暗殺教室~君のために義を貫く~ (緋色の焔)
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弾籠め 序章の時間

お待たせしました。


 ──カンカンカンッ‼

 

 朝から耳を(つんざ)くようなけたたましい金属音が聞こえる。

 その音に驚いた俺、遠山(とおやま)キンジは寝ていたベッドから飛び起きて何事かと辺りを見渡すと、ベッド脇に白地に臙脂色(えんじいろ)カラーのセーラー服に身を包んだ、1人の少女がフライパンとお玉を手に持って立っていた。

 

「おはよう。キーちゃん、目、覚めた?」

 

 朗らかな笑顔を浮かべながら、特徴的なアニメ声でそう言った少女は雪村(ゆきむら)あかり。

 143㎝と小柄な身長と小ぶりな胸が相まって、よく小学生と間違われるがレッキとした中学2年生。

 緩やかにウェーブした烏の濡羽色のような艶のある長い黒髪。けぶるような長さの睫毛にパッチリ二重の瞼から覗く少し明るい栗茶色(マロンブラウン)の瞳、小さくて可愛らしいピンクの唇。見目麗しい顔立ちの美少女だ。

 そんな彼女は俺の幼馴染みである。

 

「……おはよう。で、それは何だ?」

 

 俺はあかりが持つフライパンとお玉に目を向ける。

 

「見て分からない? フライパンとお玉だよ」

「それは分かる。何でそれを持ってるかを聞いてるんだよ……」

「目覚ましの代わりだよ。私もお姉ちゃんにされた事あるから知ってるけど、ウルサイでしょ?」

「ああ、朝から最悪な気分だ」

「にゃはは、ゴメン。それでキーちゃん。朝ご飯出来てるから早く着替えて来てね」

 

 パチッとウィンクしてあかりは部屋──寝室を出ていった。

 それを見送った俺は溜息を吐いてベッドから出ると、壁に埋め込まれたクローゼットから白いワイシャツと制服のズボンを取り出して着替えた後、洗面所で顔を洗い歯磨きをした俺はダイニングへと向かった。

 テーブルについてトーストにイチゴジャムを塗っているあかりを見た俺は、いつも通りあかりと対面へと腰掛け、手を合わせてからバターをトーストに塗り頬張った。

 

「美味しい?」

「パンもバターも市販だろうが、まずいワケがない」

「そうなんだけど、いつもは私が作ってるから癖で」

「……それは感謝してる」

「別に良いよ。いつもの事だもん」

 

 そう言って頬を桜色に染めたあかりは恥ずかしそうにパンを頬張った。

 すると美味しそうに顔をふにゃっとさせた。

 本当に何を食っても美味そうに食べるヤツである。

 そんなあかりの表情を見ながら朝食を食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいると、同じく食後のイチゴ牛乳を飲んでいたあかりが口を開いた。

 

「あ、そろそろ登校時間だ」

 

 その言葉に腕時計へと目を向けて時間を確認していると、壁際に設置していたポールハンガーに掛けていたブレザーをあかりが持ってきた。

 

「はい。キーちゃん。()()()()

 

 それを受け取ってワイシャツの上から羽織っていると、あかりは棚まで歩いていき、そこに置いていた白銀と漆黒の()()を二丁手にすると、その二丁の拳銃の内マットブラックの拳銃──ベレッタ90-Tow──を自身のプリーツスカートの内側に巻かれたレッグホルスターに収めた。

 そのあと、俺の近くで両膝を突いたあかりはマットシルバーの拳銃──ベレッタM92F──を収めたホルスターごとベルトに装備した。

 日本では長らく、警察や自衛隊以外の人間が拳銃を所持する事は違法だったが、近年銃刀法が改正されたため、銃の管理を行う国家公安委員会が発行する、銃器検査登録制度──通称『銃検』に登録して帯銃許可証を取得すれば、日本でも民間人が拳銃を所持する事が許可されている。

 

「それじゃあキーちゃん。学校行こ?」

 

 そう言ったあかりは黒い学生鞄を手に持って、ウェーブした黒い長髪を靡かせながら振り返ると、ニコッ、可愛らしく微笑んだのであった。

 

 

 

 3月中旬でまだ肌寒い気候を感じながら、俺とあかりは寮(男子寮だが、なぜか俺と一緒に女子のあかりも暮らしている)から学校へ向けて通学路をチャリで疾走している。

 ちなみにペダルを踏んでいるのは俺で、あかりは俺の肩に手を置いて後輪のステップに立っている。所謂2人乗りだ。

 漫画などでは荷台に女の子が横座りするものだが、このチャリは荷台の無いクロスバイクだ。そのため後輪のステップに立つというスタイルである。

 チャリで風を切りつつしばらくの間疾走していると、やがて要塞にも秘密基地にも感じる建物が見えてきた。

 あれが、俺とあかりが通う武装探偵(Detective Armed)、通称『武偵』を育成する総合教育機関・神奈川武偵高附属中である。

 武偵とは凶悪化する犯罪に対抗して新設された国際資格の事で、武偵免許を所持する者は武装を許可され、逮捕権を有するなど警察に準じた活動が出来るのだ。

 但し、警察と違って武偵は金で動く、金さえ払えば武偵法の許す限りどんな荒事も解決する。つまり『便利屋』である。

 ちなみに附属中所属の生徒の拳銃所持は認可制のため、登録料を払わなければ拳銃を所持する事は認められないが、俺とあかりは登録料を払ってるため拳銃を所持していても構わないのだ。

 そんな事を思いながら、咲き始めるにはもう少し時間が掛かる桜並木の下をくぐり、校門を走り抜けた。

 

「運転、ご苦労」

 

 駐輪場でチャリを停めると、あかりは後輪のステップから跳び降りて(ねぎら)いの言葉をくれた。

 

「別に良い。毎日朝飯や晩飯を作って貰ってるからな」

「頼まれたから作ってるだけだよ」

「頼まれたって……誰にだよ」

「何となく分かるでしょ?」

 

 婆ちゃんか()()か姉さん辺りだろう。

 そんな事を考えながら俺はチャリを降りてチェーンロックを掛けた後、下駄箱へ向かい上履きに履き替えると、あかりと共に2年A組の教室へと向かった。

 その途中、視界の端に見覚えのある女子達が映ったため、俺は少し憂鬱な気分になる。

 

「どうしたのキーちゃん……って、またアイツらか」

 

 隣を歩いていたあかりは俺の様子が変化した事に気付くと、俺の視線を追って女子達の姿を見付けた途端、目付きを鋭くさせて睨み付けた。

 すると女子達は慌てて姿を消した。

 

「全くアイツらは……」

 

 そう言ったあかりは俺を見ると口を開いた。

 

「キーちゃん。()()呼び出されたらいつでも言ってね? すぐ駆け付けるから」

「ああ、助かる」

 

 俺は1年ほど前まで、一部の女子に体育館倉庫や理科準備室など、人目が付かない場所へ呼び出されてた事がある。

 理由は俺の家──遠山家に伝わる特異体質が原因だ。

 ヒステリア(Histera)サヴァン(Savant)シンドローム(Syndrome)、通称HSS。

 俺は『ヒステリアモード』と勝手に呼んでいる。

 この体質の人間が神経伝達物資の1種・恋愛時脳内物資(βエンドルフィン)を常人の約30倍の量分泌すると、それが大脳・小脳・脊髄など中枢神経系を媒介し、論理的思考力、判断力、反射神経が通常時の30倍に強化されるのだ。

 つまり、この特性を持つ人間が()()()()()()()()、一時的に人が変わったようなスーパーモードになれるワケである。

 そして、このヒステリアモードには『子孫を残す』という本能があり、ヒステリアモード時の俺は女子に対して不思議な心理状態になる欠点が存在するのだ。

 1つは女子を何がなんでも守りたくなり、困っている女子やピンチに陥ってる女子をこの力を使い助けてしまうこと。

 もう1つは『子孫を残す』という本能が働くらしく、女子にとって魅力的な男を演じて女から好かれようとすることである。

 で、この体質を知った一部の女子は、イジメの報復やセクハラ教師の制裁などに、俺を()()していたため、昔は苦手だった女が今ではすっかり嫌いになったワケなのだ。

 9歳から13歳まで役者業(子役)が忙しかったあかり──俺の体質を知ってるが私的に利用してこない女子──が事務所の意向で役者を休業したため、学校に通えるようになり俺が陥ってる状態を知った途端、あかりは女子達に特攻して話を着けた。

 そのため今では呼び出されるような事は無くなったが、一体あかりはどんな内容の話を女子達にしたんだろうか? 怖くて聞けない。

 

「……あー、あかり。その、色々とありがとな」

「私とキーちゃんの仲だから気にしないでよ。まあ、それでも私にお礼したいんだったら……今度一緒に映画でも……」

 

 その時──キンコーン──と、予鈴が鳴り響いた。

 

「予鈴の音でよく聞こえなかったんだが……お礼がしたいなら何だって?」

 

 言いながら振り返ると、そこでは真っ赤な表情で硬直するあかりがいた。

 

「……ううん。何でも無い」

 

 そう言ってあかりはトボトボと教室まで歩いていった。

 その様子に俺は首を傾げるしか出来なかった。

 

 

 

 午前の授業が全て終わり、あかりと学食で昼食を摂った後、俺は様々な依頼書が張り出されている掲示板を眺めている。

 理由はそろそろ俺が持つベレッタの銃検が切れるのだ。登録料を学校に払って認可させようと、銃検切れの銃をそのまま所持していたり使用したりすると、違反行為で処罰の対象にされてしまう。

 ただ、この銃検は意外とザルな法であり、国家公安委員会に『整備中』と申請すれば、金の掛かる法廷整備を通さずに拳銃を使用しても別に構わないのだ。

 しかし、いつまでもその方法は使えない上に、俺はその『整備中』で何四半期か通してしまっているのである。

 面倒でもそろそろ銃検に通さないとヤバい。だが、今の俺には法廷整備に出すための金が無い。

 その金の稼ぐために掲示板に有償の依頼を見に来たワケである。

 見習いの中学生は未熟なため、高額な依頼は基本的に受けられないが、俺はヒステリアモードのお陰で戦闘方面に於いて成績優秀な生徒──インターンに任命されており、何度か高1の授業を飛び級的に受けた事があるのだ。

 そのため、ある程度の高額な依頼を受ける事が可能なのである。

 

「さて、どの依頼を受けるか」

「そうだねぇ……」

 

 そう呟いたのは、同じくインターンに任命されているあかりだ。

 同じといっても、あかりの場合は俺と違って文武両道タイプの成績優秀者である。戦闘能力もヒスった俺と同レベルだしな。

 

「『迷子犬の捜索』、『宝石盗難事件の調査』、『強盗殺人犯の強襲』、『私立学校の潜入調査』、『大企業令嬢の護衛』……か。どれ受ける?」

 

 掲示板に張られた依頼書を見ながら隣のあかりに問い掛ける。

 

「う~ん。取り敢えず『大企業令嬢の護衛』は無いかな。その子が可愛かった場合、イタイケなご令嬢がキーちゃんの毒牙に掛かっちゃう」

「おい」

 

 と言う、俺のツッコミをあかりは無視して続ける。

 

「他にも『宝石盗難事件の調査』とか『私立学校の潜入調査』とかは、時間は掛かるし専門じゃないから難しいだろうね」

「じゃあ、『迷子犬の捜索』と『強盗殺人犯の強襲』か?」

「どっちもねぇ……前者は楽だけど報酬が少ない。後者は報酬が良いけど危険だしね」

「だよなぁ……」

「まあ、キーちゃんが……わ、私……で、ヒスるんだったら後者でも良いよ」

「ん? よく聞こえなかったけど、なんて言ったんだ?」

 

 と、なぜか赤面してるあかりに問い掛ける。

 

「な、何でも無い!」

 

 そう言ってあかりはそっぽを向いてしまった。

 そのあかりの様子を見ていると、元自衛官の教師が掲示板にコンバット・ナイフを使って依頼書を張り付けた。怖ッ!

 信じられない方法で張り付けられた新しい依頼書に目を通す。内容は研究機関の警備任務だ。

 人数は2名、日程は3月13日、場所は椚ヶ丘市・国際エネルギー研究機関。

 警備任務か……って、日程は今日じゃねぇか⁉

 しかもこの場所は。

 

「キーちゃん! この任務受けようよ!」

 

 突然、隣にいたあかりが新しい依頼書を指して言った。

 

「何となく分かるけど、理由は?」

「お姉ちゃんが手伝ってる研究所だから!」

「やはりか。言っとくがこれは任務だぞ」

「分かってるよ! 昨日の夜に電話でお姉ちゃんと会う約束したから、椚ヶ丘市で任務があるのは都合が良いんだ」

「任務がついでに聞こえるのだが……」

「私にとってはついで! それにこの任務はキーちゃんが真面目に銃検を通してたら受けなくて良い任務だったんだよ」

「うぐっ……⁉」

 

 紛れもなく正論である。反論の余地が少しも無い。

 その上、あかりは1度決めたら曲げないというか少し猪突猛進みたいな性格であるため、俺が何を言っても警備任務に行くだろう。

 反論するだけ時間と労力の無駄である。

 

「だからキーちゃんは任務を手伝う私に感謝こそすれ、お小言を言う権利は無いのだ」

「……仰る通りです。ただ、任務の方は……」

「うん! それはキーちゃんのパートナーとしてちゃんとやるから安心して! と言うワケでこの任務、受けてくるからね!」

 

 あかりは嬉しそうな表情でウィンクして、コンバット・ナイフから依頼書を剥がすと、教務科(マスターズ)へと警備任務を受注しに向かった。

 それを見送った俺は校門に移動してあかりが来るのを待っている最中、何が起こるか分からないため、一応ベレッタの残弾数を確認しておく事にした。

 

(武偵憲章7条『悲観論に備え、楽観論で行動せよ』)

 

 そんな事を思いながら残弾数を確かめ終えた時である。

 

「お待たせキーちゃん。それじゃ、行こっか?」

 

 笑顔で校門にやって来たあかりは自然と俺の手を握って歩き始めた。

 この愛らしい笑顔が数時間後には悲壮感漂う泣き顔に染まっているとは、この時の俺は想像もしていなかった……

 

 そしてこの日を最後に──

 俺、遠山キンジと雪村あかりの平穏な日常は、危険と隣合わせの非日常へと変化を遂げたのであった。

 

 

 




本日は雪村あかりちゃんの誕生日!


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1弾 異変の時間

2話目でございます。


 電車で約1時間掛けて神奈川から西東京の椚ヶ丘市にやって来た。

 椚ヶ丘駅からあかりの姉──雪村あぐりさんが手伝ってる研究所までは少し距離があるため、ここからはバスでの移動だ。

 駅前のバス停でバスを待っていると、制服の胸にコサージュを付けた生徒達が歩いているのを見付けた。

 

「あれって卒業式の帰りか?」

「多分そうだと思う。昨日お姉ちゃんが言ってたけど、今日って椚ヶ丘中学校の卒業式なんだって」

 

 成る程、道理で駅前に椚ヶ丘中学校の制服──灰色のブレザーに身を包んだ生徒達が大勢いると思った。

 その生徒の中にはコサージュが無い制服を着てる生徒もいる、恐らくコサージュを外した卒業生か、在校生だろう。

 ちなみに椚ヶ丘中学校とは創立10年しか経ってないのに、全国的に有名な進学校であり、あぐりさんが勤めている学校でもある。

 というのもあぐりさんは研究所を手伝ってこそいるが、研究者というワケではなく本業は京大卒の中学教師だ。

 そんなあぐりさんがなぜ研究所を手伝っているのか、それは研究所で主任を務めるあぐりさんの婚約者の意向によるものだ。

 確か去年の春頃から手伝わされている。

 聞いた話では午前6時から午後7時まで教師で、午後7時から午前2時まで研究所の手伝いらしい。

 普通ならぶっ倒れるのだが、化け物染みた体力を誇るあぐりさんはその激務を1年間続けている。

 ちなみにあぐりさんは頭も体力も優れた人なのだが欠点はある、それはファッションセンスが壊滅している事だ。どこで買ってくるのか知らないが、可笑しなデザインの服ばかり持ってるからな。

 

(外国人と違い、『八方美人』のプリントが入った服を着る()()()はあぐりさんぐらいだろうな)

 

 そんな事を思いながら卒業式終わりで下校している生徒達を眺めていると、カワイイ系やキレイ系の少女達がいる事に気付いた。

 

「キーちゃん、なんであの子達を見てるの?」

 

 少しイラッとした感じのあかりにそんな事を聞かれた。

 

「いや、偶然目に入っただけだ」

「ふーん……まあ、良いけど。ちなみにキーちゃんってあの子達の中ならどんな子がタイプなの?」

「……は? なんだその質問は」

「今後の参考にするの。だから教えてよ」

「質問の意図が分からないんだが……」

「それは気にしないように、で、どの子がタイプ? あの清楚系黒髪ロングの美少女? それとも黒髪ショートのボーイッシュな美少女? もしくはゆるふわなカワイイ系の美少女? はたまた金髪ロングのギャルっぽい美少女?」

「いや、誰でも無いし! ていうか、お前は俺が女嫌いなの知ってるだろ⁉」

「知ってるけど、好みの女の子のタイプはいると思ったんだ」

「なんだそれ……ちなみにもし居たとしたらどうしたんだよ?」

「さっき言ったでしょ? 参考にするだけだよ」

 

 よく分からない事を言ったあかりは、視線を下校している椚ヶ丘中の生徒の1人に向けて、ブツブツと呟き出した。

 

「それにしてもあのギャル、中学生の平均はBなのにちょっと大きく見える。ズルい……ッ‼」

 

 女子中学生の平均より胸が小さいらしいあかりは、平均より胸が大きいらしい女の子に向けて怨嗟の念を込めた視線で睨み付けた。

 その瞬間、胸の大きいギャルは悪寒がしたのか、ぶるりと体を震わすとキョロキョロ辺りを見渡して足早に去っていく。

 そんなギャルを睨み続けるあかりを俺は呆れた感じで見ていると、ようやくバスがやって来たのだ。

 

 

 

 研究所に着くまで、バスの中であかりと他愛も無い話をしていると、全面ガラス張りの建物が見えてきた。

 あれが目的地である依頼場所の研究所だ。

 近くのバス停で降りて、先程通り過ぎた研究所へと歩いて戻る。

 

「神奈川武偵高附属中より、2名、警備任務に着任しました」

 

 研究所の出入口にいた2人の警備員の前に立って、規則通りに敬礼して依頼を受けにきた事を告げる。

 

「ああ、君達が依頼を受けにきてくれた子達か。話は班長から聞いているよ」

 

 そう言った警備員はもう1人の警備員に視線を向けて口を開いた。

 

「2人を案内してくるから少しの間1人で頼むぞ」

 

 警備員が研究所内入ったため、その警備員の後ろを付いていく。

 研究所に入ってしばらく歩いていたら、あかりが口を開いた。

 

「1つ質問良いですか?」

「何かな?」

「ここってどんな研究をしてるんですか?」

「さあね。我々も警備してるだけだから分からない」

「そうですか」

 

 さすがに研究内容までは分からないか、そう思いつつ警備室と書かれたプレートが貼ってある部屋の前まで案内してもらった。

 

「さぁ、ここだ」

「「失礼します」」

 

 室内に入ると上司っぽい警備員から椅子に座るよう促されたため腰掛ける。

 

「いやぁ、依頼を受けてくれて悪いね。ここの警備は2人ずつ三交代でやるんだが、今日は4人しかいなくてね。どうしようか悩んでたんだ」

「そうですか。後の2人は?」

「病欠だよ。警備会社に連絡して代わりの人を寄越して貰おうとしたんだが、生憎今日は別の現場を警備してるため誰も捕まらなかったんだよ。だから急遽武偵さんに依頼したんだが、まさか君達のような子が来るとは正直思ってなかったよ」

「プロの武偵を期待していたならスミマセン」

「いや、きっちりやってくれるなら年齢は気にしないよ。それで業務の方だが後30分ぐらいしたら出入口の警備を代わって貰って良いかな」

「はい。分かりました。警備する時間は?」

「この後の2時から7時までの5時間で頼むね」

 

 警備時間を了承して他の注意事項を聞いた後、30分経ったため出入口の警備を代わり、1時間ほど警備していたが特に何も起きなかった。

 ちなみに俺達の恰好は学校の制服のままだ。通常の警備任務では警備服を着るのだが、突然の依頼という事もあり、服が用意されていないのだ。

 無理にサイズの違う服を着て、動きが制限されて万一の事が起きた場合、咄嗟に対応出来なくなっても困るしな。

 そのために仕方なく制服のまま警備してるワケである。

 それに制服の袖にはトゲトゲした目のようなマーク──武偵徽章(きしょう)が入ったワッペンがある。これだけでも犯罪の抑止力にはなるだろう。

 

「あかり⁉ それにキンジ君まで⁉ なんでいるの⁉」

 

 突然、警備してる俺達の名を困惑した感じで呼ぶ女性の声が聞こえた。

 声が聞こえた方向に振り向いてみると、そこには165㎝と俺とそんなに変わらない身長の黒髪ショートで胸の大きい女性が立っていた。

 

「あ、お姉ちゃん! やっはろー!」

 

 おい、何だその『やっはろー』ってのは? バカっぽいからやめないか。

 そんな事を思いつつ、俺は紺色の上着に膝丈のタイトスカート姿の女性──あぐりさんに軽く頭を下げる。

 今日は卒業式だからか、いつも着てるような可笑しな服装ではない。

 

「や、やっはろー……? あかり、それでなんで2人がいるの?」

「附属中に警備任務の依頼が着てたから受けたんだ」

「そうなの?」

「はい。あかりが行きたそうにしてたので……迷惑だったならスミマセン」

「ううん。迷惑じゃないわ。ちょっとビックリしただけ」

「イェーイ! サプライズ成功! まあ、それは良いとしてお姉ちゃん」

「何?」

「昨日電話で言ってた好きな人って誰?」

 

 あかりがそう言った瞬間、あぐりさんはボッと瞬時に頬を赤く染めた。

 

「も、もう⁉ あかり! 私は婚約中だって言ってるでしょ⁉」

「深夜まで研究所を手伝わせる婚約者とは別れなよ」

「……うぅぅ」

「いくらお姉ちゃんが体力お化けでもいつか倒れちゃうよ。それにこのままだと本業の教師を辞めろって言われるかも知れないよ」

 

 そこまであかりが言うとあぐりさんの表情は沈んだ。

 

「え? もしかしてもう言われてるの?」

「……うん。今受け持ってる子達が卒業するまで見守ってあげたいんだけどね。多分無理かなぁ」

 

 あぐりさんの言葉を聞いたあかりは出入口の方を向くと、中に入っていこうとしたため、俺は慌ててあかりの肩を掴んで止める。

 

「おい、あかり。お前何する気だ?」

「お姉ちゃんと別れてって言いに行く」

「さすがにそれはやめろ! あぐりさんに迷惑が掛かるかも知れないぞ」

「うぅ~~……お姉ちゃんッ‼」

「はひぃ⁉」

「好きな人ってどんな人⁉ 今日の任務が終わったら紹介して‼」

「エエッ⁉ ちょっと待って、本気なの⁉」

「うん‼ お姉ちゃんはやりたい事をやった方が良いよ。折角教師になったんだから‼ それにさっき言ってたけど担任を任されてるんでしょ‼」

「そ、そうだけど……でも……」

「言い訳無用‼ とにかくお姉ちゃんの好きな人紹介してね!」

「だから婚約中だって……」

「好きな人がいるのは否定しないんだ?」

「はうッ⁉」

 

 あかりの言葉を聞いたあぐりさんは体をビクッと震わす。

 誘導尋問だ。以前授業で習ったのを実の姉に試しやがったぞ。末恐ろしいヤツだ。

 あかりに尋問され、グルグルと思考が混乱した感じのあぐりさんは研究所内へと駆け込んでいった。

 

「逃げられたな」

「うん、ちょっと言い過ぎた。取り敢えず今日は時間が出来るみたいだし、その時に聞き出してやる」

「あんまりやり過ぎるなよ」

「分かってるよ……にしても私とお姉ちゃんは血が繋がった姉妹なのに、何でこんなに差が有るんだろう?」

 

 そう言ってあかりは自分のほぼ平坦な胸に視線を向けて、ペタペタと触ったあと「はあ……」と溜息を吐いて落ち込んだ。俺はそんなあかりから視線を逸らして周囲に不審人物がいないか見渡す事にした。

 何しろ今のあかりには何て声を掛ければ良いか分からないからな。

 

 

 

 それからは何事もなく時間は過ぎていき、交代の時間が来ると警備員がやって来た。

 

「急だったのに助かったよ。依頼料の方は後日振り込んでおくね」

「ありがとうございます」

「いや、こっちこそありがとう。それじゃあ時間も来たし、帰ってくれて良いよ」

「はい」

 

 返事をして帰ろうとした時、研究所内が騒がしい事に気付いたあかりが質問した。

 

「何かあったんですか?」

「ん? ああ、所員が言ってたが月がどうのって言ってたな」

「月……?」

 

 言われて空を見上げると、陽が落ちたからか白銀に輝く三日月が浮かんでいた。

 

「特に変わったところは無いような……?」

 

 そう俺がボヤくとあかりが目をまん丸に見開いている事に気付く。

 

「どうした?」

「おかしい……」

「どこがだ? なんの変わりも無い()()()だぞ」

「それが()()()()()()()。だって昨日見た時はキレイな()()だったもん」

「……は?」

 

 その言葉に唖然とした瞬間、ゾクリ、研究所内から()()()()()()()()()()()()()()()

 何だこれは……! 獣、いや違う、もっとおぞましい()()()だ。

 それは刻一刻と大きくなり、徐々に重厚で鋭利になっていく。

 まるで兄さんや父さんが本気でキレた時のように、人を超越した圧倒的な存在感だ。一体、何がこの研究所にはいるんだよッ‼

 

「お姉ちゃんッ‼」

 

 突然あかりがこのナニカの気配からあぐりさん助けに、研究所内へと駆け込んでいった。それに気付いた俺は警備員に一声掛けたあと、警備員室でカバンを回収してから急いであかりを追い掛けた。

 駆けながらこの気配の主について考える。コイツは明らかにヤバすぎる、もしコイツに見付かった場合、俺もあかりもあぐりさんも一瞬で殺られる。

 仮に俺がヒステリアモードだったとしてもその事実は変わらない。

 それぐらい、コイツはヤバいのだ。

 キョロキョロと辺りを見渡すあかりに追い付いた俺も、あぐりさん探すが姿は見えない。

 

(どこにいるんだよ⁉)

 

 見付からなくて内心焦っていた時、研究所内に僅かな微震が走った。

 この揺れは地震による震動じゃない、恐らく何かが爆発した時の震動だろう。それが奥の扉から感じた。

 早くあぐりさんを見付けないと手遅れになる。

 そう思ったのはあかりも同じなのか、闇雲に捜すよりも人に聞いた方が早いと、近くを通り掛かった研究員にあぐりさんの事を聞いていた。

 

「あの、お姉ちゃん……雪村あぐりはどこにいるでしょうか?」

「雪村……? ああ、実験体(モルモット)の見張りか」

 

 その言葉に俺は眉を寄せる。

 実験体……? それが気配の主の正体か? 気配からして簡単に捕まるようなヤツじゃないぞ。

 一体、どうやって捕まえたんだ?

 そんな事を考えていると、研究員はあかりの言葉を受けてあぐりさんを見掛けたらしい方向を指差した。

 

「ありがとうございます! 急ごうキーちゃん!」

「ああ」

 

 研究員が指差した方向のドアを開けると、一直線に伸びた長い廊下があり、その廊下の先には両開きの白い扉がある。

 

「あの扉の先に()()な。ヤツが……」

「うん。そして多分お姉ちゃんもいるよ」

 

 死地へ(おもむ)くような感覚を覚えたため、俺とあかりは示し合わせたように互いにホルスターからベレッタをすぐに抜けるよう手を添えると、顔を見合わせて軽く頷き合い廊下を進んでいく。

 少し足早に廊下を進んでいると、廊下の端にセンサーを取り付けた金属製の容器が置いてあるのが見えた。

 その容器を視界の端で捉えながら通り過ぎた瞬間、不意にピピッと電子音が聞こえたかと思えば、突然容器が開き、中から目にも留まらぬ速度で何かが飛来してきた。

 次の瞬間──ゴッッッ‼‼‼

 脇腹を貫かれたような衝撃に俺は壁に叩き付けられた。

 

「ぐあっ……⁉」

「キーちゃんッ⁉」

 

 壁に叩き付けられて、廊下に倒れた俺に気付いたあかりが視線を向けてくる。

 

「あ……かりィ! 伏せろぉ!」

 

 脇腹の激痛に顔を歪ませながら叫ぶ。

 その声にあかりは慌ててその場に伏せると近寄ってきた。

 

「大丈夫⁉」

「ああ……防弾制服じゃなけりゃ……脇腹にでかい風穴が空いてただろうがな」

 

 防弾制服には、銃弾など何かが高速で飛来した際に衝撃を分散する極微細な撥条(バネ)構造の、TNK(ツイステッドナノケブラー)ワイヤー繊維が使われているのだ。そのお陰で俺は助かったワケである。

 痛む脇腹を押さえながら容器に視線を向けていくと、脇腹と容器の直線上に吸盤の無いタコやイカの触手のような物体が、トカゲの尻尾みたいに床でピチピチと跳ねていた。

 何だあれは……?

 

「キーちゃん、何、あれ……?」

「分からん。だが、ヤバそうなのは確かだ」

 

 そう答えつつ廊下の先を見ると、金属製の容器が左右の壁際に設置してあった。

 

「あかり、廊下の壁際に金属製の容器が設置してあるのが見えるな」

「うん」

「その容器にセンサーみたいなのがあるだろ。あれを撃ち抜け」

「分かった」

 

 あかりは伏臥姿勢のまま、漆黒のベレッタを抜くと容器のセンサーに狙いを定めて引き金(トリガー)を引いた。

 

 ──ガウンッ!

