フレンダ=セイヴェルン生存記 (大牟田蓮斗)
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セイヴェルン、生存
(ああッ!! クソッ!! こんなところで死ねないって訳よ!!!)
只管に細い路地を駆ける。あいつの声が聞こえてくる。嫌だ、死にたくない。まだ、死ねない。
脳裏に浮かぶのは下らないこと。アジトに置いてきた私物のこと。大好きな鯖缶が余ってたこと。一緒にご飯を食べる約束をした友達のこと。世界中の友達のこと。皆へのプレゼントのこと。大切な妹のこと。
このまま逃げたところで助かる可能性は殆ど無い。向こうには滝壺がいる。能力を使われたら太陽系内では彼女から逃れられない。
(なら、どうすればいい!?)
その一、完全に裏切って殺しにいく。結果、返り討ち。ぶっちゃけ今の手負いの状況じゃ下手すれば浜面にも負けかねない。
その二、土下座して謝る。結果、
(大体、私が喋っちゃうなんていつも通りって訳よ! 情報漏らされたくらいで負けて八つ当たりってざっけんな!!)
いつもあれだけ自分の能力を評価しているのだから逆境くらい跳ね返しやがれ! などと思っても状況は改善しない訳で。
(……あーあ。こんなこと言ってても、帰りたいな……。結局、情が移っちゃってたって訳)
帰るにしても、取り敢えずは今を乗り切らなければならない。時間を置いたら命は助かってる訳だし、許してくれる、……筈。
カツッと音を立てて足を止める。
目の前には壁。
(しくったッッ!!)
慌てて旋回するも、其処には笑みを浮かべた超能力者。その笑みは獲物を追い詰めた肉食獣のようで、実際、
「 」
何か言われたみたいだが、頭が真っ白で言語を理解してない。
強がって震えながら口角を上げる。
捕食者の笑みが止まる。一瞬後、爆発した。
「死ッねェェェェェェェェェエエエエ!!!!!」
なんとも直接的なことで。オブラートに包んだとしても滲み出る殺意。当てられてペタリと座り込む。……フリをする。今更殺意程度で腰を抜かす筈もない。しかし、超能力者は相手を見下している。演技に気付きはしないだろう。
チャンスは一瞬。能力を使われる瞬間だけ。
分の悪い賭け。でも、出来ると信じるしかない。
右手に光を溜める報復者。右手を振り上げ、横薙ぎに振るった。視界が光で埋まる。能力を発動させた―――。
▽ ▽ ▽
目を、開く。意識は、ある。胴体は、……繋がっている。
「っふぅぅ。―――ぅぐっ!?」
大きく息を吐く。安堵すると同時に痛みが生まれ声が出る。
恐る恐る脇腹に視線を向ける。
右側、いつも通りだ。
左側、…ゴッソリと肉が失くなっていた。
麦野が右腕で薙いだからだろう。少し間に合わなかったか。いや、手応えを感じさせられたと思えば脇腹程度安い買い物か? ……この痛みからすれば割が良かったとしても、安かったとは思えない。
血管だったりは焼き固められているから幸い出血多量ということはないだろう。肉が見えているのは中々にグロテスクなものだが、見慣れてはいるため動揺は少ない。
さて、どうするべきか。
ここは私の倉庫。アイテムの皆に場所を伝えている訳ではないけれど、物資の流れからこの場所を見つけることはできる。ならば、長いことここに留まるのは仕掛けがバレていた場合致命的だ。
取り敢えずは体力をある程度回復させなくては、と能力を使おうとして余りの激痛に悶絶する。
「~~~~~~~~ッッ!!!」
ちょっと無理し過ぎたかな……。
私は意識を無くしていた。
「ハッ!」
目覚めると同時に手元に服を呼び出そうとして、少し慣れた激痛に顔をしかめ、現状を思い出す。ここまで約一秒。
大の字になって状況を整理する。
「まず、私は能力を使って無事に麦野から逃げ延びれた」
「逃げる直前に麦野に能力を使われて、負傷している」
「怪我の状況的にこのまま放置すれば死ぬ」
「ただ、死ぬまでに時間はあるだろうし、ちゃんと治療を受ければ学園都市の技術なら五体満足に戻れる可能性はある」
「脇腹が無くてバランスが取れないから、立って移動するのは厳しい。能力も使えないから、動かなければ怪我の前に脱水症状で死ぬ」
「……こんなときは結局友達を頼るしかないって訳よ」
やはり持つべきものは(お願いを聞いてくれる)友達だ。
私はいつものように携帯端末を取ろうとして、取れなくて、そして、ふとあの暗部組織に没収されていたことを思い出した。
「あー……。終わった、かな」
自分は意外と諦めは早い方だったのかもしれない。いや、こんなところまで生き延びたのだから生き汚くはあるか。
「はは、は」
口から漏れるのは乾いた笑いだけ。脳に溢れるのは痛みと喪失の情報だけ。打開策など、どこにも……。
ウィーーン。
「あった!」
今のは自動清掃機械の音だ。この倉庫には基本的に普段使っている火薬やら爆弾やらを保管している。同じような倉庫は各学区に一つずつ程ある。当然、そんな数を一人で管理できる筈もないし、人に任せることもできないしで機械化したのだった。
「っし!」
「ふっ!」
「ほっ!」
暫く(丸一日)かけて這いずって移動を続けた。腹? 無論痛い。これ放置したら感染症で死ぬ気がする。食? 取ってる訳がない。空腹は常に感じ続ければ慣れる。それよりも水の無い渇きが酷い。因みに糞尿は垂れ流した上に、そこを這っているので正直乙女としては死んだ方がましだ。死ぬのは嫌だから乙女であることを捨てたが。
這う。痛くて悶える。飢えて吐き気がする。這う。転がる。吐く。胃液が無くて吐けなかった。水分も固形物もなくなった。これで乙女心をこれ以上捨てなくて済む。痛い。呻く。丸まる。痛い。唸りを噛み殺す。
結局動いたのは五メートル。でも、それで十分だった。
床がなくなる。そして今まで自分がいた高さから落ちる。自分が倉庫内のどこにいるかなんて考えずとも分かる。ならばこの高さは落ちても問題ない。―――平常なら。
「ぐっぎぎぎぎぎぎがああああああ!!!!!!!!」
噛み殺せなかった痛みが口から飛び出る。同時に胃液と唾(別の何かかもしれない、とりあえず水分)を吐き出す。まだ水分が血以外に残っていたのだな。
ゴロゴロと痛みを堪える為に転がり、痛みを感じ、でも止まっていられる程に落ち着けず、増幅した痛み、それが揺り返す前に新たな痛みが襲いかかってくる。
痛い痛い痛い。痛い。痛覚がなぜ生きているのだろうか。人は危険を知る為に痛みを知る。ならば私にはもう痛みは必要ない。既に危険など踏み越えたのだから。なぜ、なぜ痛みが残っているのだ!
痛みが私を気絶から目覚めさせた。
もう、痛みと気絶の揺り返しは嫌だ。嫌だ厭だいやだ。でも、死にたくないぃぃぃ!!!
「ごふぅっ!!?」
腹に冷たい感触。右脇腹で助かった。そしてその冷たさである程度意識を持ち直した。
『ピ、ピピ』
私の腹にダイレクトアタックをかましたものは、この倉庫の管理システムの一端、清掃兼整頓ロボットだ。因みに数十万する。これのためにどれだけのボーナスを溶かしたことか。
それでもその性能は確かだ。学園都市製のそれは自動プログラムによって倉庫内を常に同じ状態に保つ。在庫が減った際は自動発注までしてくれる(代金は私の口座から月末に引き落とされる)。まだ月を越えてはいないから倉庫内の在庫が減って発注されても生存はバレない。
そしてこのロボットは無線操作や起動時のプログラム以外にも直接操作ができるものだ。私を異常物として排除しようと、ロボットが出したマニピュレータに私は掴まる。そして持ち上げられたタイミングで、体を捩じって金属腕を振り払ってロボットの上に乗る。痛い痛い痛い痛い。でも、気にしない! これを逃せば私に次のチャンスは巡ってこないかもしれない。
ロボット上部の操作パネルに右手を押し付ける。掌紋認識が行われ、私にロボットの操作権限が付与されてロボットが待機状態に移行する。私は一つ目の難題をクリアして息を吐いた。
「ぐぬうううううううぬぬぬぬぬ!!!!!!」
思い出したようにぶり返す痛み。もう嫌だ。でも、あとちょっと。あと、ちょっと……。
操作パネルの上で指を躍らせてロボットを壁際へと寄せる。壁際にあるもの、それは……電話だ。
「xxx-xxxx-xxx」
音声認識で電話を掛ける。ロボットの操作は根性で行ったが、このぼやけた視界ではまともにテンキーすら押せない。それに電話は立った状態で丁度良い高さに設置されている。いくらロボットに乗っていても手が届かなかった。
電話の先はとある医師。私自身が掛かったことはないのだけれど、ちょっとヤバいことをしている友人のかかりつけ医だ。なんでも腕は確かで、闇医者でもなく、患者の事情は素知らぬ振りで機密保護が厳重らしい。本当にそんな医者が存在するのかは定かではないが、頼れるものはたとえ都市伝説でも頼ってしまおう。
そんな一心で掛けた電話は確かに繋がった。
『はい、もしもし?』
「あんたが、医者って訳……?」
『ああ。確かに僕は医者だが、急患かい?』
「そう、って訳よ。……場所は第七学区の―――」
倉庫の具体的な場所を伝える。もしやすれば最期の賭けなのだ。出し惜しみはできない。
『うん、分かった。すぐに迎えに行こう』
「―――あんたが来るって訳……?」
『ああ。君も何か事情があるのだろう? 僕なりのデリカシーさ』
あの噂は事実かもしれない。
さて、ひとまず電話は終え、もう一度ロボットを操作する。そして倉庫の唯一の出入口、搬入口へと向かう。
この倉庫、特別製であり人間用の出入口は存在しない。外に荷物を置き、それを中からこのロボットがマニピュレータで受け取る。その為の搬入口があるのみだ。
その搬入口まで向かう。このロボット、少しでも高いものを購入しておいて良かった。スムーズな動きは揺れが殆どない。脇腹に優しい駆動をしてくれる。
搬入口までやってくる。このロボットがここから外に出ることは不可能だ。搬入口はこのロボットがギリギリ通らない。だが、私なら。身体を縮めれば通る程の隙間はある。
「ゴクッ」
唾を飲む。これからのやる行動に付属する痛みはよく分かる。だが、やるしかないのだ!
「根性決めろッ! フレンダ=セイヴェルン!」
自らに発破をかけ、ロボットに最後の指示を出す。その指示は、ロボットの真上に乗った荷物を外に出すこと。
マニピュレータが私を掴む。脇腹を遠慮なく掴まれ頭に星が散る。
「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
頭と脚を持たれ、搬入口を通るように丸められる。脇腹が歪み、最早声にならない空気だけが漏れる。
「クハッ」
そのまま搬入口へと叩きつけられるように投げ込まれる。搬入口の角で額を切った。
「ツッ!」
倉庫ではない地面に全身を叩き付ける。痛みが叫びとなって口から飛び出そうともがくが、ここは外。防音のされていた倉庫内とは違う。少しでも周りの注意を引く行為はできない。
根性? 精神力? 意地? 何でもいい。私は口を堅く閉じ、飛び出しかけた叫びを体内に戻す。痛みの具現である叫びが体内を駆けずり回り、全身の痛覚神経を刺激する。
なぜ口を閉じているのだったのだろうか。なぜこんなに痛いのだろうか。いや、そもそも痛みとは何だったか。
私の意識は闇に落ちた。
つづく、かは知らない。取り敢えずむぎのんから逃げれたから目標は達成。
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セイヴェルン、入院
……見切り発車の影響ががががが。何を起こそうかが決まらないいいいい。
10月18日
この日記を書き始めることにした。しょーじき、ダルい。でも、あのカエルが「自己連続性を保つためにも書いたらどうかい?」とか言うから、書く。
私がこのどこだか知らない病院に搬送されてから一週間経つらしい。私の記憶は倉庫から脱出したところまでなのだが、そのあとカエルが私を見つけてココに連れてきたらしい。だから私はココの正確な場所を知らない。
一週間も私は意識を失ってた。というか、カエルもとりあえずの生命維持を何とか一週間で完了したらしい。臓器の損傷が激しい~とかどうでもいいことを言ってた。
あと、最新の治療措置を取るらしい。なんでもこの原子崩しの攻撃が半端じゃないらしく。再生する組織どころか、やられてないところまで影響が出だしているらしい。専門じゃないから「らしい」しか書けない。
最新の医療措置、ってのが、細胞の急激な再生らしい。油脂でできた溶解性のフレームで身体を支えて、その間に細胞を急激に再生させる薬物を投与するらしい。ま、投与つっても薬液に漬け込む訳だけど。
てか、書くことがない。次に目覚めるのは一週間後らしいけど。ま、とりあえず、Ha det bra
10月25日
目覚めた。というか、体に変化がないんだけど。カエルを問い詰めたら、「既存の人体に増やす、ってのは僕らも初めての試みだからね? 慎重にゆったりやってる」とかほざきやがった。てか、既存じゃないならやったことがあるみたいな言い方だし。そういえば、前関わった第三位のクローン。どう考えても第三位よりは後に作られてるのに同じ外見してたらしいね。実物を見たキヌハタが言ってた。細胞の急激な再生、てか分裂ならそこで技術の横のつながりがあってもおかしくないっか。
あ、だから日記か。自己連続性とか訳わかんないと思ってたけど、クローン技術と同じことしてんのね。そりゃ連続性がいるわ。しかもゆっくりなのもそれが原因か。
でも、それもいいのかもしれない。あのカエル、患者は守る方針らしいけど、退院患者までは面倒みきれないとか言ってたから、麦野から潜伏してると思えばいっか。
というか、暇で暇でしかたない。世間から隔離されてる。私に許された行動範囲はこの白くて狭い部屋だけ。独房かっての。しかもそこにあるのもなんか名作文学みたいなもんだけ。情報がえられない。これじゃ外がどんな状況かもわからない。やってらんないわ。
11月1日
キモイ。ハマヅラ以上にキモイ。何がって脇腹。二週間やって、ようやく効果が出始めたっぽい。
その、溶けるっていうフレームは前から見えてて「ええー」って感じだったけど、今は肉が「うげぇ」って感じ。
麦野の原子崩しはきれいに私の脇腹を持ってってた。だから、完全に焼き付いてて黒い断面だったの。そこが、今じゃピンク。気持ち悪いったらありゃしない。しかも、触るとブニョブニョしてるし。脇腹は常時麻酔の感覚で単純に体調も気持ち悪いし。もーやだ、寝る。
ってか、傷口触っちゃってダイジョブなのかな?
11月8日
医者ってこわーい。なんか、「あんまり傷口に触るのはよくないんだね? 君の身体は清潔で君の部屋も無菌室だけど、万が一がないとも限らない」だって。
うわー、ここ無菌室なんだ。そりゃ新聞とかないわ。外から物入れるの大変だろうし。
あーあ。本当に情報がないわー。あのカエルも「今は自分の身体のことだけを考えるんだね?」とか言うし。ってか、あのカエル「ね?」多すぎじゃね? あ、うつった。いつか私も第三位に言われたっけなー。
ああ、思い出したらあのカエル顔殴りたくなってきた。あの語尾上げる喋り方むしょうにイラつく。
11月15日
あれ、一端覧祭って今日だっけ。あー、行きたかったな。あ、あと聞いたらこの病室AIM拡散力場遮断システムがついてるらしい。タキツボにも安心だね。
てか、まずい。どうしよう。そろそろ退院の話がでてきた。脇腹は半分くらい復活してるし。なんでも臓器がまだでそこに時間かけてるらしいけど。元々の身体との接続を考えつつ、新しく臓器を製造するー。それも脇腹周辺の細胞から。いやー、ホント医者って何考えてんのか分かんないわ。
で、そうそう、退院だけど。「僕がこんなに時間をかけるのも珍しいね?」とか言ってたからやっぱり名医だわ、あいつ。やはり友達は至宝デデーン。……退院すると、タキツボにバレかねない。どうしよう。普段は能力使ってないけど、それでもやっぱりAIM拡散力場には敏感だし。うーん、第四とか第八のファミレスには近付かない方がいっか。タキツボだって死んだと思ってる相手のAIMを遠くからじゃ気にかけないでしょ。
それより、もっとヤバいのはあのカエル。なんか、私に新しい戸籍、といか身分証明をくれるらしい。完ッ全に裏の人じゃんッ! しかも、望むなら整形手術もする、とか言い出したし。あいつマジで何者。
そんなことより、用意された身分の方が問題! 細かいところは私が今日要望出したから通るだろうけど! あいつ、私を常盤台に入れようとしてるのよ!? 私は高校生、花も恥じらうJKだっつーの! 「正体を知っている人からはバレにくいね?」知るかッ!
