白と黒のワイルドカード (オイラの眷属)
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前日譚
堕ちた獣


あらすじにも書いていますが以前投稿していた作品を参考に作ってるのでストーリーが丸々同じという場所が多々あるかもしれません・・・。ご了承ください。
後書きで主人公のキャラ説明を入れておきます。


 星晶獣。

 それは空の世界に存在する「星の民」と呼ばれる種族によって創られた、神に等しい力を持つ生物兵器。その中には星の民の探究心を満たすためだけに創られ、世界を崩壊させるほどに強大な力を持つモノもあった。ある1人の星の民が秘密裏に開発した救世主(ソティル)と呼ばれるも星晶獣もその1つだ。ソレが司るものは「情報と変化」

 あらゆるものの姿、能力、性格さえも解析し、その情報の通りに自分を変化させることができる。

 だがこれを創った星の民はある愚かな願いを持っていた。

 

「───最強の兵器を我々の手に」

 

 様々な部分を改造されたソティルは万物の流れ、果ては理さえも自分の思うがままに変化させることが出来るようになる。しかし強大すぎる力を前に恐ろしくなった星の民はその星晶獣を凍結封印し、研究室の奥へと閉じ込めた。だが最強へと近づいていた星晶獣の眠りは永遠ではなかった。

 ソティルは凍結され、眠りについている間も星の民の研究施設から新しい情報を無意識下に取り込み、成長していた。

 長い年月が経ったあと、ソティルは突如として覚醒。しかし、謎の理由によって暴走状態になり、自分が封印されていた研究基地を跡形もなく破壊する。秘密裏に開発されていた星晶獣の対策など存在するわけもなく、星の民は最後の手段として暴走状態のソティルを他の世界へと転送した………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───システムサイキドウ。データヲロード………イチブニケッソン。シュウフクハフカノウトハンダン。ハツオンデータプログラム………起動。問題なし。周りの地図を作成………50%………89%………完了。空の世界とは別の世界である確率99%。周囲の探索を開始』

 

 月の光が全く届かないほどに厚い雲に覆われた夜。住宅街の路地裏に駆動音と無機質な声だけが響き渡る。しかもその言語はその世界には存在しないものだ。その出どころは竜と金属を無理やり繋げたような異形の獣。

 獣は地に伏していたその巨体を持ち上げ、口にあたる部分から異常な量の水蒸気を吐き出しながら、這うようにして暗い路地裏を移動していく。ソレはしばらく歩き、閑散とした広場でその足を止める。()()()()()()がいない、その場を静寂だけが支配する広場で。

 

『戦闘痕跡多数。生体反応・・・なし。86名、全て死亡していることを確認。調査に入ります』

 

 獣はその石畳へとヒビを入れながら死体へと近づき、その情報を回収していく。

 

『───ヒューマンに近い生命体を多数発見。薬物投与の痕跡も同時に確認。調査続行』

 

 獣はある少女の死体に歩み寄る。獣の瞳がキラリと光り、機械の駆動音が激しくなる。

 

『解析完了。死亡原因、銃殺。薬物の中毒反応あり。薬物の解析………完了。依存性が高く、投与された時点で投与者の意識は消失するものと断定。対象の蘇生、並びに交渉を開始します』

 

 機械の駆動音は最高潮のものとなり、獣の身体は蒼く輝いて───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テトラ=マーティンは労働階級の家庭に生まれた普通の少女だった。

 裕福な家庭とは言えないものの、優しい両親と幸せな生活を送っていた。

 それなりのお金と、それなりの暮らし。

 彼女はこの幸福な時間がずっと続けばいいと考えていた。

 しかしそれらはある男によって一瞬で崩れ去った。テトラとその両親は、男に妙な粉を吸わされ意識を失い、その意識は今、暗闇の中にある。

 その時、テトラは自分が死へと向かっていることを悟っていた。全てを諦め、感覚を手放そうとした瞬間、周り一面が蒼空へと変貌する。

 

「え、えぇーーーーーーーーっ!!??」

 

 あまりの高度に驚いていたら、テトラの真正面にさっきまでいなかったはずの獣がいた。その獣は見るもおぞましい姿形をしていたが、不思議とテトラにはその獣がこちらに敵意がないことがわかった。

 

『人間』

「ハ、ハイッ!?」

『………魔法少女になる気はないか?』

「………はい?」

 

 テトラの頭にクエスチョンマークが無数に浮かぶ。

 ───魔法少女って、あの魔法少女か?

 そんな考えで脳内は埋め尽くされ、この獣が一体何者なのかと考える隙間すら無くなってしまった。

 

『………少女にはこう言えばおおよその契約は認証してくれるとの情報は偽情報(デマ)と推測、この情報は破棄します………同時に人間との交渉用プログラムを起動。容姿、性格の変化を開始』

 

 そんな声が聞こえてきたかと思うと、獣の身体は蒼く輝き、みるみるうちに少女の姿になった・・・テトラとほぼ同じ姿の少女に。

 外見で違う点といえば、テトラが艶のある黒髪と茶色がかった瞳を持っているのに対して、獣が変貌した少女は髪は色素が抜けているような白色で、目は鮮血のような紅色だったこと。

 それ以外は体型や髪型はもちろん、 顔や小さい頃に負った腕の傷跡、全てが同じなのだ。

 

「言語もこちらの世界のものみたいですね。これなら落ち着いて話せます。では現実世界に戻って話をしま───」

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

 少女が淡々と話を進めて行こうとするがテトラが押しとどめる。テトラはこの少女が全く信用出来ない。さっき契約と言っていたが、もしかしてこの少女は私を何かに利用して悪事………いや、そんな生ぬるい言葉では表せないようななにかを引き起こすのではないか。テトラはそう思えてならないのだ。

 

「ああ、確かにそんな考えになるのはわかります。私の目的がわからないままあの姿を見せられたら、私だって警戒せざるを得ないでしょう」

「な!?」

「心は普通に読めますよ?そもそもここはあなたの心象世界で、私はそれを掌握してますから。それにしても無限に広がる蒼空が好きとは………いい趣味してるんですね」

「え、ええ…?」

 

 心象世界だのそれを掌握してるだのって、それはもはや神とかそこらあたりがやるような領域ではないか?

 テトラの脳裏にそんな考えがよぎると、少女はあっけらかんと言った。

 

「ふむ、その解釈、間違ってはいませんね。だって私

─────神を超えた種族が創った兵器ですから」




ヤベェやつ感出てる兵器の方の主人公のネタバレにならない設定だけ出しておきます。この後書きには常時誰かのプロフィールを書こうと考えております。
・ソティル
「星の民こそが世界のあらゆる生物の上に立つべきだ」という偏った思想を持った研究者が創った巨大な竜の姿の星晶獣。「情報・変化」という二つの事象を司るため、あらゆる情報を見通し、世界の摂理をも変化させることが出来る。製作途中のまま封印されたので燃費が悪く、それを補うためによく食べる。
感情はプログラムされていないが、必要だと判断した場合には情報をもとに感情を作り出すことが出来る。ただし、その人格の根本はどこまでも淡白で冷酷。
ちなみにソティルはギリシャ語で救世主。


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少女と死体と生き残り

ペースは完全に不定期です
1日2本はまずないですけど筆が乗ったら2日連続投稿ぐらいはあるかも
1ヶ月投稿なしはありえる()


「神を超える種族………?」

「ちなみに私は(マスター)からソティルと呼ばれていましたのでそう呼んでください。ちなみにソティルはどこかの世界の言語で救世主という意味らしいです。全く、(マスター)のセンスは私にはよくわかりません」

 

 やれやれと、華奢な首を横に動かしながら肩をすくめる紅眼の少女、『ソティル』

 

「そもそも私は、創世神バハムートをイメージして創られた生体兵器、『星晶獣』です。創世神と言っても、私は別世界から来たわけですし、この世界の神とは別物でしょうが。ちなみに本来の姿はさっきの竜の姿です」

「………あなたの目的はなんなの?」

「極端に言えばデータの収集です」

「でーた?」

 

 ぽかんとするテトラにソティルは抑揚の一切ない声で淡々と説明を進めていく。

 簡潔にまとめると、ソティルは何故かこの世界に来てしまい、空の世界に帰ろうとしたがこの世界のデータに興味を持ち、ここにしばらく滞在することにしたらしい(帰ろうと思えばいつでも帰れるとのこと)。

 データを集めるにはある程度発達した文明の中で長期間過ごし、様々な情報を手に入れなければならないが、竜の姿でそれを行うのはあまりにも非効率。そこでソティルは、テトラを蘇生する代わりに、その戸籍や姿などを借りるつもりでいるということだった。

 

「貸してほしいって、一体どうやって・・・」

「私が貴方の姿をコピーして、貴方と一緒に生活します。まぁ噛み砕いて言ったら私が貴方の双子の妹になるということですね」

 

 姉でもいいですよ、と無表情のまま冗談めかした口調で話すソティルにテトラは首を横に振る。

 

「………私は生き返らない。私なんかよりも生き返らせるべき人はたくさんいるはずだし」

「いえ、残念ながらもう生き返ることが出来るのは貴方1人しかいません」

 

 いちいち説明させるなと言いたげにため息をついたソティルはテトラに歩み寄り、胸──心臓辺りの部分を指でつつく。

 

「様々な能力や情報を手に入れた私ですが完全に死亡した生物の蘇生というのは難しい作業で、対象の魂がその身体の中に宿っていなければ、流石の私でも蘇生なんて無理です。あなたはあなたで身体の損傷が大きすぎるのですが・・・それはこちらでなんとかします」

「身体の損傷………?私、一体あいつに何されたの………?」

「教えてもこちらに利益がないのでその質問への回答は拒否します。さて、話を戻しますが、生物には死んでからその身体の魂が出ていくまでの時間に個体差があるのです。私が見つけた死体の中で魂が身体に残っていたのはあなた1人。他の人は魂が身体から離れているので蘇生は不可能、もう諦めてください。まぁ、私としてはあなたの家庭事情を覚えている人間が全員死んでいるのは記憶を偽装する手間が省けるので得なのですが」

 

 ソティルは憐れみのかけらもなく、ただ事実を淡々と話していく。この時の彼女(厳密に言えばこの存在に性別というものはないが)にとって人間が死ぬというのは道端で虫が死んでいるような感覚でしかなかったのだ。

 

「あ、そうだ。では、貴方とその家族に惨劇を与えた男に復讐と行きますか?その姿を貸してくれるのならその男を1時間以内に抹殺してあげます。ほら、悪い話ではないでしょう.?」

「そんなことは私も私の家族も望んでないよ。絶対そんなことはしないで」

 

 怒りを交えた目をソティルに向けながらその提案を切って捨てたテトラと、切って捨てられたソティル。だが、テトラの目を覗き込んでいるその顔は、不機嫌な時のそれではなく、いかにもテトラの言葉が以外だったという驚愕に似た表情だった。

 

「ふむ、人間とは全ての個体が欲望に忠実であるとデータベースには記録されていましたが………これはデータの修正が必要みたいです。まぁそれはまた後でもいいでしょう」

 

 驚愕の表情をもとの無表情に戻したソティルの言葉に怒気は含まれていなかった。

今のソティルの性格はあくまで「自分の正体を知る人の子とコミュニケーションをとるため」という目的に基づいて作られているため、交渉に不必要な「怒り」という感情はソティルから排除されていたのだ。

 

「さて、話を戻しますが、あなたの記憶を少し覗きました。あなたの家族は優しかったのですね。確かに我が子に復讐なんて望んではいないでしょう。ですが、あなたに『自分たちと一緒に死んでほしい』とも思ってはいないと推測します。これはデータに基づいた予想であり、異なる可能性もありますが」

「………確かにそうかもしれないね。私だって家族と同じ立場だったら生き返って欲しいもの」

「ならば蘇生を開始します。よろしいですね?」

「………うん。私、家族の分まで生きる」

「了承しました。蘇生を開始します」

 

 ソティルがパチンと指を鳴らすと同時に、周り一面に広がって蒼い空はその身を暗い闇へと変貌させる。テトラは自分の意識がその闇に溶けるような感覚を覚えた。

 

「安心してください。現実世界にあなたの意識を戻すだけです。これからよろしくお願いしますよ?()()()

 

 ソティルの茶化すような声を最後に、テトラの意識は闇に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚まして起き上がったテトラの目に最初に入ったのは小さい頃から慣れ親しんだ広場に、あるはずのないもの───あちこちに転がっている血まみれの死体だった。眼を完全に潰されていたり、足が無かったり、様々なモノがあった。中には頭があらぬ方向に曲がり、穴の空いた額から未だにドス黒い血が流れているモノもあった。

 

「ぅ………ッ!?」

 

 込み上げてくる吐き気を抑えるため口を押さえ、凄絶な光景から目をそらすと、そこには心象世界で見た「ソティル」と名乗る少女の姿があった。ソティルはこの光景を見てもなんとも思っていない様子だ。

 

「はぁ、脆弱な………いえ、戦いを知らない人の子だと思えば当然の反応ですか。ほら、手伝いますから立ってください姉さん」

 

 差し出されたソティルの手をなんとか取ってフラフラと立ち上がったテトラは頭を抑え、悔しそうに呟く。

 

「本当に生き残りは私だけ、だったんだね」

「いいえ、まだわかりません。検死をしたのはこの広場だけです。生き残り、または蘇生可能な死体が他の場所にあるかもしれません。借りを作ってこき使える人間はある程度欲しいですし、探しに行きましょう。あ、何か身体に違和感があったら言ってください。姉さんを蘇生させる際に私の身体の一部を使ったので」

「だ、大丈夫なのそれ!?」

「損傷率は8パーセント………私は自己修復が可能ですから問題ありません。むしろ姉さんが心配すべきは自分です。少しでも身体に違和感があったら絶対に言ってくださいね?」

 

 死体の中をなんの躊躇もなく歩いていくソティルと壁に手をつきながらおぼつかない足取りで進むテトラ。しばらくして、テトラの様子を見かねたソティルがテトラを背負うことを提案した。

 

「あ、ありがとう。やっぱり私、この中を歩くのは・・・」

「やはり無理ですか。この状況では精神状態も不安定になるのは人間にとっては当たり前でしょうし、仕方ないです。ところで、私もあなたの姿を借りるにあたって人間の感情は全てコピーしてプログラムに組み込んでいるのですが・・・データ不足でしょうか?ここは私も怖がった方がいいのでしょうか?」

「………いや、あなたも怖がったら進めなくなるでしょ」

「おっと、盲点でした。とにかく生き残りを探さねば」

 

 狭い路地をしばらく歩くと少し広い通りに出てきた。そこには広場以上の数の死体が積み上がっていた。辺りに充満した血の匂いに、テトラは苦い顔をする。

 

「うぅ………ッ!」

「これだけ死体があれば1つは蘇生出来るものもあるはず………ふむ、あの死体はまだ魂が残ってるようですね」

 

ソティルはテトラよりも少し大人びた少女の死体の前にたどり着く。

 

「対象、セラ=シルヴァース。軍所属の魔術師みたいですね。これなら良質なデータも得られそうです………ってッ!?」

 

 ソティルは急にその場に膝をつく。しだいにその顔は青ざめ、辺りに転がっている死体と同じような顔色にまでなってしまった。

 

「だ、大丈夫!?」

「全然大丈夫じゃありません。エネルギー残量が底を尽きそうです。ただでさえ燃費悪いのに能力酷使しすぎました。もうセラ=シルヴァースの魂との交渉はすっとばして蘇生に入ります」

 

 テトラの返答も待たずにソティルは少女の死体の胸に手をあて何かをブツブツと唱えると、ソティルの足元に時計の形を象ったような魔法陣が浮かび上がり、緑の美しい光を発する。すると、その死体の胸にぱっくりと開いていた傷はみるみるうちに塞がっていった。

ところが

 

「くっ、マズいですね………!」

「えっ─────!?」

 

 ソティルが危機を察知したかのように低い声で呟く。それにテトラが驚くと同時に、魔法陣は炎のように赤い輝きを増していき───────




テトラ=マーティン
まともな方の主人公。労働階級で貧困層の家庭で幸せな日々を過ごしていた普通『だった』少女。怠け者で能天気だが、根が真面目なため仕事はきっちりとするし、困っている人がいたらつい助けようとしてしまう。
美人だが服を買うお金もなかったためファッションにはかなり疎い。家事は完璧に出来るうえ、家計の管理などもしっかり出来る超人。
本人は認めようとしないがソティルから「言葉よりも先に手が出るタイプ」と指摘されている。


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異常な日常の始まり 前編

多分どっかで1週間で1回投稿になると思います


 セラ=シルヴァースが目を覚ましたのはある一室のベッドだった。隅から隅まで掃除が行き届いており、居心地のよい場所ではあった。しかし、セラにこの部屋の見覚えなどない。ならば誰かが自分をここまで運んできたということになる。

 意識を失うまで自分が何をしていたかよく思い出せないが、外道魔術師達が自分を人質として扱う可能性もある。

 

 起きたばかりでまだ朦朧としている意識を無理やり鼓舞し、この部屋から出ようとドアノブに手をかけたその時。

 ギィ、という音とともに少女が部屋の中に欠伸をしながら入ってきた。

 鮮血のように紅い瞳を持ち、セラの髪とは比べ物にならないほどにくすんでいるその白色の髪もその瞳の美しさをより一層に際立たせていた。

 

「姉さん、今起きたので何か軽い食事を………あれ?」

 

 今起きたという言葉の通り少女の髪は乱れきり、その紅眼は眠たげに細められていた。少女はセラに気がつくと困ったように頭をかく。

 

「起きられたんですかセラさん。ところで私と同じ顔をしている女の子を見ませんでした?テトラっていう名前なんですけど」

「あ、え?い、いや、見てないよ」

「そうですか………わかりました。なら少し待っていてください。あなたの生き返った経緯やその身体になった理由はあの子と一緒に説明させてもらいますから」

「生き返っ────」

 

 その瞬間、自分が意識を失う───否、死ぬまでの光景がセラの脳内に瞬時に思い浮かんでくる。

 そしてその瞬間気づけば白髪の少女の肩を掴み、ある人の名前を口に出していた。

 

「グレンくんは!?グレンくんは生きてるの!?」

「グ、グレン?ああ、いましたねそんな名前の青年。深い傷を負って気絶こそしてましたが、命に別状はなかったようでしたよ」

「そ、そうなんだぁ。よかった………」

 

 ほっと肩を撫で下ろすセラ。そんな様子を見ていた少女は首を傾げながら、なんのためらいもなくある禁断の質問をセラにする。

 

「彼、気絶しているのにも関わらずあなたの名前を何度も口にしてましたけど、あなたの想い人か何かですか?いや、少なくともあなたが彼をそういう対象として見てるのは解析済みなのですが」

「………ふぇっ!?」

 

 いきなりグレンに対する想いをすっぱりと当てられ、トマトのように顔を赤くして手をブンブンと振り回して否定するセラ。

 

「ち、違うのっ!グレンくんとは別にそういういかがわしい関係じゃなくて─────」

「ソティルー?ここにいるの………ってセラさん起きてんじゃん!?ご飯作ってあげないとダメでしょ!3日も飲まず食わずだったんだから!」

 

 扉を開けた黒髪の少女はセラが起きているのに気がつくとドタドタと扉を開けたままにしてどこかに行ってしまう。

 

「はぁ………相も変わらず騒がしい人だ。あれがさっき話してた私の一応の姉、テトラです。基本的な家事ならなんでも出来るので仲良くしてやってください」

「2人で?両親の方は何をしてるの?」

「彼女の両親は先の天使の塵(エンジェル・ダスト)事件に巻き込まれて亡くなりました」

「えっ───」

「ああ、あまり気負わないで下さいね。姉さんはあなた方のことを少しも恨んでは………いえ、訂正します。少しはあなた方のせいもあると思ってます。ですが本当に少しだけなので気負わないでください」

「ソティル!?そんなセリフで気負わないでくださいって言っても逆にストレスだよ!?」

 

 ソティルの重苦しい発言に鋭いツッコミを入れながらも今度はおかゆを持ちながらゆっくりと部屋に入ってきたテトラ。おかゆをベッドの近くのテーブルに置くとセラにベッドに腰掛けるように促す。

 

「とりあえずおかゆを作ってきました。熱いので気をつけて食べて下さいね」

「あ、ありがとう………」

 

 そんな様子を見ていたソティルが拗ねたように白髪を弄り出す。

 

「なんでテトラとセラさんの方が私よりも姉妹感出してるのでしょうか………なんか負けた気がします」

「『姉妹』って、私とソティルはまだ会ってから3日しか経ってないでしょ?ほら、早くご飯食べてきてよ」

 

 テトラに急かされてしぶしぶ部屋をあとにしようとするソティルだったがああその前に、と言ってテトラに尋ねる。

 

「その前にセラさんに身体の状態とか私の正体について説明してしまいたいのですが………いいですか?」

「身体………?正体………?」

 

 さっきからこの姉妹の会話は自分と妙に噛み合っておらず、違和感しか感じられない。

 

 怪しすぎる。

 

 そう思ったセラは魔術を使い2人を拘束しようとする。

 ところが────

 

(─────ッ!?)

 

 魔力が全く足りない。

 セラの魔力容量(キャパシティ)は、得意とする風の魔術を使うことすら出来ないほどに減少していた。戸惑うセラの様子に何かを察したソティルは鏡をセラの前に持ってくる。

 

「まぁ、あなたの身体の状況を伝えるにはちょうどいいですか。見てください。これがあなたの魔力容量(キャパシティ)が極端に減少している原因です」

 

 セラが鏡を覗くと・・・そこにいたのは十数年前のかつての自分の姿だった。

 あっけにとられるセラに、ソティルは自分が別の世界から来たということ、テトラは自分が生き返らせたということなど、この世界の誰一人として想像が出来ないであろう話を淡々と説明していった。ちなみにソティルの説明はあまりにも端的すぎたため、ある程度はテトラが補足した。

 

「私が取った蘇生方法は、『対象の身体の時間のみを巻き戻して傷がない状態にしてから、その魂を無理やりに身体に浸透させる』というものだったのですが、能力が暴走してあなたの身体を子供の状態にまで戻してしまったんです。ですが、その姿は都合がいいのですよ。私達にとっても、あなたにとっても」

 

 ソティルは綺麗に畳まれてベッドの脇に置かれているセラの宮廷魔道士団のローブをちらりと見る。

 

「テトラはともかく、あなたは軍人として名が知れています。『死んでいるはずの人間が生きている』と他の人間が知れば合法非合法問わず、様々な組織があなたを実験動物(モルモット)として欲しがるでしょう。そうなるとこちらはとても面倒なのです。私の正体はあまり人間に知られたくないですし、私の周りで騒動が起きるのは避けたいのですが………ああ、やっぱり生き返らせる人間を間違えましたね。今からでも殺し─────い゛ッ!?」

 

 ソティルは少女の姿をしたセラをどこまでも冷めた目で見下ろしながらブツブツと物騒なことを呟いていたが、いつのまにか後ろに立っていたテトラから拳骨を食らわされた。

 少女がとても出せるようなものではない声を発しながら痛みに悶えるソティル。

 戦闘に突入することを覚悟していたセラは完全に毒気を抜かれ、唖然とすることしか出来なかった。




セラ=シルヴァース(幼少期の身体)
ソティルが身体の複製に失敗し、幼少期の姿になってしまった原作では故人の人。
幼少期の頃は魔力容量が少なく、魔術を使えなかった。今の状態はそれと全く同じなので戦力とは呼べない。
しかし、ソティルが元に戻そうと思えば元の姿に戻せるため、ソティルは緊急事態が起こった場合は戦力とするために元の姿に戻すことも視野には入れている。


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異常な日常の始まり 後編

以前までの回はめちゃくちゃチェックに時間をかけてたのですがもうめんどくさくなってしまった(爆弾発言)ので20分ぐらいで見直し終わることにしました。
文を見ておかしなところがあったら修正しときますのでご了承ください。


 痛みに悶え、床を転げ回るソティル。そんな様子を尻目にテトラはソティルに聞こえないような小さな声でセラに話しかける。

 

「3日間一緒に過ごしてわかったんです。今の人間の姿をしたソティルは感情自体はちゃんと持ってます。でも、データはあっても自分でその感情がなんなのかよくわからないから、それに自分を兵器だと思ってるから、だからあんなことを考え方をしてしまうんだと思うんです。だったら私が感情、そして人としての生き方を教えてあげれば、あの人はきっと人の気持ちを考えられる優しい人になるって・・・私、そう思うんですよね」

 

 涙目になりながら頭をさすっているソティルを見ながら、セラは複雑な心境でいた。

 テトラには酷だが、人の手によって作られた兵器が人の心なんて持つことができるはずはない。

 

 しかし、セラの心境は2人の会話によってまた変化することになる。

 ソティルはふらふらと立ち上がりながらまだじんじんと痛む頭を乱暴にさすっており、その度に元から乱れている髪がさらに乱れていた。

 

「いてててて………姉さん!?なんでいきなり殴ってくるんですか!」

「セラさんを殺すーとか言ってるから」

「一緒に住む理由がないのになんで殺しちゃいけな「また拳骨が欲しい?」………なんでもありません」

 

 テトラの言葉に多少怯みはしたが、ソティルは納得がいかないという表情をしていた。テトラは大きくため息をつく。

 

「あのねソティル。あなたがあなたを産んでくれた人にいきなり『もういらないから自殺しろ』って言われたらどんな気持ち?」

「人間の姿ではない時の私に感情はありません」

「じゃあもし今の人間の姿で言われたら?」

「………不快です。恐らく拒否します」

「ソティルは今同じことをセラさんに要求してるんだよ?」

「………・」

 

 テトラは小さい子を相手にしているかのようにソティルを諭していく。一方のソティルはずっと下を向いていた。

 

「───今のソティルは『兵器』じゃなくて『アルザーノ帝国に住む女の子』だよ。セラさんが悪い人じゃないってことは解析してわかってるんでしょ?人間として、自分に必要か不必要かってだけで物事を考えることはしてほしくないな」

「………わかりました」

 

 ソティルはぼそりとそう小さく呟くとすたすたとセラの方に歩いていき、蚊の鳴くような声で謝罪をした。セラはなんと言えばいいかわからずあたふたしていたが、ソティルはふんっ、と鼻を鳴らすと身を(ひるがえ)してドアノブを捻る。

 

「私は下で食事を取ってますから、何か用があるなら下に来てください。用があるなら、ですが」

 

 ソティルは2人の方を向かずにそう言い残すとドアを勢いよく閉めた。どうやらかなり機嫌を悪くしてしまったようだ。

 

「ね?本当に子供見たいですよね。あの子」

「ふふっ、確かに。少なくともテトラちゃんと会話してる時のソティルちゃんは兵器って感じは全然してなかったな」

「やっぱりあの子は変わってくれると思います。私だけが生き残ったのは、神様が私にソティルの面倒を見させたかったからだと思うんです・・・だから」

 

 テトラがセラの手をがっしりと掴む。その眼差しは真剣そのものだった。

 

「セラさん。酷かもしれませんが、軍とかのことは忘れて、私達と一緒に暮らしてくれませんか?私じゃあの子に教えられないこともたくさん出てくると思うんです。だから、セラさんにもあの子に色んなことを教えてあげて欲しいんです。お願いします!」

 

 頭を下げ、懇願するテトラ。しかしセラはその問いに力なく首を振った。

 

「ごめん。軍のことを忘れるっていうのは私には無理。私、絶対に成し遂げたい夢があるから」

「───そうですか。いえ、わかりました。ソティルにセラさんを元の姿に戻せるかどうか尋ねて「でもね」

 

 セラが凛とした声でテトラの言葉を遮る。子供の姿になってしまったため、成長期前の高い声になっているのにも関わらず、とても温かく、力の篭った声だった。

 

「一緒に暮らすのは賛成だよ。軍人としても、あんな危険な兵器を放っておくなんて出来ないから………なんてね」

 

 そう言ったあと、セラは片目でウインクをした。今の理由はどうやら建前上のものらしい。それを察したテトラはその顔をぱぁっ、と明るいものにする。

 

「ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」

「うんっ!お姉ちゃんに任せときなさいっ!」

「………今のセラさんは私よりも年下なんですけどね」

「そ、そうだったね。あはは………」

 

 笑い合い、結束を固めた2人。

 これが少女2人と兵器1つの奇妙な同居生活の始まりである。

 

 ちなみにソティルの機嫌が直さないまま3人は夜を迎え、夕食中に気まずい空気が延々と流れる事態になってしまったため、翌日にセラとテトラはソティルの機嫌直しに丸一日奔走することとなった。




人物紹介は今回はとくにありません
次の話から本編ですが暇があったら、前日譚として3人の日常とかも付け足したいですね


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第1章
不安しかない入学初日 前編


1ヵ月に1回は投稿したいと思ってます


 ソティルとテトラ、セラが同居生活を始めてから1年。トラウマからあまりこの町にはいたくないというテトラの要望と魔術学院に興味があるというソティルの要望によって帝都からフェジテへと引っ越した彼女たちは本当の姉妹のように親しい関係になっていた。

 

「姉さん、起きてください!いつものアレで疲れてるのは

わかりますけど今日から魔術学院で勉強するんですよ!」

「あ、あと5分だけだから………」

「えい」

「いっだあぁぁぁぁぁぁッ!?」

「ふっふっふ〜。眠気覚ましのツボです。近所のおばあさんから教えてもらったんですよね」

 

 胸を張りながらドヤ顔をするソティル。テトラは腰を抑えながらボサボサになっている黒髪を掻きながら、ベッドから立ち上がった。

 

「いてててて………あのおばあちゃんなんであんな色んなこと知ってんだろうなぁ。あ、今日の炊事当番ってソティルだよね?朝ごはんの献立は何?」

「今日は麦パンとコーンスープ、ハムエッグです」

「ええー、せっかくの入学式なんだからお祝いにもっと豪華な献立を・・・」

「それは今日の夜にします。魔術学院まで徒歩で行かないといけないんですから、そんなたくさん食べてはダメですよ」

「へーい」

 

 だらだらと制服に着替えるテトラを見てため息をつきながら部屋を後にし、キッチンへと向かったソティル。そこでは年端もいかない銀髪の少女が棚の上段へと必死に手を伸ばしていた。

 ソティルはあ、と小さく呟いたあと棚に近づき、少女が取ろうとしていた皿を取った。

 

「おはようございますセラさん。お皿、私が取りますね」

「おはようソティルちゃん!いつもごめんね。やっぱりこの体じゃ身長足りなくて………」

「私がその体でいることを無理強いしてるようなものなんですから謝るべきなのはむしろ私の方です。不便ばかりかけてすみません」

「………私達が一緒に住み始めてからもう1年ぐらい経つけど、やっぱりソティルちゃんは丸くなったよね」

「そうですか?私はそんな気はしてませんけど」

「自分の変化って自分からじゃ気付かないものだよ?」

 

 うーん、と首を傾げながらソティルが皿を棚から取り出し、セラはニコニコとしながらテーブルに運ぶ。3人分の皿を取り出したちょうどその時、制服に着替えたテトラが欠伸をしながら部屋に入ってくる。

 

「ふわぁ~眠い………あ、おはよーセラ」

「………姉さん、前から思ってましたけど『家の外では能力を使うな』とか『もうちょっと謙虚になれ』とか、人間の常識や礼儀には厳しいのに、セラさんを呼び捨てにしてますよね」

「えー。だってセラは1年も一緒に住んでるし、そもそもセラは私よりも年齢低いし」

「それは外見だけで………いや、いつも姉さんと口論すると決着がつかないのでもうここらへんにします。セラさんがいいというなら私が口出しするのも野暮というものですし」

 

 呆れるように頭を手で抑えるソティル。テトラはそっかそっか、と半ば興味なさげに二つ返事をしたあと椅子に座って朝食を食べ始める。

 その様子を見ていたソティルはこめかみをぴくぴくと動かし、セラは苦い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくるね!」

 

 ソティルとテトラが家を出ていく寸前、テトラがにこやかなのとは対照的にどこか不安そうな顔をするソティル。首を傾げるセラにソティルは心配そうに尋ねた。

 

「………家の家事はお手伝いさんとか頼まなくて本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫!洗濯とか掃除だったら私1人でも出来るし!」

「でも────」

「あーもー!セラが大丈夫って言ってるんだから大丈夫だよ!早く行かないと学校遅れちゃうし!」

「………わかりました。行ってきます、セラさん」

「うんっ!2人ともいってらっしゃい!」

 

 勢いよくドアを開けて外に出るテトラと、セラにお辞儀をしてからテトラを追いかけるソティル。

 ソティルはこの1年間でおしとやかで、でもそれ以外に特に特徴はない。そんなどこにでもいる少女に変貌を遂げた。表面上の性格も1年前とは比べ物にならないほどに丸くになっている。

 根本的な思考はあまり変化していないので自分の仲間以外への対応は非常に淡白だが。

 

「でも、まさか私も編入試験に通っちゃうとは思わなかったなー」

「テトラは教えられたことを自分なりに噛み砕いて解釈して、すぐに覚えてくれるから教える側としても楽でよかったです。魔術の基礎を私たちにも理解出来るように教えてくれたセラさんにも感謝しなければなりませんね」

 

 彼女達は編入試験を受けて合格し、2年のどこかのクラスに編入することになっていた。

 ちなみにソティルはデマだと確定したり、役に立たないと自分で判断した情報以外は全て忘れないようにプログラムされてるので暗記は完璧だ。計算などが出来るようになるまでの時間は人並みだが。

 

「たははー。私、地頭はいい方だからね!」

「自惚れないでくださいよ?アルザーノ魔術学院の生徒達はエリートばかりというデータもあるのですから」

 

 テトラとソティルは歩きながら他愛もない話をずっと続けていた。ところがアルザーノ魔術学院の校門に到着しそうになったその時、ソティルの顔が突然強ばり、その視線が校門をくぐっていったある金髪の女子生徒を射抜く。

 

「えーと。どうしたの?ソティル」

「姉さん。あの金髪の人間。近づかない方がいいです」

「………ねぇソティル?私、いつも能力は使うなって言ってるはずだけど?」

「能力を使おうとしなくても見えてしまう情報というのはあるのですよ。その人間の特徴とか名前とかがいい例なのですが………あの人間はヤバいです。なんであんな爆弾がこの学院に………」

「………その子がすごいトラブルメーカーってことはわかったよ」

「まぁ解釈としてはそれでいいかと。エルミア───いえ、ルミア・ティンジェルですか。なんでそんな大層なご身分の方がここにいらっしゃるのか知りませんけど、なるべく関わりたくないですね」

 

 皮肉げな笑みを浮かべながら鼻を鳴らすソティル。どうやら何かルミアという少女の知るべきではない情報を知ってしまったようだが、それを聞こうと思うほどテトラは野暮ではない。だからと言ってさっきまでと同じようにくだらないお喋りをする気にもとてもなれなかった。

 結局、事務室に自分達のクラスを聞きに行くまでソティルとテトラの間に会話はなかった。




キャラ設定ではないですが、ソティルは外で能力を使うことをテトラとセラから基本的に禁止されています。まぁソティルは緊急時にはなんのためらいもなくこの約束を破るつもりでいますからあまりこの約束は意味ないんですけどね。


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不安しかない入学初日 後編

ストックがなくなってきました。ヤバい


「はぁーーーー………」

「き、気持ちは分からないでもないし、得体のしれない相手で不安なのはわかるけど・・・絶対態度に出さないでよ?」

「出来ればあの人とは関わりたくないのですが」

「こっちから喋りかけたりしなければ多分大丈夫だからさ。ほら、もう教室着くから笑って笑って!」

 

 広い廊下を進む2人の少女。さっき、事務室の職員に自分のクラスの名簿を見せてもらったソティルからはどんよりとした空気が漂っていた。

 

 理由は至極単純。関わりたくないと言っていたルミア=ティンジェルと自分達のクラスが同じだったからである。

 ソティルは自分から出ている負のオーラを隠そうともせずに舌打ちをする。

 

「ちっ………癪ですが、人間としての私には自分のクラスを変えられるコネも力もないですし、諦めるしかないですね。あの人間にはあまり話しかけないようにしなければ」

「ソティルから話しかけないのはいいけど、無視とかは絶対しないでね?」

「わざわざ私に対する印象を悪くするようなことはしませんよ。1年前の私とは違うんですから」

 

 よほどこれからの学院生活が楽しみなのか、校舎に入ってからニコニコと笑顔を絶やしていないテトラ。名簿を見てからずっと仏頂面のソティル。

 対極のような2人。

 今の2人の状況を言葉で言い表すなら正にこれだった。

 教室に入ると、校門で見かけたルミアという金髪の少女ととその隣を歩いていた銀髪の少女が椅子に座っていた。他にも何人かの生徒がまばらに椅子に座っており、雑談をしたり読書をしたりといかにも学生らしいことをしている。

 

「ど、どこに座ろうか………?」

「ルミア=ティンジェルと離れていればどこでも」

「ちょっとソティル!?」

 

 2人は、教室入口の近くの席で勉強をしていたツインテールの女生徒にいつも空席になっている場所を聞き、そこに座ることにした。

 

「あの人間に聞きましたが、このクラスの人間達は編入生が来ることを事前に聞いていたみたいですね。ちなみにさっきの人間はウェンディ=ナーブレス。有力貴族のお嬢様です。ちゃんと実力はあるのですが鈍臭さが災いして、なかなか成績トップになれないことを悔しく思っています」

「そんな解析結果、いちいち私に教えなくていいから!」

「でもあの人間と友達になりたいんでしょう?情報は知っておけば知っているだけ有利に立ち回れるのですよ」

「最後の情報は友達になるためにはいらないでしょ!?」

 

 しばらくすると、最初は2人の様子を見ていただけのクラスメイト達が2人と少しでもお近づきになろうと集まってくる。テトラはその陽気で社交的な性格が幸いし、次々に飛んでくる質問に難なく対応出来ていたのだが、ソティルは対応仕切れず目を白黒させていた。

 結局、質問責めは授業開始のチャイムの鳴る直前まで続いた。テトラは学院生活のスタートを順調にきれたことに満足し、興奮したように頬を蒸気させていたが、ソティルは疲れきり、机の上に頭を突っ伏していた。

 

「もう無理です・・・授業なんて受けられるわけない………」

「でも、あの質問責めはあと3日ぐらいは続くんじゃないかな」

「うえぇぇぇぇぇーーー………」

 

 ソティルが気の抜けた声を発するが、何かに気がついたように頭を上げる。その視線はルミアと銀髪の少女に向いていた。

 

「そういえばルミア=ティンジェルとシスティーナ=フィーベルは私たちに会いに来ませんでしたね。システィーナの方はだいぶ気がたっているようですけど………まぁ、面倒なので理由はまで解析しませんが」

「………さっきのウェンディちゃんの情報も解析する必要、なかったんじゃない?」

「私は過去のことは振り返らないタイプです」

 

 開き直ったソティルに呆れていたテトラ。ソティルにお小言を言おうとすると、ドアがガチャリと開き青年が入ってくる。その青年を見るなり、2人は硬直した。その青年に見覚えがあったからだ。

 

「ねえ、ソティル。あの人って」

「───グレン=レーダス、ですね。間違いありません」

「でもなんで魔術学院の講師なんかに………?」

「セラさんが死んだことを自分の負い目に感じて、精神的に参ってしまったみたいですね。」

 

 グレンは「わりーわりー、遅れたわー」と気だるげな顔でなんの悪びれもなく言ったあと、教壇へと向かうがその視線がふと、ある場所で止まる。

 その場所は・・・テトラが座っている場所だった。グレンはしばらくその場から動かず、目を見開いてテトラの顔を見つめていた。

 

「何してるんですか!早く授業を始めてください!」

 

 しかし、システィーナからグレンに向けられた威圧的な言葉でグレンはその顔を気だるげなものに戻し「ありえないよな」と、ぼそりと呟くとだらだらと黒板に名前を書いていく。

 

「あー・・・寝起きだからボケーっとしてたわ。すまんすまん」

「寝起きって・・・まさかあなた今の今までどこかで居眠りしてたんじゃ・・・!」

「───てへぺろっ☆」

 

 反省のはの字も見せないグレンの態度にシスティーナは怒りのあまり身体をプルプルと震わせていたが、となりに座っていたルミアにたしなめられた。グレンはそんなシスティーナを気にする様子など少しもなかった。

 

「えー、グレン=レーダスです。非常勤講師としてこのアルザーノ───」

「挨拶なんていらないです。さっさと授業を始めてくれませんか?」

 

 多少落ち着いたようだが、それでもまだ苛立ちを隠しきれていない様子で冷ややかに言い放つシスティーナ。

 

「辛辣だな・・・でもそりゃそうだよな・・・仕事だし、やりたくねえけど始めるか・・・」

 

(((この人今やりたくねえって言わなかった!?)))

