『第2次レッドダイヤモンド戦争』 (長命寺桜)
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第1話 狼の女王の帰還

「ちゃんと見ておりますわよ、と言ったはずですわ」

 プラウド・スパイヤー邸地下の薄暗い裏口。昨日数千年の眠りから彼女を起した定命の者は、昼過ぎになってようやく帰って来た。セラーナは家主の帰りを一晩中待ち続けていたのだ。彼女が眠った隙に家を抜け出したのだろう。出会ったばかりの吸血鬼を、私兵とはいえ女と一緒の家に放って行くなど正気の沙汰ではない。絆や信頼と言った言葉とは無縁の世界に居た彼女にとって、久しぶりに体験した人間の行動は実に興味深く、思わずクスリと表情を綻ばせてしまったくらいだ。

 その彼はセラーナを睨みつけると、まるで値踏みするかのように全身に目を配った。男の視線にはディムホロウ墓地で出会った時の純真とも言える輝きがまるで含まれていない。どちらかといえば、かつて彼女の父が見せたような、狂信的な執念深さを感じさせる。

「あら……昨日とは雰囲気が違いましてよ。何かあったんですの?」

 セラーナは気遣いと戸惑いが半分ずつ入った声で訊いた。男は口角をほんの少し上げて、両側面に角をあしらった鉄の兜をゆっくりと脱いだ。兜を左脇に抱えると、開いた右手を差し出し握手を求める。初対面の相手にするように。セラーナは何かの冗談かと思ったのか、やれやれと肩を竦めてその手に触れた。体の芯まで凍てつかせる冷たい手に。

「お会いできて光栄よ、ヴォルキハルの姫。先の大戦ではハルコンにも随分と世話になったわ」

 男の口から発せられた声は、強大な吸血鬼さえ竦み上がってしまうような、恐ろしく邪悪な女のものだった。

「あなた……一体誰ですの?」

 唐突に出て来た父の名前に、セラーナは手を振りほどいて半歩後ずさる。殆ど反射的に、アイススパイクの呪文を両手に装備していた。蘇生できる死体があれば時間稼ぎくらいにはなったのだが、生憎ソリチュードの街には死体は転がっていなかった。しいて言えば、表をデルヴェニンという死にかけのウッドエルフが歩いていたが、セラーナは直感的にあれが単なる狂人ではないことを感じ取った。おそらくはシヴァリングアイルズの住人だろう。彼の目にはやはり、父と同じ類の、あるいはそれ以上の異様な狂気が宿っていたからだ。

 私兵が物音を聞きつけて一階から掛け降りて来る。彼女の名はジョディス・ザ・ソード・メイデン。エリシフからハーフィンガルの従士たる家主の私兵に任命された女性で、育ちの良さを感じさせる上品な物腰とおっとりとした口調が魅力的なノルドの剣士だ。

「面倒を起こす気はないわよね」

 従士と彼が昨晩連れて奇妙な客人の剣呑な様子を見て、ジョディスはドワーフ合金製の両手剣を抜きながら言った。鍛冶のエキスパートでもある従士が研ぎ上げたそれは、ドレモラ・ロードさえ一刀もとオブリビオンへ送り返す鋭い光沢を放っている。彼女は従士の剣となり盾となることを誓ったわけで、無論切っ先は客人に向けられていた。とはいえ、彼女がセラーナよりもむしろ従士を警戒していたことは、時折従士を睨みつける敵意を含んだ眼光が物語っている。ジョディスの目から見ても、従士は外見が似ているだけの別人であった。万に及ぶ呪いの言葉を紡ぎ出さんと口元は醜く歪み、不遜で威圧的な眼差しはこの世の全てが自分の為に存在するとでも言いたげだ。憎しみが人と云う形を取って顕れたら、きっとこんな顔をするだろう。

 確かに従士は別に善人と言う訳ではない。むしろ独善的な悪党で、ジョディスやリディアに隠れて―いるつもりで―暗殺者をやっていたし、成り行きで盗賊ギルドに加入したかと思えばを、いつの間にかギルドマスターを殺して盗賊の頭になってしまったほどだ。さらには同胞団の導き手として、正義の名の下か弱い人々を散々痛めつけた。ホワイトランのカルロッタ・ヴァレンシアなどは、幼い娘ミラの前で立ち上がれなくなるまで殴られたうえ、店の商品を全部かっぱらわれたのだ。スゥームに加護を与えてくれるタロスを崇拝しており、サルモール司法高官を見るや否や切りかかって行った。

 だとしても、これほど狂気に満ちていただろうか。昨日までの従士は、悪行と同じくらいは善行を積んできた。孤児やホームレスを見ると金を恵まずには居られない人間なのだ。今の彼は、金を恵むどころか殺して心臓を貪り食ってもおかしくない。

「答えてくださいまし。あなた、何者ですの?」

 セラーナは語気を強めて詰問する。男は両者の敵愾心を気にする様子もなく、均等に見比べてほくそ笑む。その質問を待っていたと言わんばかりに。

 男は鉄の兜を念動力で放り捨て、近くにあった木製の椅子に腰を下ろす。背もたれにゆったりともたれ掛り、肘かけに肘を置いて手をあごにやる、あの偉そうな首長専用の座り方で。セラーナとジョディスはただ戸惑うばかり。

「私はソリチュードの女王よ」

 男ははっきりそう言った。2人は一瞬顔を見合わせる。ジョークにしては、あまりにもユーモアのセンスが欠落している。

「仰っている意味が分かりませんでしてよ。スカイリムの至高王は、エリシフ・ザ・フェアーなのではなくて? だいたいあなたは男で」

「聞きなさい、真祖。そこの憐れな反逆者もよ」

 詰問は研ぎたてのナイフのような鋭い声で遮られる。男……いや、彼女の目は薄暗い怪しい輝きを刻一刻と増してゆく。吸血症ではないことはセラーナにはすぐに分かった。おそらくは何らかの死霊術を用いて、彼の肉体を操っているのだ。それも、魂をそっくり入れ替えてしまったかのように。並大抵の技術ではない。母ヴァレリカでも到底実現は不可能だろう。

 セラーナはその人類史上最も忌まわしき死霊術師の名をまだ知らない。アレッシアがアイレイドを滅ぼし、人類がシロディールに最初の帝国をうち立てる前に眠りについたセラーナには。

「私はポテマ・セプティム、タムリエルの皇帝なの! デイドラを召喚しなさい。再び玉座を奪い返すためなら、スカイリムの魂をひとりの残らず売ってやるわ!」

 第4期201年、狼の女王ことポテマが、恐るべき陰謀と共に復活を遂げた。神々の策謀か、デイドラ大公の戯れか、それとも星霜の書の意思なのか。いずれにせよ、後に"第2次レッドダイヤモンド戦争"と呼ばれる血塗られた世界大戦が幕を開けることは、この時はまだ、タムリエルの誰もが想像だにしえなかった。それでも、この運命は定められていたのかもしれない。皇帝タイタス・ミード2世が、あの冒涜的な白金協定によって、"人間の真なる神"をエルフに売り渡した屈辱の日に! どちらにせよこの日、ウルフリック・ストームクロークの野望が永遠に潰えたことと、ソリチュードに存亡の危機が訪れたことは確かだった。

 



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第2話 セプティムの復活

「皮肉なことだ。もし今日彼女がまだ生きていたら、彼女は唯一のセプティムの血を継ぐものだったのに… 今なら、間違いなく彼女が皇帝になれたのだ」
―アーケイ司祭 スティル―


 セラーナに何かしらの選択の余地が残されていただろうか。あのマニマルコと並んで語り継がれる伝説の死霊術師の威光には、父さえひれ伏してしまったのだから。その日の夜、彼女はハルコンと共に、ソリチュードの宮廷ブルー・パレスにて、"皇帝"のもとに傅かされていた。

 宮廷にはバルグルーフやソーンヴァーを始め各地の首長の他、テュリウスら帝国軍の重鎮たちも列席している。それだけではない。あろうことか―まだ停戦中ではあったが―、反乱軍の指導者ウルフリック・ストームクロークと、自称ブレイズのグランドマスター、デルフィンまでもが顔を見せている。すぐにでもムートを開催し、スカイリムの上級王が決定することもできる面々だ。これだけの人物を招集できたのは、狼の女王ことポテマ・セプティムが、帝国の正統な皇位継承者だったからと云うよりも、彼女の"声"の力かも知れない。彼女は、スゥームを用いて、自らの復活をスカイリム一体に知らしめたのだ。

「スティル司祭は最初からシビル・ステントールの従徒だった。ウルフスカル洞窟での一件も、あの女が仕組んだに決まっている。だからあの女には気を付けろと、再三忠告していたのに」

 ハイエルフの魔術師メラランは、隣で顔面蒼白になっているファルク・ファイアビアードに小声で愚痴る。そのシビルと云えば、玉座に踏ん反り返るポテマの隣で、腹の底から湧いてくる喜びを必死に隠そうとするような、歪んだ微笑を浮かべていた。彼女は誰よりも先にポテマの下に馳せ参じ、ヴォルキハルの吸血鬼達と共にソリチュード政府にクーデターを仕掛けたのだ。ハルコンが召喚に応じたのは、セラーナ発見の報を受け取ったからだけでなく、人間社会に溶け込んだこの恐るべき吸血鬼を尊重してのことであった。

 ブルー・パレスを占拠し要人達を人質に取ったポテマは、エリシフを脅して門を開かせた。かつての同志であった吸血鬼の将軍達をソリチュードに迎え入れ、スカリイム中から吸血鬼を招集した。彼女は1滴の血を流すこともなく、1日にも満たない短期間で、スカイリムの首都を乗っ取ってしまったのだ。テュリウス将軍には抵抗の機会すら与えられなかった。一連の出来事はエリシフ首長の命令で行われたことであったし、そうでなくとも帝国軍の兵士達は吸血鬼の幻惑魔法によって抵抗する意思を奪い去られていたのだ。

 そのようにして、ポテマは実質的なソリチュード女王へと返り咲く。各ホールドの首長達は、ポテマが"戴冠式"と称する交渉のテーブルに着かざるを得なかった。そうでなければ、ソリチュードは夜明けまでに死霊の街と化していたし、翌日には死霊の大軍が自分の要塞に攻め込んでくるのが目に見えていたからだ。

 最後に登城したのは、ソリチュード兵に両手を縛り付けられたサルモール大使エレンウェンと、十数人ほどの司法高官たちだ。この時ばかりは、誰しもが憎しみよりも同情の念を抱いていたかもしれない。彼らは玉座の前に一列に整列させられる。ほんのわずかに上機嫌な顔を見せるポテマは、シビルの反対側に控えているデルフィンに目くばせをする。実の所デルフィンは召喚されていなかった。密偵からポテマ復活の一報を受けた彼女は、竜の血脈たるセプティム皇帝の戴冠に伴いブレイズが名実共に復活したと思い込み、勝手に使命感を燃え上がらせ押しかけてきたのだ。

 「皇帝陛下の御前よ。跪きなさいサルモール」

 デルフィンの高慢な一声に、エルフたちは屈辱と共に跪かされる。ウルフリックを始め、あの日ヘルゲンに居たものは皆思った。まるでヘルゲンの再現だと。全ての始まりはドラゴンの帰還ではなく、あの無実の囚人を葬らなかったことなのかもしれないと。

 

 エレンウェンがなぜ捕えられたのかを説明せねばなるまい。つい先ほどまで、エリシフの命によって、ソリチュード兵たちは"演習"を行わされていた。大使館がストームクロークに襲撃されたことを想定しての陣地防衛戦という名目だ。エレンウェンは、サルモール本部の司法高官から唐突に告げられたこの訓練を訝しみはしたものの、ストームクロークのリーチ進駐によりハーフィンガル方面の脅威レベルが高まっていたこともあり、帝国との表面上の友好関係を維持するためには承諾せざるを得なかった。まさかその時点でサルモール本部が陥落しており、司法高官が吸血鬼の従徒とされていたなど、考えもしなかったのだ。もし知っていたとすれば、ノースウォッチ砦まで後退して籠城戦の用意をすることもできただろう。

 故に完全な奇襲作戦となった。ポテマ配下のオースユルフ将軍に率いられた屈強なノルドの軍隊は、大使館の周辺に隙間なく、包囲するかのように展開した。オースユルフが監視役として招かれたサルモール将校の首を切り落とすと、ソリチュード軍は突如として大使館に向かって突撃を敢行したのだ。

 だからと言って、エレンウェンがただ一方的にやられるままであったという訳ではない。事実、正門に押し寄せる歩兵の大軍を、サルモールの魔術師たちは破壊魔法の集中砲火で圧倒していたのだ。エレンウェンは勝利を確信していたし、サルモールの力をスカイリムに見せつける絶好の機会とさえ考えた。この機にハーフィンガルでの権益を強化して事実上の保護領とし、港を整備して本国との緊密な協力関係を確立する計画を、わずかな間に思いついた。

 そう、敵がソリチュード兵だけであったのならば。サルモール軍がノルドを押し戻し反撃に出ようとしたその時、周囲の雪原から、汚らわしいアンデッドが湧きだし、大使館に向かって猛然と突っ込んできたのだ。ノルドの戦いを熟知する歴戦の魔術師には想定できるはずもない。エレンウェンは即座に後退命令を下したが、アンデッドの群は大使館の外壁を破壊し、敷地内へと続々と侵入を始めた。さらにはドラゴンまでもが飛来し、明らかに彼女の部下を狙って火炎(ノルドたちが"声"と呼ぶ!)を浴びせかけてきたのである。ひるんだサルモール軍にソリチュード軍は一転攻勢を開始し形勢は逆転。エルフたちは大使館内に逃げ込み、ノルド相手に近接戦闘を挑まざるをえなくなった。

 一体誰と戦っているのかとエレンウェンは自問した。だが気位の高い彼女がプライドを投げ捨て、地下に掘られた死体投棄用の洞窟から逃亡しようとした時には、ソリチュード兵は大使館の大半を制圧していたのだ。さらに不幸なことに、彼女はポテマが一度大使館に侵入した経験がある男であることを知らなかった。洞窟の出口には、デルフィン率いる新生ブレイズの精鋭部隊が抜き身の刀を構えて整列していた。野蛮なタロスの狂信者達は、投降しなければスカイリム中のサルモールを皆殺しにすると最後通牒を突きつけたのだ。老獪なエレンウェンも、今回ばかりは屈辱に甘んじるほか道はなかった。

