブを想定するなら録音よりもこちらの方が対応しやすい。

 

『異議あり!』

 

 逆転裁判みたいに、静まりかえった礼拝堂にルパンの声が響く。ボイスチェンジャーの調子も良好だ。

 

『この婚礼は欲望の穢れに満ちているぞ!』

 

 その言葉と共に五エ門が祭壇を斬り裂いた。

 

 倒れた祭壇の、地下への入り口から次元と五エ門が、偽札をぎっしり詰めたルパンの人形と共に出ていく。

 

『地下牢の亡者を代表して参上した…。花嫁をいただきたい』

 

 タイミングはバッチリだ。なにしろ内容が頭に浮かぶ程にカリオストロは見てきた。台詞もあらかじめ書き起こしたが、一字一句違える事はないだろう。

 

『クラリス。迎えに来たよ…』

 

 祭壇の外がざわつく。不気味なルパンを演出するのに提灯まで作ったんだからそうでないと困る。

 

「大変な事になりました! ルパンです、ルパンが出ました!」

 

「きゃっ」

 

「なにすんのよ!?」

 

 今不二子に混ざって留守番させてるはずのサオリの声が聞こえたんだが、なんでだ?

 

 おそらく銭形のとっつぁんも今隠れていた林から飛び出している頃だろう。

 

 サオリの声に疑問が出るが、今は構っていられない。

 

『クラリス? クラリス…! …かわいそうに。クスリを飲まされたね? 伯爵め、口を利けないようにしたな…!』

 

 そこまではボイスチェンジャーの実演。人形のルパンが串刺しになる瞬間に乗じて祭壇から飛び出す。

 

 クラリスの悲鳴が聞こえたのを合図に手元のスイッチを押すと、あとは録音と仕掛け任せだ。

 

 でもクスリで黙らせられてるとはいえ、ショック療法は気が引ける。ガチで木綿を割くような悲鳴に良心が痛む。

 

 人形が弾け飛び、偽札が礼拝堂に舞う。

 

「おのれルパン。ふざけたマネをしおって!!」

 

 結婚式をめちゃくちゃにされた上に偽札製造疑惑まで吹っ掛けられたらそらキレるわな。なおプログラムの作成と進行にルパンは一切関わっていない件について。

 

 美少女の花嫁を連れての愛の逃避行だ。それくらいの厄は我慢しておくんなまし。

 

「妬かない妬かない。ロリコン伯爵、やーけどすっぞ?」

 

 マントを開いた内側に大量のロケット花火を忍ばせていたルパン。ここから先はルパンのアドリブに合わせるが、あんなおっかないマント良く着ていられたと思う。

 

 ロケット花火が打ち上がるが、礼拝堂の密室内でするもんじゃない。あちこち飛び回って爆発するから危ないとかそういう問題じゃない。

 

「それっ」

 

 対戦車ライフルを撃つ次元。やはり鎧は撃ち抜けないが、撃たれたカゲは数人を巻き込み吹き飛んで倒れた。

 

 五エ門がカゲたちの合間を走り抜ける。

 

 服や儀礼用だろう剣は斬れるのだが、鎧はやはり斬れていない。

 

「地獄に落ちろ、ベイビー!」

 

 グレネードランチャーを集団で固まっているカゲたちのひとりに撃ち込む。

 

 直撃した勢いで吹き飛ぶカゲと、炸裂した白い粘着質の物質に絡め取られて数人が身動きを封じられた。

 

 弾の再装填の暇はマグナムを撃って無理矢理稼ぐ。効かないとはいえ撃たれた衝撃でよろけはするからまったく効果がないワケじゃない。

 

「なんだよそりゃ?」

 

「トリモチランチャーさ。触ったら取れないから気をつけな」

 

「まったく。ルパンみたいな武器を思いつきやがってっ」

 

 トリモチだから伸びるけど取れない上に瞬時に固まるから暴徒鎮圧に売れそうだなこりゃ。

 

 背中合わせになった次元の腰からマグナムを拝借する。

 

「あ、おめっ」

 

「リロードするヒマないから貸して!」

 

「そんな単発式の武器で来るからだ! 俺の嫁なんだから大事に扱えよ!」

 

「わかってるってば!」

 

 グレネードランチャーの弾を捨てながらマグナムを撃って牽制する。

 

「よう! 斬り応え抜群だろ五エ門!」

 

「くっ。何故斬れん!?」

 

 斬鉄剣を構える五エ門とも背中合わせになる。

 

「カリオストロだからな。錬金術繋がりで普通の鎧じゃないんじゃないの?」

 

「だったら斬鉄剣で斬れないワケねぇな。東洋の神秘見せてやれよっ」

 

 それぞれの武器を撃ちながら五エ門に言葉を次元と共に送る。

 

「うむ。斬鉄剣と拙者の腕であれば斬れぬ物はない!」

 

「でもこんにゃく斬れないじゃん」

 

「あぁ。確かに斬鉄剣はこんにゃくが斬れなかったな」

 

「き、斬れぬものなどあんまりないっっ。でやあああああああっっ」

 

 気合い一発の一振りで、今度は鎧も断ち切った五エ門。

 

「どうだ。斬ってやったぞ!」

 

 斬鉄剣を納めながら胸を張る五エ門。流石原作ルパン一家末っ子。オチャメなんだから。

 

「うわっ!? い゛づ!!」

 

 リロードの隙を突かれて、カゲに肉薄された。

 

 次元のマグナムを後ろ腰に無理やり突っ込みながら、後ろ腰に横になるように括り付けた野太刀を逆手で左手に握って引き抜く。

 

 一撃を受け流すが、傷に衝撃が響いて長く相手に出来ない。

 

「生きていた様だね。子ネズミ君」

 

「アンタっ。ぐあっ」

 

「歳の割りに良く動く」

 

「それはお互い様っ」

 

 溢れる波平声は伯爵付きの老執事にしてカゲの長のジョドーだ。

 

「君は賢者の石の秘密を知っている様だね」

 

「だからっ、くぅっっ、なんだっ」

 

 ジョドーの腕のブレードや鋭い爪の突きを受け流して堪える。

 

「殿下の命により。君には死んで貰おう」

 

「冗談っ! てか助けて五エもーんっ」

 

 もうのび太がドラえもんに泣きつくみたいに五エ門を呼ぶ。なんでケガ人のおれが五エ門と戦って互角そうなスーパーじいちゃんと斬り結んでるんですかね? 一発受け流す度に背中が痛くて涙が出そうだ。

 

「ええいっ。世話が焼ける!」

 

「あっ、待て!」

 

 五エ門と相手をスイッチしてようやく一息吐けた。

 

「ルパンが逃げた。ずらかるぞ!」

 

「あっ、ちょっと待ってよ!」

 

 一息吐く暇もなく。駆け抜ける次元のあとを追い掛けた。

 

「うわっ。とっつぁんだ!」

 

「知るか逃げるぞ。五エ門!」

 

「先にゆけっ」

 

 とっつぁんを先頭に警官隊が礼拝堂に突撃してきた。さらに遅れて衛士隊まで現れてどったんばったん大騒ぎだ。

 

 ジョドーと斬りあう五エ門に声を掛ける次元。とにかくこの混乱に乗じて礼拝堂から抜け出す。

 

 ここで最後のCMだっけなぁ。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と隠された財宝

一気に最後まで書き上げましたが、途中無理矢理な感じが否めませんがご容赦ください。私にはこれが限界だった。

活動に次のお話しまでのワンクッションのアンケートをしたいので、よろしければそちらもお願い致します。


 

「大変な事になりました! ルパンです、ルパンが出ました!」

 

 マイクを手に実況をする不二子さん。わたしはキャスター見習いとして不二子さんとカリオストロ城に入った。

 

 物々しい警備に、兵隊さんも大勢居て、お城の形もあって物語の世界に迷い混んだみたいだった。

 

「放送を中止しろっ」

 

「きゃっ」

 

「なにすんのよ!?」

 

 黒ずくめの衣装に身を包んだ人が現れて腕を掴み上げられた。

 

 ルパンさんの花火で気を取られた隙を突いて不二子さんに助けてもらった。

 

「皆さま、お待たせ致しました。放送を再開します! 今や式場は大混乱です!」

 

 下ではパッパさんに五エ門さん、ノワールが背中合わせで大立ち回りをしている。そしてルパンさんが花嫁さんを腕に抱えながらワイヤーを天井に伸ばして登っていく。そして破れた窓からルパンさんは姿を消した。

 

 警官隊の突入と兵隊さんの激突。その混乱を使ってノワールの姿は見えなくなってしまった。

 

 これがノワールがいつもしている仕事なの?

 

 なんでこんな危ない事をしてまで泥棒をしているのかわからない。顔は痛みを堪えていたのに、口許にはずっと笑みを浮かべていた。愉しいんだ。何が愉しいのかはわからない。でもノワールは愉しんでいた。

 

「階段です。地下へ通じる穴があります。あの穴にルパンが居るのでしょうか? カメラもそこへ行ってみましょう!」

 

「あ、不二子さん!?」

 

 小さなカメラを肩に抱えて下へ飛び降りて行ってしまう不二子さん。下を見ると少し高い。不二子さんを追い掛けようか悩んでいたらまた黒ずくめの人がやって来た。

 

「その放送をすぐにやめろっ」

 

「ご、ごめんなさいっ」

 

 さっきみたいに捕まったら不二子さんにも迷惑を掛けるかもしれないと考えて、あとは自然に身体が動いた。

 

 右手で後ろ腰のホルスターから抜いた.357マグナム。グリップの底に左手を添えて両手で構えながら右手の親指でハンマーを起こす。あとは驚くほど早くて軽く引き金を引けた。

 

 弾丸を受けてよろめいた所にもう一発撃ち込む。

 

 パッパさんの対戦車ライフルでも貫けない鎧。でも撃たれたあとはぐったりしていた。つまり貫けなくても倒せるなら、倒れるまで撃つ。

 

 もう一発撃ち、仰向けに倒れた黒ずくめの人。多分死んではないと思う。身体を撃っていたし、血も出ていない。でも倒すのに3発は弾が足りるかな。

 

「うわっ! 離せっ」

 

「放送を止めろ! ぐあっ」

 

 カメラマンさんに組つく黒ずくめの人の頭を撃つ。撃てる場所がそこだけだったから。口許じゃなければ、頭も鎧を着けているから大丈夫だと思う。それに頭は脳震盪も起こす弱点だから、銃が使えないときの狙い目なのはノワールから教わっている。

 

 二発残っているけれどリロードする。

 

 残った二発の弾は少し熱かったけど拾ってポケットに入れておく。

 

 初めて人を撃った。でも特にその事に対して思うことはなかったのは、わたしにとって銃は身近にあるものだからかもしれない。

 

 この放送を最後まで続ける事がノワールの望みなら、わたしが頑張ってカメラを守る。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 CM明けのイメージの強い礼拝堂の屋根の上から水道から水を汲み上げる風車の塔にワイヤーを伝って降りる。

 

 城の上の通路の方から滅多打ちに銃撃される。ヘタに頭を出したら撃たれそうだ。

 

「一先ず城外へ脱出だ。頼むぜ? 次元、五エ門、ノワール」

 

「任せとけ。ここで食い止めるわ!」

 

 しかしルパンに答えながら銃撃の合間を縫って顔を出して対戦車ライフルを撃つ次元。加勢しようかと身を乗り出そうとした顔の先に刀の鞘が差し込まれた。

 

「ノワール。お主はルパンと共に行け」

 

「だな。ルパンも病み上がりだ。俺たちの代わりに面倒見てやってくれ」

 

「わかった」

 

 トリモチランチャーは置いて、次元のマグナムに弾を込め直して返す。

 

 ルパンのもとに向かうとクラリスと擦れ違った。次元と五エ門に声を掛けに行ったのだろう。

 

 ワイヤーを使って先に水道橋に降りて周囲をクリアリング。まだ追っ手は城内の中。この水道橋に来るには次元と五エ門を越えてこないとならない。或いは船で別ルートから追い掛けてくるか

 

「良いのかノワール?」

 

「ケガ人は足手纏いだとさ」

 

 ジョドーとの斬り結びやワイヤーにぶら下がっての移動もあって、背中の傷が開いているのがわかる。クラリスが居る手前痩せ我慢で耐えているものの、痛いのは痛いし、我慢してるのはあのふたりにはお見通しだった。

 

 ルパンに返しながらマグナムの弾をリロードする。この先は鎧は着ていない水兵が相手だからマグナムで済むし、刀もあるからどうにでもなるだろう。

 

「という事です。姫様のエスコートを仰せつかりました。よろしくお願いいたします」

 

「は、はい。あなたもご無事だったのですね。よかった」

 

 そうわざわざ言ってくれるクラリスは本当に優しい娘だと改めて思う。崖の下で一言二言交わしただけの、北の塔から逃げた自分を心配して声を掛けてくれるのだから。

 

「よし。いくぞふたりとも」

 

「はいっ」

 

「おう」

 

 ルパンが先頭。手を引かれながらクラリスが走る。そのあとを自分も続く。城の水門の方に目を向ける。まだ船は見えないが時間の問題だろう。

 

 水道橋を渡りきった所で、時計塔に刻まれた塔を中心に向かい合う二匹の山羊を見て二つの指環を合わせるルパン。そういう発想にノーヒントで至れるから相変わらず頭の良さはスゴいと思う。

 

「繋ぎ目にゴート文字が彫ってある。…光と…影……磨り減ってて良く読めないなぁ……」

 

「光と影を結び、時告ぐる、高き山羊の陽に向かいし眼に、我を納めよ。……昔からわたしの家に伝わっている言葉です。お役に立ちますか?」

 

 そのクラリスのヒントを聞きながら単眼鏡で時計の文字盤を見る。

 

「姫様。他に何か伝え聞いている事などはありませんか?」

 

「他に?」

 

「ええ。それが伯爵の真の狙いなのです」

 

 文字盤の山羊を見つけ、ルパンの肩を叩いて指差しながらクラリスに問う。

 

 伯爵家には伝わらず、大公家に伝えられている言葉は他にもあり、そこに賢者の石に至るヒントがあるのではないかと読んでいる。

 

「っ!?」

 

「伯爵だ。追いつかれたっ」

 

 ライトで照らされ、響く銃声。クラリスの前に出て刀を抜いて銃弾を弾く。クラリスに当たるのもお構いなしに撃ってきた。

 

「姫様を連れて早く行け!」

 

「すまねぇ、任せる!」

 

 左手に握っていた刀を口に咥えて、両手に握ったマグナムで船の上から此方を撃ってくる水兵のマシンガンを撃ち貫く。

 

「ちっ、キリがねぇっ」

 

しかしすぐに代わりの水兵が現れて此方を撃ちながら時計塔に接岸する。

 

 伯爵と数人は時計塔の中に入っていった。船の上から此方を狙うのはマシンガンの銃声からしてふたりだろう。

 

 銀色の二挺拳銃(シルヴァリオ・トゥーハンド)相手にたったふたりだけとは甘く見積もられたものだ。

 

 水道橋に横になって下からの銃撃を遣り過ごしながら、弾をリロード。

 

「さて。おっぱじめるか」

 

 横になった体勢から勢いをつけて起き上がり、そのまま橋の下の船に向かってダイブする。

 

 マシンガンを持っているのはふたりだが、先程武器を撃ち落としたふたりも残っていて、四人の敵が居る。

 

Guten(グーテン) abend(アーベント)、水兵さん」

 

「なっ、う、撃てっ。ぐあっ」

 

「ぐはっ」

 

 膝を突いて着地の衝撃を最小限に止め、素早く武器を持つふたりの水兵を撃つ。武器を撃つのではなく肩を撃って、撃たれた衝撃によろめいて水の中に落ちる水兵。

 

「このォっ」

 

「おりゃああっ」

 

 残る銃を持たない水兵だが、斧と工業用の大きなレンチを持ち出して振りかぶってくる。

 

 脇に転げて斧を避け、振り下ろされるレンチをマグナムを撃って弾き飛ばす。マグナムをホルスターに戻して、口に咥えていた刀を掴み、逆手で構えた刃を振るう。

 

「安心しろ。峰打ちだ」

 

 野太刀の鞘を左手で掴み後ろ腰から引き抜き、刃を鞘に納めれば峰打ちで斬られた水兵も倒れた。

 

 カゲの様に鎧を着ていないのならざっとこんなものだ。

 

 腰からワイヤーを打ち出して水道橋に戻ると、そこから時計塔の外壁を直接登っていく。

 

 結婚式にカチコミを掛けてからそんなに経っていないように思えて、もう2時間と45分がすぎようとしていた。

 

「あ、姫様」

 

「あなたは! よくご無事で…!」

 

 時計塔の針まで登ってきた所でクラリスと鉢合わせた。

 

「フハハハハ」

 

「っ、伯爵ッ。姫様失礼!」

 

「きゃっ」

 

「なっ、キサマっ」

 

 クラリスを抱いてそのままさらに上に向かって跳びながら登っていく。そして降り立つのは文字盤の山羊へ登るための長い足場の上だ。

 

 下を見れば伯爵が登って来ようとしている。

 

「しつこいなまったく。姫様を殺したら賢者の石の秘密だってわからなくなるってわからねえのかねぇ」

 

「なにっ。あの本の謎を解いたのか!?」

 

「大体はな」

 

 というウソっぱちを並べて時間を稼ぐ。

 

「あれ? お、ノワールちゃんさすが!」

 

 伯爵を追って外に出てきたルパン。しかし足場になる針の上に誰も居ないから不思議がってすぐに上に居る此方を見て伯爵からクラリスを守るために動いたおれを褒めてくれた。だからルパンの先回りは止められないんだよなぁ。

 

「待ってたぜルパン。今伯爵とカリオストロの宝について話してた所さ」

 

「なるほど。そいつは楽しみだな」

 

 役者も揃った所でクラリスに向き直る。

 

「そういう事ですので、少しご辛抱ください」

 

「わ、わかりました。ですがわたしも心当たりは…」

 

「大丈夫。泥棒の力を信じてくださいな」

 

「はい…!」

 

 こういう役はルパンがやるべきなのだが、クラリスを伯爵から守るために成り行きで連れてきてしまった手前、ルパンが相手でない事を申し訳なく思いながら、足場に登ってきた伯爵に顔を向けて口を開く。

 

「カリオストロの宝。それはこの時計塔にある」

 

「いいだろう。続けたまえ」

 

 伯爵の指が此方に向いていないのを見ながら言葉を続ける。

 

「宝は指環を、この時計塔の日の出の向きの文字盤にある山羊の両目に納めて姿を現す」

 

 だが右目に金、左目に銀の指環を嵌め込めば原作通りに時計塔は崩れる。ならば逆に指環を嵌め込めばどうなるのか。おそらくそれが賢者の石に繋がる答えのはずだ。

 

「そうか、素晴らしい推理だよ。ならばルパン、クラリスとこの子ネズミの命と交換だ。指環を此方に貰おう」

 

「まだ続きはありますよ伯爵」

 

「なに?」

 

「指環を嵌め込む場所を違えれば、おそらく死ぬでしょうね」

 

「ふん。その様な脅しなど」

 

「ならおれたちを殺して指環を奪い、共に地獄へ参りますか?」

 

「正しい嵌め込む場所を知っているというのか」

 

「勿論」

 

「そうか。では」

 

 伯爵がその手を此方に向けてきた。狙っているのはクラリスの方だ。

 

「ノワールと言ったかな? クラリスの命が惜しければ、その秘密も語って貰おうか?」

 

「っ、この外道っ!!」

 

「っ、きゃあああっ」

 

 クラリスを抱いて今度は下に急降下。頭上を鎧の指のロケット弾が過ぎる。指ミサイルなんて近未来的な仕掛けをしやがってと悪態を吐く暇もなく、ワイヤーが切られ、咄嗟に野太刀を抜いて壁に突き立てる事で落下を防ぐ。だが足場と針の間で宙吊りの状態。片手は刀の柄を握っているし、片手はクラリスを抱えるために使っている。

 

「っ、ぐぅっ」

 

 ふたり分の体重を支える為に柄を掴む右腕。身体が引き伸ばされて背中の傷口が開いた。それでも痛みを堪えるのを幸いに、柄を掴む力を増す。

 

「クラリス! ノワールっ」

 

「ハハハハハッ。ルパン、指環を私に寄越せ。そうすればそこのふたりの命は助けよう」

 

「くっ。伯爵めぇ…っ」

 

 そうルパンに告げる伯爵だが、そうは言っても生かす気はなさそうだと思うのは同じ様なシチュエーションに覚えがあるし、最後もルパンを殺して指環を手に入れようとしたからだろう。

 

「姫様。おれに命を預けてくださいますか?」

 

 このままで無事に助かる様な気がしない。だから打って出る事にした。

 

「お願いします。伯爵はきっと指環を渡してもわたしたちもおじさまも殺してすべてを奪うつもりです。それならばいっそ…っ」

 

「……今のおれはあなたの銃になりましょう」

 

「え?」

 

「弾を弾倉に込め、撃鉄を起こし、狙いを定め、引き金を引きましょう。でも、その殺意はあなたのものです。姫様」

 

 銃を撃ち、伯爵を倒すことの是非を彼女に委ねる。ズルいやり方だし、ルパンに恨まれるだろう。

 

 だがこれは部外者のおれたちが決着を着けて終わらせても良い事ではないだろう。

 

 カリオストロの闇を公女自らが正す。その筋書きの方が後に良い方向に結びつくはずだ。

 

 伯爵を倒して国を背負う覚悟はあるか。その秘めた思いに気づかない様な鈍い娘ではないだろう。

 

「お願いします。ノワール」

 

「かしこまりました。姫様」

 

 クラリスを抱く腕の力を強くして、刀から手を離す。

 

「なっ!?」

 

「ノワール!?」

 

 伯爵とルパンの驚く声が聞こえる。その中で右手にマグナムを手にして伯爵に向ける。

 

「このっ」

 

 伯爵が指ミサイルを撃って来る。マグナムでそのすべてを撃ち落とす。指は5本。ミサイルも5発。そしてマグナムの装填数は6。

 

「がはっっ」

 

 最後の1発は伯爵の眉間を撃ち抜いた。

 

 右腕の袖口からワイヤーを打ち出して、時計の針に括り付ける。時計塔の外壁を走り、勢いをつけて針の上に舞い戻る。

 

 眉間を撃たれた伯爵は下の湖へと落ちて行った。

 

「ノワール……お前…」

 

「花嫁様いっちょお待ちってね」

 

 クラリスを降ろし、ルパンに向き直る。

 

「次元には内緒だぜ?」

 

「クラリスを守って貰ったからな。差し引きゼロでタダで黙っててやるよ」

 

「そりゃありがてぇ」

 

 まだ次元には金を返し切れていないから不殺の約束を反故にした事になる。

 

 女との誓いの為に契約を破ったと知られたらあきれられるかねぇ。

 

「ありがとうございます。おじさま、そしてノワール。あなたがたのお陰でわたしは無事です」

 

「ま、これからが大変ですけどね」

 

 伯爵を失い、カリオストロを支えていた偽札作りも失った。そんな国を彼女はこれから背負わなければならないのだから。

 

「それよりノワール。伯爵の狙っていた宝は」 

 

「正しく指環を嵌めれば姿を現すはずさ。向かって左目に金の、右に銀の指環を嵌めれば良いはずだ」

 

「オーケー。ならいっちょ嵌めてくるぜ」

 

「おう。チョイと寿命が縮んだから休んでるわ」

 

「おじさま、気をつけて」

 

「おう。んじゃ、ちょっくらいってくらあ」

 

 時計塔の中に入る扉の縁に座る。撃ちきったマグナムをリロードしていると、隣にクラリスが腰を降ろした。

 

「ありがとう、ノワール。でもわたしは子供であるあなたに」

 

「おれはあなたの銃になると言いました。命を預けてもらうのなら、それくらいはする義理がありますよ」

 

 お陰で身を預けてくれたからすべて上手く切り抜けられたのだ。これで少しでも疑念があって身を預けてもらえなかったら何処かでミスが生まれたかもしれなかった。

 

 時計塔の仕掛けが動き、本当の宝へ続く道が現れる。だが扉の山羊の彫刻の額にはなにかを嵌め込む窪みがある。

 

「なんだ。ここまで来てまだ鍵が要るのか?」

 

「それくらいのお宝だってこったろ?」

 

 開かない扉の前で呟くルパンに言葉を並べる。ここまで来て開かないとなると諦めるのは惜しいが、諦めはつく。……とおもう限りまだおれはルパンには程遠いんだろうな。

 

「あの、おじさま。もしかしたらですが…」

 

 そう言ってクラリスが首から服の中に手を入れて引っ張り出したのは、雫の形をした水晶の様な宝石だった。

 

「わたしが指環と共に祖母から受け継いだものです。もしかしたらきっと…」

 

「ありがとうよクラリス。ホレ、お前がやりなノワール」

 

「良いのか?」

 

 クラリスからルパンを通して宝石を受け取った。取り敢えず飛行石じゃ無さそうだ。

 

「お前が狙ってたお宝だ。お前が開けるのがスジってもんさ」

 

「なら、ありがたく開けさせてもらうよ」

 

 宝石を山羊の彫刻の額に嵌め込む。すると扉は開いて階段が現れる。

 

 その階段を登ると、そこは小さな部屋だった。位置的に時計塔の屋根裏だろうか。

 

 その中心に置かれている如何にもな形の箱。

 

 その箱の中に納められていたのは、青い石だった。だがその石は透けていて中に炎の様なものが揺らめいていた。

 

「これがカリオストロに伝わる宝なのですか?」

 

「そのひとつですが、あの伯爵が求めていたものです」

 

 クラリスに答えながら箱を閉じる。こういうのは箱ごと持っていくのがお約束だ。

 

「なんなんだそりゃ?」

 

「賢者の石さ」

 

「賢者の石って。お前、そいつは」

 

「ま、永遠の命に興味はないさ」

 

 永遠の命なんてものは、それこそ身体を機械にでもしないと実現しないだろう。生身の人間はそれほど時間の経過に弱いものなのだ。身体にしろ心にしろ。それはあのとっちゃんぼうやがわかりやすい例だった。

 

「さて。次は表向きのお宝とご対面といきますか?」

 

「まだ他にあるのですか?」

 

「ええ。こんな石よりこの国に役立つ人類のお宝がね」

 

 寄り道をさせてもらった分。本来の道筋もちゃんとしましょうか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 爆薬で時計塔を爆破解体して水門を開け、大公家側の湖の水を抜く頃にはちょうど朝だった。

 

「湖の下に、ローマの町が眠っていたなんて」

 

「これがカリオストロに伝わるお宝か。ローマ人がこの地を逐われる時、水門を築いて沈めたのをクラリスのご先祖様が密かに受け継いだんだな」

 

「ま、ドロボーの風呂敷には包めないお宝さ」

 

「だな」

 

 水が抜けて現れたローマの町を見届けて、おれは立ち上がった。

 

「おい。どこ行くんだ?」

 

「車取ってくるんだよ」

 

 元々は別口で入国しているのだから、出ていくのも別々だ。それにやっぱり最後はふたりきりにさせるのが花だ。空気の読めるおれはクールに去るぜ。

 

「ノワール…!」

 

 クラリスに呼び止められる。

 

「ありがとう、ノワール」

 

「別になにもしちゃいませんよ。お宝はいただきますけどね」

 

「はい。そしてこれはわたしからの感謝の気持ちです」

 

 そう言ってクラリスはおれの首に、扉を開けたあの雫の形をした水晶の様な宝石を紐で首から下げてくれた。

 

「ならありがたくいただきますよ」

 

「あらためて。ありがとうございます」 

 

 クラリスの礼を背に、おれは車を停めている村まで歩き出した。

 

 どうなるかと思ったが、結果は上々だろう。カリオストロだからこそ好き勝手に出来た。マモー相手の時は良いところがなにもなかった鬱憤も充分に晴らせた。

 

「盗まれたのは心、か…」

 

 ひとりの女の子の為に国を相手に大立ち回り。

 

 心を盗まれたのはクラリスだととっつぁんは言ったが、むしろ逆だって話だ。

 

「ハァイ、ノワール」

 

「不二子?」

 

 おれのスバルに乗って現れたのは不二子だった。後部座席には疲れた顔をして寝ているサオリも居た。

 

 助手席に座った不二子に代わって運転席に座る。

 

「それで? お宝は手に入れたの?」

 

「もちろんさ」

 

 そう言いながら賢者の石の入った箱を不二子に渡して車を発進させる。

 

「さっすがノワールね。あとでご褒美あげちゃう♪」

 

「それは楽しみだよ」

 

 バックミラーで寝ているサオリを見てみる。かなりお疲れの爆睡の上に、マグナムを撃ったとわかる火薬の香りがした。 

 

「なんでサオリを連れてたのさ」

 

「あら。観光案内をしてあげただけよ?」

 

「さいですか」

 

「あああああっ!!!!」

 

「な、なんだよ!?」

 

 突然悲鳴を上げた不二子にびっくりして急ブレーキを踏む。

 

「お宝がっ、ノワール!」

 

 見れば賢者の石がどんどん砂になってしまっていく。

 

「あーらら」

 

「ああんっ!! お宝が、お宝がなんでぇぇ!?」

 

「……太陽の光じゃないかな? さっきは平気だったし」

 

 時計塔で開けた時は平気だった。その時との違いは太陽の光くらいしか思い当たらない。

 

「もう! そういうのは早く言いなさいよぉっ。せっかくの永遠の若さがぁ…!」

 

「まだ言ってたの? いくつになっても不二子はキレイなのに」

 

「それでも永遠に美しくいたいのよ女の子は!」

 

 わからなくはないけど、賢者の石は砂になってしまったのだから諦めるしかない。

 

「限りある命だから思い出が残る、か…」

 

「なにか言った?」

 

「いんえ、なにも」

 

 永遠の命に対するひとつの答え。劇場版999はカリオストロ並みに見返してた作品だ。

 

「まぁ、偽札の原盤手に入れたんでしょ? ならまだ良いじゃない」

 

「それとこれとは別なのよ!」

 

「さいですか」

 

 賢者の石がダメになって収穫ゼロのおれよりマシだと思う。

 

 いや、収穫はあったか。

 

「なぁに? その顔は。なにか隠してるのかしら?」

 

「まさか。収穫は思い出だけだったなぁって話よ」

 

 胸の中に収まる雫の宝石を感じながら、丘の上に居るクラリスへクラクションを鳴らして去っていく。

 

「ノワールもお姫様に心を盗まれちゃったのかしら?」

 

「さぁ、どうだろうね」

 

 バックミラーから見えなくなるまでクラリスを見つめて、その未来に幸福があることを祈りながら前を向く。

 

 鼻唄で前奏を歌い、歌うのはもちろん炎のたからもの。

 

 今回のヤマもなんだかんだ楽しめた。炎の様に激しい思い出が、あるいは今回のたからものなのかもしれないな。

 

 

 

 

to be continued… 



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VS複製人間
子犬と処刑


先にカリオストロを書いてしまってますが、複製人間はカリオストロよりも前にあった出来事として書いて生きますのでよろしくお願いします。


 

 毎朝やっているマグナムの試し撃ち。毎朝これをやることでその日の身体の調子に合わせて微妙に狙いを調整したりする。

 

「大変っ。ノワール! 大変!!」

 

「なんだ? 朝っぱらから騒々しい」

 

「これ見て!!」

 

 そう言ってサオリが広げた新聞にはルパンが処刑されたという記事が載っていた。

 

「なになに? 司法解剖は精密かつ厳正をきわめ、処刑された容疑者がルパン三世本人であることは疑いない事実である、か」

 

「ルパンさん死んじゃったの?」

 

「だとしたらパッパからなにかしらコンタクトがあるし。今ルパンは北京で仕事中だぜ?」

 

 マグナムを腰に納める。

 

 ルパンは北京で秦の始皇帝が求めた仙薬を盗みに行っている。他にはルーマニアのドラキュラ城でマンドラゴラの根、エジプトのファラオの墓には賢者の石を盗みに行く予定だ。不二子絡みだからパッパも嫌がってたなぁ。

 

「また行っちゃうの?」

 

「仕事だからな」

 

「……一緒に、行きたいなぁ」

 

「学校があるだろアホ」

 

「あうっ」

 

 学校があるサオリを置いて、おれは単身機上の人になる。学校がなくても足手まといになる彼女を海外の、しかもルパン絡みの仕事に連れていくことは出来ない。

 

 鉄竜会のお膝元に居るから彼女を安心して日本に残してルパンたちと仕事が出来るのだ。自分でさえルパンたちに着いていくのがやっとなのだ。銃が撃てるだけの彼女を連れていっても意味はないだろう。

 

 しかし不思議な事に不二子絡みで盗んでいる品が不老不死に関わる逸話を持っている品物ばかりだ。

 

 賢者の石で引っ掛かるのは唯一ただひとり。そしてルパンが処刑されたという記事。不老不死に纏わるもの。

 

 確実にデカいヤマが動き出そうとしている。

 

「確かハワード・ロックウッドだったか」

 

 とっちゃん坊やことマモーの表向きの名前だ。

 

 細かいことは覚えていないが、デカい脳みそなのは覚えている。覚えている事をメモに書き出したりはしない。何故ならその方が面白そうだからだ。さらにそんな書いても扱いに困る黒歴史ノートが流出でもしたら目も当てられない。

 

 確かクローンは完全じゃなかったはずだと思い出す。染色体に問題を抱えていて、コピーを重ねる度に遺伝子の劣化を起こして、だから賢者の石をはじめとした不老不死の伝承のある品物を求めた。

 

「神さまを僭称(せんしょう)しても、所詮は頭打ちした寿命に恐れを抱いた人間だって事か」

 

 クローン技術に関しての考察はSEED世代だからお手の物だ。それにクローンを作ったとしても自意識は何処にあるのか。おれという存在がクローンとして長生きをしていこうと考えたとして、おれ自身の自分の意識は続いていくのだろうか? そこまで行くと魂の分野になってしまう。流石のマモーでも魂をどうにか出来る術は持っていないとは思う。

 

「ま、なんとかなるか」

 

 正直今回のヤマに対してなにか立ち回れる事があるかどうかは果たして微妙だ。別に永遠の命なんていうのには興味はあるけど欲しいかどうかと言われたら多分要らない。限りある命だからこそ一生懸命に生きる。そんな言葉がおれは好きだからだ。

 

 そして、永遠に生きるものは無し。それがこの世の摂理だ。

 

 クローンとして生き長らえたところで、それはもうおれじゃない。もしおれのクローンが居たとしてだ。おれと同じことが出来るのなら見てみたい。こちらに来てからの数年間で身につけてきた技術もそうだが。この頭にある原作知識、そして平成生まれのヲタク故の考察力。これを扱うにはフロム脳でも積んだ上にニトロとかlightな厨二病で鍛え上げでもしなきゃ頭おかしくなって死ぬんじゃないのか?