 

 クラス中の生徒がグレンの言葉に動揺する。しかし仮にも伝説レベルの魔術師であるセリカ=アルフォネアに「なかなか優秀」とまで言わせる男。

 その授業には期待する価値がある。かと言って生徒達、特にシスティーナはその評価を鵜呑みにしているということはなかったが。

 

「でも、もともとは軍の魔導師でしょ?性格はともかく授業内容は凄そうだよね?」

「私も姉さんと同じ考えです。帝国軍最強の魔導師団の元団員の手腕、見せてもらおうじゃありませんか・・・」

 

 一方、セリカからの話を聞いていない2人は、他の生徒以上にグレンの授業に対して大きな期待を抱いていた。彼女たちはグレンの素性を知っているからである。

 家でセラと魔術の勉強をしていたものの、魔術の授業を受けるのは初めてだった2人は目をキラキラと輝かせていた。

 そんな生徒達の前でグレンが黒板に書いた文字はたったの2文字。

 

 

『自習』

 

 

 これだけである。

 

 

「………は?……ん?え?じしゅ………」

「本日の授業は自習にしまーす………眠いから」

 

 それだけ言うと、教壇に突っ伏して居眠りを始めるグレン。その場にいる生徒はしばらくその文字の意味をしばらく理解出来なかった。最初にそれを理解したのは3人。

 

「ちょおおおっとまてえええぇぇぇぇーーーーっ!!!」

 

 叫び声に近い大声を上げながらグレンに突進して教科書を振りかぶったシスティーナと

 

「「………」」

 

 その場の温度を何度か下げそうなほどに冷たい目をし、無言でグレンめがけて教科書をぶん投げようとするテトラとソティルだった。




ソティルのルミア嫌いはしばらく続くと思われます。


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少女達の邂逅 黒編

いつもよりクソ長いです。
次の話はクソ短いです。


 グレンが非常勤講師としてテトラとソティルが所属するクラスになって1週間。最初はグレンに対して大きな期待を抱いていたテトラも、その評価を完全にマイナスの方向に振り切らせていた。

 そんな日の3人の夕食の時間。テトラは不機嫌さを隠そうともしておらず、そんなテトラをソティルが注意していた。

 

「ホンット信じられない!?なんなのアイツ!?」

「………姉さん、食事中ですしもう少し静かに出来ませんか?」

「ソティルはあいつに対してなんも思わないの!?期待だけさせて授業はしないわノゾキはするわ生徒と決闘してその約束守らないわってホントにロクでなしじゃん!」

「私としてはなんとも。セラさんを喪って、彼は心に大きな傷を負っているはずです。しかも彼は元々、魔術に憧れていたようだったようですし」

 

 テトラは目を見開く。苦笑していたセラも、グレンの過去の話が出てきてその目を悲しそうに伏せていた。

 

「1年前のあの時に解析した情報ですが、彼は元々『メルガリウスの魔法使い』と呼ばれる有名な童話の正義の魔法使いに憧れていました。ですが彼には魔術には全く使えない魔術特性(パーソナリティ)が宿っていましてね。魔術学院に入学したのはいいものの、その使えない魔術特性(パーソナリティ)のせいで教授たちからバカにされ、あげくには卒業論文を燃やされて卒業という名目の退学。その後は軍の特務分室に引き抜かれて………」

 

 そこでソティルが話を途切れさせる。セラが苦しげな表情で俯いていたからだ。

 

「………すみません。配慮が足りませんでした」

「ううん、大丈夫だよ。続けて」

「いえ、もうこれ以上は喋る必要性はありません。とにかく、ああいう心の傷を負った人間というのは元は真面目だったりするのです。それに、グレン=レーダスは近いうちに変わりますよ。ルミアがその変化に関わる可能性大、といったところでしょうか」

「え?ソティルが極端に嫌ってるルミアが?」

「グレンはルミアの恩人なのですよ。何故かはこの国の存亡に関わってくるので話せませんが」

「く、国の存亡………」

 

 セラがこくこくと頷く。なんだか壮大な話になってきたとテトラは身構えるが、ソティルはごちそうさまでしたとつぶやいて、食器を片付けようとしていた。

 

「ちょ、ちょっと!?話の続きは!?」

「エネルギー残量が残り僅かなので今日は課題だけ済ませて寝ます。本来の竜の姿よりも抑えられているとはいえ、人間の姿でもエネルギーの消費効率は最悪なんです。食事でもエネルギー補給は出来ますが、それでは食費がバカにならないので、眠ってエネルギーを充電した方がいいです。それに、さっきも言いましたがこれ以上喋る理由がありません。ではおやすみなさい、姉さん」

 

 ソティルはわざとらしく大きなあくびをすると、スタスタと自分の部屋へと向かっていく。テトラはそのあと、セラにいくつも質問をしたが、結局のところ、ルミアに何があったのかは聞くことが出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 グレンがシスティーナのある言葉に珍しく反論した。それは「魔術は崇高で偉大なもの」という言葉。グレンの論調は次第に激しさを増し、ついにグレンは魔術のおぞましい暗黒面について言及する。

 

「ああ、魔術は凄ぇ役に立ってるさ・・・人殺しのな」

 

 テトラを含むクラスの生徒全員が凍りつくが、ソティルはただ一人平然としていた。

 

「ふ、ふざけないで!魔術はそんなんじゃ・・・!」

「何言ってんだ。お前は外道魔術師による無惨な事件が1年に何件起こってるか知ってるか?なんでアルザーノ帝国が魔術に莫大な予算をつぎ込んでいるのは知ってるか?」

「そ、それは・・・」

「はっ、ほらみろ。魔術ってのは人殺しとともに発展してきたロクでもない技術なんだよ!」

 

 生徒たちは首筋に刃物を当てられているような錯覚を覚える。システィーナに至っては顔を青ざめさせ、肩を震わせていた。

 

「全く、俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺しにしか役に立たない技術をバカみたいに勉強してよ。こんな下らんことに人生費やすくらいなら俺は───」

 

 その時、乾いた音が教室の中に響き渡る。システィーナがグレンを平手打ちしたのだ。

 

「違う………魔術は………そんなものじゃない……!」

 

 システィーナは目に涙を浮かべ、教室を走り去って出て行ってしまう。グレンも「やる気が出ない」とだけ言って黒板に自習という文字を書いて教室を後にした。

 

「顔が青くなったと思えば目を赤くして、忙しいですね」

「なんでこの空気でそんなこと言えるの………?」

 

 テトラは、ソティルの発言に呆れるように言いながら椅子から立とうとする。すると、ソティルはテトラに学院の地図を手渡した。その地図には赤い丸のような目印が点滅しながら動いている。

 

「え………ソ、ソティル………?」

「システィーナの場所を魔術で探知してます。どうせシスティーナの様子を見に行くんでしょう?やれやれ、彼女もほっといてもらいたいと思うのですがね」

「生憎、私はお節介焼きだからね。仕方ないよ」

「………一体誰に似たんでしょうね。ま、私が行っても姉さんと茶番のような口喧嘩が始まって逆効果になると思うので、姉さん一人で頑張ってきてください」

「茶番みたいなって………でもありがとね。わざわざ私のために」

「この展開は想像ついてましたし、お礼なんていいです。早く行ってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テトラがシスティーナを見つけたのは、学院の中庭にあるベンチにうずくまっている時だった。テトラが近づくと、足音に気がついたシスティーナは反射的に顔を上げる。

 

「みっつけたー!やっぱり魔術って便利だねー」

「………なんの用ですか」

 

 能天気に言うテトラをシスティーナは赤く腫れた目でキッと睨む。

 

「おおー………さすが真銀(ミスリル)の妖精って呼ばれてるだけあるね………」

「帰ってくれませんか?私、今誰とも話なんてしたくな───」

「ちょっとだけでいいから。システィーナにとって魔術とは何か………それさえ教えてくれたらすぐここから消えるよ。でも、それを教えてくれるまで離れる気にはなれないかなぁ」

 

 テトラの顔に快活な笑みが浮かぶ。システィーナは一瞬はっと顔を上げたが、また(うつむ)いて黙り込んでしまった。

 だが、テトラは動じる様子もなく、システィーナの隣に座り込んで、その宣言通りにシスティーナが言葉を発するまで微動だにしなかった。

 しばらく気まずい空気が流れたあと、突然システィーナは弱々しく、テトラの問いに答えた。

 

「魔術は………私とおじいさまを繋げてくれる大切なもの。グレン先生に魔術をあんな風に言われて………私、おじいさまを馬鹿にされたような気がしたの。だからつい・・・」

「うんうん、わかるよその気持ち。私の黒髪はシスティーナにとっての魔術みたいに、両親と私を繋げてくれるものなの。だから、これを馬鹿にされたら私もキレちゃうかもなぁ。ま、平手打ちっていうのはやりすぎだと思うけどね」

「うっ………」

「たははー。冗談だよ冗談。明日ちゃんとグレン先生に謝れば多分大丈夫だって」

「………じゃあ私からも聞かせて。貴方にとって魔術ってなんなの?なんで魔術を勉強しようって思ったの?」

「えー、今それ聞いちゃう?思ったよりグイグイ来るタイプなんだねキミ」

 

 テトラは苦笑するが、一度溜息をついたあとに先程の能天気そうな表情を真剣な表情に変える。その黒色の瞳の奥には悲しみや憎しみなどの負の感情が見て取れた。

 

「………正直、魔術なんてなければよかったのにって思ってる自分もいる。父さんと母さんね、『天使の塵事件』に巻き込まれて死んじゃったの。魔術さえなければ父さんと母さんは死ななくてすんだっていつも考えちゃうんだよね」

「………ッ」

「ああ、ごめんごめん。ただのクラスメイトに話すにはショッキングすぎる内容だったね」

 

 テトラが虚し気な笑みを浮かべる。

 

「でも、道具を恨むのはなんか筋違いな気がしてる自分もいるんだ。ありきたりな言葉だけど、『剣が人を殺すのではなく、人が人を殺すのだ』ってやつかな。それに、もし魔術が無かったら、何百年も前の邪神との戦いに人類は負けて、滅亡してたかもしれないし」

 

 うーん、とひとしきり考えるような仕草をしていたテトラだったが、しばらくすると諦めたように肩をすくめて苦笑する。

 

「あーダメ。気持ちの整理ぜんっぜんつかないや。でも魔術を勉強する理由ならはっきりと言えるよ………私、強くなりたいの」

「強くなりたい………?」

「うん。魔術を使って人を不幸にする人たちがいるんだったら、私がそんな奴らからみんなを守りたい。魔術に対抗出来るのは同じ魔術………なんて、甘い考えってことはわかってるよ。でもね、私みたいな思いをする人なんて、二度と生まれて欲しくないから」

 

 その声色には強い意志が宿っていた。

 

「自論だけどさ。自分が使っていることに誇りとか、自信とかを持てない技術なんて、身につくわけないと思うんだよね。だから、私は魔術が人を幸せにするって信じて、これからも魔術を勉強していくつもり。もちろん負の側面もあることは忘れちゃ行けないんだけど。システィーナも、魔術を信じてみればいいんじゃない?あなたとおじいさんを繋いでくれる魔術を………ね?」

「………」

 

考え込むシスティーナにテトラが笑いかける。

 

「ま、私が言えることはこれくらいかな。システィーナのこともよく知らないのに、ずっと上から目線でごめんね」

「………ありがとう」

「どういたしまして………って言っても、私が勝手にあなたのところに来て勝手に自分語りしてただけだし、いいアドバイスも全然出来なかったし、お礼なんて言われる立場じゃないよ。さてと、私は家に帰るね。あんな空気じゃ今更教室になんて入れないし、家の手伝いでもしようかな。じゃ、また明日ね、システィーナ」

「………システィ」

「え?」

「システィでいいわよ」

 

 ぶっきらぼうにぼそりと呟いたシスティーナを見つめながら硬直したテトラだったが、しばらくするとさっきのように、快活な笑みを顔に浮かべた。

 

「わかった!じゃあシスティって呼ばせて貰おうかな!これからよろしくね!システィ!」

「………ふふっ。よろしく、テトラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、気まずい沈黙が充満していた教室。

 辞書で魔術式の解析をしていたソティルだったが、ふと何かを感じたかのようにため息をつく。

 

「───なんか私、またハブられたような気がするのですが」

 

 ソティルは勘が鋭い。




戦闘描写に不安感を抱いていたり
深夜テンションで「最強」とか書くんじゃなかったなぁ・・・


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少女達の邂逅 白編

クソ短いです


 グレンが引っ叩かれた日の放課後。ソティルは返却期限が今日までだった辞書を返すために廊下を歩いていた。

 

「はぁ、狼の姿にでもなればこの廊下なんて3秒もかからずに通れるのですが・・・ん?」

 

 ソティルの目の前の部屋から物音がする。ポケットに入れていた地図を開くと、あそこは魔術実験室のようだった。

 

「ふむ、1人のようですね。確か生徒が無断で使うのは禁止されてるはず・・・そこまでして試したい魔術………気になりますね」

 

 能力を使って部屋の中を見てもいいのだが、テトラにバレたら間違いなく拳骨が待っているし、遠見の魔術はソティルと相性が悪く、使用してもぼんやりとしか見えない。

 結局、中に入って確認するのが一番だと判断したソティルはノックもなしにドアを開け、絶望した。

 そこにいたのはソティルが最も関わりたくない人間であるルミアで、試している魔術も、学習用のなんの役にも立たない法陣を構築しているだけだったからだ。

 

「え、ええっ!?へ、編入生の───」

「はあぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 

 今世紀で一番長いため息だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───で、システィーナがいないから1人で忍び込んで方陣の復習をしていたと」

「う、うん。どうしてもこの法陣を復習しておきたくて」

「真面目なのかいたずらっ子なのか………魔術錠の鍵も事務室に忍び込んで盗み取ったってところですね?」

「え、えへへ………」

 

 小さく舌を出すルミアにソティルは呆れたように眉間を手で抑える。

 

「………まぁいいです。どうせ乗りかかった船ですし、バレる前に終わらせますよ」

「ほんと!?ありがとう!」

「………」

 

 ソティルはルミアが持っていた教科書を開き、手早く正確に法陣を構築していく。全く教科書と同じようにである。

 一方ルミアは………

 

「そこは触媒を置く場所ではありません」

「あっごめん!」

「ここの霊点は綻んでいます。これでは魔力が通りませんよ?」

「あわわわわ………」

 

 ソティルに間違いを次々と指摘され、目を白黒させながら修正していくルミア。

 

「やれやれ、苦手って自分で言っているからよっぽどだとは思ってましたけど………まさかこれほどとは思いませんでしたよ」

「ご、ごめん………」

「別に責めてるわけではないのですが………さて、これで完成したはずです。あとは起動だけですか」

 

 しゅんとするルミアを気にする様子もなく、手に持っていた教科書を返すソティル。気を取り直したルミアが呪文を唱えようとした瞬間、入り口のドアが乱暴に開けられ、思わず2人は飛び上がる。

 

「グ、グレン先生!?」

「………どうしてここに」

「そりゃこっちの台詞だ。生徒による魔術実験室の個人使用は原則禁止のはずだろ?」

 

 その言葉にルミアはあはは………と苦い笑みを浮かべ、ソティルはばつが悪そうに視線を逸らす。

 

「って、さっきまで全然だったのにもう完成してんじゃねーか。白髪頭(しらがあたま)、お前の仕業か?」

「………ええ、まぁ」

 

 視線は逸らしたまま、ソティルはそっけなく答えた。グレンは白髪頭(しらがあたま)、と女の子を呼ぶにしてはあまりにも失礼極まりない呼び方をしたが、ソティルが気にする様子は一切ない。

 

「じゃあもう起動させちまいな。こっから崩すのはもったいねーだろ」

「わ、わかりました」

「ルミア、教科書通り五節ですよ。省略はしないでくださいね」

「は、はい」

「なんで私にまで敬語なんですか」

 

 ルミアは一度深呼吸をして心を落ち着かせると、詠うように涼やかな声で呪文を唱える。

 

「《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ》」

 

 その瞬間、法陣が光を放ち、部屋を白に染め上げる。光が収まると、七色の光が方陣の上を縦横無尽に走っていた。

 

「うわぁ………綺麗………!」

「そうか?俺にはあまりそうとは思えないんだが」

 

 そう言いながらもグレンの顔には笑みが浮かんでいる。

 

「………なんだ、少し楽しそうじゃないですか」

 

 ソティルはグレンを一瞥(いちべつ)するが、グレンはそれに気がつかない。それどころか、そそくさと実験室を出て行こうとしていた。

 

「あっ………ちょ、ちょっと待ってください!」

「………なんだ?」

「え、あ………ええと、そのー………」

 

 グレンの後ろ袖を慌てて掴んだルミアだったが、引き止めてどうするかは考えていなかったようで、しどろもどろになっていた。

 ルミアの心情を察したソティルは呆れた口調で彼女に助け舟を出す。

 

「途中まで2人で一緒に帰ってはいかがですか?ルミアはグレン先生に聞きたいことがあるんでしょう?」

「あ………そ、そうです!途中まで一緒に帰ってもいいですか?」

「やだ」

 

 即答でルミアの頼みを切り捨てたグレン。ところが、肩を落として目を伏せるルミアを見て、グレンは困った頭を掻く。そして

 

「一緒に変えるのはごめんだが………ついて来る分には勝手にしろよ」

「あ、ありがとうございます!じゃあ、ちょっともったいないけど、急いで片付けますから待っててくださいね!」

 

 ルミアは嬉しそうに笑って法陣の片付けを始める。そんなルミアの様子を見て、グレンは肩をすくめながら実験室を出て行った。どうやら部屋の外で待つつもりのようだ。

 

「手伝いますね。使い終わった魔晶石はここに処分して………」

「あ、ありがとう。ええと………」

「ソティルです。ソティル=マーティン」

「ソティルって言うんだね!よろしく、ソティル!」

「………それは少し難しいですね。貴方と関わるのはぶっちゃけこれで最後にしたいのです」

「………え?」

 

 変わらない口調で言い放ったソティル。当のルミアはポカンとしている。

 

「私が関わりたくない理由はわかるでしょう?()()()()()()()殿()

 

瞬間、ルミアの顔からさーっと血の気が引いていく。ソティルは片付けの手を止めることなく淡々と言葉を紡ぐ。

 

「別に私は貴方がどうなろうと知ったことではないのですが、面倒事に巻き込まれるのは避けたいので、これからは相互不干渉の関係で………と、片付けは終わりましたね?では、私は用事があるのでこれで───」

「待ってください」

 

 冷静さを取り戻したルミアが静かに言う。その口調には敵意に近い感情が含まれていた。

 

「貴方は………一体何者なんですか?」

「それについては回答出来かねます………と言っても、脛を傷を持つ者同士、Win-Winの関係は作りたいとは思ってますよ?」

「………脛に傷なんてないですけど」

「!?」

 

 突然、自分の両足をちらりとソティルに見せたルミア。

 彼女を見下すように立っていたソティルがその様子を見て膝から崩れ落ちた。

 

「いやなんで物理的な意味で………私の方がバカみたいじゃないですか………」

「………え?まさか脛に傷を持つって………言えない過去があるとか、そういう意味の方?」

「このタイミングで使うならそっちしかないですよね!?解析したから知ってはいましたけど、どんだけ天然なんですか貴方は!?」

「………解析?」

「だぁああああああ──────ッ!?い、今のナシです!私、独自の情報網を持ってるんで色んなことを知ってるんです!そういうことです!」

「は、はぁ………」

 

 パニック状態のソティルにすっかり警戒を解いてしまったルミア。

 ソティルは肩で息をしながらルミアを睨みつけた。

 

「私も貴方の秘密を握っているんです。おあいこです。それなら互いに相互不干渉です。お願いだからそうしてください」

 

 目をぐるぐると回しながらまくし立てるソティル。最後の方はもはやお願いだった。

 

「ええと………大丈夫だよ?私はソティルの秘密を言いふらすつもりなんてないし、ソティルも私の秘密を言いふらすつもりなんてないんでしょ?」

「それは間違いありません。面倒事の発端になるような愚かな真似などするはずもない」

「………わかった。じゃあソティルにはなるべく近づかないようにするから」

 

 悲しげに笑うルミアを見てソティルはばつが悪そうな表情をする。

 

「いや、そこまで悲しそうな顔されるのは予想外というか、えーと、別に正体がバレないのなら面倒事くらい───」

「おーい、まだ片付け終わってねえのか?流石に置いてくぞ?」

 

 と、ここでグレンがドアを開けて中の様子を見るために顔だけを覗かせている。

 

「あ、すみません!すぐに行きます。ごめんねソティル、また明日」

「………わかり、ました」

 

 納得いかない表情をしていたソティルだったが、ルミアを引き留めるわけにもいかなかった彼女は実験室から外へ出ると、そのまま歩いていく二人の様子を見送った。

 

「………なんか、嫌な気分ですね」

 

 その心に小さな棘を残したまま。




ソティルはルミアの人格を嫌悪してるわけではなく、むしろ好感を持っています。これからソティルの心境に変化は起きるのでしょうか。
追記:文章を整理している時にルミアがいきなりソティルを受け入れるのに違和感があったのでルミアがソティルへの警戒心を一段階下げてくれるような描写を入れておきました。


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勇気の一歩

以前の題名ミスってました。なんで二回も同じ題名にしてたんだろう
ちなみに次話から戦闘描写予定



 次の日、授業の予鈴が鳴る前。

 

「おい、聞いてんのか白猫」

「………」

「………どうした白猫?俺をそんなに見つめて」

 

 システィーナは『白猫』と呼ばれているのにも反応せず、グレンをじっと見つめる。理由は単純である。グレンが教室に入ってきたその時から、グレンに平手打ちをしたことを謝るタイミングを見計らっていたからだ。

 しかし、システィーナの頭には失敗するイメージばかりが湧いてきて自信を無くしていたため、その口は開こうともせず、そうなるともちろん声なんて出るわけもない。

 システィーナが後ろを振り返ると、テトラが「信じてるよ」とでも言いたいかのように、ウインクを返してきた。それを見たシスティーナは深く深呼吸をし、覚悟を決める。

 

「あの………先生………昨日は、すみませんでした」

「………は?」

 

 あの『講師泣かせ』と呼ばれ、グレンを酷く嫌っていたシスティーナがグレンに謝罪した。

 そんな予想だにしていない展開にテトラ以外の全員が目を丸くする。システィーナが謝罪するきっかけを作った本人であるテトラは嬉しそうな微笑みを浮かべていたが。

 

「あなたに酷いことを言われたからといって、手を出していい理由にはなりません。それは謝ります」

「お前ってどこまでも真面目なんだな………いや」

 

 呆れたように溜息をついたグレンだったが

 

「俺も………昨日は本当にすまんかった」

((((………え?))))

 

 この展開にはテトラを含む生徒全員が目を丸くした。

 

「いや、その………なんだ。俺は魔術は大嫌いだが、お前のことをどうこういうのは筋違いだし………そもそも俺もガキだったっつーか………その、ええと………とにかく、あれだ、すまんかった」

 

 気まずそうに目を逸らしながら、グレンはほんのわずかだけ頭を下げた。どう反応すればわからず口をぱくぱくさせていたシスティーナだったがそこでちょうど予鈴をつげる鐘の音が学院に響いた。

 

「お、予鈴鳴ったな。じゃ、授業始めるか」

 

 グレンから出るはずがないと思われていた言葉によって、クラス中がどよめき始める。

 

「さて、これが呪文学の教科書ねぇ………ふーん………よし。そぉいっ!」

 

 グレンはしばらくの間パラパラと教科書をめくっていたが、半分も読まずに教科書を閉じ、窓の外からぶん投げた。

 

 あぁ、これはいつものパターンに直行だ。

 

 そう思って生徒達は各々自分の教科書を開く。そんな中、グレンは一呼吸置いて

 

「はぁ………授業始める前に言っておくが、お前らって本当にバカだよな?魔術のことなーーんにもわかっちゃいねえのがこの一週間で目に見えたぜ」

 

 なんの躊躇いもなく毒を吐いた。ページを捲る音が止む。なんかとんでもない暴言を吐かれたと全員が思考を停止したからである。

 

「今日は【ショック・ボルト】について説明するか。お前らのレベルならこれくらいがちょうどいいだろ」

 

 あまりにも酷い侮辱に生徒から不平不満が漏れる。

 

「やれやれ、今更【ショック・ボルト】なんて説明されても………」

「僕達はもうとっくの昔に【ショック・ボルト】なんて極めているんですが?」

 

 しかしそれをガン無視してグレンは【ショック・ボルト】の呪文を黒板に書き表していく。

 

「さて、これが【ショック・ボルト】の基本的な呪文だ。じゃあ、こっから問題な」

 

 グレンはチョークで黒板に書いた三節の呪文を別の節で区切り、《雷精よ・紫電の・衝撃以て・打ち倒せ》という、四節の呪文にした。

 

「これを唱えると何が起きる?当ててみな?」

 

 教室を沈黙が支配する。答えられるものは誰一人いない。優等生で知られるシスティーナも額に脂汗を浮かべていた。そんな中で

 

「姉さん。姉さんなら答えられるでしょう?早く挙手してくださいよ」

「ソティルもわかってるんでしょ?早く手を挙げればいいと思うけど」

「私は目立ちたくないので」

「私だって目立ちたくないよ」

「・・・わかりました。ここは公平にじゃんけんで───」

 

 双子は小声でずっと口喧嘩である。前日にソティルが自分達の口喧嘩を「茶番」と評していたが、それは全くもって適切な表現だった。

 

「おい、白髪頭と黒髪、お前ら分かってんじゃねえのか?」

「「げっ」」

「えーと………よし、じゃあ黒髪、どうなるか当ててみろ」

「なんで私なの………確か、右に大きく曲がる、だった気がします」

「お、正解だ」

 

 グレンが呪文を唱えると、紫電は着弾するはずの黒板を逸れて右に大きく弧を描くように曲がり、壁に着弾する。

 

「じゃあ呪文の一部を削るとどうなる?」

「えーっと………どうだったけ?」

「出力が落ちます」

「当たりだ。確か、お前らは編入生だったよな。入学する前は何してたんだ?」

「元軍所属の魔道士に魔術を教えて貰っていました。一年だけですけど」

 

 ソティルはぶっきらぼうに質問に答えを返した。

 

「………成程。ま、お前らは及第点だな。まだまだヒヨッコだが」

 

 チョークを指先で器用にくるくる回しながら、ニヤニヤと笑うグレン。ソティルは不快そうな顔をするだけだったが、テトラは自分達に一気に注目が集まったことを確信し、恥ずかしさやらなんやらでほぼ放心状態であった。

 

「じゃあ答えがわからなかった奴らに質問するが、お前らなんでこんな思春期の恥ずかしい詩みたいな文章を読めば魔術が発動するのかわかってんのか………って言っても、わかってるわけねーか。呪文の共通語訳を教えろとかアホみたいな質問が出てくるぐらいだし、根本的な理屈なんて『そーいうものだ』ってテキトーに流してたんだろ?そこの二人は編入する前にその理屈も魔導士に叩き込まれてたみたいだがな」

 

 グレンの指摘は的を射ており、生徒達は何も言い返せない。この学院では習得した呪文の数が優秀さの証であり、生徒達には理屈を突き詰めて考える余裕などなかったのだ。

 

「つーわけで、今日はお前らに【ショック・ボルト】の呪文を教材にした術式構造のド基礎を教えてやるよ。ま、興味ないやつは寝てな」

 

 グレンは気だるげに言ったが、今この教室に眠気を感じているものなど誰一人いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間に時間が過ぎた。結局、生徒達の中に眠気を感じるものは最後までいなかった。黒板には一週間前とは見違えるような小綺麗な文字や図形がびっしりと並んでいる。

 

「さて、今のお前らは魔術を使うのが上手いだけの『魔術使い』に過ぎん。将来、魔術師を名乗りたいんだったら自分に足りないものは何かよく考えるんだな。ま、こんなくっだらねー趣味に人生費やすぐらいなら他によっぽど有意義な人生があると思うが………って」

 

 グレンはおもむろに懐から懐中時計を取り出し、苦い顔を浮かべた。

 

「ぐあ………授業時間過ぎてんじゃねーか。やれやれ、残業代は貰えるんだろうな?まぁ、いいか。今日は終わりだ。じゃーな」

 

 グレンは愚痴をこぼしながら教室を退散していく。その瞬間、生徒達の間に流れていた緊張が一気に緩む。システィーナに至ってはふぅー、と安堵するように大きなため息をついていた。そんなシスティーナの顔をテトラが覗き込む。

 

「お疲れ様、システィーナ!約束守ってくれて嬉しいよ!」

「………あの時はありがとう」

「あんなウインクぐらいでお礼なんていいよ。結局は自分で勇気を出して謝ったんだから」

「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございますテトラさん」

「え!?ルミアちゃんまで!?」

 

 頭に疑問符を浮かべるテトラ。そんなテトラの様子にルミアは苦笑する。

 実はルミアはテトラがソティルと双子と聞いていたため、さっきまでテトラのことを警戒していた。しかし、ルミアと一番親しい友人であるシスティーナが彼女と仲睦まじくしている様子から、テトラがソティルのように自分を忌避しようとはしていないことを確信し、その警戒を解いていた。

 

「私、システィが学院に行くことを嫌いになっちゃうんじゃないかって心配してたんですけど………」

「それは杞憂じゃない?システィの魔術好きはもはや病気みたいなものだし」

「あ、確かにそうかも」

「ちょ、ちょっと二人とも!?」

 

 赤面するシスティーナを見て二人は穏やかな笑みを浮かべた。一方、システィーナは顔を赤くしたまま話題を別の方向へと持っていこうとする。

 

「と、ところでさ!グレン先生のあの変わりようにはもちろんびっくりしたけど、あなた達もあんなに魔術のことを知ってるなんて少しも思ってなかったわ!」

「うん!私も驚いちゃったよ!」

「まぁ、私たちは元軍所属の魔導士から直々に魔術を教えてもらってたわけだしね。でも、一番凄いのはグレン先生だよ………私達もイマイチ理解出来てないところをあんなにわかりやすく教えられるなんて………」

「でもあいつ、なんでいきなり授業する気になったのかしら………」

「やっぱりそこだよね。私も考えたんだけどさっぱりでさ」

 

 テトラはうーんと手を組んで考えるような素振りを見せていたが、すぐにそれをやめて

 

「ソティルはどう思う?」

「なんで私に振るんですか!?」

 

 少し遠くの席でテトラに無理やり板書をノートに書かされていたソティルに話題を振った。少し感情的になったソティルだったが、すぐに元の調子で「わかりませんし、わかってても教える理由がないです」とめんどくさそうに答えたあとすぐに作業に戻る。

 

「さすがにわかるわけないよねー………もうこの謎は学院七不思議に加えちゃっても………あれ?」

 

 視線を何気なくソティルからルミアに向けたテトラは首を傾げる。

 

「ルミアちゃん、なんか凄く嬉しそうだけど………」

「えー、そうかなー?」

「そうよ。あなた、かつてないほどにご機嫌じゃない」

「え!それ何があったかもっと気になっちゃうじゃん!ねー教えてよ!」

「えへへへ………」

 

 いくら聞いてものらりくらりとかわして、微笑みを崩さないルミアにシスティーナとテトラは首を傾げるしかなかった。




次話のあとがきではソティルの能力について追加情報を書きます。ちなみにソティルはなんだかんだ言ってルミアのことを無視したりはしません。


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襲来、テロリスト

戦闘描写難しすぎ問題
次の話少し遅くなるかもしれません、ご了承ください


 グレンが覚醒してからしばらく経ったある日。その日は魔術学会が帝都で行われることにより教授が全員出張する関係で、学院は休校日だった。し

 かし、前任であるヒューイが長い間不在だったため、授業が大幅に遅れていたシスティーナ達のクラスは、いつも通りグレンによって授業が行われる予定だ。

 予定なのだが───

 

「………遅い!」

 

 システィーナが痺れを切らしたように唸る。授業開始時間から二十分以上経過しても、グレンは教室に入ってこない。つまるところ、グレンは大遅刻をかましていた。

 

「………ちっ」

 

 システィーナが苛立っているその頃、ソティルも苛立ち交じりに舌打ちをした。その様子を見たテトラも困ったように肩をすくめる。

 

「最近いい授業するようになったなーって思ったらこれだからね………まぁ、本当だったら今日は休校日だったんだし気持ちはわか───」

「違います。マズいことになりました」

 

 珍しく焦燥したように話すソティルの顔には脂汗が浮かんでいる。

 こんなソティルは久しぶりだ。そう思ったテトラは事態の深刻さを悟り、真剣な眼差しでソティルを見つめた。

 

「………何があったの?」

「さきほど、結界の様子がおかしくなっていたので情報を集めてみました。結果として見えたのは見知らぬ男二人と・・・守衛をしていたはずの人間の死体です」

「………ッ!?」

「恐らく………というか絶対、ルミアを狙って行われている犯行です。ですが、あの人間達はここの教室の生徒を生きて返すつもりは全くありません………ま、殺させる気はありませんけど。とりあえず、姉さんも戦闘するくらいの覚悟はしておいてください」

 

 言葉を無くすテトラ。その心境を理解したのかしていないのか。ソティルが冷たく言い放つ。

 

「貴方にその望まぬ力を与えた私が言えることじゃないのかもしれませんが………実戦無くして、制御は出来ませんよ?」

「………わかってるよ。わかってるけどさ」

「強くなりたいのでしょう?」

「………」

「とりあえず、一度捕まって相手の出方を見ましょう。恐らく一目見れば情報は揃いますが、生徒を人質に取られては私としても面倒ですし、相手の油断を誘うことも考えなければならないので」

「………了解」

 

 テトラが拳を強く握ってぷるぷると震わせる───まるで何かに恐怖しているかのように。

 その時、二人の男が教室のドアを無造作に開ける。

 

「あー、ここか。いやー、みんな勉強熱心だねー。頑張れ、若人!」

「ちょっと………あなた達、一体何者なんですか!?」

「んー、俺たちの正体?テロリストってところかナ?」

 

システィーナに対するチンピラ風の男の答えに教室がどよめき始める。システィーナも動揺こそしたものの、すぐに肩を怒らせて叫ぶ。

 

「ふ、ふざけないで下さい!」

「え~、ボク達大真面目なんだけどな~」

「………わかりました。これ以上ふざけた態度をとるなら、あなた達を気絶させて警官に引き渡します。それが嫌ならはやく出てい───」

「≪ズドン≫」

 

 業を煮やしたシスティーナは覚悟を決め、魔力を練ろうとしていた。しかし、チンピラ風の男のふざけた呪文がそれを遮る。すると、その男の指から鋭い雷閃が迸りシスティーナの髪を掠めていく。

 

「………これでも出ていけとか言えンの?ええ?」

 

 蛇のように嫌らしく笑う男が発動した呪文は【ライトニング・ピアス】

殺傷性が高い軍用魔術で、その威力は普通の人間なら触れただけでも感電死するほどである。

 

 軍用魔術を使える者には軍用魔術を使える者しか勝てない。しかし、この教室に軍用魔術を使える生徒などいない。この男に勝てる()()など、この教室にはいないのだ。

 

「あ、騒いだら殺すから、気を付けてね」

 

 パニック寸前だった生徒たちは抜き身の刃のように冷たい男の一言によって硬直した。男はそんな生徒達を見て、にへらにへらと陽気に笑う。

 

「じゃあ本題ね。オレ達さ、ルミアちゃんって子を探してるんだけど・・・いい子のみんなは知らない?」

 

 何人かの生徒の視線がルミアに向き、それに目ざとく気づいた男がルミアが座る一角に近づいてくる。

 そこでルミアと視線と首振りだけで会話をしていたシスティーナが立ち上がった。

 

「あ、あなた達!ルミアって子をどうする気なの!あなた達の目的は一体───」

「チッ、なんだよ、いきなり出しゃばってきやがって。いいや、お前からにする」

「え………?」

 

 男がシスティーナの頭に指を向けようとしたその時

 

「私がルミアです」

 

 ルミアが席を立った。

 

「おっ、やっと名乗り出てくれたかー………まっ、知ってたけどね」

「………」

「ルミアちゃんが名乗り出るか、誰かがルミアちゃんのこと教えてくれるまで関係ない奴をズドンするゲームしようとしてたんだけど………あーあ、興ざめだなぁ~」

「この………外道………ッ!」

 

 結局、ルミアはもう一人の男に連れていかれ、他の生徒は【スペル・シール】と【マジック・ロープ】で拘束された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとは、拘束されている私達がそこにいるかのように五感情報を書き換えて………よし、行きましょう、姉さん」

「急いで!システィがあのチンピラに連れていかれてからもう五分も経ってる………あいつなら、システィに何してもおかしくない!」

「わかってるから一度落ち着いてください」

「こんな状況で落ち着いていられる!?いきなりテロリストが教室に入ってきて───」

()()()()()()()()()()()()()

 

口調を変えたソティルの声はその場の温度を氷点下にまで下げそうなほどに冷たく、恐ろしいものだった。テトラは思わず身をすくませる。

 

「………システィーナを一刻も早く救わねばならないんでしょう?それなら頭冷やして、とっとと行きますよ。私も隠蔽が効く程度には暴れてやりますから」

 

 政府やらなんやらに嗅ぎつかれない程度にですが、と不機嫌そうに言ったソティル。

 

 

「………あの人達はどれくらい強いの?もしかして、今まで習った魔術で───」

「やめといた方がいいですよ。システィーナを連れてったあの男は()()()()の三流ですが、もう一人はかなりのやり手みたいです。姉さんのあの『力』は恐らく使うことになるでしょう。さっきも言いましたが、覚悟はしておくように」

「………」

 

 ソティルがドアにかけられた魔術を能力で解呪(ディスペル)し、二人は閑散とした廊下を走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の生徒と同じように拘束されたシスティーナ。ところが、何を思ったのかチンピラ風の男───ジンは生徒の拘束が終わると、抵抗できない彼女を魔術実験室まで連れ出したのだ。

 

「こんなとこに連れてきて………私をどうする気?」

「ん?決まってんだろ?お前で一発抜いとこうと思ってな?」

「な………ッ!」

 

 絶句するシスティーナに対し、ジンはどこまでも愉快そうに笑う。

 

「でも、お前くらいの年に欲情すんのってロリコンなのかな?一応、結婚できる年なんだろ?」

「ふ、ふざけないで!私はフィーベル家の娘よ!」

「え?なにそれ?偉いの?」

 

 ジンは全く動じず、システィーナを組み伏せる。システィーナは一瞬泣きそうな顔をしたがすぐにジンをにらみ上げた。

 

「………好きにすればいいわ。だけど、覚えていなさい。あなただけは・・・必ず私が殺してやる。今は無理でも………いずれ地の果てまであなたを追いかけてや───」

「はいはいわかったわかった。じゃ、どこまで()つかなー?」

 

 ジンの手がシスティーナの制服に伸び、なんの躊躇もなく引き裂く。システィーナの顔が目に見えて引きつり、かすれた声が喉奥から絞り出される。

 

「お前は必死に仮面つけて隠しちゃいるが本当は脆いんだよ。そして俺はそんな女を壊すのが大好きでな。お前の強がりの言葉なんてすっこしも怖くないんだよね」

「ええ、システィーナ=フィーベルの言葉にはこちらへの恐怖しか感じられません。これでは恐怖しろという方が酷です」

「だよな………って、はぁッ!?なんだテメェ!?」

 

 入口のドアは閉まっているのに、いつのまにかジンの後ろには白髪の少女がたたずんでいた。その少女は無表情でジンとシスティーナのことを見下し、嘲るように言う。

 

「ふふっ………恐怖の植え付け方を、私が教えてあげましょう」

 

 そういったソティルの顔にはいつもの気だるげだが穏やかな微笑みとは全く違う、烈火のように激しい残虐な笑みが浮かんでいた。

 一方、ジンはまだ余裕そうに陽気な笑みを浮かべている。

 

「俺の邪魔したやつはズドンするつもりだったんだけど………お前で一発抜かせてくれるんだったら命だけは助けてやってもいいぜ?お前のクラスメイトも助けてやる」

「お断りですよ、あなたに体を渡すぐらいなら死んだ方がマシです」

 

 ソティルがジンの眼が冷酷なものへと変貌する。もしシスティーナがこの眼で睨まれたら、恐怖でその場を動くことすら叶わないだろうがソティルは平然としていた。

 

「じゃあ言葉通り死ね。【ズ───」

「【ズドン】」

 

 ソティルの澄んだ声が部屋に響く。するとソティルの指が一瞬、光輝くと同時にジンの後ろで壁が削れるような音がした。

 

「ふむ、悪くないですね。三文字のみの発声でここまでの威力………やはりネックになるのは燃費ですかね………?