……ま、仕方ないのか。諦めよ。そろそろ覚悟を決めなくちゃ、かな。
▽ ▽ ▽
11月22日、ではない。
今日は私がカプセルで眠り次に目覚める予定日ではなかった。なのに、私は眠りから覚まされた。
「聞こえるかい? 僕としても余り嬉しくないことが起こったね? 正直、君のようにもう放って置ける子に構っている暇はないね?」
叩き起こされて即座にコレだ。患者に対する思いやりも何もあったもんじゃない。
勿論、私は文句を言った。施術が途中じゃないか、こんな負傷した状況の人間を外に放り出すなんて医者失格だ、と。
でも、それに対する言葉は冷徹だった。
「医者の最も大事な仕事はトリアージだよ? 誰ならば生かせるか、どれだけ生かせるか。人命が全て同じ重さの現代なら尚更ね? そして、僕は常々思っているんだよ。人の最大の武器は学習能力。人の最強の防具は適応能力。そう言われるが、それらを支える人の最高の基盤は治癒能力であるとね? 学習するにも、適応するにも、まずは一度正面から食らった後に治癒して戻ってこなくちゃならない。だから、僕はそれを一番に据えるね?」
一々問いかけるように話さなくてもいいだろう。こちらは、はいはいそうですかと相槌を打つだけでも、何か相手の意見に納得しているように見える。苛立つ。
「そもそも僕の許に連れてこられる患者は治癒能力が弱っていることが多い。残念ながらね? だから、君みたいに十分な治癒能力を得たら退院して欲しいんだね? 今、この病院はそうでない人が溢れかえっているんだね?」
そう。この医者はごくごく普通のことをしているだけだ。患者の持つ自然治癒力を少し後押ししてやって、後は自分で治させる。この技術が少しには到底収まらない気がするが。
私はこのカエルに適当に相槌を打っていた。正直、一週間眠らされる薬から無理矢理起こされて眠かったのだ。でも、あれは酷い。
「そんな訳で、君には今から退院してもらう。それで構わないね?」
同じ調子で、私はその退院の書類にサインをしてしまった。
入院という題名で退院まで持っていくスタイル。ま、本家ツンツン頭よりはまともに入院してるし。
禁書に関してはネタバレ上等なので、散々色々漁って、最新話とか手、つけられんわ~って感じになりました。そんな訳で、12月1日前に退院です。
藍花悦は一人減ることになるのでしょうかね。筆者にも分かりません(見切り発車)
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セイヴェルン、入居
「くっ、ここが……って、私何で気付かなかったのよ……」
思わず口から苦い言葉が零れる。私の目の前には、暫くの宿になる建物。単純なよくある集合住宅だ。
そして、私はこの建物に激しく見覚えがある。何を隠そう、ここは私の友達の一人が住んでいる場所だ。彼女の約束を果たせないままこんな状況になってしまったから、少し心苦しい。
というか、精神的な話とは別に正体がバレてしまう可能性が捨て切れない。それだけかつての知り合いは脅威だ。
結局、私はあのカエルの整形手術を受けなかった。たとえこれが原因で死ぬことになろうとも、生き別れた妹との最後の繋がりであるこの顔はなくせない。
その為、私は変装をしているだけである。茶髪の滑らかなストレートのカツラをつけて、角ばったフレームの大きな黒縁眼鏡をかけた。これと、あとは言動の矯正だけでも大抵の人にはバレないものだ。
誰にも会わないまま、自分の部屋へと向かう。周りに気を配ってから、中に入った。そして、鍵を閉める。
「すぅ、ふぅぅぅ」
しばらく振りに心が落ち着いた。治療を受けているからと言って、知らない場所――実際は第七学区にある実に真っ当な病院だった――に監禁されているのは不愉快なものだ。
大きく背伸びをする。まだまだ生活感の無いこの部屋も、あの真っ白な病室に比べれば断然マシである。
殆ど存在しない荷物を広げ、……広げる必要も無かった。備え付けのベッドに座る。柔らかかったからそのまま上体を倒す。部屋の天井を見つめながら、気ままに脳を回す。この乱雑に散った集中と思考。それを無意識に接続し、乖離させる。この絶妙なバランスと散り具合が一番心地よく、上手く考えが纏まる。……時間はかかるが。
「私は、今度の年明けから常盤台生になる新入生。この間学園都市に来たばっかり。常盤台に入るまではこのアパートで学園都市に慣れようと思っている。能力は、この間発現したレベル三の《
これがこれからの設定だ。今までのフレンダ=セイヴェルンとは全くの別人となる。
(てことは、『結局』と『訳』ともお別れ、ね)
あれは所詮はフレンダとしての役作りだ。実際に裏社会において口癖を作るなど馬鹿でしかないだろう。なぜ、態々個人を特定できる情報を増やす。絹旗などは恐らく何も考えず、能力への自信から何も考えなくて済む為に、『超』などという口癖をしているのだろうが。
私が口癖を付けていたのは、足を洗うときの為だ。特徴的な口癖の人を探すとき、どうしてもその口癖には敏感になる。その分、そうでない者へのチェックは甘くなるというものだ。結局、外したときのギャップを演出するための道具に過ぎなかったという訳。
(あ、いけね)
使ってはいけないと意識すると使ってしまうものだ。注意しなくてはならない。
「あ、そういえば、常盤台のスタンダードってお嬢様口調?」
あの《
さて、どちらが一般から外れているのだろうか。
超電磁砲はレベル五の余裕、というか自分の能力に自信を持っている者程周りと違いを付けたくなるものだ。先程の口癖と同じだ。その点、第三位は油断に事欠かない。
一方、あの後輩だが、明らかに血縁関係にない超電磁砲のことを『お姉さま』と呼び、どう見ても性的に見ていた。あれは頭がおかしい可能性がある。
いや、少し性癖が異常でも他の部分までおかしい訳ではないか。ならば、第三位がマイノリティと見るべきか。ま、そもそも両方存在する可能性があるのだが。
ならば、私は普通の口調でいこうか。
そもそも『外』から来た人間がお嬢様口調なのは妙だ。それに、普通の口調の人がお嬢様口調にしようと背伸びする様は見ていて微笑ましいかもしれないが、その逆は『上から歩み寄ってやっている』感触を与えてしまうかもしれない。敵を作りたくはないのだから、お嬢様口調でない方が良いだろう。
「さて、買い物に行こっかな」
私は反動をつけて身体を起こし、立ち上がる。ベレー帽を被ろうとして、無いことに気付いた。
「チッ」
思わず舌打ちしてしまう。いけない。常盤台に入るのだからお淑やかにならなければ。
私の能力は演算負荷が大きい。その為、ベレー帽に偽装してある演算補助器が不可欠なのだが、それは失われてしまった。どうやら、あの地獄のような三日間の間に倉庫内で紛失したようだ。あれが無いときの私は本当に打つ手が少ない。思えばレベル五と対峙したときは最終的にいつも落としていたような気がする。もう少し別の形を模索するべきか。
何にせよ、今ベレー帽は無い。能力の使用は、恐ろしくてできていない。ただ感触的に言えば、半径一〇〇メートルくらいならば能力を使えそうである。……可視範囲に限るが。
部屋を出て鍵をかける。
少し内股を意識しつつ、ショッピングモールに向けて歩き出した。
諸々の生活用品を買い、全て部屋に発送して、やって来たのはスーパーマーケット。少なくとも今日の分の食料を確保しなくては。
因みに、金の方はあのカエルが工面してくれた。驚きである。何でも、患者の為なら何でも用意するんだとか。ま、身分偽造のような真似までしているのだから、口座を作って金を振り込むくらいならどうということはないのかもしれない。
(でも、少しは節約するべきよね)
余り借りを作るようなことはしない方がよい。といっても、バイトでもしない限り口座の金に頼ることになるのだが。
自分の自炊の能力を久し振りに試さなければならない。アイテム時代はファミレスに入り浸っていた所為で腕を振るっていなかった。多分、何とかなる筈。
……癖とは恐ろしいものだ。気付いたら鯖缶を手に取っていた。おかしい。このスーパーには来たことがないのだから鯖缶の場所など分からない筈なのに。
(あ)
いや、一度来たことはあった。あのときは確か、美容効果がテレビで紹介されただかで鯖缶が一気に品薄になったときだ。鯖缶を求めてこんなところまで来たんだった。そこで、
「あ、すみません」
そう、こんな感じで友達に会ったんだった。
グルン、と思わず二度見しかけて、あちらからすれば初対面であることに気付いて押し留める。
「ん?」
しくった。少し疑問に思われたようだ。顔を見られている。
「あなたも鯖缶好きなんですか?」
「え、ええ」
「へぇ、奇遇ですね! 私も好きなんですよ。流石に常に食べたい訳じゃないんですけど、こう、ふっと偶に食べたくなるんですよねぇ」
どうやらバレていないようだ。というか初対面の人にここまで親し気に話すか? いや、この子はそういう子だった。
「そうですね。懐かしい味のような気がします」
「ですねぇ。それじゃ」
適当な相槌を打ったら、向こうから話を切り上げて行ってくれた。ボロは出さない気だが、顔立ちが変わっていない為に知り合いに長く接しているとバレてしまうかもしれない。
手に取った鯖缶を眺める。元々は、これもキャラ付けの為だった。アイテムに入ってから食べ始めたもの。麦野が鮭弁が好き、絹旗は『超』にB級映画、滝壺は滝壺。アイテムは個性の殴り合いだった。そこで生き残る為に食べ始めたのだ。
初めは別に好きじゃなかった。嫌いではなかったが、脂っこい部分もあって食べ続けるのは厳しく思っていた。
暫くすると、いくつでも食べられるようになっていた。アイテムのメンバーといない、たった一人のプライベートでも食べるようになった。
この間までは、毎日、下手すると毎食、いや間食もしていたか。鯖缶は私にとってアイテムと同じくらいの付き合いだったのだ。
少し悩んで、鯖缶を買い物かごに入れた。
(どないしよう)
口調が崩れても仕方ないだろう。
ここは私の部屋ではない。かつても訪れた友達の部屋。
「いやぁ、鯖缶料理って意外とイケるんですよ?」
知るか。というか、初対面の人間をそう簡単に家に上げるな、おい。
部屋の前に発送していた日用品が山になっており、それを必死に片付けていたら、同じ集合住宅に住む、というか二つ隣の友達が手伝ってくれた。
そしてそのままこうして友達の部屋で、以前食べられなかった鯖缶料理を食べようとしているのである。
(いや、いずれはこうなっていたんだ。うん。早めにこのイベントを消化できて良かったんだ、そう思おう)
思い込み切れないのは許して欲しい。
▽ ▽ ▽
「ん? 浜面、超何やってんですか」
茶髪の少女は段ボール箱を抱えた青年に声を掛ける。
青年はそれに軽い調子で応えた。
「んあ? ああ、これはフレンダの私物だよ」
「へぇ、フレンダの。フレンダの!?」
「うっさい、絹旗」
青年の回答に驚愕した少女を、後ろからスタイルの良い女が肘で小突いた。その女も段ボールを、こちらは二つ抱えている。
「ちょ、麦野まで。何でフレンダのが今更?」
「昔のアジトを漁ったのよ。あの抗争のときからほったらかしだったでしょ。そこから回収しただけ。アンタのもあるから取りに来なさい」
この女、今はかなり機嫌が良いらしい。実に穏やかな語調で少女に入ってきた入口の方を指した。
その入口を抜ければ、トラックが横付けされていて、荷台にはいくつもの段ボール箱があった。そしてその一つ一つに『ム』『キ』『タ』『フ』『ハ』というラベルが貼ってあった。
数十分後、先程の青年、少女、女に加えてもう一人ジャージ姿の少女が集まっていた。彼女達の前にあるのは、『フ』というラベルが張られた段ボールの山だった。
「これ、超どうするんですか?」
「取り敢えずは置いておきましょう。他にどうしようもないし」
「……ふれんだの荷物って、これだけ?」
ジャージ姿の少女が段ボール箱を一つずつ開けながら疑問を発する。それに対して応えたのは、どこか釈然としていない顔をする青年だった。
「それだけだったんだよ。あんなに持ってた爆弾やら何やらが一切なくてな」
頭を掻き、首を傾げた青年。それを聞いて、女がポンと手を打った。
「あ、そういえば、フレンダ昔倉庫使ってるって言ってたわ。そっちも確認しましょうか」
フレンダという人物の私物から倉庫の数を確認して四人が驚愕するまで、あと十分。
今話では、誰もその名前を明らかにしていません。いや、全員明らかなのですが。隠す必要性も無いのですが。というか、そこに伏線を仕込める程ストーリーが決まっていないのですが。見切り発車って怖いですね。
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成辺るん、誕生
……申し訳ありません。まさか、うっかりで週一投稿のリズムを失うとは。どうぞ。
※曜日感覚がズレていたようです。まだ毎週投稿でしたね。
「へえ。大変ですね、この時期に学園都市に来るなんて」
「うん。私もそう思うんですけどね。親に今はむしろ学園都市の方が安全、と言い張られてしまって」
鯖缶料理をせっせと口に運びながら、私と友達――佐天涙子は会話を弾ませる。
まずは私のバックボーンを紹介。全て捏造した嘘設定だが、こうして何でもないように告げればわざわざ疑いもしないだろう。
私が監禁治療されている間に、この世界は大きく変わった、というか大波乱が起きたらしい。第三次世界大戦。想像を絶するものだが、なんとたったの十二日で終結を見たそうだ。
さしもの学園都市もその騒乱の情報を正確には掴めておらず、いまだに嘘か誠かも分からない流説が跋扈している。それはもういっそのこと都市伝説と言っていいほどに実体が分からなくなっているものだ。
そして、私の脳内での友達ファイルには涙子は都市伝説
「あ~、確かにそれは言われますね。元々はロシアが学園都市に宣戦布告したのが原因なのは事実ですけど、対国家戦でこの学園都市は大して被害出てませんもんね~」
これは
うずうずしているので、涙子に水を向ける。
「色々と都市伝説もあるみたいですしね。中々面白いものには出会えませんけど」
涙子は向けられた水を得て、魚のように口を激しく開閉した。
「そうなんですよ! 中々サイトを巡っても面白い情報には出会えないしで、もう都市伝説ハンターとしてはつまらないのなんの! 噂では、実はロシアは裏から操られて~、っていう陰謀論が多いんですけど、その黒幕も話によってイギリスだったり、イタリアだったり、フランスだったり、実は学園都市からのマッチポンプなのだ、とかもあって。あ! 面白かったのはあれですね、『キリスト教黒幕説』! 科学を発展させて生命の神秘にも迫る学園都市の技術がトクシン的だー! って理由らしいですけど。でも、第三次世界大戦は本当に短かったのに
すごい目を輝かせてダラダラと語ってくれる。実際は都市伝説など調べたこともないが、やはり友達は良いものだ、たったのこれだけで大した労力もなく情報を手に入れられた。
都市伝説には生まれる温床が存在する。それは事実だと思う。学園都市に蔓延る噂の類、それらは基本的に
例えば、レールガンのクローン。確かに、あんなことをすれば宗教は目くじらを立てもするか。
さて、対外的には目を丸くして驚きを演出する。
「それは面白いですね」
「あっ、すみません。いきなりまくしたてちゃって……」
「いえ、気にしないでください。私も聞いていて楽しかったですから」
頭を掻く涙子に手を振る。
さて、次に手に入れたい情報は常盤台についてだ。都市伝説とゴシップは似て非なるものだが、どうせ涙子のことだ、ゴシップ面も詳しいだろう。ならば屈指のお嬢様校である常盤台についての情報も持っているはず。特に同じ中学生なのだから、少なくとも興味のなかった私よりはマシなはずだ。
「それにしても、物知りなんですね。私なんか最近ここに来たばかりで、本当に何も知らないんですよ。これから自分が入る学校のことすら知らなくて……」
「それは大変ですね。どこなんですか? 確か、三学期から転入って言っていましたけど」
「えーと、常盤台中学校、ってとこらしいです。全寮制の「え、ええええええ!!! 常盤台! 常盤台ですか!?」
ビンゴ。常盤台の名前を出しただけでもこれほどに食らいついてきた。この反応なら一端覧祭でも行って来たに違いない。たとえ外から見ただけの感想でも、十分な情報である。
「え、ええ。そんなに有名なところなんですか?」
「そりゃもちろん! 学園都市でもトップ五に入る学校です! その寮も、『学舎の園』っていう男子禁制の区画にあって、世の女子の憧れの的なんですよ! すごいお嬢様学校で―――」
「ええ!? お嬢様学校なんですか!? 私みたいな庶民が入って大丈夫なんでしょうか……」
敢えて言葉を遮って慌ててみせることで、明らかな庶民感を演出する。この、可愛い子ぶった女子のような、でも自然のものだと思わせられるような絶妙なラインの演技をする。
涙子は指を一本立てて、ドヤ顔をしてみせた。
「と、思うでしょう? でも、案外お嬢様学校って言っても普通の人……、普通じゃちょっとないかもしれないけど、良い人がいっぱいいるんですよ? 私の友達にも常盤台の人は何人かいるんですけど、みんな良い人で、すごい頼りになるんです」
おお。これは望外の成果だ。まさか、涙子のような一般人に常盤台の知り合いがいたとは。しかし、これはもっと具体的な生活の中身が聞けるかもしれない。
「知り合いがいるんですか、お嬢様学校に。すごいですね。でも、やっぱりお嬢様なんですか? こう、『ですわ』とか『わたくし』とか使うみたいな」
ふんわりとしたブルジョワー、みたいな印象を伝えておくことで、より庶民であることを強調する。
涙子は少し悩んでから答えた。
「うーん……。婚后さんも湾内さんも泡浮さんも白井さんも、言われてみれば……。あ、でも御坂さんみたいな人もいますし、多分全員が全員そういうわけじゃないと思いますよ!」
何、だと。涙子の知り合いとは、まさかレールガンか。というか、やはりレールガンが異端か。
「え! 御坂さん、って、もしかしてあの第三位の……?」
「はい、そうですよ。やっぱり、御坂さんは有名だな~、入ってきたばっかの人にもう知られてますし」
「え、ええ。能力開発の極致として紹介されました」
「流石だな~。……って、常盤台に入れるって、能力者なんですか!?」
「ええ、まあ。能力というものがいまだよく分かっていませんが……。一応、レベル三? に分類されたみたいです」
さあ、どこまでならできるか。涙子の性格なら、間違いなく―――
「見せてください! 私、能力開発に行き詰ってて、でも何か見たら、こう、インスピレーションがビビッと……」
「来るかもしれない、と?」
「はい!」
ジェスチャーを付けてビビッを表現する涙子。別に私は電波を発するわけではないからそうはならないと思うのだが。あ、AIM拡散力場は放っているか。
私は右手を上げる。集中する。補助演算機なしでやるのは久し振りだ。あれがないと戦闘などの激しい行動中だったり、遠距離になったり、死角だったりへの能力使用はできないのだが、この程度なら問題ない……はずだ。
目を見開き、目標物を視認。涙子は目をキラキラさせてこちらを見ている。これで失敗はできない。
息を吐き、吸うのと同時に能力を使用。クローゼットの上に置いてあった写真立てが、次の瞬間にはトンと私の手の上に落ちた。
息を吐く。同時にただ一人の観客からパチパチと拍手が上がった。