 

「デルフィン、反逆者の首を刎ねなさい。一人残らずよ」

 沈黙していたポテマの第一声は、死刑執行の命令であった。デルフィンは歓喜と困惑の間で激しく揺れつつも、ブレイズの使命にかけて、エレンウェンの首筋を狙って、アカヴィリ様式の曲刀を振り上げる。

「待ってくれドラゴンボーン……いえ、ポテマ・セプティム陛下」

 テュリウスは自制を失ったかのようにデルフィンに向かって何歩か進み出ると、額から汗を溢れさせながら懇願するように呼びかけた。

「サルモールが憎いのは私も同じです陛下。機会があれば自らの手で喜んで首を落としましょう。ですがこのような処刑を実行すれば、帝国はアルドメリ自治領と即座に開戦することになってしまいます。今の帝国は、セプティムの治世とは比較にならないほど弱体化しております。帝国政府の主権が及ぶのは、シロディールとハイロック、そしてここスカイリムの半分のみ。この状況で開戦すれば、今度こそ帝国は滅ぼされ、アレッシア以前の悪夢がよみがえることになるでしょう」

 ポテマは目を細め、テュリウスを疑り深そうに観察する。彼は死刑囚の気分を存分に味わうことができただろう。それは、かつて自分がドラゴンボーンに為そうとしたことなのだ。ポテマにもその記憶が残っているのだろう。彼も処刑リストに加えようと思案しているかのように冷酷な顔だ。

「セプティムの玉座を簒奪し、タロスを売り渡した男を殺してくれるのなら、むしろ歓迎すべき事態ではないかしら」

 挑発するようにポテマは言った。マーティン・セプティムが死亡した経緯を聞いていないのだろう。もし聞いていれば、「デッドランドへ侵攻してメエルーンズ・デイゴンを抹殺せよ」などと言い出しかねない。どちらにせよポテマにとっては、自分以外を"皇帝"と奉じる連中がどうなろうが知ったことではないのだ。

「それとも、私がエルフに負けると言いたいのかしら」

 ならばエルフと共に死ぬがいい……テュリウスにはそう聞こえたはずだ。ノルド兵や吸血鬼でさえ竦み上がる冷酷な声。テュリウスはそれでも、震えを抑えて口を開く。

「お、恐れながら皇帝陛下。かのタイバー・セプティムでさえ、アルドメリ自治領を征服するためにヌミディウムの力を必要としました。我々にはドワーフの古代兵器はおろか、あなたの時代に帝国が擁していた軍隊も揃っていないのです」

「タロスは人間から昇華し、霊魂の領域を支配したの。私にはアカトシュとカイネのみならず、タロスの加護もある。その私に、ドゥーマーのオートマトンが必要かしら?」

「陛下……あなたの信仰について口を出すつもりはありません。ただ、は……九大神が人間に味方しているのであれば、20年前に帝国はサルモールを撃退できたのです」

「もっともな意見ね。でも私に与えられた加護は、もっと具体的よ」

「具体的とはつまり……」 

「あなたもよく知っているでしょう。そう、ドラゴンよ。空を自在に飛び、頭上から炎を降り注ぐ大トカゲ。私なら奴らを従わせることができる。これでサマーセット群島へ空から侵攻することが可能になるのよ。まずエルフの都市と艦隊を焼き払って、帝国の大艦隊を送り込んでやるわ」

「そんなことが……」

 不可能だ……とはテュリウスには断言できなかった。ポテマの肉体は、アルドゥインを倒した男のものだ。スカイリムの誰もが、彼女をドラゴンボーンであると認めざるを得ない。かつて世界を破滅に追い込んだ狼の女王は、今やタムリエルの救世主でもあるのだ。

 加えてドラゴンは本来邪悪な本性を持つ。パーサーナックスの声の道よりも、ポテマのスゥームに従うドラゴンは多いだろう。ドラゴンを支配するためなら、ポテマはデルフィンに同調し、明日にでもパーサーナックスを始末しに行くかもしれない。最も、デルフィンはドラゴン狩りとサルモール狩りのどちらかを選ばざるを得ないが。

「セプティムの統治に従うつもりが無いのならば、それも構わないわ。誰がタムリエルを統治するに相応しいのか、力を持って証明してあげましょう。あなた達の軍隊を打ち破った後に、スカイリムの人間とエルフを1人残らず始末してアンデッドの軍隊を作り上げるのよ。タムリエル全土を死霊の国にしてあげるわ。そうなれば、『太陽の専制』を終わらせる必要が出て来るでしょうね」

 その時初めて、ポテマはセラーナに向けて微笑んだ。彼女にはその意味が理解できなかったものの、碌なものではないことだけは分かった。

 



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第3話 聖剣《ドーン・ブレイカー》

 その後、 ドール城・皇帝の塔で行われた晩餐会は、首長たちにとってまさに生き地獄だった。吸血鬼の将軍達はエルフのものとは言え公然と人肉を食っていたし、ポテマは各首長たちに、微塵も容赦ない苛烈な要求を突き付けていた。ソーンヴァーは銀の採掘を即時禁止され、バルグルーフにはタロスの聖堂を作るよう命じられた。しかも司祭はヘイムスカーという条件付きだ。アークメイジのサボス=アレンには、ウィンターホールド大学に死霊術師を全面的に受け入れるよう通告。モーサルでは首長が吸血鬼モヴァルス=ピクインに交代させられ、ドーンスターでは深遠の暁博物の破壊とサイラス・ヴェスイウスの処刑が命じられた。さらにはスカイリム全域において、ドーンガードとステンダールの番人、さらにはサルモールの活動を違法化するお触れを出させた。それからポテマは、リフテンの首長メイビン=ブラック=ブライアが提供していたハチミツ酒を『ドブ水』と吐き捨て、バルグルーフが持参したホニングブリュー蜂蜜酒を絶賛したのだ。

「スカイリムの上級女王には、その功績を讃えてシビルを就かせるわ。エリシフ首長、ウルフリック首長、他の首長も……異論はないわね?」

 しぶしぶ頷いたウルフリックの口が堅く痙攣し始めた。この場で再び決闘を挑み、シャウトでポテマを打倒する光景を夢想しているのだろう。もちろんそんなことは不可能だ。なにしろ相手はソブンガルデから帰ってきたシャウトの達人なのだし、死霊術師や吸血鬼相手にノルドの流儀がまかり通るとも思えない。だいいち、ポテマとはいえセプティム唯一の生き残りを自ら殺めては、ストームクロークの大義名分はあったものではない。その上ポテマが"偉大な大叔父"の信奉者であることは、歴史書にも記されている事実なのだ。

 エリシフは仇敵ウルフリックの憔悴を見て多少喜ばしい気持ちになったが、シビル=ステントールの歪んだ口元に一瞬で雲散させられた。彼女が上級王になるということはすなわち、エリシフがソリチュードの首長ではなくなると言うことでもあるのだ。

 シビルが吸血鬼だということは公然の秘密だった。なぜ自分たちは吸血鬼を王宮魔術師にしていたのか、今となってはエリシフにも分からない。彼女を宮廷に取り立てたのはトリグの父だが、彼は何らかの幻惑魔法でもかけられていたのだろうか。その有用性をはるかに上回るリスクを誰も考えなかったのだろうか。エリシフはシビルの前で震え上がっているメラランと、エリシフを見限って吸血鬼の首長に取り入ろうとしているエリクールを一瞥すると、一度手に取った赤ワインを震える手でテーブルに戻し、ホニングブリュー蜂蜜酒のコルクを開けた。エリシフにとって本当に恐ろしい要求はこの後になされた。

「ウルフリック首長は、ダンマーとアルゴニアンへの差別的政策を直ちにやめなさい。私の帝国では一切の人種差別は許されないのよ。エリシフ首長には退任と引き換えに私の妻となる名誉を与えるわ。この体は男のものだから不満はないでしょう。あなたは次代皇帝の母となるのよ」

 その時だった。ブルーパレスの方角から地響きと爆発音が続いた。数秒の後、乱心した吸血鬼やスケルトンの衛兵が、大挙してドール城へ逃げ込んできた。食器や花瓶を蹴散らしながら暴れまわる死霊の群れに、晩餐会の張り詰めた脆い秩序が破壊される。パニックに陥った賓客たちは、あるものは斧を抜き、あるものはエクスプロージョンの杖を振り回し、あるものはオブリビオンからデイドラを呼び出した。エリシフの手にはナイフが握られている。メイビンはどさくさに紛れてホニングブリュー蜂蜜酒のビンを叩き割る。

「もう沢山ですわ!」

 堪忍袋の緒が切れたセラーナは父に預けていた星霜の書を引っ掴むと、混乱に乗じて一目散に逃げ出した。

 

 配達人から奇妙な手紙を受け取ったリディアは、一昼夜馬を走らせてリーチ北西の辺境へとたどり着いた。ドルアダッチ要塞……ここは先住民族であり野蛮なデイドラ崇拝者、フォース・ウォーンの砦である。普通ならば、ノルドの彼女を見ただけで襲い掛かって来そうなものだ。だが原始人と見紛う鎧を付けたブレトンの老人は、リディアを友好的に迎えてくれた。

「久しぶりだね、マダナック。ストーム・クロークの支配はいかがかしら」

「あいつら以上のクズがスカイリムにいると思うか? いつかマルカルスごとヌチュアンド・ゼルに埋めてやる」

 マダナックは意外にも生活設備の整った洞窟の奥へとリディアを案内する。本格的な鍛冶設備からキッチンや本棚、それなりに快適そうなベッドも置いてある。その1つにジョディスの姿はあった。両手両足に包帯が巻かれ疼痛に耐えるようにしかめっ面で眠り込んでいる。

「見た目ほど悪くない。むしろ精神的なショックの方が大きいのかもしれん」

 ジョディスは異形の剣を誰にも取られまいと抱え込んでいた。鍔が立体的な円形になっており、その中心には聖なる輝きを放つ小さな太陽が浮め込まれている。その名はドーンブレイカー。彼女達の主人が、不死を忌み嫌うデイドラ・ロードから与えられた"聖剣"。アンデッドに対しあまりにも圧倒的な力を発揮するがために、旅のスリルが無くなるとプラウド・スパイヤー邸の2階に長い事放置されていたものだ。

「まだ信じられない。従士様がポテマになってしまっただなんて。でも本当なんだわ」

 隣のベッドに腰を下ろしパンをかじり始めるリディア。従士と共に世界中を冒険していたときも、よく隣でパンを食べていたな、とリディアは思い返した。山賊の隠れ家、じめじめした洞窟の奥深く、ドラウグルの徘徊するノルドの墓、氷に閉ざされた極北、ドゥーマーの陰険な都市遺跡。あらゆる場所で、リディアはパンを食べ続けた。ポテマを殺したのはもう随分前のことだ。彼女は、従士と、ジェイ・ザルゴというカジートの魔術師共とに、ソリチュードの地下墓地に潜入した。悪夢のように次々と押し寄せる吸血鬼とドラウグルの群を、悉く切り捨て焼き払ったのだ。その時、ジェイ・ザルゴの試作魔法が狭い地下で炸裂し、味方の自分までも焼き殺されそうになったのを、リディアは忘れていない。もう一発食らっていたら、あの自信過剰なカジートをブリーズ・ホームの上等な絨毯にしてやるところだったのだ。

 ジョディスの鎧には、その危険な巻物が数枚押し込められていた。リディアがカジートから取り上げてプラウドスパイヤー邸の麻袋に放り込んだのを、後にジョディスが掃除していた際にでも拾ったのだろう。なるほど、とリディアは得心する。これとドーンブレイカーがあれば、吸血鬼とゾンビどもが何百体襲ってこようとも逃げ切るのは不可能ではない。リディアは、あの失敗魔法が、図らずもジョディスの命を救ったことだけは素直に感謝した。

「これからどうするんだ」とマダナックは言った。

「メリディアに会いに行こうと思うわ。浄化の光の運び手が狼の女王に乗っ取られたと知れば、きっと力を貸してくれるはずよ」

 リディアはジョディスの手を解き、夜明けを告げる剣を手にした。

 



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第4話 浄化の光の運び手

 キルクリース山の遥か上空、リディアは雲の上で光の玉に向かって跪き、両手を差し出している。オブリビオンに住むデイドラロードの一人、メリディアだ。かつてリディアはホワイトランの従士となったドラゴンボーン共に、従士がブリークフォール墓地から持ち帰った宝石をここへ届けたことがあった。死霊術師マルコランに奪われた聖堂を解放したことで、彼女が聖剣と呼ぶドーンブレイカーが与えられ、代償として信者にされたてしまったのだ。リディアは熱心なタロス崇拝者ではないが、ノルドとして人並みに信仰心は持っている。デイドラを頼るという考えはあまりに突飛なものに思えたが、ドーンガードは従士が吸血鬼の味方になったとすれば命を狙うに違いないし、ステンダールの番人も同じだ。ストームクロークや帝国軍はポテマの配下になりかねないし、故郷ホワイトランのバルグルーフ首長さえポテマには逆らえない。

 その点、デイドラは自分の都合しか考えない分、今のリディアにとってはむしろ好都合な相手だ。不死を嫌うメリディアはデイドラの中でも嫌われ者。善きデイドラと呼ばれる存在の一人だからだ。不死を嫌うデイドラと言えばアズラの方が有名だが、従士はネラカーというハイエルフに唆され、黒き星なる魂石欲しさにアズラを裏切り激怒させてしまっていた。

「なんということです。我が運び手が、狼の女王に乗っ取られたと言うことですか」

「はい、メリディア様。従士様をポテマから助ける方法をどうかお教えください」

「運び手の魂は、ドラゴンボーンたるポテマに吸収され亡骸の中で眠りについています。ポテマの亡骸を我が浄化の光で焼き払いなさい。我が名において聖剣で切り伏せるのです。さすれば運び手は死霊術師の手から解放され、スカイリムは我が栄光と共に甦るでしょう。それまでは、あなたを新たな浄化の光の運び手に任命しましょう。ドーンブレイカーを改めて授けます。我が光で新たな一日の始まりを告げるのです」