 

「おれ~は、ルーパンだぁぞ~、ってか」

 

 これしか覚えてない時点でマモーに関して覚えてることはお察しだ。カリオストロが人気のお陰と、ラストでルパンが不二子の胸の先っちょポチーなんてするからお茶の間で放送されないんだよなぁ、なかなか。

 

 取り敢えず自分が関われるのはルーマニアでの仕事からだ。

 

 処刑されたルパンはコピーの方だが、もしかしたらおれたちも気づかない間に仕事をしていたかもしれない。

 

 ルパンはルパン。おれたちにとってはそれで充分だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ルーマニアのドラキュラ城。本当の名はブラン城というルーマニアの南部にある山の中のお城だ。

 

「おーお。お優しそうな顔だこって」

 

 棺桶を開けたら眠っているルパンが居た。寝てると言っても永眠だ。

 

「処刑されたってのはマジな話だったか」

 

「まぁ、それを言っちゃあここに居る俺はなんなんかぁなって?」

 

「さぁ? 兄弟でも居たり?」

 

「俺は一人っ子だぜ?」

 

「じゃあ、ドッペルゲンガー」

 

「世の中には3人は同じ顔が居るってか?」

 

 仕事をしているルパンを置いて城の外の仕掛けの調子を見る。ルパンの脱出用に拵えたコウモリを模したグライダーだ。ちなみに俺は組立式のグライダー・ロケットエンジン着きだ。

 

 外は酷い雨で土砂降りだ。こんな雨の中でグライダーが飛べるのかという疑問がある。

 

「……来たか」

 

 麓の方から上がってくる車のライトが見える。確か物語の冒頭で銭形のとっつぁんがこのドラキュラ城に来ていたはずだ。

 

『あー、あ。聞こえるかノワール』

 

「バッチ聞こえてるよパッパ」

 

 耳に着けたインカムから回収の為に麓に居る次元パッパの声が聞こえてくる。

 

『1台そっちに向かったぜ?』

 

「あいよ。上からも見えてる」

 

『運転手は銭形のとっつぁんだ。なんか目が血走ってたぜ?』

 

「オーライ。ブツを回収したら麓に降りるから回収よろしく」

 

『あいよ』

 

 パッパとの通信を終えて、城の中に戻る。

 

「お客さんだぜルパン」

 

「あん? こんな山城にか?」

 

「銭形のとっつぁんだよ」

 

「あらら、とっつぁんか。どーしてここがわかったんでしょうね?」

 

「とっつぁんのルパンレーダーは侮れないからねぇ」

 

 いや本当、とっつぁんのルパンレーダーはバカに出来ない。今回は予告状も出してないのにこの場所を突き止めているのだから。

 

「いっちょご挨拶しときますか? とっつぁんも俺が死んだって聞いて寂しがってるでしょーし」

 

「任せる」

 

 とっつぁんが城に入ってきたらしい。階段を駆け下りる音が聞こえてくる。

 

 別の階段を登っておれはルパンを待つことにした。

 

 しかしこんな脱出用の仕掛けを態々用意していた辺り、ルパンもとっつぁんがやって来ると予想していたのだろうか。と言ってもその真相はわからない。ルパンの考えてる事はおれにもてんでわからないことが多い。その察しがつくのは次元かもしれないが、パッパだってルパンの全部がわかってるわけじゃないからな。

 

「おっ待たせー♪ とんずらこくぜぇ!」

 

「あいよ」

 

「コラまてーっ、ルパーーン!!」

 

 ルパンを追って階段を上がってきたとっつぁん。

 

「よっ、とっつぁん。精が出るねぇ」

 

「キサマ、ノワール! じゃ、じゃあ、そこに居るのは本物のルパンか!?」

 

「ルパンあるところに謎の美少年ありってな」

 

「自分で言っちゃうのかそれ?」

 

「少なくともルパンより顔の自信はある」

 

「けぇっ。言ってろ言ってろ。男ってのはな? ハートで勝負するもんなんだよ!」

 

「キサマらの三文芝居などどうでもいい! ふたり纏めて逮捕だーっ」

 

 飛び掛かってくるとっつぁんを飛び退いて避ける。そしてそのままもうひとジャンプして空にスカイダイビング。背中から翼が生える。ルパンがコウモリ傘なら、おれはエヴァシリーズの翼を模して空気を掴みやすくした特性グライダーだ。背中の方に伸びる翼の内側のロケットを点火して上昇する。

 

「あーばよぉ! とっつぁーん!!」

 

 そんな決め台詞もまたルパン一家の特権だ。

 

 その内ルパンも追い付いてきて、揃って麓に降りる。

 

「まーったく。この子犬ちゃんめっ。ヒトのセリフ取りやがって!」

 

「きゃふんっ!? ちょ、どこさわってんだコラッ、わふんっ、ひやはははははっ、わ、わきヤメローッ」

 

「ほーら、こちょこちょこちょ」

 

「んやぁっ、わった、わーったからやめれぇぇぇっ」

 

「ここか? ここか? ここがええのんかぁ?」

 

「やめろよ。危ないおじさんに見えるぞ」

 

 パッパが声を掛けてくれたお陰で脇をくすぐっていたルパンの手が止まった。

 

「とっとと行くぜ。銭形のとっつぁんがついてきてもシャクだしな」

 

「あいよお前さん」

 

「あ、あとで、覚えときなさいよぉ…っ」

 

 引き攣りかけた腹を抑えながら、ルパンのベンツに乗る。乗ると言っても二人がけだから後ろのタイヤの上だけど。

 

「そんで? 次はエジプトだっけ?」

 

「その前にパリで不二子と待ち合わせさ」

 

「ケッ。せっかく盗んだブツだってのに」

 

 不二子のアゴで使われているのが気に入らないのだろう。パッパは不機嫌だ。

 

「それで? ドラキュラ城に安置されてたルパンの遺体は本物だったのか?」

 

「まぁな。モノホンだったからびっくらこきまろさ」

 

 クローンであるからある意味遺伝子的にはルパン本人だ。今の時代、まだDNA鑑定はないからルパンが本人かどうか確かめるデータなんて存在しないとは思うんだがね。

 

 パッパの問いにルパンが答える。司法解剖を終えたルパンの遺体をドラキュラ城に安置する様にしたのもマモーなんだろうか。確かルパンを試すような事もマモーはしていたはずだ。不老不死のコレクションに加えるために。

 

 パリに戻ってルパンは不二子と待ち合わせ。

 

 その間にハワード・ロックウッドの事を調べながら次の獲物を盗むための下準備だ。

 

 とはいえピラミッドの中に忍び込むのはルパンと次元。自分は五エ門と一緒に逃走経路の確保になるだろう。

 

「にしてもとっつぁんにルパンが生きてるのがバレたのは厄介だな」

 

「もしかしたらエジプトにまで追っ掛けてくるかも」

 

「まさか。予告状も出してないんだぜ?」

 

「でもルーマニアに来たろ?」

 

「偶々だろ?」

 

「ルパンの遺体がルーマニアに安置されてるなんて知ってるのはごく一部だし。それだってインターポールのパソコンをハッキングして掴んだんだぜ?」

 

「ならとっつぁんでも閲覧出来るんじゃないのか?」

 

「本部長権限じゃないと見れなかったデータベースにとっつぁんがアクセス出来るとは思わないけどなぁ」

 

 なにしろまだとっつぁんは警視庁所属でICPOに出向前だ。だからそんなとっつぁんがICPOに問い合わせてもルパンの遺体の安置場所は掴めないだろう。

 

 ともかくそんな感じで準備を終えてエジプトへ向かう事になった。

 

 

 

to be continued…



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子犬と不老不死

実際書いてみるとカリオストロより弄る余裕が無いことに気づいた複製人間篇。良い感じに料理したいが難しいぞこりゃ。


 

 エジプトのピラミッド。ファラオの墓に賢者の石はあるという。

 

 賢者の石と聞いてハガレンかハリポタか浮かぶのが大半だろう。

 

 非金属を黄金に変えたり、不老不死の源になると考えられている。

 

 それを盗む為には通路に張り巡らされた赤外線センサーの網を越えていかないとならない。

 

 しかも普段の警備の数倍の人員が配置されていた。

 

「まったく。とっつぁんの勘はホントに厄介だな」

 

 まったく。やってくれるぜ、銭形のとっつぁんは。

 

 張り巡らされた赤外線センサーの網を抜けていく為に、立てた三脚付きのポールに横にポールを着けて足場にして、アスレチックの中を進むように進んでいく。前に移動するのも目盛り付きのポールを使ってcm単位で抜け道を見つけながら伸ばして、また三脚付きのポールを立てて進んでいくというかなり地味なものだ。

 

 近くの窪地に隠したベンツから双眼鏡でピラミッドの様子を窺う。露天の警備本部指揮所にとっつぁんが現れた。

 

「あらら。センサーが反応しちまったぞ?」

 

 指揮所からちょろまかしたケーブルに繋いだノートPCで警備システムとリンクさせ、モニターしていたら通路で警備システムが反応してしまった。

 

「こちらノワール。警備システムが反応したけど何か触った?」

 

『ああ、多分な。急ご』

 

『急ごったって、これじゃあなぁ』

 

 次元の持つ無線に繋ぐと、何処かで赤外線を触ったらしい。あのルパンでも苦難する程にセンサーの密度があるのだ。だから今回はピラミッドの中に入るのは遠慮した訳だが。

 

「外の警備が動いた。中に続々入っていくぞ」

 

『バレたか?』

 

「拡声器片手にとっつぁんが叫んでるよ」

 

『またとっつぁんかよ。どうなってやがんだ』

 

 ルーマニアに続いてエジプトにもドンピシャで現れたとっつぁんに悪態を吐く次元。まぁ、気持ちはわからんでもない。でもとっつぁんだからと納得するしかない。

 

「撤収ルートは当初の予定通りで良いね?」

 

『ああ。ブツをいただいたらすぐにずらかるぜ』

 

「ラージャ。外の掃除は済ませとくよ」

 

 次元との通信を終えて、外に居るとっつぁんが中に入っていくのを待つ。

 

 ピラミッドの中にとっつぁんが入るのを確認して作戦開始。手鏡でピラミッドの上で待機していた五エ門に合図を送る。

 

 最低限の人員のみ残しているピラミッドの外の制圧は五エ門ひとりであっという間に終わった。

 

 ピラミッドの下方の出入り口からぞろぞろとエジプト警察が出てくる。下は固められているが、ロープを使って上方の出入り口と、自分の居る窪地までが繋がり、その上をバイクで走ってくるルパンと次元。さらに五エ門が綱渡りで走ってやってくる。さすがニンジャ。

 

 窪地の手前。ロープを固定する杭の周りには落とし穴も掘ってある。ルパンにピタゴラスイッチ作らせたらどうなるのかと思うくらいだ。追い掛けてきたとっつぁんは見事落とし穴に落ちた。100点。

 

「よっしゃ。出せノワール」

 

「はいよ」

 

「ほんじゃまぁ、おげんきでー」

 

「またなー、とっつぁーん!!」

 

 ルパンのベンツを運転する機会は中々ないが、仕事中シートを暖めていたからそのまま運転する事になった。ちょっと足の長さがキツい。早くこの身体も大人にならないかと切に願う。

 

「この銭形さまがこの程度で諦めると思ったら大間違いだぞ! 覚えてろーっ。ルパーーン!!」

 

 そんなとっつぁんの執念に燃える叫びを聞きながら、ルーマニアの時と同じ様にパリに戻って、賢者の石を不二子に渡すわけだが、不二子のバックに居る人物を探るために盗聴機を仕込んだ偽の石を渡す事になった。

 

「あーあ。言わんこっちゃねぇ。クスリ嗅がされてお宝奪われてやんの」

 

「見えてるならルパン拾ってきてあげたら?」

 

 双眼鏡でルパンの様子を覗いていたパッパに言う。ちなみにおれは晩飯を作ってるから手を離せない上に体格的にルパンを運べないから仕方がない。

 

「最近の浮かれたあいつには良いクスリだ。もうしばらくしたら拾ってくるさ」

 

 ルパンのクローン処刑があったからか、確かに少しルパンに落ち着きがない。簡単なヘマはしたし、着替えてまでおちゃらけて不二子の気を引こうとするし。

 

 一言で言えばらしくないのだ最近のルパンは。それは不二子もそうだ。いつにも増して秘密主義だ。だから次元も五エ門もいつも以上に不二子に思うところがあって不機嫌だ。

 

 食事の準備が出来た頃にパッパがルパンを拾いに行った。

 

 クスリ抜きの為にシャワーを浴びに行くルパンを横目にテーブルに食事を並べていく。

 

 次元が盗聴機の受信機を出してチャンネルを合わせる。その間におれと五エ門は先に夕食だ。五エ門が食べられる様に和食寄りだ。だし巻き玉子にしらすの大根おろしは最強の組み合わせだ。あとはたくわんと梅干しもある。おまけに昆布だしのお吸い物も付けちゃう。でもそれだと肉が恋しいから肉じゃが作ってみた。

 

「いやー、参った参った。まーだ頭がクラックラッすらぁ」

 

「プレイボーイ気取りが良いザマだな」

 

「ルパン。仕事と女の両立は出来んぞ」

 

「つべこべうるせぇな。これも計算の内なんだよ」

 

「いつもの事だろいつもの」

 

 次元と五エ門の言葉に言い返すルパン。なんか穏やかじゃない空気にツッコミを入れるのも重苦しい。

 

 なんかルパンがいつもの調子じゃないからか、みんないつもの調子じゃない。

 

「ぎやあああああああっっっ」

 

「な、なに!?」

 

「ぉぉぉっっ、みみがぁぁっ」

 

 どうやら盗聴機をやられたらしい。ルパンとパッパが呻き転がっている。  

 

 盗聴機がやられたんじゃどうしようもないので、飯食って寝る事になった。

 

 翌朝。モーニングを近くのカフェで取りながら、ルパンは本を読み漁っていた。

 

「ファラオや、秦の始皇帝が求め続けた永遠の命。不老不死の夢は、太古より伝わる賢者の石に秘められているという。ほー、なるほど」

 

「賢者の石は錬金術師が求めた空想上の物質で、金を産み、不老不死の源にもなるとも言われている。それがどうやって作られたかはわからんけどね。マンドラゴラの根も、北京で盗んだ仙薬も不老不死とか永遠の命の源になるって曰く付きだ」

 

「じゃあなんだ。不二子は永遠の命でも手に入れようってか? いつにも増してトんでるぜ」

 

「非現実的だ。その様な物のために我らを謀るなど」

 

 そう言って五エ門はイスから立ち上がる。

 

「どうした五エ門? トイレか?」

 

「とても付き合いきれん。帰る!」

 

 ルパンの言葉に五エ門がそう返した時だった。急にヘリのロータ音と共に突風が吹く。

 

 カフェの前の道路に降下して来たヘリの底部には旋回式の2連装機銃が取り付けられていた。

 

 その機銃が旋回して此方を狙い定めてくる。

 

 そしていきなり発砲を始める機銃の射線から逃れるために背中から地面に転がる。

 

 機銃掃射を終え、削られて倒れてくる街路樹の葉っぱに紛れる。

 

「いきなりご挨拶だなオイ」

 

「ルパンと次元は?」

 

「もう逃げてる。あいたたた」

 

 枝に引っ掛かりながら街路樹の影から抜け出して、近くに停めてあるフィアットの方に向かう。

 

「車とヘリじゃとても逃げ切れたもんじゃないな」

 

「何処へ行ったかわかるか?」

 

「何処に来るかはわかるけどね」

 

 ルパンのベンツにはノートPCが置きっぱなしだ。

 

 双方向に位置がわかるように発信機を仕込んである。もうちょい時代が進めばGPSも内蔵したいところだ。

 

 空から追いかけ回されているのなら、追い掛けてこれない場所に逃げれば良い。

 

「今ここに居るなら、そこから一番近い下水道への工事用出入口がここだから、そこのマンホールから下に降りれば来ると思うけど」

 

「あいわかった」

 

 そう言って五エ門はマンホールを開けて下水道に降りていってしまった。いや少しは疑って欲しい。もしかしたら反対方向に行くかもしれないのになんも疑いも持たずに下水道に向かわれると外したらどうしようと考えてしまう。

 

「止まった? …いやでもこっち来るな」

 

 マンホールから響いてくるヘリの音。ベンツのエンジン音も聞こえてくる。

 

 取り敢えず予想は外さなかった様で一息吐く。

 

 タバコを咥えて火を着けようとした時だった。地響きと共にマンホールから火柱が上がって、その上に居た車を吹き飛ばした。

 

「あれまぁ。大丈夫かな? ルパンたち」

 

 下水道でヘリを爆発させたのだろう。普通なら重傷とか死ぬことも考えるが、ルパン一家ならよっぽどでなければ大丈夫かと思ってしまう辺り大概自分も毒されてる感が否めない。いやでもそうでなかったら何回死んでるかわからんし。

 

「あれ? 皆さんお揃いで」

 

 ミニクーパーにすし詰めもかくやという感じでぎっしりなルパンたちが走っていく。だが頭上から銃撃を受けながらだが。

 

「……間を開けるか」

 

 タバコに火を着けて、一息煙りを吸って吐いたところでミニクーパーのエンジン音が遠ざかった。

 

 車を出してルパンのミニクーパーを追って路地に入ると、不二子が居た。

 

「なにしてんの? 不二子」

 

「ノワール! ちょうど良い所に来てくれたわ。家まで送ってちょーだい♡」

 

「いや送ってちょうだいって言われても」

 

 これからルパンたちを追い掛けなくちゃならないのに無茶を言う。

 

 そう思っていたが、もう不二子は車に乗ってしまった。

 

「仕方ない。パンケーキとコーヒーで手を打つわ」

 

 本を読んでいて朝食のパンケーキとコーヒーを逃しているからお腹が空いてる。不二子がマモーとグルなのは知ってるが、いつもの事だからどうしようもない。不二子はそういうオンナだと前世から知っているから怒っても仕方がないとある種の諦めと、自分個人がまだ不二子に裏切られて痛い目を見ていないからというのもある。

 

 その辺り四六時中ルパンと一緒に居ることの多い次元はルパンのとばっちりを受けるし、五エ門はピュアサムライだから不誠実な不二子が赦せないんだろう。

 

「ありがとうノワール! 愛してるわっ♪」

 

「ちょーし良いんだからまったく…」

 

 横から抱き着いてきて頬にキスして来る不二子を怒るとかせずに、そういうオンナだからって思って赦してしまっているから、怒る気が湧いてこないんだろうなぁ。

 

 場所を移して少し離れたカフェに入る。

 

「それで? いったい今回は何を企んでるワケ?」

 

「企んでる? そんなことないわよ」

 

「……永遠の若さを手に入れても、魂まで永遠に生き続けられるとは限らないよ」

 

「……何を知ってるの?」

 

「さぁね。自分の知る事しか知らないよ」

 

 先に出てきたコーヒーに手をつけながら、不二子に言葉を返す。

 

「記憶の転写が出来たとしてもまったく同じ人間になるかどうかはわからない。いや、環境が違えばまったくの別人になる事もあるかもしれない」

 

 その辺りはブラジルから来た少年か、またはリリカルマジカルなプロジェクトフェイトがわかりやすいか。いやどっちも創作物だが的を射ているはずだ。

 

 人間は日々の積み重ねで己を形成する。

 

 なにかが違えば、別人になったとしても不思議はない。記憶も人格も経験も完璧に再現出来たコピーが居たとしてだ、さすがに前世のあれこれはムリだと思いたい。でないとさすがにちょっとヤバい。

 

「永遠の命も良いけど、限りある命だからこそ、人は精一杯頑張るし、思いやりや優しさがそこに生まれる。おれはそう考えるよ」

 

 マモーはその辺長生きが過ぎて優しさなんて言葉を感じない。自分が神さまだと威張る傲慢な人間。すべての人間が永遠の命を得て同じ様になるかはわからないが、あの他人を見下す態度や、自分の認めたものしか生きることを認めない選民思想もマイナス。仲良くはなれないタイプだ。

 

「まぁ、よく考えてみなよ。自分が自分でなくなっても、永遠を手に入れるのかどうかをね。永遠の命なんてそう簡単に手に入る物じゃないんだからさ」

 

「もう! 勿体ぶらずに教えなさいよっ」

 

 不二子が身を乗り出して来ようとするが、それを手で制しながら右手でマグナムを抜く。身体を捻った真後ろ。外跳ねする黒い髪の毛を黒い帽子に納めた黒いスーツ姿の子供が居た。

 

「後ろからご挨拶たぁ、ガンマンの風上にも置けねぇな」

 

「……なんでわかった」

 

「ちと耳が良くてな。これだけ近い上にマグナムの音だったら聴き逃しはしねぇよ」

 

 背中のイスに突きつけられている銀色のマグナム。

 

 自分と同じ声に、同じ格好。髪の毛の癖っ毛まで同じとはご丁寧な事だ。

 

「ノワールが、ふたり…?」

 

 不二子がこの状況を一言で言い表してくれた。

 

「クッ、ククク、あはっ、ははははははっ」

 

「……何がおかしい」

 

「そりゃおかしい。いや、愉しい、か。マンガでしかないような展開だろ? 自分の偽物と銃を突きつけあうなんてのはな」

 

 自分のそっくりさんならドッペルゲンガーなんて考えるが、見た目も服装も、得物まで同じなら、そして今はタイムリーな相手が居る。

 

「見せて貰おうじゃねぇか。複製(クローン)人間の性能ってヤツをな!」

 

 パンケーキを食い損ねた事を気に病みつつ、おれはマグナムの引き金を引いた。

 

 

 

 

to be continued… 



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子犬ととっちゃん坊や

なんかちょいとアンチ気味になってるけど、ただの煽りだから勘弁して。

そして複製人間篇は不二子がヒロインだから不二子とエッチな雰囲気になっても構わないよね?

しかしノワールがルパン一家の緩衝材として便利な存在になるなぁ。そういうキャラが本編にも居ないもんかね?


 

 一発の銃声が戦いの幕を上げる。

 

 こともなく、マグナムをシリンダーごと掴まれた事で引き金が止まる。ダブルアクションの時、シリンダーを掴まれるとリボルバーは撃てなくなる欠点がある。

 

「っ!!」

 

「くぅっ」

 

 イスに座って横を向いて、さらに半身を向けて銃を突きつけていた体勢から足を上げて回し蹴りを放つ。ダメージを狙うものではなく、マグナムから手を離させる為の一手。

 

 頭を下げて避けられたが構わない。

 

 回し蹴りの勢いを利用してイスから跳んで立ち上がる。イスに突きつけられていた銃口が此方を向く。

 

 着地した勢いのまま曲げた足で地面を蹴って背面跳び。2発の銃声が響くが被弾は無し。

 

 背面跳びから着地体勢に入りつつ、着地を狙われないために牽制で2発撃ち込むが、イスごと横に倒れて此方の攻撃を遣り過ごした。

 

 咄嗟の反応は恐らく五分。射撃の腕も恐らく五分。得物の調子も五分と考えて、武器になるのは自分の頭脳と積み上げた経験だろう。

 

「大人しく不二子を渡して貰おうか?」

 

「嫌だ…。と言ったら?」

 

「お前の頭が潰れたトマトみたいに弾けるぞ」

 

「面白ぇ。やってもらおうか?」

 

 左手にもマグナムを握り、本気の二挺拳銃で相手をする。だが、向こうも二挺のマグナムを構えていた。

 

「ちぃっ」

 

「ぐっっ」

 

 互いに撃ち合った弾丸。互いに得物はマグナムだ。その銃口から射角を計算して弾丸を撃ち落としたが、左手のマグナムが撃ち落とされてしまった。代わりにアイツの右手のマグナムを撃ち落としてやった。

 

 利き腕にダメージを与えたのは行幸だった。だがこちらもリロードするための左手を痛めた。

 

「クソっ」

 

「なっ!?」

 

 向こうも弾切れだったのか、左手のマグナムをこちらに投げて、後ろに転がっていたおれが撃ち落としたマグナムを拾いに向かった。

 

 銃を投げつけるなんていう意表を突かれるとは思わなかった。

 

 ガンマンの命を粗末に扱いやがって。

 

 リロードを終えた時と、アイツがマグナムを拾い上げて構えるのは同時だった。

 

 やっぱり腕は互角か。だが選択肢に違いが出た。利き手を痛めたからか、どちらにしろもうちょいやりあわねぇと糸口が掴めない。

 

「っても潮時か」

 

 さっきもルパンたち相手に機銃掃射した所為でフランス警察も近くをウロウロしてるからな。今もバカスカ撃っちまったから、その銃声で通報されたか、パトカーの音が近付いてくる。

 

「んげ!? とっつぁん!?」

 

「げぇはははははっ。ルパンたちは逃したが、先ずは貴様から逮捕してやるぞノワール!」

 

 なんかボロボロのパトカーに乗って現れたとっつぁんと、続々と集まってくるパトカー。いつの間にか不二子は居なくなっていた。

 

「まったく。せっかくのガンマンの一騎討ちを邪魔するなよなぁ」

 

「じゃかましい! 西部劇なんぞとっくの昔に終わっとるわ。素直にお縄につけ!」

 

「お縄についてムショ暮らしなんてつまらない人生送りたくないっての!」

 

 懐から幾つか缶を落として転がす。

 

 凄まじい音を放ち、閃光が視界を焼く。手製のスタングレネードだ。

 

「のわああああ!?!? な、なな、なんだぁっ、み、耳が聞こえんっ」

 

 スタングレネードを受けて引っくり返るとっつぁんと警察の面々。目は瞑ることで焼くのを回避したらしい。……おかしいな。腕で庇ったりしないで目蓋だけでガード出来る光じゃないのに。でも耳がやられてちゃ幾ら指示を出しても聞こえないだろう。

 

「あばよー、とっつぁーん!」

 

 とっつぁんにお決まりの決め台詞を添えて、その場から走り去る。

 

 路地裏を幾つか抜けて行けばもう追って来れないだろう。

 

 だが影の中からこちらにマグナムを向けてくるヤツが居た。

 

「また後ろからか? ガンマンなら正々堂々正面から来たらどうだ?」

 

「……とっつぁんが言ってたろ? 西部劇はとっくの昔に終わってるってな」

 

「男のロマンが解らねぇとは。悲しいやつだな」

 

「……ロマンで命をなくしてちゃ世話がねぇな」

 

「確かに。命はごめんだな」

 

 マグナムのハンマーを起こす音が聞こえる。

 

 その場でしゃがむと、頭のすぐ後ろで銃声が響いた。髪の毛が何本か持っていかれる。

 

 その場で振り向き、右手でマグナムを抜く。

 

「ゲームオーバーだ」

 

 銃声と共に仰け反る身体。目の前を飛び散る赤い液体。背中に感じる地面の感覚。

 

「ノワールっ」

 

 そして、不二子の声が聞こえた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 撃たれて倒れるノワール。それを見届けるノワールが、銃を腰にしまってこちらを見る。

 

「偽物は片付けた。いくぞ不二子」

 

「ま、待って。あなたが本物なの?」

 

「偽物に負ける本物が居るか?」

 

「そ、そうよね。それもそうよね」

 

 それでも、地面に倒れている方のノワールは、さっきまで話していた方のノワールで、あの子は何時ものアタシが知っているノワールだった。

 

「でもノワール。行くってどこへ行くのかしら?」

 

「抱き着くな暑苦しい」

 

「あ…っ」

 

 前を歩くノワールの腕を抱いて、身体を寄せてみた。でもノワールはアタシの腕を振りほどいた。

 

 ノワールはむっつりスケベな所もあるから、アタシが抱き着けば腕に当たる胸の感触を楽しんでいるのを知っている。

 

「もうっ。待ってよ!」

 

「っ、そういうのはルパンとしてろ!」

 

 首筋を撫でてあげればあの子ならイチコロなのに、ノワールは嫌そうに逃げた。

 

 姿も声もノワールなのに、この子はノワールじゃない。

 

 振り向いて地面に倒れている方のノワールを見る。

 

 頭から血を流して倒れているノワール。胸も動いていない。そのノワールが本物のノワールなのかもしれない。

 

「きゃっ。フ、フリンチ!?」

 

「じゃ。あとは頼むぜ」

 

「ま、待ってノワールっ」

 

 ノワールを呼び止めようとする。でもノワールはそのまま去っていってしまう。

 

 アタシはフリンチに腕を掴まれて別のところへと連れていかれた。

 

 そこはアタシがマモーから与えられている屋敷だった。

 

「お帰り不二子。とはいえ、賢者の石は手に入れられなかった様だね」

 

 アタシを出迎えたのはマモーだった。アタシに永遠の命を与えてくれると言ったマモー。でもアタシの中でノワールの言った言葉が浮かび上がっては消えていく。

 

 魂は永遠に生きられるとは限らない。自分が自分でなくなっても永遠を手に入れるのか。

 

 あの子の言葉がアタシに疑問を抱かせる。

 

「ねぇ、マモー。本当に永遠の若さが手に入るの?」

 

「ああ。君の永遠は既に約束されているよ」

 

 アタシの言葉にマモーは直ぐに答えた。

 

「それってどんな方法なの?」

 

「君が知る必要のないことさ。さて、もうひと働きしてもらおうか、不二子」

 

「マモー…」

 

 ルパンを騙して連れてくる。ルパンに永遠の命を与えてくれる約束でマモーの求める物を盗んできて貰ったのだもの。その為にルパンのもとに行くのは良いのだけれども、どうしてもマモーを信じきれない自分が居る。

 

「テロメアの問題も解決出来ていないのによく永遠の命なんて言えたもんだな」

 

「ノワール…?」

 

「……彼をここに招待した覚えはないのだかね」

 

 ドアを開けて入って来たのは間違いなくノワールだった。額に布を当てて包帯を着けては居たけれど。

 

「まさか君の方だとはね。しかしキミは先程撃たれて死んだのではないかな?」

 

「残念だったな。トリックだよ」

 

 そう言ってノワールは指で摘まんだカプセルを潰すと血糊が吹き出た。もしかして死んだフリだったの?

 

「チョイと掠めはしたがな」

 

「成る程。だがせっかく生きていたのだ。その命を無駄にすることもあるまい」

 

「まぁ、命は大切にしたいがな。アンタに訊きたいことがあったのさ。とっちゃん坊や」

 

「……良かろう。何を訊きたいのかね?」

 

「クローンを作っても、魂の転写。自意識の移し替えは出来るのか? もちろん、アンタみたいに脳みそを瓶詰めにしないで、だ」

 

「それになんの意味があると言うのかね?」

 

 マモーが、ノワールの質問に対して答えずに質問を返した。それを見たノワールは口許に笑みを浮かべた。

 

「確かにアンタは一万年前に宇宙からの電波を受信して、クローン技術を生み出したとんでもない人間だろう。だが頭打ちした寿命に恐くなって不老不死を求めるただの人間だ。神さまなんて立派なものじゃないってことさ。神さまに寿命なんてないからな」

 

「……キミは何を知っている」

 

「おれは知っている事しか知らないただの人間さ。ただ、クローンが知らない事を知ってる。アンタの知らない事を知ってる。アンタは予言者を自称してたな。なら2001年9月11日に何が起こるか知ってるか?」

 

「言葉遊びも大概にしたらどうかな? そうやって不二子を誑かそうというのだろう?」

 

「誑かしてるのはどっちだ。不老不死が実現できないから、不老不死がある宇宙の文明を探して宇宙旅行をしようなんてロマンチスト過ぎるだろ。アンドロメダにでも行って機械の身体でも貰ってくる気か?」

 

「私を侮辱するのも大概にしたまえ。そしてキミは知ってはいけないことも知っている様だね」

 

「今回のヤマはあまり長引かせても面白くなさそうだからな。ネタバレは重視していくぜ?」

 

 そう言ってノワールが私の方を見る。

 

「不二子。このとっちゃん坊やが約束した永遠の命はな。アンタが考えてる様な永遠の命じゃない。詐欺みたいなもんだ」

 

「……どういうことなの?」

 

「耳を傾ける必要はないよ不二子。所詮は子供の戯れ言に過ぎないのだからね」

 

「だったらクローンにどうやって自意識を移すのか是非とも教えて欲しい所だ。そのクローンにしたって130代で見切りをつけて止めたんだ。不老不死を宇宙に求めるロマンチストの答えを聞かせて貰おうか?」

 

 マモーは答えられない。そう確信してノワールは笑っている。マモーは苦虫を潰したかの様に顔を歪めている。

 

 その笑みはノワールが相手より自分の方が情報で優勢に立っている時に浮かべたりする顔だった。この子は時としてルパンやアタシよりも先んじて情報を得る事がある。その時に見せる勝ち誇った顔。

 

「不二子。さっき見たもうひとりのおれはマモーの作ったクローン人間だ。髪の毛でもなんでも良い。人間の遺伝子に手を加えて出来るそっくりさん。それを使ってこのとっちゃん坊やは好きな時に峰不二子を気紛れに作っては楽しめるって寸法だ」

 

「じゃあ……」

 

「今いる不二子のままで永遠は手に入らない。手に入れるのなら、肉体という器を捨てて脳みそになって瓶詰めにして保存して脳波で複製した肉体を、老いちゃ取っ替え、老いちゃ取っ替えする方法はあるけれど、それが永遠の命なんて言えるか?」

 

「マモー…!」

 

「……残念だが、彼の言う通りだ。だが、不死の世界に行けば君もその肉体を捨てずに済むのだよ」

 

 そのマモーの答えに、アタシの足は自然とノワールの方に向かった。

 

「不二子…! 何故だ。永遠の命が欲しくないのか?」

 

「夢物語を話してるとっちゃん坊やとは行きたくないってことだろ」

 

「不二子。戻って来るんだ。今ならまだ間に合う。キミも、あと数日で滅びる世界に居たくはないだろう?」

 

「え?」

 

「私は預言しよう。あと数日でこの世界は滅びる。だが私に認められたものだけは生きる権利が与えられるのだよ」

 

「コロンビアの遺跡の地下に隠してある核ミサイルで、世界を吹き飛ばすだけだろ? そんなんでよく上から目線で世界が滅びるなんて言えたもんだ。滅びるんじゃなくて、滅ぼすんだろ?」

 

「どちらも同じことだ。キミは思った以上に口の汚い人間の様だ」

 

「クローン作っておれを知れたと思ったら大間違いだ。そんなのおれの人生の1/5程度しか知れてねぇよ」

 

「ならば、君を捕らえてその残りの人生とやらを見させて貰おうか」

 

 そう言って懐から銃を出したマモー。でも直ぐに腰からマグナムを抜いたノワールが、マモーの銃を撃ち落とした。

 

「ぐぅっ」

 

「素人がガンマンにサシで勝てるわけねぇだろ」

 

 マグナムを腰に納めたノワールは振り向いてドアを開けて、一度立ち止まった。

 

「コロンビアで首洗って待ってろ。ルパン一家総出で相手してやる」

 

 そう言い残して、ノワールは歩き出す。

 

「不二子…っ。私から離れてはならない。永遠の命が欲しくないのか…?」

 

「……さようなら、マモー」

 

 永遠の若さは欲しい。

 

 でも、アタシはノワールの方を信じる事にした。何故ならあの子は一度もアタシに嘘を言ったことはないから。そして、普段はガンマンなのに言葉で攻勢に出るあの子の言葉はいつも真実だったから。

 

「ひゃっ!? 何すんの!?」

 

「うん。ちゃんと本物ね」

 

「何言ってんのか。わうんっ!? ちょ、あうんっ、やめ、止めてってっ」

 

 ノワールの背中に抱き着きながら首筋を撫でてあげればいつも通りにかわいい反応を返してくれる。止めてって言うけど振り解かない。嫌よ嫌よも好きのうち。この子Mだし子犬だから本当にいじくり甲斐があって好き。

 

「良いじゃない。減るもんじゃないし」

 

「減る! カッコよく締めた余韻が減る!」

 

「フフ。そうね。カッコ良かったわよ。子犬ちゃん」

 

「うひゃっ。な、なんでみ、みみ、耳ぃ!?」

 

「ウフフ。もうっ。おませさんなんだから♡」

 

 耳にキスをすると、ノワールは耳まで真っ赤にして縮こまってしまった。ホントにかわいい子犬ちゃんなんだから。

 

「ん…っ。…お願いだから少し離れて。銃が抜けない」

 

「仕方ないわね。帰ったら、つづきをしましょ♪」

 

「うぅ……」

 

 腰のマグナムを抜いて弾を入れ換えるノワールから離れる。

 

 もう少し遊びたかったけど仕方がない。でも助けに来てくれたのは嬉しかったから、落ち着いたらオトナのお礼をシてあげましょうか。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬とノワール

これを書いている間、峰不二子という女を一気に見ました。また別の出逢い方をしてるルパンたちに痺れました。でも記憶の転写とかとっちゃん坊やも関わってんのかなぁって思いながら最後は見てました。


 

 カッコよく出てきたつもりでも、素直にマモーがこちらを見逃してくれる訳がなかった。

 

 無駄にだだっ広い廊下でバカスカ銃を撃ってくる警備の男たち。

 

「ここの警備何人くらい居るんだ?」

 

「4、5人だったはずだけど?」

 

「倍は居るぞちくしょう」

 

 部屋の入り口の影に隠れて銃撃から身を潜めているが、そう長くももたないだろう。

 

「仕方ない。一気に飛び込む。援護してくれ」

 

「本気? 蜂の巣になっちゃうわよ」

 

「どのみちこのままでも変わりゃしないんだ。だったら分が悪くても賭けるしかないだろ?」

 

 マグナムの弾をリロードする。スタングレネードを警察相手に使いきったのが悔やまれる。でもあのとっつぁん相手におれが逃げ切るには必要経費だから仕方がない。

 

 撃ち落とされたマグナムもパーツを交換しないと使えない。一挺のマグナムに命を預ける。

 

 だが次元はいつもそれで切り抜けて来ているのだから、自分も同じことをするだけだ。

 

 祈りを捧げる様にマグナムの銃身に額を当てる。

 

 集中力を高めて、神経を耳に傾ける。

 

「さて。ショータイムだ」

 

