灰の軌跡 (キンニク)
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1201年<秋> ユミルにて

初投稿です。おそらく百番煎じくらいです。
偉大なる先駆者様たちと被らないよう、頑張っていきたいと思います。





「ありがとう!楽しかった!」

 

そう言って空高く飛び立つ。

大切な仲間達、教え子達の必死な声を背にしながら。

 

(すまない……!)

 

仲間達を置いていく後悔を胸に、更に速度を上げ上昇していく。

 

隣で運命を共にしてくれる、二人と共に

大気圏外に突入した瞬間――――――――――

 

 

              視界が白く染まった

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「っ!」

 

瞬間、ベッドから跳ねるように飛び起きる。

寝巻き用の服は汗に濡れ、湿っていて妙な気持ち悪さが残り、

周りを確かめるように辺りを見渡すと見慣れた自室であることが解った。

 

(また、あの夢か……。)

 

ひとつ溜息をつき、時計を確認する。

ユン老師との修行の時間までは少し時間があるようだ。

 

(それにしても一体なんなんだろうな……)

 

リィン・シュバルツァーには幼いときから決まって見る夢がある。

いや、正確には決まって見る夢があることを知っているというべきか。

目が覚めたら夢の内容の殆どを忘れてしまっているのだから。

 

唯一覚えているのは胸の中にある寂寥感のような物だけだ。

まるで、大切な事を忘れているかのような――――――――

 

「っと、そろそろ用意をしないと」

 

考え事をしていたせいで時間が思ったよりも経っていたようだ。

急いで服を着替え、刀を取り腰に携える。

鏡で身だしなみをチェックし問題はないか確かめる。

 

「よし、行くか!」

 

老師は朝が早いので、もしかしたら待たせてしまっているかもしれない。

他の家族を起こさないよう静かにしつつ急いで家を出た。

 

外に出ると辺り一面に雪が積もっていたが靴全体が埋まるほどではなかった、

今日の稽古に支障はないだろう。

 

広場に出ると足湯につかっている人影が見えた。

ユン老師だ。

 

「老師!おはようございます。申し訳ありません、待たせてしまいましたか?」

 

急いで駆け寄り挨拶をする。

待たせてしまっていては申し訳ない。

 

「リィンか、なに、気にするでない。早く起きてしまったので足湯につかりながら風景を楽しんでおったのじゃ」

 

どうやら大丈夫だったようだ、ひとつ息を吐く。

 

「そうですか……、良かったです」

 

「うむ、さて足湯にも満足したし、そろそろいこうかの?」

 

そう言って老師は足を引き上げ、タオルで拭き、靴に足を通す。

 

「今日は山を登った先の広い場所に行こう、そこでそれぞれの()の反復をしてもらう」

 

「はい! 今日もよろしくお願いいたします!」

 

そういって歩き出した老師の後を追う。

頭の中は今日の稽古のことで一杯だった。

 

だからだろうか、老師が思案顔をしながら歩いていることに気づかなかったのは。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「四の型、紅葉切り!」

 

目の前でリィンが太刀を振るっている。

 

(相変わらず、この歳ながら見事なものじゃな……)

 

その太刀の鋭さはもはや初伝レベルではなかった。

リィンを最後の直弟子と定め、稽古をつけ始めて早四年。

自分の中にある()を御し、誰かを傷つけないようにしたいという刀を取った理由。

弟子入りを願い出てきた時の目を見て才能はあると感じていた。

それゆえに、型の中で最も会得難易度の高い七の型を授けたのだ。

しかし、実際に稽古をつけ始めて驚かされることになる。

 

型を教え実際にやらせて見ると、すぐにその型を会得するのだ。

 

――――まるで以前習得したことを思い出すかのように。

 

 

(じゃが……)

 

そんなリィンだが順風満帆とはいかない。

リィンが恐れている<鬼の力>をうまく御することが出来ないのだ。

本人もその力を恐れる余り、剣士にとって大切な後一歩が踏み出せない。

 

(天然自然……、本人も理解しているようじゃが……)

 

 

なぜ<鬼の力>を御することができないと思うかを一度リィンにも確かめた。

 

「自分の<力>を否定をする気はありません……。まずは自分自身を認めなければ前に進めないと思いますから」

 

だが、それでもとリィンは言う。

 

「この力を制するためには、何かが足りないと思うんです。その何かが今の俺にはわかりませんが……」

 

その姿は自分が力を御せない理由がわからないというより、思い出せない(・・・・・・)といった感じだった。

 

(初伝を授けて半年、何も変化は無しか)

 

この問題は自分の力ではどうにもならない。

あくまでリィン自身が解決しなければいけないのだろうと結論に至った。

 

(以前から考えておったが、まあリィンにも良い経験になるじゃろう。可愛い子には旅をさせよとも言うしの)

 

用件を告げるのは本日の修行が終わった後にしよう。

 

「七の型!無想覇斬!」

 

丁度良く型の反復も終わったようだ。

 

「よし、そこまでじゃ。身体が温まったじゃろう。次は滝行をして体を冷やすぞ」

 

「っ!了解です!」

 

息を切らせながらリィンが後ろについて来る。

 

驚くじゃろうなぁと少し悪戯めいた顔しながら、一緒に滝へと歩いて行く。

 

(しかしまぁ、大きくなりおって……)

 

弟子を想う親心も胸にして。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

滝行を終え屋敷に戻ってルシア母さんが作ってくれた昼食を食べながら談笑し、

午後には実戦形式での稽古をつけて貰ったが老師は強くその背中の影すら見えない。

実際、稽古が終わった今も老師は息ひとつ切らしていないようだ。

自分は地面に倒れこみ激しく息を切らしているにも関わらず。

 

(老師はすごいな……、あのお年で衰えを知らない。それに比べて俺は足踏みを続けている……。)

 

自分の無力感に苛まれながら息を整えようと必死に息をする。

そうした時間が幾ばくか過ぎ、呼吸が整ってきたところで。

 

「リィン、もうそろそろ大丈夫かの?」

 

老師から声がかかる。

 

「はい、大丈夫です。申し訳ありません、時間を取らせてしまって」

 

そう言って、起き上がり立ち上がる。

 

「気にするでない、今日の稽古は特別厳しくしたからの。時間がかかるのも当然じゃ」

 

「そ、そうだったんですか(確かに今日はいつもより攻めが激しかったような?)」

 

でも、何故今日は特別厳しかったのだろうか。

 

「リィン、少し真面目な話をしよう」

 

「……はい」

 

老師の雰囲気が変わる。

いつもの温和な雰囲気から緊張感に満ちた雰囲気へと。

 

「おぬしに稽古をつけ始めて四年ほどが立つ。この間、おぬしは凄まじい速度で成長を続けていった……ワシがこれまでに取ったどんな弟子たちよりも早く」

 

目を閉じながら老師は話す。

記憶を思い返しているのだろう。

老師の話しを聞き自分の脳裏にも様々な記憶がよぎる。

 

『刀は腕だけで振るうものではないリィン。身体全体で振るうのじゃ』

 

『っ……やってみます!』

 

―――――――初めて剣を握ったあの日、剣が想像よりも重く碌に振るえなかったこと。

 

『滝行は心を洗い流し、鍛えることができる。無心になりなさい』

 

(……寒すぎて死にそうだ……!)

 

―――――――老師と共に行う滝行は身体が凍え、死にそうな思いをしたこと。

 

「おぬしには才能がある。刀を振るう者にとって大事な心構えも持ち合わせているじゃろう」

 

「だがおぬしも感じているとおり、おぬしの中で何か(・・)が足りない。それゆえに<力>を御することができないのじゃ」

 

『おぬしに授ける七の型は<無>……無明の闇に刹那の閃きをもたらす剣じゃ』

 

『無明の闇に刹那の閃きを……ですか?』

 

―――――――自分が授かる型に妙な懐かしさを覚えたこと。

 

「リィン、それ(・・)はおぬしが自分で見つけなければいけないのじゃ。ワシとの修行でそれが見つかることはないじゃろう」

 

「よって……」

 

老師が一息をつき、目を開く。

 

「おぬしに稽古をつけるのは今日で最後とする。そこから先は自分で進むのじゃ。」

 

「あ……」

 

それは老師からの修行の打ち切りといっても良い言葉だった。

身体から血の気が引いていき冷たくなっていく。

現実を理解したくないかのように。

 

「じゃがリィン。おぬしに<道>を示そう」

 

その言葉に少し遅れて反応する。

 

「道……?ですか?」

 

「うむ、すこし待て」

 

そう言って老師は懐に手を入れる。

何かを取り出そうとしているようだ。

 

「これじゃ」

 

懐から出したのは白い封筒に包まれた手紙だった。

 

「……手紙?」

 

「以前おぬしにも話したことがある孫娘宛てでな。この度めでたく正遊撃士になったらしいのでな、その祝いの手紙じゃ。」

 

そう言われて思い出す。

確かユン老師には孫娘がおり、直弟子ではないが剣士としても中々の素質が持つと仰っていた。

だが、その手紙が自分と何か関係があるのだろうか?

 

「これを届けて欲しいのじゃ」

 

老師が手紙を差し出し受け取るように促してくる。

 

「それは構いませんが……、これが……<道>ですか?」

 

「そうじゃ。おぬしはあまりユミルから出たことがないじゃろう。元来、旅は人を成長させるという」

 

手紙を受け取りながらそこまで言われてようやく気がつく。

 

「老師は……その<旅>で俺に何かを掴んでこいと仰るのですね?」

 

「うむ、少々遠いじゃろうがおぬしにも良い経験になるじゃろう」

 

色々と不安なことはあるが老師の言うことに間違いはないだろう。

なによりも今はその言葉に藁にも縋りたい気持ちだった。

 

「わかりました……。この手紙は必ず届けさせて頂きます」

 

「うむ、よろしく頼んだぞ。」

 

手紙を無くさないようにしまい込む。

そこで目的地を聞いていないことに気がついた。

旅というからにはかなり遠い筈だ。

 

「ところで老師、少し遠いと仰ってましたがお孫さんはどこに住んでいらっしゃるのでしょうか?」

 

ここから遠いとなると遊撃士支部があると聞くレグラムか大都市の海都オルディスあたりだろうか?