「すごいです! えっと、アポート? でしたっけ」
「はい。ただ、見えている範囲のものでしかできないんですけどね」
苦笑する。それでも涙子は変わらず目を輝かせていた。
(やっぱり、心が痛むな)
友達を騙している事実。私の中でキャラを演じることは騙す内には入らない。キャラをインストールした自分なのだから。仮面を着けたところで演者が変わるわけではない。でも、こう思い切り嘘を吐くのは胸が苦しかった。
あの日、涙子は私のために鯖料理を作ってくれていたはずだ。今日鯖缶に手を伸ばしたのも、そのときに思い出していたのも私のことだ。そんな存在に自らの存在を明かせないのは哀しかった。
(ま、友達を売った私が言えることじゃない、か)
後でアイテムに戻るため、一旦生き残ってまた皆に会うためとはいえ裏切ったのは最悪の選択肢だった。あのときは最悪の選択肢しか残っていなかったのだが。
私は枕に頭を押し付け、どうやって麦野と和解しようか、どうやって麦野から潜伏しようか必死に考える頭を休ませる。
今は、取り敢えず目先に迫った選択をするとしよう。
私が悩んでいるのは、帰り際の涙子の言葉だ。
『あ、そういえば、名前聞いてませんでしたね』
『あ、確かに、そういえばそうですね。私は成辺るんです。成功の成に、水辺の辺、平仮名でるんです』
『私は佐天涙子、えっと、人偏に左と天空の天で佐天。涙の子で涙子です』
『では、これからご近所さんとしてお願いしますね。冬休みに私が寮に入るまでの付き合いになりますけど』
『こちらこそお願いします。―――ところで、私の友達と会ってみませんか?』
『友達?』
『はい。さっき言ってた常盤台の友達です。そうですね。御坂さんと白井さんのペアか、婚后さん、泡浮さん、湾内さんのトリオか。どっちがいいですか?』
『えっと、御坂さんが第三位の方で、白井さんがテレポーター、婚后さんが風使いで湾内さんが水使い、泡浮さんが浮力使いでしたよね。……うーん。それならまず三人の方から会ってみたいです』
『了解です! 後で予定合わせましょうね!』
というものだ。
正直、入学前に常盤台に橋頭堡を築けるのはありがたい。しかし、この流れだとすぐにレールガンとも会う羽目になりそうである。
常盤台における最重要項目はレベル五との非接触だ。レベル五というのは、総じて人間を超えている。能力だけではない、その神に愛されたかのような肉体と精神は要注意だ。一度会っているレールガンは第六感的な何かを働かせて気づいてくるかもしれないし、もう一人は精神感応系の最高峰、記憶を読まれた日には終わる。
確かな足音を持って近づいてきているような気がする破滅から目を背けて、私は眠った。
▽ ▽ ▽
「で、ここがフレンダが借りてた倉庫の一つね」
街中にある倉庫群の中、一つの貸倉庫の前にある集団が立っていた。茶髪の美女、小柄な茶髪の少女、そして金髪の青年。
彼らはかつての仲間、フレンダの遺した私物から二十三か所もの倉庫の利用明細が見つかったのだ。それらはいまだ解約されておらず、費用は口座から自動引き落としされている。
彼らはフレンダの遺品を探しに、その倉庫を探しに来たのだ。
一つ目の倉庫が、ここであった。街中に突如現れたように見える倉庫街だが、この学園都市では研究施設やら倉庫やら工場やら、それらが放棄された廃墟などはさして珍しくもない。一本路地に入れば、無計画に見えるほど乱立されたコンクリートに圧倒されるだろう。
彼らは、そのフレンダが借りていた倉庫の周囲をぐるりと回った。そして、気づく。
「あれ? この倉庫、入口が超ないですね」
「確かに妙だな……」
小柄な少女が首を傾げ、青年が同意する。だが、美女は違う反応を見せた。
「ええ、そうね。人が通れるような場所はなかったけど、物が通りそうなところならあったわよ」
髪をかき上げて呟く。相変わらずのことで、と青年は苦笑した。
彼らは最初の遺品探しということで、何があるかは分からないので、預かっている故人の妹は拠点に置いてきていた。そしてその付き添いに二人。彼らは本当にこの人選で良かったのか不思議に思っており、早く用事は済ませてしまいたかった。
美女の案内で壁を伝って戻る。そしてしばらく行くと、光の加減やらで見えづらくなっているが、確かに開く箇所があった。だが、そのサイズは精々大きめの段ボール箱ほど。小柄な少女でもギリギリ通れなさそうであった。……彼女はそこまで柔らかくないのだ。
「超どうしますかね。入り口がここしかないなら、超手詰まりですよ」
「だが、フレンダはどうやってこの倉庫使ってたんだ?」
「そりゃ能力に決まってるじゃない。てか、浜面どいて。穴開けた方が早い」
先程と同じ構図のやり取りがなされ、話の流れから、浜面と呼ばれた青年が脇に避けた。
茶髪の美女の周囲に光の塊のようなものが浮く。美女が指を振れば、その塊はビームのような軌道を見せて倉庫の壁を突き破った。
そうして出来た穴から、ずかずかと美女は倉庫の中へと入る。それに浜面と少女も続いた。
倉庫に侵入した彼女たちを出迎えたのは、一台の機械であった。
『倉庫内への入庫者を確認。本日はどうかなさいましたか』
その黒い機体の上部にはディスプレイが存在しており、そこから何やら操作ができるようであった。だが、美女がそれを操作する前に少女が気づいた。
「て、それ超血塗れじゃないですか!」
この超は実に意味通りのものであった。本来はただの機械の無機質な鉄色をしていたのだろうに、血に塗れ全体が赤黒くなってしまっているのだ。黒いのは機体ではなく、機体を染めた血であった。
「床も、血だらけだぞ……」
浜面が慄く。美女はそれらを眺め、自分たちが入ってきた方向を眺め、例の小さな搬入口と思われる箇所にも内側から血が付いていることに気づいた。また、機械のマニピュレータにも。
美女は少女の声で一度中断した操作を行う。そして、顔を顰めた。
「これ。最後の直接操作履歴が暗部抗争の数日後になってる」
「何!?」
「ちょ、それ本当ですか、麦野!?」
この倉庫、彼女たちですら昨日知ったばかりなのだ。そして、外から中に入れるとはあまり思えない構造をしていた。
殺害後の操作履歴、血塗れの機械とマニピュレータ。血を垂らしながら進んだ趣きの床。そこから外に出されたのであろう、擦過痕の残る搬入口の血痕。麦野という名前の美女が誇る、その天性の脳を使わずとも自ずから答えは出る。
浜面が言葉を漏らす。
「てことは、フレンダは生きてる……?」
麦野はそれに応えず、床の血痕を辿る。いきなり何も言わずに大股で歩き出した麦野に少女が追従する。浜面は機械を操作し、この倉庫の概要を知ろうとしていた。
麦野の歩みは、そう長く続かずに終わることになった。血痕が途切れたのである。だが、床の血痕の形が歪であることから、麦野は上を見上げる。
追ってきた少女は釣られて見上げ、様々な棚に整然と様々な銃火器やら何やらが並べられていることに漸く気づいた。
「なッ……」
「―――絹旗、下から四段目、あの棚の端に血が付いてる。あそこまで飛ばしてくれない?」
余りにも冷え切った麦野の声に、少女――絹旗は無言で頷く。
絹旗は自らの能力を用い、麦野を抱えて、投げ飛ばす。
麦野は右手で四段目の棚を掴み、片手で自らの身体をその上に引き上げた。そして呟く。
「どうやって……? いえ、でも、そんな……」
茫然自失の麦野に、下から声が掛かった。
「麦野ー! 取り敢えず、帰るぞ! ここには武器しかねぇ!」
それを聞き、一つ疑問が解消したかのように目を見開き、麦野は棚から下へと飛び降りた。着地の際に真下に能力のビーム(正確に言えば、七面倒臭い能力)を放ち、速度を減衰させて無事に降りる。
麦野は浜面と絹旗を眺めて言った。
「帰ったら、私が知ってるフレンダの情報を全部話すわ。フレンダは、……生きているのかもしれない」
成辺るん、明らかにセイヴェルンからの偽名ですね。因みに、これを決めたのは冥土帰しではなくフレンダです。
それと、フレンダの能力ですが、アポートではありません。空間移動系能力ではありますが、本来ならばレベル四ですし。つまり、あのアポートは能力で可能な範囲の偽装工作ということですね。
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セイヴェルン、能力
現在の拠点としているところに戻った麦野たちは、ジャージを着た少女――滝壺を含めて四人となって額を突き合わせていた。フレンダの妹であるフレメアは既に就寝している。そして、これは旧『アイテム』の話だ。もう一人の仲間は、言い方は悪いが関係がなかった。
「それで、フレンダの能力って超何だったんですか?」
まず口火を切ったのは絹旗だ。そして、その絹旗と同じような怪訝な顔をした浜面も口を開く。
「そもそも、フレンダって能力者だったのか? あいつが能力使ってるとこ見たことないぞ」
浜面の記憶に残るフレンダの姿。常にぐーたらとしていて、メルヘンな脳をしていて、善悪のスイッチが壊れているような、そんな姿。戦っているときも、真剣なのかふざけているのか分からなかった。だが、絹旗のように銃弾を受け止めることも、剛力を発揮することも、滝壺のように体晶を使用することも、特別な何かを隠しているようなことも、麦野のようにビームを発することも、明晰な頭脳を見せることも、そのどれもなかった。
「はまづら。はまづらの能力者に対するイメージは間違っているような気がする」
滝壺の突っ込みに浜面がにへらと笑う。麦野は浜面に呆れた目線を向けた。
「浜面。あれだけの量の爆弾使ってて能力って疑わなかったの?」
「い、いや、ほら、あのスカートの中に入っているのかなぁ、と」
「んなわけないでしょ。スカートの中に物入れるとか痴女かってーの」
麦野がかつて敵対視していた第三位などは(短パンは履いているが)スカートの中から武器であるコインを取り出すのだが、麦野が言っていることは実際、実に正論である。
「……フレンダは、空間移動系の能力者。それもレベル四だった」
麦野は絞り出すようにその言葉を発した。それは、当然このあとの展開を予想しているからであって。
「ええー!? フレンダってレベル四だったんですか!?」
絹旗は身を乗り出し派手に驚く。麦野は時計を示して絹旗を黙らせる。
「しかも、空間移動系だと!? ……改めて、『アイテム』ってすげーヤツばっかだったんだな」
騒いだ浜面に、麦野はフレンダの妹が寝ている部屋を指し示す。浜面は声量を落とした。
そんな二人を尻目に、滝壺は小首を傾げる。
「でも、ふれんだのAIM拡散力場って空間移動系とちょっと違かった気がするよ」
「フレンダの能力は他の空間移動系とは仕組みが違うのよ。大方、その違いがAIM拡散力場に出たんでしょう」
学園都市に空間移動系能力者はたったの五十八人しかいない。そして、それらの能力も安定性が低く、まともに行使できる能力者はそれだけでとても有力であることの証左になる。
その有力な、つまり演算能力の高い能力者であるフレンダ。その想像は浜面に強い違和感を覚えさせた。あの、憶えるのが面倒だからとロックナンバーを同じ文字列にするフレンダが、大事なところでいつも失態を犯していたフレンダが、そんな空間移動系のレベル四だとは到底信じられなかった。
麦野は頭を振りながら言った。
「フレンダも、結局は私らに心を許してなかったってことよ。あの倉庫のロボットの操作権のロック、ナンバーロックだったけどフレンダがいつも使ってた数列じゃなかった。……ドジなのは元からかもしれないけど、フレンダのあのだらしない姿は擬装だったかもしれないわね」
「な……」
浜面はその言葉に眉を激しく動かす。
動揺する浜面を捨て置き、絹旗が人差し指を頬につけて不思議そうに尋ねた。
「あれ、でもそれ超おかしくないですか? 私たちの能力の情報、その全てを麦野が把握していることは分かりますが、だとしたらなんで麦野はフレンダを確実に殺したと思ってたんですか?」
空間転移系の能力者がレベル四と認められる条件は、自分以上の質量の転送が可能であること。他の条件もあるが、それを踏まえればそれを知っている麦野が、フレンダが逃げていないことにどうやって確信を持ったのかが疑問に残る。
実際は死体があったからなのだが、絹旗はその死体を実際に見てはいない。だからこそ思い浮かべられた謎である。
苦々し気に麦野は答えた。
「……あんな状態で能力を使えるとは思わなかったのよ。全身、欠けてはいなかったけど傷だらけで、出血もしてた。普段被ってたベレー帽に偽装した演算補助器もしてなかったし、それにすごい……怯えてたから」
今度はその言葉の意を受けて今度は浜面に疑問が生まれた。
「待て待て。麦野、お前あのときフレンダの死体を持ってただろ。というか、俺が処理したし。なんでそれを言えばいいのに、わざわざ能力が使えないと思ったって言ったんだ? フレンダの能力は別に自分のコピーを作るわけじゃなくて空間移動系なんだろ? あの死体はどうやって説明するんだ」
麦野が答える前に、絹旗がその質問には割り込んだ。
「やっぱ浜面は超バカですね。フレンダの戦闘スタイルから考えて、フレンダの能力はどう考えてもアポートです。その死体、多分超精巧に作った偽物でしょうが、それを持ってきたってだけでしょう」
「あ、アポートもレベル四になれるのか?」
「うん。アポートでも飛ばせる質量があればレベル四認定は問題ない。ただアポートだと他の条件がクリアしにくいだけ」
浜面の純粋な疑問には、だんまりだった滝壺が応えた。そして顔を麦野の方に向けた。
「でも、ふれんだの能力はアポートじゃないんでしょ? それなら、同じような電波を感じられる」
「……ええ」
先程から歯切れの悪い麦野に、浜面がやや苛立つ。
「で、結局、フレンダの能力は何なんだよ。はぐらかさないで、正直に教えてくれ」
「……フレンダの能力は、『
「『空間交換』ぅ?」
高位能力者になればなるほど、能力のワンオフ率が上がってくる。無論、低能力者でも特異な能力は、おかしな言い方だがありふれている。フレンダの妹などがその代表例だろう。
しかし、余りにも常人の想像の域を超えていない限り、能力名からある程度の推測は立てられる。
絹旗がその推測を口にした。
「たしか、学園都市最高の転移系能力者って『
そう目を輝かせる絹旗。その独特な趣味は他の追随を許さない。
麦野はそれを肯定した。
「確かに、ピーキーといえばピーキーね。フレンダにできるのは、『物体』を動かすことじゃなくて、『空間』を交換することだった。つまり、コップを動かしたいとき、普通の能力者なら直接コップを動かすのに、フレンダはコップを含んだ空間を動かさなきゃならないってこと」
テーブルに乗っていたコップを弄びながら麦野は続ける。
「他にも、普通の能力者が直接影響を与えるのは動かした先だけ。元々あった場所には一瞬の『無』が生まれて、すぐに埋められる。でもフレンダは違う。空間を『入れ替える』ことが能力の本質だから、―――そうね、例えばコップの中の水を違うコップの中のお茶に転移させたとするわ。普通の能力者なら、水を動かした先にあったお茶は水に押し出されて消失する。で、水が入っていたコップの中には周りから空気が入ってきて埋められる。フレンダの能力でやった場合は、お茶が入っていたコップには水が入るのは当然だけど、水が動いた先にあったお茶は、元々動かした水があったコップの中に動く。つまり、コップの中身が入れ替わるのよ」
麦野は一度コップを大きく揺すると、口を潤すためか一息で飲み干した。
一瞬、浜面の「あ、それ俺の」というセリフとか、滝壺の殺気とかがあったような気もしたが、気のせいだと絹旗は思った。
なおも、麦野は続ける。
「フレンダの能力は使い勝手が悪いわ。大きく空間を区切れば、一度の演算で大量の転移が可能だけど、転移前と転移先に同じだけの空間を確保しなくちゃいけない。それに、交換する空間からはみ出た場合、そこは即座に斬り落とされることになるわ。少しのミスが命取りね」
「そんなことしてたのか……」
剽軽な言動からは想像もできないその繊細な能力。戦闘中のあの激しい動きの中でそれを実行していたことは、フレンダの能力の高さを如実に示していた。
「それに、フレンダの能力は一端が自分の周囲の……たしか三十㎝くらいに固定されているから、能力としてのランクは『座標移動』よりも低いんだけど、その出力は圧倒的なのよ。演算能力とか集中力、
その圧倒的な数値に場の空気が凍る。ある程度能力に精通している絹旗ははっきりとその能力の高さを認識した。浜面は能力的にではなく、その効果範囲を想定して脅威を感じていた。
「おい……。半径三.四kmって、本当か……?」
「ええ。私に渡された資料ではそうなっていたわ。個人的に確認したけれど、情報の齟齬はなかったから」
浜面の問い掛けに麦野が頷く。
さて、唐突だが、この学園都市は東京都の面積の約三分の一を占めているという。東京都の面積は二一八八㎢だ。すなわち、学園都市の面積は約七三〇㎢ということだ。
また、半径三.四kmの円の面積は約三六㎢である。はたして、学園都市はこの円がたったの二十一個あるだけで収まってしまうということになる。
そして、フレンダの倉庫は学園都市の全域に、計二十三個存在している。つまり、フレンダは、常に自分の能力圏内のどこかに自らの倉庫を捕捉していたのだ。
「さて、浜面。これでもあんたはまだフレンダがただのアホだって思うの?」
麦野は、倉庫が二十三個あるという時点で薄々察していたのだろう。そうして、倉庫内が銃火器でと爆発物で満たされていたことで確信を持ったのだろう。
フレンダは、
「むぎの。明日、ふれんだを探す」
滝壺が覚悟を決めたような顔で口を開いた。
浜面が慌てて牽制する。
「おい、「分かってる。大丈夫だよ、はまつら。無理はしない。でも、フレンダのAIM拡散力場は独特だからちゃんと意識すれば探せると思う」
滝壺は、やや怒っていた。フレンダに。自分たちに一切気を許してくれていなかったフレンダに、大きな不満を感じていた。
聞けば、血痕のあった倉庫は、麦野がフレンダを追い詰めたところから約三kmほどの距離にあったそうだ。フレンダは、倉庫に忍ばせてあった精巧な自分の人形と自分とを極限の状態で入れ替えたのだ。しかし、フレンダが無事でなかったことは倉庫の状況からよく分かる。
しかし、なぜ。その思いは強かった。
倉庫には通話端末があったという。更に言えばそれは使用済みだったらしい。『アイテム』の誰も知らない番号に。
端末を使用し、外に出た。この時点でフレンダの生存はかなり期待できる。だが、誰もそのことを知らなかった。私物を漁ってようやく欠片を掴んだのだ。
自分たちに伝える時間はいくらでもあったはず。いくら直前まで敵対したとはいえ、普段親しんだ仲間ならば何かしらないものか。それに、麦野の激情はそのときに唐突に始まったものでもないし、他のメンバーがそれに賛同しているとは限らないだろうに。
分かる。解る。警戒していたことも。何とか拾った命を大事にしようとしたことも。だが、だが―――。
『アイテム』はその何とも形容しがたい感情をそれぞれの胸に収めて、明日早速捜索を開始することを決めた。
フレンダの能力はチートです。ただ、使い勝手が悪すぎるので、微妙ですね。慣れないと結標とか黒子とかでもミスしまくります(ミスった時点でどっかがごそっと切断されます)。え? むしろ、あの精度で戦闘中に使ってたフレンダのチートっぷりが上がる?