「ありがとうございます。ですが、宗教の勧誘はよそでやってください」

「構いません。草木は太陽のぬくもりを運ぶ光をえり好みしないものです。あなたがドーンブレイカーを帯びる限り、我が光も届くでしょう」

 気が付くとリディアは地上に下ろされていた。結局メリディアは何の助けにもならなかった。ポテマの亡骸はポテマが持っているからだ。ポテマはジョディスがプラウドスパイヤー邸からドーンブレイカーを持ち出したことに気付いているに違いない。この剣をぶら下げて歩くだけでドール城のダンジョンにぶち込まれるだろう。衛兵や帝国軍がポテマに逆らえない今、リディアはソリチュードに近づくことすら不可能なのだ。

 背後の階段からかすかな物音がした。リディアはすかさずドーンブレイカーを抜き、盾を構える。ホワイトラン衛兵隊に支給される何の変哲もない盾に見えるが、例によって従士が鍛え抜いたそれは、巨人の棍棒を弾き飛ばし、ドラゴンの炎にもビクともしないアーティファクト級の一品だ。

「隠れたって無駄よ!」

 鬱蒼とした木陰から、暗褐色のフードを被った怪しい人影がこちらを覗いていた。魔術師か、死霊術師の類だろう。メリディアの司祭という可能性はない。スカイリムに彼女の信者はいないからだ。居たとしても、九大神の司祭が着用する黄色いローブを付けているだろう。

「必要があれば殺すわ!」

 リディアは肩を回して闖入者を威圧する。

「きっとここだと思いましたわ。あなた、彼のお友達ですわよね。その剣はジョディスが持っていたものですもの」

「あなた誰? 嫌な目をしていますね。何かに飢えた、不気味なものを感じます。まさか……」

 まだ日も高いのに吸血鬼が出歩いているとも思えないが、スカイリムの吸血鬼は太陽に当たれば燃え尽きるような軟弱物ではない。

「私は……吸血鬼でしてよ。ですが、今は言い争ってる場合ではありませんわ。私と一緒にドーンガード砦へ来てくださいな。話はそれから致します」

「どうして吸血鬼を信用しなければならないのかしら?」

「あなたとこうしてお話するのはとても楽しいですけれど、とにかく今は急いでくださいませんか。ソリチュードから追手が向かっておりますの。今すぐに逃げなければ、私達2人とも捕まってしまいますわよ」

 



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第5話 スカイリムの再統一

 内戦終結――スカイリムの誰もが意図しなかった形で、帝国とストームクロークの和平は実現した。正確にはセプティム復古王政がウルフリック率いる反乱軍と、ソリチュードを筆頭とする帝国派諸侯に停戦を命じたのであり、帝国自体は蚊帳の外に置かれていた。とは言え、公平なエリシフあらため、エリシフ=セプティムと、ウルフリック=ストームクロークが講和条約に調印し、ムートが全会一致でシビル=ステントールをスカイリム上級王と認めた事実は、各首長を通しスカイリム全土に瞬く間に広まった。ノルドでなく、人間ですらないシビルの戴冠にスカイリムの住人は複雑な心境であったが、ストームクロークは白金協定を全否定するポテマの強硬姿勢に文句の付けようがなく、帝国派にしてもセプティム家に喧嘩を売る度胸を持った首長や勢力はいなかった。ポテマが肉体のみならず、自身も疑いの余地のなくドラゴンボーンであることも、ノルドの心情には効果的であった。アルドゥインを倒したのはポテマだった、などと言う噂もまことしやかに流れていた。ブレイズのグランドマスターデルフィンは、公式声明としてこの噂を否定したが、それが噂の拡散にますます拍車をかけた。

 メイビン=ブラック=ブライアだけはポテマからの要求をいくつか跳ねのけたが、それでもリフトがセプティム朝の一員となることを拒絶できなかった。ドヴァーキンのゴールデングロウ農園での失敗や、フロストの盗難と宿屋ブラック=ブライアでの虐殺、盗賊ギルドとの関わりまで持ち出し、狼の女王相手に脅しをかけて自分の地位と利権を守り切ったのだ。

 スカイリムを再統一したポテマは、アルドメリ自治領を含めたタムリエル各国に使者を送り、マーティン=セプティム以前の状態に復帰するよう通告した。皇帝タイタス=ミード2世と元老院はこの要求を黙殺。エレンウェンや司法高官、カジート工作員の首を送りつけられたアルドメリ自治領は、ポテマの妄言を無視したうえ、帝国に対しスカイリムに対しあらゆる手段で白金協定を順守させるよう最後通牒を突きつけた。ハイロック、モロウィンド、ブラックマーシュはどっちつかずの曖昧な回答でお茶を濁していたが、スカイリムと事情が似通ったハンマーフェルだけは、"復帰"こそ拒絶したものの帝国及びサルモールとの戦いには協力の用意があるとの回答を送ってきた。

 タムリエルのほとんどすべての人間が、タロス崇拝者でさえポテマの帰還を疎ましく思っていたが、一部には歓喜を持って迎えられていた。すなわち各国の死霊術師や吸血鬼達である。サマーセット群島でも、サルモールに反感を抱く魔術師の勢力は、ポテマを奉じて反乱を起こすためスカイリムへと集結しつつあった。各国は死霊術への締め付けを強化し、各地で小競り合いが頻発することとなった。後に第2次レッドダイヤモンド戦争と呼ばれるポテマを巡る血塗られた戦いは、既に始まりつつあったのだ。

 

 ソリチュードの神々の聖堂では、ポテマとエリシフの結婚式が執り行われていた。ポテマはもちろん意図的にここで式を挙げることを選んだ。タイタス=ミード2世の従妹がストームクロークとの和平に捧げられるはずだった場所で。

「ダン、ディディダン、ダンディダン、ダンディディディダンダダン」

「ダンディディ、ダンディディ、ディディダンダン、ダンディディ、ディンディディ、ディディディーダン」

 パンテア=アテイアの美声は、この場所において明らかに場違いだった。ソリチュードの住人で結婚式を素直に楽しんでいるのは鷲の目のノスターくらいで、その彼も吸血鬼向けに用意された血塗れテーブルには目を向けようともしない。式にはロッグヴィルの姿もあった。通常なら首のない死体は蘇生できないと言われているが、ポテマ自らが彼の首に命を吹き込み、首だけで参列させたのだ。姪のスヴァリやその友人ミネット・ビニウスはほとんど半狂乱で泣き喚いている。

 ドヴァーキンの友人としては大学からブレリナ・マリオンがひっそり参加していた他は、ナミラ信者のエオラが吸血鬼に混じって人肉を貪り食っていた。私兵たちはどうやらリディアの方針に従うと決めたようで、ポテマを従士とは認めないことで一致していた。同胞団はポテマ襲来は政治問題として不介入を決め込んでいたものの、保険として新人のリアを代表として派遣していた。

 件のヴィットリア=ヴィキの結婚は反故になっていた。両親からの反対もあったが、ポテマの手前シロディールとの関係を深めるような結婚を進められる状況にはなくなったのだ。今やヴィキは敵国の人間としてドール城の牢獄で厳重な監視下に置かれており、彼女と皇帝を護衛するはずだったペニトゥス=オクラトゥスは帝国軍から手配され、かつてのブレイズが如くバラバラに四散するありさま。今では散々嫌がらせを受けていたエヴェット・サンからも同情されている。東帝都社自体はまだ活動を許されてはいたが、ポテマが高い関税をかけて利益のほとんどを奪い取っているのだ。

 吸血鬼達が集まっている一角には可愛らしい子供の姿もあった。並々と血が注がれたゴブレットを手に、少女は保護者らしきアリクルの戦士――ナジルの元に戻った。

「素晴らしい結婚式ね。私、結婚式大好きなのよ。それに、こんなに美味しいワインが飲んだのはずいぶん久しぶりだもの」

 唇を真っ赤な血で染めながら、少女は喉を鳴らしてゴブレットを空にする。ナジルはうんざりした様子で吸血鬼の少女から新郎新婦へと目を移した。

「バベットよ、我々はどっちの皇帝を殺せばいい。憎きシロディールか? それとも友なるスカイリムか! この際、いっそ両方とも殺してしまおうか」

「それを確認するために、アストリッドは私たちを送り込んだのよ」

「そうだろうな。ただ……おそらくポテマは自分を殺して欲しいと言うに違いない。ウォーヒン=ジャースの本を読んだことがあるか? 彼によれば、狼の女王はスカイリムの歴史上一番狂った女なんだ。私はこれまで彼の歴史家としての資質に疑念を抱いていたのだが、どうやら認識を改める必要がありそうだからな……」

「だけどポテマが振る舞ってくれたワインはとっても美味しいわよ。サマーセット産の絞りたてだもの。もう一杯頂いてこようかな」

 ナジルは吸血鬼に混じって赤ワインに口をつける。赤ワインと言ってもソリチュード名物のスパイス入りワインのことだ。ここ連日続く式典やパーティーの影響でエヴェットの店は大繁盛している。彼女の店だけでなく、ソリチュード中が好景気に沸いていたが、それを喜んでいる者は誰一人としていなかった。

「シシスにかけて、お前の出すワインは美味いぞ聞こえし者よ。それにしても、夜母の次はポテマに取りつかれるとは。あれほど死体に愛される男を、どうして羨まずにはいられよう!」

 



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第6話 スカイリムへの再進駐

 セラーナとリディアの姿はドーンガード砦にあった。イスランは吸血鬼の王女とポテマの元私兵という危険なコンビを歓迎しなかったが、押し問答の末受け入れることに決めた。砦にはステンダールの番人やポテマから逃げてきた帝国軍、ストームクローク将兵が集結し、クロスボウの量産体制が整えられ籠城戦の準備が整えつつあった。威力偵察を行った吸血鬼の将軍の部隊は本格的な組織的抵抗を受け壊滅してしまう。この緒戦の敗北にポテマは激怒し総攻撃を決定。それに先んじて、現地の首長メイビン・ブラック・ブライアにドーンガード砦を包囲するよう命令が下された。

 だがポテマはブラックブライア蜂蜜酒とホニングブリュー蜂蜜酒を飲み比べた際、ブラックブライア蜂蜜酒をドブ水と言い切り、潰すよう命令していた。しかもメイビンの目の前で。

 勅令が下った時、メイビンはポテマに反逆しシロディールに救援を求めた。事態を重く見た時の皇帝タイタス・ミード2世は自ら軍を率い、ジェラール山脈を越えて帝国軍本隊をリフトに進駐させた。まだ総攻撃の動員中だったポテマは、ヴィットリア=ヴィキを人質に取り撤退するようにタイタスを脅迫する。一方メイビンは配下のリフテン衛兵に命じアスゲール・スノー・ショッドを拘束させ、ヴィキに『皇帝が撤退したら恋人を殺す』と脅し自殺を迫っていた。メイビンとギルドマスター(ポテマのこと)の間で揺れるブリニョルフに命じて盗賊ギルドとドーンガードと連携させ、アストリッドには黒き聖餐を行ってポテマ暗殺を依頼した。だがアストリッドは、タイタス=ミード2世暗殺の計画を遂行中であった。ポテマは聞こえし者でもあったからだ。

 

 ソリチュードは厳戒態勢にあったが、ブルーパレスに子供が一人忍び込んだところで大きな騒ぎにはならない。それが幻惑魔法のスペシャリストである吸血鬼とあればなおさらだ。バベットはポテマの寝室に赴き、眠っているポテマの頬を突こうとして、ポテマが目を開いた。

「私を殺しに来たのかしら、バベット。それとも、私の"声"を聴きに来たの?」

「アストリッドは、あなたがまだ聞こえし者なのかどうかを確認したがっているわ。あなたは……いえポテマ。夜母の声はまだ聞こえる?」

「私を誰だと思っているの。タムリエルに私より死体の声を聞くのが上手い人間はいないわ」

「私は一般論を聞きたい訳じゃないのよ。あなたが本当に夜母とまだお話が出来るなら、私達は任務を忠実に遂行するわ。でももうあなたが聞こえし者じゃないなら……」

 かつて聞こえし者により磨き上げられたデイドラのダガーが、ポテマの首元に静かに突きつけられていた。いかなポテマとはいえ、首を刎ねられては命はないだろう。しかしポテマは不敵な笑みを浮かべ、プロの暗殺者であるバベットをすくみ上らせる。

「"沈黙の死す時、闇は昇る"。これが私の答えよ、バベット」

 

 帝国軍の軽装鎧に身を包んだレッドガードの老人と元道化師を引き連れ、バベットはリフテンに潜り込んだ。シセロは最近の帝国事情に精通していたが、だからといって彼一人で行かせることはアストリッドにはできず、監視役としてナジルとバベットを付けたのだ。一行は聞こえし者の自宅であるハニーサイドの裏口から街に入った。私兵のイオナはドーンガード砦に向かっており不在だったから、何の苦労もなく潜入できた。

 リフテンのミストヴェイル砦は現在タイタス・ミード2世の居城となっており、メイビンは自宅へと追い出されていた。バベットは付近にあるオナーホール孤児院の子供達のかくれんぼに紛れ、砦へと潜入する。帝都からやってきた兵士達は無垢な子供達の遊びにまで口を出すほど切迫しておらず、バベットを見逃してしまった。

 事はなった。実にあっさりと。バベットのダガーは皇帝の心臓に深々と突き刺さり、吸血鬼の少女は闇に消える。だがもちろん、皇帝の暗殺を警戒していない程、帝国軍は愚かではなかったのである。

 

 ポテマはリフテン攻略を目指し、ウィンドヘルム方面とヘルゲン方面の2隊に分かれ軍を派遣した。北軍をウルフリックとハルコン、西軍をテュリウスとデルフィンが率いることとなった。ポテマ自身はハイフロスガーに本陣を構え、世界のノドにはドラゴンの大群が控えていた。

 ペニトゥス・オクラトゥスが厳重に警護していた本物のタイタス=ミード2世は、ゴールデン・グロウ農園で指揮を執っていた。皇帝はリフテンでの市街戦を回避することを令し、帝国軍をリフト全域に配備。グリーンウォール砦を封鎖してホンリッヒ湖周辺では地形を利用した野戦築城を行わせた。

 翌朝、ウルフリックの指揮するストームクローク本隊が、吸血鬼の督戦隊を背にグリーンウォール砦を急襲したことで戦端は開かれた。ここに、ポテマ=セプティム朝とミード朝との最初の衝突、フォール・フォレストの戦いが勃発したのである。

 