 

 銃声と共に銃口から飛来した9㎜弾は正確にセンサーを撃ち抜いた。

 

「さすがだな。他の容器のセンサーも頼む」

「うん。あの尻尾みたいな物体はどうするの?」

「何か分からんから、取り敢えず放置だ」

 

 そう言いながら俺も銃を抜いて撃とうするが、脇腹の痛みが邪魔で上手く狙いが定まらない。

 痛む場所は脾臓・腎臓か、しばらくは血尿が続くな。

 

「立てる? キーちゃん」

 

 いつの間にか、視界に見える範囲の容器のセンサーを撃ち抜いていたあかりが手を差し出してきた。

 

「ああ、何とかな」

 

 その手を取って立ち上がると、あかりはそのまま俺と肩を組んで扉の方へ歩き出した。そのまま廊下を進んでいると次々に容器を見付けるが、あかりはそれを目にした瞬間から容器のセンサーを撃ち抜いて無効化していく。

 痛みで足取りは遅くなるが、それでも少しずつ廊下を進んでいると、扉の先から激しい轟音と震動がしてきた。

 

「急いだ方が良いな」

「うん」

 

 頷いたあかりと共に一歩踏み出した瞬間、壁に亀裂が入った。

 

(ヤバい、崩れる!)

 

 咄嗟に俺はあかりを守るように押し倒すと上に覆い被さった。

 次の瞬間──轟音を立てて建物は崩壊したのである。

 

 

 




タイトルについて悩んでるので、良ければ活動報告をご覧ください。


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2弾 転換点の時間

イリーナがヒロイン保留の理由はこの話にあります。


 建物が崩れる音と震動が止まった。

 正直、死んだと思ったがどうやらまだ生きてるらしい。

 建物が崩落したため明かりが消えて暗くなった周囲を確認すると、近くに大きな瓦礫があり、それが支えとなって出来た隙間のお陰で俺達は助かったようだ。

 

「大丈夫か、あかり」

「き、キーちゃんこそ大丈夫⁉ 怪我はッ⁉」

「脇腹以外はどこも怪我してない」

 

 俺の言葉を聞いたあかりは、ほっ、とした顔になる。

 

「良かった。取り敢えず移動しようか」

「ああ、先行け。人1人分の隙間が続いてるからな」

「うん」

 

 俺は腕に力入れて体を少し持ち上げると、体を反転させてうつ伏せになったあかりは、匍匐(ほふく)前進で瓦礫の隙間を進んでいく。

 それに続くように俺も脇腹の痛みに耐えつつ、先に進むために視線を前方に向けた瞬間、あかりのスカートの裾がヒラヒラしていてビビった。

 しかし不幸中の幸いで周囲が暗いため、スカート奥の下着は見えなかった。お陰でヒスってない。まあ、今は脇腹の痛みでそれどころじゃないかも知れないが。

 スカートの裾に驚きつつ、しばらく進んでいたら隙間が少し広くなった。横に2人並んでも余裕がありそうだったため、ヒラヒラするスカートを見ないように、あかりの横に並ぶとよく分からない薬品の匂いに混じって、あかりの体からふわっとジャスミンの花のような甘酸っぱいニオイが鼻腔をくすぐってきた。

 その香りにヒスるんじゃないかとヒヤッとしたが、やはり脇腹の痛みでそれどころじゃない。

 安堵した俺はあかりと共に瓦礫の隙間を進む。しばらくして開けた場所に出たため、視線を先に向けた俺達は揃って息を呑む。 

 

「──ッ⁉」

「……ッ……⁉」

 

 そこには2つの影があった。

 1つは()()()()()()()()()()()()()姿()()

 ここからだと少し距離があり、詳しく判断出来ないが、床に流れ出た血の量を考えれば恐らく手遅れだ。既に息絶えてるだろう。

 そしてもう1つは細身の生物である。

 大きさは人間ほどだが、その身体からは先程廊下で見た()()が生えており、どう見ても人間には見えない生物だ。仮に呼称を付けるなら『触手の怪物』が妥当だろう。

 その触手の怪物はどういうワケか、あぐりさんの血を触手で弄んでいた。

 光景から推察するにあぐりさんを殺したのは十中八九あの怪物だろう。

 黙って様子を伺っていると、(おもむろ)に怪物は触手でペンを握り紙に何かを書き残したと思えば、あっという間に瓦礫を──ゴッッッッ──と、ぶっ飛ばして地平線の彼方へと飛んでいった。

 その方向を見続けていると──

 

「お姉ちゃん……?」

 

 あかりの声に気付き、意識と視線を怪物から戻すと、瓦礫から這い出て血溜まりに沈むあぐりさんへと歩み寄っていくあかりが見えた。

 俺も瓦礫から這い出ると痛む脇腹を手で押さえて立ち上がり、あぐりさんの(もと)へ歩み寄った。

 血溜まりに伏すあぐりさんを見ると、身に纏う純白のブラウスや白衣は鮮血に染まり、腹部には何かが貫通したような大きな傷が確認出来る。

 医学には明るく無いが、この傷の具合からするとほぼ即死だっただろう。

 

「ねぇ、起きてよ。お姉ちゃん……? この後、話するんじゃ無かったの? ねぇ、お姉ちゃんッ‼」

 

 あぐりさんの許へ辿り着いたあかりは手や制服が血に染まるのを厭わず、あぐりさんの体へ(すが)り付き声を掛けるが、当然あぐりさんは一言も発さない。

 

「お姉ちゃぁぁああんッ‼」

 

 泣き叫ぶあかりを見ていられずに目を逸らすと、視線の先に怪物が残していった書き置きを見付けて内容を確認する。

 

『  関係者へ

 

  私は逃げるが

  椚ヶ丘中3ーEの担任なら

  引き受けてもいい

  後日交渉へ伺う

 

     超破壊生物より  』

 

 何となく持ち帰ってはいけないような気がしたため、それを携帯のカメラを起動して写真を撮った。

 それにしても椚ヶ丘中か、そこはあぐりさんが勤めていた学校だ。

 なぜあの怪物がそれを知っているのか、偶然か?

 もしくはあぐりさんと怪物は面識があったのか。

 

(クソッ、分からない事だらけだ)

 

 などと憤慨しながらあぐりに目を向けた時。

 

(……?)

 

 違和感を感じた。

 なんだ……?

 俺は何に違和感を……?

 

「まだ誰かいるかも知れん。重機持ってこい」

 

 瓦礫の向こうから聞こえてきた声に、思考を中断された俺は我に返ると、瓦礫の向こうへと声を掛けようとした時、ふと思った。

 果たしてこのまま声を掛けて良いのか?

 警備任務で来ていたから、別に声を掛けても良いのだが、この研究所の研究内容は先程目撃した触手の怪物や触手単体など得体が知れない部分がある。

 怪物が残した書き置きには『交渉に伺う』と書いてあったが、どこと交渉するつもりなのか分からない。

 仮にこの研究が政府主導で行われていた場合、俺達は見ていけないものを見たとして──

 法治国家の日本に於いて職務上、人を殺害しても罪に問われない……所謂(いわゆる)、『殺しの許可証(マーダー・ライセンス)』を所持している闇の公務員、公安0課や武装検事に狙われる事になるかも知れない。

 ヤツらは国内最強の()()()だ。ヒステリアモードでも恐らく対処出来ないため、狙われたら洒落にならん

 そうなる前に何か情報を持って逃げるか……と、周囲を見渡した時。書き置きの近くにひび割れたノートPCと謎の液体が入った容器を見付けた。

 

(これを持って行くか)

 

 ノートPCと容器を拾い上げてカバンに入れた俺は声を掛ける。

 

「行くぞあかり」

「グス……ウゥ……お姉ちゃん……」

 

 だがしかし、あかりはあぐりさんに縋り付いて泣くだけである。

 大好きで大切な姉──家族が亡くなれば泣くのは当然だ。

 それが分かる俺はあかりが自然に泣き止むのを待ちたいが、時間が無いのも事実。

 それがゆえに、あかりの膝裏と背に手を回した俺は横抱き(お姫様抱っこ)して抱き上げようとするが──

 

「待って、お姉ちゃんを置いていくなんて出来ない……」

 

 そう言って抱き上げられるのを抵抗した時、あぐりさんの白衣のポケットから、直径約1㎝の緋色の宝石のようなものが付いたプリンセスタイプのネックレスが血溜まりに転がり落ちた。

 それを慌てて拾い上げたあかりは大事そうに両手で包み込む。

 その様子を見ていた俺は脇腹の痛みを堪えつつあかりを抱いて立ち上がると、怪物が出ていく時に吹き飛ばした瓦礫のところから外に出た。

 血塗れのあかりを連れたままでは人通りの多い道は使えないため、人通りの少ない路地裏に視線を向けると迷わず地面を蹴った。

 

 

 

 路地裏へ入り、しばらく駆けていた俺は脇腹の痛みと、軽いとはいえ人1人抱えて走り続けていたため、体力の限界を迎えてその場に膝を突く。

 

「ハァー……ッ! ハァー……ッ! ハァー……ッ!」

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、腕に抱いたあかりが見れば、涙を流しつつ寝息を立てていた。

 

「お姉ちゃん……」

 

 その声色はとても悲しいものだ。

 そんなあかりを見ながら周囲を確認する。

 

(どこだ。ここは?)

 

 椚ヶ丘市内である事は確かだろうが、闇雲に路地裏を走り回った上に、椚ヶ丘市の土地勘が無い俺は現在地が分からないのだ。

 そのため、携帯のGPSで椚ヶ丘市の地図を表示させた俺は現在地を確認すると、研究所から約1㎞ほど離れた場所だと分かった。

 

(さて、これからどうするか?)

 

 場所が判明してもこの場──路地裏に留まるのは危険だ。

 銃刀法改正で日本でもアメリカのように誰でも銃を所持出来るのだ。

 中にはヤクザや不良のように、銃検を通さず違法に銃を所持してるヤツらだっているんだ。アイツらは人通りが少ない路地裏を好む。

 仮にヤツらと遭遇して襲われたとしてもヤンキー程度なら問題無く対処出来る、しかしそれは怪我していない状態の時に限る。脇腹が痛む今の状態で、尚且(なおか)つ眠ったあかりを守りながらは少々厳しい。

 遭遇しない内に移動しようと思ったが、血塗れのあかりを連れては公共交通機関は使えない。学校に連絡して迎えに来てもらうにも、0課や武検に狙われるかも知れない現段階で、学校を巻き込むのはあまり得策じゃない。

 だとすればあと頼れるのは身内──家族だけだな。

 取り敢えず、巣鴨の実家に暮らす祖父母に頼るのは止めよう。椚ヶ丘から巣鴨までは片道約50㎞ぐらい距離があるし、なぜ動くのか分からんぐらいボロい爺ちゃんの初代(ダルマ)セリカが走行中に故障しても困る。

 ならば武偵の兄さんに頼るか。武偵は職務上、普通自動車運転免許を低年齢──15歳から取得出来る。高校2年生で17歳の兄さんは既に免許を取得済みなのである。

 そのため、兄さんに連絡しようとしたが……任務中だったらと考えてしまい思い止まる。俺より倍以上強いから連絡しても問題無い気がするが、一応念のため連絡するのは止めよう。

 

(他に頼れる人は……)

 

 少し考えるとすぐに1人の姿が思い浮かんだ。

 住んでる場所も椚ヶ丘市内だし、ちょうど良い。

 ただ、あの人も兄さんと同様に武偵だ。ゆえに任務中の可能性がある、しかし犯罪者と正面戦闘する強襲(アサルト)武偵(DA)の兄さんと違い、あの人は色仕掛け(ハニートラップ)を駆使する諜報(レザド)武偵(DA)だ。

 連絡しても別に良いだろう。犯罪者と正面戦闘するプロ武偵じゃないし、以前任務中に連絡した時も大丈夫だったからな。

 そう結論付けた俺は携帯で連絡する……プルルルル……数秒のコール音が聴こえた後。

 

『はぁい、どうしたのキンジ?』

 

 透き通るような凛とした綺麗な声が聞こえてきた。

 

「今どこだ?」

『今? 家よ。さっきまでお風呂に入ってたの』

「なら良いんだ。またあとでな」

 

 伝えるだけ伝えた俺は通話を切ると、近くに住むあの人の家に向かうため、脇腹の痛みを堪えつつあかりを抱えて立ち上がり、ゆっくりと歩を進めていく。

 GPSで地図を確認しながら大通りに出ないよう、路地裏ばかりを歩くこと約15分、やって来たのは20階建てのオートロック式タワーマンション──『椚ハイム』だ。

 約60mの高さがあるマンションに入り、エントランスへ続くドア前で止まると、カメラを見ながらテンキーで部屋番号を入力して呼出ボタンを押した。

 それとほぼ同時にドアが開いた。

 そのドアをくぐり、高級感溢れるエントランスを抜け、最上階直通のエレベーターに乗ると操作パネルに目を向けた。『B1』『1』『20』3つのボタンを見た俺はそのボタンの中から迷わず最上階を表す『20』のボタンを押した。

 扉が閉まり、徐々に上昇するエレベーター内で僅かに変わる気圧に耳抜きをしながら、約30秒ほどで最上階に辿り着いた。

 椚ハイムの最上階には2部屋しかしないため、扉の数は2つだけだ。

 エレベーターから降りて廊下を歩くと、左右に長く伸びた廊下があり、俺はそこを右に曲がって2001号室のインターホンを押した。

 ……ピンポーン……音が鳴り、部屋の中からガチャガチャと鍵を開錠する音が聞こえて、バンッ! 玄関の扉が勢いよく開かれた。

 

「いらっしゃいキンジ! 歓迎するわ!」

 

 満面の笑みで扉を開いたのは、風呂上がりでバスローブを纏ったスラブ系外国人のお姉さんである。

 外見は20代後半に見えるが実際は去年20歳になったばかりで、身長170㎝と女性にしては高く、ウェーブがかった髪は薄く発光してるかのような美しいハニーゴールド。切れ長な目付きで睫毛は長く瞳は澄んでいて綺麗な藍玉色(アクアマリン)。鼻筋はスラッとしており、形の良いピンクの唇は瑞々しくて艶美だ。

 すれ違う男全員が思わず振り返るほどの美貌を誇る彼女は、絶世の美女と呼んでも相違無く、その蠱惑的で美術品を想わせるプロポーションはグラビアモデルが裸足で逃げ出すほど美しく整っており、扇情的で雪も欺く白い肌の身体に纏うバスローブの胸元からは、スイカ並みに大きく、マシュマロみたいに柔らかそうな胸の谷間が窺える。

 そんな魔性の色気を漂わせる彼女の名は遠山(とおやま)イリーナ。血の繋がらない俺の義姉(あね)だ。

 元々はセルビアで産まれ育った『イリーナ・イェラビッチ』という名の少女だったが、ユーゴスラビア紛争の煽りを受けて勃発した民族紛争で金品を略奪に民兵が来てしまい、それを察した両親は誕生日で12歳になったばかりの姉さんを護るため咄嗟に別の部屋へと隠したが、両親は問答無用で民兵に殺されてしまった。

 両親が殺される光景を目の前で目撃した姉さんは見付かれば殺されると思い、民兵が去って行くまで隠れた部屋の中で必死に息を殺していたが、その努力も虚しく見付かってしまい殺されそうになった瞬間、ちょうど仕事でセルビアに居合わせた父さんに命を救われたのだ。

 そのあと父さんは()()()()()()()()()()()()()が、姉さんは戦争孤児になったため、難民キャンプに行く事になったのだが、色々な紆余曲折があって姉さんは遠山家の養女になった。

 それが今から9年前の事である。

 

「ちょっ……どうしたのよこれッ⁉」

 

 笑顔だった姉さんは俺の腕の中で眠る血塗れのあかりを見ると、形の良い眉を寄せて驚いた。

 

「あかりの血じゃないから安心してくれ」

「そ、そう言われても安心出来るワケないじゃない」

「そうだろうな。取り敢えずいつまでも部屋の前でいるワケにもいかないから、部屋の中に入っても良いか?」

「え、ええ」

 

 戸惑いつつも体をずらしてくれた姉さんの横を通り、5LDKと1人で住むには広すぎる部屋へと入る。

 室内は女性の部屋特有の甘酸っぱくて芳醇な香りに溢れた空間だ。良いニオイすぎて吐きそうになったが、それをすんでのところで堪えた俺は靴を脱いで玄関に上がるとスリッパを履く。

 廊下を歩き、リビング・ダイニングの扉を開けて、驚くほど広い部屋の中に入る。真っ先に目に入ったのは大きい窓と広いバルコニー、そしてそこから一望出来る椚ヶ丘市の夜景(ナイトビュー)だ。

 次に部屋の左側にあるダイニングを見ると食器棚、食卓、椅子がある。右側のリビングにはオーディオ機器、液晶テレビ、ガラステーブル、ポールハンガー、10人ぐらい座れそうな特注ソファ──カウチソファとコーナーソファを合わせたような感じだ──があった。

 その豪奢なソファにあかりを寝かせると、俺も腰を下ろした。

 そうして落ち着いた俺は、研究所で拾ったヒビ割れたノートPCと謎の液体が入った容器を、カバンから出してガラステーブルの上に置いた。

 すると後ろから姉さんが問い掛けてきた。

 

「一体何があったの……?」

「……あぐりさんが死んだ」

「え……? うそ……? なんで……?」

「知らない。だが、事実だ。この目で見たからな」

 

 俺の答えを聞いた姉さんはあかりに視線を向ける。

 

「だからなのね。あかりがこんなに悲しそうな顔をしてるのは……」

「……ああ」

「取り敢えず分かったわ。それじゃあ詳しい事は明日聞くとして、今日はもう休みなさい。ひどい顔してるわよキンジ」

 

 そう言って姉さんが俺の肩を手で押した衝撃で脇腹に痛みが走ったが、心配させないように素知らぬ顔でそのままソファに倒れる。

 すると姉さんは俺に向けて可愛くウィンクを送りながら唇を開いた。

 

「あかりの事は私に任せて……ね?」

「……分かった。そうさせて貰う」

「ええ」

 

 ソファに寝転がり瞼を瞑って微睡んでいると、姉さんの手が俺の頭を優しく撫でるのを感じながら心地よい眠りへと落ちていった。

 

 

 




多数決の結果タイトルが『暗殺教室~君のために義を貫く~』に決まりました。


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3弾 善後策の時間

色んな二次創作小説を読んでいると、たまにオリ主のプロフィールや設定を書いてる作品があるけど、あれって正直要らないと思う。
容姿のイメージだけを書けば、あとの情報は作品内に書けば良いからね。


 瞼の裏に陽光を感じて目を開けると、そこは見慣れた寮の部屋では無かったため、一瞬どこか分からなかったが室内に香る匂いで姉さんの部屋だと分かった瞬間、自然と昨日の事が思い出された。

 

「やっぱり夢じゃなかったか……」

 

 ソファに身を沈めたまま口にすると──

 

「起きたか」

 

 不意に声が掛けられ目を向けると、そこには俳優やタレントが裸足で逃げ出すほど端正な顔立ちをした長髪の男──俺の兄さん、遠山(とおやま)金一(きんいち)が武偵高の防弾制服を着てソファに腰掛けていた。

 

「あれ? 何で兄さんが姉さんの部屋(ここ)に?」

「昨日姉さんにすぐ来るようにと連絡を貰ったからな」

 

 長い足を組んでいた兄さんの言葉を聞きながら、姉さんが掛けてくれたらしい毛布を持って体を起こすと脇腹が痛まない事に気付いた。全く痛まないワケでは無いが、昨日に比べたら大分マシである。

 

「お前は脇腹を痛めてる事を隠したつもりかも知れないが、姉さんは気付いてたからな。ゆえに日常生活を送るのに申し分無い程度には治療しておいた」

 

 そういや兄さんは外国で医師免許を取得してたな。姉さんも高度じゃないが看護助手の資格を取得してたハズである。

 

「そうか、ありがとう」

「礼なら姉さんに言え」

 

 兄さんが応じた時だ。

 リビングにゆったりとした白いワンピースに身を包んだあかりと、ピンクで薄手のオフショルダーセーターと黒地に白い花模様入りのミニタイトスカートに身を包んだ姉さんが入ってきた。

 そんな2人はそれぞれアクセサリーを身に着けており、あかりはあぐりさんの形見である緋色の宝石が付いたプリンセスネックレスを、姉さんは3年前の誕生日に俺がプレゼントしたチョーカーネックレスを首に巻いていた。

 

「おはよう。2人共」

「……」

 

 姉さんは挨拶してくれたがあかりは黙ったままだ。

 そんな2人がソファに腰掛けると兄さんが口を開く。

 

「キンジ、あかり。辛いとは思うが言わせて貰うぞ。昨日姉さんに聞いたが、あぐりさんが亡くなったそうだな」

 

 兄さんの言葉にあかりはギュッと下唇を噛んで表情を暗くした。

 それを見た姉さんはあかりを豊満な胸元へと抱き寄せる。

 姉さんはあかりを気遣って抱き寄せたのかも知れないが、当のあかりは巨乳に抱き寄せられた怒りと、あぐりさんが亡くなった悲しみの両方の感情が入り交じったような複雑な表情をしている。

 怒るか悲しむかどっちかにしろよ。

 

「キンイチ! もうちょっと優しい言い方は無いの!」

 

 あかりが表情を変化させた事に気付いた様子の無い姉さんは、兄さんに苦言を申した。

 

「これでも言葉は選んだつもりだ。それで2人共、昨日何があったのか詳しく聞かせてくれ」

 

 マイペースだが割とせっかちな性格をしている兄さんの言葉に、チラッと俺はあかりの様子を伺う。

 

(自分から話せる感じには見えないな)

 

 あかりの様子を見て代わりに話した方が良さそうだと判断した俺は口を開いた。

 

「えーっと、関係無い部分は省くけど……」

 

 そう前置きして俺は昨日の事を語り出した。

 あぐりさんが手伝ってる研究所の警備任務を受けた事、警備が終わったタイミングで研究所が騒がしくなり、得体の知れない気配を研究所内から感じてあぐりさんを探しに向かった事、研究所内に入ってしばらくすると研究所が崩壊した事、そして瓦礫を這い出た先であぐりさんの遺体と、その傍らに異形な触手の怪物がいた事を語った。

 

「──触手の怪物か」

「ああ、現状であぐりさんの死因は他殺だ。あくまで俺の主観と状況証拠だが」

「だろうな。話を聞く限りでは俺もそう感じる。だが状況証拠は証拠としては弱い。他に気になった事は無いか?」

「気になった事……そういや、あぐりさんを探してる最中、センサーが付いた容器から何かが……いや、()()()()()()。触手が飛び出してきて俺の脇腹を直撃したんだ」

「あぐりさんの傷はどんな具合だった」

「腹部にでかい風穴が空いてた。あの時、防弾制服を着ていなかったら俺もあぐりさんのようになって……」

 

 そこまで言った俺は気付いた。

 昨日、あぐりさんの傷を見てた時に感じた違和感の正体はこれだ。

 

「恐らくあぐりさんの傷は触手に()るものだ。実際に触手の一撃を脇腹に受けた俺なら分かる。だが、事件か事故かの判断材料にならないな。怪物も触手を持ってるし……」

 

 俺の言葉に、ずっと黙っていたあかりが口を開いた。

 

「どっちでも良いよ。お姉ちゃんが死んだのはアイツの研究が原因なんだから……」

 

 アイツとはあぐりさんの婚約者の事だ。

 確か名前は柳沢(やなぎさわ)誇太郎(こたろう)だったな。

 

「アイツさえッ‼ アイツさえいなければ、お姉ちゃんが死ぬ事は無かったのに……ッ‼」

 

 憎悪の籠った目であかりが言い放った時、一瞬だけあかりの胸元で輝く緋色の宝石のような物が光った気がした。

 俺は目の錯覚かと思ったが、兄さんは眼光を僅かに鋭くさせていた。

 そんな兄さんはあかりに向かって口を開く。

 

「あかり。武偵法9条は覚えてるな?」

 

 武偵法9条。

 武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。

 そんなの武偵なら誰もが分かりきってる事なのに、なぜそれを兄さんは問い掛けるように言ったのだろう?

 

「良いか? 9条は破るな。お前に手錠を掛けたくないからな」

「……うん」

 

 真剣な兄さんの言葉にあかりは神妙な面持ちで頷くが、その目には憎悪の炎が灯ったままだ。

 俺はそれに気付いて問い質そうとした時、トン、トトン、トン……あかりがこちらを見ていないタイミングで左手の甲を兄さんが指で叩いてきた。

 

(これは──指信号(タッピング)か)

 

 指信号とは武偵が使う暗号の一種だ。

 モールス信号のようなそれを咄嗟に解読すると、和文で『後で話がある』と伝えてきたため『了解』と兄さんに返した。

 しかし兄さんからの話か。

 あかりにバレないよう、わざわざ指信号を使って伝えてきたって事は秘密の話なのだろう。

 何を話されても良いように気を引き締めておくか。

 

「そう言えばキンジ、テーブルに置いているノートPCとその容器は何なの?」

 

 姉さんは俺が昨日眠る前に、テーブルに置いていたノートPCと容器に目を向けて問い掛けてきた。

 

「何らかの情報を得ようと研究所から持ってきたんだった」

「ならば早速調べるか」

 

 俺の言葉に兄さんは頷き、ノートPCを手に取って、スイッチを押して電源を入れた。

 所々ヒビ割れていたため、正常に作動しないかと思ったが、特に問題は起こらなかった。

 キーボードもタッチパットも問題無く反応する事を確認すると、兄さんはいくつかのファイルを開けていく。

 その様子をしばらく見ていた姉さんは問い掛ける。

 

「どう、キンイチ。何か分かった?」

「幾つかな。まず触手だが、これは反物質の研究による副産物だ」

「反物質?」

「石油や原子力のようなエネルギー源だ。エネルギー量は両者を遥かに凌ぐがな」

「そうなのか?」

「ああ、たった0.1gで核爆弾1発分のエネルギー量に相当する。ただ、生産効率はかなり悪い。しかしこの研究ではその生産効率の悪さを克服しようとしてる──生きた人間の体を使ってな」

 

 生きた人間の体、つまり人体実験の事だ。

 それに思い当たった俺達は息を呑む。

 

「……それは、確かなの?」

「姉さんの疑問は尤もだが、確かだ。そしてその人体実験によって産み出されたのが触手だ」

「じゃあ、俺の脇腹を襲ったのは……」

「触手を兵器として運用したものだ。現にアメリカの軍事研究機関が触手細胞の構造を買い取っている」

 

 おいおい、アメリカさんよ。

 アンタらの頭がおかしいのは知ってたが、そんな物にまで手を出すなよ。

 SF系の映画みたいにいつか飼い犬に手を噛まれるぞ。

 

「触手の兵器利用は弾丸みたいに飛ばすだけなのか?」

「いや、恐らくキンジを襲ったのは地雷のようなものだ。触手には別の利用方法もある」

 

 その言葉に姉さんが問い掛けた。

 

「別の利用方法?」

「ああ、人体へと後天的に移植する方法だ」

「おいおい、そんな事して大丈夫か」

「大丈夫なワケがない。神経と密接にリンクしてるためいくつかの副作用がある。例えば激痛、能力低下、精神の不安定化、代謝の不安定化、つまり命に関わる副作用があるんだ」

 

 そう言って兄さんはテーブルに置かれた容器を手に取る。

 

「そしてこの容器の中身の液体こそが触手細胞──触手の種だ」

 

 兄さんの言葉を聞いた俺は容器を見る。

 チラッとあかりを一瞥すると、触手細胞が入った容器に目を向けていた。

 その視線に嫌な予感を感じた俺はあかりに声を掛ける。

 

「あかり、もしかしてお前、この触手を移植するとか言うんじゃないだろうな?」

「……命の危険があるのに触手なんて移植しないよ。それに何となくだけど、今の私は触手(そんなもの)より、()()()()()()を持ってる」

「もっと強い力? なんだそれは」

「分かんない。ただ、昔から力の存在は微かにだけど感じてたの、でも今はどういうワケかハッキリと感じる。力の使い方は分からないままだけどね」

 

 苦笑いを浮かべながらも更にあかりは俺に言った。

 

「まあ、そんなワケで触手を移植する気は無いから安心してよ。キーちゃん」

 

 そんな言葉と共にあかりは『心配いらないよ』と伝えるように、ニコッと笑みを浮かべた。

 その時、ふと何らかの気配を兄さんから感じ取ったため、視線を向けると再び鋭い眼光であかりの胸元に輝く緋色の石を見ていた。

 ネックレスの石なんかにそんな眼光を向けなくても良いだろう。

 よく分からない兄さんの行動に首を傾げた時、姉さんが声を発した。

 

「それであかり、貴女はこれからどうするの?」

「取り敢えず、お姉ちゃんが何で死んだのか原因を知りたい。そして理由によってはお姉ちゃんの仇を討つ」

「じゃあ、あぐ姉の亡骸の傍らに居たって言う怪物を捜さないとね? 心当たりはあるの?」

「無いよ。キーちゃんは何かある?」

「やな「アイツ」……アイツの居場所までは知らないが、怪物の居場所なら一応心当たりがある」

 

 俺は携帯を取り出して研究所で撮った書き置きの写真を見せた。

 

「怪物のヤツ、お姉ちゃんが担当していた椚ヶ丘中学3年E組の担任を努めるんだ?」

「らしいな。理由は知らないが」

「だね。でも怪物に会うためには椚ヶ丘中に通わなくちゃいけない事だけはわかるよ」

「書き置きによればそうだな」

「というわけでキーちゃん。一緒に椚ヶ丘中学校に転校しよう!」

 

 ……ん?

 今、あかりは何て言った?

 椚ヶ丘中学校に転校しようって聞こえた気がしたが……空耳だよな?