「テメェ………まさかッ!?」

「ん?あ、はい。あなたの【ライトニング・ピアス】を軽々と一節詠唱かつ連続起動(ラピッド・ファイア)する技巧には目をみはるものがあったのでね・・・コピーさせてもらいました」

「技術をコピーだと!?なんだそのデタラメな固有魔術(オリジナル)はッ!?」

「………まだ私との根本的な違いを理解してないようだな」

「………ッ!?」

 

 その言葉でジンははっきりと目の前の少女の得体の知れなさを理解した。こいつとはまともに戦ってはいけないと純粋な恐怖から考えた。

 それゆえに………

 

「う、動くんじゃねえ。もし俺を殺そうってんならこいつも道連れにすんぞ」

「ひっ・・・・・」

 

 ジンはシスティーナの首に手を回し、もう片方の手を頭に当てる。ソティルが少しでも不審な動きをしたら、システィーナは即『ズドン』だ。

 短絡的で無鉄砲な方法だが、人間の感性を持っている今のソティルにはそれなりに有効のはずだ。そうだというのに、ソティルはその残虐な笑みを全く崩すことはない。

 

「な、なんだよ………何が可笑しいんだ!?ガキを殺していいっていうのかッ!?」

「それに関してはノーコメントです。ただ───

 

 

 

 

 

───事が上手く運ぶっていうのがこんなに愉快なものとは知らなかったので」

 

 バリン、と

 ジンとシスティーナの近くの窓ガラスが割れ

 

「くらえッ!」

 

 そこから飛ぶように現れたテトラがジンの顔面に右ストレートを直撃させた。

 

「ぎゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────っ!?」

 

 速度をつけて叩き込まれた一撃により、ジンは壁に叩きつけられる。

 

「はぁ………はぁ………ソティル………ちょっと私に………無茶、させ過ぎじゃない?」

「訓練の一環です。それに、あいつには痛い目見せたかったでしょう?」

「そりゃそうだけど………制御難しいから使うの怖いし………疲れるし………」

「その割には恐怖の感情が表に出てませんね。訓練の成果でしょうか?」

「もう………ヤケクソだよ………」

 

 肩で息をしながらぼやくテトラ。その身体は明らかに人間のものではなかった。

黒光りする鱗を纏った腕。長く鋭利な爪。太く長い尾。人一人ならすっぽり覆えそうなほどに広げられた翼。頭に生えた歪に曲がった角。

 その全ては竜が持つソレだ。

 

「及第点ってとこですかね。私の一部を使っている身体と考えればまだまだですが。とにかく、ヤケクソになるのはいいですけど暴走だけはしないでくださいよ」

 

 ソティルは軽い声色で呟きながら、パチンと指を鳴らす。すると、空間に歪な穴が空き、そこからロープが出現した。ロープを手にしたソティルはジンに【スペル・シール】を付呪(エンチャント)したあと、手際よく拘束していく。

 

「ぐぅ………これ以上出したら絶対暴走しちゃうよ………」

「ま、星の力は本来なら普通の人間に扱える代物ではありませんし、それで充分です。今のあなたなら、あのコートを着た男には勝てるでしょう」

「わ、わかった………ソティルはどうするの?」

「ルミアを助けに行く予定です。姉さんが行くべきなのかもしれませんが、暴走した時が怖いので私が行きます。エネルギー残量に大きな不安がありますが」

「………あとどのくらい?」

「最大量の十分の一ほどですね」

「それって残り10パーセントってことじゃない!?」

 

 恐る恐る聞いたテトラ。ソティルはあっけらかんと答えるが、テトラは卒倒寸前になった。

 

「エネルギーは眠れば補充できるんでしょ!?一体、昨日の夜何してたの!?」

「長編小説シリーズ全巻読み切ろうとして徹夜しました。めちゃくちゃ後悔してます」

「な、な───!」

 

十秒後───

 

「おい!こっちで変な叫び声したけど大丈夫………か………?」

 

魔術実験室に到着し、勢いよくドアを開けたグレンが最初に見たのは、こめかみに筋を浮かべながら両手についた石を払う半人半竜の姿のテトラ。そして、頭を壁にめり込ませた無惨な姿のソティルだった。拘束された男とシスティーナは、目の前のあまりの異様な状況に放心している。

 

「えーと………大丈夫、みたい………だな?」

「この状況のどこが大丈夫に見えるのよ!?」

 

 システィーナの疲れたような叫びが、部屋の中に響いた。




ソティルの出番を潰してしまったので予定変更して今回活躍したテトラの説明をさせていただきます・・・
次回は多分ソティル活躍させます・・・チートさせたいなぁ。

テトラ(半竜)
ソティルがテトラを蘇生するときに自らの一部分を使った影響で、テトラはソティルの本来の姿である竜の姿に変身ができる。しかし、変身した時の破壊衝動が大きいため始めて変身した時は暴走した(いつか前日譚書きたいと思ってます)
その時からソティルによって毎日早朝にその力を使いこなす訓練を受けているが、何ヵ月か経過した今でも使うことを恐れている。
竜ができることならなんでも出来るが竜言語魔術は竜が後天的に手に入れるもののため使えない。
ちなみにテトラは剣術や格闘の訓練もソティルによって受けているのでグレンには及ばないものの、かなりのやり手。


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獣の憤怒

深夜テンションで書いて深夜テンションで投稿
おそらく明日の朝にはめちゃくちゃ後悔してると思う。


「………それで、あのチンピラはお前らが倒したと」

「はいっ。私が顔面をぶん殴ってやりました!」

 

 いたずらっ子のように笑うテトラ。やったことはかなりえげつないのだが。

 

「お前ら何者なんだ………テトラのその姿といい、怪しいところしかないんだが………」

「最小限のことだけ説明しておきます。残りはルミアを救出したあとで」

「わかった」

 

 テトラの攻撃によって頭から血を流しているソティルの提案にグレンが頷くと、ソティルはその背中に翼を顕現させる。

 テトラの背中に生えている竜のような翼とうり二つだが、ソティルの翼にはあちらこちらにチューブが通っていたり、鉄で出来た部分があったりと、機械的な要素がテトラよりも強い。

 

「私は人間ではありません。別世界から来た生物兵器といったところでしょうかね」

「………は?」

「で、テトラはある事件で死んだところを私が生き返らせた人間です。その時に私の身体の一部を使用したため、竜化の力を得ました。私はテトラの姿を借りて生活しているだけで本来の双子ではありません」

 

 ソティルの言葉にシスティーナとグレンは目を瞬かせる。文字通り、次元が違う話だ。

 

「以上が私達の境遇です。質問は受け付けません。事態は急を要する状態なので」

「………とりあえずお前らの正体だのなんだのはいい。お前の言う通り、ルミアを早く助けにいかないと何されるかわかったもんじゃねえからな」

「ええ、それにそろそろあなたの知り合い………セリカ=アルフォネアでしたっけ?その人が貴方からの通信記録に気がついて連絡してくる頃───」

 

その時、部屋に甲高く金属音が響き渡る。システィーナとテトラが身を固くしていると、グレンが苦い顔をしながら半割りの宝石を取り出し、耳元に当てた。ソティルが言ったことは全て本当だったようだ。

テトラは安堵するようにため息をつくと、システィーナに近づく。

 

「システィーナ大丈夫?そんな酷いことされて………」

「大丈夫。大丈夫、だから・・・」

 

しかし、テトラが近づくとシスティーナはじりじりと後ずさりをする。その手は少しだけ、本当にほんの少しだけだが………確実に震えている。

 

「………姉さんのことが怖いのですか?」

「………」

 

ソティルの質問にシスティーナがうつむく。図星だったようだ。

 

「ふん、まぁ人間が取るに足らぬ存在というのはもう知っています。せいぜい私達の邪魔をしないようにい゛っ!?」

 

 ソティルが喋っている途中でテトラが我慢できなくなったように頭に拳骨を入れた。竜並の筋力で繰り出された拳骨は生半可な痛みではないはずだが、ソティルは失神することもなく、頭をさするだけに留まっている。

 

「何するんですか姉さん!?私相手じゃなかったら死んでましたよ!?」

「ソティルが変なこと言うからでしょ!もう、あなたって人は本当に・・・」

「私は人間ではないんですが」

「変なとこで揚げ足取らなくていいの!」

 

 テトラはひとしきりソティルにお小言を言ったあと、システィーナに向き直る。

 

「システィ。私のことは怖がってくれて大丈夫。こんな姿、ぶっちゃけ私自身もこの姿は怖いしさ」

「えっ………?」

「でもね───」

「おい、そこら辺で一旦やめてもらっていいか?」

 

 テトラの話をグレンが遮る。どうやらセリカとの通信が終わったようだ。

 

「グレン=レーダス。助けは呼べそうですか?」

「無理だ。セキュリティをハッキングされてる上に宮廷魔道士団もしばらくは到着出来ないらしい」

「そ、そんな………」

 

 システィーナが消沈したように肩を落とす。

 

「………私達でなんとかするしかないってことですね」

 

 一方、テトラは覚悟を決めたように拳をポキポキと鳴らしていた。ヤケクソのなせる技だったが、今のこの状況では頼もしいことこの上ない。

 その時、システィーナが何かを決心したように顔を上げると部屋を出ていこうと(きびす)を返すがとっさにグレンがその腕を掴んで引き止める。

 

「離してください。ルミアを助けに行きます」

「よせ、無駄死にするだけだ」

「だって………ルミアは………私を庇って………」

「味方とわかっている人間すらも怖がるあなたごときがテロリストに勝てるとでも?そんなこと、あなた自身が1番わかってると思うんですがね」

「ちょっとソティル!?」

「でも………でも………ッ!」

「私は止めはしません。勝手にしなさい」

「いや、んなこと俺が許さねえ。大人しくしてろ」

「でも………私、悔しくて………だって………うぅ………ひっく………」

 

 有無を言わさないグレンの言葉。一時の安堵も引き金となり、今までこらえていたあらゆる感情が暴発したシスティーナは泣き出してしまう。

 

「先生の言う通りだった!魔術なんて、ロクなものじゃなかった!こんなものが、こんなものがあるからルミアは───」

「それ以上言うな。お前が辛くなるだけだぜ?」

 

 システィーナの頭に軽く手を置きながら穏やかな声でグレンが言った。

 

「それに、ルミアはこういう事件が起こらないように将来魔術を導いていけるような立場になりたいらしい。アホだろ?でも立派だ」

「あの子が………そんなことを………」

「………絶対に助ける」

「あぁ、死なせてたまるかよ」

 

 テトラが拳をぐっと握り、グレンは決意を瞳に宿す。そしてソティルは───

 

「敵対する者を暗殺。これが一番ルミアをいち早く救出できる方法です」

「あぁ………」

 

 グレンが力なく頷く。テトラも何も言えずに目を伏せていた。

 

「ケケケ………講師………お前も゛ッ!?」

 

いつの間にか起きたジンが喋ろうとするが、ソティルが鳩尾に拳を入れ再度昏倒させる。

 

「こいつと喋っている暇なんてありません。こいつは上司の命令にだいぶ背いているようですし、いつその上司がこいつを消しに来てもおかしくはありません」

「な、なんでそんなことわかるんだ?」

「私の司るものが情報と変化だからです。あなたの【愚者の世界】も、【イクスティンクション・レイ】も、全て知っています」

 

 瞬間、グレンの目がキッと細くなる。それを察したのかソティルは気まずそうに目をそらし、咳払いをした。

 

「とにかく、ここを早く出ますよ。留まるのは一番悪手です」

「………わかった」

「気をつけてねシスティ。ここからは相手がどんな方法を使ってくるか、本当にわからないから」

「………うん」

 

 グレン達と双子の間には、確実に大きな溝が出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩いていると、廊下の向こう側からダークコートの男と無数の骸骨が歩いてきた。骸骨達は剣や盾などで武装しており、その数も尋常ではない。

 

「そんなに大人数で四人をリンチしようなんて、いい性格してますね」

「貴様らを少しでも足止めするために最善だと判断したまでだ。非常勤講師含め、貴様らはあまりにも強すぎる。封印さえ解ければ一人は殺れただろうが、ないものねだりをするほど私は愚かではないのでな。我らが大導師様のためにも、私の命を代償にしてでも目的を達成してみせる」

「………そいつは熱心なことで」

 

 グレンが皮肉げに呟く。その額には脂汗が浮かんでいた。

 

「お前ら下がってろ。ここは俺がやる」

「いえ、ここであなたに死なれては面倒です。私がやりましょう。三人とも下がっていてください」

 

 ソティルが前に出る。ダークコートの男───レイクは自らの魔導器である五本の剣の切っ先をソティルへと向ける。

そして───

 

「………ッ!?白猫!避けろおぉぉぉぉぉぉーーーーッ!」

 

 剣はシスティーナに向けて真っ直ぐ飛来していた。当然、温室育ちで戦闘経験のない者がそれを避けられるはずもなく、システィーナは恐怖から目を瞑る。

 

 ぐしゃり、と肉が抉れる音が廊下に響いた。

 だが、いくら時が経とうとも、システィーナを剣が襲うことはなかった。

 恐る恐る目を開けるとそこにはシスティーナをレイクから庇うように立つテトラがいた。その背に五本の剣を突き刺されたテトラが。

 地面にじわじわと広がる血だまりにシスティーナは気を動転させる。

 

「シス………ィ………だ………ぅぶ?」

「テトラ・・・ッ!テトラッ!」

 

角や翼、鱗は空気に溶けるように消えていき、システィーナに寄りかかるようにしてテトラが倒れる。

 

「喋らせんな!今はとりあえず【ライフ・アップ】を………」

「させると思うか?」

 

レイクが冷たく言い放つ。

 

「ふん、他人を庇って致命傷を負うとは随分と甘い。さて、これで一人だけでも殺すことができ──」

 

レイクの言葉は途中で止まる。圧倒的な威圧感に襲われたからである。

 

「な、なんだこれは・・・!」

「………殺す。お前は許さない」

 

異常なほどの殺気と威圧感が、レイクを打ちのめす。それを出しているのは・・・他でもないソティルだ。

ソティルはいつの間にか紫色の宝玉が埋め込まれた杖を携えていた。

本来の持ち主は空の世界のリッチ───『不死の王』と呼ばれる、挑んできた者を腐らせ、亡者にするという星晶獣だ。

 

「《腐海に沈み、渇きに飢えよ》」

 

 ソティルがそう叫ぶと、杖の宝玉から禍々しい瘴気で作られた無数の腕が飛び出し、骸骨達を包む。

 骸骨達は『ボーン・ゴーレム』と呼ばれるゴーレムのため、死という概念はないはずだ。だが、手に触れた骸骨達は次々と瘴気に沈み、腐り果てていく。

 何十体といた骸骨達はなすすべもなく灰となり、残されたのはレイクただ一人となった。

 

「おのれぇッ!」

 

 レイクはテトラの身体から剣を引き抜く、テトラから力が抜け、さらに血だまりが広がっていくのを見てソティルは瞳に宿る憎悪をより一層深いものにした。

 レイクは五本の剣の切っ先をソティルに改めて向け、今度こそ、それはソティルに真っ直ぐ向かってくる。

 ソティルは全く動かない。それを見てレイクは大きな違和感を感じたが、剣はもう戻せるような速度ではない。そして、五本の剣は、ソティルの身体を貫こうと襲いかかった。

 しかし───

 

「な、なんだと………」

 

 ソティルの身体に触れた剣はその肉を切り裂くことなく錆びつき、ついには朽ちた。

 リッチは生物だけでなく、物質すらも劣化させるほどに強力な星晶獣だったのだ。

 

「では死ね。それが逃れ得ぬ運命(さだめ)だ」

 

 そう言ってソティルが杖をレイクに向け、思い切り振り上げる。するとレイクの心臓から白く光る球体が出てくる。そしてそれは天井をすり抜け、遥か上空へと飛び去っていった。

 

「ぁ………が………」

 

 その直後、レイクはみるみるうちに老けていき、ついには老人となる。

 

「お前の寿命を奪った。自分が朽ちていく感覚に恐怖しながら死ね」

「………ふん、貴様は人間ではないな。だが、見事だった」

 

 自分の肉体の腐敗が現在進行形で進んでいるにも関わらず、レイクはしわがれた声でソティルに称賛の言葉を送る。だが、ソティルは目の奥の憎悪の感情を絶やさない。

 

「黙れ外道如きが。今のは勝負ですらない。ただの蹂躙だ」

「全くだ。私も相手を間違えたな………グレン=レーダスに気をつけろ。奴は───」

「【愚者】なのだろう?お前がキャレルとかいう男とグレンの戦いを見て気づく前からとっくに知っておるわ」

「………ちっ。貴様、本当に規格外だな」

 

 そう言い残して、レイクは灰となった。

 全てを終わらせたソティルが杖を手から離すと、その杖は蒼い光に包まれて何処かに消える。

 グレンとシスティーナは、そばでソティルとレイクの戦闘を見てこそはいたが、それに対して質問をしようとするほどの心の余裕はなかった。レイクの剣によって胸を貫かれたテトラが死に瀕していたからだ。

 特に、グレンはテトラに自分を庇って死んだセラを重ね合わせているのか、その顔は死人のように青ざめ、手は大きく震えていた。

 

「ダメだ………死神の鎌に捕まってやがる。俺は【リヴァイヴァー】なんて出来る魔力も技量もないし………クソッ!」

「そんな………テトラ………」

 

 二人は血だらけのテトラを見下ろしながら表情を悲痛なものに歪める。

 

「どいて下さい。姉さんはまだ助けられます」

 

 しかし、ボソリと言ったソティルが二人をテトラからどけてすぐさま作業に入る。

 ソティルがシスティーナ達の知らない言語でブツブツと何かを呟くと、その足元に時計を象ったような魔法陣が浮かびあがる。

 

「一年前のようなヘマはしません………!」

 

 テトラの傷にソティルが手をあてると、魔法陣の時計が逆向きに進んでいく。それが進めば進むほどにテトラの傷は浅くなっていき、命に関わるほどに深い傷は全て塞がった。

 

「………残りエネルギー残量3パーセント………グレン=レーダス。私はエネルギー補給のため、食堂の食料庫に行きます。その間にテトラを保健室にまで連れて行って、ある程度の治療をして貰えませんか?私の力不足………というか、エネルギー不足で、まだ怪我は完全には治っていないんです」

 

 エネルギーがあまりにも少ないからか、肩で息をするソティル。そんな状況でも、律儀にソティルはグレンに頭を下げる。

 

「おいおい、こいつは俺の生徒だぜ?俺が守らなくてどうするんだよ。それとも、やっぱり姉ちゃんのことが心配なのか?」

「ええ、この人はさっきみたいに、他人のためなら無茶しやすいんですよ。だから、システィーナも気にしないで下さい。私としては気に食わないですが、あなたが今回のことをひきずるのは、私にも姉さんにも、そしてシスティーナにとっても得がないので」

 

 ソティルはいつものように気だるげだが穏やかな笑みを浮かべると、フラフラとしたら足取りで食堂へと向かっていった。




ソティルの能力
空間の在り方を変化させ、空の世界に存在する星晶獣やそれが使う武器、人が使う武器などを取り出し、さらにそれを扱う人物に似た性格や姿へと自分を変化させる。
武器を持ったり、その姿に変化した時点で根本的な性格は変化した対象に付随したものになる。力が強いものであれば強いものであるほど、表面的な性格も同じものになる。


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事件の終結

バカみたいに伏線を張った結果、この話で全て回収することになりバカみたいに文字数が増えました。
なんか説明不足のところもあるし、あとで原作読破推奨とオリジナル設定のタグ追加しときます。


「う・・・・・ここは・・・・」

「やっと起きたな。痛みはひいたか?」

「先生・・・・?」

 

グレンの声が聞こえた瞬間、テトラのぼやけていた意識は一気に覚醒し、ベッドから跳ね起きた。

 

「先生ッ!システィは!?」

「そこに寝てる」

 

そっけなく呟いたグレンの視線のほうを見ると、疲労困憊と言った様子でシスティーナがテトラの寝ていたベッドにもたれかかって眠っていた。

 

「お前に治癒限界ギリギリまでずっと【ライフ・アップ】かけ続けてたんだ。マナ欠乏症になりかかってたから途中で止めようとしたんだが、聞かなくてな」

 

これじゃ教師失格だな、と苦い顔で呟くグレン。

 

「そんなに無理してたんだ・・・」

「最初に無理したのはお前だ。ったく、まさか白猫を庇って剣を全部身体で受け止めるとは思ってもみなかったぜ」

「・・・余計なお世話、でしたよね。私が傷さえ負っていなかったら、グレン先生だけでもあのレイクとかいう魔術師も倒せてたでしょうし」

「・・・買いかぶりすぎだ。俺はただの非常勤講師───」

「『天使の塵(エンジェル・ダスト)』」

 

グレンの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気が消え、研ぎ澄まされた刃物のように鋭い目でテトラを睨む。テトラはそんなグレンを見て悲しげに笑った。

 

「私はあの事件で一度死にました。ソティルによると、天使の塵(エンジェル・ダスト)の副作用で身体が自壊しているところを銃殺されたそうです」

「・・・()()()()()

 

グレンが絞り出すように声を出す。その声色には明らかに消沈や後悔の感情が含まれていた。

 

「はい。私はどうやら、一年前のグレン先生に殺されたみたいです」

「はぁ・・・俺は殺した奴のことは誰一人忘れちゃいねえよ。忘れられるわけがねえ。他人の空似だと自分に言い聞かせてたんだが・・・まさか本人だったとはな」

「私とソティルはグレン先生の実力を知っています。この状況だってグレン先生とソティルがいれば・・・ってあれ?ソティルはどこに・・・」

「エネルギー補給とか言って食料庫に行った。こんな時に呑気な奴だよな。あいつが人間じゃないからこそ持てる余裕なのかもしれんが」

 

グレンが肩をすくめる。だが、それを聞いたテトラは何かを後悔しているかのようにその顔を両手で覆っていた。

 

「どうした?」

「・・・・・気にしないでください。多分、知らない方がいいことです」

 

グレンが首を傾げていると、部屋のドアがギィ、と音を立てて開きそこからソティルが入ってくる。

 

「やはり有機物のエネルギー変換効率は悪いですね。あのコートの男も、もっと痛めつけてやりたかったんですけど・・・」

 

入ってくるなり、いつも通りの気だるげな口調で毒づくソティル。

 

「まぁ、いいです。テロリストとルミアのいる場所、探知しておきました。術式を改変した転送方陣を使って、ルミアを連れて逃走するつもりのようです。他にもなにか妙な方陣が準備されてるようですが、どのような魔術かは不明です。千里眼から入ってくる情報の解析は不可能なので」

「転送方陣ってことは転送塔だな。しかし、妙な方陣か。絶対ロクなもんじゃねえな」

 

張り詰めた空気が部屋を支配する。しかし、グレンの口調は先ほどよりも幾ばくか緩んだものになっていた。

 

「転送方陣の起動はおそらく17時過ぎ・・・今は14時ですから、充分に時間はあります。テトラの回復を待ってから、私達三人でテロリストを叩くのが一番勝率の高い方法です」

 

ソティルとシスティーナの尽力で致命傷は完治したテトラ。しかし、その身体にはまだ痛々しい傷が残っている。そのため、ソティルはテトラの治療をしてから全員でテロリストを拘束すべきだと主張した。

しかし、ソティルの言葉を聞いたグレンは椅子から立ち上がり、すぐさま保健室から出ていこうとする。

 

「起動時間なんて関係ねえよ。ルミアが怖い思いしてるんだ。俺だけでも今すぐ助けにいく」

「・・・あなただけでいけば、勝率は格段に下がります。それでもですか?」

「それでもだよ。そもそも教師が生徒を戦わせるってこと自体おかしいしな」

 

ドアノブに手をかけ、部屋から出ていこうとするグレン。

 

「待って下さい」

「・・・姉さん」

 

テトラがベッドから飛び降りてそれを引き止める。

 

「私も行きます。竜の力を使えば絶対に戦力になります」

「ダメだ。魔術実験室でお前自身が説明してくれただろ?竜の力は制御が難しいって。そんな傷だらけの状態で使ってみろ。制御出来なくなって、むしろ足でまといになる」

「・・・いえ、行かせてあげて下さい。私も暴走しないようについて行きますから」

「えっ!?ソティル!?」

 

絶対に引き止めるだろうと思っていたソティルが行くべきだと言ったことに驚きを隠せないテトラ。だがグレンは断固として連れていこうとしない。

 

「もし暴走したらどうする?お前の力で止められたとしても転送塔がその戦いの余波で崩れるかもしれないんだぞ?」

「そんなヘマ、私はしません。それに、姉さんはあなたにここに留まるように言われても、絶対に隠れてあなたについていくでしょうし」

「・・・ま、他人を庇って大怪我するくらいだ。ぶっちゃけ、やりかねないな」

「あ、あはは・・・」

 

テトラは眼を逸らしながら苦笑する。そんな様子を見てグレンは大きなため息をついていた。

 

「仕方ねえ。ついてくるなら勝手にしな。ただ、絶対に死ぬんじゃねえぞ」

「はい!ありがとうございます!」

 

ぱぁっ、と明るい表情で言ったテトラはそのままグレンからソティルへと向き直る。

 

「ありがとうね、ソティル。グレン先生を説得してくれて」

「勝率を少しでも高めたいだけです・・・それに、姉さんがルミア=ティンジェルの身を案じる気持ちはわかりますし」

「え?どうしたのソティル?」

「別に」

 

ソティルは不機嫌そうに呟き、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

(・・・そういえば、ソティルは何度も「面倒事には巻き込まれたくない」って言ってたのに、なんでシスティーナやルミアを率先して助けに行こうとしたんだろう?)

 

テトラの頭に一つの疑問が浮かび上がってきたが、そんなことを考える暇もなくグレンとソティルが部屋から飛び出していく。テトラもそれに続こうとするが

 

「私も連れて行って」

 

いつのまにか目を覚ましていたシスティーナがその腕を掴んでいた。

 

「・・・システィ」

「お願い。ルミアが心配なの」

 

システィーナの腕は恐怖で小刻みに震えている。しかし、その瞳には確かに決意と覚悟が宿っているのはテトラは感じた。

 

「・・・部屋に一人でいるのは危険だから連れてきたって先生には言っとく。ついてきて」

「わかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───バカかお前っ!?部屋よりここのほうが圧倒的に危険だろうが!」

「・・・ソティルが先に言ってれば連れてこなかったのに」

「姉さん、全部聞こえてますからね」

 

転送塔に続く並木道の直前。歩を止めた四人の目前には、巨大なゴーレムが何匹も闊歩していた。転送塔に近づかない限りは攻撃してくることはないだろうが、これらをどうにかしなければ転送塔にたどり着くのは不可能だろう。

グレンが【イクスティンクション・レイ】を使うために虚量石(ホローツ)を懐から取り出そうとしたところでソティルがポキポキ指の関節を鳴らしながら歩き出す。

 

「仕方ない。さっきのコートの男との戦いが消化不足なところもありますし、ここは私が一肌脱ぎますか」

 

そういうとソティルは虚空から弦楽器を取り出す。

その楽器は民族楽器のように独特な形をしており、ボディが青白く光っている。

 

「並木道には絶対に近づかないでください。シビれますよ」

「シ、シビれる・・・?」

 

首を傾げるシスティーナを意にも介さず、ソティルは並木道にたどり着いた。当然、侵入者に気がついたゴーレム達はソティルへと向かっていき、その拳を振り下ろそうとするのだが

 

「《さぁ・・・今こそ残酷を知るときだッ!!》」

 

ソティルがそう叫び弦楽器を弾き出すと同時に、空がドス黒い雲で覆われ、そこから黄金色の雷が無数に飛来する。雷は矢のようにゴーレム達に直撃し、その巨体をバラバラに引き裂いていった。

 

「魂の奥底より叫ぶがいい!それが我が旋律の一小節となる!」

 

ゴーレムに叫ぶ口などないが、ソティルが軽快に弦を(はじ)く音とその頭上でとめどなく鳴る雷鳴、そして雷によって岩が砕け散る音とがアンサンブルする。

『その旋律からなる雷撃は天を裂き、大地を砕く』

大いなる災いと伝承されてきた星晶獣バアルの力だ。

 

「・・・ふん、お前たちの魂の(うた)はこんなものか。これではただの雑音だな」

 

失望したようにそう呟いたソティルは弦楽器を手放す。すると弦楽器は空気の中に一瞬で掻き消え、空からも黒雲はなくなっていた。

ソティルが悠々と転送塔に向かっていくその頃、グレン達三人はさっきまで展開されていたあまりにも現実離れした光景に言葉を失っていた。

 

「なんだ今の・・・」

「魔力の動きが全然見えなかったけど・・・さっきのは魔術じゃないの?」

「ソティルの力についてはまた後で説明するから、早くルミアの所に行かないと」

「そ、そうだよな。下手人が何を仕掛けてんのか俺にもわからねえが、罠が一つもないってことはまずありえねえ。絶対に警戒を解くなよ?」

「「はい!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四人は転送塔内の階段をぐんぐんと駆け上がっていく。そしてグレンが最上階のドアを勢いよく開けると・・・

 

「よっしゃビンゴ!」

「先生!?」

 

そこには時限式の転送方陣の中央に座り込むルミアと、手に紫色の宝石を持った青年がいた。

 

「ヒュ、ヒューイ先生!?」

 

システィーナが驚愕の声を上げる。そこにいたのは、三ヶ月前に退職していたはずのヒューイその人だった。

 

「・・・バカですかあなたは」

 

ソティルが忌々しげに呟く。その視線の先は青年ではなく、ルミアを包む方陣の外郭(がいかく)だった。

 

「結界を一層でも解呪(ディスペル)した者の痛覚を数倍にして肉体を自壊させる呪いを結界自体にかけてある・・・これ、空の世界の技術が使われていますね?」

「空の世界?僕はただ、上から支給された素材を使っただけです」

「・・・知らないみたいですね。あなたが手に持っているのは、空の世界のエルステ帝国が開発した魔晶と呼ばれる人工結晶です。魔物を使役したり、魔術の触媒にしたりする時に使用するのですが、その対価は持ち主の生命力です。下手すれば、あなた死にますよ?」

「そうだったんですか・・・いや、どうせここで僕は死ぬんだ。上が支給するのも当然か」

「死ぬ?あなたは私たちが拘束───」

 

ソティルがふとグレンとシスティーナの方を見てみると、二人は青年の足元を見ながら戦慄している。ソティルもそこに視線を移した瞬間に息を呑むこととなった。

青年の足元の方陣の術式が、あまりにも馬鹿げているものだったからだ。

ちなみにその術式というのは白魔儀【サクリファイス】───対象の魂から魔力を錬成し、それを使用してあたり一帯を爆破するという術式だ。

 

「どうやら、本当のバカだったようですね・・・!」

「な、何考えてんだテメェッ!?まさか最初から死ぬつもりで・・・!?」

「ええ。王族、もしくは政府要人の身内が入学した時に、自爆テロを起こして殺害する・・・それが僕に与えられた使命です。ですが上がルミアさんに興味を持っていましてね。急遽、彼女だけは組織の本部に転移させることになりました。ルミアさんの転移と共に、この学院は木っ端微塵になります」

「・・・・・ッ!」

 

悲しげに言うヒューイ。グレンは迷わずに解呪を始めようと結界へと向かう。しかし

 

「させませんよ?まだ転移には時間がかかりますから」

 

ヒューイが魔晶を掲げるとそこから禍々しい光が漏れ、形を成していく。やがて光が収まると、前脚に鋭い刃を生やした三匹の魔狼がグレン達に向かって唸っていた。

 

「ウルフセイバー?空の魔物のはずなのですが・・・」

「ンなこたどうでもいい!ソティル!お前だったらあの結界解呪(ディスペル)出来んのか!?」

「悪いですけど確実に無理です。魔晶というのは星の力を模倣したもので、私が使う星の力では反発して跳ね除けられてしまいます」

「ソティル!?それ私も初耳なんだけど!?」

「この世界に空の世界の技術が持ち込まれることなんて想定していないから当たり前でしょう?とにかく、私には絶対に無理です」

 

グレンの額に脂汗が滲む。そして覚悟を決めたように拳を握る、とシスティーナに耳打ちした。

 

「白猫、魔力はまだ残ってるか?」

「は、はい。まだペンダントに普段から蓄えてる魔力が残ってます」

「じゃあ俺が結界を解呪(ディスペル)する。俺が結界の層を解呪するごとに【ライフ・アップ】をかけてくれ」

「わ、わかりました!」

 

システィーナが頷くと、それに反応するようにソティルがテトラの肩を叩いた。

 

「どうやら私達はグレン達の護衛をしなきゃいけないみたいですね」

「え!?護衛なんて私やったことないし・・・」

()()()()()()()。先生達を積み荷とでもおもっておけば姉さんでもいけます・・・ハッ!」

 

ソティルが床を蹴り、ウルフセイバーを思い切り殴る。首をへし折られたウルフセイバーは、禍々しい煙を立ち登らせながら消えていった。ソティルの腕は、いつの間にか竜と機械が入り交じった気味の悪いものになっている。

 

「まず一匹・・・姉さん!あまり無理はしないでくださいね!」

「わかってるって!」

 

テトラは鱗を纏った腕でウルフセイバーと鍔迫り合いをしていた。だが、テトラは押し負けている。魔晶によって強化されたウルフセイバーの脚力は、竜の腕力と同等か、それ以上だった。

 

「お、重い・・・ッ!」

「グルルァッ!」

 

無防備なテトラに残りの一匹が襲いかかるが、間一髪、ソティルがその横腹に蹴りを入れて壁へと吹き飛ばす。

 

「ギャウンッ!?」

「全く、姉さんも詰めが甘い・・・」

 

テトラと鍔迫り合いをしていたウルフセイバーは壁に叩きつけられた仲間に意識を向ける。そして、それが彼の敗北を決定づけることとなった。

 

「はあぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!」

 

テトラがウルフセイバーの前脚をかち上げ、その無防備な腹を鋭い爪で引き裂いた。

残り一匹のウルフセイバーは───

 

「《燃やし尽くす》」

「───ッ!?───ッ!?」

 

ソティルが腕から繰り出した紫色の炎に包まれ、叫ぶことも出来ずに炭になってしまった。

 

「終わりだあぁぁぁぁぁーーーーッ!」

 

その時、グレンの叫びが部屋中に響き、それと同時に【イレイズ】───解呪の魔術が発動し、転送方陣が完全に解呪される。

グレンの身体は血だらけになり、息もかなり荒い。しかし流石は元軍魔道士と言うべきか。グレンは痛覚が数倍になろうとも発狂せず、冷静に解呪を成し遂げたのだ。

だが、問題はヒューイの方だった。

ヒューイの身体がぐらりと傾き、床に叩きつけられる。

 

「おいお前!大丈夫か!?」

 

グレンが近寄るが、ヒューイはどこまでも穏やかに笑っている。

 

「ははは・・・強い人だ。あなたは今、身が悶えるような痛みに苛まれているはずなのに」

「俺よりも自分のことを考えろ!クソッ!白猫!こいつに【ライフ・アップ】を──」

「無駄です。この人は魔晶を使用し過ぎた。体内マナが魔晶によってゼロの状態にされています。魔晶に蝕まれた身体では、私の能力も受け付けません」

「ね、ねえソティル。それってまさか・・・」

 

システィーナが恐る恐るソティルに聞く。ソティルはどこか悲しげに言った。

 

「もう・・・・・助かりません」

「そ、そんな・・・ダメですヒューイ先生ッ!」

 

ルミアが駆け寄り、ヒューイの手に触れるが何も変化は起こらない。

 

「ルミアさんは優しいですね・・・ですが、僕の身体にはもう魔力は残されていないのです」

「・・・・・っ」

 

今の時点ではソティルとヒューイ以外は全く知らないことだが、ルミアは感応増幅者であり、相手の魔力や魔術を何十倍にも増幅するという異能を持っている。

しかしゼロをどれだけ倍にしようが、その答えはゼロのままである。

 

「いいんですよ・・・私はそれほどに・・・罪を犯したということです」

 

その声がだんだんと小さいものになっていく。その事に最初に気づいたテトラがヒューイに問うた。

 

「・・・何か、言い遺すことはありますか?」

「そう、ですね・・・・では、一つだけ・・・いい・・・でしょうか・・・」

 

ヒューイはか細い声でその胸の内を語り始める。

 

「私は・・・どうすればよかったのでしょうか?組織の言いなりになって死ぬべきだったのか・・・反抗して死ぬべきだったのか・・・何を選べば良かったのか・・・今でも分からないのです」

「選んでいるではないですか」

 

ソティルが冷淡に言い放った。

 

「あなたは『自分で選ばず、流れに任せる』ということを選んだ。無論、あなただけに責任があるとは言いませんが、それがあなたの選んだ道であり、その結末がこれなのです。責任はあなたにもあります」

「辛辣ですね・・・だけど、本当だ。もっと早く、気がつけなかったのかなぁ・・・」

 

ヒューイの目から光が失われていく。

 

「グレン先生・・・生徒を守ってくれて・・・ありがとう・・・あの子達のことを・・・どうか・・・」

「・・・ああ、あいつらは俺がきっちり見てやるよ」

「・・・・・ありがとう」

 

それが彼の最後の言葉だった。ヒューイはゆっくりと目を閉じ、穏やかな笑みを浮かべてその生命活動を停止させた。

 

「・・・ただ───」

 

冷たくなったヒューイを見下ろすソティルは歯をぎり、と噛みしめ、悔しげに呟いた。

 

「───私がもっと早く気がついていれば、こんな結末にはならなかった」

「・・・ソティル」

 

そんな様子のソティルにテトラが心配そうに声をかけた。

 

「・・・笑って下さい姉さん。私は人間一人も救えないような無力なガラクタなんですよ」

 

その言葉には自嘲の念がありありと浮かんでいる。

ソティルは自覚していないが、彼女は変化の能力を使用した際に、その変化の対象や武器の記憶の持ち主の性格がある程度反映されるようにプログラムされている。

それはテトラからの影響も例外ではない。ソティルは自分を冷徹な兵器のような性格だと思い込んでいるが、その実はテトラと同じで、底なしのお人好しなのだ。

 

「・・・・・」

 

そしてテトラはそのことを薄々とわかっていたが、今回の事件でそれが真実であると確信した。

伝えるなら、今しかない。

そう思ったテトラはソティルにこの事実を教えようとする。

しかし

 

「・・・・・ぁ」

 

テトラの身体の感覚は、指の先からどんどんと無くなってきて、口も思ったように動かせない。

ついにはその視界がぐらりと揺らぎ、視界が暗闇に包まれる。

竜の力の代償。それはテトラが思っていた以上に大きいものだったようだ。

『妹』が自分の名前を必死に呼んでいる声がうっすらと聞こえたが、その『妹』の顔も全く見えない。

そしてその声も完全に聞こえなくなったと同時に、テトラの意識はぷっつりと途絶えた。




長いですね。申し訳ない。
次はちょっとした説明まとめ回みたいになります。


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第2章
祭りと見舞いと竜の代償


シリアスとコメディの境界線しっかりしたいと思う今日この頃
てかまた深夜テンションで書き終えちゃったし、明日の朝とかで絶対後悔することになるだろうなぁ・・・


テロリスト襲撃から幾分か経ったある日の放課後。アルザーノ魔術学院の生徒は一週間後に開催される魔術競技祭の練習に励んでいた・・・システィーナ達のクラス以外は。

 

「『飛行競争』に出たい人はー?」

 

誰も応じず。

 

「・・・じゃあ『変身』の種目に出たい人ー?」

 

これにも誰も応じず。教室内には気まずい空気が漂っていた。ここで、この膠着状態にうんざりしたのか、ギイブルがその口を開く。

 

「いい加減にしろよ二人とも。他のクラスは例年通りに成績上位者で全競技出場者を固めてる。おまけに、今回は女王陛下が御尊来になるんだ。負けると決まった戦いを、陛下の前でしなければならない。そんな大会に出場したくないと思うのは当たり前だろう?」

 

歯に衣着せぬ物言いで、ギイブルはさらに続ける。

 

「優勝を狙うなら、他のクラスと同じように成績優秀者で出場者を固めるべきだ。足手まとい達を出場させる意味なんて少しもない」

「・・・ギイブル、あなたいい加減に───」

 

あまりの毒舌にシスティーナの堪忍袋の緒が切れ、一触即発の状態になったその時。

 

「───話は聞かせて貰った!後は任せろ!このグレン=レーダス大先生になぁっ!」

(((一番来てほしくない奴が来た・・・!)))

 

グレンが教室のドアをばぁんっ!と開けた瞬間、生徒達の心の声が見事に一致する。

グレンはそんなことは露知らず、ソティルに手招きをする。

 

「じゃあソティル、ちょっとお前こっち来い」

「なんで私!?」

 

興味なさげに頬杖をつきながら窓の外の景色を見ていたソティルが困惑する。

 

「お前の意見を参考にしたい。クラスメイトの特徴とか癖は頭に入ってんだろ?」

「なんか言い方に語弊がありますけど・・・まぁわかりました。システィーナ、リストを貸してください」

「わ、わかったわ・・・」

 

システィーナが渡したリストをグレンとソティルが睨みながら会議をする時間が続く。どちらも真剣な表情で一切妥協をしていない。

 

「『念動』はリンかテレサ、どちらにしますか?」

「テレサだな。リンは変身の競技に出場してもらう」

「わかりました。『暗号早解き』は・・・ウェンディが適任ですね。そうなると、ウェンディが出場するはずだった『決闘戦』の枠は───」

 

しばらくして、グレンとソティルがニヤリと笑ったかと思うと、ソティルがリストをグレンに手渡した。

 

「お前ら、今から編成の説明をするからよーく心して聞けよ。まず『決闘戦』はカッシュ、白猫、ギイブル。次に『飛行競争』はロッドとカイ。そんでもって『精神防御』はルミアで───

 

───以上、何か質問はあるか?」

「私は納得いたしませんわっ!」

 

ウェンディがさっそく席を立ち抗議する。

 

「どうして私が『決闘戦』の選抜から漏れてるんですのっ!私の方がカッシュさんより成績はよろしくってよ!」

「それについては私から説明させてください」

 

ソティルが珍しくはきはきとした真面目な口調で喋りだす。

 

「まず、運動能力ですね。カッシュはこのクラスでは一番運動神経がいいと記憶しています。あと・・・これは少し言いにくいのですが・・・」

 

苦い顔をしながらソティルが頭を掻いた。

 

「その、ウェンディは・・・少しどんくさいですし、緊張しすぎるところがあります。以前の実技試験でも最後の一発を外してましたし、その時は呪文噛みまくってましたし」

「うっ・・・」

「ですが『暗号早解き』ならば、このクラスであなたの右に出るものはいません。これは私とグレン先生が考えた最も確実な勝利方法です」

「ま、まぁ・・・そういうことでしたら・・・」

 

怒るに怒れず、しぶしぶソティルとグレンの提案を受け入れるウェンディ。

その後も、なぜその競技に自分が選ばれたのかわからない生徒達が次々と手を上げ、そのたびにソティルとグレンが理由を説明していく。

結果、一人を除いてその編成に全面的に賛同した。無論、賛同していないその一人はギイブルである。

 

「・・・本当にこの編成で戦うつもりですか?他のクラスは成績上位者で固めているんですよ?勝てるはずがない。僕は他のクラス同様の編成にすべきだと思いますけどね」

「「・・・え?」」

 

二人は唖然とする。この二人は出場者が重なってもいいことを知らなかったのだ(ソティルはギイブルの話を全く聞いていないため)

 

じゃあそっちの方が効率よくね?