 銃撃の合間を縫うように部屋から転がり出て、こちらに向けてマシンガンを撃っていた男の武器の銃口を狙う。

 

 銃口を撃たれて、中の撃った弾とぶつかり銃身が弾け飛ぶ。

 

 銃口に入らずとも、銃身に当たれば手から弾け飛ぶ。

 

 四人を黙らせたところで、いつでもリロード出来るように予備のスピードローターに意識を向けておく。

 

 6人を撃った所でリロードに入る。そこで当然こっちを狙ってくる警備の男を不二子が撃つ。

 

 銃撃の弾丸の嵐に身を晒すなんて普通の人間なら先ずやらないし、出来ない。

 

 それをやれる様になってる自分はやっぱりどこかおかしいのかもしれない。

 

 廊下をジグザグに跳びながら進み、狙いをつけさせないように動く。

 

「くわっ」

 

 目の前をサーベルの刃が過ぎ去っていく。咄嗟に首を引いたが、鼻先にサーベルの裂いた風を感じる程だった。

 

「フリンチ!?」

 

「ちっ。前髪が二センチ切れたぞ」

 

「ククク。ここからは逃がしゃしねぇ」

 

「そうかい。だがな、邪魔するなら容赦しねぇ」

 

 ハゲ頭というか、スキンヘッドな大男のフリンチが立ち塞がる。確かこいつは合金チョッキで身を守ってるハズだったか。

 

「ちっ。効きやしねぇか」

 

「な、なんでよ!?」

 

「フッ。レーザーでなきゃこの合金チョッキはビクともしねぇ」

 

 試しに胴体を撃ってみるが、やっぱり効果はなかった。それを無駄だとわからせるためか、上着のスーツを脱いで合金チョッキを誇るように見せるフリンチ。殺人OKならドタマぶち抜けるんだがなぁ。

 

「ああそうかい。でもな、足元がお留守だぜ!」

 

 だから足を撃ったんだが、弾丸が弾かれた音がした。

 

「合金プロテクターも同じ材質だ。さぁ、どうする?」

 

「ケッ。用意が良いこったな」

 

 足にも対策されてたなんて知らねぇよボケ。

 

 足を撃っても無意味なら肩か腕を撃つだけだ。

 

「ふんっ、はっ、とりゃっ」

 

「ねら、い、は、おお、ぶり、だか、らっ」

 

 避けられない事もないが、これじゃあ千日手に追い込まれる。

 

 大きく後ろにジャンプしながら、弾をとっておきの1発。徹甲弾に変える。

 

「今度のはただの弾じゃねぇぞ」

 

 狙いを定めるのはやつの膝関節だ。

 

「ぐおっ!? くっっ」

 

 流石に衝撃までは吸収するのは素の人体だろう。

 

 貫く事はやはり無理だったが、膝は痛める事に成功したらしい。

 

「今のうちだ不二子!」

 

「ええっ」

 

 不二子を連れて屋敷を出て、フィアットに乗り込む。

 

「ふぅ…。なんとかなったか」

 

 正直なんで生きてるんだろうと毎回思うが、そうでないと毎回死んでるから、切り抜けられればそれで良しと考える様にしている。それくらいには自分もルパン側の人間になれているんだと思いたい。

 

「これからどうするのよ」

 

「ルパンたちを拾ったら、マモーの本拠地に殴り込みさ」

 

「……ねぇ。ノワール」

 

「自分で蒔いた種だ。どのみちおれたち全員で掛からないと、今回のヤマは片付きそうにない」

 

「なら逃げましょうよ。あなたが良ければアタシ…」

 

 そういう不二子に一枚の紙を見せる。

 

「これは…」

 

「マモーの表向きの顔さ。ハワード・ロックウッド。世界の1/3の富を持つ、文字通りの億万長者だ。ここで逃げたら一生地下暮らしだってやっていけるかどうかだな」

 

「……ひどいわ。全部ウソだったのね」

 

「ウソってのは真実の中に紛れ込ませれば真に聞こえるもんだ。だがマモーが複製人間を作れるのは本当だ。そしておれたちと対峙していたアイツもコピーだ。オリジナルはコロンビアのとある遺跡の地下。しかもあと数日でやつはそこから全世界に向けて核ミサイルで攻撃を始める」

 

 おれが調べたハワード・ロックウッドの資料に目を通しながら、不二子はショックを受けている様子だった。

 

 本気で不老不死を信じてルパンを騙してまで動かしていたのだから仕方がないとは思う。おれを信じて着いてきてくれたとはいえ、こうして現実を突きつけられれば実感もまた変わることだろう。

 

「でも。核ミサイルで世界を攻撃をしようなんて人を止めるなんて。国に知らせた方が良いんじゃないかしら」

 

「少数精鋭の方が確実に早い。国とかのしがらみのないおれたちの方がね」

 

 マモーは不二子に執着していたし、おれのクローンを用意した程だからおれにもなにかしらの興味を抱いているはずだし、今回の接触で最大限の売り込みもした。

 

 だからコロンビアの遺跡に行くくらいまではおそらくもう一度接触する場を設けるはずだ。

 

 ルパンとマモーに因縁を持たせることは出来なさそうだが、それは仕方がない。マモーの方からおれに因縁を吹っ掛けて来たんだ。今回のヤマはある意味おれが清算しないとならないわけだが、ひとりじゃ手に余るからみんなに頭を下げて協力して貰わなくちゃならないわけだ。

 

 ルパンは良いかもしれない。でも次元パッパと五エ門先生がなぁ。今回の不二子にはご立腹だったから説得にはかなり骨が折れそうだ。

 

「でもルパンたちをどうやって見つけるの?」

 

「マモーと結託してルパンを連れて行こうとしてたんだろ? 大体の場所は知ってるんじゃないのか?」

 

 覚えている、と言うより思い出した所だと確か不二子を巡ってケンカになったハズだ。確かアジトも不二子にチクられてパーだったハズ。そこから確かケンカ別れしたような気がする。思い出せる事にも限界があるが、クライマックスは覚えているからどうにかなると思いたい。

 

 変なプライドに拘らずに撃てば良いんだろうが、男の約束だ。破るわけにもいかない。

 

 だから戦闘要員の次元と五エ門に来てもらえないとちょっと…、いやかなり困る。

 

 ルパンを追い掛ける為に何処を探せば良いのか知っているだろう不二子を見る。

 

「……アタシも知らないわ。これからマモーに聞くところだったんだもの」

 

「……しゃあない。とにかく探すしかないか」

 

 気まずいのはわかっているが、こんな状況を打開するにはルパンたちの助けが要る。

 

 パリで1度休息を挟む。こういうとき携帯のある時代が恋しくなる。

 

 ルパンのアジトが軒並み荒らされて使い物にならない中で、おれ個人で構えていた隠れ家は無事だった。

 

 ならクローンの持つ記憶は果たしてどこまでおれを再現しているのか気になる。

 

 咥えたタバコに火を着けながら地図とにらめっ子。

 

 アジトからいったいどこに向かったかだ。

 

 それを思い出せれば一番簡単だが、思い出せないんだから仕方がない。ただマモーから逃げるために選ぶとしたら大西洋に抜ける道を探す。大陸を行くより1度海を渡った方が追跡は難しくなるからだ。

 

 あと思い出したのは荒れた荒野の小屋だ。車も壊されてたハズだ。

 

 イヤらしい攻め方だ。逃げ道を潰してこっちを追い詰めようというのだから。

 

 不二子の件で不機嫌の上に精神的に追い詰められちゃカリカリしても仕方ないか。

 

 とはいえ怒ったってしょうがないんだからとも思う。

 

 不二子はそういう女なのを承知で付き合わないとならない。

 

 それもわかってるルパンも、今回はクローンの処刑があった所為か何処か普段とは違っていた。

 

 収拾を付けるこっちの身にもなれと心の中でマモーに悪態を吐く。

 

「ノワール…」

 

「うわっ。なんだよ不二子」

 

 イスに座って地図とにらめっ子していたおれに背中から寄り掛かってくる不二子。身長差もあって不二子の大きな胸が頭の上に乗っかっている。振り向けば二つのお山のチョモランマの谷に顔を埋めることになるだろう。

 

「せっかく落ち着けたんだもの。少し休憩にしましょ?」

 

「誰のお陰で頭捻ってると思ってるんだ」

 

 基本的に怒らない。怒っても仕方がないとしても、おれだって怒るときはある。

 

「こう見えてもショックだったりするんだよ? 不二子を騙したことないのに、こっちは騙されちゃってるんだから」

 

「そうね。そうよね。あなたは素直な子だからウソを言ったことはなかったわね」

 

 不二子はウソを言ったり騙したりやりたい放題。ルパンも時には不二子を利用するんでウソを言ったりして騙す事もある。そこはお互い様だ。

 

 だがおれはおれなりに、誠心誠意真心込めて不二子と付き合ってきたつもりだ。でも今回はちょっとオイタが過ぎてる。ルパンが損を見るのは仕方がない。それを承知で不二子の仕事を受けているのだから。

 

 不二子はルパンの事を好きなのだし、それは一向に構わないことだが、いったいこの煮え切らない気持ちはなんなんだろうか。何かが引っ掛かる。悔しさでも嫉妬でもない。いったいなんなのか。

 

「ウフ。拗ねちゃってるのね。かわいい」

 

「そんな子どもみたいな、ふやんっ!?」

 

 いきなり耳を舐められる。

 

「やっ、やだっ。せめてシャワー浴びさせて…っ、んんっ」

 

 耳の裏。汗をかいたら一番自分でもイヤな臭いがする場所を舐められた。変な臭いとかしていないか恥ずかしさが一気に思考を押し流してしまう。

 

「おぼこちゃんねぇ。気にしないわよ。アタシを助けるために精一杯頑張ってくれたオトコの子の味だもの」

 

「する…っ、気にす、ふぁっ、恥ずかしぃ…っ」

 

 帽子は取られ、ネクタイは緩み、シャツのボタンは外されて、インナーをたくしあげられて、不二子の細くて長い指が身体を這い回る。

 

「くっ、くすぐったい…っ、んっ」

 

「銃の扱いは一人前。でも女の子の扱いは赤ちゃん同然」

 

「ふあっ!?」

 

 首筋を這うぬめる感触。不二子の柔らかい唇と、熱い舌の感触。

 

「身体はこんなに素直なのに、心は奪えない。中々挑みがいがあるのよね。あなたは」

 

「そ、れはっ、んやっ、あ、そっちは…! や、やだぁ…っ」

 

 腕を掴まれて脇の下を舐めあげられる。

 

 恥ずかしさで顔から火を吹きそうだ。先にシャワーを浴びればよかった。

 

「先にシャワーを浴びればよかったって考えてるでしょ?」

 

「だ、だって…」

 

「確かに普通の女の子なら気にするかもね。でも時には女の子もありのまま相手を味わいたくなるの。それが命をとして助けてくれた王子さまが相手ならね」

 

「不二子…。んっ」

 

 唇を塞ぐ柔らかな感触。舌を絡め取られ、吸い出されて、嫐られる。上顎を舌先で舐められ、頭が痺れそうになる。

 

「っ!?」

 

「ひゃあ!?」

 

 不二子を床に押し倒して、腰からマグナムを抜く。

 

「いったいなに? 我慢出来なくなっちゃた?」

 

「だったらとっくの昔にチェリーは卒業しとるわ!」

 

 不二子を抱きながら身体を転がして、窓に向けてマグナムを撃つ。部屋の中で弾丸同士がぶつかり、窓を破って入ってきたのはおれ自身だった。

 

「よくここを嗅ぎ付けたな」

 

「おれなら居を構えるならここだという場所をしらみ潰しにした」

 

「お暇なことで」

 

 にしても絞り込みが早すぎる。

 

「本命は自分、か」

 

 マグナムを向けながら立ち上がって向かい合う。

 

「確かに頭を撃ったはずなんだがな」

 

「ルパンと一緒に居たならトリックのひとつやふたつ、朝飯前だろ? いや、確かまだ血糊で死んだフリはまだしてなかったか」

 

「……何が言いたい」

 

「別に。お前よりもおれはルパンを知ってる。それだけだ」

 

「なんのマネだ」

 

「ノ、ノワール?」

 

 マグナムを不二子に預けて、上着を脱ぐ。

 

「おれの命よりも大切な魂だ。預けておくよ」

 

 指の骨を解しながら、握りを確かめる。

 

「泥棒でも、ガンマンでもない。ひとりの男になった時。お前はどうなる。ノワールという存在でなくなった時。何が残る」

 

 足を肩幅程度に開いて、半身を傾けて己と対峙する。

 

「残るわけがない。何故ならお前はノワールとして生まれたからだ。でもおれには残る。まったく役に立たない、それでいて自分はちゃんと本物だって胸を張れる自分が居る。それがおれとお前の違いだ」

 

「……ご託並べは終わりか?」

 

 目の前にはマグナムを構える己自身。まったく、おれもルパンの事をとやかく言えないな。

 

「返してもらうぞ。ノワールという名前を。それはおれの人生だ」

 

「この世にノワールはふたりも要らねぇか。そいつは同意見だ!」

 

 マグナムの引き金を引くノワール。だがおれはそれを指を掛けた瞬間と銃口を見て射線を予測して避ける。

 

 手を伸ばし、ヤツの握るマグナムを掴む。シリンダーの熱さも構いやしない。

 

「なっ!? ぐあっ」

 

 マグナムを取り上げて顔面を思いっきり殴り飛ばす。

 

「自分のリズムだ。虚を突くくらい出来るようになったさ」

 

「くっ」

 

 取り上げたマグナムを不二子に投げて預ける。

 

「これで互いに丸裸だ。そして丁度マグナムは一挺ずつ。さらにはキレーなお姉さんの特典つきだ」

 

「あら。アタシをオマケにしようなんて。随分お高く出たじゃない」

 

「本物の証明と証人なんだから頼むよ不二子」

 

「仕方ないわね。でも負けないで。一から芸を仕込むのも大変なんだから」

 

「そいつは天の神さまに訊いてくれ」

 

 本物の自分を賭けて戦う。銃で負けた以上。これがスペシャルラストチャンスだ。

 

 

 

 

to be continued… 



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子犬と子イヌと自由への道

なんか難産というか、無理矢理な軌道修正を見た。やっぱりルパンとマモーの因縁も欲しいよね? 欲しいって言って?

ちなみに最初は不二子のクローンを考えてたけど、それだとつまらないだろうからこんな感じに落ち着かせた。でも代わりにノワールが強くなりすぎかな?


 

 自分からガンマンというものを取った時。残るものは前世の自分だ。

 

 何処にでも居るような無駄にあれこれ雑学だけは持ってる引きニート。

 

 死んで女神さまに出逢って転生したわけでもないけれど、アメリカのスラムで、子どもとして新しく人生をやり直す事が出来た自分は、幸か不幸かと言えば、これ以上幸運はない程の男に出逢った。

 

 次元大介。暗黒街一のガンマン。

 

 そんなガンマンとの出逢いが、おれの平凡な人生を狂わせた。

 

 精神的には大人だと思っていた自分は、どうしようもないガキがただ歳を重ねてるだけだったと突きつけられた。弱音を言いたいのを堪えて、歯を食いしばって。でも時々ひとりでこっそり枕を濡らした事もあった。

 

「くっ」

 

「うがっ」

 

 拳を突き出す腕に手を差し込んで受け流し、仕返しに頬に捩じ込むようなストレートを打ち込む。

 

「だらあっ」

 

「ぐほっ」

 

「らあああっっ」

 

 反撃に腹を蹴り上げられ、よろめいた所を押し倒されそうになる。

 

「ぐらあああっ」

 

「ごはっ」

 

 だがその勢いを利用して巴投げで投げ飛ばす。そのままウルトラマンみたいに身体を勢いだけで飛び起こす。

 

 唯一やっていた格闘技は柔道くらいだ。あとはヒーロー物の格闘技の見様見真似。

 

 だから五エ門に師事してからは空手を教わっている。

 

 ガンマンとして生きていくにはそれで充分だった。腕が届く範囲の間合いに入られたらガンマンはおしまいだ。それこそおれがやったように銃を掴まれて取り上げられる。だからひたすら銃を撃って無力化する事を叩き込まれた。格闘技を教える時間を設けずに、だ。

 

 まぁ、おれの体格で格闘戦やろうなんて時はもう追い込まれてチェックメイトが掛かってる時だ。

 

 動き自体はおれの方が素人くさい動きだ。代わりに向こうはそういう手合いの覚えがあるような動きをしてくる。

 

 銃でもステゴロでも向こうが上というか、理想形だ。おれが目指すべき形の完成形がそこにある。

 

「チィエオオオオオッッ」

 

 振り向きながら飛び上がり、空中で横に回転しながら遠心力を付けて手刀を降り下ろす。エクシア斬りのアレな動きと言えば簡単だろうか。

 

「ぬぐっ」

 

 横に転がって避けられた為、空振りに終わった手刀は、床板を粉砕した。

 

「おいおい…おうっ!?」

 

「ちっ」

 

 それを見て初めてヤツが表情を崩した。しかも粉砕して舞い上がった床板の破片を蹴り飛ばしても、それも避けた。コイツ動体視力もおれより上か?

 

 確かにアイツはおれが寄り道した分だけ先に居る。だが、その寄り道をおれはムダとは思っていない。

 

 五エ門は伊賀流の流れを汲む忍者で斬鉄の技、鋼鉄斬りを会得する居合いの達人だ。そして示刀流空手という空手と名のついた立派な剣術の免許皆伝者。

 

 さすがに岩を手刀で砕いて削るとかは出来ないものの、瓦を砕くくらいは出来る。だから床板くらい手刀で割るくらい出来る。ちょっと痛いけどな。

 

「のっ、このっ、逃げるな!」

 

「むちゃ、い、うなっ」

 

 隠し玉のお陰で流れを掴めたが、代わりに向こうは全避けスタイルに移った。あまり面白くない流れだ。

 

 こっちが攻撃を当てようとムキになればスタミナ切れはこっちが早い。しかも仮にもガンマンのおれの複製。まぁ、ガンマンの誇りはないみたいだが能力は本物だ。もうおれの攻撃を見切り始めてる。か――。

 

「っふ!」

 

「なっ――がっっ」

 

 縮地。達人のそれに比べれば距離は全然のもどきだが、室内の狭いスペースなら充分間合いを狂わせられる。五エ門に習っていて正解だった。

 

 縮地で近付き、掌打を胸に食らわせる。

 

「かっ――がはっ」

 

「結構効くだろう。危ないから()()人相手に使うなって言われてるけど」

 

 正常な動きをしてる心臓にドギツい一撃だ。マジカル八極拳の麻婆神父の一撃宜しく心臓を破壊とか出来る力はないが、不整脈を起こさせるかもしれない危ない一撃なのは保証する。なにしろ五エ門の保証書つきだ。

 

「ふぐっ…はっ、くっ…、グソッ、ダレぇぇぇっっ」

 

 苦しい顔をしながら睨み上げてくる。おお、コワ。

 

「があああっ」

 

 掴み掛かろうと飛びついてくるが、それを掴んで背負い投げる。

 

「がはっっ」

 

「受け身もなっちゃねーな」

 

「ゴホッ、ゴホゴホッ」

 

 背中を打ち付けて咳き込む様を見下ろす。

 

「さぁ、どうする。ガンマンでないならお前はなんだ? 何になる? 言ってみろ!」

 

「ッッ、クソッ、タレ……ッ」

 

 仰向けから寝返って弱々しく四つん這いになって、ゆらゆらと立ち上がる。

 

「ハァ…ッ、ハァ…、ハァ……。クソッ!!」

 

 そう言葉を吐き捨てて、懐から何かを地面に投げつけ、それは弾けた。

 

「っ、煙幕!?」

 

 慌てて鼻と口を塞いで、不二子のもとへ駆け寄りながら背中に庇うように立つ。

 

 そして銃声がした。それはマグナムに次いで聞いている銃の音だった。

 

「っ、…ぐっ」

 

「ノワールっ!?」

 

 煙が晴れたらそこには、ワルサーを構えているヤツの姿があった。

 

「ハァ…ッ、ハァ……ッ、ハァ…」

 

「…ぐぅっ。…はぁっ、……フ、…それが、お前に、残る…、もの、か…?」

 

 腹に感じる熱。傷を押さえながらワルサーを握るヤツを睨む。

 

 ガンマン以上に、男の風上にも置けねぇな。まぁ、良くてまだ年齢一桁にしたら良く我慢してた方か。あるいは万策窮したか。

 

「うるさい。お前にわかるかよ。わかってたまるか。ぐっ、ぅぅっっ」

 

 そういうヤツは突然胸を押さえて呻き出した。顔も真っ青だ。

 

「クソ…ッ」

 

 ポケットから錠剤を取り出して噛み砕いて飲み込む。

 

「わかってたまるかっ」

 

 まるでこの世に対する怨嗟で満ちた声だった。

 

「っ、ぐっ…、ははっ、残ってるじゃねぇか…」

 

「くっ」

 

 どういう意図かはわからないが、アイツは自分の人生を縛られている。

 

 その事に対する怨嗟が渦巻いている。まぁ、自由な泥棒に付いて歩いてたんならその違いはバカでもわかるか。

 

「フッ。どうした飼い犬。悔しいんなら盗んでみろよ。自分の自由ってやつを」

 

「なっ、何を…!?」

 

 目を見開いて硬直する様を見て、コイツはマジのバカというか、まぁバカなんだろう。

 

「ガンマンじゃないならお前はなんだ? 何になる? 言ってみろ!」

 

 もう一度その言葉を投げ掛けながらアイツのマグナムを投げ渡す。

 

「…命はなんにだってひとつだ。だからその命はお前だ。おれじゃない」

 

「っ、バカにしやがって…っ」

 

 マグナムを腰に納めると、踵を返してアイツは窓から飛び出して去っていった。

 

 さて、これでまた少し面白くなるか。

 

「ノワール!」

 

 ただ撃たれて痛い上に血が出過ぎか足が崩れ落ちた。

 

「ダメ、ちょっと、寝る…」

 

「だ、ダメよ寝ちゃ! しっかりしなさいっ」

 

 不二子にビンタされるが、オヤジにもぶたれたことないのになんて言葉を返す余裕もないくらい眠気が襲ってきて、目蓋も勝手に閉じた。ステゴロなんて普段しないからというか、素面で戦ったりしたし強がったから精神的な疲れが半端なくて意識はそのままスコンと落ちた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「はぁ、はぁ…、はぁ、っ、クソッタレっ」

 

 クスリを噛み砕いて飲み込む。効き目が切れた所為で胸が苦しい。

 

 ワルサーをホルスターにしまった時、ジャケットの内ポケットになにかが入ってるのを見つけた。もちろんそこには普段何も入れていない。

 

「カリブ…、ハワード・ロックウッド……」

 

 そんな事が書かれていた。

 

「…バカにしやがってっ、バカにしやがって…、バカにしやがって…! バカにしやがってっっ」

 

 脳裏に過ぎるアイツの顔に無性に腹が立った。

 

 何が自分の自由を盗めだ。何がガンマンだ。あんなヤツにこの苦しみがわかってたまるか。

 

「ルパン…っ」

 

 おれはずっとルパンと組んでいた。いや、組まされてたというべきか。そしてルパンと一緒に盗みまくった。ルパンから盗みの技術だって教わってる。

 

 なのに内ポケットのカードを入れられた事に気づかなかった。

 

 自分の自由を盗めだって? バカにしやがってっっ。

 

 確かにおれの命はマモーの手の中だ。クスリが無ければ生きていけない。

 

 気づいた時には与えられていた役目。ノワールという名前。渡された二挺のマグナム。それだけがすべてだ。自分を構成するものだった。

 

 それを取り上げられて残ったものはなんだ。

 

 それはルパンのワルサーだけだ。ルパンの形見だ。

 

 それを使うのは負けた気がして嫌だった。でも負けたくなかった。認めたくなかった。自分の方が本物だと証明したかった。

 

 なのにアイツは撃たれても笑っていた。殴っても笑っていた。銃を撃ち合う時もだ。

 

 なんなんだアイツは。頭がオカシイんじゃないか?

 

 イカれてる。理解できない。まるで戦うのを愉しんでる様なバカに見えた。

 

 そしておれの知らない格闘術を持っていた。チョップで床板ぶっ壊す格闘技なんて聞いたことも見たこともない。

 

 そんなイカれポンチに自由を盗めと言われた。

 

「バカにしやがって…っ」

 

 やれるもんならやってみろ。

 

 マグナムを投げ返してきたアイツの顔はそう言っていた。腹を撃って血を流して、脂汗まで掻いているのに笑って、勝ち誇った顔で言っていた。

 

 ムカつく。撃たれてへろへろのクセに威張りクサりやがって。

 

「…やってやる。やってやるぞ…っ」

 

 それでも、ひとりだと自信がないのも確かだ。今までひとりで盗みに入った事はない。

 

 ルパンが居ればなにも恐くないが。

 

「…居るな。ルパンなら」

 

 それで良いのかわからない。ただ盗みを確実にするのなら確実な手はある。

 

「……おれです。申し訳ありません。不二子の回収に失敗しました」

 

『そうか。では次の仕事まで休んでいたまえ』

 

 マモーに連絡を入れ、不二子回収に失敗した事を告げる。仕事を失敗したのは生まれて初めてだ。

 

「あの。ルパンの回収ですが、おれにやらせてください。必ず連れてきます」

 

 ルパンとの付き合いは長い。だからどうすれば口説けるかも、もう考えている。

 

 問題は次元と五エ門だ。それはどうにかするしかない。

 

 不二子をネタにすれば釣れるはずだ。ちょうど良い塩梅でおれもボロいのが少しムカつく。こうなる事さえ計算済みだと言いたげな勝ち誇った顔でアイツが笑っている様な気がした。

 

『良いだろう。丁重にお迎えしたまえ』

 

「わかりました」

 

 無線を切って、おれはベンツを走らせる。

 

「自分の自由を盗む、か…」

 

 何故か口許がニヤけてきた。そんな事、今まで考えた事もなかった。

 

 自由なルパンと、一緒に盗むだけで楽しかった。

 

 そして、その自由が羨ましいと思っても、自分はクスリが無いと生きていけない、だから自由にはなれないと思っていた。

 

「おれの、明日は……」

 

 胸に手を当てれば、自分の心臓の鼓動を感じる。

 

 アイツよりもおれの方がルパンとの付き合いは長いんだ。ルパンが居るなら盗めないものはなにもない。

 

 だったら自分の自由な明日くらい盗んでやるさ。

 

 

 

to be continued… 



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子イヌとケンカ別れの大人たち

久々の更新申し訳ない。やっと話が思い浮かんだから続きを執筆出来たぜ。


 

 まったく。朝から散々なめに遭っちまってるぜ。

 

 ヘリには追いかけられるわ、大型トラックに追いかけられるわ、逃亡する足は爆撃されるわ。

 

 と言っても、これくらいルパンに付き合っていりゃそれなりに起こる事だし、そうでなくとも用心棒時代ならもっとヤバい状況だって潜り抜けて来た。

 

 不二子に騙されるのもこれが初めてってわけでもねぇ。だが今回はちとやり過ぎだ。

 

 アジトに着きゃそこは既に爆破された後だった。武器も食料もパーだ。

 

 俺たちのアジトの場所を知ってる人間なんてのは限られてる。そんな限られた人間の中に今回は裏切り者が居る。ルパンの手前、それに加えてノワールにも説得されたから我慢して仕事して来てやったらこの仕打ちだ。さすがの俺でも腹に据えかねる。女だからっでなんでもやって許されるわけでもねぇ。

 

「ルパン、女と手を切れっ。今度ばかりは俺も腹に据えかねるぞ。このアジトの場所を教えたのは、あの不二子にちげぇねぇんだからな」

 

 とは言うものの、あのルパンが女を切れるとも思えねぇ。

 

「そっちが嫌なら、こっちから手を切らせてもらうぜ」

 

 それでも俺にも限界ってのはある。ルパンが不二子とつるむ気なら、しばらく俺はルパンと距離を置く考えだ。

 

「冗談きついぜぇ」

 

「冗談? 拙者も同じことを考えていた。女から仕事を請け負うのがそもそもの間違い。のみならず、つまらぬ見栄から与えた恩を仇で受け取る不甲斐無さ」

 

 さすがの五エ門でも頭にキちまってる。確かに今回の不二子はやり過ぎだし、ルパンもルパンでいつもなら不二子に振り回されたってここまで後手に回る様なヤツじゃねぇ。

 

 ルパンが処刑されたっていう話から、どうもコイツの調子が狂ってる。見るからにいつもの余裕がねぇ。

 

「所詮女は魔性のモノか?」

 

「拙者が赦せんのは、貴様の猥らな下心だっ」

 

「よしな。そればっかりは言ってもはじまらねぇや」

 

 売り言葉に買い言葉になっちまってる。朝からなにも食ってねぇからカリカリするのもわかるけどな。ルパンが女にだらしがねぇのは今に始まった事でもねぇし、いつもの事だ。それひっくるめてルパンだ。女にだらしがなくなったルパンはルパンじゃねぇ偽物を疑うね俺は。

 

 だからって今回の不二子の件は俺も黙ってるわけにはいかねぇが。

 

「そういう貴様はルパンのなんだ!? 真の友ならば、とうの昔に彼奴(こやつ)の悪癖を治してやれたはずっ」

 

「ヒステリックに喚くなこのキチガイっ」

 

 どうもカリカリしてんのは俺も同じだ。ったく、いつもならこうなる前にノワールが丸く収めてくれるんだがなぁ。アイツはその辺りの立ち回りがホントに上手い奴だ。

 

「…一度その帽子を刻んでみたかったっ」

 

「ん? なんだと…?」

 

「ハゲでも隠しているのかと気になってな…っ」

 

「おもしれぇ…、やるか!?」

 

 わかっちゃいるんだが、売られたケンカは買うのが俺たちの世界だ。

 

「いやぁ~、まいったまいった。いやぁ、俺が悪かったよぉ。改心する改心する~。もーう、不二子なんてポイだもんねぇ」

 

 一触即発だった空気に、ルパンがおちゃらけながらわって入ってきた。

 

「さぁ、機嫌直して行こうぜぇ」

 

 そう言って歩き出すルパンを、俺と五エ門は見つめる。本当にコイツが女を切る事が出来るわけがねぇとわかっているからだ。

 

「ここで飢え死にしたかねぇだろぉ!?」

 

 いつまでも動く様子のない俺たちに、少し強めの口調でルパンが言って来る。まぁ、腹が減っては戦は出来ねぇからな。とは言っても――。

 

「ルパン、どこへ行く気だ?」

 

「国境沿いに山越えすりゃあ、大西洋へ出るさぁ」

 

 確かに、追われている身としちゃ一回海に出て態勢を立て直すってのはアリだが。

 

「バカ野郎、何百キロあると思ってんだ!」

 

「指で一跨ぎよ。世界地図で見りゃな」

 

 そう言って歩き出すルパン。武器もないんじゃ襲われない様に山を抜けるってのも確かにわかるんだが。それを腹を空かせた状態でやらすか?

 

 とはいっても他にどうしようもねぇからルパンのあとについて行くしかない。

 

「……ノワールはどうする」

 

 互いに得物を抜きかけたからか、五エ門が控え目に用件だけを口にした。

 

「だとさパッパ」

 

「るせぇよ。まぁ、アイツの事だ。ここで雁首揃えてケンカしてる俺たちよりお利口さんだからな。心配要らねぇよ」

 

 腕はまだまだでも、困らない程度に育ててきたつもりだ。それに、案外不二子とよろしくやってるかもしれねぇ。不二子もなんだかんだアイツにはあまっちょろい所があるからなぁ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 深い微睡みから意識が上がってくる。

 

 知らない天井を見上げていた。

 

 そういえば、おれはクローンの自分と戦った後に気を失ったんだったか。

 

「お目覚めかな? ノワール君」

 

「…よぉ、とっちゃん坊や」

 

 その皺枯れた声を聞いて、おれは相手が誰なのか見るまでもなく正体を確信して身体を起き上がらせる。

 

「ノワール…!」

 

「不二子…」

 

 不二子が起き上がったおれに安堵した様に名前を呼んできた。

 

「感謝したまえよノワール君。不二子の懇願がなければ今頃君は出血多量で死んでいたところだよ」

 

 おれと、おれのクローンが戦ったのなら、居場所もバレていて当然だった。そして不二子に拘っているマモーが不二子を捕まえに来たんだろう。そんなマモーに取り入っておれを治療させる。まったく、本当に強かで魔性の女だ。そのお陰でこうして命拾い出来ている。

 

「なるほど。感謝するぜ不二子。それで、出来ればおれの服とマグナムを返してほしいんだが?」

 

 病院の患者服に身を包んでいる今のおれは丸腰だった。服はともかく、最悪マグナムは返して貰わないと困る。

 

 一挺は自分で買ってるものだから良いとして、一挺は次元に買って貰ったおれの命よりも大切な銃だ。

 

「君は自分の立場をよく考えたほうが良い。選ばれた人間として招かれた不二子とは違って君はおまけの様な物だ」

 

「へいへい」

 

 そう答えながらマグナムを預けておいた不二子に目配せすると、ウィンクで返してくれた。取り敢えずマグナムの心配はしなくて済みそうだ。

 

「しかし君は不思議だ。何故君のような凡俗でしかない存在が今まで生き残れたのか実に不思議でならないのだよ」

 

「そうは言われてもな。おれはおれの生きたいように生きてるだけだ」

 

 そうだ。今のおれは自由に生きている。それこそ前世の様に決まった時間に起きて、決まった時間に出社して、決まった時間に働いて、決まった時間に退社して、決まった時間に寝る様な時間に追われるような窮屈な生活に比べて実に自由な人生を送っている。

 

 代わりに命の危険があるし、人を撃つ仕事をするし、何もかもが命懸けなスリルな人生を送っている。でもそれが楽しいからこんな生活をしている。それこそ前世では味わえないようなヴァイオレンスでデンジャーな生活は、次元と出逢いから始まって、ルパンと付き合っているから送れる事が出来る人生だ。でなかったら今頃自分はその辺の道端でくたばっていただろう。

 

「そう。君は誰に強制されることもなく生きている。君の生まれを辿れば、君の両親も実に普通だ。自ら身を売り日銭を稼ぐどこにでも居る女と、そんな女を買うどこにでも居る男だ。君の命は決して祝福されて生まれて来た命でもない。ただ何となくで産み落とされた命である君が、ルパンと行動を共にしてどうして無事でいられるのか。君は私の計算をいつも上回る。君の精巧なクローンを作ろうとも、君の様にはいかない。今の君のクローンは良くやっている様だが、それでも君に振り回されっぱなしだ。だから私は君の能力には現れない内面に興味を持ったのだよ」

 

「それで? 答えは出たのかよ」

 

 おれはマモーにそう言い放つ。マモーは確か頭の中を覗き見れる機械を持っていたはずだ。

 

「…残念ながら君の思考形態は私でも読み取る事が出来なかった」

 

「なるほど」

 

 寝ている合間に頭の中を見ようとしたらしいが、それは叶わなかったようだ。正直内心ホッとしている。もしおれに前世という物があって、『ルパン三世』という物語を知っていると知られたら色々と面倒だったからだ。

 

 人間は記憶という物を忘れる存在ではない。ただ思い出せないだけで覚えている物なのだ。もしそう言った事を全て読み取られてしまっていたら、おれでも思い出せない情報まで知られてしまう可能性すらあった。

 

「君の思考パターンの再現は完璧だ。君という存在が、ルパンという世界最高の泥棒の周囲に現れてから、私は君を監視し続けていた。それを基にすれば統計学的に君の思考パターンを計算する事は実に容易な事だ。それこそ君は普段凡人的な思考で動くことが多い。だが何故か、ルパンが絡みだすと君は突拍子もない行動をし始める。そしてルパンを出し抜き、その結果を得ている。トリックスターとでも言うべきか、ルパンが絡んだ時の君は私の計算を外れ、予想も出来ない結果を出す。こればかりはクローンにも持たせられない物だった。私の作るクローンは完璧だ。しかし何故そうした思考が出てくるのか、それを私は知りたいのだよ」

 

「なるほど。とはいっても、それこそおれはやりたいようにやってるだけだ」

 

 おれと、おれのクローンの違いは、前世の有無だ。

 

 前世の記憶があるから、ルパンの邪魔にならない程度に好き勝手に遊んでる。突拍子もない行動ってのはおそらくそう言った時の動きなんだろう。

 

 デカい山ならおれの覚えてる範囲の知識を使える事は多い。そうでないときはルパンならこうするだろうと考えて行動する事を遊びにして楽しんでいる。時として次元の手が離せない時は次元の代わりにルパンと仕事をする事もある。それくらい出来なきゃルパン一家とつるんでいられない。

 

「そして、君はクローンの秘密を知っている。更には私の正体までもだ。この世界で誰もが知らぬはずの、神たる私の正体をだ。君を消すことは簡単だが、その答えを知ってからでも事は遅くはないと思わんかね?」

 

「そう簡単に教えるとでも?」

 

「教えるだろうさ。いや、教えざる得ないだろう。君の首に巻かれている首輪には仕掛けがしてあってね。君を生かすも殺すも、私の気分次第だ」

 

 そう言われて気付いた首の違和感。確かに首輪が巻かれていた。まったく、どいつもこいつも人を犬扱いしやがって。

 

「舐めるなよ。おれに首輪を嵌める事の出来る人間はこの世でただひとりだけだ」

 

「しかし今の君は私の思うがままだ」

 

 パチンッ

 

 そうマモーが指を鳴らすと、首から強烈な電流が身体に流れてくる。

 

「ぐぉっ、がぁぁぁああああっ」

 

「マモー!?」

 

「どうだねノワール君。君の立場が理解できたかな?」

 

 喉を刺し貫かれる程の痛み。脊髄を掻き乱す痛みに呻き声を漏らす。さすがに拷問に対する訓練はやってないからこれは身に堪える。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、っ、はぁ、はぁ、っぐ、ぅっ」

 

 床に転がりながらも、おれはマモーを睨みつける。それは意思表示だ。こんな風にされても、意地でも口を割ってやるもんかという意思表示だ。

 

「なるほど。君の様な子供であれば直ぐにでも口を割ると思っていたのだが。少し君を見縊り過ぎていた様だ」

 

「やめてマモー! ノワールは私のペットなのだから勝手に手を出したりしないでちょうだい」

 

 そうマモーに言う不二子。いつからおれはペット扱いになり下がったんだんだよ。

 

「不二子、これは必要な事なのだよ。見たまえ彼の眼を。痛みには屈しないという意志を込めた目だ。その様な彼を放って置けば牙を剥いて襲って来るだろう」

 

「まさか。彼だって命は惜しいはずよ」

 

 不二子がおれに歩み寄って来ると、身体を抱きかかえてくれた。

 

「さぁノワール。隠していることがあるなら素直に言ってちょうだい」

 

 そうは言われても、こればっかりは言うわけにもいかないだろう。それこそ前世の記憶があります程度なら問題ないかもしれないが、『ルパン三世』という物語については一切話すつもりはない。

 

 マモーの正体を知っている理由に関しては後者に関わて来る問題だ。さて、どうしたもんか。

 

「別に隠しているわけじゃないさ。おれは知ってることしか知らない。マモーの正体も、知っているから知っているとしか言いようがない」

 

「私は言葉遊びをする気はないのだよ、ノワール君」

 

 とはいえ、不二子が近くに居るからだろう。電撃は来なかった。ここで不二子を盾に取る様な事をするとマモーを下手に刺激する事になるだろう。

 

 正直言って今のおれに出来る事はないし。かと言って秘密を話す気はない。この首輪の所為で取れる選択肢が大幅に制限されている。こんな風に制限を設けられるのは好きじゃないな。

 

 金属製だから普通には外れなさそうだし、外すとしたら五エ門先生に斬って貰うしかないだろう。

 

「まぁ良い。君が如何に私の秘密を知っていようとも、その首輪がある限りどうする事も出来んのだからな」

 

 確かにあの電撃を受けたら銃を撃つどころの話じゃないのは確かだ。それを認めて悔しがるように顔を歪めて俯く。でも口の端は笑うのを堪えるので必死だ。

 

 確かに今は何もできない。それでもルパンたちがくれば逆転サヨナラホームランをかましてやる。その時はこのおれに首輪を着けたことを後悔させてやる。

 

 でもどうするか。ルパンたち不二子の件でケンカしたような。でもなんだかんだでパッパももんごえ先生もルパンが心配で来てくれるとは思うから、多分、きっと、おそらく。それが世界の定めだし?