これは、フレンダを生かしたかった筆者による、フレンダのための、フレンダの二次創作である。よって、無問題!
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成辺るん、対面
「初めまして、わたくしが婚后光子ですわ」
バッと緑色の扇子を広げ、口元に当ててその少女は言った。ツンとした態度だが、人の好さが透けて見えているのが好印象。何だかんだ言って憎めないタイプだ。
「私は常盤台一年の湾内絹保です」
「同じく常盤台一年の泡浮万彬ですわ」
ふわふわとした薄い茶髪のショートの方が湾内、黒いロングの方が泡浮。よし、憶えた。もちろん顔も憶えたがやはりこうして髪型に違いを付けてくれているとありがたい。……にしても、二人とも髪の質高過ぎやしないか。
湾内の髪は緩いウェーブだが、毛先が綺麗にまとまっていて軽さを感じさせる。泡浮の方は打って変わって一切溜まらずにストンと落ちるさらさらな髪。少し顔を動かすと一本一本の髪が水のように揺れ動く。
(学舎の園のシャンプーって何使ってんの? ……まさか、持ち込み? 可能性は十分にあるか)
お嬢様の寮なのだからさぞかし高品質なものを使っている、かと思いきや、むしろ当人たちのこだわりが強すぎて全て持ち込みの可能性も。
「わ、わたくしは常盤台の二年生ですわ!」
自分だけ所属を言っていないことに焦ったのだろう、婚后が付け加える。そういうところが人好きのする点だ。高飛車に思えるが、ただ不器用なだけの素直な少女であることがすぐにわかる。
にっこりと微笑みながら、こちらも自己紹介を返した。
「初めまして、婚后さん、湾内さん、泡浮さん。本日は私のためにここまで来ていただき、ありがとうございます。来年の新学期より常盤台の二年生に編入する成辺るんです。以後、よろしくお願いします」
ペコリと一礼。顔を上げて、再び笑顔を作った。
▽ ▽ ▽
さて、なぜこんなことをしているか? そんなの、無論涙子の紹介に決まっているだろう。
あれからすぐ、涙子はこの三人に連絡を取り、何と早速その週末の今日、学舎の園がある第七学区のカフェテラスでこうして会っているのだ。ちなみに涙子自身は用事があると言って早々に抜けてしまった。止めろ、私を一人にするな。
(ああ! もう、最悪! 何で、よりによって学舎の園なんかに……!!)
学舎の園に近付くのは、はっきり言って避けたい。今の私では太刀打ちできないような能力者がゴロゴロいる。というか、話を聴けば、目の前の光子もレベル四だし、今の私じゃ勝ち目がない。もう腹をくくった方がいいのかもしれない。
「へえ。それでは、成辺さんは婚后さんと同じく編入試験を合格なされたんですね!」
「え、ええ。なんとか、どうにかこうにかして……」
そうじゃん! 普通に考えたら編入って試験が要るでしょ!? あのカエル……、マジで何者!?
てか、この三人の雰囲気を見る限り、編入試験ってかなぁり難しいんじゃないの?
「ええと、その、編入試験ってそんなに難しいものなのでしょうか……?」
「はい、それは、もう! 婚后さんが編入したときも噂になったんですよ」
「な、中々やるようですわね。ですが、常盤台に入ったらわたくしがたっぷり指導して差し上げますわ!」
あ、やべ。これ『編入試験とか余裕でした』感出ちゃったかも。マズい。
「それはご親切にありがとうございます。ですが、やはり迷惑になってしまいますでしょうし……」
「そんなことはありませんわ! この婚后光子、その程度のことを重荷に感じるほど軟弱ではなくてよ!」
……いや、今回は割と本気で止めて欲しかったんですけど。両脇で絹保と万彬も感心した目で光子を見てるし。これ、光子言い出したら引けなくなるタイプでしょ、絶対。
「はは……」
片頬がピクピクする。でも、この手のお人好しはむしろこういう露骨な反応の方を見落とすから大丈夫だろう。
「さてと、成辺さん、これが学舎の園への招待状です」
スッと万彬が差し出してきたカード。……カード?
「えーと……?」
「……? 佐天さんから学舎の園を案内してあげて、と言われたのですが?」
絹保がその髪を揺すりつつこちらを窺う。
(涙子ォォォ!!!)
単純な友人としては素晴らしい気配りだろう。うん。確かに雰囲気を感じるなら直に見てきた方がいいもんね。うん。でも、でもさぁあ。
(ヤバいって……。なんかヤな予感するしぃぃぃ)
こう、申し出を柔らかくお断りできないだろうか……。
「あ、そうだったんですか。それはお手数をお掛けしました。でも、やっぱりまだ緊張するというか、色んな人と会うのは……。それに、学舎の園の中にいらっしゃる方は皆さん優秀なんでしょう? 気が引けてしまいます」
ここまで言えば、どうだ……?
「いえいえ、そんなことありませんわ。わたくしも馴染めたんですもの、成辺さんが心配するような事態にはなりませんわ」
光子のフォローが光る、……名前にかけても事態は好転しない。というか、あなたが思っている心配している事態と私が本当に懸念していることは絶対違うと思うんですけど。
「ええ、それに皆さん優秀ですけれど、それを含めてとても良い人たちばかりですし」
「それに、早くから顔を合わせておくというのも大事だとこの間雑誌で読みましたわ!」
万彬と絹保。うんうん、確かにそうだろうね、君たちの雰囲気からもそれがよく伝わってくるよ。というか、絹保は何の雑誌を読んだんだし。
でも、違うんだ。問題の原因はむしろ全部私にあるんだ―――。
(どうする!? どうすればいい!? 涙子との関係とか、今後とか考えるにこの三人と険悪なのは良くない!)
必死に頭を回す。
「で、でも私、まだこの街に来たばかりなので、街も案内して欲しいなぁ、なんて」
必死に主張してみたのだが、即座に
「ま、街はダメですわ!」
「や、やっぱり学舎の園に行きましょう! そうしましょう!」
「ほ、ほら、チケットもありますし!」
なぜか全力で拒否られた。そうこうする間に万彬が、
「それに、折角だと思って学舎の園の中のカフェの予約も取ったので、お楽しみいただけると思いますよ?」
(うわぁぁぁぁぁぁ、無理だァァァ!!)
そもそも、私は普段から行けるときはぱっぱと行くし、行けないときはきっぱり断ってきたから
(なんか、最近諦めが多くなってきている気がする)
諦めが良いのは長所だが、良すぎるのは短所だ。その見極めを付けなければすぐに『闇』に呑まれる。
(……『闇』を気にしないから、『表』の人間は諦めが悪いのかな)
「そうなんですか! それは楽しみです!」
やけくそに返事をして、四人で席を立った。
▽ ▽ ▽
「へぇ。そうなんですか」
「それは面白いですね!」
「わぁ、楽しみです!」
「すごいんですね」
「流石は婚后さんですね!」
「うーん、もっと早くから常盤台に入りたかったなぁ」
そろそろリアクションのネタが尽きてくるぞ。
昼前から待ち合わせをして、お昼も食べて、そろそろおやつ時。その間に一体どれだけ連れ回されたことか。
連れ回されて、大量の店を冷やかして、得られた情報は大漁で。
曰く、常盤台には寮が二つあり、片方が学舎の園の中、片方が外にある。そして、
ちなみに、「常盤台といえば、もう一方レベル五がいらっしゃいましたよね? たしか、食蜂操祈さんとか。その方はどちらの寮にお住まいで?」と聞いたところ、
「あら、どちらの寮でいらしたかしら」
「学舎の園でもよくお見掛けしますよ」
「でも、御坂さんは一緒に寮監に怒られたことがあるとおっしゃられていませんでした?」
「「「まあ、何にせよ、どちらかの寮にはお住まいでいらっしゃるわ」」」
……まず間違いなく精神操作、それも認識操作の類を使っている。ヤツは神出鬼没という訳だ、気を付けよう。
「さて、そろそろ予約の時間ですし、カフェに向かいましょうか」
絹保が街灯と並んで立っている時計を見て言った。
件のカフェというもの、それは、まあ、何と言うか、お洒落な店だった。
この学舎の園自体が西洋風建築の集まり、更に言えば街並みもそれに近づけている。その瀟洒な雰囲気に違和感なく溶けこんだ店。テラス席もあり、そこに座っている生徒たちが醸し出す雰囲気は無粋な人間を遠ざけていた。……そも、この街の中に無粋な人間など皆無に等しいのだが。
「―――って、あら、御坂さんじゃありませんか?」
(…………ハァ!?)
光子の言葉に目を剥き、事実を認識、せざるを得なかった。
「あ、婚后さんたち、こんにちは」
「あら、婚后さんですの。それに泡浮さんと湾内さんも。……そちらの方は? 見かけない顔ですが」
どうにも見覚えのある二人組に、どうにも聞き覚えしかない二つの声。いいだろう、認めてやる。
どう見ても御坂美琴とその付き人です、ありがとうございました!!!
「わ、私は来年の一月から常盤台の二年生に編入する成辺るんです。
ペコリと頭を下げる。腰から九十度、顔を隠して。これで向こうはさらりと重力に従って流れたストレートの茶髪が印象に残ったはず。
次に顔を上げて、にっこりと笑う。ニヒルな感じも出さず、目を糸のようにして、聖母の如く。以前戦っているときに見せた笑みはもっと違う種類の笑みだ。これで印象をアレから遠ざける。更に瞳を見せずに目の印象を薄くし、相対的に黒縁眼鏡の印象を強く押し付ける。
初めましてをそのまま受け取り、同時に前回との共通点を削った印象を受けたはずだから、この二人組には取り敢えずこれで……。
「へぇ、編入生がもう一人。すごいこともあるものね。私は御坂美琴、これからよろしく」
御坂と握手を交わす。怪しまれた気配は無い。
「あらあら、貴女は余り無茶しないことですわね。そちらの婚后さんの二の舞ですわ。私は白井黒子、
うん、この風紀委員も大丈夫みたいだ。というか、
やはり、初対面の敵対していない人に対する対応は二人とも一般的なのだろう。よかった。
「それで、御坂さんたちはどうしたんですか?」
万彬が訊く。バクが応えた。
「わたくしたちも今日は学舎の園の中で、……小物を見繕っていましたの。それで、少々休憩しようかと思いまして」
「でも、この店完全予約制なのよね~。すっかり忘れてたわ。前から入ってみたいと思ってたんだけどね」
御坂が繋ぐ。それに絹保が手を叩いた。
「あら、でしたらご一緒しませんか? ここの予約、人数は問われませんもの」
「え、いいの? だったらお言葉に甘えちゃおっかな」
(絹保ォォォォォ)
いや、薄々感づいてはいたさ。この三人の人の好さに。というか、常盤台の学友ならばこのくらいは普通か。常識的に考えて何も問題はないのだから。だから、私が反対することもおかしい。くそぅ。
と、そんなところでその場にprrrrと着信音が鳴った。
しばし、天使が躍る。
ハッと、バクが通信端末を開いた。
「はい―――はい? ―――はぁ……―――――分かりましたわ」
それだけでバクは通話を切った。そしてこちらに向き直り、
「申し訳ありませんの。風紀委員の方で呼び出しが入ってしまいました。名残惜しいですが、これで」
「ん? 黒子、何があったの。わたs「いえいえ、大したことのないただ警備を言いつけられただけですわ。お姉さまのお手を煩わせるほどのことでも。お姉さまはカフェをお楽しみください。では」
と言うと、
「にしても、最近物騒よね。ま、仕方ないんだけど」
御坂が零す。それに光子たち三人も苦笑している。やはり、第三次世界大戦以来中々日常には戻らないらしい。
「じゃ、私らはカフェ楽しもっか」
(……そうだった。何とか隠し通さなきゃ……)
二日ほど遅れました。申し訳ない。
プロットが八割方できましたが、このシリーズは長く続ける気はないので、新年度までには終わりそうです! よろしくお願いします!
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セイヴェルン/成辺るん、遭遇
「やっぱ、適当にぶらついて見つけるなんて超無理な話だったんですよ」
ポケットに手を突っ込みながら絹旗がぼやいた。
かつての仲間、フレンダを探し始めて早三日。やっていることと言えば、ただ街を歩いているだけ。滝壺がAIM拡散力場から探っているのでそれに付き合うだけだ。一応肉眼でも探しているが、絹旗も滝壺の能力を信頼している。はっきり言って、暇で仕方がなかった。
「そもそも、フレンダがどの学区にいるのかすら分からないじゃないですか。第三次世界大戦のときに超学園都市から逃げてるかもしれませんし」
実際、第三次世界大戦のときの混乱に乗じて逃げることは可能だった。それもかなり容易に。
「確かになぁ。でも、そうなると本格的に滝壺の能力が必要になるな」
「その可能性は低いわ。あの血の量見たでしょ? あの倉庫に治療するための道具は殆どなかったし、血痕からみてもそのまま外に出たのは間違いないわ。倉庫から脱出した後は、あそこで野垂れ死んだか、誰かに拾われた。一人であの状況を脱することはできないわ。電話も使ってたみたいだしね」
珍しく麦野が丁寧に解説を始める。絹旗と浜面は口を閉じて話を聴く。
「連絡先の番号が破棄されるタイプの電話だったけど、ついでに言えばあれは学園都市内部にしか繋がらないタイプだった。つまり、フレンダはこの学園都市内の誰かに助けを求めた。色んなデータベースを当たったけど、フレンダの死体の存在はどこにも記録されていなかった。これはありえないわ。私が覗けないレベルの機密事項だとすれば別だけど、やろうとすれば私はフレンダの半生を全部探れるのよ。その最期だけ機密レベルが跳ね上がるのは不可解過ぎる。だから、フレンダの死体は実際に発見されていないと見た方がいい。それに、あの倉庫の搬入口付近の血痕を清掃した、っていうログは残っていたわ。ただのそこらにある清掃ロボットのログなんだけどね。機密レベルが上がっていたならこっちの情報も消されている筈。学園都市はそんなに甘くない」
データベースを麦野が探っていたことに浜面と絹旗は驚く。それだけフレンダを真剣に探そうとしているのだ。少し、浜面は嬉しくなった。にしても、あの麦野が清掃ロボットのログまで直接確認したとは。
「ただ、そのログに血痕をそれ以上除去したというログはなかったのよ。これらから、フレンダがちゃんと誰かに拾われたことが分かるわ。けど、本題はここから。……倉庫内のロボットの操作履歴から三日後までの範囲で、救急車によってフレンダのような人物が運び込まれたっていう記録はないわ。推測される事態は二通り。そのまま手当てをされずに放置されたか、自力で手当てできる人間に拾われたか。ただ、あのフレンダが手当てもせずに放置するような人間に救助を頼むと思う?」
浜面の記憶にあるフレンダ。友達の多さを自慢していたし、実際に仲良さ気に何人とも接しているところも目撃したことがある。
絹旗が最近知ったフレンダ。リラックスしていても常に爆発物を取り出せるようにしている程に用心深く、実際に本気の麦野から逃げ果せている。
「思わない」「超思いません」
「そういうこと。で、自力で手当てできる人に助けられたとする。……あの出血量、私の経験から言って思いっ切り肉が抉れてるわね。内臓まで達している可能性も高いわ。そんな人間を手当てできる存在。それは一定数いるでしょうね。でも、そんな人間の手当てができる環境。それはそう簡単に用意できるものでもないわ。フレンダを助けた人間は、救急車を使わずとも十分な医療設備を使用できる人間」
「医者か?」「超研究者ですね」
これは育ちの違いだろう。一般的感性なのは浜面だが、絹旗の考えもこの学園都市では実に一般的だ。
「もしくは大金持ちね。その三択だとして、学園都市外に逃げるかしら? 時間的に、私のような無理をしない限りフレンダという五体不満足な人間を連れて」
「むー。それは難しい問題ですね」
「ああ。……だが、個人的に搬送できる病院だとか研究所を捨ててまで逃げるか、っていわれるとな」
「どのパターンでも学園都市に根付いていることは確実。特別な処置を施す必要のある患者に、その特別な処置を行える環境。どちらも捨てて逃げるとは考えにくい。それにフレンダが学園都市から出たっていう記録も一切ない」
都市の出入りの記録改竄、できないことではないが難しい。第三次世界大戦の混乱も、少し収まれば反対にあちこちが厳重になった。敢えてのリスクを冒しにいくことはないだろう。
確かに、フレンダが学園都市から出ている可能性は低い。
「でも、ふれんだが見つかるのとは関係ない」
滝壺が冷淡に返した。浜面がややびくびくしながら彼女の様子を窺う。
普段はぼんやりとしている滝壺だが、ここ三日間は常に気を張っていた。フレンダのAIM拡散力場、既に過去の記憶となったそれを必死に思い出しながら周囲を探っていた。
浜面が心配して声を掛ける。
「なあ、滝壺。無理、してないか? そんなに焦らなくても、フレンダが学園都市にいるならきっと見つかるさ。あんまり根詰めても、集中力だって落ちるし、な?」
できるだけ柔らかく浜面は語り掛ける。何日も断食して飢えたジャッカルかのような雰囲気の滝壺は現在、かなりの地雷要素だった。
麦野も、絹旗も本来ならばもっと気が急いている。しかし、彼女たちにできることは殆どなかった。現時点でフレンダ探しに有効な手を打てるのは滝壺だけだった。だから、二人ともどれだけ歯痒くとも我慢している。これ以上滝壺を追い詰めない為、敢えていつもよりも泰然に構えることを自らに課している。
滝壺は自らの状態も、傍から見て恐ろしくなるほどに自分がギラついているのも分かっている。だが、自分だけが現状を打破できると思えば、休むことはできなかった。
なぜなら―――
―――アイテムとして、また四人で笑いたいから。
「大丈夫だよ、はまづら。私、はまづらがいてくれれば頑張れるから。ほら、今だって、あの車の中のAIM拡散力場が捉えられた。―――ふれんだじゃ、ないけど」
滝壺が指差したのは、かなりの高速で走る一台の黒いバン。周囲の車を追い抜き、猛然と走っていく。あのスピードで動き回る車内のAIM拡散力場を正確に捉え、その判別まで滝壺は一瞬で行っていた。集中力が落ちていないのは事実だった。
浜面は大きく息を吐いた。
▽ ▽ ▽
「あはは、そうですね~」
私は再び乾いた声で笑う。
カフェ店内(と言ってもテラス席だが)、そろそろ一時間程居座っていることになる。完全予約制のため、客の出入りは殆どない。というか、そもそも一時間分の予約を取っていたらしい。
料理、といってもおやつに相応しいスイーツだったが、実に美味だった。舌の上でとろけ、頭がとろけそうな甘さが広がるような洋菓子の数々。
(この紅茶、高い!)
