カリスマギャルによる癒しの時 (まさ(GPB))
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カリスマギャルによる癒しの時

あるバイノーラル作品の影響で生まれてしまったもの。
某フフーフフーンみたいに公式で耳かきボイス出して(

※内容はライブとも誕生日も関係ありません。


「おはようございまーす★ ……って、プロデューサーだけ?」

 早朝。プロデューサーが仕事をしていると、彼が担当しているアイドルの一人である城ヶ崎美嘉がやってきた。

「おはよう美嘉。随分早いな?」

「そのセリフ、まんまプロデューサーに返すからね」

 美嘉の返しにプロデューサーは『こいつは手厳しい……まぁその通りだな』と思い、苦笑いするしかなかった。

「ま、まぁその事はいい。そういえば莉嘉はどうしたんだ?」

「莉嘉なら後で来るよ。アタシが先に事務所でゆっくりしたかっただけだから★」

 美嘉の妹――莉嘉は今日は一緒に来ていないらしい。

「それより、プロデューサーはこんな早い時間から仕事? 少し休んだら?」

 彼女は心配そうな顔を浮かべる。

「いや、大丈夫だよ。そこまで大変じゃないし」

 対してプロデューサーはそう口にするが、

「そんなこと言ってるけど、すっごく疲れてそうな顔してるよ。ほら、こっち来て」

 と美嘉はソファに腰掛けて隣をポンポンと叩く。

 彼女にそこまで言われては、と彼も仕事を中断して美嘉の隣に座る。

「プロデューサー、ちゃんと寝てる?」

「……寝てる」

「ダメだよ、しっかり休まないと」

 彼女の言葉にプロデューサーは思わず顔を背けた。

「最近は二人のおかげで忙しかったからな」

「へへっ、これからもファミリアツインで頑張るから★ まぁアタシ個人としても、ね?」

 美嘉は彼の顔を覗き込むように見る。

 だが彼女の視線は、プロデューサーの耳に向いていた。

「でもそれで、耳かきする余裕もないぐらい大変だったんでしょ」

「た、確かにそうだが……」

「へぇー……」

 まだ美嘉はプロデューサーの耳を見ている。

「……えっと、美嘉?」

「プロデューサー、耳かきしてあげよっか?」

 そんな事を言われた当の本人は、一瞬何を言われたのか分からなかった。

 

 × × ×

 

 綿棒や梵天(ぼんてん)付きの耳かき棒、ティッシュを取ってきた美嘉は再びプロデューサーが座っている横に腰を下ろす。

「これで準備おっけー★」

「あの……美嘉、さん?」

「どうしたの? プロデューサー」

「いや、耳かきなら自分でやるんだが……」

 彼は困惑した表情で言う。

 だが美嘉は引き下がるつもりはないようだ。

「そう言ってやらないでしょ? それにアタシ達のプロデューサーなんだから、そういうところも気遣わないとダメ。ほら、ここに頭乗せて?」

 真剣な顔で話す彼女は自身の脚を指す。膝枕で耳かきするから来い、と。

「……はい」

 遂にプロデューサーは折れてしまった。

 

 彼は言われるがままに彼女の膝に頭を乗せるが、どうにも緊張してしまう。

「あ、プロデューサーは綿棒派? それとも耳かき棒?」

「えっと、綿棒……」

「りょーかいっ★」

 美嘉は綿棒を箱から一本取り出す。

「それじゃー始めるよー」

 彼女はそう言って綿棒をプロデューサーの耳に当てる。

「まずは外側からね」

 

 すり、すりすり。すり、すり。

 

 美嘉の太ももの感触に落ち着かない彼だったが、耳に当てられた綿棒の感触に先程までの緊張までも消えていく。

「外もけっこー汚れてるね」

「なんか……すまん」

「それだけ忙しかった証明なんだから、アタシからのお礼だと思ってよ」

「……そうだな、ありがたく受け取るわ」

 耳かきの心地良さにプロデューサーも素直に受け入れる。

 

 すりすり、すっ、すっ、すっ。

 

「……ん、外側はだいたい綺麗になったから、次は耳の穴に入れるね」

 穴の周りを(こす)りながらゆっくり中に入れていく。

「気持ちいい?」

「ああ、気を抜いたら寝そうだ……」

 そんな事を言うプロデューサーに美嘉は微笑む。

「寝てもいいけど、まだダメだからね?」

「まだ……?」

「今寝ちゃったら反対側出来ないでしょ?」

「……あぁ」

 ――そうか、反対側もやるのか。

 嬉しさと同時に消えていた緊張感が蘇り、なんとも複雑な心境になるプロデューサーだった。

 

 すり、すり、すっ。すりすりずり、さっ。

 

 そんな彼の心内などお構いなしに、美嘉は耳かきを続けていく。

 綿棒で引きずり出した耳垢を一度ティッシュに包み、再びプロデューサーの耳に綿棒を入れる。

「やっぱり中の方はだいぶ耳垢溜まってるね」

「そんなにか……」

「うん、いっぱい。でもアタシはこの方が楽しいよ♪」

 美嘉の楽しいという言葉に彼は疑問を持つ。

「莉嘉がたまに耳かきしてって言うからやっててさ。それでやってる内に、耳かきするの楽しくなってきてね」

「通りで上手い訳だ」

「そーゆーコト★ ……あ、ちょっと動かないでよー?」

 

 すり、す、ずり。ずり、ずり、ずり。

 

 大きめの耳垢を取る為に綿棒を回す。

「ぅ、ぉ……」

 音と耳垢が剥がれていく感覚に、堪らずプロデューサーの声が漏れた。

「痛くない?」

「大丈夫だ……むしろ気持ちいい……」

「痛かったら遠慮なく言ってね」

 嬉しそうに彼女は続ける。

 

 ずりずり、ずり。ず、ず、ずり。

 

「これで……取れた、かな」

 美嘉はプロデューサーの耳を覗き込んで確認する。

「……うん、さっきのは取れてるっと。じゃあ今度は奥に入れるからね~」

 再び彼女は手にしている綿棒を耳の穴へ――先程よりも慎重に、深く入れていく。

「どう? ここは大丈夫?」

 優しく綿棒を当てながら尋ねる。

「ああ、痛くない」

「よ~し、それじゃゆっくりと……」

 

 すすす……すりすりすり。さっ、さっ、さっ。

 

「へへへ、プロデューサー、気持ちよさそーな顔してる★」

「ちょっと眠くなってきた……」

「まだ寝ちゃダメだって~」

 ――そう言われても、この心地良さにいつまで耐えられるか……。

 まだ寝てはならないと口にするも、今にも落ちてしまいそうな彼の顔を見た美嘉は、仕方ないなといった様子で耳の穴から綿棒を抜いていく。

「少しだけ耳垢残ってるけど……」

 そのまま綿棒をティッシュの上に置くと、今度は耳かき棒へと手を伸ばした。

 

 ぺちぺちっ、ぺちぺちっ。

 

