一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 (翠晶 秋)
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番外編 幼馴染みとクリスマス

 

俺達は穂織の駅まで来ていた。

その理由は。

 

「クリスマスですよ仙くん」

「クリスマスですね空良さん」

 

空良の提案で、クリスマスツリーを見に行こう、ということになったのだ。

 

「カップルがいますね仙くん」

「カップルですね空良さん」

「手とか繋いじゃってますよ、仙くん」

「手とか繋いじゃってますね、空良さん」

 

クリスマスということで、今日は異様に(カップル)が多い。

あちこちで幸せオーラを振り撒き、各々の世界を築いている。

 

「私たちもやります?仙くん」

「やりますか?空良さん」

「やりましょうか」

 

隣に並ぶ空良が手を握ってくる。

冷たいその手を強引にポケットに突っ込むと、空良は「えへへ」と声をあげた。 

我慢がしきれなくなった俺は、駅中心のクリスマスツリーを見上げる。

ライトアップされたそれは、とても華やかなのだが…

 

「曇ってるね、仙くん」

「よくあるよな、こんな日に限って曇りとか雨とか」

「…なんか腹がたつ。アレ、やっちゃっていいですか?」

「…アレが何かは知らんけど、どうぞ?」

 

アレとやらの使用許可をだすと、やや早口めに空良は魔法を唱える。

やっぱり少し照れ臭かったんだな。

 

「【クリーン】」

 

空良が上を見上げてそう呟くと、夜空に差す雲がサアッと消えた。

周りからは「急に雲が消えたぞ!」とか、「星が綺麗」とか聞こえる。

と、上を見上げていた空良が、突然話しかけてきた。

 

「仙くん仙くん」

「なんです?」

「ロマンチック過ぎてヤバイです」

「やっちまいましたね」

 

一日だけの聖夜を楽しむため、家にもパーティーの用意がしてある。

プレゼント(空良が欲しがっていたネックレス)も、秘密裏に購入、ラッピングしてあり、帰ってからもクリスマスが楽しみである。

ふいに、きゅっと右手が握られる。

さっきから心臓がドクドクと激しく脈打っている。

 

「胸がきゅんきゅんしてるよ」

「俺はドキドキしてる」

「私だってドキドキしてる」

「俺の方がドキドキしてる」

「私の方が」

「俺の方が」

「私」

「俺」

「「………………………」」

 

長い沈黙。

先に口を開いたのは空良だった。

 

「仙くん、アレ見て?」

「ん?アレ?」

 

空良が指差したのは、雲が消えたことにより姿を現した月。

 

「月が、綺麗ですね」

「…………そう、だな」

 

きっと、そこに込められた意味などないだろう。

空良は、まず習っていないはずなのだから。

でも、もしも。

もしも、それに深い意味があるのだとしたら────

 

 

 

 

「ねぇねぇ仙くん」

「うん?」

「来年もまた、来れるかな?」

「─────っ」

 

その微笑みが、儚く見えたから。

その目に宿る輝きが、このクリスマスツリーよりも、夜空の星よりも美しく見えたから。

また来たいなって、思ったんだろう。

 

 

 

 

 

「どうだろうな?お前が異世界に飛ばされない限りは、来れるんじゃないか?」

「あーっ!またそういうイジワル言うーっ!」

 

 

 

 

 

 




◆SS~幼馴染みと聖なる夜~◆


ネックレスを渡された空良さんは嬉し泣きし、仙くんに悪質タックr…抱きつきました。
ネックレスを首につけた空良さんはなにやらクリスマスツリーの辺りをごそごそしています。
実は空良さんも仙くんに内緒でクリスマスプレゼントを用意していて、再度抱きつきながら空良さんは仙くんにプレゼントを渡しました。
それは、赤と緑のクリスマスカラーのマフラー。
空良さんは「買ったもの」と言い張りますが、仙くんは騙されません。
その目の輝きから自作の物であることがわかります。
仙くんは空良さんを抱きかえし、首にそのマフラーを巻きました。
が、すこし丈が余っています。
空良さんは残ったマフラーを自分の首に巻き、超至近距離で「えへへ」と笑いました。
仙くんは赤面しました。


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番外編 幼馴染みとお正月2019

空良「新年!」

仙「明けまして!」

仙&空良「「おめでとうございます!」」

 

空良「いや~、去年もいろいろありましたね!」

仙「幼馴染が帰ってきたり、幼馴染が料理をしたり」

空良「ね~」

仙「まぁまだこの小説始まったばかりなんですけど」

空良「俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ!」

仙「こらこら指を指さない、カメラマン困ってるでしょ」

 

◆アキからのメッセージ『お餅は砂糖派』◆

 

「っはい、これからはわたくし作者こと翠晶(あきあき) (あき)が参加させてもらいます!」

「ほえ、作者さん?」

「なんでこんなとこに?」

「いやね、今回は身ぶり手振りの描写が無いんだけど、ほら見てみ?」

「あ、ほんとだ!」

「珍しいっすね」

「だから、進行役として、そして作者として、この回は雑談回みたいにするつもり。ってことで、書き方を変えさせてもらいます」

 

 

 

 

───アキ:はい、どうです?

空良:あっ、すごい!なんかかわった!

仙:特に上のと変わって無い希ガs

 

 

アキ:この状態で進めていくのでお願いします。

新しい書き方だから二人の描写がおかしくなるかもだけど、笑って許せ。拒否権は無い

空良:は~い♪

仙:オイ今俺のセリフ途中までしか書かなかったろ

 

 

アキ:まず、この小説の生まれですね

仙:無視か、おい

アキ:この小説は最近お気に入りの延びが少なくて悩んでた作者の頭にぱあーと降りてきたアイデアをそのまま小説にしました

空良:そのせいで私は異世界n

アキ:『異世界から人が帰ってきたら、なかなかのギャップがあるんじゃなかろうか』と思って作ったもので、最初は主人公が異世界から帰ってくる予定だったんです

空良:ズルくない?途中までしか書かないのズルくない?

アキ:しかし思った。こんなんじゃなんもおもろくないと。だからワタシは視点を変え、他人が異世界から帰ってくる、ということにしたんです

仙:なんかその、空良、すまん

 

 

 

Q.穂織シリーズって?

アキ:そのタグがついている小説は、全て同じ町、穂織で起きている事です。幼馴染が異世界から帰ってきたり、誰かが狩りゲーの中に召喚されたり

仙:幼馴染はわかるけど狩りゲー召喚って?

アキ:『異世界ハンター放浪記』のお二人、ソージくんとリンさんですね。仙と空良は二人と面識があるのですが、召喚された際に過去と未来、そして現在から消えてしまったので仙と空良は二人を覚えていません

仙:…聞かなかったことにしよう

 

 

 

Q.どう見ても両思いだけど付き合ってるの?

仙:まっ、まだ付き合ってません!

空良:りょりょりょ、りょ…!?

アキ:ほう…()()

仙:あっ…

空良:えっ…

アキ:そらそうですよね。好きでもない相手にネックレスなぞ渡さんよな

仙:うおーいっ!止めろ止めろ!

アキ:お?なんなら今ここで熱いキスシーン書いてもええんやぞ?どれ……

 

 

謎の力により、空良は仙を押し倒す形になってしまう。

 

「わわっ!?ちょ、作者さん!?」

 

空良の唇から熱い吐息が漏れ、仙は体を硬直させる。

空良は仙の耳元で囁く。

 

「わっ、口が…『仙くぅん…』」

 

仙は空良の力に抵抗するも、勇者である空良の腕力から逃げ出すことなどできず…

 

 

仙:ストップストップ!

アキ:ちぇっ、良いとこだったのに

空良:作者さん、これ解いて。とても恥ずかしい

アキ:しばらくそのままで…

空良:だめでふ!恥ずか()します!

アキ:ちきしょうめ

 

 

 

Q.新キャラ予定は?

空良:新キャラは、私の異世界のお友だちがやってくるよ!

アキ:まあその新キャラ(お友だち)は空良さんに特別な感情を抱いているそうですが

仙:ガタッ

 

 

 

 

 

アキ「はい、いかがだったでしょうか?」

仙「結局この形が一番いいのでは?編集めっちゃ大変そうだったけど」

アキ:「あんたの名前が一文字なのが文字数的にめんどいんじゃ」

仙「名付けたの貴様じゃ」

空良「とっ、とにかく!今年も『一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。』を!」

 

 

 

アキ&仙&空良「「「よろしくおねがいいたします!」」」

 

 




後からみたらすごく変。
直しますた


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幼馴染みとバレンタイン

 

「さ、て、と。これで材料は揃えられたかな」

 

現在。

私、心山 空良は祈里さん宅のキッチンにいる。

理由はもちろん、バレンタインだから。

バレンタインのルーツが何かは詳しく知らない。

けど、去年は仙くんにチョコレートをあげられなかったから、今年こそは仙くんにとびきりのチョコを上げようと思っている。

材料は祈里家にあった砂糖類、それプラス異世界の食材。

やっぱり、【収納バッグ】は便利だなあ。

なんでも入っちゃうし、容量の限界が無いんだもん。

よし、作りましょうか!

 

「【ファイア】」

 

まずは異世界の食材、カカオの代わりの【ココアカオ】を熱する。

そうしたら実の下に穴を開ける。

すると、中から黄土色の液体が出てきて、これをさらに熱して……………

 

 

 

 

空良がキッチンで見たことのない果実を粉砕していた。

あれはなんなのだろう。

とても楽しそうだったが、邪魔しない方がいいのは確かだ。

時折、魔法を使う声が聞こえるのも気になる。

とにかく、ここはバレないように外に出よう。

誘われた遊びは断ってしまったが、あいつの家に行こう。

 

 

 

 

「仙くん、遅いなあ」

 

今日は友達と遊ぶのだろうか。

チョコレート作りは最後まで秘密にしていたいから、助かるには助かるのだが。

ちなみに私は、作り終えたチョコレートを氷魔法の【アイス】で冷やしている。

魔法で冷やすことによって、冷蔵庫のような中途半端な固まり方にならないからだ。

仙くん、喜んでくれるといいな。

 

 

 

 

「はいはーい…おわ、仙、今日これたの?」

「うん。予定が消えてさ」

「おーおー、良かったねそりゃ。よし、ゲームやろうぜ!」

「先輩、どーしたんですか…あ、仙先輩。ちゃっす」

 

蓮の家にやって来たら、なにやらボウルを抱えた後輩までいた。

当たり前のようにエプロンしている。

 

「ふっふっふ…気づいたか親友よ。今日が、なんの日か知っているか!!」

「……?」

「そう!今まで俺たちには無縁だったからな、忘れているのも頷ける…今日は(セント)ヴァレンタインだぁ!」

「あー…そっか、今日が」

「ああそうだ。この日、学校に行くとイケメンの下駄箱に溢れるほどのチョコレートがぶちこまれている憎きバレンタインデー…。しかし、今年は違う!」

「私が!!いるのです!!先輩に、とびきりのチョコレートを上げるために!!」

 

変なポーズをとる二人。

あー、うん。付き合っていたのは今年からだったか。

恋人なのは恋人なのだが、いつのまにか付き合っていた印象が強かったからな。

 

「さてと。仙、玄関じゃなんだから上がれ上がれ」

「今更だな」

「よいではないか、よいではないか」

「お前はお前だ。チョコレート作るならはよ作ってこい」

 

そういえば、去年は空良が居なかったせいで毎年貰っていたチョコレートを貰っていなかったが、今年は貰えるのだろうか。

…いや、空良のことだから異世界のことで頭がいっぱいでバレンタインデーなんぞ忘れているのかもしれない。

期待はしないほうがいいだろう。

 

 

 

 

「お?ソラ、なにを作っておるのかえ?」

「バレンタインデーのチョコレート!」

「バレンタイン…西洋の文化の一つじゃったか?今は好きな人にチョコレートをあげるとかなんとか」

「そう。仙くんには去年あげられなかったから、今年こそはあげようかと思って」

「そーかそーか、それは良かっ…ん?ソラ、今なんと…」

 

首を傾げるノンちゃんを不思議に思いながらも、私は冷やしきったチョコレートを眺める。

よし、頑張って魔力を通したかいがあった。

角、1つないハート型。

滑らかな曲線。ぱーふぇくと。

 

「さてと、あとはこれを箱に包んでラッピングして…えへへ」

「なあソラ、出来がいいのは認めるがこれは…」

「これを、こっちに結んで…よし、完成!」

 

出来た。

赤と黒のストライプの箱に、金の縁取りをした赤いリボン。

箱までハート型。魔力繊維を編んで作ったからチョコレートの形にピッタリフィット。

ふふふ…あとは仙くんが来るのを待つだけ。

遅いなあ、仙くん。

 

 

 

 

「はい、先輩、ハッピーバレンタイン!」

「ありがとう、さな」

「「ふへへへへへへへ」」

「…なんで俺はこんな茶番を見せられているんだろう」

「仙先輩は彼女いないですもんねー」

「いないもんなー」

「「ふへへへへへへへ」」

 

……ハァ。もう帰ろう。

時刻はもうすぐ7時…7時!?

 

「やっべ、帰る!早急に帰る!」

「おう。きぃつけてなー」

「なー!」

 

蓮の家から勢いよく飛び出し、自宅へ向かう。

クソ、人生ゲームが響いた!

走れ、走れ!急がないと晩飯が…!

自宅の玄関の鍵をあけ、転がり込む。

 

「悪い空良!晩飯作るの忘れて…え?」

「あ、仙くん!晩ご飯、作っておいたよ?」

「あー、そうか、助かった。……ホッとしたァ」

「それとね、仙くん」

 

こちらに対面になるように立つ空良。

両手を後ろに隠して…なにか持っているのか?

 

「ハッピー、バレンタインデー……!!!これ、受け取ってください!」

 

差し出されたのは小さな箱。

赤と黒のストライプ、おしゃれな金の縁取りをした赤いリボンで飾り付けされている。

もしかして…いや、もしかしなくてもこれ、チョコレートか?

バレンタインデーって言ってたし。

 

「………ありがとう、空良。大切に、頂くよ」

「─────────っ!!」

 

ホワイトデー、かなりなお返しをしないとな。



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幼馴染みと新元号

いや、いや、別に他の小説をないがしろにしているわけではないよ?
ただ、こっちの方が人気あるからこっちに書いた方が良いかなって……。

はい、すみません。
執筆を開始しまーす……。


 

「仙くんー、そういえば新元号だよ」

「あー、そういえば今日か」

「しんげんごう?なんじゃ、それは?」

 

風景と化した祈里宅で、仙、空良、ノンピュールは、ゲームをしながら駄弁っていた。

 

「元号ってのは、天皇が決めた(とし)の名前だな。天皇が代替わりすると、同時に元号も変わるんだ」

「てんのう?」

「あー……。空良、任せた」

「任された。天皇はライムさんで、元号はロークの事ね」

 

ロークという聞きなれない単語に仙は眉を潜めるが、ノンピュールにその説明は恐ろしいほどわかりやすかったようだ。

頭の上に豆電球を光らせるノンピュールに微妙な表情をする仙。

 

「それで、その元号はなんになるのじゃ?」

「えーと、今がが“平成”で、五月から“令和(れいわ)”だよ」

「“令和”ねえ……。斬新なのやら、ありきたりなのやら」

 

画面の中の飛べない天使を操作しながら、仙は呟く。

仙の膝の上に座っている空良は赤い帽子のおじさんを操作して天使を掴み、投げ飛ばす。

 

「でも、カレンダー業者の人も大変だよね。今日から大忙し」

「妾たちは魔法で印刷するからの……。こっちの世界のは機械が印刷しているのをいちいち見ないといけないのじゃろ?……あっ、スマッシュ来たのじゃ。てい」

『プリィィィィイイイイイッ!!!!!』

「「な、なにぃぃぃいい!?」」

 

ピンクで丸っこい、バケットに入るサイズのモンスター、縮めて『バケモン』を操作するノンピュールによる技が炸裂、仙と空良のキャラクターは二人仲良く場外へとすっとんで行った。

 

「卑怯だ……。眠らせてからスマッシュ打つのは卑怯だ……!」

復帰技(ふっきわざ)使って身動きとれない所に空中横Bはどうかと思うよ……」

「なぁーはっはっはっ!妾の勝ちじゃ!」

「「最弱と呼ばれたキャラに負けるなんて!!」」

 

勝ち誇るノンピュールに、崩れ落ちる二人。

数分後、なんとか落ち着きを取り戻した三人は改めて新しい元号について考える。

 

「令和、令和ねぇ……」

「【令】って冷たいイメージあるよね。そう考えると不適切かな?」

令和(れいわ)……和令(われい)……」

 

ノンピュールが文字を入れ換えたのを見て、仙の頭に文字がうかぶ。

 

「和に令だと『和令(かずれい)』かもな」

「【座】をつけたら和令座(かずれいざ)じゃの」

「ノンちゃん、そんな芸人どこで知ったの……?」

 

他愛の無い話は続き、新しい元号の話はやがて日本政府への不満をぶちまける会へと変わっていた。

 

「だいたいなあ、日本は金の使い方がヘタなんだよ!消費税だなんだって言ってるが、集めた端から使っていって日本の借金をろくに返せてねえ!」

「この国めちゃくちゃなのじゃ!仙の(とし)の者は年金が貰えないのじゃぞ!もっと慎重に金を使うのが正解なのじゃ!!」

「え、えーと……消費税増税反対……?」

 

苦労組による日本へのブーイング。

一人、日本への不満はそこまでない空良は話について行けず、謎の看板を担ぐのだった。

 

 

 

 

「と、言うわけで!」

「新しい元号は“令和”に決まったよ!」

「今年、五月からは『令和 元年』じゃ!」

 

『令和』と書かれた和紙を持ち、仙、空良、ノンピュールが集まる。

そして息を吸い込み、全員で声を揃えて言った。

 

 

 

 

 

「「「だからなんだって話なんだけどね!!!」」」

 

 

 

 

 



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幼馴染みと最後の平成

 

「……平成も終わりかあ」

「ん?どうした、空良」

 

ニュース番組を見ながら、空良はぼそりと呟いた。

 

「平成もさ、終わりになるんだって」

「それはこの前話したろ?新元号の事なら、ノンピュールと一緒にさ」

「うん。そーなんだけど、なんか寂しいなってさ」

「そうか……」

 

 

「と、言うわけで!」

「仙くん?」

「普段は御法度(ごはっと)、お呼びしませんが!」

「仙くんっ?」

「今回は特別、この方をお呼びしました!」

 

 

「~~~~~~ッはい!こんにちわんばんこ!翠晶(あきあき) (あき)です!いつも『一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。』をご愛読いただき、誠にありがとうございます!」

 

 

「作者のアキさんに来ていただきました!」

「控えおろー、少年少女!創造神のお通りだ!」

 

ドドン!と効果音が付きそうなほど勢いよくポーズを決めたこの少年……もしくは少女は、アキ。

皆さんご存じ、ちょっとお茶目でチャーミングなライターである。

 

「作者さんか……登場するのは二回目だよね?」

「yes!ご愛読の皆様に説明すると、ここは本編いっっっさい関係無しのメタ空間!いつもじゃ言えないことも遠慮なく言っちゃうぞ!」

「今回は会話メインの回になりそうだから、描写も少なめにするらしい」

 

アキはそのダークグリーンの現実離れした髪の毛を揺らしながら頷く。

空良は場所がいつの間にか仙の家からラジオスタジオのような場所に変わったことに驚きつつも口を開いた。

 

「で、なんで作者さんは来たの?」

「へいへい辛辣だなスカイガール。まあかけたまえよ。冒頭で言った通り、今日で平成が終わるでしょ?アキさんもばりばり平成人だから、感傷にひたりに来たんだよ!」

「他の小説とか活動報告じゃなくてもいいの?」

「んー……。なんか自画自賛になりそうなんだけど、ワタシの小説で一番人気があるのはこの小説なんだよね」

 

どこからともなく取り出したパソコンを机に設置しながら小説投稿サイトのハーメルンにログインするアキ。

投稿小説リストを開くと、『一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。』という小説に唯一、黄色の帯が付いていた。

 

「だったら、見てくれる人が百人以上いるこの小説で祝った方が、ワタシの存在を多くの人に認めてもらえるじゃない?」

 

小さくウインク、アニメがごとく星をキランッさせたアキは椅子に座り直す。

 

「さて、雑談で900は文字を使っちゃった。ねえ仙さん」

「ん?俺?」

「明日から新元号だけど、君はどう思う?」

「どう思う、か。難しい質問だなぁ。俺は特に何もないかな」

「KYか」

「え?」

「なーんでもありませーん。じゃあ空良ちゃん、どう思う?」

 

話を振られた空良は慌てつつも、しっかりと言葉を選んで返していく。

こんななりでも創造神、もしかしたら『仙たちの冒険は、まだ始まったばかりだ!』……的な急な終わり方になってもおかしくはないのである。

 

……いやおかしいのだが。

 

「そっ、そうですね……。私は、また新元号も仙くんと一緒に過ごせたらいいなって思ってます」

「本編みたいな軽い口調でいいよぉ。しかしそっか、仙といたいか」

「はっ、はい!」

「その心は?」

「えっ、あ、その、好きなので!!」

「うむ、我ながら良いキャラを作れたな。可愛い。ほれ仙、褒めておやり」

「え、えーと……よくやったな、空良?」

 

躊躇いながらも空良を撫でる仙。

なんのことで褒められたのかわからない空良は、しかし押さえきれない喜びをはにかむ形で顔に出した。

アキは鼻から血を流した。

 

「ってええ!?」

「最近ね……。感情が高ぶるとすーぐ鼻血でるのよ……。ワタシの体が病弱になってるのか知らないけど、そのせいでベッドでアニメ見てたらシーツがおしゃかになったからね」

 

ぐいぐいと鼻にティッシュを詰めながら、アキは「気にしないで」と手を振る。

しばらくしてアキがティッシュを抜くと、鼻血は収まっていた。

実話だ。

我ながら不思議な体質だとつくづく思う。

今度病院に行こうかな。

 

「しっかし新元号!令和ブームがすごいね!ショッピングモールとか言っても令和セールとか令和フェスとか」

「えっセールやってんの。行かなきゃ」

「でも『令』か『和』の漢字が名前に含まれてなきゃ割引にならなかったり」

「なんだよ……」

「ねえ仙くん、なんでこの状況になれてるのかな。私、まだ心臓ばっくばくなんだけど」

 

胸に手を当てる空良を尻目に、仙はどこどこアキに詰め寄っていく。

 

「ところで、アキさん」

「ぬん?なんじゃい」

「各 小 説 を 1 日 1 話 投 稿 す る の で は?」

「──────」

 

時が、止まった。

比喩ではなく、創造神たるアキを含めるその場の物、者、全てがその活動を停止した。

 

時の奔流は急停止したことにより次元をねじ曲げ、そして急速に戻っていく。

金色の、赤色の、紫の、様々な光がアキの脳内で弾け、変色し、そして無へと戻っていく。

 

 

その瞬間、アキの脳内に一つの小宇宙(コスモ)が誕生した。

 

 

「ナンノコトヲイッテルノカ、ワカラナイデゲス」

「誤魔化すな。風邪だなんだと言っておき、なぜ休んでいる間に一文字も執筆しないんだ?新元号なのに?」

「う、うるさいうるさいうるさい!しょうがないだろ、頭いたかったんだから!」

「ほー?アキさん、あなたの座右の銘はなんでしたっけ?」

「イワナイ」

「『他人の関わることは絶体優先』」

「あああああああ!」

 

どこから取り出したのか、達筆な字でアキの座右の銘が書かれた紙を見せつける仙。

その顔は、まさに鬼や悪魔。

 

「ゆっ、ゆーしゃ!勇者ソラ!こいつを倒して!このままじゃボクに多大なダメージを負わせかねない!」

 

一人称にちょっと地が出ていながらも叫ぶアキ。

少しの間が空いた後、空良はぺこりと頭を下げた。

 

「好きな人は切りたくありません」

「ちくしょおおおおお!」

「なあ?どうしたんだ?日頃、俺たちに厄介事を解決させているアキさんよお?お?耳ん中に指入れて、奥歯ガタガタ言わしたろかい!」

「ひいいいい!キャラ違うよぉぉおおお!なんでちょっとギャグのセンスが昔よりなんだよおおおお!」

 

時空がねじ曲げられた空間の中、アキの絶叫が響いた。

 

後に、アキは語る。

 

 

 

 

「もうあんな(次元)二度と行くもんか!ネタ出しするぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Coming soon!(小説家は帰ってくる)

 

 

 

 

 

 

 




結局、ただワタシとキャラクターがくっちゃべってるだけでしたね。

新元号も、ワタシ、翠晶 秋をどうぞご贔屓に。

え?最後の帰ってくる宣言?
知らないよ、真相は5月15日を待たれよ。


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幼馴染みと七夕

 

「よっし。これでセットは完了かな」

 

穂織の商店街、俺はそこで学校のボランティアとしてあちこちに笹を立てまくっていた。

後ろを振り返ると、ずらりと並んだ笹たちが風に揺れている。

少し壮観だ。

 

「お疲れ様仙くん、はいお茶」

「ありがとう」

 

すぐそこで買い物をしていた空良が水筒を預けてくる。

水筒を煽りながら辺りを見渡すと、まだみんな提灯やらをつけている途中だ。

 

ボランティアは自分の仕事が終わったら帰って良いシステムなので近くの友人に話しかけてから帰ることにする。

 

「なあ空良。お前、今年の笹流れ祭りいく?」

「うん、いこうと思ってるよ。去年の笹流れ祭りは行けなかったから」

 

笹流れ祭りとは、七夕にやる穂織独自のお祭り。

やることは至ってシンプル、短冊に願い事を書いて商店街の笹に吊るす。

七夕が終わると短冊ごと笹を川に流すので、笹流れ祭り。

 

「そういえばさ、仙くん」

「ん?」

「七夕といえば、異世界でも同じような行事があってね」

「へえ」

「魔法を使える人が何の罪もないスライムを夜空に打ち上げて今年も魔物に襲われませんようにって祈るんだって」

 

ハイライトのない目で語る空良。

怖い。

 

「スライムが弾ける音、魔法が炸裂する音、それを見て笑い、沸き立つ民衆……。狂気。まさに狂気」

「そ、そうか」

「うん。私はその打ち上げるスライムを捕縛するチームに入れられたよ。時間が無いのに」

「時間?」

「少しでも早く元の世界に戻りたかったからね。お祭りとかしようと思わなかったんだ」

 

どこか懐かしむような目で上を向く空良。

ちなみにハイライトは未だどこかへ出張中である。

 

「本当に、無事に帰ってこれてよかったなー……。精神的に辛かったなー……」

「そ、空良……」

「ねえ仙くん、夜になったらまた来よう?短冊を飾りに」

「ん?んー、そうだな。来ようか」

 

そんなことを言い合いながら、俺たちは夜を待った。

 

 

 

 

夜である。

 

「仙くん仙くん、りんご飴売ってるよ!」

「まあお祭りだからな」

「仙くん、金魚すくいやってるよ!」

「まあお祭りだからな」

「あ、ガラガラがある!一等は……株だって!」

「まあおまつちょっと待って景品のスケールがデカい」

 

賑やかな商店街を、空良と共に歩いていた。

空良はどこから持って来たのか、晴れやかな浴衣姿である。

空色の生地に紫色の花……。

向日葵のように複数の花弁が咲く花の名前は確か……マゾギク?エゾギク?たしかエゾギクだった気がする。

花言葉は忘れた。

 

まあとにかく、笹に吊るす短冊は商店街で五百円以上買い物をしてレシートを持っていくと貰えるシステムになっている。

空良に五百円を手渡し、何をしようかと考えていたところ、ちょうど良く射的屋を見つける。

こういうような屋台でも主人にチケットを貰えるので五百円以内にカウントされる。

 

久しぶりにやる。今の俺がどんな集中力を持っているのか、試してみるか───

 

 

 

 

「ぜんぐん……」

「え、あ、おい、どうした空良」

 

泣きじゃくる空良の肩を掴むと、空良は脱力したままぽつぽつと語り出した。

 

「くじ引きやったの」

「うん」

「くじの裏に全部の番号入ってて全部もらっちゃった」

「…………」

「射的をやったの」

「あ、俺もやった」

「コルクが棚に当たって棚ごと倒しちゃって全部貰ってきた」

「…………」

「金魚すくいやったの」

「……おう」

「金魚が自ら跳ねて勝手に器の中に入ってくの。はいこれ」

「うわ気持ち悪。そんな小さい袋に全部詰めたのか」

 

ようは、ちゃんと楽しめなかったってことだよな。

運が良すぎて。

 

「ど、どんまい。……それよりさ、短冊!短冊飾ろう。ほらペン!」

「そうだね、気持ちの問題だよね……。んー、なに書こっかなー」

 

俺のはとっくに決めてある。

悩む空良の隣でサラサラと書いていると空良も思いついたようで、短冊を書き始めた。

 

くくりつけるときに周りの短冊をチラ見していく。悪いことではあるけどちょっと気になる。

 

『プリン食べたい』

彼女欲しい世界平和』

『小説をめっちゃ早く書ける文才が欲しい』

『無病息災』

『今年こそは異世界に』

 

……ロクな願い事がねえ。

呆れつつも短冊を吊るすと、隣の空良も吊るし終わったようで目があった。

 

「……帰るか」

「そうだね」

「どんな願い事したんだ?」

「教えなーい。仙くんは?」

「じゃあ俺も教えない」

「えーっ」

 

夜道を二人、俺たちは雑談をしながら帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これからも空良とずっと一緒に過ごせますように』

『これからも仙くんとずっと一緒に過ごせますように』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




紫のエゾギクの花言葉は各自で調べてもらえるとたぶんそっちの方がロマンティック。


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幼馴染とハロウィーン

 

俺の目の前に、くり抜かれたカボチャが三つ。

そのどれもがでかい。

 

「「「勇者はど〜れだ?」」」

 

……俺は何を試されているのだろうか。

帰ってすぐの玄関先でいきなりカボチャが踊り出したんだが。

右のカボチャは蒼い髪が漏れてるからノンピュールだな、除外。

真ん中のカボチャと左のカボチャは全くもってそっくりだが……。

 

「真ん中のカボチャは毛玉がついてる」

「ええっ!?本当ですか!?……ってあれ?どこにも……」

「引っかかったな、真ん中は聖獣か」

「うえあ!?」

 

てことは。

 

「左のカボチャが空良だ」

「ズルイ!ズルイよ仙くん!」

「これが戦略というものだ。……それよりどうしたんだカボチャなんて被って」

「ふっふっふ……今日はなんの日かな、仙くん?」

「ハロウィーン」

「あ、わかってるんだ……。ごほん。ハロウィーンの事を2人に話したらすごく興味を持たれちゃって。だから」

 

なるほど。

だからカボチャを被ったのか。

……全身包めるほどのカボチャとか知らないけどきっと異世界産だろうから気にしないでおこう。

 

「ソラ、あともう一つ儀式は無かったかの?」

「あぁ、アレですね!」

 

2人ともノリノリなんだなぁ……。

 

「行くよ2人とも!せーのっ!」

「「「とりっくおあとりーと!」」」

 

……予想は出来ていた。

ならば答えはたったの一つ。

 

「……くく……クックック……」

「……あれ?仙くん?」

「ハーッハッハッハッ!!」

 

こうなることは目に見えていた!

準備は万端!

 

「さあ勇者ども!菓子はない、俺にイタズラをしてみるがよい!」

「「「なっ!?」」」

 

前もってお菓子は処分しておいた。

いまこの家に、お菓子は無い!

 

「な、なんて卑劣な手を……」

「諦めるな聖獣!センをここで倒せばお菓子じゃ!」

「いいだろう、俺にイタズラで参らせることができたら買ってやる!」

「悪どい顔をしてるよ仙くん……!」

 

さあさあガキども、少しは楽しませてくれよ!

 

 

 

 

「……喰らえ!」

「甘い!」

 

生卵を投げると言う案は悪くない……だが!

 

「それは偽物だ」

「……ッ!?鏡水晶、ですか!?」

 

生卵をぶつけられた偽物の俺が結晶体になって砕け散る。

 

「ははは、聖獣も大したことないな!」

 

聖獣に背中を向ける。

 

「……すきあり!」

 

べちゃ。

 

「偽物だ」

「!?」

 

 

 

 

「ばあ!」

 

暗い廊下で浮かび上がるノンピュール。

 

「蝋燭はどこで手に入れたんだ?白熱電球だが」

 

蝋燭つかんで顎に押し当てる。

 

「熱っ。あれ、消えた?」

「ふはは、水の精霊が熱源にふれたらそりゃそうなるわな!」

「くっ、熱さはなんともないが暗い!どこに行ったのじゃ!」

 

シュババババ。

 

「お?お?お?何が頭に触れておる?」

「それは俺が去ったら電気をつけてみるといい」

「電気を……?」

 

ふっと耳に息を吹きかけてから去る。

パチリと音がした。

 

「のぉぉおおお!?髪が現代アートになってるのじゃあ!?」

 

俺の手元には下敷きがあった。

ふふふ、雑魚め。

 

 

 

 

……空良はまあ、簡単だよな。

 

「ふにゃあ……」

「チョロすぎて笑いも出ねえ」

 

本人は俺の顔に落書きをしようとしたみたいたが……。

空良は昔から、詰めが甘いんだよなあ。

 

『ふふ……仙くんは……よし、ネムリ草で作った睡眠薬は効いてるみたいだねぇ……』

 

尚、空良は昼食に混ぜようとしたみたいだがハンバーグを切った瞬間に錠剤のようなモノが見え、事前に撤去済み。

 

『……あれ?これなんだろ?カップケーキ?』

『……zzzzz』

『ようやく負けを認めたのかな。まあイタズラは後でいいよね。いただきます……』

 

その瞬間空良は寝た。

警戒心無さすぎワロタ……とも言いたいが、空良は案外、頭が悪いのかもしれない。

 

……勇者を昏睡状態にする薬ってなんだ……。

 

普通の人間に使ったら死ぬんじゃなかろうか。

とりあえず空良の額に『肉』と書き、イタズラ心で『果肉入り』にして一息つく。

 

 

 

 

完全勝利。

 

「ソラ!?ソラ、起きるのです!」

「せ、セン!お主、何をした!」

「睡眠薬ケーキ食わせた」

「睡眠薬ケーキぃ!?」

 

ノンピュールが水を顔に垂らすと、ようやく空良は起きた。

 

「誰にも言うなよ……くく……」

「む、むごいことを……く……くは……」

「なんの果肉が入ってるんでしょう……げ、限界です……」

「え?なになに!?みんなどうしたの?」

 

『果肉入り』

 

ほんともうハロウィーンどころじゃなかった。



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幼馴染みと良い夫婦

ifというか別次元の世界線というか……とにかくこれは本編一切関係ありません。


 

仙くん───

 

それは、あまりにも衝撃的なセリフだった。

まさか、こんなことになるとは思っていなかった。

だから、この言葉を聞くまで、のんびりとお茶を啜っていた。

 

───私───

 

人は大きな衝撃を受けると時間が止まったように感じるという。

あぁ、たぶん……それは本当のことなんだろうな。

 

───デキちゃったの───

 

 

 

 

「え?」

 

まぁ聞き返すよな。そりゃそうだ。

 

「今なんて?」

「で、デキ、ちゃった。仙くんとの、子供」

 

心臓の鼓動が速くなる。

 

「いや……え?」

「仙くんは……おろしたい?」

「っ……考えさせてくれ」

「うん……」

 

席を立ち、自室へ向かう。

 

空良が、子供を身篭った。

告げられた言葉が、無数の響きとなって反響する。

眩暈でしゃがみこむ。

いや……マジかよ。

 

「どうするべきなんだよ……」

 

痛む頭を抑えて部屋に入り、携帯を棚に立てかける。

あんまりかけたことのない電話番号を入力し、コール。

 

『おお……?もしもし?』

「悪い、父さん。そっちは夜?」

『夜とも昼とも区別つかない感じだな。それでどうした?お前が電話するなんて珍しいじゃないか。しかも画面通話で』

「……こんな形で、しかも普段から連絡取ってないのに言うのもどうかと思ってる。でも、これだけは言いたくて」

『…………言ってみろ』

「子供が、出来たんだ。……いや、孕ませてしまったって方が正しい」

『……なるほど。それで?』

 

は?

それで、とは?

 

『それで、お前はどうしたい?大方その子に、おろすかどうか問われてるんだろ?』

「……うん。俺は……そりゃ……そうしたい」

『でもおろさない』

「うん。一度こうなってしまったら、責任を取るのが男だもんな」

『この状況を招いておいて胸を張れる事じゃないぞ』

「わかってる……」

 

父さんは偉大だ。

怒る時も、叱りつけるのではなく、諭すように怒る。

 

「父さん、お願いがあるんだ」

『ほう?』

「こうなった以上、学校もやめる。日がな一日仕事して、めいっぱい稼ぐ。父さんたちの支援はいらない。けど……」

『…………』

「もしも俺がボロボロになって倒れたら……稼ぎがなくなったら……せめて、その子だけは助けてあげてくれないか」

『……わかった。でも、お前はそれでいいのか?』

「うん」

『本当に?』

「あぁ」

『本心か?』

「良いわけねーだろッ!!」

 

電話の向こうが、張り詰めた空気になるにのを感じた。

 

「そりゃ……そりゃ!学校は辞めたくないよ!楽もしたい!どうせならおろしてぇよでも!!」

『…………』

「俺は……いつまでもそいつのヒーローで……ありたいんだよ……」

『勝手に身ごもらせておいてヒーローか?』

「子供の妄想だよ。好きだからこそ、幸せになってほしいんだ」

『仙。よく考えろ。お前のそれは自己満になっていないか?相手の子がもし、ほかに結婚したい人がいたとしたら?お前は、その子の人生の半分を奪ったことになるんだぞ』

 

重罪だ。

一生労働しても罪は償われない。

 

『いいか仙。お前が言ったことだ、もしものときは面倒をみる。だが……お前の()()()()()()()()()じゃなく、お前は()()()()()()()を考えろ。人生の半分を奪った相手に、どう接するべきか。どう反応するべきか。今のお前に、その子になにかを言う権利はないんだぞ』

「……わかった。ありがとう、父さん」

『おう。……子育ての悩みならいつでも相談しろよ、息子よ』

 

通話が切れた。

天井を仰いで目頭を押さえる。

 

空良に、言わないと。

「責任取る」って。

そう思って、自室から出ようと振り向いたとき……。

 

「あ……」

 

『ドッキリ大成功!』の看板を持った空良と目が合った。

 

「ど……どっきり、だぁいせえいこお…………」

「ど う い う 意 味 か 教 え て も ら お う か」

「ひぇぇぇぇ!!ごめんなさぁぁぁぁいい!!」

 

結構マジで安堵したよ。

後日、父さんは『そんなこったろうと思ったわwwww』と言っていた。

解せぬ。あの覚悟を返せ。



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魔王の資料庫

勇者:人智を超えた桁外れの力をもつ存在。人間の数倍の膂力を持っているものの、実際は数倍しかブーストされない。一つの大陸につき、勇者は一人までしか生み出せない。ただし、勇者が別の勇者のいる大陸に旅行することはできる。加護と呼ばれる力を持っている。

 

 

魔王:人智を超えた桁外れの力をもつ存在。魔王によってそのモチーフは様々。【魔】とつく分野王であればなんでも魔王を名乗れる。魔力の王、魔族の王、魔獣の王……etc。

 

 

聖剣:選ばれたものが持つ剣。剣によってその力は様々。エクスカリオン、デュランダリア、レーヴァティーン……etc。加護と呼ばれる力を持っている。出どころは未だ不明で、人の手によって作られた聖剣もあれば、いつに間にか持っていたパターン、人知れぬ場所で長い年月をかけてゆっくりと生成されたパターンもある。

 

 

魔剣:エンチャントとは別に、それ単体が特性として能力を持っている剣。帯剣しているだけでもその効力は健在。でも高い。でも強い。制作の段階でエンチャントや魔法を擦り込む必要があるため、作り手は限られる。

 

 

加護:勇者と聖剣、そのどちらかからもたらされる特殊な力。効果はものによって様々。基本は勇者本人か、聖剣を抜剣した者にのみ加護が授けられるが、任意で周りの者に加護を授けることも可能。

 

 

モンスター:魔物とも呼ばれる。人間や動物、自然から少なからず漏れ出た魔力が地面に吸い込まれ、様々な不純物を取り込みながら物体化した生き物。生命にトドメをさせばその変質した元魔力───通称『経験値』を体内に吸収することができ、レベルを上げることができる。

 

 

レベル:生命としての本質。経験値が溜め込まれて一定の量を通過するとレベルアップという覚醒状態に突入する。簡単に表現するならば、学んだことをテストで活かし、無事に高得点を取る……というような考え方。

 

 

魔法大国アトランティス:一つの大陸。魔法の技術が栄えた国だったが、350年前に隕石が直撃して滅んだ。……と思われたが、隕石は巨大な飛行石だったらしく、現在は地図上から消えて今もどこかを漂っている。

 

 

貨幣:紙幣制度が導入されている。銀行もまた然り。下から銅貨、銀貨、金貨、紙幣の順で価値がある。

 

 

神結晶:この世にこれ以上の鉱石は無いとまで言われた水晶。芸術的価値があるだけでなく耐久力も折り紙付きで、これを精錬するにはよほど名うての鍛冶屋でなければ到底無理である。盾にすれば城壁よりも硬く、杖にすれば魔力が湧き上がり魔法の威力が上がり、ペンダントにすれば呪いや毒などから装備者を守り、剣にすれば神をも殺す。今までに神結晶を使った武具はどれも国宝級、1000人が遊んで暮らせるほどの価値をもつ。

 

 

亜空聖剣エクスカリオン:聖剣。【暁の天剣】勇者ソラがもつ剣であり、神をも殺し、山を紙のように割く。最高品質の水晶、神結晶が使われている。人造の亜空聖剣で、とある鍛冶屋と、その鍛冶屋に憑依した伝説の鍛冶屋の魂にによって鍛えられた一品。最近ではもっぱら自宅で野菜を切るのに使われている。加護は【限界調整】で、常に本人のポテンシャルを最高にする。風邪を引いててもひとぬきすれば治る。

 

 

亜空聖剣デュランダリア:聖剣。【国殺し】勇者ハクがもつ剣であり、あらゆる障壁をぶち割り貫く。材質は謎。加護は【自動回復(オートヒール)】で、毒や酸など、あらゆる障害を回復させる。体力や気力、魔力も再生していくので実質無限機関になりうる。

 

 

亜空聖剣アルテミカ:聖剣。勇者ラクのもつ剣であり、折れず、曲がらず、剣としての本質を最大限に高めた剣。13代目アトランティス管理者のミルテスの魂魄を使用して作られた剣。加護は今のところ不明。

 

 

影縫丸:刀。勇者ラクのもつ剣であり、800年前に人の魂を素材に造られた護神刀。この世のあらゆるエネルギーの流れを使役することができ、その刃に触れたもの、斬ったものの全てを装備者に流す。気力を吸い取れば急に全身から力が抜け、魔力を吸えば魔法は不発し、果てに経験値を吸えばレベルを下げる。なお、生贄に捧げられた魂魄の名前はユイ。

 

 

鏡水晶:別名【身代わり石】。魔力を流すと砕け散り、その魔力を元にコピーを再現する。魔力を流せば無機物でもコピーは可能であり、過去に勇者ソラが自らの亜空聖剣を複製して騙し討ちを試みた事もある。貴族の懐に大体一個は忍ばされているが、拉致監禁をされたとき、使う前に取り上げられるので実質無意味。高く売れる。

 

 

神酒:勇者の魔力を浴び続けて出来上がった酒。教会で清められた聖水瓶に詰めて勇者の魔力を浴びせると作ることができる。作るには勇者の存在が必要不可欠なので、需要の割に生産性が少ない。瓶を開けた瞬間に開けた者がもっとも飲みたい酒の種類になる。味は極上のものらしく、魔力を浴びせれば浴びせるほどに旨くなっていく。

 

 

エンチャント:武器に付けることのできる魔法のようなもの。種類は沢山ある。一般的な冒険者の間ではエンチャントされた武器を持つことが一種のステータスとされている。

 

 

アルティメットダイナミックエレガント完全無欠プリティーマジックすーぱー幼女:御年5歳。どの世界線にも出てくる。彼女が泣けば人の波が動き、彼女が微笑めば世界中の人々の心がほっこりする。ぅ わ ょ ぅ じ ょ つ ょ ぃ

 

 

聖獣:古くからいる獣の頂点。真名は不明。棒大な魔力を持ち、体が耐えられないが故に定期的に体の形が変わる。基本的に成り行きや自然に身を任せて変質するが、一年前の魔王城戦では自らの意思で龍の姿となり、勇者ソラを背中に乗せて飛んだ。彼女が育てた獣は人に懐きやすく、サーカスの獣や番犬として、様々なところに出回っている。……彼女の育てた獣に対してひどい扱いをした者は喰い殺されるという都市伝説がある。

 

 

フルーチャス一家:ロイフォード王家。演技と指揮のカリスマに恵まれ、今までその繁栄を止めたことはない。現在の王であるライムも魔王戦で2、3回は死んでいると思われているが、後々それも演技だと分かった。尚、父親であるライムの難聴は息子に引き継がれ、『人の話を聞かない』に昇格された。

 

 

モンスター:魔物とも言う。主にダンジョン内で生まれるモンスターだが、外でも普通に生まれる。魔力の塵が一定量集まるとモンスターとして行動を始める。倒すと構成していた塵が散って、再びどこかで集まってモンスターを成形する。スライムやゴブリン程度ならすぐにポップするが、中ボスやダンジョンボス級のモンスターとなるとポップに必要な魔力が集まるのに相当数かかる。

 



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急遽まとめる空良ちゃんの手数一覧!

二度とあんな悲劇は起こさない……


◇魔法系統◇

 

・ファイア:込めた魔力に比例する大きさの炎が出せます。

 

・アイス:込めた魔力に比例する大きさの吹雪が出せます。出した吹雪は冷たくありませんが、風が当たると当たったとこが凍って冷たいです。

 

・ウォーター:込めた魔力に比例する量の水が出せます。魔力を絞り出すみたいにすればジェットみたいに出せます。水鉄砲だ!それそれ〜!

 

・ウインド:込めた魔力に比例する大きさの風が出せます。魔力の入れ方によっては風の刃にも扇風機にもなります。わ゛れ゛わ゛れ゛は゛う゛ちゅ゛う゛じ ん゛だ

 

・サンダー:込めた魔力に比例する大きさの雷が出せます。でも雷は攻撃に使うくらいのを出すと制御が難しいのでちょっとピリッとする手品くらいにしか使いません。

 

・ヒール:込めた魔力に比例する効力のお手軽絆創膏です。おじいちゃんの腰痛が治るくらいの効力はあります。一年前に指を切り落とされましたがこれを使ったら生えました。切り落とされた指はそのままでした。ぐろい。

 

・コール:込めた魔力に比例する長さの距離で連絡が取れます。魔法陣を組めば物質も送れます。でもそんな便利なものでもなく、マルチタスクな人間じゃないとコールで喋ってることと今やってることがごちゃまぜになってしまいます。あくまで念話ですから。

 

・ライト:込めた魔力に比例する大きさ、明るさの光が出せます。それだけです。強いていうなら暗闇でいきなり使うと目が痛くなります。

 

・クリーン:霧を払ったり毒を解毒できます。

 

・インフェルノ:込めた魔力に比例する大きさの炎の竜巻が出せる【ファイア】と【ウインド】の合体魔法です。相手を閉じ込めたり、自分を炎の壁で守ったりできます。ダヨル師匠に教えてもらいました。

 

・ブリザード:込めた魔力に比例する大きさの氷の竜巻が出せる【アイス】と【ウインド】の合体魔法です。相手を閉じ込めたり、自分を吹雪の壁で守ったりできます。夏はかき氷を楽に作れます。アゼンダさんに教えてもらいました。

 

・サイレント:先に魔法陣を石や木、紙に描き、一定量の魔力を込めることで発動する、周囲の音を遮断する魔法。主に詠唱させると厄介な対魔道士戦で使います。魔力消費がバカにならないので、全快状態でも一度使うとほとんどすっからかんです。

 

・時空魔法:名工の鍛えた剣、高い魔力を持った獣の魂、神酒が無いと発動できないやべーやつです。おいそれと使うことはできないので覚えるのはやめといたほうがいいでしょう。過去から帰ってきたら自分の指が切り落とされていたなんていやでしょう?(経験談)

 

◇アイテムを使う◇

 

・ぶんしんさっぽー:鏡石で分身体を作って攻撃します。正式な名前は決まってません。剣とか複製してなますぎりにしたやつとかいました。でも魔力をたくさん喰います。ロールプレイできる余裕があったらしましょう。少なくともピンチのときにやるやつじゃありません。

 

・火サスが生み出した狂気の凶器:灰皿で殴ります。ええ、そりゃもうガツンと。

 

・サンシャイーン!:正式な名前は決まってません。『永遠(とわ)に冬の国』で使いました。お空でさんさんしてるあの熱くて眩しくてでっかいのを呼び起こす宝玉を使って辺り一面を更地にします。もう二度としません。

 

・カラカラ:正式な名前は決まってません。あったかい温泉にロープで縛った状態で放置し、喉の渇いた相手の目の前でごくごくと水を飲んでやります。へっ、こいつがほしけりゃ洗いざらい吐くんだな!

 

◇勇者◇

 

オーバーホール(?):よくわかってません。速くなることだけは確かです。

 

勇者の加護:みんな速くなるんだと思います。自分にしか使ったことはありません。

 

亜空聖剣の加護:みんなの状態異常を全部治して健康になります。怪我は治らないけどすこやか!