芳醇な香り、まろやかな口当たり、大人しめの味ながらしっかりと残る後味、極限まで抑えられ寧ろ全体を引き立てる渋み。ついつい何杯も飲んでしまった。はしたないかもと思ったが、御坂もガバガバ飲むので遠慮はしなかった。
話題。それは尽きない。光子、絹保、万彬の三人でも豊富な常盤台の話に武勇伝。御坂が加わればより話の幅は広がる。悔しいが、良い情報源だ。私が転校生という設定も、根掘り葉掘り聞くのに丁度良かった。
更に人脈。常盤台の誇る二大広告塔の一つ、
私が転校予定の生徒だと知ると、親切な常盤台生たちは積極的に色々と手助けしてくれようとする。ここ一時間で新調した私の携帯端末に大量の連絡先が登録された。
悔しいが、実に悔しいが、有益な時間だった。
「あら、そろそろ一時間経っちゃうわね」
御坂が自分の携帯を見て呟いた。というか、なんだあの携帯。カエルか? カエルなのか? 緑色主体で、恐らく目と思われる部品が飛び出している。
(もう、カエルは暫く見たくないわー)
入院中、唯一と言っていい自分以外の有機物、それが
「そうですね。私もそろそろ帰らないと」
「も、もう帰ってしまうんですか?」
絹保がやや動揺して訊いてくる。いや、そんなに帰って欲しくないのかよ。
「もう少しゆっくりしていらしたらいいですのに」
万彬も残念そうに零す。……残念そうに見えるが、その目は私が帰ることを引き留めようとしていた。
「そうですわ。そ、それに、あんまり早く帰られても佐天さんだって―――」
「そうですね。佐天さんが今夜も料理を振舞ってくれると……。あれ、婚后さんにそのこと話しましたっけ?」
慌てて口元を扇で隠す光子。その手が僅かに震えている。
(怪しい……)
疑念を抱く。……ハッ!
(もしや、サプライズ!?)
私は何も気づかないフリをして、端末を開いた。
「うーん。確かに、一応佐天さんに確認した方がいいですね。ちょっと電話してみます」
ニコリと笑う。おいおい、四人ともホッとしているのが丸分かりだぞ。これだから中学生は……。
ん? 四人?
まさか、涙子は御坂にも声をかけているのか……? だとするなら、あのバクも腰巾着のように付いてくるだろう。もしや、今日、全員に合わせてしまう算段だったのか?
油断しているときにサプライズで会わされたらボロを出してしまうかもしれなかった。
「って、ん?」
私の耳元の端末から、無機質な機械音が聞こえた。
「佐天さん、端末の電源を切ってるみたいです。……でも、佐天さんって端末の電源切らないですよね」
涙子からそんなことを昔聞いたことがある。テストのときも、電源を切らずに済むようにあえて家に置いていくそうだ。
(って、これフレンダのときの知識じゃん、ヤベッ!)
危ない。現在は不思議に思われていないが、後で涙子に確認を取られると危険だ。気が抜けていると自らを叱咤する。
「あー、確かにそうだったわね。……ちょっと私の方でもかけてみる」
御坂が私と同じように涙子にコールする。
しばし経ち、
「……ダメ。電波を探ってもみたけど、本当に電源が切られているみたい」
流石は
(何かに、巻き込まれたか)
タイミング的に、その何かは私の可能性もあるが、いまだ誰にもバレていないから別原因の可能性が高い。
(さて、と。ま、今の私じゃ何もできないし―――)
無能力とまではいかないが、たかだかレベル三相当だ。本来の出力を出せるのなら涙子を助けるのも吝かではないが、可視範囲の一部までしか安定して能力を使えないのだ。私には身体能力程度しか残されていないではないか。それでは無謀が過ぎる。
「心配ね」
「心配ですね」
「はい、とても心配です」
「助けに参りませんか?」
「そうね、別に何もなくとも……」
「逆に手間が省けますものね」
「では、行きましょうか」
…………え?
…………マジ?
無理じゃん。これ抜け出すの無理じゃん。これだから、中学生はァッッ!! 自分に自信があるからだろ!? 能力があれば問題ないと付け上がってんだろ!? 大人しく友人の不運を嘆いていればいいだろうがッ!? そんなんだから足元掬いたくなるんだよォッ!!
ふぅ。キレた麦野を思い出して愚痴ってみたが、割とストレス発散になる。心にメモっておいた。
ここで一人だけ抜けるわけにもいかず、私も他の四人に合わせて駆け出す。
入るのは難しい学舎の園だが、出るのには何の障害もない。そのまま門扉の間を走り抜けた。
▽ ▽ ▽
さて、黒いバンを目撃してから一、二時間後、麦野たち一行は第七学区の中心部に近付いていた。本日は第七学区を練り歩いていたわけだが、流石は第七学区、広い上に生徒の数も多く、その進みはゆったりとしたものだった。
「てか、この馬鹿でかいの超なんなんですか?」
滝壺がいまだにビンビンとしている中、絹旗が左手で指差したものは、
「おいおい、絹旗。それ学舎の園だぞ? まさか、知らないのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! ……超こんなところだったんですね」
そう、学舎の園である。
「にしても、フレンダがこんなところにいるとは思えないけどね。そもそもこの中に入れないでしょ」
麦野が頭を掻く。滝壺がふらふらと歩いていく方に進んでいた一行は、図らずしてここに辿り着いていた。
「あ、あ、あああ!」
突如、滝壺が震え出した。周囲の三人が驚く。
「ど、どうした滝壺!?」
「いた、いた、ふれんだだ。ふれんだが、いた!」
目を剥くほどに瞼を開き、興奮して滝壺は言う。三人の驚きが更に深まる。
「ちょ、マジですか!?」
「どこ!?」
麦野の声に反応して滝壺は右手で指した。……学舎の園の、その門を。
「今、出てくる」
そして、出てきたのは。
思わず麦野が睨みつけた
ここまでは、全員が常盤台中学の制服を着用している。
それから最後に、肩甲骨ほどまであるストレートの茶髪に黒縁の四角いフレームの眼鏡をかけた、
滝壺の指は、迷うことなくその少女を指し示していた。
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セイヴェルン/成辺るん、追及
(あー。終わった。私の人生終わった)
成辺るんは、完全に諦めていた。はっきり言って、彼女にとって麦野沈利の存在は鬼門中の鬼門。死を覚悟する程度ではすまない。
更に、それに加えて滝壺理后がいる。その指は真っ直ぐ成辺を指し示していた。彼女の能力を知っている成辺からすれば、それは死刑宣告にも等しい。
しかし、この場には別の戦力がいた。成辺は一行の最後尾にいたこともあり、先頭を切っていた御坂が最初に麦野達に接触していた。
「……正直、言いたいことはたくさんあるし、決着も付けたいけど。今はアンタに構ってる暇はないの。どいて」
「あら、奇遇ね、
自信に満ちた表情をする麦野。今の彼女にとって、学園都市の順位はさして気にすることではない。それよりも、
「フレンダ? ……って、あの金髪の爆弾女? そんなのがどこにいんのよ」
一度遭遇したことのある御坂が反応する。婚后ら三人は見知らぬ存在に警戒を強めていた。
「へぇ、第三位の目って超節穴なんですね」
「あ゛?」
ドスの効いた御坂の声も、暗部に暮らす絹旗には痛くもかゆくもない。
スタスタと、御坂達の間を絹旗は通る。婚后らは警戒を示しつつも、遮るわけにもいかずに通した。
成辺の前で止まった絹旗は、成辺の髪を掴み思い切り引き落とした。
ハラリ、と零れるのは金色の髪。ゆるいウェーブを描くそれは、明らかに今までのものと違っていた。地面に落ちたウィッグが何よりの証明だった。
息を呑む音が、四人の口元から発せられた。
「ね? やっぱ超節穴じゃないですか」
「…………」
御坂が黙りこくり、フレンダは俯き、その異様な雰囲気に婚后らもすっかり呑まれていた。
「……あの、すみません」
「なんですか? フレンダ」
「その、フレンダ? さんがどなたかは知りませんが、私は御坂さんたちに自分を偽っていました。すみません」
顔を上げた成辺の口から出た驚きの言葉。絹旗の顔が漂白される。
「は?」
「フレンダさん、でしたか? 人違いではありませんか? 取り敢えず、今私たちは急いでいますので―――」
成辺が前に足を進めようとしたとき、その体が浮き上がりかける。麦野が成辺の金髪を掴み持ち上げていた。
「フ・レ・ン・ダぁ?」
「おい、麦野!」
その鬼気すら感じさせる笑顔。心当たりしかない浜面が止めに入るが、それを麦野は理知的な瞳で抑えた。
「―――おい、
平素の麦野よりも優しい声色。御坂はそれにやや吃驚するが、素直に答えた。
「……私らの友達の安否が不明。その無事を確認しにいく」
それに麦野が何かを返そうとしたとき、御坂のポケットのカエルが鳴いた。
麦野が無言で促す。御坂は視線を外さずに携帯を取る。緊張して静まった場には、携帯から漏れる音声が流れた。
『御坂さん! 大変です。佐天さんが!』
「ッ!? 佐天さんがどうしたの!?」
『第七学区で起きた強盗事件の人質になってしまったようです!』
「何ですって!」
『犯行に及んだ集団は既に逃走していて、佐天さんも連れ去られてしまったと!』
御坂が焦りを見せた瞬間、麦野がその手から携帯を取り上げた。
「はぁい。ちょっといいかしら?」
『だ、誰ですか!』
「その、佐天さん、って子の救出に手を貸してあげようかな、っていう人」
『―――何ですか』
「物分かりが良いのは嫌いじゃないわ。それで、その強盗事件が起きたのはいつ? それと具体的にどこ? 犯行グループの構成、犯行の詳細、それらを教えて」
『……強盗が行われたのは、今から約二時間前、第七学区の第十三地区の複数の小売店です。犯行グループの構成は、およそ十人から二十人。全員が男性で、年齢は高校生ほどと推測されています。犯行は銃火器を用いて店内を制圧、その後店内にいた客を人質にして店から現金や商品を奪って逃走、それを複数回繰り返しています。人質となった客の中で、佐天さんだけは解放されずに犯人達に連行されました。犯人達は多面作戦後に一台の黒いバンで逃走。現在は
「…………ちょっと、その黒いバンの画像があったら送ってくれるかしら」
『今、転送しました』
「仕事が早い。褒めてあげるわ」
麦野は他人の携帯であろうと構わずに操作。微妙に高い位置にある携帯を奪い返そうか御坂は悩むが、会話の内容を聞き一旦の放置を決める。
送られてきた画像を確認し、麦野は頷いた。
「うん。私たちついてるわね」
『何がですか!?』
「ああ、私らはこれからその佐天さんって子の救出に向かうから。この携帯の位置情報探るでも何でもしてれば?」
それだけ言って通話を切ってしまう。麦野は用済みになった携帯を御坂に放ると、滝壺を振り返った。
「滝壺。アンタ、二時間くらい前に猛スピードの黒いバンからAIM拡散力場を観測したわよね?」
「分かった。追跡する」
それだけ。それだけで滝壺は能力を使用した。フレンダ探しでも使わなかった能力を。
フレンダ探しで使わなかった理由はいくつかある。一つ目は、最後にフレンダに会ってから期間が空いたからだ。AIM拡散力場を正確に覚えていた訳ではなかった。二つ目の理由は、負担の大きさだ。浜面をあまり心配させたくはなかった。それに、時間をかければ能力を使わずとも探せたのだ。
だが、今回は違う。麦野がいきなりこんな行動を取った理由は分かる。先に向こうの予定を潰して、ゆっくりフレンダと話そうという魂胆だ。更に言えば、人質の救出も兼ねている。つまり早急な発見が望まれた。幸いなことにいまだAIM拡散力場の波長は覚えていた。
「おいっ!」
「大丈夫。大体、感覚は掴んだから」
浜面が声を荒げる。それに対して滝壺は心配してくれた、と少し嬉しそうにしつつもその心配を切り捨てた。今の滝壺のコンディションは連日の捜索のせいで酷いものだ。だが、今の滝壺の
「こっち」
端的に告げ、滝壺は駆け出す。麦野達『アイテム』はそれに続いた。そして能力の詳細はわからないが、話の流れから佐天の下に向かっているのだと察し、御坂達も駆け出した。成辺も、無言でそれに続く。
佐天の救出という重要事項があったためにこの場での成辺に対する追及はなかった。そのため情報の共有が行われず、婚后らは素直に成辺の言を信じ気遣わし気にその表情を窺う。しかし、御坂の中での疑念はどんどんと膨らんでいた。
(どういうこと? あの顔、成辺さんは確かにあの爆弾女。でも爆弾女はそれを否定した。それに対して
御坂の中で成辺=フレンダは確定していた。御坂が見た成辺るんは気弱で、本当に一般的な少女だった。間違っても絹旗や麦野の気迫、怒気に耐えて受け流せるはずがない。婚后らのようにその空気に呑まれるのが普通で、正面から会話に取り掛かるなどできない。その点で、既に成辺が今まで見せていた尋常さは否定されていた。
そして、逸般人であることは、フレンダであることと実に結び付けやすい。あの爆弾女であれば殺気に怯むような人間でないことは確かだ。
御坂は佐天を助けた後、何とかして聞き出そうと決意した。
▽ ▽ ▽
(あー、もう、どうしよう)
私は現在進行形で絶望している。
(何でバレたし。いや、普通に滝壺の能力だろうけどさ。……いや、でも滝壺に体晶を使ってた印象はなかった)
だが、どう推測してみても私の知らないことの方が『アイテム』のメンバーには多い。そもそも知っている情報だって、能力に関することを少しだけだ。詳しい能力詳細など知らない。
あの場は一旦はぐらかしたが、精々数時間の後回しにしかならないだろう。何せ、麦野と絹旗と滝壺、ついでに浜面がいるのだ。涙子の救出など片手間で終わる。
(あー、マジでどうしよ)
手段はいくつかある。まず、大まかに分ければ、フレンダと認めるか否かだ。
フレンダと認めた場合、『アイテム』はどう動くだろうか。……今回は珍しく対話から入ったから穏便に済むかもしれないが、一度否定しているから対応は悪くなる。それに穏便に連れ帰って人目のない所で
まあ、少なくとも常盤台生として生きる未来はなくなるだろう。
フレンダと認めなかった場合、『アイテム』には戻らないということだから、常盤台側に寄ることになる。今の私には『アイテム』と常盤台しか居場所がない。というより、『アイテム』にはどうやら執着されているようだから、常盤台のような場所でなければ留まれない。
だが、常盤台には御坂がいる。ついでに言えばバクもいるし、他にも
御坂は甘い。バクはそこまで甘くないが御坂には弱い。他の者も押しなべて甘い、甘すぎる。つけ込む隙はある。いや、感触から言えば素直に頼めば匿ってくれるはずだ。
しかし、常盤台で大丈夫なのだろうか。
相手は、『アイテム』だ。暗部抗争で『アイテム』は大負けした。その後には第三次世界大戦もあった。暗部抗争のときに潰れた暗部組織もあったことだろう。つまり、暗部は再編された可能性が高いのだ。
再編された『アイテム』。メンバー構成的に大体は変わっていないとしても、私の代わりがいるはずだ。私は自分で言うのもアレだが高位能力者だ。その代替も高位能力者に決まっている。
また、『アイテム』がそのまま再編されたならば、当然バックに学園都市がいる。以前と同じ数だけの暗部組織を構成できるとは思えないから、数が少なくなった分一つの暗部組織に対するリソースは増えているはずだ。
それに、常盤台で対抗できるのか?
実際には、私には選択肢など残っていないのではないか?