 

「あの、あかりさん。もう一度言ってくれると助かるのですが……」

「だから、一緒に椚ヶ丘中学校に転校しようって言ったんだよ!」

 

 どうやら空耳ではなかったらしい。

 てか──

 

「おいあかり! 転校ってなんだ転校って……」

 

 と、俺がそこまで言った時。

 

「椚ヶ丘中に転校するって事は、4月、いえ、引っ越しする時間を考えると、来週にはキンジと一緒に住めるのね! 今から楽しみだわ!」

「リナ姉、私も住むから2人きりになれると思わないでね」

「あら、あかりまで一緒に住む気だったの? というか家主である私が許可すると思ってるのかしら?」

「リナ姉みたいな男に飢えた女豹が暮らす部屋に、ピュアな羊のキーちゃんを放り込むワケにはいかないからね」

 

 当人である俺を無視して、話を続ける2人を呆然と見ていたら、肩を叩かれたため振り返ると、兄さんが顎でバルコニーを指した。

 

(そういや話があるんだったな)

 

 それを思い出した俺は姦しい女共を一瞥した後、兄さんが向かったバルコニーに出た。

 兄さんの隣に立ち眼下に広がる景色を眺めていると。

 ──リンゴーン──

 周囲に響き渡るような荘厳な鐘の音が聞こえてきた。

 鐘の音が聞こえた方向に視線を向けると、300mほど離れた場所に十字架が立つ青い屋根の建物──教会──を見付けた。

 クリスチャン(カトリック)の姉さんが教会の近くに住むのは当然か。

 その教会を眺めながら兄さんに訊ねた。

 

「それで兄さん。話ってなんだ?」

「あかりの事だ」

「あかりの……?」

「ああ、もしあかりが何らかの事情で9条を破りそうになったら絶対止めろ。さもなくばあかり、延いては世界が危うくなる」

「危うくなるって、あかりは分かるが、世界までって言うのはさすがに大げさじゃないか?」

「今後のために詳しくは言えんが、本当に世界が危うくなるんだ。良いな。絶対に止めろ!」

 

 そう言った兄さんの眼は冗談を言ってるのような感じじゃなかった。

 

「わ、分かった。あかりが9条を破りそうになったら止める」

「頼むぞ。それと餞別(せんべつ)にこれも渡しておく。大切なものだから大事に持ってろ」

 

 ポケットから兄さんが取り出してきたのは、緋色に着色された破壊峰(ソードブレイカー)のある片刃のバタフライ・ナイフだ。

 

「持ってるのは良いが、使っても良いんだろ?」

 

 武偵は拳銃の他に刀剣を持ってるものだからな。

 俺も以前ベレッタ社のタクティカル・ナイフを持っていたが、この前の戦闘訓練で破損したため今は銃しか武装していない。

 

「ああ、壊したりしなければ構わない」

 

 だったら有り難く使わせて貰おう。

 

「それからノートPCと触手の種が入った容器は俺が預かる」

「ああ、正直俺が持ってても仕方無い物だしな……そういや兄さんはこれからどうするんだ? 俺は椚ヶ丘中に転校する事になりそうだけど」

「少し用が出来てな。星伽(ほとぎ)へ行ってくる」

「そうか、分かった。それにしてもあの2人、俺が椚ヶ丘中の編入試験に受かると思ってるのか?」

 

 椚ヶ丘中学校は偏差値66の進学校だぞ。偏差値最底辺の武偵高附属中に通ってる俺が受かるワケが無いだろう。校内で一番成績が良いあかりと違って。

 などと思いつつ俺は部屋の中を振り返り、ソファに座って話し合いを続ける見目麗しい幼馴染みと義理の姉を見る。

 

「思ってるんだろう。あの話から察するに」

「はは……落ちたらどうしよう? てか、十中八九落ちるぞ」

「その時は連絡しろ。何とかしてやる」

「何をどうするのか知らないけど、その時は頼む」

 

 兄さんの言葉に頷いた時、強風が吹き始めたため、あかりと姉さんが残る部屋の中へと戻る事にしたのであった。

 

 

 




前書きでさんざん好き勝手言ってますが、プロフィールや設定を書くなって言ってるワケではありません。最低限の情報だけで良いんです。
プロフィールや設定でネタバレ書く作者は絶対許さんけど(たまにそんな作品があります)


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4弾 試験の時間

イリーナの育ちを改変したら色々変わった。


 椚ヶ丘中の転入試験を受ける事が決まって数日が経った。

 本格的な引っ越しは転入試験に合格してからと決めたため、それまでは姉さん宅の中で使ってない部屋を俺の自室として間借りしている。

 一応、姉さんが使っている寝室があるものの、そこにはキングサイズのベッド(以前はセミダブルのベッドだったが、少し前に買い換えた)が一つあるだけだ。

 いくら血の繋がりが無いとはいえ姉さんと俺は姉と弟、ヒステリアモードになるような行動は避けなければならないのだ。それにもし姉さんでヒスった日には爺ちゃんから勘当もんだぞ。

 バレなければ問題無いように思えるが俺が気にする。対して姉さんは全く気にしない、それどころか嬉々として俺をヒスらせようとしてくるのだ。なぜか昔からな。

 一般的な普通の男子中学生からすれば、姉さんのような美貌の女性が豊満な胸を押し当てて抱き着いてくるのは、この上無く嬉しい事かも知れないが、病気(ヒス)持ちの俺は全く嬉しくない。

 とにかく、俺はそんな理由で使ってない部屋を使う事にしたのだ。転入試験が終わるまでの間だけな。

 もちろん合格したら引き続き同じ部屋を使わせて貰うつもりだが。

 そんな事を思いつつ幾日かの日々を過ごす。その間に俺は転入試験に向けて外国産まれの姉さんに英語を、それ以外の教科をあかりに教わっている。

 ちなみにそのあかりが寝泊まりしているのは姉さんの寝室である。

 

「問題、原子番号1は?」

「水素。元素記号H。原子量1.00794。地球上に存在する気体の中で最も軽い。また原子番号8、原子量16.00。元素記号Oである酸素と水素が1対2の割合で結合する事により化合物・水になる。化学式はH2O」

 

 俺の回答にあかりはニンマリと笑顔で、

 

「──正解!」

 

 と、言った。

 うん。

 あかりのお陰で少しずつではあるが、成績が上がってきている事を実感するよ。

 

「良い? 理科は暗記だからね。ひたすら反復して覚えるのみだよ」

「ああ、分かった」

「じゃあ、次は……」

 

 教えるあかりも俺の成績が上がるのは嬉しいのか嬉々として教えてくる。

 それは別に良いが、そろそろ俺の方に限界が来た。

 

「あかり……今日はもうこれぐらいにしないか?」

 

 疲れた顔でそう言うとあかりは時間を確認する。

 

「エエ⁉ 1時間ぐらいしか勉強してないじゃん!」

「それはさっきの休憩からだろ⁉ 今日はもう5時間は勉強してんだぞ! これ以上は俺の集中力が続かん!」

「むぅ……椚ヶ丘中の偏差値とキーちゃんの成績から考えれば、合格ラインにはまだ足りないのに……何で普段から勉強しとかないの!」

「言っとくが学力最底辺の武偵高に通っている生徒の中で、お前みたいに勉強出来る方が少数派だからな!」

「言い訳しない! それに武偵高に比べると附属中や附属小はまだマシだよ!」

「うぐっ……⁉」

 

 武偵高は命懸けの任務に就くため、自然と訓練も厳しくなり普通の勉強が疎かになる。それに比べて附属中はインターンなど一部例外はあるものの、基本的に見習いだから本格的な訓練はしないし、附属小は銃器の安全講座がたまにあるだけで、他は普通の小学校と大差が無いのだ。

 

「まあ、キーちゃんの様子からすると、これ以上は勉強効率が落ちるかも知れないから、今日はこのぐらいにしようか」

「助かる……」

「でも、明日また勉強だからね」

「ああ、分かってる」

 

 と、返事した俺はダイニングのテーブルに突っ伏した。

 休憩を挟みながらとはいえ、さすがに5時間の勉強はキツい……

 そのまま項垂(うなだ)れていると、先ほど帰宅した姉さんが作っていた夕食をテーブルに置いた。

 

「毎日勉強ご苦労様。教える方のあかりも疲れるでしょ?」

「そうだけど……キーちゃんも一緒に椚ヶ丘中に来て貰わないと困るからね。さすがに私1人じゃお姉ちゃんの仇討ちは難しいよ……何しろ相手は未知で人外の触手生物だしね」

 

 まあ、その触手生物が本当にあぐりさんの仇がどうかはまだ分からんがな。

 

「そういや姉さん。柳沢の居場所と()()()、何か分かったか」

 

 数日前に判明した件を尋ねてみると、俺の目の前に座っていたあかりは真剣な顔になる。

 

「いえ……色々な機関の知り合いに調べて貰ったり、私個人でも調査したんだけど……何も分からなかったわ」

 

 申し訳なさそうな姉さんの報告を聞いて俺達は落胆する。

 色仕掛けを駆使して犯罪組織へ潜入する武偵(ハニートラッパー)として世界一と呼び声の高い姉さんは、武偵庁・警視庁・防衛省など諜報部を有した組織間で有名なのだ。

 そのため多数の機関に知り合いがいるのだが、その知り合いが調べても分からないと言う事は……柳沢の行方と例の件が判明するのはほとんど絶望的である。

 

「あかり。いざとなった時はオカルトに頼るしか無さそうだぞ」

 

 俺は()()()を着た少女の姿を脳内で思い浮かべた。

 

「……うん。その時は私が頼むよ。まあ、それよりも今は唯一の情報源である怪物が行くとされている、椚ヶ丘中の編入試験に合格しなきゃダメなんだけどね」

「が、頑張るよ」

 

 あかりの言葉に俺はあまり自信の無い返答しか出来なかった。

 

 

 

 姉さんの家に住み始めて2週間が経過した。

 本日は椚ヶ丘中学校の転入試験で、試験会場は椚ヶ丘中学校の会議室で行われる事になっている。

 朝食を摂った後、自室に使ってる部屋で防弾制服に着替えた俺は、必要な物を入れたカバンを手してリビングに向かった。

 そこには、いつも下ろしている髪をツーサイドアップに纏めたあかりがワンピースタイプの制服を着て立っていた。

 

「あれ? その制服って……あかりが以前潜入捜査(スリップ)したお嬢様学校の制服じゃなかったか?」

「そうだよ。武偵高附属中の生徒だってバレると怪物に警戒されるかも知れないから、椚ヶ丘中に提出する書類には違う学校の名前を書いておいたんだ」

「そんな事して大丈夫か?」

「平気。向こうの校長は私のファンだしね。転入の際に椚ヶ丘中学から事実確認の連絡にも話を合わせてくれるんだって」

「おいおい……いくらバレないためだからって、『磨瀬(ませ)榛名(はるな)』の名前と人気を使うなよ」

 

 磨瀬榛名とは子役時代のあかりの芸名である。

 お茶の間を席巻するほどの人気があり、5年間の活動でドラマ出演が13本、映画出演は7本で、それぞれの主演作品が3本と1本だ。

 これだけの出演本数の理由は……孤児、優等生、不良、幽霊……など、難しい役を完璧に演じられるからなのだ。

 

「これっきりにするから大丈夫。あ、そうだ! 忘れる前に伝えとくけど転入した時に『雪村あかり』って名前だと素性がバレるから、書類には昔私が演じた単発ドラマのボツ役『茅野(かやの)カエデ』って偽名を使ってるから、合格したらそっちの名前で呼んでね」

 

 何が、呼んでね、だ。明らかに犯罪だろうが!

 まあ、今日日違法行為を全くしていない身綺麗な武偵なんて少数派だけど。

 

「ああ、覚えとく……それにしても久々に磨瀬榛名の演技が見れるワケか」

「いやいや、私の演技なんて金一さんのヒステリアモードには遠く及ばないよ」

「あれは比べる相手が悪いと思うのだが……」

 

 兄さんのヒステリアモードは少々()()だからな。

 そんな事を思いながら玄関へ向かうと、そこには白いブラウスの上から黒いロングカーディガンを羽織り、デニムのショートパンツを穿いた姉さんがヒールのあるロングブーツを履いて立っていた。

 

「姉さんも出掛けるのか?」

「ええ、()()に向かうから、そのついでに試験会場まで送ってあげようと思って待ってたのよ」

「本当! ありがとうリナ姉!」

 

 そんなワケで撮影──仕事に向かう姉さんと共に部屋を出た俺達は、エレベーターに乗り駐車場があるB1のボタンを押した。

 数十秒ほどでエレベーターが地下駐車場に降りると扉が開いた。

 駐車場内は蛍光灯が点いているものの薄暗い。

 その空間を姉さんを先頭に歩いているとあかりが口を開いた。

 

「リナ姉の車ってどれ?」

「あれよ」

 

 そう言って姉さんが指さした先にはイタ車の最高峰、純白のフェラーリ・612スカリエッティが駐まっていた。

 

「あれ、この前忘年会で会った時は日産車のフェアレディZに乗ってなかったか? 確かZ33型で真紅のオープンカー(ロードスター)

「ああ、あれは車検に出してるのよ。だから今日乗る車は去年の誕生日に石油王からプレゼントされたフェラーリで行くわよ。まあ、フェアレディZがあっても2人乗り(ツーシーター)だから3人は乗れないけどね」

 

 そう言って軽く振り返った姉さんは、パチッとウィンクした。

 ただ、薄暗い駐車場内のため、よく見えなかったけどな。

 それよりも俺が気になるのはそこじゃない。

 

「……石油王にプレゼントされたって……どこでそんな人と知り合ったの? リナ姉……」

 

 俺が気になってた事と同じ事が気になってたらしいあかりが訊いた。

 

「以前仕事でイタリアに行った時、セレブが開催したパーティーに参加したんだけどね。その時に知り合ったのよ」

「……ああそう」

 

 姉さんの言葉に俺はそんな事しか言えない。

 本当に姉さんの交友関係は広い。

 武偵、刑事、防衛職員など武装職の人間以外にも馬主や弁護士、あとはヤクザと海外マフィアの知り合いもいたハズだ。

 そんな事を思ってると姉さんはフェラーリに向けて歩いていく。

 近寄って分かったが、フェラーリの窓ガラスやタイヤは防弾性だ。

 フェアレディZと違ってオープンカーにできないから銃撃戦には不向きだが、乗り込んでしまえば遮蔽物に囲まれる事になるため、防御・逃走用の車輌としては適してる。

 対してオープンカーにできるフェアレディZは銃撃戦に向いた車輌と言えるな。

 

「何ボーッと突っ立ってるの? 早く乗りなさい」

 

 そう言って姉さんはキーリモコンを取り出して鍵を開けると、左ハンドルの運転席に乗り込んだ。それに続いて俺達もフェラーリに乗り込む。

 後部座席にあかりが助手席に俺が乗ると、姉さんは甲高いエンジン音を駐車場内に響かせながら、フェラーリを颯爽と発進させた。

 

 

 

 法定速度ギリギリで道路を走るフェラーリに乗って、後方に流れていく景色を見ながら、何気無くグローブボックスを開けると、ヘッケラー&コッホ社の短機関銃(サブマシンガン)──MP5K(クルツ)が入っていた。

 

「姉さん。これ、銃検通してるよな?」

「当然でしょ」

「そう言うキーちゃんはベレッタの銃検通したの?」

「……軽く計算したけど、費用が足りない」

「その費用、私が立て替えても良いわよ」

「それは見返りが怖いから遠慮する」

「じゃあ、()()()()から幾つか依頼を見繕ってメールするから、それを受けて費用の足しにすれば良いわ」

 

 3年前、武偵高を卒業したばかりの姉さんは特殊捜査研究科(CVR)──色仕掛け(ハニートラップ)で犯罪者を籠絡(ろうらく)させる学科に所属していた友人達と共に武偵事務所を起業した。

 社長はCVRを首席で卒業した姉さんに任せた方が良いという事で、社名はそこから取って『遠山武偵事務所』と名付けていたが、後に自分も含めて会社に所属する武偵の全員がファッション雑誌に度々写真が掲載されていた事もあり、モデル業もいけるんじゃ無いかと思った姉さんは社名を『オフィス遠山』へと改めた。

 モデル業は雑誌の撮影や取材などが主な業務内容であり、武偵業は潜入と護衛が主な業務内容だ。

 潜入の方はCVRに所属している武偵ばかりを雇ってるため問題無い、護衛の方も戦闘力が無い武偵ばかりが所属しているCVRではあるが、中には戦闘特化の強襲科(アサルト)から転科してCVR所属になった武偵もいるため問題無いのだ。

 ちなみにオフィス遠山の護衛はデート形式である。警護対象者と腕を組んだ見目麗しい女性が武偵だとは誰も考えないのか、屈強な男が護衛の時と比べて襲撃者の質が下がるため容易に対処出来るのだ。

 そんなワケで姉さんが社長を務めるオフィス遠山は、本業と共に副業も盛況でかなり儲かっているらしい。

 姉さんはそんな会社から定期的に幾つかの依頼を紹介してくれるのだ。

 

「毎度助かる」

「このぐらい別に良いわよ」

「リナ姉、私も何か受けて良いよね?」

「ええ、構わないわよ」

 

 そんな会話をしていると、出発から10分も経たない内に試験会場の椚ヶ丘中学校に到着した。

 椚ハイムの部屋と同じでいいニオイがするフェラーリから降りると、車内にいた姉さんが声を掛けてきた。

 

「試験が終わる頃には撮影も終わってるハズだから連絡しなさい。迎えに来てあげるわ」

 

 そう言い残して姉さんはフェラーリのアクセルを踏み、V12の甲高いエンジンを響かせながら颯爽と去っていった。

 それを見届けた俺達は振り返り、壮麗な威容を誇る椚ヶ丘中学校の校舎を見上げて呟く。

 

「……書き置きによると、(くだん)の怪物は3年E組に現れるらしいが、どこが3年E組の教室だ?」

「昔お姉ちゃんに聞いた事があるけど、3年E組は成績不振者や素行不良の生徒ばかりを集めた特別強化クラスになるらしくてね。そこに落ちた生徒は勉強に集中するために()()()()()()()に在籍する事になるんだって」

「専用の隔離校舎って……まるで差別だな。で、その隔離校舎はどこにあるんだ?」

「あそこだよ」

 

 そう言ってあかりが指さしたのは山の上だ。

 視線を向ければそこには木造の校舎が見える。

 

「……少しばかりこの校舎から距離が有るぞ。ざっと見た感じ1㎞ぐらい離れてるような気がするんだが」

「そうだよ。元々は椚ヶ丘中学校の理事長が開いた私塾の校舎でね。そこを3年E組の校舎として再利用してるみたい」

 

 成る程、あの古い木造の建物は旧校舎になるワケか。

 受かったら通うのが大変だな。

 

「まあ、ここで話してても仕方ないし、さっさと編入試験でも受けに行くか。早くしないと何らかの数式を忘れそうだしな」

 

 そう言って俺はあかりを連れて校舎に入ると、受付で編入試験を受けに来た事を告げた。すると試験を行う教室まで案内してくれた。

 プレートに会議室と書かれた教室の扉を開けて、椅子に座り鞄から参考書を取り出してあかりに教わりながら最期の追い込みを掛ける。

 しばらくして教室に教師がやって来たため、参考書を鞄に入れて筆記用具を机に取り出した。

 

「試験監督をする大野だ」

 

 そう言って大野という教師から日程と試験に関する簡単な説明を受けた。

 それによると筆記試験は主要5科目で数学、英語、理科、社会、国語の順番で受けるらしく、それが終わった後に面接という流れだ。

 昼食も理科の試験が終わった後に各自で持参した弁当を食べる事になっている、そのため俺の鞄には姉さんが作ってくれた弁当が入っている。

 本当はあかりが作りたかったらしいが、試験を受けるあかりに作らせるワケにはいかないとかの理由で姉さんが作ったらしい。

 

「──よし、粗方の説明は終わったからな。これから試験だ。頑張れ」

 

 その言葉と共に大野は数学の試験を配った。

 さて、せっかくこの数日間、あかり先生とイリーナ先生に教わったんだ。ちゃんと受からないとな。

 そう思いながら俺は数学の試験に取り掛かった。

 

 

 

 試験と面接が受け終わったあと、俺達は椚ヶ丘中の校舎を出た。

 終わったら連絡しろと言われてたため、既に姉さんには連絡済みだ。

 その姉さんが来るまで、俺とあかりは椚ヶ丘中の校門前で会話をしながら待っている。

 

「キーちゃん。試験の手応えは?」

「面接以外は何とかなったと思う。解答用紙は全部埋めたしな」

「まあ、それが合ってるかどうかは別だけどね」

「不安になる事を言うな。お前に俺に受かって欲しいのか落ちて欲しいのかどっちだ」

「もちろん受かって欲しいよ。だけど同じ試験を受けて分かったんだ、キーちゃんが受かるかどうか微妙な事に……」

「やっぱりか……」

「でもまあ、キーちゃんが何とかなったって言うなら、その言葉を信じるのが幼馴染みの私の役目だもんね」

 

 そう言ってあかりは両手を胸の前で握り締めた。

 その時、校門前の道路脇に姉さんが運転するフェラーリが停まった。それに乗った俺とあかりは姉さんが夕飯は外食にするとの事で、夕暮れ時の椚ヶ丘市内へと向かうのだった。

 

 

 




捕捉ですがあかりがイリーナを呼ぶ時の『リナ姉』は、セツ婆ちゃんがイリーナを『リナ』と呼ぶところから来てます。
従ってあぐりさんはイリーナを『リナちゃん』と呼んでいます。


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5弾 合否の時間

この話からしばらくイリーナはお休みです。
代わりに緋弾のアリアAAからあの子が登場します。

11/19
イギリスに向かう時のイリーナの服装を加筆。


 椚ヶ丘中学校の転入試験を受けてから3日後、姉さんが武偵庁からの依頼でイギリスへと潜入調査(スリップ)に行くため、その手伝い──情報収集など──で、椚ヶ丘武偵局に訪れていた俺が椚ハイムに帰宅して、郵便の有無を確かめると郵便受けの中に2通の茶封筒が入っていた。

 その茶封筒を取り出すと送り主は椚ヶ丘中学校だった。

 

(そういや今日が合否の発表だったな)

 

 それを思い出した俺は茶封筒を持って姉さんの部屋に帰った。

 

「ただいま。あかり、椚ヶ丘中から合否の封筒が届いてたぞ」

 

 部屋に入ってリビングの扉を開けた俺は私服にエプロン姿で、キッチンに立って夕食を作っているあかりに声を掛けた。

 

「そっか、今日届くんだったね。合格してた? キーちゃん」

「まだ見てない。どうせならあかりと見ようと思ってな」

「分かった。後少しで作り終えるから手洗いとウガイしてきて」

「ああ……そういや姉さんは? 資料を渡したいんだけど」

「向こうに持っていく服を選んでるからクローゼットにいるよ」

 

 その言葉に俺はリビングを出て廊下を歩き、ウォークイン・クローゼットとして利用してる部屋の扉を開けた。

 室内はまるで服屋の如く、多種多様な女性服がハンガーラックに掛けれており、棚にはバッグや帽子もある。

 中にはナース服やバニースーツ、メイド服、ミニスカサンタ服、婦警服、果てはブルマーや紺色のセーラー服まで用途不明な服もあるが、それにはツッコまずに俺は室内の中央で、ハンガーラックから服を取っては自身の身体に当てて姿見でチェックする姉さんを見付けた。

 その姉さんは姿見に写った俺を見付けると振り返った。

 

「お帰りなさいキンジ」

「ただいま。これ、頼まれた資料な」

「ええ、ありがとう」

 

 姉さんは俺の手から資料を受け取ると目を通していく。

 その様子を見ながら俺は改めてクローゼットを見渡す。

 

「本当に色んな服があるな」

「まあね。私ぐらいになると着る服にも気を使わなくちゃいけないから、これぐらい持って無いとダメなのよ」

 

 確かにその通りだ。

 姉さんは色仕掛け(ハニートラップ)を駆使して男を()()武偵だ。身嗜みには人一倍気を使うからな。

 ちなみにこの『殺す』とは本当に人を殺害する意味じゃなく、ハニートラップに()めて陥れると言う意味だ。

 そんな姉さんだが、相手が()()()()()でも相手の趣味と趣向に合えば()()()()()()を振る舞って逮捕する事が出来る。

 これは昔、正式開校前の武偵高に通っていた姉さんに聞いた話だが、特殊捜査研究科(CVR)には異性を相手にするⅠ種と、同性を相手にするⅡ種で分類され、更にⅡ種は男性的行動で女性の女心を掴むα(アルファ)要員と、女性に可愛がられるβ(ベータ)要員に分類されるらしい。

 で、姉さんは武偵高在学時にCVRでⅠ種とⅡ種αを学んでるらしく、一部を除く異性と一部の同性、男女両方を相手に出来る世界でも稀有なハニートラップ専門の武偵なのだ。

 

「いつ頃向こう(イギリス)に行く予定なんだ」

「来月の頭──4月には向かう予定よ」

「分かった。それじゃ俺は部屋に戻るからな」

 

 そう言って俺は部屋を出ていこうとした時「容疑者(ホシ)はダンディーなオジサマね……あら、セクシーな女性が弱点だわ」、と俺が渡した資料に貼ってある写真を見て呟いていた。

 姉さんは経験と勘で、人の写真を見ただけでが写真に写る人物がどんな異性、または同性に弱いのかある程度分かるらしいのだ。我が姉ながら恐ろしい特技を身に付けたものである。

 

 

 

 あかりが作った夕飯を3人で食べた後、椚ヶ丘中学から届いた合否の茶封筒を開けて結果を確かめる事にした。

 

「よし、まずは私からね」

 

 俺と違って成績が良いため落ちるとは思えないが、あかりはペーパーナイフで封筒の封を開けると、中から折り畳まれた書類を取り出してサッと目を通した。

 自分が編入試験を受けたワケじゃないのに、緊張した面持ちの姉さんがあかりに問い掛けた。

 

「ど、どうだったの?」

「合格だよ。ほら」

 

 そう言ってあかりは俺達に書類を見せてくれた。

 そこには色々と書かれてるが『合格』の二文字が書かれていた。

 

「まあ、私は合格して当然だけど問題はキーちゃんだね」

「……ああ、分かってる」

 

 俺はペーパーナイフをあかりから受け取り、それで封筒を開けて中から書類を取り出すと、震える指でゆっくりと開いていく。

 何この緊張感……! まだ殺人犯と銃撃戦を繰り広げる方が遥かにマシなんだけど……!

 そんな事を思いながら書類を開き、文字を一文字ずつゆっくりと読んでいくと、中盤辺りに太文字で『合格』と書かれた文字を見付けた。

 我が目を疑った俺は目を擦り、もう一度目を通すと、そこには紛れもなく『合格』と書かれた二文字が見えた。

 

「…………」

「……どうだったのキーちゃん?」

「……もしかして落ちちゃったの?」

 

 黙ったまま何も言わない俺に痺れを切らした、あかりと姉さんが声を掛けてきたため、俺はゆっくりと顔を上げて2人に言った。

 

「……受かった」

「「…………は?」」

 

 失礼な反応だな、と思いつつも俺は『合格』と書かれた書類を見せる。

 

「……自分でも半信半疑だが、どうやら俺は椚ヶ丘中の転入試験に合格したらしい。ほら」

 

 俺が見せた書類に目を通した2人は夢だと思ったのか互いに頬をつねる。

 そこまでしなきゃ俺が受かった事を信じられないのか⁉ 泣くぞ⁉

 頬をつねった痛みを感じて夢じゃないと分かった2人は、全身をぶるぶる震えさせて──

 

「「やったーッ‼」」

 

 と、俺以上に喜んだ。

 そして、喜びのあまり2人揃って俺に抱き付いてきた。

 

「さすがは私の自慢の弟だわ!」

「スゴいよキーちゃん! 正直落ちると思ってたからビックリした!」

 

 そんな事を口々に言ってるが、俺はそれどころじゃない。

 なぜなら2人に抱き付かれた事で、あかりの慎ましい胸と姉さんの豊満な胸が俺の両腕に密着してるのだ。

 歩く時や普段の仕草などちょっとした事でも揺れていたため、姉さんの胸が柔らかいのは分かってたが、まさかあかりの慎ましい胸までも柔らかな弾力があるとは……!

 って、なんで俺は冷静に2人の胸の感触を分析してるんだよ。そんな事をすれば──⁉

 

 ──ドクンッ!

 

 ほら、来た来た来ましたよ。

 全身の血液が体の中央・中心に集まるような、あの何とも言えない独特なヒステリアモード感覚が。

 それは刻一刻と強まっていき、知性が雪の結晶のように形作られ、五感が鋭敏になっていく。

 あと数十秒で完全にヒステリアモードになるという時に、目覚めた第六感で閃いた。

 

「そうはさせるかッ!」

 

 突然叫んだ俺にビックリ(まなこ)の2人を見ながら、両腕に抱き付く2人の力の流れを読むと、合気道のように動きを誘導した俺は全身を回転させて2人の間から逃れた。

 少し離れた所で片膝立ちになり、いつの間にかお互いの手をお互いの胸で挟む形になったあかりと姉さんは「「?」」と赤面して離れる様子を見た俺は、勉強して覚えた素数を数えてヒステリア性の血流を遣り過ごそうとした瞬間、ガツンッ! 足の小指を机の足でぶつけた。

 

「~~~~ッ⁉」

 

 激痛で声に鳴らない叫びをあげた俺は床をのた打ち回る。

 お陰でヒステリア性の血流は引っ込んだが、叫ぶ→回転する→床をのた打ち回る、と、ファンタジスタすぎる行動の俺にあかりと姉さんはドン引きしていた。

 しばらくして痛みが引いてきた俺は目に涙を溜めて立ち上がると、2人は何事も無かったかのように食後のいちご牛乳と赤ワインを飲んでいた。

 

「あ、起きた。キーちゃん明日って暇?」

「……明日? 春休み中だし、姉さんの任務の手伝いも粗方終わったから、特に予定は無いぞ」

「だったら制服買いに行こうよ」

「制服?」

「うん。合否の書類と一緒に同封された書類に『4月5日に必用事項を伝えるため、指定した店で制服などを揃えた後、椚ヶ丘中学校・理事長室にお越しください。尚教科書等は当校で用意します』だって」

「始業式前に一度来いって事か。分かった。一緒に制服を買いに行くよ。それから姉さんに頼みがあるんだけど」

「何?」

「もしもの事があるから椚ヶ丘中の制服を防弾化してくれるか」

 

 色仕掛けで犯罪組織に迫るCVRの女性達は、被服で異性・同性を幻惑する技術を学んでいるため、どんな服でも自由自在に作れるからな。

 

「ええ、良いわよ」

 

 俺の言葉に姉さんが了承した。

 相手は兵器利用される触手を持った怪物だ。それ相応の装備を整えておいて損は無いのだ。

 

 

 

 それから数日が経ち、引っ越しも済ませて、カレンダーも3月から4月に変わると、日本というか世界中に驚愕の事件が駆け抜けた。

 それは月の面積が全体の7割が消滅したという事件である。

 連日連夜放送するニュースでも月の話題ばかりだ。なお兄さんが調べたところ月が7割消滅したのは先月の中旬、()()()()が起きた日だがニュースで放送したのは4月に入ってからだ。

 理由は兄さん曰くパニックを防ぐため、各テレビ局に政府から圧力が掛かり報道規制されていたらしい。

 そんな出来事が水面下で起きていた中。

 姉さんに防弾化して貰った椚ヶ丘中の制服を着た俺とあかりは、マンション前で車検から戻ってきたフェアレディZ──開閉式の屋根(ハードトップ)は開いているためオープンカーだ──に乗っている姉さんと話している。

 そんな姉さんはイギリスのセレブの元へ潜入するため、高級感に溢れたセクシーな恰好だ。

 大胆に胸元を開けたヒョウ柄のコートの下には白いプラウスを着ており、鋲型の金具を装飾品としたミニフレアスカートの裾からは、網タイツ柄のストッキングに包まれた長くて綺麗な足がスーッと伸びていて、その足先にはヒールのある黒い編み上げブーツを履いている。首には俺がプレゼントした黒いチョーカーネックレスの代わりに、金のプリンセスネックレスが巻かれていた。

 

「それじゃあ私はイギリスに行くけど、何かあったら連絡しなさい。それと小遣い代わりに()()も渡しておくわ。暗証番号は2222よ」

 

 そう言って姉さんは高級感のある薄い手袋を嵌めた手で、助手席に置いていたブランド物のバッグの中から、ワニ革でピンク色のサイフ──これもブランド物──を取り出すと、カードポケットに挿していたアメリカン・エキスプレス・プラチナ・カード──ゴールドカードの上位版となる白金色のクレジットカードを抜き取って俺に渡してきた。

 

「いや、そんなに高い買い物はしないから要らないんだが……」

「それでも持ってなさい」

 

 プラチナカードを姉さんに返そうとしたが強く押し付けてきた。

 

「キーちゃん。リナ姉が持ってろって言うんだから持ってれば?」

 

 あかりの言葉に俺は使わないだろうなと思いつつも、仕方無くプラチナカードを受け取った。

 

「それでリナ姉、帰りっていつ頃になりそう?」

 

 微妙に嬉しそうな表情のあかりは姉さんに問い掛けた。

 

「そうね。詳しくは分からないけど、大体1ヶ月ぐらいで帰ってこれると思うわよ」

 

 その回答にあかりは「チッ」と舌打ちして、

 

「さすがSランク武偵のリナ姉、お早いお戻りで」

 

 と、称賛した。

 ちなみにSランクというのは、国際武偵連盟(IADA)が任務の成功率とかその他諸々を加味して格付けした武偵ランクの事で、上から順にS・A・B・C・D・Eの6段階で分けられている。

 俺とあかりはランクを取得してないからノーランクだけどな。

 但し、神奈川武偵高附属中(カブチュー)強襲科(アサルト)教諭曰く、もしランクを取得すればSランク相当の実力があるとの事だ。俺は調子が良い(ヒステリアモード)時に限るみたいだが。

 

「心にも思ってない事を言われても嬉しくも何とも無いわよ! 良いキンジ、この絶壁胸に何かされたらすぐ連絡するのよ!」

「誰が絶壁胸だ!」

 

 禁句(タブー)である胸の話題を告げた姉さんに──ビキィッ!