 

「ん?ああ、言い忘れていたの。これに地図が書いてあるから見ると良い。」

 

そういって老師から一枚の地図を渡され、

その地図を見ると<ボース市内>という名前が書かれていた。

 

(ボース……?それに<市>って……。)

 

エレボニア帝国に<市>はないはずだが……。

まさかと思い視線を地図の左上に移動させると――――

 

リベール王国(・・・・・・)という文字が書かれていた。

 

「……」

 

「リベールは良い国でな、おぬしも気に入ると思うぞ。」

 

「え。」

 

頭が混乱して整理がつかない、まるで夢を見ているようだ。

帝都にすら殆ど行ったことがないのに、いきなり外国に行くことになるとは。

 

「ちなみに昼にテオとルシア殿に事情を話して二人とも快く了解してくれてな。すぐに準備を整えてくれるそうじゃ。」

 

「そう……ですか。」

 

七曜暦 1201年 <秋>

リィン・シュバルツァー(15)、初の海外旅行が決定した瞬間であった。

――――その海外旅行が一年以上に及ぶことになるとは誰も思わなかったが。

 

 




執筆理由は閃の軌跡Ⅳでアネラスとリィンの絡みが無く残念に思ったからです。
小説の書き方を勉強しながら投稿するので投稿頻度は激遅になってしまいますので申し訳ありませんがよろしくおねがいいたします。
ある程度ストックをしてから一気に投稿していきます。

アネラスはエステルとヨシュアが準遊撃士になる半年前に正遊撃士になっているようです。
エステルとヨシュアは3.4ヶ月で準遊撃士から正遊撃士になっていますが、条件の難しさを考えると超エリートですよね。
※リベールで正遊撃士になるためには準遊撃士1級(8級からスタート)になり、これに加え5つの地方にある遊撃士協会支部の正遊撃士資格の推薦状を貰う必要がある。


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旅立ち

エリゼとアルフィンは聖アストライアに中等部から入学したという解釈でいきたいと思います。(1202年に入学)







老師からの話を聞いた後老師と共に下山しユミルに戻った。

鳳翼館で内湯に入り汗を流しながら、リベールについて話を聞く。

 

「なるほど、<剣聖>の称号を得たカシウス師兄もリベール出身なんですね?」

 

「うむ、無論それだけではないが、おぬしをリベールを行かせようと思った理由のひとつじゃな。会えるかはわからないが話を聞いて見るといい」

 

リベール王国には以前から話を聞いていた、<剣聖>カシウス・ブライト師兄も住んでいるようだ。

 

「剣聖……、初伝の俺には遠すぎる存在です。会えたとしても話を聞くなど恐れ多いですが……」

 

八葉一刀流を皆伝した上、武道の極めた者が行き着く<理>に至っているとも聞いている。

現在は剣を捨てているらしいが、初伝で足踏みを続けている俺が話を聞くなど迷惑にはならないだろうか。

 

「なに、カシウスの性格からして悩んでいるおぬしを無下にするなどありえまい。安心せい」

 

老師から話を聞いている印象では温厚な人なのだろう。少し安心する。

実際に会えると決まってはいないが……。

 

「……わかりました。是非とも話を聞いて見たいと思います」

 

「そうするといい。きっと良い助言をしてくれる筈じゃ」

 

老師が立ち上がり歩き出す。

 

「さて、そろそろルシア殿の夕飯が出来上がる頃じゃろう。館に戻ろうリィン」

 

どうやらかなり時間が経っていたらしい。

夕飯の時間のようだ。

 

「はい。……老師、今まで聞くことを忘れていたのですが」

 

「ん? なんじゃ?」

 

そういえば老師の孫娘という方の名前を聞いていなかったなと思いながら。

 

「いえ、お孫さんの名前を聞き忘れていまして」

 

「ああ、それも忘れておったの。年とは怖いものじゃ、忘れ物が多くなる」

 

老師はこちらに振り返り、その名前を告げる。

 

「孫娘はアネラス・エルフィードという。おぬしより三歳ほど年上になるな」

 

「アネラス・エルフィード……、よし、わかりました」

 

その名前をしっかりと記憶し内湯を出て服を着た後、

受付で支配人のバギンズさんに挨拶をし、鳳翼館を出て館に向かう。

外はすでに暗くなっていて街灯で照らされていた。

 

「良い匂いがするのぉ。これは楽しみじゃな」

 

「ええ、多分キジ肉のシチューでしょう。父さんが狩りで取ってきたんだと思います」

 

きっと旅に出ることになる俺を気遣ってくれたのだろう。

本当に優しい自慢の両親だ。

腹を空かせながら屋敷に到着し、扉を開けたその先に――

 

 

 

「おかえりなさいませ、兄様、ユン老師。早速ですがお話をお聞きしたいのですが」

 

 

 

明らかに怒った顔をした義妹が立っていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

シュバルツァー家の食卓にはキジ肉のシチューを初めとした俺の好物ばかりが並んでいた。

出来立てなのだろう、それぞれの料理からは湯気が立ち上っている。

今すぐにでも手を伸ばして食べたいところだが……

 

「それで、リベールに行くことを兄様は受け入れたんですね?」

 

「あ、ああ」

 

なぜエリゼはここまで怒っているのだろうか。

何か怒らせるようなことでもしたのかを思い返す。

 

(……駄目だ何も思いつかない)

 

そもそも最近はあの<事実>を知ってから、態度がよそよそしくなっていたはず。

そこまで考えてますますわからなくなってきた。

 

「その……、エリゼ?何をそんなに怒っているのか俺にはわからないんだが……」

 

「ええ、兄様にはわからないでしょうね。そもそも帝都すら殆ど行ったことがないのに、いきなり国外に行こうとするなんて正気ですか?」

 

そのエリゼの鋭い言葉に思わず怯んでしまう。

そんな俺の様子を見て、怒りの矛先を父さんと母さんへ変えたようだ。

 

「父様、母様も。ユン老師から伺いましたが兄様のリベール行きを許したそうですね」

 

「あ、ああ。リィンが剣の道に迷っていると聞いてな。ユミルに居ては迷いは晴れないと老師が仰るので許したのだが……」

 

父さんが珍しく動揺している。

エリゼがここまで怒るのは珍しいからだろう。

実際、先ほどから俺も声が出せないほど動揺しているし。

 

「ええ、私も少し迷いましたがリィンなら大丈夫だと思い許しました」

 

母さんはエリゼが怒っている姿を見ても普段と変わらない。

そんな二人の様子を見て、更に怒りが増したらしく。

 

「ユン老師も! 本当に兄様が旅をしてその<何か>が掴めるんですか!?」

 

今度は老師にも飛び火したようだ。

当の本人は酒を飲みながら平然と夕飯を食べているようだが。

 

「それはリィン次第としか言えないのぉ」

 

老師はエリゼの方へ向きながらそう答える。

それを見てとうとう怒りが頂点に達したようだ。

 

「そんな……!」

 

「じゃが」

 

怒りの言葉を遮りながら老師は言葉を続けた。

 

「ワシはリィンを信じておる。必ずやこの旅を通じて何かを掴み、大きく成長するじゃろう」

 

その力強い言葉にエリゼは勿論、家族全員が黙ってしまう。

老師はここまで俺を信頼してくれている。

先ほど修行の打ち切りを告げられたときとは逆に、身体が熱くなっていた。

 

「老師、ありがとうございます」

 

「なに、本心じゃからな」

 

頭を下げる。ここまで師匠が信頼してくれているのだ。

その信頼に応えなければ弟子失格だろう。

 

「エリゼ、お前もわかっているだろう。リィンなら大丈夫だ」

 

「リィンなら必ず元気に帰ってきてくれますよ。信じてあげなさい」

 

父さんと母さんもエリゼを説得に回ってくれる。

二人からの確かな愛情と信頼を感じられた。

 

「父さん、母さんも……」

 

「でも、でも……!」

 

それでも認めたくないらしいエリゼを見て

 

「ははは……」

 

俺は思わず笑ってしまっていた。

 

「っ! 兄様! 何がおかしいんですか!?」

 

エリゼはこちらを睨み付けてきた。

だが、そんな姿を見て安心しつつ本心を伝える。

 

「いや……、エリゼが俺のことを心配してくれるのが嬉しくてな。」

 

「え?」

 

俺が発した言葉が予想外といった顔をするエリゼ。

それも当然だろう、自分が怒っているのが<嬉しい>というのだから。

 

「あ、当たり前です! 兄を心配しない薄情な妹になった覚えはありませんから!」

 

薄情な妹だと思われて心外だといわんばかりに、これまでで一番大きな声で反論してくる。

そんな様子を見て、俺は一つの悩みが解決した気分になった。

 

「いや、俺が<養子>だと知って少しよそよそしくなってたからな……。それに年頃だし男兄弟がうっとうしくなったのかと……」

 

「!?」

 

俺が密かに悩んでいたことを打ち明ける。

エリゼはまたも予想外のことを言われたような顔をしたが、先ほどよりも早く反論してきた。

 

「よそよそしくなんてしていませんし、うっとうしく思ったりなんかしていません! その少し個人的な事情があるというか……」

 

「?」

 

「とにかく! 私が兄様を疎ましく思うとかありえませんから!」

 

良くわからないがどうやら嫌われてはいないようだ。

ここ最近、剣と同じくらいの悩みの種だったので旅に出る前に解決できてよかったと思う。

 

「さあ、話もひと段落ついたことだし、夕飯を食べてしまいましょう。せっかくの料理が冷めてしまいますよ」

 

母さんが声をかけ、ようやく夕飯をたべられる雰囲気になったようだ。

悩みも一つ解決し師の想いも両親の想いも知ることができた。

気分良く夕飯が食べられそうだ。

 

「私はまだ納得していないのですが……」

 

まだ不満そうにしているエリゼに質問をする。

 

「エリゼ、一体何がそんなに心配なんだ?」

 

「…………。旅をするということ自体は心配していません。私も少し剣を修めている身ですから、兄様の実力はわかっています。余程のことが無い限り大丈夫でしょう」

 

「……?」

 

ますます疑問が湧いてくる。

その言葉を聞く限り多少の心配はあれど、先ほどまでの怒りにはならないはずだが――

 

「私にも……わからないんです。兄様が遠くに行ってしまうというだけで、絶対に止めなければいけない(・・・・・・・・・・・・・)。そんな思いが込みあげてしまって……」

 

そう話すエリゼは、今まで見たどんな顔よりも必死な表情をしていた。

その様子はまるで不思議な夢を見た後の俺に似ていて。

 

「大丈夫だ」

 

「え……?」

 

言葉が自然に出ていた。

 

「必ず無事にユミルに戻ってくると約束する。ここには父さんと母さんとエリゼがいるし、郷のみんなもいる」

 

父さんが俺を養子に迎え入れたことで様々な弊害があったことを知り、それを引け目に思っていた。

いずれはこの家を出ていこうと思ったこともある。

だが、ある時理解できた。

 

「俺が帰ってくる<家>はここにあるからな」

 

父さんも母さんも俺を実の息子として想っていてくれる。

エリゼやユン老師、郷のみんなも俺をリィン・シュバルツァー(・・・・・・・・・・・)として想ってくれているのだ。

なら俺がシュバルツァーの名に引け目を感じることは、その人たちに対する裏切りだろう。

 