 

 どうしても来なかったら仕方がないけど、ルパンとコンビで何とかしよう。ルパンが居れば取り敢えず何とかなるだろうし、パッパの代わりをする程度の事は取り敢えず出来るとも。ただ出来る事ならルパン一家勢ぞろいしてくれると負ける気がしないのは確かだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ルパンたちを精神的にも、肉体的にも追い詰め、打ち捨てられた小屋で安息のひと時を得たタイミングで合流し、ルパンを連れてくる作戦。

 

 オリジナルの自分に程よくボコボコに殴られたせいで、捕まってなんとか逃げて来たノワールを演出で来た。これもオリジナルの計算の内に思えて癪に障るが。

 

「どうしたんだよおい、このキズは?」

 

 地面に倒れているおれを起こして、尋ねてくるルパン。オリジナルにやられた傷は相当身に堪える物だった。特に胸に対する一撃は肋骨の何本かにヒビが入っていそうな程の激痛を今でも感じる程だった。

 

「わりぃ、ドジっちまった。おれだけ、逃げて…。不二子を、助けてくれっ」

 

「不二子も奴らに捕まってるのか? 奴らは何者(なにもん)だ?」

 

「わからない。でも、ルパンたちを追ってたのはフリンチって男だ。っぐ、早くしないと、不二子が…っ」

 

 演技でもない痛みに呻きながら、不二子が危険であると言って、ルパンの協力を得る様に運ぶ。

 

「わかった。しばらく安静にしてろ」

 

「すまねぇ…」

 

 地面に横たわらせられながら、耳ではルパンや次元大介、石川五エ門の会話を聞き逃さない様に意識を向ける。

 

「おいルパン。まさか不二子を助けに行くだとか言い出さねぇだろうな?」

 

「いやまぁ、そうは言ってもさぁ…」

 

「我々にされた仕打ちを忘れたとは言わせんぞ。ノワールには気の毒だが、返答次第では覚悟はあるっ」

 

 どうやら峰不二子の事でルパンたちは仲違いをしているらしい。そうまでしてあの女の方を持つ理由がおれにはわからない。いったいあんな人を平気で裏切る女の何処が良いというのだろうか。

 

「あのなぁ? 大人げないぜ、女くれぇの事で」

 

「本気なんだぞ?」

 

「けどさぁ……」

 

 気まずいというか、女一人の為に馬鹿馬鹿しいしいというか。いや、それでこそルパンだと言ってしまえばそれまでだ。女の為には命を懸けてしまう。この男はそういう男だ。それでも峰不二子に対しては並々ならない想いを向けているのだから簡単には切る事は出来ないだろう。

 

「くっ…」

 

 五エ門が刀を抜こうとする。その表情は俯いていて読み取れず。

 

「長い付き合いだったな。最早二度と会うこともあるまいっ」

 

 そう言い捨てて、五エ門は歩き去って行く。

 

「ルパン、わかったろう? 呼び戻すんなら今のうちだぞ…。聞こえねぇのか!?」

 

 次元も裏切り者の女を選ぶルパンに対して思う所がある様子だ。その声は険しい物だった。

 

「聞こえてるよぉっ」

 

「ルパン…!」

 

「お前らの口うるさいのになぁ、飽き飽きしてた所なんだよっ。行けよお前も、行っちゃえよぉ」

 

 手で追い払いながら言葉を発するルパン。だが次元は動かない。

 

「行けってんだよっ」

 

「キサマッ…。こんのォ…っっ」

 

 態々近づいて大声を出すルパンに対して、次元が掴みかかった。それでも殴らずに、ただ次元はルパンから手を離した。

 

「…ノワール。おめぇも不二子に着く気か?」

 

「不二子を、助けたいからな…」

 

「けッ。なら、好きにしな」

 

 そう言って、次元も去って行った。

 

 ひとりになってしまったルパン。これでルパンを連れて行き易くなった。

 

 ルパンに担がれて小屋に入ったおれは横になっているように言われたが、我慢していれば動けるし。薬を盛ってルパンを連れて行かないとならない。

 

 無味無臭の強力な睡眠薬だが、水に居れるとバレそうだから食べ物に入れたいんだが。だから代わりに夕食を作ってやろうかと思ったものの、思った以上にダメージが残っている。

 

 結果、夕食はルパンが作ってくれた。

 

「なぁ、ルパン」

 

「んお? なんだ、食わねぇのか?」

 

「良かったのか?」

 

 どうにかスキを作れないかと思って声を掛ける。ちなみに飯は食いたくても身体が痛くて食えない。

 

「べつにぃ~。最悪、お前が居りゃあなんとかなんだろ」

 

 そう言うルパンの言葉に、嬉しさが込み上げてくる。もう二度と、ルパンにそう言って貰えないだろうと思っていたからだ。

 

「おい、どうしたよおい? どっか痛ぇのか?」

 

「え?」

 

 気づけば自分が涙を流していた事に気付いた。おれの知ってるルパンは死んだ。ここに居るルパンの方が本物であることをおれは知っている。死んだルパンの方が偽物(クローン)だ。

 

 でも、おれにとってのルパン三世(ほんもの)偽物(クローン)の方だった。

 

 わかっちゃいるんだ。偽物(クローン)はどうやっても本物にはなれない。だからおれの知ってるルパンは捕まったし、処刑もされた。

 

 クスリが無ければ生きていけないおれにとって、自由は死と同じだ。それを盗めってオリジナルのおれは言った。

 

 自分の自由を盗め。――マモーの本拠地に乗り込んで、クスリのデータを盗む。その為にはルパンの力が必要になる。

 

 その為に、もう一度、ルパンと仕事(ぬすみ)が出来る。それが嬉しかったんだ。

 

 なのにルパンを安全に連れていく為にはこれからルパンにクスリを盛らないとならない。それが悔しい。ルパンを騙さないとならない自分の立場が。

 

 嬉しさと悔しさがごちゃ混ぜになって、いつの間にか泣いてたんだ。

 

 それでもお陰でルパンの視線は手元から逸れた。

 

「悪いルパン。おれの分も食べてくれ」

 

 クスリを入れた飯をルパンに食べてくれるように言う。それくらいの事ならおれにでも出来る。おれの知ってるルパンから教えられた技だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜になった荒野を歩く。

 

「ノワールの偽物を用意してまで、何を考えてるつもりだ」

 

 相手の出方を見る為に、俺は敢えてルパンとケンカ別れした様に見せつけて去った。

 

 いや、五エ門のアレはガチだったな。あいつもまだまだ修行が足りねぇな。

 

 先ずアイツが偽物だってわかったのは、身体だった。僅かに左肩が傾いていた。そしてジャケットの左側が浮いていた。

 

 普段そこにアイツは武器を隠し持たない。何故ならアイツはおれと同じようにマグナムを後ろ腰に差しているからだ。ホルスターごと差してベルトで括ってるアイツと、抜き身で差してる俺の違いはあるが、定位置は同じだ。

 

 それだけじゃない。あの偽物からはガンマン特有の気配を感じない。アイツは未熟でもガンマンとして命を懸けている人間の目をしている。だがあの偽物の目にそれはなかった。

 

 それだけであのノワールが偽物だとわかる。変装にしちゃルパンも五エ門も気づけない程のものなんだろう。

 

 だが俺はアイツのと付き合いの年季が違う。だから気付けたとも言える。

 

 その狙いを探る為に一端ルパンと距離を置いてみたわけだが。

 

「ビンゴだな」

 

 セスナのエンジン音が小屋の方から聞こえてくる。俺たちの乗ってたミニクーパーを爆撃して行ったやつと同型の音だ。

 

 ノワールが子供だから、不二子を使うよりも俺たちの警戒心が薄れると思われたのか。いずれにしろ、最悪不二子じゃなくてノワールがとっ捕まっている可能性が出て来た。アイツがそういうヘマをするのは珍しいな。

 

 飛び立ち始めていたセスナに向かってマグナムを撃つ。エンジンに当てればとも思ったが、頭上を過ぎて行くセスナのタイヤを撃ち抜く程度の事しかできなかった。

 

「くそぉ…」

 

 これじゃルパンを追えねぇと思っていたところに、紙がひらひらと落ちて来た。

 

「なんだありゃ?」

 

 落ちて来た紙を拾い上げる。そこにはアイツの字でカリブと書かれていた。

 

 なんで居ないはずのアイツの字の書いてある紙が降ってくるのかわからないが、カリブという事ならカリブ海という事なんだろう。

 

 相変わらずアイツは俺たちを先回りするのが得意なヤツだ。

 

 となれば五エ門を探すか。あいつもノワールが掴まってるとありゃ手を貸してくれるだろう。アイツは五エ門にも弟子入りしてる身だしな。

 

 俺たちみんなしてなんだかんだアイツには甘いし弱い。まったく、とんでもねぇガキだぜ。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と銭形参戦

スランプから抜け出せてはいませんが。複製人間がせっかく放送されたので書き上げました。モンキー・パンチ先生の訃報に驚き以外にはありません。


 

 マモーに首輪をされたおれは鳥籠の様な牢に入れられて宙づりになっていた。

 

 正直言って今はお手上げだ。銃もないし、鍵を開けようにもそう言った道具も全部取り上げられている。

 

 趣味の悪い首輪のお陰で寝付けないし、まいったもんだと思っていると、ルパンが大柄の男に担がれてやって来た。

 

「ルパン…っ」

 

 天井から別の牢が現れて、その中に放り投げられるルパン。そして牢は天井に登って来る。

 

「おいルパン! ルパンってばっ」

 

 呼びかけても返事はなく、ぐっすりと眠っている。確か不二子にクスリを盛られて眠った所を攫われるはずだった。でも時間的にそれは不可能だろう。ついさっきまで不二子はおれと一緒に居たのだから。

 

 とにかくルパンが無事そうならそれで構わない。どうにかして脱出するんだろうし。その時にご同伴に預かろう。

 

 そのまま待ち続けて夜中の零時を回った頃。

 

「ぅぅぅ、がおーーーっ! ぎゃおぎゃおっぎゃおーっ、にゃーお、がうぅぅぅっっ」

 

 急にルパンが騒ぎ始めた。見張りの男が慌てて起きると、騒いでいたのがウソの様に静かになったルパン。

 

 なにがあったのか調べる為に、ルパンの入れられている牢が下がって行く。

 

 そして中を確認する為に、見張りの男が鍵を開けて牢の中に入ってルパンの頬を叩いたりするものの、無反応なルパンに気のせいかと思ったのだろう。背中を向けて出て行こうとする見張りの男の背後に音もなくピタリと着いて行くルパン。そして鍵を閉める時に振り向けば、そこにはルパンが居ない。どこへ行ったと探す前にルパンは見張りの男の尻を蹴って牢の中に無理やり入れると、鍵を掛けてしまう。

 

「にょほほほほ。最も原始的な手に引っかかりやがって」

 

「ルパーンっ」

 

 笑ってるルパンに声を掛ける。

 

「あれま子犬ちゃん。そんなとこで何してんの?」

 

「みりゃわかるだろ! 捕まってるんだから助けてよっ」

 

「ほーん。まぁ、そりゃ大変だわなぁ」

 

 壁際にあるボタンをルパンが押すと、おれの入る牢が下に降りてくる。

 

「んで? 不二子の居場所はわかってんのか?」

 

「取り敢えずって所だけど」

 

 なにしろこの場所の全容をおれはまだ把握できていない。首輪をされてる上に、常時見張り付き。此処に来たのもつい数時間前だ。

 

 不二子が今どこに居るのかはわからないが、何処へ来るのかはわかっている。島の中央にある塔だ。

 

 此処からは少し離れている。とは言っても見張りに見つからなければルパンなら楽勝で辿り着けるだろう。

 

「お前にしちゃあ随分弱気じゃねぇか。いったい何があったんだ?」

 

「んなこたぁあとで説明出来るから早くここから出してよ! 脱け出したのバレるよ?」

 

 見張りの男が騒いでいる。騒ぎを聞きつけられるのも時間の問題だ。

 

「んま、しゃあねぇか。取り敢えずここを出ましょ」

 

 ルパンが鍵を開けてくれたことで牢の外に出る。

 

「それで? ルパンともあろうものがどうやってとっ捕まったんだ?」

 

 部屋を出ながら話題を振る。このマモーの島に居る間にルパンに何が起こったのかを知る為だった。

 

「なぁに。チョイっとな」

 

「あ、教える気ないな」

 

「まぁ、それは置いておいて、不二子ちゃんの居場所を突き止めにゃあね」

 

「ま、それもそうだけどさ」

 

 ルパンの返事で聞き出すことを断念し、取り敢えず不二子の居場所を探す為に島の中央に見える塔に向かう事にする。

 

 ただ気になる事があった。何故かルパンから壁の様な物を感じるのだ。傍から見ていればそんな事は無いように思えるだろう普通の会話に聞こえるだろう。だが、どうにもいつもと違うのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ノワールがなにかをメシに仕込んでいたのはわかっていたものの、不二子ちゃんがヤバいというのなら見えている罠でも敢えて引っ掛かってやるのが俺さまってわけよ。

 

 だからそんなことをまるで無かった様に普段通りのノワールを前にして違和感を覚えた。

 

 ボロボロだったノワールと、今隣に居るノワール。

 

 両者の違いは隣のノワールが俺たちが何時も傍に置いている子犬ちゃんだって事だ。

 

 あのボロボロだったノワールも確かにノワールだ。

 

 ガンマンである時の言葉使いをしている時の。だが、それがある意味演技をしている姿なのを知ってる。普段のアイツは、俺たちの前だけでは普通の子供の様に砕けた言葉使いをする。

 

 もちろんそれだけじゃない。ただ、言葉で言い表せない部分で今隣に居るノワールが本物で、あのボロボロだったノワールが偽物だと直感が告げてくる。

 

 まぁ、天下のルパン三世さまが偽物に騙されてとっ捕まったなんて言えるわけがない。子供の夢は奪わないのが俺さまのポリシーだしな。

 

 にしても。処刑された本物らしい俺に加えて、本物としか思えなかったノワールの偽物。

 

 いったい何がどうなっちまってるのかわからねぇことばっかりだ。

 

「おわっ。なにす――」

 

「しーッ」

 

 いきなりネクタイを掴まれて物影に引っ張られて抗議しようとすると、唇に人指し指を当てられて口を紡がされる。

 

 そして親指を向けながらなにかを指し示すノワール。見ればその先には俺を見張っていた頭の悪そうな大男が辺りを見回しながら歩いていた。

 

 檻から出されたにしては俺たちを探して慌てている様子がない。まるで警備員の様に異常がないか見回っている様にしか見えない。

 

「あ、やべっ」

 

「へ?」

 

 物陰に隠れて様子を見ていたところに、立てかけてあったスコップにぶつかってしまい、そのままスコップは倒れ、静かすぎる周囲にけたたましい物音を立てる。当然こっちも隠れていたのがバレる。

 

「ちょ、何してんの!?」

 

「しゃーねぇだろ! うわぁっ!?」

 

 ノワールに言い返して目の前を通り過ぎた棍棒を避ける。

 

 そのまま見張りの男との鬼ごっこが始まった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 見張りの男に見つかって始まった鬼ごっこ。とにかく逃げるのを優先したことでノワールはルパンとははぐれてしまう。

 

 それはまだ良い。なかよしこよしで逃げ回っても目立ってしまう。ルパンの逃げ足の速さは語るまでもない。自分も逃走術は次元から叩き込まれているからひとりでならどうとでもなる。

 

 しかしどうにも落ち着かない。取り敢えず不二子を探すのは決まりだとして、他に方針が思いつかない。

 

 ルパンを追ってやって来るだろう次元と五エ門と合流するのも手である。なにしろ今の自分は武器を持っていない。

 

 となれば、移動先は船着き場か。まさか飛行機なんて目立つもので来るわけがないだろう。

 

 善は急げ。少なくとも夜が明ければこの島には米軍による空爆が始まるはずだ。確かそうだったはずだ。

 

 その辺りのハッキリとした記憶がないのは辛いところだ。ハッキリ覚えてるのはクライマックスの辺りだからなぁ。いや、この島が爆撃を受けることを覚えているだけでも良しとしよう。

 

 監視カメラを気にしながら一路船着き場を目指して行動を開始する。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ノワールと離れ離れに逃げ回ったあと、不二子の依頼人であるマモーと出会う。いったいなにを考えているのかわからないとっちゃん坊やから賢者の石を取り返す為に行動を始める。盗んだ品物を取られたままじゃ、ルパンの名が廃るってもんさ。

 

 ナポレオンやちょび髭伍長が生きているわけがない。その謎を調べるために心臓部に忍び込めば案の定中は機械仕掛け。つまりあの遺人たちの謎も何かあるはずだ。

 

 そこで見つけた瓶詰めの赤ん坊を見つければそのトリックもわかってきた。ただ問題はマモーがなにをしようとしているのかが見えてこない。

 

「ルパン!」

 

「よう。不二子の居場所は見つかったか?」

 

「ああ。だが不二子は向こう側の人間だぞ? 助け出してどうする」

 

 現れて、俺の問いにそう答えたノワール。声も身体つきも本人そのものだ。疑って掛からないと偽物と見極めるのは難しい。

 

「冷てぇなぁ。お前さんだって普段は不二子ちゃんに甘やかしてもらってるのによぉ」

 

「それとこれとは話が別だろう」

 

 やれやれといった様子で肩を竦めるノワール。まるで次元みたいな仕草だ。ただ、俺の知ってるノワールがする仕草じゃないのは確かだ。

 

 なんだかんだでノワールは不二子ちゃんとも仲が良いから、危ないときは助けに向かうヤツだからだ。自分が気を許すのはパッパだけだぁってカッコつけてても不二子ちゃんに弱いのは俺とおんなじなんだからあのワンちゃんめ。

 

 だからってわけじゃないが。目の前のノワールは偽物なんだが、ただの偽物じゃないんだろう。そう思えるのは、あの遺人たちや瓶詰めの赤ん坊を見たからだろう。

 

 少しずつ謎が解けてきた。

 

「なぁ、ノワール」

 

「ん? なんだよルパン」

 

「…いや、なんでもねぇよ。取り敢えずだ。取られた物は取り返さにゃあな」

 

「賢者の石か?」

 

「ま、それだけじゃねぇけどもな」

 

 賢者の石もそうだし、不二子ちゃんにしてもそうだし。でもそれだけじゃない。俺からルパン三世という物を盗ろうとしたんだ。落とし前はきっちり着けねぇとな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 海岸に出て船着き場を探して歩いていく中で出会いたくない背中を見付けてしまった。

 

「んげっ。とっつぁん」

 

「ん? ああっ、貴様ノワール! ここで会ったが百年目! 素直にお縄につけ!!」

 

「そいつは聞けねぇぜとっつぁん!」

 

 とっつぁんに見つかったのは想定外だ。ともかく早くとっつぁんから逃げないとならない。 

 

「おのれ逃がすか! そぉれぃっ」

 

 とっつぁんが掛け声と一緒に何かを投げる音が耳に届いた。

 

「うわっ!?」

 

 そして右足首に何かが引っ掛かって踏み出そうとした足がもつれて転んでしまう。見てみればものの見事に手錠が足首に引っ掛かっていた。

 

「げぇっはっはっは!! さぁ、ルパンたちはどこだ。素直に吐いた方が身のためだぞ」

 

「とっつぁん、それ思いっきり悪役のセリフだぜ? しかもおれ一応未成年なのにいきなり輪っぱは不味いと思うんだけど?」

 

 まぁ、それでどうにかなるのなら最初から輪っぱは飛んでこないだろう。というか、さすがとっつぁん。輪っぱ投げさせたら天下一品のデカだけある。

 

「じゃかしい! お前さんだって国際手配されてる立派な極悪人なんだよ。それより次元と五エ門が来てるんだ。ルパンだってこの島に居るんだろ?」

 

「まぁ、居るには居るけど。悪いことは言わないからさとっつぁん。逃げた方がいいよ?」

 

 確か爆撃に巻き込まれてボロボロになるはずだと思い出す。

 

「時間を稼ごうたってそうはいかんぞ」

 

「親切心で言ってるのになぁ」

 

 後ろ手に輪っぱを嵌められて、その輪っぱはロープで繋がっている。右足の輪っぱもそのままで2本のロープがとっつぁんの手の内だ。

 

 さすがにとっつぁんの見てる前で逃げるのは無理だ。となると、どうにかして五エ門と合流して手錠と首輪を外して貰わなければならない。

 

「それよりさとっつぁん。ここが何処だか知ってる?」

 

「んなもん知らんわい。ルパンあるところにこの銭形アリ! たとえお前たちが何処で悪さをしてようが俺には関係ないわ」

 

「じゃあ面白いことを教えとくよ。ここは世界一の億万長者、ハワード・ロックウッドの島さ」

 

「なぁるほど。いかにもお前たちが食いつきそうな獲物がありそうだな」

 

「タンマタンマ。結論は早いぜとっつぁん」

 

「なに?」

 

 結論を出そうとするとっつぁんを宥め、続きを話す。

 

「おれたちがここに居るのは盗みに来たわけじゃない。そもそも本当のワルはハワード・ロックウッドだ。今回の中国、ルーマニア、エジプトの仕事は不二子を経由してハワード・ロックウッドが出したものだ。ヤツはソ連の書記長とアメリカ大統領相手に、生物学・細胞学のありとあらゆる成果と共にルパンが盗んだ品物を要求した。要求が果たされない場合、核攻撃するという脅しを掛けてな」

 

「な、なにを言い出すかと思えば。そんなデタラメで騙そうたってそうはいかんぞ!」

 

 核攻撃という言葉を聞いて動揺するとっつぁん。それでもさすがにスケールがぶっ飛び過ぎていて信じられないのは仕方がない。

 

「ハワード・ロックウッドがホークの件に絡んでるかもしれないとしてもか?」

 

「なんだと?」

 

 とっつぁんの気配が変わった。

 

「ハワード・ロックウッドは世を忍ぶ仮の名前で、本当の名前はマモーって言うんだが、マモーはコピー人間製造法を使ってルパンのコピーを作り出した。そのコピーはとっつぁんの知っての通り処刑された」

 

「待て待て待て。ルパンのコピーだと? 確かにあの死体はルパンだった。そいつは断言できる」

 

「だからさ。ルパンそっくりの偽物じゃない。ルパンそのものを複製したもう一人のルパンだったのさ。だからとっつぁんも本物だと思うし、鑑定士も本物だと判断するしかないのさ」

 

 クローンという言葉さえ近年知られ始めたばかりだ。本物なのに本物じゃないという概念を説明するのは難しい。

 

「ともかく。その技術があれば死んだ人間も甦らせる事も可能だってことさ」

 

「死んだ人間……。ホークの事か?」

 

「確証はないけどな。ともかく相手は自分の思い通りにならなけりゃ核ミサイルで攻撃するなんていうヤバいヤツだってのは理解してくれ。その上で取り引きしないかとっつぁん」

 

「なに? 取り引きだと?」

 

「核ミサイルで世界を核の炎に包もうなんてヤバいヤツを捕まえる方が優先順位が上だってのはわかるだろ? だからこの件が片付くまで一時休戦ってのはどう?」

 

「ふん。今の情報を喋った代わりに見逃せって事か?」

 

「邪魔をしないでくれるだけで良いかなぁなんて」

 

 とっつぁんの行動力は未知数だからね。出来れば邪魔をされない方がいい。ていうかそれだけで良い。

 

「ぐぅぅぅぬぬぬ。確かにお前の言葉通りならそれも已む無しだが。証拠がないだろ証拠が」

 

 とはいえ相手の危険度は理解してくれたようだ。こちらの言葉を考慮するくらいだ。

 

「まぁまぁ。取り敢えず証拠は探すっきゃないでしょ」

 

 さすがに現状でとっつぁんを納得させられる証拠はない。核ミサイルにしたってコロンビアの遺跡の方だ。だがそれでもクローンに関する情報くらいはあるはずだ。不二子に絶滅した蝶をクローニングして見せた事からもその手の技術研究所がここにあるのは確実だ。

 

 早くしないと米軍の空爆も始まる。

 

「時間もないから早くした方が良いよとっつぁん」

 

「ぐむむむむ。仕方がない。しかし盗人の手助けはせんぞ。事が済み次第必ずお前たちを逮捕するぞ」

 

「上出来だ。世界が滅んじゃ盗みも鬼ごっこも出来やしないからな」

 

 強力な助っ人を得た。とっつぁんが居るルパン一家は負ける気がしないね。

 

「て、ちょっと。手錠外してよとっつぁん」

 

「ルパンと同じで油断もスキもないからな。証拠が見つかるまで手錠はそのままだ」

 

「そりゃないぜとっつぁ~ん」

 

 取り敢えず何処かで隙を見て手錠を外す事から考えよう。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と夢と脱出

久し振りでもてんで進まなくて申し訳ない。

そして次回はあっさり終わると思う。


 

「なあ、とっつぁん。逃げないから手錠外してくんない? いやワリとマジで」

 

 逃げられないように長い紐が付いた手錠が足に繋がっている(その紐はとっつぁんが握る手錠の片割れに繋がっている)のはともかく、手錠で塞がっている両手は如何ともし難い。これでは咄嗟に出来ることが限られてしまう。

 

「騙されはせんぞ? そうしてこの俺から逃げ仰せようと言うのだろうが、両足を一応は自由にさせている事の方こそ感謝してもらいたいな」

 

「けどさぁ」

 

 まあ最悪の場合は親指の関節を外せば手錠抜けは出来るものの、痛いから出来れば遠慮したい方法だった。

 

「やべっ、とっつぁん隠れろ」

 

「な、なんだァっ!?」

 

 とっつぁんにタックルを食らわせて茂みの中に隠れる。頭悪そうな人相の団体客が駆けていった。こりゃ余りゆっくりもしていられない。

 

「何故隠れる必要がある」

 

「家宅捜査の書類があっても、警察手帳を見せてもメモ帳程度の役にすらたたねえのさ、この島じゃね」

 

 それこそ一人の警察官程度、マモーなら簡単に消すことが出来る。確かにとっつぁんは不死身に近い程頑丈だったりするものの決して無敵の存在じゃない。銃で撃たれれば死にかける事すらする。――それにしたら空爆の爆弾が降り注ぐ最中に居ても生きてる辺り不死身かなこの人は。

 

 でもとっつぁんを不死身の研究対象にしても多分ムダだろう。信念と執念があの不死身加減を作っていそうでコワい。昭和一桁の叩き上げデカだもん。普通に精神力で物理ねじ曲げてたりしてそう。そら個人でルパン一家の総合力上回れますよ。

 

 しかしこうも警備が厳重になっているとくればルパンはマモーから賢者の石を取り戻したんだろう。

 

 つまり何時アメリカ空軍の爆撃がこの島を襲うかわかったもんじゃない。

 

「時間がない。急ぐぞとっつぁん」

 

「あ、おいコラまて! いったいどういうことか説明せんか!」

 

「直にこの島が消されるって事さ」

 

 急ぎ足にマモーの根城に向かう。島の中央に聳える塔へ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ルパンがマモーから賢者の石を奪い返した。その序でとばかりに研究者達から自分を縛る薬の製法を手に入れられた。

 

 なんとも呆気なさ過ぎて現実味が追いつかない。

 

 今は追手をまく為にルパンと走っていた。

 

「おいルパン、この後どうする気だ?」

 

「どうするもこうするも決まってら。不二子ちゃんを助け出して逃げるんだよ」

 

「そうだな。でもどうやってだ」

 

「そいつはこれから考えるさ。なにより先ずは不二子を見つけなきゃな」

 

 不二子を助け出してくれと誘い文句とは言え頼んでしまった手前、ルパンの手伝いをしないわけにもいかない。

 

「取り敢えず地上に出よう。下は迷路みたいで自分が何処に居るのか判りゃしねぇ」

 

「オーケー。そいつはごもっともだ」

 

 ルパンの言葉に頷く。おれ自身のやることは既に終わっている。本当はとっととズラかりたいんだが仕方がない。

 

 地上への出口を出て地下から抜けると間抜けそうなゴリラみたいな男たちが辺りをキョロキョロと警備していた。

 

「外は見張りばっかか…」

 

「どうすんだよルパン」

 

「どーすっかなぁ…」

 

 出口の階段の影から外を盗み見るが、外に出れば一発でバレて鬼ごっこの始まりだ。

 

「んあ?」

 

「あらまぁ…」

 

 階段の中に一度戻ると、ルパンととっつぁんがお見合いになる。

 

 本物のおれがとっつぁんに手錠を掛けられていた。ざまぁないぜ。

 

「キサマルパン!!」

 

「ちょい待ちとっつぁん、しーッ、しーッてば!」

 

「もがもがもが!!」

 

 慌ててとっつぁんを押さえるオリジナル。ルパンがおれとオリジナルを交互に見やる。

 

「へぇ。実際並んでみると見分けつかねぇもんだなこりゃ」

 

「ルパン…コイツは」

 

「ルパン、不二子はこの塔の真上だ。上に登るエレベーターがあるはずだ。それか外の階段って手もあるが」

 

「さすがワンコちゃん。下調べばーっちりね」

 

「ま、これくらいはな」

 

 ルパンに対して不二子の居所を教えるオリジナル。その不敵な視線がおれに突き刺さる。

 

 とっつぁんに捕まってていったいどうやってそれ程の情報を調べ上げたのか。

 

「しっかし外は警備が厳重でムリだな」

 

「となると、中のエレベーターか。場所の目星はついてるけど、どうする」

 

「そりゃ、行くっきゃねぇだろ? 不二子を取り戻してとっととこの島からオサラバよ」

 

「よし来た。早くしないと米軍の攻撃も始まる。その前に脱出だ」

 

「米軍? どういうことだよ?」

 

「とっちゃん坊やが調子こいて大統領を敵に回したからだよ。直にこの島は消されるのさ」

 

 そんな情報まで何処で仕入れて来るのか。おれも初耳の情報だ。なのにオリジナルの言葉には一点の淀みもない。つまりは確かな情報というわけだ。

 

 いったいなんなんだ。おれとオリジナル、何が違うってんだ。

 

「ぶはぁ!! コラ、勝手に話を進めるな! それとルパン、神妙にお縄につけぇい!」

 

「だからとっつぁんそれどころじゃねぇってのよ。早く逃げねぇと命が危ねぇのよ?」

 

「キサマを捕まえてこの場を去れば済む事だ。さぁ逮捕だルパン!」

 

「だからこの島から出るまで休戦つったでしょうがとっつぁん!」

 

「それはキサマとだけの取り引きだ。ルパンは関係がない」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないんだってば!」

 

 とっつぁんがルパンを捕まえようとしてオリジナルと言い争っている。……あんま騒がしいと知らんぞ。

 

「ちょいとお二人さん、あんま騒がしくすっとさぁ」

 

「……手遅れらしいぜ、ルパン」

 

「ほにゃ?」

 

 階段から見張りの男達が続々と入ってくる。とっつぁんの声がデカいんだよクソ。

 

「やべ、にげろぉ~!!」

 

「ちょ、ルパン待ってコレ外して! わひゃあ!?」

 

「待て待て待て! 俺は警視庁の銭形だ!! おわっち!!」

 

「だぁから、警察手帳見せても無意味だっつたでしょ!!」

 

「ええい! 公務執行妨害でキサマら全員逮捕だ!!」

 

「言ってる場合か! ひやあああ!?」

 

 手に持つ斧や棍棒を振り回す男達の攻撃を避けるオリジナル。

 

 とっつぁんは男達に警察手帳を見せたらしいが、お構い無く男達は襲ってくる。

 

「っし、切れた!」

 

 振り下ろされた斧を利用してオリジナルはとっつぁんと繋がっていた足の紐を切る事に成功したらしい。

 

「ああっ、ノワール! キサマ逃げる気か!?」

 

「こんな状況でんなこと言ってられるか! 死ぬわ!!」

 

 自由になったオリジナルは手錠を首の襟の裏から取り出しだ針金で外すと、そのままルパンの首根っこを掴んでダストシュートの中に飛び込んだ。

 

「クソ、あんな所に逃げちゃ袋のネズミだろ!」

 

 見張りの男達はおれさえも敵と見なして襲ってくる。バカを量産して何を考えているんだか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 クローンのおれと入れ替わって、ようやくルパンと合流出来た。

 

 ダストシュートの先でマモーの部屋への直通エレベーターがあるはずだ。

 

「んで? お前のコピーまで居るとなると、マモーの目的はなんなんだ?」

 

「さてね。本人に訊くしかないさ」

 

 おれを知る為におれのコピーを造ったと言っていたマモー。ルパンたちとつるんでいて、凡人のおれがマモーの予測に反して生き続けている理由をただ1つ証明できるのは、前世の記憶の有無だろう。

 

 前世の記憶や、実際にルパンたちと過ごして、そして次元や五ェ門、ルパンや不二子から教えられた事を費やしてなんとか生き延びているだけだ。

 

 それを何処まであのコピーが再現しているのかで勝負は決まる。

 

 殺し屋としての腕は彼方が上だ。だがおれは殺し屋じゃない。その差で負けているが、勝ってもいる。次は負けない。

 

 だが先ずは不二子を助けてからだ。

 

「行き止まりか」

 

「コレ押せば良いんじゃないか?」

 

 行き止まりの壁面にあるボタン。その他には特にコレといった物はない。

 

「よぉし」

 

 ルパンがボタンを押すと、床が上へ向かって動き出した。

 

「あとは上まで一直線、か。ルパン、武器は?」

 

「いんや。お前さんは?」

 

「同じく」

 

 マグナムは不二子に預けたままだ。ルパンもワルサー無し。つまりこれからどうやってマモーから不二子を取り戻すかだが。

 

 エレベーターが最上階へと到着すると、そこには椅子に腰掛けるマモー、そして不二子とおれのコピーが居た。

 

「待っていたよルパン、そしてノワール君」

 

「ルパン! ノワール!」

 

「よう不二子、迎えに来たぜ」

 

「ルパン! 離して偽物!」

 

「わりぃがそれは聞けねぇんでな」

 

 ルパンに駆け寄ろうとする不二子をコピーのおれが引き止めている。さて、此処からどうするか。

 

「ルパン、君は世界最高の泥棒として永遠を手に入れる栄誉を承れるのだよ?」

 

「何が永遠だ。地下の瓶詰めの赤ん坊に、死んだハズの人間、そして全く同じ人間。それとこの石っころを使って何をするつもりだ?」

 

「神の実験さ。私は一万年以上、この研究を続けて来たのだよ」

 

「こーんにゃろぉ。人をバカにすんのも大概にしろっての、あがっ!?」

 

 マモーの言葉を聞いて近寄ったルパンが透明な壁に阻まれてひっくり返る。見えないガラス張りで遮られているらしい。

 

「君もだノワール。オリジナルである君にだけ備わっている不可思議な波長。私は君を研究し続けて来たが、いくつのコピーを造ろうとも、君の脳波長の再現は出来なかった。光栄に思いたまえ。君もまた私の手によって保存される人間となった」

 

「残念だが、お年寄りのお人形遊びに付き合う義理はないんで、ぐがあああああああ!!!!」

 

 首から走った強烈な痛み。それが電流なのだとわかるのは、電流が流され終わって床に倒れて、手足の痺れを認識した時だった。

 

「ノワール!」

 

「マモー、ノワールに何をした!」

 

「何もしてはいないよ。ただ躾のなっていない野良犬に灸を据えたまでだ」

 

 ルパンの肩を借りてマモーを睨み付けてやる。だがそれも単なる強がりだ。この首輪、どうやって外すか。

 

 五ェ門に頼めば斬鉄剣で1発だろうが、ムリに外してドカンッはゴメン被りたい。今も何かボタンを押した雰囲気はなかった。つまりマモーの念力か脳波で操作された可能性がある。つまり、目の前のマモーの脳天をぶち抜いて、目の前のコピーを操っている機械をぶっ壊せば外れる可能性がある。

 

「君たちは世界の終わりについて考えた事があるかな? 私は予言しよう、あと数日でこの世界は滅びる。私に選ばれたものだけがその滅びを逃れ、永遠に、永久に生き続けられるのだよ」

 

「なるほど、そういうわけね。アンタの演技も堂に入ったもんだぜマモー。だがな、オレは永遠の命なんてのはこれっぽっちも興味がないんでな。それに、仲間をやられて黙ってられるルパン様じゃないってな」

 

「ルパン……」

 

「くだらない仲間意識で永遠を手放すとは。君は思ったよりもつまらない人間だったようだね」

 

「なんとでも言え。仲間を見捨てたとあっちゃ、ルパン三世の名が泣くんでな。独りぼっちでお人形さんごっこしてるアンタにゃわからないだろうがな」

 

 そう言いながらルパンはおれを傍にあったソファに座らせてくれたが。あ、ヤバいのではこのソファは?