 隣から聞こえた不穏な音に寒気を感じて振り向いてみれば、そこには額に『K』の字形の血管を浮かび上がらせたあかりがいた。

 俺の眼にはそれが、殺す(KILL)、のKに見える。

 もしかするとあかりの身体のどこかに『I』と『L』と『L』の形に浮かび上がる血管があり、それが全て揃うと……

 こ──こッ……怖ぁ!

 殺気を放出してキレた表情のあかりは、カバンに手を突っ込んで漆黒の拳銃(ベレッタ)を取り出した時──ウォン!

 それを見た姉さんはアクセルを踏んで、フェアレディZのエンジン音を周囲に響かせながら走り去っていった。

 

「帰国したら覚えてろよ! アイツ!」

 

 姉さんが走り去った方向に憎々しげな視線を向けたあかりは、取り出した拳銃を振り回しながら地団駄を踏んでいる。

 怒り狂うあかりに関わりたくなくて放置したかったが、残念ながら今日は椚ヶ丘中学校から連絡事項があるため、登校しなければならないのだ。

 ゆえにあかり放置するワケにはいかない。

 

「あ、あかり……いつまでも怒ってないで学校行くぞ」

 

 なるべくあかりの気に障らないような声色で話し掛けながら、俺は振り回している拳銃を掴んで取り上げた。

 

「む~~……分かった」

 

 俺の言葉にあかりは頷くが、憎々しい視線をフェアレディZが走り去った方に向け続けていた。しかしずっと見ているワケにもいかないと思ったのか、しばらくしてコクッと頷いた。

 落ち着いた様子のあかりに取り上げていた拳銃を返すと、それを受け取ってカバンに入れたあと小さな唇を開いた。

 

「キーちゃん。ちょっと頼みがあるんだけど」

「頼み?」

「うん。家の中以外で私を呼ぶ時は『あかり』じゃなく『カエデ』って呼んで」

「ああ、そういや学校には偽名の『茅野カエデ』で登録してたもんな。でも下の名前で良いのか?」

「うん。幼馴染みだからね」

「ん? 今と変わらんが……」

「えーっとね。(あかり)とキーちゃんはずっと同じ学校に通う幼馴染みだけど、(カエデ)()()()()は小さい頃に親の転勤で離ればなれになった幼馴染みなんだ」

「成る程、設定が違うワケか……って、ちょっと待て! 小さい頃に離ればなれになったなら、何で住所が同じなんだよ⁉」

「ああ、それはね。カエデが転校するために住む所を探していた時に街中で偶然、キンジ君のお姉さんである()()()()()()()()()と会って色々と話してる内に……って感じかな。覚えといてよ。テストに出るからね」

「断じて出ねぇよ‼」

 

 とは言ったもののこういう設定は前もって知っておいて良かった。

 もしクラスメートなどに個別で聞かれた場合、この設定を知ってるのと知らないのじゃ情報に齟齬(そご)が発生し、不審に思われて潜入捜査が遣りにくくなってたな。

 

 

 

 椚ハイムから椚ヶ丘中学の本校舎までは約2㎞だ。

 ギリギリ徒歩圏内だったため20分以上掛けて歩いて来たがやはり少し遠いな。

 明日からはバスかチャリ通にするかと思いながら、受付で諸々の事を告げた俺とあかりは頭皮の薄い教頭に案内されて理事長室の前に辿り着いた。

 教頭が両開きの扉をノックして用件を告げると──

 

「──入りたまえ」

 

 部屋の中から、極めて低い、遠い地鳴りのような声が聞こえてきた。

 その声に教頭が扉を開けた中には2人の男女がいた。

 1人は部屋の奥で机に組んだ手を乗せて椅子に腰掛けるスーツ姿の男、もう1人はメガネを掛けて長い茶髪を三つ編みお下げにした身長の低い女子だ。

 前者が理事長で、後者は生徒である。

 室内に入った俺とあかりは理事長に頭を下げて名乗った。

 

「遠山キンジです」

「茅野カエデです」

 

 すると、理事長が口を開いた。

 

「よろしく。私が椚ヶ丘学園の理事長・浅野(あさの)學峯(がくほう)だ。彼女は君達と同じ転入生の……」

加納(かのう)ユキですぅ。2人共よろしくお願いしますぅ」

 

 と、少し間抜けなしゃべり方で女生徒──加納が自己紹介した。

 

「よろしく」

「よろしくね。加納さん」

「あい」

 

 相手が女子のため俺はぶっきらぼうに、あかりは笑顔で応じると、加納は少し独特な返事をした。

 

「さて、互いに自己紹介は済んだようだね。それでは君達が所属するクラスを発表するよ……教頭」

「はい理事長。まず茅野カエデさん。君は我が校の転入試験を優秀な成績で合格したため3年A組所属だ。次に遠山キンジ君、君は学園創立以来過去最低点での合格だ。そんな君には我が校が誇る特別強化クラス・3年E組に所属する権利を与えよう。最期に加納ユキさん。君も遠山君と同じく3年E組所属だ。卒業までの1年間、それぞれのクラスで頑張ってくれたまえ」

 

 成る程、あかりはA組で俺と加納はE組か。

 怪物が来るのはE組らしいから俺は問題無いが、A組所属となったあかりは問題だな。てか、加納のヤツ同い年だったのか⁉

 あかりより小さいからてっきり年下だと思っていたのに、いるところにはいるんだな。あかりより背の低い中学3年生が。

 

「エリートクラスのA組所属ですか。茅野さんってスゴいんですねぇ」

「あ、ああ」

 

 突然、その加納に話し掛けられたため、ドギマギしながら俺が応じた時だ。

 

「すいません。私も2人と同じ3年E組で良いですよ」

 

 そう言ったあかりは理事長の功績を称えた証である、トロフィーや盾などが飾られている棚に歩いていくと、腕を振り上げて──ガッシャンッ! トロフィーなどを叩き壊した。

 

「……ッ⁉」

「うひぃ⁉」

 

 その光景に教頭は絶句し、加納は足を(もつ)れさせて尻餅を突いた。

 そして、トロフィーを壊したあかりは振り返ると── 

 

「これで私も3年E組ですよね?」

 

 笑顔で理事長に言い放った。

 その結果、あかり扮するカエデは目論み通り、理事長から3年E組行きを言い渡されたのだった。

 

 

 




というわけで加納ユキさんがE組に所属します。

加納ユキをご存知無い方は、緋弾のアリアAAのコミックス13巻をお読みください。


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6弾 転入の時間

やっと椚ヶ丘中に転校だよ。
まさかこんなに時間が掛かるとは……


 本日4月6日は椚ヶ丘中学校の始業式兼入学式だ。

 そのため、俺とあかりは椚ヶ丘中学へとバスで向かっている。

 バスに揺られながら俺の隣で笑顔を浮かべる少女を盗み見ると。そこには昨日まで烏の濡羽色のようだった黒髪を、樹木を彩る若葉のような鮮やかな緑髪に染めたあかりがバスの座席に腰掛けていた。

 染めた理由は雪村姉妹の共通点が髪の色という事で、そこから素性がバレるかも知れないから染めたらしい。

 あかりの黒髪が好きだった俺は「考えすぎだ」と言って止めたのだが、「用心するに越した事は無い」と押し切られた。

 まあ、緑髪に染めたあかりも似合ってたから良いんだけどな。決して口にしないが。

 椚ヶ丘中学前のバス停でバスを降り、E組校舎──旧校舎がある山へ登る入口に歩いていくと、前方に背の低い少女・加納ユキの姿を見付けた。

 

「あ、加納さん!」

 

 あかりの声を掛け、それに気付いた加納は振り返って俺達の姿を見付けると嬉しそうに笑った。

 

「おはよう。茅野さんに遠山君」

「……おう」

「おはよう! それと加納さん、昨日はビックリさせてゴメンね」

「いやいや、なぜA組に所属出来た茅野さんがE組に行きたいのか、昨日の内に理由を聞いてるから、気にしないでよ。てか綺麗な黒髪だったのに染めたの?」

「うん! 似合ってるかな?」

「あい!」

 

 などとあかりと加納は朗らかに会話している。

 ちなみにあかりが昨日加納に語ったE組に行きたい理由は作り話だ。久しぶりに会った幼馴染みの俺と違うクラスに行きたくない、って内容だったかな。

 誰が納得するんだ? と、話を聞いた時に俺は思ったが聞かされた加納は納得しやがったよ。

 もうちょっと人を疑った方が良いと思うぞ。

 それと出会った当初の加納は同い年の俺達にも敬語で接してきてたが、昨日の内にタメ口で接してもらってる。

 

「それにしても今日から1年間、この山道を登るのか……嫌になるな」

「そう言わないの。キンジ君」

「茅野さんの言う通りだよ。それに毎日登ってたら慣れるよ」

「さすが加納さん。良い事言うね。ほら、キンジ君。早く慣れるためにも登るよ」

「……へいへい」

 

 渋々と頷いた俺は山を登り始めた。

 あかりを真ん中にして右を俺が左を加納が登る。

 そうして自然豊かな森を見回しながら、簡単な整備はしてるものの全く舗装されてない山道を登っていると、『旧校舎』と書かれた門扉の無い門柱を見付けた。

 その門柱の先に古い木造の建物が見える。

 外観は古い上にボロいな。その証拠に屋根は補修した跡が所々見える、だがしかし壁や窓には補修した跡は見当たらない。

 そんな校舎は地上階だけで2階は存在しないな。

 

「いつまでもここで立ち止まってても仕方無いから、そろそろ中に入るよ。キンジ君」

「あ、ああ」

 

 あかりに促されて意識を戻すと正面玄関に入る2人が見えた。

 それを見た俺も慌てて正面玄関に入り、そこにあった下駄箱で上履きに履き替えて校舎内に入った。

 廊下は床板が抜け落ちて穴が空いている。そんな廊下を穴から落ちないように気を付けながら歩いていると、『3ーE』のプレートが掛かった教室を見付けた俺は教室の扉を開ける。

 教室の中には女子生徒のような容姿の男子生徒が1人いた。

 制服が男子用だったから分かったものの、そうでなければ見分けが付かないぐらいの女顔だ。何しろ身長は160㎝無いし、水色の髪だってセミロングである。

 その女顔の美少年は教室に入ってきた俺達に気付くと口を開いた。

 

「あれ、君達は……」

「私達今日から転入なんだ。私は茅野カエデ、この三つ編みの子が……」

「加納ユキですぅ」

「遠山キンジだ」

「そうなんだ。僕は潮田(しおた)(なぎさ)、よろしく」

「うん。よろしくね! それにしても髪……長いね」

 

 あかりに言われた潮田は顔を背けて応じた。

 

「あー、短くしたいけど、色々あって切れないんだ」

 

 色々……か。家族関係かな。だとしたら深くは聞かない方が良いだろう。

 

「ふーん、じゃあさ。こういうのはどうかな?」

 

 そう言ったあかりはポケットから輪ゴムを2本取り出すと、潮田が首の後ろで纏めていた髪を解いて自分と同じツーサイドアップに結い上げた。

 

「ほら、私とお揃い!」

「おお! 似合ってるよ。潮田君」

「そう、かな? 遠山君はどう思う」

 

 恥ずかしそうに頬を朱色に染めた潮田は俺に聞いてくる。

 顔が顔だけに頬を染めるとマジで女にしか見えん。

 

「パッと見、髪が短くなったみたいに見えるし良いんじゃないか」

「そっか。じゃあ今日からこの髪形で過ごそうかな。ありがとうね茅野さん。それから僕を呼ぶ時は『渚』って呼んでよ」

「下の名前でか、その理由も髪と一緒で『色々』か?」

「……うん」

 

 頷いた潮田……渚の表情は少しだけ暗かった。

 

「そう言う事なら分かった」

「私も分かったよ。ね? 加納さん」

「あい!」

 

 俺達3人が名前呼びする事を了承すると渚の表情は明るくなった。

 

「さて、早速だが渚」

「何? 遠山君」

「席って決まってるのか?」

「廊下側から縦に1列ずつ男子・女子と交互に代わるぐらいかな。少し前にクラスの皆でE組の人数が増えたら席順も一新しようって決めたしね」

 

 そう言われて渚がカバンを置いた席を見ると、廊下側から5列目で前から2番目だ。

 

「そうなの? じゃあ私は渚の隣にしようっと」

 

 あかりは廊下側から6列目の2番目の席に座った。

 

「じゃあ、俺はここで良いや」

「私はここにするよ」

 

 俺と加納は互いに渚の後ろとあかりの後ろの席に腰掛けた。

 その時。

 

「おはよう」

 

 凛とした女声が聞こえたため、教室の扉に視線を向ければ、数年前の姉さんを彷彿とさせる美少女が立っていた。

 157㎝の身長は中3当時の姉さんとそんなに変わらないが、胸は姉さんより小さいもののあかりより確実に大きい。軍艦に(たと)えるなら重巡洋艦だ。ちなみに姉さんは超弩級戦艦で、あかりはゴムボートである。

 毛先が波打ったセミロングで燃えるような緋色(スカーレット)の髪。ツリ目の瞳は翠玉色(エメラルド)。形が良くほんのりピンクに色付いた唇。キレイ系でクールな感じの美少女だ。

 その少女を見ていると──

 

「もう、先に行かないでよ」

 

 可愛らしい声を発して教室に入ってきたのは、これまた目も覚めるような美少女だ。

 161㎝ぐらいの身長、たわわに実ったメロン玉のような大きな胸。軍艦なら弩級戦艦。

 桃色のシュシュでポニーテールに結い上げた黒髪。パッチリ二重の瞼に優しげでおっとりした眼差しの黒瞳。ピンク色でふっくらとした唇。カワイイとキレイが上手く混ざったような美少女である。

 もう少し年を重ねれば姉さんとは違ったタイプの、絶世の美女になりそうな気配がある。

 そのポニーテールの少女が、教室内に見知らぬ男子と女子2人の姿を確認した途端、可憐なピンクの唇を開いた。

 

「あれ? 3人共本校舎で見た事ないから、もしかして転校生?」

「うん。そうだよ」

 

 そう言ってあかりは先程渚にしたように自己紹介すると、俺達も続けて自己紹介する。それを黙って聞いていたポニーテールは再び唇を開いた。

 

「茅野カエデちゃんに加納ユキちゃん、そして遠山キンジ君だね。よろしく。私は矢田(やだ)桃花(とうか)。で、この子が……」

速水(はやみ)凛香(りんか)。よろしく」

 

 そう言ってクールな少女──速水は教室内を歩いてと俺の左隣の席に腰掛けた。

 その様子を眺めてると、速水は鋭いツリ目で、キロ、と俺に視線を向けて問い掛けてきた。

 

「何?」

「いや、珍しい色の髪と瞳だな……と、思って」

「ああ、これ? 先祖に外国人がいるみたいでさ。それが私に隔世遺伝したんだって」

 

 その言葉に俺は納得する。

 俺にも爺ちゃん譲りの無駄に鋭い嗅覚が遺伝してるしな。

 それにしても速水は大人しいというか、口数が少ないというか、佇まいから分かるようにクールな女子だ。

 対して矢田は佇まいや雰囲気から穏和な女子だと分かる。

 その矢田は廊下から2列目・2番目の席にカバンを置くと、あかりや加納と仲良く会話している。非社交的な俺には真似出来そうにないな。

 

 

 

 それからしばらく席に座っていると、続々とクラスメートが登校してきた。

 その度に自己紹介するもんだから精神的に疲れてきた。

 それにしてもE組の女子は全員では無いが美少女ばかりである、ヒス的要注意な女子ばかりでツイてない。さすがは運の悪さに定評のある3年の遠山だ。

 転校してからもそれは変わらないらしい。

 

「おいおい、疲れた顔してどうした遠山!」

 

 俺に話し掛けてきたのは、後ろの席に座る杉野(すぎの)友人(ともひと)だ。

 名前の通り友人(ゆうじん)が多い男である。

 

「別に何でもない」

「なら良いんだけどよ。それにしても遠山。あの2人は本当に中学3年なのか?」

 

 そう言って杉野はあかりと加納に視線を向ける。

 

「それはあの3人を見てから言えよ」

 

 俺は黒髪ショートのボーイッシュな岡野(おかの)ひなたと、ウェーブしたミディアムヘアでゆるふわな感じの倉橋(くらはし)陽菜乃(ひなの)と、三つ編みおさげでメガネを掛けた奥田(おくだ)愛美(まなみ)に視線を向ける。

 何しろあの3人の身長は147㎝、149㎝、149㎝と全員がアンダー150だからな。あかりや加納より高いが、それでも中3女子の平均身長を下回っている。

 

「あー……そういや元からE組にも身長の低い女子がいたな」

「それに渚の身長も男子にしては低い方だぞ」

「確かに。顔も女みたいだしな」

「恐らく女装しても違和感は無いだろう」

 

 杉野とそんな会話をしていると前に座っていた渚は、クルッ、と振り返って口を開いた。

 

「2人共! さっきから好き勝手言わないでよ⁉」

「いやいや、その顔と身長で怒っても怖くないよー」

 

 そう渚に言ったのは中村(なかむら)莉桜(りお)。金髪ロングのギャルだ。

 ちなみに岡野と倉橋と中村、そして黒髪ロングの神崎(かんざき)有希子(ゆきこ)の4人は以前駅前で見掛けた事があるな。

 

「そもそも渚って、将来はタイかモロッコに行って工事するんでしょ?」

「工事って道だよね⁉ 道の事だよね⁉ 中村さん!」

 

 渚の言葉に中村はフッと笑みを浮かべて視線を逸らした。

 そんな中村を見ながら、ふと、あかりはどうしたかと思い見てみれば、矢田や倉橋など女子力の塊達と楽しそうに会話していた。

 加納にも視線を向ければ同じメガネ女子の奥田と会話中だ。

 同じ転校生なのに俺が一番会話出来ていない。

 最初はチャラい前原(まえはら)陽斗(ひろと)や、坊主頭の岡島(おかじま)大河(たいが)などが、転校生って事で話し掛けてきたが、生来の人付き合いの悪さが災いして、うまく応じる事が出来なかったため、向こうもすぐに興味を無くして去ってしまった。

 そんなつまらない俺に何度も話し掛けてきたのは杉野ぐらいだ。コミュ力の高い杉野が会話の中心にいてくれたお陰で、不良3人組に前原と岡島の計5人を除いた男子とは何とか話せたと思う。対して女子とはそんな話せてないけど。

 てか、椚ヶ丘中みたいな進学校にも不良っているんだな。そもそも入試にはどうやって受かったんだ?

 などと考えていると、頭頂部から触角のような髪を二房跳ねさした男子委員長の磯貝(いそがい)悠馬(ゆうま)が、時計を確認して皆に聴こえる大きさの声を発した。

 

「おーい! そろそろ始業式だから移動するぞ!」

 

 その言葉と共に「もうそんな時間かよ……」とか「もうちょっと話したいのにー!」、と言いながらもE組の皆は席を立って教室を出ていく。

 

「ほら、遠山も早く移動しないと遅れるぞ」

 

 と、杉野に言われて席を立った時思い出した。

 昨日教頭から聞いたがE組は式典や全校集会がある際、他のクラスより先に整列して待たなければならないという独自ルールがあったな。

 

「……昨日呼び出されてE組の事を聞いたが、E組って大変だな」

「ああ、何せE組は通称『エンドのE組』って呼ばれてるからな」

 

 エンドって……終わりかよ。

 何とも末期的で自嘲的なネーミングなのだろう。

 そんな事を考えながら教室を出て、十数分前に登ったばかりの山道を下りていると、隣にあかりがやって来た。

 そして周りの皆に聞こえないように声を潜めて、

 

「どう、友達出来た?」

 

 と、訊いてきた。

 

「どうだろう? そう言うあ……カエデはどうなんだ?」

 

 いつものように『あかり』と言おうとしたら、ギロ! 睨まれたため慌てて『カエデ』と言い直して逆に問い掛けた。

 

「私? 私は矢田さんや倉橋さんや岡野さんと仲良くなれそう……矢田さんに関しては目を瞑らなきゃいけないけど」

 

 ああ、お前は幼児体形て矢田はグラマラスな体形と似ても似つかないからな。

 そんな事を思っていたら、ゾクッと隣から殺気を感じてゆっくり振り向くと、笑顔なのに目は全く笑ってないあかりがいた。

 

「ねぇ、なんか失礼な事考えてなぁい?」

「滅相もございません‼」

 

 慌てて俺は首をブンブンと横に振って否定する。

 

「なら良いんだ」

 

 そう言うと、殺気を霧散させて傍目には分からない程度に構えていた体を解いて歩き出した。

 あっぶねぇ……‼ 昔からあかりは胸に関してだけは超人的な勘の鋭さをしてたんだった。ゆえに考えるだけでも危険なのである。

 恐怖で血の気が若干引いて、顔を青くさせながらも、他のクラスより先に整列しなければいけないため、あかりと共に山道を下りていく。

 

 

 




次回あの男が登場!


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7弾 邂逅の時間

原作より賞金額をあげてます。

11/23
指摘があったので、少し賞金額を下げます。


 始業式は滞りなく執り行われ、現在は第11回目の入学式の真っ最中だが、俺達E組は出席しなくても良いと言われたため、旧校舎へ戻ってきた。

 戻ってきたのだが教卓に教師の姿は無い。先程参加していた始業式でもE組の担任だけは紹介されなかったしな。

 

「先月の卒業式以降姿が見えなかった雪村先生だけど、とうとう始業式にも姿を見せなかったぞ。どこ行ったか知ってるヤツいるか?」

 

 5列目先頭に座っていた前原が皆に聞いたが、当然知ってるヤツはいないため、誰も何も言わない。

 

「雪村先生辞めちゃったのかな?」

「だとしても何か言って欲しかったよな」

 

 倉橋の言葉に杉野が発言すると、背が高く真面目そうな女子委員長の片岡(かたおか)メグがE組が直面してる問題を言った。

 

「とにかく雪村先生の事は脇に置いといて、私達が気にすべきなのはこれからの事よ。私達は受験生なのに担任がいない、つまり誰にも教えを請えない状況で受験に挑まなきゃいけないのよ!」

 

 その言葉を聞いた皆は「そうだ! 今年受験じゃん!」「塾に通わなきゃ」「浪人したら今度こそ親子の縁を切られて家から追い出されるかも知れない……」と狼狽(うろた)え騒ぎ出す。

 俺は学力最底辺の武偵高に進学するつもりだから、受験をそこまで重要視してないが皆は大変だな。

 というか1人だけ親子の縁を切られそうなヤツがいたぞ。誰かは分からなかったが大丈夫か。

 受験戦争で負けそうな皆が教室内で騒いでいると、ガラガラ、スライド扉を開けて見覚えのない1人の男が入ってきた。

 その男の登場で騒いでいた皆は静まり男に注目する。

 純白のワイシャツに無地のネクタイを巻いて濃紺のスーツを、カチッと着用した男は教壇に立つと低い声を発した。

 

「俺は防衛省特務部の烏間(からすま)惟臣(ただおみ)と言う者だが、君達が椚ヶ丘中学校3年E組の生徒達か?」

 

 烏間と名乗る男はそう俺達に訊いてきた。

 自衛隊を統括する防衛省の人間が突然訪ねてきた事に皆驚いているが、俺は別の事に驚いている。

 

(特務部なんて部署、防衛省にあったか?)

 

 不審に思い烏間に視線を向ける。

 身長180㎝、歳は20代後半。ガッシリとした体躯。ジェルで上げた前髪の下には、猛禽類を思わせる鋭い双眸があり、強面の印象を与えるが俳優のように整った顔立ちをしている。

 雰囲気は全体的に真面目で堅物。

 そんな雰囲気を醸し出せるのは、悪は許さないという正義の心を持った検事、または国のために命を捧げてきた自衛隊員ぐらいだ。

 そして烏間が着ている濃紺のスーツの下──左腋下(さえきか)には拳銃を収めたホルスターの膨らみがあり、その事から自衛隊員上がりの防衛職員かと思ったが……()()

 彼我(ひが)の戦力比較──武偵用語で相手が自分より強いか弱いかを判断する事──をする武偵なら分かるが、烏間の顔の裏に、途轍もなく鋭利なムードが潜んでいる。

 その烏間の雰囲気と存在感には……()()()()()

 武装検事だった生前の父さんと同じだ。

 つまり、この男──烏間は……

 

(武装検事……!)