 

龍化:おっきくなります。白と紺の鱗で魔法耐性が上がります。爪が伸びます。鱗とか爪とか、割れたりしても龍化を解除したら無くなります。



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本編
幼馴染みが帰ってきた


俺には幼馴染がいた。

活発で、明るくて、誰からも好かれる、そんな子が。

ある日、その子はなんの音沙汰も無く消えた。

警察も探し回ったが、近辺のどこを探してもその子の姿はなかった。

駅にも目撃情報は無く、同時にその子がパスを使った形跡もなかった。

警察も諦め、その子の親は泣き崩れた。

そして、その子が消えてから約一年。

 

「ただいま、仙くん」

 

その子が、マントを翻して帰ってきた。

 

 

時は少しさかのぼる。

その子が消えたのは俺とその子が中学三年生の頃。

俺───祈里(いのり) (せん)は勉強を続け、無事高校まで行けた。

高校に慣れてきて、いつものように家に帰ろうとしたとき。

祈里家の前に、女の子が立っていた。

白と紺のピチッとした服の上にマントを羽織り、長く美しい黒髪を垂らしている。

身長は俺よりも下くらいなので、迷子というのは流石に無いと思う。

 

「あの、ウチに何か用ですか?」

 

恐る恐るそう聞くと、ピクッと反応した女の子はこちらを向き、目を輝かせた。

 

「仙くん!?仙くんだよね!?」

「えっ、はい、確かに俺は仙ですけど……」

「うっわぁ、おっきくなったね!久しぶり!」

 

そう言って手を握ってくる女の子。

でも、俺にこんな女の子の知り合いはいない……。

 

「あの、失礼ですがどちら様……?」

「えっ」

 

途端に表情を凍てつかせる女の子。

そりゃそうか、『おっきくなったね!』とか言えるくらいの間柄(俺は覚えていないが)の人に、忘れたと言われたのだ。

 

「すっ、すみません!でも、俺の覚えにはあなたは…」

「もっ、もう!!私だよ、心山(こころやま) 空良(そら)だよぉ!!」

 

その名前を聞いた瞬間、俺の脳裏に親友とも呼べるあの子の笑顔が思い浮かんだ。

確かに、目の前の女の子はあの子……空良の面影がある。

けれど、彼女は一年前に、なんの脈略もなく失踪して───

 

「……帰って、これたよ」

「…………」

「ただいま、仙くん」

 

そう言って微笑む彼女に、一年前の夏祭りで最後に見た、彼女の姿が被った。

 

 

「ほんとに、空良か?」

「うん、そうだよ」

「好きなものがきゅうりの浅漬けの空良?」

「う、うん、そうだよ。よく覚えてたね」

「小学生の頃に肝試ししようって言いだして最後は俺に泣きついてた───」

「だからそうだって!っていうかそんな恥ずかしい過去暴露するのやめて!」

 

全部、合ってる。

俺の頬を一筋の涙が、つうっと伝った。

 

「あっ、ああっ、あああああああ……」

「ちょ、ちょっと、なんで泣いてるの!?え、待って、何か悪いことした!?ごめんね、ごめんね!?」

「違うんだ。ただ、ちょっと嬉しくて……ははっ……」

 

拭っても拭っても涙は溢れてくる。

深呼吸して、落ち着かせて、それで改めて幼馴染みの顔を見る。

 

「……おかえり、空良。お茶でも飲んでいきな」

「……!うんっ!ただいま、仙くん!お邪魔するね!」

 

まずは一年間、何があったのかを聞いてみることにしよう。

一年前に失踪した幼馴染と話す時間が、何故だかとても楽しみだった。

 



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幼馴染みと異世界

「あぁ……久しぶりだなぁ……」

「それで?この一年間、何をしてたんだ?」

 

空良を家に招き、現在俺達がいるのはリビング。

親は外国で共働きのため、めったに家にいない。

……というか、働いている場所が場所だけに、職場の近くに家を持ち、そこで二人で暮らしているようだ。

 

「えーとね、何から話せば良いのか……」

「じゃあ俺から聞くわ。あの日、何があった?」

 

あの日というのは空良が音信不通になった日のこと。

当日は夏祭りの日だったので、空良もよく覚えているだろう。

 

「えーとね、仙くんと別れて……。足元が光って、なにかなーって思ってたら知らない場所にいた?」

「意味が分かんない」

 

話をまとめるとこういうことらしい。

祭りの日に俺と別れた空良は帰りになにがしかの光でどこかへ連れていかれ、そこで『勇者さまーっ』だの『魔王を倒してください!』だのと崇められたと。

元々頭の良い空良はそこが地球とは違う次元、言わば異世界であると考え、帰りの切符を条件に魔王討伐を了承、こちらの世界の時間で一年、魔王討伐に費やしていたと。

 

「…んで、魔王を倒したから帰ってきた、と」

「そうそう。で、帰り方は魔王が隠し持ってた巻物にしか書いてないみたいでね。巻物を見つけた瞬間に読み上げて帰ってきちゃった」

「せめて討伐完了したことを報告しろよ……」

「だって、いきなり召喚されて、ようやく帰れるんだよ?すぐにだって帰りたいよ……」

 

ド正論だ。帰るために動いていたのだから、帰れると分かった瞬間はさぞ嬉しかっただろう。

しかし、突拍子もない話だ。

異世界とか、魔王とか。

 

「嘘をついてないのはわかる。長い付き合いだからな」

「そうだね。嘘はついてないよ。多少端折ったけど」

「けど、どうにも信じられんなぁ……。なにか証拠はあるのか?異世界の」

「えぇ……。そうだなぁ、異世界の証拠……。剣は魔王城に刺したまんま置いてきちゃったし……」

 

しばらく顎に手を当てて考え込んでいた空良はいきなりパァッと表情を明るくさせると勢いよく立ち上がった。

 

「じゃあ! 今から()()をつかうね!」

「魔法? 魔法って、あの炎とか雷とかの?」

「そう! いくよ、見ててね…【ファイア】!」

 

空良がそう叫ぶと空良の指先はポッと炎を吹いた。

目の前でめらめらと燃えるそれは、手をかざせば熱さが感じられる。

とても手品や投影には見えない。

 

「いや、それ……熱くないのか?」

「うんっ、魔法を発動させてる人……術者は熱さを感じないんだよ。一度体から離れちゃったら熱く感じちゃうけど」

 

そう言って炎に「ふっ」と息を吹き掛け、火を消す空良。

にわかには信じがたいが、それはテレビアニメであるような魔法であることに違いないわけで。

 

「お前……本当に異世界に行ったのか……」

「うんっ、そうだよ! やっと信じてくれた?」

 

空良が異世界に召喚されたという事実を、肯定するものだった。

 

「まぁ、事情はわかった。それで? ご両親には報告したのか?」

「あー……えー……」

「オイ」

「でもさ、両親にこの事言っちゃったら警察とか近所の人に言っちゃうでしょ? とっちゃとかっちゃ」

「なんだその訛りは。うーん、まぁ、そうなのか……?」

 

確かに、大人は法をよく知り、経験も豊富が故に、自分の理解しがたい物が出れば、無意識に周りの人に助けを求めてしまう……というのが俺の大人像だ。

それを分かった上か、忘れていたか、まだ空良は行方不明のまんまだと。

 

「まぁ、そうか……。ん?じゃあ、お前、宿はどうするんだ?」

「そこでご相談がありまして」

 

急に妙な笑顔になる空良。

嫌な予感しかしない。

こういうとき、空良は小学生の時のノリで……!

 

「ここに、しばらく住まわしてくださいっ!!」

「…………」

 

ほらみろ、やっぱりこう言うんだ。



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幼馴染みと服装

しばしの沈黙。

 

「……なぜだか理由をお聞きしても?」

「それはもちろん、帰還を親に知られたくないから!」

 

はぁ、と俺はため息をつく。

小さい頃は、よく泊まったりしたものだが……今回は多分、一日限りではない。

いや、別に俺は構わないのだ。

幼馴染とはいえ、美少女が同じ屋根の下にいて嬉しくない訳がない。

しかし、戸籍や名前をどうするかが気になって仕方がない。

 

「名前とかはどうするよ?一年じゃさすがに忘れてない人もいるだろ」

「それは……まぁ、なんとかごまかす!」

「適当だな!はぁ……まぁ、良いよ。居候っことにしよう。幸いと言って良いのかわからんけど、ウチは海外主張カップルだからな。元々使ってない部屋もあったから、そこを空良の部屋にすればいい」

「やたっ!ありがとう、家主様っ!」

「誰が家主様だ……」

 

なんだかんだで、俺は空良には甘いんだな。

そう実感していると、空良はルンルンしながら俺の顔を覗き込んで来た。

 

「ね、今日なにする?」

「俺は特に予定は無いかな。帰ったらゲームとかする予定だったし。勧められたゲーム、まだレベル上げてなかったんだよなぁ」

「じゃあさじゃあさ、この世界を案内してよ!一年経って、変わってるところもあるでしょ?」

「あるにはあるな。じゃあ、そうするか。俺は着替えてくるけど……」

 

そう言って俺は空良の服装を見る。

白と紺を基調に作られたピチッとした服は、空良のボディラインをこれでもかと強調している。

それで上からマントを羽織っているものだから、変な背徳感が…いやいや、何を考えている、俺。

 

「えーと、これじゃ……ダメかな?」

「十中八九、変人かコスプレイヤーとして見られるな」

「あわっ、どうしよう……」

 

変なところで抜けている空良が、手をわたわたさせて慌てる。

俺は少し考えると、こんな提案をした。

 

「俺の服はどうだ?」

「え?」

「ほら、ジャケットやパーカーなら不自然じゃないだろ?ズボンはそのままでも問題は無いし」

 

ズボンはズボンでタイツみたいなので色々と危ないのだが、腰にマントを巻けばファッションにも見えなくはないだろう。女子のファッションには疎いが、まぁなんとかなると信じたい。

 

「あ、じゃあそれする!」

「今日の内容に空良の服の買い物が追加…ってか、こっちをメインにしないとな…」

 

空良はこっちの世界のお金を持っていないだろうから、しばらくは俺持ちか。

途中でコンビニ寄ってお金降ろさないと。

 

「じゃあパーカー持ってくるから、そこで待ってろ。あ、マントは短く折り畳んで腰に巻いとけ」

「わかった!」

 

俺はそう言ってリビングから出て、階段を登った。

……考えてみれば、俺のじゃなくても服なら母さんのがあるじゃないか。問題はサイズだが。

 

ドアノブを捻り、殆ど出入りしていない空き部屋に入る。

戸棚の上に、俺と空良が笑顔でピースしている写真立てがあった。

 

「……まったく、どこに行ってたのかと思えば、異世界とは」

 

そりゃ、どこを探してもいないはずだよ。

お目当てのパーカーを取り出し、独りごちる。

 

しょうがない。

しばらくの間、面倒見てやりますか!

 

 

 

数分後。

 

「じゃっじゃーん!どお?似合ってる?」

「おっ、おう。中々似合ってるぞ」

 

長い髪をポニーテールに結い、少し大きめのパーカーを着て萌え袖になった天使が爆誕した。




おまけ

すかい「すはぁ。フードから仙くんの匂ひがする」

1000「嗅ぐな嗅ぐな恥ずかしい」


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幼馴染みとでぇと

一番変わったところから案内しようということになったので、バスで駅までやって来た。

何か変わったところはないかと辺りをキョロキョロ見渡す空良に、俺は話しかける。

 

「さて、とりあえず駅に来たワケだが」

「駅自体は変わってないね。ショッピングモールの中身が変わったの?」

「あぁ。二階のパン屋が無くなって服屋になった」

「ええっ!! あそこのクッキー好きだったのに……」

 

駄弁りながら、駅付属のショッピングモールに入ると、いの一番に空良が駆け出した。

 

「ちょっ、どこいくんだよ!」

「服! 最新のファッション!!」

 

早々に服屋に立ち入り、空良の服選びを手伝う。

結果、大きめのビッグニットにカーゴスカート、上着として俺のパーカーを袖に手を通さず羽織った空良が生まれた。ちなみにパジャマや下着類も買った───さすがに金を渡して選ばせたが。

謎の力で羽織ったパーカーがずれない空良はずっと上機嫌で、スキップなんかしてらっしゃる。

ため息をつく俺と対照的だ。

 

「まさか服がここまで高いものだとは思わなかった…」

 

いつも安心安全のユニシロで服を買っている俺にとって、ブランドとして名がつくような店はまさに魔王の居城。いや別にユニシロが悪いってわけじゃないけど。

ブランドものも買えなくもないしお金にも問題はないのだが……まぁ、表情には出さなかったものの、それなりのダメージは負った。

…でもまぁ。

 

「ありがとっ、(せん)くんっ」

 

こうして笑う空良の顔は、買った服以上の価値がある。

行方不明になった幼馴染が、五体満足で帰ってきて屈託のない笑顔を見せているのだ。これ以上に価値のある物はあるか?

 

「似合ってるよ」

「えっへへ〜。懐かしいなぁ仙くんの声〜!」

 

そこから先は、空良がきゅうりの浅漬けの次に好きな『もげるチーズ』の新しい味を買ったり、駅周辺でやっているパントマイムを見たり。

暇がなくて駅周辺に来ることはあまり無かったので、どれも新鮮だった。

あぁでも、これは一番記憶に残っている。

 

 

服を買って、次は三階───ゲームセンターを見て回ろうと思ったその時。

 

「……?あれ、先輩?」

「どした、さな?」

「あれ、(せん)先輩に似てません?」

 

聞き覚えのある声に、俺は声の主をさりげなく見る。

すると、そこにいたのは知り合いの早奈(さな)───と、その彼氏、親友にして悪友の蓮徒(れんと)がいるではないか!?

彼らは空良とも仲が良く、一年経った今でも空良の顔を覚えているだろう。

今は俺が重なって空良の姿は見えないだろうが、それも時間の問題。

 

「……ってかアレ、仙先輩ですよね。本人ですよね」

「……そうだな。あいつ、空良がいなくなって傷心してたけど、立ち直ったのか?……っと、後ろにだれかいるな」

「うまく重なってて見えませんねー」

 

空良が帰ってきたことを打ち明けるか?

いや、お祭り好きな二人のこと。『帰ってきたんですね!お帰りなさい!』って言って空良の家に走る様子が眼に浮かぶ。

空良がここにいることがバレたらまずい……。

そう思った俺は、クレーンゲームに悪戦苦闘していた空良の手をとり、曲がり角を曲がった。

 

「ちょ、仙くん!?どしたの急にわぷっ!?」

 

空良の口をふさぎ、耳をすます。

 

「あっ、行っちゃいましたよ、先輩!」

「追いかけるぞ!あいつ、黒髪の美女連れてやがる!」

「どこで捕まえたか聞きますよ、心配かけさせやがってです!」

 

俺らを捜索する気だ、あいつら!?

空良の耳元でそっと口を開く。

 

「少し場所を移動するぞ」

「う、うん……?ってか、あの声って蓮徒く……」

「早く」

「あっ、ちょっと」

 

なんとか人気のないところまで移動する。

ゲームセンターの端まで来てしまい、ここで追い詰められたらもう何も出来ない。

 

「せ、仙くん」

「今あいつらに見つかったらマズイだろ。お前の立場的に」

「あ……うん」

「しばらく逃げるぞ。あいつらとのご対面はお預けだ」

 

しばらく隅で小さくなっていた時。

案の定、彼らはやってきた。

 

「はぁ……はぁ……!あいつ、どこに行きやがった…!(大声)」

「なにがなんでも捕まえますよぉ……!(大声)」

「なんなんだよアイツらの謎の執念!(小声)」

「ど、どうしよう……?(小声)」

 

あいつらの足音が近くなる。

俺はどこか入り込めるところはないか探して…!

 

「あそこだ!」

 

ゲームセンターの店員がアクシデントに対応するときに寄るカウンターにすべりこんだ!

 

「どこにいるのかなぁ~」

「先輩がこっちに気付いてることは知ってんすよぉ~」

 

カウンターごしにいやらしく響く二人の声。

ひとまず安心して下を向くと……

 

「せ、仙くん……」

「────っ!!」

 

目の前に、空良の顔があった。

すべりこむ時に押し倒す形になってしまったらしく、カウンターの高さも低いため、顔が触れるか触れないかの距離だ。

 

「っかしいなぁ。ここら辺に逃げ込んだと思ったんだけど」

「もしかしたらもうゲーセンの外に行っちゃったのかも知れないですねぇ…」

 

だんだん遠ざかっていく二人の声。

未だうるさい鼓動。

 

「諦めた……かなぁ……?」

「そうっぽい……な……」

 

足音がしなくなったのを見計らって、カウンターから這い出る。

辺りを見回すも、二人の姿は見当たらない。

 

「撒いた、な」

「そうみたいだね……」

「あのぉお客様……?そちら店員カウンターとなっておりますが…」

「「すみませんでしたッ!!」」

 

 

……思い出すとすごい恥ずかしい。

となりの空良だって、駅のゲームセンターの辺りをちらりとみては、顔を赤くしている。

 

「……帰ろうか」

「……うん。ありがと、仙くん」

 

既に日が傾いており、(そら)空良(そら)と同様に赤く染まっている。

周りを見渡せば、互いに別れを惜しむカップルがわんさかいる。

微妙に意識されるムード。

……まあ、俺たちは帰る家が一緒なんだけどね。




駅のイメージは静岡県の浜松駅です。
あそこ、賑やかで好き。


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幼馴染みの手料理

「ハイ、というわけで帰ってきたワケですが」

「うんうん!」

「空良の希望ということで」

「はいはい!」

「一年ぶりに、空良に料理をしてもらいます!」

「おーっ!」

 

辺りはすっかり暗くなり、リビングで俺たちは騒いだ。

空良が料理をしたいと言うので、食材も買ってきてカレーを作ってもらうことにした。

 

「仙くん、カレー好きだもんね!」

「……うっせ。子供っぽいとか言うなよ」

「よぉし、腕によりをかけて作るよ!」

 

と、意気揚々とキッチンに向かう空良。だが…

 

「ねぇ仙くん、薪ってどこ?」

「ウチはガスでやっております」

「…………あっ」

 

一年間も異世界常識に浸された空良の脳は、驚くほどに退化していた。

その証拠に、さっきからガスのコックを捻ろうとしている空良。

捻ること自体は別に良いのだが。

 

「……捻る向き逆っスよ」

「ああーッ!?」

「おばあちゃんか!」

 

機械に慣れてなかったんだな。

一年くらいで感覚を忘れるはずがないのだが、きっと忘れてしまうくらいハードな一年だったのだろう。

 

「ほら、ちゃんと火をつけれたよ!仙くん、甘く見ないでよね」

「さっき【ファイア】とか叫んでた気がs」

「うわああーッ!?」

 

だってほら、火を魔法で点けて満足してるんだもん。

驚くほどに異世界脳。

 

「と、とにかく火はつけれたわけだし!水だね、【ウォーター】」

「水も魔法でやるんスね」

「あ……」

 

どうやって軌道修正しよう、この幼馴染。

 

「気を取り直して、野菜を切ります!」

「これくらいは普通にできるよな……」

「ハッ!!」

「ちょっ!?」

 

野菜を放り投げて自らもジャンプして空中で一回転、着地する頃には野菜どもが一閃されてごとごとと鍋に入っていった。

常識……常識壊れるぅ……。

 

「頼むから普通に料理してくれないかな……」

「~♪」

「ああほら聞いてねぇもん、当分は戻らねぇわ、これ」

 

意気揚々とルーを取り出そうとする空良……ん? 今日、ルー買い忘れた?

いやいや……カレー作ろうとしてルー忘れるとか……失態だ。

 

これはどうするべきか……え、何してんの?

どこからともなく取り出したそれは野菜ですか?

切って? 叩いて? 混ぜる。

辺りに漂う香ばしくピリリとした香り。

……あぁ、なるほど。大体察しはついた。

でも一応聴いておこう。

 

「……何してんの?」

「スパイスの調合!」

 

なんで平然とスパイスの調合してんだよ!

 

「そろそろ煮えたかな。それじゃぁスパイスを入れてぇ」

「スパイス入れるの?ルーじゃないの?」

「ルーにはもう加工してあるよ?」

「ワーカミワザー」

 

いつの間に……いや、もはやなにも言うまいて。

余談だが、出来たカレーはたいそううまかった。

 

 

 

「……空良、もしかして料理のウデ上がった?」

「そお?ふふふ、ありがと!」

 

 

 



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幼馴染みが見つかった

 

「仙くん、仙くん!起きて……」

「んん……?」

「平日だよ?今日も学校なんでしょ?」

「しまった」

 

目を覚ますと、そこには幼馴染の顔があった。

あぁ、今日も学校か。めんどくせぇ……。

がしかし、起きなければいけないのが悲しき現実である。

 

「今起きる」

「ん」

 

昔から一緒にいたせいで、もはや起きて空良の顔が目の前にあっても驚かなくなった。

俺に跨がっていた空良はベッドの上からどく。

身体をおこして軽く伸び。ベッドからでる。

 

「おはよ、仙くんっ」

「あいおはよ、空良」 

「ごはん、作っておいたよ?はやく食べよ?」

「あー……。悪いな、そんなことしてもらって」

 

大丈夫大丈夫、と笑う空良に手をひかれ、一階におりてリビングまで行く。

洗面台で顔を洗えば、鏡に映るは水もしたたる良い男。

……虚しい。

 

「朝ご飯、なにを作ったんだ?」

「まずは無難なトースト、それと目玉焼きと野菜のサラダ!」

「家庭的だな」

 

食卓につくと、空良は俺の隣に座る。

えへへと笑う空良に「いただきます」と感謝、まずはサラダに手をつける。

 

「……あれ、普通のサラダなのに俺が作るのよりうまい」

「味が崩れないように盛り付ける野菜を選んだんだよ?……今日は魔法使ってないから」

 

そこの辺りはさすがとしか言いようがない。

目玉焼きの黄身に箸をいれれば、簡単に黄身の膜が破れ、とろとろと半熟の黄身が出てきた。

俺好みの焼き加減。

 

「半熟だ」

「良くできてるでしょ?私これでも女ですから。……今日は魔法を……」

「わかったわかった」

 

トーストにかじりつけば、カリっとした表面の中にふわりとした部分。

 

「……おいしぃ」

「こればっかりは魔法を使わせてもらいました。炙り料理法」

 

空良の料理がうまいのもあるが、俺はこの朝食に楽しさを覚えていた。

隣に空良がいるからなのかもしれない。

今まで両親の都合上俺は一人で暮らしてきた。

俺が両親の元で暮らすのもあるが……。

この家、リフォームは重ねどずっと祈里(いのり)家の土地だから、両親はもちろん、俺だって手放したくなかったし、それはできない。

 

「空良」

「なぁに、仙くん」

「……なんか、ありがとうな」

「……?どういたしまして?」

 

朝食を食べ終え、俺は学校へ向かう準備。

制服に袖を通し、カバンを持ち、外へでる。

空良はこの世界で受験をしていないので、高校には行けない。

よって留守番、自由時間を与えることにした。

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい、仙くんっ」

 

玄関先までついてきて、俺を見送る空良。

少し歩いて振り返ると、空良は小さく手を振っていた。

新婚の夫婦のようなやり取りに気恥ずかしさを感じながらも、俺は学校へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

それは突然の事でした。

その日、私は『(せん)先輩彼女いる疑惑』を確かめるべく、仙先輩の家の前で張り込むつもりでした。

ちなみに仙先輩とは同い年ですが訳あって先輩と呼んでいます。

……留年じゃないですよ?

 

そして仙先輩が家から出たとき、それは訪れたのです。

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい、仙くんっ」

「ぬ……!?」

 

黒髪の女の人が、仙先輩をお見送りしているのです。

いえ、それだけならおかしくはありません。

聞くところによると仙先輩の両親は外国で仕事をしていて、私はご両親のお顔を見たことはありません。

もしかしたら母親が帰ってきているのかもしれませんし、もしかしたら家政婦でも雇ったのかもしれません。

しかし、その人の顔は。

ふわふわとオーラを漂わせるその女の人の横顔は!

 

「……恋する乙女の顔ッ」

 

恋する乙女特有の、少しにんまりとした笑みッ!!

そして!そして今!あの女の人、なにをしたか!?

てくてくと家に戻って行く!

 

「……同じ、家にッ」

 

これはもう、確定ではなかろうか。

私の手元には、とっさのことでぶれてはいるもののかろうじて撮れた女の人の横顔が映るスマホ。

(れん)先輩のスマホに送ると、『ただちに調査を開始する。仙の尾行を続けろ』とエセ軍隊じみた返信がメールして6秒で送られて来ます。

『御意』と送り、私は仙先輩の尾行を続ける。

手櫛で髪をすく仙先輩は、特に何か変わりがあるようには見えなかったが……。

 

「その秘密、ぜったいに掴んでみせる」

 

私はそう、乙女心(遊び心)に決心した。



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幼馴染みと詮索

 

キーンコーンカーンコーン。

校舎の鐘が鳴り、昼休みに入る。

 

「なんかやけに疲れた…」

 

授業中、隣の席の蓮から視線を感じ続けていた。

用事かと思って顔を向けても、机の下でスマホをいじくりはじめる始末。

なんなのかと頭を捻っていると、蓮は急に立ち上がり話しかけたきた。

 

「仙さんや、お昼一緒にどうですかい?」

「…え?まぁ良いけど昼飯は食堂で済ませるつもりだったからとりあえず焼きそばパンを買ってこい」

「アイアイサー!」

 

 

 

 

「はい先輩、あ~ん」

 

蓮に連れてこられた屋上。

現在の状況は早奈が箸でつまんだウインナーを蓮に差し出している。

いつものことだ。

 

「なんだテメェ俺にイチャイチャを見せるためだけに呼んだのか」

「あ~ぐ…違う違う。お前にゃ聞きたい事があんだよ」

 

ムシャムシャとウインナーを補食する蓮はそう言ってきた。

 

「聞きたい事?勉強ならお前はすぐに寝るから教えな────」

「お前、なんか隠してるだろ」

「───ッ!?」

 

早奈が無言でスマホを取り出した。

しばらくスマホをいじっていたが、何かを見つけるとその液晶を俺に向けてくる。

そこに写っていたのは黒髪の女。

ブレてはいるものの、その背景に俺の家があることはハッキリとわかった。

蓮はパックのお茶を飲みながら刑事のごとく俺を追い詰めようとする。

 

「今朝、我が愛しの恋人、さながお前ん家付近でとった画像だ」

「………」

「さなによると、ここに写っている女はお前を見送った後、祈里家の家に入っていったそうじゃないか」

「その女の人の横顔はとても美しかったです」

「仙…」

「仙先輩…」

「「オメェ…」」

 

ヤバイ。何がとは言わないがヤバイ。

あいつらの事だから帰ってきた空良を受け入れるとは思うが、弁明するまでが問題だ!

良くて噂、悪くて帰還した事による通報!

そう考えている間にもキツイ表情で俺を見る二人は息を合わせて……!

 

 

「「彼女できた????」」

 

 

予想外の言葉であった。

 

「……カノジョ?この流れでなんでカノジョ?」

「いや、しかし先輩!先程も報告した通り、その女の人は仙先輩の家に入っていきました!」

「ふむ……だが、ルームシェアや家出の可能性もありえるだろ?」

「むむむ……複雑怪奇」

 

俺を混乱させるだけさせておいて、二人は議論を交わす。

つまり、それって……

 

「俺が彼女できたってのは……」

「それは」

「もちろん」

「「言いたかっただけ!」」

 

イタズラを成功させた子供のような顔でグッと親指を立てサムズアップする仲良しカップル(アホども)

なにげに最初の蓮のルームシェア&家出がかすっていただけに、変な汗をかいたな。

 

「もしかして、家政婦と二人きり!?」

「いや、家事全般それなりにこなす仙のことだ、家政婦などは雇わないだろう。となると……」

 

とりあえずは空良の事がばれなかったことを神に感謝しながらも、俺は残りの焼きそばパンを口に詰める。

このアホどもは一度シメよう。

そう薄い決心をした俺は、二人を残して屋上を後にした。

 

「……はあ」

 

油断した。

まさか一番気づかれたかないヤツらに見つかるとは思わなかった。

……いつか、話さなければならない。

あの二人にも、空良のご両親にも。

どうすれば、何事も無く収まるだろうか?

それは、俺にはよくわからなかった。



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幼馴染みと異世界の住人

 

「仙くん、おかえりぃーっ!!」

「おぅふ!?」

 

玄関開けたら、空良によるタックル。

勇者の力は伊達じゃなく、玄関にしりもちをついてしまった。

 

「どしたどした、空良」

「仙くんが帰り遅いから」

「悪い。変な部活の勧誘されちゃって」

 

万術(まんじゅつ)部』だったか。

金髪ツインテールの後輩らしき人ががビラ配りしてたが、明らかにヤバイ内容だったのでやめておいた。

俺は基本部活には入らないし、それに、入ったとしても空良がいるから面倒を見なくちゃいけない。

ずっと部活をサボっているだろう。

 

「むう……まあ良いや。ぶっとばし兄弟やろーよぉ」

「お?少しは強くなったか?俺のコマンドテクでぶっとばしてやるよ」

「今度こそ、負けぬっ」

 

 

 

 

「あい、俺の勝ち」

「うみゃあああああ!」

 

帰ってから20分、ゲーム続ければ隣にはつっぷした空良の姿。

ははは、勇者とやらも大したことねぇなァ!!

 

「今日の料理当番も空良だな」

「みぃぃいい…料理はちっとも嫌じゃないけど仙くんの料理が食べたい……」

「そんなこと言っても勝ちはゆずらん」

「ねだろうとしてないしぃっ。欲しいのは仙くんの料理だしぃっ」

 

ゲームの電源を落としにかかっていると、空良はキッチンでエプロンをつけながら口を開く。

いつもの会話のように、なんでもないように。

 

「あ、仙くん仙くん」

「ん?」

「明日、異世界からノンちゃん来るって」

 

そう、言ってのけた。

 

「……え?異世界?」

「そうそう!私が送られた世界!仲良くなったんだ~」

「え、なに?異世界来るってそんな親戚来るノリでできるの?」

「巻物があればここに来れるし?」

「そう言えばそうだったよ……!」

 

魔王討伐してそのままで来たんだった……!

……ん、待てよ。なんで来れる事を知ってるんだ?

 

「なあ空良。連絡手段とかあったのか?」

「んー?魔法にそういうのがあるの。【コール】って言うんだけど」

「連絡手段あるのかよ……。それで?どこに来るんだ?」

「穂織の山に地底海があるでしょ?そこにリヴァイアサンに乗ってくるんだって」

「へーそっかリヴァイアサンで……リヴァイアサン?」

 

あの悪魔の?

あの映画にもなった?

あのレヴィアタンから構想されたと言われる?

 

「リヴァイアサンだよっ?」

「ごめん付いていけない」

「え、ええ…?ごめんね、仙くん」

 

謝るのはいいけど、一回卵とくのやめてもらっていいですかね?

緊張感がなさすぎてまずはお兄さんと話し合う必要があると思うの。

危険なものに近づいたらいけません。

 

「仙くん、明日休みでしょ?だったら一緒にいこ?」

「……とんでもない危険な香りがするけど行く。なにしでかすかわからないから」

 

結局俺は、リヴァイアサンを従えるノンちゃんとやらと会わなきゃいけないようだった。

 

 

 

 

翌日。

穂織近くの山の中、地底海。

聞き流したけどこんなとこあるの知らなかったんだけど。

 

「あ、仙くん、お魚がいるよ?」

「まあ、地底海だからな」

 

俺達はノンちゃんとやらに会いに来たのだが。

 

「あ、仙くん、海鳥がいるよ?」

「まあ、地底海だからな」

 

空良は先ほどから俺の袖を引っ張って目につくものすべてを俺に伝えてくる。

 

「あ、仙くん、リヴァイアサンがいるよ?」

「まあ、地底か…えぇ!?」

 

空良の指差す先に、赤と青の鱗をもった大きな蛇が……そう蛇が……。

 

「仙くん仙くん、ドラゴンだよすごくない?」

「ですよね、蛇なんかじゃないよな、そんな気はしてた」

 

ただの現実逃避じゃ異世界には勝てなかったか……。

と、頭を悩ませていると、地底海の中、否、リヴァイアサンから声が響いた。

 

「そやつがソラの幼馴染みとやらかえ?」

「……は?」

「わらわの名はノンピュール。偉大なる水の精霊じゃ。この美貌、この輝き、覚えておくのじゃぞっ?」

 

……今、起こったことをありのままに話そう。

リヴァイアサンが天に昇るように体で螺旋を描いたと思ったら、その中から蒼い髪を垂らした幼女が微笑みかけてきた。

……うん、意味がわからない。

 

「久しぶりじゃのう、ソラよ!しばらく離れていた間にまた胸が大きくなったんじゃないのかえ?」

「うらやましい?」

「たっ、たわけっ!羨ましくなど、決して羨ましくなど!」

 

空良は旧友との再開を喜び、ノンピュールとやらは偉そうに無い胸を張っている。

幼女だからね、仕方ない仕方ない。

 

「おい貴様。今、わらわを胸が無いとか思ったじゃろ」

 

なぜバレた……!?

 

「ふん、まあ良いわ。ソラ、改めて久方ぶりじゃの。会えて嬉しいぞ」

「久し振り、ノンちゃんっ」

「ああ。息災のようでなによりじゃ」

 

空良はくるっとターンする。

ノンピュールはリヴァイアサンを近くに、ドヤ顔で喋り始めた。

 

「水の精霊ノンピュール。精霊種の一人で、水を司る。勇者ソラには何度か世話になったし、世話もした仲じゃ。よろしく頼む」

「あ、はい……」

 

なんだろうこの、既視感というかなんというか。

形容できないオーラは。

 

「……して、何用で?」

「おおそうじゃ!やらねばならぬことがあったんじゃった」

「やらねばならぬこと?」

「そうじゃ。ソラが帰ってこちらの世界に影響がないか調べるのじゃ。魔力や、風水や……。そのためには雨風凌ぐ家が必要になるのじゃが……」

「ノンちゃん、おうちあるの?」

「もちろん無いぞ。と、言うわけで……」

 

あ、嫌な予感。

 

「ソラから話は聞いておろう?しばらくの間、家に住まわせてはくれんかの?」

「そんな話された覚えないんですが?」

「…………あっ」

「言ってなかったのかえソラ……?」

「ごめぇん!」

 

つまりはあれか。デジャヴってやつか。

 

「……はぁ。ではこの場で頼み込むとしよう。しばらくの間、わらわをそなたの家に住まわせてくれ」

 

どうやらまた、住人が増えるようです。



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幼馴染みと水の精霊

 

「とは言っても、無理矢理に住まおうという気はない。わらわにとっては、範囲探索魔法を使える拠点があれば、それでいいからの。たまにしか来んし、えと、ぷら、ぷら……」

「プライベート?」

「そうじゃそれじゃ!……を、邪魔する気はない。どうじゃ?」

「仙くん、ノンちゃんは精霊の中でも腕がいい人で、私の旅も助けてくれたときもあったんだ。私からもお願い」

 

青髪幼女は、岸に上がったリヴァイアサンに跨がってふよふよと浮いている。

リヴァイアサンは地底海にいるときよりもデフォルメされ、ぬいぐるみのような見た目になっていた。

 

ふぅむ…こっちとしては何も損はない。

たまにしか来ないのだから、拠点として許すくらいなら良いだろう。

 

「わかった。我が家をその…範囲探索魔法?の拠点にするのを許します」

「おお、許してくれるか!ありがとうのー、雨風がしのげねば拠点として判定されぬようでの」

「ねぇねぇノンちゃん、範囲探索魔法なんて何に使うの?」

「ああ、それはじゃの、人の世に魔力が溢れても問題がないかの問題で、なるべく人の多いところを────」

 

あっちサイド(異世界組)しかわからない話をし始めたので、解放されたリヴァイアサンの頬をつっつく。

デフォルメされたリヴァイアサンはこちらをチラリと見ると、握手を、否、握ヒレを求めてきた。

 

「え?あ、うん。よろしく」

「おい、リヴァイアサン。はようこっちへ来んか。お前を媒介にするのじゃ、お前が話を聞いておらんと始まらんぞ」

「……お前も大変だな」

 

きゅ、と可愛らしい声で小さく鳴いたリヴァイアサンは涙目でこちらを見つつもノンピュールの方へいってしまった。

……あいつも、苦労してんだな、本当に。

数十分後、話がまとまったらしく、そのまま俺の家に帰ることになった。

リヴァイアサンの悲痛な叫び声なぞ聞いてない。

聞いてないったら聞いてない。

 

 

 

 

「あい。ここが俺んちね」

「ほうほう。お主、良いところに家を建てたの」

「え?」

「世界にはな、何もなくとも魔力を生み出す場所があるのじゃ。わらわたちとはまた違う大陸では、龍脈だのなんだのと呼ばれているらしいがな。この家は、その魔力を生み出す場所にピンポイトで建てられている」

「ウチは先祖代々、神の護衛をしてたらしいし、おかしくはないのかもな」

 

祈里(いのり)家という名前もそこから来たらしい。

神様と縁がある家だから、祈里。

ウチは実はすごいところなのかもしれないなー……。

あるあるだよね。家系すごくても本人はなんら興味ないやつ。

 

「さて、と。魔力の反応を調べるには魔方陣を組む必要があるのでな、庭を定期的に貸してもらうぞ」

「ああ。それくらいなら」

「とは言え、すぐに終わるわけでもないがの」

 

鍵を開けてやれば、とてとてーとノンピュールが家に転がり込む。

空良はさっそくゲームの用意をしている。

そんな気に入ったか、大混戦ぶっとばし兄弟。

 

「ほら、あっちが庭な。あんま騒ぐなよ」

「心得ておるわ。それより、ソラが構って欲しそうじゃぞ」

「仙くん、ゲームしない……?」

「ああはいはい、やるからやるから」

 

テレビの前のソファに座れば、空良がいつものように膝の上に座ってくる。

ノンピュールはリヴァイアサンをひっつかみ、なにやら庭で魔方陣的な物を描いていた。

ゆる〜い空気が流れる。日向ぼっこでもできそうな感じだ。

なんだろうな、この締まりのない感じ。

 

なにか刺激が……。

水の精霊とリヴァイアサン。

せっかくだから今度、みんなで水族館でも行ってみようか。



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幼馴染みと水族館

時が経ち。

あれから一週間、俺たちは水族館の前に来ていた。

 

◆◇◆

 

「どうじゃソラ!」

「甘いよノンちゃん!カウンター!」

「なんじゃとおおおおおっ!?」

 

俺の膝上の空良と、俺の隣のノンピュールは、人気ゲームである【大混戦ぶっとばし兄弟】をしている。

いろんなゲーム会社のキャラクターが一つのゲームに集まり、殴りあうゲームだ。

 

「ふう……さて、キリもついた事じゃし、わらわはそろそろ成果を持ち帰って……」

「あぁ、待ってくれ」

 

立ち上がったノンピュールを止める。

俺に呼び止められたノンピュールは振り向き、不思議そうな顔をした。

 

「ん?なんじゃ?」

「ノンピュールの仕事って、魔力が人に影響を及ぼさないか調べるんだよな?」

「ふむ、その通りじゃが…なにかの?」

「人が多い方がいいんだろ?」

「ん?まぁ、多い方が良いな」

「実は今日、水族館にみんなで行こうと思ってな」

「水族館っ!?」

 

空良が水族館というワードに反応し、俺に顔を向ける。

ちょっ、近っ……。

 

「すいぞくかん、じゃと?」

「ああ。ちょうど三連休が回ってきたんだ。どうだ?」

「すいぞくかんとはなんじゃ?」

「そこからか……」

「マーマンの見世物小屋」

「なるほどのう!」

 

それで通じるのか、ノンピュール。

 

「しかし、なぜ急に?」

「水の精霊だし、パっと思いついたんだ」

「あぁ〜……。いめーじ、とかいうやつかの」

 

ノンピュールはしばらく考え込んだあと、同意の意を示した。

幸いというかなんというか、バイトはするけど趣味がないからお金には困っていない。

それプラス毎月口座から移される小遣いのお金はほとんど使っておらず、生活費は小遣いとは別に落とされるので空良たちをしばらくは楽しませる事ができるだろう。

それに、ノンピュールの場合は子供料金……いえ、なんでもございません。

 

◆◇◆

 

「うわあ……ここ、水族館になったんだねぇ。工事現場しか見てなかったから、びっくりしてるよ」

「中から大量の水の気配がするの。維持が大変そうじゃ」

 

入り口を前に、各々の感想を述べる異世界組。

ちなみにリヴァイアサンはストラップに化け、ノンピュールのスカートに付いたベルトにぶら下がっている。

 

「ほら、入るぞ。つっかえるからつっかえるから」

 

二人の背中を押し、受付を通る。

ノンピュールを子供料金にしておくのを忘れない。

 

「うわぁ……!」

「まさか、こんな場所があったとは……」

 

特殊な構造になっていて、海と同化したこの水族館は入り口から地下に潜る。

沖へ進んでいく感じだ。

海底トンネルの外にはサンゴが生息し、色とりどりの魚が優雅に泳いでいる。

海底トンネルの外側にもう一枚ガラスを貼り、その中の空間に魚を放っているのだろう。

あっという間に海底トンネルを抜け、エントランス…とでも言うのだろうか、大きなホールまで出る。

中心に大きなガラスの柱があり、その中にも魚がいた。

 

「ねえねえ仙くん、階段があるよ?」

「地上に繋がってるんじゃないのか?イルカショーもやってるらしいし」

「イルカショー!?」

 

目を輝かせる空良に内心喜ぶ。

ポケットに入れたチケットは三枚。きっちり用意してあるからだ。

 

「見たいか?」

「うん!あ、でも、チケットがないと見れないんじゃ……?」

「ほらこれ」

 

照れ臭くてぶっきらぼうな態度をとってしまったが、しっかりチケットを空良の眼前に出す。

 

「え…?」

「実は前々から用意してあったりして」

「え……!!え、いいの?」

「ダメならなんで3枚も買ったんだか」

 

 

「仙くんっ、ありがと!」

 

 

 

 

イルカショーの観客席、その最前列。

そこで、俺は赤面していた。

まさか抱きついてくるとはおもわなんだ…。

 

「楽しみだね、仙くんっ!」

「ソウデスネ……」

「わらわを蚊帳(かや)の外にしておいて、何をしておる」

 

俺、空良、ノンピュールの順にならんでいるのだが、周りから俺への視線がすごい……。

人がたくさんいるところで空良に抱きつかれたものだから恋人、ノンピュールを連れているので下手したら子持ちの夫婦と思われたかもしれん。

自惚れとは言わない。その証拠に後ろのオッサンがめっちゃ舌打ちしていらっしゃる。

「性の喜びを知りやがって」とかほざいてらっしゃる。

 

『はーいみなさん、こーんにーちわーっ!!』

「始まったよ、仙くん?」

「おっ!?あ、おう……」

 

イルカショーのお姉さんが出てきて、ついにショーが始まった。

ガコン、と水槽の扉が開き、二匹のイルカが泳いでやってくる。

 

『今回の主役!センとソラでぇーすっ!!』

「ぶっ!?」

「えっ!?」

『なんとなんとこの二人、夫婦のイルカなんです!!』

「ごはぁっ!?」

「嘘ぉっ!?」

 

自惚れだという言葉は甘んじて受け入れよう。

が、これくらいは言わせてくれ。

ちょっと想像しちゃったじゃねぇかよぉぉおおお!!

 

『まずは簡単に二人のコンビネーションを見せましょう!セン、ソラ、お願いっ!』

「「きゅーっ!!」」

 

イルカ二匹(センとソラ)がなにか芸をする度に意識させられ、俺はもはやイルカショーどころではなかった、とだけ言っておこう。

そのままイルカショーは続き、やがて最後の芸となった。

 

『まことに残念ながら、お時間がやってきてしまいました!』

「「きゅー…」」

『ですので最後に!二人のとっておきの芸をしたいと思います!さぁ二人とも、やっちゃって!』

 

お姉さんの掛け声と共に、センとソラが動き出す。

センがいきおいをつけ、大きく跳躍。

センはくるりと空中で一回転して観客をわかせたあと───

 

ボチャーンと落ちて、観客席に水をお見舞いした。

 

「おあっ!?」

「させるか、【水流結界(すいりゅうけっかい)】!」

 

俺たちに水が跳ねる直前にノンピュールが前に出て、右手をつきだす。

すると水は俺たちの前でなにかに防がれたようにするすると落っこちた。

 

「はっはっは!どうじゃ、水の精霊をナメるでないわ!」

 

俺たちの前で胸をはり、褒めて褒めて!と言った雰囲気を出すノンピュール。

この時俺は気づいていなかった。

センが跳んだのに、もう片方(ソラ)が跳ばないわけがないことを。

太陽の後光を浴びながら水面に着水したソラは────

 

 

案の定、大量の水をお見舞いしてきた。

 

 

イルカの方を見ていなかったノンピュールに出来ることなどなにもなく、俺はただただ水を見つめることしかあばばばばばばばばばっ!!

 

『はぁーいみなさん、ありがとうございました!イルカショーはこれにて終了、またあいましょーうっ!!』

「「きゅっきゅーッ!!!」」

 

胸をはった体勢のまま前髪から水滴を落とすノンピュール。

 

「「………………………」」

 

びょしょぬれで沈黙する俺たち。

しばしの間、時が止まり。

 

「こんぬぉイルカ風情(ふぜい)めやりおったな!でてこい、でてこぉーい!」

 

ノンピュールが水槽を叩きながら激昂し始めた。

周りの人は子供がイルカに会いたがっていると思っているのか、暖かな視線をノンピュールに注いでいる。

 

「ははは…最後の最後でこれかぁ」

「………………」

「空良?」

 

すわっ、心臓が止まったか、水が冷たかったかと肩を揺らしていると空良はゆっくりと振り向き。

 

 

「えへへ、濡れちゃったね、仙くん」

 

 

そう言って微笑んだ。

 

「おっ、おう!?そうだな……」

 

バッと顔をそらす。

あれはいけない。

あの笑顔は直視できぬ。

そして直視できぬ理由がもうひとつ。

 

「?どしたの、仙くん?」

「いや、濡れてるから服が……」

「!?」

 

もう一度言おう、直視できぬ。

しばらくの間、幼女が喚き、男女がびしょ濡れで顔を背けあっているという混沌(カオス)な空間が出来上がった。

 

 

「まったく、何をしておるのじゃ!」

「わ、わるい」

「ごめんなさい……」

 

ノンピュールが頬を膨らませながら先導するなか、移動の際にも俺たちは怒られていた。

 

「二人して顔を赤くし?顔を背けあって?わらわが声をかけても気づかず?ノロケかお主らッ!!!」

 

ちなみに服は乾いている。

さすがは水の精霊と言ったところか、水の乾燥を早めてあっという間に服を乾かしてしまった。

 

「あれからもチラチラチラチラと意識しあいおって!」

「いや、ホント、すまん」

「ごめんね、ノンちゃん……」

「ふん?わかれば良いのじゃ」

 

正直、なんで怒られてるんだろうと思ってる。

 

「だが一つ覚えておけ。わらわは水の精霊であるが、どうじに(ちぎ)りの精霊でもある。それはもう、幾人もの恋人をみてきたくらいじゃ」

 

ほえ?なにを言ってるんだろう、この人は。

首を傾げているとノンピュールは俺に顔を近づけ、耳元でこうささやいた。

 

「そのわらわがなぜこうも怒るのか、考えておくのじゃぞ?今回は許すが。むしろもっとやれと言いたいが!……ん?ソラ、あの丸っこいのはなんじゃ!?」

「あれはクラゲ……あ、待ってよーう!」

 

その後水族館を周り、家に帰ってもその言葉の意味はわからなかった。



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幼馴染みと招待状

 

……何かがのしかかっている。

重くはないものの、妙な圧迫感がある。

深いまどろみの中、俺はそんな奇妙な現象の中で、

 

「起きてっ、仙くん!」

 

幼馴染みに叩き起こされた。

鉄のように重たいまぶたを開くと、布団の上から俺にまたがる空良の姿が。

なにやら急かしているようだが、俺に起きる気は無い。

季節は冬。布団の中が一番の極楽である。

それに俺、朝弱いんだよなぁ…。

 

「起きてよぉ。起きないと落書きしちゃうぞー?」

 

うむ、空良らしい。

小学校で居眠りしてしまったときもこんなこと言われた気がする…ってハッ!?