 

そう思った二人はなんの躊躇いもなく、「そうしよう」と言うつもりだったのだが、そこでシスティーナがグレン達のことを全力でフォローしてくる。

 

「何言ってるのギイブル!先生とソティルはあそこまで必死に考えて私達を優勝に導こうとしてくれてるのよ!?なら、私達をここまで信用してくれてる二人に泥を塗ってどうするのよ!ね?二人とも?」

「いえ、システィーナ。勝つんだったらギイブルの言う通りむぐっ!?」

「そ、そうだよなっ!み、皆で優勝、取りにいくぞ!」

 

ソティルの口を押さえたグレンの声は若干震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・姉さんのお見舞いに・・・ですか?」

「うん。私も復学出来たのに、テトラがまだ学校に来てないのが心配で・・・」

 

競技祭の練習も終わり、いそいそと帰宅の準備をしていたソティルがその手を止める。

ルミアは少し前に復学していたが、テトラはまだ休学中である。一応、ソティルから意識は戻ったとは聞いていたが、それでも心配なものは心配だった。

 

「わかりました。姉さんも喜ぶと思いますし」

「ほんと!?ありがとうソティル!」

 

以前に比べて、ルミアに対するソティルの態度は見るからに軟化していた。テロ事件で何かしらの心境の変化があったのだろう。

 

「システィーナも来るのですか?」

「う、うん・・・」

 

ソティルの問いにそう答えるシスティーナにはどこか影がさしていた。どうやらその事にはルミアも気がついているようだ。

 

「・・・なるほど。姉さんに庇われたこと、まだ気にしているんですね。本人は絶対に気にしてないって何度も言ってるのに・・・」

「で、でも・・・」

「まぁ、本人に謝ってあなたが気が済むのならそれもまた一つの解決法です。あなたに対する姉さんの気持ちも聞けるでしょうし」

 

ソティルは鞄に教科書を入れながらため息をついた。

 

「来るんだったら急いで下さい。私、今日は献立当番なので早く帰りたいんです」

「って、あなたはいつも異常な程早く帰ってるでしょ!?」

「記憶にありませんね」

「あ、あはは・・・」

 

ちなみにソティルは毎日授業が終わって三分も経たないうちに帰っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルミア達に全く気遣いもせずにスタスタと前を歩いていくソティル。しばらくその後をついていくと、ソティルはある店の前で足を止めた。中々に大きい店だが、その店内には商品は一つも置かれていないようだ。ソティルは鞄から鍵を取り出してドアを開ける。

 

「こ、ここがソティルとテトラの家・・・」

「・・・よし、鍵は開けたのでとりあえず入っててください。さて、今日やるべき依頼は・・・?」

 

ソティルは店の端っこに置かれた机の引き出しから手馴れたように書類の束を引っ張りだし、そこから五枚の紙を引き抜いたあと、また束を引き出しに戻した。

 

「ルラート草の納品が今日まで・・・あとはイテリアベリーの収穫の手伝いですけど・・・・っと、すみません二人とも。先に姉さんの部屋まで案内しますね」

「あ・・・わ、わかったわ」

「ソティル、今何してたの?」

 

首を傾げるルミアにソティルはあっけらかんと答える。

 

「仕事です。依頼が結構な数溜まっているので」

「し、仕事!?」

「詳しいことは姉さんにでも聞いて下さい。私はあなた達を部屋まで連れていった後には、夕飯だけ作って色々な場所に行くつもりですので」

 

ソティルは書類を手に持ったまま二人に手招きする。

 

「こっちです。姉さんのことですから、『暇すぎて死んじゃうっ!』とか言ってると思いますよ?」

 

テトラの声真似(声もコピーしているはずなのに全く似ていない)をしたあと、はっと何かに気がついたような仕草をしたソティルは少しだけ赤くなった顔を書類で隠しながらそそくさと二階へと上がっていく。

そんなソティルの様子を見た二人は彼女の心境を悟り、吹き出しそうになりながらもその後をついていった。




ソティルの能力(時間逆行による治癒)
星晶獣ミスラの能力『リターン』によって対象の時間を巻き戻す技術。エネルギー消費が激しいためソティルは奥の手として使用する。


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彼女なりの答え

サブタイトルは毎回適当です。


「姉さん。ルミアとシスティーナがお見舞いに来てくれましたよ」

 

ソティルがコンコンとドアをノックしながら言うと、急かすような大声ですぐに返事が帰ってくる。

 

『早く入って!暇すぎて死んじゃうっ!』

「・・・ほら、やっぱり」

 

ソティルが得意気な口調で呟き、二人は揃って苦笑した。

 

「じゃあ、私は夕飯だけ作って手伝いやら納品やらに行かなければならないのでここで失礼します。あと、ルミアの素性は私から伝えておきましたので」

 

それだけ言ってソティルはルミア達に一礼を入れると、踵を返して一階に降りていった。

ルミアは元王族だ。異能者であることを理由に王家から追放され、システィーナの家に養子として迎えられた。テロ事件が終結した際にシスティーナ、グレン、ソティルは政府から呼び出されてルミアについて説明を受けたのだが、昏睡状態だったテトラはそのことを聞けておらず、後日にソティルから説明したらしい。

システィーナがドアを開けると、そこにはベッドから起き上がったテトラがいた。その身体にはまだ小さな傷跡がいくつも残っているが、顔の血色はよく、印象的な長い黒髪もしっかりと手入れされているようだった。

テトラはシスティーナとルミアに気がつくと、申し訳なさそうな顔をした。

 

「久しぶり、心配かけちゃってたみたいだね。まだ全然治らなくてさ」

「治らないって、私を庇ったときの・・・」

「・・・あー、ちょっと語弊があったね。それはソティルが完全に治癒してくれたよ。『傷が治らない』っていうよりも『身体が動かない』って言った方が近いかな?」

 

テトラは右手を握ったり開いたりしながら自嘲気味に溜息をつく。

 

「竜化の代償、甘く見てた。まさか腕とか足がピクリとも動かせなくなるとは思ってなかった。でも、人間の身体の一部を無理やり器官も構造も違う竜のものにするんだから、そりゃあ元々の身体はついていけなくなって壊れちゃうよね・・・もっと深く考えとくべきだったよ」

 

テトラは落胆に似た感情を含んだ声色でそう言ったが、システィーナとルミアはその言葉の意味をよく理解できず、顔を見合わせながら頭の上に疑問符を浮かべている。

一方テトラがその次に発した言葉には、冗談めかしたような陽気さがあった。

 

「ソティルは『身体の時間を巻き戻すのは一日前の状態が限界ですから、使っても意味ないです。自分でなんとかしてください』って言ってたし。もう、最初に竜化を使えって言ったの誰よ・・・」

 

口ではそう言いながらも、テトラの顔には薄く笑みが浮かんでいる。

テトラもセラから聞いて初めて知ったことなのだが、ソティルはテトラが昏睡状態の間、エネルギー不足で機能停止する寸前まで必死に世話をしていたらしい。特に、テトラが大事にしていた黒髪は毎日欠かさずケアをしていたと聞いたが、ソティル本人は顔を赤くしながら首をぶんぶんと振り回して否定する。

 

「まさか一生動かないとかは・・・」

「あ、それは大丈夫だよ」

 

思わず口から漏れ出ていたシスティーナの一言にテトラは能天気な様子で返した。その声色を聞くに全く心配はしていないようだ。

 

「竜化の代償って大げさに言ってるけど、ほとんど筋肉痛みたいなものだし、時間をかければ前みたいに動くようになるってソティルは言ってた。実際もう右腕は動くし」

「「・・・・・」」

「完璧なハッピーエンド、とはいかなかったけどさ、私は自分のやったことに後悔なんてしてない。私が動いたからこそ、大事な友達二人を守れたんだしね・・・ま、ルミアが元王女様ってこと聞いた時は流石に心臓飛び出るかと思ったけど」

 

冗談めかした口調で言いながら片目でウインクをしたテトラ。

 

「でも魔術競技祭に出れなくなったのはすっごい残念だなー。せめて皆の勇姿ぐらいは見たいけど、この身体じゃ学院に行くことも難しいし」

「・・・私を庇ったからこんなことに───」

「やめてシスティ」

 

瞬間、テトラの声色が一気に低くなる。朗らかだった表情もきついものになっていた。

 

「今動けないことと、あの時の怪我は全く関係ない。それに、あれは私が勝手にやったことなんだから、システィが責任を感じる必要なんてない」

「でも、もしあのとき私が避けられていたら・・・」

「私、()()()()で物事を考えるのはあんまり好きじゃないな。起こったことは変えようがないし、身体だってそのうち動くようになるんだから、そんなに気にすることないよ」

「・・・・・わかったわ」

 

システィーナはうつむきながらぼそりと呟いた。テトラはその言葉を聞いて苦い表情を無理やり明るいものに戻す。

 

「この話は終わりにしよっか・・・今からする話もめちゃくちゃ重いんだけど」

「えっ、どうしたのいきなり?」

「二人に私とソティルの関係は説明しといた方がいいかなって思ってさ。人付き合いの悪いソティルのことだし、色々質問しても『忙しいので姉さんに聞いてください』とか言ってたんじゃない?」

 

テトラの的確な推理にシスティーナとルミアは舌をまいていた。ソティルもそうだったが、この姉妹はお互いの考え方や性格は手に取るように理解できているのだ。

 

「流石姉妹だね・・・お互いの考えてること、ほとんどわかってる・・・」

「あー・・・そっか、システィはともかくルミアは知らないんだっけ。実はね、ソティルと私、本当の姉妹じゃないの」

「えっ!?」

 

考え込むような仕草をしていたテトラだったが、しばらくすると意を決したように口を開いた。

 

「それを話すには私がソティルと会う前に起きた出来事も話さないといけないんだけど・・・ごめん、ちょっとショッキングな内容かも」

 

テトラは悲しげに微笑み、そのまま自分の過去やソティルと出会った経緯、そしてソティルの正体について事細かに二人に説明していく。ルミアはもちろんだが、以前にテトラから少しだけ彼女の過去について話を聞いていたシスティーナもあまりに凄惨な『天使の塵(エンジェル・ダスト)』事件の詳細に顔を真っ青にしていた。

 

「・・・昔についてはこんなところ。あとは私の竜化について説明しようかな」

 

ショックを受け、目を伏せていた二人のことを気づかうように話を切ったテトラは自分の右の手のひらを見つめていた。

 

「私は死んだあと、ソティルの身体の一部を使って蘇生されたんだけどね。その時に、ソティルの竜の力を少しだけ貰えたみたい。炎を操って自分の腕に纏わせたり、竜の翼を生やしたり・・・他にもできることはたくさんあるけどね」

「竜の力・・・?」

「ソティルの本当の姿は竜みたい・・・っていうかもう竜そのものなの。私もなろうと思えば竜になれるよ。まぁそんなことしたら暴走しちゃうし、反動も大きいものになるから絶対にそんなことしないけどね」

 

まるで経験したことがあるような話し方をするテトラ。その顔には後悔のような感情が滲み出ていた。

その表情から、テトラは以前に過ちを犯してしまったことを察したルミアだったが、それについて追求する気にはなれなかった。

 

「これくらい話せば充分かな。じゃあ気を取り直して・・・」

 

さっきまでの暗い表情から一転、テトラが能天気な様子でにこやかな笑顔を浮かべる。

 

「二人とも、私とソティルについて何か質問ある?だいたいのことは答えられると思うよ」

「じゃ、じゃあテトラ達がやってる『仕事』って何か、教えて貰っていい?」

「仕事?仕事って・・・・・あ!なんでも屋のことね!」

 

ルミアの質問に首を傾げていたテトラだったが、しばらくすると合点がいったように指をパチンと鳴らす。

 

「たまに私も手伝ったりするけど、あれはほとんどソティルが一人できりもりしてるよ。私が手伝うのは積み荷の護衛とか野菜の収穫の手伝いとか・・・あ、一回だけ迷宮入りしかけてた事件の捜査に協力して解決したこともあったなー。ソティルは書類の整理とかも含めて、寝るまで仕事してるよ」

「えっ!?じゃあソティルって家で勉強してないの!?」

 

驚嘆するシスティーナに対してテトラは当然とでも言いたげに頷く。

 

「全くしてないよ。あの子は一瞬でも見たものは記憶できるし」

「何よそれ!?そんなこと人にできるわけが・・・あっ!」

「うん、あの子人じゃないから・・・」

 

システィーナとテトラの漫才のような会話を聞いていたルミアが吹き出し、それを見たシスティーナが顔を真っ赤にする。

そこからしばらくは他愛もない雑談が続いていたのだが、突然部屋のドアが勢いよく開き、疲れた様子でふらふらとソティルが入ってくる。

 

「あれ?テーブルの上に置いてあった依頼書がない・・・あ、ここ姉さんの部屋でしたっけ?」

「・・・その間違い何回目?」

「私の記憶が正しければこれで二百九十四回目です」

「律儀に答えなくていいから!?なんでそんなこと覚えてるのに部屋間違えるの!?」

「エネルギー不足で五感機能が少々狂ってましてね・・・」

 

死んだ目をしながら部屋を出ていこうとしたソティルだったが、ルミア達に気が付くと呆れるようにぼそりと呟いた。

 

「・・・二人とも、もう外は真っ暗ですけど、帰りは大丈夫なんですか?」

「「・・・・・」」

 

ルミアとシスティーナが窓から外を覗いてみると、辺りは真っ暗。しかも運のないことに、今日の天気は曇り。月の光が街にさすこともない。

 

「・・・どうしようシスティ」

「・・・これは困ったわね」

「はぁーーーーーーーーーーーっ!」

 

わざとらしく聞こえるほど大きな溜息をついたソティル。

 

「・・・しょうがないですね。二人は私が送っていきましょう。ルミアがいつどこから狙われるかわかりませんし、二人だけでこんな夜道を歩かせるのは危険度が高すぎます」

「ほ、ほんと!?ありがとう!」

「あ、ちなみにこれは依頼として受け取っておきます。だから報酬として三リルはしっかり払って───」

 

ソティルが姉から怒鳴られたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってくださいシスティーナ。少し話があります」

「え?どうしたの?」

「いいから少し残ってください。ルミア、すみませんが先に屋敷に入って貰ってもいいですか?本当に少しで終わりますから」

「う、うん・・・」

 

ルミアを先に屋敷に帰らせたソティルはシスティーナの顔をじっと見つめる。

 

「・・・何よ?」

「その顔を見るに・・・まだ迷っていますね」

「───ッ!」

「姉さんは貴方に何を話したのですか?」

「・・・私が責任を感じる必要ないって」

「私が言った通りじゃないですか。それで?」

「え?」

 

ソティルの瞳が街灯の薄明かりに照らされ、紅く妖しく煌めく。

 

「姉さんから話を聞こうが、貴方が迷いを捨てられていないなら、姉さんの言葉に全く意味なんてないんですが」

「・・・・・」

「ま、貴方が責任を感じて姉さんを避けようが私には関係のないことです・・・と、言いたいところなのですが」

 

システィーナを試すような眼差しを向けるソティル。

 

「貴方のような令嬢に借りを作っておけば、後々少しは機密情報が貰えるかもしれません。少し面倒ですが、迷える子羊さんにヒントをあげます」

 

皮肉げに言ったあと、システィーナの目をしっかりと見つめながら。ソティルはその一言を発した。

 

「強くなりなさい、以上」

 

この一言だけである。

 

「え・・・えっ?」

「聡明な貴方のことですから、あとは自分で答えを見つけられるはずです。そうですね・・・どうしても分からないのなら、グレン先生を頼ってみてください。理由は言えませんが、彼は貴方を強くする(すべ)を知っています。では私はこれで」

 

戸惑うシスティーナはソティルの背中をただ見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふぅ、慣れないことはするものではないですね。だけど彼女は強くなる。あの魔術容量(キャパシティ)はかなり強いカードだ。彼女を上手く利用する手を考えなければですが・・・・またそれは今度でもいいでしょう。とりあえず、今は彼女がある程度熟すのを待つしかない」

 

光のない闇夜の街道にくすんだ白髪が揺らめいた。




不定期投稿は相変わらずです。

竜の代償(使用後)
人間の身体の構造を無理やり竜の身体のものに変えることによって起こる後遺症。
テトラ本人が言っていた通り、原因や症状は筋肉痛とほぼ同じだが痛みは非にもならないほど壮絶。また、神経も麻痺するのでその部分はしばらく動かなくなる。
この代償もテトラが力を使いたがらない一因。


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祭の開幕

ま さ か の 一 ヵ 月 投 稿 無 し
次は努力します。結果はわからないのですが


 時は過ぎ、魔術競技祭当日の観覧席。

 

「あとちょっとだよー!頑張れー!」

「・・・・・!」

 

 二人の少女が、『飛行競争』の競技を見ながら手に汗を握っている。

 黒髪の少女は車椅子に乗って両足をギプスで固定されている。だが、そんな痛々しげな足とは対照的にその顔は明るい笑みが浮かんでおり、大きな声で選手に声援を送っている。

対して車椅子を支えている白髪の少女は大きなため息をつきながら気だるげに競技場を見下ろしている。しかし、車いすの取っ手を握るその手には明らかに力が籠っていた。

 

『ゴォォォォォォォォーーーーーーールッ!!!!なんとトップ争いの一角だった四組を押しのけて、二組が三位に躍り出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?』

 

「やったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「危ないです」

「痛いっ!?」

 

 大声をだすほどに喜ぶテトラの頭にソティルの手刀が入る。

 

「姉さんが競技祭に行きたいってあまりにもうるさいから車椅子を組み立てましたけど、本来なら姉さんは家で安静にしとくべきなんですよ?それに───」

「はいはい。そこはしっかりわきまえてるから、そんな心配しなくて大丈夫だって」

 

 能天気に笑うテトラをソティルはジト目で見ながら毒づく。

 

「・・・姉さんは私が見てないと、はしゃぎすぎて車椅子から転げ落ちそうなんですがね」

「えー、そんなことないでしょ」

「・・・・・」

 

 呆れるように溜息をついたソティルは気を取り直すように競技場の方に視線を向け、話題を競技の話に戻した。

 

「しかし二組のコンビが三位にまでなってしまうとは、正直驚きです」

「え?私は当然の結果だと思うけど」

「当然の結果・・・まさか、気持ちの問題とでも?」

「それもあるかもしれないけど、そういうことじゃなくてね」

 

 不思議そうな口調のソティルに、テトラが少し自慢げに答える。

 一年前はテトラがソティルに人との関わり方や生活の仕方などを教えていたが、ソティルが常識を身に着けてからはテトラからソティルに何かを教えるということはめっきり減ってしまった。彼女としては、久しぶりにソティルに物事を教える立場に立てたことがよほど嬉しかったのだろう。

 

「他のクラスってさ、みんな成績がいい人で固定されてるでしょ?それならその人達は他の競技も練習しないといけないわけだし、一つの競技だけを練習した人との差は結構開くと思う」

「・・・なるほど、やはり私もまだまだ思慮が浅いですね。でも、それなら二組も勝つ見込みは充分にあると見ていいわけですね」

 

 期待を滲ませるソティルに対してテトラは肩を組みながら苦々しげに唸る。

 

「それはまだなんとも言えないかな。二組と一組の地力の差はやっぱり大きいし、大金星取ってもっともっと士気を上げないと、一組には絶対に勝てないと思う・・・ところで、ちょっと質問あるんだけど」

「どうぞ」

「私、なんで生徒用の観覧席に連れて行って貰えないの?」

「ああ、それはですね・・・ん?」

 

 ソティルはふと何かに気が付いたように腕時計を覗き、小さな声であ、とつぶやいた。その顔には焦りの色がありありと浮かんでいる。

 

「姉さん」

「どうしたの?」

「あと1分でセラさんとの待ち合わせ時間です」

「それマズくない!?」

「マズいです。急ぎましょう」

 

 テトラが車椅子から振り落とされないように気を使いながらも、ソティルは最大スピードで人の波を次々とかき分けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソ、ソティル・・・もうちょっと・・・優しく移動できなかったの・・・?」

「あれぐらいの速さじゃないと時間に間に合わなかったんですよ。ほら、セラさんもまだ来てませんし」

 

 車椅子の肘当てにもたれかかりながら完全にのびているテトラ。そして、疲れを全く感じさせず平然と髪をかきあげたソティル。ソティルはしばらく辺りを見回すと、何かに気がついたのか遠くに目を凝らした。

 

「・・・来ましたよ」

「あ、ほんとだ!セラー!こっちだよー!」

 

 セラが来たと聞いてテンションが元に戻ったテトラの大声に気がついたセラはトコトコと小走りで二人の方に走ってくる。

 

「ごめん、待たせちゃったみたいだね」

「いえ、私達も今来たところです。それにセラさんには今日の家事も全て任せてしまっていましたから、もしセラさんが遅れてきても責める気なんてありません」

「昨日もソティルの書類整理、日付変わるまで手伝ってたでしょ?ソティルは競技には出ないし、無理して来なくても良かったのに」

「いやそれもあるんだけど、えっと・・・」

 

 心配そうな二人に対して、セラはギリギリ聞き取れるかどうかという小さな声でぼそりと呟いた

 

「その、私・・・一目でもいいからグレン君とそのクラスの子達を見てみたくて・・・」

 

 ソティルはセラがグレンに好意を持っているという情報を既に持っている。しかしまだ人の感情に関しては鈍いため、セラの言葉とその情報に関連性を見つけられずに首を傾げている。

 一方、テトラは何かを察したように目を泳がせていた。

 

「あー・・・うん、セラって結構乙女なんだね・・・」

「は、恥ずかしいからやめてくれないかな・・・?」

 

 頰を赤く染めながらうつむくセラ。そんなセラの様子を見てテトラはいたずらっ子のように笑う。一方、ソティルはいつまでも頭に疑問符を浮かべていた。

 

「と、とにかく早く競技場に行こう?次の競技始まっちゃうんじゃない?」

 

 せめてソティルにはバレたくないと思ったのか、ソティルの手を掴みながら全力で話題をそらすセラ。セラの真意を悟って手助けをしようとしたのか、それともただ単に思ったことを口に出したのか。テトラが思い出したようにパチンと指を鳴らした。

 

「あ!そういえば次の競技ってルミアが出場するんだったね!」

「え?あ、そうですね。『精神防御』というものらしいですが・・・名前からして胡散臭さしかありませんね。大丈夫でしょうか?」

「私もルミアが酷い目に合いそうで少し怖いな・・・でも、行ってみないことにはどんな競技がなんてわからないし、とりあえず応援しに行ってみようか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『精神防御』の競技が始まった中央のフィールド。そこは今、阿鼻叫喚の生き地獄と化していた。

 

「ぁあああああああーーーーーッ!ヤメロォオオオーーッ!?」

「ギャァアアーーーーーッ!?頼むッ!誰か助けーーー」

 

 卒倒して救護班に運ばれていく生徒が続出する競技フィールドを何処までも冷えた目で睨むソティル。

 

「姉さん」

「・・・次は何?」

「ツェスト男爵は学院の女生徒とこの社会のために海の底にでも沈めるべきだと思うのですが」

「奇遇だね。私もおんなじようなこと考えてる」

「あ、あはは・・・」

 

 二人のツェスト男爵への辛辣な発言にセラが苦笑する。

 ツェスト男爵とはこの『精神防御』の競技で精神汚染系呪文をかける役割を担っている学院の魔術教師だ。しかしこの男、喪心する少女を見て性的興奮を覚えるような重度の変態である。そして、今回の『精神防御』に出場している女生徒はルミアただ一人。つまり、ツェスト男爵の欲望は全てルミアに向くというわけだ。

 しかし、あらゆる魔術を跳ね除け、ルミアは耐える。ただただ、ひたすらに耐える。

 次第に選手達の数も減っていき、そしてついに。

 

『ついについに!五組代表ジャイル君と、二組代表ルミアちゃんの一騎打ちだぁあああーーーッ!?』

 

 この予想外の展開に観客席は最高潮の盛り上がりを見せ、大歓声が競技場に響き渡っている。

 テトラもセラも、筋骨隆々の男と可憐な少女の胆力がほぼ同じという事実に目を見開いていた。

 

「すごい・・・ルミア、なんであんなに・・・」

「姉さんや他の人が思ってる以上に、彼女は壮絶な人生を送っていますよ。ああ見えて、胆力は凄い・・・と言うよりは人として必要な何かが欠けている感じですね」

「・・・でもさ、ソティルはなんでルミアを出場させたの?機械のソティルだったら精神汚染系呪文は効かないんだから、この競技はソティルが出場すべきだと思うんだけど」

 

 非難するような視線をソティルに向けるテトラ。それに対してソティルは動じることもなく、困ったように肩をすくめた。

 

「確かに、私は能力を使わない場合でも多少の情報が見えます。しかし、言い換えればそれだけです。無論、今の私は感情を持っていますし、精神系の魔術もしっかり適用されます」

「・・・『感情を持ってる』」

 

 意味ありげにソティルが発した言葉を繰り返したテトラだったが、ソティルはそれに気づかず説明を続ける。

 

「だからと言って、たかが人間の祭り如きに能力を使う気もありません。そして、そんな非力な私よりもそれぞれの競技に適任な人材がクラスに揃っていた・・・それだけです」

「・・・・・」

 

 「まだ納得いかない」という様子で苦い顔をしていたテトラだったが、しばらくすると諦めるように溜息をついて競技場のほうに目線を戻す。

 ソティルとテトラが会話しているうちにも競技は進んでおり、今はちょうど第三十一ラウンドが始まろうとしているところだ。ツェスト男爵が放った白魔【マインド・ブラスト】によって競技場に不快な金属音が響き渡る。そして次の瞬間。

 ルミアの身体がぐらりと傾いた。

 

「あっ・・・!」

「ルミアッ!」

 

 セラとテトラが悲痛な声をあげる横で、ソティルはジャミルとルミアそれぞれの様態を観察しながら呆れたような声色で呟いた。

 

「・・・勝負、あったみたいですね」

 

 その数十秒後、グレンがルミアの棄権を宣言。大ブーイングがグレンに浴びせられることとなった。

 テトラとセラも、ルミアが勝てなかったことを残念に思っているようで、負のオーラが彼女達の周りをゆらゆらと漂っている。

 

「ちょっと残念だけど・・・仕方ないね。ルミアももう限界だったみたいだし」

「・・・でもさ!他の子達も頑張ればテトラちゃん達のクラスもまだ優勝できる可能性は───」

 

 

 

 

 

「二人とも、何言ってるんですか。ルミアは勝ってますよ」

 

 セラの言葉を遮って、ソティルが不思議そうに言った。その顔には隠し切れない喜びの感情が滲み出ている。一方、ルミアが負けたと思っていた二人は呆けた顔でソティルの顔を見つめていた。

 一体どういうことかテトラが問いただそうとしたまさにその時。

 

『ジャ、ジャミル君が・・・気絶している・・・!』

 

 考えていることが無意識に言葉に出てしまったかのように紡がれたツェスト男爵の言葉。それは拡声音響術式によってこの競技場にいる者全員の耳に届いた。

 

『えーと・・・ということは・・・ルミアちゃんの・・・勝ち?』

『・・・そうなるだろう。棄権したとはいえルミア君は第三十一ラウンドをクリアしたからね』

 

 しばらくの沈黙の後、爆音のような歓声が会場に渦巻いた。セラが振り返り、テトラの方を見る。

 

「よかったねテトラちゃ・・・え!?テトラちゃん泣いてるの!?」

「ご、ごめん。嬉しすぎてつい・・・」

 

 そんなテトラの様子を、ソティルは訝しげに見ていた。

 

(・・・わからない。人間の感情は理解出来ないことが多いですが、人が涙を流す理由(わけ)・・・これだけは何千年かけても、わかる気がしない)

 

 勝利に沸き立つ観覧席でただ一人、ぽっかりと胸に空いた穴を実感するソティル。

 一方、テトラは涙を拭き、ルミアの勝利を噛みしめるように言った。

 

「ルミア達だったら・・・絶対優勝できるよ」




お読みいただき、ありがとうございます。
主人公二人が競技祭出場しない。セラとの絡みを多くしたかったからって理由があるんですけど
これ主人公的にダメじゃないですか?()
今回は特に説明することないです。


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仮面

色々考えてたらクソ時間かかってその割にクソ短くなりました。


 昼食も終わり、午後の部が始まろうとしている観覧席。

 ソティルは一旦テトラ達と別れ、二組の生徒達の様子を見に行っていた。その姿にシスティーナが気が付き、ずかずかと歩み寄ってくる。

 

「ソティル!朝からいなかったけど何してたの!?貴方、まさかサボって───」

「ないです。わざわざクラス全員から嫌われるような真似はしません」

 

 真面目一辺倒であるシスティーナからすれば、クラスが一致団結している中ただ一人サボることなど許されざる所業だ。だが、ソティルが少し怒ったような口調でその言葉を遮る。あらぬ疑いをかけられるのはいくらソティルとは言えども不満だったようだ。

 

「一般の観覧席でしっかり見てましたよ。グレン先生には事前に理由を話して許可も取っておいたので、てっきり皆に伝えられているものだと思っていたのですが、あの人のことですし言い忘れていたのでしょうね・・・証拠、出そうと思えば出せますが?」

「・・・ううん、見ていたならいいわよ。でもなんで一般席で見てたの?」

 

 システィーナが首を傾げると、ソティルがにこりと笑みを浮かべる。その笑みは何か裏がある、例えば・・・何かよからぬ隠し事をしている・・・そんな時に浮かぶ、いかにも胡散臭いものだ。

 

「今は秘密です。ですが、競技祭が終わるまでには絶対にわかりますよ。ところで先生とルミアはどこにいるのですか?」

 

 システィーナが弱々しく首を振り、それと同時にソティルが苦い顔をした。

 

「グレン先生はともかく、ルミアは他の人の応援をせずにサボるような人じゃありませんからね。何か理由があるのでしょうが・・・システィーナ、何か心当たりは?」

 

 ソティルの問いにシスティーナは少し躊躇いながらもゆっくりと口を開いた。

 

「・・・・・グレン先生に聞いたんだけどね。ルミア、ついさっきに実の母親と会ったみたいなの。グレン先生がさっき様子を見に行ってくれたんだけどあんまりにも遅いから何かあったんじゃないかって少し心配で・・・」

「ふむ、ルミアと女王陛下との間に相当大きな溝が出来ているというのは推測出来ますね。なぜそんなことになったのか、私は理解しかねますが・・・とりあえず、あの二人は私が探しに行きましょう。非常に低確率ではありますが、天の智慧研究会(例の組織)が出張ってきている可能性もありますし」

「そんなこと───」

 

 システィーナが「ありえない」と言おうとする前に、ソティルがシスティーナの額にデコピンをした。システィーナが抗議をする暇も与えず、ソティルは皮肉気な笑みを浮かべながらも無機質な口調で言い放つ。

 

「ありえない?そんな言葉が口から出るのであれば、貴方はまだまだですね」

「・・・・・ッ」

「確かに今この時にルミアが命の危機に瀕している可能性は限りなく低いです。でも()()()()()()。脅威とは日常を送っている中で突然に訪れるものなのですからね。貴方のその短絡的な思考でルミアは死ぬかもしれないのですよ」

 

 俯いていたシスティーナがビクッと肩を震わせた。それを見たソティルは面食らったような表情をした後に頭をかく。

 

「あ、しまった。言葉はオブラートに包めって姉さんからいつも言われてるのに・・・すみません、言い過ぎました」

「・・・・・」

 

 ソティルは先ほどの刃物のように鋭く冷たい声色から一転、いつものように気だるげな口調で謝罪するが、システィーナは体をわなわなと震わせるだけで返答などできる状態ではなかった。ソティルは申し訳なさそうに一礼すると、熱狂する観客達の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・ダメですね。優しい少女を演じることなど私には容易いことだったはずなのに、何故かあの二人と話すと仮面が剥がれてしまう・・・彼女達は私にとって他の人とは違う何かがあるのか・・・いや、まさか)

 

 システィーナに辛辣な態度を取ったことを反省したのか、ただ単に自分の取った行動が理解出来ないものだったのか。

 能力を使わず、『人間』としての思考でシスティーナやルミアが自分にとってどのような存在かを思考するソティル。

 

(そもそも、なぜ私は姉さんやセラさんを大切と思っているのでしょうか・・・?あの二人だって私とは全く関係のない人間なのですし、殺されても───)

 

 ソティルは胸に針が刺さったような感触を覚えた。その理由は自分でもだいたいわかっている。

 

(・・・くだらない。この感情も能力次第ですぐに消えるものだ。私が彼女達を大切に思っている理由なんてわからなくていい。どうせ、いずれ捨てるものなのだから・・・今はこんなことに思考を割いている場合じゃない)

 

 また歩き出したソティル。その足どりはとても軽いものとは言えない。先ほどまで考えていた内容もこのローテンションの理由と言えば理由ではあるのだが、大きな要因はもっと別のもの───ルミアとグレンが置かれている状況である。

 

(緊急事態の可能性もあったので能力を使ってみましたが、まさか本当に命の危機に瀕しているとは思いませんでしたよ。しかし、相手は王族直属の親衛隊ですか。この程度の相手ならば、グレン先生だけでも捌ききれる可能性は高いですね・・・ふむ、確かに可能性は高い。高いのですが・・・)

 

 グレンが親衛隊の攻撃を防ぎきれず、ルミアが殺されてしまう可能性。これもゼロではない。

 ソティルはシスティーナにあのような言葉をかけてしまったのだ。ここで状況を楽観視した結果、グレンとルミアが殺されてしまったということが起きるとソティルの面目は丸つぶれである。

 無論、ソティルはそんな思考に陥ることなど決してないのだが。

 

(・・・政府に属する人間はさすがに殺すべきではないでしょうし、人間の動きを傷つけずに止める方法をある程度準備しておいたほうが良さそうですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでは流石に追って来ないらしいな」

 

 複雑に入り組んだある裏路地の一角で、荒い息を吐きながら壁にもたれかかるグレン。息を整えながら次に取る策を練っていると、ルミアが苦渋に満ちた顔でグレンにある問いを投げかけた。

 

「先生、どうして私のことを・・・?」

 

 グレンはいつも通りの調子でルミアを茶化そうとしたが、その真上からバサバサと黒い羽をまき散らしながらカラスが舞い降りてくる。

 なぜこんな路地裏に・・・?

 グレンが不可解に思っていると。

 

「なっ・・・!」

「きゃっ!?」

 

 カラスの体が(まばゆ)く輝き、辺りが蒼い光に包まれる。光は一瞬で収まり、そこには白髪の少女が呆れた表情をしながら腕組みをしていた。

 

「自分達で逃げ切れたんですね。助け、必要ですか?」

「え・・・カラスがソティルに・・・え!?」

「ソティルか!ちょうど良かった、調べてほしいことがあるんだがいいか?」

「グレン先生は私の変身を一度見ているとはいえ、反応薄すぎだと思うんですけど・・・まぁいいでしょう。調べてほしいことですね。分かりました」

 

 突然のソティル登場にルミアが目を白黒させている横で、グレンとソティルは思索を開始する。

 

「俺はセリカに話をつけてみる。お前は軍の奴らがルミアを殺そうとする理由を調べてみてくれないか?」

「あ、もう終わってます」

「ああ、わか・・・え!?マジで言ってんの!?」

「この騒動に関する情報は既に収集済みです」

 

 あっけらかんとそう言ったソティル。だが、その暗い顔から事態がいい方向に進んでいないことは容易に想像できた。

 

「結論から言いますと、親衛隊が暴走している理由は言えません。言ってもいいのですが、その場合人が死にます。あと、今のセリカ教授はほぼ戦力外です。この理由も先ほどと同様、人が死ぬからですね」

「ッ!?なんだと・・・!?」

 

 グレンの声に動揺が滲む。世界最高峰の魔術師であるセリカが戦力外扱いされるとは思わなかったからだ。

 

(クソ・・・ますます状況が見えなくなってきやがった。セリカが戦力外?人質がいるって辺りだろうが、それなら理由は話せるはずだし・・・ソティルは一体どういう情報を手に入れたんだ?)

「しかし、セリカ教授と連絡を取ることは推奨します。セリカ教授が多少ヒントをくれるはずですから、それを元にして作戦を立てましょう」

「・・・わかった」

 

 グレンがセリカと連絡を取ろうとしている横で、呆然としていたルミアがぼそりと呟いた。

 

「なんで私のためなんかに・・・」

「む、どうかしましたか?」

「・・・わかってるはずでしょ!」

 

 突然ルミアが声を荒らげる。

 

「このままだと二人とも国家反逆罪で殺されちゃうんだよ!なんで・・・なんで私なんか!」

「それ、安っぽい小説でよくあるセリフですよ。できればもうちょっと面白味のある言葉を───」

「ふざけてる場合じゃないよ!」

 

 怒りの形相で睨んでくるルミアをじっと見つめ、ソティルは長いため息をつく。

 

「今更理由なんて聞いてもなんの利益にもならないと思うのですが・・・いいでしょう。少なくとも私はその問いに答えてあげます。ルミアが姉さんの親友と呼ばれる関係性にあるからです」

「・・・・・」

「それだけ?って顔してますね?ええ、それだけです。この程度の厄介事ならそんなくだらない理由ともつり合いがとれるんですよ・・・って、まさかとは思いますけど、私がたかが人間何百人程度に捕まると思ってるんですか?それは随分と嘗められたものですね」

 

 皮肉気に笑うソティル。

 今は能力を使わないため、その本当の力を知る者は少ないが、ソティルが全力を出せば一国を滅亡させることなど容易い。利益がないのでソティルがそんなことをする確率は限りなく低いが。

 

「あとはグレン先生があなたを助けた本当の理由・・・生憎、これは私が勝手に話せるものではありませんね。これを言ったらほぼ答え言ってるようなものなのですが・・・約束、ですかね」

「約束?」

「はい、約束です。貴方は覚えてないようですが、事件解決までには思い出せるんじゃないですか?というか、あなたが思い出せないままグレン先生から話聞いたって、グレン先生が恥ずかしい思いするだけで終わっちゃいそうですね。絶対思い出してくださいよ」

 

 ソティルは首を傾げるルミアを見つめながら少し考えこむような仕草をしたあと、ため息をつく。

 

「・・・これから言うことは蛇足かもしれませんが、ついでに貴方の母親に話したいことも考えておいたらいかがですか?これを機に貴方が仮面を外す気になることを、私は期待しているのですよ。いや、猫を被っている私が言えたことではないのかもしれませんが」

 

 ソティルが言っていることの意味がわからないルミアはソティルをさらに問いただそうとするも、セリカと連絡を取り終わったグレンによって言葉を遮られる。

 

「ダメだ。ソティルが言った通りセリカは動けねぇらしい」

「でしょうね。一応言っておきますが、私は手助け程度しかしませんよ。これ以上、他の人間に私の存在を知られることだけは避けたいので」

「・・・そうか。そんなとこだろうとは思ってたよ。ま、出来る範囲で協力頼むわ」

 

 セリカと話したことによって落ち着いたのか、いつものように飄々とした態度のグレンに対してソティルが優しくほほ笑みかけた。

 

「あと貴方達のどちらかにきっちり対価(報酬金)は請求しますから」

「金取るの!?ボクただでさえ金欠なんですけど!」

 

 グレンの態度が一気に余裕のないものになった。彼の生活は(主にギャンブルが理由で)常にカッツカツであり、野草などで腹を満たす毎日だ。能力を発動させたソティルはもちろんそのことを知っているが、彼女の辞書に『同情』の二文字はない。

 

「そちらの事情なんて興味ありません。追手がこちらまで来ないうちに、さっさと作戦立てますよ」

「うっ・・・ソ、ソウダネ・・・」

 

 グレンは静かに涙を流していた。

 

「セリカは『なんとか女王陛下の前に来い』って言ってたが、そう言われてもな・・・いや、ソティルもいるし方法はないことは───」

 

 ふと、背中を何かが這い登るような感覚がグレンを襲う。それはグレンがかつて慣れ親しんでいた感覚───殺気だった。

 

「ちっ、言ってる傍からまた私の存在知ってる人間が増えましたね。二人ぐらいなら恐喝すれば・・・いや、ここは確実に認識操作で───」

 

 物騒なことをつぶやいているソティルの冷たい視線の先には二人の男女が立っている。

 一人は鷹の目のような鋭い双眸をした黒髪の青年。もう一人は人形のような青髪の少女だ。どちらとも魔術戦用のローブを着込んでおり、とても祭典に来る服装とは思えない。

 グレンが二人を認識した瞬間、青髪の少女は何かをつぶやきながらグレンに突貫してくる。

 

「ッ!グレン先生!ここは私が・・・・・ん?え?」

 

 迎え撃つようにルミアの一歩前あたりに立ったソティルだったが、猛スピードでこちらに向かってくる少女を前に素っ頓狂な声を上げる。

 

「あ、やっぱ先生お願いします」

「どういうことだよ!?」

 

 そして、まるで買い物を代わりに頼むかのような気軽さでグレンにあの少女の相手を押し付けた。

 そんな会話(茶番)をしているうちにも少女はぐんぐんと近づいてくる。その手にはいつのまにか大剣が握られていた。恐らくは彼女お得意の錬金術───高速武器錬成だろう。

 もうソティルの真意を問う時間などない。覚悟を決めたグレンは黒魔【ウェポン・エンチャント】の呪文を唱えた。グレンはこの少女───リィエル=レイフォードの恐ろしさをよく知っている。この少女と素手でやりあうなど論外だ。間違いなく瞬殺されるだろう。

 

「いいやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」

 

 リィエルが剣を振り下ろし、グレンがそれを魔力で強化した拳で受け止める。だがリィエルの膂力は恐ろしく、グレンの踏みしめる床が音をたてて砕けていく。

 

「先生ッ!」

「ふむ、あの子本気でグレン先生を殺しにいってますね」

「当たり前だろッ!?お前もこの脳筋止めるの手伝え!こいつの後ろにもヤバい奴が・・・」

 

 その言葉を話している途中で、グレンは青年が自分に向けて指を構えるのを見てしまった。あの青年───アルベルトは魔術狙撃の名手だ。完全に無防備な今のグレンを撃ち抜くことなど容易いだろう。

 もう終わりだ。【愚者の世界】もアルベルトは効果範囲内にいないので意味をなさない。だが、だからといってそれ以外であれに対処する方法なんて持ち合わせていない。

 

「ソティルッ!このままじゃ先生は本当に・・・ッ!」

「まあまあ落ち着いてください。そもそも先生もルミアも勘違いしてるようですけど、その二人は「きゃんっ!?」・・・普通このタイミングで撃ちますか?」

 

 雷閃が迸り、リィエルの後頭部に突き刺さる。アルベルトはグレンではなく、リィエルを狙っていたというわけだ。

 

「その二人は味方・・・と言いたかったところなんですけど、本当にそうなのか不安になってきましたよ」

 

 ぴくぴくと痙攣するリィエルを見下ろしながらあきれた口調で呟くソティル。

 一方、呆然とするグレンの前にアルベルトが駆け寄ってくる。

 

「ひ、久しぶりだな、アルベルト」

「・・・『ヤバい奴』とは、言ってくれるなグレン」

「あ、あああれは言葉のあやで・・・!」

 

 咎めるように冷淡な声色で話すアルベルト。対してグレンはアルベルトの言葉に明らかに動揺を隠せていない。

 

「・・・場所を変える。ついてこい」

 

 リィエルを引きずりながら路地裏へと進んでいくアルベルト。状況の読めないこの状況では、三人はそれについていくしかなかった。

 ちなみにソティルは目的地に到着するまで物珍しそうにリィエルを見つめていた。まるで()()()()()を見るような目で。




一か月に一話は出せるようにしますが、気が向いたときにしか書かないのでもしかしたらもう少し遅れるかもしれません。ご了承ください。
今回も説明が特にないので少し雑談を。
グラブルの話になるのですが、今回のイベント凄いです。シナリオも曲も細かく作られてて、ホントに劇場版です。グラブルのこと完全に嘗めてましたマジすいませんでしたって感じでした。
ちょっとでもグラブルが気になるなーという方はぜひ初めて見て下さい。五周年が近づいているのでもうなんか凄いたくさんプレゼントが貰えるはずです。


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勝利への狼煙

投稿遅れてすみません。グラブルで忙しかったんです
「グラブルの二次創作があまり出回らない理由はグラブルで忙しくて創作する時間がないから」って聞いたことあるんですけどアレって本当だったんですね・・・(違う)


「軍時代の決着をつけたかった、だと!?このお馬鹿!一体何考えてやがる!」 

「グレン痛い」

 

 先ほどいた路地裏よりもさらに奥まった場所で、グレンはリィエルの頭をグリグリと拳で抉っている。そんな二人の様子を見ていたルミアは苦笑していた。

 

「・・・・・えーと、この人達って軍人さんなんだよね?」

「ええ、私が先ほど説明した通りです。グレン先生の同僚だったみたいですね」

 

 と、アルベルトが冷ややかな目をしながら深いため息をついた。

 

「・・・事態はとても深刻なものなんだがな」

「あ、いや、すまん。こいつの空気に流されちまった・・・だが、俺達もだいたいの状況はわかってるつもりだ」

「そこの白い髪の生徒は確かテロリスト事件解決にも深く関わっていたな。ルミア嬢の正体も知っているのだろうが、この生徒から情報を提供してもらったのか?」

「はい。【セルフ・ポリモルフ】を使ってカラスになり、空から親衛隊の会話を盗み聞きしたりしたんです」

 

 アルベルトの質問に答えたのはソティルだった。

 【セルフ・ポリモルフ】とは呪文を唱えた者の肉体構造を変化させ、様々な物体に変身させる魔術だ。変身する対象によって術式を変えなければならないという欠点もあるが、変身した物の能力を得ることができる。

 しかし、ソティルにそんな魔術をいちいち唱える必要はない。今のソティルの発言は、アルベルトが自分の変身を遠見の魔術で観測している可能性があると考えたために咄嗟に思いついた証拠ゼロのハッタリだ。(もしもの時は視覚情報などを操作して証拠を作るつもりである)。しかしソティルは汗一つかかずに嘘の説明を続ける。