常盤台では『アイテム』に敵わず。
私個人では、今のようにすぐに『アイテム』に追い付かれ。
(あー、やっぱり終わった。私の人生終わってる)
思考が辿り着くのは結局そこ。抗えない滅び。
思考が幾度か廻り、幾度かソコに落ち着いて。
そんなことをしている内に、一行は何度も角を曲がり、道を駆け抜け、街の奥まったところに入り込んでいた。
「ここ。ここの中から、あのバンに乗ってた人のAIM拡散力場を感じる」
滝壺が能力の指し示すことを伝える。滝壺は今日だけで一体どれだけ戦果を上げたことだろう。
(ホント、便利な能力なことで)
何を言おうとも、私が覚悟を決めなければならない時間はすぐそこに迫っていた。
※フレンダは暗部がどうなった、とか、『アイテム』がどうなった、とか、まるで知りません。
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セイヴェルン/成辺るん、奪還
「ここ、ね」
「さ、行きましょ。アンタらのお友達をさっさと助けて、フレンダと
二つの集団の先頭に立つ二人の
が、その二人の耳に飛び込んできたのは、この二組の遭遇の原因となった者の声だった。
「あ。ここ、私の倉k―ッコッホン」
何でもなかったように咳き込んで誤魔化そうとする。……当然、無意味なのだが。
「へぇ? そういえば、確かにここって
発見した二十三の倉庫の場所を覚えているのは当然だが、さらりと恐ろしいことを言う。強盗団に加えて、人質までいる建物に破壊力に全振りしたかのような能力を向けようとしたのだ。
ちなみに、その隣でビクッとした顔をしてコインをしまった第三位も、やはりこの街の超能力者なのだろう。
「爆発物で溢れてるってこと? なんつーめんどくささよ……」
以前の戦闘で使われたイグニスという気化爆薬を思い出した御坂は蟀谷を抑える。下手に火花を熾せばそれだけで全ておじゃんになる可能性がある。更に言えば、小さな衝撃だけで爆発するものや、風圧で爆発するもの、水に反応するものまであるだろう。今回のターゲットは、正確に攻撃しなければならない能力テストのような火薬庫なのだ。
成辺は心底やらかした顔をする。あそこまで否定したのに、今ので自供したようなものではないか。悩めば悩むほど、集中して考えれば考えるほど、何かを失敗する癖があるのだ。自覚があるのに治せないのが恨めしい。
そんな成辺とは裏腹に浜面や絹旗などは、今のやり取りで少なくとも『フレンダが大事なところでポカをする』のは演技でないと分かり、安心していた。
「超どうしますか? フレンダの倉庫ってことは入り口ないですし」
「ん? 入口ないなら、強盗団はどうやって入ったんだ?」
浜面の当然すぎる疑問。能力で簡単に穴を開けられてしまう者は何を、と思ったが考えてみれば当然だった。強盗などに身をやつす者は、大概がスキルアウト、つまり能力開発の落伍者なのだ。穴を開けられる出力の能力を備えているはずがない。
安全に倉庫に入るため、一行は強盗が使う出入り口を探す。倉庫の周囲を駆ける。奇しくも、その様子は『アイテム』がフレンダの倉庫を探ったときとそっくりだった。
そのときと違うのは、一行が一周しなかったこと、そして妨害者がいたことだった。
一行が初めにいた反対側の倉庫の壁、そこは四分の一ほどがすっかりなくなっていた。その壁沿いに横づけられているのは一台の黒塗りのバン。その前に、軽機関銃を構えた青年が五人立っていた。
五人は恐らく見張り役だったのだろう。倉庫を伝って出現した一行に、即時に銃を向けた。
その反応の素早さは若さか、それとも事件直後の緊張感か。何にせよ
だが、現れたのはそれが通じるような人々ではなかったのだ。
五人のうちの二人は、上半身に強烈な風を食らって高く舞い上げられた。
また別の一人は、なぜか足元に現れた水から強い反発を感じ体が泳いだところに猛烈な水流を当てられ吹き飛ぶ。
残る二人は、飛んできたスタンガン程度に調節された電流によって意識を失った。
それぞれの手から零れ落ちた五つの軽機関銃は、正確無比な五本の細いレーザーによってスクラップへと変えられる。
二つの黒い小振りの銃器からプシュ、という空気が抜けるような音が計四つした後、黒いバンから今度は実際に空気が抜ける音が四つ重なりバンが沈み込んだ。
無力化される直前に、見張り役の一人が何とか発射した銃弾は、成辺の前に突き出された絹旗の腕……の前でその全てが停止した。
正に一瞬。角を曲がった瞬間の出来事。銃器を確認した刹那、常盤台の制服を着た四人は攻勢に移り、暗部として動いていた四人は敵の装備を排除し万が一を起こさせない動きをした。これが即席、チームと呼べるほどにもなっていない集団だというから恐ろしい。
何もせずにそれを眺めていた成辺は恐ろしく思う。『アイテム』の面々は構わない。しかし、常盤台の連中は何なのだ。特殊部隊か何かなのか。能力を発動させるまでの思考時間がほぼなかった。更に、自然と互いに狙う相手を以心伝心で分けていたのだ。
これだけの人材が集まった一行なら、と成辺は安堵する。無事に佐天を救い出せそうだ、と。自らの身に余裕があれば(もう余裕というよりは諦めだが)成辺には友達を思えるだけの精神性がある。
だが、その一行の好調子が崩れ去るのにはそれから一分も要らなかった。
御坂が黒いバンの中を一応捜索し、婚后達はその周囲の確認。浜面と滝壺で無力化した五人を拘束し、麦野と絹旗は拘束作業が終わるまでの間に周囲の索敵を終了させた。
そして、いよいよ倉庫に乗り込もうとしたとき、その中から十人ほど(正確に言えば十一人)の青年達、そして彼らに連れられた佐天が出てきたのだ。
見張り役の警戒心も高かったが、倉庫内部の危機意識も相応に高かったようで、防ぎ切れなかった見張り役の銃声を聞きつけて人質を連れて出てきたのだ。拘束は素早く終わったために、強盗団にも時間は与えなかったはずなのに、早速奇襲の態は崩れていた。
「んー!! ん、んん!?」
猿轡をかまされた佐天が襲撃者一行を見て声を上げる。周囲の強盗団はそれに注意を向ける暇などなく、それぞれが手に持った様々な銃器を襲撃者に向けていた。一人、佐天の頭に拳銃の銃口を突き付けた者を除いて。
見張り役には五人を立てていたはずだった。それが銃声を一度しか鳴らせないような面々なのだ。襲撃者の警戒も尤もだと言える。
問題の襲撃者一行は、強盗団のその様子を見て動きを止めざるを得なかった。
「テメェら、何者だ!?」
佐天に銃を突きつけた青年が叫んだ。それに麦野が気丈に返す。
「それを答える必要はないわね。どうせもう二度と関わることはないでしょうし」
「あ゛ぁ?」
スキルアウトの凄み。それに憶する可能性があるのは婚后達三人だけ。その三人もとうに覚悟は決めていた。覚悟を決めた三人は、それこそ先程の通りとてもお嬢様とは思えない。
「何が目的だ!?」
今度の叫びには御坂が答える。
「私達は佐天さんを返してもらいに来たの。ま、
「何だとぉお?」
ついで扱いされた強盗団が飛び出しかけるが、それを佐天捕らえた青年が諫める。
「まあ待て、お前ら。そこのガキが言っただろ? こいつが目的だ、って。だったら俺らに手出しはできねぇはずだ。落ち着け」
逆上させた隙に佐天を奪還しようとしていた御坂は舌打ちする。
そして、それを最後にその場は膠着した。
強盗団からすれば、こんな危険な集団とはことを構えたくない。人質さえ確保していれば攻撃はされないのだから自分たちから手を出す理由がなかった。
御坂たちは逆だ。何としても攻撃を加えたいが、佐天が向こう側にいる限り手出しはできなかった。
しばらく、二分か三分か、はたまた五分かの後、強盗団に動きがあった。
佐天を捕らえている青年、仮に強盗Aとするが、その強盗Aが御坂たちに要求を出したのだ。
「おい! テメェら、一列に並んで両手を挙げやがれ!」
「は!? 超なに言っ―――「この女がどうなってもいいのか!?」
絹旗が反抗しかけるが、人質を盾に取られてはどうしようもなく、麦野も目線で大人しく従えと促した。
八人が横に並び、両手を挙げて無抵抗を示す。といっても、本当に形だけで意味などないのだが。能力の使用に両手は使わないからだ。
この距離であれば、滝壺と浜面でさえ早撃ちで二人で十人程度の制圧はできる。暗部はそれほどだ。麦野、御坂は言うまでもなく、婚后の能力も規模から言えば一人で十人に対抗できる。泡浮と湾内も協力すれば制圧はできずとも逃走することはできる。
八人は人質さえいなければ、何も気にすることはなかったのだ。そう思えば、強盗団は実に合理的な選択をしたのだろう。
ああ、だが、強盗団にとっては哀しいことに、人質がいるというただ一点に頼った均衡は、人質がいなくなるだけで簡単に崩れ去るのだ。
八人は気づいていた。だから大人しく従った。そうでなければ、全員でタイミングを見計らって突撃しただろう。
この場には、成辺るんが、この倉庫に最も精通しているであろう人物がいなかったのだ。
強盗Aが自分の背後に人がいると気づくのに、約五秒かかった。それは当然だろう。襲撃者に注意を向けていたのだから。
その五秒で、その人物は手近な棚にあったものを使ってこの小競り合いを詰めていた。
五秒後、強盗Aが振り向く。目の前にあるのはどこかで見た瓶。たしか、倉庫の中を探ったときに見つけた気体の爆薬。話によれば、多少の火花で爆発する危険な代物。
それが目の前を落ちていく。地面にそのまま衝突すれば瓶が割れ、コンクリートの足元と火花が起こるかもしれない。強盗Aは慌てて、佐天の首に回していた左手でガラス瓶を掴む。
しかし、そのガラス瓶の外側。そこが異常に滑る。強盗Aはその肌触りに心当たりがあった。これまた倉庫内の物品。銃器の手入れに用いる油が同じような手触りだった。当然、滑る。銃器を持たない、つまり利き手でない手でそれを掴み取るのは不可能だった。
滑って手元を離れた超危険な物体。強盗Aはそれを追い掛け、右手を、拳銃を持っていた手を使う。無事にガラス瓶を強盗Aは確保した。
突然、自分を押さえていた力がなくなった佐天は、後ろにいた強盗に思い切り後ろ蹴りをかまし、その反動で前方へと、皆の下へと飛び出した。
不安定な体勢から無理矢理飛び出した佐天の足元へ、湾内の胸ポケットから水が飛ぶ。前へと転んだ佐天はそれに乗っかる形となり、そして不自然に水の上に浮かんだ。そのまま水流に乗って湾内と泡浮のところに辿り着く。佐天を護るようにその前には婚后が立ち塞がった。
佐天に蹴られた強盗Aは、もともと瓶を拾うために無理な体勢をしていたこともあってそのままつんのめって顔から地面につく。ガラス瓶は何とか守り切ったが、自分の顔は守り切れなかった。
そして、悲惨だったのは強盗A以外の強盗もだ。
強盗Aの唐突な行動に、動揺が左右に伝播していき、その隙にそれぞれの手にあった銃器は全て破壊されていた。電撃によって、レーザーによって、あるいは銃弾によって。
銃器を失ったスキルアウト。五人は絹旗の拳と蹴りの前に為す術なく沈んだ。
残りの五人。成辺は強盗Aの背後から強盗集団の端に向けて走り出す。走りながら自分の足元の発火テープに細い着火装置を落とし、それが繋がっていたために二人の強盗の服の裾に火が点いた。慌てた二人は飛び跳ね、左右に避けることもできない空中で、飛んできた麻酔針の餌食となった。
麻酔針を投げるのと同時に、成辺は足元にもう一本着火装置を落とし、今度の導火線の先にあった爆風に特化したミニ爆弾によって一人を排除する。
一番端にいた最後の二人。成辺はまず足元に滑り込む。二人の反応は良くとも、銃の訓練を受けたわけではなく発砲には時間がかかる。ましてや動き回る的に狙いを付けては。
そして下を見て狙いを付けようとした一人は、上から襲ってきた爆風によってその身を地面に叩きつけることになった。
その爆弾に気づいて飛び退いた最後の一人だが、後ろに飛ぶのと前に走るの、どちらが速いかは試すまでもなく、実際に成辺は最後の強盗に追い付いてその足で足払い。体勢を崩し仰向けに倒れていく強盗の鳩尾に、脚を高く振り上げてから踵落としを決めた。
その強盗が地面に落ち、十一人の強盗は壊滅していた。
フr……成辺ちゃん大活躍。
麦野さん、フラストレーション溜まってますでしょうねぇ。爆発物を気にして能力を存分に使えてないですからね。
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成辺るん、危難
地に墜ちる十一人のスキルアウト。光子たちに囲まれて慰められている涙子。彼女は強い女の子だ。今回の事件も、しばらくすれば笑い話にできるだろう。
私も能力を使わなくては入れない自らの倉庫に入ることができた。今の能力の状況だと見えないところへの転移は厳しかったのだ。これは怪我の功名だろう。
ああ、このまま終わればどれだけ良かっただろうか。
私は自分の生存、というか『アイテム』からの逃走を諦めていた。だからこそ、『成辺るん』ではありえないような戦闘能力を見せた。既に手遅れな自分の命よりも涙子の命を取った。
そして、その目論見は上手くいったように思えた。
ああ、ここまで言えば分かるだろう。
そう、上手くいかなかったのだ。
私は大人しく両手を挙げる。
私の背中、久し振りに感じる冷たい感触がそこにはあった。
「さて、雑魚どもはヤられちまったみてぇだが、これで形勢逆転だな」
視界に映る友人たち。涙子、麦野、光子、絹旗、万彬、滝壺、絹保、浜面、御坂。全員が臨戦態勢だった。
(私なんて捨てて帰ればいいのに)
仲間に対する裏切り? そもそも裏切った人間、嘘を吐いていた人間をどうしてそこまでして守らねばならない。彼女たちの今の行動がまるで理解できなかった。
……いや、それは嘘だ。
私も、多少理解できる。理解してしまえる。
たとえ、短い付き合いでも、嘘を吐かれていても、浅い付き合いでも、禍根を残していようとも、彼女たちにとって、私は
『友達』のために無謀だと思えても挑む。その精神性は、私にとって不要なものだった。持つべきでないものだった。だが、それが理解できる。そもそも私も、涙子を助けることを自分の命より重視した時点で同じ穴の狢か。
臨戦態勢になった能力者たち。でも、私には後ろの男の狙いが分かっている。
今まで見せた能力。水にさえ注意をすればいい能力と、残りは破壊力を伴った大規模な能力だ。そしてそれらは後ろの倉庫の爆発物を気にかければおいそれとは使えない。
その隙に、この男は言うだろう。
『俺を殺したら後ろの倉庫が爆発するぞ』と。
「俺を殺したら後ろの倉庫は爆発する」
ああ、やはり。
その言葉に全員の顔が厳しくなる。一撃で男を潰さなければ、私は撃たれるだろう。だが一撃で動けなくすることは、殺すこととニアリーイコールだ。だから、これで確実に動きづらくなったことだろう。
動きを制限した。次は、……私なら追加で制限を加える。
「この女はテメェらに返してやるよ」
私は背中を思い切り蹴られる。前に転び出た瞬間に、ふくらはぎを撃ち抜かれた。……大丈夫、アキレス腱は切れていない。痛くて運動能力が落ちただけで喪失はしていない。
私の体を受け止めるのは、攻撃力に劣る絹保、万彬、涙子。優しく受け止め心配気に見て、脚から止めどなく流れ出る血に顔を青褪めさせる。絹保が能力で取り敢えず流血を止めてくれた。便利な能力だ。
多少の冷や汗は流しても、撃たれたのに大きく表情を変えない私は不気味だったのだろうか、万彬が少し名状しがたい顔をしている。
涙子は、……何だろう、この顔は。
考察する間もなく、男は次の手を打った。左手に持ったリモコンのスイッチを入れた。
キィィィィィィン!!!