 

「しまった!!」

「おはよっ、仙くん」

「ああうん、おはよ」

 

サッと起きて支度をする。

ああ、しまった。今日は日直じゃないか。

 

「ごめん、パンだけ食べてく!」

「はーい。行ってらっしゃい、仙くん」

 

空良に見送られ、俺は早々に駆け出した────。

 

 

 

 

駆けていく彼の後ろ姿を見送る。

さてと。私は私でやれることをしないと。仙くんに愛想尽かされたら嫌だからね。

玄関の落ち葉がすごいなぁ。風も強かったから砂も散らばってる。

ホウキを持ってこよう……の前に、ポストを開けて。

新聞と、今月の電気代もろもろと……あれ?手紙だ。

 

「私宛?……うそ」

 

私は失踪したことになってるし、そもそも私が仙くんの家に泊まってることなんて誰も知らないはず。

それに……魔力の匂い。魔法陣かな。

 

【コール】の魔法は魔力を転移させる魔法。

だから、意思を伝えるという目的であれば大体の物はどこにだって遅れる仕組み。

手紙という形であれば、召喚の魔法陣を付属してもなんら問題はない……。

だからこそ、【コール】は干渉して無効化しやすいようになっているにだけれど。

 

「もしかして、お礼参り?となると、魔王軍の人たちとか?」

 

警戒しながら手紙の封筒を裏返す。

差出人は─────

 

 

 

 

「よし定時!俺、帰る!」

「お、悠時が帰るなら俺も帰ろうかな」

「仙さんや。今日遊びません?」

「帰ってからじゃないとわからんな」

 

勢いよく飛び出していったクラスメイトの後を追うように俺も家に帰る。

家に着いて、玄関を開けて、そしたら空良が────

 

「ねえねえ仙くん異世界行かない?」

「えぇ急に……?」

 

異世界って、そんな簡単に行けるもんなのか。

俺達の世界では空想上のものでしかない異世界だが、当の本人たちは何も思わないらしい。

 

「異世界って、それまたなんで?」

「招待状が届いたの」

「異世界から?」

「異世界から」

 

ううん、玄関先でこんな話をするのに慣れてしまっている自分がいる。

本来ありえないお話なんだけどなぁ…。

 

「内容は?」

「読み上げるね。『勇者ソラ殿。貴殿は魔王討伐という偉業を成し遂げた。そこで、貴殿を表彰する式典を開く。次の月までにこちらの世界へきてほしい。王都ロイフォード王18代目ライムが息子、19代目オレンズ』って」

「うわぁ…」

 

さすがは勇者、王子様と繋がりを持ってらっしゃる。

しかし、パーティーに主役がいないのはさすがにマズいだろう。

 

「よし空良、行けるんなら行ってやれ。パーティーに主役がいないのはダメだろ」

「うーん……仙くんと一緒に行きたいなって」

「え?いやいやいやダメだろ、俺は勇者でもない部外者だし」

「えー……行けないの……?」

 

しょんぼりする空良。

平民が行っていいもんなのかと考えながら、俺はチラリとカレンダーを見る。

来月まであと一週間。近すぎる。

学校は……一日なら休めるけども。

 

「異世界行くのってどれくらいの期間だろうな?一日なら大丈夫なんだが」

「むむむ……一週間くらい?」

「ダメじゃねえか」

「ど、どうにか…あっ」

 

何か閃いたような顔つきをして、この世界に帰ってきたときの服…体にぴちっと張り付く勇者の服をあさりだした。

やがて取り出したるは綺麗な水晶。

 

「これね、【鏡水晶】って鉱石で、別名は【身代わり石】って言うんだけど、一週間くらい、水晶に映った人や物の代わりになれるすごいものなんだよ!性格、記憶はもちろん、癖や話し方までコピーしちゃう優れもの!」

「へぇ……便利なものもあるもんだな」

「万が一拉致とかされたとき、コピーを残して逃げるための鉱石で、貴族なら一人一つは持ってるんだっ」

 

で、空良は勇者だから、貴族と同等、もしくはそれ以上の価値ありと見なされ、その石を持たされた、と。

 

「もしかして、俺のコピーをつくって学校に行かせようって?いいのか、そんなもの使って」

「うんっ!だって私、あと五個くらい持ってるし」

 

貴族以上の待遇だった。

 

「ハイ仙くん、使ってみて!」

「覗き込めばいいのか?」

「うん!」

 

鏡水晶を覗き込む。

俺の顔が水晶内で反射して、やがて鏡水晶が砕け散った。

 

「あっぶな!」

「あぁ、たしかに破片は危ないかも」

「先に言ってくれよ!」

 

散った破片は再度集まり、やがて人の形を生成した。

 

「おぉ!俺そっくり!」

「……現状が理解できないんだけど。だれか説明求む」

 

そこも俺に似てんのな……。

説明すると、コピーの俺は顎に手を当てて考え込む。

俺の癖、考えるときに顎に手を当てるって言われてはいたけど……こんなんなのか。

 

「つまり、俺はお前のコピーで、お前の代わりに学校にいく、と?」

「ああ、そうだ。記憶は共有されるらしいからお前がパーティーに行っても構わない。けど、俺の代わりにはなってくれ。どうだ?」

 

俺の目の前には、俺そっくりのコピー、つまり俺がいる。

多分、どちらがパーティーに行っても問題はないだろう。

コピーの俺……長いからコピーと呼ぼう。

コピーは肩をすくめると、苦笑して言った。

 

「いや、いいよ。コピーはコピー、俺は俺だ。コピーである俺はコピーの仕事をまっとうするだけ。本体のお前は楽しんでこいよ」

「いいのか?」

「いいんだよ。どうせ一週間だろ?そしたら俺は消えるんだから」

「お、おう…。すまん」

「なにを謝ってるんだか」

 

コピーは制服に袖を通し、さっさと学校に行ってしまった。

なんというか、やっぱり俺に似てる。

コピーだから当たり前なんだけど、きっと俺だってコピーとして呼ばれたら学校に向かう方を選ぶ。

その辺もコピーしてんのか。高性能だなぁ。

 

「で、どうやって異世界まで行くんだ?」

「ノンちゃんの魔法陣を使うよ」

「ノンピュールがいないけど」

「そこでこちら」

 

空良が何かを取り出した。

デフォルメされたリヴァイアサンのキーホルダー……。

 

「リヴァイアサンとノンちゃんは繋がっててね。リヴァイアサンを呼び出して、そのリヴァイアサンにノンちゃんを呼んでもらうことができるんだ」

 

空良がキーホルダーを宙に投げると、ぽふんという気の抜けた音と白煙とともに、リヴァイアサンが出てきた。

……もちろんぬいぐるみフォームで。

 

「きゅ」

「ノンちゃんを呼んでくれるかな」

「きゅ!」

 

リヴァイアサンが渦巻く。

巻きつくようなリヴァイアサンの内側からまばゆい光が発せられ、ノンピュールが顕現した。

なるほど、地底海のときもそうやって出てきたのか。

 

「ん?ああ、もう行けるのか」

「うん!鏡水晶使ったからね!」

「考えたのう。……ほれ、なにをぼうっとしておる。行くぞ」

「仙くん、早く早くっ」

「ああ、すまん」

 

自然災害に見舞われたときとかのために、常の外に出る支度は済ませてある。

バッグを肩にかけ、庭にノンピュールが描いた魔法陣の上に乗って。

 

「よし、乗ったな。では、転移するぞ」

 

ノンピュールが何やら祝詞のようなものを唱えると、足元の魔法陣が輝きだし────……………



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幼馴染みと表彰式

 

「おおっ、勇者ソラ様!」

「ご無沙汰しております!」

 

眩んだ目を開けると、まさに兵士!といった風貌の成人男性二人が駆け寄ってきた。

俺達の姿を見て目を丸くして…。

 

「なんと、精霊ノンピュールも。ソラ様がいきなりいなくなってから水の精霊殿を熊のようにうろうろとしていたとは聞きましたが、まさか異世界までおもむくとは」

「そうなの?」

「ち、ちがわい!お主も余計な事を言うなっ!」

「して…後ろの男性は?」

 

片方の兵士の言葉により、もう片方の兵士の視線が俺に向く。

そしてキッとするどい目付きになり…あ、危険な香り。

 

「貴様…どこの暗殺者だ?勇者様の背後で何を…」

「おいハルス!あ、ちょっ、すみません、コイツなんか変な間違いを…」

 

ああうん、片方の兵士はちゃんと客人だと思ってくれたみたい。

んで、ハルスと呼ばれたもう片方はハルバードをこちらに…危なっ!超危なっ!!

のけぞった勢いで尻餅をついてしまった。

あ、動けない。俺の体は恐怖に正直であった。

 

「ちょっと、ハルスさん、この人は私の友達!幼馴染み!一回深呼吸しよ?」

「ぐえっ」

「お主…ハルバードくらいで腰を抜かすとは、情けないぞ?」

 

空良は腰の剣を使ってハルバードを中腹から両断、柄でヘルムをカコォン!と殴って…怖い、怖いよ幼馴染み。

台詞と行動が合ってないよ。

 

「……え?幼馴染み?」

「おーけー?深呼吸、できた?」

「は、はい……し、失礼しましたぁ!」

「あー、その、なんだ。俺も悪かった」

「いえいえそんな!」

 

土下座して謝る兵士ハルス。

リヴァイアサンに肩(?)を貸してもらってなんとか立っている俺。

カオスな景色が設立された中、もう片方の兵士は苦笑いを浮かべている。

 

「ええと……その、相方がすみませんでした。ソラ様。招待状はお持ちですか?」

「うん!はいこれ!」

「ルールなので確認させていただきます。……はい、大丈夫ですね。パーティーまではまだ日があるので、少し観光などすると良いでしょう。……と、その前に、勇者の帰還を王子に報告せねばなりません。どうかこちらへ」

 

好印象な兵士に連れてこられたのは大きなホール。

空良は慣れているのか学校を歩くような態度だが、広すぎるだろ、ここ。

 

「おお!勇者ソラ!」

 

ふいに、弾んだ少年の声。

そちらへ目をやれば、頭にちょこんと王冠をのせた王子っ!!な人が駆けてきていた。

 

「帰ったのだな!」

 

広いホールを駆け、その目には空良しか入っていない。

バッと段差を飛び降り…

 

「へぶっ」

 

着地に失敗して転んだ。

なにこの王子様、バカそう。

空良は転がった王冠を手に取ると、王子様の頭にそっと乗せて微笑んだ。

 

「勇者空良(ソラ)、ただいま帰りました」

「………………」

 

ぽ~と顔を赤くする王子様。

ああこれ、落ちてらっしゃる。

 

 

 

 

「ごっほん。勇者ソラよ。魔王討伐の長旅、ご苦労であった。精霊ノンピュールも、勇者への助力を感謝する」

 

ホールの中、空良とノンピュールが前に出て、赤いマントの恰幅の良い王様に表彰されている。

王子様は王様の横でチラチラと空良を見ていて…。

俺?全力で気配を消して面倒事を避けてますけどなにか?

 

「貴殿らの功績は、永く伝えられよう…して、その男は誰だ?」

 

あー、やっぱり異世界の人間に敵うはずがなかったんですわ。

しっかり目で捉えられましたわ。

 

「なっ!?貴様、いつからそこに!?」

 

訂正。一部の人(王子様)にはちゃんと敵うみたい。

 

「はいはい!王様!この人が、仙くんだよ!」

「おお、貴殿が……」

 

王様、しっかりとした足取りで接近中。

逃げようにも、周りは兵士ばっかり。

ああ、これは詰みましたわ。

王様に接近されてろくな事が起こるはずないのは、漫画や小説でお馴染みだ。

 

「勇者ソラから話は聞かされているよ。君が、勇者ソラが心の支えと言った、仙という人物だね?」

「ええはい、確かに僕は仙ですけど……」

 

しかし、予想とはまるで違かった。

王様は大きな手で握手を求めてきた。

つーか手をとってきた。

あ、ヤバイ。兵士が武器を構えた。ここの兵士頭硬すぎんだろ。

 

「元の世界に君がいるから、頑張れた。勇者ソラは報告の度にそう言っていてな。よほど大切な人なのだろう?」

「えぇ……いや、はい」

 

空良さーん!?ちょっと助けて、不意打ちを警戒してか、めっちゃ視線が刺さってる!

胃が痛い…あ、目、反らさないで!なに顔赤くしてんだよ!今はお前が必要なんだよ!

キリキリと悲鳴を上げる胃を俺が応援する中、王様はやっと離れてくれた。胃よ、よく頑張った。

 

「話がそれたし表彰式の日程も巻いたが、2日後にパーティーを開く。それまで待っているといい。これにて、表彰式を終了する!」

 

周りが一斉に礼をしたの慌てて俺も礼をする。

そうか……。空良、こんな状況に慣れているってことは結構な場数を踏んできたんだな。

そりゃもちろん、勇者なんて崇められて然るべき存在だし。

メンタル面も強くなった。

元の世界でゾンビハザードが起きても平気で生き抜きそう。主人公枠だ。

 

「仙くん、王都を案内するよ!行こっ!」

「では、わらわは精霊殿に一度帰る。別行動じゃな」

 

空良は俺の腕を引き、ホールの壁に一直線に駆ける。

もちろんだがドアは無い。なにするつもり………

 

「せええええい!」

 

ええええ壁ぶちやぶったああああ!

一蹴りで壊れんのか脆いな城壁!大丈夫かそれで!

城から文字通り飛び出した俺たちは重力にしたがって落ちていく。

あー、ホールって二階だったのね。

半ば悟りを開いた俺を抱きしめ、空良は地面と接触するインパクトの瞬間に完璧なタイミングで膝を曲げ、衝撃を完全に逃がした。

ははっ……勇者ってスゲー。

再び空良に手を引かれ、俺は城下町へ消えた。



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幼馴染みと城下町

 

城下町。

文字通り、城の周りの町だ。

集落や村よりも人の出入りが激しく、税の関係から城の周りは栄えてる、とは学校でならったが……

 

「はい仙くん、あーん!」

 

なんで俺は、空良に串焼きを差し出されているんだ……?

素直に食べれば、ぎゅむっとした歯応えと共に口のなかで肉の旨味が弾ける。

いや、それはいいんだけども。

はたからみたら俺、ヒモじゃね……?

既に空良が勇者であることはみんな知っているのか、道行くおばさんが「あらこんにちは、勇者さま」と声をかけてきたり、駆ける子供が「俺、おっきくなったら勇者になるからね!」などと追い抜いてきたりもした。

それだけならいいんだけども。

 

「ところで勇者さん、そっちの坊っちゃんはボーイフレンドかい?」

「え、えへへ……。ボーイフレンドじゃ、ないんだけどね……えへへ……」

 

恋人か、婚約者か。

これを聴かれるの、十回から数えていない。

まあ、今のは空良が悪いかな。

串焼きを買ったそばから俺に差し出してくるんだもん。

 

「仙くん仙くん、次はあそこいこ?」

「はいはい、仰せのままに」

 

俺の手を引いて楽しそうに駆ける空良。

もう片方の手には、たこ焼きのようなもの、わたあめのようなもの…異世界特有の見た目をしたゲテモノグルメ……。

出店で値段を出されてから空良がシュバッと払ってしまい、ここまで荷物がたまっているのだ。

 

「なあ…そこまでぽんぽん払わなくていいんだぞ?」

「え?」

「なんか俺、空良にくっついてるヒモみたいで格好がつかないだろ?」

 

元狩人の人が経営している射的屋の出店でボウガンを構えながら、俺は言った。

空良はひとつ景品を撃ち落として聞いてきた。

 

「そうかな……私は別にいいよ?頼ってくれても」

「しかしだなぁ。このままだと、俺がクズになっちゃいそうなんだよ。幼馴染みにたかるヒモとか、なんかなあって」

「んー……私はむしろ、頼って欲しいなあ」

「え?」

「ほら、あっちの世界だと私、仙くんに対してなんの役にも立ってないから。この世界でなら、私にもやれることがあるし」

 

まったく…この幼馴染みは変わらないな。

俺はボウガンから手を離し、空良の頭を撫でる。

昔っから空良の頭を撫でていたが、久しぶりだな。

 

「そんな無理しなくていいんだぞ」

「ふぇ……?」

「空良をあっちの世界で住まわせてるのは俺が勝手にやってることだし、なにより空良はこれまででも充分役に立ってるよ」

「そっか…………よかった」

 

空良は安心したように俺に笑顔を見せた。

ほんとに、この幼馴染みは変わらない。

 

「それはそうとして……ちょっと行きたい場所があるんだが、少しいいか?」

「なあに?どこでも大丈夫だよ?」

 

出店から離れ、向かうのは古めかしい作りの店。

看板には二振りの剣が交差したマークが描かれている。

そう、ファンタジーゲームの定番、鍛冶屋さんだ。

 

「おお……」

「ここの品揃えは良いよ。私の剣もここの人に鍛えてもらったんだ」

 

サーベルや槍が壁に立て掛けられ、鎧なんかも鎮座していた。

やっぱロマンだよね、こういうの。

(なた)や斧のような、大きな物もあって…まさにファンタジーだ。

 

「いらっしゃい……ん、ソラか」

「おー、おじさん!毎度どーもねー」

「あんな剣を打たせてもらったんだ。毎度はこっちのセリフだぞ。……そっちの坊主は?」

 

奥から出てきたのは、ガタイの良いおっさん。

さばさばとした銀髪、そしてダンディかつプリティーなお髭。

一見、脳筋に見えるがその目には確かな知性の輝きがあった。

 

「私の支えの人だよ!」

「ほう……お前さんが例の」

 

どんだけ言いふらしてんすか空良さん。

 

「剣に興味があるのか?なんなら、振ってみても構わねえぞ」

「……良いんですか?品物でしょう?」

「構わねぇ。ソラのゴユウジンと来ちゃ、こっちも雑に扱うわけに行かねえからな」

 

とりあえず、近くに立て掛けてあったサーベルを手に取る。

ずっしりとした鉄の重み、それなのにどこか安心感のある重量だ。

俺の顔が刃に反射する。

疑ってはなかったけど、やっぱり本物の刃物だ。

 

慎重に、学校の剣道の授業で習った型をとる。

そして上から、振り下ろす!

 

「……ちっ。なんだよ、剣はシロウトか」

「いやまあ、ね?仙くんだって剣なんか振ったことないんだし、まだ、ね?」

 

反応からして、どうやら俺の型は見るに耐えないものらしい。

チクショウ。



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幼馴染みとダンジョン

「しっかし、どうしてこんなに剣が下手くそなんだか。そんなんじゃ、そこらのゴブリンにも負けるぞ」

「まっさかぁ!そんなことはないと……思……うよ…… ?」

 

やっぱり、日本出身の俺じゃ剣が振れないのは当たり前か。

そう思ってサーベルを壁に立て掛けると、鍛冶屋のおっさんはアゴヒゲをさすりながら言った。

 

「ふぅむ……サーベルがダメなら他の武器もダメだろうな……」

「いや……うん……その……」

「弁護はしないでいい、空良。その反応が一番傷つくから」

「だ、ダンジョン!ダンジョンにいけばほら、火事場の馬鹿力って言うし!」

「ダンジョン?」

 

やはり、異世界の醍醐味(だいごみ)と言えるダンジョン、この世界にもあるのか。

魔法の名前といい、ダンジョンといい、なんとも典型的な異世界だ。

 

「あのウデじゃ……いや、やってみんとわからんか。【初心者のダンジョン】でいいだろ」

「【初心者のダンジョン】?」

「新米の冒険者が装備を集めたり戦闘訓練をする場所だ。レベルも上がるしな」

 

レベルもあるんだなあ、この世界。

 

「ちなみに、空良のレベルは……?」

「え?あ、【魔王城】辺りから確認してなかった」

「あいよ、【サーチ】……。125だな」

「おぉ!いつのまにかそこまで行ってたんだねぇ」

 

レベルの上限は99じゃないらしい。追いつけるのか心配になって来た。

とはいえ、ダンジョンには俺も興味があるし、行ってみたいな。

 

「なあ、そのダンジョン、行ってみてもいいか?」

「もっちろん!案内するよ、仙くん!ねえ、サーベルってレンタルしてもいい?」

「んー……まあ、いいだろ。それ、もってけ」

 

おっさんが顎で指したのは先程壁にかけたものよりも質素な感じのサーベル。

ガード……っていったか、柄の部分の手を守る曲線が無い。

それでもTHE・サーベルって感じで、俺はワクワクしたが。

 

「じゃあ仙くん、ちょっとこっちによって?【転移結晶】使うから」

「んな高価なモン下級ダンジョンに使うなよ……」

 

隣に寄ると、空良は何やら紫のクリスタルを取りだし、それを砕いた。

きっと魔法かなにかだろう。腕力だとは思いたくない。

ノンピュールに転移させてもらった時のように視界がぐにゃりと歪み、そして瞬きをしたその一瞬、目を開くと目の前に大きく、重厚感を与えさせる洞窟があった。

 

「さっ、いこっ!仙くん」

「いやー、うん。異世界だなぁ」

 

サーベルを引きずり洞窟を進む。

洞窟だから暗いのかとも思ったが、壁のところどころにある緑色の石が淡い光を放ち、ちゃんと先まで見通せるようになっていた。

眩しくはない。むしろ幻想的で綺麗だ。

と、先を歩く空良がなにかに気づいたように首を傾ける。

 

「出た、仙くん。スライムだよ」

「お、これまたスライム然としたスライムだな」

 

ぷるぷるしていて、半透明な青色。

惜しむらくは、目や口がないところか。

 

「ぷるぷるしてるー」

「こいつを倒すのか?よし、それなら……」

 

じりじりと近づき、サーベルで斬る。

あれっ、思ったよりも斬れない。ゼリーみたいな感触だけど、気分的にはこんにゃく切ってる気分だ。

スライムはサーベルをめりこませたまま、俺に体当たりをしてくる。

 

「うおっ、なかなかな衝撃を……」

 

子供の全力タックルと同じくらいなんじゃないだろうか。

反撃とばかりになんどもサーベルで叩く。

すると何かの拍子にスライムは黒い霧となり、霧散していった。

 

「……うん。勝てた。勝てたけどなんだろう、俺めっちゃ弱いってことがわかってショック」

「ま、まあまあ、私も最初はそんな感じだったから……ね?」

 

抜き身のサーベルをだらりと下げ、死んだ目をしている俺に、空良は優しく声をかけてくれる。

はあ、なんでこうも空良に助けられているんだろうか。

 

「いや、男は度胸!空良、もう少し進んでいいか?」

「もちろん!どこにでもついていくよ?」

 

それからしばらくスライムを倒していた。

わかったことは、倒したときに出てきた黒い霧。

あの霧、モンスターを生成する素材でもあるらしい。

歩いていると、目の前で黒い霧が集まり、スライムが生まれたのだ。

そしてもう一つ。

何匹目か、スライムをサーベルで串刺しにしたときのことだった。

黄、赤、青…いろいろな光の塊のようなものが俺の周りを飛び、そして弾けた。

 

「やったね、仙くん、レベルアップだよ!」

「これが……レベルアップ」

 

ぎゅっと手を握ってみる。

特に感じることはなにもないが、それでもどこか、体の奥がじんとして、何かが湧き出るような感覚があった。

強くなった。些細な差だが、俺はそう確信した。

 

「んー、そろそろ夕方……レベルも上がったし、帰ろっか?」

「ん、ああ。わかった、じゃあそうする」

 

帰り道、空良が指先で触れただけでスライムを弾き飛ばしているのを見て、俺の心は粉々に砕けた。

なんだよ、体に触れた瞬間『ジュッ』って。指先で触れただけで消すてなんだよ。



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幼馴染みを掛け金に

ダンジョンから帰ってきたその夜。

あてがわれた部屋で緊張しながらくつろぐという荒業をやっていた俺に、空良が部屋を訪ねてきた。

夜道を散歩しよう、ということらしい。

しんと静まった城下町を空良と二人、歩く。

街灯───あれも魔法の代物らしい───がぼんやりと夜道を照らし、コツコツと俺たちが歩く音だけが響く。

出店すら1つも出ていない。

国王が、夜中の仕事は禁止しているらしい。

(いわ)く、夜更かしするしないは勝手だが、夜中に働くとさすがに体調を崩すとかなんとか。

ただし、バーとかの夜からが本番なお店は特別に大丈夫らしいが。

 

「ねえ、仙くん」

「ん?」

「仙くんはさ。私がここ(異世界)に飛ばされたとき、必死に捜したって言ってくれたよね」

「あ?うん。幼馴染みが急にいなくなったら、そりゃ捜すだろ」

「そっか。ありがと…。私、なんていうか、胸の奥がもやもやするんだよね」

「もやもや?」

 

空良はそこで止まって息を継ぎ、再び歩きだした。

その顔は、とても寂しげで、少しでも触れれば壊れてしまいそうだった。

 

「こっちの世界の人は、私を歓迎してくれたし、感謝もしてくれた。けど、仙くんや、お父さんお母さん、他にも蓮くんや早奈ちゃんにも、迷惑をかけちゃった」

「………」

 

空良のご両親、それに蓮や早奈も、警察の注意を無視して血眼になって空良を捜索していた。

今でこそご両親も『空良が帰ってくるまで死なないこと』と目標を立てて落ち着き、蓮と早奈もなんとか落ち着きを取り戻した。

3人とも、まだ空良を探しているだろう。だが……まだ話すわけにはいかない。高校生の浅知恵ではあるが、時間を置いてちょっとずつ分らせて行こうと思ってる。地道に、地道に。

で?迷惑をかけた?迷惑と言えば迷惑だったけど……

 

「勇者のくせにバカなのか?」

「ふぇっ?あ、痛っ!」

 

俺は空良の後頭部にチョップをかました。

 

「迷惑とか考えるな。空良が消えたことは確かに心配した。けど、俺たちは迷惑だなんて思っちゃいない。当たり前だからな。要するに…空良は、かけがえのない存在で、それを捜すことは迷惑でもなんでもないって事だ」

「……それは……仙くんにとって、も?」

「ん?」

「い、いやっ!!なんでもないよ」

「…気になるけど、まあいいか」

 

隣を歩く空良の顔色が、幾分か良くなった気がした。

 

「そろそろ、帰るか?」

「……うん。そだね」

 

そこで俺たちは(きびす)を返し、城へと戻っていくのだった。

……言葉にすると俺たちが金持ちみたいだな、これ。

 

 

 

 

「昨日の夜、どこに行っていたのだ?」

 

はい。翌日、王子様ことオレンズさんに捕まりました。

 

「出歩くのは自由であるが、夜中に外に出るのは感心しないぞ!不埒な輩に出会ったらどうするのだ!?」

「大丈夫だよ、仙くんも一緒に来てくれたから!」

「仙くん、だと…?こいつ、レベルが2なのだろう?そんなやつに、ソラを守れるのか?」

 

守れません。

多分ゴブリンが群れで来たらすぐ死にますね、これ。

悔しさと苛立ちから拳を握りしめていると、王子様は聞き捨てならないことを言った。

 

「……ま、よい。さて、ソラよ。挙式はいつ挙げる?魔王討伐の褒美に僕の妃になる約束だったな」

「えぇ……?」

「ん?ちょっ、おい待て!」

「なんだ?」

「そ、空良!それ本当なのか!?魔王討伐の報酬がそんなモンなのか!?褒美どころか拷問じゃないか!?」

「ごうもっ……。!?」

「いや、私はお断りしたんだけどね…なにせ、お話聴いてくれないから」

 

マジか、こんなのが王様になったらこの国3日で滅びるぞ。

それのお妃様って…空良の心労が絶えなさそうだ。

 

「知らないのか、セン。嫌いは好きの裏返し。僕はソラの心中をしっかりわかっているぞ……」

「やかましいわ!空良が大丈夫でも俺は許さないからな!」

「はっ?レベルが2のセンになにができる?僕たちの挙式の友人代表か?」

「その自己中心的な性格を直すことだろうよ!」

「ほう?そこまで大口叩けるとは。いいだろう、僕と勝負をしないか?パーティーが終わるその時、最後の興として決闘しよう」

「受けてやる。負けたらどうする?」

「絶対服従。これが一番分かりやすい」

 

トントン拍子で決闘の予定が進む。

それでいい。これからずっとレベルを上げなければいけないのだから、少しでも時間が欲しい。

普段の俺なら、きっともっと平和的に話を進めるだろう。

だが、これだけは許せない。

話を聴かずにいい気になるなど、許せない!

 

「せ、仙くん。やめた方が……」

「言うな、空良。これは意地だ。男の意地だよ」

「そんな…………」

 

空良が認めたなら、俺は手出しも口出しもしなかった。

けど空良は、断ったんだってな。

話を聴かずに調子にのって、既に勝った気でいる。

それがどれだけ重い罪か、教えてやるんだ。

……字面だけみると俺のほうがダメ人間っぽいが?

 

「ほら、地図だ。ダンジョンの場所が書いてあるだろう?そこでせいぜいレベルを上げるとよい」

「なめやがって。まあ使うけど」

 

時刻はまだ夜。

1日半あって、どれだけいけるだろうか。

スライムなら俺でも倒せるから、ある程度はそこでレベルを上げよう。

門を通ろうとすると、空良が走ってくる音が聞こえた。

 

「仙くん!」

「来るなよ?さっきも言ったけど、意地なんだから」

「そ、そんな……じゃ、じゃあこれを!」

 

空良が投げて来たのは茶色い皮の袋。

しぼんでいるし、中になにかが入っているわけでもなさそうだが…?

 

「それ、【収納バッグ】!いろいろ、入ってるから!」

「し、【収納バッグ】?」

「くっ……ソラ、なんでそっちの味方に……」

 

口を開けるとパンやら宝石やらが詰め込まれているのが見えた。

どうなってるんだこの中の空間。ドラ○もんかよ。

とにかく、これはありがたく使わせてもらおう。

空良を置いて城を飛び出し、俺はダンジョンへ向かっていった────────



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幼馴染みを救うために

俺───ディアスは勇者ソラを祝うためのパーティー会場にいた。

え?誰かわからない?

鍛冶屋のオッサン。アレだよ、アレ。

勇者ソラの剣を鍛えた者として、俺にもパーティーの招待状が来たんだが……あの坊主……セン、とか言ったか。 

あいつが見当たらねえ。

ソラに聴けば、パーティー最終日にオレンズ王子と決闘をするらしい。

ったく、あのバカ小僧。

オレンズ王子は、パーティー会場のド真ん中ででんと構えている。手に二振りの木刀───片方はレイピア、もう片方はサーベルを持って。

時計の鐘が鳴る。もうすぐ18時、パーティーをお開きにする時間だ。

鐘が鳴り終える前にセンが来なければ、不戦勝で王子の勝利。

 

「仙くん……」

「心配しなさんな。あの坊主なら来るだろ」

「そうじゃ!ソラは待ってるだけでよい!あいつは少し行動が勝手じゃからの、たまにはお灸を据える必要があるじゃろて」

「精霊さんよ、そいつぁどっちに言ってんだい?」

「どっちもじゃ!」

 

同じく招待された水の精霊ノンピュール。

ちっこいのに、内包している魔力の量が常人のソレとは桁違いだ。さすがは精霊か。

と、そんなことを考えていると───────

 

コツ、コツ

 

「!!」

「来やがったか」

「ダンジョンでくたばらなかったのか。そこは褒めるべきかのう」

 

扉の向こうから、靴を擦る音がした。

 

コツ、コツ

 

歩みのテンポは遅い。

 

コツ、コツ。ギィィイイイイ

 

扉が開いた。扉の向こうから出てきたのは…

 

「仙くっ………!?」

「アイツ!!今の今までダンジョンに潜ってやがったか!」

「なんという……!」

 

ぱーかーと呼ばれる異世界の衣服はボロボロに擦りきれ、蒼白な顔をし、千鳥足と言ってもいい歩き方をするセンだった。

センは左手に持った袋……あれは【収納バッグ】か?をソラに投げ、「食べ物を少し貰った」とだけ言うと、幽鬼とも変わらぬ顔で王子をにらむ。

 

「お、お主!レベル、あやつのレベルを!」

「お、おう!わかってら、【サーチ】」

 

そうして俺の視界に映ったのは……

 

「なっ………!?」

 

 

『オレンズ:LV87』『セン:LV17』

 

 

絶望的なレベル差。ピッタリ70もの差がある。

どうすんだよ、おい…!!!

 

 

 

 

あれから、モンスターの不意討ちを狙う感じでレベルをあげていった。

いくつレベルをあげたっけか。

数えていない。

 

「来たか、セン。調べた結果、お前はサーベルが得意そうじゃないか。くれてやる」

 

王子が投げて来たのは木刀。

形状と重さ、セリフからしてサーベルか。ぼんやりしててよく見えないけど。

サーベルを握り、先程まで使ってきた、独自の『型』をとる。

ダンジョン生活で培った、人の不意を突く構え。

王子も、手に持った…レイピア、細剣を構えた。

合図なんて物はない。

周りにはたくさんの人がいる。みんなこちらに注目しているようだ。

メイドのミスだろうか、シルバー(食器)を落とす音が、カランと硬質的な音が聴こえた。

同時に走り出す。

自然体から、一撃必殺の刺突攻撃。

まずはこれで牽制を────

 

「ぬるい」

「がっ──あ゙ッ!?」

 

刺突のために伸ばされた腕を掴まれ、後ろに放られる。

それだけではなく、バランスを崩した俺の背中にレイピアの斬撃が喰らわされた。

自らの勢いと王子の攻撃が合わさり、俺は派手によろめく。

まだだ。まだ終わっていない。

ゆらりと体を前に傾ける。

反射で右足が前に出た瞬間に足に力を込め、急接近。

サーベルを王子の頭に───

 

「そんなものか?」

「ぐっ……あ゙はっ!!」

 

鈍い音が響く。

サーベルをレイピアで受け止めた王子は空いた左手で俺の腹に強烈なパンチを喰らわせる。

内臓が形を変える気持ちの悪い感覚が俺の思考を一瞬止めた。

バックステップで距離をとるものの、王子は瞬時に近づいてはっけいを飛ばしてきた。

 

「うあがっ!!」

「僕を…バカにするなッ!!!」

 

利き手ではない左手でこの威力。

俺は腹を押さえながら方膝をついてしまう。

と、俺の眼前にレイピアの切っ先が向けられた。

 

「僕だってこの国の王子だ!そう簡単に遅れは取らない!」

「………………」

「センッ!!君に何ができる!?何ができるんだ!」

 

怒りすら帯びた王子の声。

何ができるって……そりゃあ、理不尽な奴から空良を救うくらいは。

 

オレンズが重く踏み込む。

全身の筋肉を緩め、至近距離から今できる最速の突きを放つ。

オレンズは踏み込んだ足でターンを決めると、勢いを殺さずに突き出したサーベルを叩き落とした。

 

「戦闘の素人……ダンジョンでレベルを上げたは良いものの、対人戦を行なってこなかった。違うか、セン」

「……違わねえけど」

 

ゴブリンだって人形だ。

……言い訳だってわかってる、ゴブリンはオレンズのように早くない。

 

「センスはある。だが、僕から花嫁を奪うには技術が足りなさすぎた」

 

なんだ、人の話を聞かないだけで、いいやつじゃないか。

……いや、致命的な欠陥だな。

王子はレイピアを振り上げ、俺の頭を強打する。痛みで膝が落ちる。

強く地面におとされた俺の体は、もう動こうとしない。

まるで、アイツとはもう戦いたくないと言うように。

 

「セン……ありがとう、いい勝負だった。さあ、ソラ。僕と婚約を───」

 

顔だけ動かして王子を見る。

だんだんと空良に近づいている。

……ああ、いやだなぁ。こんなんに、空良を取られるなんて。

景色がゆっくりに見えた。今までの空良の顔が脳裏に浮かぶ。

走馬灯だろうか。はにかんだ顔、泣き顔、怒った顔、悔しそうな顔────

 

 

『ねーせんくん!わたしね、おっきくなったらせんくんとけっこんしてあげてもいいよ!』

『いいの!?』

『うん!あ、でも、せんくんがわたしよりもつよくなったらね!』

『つよく?どーして?』

『わたしの夢!いつか、せかいじゅーのみんなを笑顔にするの!だから、悪いやつらをやっつける、そんなひとにせんくんがなれたら、けっこんしてあげる!』

 

 

気がつけば、俺は立っていた。

産まれたばかりの小鹿のように震える足を使って。

鉄の棒が仕込まれたように動こうとしない手でサーベルを握って。

地面を、強く蹴って。

両手を、振りかざして。

オレンズに向かって、強く、強く!!

 

「いいかげん、しつこいッ!!」

「ぐっ!!!」

 

王子は、オレンズは振り向き様にレイピアを構えて俺の剣を受け止めた。

左手が反撃の構え。

させるわけがない!

サーベルを引き戻して右斜め下から上に向かって剣を振るう。

 

「なっ!?」

「であっ!!そりゃあっ!!」

 

オレンズは出した左手でサーベルを押し、軌道をずらしてサーベルを避ける。

今がチャンス。息を止めてオレンズに肉薄する。

上から、下から、変則的な動き。……単にがむしゃらに動いてるだけか。

 

「俺がっ!やるっ!はずのっ!ことをっ!」

「くっ、どこにそんな力が……」

「アイツはっ!一人で!やったんだぞ!!!」

 

ハンマーを振るうように、乱暴に剣を扱う。

ムチを使うみたいにしならせた腕が悲鳴をあげた。

 

胸の奥にぽっかりと穴が空いたようだった。

先程から体中が熱い、

けど、こんな痛み、なんてことはない。

ずっと、一人で頑張ってきた空良に申し訳がたたないから。

予測しろ、予測して弱点を突け。

 

「あいつは、たしかに勇者かもしれないけど……」

 

それ以前に、一人の女の子で、俺の幼馴染なんだ。

 

オレンズは上段から迫る剣を避けようと半歩後ろに引く。

だが、お前のクセはもう覚えた。

お前のクセは……

 

「避けるとき、必ず右に動くッ!!」

「なっ……!?」

 

ガードのために水平に出されたレイピアに、渾身の力をこめてサーベルを叩きつける。

バキィ、と耳障りな音を立ててレイピアは砕け散った。

細かった剣身にダメージが蓄積されていたようだ。

ただ、レイピアと接触したことによりサーベルの勢いが逃がされてしまった。

手に持ったサーベルを放す。

押されて尻餅をついたオレンズの頭に手を伸ばし、一歩、力強く踏んでオレンズの後頭部を地面に押し付けた。

 

「がっ……はっ……!!」

「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」

 

オレンズの、否、場のみんなの顔が驚愕に染まっていた。

独り、オレンズにアイアンクローもどきを喰らわせたままの体勢の俺の意識は、体の疲労が侵食するように黒く染まっていった。



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幼馴染みの怒り

目を覚ますと、控えめな、けれど上品な装飾の天井が目に入る。

知らない天井───なんてありきたりな感想は置いといて。

 

「おい、起きたみたいじゃぞ!」

「本当?」

 

視界の端に消えていった青い髪は、ノンピュールだろうか。

どこか、ギィィ、と扉が開く音が聞こえた。

 

「仙くん……」

「空良」

 

視界に飛び込んできたのは、幼馴染みの勇者様。

 

「気がついたの」

「うん。ちょっと待ってろよ」

 

体を起こし、ベッドから降りる。

節々が痛い。これは痣でもできているか。

そう思いながら空良に向き合ったとき、パシィン、という高い音と共に俺の顔が強制的に右を向いた。

左頬が、ジンジンと痛みを訴える。

はたかれた。空良に。

 

「なんで、こんなことしたの」

「……………」

「仙くんっ!!!」

 

怒気を孕んだ空良の叫び。

 

「なんで、あんなことを……」

「わたしが、どれだけ、心配したと……」

「ねえ」

「ねえ!!!」

 

矢継ぎ早に空良の口から放たれる言葉の数々。

恐る恐る視線を前に戻すと、俺が一番見たくなかった光景がそこにあった。

 

「仙くん…………」

 

泣いていた。

大粒の涙をぽろぽろと溢し、空良は泣いていた。

 

「一人きりで、ダンジョンに潜って!?あんな、絶望的なレベル差のある王子に……王子に!!」

「………………」

「ねえ!これ、悲しいの!勇者だから、大丈夫と思った!?嫌だよ、そんなの!!」

 

支離滅裂(しりめつれつ)、言葉は言葉の意味を成しておらず、しかし、俺のどこか、奥に深く深く刺さった。

 

「ごめん」

「…………やだ」

「もっと、強くなるから」

 

泣きじゃくる空良の頭に触れつつ、しきりに謝る。

 

「空良を守れるくらい、強くなるから」

「……うん」

「空良を安心させられるくらい、強くなるから」

「……やくそく」

 

空良は涙を袖で拭いながらも、こちらに右手の小指を差し出してくる。

 

「うん、約束だ」

 

出された小指にこちらの小指を絡め、それに応える。

ゆびきりげんまん(指切拳万)』。

昔も、よく空良と約束ごとをしていた。

おねしょをばらさないとか、大きくなったら結婚するとか。

いつも、約束は他愛のない幼稚なものだったけれど、今度の約束は必ず守り通す。

未だにヒクつく空良を抱き寄せ、背中をぽんぽんと軽く叩く。

 

「…………う。もっと強くやさしく叩いて」

「……わかった」

 

その後、空良が泣き止むまでずっと抱きしめ続けた。

 

 

 

 

「おお、出てきおった……ソラ!?その涙の(あと)はなんじゃ!?せ、セン!お主、ソラに何かしたのではあるまいな!?」

 

どうやら俺は、救護室のような所に寝かされていたらしい。

泣き声が聞こえなかったのか、外で待っていたらしいノンピュールはすぐさま空良にかけよった。

 

「ううん、なんでもないの」

「そ、そうか……?ソラが泣くことなどあまり見たことが……というか一回も見てない気がする……。セン!後で一発なぐられよ!」

「理不尽!?」

「理にかなっておるわ阿呆が!」

 

ノンピュールが俺から離れるように空良の身体をチェックしている中、俺は遠くから近づいてくる一人の陰に気がついた。

俺も空良とノンピュールから離れるようにして、彼に近づく。

 

「……やあ、セン」

「……オレンズ王子」

「そう睨むな。僕も、反省しているのだから」

 

どこか悲しげに空良を見るその顔は嘘をついているようには見えない。

『反省している』と言ったのは嘘ではないようだけど……どうにも、なぁ。

 

「……なあ」

「なんだ?」

「結果は、どうなったんだ。決闘の、結果は」

「決着がついたとき、君は気絶して僕は意識を保っていた。戦場なら、僕が君を刺すこともできた。勝ちか負けか、判断に困っているんだ」

 

……なるほど。

言わんとしてることはわからんでもない。

決闘としてはオレンズを地に叩きつけた俺の勝ち、戦場としては意識を保っていたオレンズの勝ち、ってことなんだろう。

と、顎に手を当てて考え込んでいた王子が、

 

「……良ければ、提案がある」

 

と言ってきた。

 

「提案?」

「引き分けに、してくれないか」

「……なるほど」

「正直に言って、僕はあの勝負、僕の敗けだと思っている。あの時、手加減として『叩く』ことはあっても、『刺す』ことはしなかった。そして、最後の連続攻撃。実のところ、完璧にいなすことができなかった。つまるところ、サーベルが本物なら僕はとっくに腹を裂かれていたわけだ」

 

手加減、か。

ダンジョン疲れがあったとはいえ、少しの動きで俺を翻弄して、突き飛ばして、なおかつ手加減の域。

あらためて、自分の弱さが見えた。

 

「引き分けにして、なんになるんだよ」

「なにかを望もうというつもりはない。先ほど『敗けだ』と言ったが、僕だってソラを諦めるつもりはないんだ。これからも恋のライバルとして戦ってもらえれば、それでいい」

「恋のライバルだって?いや、俺は別に、幼馴染みとして───」

 

そのとき、心中に疑問がよぎった。

本当に、ただの幼馴染みのためだけに俺はあんなことをしたのだろうか。

ただの幼馴染みのためだけに、あんなにボロボロになったのか?

……多分、そうじゃない。理由はないが、そうじゃない。

もしかすると、俺は─────

 

「………どうかしたかい?」

「いや、別に。ただ、お前の豹変ぶりに驚いてるだけ。初めてあったときはバカかと思ったけど、あんがい賢そうじゃないか?」

「ははは。兵士からも陰で『バカ王子』と呼ばれているようだが、敵を騙すにはまず味方から、と言うらしいじゃないか。いやはや、ソラに教えてもらったがわざと転ぶのは骨が折れるな」

「あれ、演技だったのか」

「あれくらいの段差で転ぶのはさすがにおかしいと思う」

「おぉーい。何をそこで(はな)してるー。ほれ、()くぞぉー」

「あぁ!今、そちらへ向かおう!!」

「うわあ気持ち悪いお主は来るな!!」

 

あ、スイッチ入った(バカになった)

……ん?待てよ?バカなのが、演技なんだろ?

つまり、人の話を聴かないのは素?

 

「こらぁ、セン!はよう来んか!」

「………やっぱあいつ、許せねぇ!」

 

レベル上げて絶対、完膚なきまでにリンチしてやる!

俺はそう、心に固く決意したのだった。



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幼馴染みと聖なる獣

 

「身代わり石の効果はあと2日あるのじゃろう?他はどうするのじゃ?」

 

現在、城下町の大通り。

賑やかで楽しそうな雰囲気のこの場所で、俺たちは三人で歩いていた。

 

「あの石の効果が切れる一日前には帰るとして…今日はどうするか、空良?」

「うーん、見せたい場所は回ったし…精霊殿とか?ノンちゃんの実家」

「んなっ!?や、やめんか、わらわの家など面白味もないぞ!」

「……魔王城?」

「それこそダメじゃろ」

 

何もやることのない休日とは思いの外暇なもので、急に仕事が休みになったサラリーマン達の心情がわかった気がする。

……異世界だし、どこに何があるか知らないからなぁ。

 

「お?ではアレはどうじゃ、聖獣の住みかは」

「せいじゅう?」

「ああ!そんなのもあった!」

「聖なる獣……その姿は代ごとに変わるのじゃ。虎から鳥が生まれたりもする」

「へぇ……」

「さらに、捨てられた獣の卵や幼体を引き取るその優しい性格も聖獣と呼ばれる由縁じゃ」

 

なるほど……見てみたいな。

 

「それって、見に行くことはできるのか?」

「基本見に行けるぞ。大きな山の上だから、ちと厳しい道のりじゃが」

「私、行ったことあるから【転移結晶】使えるよ」

「……その問題は今、解決したようじゃ」

 

空良はやはり懐から紫色のクリスタルを取りだし、砕く。

と同時にぐにゃりと視界が歪み────

 

 

 

 

毎度思うが、どういう原理なのだろう。

 

「こひゅー、こひゅー」

「む。なんじゃ、歩いてもないのに酸欠か」

「んなこと、言ったって、酸素、薄いし」

 

そう。酸素薄い場所に一瞬で来てしまったのだから。

見下ろすと、やはりそうか、雲の上。

うわぁ~☆空が青~い☆

……雲が無いんだから当たり前だろ。

 

「はい仙くん、収納バッグ」

 

差し出されたのは、見慣れた茶色の袋。

意味がわからず首を傾げていると、空良は袋の口を開けた。

 

「この中に地上の酸素が入ってるから、これで空気が吸えるでしょ?」

「……なるほど。ありがたいけど、空良は良いのか?」

「伊達に勇者やってないよ、海の中でも二時間は呼吸しないでいける」

「……………………そうか」

 

収納バッグを口に近づけると、なるほど、確かに新鮮な酸素が漏れ出てくる。

……というか結構な勢いで酸素が吸い寄せられているのだが、中の物はどうして出ないのだろう。

勇者にしても、魔法にしても、未だに謎が多いままである。

 

「さあ、行くぞ。こっからじゃと、少し歩くだけで巣に行けそうじゃ」

 

ノンピュールの案内で聖獣の巣まで足を運ぶ。

景観としてはあれだ、テレビでよく見る富士山の山頂ルート。

雪が積もってるとかはない。かといって、木が生えているわけでもない。

普通に岩肌が露出している。

 

「そろそろか?……あ、ここか。ついたぞ」

 

しばらく歩いた先に、整備された開けた場所があった。

不思議と酸素に満ちている。収納バッグは要らなさそうだ。

小鳥やらライオンやらたくさんの獣がじゃれあっている。

なんか、癒されるな……。

と、中央になにやら大きな枯れ草の塊を発見。

形状はありがちな鳥の巣。

ただし、バカでかい。

眺めていると中から女の子の声がした。

 

「あれ?あれれ?本当にどこにもいない……?ち、ちょっと!そこに誰かいるんですよね!?入ってきてもらっていいですか!?」

 

ガサガサという音と共にかけられた声。

三人で顔を見合わせ、中に入ることにする。

空良は跳躍、ノンピュールは召喚したリヴァイアサンに乗って浮遊、俺はクライミング……情けねえ!

 

「あっあっ、勇者さんと精霊さんでしたか」

 

巣の中で俺が見たのは、目を見張るものだった。

肩口まで伸ばした茶色の髪に、くりくりとした白い瞳。

極めつけは尾てい骨辺りから生えているふさふさの尻尾と、頭辺りにぴょこんと飛び出た可愛らしい獣耳。

 

「獣人……だと。ライトノベルの中だけかと思っていた」

「わあ可愛い!あれ?でもなんでこんなところに女の子がいるの?」

「おおかた、獣の(たぐい)として聖獣のやつが引き取ったんじゃろ」

 

目の前の女の子は頬を膨らませて抗議の意を示す。

可愛い。

 

「違いますよ、精霊ノンピュール!私が、私こそが聖獣です!」

「ええ!?私と会ったときは大きなドラゴンだったよね!?」

「つい先日代替わりの時期が来まして。ちょちょいと体が変質しました」

「へぇ~!可愛い、可愛い!撫でていい?」

 

空良に俊敏な動きで抱き止められ頭をこしこしされている聖獣(?)はしかし、ハッとしたように目を見開く。

 

「って、違いますよ!そうじゃないです!」

「そうじゃ……ない?」

「じつは、幼い獣がここから誘拐されてしまったようで…!」

「ええ!?」

「なんと……」

 

おっと、超展開。

でもそうだよな。ライオンとか、俺たちを見ても襲わないところを見ると『ヒトになついているライオン』として高く売れそうだもんな。

まあ、そんなことをする以前にここまで高い山に来るのか疑問だけれど。

 

「私がご飯を取りに行っている間に誰かに連れ去られたのではないかと!私はもう、心配で心配で……!」

 

涙目になってわたわたする聖獣。

 

「あの、お願いです。少しの間でいいので、一緒に探してはもらえませんか?」

「あー……ええと、仙くん?」

 

空良は少し悩むと、俺の顔を覗き込んでくる。

 

「俺は構わないぞ。けど、今日には元の世界に帰るから、そこから先はサポートできない」

「………!ありがと、仙くん。じゃあその依頼、この私、勇者ソラが引き受けましょう!」

「もちろんわらわもやるぞ。リヴァイアサンを寄越してくれたのはお主じゃしの」

「わあぁ…!ありがとうございます、ありがとうございます!」

「あー、なんじゃ、セン。こんなことがあったからわらわたちは今から……」

「わかってる。お前たちが忙しくなるから、俺は今から元の世界に帰らなきゃいけないってことだろ?大丈夫だ、飛ばしてくれ」

 

きっちり夜に帰るとか言ってると空良たちに迷惑をかけそうだからな。

俺は一足先に帰った方がいいだろう。

 

「すまんの、セン。じゃあ飛ばすぞ?」

「早めに帰るからねー、仙くん!」

「センくん?もしかしてあの方はソラさんのフィアンセ?」

「なっ、ちょっ、待っ…まだそんなんじゃないよ!」

 

そんな会話を聴きながら────

 

 

───俺の視界は、ぐにゃりと歪んだ。

 

 

 

 

そして現在。俺の現在地は学校の裏山。

よく授業のスケッチや虫の観察などに使われる場所だ。

そんなところに、なぜ俺がいるのかというと───

 

 

「くるるるるららら」

「……居たわ、誘拐された獣……」

 

 

───なぜか異世界で誘拐されたはずの獣が、俺を警戒心むき出しで睨んでいるからだ。

助けて、勇者さま。



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幼馴染みが不在

 

転送されたその日、俺はコピーと入れ替わった。

コピーは家事をすることになり、俺は学校へ行くことに。

幸いコピーの記憶は鮮明で、授業の内容に遅れることはなかった。

そして、放課後。

家に空良は不在なので珍しく暇となったため、先生方から手伝いという名の雑用を押し付けられていた。

評価点くれるって言ったし、録音レコーダーで言質はとったから手伝いも無駄ではないのだが。

その中の一つ、『裏山で万術部(まんじゅつぶ)が作った魔方陣を見つけてくる』という物。

万術部ってなんだと思ったが、この前勧誘されたことを思い出した。

開けた場所で作られたらしいので、その場所まで山を登っていたのだが。

 

「くるるるるららら」

「…………ん、あ、え?」

「ぐる?」

「……え?」

 

はい。その途中に、大きな体躯の獣とはちあいました。

獅子のように大きく、足からは大きな爪が見えた。

そして異様に長い尻尾。蛇一匹はありそうな。

……ハイ、どーみてもこっちの世界の動物じゃないね、ありがとうございました。

 

「くるる」

「おっけー、俺に攻撃の意思はない」

 

両手を上げて降参のポーズ。

睨まれてはいるものの、敵視はされていない雰囲気。

見たことが無いものを注意している感じだ。

獣は両手を上げている俺の周りをくるくると回ると、唐突に俺に背を向けた。

長い尻尾をゆらゆらと揺らしている。

『ついてこい』って言ってるのか…?