「……?」

 突然耳の上で何かを叩くかのような音が気になったプロデューサーだったが――

「いくよー」

 

 すすす、ふわふわ。

 

「っ!?」

 美嘉の声と同時に訪れた綿棒と違う感触に、彼は少し驚いてしまった。

「あ、ビックリした? ごめんごめん、梵天するって言わなかったね」

「ホント、先に言ってくれ……」

「ごめんってば~。ほら、またやるよ」

 

 す、ふわふわ。ふわふわ、ふわ。

 

 優しく梵天で耳に触れていく。

「あ゛ぁ゛ぁ゛~……」

 のだが、彼から漏れ出た声に手が止まってしまう。

「ちょっとプロデューサー、変な声出さないでよ」

「仕方ないだろ、それ気持ちいいんだから」

「ふーん。なら、これはどうかなー?」

 

 ふわ、ふわ、こしょこしょこしょ。

 

「あっ、待て、美嘉! くすぐったい!」

 梵天の毛がギリギリ耳に当たる位置で耳かき棒を動かす彼女は、プロデューサーの反応に笑ってしまう。

「ま、お遊びはこれくらいにして」

「人の耳で遊ぶなよ……」

「今のはプロデューサーが悪いだけでアタシのせいじゃありませーん★」

「お前なぁ……」

「ほら、ちゃんとやってあげるから! 動かないでよー?」

 

 ふわ、ふわふわふわ。さっ、さっ、さっ。

 

 耳の中を梵天が撫でる。しかし、くすぐったさは感じない。

 それどころか、この心地良さに浸っていたいとすら彼は感じていた。

「気持ち良くなっててもいいけど、ヨダレは垂らさないでね?」

「……そんな醜態晒して(たま)るか」

「今確認したでしょ」

「してない」

 美嘉はプロデューサーの顔を覗き込む。

 その際、彼の頭に何やら梵天とは違う柔らかい感触が当たったが、なんとか意識の外に追いやる。

「まぁいいけど。じゃあ梵天も終わりにして……耳にふーってするからね」

 ――え? 

 

 ふーっ。ふっ、ふっ、ふー……。

 

 梵天の時のようにいきなりではない為そこまで驚く事はなかったが、それでも耳に息を吹きかけられる感覚に、プロデューサーは声を出さないようにするのに必死だった。

 それでも耐えられたのは声だけで、身体がビクッと動いてしまうのは抑えられなかったらしい。

「あははっ! 今のプロデューサー、ウケる~★」

「くそぉ……」

「はいはーい、こっち側は終わり! 反対向いてー」

 美嘉に笑われた事に対して不満を持ちつつも、彼は言われた通り反対を向こうとして、その動きを止める。

「ん? どーしたのプロデューサー?」

「……なぁ、反対側って事は、その、美嘉のお腹側に顔を向ける……んだよな?」

 そんな事を言われた彼女は一瞬プロデューサー同様に固まった。

 かと思えば、

「そっ、そんなの気にしなくていいじゃん!? なんで今言うかなー!?」

 と顔を一気に赤くしてまくし立てる。

「いいから早く反対向くっ!」

 更にそのままプロデューサーを半ば強引に自分の両膝へ寝かせる。

「すまん……」

「耳かきしてる最中じゃなくて良かったねプロデューサー」

「怖い怖い!」

「余計な事言うからでしょ。……アタシだって恥ずいんだから」

 恥ずかしいと言った部分は尻すぼみになっていったのだが、距離が近い事もありプロデューサーの耳にはしっかり届いていた。

「ん、んんっ! とにかく、続きやるからね」

 美嘉はティッシュの上に置いていた綿棒――ではなく、箱に入っている新しい綿棒を取り出す。

「綿棒替えるのか? さっき使ってたのがあるだろ?」

「まだ沢山あるんだし、そんなケチな事しなくてもいーじゃん?」

「そうは言うがなぁ……」

「まーまー。それよりも耳かき始めるよ?」

 彼女がそう言うと、プロデューサーはそれ以上なにも言わずに大人しくする事にした。

「さっきと同じように、外側からね」

 

 すり、すり、すり。すり、すり、すり。

 

「……なんか、こんなゆっくり時間も久しぶりだな」

「やる前にも話したけど、プロデューサー、ずっと仕事仕事で大変だったもんね」

 答えながらも美嘉は耳かきを続ける。

「それが今や担当アイドルに耳かきされてるとか」

「しかもJKだよ~? こんな経験、滅多にできないね★」

「他の人がいなくて助かった……」

 ――特にちひろさんとか早苗さんとか。

 

 すりすり、すり……さっ。さっ、さっ、さっ。

 

 今度も外側から耳の穴に綿棒を入れていく。

「こっちもそれなりにありそうだね」

「……これからは自分でも定期的にやるか」

「言ってくれたらアタシがやってあげるよ?」

「今そんな魅力的な提案されたら簡単にOKしそうになるわ」

「いいの? ほら、こんな感じでー……」

 

 すす、すりすり。ず、ずり、ずりずり。

 

「キモチイイのがこれからも味わえるんだよ?」

「……LiPPSってみんな誘惑するの上手すぎない? そういうスキルでも習得してんの?」

 耳かきの絶妙な気持ち良さと美嘉の(ささや)き。

 ――これで堕ちるなって方が普通無理だろ。

「でもさ、正直な話」

 耳かきの手を止めた彼女の声音が茶化す時のものから、真面目な話をするトーンになる。

「プロデューサーにはアタシの事はもちろん、莉嘉の事もいつも見てくれて感謝してるし、何かお礼したいなってずっと考えてたんだよね」

「そのお礼がこの耳かきだって言ってたじゃないか」

「それはそうなんだけどね? でも、こうしてプロデューサーの耳かきしてると、なんだか頼られてるみたいで嬉しくなってさ」

 プロデューサーの髪を撫でながら、美嘉は話を続ける。

「こんな小さな事でもいいからさ、アタシを頼って欲しいなって……」

「美嘉……」

「……ワガママだよね。ごめん、嫌だったら――」

「嫌なわけないだろ」

 少し強めに、プロデューサーは彼女の言葉を遮った。

「嫌だったら、そもそも今もこんな事してないだろ。……ただ恥ずかしいだけだ」

 そう口にしながら彼は目を閉じる。顔を薄らと赤らめながら。

「なら……アタシが耳かきさせてって言ったら、させてくれる?」

「たまになら……な」

「……ありがとっ! じゃあ、気合入れて続きしないとだねっ★」

「いや、そこまで気合入れなくてもいいだろ」

 二人は笑い合う。

 

 ずり、ず、ずりずり……。

 

 プロデューサーの耳の中を再び綿棒が擦っていく。

「……でも、うん。こんな気持ちいいのを手放すのは確かに惜しいな」

「どうしたの? 急に」

「いや……こうやって自分以外、誰かに耳かきしてもらったのはいつ以来だったか、とか考えてな……」

「あー、耳かきをやってもらうってフツー子供の時までだもんね」

 イヤーエステとか結構あるみたいだけど、と美嘉は続ける。

「へぇ、そんなのもあるのか」

 