 

「たまたまルミアと彼女を抱えて親衛隊から逃げるグレン先生が見えたんです。親衛隊に手を出すのはマズいと思ったんですが、それでも二人を見殺しにしようとは思えませんでした。結局は私の得意な変身魔術で少しでも手助けになればということで今に至ります」

「・・・多少の疑問点は残るがまあいい。今は事態の収拾が最優先だ」

 

 アルベルトがグレンに向き直る。気を取り直したグレンもリィエルを床へと下ろした。

 

「とにかく、女王陛下に直接面会すればこの状況はなんとかなるらしい。セリカの言葉だからまず間違いないだろうよ。あいつ、意味のないことは絶対言わないしな」

「わかった・・・俺達はどう動けばいい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・テトラちゃんの言った通り、実力の差が出てきてるね」

「でも、あの士気の高さだったらもっと順位は高くなるはず。皆のやる気を削ぐような出来事があったとかなんだろうけど・・・どっちにしろ、このままじゃ一位にはなれないよ」

 

 悔しそうに歯を食いしばるテトラだが、ふとその視界の端に見慣れた白髪が入ってくる。

 

「ただいま戻りました」

「あ!やっと戻ってきた!」

「少し野暮用が出来てしまっていて遅くなったんです。そんなことよりも・・・セラさん、少しこちらへ来てください」

 

 言葉通りセラがソティルに近づくと、ソティルがその耳元で何か囁いた。その言葉を聞いたセラがすぐに笑顔で頷いたが、ソティルの声が小さすぎてテトラは何を話していたのか全く理解していない。純真なセラが笑ったということから、少なくともソティルがよからぬことを考えているわけではないことは想像がついたが。

 

「えーと、突然で申し訳ないんですが・・・グレン先生が諸事情でいなくなったんです」

「ああ、だからあんなにクラスの雰囲気が悪くなってるんだね・・・って、どうして私にそれを話したの?」

 

 首を傾げるテトラ。ソティルはテトラの問いに答える代わりに、車椅子の取っ手をがっちりと掴んでいた。

 

「ちょ!?え!?まさか・・・皆のとこ行くつもり!?」

「カンがいいですね。姉さんをあそこに連れていきます。一応はグレン先生の代理がいると本人から聞きましたが、やはり代理ではさっきまでの高い士気を元に戻すのは難しいでしょう。そこで、姉さんの出番というわけです」

「・・・私、何すればいいのか全くわからないんですけど」

 

 不安そうにボソッと呟いたテトラ。それに対してソティルが苦笑まじりの笑みを浮かべた。

 

「バカみたいに明るく振舞ってればいいんですよ。今でこそ怪我したせいでずっと暗い気持ちになってるんでしょうけど、いつもなら明るいっていう次元通り越してヒャッハーしてるんですから、大丈夫でしょう?」

「バカって何!?ヒャッハーって何!?私ってソティルにそんな感じで映ってるの!?」

 

 励ましたいのかもっと不安にさせたいのかよくわからない言葉に、思わずテトラがツッコミを入れた。ヒャッハーなんて言葉をソティルが使うなんて夢にも思っていなかったため、その驚きと怒りは数倍である。

 と、頬を膨らませて怒るテトラを見て、ソティルが声を上げて笑い出した。その顔には嫌味が一切含まれていない純度100%の笑みが浮かんでいる。ソティルが声を上げて笑うところを数回しか見たことがないテトラは、怒りも忘れて呆気にとられていた。

 

「冗談に決まってるでしょう?でも、姉さんのそういう素直な所は嫌いじゃないですよ」

 

 気分が高揚しているのか、少し声を上擦らせるソティル。ソティルの珍しい言動を見ることができたテトラも、先ほどのような悪い気分ではなかった。

 

「実をいうと、クラスの皆さんは姉さんが来ていることを知らないんですよね。サプライズで姉さんが応援に来てくれたということを知るだけでも、ある程度は士気向上の効果があると推測します・・・ところで」

 

 ソティルは取っ手を掴んだままセラへと向き直る。

 

「セラさんはついて来られますか?」

「・・・ううん、大丈夫」

「ふむ、了解しました」

 

 セラは悲しげに微笑む。ソティルはその理由をある程度わかっているようで、理由を追及することもなかった。

 

「それでは姉さん。さっきよりもちょーーーーーっとだけ飛ばしますから、しっかり掴まっていてくださいよ?」

「・・・え?」

 

 ぐわん、と身体が揺れる感覚とともに、テトラの見ている景色が目まぐるしく変わっていく。言うまでもないが、先ほどとは全く比べ物にならない速さだ。

 

「ソティルゥゥゥゥゥーーーーーッ!?は、速過ぎだって!?絶対能力使ってるでしょ!?」

「緊急事態なので」

「お願いだからもうちょっと安全運転で・・・ひぃぃぃぃぃぃっ!?今のぶつかってないの!?」

「ああ、このままじゃ『変身』競技が始まるまでに間に合いませんね・・・姉さん。私の言いたいこと、わかりますよね?」

「もうやめてえぇぇぇーーーーーーーっ!?」

 

 この出来事はテトラの脳に深く刻み込まれ、テトラが二度と車椅子に乗らないと誓う決定打となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか間に合いそうですね。姉さんも疲れてるみたいですし、速度落とします」

「・・・死にそう」

 

 ぐったりとしているテトラと、歩きながら乱れた髪を整えるソティル。テトラは少なからず既視感(デジャヴ)を感じていた。同じようなことが午前中にも起こっているので当然である。

 

「この程度で人は死にませんよ。空の世界にあるレース用小型騎空艇なんてもっと速いですし」

「むしろそんなものがあるなら乗ってみたいぐらいなんだけど」

「あ、それなら競技祭が終わった後にでも乗せ───」

「お こ と わ り し ま す・・・!」

 

 ソティルがいる後ろを振り返ったテトラ。

 えげつないほどの疲労感によってその顔の表情はほぼ死滅していたが、その瞳の奥には断固たる意志が宿っていた。

 

「にしても、流石にそんな疲れ切ってる顔を見せても皆を不安にさせるだけですね」

「誰のせいだと思ってるの・・・!」

「はいはい、わかってますから・・・よっと」

 

 ソティルは呆れた表情をしながらテトラの頭に左手をかざした。すると、清涼水を飲んだ時のような爽やかな感覚がテトラの体内を駆け巡り、気が付けば先ほどまで感じていたはず倦怠感が綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「《ヒール・オール》と呼ばれる空の世界の治癒魔術です。本来なら、空気中の元素を利用して恩恵を得る技術なのですが・・・この世界を構成する元素と、空の世界を構成する元素がほぼ一致すると知った時は少し驚きましたね。それに違う歴史を歩んできたはずなのに、言語も一部を除けばほぼ同じですし・・・」

「能力はあんまり使ってほしくないんだけど・・・とりあえず、ありがと」

「え?ああ、はい。どういたしまして」

 

 ブツブツと早口で何かを呟いていたソティルだったが、テトラからお礼を言われると思考の迷路から抜け出し、歯切れの悪い返事をした。

 そんなことをしているうちに自分達のクラスメイトの元へと辿り着いた二人。彼女たちに真っ先に気がついたのは大柄な少年、カッシュだった。

 

「テ、テトラ!?皆!ちょっとこっちに来てくれ!」

 

 カッシュの言葉を聞いて集まって来た生徒達が次々と驚きの声を上げる。その反応を見てテトラは困ったように笑った。

 

「あはは・・・皆、久しぶりだね」

「『久しぶり』って、一ヵ月ですのよ!それにその足!一体何があったんですの!?」

「大ケガしちゃったからしばらく両手両足動かせなくて・・・って、ソティルから説明されてないんだ」

「ソティルはなんというか、人と話すの苦手なイメージが・・・」

「聞かれたら答えるつもりでしたけど、システィーナとルミア以外には聞かれなかったので」

 

 申し訳なさそうに目を逸らす小柄な少年セシルと反省の色一つ見せずに堂々と言い訳をしたソティル。ソティルが信頼関係を築く目的で誰かと話すことはほとんどない。しかし、やむを得ず誰かと会話するときには優しく穏やかな少女を演じるため、「ソティルは人と話すのが苦手」というイメージが生まれたのだろう。

 そのあとにも生徒達から無数に飛んでくる質問に、たどたどしい口調で答えていくテトラ。ある程度質問に答えた後、彼女はその表情を神妙なものへと変える。

 

「休学してたから当たり前だけどさ。私、皆といた時間はソティルと比べてかなり短いし、競技の練習も一回も見に行ってないの。そんな部外者からこんなこと言われるのはイヤと思うだろうけど───」

 

 テトラの声は真剣で、彼女の意志の強さをひしひしと感じさせる。そのせいか、生徒達には競技場からの喧騒も遥か遠いものとなっていた。そして、テトラの瞳が生徒達をくっきりと映し出すと───

 

「・・・全っ力で楽しんで!!」

 

 彼女は太陽のような笑みを浮かべた。

 

「最初は『絶対に負けないでー』とか『私の分も頑張ってー』とか言おうと思ってんだけど、やっぱりみんなが楽しむのが一番って思ったんだ。それに、皆なら優勝なんて簡単じゃない?」

「だ、だけどもう点数差がこんなに開いてるんだし、なによりグレン先生が・・・」

「大丈夫大丈夫!これぐらいだったらすぐに追いつけるよ!うーん・・・グ、グレン先生は・・・」

 

 代理の指揮監督が来たとはいえ、やはりグレン不在の穴は大きい。これに関してはどうにもならないと思ったテトラが別の話題に無理やり切り替えようとしたその時、システィーナが口を開いた。

 

「確かにグレン先生がどこで何やってるかはわからないけど・・・私達がやることは同じでしょ!せっかくここまで来れたんだから、諦めるにはまだ早いわよ!」

 

 システィーナが堂々と宣言するが、まだクラスメイトは弱気のようだ。そんな彼らにシスティーナはさらに言葉を焚きつける。

 

「あのさ・・・先生がいない時に私達が負けたら多分アイツ『ごっめ~ん!途中でボクが抜けちゃったせいで~。でもやっぱキミ達、ボクがいないとダメダメなんだな~!ギャハハハハーーーーーーッ!!』とか言ってくるわよ、絶対に・・・」

 

 瞬間、燃え尽きかけていたクラスの生徒達の闘志が一気に燃え上がる。

 テトラとソティルがドン引きするぐらい皆熱くなっていた。

 

「ウザいですわそれはとてつもなくウザいですわ・・・!」

「あのロクでなしにそれを言われることは絶対に避けなきゃならないな・・・!」

「っしゃあ!テトラの仇、俺達がとってやるぜ!」

「いや、私死ぬどころか戦わせてすらもらえてないんだけど・・・」

 

 この光景を見て、ソティルは内心システィーナに舌を巻いていた。テトラというサプライズゲストだけではグレンがいないことに対する生徒たちの不安は拭い去れなかっただろう。それをシスティーナという少女は、いとも簡単に吹き飛ばしてしまった。

 

「ありがとシスティ!あそこで助け舟を出してくれなかったら今頃どうなってたことか・・・」

「いいのよテトラ。でもね、自分のことを部外者っていうのはどうかと思うわ。誰も貴方をそんな風になんて見てないんだから、ちゃんと自分に自信持ってよね」

「・・・うん!わかった!」

 

 システィーナとテトラが笑いあっていると、ソティルが車椅子の取っ手からその手を離し、システィーナの顔をじっと見つめる。彼女が先ほど自分に向けた冷たい視線を思い出し、システィーナは背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

「何一つ成長していないと思っていましたが、完全に見誤っていましたね。貴方は着実に『魔術師』に近づいているようだ」

 

 しかし、ソティルはほんの少しだけ口角を上げながらそんなことを呟く。システィーナは、はっとしたように顔を上げ、ソティルの深紅の瞳を見つめ返した。

 

「貴方ぐらいの年齢ではよくあることはいえ、すぐ天狗になる癖は直したほうがいいですがね。じゃ、私は観客席のほうに置いてきた家族がいるのでそちらに帰ります。姉さんはここにいたほうが楽しいと感じるでしょうから、ここに残していきますね」

「ちょ!?待って────」

 

 テトラの願いも聞き届けられず、ソティルは足早に去っていった。それを見送っていたシスティーナは不機嫌そうに、それでいてどこか吹っ切れたような顔をしていた。

 

「変な奴ね。ソティルって」

「ぐぅ、否定できないなぁ。ソティルは皮肉を言ったり悪ぶったりしても、根っからの悪人ってわけじゃないと思うんだけど・・・」

「大丈夫よ、それはちゃんとわかってるから。でも、ソティルって案外かまってほしくてあんな言動してるんじゃない?」

「あ!それ有り得るね!本人の前で言ったら異空間とかに飛ばされそうだけど・・・」

「照れ隠しにそんなことするの!?」

「流石にそこまではしないけど、私達が編入するちょっと前なんて───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(─────能力発動させてるから全部聞こえてるんですけど・・・・・・ッ!)

 

 帰ってきてからずっと顔を真っ赤にして不機嫌そうに頬を膨らませるソティルに、セラはずっと首を傾げていた。




最後まで読んで頂きありがとうございました。
ソティルが元居た世界とは根本から違う世界で色々超常現象起こすのっておかしくね?と思い長考したのち、ロクアカの世界で水素(アクアス)って呼ばれる物質とグラブルの世界で水の元素って呼ばれる物質ってほぼ同じモノだといいなーという妄想をするという結論に至りました。
魔術という単語でもロクアカの魔術かグラブルの魔術かによって、不思議現象が起きる原理が違うから難しい・・・
ま、楽しいからいいんですけどね


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競技祭の終幕

場面の移り変わりの時に「~~~」を入れるようにしました。
文の仕様を変更する際には報告していきます。
また、気が向いた時に以前の話も修正していきたいなぁとは思っているのですがこちらは未定。


 二組の闘志が再燃してから、時間は嘘のように早く流れていった。

 まずは『変身』競技でリンが最高得点を叩き出し、勢いを盛り返す。続く『使い魔操作』、『探査&開錠』でも高順位を取ったことによって、二組は一組との点差を大きく縮ませた。

 その後、魔術師の伝統遊戯『グランツィア』では一組を罠に嵌めることに成功し、二組の順位は現在二位。一組と二組の勝負の結果は、競技祭の最終種目である『決闘戦』へと委ねられることとなった───。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギイブル、お前の相手だが・・・」

「だからさっきから言ってるでしょう?僕に助言はいりませんって」

「いいから聞け。ここで負ければその時点で一組の優勝が決まる。お前の相手は───」

 

 決闘戦、決勝。

 先程、先鋒のカッシュが一組のエナが放った錬金≪痺霧陣≫によって行動不能となり惜しくも敗退。現在、二組は中堅であるギイブルが勝利しなければ、その瞬間に敗北が決まるという絶対絶命の状況に置かれている。

 そしてグレンの代理監督としてクラスの生徒達の前に現れた青年、アルベルト。ギイブルからけんもほろろにあしらわれながらも、彼は辛抱強く助言をしようとしていた。

 

「あの人凄いね。グランツィアの時もめちゃくちゃ細かく指示してたし、一人ひとりにその場で最適なアドバイスが出来てるっていうか・・・」

「・・・そうね、()()()()()()()()()

「いつも見てる・・・うん、ぴったりの比喩かも・・・システィ?」

 

 システィの視線の先を見てみると、アルベルトがこちらに向かって手招きをしている。どうやらギイブルへの指導が終わったらしい。

 

「ギイブルの次は私ね・・・絶対に勝たないと」

「アルベルトさんの指導力とシスティのセンスがあれば大丈夫・・・って言いたいところだけど、一組のトップってだけあるね。私もソティルに鍛えてもらってるからさ。多少なら魔術戦のことわかるんだけど、あの人達はシスティと今まで戦ってきた人より何倍も強いと思うよ」

 

 少なくとも『試合』だったら、という言葉を飲み込むテトラ。システィーナや、近くにいるクラスの生徒達に『殺し合い』なんて言葉を連想させたくなかったのだ。

 

「と、とにかくあんまり気負わないでね!システィが全力を出し切れれば私はそれで満足だから!」

「大丈夫よ。それに、負けられない理由もできちゃったし」

 

 そう言い残してアルベルトの元へと向かっていったシスティーナ。テトラは『負けられない理由』について思考を始める。しばらくは周りの喧騒など聞こえないほどに思考に耽ることが出来ていたが───。

 

「うわあぁぁぁーーーーーーーーッ!?」

 

 その思考は情けない叫び声によって中断させられる。声の主は一組の中堅、クライス。ギイブルの召喚したアース・エレメンタルによって両腕を掴まれ、必死に投了を宣言していた。

 

「うわぁ、あんな気持ち悪いのに捕まったら叫びたくもなるよ・・・ギイブル君って案外えげつないなぁ」

 

 本人の前で言ったら「ふん、敗者にはふさわしい姿だろ?」と返されるのが目に浮かんだ。

 とにかく、これで勝敗は大将戦へと委ねられることになる。

 

「一組の大将・・・髪で片目が隠れてる人だったけど・・・」

「ハインケル、ですよ。フルネームは長いので省略しますが」

 

 後ろから気だるげな声が返ってきた。明らかにソティルの声だ。

 

「あれ?ソティル、なんでここにいるの?」

「この競技が終われば閉会式ですからね。姉さん以外の控え席にいる人達は全員が競技場に整列するらしいんですよ。その間、姉さんが妙なことしてケガしないように見張りに来ました。私は事前に許可を貰ったので、姉さんとここで閉会式を迎えることになります」

「子供じゃないんだからはしゃいだりなんかしないよ!?」

「それもあるのですが、そうではなくて・・・いえ、やっぱりなんでもありません」

 

 これはテトラの自論だが、誰かが「やっぱりなんでもない」などと言葉を濁した時には裏でロクでもないことが起きていると相場が決まっている。

 

「なんでもないわけないよね?なんか裏で起きてるよね?」

「・・・これ以上詮索するなら記憶消します」

 

 ソティルがテトラに問い詰められた時に起こす行動はだいたい二パターンに分かれている。

 一つは正直に話す。

 もう一つは記憶を消すと忠告する。以前までテトラはその言葉をただの脅しだと一蹴していたが、一度だけ本当に記憶を消されたことがある。何に対して自分が怒っていたのか思い出せない時ほど、もどかしいものはなかった。

 後者の場合はいくら問い詰めても隠していることを絶対に教えてくれないので、ここは引き下がる他にテトラに選択肢はなかった。

 

「じゃあセラはまた置いてきたの?」

「流石に何度も置いていく気にはなれませんよ。生徒の控え席には学院関係者以外は入れないそうなので、今はここのすぐ上にある観客席にいます」

「・・・そう」

 

 テトラがぶっきらぼうに答えると同時に、審判から試合開始の合図が出された。

 二人も話題を決闘へと転換する。

 

「あの生徒、なかなかのやり手ですよ。先ほどまでの相手と比べて、システィーナが負ける可能性が格段に高まっています。それでもシスティーナが勝つ確率のほうが高いのですが」

「私もシスティが勝つと思う。システィには切り札があるから」

 

 テトラが真剣な顔をしながらうなずくが、ソティルは怪訝そうに眉をひそめる。

 

「私はアレを切り札とまでは言えないと思いますよ。確かに、相手がアレに対策を講じている確率は格段に低いでしょうけど」

「対策されてないんだったら切り札として使えると思うけどなぁ。あとはどこでそのカードを切るか、だよね」

「うわー、今のセリフ相当イタいですよー」

「あれー?訓練中に『いかに相手が予想しないタイミングで自分の強みを出せるかが勝敗を決めるんですよ』ってカッコつけたように言ってたの、誰だったかなー?」

「やかましいわ」

 

 棒読みでテトラを煽るソティルだったが、テトラから思わぬカウンターが飛んできたことにより敬語が取れた。基本的な煽り耐性は高いソティルだが、親しい人となると話は別だ。

 

「ま、姉さんの言葉はおおよそ正しいものです。システィーナはカードの切り方を相手よりは理解できているでしょうし───って、ここで切るんですかあの人」

 

 競技場を見てみると、巨大な風の壁がハインケルの身動きを封じていた。以前、システィーナがテロに巻き込まれたときに編み出した改変呪文、黒魔改【ストーム・ウォール】。これこそが、システィーナの切り札であった。

 当然、見覚えのない呪文を繰り出されたハインケルは正常な判断が出来ず───。

 

「そこッ!≪大いなる風よ≫───ッ!」

 

 システィーナが唱えた【ゲイル・ブロウ】で追い打ちをかけられ、場外へと吹き飛ばされてしまった。

 勝負の決着と同時に二組の優勝が決まり、他のクラスの観覧席を含めた観客席からは大歓声が上がっていた。

 二組の観客席からは生徒達が飛び出し、システィーナの元へと向かっていく。双子を除いて、だが。

 ソティルはテトラ以外の人間が周囲にいなくなったことを良いことに、不機嫌そうに舌打ちをしていた。

 

「あのタイミング、実戦だったら確実に防がれてますよ」

「気持ちはわかるけど・・・これ、あくまで『試合』だからね。使える呪文も限られてるから相手の魔力残量も想像つくし、私はあのタイミングでばっちりだったと思うけど」

「ふむ、それだったら及第点ぐらいですかね。ところで、姉さんは喜ばないんですか?二組が優勝ですよ?」

「・・・そうしたいのはやまやまなんだけど、裏で何か起こってるって思ったら喜べるわけないよ。ルミアとグレン先生もいないし、ソティルもなんか隠してることあるみたいだし?」

 

 後半の部分をやけに強調してきたテトラ。ソティルは心底面倒そうに大きくため息をついた。

 

「今回に関しては『言わない』じゃなくて『言えない』なんですよ。今回の件も手助けぐらいは出来てますけど、あまり迂闊に動いたら例の組織とか政府とかにマークされそうですし・・・というか、政府の人から今日付けでグレー判定貰いましたし。はぁ・・・色々隠蔽とか改ざんとかするのって面倒なんですよ」

「それ真っ黒じゃん」

「・・・バレてなきゃ何してもシロと同じです」

 

 ヤケクソ気味に言ったソティルの顔は、苦々しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

『───それでは、二組の代表者は表彰台へお願いします。生徒一同は盛大な拍手を』

 

 代表者が出てきた瞬間、静粛だった会場が一気にざわつきだした。

 数十秒後、そのざわつきは大混乱へと変わる。

 

「アルベルトさんとリィエルちゃん・・・じゃ、ない!?グレン先生とルミアじゃん!?あれ【セルフ・イリュージョン】でしょ!?なんでわざわざそんな魔術・・・って結界張られた!?あぁもう意味わかんない!」

 

 パニック寸前のテトラがヒステリックに叫ぶ。

 ソティルは「惰弱ですね」と鼻で笑っていたが、わずか三十秒という短時間の間に情報が濁流のように押し寄せてきていたのだ。パニックになっても無理はないし、実際に会場は混乱状態に陥っていた。

 違和感の発端は表彰台に立った二組の代表者である。

 講師陣の中から出てきたのは担任であるグレンではなく、アルベルトとリィエル。その服装や身に纏う雰囲気は祭りに来る人のソレではなく、観客から見れば異様な光景だっただろうが、テトラにとってここまでは許容範囲だった。問題は次だ。

 女王とその側近と思われる初老の男性が困惑しているうちに、アルベルトの姿がグレンに、リィエルの姿がルミアに変わった。

 その様子を見ていた全員がしばらくの間呆然としていたものの、我を取り戻した兵士たちは次々と抜刀しグレン達に向かっていった。結局は何かの呪文を唱えたセリカによって表彰台を中心とした結界が張られ、彼らがグレンの元へとたどり着くことは不可能となってしまったが。

 何故、グレン達はわざわざ変身の魔術を使って表彰台に立ったのか。

 何故、兵士達はグレンの姿を捕捉した瞬間に剣を抜いたのか。

 セリカが結界を張った目的は何か。

 テトラの頭の中から疑問は無数に湧いてくるが、とりあえず今は冷静になることが先決だ。それに事情を知っているらしい人物は既に隣にいる。

 

「・・・ソティル、まだ言えない?」

「まだです」

「・・・わかった。その代わり、終わったら全部教えてよね」

「いいですけど、私が言うまでもないと思いますよ?」

 

 ソティルが興味なさげに言うと、後ろから誰かが走ってくるような音が聞こえた。振り返ってみると、セラがその新雪のように美しい銀髪を揺らしながらテトラ達の元へと向かってきている。

 

「ここ、一応関係者以外立ち入り禁止なんですが?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

 

 緊急事態に焦燥感を示すセラからの返答は、彼女にしては珍しく辛辣なものであった。動揺したように一瞬顔をひきつらせたソティルだったが、すぐにその表情を気だるげなものへと戻す。

 

「ああなった理由はすぐわかります・・・っと、ちょっと危ないですね」

 

 ソティルはそう呟くと同時に少し強めに指を鳴らしたが、周囲の状況に変わりはない。おそらく、結界内で何かしたのだろうが───。

 

「これぐらいだったら私が干渉したとは思われないでしょうし・・・すぐ終わるでしょうね」

「終わる・・・?一体何が?」

呪い(カース)。以前にセラさんから習いましたが、覚えていますか?」

「う、うん」

 

 わけがわからずテトラは首を傾げていたが、突然グレン達を覆っていた結界が解除される。

 そこには頭を掻くグレンと呆然としているルミア。膝をつく初老の男と女王陛下の姿があった。女王の姿を見たテトラは、その首元にあったはずのペンダントがなくなっていることに気が付く。

 

「・・・後は女王陛下から説明があると思います。じゃ、私は女王陛下にここの視線が向いてるうちに休みますかね。正直、能力を使い続けたせいで姉さんを打ち上げ会場まで連れて行くまでエネルギー持つか怪しいですし・・・あ、二人以外の誰かが近づいてきたら勝手に起動するので」

「や、休むってここで横になるってこと?」

『・・・・・』

 

 ソティルは何も答えず、直立不動。瞼を閉じて身じろぎ一つしていない。これを彫像だと言えば、誰もが信じるだろう。

 

「・・・ソティルってこんな器用なことできたんだ」

「流石は機械というか・・・とりあえず、今は女王陛下の説明を聞くしかなさそうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大騒動となった閉会式から五時間後。日はすっかり落ちて、街頭の僅かな光のみに照らされる道は薄気味悪さすら感じさせる。

 その中を歩くグレンとルミアは、先程まで騒動の中心人物として学院側との緊急会議や政府の事情聴取などを受けており、ようやく解放されたところだった。

 

「マジで面倒臭ぇな・・・勲章なんていらねえってのに」

「私達が中心人物だったんですから、仕方ないところもありますよ。でも、なんだかんだ丸く収まりそうでよかったじゃないですか」

「・・・ま、なんだかんだ被害はなかったしな」

 

 今回の事件の下手人はエレノア=シャーロット。女王の侍女を勤めていたが、彼女は天の智慧研究会のスパイであった。出自もはっきりしており、品行方正で能力も優秀。そのため、政府内には誰一人として彼女をスパイと疑う者はいなかったが。

 女王とも深い信頼関係を築いていたエレノアはあるネックレスを首につけることを女王に勧めた。だが、そのネックレスには条件起動型の呪い(カース)が込められていたのだ。その条件というのは「身に着けてから一定時間経つと装着者を殺す」「外したら装着者を殺す」「情報を新たな第三者に開示すれば装着者を殺す」という、鬼畜極まりないもの。そして、その呪い(カース)の解呪方法がルミアの殺害であった。

 ソティルは他の人間から情報を開示されることなく、自らの能力で入手したため条件から除外されたのだろうが、これがもし「新たな第三者が呪い(カース)に関する情報を入手すれば装着者を殺す」というものであればソティルが能力を発動させた時点でゲームオーバーだっただろう。

 

 閑話休題 (それはさておき)

 

 女王の側近であり、王室親衛隊総隊長であるゼーロスは女王だけでも救うため、ルミアの殺害を親衛隊に命じた。彼はグレンの策にまんまと嵌められ、女王陛下にグレン達を近づけることとなった後も、女王のためにルミアと彼女を守るグレンを殺そうとする。しかし、結局はグレンの固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】が発動して呪い(カース)の起動は不可能となり、事態は収束した。

 

(だが気がかりな点も多い・・・天の智慧研究会がルミアに固執する理由もだが、あの四十年戦争を生き抜いたゼーロスが剣を振る前に突然膝をつきやがった・・・)

 

 ゼーロスは「全身に痛みが走ったかと思うと突然身体が動かなくなった」と証言していた。魔術による検査では体内から毒物反応は検出されていないが、魔術でも解析できない毒薬も作ろうと思えば作れるだろう。

 数時間後にはゼーロスは動けるようにこそなったが、後々精密検査が行われるだろうし、彼の回復が完全と判断されるまで王室親衛隊の戦力は大幅に失われることとなる。

 

(魔術でも解析出来ねぇ新種の麻痺毒か、それとも結界を無効化できる固有魔術(オリジナル)の類か・・・これを相手取るとなると宮廷魔導士団でもだいぶ手を焼くことになりそうだな・・・)

 

 グレンが苦い顔をしながらもの思いに耽っていると、ルミアが心配そうに見つめてくる。

 

「先生、どうかしましたか?」

「うんにゃ、なんでもねーよ。心配事は後から解決すりゃいいんだ」

 

 とりあえず、今日は守ることができた。それでいいのだ。

 

「あ!皆がいるお店、見えてきましたよ!」

 

 気を取り直して前を見ると、ルミアの指差す先に洒落た店があった。

 グレン達は二組の生徒達が打ち上げをしている飲食店へと向かっていたのだ。

 

「・・・ん?誰か出てきたが・・・流石にもうお開きだったか?」

 

 店から出てきた人影は、こちらへと向かってきた。肩まで伸びた髪は薄暗いこの時間帯はとても目立つ白色をしていて───。

 

「おや、貴方達ですか」

「・・・ソティルかよ。てかオマエ、結局少し情報をくれただけで本当に何もしなかったな」

「それ、本気で言ってるのですか?」

 

 ソティルの咎めるような視線がグレンに突き刺さる。

 だが、グレンがいくら過去の出来事を辿っても、ソティルから手助けされた覚えは全くない。

 

「いや、お前に助けられたのってそれぐらいしかなかっただろ?」

「結界内でゼーロスがぶっ倒れませんでした?」

「・・・もしかして、キミがやったの?」

「ええ。ゼーロスの神経情報を操作して金縛りを引き起こしました。全く、もしここまで言って気づかなかったら、貴方のことぶん殴ってたかもしれませんよ」

 

 グレンが震えた声で聞くと、ソティルは冗談交じりにそんなことを口にしていた。

 グレンからすれば冗談じゃなかった。

 

「ぶん殴りたいのはこっちだわ!バカじゃねーの!?お前のせいでゼーロスはしばらくの間訓練すらできないんだぞ!?本人も『そろそろ私も年なのかもな・・・』って死んだ目で言ってたし!」

「あんなもの一回寝れば全快ですよ。ま、脳情報を見た限りでは医者から休むよう言われてもおかしくないぐらい疲労が溜まってるみたいですから、復帰したとして仕事が出来るかどうかはわかりませんけど・・・きっと大丈夫でしょう」

「大丈夫なワケあるかこのバカ!」

 

 新種の毒とか固有魔術(オリジナル)を持つ敵が──とか考えてた自分が死ぬほど恥ずかしかった。

 ソティルの肩をブンブンとゆすっていたグレンだったが、ルミアに悟られて落ち着きを取り戻す。

 当のソティルは呆れたように肩をすくめていた。

 

「面倒ですが、責任取って対策はするつもりですよ。ゼーロスが戦えない間は私が能力を使って女王の周りを常に見張っておきます。不審者が現れたら竜の寝床にでも送ってやりますから、安心してください」

「・・・ドラゴンって縄張り意識強かった気がするんだよな」

「ご名答。見つかった瞬間に火あぶりでしょうね」

 

 にこやかな笑みを浮かべながらさらりとえげつない発言をするソティル。

 そこで話が一区切りついたと判断したのだろう。ルミアは少し申し訳なさそうにソティルに話しかけた。

 

「ソティル、打ち上げってまだ続いてる?」

「・・・まだ続いてますよ。姉さん含めて全員いるはずです」

「そうなんだ!間に合ってよかった・・・あれ?まだ終わってないのにソティルはどこ行くの?」

「帰ります。こちらの世界に留まりたくなる理由は───いえ、人との過度な馴れ合いなどするつもりはないので」

 

 いつものように無気力なソティルの言葉。だが、声色はどこか虚しさを感じさせる。

 

「そんなこと出来ないよ!だってソティルは───」

「後で姉さんは迎えに来ますからほっといてください。あと、今回だけは依頼料は無料(タダ)でいいです。グレン先生も気の毒ですし」

 

 グレンに一瞬だけ憐れむような視線を向けたソティルは、ルミアの言葉に構うことなく足早に去っていく。

 ルミアは悲しそうに、グレンは首を傾げながら暗闇に消えていくその後ろ姿を見つめていた。




三・四巻の話はクソ重くなります。
一・二巻の話ではソティルの出番が多すぎたので主にテトラを掘り下げたいな、なんて思ったり。


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第3章
猪の再来


中点を「・・・」から「……」に変更しました。
むしろ今までなんでこっちじゃなかったんだろう。


「やっと……やっと今日から復学できるぞーーーーっ!」

「周りに迷惑です」

「い゛ッ!?」

 

 清々しい朝日が昇る朝。ソティルが通学途中で大はしゃぎしているテトラの頭に拳を叩き込んでいた。ソティルはテトラに対しては少々暴力的である。

 

「ソティル!?一緒に暮らし始めてかれこれ一年ちょいになるけど、私に拳骨する頻度高すぎない!?」

「私も姉さんにかなり拳を叩き込まれてますから、おあいこですよ」

「う、それはまぁ……確かに」

 

 ちなみにテトラもソティルに対しては過激な対応をすることが多い。ソティルは恐らくテトラのこのような性質もコピーしたのだろう。

 

「それに、先週から鍛錬を再開したのですからこれぐらいは避けられるようになってほしいんですが」

「『その気』じゃないからだよ。グレン先生だって学院にいるときはシスティからよく殴られてるけど、訓練の時はシスティのパンチを全部避けてるじゃん」

 

 ソティルとテトラが鍛錬を行っているフェジテ自然公園だが、偶然にもそこはシスティーナがグレンに魔術戦の訓練をしてもらっている場所でもあったのだ。

 テトラが訓練を再開した日にシスティーナとばったりと会った時は双方とも数秒硬直するほど驚いていたが、次の日になれば何事もなかったかのようにそれぞれの訓練を始めていた。どうせだったらグレンと拳闘を交え、その立ち回りなどを習得したいとテトラは思っているが、それが叶うのはまだ先になりそうだ。

 

「貴方の場合は訓練中も私の攻撃を避け切れてませんからね。まだまだ鍛錬が足りないです」

「ソティルのは早すぎるんだよっ!銃弾並みに速い拳を魔術なしで避けろって無理な話でしょ!?」

「出来ます。実際この世界にもいますし」

 

 平然と言い放ったソティルにテトラはがっくりと肩を落とす。

 と、緩み切っていたテトラの顔が一瞬にして強張った。

 

「なんか、グレン先生襲われてるんだけど」

「……あー、来ちゃったんですね。あの子」

 

 二人の視線の先には、大剣を振り下ろしたリィエルとその大剣をスレスレで白刃取りするグレン、そしてその様子を呆然として見ているルミアとシスティーナの姿があった。

 グレンは大剣から手を離すと、すぐにリィエルにヘッドロックを決めていた。

 

「……グレン先生の知り合いかな?」

「リィエル=レイフォード。制服を着てる辺りここに編入してくるみたいですね……姉さんに悪い影響を与えなければいいのですが」

 

最後にそう呟いたソティルの顔はとても不安げであった。

 

「悪い影響?何それ?」

「……あー、えーと……そうです。あの子みたく剣を公共の場で振り回すようなことをするようにならなければいいなー……なんて」

「そんなことしないよ!?」

 

 ソティルの返答は怪しい部分が目立っていたが、何本か頭のネジが外れているとしか思えないあの少女のことで頭がいっぱいのテトラは気が付くことはない。

 テトラもソティルも、編入生(リィエル)の背中を見ながら大きなため息をついたのだった。

 

「……でも、ヘッドロックかぁ。いつか使ってみようかな?」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりですわね、テトラ!足はもう大丈夫なんですの?」

「うん、大丈夫だよ!ソティルから授業の内容は教えて貰ってるから皆と同じレベルにいる……はず」

「ソティルの授業……ちょっと受けてみたいかも」

 

 朝礼が始まる前の教室。テトラは久しぶりのクラスメイトとの会話に花を咲かせていた。一方、ソティルは自分の席に座って魔術特性(パーソナリティ)についての論文をペラペラとめくっている。競技祭が終わって一段落した頃から、ソティルは余った時間を見つけては魔術特性(パーソナリティ)について調べていた。本人いわく「興味が湧いた」ということだが、本当のところはわからない。

 

「お前ら席つけー、朝礼始めるぞー」

 

 テトラがクラスメイトとの会話を終えた数分後。教室のドアを開け、気だるげに教卓へと向かうグレン。その後ろをリィエルがトコトコとついていく。突然現れたその少女の容姿にクラスの生徒は色めき立っていた。

 

「突然で悪いが、こいつは今日からお前らの新しい学友になるリィエル=レイフォードだ。仲良くしてやってくれ」

 

 ざわざわと騒がしくなる教室。無論、その中心は男子生徒である。

 

「やべぇ……俺、ルミアちゃん派だったのにリィエルちゃん派に移行しちまいそうだ……」

「俺もテトラちゃん派から移行するぜ!お前はどうするんだ?」

「愚問だぜ!俺はウェンディ様一筋だッ!」

「あー!まぁ、とにかく!お前らもこいつのこと色々知りたいだろうし、一旦リィエルに自己紹介してもらうことにするか!つーわけだから、リィエル。自己紹介してくれ」

 

 グレンはざわつく教室の注目を強引に自分に集めた。

 しかし─────

 

「……………………………リィエル=レイフォード」

 

 リィエルはぽつりと呟き少しだけ頭を下げると、再び押し黙ってしまった。

 ……………沈黙。

 

「……おい、なんかもう少しねぇのか」

「……もう終わった」

「アホかっ!?なんか趣味とか特技とか、自分の事で話すことあるだろ!」

「……わかった」

 

 リィエルは微かに頷き、一歩前に出た。

 

「リィエル=レイフォード。帝国宮廷魔導士団、特務分室所属。コードネームは≪戦車≫。今回の任務は──」

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?」

 

 突然、グレンが叫びながらリィエルを抱きかかえて教室の外へと飛び出していく。クラスの生徒のほとんどが唖然としていた。

 

「……ええ?」

「先生が叫んだせいでよく聞こえなかったけど……なんか軍がどうとか言ってなかった?」

 

 元々リィエルの声が小さいことも幸いし、生徒達はリィエルの発言を聞き取れなかった……一人を除いて。

 

「……あの年で軍人なんだ」

「へぇ、姉さんはアレを聞き取れたんですね」

「昔から耳はいいから。でも、任務がどうとか言ってたから、他の人にはこの事を知られないほうがいいのかも」

「グレン先生が全力で止めてましたしね。極秘任務とかなんでしょうけど……能力使って調べましょうか?」

「ううん、大丈夫。そんなこと知らなくても仲良くなれるだろうし」

 

 グレンに連れ戻されたリィエルがやっつけ感満載の自己紹介をしている様子を見ながら、テトラは穏やかに微笑んだ。

 朝の惨劇を引き起こしたリィエルを間違いなくヤバい奴と思っていたテトラだったが、どうやらその見方は変えられたようだ。

 その後、リィエルの「グレンは私の全て」という色恋沙汰としか思えない発言に対して最初に黄色い声を上げたのも彼女だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わぬ騒動によって大幅に授業時間が狂ってしまったグレン達のクラスは、急遽実践の授業を行うこととなった。

 今回の内容は魔術狙撃の実践───ブロンズ製のゴーレムに設置された六つの的を狙うというものだ。

 現在はほとんどの生徒が計測を終え、グレンは手に持ったボードに書かれた結果を再確認する。

 

「テトラは六発中命中したのは四発か。いい線いってんじゃねえか?」

「あの程度の距離だったら全弾命中させて欲しかったのですが……まだ狙撃については何も教えてませんですし、及第点ですかね」

「お前は三発しか当たってなかったが……どうせわざとなんだろ?」

 

 テトラの結果を見ようとボードを覗きに来たソティル。そんな彼女をグレンは呆れた様子で見降ろしていた。

 

「生憎ですが、能力を使わなければ私は凡人です。あれが私の実力なんですよ」

「嘘つけ。お前の集中力があれば全弾命中も出来たはずだぜ。目立たないようにしたいのはわかるが、出せる実力は出してくれよ。じゃないとお前に合わせた指導が出来ないんだ」

「……ま、検討しときますよ」

 

 面倒くさそうに言ったソティル。その意識は既に他のものに向いていた。

 それの対象はリィエル=レイフォード。現在魔術狙撃を行っているが……五発中一発も命中していない。

 

「あの子、本当に宮廷魔導士団のエースなんですか?」

「……黒魔術系の攻性魔術(アサルト・スペル)使ったところは見たことなかったんだが、まさかここまでド下手クソだとは思ってなかった」

 

 グレンが頭を抱えていると、リィエルがグレンの方へと振り返った。

 

「ねぇ、グレン。これって【ショック・ボルト】じゃないとダメなの?」

「え?いや、他の呪文でも構わねぇけど……届くのか?」

「ん、届く」

 

 リィエルは再びゴーレムに向き直ると───

 

「≪万象に(こいねが)う・我が腕手(かいな)に・十字の剣を≫」

 

 地面から超巨大な十字型の大剣(クレイモア)を錬成していた。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────ッ!?」

「??????????????」

 

 グレンが叫び、ソティルが口を開けたまま静止する。当然、他の生徒達も目を剥いていた。

 そんなことを全く意にも介さず、リィエルは垂直に高く跳躍し───

 

「いいいいいいいやぁあああああああ──────ッ!」

 

 クレイモアを。

 彼女の身の丈以上は確実にある巨大な大剣を。

 ぶん投げた。

 もう一度言おう。

 巨大な大剣を、あの華奢な体で、ぶん投げたのである。

 投げられたクレイモアは美しい直線軌道を描いてゴーレムへ向かっていき、哀れなことにゴーレムは的ごと粉々に砕け散ってしまった。

 

「ん、六分の六」

 

 リィエルが得意げにそう呟くと同時に、壊れた人形のように固い動作で後ろを振り返るソティル。

 結論から言うと、明らかにクラスの生徒のほとんどはリィエルを怖がっていた。あのテトラやルミアですら顔を真っ青にしている。

 

「……どうするんですか、これ」

 