のっそりと歩きだした獣の後を、転ばないようについていく。

やがて見えたのは小さな洞穴(ほらあな)……ここに住んでいるのか。

さすがに踏み込む勇気はないので穴の前で待っていると、奥からぴいぴいとさえずりが聴こえる。

獣は小鳥をくわえて(捕食するのではないかとハラハラした)、洞穴から出てきた。

視線は木の上と俺を交互に行き交っている。

木の上を見ると、こぢんまりとした鳥の巣から、親鳥と思われる鳥が首を出している。

 

「そいつを、あそこに戻せと?」

 

肯定を表すように喉を鳴らす。

 

「お前はできないのか?」

 

無言で前足を差し出された。

よく見れば右足が赤く染まっている。

怪我をしているから難しい、と。

 

「わかった、やってみる」

 

受け取った小鳥を制服のポケットに、結構な大樹をよじ登る。

木が何年も生きてきたお陰で枝のなりそこない(足場)がそこそこあり、登るのは苦では無かった。

震える小鳥を親鳥の待つ巣へ返す。

あとは降りるだけ────ズルッ

 

「ッだあ!?」

 

ッつ、落ちる!

地面は柔土だから死にはしないだろうが、これは骨折か───。

きゅっと目をつむる。

1秒、2秒………痛みがこない。

恐る恐る目を開くと、俺が獣の背中に乗っていることがわかった。

空中で。

獣は坂道を滑るように着地し、衝撃を後ろに受け流す。

 

「すまん。乗っちまった」

 

慌てて降りると獣はその場に座り込んだ。

右足を隠して。

あー……もしかして、俺を助けるために足を痛めたか。

 

「ありがとうな」

「くる」

「あ、そうだ、この辺に魔方陣……なんかでっかい模様なかったか?俺、それを探してるんだけど」

 

俺の問いに、獣はあるところを視線で指した。

獣の視線を追えば、そこに開けた場所と、中心にぶっ刺さる魔方陣の書かれた尖った岩。

 

「お、あれか。センキュ」

「くる」

 

獣に別れを告げ、岩に近付く。

……あの動物、今は敵対していないみたいだが、山から降りてきたら困るな。

勇者である空良がいないこの状況、俺ができるのは時間稼ぎか。

一先(ひとま)ず、今日のところは帰ろう。

なにかできることがあるかもしれない。



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幼馴染みが帰還

「……っと、よう」

「くる?」

 

次の日の放課後、俺はまた山に来ていた。

今度はお手伝いじゃない。

 

「お前、右足ケガしてるんだろ。これ、消毒液と包帯とか、もろもろ」

 

そう。治療のために、俺の意思で来たのだ。

洞窟の奥から顔をのぞかせた獣はやがてのっそりと出てきて、俺の前に右の前足を差し出した。利口で良い子だ。

 

「よし、今治すからじっとしてろよ……。ん、これは刺し傷か?」

 

その傷はなにか刃物で切られたように横に一直線に伸びており、傷口の周りがじくじくと膿んでいる。

あまり直視できないグロさだが、直視しないと手元が狂う。

応急措置の方法に従って膿を除き、消毒をし、包帯を巻いた。

後は、俺の趣味的なもので他の足首にも包帯を巻いておいた。

 

「よし、これでどうだ?」

 

治療を終え、様子を尋ねると自信に満ちた鼻息が帰ってくる。

どうやら調子は良くなったみたいだ。

 

「とりあえずは……お前、こことは違う世界の動物ってことでいいんだよな?」

「ぐる」

 

返って来たのは肯定の意。

 

「じゃ、お前、ぬいぐるみみたいに体を縮めることできるるか?」

「ぐる?」

「んー……これこれ」

 

返ってきた疑問の意に、スマホで検索した写真を適当に見せる。

期待しているのはノンピュールのリヴァイアサンのような感じ。あれくらいのサイズならバッグに入るだろうし、目立たない。

 

「ぐる」

 

肯定。

 

「おっけー。後は……俺に、お前を攻撃する考えがないことはわかってるよな?」

「ぐる」

「俺は、お前を元いた場所に戻そうと思ってる。だから、ぬいぐるみサイズになってしばらく俺と過ごす事は可能?」

「ぐる」

 

全部肯定の意───ヨッシャア。

空良が戻ってきたら速やかに提出することにしよう。

 

「それじゃ、不安だろうけど悪いようにはしないから、この中にぬいぐるみになって入ってくれ」

 

薬箱を入れてきたバッグの口を開くと、ぽんと軽快な音と共に獣の体が白煙に包まれ、やがてそれが晴れた頃には獣のいた位置にデフォルメされたぬいぐるみがあった。

丁寧にそれをカバンにしまい、家へ向かう。

通学路を歩きながら、俺は考えていた。

 

獣を保護したのは良いが、獣がなぜこっちの世界に来たのかはまだ謎のままだ。

別世界に物質を届けるなんて、この前の招待状でもあるまいし、そう簡単に届けられるものなのだろうか。

……そう言えば転移の方法なんていくらでもあったな、お手軽なのとか経費が高くつくものとか。

しかし、そういう転移系は行き先の情報を良く知っていないと転移できないのが(おも)だ。

つまりは、異世界人である勇者ソラ以外にもこっちの世界を知っている人がいる……とか?

まだ憶測でしかないし、果たして転移が本当に場所を知らないと使えないのかもわからないが、警戒はしておいた方がいいだろう。

 

「おーい?おい、仙?おいってば?」

「っだあ!?な、なんだ、蓮か」

「さっきから話しかけてただろ」

「仙先輩、こんちゃーっす」

 

考え事に没頭して気づかなかった。

というより、なんの用だろう。

 

「なんか用があったのか?」

「ん?いや、特に用はないけど」

「ないのか」

「むしろ予定が無いから、仙先輩を誘いに来たんですよね」

 

また遊びの類いか。

結構な数を断ってしまっていると思うのだが、気に止めず何回も誘ってくれている。

……たまには遊んでもばちは当たらない……はず。

 

「……ん。何をして遊ぶ予定なんだ?」

「おおっ、珍しくやる気じゃん!よっしゃ!」

「じゃあ『ぐらぐらタワーバランス』。あれやりましょう!」

「じゃあ、久しぶりにウチに来い。親の趣味か、そういうのたくさん置いてあるんだ」

「仙の親に感謝」

 

どこか懐かしいやりとりをおかしく思いながら、俺たちは通学路を歩く。

昔も、こんなことがあった。

空良がいないこと以外は、全部一緒のやりとり。

そろそろ、潮時かもしれないな───

俺の思考はそっちに持ってかれていた。

 

 

 

 

「よし、とりあえずはここでのんびりしててくれ。ぬいぐるみになるのは苦ではないんだろ?」

 

カバンひとつを埋めてしまうサイズのぬいぐるみは自室のベッドに鎮座していて、ボタンのような瞳は肯定の意を俺に送ってきた。

ひとりでに動きだし、ベッドの上をうろついている。

 

「仙せんぱーい!まだですかー!」

「わ()ったよー、今行くー!それじゃ」

 

獣に手を振り、タワーバランスゲーム、他テーブルゲームを担いで部屋を出る。

リビングの扉を開けて、タワーバランスゲームを設置したところで───

 

 

───部屋の中央に、光の柱が射した。

 

 

「ぶっ、ぶああああ!目がああああ!」

「さな、後ろに!」

「二人とも早く退け!」

 

蓮が妙に堂に入った動きで早奈を庇いう中、光の柱はその輝きを徐々に落としていく。

そして、その光の柱から……

 

「ただいまー、仙くん……あれ?」

「最ッ悪のタイミング!」

 

リビングに勇者(空良)が召還された。



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幼馴染みの発覚

 

場が凍りつく。

 

「せ、仙先輩……これは……?」

「お、おい。どういうこった、これは」

 

俺は無言で立ち上がり、空良の耳元に口を近づける。

 

「お前なんでこのタイミングで来んの!?まだ二日しか経ってないよね!?」

「えっ!?あ、ご、ごめん、仙くん?」

 

焦りに焦る俺を見て、蓮が冷静に対処する。

 

「仙。お前、その人と面識があるのか?」

「ま、まあ……」

「誰だ?んで、どっから出てきた?」

「それは……その……」

 

言い淀む俺を見て、今度は空良が口を開いた。

 

 

心山(こころやま) 空良(そら)だよ。私は……異世界から、来たんだ」

「「………………」」

 

 

口を大きく開け、目も見開く二人。

やがて。

 

「「ええええええええええ!?」」

 

そらそうなるわな。

 

「えっ、ちょっ、そ、そら?そらってあの空良?」

「久しぶり、早奈ちゃん」

「ぶ、ぶ、無事だったのか!?一年どこに行ってたんだ!?」

「……異世界」 

「「ええええええええええ!?」」

 

早口に捲し立て、驚き、俺に説明を求める二人。

空良から聴いた話をなるべく理解しやすく噛み砕いて説明すると、二人は口を金魚のようにぱくぱくさせた。

 

「え、じゃあホントに……そんなことが……」

「にわかには……信じられんけど……」

「二人とも、黙っててごめん。けど、警察や空良の親御さんには話さないで欲しい。空良がそうしたいって」

 

頭を下げる俺。

二人は立ち上がると、口を開いた。

 

「別に大丈夫ですよ」

「まあ……うん、大丈夫。飲み込めた」

「え?良いのか?え、なんで?」

 

あっさり受け入れた二人に驚く俺を見て、二人は顔を見合わせ、同時に言った。

 

「「そんなことがあっても、おかしくないでしょ?」」

「…………?」

「ど、どういうこと?早奈ちゃん、蓮くん」

「んー……。この世界に私たちがいるのなら、他に知的生命体がいる世界があってもおかしくないじゃないですか。あ、いや、オカルトーな話じゃないですよ!?」

「まあ、そんな考えを、最近持つようになったんだよ。空良が行ったっていうその異世界も、人間みたいな知的生命体がいたんだろ?」

 

やけに説得力のある話を披露する二人。

騒がれなかった安堵を感じつつも、疑問を覚えた。

二人は、そこまで異世界だとかを信用していなかったはずだ。

 

「なあ、何かあったのか?」

「……いえ別に何もナイデスヨ」

「ただ単に、その話の方が説得力あるなって感じただけだよ。そうだろ?『異世界なんてあるはずがない』なんて不安定な情報よりも、ここ、地球に知的生命体の実例があるって話の方が、まだ信じやすい」

 

やけに早口だが、まあ、この二人なら簡単に考えが変わってもおかしくない気がする。

 

「それで、空良さ……空良先輩は異世界で何をしてたんですか?」

「先輩……?あ、うん。異世界ではね、勇者をやってたんだ」

「勇者?」

「そう。それで、魔王を倒したから帰って来たの!」

 

一拍。会話に空白が生まれる。

 

「な、なあ空良。お前、一年間しか異世界行ってないよな?」

「え?うん」

「一年?一年で魔王を倒したんですか?」

「そうだよ?」

「「………………」」

 

呆然とした顔で空良を見つめる二人。

やがて……

 

「すまん仙、こればかりは俺たちの脳の要領を越えた」

「えっ、私、えっ、一年……え……」

「さな、さな。行くぞ、さな」

「俺たちもう帰るわ。すまん」

「えっ、あっ、うん。え?あ、じゃあまた明日」

 

真顔でぶつぶつと呟く二人は、足を引きずりながら家を出ていった。

本当に、なんだったんだ……。

 

 



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幼馴染みと新たな仲間

 

「あっ、空良。そういえば、お前に見せたいものがあったんだ」

「え?あ、うん。なに?」

「ちょっと待ってろよ」

 

急いで階段をかけ登り、部屋のドアを開ける。

バン、と大きな音を立てて開いたドアにビクッと震えた獣は反射でこちらを向く。

 

「お前の引き取り先が見つかった。来い」

 

腕の中に収まった獣(ぬいぐるみ)を抱え、階段を今度はかけ降りる。

バン、とドアを開けると、次は空良がビクッとした。

 

「ほら、これ」

「……?ぬいぐるみ?可愛いね」

「えと、ぬいぐるみじゃなくてだな。おい、戻れ」

 

腕の中のぬいぐるみに話しかけると、ぬいぐるみは俺の腕から抜け出してぽんっと白い煙に包まれる。

煙が晴れるころには、ライオンのような巨体を持ち、肉を引き裂く牙と草をすりつぶす臼歯が生え揃った大きな獣が、我が家の板の間に召喚されたのだった。

 

「……え?仙くん、これって……」

「うちの学校の裏山にいた」

「裏山ぁ……」

 

きっと異世界を飛び回ったのだろう、膝から崩れ落ちる空良の肩をぽんぽんと叩く。

しかし、さすがは勇者。

強靭なメンタルを立て直すと、懐から紫の巻物を取り出した。

 

「そ、そうと決まれば早速異世界に行こ!あっちでは聖獣ちゃんとノンちゃんがまだ探してるんだから!」

「ちなみにどれくらい探し回ったの?」

「……大陸を三往復くらい。飛行魔法を使って」

 

文字どおり飛び回っていた。

 

 

 

 

「ん?ソラ?一度帰れと行ったはずじゃ……が……」

「ソラさん、私たちの事は後で良いのでまずはセンさんに顔を……見せて……」

 

異世界に転移、さらにそこから聖獣の住みかへ移動。

俺たちを目で捉えた二人はこちらに駆けよって来るが、俺の後ろ───獣を見て、その足を止めた。

 

「な、なあセン。その、後ろのはなんじゃ?」

(さら)われた獣です」

「ど、どこに居たんですか?」

「学校の裏山」

「「近場ッ!!!」」

 

事実を告げるも、聖獣とノンピュールの二人は───否、空良も混ざって三人は、「うふふふ」「はははは」「えへへへ」と乾いた笑いを上げ始めた。

も、もうダメだ、目がイってる。

 

「お主、妾たちが休憩中で良かったの。これが飛び回っている真中(まなか)ならば……貴様の命は無いと思え」

「物騒!?」

 

瞳のハイライトを消し、俺の肩を揺さぶるノンピュール。

そんなに探してたのか。

たった二日しか……まさか、寝ずに探してたワケじゃないよな?

…………だよな?

 

「それじゃ、俺はこれで……」

 

帰る(すべ)など無いのに、本能的に帰ろうとする俺を、獣がパーカーのフードを噛んで止める。

 

「な、なんだよ」

「ん?お主、ずいぶんとその獣になつかれているようじゃの」

「へえ、その子はだいぶ頑固で、引き取り手も見つからなかったのですが……珍しいですねえ」

 

瞳にハイライトを戻した二人が言ってくる。

 

「そうなの?」

「うむ、見るものが見ればわかる。どうじゃ?いっそのこと、この獣をセンが飼ってみるというのは」

「えっ」

「それいいですね!センさん、どうですか?」

 

い、いやー……。

別に良いんだけど、食費とかさ……。

今の空良の食費は、親から送られる俺一人分の電気代等の生活費を削り、ギリギリ補っている。

さすがに獣の分はフォローできんぞ!

 

「あ、ご飯はその子の首輪を通して送ります。後、保護代としてこちらの世界のお金を換金してそちらに送ります!」

「え、金。金くれるの?」

「勿論ですよ。そうでないとそちらに利益がありませんし」

「な、なら……飼うのもやぶさかではないかな」

「やった!」

 

目の前の聖獣は小さくガッツポーズをとる。

人間くさい行動をするなあ。

 

「ま、センの家の食費はどうなっとるのか不思議じゃったからの……金に反応するのも無理はないわい。それで、獣を飼うことが決まったわけじゃが、こやつの名はどうするのじゃ?」

「名前か……」

「決まらないようなら、思い付く名前を言って本人が気に入ったのにすればいいんじゃないかな」

「それもそうだな……。よし、タケシ」

 

拒否。

 

「ポチ」

 

拒否。

 

「空良」

「!?」

 

拒否。

「!?」

 

「ちょむすけ」

 

拒否。断じて拒否。

 

「じゃあ……ノート」

 

賛成。

 

「お、賛成したっぽいぞよ」

「じゃあこの子は今からノートですか。ノート、頑張るのですよ」

 

ノートが自信に満ちた鼻息を出した。

尻尾で俺を指し、次に自らの背中を指した。

……乗れと?

背中に飛び乗れば、なんという安心感。

 

「乗ったけど?」

「くる」

 

ノートは歩きだし、徐々にスピードを上げていき……

 

「ぶわああああ!」

 

疾走した。

次々と景色が過ぎていく様は、壁の無い新幹線のよう。

森を抜け、川を跳び、ノートはぐんぐん加速していく。

やがて、目の前に谷が見えた。

そこに止まるつもりだろうか?

しかし、いくら崖が近づこうが、ノートは止まる気配が見えない。

まてまて、このままだと落ちる───

 

「───バッ」

 

ノートは地を蹴り、跳躍した。

足場の無い空中に。

 

「おおおおおノートおおおおお!!ちょっ、おいい!」

 

ノートは悠々と宙に飛び出し、そして……

 

「がるっ」

「えあっ!?」

 

宙を、蹴った。

その場に地面があるかのようにノートは空を蹴り、ついには向こう側の崖にたどり着いた。

 

「おま……ちょ、おま……」

 

フンスと鼻息を返すノートに毒気を抜かれ、だんだん笑いが込み上げてきた。

 

「はは……ははは……まさか、空を蹴るなんて」

 

その後、興味を示した空良とノンピュールに乗り回され、家に帰る頃にはノートがぐったりしていたのは、良い思い出であった。



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幼馴染みと商店街

 

「ねー仙くん。これ見て!」

「ん?どれどれ」

 

意気揚々と空良が見せつけてきたのは、商店街のチラシ。

 

「野菜とね、牛肉が安いんだって!」

「へぇ。商店街だから……夏雲(なつぐも)区か」

 

穂織は四つの区に分けられている。

上流階級が住む、冬空(ふゆぞら)区。

俺達の住む住宅街、春風(はるかぜ)区。

商店街や店の多い、夏雲(なつぐも)区。

公園や学校などの皆で使える物が多い秋雨(あきさめ)区。

 

「鶏肉も安いし、そうすると……今日の献立は香草(こうそう)包みにしよっか!」

「ほう、それもいいな。よし、今日はそれにしようか。買いに行こう」

「ぐる」

「なんだ、ノート?お前も行きたいのか?」

 

肯定の意と共に縦に頭を振ったノート。

 

「わかった。けど、その間はキーホルダーになってもらうぞ」

「ぐる」

 

ぽふんと音がして、次の瞬間には俺のベルトにキーホルダーが付いていた。

 

「それじゃ、行こうか」

「うんっ!」

 

 

 

 

やって来ました夏雲区。

お客を呼ぶ声が響き、人々は皆買い物袋を抱えている。

 

「おじちゃん、パセリちょーだい!」

「あーい。パセリ1束で50円ね」

「安い!」

 

空良が歩き様にパセリを買い、にこにこしながら俺の隣に立つ。

 

「そんなに安いのが嬉しいの?」

「ううん、違うよ。こうやって仙くんと買い物ができるのが楽しくて」

 

今にもスキップでも始めそうな空良。

 

「前も買い物はしたろ?」

「あの時はさ、めったに行かないところじゃん。駅の買い物と商店街の買い物は別物なんだよ」

「そういうもんかねぇ」

「そーいうものだよ」

 

他愛のない話をしながら商店街を歩く。

賑やかな商店街は、確かに、歩いているだけで気分も楽しくなってくる。

と、向こうの方から悲鳴が聞こえた。

 

「悲鳴!?」

「な、なんだろ……」

「ひったくりよーっ!!」

 

人混みをかき分け、黒服に黒眼鏡でマスクの───体格的に見て男が、こちらに走ってくる。

手には革のかばんが握られており、まあ、みるからにひったくりだ。

 

「空良、顔面にキック。俺はすねをやる」

「りょーかい」

 

タイミングを合わせ、二人でひったくりに蹴りを喰らわす。

これは当たった───そう、確信した。

だが。 

 

「ホッ!!」

「なっ!?」

「うそ!?」

 

ひったくりはジャンプして身を縮めると、俺と空良の足のほんのわずかな間をすり抜けた。

 

「仙くん、私先に行く!」

「わかった!」

 

走り出した空良を見送り、俺は路地に入り込む。

あれだけの身体能力を持つ相手だ、もうなりふりかまっていられない。

 

「来い、ノート!」

 

裏路地でキーホルダーを宙に投げる。

ぼわあんとノートが顕現し、俺はその背中に乗った。

 

「見てたな?追うぞ!あっちの方角!」

 

ノートは角を巧みに使い、人の目につかないように裏路地を走る。

……大体の方角を伝えただけなのに、どうして裏路地を走れるのだろうか。

俺、迷子になる自信あるもん。

ここで置いてかれたら二度と家に帰れない気がするので、しっかりとノートに捕まる。

やがて……

 

「あっ、仙くん!」

「っと、ひったくりは?」

 

路地にいた空良と合流した。

路地にいるってことはひったくりは路地に入ったのだろうか。

しかし、空良から伝えられた情報はそれとは違うものだった。

 

「今、この建物の中に入った!あ、あそこ!」

 

空良は隣の建物を軽く叩いた後、空を指差した。

空良の指は、ひったくりが屋上から屋上へ移動する姿を捉えていた。

 

「ノート、飛べる?仙くんを乗せて」

 

ノートは自信に満ちた鼻息を出す。

しかし、それだと空良が階段から追うことになってしまう。

そんな俺の意を察したのか、空良はその場でしゃがんだ。

 

「私は……こう!」

「ちょっ!?」

 

勢いよく膝を伸ばすと、空良の体は建物の三分の一位まで一気に跳躍する。

空良は隣の壁を蹴り、その高度をさらに増した。

次々と壁キックジャンプを繰り返し、ついに屋上まで昇ってしまう空良。

 

「ほら、早く来て!」

「ええ……。あ、ええ……」

 

屋上からひょこりと顔を覗かせる空良は、すぐに屋上に消えていった。

気を取り直してノートの背中を二回、軽く叩く。

ノートはツメを壁の隙間にねじ込み、見事、屋上までたどり着いた。

 

「……まあGがすごかったんだけどね!」

「仙くーん。はやくー」

「内臓ふわーってなったわ」

 

ぶつくさと文句を垂れながらも、ノートを走らせる。

ノートはぐんぐん加速し、やがて空良をも追い越してしまった。

ビルとビルの間を飛び越し、なかなか遠くにいたひったくりとの距離がぐんぐん近くなる。

後ろを走る空良との距離がぐんぐん遠くなる。

さすがは聖獣の保護した獣、勇者よりも速いとは。

 

「どもーこんちはー」 

「どわあ!?あ、あんたどこから……」

 

ノートの上からひったくりに話しかけ、スピードを頼りにカバンをひったくる。

ひったくりのカバンをひったくる。

 

「ハイ没収ー」

「あっ俺の」

「お前のじゃねーよ」

 

そのままひったくりに回り込み、逃げ道を塞ぐ。

空良も空良でオリンピック並のスピードで走っているので、まあすぐに追い付いた。

 

「はあっ……はあっ……。さすが、ノートと仙くん……」

「無理しなくていいんだぞ……?」

「えへへ……ふうっ……」

 

めっちゃ息切れしてるけど。

 

「と、言うわけでひったくりさん。こっちには私がいるし、向こうには仙くんがいるからもう逃げられないよ」

「観念してお縄につきたまえ」

「ぐる」

 

ひったくりは丸腰のまま、辺りを見渡す。

そして女である空良のほうがやりやすいと踏んだのか、空良の方に駆け出した。

 

「う、うおおおっ!!」

「さっきは逃がしちゃったけど……」

 

空良は自らに駆け寄るひったくりの迫力をものともせず呟く。

そして掴みかかってきたひったくりの腕を逆に掴み、後ろに一本背負いをしてみせた。

 

「今度は、逃がさない!」

「……かっこいー」

「ぐる」

 

バランスを崩したひったくりの首にストンッと手刀を落として意識を刈り取る空良。

漫画や小説の中だけだと思ってたよ、手刀で気絶させられる人。

 

「とりあえずはこれでよし、と。それじゃあ帰ろっか、仙くん」

「ちゃんと鶏肉買おうな」

「……忘れてた」

 

その後、カバンの持ち主にカバンとひったくり犯を手渡し、ひったくり犯がぼこぼこに殴られてるのを見届けた後、ちゃんと鶏肉を買って帰った。 

最初に買ったパセリは無論、粉々になっていた。



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幼馴染みと学校(side空良)

「んじゃ、行ってくる」

「いってらっしゃい、仙くん。晩ご飯オムライスだからね」

「そっか、わかった。頼むわ」

 

空良に留守番を任せ、家を出る。

ノートには万が一のために俺のリュックサックにキーホルダーとしてぶら下がってもらっている。

ん?今日、当番だったっけ。早めに行かないと。

 

 

 

 

途中で何かを思い出したように走り出す仙くんの背中が見えなくなるまで見送り、家に入る。

リビングから隣接しているキッチンに向かい、キッチンの下、本来なら食器が置いてある場所の扉を開ける。

 

なぜ、私がこんなことをしたのかというと。

 

「そんなところで何してるのかな?ノンちゃん」

「なっ!?腕を上げたな、ソラ……」

 

体育座りで隠れている、ノンちゃんこと水の精霊ノンピュールがいるからだ。

 

「来たのなら言ってくれればよかったのに」

「いや、今回は妾がこっちにいる事を知られるとマズいのじゃ。センにバレないように行動したい」

「ふぅん……?それはそうと、一回出てきたらどうかな……?」

「助かる。背骨が悲鳴を上げていたところじゃったからな」

 

ノンちゃんを助け起こした後、お皿を【ウォーター】と【クリーン】で洗い始める。

 

「それで?センくんに知られたくない用事ってなに?もしかして、また魔王が現れたりする?」

「いや、魔王は出てこないから安心するのじゃ。センに知られたくない用事とは……。それは……学び舎への侵入じゃ!」

 

魔法に供給する魔力の流れが止まった。

 

「侵……入?」

「そうじゃ。どうにも、センの通っている学び舎から、異質な魔力の気配がするのじゃ。もしかしたら、異世界は妾たちの世界だけではないかもしれん」

「へぇ……」

「だから、センに知られると面倒くさいのじゃ。あやつの性格じゃと、自らの体を危険に晒してでも探りにいきかねん。と、いうわけでソラにもここで留守番を……」

「そんなことがあったら、勇者である私もいかなきゃいけないよね!!」

 

身を乗り出してノンちゃんの話に聞き入る私の姿にノンちゃんは苦笑する。

……む。なーんかバカにされた気がする。

 

「まったく。あやつも罪作りなやつじゃのう……」

「え?仙くんは犯罪は犯してないよ?」

「……ホンットに、罪作りな……。はあ……」

 

こっちの世界に来てからというもの、だんだんとノンちゃんの顔色が悪くなっていっている気がする。

きっとカルシウムが足りてないんだ、あとで煮干しをわけてあげよっと。

 

 

 

 

そして。

私とノンちゃん、キーホルダーとしてリヴァイアサンは、仙くんの通う学校のグラウンドを観察していた。

今は朝礼だろうか、校長と名乗った男が台の上で話している。

聞いているだけで眠気を誘われるが、どうして生徒の人達は途中で眠らないのだろう。

 

「すう。すう。……はっ。あのコウチョウとやら、なかなかのやり手じゃ。精霊である妾すら眠らせるとは。催眠魔法の使い手じゃろうか」

「きっと校長先生は魔法なんて使ってないと思うよ」

 

【遠視】の魔法で視力を強くした私たちは、学校の駐車場の茂みに隠れている。

えーと、仙くんはどこだろうか……いた。

目をつむって……寝てる!?

 

「なあ、センのやつ寝てないか?不動(ふどう)気味だが」

「うん……寝てるね」

 

あ、お話が終わった。

多分これ、この後「起立」とか言われるやつだ。

寝てる仙くんはどうするのだろう。

 

「起立!」

 

………………!?

目をつむったまま立った!?

 

「お、おい、アイツ本当は起きているんじゃなかろうな!?信じられない動きをしたのじゃ!」

 

もはや深層心理で反射的に動いている。

朝礼が終わったのか、校舎に入っていく生徒たち。

その時にはさすがに起きたみたいだけど……。

 

「ソラ。屋上に向かう。いくぞよ」

「あ、うん」

 

ノンちゃんに話しかけられて我にかえり、学校の壁を蹴って屋上へ。

こうして見ると異質な魔力なんて感じないけど……。

 

「異質な魔力って?」

「うむ。魔力はこの下の部屋から漏れているようじゃ。ソラ、ロープはあるかえ?」

「もちろん。けど、まずは部屋を覗いてみよう。もしも授業中の教室だったらさすがにバレちゃうよ」

 

二人で屋上からひょこりと顔を出す。

ノンちゃんは見えているようだけど、私は角度的に窓の中が見えないなぁ。

と、なんとか落ちないように頑張っていると、ノンちゃんが額を押さえてのけぞった。

 

「痛ぁ!?な、なんじゃいまの!おでこをぶったと思ったら、髪の毛に入りおった!」

「ちょ、ちょっと待って」

 

私も姿勢を直し、屋上に引っ込む。

涙目でおでこを押さえるノンちゃんの髪に手櫛をいれると、ぽろりと何かが落っこちてきた。

 

「これは……どんぐり?」

「何かの種か?」

「まあ、簡単に説明すればそうだけど……」

「い、一瞬のことじゃった。何も見ないうちにこいつがばひゅん!と飛んできたのだ!ばひゅん!と」

 

もしかして、バレてしまったのだろうか。

そうでないと、どんぐりなんて飛んでこないでしょ。

 

「と、とりあえず、窓の中を覗くのは止めよう。他に入口があるはずだよ」

「むう……」

 

今度は普通に玄関からおじゃまして、気配を完全に消して移動する。

防御力が高い魔王の幹部を倒すために頑張って習得した技。

あっちの世界で得た『防御力』の発動する条件は、『自らが敵意を抱いている相手からの攻撃』。

だからこそ、相手に気づかれずに攻撃すれば防御力は意味を成さない。ふふん、暗殺だってバレなきゃ成功するのだ!

 

つまり、私の景色に溶け込む技術はよっぽど注視されない限りはバレない域まで達している!

 

「中は意外と綺麗じゃの」

「一日置きに清掃の時間を設けてるらしいよ?」

「ほう。精霊殿も一日置きに妖精を雇えば綺麗になるのじゃろうか」

「そういえば、いつも予定が合わなくてノンちゃんの精霊殿には行ったことがなかったね。今度よっていい?」

 

冷や汗を垂らしながら「面白いものは何もないがの……」と呟くノンちゃん。

もしかして散らかっていたりするのかな……?いや、まぁ別になにを言おうとかは無いけれど、疲れたOLみたいだなーって……ちょっ、睨まないでよもう。

 

「それで、魔力は?」

「う、うむ。階段を二階分上って右に曲がった先じゃな」

 

階段の手前で跳躍し、半分進む。合計六回。

私たちはすぐに階段の上まで到達し、異質な魔力とやらが漂う三階までやってきた。

うーん、異質な魔力なんて感じないけどなあ。

マタタビを嗅ぐ猫のように辺りをクンクンするノンちゃんには、何か感じられるのだろうか。

 

「とりあえず、魔力の残滓を追う事に───うひゃあ!?」

「のっ、ノンちゃん!?」

 

ノンちゃんが踏み出したタイルがガコンと沈み、ノンちゃんの頭皮を矢がかすめる。

私だったら頭を貫かれて即死なんだけど……身長の低いノンちゃんは無傷のようだ。

 

「なんなんじゃさっきからァ!ここは魔王城か何かか!!」

「どうどう、ノンちゃん、どうどう」

 

いきり立つノンちゃん。

長い廊下だというのに勢いよく向かい側の壁に突き刺さっている矢を回収してみる。

矢の先っぽに何か塗ってある。なんだろう、これ。

 

「ペロっ……。これは、青酸カリ!?」

「せいさんかり!?」

「少しでも体内にはいったら死んじゃう猛毒だよ」

「おい今舐めたじゃろ。なぁ、舐めたじゃろ」

「私ね、勇者として活動してて、分かった事があるんだ」

 

錬金に使う素材を集めるために、生物を溶かしてしまう強力な毒沼に入ったことがある。

そのときも、多少肌がかぶれる程度で済んだんだよね。

それはつまり。

 

「一般の人間が死ぬ程度の毒なんて、私には効かない」

「どこの魔神じゃお主」

 

結局、魔力を探し当てるミッションはその日は失敗に終わった。



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幼馴染みと学校(side仙)

んとねー、今日はねー、2本投稿なのー!


当番の仕事を終え、朝礼に眠気を感じて自然と寝てから少し。

今日の授業は三年生と合同の授業らしく、なんの影響か無駄にハイテクなこの学校は、二つのクラスを隔てる壁を折りたたみ、そこに我ら一年生と三年生の先輩を収容した。

 

「~で、あるからして、この主人公の心境は……」

 

国語担当の根知(ねち)先生による授業。

高校一年生の後輩と高校三年生の先輩が世にも不思議な現象に出会う、という内容の物語で、イメージを強くする為に一年生と三年生を集めたのだという。

 

「ここで、先輩はどうして主人公を引き留めたのか、答えられる人。……じゃあ、横長さん?であってるかな?」

「合ってます。これは、主人公の過去に同情して───」

 

板書をしていと、窓際にいた俺のノートに不自然な陰が二つ差された。

まるで、帯を垂らしたような。

なにとはなしに、窓ガラスの方を見ると。

 

「……ッ」

 

あった。

黒い髪と蒼い髪が、窓ガラスに垂れている。

幸いなことに周りの人は気づいてないようだが、もう、アレは明らかに……知り合いだと思う。

さらに、蒼い髪の方は少しおでこが見えている。

帰ったらどうしてやろうかと悩んでいると、隣の席から声が掛けられた。

 

「少し伏せたまえ」

「え?」

「え?ではない。キミはアレをどうにかしたいのだろう?」

 

さっと振り向くと、筆箱からどんぐりを取り出した名前も知らない先輩が不敵にわらっていた。

どうしてどんぐりが筆箱に入っているんだ。

そんな疑問も知らずに先輩が指にどんぐりをセットし始めた。

さっと机に伏せると、先輩は親指と人差し指でどんぐりをつまみ、はじき出した。

ばひゅん!とどんぐりらしからぬ音を立てて飛んだソレは、開いていた窓を抜け、蒼い髪の少しだけ見えていたおでこにクリーンヒット。

いたそー……。

 

「……ないっしゅー、だな」

「あ、なんか、ありがとうございます」

「別にかまわないさ。私は黒退(くろの) 深幸(みゆき)。『万術部』という部活の部長をしている。よろしく頼むよ」

 

何者なんだよ万術部。

気づいたら黒い髪も消えていた。

おおかた、おでこを撃たれた蒼い髪を心配して屋上に戻ったのだろう。

 

「祈里 仙です。よろしくおねがいします」

「うむ、よろしく。……先ほどから思っていたのだが、そのキーホルダー、なかなかセンスがいいね。どこのメーカーだい?」

 

恐らくコミュ強であろう黒退先輩は当たり障りのない話題を切り出す。

しかし、ノート……獣の方を説明することはできない。なぜってそりゃ、獣がキーホルダーに変わるなんて……ねぇ?

 

「えっと、これはその、貰い物のオーダーメイドで、メーカーはその、聞いてなくて」

「む?そうか、それは残念だ」

 

黒退先輩は妖しげな笑みを浮かべて、とんでもないことをいいだした。

 

 

「良い魔力が宿っていそうだったのに」

 

 

「魔力……!?」

「引かないでくれよ。万術部として、それくらいはわかるのさ。そのキーホルダー、なぜか魔力を感じる」

 

そりゃそうだよ。空を蹴れる獣に魔力が宿ってなくてどうしろと言うのだ。

魔力があって当然だろう。

しかし、その魔力を感じれるとかいうこの先輩、何者だ?ただの厨二病患者でないことを祈る。

 

「そういえば万術部って……前も入部に誘われました」

「ああ、それはもう一人の部員が勧誘したんだね。うむ、アストロボルグは良い仕事をした」

「あすとろ……?」

「アストロボルグ。金髪の後輩だよ。ほら、おだんごで、ツインテールで」

 

そこで思い出されるは、必死にチラシを配っていた少女。

その時は『今井月(いまいづき)と言います!入部、よろしくおねいします!』と自己紹介されたものだが……。

 

「ハーフなんですか?そのアストロボルグさんって。今井月・アストロボルグ?」

「ああ、彼女は万術部として活動するときは名前がアストロボルグになるんだ。なんでも、神話に残る強い神器に『アストロボルグ』という名前が多かったらしい」

「中二病じゃないですか。神器って……」

 

しかし、アストロボルグ?

なんか聞いたことがあるような……。

と、黒退先輩が何かに気づいた。

漫画なら『ピシャッ』っていう稲妻のエフェクトが見えそうなくらいの気づきっぷりだ。

 

「どうかしました?」

「いや……どうやら先ほどの侵入者はまだ諦めていないらしい。トラップが起動したな」

 

トラップ!?

 

「トラップて、トラップてなんですか……」

「矢の先に青酸カリを塗った特製の矢が頭目掛けてとんでくる。欠点は狙う身長の平均を男女合わせて測定したから、身長が低い侵入者には効果がないことか」

「しゃがんで移動されたら終わりじゃないですか……」

「うむ。だから、他にも色んなトラップを設置してあるぞ。たとえば、校内自販機の下に落ちている百円に、片足吹き飛ぶ威力の小型爆弾が仕掛けられていたり」

 

急にむごいな。

……いや青酸カリの矢もなかなかむごかったわ!

 

「ロッカーが上下駆動式になっていて、その裏にシェルターに続く道があるとか」

「ウチの学校何があるんです!?───ッ、痛ぇ!」

 

驚く俺の額に撃ち込まれる白き槍(チョーク)

赤くなっているであろう額を押さえながら先生を見ると、根知先生はチョークを両手の指の間に4本ずつ持ち、何かのポーズをとっていた。

 

「───私は『この学校で誰が一番チョークを上手く投げられるか選手権』で長年優勝している猛者だ。その私の前で無駄話とは……覚悟の準備をしておいてください」

「「「「そんな大会あるの!?」」」」

「ちなみに準優勝は校長先生だ」

「「「「教卓に立ったところ見たことないのに!?」」」」

 

クラス全員の驚く声が響く。

ふと黒退先輩の方を見ると、ニヤニヤと楽しそうに笑っていた。

 

「『この学校で誰が一番上手くチョークを投げられるか選手権』。私も参加したことがあるよ」

「え゙っ」

「『この学校で』『誰が』、だからね。参加できるのが教師だけというわけではないんだよ」

「まさの新事実!」

「ちなみに三位だった」

「そして高得点!」

 

その日は結局、黒退先輩に翻弄されてばかりだった。

……あやつらは一体なにをしていたのだろうか……。



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幼馴染みに説教

休み時間、廊下を静かに歩く。

あくまで自然に。

廊下の曲がり角、そこにある掃除用具入れ。

開ける。 

 

「へあっ!?なんでココがばれたの!?」

 

居る。

長い付き合いだ、隠れる場所くらいわかってる。

はい次、そこの段ボール。

そう、そこだよ。おめーだよ。

段ボールの目の前で地団駄を踏む。

 

「ぴゃああ!?や、やめてたもう!」

 

居る。

空良が助言したのだろうし、隠れる場所は空良寄りになる。

親指を立て、ニッコリ笑ってハンドサイン。

 

『ちょっと、こっち、こいや』

 

「「あばっ、あばばばばば……!!」」

 

抱き合う少女二人に慈悲など与えず、俺は二人を生徒指導室まで連れていった。

 

 

 

 

「で?なんでココまで来てるんですかねぇ?警察沙汰になりたくない異世界の勇者ソラさんや?」

「うぇ……。はい、すみません……」

「で?なんで連れてきてるんですかねぇ?事情を全て知っている唯一の同士()()()()()()水の精霊ノンピュールさん?」

「うぬ……。許してたもうれ……」

「許さぬ」

「「無慈悲っ!!」」

 

生徒指導室にしっかりと鍵をかけ、正座している二人に仁王立ちで問いかける。

 

「あ、あの、仙くん……?」

「なんだ空良」

「あの、怒ってる……?」

「怒ってるわ。俺がお前のためにどれだけ苦労したと思ってんだ?親と会っちまえばそれで終わりなんだぞ?あ?分かってる?」

「すみません……」

 

すっかり畏縮した二人。

空良は勇者の服のままだし……。

ノンピュールは止めてくれそうなリヴァイアサンを連れてきてないし……。

 

「空良」

「は、はい!」

「高校生になって気恥ずかしさからやらないでおいてやったが……。こうなったら仕方がない、小さい頃によくやったアレをしてやる」

「え゙っ」

「しょうがないよな、罰だもんな」

「ちょ、ちょっと待って!さすがに今アレは……」

「あ?」

「さ、さー、いえす、さー……」

 

空良の腰回りを掴み、肩に担ぐ。

小さい頃なら良かったが、まあ今の年齢だと丸だしは辛いだろうから、スカート越しにやってやるか。

平手を振りかぶり、空良の尻に叩きつける。

ぱしん。

 

「いひゃい!」

「あーときゅーかーい」

 

ぱしん。

 

「うにゃっ」

 

ぱしん。

 

「うくっ」

 

ぱしん。ぱしん。ぱしん。ぱしん。ぱしん。ぱしん。ぱしん。

 

「終わりだ。反省したか?」

「うう……。すみませんでした……」

「ときに、そこで逃げようとしているノンピュールよ」

「ぬっ。な、なんじゃ」

「お前もお前だよなぁ……?」

「や、やめろ、一度考え直すのじゃ。妾は最初一人で潜入をやるつもりで……」

「問答無用」

「アーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

「はい、なんでココに来たのか簡潔に五・七・五で答えたまえ」

「『ノンちゃんが 変な魔力を 感じたよ』」

「うう……もうお嫁に行けない……」

「空良。それは理由になってないぞ。そしてノンピュール。精霊は結婚するのか?」

 

バッサァ。

言い分は一太刀でまっぷたつに。

 

「むむむ……『ノンちゃんの お手伝いに 来たよ』」

「字余りじゃねえか」

「す、するぞ!?精霊だって、精霊だって結婚するもん!妾にもいつかいい人が現れるんだもん!500年後くらいに!」

「口調が変わってるぞ。あとそれは長いのか短いのかわからん」

 

バッサァ。

 

……真面目に話を聞くと、空良たちのいた異世界とは違った異質な魔力を感じたので、ノンピュールが『異世界は一つじゃないのではないか』と考え、その魔力を追ってきた、と。

 

「妖しいもんなぁ……黒退(くろの)先輩が元凶説が濃厚だなぁ……」

「む?心当たりがあるのか?」

「いや、ないないないないない。ないね、ないない」

「『ない』が多いぞ……?」

「とにかく、心当たりなんてないから」

 

てことはアレか?黒退先輩は異世界人なの?

……いや、きっとその【万術部】とやらの力なんだろうなぁ。魔力を感じるとか言ってたし。

異質な魔力ってそういうことだろ。

とにかく、あの先輩が人間に危害を与える様子はない。

……毒矢も地雷も酷いことこの上ないが、それは正当防衛……正当防衛……のつもり、なんだろう。

 

「さ、帰れ帰れ」

「あの……仙くん?」

「なんじゃい」

「その、何もしないからさ。学校が終わるまで待って、一緒に帰るってできない?」

「一緒に帰る……?」

「う、うん」

 

もじもじしながら上目遣いでこちらを見てくる空良。

何が目的なのだろうか。

 

「あ?あー……。そういうことなら妾は先に帰るとするかの」

「別に良いけど、なんもすんなよ?マジで」

「やたっ。ありがと、仙くん!」

 

何やら察した雰囲気のノンピュール。 

何がしたいんだろうか。

 

「あと、お前はどこかに隠れとけ。ここだって、見つからない保証はないしなぁ」

「それに関しては任せといて!それじゃ仙くん、また後で!」

 

空良が窓を開けて生徒指導室から飛び降りちょっとここ三階ですが正気の沙汰ではございませんよ???

ノンピュールに至っては溶け出してますけどなにしようとアッ、溶けて染み込んで見つからずに降りようって魂胆ね!アホじゃないのかな!!

 

 

「……なにやってんだお前、生徒指導に1人って」

「あ、あはは……」

 

急に開いた扉に、すでに2人がここからいなくなっているのを安心した反面。

収集が付けられずに異世界民族を現代に放出してしまったことを後悔していた。



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幼馴染みと帰り道

ネタに詰まったらこの小説を投稿する、いいね?
1日1話って難しい……


授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

空良は『人目のつかない場所にいるから。仙くん、見つけられるかな?』と言っていた。

人目のつかない場所。それすなわち。

 

「みぃーっけ」

「へぁっ!?なんでバレたの!?」

 

茂みの中に隠れていた空良の手を引き、見つからないように学校を出る。

こいつが隠れる場所なんてロッカーか茂みしかないんだよなぁ。

っていうか展開がさっきと同じなんだよ、もう少し捻れ。

 

「お見通しなんだよ」

「え?あ、えへへ……」

 

なぜか照れている空良を連れて、学校の塀を登って向こう側へ飛び降りる。

高さこそないが、足がじんとした。

隣の空良はまったくもってダメージを負っている様子はない。そりゃあ、城の二階とか学校の三階から落ちても無傷なんだしな。

 

「なんか懐かしいね、こういうの」

「昔、二人で町内を冒険とかしたしなあ。あ、でも、空良は本当に冒険したんだっけ?」

「うん……。ダンジョン、砂漠、海底、UFOの中、魔王城……」

「濃厚!一年が濃厚!」

 

ときたまチラ見えるする空良の過酷な冒険。

空良、勇者やってんなあ……。

 

「やあ、お楽しみのところすまないね」

「おっわびっくりした」

 

ぬっと木の上から現れた黒退(くろの)先輩。

この学校フシギなやつ多すぎるだろ。

ささっと俺の後ろに隠れた空良を庇いながら、黒退先輩に話しかける。

 

「こ、こんにちは。どうしたんです?」

「いや?後輩のためにセミの抜け殻を集めているだけだが?」

「春先は時期が早い気が……多ッ!!セミの抜け殻、多ッ!!びっしぃ付いてますよ!」

 

制服の上に羽織った上着にセミの抜け殻をびっしりくっつけた黒退先輩から少しずつ離れる。

 

「アストロボルグが『セミの抜け殻を百個集めたら儀式が成功するんです!』と言っていてな」

「気色わるッ」

「失礼だな」

「当たり前の反応ですよ!?」

 

なんというか……。

万術部って何をしてるんだ!?

異世界の件でキリキリし、最近ようやく回復してきた胃が悲鳴をあげる。

と、いい加減空良が気になった黒退先輩は距離を詰めてきた。

せ、せっかく稼いだ距離が……。

 

「ところで、こっちのお嬢さんは君のガールフレンドかい?ずいぶんと良い子を捕まえたね」

「あー、えー、その……」

「それに、良い魔力が宿っていそうだ」

 

またそれか。

ノートよりも魔力が詰まってると思うよ。レベル的に。

 

「ええと、私は、その……」

「いや、大丈夫。無理はしなくていい」

「あ、はい……」

 

空良は背中から俺にだけ聞こえるようにこそこそと喋り出す。

怪しまれるから黒退先輩と会話もしないと。

 

「ねえねえ仙くん、あの人って異世界の人かな。底知れぬ何かを感じるよ」

「俺が入学したときからいたようだし、それは無いと思うな。迂闊に正体を明かすなよ」

「うん、わかった」

 

本当になんなんだ……。

黒退先輩はスマホを取り出してにこやかに近づいてくる。

 

「え?なんです?」

「ん?さっき話したじゃないか。RINE(ライン)のアドレスを交換する、と」

「あ?あ、あー!シャカシャカで良いですか?」

 

適当に相づちを打っていたら無料通話アプリ、RINEのアドレスを交換することになっていた。

さすがに俺はマルチタスクにはなれないか……。聖徳太子への道は長い。

シャカシャカ機能で簡単にアドレスを交換した先の黒退先輩は尚もにこやか。

 

「じゃあ、込み入った話は後で。また明日!」

「え?あ、え?はい!」

 

反射で返事をしたけれど、先輩のあの口ぶりだと俺は他にもなにかしてしまったらしい。

俺、何をしたんだ……?

 

「じゃ、仙くん、帰ろっか!」

「あ、おう……」

 

気にかかるなぁ……。

とにかく、俺は明日は黒退先輩に付き合わなければならないらしい。

この、俺の勝手に予定を後に作っちゃう能力、なんとかならないだろうか。

 

「そのまままっすぐ帰るか?それとも寄り道とか」

「うーん……駅の方面は見させてもらったし、今度はここらへんの探索がしたいかも!あ、中学に寄って行こうよ!どうなったか見てみたい!」

「あんまり変わってない気がするけどなぁ……?」

「見てないんだからいーの!ほら、いこっ!」

「まてまてお前は道知らないだろ!!」

 

腕を引こうとする空良を逆に引く。

そのまま引っ張って歩くと、空良は俺の腕に自らの腕を絡めてきた。

なんだなんだ、どうした急に。

 

「安心する」

「安心?」

「うん、安心する。仙くんがそばにいてくれてるんだなぁって。あっちではね、私はずっと1人だったから……あっいや、別に仲間がいなかったったわけじゃないんだけど、基本的に共闘って感じだったからさ……」

 

爽やかな風が空良の髪を揺らした。

 

「なんか、ね、嬉しくなっちゃったんだ。異世界で魔王を倒した時よりも。仙くんが、小さいときみたいに、守ってくれるような気がして」

「勇者を守る一般人かぁ……締まらないなぁ」

「ほんとだよ。私、仙くんがオレンズ王子に決闘を挑んだときはすごいびっくりしたんだからね?ただでさえ仙くんは成長途中なのに、オレンズ王子に殺されちゃったらどうしようって。その、オレンズ王子がそんなことしないのはわかってるし、決闘なのもわかってるんだけど……やっぱり不安で」

 

……らしくないなぁ。

しおれているとはまた違うような、ふんわりしているというか。

まぁ確かにこの心地よい風と懐かしい景色に囲まれたら感傷に浸っちゃうのもわかるんだけどな。

 

当たってるんですわ!アレが!!

男とは、本当に危ないときはちゃんとしっかりするんですね、良い構造です。

しかしまぁ……その、随分と大きくなったな……。

ぴっちりとした服だから余計に体のラインが強調されるというか、やはり勇者服を作った人はてんさ、変態だと思う。

 

「ま、そう震えんなって。守るよ。守る。もっと強くなって、守るよ」

「……うん」

 

それが、甲斐性ってものだろう?



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幼馴染みと結婚式

 

聖なる鐘が幻想的な音を響かせる。

白百合が舞い、二人が夫婦になることを祝福する。

隣の空良は良い笑顔だ。

ずっと見ていたくなる。

ところで。

 

 

どうしてこんなことに、なったんだっけ……?