「それに、俺はシュバルツァー家の長子だ。お前に相応しい相手が見つかるまでどこかに行くわけにはいかないな」

 

だから大丈夫だとエリゼに笑いかける。

 

「……そう、ですか。その言葉を聞いて安心しました。少し腹立たしいですが

 

「ああ、安心して待っていてくれ」

 

そこまで言葉を交わして父さんや母さん、老師の方を見ると三人とも微笑んでいた。

俺は少しだけ気恥ずかしくなりながらも夕飯を食べ始めるのだった。

 

「そういえば兄様、多分ですが私はユミルでは待てないと思いますよ? 来年の四月から聖アストライアの寮に入りますので」

 

「あ、そういえば……」

 

「忘れていらしたんですか……」

 

エリゼが呆れた目を向けてくる

 

「な、なら旅が終わって一番最初に帝都まで会いに行くよ」

 

「ふふ、ええそうしてください」

 

そこでようやくエリゼは笑顔を見せてくれるのだった。

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

「ふぅ……、これで良しっと」

 

あの日から一週間ほどが経った。

―――旅立ちの朝だ。

 

「着替えも持った、国境を通るための通行書もある。」

 

荷物をひとつひとつ確認していく。

手紙を届けた後はアネラスさんを頼ると良いと言われた。

リベール各地も回ると良いと言われたので半年程度は掛かるかもしれない。

 

「予備のグローブもあるな……、おっと刀を拭くための懐紙を忘れるところだった」

 

忘れていた荷物は新たに詰め、とうとう全ての確認が終わった。

壁から太刀を取り腰に携えれば準備万端だ。

いつもどおりに鏡で身だしなみを確認し部屋を出て、

そこで一度振り返った。

 

「………………」

 

見慣れた筈の自室をひとしきり眺めた後扉を閉めた。

階段を降りると、玄関の前には家族と老師が集まっていた。

全員と言葉を交わす。

 

「リィン、頑張るのは良いが無茶をしすぎるなよ」

 

「はい、気をつけて行ってきます。父さん」

 

父さんと握手を交わす。

 

「向こうに着いたら手紙をくださいね、あとお弁当です。列車の中で食べてください」

 

「ありがとうございます。母さん。わかりました、逐一手紙を出しますね」

 

母さんには抱きしめられて。

 

「兄様、どうかお気をつけて。帝都に会いに来るという約束、忘れないでくださいね」

 

「ああ、わかっている。約束どおり一番最初に会いに行くよ」

 

エリゼには両手を握りしめられた。

 

「リィン。おぬしならば出来るはずじゃ。何かだけではなく、より多くのものを得てきなさい」

 

「はい。より多くのものを持って帰って参ります」

 

ユン老師とは言葉を交わして―――

 

玄関を開ける。

この館ともしばらくのお別れだ。

 

「それでは、いってきます!」

 

家族の声援を背に受けながら俺はユミルを旅立った。

 

 




この時点でのリィンの強さは閃の軌跡1終了時と同等としています。
家族に対する思いだけは閃Ⅳに至っていますが。

リィン・シュバルツァー(15)

使用クラフト
紅葉切り(威力C)
弧影斬 (威力B)
疾風  (威力A)
業炎撃 攻撃 (威力S+)

Sクラフト
蒼焔ノ太刀 (威力SSS)




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思いがけない出会い


1199年にはミュゼはカイエン公(クロワール)にアストライアの初等部に遠ざけられ、クルトは同じ年にパルムから帝都に移ったようです。

タイミングが重なれば二人は知り合っていたかもしれませんね。






ユミルの郷からケーブルカーで下り、ルーレに着いた。

ルーレ駅から帝都行きの列車が出ているはずだ。

帝都からセントアーク、セントアークからパルムへと行けば国境であるタイタス門へ行けるだろう。

 

「それにしても、相変わらず大きい都市だな」

 

ルーレの町並みを見上げながら歩く。

ビルが立ち並んでいてユミルとは比べ物にならないほど都会のようだ。

そしてこの都市の中でも最も大きいビルがあった。

 

「ラインフォルト社か……」

 

帝国最大の重工業メーカーであり、この都市の、帝国の発展に大きく貢献してきた大企業だ。

帝国人でおそらく世話にならない人はいないだろう。

 

「駅までもうすぐだな、列車の時間を確かめに行こう」

 

そのラインフォルト社を横目に俺は駅へと向かうのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あ――」

 

「……?どうかいたしましたか?お嬢様」

 

「ううん、今の男の子……」

 

「お知り合いの方ですか?」

 

「……知らない人だと思う。ただ……あの男の子を見ていたら、なぜか泣きそうになってしまっただけ」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

ルーレ駅に着き時間を確認しようとすると、丁度帝都行きの列車が発車するところだった。

大急ぎで切符を買い、走って列車に飛び乗る。

間に合ってよかったと席に座り息を吐いた。

 

(帝都には12時頃に着くんだったな)

 

窓を見ながら考え事をする。

帝都には数度しか行ったことがないので、セントアーク行きの列車まで時間があれば回ってみるのも良いかもしれない。

 

「……そうだ、母さんから貰った弁当」

 

荷物の中から弁当を取り出し、開けると塩むすびと卵焼きが入っていた。

持ち運びやすいようにしてくれたのだろう。

 

「いただきます」

 

塩むすびを口に運びながら外の景色を見る。

いつも食べている味とはまた違っていた。

 

(老師も仰っていたがこれは良いものだな)

 

これも旅の醍醐味のひとつと語っていた老師の言葉を思い出しつつ、あっという間に弁当を完食してしまった。

 

(しばらく母さんの料理も食べられないのか……そこは残念だな)

 

そんな事を思いながら過ごしているとあっという間に時間は過ぎ……

 

《本日は旅客列車をご利用頂きありがとうございます。次は終点、帝都へイムダル、帝都へイムダルに到着します。お客様は忘れ物のないよう、ご注意してお降り下さい》

 

終点を告げるアナウンスが聞こえてきた。

 

「もう着いたのか、流石に早いな」

 

列車を降りる準備をする。

出していた荷物を片付け、忘れ物がないかを確認。

降りたらまずはセントアーク行きの列車の時間を調べなければ。

 

《まもなく列車が駅に到着します。列車が完全に停車してから席をお立ちください》

 

ほどなくして列車が完全に停車し、席から立ち上がる。

 

「帝都に来たのは久しぶりだな……」

 

列車の出口から帝都駅に降り立ったところで、なにか騒がしいことに気付く。

疑問に思いながら駅構内を進んで行くと――

 

 

 

「大変申し訳ありませんが、セントアーク、パルム行きの便は線路トラブルによる点検により発車することができません! 再開予定は18時ごろとなっております!」

 

 

(……なるほど旅のトラブルも醍醐味のひとつか)

 

こうしてリィン・シュバルツァーは、人生幾度目かの帝都に到着した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

帝都駅は列車待ちの人たちで溢れかえっていたため、駅前広場にいったん退避した。

 

「さて、どうするかな」

 

時間があれば帝都を回ろうと思っていたが、ここまで時間が空くと逆に困ってしまう。

どこを回ろうかと駅前にある帝都案内図を見ながら悩んでいると、<聖アストライア女学院>という文字が見えた。

 

(エリゼが来年から通う学院か。旅から帰ってきたときに迷わないよう、下見に行くのもいいかもしれない)

 

女学院の近くには七曜教会のヘイムダル大聖堂もあるらしい。

 

(今日は朝が早かったからユミルの教会で挨拶できなかったな……)

 

ついでというわけではないが、今回の旅が無事に終わるように<空の女神>に祈っていこう。

 

「よし、サンクト地区に向かうか」

 

どうやら導力トラムが走っているようだが時間も多くある。

ヴァンクール大通りを歩きながら北西に向かえば着くはずだ。

 

途中、ヴァンクール大通りの百貨店でマップを購入し北西に歩く。

さすが帝都というべきか往来する人の数がルーレよりも多い。

ユミルに住んでいる自分の身としては、少し慣れそうにもなかった。

 

「この道を右に曲がればいいのか……?」

 

先ほど購入した帝都マップを見つめながら呟く。

帝都の町並みは複雑で、歩けば歩くほど迷ってしまいそうだ。

 

 

(これは下手に歩くより、少し戻って導力トラムに乗ったほうがいいかもしれないな)

 

帝都に数度来たことがあるだけでは少し無理があった。

そんな自分に苦笑しつつ、潔く来た道を戻ろうと身体を反転させ――

 

やめてくださいっ

 

近くの路地裏から声が聞こえてきた。

反転させようとした身体を止める。

 

「なんだ……?」

 

聞こえてきた声は子供のものようだった。

もしかしたら子供が喧嘩でもしているのかもしれない。

 

(いや、この気配は……)

 

しかし、気配を探って思い直す。

どうやら子供が一人と……大人が三人。

子供を取り囲むようにして立っている様だ。

辺りを見渡すと先ほどまであれだけ激しかった人の往来がない。

 

(なるほど、<穴場>というわけか)

 

帝都であっても人気が少ない道はある。

そうした道は帝都憲兵隊も来ないのだろう、やましいことを行うには最適というわけだ。

路地裏に急いで入り、少し進むと男達の背中が見えた。

 

「そこまでだ!」

 

男達は肩を震わせこちらを振り返る。

憲兵が来たと思ったのだろう。

 

「っ! ……なんだ、オメェ?」

 

黒髪の男はこちらの姿を見ると安心し、睨み付けてくる。

どうやら憲兵が来たのではないと知り余裕を取り戻したようだ。

 

「俺たちに何か用かよ?」

 

奥にいる金髪の男もこちらを威嚇するような態度を取りこちらに歩いてくる。

 

「はっ! 憲兵が来たかと思ったじゃねーか」

 

最後の一人の銀髪の男もこちらに身体を向ける。

子供は男達の身体に隠れてよく見えない。

 

「あなた達は子供を囲んで何をやっているんだ」

 

明らかにガラの悪い男達に向けて質問を投げかける。

 

「なんだ、正義の味方気取りのガキかよ」

 

「俺たちはこいつと遊んでただけだっつーの」

 

「なんならお前も一緒に遊ぶかぁ? アァ!?」

 

三人とも真面目に答える気はないらしい。

場合によっては帝都憲兵隊に通報して来てもらわないといけないだろう。

男達と言葉を交わしながら考え事をする。

 

「……っつーかこいつもなかなかいいモン身に着けてね? 肩にいっぱい荷物ぶらさげてよぉ」

 

黒髪の男が俺を見ながら今気付いたかのように言う。

 

「おいテメェ。その荷物の中身を見せてみやがれ」

 

金髪の男もそれに気付き便乗してくる。

 

「じっとしていた方が身のためだぜぇ?」

 

(……仕方がないか、旅が始まって早々に騒ぎを起こしたくなかったんだが)

 

流石に荷物を奪われるわけにはいかない。

少し抵抗して騒がしくなれば、人気がないとはいえ誰かが気付くはず。

銀髪の男が俺の後ろに回りこもうとした時、初めて子供の姿が見え――

 

――その少女はミント色(・・・・)の髪をしていて、手にはペンダントを握り締め泣いていた。

 

その瞬間、凄まじい怒りが湧いた。

 

アンタ達、この子に何をした?