 そんなソティルの呟きは、誰にも答えられることなく空へと吸い込まれていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は経過し、現在は昼休み。

 学院の食堂には多くの生徒達がごった返していた。

 テトラとソティルはそんな食堂の長蛇の列に並んでいる。

 

「す、凄かったね……ちょっと怖くなるぐらいには」

「……あれは私でも肝が冷えましたよ」

 

 ため息をつくソティル。テトラはぐっと拳を握る。

 

「でも、絶対に悪い子じゃないことはわかったよ。ちゃんとルールには従ってたわけだし、一回ちゃんと話してみたいんだけど……」

「その時は私もついて行きますね」

「……ええっ!?」

 

 テトラが後ろに並んでいたソティルを振り返る。

 

「……なんですか」

「いや、ソティルの事だから『ふん、私はあんなトラブルメーカーに関わるなんてゴメンですね』とか言いそうだったから」

「否定はしませんけど、そんな風に思われていたのは少しショックですね……」

 

 不機嫌そうに言ったソティルは指に髪を巻き付けながら言葉を続ける。

 

「私と似てるなって思っただけですよ。それに、クラスの中で一人だけ孤立してるのを見るのは気分が悪いです」

「似てる?まぁ、無気力そうな所とかは似てるっていえば似てるけどさ」

「……とにかく、姉さんはリィエルと話がしてみたいんでしょう?なら、昼休みのうちに話をしてみてはいいんじゃないですかね」

「それもそうだね。じゃあさっさとご飯も食べて───って、リィエルそこいるよ!?」

「あ、ほんとですね。ルミアとシスティーナも一緒のようですけど」

 

 二人の視線の先には苺タルトを小動物のように(かじ)っているリィエル、そしてその様子を見守っているルミアとシスティーナの姿があった。

 

「……可愛い」

「姉さん、順番来てますよ」

「え!?あ!すいませんっ!」

 

 ドタバタしながらも自分達の食事が乗ったトレーを手に入れたテトラとソティルは、すぐにリィエル達の席へと向かった。

 

「えーと、私達も混ぜて貰っていいですか?」

「あ、二人もここで食べるの?うん、大丈夫だよ。皆で食べたほうがご飯も美味しいし」

「ありがとうございます。じゃあ私はリィエルの隣に座りますね。いいですか?」

「……ん」

 

 苺タルトを齧りながらリィエルがこくりと頷いた。ソティルは優しく微笑みながらリィエルの隣の椅子に座る。

 そこにクラスメイトであるウェンディとリンが通りかかった。テトラとルミアは二人を呼び止め、一緒に食事を取ろうと誘ったが、二人の返答は曖昧なものだ。

 

(流石にあんな事したリィエルとすぐに一緒の食事をするのは厳しいよね……)

 

 今日は確実に断られるな、と思ったその時である。

 

「おぉっ!学院内の美少女達がそろい踏みだな!俺もご一緒させてもらうぜ!」

「あはは、カッシュったら……あ、僕も一緒に食べていいかな?」

 

 突如現れた二人の少年、カッシュとセシル。

 彼らは近くの席に座るとリィエルに次々と話しかけ、会話を盛り上がらせていく。

 そんな様子に毒気を抜かれたウェンディとリンもリィエルへと話しかけるのだった。

 

「……凄いね。私じゃウェンディとリンにリィエルの良さを知ってもらえなかったかも」

「ありがとう、カッシュ君」

「へへっ、変な奴とはいえ新しい仲間が独りになるってのは見過ごせなかったからな。出来る限りのフォローはさせてもらったぜ」

 

 快活に笑うカッシュ。

 

「お礼は今度テトラとルミアと俺の三人でお茶でも───」

「あっそれは無理。ごめんね?」

「私もちょっと厳しいかなー。ソティルはそういうことに興味ないの?」

「姉さん、こっちに飛び火させないでください……ごめんなさいカッシュさん。私も男性とはちょっと……」

「うぅっ!やっぱ無理かぁー……」

 

 力が抜けたのか、テーブルに頭をぶつけるカッシュ。

 

「でも、ルミアとシスティーナ、テトラの三人が仲良くしてる時点でリィエルが悪い奴じゃないってことはわかりきってたんだよな。クラスの連中も今でこそビビってるけど、『遠征学習』が始まる前には受け入れてくれるだろうさ」

「うん、皆きっとわかってくれるよね」

「大丈夫だよ!皆いい人だし!」

 

 リィエルを中心に盛り上がるクラスメイトの様子に、三人は笑みを交し合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───感情の振れ幅は問題なし。

 ───(マイナス)の感情も今のところは湧き上がっていない。

 ───計測結果、現状意志が最適解。

 ───私がどうにか出来るようになるまで、このまま穏便に進めばいいのですが……。




カットした部分多いなぁ……。
三・四・五巻部分は細かく書きたいなぁと思ってはいます。早く書かなきゃという焦りもあるので出来るかは正直微妙なところですが。


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サイネリア島へ

筆が乗ったので今回は早めに投稿
また次から遅くなります


「……ね……ん……姉さん!起きてください!港に着きましたよ!」

「……ふぇ?」

 

 重たい瞼を無理やり開けるテトラ。そこはいつも寝ている部屋ではなく、馬車の中だった。

 

「ああ、そっか……遠征学習の途中だったね。ソティル、今何時かわかる?」

「ちょうど正午を過ぎました。とにかく、一旦馬車から降りますよ。(ただ)でさえ他の人達よりも遅れてるんですから──」

 

 懐中時計を(もてあそ)びながらブツブツと文句を言うソティルにテトラは曖昧に笑みを返し、馬車から降りる。 

 そんなテトラがまず目にしたのはありとあらゆる店が立ち並ぶ商店街だった。通りは活気に溢れており、よく見てみると人だかりの中にクラスメイトも混じっている。どうやらソティルが言った通り、テトラ達は他の生徒達と比べてだいぶ出遅れてしまったようだ。

 

「ご、ごめんね?サイネリア島の事考えてたら全然眠れなくってさ」

「その年になって、恥ずかしくないんですか?」

 

 頬を膨らませ、テトラと一切目を合わせようとしないソティル。どうしたものかと困っているテトラに、思わぬ助け舟が入った。

 

「まぁまぁソティル。テトラは前から今日の事すっごく楽しみにしてたんだから、許してあげて?」

「そうよ。テトラにとってはこの遠征学習が初めて参加する大きなイベントなんだから」

「………ん、喧嘩はよくない」

「………貴方達ですか。そういえば姉さんと一緒に昼食を取ろうって約束してましたね」

 

 ルミアとシスティーナ、リィエルがテトラをフォローするとソティルは大きくため息を吐いた。

 

「わかりましたよ。一応懐中時計は渡しときますから、時間には遅れないようにしてくださいね?」

 

 そう言ってソティルがテトラに懐中時計を投げ渡そうとすると、テトラは不思議そうにソティルを見つめた。

 

「え?ソティルは一緒に来ないの?」

「………えっ?」

 

 あまりにも予想外の言葉だったのか、間の抜けた声を上げるソティル。

 

「いやいや、『なんでそんな意味わからない事するんですか』みたいな顔しないでよ。食事は皆でする方が美味しいんだからさ」

「今日は馬車にずっと乗っていたせいでいつもと比べてエネルギーを消費していないので、昼食を取る気はないのですが……」

「つれないこと言わないでさー!せっかくシーホーク(ここ)で有名なパンのお店まで調べてきたんだから一緒に食べようよー!」

「そんなことしてたのね……」

 

 ソティルの腕をぐいぐいと引っ張るテトラにシスティーナが呆れながらツッコミを入れる。

 一方、ソティルはテトラを無視して商店街に向かおうとしていたが、何度手を振りほどいてもテトラは粘り強くその腕を掴んでくる。そんな攻防が三分ほど続き、ついにソティルが根負けした。

 

「わかった!わかりましたから!私も行きますからそのお店!」

「ほんと!?よしっ!」

 

 ガッツポーズを取るテトラにルミアとシスティーナは苦笑し、リィエルは首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……美味しそうだね……」

「人気の店だったら並ばなきゃいけないと思ってたけど、案外空いてたわね」

「ふふん、そこもちゃんと調べてきたの!あのお店、商店街の奥のほうにあるから他の所よりもお客さんが増える時間帯がちょっとだけ遅いんだって!」

「はいはい、姉さんが凄いのはわかりましたから落ち着いてください」

 

 鼻息を荒くするテトラをソティルが宥める。

 ちなみにその手にはサンドイッチが入った袋が握られていた。

 

「あ、確か船着き場に休憩所もあったはずだから、そこで食べない?」

「ほんとなんでも調べてますね……私は問題ありませんけど、他の三人はどうですか?」

 

 ソティルが問いかけると、ルミアは笑顔で頷く。

 

「私は賛成かな。出来ればゆっくり食べたいし」

「私もよ。確かに、遅れるかもって考えながら食べるのはちょっと嫌ね」

「………大丈夫」

「満場一致ですね。多分、ここからなら歩いても五分で到着出来るでしょうし、急がず行きましょう」

 

 前もって配布された地図を見ながら船着き場へと向かう五人。その道中、ソティルは何度もリィエルの世話を焼いていた。

 

「リィエル。さっきから気になっていたのですが、配られた地図と予定表はどうしたのですか?」

「………多分、無くした」

「そんな所だろうとは思っていましたけど……後でグレン先生に言って貰いに行きましょうね?」

「………ん」

 

 彼女はリィエルが来た当初は何もしていなかったにも関わらず、時間が経つにつれてルミア、システィーナと共にリィエルの面倒を見るようになった。テトラはそんな三人に置いて行かれたせいであまりリィエルと関われていないが。

 

「ねぇ、なんでソティルはあんなにリィエルの事を気に入ってるの?私やルミアともあんなに喋ったことないのに」

「私もちょっとわかんないんだよね。自分と似てるからってソティルは言ってたけど……」

「似てるから、かぁ……」

「「「うーん……」」」

 

 首を捻る三人。

 しかし、答えは出そうにない。

 

「………皆さんは何をコソコソと喋ってるんですか?」

「───っ!?」

 

 いつの間にか真後ろに来ていたソティルにテトラが小さく悲鳴を上げる。不機嫌そうな顔を見るに、どうやら会話の内容も把握しているようだ。

 

「言っときますけど、別に気に入ってるわけじゃないですよ。何故か放っておけないというか……」

 

 困ったように頭を掻くソティル。どうやら本人も上手く説明が出来ないようだ。

 話を逸らすための話題作りが欲しかったのか、ソティルはしばらく辺りをきょろきょろと見回すと突然前方を指さした。

 

「目的地が見えてきましたね!時間も限られてますし急ぎましょう!」

「え!?ちょっと!?さっき急がず行きましょうって言ってたじゃない!」

 

 システィーナが止める間もなく走り去ってしまったソティル。

 

「………恥ずかしかったのかな?」

 

 ルミアが苦笑交じりに呟く。言われてみればソティルの顔は心なしか赤かった気もする。

 とりあえず、四人でソティルの後を追おうとしていると……

 

「へ~い、そこのお嬢さんがたぁ~。ちょぉっといいかなぁ~?」

 

 軽薄そうな声が前から飛びかってきた。

 声のした方を見てみれば、シルクハットに洒落たフロック、腕にはステッキという伊達姿の青年が近づいてきている。

 

「………なんですか?」

「いやぁ~、お嬢さん達可愛いねぇ~。その制服、アルザーノ魔術帝国学院……だっけ?そこのでしょ~?こんなとこで何やってるの~?」

「………私達は『遠征学習』でここまでやって来ました。これからサイネリア島へ向かうために、船着き場へ向かっています」

「へぇ~、そうなんだぁ~。僕もサイネリア島に用事があるんだよねぇ~。これって運命感じない?ね?ね?」

「………感じません」

 

 青年に対応するシスティーナの声に段々と苛立ちが募っていく。システィーナはこういう女にだらしなさそうな男が大嫌いだった。

 

「いやぁ、こうして会ったのも何かの縁だよねぇ?どう?ちょっと寄り道して僕とお茶でも───」

 

 青年の言葉が突然途切れる。突然、肩に何かが触れている感触がしたからである。

 振り返ってみれば、穏やかに微笑む白髪の少女がいた。

 彼女の目は全く笑っていない事を青年はすぐに理解したが。

 

「嫌な予感がしたから戻ってきてみれば………これは一体、どういうことなんですか……!」

「ヒ、ヒィッ!待って!待つんだお嬢さんッ!ぼ、僕はただこの子達をお茶に誘おうと───」

「今の姉さんにストレスを与えるとは、いい度胸してますね……!」

 

 青年の肩から手を放すと、拳をポキポキと鳴らし始めたソティル。その後ろに()()()()()()()()ほどの覇気を纏っている少女に青年は完全に腰を抜かしていた。

 

「や、やめてくれ!ぼ、暴力は良くないとお母さんから習わなかったのか!?」

「襲われましたって言えば正当防衛で済みます……!」

「ひぃいいいいいいいいいい───っ!?」

 

 ソティルが拳を振りかぶったその時、その手を背後から掴む者がいた。

 

「お前が過敏になる気持ちもわかるけどな。流石に落ち着け」

 

 淡々とそう言ったグレンはソティルの手を解放した。ソティルは舌打ちをしながら腕を下ろす。

 一方、命拾いした青年はグレンに近づき、その手を取っていた。

 

「た、助かったよ!ありがとうお兄さ───」

「だ け ど な」

 

 グレンは素早く青年の背後に回り込むと、その首根っこを掴む。

 緩んでいた青年の顔が再び引き()っていった。

 

「お、お兄さん!?一体何を───!?」

「ボクも、キミとちょお~~~っと『お話』したいんだよねぇ~……」」

「え!?お、お兄さんもあの紅い目のお嬢さんとやること変わらないんじゃ───」

「じゃ、集合時間までには戻るようにするから。もしもの時は白猫がクラスをまとめといてくれ」

 

 青年の言葉を無視して、ずるずるとその体を引きずっていくグレン。

 

「ぎゃあ───っ!?お嬢さん達助けてぇえええええ───っ!?」

 

 情けない悲鳴を上げながら、青年はグレンと共に裏路地へと消えていった。

 それを見送ったソティルはすぐにテトラへと駆け寄る。

 

「大丈夫ですか姉さん?体の調子が悪かったりしませんか?」

「う、うん。大丈夫、だけど………ダメだよソティル。知らない人に殴りかかろうとするなんて」

「………すみません、頭に血が昇っていました」

 

 しゅん、と縮こまってしまうソティル。だいぶ反省しているようだ。

 あの青年もこれで懲りると思えば、今回ぐらいは許しても問題ないだろう。

 そう判断したテトラは、すぐにソティルに笑いかけた。

 

「でも、助かったのは事実だし今回だけは許してあげる。次からは許さないからね」

「………善処します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戻ってきたグレンと各自で昼食を終えたクラスメイト達を乗せ、定期船はサイネリア島へと向かう。

 その船首楼で、システィーナとソティルは海を眺めていた。

 テトラとルミアは船酔いでグロッキー状態のグレンを介抱しており(システィーナ達も手伝おうとしたが断られてしまった)、リィエルはグレンを船酔いから救おうと船を沈めようとしたため、現在拘束されている。

 

「………はぁ」

「………もうそろそろ立ち直ってもいいんじゃないかしら……?」

 

 顔を青ざめさせながらため息をつくソティルに、システィーナが心配そうな瞳を向けていた。

 

「姉さんの本気の叱責………結構、心に来るものが……」

「珍しいわね。いつもテトラから怒られても、ソティルは結構サラッと流してるのに」

「今回は私が冷静な判断を欠いていたとわかってますから余計に………」

 

 頭を抱えながらボソボソと呟くソティル。

 いつもの毒舌は冷静な判断の結果なのかとツッコミを入れたくなったシスティーナだったが、落ち込んでいる今のソティルに言うのは流石に気が引けた。

 

「テトラも言ってたけど、ソティルが来てくれて私達が助かったのは事実よ。それに、私も後ちょっとであの人を怒鳴りつけるところだったし」

「………システィーナは沸点が低すぎると思うのですが

「何か言ったかしら?」

「いえ、別に何も」

 

 皮肉気に笑ったソティル。

 

「まぁ、あまり落ち込んでいても周りを心配させるだけですね。切り替えます。それで、魔術戦の訓練は上手くいっているのですか?少し覗いてみた時に、私達と同じような拳闘の訓練をしていたようですが」

「ほんとに切り替え早いわね……」

 

 絶望したような表情から一転、いつもの気だるげな表情に戻ったソティルにシスティーナは少しだけ困惑していた。

 

「………私も最初に聞いた時は驚いたわよ。でも、アレが魔術戦の攻守に役立つって聞いたら納得も出来たわ」

「なるほど、戦闘の基礎を拳闘で学ぶのですね」

 

 システィーナの説明に、ソティルは感心するように頷いていた。

 

「テトラはどんな訓練をしてるの?」

「姉さんですか?基本的には体術ですよ。たまに剣術や槍術も教えてますけどね。竜の力を使う時はほとんど格闘ですし、姉さんは魔術を使うには不向きな体質なんです」

「不向き……?」

 

 ソティルの言葉にシスティーナは違和感を覚えた。

 テトラは筆記も実技も平均より上だったはずなのだ。

 そんな彼女の表情を見てソティルは瞳を一瞬だけ泳がせる。

 

「………えーと、まぁ、この話についてはおいおいします。マズいですね。さっきのガチ叱責が響いて冷静な思考が……」

 

 虚ろな目をしながら一人で思考に入り始めたソティル。そこにカッシュが通りかかった。

 

「二人共、ちょっといいか?」

「え?別に構いませんが……どうしたのですか?」

 

 声をかけられたことによって思考の渦から抜け出したソティルが首を傾げる。

 

「サイネリア島が見えてきたからそろそろリィエルの拘束を解いてやれ、って先生が言っててよ。でも、俺だけじゃリィエルちゃんがまた船を沈めようとしても止められないからさ、一緒に来てくれないか?」

「もちろんよ。ソティルも───」

「無論です。リィエルをあまり長い時間拘束させるのは可哀そうですし」

「………やっぱり貴方、リィエルには甘いわよね」

 




また次の話は遅くなりそうですがご了承を


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小さな歪み

遅くなりました(有言実行)
次は私が書くのを楽しみにしているシーンが続くので筆が乗る………と信じたいですが、あまり期待はしないで頂ければなぁと思います。



 事実上の自由時間となっている遠征学習二日目。

 昨日サイネリア島に到着した生徒達は浜辺ビーチバレーに興じているところである。

 

「………えい」

「《見え………いや無理ぃいいいいいい────ッ!?」

 

 宙に浮いたボールをリィエルがハエでも叩くかのようにぺちんと叩く。力が込められているようには見えないその一撃でぐにゃりと歪んだボールは物理法則に従って相手コートの浜辺へと向かい、そのまま砂浜の上にめり込んでいった。

 魔術学院のルールに(のっと)り、このビーチバレーでは白魔【サイ・テレキネシス】───遠隔物体操作の呪文でスパイクを拾う事も認められているが、リィエルのスパイクは強力なものであった。レシーバーのテトラが魔力を練り上げることを放棄して全力で避けようとするぐらいには。

 

「ゲームセット!リィエルチームの勝利です!」

「く、悔しい………!」

「まぁまぁ、相手が強すぎたから仕方ないよ」

「さ、流石の(わたくし)でもあのチームに勝つのはちょっと……」

 

 がっくりと肩を落とすテトラに対して、同じチームのセシルとウェンディは諦めがついているようだった。

 それもそのはず。テトラ達の対戦相手は神のいたずらとしか思えないほどの屈指の強さを誇るチームだ。

 人間離れした身体性能を誇るリィエル。

 リィエルを除けばクラス随一の運動能力を持つカッシュ。

 サイキック系の魔術に秀でていることに加え、そのビキニ姿で(無意識に)男子生徒特攻の精神攻撃をしてくるテレサ。

 攻守共に優れたこのチームは負けることはおろか、今まで対戦してきた全ての相手チームに一点も得点を与えていなかった。

 男子生徒は負けた時もテレサの一部分を見ながら「素晴らしい物が見れた。悔いはない」と清々しい顔をしていたが。

 

「………姉さん、目がガチだったんですけど」

「テトラは負けず嫌いなところがあるもんね………」

 

 一方、ソティルはそんな様子をジト目で見つめ、審判を請け負っていたルミアも思わず苦笑していた。

 

「ソティルはビーチバレーしないの?せっかく来たんだから遊んでいけばいいのに」

「姉さんと違って私は水着も持ってきていませんし、遊ぶ気力もありません。それに───」

 

 苦々しい顔をしながらソティルは続けて言った。

 

「───始めちゃったら能力使ってまで勝ちに行きたくなりそうなんですよ」

「え?」

「なんか最近、自分が姉さんと性格が似ているような気がしてきて………」

「う、うーん………?」

 

 困惑するルミア。

 言われてみれば、この二人は根本的な性格は似ている気もする。しかし、ソティルがビーチバレーで熱くなるところなんてルミアはとてもじゃないが想像できなかった。

 そんなルミアの心中を察したのか、ソティルが別のコートで試合をしている一人の男子生徒に視線を向ける。

 

「ギイブルでさえああなるのですから、私もこの陽気にやられないとは限りません」

「そうかな………?」

 

 ソティルから遠回しに『陽気に完全にやられている』と言われたギイブルだが、そんな会話は彼の耳には入ってこなかった。

 

「《見えざる手よ───ッ!》」

「ナイスだギイブルッ!後は俺が決める!」

「お願いします、先生!」

 

 ギイブルが【サイ・テレキネシス】で頭上にはね上げたボールをシスティーナが素早くトスする。そして───

 

「しゃおらっ!死ねぇえええええ───ッ!?」

 

 グレンの身体が弓のようにしなり、次の瞬間には全身のバネを余すことなく使ったスパイクが繰り出されていた。

 

「………どこのスポーツ漫画ですか」

「グレン先生もシスティも凄いけど………ギイブル君も気合入ってるね」

 

 ギイブルの意外な一面にルミアが呆気に取られていると、試合を終えたテトラが審判席に近づいてきた。

 

「お疲れ様です。こっちは竜の力使おうとしないかヒヤヒヤしてました」

「いやいや、流石に私でもそんなことしようとは思わないよ」

「へぇ………それで、本音は?」

「………リィエルがあんな強さならこっちが竜になっても誰も文句言わないよなとか考えてました」

「やっぱりですか。まぁ使ってたらブン殴ってましたけど」

「怖っ!?」

 

 ソティルの物々しい発言にテトラが冷や汗を流す。

 

「ま、それだけ楽しんでいるならよかったです。っと、次の試合始まるみたいですね。決勝戦はだいぶ期待できそうです」

「じゃあ皆で応援しにいこっか」

「個人的にはシスティのチームに私達の敵討ちをしてほしいなぁ………」

「私はリィエルのチームに勝ってほしいですね。ここまで来たら圧倒的な強さを見せつけて貰いたいです」

 

 ───なんだかんだ言ってここにいる全員がビーチバレーを楽しんでいる。

 こうして、少年少女の楽しい時間は飛ぶように過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、研究所見学の日がやってきた。

 研究所はサイネリア島の中央に位置する。グレン達が宿泊していた旅籠(はたご)はサイネリア島の北東沿岸部に位置しているため、徒歩で向かうには山道を通る必要がある。

 そして、都会育ちの生徒はその険しい山道に苦しめられていた。

 

「はぁ………はぁ………」

「大丈夫かリン?俺はまだ余裕あるから、その荷物持てるぜ?」

「カッシュ、大きい方の荷物は私が持つよ。カッシュは小さい方をお願い」

「お、いいのか?ありがとなテトラ」

「ふ、二人共ありがとう………」

 

 田舎育ちのカッシュも他の生徒と比べれば疲労は蓄積していないが、テトラに至っては荷物をたくさん持っているにも関わらず、疲労が全く見えない。

 元貧困層のため、労働には慣れているテトラ。荷物運びくらいならお手のものである。

 彼女は重い荷物をひょいひょいと持ち上げ、そんな状態でも他の生徒よりも早く歩いていた。

 

「鍛錬の成果………だけじゃないでしょうね。そんな技術、一体どんだけブラックな働き方させられたら身につくんだか」

「………まぁ、あの頃は大変だったよ」

 

 死んだ目をするテトラに呆れるように肩をすくめるソティル。クラスの他の生徒達もテトラの様子に思い思いのリアクションをしていたが、リィエルだけは人形のようにただただ歩を進めていた。

 と、その時である。

 

「っ!?」

「リィエル!?」

 

 リィエルが崩れかかった石畳を踏み、体制を崩してしまった。ちょうどその後ろにいたルミアはリィエルの元に駆け寄り、手を差し伸べようとするが───

 

「………触らないで」

 

 リィエルは、冷たく攻撃的に言い放ちながらルミアの手をはたいた。

 その目にはルミアだけでなく、他の生徒への明確な敵意がありありと浮かんでいる。

 呆然とするルミアを置いてその場を立ち去ろうとするリィエルだったが、一部始終を見ていたシスティーナがその手を掴んだ。

 

「………ちょっとリィエル。何があったか知らないけど、ルミアは貴方のためを思って───」

「うるさい」

「え?」

「うるさいうるさいうるさいっ!もう私に関わらないで!」

 

 突然、リィエルは声を張り上げながらシスティーナの手を振りほどき、二人に背を向ける。

 周りの生徒もぎょっとしてリィエルに視線を向けるが、当の本人はそんなものに構う必要はないと言わんばかりに先へ先へと、山道を進んでいく。

 リィエルは途中でソティルの横を通り過ぎて行ったのだが………何故かソティルは咎めることもせず、黙ってリィエルを見送っていた。

 一方、頭に血が上ったシスティーナはリィエルの後を追おうとするも、ルミアから止められていた。

 

「何があったかわからないけど………今はそっとしておいてあげよう?」

 

 納得はしていない。だが、親友の悲しげな顔を見ると、システィーナの怒りの感情は急速にしぼんでいってしまった。

 

「………お前ら、本当にすまん」

 

 困惑気味の二人にぶっきらぼうな声が投げられる。振り返ってみると、グレンは気まずそうに俯き、いつものように飄々とした雰囲気を纏っていない。

 

「昨日の夜、俺がいらんことを言っちまったせいであいつを怒らせちまった………今のあいつは不安定なんだ。原因である俺が言うべきじゃないんだろうが………あいつに愛想をつかさないでくれねぇか………?」

 

 自信なさげに言ったグレン。その背中は普段とは比べ物にならないほどに小さく見えた。

 そんなグレンに、ルミアは優しく微笑みかける。

 

「大丈夫ですよ。急に拒絶されて少しびっくりしましたけど、あの子が悪い子じゃないことは知っていますから」

「私も大丈夫ですよ。それより、先生は早くリィエルと仲直りしてくださいよ?もう!」

 

 それだけ言うと、システィーナはまた山登りを始め、ルミアはグレンに軽く一礼するとシスティーナの元へと向かっていった。

 

(やっぱ、リィエルは表の世界(ここ)で生きるべきだよな………)

 

 これがリィエルの感情を無視した自分勝手な考えとはわかっている。だが、わかっていてもそんな願いを持たずにはいられないグレンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白金魔導研究所に到着したグレン達。彼らを迎えたのは所長のバークス=ブラウモンであった。

 話を聞くに、どうやら彼が研究所見学の引率をしてくれるらしい。

 バークスはさも当然のことのように話していたが、魔術論文などにあまり興味がないテトラでさえもその名前を知っているほどの有名人が引率をやってくれるというのはとんでもないことである。

 

「『普通では立ち入れない区画も私の権限なら入れる』って言ってたよね!凄いよソティル!システィーナが言ってたんだけどね!最新の研究って………ソティル?」

「………考えていても仕方ないか………ふぅ、行きましょう姉さん。私も白金術には多少興味が───」

「リィエルのこと、やっぱり気になる?」

 

 テトラの指摘にソティルはびくりと身を震わせる。いかにも図星と言った様子だ。

 ため息をついたテトラに、ソティルはぽつりぽつりと話し始めた。

 

「あの子がクラスの人を拒絶することには事情があるんでしょう。ですが、ずっとあんな態度を取っていてはいつか周りに誰もいなくなってしまう。何を言っても今のリィエルが聞いてくれるとは思いませんし、だからと言って洗脳やら催眠やらを使うワケにもいきませんし………一体どうすればいいんでしょうか………?」

 

 ソティルが疲れ切った表情でため息をついた。その表情はまるで反抗期の子供を心配する母親のようだ。

 テトラはそんなソティルの普段とのギャップに何とも言えない表情になる。

 

「………ひょっとして偽物だったりする?本物のソティルはどこ?」

「空 気 も 読 め な い ん で す か ?」

 

 ドスの利いた恐ろしい声を出しながらソティルはテトラの腕を掴んだ。

 能力は全く使ってないはずなのに、掴まれた腕からはギチギチと骨が軋むような音がしている。

 その音に違わず、腕からは激痛という形で脳へと救難信号が発信されていた。

 

「いででででででっ!腕から嫌な音してるよっ!?これぐらいこと言ってもいつもだったら怒らないじゃん!?」

「………ふん、今日の私は気が立ってるんです」

 

 ふくれっ面をしながらテトラの腕を離したソティル。

 テトラはすぐに赤くなった腕の一部をさすり始めた。

 

(ソティル、遠征学習に来てからずっと不機嫌だなぁ………)

 

 おそらくリィエルのことで心労が絶えないのだろうが、だからと言って他の人に八つ当たりするのは勘弁してほしい。まぁ、ソティルを煽ったテトラに非がないというわけではないのだが。

 

「とりあえず今は様子を見ます。これ以上機嫌を悪くされても困りますし、姉さんもリィエルにちょっかいかけないでくださいよ?」

「わかった、善処するよ」

「………善処?」

 

 そんな会話の後、バークスに引率される形で研究所内の見学を始めた二人。

 ソティルは心ここにあらずという有様でそわそわしながら研究所内を歩き回っていた。様々な心配事で人間状態の彼女の頭はオーバーヒート寸前である。

 一方、テトラは様々な研究内容に目を輝かせる反面、自分が見ている標本や実験内容に何故か強烈な嫌悪感を感じていた。

 ルミア達の会話がテトラの耳に入ってきたのは、彼女がちょうど標本にされたホムンクルスを目にしたときであった。

 

「………人が命を好き勝手に弄ったりして、いいのかなって」

 

 ルミアが発したただその一言だけで、テトラが自分の嫌悪感の正体を理解した。

 私は一度死んで生き返った。それは輪廻転生の円環に抗う───つまり、神や命を冒涜する行為の極致だ。そしてこの失敗作も人が命の摂理に抗い、その結果として作り出されたモノ。

出来の違いこそあれ、私とこの命の出来損ないは同じ存在なのだ。

 それを考えた瞬間、テトラの心は一瞬の間に凍り付いた。

 ルミアは───否、その他のクラスメイト達もこの研究所で目にするモノにある程度の忌避感や罪悪感を覚えているはずだ。

 ルミアやシスティーナは同じような存在である私にも多少なりとも恐怖を抱いているのだろうか?他のクラスメイト達が私の正体を知ったら、果たして今まで通りの生活を送ることが出来るのだろうか?

 私は───人間じゃないのか?(化け物なのか?)

 怖い、嫌だ、わからない、理解(わか)りたくない。

 自分の心に渦巻く負の感情に戸惑い、子供のように怯えるテトラ。

 彼女には『自分が人間という生物からかけ離れた存在である』という自覚が、そして覚悟が足りていなかった。

 だが、殺されるその時まで魔術の裏の面すらも知らなかったような純粋な少女に、自分が大勢の人から忌避される存在になった自覚を持てというのはあまりに酷な話であった。それを踏まえれば、テトラがこうなってしまうのも当然と言える。

 自分自身への恐怖、周りの人間に対する不信感───そんなどす黒い感情がテトラの心中で首をもたげたその時、ある一つのワードがテトラの意識を現実へと引き戻した。

 

「………project:Revive Life(プロジェクト リヴァイヴ ライフ)

 

 テトラがはっとして声のした方向を見ると、そこには好々爺然とした顔をしているバークスがいた。

 どうやらシスティーナが話題を変えようとその禁忌の実験を話題に挙げたらしい。

 その研究内容は死者の復活・蘇生。

 バークスによると、この研究は生物を構成する三要素(肉体たる『マテリアル体』、精神たる『アストラル体』、霊魂たる『エーテル体』のことである)を他の物で代替することで成立する代物らしい。

 そして何故か途中で話に割り込んできたグレンが、『エーテル体』の代替品である『アルター・エーテル』の作成に何人もの霊魂の抽出が必要になるなどの様々な問題が噴出し、結局このプロジェクトは凍結されたという話も補足してくれた。

 

「………死者の復活、かぁ」

 

 テトラは無意識にぼそりと呟く。どうやらこの呟きはルミアとシスティーナにも聞こえていたようだ。ルミアが申し訳なさそうにしながらテトラの顔を覗き込んでいた。

 

「ごめんなさいテトラ、私───」

「………大丈夫だよルミア。私はわかってる。わかってるから」

 

 テトラはいつも通り穏やかに笑う。

 その瞳の奥に、小さな歪みを宿しながら。




テトラには今からどんどんSAN値を削ってもらいます。すまんな………。
ここから雑談
とにかく今回のファスティバさんのイベントがぶっ刺さった。重い過去を背負ってるロクアカのメンバーがラードゥガに行ったらどうなるんだろうみたいな話も書いてみたいと思った。書かないと思うけど。


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「兵器」と「人間」

元からイタかった文章がさらにイタくなってます。タイトルもてきとーに考えてる割にめっちゃイタくなってます。
最近フロムゲーの考察ばかり見てたのでその影響かも………
こっちのほうが書いてて楽しいので続けられたらこっちの文章で書きたいなぁ


 ───リィエルがグレンを殺した。

 その様子を陰から見ていたソティルは心を落ち着かせようと状況を整理する。

 研究所の見学が終わって宿へと向かう途中、リィエルが何処かへと姿を消した。

 能力を駆使し、リィエルがいるゴーストタウンの港へとたどり着いたソティル。だが、同じくリィエルを探していたグレンは彼女に背後から大剣で貫かれたあげく、そのまま海へと投げ捨られてしまった。

 リィエルの背後には彼女と同じ色の髪を持つ青年がいた。どうやらリィエルはあの男から指示を受けたらしい。

 

「あらあら、何をしているんですか」

「………ソティル」

 

 ソティルはすぐにリィエルの前へと姿を見せる。

 リィエルが寝返る可能性があるのはデータから読み取っていた。そしてその時の対策も既に立てている。

 だが、まずは本当にリィエルが自分達に牙を剥く存在なのかどうかを見定める必要がある………

 

(………そんなもの、能力で彼女の感情を読み取ればすぐに判断できるというのに)

 

 ───わかっている。リィエルが既に自分の敵だということも、今すぐ彼女を殺すべきだということも。

 だが昨日まで自分の友として扱ってきた彼女を切り捨てることを、ソティルはこれ以上ないほどに恐れていた。

 ………兵器たる自分がこんな感情に足を引っ張られることになろうとは。

 ソティルは自嘲気味に口角を上げる。

 一方のリィエルは表情を一切動かずに淡々と事実を口にした。

 

「………グレンを殺した」

「何のために?まさか、貴方の後ろにいる男に惚れたとかですか?うわー、禁断の恋ってやつですかねー」

「………私は兄さんのために生きる。わかったら私に関わらないで。ソティルを殺したくはない」

 

 リィエルのその言葉を聞くと、余裕げだったソティルの表情が死滅していく。

 そして、彼女はぼそりと呟いた。

 

「………()()()()()()()

 

 地獄の底から響いてくるように暗く、だがどこか虚しさを感じさせる声に、リィエルと兄と呼ばれた男の背筋が凍り付いた。

 そんなこともおかまいなしにソティルは言葉を続ける。

 

「リィエル=レイフォード。お前は今、自分の意志で私達を裏切った。経緯がどうあれ敵は敵、私にとっての障害だ。害虫は実際に被害を出す前に駆除するのが基本なんだが………それでも構わないな?裏切者が」

「ソティル………?」

 

 毒を吐きながらもリィエルの世話を焼いてくれる優しい彼女はどこにもいない。

 そこにいるのはリィエルをただの排除対象()としてみる兵器だ。

 リィエルが動揺のあまりに後ずさりをする一方、ソティルが死滅した表情から一転して不敵な笑みを浮かべると、突如として蒼い光がリィエル達の視界を阻む。

 リィエル達が目を開けると、そこには先ほどと同じ場所にソティルがいた。

 爬虫類のような鱗に覆われた四肢を持ち、長く伸びた角を頭に生やした異形の姿となったソティルが。

 リィエルの兄と思われる青年はあまりの衝撃に腰を抜かしたようで、座り込みながらガクガクと身体を震わせていた。

 

「神経情報を操り即死させても構わないのだが………お前の本気は見たことがないからな。お前が死ぬ前にデータが欲しい。私から全力でお前の兄を守って見せろ。私が飽きるまでなら付き合ってやる」

「………兄さんを傷つけるのなら、ソティルが相手でも容赦はしない」

「悪いが、お前の手加減するしないに興味はない。さっさとかかってきてくれ」

 

 挑発するかのように手招きをするソティル。彼女が指を動かすたび、猛禽類のように鋭い爪が月光に照らされて不気味に輝いていた。

 しかし、リィエルは躊躇うそぶりも見せず、虚ろな目をしながら剣を構える。

 

「………兄さんは私が守るッ!いいいいいいいやぁあああああああ──────ッ!」

 

 ソティルに向かって突貫するリィエル。しかし、自分に向けて振り下ろされた大剣をソティルは呆気なく片手で受け止めた。

 正面から防がれるとは流石に予想できなかったのか、リィエルは眉をピクリと動かしながらすぐにソティルから距離を取った。

 一方のソティルは期待外れとでも言いたげな軽蔑を含む視線をリィエルに向ける。

 

「………弱いな。そんなものでは兄は守れないぞ?」

「───うるさいッ!」

 

 リィエルは大剣をソティルに投擲すると、新しい大剣を錬成。ソティルは恐ろしいスピードで向かってくる剣を先ほどと同様に片手で弾き飛ばしたが、その一瞬の間にリィエルはソティルに大剣が届く間合いへとたどり着いていた。

 ソティルのある部分を狙って横一文字に振るわれた剣。しかし、リィエルの攻撃は()()()()によって阻まれた。

 ソティルは自分が弾いた大剣を一瞬で拾い上げ、それを使ってリィエルの一閃を防御したのだ。

 

「その剣筋………鱗に覆われていない首を狙っているわけか」

「……………」

 

 答える必要はないと言わんばかりに無言で剣を構え直すリィエル。

 一方のソティルは戦闘中にも関わらず、拾い上げた剣を魅入られたように見つめ、感嘆の声を上げた。

 

「それにしてもこの剣は良い金属で出来ている。砂からここまで強度の高い物質を、しかも連続で作るとは中々の技術だ………さて、では次はこちらから仕掛けさせてもらう、ぞッ!」

「───ッ!?」

 

 ソティルがリィエルの視界から一瞬で消えたかと思うと、リィエルは後ろに誰かが立っていることに気が付いた。

 リィエルの後ろを取ったソティルは大剣を軽々と振り上げると、重力が許すままにリィエルに振り下ろす。 

 その一撃をリィエルは間一髪で防いだが、咄嗟の事で無理に体を動かしたために防御の構えを取れておらず、少しでも力を緩めれば押し切られるような状況だ。

 だが、ソティルが油断すればこの盤面はあっという間にひっくり返される。そんな一触即発の状況でソティルはゆっくりと口を開いた。

 

「………残念だ。本当に残念だよ、リィエル=レイフォード。お前の歪んだ他人への依存はルミアやシスティーナ、姉さんが直してくれると思っていた。私もお前に好感を持っていたし、本当の事を言えばまだお前と平穏な生活を送りたいと心の底から思っているさ」

「ぐ、ぐぅ………ッ!」

 

 ソティルが剣にこめる力は段々と強くなり、リィエルの足が砂へとめり込んでいく。

 

「だがお前は私達の敵となることを望んでいる。心の奥底では戦いたくないと思ってるとしても、危害を加えられる可能性があるのならば対策をしないわけにはいかない。生憎だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。私と敵対する限りはこの島から生きて出られないと思った方が賢明かもな」

 

 言い終わると同時にソティルはリィエルの脇腹へと蹴りを叩き込んだ。

 リィエルは天性の直感を持っている。人間が放つ蹴りならいとも容易く避けられるだろう。しかし、ソティルの蹴りは違う。

 彼女の蹴りはあまりにも速すぎるうえ───

 ───確実に(リィエル)を殺すつもりで放たれていた。

 

「酷く動揺しているように見えるが………私はお前を殺さないとは言っていない。この程度の蹴りで死ぬのならお前がそれまでだったということだ。先に言っておくが、兵器に命乞いなどという興が冷めることはしてくれるなよ?」

 

 地面に叩きつけられたリィエルは体中を走り回る激痛に言葉を返すことすらできない。

 そんなリィエルの様子を見てソティルは失望したようにため息をつく。

 

「………と、言いたいところなんだがな。エネルギーを大量に消費してまでお前のデータを取る必要性も感じられない………興が乗っている今のうちに終わりにすることにしよう」

 

 ソティルがリィエルに向かって大剣を構え、地を蹴る。

 リィエルの命の灯りは数秒後には消えているはずだった。

 しかし───

 

「………」

 

 ソティルは目標の首筋に剣を当てたまま、数秒の間硬直していた。

 普通の生活において数秒とは短いものだが、戦闘においてのソレは途方もないほど長い時間である。

 そして当然、幾多の修羅場を潜り抜けてきたリィエルがこんな大きな隙を見逃すわけはずもない。

 リィエルはすぐさま剣を錬成するとソティルの白い首目掛けて猛スピードで薙いだ。

 鈍い音と共にソティルの首が舞い上がると同時に、鮮血が辺りに飛び散った。

 首はそのまま暗い海へと落ちていき、浮かび上がってくる気配はない。

 残された身体も紅い血で服を染め上げながらゆっくりと倒れこみ、ぴくりと一度だけ痙攣したかと思うとそれきり動かなくなった。

 

「さ、流石は僕の妹だね。でも、アレも君の知り合いだったのかい?ごめんね、辛い思いをさせて」

「………大丈夫、兄さんは早くここから離れて。ソティルは私が食い止めるから」

「いいや、リィエル。君もルミアを連れて僕達の元へ来るんだ。僕達の潜伏しているところは特別でね。今のバケモノでも見つけられるわけないよ」

 

 不安がないと言えば嘘になるが、兄の言う事は絶対だ。リィエルはこくりと頷き、ルミアを誘拐するべく宿へと向かう。

 しかし、彼女の脳裏にはソティルの首が宙を舞う間に、こちらを睨みながら吐いた言葉がこびりついていた。

 

 ────次はお前達の首だな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「───ッ!?」

 

 観光街で夕食を済ませ、他のクラスメイトよりも早めに宿へと戻ったテトラ。

 自室へと戻って早めに就寝しようと考えていた彼女だったが、ルミアやリィエルが泊まっていた部屋の前を通りかかった瞬間、その背筋は一瞬にして凍りつく。

 そのドアの向こうからは本当にかすかに、だが確実に───血の匂いがしていた。

 

「ルミアッ!システィッ!」

 

 慌ててドアを開けると、そこには目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。

 大きく穴の空いた外壁、無残に裂かれたカーテン。

 そして辺りに飛び散った血の飛沫。

 

「なに、これ………!」

 

 激しく動揺するテトラだったが、すぐそこで立ち尽くすシスティーナに気がつき、急いで彼女の元へと向かう。

 

「システィ!一体何があったの!?」

 

 テトラの問いかけにシスティーナは蚊の鳴くような声で応えた。

 

「リィエルが………ルミアを連れて行って………先生も殺して、ソティルも首を刎ねたって………」

「………リィエルが?」

 

 テトラに困惑の表情が浮かぶ。ソティルは以前、コアを貫かれでもしない限り死なないと発言していた。『殺した』と言われていない辺り首を刎ねられても死ななかったのだろうが、グレンは恐らく───。

 

「とりあえず、二人は私が追ってみる………!」

 

 訓練によって代償なしで竜の力を使える時間は伸びてこそいるものの、リィエルの後を追いルミアを奪還するにはあまりに短すぎる。それに、テトラは暴走するかもしれないという不安からこの力を使うことを極端に恐れていた。

 だが、驚異の身体能力を持つリィエルを追うことは並みの人間には出来ないし、そもそも血の匂いを辿っていくには竜の嗅覚が必要になるだろう。

 ───竜になる。今の私にはそれしかない。

 そう悟ったテトラは精神を落ち着かせ、竜人となった自分を強烈にイメージする。

 すると腕や脚が炎を纏い、鱗を形作っていく。

 だが、

 

「………なんかいつもと違うな」

 

 テトラが無意識に呟く。

 訓練の時に竜人に変身した時は腕や脚だけに鱗が生えるのに対して、今日は肩や腰まで鱗がびっしりと生えそろっていた。

 

(………今はそんなことを気にしている場合じゃない、よね)

 

 テトラは血の匂いを辿りながらバルコニーへと向かう。

 

「待ってテトラ!」

 

 だが、システィーナが酷く震えた手でテトラの手を掴む。

 

「ダメよ………!いくらテトラでもリィエルには………!」

「システィ………」

 

 泣きそうな表情をするシスティーナに、テトラは優しく微笑みかけた。

 

「大丈夫。この鱗は特別でね、真銀(ミスリル)でも斬れないの。リィエルとルミアを連れ戻すぐらいなら簡単だよ」

「でも………!」

「………まぁ、絶対に勝てるって言ったらウソになるなぁ」

 

 テトラは苦笑しながら言葉を続ける。

 

「でも、もしここで立ち止まったせいでルミアやリィエルに会えなくなったら、多分私は今日のことを一生後悔する。そんなことになるくらいだったら一人で突っ込んで死ぬほうがまだマシかな」

「………ッ!」

「………そろそろ行かなきゃ、本当に間に合わなくなる」

 

 力のこもっていないシスティーナの手をそっと振りほどき、バルコニーへと出ていくテトラ。

 翼を広げ、空へ飛ぼうとした彼女だったが、何かを思い出したようにシスティーナへと振り向いた。

 

「システィはついてきちゃダメだよ。もしも私がリィエルに負けても、その時に貴方まで巻き込みたくない。システィにも出来ることはあるはずだからさ」

 

 テトラは最後にシスティーナに笑いかけると、巨大な羽を広げてバルコニーから勢いよく飛び立ち、暗闇の中へと消えていく。

 システィーナはその後ろ姿を呆然と見送ると、ある事に気が付いてしまった。

 

「私、テトラについていこうなんて少しも思ってなかった………」

 

 ボロボロになったカーテンのなびく音が、部屋に響く。

 

「………仕方ないじゃない」

 

 突然システィーナは誰へともなく、そう呟いていた。

 

「そうよ………私なんかがテトラについていったって足でまといになるだけだし………私は他の人に助けを───」

 

 独白はそこで途切れ、システィーナはその場に膝をついた。

 

「………違う」

 

 涙が翠玉色の瞳から溢れ出す。

 

「私はただ怖かっただけじゃない………!」

 

 ───怖かった。

 あのぎらぎらと光る無骨な大剣がまた自分に向けられたら?