 

 そこに行き着いた俺は絶句し、瞠目し、戦慄する。

 その瞬間、特務部という部署の意味が分かった。

 恐らく特務部とは──

 

「あの、防衛省の方が一体、何の用でしょうか?」

 

 皆が驚愕して何も言葉を発さない中、渚が烏間に問い掛けていた。

 

「連日連夜ニュースで取り上げられてるから皆知ってるな。月が7割消滅したという話を」

 

 烏間の言葉に皆頷く。

 

「犯人はコイツだ」

 

 そう言って烏間は親指で扉を差した。

 

(やはり……な)

 

 扉に視線を向けて、少しだけ見えた()()で俺は納得した。

 特務部とは()()()()()を監視するために新設された部署だ。

 そもそも普通に考えれば、反物質みたいな核以上のエネルギーを有した危険生物を、監視も付けずに放置出来るワケがないのだ。

 そしてそんな危険生物の監視を任せられるのは、それ相応の実力を持った人物でなければならない。そこで白羽の矢が立ったのが日本最強の公務員である武装検事の烏間なのだろう。

 武検で無ければ監視も(まま)ならないのか、と思いながら、教室に入ってきた触手の怪物を見た俺は唖然とする。

 

(何、あれ……)

 

 以前、研究所で見た時と比べて大分姿が変わってるため戸惑う。

 最初見た時は人間が突然変異して、触手が生えた異形の生物のようだったのに、今教室に入ってきたのは体長が倍近く大きくなったコミカルな生物なのだ。

 目の前の生物はどこで用意したのか知らないが、頭にモルタルボードを被り、有るのか無いのか分からない首に三日月の刺繍入りネクタイを巻き、アカデミックドレスを着用している。

 そして以前と比べて最も違うのは触手の()だ。

 最初は黒っぽかったと記憶しているが、目と口しか無い顔から触手の1本に至るまで、全身が黄色に変わっている。

 その色合いがまたコミカルさを増しているのだ。

 なぜこんなにも姿が異なるのかが分からない。ふとあかりが気になりチラッと様子を伺うと、あぐりさんの仇がコミカルな生物に変わっていたため、俺と同様に戸惑いの表情を浮かべている。

 そんな心境でコミカルな生物……いや、色は違うがタコに似てるから今後はタコって呼ぼう。

 そのタコは烏間より体格の良いメガネの男に銃を向けられながら、教室をペタン、ペタンと歩いて教壇に立つと言い放った。

 

「初めまして皆さん。私が月を爆破した犯人です。来年には地球も爆破する予定なのでよろしく。それと君達の担任になったので以後お見知りおきください」

「「「……は?」」」

 

 タコの言葉、その後半部分を聞いた瞬間クラス全員が1つになった気がする。

 ──何言ってんだコイツ……と。

 

「君達の疑問は最もだが早速本題に入らせて貰う。()()()()()()()()()()()()()()

「「「…………は?」」」

 

 再びクラス全員が1つになった。

 そんな中、キノコみたいな頭の三村(みむら)航輝(こうき)が言った。

 

「……あの、ソイツって宇宙から攻めて来たタコ型生物か何かスか?」

 

 その瞬間、タコは文字通り海に棲むタコと同じで顔色を真っ赤に染めて怒った。

 

「失礼な! 産まれも育ちも地球ですよ!」

「全てを話せないのは申し訳ないが、コイツが言った事は真実だ。月を破壊したコイツは来年の3月には地球も破壊する。その事実を知るのは各国の首脳のみ、月の事は圧力を掛けて報道規制していたが、ネットでは既に色々と騒がれていた。すなわちこの事実を世界中の人々がパニックを起こす。その前にコイツを秘密裏に始末する。つまり……」

 

 言いながら烏間はスーツを胸元に手を入れると、そこから全体が緑色のナイフを取り出して、目にも留まらぬ速度で振るった。

 

「暗殺だ」

 

 烏間が振るったナイフをタコは驚くべきスピードで避けた。

 

「だが、コイツはとにかく速い‼」

 

 言いながらも烏間は目にも留まらぬ速度で、タコを狙ってナイフを突き刺し続けるが一向に当たらない。

 それどころかタコは烏間のナイフを避けながら、烏間の眉毛を毛抜きで丁寧に手入れしていく。

 

「……ッ……⁉」

 

 武装検事としてのプライドが傷付いたような表情の烏間は、ナイフが当たらないと判断すると、悔しそうにナイフをしまって俺達に続きを話す。

 

「満月を三日月に変えるパワーを持つコイツ──超生物の最高速度はマッハ20だ。思考と意志を持って移動するコイツに攻撃を当てる事はほぼ不可能。つまり、本気で逃げられれば我々は破滅の時まで何も出来ない」

「それでは面白くないので私から国に提案したんですよ。殺させるのは御免蒙(ごめんこうむ)りますが……」

 

 タコは毛抜きをしまって烏間の肩に触手を置きながら言葉を続ける。

 その行動に烏間は激しく、イラッとした表情を浮かべるものの何もせず、ただ黙ってタコの言葉を聞く。

 

「椚ヶ丘中学校3年E組の担任ならやってもいいとね」

 

 先程と言ってたし、書き置きにも書かれてたが、本当に担任を務めるらしいな。

 

「あの、素朴な質問をしても……?」

 

 俺は手を挙げながらタコと烏間を見る。

 

「ええ、構いませんよ」

「じゃあ、言わせて貰うけど、なんで3年E組の担任を務めようと思ったんだ」

「大事な生徒の質問なので答えたいのですが……そうですねぇ。ではこうしましょう。今E組の担任は私だけですが、いつかE組に副担任が出来た暁にはその方に()()は真実を話しましょう。ゆえにその質問の真実(こたえ)が知りたいのなら……私を殺して副担任となる方に訊いてください」

「つまり、今話す気は無いって事だな?」

「その通りです」

 

 これ以上追及しても何も答える気は無さそうだな。

 烏間を様子にも不審な点は見当たらなかったし、政府もコイツが担任を務める理由は分からないんだ。

 烏間が伝えられてない可能性もあるが、それを言っても仕方無い事だ。

 追及はここまでだな。

 

「分かった」

「他に質問のある生徒はいるか……いないようだから続きを話すが、コイツの狙いは分からん。しかし政府はその要求に対して、生徒に絶対に危害を加えない事を条件に承諾した。理由は2つ。1つは教師として毎日教室に来るなら監視が容易である事、もう1つは約30人の人間が至近距離でコイツを殺すチャンスを得るからだ」

 

 成る程、マッハ20で動くヤツがわざわざ1ヶ所に留まるんだ。

 地球を救う上でこれ以上の厚待遇の暗殺は無い。

 

「最期にコイツを殺った時の成功報酬を伝えておく。100億円だ。但しこれはあくまで()()がコイツに提示した賞金額であって、各国の首脳もコイツに対して賞金を提示している。それら全てを合わせた総額はざっと()()()。冗談抜きで地球を救うのだから当然の額だろう」

 

 1兆円か……『国際エネルギー研究機関』にいくつの国が参加してたのか、詳しい数は分からないが、1兆円ぐらい集まる国数が研究に参加してたんだろうな。

 

「額が額だけに難しいと思うだろうが、幸いコイツは君達をナメ切っている。コイツの顔色が緑のしましまになった時はナメてる証拠だ」

 

 そう言われてタコに視線を向けると、顔色を緑のしましまにしてニヤニヤ笑っている。

 本物のタコ以上の皮膚だな。

 

「ヌルフフフ、世界中が束になっても私を殺れないのに、平和な島国で産まれた君達に殺られるワケがない。ナメるのは当然でしょう。この前も米軍が開発した最新鋭の戦闘機に襲われた時にも、逆に空中でワックスを掛けてやりましたよ」

 

 烏間の時にも思ったが、なぜ手入れするんだよ。

 

「そんなワケで君達を格下に見てるコイツのスキを突いて欲しい。そのための武器──銃とナイフを支給する」

 

 その言葉と共にスーツを着た2人組の男女が、烏間もタコに振るった緑色のナイフと、緑色のBB弾を入れたケース。そして銃。

 全てエアガンだが各種の銃が揃っている。

 拳銃がコルト・ガバメント、短機関銃(サブマシンガン)UZI(ウージー)MP5K(クルツ)突撃銃(アサルトライフル)はコルト・M4カービンとH&K・G36、散弾銃(ショットガン)はフランキ・スパス12だ。

 

「このBB弾とナイフだが君達には無害でも、コイツには効く特殊にして唯一の素材だ」

「唯一……? 実弾と本物のナイフは効かないのかな?」

 

 烏間の言葉を聞いたあかりがボソッと呟いた。

 タコを殺すのにエアガンだけでは心許ないため、実銃を使うつもりだったあかりは焦りから呟いたのだろう。

 しかしそんな内心の焦りをあかりは微塵も表に出さなかった。

 そんなあかりに脱帽していると、先程の呟きを聞いたのかタコが応じた。

 

「はい。効きません。実弾や本物のナイフなんかは体内で溶かしてしまうので、百聞は一見に如かずと言いますから試してみましよう。お願いします烏間さん……って、そっちじゃありませんよッ⁉」

 

 エアガンを向けた烏間にタコは慌てて止める。

 

「本物の方でお願いしますッ‼」

「……はぁ、仕方無い」

 

 そう言って烏間はスーツの胸元に右手を入れ、そこから出してきたのはエリート御用達のオートマチック拳銃──SUG SAUER(シグザウアー) P226、通称、SIG(シグ)だ。

 烏間はP226を構えてタコに発砲した。だがしかし、撃ち込まれた弾丸はドロッとタコの体内から流れ落ちてきた。

 ヤッベェ……本当に実弾効果無いのかよ。カバンに入れてある実銃(ベレッタ)使えねぇぞ。

 ナイフがゴムっぽいため、その素材を弾頭に使用した非殺傷弾(ゴムスタン)があれば、また違ってくるのだが……

 

「このように私には通常兵器は効かないのです。すなわち私を殺したければ国が開発した対超生物専用の武器(それ)を使用するしかありません」

「良いか、地球が壊れれば逃げる場所など皆無。時間は残り少ないが1年以内に絶対殺してくれ。それから今まで話した内容は国家機密だ。ゆえに友人や家族であってもコイツの事は口外しないように」

「さて皆さん、残された1年間を有意義に過ごしましょう。ヌルフフフ」

 

 こうして後に『殺せんせー』と呼ばれる、超生物を暗殺する授業開始のベルが高らかに鳴り響いた。

 

 

 

 




やはり烏間みたいな強者は、自衛隊員上がりの防衛職員程度で収まる男じゃなかったよ。
原作でも、ア〇ンジャ〇ーズでお馴染みのア〇ア〇マンやキャ〇テン・ア〇リカなど、アメコミのスーパーヒーローが所属していたS.H.I.E.L.D.(シールド)にスカウトされたぐらいだし(名簿の時間参照)


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8弾 初授業の時間

前回の話で原作1話だと思った方は残念……オリジナル回です。

11/21
200文字ほど文章を追加。


 始業式があった日の翌朝、朝食を食べるためにリビングに向かうと、珍しく誰もいなかった。

 いつもならあかりが朝食を作ってる時間なんだけどと思いつつ、移動した洗面所で顔を洗ってると──

 

「おはよ~、キーちゃん」

 

 タオルで顔を拭きつつ、後ろを振り返ると洗面所の入口に、目をショボショボさせたあかりが立っていた。

 

「おはよう。今朝は起きるのがいつもより遅いけど、どうしたんだ?」

 

 洗面台の前から避けながらあかりに問い掛ける。

 

「変な夢見ちゃって」

「変な夢?」

 

 顔を洗ったあかりにタオルを渡しつつ再度問い掛けた。

 

「うん。あんまり覚えてないけど、夕陽のような(あか)い光に照らされた部屋? 空間? のような場所で誰かに何か言われた気がするんだ」

「それはまた……変な夢だな」

「でしょ? そんな夢を見てたから起きるのが遅くなったんだ」

 

 言いながらあかりは鏡の前で身嗜(みだしな)みを整え始めた。

 それを見た俺は洗面所を出てリビングに戻る事にした。女の準備は時間が掛かるからな。

 リビングに移動して、ガラステーブルの上にあるテレビのリモコンを取って、ソファに腰掛けつつテレビの電源を点けると、画面に映ったのはニュースだ。

 話題は月に関する事である、正直月の話題は飽きたため他のチャンネルに替えるが、どこも月の話題ばかりだ。

 そんなつまらないニュースを視聴していると、『月の破壊は宇宙からの侵略合図?』などと胡散臭くなってきた頃、身嗜みを整えて魅力度が1.5倍ほど上昇したあかりがやって来た。

 

「なんか面白い番組やってる?」

「どこも月の話題ばかりだよ。今は宇宙からの侵略とかやってる」

「うわッ、大した情報が無いなら別の話題にしたら良いのに」

 

 そう言いながらあかりはキッチンに向かったため、俺もつまらないテレビを消した後、ダイニングに移動してテーブルに着いた。 

 椅子に腰掛けたまま、キッチンのあかりを眺める。

 そこでは冷蔵庫から昨日の晩ごはんの残りを詰めた今日の昼に食べる弁当、それから朝食に使う卵、もやし、豚肉を取り出した。

 IHコンロに置いたフライパンを熱しながら、あかりは冷蔵庫に磁石で張り付けたフックに引っ掛けてある、2着のエプロンからフリルの付いたピンク色のエプロンを手に取ると、それを制服の上から着た。

 ちなみにもう1着はフリル付きの白いエプロンである、恐らくそっちは姉さんのエプロンだろう。

 そんな事を思いながらエプロン姿のあかりは慣れた手付きで朝食を作っていく。

 さすがに小学校に入学した頃から始めたんだから今年で9年だ。手慣れたもんである。確かあかりが最初に作った料理は卵焼きだったな。

 あの時の卵焼きは焦げていてクソ不味くて正直に伝えようとしたが、不安そうな表情を浮かべるあかりの後ろに、鉄拳を構えた爺ちゃんと父さんの姿を前にした子供の俺は美味いとしか言えなかった。

 ただ、俺が卵焼きを美味いと言った時、それを聞いたあかりの嬉しそうに笑った顔は可愛かったな。

 

「……キーちゃん。ボーッとしてどうしたの?」

 

 過去に思いを馳せていた俺を呼ぶ声に意識を戻すと、目の前に顔を近付けたあかりがいた。

 

「うわッ⁉」

 

 驚いた俺は椅子ごと後ろに倒れそうになるが、咄嗟にあかりが手を掴んで助けてくれて大事にならずに済んだ。

 

「……悪い、助かった」

「それは良いけど、なんでボーッとしてたの?」

「……ちょっと考え事をしてたんだ」

 

 昔のあかりを思い出していたなんて、とてもじゃないが恥ずかしすぎて言えないため誤魔化した。それに考え事をしてたのは本当だからな。

 

「ふーん。まあ、良いや。それはそうと朝ごはん出来たから食べよ!」

 

 そう言ってあかりは俺の対面に腰掛ける。

 テーブルの上には白米と豚肉ともやしの卵炒めがあった。

 手を合わせて豚肉ともやしの卵炒めを一口頬張ると、あっさりめに塩と胡椒のみで味付けしてあるが美味い。

 

「美味しい?」

「ああ、美味いよ。ていうか、毎回味の感想を聞いてこなくても良いだろ。お前が作る料理は美味いって決まってるんだから」

 

 毎回味の感想を聞かれて億劫していた俺は苦言を申すと、それを聞いたあかりは急速に顔を赤面させて──

 

「そ、それでも女の子はどうしても気になるの!」

 

 と、恥ずかしそうに言って顔を背けたが、その表情は嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 朝食を食べ終わった後、登校時間が迫ってたため、昨日と同じくバスで学校近くのバス停まで向かい、そこから徒歩で山を登り、旧校舎の正面玄関に入った俺とあかりが上履きに履き替えていると──

 

「あ、カエデちゃんと遠山君だ」

 

 名前を呼ばれて振り返れば、長い黒髪をシュシュでポニーテールに纏めた黒瞳の少女がいた。

 

「矢田か。おはよう」

「おはよう。矢田さん」

「おはよう2人共」

 

 朝の挨拶もそこそこにした矢田は、ローファーから上履きに履き替えながら話し掛けてきた。

 

「昨日も登ったと思うけど、大変だったでしょ? 登山」

「毎朝登るのは億劫だが、体力はある方だから問題無いよ」

「そうなんだ。前の学校で運動部にでも入ってたの?」

「いや、帰宅部」

「帰宅部かぁ。カエデちゃんは何か部活やってたの?」

「うん。ラクロス部に入ってたよ」

 

 おい、それは子役時代にラクロス部の少女を演じるから、その役作りで2週間ほど部活に参加させて貰っただけだろう。

 まあ、2週間は部活に参加してたから(あなが)ち間違いじゃないけど。

 

「そう言う矢田さんは?」

「テニス部……あ、E組は部活動禁止だから元テニス部かな。そんなに強くなかったけど」

 

 そう言って矢田は少しだけ悲しげに微笑む。

 

「そうか」

「うん。まあ、それは良いとして昨日防衛省の烏間さんが言ってたけど、2人はあのタコみたいな先生の暗殺に参加するの?」

「まあな」

「うん」

 

 それが狙いで転校してきた俺とあかりは矢田の問い掛けに頷いた。

 

「矢田さんはどうなの?」

「もちろん暗殺するに決まってるよ」

「成功報酬は総額1兆円だもんな」

「うん。正直それが狙い……って、違うよ! 本当は将来やりたい事が一杯あるのに、地球が壊れたらそれが出来なくなるから暗殺するんだよ!」

 

 と、なぜか矢田はアタフタして言い訳をしだした。

 

「矢田さん。地球の危機を知ってる人達からすれば、あのタコを殺すのに理由なんかどうでも良いと思うよ」

「カエデちゃんの言うことは最もだよ。最もなんだけど……お金にがめつい女って思われたく無いって言うか……って、私は何を言ってるのぉ⁉」

 

 なんか知らんが情緒不安定だな。

 

「大丈夫か、矢田」

「……うん。そう言えば2人は私が聞いた時すぐ頷いてたよね? 烏間さんの話を聞いた時から殺すって決めてたの?」

「まあね。理由は内緒だけど」

「内緒って……地球か賞金の2択しか無いと思うんだけど」

 

 矢田は苦笑いを浮かべてあかりに視線を向ける。

 そうこうしていると教室に着いた、中には俺達より早く登校したのか数人の生徒の姿を確認出来る。

 教室内に入ると皆は他愛無い話題に花を咲かせたり、銃を構えて窓の外に試し撃ちしたりしていた。そんな皆を見ながら自分の席に着いた時。

 

「おはよう、遠山」

 

 右隣の席に座る緋色(スカーレット)の髪と翠玉色(エメラルド)の瞳が特徴的な少女──速水が挨拶してきた。

 

「ああ、おはよう」

 

 互いに挨拶したっきり会話は無くなる。

 矢田と違い口数が少ない速水と、女子から話し掛けてこない限り女子と話さない俺とでは、会話は成立しにくいのだ。

 ただ、無言で周囲の生徒の会話を盗み聞きしたり、銃を試し撃ちしてる生徒を見ていると──

 

「……ねぇ」

 

 不意に名前を呼ばれたため速水に振り向いた俺は応じる。

 

「なんだ」

「やっぱり皆、あのタコを殺すのかな?」

「少なくとも銃を試し撃ちしてるヤツは殺す気だと思うぞ」

「そっか。今日が初日だけど殺れると思う?」

「ハッキリ言って無理」

「……根拠は?」

「縁日の射的とかと違ってあのタコは動くからな。何の訓練も積んでないヤツが動く標的に弾を命中させられるワケが無い」

「成る程ね。じゃあさ、訓練したヤツならタコを殺せるの?」

 

 速水の問に俺は少し考えて答えた。

 

「……それでも無理だと思う。どんなに命中率が良いヤツでも人の移動速度を凌駕したタコに弾を命中させるのは至難の技だ。それに何よりタコに関する情報が圧倒的に少ない。これでは勝てる勝負も勝てない」

「確かにそうだね。情報は大事だ」

「ああ」

 

 武偵同士の対決もそうだが全ての戦いの緒戦は情報戦だ。

 相手の弱点や特徴を把握した方が戦闘を有利に進められるからな。

 そんな事を考えていると、次第に皆が登校してきたら、やがて朝のHR(ホームルーム)の予鈴が鳴り響いた。

 その予鈴を合図に前原を筆頭に数人の生徒が教室の扉に銃を向けた。

 

(おいおい、いきなり殺る気かよ)

 

 殺せないだろうなと思いつつ待っていると、教室の扉が開いて黄色いタコが入ってきた。

 その瞬間──スパパパパパァーンッ!

 連なるエアガンの発砲音と共に銃口から飛び出したBB弾は、教室の扉の方向に飛来していくが、そこには既にタコの姿は無い。

 

「おはようございます。朝から暗殺とは元気ですねぇ」

 

 教室の扉から教卓のところまで、一瞬の内に移動したタコは、そんな事を言ってきた。

 

「ほら、皆さん。朝の挨拶はどうしたんですか?」

「「「……おはようございます」」」

「よろしい。続いて出欠を取りますので名前を呼ばれたら返事をお願いしますね。まず最初に出席番号1番・赤羽(あかばね)カルマ君」

 

 と、出欠を取っている間もタコ目掛けてBB弾は飛来するが、それら全てをタコは難なく躱し続ける。

 

「赤羽君? 居ないんですか?」

「先生、赤羽は停学中です」

「ニュヤッ⁉ そうでしたか! 教えてくれてありがとうございます」

 

 言いながら弾を避け続けるタコの様子に「クソッ、当たらねぇ!」、と言いつつ1人、また1人と銃を下ろしていき、やがて全員が悔しげな表情を浮かべて銃を下ろしたところで、

 

「さて! 出席番号1番の赤羽君が停学という事実に驚きましたが、改めて出欠を取ります。出席番号2番・磯貝悠馬君」

「はい」

 

 返事をした磯貝の顔を見た黄色いタコは、一度出席簿を覗き込んで何かを確認すると口を開いた。

 

「君は学級委員長なんですね。何か雑用を押し付けるかも知れませんが、その時はよろしくお願いしますね?」

「あ、はい」

「続いて3番……」

 

 と、典型的な出欠を取って生徒を確認すると、一言付け加えていく。

 そんな行動をしばらく続けていき──……

 

「18番・遠山キンジ君」

「はい」

「君も加納さんや茅野さんと同じく転校生なんですね。しかも神奈川武偵高附属中からの転校生ですか。銃の扱いに長けた遠山君には少しばかり警戒しときましょう」

 

(な……ッ⁉) 

 

 ただでさえ動きが異常に速いのに警戒までされたら、いつかアンタを殺すとき物凄く苦労するだろうがッ!

 心の中で毒付いた時である、周りの皆が俺を見てヒソヒソと内緒話をしていたのだ。しかし口を隠さずに話していたため唇の動きが丸見えである。

 ゆえに何を話されてるか気になった俺は、去年附属中の授業で習った読唇術で解析してみると、「武偵は暴力でしか物事を解決出来ない野蛮な職業って聞いてたけど、意外と普通だ」とか「私が思ってる武偵のイメージとなんか違う」などと言われていた。

 な、成る程。世間で言われてる武偵のイメージと俺の感じが結び付かないだけで、俺自身に問題があるワケじゃないんだな。

 その事に安堵していると──

 

「──以上28名。停学中の赤羽君以外みんな登校してますね。先生とても嬉しいです」

 

 出欠確認を終えたタコはそう言って、顔色を朱色に染めて赤い丸を表示させた。

 相変わらずスゴい皮膚だな。

 

「ところでそろそろ授業を始めたいのですが、先程発砲した者は授業の邪魔になるので弾を掃除するように」

「「「えーッ⁉」」」

「えーッ⁉ ではありません! ちゃんと掃除しなさい!」

 

 少し強い言葉で注意すると、先程発砲していた前原や岡島などが、掃除用具入れからホウキやチリトリで散らばった弾の掃除を始めた。

 その様子を眺めていると、速水が声を潜めて話し掛けてきた。

 

「遠山って武偵高附属中から転校してきたんだね」

「まあな」

「じゃあ、射撃とか上手いんだよね?」

「それぐらいしか取り柄が無いからな」

「だったら銃の撃ち方や射撃のコツを教えてよ」

 

 速水の頼みに俺は即答出来ない。

 何しろ速水は女だからな。それも数年前の姉さんを彷彿とさせる美少女だ。

 (まか)り間違って速水相手にヒスったら、また独善的な正義の味方に仕立てあげられるかも知れない。

 そう思ったら女の頼みなんか聞けないのだ。

 

「……何で?」

「ほら、さっき言ってたでしょ? 何の訓練も積んでないヤツが動く標的に弾を命中させられるワケが無いって、だから訓練して少しでも命中率が上がれば、多少はタコを殺す確率が上がるかなって思ったんだ」

 

 確かに速水の言う通りだ。

 訓練した人間と訓練していない人間、どちらがタコを殺せるかと問われれば前者だと即答する。

 正直俺は女なんか嫌いで頼みも本当は聞きたくないけど、タコを殺す確率が上がると言われれば、別に教えるのはやぶさかではない。

 

「ああ、分かった」

「うん。約束ね」

 

 俺と約束を取り付けた速水が前を向くと、弾の掃除は終わっていたらしく、前原達は席に着いていた。

 

「さて、早速授業を開始したいと思いますが、本日は予定を変更して1時限目から5時限目まで主要5教科の小テストを受けて貰います」

「「「えー⁉ なんで⁉」」」

 

 タコの言葉に皆が批判すると、その理由をタコは語った。

 

「一応君達は中学3年生に進級してますが、転校生がいたり、中学2年の時に受けた試験でも順位にバラツキがあると思います。そんな状態ではどこから授業を始めたら良いか分からないので、小テストの結果から授業を開始する場所を決めます」

 

 その言葉に俺達は口を開けて呆ける。

 普通の教師はここまでしねぇぞ。

 

「授業時間50分ですから、最初の20分で小テストを受け、残り30分で小テストの解説にしましょう」

 

 そう言うとタコは自作したと思われる全10問の小テストを配ってきた。

 

「範囲は中学に入学してから今まで教わってきたところ全部です。ちゃんと勉強していれば問題無く解けますよ。それでは始め!」

 

 その言葉に慌てて俺達は小テストを解き始めた。

 今受けているのは数学である。転入試験より簡単だから全部解けるかと思ったが、半分の5問を過ぎた辺りでそうもいかなくなった。

 それでもあかりに教わってたから8問目までは何とか解けたが、残りの9問目・10問目がどうしても解けないでいる。

 そのまま悩んでいると──

 

「はい、そこまで! 回収をお願いします」

 

 解いた小テストが回収すると、タコは黒板に小テストと同じ問題を書いて解説していった。

 そんな感じで5時限目の英語の小テストまで受けたのだ。

 ちなみに全科目に於いて9問目・10問目がどうしても解けなくて、5時限目が終わったと同時にあかりに聞いてみると、附属中では習ってない範囲だった。

 そりゃ解けなくて当然だ。

 

 

 

 本日最期の授業は体育である。

 そのため、教室と理科室に別れて椚ヶ丘中学指定の体操着に着替えて、雑草が生えてりして荒れ果てたグラウンドに向かってみると、アカデミックドレスから旧体操着に着替えたタコがいた。

 

「先生~、体育って何やるの~」

 

 そう言って倉橋がタコに聞いた。

 通常であれば男子と女子は別々に体育を受けるものだが、E組の教師はタコしな居ないため、武偵高附属中と同様に体育も男女合同である。

 

(せめて水泳は別だと良いなぁ……教師がタコしか居ないから望み薄だけど)

 

 そんな事を考えてると倉橋の質問にタコが答えた。

 

「スポーツテストです」

「「「またテストかよッ⁉」」」

「体を動かせるんだから文句言わない‼ ほら、最初は反復横跳びをやりますよ。まずは先生がお手本を見せます」

 

 そう言うとタコは地面に一定の間隔で書いていた3本の線の上に立ち。

 

「いきます!」

 

 それと同時にタコが3体に増えた。

 

「これが基本の視覚分身です。慣れてきたらあやとりを混ぜてみましょう」

 

 そんな規格外のタコから俺達は視線を外し、

 

「よーし、まずは2人組を作ろう……って、赤羽が停学中だから27人で奇数だったな。じゃあ余った1人は先生と組めば良いな」

 

 と、委員長の磯貝は言った。

 

「あの、皆さん。先生の事は無視ですか……?」

「人間とアンタじゃスペックが違うんだから邪魔するな」

「な、なんとッ⁉」

 

 ガーン!

 という文字が見えそうなほど、俺の辛辣な言葉に傷付いたタコの姿がそこにあった。

 そうして始まったスポーツテストだが、どういう事だろう。

 附属中では可も無く不可も無い平均的な運動力の俺なのに、椚ヶ丘中ではどの種目も1位~3位を常にキープ。総合では僅差で1位だ。ちなみに2位は磯貝。

 お陰で女子の人気を若干集めてしまったのか、体育が終わった頃には岡島(バカ)を筆頭に数人の男子から睨まれ、なぜかあかりは不機嫌になっていた。

 そしてそんなあかりの機嫌を取るため、俺は放課後クレープやパフェなど数々のスイーツを、諭吉が天に召されるまで奢らされたのは言うまでもない。

 

 

 




出席番号についての補足。
1番~6番、7番、8番~17番、18番、19番~28番
赤羽 片岡 加納 茅野 寺坂 遠山 中村 吉田
このようになります

そしてストックが尽きたので次回の投稿は不明。


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9弾 体育の時間・射撃編

今回もなぜかオリジナル回です。

12/4
諸事情でサブタイトルを変更。


 先日受けた小テストの結果、決まった事が2つある。

 1つはE組の授業開始範囲、もう1つは小テストの点数が悪かった者は放課後に補習をする事だ。

 学力最底辺の武偵高附属中に通っていた俺は当然、放課後に補習を受ける生徒の1人である。

 そんな中、今日はタコが担任になってから2回目の体育の授業がある。

 他の授業は意外と分かりやすいため、タコから教わっても構わないのだが、体育に関しては別である。何しろタコと人間の間には隠しきれない運動性能の差が有る。お陰でタコに手本を見せられても全く参考にならないのだ。

 それでも時間は止まってくれないため、やがて体育の授業時間がやって来てしまった。

 

「さあ、皆さん! 2回目の体育ですよ! 何をしますか⁉ 視覚分身、空気蹴り垂直跳び、音速シャトルラン、どれが良いですか⁉」

 

 テンションの高いタコに向かって俺達はツッコむ。

 

「「「どれも出来ねぇよッ⁉」」」

「他の授業は割と出来るのに、体育に関しては邪魔にしかならない」

「正直どっか行ってて欲しい」

「にゅやッ⁉」

 

 そんな皆の言葉にタコは盛大に落ち込む。

 その様子を見ていると──

 

「フケようぜ、お前ら」

 

 不良3人組が筆頭──体格が1番良い寺坂(てらさか)竜馬(りょうま)が他の2人、ドレッドヘアーの吉田(よしだ)大成(たいせい)と俺より目付きが悪い村松(むらまつ)拓哉(たくや)にそう言うと、3人揃ってどこかへ歩いていった。

 

「ちょっ、待って寺坂君達⁉」

 

 寺坂達の行動を皮切りに「キャッチボールしようぜ」とか「体育なんて疲れるだけだからね。僕はそこの日陰で本を読ませて貰うよ」などと言って、皆はタコから離れていく。

 

「待ってください皆さん! 先生皆さんと体育やるの楽しみだったんですよ⁉」

 

 そう言ってみても誰も立ち止まらない。

 

「こ、このままでは学級崩壊なんて事に……ひ、ひいぃぃぃ⁉」

 

 叫んだタコは急いで『止まらない学級崩壊』とか、『なぜ学級崩壊は起こるのか⁉』など様々なタイトルの本を青い顔で読み出した。

 そんなタコの様子に、あれがあぐりさんの仇かも知れない生物なのか、と嘆かわしく思っていた時だ。

 

「遠山。約束した通り射撃のコツを教えてよ」

 

 そう言って速水が俺に声を掛けてきた。

 そういやそんな約束を小テストを受けた日にしたな。

 

「良いけど、今からか?」

「当然。本当は放課後が良かったけど、補習でしょ? 遠山って」

「ああ」

「だから体育の授業中が1番良いのよ。運動性能の違うタコに教えてもらう事なんか無いし」

「確かに」

 

 速水の言葉に納得した俺は周囲を見渡す。

 

「何してるの?」

「射撃練習用のターゲットを作る材料を探してる……っと、あれで良いか」

 

 荒れ果てた校庭の端から端まで見渡していた俺は、拳大の石を見付けて拾い上げると、校庭の端に集めていく。

 速水にも石を集めるように指示して校庭を歩いていると、あかりが声を掛けてきた。その後ろには同じく俺の行動が気になったのか、矢田と倉橋と岡野の3人が立っていた。

 

「キンジ君。速水さんと2人で校庭を歩き回ってどうしたの?」

「速水に射撃を教える約束してたから、その準備だよ」

 

 俺の言葉に倉橋は手を、パンッ、と打ち鳴らしながら言った。

 

「凛香ちゃんとそんな約束してたんだ。それじゃあついでに私達にも射撃を教えてよ」

 

 む……正直教えるのは速水だけで良いのだが、タコを殺す確率を更に上げるためと思えば良いか。

 

「まあ、1人教えるのもそれ以上教えるのも変わらないから良いけど」

「やった! ありがとう。()()()()

「とーくん?」

「遠山君の事だよ」

 

 成る程、姓と名の違いはあるが『キーちゃん』みたいなもんか。

 

「ごめんね。遠山君、陽菜ちゃんって男子の事をアダ名で呼んじゃうから」

「そうそう、岡島を『岡ちん』、杉野を『杉ちゃん』とかね。どっかのお笑い芸人かっての」

「別に私が男子をどう呼ぼうが別に良いでしょ、私のアイデンティティーなんだから」

「まあね。それはそうと遠山、この石を集めてるの?」

「ああ、拳大の石な。それを拾って集めたら校庭の端に置くようにしてくれ」

「うん。分かった」

 

 そうして3人が石を広い集めに行くとあかりが呟いた。

 