辺りに響く甲高い音。脳の中をかき回すような不快な音。
それを聞き、光子と絹旗に滝壺が激しく苦しみ、麦野と御坂も頭を押さえている。万彬と絹保も必死に痛みを堪えている。私の脚から血が再び流れ出した。
これは、……キャパシティダウンだ。
一時期街のスキルアウトどもの間で流れたものを押さえたのだ。あれは何だったのだろうか。誰かが意図してばら撒いたように思えたのだが、今となっては分からない。
本当にツいていない。キャパシティダウンは存在を知ってから、結局二台しか手に入れられなかったのだ。ここと、ここから三km離れた倉庫にしかない。それを引き当てられるとは。
このキャパシティダウン、効果は主に高レベルの能力者に発揮される。しかし、レベル五までいくと逆に本人たちの馬鹿げた資質のせいで効かなくなる。それでも弱体化は激しいのだが。これで、こちらの主戦力たる能力者は封じられたようなものだ。御坂が出せるのは微々たる電流だけであろうし、麦野の能力はそもそもが莫大な演算を必要とする。まともに使えるわけがない。
浜面と涙子と
それは、私がもう高能力者でないということを示していた。
(なんで、かな……)
脚の痛みで能力が使えないのではない。
ましてやキャパシティダウンのせいでもない。
ということは、帽子がないせいで欠けている演算能力が原因ではない。
ならば、演算能力でないもう一つの能力の構成要素。すなわち、『
思わず、失笑する。
今、私の能力が十全な状態であれば、武装をいくらでも手元に呼び出せ、男も近くに転移させてぶん殴れただろうに。必要なタイミングで失われている。ただでさえピーキーなのだから、タイミングくらい読んでほしい。
男が、一人だけ反応が違かったからだろう、私に銃を向けた。
「何笑ってやがる。テメェ、いい度胸してんじゃねぇか。見たところ無能力者か、低能力者だが、テメェどこのどいつだ? あぁ?」
「な、成辺るん」
「はん。聞いたことねぇ名前だな」
ああ。今更、自分を偽って何がある。でも、『アイテム』が見ている。
他の能力者と違って、まだ多少の余裕がある御坂と麦野は隙を窺っている。浜面もだ。涙子は光子たちを慮るしかできない。キャパシティダウンの本体がどこにあるのか分からない以上、現状を打破するのは困難を極めた。
こんな状況、いつかもなった気がする。
あれはいつだったか―――
▼ ▼ ▼
私は
その頃の記憶は、幼く物心もついていない妹を護らなければ、というものだけだ。
しばらくして、私たちはある研究所に引き取られた。
その研究所、所員は何人かいたが、中核を担うのは一組の老夫婦だった。その老夫婦はとても優しい人だった。引き取った孤児たちを贔屓せず、施設のように養育しながら無理のない実験だけを行っていたのだ。
今思えば、怪しすぎる。学園都市に、そんなまともな研究者がいるのだろうか。いや、いたとしても自分の研究所を持てるのだろうか。今なら間違いなく、『裏』があると確信する。
だけれども、そのときの自分は素直だった。同じ境遇の子供たちが他の研究所でどれほど悲惨な目に遭っているのかを知らされていたから(それも策の一つだったのだろう)、よくしてくれる老夫婦に何かを返そうと、能力開発も勉強も運動も、何もかも一生懸命にやった。
そして私の能力は、メキメキと伸びていった。同期の中でも。
珍しい転移系の能力。さらに言えば、一般的なものとは方式が違う特異例。能力強度は当時はレベル三だったが、それでもかなり高い出力を誇っていた。研究所の一番の期待株だった。
だが、私はそんな生活を続けていたとき、たしか五年前だっただろうか、真実を知った。
その頃の私の趣味はスパイごっこ。誰にも見つからないように所内を歩き回ることだった。そして、老夫婦が話しているのを聞いた。
『あの金髪のガキ、今度売り払うかい?』
『姉は優秀だったけどねぇ。妹は芽が出ないじゃないか。そろそろ一斉に処分するかね』
私は驚きを抑え切れなかった。でも、見つかってはいけないと何とかその場を逃げ出した。なぜなら、妹を守らねばならないから。
孤児の中で血縁がいるというのは珍しい。外国人を中心に置き去りを集めていたから所内に金髪は一定数いたが、姉妹なのは私たちだけだった。
私は悟った。老夫婦は実際は優しくなどないのだと。全てが打算だったのだと。今、ここを妹と共に離れねば互いに離れ離れになってしまうと。
そのとき、私の能力は変わった。
以前は、手元の物体の入った空間と、遠くの空気だけの空間を入れ替えることができた。しかしそれ以降はそれができなくなった。老夫婦曰く、『内向的な性格の能力』になったそうだ。その分出力は上がってレベル四になったため満足気だったが。
能力の変化は、私にとって大きなマイナスだった。自分の能力が以前のままであれば、脱走など非常に簡単だったのだ。一つの有効な手段が失われた。そこで私は所内の孤児たちを煽った。事実を伝え、逃げねばならぬと扇動した。
脱走は何度も行われた。そして、そのほとんどが失敗した。
一度目の脱走が失敗してから、研究所には警備員が配属された。それによって二度目からは無謀としか言えない試みになっていた。でも、私は孤児を脱走に走らせ続けた。そうすれば穴が見つかるだろうと思って。
孤児のことを私は仲間と思っていなかった。ただの知り合い。よって鉄砲玉だった。
また、孤児を実験台にして新しいことを知った。一度は失敗しても帰ってくるが、二度目に失敗した者は戻ってはこなかったのだ。それを知った私は、脱走の度に姿を変え、声を変え、仕草を変えた。私は最も多く脱走を試みた孤児で、唯一二度目以降の失敗で帰ってきた者だった。
やがて、相次ぐ脱走により孤児の数が減った。私たち一人一人への監視が厳しくなり出した。そこで、私たち置き去り一同は、最後の大脱出を決行した。
結果? 実に簡単なことだ。成功したのは私と妹だけ。他の者の末路は知りたくもない。
私はその作戦を事前に老夫婦に告げていたのだ。内通、ということだ。そして脱出作戦の失敗に乗じて逃げ出した。やはり、姿を変えていたために脱走するような存在だとマークされていなかったのだろう。老夫婦を騙すのは容易かった。
あの脱出のとき、数多の能力を持った置き去りたちが皆地に倒れていた。私もそこに紛れて。まるで知らん顔で、連れてこられてしまいました、という顔をして。
老夫婦は私を立たせて言ったのだ。
『こいつらは、お前が責任を持って処理しなさい』
『そしたら、そうね、妹は生かしてあげる。それから研究チームにも所属させてあげるわね』
……。
必死に練習していた格闘技で老夫婦の虚を突いて、倒れた置き去りを囮に私は妹と逃げ出したのだった。
研究所を抜けて、結局『闇』に捕まって、妹には手を出さないという条件で研究され、暗部に入った。
そして、今ここにいる。
▼ ▼ ▼
遠い過去が流れる。暗部の戦いの中で擦り切れた記憶。
今、それが再現された。
「おい、お前、その銃でお友達をぶっ飛ばせ。そしたら仲間にしてやる。強盗した分も、山分けにしてやろうじゃねぇか」
私に向かって、拳銃が投げられた。
フレンダの能力の変化ですが、
以前
・自分側『空気だけ』相手側『空気だけ』
・自分側『空気だけ』相手側『物体イン』(アポート)
・自分側『物体イン』相手側『物体イン』(入れ替え)
・自分側『物体イン』相手側『空気だけ』(テレポート)
が可能だったのが、
以後
・自分側『空気だけ』相手側『物体イン』(アポート)
・自分側『物体イン』相手側『物体イン』(入れ替え)
だけになった感じです。
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セイヴェルン、復活
私は、虚ろな瞳で足元に転がる拳銃を眺めた。
つまり、あの男はこう言いたいのだろう。
『死にたくなければ仲間を殺せ』
『自分の命と仲間の命を天秤にかけろ』
と。
頼りの能力者は全滅。涙子に戦闘力を求めるのはお門違い。浜面と、キャパシティダウンの中でも目を爛々と輝かせている麦野は男に特別警戒されている。
体格もなく、武器もなく、高能力者でもない私だからこのような選択権を与えられたのだろう。忌々しい。
「おうおう。スゲェ目で睨むなぁ。ますます仲間にしたくなったぜ」
頼んでもいないのに朗々と男は喋り出す。そういうところが小物臭い。マウントを取っていると確信した瞬間から相手をいたぶり始める。驕った能力者と何一つ変わらない。過去の遺物たる老夫婦の記憶と何の差異もない。
「あの雑魚ども、ちょっと裏でたむろってたのをボコって持ちかけたらすぐに食いつきやがった。そんな何も考えてねぇ頭だから失敗したってのにな。それと違って嬢ちゃんは頭を使えるみてぇだ」
ククと笑う。男は拳銃を持っていない左手から爆弾を投げた。それは動き出そうとしていた浜面の目前に落ちる。
「下手なマネすんじゃねぇぞ。俺からは全員が見えてる。次は点火したブツを投げてやる」
この男の狙いはわかり易い。実際、ここで問題を起こす気はないのだ。本来、彼らはこの倉庫でほとぼりを冷ましてから強奪した物を裏に流す気だったろうから。男が一人になろうともそれは変わらない。下手に爆発などさせて
それがわかったところで私の取れる選択に変わりはない。この男に従うか、従わないか。
従うなら、まずは麦野から潰すべきだろう。浜面を狙うフリをして麦野を撃ち殺す。そうすれば向こう側についた後が楽だ。
従わないなら? 男はどうするだろう。警備員に感知されることを覚悟で私たち全員を吹き飛ばすか。そのあと、全力で逃げればまだ勝ち目は残る。私たちを潰さない可能性はあるだろうか。キャパシティダウンを付け続けてここを立ち去る。まず、ないだろう。キャパシティダウンは音響兵器だ。少し脇にそれれば効果を失う。それから男を追撃するかもしれないと思えば、潰さないことはない。
つまり、『私は生き残る』か『私も生き残らない』のどちらか。
無論、能力者の誰かが集中力を取り戻すかして男をぶちのめせば別だが、この倉庫のキャパシティダウンは私が手を入れて強力にしてある。慣れるまで、少なくともあと二、三分は要るだろう。麦野を間近で観察してそうなるように設計したのだから。
男は私にまだ語りかけてくる。
「で、嬢ちゃんはどうする?」
顎で拳銃をしゃくる。私に拾え、ということだろう。拾った。その間に男は左手に三本のロケット爆弾を持った。あれは片手でも発射できるように調整したタイプか。嫌な男だ。確実に倉庫の中身を選別している。
拾った拳銃は学園都市製のもの。精度、装弾数、威力、弾速、すべて秀でていないのだがほぼ無音の発射ができる。生じてしまう音はBB弾が床に落ちる程度。確かに、この拳銃ならば警備員への警戒も十分と言える。
まあ、それは表面的に見れば、であり男が私が行ったカスタムに気づいていないということでもある。それがわかったところでどうしようもないのだが。
「……私に、
「ああ。むしろそれ以外の意味に聞こえたか?」
顎を上げて見下す目線で男は言う。どうしてここまで小物のように振舞えるのだろう。いっそ見事だ。
『友達を裏切るのか』。研究所から逃げるとき、散々置き去りたちから言われた言葉。何の変哲もない。同じ言葉だ。
「それで私にメリットは?」
「はん。時間稼ぎのつもりか? ……テメェは仲間を撃てば生き残れる。撃たなきゃ死ぬだけだ。お友達は死ぬことが決まってるからな。ただ一人テメェの手で殺ればいいだけ。簡単だろ? これ以上無駄な時間かけさせるな」
男の機嫌は悪くなる一方。レベル五が戦線復帰するまで時間を稼ぐという作戦は実行困難だ。
仕方ない。
諦めよう。
どうせ、光子たちとは今日会った仲だ。
どうせ、御坂とはかつての敵同士だ。
どうせ、『アイテム』は一度裏切っている。
どうせ涙子も、
私のことを信じてなどいない。
そもそも信じられる素養がない。素地がない。私は本当のことなど伝えていないのだ。嘘ばっかり。自分がフレンダであることを否定して、成辺るんなんていうモノに偽った。
結局、こんな人間を信じられる訳がない。
私は
(なんで。なんで、手が震えるの!?)
そもそも、私のこの学園都市でのまともな生活は裏切りから始まったもの。『アイテム』にいたときだって、細かくて見過ごされていたが裏切りとも取れる行為をいくつも行った。そして最終的に、確実に裏切った。
だから、今更『友達』を裏切る程度で動揺するはずなどないのにッ!
だから、その顔は何なんだ涙子ッ!
涙子が、恐怖に怯えながらも、何かを覚悟したような顔で私に告げた。
「……成辺さん。『今度こそ』二人で鯖缶料理食べましょう?」
ああ。バレているのだ。それがよくわかった。それもそうか。涙子には私の戦う姿を一度見せていた。さっきの戦闘でそこを結びつけたのだろう。
それにしても、『今度こそ』『二人で』か。いまだにこの窮地から万全の状態で抜け出せることを微塵も疑っていない。
よくわかった。
この顔、なぜ私がわからないのか。少し前なら、それこそ二ヶ月前ならわかったであろうに。
この顔は、諦めていない顔だ。不屈の。不撓の。可能性を信じた顔だ。
私は、いつからこの顔をしなくなっただろうか。……きっと、『フレンダ』を捨てたとき、『成辺るん』になったときからだろう。あのときから、私は驕った強者に敗北を叩きつける役から、強者が驕る原因の役になったのだ。
ハハ。
今度はちゃんと漏らさずに、心の中だけで嗤う。
何が『適度なところでの諦めが大事』だ。適度なところの前で諦めてどうするッ!!
(気張れ、私! 涙子に負ける気かッ!)
そもそも、私はどうして諦めていなかったんだ! どうして麦野から逃げた! どうして『アイテム』を裏切った!
―――それは、全部『友達』のところに帰るためだろうがッ!
『アイテム』を一時裏切ったのも、ひとまず生き延びて『アイテム』に戻るため。
生きたいと願ったとき、脳裏を過ったのは『友達』と妹。
私は、『友達』と再会するために生きたかった。諦めたくなかった。決して、生き延びるために生きたんじゃない!
「おい。どうした、嬢ちゃん? そこまでして、今更怖気づいたか?」
「……」
「どうせなら、その女じゃなくて、あっちのにしろよ」
男が麦野を指差す。改めて一々頭の回る面倒な男だ。
「おい! 早くしろよ、成辺るん!」
動きの停まった私に男が怒鳴る。
「私は、」
「あ?」
「私は―――」
腹の底から、自分に溜まった汚い部分を、醜い部分を、すべてすべて吹き飛ばすように声を出した。
「私は―――、
叫ぶと同時に、前へ駆け出す。男が一瞬虚を突かれる。
どんどんと頭が痛くなる。これが、能力が戻った、
私は拳銃から一つ、パーツを取り外す。
男が左手の爆弾を三つすべてこちらに放り、同時に右手の拳銃でこちらを狙った。
私は一発、大きな発砲音と共に弾丸を放つ。
(暗部を、『闇』のレベルを舐めるなって訳よッ!)
若干左右に振れる私に、男が照準を合わせるよりも先に私が発砲して男の武器を剥奪する。
そして、私の目的は武器の剥奪よりも別のことにあった。
あの拳銃に私が施した改造はただ一つ。あるパーツを外すことで消音機能を停止させるものだ。それによって発砲音が鳴り、鳴らないと思っていた男は動きを止める。さらに、耳元でそれだけの音がしたのだ。私の耳はしばらく役割を果たさない。しかし、同時に頭をかき回す音も聞こえなくなった。
音響兵器。音の振動によって、手で耳を押さえる程度ではカットできない騒音を与える。それがどうした。耳元で、それよりも大きな騒音を聞かせればいい。音は掻き消え、何より振動を受け取る鼓膜がその役目を放棄する。そうすれば音響兵器なんて怖くもなんともない。
そんな私に、三方向からロケット爆弾が迫る。
(久し振りだけど、やっちゃえ!)
私は能力を使う。普段は演算ミスが恐ろしすぎて、近接戦闘では兵器を転送する以外に使わない能力を互いに動いた状態で使う。
一つのロケット爆弾、それの半分よりも前だけが綺麗に私の後方へと落ちた。そして制御をうしなったもう半分が慣性で進んでから落ちる。
私はこの爆弾を導入するにあたって、材料さえあれば自分で作れるほどに構造を理解した。だからこそ、どこで切断すれば不発弾とできるかが分かる。
私の左右から同じタイミングで迫る残りの二つを同時に処理することはできない。だから別の処理方法を使う。私の右から迫るロケット爆弾を左側に転移。そこまで高度な追尾システムがあるわけではないから、そのまま進んで二つのロケット爆弾がぶつかる。
このロケット爆弾は本来、片手で持ってもう一方の手で発射するものだ。それを片手を振ることで反動で発射するように改造した。そしてその際に暴発の危険性が高まるために威力を下げた。
その下げた威力は、二つが爆発したタイミングで前を行けば爆風に乗れる程度。追い風を受けて、私は一気に男に肉薄する。
男の顎に掌底を放つ。男はそれを本能的なスウェーバックで躱した。そこを足払い。倒れゆく男はポケットからナイフを取り出し、
「―、―――――――――――――――――!!!!」
男の喉に向けて振り下ろしていた踵をずらす。唇の動きと展開から、『俺が死んだらテメェら道連れだからな』とでも言ったのだろう。そしてそれは事実に違いない。
だが、事実だからと言ってここでこの男への攻めの手を緩めるわけにはいかない。そうすれば先ほどの、いやさっきよりも酷い事態になるのだから。
だから、
(能力、発動―――!!!)
交換対象は、目の前の倉庫と、三km離れたところにあるもう一つの倉庫!
倉庫の寸法は全て同じにした。だから倉庫の形の空間を交換すれば周囲に被害は出ない。
だが、私の能力についた制限を突破した。
私が普段交換する空間、そのどちらかは体表面から三十㎝程度の範囲にある。なぜなら、私は自分を座標軸上の目安として計算しているから。今回の倉庫、そのどちらとも私は接近していない。
私が普段交換する質量、それは交換する双方の空間内の質量の総和で五t。倉庫を二つ足せば優に超える。
このどちらも、私の演算能力からくる制限だった。
今の私は、演算補助器を失っている。
(それが、どうしたっつーの!)
(私は、私! 結局、大事なのはそこだけって訳よ!」
演算能力が足りない? 知ったことか。私ならできる。フレンダ=セイヴェルンならできる!
声に出ていたかもしれない。そしたら、少し恥ずかしいな。
目がチカチカする。ああ、視界が白く染まる。知ったことか。私は能力を発動させた―――。
バイバイ『成辺るん』
おかえり『フレンダ』
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セイヴェルン、快復
さて、突然ついでに、多分次話最終回です。
「……ん。ぅ?」
目を開く。まず目に入ったのは、空ではなく天井。でも、私の意識を持っていったのはカエルだった。
「おや? 目が覚めたね?」
「うげ、なんでアンタがここにいるって訳よ」
「ここは僕の病院だから僕がここにいるのは当たり前だね?」
そこでようやく周りの光景を確認する。
そこは個室の病室。自分が横たわっているのはリクライニング式の病人用のベッド。カエルが座っているのは簡素なパイプ椅子で、その手にあるのはクリップファイル。見なくともわかる。そこにある紙は私に関するカルテだろう。
左を見れば、大きな窓。そこから覗く景色は確かに私がこのカエルに匿われていた病院近く。これは認めざるを得ないか。
諦めて私はカエルを見る。視線に込めた思いはきちんと汲み取られたようだ。
「君がここに戻って来てから今日で三日目、まさか僕もこんなに早く再開することになるとは思わなかったね? 脚の治療と出血の対処は既に完了しているから、あとは君が目覚めるのを待つだけだった。ああ、気絶の原因は能力の暴走による過負荷。ただの演算過多みたいで影響はないから幸運だね?」
……汲み取られていなかった。別に私は治療の進行度を聞きたいのではない。この医者の異常な腕はとうに知っている。あの程度の怪我ならこの医者にとっては片手間だろう。
それではない。私が知りたいのは―――
「ああ、そうだ。君を連れてきた娘たちから伝言があるね? 『フレンダ。アンタのおかげで武器を奪えたから問題なく制圧したわ。起きたらしっかり事情を訊くから大人しく待ってなさい』だそうだ」
麦野の口調をカエルが喋っているのは中々キツい光景だった。
(そう、か)
麦野のメッセージの内容的に、そこまで怒っているという訳ではなさそうだ。『おかげ』なんていう言葉を使うあたり、色々とお咎めなしの方向なのかもしれない。
それから今の体調に関してカエルに幾つか尋ねられて、結果、今日のそれも今から退院することが決まった。
退院にしても準備など何もない、そう思ってカエルが病室から出ていって、閉じたドアがすぐに開いた。
「フレンダ」
「む、麦野……」
もう少し心の準備を!
▽ ▽ ▽
久し振りの『アイテム』全員での会合。そこで、私は大量に情報を詰め込まれた。
「え!? 浜面が麦野に勝った!?」
「滝壺が倒れた!?」
「ロシアまで行った!?」
「浜面がまた勝った!?」
「てか、やっぱり第三次世界大戦って厄ネタばっかだったって訳!?」
「垣根帝督が復活!? しかも綺麗になった!?」
それらは驚くことばかり。でも、やっぱり一番は。
「フレ、メア……」
「おねーちゃん……」
「フレメアぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「おねーちゃぁぁぁぁん!!!!」
私は、死んでも変えたくなかった同じ髪を持った大事な、大事な妹を抱き締めた。
泣く。泣く。泣く。二度と会えないと思っていた。でも、会えた!