 

「「「ひっ……」」」

 

男達に最大限の気当たりを放つ。

 

どうした? 答えられないのか?

 

黒髪の男と近くに居た銀髪の男は完全に腰を抜かして言葉を発せないようだ。

視線を金髪の男に移し睨みつける。

 

「お、俺たちは、ただそいつが良さそうなペンダントしてたから……」

 

「……なるほど、盗んでミラにしようとしたのか」

 

気当たりを収めた。

男達の横を通り過ぎ、少女に近づく。

そこでようやく俺の存在に気付いたようだ。

よほど必死だったのだろう。

 

「大丈夫? 怪我はないか?」

 

しゃがんでその子の目線に合わせながら、俺は手を差し出した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

今日は女学院の休息日。

いつもどおり祖父と祖母への手紙を書こうとしたがレターセットを切らしてしまった。

百貨店か書店まで買いに行かなければいけない。

学院を出て、ヴァンクール大通り行きの導力トラムに乗ろうと停留所へ向かう。

 

 

(あ……、同じクラスの……)

 

そこには同じ女学院の生徒たちがいた。

これからお茶やショッピングにでも行くのだろう。

思わず足を止めてしまう。

 

(私が行ったら迷惑ですね……)

 

きっと行ったら気を遣わせてしまうだろう。

彼女達にとって自分は雲の上のような存在なのだ。

――実際は家から遠ざけられているだけにも関わらず。

 

(たまには、歩いていきましょうか)

 

今日は休息日なので多くの女学院の生徒が導力トラムを使うだろう。

歩いてヴァンクール大通りまで行った方が誰にも会わなくて済む。

そう推測(・・)できた。

 

考え事をしながら歩く、時には独り言を呟きながら。

 

(ここ最近のオズボーン宰相の政策と叔父を初めとした貴族勢力の動  き……。どうやら私の見立てた流れで間違いないみたいですね)

 

女学院に送られてから二年。

祖父から手紙で送られてくる各勢力の情報をもとに思考する。

 

(やはり内戦が勃発するのは避けられないでしょう……、そして叔父が敗北し破滅するまで私は動けない)

 

きっと11歳の小娘の話なんて誰も話を聞いてくれないだろう。

だが、内戦が終わった後ならば話は別だ。

 

(オーレリア将軍……、<黄金の羅刹>の異名を取るあの人なら話を聞いてくれるでしょう)

 

もともと祖父の縁で顔を合わせたことがあるが噂以上の様だ。

あの聡明な人なら自分に協力してくれるだろう。

そして将軍が味方につけば彼女の右腕である<黒旋風>もこちら側についてくる。

今、考え得る限りでは間違いなく最善手のはずだ。

 

(とにかく、<今>は来るべき時に備えて力を蓄えるしかなさそうです)

 

胸に着けている父の形見のペンダントを触りながら自分に言い聞かせる。

これは私にしか出来ない(・・・・・・・・)のだと。

 

(お父様、お母様もどうかお力を――あ……)

 

おそらく盤面を深く考えすぎてしまったのが原因だろう。

立ち眩みを起こし、路地裏から出てきた明らかにガラの悪い男達にぶつかってしまった。

 

「いてぇ!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

身体の制御を取り戻し謝罪をしながら辺りを見渡す。

どうやら考え事のあまり普段は通らない道に来てしまっていたようだ。

無意識に人を避けていたのかもしれない。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「やべーわ、折れてるかもしんねー」

 

男達が大げさに騒ぎ出す。

 

(少々、まずいですね……)

 

先ほどから人が通る気配のないこの道では助けも呼べない。

走って逃げても歩幅が違いすぎて、瞬きの間に捕まるだろう。

 

(なんとか、人通りの多いところまで出られれば……)

 

そう思いながら騒ぐ男達と距離を少しずつ離そうとした瞬間。

 

「よぉ、少しお話しようぜぇ?」

 

後ろから肩を捕まれてしまった。

 

(三人目……!?)

 

前の男達に注意を向けるあまり、もう一人の男に気付けなかったようだ。

自分の力では抵抗できるはずもなく、路地裏にひきずり込まれてしまう。

 

「ってこいつアストライアの制服着てやがんぞ」

 

「あの貴族の子女しか通えないっつー、偉そうなとこか?」

 

「ってことはすげぇミラ持ってそうじゃんラッキー!」

 

どうやら相手は貴族の子女に手を出すとどうなるかすら理解していないらしい。

 

(とはいえ、状況は最悪ですね。どうにかして助けを……)

 

「ってこいつ、すげぇ良さそうなペンダント持ってんじゃん!」

 

(え……)

 

金髪の男が形見のペンダント指差して笑っていた。

 

「あれだけですげぇミラになりそうだなぁ」

 

「おい嬢ちゃん、そいつさえ寄越せば帰してやってもいいぜ?」

 

他の男達もその言葉に追随するように提案してくる。

どうやらこのペンダントを渡せばこの状況は抜け出せそうだ。

一度渡して、憲兵隊に連絡すれば無事に戻ってくる可能性も高いだろう。

 

 

 

「絶対に嫌です」

 

 

 

自然と口が動いていた、自分でも驚くほどに。

 

「……は?おいおいせっかく優しく提案してやってんのに」

 

男達が動き出す、強引に盗るつもりなのだ。

だがそれでも、父の形見を自分から差し出すようなことはしたくなかった。

 

「やめてください!」

 

自分ではこのペンダントは守りきれないだろう。

あまりの無力さに涙が出てきた。

もはやできることは、声を上げることとペンダントを強く握り締めることだけ。

男達に囲まれても決して盗られまいと必死に身構える。

 

(お父様……、お母様っ……!)

 

 

 

……………………

………………

…………

……

 

(……?)

 

いつまで経っても男達の手が伸びてこない、不思議に思い顔を上げてしまう。

目の前には先ほどの男達とは違う男の人が立っていて

 

「大丈夫? 怪我はないか?」

 

――差し出された手とその声に、ひどく懐かしい安心感を覚えた

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

目の前の女の子がこちらを見つめたまま動かなくなってしまった。

どうやら怪我はないようだが……

 

「えっと……」

 

「………………あ、はい……」

 

ようやく少女が動き出し、差し出した手を取り立ち上がる。

小さな手だ、おそらくエリゼよりも年下だろう。

 

「その、助けていただきありがとうございます」

 

「いや、気にしないでくれ。偶然通りかかっただけだから」

 

はずっと手を握り締めたまま離さない、よほど怖かったのだろう。

俺は男達の方へ向き直る。

 

「アンタ達も…………いない?」

 

女の子の手を引きながら路地裏から出る。

どうやら知らぬ間に逃げてしまっていたようだ。

怪我が無かったからよかったとはいえ、憲兵隊にしっかりと絞られて欲しかったのだが……

 

「君、大丈夫か?これから一緒に憲兵隊の方に会いに行こう」

 

俯いている女の子を気遣いながら声をかける。

逃げてしまったとはいえ、特徴は鮮明に覚えている。

憲兵隊に報告すればすぐに捕まえてくれるはずだ。

 

「……いえ。それには及びません」

 

「……え?」

 

女の子がこちらを見上げる、心なしか繋いでいる手に更に力を入れたようだ。

そして、笑顔をこちらに向けながら。

 

「私、ミュゼ・イーグレットと申します。是非とも助けていただいたお礼がしたいのですが、お名前はなんというのでしょうか?」

 

「……な、名前はリィン・シュバルツァーだ、よろしく。でもお礼なんて――」

 

「リィンさんですか、私のことはミュゼと呼んでください!」

 

先ほどまで泣いていたはずのミュゼと名乗る少女が、繋いだ手を胸まで上げながら露骨に身体を近づけてくる。

 

「まずはお茶を奢らせてください。そこで少しお話をしましょう?」

 

ミュゼは更に笑顔を深くしてこちらに向けてくる。

それはまさに<小悪魔>といって良い笑みで……。

その笑顔に俺は妙な既視感を覚えるのだった。

 

 





今回は少し長いです。毎回これぐらい書ければよいのですが。
ミュゼ(11)、子供だから当然体力も低く、盤面を思考すると立ち眩みを起こしやすいと想像しました。
形見のペンダントは捏造です。お母さんの形見があるならお父さんの形見もあって欲しいという願いも込めて。
最大限で気当たりを解放したリィン。
男達はしばらく怯え続けるでしょう。

この出会いが後の盤上にどう変化をもたらすかは後のお楽しみです。


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約束を交わして

 
 
1201年にクロウは帝国解放戦線を作り、同時期にオルディーネの試しも受けているようです。
でも閃Ⅳで年齢を誤魔化してたと言ってましたが、あれ本当なんでしょうか。
しかもミュゼも調べ直してみたら閃Ⅲでは9歳のときに女学院に送られたと言っていたんですが、閃Ⅳでは6歳のときとなっています。

軌跡年表にも変化が出てしまいそうですので、この作品ではミュゼは1199年に女学院に送られたとし、クロウも設定どおりの年齢とします。






あの後、ミュゼに強引に手を引かれ導力トラムに乗せられた。

行き先は<アルト通り>と表示されている。

トラムに揺られながらお礼はいらないと何度も言うのだが……

 

「そんな!? お礼も受け取ってもらえないなんて……」

 

「ああ……、受けた御恩をお返しせずにしておくなんて、祖父母に顔向けできません……」

 

「リィンさんはおモテになるでしょうし、私みたいな小娘とお茶をしても楽しくないですよね……」

 

「わかった、わかったから! トラムの中で言うのはやめてくれ……!」

 

結局ミュゼに押し切られてしまい、トラム中の視線を集めながらアルト通りに到着するのだった。

 

「そういえば、なんでアルト通りに来たんだ? 喫茶店ならヴァンクール大通りやガルニエ地区でもありそうなものだが……」

 

「ふふっ、申し訳ありません。今日はアルト通りが一番都合が良い(・・・・・・・)と思ったんです」

 

(都合……?)