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第7話 フォール・フォレストの戦い

 内戦での実戦経験が豊富なストームクローク軍は練度に勝る。ウルフリックは自ら陣頭に立ち、シャウトを駆使してシロディール兵の度肝を抜くなどして、初め帝国軍を圧倒していた。だが彼らの背後に、薄気味悪いローブを着た吸血鬼とアンデッドの軍団を見つけた帝国軍将兵は、この戦いが通常の戦争とは違うことをすぐに理解する。彼らの敗北は帝国の敗北ではなく、人類の、いや定命の者の敗北を意味するかもしれないと。

「スカイリムはノルドのものだ!」

「ショールからの慈悲だ!」

「イスミールにかけて、絶対に生きては帰さない」

 そんな叫び声が各地で上がり、ノルド兵達は凄まじい勢いで帝国軍を攻め立てる。一方で皇帝自らが指揮を執る帝国軍の士気も非常に高く、すぐに混乱から回復し迎撃態勢を整えた。だが血が流れる度、吸血鬼達が死者を蘇生させて戦列に加える。兵力差は徐々に致命的になりつつあった。

 テュリウス指揮下の西軍は旧帝国軍将兵で構成されていたため、同士討ちを命じるポテマとデルフィンにはあまり忠実ではなく、ホンリッヒ湖周辺で未だ睨みあいを続けていた。一応ファルダーズトゥースを攻略し前線司令部としていたが、ここは元々山賊に占拠されていた砦であり、帝国軍との衝突は未だ行われていない。

 ポテマは戦いの様子を、遥か山の上から観察していた。グリーンウォール砦はスカイリムでも有数の巨大な要塞で、戦況は一進一退。テュリウスの兵は本気で戦う気がない。となればもはや自分が出るしかないとポテマは決断する。

『Od Ah Ving!!』

 ポテマのシャウトがスカイリムの美しい空を震わせる。巨大なドラゴンが舞い降りてポテマの眼前に傅いた。ハイフロスガーの空には数えきれないほどのドラゴンが飛び回っており、その中の何匹かがオダハヴィーングと共に着地する。

「ドヴァーキン、行くのか」

「ええ、帝国に私達の力を思い知らせるのよ」

「よかろう。我に乗るがいいドヴァーキン。再びケイザールの空へと舞い戻ろう」

 

 帝国軍の兵には、スカイリムで起きた一連の騒動が周知されていた。アルドゥインの帰還とドラゴンの襲撃についてである。しかし、それはあくまでも伝え聞いたもの。実際にドラゴンが現れ、しかも何十匹ものドラゴンが隊列を組み、統率された戦力となって襲撃してくるなど、予想もつかなかった。ポテマはホンリッヒ湖を滑るように飛び、西部の帝国軍陣地を空から奇襲した。

『Yol Toor Shul!!』

 強烈なファイアブレスが何十本も! 天から地へと降り注ぐ。帝国兵には弓を番えるものなどいない。将軍も魔術師も、シロディール兵は皆初めて見るドラゴン、しかもその大軍に恐れをなし、戦わずして壊走してしまう。一部ファルクリースから合流した兵もいたが、彼らにしてもこのようにドラゴンが編隊行動をするなど予想外のことであり、ドラゴンボーンなき今対抗する手段などないとばかりに逃げ出してしまう。壊走する帝国軍に向かって、デルフィンが突撃命令を下す。今度は逆らえるものなどいなかった。こんな光景を見せつけられて抵抗しようとするものがいるだろうか!

 リフテンに向けて撤退しようとする帝国軍に対し、メイビン・ブラックブライアは衛兵に門を閉じるよう命じた。それからメイビンはポテマ宛に、皇帝を引きずり出し殺すチャンスを作ってやった……などと白々しい手紙を出したのだ。帝国軍の残党はゴールデン・グロウ農園に追い詰められてしまう。

「陛下、もはやこれまでです。ポテマに降伏を申し入れましょう」

 泣き言を言う将軍の首が飛んだ。皇帝が命じたのではない。護衛の兵が問答無用で将軍の首を切り落としたのだ。

「何のつもりだ!」

 糾弾する別の護衛の首を、スカイリムでは珍しい曲刀が切り裂いた。ナジルとシセロは帝国軍の奥深くに潜入し、どさくさに紛れて皇帝の元へとたどり着いたのである。その光景を前にしても、タイタスは落ち着き払っており、運命を受け入れるかのように粗末な玉座に座った。

「どうやら、今回は本物のようだな」

「やった! やった! 遂に皇帝を殺せるよ。夜母の願いを果たせるんだ」

「余と私には運命の日がある。しかし暗殺を企てた人物は、背信行為で罰せられねばならん。依頼人であるその人物を始末して欲しい。余の依頼、引き受けてくれるか?」

「生憎我々闇の一党は、もはや夜母の声なしに人を殺すわけにはいかないんだ。すまないな、タイタス」

 皇帝タイタス・ミード2世の魂は、その肉体を離れエセリウスへと送られた。これをもって帝国軍は完全に崩壊。特使はテュリウス将軍経由でポテマに降伏を申し入れた。フォール・フォレストの戦いはポテマ軍の鮮やかな勝利に終わり、スカイリムはごく一部を除いてポテマに支配されたのである。

 



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第8話 第2次レッド・ダイヤモンド戦争、開戦

 スカイリムには未だポテマの支配を受け入れていない者もいた。鉱山を閉鎖されたソーンヴァー・シルバーブラッドもその一人である。彼はシドナ鉱山にぶち込まれたサルモール司法高官の長、オンドルマール卿と秘密協定を結び、彼を密かに脱獄させた。サマーセットへと戻ったオンドルマールは、スカイリムで起きた出来事の一部始終をアルドメリ自治領へと報告した。帝国が既に戦端を開いていたことで、サルモールは白金協定の順守のために帝国へ協力すると称し、シロディールに駐屯していた小規模な部隊をリーチへと派遣した。主力軍の留守を突かれたリーチは、サルモール軍によって速やかに"解放"され、ソーンヴァーは首長の座を手にしたのである。

 スカイリムを掌中に収めたポテマは、次なるタムリエルの統一を目指し、世界中にドラゴンの偵察部隊を送り出していた。したがって彼らサルモールの動きもポテマには筒抜けであった。だがポテマは、サルモールの実力を図るためにスカイリムで大規模な衝突を起こすことは望まなかった。彼らは最後に倒すべき敵であり、ここでうかつに手を出して負けでもしたらスカイリムの支配さえ揺るぎかねない。

 そこでポテマは、リーチの先住民フォースウォーンの族長マダナックと接触し、リーチの自治権を与えると約束する。サルモール軍はゲリラ戦を得意とするフォースウォーンの部隊に補給線を寸断され、マルカルスで完全に孤立してしまう。

 これに反発したのはウルフリック。ポテマの行いはタロスへの冒涜だと非難する。ポテマは、サルモールを引き入れたストームクロークこそタロスへの冒涜者だと非難。ストームクロークの兵士達は、セプティム派とウルフリック派に分裂してしまう。セプティム派には、ポテマの強い要望でヘイムスカーが指揮官に据えられた。

 ポテマはサルモール大使館で手に入れた資料を公開。ウルフリックは最初からサルモールのスパイであったと攻撃すると、ウルフリック派からも寝返りが多発。さらにはポテマに扇動されたダンマーの一派がウィンドヘルムで反乱を起こしたため、ウルフリックはダンマーとアルゴニアンを無差別に虐殺する。この蛮行はタムリエル中に宣伝され、モロウウィンドとブラックマーシュはポテマと軍事同盟を締結。ソスルセイムに集結したモロウウィンド軍は、イーストマーチへ強襲上陸を開始。ストームクロークからの離反者を含んだテュリウス指揮下のセプティム軍と合流し、連合軍はウィンドヘルムを陥落させる。ウルフリックは処刑され、ダンマーや親ポテマ派ノルドに押されたブランウルフ=フリー=ウィンターが首長に就任する。

 スカイリムで行われた一連の戦闘はポテマの勝利に終わった。さらにモロウウィンド、ブラックマーシュ、ハンマーフェルもポテマ側についたことで、シロディールに勝ち目は無くなっていた。

 帝都の元老院はアマウンド・モティエールを派遣してスカイリムとの停戦を模索するも、彼は何者かに誘拐されてしまう。ポテマは、モティエールが皇帝の死を利用してクーデターを起こすことを知っていたため、シロディールの混乱を誘発するために講和には応じなかった。ナジルとバベットはモティエールをドーンスターの聖域に監禁し、拷問してクーデター計画を吐かせる。

 その上でポテマは、自身の元老院を設立しこのモティエールを議長に就任させた。モティエールはポテマをタムリエルの皇帝として正式に承認する。この時点から、ポテマはシロディールの帝国を"反乱軍"と呼ぶようになった。シロディールの元老院には動揺が走り、反皇帝派はモティエールの呼びかけで"反乱軍"打倒のための挙兵を実行した。

 リーチから命からがら脱出したオンドルマールは、ポテマがタムリエルを征服すればタロスどころではなくなるとアルドメリ自治領を説得。シロディールも内戦で崩壊寸前に追い込まれていたため、白金協定を一時的に凍結することと引き換えに、サルモールと軍事同盟を結ぶことになった。

 ハイロックはポテマの支配を拒絶し、"反乱軍"に残留する。ポテマは、サルモールに対し正式に宣戦を布告。スカイリム、モロウウィンド、ハンマーウェル、ブラックマーシュ VS シロディール、ハイロック、サマーセット、ヴァレンウッド、エルスウェーアに分断されたタムリエルで、再びの世界大戦が始まったのである。この大戦はポテマが引き起こした先の大戦、レッド・ダイヤモンド戦争にちなんで、第2次レッド・ダイヤモンド戦争と呼ばれることになる。

 

 ポテマはスカイリムから南下し、再編中の反乱軍を打ち破り、ブルーマ、コロール、シェイディンハルを"奪還"。ルメア湖と帝都をつなぐ橋を占領し、インペリアル・シティを包囲した。反乱軍は"大戦"と同じように、帝都を明け渡してでも主力部隊を温存する作戦に出た。将軍や市民の中には帝都略奪の悪夢が再現されると反対する者が多かったが、自分たちを反乱軍と呼びセプティム皇帝を自称するポテマが帝都を破壊するとは考えられないとの希望的観測をもとに、撤退が行われることとなった。

 ポテマは撤退中の反乱軍艦隊が沖に出たところを見計らい、ドラゴンの大軍を差し向ける。ポテマが騎乗するオダハヴィーングに率いられた航空部隊は、ファイアブレスによる一撃離脱爆撃によって敵船を次々炎上させる。ほとんどの敵艦は対岸にたどり着く前に沈没した。ドラゴンによる制空権によってシロディール一帯の戦略的優位を得たポテマは、サルモールの小規模な援軍を孤立させて全滅させ、シロディールから反乱軍の影響をほぼ排除。白金の塔を占領すると、インペリアル・シティへと遷都を行った。反皇帝派の元老院議員をモティエールの元老院に合流させ、各国から逃れてきた吸血鬼や、サマーセットの反体制派なども元老に任命する。ポテマは捕虜の処刑や吸血鬼による敵兵に対する吸血などは従来通り行ったが、大戦でエルフが行ったような略奪や虐殺は厳しく取り締まり、むしろ大戦以後勢力の衰えた帝都復興に全力を尽くすことで、名実ともにセプティム朝の復活を知らしめたのである。

 ポテマの強さは、第1に勝っても負けても軍が膨れ上がる所にある。それに加えてドラゴンを用いた航空偵察、近接支援、対艦戦闘、空挺強襲等の新戦術は、現段階ではサルモールでも対抗手段を持つことが出来なかった。特にエルスウェーアの砂漠は機動戦に最適なため、カジートの国はわずか数週間で降伏する。森深いヴァレンウッドへは直接侵攻をさけて封鎖にとどめていたが、大規模な誘引作戦によってウッドエルフの主力軍を壊滅することに成功していた。ハイロックの諸勢力は、反乱軍とサルモールが苦戦していたために積極的な行動を起こそうとせず、ポテマと密約を結んで中立を宣言した。

 開戦から約半年後、タムリエル本土をほぼ征服したポテマは、ついにサマーセット群島に上陸を開始。ドラゴンによる近接航空支援の下帝国の大艦隊が強襲上陸を敢行し、サルモール支配下の島々を次々と陥落させた。強大なアルドメリ自治領も、"クァーナーリン"、ポテマ・セプティム陛下の下に屈したのである。サルモールを降伏に追い込んだポテマに対し、"タロスの再来"などと英雄視する者も各地で出始めていた。セプティム軍の将軍ヘイムスカーが、勝利後にサマーセットで行った大演説も、この風潮を加速させることに一役買ったのである。

 



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第9話 アズラの預言

 ごく一部の未占領地域を除き、タムリエルをほぼ征服しかけたポテマだが、彼女には一つ大きな問題があった。吸血鬼である。彼らは捕虜や戦死者からいくらでも血と肉を奪うことが出来ていたが、もしも戦争が終結したら、一般市民が標的になるのではないかとの噂が、どこからともなく流れ始めていた。ポテマの元に、吸血鬼と手を切るように直訴する者まで現れ始めていた。ポテマ不在のソリチュードでは、過激派アーケイ信者により上級王シビル・ステントールが襲撃される事件が起こるなど、ポテマの統治は未だ盤石ではなかったのだ。

 その日、ポテマの書棚からあるものが消失していた。彼女は戦争が始まって以来蔵書の確認などしていないから、気づくのが遅れてしまう。それは、ジ・エルダー・スクロール、ポテマの所有する星霜の書であった。

 寒いスカイリムの中でも極寒のウィンターホールド。そのさらに北方にある巨大なアズラ像の下で、一人のダンマーが歓喜に震えていた。彼女の名はアラネア=イエニス。ドヴァーキンの友人の一人で、敬虔なアズラの信徒である。彼女は今、アズラから再びの預言と共に、消失した星霜の書を手にしていた。しかしその言葉を届けるためには、敵中を突破しなければならないだろう。長く危険な道のりだ。けれどもアラネアの深い瞳に迷いはない。彼女は行かねばならぬのだ。星の守護者を破滅の運命から救い、アズラの預言を成就させるために。