 

 

 

 

あの日の夜、俺はさっそく黒退(くろの)先輩にメールを仕掛けていた。

さりげなく、怪しまれないように。

 

◇───◇

 

 

『先輩』

『ん?どした?』

『明日、何をするんです?』

『覚えてないのかい。知り合いが結婚するからその結婚式場に来てほしいんだよ(。・ω・。)』

 

先輩、メールだとキャラ変わるな……。

 

『えっとそうじゃなくて、どこで、というか…。』

『ああ、そっちね。少し待ってて、今地図を送るから』

 

ピロン。

 

『届きました』

『それでね、その知り合いの結婚式場、夜になると新郎新婦の亡霊が出るらしくて』

『なるほど?』

『それを見るにはどうやら、中の良い男女が必要らしい』

『あぁ、それで』

『君には中の良い女の子がいるでしょ?だから、君に、というか君【たち】に頼みたい』

『なるほど、わかりました。あいつならきっと来てくれます。ところで』

『?』

『なんで亡霊が見たいんです?』

『亡霊なら【霊力】とか色々持ってそうでしょ?少しでも強くなれる可能性があるなら追いかける、それが万術部(まんじゅつぶ)だ(`◇ ´)』

 

 

◇───◇

 

 

あぁ、そうだったなぁ。

そんなことになってたんだ。

新郎新婦はとても幸せそうにバージンロードを歩いている。

名前は……『碧咲(みどりさき)家』。

……碧咲ってどこかで聴いたような。

しかし、黒退(くろの)の知り合いが碧咲(みどりさき)か。

……赤とか青とかいないよな?

 

「仙くん、仙くん」

「ん、どうした」

「今日はノートは?」

「いつもの場所にいるぞ。ここ」

 

ノート……俺の騎獣はキーホルダーに化け、俺のベルトにぶらさがっている。

 

「もしかしたら、もっと早く手の届くところにあったほうが良いかも」

「……つまり?」

「邪魔が入るかも」

 

幸せそうな表情から一変、空良は眉を八の字にする。

ノートをベルトから外し、ポケットの中へ。

臨戦態勢。そんな俺たちの警戒を知ってか知らずか、黒退先輩がとことことやってきた。

 

「やあ、こんにちは」

「あっ、こんにちは!」

「うむ、良い挨拶だ。君が、話に聴いている空良……でいいかな?」

「は、はい!空良です!」

 

泣きぼくろのある綺麗な顔をにこにことさせながら、黒退先輩は空良と会話を交わす。

上機嫌な先輩と対して、空良は俺の顔を見て、次に空中を見て……。

ん?なんだ?

 

「………!………………っ!」

「それで、ラクはユイを妻にする決心をしたんだと。チカゲがいるのに、罪作りな奴だな。中々に面白いだろう?」

「は、はい、そうですね!…………っ!仙く……!はやく…………!」

 

俺の顔と空中を交互に見て、思い詰めたような表情をする空良。

なんだ?空中に何かあるのか?

そう思って空中、新郎新婦の頭上辺りに目を向けると……

 

 

───ガサッ

 

 

一匹の小さいスライムが、新郎新婦を襲おうとしていた。

 

「……ノート」

 

ポケットから、小さい光が射出される。

光はスライムを貫き弾けさせると、そのまま地面に───落ちる前に、強風に煽られすっとんでいった。

 

「やった!」

「ああ、そうだ。よくチカゲのした反応がわかったな」

「えっ!?あぁ、はい!なんとな……く……?」

「なぜ疑問系なんだ」

 

なるほど、あれはスライムを知らせるジェスチャーだったのか。

長い付き合いなのに、それを悟れないとは。

悔しいな。

 

『それでは、ブーケトスをしたいと思います!』

 

マイクで拡張された声に振り向くと、たった今ちょうど花嫁がブーケを放り投げるとこだった。

ぴゅーん、と宙を待ったブーケは、俺……いや、この軌道は。

 

 

とすっ

「あ……」

 

 

空良の手中に、納まった。

 

拍手が巻き起こり、新郎は「してやったり」みたいな顔で新婦の頭を撫でている。

花嫁、めちゃくちゃデレてる。

 

「ど、どうしよう仙くん、貰っちゃった」

「良いんじゃないか?婚期が早まるぞ」

「そんな感じだっけ?ブーケトスって」

「詳しくは覚えてないな。結婚関係であることは確かなんだけど」

 

空良の手中の花束は、赤色のツツジの真ん中にベゴニア……だったか、乳白色の華で出来ていた。

 

 

 

 

その後、結婚式は滞りなく最後まで行われ、周りの人達も祝典式会場に移っていった。

ノートはまだ帰ってきていない。門限までに帰ってくるだろうか。

 

「先輩は行かなくて良いんですか?」

「ああ、後日身内だけで集まる祝儀が再度開かれるんだ。そちらに参加させてもらうと言ってある」

「そうですか」

 

なんというか、新郎の人、やけに眼が特徴的だったな。

緑と白のオッドアイとか。

黒退先輩は……あ、オッドアイじゃないけど微妙に青みがかってる!

 

「それじゃあ、中に入ろうか。もう夜だしな、寒いだろう」

「ちょっと肌寒いですね」

「……そうかな?私は何も感じないなー」

 

結婚式場はまあ、THE・結婚式場って感じだ。

特徴は……少し広いくらいか?

 

「さて、存分にいちゃつきたまえ。私はあっちで見ているから」

「いちゃつき!?」

「あっ、あ、あ、あのっ!!そういうのは、まだ、早いかなって!」

 

テンパる俺たちを見て先輩は「なっはっは」と笑いながら僅かな闇に溶けていった。

どこにいるんだよ、先輩すげえ。

 

「あ、あ、あの、仙くん……?」

 

先輩を探していると、月明かりに照らされた空良の顔が間近に浮かぶ。

予想以上の距離に一瞬首がのけぞる。

 

「ど、どうした、空良?」

「その、黒退、さん?の気配、いなくなったよ」

 

躊躇いがちに紡がれた言葉にほっとする。

空良は勇者だ。

異世界サバイバルをしてきた空良が言うのだから、先輩は

「見ている」とは言ったものの、どこかへ行ってしまったのだろう。

 

「それでね、仙くん」

「ん?」

「さっきの、(らく)って人と(ゆい)って人、幸せそうだった」

「そうだな」

「私も……あんな感じに、なれるかな……?」

 

まだ手に持っている花束で顔の半分を隠した空良。

心なしか頬は紅潮しているように見える。

……覚悟を、決めるか。

 

「なれる。空良なら、絶対」

「ほ、ほんと?」

「うん。───俺がそうしてやる」

「えっ───」

 

 

「俺と、付き合ってください」

 

 

「───ッ!!」

「空良の笑顔が好きだ。空良といることが好きだ。今日だって、幸せそうな空良の顔をずっと見てたいと思った」 

「せ、仙くん……その」

 

何か言おうとした空良の肩を掴んで制止する。

 

「聴いてくれ。空良が好きだ。昔から好きだった。お前が異世界に飛ばされて行方不明になったとき、俺はお前の親よりも心配した自信がある」

「──────っ」

「もう一度言うから。この際だから言うから。だから、心山(こころやま) 空良(そら)さん」

 

一度空良から離れ、(こうべ)を垂れて右手を差し出す。

もう一度、あと一言だけ言え、俺。

 

 

「俺と、付き合ってください!」

 

 

不安だ。

それに怖い。

目を瞑り、暗闇の中でただ返事を待つ。

今、何時間経っただろうか。

とても時間が遅く感じる。

 

前方で、空良の声がした。

 

「もう……。ずるいよ、仙くん」

「………………」

 

俺の右手に、空良の手が乗せられた。

 

 

「喜んで」

 

 

思わず顔を上げてしまう。

空良は目の端に涙を溜め、笑っていた。

ひんやりとした空良の手が、俺の手を強く掴む。

右手にブーケを持ったまま、空良は微笑んでいた。

 

コーン。

 

「あ、鐘……」

「そ、空良、その格好……」

 

誰もならしていないはずの鐘が鳴る。

それと同時に空良の姿が蒼い光の渦に包まれ、光が収まる頃には空良の姿が変わっていた。

 

「ウェディング……ドレス」

「そう、みたいだね」

「すごい似合ってるぞ」

 

花束を抱えているから、なおさら。

純白のウェディングドレスに袖を通し、空良は既に花嫁と化していた。

 

「仙くんだって」

「え?……ははっ、本当だ、俺はタキシードか。これじゃあまるで……」

「うん。さっきの新郎新婦……」

「───っ」

 

無意識に空良の口から放たれた言葉に顔が熱くなる。

話題を、そらさないと。

 

「親父がくれた写真集の中に、ちょうどその花束の写真があったんだ」

「花束の?」

「そう。花言葉が書かれててさ。確か……」

 

 

 

赤いツツジは【恋の喜び】、ベゴニアは【愛の告白】

 

 

 

「……いや、忘れた」

「え、そうなの?仙くんが何か忘れるなんて珍しい」

「俺だって人間だし、忘れることもある」

「……そっか」

 

鐘が12回目に鳴ったとき、俺の服が元に戻った。

空良の衣装も元に戻っている。

 

「消えちゃったね」

「ウェディングドレス、似合ってたのにな」

「うん……。ねえ、仙くん」

「どうした?」

「好き。大好き」

 

唇に何か柔らかいものが押し当てられる。

空良は手を後ろに組んで俺を追い抜かし、こちらに笑顔を向けてきた。

 

 

「私もう、仙くんの事好きって言うの、我慢しないよ」

 

 

「……そうかよ」

「うん。好き。すっごく好き」

「止めろ、止めてくれ、恥ずかしいから」

「止めない。好き」

「脳死する」

「死なないで。好き」

 

しきりに「好き好き」という空良を追い抜かして手を引き、結婚式場の扉を開けた。

 

花と空良の香りが、俺の顔の前に漂った。



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幼馴染みと日常

「さって昼飯だ!仙、屋上行こうぜ」

「おう、少し待ってくれ」

 

チャイムの音を聴いて蓮が立ち上がる。

早奈は後で合流するとして……。

 

「ん?お前購買行かねえの?焼きそばパンが塵と化すぞ?」

「塵と化すかっ。今日は購買は行かない。なぜなら……これだ」

 

ドンと机の上に置いた黄色い包みを見て、蓮が目を丸くする。

 

「え、弁当?」

「弁当の方がお得だからな」

「ふぅん、彼女か。へぇ、仙に彼女ねぇ」

「ばっ、おまっ、なんで」

「いや、『弁当の方がお得』なんて仙なら小学校の頃から知ってる上で購買買ってたろ。その仙が購買を止めてお弁当……。なら彼女ができた、それ以外にないっ」

 

長い付き合いというものを甘く見ていた。

そう、この包みは───

 

 

◇───◇

 

 

「んじゃ、行ってくるから」

「あっ、待って仙くん。これ」

「ん?これは?」

 

唐突に玄関先で渡された黄色い包み。

それなりの重量を持っているが……。

 

「お弁当っ!」

「弁当?」

「うん!その……私たちって、その、恋人……に、なったわけだし」

 

途端に赤面してもじもじする空良。

かわいい。

 

「私の中の恋人像って、お弁当作ってあげたりしてるイメージがあって、その」

「……そうか。ありがとう、空良。うれしい」

「ほんと?」

「これ以上にないくらい」

「えへへ。じゃあ仙くんっ」

「ん?」

 

身を乗り出してくる空良が手を伸ばしてくる。

 

「ん~~~~……ちゅっ」

 

 

◇───◇

 

 

「ふっ、はは」

「えっ、何?何があったの?え、ちょ、吉吉(よしきち)!仙がおかしくなった!救急車を」

「要らねえよ!ほら、早く行くぞ」

 

さっさと包みを掴んで教室を出る俺に、蓮は困惑したようだった。

 

「おい、ちょっ、ほんとに何があったんだよ。おい、聴けよ、おいって!」

 

 

 

 

「……で、それからあんな幸せオーラを漂わせている、と」

「そうなんだよ。どうしたもんかな」

「なーんか既視感が……。あれです。私と付き合い始めた先輩に似てます」

「うわぁ、マジかよ。あんな顔だったのか……」

 

屋上、隣でガヤガヤとうるさい二人を無視して弁当箱を開ける。

玉子やそぼろで色が付いた……─────ッ!?

 

「あ、なんか固まりましたよ」

「本当だ。何かあったのかもしれんな。どれ、少し拝見……──────ッ!?」

「え、なんですかなんですか。私も見せてくださ……──────ッ!?」

 

俺の手元を見て、二人が固まる。

まあ、驚くのも無理はなかろう。

なんせ、弁当箱の中身は……。

 

「ハートの……お弁当……ッ!!」

「まさか……仙が、まさか、そんな……。俺、信じられねえよ……!」

 

ハートの弁当なぞ、アニメや漫画の中だけだと思っていた。

空良の愛情が流れ込む。嗚呼、良きかな。

 

「あぁ、美味しい。まだ食べてないけどこの時点で美味しい」

「仙先輩がおかしくなったーっ!」

「普段そういうの言わない子だからショックがすげえ!」

 

空良に感謝し、いただきます。

はむ、むぐむぐ……。

 

「ここまで旨い飯が……あったのか……」

「ダメです!今の仙先輩はいつもの仙先輩じゃない!ボケ担当、いや、ただのポンコツです!」

「今なら俺、空も飛べそう」

「飛ぶな!死ぬぞ!」

 

空良だけに、空も飛べそうってな。

わぁ~い、全然面白くない!うふふふふ。

と、どこからか戦隊ヒーローのようなBGMが聴こえた。

 

「どこかで誰かがデレている!」

「糖分感じりゃ駆けつける!」

「「「「「我ら!『リア充撲滅隊(ぼくめつたい)』!!」」」」」

 

屋上のコンテナから色とりどりのマフラーを巻いた集団が隊を組んで現れた。

……ほう?

 

「うわ、めんどくさいの来た」

「私たちの時にも来ましたね……」

 

どうやら顔見知りのようだ。

 

祈里(いのり) (せん)よ!」

「おうなんだ!」

「貴様から溢れるその糖度!貴様、リア充になったな!?」

「ま、まあ、そりゃ……。ふっ。ふふふっ」

「「「「「リア充爆発せよ!」」」」」

 

胸元から爆竹を取り出して投げつけてくる5人組。

こんなもの簡単に避けられ……あっ。

 

「………………」

「くっ。しぶといな」

「………………じゃねえか」

「ん?なんだって?」

「おめえらのせいで弁当ちょっとこぼれたじゃねえか!」

 

俺の足元にそぼろが少し、こぼれている。

 

「許さぬ。決して許さぬ。死すら生ぬるい地獄を見せてやろう……」

「えっちょっま」

「空良の弁当を弁償できるのかお前らは!そこに直れ!」

「「「「「ぎゃあああああ!」」」」」

「……仙先輩ってあんなに身体能力ありましたっけ」

「いや……無いと思う……」

 

もちろん勝った。

空良の弁当のお陰だな。



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幼馴染みとその後

 

「ぐえ……」

「強……」

「ぼーりょく反対なのです……」

「私たちが負けるなど……」

「あっては、なら、ない……」

 

山積みになったリア充撲滅隊のの隣で手を払っていると、ふいに屋上のドアが開かれた。

全体的に黒く改造された制服、切り揃えられたふんわりボブカットの黒髪、よく分かんない花の髪飾り……。

 

「やあ、ここにいたか。探したよ」

 

黒退(くろの)先輩である。

 

「え、なに、新しい人出てきた」

「先輩先輩、これ、私たちジャマですかね?」

「どうだろうな。7:3=ジャマ:ジャマじゃない、くらいじゃないか?」

「む?そうか、昼ごはん中か。必要なら日を改めるが?」

「いや、大丈夫っす。おい、俺はこの先輩と話があるから二人でイチャイチャしとけ」

「「無理くないですかっ!?」」

 

二人から離れるように先輩を連れていく。

屋上の柵に寄りかかり用件を尋ねた。

 

「で、探したってなんですか?」

「いや、昨日の話さ」

「結婚式っすか」

「あぁ。まさか、人前で告白をするとは思わなんだ。気まずくなってしまったではないか」

「え、いたんですか!?」

「いたに決まってるだろう。結局霊は現れないし、気まずくて出るタイミングを失ったら軽めの風邪をひくし、まったくどうしてくれる」

「しったこっちゃないですよ」

「ほう?彼女が出来ればそれで良いのか。彼女が出来たら例え世界がほろんでも構わないか。よろしい、それが蛮勇である事を証明するために、手始めにこの街から破壊してみせようか」

「どこの魔神ですか!」

 

どうやら先輩も『のろけ』という状態異状には思う所があるようだ。

 

「まぁ、一応礼を言っておくよ。途中で起こったアクシデントも払いのけてくれたようだしな」

「アクシデント?」

「なんかぷよぷよした物が乱入したろう。それが君のポケットから飛び出した何かに弾かれたのをこの目で見たぞ」

「……ナンノコトデセウ」

「下手に取り繕わなくても良いさ。あの場の全員、君の行動は知っていたぞ?むしろ、その反応速度を褒めていたな」

「何者なんだあの家は……!」

 

もしかして俺、とんでもないのに片足を突っ込んでいたりするのだろうか。

……あ、空良は異世界の勇者だった。

とんでもないのに片足どころか全身浸かってたわ。

 

「ま、言いたいことはそれだけだ。後はいちゃつくなり結婚するなり好きにするといい。今後とも、我が部活をごひいきに」

 

そう言って先輩は帰っていってしまった。

てか結婚て……。

気を紛らわすためにカップルに絡もうと振り向くと、案の定というか何というか、既にいちゃつき始めていた。

 

「はい先輩。あ~ん」

「むぐ。……うむ、美味しい。いつも思うけどさなは料理がうまいよな」

「ふふふ。そうですか?……そっかあ」

 

「いつも」を強調してさりげなく相手を褒める蓮の手際に関心する。

なるほど、そうやって長続きさせているのか。

勉強になります。

 

「………………」

「はい、せんぱ~いっ!」

「あ~む……」

 

ここまでいちゃつかれると逆に困るな。

きっと俺のことは忘れてるだろうから、早く帰ることにしよう。

弁当をかっこみ、しかし味わって食べ終わり立ち上がる。

……?

今、誰かの視線を感じたような……?

また変なことが起きる予感がする。

ノートも朝帰りで帰ってきたし、備えておく必要がありそうだ。

 

 

 

 

穂織を見渡せる程高い、電波塔を兼ねた時計塔………の、上。

わずかな足場の上で、ポニーテールの髪型の少女は双眼鏡を覗き込んでいた。

 

「【篠崎(しのざき) (れん)】……【友枝(ともえ) 早奈(さな)】……そして【祈里(いのり) (せん)】……。ふむふむ、なるほどぉ。あれが仙、か。もっと荒れてるのかと思ってた。結構マジメそうだな」

 

少女は首を動かし、今度は春風(はるかぜ)区を見渡した。

その視線の先、とある住宅街の一つの家には。

せっせと窓ガラスを拭く、髪をおろした黒髪の勇者がいるのだった。

 

「そして、【心山(こころやま) 空良(そら)】……と。若っ。超若っ───あっ」

 

驚き、双眼鏡を落としてしまった少女はがっくりと肩を落とす。

 

「あの双眼鏡、そこそこ良い値がしたのに……。ま、しょうがないか」

 

双眼鏡が無いせいで今は見えない勇者の姿を思い、少女は口角を上げた。

 

「助けてみせるから、待っててよね───お母さん」

 

そして少女は、ポニーテールの髪をなびかせ、時計塔から飛び降りるのであった。



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幼馴染みの娘

 

はい、チャイム来ました、授業はもう終わりです、きっと校門近くに空良がいるので回収に向かいます。

正門のロッカー、いない。

茂み、いない。

ロッカーにも茂みにもいないということは……。

 

並木に移動する。

手近な木を思いきり蹴る。

落っこちてきた空良を抱き抱える。

……何この流れ。

 

「えへへ、見つかっちゃった」

「……だいぶ俺も毒されてきた気がする」

「毒?魔法いる?【キュア】」

 

緑色の光が俺を包む。

 

「なあ空良、観衆がいるかもわからないから魔法はまた今度な」

「でも仙くんが大切だもん。仙くんのためなら世界に喧嘩を売る自身があるよ、私は」

「大丈夫だから、世界に喧嘩を売るな。な?」

 

頬を膨らませる空良に軽くキスをかまし、ようやく空良を離す。

ううん、幸せ。

ここ最近の暮らしで、空良と深い関わりを持った者でなければ、市街地を歩いても良いことがわかった。

空良は確かに美少女であるが、どうにも空良は存在感を薄くするサバイバル術が扱えるらしく、見つかっても逃げ出せば気のせいかと思われる程度になるらしい。

 

「とりあえず、帰るか」

「うんっ!」

 

俺の判断だが少なからず待った効果はあったようで、この高校の人は空良の事は後回しになるくらい忙しいらしい。

もともとほとぼりが冷めてから空良が帰ってきた上に、自らも忙しいとなれば、なんとなく似ている人ていどや気のせいと間違えるだろう。

 

「〜♪」

 

隣を歩く空良は上機嫌で、鼻歌なんかを歌っている。

 

「あっ!お母さん!」

 

どこかの少女が母の存在を叫び、駆け出す。

うん、平和だ。

そして少女は足を止める。

空良の前で。

 

「見つけた、お母さん」

「………………?」

 

天地が、ひっくり返った。

 

 

 

 

地面が青い。

空が硬い。

 

「おかあ、さん?私の事?」

「うっわあ、若い!」

 

黒が白くて白が黒。

 

「──────」

 

砂糖はしょっぱくて塩は甘い───ハッ!?

 

「だああっ!?」

「せ、仙くん!?」

「わっ!っと……。あ、あなたが仙さんね。お母さんから話は良く聞いております。確か、えーと、『冷静で格好いい』───」

「そ、そそそ、空良、おま、子供、え、そ、空良……」

 

目の前の少女は空良と同い年位に見える。

つまりは空良は赤ちゃんの時に産んだわけでアレ?

 

「空良が赤ちゃん?こどもが同い年の空良?」

「───はずだけどなんだこの人頭おかしいのか」

「し、辛辣だね、あなた……」

「空良、え、空良、他に、え、男……」

 

奥歯をガタガタ言わす俺を、空良が慌てて抱き締める。

 

「そ、そんなこと絶対に無い!私は、仙くんだけだよ!」

「うわあ、お母さん仙と恋人って言ってたけど本当なんだ。口の中がもにょもにょする」

「だ、だだだ、大体、お前はなんなんだ!?いきなり現れて、あ、あまつさえ、『お母さん』とか……」

「ん?んー?……あ、そっか。はーいじゃあ自己紹介しまーす!えっとじゃあお母さんの旧姓でぇ……」

 

少女はくるりとスカートを翻し、片手を太陽に向け、いい放つ。

 

心山(こころやま)ぁ───仮名でいいか───ホーリと申します!未来から来ました!」

「今仮名っつったろ……。ってか、こころやま?んで、未来ぃ!?」

「未来……。っ、時空魔法……!?」

「お、この時にはもう知ってたんだね。そうそう、時空魔法でちょっと先の未来から来たんだ」

「なんだよ時空魔法って。空良、説明してくれるか?」

 

目を細めてにやけるホーリを見て、空良はこくりとつばを呑む。

 

「時空魔法って言うのはね、文字通り時間を操る魔法なの。時間を巻き戻したり、逆に未来にも行ったり……」

「代々の勇者の中には時空魔法を使って連続攻撃をした人もいるとか、聴いたことがあるよん」

「でもなんで?時空魔法は勇者と選ばれた人しか使い方を知らないはず……。それに、使える条件も厳しいし……」

「いやはや。でも、簡単に揃いましたよ?」

「そんな!強い魔力を持った獣の魂、名工の打った剣、勇者が魔力を与え続ける事で作れる神酒(しんしゅ)……」

 

指折り数えて時空魔法を行使する条件を言っていく空良に、ホーリはうんうんとうなずく。

ってかなんでそんな説明口調なんだよ。

 

「そんな素材、あなたが揃えられるの!?」

「正確には私じゃないです」

「じゃあ、誰が……!?」

「あ。それ聴いちゃいます?」

 

ホーリはそのしなやかな指を天に突き上げ、そしてある一点を指した。

空良の、眉間を。

 

「あなたです。お母さんが、ぜーんぶ用意してくれたんですよ。時空魔法の使い方もお母さんか教えてくれました」

「未来の、私が……?」

「はい。そのしょーこに、これ」

 

差し出されたのは黒い紙。

元は白と黒の紙だったのか、ちぎられたような跡の先は白色だ。

 

「空良。これは?」

「時空魔法は、使うとその代償の代わりに過去と未来の切符が貰えるんだ。過去に行くなら白色の方を、未来なら黒色をちぎるとそこに行ける。残った方は真っ二つにちぎれば元の時間に帰れる、そういう仕組みで」

「解説ありがとーございます、お母さん。で、次に私がこの時代に来た理由を説明しましょう」

 

と、ここでホーリの目付きが変わった。

最初の時のラフなイメージが完全に消えている。

 

「これは警告です」

「警告?」

「私の時代……。この先の未来では、新しい魔王が暴れています」

「魔王!?復活したの!?」

「復活というよりかは、新たな顕現……でしょうか。その魔王はあなた、お母さんが戦った魔王とは格が違う。聖獣は殺され、その力を吸収された。水の精霊も同じ。お母さんも、心臓を貫かれた上に片腕紛失」

 

急激に頭が冷える。

空良が、重傷を、負う?

 

そんなの、ダメだ。

 

「……どうすればいい?」

「え?仙くん?」

「どうすれば、とは?」

「どうすれば、その未来は変えられるんだ」

「……恋人風情に、何ができるんで───おっふ!?」

 

ホーリの胸ぐらを掴み、壁に追いやって叫ぶ。

 

「どうすれば変えられるかって聴いているんだ!」

「……おふ……うっ……」

 

せっかく手に入れた幸せを、魔王なんかのせいで崩してなるものか。

壁に押し当てられても、ホーリは口許に笑みを絶やさない。

不意に、ホーリの右手が胸ぐらを掴む俺の手首に触れる。

 

刹那。

 

天地がひっくり返り、地面に打ち付けられて脳が揺れる。

これは比喩じゃない。

 

「……こんなに弱くて、どうやって未来を変えると?」

「せ、仙くん!【ヒール───」

「止めてください」

 

回復魔法をかけようとした空良を、ホーリが制する。

 

「片手で、投げ飛ばしやがった……」

「あなた、これでどうやって未来を変えるんです?」

 

傷む頭を押さえながら、ホーリを見上げる。

笑みが、消えていた。

 

「どういう……意味だよ」

「私と!」

 

ホーリが叫ぶ。

 

「私と、聖獣と、お母さんと!色んな人が集まっても勝てなかった魔王に!未来に!そんな弱っちい力で、どう立ち向かうって言うんだ!」

「………………」

「分かるか!お母さんが、目の前で片腕を無くしたんだぞ!」

「あぁええ、そっか、え私、片腕無くすの……?」

 

市街地で、路上で、少女に叱咤される。

本来なら恥ずかしい場面だが、それよりもショックが上回った。

 

「祈里 仙!『ただの恋人』のあなたに、何ができる!」

 

その言葉は、何より俺の心に突き刺さった。

そうだ……。

俺は主人公じゃない。

ヒーローみたいに、ピンチに覚醒する力も持ってない。

勇者の恋人がいる、そこら辺のただの高校生なんだ。

 

「クソッ……。本人の前で言うことかよ……。空良が勝てない相手だぞ?」

「それは私も、どうかと思う」

 

思うのかよ。

 

「でも、言わなきゃいけないんだ。お母さん、そう遠くない未来、あなたが絶対に勝てない相手がくる」

「…………そっか」

「備えて。今からでも、少しでも、強くなって」

「レベルは?その魔王の、レベル」

「鍛冶屋に聴いたら……426だって」

 

よんひゃくにじゅうろく!?

 

「よん……ひゃく……」

「聖獣と、水の精霊の経験値が多かった見たい。私のレベルは今92しか無いし……」

 

チートじゃないか。

そんなのに、どうやって勝てば良いんだ。

 

「備えよう」

 

口を突いて出た言葉。

自然と体が起き上がる。

 

「だから、あなたに何ができる……」

「空良。あのときのコピーするやつをくれないか?」

「え……?仙くん?」

 

空良を守るためなら、せめて一枚の肉壁にでもなってやる。

 

「無駄なあがきでも、やってやるさ。……空良」

「……そっか」

 

眉尻を下げて肩をすぼめる空良。

絶対に空良を傷つけさせない。

 

 

 

「異世界に行くぞ。レベル上げだ」

 

 

 

 



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幼馴染みとレベルアップ

 

「───で、結局これか!」

 

先頭を歩くホーリが頬を膨らませながら文句を垂れる。

今、俺たちは【初心者のダンジョン】までやってきていた。

主に、俺のレベルを上げるためだ。

現在、空良のレベルは125、ホーリは92、そして俺は12。

 

「ん、出たよ仙くん!」

「そいっ!」

 

現れたスライムを叩き斬り、流れるような動作で剣を鞘に収める。

……ずいぶん手慣れてきた。

俺たちはもっと効率を上げるため、下層へ下っていっている。

下層の方が魔物の生成のために集まる魔力の量が高く、その強いモンスターを倒せば経験値が多く手に入るからだ。

 

「あっ!アイアンスライム!」

「このっ、くぬっ、ていっ、ぜあっ!」

 

稀に出るクソ硬いスライムは攻撃力が少ない代わりに防御力が全てを超越していて、あの空良でさえも一撃では仕留められない。

それで経験値が通常のスライムの10倍はあるのだから憎たらしい。

体力としてはサーベルでも素手でもなんでも四回叩けば倒せるので、経験値が美味しいには美味しいのだが……。

 

「ホーリちゃん、もうここにはモンスターはいないみたい」

「じゃあもう一個下に行きましょう」

「はぁ、はぁ……。少し、待ってくれないか?」

 

問題は、戦闘するのが俺だけなのでスタミナがすり減っていくことだ。

レベル差がある分なおさら、空良たちに体力では勝てない。

 

「えー。またですか」

「じゃあ休憩にしよっか。仙くん、今日はお弁当を持ってきたんだ」

「ダンジョンでピクニックとかお母さんマジすか。並の冒険者は簡素な干し肉とかですよ」

 

空良が手近な岩を切断し、三人分の椅子を作る。

……え!?あぁ、うん……。

今、岩を切ったことを見逃しそうになったわ。

 

「はい、仙くん」

「お、サンドイッチか」

「あ~んが良い?」

「……じゃあ、頼もうかな。腕が痛いし」

 

口を開ければ、空良がサンドイッチを口元まで運んでくる。

はむ、もぐ、もぐ、うまい。

 

「おええええっ。砂糖がっ、甘っ、おええええ……」

 

ホーリが突っ伏している。

吐いているモーションはしているが、何も吐いていない。

 

「む。仙くん、ちゃんとこっち見て!」

「悪い悪い」

 

頬を膨らませる空良の機嫌を取るため、自らもサンドイッチを掴んで空良の口元へ。

 

「え」

「ほれ、あーん」

「え、あ……。じゃあ……はむ、むくむく……。んふふ」

 

リスのように俺の持ったサンドイッチを頬張る空良に、思わず頬が緩む。

 

「ああああああッ!!甘ったるい!!むしろ少しイラつくくらいに!糖分過多なんだよおおおおお!」

「お前、少しは黙れ。……っていうか、お前空良が母親なんだろ?父親は?やっぱり俺なのか?」

「せ、仙くん、それって……。その、やっぱり?」

 

慌てふためく空良を尻目に、ホーリは着席して少し体を傾ける。

薄茶色の髪が流れた。

 

「んー……。どうなんでしょう」

「……は?」

 

しかし帰ってきたのは歯切れの悪い答え。

 

「仙が関わってるのは確かなんだけど……。これ、言っちゃうと未来が変わりそうだからなぁ……」

「未来を変えさせるために来たんじゃないのか?」

「そーなんだけど……。魔王とは別の問題が起きそう……」

 

魔王とは別の問題……?

 

「とにかく、魔王問題はお母さんに忠告することだけだから、後はなるべく早くレベルを上げて元の時代に戻るだけ。なんなら、今から帰っても良いんだけど……」

 

ホーリは目を細め、人をおちょくるような笑みを浮かべる。

 

「仙に任せると不安だから、もうちょっとこの時代に居てあげる。今の糖分製造機の仙だと、私の出産が早まりかねないし」

「別に、それがイヤなわけじゃないけど、その、やっぱり恥ずかしいなっていうのがまだあって、でも、うぬぬ……」

 

一瞬、『出産が早まりかねない』を聞いて、やっぱり父親は俺なんじゃないかと思ったが、どこかで聴いた事を思い出した。

空良を軸にして時間を飛んだならば、空良の父親が誰であろうと、産まれてくるのは『空良の娘、ホーリ』であるということ。

 

「なるほどな。お前が父親を秘密にすれば未来は変わらないのか」

「そゆこと。だから、父親の事は言えないんだ」

「仙くん?ねぇ仙くん、聴いてる?」

「聴いてるよ。じゃあそういうのはまた今度な」

「……娘の前で生々しい話は止めてもらいたいね、お母さん」

 

……それにしても、ないとは思いたいがホーリの父親が俺以外である可能性があるとは。

少し凹みそうだ。

 

 

 

 

俺に明確な成長が見られたのは、先程の階層より12層ほど下がった時の事だった。

対峙するのは【階層ボス】と呼ばれる並の魔物とは格が違う、より多めの魔力で産まれたモンスター……らしい。

空良によると、この魔物の名前はアトラスというらしく、だいだい色の肌に大きな棍棒が特徴。

 

「じゃあ仙くん、頑張って」

「わかったよ」

 

空良が戦うと触れただけでアトラスを倒してしまうらしく、それはホーリも同様。

戦うのは、レベルが5ほどしか上がってない俺のみ。

 

「うがああああああ!」

「ッ!」

 

振り下ろされる棍棒。

大振りなお陰で動きは読みやすいが、棍棒が地面についた瞬間に床がえぐれた。

威力高っ。

 

「ぐおう!」

「はっ、はっ、はっ……」

 

棍棒を振り回すアトラスの周りをサーベルを逆手に持ちながら走る。

なんとか隙が見えれば良いのに……このままじゃジリ貧だ。

 

「仙くん、カウンター!」

「うぬあもどかしい!手を出せないのがもどかしい!」

 

鎧の類は重くて動けないため、俺は装備できない。

一撃喰らったら即死、対してアトラスは何回か切っても倒せないだろう。

足に力を込め、大きく前に飛ぶ。

先程まで居たところを棍棒が通った。

瞬時にブレーキをかけ、バックステップで体の向きを変える。

アトラスの腕が上がる前に切りつけた。

 

「んごおおおお」

「やっと、当てれた」

 

吹き出る鮮血……の、代わりの黒い霧。

アトラスの筋肉が膨張する。

傷口が塞がり、吹き出る霧が止まった。

せっかく与えたダメージは、しかしその力技によっておさえられてしまう。

 

「そんな、マジかよ……」

「んごおおおっ!」

「やばッ!?」

 

上からではなく、足を狙うようにして棍棒が横に振られる。

ジャンプでかわす……ッ、着地狩り!?

 

「んごおおおおおおおお!」

「ッ!仙くん!」

 

ジャンプして着地した瞬間、アトラスは棍棒を地面に叩きつけた。

振動で足を取られる。

 

「んごう」

「つぅ……。モンスターが知恵を使うなよな……」

 

冗談を言っている場合じゃない。

棍棒が迫ってくる。

空良が剣を抜いて走って来るが、間に合わない。

アトラスを見据えたまま、来るべき痛みに備えてサーベルを横に構えたとき……。

 

 

視界が、暗視スコープをつけた時のように暗くなった。

 

 

全体がスローに見える。

だが、その中で。

俺の目は、アトラスの棍棒から出る《線》に釘付けになっていた。

アトラスの棍棒から出る無数の黄色い線の一つが、赤く点滅する。

それが何かを理解する前に、世界が色を取り戻した。

 

「うわああああっ!」

 

慌てて構えていたサーベルを投げ出し、横に回転して回避を試みる。

が、それが思いのほかすんなり行った。

 

「んごう!?」

「仙くん……!?」

 

驚いた様子のアトラス。

繰り出される横薙ぎ。

 

 

世界が、色を失った。

 

 

棍棒から出る無数の線。

横に伸びた後に真上に伸びる一本が、赤く光る。

口角が上がるのを感じた。

 

世界に色が戻る。

 

「はっ!!んで、せい!」

 

ジャンプ、横薙ぎを回避、体を捻る、振り上げを逸らす。

……いい加減分かってきた。

この黄色い線は、アトラスの棍棒が通過する数あるパターンの表れなんだ。

赤く光るのは、その中で最も確率が高いルート。

 

体にぽっかりと穴が空いたような気分だ、空気の抵抗を感じない。

下手な高揚感に身を任せ、落ちていたサーベルを手に取る。

そして、ろくに構えもせずに棒立ちとなった。

 

「おら、来いよ。デカブツ」

 

普段なら言わない、語彙力の無い挑発。

だがそれはアトラスには効果は抜群であったようで、顔を赤く憤慨させながらアトラスは棍棒を振り下ろす。

 

世界は色を失う。

 

赤い線が俺を貫き、地面に突き刺さる。

つまり、安直に振り下ろされるということ。

 

「ここだっ!」

「んごお!?」

 

サイドステップ、かわしてサーベルで切りつける。

行ける、行けるぞ。このままなら、耐久すればきっといつか勝てる。

 

そう思ったのがいけなかった。

 

赤い線に身を任せ、俺が横に避けたとき。

 

「うごお!」

「かっ……はッ!?」

 

赤い線とは別の軌道で、棍棒が飛んできたのだ。

壁に叩きつけられる。

 

……なるほど、あくまで【予測】であって、違う軌道で来る場合もあるってことか。

 

せっかく学んだのに、もう死にそうだ。

上げられた棍棒の軌道が見える。

けど、もう動けない。

赤い線に従って棍棒が俺の体を粉砕……

 

「せいっ!!」

 

する前に、アトラスの首が吹き飛んだ。

 

ずずん、と横に倒れる巨体。

 

「ごめんね仙くん、倒しちゃった」

「あ、あぁ。別に、良いけど……」

 

血のりのついた剣をさっと振るい、鞘に収める空良。

その姿を見ながら、俺の意識はフェードアウトしていった。



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幼馴染みとオーバーホール

 

暗闇の中、俺は不思議な空間を漂っていた。

手を伸ばせど何にも届かず、声を発せど響きもしない。

見渡す限りの黒、黒、黒。

掴み所のない水の中を泳いでいるようで、腕を動かしても進むことすらできない。 

 

なんなんこの状況。

 

思い当たるとすれば、俺のあの不思議な現象について。

相手の動きを予測し、回避にも攻撃にも使える便利なあの現象。

胸にぽっかり穴が空いたような……あ゙。

 

オレンズ王子と戦ったときもなったことあるぞ、あの感覚。

その時も、オレンズ王子の避ける先を予測して……

 

「その通り」

 

……!?

後ろから声がする。

それも、すごく聞きなれた声が。

 

「あれの名前は『オーバーホール』。次元を超越した力だよ」

 

声の主はだんだんと近づき、追い抜き、そして俺の前に立った。

 

「……驚いただろ?」

 

声の主は、俺だった。

 

 

胸に、ブラックホールのような穴を空けた状態の。

 

 

オーバーホールってなんのことだろう。

聞こうにも、声が響かないためコミニュケーションがとれない。

 

「声が出したいんでしょ?」

 

全力で頷く。

 

「だったら、これを出来るようになること。この空間では、オーバーホールができなきゃ立つことも声を出すこともできない」

 

おいおいマジかよ。

ってか、空良はどうするんだ。修行なんてしてたら、その間に空良が襲われるかもしれないんだぞ。

 

「時間とかなら心配しなくていい。この空間は現世と隔離されてる。存分に練習ができるよ」

 

はい、ご都合展開頂きました。

 

「もっと驚いてもらうけど、俺は、未来の仙。つまりお前だ。俺がオーバーホールを使えるということは、お前が使えるようになるということ。安心しろ、お前は必ずオーバーホールを使えるようになる」

 

言いたい事だけ言って、俺の偽物はさらさらと消えて言った。

未来の、俺か。

ホーリが来てる今、もう驚かないけど、そっか。

俺、以外と後ろ髪が癖っ毛なんだな……。

 

と、どうでも良いことを考えている内に、連想ゲーム方式で重大なことに気がついた。

 

そういや、どうやってオーバーホールを発動させれば良いのかも教えてもらってないぞ。

 

……おいおい俺これからどうやって修行するんだ……!?

 

 

 

 

ふん。

てい。

 

胸に異常無し。

 

……無しじゃダメなんだよチクショウ!

 

あれから俺は修行を積み───積むって言える進歩なんて無かったけど───体感時間で多分一日と五時間が過ぎた。

どれだけ力を入れようとも、体は応えてくれない。

 

と、一生懸命に体を動かしていると、虚無の空間からまた俺が現れた。

 

「三時間経った。結果は?」

 

えっ三時間?一日と五時間ではなく?

うわあマジかぁ……。クソつまらない修行だとは思ってたけどまだそれしか経ってないのかぁ……。

 

「……その様子だと、ダメっぽいな」

 

当たり前だろせめて修行の仕方くらい教えろコノあほんだらぁ。

 

「ヒント、いるか?」

 

超いる。

頷くと、偽物の俺は呆れまじりに腰元からサーベルを抜いた。

そして俺の真正面に立ち、それを振り上げて……っておいおいおいおい!

目を瞑る。

一秒、二秒、三秒───

 

「あれ……?」

 

気がつくと、俺は()()()()()()()()

声も出る。

恐る恐る視線を下に移す。

 

「あった……できた!」

 

空いていた。

俺の胸に、穴が。

穴を覗いても向こう側が見える訳ではない。

穴の内側は光で染まっている。

 

「やった……できたぞ!」

 

視線を上げると、視界いっぱいが黄色に染まった。

いや、これは、オーバーホールの軌道予測の光!?

 

 

黄色に塗りつぶされた視界に、一筋の赤い線が走った。

 

 

ローリングッ!!

俺のいたところをサーベルが通過した。

 

「で、その感覚をキープすること」

「く、くそぅ。これで終わったと思ってたのに!」

「大切なのは危機に備えようとすること。まずはそれで感覚を覚えろ」

「お、おす!」

「これでお前はオーバーホールの存在をようやく認知した。あとは、小さいモンスターでも練習できるはずだ」

 

サーベルを鞘に戻した俺は、髪の色素が抜けて白髪になっていた。

 

「さあ、他の事を聞くならいまの内だぞ」

「じゃ、じゃあ教えてくれ!お前は何者なんだ!?」

「哲学だな。ふむ、言うなれば、そう……幻影かな」

 

瞳の色素がだんだんと抜けていく俺はそんな事をいいはる。

 

「じゃあ次!オーバーホールって!?」

「先祖から伝わる超すごい力。人によって能力が違う。お前の能力は【ヨ】の言葉の能力で、基本的には【予測】。今分かるのはそれくらいかな」

 

白髪白眼となった偽物の俺。

その足が、塵が舞うように消え始めた。

 

「次!新しい魔王の正体は!?」

「……言えない」

「言えないってなんだよ!」

「未来は、たった一言で180度変わる。魔王に関することは、他でもない【俺】の判断で言わないことにした」

 

新たな魔王。

それを知る人は、かたくなに未来を教えてくれようとしない。

教えてくれたら、それを防げると言うのに。

 

「だか……新し……魔……」

「っ!?」

 

偽物の俺の体が半分ほど塵になっていた。

それと同時に視界と聴覚にノイズが走り、俺の体が現世に戻ろうとしている事が感覚でわかる。

 

「待ってくれ!まだ聞きたいことが……!」

「──────」

 

半分塵になりながら、偽物の俺が口を開く。

ノイズが走り、声は聞こえなかったが……

 

お、あ、え、お?

 

その口の形だけ俺に伝えて、偽物は完全に塵となった。

対して俺は、この空間に来たときとは別に、意識が白く、光で塗りつぶされるのだった。

 

 

 

 

「仙くんっ!仙くんっ!」

 

瞼を開くと、泣きそうな空良の顔が見えた。

そんな顔、しないでくれ。

 

「おき、起きた……?」

「おう。おはよう」

「う……うあああああ!」

 

泣きついてきた空良に驚きながらも、軽く体を起こす。

 

「やっと起きましたか」

「ホーリ。俺、どれくらい寝てた?」

「えーと……きっかり五時間です」

 

あの野郎、嘘つきやがった!

なぁにが『現世と隔離されてる』だよ、むしろ修行した時間の方が短いじゃねえか。

……もしかして、修行の時間は関係ないけど気絶していた時間が五時間だったって意味だろうか。

 

「わた、ぐす、私、仙くんになにかあったらって、えぐ、思ったら……」

「おいおい、不吉なこと言うなよ。空良を残して死んだりなんてしねえから」

「ぐす……ほんと?」

「ほんとだって」

「……ん。約束」

 

すっと小指を出してくる空良。

また約束か。空良はホントに、俺の事となるとすぐに約束したがる。

 

小指に小指を絡ませ、空いている手で空良を抱き寄せる。

 

「心配かけて、ごめん」

「……ん」

「ハイハイ、いちゃつきはそこまでー」

「「あっ」」

 

ホーリが中に入り、俺たちを引き裂く。

ちくしょう、空良の娘だからっていい気になるなよ!

 

「それにしても、さっきのアレって、やっぱりオーバーホールでいいんですかね」

「オーバーホール?」

「知ってるのか!?オーバーホールを!?」

「え、ええ。ってかなんで仙がオーバーホールの存在を知ってるんですか」

 

なぜ知ってるのか、か。

あれは夢だったのだろうか。

 

「気絶して、不思議な体験をしたんだ」

「体験」

「偽物の俺が、オーバーホールの存在を教えてくれて、修行もやってきた」

「修行」

「最後に何か言っていた……。聞き取れなかったけど、口の形は『お、あ、え、お』だったと思う」

「お、あ、え、お……」

「ねぇ、そもそもオーバーホールってなんなの?」

 

ひょいと手を上げた空良。

偽物の俺は『先祖から伝わる超凄い力』とか言っていたが……。

先祖から伝わる?俺の先祖は神事関係の仕事と教えられたが……なにか関係があるのか?

 

「この時代だから、お母さんももう使えるはずだけど……」

「私が、仙くんのアレを?」

「そうです。オーバーホールには個人で能力が違って、仙のオーバーホールは……どんな風に感じましたか?」

 

どんな風に……。

 

「世界がゆっくりに見えて、沢山の予測線が見えて…。きっと、相手の動きを予測するーとかいう力なんだと思う」

「何それ強い」

「でも、俺の体もゆっくりのまんまだから、ゆっくりになる効果が切れた後にすぐ反応して避けなきゃいけない」

「そんなスキルとか魔法、私知らないなあ……」

 

ホーリが「能力は人それぞれだから、お母さんも知らず知らずのうちに使ってるかもですね」とつけたし、そして立ち上がった。

俺も立ち上がり、サーベルを腰のベルトに挿す。

まずはオーバーホールの練習をしないと。

偽物はオーバーホールの存在を認識したからもう弱いモンスターでも練習できると言っていたが、やはり感覚的にわからない。

 

「まぁ、まずは沢山のモンスターと戦って場数を踏まないとな。空良、ホーリ、もう少し付き合ってくれるか?」

「うんっ!」

「ま、もう少しくらいなら大丈夫ですよ」

 

やっと空良を守る目処がたったんだ。

オーバーホール、必ずモノにしてみせる。




ちょくちょく出てくる謎の部活『万術部』のお話、【一年前に結成した万術部が廃部ギリギリな件。】を投稿し始めました。
仙や空良も出る……かも?


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幼馴染みとダンジョン制覇

 

視界がスローモーションになる。

目の前に移る数多の線が今まさに俺に飛びかかろうとしている()()の動きを写し出していた。

赤く点滅する線を確認し、丁度世界が元のスピードで流れ出す。

ソレが、予測線と同じ軌道で飛び込んでくる。

しかし、俺は既に予測済み。

サイドステップで避けた後、間髪入れずに叩き斬った。

 

「……ふうっ」

「仙くんかっこいい!」

「いや『ふう』とか格好つけてるけど、それスライムですからね」

 

そう、黒い霧となって消えたしたいは、まさにスライム。

階層が変わったお陰で魔物を生成する魔素の量が増え、青いスライムは少し紅がかっていた。

その名をスカーレットスライム。

名前がかっこいいだけあってそれなりに耐久力もあるのだが……。

 

「レベルアップした俺の敵ではないな」

「仙くんかっこいい!」

「いや、初心者の冒険者なら冒険始めて二週間くらいで倒せるようになるやつですからね」

「うるさいな。この世界の冒険者は子供の頃から冒険を夢見て鍛えてたんだろ。俺は小さい頃に筋トレなんかしてなかったからな」

 

駆け寄ってくる空良を抱きながらフッとニヒルな顔をすると、ホーリは見るからに呆れてため息を吐いた。

 

「おい、人にため息とか失礼じゃないのか」

「気絶している間に本当になにがあったんですか!?キャラが変わってますよ!?」

 

現在の俺のレベルは38。

驚異的な成長だ。

オーバーホールも、相手が俺に攻撃をしようとする時のみ、任意で発動できるようになった。

ここまでくれば、調子に乗るってものだ。

 

「今、何階層だ?」

「えっと、ひぃふぅみぃ……49階層目かな」

「このダンジョン、いくつまで階層あるの?」

「50。だから、次で最後だよ!頑張ろうね、仙くん!」

 

レベルが上がってからもう一度あの巨人に挑戦してみたが、筋力も瞬発力も上がった俺は難なく勝つことができた。

階層ボスも全て俺が倒してきたし、そろそろ次のダンジョンへ行ってもいい頃だろうか───いかんいかん、調子に乗りすぎるな、俺。

あくまで慎重に、空良を守るために。

 

「じゃあ、この階段を降りてボスを倒したら、ダンジョン制覇だな」

「次のダンジョンからは宝箱も出てくるし、次へ向けて頑張ろうね!」

「ところで、この階段ってなんで階段なんですかね。ダンジョンは人造物じゃないはずなのに」

「それ以上は言うな」

 

階段を降りきり、分厚い扉の前に立つ。

明らかに、今までの雰囲気と違う。

 

「この奥に、階層ボスが……」

「よぉし、開けますよぉ!そぉれ!」

 

ホーリと俺で扉を開き、中に入る。

そこにいたのは……

 

「クァァァァァアアアアッ!!」

 

黒い鱗に白い牙、黄金の瞳をもった男のロマン、ドラゴンが鎮座していた。

 

 

 

 

「……ていっ!」

 

上から凄まじいスピードで降ろされる尻尾を、オーバーホールの予測線に従って横にローリングし避ける。

 

抉れた床の岩の破片をパラパラと落としながら尻尾を上げ、ドラゴンはその目を細めた。

 

……そこまで簡単に殺られはしねえよ。

 

サーベルは避ける邪魔になるので、今は腰元ではなく背中に鞘を固定している。

予測し、避け、カウンターで体力を削る。

そのつもりでいたのだが、開戦して五分、未だにダメージを与えられていない。

 

……というか、本当にこいつを俺一人で倒せるのだろうか。

 

「仙くん、ツメ!」

「ッ!」

 

空良の声に反射でドラゴンのツメを見ると、ドラゴンはその手を大きく振りかぶり、俺を切り裂こうとしていた。

 

 

世界が、色を失う。

 

 

オーバーホール。

おびただしい量の黄色の予測線の中から、一本、赤く点滅する線を見つける。

 

世界が色を取り戻す。

 

「はっ!!」

 

バックステップで後ろに大きく飛び、まずは初撃をかわす。

着地した瞬間にごろごろと転がって姿勢を低くし、二撃目、スライドして来たツメの()を掻い潜る。

 

「身体能力と反射神経は凄いですけど、まだ一撃も当ててませんよ!」

「うるせぇ!必死なんだよ!」

「なんか胸に穴空けて戦う仙くんカッコいいな……」

 

ありがとう、けど後にしてくれ!