 

ミュゼの言葉に違和感を覚える。

都合が良いとはどういうことだろうか。

聞き返そうと口を開きかけたところで

 

「リィンさん! 音楽喫茶があるみたいです。ぜひ入ってみましょう!」

 

「っと」

 

また強引に手を引かれてしまう。

 

(まぁ、店に入ってからでいいか……)

 

そうして俺たちは二人そろって音楽喫茶<エトワール>に入店した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

入店してから幾ばくか時間が経過した。

最初は俺のことを質問攻めしてくるミュゼに困惑したが、後半になるとまるで昔からの知り合いのように話が弾むようになっていく。

そこから話題がミュゼの話に移り

 

「そうか、ミュゼは伯爵家の子女だったのか。その、気安い言葉で話していたけど……」

 

年下だったため気安く話していたが、伯爵の家格は男爵よりも数段上となる。

幸いミュゼは気分を害していないようだが、今からでも敬語を使うべきだろうか。

 

「とんでもないです! 恩を受けた人に今更敬語を使わせることなんてできません」

 

「そうか……、ありがとう」

 

息を吐き、胸を撫で下ろす。

貴族同士の争いは些細なことで起こる。

自分のせいでシュバルツァー家に迷惑をかけたくはなかった。

 

「それにしても驚いたな……、まさか君がアストライアの生徒だったなんて」

 

来年からエリゼが通うことになる聖アストライア女学院。

来ている服がどこかの制服なようで気になっていたが、ミュゼはそこの生徒だったようだ。

 

「ふふっ、リィンさんの義妹(いもうと)さんも来年からこちらに通うんですよね?」

 

「ああ、義妹は12歳。だから君の一つ年上になるな」

 

ミュゼは2年前から初等部に所属しているらしい。

9歳から家を離れているとなると、よほど家の教育が厳しいのだろうか。

 

「来年、お会いするのが楽しみですね」

 

「義妹も故郷を離れて生活するのは初めてだからな、色々と不安なこともあるだろう。君が気にかけてくれるなら本当に助かるよ」

 

「ええ、リィンさんという共通の話題もありますし、すぐに仲良くなれそうです」

 

エリゼがいくら出来た義妹とはいえ、うまくやっていけるか心配だった。

だがこれで共通の知人ができることになるだろう。

少し胸が軽くなった気分だ。

 

――――♪

 

「あら……?」

 

「……?」

 

そこで店内に流れていた音楽が止まり、ピアノが鳴り始めた。

ピアノを引いているのは少しオレンジに近い紅毛の女性だ。

その容姿が旋律と噛み合い、幻想的な雰囲気を作り出していく。

 

「これは……、すごいな……」

 

「はい……」

 

思わず会話をやめて聞き惚れてしまう。

ミュゼを見ると目を閉じて音楽に集中しているようだ。

 

(なら、俺も……)

 

同じように目を閉じる。

ピアノの演奏は続き、やがて無心となった。

 

♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪

♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪

♪~♪~♪~♪~♪~♪

♪~♪~♪~♪

♪~♪

♪~………

 

五分ほど旋律を奏で、ピアノが鳴り止む。

目を開くと女性がこちらに向かって頭を下げていた。

演奏が終わったのだろう、自然と手を叩いて拍手を送る。

 

「素晴らしかったです……」

 

「ああ、今まで聞いた中で一番かもしれない……」

 

女性は頭を上げカウンターまで移動する。

 

「ありがとう、フィオナ。相変わらず見事な腕前だ」

 

「いえ、これぐらい。いつもお世話になっていますから」

 

女性の名前はフィオナというらしい。

どうやら喫茶店のマスターと知り合いのようだ。

 

「素敵なピアノも聴けましたし、入って本当によかったですね」

 

「そうだな……。あれだけ見事なピアノが聴けるなら常連になってしまいそうだ」

 

そう言いつつ、入るときの会話を思い出す。

 

「そうだ、ミュゼ。君が店に入る前に都合が良いと言っていたが、なにか事情があるのか?」

 

「……? ああ、そんなことも言っていましたね」

 

ミュゼが小悪魔のような笑みを浮かべる。

出会って数時間しか経っていないが何故か理解できる。

あの笑みをするときは大抵、予想外のことを言い出すときだ。

 

「殿方とのデートを学院の方に見られたら噂になりますから。そうなると話が実家(・・)まで伝わってリィンさんのご迷惑になるかもしれませんし」

 

「……あ、あぁなるほど。配慮してくれてありがとう」

 

自分の顔が引きつるのがわかる。

確かに女学院に噂が広まるのは不味い。

事実無根だが、もしエリゼが入学後に知ったとしたら――

 

『兄様! 一体何をしに旅に出たんですか!』

 

『私が学院でどれだけ恥ずかしい思いをしたと思っているんですか!』

 

『金輪際、兄様と話をしたくありません!』

 

最悪の予想が脳裏によぎる。

旅が終わって帝都に義妹に会いに行ったら、縁を切られるなんて最悪だろう。

そして何より、エリゼに縁を切られたとしたら俺はもう生きてはいけない。

 

「ミュゼ、本当にありがとう……!」

 

「……え、えぇ。まさかそこまで感謝されるとは」

 

感謝を最大限に伝えると今度はミュゼの表情が引きつっていた、何故だろう。

本当に良かったと呟きながらコーヒーを飲む。

丁度最後の一口だったようだ。

 

「もう16時前ですか……、そろそろ店を出ましょう」

 

店の時計を見ながらミュゼが呟く。

かなりの時間が経っていたようだ。

 

「そうだな、そろそろ出よう」

 

「リィンさんと居ると楽しいので、時間が経つのが早いです。門限がなければいいのですけど……」

 

本当に残念そうにしているその姿を見て、思わず言ってしまう。

 

「さっき話したが、リベールから戻ってきたら義妹に会いに来るんだ。そのときミュゼも一緒に会えるな」

 

「……! 本当ですか!?」

 

約束ですよと言いながら彼女は笑みを浮かべる。

それは先ほどまでしていた子悪魔のような笑みではなく、本当に年相応の笑顔だった。

 

その後、ミュゼがお花を詰みに行っている間に会計を済ませる。

戻ってきたミュゼに奢らせて欲しかったと言われたが、11歳の少女に15歳の俺が奢られるのは流石に不味いということでようやく納得してくれたようだ。

今、店に入ってきたらしい男の子(・・・)とすれ違いつつ出口の扉から店を後にする。

 

「門限まではまだ少しありますから、ヘイムダル大聖堂までご案内しますよ。アストライアも近くにありますので場所の確認をしたほうが良いかと」

 

「いや、女学院の生徒達に見られたら噂になるんじゃ……」

 

「避けたかったのはお茶をしているところを見られることです。道案内をしていたって言えば誤魔化せますから大丈夫です」

 

「……そうか、ありがとう。助かるよ」

 

会話をしながら歩いていく。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「…………」

 

「どうしたの? エリオット」

 

「……姉さん、さっき出て行った僕と同じぐらいの男の子なんだけど……」

 

「ああ、可愛らしいお嬢さんと一緒だった子かしら。あの男の子がどうかしたの?」

 

「うん、多分面識は無いはずなんだけど……。なんだか気になって」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

アルト通りからトラムで揺られること30分。

ようやくサンクト地区の停留所についたようだ。

トラムから降り、辺りを見渡す。

 

「あの坂の上が聖アストライア女学院か」

 

停留所から少し歩き坂を上った先に立派な建物がある。

ここからでもハッキリ見えるほどに近い。

 

「ええ、そしてあちらがヘイムダル大聖堂ですね」

 

そう言われて視線を移す。

そこには城と間違えそうなほど大きい教会が建っていて、その壮麗さに驚きを隠せない。

 

「なるほど……、まさに大聖堂だな」

 

女学院の場所を確認し、記憶しておく。

これで次に来たときに迷うことはなさそうだ。

 

「ミュゼ、門限は大丈夫か? さっき危ないと言っていたが」

 

「ふふっ、大丈夫です。教会で祈りを済ませる余裕くらいはありますから。それに休息日のこの時間は他の女学生もいないでしょうし」

 

教会へ向かって歩き、程なくして入り口に着いた。

扉を開けて中に入る。今の時間はあまり人はいないようだ。

 

「リィンさん、せっかくですし最前列に座りましょうか。そのほうが<空の女神>の耳にも届きやすいでしょうし」

 

「ああ、そうしよう」

 

壇の中央に立っていた大司教猊下に挨拶をして席に座る。

身体が触れるほど近い距離に座ったミュゼを嗜めながら、目を閉じ、祈りを捧げ始めた。

 

(この旅で<何か>を掴み取り、力を制すことができますように。そしてなにより自分を信じてくれている家族や老師に、良い報告ができますようお願いいたします)

 

そして心の中で更に続ける。

 

(祈るだけでは駄目なこともわかっています。自分はこの願いが叶うならば、どんな困難も厭いません――――どうか女神の加護を)

 

しっかりと時間を掛けて祈り、目を開ける。

横の方を見るとミュゼが胸に着けているペンダントを握り締めて祈っていた。

たしか昼に暴漢達に襲われたときも、体を呈して守っているようだったが……

 

祈りが終わったのか、ミュゼは組んでいた手を解きこちらに顔を向ける。

 

「待たせてしまって申し訳ありません」

 

「いや、気にしないでくれ」

 

そう言いつつも目線はペンダントへと向いてしまう。

ミュゼもそれに気がついたようだ。

 

「その、とても大事にしているようだから――」

 

「父の形見なんです、これは」

 

その言葉に身体が凍りつきそうになる。

 

「……そう、なのか」

 

ミュゼは大事そうにペンダントに触れながら話を続ける。

 

「私が今よりもっと幼い頃、バリアハートで買ってきたんです。私の髪の色に似ていて、とても綺麗だからって」

 

ペンダントをよく見ると翡翠の宝石が散りばめられている。

装飾も見事で確かにミュゼの髪色によく似ていた。

 

「私に、このペンダントが良く似合う年齢になったらプレゼントするって言ってました。その約束は父が死んでしまって、叶えられなくなってしまいましたが……。アストライアに入学する際にこれだけは持ってきたんです」

 

「…………すまない。辛いことを思い出させてしまったな」

 

「ふふ、謝らないでください。私も誰かに聞いて貰いたかったのかもしれません」

 

ミュゼの横顔を見る。

 

(強い子だな……)

 

その顔はとても大人びていて11歳の少女とはとても思えなかった。

だが、どこか弱さ(・・)も抱えている気がする。

俺が言えた義理ではないが、少し気になった。

 

「少し空気もしんみりしてしまいましたね。こんなつもりではなかったのですが」

 

「君にとってお父さんはそれだけ大事だったということだろう………。無理もないさ」

 

「……そうですね、とても優しい方でしたから。さて、祈りも終わりましたしそろそろ――」

 

ミュゼは雰囲気を変えるようにそう言って、話を終えようとする。

しかし何かを思いついたように笑顔を浮かべ

 