喜びで前が見えない。折角会えたフレメアの顔が歪む。
「フレっ、メアぁぁぁ」
「おねぇちゃぁん」
二人でわんわんと泣く。泣き声が共鳴する。反響する。
しばらく皆の目を気にせずに泣き、
「あー、もう、うるさい」
麦野に頭を叩かれた。
「痛いぃぃぃ。麦野、何するって訳よ!」
「泣くのはこれからいつでもできるでしょ。もっと建設的なことを話しましょ」
ある意味、麦野の言う通りだろう。
『成辺るん』と身を偽ったとき、『フレンダ』に繋がるからとフレメアに接触することは諦めた。だからこそ、偽らなくてよくなって会えるようになって、本当に嬉しいのだが。
しかし、それとは別に話さなくてはならないことがある。
「……フレン「麦野!」
これだけは、譲れない。先に言わなければ。
「私、……私のこと、許してくれる?」
麦野の目が震える。絹旗や浜面が少し気不味そうな顔をする。滝壺は……分からない。
「それは、……そうね。正直なところ、まだ許せない部分はあるわ」
一度瞑目してから、そう麦野は言い切った。
自分の肩が張るのを自覚した。
「でも、もう私の報復は終わったわ。ダミーを掴まされた、ってのはある意味ムカつくけど、それだけ。それに私もアンタを殺しかけた。その事実はアンタが裏切ったことと同じで、生き返ろうが、無事に生きていようが変わらない。逆に聞くけど、フレンダは私のことを許せる?」
麦野は、正直に今の気持ちを言葉にした……ように思える。今の麦野にはプライドはあっても虚飾はない、そんな気がする。超能力者らしくない。第四位らしくない。でも、それもやっぱり麦野らしい。
「……確かに、許せる部分もあるけど許せない部分もある訳よ。結局、私が裏切ったのがいけない訳だけど、殺されそうになったのは不服。……でも、どんなに許せないところがあっても、結局私は皆といたい」
今の気持ちを言葉にする。まだ、足りない。
「やっぱり、その、私にとって『アイテム』は、大事な友達って訳よ!」
最初は広く浅い友達の一端、そう思っていた。でも、一度裏切っても帰りたいと思うようになった。広い友達の、その中での深い友達になっていた。
遠回りした。それがようやくここまで来た。
「…………」
麦野は黙りこくる。私は唾を飲む。
「…………」
「…………」
「…………」
「……「あー、もー! 二人とも、超雰囲気が重いんですよ!」
今まで沈黙を保っていた(情報提供のときには喋っていた)絹旗が叫んだ。
「私は、結局全員生きてますし? 超全然構わないですけど?」
そっぽ向いて頬を膨らませ、拗ねたように言う。
その絹旗の様にぎょっとしつつも浜面と滝壺が続けた。
「そうだな。俺もそう思う。実質的に被害はゼロだ。別にいいんじゃねーか?」
浜面も絹旗のように最後にかけて段々と顔を背ける。
照れてるのか。超キモい。
「はまづらのおかげで、今全員の心が揃ったね。大丈夫、私はそんなはまづらも応援してる」
滝壺の言葉の意味を理解していない浜面は、気持ちの悪い顔になる。
「……ぷっ。なんか、馬鹿らしくなってきたわ。―――フレンダ、私もできれば前みたいな関係に戻りたいわ」
そう、笑顔で言いながら手を差し出してくる。本当に、麦野らしくない。
私はその手に恐る恐る自分の手を重ねた。
「これで、本当に『アイテム』復活ね。これから、よ・ろ・し・く」
『よ・ろ・し・く』が『夜・露・死・苦』に聞こえた気がしたが、気のせいということにする。
それから、少し話して、すぐに麦野たちは立ち上がった。
「それじゃ、
次の見舞客? 頑張る?
首を傾げた私は、『アイテム』と入れ替わりに病室に入ってきた面子を見て納得する。
「フ、レ、ンダさーーーーん!!!!!」
「ぐふっ」
腹部に直撃する衝撃、そして重み。同時に聞こえた名前を呼ぶ声は涙で濡れていた。
「ちょっ!? 涙子!?」
「ブレ゛ン゛ダざぁぁぁ゛ん!!!」
私は自分の手元で泣いて蹲る涙子に手を焼いた。救いを求めるように、涙子と共に病室に入ってきた面々に視線を向ける。
皆、顔を見合わせて呆れたような表情になる。
「佐天さん、ずっと心配してましたからね~」
頭に花を生やした少女がそう言った。
御坂もそれに頷きを返す。
「そうね。大体、アンタがあんな大規模な能力を使って倒れるからそんなことになるなじゃない。自業自得ね」
そんな、無体な。というか、それより。
「……アンタたちは私のことに驚かないって訳?」
「驚くことなら、ねえ」
「この数日で済ませてしまいましたわ」
「ええ。そんな綺麗な御髪をお持ちでしたとは。わたくし驚きましたわ」
いたずらっぽく光子、絹保、万彬が笑う。
私は目を白黒させ続ける。あ、白黒と言えばバクも付いて来ていた。
「む。わたくし、何やらバカにされた気がしますの」
「結局、それって思い込み、自意識過剰って訳よ」
むきー、とでも言いそうな雰囲気をバクは醸し出す。が、私と大した接触はないのでスルーする。
「……さっき、麦野たち、えーと、あのときの人たちだけど、とも話してたんだけど。結局、私のことをみんなは許してくれるって訳?」
その言葉を聞いて、皆は視線を交差させる。
「昔のこと。あれは仕事だったみたいだから、発言は別として何も感じてないわよ。他は、何かあった?」
「わたくし、その輝く御髪を見せていただけなかったことは無念ですが、今、こうして見られていますので特に何も」
「わたくしも不都合も何もありませんでしたし」
「ええ。許さなければならないようなことはありませんでした」
全員が真を置かずにそう応えた。
いつの間にか泣き止んでいた涙子もそこに加える。
「私は、フレンダさんにまた会えたから、むしろ感謝です!」
ひまわりのように笑う。その笑顔はとても綺麗だ。私の髪なんかよりもずっと。
「じゃ、じゃあ、私と友達でいてくれるって訳……?」
『当たり前(よ)(です)(ですわ)(ですの)!』
また涙腺が緩む。瞳を潤ませて、視界を歪ませて、でも涙は我慢。
涙子が時計を見て叫んだ。
「あっ、もうこんな時間! すみません、私たちは一旦行きますね。それでは、
そう言うとそそくさと全員出て行った。まるで嵐のような数分間。
私はホッと息を吐いた。
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セイヴェルン、友達
……筆がここまで乗らなかったのは初めてです。
さて、あれだけ嵐のように私に与えられた個室を騒がせた面々が全員帰った。嵐なだけに帰るのも疾風怒濤の勢いだった。
私がこの部屋に残る意義はない。治療に関してはあのカエルのお墨付きが出ているし、実際体に異常は感じない。むしろしっかり休んだ分好調な程である。
特にまとめる荷物もなく、与えられた大量の情報の咀嚼と、生の余韻に浸っていた。そこに、見舞客が帰ったのを確認したのだろう、ナースが入ってくる。
(む、美人)
純白のナース服がよく似合うボブの美女。年は二十台の半ば、スカートの裾から伸びる脚は溌溂としながらも規律のある動きを見せる。
そして、胸の特定部位に恵まれた女性だった。
少し、ほんの少しだけ脳の血管に血流が多く流れた。
脳に血が巡って、思い出すのは見舞い勢の中にいた一部。
血液の勢いが増した。
不思議そうに私を見つめるナース、それを見て少し息を吐く。
久し振りだった、こんなくだらないことを考えたのは。考えられたのは。こんなことで平和を感じるとは、我がことながら何とも馬鹿らしい。
穏やかな思いのまま、退院手続きを終える。それとは別にカエルへの伝言も頼む。借りていた口座と使った金は全て返却する、と。人員の管理と個人の管理にずさんな学園都市暗部、どうやら私を死亡扱いにすることを忘れていたらしい。実に間抜けだが、これで私はかつての自分の財産を全て取り戻せる。もう、カエルの援助は必要なかった。
そうして手続きを終え、何事もなく、病院を出る。
この間退院したときはかなり動揺していたし、不安も多く抱えていた。それとは正に百八十度違う。前には見えなかった色々なものが目に入ってくる。視界が色鮮やかになった気がする(実際、金髪の地毛が視界をちらつくので色彩は増えているが、そういうことではない)。
軽やかに足を進め、あのアパートに帰ってくる。
階段を上り、涙子の部屋の前を通り過ぎ、『成辺』という表札のかかった部屋に辿り着く。そして、私は気づいてしまった。
「あれ? 私、鍵持ってたっけ?」
あの日、光子たちとの待ち合わせのために部屋を出たとき、間違いなく鍵はかけたし、持って出た。だが、その後色々とあって、今日目が覚めたとき、私は病院着だった。当然だ。まさか搬入してきた患者を私服のまま治療し、剰えそのまま数日間も放っておくはずがない。
そして私も、当然起きてからあの日着ていた服(洗濯はされてあった)に着替えた。洗濯されたのだから服に鍵は入っていない。
いや、待て。落ち着け、私よ。今、左手に持っているものは何だ? ……ハンドバックだ。あの日、出掛けるのに持ったもので、病室にあったから勿論持ってきた。そして、鍵はどこに入れた? ……ハンドバックだ。
(ふぅ。焦ったって訳よ)
「いやあ、まあ、それで見つかるなら、結局私も焦らないって訳よ」
手に触れるのは、金属製の鍵ではなく、―――紙。入れた記憶のない、紙。
それを取り出して読んだ。
『やっほー! これをどこで読んでるかな? 結構ヌけてるから、もしかして部屋の前? だとしたら悪いことしちゃったなぁ。ははは。
―――あなたの部屋の鍵は預かった。返してほしければ、第七学区の……下に地図描くからそこに来てネ!はあと』
誰だ、これを書いたのは。いや、私の頭の中では当然のごとく二つ隣の部屋の主がこれを音読してくれているが。ちなみに、最後の『はあと』だけ筆跡が違う。流石にあの子もそこまでセンスに乏しくない。
この筆跡は……、この微妙すぎる汚さ、見覚えがある。汚いのに、ところどころに美しさが……微妙に芽生えない。これは浜面の筆跡だ。
(いやいや、流石に浜面もそこまでキモくないって訳)
だが、たとえば麦野に『何か面白いこと書けよ』とか言われたらどうだ? ……ありうる。
という訳で、この紙はきっと今日の見舞グループの双方が関係しているのだろう。
添付された地図を見る。それは手書きらしく正確ではなかった。しかし、正確さと人をきちんと目的地に連れていけるか、というのは別だ。この地図、正確ではないがとても分かり易い。
それによると、どうやら第七学区内のある場所に呼び出されているようだ。私は記憶を辿り、そこがただの貸し倉庫であったことを思い出す(私の装備の倉庫の候補地でもあったのだ)。しかし、確かに部屋の前で読むことになったら悪いだろう。この場所、病院を挟んでこのアパートと反対側にある。盛大な無駄足だ。
はぁ、と溜め息一つ。そして、一つ良いことを思い出して、吐き出した息を吸った。
▽ ▽ ▽
アパートの廊下から、一旦外壁に出て、隣の建物の壁も使って三角飛びの要領で屋根に上る。普段と違った視界になる。
私は呼吸を落とし、強制的に心拍を下げる。心を落ち着かせ、脳を澄ます。
少し遠くの、別の建物の屋根を一度見つめ、目を閉じた。
目を開く。
少し遠くの、別の建物の屋根の上にいた。
「ッし!!!」
嬉しくて、嬉しくて。思わず大きくガッツポーズをする。
何だったか、あのときの老夫婦の解説を借りれば、『外向的な能力』に戻ったのだろうか。私は、テレポートが使えるようになっていた。
しかし、喜びも束の間、くらり、と足元が揺らぐ。慌ててしっかりと踏ん張る。
今までとは違う。自分を基準として座標計算を行うがために、自分の座標をずらすことは苦手だった。それが今ではここまで気楽にできた。それに、苦しみを与えてくる演算負荷も、かつての自分にかかっていたものに比べればどれだけ楽なことか。
一度限界を超えて脳を酷使したのが良かったのか。そういえばあのカエルも言っていた。人の最大の武器は学習能力だ、だとかなんとか。私の脳も学習して強くなってくれたに違いない。
だとすれば、連続使用だ! 使えば使うほど強くなる、だとするなら酷使するに限る!
私は手を突き上げた。本音を言えば、歩いて貸し倉庫まで行くのが嫌なだけだった。
途中、何度も倒れそうになり休憩を挟みながら、ようやく私は貸し倉庫の前に立っていた。
貸し倉庫を眺める。外観からうかがえるような違和感はない。しかし、外装が変わっていないだけで中身はどうなっているかは知りようがない。
さあ、白を切るのもここまでにしようか。
私には、今回のネタが既に理解できていた。
覚えているだろうか? 私はあの日、涙子が私に隠れてサプライズを企画していると睨んでいた。あんな事件があったために流れていたそれを涙子が再び企んだのだろう。そして、あの涙子のことだ、きっと私の知り合いと見て麦野たちにも声をかけ仲間に引き込んだのであろう。
つまり、この貸し倉庫の中では彼女たちが今か今かと私を待ち受けているのだ。そしてその周りにはパーティー仕様に飾られた内装があり、きっと家庭力に長けた涙子の手料理なんかが並んでいるのだ!
しかし、悟られてはならない。私がサプライズに気づいていたなど気づかせてはならない。それこそ準備してくれた人に失礼というものである。こういうものはたとえ気づいたとしても言わないことが様式美なのだ!
(ただ、一つだけ疑問があるって訳よ)
その疑問、とは貸し倉庫のことだ。ここは私が使おうか悩んだような倉庫、つまりは広い、高い、でかいの三拍子揃った倉庫なのだ。あの人数でのサプライズパーティー、この広さが必要とはとても思えない。
私は、一抹の不安を抱きながら倉庫の扉(私が改修したわけではないから扉がついている)を押し開いた。
ゆっくりと開いていく扉に飛び込む。
飛び込んだ私を迎えたのは、無数の銃弾……ではなく大量の紙くずだった。
「ひゃっ!?」
『おかえりなさい! フレンダ!』
大量の、加えて色とりどりの紙切れに可視範囲を極限まで狭められた私に、大音量の音声が聞こえてきた。その声は皆一様に同じ言葉を叫んでいる。しかし、その声色は様々。老若男女、訛りのある方言混じり、外国語まで聞こえる。そして、何より私に辿り着いた声の量が異常だった。それこそ、まるでこの倉庫が人で埋まっているような……、
「な、な、何って訳よ!!??」
大量の紙くずは床に散らばり、視界が広がる。しかし、今度は紙くずではなく人混みによって私の視界は埋められた。
人。人。人。倉庫の高さも使って立体的に人が詰め寄せている。
落ち着け、落ち着け、私。何、ただのサプライズ、サプライズだ。想定内、想定内なんだ。ほら、この演出をするために人を金でかき集めたに違い……ある。
少し落ち着いてみれば、その人混みが全て知り合いの、ううん、
唖然としている私に、麦野と涙子が歩み寄ってきた。
「どう? 驚いた、フレンダ?」
「へへ、ただのサプライズじゃつまらないかな、と思いまして」
ドヤ顔を披露する麦野に、にへらと笑う涙子。私も半開きで固まっていた口の形を三日月型にした。
「超驚いた、って訳よ。結局、私の想定外だったぁ」
何が様式美だ、全然わかっていなかったではないか。
「このために私たち超頑張ったんですよ? フレンダの荷物漁って、お友達の連絡先を超調べて……」
絹旗が疲れた疲れた、と肩を竦める。
そんな絹旗をしり目に、サプライズは続く。
倉庫の奥から歩いてきたのは、光子に万彬に絹保。三人でワゴンを押していて、そのワゴンには巨大な、それこそ全高が私の身長よりもあるようなケーキが乗っていた。
「フレンダさん、快気祝いですわ。著名なパティシエたちに作らせました」
「わたくしたちもほんの少しですけれどお手伝いさせてもらいましたわ」
「おいしくできましたので、どうぞ」
にこやかに笑う。そして、このケーキの説明を始めた。
この巨大ケーキは何層にもなっていて、表層を食べたあとの内側も美味しく食べられるのだとか。これ、中身詰まってるのか……。ちなみに、きちんと切れ目が入っていて、見た目こそ一つの巨大なケーキだがある意味ではケーキの集合体とも言えるかもしれない。
私がそのケーキを一切れもらい(紙皿があった)、そのおいしさに舌鼓を打つ。学舎の園で食べたものに匹敵、いや、それを超える素晴らしいケーキだ。
私が食べたため、わらわらとケーキに群がってこのパーティー(?)の参加者が残りを分け合っていく。瞬く間にケーキは消失した。本当に、何人いることやら。
集まってくれたのは、皆私の友達だ。懐かしい。過去の記憶が蘇る。人数が人数なため、一人一人にかけられる時間は少ないが、多くが久し振りの現実世界での対面だ。きちんと声をかけ会話をする。
私の快気祝いらしいが、私がホストのようになってしまっている。だが、それも悪くない。
友達は皆、こぞって私の心配をしてくれていたらしい。確かに、実際に会えることはほとんどないが、私はこの多大な人脈を一切腐らせていなかった。頻繁に連絡を取り合っていたのだ。それがいきなり連絡を絶てば心配するのも当然だろう。
一旦、全員を捌き切る。友達たちも分かっているようで、私を長い間留め置くことはしない。安否が確認できればいいのだとか。この大量の人混みで新しい人脈を作り始めている。
そんな、一瞬の間隙に私に涙子が近づいてきた。
「すごいですね、フレンダさん! こんなに色んな人とお友達で! 私も人脈は広い方だと思っていたんですが、これに比べたらぜーんぜん!」
「これが年の功、ってやつよ!」
「えー、年の功ってほとんど変わらないじゃないですかぁ」
「なら、結局私がすごいって訳ね!」
胸を張る。これは私の強みだ。弱みになることも山ほどある。だけど、私が私であれる、そこの強さはこの
涙子が、少し躊躇いながらまた口を開いた。
「それでですね、えと、フレンダさん!」
「な、何って訳?」
「プレゼントがあります!」
すごい勢いで言い切られた。そしてそれに私が反応する前に、涙子は後ろ手に持っていた小さめの紙袋を私に突き出した。
「
あのとき、とは強盗に襲われたときだろう。少し申し訳なくなりつつも、私は紙袋の中を見つめて目を見開く。
そこにあったのは、紺色のベレー帽だった。
「…………」
私はそれを見つめる。あの変装、バレていたわけではない。しかし、涙子には何かが伝わってしまったのだろうか。作戦としては失敗だったが、それが無性に嬉しかった。
「……ど、どうですか? 気に入りませんでした?」
黙りこくった私を涙子が窺う。私は、そのベレー帽をいつものように頭に乗せて、大きく笑った。
「ううん! 結局、最高って訳よ!」
略してフレンダ=セイヴェルン生存記、完結です。なんて。
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