 すす。すりすり、すりすりすり。

 

「……なら、ちゃんとした専門店でやってもらった方がいいな」

 彼の言葉に、またも美嘉の手が止まった。

「え、なんで? さっきはアタシがやるのオッケーしたじゃん」

「他のアイドル達が美嘉にこんな事させてるって知られてみろ。確実に変態扱いされるわ」

 確かにこんなトコを知られたらちょっとした騒ぎにはなるだろう、というのは彼女にも容易に想像出来た。

 しかし折角、プロデューサー直々の許可を得たのだ。美嘉としても簡単には手放せない。

「案外みんな何も言わない……ってか、もしかしたら他のコ達もやるって言うかもよ?」

「所属アイドルに耳かきされるプロデューサーって中々ヤベェだろ」

「今されてるじゃん」

 ぐぅの音も出なかった。

「奥、入れるからね~」

 

 ずり、ずり……ず、ずりずり。すっ、すっ。

 

「プロデューサーは他に誰が耳かき上手だと思う?」

「……された事ないから想像でしかないが、響子とか美優さんとか……美嘉と同じく姉だから美波とか……」

 ――後は……。

「……意外と千枝とか桃華も上手そう」

 二人の名前を挙げた途端、耳の中から綿棒を抜かれ、

「うわ、ヘンタイじゃん……」

 と一言。

「ちょっと辛辣じゃないですかね?」

「いやいや、そこでちっちゃい子の名前出るとかマジでないから!」

「わ、分かってる! でもなんか似合いそうだろ!?」

「静かにしてないと手元危ないからね」

 流石に身の――耳の危険を感じてプロデューサーは静かになった。彼女は絶対にそんな事をしないと分かっているが。

「はぁ……」

 ついつい美嘉も溜息を漏らしてしまう。

 

 × × ×

 

 それから少しして。

 綿棒で耳垢をほとんど取り終え、梵天をしようと耳かき棒を手にした美嘉はある事に気付く。

 言われた通りプロデューサーは静かにしてると思っていたが、どうやらいつの間にか眠っていたようだ。

「さっきまであんなに騒いでたのに……」

 二度、彼の頭を撫でる。

「梵天、するからね」

 耳かき棒を数回指で弾いた後、プロデューサーを起こさないようにゆっくりと梵天を入れていく。

 

 ふわふわ、ふわ。ふわ、ふわ。

 

「こんな感じでいいかな? 最後に……」

 

 ふっ、ふっ、ふーっ。

 

 仕上げに息を吹きかける。

「ん……」

 くすぐったいのか、寝ているプロデューサーはわずかに身動(みじろ)ぎをした。

「終わったけど……起こさない方がいいよね」

 美嘉はそう呟くと、使った綿棒をティッシュに包んでから再び寝ている彼の頭を撫でた。

「ホント、いつもお疲れさま。プロデューサー」

 自分の脚の上で眠るプロデューサーを見ていた彼女から自然と言葉が出る。

 そこへ、事務所の扉が開く音がした。

「おっはよー☆ ……って、お姉ちゃんだけ? Pくんは?」

 姿を見せたのは妹の莉嘉だ。

「しーっ!」

「え? なになに? どーしたの?」

 不思議に思った莉嘉は、美嘉が座るソファへ近付く。

 姉が指差す場所に目をやると、そこには美嘉の膝枕で寝ているプロデューサーの姿があった。

「Pくん? 寝てる……けど、なんで膝枕?」

「耳かきしてたら寝ちゃったみたい」

「あー……えへへ、お姉ちゃんの耳かきってすっごく気持ちいいもんね☆」

「莉嘉も、最後はいつも寝てるもんね~」

 ――にしても、莉嘉が来たって事は……。

 話をしていた美嘉は時計を見る。

「ってヤバ、そろそろレッスンの時間じゃん! 莉嘉、仮眠室からタオルケット持ってきて」

「はーいっ!」

 莉嘉が仮眠室に向かう間に、美嘉はプロデューサーの頭を持ち上げて自身の脚を抜いていく。

 一纏(ひとまと)めにしていた綿棒とティッシュをゴミ箱へ捨て、綿棒の箱と耳かき棒を元の場所へ戻す。

「お姉ちゃーん、取ってきたよー」

「ありがと、莉嘉」

 ちょうど莉嘉も戻ってきたようだ。

 タオルケットを寝ているプロデューサーに掛ける。

「じゃー行こっか!」

「うんっ!」

 

「あっ、お姉ちゃん! 今日アタシにも耳かきしてー!」

「えー? しょーがないな~。じゃあ家に帰ったらね★」

「やったぁー☆」

 




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大好きなお姉ちゃんの耳かき

誕生日おめでとう莉嘉!
でも前回と同じく内容は特に誕生日と関係ないんです(

と言う訳で、前回の話のおまけ的な続きです。おまけ的なので短めです。


 美嘉がプロデューサーに耳かきをしたその日の夜。

「たっだいまー☆」

「ちょっと莉嘉、ちゃんと靴は直して行きなよー」

「はぁーい」

 家に帰ってきた美嘉と莉嘉。今日はレッスンだけだったとは言え、莉嘉の元気な姿を見た美嘉は思わず苦笑いを浮かべた。

「莉嘉、なんだかゴキゲンだね?」

「当たり前じゃん! 今日は久しぶりにお姉ちゃんが耳かきしてくれるんだよ? ずっと楽しみにしてたんだから!」

「もう、嬉しい事言ってくれちゃって」

「えへへっ☆ 本当は今すぐして欲しいんだけど……」

 ダメかな? と言う風に美嘉を見る莉嘉。

「んー……まぁまだ時間はあるし、今からしてもいい――」

「ホントっ!? やったぁー☆」

 美嘉が言い切る前に、莉嘉は喜びを爆発させる。

「まだ最後まで言ってないんだけどなぁ……じゃあ道具取ってくるけど、今日は耳かき棒と綿棒、どっちがいい?」

「えっと、両方!」

 そう笑顔で言う莉嘉に、再び美嘉は苦笑いを浮かべる。

「もう、欲張りなんだから。それじゃ、先に部屋で待ってて」

「うんっ!」

 

 × × ×

 

「お待たせ、莉嘉」

 梵天(ぼんてん)付きの耳かき棒と綿棒が入ったケースを取ってきた美嘉が部屋へ入ってきた。

「お姉ちゃん、早く早く!」

「はいはい」

 近くに置いたティッシュ箱から取った一枚を近くに置き、もう待ちきれないと言うような莉嘉を膝枕に寝かせる。

「じゃ、始めていくからね」

 まずは耳かき棒を手にして莉嘉の耳に当てる。

 ――初めは穴の周りから……。

 

 かり、かり、かり。かりかりかり。

 

 穴の入口の周りを優しく耳かき棒で()く。

「んっ……」

 始めたばかりだが、莉嘉はその気持ち良さに早くも顔を綻ばせる。

 