 

「クォォオオオアアアアアア!」

 

二撃目で終わりじゃない。

さっき見た軌道は、まだ続きがあった!

───あぎとからの!

 

ツメを外して体勢を崩したドラゴンは即座に体勢を整え、口から灼熱のブレスを吐く。

直撃すれば灰も残らない熱量。

とっさに岩に身を隠す。

ある程度の炎は岩が裂いてくれるが、隣を通りすぎる灼炎が肌をチリチリと焼く。

 

「ふーっ、ふーっ、ふーっ」

 

その内に息を整える。

ブレスが切れたとき、ドラゴンは息を吐ききっている。

その内に、せめて一撃だけでも!

 

「アアア……ゲッホ」

「今ッ!!」

 

炎が途切れる。

岩から飛び出し地面を蹴飛ばす。

跳ねる土。

迫る巨躯。

丸太よりも大きな足まで近づき、背中からサーベルを抜き放つ。

人体で言えばアキレス健のある部分。

吹き出る魔素が視界を塞ぐ。

踏み潰されたらたまらないので、サーベルは突き刺さったままにその場を離脱。

 

「うわあ痛そう……。俺がやったことなんだけど同情するわ」

「そんなこと言ってないで、なんか怒ってるみたいですよ!」

 

吹き出る魔素が止まらない。

アトラスは筋肉を膨張させて傷を塞いだから、その二の舞にならないように。

 

ずっと突き刺さっていれば、痛いし継続的にダメージを与えられてるだろう。

問題は、もう武器が無いのでそれ以上のダメージを与えられない点。

 

「クォォオオオアアアアアア!クォアア!」

 

怒り狂うドラゴンが、でたらめに尻尾を振り回す。

オーバーホール───ッ!?

 

高速の尻尾が、俺の腹を直撃した。

吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

肺の空気が全て吐き出され、急速に酸素を欲した脳が焼き切れそうなほどの痛みを覚える。

 

内蔵は尻尾の攻撃によってぐにゃりと形を変え、予測できなかった動きのせいでシェイクされた。

 

「ぐぅ……ぐぇっほ、えほ……」

 

結局俺は、最後の最後でカッコ悪くなる。

調子に乗るからだ。

 

恨むべきは、レベルが上がって生命力が増え、簡単には死なせてくれない自身の体。

 

顔をくしゃりと歪めたドラゴンが、身動きがとれない俺に向かってその大口を開け───

 

 

 

 

 

───()()()()()に、横っ面をぶん殴られた。

 

 

 

 

 

閃光は尾を引き、残像が見えるスピードでドラゴンの右に左にと光速移動し、殴りかかっていく。

往復ビンタ状態のドラゴンは、なにがあったのかわからない様子だ。

 

「仙くん、大丈夫?」

 

……ホントに、俺の幼馴染みは強いや。

ドラゴンを横倒しにした閃光───空良は俺の目の前に降り立ち、微笑む。

 

……胸にブラックホールのような穴を開けて。

 

 

「「いやソレオーバーホールやんけ!」」

「えぇコレオーバーホール!?」

 

 

ホーリと同時にツッコむ。

空良が慌てて胸の穴を確認している間に、ドラゴンが意識を回復させ、起き上がっていた。

 

「空良ッ、来るぞ!」

 

必死に叫ぶ。

空良は「え?」とドラゴンの方向を向き、そして一言、

 

「───解放」

 

と呟いた。

その瞬間、空良にまとわりつく空色の光がいっそう強くなる。

光に包まれた空良のシルエットはその形を変えていき、そして───

 

『龍化!!』

 

白と紺の二種類の鱗、白く鋭い牙、透き通るような翼をもった、正真正銘のドラゴンとなっていた。

 

『待っててね、仙くん!』

 

脳に直接響くような声。

 

『ぜったい、このドラゴンを倒すから!』

「クォォオオオアアアアアアッ!!」

 

黒龍が灼熱のブレスを吐き出す。

対する空良も、そのあぎとを開いた。

 

空色のエネルギー体があぎとへ集まり、その光が最大に達した時……空良のあぎとから、空色のレーザーが放たれた。

レーザーVS炎。結果は分かりきっている。

レーザーは炎を裂き、黒龍のあぎとから頭の天辺まで、肉を抉り、貫いた。

大きな振動と共に倒れる黒龍の体。

空良は体を再び変質させながら舞い降りてきた。

 

『怪我は無い?仙くん」

「ああ、幸い小さい傷だけだ。骨も折れてないっぽいし、唯一ダメージを喰らったのは内蔵かな」

 

あのでかい尻尾を喰らってこれほどのダメージしかないのは幸運だった。

内蔵も落ち着き、酸素も無事供給できる。

擦り傷程度のダメージ───つまりは結果的に、無傷だったのだ。

 

「内蔵!?だっ、大丈夫、仙くん!?【ヒール】!【ヒール】!」

 

擦り傷がみるみるうちに塞がっていく。

内蔵はシェイクされた程度しかダメージが無かったし、きっともう回復したのだと思う。

 

「大丈夫だよ、ありがとな」

「くぉあ」

「うおうまだ生きてたんかワレェ」

 

虫の息の黒龍から、掠れるような声が聞こえる。

せっかく二人きりだったのに。

 

「空良。ラストアタック、もらっていいか?」

「うん。大丈夫だよ、仙くん」

 

足からサーベルを回収し、倒れている黒龍の首もとに当てる。

サーベルよりも大きく太い首だ、ちゃんと切れるだろうか。

そんな事を考えながら、俺はサーベルを振り上げ───




ちょくちょく出てくる謎の部活『万術部』のお話、【一年前に結成した万術部が廃部ギリギリな件。】を投稿し始めました。
仙や空良も出る……かも?


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幼馴染みと新装備

 

巨体が、魔素となって散る。

カラフルな球体が俺の周りを回転した後、そして俺の体内へ吸収された。

……と思ったら、またどこからか球体が現れ、そして体内へ。

 

これが、何回も続いた。

 

今やレベルは57、計算して19回のレベルアップだ。

え、ドラゴン強ない?

空良がいるから短時間で済んだのだろうが、きっと俺一人でやっていたら何時間もかかっていたのだろう。

 

「今のレベルは?なんですか」

「多分57だけど……。間違えてるかもしれないから後で鍛冶屋の人に見てもらうかな」

「っカァー……。弱いなぁ、弱いなぁ!」

 

ホーリが呆れたように言う。

確かに、俺のレベルは未だオレンズ王子にすら届いてない。

鍛冶屋からレベルを聴いたときは驚いた。

 

サーベルも度重なる戦闘で疲労が溜まっているのか、だんだんと切れ味が悪くなっている。

 

「なあ空良、ダンジョンボスを倒したわけだけど、これからどうするんだ?」

「普通のダンジョンは最下層、塔のタイプなら最上層にクリア報酬があるんだけど……ここは初心者のダンジョンだから、そーいうのは無いみたい。帰って装備を整えて、次の難易度のダンジョンに向かうのが最適かな」

「次の難易度?」

「そう。ダンジョンには難易度があって、ここのダンジョンがレベル1。基本的にダンジョンのレベルは4なんだけど、次はレベル2のダンジョンに行こう」

「じゃ、帰るようのポータル起動させますねー」

 

ホーリが奥のパズルを動かすと、部屋の中央に緑色の魔法陣が現れた。

ゲームでよく見るポータルのように回転してらっしゃる。

 

「じゃ、そこに入ってください」

「お、おう……?」

 

空良が先行して飛ぶこむと空良は光に包まれ天井を抜け一直線に地上に戻っていった。

緊張しつつ魔法陣に乗り込むと、視界が光で染まって行き、何かに引っ張られるような感覚とともに俺はダンジョンを脱出していた。

 

 

 

 

「おうおう、これはこれは……。また随分と使い込んだなぁ」

 

鍛冶屋。

レンタルしていたサーベルは(空良の財産で)購入し、それをダンジョンに持っていったのだが、それも大分くたびれ、鍛冶屋のおっさんに苦い顔をされていた。

 

「ここまで使い込んでくれたのはありがたいが、ここまでくると打ち直すことは無理だぞ。刃を付け替えるしか……」

「どうする?仙くん」

「んー……。このままでいいかな。武器に頼りすぎるのも良くないし、それに、空良に負担かけたくないからな」

「そんなこと気にしないで良いのに……。じゃあおじさん、エンチャントだけ変えてくれる?」

「あいよ、じゃあ【鋭利な刃】を抜いて……何にする」

 

おっさんとカタログを覗いている空良を横目にホーリに耳打ちする。

 

「なぁ、エンチャントってなんだ?」

「腕の良い鍛冶屋は武器や鎧に魔法をかける事が出来るんです。基本攻撃力を上げる【鋭利な刃】、魔法の攻撃を連続3回まで反射する【鏡の鱗】など……」

「で、今は……」

「サーベルにもともとエンチャントしてあった【鋭利な刃】を他のエンチャントに変えようとしてるみたいです。ここの鍛冶屋は本当に腕がいい、棚にかけてある武器全部にエンチャントがかかってる……」

 

空良から受け継いだ特徴なのか、ポニーテールを揺らしながら武器や防具を品定めしていくホーリ。

手持ちの無沙汰になった俺も適当に剣がたくさん入った樽を眺めていると……。

 

ドクン。

 

何かに引っ張られる気がした。

体が勝手に反応し、手が吸い寄せられていく。

 

「んで、こいつが切れ味が落ちにくくなる……おい、どうしたセン」

「……仙くん?」

 

数ある剣の中から、一本、すごく気になるというかなんというか……惹かれる剣がある。

剣というか……刀だ。漆黒の鞘に納刀されている。

しかし、それが刀かどうかなど関係がない。

細い布で交差に巻かれた持ち手を掴み、樽から引っこ抜いた時……

 

 

『あなたは呪われてしまった!』

 

 

……は?

 

「「「あちゃ〜、呪われちゃったかぁ……」」」

「いやあちゃ〜じゃないでしょ!?なにこれ!?」

「いや、作ったら呪われてたんだが、なかなかに良い出来だったし取っておいてるんだ」

 

て、手から離れねぇ!

 

「呪いの浄化には大量の魔力がいるしよ……俺じゃたりねぇんだ」

「この中じゃ私が一番魔力が多いかな?仙くんちょっとこっちに」

 

手招きする空良に近づくと、空良は黒刀を挟むように俺に抱きついた。

耳元で空良がこしょりと口を開く。

 

「魔力は心臓に溜められるんだ……だから」

「そ、そうか……」

 

付き合っているのに、未だにこの至近距離はドキドキする。

なにせ、空良はとびきりの美少女だ。

 

「なんか急にイチャつき始めたぞ」

「いつもの事です。休憩中にすきあらばイチャつくんで」

「やっぱあの二人、そういう関係になったか」

「最近なったらしいですよ」

 

外野は無視だ。

しかし一向に手から離れる気配がない。

空良の息も荒くなっている。

 

不意に、空良の抱きしめる力が強まった。

いや、全体重を俺に預け、肩で息をしている。

 

「はぁ、はぁ……ごめんね、仙くん」

「いや、俺の問題だ。謝るのは俺のほうだ」

 

どうやら、勝ったのは呪いの装備らしい。

空良はそのままぐったりと俺に体を預けると、やがてすやすやと眠り出した。

 

「まさか、眠くなるまで魔力を引き出したのか?」

「なんたる根性!娘ながらあっぱれ」

 

眠る空良はそのままに、刀を手放せないかとなんとか頑張る。

手は離せるし、位置も変えられる。

しかし、一定の距離を離れるとどうしても手元に帰ってくる。

空良をホーリに預けて刀を抜くと、出てきたのは黒い刀身。

なまじ切れ味鋭そうなのが腹がたつ。

 

「さすがは自信作、しばらく触れてないのに風化してないな」

「自信作が呪いの装備でいいのか……?」

「いや、ホントは良くねぇが切れ味が良いのは吉だろ。すまねえが、大量の魔力を持った人がボランティアで魔力くれるまで、そいつを使ってくれよ。金はいらねぇから」

「いや、しかしなぁ……」

 

俺が得意だったのはサーベルなわけで。

刀はちゃんと扱えるかどうか……ってかなんでこの世界に刀があるんだよ。

 

というよりも、空良よりも魔力が多い人なんているのか?

だんだん不安になってくるんだが……。

 

「一応、装備は新調できたわけだし、いいんじゃないですか?」

「全然良くねぇよ!?」

 

離れない刀を手にしながら、俺は叫ぶのだった。




ちょくちょく出てくる謎の部活『万術部』のお話、【一年前に結成した万術部が廃部ギリギリな件。】を投稿し始めました。
仙や空良も出る……かも?


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幼馴染みと魔女の家

 

「セン……すまんが諦めてくれ」

「諦めろって……」

「じゃああれだ。そいつの銘をつける権利をやろう」

「いや、嬉しくないですよ……」

 

呪いの装備に名前をつける権利なんてもらって、誰が喜ぶのだろうか……そう思っていると、ホーリが血相を変えて詰め寄ってきた。

 

「はあ!?武器の銘をつける権利を貰って、嬉しくないぃ!?」

「ふおう!?どうしたんだよ、急に」

「いいですか?基本的に武器には名前がありません。いちいちつけてられないからですね。しかし、だからこそ銘の入った武器や防具には価値がある!」

 

熱心に語り始めたホーリ。

鍛冶屋のおっさんはホーリに感心しているようで、うんうんと頷きながら良い笑顔だ。

 

「いつしか名前のついた武器や防具自体に効果が現れるようになった!通常一つの武器に一つしかつけられないエンチャントを3つ付けられるようになるなど、普通の武器とは比べ物にならない!」

「そう!ベテランの冒険者の間では、銘を入れた武器や防具を持っていることがステータス!俺の打った、かの勇者ソラの持つ剣も【亜空聖剣(あくうせいけん)エクスカリオン】という銘がつき、その刃は霊を捩じ伏せ、神をも殺す!」

「そんな物の銘を付けられるなんて───」

「「かっこいいとは思いませんか(ねえか)!!!!」」

 

……その神をも殺すエクスカリオンとかいう聖剣、家でニンジン切るのに使われてたけど。

 

「まあわかったよ。それほど貴重なものなんだな」

「わかってくれましたか!」

「おうし、じゃあこれに銘を書いてくれ。直ぐに刻んで見せるからよ」

「なっ、生で銘入れを見れるんですか!私、ここにいていいんですか!?」

「おうともよ、嬢ちゃんの性格は気に入った、また来てくんねぇ!」

 

なんか盛り上がっている二人を放置し、俺はなんとなく呪いの刀を手に持ってみる。

すらりと湾曲した独特な形をし、夜の闇を詰め込んだかのような真っ黒い刀身。

見ているだけで魂を吸いとられそうな、美しい刀だ。

 

「ケッカトウ……」

「おん?」

「はい?」

「決めた。こいつの名前は【血華刀(けっかとう)】だ」

 

すぐに決まると思っていなかったのか、ぽかんとしていたおっさんはすぐに我に帰ると、男臭い笑みを浮かべて、

 

「いい名前じゃねえか。待ってろ、すぐに入れてやる」

 

そう、言い切ったのだった。

 

 

 

 

「う、うん……ここは……?」

「お、目が覚めたか、空良」

 

おぶっていた空良が身じろぎする。

やがて自分の今の状況を段々と理解してきたのか顔を赤くし、

 

「おっ、降ろして!重いでしょ!?」

 

なんて言う。

 

「大丈夫だって。お前軽いし」

「で、でも、恥ずかしいよ……!」

「軽いって。いいからおぶられとけ。ホーリの案内でレベル2のダンジョンまで移動している道中だ。早い所レベルを上げないとな」

 

俺たちは鍛冶屋を出た後、すぐに国境を越えて次のダンジョンまで足を運び出した。

武器は呪いの装備に新調したし、鍛冶屋が旅に必要なキャンプセットなどは用意してくれたのだ。

 

草原の心地よい風が俺たちの頬を撫でる。

うーん、いい気分。こんな時ではあるが、今度ピクニックにくるのも良いかもしれない。

 

「なぁ空良、今度ここにピクニックにこないか。全部終わったあとにさ」

「ピクニック!?二人きりで!?」

「ああ。景色も良いし、最高の場所じゃないか?」

「う、うん……。そっか、ピクニックか……じゃあ準備しておかなくちゃね、仙くん!」

「また娘の前でイチャイチャと……。やっぱ良いや、諦めよ……」

 

見晴らしの良い草原、遠くに見える川、廃屋。どれも良い景色……廃屋!?

 

「なんじゃありゃ!?」

「え?そっちには森しかないよ?」

「は!?今そこに……あれぇ!?」

 

瞬きの間に、廃屋のあった場所は森に呑まれていた。

おかしいな、確かにそこにあったのに。

 

「たしかにあそこに、ボロッボロの廃屋があったんだよ……」

「えっ、なにそれ怖い。私たちを怖がらせるためにやってるとかじゃないでしょ?」

「あっ、ああ」

 

じっと森を見つめていると、さわやかな風のせせらぎと共に、どこからか薄く笑う少女の声が……

 

「やっぱ気のせいじゃない!」

「なに?この声……」

「なにか、悲しそうな……うっ!」

 

ホーリが頭を抑える。

まるで何かの暗示に耐えるように顔をしかめ、辛そうだ。

不意に、ホーリが立ち上がった。

 

「お、おいホーリ、どこに行くんだよ?」

「『行かないと……』」

「ほ、ホーリちゃん?」

「『タスケニイクヨ……』」

 

目のハイライトを無くし、ふらふらとした足取りで森の奥に向かうホーリ。

 

「ほっ、ホーリちゃんが王子と決闘する前の仙くんみたいに!」

「えぇ俺あんな感じだったのかよ!」

「仙くん降ろして!ホーリちゃんを追わないと……」

 

空良を降ろそうと態勢を変えていると、不意に空良の動きが止まった。

……まさかな、勇者の空良が、まさかな。

恐る恐る振り向くと。

 

「『待っててね……』」

「やっぱり!」

「『イマイクヨ……』」

 

俺へのダメージ無視して降りようとする空良を押さえつけながら、俺は諦める。

ダンジョンの前に、一つ寄り道しなければいけないらしい。

そう考えながら、俺はうわ言の様に一人呟く空良を背負いながら、森へ入って行くのだった。

 

 

 

 

「『頑張って……』」

「『耐えて……』」

「『助けるから……』」

「『替え玉ください……』」

「だぁぁもう、うるさいなお前ら!」

 

あとどっちかラーメン頼んでるだろ!

 

……必死に走ると、別段早く歩いていないホーリはすぐに捕まえられた。

しかし、さすがは勇者と勇者の娘。

空良一人ならまだしも、二人になると引き戻すことはできず、俺が引きずられる画になってしまった。

そこで、ぼーっとしているホーリの手を掴んで引き寄せられている方向に案内してもらい、空良には呪いの刀をしばる紐で俺にくくりつけた。

こうすることで、森に迷いながら引っ張られる先を探さなくて良いし、空良とも密着出来る。

 

……欠点は、ホーリが前で手を引き、空良は後ろにくくりつけているため、前後でうわごとが絶えないこと。

お陰で気が散って仕方がない。

 

「「『チャーシュー丼……』」」

「もう完全にラーメンに引きずられてるじゃねぇか」

 

先程から、誰かを心配したり物を食べる仕草や動作をしたり、こいつらが忙しいのだ。

しかも、心配する声を上げる、何かを食べるモーションをする以外に行動が無いのだからいい加減飽きてくる。

カレーうどんの時なんて跳ねたカレーが服についてテンパる仕草までしてたんだからな。

 

微妙な面持ちで森を歩いていると、やがてひらけた場所に出た。

霧が濃くなる中、俺の視界に映ったものは……

 

「館……か?」

 

古ぼけた、館だった。

さっきの幻覚で見えた廃屋が、豪華になった感じの。

……ボロいことに変わりはないが。今にも崩れそうで、ホラーな感じである。

 

がさりと音がする。

振り向くと、先程通ってきた道が茂みで覆われる所が見えた。

あっチキショウ、閉じ込められた!

 

「入るしかないのかー……。マジかぁー……」

 

玄関へ向かおうとするホーリにアイアンクローをかまして行動を抑制し、俺自らが玄関に近づく。

玄関は、というか屋敷は俺たちを歓迎するように扉を開き、ご丁寧にスリッパが自立稼働して玄関に並んだ。

……ちゃんと靴は脱げってことね。

 

靴を脱いで玄関に並べると、ホーリと空良の靴が勝手に外れ、代わりにスリッパ自身がが完璧なタイミングで滑り込み、二人に履かせた。

どんな原理だよ。

 

「お、おじゃましまーす……うわっふ!?」

 

腰を低くして足を踏み入れたと共に床にべたりと血のような液体が落下し、音を立てる。

お化け屋敷かよ、気味がわるい!

 

液体は天井裏からボタボタと落ち、俺の足元で奇々怪々的な模様を描いていく。

やがて描き出された模様は……

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや愛の告白かよ。

液体はハートを描いた勢いそのままにボタボタと位置を変え、階段を登っていく。

……ついてこいってか。

やたらと血の方向に行きたがるホーリと空良に身を預け、俺は血の方向に進んでいくのだった。

 

階段を登り、第二エントランスのようなものを抜けると、血が案内したのは扉に隣接された小さな木の箱。

……ここに入れと?

恐る恐る箱にはいると、がこんという音と共に箱が降りていく。

さながらエレベーターのようだ。

 

鎖で箱を固定しているのか、じゃらんじゃらんとかなり不安定。

こころなしかくくりつけた空良が震えている気がする。

 

母、娘、部外者の三人で密着すること数十秒、鐘の音と共に箱が静止した。

ついた場所は一本道の廊下。

なにかの地下施設のようで、まさに魔女でも住んでいそうな感じだ。

 

血の道しるべは、もう垂れてこない。

もう案内する必要が無いからだろう。

 

錆びたドアノブ。

鼻につく油っぽい異臭。

いざ決心して、ドアノブを捻り中へ入る。

瞬間、まず感じるのは視界の悪さ。

ほこりが舞い、奥まで見通せない。

 

『ふふふふふ……』

「ッ、誰だ?」

 

暗闇の奥に人影が見える。

しかし、目を凝らそうと思ってもほこりが邪魔でよく見えない。

 

『くすくすくす……』

『あはは……』

『くくく……』

「声が、増え……!?」

「『楽しいね……』」

「『嬉しいね……!』」

 

くっ、空良とホーリもか!

焦点の合わない目で笑う姿はさながらホラー。

血華刀を抜き、空良をくくりつけている紐を断ち切る。

 

不安定に乱れるほこりの奥を見通そうと目を凝らす。

仮にも俺だってレベル50代、ドラゴンとかじゃなければ一人でもなんとか戦える。

 

『くくく……ようやく来たか……!』

「お前は、誰なんだ?」

『それは貴様が一番理解しているだろう?あぁ、このときを待ちわびていたぞ……!』

 

血華刀で空を切り、空気の流れを乱してほこりを払う。

誰かは、俺が一番理解している?

あいにく、心当たりは一切ない。

 

陰の肩を掴もうと手を伸ばす。

その瞬間、ダンジョンで嫌というほど感じた殺気が、室内に溢れかえった。

 

「『オーバーホ───」

『させるかっ!』

 

時の流れが緩くなる前に、質量が俺を捕まえた。

腹への直接的なダメージではない。実態のない質量を相手にしている感覚。

ダンジョンの中盤で戦ったサイコキネシス使うやつ、あいつの攻撃にそっくりだ!

 

ともなれば、相手は魔法使いか魔物か……。

 

ほこりが晴れ、俺の視界に陰の正体が露になった。

自分の予想していなかった相手に、目を疑う。

 

『くくく……捕まえたぞ……!』

「ゆう、れい……」

 

その陰は金髪に緑色の目をしていて、見た目は幼女と言っても過言じゃない。

なにより特徴的なのは、彼女の肌や肉体を貫通して向こう側の景色が薄ぼんやりと見えること。

 

『ずっとずっと、待ちわびていたのだ……!』

「だから、何をだよ……!」

『ほう?ここまで来てしらばっくれるつもりか?ならば容赦はしないぞ……!』

 

幼女の蹴りによって、血華刀が押し飛ばされる。

幽霊なのに質量があるとか、反則だろう!

 

『さあ、武器が無くなったぞ?どうする?』

「くっ……!」

 

ギリギリ離れていない範囲に入っているのか、呪いの装備である血華刀が俺の手に戻ってくる気配は無い。

 

『さあ、早く、渡すのだ!』

「だから、何を───」

 

 

 

 

『早く私の中華麺を渡すのだ、らぁめん屋ぁぁぁあああ!』

 

 

 

 

 



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幼馴染みと魔女エルフ

 

「は……?らぁめん?」

『そうだ!待ちくたびれたぞ!』

「『らぁめんだよ……』」

「『美味しいよ……』」

「おいこの二人うるせえんだけど」

 

なんだろう、なにか意見の相互があった気がする。

ってかこの世界にもラーメンあるのか。

 

『おう?すまんな、この館の呪いでな。ほれ』

「……はっ!?」

「っ、仙くん、ここは!?」

 

幽霊が指を鳴らすと、二人が正気に戻り、各々の反応をする。

空良が俺に視線を向けたとき、やはりと言うかなんというか、この幽霊も目に入るわけで。

 

「……離れろ」

『ん?』

「私の仙くんから離れろッ!」

 

エクスカリオンとかいう剣を抜き放ち、神速で幽霊目掛けて降り下ろした。

 

『ぬるいな』

「……ッ!?霊体すら切り裂く剣なのに!」

 

エクスカリオンは普段、スパスパと根菜を斬っているにも関わらず、幽霊のその華奢な手で押さえられてしまった。

レベルが100を越えている空良の攻撃を、意図も容易く。

 

俺の体にまたがるという不安定な状態で空良の剣を受け止めている幽霊に訪ねる。

 

「……お前なんなの?」

『哲学だの。んと、なんと言ったら良いものか……』

 

顎に手を当てて考える幽霊。

やがて考えがまとまったのか、パアッと表情を明るくさせると。

 

『ある男に処女も財産も妹も奪われ、最後の最後に希望として待ち望んでいたらぁめんの出前を300年待つ魔女の地縛霊!』

「エピソードが重すぎる!」

『それで、中華麺はどこだ?』

「……どこだ云々じゃなくて、まず俺ラーメン屋じゃないから」

『なんと……ッ!?』

 

ビシャッ!!と雷に打たれたようにショックを受け、体から力を抜く幽霊。

あ、なんか今なら抜け出せそう。ふぬん。

 

『では、中華麺は持っていないのか?』

「ふんッ……重……。うむ、持ってない。ついでに言うとその出前も来ない。300年だからな」

『クァ……ッ』

 

鳥の締められたような声を出して大口を開ける幽霊。

あの、空良さん?ホーリさん?周りの本に興味を持ってかれないで?

俺、今の状態は刀もないし押さえつけられてるしで、結構不利な状況なんですが?

 

あと良いから空良は良い加減に剣を幽霊に当て続けるのをやめたげてください。

平和的に助ける方向で。

 

と、ゆらりと起き上がった幽霊。

先ほどの空良やホーリのように、まるで洗脳でも受けたように笑っている。

 

『ふふ、ふふふふふ……』

「あ、あの、幽霊さん?」

『申し遅れた、私の名前はアゼンダ。昔はエルフの里で名の売れた魔女をやっていたよ……。それで、キミは本当にらぁめんやじゃないのだね……?』

「あ、あぁ」

「仙くん、こっちに」

 

手招きする空良にしたがって血華刀(ケッカトウ)を回収しつつ離れる。

アゼンダは幽霊らしくふよふよと浮き始め、バッと両手を広げた。

 

『らぁめん屋じゃないのなら不必要だ!』

「っと、地面が揺れてますよ……!?」

『この場で死にそうらえ!』

「仙くん!」

『ようこそ───』

 

 

 

 

『───レベル4ダンジョン、【魔女の家】へ!』

 

 

 

 

……ゑ?

 

『食べ物の恨みは怖いぞ?さあ冒険者よ、かの高名な大魔じゅちゅ……大魔術師のダンジョンを攻略してみせよ!』

「食べ物ってかそれは八つ当たり……」

『黙れ』

 

部屋が形を変え、幾多の部屋が出来上がり、通路に放り出され、地下だと言うのに窓から日が差し込んだ。

空良と、ホーリと、幽霊との距離が物理的に遠くなる。

離されたんじゃない、空間が広くなったために距離ができたのだ。物理的に。

 

『ふふふふ、ふはははは!人の期待を裏切ったその罪!私が裁いてあげよう!』

 

被害者が裁くのは公平じゃないとか、そもそも人じゃなくて幽霊とか、そんな野暮なツッコミはしない。

本棚が ひとりでに動き出し、壁を作る。

視界を塞がれた。もう空良が見えない。

 

ガタガタと本が揺れる。

 

オーバーホールを発動、多分本が飛んでくるとかのトラップだろうから対処を───……あれ?

なんか、散開してる?

黄色い線は本棚からぶちまけられたようにとび、俺の向かうことは無かった。

 

不思議に思いつつもオーバーホールを解除。

 

ガタンッ!!と本棚が一際大きく揺れ……。

 

「仙くぅぅぅぅうううううん!」

 

空良に切り刻まれた。

本が衝撃で飛び出し、散開する。

……これか。

 

「大丈夫、仙くん!?」

「おっ、おう。大丈夫だぞ。それより空良は?大丈夫なのか?」

「私は大丈夫。けど、あんまり良い状況じゃないよね……」

「ホーリとも逸れたしな。それに暗い、煙い」

「【ライト】、【クリーン】」

 

俺たちの周りにいくつか光の塊が現れ、舞った埃が掻き消えた。

……うん。

 

「とりあえずは、ホーリを探す方針でいこう」

「うん」

 

かくして、俺たちは予期せぬ形でダンジョンに挑む事になったのだった。



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幼馴染みと完全制覇

昨日短かったからね、投稿してやらぁ!


 

「オーバーホール」

 

時間の流れががゆっくりになる。

不規則に飛び交う本の軌道を予測、空良の手を引いて走り抜ける。

 

予測の通り、俺たちは一回も被弾することなく本棚のエリアを突破出来た。

 

「そこそこ進んで来たけど、見つからないな」

「ホーリちゃんどこ行っちゃったんだろ……」

「案外元気そうだけどな」

「レベルも高いしね……」

 

本から召喚された低級悪魔───空良によれば、【コモンデーモン】というらしい───をなぎ倒した事により、俺のレベルもいくつか上がっていた。

コモンなのにそこそこ強く、経験値も稼げたとは思うのだが、裏を返せばホーリはこの悪魔を一人で相手にしているかもしれないということ。

ホーリにはオーバーホールは無い……と思うし、特殊なスキルも持っているような素振りもなかった。

 

「心配っちゃ心配だけど、あいつタフネスあるからなぁ」

「ははは……」

 

薄ぼんやりと光る【ライト】の球体を手で玩びながら、長い長い廊下を進む。

ううむ、先程から廊下ばかりだ。

部屋に着く気配が無い。

 

「なぁ空良」

「なあに?」

「丁度いいタイミングだから聞くんだけどさ。……お前、一年でこの世界の魔王倒した訳なんだろ?」

「そうだね」

「どれくらい苦労した?」

「……ふぇ?」

「俺がさ、今こうやってレベル上げてるのも、空良がいるから安心して特攻できるんだよ。でも、空良、お前は違う」

 

無意識に全身に力が入るのを感じる。

無駄に神経を張り巡らせ、気配を感じとろうとしていた。

 

「お前からしたら、弱者の戯言かもしれない。俺ごときにはわからない痛みつらみだって絶対あるはずだ。けど、弱者なりに、寄り添わせてくれ。……そうだ、今度旅行に行こう。学校で長期休暇があるんだ。全部終わったら、空良を楽しませてみせる」

「…………」

「お前はさ、辛い事があってもいつも溜め込むから。忙しくて全然それらしいことできなかったけど、俺たちは恋人同士なんだ。楽しい事も、悲しい事も、全部共有しようよ」

 

後ろは、見ない。

恥ずかしくて、今の顔を見せられない。きっと赤くなっていると思うから。

 

「だからさ……。っと、空良?どうした?」

「ずるいよ」

 

背中に空良の体温を感じる。

 

「ずるいって、何が」

「私だって、いっつも仙くんに迷惑かけてばっかりで、今回の件で少しでも恩返しできたらなって、考えてたの」

「……」

「それに、恋人同士、なんでしょ?仙くんも溜め込まないで。最近体調を崩しがちなの、知ってるんだから」

 

空良には、敵わないな。

 

「……勇者だって、恋もするよ。好きな仙くんだからこそ、仙くんに頼りきってはいられないんだよ。幸せになろう?二人で。辛かったら慰め合おう?二人で。仙くんは、私にとって最強なの。仙くんが私の弱点なんだよ」

 

胸の奥に、じんわりと暖かいものが込み上げてくるのを感じる。

 

「仙くんが好き。大好き。だから、見上げて欲しくないの。横に並んでほしい。レベルなんか気にしないで、一緒に」

「……分かったよ。本当に、空良には敵わないな」

「……あっ、こっち向かないで!」

 

抱き絞めかえそうとすると空良に首を固定させられる。

動かん。何故だ。

 

「……その、絶対に顔真っ赤になってるし、恥ずかしいから……」

 

見てェ。

その顔、超見てェ。

 

……嫌われたくないからやめておくか。

 

そうして、俺がふと天井を見上げた時。

 

「……ギャ」

「…………」

「……ギャ?」

 

コモンデーモンと目が合った。

……ずっと見ていたのか。

 

「仙くん?どうしたの、上見て……」

 

ぴしり、と背後の空気が固まるのを感じた。

 

「…………ぁ」

「デーモン逃げて。超逃げて」

「ギャギャっ……」

「あああああああああああ!!」

 

スパァン。

小気味良い音を立ててコモンデーモンが塵と化す。

南無三、コモンデーモン。安らかに眠りたまへ。

 

 

 

 

『で、結局仲間の一人は見つからずにここにたどり着いてしまったわけか』

「なんで見つかんないのかホントに疑問に思ってる」

『同情するぞ』

 

幽霊に同情されてしまった。

 

『お仲間は……。うむ!救済措置のために作った休憩所で気持ちよさそうに昼寝しているな!』

 

アイツは本当に残酷な未来を変えに来たのか!?

やる気出せやアホが!!

 

『……ごほん。まぁ、このダンジョンの最深部まで来たのは事実。さぁ、ダンジョンボスのお出ましだ!』

「だ、ダンジョンボス」

『あぁ、これの一号機を作るのに何年かかったか……。霊体のまま考え抜き、たまに来る冒険者を洗脳して手足となってもらい機械を操作し……!』

「仙くん、構えて!」

『出動だ!【完全複製筐体人形(クローンズボックス)】ぅぅ!』

 

クローゼットが変形し、やや近代的な装置となる。

培養液漬けのアゼンダの肉体が前面に射出され、幽霊のアゼンダがその肉体に重なるように移動する。

アゼンダの霊体が見えなくなったと同時に肉体の瞼が開かれ、ふっと笑って見せた。

瞬間、培養液の入った容器が割れ、培養液が漏れ出す。

 

「ふふふ……良い気分だ!全身を巡る魔力!胸の奥で脈打つ心臓!」

 

裸状態のアゼンダが手を広げるとどこからか服が飛んできて、アゼンダの体にまとわりつく。

……幽霊でも十分に強かったのに、肉体を手に入れやがった!

 

「さあ冒険者よ!このダンジョンボス、【大魔女アゼンダ】を倒してみよ!【アイス】!」

 

全身に重くのしかかるプレッシャーのような感覚。

アゼンダからとんでもない量の魔力が放出されているのだ。

途端、床板が凍りつき始め、足を固定しようと広がって来る。

 

「良好良好!なら、こっちはどうだ!?【ウインド】!」

 

バックステップで冷気から逃げると後ろから風の塊をぶつけられる。

とっさに踏ん張ろうとするも、もうすぐそこまで来ていた氷に足を取られ、バランスを崩してしまった。

 

「ッ、仙くん!【ファイア】!【ウインド】!」

「ほう、合体魔法か!面白い、力比べだ!【アイス】、【ウインド】!」

「「合体魔法!」」

「【インフェルノ】!」「【ブリザード】!」

「「うおおおおおおおお!」」

 

空良の魔力が荒れ狂う炎の竜巻に変化し、アゼンダを襲う。

アゼンダの魔力が凍てつく吹雪と化し、空良の炎を迎え撃った。

 

カッコいい。男のロマンじゃないか、合体魔法。

魔法が使えない俺にはさっぱりだが、きっと高度な魔法なのだろう、二人が苦しげにうめく。

感動している場合じゃない。

血華刀を氷に突き刺し、杖がわりにしてなんとか立つ。

 

足に力を入れ、氷に足を取られないように走りだし、攻撃を仕掛ける。

血華刀を持つ腕をだらりと下げ、全身を弛緩しつつ走る。

これこそアスリートもやっているリラックス運動法。

 

「ふん、お見通しだ!【ウインド】!」

「【オーバーホール】!」

「なっ───」

 

世界の流れが遅くなる。

ブリザードとかいう魔法を維持して注意が疎かになっている状態で放たれた無数のウインドの軌道は単調だ。

俺自身の動きも遅くなっている中で必死に軌道を覚え、避ける準備をする。

 

そして、時間は元の早さに戻る。

 

横から来る風を避け、正面の風をジャンプで飛び越し、体を捻り、それでも少しづつ進んで行く。

不意に、空良か叫んだ。

 

「仙くん後ろ!」

「ッ!!」

 

反射的に振り返ると、見逃した風の塊がこちらに飛んでくるのがわかった。

一度足を止め、一瞬の間だけ全力集中。

狙いを定め、弛緩させていた腕を強張らせ───。

 

 

───そして、俺は()()()()()()

 

 

「───バカな!?」

 

搔き消える風。

振り上げた勢いはそのままに、遠心力に身を任せて一気にアゼンダに駆ける。

肉薄。一瞬の硬直。

俺の手には、確かな感触が残っていた。

 

「エンチャント、【魔力干渉】」

「なる、ほど、な……」

 

そう言って俺は、アゼンダの体から血華刀を引き抜いた。



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幼馴染みとダンジョン脱出

 

「なぁーはっは。まさか、ごふっ、本当に私を殺すとはな!」

「……なぁ、お前ちゃんと霊体になるんだよな?今更ながら不安になってきたんだが」

 

クローン製造装置。

作ったクローンが複数あるということは、複数を動かす方法があるということ。

だと思ったのだが……違うのか?

違ったら俺、人殺しだぞ?

 

「おう、よく見ているな。その通り、ちゃんと霊体になるすべはある」

「よかった」

「幽体離だーつ……』

 

ぬうっと、肉の体から半透明のアゼンダが出てくる。

その地球のネタ、なんで異世界人のお前が知ってんだ。

 

と、苦笑いを浮かべていると、俺の体が色とりどりの光に包まれた。

は?え?なんで?なんでなん?なんでレベルアップ?

 

「クローンとはいえ、私の『肉体』という生き物の生命活動を止めたんだ、レベルも上がる」

 

いつの間にやら新しいクローンに入っていたアゼンダが説明する。

なるほどなぁ。

ってか、新しいクローンに入ってるなら戦闘続行じゃね!?

 

「おっ?あぁ、心配するな。さっきのはただの憂さ晴らしだ。再び戦う気など無いさ」

「……ん?」

「要は体が完成したからなにかと戦って見たくなったのだ」

「オイこらテメエ」

 

結構危なかったんだからな。

ダンジョン内で死んだらどうにもならんじゃないか。

 

「悪い、悪かった。お詫びに……そうだな……なにか魔法を教えてやろう」

「魔法?」

「あぁ。もちろん、【ファイア】や【アイス】とかのありふれた魔法じゃないぞ。何がいい?精神に関与する魔法、隕石を引き寄せる魔法……。あ、勇者だけが知っていると言われる時空に関与する魔法もあるぞ?」

「ブッ!!」

「ん、どうした娘。……あぁ、なるほど、勇者ご本人様なのか」

「ま、まぁ……。どうも」

「時空魔法を教わったんだろう?ダヨルの野郎はどうだ?そろそろくたばったか」

「いえ、あの、その、毎夜毎夜あなたの写真を撫でて泣いていました」

「なっ……ッ!」

 

アゼンダの顔がみるみるうちに赤くなり、ふしゅうと蒸気が吹き出た。

え、なにこの娘めっちゃヒロインしてるじゃん。

 

「そ、そうか。そういえば、告白したまま返事を聴いていなかった……。ごほん!!その、時空魔法は私が創った魔法なんだ。それをダヨルが引き継いで、勇者に師匠として教える……そういう流れだったのだが……」

「は、はぁ」

「あの、そのえーっと……だから、だな。その、実は、魔法はなぁ……」

 

手をわたわたさせて焦る幼女の姿は、とても微笑ましく、そして奇怪に見えた。

やがて赤い顔のまま本棚に近づくと、一冊の本を投げつけて来た。

 

表紙には……『蘇生魔法』……?

 

「きっ、教会の聖職者が最高位になった時に覚える魔法だ!詳しい事は書いてある!」

「いっ、いいんですか」

「もう私には必要ないモノだからな!は、早く持っていけ!」

 

……周りで死んだ人誰もおらんし別にいらないんだけど……。

いやまぁ、ね?どっちかって言うと、蘇生とか高度そうな魔法よりも空良が使ってるような単純な魔法がいいなぁなんて……。

 

「まだ何かあるのか!?」

「いや、別に……」

 

顔に出ていただろうか。

 

「そうと決まれば早く出て行け!じゅ、準備をしないといけないからな!はは!」

「じゃあ……。空良、帰る?」

「そうだね……。装備も整えたいし、一回城に帰ろうか」

「あの紫の石は?テレポートのやつ」

「全部使っちゃったかな……無いや」

 

うわあ、結構距離あるぞ。

 

「ダンジョンの外までは魔法陣があるからそれで帰ればいい」

「あ、どうも。ちゃんとあるんだな、魔法陣」

「ホーリちゃんは?」

「やめてやれ。気持ちよさそうに寝ている。私が後で起こして向かわせる」

 

ホントにあいつ未来変える気あるのかな。

空良の娘と知っておきながら殺意を覚えていると、いつのまにか空良が魔法陣を発動させ、体が引っ張られるように───

 

 

 

 

「行ったぞ」

「あー……。そうですか」

 

ダンジョンの休憩室。

書斎となっている場所でホーリがごろごろしていると、その背後にアゼンダがぬっと現れた。

 

「行かなくて、良かったのだな?」

「えぇ、まあ」

「時空魔法を使った者には、過去や未来を変える責任がかかる。……もしかして、お前、飛ぶのは初めてじゃないだろう?」

「ばれてましたかー……」

 

ホーリが手を開くと、()使()()()()()()()がバラバラとこぼれ落ちる。

 

「飛んだ先の過去で過去に飛び。その先の過去から過去へ飛んでいきました」

「なんとまあ……」

「しばらくここにいていいですか。せっかくうまくいきそうなんで───」

 

 

 

 

「───ここが彼らの、ターニングポイントのようです」

 

 

 

 

 

 

ぱち、ぱち。

俺たちは焚き火を囲み、肉を貪っていた。

 

「うま、うま」

「はむ、はむ……」

 

時刻は夜。

なんでこんなに足が遅いかって言うと、最初のダンジョンから日が暮れない内に城に帰れたのは、ホーリがかけてくれた支援魔法が大きい。

ホーリは支援、近接攻撃、遠距離魔法の全てが得意なオールラウンダーらしく、実際、寝ている空良を運んだのもだいたいホーリだ。

 

「なぁ空良」

ふぁい、へんふ(なぁに、仙くん)

「飲んでからでいい」

「……んぐ。なぁに?」

「空良のオーバーホールって、いつ開花したんだ?」

「いつだろう……。あ、思い出した。最初にダンジョンに潜ったとき」

 

早。

そっか、そんなに早かったのか。

オーバーホール。

任意で発動できるほど慣れたとはいえ、正直かなり辛い。

気を抜いたら倒れそうだ。

 

そんな技を、空良は最初にダンジョンに潜った時から身につけてたんだな。

 

「はぁ……」

「え?なに?」

「『隣に立てる』ようになるには、どれくらいの時間がかかるのかなって」

「あっ、あれは……レベル差じゃないし……」

「ま、しょうがないかな。頑張りますか。恋人のために」

「〜!もう、茶化さないでよぉ」

「HAHAHA」

 

笑いながら肉に噛みつき、歯でこそぎ落とす。

キャンプならではの楽しさと気分によるおいしさがとても合う。

 

「これ、なんの肉?」

「バハムート」

「ごほっ……」

 

幼馴染みが平然と神話生物を食してやがる。

強く……育ったな……。

 

「なんだ、バハムートって」

「んとねー、牛と鳥と猪と魚の姿に変身できるモンスターで、強いから魔王軍の兵士になってたかな」

 

幼馴染みが平然と魔王軍の兵士を食してやがる。

っかぁ、こんなとこでも勇者するんだから。

逞しいよ全く。

 

「テントって二つあんの?」

「あるけど……なんで?」

「いや……気にならないの?」

「なんで?」

「や、その……体拭いたり、するだろ?」

「別に仙くんなら構わないけど」

「……手間かかるけど、俺、外にいるからその間に体拭いてくれ」

「……?わかった」

 

恋人でも、鈍感幼馴染系勇者は免疫のない男子高校生にはキツイ。

ご飯を食べ終え、空良が体を拭いている間に一息ついて辺りを見渡してみる。

自然な平原。手になじむ刀。

空を見上げれば、満点の星空が広がっていた。

都会みたいな人工物的な光がないからか、もしくは異世界だから見える星の量が多いのか。

とにかく、ここで写真とってネットに上げたらめっちゃ評価もらえるだろうなぁって、そんな感じの空だ。

 

「異世界かぁ……」

 

何回来ても信じられない。

俺は異世界にいるし、空良はもっと前から異世界にいる。

レベルなんて概念があって、モンスターがいて……。

 

「仙くん、終わったよ」

 

テントからひょこりと顔を覗かせる幼馴染は、未来からの使者によれば腕を無くして心臓を貫かれるのだという。

 

「ん、わかった」

「お湯も変えておいたから」

「センキュ」

 

そんなこと、本当に可能なのか?

この最高に愛らしい勇者の腕が飛ばされて、心臓が串刺しにされるなんて。

 

助けたい。でも、俺に何が出来るだろうか。

平凡な、戦闘とは縁遠いこの体で───……。




『ワイドレンジコメディー』という新しい小説に、幼馴染みのサブストーリーを投稿しました。
名付けて……そうですね、『幼馴染みと詐欺師』ですかね。


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幼馴染みと新生魔王

 

「ん〜〜〜〜〜っ!!ついたああああ!」

「な、なげえ道のりだった……」

 

なぜダンジョンから移動するだけでこんなにも疲れるのだろう。

朝出発して国の門を通った時には既に昼頃になっており、腹の虫も涙をこらえ始めていた。

昼頃は出店のピーク。

この前一緒に食べた串焼きを頬張りながら城下町を歩いていると、珍しい人物に遭遇した。

 

「はむ、はむ、はむはむ……」

 

茶色い髪の毛に、獣人のトレードマークと言っていいぴこぴこ動く獣耳と嬉しそうに振られる尻尾。

美味しそうに凍らせた果物を齧る、聖獣さんだった。

 

「おーいっ、聖獣さん!」

「ほえ?ああっ、勇者ソラ!こんにちは」

「こんにちは。こんなところで、何してるの?」

「王様からなにやら召集のお手紙が届きまして。言い回しがとてもわかりにくかったので、とりあえず王城に向かうことにしました。あむ」

 

蝋で封をされた手紙を取り出して聖獣はスイカらしき果物にかぶりつく。

ううむ、元の世界もこっちの世界もそろそろ夏。暑くなってきたし、氷菓子は羨ましいな。

 

「そうなんだ。じゃあ、私たちと一緒に行く?」

「あれ?ソラさんにも召集が?」

「私はダンジョンにいたから召集はかかってないけど、どっちみちお城には行くつもりだったから」

「ですか。それでは、一緒に行きましょう。ふふ、私の身体がドラゴンであったときを思い出しますね」

「うっ。あれはトラウマだから言わないで欲しいんだけど……」

 

笑い合いながら歩く女子二人を見守りながらついていく。

考えてみれば、俺は空良の旅の内容を少しも知らない。トラウマとやらも思い当たりがない。

俺が知らないことを、空良はたくさん知っている。

それがなんだか、異様に悔しかった。

 

 

 

 

「おお、ソラ!来てくれたのか!まさか、僕の手紙を読んで!?」

「ん?いや、手紙貰ってないよ?」

「かはっ……」

 

開幕、オレンズはメインホールで深いダメージを負った。

まだご執心なのか。そういえば、恋人同士であることは知らないんだったな。

 

「オレンズ王子?()()()()に手を出そうって?」

「は?恋人?」

「もう、仙くん……」

「──────」

 

否定しない空良にショックを受け、石と化したオレンズ。

ふはは、大勝利。

 

「うわあ、本当にフィアンセになったんですね!おめでとうございます!」

「のじゃのじゃ。全くこやつらは、ようやく付き合いおって」

「アンタら、知らなかったのか……?」

 

メインホールを見渡すと、ノンピュールや鍛冶屋のおっさんまでいる。

なんだろう、アニメのラスボス手前感がすごい。

レギュラーメンバー全員集結!みたいな。

 

警備も厳重。

フルプレートメイルの騎士たちがたくさん並んでいる。

なにが起こるのかわからずに待っていると、ようやく王様が口を開いた。

 

「今日、ここに来てもらったのは他でもない。単刀直入に言うと、【魔王の心臓】の魔力の封印が弱まってきている」

「なんじゃと!?」

「おいおい、凡人の鍛冶屋にソレ言われても困るぜ」

 

魔王の、心臓?