「射撃……教えるんだ?」

「暗殺成功率を上げるためだ」

「うん。それは分かってる」

「分かってるなら良いよ。で、他に何かあるのか?」

「別に……強いて言うなら(カエデ)にも教えてくれるんだよね? 射撃」

お前(カエデ)を相手に拒否する理由は無いよ。アイツ(あかり)は別だが……」

「あ、その言い方ちょっとムカつく」

 

 そんな会話をしながらあかりと共に拾った石を持って、校庭の端に戻ってくると、既に必要量の石が集まっていたため、それを適当な高さになるまで積み上げて台を作る。

 そして、その石造りの台の上にターゲットに見立てた空き缶を置けば、簡易な射撃練習用レーンの完成だ。

 

(最初だからターゲットまでの距離は7mぐらいで良いか)

 

 そう思いながらターゲットの空き缶から7mほど離れた場所に移動すると──

 

「遠山。いつの間にか人数が増えてるんだけど」

「成り行きで増えた。ダメだったか?」

「別に……教えるのは遠山なんだし、私に何か言う資格なんて無い」

 

 速水から教えてくれって頼まれた事だったから、拒否されたらどうしようかと思ったが、了承してくれるみたいだな。

 

「それで遠山、私達は武偵の遠山と違って射撃なんか縁日の射的ぐらいしか経験が無いんだけど」

「経験が無い……って、競技射撃(スポーツシューティング)もか。確か椚ヶ丘中にも射撃部はあったよな?」

 

 昔はビームピストルで楽しまれていた競技だったが、銃刀法改正以降は実銃でやるようになり、射撃部は一般校でも少しずつ人気が出てきているから、1人ぐらいはいると思ったんだけど。

 

「一応射撃部はあるけど、私はスキー部だから経験無いよ。矢田達だって射撃部じゃないし」

「カエデと矢田は知ってるが、倉橋と岡野も違うのか?」

「そうだよ~、私は生物部~」

「私は体操部ね」

「成る程な。ちなみに聞くがE組の中に射撃部に在籍していた生徒は?」

 

 俺のその問い掛けに速水は少し考えるとピンクの唇を開いた。

 

「……確か居なかったと思う」

「そうか……」

 

 1人ぐらい居ればソイツと分担して教えていければ良いと思ったが、居ないのであれば仕方ない。

 

「じゃあ、まずは銃の持ち方からな」

「持ち方?」

「ああ」

 

 頷いた俺は銃を取り出すと、速水達に解説しながら握っていく。

 

「まず両手で持つ場合だが、最初に右手の人差し指を伸ばした状態で銃のグリップを握る。この時に伸ばした人差し指を引き金に掛けるなよ。次に左手で銃を握った右手を包み込むようにする。これが基本的な両手での持ち方だ。片手で持つ場合は左手を外せば良いだけな」

 

 そうして片手で持った俺は補足を加える。

 

「ちなみに漫画や映画で銃を横向きにしてるが、あれは『俳優の顔を見えやすくする』とか色んな理由でやってるだけで、実際に横向きで銃を撃ってもほとんど命中しないから、慣れない内は横向きでは撃つなよ」

「分かった」

 

 俺の言葉に速水が頷くと、あかりを含めた4人も頷いた。

 

「さて、持ち方の次は銃の構え方を教えるぞ。まずは足を肩幅大に開く。開いたら銃を握った両手──両腕を前方へ押し出すんだ」

 

 そう言いながら俺は銃を構えた女子5人の姿を見る。

 当然だがあかりは問題無い。しかし速水達4人は所々微妙に異なっていた。

 これを修正するには口頭で説明するより、直接体に触って整えた方が早いな。

 

「あー、速水。微妙に異なっている構えを整えるため、体に触るけど良いか?」

「それぐらいなら別に良いわよ。あ、でも手付きがイヤらしかったらぶっ飛ばすからね」

「それは分かってる」

 

 本当は女の体に触るのは嫌だったが、間違った構えを覚えられても困るため、速水から了承を得た俺は意を決して体に触り、腕や足を然るべき姿勢に整えてやる。

 うう。分かってはいたが、速水も女のため体からはマスカットのような良いニオイがする。

 予期せぬヒステリア姓の攻撃を受けてしまったが、それを決死の思いで耐えつつ速水の姿勢を整えた俺は他の3人──矢田、倉橋、岡野──にも体に触る許可を得ると、3人のニオイを嗅がないように、鼻での吸気を抑えつつ姿勢を整えてやった。

 その際、矢田の膝裏を触ったらビクつかれて、意識したのは内緒にしておこう。

 

「これが銃の構え方だ。次は銃の撃ち方を教えたいところだが、その前に照準の合わせ方を説明する。銃の先端にある突起、これが『照星』。そして銃の後方にある溝、これが『照門』だ。で、照準を合わせるとは照星の突起を照門の溝の間から見えるようにする事だ。分かったか?」

 

 分かりやすいように取り出した銃を指差しながら解説すると、あかりを含めた女子5人は頷いた。

 

「なら空き缶を狙って撃ってみろ」

 

 そう言ってやると、俺が教えたように銃を構えて、石の台に乗っている空き缶に照準を合わせた5人は、少し集中したあと引き金(トリガー)を引いた。

 結果は速水だけが空き缶を撃ち落としており、残りの4人──あかりはわざとだが──は外していた。

 

「スゴい! もう当たったの⁉」

「まぐれで当たっただけだって」

 

 矢田の問い掛けに速水はそう答えながら、もう1発撃ってみると、今度は外していた。

 1回2回じゃ判断出来ないため、5人全員に10回連続で空き缶を撃たせてみたところ、結果は速水が6発、矢田が4発、あかりが3発、倉橋と岡野は2発ずつと、それぞれ命中させていた。

 

「的まで7m離れてるのに10発中6発も命中させるなんて驚いたよ」

「そ、そう?」

 

 俺の率直な感想に速水は頬を染めて照れていたが、その表情にはほんのりと笑みが浮かんでいた。

 い、意外とカワイイ……

 速水の笑顔に次は俺が照れて視線を逸らそうとした時、不意に殺気を感じて振り向いてみると、ムスッとした表情のあかりが俺を睨んでいた。

 何でお前はそんなに怒ってんだよ⁉

 

 

 

 30分ほどあかり、速水、矢田、倉橋、岡野の女子5人が射撃を練習する様子を眺めていると──

 

「遠山」

 

 突然名前を呼ばれたため振り返ってみると、そこには伸ばした前髪で目を隠した千葉(ちば)龍之介(りゅうのすけ)が立っていた。

 

「どうした?」

「速水達に射撃を教えてるようだな」

「ああ」

「良ければ俺にも教えてくれるか?」

「構わないぞ」

 

 千葉の頼みに俺は即答した。

 頼んできたのが女子だったら、先に教えていた速水達に丸投げしたが、男相手なら問題無いのだ。

 そうして速水達に教えたように、千葉にも銃の持ち方から撃ち方までを教えてやり、空き缶を10回撃たせたところ10発中7発命中させていた。

 先程速水に驚かされたばかりなのに千葉にも驚かされた。

 2人は射撃の才能がありそうだな。

 そんな事を思っていると、千葉が俺に言ってきた。

 

「そういえば遠山、お前の射撃の腕前はどうなんだ?」

「……やろうか」

「ああ、頼む」

 

 そう千葉に言われたため、矢田が練習していた射撃レーンを開けてもらうと、速水達も気になるのか練習していた手を止めて、視線を俺に向けてきた。

 注目されてると撃ちにくいなぁ、と思いながら腰のホルスターに収めていたエアガンを流れるように抜銃すると、即座に空き缶へと狙いを定めて発砲した。

 その瞬間、銃口から飛び出した弾は吸い寄せられるように、まっすぐ空き缶へと向かい、カン! 少し甲高い音を立てながら空き缶を地面へと撃ち落とした。

 

「驚いた。さすがは現役の武偵だな、遠山」

「全くね。私達が銃を抜いて撃つまでの時間より短いなんて」

「経験の差だ。皆も練習すればすぐに時間を短縮出来るよ」

 

 そう速水達には言ったが、今の俺の射撃は……ダメだ。

 素人目には気付かないかも知れないが、少し狙いがズレたのだ。俺は空き缶の中心・中央部を狙ったのだが、実際は中心から右斜め上に3㎝ぐらい離れた場所に命中したのである。

 これはエアガンの重さや発砲時の反動など、実銃のそれに慣れてしまった俺からすれば軽すぎるのが原因で起きた事だ。

 撃ってる内に解消されるが、撃ちすぎてエアガンに慣れてしまうのは避けなければならない。何しろタコが生きてる内に実銃を撃つしかない場面に遭遇しないとは限らないからだ。

 その際、エアガンに慣れきった状態で実銃を撃ったとしても、恐らく外してしまう。実戦に於いてそれは『死』を意味する。

 これはどこかで実銃を撃つ必要があるな。

 そんな事を考えていたら、倉橋が興奮した様子で駆け寄ってきた。

 

「この前のスポーツテストの時から思ってたけど、やっぱり現役の武偵ってスゴいね!」

「そうか?」

「そうだよ! そんなとーくんに聞きたいんだけど、とーくんって虎やライオンを素手で捕まえられる?」

「……は? 虎もライオンも獰猛な肉食獣だろう。そんな危ない猛獣を素手で捕まえられるワケがない」

「えー、そうかな? 少し鍛えれば捕まえられると思うんだけどなぁ。それでもし捕まえられたら……」

 

 そこで言葉を切った倉橋は頬を桜色に染めて──

 

「私、とーくんの「倉橋さぁん。ちょっと良い」……何? カエデちゃん」

 

 倉橋の言葉を切るように肩に手を置いたあかりが声を掛けた。

 

「うん。私と向こうでO・HA・NA・SHIでもしない?」

「え……? とーくんに話があるから後で……って、手が肩にめり込んで痛いんだけど⁉ ねぇ、聞いてる⁉ カエデちゃん⁉」

 

 喚いてる倉橋をあかりは問答無用で引き摺りながら歩いていった。

 その光景を見ながら俺は近くにいた岡野に問い掛ける。

 

「なぁ、岡野」

「何?」

「カエデが倉橋の言葉を止めた理由、分かるか?」

「ッ⁉」

 

 俺の問に岡野は目を見開き驚いた。

 

「もしかして遠山……気付いてないの?」

「そう聞くって事は岡野は分かってるみたいだな。良かったら教えてくれるか?」

「い、いやぁ……私から教えるのは、ちょっと……」

 

 そう言いながら岡野は俺から目を逸らすと、なぜか少し同情したような視線をあかりに向けていた。

 そんな岡野の行動と思考を考えてみたが……全く分からなかった。

 どうやら俺には理解出来ない事らしい。

 考える事を諦めた俺は校庭に視線を向けると、今が体育の授業中だとは忘れていなかったらしく、クラスの皆が様々な方法で体を動かしていた。

 寺坂達みたいにサボったり、木陰で本を読んだりなど例外はいるものの、ほとんどは三角ベース、フットサル、バレーボール、バドミントンなどをやっていた。

 タコに至っては皆から邪険にされ過ぎて、1人寂しく砂場の砂でポケモンを造ってる。

 

(あれは……鯉の王様が進化した姿だな。造形に凝ってるのかリアル過ぎる)

 

 そんな光景を見ていると、かきんっ!

 金属音が聞こえて視線を向けると、前原が投げたボールを杉野がホームランにしたところだ。

 おお、意外と飛距離があるなぁ。と関心しながらボールの行方を目で追っていると、落下地点に速水と楽しそうに会話する矢田がいる事に気付いた。

 先程の音からボールが軟球ではなく硬球だと分かっていた俺は、ボールに気付いてない矢田が怪我しないように、駆け足で近付いていく。

 そうしてようやく、矢田にボールがぶつかりそうになっている事に気付いたのか、慌てて杉野達が矢田に向かって注意を促した。

 その声に気付いた矢田は振り返って、周囲を見渡して自分にボールがぶつかりそうになっている事に気付いたが、距離的に避けられないと悟ったらしく本能的に目を瞑って体を縮めた。

 

「……ッ」

 

 そこに向かって近付いた俺は位置的に全身を前に出せなかったため、仕方無く目を瞑る矢田を左腕で抱き寄せると、パシッ、右手で矢田に迫る硬球を受け止めた。

 

「悪い! 大丈夫か⁉」

「ああ、気にするな!」

 

 謝ってきた杉野にボールを投げ返しながら俺はそう言った。

 決して杉野に対して「気を付けろ!」とは叱らない。なぜなら校庭の端までボールが飛んでくるとは誰も思わないからだ。

 そう考えながら俺は腕の中の矢田に声を掛ける。

 

「大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう。遠山君」

 

 感謝の言葉を述べた矢田は頬をピンクに染めて恥ずかしそうにしていたため、慌てて俺は抱き寄せていた矢田を離した。その拍子にフワッと俺の鼻腔に薔薇の花のような甘い香りが漂ってきた。やっぱり矢田も良いニオイがしやがる。

 そう思いながら2人揃って所在無さげにしていると、授業の終了を告げるベルが鳴り響いた。

 

「じ、授業も終わりだし、今日の射撃の練習も終わりだな!」

「そ、そうだね!」

 

 俺と矢田はそんな会話をしながら校舎へ歩いていると、速水が話し掛けてきた。

 

「遠山、体育の授業以外で射撃の練習する時間ってある?」

「……昼食後の昼休みと休日ぐらいだな」

「成る程ね。じゃあ後でケー番とメアド教えて」

「……もしかして、休日も練習する気か?」

「何も予定が無かったらね」

 

 そう言った速水に俺が頷くと、恥ずかしそうに頬を染めた矢田に加えて岡野と千葉にも教えてくれと言われたため、体操着から制服に着替えた後、教室で赤外線(IR)を使いプロフィール交換し終えて席に戻ろうとしたが、妙に嬉しそうな倉橋、友達で中の良い渚と杉野、委員長だからクラス全員(男子)の連絡先を知る必要がある磯貝、そしてなぜか加納もケータイを出して待っていた。そのためその5人とも交換したのだった。

 

 

 




次回は原作1話になると思います。


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10弾 爆殺の時間

原作に於ける1話ですが、オリジナル要素を入れて再構成してます。


 椚ヶ丘中に転入してから1週間が経過した。

 その間、タコに仕掛けられた暗殺は数多くある。

 例えば離れた位置から狙撃したり、タコの死角から拳銃で射撃したり、他にもすれ違い様にナイフで襲ったり、話してる最中にナイフで刺そうとしたりしたが、それら全ての暗殺は(ことごと)く失敗に終わった。

 そう簡単に殺せないのは仕方無いにしても、せめて1本ぐらい触手を吹き飛ばしたい皆は遂にクラス一斉射撃を仕掛ける事にした。

 そんなワケでいつも通り登校した俺達は、タコが教室に入ってくるまで、ただじっと待ち続けた。

 そして──

 

「皆さんおはようございます。今日も良い天気ですね。さて、HRを始めるので日直は号令を」

 

 扉を開けて教室に入ってきたタコは教壇に立つとそう言った。

 その言葉に本日の日直である、渚は大きく息を吸い込み言い放つ。

 

「起立!」

 

 渚の号令と共に俺達は席を立ってタコへと各種の銃を向ける。

 クラス全員分の銃口が全て自分に向いてるのに、タコは一切狼狽えたりせずニヤニヤ笑っている。

 毎度の事だがあの顔はムカつく。

 

「気を付け!」

 

 次の号令で俺達は銃の安全装置を解除して射撃可能にする。

 そして最後の号令を渚が発した。

 

「れ──い‼」

 

 その号令を合図に俺達は一斉に引き金(トリガー)を引いた。

 

 ──スパパパパパァーンッッッ‼‼

 

 次々とタコに向かって飛来するBB弾の雨霰。

 その弾雨をタコは魚が水中を泳ぐようにして簡単に避けている。

 

「出欠を取りますが発砲したままで結構ですので、呼ばれたら銃声に負けないような大きな声で返事をしてください。それでは磯貝君」

 

 出欠を取りながらタコはBB弾が飛び交う嵐を物ともしていない。

 そうしてしばらくタコは出欠を取っていたが、やがてクラス全員分の出欠を取り終えた。

 それと同時に射撃も止まる。

 

「停学中の赤羽君を除き、本日も皆さんは無遅刻無欠席……素晴らしい! 先生とても嬉しいです!」

 

 クラス一斉射撃を避け切ったタコはそんな事を言いつつ、朱色の丸を顔に浮かべた。当然触手は1本も破壊出来ていない。

 

「今日も先生()()への被弾は0、残念ですねぇ」

 

 俺達の戦果にタコの表情は相変わらずニヤニヤとしたムカつく笑みだ。

 

「数に頼る戦術は悪く無いんですが、それでは個々の思考を疎かにしてしまう。目線、銃口の向き、指の動き、それら全てが単純で読みやすい。もっと工夫をしましょう。遠山君のようにね」

 

 タコの言葉に皆は一斉に俺を見る。

 

「先生、遠山のヤツ、何か工夫してたのか?」

「その通りです前原君。遠山君は目線でのブラフ、時おり飛ばしてくる殺気、そういう行動を起こす事で、先生の意識を皆さんの射撃から外していた。お陰で先生は何発か避け切れず服に弾を(かす)めてしまいました。ただ、遠山君1人だけでは最高時速マッハ20の先生を殺すには至りません」

「成る程、そういう事か……でも先生、本当に服に掠っただけか? 実は体にも当たってたのに我慢してるだけじゃないよな?」

「そうだよ。だってどう見てもこれただのBB弾だもん」

 

 前原の言葉に対触手生物物質で作られた弾を持った岡野が賛同する。

 その岡野の言葉に皆も賛同した。

 

「そうまで言うなら確かめてみましょう。誰でも良いので先生の触手をその弾で撃ち抜きなさい」

「じゃあ、私が撃つ」

 

 タコの言葉に速水は手を挙げると、抜いていた銃の照準をタコの触手に合わせて発砲した。

 

 ──パンッ!

 

 軽い発砲音と共に銃口から飛び出した弾丸は、狙い違わずタコの触手を撃ち抜く。

 

「よし!」

 

 2mの距離から5㎝と細い触手を撃ち抜いた速水は喜びの声を上げた。

 体育の時間や昼休み、休日なども使って練習してきた成果が出て嬉しいんだろうな。そう思って速水を見ると可愛らしい笑顔を浮かべていた。

 この前も思ったが、いつもクールな表情の速水が笑うと、普段の印象と相まって3倍はカワイイ、その笑顔に見惚れていた俺は慌てて速水からタコに視線を移した。

 そこでは千切れた触手がトカゲの尻尾のように、床の上でビチビチと跳ねている光景が広がっていた。キモッ!

 

「前にも烏間さんが説明したと思いますが、国が開発した弾──敢えて『対先生特殊弾』とでも名付けましょうか。この特殊弾ですが君達には無害でも先生には有害な弾です。当たれば先生の体を形作る触手細胞など豆腐のように破壊出来る。もちろん数秒あれば再生しますが」

 

 タコがそう言った通り、触手が千切れた場所から新たな触手が生えてきた。

 超速再生かよ。殺すには厄介な能力だな。

 

「ああ、それといくら君達には無害だとは言え、目に入ると失明する恐れがあるので、先生を殺す目的以外で室内での発砲は極力控えてくださいね」

 

 そう俺達にタコは注意した後、顔色を緑のシマシマに染めて言ってきた。

 

「卒業までに殺せると良いですねぇ」

 

 タコがそう言ったと同時にHR終了を報せるベルが鳴り響いた。

 

「さて、それでは皆さん。銃と弾を片付けて授業の準備をしましょう」

 

 その言葉と同時に俺達は床に散らばった弾を掃除し始めた。

 

 

 

 午前の授業が全て終わり、昼休み開始と共にタコは中国の四川省へと、本場の麻婆豆腐を食いに空を飛んでいった。

 その様子を見ていると──

 

「キンジ君、お弁当食べよう!」

「遠山、一緒に食べよう」

「遠山君、一緒にお弁当食べない?」

 

 あかり、速水、矢田──3人の少女が弁当を持って俺の席にやって来た。

 昨日は倉橋と岡野も一緒だったが今日は違うらしい。

 俺としては正直なところ、杉野や渚などの男友達と食いたいのだが、なぜか2人共『せっかく誘われたんだから、こっちの事は気にせず一緒に食べてやれよ』的な視線で毎回見られるため、最近は諦めてる。

 

「どうせ拒否しても一緒に食うんだから早く座れ」

 

 投げやりな言葉を吐きながら弁当を取り出し、食べ始めると中身を見ていた速水が口を開いた。

 

「遠山のお弁当って茅野が作ったんだよね?」

「うん。そうだけど、それがどうしたの」

「見る度に美味しそうだなぁって思って」

「あ、それは私も思った。この唐揚げとか手作りっぽいのに美味しそう」

「昨日の夕飯の残りを詰めただけだよ」

「それでも美味しそうだよ。ね、凛香ちゃん」

「うん」

「そんなに誉めてくれるなら、これをあげたくなっちゃうよ」

 

 恥ずかしそうに頬を染めたあかりは、自分の弁当からだし巻き玉子を箸でつかみあげると、対面に座る2人の方へと差し出した。

 それを半分ずつ2人は頬張った。

 その瞬間、あかりと矢田と速水の3人を囲むようにして百合の花が見えた気がしたが、恐らく目の錯覚だろう。

 そう思いながらだし巻き玉子を食べた2人は頬に手を添えてうっとりしてる。

 

「「……美味しい」」

「ホント? ありがとー!」

 

 あかりが嬉しそうに礼を言うと、だし巻き玉子を食べた速水が自分の弁当を見ながら口を開いた。

 

「お返しに何かあげようとは思うんだけど、自信作はさっき食べたから明日で良い?」

「私も明日で良い? 今朝は時間が無かったから冷食ばっかりなの」

「2人共、無理しないで良いよ」

「それは分かってる。それにしても本当にカエデちゃんの料理は美味しかったよ」

「ホントにその通りね。茅野っていつ頃から料理を始めたの?」

「小学校に入った頃かな。速水さんは?」

「私もその頃かな。矢田は?」

「2人と同じく小学校に入った頃だよ。まあ、私の場合はちょうど弟が産まれたから、お姉ちゃんとしての自覚が出たのかも知れないけど」

 

 そう言った矢田の言葉に速水が反応する。

 

「そういえば矢田って弟が居たんだよね?」

「うん。凛香ちゃんは1人っ子だっけ?」

「そうよ。お陰で小さい頃はきょうだいが居る子が羨ましかったなぁ。ちなみに茅野と遠山にはきょうだいって居るの?」

 

 速水の問に一瞬だけあかりは眉を寄せたが、すぐさま何事もなかったように首を左右に振って答えた。

 

「居ないよ。お姉ちゃんとか欲しかったんだけどね。でもキンジ君にはお兄ちゃんもお姉ちゃんも居るよ」

「そうなの?」

「あ、ああ、兄が1人で姉が……2人? いや、1人……かな」

 

 俺の言葉に速水と矢田は揃って頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。

 よく分からんよな。言ってる俺も分からんし。

 何しろ、イリーナ姉さんを除いたもう1人の姉は()()だからな。

 

「遠山の言ってる事はよく分かんないけど、取り敢えずきょうだいが居る事は確かなんだね」

 

 速水の言葉に頷いた時だ。

 

「どうだ。ヤツを殺す糸口はつかめたか?」

 

 そう言いながら教室にタコの監視任務に就いている烏間が入ってきた。

 昨日はいなかったが、休日はいるんだな。

 そんな烏間の問に磯貝は応じる。

 

「速すぎて全然です。さっきも中国に行ったばかりだし」

「そうか。向こうの人間が殺ってくれれば良いが……あまり期待しないでおこう」

「だったら、先生が中国から帰ってきたタイミングで自衛隊の迎撃ミサイルを撃てば良いんじゃないですか?」

「もちろんそのつもりだが……それも望み薄だろう」

 

 そう返された磯貝は俯く。

 

「とにかく、世界広しと言えどヤツと至近距離で接する機会があるのは君達だけなのだ。どんなに可能性が低かろうが完遂するしかない。それだけは理解してくれ」

 

 烏間はそう言い残して教室を出ていこうとしたが、俺の姿を捉えると近くまでやった来た。

 

「君が遠山君だね。資料を見て直接話したいと思っていたんだが、遅くなってすまないな」

 

 そう言って弁当を食べる俺を見据えた烏間は……何か言おうとした様子だったが、結局それは言わず──

 

「武偵としての君に聞くが必要な装備品はあるだろうか?」

「あー……強いて言うなら実銃が使いたい。室内で撃つならエアガンでも問題無いけど、屋外で撃つと飛距離が出なかったり風の影響を諸に受けたり、色々と問題があるからエアガンだと力不足かな」

「成る程、つまりヤツに効果のある弾が欲しいワケだな」

 

 その言葉に俺は頷く。

 

「分かった。開発するように伝えておこう。しかしエアガンが力不足と言う事は他の生徒達にも実銃を渡した方が良いのだろうか?」

「それはどうだろう。銃──力を持つ者には責任が問われるし、力を持っても正しく使わなければ、銃口は自分に向く事になるからな」

「ふむ、確かにそれらを検討した上で判断しなければならんな。まあ、それは追々考えるとしよう。それはそうとヤツの殺害依頼を受けた武偵に配布する決まりの物を渡しておく」

 

 烏間がそう言って俺に差し出してきたのは1枚の紙だ。

 それを受け取って内容を確認すると『殺人許可証』と書かれており、それを見た俺は目を見張る。

 

「ちょっ、これッ⁉」

「簡易版のマーダー・ライセンスだ」

「な、なんで……?」

「9条に引っ掛からないための措置だ。もちろんそれが効力を発揮するのは()()()()()()()()()、そこは勘違いしないようにしてくれ」

 

 烏間の話を聞くまでは正直突き返そうと思ったが、そんな事を言われては返せないため、渋々受け取った俺はすぐに折り畳むと生徒手帳に入れた。

 しかし9条──武偵法9条で禁止されてるのは()の殺害だ。

 あのタコはどうみても人には見えない。それなのになぜ許可証を渡してきたのだろう? 考えても分からないな。

 そのため、許可証の件を放置する事に俺が決めた時、烏間は速水に声を掛けていた。

 

「君は速水先輩──速水鷹斗さんのご息女だな」

 

 烏間にそう言われた速水は驚きながらも答える。

 

「は、はい。確かに鷹斗は父ですけど、父とはどのような関係ですか?」

「ああ、俺が武検になった頃。1人前になるまで育ててくれたのが鷹斗さんだったんだ」

「そうだったんですね。父がお世話になります」

「いや、俺の方こそ世話になりっぱなしだ」

 

 驚いた。速水の父親も武検で烏間の先輩だったのか。

 世間は狭いな。

 

「そういえば最近父と会ってませんけど元気ですか?」

「ああ、任務で中東にいるが健在だよ」

「そうですか、それが聞けて良かったです」

 

 父親の無事に速水が安堵すると──

 

「それでは失礼する。母君にもよろしく伝えてくれ」

 

 そう言って烏間は軽く頭を下げた後、俺達と共に弁当を食べていた矢田とあかりをチラリと見て、僅かに眉を寄せたが何も言わず去っていった。

 そんな烏間を見ながら俺はあかりに声を潜めて呟く。

 

「気付かれたかもな」

「……多分ね」

 

 あかりの正体までは分からないだろうが、普通の生徒では無い事は見抜かれただろう。さすがは武検である。

 

 

 

 昼休みが終わり、5時限目の国語もそろそろ終了という時間、それは起こる事となった。

 

「──それではお題に沿って短歌を作ってみましょう。ラスト7文字は『触手なりけり』。その通りに書けたら先生のところへ持ってきなさい。文法の正しさや触手の美しさを表現出来ていた生徒は帰ってよし! あ、遠山君は補習があるので残ってくださいね」

 

 やっぱり俺は放課後補習で居残りなんだな。

 そう思っていると、あかりが手を挙げてタコに聞いた。

 

「先生、しつもーん」

「……? 何ですか茅野さん」

 

 何だ? 今一瞬だけあかりの質問への返答が遅れたような……?

 

「今さらだけど先生の名前って何? このまま副担任がやって来ても区別出来なくて困るんだけど」

「名前……ですか? 名乗る名前は無いので皆さんが付けてくれて構いませんよ。但し今は課題に集中してください」

「はーい」

 

 そうあかりが返事した後、タコの顔色が薄いピンクに染まった。

 その瞬間、何の前触れも無く渚が席を立ち上がった。

 

(早いな、もう課題出来たのか?)