「ネレヴァルよ、導きたまえ」

 静かに祈りの言葉を唱えると、アラネアは星霜の書を抱えてリフテンへ向け出発した。

 彼女はアズラが忌み嫌う死霊術師に成りすましてまで、ドーンガード砦包囲網に侵入していた。吸血鬼達はもう何度目かも分からない攻勢を開始していた。クロスボウの矢がそこら中に降り注ぐ。アラネアは召喚した氷の精霊で矢を防ぎつつ、草むらに隠れて気を伺う。突如、目もくらむような眩い光が迸り、アンデッド達が大爆発を起こして逃げ惑う。アズラと同じく不死を忌み嫌うデイドラ・ロード、メリディアの与えしアーティファクト、聖剣ドーンブレイカーの光だ。聖剣を掲げたリディアを筆頭に、ジョディス、イオナ、防波堤のアルギス、ラッヤといった歴戦の私兵に率いられたドーンガード部隊が突撃を開始する。彼らはそれぞれドヴァーキンからデイドラの秘宝やその他強力なアーティファクトを授かっており、最強クラスの吸血鬼の将軍達でも手を焼く戦力である。ドラゴンを差し向けたこともあったが、クロスボウの一斉射撃によって撃ち落とされ、虐殺者エリクの持つアカヴィリ刀、ドラゴンベインで止めを刺されて以来ポテマも及び腰だ。

「焼け! 吸血鬼を燃やせ!」

 勇ましいセリフと共にリディアが吸血鬼の将軍を切り伏せると、再び爆発が巻き起こり部隊はパニックに陥った。

「バラバラにしてやる」

 ドヴァーキンの元傭兵、ステンヴァールが赤く輝く巨大な両手剣で切りかかってくる。ブラッドスカルの剣だ。

 その横からはイオナが凄まじい速度でキーニングを振り下ろした。アラネアはとっさに星霜の書で剣を受け止める。それを目にしたイオナは驚愕と共に腕を引いた。スカイリムでは普通、星霜の書を持ち歩いている者などいない。そんなものを持っているということは、最重要人物の一人であることは疑いようがない。

「何者? なぜ星霜の書を持っているの?」

「私はアズラに導かれてここへやってきたのよ。吸血鬼の姫に、預言の言葉を伝えるためにね」

 そしてアラネアは発狂して自分に切りかかってきた吸血鬼に向かって、チェイン・ライトニングの魔法を放ち、灰へと変えた。

「デイドラの崇拝者が、同じデイドラ崇拝者に何の用なの?」

「アズラはあなたではなく、吸血鬼の姫に伝えるよう言っているわ。私を通すのか、そのカグレナックの祭器で殺すのか、早く決めなさい」

 イオナは盛大な溜息をついてキーニングを納める。何といっても星霜の書だ。今のところ全勝中とはいえ一度の敗北は破滅を意味している。彼らには何らかの打開策が必要だったのだ。

「ついて来なさいエルフ。まずイスラン指揮官の所へ連れて行くわ」

 



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第10話 反撃開始

「アズラは言っているわ。あなたが吸血鬼である限り、予言の言葉を授ける資格はないと」

「そもそも私はモラグ・バルの信徒ですのよ。アズラがあなたに何をおっしゃろうが、関係ありませんわ」

 セラーナとアラネアの睨み合いはもう数十分に及び、同じようなセリフの応酬が何百回と続いていた。アラネアはセラーナに会ったはいいが、彼女が人間に戻らねば一切の協力をするなとアズラから厳命されていたのである。

「アズラの予言を聞きたいのならば、まずモーサルへ行きファリオンという男に会いなさい」

「ですから私は、アズラの信徒ではなくてよ」

「殺せ! ドラゴンを殺すのよ!」

 リディアの叫び声がドーンガード砦に響き渡った。

 

『Zun Haal Viik!!』

 リディアはドーンブレイカーをその場に落とす。ドラゴンはその剣を踏みつけるようにして空から砦の屋上に着地する。

「ブルニク・ブロン……私は戦いに来たのではない。ティンバークしに来たのだ」

「このドラゴン、何を言っているの?」

「ふむ……ドヴァーキンのブロドはドヴァーの言葉を話せないのであったな。私は話をしに来たのだ」

「ちょっと待って、あなた見覚えがあるわね。もしかしてグレイビアードの所にいたドラゴン?」

「いかにも。私はパーサーナックス。ドヴァーキンの友だ」

 そしてパーサーナックスはドーンブレイカーから足を放しリディアに聖剣を取るように促した。騒ぎを駆けつけてドーンガード部隊が次々と屋上に上がってきたが、リディアは剣を納めて彼らにもクロスボウを納めるように言った。

「それで、ポテマの友人が私達に何の様かしら」

「ポテマ……そう、ポテマが問題なのだ。あれはドヴァーキンであってドヴァーキンではない。我らと共に声の道に進むことを誓ったドヴァーキンは……どこかへ去ってしまった」

 ドラゴン特有の地面を揺るがしそうな低い声でパーサーナックスは語り掛ける。

「オダハヴィーング、ヌーミネックス、ヴュルスリョル……ポテマの強大なスゥームに従うドヴァーは多いが……必ずしも全ドヴァーがそうではない。力への服従を望まず、声の道に従う者達もまだ残っている」

「つまりあなた方は我々ドーンガードに味方をする、そう言いたいのですね」

 ドーンガードの部隊を掻き分け、高そうなローブを纏った一人のノルドの女性、メイビン・ブラック・ブライアがずかずかと歩み出てきた。

「うむ……そういうことだが、お前は私を信用するのか?」

「私は誰も信用などしません。ですが利用できるものは何でも利用します。あなたがポテマを倒したいと言うなら結構。私の指揮下に入りなさい」

「あなたはここの指揮官じゃない」

 リディアがそう言ったが、メイビンに睨み付けられて引き下がった。

「あの薄汚い死霊術師に、自分がただの死体であることを思い知らせてやる必要があります。そのためには不本意ですが例の予言とやらを聞く必要があるでしょう。リディア、セラーナを縛り付けてでも人間に戻してきなさい。それが嫌なら、あの信心深いダンマーの口をどうにかして割らせなさい! さあ、早く行きなさい。ここから人類の反撃が始まるのです!」

 メイビンの迫力に、歴戦のノルドであるリディアもすくみ上り、小走りで砦の中へ戻っていく。ドーンガード達もそれぞれ配置に戻り、屋上にはメイビンとパーサーナックスだけが残された。

「皇帝メイビン・ブラック・ブライア、耳に心地よい響きだとは思いませんか?」

 それからメイビンはほとんど聞こえないくらいの小声で囁いた。

「ドログ ・バーロ ゙ク・フェイン……」

 こうしてドーンガードに、パーサーナックスと彼に従うドラゴン達が味方することになった。

 



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第11話 母との再会

 メイビンの脅迫とリディアやジョディスの粘り強い説得に負け、セラーナはモーサルへ向い、ファリオンと共に帰還した。その儀式はあまりにあっさりと終わり、魂を取り戻したセラーナは、不満そうにアラネアと対峙する。

「太陽の専制が終わり、世界が暗闇に包まれたとき、かつての吸血鬼の姫が狼の女王を打倒し、太陽と共に定命の世界が復活する。それがアズラの預言よ。あなたはアズラの戦士に選ばれたの」

「あなた、自分がおっしゃっていることが理解できまして? それには、父が妄信する予言を成就しなければなりませんわ。それが意味することは、世界が暗闇に包まれるということですわよ。そんなことをすれば、それこそ定命の者の世界が終わってしまいますわ」

「アズラが私達を試しているのかもしれないわ。だけど心配は要らない。必ず預言通りにことは進むわ」

「誰も彼も預言預言と……父の予言が間違っており、アズラの預言が正しいという保証はどこにありますの」

「アズラの預言が間違うことは決してないの」

「アズラと言えばアーケイと同じく不死を忌み嫌うことで有名なデイドラだ」

 隣で聞ていたイスランが口を挟む。

「そのアズラが、吸血鬼に世界が支配されることを望むとは考えづらい。デイドラを信じるというのは気が進まないが、賭けてみる価値はある」

「そもそもアズラをデイドラと考えているのは人間だけよ。私達ダンマーにとってアズラは真のトライビューナル、すなわちエイドラなの。ノルドにとってタロスがそうであるようにね」

「あら、あなたはサルモールのスパイなのかしら」

 リディアが怒り気味に言う。彼女はドヴァーキンのサルモール狩りに散々つき合わされていたため、サルモールの恐ろしさと傲慢さは身をもって感じており、白金協定にはどちらかというと否定的な立場にあった。

「こうしてあなた方と宗教の話をしていても埒があきませんわ! これは信仰の問題ではなく、生存の問題ですのよ。そのような曖昧な預言を根拠に、世界から太陽を奪うことなどできませんわ」

 イスランはしばらく考え込むと、椅子に座ってパンをかじりながら口を開いた。

「いや、アズラの預言には一理あるかもしれん。もしも世界から太陽が消えれば、渋々ポテマに従っている諸侯の中からも、必ず反抗的な者が出てくるだろう。現在、ポテマはタムリエルのほとんどを征服している。パーサーナックスとの協定によってドラゴンを無力化しただけでは、我々の側に付くものは出てくるまい。だが吸血鬼が世界を支配するとなれば、定命の者は嫌でも我々と志を同じくしなければならないだろう。ストームクローク、サルモール、ハンマーフェル、ブラックマーシュ、そしてポテマの帝国軍もだ。彼らは自らの軍隊を組織して、吸血鬼と戦うことになるだろう。そしてポテマが彼らと共に吸血鬼を根絶やしにするとは考えられない。シビル・ステントールをスカイリムの上級王にしたくらいだ」

「そうだな」

 ファリオンもイスランに同調して頷く。

「吸血鬼と定命の者の絶滅戦争が始まるのは、アズラの預言の如何を問わず、もはや時間の問題だろう。ポテマがタムリエルを統一すれば、吸血鬼達の食料源は大幅に制限される。ポテマに多大な貢献をしている吸血鬼の将軍たちは、公然と人間を食する現状を守り抜くに違いない。さらなる権利拡大を求める危険もあるだろう。人間もエルフもこのような世界は望むはずがないし、結局ポテマは吸血鬼を倒すか、それとも吸血鬼と共に定命の世界を滅ぼすかを選ばざるを得ない。こうなってしまえば、他のエイドラ達もタムリエルの現状を放置する訳にはいかなくなるだろう」

「だからと言って世界を破滅に追い込むかもしれない賭けをしろと? その方法も分からないのに」

「方法は分かっているのよ、セラーナ。星霜の書はもう一冊必要なの。そしてその在処を、あなたは知っているわね」

「それは……」

 セラーナは口ごもる。おそらくは彼女の母親が持っていることは分かっていたが、母が父の予言協力するとは到底思えなかった。

「たとえ知っていたとしても、読む方法がありませんわ」

「我々に任せてくれ。白金の塔にいるであろう聖蚕の僧侶を何とか助け出し、ここへ連れてくる」とイスランは言った。

「だったら話が早いわね。行きましょう、スカイリムのために、ホワイトランのために!」

 リディアはドーンブレイカーを抜いて檄を飛ばす。

「あぁ、綺麗な色ね」

 ジョディスも、ドヴァーキンが神のいたずらを利用して奪い取ったもう一本のドーンブレイカーを構えて走り出す。

「この辺で完全に馬鹿じゃないのは俺達だけだ」

「アズラの加護があらんことを」

 さらにファリオンとアラネアも後に続く。セラーナは渋々彼らを追いかけることにした。走り出したはいいが、彼らはどこに行くべきかも分かっていないのだ。

 

 それから5人はスカイリムをほぼ端から端まで横断し、アイスウォーター桟橋にやってきた。一応スカイリムでは戦争が終結していたし、山賊行為も禁止されていたのだが、そこら中を吸血鬼や死霊術師が歩き回っていたため、彼らの戦闘回数は二桁に達した。真昼の間にヴォルキハル城に上陸して正面玄関を迂回し、長いダンジョンを通って中庭に入る。月時計の仕掛けはファリオンがあっさり解いて、ヴァレリカの研究室にたどり着いた。

「どうやら、お前の母親はソウルケルンに逃げ込んだようだな」

 ファリオンは部屋を一回りしただけで、ヴァレリカがやったことのおおよそに見当をつけて言った。

「問題は二つ。ヴァレリカの血が必要なことと、まぁこれはお前の血で代用できるだろうが、最大の問題は生者は魂を吸い取られて死ぬということだ」

「あら、つまりもう一度吸血症にかかれとおっしゃりたいんですのね、それはとても素晴らしいですわ」とセラーナは憤慨する。

「そう焦るな。魂縛をかければ何とかアイディール・マスターを誤魔化せるだろう」

「だったら早く済ませてしまいましょう」

 ファリオンに魂縛を掛けられた4人は、ソウルケルンへの転移門を開いて順次落下していく。

 そこはこの世の終わりを絵にかいたような殺風景な場所で、コールド・ハーバーを見たことがあるセラーナでさえ不快感を禁じ得ない。だがメリディアの光はこの異空間まで届いているようで、襲ってくるアンデッドをリディアとジョディスが爆発させながら進んだだめ、母の元にたどり着くのにそう時間はかからなかった。

「お母様!」

「神よ……まさか、セラーナ!?」

 数千年ぶりの感動の再会を3人はただ黙って見守っていたが、しばらくしてヴァレリカはセラーナの瞳に気付き、一向に疑いの眼差しを向けた。

「そう……つまりはそういうこと……あなたは、すべて知っていたという訳ね」

 ヴァレリカはアラネアを睨み付けて言う。

「どういうことですの?」

「太陽の専制を終わらせるためには、コールド・ハーバーの娘の血が必要なの。セラーナが吸血鬼で無くなった以上、世界には私しか残っていない。つまりアズラは、私を殺すためにあなた達をここへ送り込んだのよ」

「そんな……」

 セラーナは驚いてアラネアを見つめたが、彼女の吸血鬼とは違う燃え上がるような赤い瞳は答えることを拒絶していた。

「あなた達のために私の命を差し出せと言うの? 吸血鬼を追いつめて動物のように殺す者達のために!」

「どちらにせよ、吸血鬼は滅びる運命にあるのよ。あなたが種を存続させる唯一の方法は、ポテマを殺して再び吸血鬼を闇に戻すことだけ。それともここで一人だけ、最後の吸血鬼として生き続けることを選ぶのかしら?」

 リディアは2人が何を言っているのか理解できないとばかりに、近くにあった椅子に腰かけてパンをかじり始めた。

「この狂信者……アズラに呪われるがいい!」

 まるでダンマーのような台詞を、アラネアに向かってぶつける。アラネアの純粋な瞳には一切の迷いがない。それを狂信というか敬虔というかは誰が決めることだろうか。その一途な瞳はセラーナを向いている。