 かり、かり……かり、ぺりぺり。

 

 ――うん、入口はこのぐらいで……。

「入れてくからね」

「うん……」

 ゆっくりと耳かき棒を耳の中へと進めていく。ある程度入れたところで、優しく耳かき棒を当てる。

「ここ、ちょっと大きめのがあるけど、痛くない?」

「ん、大丈夫……」

「痛かったら言いなさいよ~?」

 

 かりかり、かり、かり、ぺり。ぺりぺりぺり。

 

 美嘉は取れた耳垢をティッシュに捨てて、莉嘉の耳を覗き込む。

「……うん、さっきのは取れた。でも他にもあるから、もう少し耳かき棒でやってくからね」

 そう言って再び耳かき棒を入れる。

 

 かり、かり、ぺり……ぺりぺり、かり。

 

「あぁ~……」

 耳垢を耳かき棒で掻き取られる心地よさに、莉嘉も思わず声が出てしまう。

「ホント、気持ち良さそうな声出しちゃって。寝ないでよ~?」

「がんばる……」

「頑張るって、それ最終的に寝るやつだよね?」

 変な時間に起きても知らないんだから……と思いながらも、美嘉は手を止めない。

 

 かりかり。かりかり……。

 

 もう一度耳かき棒を抜いて穴の中を覗き込む。

「こんなもんかな……」

 耳かき棒で取った耳垢をティッシュに捨てると、持っていた耳かき棒を綿棒に替える。

「それじゃ、今度は綿棒入れるからね」

「ん……」

 

 す、すり、すり、さっさっさっ。すりすり、ずり。

 

「気持ちいい?」

 優しく綿棒で耳の中を擦りながら莉嘉に問いかける。

「うん……。耳かき棒でされるのも好きだけど、やっぱりお姉ちゃんに綿棒でされるのが一番気持ち良くて好き」

「嬉しい事言ってくれちゃって……ありがと★」

 

 すり、すり……ずり、すりすりすり……さっ。

 

 美嘉が耳から綿棒を引き抜く。

「でも、あんまりやりすぎると耳に良くないから、今日はちょっとだけね」

「えー!」

「それで炎症とか起きたら、耳かきも出来なくなるよ?」

 莉嘉の頭を撫でながら優しく言い聞かせる。

「……分かった」

「それにまだ反対側もあるんだから。ね?」

 そう言う美嘉の言葉に、莉嘉は頷いた。

「よし! じゃあ、梵天するね」

 美嘉は耳かき棒を手にして数回指で弾く。

 

 ふわふわ。ふわふわふわ。さっ、さっ。

 

 わずかに残っている耳垢の残りを梵天で取る。

 その梵天の気持ち良さに莉嘉は夢心地、と言うような表情だ。

「仕上げに……」

 美嘉が莉嘉の耳元に顔を近付ける。

 

 ふっ、ふっ、ふーっ。

 

「んっ……」

 耳に息を吹きかけられたくすぐったさに、莉嘉の身体が思わずびくりと動く。

「これでこっちの耳はおしまい。次、反対ね」

「……もうちょ――」

「もうちょっともダーメ」

「ケチー!」

 不貞腐れながらも言われた通りに反対側を向く。

「さっき分かったって言ったの莉嘉なんだから」

「ぶー……」

 そんな莉嘉を気にせず、美嘉は耳かき棒を近付ける。

「……反対はちょっと長めにしてあげるから」

「ホント!?」

「ほら、続きするから動かない」

 喜ぶ莉嘉を大人しくさせ、再び耳かきを再開する美嘉。

 ――こっちも最初は穴の周りから……。

 

 かりかり。かりかりかり、かり、かり。

 

「こっちは外側そんなにないね……それじゃあ、耳かき棒入れるよ」

 耳かき棒をゆっくりと耳の中に入れていく。

 

 かりかり、かりかり。かりかりかり……ぺりぺり。

 

 機嫌が良くなった莉嘉は再び耳かきに気持ち良さそうな表情になる。

「お、外の割に中は結構あるね」

「そういうのは言わなくていいよぉ~……」

 流石にそういう事を言われるのは莉嘉も恥ずかしい。

 そんな様子を見て、美嘉もごめんごめんと口にして続けていく。

 

 かり、かり……ぺりぺり、ぺり。

 

「でも耳垢がある方が、耳かきする側としては楽しいんだよねー★」

「それは分からなくもないけど……」

 美嘉は楽しそうにそんな事を言うが、莉嘉としては素直に賛成できる事ではない。

「まぁまぁ。ほらほら、こことかどう?」

 

 かり、かり、ぺり……ぺり、ぺり、ぺり。

 

「気持ちいいでしょ?」

 美嘉の言う通りの耳かきの気持ち良さに、渋々だが莉嘉は大人しく続きをされる事にした。

 そんな莉嘉の様子に、笑みを溢しながらも手を動かしていく。

 

 かりかりかり、かり、かり、かり……。

 

 耳かき棒を抜いて中を覗く。

「……耳かき棒はもういいかな」

 美嘉はそう言うと耳かき棒で取った耳垢をティッシュに捨て、綿棒に持ち替える。

「入れるよ」

「うん」

 

 す、すり、すり……すりずりずり。

 

「ん……」

 綿棒が耳の中を擦る心地の良い感触。

 ――耳かきはもう今やっている方で終わりだし、いつもみたいにこのままお姉ちゃんの膝枕で寝ちゃおうかな……。

 などという事まで莉嘉は思い始める。

「あっ、ちょっと莉嘉、寝ようとしないでよー?」

「し、してないよ?」

 流石は姉と言うべきか、莉嘉の考えを一瞬で当てる美嘉。

「ホントにー?」

「ホントホント!」

 寝ようとしていたのを見破られた事で慌てる莉嘉に、思わず美嘉の頬が緩む。

 

 すりすり、すり……ずり、ずりずり……。

 

「……でも、Pくんもお姉ちゃんに耳かきされてぐっすり寝てたよね」

 ふと、莉嘉が今日の事を思い出して言う。

「あー、プロデューサーもいつの間にか眠ってたっけ」

「Pくんでも寝ちゃうぐらい気持ち良いんだから、お姉ちゃんの耳かきで寝ないなんて無理だよ☆」

「もう、調子の良い事言っちゃって」

 そうは言いつつも、美嘉の声音と表情は嬉しそうなものである。

 

 ずり、ずり……さっ。す、すり……さっ、さっ。

 

 一度綿棒を抜いて、取った耳垢をティッシュに捨てる。

「……プロデューサーはアタシ達の為に頑張ってくれてるんだから、それにちゃんと応えないとね」

 再び綿棒を入れた美嘉は、今日にプロデューサーとのやり取りを思い出しながら、そう口にした。

「うんっ、今度のライブもたっくさん盛り上げよーっ! ☆」

「こらこら、意気込みはいいけど動かないの」

「えへへ……」

 ――でも、莉嘉の言う通り、今度のライブで皆で盛り上げて、プロデューサーに褒めてもら……え……。

 そう考える美嘉はプロデューサーに頭を撫でてもらうという想像をしてしまい、(たま)らず顔を赤くして手を止めてしまう。

 ――なんで撫でられる想像とかしちゃったワケ!? あ、ありえないったら! 