 

 そう思って渚を見たが、すぐに違うと気付いた。

 アイツ、殺る気だ。

 その証拠に俺の位置から渚が持つ短冊の裏を見れば、そこにナイフを隠してるのが丸見え、それに対してタコ側からは渚が課題を提出に行ってるようにしか見えないため、一見不審なところは見当たらない。

 だがな、渚。それではタコは殺れないぞ。殺気が駄々漏れだからな。

 殺気を沸々と放出させている渚は静かにゆっくりとタコに近付き、ナイフの間合いに入った瞬間、短冊の裏に隠していたナイフをタコ目掛けて振るうが、当然の如く止められている。

 

「……HRの時に言ったでしょう。もっと工夫しなさいと」

 

 やはり簡単には殺れないかと思ったのも束の間、信じられない事に渚がタコに抱き付いたのだ。

 その事実に驚くより前に渚とタコの間で──

 

 ──バカァァァンッッッ‼‼‼

 

 閃光が瞬き爆音が響くと共に対先生特殊弾が周囲に飛び散った。

 今の光と音と威力は……()()()()()を使用した爆弾が爆弾したものだ。

 そこに俺が至った時。

 

「っしゃあ! 1兆円いただきィ!」

「まさかコイツも自爆テロは予想してなかったろ!」

「ざまぁねぇな!」

 

 そう言いながら寺坂、吉田、村松の不良3人組は教壇へと駆け寄っていく。

 そういや昼食時に寺坂が、『暗殺の計画を進める』とか言って渚を連れ出していたが、まさかこんな方法で暗殺を仕掛けるとは思いもよらなかった。

 そんな事を考えていると、席を立った中村が寺坂に詰め寄り、

 

「寺坂、アンタ渚に何持たせてたの⁉」

 

 と、聞いていた。

 その中村の問に寺坂は面倒そうに答える。

 

「あ? オモチャの手榴弾だよ。但し300発の対先生弾がスゲェ速さで飛び散るように、火薬を使用して爆発の威力を底上げした特注品だがな」

 

 その言葉を聞いた中村は寺坂を睨み付け、「最低!」と吐き捨てて渚に駆け寄っていった。

 そんな中村を見ていると、教室の後ろから加納が渚に駆け寄ったため、俺はあかりと視線を交わして互いに頷くと席を立った。

 渚の怪我の具合を診るためにあかりが席を立って渚の方に向かうと、俺は寺坂の方へと歩み寄っていく。

 

「渚よォ、女子3人から心配されるとは、男冥利に尽きるな」

「寺坂、それがタコに向かって特攻した渚に掛ける言葉か?」

「ああ? 別に死ぬ量の火薬は仕込んでねぇよ。まあ、火傷はするだろうが治療費ぐらいなら俺の1兆円から払ってやるよ」

「成る程、つまり地球を救うために1人を犠牲にしたってワケだな」

「良く分かってるじゃねぇか。大を救うために小を切り捨てる。合理的な考えだ」

 

 寺坂がそう言った途端、周りの皆が白い目で寺坂を見た。

 

「そうか。お前の考えは良く分かったよ。そんなお前に聞きたいんだが……何で自分が渚のようにタコへ向かって特攻しなかったんだ?」

 

 俺の言葉を聞いた寺坂は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になる。

 

「さっき自分で言ってたよな。大を救うために小を切り捨てるって、その切り捨てる対象は自分でも良かったのに何で渚だったんだ。その理由を教えてくれ」

「い、いや、俺には爆弾のスイッチを押すという役目が……」

「そんなの吉田か村松に任せれば良い、もしくは吉田か村松のどちらかに特攻させても良かった。それなのに何で渚に任せたんだ? まさかとは思うが、自分が怪我したく無かったから渚に任せたワケじゃないよな?」

「…………」

 

 再三に渡る俺の問い掛けに寺坂は何も言わない。

 

「沈黙か。まあ、それでも良いがこれだけは覚えとけ。自分がやりたくない事を他人に押し付けるな」

 

 そう言った俺は苦虫を噛み潰したような表情の3人へ視線を向けた後、爆発に巻き込まれた渚の許へと向かった。

 

「カエデ。渚はどうだ?」

「平気。それどころか傷1つ無い」

「……は? あの爆発で無傷なワケが無いだろ」

「だったら自分で確かめれば?」

 

 カエデに言われたため後ろから渚の様子を伺うと、確かに何かの膜に覆われた渚が無傷で教壇に寝ていたのだ。

 

「何だ。その膜は?」

「それは先生が脱いだ皮です」

 

 俺の問に答えるように天井から声が聞こえたため、慌てて見上げてみると渚と共に爆発に巻き込まれたタコが天井に張り付いていた。

 

「生きてたのかよ」

「はい。実は先生は月に1度だけ脱皮して危ない場面を切り抜ける(エスケープする)事が出来るんです。そしてその脱皮した直後の皮の強度なんですが、手榴弾程度の爆発なら防げます。ゆえにその皮を渚君に被せて爆発から助けました」

 

 その言葉に俺は納得する。

 しかし超速再生だけじゃなく、エスケープ技まであったのか。

 ますます殺し難い相手である。

 そう俺が思ってると、タコは天井から床へと下りてきた。

 

「さて、先生として首謀者の寺坂君達にお説教したいところですが、3人共遠山君の言葉が利いたのか随分反省してる様子ですからね。お説教は渚君だけにしましょう」

「エエ⁉ 僕⁉」

「当たり前です。先生を殺すためとは言え自分を犠牲にしてはいけません! 自己犠牲は美談ではありませんよ! 分かったなら返事!」

「……はい。すみませんでした」

 

 渚の謝罪にタコは頷く。

 

「分かればよろしい。ところでこれは寺坂君達にも言えることですが、次また今回と同じような暗殺を仕掛けてきた場合」

 

 その瞬間、タコは風のように教室を出ていくと1秒も経たない内に表札を抱えて帰ってきた。

 

「君達以外には何をするか分かりませんよ。何しろ先生が政府と交わした契約は()()に危害を加えない事だけ、それ以外は契約外です。何なら君達を残して地球を消滅させてみましょうか?」

 

 俺とあかりには当てはまらないが、このタコから逃げる場所など皆無、その事が先程のタコの言葉で分かった。

 

「さて、叱るだけでは先生としては赤点なので、次は今回の暗殺で良かった点を誉めましょう。まずは寺坂君達、本物の火薬を使うというアイディアはすごく良かった。次に渚君、君の肉迫までの自然な体運びは100点だ。お陰で先生は完全に虚を衝かれました。但し、先程も言ったように何かを犠牲にする暗殺はNG。そんな生徒に先生を暗殺する資格はありません!」

 

 そこでタコは皆の方を向くと声を大にして言う。

 

「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員それが出来る力を秘めた有能な暗殺者(アサシン)だ。これが暗殺対象(ターゲット)である先生からのアドバイスです」

 

 マッハで怒りマッハで誉める。スゲェ教師だな。

 しかし有能な暗殺者って、俺とあかりは武偵なんだが……まあ、それは言わない方が良いだろうな。空気的に。

 

「……さて、ここで皆さんに問題です。先生は殺される気など微塵も無い、皆さんと3月までエンジョイしてから地球を爆破します。それが嫌なら君達はどうしますか?」

 

 タコからの問い掛けに皆は力強い目で言った。

 

「「「その前に先生を殺します」」」

「ならば今殺ってみなさい! 殺せた者から今日は帰って良し‼」

 

 皆の言葉にタコは顔を緑のシマシマに染めて言ってきた。

 くそぅ、相変わらず俺達を舐めてやがる。

 そう思いながら、まだ国語の課題が出来てないため、席に戻る途中に表札を見てみると、『茅野』って表札があった。

 一体どこから取ってきたんだろう。てか、あの『遠山』って表札……よく見ると姉さん宅の表札じゃなく、巣鴨にある実家の表札じゃねぇか‼

 そんな所から取ってくるんじゃねぇよ!

 ちゃんとお前が返しに行くんだろうな?

 などと思っていると、あかりが口を開いた。

 

「先生の名前ってこういうのはどう? 殺せない先生だから『殺せんせー』……とか」

「『殺せんせー』ですか……良いですね! 先生、その名前とても気に入りました! 従って今から先生の事は『殺せんせー』と呼んでください」

 

 そんなワケでタコの名前が殺せんせーに決まったのだが、今はそんな事より無事に家へと帰宅出来るかどうかの方が心配な俺達であった。

 

 

 




書き終えてみれば8000文字を超えてました。

作中で軽く触れてますが、E組の生徒に実銃を持たせるのは有りか無しかを問います。詳しくは活動報告へ。


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11弾 体育の時間・ナイフ編

原作の話なのにオリジナル要素が強い。

12/7
分かりにくかったので戦闘描写を改訂。


 ある晴れた日の昼休みの事だ。

 雲1つ無くどこまでも澄み切った青空の下、5時限目に体育があるため昼食後に体操着へと着替えた俺は、杉野と共に校庭へ出てキャッチボールをしている。

 そんな俺達を渚やあかりなど数人の生徒が体操着姿で眺めていた。

 

「よーし、そろそろ肩も温まってきたから座ってくれ」

「おう」

 

 その言葉に頷き膝を曲げて座った俺は、焦げ茶色のキャッチャーミットを嵌めた左手を前に出して構えると、左足を上げて投球フォームに入っていた杉野は前方に踏み込みながら右腕を鞭のようにしならせて白球を投げ込んできた。

 右から左へと大きな弧を描きながら飛んでくるボールを、俺は後ろへ逸らさないように何とかミットで捕球する。

 一方、大きく変化する杉野のボールを見ていた皆は「おお!」と興奮したような声を上げていた。

 

「相変わらずスゴい曲がるな。お前の変化球」

 

 捕球したボールを投げ返しながら杉野に声を掛けてやれば、杉野は嬉しそうに笑いながら球をキャッチする。

 

「だろ! まあ、殺せんせーが居なかったら変化球を投げようなんて思わなかったけどな」

 

 数日前、元野球部の杉野は対先生弾を埋め込んだ野球ボールを投げて殺せんせーを暗殺しようとしたが、結局は球が遅く失敗してしまい落ち込んでいた杉野に対して、「筋肉の配列が悪くどれだけ努力しても速球は投げられませんが、肘や手首は柔らかいので鍛えてみてはどうでしょう」と触手で筋肉配列を調べた殺せんせーが伝えたのである。

 その言葉を切っ掛けに杉野は数日前から変化球の練習を始めたのだ。

 

「そういや杉野、野球は続けるって話だったけど、どこで続けるつもりなんだ?」

「ああそれか。実は来月のGW(ゴールデンウィーク)に市のクラブチームの入団テストを受けようと思ってるんだよ。その入団テストに俺が受かるように変化球の練習しようと思うんだが、練習に付き合ってくれるか?」

「ああ、別に構わないぞ」

 

 何しろお前は俺の数少ない友達の1人だからな。

 それに俺が転校した時に素っ気ない態度しか取れないのに、お前は何度も話し掛けてくれた借りもある。

 そして遠山家の家訓には『借りは忘れるな、貸しは忘れろ』ってあるから、あの時受けた借りを今返さないでいつ返せと言うんだ。

 

「じゃあ遠山、次の球行くぞ」

「よし来い」

 

 そんなワケでしばらく杉野の練習に付き合っていると、「バッターがいた方が実戦的で練習にはちょうど良いだろ?」と練習を見ていた前原がバットを持って言ったため、岡島や木村など数人の男子がバッターとして杉野の変化球を打とうとしていたが、鋭く変化する球の前では手も足も出なかったのか全員空振りしていた。

 

「これじゃ練習にならねーよ」

 

 空振りばかりする皆に対して杉野がそう言ったため、次は俺がバッターやろうかと提案してみたところ快く承諾してきた。

 ミットを外して立ち上がると渚が手を伸ばしてきたから、ミットを渚に渡すと俺はバットを持って杉野の前に構えた。

 そんな俺に向かって──

 

「他の皆が三振しててもキンジ君なら打てるよ」

「ファイトだよ! 遠山君!」

「三振ばかり見るの飽きたからいい加減打っちゃってよ。遠山」

「かっ飛ばせー! 遠山」

「いけいけ、とーくん! おせおせ、とーくん!」

 

 あかり、矢田、速水、岡野、倉橋が声援を送ってきた。

 

(試合じゃないのに声援を送られても困るのだが……)

 

 そう思いながら取り敢えず初球は見送る。

 内角低めか、良いボールだな。と思ったのも束の間。

 

「うわっ⁉」

 

 渚が杉野の変化球を受け損ねて後ろへ逸らしていた。

 ああ、やっぱり慣れてない人間だと杉野の変化球を受けるのはキツいか。

 そんな事を思っていると渚が後ろへ逸らしたボールを拾って戻ってきた。

 

「初めてこの位置で杉野の変化球見たけど、あんなに曲がるんだね」

「お陰で受ける方も大変だよ」

「うん。今ならその言葉よく分かるよ」

 

 渚とそんな会話をしながら杉野が2球目を投げてきた。

 狙いは……外角低め!

 それを読んだ俺はバットを振った。

 カキーン! 

 良い当たりをしてたからヒットかと思ったが、俺が打ったボールはファウル方向へと転がっていった。その様子にあかり達は「ああ……」と落胆していたが、男子は「おお!」と興奮していた。

 そんな皆の反応に対して変化球を打たれた杉野本人は、少し嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「さすがだなッ、遠山!」

「次はヒットを打ってやるよ」

「そこはホームランって言う場所だろ!」

「あまり自分のバッティングに自信を持ってないからヒットで良いんだよ」

 

 そう答えながらバットを構えると、杉野は今日一番のボールを投げようとした瞬間。

 

「ねぇ皆、盛り上がってるけど何をしてるの?」

 

 そう言って神崎がやって来た。

 その神崎の声を聞いた杉野は「あ!」と言ったため、目を向けると先程の杉野からは考えられないほどの大暴投。

 

「おぉい! 何やってんだお前は⁉」

「わ、悪い」

 

 謝罪する杉野の声を聞きながらボールの行方を目で追うと──パリーン!

 教員室の窓を割って中に入っていった。

 

「「「…………」」」

 

 波紋1つ無い水面のような静寂が辺りを包んでいると、昔のマンガに登場するカミナリ親父のような恰好をした殺せんせーが、赤い顔で窓を開けて叫んだ。

 

「コラー! 旧校舎(ウチ)の窓をボールで割ったのは誰だ!」

 

 殺せんせーの言葉に俺達は一斉に杉野を指差す。

 するとそれを見た殺せんせー改め殺オヤジは一瞬で外に出てくると、杉野の前に移動した。

 

「また君か! 今度という今度は親に言い付けてやる!」

「またって何だ⁉ またって⁉ そもそも学校の窓を割ったのは今日が初めてだぞ!」

 

 そう言った杉野の言葉に殺オヤジは口調と恰好を殺せんせーに戻し、再び杉野に対して口を開いた。

 

「その言い方だと他の家の窓は割った事があるみたいに聞こえるのですが……」

「小学生の時に2回ぐらいな。で、何だよ。窓を割った事ならゴメン。手が滑ったんだ」

「ああ、誤るなら別に良いんです。割った窓も先生が直すので心配しないでください。それからこれは返しますが、今後はこのような事が無いように」

 

 そう言って殺せんせーはボールを返しながら、杉野の耳許でボソボソと何かを呟いた。

 その瞬間、杉野は顔を赤くして殺せんせーを睨み付け──

 

「絶対それまでに殺してやる!」

 

 と、叫んだ。

 対する殺せんせーは顔を緑のシマシマに染めて杉野に視線を向けて。

 

「ヌルフフフ、殺せると良いですねぇ」

 

 そう言った。

 そのタイミングで──キーンコーン──昼休み終了のベルが鳴り響いたため、俺達は殺せんせーに道具を預けるとグラウンドに向かった。

 数分待っていると濃紺のスーツを着た男がやって来た。

 その男は俺達を見渡して欠席者がいない事を確認すると口を開く。

 

「昨日も伝えたと思うが改めて伝えよう。本日より君達の体育の授業しを受け持つ事になった烏間だ。よろしく頼む」

 

 そうなのだ。昨日からこの男──烏間改め烏間先生がE組の体育教師と副担任を務める事になったのである。

 理由は殺せんせーの監視、それと生徒達の暗殺技術指導と精神面のサポートだ。そんな理由でE組の副担任と体育教師を務める事になった烏間先生だが表向きはE組の担任になっているらしい。

 殺せんせーを担任として表に出すワケにはいかないからな。当の本人は世界中の空を超音速巡行で好き勝手に飛び回っているが。

 ちなみに烏間先生がE組の教師になったという旨を伝えにきた時の殺せんせーは、女子が花壇に植えて大切に育てた花をダメにしたお詫びとして、身動き出来ないように縄で縛られた状態で木に吊らさせるという『ハンディキャップ暗殺大会』を開催していた。

 もちろん殺せんせーは殺れなかったが、代わりに幾つかの弱点が判明したから良しとしよう。

 

「さて、早速授業を始めようと思うが、参考までに今までの体育の授業は何をしていたのか聞いても良いか?」

「数人は遠山に射撃を教わってましたが、ほとんどは体を動かしながら遊んでました」

 

 磯貝はバツか悪そうに烏間先生に言ったが、尋ねた本人は予想出来ていたのか遊んでいた理由に関しては問わず。

 

「遠山君、教えていたのは射撃だけか?」

「はい」

「そうか。ならば俺はナイフの振り方を教えよう。君達もナイフの用意をしてくれ」

 

 そう言った烏間先生は動きやすいようにジャケットを脱ぐと、白いワイシャツの袖を捲り上げて対先生ナイフを手に持った。

 

「ナイフには順手と逆手の2通りの持ち方があるが、今回は基本の順手に持ってくれ」

 

 烏間先生の指示通りに俺達はナイフを順手で握る。

 

「次は振り方を教えるが先に伝えておく事がある。これから君達に教えるのは軍人や自衛官が使うナイフ術だ。つまり()()()()()()()()を覚えるワケだが、決して人には使わないと約束してくれ」

「「「はい」」」

 

 殺人がどれだけ重罪か理解してる皆は間髪入れずに頷いた。

 

「良い返事だ。それではこれよりナイフ術を教える。まずは……」

 

 そう言って烏間先生はナイフ術の基礎から俺達に教えていく。

 

 

 

 そうして10分ほど烏間先生にナイフ術を教わった後、俺達は目の前に人間がいると想定した上で、その人間の首や脇の下など人体の急所を狙ってナイフを振っていた。

 

「「「イチ、ニイ、サン……」」」

 

 掛け声と共にナイフを振っていると、間延びするような殺せんせーの言葉が聞こえてきた。

 

「晴れた午後の運動場に響く掛け声、平和ですねぇ……生徒の武器(エモノ)が無ければですが」

 

 そんな事を言った殺せんせーの隣には烏間先生がいる。

 

「どんな体勢でもバランスを崩さず、八方向からナイフを正しく振れるように心掛けろ!」

 

 烏間先生が指導する声を聞きながら、左足を軸に右足を引いて体の向きを45度変えると、再び掛け声に合わせてナイフを振っていく。

 そうしながら皆がナイフを振る様子を眺めていると、めぼしい生徒が数人いる事に気付いた。

 まずは岡野ひなた、彼女は射撃があまり芳しくなかったのに、ナイフは思い切りがよく大胆な動きで振るえているため近接戦に優れている事が窺える。元体操部だという事を考慮すれば、将来的にはトリッキーな動きで相手を翻弄しながらナイフで仕留めるタイプになりそうだ。

 次に速水凛香、射撃が上手かったのは以前から知っていたが、ナイフの方も大胆に振るえているため戦闘能力その物が高そうだ。今は銃とナイフの扱いを覚えようとている段階だが、これに護身術程度の徒手格闘でも身に付けてしまえばE組切っての仕事人になるぞ。

 他にも磯貝や前原、杉野、片岡などがいるものの頭1つ抜けているのは岡野と速水の2人だけだ。

 そんな事を思いながら他にもめぼしい生徒はいないかと見渡していると、別の意味で目立ってる生徒がいた。矢田桃花である。

 なぜ彼女が目立ってるのか、それは彼女がナイフを振る度にたわわに実った2つの果実が、ふくよかな双丘が! 大きなおっぱいが‼ ゆさっ、ぷるんっ、ぽよんっ、弾けるように揺れているからだ

 ああ、なんて弾力があって柔らかそうな膨らみであろうか……って、違う! 何で俺は矢田の胸が揺れる光景をじっと見てるんだよ! ヒスるだろうが!

 慌てて俺は視線を逸らすとあかりを見付けた。彼女は矢田と違ってどれだけナイフを振ろうが地盤がしっかりしてるため何も起きていない。そもそも揺れる物が無……って、いかん!

 これ以上考えるとあかりに睨まれてしまう。

 そのため俺は視線を何も無い虚空に向けて淡々とナイフを振り続ける事にした。

 そうしてしばらくナイフを振っていると──

 

「そういや烏間先生、暗殺対象(ターゲット)が見てる前で訓練なんかして意味があるんスか?」

 

 すぐ近くで訓練中の俺達を見学している殺せんせーを見ながら、前原が烏間先生に問い掛けた。

 

「意味はある。なぜなら勉強も暗殺と同じで、基礎は身に付けるほど役に立つからだ」

「「「……?」」」

 

 俺は理解出来たが、周りの皆は理解出来なかったのか、頭に疑問符を浮かべていた。

 その様子に烏間先生は少し考えると口を開いた。

 

「……ふむ、そうだな。遠山君、磯貝君、前原君の3人は前に出てきてくれ」

 

 さすがに俺もこの言葉には疑問符を浮かべながら、磯貝達と共に前へ歩いていくと烏間先生が言った。

 

「遠山君は武偵だ。そして武偵にはナイフ術の心得もある。ゆえに磯貝君と前原君の2人は遠山君にナイフを当ててみてくれ」

 

(ああ、そういう事か)

 

 烏間先生が何を伝えようとしてるのかそれが分かった俺は、ナイフをしまって2人のナイフを捌く準備をしたが、当の2人は烏間先生の言葉に戸惑っていた。

 

「え、俺達2人がかりで攻撃しても良いんですか?」

「ああ、構わないな? 遠山君」

「はい。仮に対先生(その)ナイフに当たっても怪我しないし、そもそも当てられるとは思ってない」

 

 俺の言葉に2人は少しムッとした表情になる。

 

「そういう事だ。もし(かす)りでもすれば今日の授業は終わりで良い」

 

 烏間先生の言葉と同時に2人は互いに距離を取るとナイフを構える、俺はそんな2人から少しだけ移動するとナイフの間合いから外れた。

 その瞬間、磯貝は間合いを詰めるように俺の顔に目掛けてナイフを突き刺してきた。それを視線で読んでいた俺は最小限の動きだけで左に躱した。

 

「え……?」

 

 俺はナイフを避けられて呆けている磯貝を一瞥して口を開く。

 

「どうした? 殺す気で来ないと当たらないぞ」

 

 そう言ってやると前原は勢いよく俺の左肩に狙ってナイフを繰り出してきた。

 それに対して俺は左足を引いて躱すと、呆けていた磯貝が右足を刺そうとしてたため、俺は右手で磯貝の手を弾いた。

 視線を前原に戻すと、俺が磯貝を処理してる間に、前原は肘を曲げるようにして俺の顔面を横薙ぎにしてきた。

 それを俺は左手で前原がナイフを持つ右手を下から、バシッ! と上に叩き上げてやれば、顔面を横薙ぎするハズだったナイフは俺の頭上を通過していった。

 立て続けにナイフを捌かれた2人は俺から距離を取った。

 前原は俺の前方、磯貝は俺の後方、奇しくも2人は俺を前後で挟むように立っている。

 

「クソッ、俺達の攻撃を(ことごと)く捌きやがって!」

「落ち着け前原、まだ当たらないと決まったワケじゃない!」

 

 背後の磯貝はそう言いながら何やら前原に指示してると思った瞬間、いきなり前原が俺に目掛けて駆け出してきた、それと同時に背後の磯貝からも駆ける足音が聞こえてきた。

 そのため俺は素早く2人の距離を確かめると同時に、俺の体のどこを狙って攻撃してくるかも目線で確認する。狙いは俺の肩──前方の前原は左肩で後方の磯貝が右肩だ。それを確認した俺は攻撃が当たるギリギリまで引き付ける。

 そのまま攻撃を引き付けた俺はそろそろ当たるという瞬間、左足を軸に左旋回を始めた。すると肩を狙って繰り出してきたナイフは俺の体が真横を向いたことで、攻撃は肩に当たらず背中を通過していった。

 ナイフを躱した俺は旋回を続けながら、右手で前原を左手で磯貝を弾くと、クルリッ、ダンスのターンのように360度回り切った。

 傍目には左旋回した俺が2人の攻撃を捌きながら、その場で1回転したように見えるだろう。

 前後に分かれた同時攻撃も捌かれた事で2人は口を開けて呆然としている。

 そんな磯貝達と俺を見ていた烏間先生は静止の声を発した。

 

「それまで! 分かったか皆、多少の心得があれば素人のナイフくらい容易に捌ける。遠山君に当てられないようではマッハ20を誇る超生物に当てられるワケがない。それに見てみろ。今の攻防の間にヤツは砂場にバッキンガム宮殿を造った上に、着替えて淹れた紅茶を楽しんでいる」

 

 言われて砂場の殺せんせーに視線を向ければ、ニヤニヤ笑いながら純英国風スーツ姿で紅茶を飲んでいた。

 うわッ、腹立つッ!

 殺せんせーの様子に激しくイラついていると、烏間先生は呆けている磯貝と前原の肩を、軽く叩いて意識を戻しながら口を開く。

 

「良いか。クラス全員が遠山君、延いては俺にナイフを当てられるようになれば、確実に暗殺の成功率は上がる」

 

 そりゃそうだ。

 公安0課と並んでこの国最強の武装検事にナイフを当てられれば、殺せんせーを殺せる確率は格段に上がる。

 

「ナイフや射撃・狙撃など、暗殺に必要な様々な技術(スキル)の基礎を体育の時間を使って俺が教えてやろう」

 

 俺達を見渡していた烏間先生がそう語った瞬間、5時限目終了のベルが鳴り響いた。

 

「それでは今日の体育はこれまで、6時限目に間に合うように解散してくれ」

 

 こうして烏間先生初の体育の授業が終わったのである。

 そんな中、俺は磯貝と前原に声を掛けた。

 

「2人共、忘れ物だ」

「「忘れ物?」」

 

 怪訝な表情で振り返った2人に俺は()()()を差し出した。

 それを見た2人は驚いて自身の体を触り、ナイフが無い事に気付くと驚きの声を上げる。

 

「いつの間に盗ったんだ? 全然気付かなかったぞ」

「さっきの攻防の最後、俺の前後から同時攻撃してきただろ? あの時だ」

「あの時かよ⁉」

「ああ」

 

 そう、先程の攻防の最後に俺は遠山家の伝承技『ヰ筒取(いづつど)り』と『旋風(つむじ)』を使った。

 元々は他流が使っていた眼球や内臓を素手で抉り取る『鳶穿(とびうが)ち』というエグい技を、ご先祖様がパクって敵の携行武器をスリ取るように劣化・改変したのが『ヰ筒取り』という技だ。

 対して『旋風』の方は戦国時代に考案された伝承技で、元々は敵将が刀で斬りかかってきたのを旋回して躱したあとで斬るというカウンター技だ。

 要するに俺は『旋風』の動きで2人の攻撃を躱したあと、カウンターで『ヰ筒取り』を使用してナイフをスリ取ったワケだ。

 

「遠山、1つ聞いて良いか?」

「何だよ」

「最後って忍術か何かを使ったのか?」

「武偵は多くを語らない。つまり企業秘密だ」

 

 そう磯貝に言った俺は着替えるために教室へと戻る事にした。

 

 

 




戦闘描写が難しい。


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12弾 復学の時間

少しずつ書いていってようやく投稿です。
余談ですが弾籠めから11弾まで所々改訂してますので、気になる方はどうぞお確かめください。


 5時限目の体育が終わり、6時限目の小テストを受けるために、教室へ戻っていると、あかりが囁くような小声で話し掛けてきた。

 

「さっき、磯貝君と前原君相手に旋風(つむじ)とヰ筒取りを使ったでしょ?」

 

 なぜあかりが遠山家の伝承技を知っているのか、それはあかりの事を気に入っている婆ちゃん──遠山家に嫁ぐ前から、どこかの戦闘的な一族の子孫だったらしく、遠山家の武術もかなりマスターしている──が教えたからだ。

 これは昔爺ちゃんと父さんとの話を盗み聞きしたんだが、遠山家には100の伝承技があり、それら全てを会得していた父さんは兄弟それぞれの性格に応じて、攻撃寄りな48の技を兄さんに、防御・交叉法(カウンター)寄りな52の技を俺に、分配して継承しているのだ。

 その中であかりは攻撃寄りの技を25、防御・交叉法寄りの技を25、合わせて50の技を教わっている。

 ちなみに姉さんも15ほど婆ちゃんに教わったらしい。

 

「分かるか?」

「まあね。でも、他の皆はキーちゃんが技を使った事に気付いて無いよ。岡野さんと速水さんはある程度気付いたみたい、詳しくは見抜けてないっぽいけどね」

「……そうか」

 

 戦闘力が高い事は分かっていたが、冷静に場を視る眼も持ってたのか。今はまだ発展途上で精度は低いみたいだが。

 そんな岡野と速水はまさしく戦闘の才能を持った原石の塊だな。もし2人が武偵高に進学して1年間鍛えればAランク、もしくはSランクに匹敵してたかも知れない。

 まあ、それはあの2人が決める事だし、せっかくカタギの世界で生きてるんだから、わざわざアングラな世界に来なくて良い。

 そんな事を考えていると矢田、速水、岡野、倉橋が声を掛けてきた。

 

「遠山君、さっきの体育カッコ良かったよ!」

「遠山、あれって忍術か何かなの?」

「私も頑張れば遠山と同じ事が出来るかな⁉」

「やっぱりとーくんならライオンを素手で捕まえられるよ!」

 

 矢継ぎ早に掛けられた言葉に俺は叫ぶ。

 

「ええい! 一斉に話し掛けられても何言ってるか分かるか⁉」

 

 そう(まく)し立てながら俺は4人に視線を向けて、

 

「まず矢田、誉めてくれたのは有り難いが俺はそこまでカッコ良くない。次に速水、あれは忍術じゃない。それから岡野、お前なら出来るかも知れないな。そして最後に倉橋、どう考えても無理! 烏間先生ならライオンどころかホッキョクグマも素手で捕まえられそうだが」

 

 と、答えたところ。

 

「「「私達が何言ったのか分かってるじゃん‼」」」

 

 矢田、速水、岡野の3人から同時にツッコまれた。が、倉橋は俺の言葉を聞いて烏間先生にキラキラした瞳を向けていた。

 やった! 厄介な女を1人他人へと押し付ける事に成功したっぽい。

 歓喜に打ち震えながら教室へ戻っていると、前方に椚ヶ丘中学の制服を着崩した、髪も瞳も血のような真紅の男が立っていた。

 手にはあかりも好きないちごオレのパックが握られている。

 ちなみに椚ヶ丘中学の制服は派手で無ければ着崩しても良いらしく、数人の女子はスカートの腰を折って、通常の膝丈から膝上のミニスカートにアレンジしていたりしている。あかり、矢田、速水、岡野はこのタイプだ。

 お陰で常日頃から目のやり場に困っている。今は体操着だから大丈夫だが。

 などと考えながら俺は前方に立つ男が誰なのか分からずにいると、あかりが矢田に問い掛けていた。

 

「矢田さん。あれって誰?」

「停学中の赤羽君だよ」

 

 アイツが赤羽か。

 ここにいるって事は今日が停学明けみたいだな、それにしては登校してくる時間が遅いが。

 そう思っていると赤羽は渚と一言だけ言葉を交わした後、俺の方へ歩いてくると話し掛けてきた。

 

「転校生だよね? さっきの体育見てたけど最後はスゴかったよ。何か武術でもやってたの?」

「……一応」

「へぇ、そうなんだ……?」

 

 俺の言葉を聞いた赤羽は何やら、値踏みするような目付きで俺を見ると口を開いた。

 

「……強いね」

 

 赤羽の言葉に俺は目を見開く。転校してから見抜かれたのは初めてだ。

 しかしヒステリアモードじゃない俺を強いと称するって事は、赤羽の実力も通常時の俺と大差無い程度だ。それでも相手の強さを見抜く眼を持ってる事には驚嘆に値するが。

 

「名前は? 俺は赤羽カルマね」

「遠山キンジだ」

「ふーん。遠山キンジ……ね。覚えたよ」

 

 何やら含みを持った言い方の赤羽は、俺からあかりの方へと視線を向けた。

 

「矢田ちゃんの隣にいるチビッ子も転校生だよね?」

「誰がチビッ子だ‼」

「ゴメンゴメン。で、名前は?」

 

 茶化すような赤羽の言葉にあかりはむすっとした表情で答える。

 

「……茅野カエデ」

「茅野ちゃんか。よろしくね。ついでに奥田ちゃんの隣にも転校生がいるよね? メガネのチビッ子」

「アイツは加納ユキって名前だ」

「そうなんだ。ありがとねー、キンジ君」

「いきなり名前呼びか」

「そうだよ。俺の事も気安くカルマって呼んで良いからねー。それにしても……」

 

 人を食ったような表情で言った赤羽──カルマは殺せんせーに視線を向けると、楽しそうな表情を浮かべた。

 

「ホントにタコみたいじゃん。あれが例の殺せんせー?」

 

 そう言いながらカルマは俺達の横を通り殺せんせーの方へと歩み寄っていく。

 

「赤羽カルマ君ですね? 確か今日が停学明けだったと思いますが……」

「生活リズムが戻らなくて遅刻しちゃったよ。明日から気を付けるから取り敢えずよろしく先生。あ、それと俺の事は下の名前で呼んで良いよ」

 

 そう言ってカルマは右手で殺せんせーに握手を求めた。

 

「こちらこそよろしく。楽しい1年にして行きましょう。カルマ君」

 

 握手に応じた殺せんせーがカルマの手を掴んだ瞬間、信じられない事に殺せんせーの触手がスライムのように、ドロォ、と溶けた。

 恐らく手のひらに対先生ナイフを細かく切って貼り付けたのだろう。

 それに殺せんせーが気付くや否やカルマは左手の袖口から、シャッ、仕込みナイフを飛び出させて突き刺しにいったが、既に殺せんせーはカルマから距離を取っていた。

 その光景を目にしていた俺達は言葉を失う。

 何しろ殺せんせーにダメージを与えたのが初めてだからだ。

 

「……へぇー、ホントに速いし、ホントに対先生(この)ナイフ効くんだ」

 

 そう言いながらカルマは自分の手のひらを殺せんせーに向ける。

 

「細かく切った対先生ナイフを貼り付けただけの単純な『手』なのに、何で先生引っ掛かちゃったの? それにちょっと触手が1本溶けただけなのに、そこまで飛び退くなんてビビり過ぎじゃね?」

 

 カルマは触手を再生させる殺せんせーに向かって歩きながら言葉を紡ぐ。

 

「殺せないから『殺せんせー』だって聞いてたのに……もしかしてせんせーって大した事無くない?」

 

 そう挑発しながらカルマは殺せんせーの顔を下から覗き込むと、殺せんせーは怒っているのか全身をプルプルと震えさせてる。

 その様子を見ていたあかりが矢田に問い掛けた。

 

「矢田さん。カルマ君ってどんな人なの?」

「2年の時に暴力事件を起こして停学になったって事は知ってるけど、それ以上は知らないよ。同じクラスになったこと無いしね。でも、凛香ちゃんは去年同じクラスだったよね?」

「確かに同じクラスだったけど仲が良かったわけじゃないから、そこまで詳しく知らない」

 

 速水の言葉を聞きながら俺はカルマを見ると、左前腕に装着したレールから外したナイフを手の中で回しながら腕を振った。

 成る程、殺せんせーの触手を溶かした手段とあのナイフ捌きから考えると、騙し討ちと凶器の『基礎』は既に出来てるんだな。

 

 

 

 5時限目の体育が終わり、体操着から制服に着替えた俺達は6時限目の小テストを受けているのだが、いまいち集中出来ない。

 その理由は6時限目が始まった時から、ブニョンッ、ブニョンッ、と音を立てながら殺せんせーが壁を殴ってるからだ。

 ただ、触手が柔くて壁にダメージは少しも入ってない。

 それでも構わず殺せんせーが壁を殴り続けていると──

 

「もう! さっきからブニョンブニョンうるさい! 小テスト中なんだから静かにしてよ!」

「こ、これは失礼⁉」

 

 我慢の限界を迎えたらしい岡野に叱られてた。

 これで少しは静かになるかと思い小テストに集中して……3問ぐらい解いた辺りで──ドンッ!