「リィンさんは、私がこのペンダントが似合う素敵な女性になれると思いますか?」

 

そう聞いてきた。

正直、女性の装飾品については詳しくもなく不得手な部類だ。

だが不思議なほど確信をもって言える。

 

「ああ、きっとなれる。君は今のままでも十分可愛らしいが、あと4.5年もして俺と同じくらいの年齢になるころには眩しいくらいに成長してると思うぞ」

 

「……ぁ」

 

「そうしたらきっと、俺なんか歯牙にもかけられないだろうな」

 

俺の本心を告げて笑いかける。

ミュゼはその言葉を聞いて俯いてしまった。

 

ずるい人ですね

 

「……? えっと、今何か言ったか?」

 

何か小声で話しているようだがいまいち聞こえない。

 

「……なんでもありません。そろそろ時間ですし行きましょう」

 

「あ、ああ」

 

ミュゼが立ち上がり先に行ってしまう。

何か言葉を間違えてしまっただろうか、エリゼもたまにこんな感じで怒っていたが。

大司教猊下に挨拶をして追いかけようとすると。

 

「君、少し言葉を気をつけるようにな。後々大変なことになってしまうぞ」

 

「……は、はい。かしこまりました」

 

話を聞かれていたのだろう、注意を受けてしまった。

言葉を返して出口に向かうと扉の前にミュゼが待ってくれていた。

心なしか顔が赤い。

 

「大司教と何かお話されていたようですが、どうかしましたか?」

 

「ああ、多分助言を頂けたと思うんだが……」

 

「……? とりあえず出ましょうか」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

大聖堂前の噴水がある広場で足を止める。

 

「残念ですがそろそろ時間ですね」

 

「ああ、少し暗くなってきたし女学院まで送ろうか? 道案内してくれたお礼とでも言えば誤魔化せるだろうし」

 

「ふふっ、お気遣いしてくださって嬉しいのですが、大丈夫です。女学院には警備の方がいますから、見つかったら詳しく聞かれてしまうかも知れません」

 

改めてミュゼと向き直る。

列車の時間まであと一時間程度だ。

移動する時間もあるしそろそろ別れるべきだろう。

 

「今日はありがとう。最初はどうなることかと思ったが、すごく楽しかったよ」

 

「いえ、こちらこそありがとうございます。危ないところを助けて貰ったばかりか、貴重なお時間まで頂いてしまって」

 

「はは、俺も素晴らしい喫茶店や女学院の場所を教えて貰えたからな。おあいこだろう」

 

今日の出来事を思い返す。

ユミルを旅立ちルーレへと行き、そこから電車に揺られて帝都までやってきた。

そこで思いがけない出会いとはいえ、ミュゼという知り合いまで出来たのだ。

旅を始めて一日目としては十分だろう。

 

「それじゃあ、また。リベールから帰ってきたときにまた会いに来るよ」

 

「ええ、またお会いましょう。義妹さんと一緒に楽しみにしていますね」

 

別れの挨拶を交わす。

俺はまだ時間があるため見送ろうとするが、ミュゼは動かない。

 

「リィンさん、最後にひとつ聞いてもよろしいですか?」

 

「……ああ、遠慮なく聞いてくれ」

 

なにか、まだ伝えたいことがあるのだろうか。

ミュゼは少し迷いながらも意を決したように問いかける。

 

「私がまた困っていたら、リィンさんは助けてくれますか……?」

 

 

 

「助けるさ、たとえそれがどんな大きな問題でも」

 

 

 

口が自然と動く、エリゼを説得したときのように。

まるでそうすることが当然だという気持ちが溢れ出てくる。

 

「といっても俺にできることは、ほんの少しだろうけどな……。でも君が困っていたら全身全霊で力になる。約束するよ」

 

「……そう、ですか。申し訳ありません、変なことを聞いてしまって」

 

ミュゼはその言葉を聞き笑顔を浮かべる。

どうやら返した答えは間違っていなかったようだ。

 

「そのお言葉とても嬉しいです。では、私が困ったとき相談させてください。約束ですよ?」

 

「ああ、遠慮なく頼ってくれ」

 

ミュゼが広場の時計を確認する。

時間は16時55分だ、急げば門限まで間に合うだろう。

 

「それでは、気をつけてリベールに行って来てください、病気や怪我にはお気をつけて」

 

「ああ、ミュゼもまた会おう」

 

そう言って手を振り、去っていく。

出会って数時間程度だが少し名残惜しかった。

 

(さて、そろそろ駅のほうに向かうか)

 

その後姿が完全に消えた後、俺は帝都駅に向かうのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

今日は不思議な一日だった、女学院への坂を上がりながら一日を思い返す。

暴漢に襲われたあの時は最悪の日だと思っていたのだが、あの人と出会ってからは最高の時間を過ごせただろう。

 

(リィン・シュバルツァーさん……。始めてお会いしたのにとても居心地が良かったですね)

 

こんな気持ちになったのは祖父母と居るときか、両親が生きていた頃だけ。

まるで昔からの知り合いのような安心感を得ていた。

 

(それにしても……まさかあんな行動を私がしてしまうなんて)

 

今日の自分の所業を思い返す。

 

(始めて知り合った男性と手を繋いで強引に連れ回してお茶をして、さらには父のことを語ってしまい……あまつさえあんなことまで聞いてしまうなんて……!)

 

あまりの恥ずかしさに顔から火が出てしまいそうだ。

自分でもなぜあのような行動をしたのかわからない。

気付いたら自然と身体が動いてしまっていた。

 

ミルディーヌ(・・・・・・)様! お帰りなさいませ!」

 

その言葉に我に返ると目の前に寮の監督生がいた。

いつの間にか学院に着いていたようだ。

慌てて笑顔を作り返答する。

 

「ただいま戻りました。申し訳ありません、少し遅れてしまいましたか?」

 

「いえ、丁度、門限の時間です。流石はミルディーヌ様、時間に正確で……」

 

「……? どうかしましたか?」

 

監督生が確かめるようにこちらの顔を見てくる。

顔に何か着いているのだろうか。

 

「ミルディーヌ様……体調などは崩しておられませんか?」

 

「? いえ、身体の不調は感じておりませんが」

 

なぜそんな質問をしてくるのだろうか?

そんな自分の表情に気付いた監督生が口を開く。

 

「その……、今までに見たことがないほど顔が赤くなって(・・・・・・・)いるので」

 

「……!?」

 

自分の顔に手を当てる。

当てた手からは信じられないほどの熱が伝わってきた。

 

「きょ、今日は良く歩いたので疲れているのかもしれません。早めに部屋に戻って休ませて頂きます」

 

「あっ、ミルディ――」

 

途端に羞恥心が増し、呼び止められそうになるが早足でその場を去る。

急いで寮の自室に戻り鍵を閉めた。

 

(感情が制御できないなんて、本当に私らしくない……)

 

ふらふらと歩いてベッドに辿り着き横になる。

しばらくは起き上がれそうになかった。

 

(それもこれも私が望む言葉ばかりあの人が返してくるから……)

 

『ああ、きっとなれる。君は今のままでも十分可愛らしいが、あと4.5年もして俺と同じくらいの年齢になるころには眩しいくらいに成長してるだろうな』

 

自分にかけられた言葉を思い出し、それだけでまた感情が制御できなくなってしまう。

 

「~~っ、これじゃいけませんね……。これからのことを考えなくては」

 

頭を振り、思考を切り替える。

考えるのは昼にしていた<盤面>の考察だ。

 

(果たして、鉄血宰相が勝利する内戦の先に何があるのか……。今の時点では見通せません)

 

おそらく時間が経つことでわかってくることもあるだろう。

今はそこまでしか盤面は見えないが

 

(内戦のその先に、<何か>が起こるという不安だけが私に着いて離れない)

 

力を蓄え、備えなければならない。

叔父が破滅した後、すぐに自分が動き出せるように。

――この不安が確信に変わる前に。

 

(とはいえ……、現状、私の味方はお祖父様とお祖母様しかいませんし……だからリィンさんに助けを求めてしまったのでしょうね)

 

あの不思議な安心感のある人に、少しでもこの大きな不安を和らげて欲しかったのかもしれない。

 

『助けるさ、たとえそれがどんな大きな問題でも』

 

あの約束を思い返してしまう。

自分でも不思議なほどに、それだけで心が軽くなっていくようだった。

 

(ふふっ、案外この出会いが帝国の行末を変える――なんて夢を見すぎですね)

 

だが、期待してしまう自分が居る。

あの人が、この帝国に蔓延る闇を照らしてくれるのではないかと。

 

(ああ、次にお会いするときが楽しみです)

 

そうペンダントに触れながら想うのだった。

 

 

 

 

(あ、レターセットを買うの忘れていました)

 

 

 

 







いつのまにかお気に入り件数が凄いことに(震)
未完にならないよう頑張ります。






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新世界



パルムからタイタス門へ行くバスは閃の軌跡Ⅲ~Ⅳの間に運行を開始し、
それまではパルム間道をひたすら歩いていたようです……。
やはり軌跡世界の一般人は逞しいですよね。
 
 
 



 

 

 

ミュゼと別れた後、運行が再開されたセントアーク方面の列車に乗ることができたがセントアークを経由しパルムに着いた頃には夜中になってしまっていた。

そのため、それ以上の移動は諦めて宿酒場《白の小道亭》に一泊することにしたのだった。

 

「さてと、まずはパルム間道に向かわないとな」

 

朝を迎え、宿酒場から出る。

宿酒場の主人からタイタス門への行き方を聞いたおかげで迷わず行けそうだ。

昨日の夜中には良く見えなかった風景を見る。

 

「昨日は気付かなかったけど、綺麗な町だな……」

 

パルムの町中に引かれた水路には何台もの水車が連なっていて、更に染色された布が様々な場所に掛けられていて町を彩っていた。

紡績の町と呼ばれている理由を実感しながら川に架かっている橋を渡る。

 

「せいっ、はあああああああああ!」

 

「……? 何かの道場か?」

 

建物の中から気合のこもった声が聞こえてくる。

何かの武術をやっているようだ。

掲げられている看板を見ようと目線を上げる。

 

「ヴァンダール流……、帝国の二大流派のひとつか」

 

帝国には様々な武術や剣術の流派があるがその中でもヴァンダール流とアルゼイド流は歴史が深く、帝国の武の双璧とも言われている。

特に剣の世界に生きている者ならば聞かないものは居ないだろう。

 

「たしか帝都に本部があったはず……、パルムにも練武場があったのか」

 

「とりゃあああああああ!」

 

気合のこもった稽古をしているのか絶え間なく声が聞こえてくる。

 

(訪ねてみたいが……、稽古中のようだし迷惑になるな。今回はやめておこう)