「お姉ちゃん? どうしたの?」

 不思議に思った莉嘉が声をかける。

「なっ、なんでもない!」

「……?」

「ほ、ほら、もう耳の中もほとんど綺麗になったから梵天するよ!」

 綿棒から耳かき棒に持ち替えた美嘉だが、その頬は赤いままだ。

「ん、んんっ! 入れるからね」

 咳払いをしてから、数回耳かき棒を指で弾いてから梵天を入れていく。

 

 ふわ、ふわふわ。

 

 梵天をする前までは慌てていた美嘉だが、やり始めると危なげない手付きで耳かき棒を動かす。

「どう?」

「うん、気持ち良い……」

 やはり何度味わっても、この梵天の心地良さに莉嘉は抗えそうにない。

「ちょっと莉嘉ー? 今から寝ちゃったら変な時間に起きるでしょー?」

「大丈夫だよ~……」

 ――ホントかなぁ。

 

 ふわふわ、ふわふわ。

 

 既にまどろみに沈みそうな莉嘉の声音に半ば呆れながらも、美嘉は梵天をする手を動かしながら、改めて今日の事を思い出していく。

 偶然とは言え、プロデューサーと二人きりになったどころか、彼に膝枕と耳かきをした。それを考えるとまた顔が熱くなるが、それと同時にとても嬉しくもなる。

 ――そう言えば、あのままプロデューサーは寝ちゃったけど、あれから会えなかったなぁ……。

 美嘉と莉嘉はレッスンが終わった後、一度事務所を覗いてみたがプロデューサーの姿が無かった。どうやら他の仕事で居ないようだった。

 

 ふわ、ふわ、ふわ。……さっ、さっ。

 

「今度はいつしてあげようかな……」

 今日の耳かきでプロデューサーからの言質は取っている。美嘉はその“次”を期待して微笑んだ。

 

 しかしそこで、ある事に気付いた。莉嘉が大人しいのである。

「ちょ、莉嘉?」

 肩を揺すりながら呼びかけるも、聞こえてくるのは静かな寝息だった。

「もー、あれほど寝ないでって言ったのに……」

 梵天を止め、莉嘉の耳元に顔を近付ける。

 

 ふー、ふっ、ふっ、ふっ。ふーっ。

 

 耳に息を吹きかけても、莉嘉は身動ぎをするだけで起きる気配はない。

「しょうがないんだから……」

 そう言いながら莉嘉の頭の下から両脚を抜くと、そのまま耳垢を包んだティッシュと使った綿棒をゴミ箱へ捨てる。

「よい、っしょ……!」

 莉嘉を抱きかかえてそのままベッドまで運び、掛け布団を被せた。

「ホント、気持ち良さそうに寝ちゃってさぁ……」

 軽く莉嘉の頭をポンポンと撫でる。

 と――

「あっ、莉嘉ってば、パジャマに着替えてないじゃん……」

 そのままの格好で寝かせる訳にはいかず、美嘉は莉嘉を寝かせたままであるが、パジャマに着替えさせる事にした。

 

 × × ×

 

「これでよし、っと」

 ――もう、着替えさせてる間も呑気に寝てるんだから。

「すぅ、すぅ……ん、お姉ちゃん……大好き……」

「ベタな寝言まで言っちゃってまぁ」

 とは言いながらも、美嘉は嬉しそうに莉嘉の頭を何度か撫でた。

 

「おやすみ、莉嘉」

 




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カリスマギャルと――

今回は少し長めです。


 プロデューサーが美嘉に耳かきをされてからしばらく経ったある日。

 

「おはよー★」

「お、おう、美嘉……おはよう」

 事務所にやってきた美嘉とプロデューサーが挨拶を交わす。

「どうしたの?」

「べ、別に何でもないぞ?」

 だが美嘉は、いつもと少し様子が違うプロデューサーを不思議そうに見た。それもそのはずである。

 少し前に担当アイドルの一人である彼女、城ヶ崎美嘉に耳かきをされたのは先程も述べた通り。

 プロデューサーはその気持ち良さに寝てしまった事もあり、アシスタントである千川ちひろに起こされた時は思わず「あれは夢だったのか?」と考えもしたのだが、ゴミ箱に捨ててあった綿棒とティッシュを見た事でそれが現実であると分かった。

 その代償として、寝ていた事に関してちひろからプロデューサーに()()があったのだが。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 あの時は半ば強引に押されて耳かきをされたのだが、最終的にはプロデューサーも耳かきされることを受け入れた。さらには美嘉の膝枕で寝てしまったのだ。その後、彼女とは二人だけの状況で会う事がなかったため、未だにお礼の一言も言えていなかったのである。

 そして今日、ようやくプロデューサーと美嘉の二人だけのタイミングが出来た。しかし問題もあった。

 前回と違って今は早朝ではない。事務所内でも既に何人か他のアイドルとも顔を合わせている。

 ――この前の耳かきの話をしたいが、流石にそんな話をしてる途中で他の人が来て聞かれるのはマズい……。

 そのように考えながらプロデューサーは平静を装っているフリをする。現状、この部屋には二人しかいないが、こうしている間にいつ誰が来るか分かったものではない。

 横目で美嘉を見ると、彼女は最新のファッション雑誌に目を通していた。

 ――いや、ここはさっさと話をして終われば大丈夫なんじゃないか? 別に今からしてもらおうって訳じゃないんだし、この前の礼を言うだけなら……。

 意を決して彼は美嘉の元へと向かう。

「な、なぁ美嘉……」

「ん? どうしたのプロデューサー」

 彼女はファッション雑誌から目を離して声をかけたプロデューサーを見る。

「いや、その、この前の礼を言ってなかったな……と」

「この前――あ、耳かきのこと? あれはアタシからのお礼だって言ったでしょ? だから気にしなくてもいいのに」

「それはそうなんだが……」

 少し赤くなった頬をポリポリと指でかくプロデューサー。それを見た美嘉は優しく微笑んだ。

「それで、また耳かきして欲しくなった?」

「確かにして欲しいが――って、今はダメだろ!?」

「それって今じゃなかったらいいって事だよね?」

「み、美嘉がいいなら……」

「言ってくれたらアタシがしてあげるって前に言ったじゃん? だから、いつでもいーよ★」

 彼女の言葉にプロデューサーは嬉しくなるが、今はダメだと自分で言った事もあってなんとか気持ちを抑える。

 