 

「なるほど。ではその仲間の頭の中を見てみようではないか」

 

 そうマモーが言うと、ソファから足枷と腕枷が出てきておれの身体を固定してしまう。

 

「お、おい、何をする気だマモー!」

 

「大人しくしておくことだルパン。私の気分次第で君の仲間はその首輪で木っ端微塵になるのだからな」

 

「なんだと!?」

 

 ソファがぐるんぐるん動いて、自分の身体が磔にされるのがわかるものの、身体が痺れている上に捕まっていてどうする事も出来ない。

 

 頭に脳を解析するのだろうトゲトゲのメットを被せられて、意識が遠退いていく。

 

 脳波を解析して夢を映像にする装置。ふざけたものだ。それでも抵抗空しくおれの意識は闇に落ちていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ノワールが磔にされて変な機械を被せられた。マモーが機械を操作する為にガラス張りを上げで此方に来たが、マモーの言葉が本当なら下手に手出しが出来ない。

 

 ノワールの頭の上のモニターに映るのは──。

 

 オレや次元、五ェ門、不二子にとっつぁんだ。

 

 ベンツで「ルパン三世」と書かれたガラスを突き破るオレ。

 

 マグナムで的撃ちをする次元。

 

 斬鉄剣を抜き、そして海を岩を蹴って跳んでいく五ェ門。

 

 魅惑の躍りを披露する不二子。

 

 電話の受話器を叩きつけるとっつぁんまで。

 

 そしてそこで細胞から機械が一部を取り出して、他の細胞に取り出した細胞を植え付ける。

 

 細胞は分裂して人の胎児となっていく。

 

「ほう。やはり彼は私の研究を知っていたか。しかしどうやって知ったのか。私はそれが知りたいのだよ」

 

「何をするのマモー!」

 

「案ずることはないよ不二子。彼のすべてを見るだけだ」

 

 マモーが機械の制御装置のダイアルを回す。

 

 すると映ったのは今よりももっと子供のノワールだった。次元に銃の撃ち方を習っていた。

 

 さらに映るのはおそらくニューヨークの街をカーチェイスする次元とノワール。

 

 また変わって映ったのは夜の街。次元を見上げるノワールと、ノワールを見下ろす次元。

 

 そしてニューヨークのスラムで空を見上げるノワールが映った所で映像は途切れた。

 

「なに? 何故だ、どういうことだ?」

 

「どうしたのマモー?」

 

 モニターは点滅するだけで喧しくピーピー鳴るだけだ。

 

「ノワールは夢を見ないのか!? いや、そんなハズはない。確かに夢を見ていた。だがこれ以上の過去の記憶がない! ありえん、人間であるならば思い出せずとも赤子の頃からの記憶がすべてあるはずだ。それすら持たない彼はなんだ!? 虚無の空白!? いや、それこそ白痴の、神の意識に他ならないとでも言うのか!?」

 

 ノワールの過去が無いことがマモーには余程の衝撃を受ける事だったのか? ヨロヨロと制御装置のダイヤルに手を掛ける。

 

「マモー!?」

 

「この世に私以外の神など必要ない。永遠の眠りに就くが良い!!」

 

 マモーがダイヤルを回すと、ノワールの身体が痙攣する。

 

「止めてマモー!!」

 

「離せ不二子!!」

 

 止めさせる為にマモーに駆け寄る不二子。オレもそうしようと思えば、外からミサイルの音が聞こえて、不二子を床へ引き倒した時、壁が爆発した。

 

「不二子、大丈夫か?」

 

「え、ええ。でもノワールは?」

 

 慌ててノワールを探せば、磔られた姿のまま床に倒れていた。

 

「おい、ノワール。しっかりしろ、ノワール!」

 

 何度か呼び掛けてもうんともすんとも言わない。息はしているから生きてはいる。

 

「おいルパン!」

 

「次元! 五ェ門!」

 

 なんで此処に次元と五ェ門までいるのかなんて気にしてる暇はない。ノワールの言葉が本当なら、この島に米軍の攻撃が始まったハズだ。早くズラからないとこっちまで爆撃される。

 

「不二子……」

 

 床に倒れた石の柱の影から這い登って来るマモーが不二子の名前を読んだ。爆風に吹き飛ばされていたらしい。そのままくたばってりゃ良いもんを。

 

「私から、離れては…ならない。永遠の若さが、欲しくないのか、ね?」

 

「……アタシは、ノワールの言葉を信じるわ」

 

「そうか…。なら…!」

 

 不二子にフラれたマモーは懐から銃を出すが。

 

 マモーが引き金を引く前に、一発の銃声が鳴り響いた。それはマグナムの銃声だ。

 

 だが次元じゃない。

 

「悪いな。おれは明日が欲しいんでね」

 

 撃ったのは、もうひとりのノワールだった。

 

 横から脳天を貫かれたマモーはそのまま倒れた。どうあっても人間なら脳天を撃たれりゃおしまいだ。

 

「お主…」

 

「勘違いするな。おれも自由になるにはコイツが邪魔だったのさ」

 

 マグナムをしまって去り行くもうひとりのノワール。

 

「待って!」

 

 不二子が呼び止めようとするが、もうひとりのノワールは手を上げて去って行った。

 

「なんなんだ、ありゃ」

 

「さてな。オレにもわからねぇ」

 

 ノワールの複製。それを何故マモーが造ったのか、結局はわからず終いだった。

 

 その後、フリンチっていう大男と五ェ門が切り合って、五ェ門は勝ったが、フリンチの合金チョッキの前に斬鉄剣が折れるというハプニングもあったが、無事に脱出したオレたちは海を渡ってコロンビアへと入った。

 

 

 

 

to be continued…



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子犬と一騎討ち

久し振りに私の頭の中にルパンが盗みに来てくれたので、やっつけ加減ですが書き上げてみました。


 

 カリブ海からボートを使って、オレ達はコロンビアへと渡った。

 

 次元が調べ上げたマモーの表の顔。世界の1/3の富を牛耳る大富豪ハワード・ロックウッド。

 

 それは既に不二子もノワールから聞いていたってんだから、毎度毎度、大きなヤマになると途端にオレたちよりも先んじて真実に辿り着いているこの子犬ちゃんは何処から情報を仕入れて来るのかわからん。

 

 あのマモーの良くわからない機械でノワールの頭の中を覗こうって時にはこのオレも多少興味があった。ただその真相は判らず終いの闇の中。

 

 次元がマモーをただの道楽者だと言ったが、オレはそうは思わねぇ。

 

 ヤツが死なない研究をしていたのは確かだ。

 

 クローンの研究。死んだはずの人間を甦らせる事も出来るコピー人間製造法。

 

 永遠の命ってのはあながち間違っちゃいないんだろうが、それでもオレはオレだ。ルパン三世はオレ1人だ。

 

 ノワールのコピーを見たからこそ、そう言える。見た目は同じでも中身が違うのなら、それはもう別人だ。

 

 マモーが凝った手品で、宇宙の神秘に目覚めただとか、クローンの事を語り、人間の歴史は自分の作ったものだと宣った。

 

 そして、やっぱりオレのクローンまで作っていたことも。

 

 マモーは処刑されたのはオリジナルで、オレはコピーの方なのではないのかとふざけた事を言ったが、そんな筈はない。

 

 オレはオレだ。ルパン三世はこのオレだ。

 

「なにシケたツラしてるんだよルパン」

 

「ほにゃ? そーんな顔てんでしてねぇけど?」

 

 大地震で滅茶苦茶になった町のバーで適当な酒を開けていたところにノワールがやって来た。

 

 コイツが目が覚めたのは地震の時にホテルの壁が崩れて落ちてきたレンガが顔面を直撃した時だった。お陰で血を止めるために鼻の穴にティッシュを詰めるというマヌケ面になっているが。

 

「ウソこけ。これでも次元の次にはアンタを見てきたつもりだ。シコリがあるならケリを着ければ良い。そうじゃねぇのか?」

 

「ガキんちょが一丁前に叩きやがって。おめぇの方こそどうなんだよ」

 

 ガキに言われたんじゃ、天下のルパン三世サマも名折れだ。

 

 だからこそ、コイツはどう思っているのかを聞きたくなった。

 

 オレと同じ、クローンを作られたヤツの意見ってやつを。

 

「それこそ言うまでもねぇ。ケリは着ける。それだけさ」

 

 腰から抜いたマグナムのシリンダーを出して、親指で回転させてから手首の捻りでシリンダーを元に戻す。親と同じで一々カッコつけよってからに。

 

 そんなカッコつけが出来るからこそ、コイツもオレたちの仲間をやっていられるって事だ。

 

「アイツは殺し屋としては間違いなくおれより腕が立つ。でも、おれは殺し屋じゃない。ガンマンだ。ガンマンに必要なのは銃の腕だ。殺すための手段じゃない。相手にさえ魅せる事が出来る銃捌きが出来てこそ、本物のガンマンだと、おれは思ってる」

 

「結局はカッコつけてぇだけじゃねぇか」

 

「そりゃお互い様だろ。怪盗なんてカッコつけてぇヤツ以外やるような家業じゃねぇだろう?」

 

 不敵に笑ってみせるノワールの分のグラスを用意して酒を注いでやる。

 

「奪われた(モノ)を取り返す為に」

 

「カッコつけたがりやのバカやろう達に」

 

 グラスを打ち鳴らして1杯を呷る。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ささやかな武器を作って出ていったルパンを次元と共に見送る。

 

「そんなに心配なら行けば良いだろうに」

 

「ケッ。ガキじゃねぇんだ。四六時中くっついて回れるかよ」

 

「マモーにビビってるクセに?」

 

「てめぇ…」

 

「唸ったって事実だろ? 確かに念力じみた事をやってみたり、1万年前に宇宙の神秘に目覚めてクローン人間を作れるだとかほざいてたが、アイツのコピー人間だってコピーを重ねる度に遺伝子情報が劣化する不完全な技術だ。それを以て自分を神と宣うのもおこがましいぜ。その技術を完成させる為にソ連とアメリカに遺伝子工学技術を提供しろだなんて泣きつく先行き幾ばくも無いくたばり損ないのとっちゃん坊やのどこが恐いんだかてんでおれには解らんね。銃でどたまブチ抜けば死ぬ。それがまたコピーだったんなら、コピーが尽きるまで殺してやればそれで済むこったろ? 違うか」

 

「お前……」

 

 次元に発破を掛けるなんてらしくない事をしている。こんなことをしなくても次元はルパンが心配で結局助けに来てくれるんだが、マモーの何にビビってるのかおれには解らなかった。

 

 確かに念力の様なものが使えるのだろう。不二子を拐かしたり、ルパンを吹き飛ばしたり。そうした人の理解の追いつかない力を使うことが出来るのだとしても、本人はくたばり損ないの人間だ。殺せば死ぬ。コピーもそうだ。銃で撃たれれば死ぬし、レーザーに焼かれて死ぬ。オリジナルも描写的に太陽にドボンで死ぬ。そうでなくても宇宙空間は脳みそだけで生きれる様な環境じゃない。

 

 殺せば死ぬのだから、ビビる必要もないだろう。

 

 とか思えるのはマモーの正体を知っている自分だからそう思えるのか。得体の知れない相手を前にして畏縮するのも無理もないのか。

 

 信心深いってのは知ってるが、次元ってそんなビビりだったっけなと疑問に思う。まぁ、あとは不二子を助けに行くってのに気が乗らなかったってのもあるのかもだが。

 

 ルパンがどう思っているのかは分からないが、今のルパンにあって次元に無いものは判る。

 

 ルパンは自分のルパン三世としての誇りを取り戻す為にマモーに挑みに行ったという芯の違いだ。

 

 ルパンと乾杯したグラスの中身を一気に呷って、カウンターのイスから立ち上がる。

 

「どこ行くんだ?」

 

「決まってんだろ? ケリを着けるのさ」

 

 崩れ落ちた店を出て通りに出ると、待っていたと言わんばかりにコピーのおれが佇んでいた。

 

「最後の晩酌は終わったか?」

 

「別に最後でもなんでもねぇよ。今夜もまた、旨い酒を開けりゃ良い」

 

「空けられる身体があればな」

 

「そいつはお互い様だ」

 

 おれも、アイツも、互いにケリを着けなけりゃならないと解っている。

 

 カリブのマモーの島で、コピーのマモーを撃ったのは本来なら次元の筈だったのが、どういう風の吹き回しか、コピーのおれがコピーのマモーのどたまをブチ抜いたらしい。

 

 それでも首輪が外れてないのは、やっぱりこのコロンビアの遺跡に眠るマモーの本体を始末しないとならないんだろう。

 

 それはさておき、こうしてコピーとオリジナルが対面してやることと言えば1つだけだろう。

 

 示し合わせた様に互いにマグナムを抜いた。

 

 響く銃声は互いに1発ずつ。

 

「ぐっ、ぉぉっ」

 

 呻きながら膝を着いたのはおれだった。

 

 腹から焼ける様な激痛が込み上げる。それはコピーのおれが撃った弾が直撃したからだ。

 

「っぐ、て、てめぇ……」

 

 だらりと右腕を下げるコピーのおれは、上腕が大きく抉れていた。

 

 なんて事はない。心臓を狙って来ていたコピーのおれの弾に、おれの撃った弾をぶつけて弾道を変えて、コピーのおれの腕をぶち抜いてやったまでだ。代わりにおれはその土手っ腹に弾丸を受けるハメになっちまっただけだ。

 

 まったく、シまらねぇな。

 

「お前はガンマンの風上には置けないヤツだからな……。その傷じゃ、もう早撃ちは、できねぇ…、だろ、う……」

 

 ドサッとそのまま顔面から地面に横たわる。

 

 最後までカッコつけたかったが、情けねぇ話だ。オマケに向こうはまだ左腕は無事なのだから、このまま撃ち殺されても文句は言えない。

 

「勝負あったな」

 

「……ああ。おれの負けだ…」

 

 次元の声と、コピーのおれの声が聞こえてくる。

 

「どうする、これから」

 

「さて、な。それより…良いのか? この、まま、じゃ…オリジナルが死ぬ…ぜ?」

 

「コイツは腹に1発や2発弾喰らったくらいじゃ中々死なねぇのさ」

 

 次元がそう言いながらおれを担ぎ上げてくれた。

 

 そういえば、初めて会った時もこんなだったっけな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「まったく世話が焼けるぜ」

 

 町の住人はあの地震でとっくに避難しているから医者なんてのも居ない。

 

 脂汗を描きながら眠るノワール。ついさっきまで腹の中の弾を取り出していたから無理もない。

 

「ぅっ、ぁっ、……次元…」

 

「よう。お早いお目覚めだな。気分はどうだ?」

 

「サイアク…。まだ頭の中で除夜の鐘が響いてるよ…。オマケに、腸に鉄の塊でも拵えた気分だ」

 

「なら良かったな。鉛の弾を拵えたのは夢じゃねぇってことだ」

 

「嬉しくねぇ夢だぜまったくよ」

 

 麻酔なんて上等な物は無いから酒に酔わせてから施術をやったからか、頭を押さえながらノワールは起き上がった。

 

「あのあとどうなった?」

 

「別に。なんも起こりゃしねぇよ」

 

 偽物のノワールは何処へなりと消えていった。あの傷だ。例え治したとしても後遺症は残るだろう。左腕を残しちゃいたが、片手で裏社会で生きていくのは相当な苦労を重ねるだろうさ。

 

「なんで殺らなかったんだ?」

 

 苦労するだろうとはいえ、銃を撃てなくなったわけじゃない。いつの日か復讐しに来るとも限らねぇ。コイツの腕なら弾丸を弾きながらも相手の心臓を撃ち抜く程度ワケもないハズだ。だからアレは、わざと右腕を撃ち抜いた手抜きだったというわけだ。

 

「約束だろ? 一人立ちするまで、殺しはやらねぇって」

 

「ハッ、それで自分に殺されちゃあワケねぇぞ」

 

「だったら何度も撃ち負かすだけさ。なんてたっておれは、暗黒街一のガンマンの倅なんだからさ」

 

「ケッ、テメェみてぇなでけぇガキを拵えた覚えはねぇよ」

 

 減らず口を利けるってんならキズの心配もしなくて良いだろう。

 

「行かないのか?」

 

「何処へ」

 

「ルパンのところ」

 

「は? なんでたってアイツのところに」

 

「このままじゃルパン、木っ端微塵になっちまうかもだぜ?」

 

「ハン、ガキに心配されるようなタマかよアイツが」

 

「そりゃそうさ。だから迎えに行くんだろ? 今から行けばルパンの方もケリが着いてる頃だ。ルパンを拾って、朝飯にでもしようぜ」

 

「……しゃあねぇな。ま、アイツは俺が居ねぇとコロっとくたばってもおかしかねぇもんな」

 

 ガキに乗せられるっても癪な話だが、ここのところロクな飯も食っちゃいねぇ所為か、腹の虫が飯を食わせろと泣き始めやがった。

 

 ノワールを連れて、町外れの空港で適当な飛行機をパクってルパンを迎えに行った。いつの間に調べてたんだか、ノワールはマモーの本拠地を知っていた。

 

 言われるままに飛んでいけば、ルパンと不二子、それに銭形のとっつぁんまで居やがったもんだからまぁめんどくせぇ。

 

 縄梯子を降ろしてやったんだが、掴まったのは不二子だけで、ルパンは拾えなかった。しかもそこら中からミサイルが雨あられと飛んでくるもんだからチャンスは1度きりで逃げるしかなかった。

 

 後ろの座席でノワールの顔を胸に抱き込む不二子を横目に、下でとっつぁんと肩を組んで逃げるルパンを見やる。

 

「あ、外れた。とっちゃん坊やめ。ようやくくたばりやがったか。ったく」

 

 ノワールの首に着いていた首輪を手にして悪態を吐きながら、それを放り投げると、ミサイルの爆発に巻き込まれて盛大に爆発しやがった。まさかの爆弾だったとはな。おっかねぇなオイ。

 

「なぁ、パッパ。ルパン拾ったらニューヨーク行こうぜ。アメリカンサイズのバーガーが食いてぇや」

 

「腹に風穴拵えてるってのに、そんなジャンキーなもん食って腹ぁ壊してもしらねぇぞ」

 

「メシ食えば治るわこんな穴」

 

「あらやだ、ケガしてるのノワール? なら早く言ってちょうだい。アタシが下になるからちょっと腰上げて」

 

「い、良いって別に。女1人くらい抱えられないんじゃ男が廃るって」

 

「ケガ人なんだから男も女も無いでしょ。良い子だから言う通りにしなさい」

 

「おーお、お優しいこって。その優しさの1ミリでも俺たちに分けて欲しいもんだぜ」

 

「ルパンやアナタと違ってこの子は誠実ですもの」

 

「よく言うぜ。お前のお陰で散々だったんだぞこっちは」

 

「それくらいの事で文句を言う男だから優しくしたって得が無いのよ。その点、ノワールは文句も言わないわよ? ホラ、アタシの上に座って」

 

「そんな赤ちゃんじゃないんだから別に大丈夫だって」

 

「良いから座りなさい。狭いんだから」

 

「大人しくしろよ。機体が揺れて操縦し難い」

 

「んなこたぁないでしょパッパ!」

 

「るせぇ。パッパ言うな」

 

 なんだかんだで不二子もノワールには甘い。いや、そりゃ俺たち全員がそうか。まったくもって末恐ろしいガキだぜ。

 

 しっかしまぁ、自分の命よりも男の約束を重んじるバカに育っちまったのは何が悪かったのか。何処で育て方を間違えたかねぇ。

 

 ノワールに殺しを許さなかったのは、無闇矢鱈に銃をぶっ放すジャンキーにしない為だった。

 

 そんな心配をするようなオツムじゃなかったから取り越し苦労だったが。いや、ガキだって言うのがウソに思えるくらいに昔っからお利口さんだったが、バカ正直に約束を守り通すバカに育ったのは育てた甲斐もあるが、その内その所為でおっちにやしないかってのも、それはそれとして気掛かりだ。

 

 せっかく手塩に育てたんだ、簡単に死んで貰っちゃその苦労が台無しってもんだろう。

 

「お、ルパンがとっつぁんから逃げた。パッパ、降ろせ降ろせ」

 

「あいよ」

 

「でもルパンを助けても座れる場所がないわよ? 後ろはもう定員オーバーですもの」

 

「オンナとケガ人に鞭打つ様な鬼畜じゃあるめぇ。縄梯子に掴まらせてりゃ良いさ」

 

 ルパンが取っ掴まれるようにもう一度アプローチを掛けてやれば、今度はちゃんと掴まったルパン。

 

「よっこらせっ。おろ? 子犬ちゃーん、なーにオレさまを差し置いてオンナの子とイチャコラしてんですかねぇ」

 

「よしなさいよルパン。この子ケガしてるんだから」

 

 縄梯子を登ってきたルパンが後部座席の縁に掴まると、中の様子を見てそんなことを口にした。それを不二子はノワールを抱いて守る様にルパンから遠ざけた。

 

「あらま。さっきまで五体満足だったってのに、どしたんだオマエ?」

 

「別に。ケリを着けたらこんなザマさ。あまり見んな。武士の情けだ」

 

「成る程ねぇ。仕方ねぇや、次元ちゃん、一緒に乗っけてちょうだいよ」

 

「バカ言うなよ。手元が狂って墜落でもしたらどうする」

 

「んじゃオマエ、オレは何処に座ってりゃ良いんだよ」

 

「そんな遠くまで飛ばねぇから縁にでも掴まって大人しくしてろよ」

 

「なんでぇなんでぇ、今日の次元ちゃんは珍しく冷てぇじゃねぇの」

 

「今は腹の虫が泣いててな。そいつが収まるまで待ってろ」

 

「しゃあねぇーなぁ。んで? 何処のガソリンスタンドまで行くつもりだ?」

 

「ニューヨークだとよ」

 

「ニューヨークぅ!? バッカオマエ! そんな遠くまで掴まってられるかっての!!」

 

「燃料が保たんでしょ。適当な空港で降りて適当なニューヨーク行きの飛行機に乗りゃそれでオーケーでしょ」

 

「てかなんでニューヨークなんだよ」

 

「アメリカンバーガーが食いたいんだと」

 

「んなのオマエ。このコロンビアでも探しゃ食えるだろ」

 

「ニューヨークのヤツが良いんだよルパン」

 

「どっちのバーガーでも良いけど、あまり食べ過ぎて子ブタちゃんになっちゃうのはNGよノワール」

 

「そこは心配ご無用さ不二子」

 

 あーだこーだ後ろで盛り上がっているのをBGMにして、なるべく機体を揺らさないように操縦桿を握りながら俺は飛行機を飛ばした。

 

 

 

 

to be continued…



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DEAD OR ALIVE
漂流島


マモーの方が詰まってしまったので気分転換も兼ねて書き上げてみました。

この話も結構好きですね。


 

 おれは今、次の仕事に備えてとある国に来ていた。

 

 高層ビルが建ち並んでいる風景はその栄華を想像する事は難しくない。もっとも、その居並ぶ高層ビルたちがボロボロでなければの話だが。

 

 まるで戦場跡の様に大破して放置されている戦車や荒れ果て打ち捨てられている車がこの場所がかつて戦場であった事を教えてくれる。

 

 そんな国の名はズフという小国だ。

 

 その名を聞いて思い出したのは漂流島という言葉だった。

 

 DEAD or ALIVE――生か死か。

 

 生きているのか死んでいるのか。死んだはずなのに生きている。

 

 細かいことを気にしても仕方がない。

 

 問題はこの国のお宝をどう盗もうかということだ。

 

 漂流島はズフ前国王の命によって作られたナノマシンが守っている島だ。円環型の中心にぽっかりと穴が空いている島の中にどうやって運び込んだのか、艦首が千切れた様な形をしている空母とナノマシンが一体化して一見不気味さ抜群の様相をしている。

 

 その漂流島のお宝を狙うための前準備としてルパンは前国王の側近等を脱獄させる為にこの国の刑務所に潜入中だ。

 

 しかし軍事クーデターによる国軍同士の衝突は小国ともあってその被害の悲惨さは言葉に出来ない。一番煽りを食らってしまっているのは民衆だ。傷ついた国の復興など後回しで軍備増強を強行する首狩りの政治に不満を持つ人間は多い。それに異を唱えないのは首狩りに着いて勝利者となった首狩り派の軍人たちや、首狩りに給料を貰う立場の警察だけだろう。

 

 だが、反感を育てればそれで殺されるという言葉もある様に反政府運動という物は探せば居るものだ。というより今まで小国なりに順風満帆だったこの国を転覆させてしまった首狩りを嫌っている人間の方が大半だが、それを隠して民衆は生きている。逆らえば首狩りに殺されるという軍事力と処刑好きの残虐非道さを背景にした恐怖政治体制は一番力のない民衆を抑え込むには手っ取り早い手だろう。

 

 そんな反政府運動との接触がおれの仕事だ。

 

 下町を歩いているが酷い有り様だ。家を持たない、或いは失った人間で犇めいている。そんな人間に薬を売る売人やチンピラ崩れも屯している。

 

「この辺じゃ見ない顔だな」

 

「ここは観光に来る所じゃねぇぜ? 早くパパとママのトコに帰んな」

 

「なんだったら案内してやっても良いぜ? なぁに。ちぃとばかし金をくれりゃぁ親切なお兄さんたちが案内してやるぜ」

 

 だから当然の如く。いや、高いスーツに身を包んでいる身形の良い子どもが一人歩きをしていたら絡まれるのも当然だったのだろう。毎度の事だからもう慣れた。無視して進もうとすると行く手を遮られる。

 

「おっと。言葉がわかんねぇか? こっから先はガキが行く所じゃねぇって言ったんだよ」

 

「……わりぃが通して貰わねぇと困るんだよ。おれはこの先に用があるんでな」

 

 そう言って通り過ぎようとしたおれは肩を掴まれた。

 

「ケガする前にその手を退けなあんちゃん」

 

「おもしれぇ。どうケガするのか見せてもらおうか?」

 

 おれの返した言葉に周りのチンピラたちはゲラゲラ笑いながらナイフやらを取り出しはじめる。

 

 時折思うんだけどさ。なんでパッパの言葉返しをマネしてるだけなのになんでこうなるんだろうかね。

 

 身を屈ませ振り向きながら後ろ腰から引き抜いた小太刀を一閃。

 

「なっ!?」

 

 いきなり視界から消えたからだろう。チンピラたちが驚きの声をあげて周りを探すが、そこにはもうおれは居ない。

 

「ま、待てガキ!!」

 

 再びチンピラたちの目に留まったのは、おれが先を行こうとした方向だった。

 

「…またつまらんものを切っちまったな」

 

 チャキンと音を立てて小太刀を鞘に納めれば後ろでビリビリと布が裂ける音がした。そしてバタバタと人が倒れる音が続く。

 

「次は相手がウサギかオオカミかを区別してから声を掛けるんだな」

 

 そう残しておれは先に進む。

 

 練習用の数打ちを今回は持ってきた。数打ちとはいえこれも立派な斬鉄剣であることに変わりはない。手身近にある武器でナノマシンに対抗できそうな物はこれくらいしかない。なにしろマグナムが効かないバケモンだしな。

 

 あっという間に数人のチンピラを倒したからだろう。

 

 その後は絡まれる事はなく歩みを進められた。

 

 道の下調べも兼ねて下町を歩き回る。

 

 とはいえそう簡単には見つけられない。それでもチンピラやホームレスに混じって雰囲気の違う人間がいる。おそらくは前国王派の兵士か或いはそれに連なる人間だろう。

 

 今回のヤマの目的は(きん)もそうだが、おれ個人としては別の目的もある。

 

 なにしろカリオストロ以来に細かい内容を覚えている仕事だ。今回も色々と動き回らせて貰おうという訳だ。

 

 ていうか、覚えている限りであれだけ苦労しそうな末にボートの荷台1杯分の金じゃ割りに合わないだろう。その辺りの回収もしておきたい。なにかとカネめのものを回収しておかなくちゃいざというときに困るからなぁ。なにしろ数年の内にあの不二子ですら貯めた8千万ドルをスッちまうんだから。その後も何だかんだでデカそうなヤマだとお宝が手に入ってそうな描写もなかったはずだ。そりゃ天下の大泥棒もカネに困るってもんさ。

 

 その辺りは一応養育費を払う立場にあるおれは間違っても文無しになる訳には行かないし。日本にニューヨーク、カリオストロでも仕事があるおれとしてはカネに困る事がないのは嬉しい限りだ。

 

 なにしろカリオストロからは毎月映画の収入を一部貰っているし。カリオストロの城のその後も作られ続けているルパンの物語の収入も合わせれば、ルパン一家で不二子に次いでカネを持ってるのはおれだろう。

 

 しかし今回の物語に関してはリアルでも数億円掛けて作られたらしいから作るのは大変だろうなぁ。内容に関しては問題ないとはいえ作画班には頑張って貰うしかない。

 

 ちなみにルパンの物語はあくまで原作再現に拘ってシナリオを書いているから、ノワールという『余計な存在』は登場していない。だから世間一般的なルパン一家の構成は原作のままだ。

 

 だからおれという存在は一般的には知られていない。知っているのは裏社会の人間や警察。最近だとインターネットが本格的に発展し始めているから、そう言った情報筋もある。定期的にネットの情報はウィルスを走らせて洗っているんだが。ネットから独立してるパソコンなんかに保存されているデータはどうしようもないから鼬ごっこだ。それでもやらないよりかはマシだ。

 

 そういうこともあってルパンたちよりも身軽に動けるのがおれの利点であって。そういう意味で使いっ走りにされることも多い。今回もそんな感じだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 下町の工場で借りたオートジャイロに乗っておれたちは漂流島へと向かう。

 

「お? っととと! もう少しマトモに飛ばせねぇのか?」

 

「っしょうがねっだろぉ? 定員オーバーなんだから」

 

 傾いた機体が水に浸かり文句を言う次元。タバコの火を探して操縦悍から手を離したルパンが言い返すが、機首も水に浸かり掛けて慌てて操縦悍を握り直した。元々定員オーバーなのに今回はおれも乗ってる分更に重くなってるから仕方がない。

 

「見えたぞ」

 

 五エ門の声に皆の視線が前を向く。霧の中に見えてくる岩壁。漂流島の外縁部だ。

 

 岩壁の裂け目から中に入れば、小さな山の中腹に突き刺さった様な形で一体化している空母の姿があった。

 

「コレか…?」

 

「らしいな」

 

 五エ門の問いにルパンが答えた。

 

 島を一周ぐるりと回って、岩壁から島に続く橋の上にオートジャイロは着陸する。

 

 このあとどうなるのかわかっているから出来れば行きたくないんだが。確かめたい事があるから逆に余裕がある今行くしかないというのが辛いトコロだ。

 

「首狩り将軍はここにお宝が隠されてるってことを知っていたワケだな」

 

「あぁ。まぁ、知ってて手に入れられねぇんだ。なにかワケがあるって事は確かだな」

 

「兵隊でさえこの島には長く居られなかった…」

 

 島の岸辺には大破した戦車やジープ。そして大量の軍服姿の兵隊の亡骸。

 

 クーデターの後でこれだけの装備と人員を失えば、その補填で国が傾いても仕方がないと言わざる得ない。

 

 階段を登って空母の甲板へと上がり、艦橋とはまた別の趣の建物に入る。

 

「あぁ。スゲェな…」

 

 中は廃墟だったが。それでも相当設備の良い研究所だったのは見てとれる。

 

「これだけの機材が揃ってる研究所はそうあるもんじゃねぇぜ」

 

「なんの研究をしてたんだ?」

 

「さぁな。だが前の国王時代のものってことは間違いねっだろうよ」

 

 ナノマシンなんて時代錯誤の代物を実用化してしまった研究所だ。是非あやかりたいもんだ。

 

「ルパン」

 

 五エ門が声を掛ける。その先にはイスに座って額に深々とナイフが突き刺さっている仏さんが居た。

 

「首狩りにか?」

 

「おそらく」

 

 首狩り将軍はナイフの使い手としてこの国では知れ渡っている。銃ではなくナイフが刺さっているということで次元はそう溢したんだろう。

 

