まん丸お山に儚さを (『シュウヤ』)
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まん丸お山に儚さを
「ねえ、薫さん」
「おや? 彩じゃないか。先日の舞台ではお世話になったね。素晴らしい裏方の仕事っぷりだったよ。おかげで、私も最高の演技ができた」
「えへへ、ありがと」
「それで、私に何か用事かい?」
「うん、薫さんに訊きたい事があって」
「私に? お安い御用さ。答えられる事なら、何でも答えようじゃないか。──しかし、裏方の知識は少々疎くてね。あまり期待に応えられないかもしれないよ」
「あ、それは大丈夫。困ったら麻弥ちゃんがいるから!」
「おや、ふふ、そうだったね。私とした事が、余計な気を遣ってしまったね」
「それで、訊きたい事なんだけど」
「今回の演劇に関する事かい?」
「……薫さん、変な所で鋭いね。まあ、半分は正解かな。──あのね、薫さんって普段どんな事意識してるの?」
「普段、とは?」
「薫さん、いつも芝居掛かった口調でしょ? それが素なんだろうけど……。何か意識してる事ってあるのかな〜、って気になって」
「そうだね……私もこの話し方が癖になってしまっているから、特別何かを意識している訳ではないよ」
「そっかぁ……やっぱりそうだよね」
「それを知って、どうするつもりだったんだい?」
「えっと……そしたら、少しは薫さんの出すオーラに近づけるかな〜って」
「私のオーラ?」
「薫さん、存在感凄いもん。ほら、私だって、一応芸能人でしょ? 最近は結構、テレビにも出てるし」
「そうだね。ステージでの彩は、とても輝いていたよ。いつ見ても、その輝きは陰る気配が無い。あぁ……! やはり儚いね」
「儚い……のかな? ──で、でも、私って全然そんな感じしないでしょ? 芸能人っぽくないっていうか……。千聖ちゃんとかは、街を歩くだけですれ違った人が振り返ったりするのに……」
「確かに、千聖の儚さは昔と比べても増す一方だね。そんな彼女が、また儚い……」
「薫さんも、人気凄いでしょ? 少し前だって、ファンに囲まれてたし……私は、全然気付かれなかったけど」
「ふむ。つまり彩は、より多くのファンの目に自分を映してあげたいという訳か……」
「え? それは、ちょっと違うような……」
「ああ! なんて儚く健気な考えなんだ! 現状に満足する事なく、さらなる高みを目指し私に助力を求めていたとは……! すまない、彩。私の理解不足だったよ」
「自己完結しちゃった……。私のどうでもいい悩みが昇華されて、逆に複雑かも……」
「私はいたく感動したよ。微力ながら、彩の魅力がより多くの人に届くよう、力を貸そうじゃないか」
「ホント⁉︎ やったぁ、薫さんなら百人力だよ!」
「薫さん、ファンの人への対応が凄い丁寧だよね。何か心掛けてる事とかあるの?」
「そうだね、まず第一に、全員に視線を送る事だね」
「ふむふむ……」
「恥ずかしがり屋な子猫ちゃんも多いからね。そんな人を見逃してしまっては、不公平だろう?」
「なるほど……全体を見るって事か……。私、ついつい視野が狭くなっちゃうからなぁ……。見習わないと」
「それから、状況を常に把握しておく事だね。恥ずかしがり屋な子猫ちゃんがいるように、積極的な子猫ちゃんもまた多い。強い個性と個性が出会うと、時に衝突を生んでしまうからね。そうならないように、私が声をかけてあげるのさ」
「な、なるほど……。全体を見つつ、同時に詳細を把握しなくちゃいけないのか……。結構大変そう……」
「そんな事ないさ。難しく考える必要は無い。些細な変化や違和感を感じ取ればいいのさ」
「う……それ苦手なんだよね……。私にできるかな」
「彩が努力家なのは、みんな知っているさ。絶対にできるようになるよ。──だが、挑戦したては誰だって上手くいかないもの……迷惑をかけてしまうかもしれないと思っているのだろう?」
「うっ…………その通りです」
「彩は優しいね。その優しさが伝われば大丈夫なものだが……。本人が気にして遠慮してしまっては、練習にならない。そうだね、まずは、メンバー相手に練習してみてはどうだろうか」
「メンバー相手に?」
「ああ、気心知れたメンバーなら、彩の挑戦も受け入れてくれるだろう」
「そっか……そうだよ! ありがとう薫さん! 今度のレッスンの時に試してみるね!」
「ああ、吉報を期待しているよ」
「──千聖ちゃん、今の演奏、すっごく儚かったね!」
「…………」
「今日の気分は、儚さ満点!」
「…………」
「麻弥ちゃん、今のセリフ儚かったね!」
「…………」
「──やあ千聖。君から電話してくるなんて珍しいね。これは、まさに運命──」
『私の仲間に、余計な事吹き込まないでくれるかしら』
「何の話だい?」
『伝える事は伝えたから』
「待ってくれ千聖。せっかくの機会だ。存分に語り明かそうじゃな──」
『それじゃ』
「…………」
「やはり……儚いね」
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