 その時、部屋の扉が開かれた。

「おはよーございまーす」

 挨拶をしながら入ってきたのは、これまた担当アイドルの一人である北条加蓮だ。

「お、おはよう加蓮」

「やっほー、加蓮」

 二人もそれに挨拶を返す。プロデューサーは内心ドキリとしていたが。

「プロデューサーさんと美嘉だけ?」

「あ、ああ」

「ふーん……」

 プロデューサーの返事を聞いた加蓮はニヤニヤとしながら二人の顔を見る。

 その表情を向けられているプロデューサーは嫌な予感がした。そしてその予感はすぐに的中する。

「そういえば聞いたよー? プロデューサーさん、美嘉に耳かきしてもらったんだってー?」

「なっ、なんでそれを……!?」

 まさかと思い美嘉に目を向けると、彼女は「しまった」と言うような顔をしていた。

「ごめん、プロデューサー……実はあの後、終わってすぐに莉嘉が来ちゃったんだよね。その時は、あの子もアタシに耳かきされたら寝ちゃうのは仕方ないって言ってたんだけど……」

「加蓮に喋ったのか……」

「あー、莉嘉ちゃんも悪気があった訳じゃないよ」

 二人に加蓮がフォローを入れる。

「最近、久しぶりに美嘉(お姉ちゃん)が耳かきしてくれて嬉しかったんだーって話をしててね。その時にプロデューサーも耳かきされて、そのまま美嘉の膝枕で寝てたって聞いたんだ」

 彼女はそう言うと、二人に「だから、怒らないであげてね」と続けた。

「怒りはしないから大丈夫だけどさ……」

「まぁプロデューサーも、恥ずかしいから秘密にしてってカンジだしね~★」

「お、おい美嘉……!」

 美嘉の言った事が図星だったプロデューサーは顔を赤くする。

「あははっ、プロデューサーさんってば耳まで真っ赤じゃん!」

「ええい、この話は終わりだ! 加蓮はレッスン! 美嘉は撮影!」

 加蓮にも笑われたプロデューサーは強引に話を打ち切って、二人にそれぞれ今日の予定を伝える。それに対して彼女たちは笑いながら返事をした。

「あ、そうだ」

 レッスンに向かう加蓮が振り返りながら口にする。

「プロデューサーさんと美嘉ってこの後時間ある?」

「アタシは大丈夫だよ」

「俺も問題ないけど、何かあるのか?」

 二人の返答を聞いた彼女はニッと笑う。

「ふふん、プロデューサーさんには後でのお楽しみって事で。それじゃあレッスン行ってきまーす」

 加蓮はそう言って今度こそ部屋を後にした。

「なんなんだ……?」

「――なるほどね」

 何かを納得する美嘉の声にプロデューサーが目を向けると、彼女は自身の携帯を見ていた。

「もしかして加蓮からか?」

「そ、プロデューサーには何するか言わないでって」

「……変な事じゃないよな?」

 彼の言葉に美嘉は笑う。

「心配しなくてもいいよ。プロデューサーからすればイイコトだし♪」

「いい事?」

「うん。だからアタシと加蓮のこと、ちゃんと待っててよね★」

 そう言って彼女も撮影の仕事へと向かった。

 部屋に一人残されたプロデューサーは疑問を持ったままだったが、そのまま考えていても仕方ないと仕事を再開するのだった。

 

 × × ×

 

「こんなもんか……んぁー……」

 仕事に集中していたプロデューサーは伸びをして一息つく。それによって背中からはポキポキと音が鳴った。

「って、もうこんな時間か」

 彼が外に目をやると、既に日が落ち始めている。

 ――そろそろ来るだろうし、一旦ここまでにするか。

 プロデューサーは休憩の為にコーヒーを淹れようと席を立つ。

 それと時を同じくして、事務所のドアが開く。姿を見せたのは撮影の仕事を終えた美嘉だった。

「おう、お疲れさん。その様子だと問題なく終わったみたいだな」

「ふふっ、誰に向かって言ってんの? モデルがアタシなんだから当然だよね★」

 決めポーズをする彼女にプロデューサーはふっと笑う。

「それもそうだな。美嘉も何か飲むか?」

「帰ってくる途中で飲んできたから、気を使わなくていいよ?」

「ん、そうか」

 プロデューサーはそう言って淹れたコーヒーを一口飲む。

「そういえば、加蓮がまだ戻ってこないな……もうレッスンの時間も終わってるはずだが……」

「今日はダンスレッスンでしょ?」

「ああ」

 美嘉の様子から、どうやら彼女は加蓮が遅い理由に見当が付いているようだ。

「だったら――っと……もうすぐ来るって」

 タイミングよく加蓮から美嘉の携帯に連絡が入った。

「おう、分かった――って、なんで俺にじゃなくて美嘉になんだ? 行く前といい今といい、二人で何企んでんだよ……」

「心配しなくても変なコトじゃないってば」

 イマイチ釈然としないプロデューサーだが、二人が悪さをするような子ではないというのは当然分かっている。それに加え、美嘉の「プロデューサーからすればいい事」という言葉。

 ――まぁ大丈夫だとは思うが……。

 彼が考えながらまた一口コーヒーを飲んでいると、またしても事務所のドアを開ける音が聞こえた。それに目をやると、待っていた加蓮の姿があった。

「いやー、ごめんごめん。遅くなっちゃった」

「別にいいけど……それで? これから何するんだ?」

 プロデューサーの問いかけに、加蓮と美嘉の二人は互いに顔を見合わせて笑みを見せる。

「それは――」

「もちろん――」

「「――耳かき!」」

 

 プロデューサーは二人に連れられ、事務所に併設されている仮眠室のベッドに座っていた。

 ――なんだこの状況……。

 困惑している彼をよそに、美嘉がベッドの上で正座する。加蓮は近くの椅子に腰を下ろして、笑顔で二人の様子を眺めていた。

「それじゃあプロデューサー、始めよっか」

 美嘉がそう言いながら自身の脚をポンポンと軽く叩く。

「お、おう……」

 少々ぎこちない動きで、プロデューサーは彼女の太ももに頭を乗せた。それを見た加蓮がクスリと笑う。

「動かないでね」

 美嘉は手にした綿棒を彼の耳に当てる。

「前みたいに最初は外側から……」

 

 すりすり、すり、すり。すり。

 

 まだ始めたばかりだが、既にその気持ち良さを知っているプロデューサーは、安心して美嘉の耳かきを受け入れている。しかし――

「加蓮、そう見られてると落ち着かないんだが……?」

 耳かきされているところを他の人――それも加蓮にまじまじと見られている事に、プロデューサーはソワソワとしていた。

「ちょっとプロデューサー、動かないでって」

「あはは、怒られてる」

「くっ……」

 プロデューサーは反論したかったが、耳かきをしている美嘉に悪いため大人しくする。

 

 すり、すり、すっ。

 

「私と目が合うの恥ずかしいんだったら、目を閉じてれば?」

 笑いながら加蓮がそう提案するのだが、

「俺も出来るなら目を閉じたいが、それで寝ようもんならまたちひろさんと()()する事になる」

 プロデューサーは真面目な顔で言う。それに反応したのは美嘉だった。

「また……って、もしかして前の時も?」

「まぁ、ちょっとな……でもおかげで、その日はなんだか普段より仕事を頑張れたよ」

「プロデューサー……」

 彼はいつもの調子でそう口にした。

「くく……そんなこと言ってるけど、今のプロデューサーさんの格好だとあんまりカッコよくないよ~?」

「うるさいぞ加蓮。ニヤニヤしながら見るな」

「ごめん、アタシもちょっと思った」

「美嘉まで……」

 美嘉からもそう言われてプロデューサーは多少ショックだったが、自身でも彼女に膝枕と耳かきをされている現状では仕方ないと引き下がるしかなかった。

 