「主任研究員、ボルトスキー? なんまんだぶ、なんまんだぶ…」

 

 仏さんの胸にあるネームプレートを読み上げるルパン。

 

 仏さんに祈りを捧げて、他に見るものも無さそうな雰囲気に踵を返す。個人的にはもう少し調べてみたかったもののヘタにナノマシンを刺激したくないのでガマンする。

 

「如何にもこん中にありますって感じだな」

 

 研究棟の他には空母の艦橋があるだけで、その中間には小高い山が聳えている。その山には入り口の様に穴がぽっかりと空いている。

 

 ルパンが懐中電灯を手に先頭。次元、五エ門。最後におれが続く。

 

 一番最後かぁ。ヤダなぁ……。

 

 いつでもスっ飛んで逃げられる様にだけはしておこう。

 

 階段を降りて通路を進む。最初は普通に空母の中の様だった様子が段々と生き物の内臓の中に居るような気分になる様相を見せる光景に言い知れぬ不気味さを感じる。

 

「どうなってるんだ。こりゃ…?」

 

 兵隊の亡骸が壁と一体化してしまっている光景に流石の次元も疑問を口にした。

 

 その疑問を答えられるわけもなく。黙々とおれたちは先へ進んだ。

 

 そして行き止まり。鷹の紋章をあしらった壁をルパンの持つ懐中電灯が照らし出した。

 

「コイツを開けりゃあゴールインってとこかな?」

 

「五エ門」

 

「うむ」

 

 便利な通り抜けフープ(物理)の五エ門先生に道を譲るルパン。

 

 五エ門が前に出て斬鉄剣を構える。

 

 すると鷹の紋章をあしらった壁が左右に開き、中から有機的な印象を受ける目の様なカメラの様なものが姿を現した。同時に地面からも植物のというか菌類の芽の様なものが生えてくる。

 

 その芽から光を当てられてルパンたちは狼狽えた。そりゃいきなり光を当てられちゃ驚く。わかっているから冷静でいられても、この次がわかっているから背中からはイヤな汗が吹き出てくる。

 

 そしてその光でおれたちをスキャンした存在は穏やかでない音を発する。すると今まで暗かった通路が全体的に明るくなるものの、ますます生き物の内臓の中に居るような気分が倍増する。

 

 壁が脈打ち、随分とヤバ気な空気が漂ってくる。

 

 すると天井からいきなりなにかが生える。それは槍だったり金槌だったり斧だったりドリルだったりとあらゆる武器に変化しながら襲ってきた。

 

 その場から飛び退いて第一波はやり過ごしたが間髪入れずに次が襲ってくる。

 

「くあっ」

 

 次元がマグナムを撃つが、弾丸は弾かれてしまう。

 

「んあ!?」

 

 流石にそれに驚きを隠せない次元。堪らず身体を捩って攻撃をどうにか避けた。

 

「っ、つぇあああああ!!!!」

 

 五エ門が斬鉄剣を抜く。鉄を斬った時に鳴るような甲高い音を響かせてナノマシンを断ち切った。それでも斬られたのは一瞬で直ぐに再生して再び襲ってくる。

 

「ちぇりおおおっ!!」

 

 小太刀を抜いてナノマシンを一閃する。鋼鉄を斬るよりかはまだ軟らかいものの、それでも鉄を斬った手応えが帰ってくる。

 

 取り敢えずおれでも斬れる硬さで助かった。それでも結果は五エ門と同じだ。

 

「ルパン! 一旦ズラかろうぜっ」

 

「なにぃ!? このオレ様がお宝を目の前にしてってかぁ!?」

 

 次元の提案に近場のナノマシンを蹴り曲げながら言い返すルパン。

 

「言ってる場合か!? このままじゃ全員串刺しだよ!!」

 

 手持ちの武器でどうにもならないのに駄々を捏ねるルパンに親子で抗議を入れる。

 

「んぎゃあああああ!?!?!?」

 

 するとルパンが悲鳴を上げた。こっちも手一杯で気にする余裕がないものの、記憶通りにならケツをナノマシンが掠めていってズボンとパンツを持っていかれたんだっけか。

 

「退却ぅぅぅぅぅっっ!!!!」

 

 流石に堪らず逃げを選ぶルパンに続いて逃げ出す。

 

「ちょ、ひゃっ、わっ!? もうちょう速く走ってっ!!」

 

 3人で走ってギリギリなのに一人加われば一番最後の人間は更にギリギリというかアウトに近いセーフというかもうセフトの域だ。さっきから髪の毛をナノマシンが掠めていって生きた心地がしない。

 

 来た道を全力疾走で駆け戻る。甲板まで戻ったところで漸く少し前に出れた事で一安心も束の間。階段を駆け降りて海岸に出ると海岸そのものもナノマシンのテリトリーで、だめ押しと言わんばかりに超巨大なナノマシンが地面から生えてくる。その勢いに飛ばされながらも襲ってくるナノマシンを足場にしてなんとか前に進んでオートジャイロを止めた橋にまで逃げるとナノマシンは引っ込んでいった。

 

 ナノマシンが引っ込めば先程の騒ぎがウソの様に来たときと同じ静かな島に戻った。

 

「どうなってんだ…? この島は」

 

「わぁかんね」

 

 いつの間にか次元が背負っていたガイコツがルパンたちの代わりに首を傾げた。

 

「いっっ…」

 

「大丈夫か?」

 

「ん? あぁ。ちょいと掠めたってだけさ」

 

 肩を押さえると五エ門先生が声を掛けてきた。

 

 こういうところでやっぱり自分はまだまだ未熟だと自覚する。

 

 あんな四方八方からの攻撃でもルパンたちは服の解れとかはあってもケガはしていない。

 

 取り敢えずネクタイを解いて肩を縛って止血する。

 

「それにしても。また斬鉄剣をこさえたのか?」

 

「まぁ、練習用の数打ちさ」

 

 パッパに答えながら小太刀を抜く。

 

 刀身に目を光らせると一ヶ所だけ僅かに刃が欠けていた。

 

 これも己の刀鍛冶、そして剣士としての腕の未熟さの証だ。後で手直ししないとな。

 

「取り敢えず街に戻るぜ。このままじゃケツからカゼひいちまう」

 

「そうだな」

 

「うむ」

 

「おう」

 

 取り敢えず出直すことになっておれたちはズフの街へ戻ることになった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「確かだったのか? あの島のお宝説は」

 

「確かさ。ズフの国のコンピューターをハックしてめっけたんだ」

 

 ズフの街に戻って取ったホテルの一室での会話。パソコンを弄るルパンの横で画面を覗き込む。

 

「よぉし来ましたよ」

 

「上手く敵さんのコンピューターに潜り込めたな」

 

 PCの画面に映し出されるズフの国のシステム画面。そこに次々と映し出されるデータは国王の写真。ズフの経済と財産。そして漂流島の全体図。最後に王子のパニッシュの写真。

 

「ズフの国の国王がな。国の全財宝を守る為にあの漂流島全体を財宝の貯蔵庫にしちまったらしいんだ。ところが二年前。軍事クーデターで国王とその王子――パニッシュが殺された。だから今ではあの島はクーデターを起こして政権の座に収まってる首狩り将軍のモノってワケだ」

 

「どう見ても悪党ヅラだな」

 

 壁に壁に飾られている首狩り将軍の肖像画を見ながら言う次元。厳つすぎる顔が更に強調されていてとても善人には見えない顔つきなのは確かだ。

 

「ツラだけじゃ無さそうだぜ? データを見るとな」

 

 カーテンを開けるルパン。

 

「どうだ? 挑戦する価値はあんだろうが♪」

 

 あれだけ酷い目に遇ったのにルパンは楽しそうだ。

 

「…ちょっと出てくるぜ」

 

「おう。タバコ買ってきてくんねぇか?」

 

「売ってりゃあな」

 

 パッパが指で弾いたコインを後ろ手に受け取りながらそう返す。なにしろ物流も酷い有り様らしいからなこの国は。いつも吸ってる銘柄があれば良いけどな。

 

「拙者は緑茶を」

 

「余計にないと思うけど」

 

「んま。取り敢えず探してきてやっておくんなましよ」

 

「へいへい。ルパンはなにか要るかい?」

 

「オレは今んとこはねぇかな」

 

「オーライ。んじゃま、いってくるよ」

 

 ホテルから出て街の市場に向かう。タバコなら下町の方が売ってるだろう。ただ緑茶は無理だろうな。

 

 ケータイを取り出して番号を入れる。数コールしたところで相手が出てくれた。

 

『ノワール……?』

 

「おう。悪いな寝てるところ」

 

 電話の相手は日本に居るサオリだ。時差を考えると向こうは普通に夜だ。それでもまだ起きてるかと思ったらもう寝てたらしい。

 

『ううん……。なにかあったの…?』

 

「ん。あぁ。ちょいと緑茶の茶葉を送って欲しくてな」

 

『うん…。良いよ…。場所は?』

 

「ズフって国さ」

 

『ズフ…? また危ないところに居るね』

 

「なんだ。知ってんの?」

 

『数年前くらいにニュースでクーデターが起こったってやってたから』

 

「なるほど」

 

 まぁ、今時軍事クーデターなんてのをやる国は滅多にないからな。ニュースになっても不思議はない。

 

 そのあと二三話して電話を終える。国際電話だから長時間話してると電話料金がたまげる値段になるからだ。

 

「さてと」

 

 これで緑茶は確保。お使いを頼むのも手慣れてるから早ければ明日の午後の便で着くだろう。あとはタバコは足で探した方が早いだろう。 

 

 照りつける太陽を見上げて、おれは歩き出した。

 

 

 

 

to be continued…



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誘拐と契約

おっ久しぶりです。また今年もルパンな季節がやって来ますね。まぁ、私の部屋にテレビが無いんでDVD出るまでお預けでしょうが。

そして久しぶりの投稿なのに話は短くて全然進みませんが許しておくんなましよ。


 

 下町の市場に来たものの、活気のある一方で並ぶ品の質はお世辞にも良い品質とは言えないものばかりが並んでいた。日本の八百屋やスーパーでこんなものが置いてあったら大顰蹙ものだ。なのに値段はそこそこ高い。

 

 品質の良いものはすべて軍部が持っていってしまうから民間にはこうした萎びた品しか出回って来ないのだ。

 

 適当に腹ごなしでもしようと思ってやって来たんだが、予想以上の酷さだった。周りでは品揃えの悪さの割りに価格が高いと文句を言う客と、こんなものしか手に入らないと言い返す店主の会話も聞こえる。

 

「うわっ!?」

 

「っ、おっとと。大丈夫か?」

 

 歩いていた所に横合いから誰かにぶつかられた。相手は子供だった。

 

「ぜぇ…っ、ぜぇ…っ、漸く追いついたぞ、クソガキ」

 

「う…っ」

 

「お、おい…っ」

 

 息を切らせたオヤジがやって来て、おれにぶつかって倒れた子供がおれを盾にする。多分追って来た露店商の店主と、その露店商からモノを盗んだ孤児ってところだろう。

 

「ぜぇ…っ、ぜぇ…っ、オメェもこのクソガキの仲間か?」

 

「冗談。ただの観光客だぜおれは」

 

 肩を竦めながら無関係だと子供を追ってきたらしいオヤジに返す。てかキッチリとしたスーツに身を包んでいるのに片やみずぼらしい服装の子供が仲間なワケがあるか。服装でカネを持ってるかそうでないかはこの国じゃ分かりやすい指標になってるくらいだ。

 

 そんなおれを盾にする子供に目を向けるとイヤイヤと首を横に振り、服を掴まれて離さない。さらには目元に涙も貯まってきている。

 

「オヤジ。ひとついくらだ?」

 

「んあ?」

 

「なんだ? この子が盗んだもんを買うって言ってるのさ」

 

「フン。同情なら止めときな。コイツらは仲間でグルになって盗みを働く常習犯だ。取っ捕まえて警察に突き出してやる」

 

「その子供が盗みをしないと生きていけない国の方がおれは悪いとは思うがね。んじゃ。今までの被害総額も込みの値段でも構わねぇぜ」

 

「な、なんだと…?」

 

 常習犯とはいえなるべくバレない様に盗んでたはずだ。クーデターから二年間トータルで考えて24ヶ月でもそう大した金額にはなりはしないはずだ。

 

 手を出した以上見れる面倒は見るのがおれの心情だ。さらに黒いカードを取り出して見せればオヤジは明らかに動揺した。こんな国で黒いカードなんて見る機会は先ずないだろうからな。

 

 ちなみにこの黒カードはダラハイド爺ちゃんからの貰いもんだ。アジア方面のルートの他にガルベスの持っていたルート、更にはマモーの扱っていたルートも手に入れてから儲けが以前の倍になってウハウハのダラハイド爺ちゃんがその立役者になったおれへの報酬だといってくれたものだ。初めてナマでブラックカードなんて見た時はおれも震えたもんだ。なにしろ自分の人生でそんなものに縁があるとは思わなかったからな。

 

 まぁ、ガルベス周りのルートは別として。マモーの扱っていたルートをダラハイド爺ちゃんにまわしたのは、世界経済の半分を支配していたマモーの後始末をダラハイド爺ちゃんにやってもらった代金の代わりでもある。億万長者の事業者がある日突然消えてしまったらその経済的混乱は表も裏も計り知れない。そのアフターケアをやってもらったのだ。

 

「いや。その料金はこちらが払わせて貰おう」

 

「だ、誰だあんたは」

 

 現れたのはフードに身を包んでいる男だった。顔も見えない程フードを深く被っている。

 

「取り敢えずオヤジ。金額を教えてくれ」

 

「う、むぅ。と、取り敢えずこんくらいだ」

 

 そう言ったオヤジの提示した金額は日本円でも10万ちょいだ。思ったよりも大したことはなかった。物価が高い日本の感覚がちとおかしいだけかもしれないが。8千万とは言わないけど5千万程度はおれも貯めてるからな一応。

 

「わかった。では後程払わせて貰おう」

 

「ちょいと待っててくれりゃあ即金でポンっと渡しても良いけどな。ま、そのあとの事は保証しないが」

 

 日本円にして10万チョイでも今のこの国の情勢を考えれば大金も良いところだ。そんな大金をポンっと渡されても扱いに困るだろう。気づいたらその辺りの路地に転がされて金を盗られるのがオチだ、

 

「い、いや。あとで構わねぇぜ。ちゃんと払ってくれるならな」

 

 そう言ってオヤジは店が心配だから戻ると行ってしまった。

 

「あ、ありがとう……」

 

「次はもっと相手に気づかれない様に盗みの腕をあげるんだな。子供で小柄なところを生かして隠れて盗む方が成功するぜ?」

 

「う、うん。やってみる」

 

「さ。早く帰って仲間にメシ食わせてやんな」

 

「うん。ありがとうお兄ちゃん!」

 

 去っていく子供を見届けて、おれは口を開いた。

 

「子供が盗みをしないと生きていけないなんて世も末だな。大人の事情に子供は関係ないってのに」

 

 そう。この国の惨状に子供は関係ない。しかしそういった養護施設を整備するわけでもなく首狩りは軍備増強路線に邁進している。まぁ、国の方針としてクーデターやらで消耗した軍備を建て直すというのはわからんでもない話だ。他国に付け入る隙をなくしてから国内事情の改善を計るのがベターな選択だが、その為にガタガタの民間経済から金を巻き上げて軍備を整えている現状。国民の生活は悪くなる一方だ。

 

「……すまない」

 

「謝るんならこの国を取り戻してあの子らに言ってやるんだな。王子さんよ」

 

 フードの男が息を呑む気配を感じる。

 

 すると物陰から素早く数人の男たちが出てきておれに銃やナイフを向けてくる。

 

 フードの男は手を上げてその動きを制した。

 

「……何故わかった」

 

「なに。知り合いに王族の人間が居てな。その人と同じ空気を感じたまでさ」

 

 言わずもがな姫様である。7年修道院に居ても公国の王族だ。そうした人間は一般人にはないオーラというものがどうしても出てくる。

 

 おれはパニッシュ生存説を支持する方だったが。しかしまさか本当に生きてたとは思わなかった。

 

 何故そう思うのかと言われたら、ルパンの変装にしては時系列が噛み合わない所がありそうなことがあるからだった。

 

 とはいえ劇中の時系列が実際どうなってるかわからない。

 

 パニッシュとして空港に現れてから街の工場に行ったかもしれないし。レジスタンスの放送は録画にすれば関係ないし。そもそもこの国に来たばかりのルパンが態々パニッシュに化けて国に仕掛ける意味だってないからだ。お宝を狙うだけならあんな目立つ事をする必要はない。

 

 だからパニッシュとして変装して活動する裏で実は本物のパニッシュは生きていて何か取り引きをしたんじゃないかとおれは思っていた。でなかったらアジトでの会話もおかしいことになる。ルパンがパニッシュをズフの下町で見たと言った時は次元は瓦礫の中だ。なのにそのあとに示しあわせた様に次元もパニッシュを下町のバーで見たと言った。

 

 それにズフに来たばかりのルパンがパニッシュに化けたとしてもレジスタンスを集める時間が短すぎる。元々レジスタンスが結成されていたところにパニッシュとして乗っかったという事もあり得る事だが。

 

 そこまでは実際に見てみないとおれにもわからない。

 

 ただ今。おれはひとつの仕事を終えられそうだというワケだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 下町の工場のオヤジから仕入れたネタ。漂流島と深い関わりのあるらしい首狩りの娘を盗み出す事が決まった。

 

 とはいえ。これには日本から来たとっつぁんの罠が待ち構えているんだが。それを教える事は出来ない。何故ならそれは原作知識として知っているだけに過ぎない。

 

 原作知識の活用は躊躇はしないが。情報を伝える時はなるべくちゃんと自分でウラが取れている情報を出している。まぁ、相手をおちょくったり動揺を誘ったりする為にウラ取りしていない情報を口にする事もあるが、そこは臨機応変だ。

 

 だからとっつぁんがこの国に来ている事なら伝えられても、とっつぁんが罠を仕掛けている事は伝える事は出来ないという事だ。

 

 それにこの罠に引っ掛かって貰わないとルパンが例の扉の鍵に辿り着かない可能性もあるから下手に介入できないというのもある。

 

 王宮に突撃して娘を拐って来るのはルパンの仕事。次元はブイに偽装したグライダーを飛ばす為にボートを盗みに行き。おれは五エ門と一緒に見張りの制圧だ。

 

 厳重な警備体制だが。まさか忍者が襲ってくるとは思わないだろう。

 

 音もなく素早く忍び寄り、鞘に納めたままの小太刀で首筋や頭部を殴り付けて気絶させる。

 

 二人だから制圧自体は手早く済んだ。

 

「何処へ行く?」

 

「チョイと野暮用さ」

 

 そう五エ門に言い残しておれは姿を消す。

 

 今、首狩りの注意はルパンの方に向いている。

 

 首狩りの部隊の襲撃だって三人なら難なく切り抜けられる。だからおれには最大で明日の朝までフリーでいても問題はない。

 

 気配を消して宮殿の中を駆け回る。隠密に関してならルパンたちと同レベルにある。だからおれを見つけられるのはとっつぁんとか、そうした気配を読み取ってくる一流だ。

 

「さーてと。不二子は何処に居るのやら」

 

 漂流島のお宝を狙って不二子もこの国に潜入している。でもその事をルパンたちは知らない。おれがそれを知っているのは便利な原作知識からだ。

 

 物語の通りに進むのなら、別に不二子と接触する必要はないのだが。それはそれ、これはこれ。

 

 首狩りの一人娘――という事になっているお姫様が漂流島の秘密に関するヒントをくれるとは必ずしも限らない。だから保険代わりになるなら不二子との接触くらいは安い出費だ。

 

「っても広すぎだろ」

 

 カリオストロよりは小さいが、それでも人一人にはだだっ広い宮殿の中を探すのは骨が折れる。

 

「……始まったか」

 

 宮殿の中が慌ただしくなった。これから首狩りの軍隊がルパンたちのアジトに向かうのだろう。向こうは心配ないとして問題は此方だ。

 

 覚えている限りの時系列なら、既に不二子はお姫様のボディーガードとして採用されてこの宮殿の中に居るはずだ。

 

「それがわかってても苦労しそうだな」

 

 幸いにして見張りの連中を制圧した上で手駒の出動だ。宮殿の警備は手薄になっている今なら気配を消していれば動き放題だ。

 

 今なら首狩りのコンピューターも弄れるだろうが、下手に手を出していざ不二子が弄るときに何かあっても目覚めが悪いから、そっちは断念しておく。欲を掻いて失敗するくらいなら当初の目的に忠実な方が良いだろうさ。

 

「…そろそろ行くか」

 

 宮殿の中が静かになった。ヘリも数機飛び立っていった。となればとっつぁんも居ない。見つかる心配はほぼなくなったわけだ。

 

「いったい何処に行こうってのかしら? 子犬ちゃん」

 

「っ――!?」

 

 耳で言葉を理解する前に反射的に振り向きながらマグナムを抜いた。

 

「あっ…!?」

 

 たがその抜いた腕を掴まれて背中の壁に身体を押し付けられる。

 

「ふじっ、んんっっ!?」

 

 自分の身体を壁に押し付けた相手の名を口にしようとして、唇を塞がれた。目の前には長年の付き合いにも関わらず美貌を一ミリも損なわない美女の顔がある。

 

「んっ…。もう、いきなり大声出しちゃダメじゃない」

 

「脅かすような事をするからでしょうが」

 

 批難がましく睨み付けた相手は不二子だった。居るとわかっていてもいきなり現れたら誰でも驚くのは仕方のない事だろう。

 

「あら。自分の非を女の所為にするなんて。ちょっと会わない内に悪い子になっちゃったのかしら?」

 

 そう良いながら不二子はおれの足の間に差し込んだ自分の足を押し付けてこちらの動きを更に封じに掛かる。膝が丁度腹に当たるから地味に痛い。更に膝から下、脛が厭らしく股間に当たっている。

 

 とはいえ此方も不二子との付き合いは長い。こんなことで一々反応する様な純情さは当の昔に捨てている。まぁ、その場のムード次第ではあるけれど。悔しいけど、不二子は掛け値なしの美人だし、おれだって男の子なんだもん!

 

「悪かったから離してちょうだいよ」

 

「んもう。最近の子犬ちゃんは反応が冷たいわね。あの初々しい子犬ちゃんは何処いっちゃったのかしら」

 

「女馴れさせておいて良く言いますよね」

 

 確かに昔だったら一々ドギマギしてただろうが、さっきも言った通りそんな純情さは当の昔に捨てている。

 

「それよりノワール。こんなところで何をしてるのかしら?」

 

 ようやく本題に入れそうだが、不二子は手を放してくれない。質問に答えないと離してはくれないだろう。

 

「なにって。不二子に会いに来たの」

 

「ワタシに?」

 

「漂流島の秘密を探るためにこの国に潜り込んだんでしょ?」

 

「あら。それはアナタたちの狙いじゃなくって?」

 

「ま、そうなんだけどね。手酷い歓迎受けちゃったから、正攻法で行こうかなって話よ。その為に手を組まないかってお話し。分け前は(ヨン)(ロク)でどう?」

 

 こういう場合、下手に隠すよりもこっちの事情を素直に話す方が不二子には話が通し易い。その代わり足元見られるけど仕方がない。

 

「そうね。(シチ)(サン)なら良いわよ?」

 

「それじゃあ計算合わないじゃん」

 

 分け前3を4等分じゃパッパが不機嫌になるぞきっと。

 

「イヤなら良いのよ? ワタシ抜きで島のヒミツを探れるのなら」

 

 出来ないことを知っていて挑発的な事を口にする不二子。やっぱり足元見られた。変声術は使えても、ルパンみたいな他人への変装術は使えないのがおれの弱味だからな。

 

「…はぁ。降参、わかりましたよ。ホントずっこいんだから不二子は」

 

「ふふ。契約成立ね」

 

「はいはい。でも…」

 

「え? んんっ!」

 

 話すことも話して、契約も成立。気の弛みで弛んだ不二子の拘束から逃れて、彼女の唇を奪う。

 

「ん…っ。…これで(シチ)(サン)はガマンしてあげる」

 

「もう、ノワール!」

 

「んじゃ、バーイ不二子♪」

 

 もう一度捕まえようとした不二子の手から逃れて、投げキッスをしながら一目散にスタコラサッサと退散する。

 

 まぁ、不二子みたいな美人とキス出来たなら男としちゃタダ働きもまぁ良いかと考える辺りはおれもルパンの事を笑えなくなって来たかなぁ。

 

 そう考えながら宮殿を脱して向かう先はダウンタウンに設けたセーフハウスだ。

 

 岸壁の方のアジトは今頃どったんばったんのドンチャン騒ぎだろう。元々そっちのアジトは捨てるつもりだったから武器も食糧も大方は此方にある。

 

 しかしRPGだのミサイルだのしこたま撃ち込まれまくっただろうに普通に無事なルパンたちはやっぱり人間辞めてるんじゃないかと思わないでもないけど、撃たれたり刺されたりすればちゃんとケガするんだから摩訶不思議。おれはたぶん普通に死ぬな。だから敢えて今夜のドンパチは避けたわけだが。

 

 取り敢えず厚切りのベーコンと缶詰め入りのグリンピースをフライパンにぶちまけて炒め始める。コーヒーは飲んでても飯食った描写はなかったし、昼は食べても日没後から動きっぱなしで空きっ腹だ。夕食にはちと遅いが腹を空かせて帰って来るだろうルパンたちの為に夕飯の支度だ。てかおれも腹へった。

 

 ベーコン豆だけじゃ腹は膨れないから、主食のフランスパンをトースターで焼きながらミネストローネを作る。五エ門先生にはインスタントの味噌汁で良いか。てかそれで勘弁してくれ。

 

「おー、おー、良いニオイしてんじゃないの」

 

「ひゃー。まったくひでぇ目に遭ったぜ」

 

「ほいよお疲れちゃん」

 

「かたじけない」

 

 調理が一段落する頃にルパンたちが帰ってきた。

 

 冷蔵庫から缶ビールを取り出してルパンとパッパに投げる。五エ門先生には取り敢えず水だ。日本酒なんて洒落た物はこの国には無い。

 

「んほー! 一仕事した後のビールってのはサイッコーだね~」

 

「いやぁまったくだぜ。それよりおめェ、何してたんだよ?」

 

「んア?ま、チョイと野暮用にね」

 

 こっちもビールを飲んでいるとパッパに何をしていたのか訊かれるが、不二子絡みだと不機嫌になるから誤魔化しておく。

 

「まーたいっちょまえに何か企んでやがるな?」

 

「まぁまぁ、良いじゃないの。それで困った事なんてありゃしないんだからさ」

 

「ま、そいつもそうか」

 

 パッパから疑いの視線が飛んでくるが、ルパンの援護で事なきを得る。この辺りは裏でコソコソしても基本的にはルパンたちの不利益になる様な事もしなけりゃ、不二子みたいに裏切ったりもしない普段の行いの賜物ってやつだ。

 

「んで? そっちはどうだったのさ。火薬と焦げ臭さから大体は察するけどさ」

 

「んまぁね。とっつぁんに一杯食わされたってところさな」

 

 事の顛末は記憶にある通りに変わらず、首狩りの娘に変装したズフの国家警察の秘密工作員――オーリエンダを拐ってしまった事で漂流島に関する秘密は何もわからず仕舞いの骨折り損。首狩りの軍隊とドンパチしてきたという事だ。

 

「なァるほど。そりゃ行かなくて正解だ。命がいくつあっても足りねーわ…っと」

 

 皿に料理を盛り付けながらそう漏らす。まぁ、命が足りないのは今に始まったことじゃないが。

 

「それで? どうすんの」

 

「ま、チョイとばかし様子見だわな。とっつぁんが居ちゃ色々考えなくちゃならねぇしな」

 

 そう言いながらルパンは実に楽し気だ。難攻不落の難解なお宝にとっつぁんと来れば、そらルパン的には燃えるんだろう。わからんでもないけど、おれもとっつぁんは苦手という次元派だ。

 

 だってルパン一家のメタキャラなとっつぁん相手におれがどうやって勝てるワケがないって事さ。

 

 いやホント、とっつぁんに勝てる光景がてんで思い浮かばないよ。

 

 

 

 

to be continued… 



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とっつぁんとの取引と娘さんの脱出

先週のルパンは面白かったですねぇ。そんなこんなで早めに書き上がりました。サブタイがやっつけ加減ですが許しておくんなましよ。


 

 ルパンが次の動きを起こすまで暇になった。

 

 ルパンはしばらくダウンタウンで大人しくするそうだが、代わりに動けるおれはあっちこっちにお使いだ。

 

 ただこの国にはまだとっつぁんも滞在しているから見つからない様にしないとならないのがちと面倒だ。とっつぁんホントしつこいからな。

 

「流石に昨日の今日で呼び出されるとは思わなかったけど。何か判ったの?」

 

 明け方。まだ日の出前の宮殿の中に忍び込み、おれは不二子と会っていた。

 

「首狩りの娘さんが逃げ出したいって噂は知ってるでしょ?」

 

「ま、だから娘さん誘拐しようとしたんだけどね」

 

 不二子の問いにそう答えた。結果はとっつぁんのワナにハメられて失敗したわけだが。

 

「彼女を逃がせば例の島のヒミツを教えてくれるらしいわ」

 

「なるほどね。つまり娘を逃がす為に力を貸せと」

 

「引き受けてくれるわよね?」

 

 本来ならルパンが監獄から逃がした男の一人が首狩りの娘さんを逃がす手伝いをする事になるのだが。どうやらその役目がおれにやって来たらしい。まぁ、要人警護の心得はあるし、隠密行動なんかは得意中の得意分野だ。不二子からするとおれの方が実力も知っていて段取りも立て易いのだろう。

 

 というか不二子は元々どうやって娘さんを逃がす段取りをしたのか少し気になる。レジスタンス側とおれの知らない所で繋がっている可能性もなきにしもあらず。余計な詮索はしないし興味はあるがやぶ蛇は踏みたくはない。

 

「ま、構わないけどね」

 

 おれが受ける方がなにかと不二子の都合が良いのだろうから話が持ち込まれるのだから断る理由もない。故に了承の意を示す。

 

「うふ。良い子は好きよ、子犬ちゃん♪」

 

 リップ音と共に頬に瑞々しく柔らかい感触が伝わる。昔の純情ボーイの頃ならいざ知らず。今ならこの程度素面でも受け取れる、その程度には女慣れしたというかさせられたというか。

 

「それで。決行はいつ?」

 

「今は宮殿の中もバタバタしてるから、それが落ち着いてからね。また連絡するわ」

 

「わかった。んじゃ、またね不二子」

 

 時間にして10分にも満たない会話を終えて、おれは宮殿をあとにする。

 

 アジトに戻ったのは昼前。

 

 街は、というより国中で殺された国王の子であるパニッシュのレジスタンス放送により民衆は沸き立っていた。

 

 それほどまでに首狩り将軍は嫌われているという意味だ。

 

 これで少しは動きやすくなったわけだが。

 

「気は確かか? スパンキー」

 

「ったく、脱獄犯だってこと忘れるなよな!」

 

「お前を脱獄させたワケ知ってんだろうが」

 

 ルパンと次元が小柄なお爺さんを抱えてやって来た。

 

 前国王の側近だったこのお爺さんこそルパンが監獄から脱獄させてまで来たのはこの国のお宝の情報を得るためだ。

 

 なのだけど飲んだくれの酔っ払い爺さんな為、話を聞くのは少し大変だ。

 

「漂流島のことでしょ~?」

 

「そう、知ってることを聞かせろっつの」

 

「そりゃあたしゃ国王の側近でしたから? ヒック…色々知ってはいますけど…ねぇ」

 

「けど、なんだってんだっ?」

 

 中身が空っぽの酒瓶を振ったり、中身を覗いたりしてる酔っ払い爺さんにルパンの語調も強くなる。

 

「あの島から財宝を盗むのは不可能ですよ」

 

「へぇ。ますますヤル気が出てきた」

 

 難攻不落とか不可能とか言われる難解な獲物となればルパンは挑まずにはいられない。あんだけひどい目にあっても諦めないのはルパンだからこそだ。

 

「島で襲われたでしょ~?」

 

「ああ。なんなんだありゃあ?」

 

「あの島の守り神、ナノマシンですよ!」

 

 中身の無い酒瓶を置いて新しい酒瓶を漁る酔っ払い爺さんの口からようやくナノマシンの名前が出てくる。

 

「ナノマシン!?」

 

「漂流島の財宝を守るために拙者らを襲ったのが、ナノマシンということか」

 

 ナノマシンという言葉に驚くのは次元。そして斬鉄剣で斬っても効果がなかった五エ門もその名を知る。ただこの二人がナノマシンをどういうものかを知ってるかどうかは知らない。

 

 しかし時代錯誤もあったもんだ。人間のクローニングやらナノマシンやら、ルパンと付き合っているとその手のオーバーテクノロジーの話題なんかは事欠かない

 

「そうです…」

 

「で? そのマシンを黙らせる方法は?」

 

「ありませんねぇ…」

 

 新しい酒瓶を開けて煽り始める酔っ払い爺さんを見てこれ以上話を聞くのは難しそうだとルパンたちは視線を外す。

 

「んで、どうするよ?」

 

「まぁ、取り敢えず相手がどんなもんか調べますかねぇ」

 

「調べるって…」

 

「俺のケツに着いてた砂粒からなにか判るかも知れねぇぜ?」

 

 そう聞くパッパに対してルパンは返しながらおれにまたお使いを言い出した。つまり買い物である。

 

「って。パソコンは良いとして、顕微鏡なんてこの国に売ってんのかねぇ」

 

 そう溢しながら、実際にルパンは顕微鏡とかを用意してナノマシンを解析したんだから探せば何処かにあるんだろう。

 

「ん? うわぁ…」

 

 慌てて隠れたのは長年の泥棒家業で身に染み付いた泥棒的直感からだった。

 

「とっつぁんだよ。っぶねぇ…」

 

 この舞台の監督が原作者の先生だからだろう。今までのTVSPやコミカル調のアニメシリーズと違って、渋い叩き上げのデカ。つまりガチで強くて渋くてカッコいい銭形幸一警部なので、少しでも気を抜けばお縄を頂戴されてしまう。それくらい今のとっつぁんはヤバいので触らぬ銭形になんとやらだ。

 

 万が一には言いくるめられる材料は有るとは言え、余り使いたい手札ではない。

 

 しかしとっつぁんも何かを探している様子。とはいえ人を探している様には見えない。

 

 不法滞在は逮捕すると言われているのに、しょっぴきに来た数人の警官を撃退して、自分がこの国を去る時はルパンを捕まえた時だと言い切る程だ。

 

 ああいう信念に生きる男は強いし、正直憧れる。

 

 やることもないし暇だからこのままとっつぁんを観察するか、しかしそうなると普段の8割マシで強そうなとっつぁんにおれの存在がバレないかとのドキがムネムネチキンレースの始まりだ。

 

 賞品はとっつぁんの現状の様子。チップはおれという存在がこの国に滞在している事をとっつぁんに知られる事だ。

 

 今のところ裏方で動いている自分がこの国に居ることをとっつぁんは知らないだろう。ルパンが首狩りの娘を誘拐する時だって、首狩り側の軍人は奇襲と不意打ちで影すら踏ませずに速攻で倒して回ったし、アジトにだって居なかったのだから、次元が居るからおれも居る可能性を完全に除外してないだろうが、それでも警戒度は低いはずだ。なのに態々存在を知られる危険を冒す事もないが、それじゃあつまらないだろう。

 

 まぁ、ちょっとしたスリリングな隠れんぼだ。

 

 というわけで追跡開始だ。

 

 なにか物をとっつぁんは探している様子。立ち寄る先はジャンク屋など乗り物を扱っている店などだ。

 

 そうか。この国にとっつぁんの味方は居ないから乗り物も自前調達なのか。経費とかで落ちるのかね?