「世界が滅びていいとは思いませんけれど、だとしてもこの手で母親を殺したいとは思っていませんでしてよ」

 セラーナが右手に力を籠めると、その手が俄かに冷気を帯びる。アイススパイクの呪文だ。アラネアもライトニングボルトを用意して元吸血鬼の姫と対峙する。左手にはお互い召喚魔法を用意し、臨戦態勢を取った。

「面倒を起こす気はないわよね?」

 ジョディスはリディアの隣でエールを飲みながらのんびりとした口調で言う。

「元はと言えば、ドーンガードが招いた災厄ではありませんの。あのドラゴンボーンが私を起こし、ポテマに乗っ取られさえしなければ、こんな戦争が起こることもありませんでしたのよ」

「だとしても、あなたには使命があるわ。アズラの戦士としての使命が。その運命に背くというのなら、私はアズラの名においてあなたに裁きを下す。ネレヴァルよ、導きたまえ!!」

「どこから来ましたのっ!!」

 セラーナの放ったアイススパイクがアラネアの頭蓋骨を貫いた。しかしアラネアは平然と巨大な氷の精霊を召喚しながら、ライトニングボルトを放つ。高速電流がセラーナを直撃し、全身を駆け巡った。硬直するセラーナに氷の精霊の巨大な腕が迫る。しかしセラーナは、懐から巨大なメイスを抜いて、重い一撃で腕を打ち壊した。ドヴァーキンにモラグ・バルの話をした際、彼からある秘宝を授けられていた。モラグ・バルのメイスである。例によって鍛造のエキスパートであるドヴァーキンによって鍛え上げられたそれは、凄まじい衝撃と共に腕を粉砕した。

「いい教訓になりましわたね」

 だがアラネアも負けていない。彼女とて切り札は用意していた。同じくドヴァーキンから授けられたデイドラ・ロードの秘宝。その中でもとりわけ強力で一番凶悪な大剣、黒檀の剣を取り出した。真のトライビューナルの一人、メファーラが授けし裏切りの剣である。この剣の真の力を引き出すために、ドヴァーキンは友人であり差別主義者であったガルマルの弟、ロルフ・ストーンフィストを殺し、さらに死霊術を使って生き返らせては殺し、また生き返らせては殺すというモラグ・バルばりの鬼畜の所業を行ったことがある。剣での戦闘に慣れていないアラネアが使ったとしても、触れるだけでオブリビオン送りは確実だ。

 互いに触れれば必殺の剣戟が幾度か交わされた。どちらも近接戦闘は慣れていないため、リディアやジョディスからしたらお遊戯会のような戦闘だったので2人はただ眺めていた。重い武器では互いに決定打を打てないことが分かると、2人は武器を下ろして殴り合いを始める。

「誰に戦いを教わったの? 腕を下ろすな」

「大きい方に12ゴールド!」

 リディアとジョディスが囃し立てる中、セラーナとアラネアは血まみれで殴り合いを行う。魂縛を掛けられているため普段より消耗が激しく息も絶え絶え。アラネアのパンチが綺麗にセラーナの顔面を捉え、遂にセラーナが膝をついた。

「もうこんなことやめなさい!!」

 目の前で娘が殴られるのを目の当たりにして、ヴァレリカが一喝する。

「そんなに血が欲しいなら持っていきなさい。星霜の書もあげるわ。だから無意味な争いはやめなさい」

 それから一行は番人を倒してヴァレリカを結界から解放し、ダーネヴィールを倒して星霜の書を取ってからソウルケルンを脱出した。

 



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第12話 スカイリム内戦、再び

 冬が明け蒔種の月。未だドーンガード砦は健在であり、その他局地的にではあるがポテマへの抵抗も継続されていた。そんな折、タムリエル各地にタロスが降臨したとの噂がどこからともなく流れ始めていた。曰く、メリディアがこの戦争を利用してタムリエルを支配しようとしていると警告して回っているそうだ。とにもかくにも、ポテマの侵略はメリディアの陰謀だと主張する老人が各地に現れたことと、ポテマが恵雨の月からタロス崇拝を禁止するとのお触れを出したことは、世界の趨勢を大きく変えることになった。

 タロスの再来とも目されたポテマがタロスを否定したことで、白金協定の反故を大前提としてポテマに従っていたスカイリム諸侯は大反発。スカイリム以外の非サルモール支配地域でも、突如大転換したポテマの政策は全く受け入れられず、押さえつけられていた反ポテマ感情が一気に噴出することになる。ポテマは反抗的な諸侯を追放、謀殺して吸血鬼や死霊術師に挿げ替えるなど、次第に人間に敵対的な政策を推し進めるようになった。人間側でも、吸血鬼の領主を暗殺したり、死霊術師の教団が襲撃されたり、吸血鬼の将軍からの命令を拒絶するなど、ポテマの支配は揺るぎつつあった。

 太陽が消えたのはそんな混乱の最中、真央の月24日、ヒャルティー・アーリービアードことタイバー・セプティムの生誕祭に起きた。その日の真昼、太陽が突如として消失したのである。この太陽の消失の日、遂にホワイトランのバルグルーフ首長が、反ポテマ軍を挙兵。テュリウスらスカイリム駐留帝国軍がこれに同調したことで、スカイリムでは内戦が再熱した。各地の軍では部隊規模でクーデターが勃発。タロスを否定したことで旧ストームクロークにはポテマに組する理由がなくなり、旧帝国軍も同じ人間と戦ってまでポテマに手を貸したいと思うものは殆どいなかった。ポテマはシロディールから本隊をホワイトランへ派遣し、街を包囲する。だがポテマ軍の人間やエルフたちは、ホワイトランとの戦いを拒絶して反乱軍に加わるものが続出。スカイリムでは定命軍とアンデッド軍の最初の戦い、ホワイトランの戦いが勃発した。人類軍は溜まりに溜まったポテマへの不満が爆発し、圧倒的な規模を誇るアンデッド軍を徹底的に打ちのめした。ポテマはすぐさま世界各地から増援を送って大規模な包囲網を敷いたが、人類軍の士気は凄まじく、これを潰すことは至難であった。

 かくして第2次レッド・ダイヤモンド戦争は、帝国とサルモールとの戦いから、不死者と定命の者の戦いという第2段階に移行したのである。第1次レッド・ダイヤモンド戦争を踏襲するかのように。

 イスラン指揮下のドーンガード部隊は、ホワイトランでポテマが苦戦しているのを見て全面攻勢を決定。シロディールとモロウウィンドからの反ポテマ軍も合流してドーンガード砦包囲軍を殲滅、リフトを奪還する。ポテマは援軍としてドラゴンの部隊を派遣したが、反乱軍側についたパーサーナックス率いる反ポテマ・ドラゴン軍団によって反撃を受け失敗に終わる。ポテマのドラゴンを使った戦略は崩壊したのである。

 死霊術師たちは戦死者を復活させて反撃を開始したが、リディアとジョディスがドーンブレイカーを用いて敵陣に突っ込み、アンデッド部隊を蹴散らし、反ポテマ軍は怒涛の勢いでホワイトラン平原へと進軍する。反乱軍はヘルゲンを突破し、リヴァーウッドを陥落させる。ウィンドヘルムのブランウルフもポテマに反旗を翻し反乱軍に合流、ホワイトラン方面にストームクローク部隊を進軍させた。ドーンスター、ウィンターホールドもブランウルフに同調して反乱軍に加わる。連合軍はホワイトランの包囲軍に空前の規模の逆包囲を敢行。これに呼応したバルグルーフの総攻撃を受けホワイトラン包囲軍を殲滅。ホワイトランの戦いは、人類軍の決定的な勝利によって幕を下ろした。

 吸血鬼が首長を務めるソリチュード(シビル)、モーサル(モヴァルス)、そしてマダナックの支配するマルカルス、そしてシロディールからの部隊が駐留しているファルクリースは、未だポテマの支配下にあった。 

 リバーウッドを要塞化した反乱軍は、守備隊を残してリーチへと向かう。メイビン・ブラック・ブライアが密かにマダナックと交渉し、反乱軍に加わればマルカルス首長の座を認めると説得。だが現在のフォースウォーンはマルカルスで支配階級となっており、吸血鬼と共にノルドを呪ったり実験に使ったり好き放題していた。メイビンはいずれフォースウォーンも標的にされると説得するが、マダナックはポテマへの義理があるとして交渉は決裂。この動きを見てポテマはハルコン指揮下のスカイリムにおける主力部隊をソリチュードから南下させ、人類軍への挟撃を目論んだ。人類軍とフォースウォーン・アンデッド連合軍による2度目の大規模衝突、リーチの戦いが勃発した。



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第13話 未来よ!

「岩がちな谷間と、裂け目だらけで身をひそめる場所に事欠かない地形。世捨て人や狂信者が住むにはうってつけの場所ですわね」

 ロリクステッドからリーチ地方に足を踏み入れたセラーナは、隣を歩くリディアに率直な感想を言った。リーチの起伏が激しい地形は、膨れ上がった人類軍の戦力を生かすのは難しい。その上相手はゲリラ戦を得意とするフォースウォーンで、不気味な黒い太陽が浮かんだまま。ホワイトランで快勝した人類軍の士気は高かったが、セラーナは一抹の不安を抱いていた。

「リーチはフォースウォーンのものだ!!」

 谷間に差し掛かった時、崖の上から男の叫び声がして、隊列に向かって矢が降り注いだ。次々と撃ち抜かれて悲鳴を上げる。ドラゴンの上空偵察も、リーチの地形とフォースウォーンの巧みな掩蔽には対処できなかったのだ! リディア達もすぐに弓で反撃を開始したが、高低差のある分圧倒的に敵に優位な状況。

「今日死ぬ気分はどうだ!?」

 

「このままでは全滅ですわ」

 空に向かってアイススパイクを放ちながら、セラーナが悲鳴を上げる。部隊は混乱に陥り、引き返そうとする者達が次々将棋倒しになり、そこに矢が降り注ぐ。絶体絶命、ここで吸血鬼でも現れ乱戦にでもなれば本当に部隊が崩壊しかねない。

 

「未来よ……サルモールよッ! しかと見よッ!」

 

 崖の上で大爆発が起きて、フォースウォーンの一団が燃え上がった。炎系最高位の破壊魔法、ファイアストームが炸裂したのだ。

 

「分からないか? エルフの支配こそ真理だ!!」

 

 戦争初期にマルカルスで孤立していたサルモールの生き残りを率い、再潜入していたオンドルマール卿率いるサルモール司法高官達が背後からフォースウォーンに対し奇襲を仕掛けたのだ。

 

「ははははは! 俺に勝てるとでも? 無理だな。燃えろッ!!」

 

 凄まじい吹雪が巻き起こり、フォースウォーン達が舞い上げられていく。ブリザード、これも最高ランクの破壊魔法である。フォースウォーンの死体が空から降ってきて、セラーナの眼前にドスンと落ちた。セラーナは即座に死体を操り、フォースウォーンに対する反撃を開始した。フォースウォーンが全滅するのに長い時間は必要なかった。オンドルマールは崖から降りてくると、セラーナ達の前に立ちふさがる。

「俺はアルドメリ自治領スカイリム派遣軍最高司令官、オンドルマールだ。お前たちの指揮官は誰だ?」

 アルトマー特有の高慢な声で高笑いをするオンドルマール。大層な肩書だが連れている部下はせいぜい数十人と言ったところ。しかし、サルモールがそれだけいればスカイリムの街を一つや二つ制圧することは不可能ではない。

 

「サルモール……いやオンドルマール指揮官、助かった。感謝する」

 バルグルーフがやってきて言った。仇敵サルモールの突然の登場を、ある者は憎しみを籠め、ある者は安堵と共に迎える。

「ふん……お前はホワイトランのバルグルーフだな。お前が指揮官か?」

「いや、俺はスカイリムの上級王ではない。今のところ、全軍を統括する指揮官は誰もいない」

「そんな状態でよく戦争しようなどと思ったものだ。ならば俺に軍を預けろ。ポテマに勝たせてやる」

「サルモールに従う訳にはいかないわね」

 ドーンブレイカーを輝かせてリディアが威圧するが、その声にはどことなく親しみがあった。2人はかつてマルカルスで会ったことがある。司法高官殺しとしてスカイリム中に指名手配されている従士であるが、ただ一人だけサルモールの友人がいた。それがこのオンドルマール卿なのだ。

「でもポテマと戦うというのなら、歓迎するわ、オンドルマール」

「いいだろう。俺達もお前達に合流しよう。アルドメリ自治領は奴に占領され、もはや定命の者同士で争っている状況ではないからな。だがこの共闘は一時的なものだ。いずれ我々サルモールがタムリエルを統治することになる」

 サルモールはポテマによって違法化され事実上壊滅させられている。今ここに、ポテマの立ち向かうための、人類とサルモールの同盟が成立したのである。



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第14話 リーチの戦い

 連合軍はマルカルス方面へと進軍したのち軍を二分し、マルカルスへの突入部隊と、ソリチュードからの援軍を迎え撃つ部隊を配置した。マルカルス突入部隊をイスランとオンドルマールが率い、ハーフィンガル戦線をリディアとバルグルーフが率いることとなった。

 マルカルスはドワーフの都市を利用した難攻不落の大要塞。厳密にいえばヌチュアンド・ゼルという都市の一部を利用した城塞都市だ。正門はフォースウォーン部隊に加え、アンデッドの軍隊が厳重に守っており、正面からの突撃は無謀を極める。アンデッドの中には、ヌチュアンド・ゼルに住んでいたと思われるファルメルの姿も混じっていた。

 この部隊を率いるのは野獣のボルクルというマダナック腹心の部下で、暴力沙汰を得意中の得意とするドヴァーキンさえも一目置く凶悪犯の一人である。現在はマルカルスの従士であり、マダナックの副官でもある。

 かつてマルカルスに住んでいたオンドルマールは、来たるべき第2次大戦のためにこの難攻不落の都市に対する攻略計画を練っていた。その作戦はフォースウォーンを使って内部から瓦解させるというものだが、現在フォースウォーンは敵に回り、市民の大半は虐殺され、アンデッドの戦列に加わっていた。