 すり、すりすり。すっ、すっ。

 

 外側の耳垢を取り終え、次は穴の浅い部分に綿棒を入れていく。

「ん、前にやった時に比べてそんなに汚れてないね。もしかして、耳かきやった?」

「いや、美嘉にやってもらってからは全然」

 前回の事もありプロデューサーは素直に答えた。

「そっか……じゃあ、今日はあんまりやらないようにするね? 耳に良くないし。加蓮もお願いね」

「まぁしょうがないかぁ……」

 加蓮も耳かきのやり過ぎはダメだというのは分かっている。

 ――長く楽しめるのはまた今度、かな。

「それじゃ、奥に綿棒入れてくからね」

 

 すり、すり……すっ。ずり。

 

「痛くない?」

「ああ、大丈夫だ」

 彼の返答を聞いて、美嘉は安心して耳かきの手を進めていく。

 

 すり、ずりすり。ずり、すっ。

 

 そんな彼女の様子を見ていた加蓮は、ふと思った事を口にする。

「……それにしても、そんな風に美嘉が膝枕で耳かきしてるのとかイメージなかったけど、実際に見るとなんか似合ってるというか、サマになってるよね」

「そ、そう? アタシは特に意識してないんだけど……」

「うん、流石お姉ちゃんって感じ」

「まぁずっと莉嘉にしてたからね……ママには負けるけど」

 美嘉は微笑みを浮かべながらそう口にし、一度綿棒を抜いて耳の中を覗き込む。

「……もうちょっとだね」

 中を確認して彼女は再び綿棒を耳に入れる。

 

 すりすり、ずり。さっ、さっ。すり、ずりずり。すっ。

 

 何度か綿棒で耳を擦っては引き抜き、中を覗いて耳垢がないかを確認する。

「んー、いいカンジに取れたかな。仕上げに――」

 彼女は梵天付きの耳かき棒を手にすると、そのまま指で数回弾く。

「梵天するよー?」

 

 す、ふわふわ。ふわ、ふわ、ふわ。

 

「あぁ……」

 梵天の心地よい感覚にプロデューサーは声を漏らす。そんな彼の様子に、加蓮と美嘉はまたも顔を見て笑い合う。

「プロデューサーさんの表情(かお)、凄いふにゃふにゃになってる」

「梵天きもちーもんね。莉嘉もいつもこんな風になるよ」

「し、仕方ないだろ……」

 なんとか表情を戻すプロデューサー。なのだが――

 

 ふわ、ふわ。さっ、さっ、さっ。ふわふわふわ。

 

「く……」

 やはり梵天の気持ち良さには抗えず、彼の表情は緩みきっていた。

「こんなもんかな」

 美嘉は耳かき棒を抜いてティッシュの上に置く。

「最後に……」

 

 ふっ、ふっ、ふーっ……。

 

 耳に息を吹きかけられたプロデューサーは少しだけ身体を震わせる。美嘉は上体を離すと、ポンポンと彼の肩を軽く叩いた。

「こっちの耳かきは終わりっ★ 加蓮に交代するから、一回起きて」

 彼女のその言葉にプロデューサーは言われた通りに起きると、美嘉は加蓮が座っていた椅子に腰を下ろし、逆に加蓮は先程までの美嘉と同じようにベッドの上に正座をする。

「はーい、ここからは私の番だねー♪ さぁプロデューサーさん、私の膝枕にどうぞ?」

 ――なんか楽しそうだな……。

 そんな事を思いながら、プロデューサーはさっきとは反対の耳を上にして加蓮の太ももへ頭を置いた。

「美嘉のとどっちが柔らかい?」

「ちょっ、加蓮!? そんなの聞かなくてもいいじゃん! プロデューサーも答えなくていいからね!?」

 悪戯をした子供のようにニヤリとしている加蓮に、美嘉が顔を赤くして抗議する。

「……美嘉もああ言ってるし、ノーコメントで」

「なぁんだ、つまんないのー」

 表情を変えずに言う加蓮。そんな彼女に美嘉は「もぅ……」と不満気であった。

「いいから始めてくれ」

「えー、仕方ないなー」

 そうは言いながらも、加蓮は新しい綿棒を手にしてプロデューサーの耳に宛がう。

「初めは外側から……」

 

 すり、すり……すりすり。すり。

 

 耳かきを始めた途端、それまでの様子とは違い加蓮の表情は真剣そのものだ。その様子はプロデューサーからしっかりとは見えていないが、自身の耳を綿棒で擦る雰囲気からなんとなく感じ取っていた。

 ――それに意外と上手いな……。

 まだ加蓮の耳かきが始まってばかりだが、美嘉と変わらない気持ち良さに彼は驚く。

 

 すりすり、さっ。すり。すり。

 

「ふふっ、どう?」

「ああ、気持ちいい」

 加蓮の問いかけにプロデューサーは正直に答える。その返答に、彼女も上機嫌で綿棒を持つ手を動かしていく。

「私の番はまだ始まったばっかりなんだから、寝ちゃダメだよ?」

「寝ないって」

 次に加蓮は耳の穴の浅いところに綿棒を当てる。

 

 すり、すりすり……すっ、さっ。

 

「んー……でも、美嘉も言ってたけどあんま汚れてないなぁ」

「あ、やっぱりそっちもそんなカンジ?」

「うん、まだ奥までは行ってないけど、耳垢が溜まってるって気がしないんだよね」

 ――それはそれでいい事じゃないか……? 

 プロデューサーは複雑な心境で二人の会話を聞いていた。

 

 すりずり、ずりずり。すり、さっ。

 

「この前はそれなりにあったんでしょ? 私もその時に耳かきやりたかったなぁー」

 加蓮は手を止める事なく、美嘉を羨むようにそう口にする。

「前の時はアタシしかいなかったんだし、それは仕方ないって」

「それはそうなんだけどさぁ……」

 それから少し考えるように間を置いた彼女は「そうだ」と何かを閃いた様子だ。

「次に耳かきする時は私にやらせてよ」

「お、おい加蓮……!?」

 加蓮の一言にプロデューサーは驚く。それによって頭が動いてしまうが、耳かきをしていた彼女はすぐに押さえた。

「危ないんだから動かないでよ」

「わ、悪い……」

「とりあえず、この話は耳かき終わってからね。美嘉も言いたい事あると思うけど、またプロデューサーさんに動かれたら困るし」

 次は自分にやらせてと加蓮が言った瞬間、彼女は美嘉が先に待ったをかけると思っていた。しかしプロデューサーが動いた事で、そのタイミングを逃す形になったのだ。

「うん、アタシもそれでいいよ」

 当然、美嘉も提案に乗った。その答えを聞いて加蓮は一層、耳かきに集中する。

「綿棒、奥に入れるよ」

 