 

 確かルパンを捕まえた時にもカブに乗ってたはずだ。バイクがカブって時点でなんというか、昭和っぽい。いやとっつぁん昭和生まれだもんな。てか昭和一桁言うなら平成になってもバリバリに動き回るとっつぁん実際幾つなんだろか。いやよそう。それいうとルパン達や自分も何歳なのかわからなくなる。

 

 年月は過ぎてるはずなんだが、見かけがちっとも変わりやしないからな。

 

 何軒か店を見て回って、日本車関係を取り扱う店に辿り着く。正直とっつぁんを尾行する意味なんてないんだが、そこは一応暇潰しも兼ねているからセーフだ。

 

「ん? 不二子か」

 

 懐に入れてある携帯にキャッチが入る。不二子から持たされている物で、掛けてくるのも不二子だけだ。

 

 3コール鳴って切れる。つまり呼び出しなのだが、朝会ったばかりでまた呼び出しなんて人使い荒すぎ。

 

 普通はそう思うところだが、タイムスケジュール的にいうと明日の朝に娘さんを逃がすだろうから覚悟はしていた。なにしろ今朝と今のたった数時間で情勢はかなり慌ただしくなっている。

 

 最悪顕微鏡は明日の夜までに用意すれば間に合う。

 

 とっつぁんの買い物も確認したことであるし、そろそろ退散しようかと思ったところで「カチャリッ」と、腕から音がした。

 

「んなにっ!? ありゃ、ありゃ、ありゃりゃりゃりゃ~~~!!」

 

 そのまま引っ張られる力に負けて地面を引き摺られた。

 

「ふん、またお前か。ワシを尾行しようなんざ10年早いんだよ!」

 

「あれまとっつぁん。バレてたのね」

 

 引き摺られて辿り着いたのはとっつぁんの足元。視界には此方を見下ろす逆さまのとっつぁんが見えた。そう言えば今回の輪っぱはゴムみたいに伸びる輪っぱだったっけか。

 

「お前さんが何を企んでいるのか探るためにワザと尾行()けさせたが、警視庁からの叩き上げをナメるなよ?」

 

「なははははは。お見逸れしやした~」

 

 さて。笑って見せた所で困ってしまった。こっちだってルパン一家全員から隠遁に関しては習っていて、早々見付かりはしない自負もあったのに呆気なく最初から見つかってしまっていた。それこそおれはあの四人の隠遁術が混じって見つけ難いとはルパン達から言われているのにも関わらずにだ。

 

 やっぱり今のとっつぁんには近づいちゃアカンわ。

 

「さぁて。ルパンがタダ首狩りの娘を盗む訳がない。何が狙いかをキリキリ吐いて貰おうじゃないか」

 

「いやとっつぁんね。まだおれがルパンと組んでるなんて一言も言っちゃいないぜ?」

 

「はぐらかそうたってそうは行かんぞ? お前さんが裏でコソコソしてる時は大抵ルパンに関係している何かがある。長い付き合いだ、それくらいはわかるわい」

 

 と言って詰め寄ってくるとっつぁん。そらまぁね、おれ自身の主観的にはもう数十年の付き合いですから。にしては身体は成長しないし、ルパン達も歳とらんけどさ。

 

「いやでもね? おれは別にこの国の為に動いてるんだぜ?」

 

「なんだと?」

 

 おれの台詞にとっつぁんは食い付いてきた。さて、何処まで話して煙に捲るかね。

 

「とっつぁんもこの国が民衆にマトモな政治をしてるとは思わないだろ?」

 

「確かにそうだが。それとお前さんの何処に関係がある」

 

「おれはこの国のレジスタンスと契約しててね。まぁ、クーデターで代わった不当な政府を取り戻してやろうってことさ」

 

「それにルパンも絡んでるのか?」

 

「いんや。ルパンは別口さ。取り敢えずとっつぁん、この手錠外してくんない?」

 

 とっつぁんもバイクを買うのに軽くこの国の事情を見たはずだ。さらにルパン達を逮捕したいとっつぁんと、逮捕と処刑を同列に扱うこの国のやり方の反りの合わなささ。

 

 この国のトップが間違っていることくらいとっつぁんもわかってるはずだ。

 

 まぁ、おれにはそこまでの義憤はない。ただ、今捕まえられると予定が狂って来てしまう為に勘弁して貰いたい。

 

「つまり営利目的はないというのか?」

 

「おれの方はね。ルパンの方は知らないけど」

 

 おれとしてはレジスタンス――王子さまからこの国を取り返した時の働きを料金にして請求するつもりだ。なにしろ漂流島で首狩りと戦う予定ではあるのだし、首狩りを国から引き剥がせば後の軍隊は烏合の衆だ。統制が取れているレジスタンスに分がある。

 

 ちなみに王子さまが生きていることはルパンには伝えていない。本人から硬く念を押されたからだ。まぁ、そうなると男同士の約束だ。喋る訳にはいかない。

 

 それでもルパンとレジスタンスの接触があったのは確かだし、あっちはクーデターの仕返し、ルパンはお宝を盗む為に首狩りからの注意を逸らしたい。最悪ルパンが捕まるようなことはないし、殺されたとしても本物の王子さまは生きているからまだやりようはある。

 

 世界一の大泥棒にして変装の名人でもあるルパンを替え玉に使う代わりに漂流島のお宝を頂く。大した契約内容だ。

 

 そんな両者の利害の一致から偽者のパニッシュが産まれたわけだが。

 

 それほどまでに、影武者とは言えパニッシュが処刑された事が元国王派が過剰に生きている王子さまを匿い隠している事情だ。まぁ、捕まったら今度こそマズいだろう。首狩りは漂流島の例の扉のカギがパニッシュであることを処刑後に知って後悔したらしいが、今度捕まってはカギを開けるまでは無事でもそのあとは消されるだろう。そうであっても、漂流島には生きたパニッシュが居ないとナノマシンは誰彼構わず防衛機構が働いて襲ってくるのだから、どのみちパニッシュを殺すのは悪手なんだが、それを知るのは今のところ原作知識のあるおれだけだろう。

 

 ともかくも、とっつぁんに取っ捕まる訳にはいかない。でないと不二子との待ち合わせや予定が狂っちまうからだ。

 

 姫様の件や、これから起こるだろうアルカトラズ、その他にも判る通りとっつぁんは悪の優先事項は間違えない。

 

 そのとっつぁんからしてこの国の在り方はどう映っているのか。

 

「戻ってこい! クソガキィっ!!」

 

 おれたちの直ぐ横を数人の子供たちが駆け抜けて行き、それを追ってオヤジが声を荒げる。

 

「この国じゃ食べていくのにも盗みをしないとならない。それも悪だって言うのかい? とっつぁん」

 

「ぐ、むぅ…」

 

 とっつぁんの良心に訴えるというかなりズルい事をしている。まぁ、この手も使いたくはなかったが、それでも今のとっつぁんが折れてくれるかは果たして微妙な所だ。

 

「何故お前さんがこの国の事情に首を突っ込む」

 

「別に。ただたまたま声を掛けられて、そんでもってアレを見ちゃね。それはおれの信念に抵触するから手伝ってやろうってだけさ」

 

 という建前(ウソ)でとっつぁんを誤魔化すものの、こっちも出来る限りの手伝いはするつもりでいる。何故ならやっぱりあんな風に子供が関係ない大人の事情で振り回されるのはクソ喰らえっていうおれの信念があるからだ。

 

 でなかったらサオリや姫様だって助けてない。それは悪事を働くおれの唯一譲れない芯。悪党でも外道には堕ちない為の最後の境界線だ。

 

 だからまぁ、漂流島のお宝を頂戴するついでに首狩りを倒すくらいの事はしてやるってだけだ。だから正義の味方を気取るつもりはない。ただ悪党として、目的のために邪魔なヤツを消すってだけだ。

 

 取り敢えずその為にはルパンの手伝いをしながら不二子の手伝いの他は、なるようになるだろうさな。

 

「……お前さんの信念に免じて、今回は見逃してやる。だがこの国で少しでも悪事を働いてみろ。その時は必ずお前も逮捕してやるからな」

 

「上出来だ」

 

 とっつぁんに立たせられて手錠が外される。まぁ、おれがとっつぁんに色々とペラペラ喋るときは大抵何かしらルパン以上に悪党が動いてる時だから、長い付き合いのとっつぁんだってこっちの事をわかってるってことだ。

 

「んじゃな、とっつぁん」

 

「ふん! 気が変わらない内にさっさと行っちまえっ」

 

 とっつぁんに背中越しに手を上げながらおれは歩き去る。なんというか結局全部ゲロっちまったが、お陰でとっつぁんからのフリーハンドが貰えたんだから上出来だろう。これで営利目的に悪さをしなけりゃこの国の中なら自由に動き回れる。目下最大の障害はとっつぁんだからな。

 

 つまりだ、漂流島のお宝は手に入れられないんだが、確かアレは結局ルパン達も逃す事になるはずだ。そう考えるとまぁ、おれの取り分はゼロで今回も骨折り損のくたびれ儲けだ。最近こういうこと多いな。その代わりスリル満点の大冒険してるんだから、その体験料ってことで納得するしかねぇか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 明朝。まだ日の出前。おれは手漕ぎのボートで王宮の周りを通る水路を行き、水路に面している外壁にボートを寄せた。

 

 物音を立てないように道具を使わないで、外壁の僅かな隙間や出っ張りに手や足を掛けてよじ登る。イヤホント、五エ門様々っていうか。ルパンも手足で壁を登ったりするが、垂直の壁を昇る技術は五エ門からの技術が大いに役立っている。そら斬鉄剣の侍のイメージが強いが、伊賀流忍者でもあるからな五エ門は。

 

 指や足を掛けて、身体の重心が重力に引かれる前に上に登れば垂直の壁でも登っていけるし、極めれば垂直の壁の上にも立てるそうだ。やっぱ忍者ってハンパねぇ。

 

 そうして外壁を登った頃。二つの影が王宮の方から走ってやって来た。見つかるようなヘマはしてないし、影の形は女性の物だ。

 

「ハァイ、ノワール。お待たせ♪」

 

「なぁに。おれも今来たところさ」

 

 そんなデートの待ち合わせをするカップルみたいなお約束の会話に、不二子に連れられてきた別嬪さんは眉を寄せた。

 

「ねぇ。本当に大丈夫なの?」

 

 まぁ、あっちからすればただの子供が迎えだなんて思ってもみないだろう。普通なら不安になって当たり前だ。

 

「心配しないで。こう見えて、この子はプロだから」

 

 そう言って、娘さんの不安を拭う不二子。まぁ、多方面に手を出してるからプロかどうかは胸を張れないが、素人じゃないのは確かだ。

 

「それより、漂流島の秘密を教えてくれない?」

 

 不二子が木の枝にロープを引っ掛けながら娘さんに声を掛けた。

 

「……あの島に行くのは、止めた方が良いわ」

 

 それに娘さんは言い淀む様に言葉を口にした。

 

「どうして?」

 

「あの島の防御システムは、私の父ボルトスキーが前の国王の命令で造ったの。誰にも破れないわ」

 

「でも、アナタはその方法を知ってるんじゃ」

 

「いいえ…」

 

「ええ!?」

 

 そんな娘さんの告白に珍しく不二子は驚いて声を上げてしまう。まぁ、こんな警戒厳重な場所で命懸けで骨を折っているのにそんなこと言われたら驚きもするのは無理もない。

 

「ごめんなさい。父は殺される直前に、私が生きている事が島の秘密を解く鍵だと将軍に言ったの。でもそれは私を守るためのウソ。私は何も…」

 

「そんな……」

 

 島の秘密を教える代わりに逃亡を手助けする約束が、実は何も知らなかった。不二子はその事実に落胆している。てか不二子じゃなかったらこの時点で殺されても文句は言えない。

 

 不二子にどうするのか視線を投げる。裏の世界ではこういった場合は放り捨ててもokだ。何故なら報酬をチラつかせて騙して此方を利用したのだ。女でなかったら、相手が不二子でなかったら、撃たれたって、それこそ別嬪さんなんだから後ろ暗い鬼畜外道な事をされても文句は言えない。

 

「でも。首狩りの部屋のコンピューターに、何かヒントがあるかも」

 

「コンピューター、か…」

 

 そして不二子はおれに視線を寄越した。

 

 確かに裏の世界でなら問答無用だが、娘さんはそうじゃない。まぁ、カタギにしたって人を騙して此方を利用したのだから褒められたモノじゃないが、ノーヒントのままという訳でもない。ほぼ監禁状態だっただろう生活っぷりは不二子だって知っていて、それでも彼女に出来る精一杯の情報は話したのだから、不二子的にはokらしい。

 

「いいわ。ここまで来ちゃったら戻るにも大変だし。逃がしてあげて」

 

「わかったよ」

 

 おれも熊手着きのロープを外壁に引っ掛けて、紐の先端を水路に向かって垂らす。

 

「それじゃあお姫さま。エスコート致しましょう」

 

「よ、よろしく」

 

「ヘンなコトしちゃダメよ?」

 

「なんでそう雰囲気悪くなること言うかなぁ」

 

 これから暫く二人っきりでボートに乗って逃げる娘さんの不安を煽る様な事を言う不二子。

 

 おれは一息吐いて余計な事を宣った不二子に歩み寄ると、背伸びをして不二子の目蓋にキスをする。

 

「こういうことをするのは不二子だけだって知ってるでしょ?」

 

「あら、子猫ちゃんにはシないのかしら?」

 

「アイツは別口。というか、別におれがしなくたって不二子は困らないんだから意地悪しないでよ」

 

 それこそ不二子が一体何人の男と関係を持ってるかなんてわかったもんじゃない。そんな大勢の内の、しかも子供の一人なんか気にする女じゃないだろう。

 

「そうでもないわよ? アナタは女の子を大切にするから、自分本意な男の何百倍も気に入ってるのよ?」

 

「そうなら光栄だけどね。それじゃ、そろそろ行くよ」

 

 さすがに話し込んでいるて見つかったんじゃ笑えない。不二子に別れを告げて、おれは待っていた娘さんのもとに戻る。

 

「アナタ、あの人とどんな関係なの?」

 

「ま、仕事仲間ってトコロかな? それよりコレ着けてくれ。素手でロープを握るなんて危なっかしいからな」

 

 そう言いながらおれは娘さんに滑り止めつきの軍手を渡す。素手でロープを握って滑ったら手の皮なんて直ぐに削れる。前世で経験があるが、ありゃめっちゃ痛い。

 

 しかし薄手のワンピースというか、そんな感じの格好でロープを降りるのって中々大変そうだ。

 

「取り敢えず滑って落ちないように腰は支えさせて貰うから、そこは勘弁してくれ」

 

「え、ええ。でも、ヘンなコトしたら赦さないから」

 

「そこまで飢えちゃいないさ」

 

 不二子の余計な一言で警戒されてしまったが、別嬪さんだからってホイホイルパンダイブするほどおれは節操なしじゃないし飢えちゃいない。

 

 それにコレは不二子からの仕事なんだから、依頼品を傷つける様なことはしない。コレが他の男ならわからんが、少なくともおれはしない。まぁ、ルパンだとちょっと心配? パッパともんごえ先生なら大丈夫だと言えるか。

 

 娘さんの腰を支えながらロープを伝って降りる。ボートに辿り着くと、そのまま水路の流れに沿うようにボートを動かす。手漕ぎでも音を出さないように最小限にして最低限の力で動かす為だ。

 

 そして林に入ってしまえば頭上を覆う木の枝の葉によって上からは此方の様子を伺うことは困難になる。

 

「取り敢えずそんな格好じゃ寒いだろ。コレでも着て我慢してくれ」

 

 そう言いながらおれはジャケットの上着を脱いで娘さんに寄越した。まだ日の出前の時間で水路の上の林の中は普通に寒い。おれだって寒い。だが女が肩を出すほどの薄着で寒い場所に居させるくらいなら一肌脱ぐ甲斐性と人情くらいは持ってるさ。

 

「あ、ありがとう。…ねぇ、これから私はどうなるの?」

 

 ジャケットを受け取りながらも彼女は不安そうに訊いてきた。実は言うとノープランに近い。不二子からは彼女の思うようにしてやってと言われているから、娘さんがどうしたいかという事になる。

 

「逆に聞きたい。アンタはどうしたい」

 

「どうって……わからないわ」

 

 彼女としては何時ウソがバレて自分の命が脅かされるともわからない状況だったわけだ。

 

 とにかく早く首狩りのもとから逃げたい。その目的だけが目標になっていて、その後の事は考えてなかったとしても不思議じゃない。箱入り娘っぽいオーラ駄々漏れだし。

 

「ひとつは、この国に留まるのも良し。あの放送を見たから判るだろうが、レジスタンスなら旧国王派が中心だったからアンタが首狩りの本当の娘じゃないことも知ってるから保護して貰えるだろう。もうひとつは、この国を捨てて生きる事だ。どちらが楽で大変かはおれにもわからない。ただこの国がイヤだと言うなら、見れる面倒は見てやる。それが不二子からの仕事だからな」

 

 おれの提示できる道はその二つだ。ちなみにレジスタンスに保護される方がおれ的には方々に頭下げないで済むから楽で良いんだが。

 

「……お願い。私をこの国から連れ出して」

 

「……それがどれほど大変かは、考えての事だな?」

 

 おれは念を押して彼女に問う。何故ならこんな箱入り娘が国の外で身一つで生きていけるほど、世の中優しくはない。金さえ持っていないのだから、良くて1週間かそこらで野垂れ死んでも不思議じゃない。かといって身売りをして生きろと言うほど、おれは鬼畜じゃない。

 

 なんか数十年前のニューヨークで同じことした記憶あるぞコレ。アイツに言わせれば数年前の出来事らしいんだが。まったく、時間経過の概念がいい加減だ。

 

「この国には良い思い出よりも辛い思い出が多くなってしまったし。曲がりなりにも首狩りの娘だったもの。覚えのない恨みだって抱かれてるかもしれないし。それならいっそ」

 

「それで? 無一文でどうやってやってくつもりだ? というか、アンタはウソ吐いて不二子やおれを利用してるんだ。この場で撃ち殺されても文句は言えないんだぜ?」

 

「そ、それは…っ」

 

 別に脅してる訳じゃないが、おれの言葉に娘さんは肩を抱いて身を縮込ませた。

 

「まぁ、裏の世界でならって話だ。アンタはカタギの人間だから。不二子がアンタを赦したから今も生きてるんだ。人ひとり逃がすのだって簡単じゃない。今もおれは命懸けだし。不二子もアンタが逃げたことを気づかせない様に命を懸けないとならない。そうまでするのはアンタが知ってると宣った漂流島の秘密を知るためだ。それすら知らずにウソを吐いた自分の価値は何処にも無いことは理解しろ。おれがアンタを逃がすのも不二子の仕事であるからだ。逃がしたあとの面倒を見る筋合いはない。同情心を買える程の関係でもない。おれにとっちゃどうぞ好きにして下さいってこったな」

 

 取り敢えず、この世間知らずな箱入り娘さんに今の現状を説明する。それでも今現状面倒を見切れるのはこの国を出るくらいまでだ。それから先の事は自分でどうにかしてもらわないとならない。おれだってそうそう何度も他人の面倒なんか見切れない。アイツの場合はちと歪んじゃいるがそれでも目標を持って前に進んでいるからだ。

 

「さ、さっきと言ってることが違うわよ!」

 

「違わないさ。何処まで面倒を見るのかはおれの尺度だ。取り敢えず国外に出るまでは仕事の内に入るが、それ以上は不二子の分を超える」

 

「っ…」

 

 息を飲む娘さんだが、こういうことはちゃんと線引きしておかないとズルズルとしてしまう。こっちはその気はなくとも相手はどうだかわからない。とにかくおれに対するメリットが無いのだから、国外に行く以上の面倒は彼女がおれにどれだけメリットを提示できるかによる。とはいえ、無一文の箱入り娘にどうこうできるものはあまりにも少なすぎる。

 

「っ…。だ、っ、だったら、私を売ってあげる! だからこの国から連れ出してちょうだい」

 

「……まぁ、そうなるよな」

 

「っぅ…!」

 

 身一つしかない彼女にはそうするしかない。おれが視線を寄越すと彼女は抱いていた肩をさらに強く抱き締めて、此方を睨んできた。

 

「っっ…」

 

「動くな。じっとしてろ」

 

 おれが手を伸ばすと身を捩って逃げようとするが、小さなボートはそれだけで揺れて危なっかしい。

 

 彼女に掛かったジャケットに手を伸ばして、手を内側に入れる。

 

「っひ!」

 

「…………」

 

 内ポケットからタバコとライターを取り出して、おれはまた座り込んだ。

 

「な、なにを…」

 

「別に。タバコが欲しかっただけさ」

 

 チンッとライターを開けて火を点ける。さすがにこう暗がりなら一瞬なら火を着けても構わないだろうし、宮殿には背を向けてるから大丈夫だろう。

 

「っっ、あ、アナタねぇ!」

 

「生憎と純愛派でね。無理矢理ってのは本で読んだりする分には良いが、実際にヤるなら嫌がるオンナを抱いても興醒めするもんなのさ」

 

 まぁ、そんな無理矢理する経験なんて皆無というか、アイツと不二子以外の経験なんてないからなんとも言えないが、やっぱりスるなら互いに愛し合ってシたい派なのは確かだ。

 

「ま、そんだけの覚悟があるなら、真っ当に働いて真っ当に暮らす覚悟くらいはあるだろ?」

 

 どうなんだと視線を向ければ、彼女はそっぽを向いてしまう。まぁ、そら不機嫌になるわな。ただこっちは仕事だし、向こうは厚意で逃がしてもらう側で機嫌に配慮する必要はない。

 

 まぁ、内ポケットを探るのに少し手は当たったが。まさかのノーブラとは。本当に寝間着で出てきたらしい。いや中々柔らかかったですごちそうさまでした。 

 

「取り敢えず着替えだな。そんな格好じゃどうぞ襲って下さいって言ってる様なもんだからな」

 

「好きにすれば良いじゃない…」

 

「言ったろ? 無理矢理はノーサンクスだって」

 

 いざ実際ヤれば興奮するのかもしれないが、ただでさえ泥棒として国際指名手配されてる現状で余罪に強姦魔なんてつけたかないし、そんなことすれば破門だ。か弱い女には優しくがルパン一家のモットーだかんね。

 

 吸い込んだ紫煙を吐き出しながら、さてどうするか考えて。取り敢えず今回のヤマが片付くまではセーフハウスで待っていてもらおうか。その方が国外に出るのは楽だし。もちろんルパンたちとは別に用意している部屋だ。でないとルパンがナニするかわかんないし。いや信用してるけどね、だからルパンだからやっちゃいそうっていう別の信用もあるというか、美人にちょっかい掛けないルパンなんて見た日には偽者を疑うねおれは。

 

 

 

 

to be continued…

 

 



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THE END

久し振り過ぎて腕が鈍っていてやっつけ仕事なのはご勘弁ください。


 

 首狩り将軍の娘のエメラを連れてアジトに戻ったおれは、やっぱり止めた方が良かったと後悔した。

 

「オンナ連れたぁおまえも隅に置けなくなったじゃねぇか」

 

「そんなんじゃねぇよ」

 

「今度は本物の娘さんなんだな」

 

「不二子からの仕事だから信用して良いよ」

 

 ウザがらみしてくるパッパと、エメラを見て本物かと問うルパンに答える。するとパッパは眉間を顰めた。

 

「オイオイ、不二子が絡んでるのか? やめとけやめとけ。アイツが絡むとロクなことがねぇ」

 

「おれが受けた仕事だから、なにかあればどうにかするさ」

 

 原作だとエメラは宮殿から出たらフェードアウトしたためにどうなったかなどは不明だが、現実はそうはならない。レジスタンスに身を寄せたのだとは想像できるものの、じゃあおれが関わって国外に出るというのならその後の彼女はどうなるのかは誰にもわからないし、画面の前のルパン好きのファンでも、不二子をナノマシンの制御プログラムにたどり着かせる為のちょい役のキャラクターのその後など気にしないだろう。

 

 ただ此処は現実で、死ななければ誰もがその後の人生がある。

 

 調達した機材で顕微鏡を拵えたルパンは、漂流島で付着したナノマシンの砂粒を分析した。

 

 ナノマシンなんて未来のテクノロジーを完成させる

 

「ナノマシンの中にお宝が眠ってるってワケか」

 

「ふぅん、中ねぇ…」

 

 何気ない次元の一言だったが、それで正解だった。ナノマシンの正体をルパンが知ったのもこの時だろう。

 

 ズフのナノマシンは原子レベルで変化させた金を使っているということ、つまりナノマシン自体がお宝その物だったのだ。

 

 前国王の側近だったスパンキーを探しに行ってくるとルパンはアジトを出ていったが、パッパは付いていかなかった。

 

 つまり最後にオーリに次元との小細工だったと言ったのはウソだった、ということかもしれない。

 

「なかなか帰ってこないな、どうしたんだか」

 

「賞金首とかに追いかけ回されてたりとか? もしくはとっつぁんに捕まったとか?」

 

「オイオイやめろよ。口は災いのもとっていうぜ?」

 

「まぁ、なにかがあったから帰ってこないんでしょうよ」

 

 今頃ルパンはとっつぁんに捕まっている頃だろうか。

 

 あとは不二子も首狩りの部屋でナノマシンの制御プログラムを手に入れている頃だろう。

 

 あとは本物かルパンの変装かはわからないが、パニッシュが宮殿へ向けて花火を打ち上げている頃か。

 

 まぁ、この時のパニッシュはルパンの変装だったのだろうが。

 

 物語も佳境だ。明日にもレジスタンスの攻撃が始まるし、ナノマシンの方も片が着く。

 

「明日、ナノマシンにケリを着けに行ってくる。1日経って戻らなかったらレジスタンスを頼りな。その話はつけておく」

 

「戻らなかったらって、死ぬ気なの?」

 

「冗談。まだまだ死ぬ気はねぇよ」

 

 危うきに近寄らずというが、そんなんでルパンたちに付いていくことは出来ない。それに死ぬ気もないのも事実だ。

 

「それでも絶対はないからな。保険だ保険」

 

「ならそんな弱気なこと言わないでちゃんと帰ってきて。あたしにはあなたしか頼れる人が居ないんだから。あたしの為に、生きて帰ってきて。女との約束をちゃんと守る男だってところを、私に見せて」

 

「胆が据わってんなぁ」

 

 自分の為に帰ってこいなんて強かな彼女に関心する。

 

 それもそうか。親を殺され、いつ自分もとわからない生活を送っていたら胆も据わるかおかしくなるかのどちらかだ。

 

 女との約束か。確かにそれを破るのは男のやることじゃないな。

 

「わかった。なら大人しく待ってろ」

 

「生意気ね。あたしの方が歳上なのよ?」

 

「育ちが悪いもんでね」

 

 次元の真似をしてるだけだが、身体が追い付いていないから生意気なんて言われるのも百も承知だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 一夜を明けて今度は船で漂流島に向かうことになった。

 

「しかし行ってどうする。鍵がなけりゃ前の二の舞だぞ?」

 

「なぁに、行ってから考えりゃいいさ」

 

「楽観的な人間は強い」

 

 そんなルパンたちの会話を聞きながら、ナノマシンをも騙すパニッシュの変装でどうにかするのは確定だったとして、もうひとつの鍵のペンダントを持つオーリの存在は完全な偶然だっただろう。

 

 再び上陸した漂流島。静けさが逆に恐怖を煽ってくる。

 

「オイオイ、腰が引けてっぞ」

 

「うわっ!? なにすンだよったく」

 

「珍しいじゃない? お前さんが引け腰なんてよ」

 

「弱腰の人間は脆い」

 

「わーってるよ。でもしょうがないだろ? いつナノマシンが動くかわからないんだからさぁ」

 

 例の扉と研究室とかに立ち入らなければセーフなのかも知れないが、それも確実だとは言えない。

 

「まぁ、此処までは良いんだ、此処までは。問題はこの先…っと、すまねぇ。うぇ!?」

 

「ハァイ、お久しぶり」

 

「不二子~♪」

 

 タバコの火を探していた横からライターを差し出されて驚くパッパ。差し出したのは不二子だった。

 

 見せたいものがあるということで1度研究室の機材を使うことになった。

 

「こんなとこに居ると危ないんだよぉ?」

 

「大丈夫」

 

「俺たちなんかひどい目にあったんだよぉ?」

 

「へ、不二子が絡まないからあの程度で済んだんだ」

 

「ふんっ」

 

 MOの中にはナノマシンの事が事細かに書かれたデータが入っていた。

 

 ただペンダントの鍵だけは不二子でもお手上げ、しかしルパンは何時になく真剣な表情でパソコンのディスプレイを見ていた。

 

「い、良いじゃないのもっと見せてくれたってぇ」

 

「コレはあたしが命懸けで手に入れたんですからね」

 

「んじゃ手ぇ組まない?」

 

73(シチサン)ならいいわ」

 

「はにゃ?」

 

「お宝の7割があたしで、3割があなたたち」

 

「うぅ、セコぉ」

 

 完全に足元見られてる勘定だった。しかしナノマシンを止めるためには不二子の持つデータが必要不可欠だ。つまりその配当で手を打つしかない。

 

「せめて3.5とかにならない?」

 

「っと、そうね。ノワールの分も勘定しないとね」

 

「言わなきゃ忘れられてたなんてちょっとひどい」

 

「ごめんなさいね。なら2割ノワールにもあげるわ。危ない橋を渡って貰ったんだし」

 

「よし、不二子愛してるよ」

 

 その2割がどこから出るのかわからないが、値段交渉はしてみるもんだ。

 

「ちょっとタンマ、その2割って俺たちの山分けから出すわけじゃないよねぇ?」

 

「あら? 嫌なら良いのよ? コノMOが無くてお宝が手に入ると思っているならね」

 

「あ、待って不二子」

 

「え?」

 

 慌てて不二子を呼び止めたがもう遅かった。不二子が座ったコンソールはナノマシンを呼び覚ましてしまい、慌てて外へと逃げる。

 

 そのまま空母の甲板の上から海に飛び込んで事なきを得た。もう少し早く止めれば良かった。

 

「ほらな、やっぱり不二子が絡むとこういう事に」

 

 今回は不二子を援護するのは少し厳しい。なにしろナノマシンが動いたのは不二子の所為だったのだから。

 

 それを愚痴るなというのも無理だ。

 

 ただその次元の言葉を遮るようにヘリのローター音が聞こえて来て物陰に身を潜める。

 

「んじゃ、当初の計画通りに行ってみましょっか」

 

 ルパンの言葉に頷く。ルパンは変装でトライ。その後を自分達は付いていくという簡単だが息を抜けない作戦だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 オーリが居て、ペンダントの鍵が揃った事でパニッシュに変装したルパンでも扉を開ける事が出来た。

 

 ただパニッシュを始末する判断を下した将軍も詰めが甘い。2年前と同じ失敗をして結局はナノマシンを敵に回した。

 

 ナノマシンの制御システムにアクセスしても、結局パニッシュが居ないとダメだというセキュリティの高さに舌を巻く。

 

「ヤバい、パニッシュが消えたのを感知しやがった」

 

 ナノマシンがおれたちをスキャンするが、ルパンの変装はクライシスの放った弾丸によって解かれてしまったのでいくら探してもパニッシュは居ない。エラー音を吐き出す様にけたたましい音を上げて、ナノマシンが戦闘態勢に移行した。銃をルパンに壊されたクライシスは為す術無くナノマシンに八つ裂きにされたが気にする暇もない。

 

 次々と襲い掛かるナノマシンを小太刀を振るって切り裂いていく。上手く振れれば刃毀れもしないが、予想以上に気を遣う。

 

 そんな自分は不二子の援護に回った。

 

「ちぇりおおおっ」

 

 銃が効かないのは最初から判っているのだから、小太刀を振るってでナノマシンを切り裂いて道を作る。

 

 だがしかし、斬った傍から自己再生されるから焼け石に水の様に切りがない。

 

 グレネードランチャーを撃ちながら次元が不二子を急かすが、前に進むのだって厳しい現状でそれは酷だ。

 

「なんとかするから不二子は走って!」

 

 不二子の前を走りながらナノマシンを斬り捨てつつ叫ぶ。

 

「頼んだわよ、ノワール」

 

 身を挺するのは今だと見定めて全力で行く手を阻むナノマシンの鉾を切り捨てる。その隙間を縫って不二子は駆け抜けていく。

 

 ナノマシンの制御システムまでどうにか辿り着いたところで、制御プログラムを制御装置に入れようとした不二子だったが、制御装置をナノマシンに払い除けられてしまう。

 

「不二子!!」

 

 襲われる不二子には悪いが、払い除けられる事を知っていたから即座に反応して制御装置とプログラムの入ったMOをキャッチしてスロットイン!