 そのうえ、スカイリムに存在する一般的な攻城兵器では、マルカルスの石壁を突破することは不可能であった。この絶望的な状況の中、連合軍に参加していたブレリナ・マリオンとジェイ・ザルゴという二人の学生が、ウィンターホールド大学のアークメイジ居住区からあるものを持ち出し、オンドルマールに渡した。マグナスの杖―――先の所有者はかのネレヴァリンだともいわれるそれは、射程無制限の長距離ビーム砲を放つ、いわば戦略兵器である。アーティファクトを手にしたオンドルマールとサルモール司法高官の部隊は、連合軍の先鋒としてマルカルス正門の正面に向かう。

「じきにノルドは全員サルモールの奴隷になる……」

 そう言ってオンドルマールは、マグナスの目をマルカルスの正門に向ける。

「見せてやろう。魔術を極めし者の力をッ!!」

 この世の終わりのような音がした。杖から迸った破壊の光が、マルカルスの正門を真っ直ぐに貫き、大爆発を起こす。ドワーフ合金製のドアが真っ赤に炎上し、爆発と共に吹き飛んだ。門の上部に立っていたボルクルはその衝撃でマルカルスの街までふっ飛ばされる。

「私の持つ力を、理解すらできまい。サルモール、前進!!」

 オンドルマールの突撃命令と共に、エルフと人間の連合軍がマルカルス市街地へ突入する。

 

 マルカルス市街戦が始まった頃、ハーフィンガル戦線では既に戦端が開かれていた。空を両軍のドラゴンが舞い、スゥームが飛び交い、吸血鬼と魔術師は互いに魔法を撃ちあい、何千何万の矢が降り注ぎ、その中を前線部隊が衝突する、まさに今大戦最大の野戦が繰り広げられていた。

 リディア率いる最精鋭部隊は前線を突破して街道を突き進んでいた。彼らの目的はただ一つ、ポテマの部下で最大の不死戦力を率いるヴォルキハルの王、ハルコン卿の抹殺である。

「スカイリムはノルドのものよ!!」

「ソブンガルデが待ってるわよ!!」

「死がお待ちかねよ!」

 リディア、ジョディス、イオナを先頭に、アムレン、イリレス、ラッヤ、カルジョ、ムジョル、ウズガルド、ボルガク、アルギス、カルダー、ベルランド、ステンヴァール、デルキーサス、ジェネッサ、虐殺者エリク、さらにはアエラ、ファルカス、ヴィルカスといった同胞団のメンバーやアヴルスタイン・グレイ・メーン、イドラフ・バトル・ボーンなど、あらゆる人種の、あらゆる宗教を持つ、スカイリム最強クラスの戦士達が集結し、死体の群れを強引に突破してゆく。セラーナとアラネア、ファリオン、ファラルダ、マーキュリオ、オンマンド、エランドゥル、イリアなどの魔術師勢も後に続く。セラーナが構えているのはアールエルの弓――星霜の書が予言した、狼の女王を殺すための武器だ。

 進めば進むほど敵の防御は厚くなるが、リディアとジョディスのドーンブレイカーで強引に前線をこじ開け、戦線の奥深くへと突き進んでいく。吸血鬼を一人仕留めれば、アンデッドは灰になって消える。だからリディアとジョディスは最優先で吸血鬼を殺し、戦士達は前進を続ける。

「ホワイトランのためにッ!!」

 吸血鬼長ヴォルキハル――将校クラスの吸血鬼が眩い爆発と共に四散する。灰は灰に、土は土に戻り、一行の行く手を塞ぐものはもはや何もない。黒い太陽を背に、宙に浮かぶおぞましい怪物―――吸血鬼の王、ハルコンの元へたどり着いたのだ。オースユルフ、ヴィンガルモ、フーラ・ブラッドマウスといった強力な吸血鬼達と共に、ガーゴイルの大軍が一行を待ち構えていた。

 そんな中、セラーナは数千年に及ぶ因縁に決着を着けるべく、ハルコンと対峙するために隊列の先頭へと歩み出た。

「愛しいセラーナよ。今でもペットを連れ歩くのを好むのだな」

 リディアとジョディスに守られたセラーナに向かって、ハルコンは昔を懐かしむように言った。

「わたし達がここにいる理由はお分かりですわね」

「お前はアーリエルの弓を手にし、この世を闇で覆った……予言は成就したのだ。なのになぜ抗う? セラーナ……その目は……!!」

 ハルコンは気づく。セラーナの透き通るような青い目に。

「失望したぞ、セラーナ。私がお前に与えたもののすべてを投げ捨てたというのか……いったい何のために!」

「お父様はわたし達の家庭を壊してしまいましたのよ。それに他の吸血鬼も大勢殺しましたわ。あやふやな予言なんかのために。それに飽き足らず、ポテマに従い世界を支配しようとするおつもりですのね。その結果がこれですのよ。お母様の危惧した通りですわ」

「母親を殺してきたのだな。その上その罪を私に押し付けるつもりか?」

「お母様は自ら犠牲になることを選んだのですわ。吸血鬼に生き残るチャンスを与えるために」

「まあよい、私を裏切った娘とこうして口をきくのも疲れてきた。モラグ・バルを称えつつ娘の血をすするとしよう!!」

 それが父と娘の決別の合図になった。ハルコンは周囲にコウモリをばら撒き、一行の目をくらませると一瞬のうちにセラーナの懐に飛び込む。

「勝てると思ったら大間違いよ!」

 だがリディアの剣がその手を阻んだ。ハルコンの持つアカヴィリ刀とドーンブレイカーが火花を散らす。

「これで息の根を止めてやる!!」

 ジョディスが側面からハルコンの首を刎ねようと剣を突き立てる。だがオースユルフの剣がハルコンの死を防いだ。

「俺の邪魔をしなければ両腕を引きちぎらないでおいてやる」

 吸血鬼になってもオースユルフは屈強なノルドだ。ジョディスはそのパワーに弾き飛ばされ、大地に転がった。止めを刺すべく剣を叩きつけるオースユルフ。ジョディスはとっさに白い盾を取り出して重い一撃を防いだ。だがオースユルフはジョディスに起き上がる隙を与えず、そのまま連続で剣を叩きつける。次第に盾が輝きを放ち出す。ドーンブレイカーと同じく、太陽のような眩しい輝きを。

「今日が最後の日よ、吸血鬼!!」

 ジョディスはパワーバッシュを放つ。ただの反撃ではない、今まで受けた力をすべて乗せた強烈な一撃―――アーリエルの盾の衝撃波だ。

「なにぃっ?!」

「この手で……殺してやるッ!!」

 ドーンブレイカーの切っ先がオースユルフの心臓を貫き、大爆発と共にその体を灰に帰す。吸血鬼の大将軍の命運は尽きた。

 リディアの重い一撃は、ハルコンの素早く、奇怪な動きを、それでも幾度かは捉え、その肉体の断片を切り裂いていた。草木は太陽のありがたみをえり好みしない―――メリディアの、太陽の一撃がハルコンの肉体を少しずつバラバラにしてゆく。

「うぉおおおおはあああ!」

 雄たけびをあげながらハルコンに留めの一撃を放つリディア。突如ハルコンの肉体が暗闇に包まれ、リディアの剣を弾き飛ばす。

「ドーンブレイカーが、効かない……?!」

 ハルコンの傷が見る見るうちに塞がってゆく。黒く不気味な光が、何か結界のようなものを形成し、ドーンブレイカーの攻撃を阻んでいた。

「骨から肉を引き千切ってくれる!!」

 リディアの体が宙を舞い、その首をハルコンの手が捉えた。リディアは喉を完全に閉められ、声にならないうめき声を零す。それに気づいたイオナがキーニングで切りかかるも――本来なら装備するだけで命を奪うほどの代物だが、このロルカーンの心臓を貫いた偉大なるカグレナックの祭器はすでに壊れているのだ。イオナもハルコンに捉えられ、リディアと同じように締め上げられた。

「セラーナ、今よ」

 アラネアがガーゴイルをチェインライトニングで弾き飛ばし言った。セラーナはアーリエルの弓を構え、特別な矢を番えた。光り輝くその矢の名は、太陽神のエルフの矢。スノーエルフの騎士司祭ギレボルが、アーリエルの力を込めた、神の矢である。

「今度はお父様が苦しむ番ですわ!」

 ドーンブレイカーでも破れなかった結界を、アーリエルの矢は易々と貫いた。矢はそのままの勢いでハルコンに吸い込まれる。防御は間に合わない。ハルコンの眉間に突き刺さり、その勢いのまま巨体を地面に押し倒した。

「そんな……セラーナ……実の父をお前は……」

「スカイリムは、ノルドのものですわ!!」

 リディアの落としたドーンブレイカーを拾い上げ、セラーナは父の心臓に剣を突き立てた。断末魔と共に爆発、四散する吸血鬼の王。その爆発は周囲の吸血鬼を何十体も巻き込み、さらには数百のアンデッドを爆破炎上させ、戦線に巨大な風穴を開けた。バルグルーフ以下連合軍は雄たけびをあげながら突撃を開始、吸血鬼の大部隊を完全に撃ち破った。

 こうしてリーチの戦いも、定命の者の勝利に終わった。マルカルス首長には、メイビンやドヴァーキンともつながりが深く、フォースウォーンでもノルドでもない、レッドガードのエンドンが就任することになった。マルカルスでは銀の鉱山が再開。ポテマに止められて大量に備蓄されていた銀を利用し、反乱軍はアンデッドに効果的な銀の剣を装備することになった。

 




× ソーンヴァー
○ マダナック

矛盾しておりました


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第15話 ソリチュードの戦い

 第4期202年降霜の月、ついにポテマは第1次レッド・ダイヤモンド戦争と同じく、ソリチュード王国以外のすべての領地を失ってしまった。ドラゴンも敗退を続けるポテマを見限り、今では大半の個体がパーサーナックスに従うようになっていた。だが座して死を待つポテマではない。彼女は各地で後退しつつも、わずかな戦力をソリチュードに結集させ最後の決戦を挑もうとしていた。大規模なデイドラの召喚も確認されていた。ソリチュードは数百年の時を経て、再び死霊の街と化してしまったのだ。

 連合軍はハーフィンガルの大半を制圧し、いよいよポテマの籠城するソリチュードへの最終的な攻撃を準備していた。テュリウス将軍を最高指揮官とする連合軍は、ソリチュードを完全に包囲し、その時を静かに待っていた。

 ポテマは今では唯一のまともな部下であるシビル・ステントールと、アーティファクトによって召喚した高位のデイドラ、ドレモラ・ロード。さらには蘇らせたエレンウェンの死体と共に防衛計画を練っていた。エリシフもいるにはいたが、おぞましい死霊の街と化した故郷ソリチュードに絶望して自殺未遂を繰り返し、今ではドール城のダンジョンに縛り付けられていた。彼女は幼い息子を出産しており、彼女の強い意向で亡き夫トリグの名前からトリグ・セプティム2世という名を付けて育てていたのだが、それすら彼女をこの世に留める理由にはならなかった。現在トリグ2世はポテマの英才教育を受け1歳にしてスケルトンを操るという脅威の才能を見せており、ポテマはこの幼子すら戦列に加えようとしていた。

 このソリチュードの惨状にさすがのデルフィンも自分が間違っていることに気づいたらしく、ポテマの元を離れしれっと連合軍の作戦会議に参加していた。彼女はポテマに付き従っていた最後の人間の将軍なので、ポテマの近情について詳しく、それなりに連合軍に貢献することになった。会議の場にはデルフィンの他に、旧帝国軍の将軍達やスカイリムの諸公、リディアら私兵たち、セラーナとアラネアも参加している。またブランウルフの提案でこの場でムートが開かれ、バルグルーフがスカイリムの上級王に就任することが決まった。メイビンが同意したのは実に意外なことだが、彼女はスカイリム上級王どころか皇帝になる気でいるのだ。実際、メイビンはこの戦争において軍事的にはともかく政治的には1,2を争う指導的立場を発揮し、皇帝に最も近い立場にあると言えるだろう。次期タムリエル皇帝の座を掛けた政治レースは既に始まっていたのだ。

 リディアやセラーナは、預言の実現という最後の仕事を成し遂げるためにこの場に参加していた。すなわち狼の女王に引導を渡し、太陽を復活させる。そのためにソリチュード市民であるジョディスは、自分達が特殊部隊としてブルーパレスを急襲し、ポテマを抹殺する作戦を立てた。命を懸けて守ると誓った従士を殺さねばならない日がやってきたのである。

 熱狂的なタロスの司祭ヘイムスカーは、かつてポテマから帝国軍の最高司令官に任じられていたのだが、ポテマがタロス崇拝を禁じた時点で指揮下にあった部隊の大半と共にクーデターを起こし、インペリアル・シティーを制圧していた。最終的な決戦地となるスカイリムにも軍を派遣し、連合軍将兵の前で演説を行った。ポテマも偉大な演説家であることは歴史的にも知られていたが、このヘイムスカーがソリチュードの戦いを前にした大演説も、後世の歴史家は永遠に語り継ぐに違いない。その一部を引用しよう。

「タロスが昇華し八大神が九大伸になる前、タロスは我々と共に歩まれた、偉大なタロス、神としてではなく、人間として! しかし、あなたはかつて人間であった! そうだ! 人間としてあなたは言った”北の大地に生まれしストームクラウンのタロスの力を見るが良い、わが息が長き冬となる” ”私は今王位について呼吸し、私のものとなったこの大地を新たに作る。私はこれをレッド・レギオン、あなたのために行う、あなたを愛しているから”ああ、愛。愛! 人間としてさえ、タロスは我々を大事にしてくださった。彼が我々一人ひとりの中に、スカイリムの未来を見ていたから! タムリエルの未来を!」

 知る人がいれば、彼がホワイトランでいつも行っている演説であると気づいたはずであるが、彼が率いている帝国兵達にとっては実に新鮮で、白金協定以後に生まれた、タロスを奪われた若い兵士達を鼓舞するには十分であった。彼らは父祖が信じた神、タロスを再び取り戻すための戦いに加わることになったのだ。

 降霜の月30日、ソリチュードの戦いは始まった。テュリウスがこの日を攻撃開始の日に選んだのは戦術的理由ではなく、偶然でもない。30年前の"大戦"が始まった悲劇の日に、第2次レッド・ダイヤモンド戦争最後の戦いを始めることで、タムリエルにおいて帝国が再び威信を取り戻すことを期待してのことであった。