 修羅場を幾度となく潜ってきたリィエルに、多少戦闘訓練を受けただけの素人であるシスティーナが勝つのは絶望的だ。

 高確率で自分は血だまりに沈むことになるだろう。

 だがそれでも、大切な友であり、家族でもあるルミアを守ろうと戦うべきだった。

 少しでもテトラの助けになろうとすべきだった。

 だがシスティーナは恐怖に苛まれ、勇気を出すことが出来なかったのだ。

 訓練のおかげで私は強くなった………嗚呼、なんたる傲慢か。

 結局、自分はずっと誰かから守られていたテロリスト襲撃事件から、何も変わってなどいない。

 その勇気が無謀とほぼ等しいものとも気づかず、システィーナが自己嫌悪の沼へと引きずり込まれた………

 ………その時だ。

 

 ばぁんっ!と部屋の出入り口が乱雑に蹴り開けられ、そこにはずぶぬれの黒い外套に身を包み、血まみれの誰かを背負う青年───アルベルトがいた。

 アルベルトは一言も喋らずにずかずかと無遠慮に部屋の中へと入り、背負っていた誰かをベットに放り投げた。その人物は───

 

「せ、先生ッ!」

 

 アルベルトと同じく、ずぶぬれになっているグレン。その顔は青白く、背中にはぱっくりと大きな傷が開いていた。

 放っておけば死ぬと断言できるほどのその大きな傷を見てパニック寸前のシスティーナを気遣う様子もなく、アルベルトは淡々と述べる。

 

「システィーナ=フィーベル。今のこいつに【治癒魔術】は効かん。だが、お前の類まれな魔力容量(キャパシティ)を利用すればこの男を救えるかもしれない。お前以外には不可能なことだ………力を貸せ」

「………!」

 

 次から次へとシスティーナに襲い掛かる過酷な状況と現実。

 今すぐ理性を手放して楽になりたい。

 そんなことを考える彼女だったが、二つの言葉がそれを実行させまいと必死にシスティーナを現実へと押しとどめていた。

 一つはかつてルミアが天の智慧研究会の策謀により、王国親衛隊に追われていた時にソティルが放った言葉。

 ───脅威とは日常を送っている中で突然に訪れるものですからね。

 もう一つは先ほどテトラがシスティーナに向けて送った言葉。

 ───システィにも出来ることはあるはずだからさ。

 

「───わ、わかりました」

 

 システィーナが手の甲で涙を拭う。

 

「………何を、すれば………いいんですか………?」

 

 こんなことで毎回動揺していたんじゃ、ルミアを守ることなんて絶対できない。

 戦えなくていい。今の私が為すべきことを為すんだ。

 身体は震えているが、彼女の瞳に決意が籠っていることを確認したアルベルトはほんの少しだけ口の端を緩めた。

 

「役に立つ確率は低いと踏んでいたが………成程、温室育ちにしては骨があるな。グレンが目をかけるだけのことはある」

 

 すぐに元の冷徹な表情に戻ったアルベルトは説明を始める。

 

「俺達が今から始めるのは施術者の生命力を被術者へと増幅移植する白魔儀【リヴァイヴァー】だ。並みの治癒魔術ではこの男に現存している生命力が足りないからな。お前は俺と仮サーヴァント契約を結んで───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ゴーストタウンの近くに位置し、滅多に人が寄り付かないある浜辺。

 そこには首に不自然な結合跡が見られる少女が辛そうに頭を押さえていた。

 

「情報が見えない………クソッ、ジャミングか。天の智慧研究会に魔晶を渡した奴の仕業だな。グレンとアルベルトの場所はだいたい見当がつくが、移動していた姉さんは一体どこに向かったんだ………」




ソティルの一人称が本気モードの時は「我」になるっていう設定、無かったことにしようかと考えてたりします。でもこれは伏線の一部にしたいなぁなんて思ってたりも。
次回の投稿もだいぶ先になるとは思いますがご了承ください。


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夜の始まり

最初にこの話が出来上がった時は4000字もなかったのにいつのまにやら8000字にも…
やる気が出たときに一気に書いて出ないときは一文字も書かないって人なので次の投稿にも一体何ヵ月かかるやら…


 リィエルを追って空を飛翔していたテトラだったが、しばらくすると血の匂いは樹海の中へと続いていることに気が付いた。

 

(樹海の上から血の匂いを追って逃げ込んだ場所の入り口も発見………っていうのは流石に無理かな)

 

 彼女は一旦地上付近まで高度を下げると、翼で大きく風を起こし、鬱蒼と茂る森の中を飛行する。

 今でこそ戦闘訓練を受けているものの、帝都オルランドの貧民街で育ち、森に入ったことなど数えるほどしかなかったテトラが樹海を進む方法など知るわけもなく、彼女の白い肌に時折鋭く尖った小枝が小さな傷をつけていく。だが、そんなことを気にしている余裕は今のテトラにはない。

 

(多少の傷だったらあとで法医呪文(ヒーラー・スペル)使えばいいだけだし、とりあえず今はリィエルを追う事に集中しないと………!)

 

 テトラが習得している探知系の魔術は遠見の魔術───黒魔【アキュレイト・スコープ】ただ一つ。しかも、この魔術は対象指定魔術ではなく座標指定魔術である。リィエルのいる地点がわからない今は使用が出来ない。

 つまり、今は血の匂いのみがリィエルを追うために残された唯一の手がかりであり、これを失えば彼女が逃げた場所への到達はほぼ不可能となる。

 

(血の匂いがどんどん薄れていってる………お願いだから間に合って………!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………」

 

 白魔儀【リヴァイヴァー】の施術が終わり、後はグレンが目覚めるのを待つのみとなったアルベルト。

 計り知れない潜在的魔術容量(キャパシティ)を持ち合わせているシスティーナでも、本来なら数人がかりで行う儀式をたった二人で行うのは流石に堪えたようだ。儀式を終えた途端に糸の切れた人形のように倒れたかと思うとそのまま眠ってしまった。

 

(魔力制御に対する感覚も非常に優れている。鍛え上げれば女王を守る戦力にもなり得るだろうが………)

 

 その時、ベランダから轟音が聞こえてきたかと思うと人影が部屋の中に転がりこんできた。

 アルベルトはすぐさま臨戦態勢を取り、うずくまる人影を見据える。

 人影はむくりと身を起こすと、冷たい目で自分を睨むアルベルトに物怖じする様子もなく疲れきったような声でアルベルトに問いかけた。

 

「………私とおなじ顔をした少女の行方を知らないか?」

 

 高圧的な口調で喋るその少女は端正な顔立ちにくすんだ白い髪。それはアルベルトが以前会ったことのある人物、ソティルだった。

 ───今の姿はとても『人』と表現していいものではないが。

 

「その姿は………」

「詳しくは後で説明する。まずは私の問いに答えろ」

 

 有無を言わさぬほどの重圧がアルベルトを襲う。

 それと同時にソティルがひどく焦っていることを悟ったアルベルトはすぐにその問いに答えた。

 

「………見ていない。」

「そうか。ならやはりルミアを助けに………おい、お前の王女救出に同行させろ。私の探し人は恐らくお前の向かう場所にいる」

「………お前の情報解析能力はどうした?」

「───ッ!?」

 

 ソティルの眉がぴくりと動く。

 

「………なんのことだ?」

「ハッタリはよせ。何週間か前、『星の獣』と呼ばれる生物についての資料が天の智慧研究会のアジトから見つかった。資料によればその獣が持つ能力は『情報の支配』………まさかお前がその『星の獣』と呼ばれるソレとは思いもしなかったが、そう考えれば以前発揮した不自然な変身能力、情報収集能力にも説明がつく」

「………カマをかけたわけじゃないのか。いやはや、私の存在が研究会に割れていたとは思わなかった。ただ単に私が慢心して情報の偽造をしくじっていたのか、それとも───」

 

 少し冷静になったのか、皮肉気な笑みを浮かべたソティル。

 アルベルトは眉一つ動かさず、その少女に冷たい視線を向け続ける。

 

「まぁいい、お前には元から全て話すつもりでいた。だが………お前以外の政府関係者に私の存在を知られるのはよろしくないな。今現在、私の居場所を知っているのは何人くらい───」

 

 瞬間、ソティルの左目からバチッという音とともに火花が散った。

 アルベルトはすぐに指先をソティルへと向けるが、ソティルは火花が散った目を手で押さえながら忌々しげに舌打ちをする。

 

「………まだジャミングの範囲内なのか。クソッ、能力を使うことを制限されては手の打ちようがないな。さっきの発言を聞くに、私の正体に勘づいているのは政府の内部ではお前だけなんだろうが………確証はないが今は仕方がない。それで、お前は今から私をどうするつもりだ?」

「上からの命令がない限りお前と敵対することはない。貴様がこちらに攻撃を加えるならば話は別だが」

「なら安心していい。今のところお前と私の利害は一致している」

 

 と、今まで死人のように眠っていたグレンがうめき声をあげながら身体を起こした。

 今まで睨みあっていたソティルとアルベルトは自然とそちらへと意識を向ける。

 

「おや、眠り姫………もとい王子様がお目覚めみたいだな」

「ふん、呆れるほどしぶとい奴だ」

「アルベルトと………ってソティル!?お前なんでその姿に───」

「この人間に正体を明かすほど事態が急を要しているということだ。ま、既にバレていたんだが」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らしたソティルはそのまま畳んでいた羽を広げ、ベランダから外へ出ようとする。

 

「アルベルト。グレンも目覚めたならばもうここに居る理由はないだろう?状況の整理は道中でする。今はとにかくいち早く───」

「───ッ!待てお前ら!」

 

 突然グレンが出した大声に不可解そうな表情をするソティル。

 それに対してアルベルトは『わかっていた』とでも言うかのように表情を崩さない。

 

「リィエルに会いに行くんだろ?俺も連れていけ。アイツの勘違いを正せば連れ戻すことだって出来るはずだ」

「………ふむ、正直言って兄にそそのかされた今のリィエルがお前の話を聞くとは思えない………ま、お前は道中の戦力にはなるだろう。私は構わないが」

 

 そんなことはどうでもいいからとっとと行くぞとばかりに翼をはためかせるソティル。

 彼女が翼を上下させるごとに夜の冷たい風がボロボロの部屋の中に入り込んでくる。

 だが、アルベルトは侮蔑を含むような冷たい視線でグレンを射貫いたままだ。

 

「………()()()お前にリィエルを救う資格があるとは思えん」

「───ッ」

「それに加えてお前の『正義の魔法使いごっこ』がリィエルが裏切った原因の一つであることは間違いない。そんなお前が俺の任務の邪魔をする資格などない………違うか?」

「………ああそうだ、その通りだよ。アイツを救う資格も、お前の邪魔をする資格も俺にはねえ。もうこれは俺の個人的な我儘だ。だがな、無邪気に学園生活を楽しんでたアイツを………日向の世界で生きられるかもしれないアイツを切り捨てるなんて俺には出来ねえ………!」

 

 グレンはアルベルトの胸ぐらを掴まんばかりにまくし立てる。

 ソティルも流石に翼をはためかせるのはやめていたが、忌々しげな表情をしながらベランダの手すりを小刻みに指でたたいていた。

 

「それにアイツはもう、俺の生徒達にとって切り離せない存在だ!あいつらを泣かせるようなこと、教師の俺が絶対に許しちゃいけねえんだよ!」

「お前が許せなかろうが、俺には関係のないことなんだがな」

「ああそうかよ!だが、俺はお前が何と言おうとリィエルの所に行くぞ!どうしても止めたいって言うのなら俺を殺してみろッ!」

「………変わらんな貴様は。相も変わらず愚か者だ」

 

 そう言い切ったアルベルトが口を閉じると、冷たい静寂が場を支配する。

 だが、その沈黙を破ったのも彼であった。

 

「………だからこそ、俺はお前に期待するのだろうが」

 

 アルベルトが冷淡に言い捨てたかと思うと、いきなりその姿がグレンの視界から消え、グレンの右頬に衝撃が走った。

 突然の出来事にグレンは声を出す間もなく壁に打ち付けられ、そのまま崩れ落ちる。

 

「特務分室を無断で去った落とし前はこれで勘弁してやる」

 

 アルベルトは先ほどと変わらない冷徹な目でグレンを見下ろしながら懐から何かを取り出し、それをグレンの足元へと放った。

 

「これは………《ペネトレイター》………ッ!?」

 

 骨董銃(こっとうじゅう)と呼ばれてもおかしくないその無骨な銃はグレンが軍魔導士時代に愛用していたもの。

 忘れられるはずがなかった。

 

「やっと終わったか。全く、グレンにはまだやるべきことがあるというのに無駄な時間をかけて………」

「俺がやるべきこと………なんだ、それ?」

 

 グレンが首を傾げると、ソティルは呆れたように深くため息をつく。

 

「生徒達」

「は?」

「おそらくだが、皆は今の状況を不安に思っているはずだ。お前が多少なりとも解消してやれ」

「………そうだった。ったく、教師の俺が───とか、どの顔で言ってたんだ俺」

「ちなみにだが、お前がここに残るんだったらそれをする必要性は薄いんだからな?置いていかれたくないならさっさと行ってこい」

 

 終始不機嫌そうなソティルに気圧されるように急いでコートを羽織り、部屋から出ていくグレン。

 

「はぁ………ついてくるんだったらもう少し早く目覚めて欲しかったんだがな」

 

 ぶつくさと文句を言いながらも、それをほほ笑みながら見送るソティルにアルベルトが声をかけた。

 

「………そんなことをグレンにさせている暇がお前にあるのか?」

「私の目的はある怪物を世に解き放たないことだ。と言っても、どう足掻こうといつか怪物が解放される日は必ず来る。今回の目的が達成できなくとも、その日が今日だったというだけだ。お前とその怪物に関わりを持たせたくはなかったんだが………ま、その時はお前やグレンとヤツを打倒すればいいだけだ」

「俺は協力するとは一言も言ってないんだがな」

 

 ソティルの発言をバッサリと切り捨てたアルベルト。

 しかしソティルは気分を害した様子もなく、煽るように続けた。

 

「もしヤツが解放されたなら、ヤツとは王女(ルミア)が囚われている場所で遭遇することになる。その時はまず間違いなくお前も協力せざるを得ないことになるな」

「………その怪物とは何なのだ?」

「それは道中でグレンも交えながら話そう。グレンには前もってある程度は話しているんだが」

 

 アルベルトが不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ソティルがくつくつと喉を鳴らしながら笑う。

 その後は気まずい時間が少し続くが、突如ソティルが口を開いた。

 

「お前に関しての情報は少量ではあるが以前から所持していた。だが、お前は私が思っていたような冷血漢ではなかったようだな」

「………」

「なんだかんだ言ってお前はリィエルのことを心配しているようだし………もしかしてお前、最初からあの子は連れ戻すつもりだったのでは───」

「そういうお前も俺の思っていたような兵器でもないな」

「………ふむ」

 

 ソティルの顔が強張る。

 

「あの資料には『最強となるために手段を選ばぬ生体兵器』と記載されていたが、その実はどうしようもないほどのお人よし、とでも言えばいいのか?ティンジェル嬢が親衛隊に襲われた時といい、今回といい、苦しむ誰かを救うために自ら面倒事に首を突っ込む………まるであの男のようにな」

「………そこは認めよう。今の私は一年前と比べれば随分と甘くなった。慢心も同情もするから、下手をすれば以前よりも弱くなっているかもな。だが───」

 

 ソティルの瞳が一瞬のうちに昏く淀んだ色になる

 

「───私は、目的のためなら誰だろうと切り捨てる覚悟はしているつもりだ」

 

 アルベルトの視線が先ほどよりも鋭くなる。

 それを察知したのか、ソティルの目が元の美しい深紅に戻った。

 

「と言っても、あくまでやむを得ない場合だけだ。効率がいいからと言って他人を犠牲にするような真似は今の温い私には出来ないさ」

 

 ソティルが自嘲気味にそう言うと同時にグレンが部屋に戻ってくる。

 

「もういいぜ。言えることは言ってきた」

「よし、なら早く出発するぞ。宮廷魔導士団でも屈指の強さとされた《愚者》と《星》のコンビ………期待させてもらう」

「俺はこいつと組むなど願い下げだったのだがな。こいつと組むと厄介事ばかり降りかかってくる」

「おいおい、アルちゃんは素直じゃな───わかった、今の言葉は撤回するから俺の額に指先を向けるんじゃねえ」

「………お前達は緊張感がないな。とにかく、状況の整理は目的地に向かいながら行うぞ………はぁ、今夜は長い夜になりそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「───バークス様、侵入者ですわ」

「な、何だと!なぜここが………いや、もうそんなことはいい!何者なのだそいつは!?」

「アルザーノ帝国の制服を着ているようですが………とても人間には見えませんわね」

「人間には見えないだと………!」

 

 バークスがモノリス型の魔導器を操作すると壁に映像が映し出され、そこには実験施設の天井すれすれを滑空するテトラが映し出されていた。

 リィエルは眠たげな目を一瞬だけ見開き、ルミアが驚愕と不安が入り混じったような表情になる。

 ちなみに、彼女を視認して一番動揺したのはリィエルの兄である。

 

「あいつッ!?バレるとは思っていたがまさかここまで速いなんて………ッ!?」

「………あら、貴方はあの方を知っていらっしゃるのですね」

 

 エノレアの咎めるような言葉も聞こえないほどの恐怖に震える青年の隣で、リィエルがぼそりと呟いた。

 

「あれは、ソティルじゃない」

「な、なんだってリィエル。髪の色は違うが、あいつは確かにあの港で戦った───」

「ソティルは双子の姉がいた。あれは多分、ソティルじゃない」

 

 あんな化け物に双子なんていたのか?

 

 そうツッコミたくなる青年だったが、言われてみれば侵入者とあの化け物には髪の色などの微妙な違いがある。

 青年は多少なれど落ち着きを取り戻し、あっけにとられていたバークスも正気を取り戻すと、さらに魔導器を操作する。

 

「ふん!それなら私の作品をけしかけてくれるわ!」

「僭越ながらバークス様、そんなものでは彼女は止められないと思いますわ」

「………エノレア殿、まさか貴方は私の合成魔獣(キメラ)作成の技術を疑っておられるのか?」

 

 怒気を孕んだバークスの言葉に全く気圧される様子もなく、ただくすくすと笑うエノレア。

 

「いえいえ、そんなことはありませんわ。ただ、あの力は別格ですのよ」

「別格?あの程度の固有魔術(オリジナル)が、私の作品達よりも上だと?」

()()()()によれば………そうなりますわね」

 

 バークスの手が屈辱にプルプルと震え始める。

 生粋の研究者であると同時にどこまでも傲慢な彼は、自分の半分も生きていないであろう小娘に自分の研究が劣っているという事実を認めることなどできなかった。

 『あの御方』というのが誰なのかという問いは怒髪天(彼の頭から髪はほとんど失われているが)のバークスの思考にあるはずもなく、こめかみに筋を浮かべながら一心不乱に魔導器を操作する。

 

「ははははっ!面白い!ならば私の最高傑作もあのガキにぶつけてやろう!私の邪魔をする者は灰すらも残さずに消してやるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「血の匂いがここに続いてたから大丈夫だとは思うけど、やっぱり鉄製の扉を無理やり開けちゃったのはマズかったかな………ここ、どう見ても昼間見た研究所の一部だよね」

 

 数分ほど前、テトラは樹海の中に設置されているのは明らかに不自然な鉄製の扉を発見する。

 だが、当然その扉は人並みの力で開けようとしてもぴくりとも動かない。

 そこでテトラは竜の腕力で扉を叩き壊し、その中へと潜入することに成功していた。

 

「どこかで他の獣の血の匂いを勘違いして追い始めたとかだったらどうしよう………もしそうだったらリィエルは見失ったってことになるし、研究所の扉を無意味にボッコボコにしたってことにもなるし───」

 

 テトラの呟きは突然目の前に現れた巨大な影によって遮られた。

 

「………そんな心配、しなくてよかったみたいだね」

 

 その影の正体は毛皮の代わりに岩肌を纏い、長い一本角を持つ獣。

 明らかにこの島の生態系から逸脱した存在だ。

 

「戦闘用の合成魔獣(キメラ)………今ではもう制作を禁止されてるはずだし、やっぱりあの研究所の誰かが天の智慧研究会と………うわッ!?」

 

 魔獣はテトラとの距離を一気に詰め、大樹のような前足をテトラに振り下ろす。

 テトラはとっさにその場から飛び離れ、魔獣と距離を取った。

 攻撃を避けられた魔獣はテトラの方へと視線を向け、唸り声をあげる。

 さらに───

 

(奥から足音が近づいてきてる………!)

 

 目を凝らして見てみると、二足歩行をする人型植物、全身に炎を纏った巨鳥、複数の頭を持つ犬など怪物(クリーチャー)のオンパレードである。

 

「………殺したくはないけど、だからと言ってこんな数を相手に手加減なんて出来ないだろうし………ううん、実践で使ったことないけど、アレなら………!」

 

 テトラは目を閉じ、背中に生えた巨大な翼を大きく広げた。

 当然、魔獣たちは無防備な獲物を引き裂こうと我先にテトラへと向かっていく。

 ところがテトラが目を開いた瞬間、魔獣たちは一斉に動きを止めた。

 テトラはそのまま暗い声で脅すように言葉を紡ぐ。

 

「………どいて。()()()()()()()()()?」

 

 彼女が使っているのは、ある世界でドラゴニュートと呼ばれる種族が使う術───自分へと挑んでくる者を屈服させる竜の威圧を真似たものだ。

 本来ならば術を使う本人が言葉を発さなくとも周囲にいる生物には竜の幻影とその咆哮が聞こえるらしいが、テトラは訓練でもそこまで至ることは出来ていなかった。

 だが、テトラの言葉は魔獣たちには憤怒に燃える竜の咆哮に聞こえている。

 兵器として制作されたとはいえ、その生存本能は脳の奥底へ焼き付いている魔獣たち。

 ───歯向かえば、殺ら(喰わ)れる。

 彼らは自らと目の前にいる生物の格の違いを悟り、風のようにその場から逃げ去っていった。

 ………一匹を除いて。

 

『オオオォォォ──────ッ!!!』

 

 テトラの前に立ち塞がるのは見上げるほどに巨大な亀。

 その甲羅は宝石のように透き通っており、見惚れそうなほどに美しかった。

 口からむき出しになった牙はそれ以上に恐怖を掻き立てるものであったが。

 明白な敵意を向けてくる目の前の生物にテトラは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「竜を怖がらないってどんだけ自分に自信が───」

 

 閃光。

 幾条もの稲妻がテトラを襲い、その身を焦がさんとする。

 あまりにも予想だにしない攻撃にテトラは急所を防御することで精いっぱいだった。

 連発することは出来ないのか、あれほど猛威を振るっていた雷は数秒のうちに嘘のように収まった。だが、テトラの口からは苦悶の声が漏れだし、がくりとその膝が落ちる。

 

「うぁ………ッ!?流石に………それ………卑怯じゃ………ない………!?」

 

 大亀はすぐに甲羅を帯電させ、もう一度雷撃を放とうとしていた。

 満身創痍となりその場から逃げ出すことも叶わないテトラは、勝ち誇るように自分を見下ろす怪物を睨みつけることしか出来ない。

 

(覚悟はしてるつもりだったけど………こんなに早いなんて………)

 

 視界にチラつく死という文字。

 テトラはその絶望に身を任せて───

 

「………そんなわけ………あるか………ッ!」

 

 リィエルと話を出来ていない。ルミアを救えていない。

 こんなところで死ぬなんて絶対に嫌だ。

 

「くぅ………ッ!?ああぁ………ッ!」

 

 蛇のように体中を這う激痛に耐え、立ち上がったテトラ。

 そしてその鱗の生えた腕を目の前の倒すべき敵へと向ける。

 

「アイツを倒す………!」

 

 一方、帯電が完了した大亀は勝利を宣言するように雄叫びをあげ、その雷をテトラへと全放出しようとする。

 が、

 

『ガ、ガアアァァァァァァァァ─────ッ!?』

 

 悲鳴にも似た咆哮を上げる大亀。

 大亀自らが放った雷撃が、自らの甲羅に亀裂を入れていた。

 テトラに放たれたはずの雷撃は突然急旋回して辺りを黒焦げにしたり、あげくの果てにはブーメランのように向きを変え、大亀へと直撃したものもあった。

 それだけではない。放出された雷撃の色は明らかに妙だった。

 ある雷は白、ある雷は黒、ある雷は緑───それらは普通ならば在りえない色に変化していたのだ。

 当然ながら自らが放った雷に耐性があるはずの大亀。しかし、彼に向かってくる変色した雷はその甲羅だけでなく、内部の臓器にも絶大なダメージを与える。

 

「な、何………?私何もしてないんだけど………竜の力ってこんなのもあったっけ………?」

 

 肩で息をしながら戸惑うテトラ。

 結局は大亀が放出した雷のうち、テトラへと向かってきたのは一筋(ひとすじ)のみで、テトラはギリギリではあったがこの一撃を避ける。雷撃の大部分は様々な方向に飛んで壁や床に着弾し施設を廃墟に変え、三分の一ほどは大亀に直撃していた。

 予想外の逆転を食らった大亀は弱弱しい咆哮を上げるとゆっくりと瞳を閉じる。

 まだ息はあるようだが、戦闘の続行は不可能だろう。

 だが、戦闘が難しいのはテトラも同様であった。

 

「はー………はー………行か、なきゃ………」

 

 黒焦げになった足を引きずり、テトラは施設の奥を目指す。




テトラが弱ったから逃げ出したキメラ達は戻ってきて襲い掛かったりするんじゃないの?って思ったそこのキミ。
それなりの説明がしたかったんだけどこれ以上文字数行くとマズいよなって思って次回に回したんだ。ゴメンな
追記:流石にこれは無理がないか?って部分があったので修正しときました


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黒の真実

説明回。したがって会話が多めになってます。
核心に触れるのはもうちょっとやり方があったかなぁとは思いますがあまり勿体ぶって暴露するタイミング無くなっても困ると思ったので、サラッと流しますね。



 時は遡り魔術競技祭が無事に終了した日の夜。

 打ち上げがお開きになって数分ほど経った店の中は、先ほどの喧騒が嘘のように穏やかな時間が流れていた。

 そんな空気の中にいるのはテトラ、ルミア、グレン、すぅすぅと寝息を立てるシスティーナだ。

 

「……マジで最悪だ。こいつのせいで有り金ゼロになっちまった」

「ルミア、大人になってもシスティにはお酒飲ませちゃダメだよ?こういう体質って成長しても大抵治らないから」

「う、うん。気をつける……」

 

 システィーナは打ち上げの最中に超高級ワインをジュースと間違えて飲んだあげく、酔った勢いで次々と飲み干してしまった。急性アルコール中毒にならなかったシスティーナの身体の強さはさておき、このワインの支払いのせいでグレンはまた自給自足の生活へと逆戻りだ。

 

「お前ら二人は仕方ないとしても、こいつを止められる奴が誰かいなかったのか?」

「私はまだ車椅子なので手伝えませんでしたけど、クラスの皆も止めようとしてました。でもシスティが暴れて店の物壊した───なんてこともありえたので、下手に動けなかったんですよね……」

「あいつの依頼金の話、結局冗談だったのかとも思ったがこういうことだったのか……」

 

 カラン、と軽い鈴の音が鳴り、店のドアが開いた。

 扉を開けたのはソティル。噂をすればなんとやらというやつである。

 

「あ、もう迎えに来たの?悪いけど、システィが起きるまで一緒に───」

「グレン先生とルミアで話したいことがあります。申し訳ないのですが、姉さんは少しだけ外で星でも眺めていて貰ってもいいですか?」

 

 威圧感すら纏ったソティルの言葉には、何か覚悟のようなものが滲んでいた。

 

「え?それって政府の機密事項とか?今の時期でも外は寒いんだし、また今度にしたら?」

「出来る限り手短にします。今度の休日にパフェでも奢ってあげますから」

「え!?ホント!?嘘じゃないよね!?ソティルはすぐに嘘つくから───」

「空 気 を 読 ん で く だ さ い」

「なるべくはやくおねがいします」

 

 ソティルの背後に一瞬だけ竜の姿が浮かぶと、テトラは冷や汗を流しながら車椅子を動かしていく。

 

「あ、あはは。二人とも変わらないね………」

「………一応は誉め言葉として受け取っておきます」

 

 ソティルがテトラの代わりにドアを閉めると、彼女はすぐに二人の方へと向き直った。

 ランプの微かな光がソティルの顔を照らし出し、灯りに当たらない陰の部分を一層濃く見せる。

 

「………グレン先生、そしてルミア。ここから先の話は他言無用。貴方達が信用に足る人物と見込んで頼みたいことがあります」

「あぁ、そういえばお前って確かアルベルトから怪しまれてたよな?書類の偽造とかだったら流石の俺でも───」

 

 魔術競技祭での騒動がひと段落した安心感からか、どこか楽観的な様子でソティルの話を聞くグレン。

 しかしソティルの表情は硬いままだ。

 

「私じゃありません。今回は姉さんの話です。(やぶ)から棒ですけど、先生は姉さんの魔術特性(パーソナリティ)をご存じですか?」

「ん?確か【具現の増幅・促進】だったよな?見舞いに行った時にこの魔術特性(パーソナリティ)があるから竜の力をうまく具現化出来るんだって、アイツ自身が言ってた気がするが」

「………ソレ、私が姉さんが発現させた本当の魔術特性(パーソナリティ)に蓋をして私が作ったハリボテなんです」

「はぁッ!?」

 

 グレンが素っ頓狂な声を上げる。グレンの邪魔をしないようにソティルの話を聞いていたルミアも驚愕を隠せないようだ。

 魔術特性(パーソナリティ)とは本来、個々人が持つ唯一無二の概念であり、その人の『在り方』を示すものである。

 それに蓋をするというのはその人間を消失させることと等しく、本来ならそんなことは出来るはずがないのだ。

 だが、ソティルの言葉に嘘があるようには思えなかった。

 

「確かにお前の能力ならやりかねないこともないが………それに重要なのはそっちじゃねえ。蓋をするってことは、それが相当厄介な代物ってことだよな?」

「ええ、彼女の魔術特性(パーソナリティ)は───【具現の歪曲・反転】です」

「………?」

「………確かに魔術には全く向いてねえな。俺のといい勝負だ」

 

 首を傾げるルミアに対してグレンはソティルの言葉の意味を理解したようだ。

 具現とは事象が認識が可能な形に変化することである。

 【具現の歪曲・変転】という魔術特性(パーソナリティ)はその変化を制御するでもなく、停止させるでもなく、()()()()()()()()()()()という性質を持っている。

 例えば、その魔術特性(パーソナリティ)に蓋をされていない状態のテトラが、黒魔【ゲイル・ブロウ】をマナ・バイオリズムが安定した状態で一言一句違わず詠唱したとする。

 普通ならばこの魔術は正しく起動するはずだが、テトラの魔術特性(パーソナリティ)は【ゲイル・ブロウ】の魔術式の構築を歪め、結果的に彼女が起動した【ゲイル・ブロウ】はなんらかの欠陥を持つことになるのだ。

 彼女が【ゲイル・ブロウ】を正しく起動するためには元から完成している魔術式を崩し、自分が正しく起動させることのできる魔術式を探さなければならない。

 それは砂漠の中から一粒の砂金を見つけるのと同じような難易度であり、学院で習う魔術の数だけこれを行うのは一生かけても不可能だろう。

 

「魔術に向いていないだけなら、魔術に関わらない生き方を探させればよいだけだったのです。ですが、姉さんには私のパーツが組み込まれています。損傷が激しかった姉さんの肉体を修復するだけなら、それが一番成功率も高く、手っ取り早い方法だったので」

「ああ、テトラとお前の事情についてはルミアから聞いた。だが、アイツがお前の肉体の一部を使って生きていることとアイツの魔術特性(パーソナリティ)に何の関係があるって言うんだ………?」

 

 ソティルは目の前で揺れるロウソクの火をぼんやりと見つめ、溜息をついた。

 

「詳しい理論や説明は省きますが、姉さんの魔術特性(パーソナリティ)は私の与えたパーツや能力にも影響を与えていました。姉さんの精神状態によってその影響の度合いが左右されるという、ソレが魔術に与える影響とは大きな違いがありますが」

 

 暗かった表情を更に歪め、ソティルは言葉を続ける。

 

「一年ほど前のある日、帝都で天使の塵(エンジェル・ダスト)事件を想起させる出来事がありました。あの事件に大きなトラウマを持っていた姉さんの精神は大きく揺れ動き、魔術特性(パーソナリティ)が私が与えたパーツと能力の活動を大きく歪ませてしまいます。歪んだ獣の力に飲まれた姉さんは理性を失って竜へと変貌。ですが所詮はなりそこないです。死傷者が出る前に私が鎮圧しました。まぁ、それでも建物の倒壊とかは酷いものでしたけどね」

「帝都にドラゴンが出現したなんて話は聞いたことがないが………いや、お前が偽造したのか」

「その通りです。被害が大きなものでしたから、辻褄合わせにはそれはもう死ぬほど苦労しましたよ………一度は帝都の存在すらなかったことにしようかと思うほどに」

 

 暗い表情のまま口角を上げ、冷たい笑みを浮かべるソティル。

 最後のほうに聞こえてはいけない本音が聞こえてきた気もするが───

 

「これが姉さんの竜化能力の始まりです。パーツと能力は活動を歪められた影響で姉さんの身体と完全に同化し、取り除くことも矯正(きょうせい)することも不可能な状態にあります。また暴走しては困ると考えた私は、姉さん本来の魔術特性(パーソナリティ)を新たな情報を上書きすることで封じ込め、一応は事なきを得ました………ちなみに、姉さんには自分が暴走したという事実しか伝えていません」

「………それで終わりじゃないんだろ」

「ご名答、一番大切なのはここからです」

 

 ソティルはグレンとルミアに向き直り、目線を合わせた。

 彼女の深紅の瞳が二人を映し出す。

 

「人の『在り方』に完全に蓋など出来ません。上書きした虚偽の情報も少しずつ本当の情報に侵食されていました。しかし、テロリスト襲撃事件で姉さんがシスティーナを庇ったあの時から、姉さんの魔術特性(パーソナリティ)は封印から解放される一歩手前の状態です。恐らくは死の恐怖を体験したことで、精神が大きく揺れ動き、侵食が大きく進んだのでしょう」

「ん?だったらまた情報を上書きすればいいだけの話じゃねえか?それが出来ないお前じゃないだろ?」

「人の話は最後まで聞いてください。女性から嫌われますよ………あ、もう既に手遅れでしたね」

「こんな空気でサラッと俺のことディスるんじゃねえよ!」

「先生、システィーナが寝てるんですから静かに」

 

 ソティルに注意されたグレンがはっとして寝ているシスティーナの方を振り返るが、酔いつぶれたシスティーナは目を覚ましていなかったようだ。

 微妙な空気が二人の間に流れ、ルミアが苦笑いをする。

 弛緩した雰囲気を払拭したかったのか、ソティルがこほんと咳払いをして話を続けた。

 

「………出来ないんです。これ以上姉さんの『在り方』が否定される状態が続けば、姉さんの自己(アイデンティティ)は完全に消え去り、同時にテトラ=マーティンという存在も世界から抹消されます。それを避けて魔術特性(パーソナリティ)を抑えつける手もありますが………所詮は気休め。長くは持たないでしょう」

「じゃあ、どうすれば………」

 

 ルミアが不安そうに呟くのを聞いてソティルは顔を俯けた。

 

「解決方法は見つかっていません。だからと言って姉さんにこの事実を話せば、かえって彼女の心に負担をかけることになる。出来る限り私は姉さんの傍にいるように努力はしますが、もしも私がいない時に彼女が暴走したのなら、その時は彼女を鎮めてほしいんです」

「………俺はともかく、ルミアにそんな危ない真似させようって言うのか?」

「ルミアに姉さんと戦ってもらおうとは考えていません。ただ、貴方達二人は何かと騒動に巻き込まれやすいですから、もしかしたら姉さんの暴走にも立ち会う羽目になるのではないかと考えまして」

「………否定できない自分が嫌だ」

「あ、あはは………」

 

 頭を抱えるグレンと苦笑するルミア。

 ルミアはその立場上、既に何かに巻き込まれる覚悟はついていたようだ。それは一種の諦めとも言えるものであったが。

 

「街や家で暴走した場合、元宮廷魔導士団所属の頼りになる魔術師さんになんとかしてくれるように頼んでいます。ですが、学院にはその人も入れないようで………」

「………まぁ、状況はわかった。ドラゴンなんざ止められる力は持ってねえが、学院の中で頼れるのが俺達しかいないってんならやれることはやるさ。お前もテトラも大事な俺の生徒だしな」

「ありがとうございます………ですが、私がいる時は無理に手伝おうとしなくても大丈夫です。元々は私が蒔いた種ですから、落とし前は私がつけます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は再び遠征学習の夜。

 グレンとアルベルト、ソティルは天の智慧研究会のアジトへと向かうべく、樹海の中を疾走している。

 それと同時に状況の整理を行っていた三人。

 最初に口を開いていたのはソティルだった。

 

「───これが私の目的の全容だ。これで満足か?アルベルト」

「………テトラ=マーティンはお前以上に政府の監視下に置くべき存在かもしれんな」

「………ま、そういう結論になるだろうな。都市の中で危険因子を野放しにしておくことなど、政府が許すわけもない。だがな、政府に捕まった時点で姉さんの人生は実験動物(モルモット)に決定だ。そんなこと、私が望むと思うか?」

 

 アルベルトとソティルが睨み合い、グレンは背筋が凍りそうなほどの寒気を感じた。

 ───この二人は近づけてはダメだ。

 グレンは直感的にそう感じる。

 多数を救うため、例えそれが大切な人であろうと少ない方を切り捨てるアルベルト。

 大切な人を救うため、例えそれが大勢の人であろうと自分が関心を持たない方を切り捨てるソティル。

 二人とも任務や目的に私情を差し込まないタイプであることが幸いし、今はある程度のコミュニケーションを取れているが、本来ならこの二人は互いに相容れない存在だろう。

 