 

 緊急停止プログラムを読み込んだナノマシンは機能を停止してあちこちで形状を保てずに崩れ落ちていった。

 

「不二子、大丈夫?」

 

「ええ。なんとかね。それよりあなたの方が傷だらけじゃない」

 

 不二子を助け起こして指摘されると身体のあちこちがしくしくと痛み出す。被弾覚悟で不二子の道を作ったから何発かナノマシンの刃を掠めていた。

 

「こんくらいへでもないさ」

 

 やせ我慢まではいかないが、それでも唾をつけとけば治る傷だ。五体満足で終われた事を安堵した。

 

 1発の銃声が響き、ルパンの方も首狩り将軍とのケリが着いたのだろうと思い出す。不二子と頷きあって銃声がした方に向かえばもうルパンたちは集まっていた。

 

 崩れ落ちるナノマシンに埋もれるワケにもいかないから全力疾走で通路を駆け抜けていく。

 

 ナノマシンの土台を失って、直接海に浮かぶ空母の残骸の揺れが収まった事で皆して今度こそ終わったと息を吐いた。

 

「イィィヤッホゥ!! アッハハハハ♪」

 

 堪らず足元の金の砂を両手で救って舞い上げたのは不二子だった。

 

「ああ、こりゃすげぇ」

 

「これがすべて“金”か」

 

 途方もない金の量に、パッパも五ェ門も感嘆していた。

 

「ズフのナノマシンは、その基本素材に原子レベルで変化させた金を使ってたのさ」

 

「あのMOがそれを全部元に戻したってワケ! アハハハハハ♪」

 

 ネタバレをするルパンを横目に、ご機嫌絶好調の不二子。まぁ、無理もない。この量の金を見れば誰でも機嫌は良くなる。これが手に入らないんだから勿体無いよなぁ。

 

 まぁ、とっつぁんとの約束もあるし。今回は諦めるしかないな。営利目的が無いと言って輪っぱ外して貰ったんだし。

 

 おれたちが乗ってきた船に金の砂を乗せていると、1機のヘリがやって来ておれたちの頭上でホバリングする。

 

「ポリス?」

 

「んなバカな」

 

「見つけたぞお前たち! ルパンは何処だ!!」

 

「銭形!? みんな逃げるわよ!」

 

「無念」

 

 お宝ホッポリ出してとっつぁんから逃げる為に不二子の乗ってきたボートに飛び乗って尻尾を巻いて退散する。

 

 あとはルパンに任せよう。

 

 なにしろ今回は渋い銭形警部のとっつぁんだ。

 

 しかもルパンに2回も輪っぱをかけてるのだから普通にヤバい。

 

 一目散に逃げるが勝ちだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ズフの街に戻ってみるとお祭り騒ぎ状態だった。

 

 首狩り将軍の圧政から解放されたのだから致し方の無い事だ。

 

「君には礼を言わなければならないな」

 

「別に。こっちの都合だから礼なんて要らねぇさ。王子を騙った罪に問われなければ」

 

「首狩りを倒したのは君らだ。それにすべて織り込み済みの計画だ。罪には問わないさ」

 

「なら結構だろうさ。働いた分程度は貰っただろうし」

 

 オーリの店。グラスを傾けながらパニッシュとおれは話していた。

 

「君にも報酬は支払わせてくれ。彼女の事もある」

 

 言わずもがな、エメラの事だった。

 

「なら有り難く貰うぜ」

 

「次は美しく甦ったこの国に足を運んで欲しい。君たちはこの国の国難を救ってくれた英雄だ」

 

「はは。ガラじゃないさそんなの。ただ盗みに来て邪魔だったから首狩りを倒しただけの、通りすがりの泥棒一味ってだけさ。おれたちは」

 

 グラスを空にして立ち上がる。

 

「縁があればまた会おう」

 

「ああ」

 

 パニッシュの言葉を背に、おれは店を出た。

 

 空港が使えるようになるまで国内で待ちぼうけはしたが、空港が正常化したら飛行機で向かう先は欧州はカリオストロ公国。

 

 おれが唯一頼れる国であり、個人的にも贔屓にしてくれている姫さまに今回のネタを手土産に語りながらお茶をゆっくりと飲めるそんな国だ。

 

 そんな一国の主と交友があることにエメラにはかなり驚かれた。それもそうだろう。泥棒が国家元首と知り合いだなんていうのは物語の中だから良いのだ。現実だとその国家元首に要らぬ噂が立ってしまう。

 

 それでも関係が続いているのは、姫さまにもおれにも利益があるからだろう。利益無しにも個人的な友好はあると思いたい。でなけりゃ泣くぞ。

 

 カリオストロに到着して、エメラを姫さまに紹介したあとは新しいルパンの物語を姫さまにお聞かせした。それに満足された姫さまのGOサインをもって、新しいルパンのアニメを作ることになるのは別の話である。

 

 

 

 

to be continued…



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燃えよ斬鉄剣
燃えよ斬鉄剣 -前編-


頭の中に盗みに入ってくれルパンと願う毎日なり


 

 おれは今、前世含めて人生初の歌舞伎を観に来ていた。

 

 石川五右衛門没後四百年を記念して? 偲んで? まぁそんな感じの記念公演だ。

 

 ルパンと次元は歌舞伎には興味ないからゲーセンで暇潰ししている。

 

 ならどうしておれは歌舞伎の方に居るのかと言われたら、これが燃えよ斬鉄剣の始まりであることを知っているからだ。

 

 燃えよ斬鉄剣──。

 

 その名の通り、斬鉄剣に纏わり、五ェ門がスポットされるTVスペシャルだ。

 

 これは当時ビデオにダビングして、風邪を引いた時なんかは何回も見返していたから内容に関しては心配ない。

 

 斬鉄剣絡みとあればおそらくこっちも無関係じゃいられないだろう。

 

 となれば、初動に出遅れない様に五ェ門が居る歌舞伎座の方に来たというワケだ。

 

 芝居も佳境。いよいよ石川五右衛門の釜茹でに差し掛かる。隣のもんごえ先生は涙うるうるであるが、僅かな殺気に反応して斬鉄剣を抜いた。

 

 手裏剣を弾き落としたのを皮切りに、歌舞伎の舞台に次々と忍者が現れて手裏剣を投げてくる。その悉くを五ェ門は斬鉄剣を振るって弾いている。

 

 尤も、こっちも他人を感心している場合でもなく、飛んでくる手裏剣を倣う様に斬鉄剣で弾く。こちらをも狙ってくるということは、斬鉄剣について五ェ門だけでなくおれも狙われる予想は当たりだったというわけだ。

 

 手裏剣では埒が明かないと、幾人かの忍者が刀を抜いて飛び掛かって来るが、問答無用でそれを真っ二つにする五ェ門。対するこちらは殺しをしないので峰打ちが精々である。

 

 そのまま五ェ門は舞台の上に上がって忍者を数人切り伏せながら飛び上がり、舞台装置の門の上に降り立つ。一度斬鉄剣を鞘に納めれば、斬られた数人の忍者が倒れ伏した。

 

「お主たち、何が狙いだ」

 

「斬鉄剣をいただく…」

 

 鎖鎌の分銅を振り回す忍者の一団。それは五ェ門だけでなくこちらにも向いている。観客席と舞台上に立ち位置が分かれていても両方を狙ってくるというのならば、おれの持つ刀も斬鉄剣であることが知られているということだ。

 

 迫り来る分銅を斬り捨て、ホールから抜け出し、歌舞伎座の屋根の上に登る。

 

 瓦屋根の上を駆けながら、目の前に飛び出してくる忍者を打ち払って、五ェ門の背に立つ。

 

「拙者ばかりではなくお主もか」

 

「どうやらね。コイツも斬鉄剣なのがバレてるらしい」

 

 五ェ門の斬鉄剣については有名だが、おれの持つ斬鉄剣については如何程か。

 

 五ェ門に投げつけられた分銅を、入れ替わって抜いた斬鉄剣で微塵切りにする。

 

 飛び上がって斬り掛かってくる忍者を、立ち替わった五ェ門が切り捨てる。

 

「ぬっ、いかん、散れ!」

 

「くっ」

 

 五ェ門の足元に突き刺さったクナイにはチリチリと音を立てて火花が散っていた。爆弾クナイが来るのを知っていたから、五ェ門が足元のクナイに気づいた瞬間には歌舞伎座の屋根から飛び降りていた。

 

 その後は銀座の街中を舞台にして大立ち回りの始まりだ。

 

 ゲームセンターの中を駆け抜ければルパン、次元と擦れ違う。後ろから爆発音がしたのはルパンのやっていたUFOキャッチャーのルパン人形に爆弾クナイが刺さっていて、それをルパンが投げ捨てたからだ。

 

 物凄い速さで後ろからルパンと次元が横に追いついてきた。

 

 正面から忍者が刀で斬りかかって来たのをルパンが白刃取りで受け止めて、忍者の顎を蹴り上げて倒した。

 

 今度は手裏剣を後ろから投げられたが、次元がマグナムでそれを撃ち落として、さらに一枚の手裏剣を弾き返して手裏剣を投げてきた忍者に刺さる。

 

 五ェ門が斬鉄剣を抜けば、構えていた刀ごと忍者を切り捨てた。

 

 行く手を阻もうと斬りかかる忍者に対しておれも斬鉄剣を抜いた。

 

 交差して着地し、抜いた斬鉄剣を納めると斬られた忍者は倒れた。もちろん峰打ちだ。

 

 小手先では埒が明かないと判断したのか、忍者のリーダー柘植の幻斎が爆弾クナイを投げた。

 

 爆発したクナイが破壊したのは銀座の有名な時計塔だ。

 

 頭上に降ってくるそれを五ェ門が一刀両断。取り敢えず押し潰される危機を脱する。

 

 時計の歯車に乗ってなんていうコミカルなやり方で逃げもして、しかし車の渋滞に差し掛かってそれも出来なくなって車の上を伝って逃げる。

 

 すると今度はビルまで爆破して行く手を阻もうとするというちょっとやり過ぎなやり方に物申したくなる。

 

 さすがにどう逃げても押し潰されるヤバい場面だが、これも五ェ門が斬鉄剣でビルを木っ端微塵に切り裂いて、降ってくる瓦礫を足場にして生き埋めになるのを回避する。それでどうにか追っ手は退けられたらしい。

 

 しかしそれでは終わらない。今度はパトカーがわんさかやって来た。

 

 先頭のパトカーから出てきたのはもちろん銭形のとっつぁんだ。

 

「ルパーーン!! 華の銀座のど真ん中でこのような騒動を起こすとは言語道断! 逮捕する!!」

 

「いけねぇ、とっつぁんだよ」

 

「やべぇな」

 

「ごめん先に逃げる!」

 

「あ、おいノワール? 五ェ門?」

 

 さすがにとっつぁんに睨まれたくないんで真っ先に尻尾を巻かせて貰った。ただそれだけではないのだが。

 

「ノワール、しばらく斬鉄剣を預からせて貰う」

 

 落ち着いたところで同じ方向に逃げていた五ェ門にそう言われた。

 

「タンマタンマ。斬鉄剣を預けてもおれの知識が狙われてるんだったらどうするよ」

 

「む。それもそうだな」

 

 一先ずおれの斬鉄剣は預けなくても良さそうだが。これからどうするか。ルパンとパッパに合流するか、それとも五ェ門とこのまま行動するか。

 

 電車の高架下。占いをしている老婆に死相が見えていると声を掛けられた。

 

 響くワルサーの銃声。よろめきながら近づいてくる老婆は柘植の幻斎の変装だった。倒れる幻斎の額には銃痕。

 

「自分の運命は占えなかったってワケだ」

 

「五ェ門。なんで狙われたんだ?」

 

「狙われているのは拙者だ。余計な関り合いにならぬ方が良い。これ以上首を突っ込むと、お主たちでも…斬る!」

 

 斬鉄剣を見せながらルパンと次元を制する五ェ門。

 

「行くぞノワール」

 

「お、おう」

 

 声を掛けられて一瞬反応が遅れた。斬鉄剣の事から関わり合うのを許されたらしい。

 

 ルパンたちと離れて少ししてパーキングに停めているスバル360を取りに行ってシートに落ち着いた頃、五ェ門が口を開いた。

 

「今回の件、お主だからこそ1つ話しておく」

 

「今回の厄ネタに心当たりでも?」

 

「斬鉄剣に纏わる秘密だ」

 

 五ェ門が語ってくれたのは竜の置き物の事だった。

 

 それがなんなのかは教えてくれなかったが、斬鉄剣に纏わる秘密を封印する為に協力する事を告げられた。

 

 どのみち斬鉄剣絡みで襲われたのだから借りがある。断る理由もないので五ェ門の言葉に頷いて了承の意を示す。

 

 そのまま伊賀の山中に向かうために車を走らせた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

半日掛けて車を走らせて到着した伊賀の山中を忍者の軽い足取りで斜面や川の浅瀬、岩の間を飛んで駆け抜けていく五ェ門にやっとの事で追いついていく。

 

 そして急な崖を手で登っていく五ェ門を自分は見送る。これから先は自分だけで行くと五ェ門が言ったからだ。

 

 待ってる間に手持ち無沙汰になったおれは辺りの気配を探って待っていた。待ち伏せされているのに気配が無いのは敵の隠遁が優れているからだろう。

 

「うぉぉっ。派手だなぁ」

 

 頂上で斬鉄剣に斬られた岩が降ってきて地鳴りを引き起こす。

 

 殆ど間を置かずにロープを手に五ェ門が上から降ってきた。

 

 自分の周りに敵の忍者が水中から現れた。マジかよ。こんな近くに居て気づかないのか。その隠遁の高さに舌を巻く。

 

 手足に糸を巻き付けられ動きを封じられる。それは五ェ門も同様だった。

 

「お主生きていたのか…!」

 

「フフフフ。掛かったな五ェ門」

 

「服部の流れを組む者か?」

 

「いかにも。柘植の幻斎。百地党の流れを組む。お主とは兄弟門よ」

 

「斬鉄剣ではないな、本当の狙いは」

 

「知れたこと。その懐にある巻物をいただきたい」

 

「これは渡さん」

 

「生きているうちに奪うも、死んでから奪うも、こちらにしては同じことだ」

 

「くうっ」

 

 幻斎の言う通り、此方は身動きを封じられていてたいした抵抗も出来ない。煮るなり焼くなり好きにしろ状態だ。

 

「そこの子供は生かして捕らえよ。やれぃ!!」

 

 幻斎の号令に忍者たちが襲い掛かってくる。万事休すかと思いきや、横槍が入る。誰かが此方を襲おうとする忍者を斬り伏せた。

 

 自由になって此方も敵を峰打ちで切り捨てる。

 

「なんでお前が此処に?」

 

「え? えっとね。修行中、なの」

 

 まさかこんな山奥でサオリに会うとは思うまい。

 

 五ェ門の方も女忍者に助けられていた。それも予期せぬ再会を添えて。

 

 桔梗とサオリが繋がっていたとは思わなかったが、まさかサオリに助けられるとは。おれもヤキが回ったか?

 

「取り敢えず礼を言うぜ。ありがとな」

 

「うんっ」

 

 礼を言っただけで華が開いた様な笑みを浮かべるんだからかわいいやつだよまったく。

 

「お前、学校はどうした?」

 

「や、休みだから」

 

 一応土曜日であるから信じてやるとする。ただ目が泳いでるから昨日とか平日も休んで修行してそうだな。

 

 まだ中学生で義務教育だからって休み癖がつかなきゃ良いがな。

 

 サオリに手を引かれておれは桔梗を紹介された。

 

「紹介するね。桔梗、わたしの友達」

 

「よろしく。まさか噂のノワールが子犬のノワールだったなんて思わなかったよ」

 

「子犬はやめろ」

 

 よからん噂に辟易しながら子犬を否定する。

 

 ともかく場所を移すことになって伊賀の忍者屋敷に移った。

 

 その頃にはもう夜だった。

 

「やはり、あいつらはその巻物を狙ったんだね」

 

「うむ」

 

「80年以上も昔にこの忍者屋敷からなくなった竜が、今頃動き出すとはね」

 

「その事は、我が一族しか知らぬはず…。桔梗、お主今、やはりと言ったな」

 

「そうさ。竜の在処がわかったんだ。香港の陳珍忠てのが調べ出したんだ」

 

「まことか!?」

 

「陳だけじゃない。狙ってるのは他にも居るよ」

 

「たとえ誰だろうと、邪魔すれば…斬る!」

 

 五ェ門の宣誓。それは一族の宿命として竜を封印するのに燃えているのは結構だが、此方としては初手から敵と通じている相手を身内に抱えている状況でどうしたものかと考える。奴らが五ェ門の持つ巻物だけでなく、自分も狙った意図が見えなかった。

 

「おれたちにもその話を聞かせたってことは、頭数に勘定されてるって理解しても良いんだな?」

 

「うむ。一度ならず二度もお前まで襲われた理由が解らぬが、襲われた以上無関係でもあるまい」

 

 襲われた理由が解らないなら目の届く場所に置くのも理解出来る。今回は五ェ門とチームを組むのはもう決まったようなものだ。

 

 だからといってパッパに銃は向けられない。

 

 そして陳だけでなくルパンも竜を狙っていると桔梗は五ェ門に告げ、そのルパンが動くなら陳が作った深海潜水艇を狙うだろうということで、その潜水艇のあるニューヨーク沖に向かうことになった。

 

「ルパンが竜を手に入れたらしい」

 

「まことか!」

 

「おう。無線傍受でバッチリだぜ」

 

 潜水艇の無線を傍受してルパンが竜を手に入れたのを知る。しかし深海4000mの水圧に良く耐えられたなぁ。普通ぺちゃんこだって。その辺はギャグだな。

 

 凧に乗って不二子のクルーザーの上に陣取る。

 

 ルパンたちが上がってきて竜を不二子に見せていたところで五ェ門の声が響いた。

 

「その竜は渡さん!」

 

「五ェ門?」

 

「ノワール?」

 

「サオリまで。あっ」

 

「竜を渡しな!」

 

 桔梗が不二子を人質に取る。いきなりそれはいただけないんだが、やっちまったもんは仕方がない。

 

「一体どうしたんだ五ェ門。そんなかわい子ちゃん連れちゃって」

 

「アタシは桔梗。五ェ門と同じく先祖代々、伊賀の屋敷に遺された宝の竜を封印する為に来たのさ」

 

「封印だと? なんのこった」

 

「何も訊かずにその竜を渡せ」

 

「冗談じゃねぇぜ。折角深ぁい海の底まで潜って取ってきたお宝なんだ。簡単には渡せないわよ」

 

「お主が持っていても、それは一文の値打ちにもならん物だ」

 

「それだけじゃ納得出来ねぇわなぁ」

 

「渡しちゃダメよルパン!」

 

「グズグズ言ってないで渡しな。さもないとこの女を…!」

 

「わーったよ。ほら!」

 

 ルパンが竜を頭上に放り投げた。五ェ門と桔梗の視線が竜を追う。その隙に次元がマグナムを取って、不二子を人質に取る為に首筋に当てていたクナイを撃ち弾く。さすがはパッパだぜ。拘束が解けた不二子はルパンの元に駆け戻った。

 

 一瞬次元の視線が此方に向くが、肩を竦めて返事にする。敵対する気はゼロだ。

 

「このぉ!」

 

「待て!」

 

 クナイを弾かれた桔梗が後ろ腰から銃を抜くが、それを五ェ門が制した。

 

「どうしよう。五ェ門さんとルパンさんが敵になっちゃった」

 

「まぁ、見てろ」

 

 竜を渡さないのなら斬ると言って、五ェ門が斬鉄剣を抜いて、斬りかかる。テーブルを真っ二つにして、返す刀の横凪が、ルパンの手の竜に受け止められ、ピカッと光を放った。腰の斬鉄剣がビリビリと動いた気がした。

 

「きゃあっ。なに? なに!?」

 

「来やがったか…」

 

 一触即発の空気を裂くように機関砲の砲声が鳴り響いた。五隻の巡視船を引き連れてやって来たのは銭形のとっつぁんだった。ある意味で助かった。とっつぁんの執念に乾杯。

 

「五ェ門、期を逸した。一旦退こうぜ」

 

「うむ。桔梗!」

 

「はい!」

 

 分銅を付けたロープを凧に引っ掛けて引くと、凧に付いていたロケットに点火して離脱する。おれもサオリも同じく別の凧で離脱した。

 

 巻物を五ェ門、竜はルパンが持っている現状で狙うべきはルパンだが、桔梗から竜はルパンから陳に渡ったという情報を告げられ、おれたちは竜を手に入れる為に香港へと向かうこととなった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 サオリから聞いていたノワールというのがまさかあのルパン三世の一味のノワールだとは思わなかった。

 

 銀色の二丁拳銃、もっと有名なのは子犬としてアメリカの暗黒街じゃ五指に入るガンマンと言われている。

 

 そして五ェ門以外に斬鉄剣を持つ人間の1人。いや、斬鉄剣を造ることの出来る人間だ。

 

 それを利用してさらに旨い話を考えたけれども、腐っても斬鉄剣の担い手か。最初の追っ手は退けられた。

 

 ただ影に生きるのが忍びだ。忍びの得意とする隠遁は見破れなかった様だ。

 

 噂ほどにもないと思っていたらサオリが飛び出して行ったんで、アタシも五ェ門を助ける事になった。

 

 元々の筋書きのままだから良かったものの、サオリの事も注意しておかないとならないのは面倒だね。

 

 五ェ門もあの2人を使う気でいるみたいだし。まぁ、せいぜい足手纏いにはならないでってところよ。

 

 竜の置き物は陳が手に入れたと連絡があった。ならあとは巻物を手に入れるだけだ。

 

 その最後の仕上げの為に五ェ門を連れてアタシは陳の屋敷に忍び込む事にして、巻物を手に入れる算段を付けた。

 

 これで世界はアタシの物だ。

 

 

 

 

to be continued…



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燃えよ斬鉄剣 -後編-

超絶短くて申し訳ない。


 

 ワニワニパニック(本物)は冷や汗ものだったぜ。

 

 桔梗の情報から陳の屋敷に忍び込んだおれたちは広大な屋敷を足で探すことになった。

 

 ルパンの発信器が使えれば良かったんだが、今回は別行動だからそこも別で周波数がわからないから使えなかった。

 

 だから陳珍ちゃんが楽し気に語った竜の置き物の秘密は聞けないし。ワニワニパニックのところでようやくルパンと鉢合わせたくらいだ。

 

「ルパン!!」

 

 不二子を連れた柘植の幻斎の変装をしたルパンを擦れ違い様に斬って変装を解いた。

 

「五ェ門、敵はあっちだろ!」

 

「どちらだろうと同じこと。竜を返せ」

 

 変装を解くために斬られたルパンが本物の幻斎を指差して文句を口にする。今回はちょっとタイトな五ェ門。目的のためにはどんな手段も辞さない雰囲気を持っていた。

 

「みんな死ねぇ!!」

 

 幻斎が壁の火災報知器のボタンを押す。だがそれは火災報知器ではなく、侵入者撃退様に作られただろう床の開閉ボタンだった。

 

 ルパンが落ちる咄嗟にアンカーを天井に突き刺してなかったら、今頃全員仲良く床下の水路に何故か居るワニの群れの中に落ちる所だった。

 

 ちなみに床が開くのを知っていた自分は床が開く直前でサオリを引っ張って落ちる事を回避した。

 

「ルパン、お主!」

 

「どうってことねぇよ…!」

 

 斬りかかられながらもルパンは五ェ門を見捨てなかった。その事で五ェ門の心に何かか響いたのだろう。

 

「しつこい奴らだ。だが、そこまでだ!!」

 

 幻斎がルパンたちにトドメを誘うと刀を構えるが、此処にはおれも居るのを忘れちゃ困る。

 

「させるかよ!」

 

 素早く引き抜いたマグナムの早撃ちで、幻斎の刀を撃ち落とすと、ワルサーの銃声が響いて幻斎の額を撃ち抜いた。

 

 そのまま幻斎はワニの群れの中に落ちていった。

 

「ふぅ…。助かったぜ」

 

「さすがノワールね。良い早撃ちだったわよ」

 

「あれくらいどってことねぇよ」

 

 さてはて、本当なら幻斎が落ちながら手にしていた刀で服を斬られて巻物が落ちたのを拾う為に勢いを付けすぎた桔梗もワニの群れに落ちる筈だったが。

 

 その原因である刀はおれが撃ち落とした。だから何事もなく桔梗は無事だったが、然り気無く桔梗に睨まれているのは敢えて気にしない。

 

 桔梗が落ちるだけなら手出しはしなかっただろうが、ルパンたちも危険だったからその後の展開が読めなくなっても手出ししたことに後悔はない。

 

 その後は些か定員オーバーになりながら次元が助けに来た車に乗り込んで陳の屋敷から脱出した。

 

 その後はホテルに部屋を取って一段落したが、空気は固い。

 

「それで。竜の置き物についてだけども。ルパンはどうする?」

 

 落ち着いたところでおれから竜の置き物の扱いについて切り出した。

 

「このお宝が大したもんだってのは陳珍ちゃんから直接聞いたから解ったけどもな。まぁ、じっちゃまが盗めなかったコイツを手にしたってだけで満足はしたし。五ェ門とやり合う気もねぇから、五ェ門にやっちまっても構わないぜ」

 

「ルパン…」

 

「そんな、ルパン考え直して! 折角海の底まで行って苦労してまで取ってきたお宝なのよ? あげちゃうなんて勿体ないわ」

 

「とは言ったってなぁ不二子。陳のやろうみたいな危なっかしいヤツが居たんじゃ、下手に処分するより五ェ門に預けるのが筋ってもんじゃないの?」

 

「それは……」

 

 竜の置き物の為とはいえ、手を出した事に負い目のある五ェ門の返事は弱い。

 

 不二子は竜の置き物でどうにか利益を引っ張り出したいらしいものの、陳を例に上げて危なっかしいお宝の処分を腹に決めているルパンを説得するだけの言葉がなかった様だ。

 

「そういうことだ。コレはお前のもんだ」

 

「…かたじけない」

 

 竜の置き物を譲って貰った五ェ門は感謝と共に頭をさげた。

 

 不二子はがっかりと言った様子でルパンをジト目で見つめていた。一先ず解散となったので、サオリと一緒に取った部屋に退散する。

 

「なにか考えてるの?」

 

「ん? まぁな。斬鉄剣以上の合金に興味があるだけさ」

 

 純粋な興味と、そしてこれから桔梗がどう動くのか考えていると、サオリに声を掛けられた。

 

 合金の製法は諦めるしかない。五ェ門を説得する言葉を自分は持たないからだ。

 

 それに桔梗に関しても今は怪しい所もないためどうにもならない。

 

 そう思っていると、遠くでガラスの割れた音が響いて聞こえた。

 

「なに、今の?」

 

「五ェ門の部屋だ!」

 

 位置からして五ェ門の部屋で何かあったのだろう。

 

 ドアを蹴破る勢いで五ェ門の部屋に入ると、窓ガラスは割れていて、外に落ちていく桔梗が見えた。その先には不二子を抱えた幻斎の乗るボートがあった。

 

「桔梗? なんで」

 

「大丈夫か五ェ門?」

 

「うぐっ、竜と巻物を奪われた…っ」

 

 脇腹から血を流す五ェ門に様子を訊ねれば、1度にしてふたつの獲物を盗まれたという。桔梗も良くやるもんだまったく。

 

「おい、どうした!?」

 

 ルパンと次元も五ェ門の部屋に入ってきた。

 

「桔梗に竜と巻物を盗まれた!」

 

「桔梗が!? やっぱりあの女、やってくれちゃって」

 

「ルパン!!」

 

 次元が叫ぶと壁に突き刺さる爆弾クナイに全員の目が向く。

 

「こっちだ!」

 

 下の階へ斬鉄剣で穴を開けて飛び込めば、頭上で大爆発が起きるものの、なんとかやり過ごせた。

 

「どうする? これから」

 

「拙者は竜と巻物を取り戻す」

 

「おれは五ェ門に付くぜ」

 

「わたしも。どうして桔梗がそんなことをしたのか訊きたい」

 

「んじゃ、目的は同じってことで俺たちも行きますか。連れ去られた不二子も連れ戻さにゃ」

 

「しゃーねぇな」

 

 満場一致で桔梗を追うことに決定した。

 

 まだ使えたルパンの発信器で陳の居場所は把握できた。幻斎と合流していたところから桔梗も陳の仲間だとあたりを付けて陳の元に向かった。

 

 そしてたどり着いたのは陳の所有する島だ。もちろん普通の島ではなく、組織の兵器工場だ。

 

 警報が鳴り響いて侵入したのがバレた。

 

 見つかる前に入った部屋に鎖で繋がれた不二子が居た。

 

「五ェ門。そこの鎖を斬ってくれ」

 

「うむ。…てやっ」

 

 鎖を斬って不二子を助けたが、急に部屋に強い明かりが点いて、怯んでしまう。

 

「な、な、な、なんだなんだ? 身体が動かねぇぞおい」

 

「影縫いか、くそっ」

 

 影に刺さるクナイを見てオカルトもいい加減にしろと思いたくなる。なんだよ影縫いの術で身体が本当に固まるって、五ェ門の影の中から幻斎も出てくるし、ナルトかよ!

 

「フフフ、そうよ。伊賀に伝わる影縫いの術だよ。一緒に修行したじゃないか、五ェ門、サオリ」

 

「くっ、桔梗、何故裏切った!」

 

「裏切ったわけじゃないよ。最初からこういう筋書きだったのさ」

 

「てぇ事は。あの竜がタイタニックの中にあるのを陳に教えたのはお前なんだな」

 

「フッ、そうよ」

 

「くっ、なにぃ!」

 

「あの伊賀の忍者屋敷から竜を盗み出し、アメリカに売り込みに行った男こそ、アタシの曾祖父なのさ。それを知った時、アタシの望みは竜を手に入れて世界を屈服させることだった。際限なく金の引き出せる陳というパートナーを見つけて、ついにそれが実現するのさ。フフフ、ハッハッハッハッ」

 

 実に悪党に似合いな高笑いを上げる桔梗にサオリは信じられないと言った表情を浮かべていた。

 

「そんな。そんなことのためにみんなを騙していたの、桔梗」

 

「アンタも甘ちゃんだねサオリ。目的のためなら手段を選ばないヤツなんてごまんと居るのさ。さてノワール、サオリを殺されたくなかったらアタシたちに協力しな。アンタの持つ斬鉄剣の製法を陳が欲しがってるのさ」

 

「なるほど。おれを襲ったのはその為だったか。サオリに近づいたのもその為か?」

 

「それは単なる偶然さね。まぁ、判ってからはってヤツさ」

 

「はん。外道め」

 

 サオリを人質に取られ、斬鉄剣の製法を寄越せと言われたらノーと言いたいところだが、影縫いで身動きが出来ないんじゃどうにもならない。

 

 部屋の壁が上へ上がって開いていくと、そこには陳と椅子に拘束された不二子が居た。

 

「ルパン!」

 

「あの爆発でも死なないとは。中々しぶといですねルパンさん」

 

「爆風ってのはな。主に上と横に広がんだよ。下に逃げさえすりゃどうってことないのよ」

 

「フフフ、なるほど。お陰で諸君は歴史の証人となれたのだね。見たまえ、たった今完成した私の最高芸術品を」

 

 そうして見せびらかしたのは一機の白いステルス爆撃機だった。縁が刀の刃の様に鋭くなっているという特長が見て取れる。

 

 不二子の椅子がルパンたちの方へ流れて行く。自分とサオリは桔梗と幻斎に連れられて陳の元へと歩かされた。

 

「残念ながら此処で第1部のエンドマークだ。君たちが第2部を見ることはない」

 

「どうかなぁ? 第1部の終わりで、大どんでん返しがあるかもよ?」

 

「フハハハ! 世の中そう甘くはないですよルパン。もう幕が降りる」

 

 どんでん返しを予告するルパンに陳が答えたあと、頭上から壁が降りてくる。なにやらガスを伴って。

 

「ちょ、ちょっと、なによ!」

 

「そのガスを嗅ぐと誰でも狂暴になる。そして互いに殺し合う。地獄の苦しみを味わうが良い」

 

「クソっ」

 

 ルパンが悪態を吐くが、身動き出来ないのではどうしようもない。

 

「イヤよ! 助けてミスター陳! なんでも言うこと聞くから」

 

「私も残念だよ。君には時間をやったつもりだがもう手遅れだ。このステルスでニューヨークを地図から消して来なければならんのでね。そうなれば世界中がパニックに陥り、全人類が私の前に平伏すだろう」

 

「ハーッ!!」

 

 陳の言葉が終わると、幻斎が気を送ってルパン達が壁に叩き付けられる。不二子の拘束も解かれたが、下がっていた壁は完全に降りてしまう。

 

「はじめましてノワール君。君ともゆっくりと話したかったが、それは事を終えてから改めてするとしよう」

 

「ルパン達を甘く見ないこったぜ陳さんよ」

 

「無駄なことだ。あのガスを吸って今まで生きていた者は1人もいないのだから。幻斎、あとは頼んだぞ」

 

「はい」

 

「それじゃあね、サオリ。ニューヨークを消したらまた会いましょう」

 

「桔梗…」

 

 陳と桔梗はステルスに乗るために去っていった。陳の部下に拘束されて銃も取り上げられて別室に監禁されたが、直ぐに騒ぎが起こった。

 

「なんの騒ぎ?」

 

「そりゃ決まってるだろ」

 

 服の首襟の裏から針金を出して即席の鍵を造り出す。電子ロックとかじゃなくて助かったぜ。見張りも出払って堂々と鍵を開けて奪われた武器も取り返す。

 

「な、お前たち!」

 

「おせえっ」

 

 戻ってきた見張りが銃を構える前に撃ち落として、さらにおまけで頭に剃り込みを入れてやれば、見張りはその場に倒れた。

 

 監禁されていた牢屋から出て走っていると、ルパンと出会した。

 

「ルパン!」

 

「おー、子犬ちゃんに子猫ちゃんじゃないの。無事脱出出来たか」

 

「子犬じゃねぇよったく」

 

「え、えーと、にゃ~?」

 

「素直に反応すな。それで? 爆弾仕掛けてとんずらか」

 

「おうよ。今次元と五ェ門が囮になってドンパチ中よ」

 

「ノワール、サオリも無事ね。良かったわ」

 

 爆弾を仕掛け終わった不二子とも合流できた。

 

 あとは陽動で暴れてる次元と五ェ門と合流して逃げるだけだ。

 

「爆弾をセットした。急げ!」

 

 退散しようとしたおれたちの前に幻斎が現れた。

 

「此処は通さん!」

 

「通さんって、爆弾が」

 

「ルパン、此処は拙者が」

 

「待て五ェ門。お前は最後の切り札だ」

 

「そういうことだ。此処はおれがやるよ」

 

「おう、やったれ」

 

「気をつけて、ノワール」

 

「頑張って」

 

 声援を受けながら後ろ腰の小太刀をいつでも抜けるように構える。

 

「アンタが最後の幻斎か?」

 

「フフン。今までの影とワシは一味違うぞ?行くぞ、でやああああっ」

 

「ちぇりおおおおっ」

 

 引き抜いた小太刀は一撃で幻斎の刀を切り裂き、返す刃は峰打ち、それでも倒れない幻斎の顎を蹴り上げ、たたらを踏ませたところに素早く真っ向から唐竹割り。勿論峰打ち。

 

「ちぇぇぇすとおおおおっ」

 

 それでも倒れない幻斎を返す刃で斬り伏せた。

 

 殺さないと止まらないなら殺すしかない。不殺も絶対守らないとならない縛りじゃないってわけだ。

 

「さて。あとはステルスを片付けるだけだな」

 

「あとはそうだな。不二子、子猫ちゃんと別口で脱出してくれ。俺たちは陳を追って来る」

 

「あの飛行機でこの人数じゃ定員オーバーですものね。解ったわ。こっちは気にしないで行ってちょうだい」

 

「みんな気をつけて」

 

 不二子とサオリは別で脱出して貰うことになった。おれたちの方はルパンの複葉機で陳のステルスを追う事となった。

 

 斬鉄剣の因縁、ケリを付ける為に。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 陳のステルスが大西洋艦隊を相手にした事で複葉機でもなんとか追い付いた。挨拶代わりのミサイルをお見舞いしたがてんで効いてなかった。

 

「ミサイルのご挨拶はてんで効いてねぇみたいだな」

 

「そんじゃまぁ、切り札の出番と行きますか? 斬鉄剣でアレが斬れるか?」

 

「斬る!」

 

「相手は技量もヘチマもないただの飛行機だ。勝算があるとすればその人の技だぜ五ェ門」

 

「うむ」

 

 五ェ門が複葉機の羽に登る。おれは座席の間に陣取って機を待つ。

 

「ノワール、お主なにを」

 

「コイツも一応は斬鉄剣だ。おれを狙った借りは返さねぇとな。ルパン、風の隙間を縫うから上から仕掛けてくれ!」

 

「オーライ。頼むぜ五ェ門、ノワール」

 

 ルパンが機首を上げて複葉機を上昇させる。そして木の葉落としの様に機体を翻してステルスの上から急降下する。

 

「やべぇ撃ってきた!」

 

「行くぞっ!!」

 

「応とも!」

 

 ステルスが機銃を撃ってくるが、複葉機から飛び出してその中を切り抜ける。

 

 五ェ門の太刀筋をさらに深くする様に同じところに刃を差し込む。鉄の擦れる甲高い音に耳を苛まれながらも一撃を切り抜けた。

 

 そしてボロボロの複葉機に降り立つ。

 

「手応えは?」

 

「ある。次で勝負だ」

 

 斬鉄剣を握るもの同士。五ェ門の言葉に返して手応えを伝える。

 

 3度目で斬れたのだから今2発入れた状態だ。あと一撃でステルスは斬れる筈だ。

 

「陳のやろう。まーた厄介なのだしやがって」

 

 機銃では仕留めるのに確実ではないと判断したのか、ステルスから赤外線ホーミングミサイルが発射されたのだった。

 

「掻っ捌いたところにあのミサイルをぶつけて撃ち落としてやるんだ。ルパン!」

 

「わぁったよ。んじゃ正面から行くぜ!」

 

 機体を旋回させて正面にまわる。五ェ門も次の決着に意識を研ぎ澄ましている。

 

 ステルスが再び機銃を撃ってくるが、それを五ェ門は弾き落とす。

 

「勝負っ!!」

 

「いけぇぇえええっ!!」

 

 五ェ門と同じタイミングで飛び上がり、先程と同じ場所に刃を立てればすんなりと刃が沈んで行く。

 

 勝負あった。

 

 コーンッと音を立ててステルスは真っ二つになり、そこにステルスから放たれたミサイルがやって来て爆発した。いくら頑丈でも中身から焼かれたら一溜りもないし、そもそももう斬鉄剣で斬られたステルスの運命は終わりだ。

 

「むっ、桔梗…!」

 

 爆煙の中から桔梗の姿が現れた。至近距離でミサイルの爆発を身に受けたのだ。もう手遅れだ。

 

「桔梗ーーーーーっ!!」

 

 五ェ門の悲しい叫びが桔梗の名を呼ぶ。

 

「一寸の狂いもなく同じところを斬った五ェ門とノワールの技の勝利よ」

 

「絶対沈まねぇ筈のタイタニックが沈む海に、絶対撃ち落とされねぇステルスが墜ちるか」

 

「桔梗。曾祖父さんのところへ行って、ゆっくりと眠りな」

 

 今回もどうにか終ったと思いながら軍用ヘリに乗ってやって来たとっつぁんから逃げることになった。

 

 此処でエンディングに入って、中々良い歌だったと思い出しながら、パッパに席に戻れと勧められたが、その席は下がこれから外れるのを知っていたから遠慮した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 桔梗が死んだことをノワールから告げられて、それでもわたしの心の痛みはほんの少しだった。

 

 むしろ自分の手で決着をつけられなかった残念さが込み上げて来るほどだった。わたしはそんなに薄情だったのかと自分で驚いてしまう。

 

 いや、たぶんそれは桔梗の事よりもノワールの事が気掛かりで仕方がなかったからだと思う。

 

 わたしがいつから騙されてたのかなんてあまり興味はなかった。

 

 でもノワールを襲ったのは許せない。そしてノワールの事をペラペラ喋ってしまった自分も許せない。

 

 ノワールは許してくれたけれども、やっぱりわたしが余計なことを言わなければ良かったと思ってしまう。

 

 ノワールに嫌われたくない、捨てられたくない。

 

 だからノワールに害が及ばないように言葉に気をつけようと思った。

 

 

 

 

 

to be continued…



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