 ソリチュードは山と崖の上に築かれた城塞都市である。ポテマはその地形を利用して徹底的な遅滞戦術を行った。正門に至る道にはデイドラの軍隊が二重三重の防衛線を敷いて待ち構えており、周辺の山からゾンビの大軍が矢を放ち、スカイリム中からかき集めたドラウグル、しかもドラウグル・デス・オーバーロードをシャウトと共に突撃させたのだ。圧倒的な戦力的優位を誇る連合軍も、この地形ではその戦力差を生かすことは出来ず、出血を強要され、しかも出血はポテマの戦力が増えることを意味していた。

 黄昏の月に入ると、ポテマは攻勢にすら出て、連合軍は一時モーサルやドラゴン・ブリッジにまで後退するという失態を演じることになった。星霜の月、冬がやってきて戦線は再びソリチュードまで押し戻されたが、雪が降り始めたため南方の兵には流行り病が蔓延し戦線は膠着しはじめた。その間、タムリエル中の付呪師がスカイリムに集められ、兵士達の剣に「バニッシュ」の付呪を掛け続けた。

 ソリチュード攻城戦は第4期203年、恵雨の月に開始された。この時点での連合軍の対デイドラ戦闘力は、去年とは比較にならない程強化されていた。ポテマ軍のデイドラ召喚能力は無限にも思えたが、連合軍の剣はそれを上回る速度でオブリビオンに強制送還し続け、遂にはデイドラをソリチュードから一掃することに成功する。例によってオンドルマール率いるサルモールの魔術師部隊がソリチュード正門を破壊し、連合軍はようやくソリチュードへ突入した。

 死霊で埋め尽くされた街中で、建物どころか部屋の一つ一つを奪い合う壮絶な市街戦が展開された。ドール城が陥落したのは突入開始から1ヶ月後のことであった。テュリウス将軍は3年の時を経て、再び司令部をドール城に移したのである。ドヴァーキンの自宅であるプラウド・スパイヤー邸も死霊術師に占拠されていたため、ジョディスは自宅を半壊させなければならなかった。周辺を制圧したのち、リディア率いる特殊部隊のブルーパレスへの突入が行われたが、ポテマは既に逃亡した後であった。しかしシビル・ステントールは生け捕りにされ、ある意味でこの戦争の元凶でもあるアーケイの司祭、スティルはようやくシビルの魅了から解放されることとなった。突入から2ヶ月後、遂にソリチュードは解放され、連合軍はタムリエル全域を制圧することになった。

 



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第16話 狼の女王の最期

 スティルによれば、ポテマはその遺体が安置されている神々の聖堂の地下墓地に逃げ込んだということだった。狭い地下でのポテマ抹殺作戦のため、リディアはジョディスとセラーナだけを連れて地下へ潜入することにした。スティルから地下墓地の鍵を受け取ったリディアは、その日の夜に神々の聖堂に向かい、狼の女王に止めを刺すための戦いに向かった。

 彼女達はもはやポテマをただの死体としか思っていなかったが、もしかすると彼女が皇帝であることを思い出すべきだったかもしれない。墓地というよりは王宮のような、しかし何百年も使われていないと思われる建物を進んでいくと、ある部屋に一人の子供が蹲って泣いていた。リディアはドーンブレイカーを納め、その女の子に話しかける。

「どうしてこんなところに居るの? そうだ、チョコレートはいかが?」

「うん、ありがとう。ママとパパに置いていかれちゃって、お腹がぺこぺこ」

「その子、吸血鬼ですわよ」

 セラーナはかび臭い地下でも同類の臭いを一瞬でかぎ分け、戦闘態勢に入る。女の子、バベットは不敵な笑みを浮かべ、スカートの両端を摘まんでお辞儀をした。

「こんにちわ、セラーナ。それから彼の私兵さん。私はバベット。ポテマのお友達よ」

「シシスにかけて、これから死ぬ者達に挨拶する必要などあるのか?」

 暗がりの中から赤いマントを着た男が現れ、元来た道にも人影がいくつか見える。3人は互いを背にして剣を構えたが、敵の人数は倍近くいる。

「弓! そのピカピカの弓! それがポテマが言っていたアーリエルの弓だ! その弓さえ奪えば、人間どもに勝ち目は無くなる……夜母も聞こえし者もそれを望んでいるんだ!」

「あなた達、皇帝の護衛ですの? もう戦争の勝敗は決しましたわ。これ以上の戦いは無意味ですのよ」

「かもしれん。我々も今すぐ逃げるべきなんだろうな。だがお嬢さん、事はそう単純じゃないんだ。我々には彼……ポテマを守らねばならない事情があってな」

 アリクルの戦士に吸血鬼の子供、道化師、魔術師が2人、シャドウスケイル、ウェアウルフまで混じっている。その中心にいるのはまだ若いノルドの女……闇の一党の指導者、その名をアストリッドという。

「引き返せとは言わない。あなた達はここで死ぬからよ」

「私に勝てると思っているの?」

 リディアは強気に言った。一人一人の戦闘力はこちらが上回っているかもしれない。暗殺者は軽装だし、装備の質は上回っている。なんせドーンブレイカーが2本にアーリエルの弓、アーリエルの盾まである。その他の装備も、鍛造のプロフェッショナルであるドヴァーキンに鍛え上げられたもので、リディアの持つホワイトラン衛兵の盾などはデイドラの剣さえ弾き返す強度を誇っている。

 しかし相手の実力も相当なものであることは、歴戦の戦士であるリディアには一目でわかった。特にあの道化師とレッドガードは危険だ。単独での戦闘能力もリディアを上回るかもしれない。リディアの額を冷汗が流れる。

「あなた方の守りたい人は、本当にポテマですの?」

 セラーナはどうにか言いくるめられないかと説得を試みる。

「あなた方の仲間はあのドラゴンボーンであって、ポテマではないはずですわよ。そして私達の真の目的は、ドラゴンボーンの魂を取り戻すことなんですのよ」

「そんなことがどうやってできるのかしら?」とアストリッド言った。

「ポテマに魂縛をかけ、ソウルケルン送りに致しますわ。そうすれば魂を失ったドラゴンボーンの肉体に本来の魂が戻るはずですわよ」

「意味不明な理屈ね」

「この弓はアーリエルの弓、アカトシュの祝福を受けた武器ですのよ。その祝福は当然ドラゴンボーンの肉体にも及びますわ。彼の魂は失われたアカトシュとの契約を再び取り戻すはずですの」

「私達は信仰より実利を優先するわ」

 そう言ってアストリッドは悲痛の短剣を抜いた。闇の一党の暗殺者たちはそれぞれの武器と魔法を手に3人を取り囲む。

「私達が帰らなければテュリウス将軍が捜索隊を派遣する。ソリチュードは既に将軍が完全に制圧しているから、あなた達には勝ち目も逃げ道もないわよ」

 リディアが肩を回しながら言った。

「一理あるわね」

 アストリッドは剣を構えたまま頷く。

「でも逃げきって見せるわ。あなた達を殺した後にね!」

 悲痛の短剣が目にも止まらぬ速さで振り抜かれる。その速さはセラーナに矢を番える隙など与えない。セラーナは口を開く。出るのは悲鳴ではない。説得でもない。

『Fus――』

 その言葉は旅の最中、散々聞かされたノルドの声秘術。ドラゴンボーンの最も愛したスゥーム。揺るぎなき力。アーリエルの弓はセラーナを持ち主に選んだ。彼女もアカトシュの祝福を受けていないと、誰が言えよう!?

『―――Ro Dah!!』

 セラーナの舌は純粋な力となり、暗殺者たちをふき飛ばし壁に叩きつけた。まさか本当にそんなことが出来るとは思わず、セラーナは自らに与えられた力に驚愕する。しかし彼女にはおそらく竜の血脈が―――ドラゴンボーンの力が芽生えたのだ―――!!

「奴がスゥームを召喚しただと?」

 ナジルは落としたシミターを拾い上げ、セラーナに向かって思い切り投げつけた。後ろからはウェアウルフがその鋭い爪でセラーナの首元を欠き切ろうとしている。

『Tiid Klo Ul――!!』

 世界の時間が減速し、その中をセラーナは駆け抜ける。飛んできたナジルのシミタ―を掴み取って、その勢いのままウェアウルフに向かって切り付けた。

「アーンビョルンッ!!」

 アストリッドが絶叫する。ウェアウルフの首が飛び、その巨体は床に倒れ伏した。

『Mid Vur Shaan!!』

 2本のドーンブレイカーが輝きを増した。戦いの激励、スゥームが仲間の武器を強化し、その速度を速めるのだ!! リディアはアルゴニアンの素早い短剣を完全に見切り、その右手を切り落とし、次の一撃で心臓を捉えた。ヴィーサラの死体に対し、バベットがすぐさま蘇生を開始するも、セラーナがその挙動を捉えていた。

「やめて、こないで!」

 可愛らしい声で泣き始めるバベット―――だがセラーナはスゥームの力を解放する。

『Yol Toor Shul』

 強力なファイアブレスの一撃が吸血鬼の子供に向かって直進する。だがその瞬間、強烈な閃光が迸り、地下室が真昼のように明るくなった。その一瞬のうちに、吸血鬼の姿は消失していた。バベットだけではない。他の暗殺者達も消えていた。闇の一党はポテマの守護よりも、自らの生存を優先したのである。

 

 ドラウグルを切り伏せながら地下へと突き進み、3人は遂に聖域に突入した。そこには両側に角の付いた鉄の兜をかぶり、野蛮な山賊のような格好をした、しかし全身が青白く発光している、どう考えてもまともではない化け物が空中に浮かび、彼女達を待ち受けていたのだ。

「定命の者がよくぞここまで。でも最奥議会に立ち向かえるかしら? お手並み拝見ね」

 最高位のドラウグルが棺桶から出現し、彼女達に向かって突進してきたが、ドーンブレイカーの一撃で粉砕される。

「喜ぶのはまだ早いわよ、虫けら」

 さらに十体を超えるドラウグル・デス・オーバーロードが現れ3人に襲い掛かる。揺るぎなき力のシャウトが飛び交い、その中を駆け巡りながらリディアとジョディスはドラウグルの首を切り落とし続ける。

 ポテマはその野蛮な装備からは想像もつかない、ライトニング・テンペストの呪文をセラーナに向かって唱えた。人体など数秒で灰に変える凄まじい雷撃がセラーナを襲う。

『Wuld Nah Kest!!』

 セラーナは旋風の疾走によりその場から消え、ポテマに向かって太陽神のエルフの矢を番えた。

「散々な日にして差し上げますわ!!」

 弓は太陽の光を纏い、アーリエルの一撃がポテマに向かって放たれた。ポテマは矢に向かってライトニング・テンペストを発射したが、太陽の矢は雷撃を切り裂く様に突き進み、ポテマの肉体に衝突。この世のすべてを祝福する太陽の光が最奥議会に煌々と輝いた。

 空中に浮かんでいたドヴァーキンの肉体がどさりと床に落ち、青い光が玉座へと収束する。ポテマの霊がドヴァーキンの肉体から分離し、亡霊と化してこの地上に実体化していた。セラーナはもう一発アーリエルの矢を放ち、ポテマの霊を地上から完全に浄化する。老婆の断末魔が地下墓地に響き渡り、世界を巻き込んだ狼の女王の復活劇は終焉を迎えた。

「いい教訓になりましわたね」

 セラーナは残された頭蓋骨に向かって、モラグ・バルのメイスを叩きつけた。ポテマの魂は黒魂石に吸収され、セラーナは適当な付呪を行ってすぐにポテマをソウルケルン送りにしてやったのである。リディアとジョディスはなんとかドヴァーキンを担ぎ上げると、ポテマの地下墓地を脱出し、馬車を雇ってリフテンまで逃げてラットウェイに連れて行った。現在のドヴァーキンを安全に匿えるところは盗賊ギルドくらいしか思いつかなかったのである。

 



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第17話 エヴギル・ウンスラードの終焉

 その日、テュリウス将軍やスカイリム諸侯、連合軍将兵が見守る中、セラーナは群集の眼前で黒い太陽を射った。アーリエルの弓から放たれた太陽神の矢は、漆黒の太陽を見事に射抜き、再び世界に明るい昼を齎した。

 ソリチュード陥落、そして太陽の復活によって、3年に及び世界中を巻き込んだ第2次レッド・ダイヤモンド戦争は終焉を迎えた。エルフ、人間、吸血鬼、ドラゴン。あらゆる種族が分断され、団結し、破壊と殺戮によって世界中を荒廃させた世界大戦がついに終わったのである。

 そしてタムリエル皇帝の座を巡る醜い権力闘争が行われることになりそうなものなのだが、事はあっさりと決着が付いた。太陽を蘇らせ定命の世界を取り戻したセラーナを、人々は救世主と称え始めたからだ。セラーナが自らポテマに止めを刺したことも、その座を射止めるに十分な貢献と言えただろう。少なくともスカイリム上級王バルグルーフは、元老院に対し、スカイリムはセラーナの戴冠に関して好意的な立場を取るとの意見を表明した。

 この議題はインペリアル・シティで再建された元老院で、三日三晩議論が続いた。と言ってもセラーナの主な対立候補はメイビン・ブラック・ブライアか、今は無きサルモールのオンドルマールくらいだったため、セラーナの皇帝就任は最初から決まっていたようなものだった。この戦争で最大の貢献をした者は誰かと言えば、疑う余地もなくセラーナであったからだ。ドーンガードを率いていたイスランや、戦術的な貢献が大きかったリディアやジョディスもその地位を主張できるかもしれない立場にはあったが、彼らは帝位には無関心で、政治に関わることを拒絶していた。セラーナも政治に積極的に参加することは望まなかったが、民衆、とくにスカイリム市民からの支持は厚く、ストーム・クラウンを巡る再びの内戦を回避することが出来るならと、その地位を引き受けることにしたのだ。

 戴冠式は翌年、第4期203年星霜の月、白金の塔で行われた。アレッシア以前のノルドであるセラーナが、タムリエルの最も新しい皇帝として君臨することになったのだ。ポテマによって統一された帝国は、セラーナによって引き継がれ、タムリエルには再び平和な日々が戻ってきた。壊滅したサルモールはオンドルマールが一応復興させたが、彼はセラーナとの争いは望まず白金協定も自ずから白紙化されたため、新帝国では信教の自由が保障されることとなった。

 後世の歴史家は書き記した。『ドラゴンボーンが復活させたのはポテマではない。タムリエルの救世主、聖セラーナなのだ』と。

 




2014年くらいに書き始めたものなので読み返したらいろいろと矛盾している……

まあこれはどこかの誰かが書いた架空の歴史書なので史実とは一切無関係です


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