 す、すりすり……ずり、すり、すり、すっ。

 

 やり過ぎないように中を確認しながら綿棒で奥を擦っていく。

「痛かったら言ってよねー?」

「ああ」

「まぁすぐ終わるんだけど」

 加蓮はそう言いながら、最後に耳の気持ちいい場所を擦る。

 

 すりすり、すっ。さっ。すり、すり……さっ。

 

「なんか美嘉の時よりも短い気がするな……」

 プロデューサーは名残惜しそうに言う。

「って言われても、耳が綺麗なのにやり過ぎるのは良くないんだから仕方ないでしょ?」

「わ、分かってるって」

「まっ、私の膝枕と耳かきをもっと堪能したいってなら、今度またゆっくりしてあげてもいいけど♪」

 これには流石に美嘉も一言かける。

「ちょっと、さっきその話は終わってからって言ったでしょ?」

「だってプロデューサーさんがもうちょっとして欲しそうに言うからさぁ」

 笑いながらそう口にする加蓮に、美嘉は呆れながら「だからってね……」とだけ返す。

「それじゃあ仕上げの梵天、しよっか」

 そんな美嘉の様子を加蓮は気にせず、耳かきの仕上げへと移る。

 彼女は手にしていた綿棒をティッシュの上に置いて梵天付きの耳かき棒を持つと、そのまま何度か指で弾く。

「ほら、ふわふわーっと」

 

 すす、ふわふわ……ふわ、さっ。

 

 耳の中を優しく梵天で綺麗にしていく加蓮。それにプロデューサーの表情はまたしても崩れる。

「ふふっ、気持ちいいか聞こうかと思ったけど、その様子だと丸分かりだね」

 そう言われて表情を戻そうとするプロデューサーだったが、美嘉の時の事もあって梵天の最中はどうせ無理だと思い諦めた。

「プロデューサーってば、案外チョロいよね」

「チョロいとか言わないでくれますかね……」

 これが表情が崩れたままの彼が出来る、美嘉の言葉に対する精一杯の抗議だった。

 

 ふわ、ふわ、ふわ。さっ。ふわふわ。さっ、さっ。

 

 梵天を何度か動かした後、耳かき棒を引き抜いて耳の中を覗き込む。

「……うん、綺麗になった――って元からそんなに汚れてなかったけど。あとは……」

 

 ふー……ふっ、ふっ、ふっ。

 

 プロデューサーの耳に息を吹きかける加蓮。くすぐったい感覚に震える彼に、思わず加蓮も悪戯をしたくなる衝動が沸き上がってくる。

「プロデューサーさん、かわいいー♪」

「それ、大人の男に言う言葉じゃないと思うんだけど?」

「そんなこと言われたって、耳にふーってされて震えてるプロデューサーさんの顔、凄くかわいいんだから仕方ないでしょー? それとも、ちょっとオトナっぽく耳にキスされる方がいい?」

 悪い顔をしながらプロデューサーに囁く。だが、それは美嘉の耳にも届いていたようだ。

「か、加蓮!? そういうのはダメだからっ!」

 彼女は慌てて席を立つと、今にもプロデューサーの耳に唇を付けそうな加蓮を引き剥がす。

「美嘉ってばホント、こういうところは純情な乙女だよねー」

「ちがっ――じゃなくて!」

 笑いながらからかう加蓮に、美嘉は頬を赤く染める。

「……二人とも、そろそろ起きていいか?」

「あっ、ごめんプロデューサー。起きていいよ」

「私はもうちょっとプロデューサーさんに膝枕してあげてても良かったんだけどなぁー」

 身体を起こすプロデューサーに加蓮は変わらぬ様子で口にする。

「はぁ……それよりもさっきの話の続きするんでしょ」

 そう言いながら美嘉は再び椅子に腰を下ろす。それを見てプロデューサーと加蓮もベッドの(ふち)に座り直した。

「それで次のプロデューサーの耳かきだけど――」

「その話、私たちにも参加させてもらっていい?」

 美嘉が話を始めようとした瞬間、仮眠室のドアが開け放たれ、そんな言葉が聞こえてきた。三人は驚きと共に声がした方に目を向ける。

「面白そうなお話をしていますね、プロデューサーさん?」

「言ってくれたら私だって……」

 そこには渋谷凛、佐久間まゆ、五十嵐響子の三人が立っていた。そして、さらにその後ろには、プロデューサーが恐ろしさを感じる笑顔を見せているアシスタント(千川ちひろ)の姿が。

 ――これは一番ダメなパターンでは!? 

 プロデューサーの目には、彼女たちから何やら黒いオーラのようなものが漏れ出ている気がした。

「あー……」

「マジかぁ……」

 美嘉と加蓮の二人も、突然のこの状況に戸惑っているようだ。

「どうせなら、もっと広いところでその話しよっか」

 そう言ってプロデューサーの手を引いたのは、最初に声をかけた凛だった。他の面々もそれを見て仮眠室を後にした。

 

 × × ×

 

 プロデューサーが美嘉と加蓮の二人から耳かきをされていたのがバレた次の日。

「はぁ、昨日はどうなるかと思った……」

 結果を言えば彼は無事に朝を迎えていた。とは言え、四人に見つかったあの後は別の方向で大変だった。

 

 凛に連れられ、事務所のソファに座らせられたプロデューサーを待っていたのは、どうして二人に耳かきをされていたのかを聞かれた事と、彼女が最初に言った通り『次にプロデューサーの耳かきをするのは誰か』を決める話し合いだった。

 耳かきをする事になった経緯の説明をした時も多少荒れたのだが、その後の話し合いが特に難航した。最終的に、次の耳かきは加蓮がする事に決まったのだが……。

 それから凛とまゆはしばらくプロデューサーに引っ付いて離れず、響子は好きな食べ物と嫌いな食べ物を聞いてきた上で弁当を作る約束を取り付けた。その状態を見た美嘉と加蓮の二人は、苦笑いを浮かべるしか出来なかったのは仕方がない事だろう。

 ちひろはと言うと、昨日はあれからも話し合いには直接参加はせず、しかし変わらない表情(笑顔)のまま、今も隣で仕事をしていた。

 

「プロデューサーさん、口よりも手を動かしてくださいね?」

「はい……」

 ――昨日(あれ)からずっとこんな感じなんだよなぁ……。理由とか聞いたら、余計に怒りそうだから絶対聞けないけど……。

「何か言いたい事でも?」

「なっ、なんでもないですッ! 仕事しますッ!」

 考えている事を読まれたかのようなタイミングに、プロデューサーは慌ててデスクに向き直る。

「――プロデューサーさんのバカ……」

 不機嫌そうな顔で小さく呟くちひろの言葉は、余計な怒りを買わないようにと仕事を始める彼の耳に届く事はなかった。

 




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