 寺坂が机を殴る音が聞こえてきた。

 

「ちびってねーよ! ケンカ売ってんのかテメェ‼」

「コラそこ‼ テスト中に大きな音立てない‼」

 

 殺せんせー……叱るのは良いが、まずは自分の触手に言ってくれ。

 そんな事を思ってるとカルマが口を開いた。

 

「ゴメンゴメン殺せんせー、俺はもう小テスト終わったからさ。ジェラート食って静かにしてるよ」

「授業中にそんなものを食べてはいけません。全くどこで買って……って! それは先生が昨日イタリアに行って買ったやつじゃないですか⁉」

 

 お前のかよ‼

 そう思った時、ふと何らかの視線を感じて周囲を見渡すと、あかりが『私も食べたいなぁ』的な視線を俺に向けていた。

 成る程、後で買えって事ですね。

 野口さん1人しかサイフの中には居ないのにどうしよう?

 

「あ、ごめーん。教員室の冷蔵庫に冷やしてあったからさ」

 

 金が無いため、姉さんの会社が受注した依頼を受けないといけないな。と思っていた時、カルマがそんな事を言ってを殺せんせーに謝罪していた。

 それに対して殺せんせーは許す気が無いのか反論する。

 

「ごめんじゃ済みません‼ せっかく溶けないように寒い成層圏を飛んで運んできたのに‼」

「へー、そうなんだ……じゃあ、どーすんの? 殴る?」

 

 謝罪こそしたものの全く悪怯(わるび)らないカルマの態度に、殺せんせーは怒りながら近付いていく。

 

「殴りません‼ 残りを先生が舐めるだけです‼」

 

 な、なんて卑しい教師だ……

 そう思いながら怒ってカルマに近付いていく殺せんせーを眺めてると、突然殺せんせーの足に当たる触手が弾けるように溶けた。

 ああ、カルマのヤツ。対先生弾を床にバラ撒いてたのか。

 それに気付いた殺せんせーが床に視線を向けた瞬間。

 

「アッハッ‼ まァーた引っ掛かった!」

 

 考えた策に嵌まる殺せんせーを笑いながら、カルマはエアガンの銃口を向けて3連射した。

 それを殺せんせーはすんでのところで避ける。

 対先生弾を踏んだ触手以外無傷な殺せんせーを確認したカルマは、席を立ちながら口を開く。

 

「先に言っとくけど、俺は授業の邪魔とか関係無しに何度だって()()と言われるような手を使うよ。それが嫌なら……俺か俺の親、どっちでも殺せば良い……でもね」

 

 言いながらカルマは手に持っていたジェラートを殺せんせーの服に押し付ける。

 

「その瞬間から誰もアンタの事を先生とは見てくれず、人殺しのモンスターと成り果てる。そうなればアンタの中に存在する『先生』は……俺に殺された事になる」

 

 殺せんせーの中の『先生』を殺す……か。

 それも一種の暗殺だな。

 そう思っていると不意にカルマは殺せんせーにテストを提出した。

 

「はいテスト。多分全問正解」

 

 そう言ったカルマは帰宅するのか教室の扉に向かい開けたところで──

 

「明日も遊ぼうね~、『先生』」

 

 振り向いたカルマはそう言い残して帰っていった。

 それを見届けた俺はようやくテストに集中出来ると思い、視線をテストに向けて残りの問題を解いていった。

 

 

 

 6時限目の小テストが終わり、岡野と共に受けていた放課後の補習も終わったため、帰り支度をしていると窓枠に殺せんせーが移動していく事に気付いた。

 

「どっか行くのか?」

「カルマ君にジェラートをダメにされたのでね。イタリアまで買い直しに行くんです」

「また行くんだ……?」

「はい。そういうワケなので先生はもう行きます」

 

 そう言って殺せんせーは窓を開けると──ドンッ!

 空気が破裂したような音と共に殺せんせーはイタリアへと飛んでいった。

 その際、殺せんせーが生じさせた突風が教室内に吹き荒れた事で、俺達の髪や制服の裾を揺らす中、岡野のスカートが風を孕んで、ふわっ、と持ち上がり下着が(あらわ)になろうとした瞬間、岡野は慌ててスカートを、バッ、と両手で押さえた。

 スカートを押さえた岡野は頬を桜色に染めると、視線を俺に向けて恥ずかしそうに訊いてきた。

 

「見えた……?」

「見えてない」

 

 岡野の言葉に即答してやったが、まだ疑わしく思ってるのか、訝しい目を向けて再度問い掛けてきた。

 

「本当に?」

「本当だ」

 

 2度の問い掛けに俺が正直に答えたところ、岡野は俺の表情を見てウソは無いと判断したらしく、ホッと安堵してスカートから手を離した。

 すると岡野はカバンを手に取ると俺の方を向いて、小さくて可愛らしいピンクの唇を開いた。

 

「帰るよ。遠山」

「ああ、分かった」

 

 そうして教室を出た俺は岡野と並んで下駄箱に向かっていると、隣から不意に話し掛けられた。

 

「そういや最近、遠山って授業中に変な行動を起こさなくなったね」

「何だよ。変な行動って」

「やってたじゃん。授業中にいきなり銃抜いて構えたりとか?」

 

 岡野に言われて記憶を探ると、すぐに思い出した。

 あれだ。転校当初の俺はクラス内で聞こえた、かちんっ、という金属製の筆箱(カンペン)を閉める音や、シャカッ、という机と椅子が擦れる音、ピンッというマーカーのキャップを外す音など、ただの生活音がそれぞれ拳銃の撃鉄を起こす音、拳銃のコッキング音、手榴弾のピンを抜く(ピンリリース)音に聞こえてしまい、何度も反射的に体が動いてしまった事がある。

 岡野が言ってるのはその時の事だ。俺の事情を知らない人間からすると俺の行動は変な行動に見えるだろう。

 

「あー、あれはもう慣れた」

「慣れた……って、どういうこと?」

「あの頃は生活音全てが銃火器に関連した音に聞こえてたんだが、何日も通ってる内に生活音に慣れたって意味だよ」

「成る程。それにしても生活音が銃火器に関連した音に聞こえるって、もはや職業病だね」

 

 岡野の言葉に俺は納得する。

 もし俺が何らかの理由で武偵を辞めざるを得ない状況に陥った時、一般社会に順応していくのは難しいだろうな。

 そんな事を思いながら下駄箱で靴に履き替え、正面玄関から外に出た時。

 

「2人共、補習お疲れ様」

 

 そんな声が聞こえて視線を向けると、補習があって教えられないから自主的に射撃練習をしていた速水がいた。その後ろには速水に付き合って射撃練習をしていたあかりと矢田もいる。

 それに気付いた俺は下校するため下山しながら速水に問い掛ける。

 

「よく補習が終わったって分かったな」

「殺せんせーが教室から飛び去っていくのが見えたからね」

「ああ、そういうことか。で、射撃の方はどうなんだ?」

「止まった的は外さなくなったかな」

「じゃあ、次は動く的だな」

「うん」

 

 力強く頷いた速水を見たあと、あかりと矢田に視線を向ける。

 

「そっちの2人はどうなんだ。射撃の方」

 

 あかりには本来聞かなくても良い事なんだが、正体を隠して潜入してる手前聞いておかないとダメだからな。

 

「凛香ちゃんほどではないけど、私もカエデちゃんも上達してきたよ。ね? カエデちゃん」

「うん。10発中1発ぐらいしか外さなくなったからね。もう少ししたら速水さんみたいに百発百中になるよ」

 

 あかりから矢田の上達具合を聞いて驚いていると、岡野が溜息混じりに口を開いた。

 

「矢田っちも茅野っちも射撃が上手くて良いなぁ……」

「4月なんだし、そう悲観する事ないと思うよ。ひなたちゃん」

「そうは言ってもさぁ。もうすぐ4月が終わって5月になるんだよ。射撃練習を始めてから約1ヶ月経つのに全然狙った的に当たらないし」

 

 そういや岡野の射撃成功率(シュートリザルド)は10%以下だったな。

 

「ねぇ遠山、どうしたら良いと思う?」

「拳銃が当たらないなら別の武器(エモノ)を極めれば良い。例えばナイフだ。今日の体育を見てて接近戦が良さそうだったしな」

「体を動かすのは好きだからね。でも、中距離の武器が有るのと無いのじゃ有る方が良くない?」

「確かにその2つなら有った方が良いな」

「でしょ⁉ でも私が拳銃を撃ったってそんなに当たらないし……ホントにどうしよう?」

「じゃあもう、数撃ちゃ当たる戦術で明日の昼休みに短機関銃(サブマシンガン)を撃ってみるか?」

 

 俺がそう言ってみると岡野は少し考えたあと答えた。

 

「……そうだね。やってみる」

 

 そんな会話を繰り広げてると本校舎へと辿り着いた。

 本来なら自転車通学の岡野は自転車置場に向かうハズだが、今日はそのまま俺達に付いてくる。

 ちなみに矢田と速水の家は椚ハイムがある方向と同じだ。

 

「あれ? 岡野さんって自転車通学なのに私達に付いてきて良いの」

「自転車がパンクしてたから今朝は徒歩で来たんだ。それよりも今日は復学早々赤羽が殺せんせーの触手を破壊して驚いた」

 

 岡野の言葉に速水が応じる。

 

「そうね。殺せんせーの初ダメージだもん」

「私は遠山君が殺せんせーに初ダメージを与えると思ってたから少し残念なんだ」

「そう言うなよ矢田、俺には俺の速度があるんだ。それに(ことわざ)にも急いては事を仕損じるってあるしな」

「そうだよ。それに渚が調べた殺せんせーの弱点だって弱点と呼べるような弱点じゃないし……確かその1が『カッコつけるとボロが出る』でその2が『テンパるのが意外と早い』、その3が『器が小さい』、その4が今日判明したばかりの『パンチがヤワい』だよ。これのどこが弱点なの⁉」

 

 そう言ってあかりは憤慨した。

 確かにどれもこれもお世辞には弱点とは言えないものばかりだ。

 強いて言えば『テンパるのが意外と早い』が1番弱点らしい弱点と言える。

 何しろこれだけは考え方の視点を変えると、殺せんせーは環境の変化に弱いって事になるからな。他の弱点は視点を変えても弱点になりそうに無いが。

 そんな事を考えながら家路を辿っていると、矢田が呟いた。

 

「そういえば赤羽君が帰る時に言ってたけど、卑怯な手を使い続けるんだよね? 大丈夫かな」

「矢田、その大丈夫ってのは赤羽に対して? それとも殺せんせーに対して?」

「どっちもかな。遠山君はどう思う」

「大丈夫だろ。殺せんせーは生徒に危害を加えないって契約を政府と結んでるし、カルマの方だって今日の件で殺せんせーからはガチ警戒されてる。そんな状態でカルマがどんな暗殺を仕掛けようが通用しない。逆に手入れされて終わりだ」

 

 この言葉通り、翌日カルマはありとあらゆる手を尽くして様々な方法で殺せんせーを殺そうとしたが、それらは全て失敗に終わるのであった。

 

 

 




カルマが初登場の話なのに後半全く出番無し。
それどころかカルマの暗殺はダイジェスト化(正直書いても原作通りでキンジがいる意味が無かったから、その辺は残念ながらカットです)


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13弾 帰宅の時間

サブタイで分かると思いますが、しばらくお休みしていたあの人がイギリスから帰国してきました。

1/3
文章を一部添削。


「ありがとうございましたー」

 

 4月末日の学校帰り、立ち寄っていたコンビニを後にした途端、先程買ったばかりのグミを袋の中から取り出したあかりは、様々な果物の写真がプリントされたパッケージを開けて一粒頬張った。

 美味しそうな表情を浮かべてグミを味わうあかりを眺めていると──

 

「ん? キーちゃんも欲しいの?」

 

 そうあかりが聞いてきた。

 

「要ら……」

 

 ない。と言葉を続けようとしたが、あかりは俺が喋るため口を開いた瞬間を狙って、ポイッ、と口の中へグレープ味のグミを放り込んできた。

 

「美味しい?」

「まあまあ」

「そっか。で、別にグミが食べたいわけじゃないんでしょ?」

「分かってたなら食わすなよ」

「ゴメンゴメン、で、なんで私を見てたの?」

「あかりを見てたわけじゃなく、グミを見てたんだ」

「グミ?」

「ああ、それを見てるとこの前の理科を思い出してな」

「この前の理科……? ああ! あれか! 着色料を取り出す実験と偽って私達にお菓子を持ってこさせて、その実験が終了したと同時に私達からお菓子を奪った日の事だね」

「正確にはその翌日の事なんだが……さっきの偽ってとか奪ってとか他に言い方無かったのか」

「だって本当の事じゃん。地球を壊す生物が給料で生活するな……で、翌日の事って言うとはぐれ殺せんせー事件?」

 

 その言葉に俺は頷く。

 はぐれ殺せんせー事件とは、奥田が殺せんせーを毒殺するところから始まる。

 始まると言っても別に奥田が殺せんせーに毒を飲ませたワケじゃなく、奥田が『毒です。飲んでください』と殺せんせーに言ったところ、殺せんせー自らが毒を飲んだのだが……まあ、この辺はどうでも良いから割愛する。

 要するに毒を自作した奥田の腕を見込んで、殺せんせーは奥田に理論上1番効果のある毒を作ってこいと宿題を出した。

 で、それを作った奥田は殺せんせーに渡して飲んでもらったのだが、実はその毒は殺せんせーの細胞を活性化させて流動性を増す薬だったため、殺せんせーの身体は液状に溶けてしまったのだ。スピードはそのままでな。

 つまり、その状態の殺せんせーを俺達はドラクエシリーズに登場するモンスター・はぐれメタルから名前の一部を取ってはぐれ殺せんせーと称したのだ。

 

「あれは……大変だったね」

 

 その時を思い出したあかりは苦笑いを浮かべる。

 

「今でこそ殺せんせーの身体は元に戻ってるが、正直殺せんせーがずっとあのままだとしたらどうしてた?」

「奥田さんをボコってた。ただでさえハードモードなのに更に難易度を上げるなって話だよ」

 

 確かにその通りだな。

 殺せないから殺せんせーなのに難易度が上がるのはヤメて欲しい。

 

「それよりキーちゃん。さっきコンビニで缶コーヒーとレジ横の保温庫に入ってたチキンしか買ってなかったけど、もしかしてサイフの中にお金無いの?」

「いや、この前の休日に姉さんの会社から迷子の猫探しの依頼を受けたから5万はあるぞ」

「そうなんだ……って、あれ? 猫探しで5万も貰えるの?」

「迷子になった猫が三毛猫のオスだからな」

「ああ、そういうこと。三毛猫のオスって数が少ないからね。自然と依頼料も高額になっちゃうんだ。でも、キーちゃんがそんな依頼を受けてたなんて私知らないよ」

「そりゃそうだ。何しろお前は倉橋と矢田の2人とスイーツ店巡りしてたからな」

「あの日か。そりゃ知らなくて当然だ。てかキーちゃん、スイーツじゃなくてスウィーツね。英語の綴りだって……」

 

 そんなあかりの言葉聞きながら、俺は迷子の猫を探してた日の事を思い出す。

 あかりが出掛けた後、俺も猫を探すために椚ハイムを出て椚ヶ丘市内を歩いていた時、偶然速水と会って一緒に猫を探す事になったんだよな。

 ちなみにその事はあかりに話していない。何しろ昔から俺が女子と居るとなぜかあかりのヤツ不機嫌になるし。

 そんな事を考えてると──

 

「ちょっとキーちゃん。折角英語を教えてるのにちゃんと聞いてるの」

「聞いてるって」

「じゃあスウィーツの綴りを言ってみてよ」

「S・W・E・E・T・S……だろ?」

「む、正解。分かってるなら次からは気を付けてよね」

「分かったよ」

 

 とは言ったものの正直スウィーツでもスイーツでも、意味が伝わればどっちでも良いと思うが。

 そう考えながら、帰り着いた椚ハイムの共有玄関をテンキーに暗証番号を入力して開け、豪奢なエントランスに入り、最上階直通のエレベーターに乗って20階まで昇る。

 エレベーターが20階に着くと、俺とあかりは2001号室に向かった。

 そしてその玄関の鍵を開け、扉を開いた瞬間。

 

「キ・ン・ジーっ!」

 

 俺達を出迎えたのは、外着用の黒いキャミソールにレース生地でセクシーな黒いショーツ姿で、満面の笑みを浮かべて両腕を広げた──

 

「ね、姉さんッ⁉」

 

 4月の頭に武偵庁からの依頼でイギリスに向かった、スラブ系金髪碧眼の美女・遠山イリーナだった。

 扉を開けた俺を姉さんはその豊満な胸に抱き寄せると……

 

「ああ、1ヶ月ぶりのキンジ……私の可愛い弟……」

 

 そう言いながら何度も何度も俺の頭を撫でてくる。

 一方、頭を撫でられてる俺の顔面には、姉さんの原子力空母級のたわわな胸が密着してる。そのお陰でイランイランの花のようなエキゾチックで甘い芳醇な香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 なんて良いニオイなんだ、姉さんは。

 あかり、速水、矢田の3人も良いニオイなんだが、姉さんの熟れた感じの甘い香りにはまだ敵わない。

 その芳醇な香りと豊満な胸の感触に俺は──ドクッ!

 体の中心・中央にヒステリア性の血流が集まってくる。

 その時──ビキビキィ!

 心臓の脈動と共に体の芯に集まっていた血流が、そんな不穏な音を聞き取った瞬間ピタッと一瞬だけ止まる。

 性的興奮を契機に発現するヒステリアモードは、電気のスイッチみたいにオン・オフがカチッと切り替わるものでなく、じわじわと心身が変化してくるものであり、その変化の途中に何らかの横槍が入ると、『メザ・ヒステリア(命名・俺)』というヒステリアモードが甘くかかった『(メザ)ヒス』モード状態となり──短時間、やや能力が向上する。

 で、その甘ヒス状態の俺は姉さんと示し合わせたように、バッ、と同時に離れた瞬間。

 

「何やってんだゴルァーッ‼」

 

 決して女の子が上げちゃいけないタイプの声を巻き舌気味に発したあかりは、額と首筋に『K』と『I』の字形の血管を浮かび上がらせた状態で、先程まで俺と姉さんが密着していた場所に向かって──ブオンッ‼

 拳が巻き起こす風で前髪が揺れるほどのアッパーを放ってきた。

 

(あっぶねぇッ‼)

 

 あのアッパー、骨を砕きかねん勢いだったぞ。

 そんなアッパーを俺と共に躱した姉さんは、不貞腐れたような表情であかりに言った。

 

「ちょっと、姉弟のスキンシップの邪魔をしないでくれる? って、あら? 髪の色染めちゃったの? あかり」

「わざとらしく話を逸らすな⁉」

「気になったから聞いただけじゃないの。で、なんでスキンシップの邪魔をしたのよ」

「当たり前でしょ。いくら姉弟とはいえ異性なんだから過度な接触はダメ!」

「別に良いじゃない。遠山家(うち)じゃこれぐらいのスキンシップ普通なんだから」

「ウソつけ! そんなにベタベタしてたのリナ姉だけじゃん! それもキーちゃん限定で!」

 

 そうなのだ。

 昔から姉さんは俺に対してだけスキンシップが激しかったのである。

 言葉が通じなかった頃からハグは日常的にされてたし、言葉を覚えて意思の疎通が図れるようになってからは、「キンジが大きくなったら私がお嫁さんになってあげる」とか言い出して、言葉が通じなかった頃以上にベタベタしてきた。

 学校が休みの日なんかどこに行くにも常に一緒で1日中俺を抱き締めてたし、学校がある日は帰宅早々抱き着かれてたなぁ。

 その頃の事を思い出していると、あかりが姉さんに物申した。

 

「てかリナ姉! いつまでもショーツを見せてないでスカートかなんか穿いてよ⁉」

「えー、別に良いじゃない。キンジには見られても平気だし」

「リナ姉は良くてもキーちゃんが困るの!」

 

 姉さんの言葉に吠えたあかりはカバンに手を突っ込んで、マットブラックのベレッタ90-Towを取り出すと姉さんに向けた。

 その瞬間──

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ⁉」

 

 明らかに防御力の低い姉さんは慌てた感じで寝室に飛び込んだが、すぐに顔を覗かせると口を開いた。

 

「言うのが遅れたけど、ただいま」

 

 その言葉に怒気を霧散させて頭を抱えたあかりと、呆れた感じで頭を左右に振った俺は口を開く。

 

「本当に言うのが遅いよ。姉さん」

「全くね」

「悪かったわね。で、私はさっきただいまって言ったんだけど……その返事は?」

 

 姉さんの言葉に溜息を漏らしながら答える。

 

「「おかえり」」

 

 俺とあかりが同時に言うと姉さんは笑顔を浮かべて、覗かせていた顔を引っ込めた。その様子にもう一度俺達は溜息を漏らした。

 

 

 

 一旦、自室に向かった俺はブレザーを脱いだワイシャツ姿で、最近全く撃ってないマットシルバーのベレッタM92Fの整備を、リビングのソファに腰掛けてしていると、リビング・ダイニングの扉を開けて2人の女が入ってきた。

 もちろん附属中の防弾セーラー服を着たあかりと、先程の恰好にショートパンツを穿いただけの姉さんだ。

 相変わらず姉さんの恰好は露出が激しい、だがあれくらいは我慢しよう。

 その姉さんはキッチンへ向かったが、あかりはコンビニで買ったパックのいちごオレを手に俺の左隣へと腰掛けてきた。

 

「……なぁ、なんでわざわざそこ()に座るんだ?」

「どこに座ろうが私の勝手でしょ」

「まあ、そうなんだが……それにしても最近よく着てるな。附属中のセーラー服」

「動きやすい上に可愛いから最近私服にしてるんだ。それにキーちゃんはこの恰好の私の方が見慣れてるでしょ?」

「……まあな」

 

 あかりから視線を逸らして答えた俺は、分解したベレッタの部品を一つ一つ状態を確かめながら点検していると、俺の右隣に冷蔵庫から取り出した缶ビールを手に姉さんが腰掛けた。

 それに対して俺は何も言わない。

 もう一度論破されるのがオチだからな。

 そう思いながらベレッタの整備を続けていると、いちごオレを開けていたあかりが、缶ビールをカシュッと鳴らして開けた姉さんに問い掛けた。

 

「そういえばリナ姉が日本に居るってことは任務は達成出来たの?」

「当然でしょ。どんな事件だったかは守秘義務があって詳しくは言えないけどね」

 

 そう答えた姉さんはビールを一口煽ると、思い出したようにピンク色の唇を開いた。

 

「あ、そうそう。忘れる前に言っとくけど明日から私も英語教師として椚ヶ丘中学校に通うからね」

「そうか」

「ふーん」

 

 素っ気ない態度で答えた俺とあかりだが、数秒経って言葉の意味を理解した途端、慌てて姉さんに視線を向ける。 

 

「姉さん! さっき何て言ったんだ⁉」

「だから明日から私も椚ヶ丘中学に通うって言ったのよ」

「なんでリナ姉が椚ヶ丘中に通うの⁉」

「それはね。今日の昼頃日本に帰国した私が武偵庁に任務達成のメールを送信すると、新しい依頼を受けて貰いたいから武偵庁に来るようにって返信が届いたから、行ってみると椚ヶ丘中学3年E組の担任を務める……」

「殺せんせー、もとい、超破壊生物の暗殺依頼を頼まれたわけか」

「ええ」

 

 武偵庁がなぜ姉さんに依頼したのか分かる。

 色仕掛け(ハニートラップ)の技術に於いて、世界一と呼び声の高い姉さんが武偵法9条の枷がある日本の武偵じゃなく、もし殺人が禁止されてない他国の武偵や暗殺者だった場合、色仕掛けを駆使した名うての殺し屋(スイーパー)になってただろう。

 そんなもしもを考えていた俺がふと気付けば、姉さんの顔を見ながら自然と口を衝いて言葉が出てきた。

 

「姉さんが本当に俺の姉さんで良かったよ」

 

 言った瞬間気付いた。

 何、俺は恥ずかしい事を口走ってんだ!

 慌てて言い訳しようとして姉さんに視線を向けると、当の姉さんは感激した様子で藍玉色(アクアマリン)の瞳を潤ませて──

 

「私もキンジが弟で本当に良かったわ!」

 

 そう言って両腕を広げた姉さんは再び俺を抱き締めようとしてきたが……

 

「させるか!」

 

 叫んだあかりは姉さんが広げた両腕の手を掴むと、手押し相撲のような体勢で姉さんを押し退けていく。

 あかりに押し退けられた姉さんは当然俺に抱き着けなかったため、不貞腐れたような表情で頬を、ぷく、と膨らませた。

 

感激した(こういう)時ぐらい抱き着いても良いでしょ?」

「さっき抱き着いてたからダメ! ていうか英語教師として学校に来るって言ってたけど、リナ姉って教員免許持ってたっけ?」

「武偵教育士の資格なら持ってるわよ」

 

 武偵教育士とは()()()()()に於いては教員免許に匹敵する資格の事だ。一般校では何の役にも立たないけどな。

 

「リナ姉、椚ヶ丘中学は一般校だから、その資格を持ってても意味無いよ」

「その意味の無い資格でも、無いよりかは有る方がいくらかマシでしょ?」

「確かにそうだけど……」

 

 姉さんの言葉にあかりは一応納得した様子だ。

 

「そんなわけで明日からよろしくね! それはそうと3年E組の生徒の事とか標的(ターゲット)の弱点とか知ってたら教えてくれる?」

「調べて無いのかよ」

「簡単な資料なら武偵庁から貰ったけど、この資料じゃ細かい部分は分からないのよ」

「そういう事だったら教えても良いけど……」

 

 そう言ってあかりは窓に視線を向けると、夕陽に染まって暮れ始めた街を眺めながら言葉を続ける。

 

「まずは夕飯を食べる方が先かな」

 

 それから久しぶりに姉さんの手料理を食べた俺とあかりは、夜が更けるまでE組の事を分かる範囲で教えたのである。

 

 

 




アンケート結果を発表。
問①のE組の生徒に実銃を持たせるかですが、全員じゃなく一部の生徒にだけ持たせます。(奥田とか持ってても撃てないしね)
問②のイリーナをヒロイン入りさせるかですが、将来的には分かりませんが現時点ではヒロイン入り決定!
問③の18禁小説は、作者の気分次第。
問④のヒロイン要望ですが、11弾や12弾を読めば分かりますが岡野をヒロインするか悩んでおります。


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