 

後ろ髪を引かれる思いだったが建物を背にして歩くと、程なくしてパルム間道に出た。

タイタス門はここから道を歩いた先にあるようだ。

 

(一時間ほど歩くらしいな……。もしかしたら魔獣との戦闘になるかもしれない)

 

昨日の早朝に振るってから太刀の状態を見ていなかった。

念のため抜刀し確認する。

 

「……刃こぼれもしていないな、目釘も大丈夫だ」

 

用心深く見ていくが問題は無さそうだ。

 

「よし、行こう」

 

太刀を鞘に収め、歩き始める。

目指すのはエレボニア帝国最南端<タイタス門>。

リベールとの国境だ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

パルム間道を歩く途中、魔獣に遭遇した。

だが気当たりを放つと逃げていってしまうので戦闘の機会は無く、ひたすら歩くだけで問題なくタイタス門へとたどり着いた。

 

「これがタイタス門か……」

 

<砦>とでもいうべき建物を見上げながら呟いてしまう。

想像よりも規模が大きくて驚いてしまった。

 

(9年前はここを大軍を通ったらしいが……)

 

<百日戦役>とも呼ばれている戦争の歴史を感じながら砦の中に入る。

やはり国境というだけあって帝国正規軍により厳重な警備体制が敷かれているようだ。

少しでも不審な行動を見せればすぐに拘束されてしまうだろう。

 

(これは……、少し緊張するな)

 

その緊張感のある空気に圧されてしまいながら国境検問所に向かう。

出国の審査をするための列がそこには出来ていた。

最後尾に並びながら通行書の準備をする。

 

「不備はないと思うんだが……」

 

父が用意してくれた通行書をチェックしながら順番を待つ。

幸い前列の中で問題がある人は居なかったらしい。

すぐに自分の順番が来た。

 

「次! 来ても良いぞ」

 

「……はい!」

 

検問所の兵士に通行書を渡し、荷物も差し出すよう指示を受ける。

同時に手荷物検査も行われるようだ。

太刀も腰から外し、荷物と一緒に他の兵士に渡した。

 

「よし、問題は無いようだな……。荷物にも特に気にするべきものはない」

 

細かく検査をしていたようだが問題は無かったようだ。

検問所の兵士に通行書に判子を押され、太刀を含めた荷物を返される。

 

(ふぅ……、なんとかなったか)

 

再び太刀を腰に携えつつ兵士の言葉を聞く。

 

「ここより先はエレボニア帝国の領土ではない。緩衝地である山岳地帯を抜けるとリベール王国となる。彼の国で貴殿が問題を起こした場合、国際問題に発展する恐れがある。自分の行動には注意することだ」

 

「はい、肝に銘じておきます」

 

「よろしい。ならば行ってよし」

 

兵士に道を開けられて砦を抜けると山に囲まれた一本の道があった。

今は良く見えないが道の先にまた砦がある。

リベール王国の入り口、<ハーケン門>だろう。

 

「それにしてもここはもうエレボニアじゃないんだな……」

 

兵士に言われた言葉を思い返しながら歩く。

先ほどまで歩いていた大地と感触は変わらないはずだが気分が高揚していた。

初めての外国の地に浮かれているのかもしれない。

 

「っと、駄目だな。まだ入国できたわけじゃないんだし」

 

そこまで距離は無かったのかハーケン門が段々と大きくなっているのがわかる。

規模はタイタス門に劣らないほどに大きく、その中心には<シロハヤブサ>が掲げられていた。

 

「リベール王国の国章……」

 

エレボニア帝国の<黄金の軍馬>とは違うそれを見て、ますます外国に来た実感が湧いてくる。

だがまずは入国審査を通らなければ。

ハーケン門の中に入るとタイタス門と同じように、リベール王国軍の兵士が厳重に警備をしているようだった。

 

(空気の緊張感はあちら以上のようだが……。侵略された側にとっては当たり前のことだろう)

 

再び検問所の列に並びながら順番を待つ。

リベール全体の地図を見ながら不審な行動をしないように注意していると

 

「次! こちらが空いたから来たまえ」

 

どうやら順番が来たようだ、タイタス門で行った手順を再び行う。

 

「君……、エレボニアの貴族出身のようだけどリベールに来た目的は?」

 

審査のため入国の目的を聞かれるだろうと思っていた。

あらかじめ用意していた答えを返す。

 

「えっと……、観光と武者修行になりますね」

 

「貴族の観光は珍しくないが、武者修行とは……。ちなみに得物はこれか?」

 

審査をしている兵士も武術や剣術を身に着けているはずだ。

純粋に興味が湧いたらしく、荷物検査から帰ってきた太刀を指差す。

 

「ええ、東方由来の太刀になります」

 

あまりエレボニアでは知られていないがリベールではどうだろうか。

 

「太刀か、ふむ……」

 

「……どうかしましたか?」

 

取り出した太刀を見せると兵士は考え込んだ顔をしていた。

それを疑問に思いながら質問をする。

 

「いや、王国軍の中にも太刀を扱う人が一人いてね。……いや、退役した<あの人>もそうだったな」

 

そう呟きながら兵士はもう一度通行許可証を見て、判子を押す。

どうやら入国審査にも問題は無かったようだ。

荷物と許可証を受け取りながら兵士の言葉を聞く。

 

「書類や持ち物に問題はないが、早くハーケン門を出ると良い。なるべくその太刀を隠してな。ある人に見られると少し面倒なことになるかもしれない」

 

「……? はい、かしこまりました」

 

「途中のアイゼンロードには、フレスベルグと呼ばれる獰猛な大型の鳥型魔獣が出没する。火属性のアーツが有効だが、その幼鳥のリメーラは不思議な殻を被っていてアーツが効かない。充分に注意をするように」

 

道を通るように促され、兵士の言ったとおりに太刀を隠しながらハーケン門の中を通り外に出た。

リベールの地図を再び出そうと、荷物を開けながら考える。

 

(さっきの言葉……、面倒なことになると言っていたな)

 

いったいどういうことなんだろうか。

しかし、これでリベールに入国することができた。

地図で現在地と目的地を確認し、歩き出そうとした瞬間――

 

貴様! なんだ、その及び腰は!

 

「!?」

 

隣の訓練所と思わしきところから凄まじい怒声が響き渡る。

そのあまりの勢いに思わず身を竦めてしまった。

 

モルガン(・・・・)将軍ってやっぱり新兵にキツイよなぁ……」

 

「俺、あの怒声にはいつまで経っても慣れそうにないぜ……」

 

ハーケン門の警備をしている兵士たちも、その声を聞きながら世間話をしているようだ。

 

(あの声を出しているのはモルガン将軍という人なのか……、声だけで凄まじい威圧感だな)

 

絶え間なく聞こえてくる怒声を背にハーケン門を後にする。

このあとアイゼンロードという道を進むと東ボース街道に出るらしい。

そこを右に進めば商業都市<ボース>に着くはずだ。

 

「よし、目的地までもうすぐだな。焦らずゆっくり行こう」

 

アイゼンロードは曲がりくねっているが殆ど一本道だった。

舗装された道なりに進めば迷うことはないだろう。

 

「ボースへ行ったらまずは遊撃士協会を探して、アネラスさんに会わないと」

 

建物自体は<支える篭手>をシンボルとして掲げているためわかりやすそうだ。

ただ遊撃士は本当に忙しいらしく、もしかしたらかなりの時間待つかもしれない。

 

「会って手紙を渡した後、どうするかも決めないとな」

 

そのまま暫くボースに滞在するのか、またはカシウス師兄を訪ねるのか、など選択肢は無数にあるように思えてきた。

老師はアネラスさんを頼ると良いと言っていたが……。

一体どれが自分にとって最良の選択肢だろうかと頭を悩ませていると

 

―――頭上から殺気を感じた。

 

「……っ!」

 

急いで後方に跳躍する。

その瞬間、先ほどまで自分が居たところに大型の鳥型魔獣が前方に回転しながら足の爪を振り下ろしていた。

 

「なるほど、兵士の方が言っていた……。っ!!

 

気当たりを放つ。

だが興奮しているためか効果がないようだ。

これは退治するしかないかもしれない、さらに距離を取り荷物を道の端に置く。

 

「リベールの魔獣を知る良い機会かもしれないな……」

 

魔獣を目で牽制しつつ太刀に手を伸ばし、

 

―――後ろに振り返りながら抜刀する。

 

そこには何かが居て、手には何かを寸断した僅かな手応えだけが残る。

自分が切り捨てたモノを見ると卵の殻を被った小型の鳥型魔獣だった。

 

「親と子供で狩りをしているのか」

 

たしか親がフレスベルグでその幼鳥がリメーラと言っていた筈だ。

フレスベルグは子供が殺されたことに激昂しているのか、けたたましい鳴き声を上げる。

そしてその声に導かれるかのように、リメーラがフレスベルグの周りに集まってきた。

 

「数は親と幼鳥合わせて四匹。……大丈夫、いけるな」

 

魔獣の数を確認する。

剣を右手に構えて左足を踏み出し、前傾姿勢を取った。

これから放つ戦技(クラフト)は八葉一刀流の中で広域殲滅を最も得意とする<二の型>。

 

 

「二の型、疾風!」

 

 

左足に全力を込めて身体を押し出し、高速で魔獣に向かう。

 

「おおおおおっ!」

 

三匹の幼鳥を高速で切り捨てていく。

リメーラは疾風の動きに気付く間もなく、身体を分断されて消滅した。

それを見てフレスベルグは上空に逃げようと翼を広げるが―――

 

「させるか!」

 

翼を羽ばたかせる隙も与えずにその身体を切り捨て、消滅させた。

疾風の勢いを足で止め、刀に着いた血を振り払って落とす。

 

「……他に気配はない。終わったみたいだな」

 

念のため気配を探りながら辺りを見渡す。

問題が無さそうなので残心を解き、太刀を鞘に収めた。

 

「……ふぅ」

 

リベールでの初戦闘だったがうまく身体が動いてくれて良かった。

今の戦闘を思い返しながら道の端に置いた荷物を取る。

思わぬトラブルがあったが地図を見ると東ボース街道まではもうすぐのようだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

アイゼンロードを抜け、東ボース街道に出た。

少し進むと分かれ道になっていて、右の方向を見ると大きな都市が見える。

あれが目的地のボースで間違い無さそうだ。

 

「ようやく着いたな。今度はボースの地図を見ないと」

 

リベール全体の地図をしまい込み、今度は老師から頂いた地図を取り出した。

地図を見ると遊撃士協会は町の入り口近くにあるらしい。

その他の調べていると――不思議(・・・)な音が聞こえた。

 

(……? この音は……)

 

少し遠くからだろうか、戦闘音のようなものが聞こえてくる。

誰かが魔獣と戦っているのか、もしかしたら襲われているのかもしれない。

 

「襲われていたら大変だ。見に行こう!」

 

戦闘音がする方向へ全力で走る。

音は近づく度にどんどんと大きくなり、やがてその場所にたどり着く。

 

(見えた!)