ざわめく兵士や参加者達に首を捻っていると、聖獣が耳元で囁いた。

 

「勇者ソラがえぐった魔王の魔力塊です。今回の魔王は魔力をかき集めて塊にし、体内に隠していたようで……。それを勇者ソラが奪い、弱まったところにトドメをさして魔力塊に封印を施したのは良いのですが、今聞くと、その封印が弱まって来ているようです」

 

なるほど?空良が封印したけどあんま効果はなかったってことね。

封印解けるの早すぎるもんね。

 

「そこで、勇者ソラには再び封印、水の精霊ノンピュールと聖なる獣にもその助力を頼みたい」

「わかったのじゃ」

「それはわかりました。……一つ聴かせてください」

「なんだ」

「先日、私の籠から大切な子が誘拐されました。今は勇者ソラの側近、センの下で保護されているようですが、誘拐を行なった犯人に心当たりはありませんか?勇者ソラとセンによると、我が子───名付けられてノートは、異世界にいたようなのです」

「……いや、そんな心当たりはない。転移の儀式もあの後に使ってはいないのだ」

「そうですか」

「話はこれまでとする。勇者ソラ、封印を頼みたい。……持ってこい!」

 

騎士がガラスに覆われた紫のオーブを取り出す。

ぱっと見、レベルアップのときに吸収するオーブの紫バージョンって感じだな。

空良は袖をまくって前に出て、オーブに手をかざす。

 

 

───のと、空良の左胸から剣が生えたのは同時だった。

 

 

「かはっ───」

「空良!!」

「せん、く……」

 

剣がずるりと引き抜かれ、空良は鮮血を吐き出す。

いつの間にか、空良の後ろに男がいた。

頭に光るツノが、それが人間でないことを物語る。

無意識に、世界から色を抜いていた。

 

自らの身体もゆっくりになる最中、俺の思考だけが平常速度で動く。

流れるような動作で刀を振り抜き、足を一歩踏み込んで肉薄、剣を持っている脇下から肩上にかけてナナメに───

 

「ん?ジャマだ」

「ッ、こほっ」

 

世界が色を取り戻す。

そんな。オーバーホールを持続しようとしていたのに。

身体がぐらつく。

いつの間にやら、右脚が引き裂かれて血に濡れていた。

 

「だッ、ぐあああ!」

「なんだこのガキは」

「なっ、貴様!何者だ!」

「この国の王子か?お目にかかれて光栄だ。私は魔王軍前隊長、オールフィスト。魔王様の無念を果たすため、そして魔王様の復活のため、勇者の首を打ち取りに来た」

 

急速に血が廻って真っ赤に染まる視界の中、そんな話が聞こえる。

勇者の、空良の、首を?

 

「この世界では、防御力は相手を敵として認識していないと力を持たない。無論、勇者のレベルは高く防御力も高い。が、魔王様から賜った透過能力。気配を悟らせなければなんの問題もない」

「バカな!オールフィストは倒されたと!」

「あの時、私が爪で貫いたはず!」

「聖なる獣。確かに、龍の貴様は強敵だった。だが黄泉を流れて解ったのだ。貴様はなんら特別な存在ではないと」

 

聖獣が息を呑む音が聞こえる。

 

「変化能力を持ったモンスターが意思を持ち、着実に魔素を取り込んでレベルを上げた。貴様は、人間とも魔族とも違う、ダンジョンにいるモンスターとなんら変わりは無いのだ」

「そんなことはありません!私は、あらゆる聖者の念を浴びて育った……」

「あぁそういえば?ただの獣がダンジョンに潜り、魔物化する例も300年ほど前にはあったそうじゃないか?」

 

膝をついてしゃがみ込む聖獣。

今は違うんなら良いだろ!

 

「なん、じゃと」

「水の精霊。貴様も一緒か。ああ、たしかお前は私の腕を斬ったな。それに相当する辱めを受けさせてやろう」

「せ、精霊は辱めを受けるような後ろめたいことはない」

「どうだか?精霊の起源は魔力。モンスターとは違い魔力自体が意思を持った姿だ。モンスターは魔素で出来るからな。が、お前はどうだ?魔王様の心臓と何が違う。魔王様は死の間際に魔力に人格を埋め込んだぞ」

 

水がたゆたうような声が、聞こえなくなった。

やめろ、やめてくれ。

空良を、助けてくれ。

 

「それは、それは」

「人を殺してもレベルは上がる。魔力になる前の水が人を殺せば、水自体のレベルが上がり、間接的に言えばお前のレベルは人を殺した分上がっている、と。水害で死んだ人の分のな」

「……妾のレベルは、そんなんじゃ……」

「精霊は人の味方?否、精霊こそ人の敵ではないのか?精霊がいるからこそ、人間はその災害に命を落とすのだ」

 

ノンピュールの声が聞こえなくなる。

なんでだよ、それくらい踏ん張れよ。

なにがそんなにショックなんだよ。

絶望するな、空良に手を伸ばせ。

精霊だろ、聖なる獣だろ。

 

「貴様のレベルを【鑑定】持ちに見てもらえ。そうだ、聖獣も───」

「「うああああああ!!」」

「だから甘いと言っている」

 

波が荒れ狂うような音と、鉄ではない硬質的な音が聴こえた。

身体をなんとか動かして男がの方を見る。

ノンピュールがウォーターカッター、聖獣がツメでオールフィストに攻撃を繰り出していた。

その二つを、ハルバードが遮る。

 

「なっ……」

「そんな!?」

 

見えるのは銀のフルプレートメイル。

首だけ動かせば、その場にいた騎士たち全員がハルバードを構えて俺たちに迫っていた。

騎士たちが兜を脱ぐ。

髪色はそれぞれなものの、それら全員に共通する特徴。

 

「全員、魔族だと!?」

「その通りだ王子。最早貴様らに勝ち目などない。チェックメイトだな、王子、そして王よ」

 

頭にツノが生えていた。

羊のようにくるりと回ったツノ。

オレンズは絶句する。

王様は何も言わない。

痛む身体に鞭を打ち、空良に手を伸ばす。

瞳を開いたままの空良はこちらにも手を伸ばして来た。

ぎゅっと手を握る。

 

「せん、くん……」

「む?まだ生きていたのか。どれ」

 

ザクッ

 

「ッ、ああ!?」

「そ、ら……」

 

握った手から、力が伝わらなくなった。

空良の腕から吹き出た血が頰に飛ぶ。

苦痛に歪む空良の顔。

 

「ほう?防御力はどうした?弱っているのか?」

 

襟首を掴まれたのか、空良の顔が持ち上がって行く。

先ほどまで握っていた手は、もう空良と俺を繋がなかった。

やめろ、やめろ、やめろ。

 

「空良に、ソラに触れるなぁぁぁぁあああああ!!」

 

左手だけで身体を弾き、足元をかかとで思い切り蹴る。

ゴキリ。視界の端の足があらぬ方向に曲がっていた。

鈍痛。

 

「少年。助けたいのはわかる。が、これが防御力、これがレベルだ」

 

動かない足を引きずり、這いずり、睨みつける。

左足は折れ、右足は引き裂かれた。

刀こそ呪いの効果でいつの間にやら右手に収まっているが、こんな状態じゃ振れやしない。

 

「貴様ッ!!ソラを離すのじゃ!」

「っ、こんなものか?この少年の方が根性があったぞ」

 

空良を落としてノンピュールの水を纏った拳を軽々と受け止め、逆にノンピュールに発勁を入れていた。

聖獣が、ノンピュールが、オレンズが、ノートが。

次々とオールフィストに攻撃を仕掛けるが、軽々とそれを避け、カウンターし、ダメージを与えて行く。

 

なんで、なんで何もできないんだよ。

誓ったろ、空良を守ると。

拳を握りしめ、力の入らない腕を動かし、這って進む。

 

「仙くん……」

「ッ、空良!」

「ありがとう」

「は……」

 

空良は、笑っていた。

胸から血をどくどくと流して。

 

「あと、五分。五分だけなら、血も、酸素ももつ」

「おい、やめろ」

「油断、しちゃった……」

「もう喋るな!」

 

 

 

 

「ありがとう、仙くん。ずっとずっと、大好きだよ」

 

 

 

 

空良は、目を閉じた。

呼吸の音も、弱くなっている。

いやだ、そんなの許さない。

ここで、終わりたくない。

勇者だろ、教会で生き返れないのか。

 

魔法が、鉄が交差する音が聞こえる。

まだ戦ってる。

空良が眠っていることに気づいていない。

 

不意に、視界にソレが写った。

 

「………………」

 

溺れる者は藁をも掴む、か。

だったら、俺は──────

 

 

 

 

オールフィストは黄泉から還った半幽霊である。

世界の真相をつかみ、やがて自らの崇める魔王を復活させようと考えた、狂信者なのだ。

怒り狂うノンピュールはオールフィストの周囲に水を出現させ溺死を狙うが、オールフィストの表皮から出る炎の魔法によりなすすべもなく蒸発させられた。

聖獣は一時的に体を変化させ、龍と化した体でブレス放つが、風の魔法によりかき消された。

オレンズの鍛え抜かれた剣は半歩引くだけで避けられ、がむしゃらに殴りかかる鍛冶屋は無論戦う力など持っておらず、一撃で跳ね飛ばされた。

ノートですらも、腕を掴まれ、天高く投げ飛ばされた。

ソレらを全て、一瞬のうちにやってのけたのだ。

 

その力は、勇者にも匹敵する。

 

ぎり、とノンピュールの歯が軋んだ。

勇者は心臓を貫かれ、剣を握る利き腕も失った。

勇者の恋人は風の魔法に身体中を引き裂かれ、足も折れている。

周りには集めた精鋭の騎士が大勢おり、王はハルバードを首に押し当てられて身動きができない。

絶対絶命。

まさに、その言葉が似合う状況だった。

 

一陣の風が吹いた。

ノンピュールは反射的に身震いする。

心臓を鷲掴みにされたような圧迫感。

漏れ出る魔力から感じるプレッシャー。

思わずその風のありかを見てしまう。魔力を感じ取りやすい精霊であるノンピュールが、一番その反応が早かった。

 

「………………」

「まさか、セン!!」

 

そこに、いた。

紫のオーブを吸収する、勇者の恋人がいた。

オーブがはらはらと崩れるたび、目の前の()()の内包する魔力がぐんと跳ね上がる。

目は真っ赤に充血し、頭部からメキメキと双角が現れ、手足を漆黒の魔力が覆う。

彼が手に持つ刀はその血錆びのような赤黒い外殻が弾け飛び、その芯の部分、漆黒の魔力とは反して金色の光を放ち、銀河をも断ち切る刃となった。

 

「…………」

「せ、セン?」

「跪け」

 

仙の口から、呪詛のような言葉が漏れる。

それは重度のプレッシャーを持って、その場の全員に膝を付かせた。

自らの意思ではない。

体が意思と関係なくすくみ、骨の髄まで恐怖し、脳が身勝手に動きを制したのだ。

全身から力が抜ける。

ノンピュールは、それが希望にも、絶望にも見えた。

魔王の魔力はそれだけで意思を持つ。体を操るのが仙の意思か、はたまた魔王か、今、彼の中で二つの意思がせめぎ合っているのだ。

 

「しょ、少年」

「貴様、誰に物を言っている?我は魔王なるぞ」

 

仙の体から、苦しげな声と野太い声が発せられる。

 

「俺は、魔王だ。魔族は、魔王に忠誠を違うんだろ?」

 

二つの人格が、交差する。

 

「我は魔王だ。復活してみせた」

「魔王の俺の、命令を聞けよ」

「勇者を、今すぐ殺せ」

「勇者に、指一本触れるな」

「「命令に背けば、その首を落とすッ!!」」

 

オールフィストは冷や汗を垂らす。

魔力こそ自らの崇める魔王のものであるものの、姿形は先ほど痛めつけた少年。

もちろん、魔王の言うことは絶対。しかし、今の仙はノートという魔物を従え、前魔王の強大な魔力を持っている。

魔王の条件には、当てはまるのだった。

 

結果、オールフィストは……勇者の首を取ることにした。

 

剣を握り、眠っている勇者の元に行き、振りかぶり───そこで視界が真っ逆さまに落ちていく。

首が切れていた。

瞬時に暗くなる意識の中でオールフィストが最後に見たのは、荒い息をして剣を振りかざす魔王の姿であった。

 

「ウウ、ぐ、あ……」

「せ、セン?」

「────────────!!!!」

 

レベルアップのオーブを吸収した仙の、否、魔王センの体が大きくのけぞり、喉仏から雄叫びのような声が発せられる。

完全なる暴走。既にセンに元の理性はない。

魔力が迸る。

魔族たちが余波で胸を押さえてうずくまり、そうでないノンピュールや聖獣は胸にむかつきを覚えた。

不意に、ノートが走り出す。

 

「こい」

「ガルアッ!!」

 

攻撃のためではない。

本能が、魔王を自らの主と認めたのだ。

ノートと魔王の距離が縮まった時、ソレは起きた。

ノートの体が一瞬でかき消え、代わり、センの左腕が獣特有の鋭利な爪と化し、背中には一対の翼が生えていた。

コウモリのような、龍のような、禍々しい翼。

……まるで、ノートと融合したような。

 

「魔力、同調!?」

「──────!!」

「しまっ、かはっ!?」

 

センの姿が消え、なぜかノンピュールが吹き飛ぶ。

ノンピュールがいた所にセンが居座り、同じ空間に詰め込みきれなかった質量が衝撃波となる。

城の外壁に叩きつけられたノンピュールを庇うように聖獣が前に出る。

 

「目を覚ますのです、セン!」

「──────!!──────!!」

「ッ!!」

 

聖獣の細身に、センの拳が突き刺さる。

爪と化した、左の拳が。

 

「ぶっ……ごぼっ」

 

血反吐を吐こうとする聖獣に、容赦なく上からの回転蹴りが炸裂する。

魔力を無理やり流して固定した足で繰り出された蹴りは聖獣の頭蓋にヒビを入れ、気絶するのには十分すぎるダメージを与えた。

 

「はぁぁぁぁ!!」

「オ───バ───ル」

 

センの胸辺りにブラックホールのような穴が開き、オレンズの剣撃を流れるように躱していく。

すぐさまに方向を変え、今度はセンがオレンズを殺しにかかる。

オレンズは防御のために剣を上に持っていくが、センの刀は滝の水が真っ逆さまに落ちるように変則的に軌道を変え、まるで()()したようにオレンズの防御を掻い潜り、腹を裂く。

センのレベルを越えているノンピュール、聖獣、オレンズを圧倒し、瀕死に追い込むセン。

倒れ臥す聖獣の首根っこを左手でつかみ、ミシミシとその手に力がこもる。

 

「いい加減にしろ、セン!!」

「──────」

 

空中からのノンピュールのかかと落としを右腕で受け止めるセン。

あと数秒遅かったら、センが利き腕で締めていたら……死んでいただろう。

ノンピュールは一瞬だけ水を最大威力で放出し、強制的に空中で体の向きを変えて再び蹴りを入れる。

前面に置かれた刀の腹を蹴って魔王の体を弾き、臨戦態勢を整える。

 

膠着状態。むしろ押されている状況に、ノンピュールは歯噛みする。

せめて、勇者が動けていたら───!?

 

ここでノンピュールは初めて、勇者が瞳を閉じていることに気づいたのだった。

 

「ソラ!!起きるのじゃ!ソラ!!」

 

必死に呼びかけるが、勇者は微動だにせず、反応は別の所から来た。

 

「ソ───ラ───?」

「……!そうじゃ!」

 

空良の名を聞き、魔王の魔力が弱まった。

幸か不幸か、騎士たちも立ち直り、勇者に詰め寄って言ってしまう。

ハルバードが高くかかげられ、その細い首に───。

 

 

 

───もちろん、当てられるワケもなかった。

かきんと硬質的な音をたてて、ハルバードは一つの刃に止められたのだ。

金色にかがやく、魔の王たる者が持つ刃に。

だらりと脱力したような動きで、魔王が動き始める。

 

何が出来るか、考えていた───

 

ハルバードを叩き切り、一瞬で騎士の腕をもいだ。

 

生き残る

 

翼を使い、天高く飛翔し大きく咆哮を上げる。

 

空良を守る

 

急降下し、勇者を巻き込まないよう、勇者を中心に衝撃波を放つ。

 

たとえこの身が朽ち果てようともッ!!

 

なぎ倒されて行く騎士の死体の上で、魔王は帰ってきた理性と揺るぎない闘争心を混ぜ合わせ、天に吠える。

 

 

 

消えることの無いこの感情を、何度でも味わうために!!

 

 

 

魔王は天を見上げる。

衝撃波で大きく穴が開いた天井は大きな星が瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

魔王はハッとしたように勇者に駆け寄る。

頰に触れ、体温を確かめる。

 

「──────」

 

勇者は既に、冷たくなっていた。

腕が無くなり、心臓を貫かれた状態で、笑顔のままで死んでいた。

魔王は勇者を抱いた。

生気のない体を、軋むまで抱きしめた。

 

「せ……」

 

魔王に声をかけようとする水の精霊を、頭蓋から魔力を漏らしながら聖獣が止める。

やがて、魔王は勇者を抱え、歩き出す。

双角は消えて無くなり、両手両足が血だらけに戻る。

抜き身のまま腰に挿した刀は光を失い、再び黒い刀身に戻った。

もはや魔王の面影は、あれだけ暴れてなお余りある魔力のみ。

魔王は、否、仙は痛みをこらえながら歩く。

自らの胸で眠ったまま息をしない姫君を、取り戻すため。

 

殺した騎士の分上がったレベルを気にも止めず、仙はただひたすらに進む。

やがて、仙はたどり着く。

それはリュックだった。先程、ダンジョンかた帰ってきてそのままの。

空良をそっと床に寝かせ、仙はソレを取り出し、呟いた。

 

「リザレクション」

 

目を覚ます事は無かった。

 

「リザレクション」

「リザレクション」

「リザレクション、リザレクション、リザレクション」

 

魔力の減りなど気にしない。

沢山余っているのだから。

 

「リザレクション」「リザレクション」「リザレクション」「リザレクション」

 

仙は叫ぶ。失った勇者を取り戻すため。

ダンジョンで貰った蘇生魔法の魔導書を、穴が空くほど読み、叫び続ける。

 

「リザレクション」

「リザレクション!」

「リザレクション!!」

 

 

 

 

 

「リザレクションッ!!!!」

 

 

 

 

 

ひらり、天から羽が舞い降りた。

羽は勇者の胸に突き刺さると、光の波紋を呼び起こす。

血は止まらない。腕も治らない。

しかし、今までのリザレクションとは、完全に違うことが一つ。

 

「………………」

 

息を、している。

その勇者が、死体で無くなったのだ。

もとの生真面目な異世界人と化した少年の目から、つうと一粒、雫がこぼれ落ちる。

安堵とともに、少年は疲労からくる闇に抗う事が出来ず、その意識を手放した。



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モウヒトツノミライ

 

意識がふわふわしている。

暗闇を漂っていた。

いつしか、俺の腕が黒い鎧に包まれていた。

 

そうだ、俺は魔王になったんだ。

その事を考え始めた瞬間、身体が闇に引っ張られる感覚に襲われ、気がつくと……。

 

「…………」

「せ、セン?」

「跪け」

 

俺は、()を見ていた。

見たことのあるような、無いような光景。

俺が、俺の目の前で、魔王の意思と戦っていた。

 

「我は魔王だ。復活してみせた」

「魔王の俺の、命令を聞けよ」

「勇者を、今すぐ殺せ」

「勇者に、指一本触れるな」

「「命令に背けば、その首を落とすッ!!」」

 

オールフィストは少し迷うと、空良の首をとりにいった。

ここで、俺はブチ切れてしまったんだ。

理性を手放し、魔王の凶暴性に身を任せてオールフィストの首を切った。

 

ノンピュールが額に冷や汗を浮かべ、魔王の俺はノートを呼んだ。

本能で感じ取ったんだ。起動力が足りないと。

だから、ノートを身体に融合させて、翼を得た。

魔王の左腕が鋭利なツメとなる。

 

「魔力、同調!?」

「──────!!」

「しまっ、かはっ!?」

 

魔王は得た起動力を使ってノンピュールに肉薄する。

予備動作無しで距離を詰める動き。

俗に言う【瞬歩】とか言うヤツだろうか。

翼使ってるけど。

 

拳がめり込み、ノンピュールが飛ぶ。

聖獣が目の前に躍り出てきた。

ノンピュールを庇うように。

 

「目を覚ますのです、セン!」

「──────!!──────!!」

「ッ!!」

 

聖獣の細身に、魔王の拳が突き刺さる。

左手がめり込み、つまりはツメが深々と刺さったんだ。

 

「ぶっ……ごぼっ」

 

血反吐を吐こうとする聖獣に、容赦なく上からの回転蹴り。

ノートの翼はここでも大活躍、この立体的な動きもノートの翼があったからこそ───ん?

 

魔王は気絶した聖獣を右手で掴む。

剣を手放して。

……あれ、俺って聖獣を左手で掴んだよな。

 

ノンピュールが起き上がり、蹴りを喰らわすために水の勢いを溜める。

でも、間に合わなかった。

聖獣は首をくたっと降ろし、既に息をしていなかった。

 

……まて、まて、まて。なぜだ。

俺は聖獣を殺してない。なんでレベルアップしてるんだ!?

 

なんで、殺してるんだ!?

 

「はぁぁぁぁ!!」

「オ───バ───ル」

 

魔王の胸辺りにブラックホールのような穴が開き、オレンズの剣撃を流れるように躱していく。

オーバーホールだ。

オレンズの剣撃を躱しきった魔王はこっちの番だと言わんばかりにオレンズに剣を振った。

オレンズの腕から鮮血が吹き出る。右腕が地面にぼとりと落ちた。

 

「ぐっ、あああ!!」

 

待て、なんだこれは!!

なんで俺が圧倒しているんだ!

殺すような危害は加えていないはず!

 

「いい加減にしろ、セン!!」

「──────」

 

飛んできたノンピュールのかかとを腕で受け止め、すぐさま剣を振る。

これも違う。

 

「ッ!?」

 

ノンピュールの身体が水のように弾かれ、その場にビチャビチャと飛び散った。

魔王は手をかざす。

水がどんどんと集まって一つの塊になり、球体になって魔王の手に収まった。

 

『離せ!離すのじゃセン!これがどういうものかわかっているのか!』

 

水がぷるぷると震え、声を発する。

あれがノンピュールの正体なのか?

魔王は手に力を込め、水をもう一度弾こうとする。

 

『やめろ。やめるのじゃ!』

「──────」

『止めてくれ、頼むそれだけは───』

 

バチン。

水が飛び散る。

魔王は濡れた手から滴る水を口元に持って行き、それを飲んだ。

瞬間、魔王がレベルを上げる。

黒い籠手が青みを帯び、それがノンピュールすらも吸収したのだと明白に証明する。

 

なんで、なんでなんだ。

 

ホールの騎士が魔王に斬りかかる。

が、次の瞬間にその頭を破裂させた。

魔王は嫌らしく笑みを浮かべる。

 

吹き出た血が魔王の左手に集まって、血の短刀となった。

まさか、ノンピュールを吸収したときに得た力を使ったのか?

水を操るとかそういう。

短刀は魔王の手から勝手に飛び出て、ファンネルのように魔王の周りを飛ぶ。

 

「───」

「このお!!」

 

利き腕を失ったオレンズが剣を捨てて殴りかかってくる。

ふよふよと浮いていた短刀が深々とオレンズの腹に突き刺さり、貫通して肉をえぐった。

手を伸ばしても、止められない。

崩れ落ちるオレンズに王様が思わず立ち上がるが、何も出来ずに歯噛みしている様子。

魔王は手から滴る血をウォーターレーザーのように圧縮し、一歩も動かずに王を攻撃、首が跳ねた。

魔王は天高く飛び上がると、有り余る魔力を左手の爪に込め、最後の標的にそれを向けた。

一輪の勇者がいた。

急降下して行く魔王。

 

とまれ、止まれトマレ───!

 

「……悪い方向に動いちゃいましたか。 間に合って良かったです」

「───?」

「【ヒール】。必ず助けますからね、お母さん」

 

爪を止めたのは俺の意思じゃなく、勇者の娘だった。

魔王は追撃を開始するも、速さが違う。

魔王のほうが若干遅い。

魔王は一度引くと、転がっている聖獣の首を掴み、吸収する。

体内で二つの獣の意思が混ざり合いそうになるのを嫌がってか、魔王は身をよじる。

結果、魔王はノートの魂を吐き出した。

 

翼の色が変わる。

さらなる力を手に入れた魔王は勇者の娘を倒そうと振り向く。

が、挑んで来たのは想定外の者だった。

 

「仙くん……なんで、なんで!」

「──────」

「どうして、魔王になっちゃったの……?」

 

勇者が、目覚めた。胸にぽっかりと穴を開けて。

亜空聖剣エクスカリオン。

神をも殺す必滅の剣が、再び魔王を討つために光る。

連撃。勇者の名は伊達ではなく、魔王の皮膚に幾度も閃光が走る。

といっても魔王も魔王で血華刀を振り、勇者にダメージを与えていた。

しかし、勇者と魔王で、明白に違うことが一つ。

 

「ぐう!【ヒール】、せりゃあ!」

「───!──────!───!」

 

魔王は、魔法を使えない。

魔力は魔王の体で暴れまわって振り回すだけで、魔法に使われることは一切なかったのだ。

このままでは危ないと考えたのだろうか。

魔王は大きく距離を取り、瞬歩を使って勇者に肉薄する。

突き出された刃に対して、勇者は───

 

 

 

 

何の抵抗も無く刃を受け入れ、抱きしめた。

 

 

 

 

ずぶりと深く突き刺さる刃。

空良が、俺の体の頭を撫でる。

しかし魔王が気をとられていたのは、そんなことではなかった。

 

そこに、あった。

 

名工の鍛えた剣(亜空聖剣エクスカリオン)魔力を多く持った獣の魂(ついさっき吐き出したノートの魂)、神酒、その他諸々が。

 

勇者の娘は魔法を起動させる。

この未来を変えるために。

現れたチケットを破くと、勇者の娘の体が光に包まれた。

勇者はそこで、生き絶えた。

 

 

 

 

「仙くん!仙くんっ!!」

「う……」

「仙くん!」

 

気がつくと、空良に抱きしめられていた。

腕もある。血は……服にはついているけど、出血はなさそうだ。

そっとその頭撫でる。

 

「?」

「悪い夢を見た」

「夢?」

 

いや、アレは夢などではない。

自分の発言を否定する。

あれは、オーバーホールだ。

オーバーホールで予測……いや、【予知】をして覗いた、俺のもう一つの未来。

レベルはどの勇者にも負けないくらいに上がり、恋人すらも殺し、正真正銘の魔王と化す。

……でも、空良には伝えないでいいかな。

 

「夢で良かった」

「……そっか」

 

今は、空良がいる幸せを噛み締めたい。

何せ大切な恋人を、予知も含めて二回も失ったのだから。




『夏休み、幼馴染みとどこへ行こう?』のアンケートは終了しました。
幼馴染みと旅行編をご期待ください。


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幼馴染みと別れ

 

仙がその場で眠り出す。

オーバーホールの反動だろう。

空良が駆け寄り脈を測り、元気に脈打つ血管に安堵する。

気がつくと腰が抜け、空良はその場にへたり込んでいた。

残る左腕を右腕の切断部にかざし、魔法を行使していく。

魔力が傷を癒し、右腕が生成される。

心臓が再起し、これで死のタイムリミットはなくなった。

回復魔法は他人から受ける場合本人の任意が無いと失敗する可能性が増えるので仙の傷はわざと癒さなかった。

 

辺りを見渡して、空良はそこに鍛冶屋や仲間の存在を認識した。

死んだオールフィストやその他の魔族の鎧を剥ぎ取り、ホクホク顔だ。

なんという胆力と根性。後にそれが潰されて武器の素材として再利用される日もそう遠くはないだろう。

ノンピュールや聖獣は魔力を欠損部位に補填して傷を再生し、しかし旧劇に減った魔力に顔をしかめた。

 

苦笑しながら、今回の騒動で魔族以外に死者が出なかったことを空良は神に感謝する。

……といっても神すらも知り合いなので複雑な感情であったが。

 

「終わりましたか?お母さん」

「あ、ホーリちゃん!ねえ、ホーリちゃんの言っていた新たな魔王って……」

「ええ、彼の場合がほとんどです。ですので最初に来た時には驚きました。あまりにも平凡。もっと荒れてるかと思ったのに」

 

そう笑うホーリの姿が、一瞬ブレる。

まるで、投影機にバグでも起こったかのように。

自分の手のひらをしげしげと観察し始めたホーリは空を見上げた。

 

「今まで私は、『未来を変える』ことを芯に活動してきました。しかし、どれだけ頑張っても勇者ソラは死んでしまう。でも今回のルートでは生きています。未来が変わり、私はこの時代にいるべき存在ではなくなったのです」

「ちょっと待って!それじゃあ」

「ええ、お別れです」

 

ホーリの身体が粒子状にばらつきだし、やがてその輪郭がぼやけていく。

何がしたいのかもわからない。が、空良は本能で反射的に手を伸ばす。

 

「ホーリちゃん!」

「──────」

 

空良が手を伸ばした時には、既に散り行き、ホーリは存在しないものになっていた。

誰かも知れない人の最期。

しかし、その場にいた獣が、精霊が、名工が、王子が、王が。

その最期に目を離さないでいた。

 

「何か、言っていましたね……」

 

聖なる獣が、口を開く。

 

「そうじゃな。心なしか、センの方を見ていた気がする」

 

精霊が、寝ているセンを見やった。

 

「なんと、言っていたのだろうか……?」

 

王子が、心底疲れた顔で唇を噛む。

 

もし、この場で仙が意識を繋いでいたのなら、職場体験で介護のために読唇術を取得していた仙にはこう見えていたただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さよなら、お父さん』

 

 



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幼馴染みと電車

 

あれから数日たった。

俺は全身筋肉痛と足の骨折を治すために学校を二週間ほど休みをもらい(初日で【ヒール】されて筋肉痛も骨折も治ったときは頭を抱えた)、その療養休みで旅行に行くことにした。

丁度療養休みと学校の連休が被り、合計で一ヶ月くらいの休み。

これは家にいるのはもったいないと、二人で旅行計画を立てていた。

 

「山」

「裏山しか心当たりないぞ?」

「慣れると面白くないよね。じゃあ海」

「近くの海……知ってるか?」

「知らない。……異世界は?」

「もう行きたくない。もう魔王化したくない」

 

あるあるだよな、行きたい所に限って欠点がどんん見つかるやつ。

正直近くに山も海も無いし、いける場所は限られる。

いっそのこと、このまま家にいようとも考えたのだが、魔女の家で『旅行に行こう』のたまった手前、どこか旅行に行かないと……。

そう思っていたとき、両親からの手紙を思い出し、引き出しからそれを取り出す。

 

『仙へ。元気にしてるか?高校生になって色々大変だろ。知り合いに宿屋を営んでるやつがいるんだ。宿泊券を貰ったから、空良ちゃんと一緒に行ってくるといい。 空良ちゃんとのあれやこれや、頑張ってね。愛する父と 母 より』

 

一つの手紙に二人でメッセージ書くなとか、貰った時は既に空良は失踪中だったとか、そもそも両親は失踪の事を知らなかっただとか、色々ツッコミ所はあるが、とにかく両親から切符と宿泊券が送られてきていたんだった。

ペアで。

横長の古めかしい切符には、こう書かれていた。

 

 

穂織→大和

 

 

大和(やまと)かぁ。

隣町の温泉街。

穂織の多岐に渡る生産性と大和のそれ一つに技術を絞り込む職人魂。

二つが合わさって、父さんが現役だったころはそれはもう技術大国みたいになったそうな。

……なんの現役かは知らんけど。

 

「大和か……」

「大和?」

「ちっちゃい頃行ったろ?俺、俺の両親、空良、空良の両親で」

「あぁ!行ったね、確か!お饅頭美味しかった!」

「迷子になって空良が泣き叫んでたっけなぁ」

「……っ。あ、あったねぇ、そんな事も……」

 

湯治。湯治かぁ。

温泉なんて入る機会あんまないし、この際だから行った方が良いな。

 

「じゃ、行き先は大和で決まりだな」

「おー!」

「各自、準備!」

 

そんなわけで旅行セット一式を準備し、一夜明けて次の朝。

俺たちは穂織の駅に来ていた。

本来ならこの時間帯は会社員や学生が通勤通学に使う時間で、もちろん混む。

 

駅のホームで買った飲み物を持って座っている空良に近づく。

ぴとっと、空良の頰にペットボトルをくっつけると、「ひゃわぁ!?」という悲鳴が小さく上がった。

可愛い。

 

「もー、驚かさないでよ!びっくりしたじゃん!」

「ははは、悪い悪い。ははは!」

「笑いすぎだよ……」

 

頰を膨らませる空良はキャリーバッグをころころと転がしながら電車を待っている。

そんな空良をずっと見ていたくてわざわざ買ったモノがこちら。

ビデオカメラになります。

 

「どうですか?旅行は楽しみですか?」

「うん、楽しみだよ……って仙くん、何それ?」

「ビデオカメラ」

「それは分かるけど……」

「愛しき勇者様の姿を後世に残そうと思って」

「や、やめて!しまって!」

「えー」

 

せっかく買ったのに。

ピロンと音を立てるビデオカメラをしまっていると、空良は何を思ったのか俺の頰をつんつんといじってきた。

な、何事ですか。

 

「ねぇ仙くん、あれから本当に体に異常はないの?」

「魔王の魔力の話か?……正直言って、ちょっと体に違和感がある。だから異世界の話はしたくなかったんだけど……」

 

寝つきも悪くなったし、体に妙に疲れが溜まる。

俺は魔法が蘇生魔法以外使えないし、魔力が不可視な分、どうしても魔力の容量を確認なんてできない。

レベルは現在92。

意外と騎士達はレベルが高かったようだ。

 

聖獣とか、精霊とか、勇者とか、魔王とか。

考えるとキリがない。むしろ考えたく無い。

人は現実逃避と言うかも知れない。

でもいずれが必ず対面する問題なのだし、せめて今は空良と何気ない日常を過ごしていけたら良いと思っている。

 

俺は、もう空良を失いたくないんだ。

 

……とまぁ、俺の演説を聞いた空良と言えば。

 

「はうあうあう……」

 

顔を赤くして俯いていた。

 

「俺はこのさき魔王として生きなきゃいけないのかとかも考えなきゃいけない。でも、せめて旅行中くらい、空良と思い出を作りたくて……っと、電車、来たみたいだぞ?」

「えへ、えへへ……」

 

空良の手をむんずと掴み、電車に乗り込む。

通勤通学の時間帯の電車はそれはもう混んでいて、なかなか座る場所が見つからなかった。

ようやく見つけた一席。

 

「あった。空良、座って」

「ううん。仙くんが座ってよ。私は大丈夫だから」

「いやいや、せめてこれくらいはカッコつけさせてくれ」

「仙くんはいつもかっこいいよ!」

「なっ……だったら空良だってすっげぇ可愛いもん!」

「ッ!?〜〜〜ッ!!」

 

互いにダメージを受け脳死しそうになる。

 

「いや、ホントに。彼女立たせて彼氏が座るとか酷いことしたくないから」

「でも、仙くんだって疲れてるんだし……」

「……。じゃっ、じゃあこうしよう!まず俺が座る。その上からお前が俺の膝に座れば良い」

 

ムンムンと熱気立ち込める電車の暑さが故の世迷いごとである。

が、しかし。

 

「そ、それ良いね!ささ仙くん、座って」

「えっ」

 

まさかの肯定。

ウソだろおい。

 

多少の気恥ずかしさを感じながら座る。

すぐさま上に空良が座ってきた。

今日はストレートらしく、鼻先が髪に埋まる。

 

「…………」

「………………」

「……座りにくいだろ」

「う、うん」

 

空良の細い腰に手を回して固定する。

ぴくりと空良が震える。

 

「ねぇおかーさん、あのおねえちゃん抱っこしてもらってるよ!」

「んー?おねちゃんって誰───」

 

空良の背中越しに緊張と不安が伝わってくる。

子供の洞察力というのは、げに恐ろしきものである。

ダンジョンで培ったスニーク術を使って極力存在感をなくす。

 

「───みちゃいけません」

「えー?なんでー?」

「はうあっ!ち、違……!」

 

空良、ゴメンな。

 

 

 

 

『飛鳥、飛鳥でございます。お降りの方は右側の扉からお降りください。次は、大和、大和でございます』

 

飛鳥駅でほとんどの客がぞろぞろと降りていく。

あの親子も降りていった。

手を振っていたが空良のメンタルが死ぬからやめてあげてくれ。

 

「全員降りちゃったね」

「そうだな」

「あの……離して?」

「あぁっ!悪い!」

 

がらんと二人きりになった車両で、二人で並ぶ。

大和までは結構時間がかかる。

 

「しばらく、二人きりだな」

「う、うん。そうだね」

「……ずっと気になってたんだけどさ」

「うん?」

「ホントに俺に、空良の彼氏が務まるのかなって」

「仙くん……今更?」

 

そう言って空良はくすくすと笑う。

すごい好きだし、守りたい。けど、俺より強くて空良を守れるやつなんてこの世にごまんといる。

魔王になって、自我を失って、他の未来を予知してわかった。

魔力が多かろうと、レベルが上がろうと、俺は弱い。

そんな俺に、勇者の、空良の彼氏が務まるのだろうか?

 

「……うーん。なんて言ったら良いのかわからないけどさ。仙くんは、私の事を好きって言ってくれたでしょ?」

「うん」

「私も好き。だから、仙くんは深く考える必要は無い。それに……」

「それに?」

 

空良は俺の手を取り、ぎゅっと握った。

 

「私は、好きな人が仙くんだったんじゃない。仙くんだから好きなんだよ。私の……こ、恋人は、仙くんにしか務まらないんだからね!?」

「…………」

「もし他の次元があったとして、仙くんは今と違う別の性格だったとする。それでも、その次元の私は仙くんを好きになる。私にとって仙くんは、もう、なくてはならない存在なの。……自分を大切にして。でないと、私は仙くんの支えになれてないんじゃないかって、落ち込んじゃうよ」

 

本当に、この幼馴染みには敵わない。

伊達に世界を救ったわけじゃないってか。

思わず、空良を抱き寄せる。

揺れる電車の心地よい振動の中、空良は抵抗もせずに俺に抱かれていた。

 

「そうか。憂いが晴れたよ」

「良かった。私だって、心から仙くんを好きなんだから、次に自分を雑に扱ったら殴るよ」

「勘弁してくれ」

 

勇者のパンチとか俺が粉微塵になるわ。

空良は起き上がると、車両の真ん中に立って拳を繰り出し始める。

 

「こう!こうだよ仙くん!」

「おいおい空気が揺れてる、衝撃波出てる」

「こう……こうしてこう!」

 

俺を元気付けようと……いや、違うな。

顔が赤い。照れ隠しだ。

 

「ほんっっっとうに、俺の幼馴染みは可愛いな」

「こッ……な、な、な、いきなり何!?」

「おっと、つい本音が」

「も〜〜っ!!」

 

顔から蒸気を吹き出しながら掴みかかってくる空良の頰を抑えてキスをする。

体を硬直させる空良を抱きしめながらキスを続け、俺が酸欠になるまで唇を貪る。

 

「ぷあっ……もう、いきなり過ぎだよ……」

「でも嬉しいんだろ?」

「っ……。まったく、仙くんったら……」

 

安堵と共にこの状況にワクワクしてきた。

高校生特有の変な遊び心だ。

 

「なあ、空良、見てろよ」

「ふぇ?」

「どうだ。二段ベッド」

 

普段なら荷物を置く金網みたいのがある場所に乗っかり、寝転んでみる。

ちょっと不良っぽいし硬いが楽しい。

 

「じゃあ仙くん仙くん、これ見てて!」

「うん?」

「車内でロンダート」

 

端っこから助走をつけて床に手をつき横回転。

すごい綺麗なフォームだ。

そして車内でやるというギャップと背徳感がまたワクワク感を増幅させる。

 

「じゃあ空良、こっちに」

「ん?……んむっ」

「車内でキス」

「さっきやったじゃん!」

「「あはははは!」」

 

なぜだろう。

どうしてこんなに楽しいんだろう。

心の底から安堵したからだろうか。

高揚感を抑えきれない俺たちは、ただ純粋に楽しんだ。

そして、やってくるこの時。

 

『まもなく大和、大和に到着いたします。お降りの方は左側の扉からお降りください……。まもなく大和、大和に……』

「あっ、仙くん!あれ見て!」

 

窓を開け、空良と一緒に首を出す。

そこらから湯気が上がり、いかにもな雰囲気の温泉街。

 

湯けむりと華の都、大和が、近づいてきた。

 



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幼馴染みと旅館

ただいま……!



 

「お、ついたな。ここが大和───うわっ」

「おおう。すごい熱だね、仙くん」

 

扉が開いた瞬間、車内に熱のこもった空気が流れ込む。

車内のクーラーで冷えた空気が一気に外に引き寄せられて、風の中心に挟まれた。風圧すごい。

 

「夏に来るべきじゃなかったかもな……暑」

「仙くん、タオル」

「ん、ありがと」

 

空良が持参したタオルで俺の汗を拭いてくれる。

よく見ると空良は汗ひとつかいてない。

 

「お前は良いの?汗かいてないみたいだけど」

「耐性ができちゃってね……。昔砂漠を横断した時に」

「異世界マジやべえ」

「暑いとか寒いとかは感じるんだけどね。単純に暑さ寒さに耐性ができただけだから、マグマとかの近くだと普通に汗が出ると思うよ」

 

つまりは、汗で濡れたシャツにドキッ。とかいうイベントも無くなるわけか。

中学の頃にドキドキしながら過ごしたあの夏が懐かしい。

……よく考えると、あの頃から好きだったのかもな、空良のこと。

ふうむ、難儀なものである。

 

「一度宿まで行ってみるか?」

「そうだね。駅の近くは特別に暑いみたいだし、宿の近くの気温はそこまでじゃないんじゃないかな」

 

空良はそうはにかむと、俺の腕に弱めの【アイス】をかけた。

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。ご予約のお客様ですか?」

「いえ、予約じゃなくて招待券を貰ったんですけど……」

「承知致しました。招待券を拝見してよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

 

事前に調べた場所の旅館に行くとえらく美人の女将が座って迎えてくれた。

チェックイン……の手続きだ。

 

「拝見致しました。イノリ様ですね。その件ではとても助かりました」

「あの、父と母が何かしたんですか」

「ええ、とても。……それにしてもイノリ様もお手が早い、息子さんがいるとは聴きましたがまさかもう婚約者を連れてくるとは」

「「ここっこ、婚約者!?」」

「あら、違うのですか?」

「や、まあ、その、恋人では……あるんですが」

 

そうですか、と女将は微笑み立ち上がる。

なんてことを言うんだこの人。

 

「まずはこちらがイノリ様のお部屋になります。ご夕飯は……」

 

サービスや設定を聞きながら俺たちは辺りを見渡す。

畳がしいてあって、部屋の奥にある窓にはロッキングチェアがある。

庭の様子が見える。あ、向かい側の客室の幼女と目が合った。

 

「……以上となります。他に質問はごありですか?」

「いえ、ありません」

「それでは、私はこの辺りで。それと、主人がイノリ様に会いたいと申しております。お手数をお掛けしますが、主人と会っては貰えませんか?」

 

空良の方を見ると構わないと頷いてくれたので了承する。

 

「ありがとうございます」

「じゃあ空良、スーツケース置いといて」

「わかったよ」

「それじゃ、いってくるから」

「行ってらっしゃい」

 

空良を残して部屋を出ると、不意に女将さんがくすりと笑った。

 

「どうかしたんです?」

「いえ、仲がよろしいのだな、と」

「そりゃまあ、恋人ですから」

「恋人……ですか。イノリ様らしいですね」

「らしい?」

「ええ。イノリ様は奥様を溺愛してらっしゃいましたから」

 

それはそれで複雑。

にしても、よほど親しい仲なのか、女将さんは楽しそうに話す。

その目は……戦友?を懐かしんでいるような……厳しくも、優しい目。

 

俺の生まれる前に何があったのだろう。

なにかとトラブルに巻き込まれやすい穂織の人間である以上、知っておきたいような気がする。

 

「過去に何があったんですか?」

「過去……とは?」

「父さんも母さんも、俺の生まれる前の事を聞こうとするとはぐらかすんです。なんというか、良くない思い出を考えたくない感じで」

「そう……ですか。それは……いずれわかります」

 

いずれ……?

引っかかる言い方だ。

過去のことにこの人も一枚噛んでいる……とか?

 

「この先に主人がいます。お先にどうぞ」

「え、あ、はい」

 

暖簾をくぐるとそこは家の廊下になっているらしく、多分関係者以外立ち入り禁止って感じだと思う。

障子を発見、「失礼します」と断ってから中に入る。

っ殺気!

 

「おおおおおおお!!」

「どっわあ!?」

「あなた止めてください!障子が壊れます!」

 

猪のように猛突してきた大柄な男を慌ててかわす。

勢いそのままに壁に激突した男はしゅうしゅうと煙をあげながら静止すると、ゆっくりと起き上がった。

 

「お前があいつの息子か!」

「ふぁ、ふぁい!!」

「たしかに似てやがる!」

 

快活に笑う男は俺の肩をばんばん叩く。

そしてニヤリと笑うと俺の耳元で囁いてきた。

 

「お客様は2名なんだろ?お?お?イノリのやつはいっつもませてんなあ」

「まぁ否定はしないですけどね?」

「しねえのかよ、おもしれえな」

 

肩に回されていた手が離される。

そこであらためて風貌を見るのだが、はち切れんばかりに腕に詰まった筋線維、キリリとして、かつ知性を感じる瞳。

1男として、憧れるものがある。

 

「……ふうん、そうか、お前が。筋肉が足りてないな」

「かも、知れないですね」

「しかし、過酷な状況を切り抜けたような筋肉の壊れ方、分厚い剣マメ。そして常に剣域を意識しているな?オーラが違う」

 

相手も、俺を観察していたか。

さらに相手のことを知ろうとしたとき、相手の胸あたりにあるペンダントのようなものが一瞬、橙色に光った気がした。

 

刹那、右腕がブレた。

 

世界が色を失い、ゆっくりと動く世界の中で俺が見たのは、無数に伸びる拳の予測戦と、闘争心に燃える瞳と上がった口角。

この状態で避けることは不可能。腕でガードをするために脳から信号を送る。

 

色が戻り、旋風吹き荒れ壁に叩きつけられる。

肺の空気が全て体外へ漏れ、咳き込んでしまう。

 

「……なんて反応速度。やっぱりあんた、只者じゃ───、ッ!?」

「主人がすみませ───、ッ!?」

 

痺れる腕を庇うように体を動かすも、太い腕に肩を掴まれ正面を向かされる。

その手は、俺の胸───オーバーホールによって出現したブラックホールのような穴に触れた。

 

「あの───」

「「どこでオーバーホールを……」」

「……知ってるんですか、オーバーホール」

「詳しいことは俺たちにもわからねえし、お前に教えられることは少ない。けれど、一つだけ言えることがある」

「私も主人も、イノリの旦那様や奥様も、この力を有しております」

 

思わず目を見開く。

なんだって?父さんも母さんもこの力を?

 

二人は深く息を吸うとグッと力を溜めた。

すると、二人の首に掛けてあったペンダントが光り出し、二人の胸に穴が出現する。

 

「久しぶりだな、この感覚」

「……ぐ……」

「無理するな、先に解け」

「……はい」

 

全身から橙色の光を放っている男が一言喋っただけで、心の全てを掌握されているような錯覚に陥る。

まさに───王の御前であるかのように。

のしかかるプレッシャーに耐えつつ、いつでも魔力を解放できるように集中する。

魔王の力なら、なんとか……。

 

「おいちょっと待て。こっちに戦う気は……って、この力丸出しで言っても本能が警戒するか。……ふう」

「プレッシャーが消えた……」

「俺の能力はそういう能力なんでな。使い勝手が悪いんだよ」

 

背中にどっと汗が出る。

なんて力の差。

敵対したとして、俺に勝てるのか。

 

「……お前、もしかして俺が強いと思ってるのか?」

「ええ、まあ。でも謙遜ならいらな……」

「言っておくが、お前の親父は俺より強いぞ」

 

何者なんだ俺の親父。

見たところ発光してるペンダントに秘密があるようだけど、それがどんな作用をしているかはわからない。

思い返せば、父さんも母さんも似たようなペンダントをしていたような気がする。

 

男はタンスの中をゴソゴソと漁ると、同じフレームのペンダントを取り出した。

 

「これを持っていけ」

「これは……?」

「オーバーホールの補助具みたいなものだ。ペンダントの中にメダルが入っている。誰もいない、もしくは誰も認識していないところでそれに触れろ。そうしたら……まあ、いろいろな特典があるからよ」

 

特典……。

ペンダントを受け取りポケットに入れる。

このペンダントは何を意味するのだろう。

今でも十分にオーバーホールが使えていると思うけど。

 

「俺からの話は以上だ。……俺からの、は」

「え、まだ何か?」

「旅行中に不躾とは思いますが」

 

と横から女将さんが。

 

「ただいま、ヤマト付近の山でなにやら奇妙な陰が発見されたとの報告がありました。私どもが迎えれば良いのですが、全盛期の力はとうに衰え、今では経営をして稼いでいる身。……どうか、ご助力願えませんか?」

 

顎に手を当てて考える。

最近、魔物っぽい何かと戦うことが多すぎる。

地球にいる状態での戦闘なんて、全くなかった。

誰かが呼び出している……とか?