「………もういい、この話は終わりにしよう。私は話せることは全て話した。アルベルト、次はお前の番だ」

「………ふん」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、アルベルトが今の状況を話し始めた。

 彼によれば、政府はバークス=ブラウモンが天の智慧研究会と手を組んでいること、そしてこの遠征学習で天の智慧研究会がルミアに対して危害を加えるであろうことは既に掴んでいたという。

 だが、どうしても手柄が欲しかった軍の上層部はルミアを餌としてバークスやその周りのテロリスト達を釣りあげようとしていた。

 猪少女のリィエルに護衛任務が課されたのは黒幕を油断させるためであり、本当の護衛はアルベルトであったのだ。

 しかもこの作戦を女王は知らない。全て勝手に軍が独断で決定したものである。

 

 ルミアや生徒達を政府の都合に巻き込まれたことを知ったグレンは、当然ながらこの事実を聞いて歯を食いしばりながらアルベルトを睨んでいた。ソティルも相当腹に据えかねたらしく、「私達の居場所バレたらいっそのこと全員殺してしまおうか………」などと危ないことを呟いていた。

 アルベルトが彼女の方を物凄く怖い形相で睨んでいたことは言うまでもないだろう。

 

 閑話休題(とにかく)

 

 リィエルに裏切られたことでこの計画は完全に破綻。

 アルベルトが元女王侍従であった外道魔術師、エノレア=シャーロットと交戦している間にまんまとルミアは連れ去られてしまった───というところでソティルがアルベルトに質問を投げた。

 

「お前は敵の居場所がわかっているようだが、下手人に何か仕掛けたのか?」

「王女に魔力信号を発する術を付呪(エンチャント)していたが、とっくに解呪(ディスペル)されているようだな」

「っておい!?それダメじゃねえか!?」

「阿呆が、誘拐対象が魔力探知されないように誘拐する側が注意を払うのは当然だ。本命は他にある」

「本命………エノレアとかいう外道魔術師か」

「御名答だ」

 

 彼は先ほどエノレアと交戦したどさくさに紛れ、ルミアにかけた魔力信号よりもさらに強力な魔力隠蔽性を持つ魔力信号をエノレアに付呪(エンチャント)したらしい。

 

「なるほど、ルミアの探知信号が解呪(ディスペル)されていることに加え、エノレアもお前の足止めに成功していたから敵の警戒心は薄まっていたわけだ………うわ、そんな芸当を軽々とするとか、お前下手したら私を殺しうる存在なんじゃないのか?」

「お前の能力が弱体化を受けていなければ、王女の居場所を一瞬で探知、さらに模倣(コピー)した他の兵器の能力を使って王女を自分がいる場所にテレポート………などという芸当も出来ていたのだろう?何度聞いても規格外の能力だ………能力を使う本人は様々な部分で爪が甘すぎるようだが」

「その首ヘシ折ってやろうか」

「………能力のみに頼っているようでは三流だな。それ以上の成長など出来るはずもない」

「言ってくれるな。だが私は『情報』という概念が受肉させられた存在だ。具現化した能力に頼るのは当たり前だと私が思うが」

 

 またもやソティルとアルベルトに険悪な空気が流れ始め、グレンが疲れたように嘆息する。

 

「ふん、話が逸れたな。エノレア=シャーロットから発信されている魔力信号は地下から発せられている。こうなると、バークス=ブラウモンが極秘で地下に研究所を作っている可能性が高い。研究所に流れる資金の齟齬も発覚していたが、恐らくそれの開発に費やしたのだろう。そしてヤツの研究内容上、良質な水を確保することは大前提になる。大まかな場所、土地の高低差、霊脈の場所などを調べればその水を確保する水路にも、ある程度の目星はつけられる」

「………この世界で私が姿や性格を模倣(コピー)すべきなのはお前だったのかもしれない。星の民にもこんな高スペックな奴は数えるほどしか───」

 

 ソティルが軽口を叩いている途中で行く手を遮っていた木々が尽き、広大な湖が姿を現す。

 その透き通った水面は煌々と輝く満月を映し出しているが、水の中は新月の夜のように暗く、底に隠された何かを守っているようにも見えた。

 

「ここ、か。後は水に潜って水の流れが不自然な場所を探せばいいというわけだ。不本意ではあるが、今の私では本当にお前に勝てる気がしない」

「………アルベルト、お前だけは敵に回しちゃいけねえみたいだな………」

「減らず口を叩いている暇などない。早く奴らのアジトに潜入しなければ───」

 

 【エア・スクリーン】の呪文を唱えた三人は湖の中へと飛び込み、水面に映る月がその波を受けゆらゆらと形を歪ませた。




厨二病患者が大好きな「歪んだ力」とかいう設定
私もどうやら重症だったようです
でも「この設定は流石に厨二臭すぎないか?」って迷ってたせいでこれに関する伏線、今まで全く無かった気が………
次の話もだいたいは出来ているのですが、表現があまりにもグロテスクなので一から作り直しかも
気長にお待ちください


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歪む英雄

休みが多かったからいつもより早く書けた………!
でもまた忙しくなるので投稿遅くなります。
申し訳ない。


 壁に手をつきながら通路を進んでいくテトラ。

 炭化していたはずの腕にはいつの間にか元の透き通るような白い肌とそれに相対するように鈍い光沢を放つ竜の鱗が戻っている。

 竜には人間よりも高い治癒能力が備わっており、それは竜化した彼女にも反映されている。と言っても、竜の治癒力は致命傷を数分で治すほどではない。

 亀との戦闘を終えた後、ある程度呼吸を整えたテトラは白魔【ライフ・アップ】を唱え、その治癒力を可能な限り増大させたのだ。

 しかし、法医魔術には治癒限界と呼ばれる落とし穴がある。

 これはごく短期間の間に法医魔術による過剰治癒を行うことによって起こる障害だ。この状態に陥った者は治癒系の魔術の効果が極端に薄くなり、さらには肉体の自壊にまで至ってしまう。

 テトラはこの事を知っていてもなお治癒魔術を自分にかけ続け、その身体は自壊寸前である。もうこの先で治癒系の魔術を使用することは不可能だろう。

 それに加え、竜の力を使い続けていることによって負担がかかり続けている身体で魔術を使えば、更なる疲労は免れない。

 こうした様々な要因により、今のテトラは歩き続けるだけで精一杯である。

 

「はぁ………はぁ………」

 

 彼女は足を止めない。

 自分の友を救うために───

 

(………違う、そんな理由で私はここにいるわけじゃない)

 

 無論、ルミアやリィエルを助けてあげたいという気持ちはあるのだ。

 だが、リィエルがルミアを連れ去ったと聞いた瞬間、昼間に研究所で見た標本が頭をよぎった。

 誰かを悪の手から救ったという英雄(ヒーロー)のような経歴を作り出せれば、自分は善の存在であることを───人から恐れられるような存在ではないことを証明できる気がして。

 気がつけばシスティーナに強がりを言い、凄まじい速さでここまで来てしまった。

 

「………最っ低だな、私」

 

 テトラは利益もなく自分の命を投げ捨てられるほどお人好しではない。だが、今からルミアやリィエルを救い、自分が善の存在だと強烈に植え付ける。『暴走』という自分の恐ろしい部分を隠して。

 あえて悪く言うならば、テトラは今からルミアやリィエルを騙そうとしているのだ。

 ───結果的に彼女達を救えたとしても、そんな汚れた動機を持った私はメルガリウスの魔法使いのような英雄(ヒーロー)とは呼べないんだろうな。

 テトラは昼間と同じかそれ以上の自己嫌悪感に襲われながら暗く狭い道を進んでいく。

 そんな彼女が開けた空間にたどり着いたのはそれから数分後のことであった。

 

「何………ここ………?」

 

 一言で表すならば、そこは保管庫であった。

 ガラス円筒がいくつも並べられ、それらは真ん中の制御装置らしい大きな魔導機械とチューブで繋げられている。

 この時点で既に嫌な予感はしていた。

 何かの動物か臓器かが標本にされているんだろう───それでも好奇心は抑えられず、ガラス円筒の中を覗いたテトラ。

 彼女が見たのはそれら以上におぞましいモノだった。

 

「え………あ………あ………!」

 

 それはナニカの脳髄だった。

 いや、誰がどうみても人間の物なのだが、テトラは現実を直視することが出来ず、それが他の生物の脳髄だと思い込もうとしている。

 しかし、彼女の自己防衛反応は一つの文字の羅列によって完全に崩れ去ることとなった。

 

『感応増幅者』

 

 ───異能者の脳髄だ。

 

「うわ………ぁ………ぁ………」

 

 人は本当に叫びたい時は叫べなくなると聞いたことがあったが、これは本当だったのか。

 テトラは心の(すみ)でそんなことを考えながらフラフラと床に膝をつく。

 早く、早く先へ進もう。

 小鹿のように震える脚に(むち)を打ち、ずらりと並んでいるガラス円筒から目を背けながら進んでいく彼女の前に、また円筒の中に入れられた標本が姿を現した。

 テトラがそれに目を釘付けされたのは他の標本とは決定的に違う点があったからだろう。

 生きている───否、『生かされている』のだ。

 自分とそう変わらない年齢であろう少女は四肢を切断され、あらゆる部位をチューブで繋がれている。胸が上下していることから息をしていることはかろうじて認識できたが、この円筒から出されれば数分も持たずに死に至るだろう。

 しかし、テトラに取っては彼女はこの部屋において唯一の救いであった。

 

「ね、ねぇ………キミ、私の声が………聞こえる………?」

 

 恐る恐る問いかけるテトラに少女は身じろぎをし、その後すぐに口を動かす。

 コ、ロ、シ、テ───言葉としては聞こえなかったが、テトラには彼女の言いたいことがはっきりと伝わった。

 だが───

 

「………大丈夫、大丈夫だよ。私じゃ無理だけど、妹ならキミのことを助けられるかもしれない」

 

 虚ろだった少女の瞳が見開かれる。

 

 『またお前は英雄(ヒーロー)気取りの真似をするのか?』

 

 心のうちから聞こえてくる言葉を無視し、テトラは少女に弱々しい微笑みを返した。

 

「待ってて、キミをこんな目に合わせたヤツを今すぐ叩きのめして───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、テトラの後ろから一条の雷光が放たれていた。

 その狙いはテトラではなく、円筒の中の少女。

 身動きが出来ない少女にその攻撃を避けられるはずもなく、心臓を貫かれた少女は身動き一つしなくなった。

 

「クククク………何をしようとしていたがは知らんが、これでもうそのサンプルを逃がすことは出来まいな?全く、ゴミ如きがいらぬ手間をかけさせおって………」

 

 少女に向けていた左手を下げながら笑っていたのはバークスだった。だが、昼間の好々爺然とした雰囲気はない。下卑た笑みを浮かべるその姿は悪党そのものだ。

 テトラはしばらくの間茫然としていたが、状況を理解していくと身体を震わせながらバークスの方へと振り向いた。

 

「なんで……なんでッ!?」

「貴様の声がうっすらとだが聞こえていたのでな。いくら貴重なサンプルとはいえ、逃がされるくらいならば殺した方がマシだ。それに………私の作品(キメラ)をいいようにしてくれた貴様には絶望を味わいながら死んでもらおうと思ってな!ハハハハハッ!」

 

 バークスの狂ったような笑い声はもはやテトラには届かない。バークスの言葉通り、彼女の心中は既に絶望に満たされていたからである。

 今まで心を守っていた何かが音を立てて崩れ、()()()から抑え込んでいた憤怒が、虚無感が、苦痛が、憎悪が、テトラの脳内を支配していく。

 彼女は全てを奪われた『天使の塵(エンジェル・ダスト)』事件から自らの中に巣食う巨大な負の感情を必死に抑え込んでいた。

 もう復讐をすべき相手はいないのだ、と。

 父さんも母さんも私が道を踏み外すことなど望んでいるわけがない、と。

 この感情を表に出せばきっと私は表の世界で生きていけなくなる、と。

 だが、ソレを閉じ込めていた檻はもう存在しない。

 そして、今の彼女が道を踏み外さないように手を掴んでくれる人も。

 

「あ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁ………!」

 

 私達の平穏を奪った()()()はもうこの世にいない。

 だが、そんな結末でこの憎悪が収まるものか。

 罪の意識も持たずに目の前で平然と嗤っているこの男が。

 今もなおこの世に蔓延っている邪悪共が。

 そして何より、無力な己が。

 ただただ、憎いのだ。

 

「殺してやる………殺してやるッ!!」

 

 すぐ後ろで倒れている少女を救う手立てはまだあるはずなのに、彼女がそれに気が付くことはない。

 少女の存在は既にテトラの視界から消え去っていた。

 

 その時だ。

 テトラの心臓がドクンと跳ね上がり、彼女の身体を電撃のような苦痛が這いずり回った。

 苦しむ彼女の背中からどす黒い霧が溢れ出し、ただでさえ暗い部屋を光も届かぬ絶対的な暗闇へと染め上げていく。

 

「なんだ貴様………今更何をしようというのだ!」

 

 テトラは自分の意識が苦痛と共に曖昧になっていくのを感じていた。

 バークスが恐怖を払拭するかのように喚くが、彼女の耳にその内容は届いていない。

 やがてテトラは霧の中へと飲まれていき、ついにはその姿も見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バークスはかつて共にこの研究所で働いていた一人の研究者との会話を思い出していた。

 彼は戦争用合成魔獣(キメラ)を作り出す研究の第一人者であり、かつての研究所長からも一目おかれている人物だった。

 真の魔術師たる自分には遠く及ばないが、彼もまた優秀な魔術師だったのだ。

 その思想を危険視した宮廷魔導士団に殺されなければ、彼は白金術の更なる進歩の(いしずえ)となっていただろう。

 確かその会話も合成魔獣(キメラ)制作の片手間だったはずだ。

 

「一部の魔術師は白金術のことを外道と呼ぶが………外道に勝てない正道などに意味はあるか?魔術に外道だなんだという過程は関係ない。真理に近づいたという結果こそが重要だと………私はそう思うがね」

 

 それはテロリストと同じような考えではないか?とバークスが問いかけると彼は微笑みながら続けた。

 

「そうか?ならテロリストでも構わない。外道中の外道、禁忌の最果て………私はそこに至り、究極の魔術を作り上げるとしよう」

 

 そう言い終えた彼はモノリスを操作する手を止めた。

 その目線の先には異形の獣が円筒の中に吊るされている。

 

「歪んだ存在というのは、あらゆるモノを無条件に憎むようになる。まぁ考えてみれば当然の話だ。様々な精神が混在してるんだからな。混ざり合った精神が正常なはずがない。だが、その憎しみが計り知れないほどの暴威を生むんだ。お綺麗な命なんて、こいつの敵じゃないさ」

 

 バークスの脳内に焼き付いている彼の言葉。

 実際に彼が作った合成魔獣(キメラ)のほとんどはバークスや他の研究者たちが作る芸術のような物ではなく、様々な動物が無理やり縫い合わされたような異形の獣であった。

 だが、アルザーノ帝国が隠さねばならないあらゆるモノが封印・管理されるかの封印の地に彼の制作した生体兵器はほとんど放り込まれてしまった。

 それほどに危険な存在だったのだ。

 

 

 バークスも彼が作った合成魔獣(キメラ)が持つ雰囲気をよく覚えていた。

 何故だろうか、

 目の前の少女を飲み込んだ闇の中から、それらが持っていた気配と同じ気配がするのは。

 肌から冷や汗が噴き出してくるのは。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グアアァァァァァァァ────ッ!!!』

 

 あらゆる生物を心の底から震え上がらせる咆哮。

 その主は霧の先から這うようにして出てきた竜だった。

 何物にも染まることのない漆黒の体躯。

 そして、何も映さない黒く淀んだ瞳。 

 そこにはもう、先ほどまでいたはずの少女の面影はなかった。

 

「が、学生風情が竜化の固有魔術(オリジナル)を作り上げたとはな!だが、代償に知性を失ったようだな!獣風情が、真の魔術師である私に敵うと思うなよッ!」

 

 バークスは懐から取り出した注射器の針を自分の首筋へと刺した。

 数秒後、バークスの筋肉はメキメキと隆起し、その身体は不自然なまでに膨れ上がっていく。

 彼が自らに投与した魔薬(ドラッグ)は様々な異能が抽出されたものだ。

 『再生能力』という不死身と言っても過言ではないほどの防御力に加え、『発火能力』や『冷凍能力』で攻撃の面も申し分ない。

 だが竜はその変化に何の反応も示さず、唸り声を上げながら四足歩行でバークスへと向かう。既に彼を敵として認めているようだ。

 

(ふん、やはり先ほどの感覚は思い過ごしだったようだな。私の実力すら見抜けぬ竜如きに怖気づいてしまうとは………)

 

 勝利を確信したバークスはすぐに腕に力を込め、『冷凍能力』を起動させた。

 彼は先ほどのテトラと宝石獣との戦いから、彼女が変身した黒竜に雷を放つのは悪手だと判断したのだ。

 だが、バークスの推理は的外れなものであった。

 

「ば、バカな!?座標は間違いなく奴の真下に設定したはず───ッ!?」

 

 指定の空間を絶対零度にする異能『冷凍能力』。

 しかし、その異能が発動した座標は黒竜のすぐ横の空間だった。一瞬で血液をも凍りつかせる必殺の一撃は、されど肝心の黒竜には少しのダメージも与えていない。

 動揺の色を濃く見せたバークスは後ずさりながら『発火能力』を発動させ、烈火がとぐろを巻いて黒竜を襲う。

 しかし、火柱は黒竜に当たる直前で軌道を変え、周囲のガラス円筒をバターのように溶かしていた。黒竜は依然、バークスへの歩みを止めない。

 バークスは後方へと下がり続けながらあらゆる異能、魔術を黒竜にぶつけた。だが結果は変わらない。

 どんな攻撃も黒竜に当たらないのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてついに、壁際に追い込まれ、逃げ場を完全に失うバークス。

 

「き、貴様ぁ………!」

 

 バークスの忌々しげな言葉に竜は何も答えない。

 だが、彼は並々ならぬ憎悪が宿った竜の瞳を見て即座に悟った。

 ───こいつが失っているのは()()ではなく、()()だと。

 そして、こいつは衝動のままに私を殺すつもりだ、と。

 それと同時に竜は鼓膜を突き破らんとするほど大きく咆哮を上げ、ナイフのように鋭利なそのかぎ爪でバークスを上半身と下半身とに切断した。

 無論、『再生能力』を持った今のバークスはその程度で死ぬことはない。

 メキメキと不気味な音と共に、バークスの失われた下半身が再生していく───かに思われた。

 ところが、

 

「が、がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────ッ!?」

 

 激しい痛みがバークスを襲う。『再生能力』に痛みは伴わないことを知っている彼はすぐに再生した部位を確認し、その表情を凍り付かせた。

 再生した下半身は───否、とてもではないが、その部位はもはや『下半身』と呼べる状態ではなかった。

 本来、失われた部位は時を戻すように再生するはずだ。しかし、再生した彼の脚は肉や骨が剥き出しになっているという醜いもので、関節もあらぬ方向へと曲がっている。

 この魔薬(ドラッグ)のテストは何度も行ったが、こんな不具合は今まで一度たりとも起きたことがない。

 ───この時の彼が知る由もないが、これはテトラの魔術特性(パーソナリティ)が深く影響している。

 解放された彼女の魔術特性(パーソナリティ)は蓋をされていた時間の分だけ何倍にも増幅し、ソティルからテトラへと譲渡されたパーツや能力をさらに歪めた。

 歪められたソティルのパーツは【具現の歪曲・変転】を利用し、テトラの周囲で起こるあらゆる変化を歪めるという能力を新たに発現。

 奇しくもそれは、彼女を救えなかったグレンの固有魔術(オリジナル)である【愚者の世界】と類似しているものだった。

 そしてバークスの再生という『変化』もまた、彼女の新たな能力によって歪められたのだ。

 

「馬鹿なあぁぁぁぁぁぁ────ッ!?私の研究が、理性すら持たぬ獣如きに劣るはずが─────!」

 

 狂乱に陥るバークス。

 そんな彼に一片の慈悲も与えず、竜はバークスをその前脚で叩き潰す。

 真っ白な研究室の床にぱっと血の花が咲いた。

 彼がその身体を醜く再生させる度に、何度も、何度も。

 喉も潰されたバークスが何を叫ぼうと、その声は誰にも届くことはなかった。

 だが、彼の『再生能力』は所詮(まが)い物だ。

 血液は再生出来ようとも、その血に溶けていた魔薬(ドラッグ)まで復元できるはずがない。

 そして竜が前脚を振り下ろすたびに、彼の血液中の魔薬(ドラッグ)は凄まじい速さで体外へと排出されている。

 単純に血中の薬分濃度が異能の発現が出来なくなるほどに薄くなったのか、それともバークスが自らの置かれた状況に絶望して『再生能力』を解除したのか。

 原因は定かではないが、ある回数でバークスの身体は再生を止め、彼の生命活動は完全に停止した。

 それでも竜は人としての原型を保たなくなるまで執拗にその身体を潰していく。

 彼の身体が肉塊となってようやく竜は意識を他の物へと移した。

 

 目の前にいるもう一つの死体。

 先ほどまでテトラが守ろうとしていた少女の死体だった。

 だが───

 

『…………』

 

 竜は数秒でその死体への興味を失い、部屋の出入り口へと視線を向けた。

 その奥に向かって血の匂いがずっと続いていたからだ。

 

 ───この先に獲物がいる。

 

 竜は歓喜するように咆哮すると、並んでいた円筒を薙ぎ倒し、その奥へと走り去っていく。

 理不尽に全てを奪われた少女。その狂気を、憎悪を体現した黒竜の猛進は止まることを知らない───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───竜から死角となった円筒の影で、一人の男が笑みを浮かべていた。

 白い肌にいくつもの傷跡。

 研究室のようなこの部屋では嫌に目立つ旅人のような服装をしており、その右手には色褪せた宝石のような小さな球体が握られている。

 

「───フハハハッ!成程、あそこまで膨らんだ復讐の感情!予想通りではあるが、やっぱりあの人間は()()()()に適応しそうな逸材だな!ならば、彼女がグレン=レーダス達を殺さないかつ()()()()()()ルートを確保しなければ………!」

 

 テトラへと迫る魔の手に、まだ誰も気づくことはない。




 段々話が収集つかなくなってない?ってお思いの方もいらっしゃると思いますが、大筋は想定通りです。大筋は。
 ちなみに原案ではテトラが竜になった後、バークスを喰うことになってました。
 流石に運営から怒られそうでしたし、主人公に食人させるっていうのは倫理的にダメだろって思ったのでボツにしましたけどね。
 この程度で済んだんだからバークスくんには感謝してほしいです()
 そして最後に出てきたあの人、ポッと出じゃないですからね!?


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鎮圧戦

あとがきに文章の添削について書いてます。
ちょっと長めに書いてるので注意しておいてください。


 テトラが竜となり、保管庫を後にしていたちょうどその時、グレン達は彼女が先ほどまで通っていた通路を通っていた。

 ソティルにテトラと同じ気配を感じていたのか、道中で合成魔獣(キメラ)が襲ってくることもなく、彼らは順調に歩を進めていく。

 が、ある部屋に入った瞬間にグレンが足を止めて、狼狽したように声を絞り出した。

 

「なんだよ、これ………ッ!」

「………」

 

 薄暗い部屋にちらつく炎、先ほどまで戦闘が行われていたと一目でわかる破壊痕、そして───辺り一面に転がるヒトの脳髄。

 グレンは吐き気を抑えながら拳闘の姿勢をとって辺りを警戒し、アルベルトも表情をいつも以上に険しくしている。

 ただ一人、意識ここにあらずという状態だったソティルだったが、しばらくして夢から覚めたような表情をするとぼそりと呟いた。

 

「………やっぱりお前達はここで待ってろ」

「………は?」

 

 ソティルの突然の言葉にグレンが素っ頓狂な声を上げた。

 

「弱体化した状態で調べられることは調べたが、姉さんは既に暴走を始めている。しかも厄介な能力をまた新しく手に入れたらしい。想定内の範囲ではあるがな」

「………能力?」

「ああ、この世界の魔術理論で説明できるから一応は魔術とも呼べるのだろうが………マナや万能素(オリジン)に干渉して、周りで起きる変化を歪めてしまうらしい。物理攻撃は今のところ対象外だが、魔術師(お前達)にとってはまさに天敵のような存在だろうな………誰かさんの【愚者の世界】と同じように」

「………」

 

 ───俺はまたアイツを救えなかったのか。

 グレンの堅く握られた拳がギリギリと音を立てる。

 

「ここからすぐ先の部屋に姉さんは向かっている。魔術も使えない状態で竜に挑むのは無謀だ。私一人でリィエルとルミア、そして姉さんのことを何とかして───」

「不可能だ。お前もわかっているだろう?」

 

 ソティルの言葉をアルベルトが冷たく切り捨てた。

 

「俺は先ほど天の智慧研究会のアジトからお前についての資料を押収したと伝えたな。そこにはお前の燃費の悪さ、そして弱体化(デバフ)の効果についても記載されていた」

「………やっぱりこのジャミングは研究会かそのお仲間の仕業というわけだ。だが、私のエネルギーはまだ有り余って───」

「ほざけ、弱体化(デバフ)の影響をモロに受けている今のお前では、能力を数回使っただけで機能停止だろうが」

 

 アルベルトから咎めるような視線を向けられ、ソティルが気まずそうに視線を逸らした。

 完全に図星である。

 ソティルならセリカのようにどんな状況もなんとか出来るだろうと考えていたグレンだったが、この事実を聞いて黙っているほど楽天家ではなかった。

 

「おい、ソティル。今のアルベルトの言葉が本当なら、流石にお前だけでこの状況をなんとかするのは無理だと思うぜ。ここは俺達大人の力を借りてみないか?」

「………確かに見てくれは少女だが、私は眠ってた期間も含めればお前達よりもずっと年上………じゃなくて、さっきも言ったように姉さんの周りで魔術を使ったら何が起こるかわからないんだ。お前達でも魔術を使えない状態じゃ姉さんにすぐ殺されるぞ」

 

 ソティルがきっぱりと拒絶の意志を示したが、グレンはため息をつきながら反論する。

 

「じゃあその能力の範囲内じゃない場所で強化魔術使ってから戦えばいいじゃねえか。【ウェポン・エンチャント】とか、【フィジカル・ブースト】とか」

「それはそうだが効果が切れた時には何も出来なくなるのでは───」

「いや、切れる前に短期決戦でテトラを寝かしてやりゃいいだけだろ」

「もしもの事を考えるべきではないのか………?」

 

 それからもソティルはグレンを説得しようと試みたが、グレンはどうしても引くつもりはないようだ。

 話が平行線になっていることにイラついているソティルとは違い、彼はニヤニヤと不敵に笑っている。

 

「これは俺なりのアドバイスだがな、勝ちってものには大なり小なり、リスクがつくものだ。確かに『最悪のケース』を考えるってのは大事なことだな。けど、いつまでもそんなモン考えて戦ってたら、拾える勝ちも拾えなくなるぜ?」

「………リスク、か」

 

 しばらく腕を組みながら唸っていたソティルだったが、突然諦めたように肩をがっくりと落とすとグレン達を紅い瞳で見据えた。

 

「………わかった、強化魔術はここで使っていけ。今の私じゃ能力の範囲がどれくらいかいまいち掴めなくてな。ここが範囲の中じゃないことしかわからないんだ」

「悪いなソティル。だが、俺はこれ以上誰かを失いたくないんだよ。もちろん、お前もな」

「………再度言っておくが、俺の目的はあくまで女王の奪還だ。テトラ=マーティンの鎮圧やリィエルの説得が不可能だった場合、それなりの覚悟はしてもらうぞ」

 

 大まかな作戦を立てた後、グレンとアルベルトが自らに様々な呪文を付呪(エンチャント)し始める。

 ちょうど二人が最後の強化呪文を詠唱し始めたその時。

 これは聞き流して貰ってもいいんだがな、と前置きして、ソティルが二人にテトラが暴走するまでの経緯を語り始めた。

 

「ここはバークスが異能者を実験していた部屋だ。そこらに転がってる脳髄も彼らのもの。姉さんもこれを見て相当ショックを受けていた。だが、あの人は生存者を見つけたらしい………結局、その希望もあのバークスとかいう屑によって打ち砕かれてしまったが」

 

 ソティルの視線は、床に転がる脳髄とは明らかに別物の肉塊へと向けられていた。

 肉塊のところどころから覗いている服の切れ端はバークスが着ていたものだ。

 

「自分の作った合成魔獣(キメラ)をあっけなく撃退した姉さんを恨んだバークスによって、姉さんが見つけた生存者はあっけなく殺されてしまった。異能者を人とすら思っていないバークスからすれば、姉さんに嫌がらせしてやろう程度の考えだったようだ」

「………」

「だが、バークスに標本にされた人間は姉さんのようにある日突然平穏を奪われたような者ばかりだ。だから姉さんは自分と同じ………いや、もっと酷い境遇にいたその子を救いたいと本気で思っていたんだろうし、救えたであろう人を目の前で殺された時には本気でバークスを憎んだんだろう………そうじゃなければ、バークスはあんな姿になってない。」

 

 ソティルは肉塊から視線を外すと、舌打ちをした。

 その表情には並々ならぬ後悔が滲んでいる。

 

「………畜生」

 

 彼女が怒りを向けているのは自分自身。

 破格の力を持っていながら、それを満足に扱えない自分の技量不足に対するものだった。

 

「私の想定が甘かった。この施設で何が行われているか綿密に調べていれば、もっと早く動いていれば、その生存者を救えたかもしれない。姉さんの心に深い傷を負わせずに済んだかもしれない………もう少女の蘇生は不可能。こんなことを考えても意味などないんだがな」

「………」

「ああ、クソ。ホントに私は(ぬる)くなったようだ。名前も知らない少女の死で心を痛める日が来るとは思いもよらなかった。誰のせいかと言われれば、何人でも候補は上がってくるんだが」

 

 自らの本音を吐露できたことで多少は頭が冷えたのか。

 ソティルはふぅと大きく息を吐くと、ある通路を指さした。

 よく見ると、そこには奥へと続いている巨大な足跡が残されている。

 

「この先にルミアもリィエルも、そして姉さんもいる………今は助けられる者の事を考えるべき、だよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、ひぃ………ッ!」

 

 壁に映し出された映像を凝視して震え上がる青髪の青年。

 そこには血に濡れた黒竜が狭い通路を破壊しながら闊歩していた。

 目的地は青年がいる場所。

 

「ま、マズい………アイツ、真っ直ぐこっちに向かってきてる………」

 

 青年の脳裏にバークスの悲惨な結末がよぎる。

 次にあの姿になるのは恐らく自分達だ。

 

「嫌だ………死にたくない………死にたくない………ッ!」

 

 頭を抱え、うわ言のように同じことを呟き続ける青年。

 

「兄さん」

 

 と、彼の後ろから()の声が聞こえた。

 振り返ってみると大剣を錬成した少女が幽鬼のようにフラフラとした足取りで扉の方へと向かっている。

 

「私がテトラを食い止める。兄さんは儀式を続けて」

「あ、ああ!流石は僕の妹だな!例の素体が完成すればすぐに加勢させる!それまでよろしく頼むぞ!」

 

 そうして青年が儀式方陣で作業を開始した数十秒後、入口から鈍い音がすると同時に鉄製の扉が吹き飛ばされ、奥の壁へと激突した。

 幸い青年や儀式用の器具は無事なようだが、彼にとって最大の試練はここからである。

 案の定と言うべきか、ドアの先の暗闇から現れたのは先ほどバークスを一蹴した黒竜だった。

 

「───ッ」

 

 儀式の一部として組み込まれ、鎖付きの手枷で吊られていたルミアが小さく息を飲む。

 そこにはもう友の面影はない。

 彼女が変身した竜の瞳からは、溢れんばかりの負の感情がはっきりと感じとれてしまった。

 無論、ルミアはテトラの暴走を甘く見てなどいなかった。だが、あの心優しいテトラの中にここまで狂暴な存在が閉じ込められていたとは彼女と言えども想像できていなかったのだ。

 

『…………』

 

 そんな黒竜の双眸に映った最初の人間はリィエルの兄と名乗るあの青年だった。

 竜が獲物(ターゲット)を定めた瞬間、さっそく魔法陣へと異変が起きる。

 

「………ッ!」

 

 青年の触っていた方陣がぐにゃりと歪み、その周りを結界のように紫電が踊り始めた。

 黒竜が纏う歪みの空間は既に儀式方陣へと干渉していたのだ。

 方陣へと近づけないのならば、儀式は中断せざるを得ない。

 だが、青年の注意は既に方陣から別のモノへ向いていた。

 無論、その対象は彼を睨みつけている黒竜である。

 そして───

 

『ア、アァァァァァァァ………!』

 

 黒竜は悍ましい唸り声を上げ、青年へと猛進していく。

 魔術師とはいえ、ただの人間である青年が突然自分を襲ってくる竜へと対処する方法など知っているはずもなく、彼は恐ろしい速さで後ずさりを始めた。

 しかし、彼らがいる場所は狭い部屋の中。彼もまた、先ほどのバークスと同じようにすぐに壁の端へと追いやられる。

 そのまま青年は鋭い爪の餌食となる───そう思われていた。

 ところが、竜の進行は青い旋風によって遮られる事となる。

 

「いいいやぁあああ───ッ!!」

 

 リィエルは竜の頭上へと飛び上がり、その左目へと重力の許すがままに大剣を振り下ろす。

 いかに竜といえども目玉を潰されてはひとたまりもない。

 

『ガァアアアアアアア────ッ!?』

 

 竜は左目から鮮血を流しながら自分を傷つけた存在へと目標を変えた。

 残った右目で大剣を構える少女を視認した竜は前脚で彼女を押しつぶそうとする。

 だが、そんな単調な攻撃を易々と受けるほど特務分室のエースは甘くない。

 リィエルは床を蹴って竜から距離を取ると、血に濡れた大剣を竜の右目めがけて投擲した。

 竜はその剣を尾を器用に使って叩き落としてしまったが。

 

「くっ………!」

 

 リィエルはもう一度新しく大剣を錬成するために右手を床に───

 

「やめとけ」

「───ッ!?」

 

 リィエルの視界の端で踊る白い髪。

 それと同時にリィエルは何者からか首筋に手刀を入れられ、その意識を刈り取られていた。

 リィエルの戦闘勘は新たな敵の存在など感知していなかったが───。

 

「お前なら大剣を錬成したらマズいって勘でわかると思ってたんだが………余計なことを考えすぎていたみたいだな」

「ソティル!先生!」

 

 リィエルを見下ろすソティル。ルミアの声にも気づいているようだが、今は彼女と話をする余裕すら持っていないようだ。

 そして、それはソティルの後ろにいる二人も同じだった。

 グレンは自分達を睥睨する竜に脂汗を流し、アルベルトは戦闘態勢へと入っている。

 

「どんな姿をしていても受け入れる覚悟はしてたが………想像以上にヤバい目してんな。冗談抜きであのテトラとは思えねぇ」

「………俺はあの目から《正義》を語っていた()()()の目と同じモノを感じるがな」

 

 二人が苦い顔をする隣でソティルが背中に生えた羽をバサバサとはためかせた。

 

「さっき説明したあの能力は任意発動らしくてな。姉さんが意識を失えば自然と解除されるらしい。能力が解除されたら私が無理矢理にでも元の姿に戻してやる………グレン、お前はリィエルを安全な場所に運んでほしい。後は作戦通りだ」

「わかった!トドメは任せるぜ?」

 

 グレンがリィエルを背負ったことを確認すると、アルベルトは懐からナイフを取り出していた。

 彼は任務に赴く際は何十本ものナイフを常備している。

 それらがただのナイフならば竜の鱗に通るはずがない。しかし、肉体強化が何倍も為された状態で、しかも魔術的強化を受けているナイフを投擲するのならば話は別だ。

 アルベルトが音速にも劣らぬ速さで投げたナイフは、竜の鱗へといとも容易く突き刺さった。

 痛覚を倍加させる呪詛により、精神に直接響く痛みを与えられた竜は耳をつんざくほどの咆哮を上げながらのたうち回る。 

 だが、そんな怨嗟の咆哮に臆することもなく、アルベルトが新しいナイフを構えた。

 

「………奴に逆鱗はあるのか?」

 

 アルベルトの問いにソティルがふるふると首を振る。

 

「私は竜の姿こそしているが、構造が根本的に異なる。それは私のパーツの影響であんな姿になっている姉さんも同じ………狙うなら目玉だな。リィエルが既に片目は潰しているから、もう一方を潰せば無力化できる」

「………奴は既に俺のナイフを脅威と見なしている。それに加え、お前も充分に警戒されているようだ」

 

 竜は自分に対して攻撃を仕掛けたアルベルトに殺意の籠った瞳を向けているが、同時にソティルにも意識を割いているようだ。

 

「どうやって私の力を悟ったのかはわからないが、ここまで警戒されていては目玉を攻撃するなど夢のまた夢か………」

「………ふん、グレンは戻るのを待つぞ」

 

 アルベルトが新たなナイフを投げ、ソティルが翼を羽ばたかせ竜へと突貫する。

 ナイフは再度竜の鱗へと突き刺さり、竜が激痛に唸り声を上げる。

 しかし、その痛みに対してはある程度耐性が出来ていたのか。

 竜はソティルを目にすると、鞭のようにしならせた尻尾をソティルの横腹へと叩きつけた。

 思いきり吹き飛ばされたソティルは受け身をとって衝撃を抑えたが、それでも甚大なダメージは免れることは出来なかった。

 

「ちぃ………ここまで厄介になるとは思わなかった。だが………」

 

 ───それは一瞬の事だった。

 乾いた音と共に竜の瞳から血しぶきが噴き出す。

 ナイフで傷をつけられた時以上の叫びをあげる竜に、一部始終を部屋の端で見ていた青髪の青年は気絶寸前だ。

 

「………悪いな。闇討ちってのは俺の専門分野なんだ」

 

 いつの間にやら現れていたグレンの右手にはいつの間にか筒先から硝煙が揺らめく《ペネトレイター》が構えられていた。

 相手に自らを警戒させる間もなく、その銃弾を正確無比に急所へと打ち込む。

 ───彼を外道魔術師から恐れられる《愚者》たらしめた絶技の一つだった。

 

「助かった!後は私がやる!」

 

 竜の頭上へと飛び上がるソティル。

 狂乱のままに盲目となった竜が暴れるが、ソティルはその無差別攻撃を(かわ)し続けて───

 

「───寝てろッ!」

 

 無防備となった竜の脳天へとかかと落としを炸裂させる。

 恐ろしい膂力で繰り出されたソレは竜をそのまま頭を地面へと叩きつけ、意識を刈り取るには充分すぎる威力である。

 竜は小さく唸り声を上げると、ピクリとも動かなくなった。

 

「………ふぅ、後は元の姿に戻すだけだな。弱体化してる今の状態でもこれくらいはできるはずだ」

 

 ソティルが座り込み、竜の頭へと手を触れる。

 すると、彼女の竜化した部分が蒼く輝き、その光が接触している部分を通して竜へと吸い込まれていく。

 竜の身体は蒼い粒子となって溶けていったかと思うと、そこには傷だらけのテトラが倒れていた。

 苦し気な表情こそしているものの、気絶しているだけのようだ。

 安堵のため息をつきながら立ち上がったソティル。

 ───そんな彼女を風切り音と共に猛回転した大剣が襲い掛かった。

 不意打ちには完璧すぎるタイミング。

 しかし自身の首筋へと肉薄する大剣を彼女はあっけなく弾き落とし、その大剣の主を睨みつけた。

 

「………随分と速いお目覚めだな、リィエル」

「ちぃ、《マジック・ロープ》で縛っといたのに、脱出するの速すぎだろ………」

「引き千切った」

 

 グレンから零れた愚痴に、リィエルが普通の魔術師では考えられないような答えを返す。

 リィエルとグレンのどちらに対してかは定かではないが、アルベルトが少し呆れたような顔をしていた。

 

「リィエル、私に攻撃を加えたってことはまだ戦う気なんだな?」

「………兄さんの邪魔をする貴方達も、テトラも、敵」

「ほう?じゃあ相手してやる───と、言いたいところなんだが」

 

 ソティルがパチンと指を鳴らす。

 瞬間、リィエルの身体が()()()()()

 身動き一つとれないリィエルが苦悶の表情を浮かべていると、グレンがリィエルの前へと進み出る。

 

「安心しろ、お前の神経情報をちょっといじっただけだ。グレン大先生がお前に話したいことがあるそうだからな。お前をどう料理するかはその後に考えるさ」

「お、お前達!僕の妹に何をする気だ!?」

 

 リィエルの不利を悟ったのか、青年が金切り声を上げる。

 

「何が妹だ!お前はその『妹』に危険を全部押し付けて、部屋の隅でガタガタ縮こまってたんだろうがッ!」

 

 だが、グレンに憤怒の籠った視線を向けられた青年は言い返すことも出来ず、完全に及び腰になってしまった。

 それに対してグレンはその憤怒が許すまま、更にまくし立てる。

 

「お前達が今から行おうとしてた儀式は『Project:Revive Life』───『Re=L』計画だろ!そもそも、こいつの事を『リィエル』って呼んでる時点でお前はもう兄貴じゃねえんだよ!」

 

 『Re=L(リィエル)』計画。

 恐ろしい真実の予感に、動けないはずのリィエルの身体がガタガタと震え始めた。

 

「ぎ、儀式………?なんで………私の名前が………」

「おいグレン、アルベルト。こいつの記憶をこじ開けてもいいか?ちょっと無理すれば弱体化した今の状態でも出来る」

「………俺は構わんが」

「………」

 

 アルベルトと違い、決めあぐねている様子のグレン。

 

「いや、お前が持ってる『例のキーワード』から記憶の封印を解いてもいいんだ。だが、リィエルが自分の立場を把握するためには、私の能力で細かい情報まで開示した方が手っ取り早いと思ってな」

 

 グレンが無表情のソティルと不安げな表情のリィエルを交互に見て───

 

「………すまん、頼む」

「わかった。リィエル、多少の覚悟はしておけ」

「え………」

 

 ソティルがリィエルの頭をすっと撫でると、リィエルを激しい頭痛が襲った。

 

「………()()()()()()、リィエル」

 

 ソティルの悲しげな謝罪と共に、リィエルの脳内に様々な情景がフラッシュバックしていく───。




一話から十一話まで文章を添削しておきました。
いや、うん、文が途中で終わってたりとか誤字とかだいぶ酷かったですね。
今後はしっかりと確認してから投稿するようにします。申し訳ありませんでした。
十二話から先の文章も添削したいのですが時間が許してくれず………。
新しい話から先に投稿するという決断をするに至りました。
次からは二十六話の制作と並行しながら添削することになるかな。
次話の投稿にもだいぶ時間がかかると思いますが、気長にお待ちくださいませ。


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