 

そこには羽の生えたサソリ型の魔獣と、太刀(・・)を右手に構えた女性がいた。

 

(太刀……!? もしかして――)

 

「本当に硬いなぁ、この魔獣……。でも他の依頼もあるし、そろそろ決めさせて貰うよ!」

 

女性は一度構えを解くと闘気を練りだす。

その勢いのせいか少しの風が巻き起こり、女性自身の髪の毛を揺らしていた。

やがて練り終えたのか、その闘気を解放しながら走り出す。

 

「剣技! 八葉滅殺!」

 

掛け声と共に魔獣に向かって何度も太刀を振るう。

魔獣はその猛烈な攻撃に為す術がないようだ。

 

(全身の力を使った滅多切り……、凄い剣の鋭さだ)

 

やがて魔獣の外殻に裂け目が生じ始める。

それに気がついたのだろう、女性は更に攻撃を強める。

 

「まだまだまだまだまだぁ!」

 

魔獣の方は息も絶え絶えになっていく、もう終わりが近そうだ。

最後に女性は大きく跳躍し

 

「とどめ!」

 

降下する勢いで太刀を振り下ろした。

魔獣の身体は見事に分断され消滅したようだ。

 

(終わったか……。太刀の使いこなし方に八葉(・・)滅殺という技。間違いなさそうだな)

 

女性は太刀を収めようと鞘に手を掛けている。

その様子を見て声をかけようと動き出し――

 

(! この気配は!)

 

かなりの速さで複数の気配がこちらに飛んできていることに気付く。

気が抜けてしまっているのだろうか、女性は気付かない。

 

「駄目です! まだ残心を解かないで!」

 

「……え?」

 

女性がこちらに振り返った直後、上空から先ほどの魔獣の群れが襲来した。

そのうちの一匹が女性に襲い掛かる。

 

「弧影斬!」

 

弧状の斬撃を一直線に放ち、魔獣を吹き飛ばす。

だがそれだけでは倒しきれなかったのか体制を整えて再び飛び始めた。

魔獣の動きを見ながら女性に駆け寄る。

 

「た、太刀……? それに君は……?」

 

「話は後です! 今はこの魔獣たちを倒しましょう!」

 

「……うん! わかった!」

 

二人で背中合わせになり、死角を無くす。

それを見た魔獣たちが襲い掛かってきた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

見習いである準遊撃士を卒業して正遊撃士となり、一ヶ月が経とうとしている。

まだまだ先輩達の背中は遠く、自分なりの剣の道を模索しながら忙しい日々を過ごしていた。

今日も頑張ろうと気合を入れてギルドの扉を開く。

 

「おはようございまーす! ……? あれ?」

 

普段は掲示板の前で先輩達が依頼を見ながら賑わっているのだが、その姿が見当たらない。

今日は依頼が少ないのかと近寄って確認するが、何時もと変わらない量の依頼が貼りだされているようだった。

 

「先輩達、まだ来てないのかなぁ」

 

そう呟きながら依頼を詳細に確認しようと目を凝らすと。

 

「おお、アネラス。来ておったのか」

 

「あ、ルグランじいさん!」

 

二階からこのギルドの受付であるルグランじいさんが降りてきたようだ。

自分が準遊撃士だった頃からお世話になっている人である。

 

「ルグランじいさん、先輩達はまだですか? 普段ならこの時間には大体の人が来てるはずですけど……」

 

「あー、それなんじゃが」

 

「……?」

 

ルグランじいさんがなんだか言いづらそうにしている。

なにか事件でもあったのだろうか。

 

「グラッツ達は別の支部の救援やら依頼に出払ってしまってな……」

 

「……え?」

 

「しばらくお前さん一人でボース支部の依頼を片付けて貰うことになる」

 

先ほど確認した依頼の数を思い返す。

とてもでは無いが一人ではこなすには大変な量だった。

 

「……そ、そんなぁ」

 

「まぁ、お前さんも正遊撃士になったことだじゃし、これぐらいは一日に片付けて貰わんとの」

 

「……ううう、は~い」

 

やるしかないと自分に言い聞かせる。

まずは依頼の数と内容を確認しないといけない。

 

「薬草の調達に東と西ボース街道の手配魔獣の討伐……、失くし物の捜索……」

 

「どれを優先的にやるかはお前さん次第じゃな」

 

詳細を注意深く見て優先順位をつける。

薬草はラヴェンヌ山道に群生しているらしく、西ボース街道の手配魔獣を倒した帰りに向かった方が効率は良さそうだ。

失くし物の捜索は依頼者が待ち合わせの時間を午後に指定している。

 

「東ボース街道の魔獣を倒して、そのあとにまた西ボース街道で魔獣討伐と薬草の調達……。それが終わり次第、失くし物の捜索って感じかな」

 

口に出して今日の予定を記憶する。

整理してみたら思いのほか余裕をもって行動できるかもしれない。

 

「午後になったら依頼が追加されるかもしれんから、市内に戻ってきたときに報告は忘れんようにの」

 

「はい、まかせてください!」

 

ルグランじいさんに返事をして勢いよくギルドを飛び出す。

まずは東ボース街道に向かってキングスコルプという手配魔獣を倒そう。

 

「よーし、頑張ろう!」

 

 

 

 

 

……と意気込んで街道に出たのは良いが、街道は広く手配魔獣が見つからない。

道を右往左往し、気配を探っても森が近くにあるためか魔獣の気配が多くわかりにくい。

そしてやっとの思いで魔獣を見つけたものの

 

「か、かったーい! 普通に振るっても太刀が通らない……」

 

キングスコルプの外殻は硬く、倒すのに手間取っていた。

ならばアーツを使おうとするが一対一のため駆動する時間が無い。

 

(時間もかなり経ってるし……)

 

飛んでくるキングスコルプを太刀でいなしながら影の位置を見る。

太陽が真上近くに来ていることがわかった。

もうすぐ正午に差し掛かる時間だろう。

 

「本当に硬いなぁ、この魔獣……。でも他の依頼もあるし、そろそろ決めさせて貰うよ!」

 

キングスコルプは太刀でいなしたためか体勢が崩れているようだ。

この隙に闘気を練るため構えを解く。

 

(………………)

 

全身に力が漲るのがわかる。

これならば問題なく剣技を放てるだろう。

 

「剣技! 八葉滅殺!」

 

走りながら魔獣に向かって太刀を振り下ろし、そこから反撃の隙を与えず全身の力を使って滅多切りにする。

段々と外殻に裂け目が生じ始めていた。

 

「まだまだまだまだまだぁ!」

 

それを見て更に攻撃を激しくする。

そして外殻が完全に裂けた瞬間、思い切り空へと飛び

 

「とどめ!」

 

降下する勢いを利用して、太刀を裂けた部分へと振り下ろす。

先ほどまでの硬さが嘘のようにキングスコルプの身体を両断した。

 

「ふぅ……」

 

時間がかかったがようやく倒せたようだ。

残心をしながらひとつ息を吐く。

 

(この後は一回ボースへ戻って、ルグランじいさんに報告してから西ボース街道に行かないと。でも、先に失くし物の捜索をした方が良いのかな? 追加の依頼が来てたらそれも確認しないと)

 

この後のことを考えると頭が痛くなりそうだ。

身体が自然に太刀を収めようと鞘に手を掛け――

 

「駄目です! まだ残心を解かないで!」

 

「……え?」

 

その声に振り向くと、そこには黒髪の少年が居た。

 

(……太刀(・・)?)

 

「弧影斬!」

 

少年が鞘から太刀を振りぬくと弧状の斬撃を一直線に放つ。

それは頭上を通り過ぎ、何かに当たる音がした。

そこで魔獣にようやく気がつく。

 

(こんなにたくさん……!)

 

どうやら依頼のことで頭が一杯で気付けなかったようだ。

斬撃を放った少年が駆け寄ってくるが、その持っている太刀を目を奪われてしまう。

それに先ほどの技は確か八葉一刀流の技だったはず。

 

「た、太刀……? それに君は……?」

 

「話は後です! 今はこの魔獣たちを倒しましょう!」

 

話しかけようとするが少年は冷静な様子で止めてきた。

確かに周りを囲んでいる魔獣を倒すのが先決だろう。

 

「……うん! わかった!」

 

気を取り直し男の子と背中合わせになりながら死角を無くす。

襲い掛かってくる魔獣を二人で迎え撃った。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

魔獣の数はどうやら八体ほど。

そして厳密には先ほどの魔獣と似てはいるが別の魔獣らしい。

外殻が先ほどの魔獣よりも柔らかく、少し硬いが戦技を放てば問題なく倒せる。

 

「「剣風閃!/紅葉切り!」」

 

それに同じ八葉の剣士(・・・・・)のためか、女性の動きが手に取るようにわかる。

連携をするのは始めてだったがうまく合わせることが出来ていた。

八体居た魔獣も残り一体ほどに数が減り

 

「弧影斬!」

 

上空に飛んでいた最後の一体を地面に叩き落し、それを地上で待ち構えていた女性が戦技を放つ。

 

「剣技! 八葉滅殺!」

 

魔獣は滅多切りにされ消滅したようだ。

辺りを見渡しながら気配を探る。

 

「どうやら居ないみたいだね……」

 

「ええ、もう大丈夫かと」

 

女性も同じように気配を探っていたのだろう。

太刀を鞘に収めながら改めて二人で向き直る。

 

「ありがとう! 凄く助かったよ!」

 

「いえ、偶然戦闘音が聞こえたので……」

 

女性は明るい笑顔を向けながら話しかけてくる。

老師から話を聞いていた人となりと同じだ。

確信を持ってその名前を言う。

 

「アネラス・エルフィードさんですね?」

 

「う、うん。そうだけど……、どうして私の名前を? もしかしておじいちゃんの知り合い?」

 

「はい。その通りです」

 

俺が八葉一刀流の使い手だとわかっていたのだろう、自然と老師の名前が出たようだ。

荷物から手紙を取り出し、アネラスさんへ見せる。

 

「俺の名前はリィン・シュバルツァー、貴方の弟弟子に当たる者です。ユン老師から手紙を預かって参りました」

 

アネラスさんは驚いたような顔をして手紙と俺の顔を見る。

――こうして俺たち二人は出会ったのだった。

 




 
 
遊撃士たちは超人の集まりだと思います。
特務支援課やⅦ組の人たちも同様に超人集団でしょう。

あれだけの依頼を一日で達成できるのですから。
 
 
 


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