 

「一度、仲間に確認をとっていいですか」

「ええ。もしもご助力いただけるのなら、今晩の10時、身支度を整えてこちらに来てください。その山に案内致します」

「もし、断ったら?」

「私どもが死力を尽くして戦います」

 

選択肢なんてあってないようなモノじゃないか。

まずは、確認をとらないと……。

 

 

 

 

「お山に魔物っぽい何か?全然良いよ」

「え」

 

空良は特に反応もなく承諾した。

快諾すぎてちゃんと理解したのか少し不安になったくらいだ。

 

「旅行中なんだぞ?いわば湯治なんだぞ?」

「全然オッケー。それが仙くんの選んだ道なら、私は付いていくだけだもん。むしろ、辛いのは仙くんだよね。魔王になって体が限界なのに……」

 

言葉を失う。

この旅行は空良へのお詫びだ。

なのに、当の空良は尚も俺を心配しているのだ。

 

「あり、がとう」

「その代わり!」

 

空良は俺の頰を指で突いて言う。

 

「作戦決行のときまで、私とデートしてよ。それくらいのわがままは許されるでしょ?」

 

 



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幼馴染みと観光

「んわぁー!!綺麗だねぇ、仙くん!」

「確かに。ちょっと感動だな」

 

俺たちの目の前に広がるのは、行きの電車でも見た大和の街並み。

湯けむりが空いっぱいに広がり、湯の熱気と客を呼び込む人の熱気が混じり合う。

 

「しかし、カメラに防水機能を付けてて助かった。流石に湿気が多いよなあ」

「防水機能付けてたの?」

「おう。他にも、水中での撮影が可能になる軽量外殻とレンズ、手ブレ防止機能、いろいろ付けてる」

「なんでそんなプロ仕様なの……?」

 

こればかりはロマンなんでな。

愛人を最高のビデオカメラで撮る。これ常識。

……一眼レフとか買ってもいいかもな。

 

「あー。また仙くんが良からぬ事を考えてる顔してるー」

「まったくそんなことはございませんが?」

「うそだー」

「うそです」

「……ん?あ、うそつき!」

 

ぷくっと頰を膨らませる空良に和みながらパンフレットをめくると、この街の名所やら名産やら、まあ楽しそうなのが書かれていた。

ここから一番近いのは……。

 

「よし空良、あっち行くぞ」

「あっ、仙くん、手……」

「ん?はぐれないようにするには、当たり前だろ?」

 

しっかりと指を絡めて恋人繋ぎ。

そのまま歩き出せば、空良は慌ててくっついてくる。

そして恋人繋ぎのまま腕を絡めて来た。

 

「ふふふ……仙くんにいっつも恥ずかしい思いをさせられてるからね。どう?仙くん。恥ずかしい?」

「いや?空良をいっぱいに感じれて幸せだぞ」

「はうあっ……!」

 

勝利。

空良が自爆して顔から蒸気を噴出している間にデリバリーショップでいまウワサのタピオカドリンクを買う。

俯いて顔を赤くしている空良の頰に容器をくっつけると肩をびくりと震わせた。

 

「な、な、何!?仙くん!」

「ほいコレ。いま流行りらしいタピオカドリンク。なぜ人気なのかは知らんが買ってみた。そして空良を驚かせてみた」

「本日二度目だよ!……うう、仙くんそんなキャラじゃないでしょぉ……」

 

そういいつつもドリンクを受け取る空良。

タピオカドリンク……液体はミルクティーなのか。それでストローが大きめ……タピオカを飲ませるためと思わせつつ、飲むミルクティーの量を増やしてすぐ無くなるように工夫する。

売り上げを上げるために考えたな。

 

「いただきまーす……ずず……」

「んぶ。もぐ……。モチモチしてるな。タピオカって響きは完全に野菜とか果物なんだが、これはスイーツの部類に入るのか?」

「冷たくて美味しい……んむ。もぐもぐ」

 

ドリンク片手に目標地点に到達。

大和に来て初の名所は……。

 

「足湯……?」

「そう、足湯だ。大和は掘った場所によって湧き出る温泉の効能が変わるらしい。その種類も様々……。で、この足湯は筋繊維のこりをほぐすとかなんとかで、足の疲労回復、傷の治療に効くらしい」

「へぇ〜。詳しいね、仙くん」

「パンフレットの受け売りだぞ」

 

さっそく靴を脱いでお湯に足を入れる。

荷物がさっと手に取れる範囲にあることを確認してから腰を下ろすと、今まで気づかなかった絶景が広がっていた。

 

「うわあ……!」

「離島っぽいとこにあるとは思ってたけど、こんなだとはな」

 

どうやら駅や宿屋の反対側には小さめの崖があったらしく、少し遠くの方に水平線が広がっていた。

横を見ると、俺たちが乗って来た電車のレールが見える。

レールは空中廊下のように建設されていて、海の上を通っている。

電車からの景色も絶景だったが、この景色も悪くない。

 

「仙くん、今この状態でタピオカドリンク飲むと美味しいよ」

「ほう?どれどれ」

 

ミルクティーを流し込むと、足元からじんわり温められているのに対して、喉から冷たい液体が流れるのが心地よい。

他の客もいない貸切状態。

ちょっとロマンチックだ。

 

「が、しかし時間は有限」

「えーっ。もう行くのぉ?」

「別にまだいたいなら良いけど。次は普通に温泉だぞ」

「いく」

 

疲れの取れた足で歩いてその温泉まで向かう。

ついた施設は少し古びていて、the・温泉って感じだ。

別に混浴とかない。普通に効能がすごいらしい普通の温泉を使った普通の施設だ。

空良と別れて脱衣所に向かう───む、先客がいるのか。

一つだけカゴに先に衣服が入っている。

実は既にバスタオルとかを用意していたので、体拭くやつとかは心配いらない。

 

「ふうん、中は結構綺麗───っと?だれもいないじゃないか」

 

脱衣所を越して風呂まで向かうと、広めの湯船が待っていた。

がしかし、気がかりなのは脱衣所に服があったのにだれもいないこと。

忘れ物か……?

 

とにかく、楽しまなくては損。

さぶざぶと温泉に浸かると、体が温もりに包まれると同時に肺の中の空気が押し出され、気の抜けた声が出る。

たしかこれって、体がお湯に温められているから肺の中にある周りのお湯以下の空気が上に逃げるとかじゃなかったっけか。

 

『仙くーん!きこえるー?』

「きこえるよー。だからそんなに大きな声を出さなくても大丈夫だー」

『壁際に寄って話そうよー』

「おー」

 

壁際に行くと、壁からとんとんと音がしたので叩き返す。

湯には入れないが、まあ後で入れば良い。

壁に寄りかかると向こうの岩に人影が見えた。

なんだ、そこにいたのか。

 

『仙くん』

「どした」

『私ね、いますごく幸せ』

「ほう?その心は」

『ずっと前から思ってたんだ。こうして仙くんと旅行に行ったり、異世界に行ったり、でもたまにお家でのんびりしたり。そんな日常を過ごせたら、すごい幸せなんだろうなって』

「……」

『だからね、本当はこの一枚の壁がすごくもどかしいの。とっても恥ずかしいけど、小さい頃みたいに一緒にお風呂に入れないかなって』

 

それはさすがに無理があるだろ。

……まあでも。

 

「いつかは、できるんじゃないか?」

『……え?』

「人生は短いとは言うけど、俺らからすりゃすごく長い。この先、空良がまた異世界に行ったりしなければ、そんな機会もあるだろ」

『……別れるかもって可能性は?』

「お前は別れたいのか?」

『そっ、そんなことは決して!絶対いやだ!』

「なら大丈夫だ。俺はお前を愛し続ける。そうである限り、その機会も遠くないだろ」

『……ひゅるんっ』

 

なんだ今の音。

一拍置いてざぱぁんという音が聴こえ、女湯がしんと静まる。

 

ぼこぼこぼこぼこぼこぼこ(のぼせちゃったみたいだから先に上がるね)

「おい溺れてんのか!早く上がれ!」

ぼこぼこぼこぼこぼこぼこ(酸素はあと二時間もつから大丈夫)

「何言ってんのか全然わかんねえぞ!」

 

その後、湯船から出たようなざぱあという音が聴こえたので胸を撫で下ろして再び湯に浸かると、向こうの岩から声が聴こえてきた。

 

「随分仲が良いんだね」

「あっ、すみません。うるさくしちゃって」

「いいのいいの。若者の青春って……」

 

声から察すると……中年男性だろうか?

岩の向こうの陰が、ざぶんと動いたときには。

 

「お姉さん大好物っ♪」

 

先ほどの声とは全く違う、艶かしい美声の女性がいた。

 

「ばあーっ!?」

「こらこら、騒がない。青春でもないのに」

「いや、いやいや、ちょっ、なんで男湯にいるんすかぁ!?」

「んー?細かいことは良いじゃない……そ・れ・よ・り・もぉ……」

 

女性は怪しげに瞳を光らせ、その無防備な胸を強調してきた。

 

「お姉さんと……イイコトしない?」

「お断りします」

「えっ」

 

何を言いだすのだろう、この人は。

 

「私の魅了にかからないなんて……魂レベルで好きな人がいない限り私の虜になるのに」

「あーじゃあ空良ですね。魂……いや、この世に生を受けるときより前から好きです」

「あ、あらそう。もしかして、壁の向こうのあの子?」

「はい。そっすよ」

「へえ……それじゃあ……」

 

再びお姉さんの瞳が光る。

さっきよりも光量が多い。引き込まれそうだ。

 

「お姉さん……ヤる気になっちゃうなあ♪魂レベルで好きな人を差し置いて魅了できたら、私にも箔がつくわあ♪」

「いやだから嫌ですって」

「大丈夫よぉ……。お姉さんが優しくシてあげるから……ね?」

 

そしてお姉さんは俺の胸板を指で摩りながらとんでもないことを言った。

 

「ま・お・う・さ・ま♡」

 

「人違いです」

「やんっ、魔王様ったら辛辣!」

「魔王ってなんですか、チョットヨクワカラナイ」

 

ふふ、また異世界絡みかコンチクショウめが。

NICEなBODYをもつ女性は前を隠そうとともせずに俺から離れ、見事な礼をしてみせた。

 

「先代魔王の秘書、サキュバス・クイーンのノゼットと申します。この度、先代魔王の魔力を引き継げる新しい魔王様がこちらの世界にいらっしゃるとの事で、新たな魔王様にご挨拶と、未体験との事なので筆おろ……ん゛ん゛、貢物をと思いまして」

「帰ってください」

「ええー?どうして、魔王様。その反応は自分が魔王だって認めるってことでしょ?」

「魔王様言うな、あと前を隠してください。今は旅行中なんだ、プライベートなんです。仮にも秘書と言うのなら上司のプライベートは守るべきでは?」

「あら。そんなこと言うなら私もプライベートですよ?わざわざこの街まで来ましたのに、お相手頂けないなんて、残念ですわぁ」

 

口で「よよよ」と言いながら泣き崩れるノゼットさん。

俺はそれを呆れたような目で見ながら次の言葉を紡いだ。

 

「あっ、そう。じゃあ今後この街で俺を見つけても俺に話しかけないこと。あとさっきの中年の声はどこから来たのか。それとなんで男湯にいるのか。はい、全部含めて5分以内に言って。さんはいっ」

「そんなもの、3分で十分です。えーと、最初のは時と場合によります。魔王様にもしもの事がありそうでしたら話しかける事をお許しください。男性の声は……サキュバスの特性、変声魔法。中には女の子が好きなコもいるから。男湯は……この温泉は男湯と女湯で湧き出る温泉が違うの。だから午前と午後で入れ換えるんだけど、今回の私みたいに一日中ずっと入っていると女湯が男湯に交換されるのよ」

 

わあ〜分かりやすくてスピーディー!

小癪な。

 

「ん。だいたいわかった。じゃあもう話しかけんなよ」

「承知しましたぁ。……また今度、こっちに来てくださいね。武器や土地の引き継ぎ、それと……私との情熱的な一夜が待ってますからぁ♡」

「二度と行くか!」

「ひどぉい♡」

 

頭からお湯を被って風呂を出る。

脱衣所に戻って、自分の服が入っているカゴのとなりに、ノゼットの物と思われる服が。

悪いとは思いながらチラ見すると、シャツやデニムズボンを目につく側に置いている。

怪しまれないように、男女どっちが着ても違和感のない服装にしているのか。

 

「ノゼットは異世界の人?魔物?だ。ってことは、なんらかのアイテムでこっちに来てるはず……」

 

悪いとは思いながらも、ノゼットの服を物色する。

空良の使った巻物とか、魔王城に放置されててもおかしくない。

秘書って言ってたし、魔王からの遺言とかで勇者を殺しに来てるとかも……。ん、なにか薄い布が手に当たった。

短剣を包む布か?アイテムの類か?とにかく確認しなくては───あっ。

 

「………………」

 

ノゼット、すまん。

白生地に赤いりぼんのアレ、見ちゃった。

 

 




なんか……最後まで爽やかに書きたかったのに……こうなってしまった……。
大丈夫だよね、仙くん、大人びてるとは言えど高校生だもんね、おかしくないよね。


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幼馴染みの経験談

 

「お帰り仙く……。ん……?」

 

風呂から上がると、空良が俺の首筋をすんすんしだした。

 

「臭いか?ちゃんと洗ったつもりなんだが」

「……他の女の匂いがする」

「そんなのわかるのか」

「ラベンダー」

 

ノゼットはラベンダーだった。

 

「んとな、簡潔に説明するとな」

「うん」

「お前が倒した魔王の秘書がいた」

「うん?」

「あとこの温泉は午前と午後で湯が変わるらしいから入る時間によっちゃ女が男湯にいてもおかしくないみたい」

「えっちょっ待っ」

「まあ大抵の人はそれを踏まえて昼には入らないらしいけどな」

「いや仙くん今温泉より大切なことさらっと話した気がするんだけど」

 

なんのことだろうか。

俺はただただ魔王の秘書がいたって伝えただけなんだが。

 

「え?仙くん大丈夫だったの?魔王だよ?魔王の秘書だよ?」

「別に攻撃されなかったぞ」

「あっぶな、仙くんあっぶな!!え、秘書ってサキュバスっぽい人でしょ、危な!」

「なに、そんな強いのあいつ」

 

曰く。

ノゼットにはデバフ系の魔法が効かず。

曰く。

ノゼットは魔王軍で魔王の次に強く。

曰く。

空良が戦ったときは5回ほど死にかけたという。

 

……無理ゲー。

 

「こうみると、空良ってほんとに強いんだなぁ」

「勇者ですから」

「……む。ところでさ」

「なに?」

「俺たち、っていうか空良。空良って引ったくりのとき壁蹴って登ってたよな。でも空良の実力ってそんなもんじゃなくね?」

 

そう。

うろ覚えだが俺が魔王になったとき、空良はビルなどゆうに超える高さを飛んでいたのだ。

 

もちろん、空良はそんな特技を持ち合わせていないからレベルの恩恵としか思えず、そうだとしたら空良はなぜあのときビルの壁を蹴っていたのか不思議だったのだ。

 

「う〜ん、それがね……」

「なんだ」

「こっちの世界だと、レベルの恩恵が弱体化?減退?してて」

「ほう」

「仕組みはよく分からないんだけど、こっちの世界だとレベルの恩恵が減っちゃうんだよ」

 

…………。

空良のレベルはゆうに百を超える。

俺もパワーレベリングのお陰で大分レベルが上がり、多分、その気になれば空良ほどとは言わずとも一般人よりかは身体能力があるだろう。

 

しかし、それは異世界の時の力よりも劣る。

この状態で俺は戦えるのかどうか、そしてそれはどこまで自由が効くのか。

とにかく……。

 

「そうか。ありがと、参考になったよ」

「ふふっ、どういたしまして。それで仙くん、この後どうするの?まだ観光する?どこに行く?」

「んー……。それじゃあ、ここらで有名なアクセサリーとか見に行くか?」

「行くぅ!」

 

旅行を楽しんで、それで深夜の戦闘に備えよう。

 

 

 

 

「……来たか」

「ご協力、ありがとうございます」

 

10時。

俺たちは、空良が持ってきた【収納バッグ】から装備を取り出し、スタッフルームまで来ていた。

空良は勇者の服装。

俺は空良が見繕ってくれた、異世界での一般的な剣士が着る服。

対して二人は、白い胴着のようなものを身につけていた。

二人とも、ペンダントを表に出している。

 

「はい。俺たちも、平穏な旅行を楽しみたいですから」

「仙くんから事情は聞きました。よろしくおねがいします」

「ほう、あんたがお仲間か。……只者じゃねえな」

「えと、はい」

 

男が空良を見て何かに気づいたように呟く。

やっぱりその道の人だとわかるんだろうか。

 

「んで、その剣はどこから持ってきたんだ」

「荷物の中から」

「…………当旅館では危険物は出さないでくれよ。今日は逆に助かったからいいが……」

 

その件は俺もマズイかなって思いました。

 



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幼馴染みと陰

 

「じゃ、いくか」

 

旅館を出て山へ向かう。

裏道のような、人通りの少ないところを通ったお陰で人に会うことはなかった。

剣を見られなくて一安心……っていうか、そもそも山の麓で取り出せばいい話じゃないか、今も【収納バッグ】持ってるんだし。

 

「いろいろと誤算だ……」

「仙くん、今は良いけど山は考え事しないで足元に注意しないと落ちるよ?」

「……わかった」

 

空良は山にも登ったことがあるのか……いや、実際に目にしたな。

聖獣の住処の山。

雲を超える高さの山を登るとは……。

 

「あの」

「うん?なんだ」

「奇妙な陰の情報って、何かありますか?外見とか、いろいろ」

「そうだな……人型をしてるらしいぞ。街のやつらは猿だなんて言ってるが、絶対に猿なんかじゃねえ。俺の勘が、そう言ってる」

 

人型。

となると、やはり異世界関係か。

空良が異世界に置いてきた魔法の巻物……。

 

「なあ空良。世界を行き来する巻物って、どんななんだ?」

「え?んーと、魔王城に置いてきた、異世界と他の世界を繋ぐ巻物。王様のお城にあったのが、他の世界から異世界に呼び寄せる巻物。こっちのほうは【収納バッグ】に入れてあるよ」

「……空良。帰ったら、魔王城の方の巻物回収しような」

「え?なんで?」

「まあ、嫌な予感しかしないというか」

 

なんで穂織の人はこんなにトラブルに巻き込まれるんだろうなぁ。

父さんや母さんも、今目の前にいる人たちより強いっていうし。

過去に何があったのか。

 

「とりあえずは、旅行をして、帰って、そしたら回収しにいこう。やっておくに越したことはないだろ?」

「そうだね。帰ったら回収しにいこう」

「おい、ついたぞ。ここから山に入る」

 

声をかけられた。

視線をそこにやってみれば、山への入り口が鉄の柵で覆われている。

柵扉の鍵を女将さんが開け、全員で山に入る。

 

しんと静まり返る山道に、虫たちのケケケケという声が飛び交う。

 

「ちと暗いな」

「あ、ランタン持ってます!【ファイア】」

「用意がいいな」

 

……ん?

この人、空良が魔法を使ったことに驚かなかったぞ?

オーバーホールを知っているが故、なのだろうか。

この人たちが現役だったころ、魔法的な何かに触れたことがあるとか……。

 

ともあれ、少し明るくなった山道を進む。

今向かっているのは、その陰が多く見られたという場所。

やはり魔物の類だろうか。もしくは、魔族か。

今のところ判明している世界間を飛ぶ事が出来るアイテムは巻物しかない。

ということは、魔王城にある=魔族が使う可能性が高い、という事だ。

 

得てして、その見立ては。

 

「……ついたぞ」

「…………」

 

少し開けた場所に出た。

木々を切り倒してこの空間を作ったのだろうか、ところどころに幹が埋まっている。

 

そして、空間の真ん中に唯一、一本の樹がそびえ立っていた。

 

「気をつけろ、上にいるぞ」

「上……?」

 

とっさに樹の上を見上げる。

 

「……っ」

 

月明かりに照らされる存在が、そこにいた。

衣服の裾が、風に煽られなびいている。

 

「うん。よくここまで来た」

「……お前は?」

「実名は……今は言うべきじゃないなぁ。それじゃあ、『管理者』。そう呼んでくれればいい」

 

管理者。

彼の背中には、両刃の剣が。

彼の腰には、一振りの刀があった。

───あきらかに、この世界の存在ではない。

 

月明かりに照らされ陰が出来ているせいで、管理者の顔はよくわからない。

しかし、その全身の気配が。

喜び、悲しみ、怒り、憂い。様々な感情を宿していることを教えてくれた。

 

「……ふむ。そろそろ樹の上に立つの疲れて来たんだけど。座っていい?」

「……勝手にしろよ」

「ありがとう。確かきみは……ああ、なるほど」

 

 

「───()()()()()()()()()()()()か」

 

 

俺が剣を抜く前に、となりの二人から筆舌しがたいオーラが発せられた。

大気が震える。

 

「お前さん、どこでそれを知った」

「全て知ってるさ。消えた彼らのことも、なにもかも」

「───ッお前!!」

 

男性……まだ名前聞いてなかった大将の拳が光る。

置いてけぼりにされている。

大将は光る拳を振りかぶり、一気に上空まで飛び上がった。

そのまま拳を管理者に叩きつける。

 

破裂音。

 

大将の拳は……空中で止まっていた。

 

「なっ……!?」

「強くなったね。でもその程度か」

 

管理者がなにかを呟いた。

瞬間、大将の体が弾かれ、俺たちの目の前に転がった。

 

「もっと伸ばせるはずだ……ッ、『守れ』!!」

 

管理者が切羽詰まったように後ろに手を伸ばす。

気がつけば、女将さんがいなかった。

2つの斬撃のようなものが見える、

まるで牙が食らいつくような、苛烈で、しかしどこか美しいと感じる。

女将さんの姿は見えていないのに。

 

俺の隣に女将さんが現れた。

酷く息が切れている。

それに、胴着のあちこちがボロボロだ。

 

「驚いた。まさか俺に二回も言霊(ことだま)を使わせるとは」

「言霊……?」

「はぁ、はぁ。やつは、私の攻撃から身を守るときになにかを呟いていました。きっとあれが言霊、攻撃や防御のトリガーなのでしょう」

「ご明察。凄いじゃないか」

 

まだまだ余裕がありそうだ。

空良がじゃり、と足に力を入れた。

互いに呼吸を合わせ、リンクさせる。

 

……次は俺たちの番だ。

 

「ッ!!」

 

血華刀を抜き、その場で跳躍。

 

「【ウインド】!!」

 

圧縮された風が俺の背中を押す。

血華刀は【魔力干渉】のエンチャントを持っている。

魔法なら斬れる。問題はそのバリアだが、考えている暇などない!

 

「らああッ!!」

 

俺の姿を捉えた管理者は、俺に手を向ける。

管理者は、こう言っているように見えた。

 

『ふきあれよ』

 

吹き荒れよ?

その言葉を認識した瞬間、暴風が俺の体を直撃する。

内臓がふわりと浮く気味の悪い感覚で、俺は飛ばされているのだと気づいた。

 

「仙くん!」

 

チクショウ、ノートがいれば!

 

───俺が魔王になってから、ノートは姿を現さなくなった。

記憶はある。俺がノートを吸収したのだ。

けど、俺は任意での魔王化はまだできない。ノートを呼び戻せるのかもわからない。

いつか、呼び戻したいが……。

 

吹き飛ばされたまま木に激突し、枝葉にあたりながら木から転落する。

 

「ごっほ、うええ……うええ」

 

背中が痛い。

全力で空気を吸い込み、立ち上がる。

近くの木で助かった。戦闘音が聞こえる。

 

「ハッ!!てえあ!!」

 

茂みを掻き分けて上を見上げれば、空良が枝に乗って管理者に向かって剣を振るっていた。

枝の上でひょいひょいと剣を交わしていく管理者。

勇者の空良ですらも、当てられないのか。

 

「一度降りてこい、空良!」

「仙くん!良かった」

 

空良はひらりと枝から飛び降り、俺の隣に着地する。

 

「とりあえず大将を連れていったん退こう!」

「……っ、そうだね」

 

大将を抱えて女将が飛ばされたところまで戻ろうとする俺たちを止めようともせず、管理者はずっと俺たちを見ていた。

 

 

 

 

「祈里 仙……彼が新しい魔王か。どうやら魔力の扱いに慣れていないみたいだけど、大丈夫なのかな……」

 

管理者は月明かりに照らされつつも苦笑した。

その隣に、二人の少女が現れる。

 

「あり。もう終わったの?」

「はい」

「骨の無い奴らじゃったの」

 

一人はロングコートを羽織ったセーラー服、一人は和装の、どちらも見目麗しい少女だった。

 

「こっちはまだ時間がかかりそうだ……ごめんなユイ。刀、こっちにあったから戦いずらかっただろ」

「そうでもない。トレーニングになるし……なにより、(ぬし)のそばに在るほうが落ち着くのじゃ」

「そう言ってくれるとたすかる」

 

管理者はふうと一息つくと、振り返って月を見上げる。

 

「彼らには、強くなって貰わなければならない。レベルなんかじゃなくて、もっとその本質……」

 

 

「存分に考えるがいいさ。なぜ穂織の民はこんなに厄介ごとに巻き込まれるのか。なぜ穂織はそれだけの影響を受けても無傷なのか……」

 

 



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幼馴染みと連携

「……はあ、はあ。痛っ」

「【ヒール】!……それで、どうするの、仙くん」

「……。言霊って言ったか、あれがある限りは俺たちの攻撃は通らないよな」

 

女将さんの攻撃を防ぐときは『守れ』と言っていた。

俺の攻撃を防ぐ時は『吹き荒れよ』と言っていた。

 

「……空良、音を消したりする魔法はあるか?」

「それは……私には使えないかな。言霊を言わせないようにしたかったんでしょ?それは考えたんだけど……」

「そうかぁ……。ん?使えないってのは?」

「魔力が足りなくて。魔法陣を作って空間から音を消すんだけどね、私一人じゃ足りないんだよ」

 

……魔力があればいける。

空良も話していて気がついたのだろう、俺の目をじっと見つめてくる。

 

「……やる価値はあるな」

 

 

 

 

「……お?来たね」

「では兄さん、私たちは」

「先にアトランティスに帰ってて。……どうやら、さっきとは違うらしい」

 

管理者の前に躍り出る。

少女が二人、管理者の隣から消えた。

……仲間、いたのか。

 

「いいのか?3人で戦ったほうが楽なんじゃないか?」

「んー……彼女たちは先に戦っていて疲れている。愛する妻に、無理はさせたくないし」

「妻?ねぇ管理者さん、それ、どっちの人が妻なの?」

「どっちも」

「「どっちも!?」」

 

一夫多妻。

イラつく。

 

「さ、無駄話は終わり。……なんか作戦があるんでしょ?やってみなよ」

「わかった。覚悟してよね、管理者さん」

 

空良が、俺の手を握ってきた。

ドクン、と心臓が跳ねる。

 

「……へえ?」

「ううう、が、あああ……」

 

魔力が空良に移される。

魔力に触れた影響か、頭を貫かれたような痛みと、意識が塗りつぶされる感覚がする。

きっと、俺の頭には角が出ているはずだ。

自己を強く持て。あの時とは違って傷も負ってなければ意識もちゃんとしてる。

 

振り回されるな、迷惑をかけるな。

 

「ありがとう、仙くん。大好き。【サイレント】!」

 

空良が叫ぶと足元に大きな魔法陣が現れ、その魔法陣の範囲を薄い膜がドーム状に覆う。

 

─────────。

 

無音。

風の音も、空良の呼吸も、なにもかも聞こえない。

 

管理者が笑った。

瞬間、管理者の斜め上から空良が現れる。

無音が故に、地を蹴る音が聞こえなかった。

 

迫る刃を、管理者は半歩引いて避けた。

そして……は、じ、け。『弾け』と口が動くが、なにも起きない。

やはり、言霊は口にしないと使えないんだ。

 

 

『俺の魔力を使え』

『仙くんの魔力?それって……』

『十中八九、魔王になると思う。けど、管理者に勝つためにはそれしかない。大丈夫、今度は暴走しないよ』

『……わかった。【サイレント】……音を消す魔法は、30分だけしか効果がないの。それと、私も魔法が使えなくなる。魔力も足りないし、なにより、無音だから。だからここから先は───』

 

 

───純粋な剣技での勝負。

 

空良の剣を両刃剣で受けている管理者を睨みつける。

 

歯をくいしばり、拳に力を込め、魔力を押さえつけようとする。

この魔力を身につけたのが空良だったら、まだ未来は変わっていかもしれない。

俺は、魔法が使えないから。

魔力の扱いに慣れておらず、だから───魔物になってしまう(暴走してしまう)

 

意識を強く持て。

自己を確立させろ。

俺は何がしたい?

無論。…………空良を守りたい。

 

腰の血華刀を抜く。

刃は、黄金に輝いていた。あの血錆びのようなものはどこにも付いてない。

 

左手は、爪甲冑のようなものがついていた。

……ノート。

 

リュックには、分厚い本が入っている。

……ホーリ。

 

右手には、黄金の刃と膨大な魔力。

……空良。

 

恐れることはなにもない。

震える手が、動く。

 

空良が目の前で管理者を抑えている。

息を止める。

 

「──────」

 

刹那。

目の前で火花が散った。

管理者の刀が、俺の刀を防いでいた。

二刀流かよ。

 

空良の両刃剣を両刃剣で受け、俺の刀を刀で受ける。

まだまだ余裕がありそうな振る舞いだ。

 

空良の呼吸音は聞こえない。だから、勘で動いて管理者に肉薄する。

空良が向かい側にいた。リンク最高だ。

管理者は腰をひねって俺と空良の剣を弾くと俺を刀で()()()

 

がくんと視界が揺れる。体に力が入らない。

なにか、された?

 

管理者は空良を一瞬で圧倒するとエクスカリオンを跳ねあげた。

エクスカリオンが宙を舞う。

管理者の刀が、空良に触れる。

空良が脱力したようにうな垂れた。

 

またか。

 

ここまでして、勝てなかった。

 

「(いや、諦めるな───)」

 

ここで下がってなんになる。

思うように力の入らない腕をもたげ、血華刀を構える。

せめて一矢報いる。

 

近づいてきた管理者に血華刀を振りかぶるが、無音のまま弾かれてしまった。

はるか、はるか遠くへ───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───最期のチャンスッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筋肉を隆起させ、全力で足を動かす。

管理者の目の前で跳躍した俺の、天にかざした手には。

 

『この装備は呪われています!』

 

一振りの刀が、握られていた。

無音の空間に、脳内に広がった無機質な声。

 

理解する前に、まず手を降ろすッ!!!!

 

過去最高級の一撃は上段にクロスさせられた剣と刀をはたき落とした。

俺に管理者を殺すことは不可能。

だから空を、ソラを見上げた。

 

長い髪を風圧にたなびかせながら、落下してくる勇者の姿を。

 

「「(そこだああああああああああッ!!!!)」」

 

その手に握られたエクスカリオンは。

 

 

───タンッ

 

 

無音という空間も、時間すらも切り裂いて、管理者の背中に吸い込まれた。

抑えていた両腕から力が抜けた。

 

俺と空良の頰に赤い液体が跳んだ。

 

……………………。

 

無音空間が、あっけなく全てが終わったことを告げる。

……死んでる。

結局、管理者とはなんだったのか。

深く呼吸を繰り返し、興奮した脳を静かにさせる。

 

魔法陣が消えた。

風が耳をつんざく。

 

「……はぁ……はぁ」

 

空良の息遣いが聞こえる。

力の入らない体を動かし、空良に近づく。

空良はエクスカリオンを地面に落とし、俺に手を伸ばし……。

 

寄りかかり合うように互いを抱きしめた。

 

存在を確かめる。

今の闘いは、何度も死んでいた。

脳が痛む。

疲れた。

 

ただ2人、月光に照らされて、勝利を噛み締めた。

 

 



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幼馴染と温泉

 

終わった。

管理者は地に伏し、背中から血を流して倒れている。

間違いなく、死んでいる。

 

「…………っ」

「……仙くん」

「そ、そら」

「仙くん、見ちゃダメ。見ると辛くなっちゃう」

 

俺の手は、震えていた。

冷静になった頭が、俺が殺人に関与した事を認めようとしていた。

 

「仙くんは、人を殺した事無かったっけ。魔王の時は……?」

「だって、あれは、一言も」

「うん。一言も言葉を交わしてないし、それに魔族だったからね」

「そ、そうだ」

 

空良が、今度は優しく肩に手を回す。

腕が上がらない。

歯がガチガチと鳴る。

それでも、見なきゃ。

俺は、管理者を調べなきゃ。

 

「大丈夫、もう大丈夫だよ、仙くん」

「う、ああ……」

「よく、頑張ったね」

「ぐっ……づあ……」

 

嗚咽が漏れる。

空良は俺に後ろを向かせ、管理者を見せないようにした。

情けない。

けど、今は甘えたい。

 

カキン、という硬質的な音が鳴った。

 

「仙くん、これ」

「けっか、とう……」

「安心して……もう終わったから」

「でも、管理者が」

「だめ。それは今度。今は、大将さんたちに報告しにいこ?」

 

血濡れのエクスカリオンと血華刀を回収してきた空良が、俺に肩を貸して歩き出す。

おぼつかない足取りで山を降り、大将を眠らせた場所まで戻る。

 

「……終わったのか?」

「……はい。仙くんがショックを受けているので、管理者の確認をお願いします」

「……あぁ。わかった」

 

大将と女将とすれ違う。

くそっ。何もできやしない。

 

「仙くん、降りよう……」

「だめだ……」

「仙くん?」

「降りたく、ない」

「…………仙くん」

 

空良は困ったような顔をする。

ほんとに俺はダメだ。恋人にこんな顔をさせるなんて。

空良はすんすんと鼻をならすと、俺を下山とは違う場所に連れて行った。

近づくに連れて、とある臭いが濃くなってきた。

 

あぁ、これは。

 

「温泉……」

「綺麗だね、仙くん」

 

満月の下、ひっそりと湧く温泉があった。

空良が俺の手を温泉に浸ける。ちょうどいい温度だ。

空良は満足そうに頷くと、こんな提案をしてきた。

 

「仙くん、温泉にはいろ?」

「なんで……」

「辛い時はお風呂に入る。ほら、早く」

 

空良に岩陰に突き飛ばされる。

岩の向こうからぽいとタオルが投げられた。

……着替えろってことか。

周りにポンプ等の機器も見当たらないしどこかの宿の源泉というわけでも無さそうだ。

さすがに山中で全裸になるのは抵抗があるが……所詮は人殺し。

もう割り切って服を脱ぐ。

タオルを腰に巻いて唯一アレだけ隠し、そのまま岩陰から出て温泉へ向かう。

 

そっと温泉に浸かると、じんわりとした温みが体を包み、胸中の冷たいものが喉辺りまで絞り出された気がした。

ここで泣けば、きっとスッキリするだろう。

 

「空良……ありがとう」

 

ため息や涙と共に、感情を全て吐き出す。

女々しく、情けなく。

誰にも、見られないところで。

 

───何分過ぎた?

いつの間にやら、岩に寄りかかって船を漕いでいたらしい。

やばい。空良を待たせている。

急いで出ようと思って体を起こすと、そこに……裸体があった。

 

「あ。仙くん、起きた?」

「なっ、バッ、空良、お前……!」

「ふふ。その様子だと、すっかり元に戻ったみたいだね?」

 

傷ひとつない背中。

お団子にされた黒髪。

微笑む横顔は、聖女か女神のようで。

立ち上がろうとした姿勢のまま、固まってしまった。

 

「……仙くん?」

「…………」

「あれ?仙くん?おーい?もしもーし?」

「っつあ!?空良、どうしてここに!?」

 

空良は背中を見せたまま「んー?」と首をかしげると、

 

「仙くんが入ってるから」

 

と言った。

……は?

 

「どういうことだよ?」

「昔は、仙くんとお風呂いっしょに入ってたじゃん?」

「んぁ?まあ、そうだな」

「だからかな、仙くんがお風呂に入ってるなら私も入ろっかなーって」

「いや、だからって、だからってお前」

 

慌てる俺の目の前に指が刺される。

振り返った空良は少し怒ったような顔をして、次に月を指差した。

綺麗な満月が、空良を照らす。

 

「ほら仙くん、月が綺麗だよ?もったいないよ」

「いや……」

「も っ た い な い よ ?」

「…………ハイ」

 

笑顔に押しつぶされ、強引に黙らせられる。

……なるほど、世の夫はこうやって尻に敷かれていくのか……。

 

「ほら仙くんこっち」

「え、ああ」

 

空良に手を引かれる。

温泉の奥側……気づかなかったが、崖の近くに温泉があるらしい。

海が、月明かりを反射する。

 

「幻想的。おとぎ話みたい」

「そ、そうだな」

「ねえ仙くん。もとの調子に戻ったのならさ」

「おう。なんだ?」

 

 

 

 

 

「私たち、結婚しない?」

 

 

 

 

 

「……結婚」

「───ややや、やっぱり今の無し!」

「は!?結婚!?え!?マジで!?」

「無し!無しって!!」

「…………ええ、マジか、結婚……。いつかはそうしたいと思ってたけどそうか、待たせてたか……」

「仙くん聞いて!?冗談なの!これは冗談なの!」

 

温泉の魔法にかけられた空良のつぶやきに思い切り動揺した俺の頭の中で、式場、費用、婚姻届を出す上での戸籍……等々、色んなものが渦巻いていた。

 

「待て待て、そのグレードで妥協してどうする。あ、いや、子供の養育費……」

「どこまで進んでるの!?冗談だって!!」

「へぶう!!」

 

殴られた。いてえ。

顔右半分を湯に沈めたことにより、思考が纏まる。

とりあえず落ち着こう。

 

「……あの、さ」

「は、はい」

「その、今でも十分幸せなんだよ?」

 

空良の瞳が潤む。

妙な色気。

空良は少し恥ずかしがりながら、俺の手をとった。

 

「けど……このままじゃ、幸せだけど切ないよ……」

「せつ、ない」

「だから仙くん。慰めってわけじゃないんだけどさ……」

 

『旅行で人は開放的になる』。

誰が言い始めたことだろうか。

今までこんな空良は見たことがない。

 

「2人で、大人になろうよ……」

「…………ッ!!」

 

空良が顔を近づけてくる。

湯が掻き分けられる音。

近づく唇。

ちょ、ちょま……!!

 

「ストップ!ストォォォォォップ!!」

「……仙くん?もしかして、いや?」

「いいえ!?全然嫌じゃないですけど!!でもその、さ。男としてはやっぱり、そういうのはムードを大切にしたくてさ……」

「ロマンチスト、なんだ?」

「空良だって、ハジメテがこんな山の中じゃ嫌だろ?」

「…………たしかに」

 

ふぃー。

なんとか説得成功。

とはいえ、空良に言わせてしまったのならこれは責任を取らねばなるまい。

いつか、その時間を取りたいものだが……。

 

「じゃあ、帰ったら……」

「か、帰ったら……?」

「帰ってからなら、いいよね……?」

「おっ、おおう」

 

今日の空良は押しが強い。

勢いに押されて頷いてしまった。

これは……なんだ。薬局に寄らねばならないパティーンだろうか。

 

「……そっか。良かった、受け入れてくれるんだ」

「いや、そりゃもちろん」

「それじゃあ出よっか。私、のぼせちゃった」

 

互いに背中合わせに温泉を出る。

空良は俺の向かいの岩陰で着替えたのか。

 

今夜は……長い夜になりそうだ。

 

 

 

 

パキン、と音がした。

目を覚ます。

うわ、土だらけだ。

 

体を起こすと案の定、手元にオレンジ色の破片が落ちていた。

 

「経験値残機、便利だなぁ……」

 

俺は『永遠にレベル1』という呪いを患っている。

そのため経験値がアホほど溜まり、結果、それは俺の残機となった。

 

今回ポーチに入れた残機の珠は三つ。

すなわち、本当の意味で俺を殺すにはあと三回殺す必要がある。

勇者と魔王は、果たしてあのときの俺を4回も殺せたのだろうか。

 

「音を無くす魔法ね。言霊を防いだのは良かったけど、相手にはまだ引き出しがあることを忘れないほうがいいね」

 

折れず曲がらずの両刃剣。

内包物吸収の刀。

意識のない物に命令を下せる言霊。

 

それ以外にも、俺はたくさん引き出しを持ってる───『レギオン』とか『管理者権限』とか。

あとは……。

 

「勇者の力」

 

これは……使うのはあんまりなさそうだ。需要ないし。

管理者権限を使ってアトランティスを呼ぶ。

月の向こうから、馬鹿でかい浮島が俺の上に鎮座した。

 

天空王国アトランティス。

 

かつて、たくさんの仲間たちと馬鹿やらかした俺の思い出。

彼らは今、どこにいるのだろう?

……さて。

 

「彼らの奮闘を、祈りますか」

 

両刃剣と刀を回収して、俺は常人にはできないほどの跳躍力を以ってアトランティスへ跳んだ。

 

月は、3()0()0()()()()()()()()と変わらなかった。



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幼馴染と帰り

 

窓からさす光で目が醒める。

ゆっくりと目を開けると、そこに空良の顔があった。

 

「うわっ。起きてたの仙くん?」

「今起きた。ナニしようとしてたんだ?」

「うっ、いやその、魔が差して……寝顔、いいなって……あはは」

「ったく……おはよ」

「うんっ。おはよう」

 

朝から幸せだ。

しかし、女の空良よりも起きるのが遅いとは。

一度あさちゅんコーヒーをやってみたかったのだが……。

 

「ね、ねえ仙くん。私この後どうすればいい……?」

「俺もしらない」

 

とりあえず布団から出ることになり、着替えてから朝食を取りに行くことにする。

この旅館は朝食サービスがあって、パンフレットに載ってるお店で朝食が無料で食べられるんだ。

 

「それで空良、何が食べたい?」

「うーん……特に……?仙くんは?」

「俺は……そうだな、せっかくの温泉街だから……蒸したもの、かな」

「このお店、鳥の蒸し焼きあるね」

「じゃあそこにしようか」

 

ゴーゴレマップに位置を登録して宿を出る。

チェックアウトも済ませた。忘れ物は無し。

大将の前を通るときに『きのうはおたのしみでしたな?』とか言われたけど……聞こえてないよな?予測だよな?

 

「んーっ、爽やかぁ!」

「今日は涼しいな」

 

パンフレットによると……へぇ。

 

「なんか特別な仕組みで温泉が沸く時間が決まってるんだと」

「だから今日はちょっと涼しいんだね。へえー」

「昼頃にはまた暑くなるのかもな?」

「かもね!」

 

そうこうしているうちにお店についた。

朝食は蒸し鶏定食。ご飯とお味噌汁のおかわり無料。

 

「おまたせしました、蒸し鶏定食になります!」

 

看板娘らしき人が、2人分の定食を持ってくる。

丁度いい感じに湯気を上げていて美味しそうだ。

と、空良が何かに気づいた。

 

「そのアクセサリー綺麗ですね!」

「ありがとうございます。夫が買ってくれたんですよ、31の誕生日に」

「へぇー……もしかして、あの人が旦那さんですか?」

 

31ぃ!?

若っ!?

 

「はい。この定食屋の料理人をやっています。それと……もしよろしければ、このアクセサリーを買ったお店をお教えできますが……」

「ぜひ!」

「ではパンフレットを……」

 

いやー、女ってわからんもんですね。

ネームプレートには……『赤石(あかし)』と書かれている。

赤石……うん?赤石……?どこかで聞いたような聞いていないような……?

 

まぁいいや。

アクセサリーショップは後で見に行くとして……。

 

「じゃあ仙くん、そろそろ食べよっか!」

「最近お前押しが強くなって来たな」

 

両手を合わせて頂きます。

ほかほかの蒸し鶏は少し冷える朝に丁度いい。

薄めに味付けされた塩もいい感じだ。

味噌汁は豆腐と玉ねぎ。合わせ味噌かな……。

つまり、何が言いたいかというと。

 

「「美味しい!!」」

 

今日でここを去ってしまう。

早めに、しかしゆっくりと味わって定食を貪る。

烏龍茶で喉を潤し、またご飯にメインディッシュとループしていく。

 

いつの間にやら、蒸し鶏は互いの皿から消え去っていた。

 

「「ご馳走様でした!」」

「意外と腹が膨れたな」

「そうだね。……ところで、仙くん」

「さっき教えて貰ったアクセサリーショップ行きたいって言うんだろ?わかってるよ」

「ありがとう!」

 

定食屋を出てアクセサリーショップへ向かう。

せっかく教えて貰ったんだから、ちゃんと行かないとな。

あの人……えっと……。

 

「あれ?」

「どうしたの、仙くん」

「さっきの定食屋の奥さんの名前。あれなんだっけ?」

「え?もー仙くんたら忘れたの?あの人の名前はー……」

 

空良が表情が一瞬にして消える。

……まさか。

 

「覚えて、ない?」

「うん……。不自然、だよね」

「ああ。なんか色が関係していたような……?」

「一回戻って確かめてみよっか!」

 

二人で何とは無しに戻ってみる。

奥さんは不思議そうな顔をしていた。

 

「どうされたんです?忘れ物ですか?」

「あ、はい。少し探させて下さい」

 

空良は袖にハンカチを忍ばせて、椅子の下を漁り始める。

そこで袖からハンカチを出せば見つかったことにできる。

その間に俺が確認を……。

 

『田中』

 

田中……?

 

「苗字って、田中でしたっけ」

「田中ですよ?おかしな事を聴きますね」

「いやぁ、すいません。なんかこう……違和感があったので」

「そうですか。私の名前は、性を田中、名を則子と申します。御縁があったらいつでも寄って下さいね」

 

程なくして空良が「あった」と言ってハンカチを取り出した。

 

「では、俺たちはこれで」

「お騒がせしてすみませんでした」

「いえいえ、またいつでも寄っていってください」

 

奥さんに見送られて店を出る。

そうして再び大通り。

 

「どうだった?」

「田中だった」

「案外平凡な名前だね。私たちみたいなちょっと見ないような苗字だと思ったんだけど……」

「俺たちの思い過ごしかもな」

 

最近は厄介事が多かったから、疲れているのかも知れない。

湯治に来たのに戦闘したり……。

まぁ、温泉で疲れは取れたから良いけど?

学校の授業、鏡石のコピーがやっていたとはいえちゃんとついて行けるかなぁ?

 

「仙くん、考え事?」

「ん?どうした?」

「なんか難しい顔してたから」

「うーん。学校の授業ついていけるかなって」

「たしかに……。学校の授業って何をやってるの?」

「二次関数」

「にじかんすう?」

「んとな。まず数字があって……」

 

そういえば空良は中卒だ。

それどころか受験も受けていないし、中学三年生も最後まで過ごしていない。

そうなると、真面目な天才少女の空良でも学力は低い判定になってしまうだろう。

就職はまず無理か……。

 

「へぇー、難しそうだね」

「うん。これはすごい難しい。慣れれば分かるらしいんだけど……」

「慣れてない?」

「あんまり……ね」

 

就職が無理なら何ができるだろうか。

家政婦。いや、空良が家政婦になると俺との時間が少なくなる。

内職。良いだろうけど、空良が満足する収入が得られるだろうか。

異世界で働くのは……ってか勇者だからめちゃくちゃ金持ってんじゃん。異世界で飯食えばいいじゃん。

 

考えて損した。こんな事にも気づかないなんて。

ま、そうだよな。

異世界で物を買って、それをこっちの世界で売れば金は稼げる。

宝石なんかはまさにそうだろう。

現役の鉱山なんかもあるだろうし、それを換金すれば……空良は安泰だ。

 

「仙くん?ついたよ?どこ行くの?」

「え?ああ、すまん」

 

いつの間にかついていたみたいだ。

アクセサリーショップはイヤリングやネックレス等の小物から、財布やカバン等、様々なものが売っていた。

落ち着いた色の素材で編んであるのか、カバンは通気性が高そうだし、麦わら帽子なんてものもあった。

 

麦わら帽子を被って、編み編みの鞄を左手に、ワンピースで微笑む空良。

 

チクショウここ最初に来るべきだった……!!

なんだよ想像してたより数倍良いぞこの店!

値段は……ひえっ。

 

「そ、空良ぁ……?」

「わかってるよ、見るだけ。……どうどう仙くん、似合う?」

「お、おお」

 

……ポンと出せる額じゃねえよな。

空良の笑顔は数億の価値があるとして……ポケットマネーで出すのは難しそうだ。

なんか……申し訳ないな。

 

「ごめん。せっかく旅行に来たのに、記念品とか買えなくて」

「良いよそんなの。仙くんと来たってだけで、一生物の宝物だよ」

「ほんと、ごめん」

「謝らなくって良いって。それよりほら、帰りの駅でおまんじゅう買ってこ?ね?」

 

俺も早いとこ、働ける仕事を手につけないと。

高校生だって、立派な大人だ。

さっきも考えたように、例えば異世界で鉱夫になって地球で売るとか……。

……宝石。宝石か。

やっぱり、覚悟を決めないとな。

 

「空良。好きな宝石とかってあるか?」

「好きな宝石?なんで?」

「俺たちにはまだ早いかもしれないけど……給料三ヶ月分。この言葉の意図を汲んで欲しい」

「給料三ヶ月分……。……えっ。それって……」

 

空良の顔が一気に赤くなる。

これは俺なりの責任の取り方だ。

 

幼馴染みとしての心配。

友人としての協力。

恋人としての覚悟。

そして……俺自身の、プライド。

 

「いやまあ、まだ。まだ、な?一応、空良の好きな宝石とか聞こうかなーって……。特に深い意味は無いけど」

「そ、そっかぁ!じゃあ私も、薬指のサイズとか計っちゃおうかなー……。特に深い意味は無いけどっ?」

 

互いに照れてそっぽを向く。

アッ、店員さんと目があった。

 

『お客様、店内でのプロポーズは困ります』

 

心なしか目がそう訴えているように見える。

いやでもしょうがないじゃんそんな雰囲気だったんだから。

 

「空良、出よう」

「そっ、そうだね!……仙くんって行動派なのか思考派なのか、たまにわからなくなるよ……」

 

慌てて二人で店を出る。

そのまま恥ずかしさから、駅に走る。

電車が駅に入るのが見えた。

 

「せっかくだからこのまま行くぞ!」

「うっ、うん!」

 

二人で異郷の地を走る。

繋いだ手は、しっかりと指が絡められていた。

二人でホームに急ぐ。

 

「チケットを……」

「これを!」

 

前方に舞わせた切符。

駅員さんは右手を二回ブレさせると見事空中の切符に穴を開け、再び空へ投げる。

荷物を手放し、俺が左手で、空良が右手で切符を掴み取る。

荷物は慣性の法則に従って俺たちよりも前に進んだため、すれ違いざまに掴む事が出来た。

 

そのままホームへ滑り込み、電車に乗る事に成功。

 

帰りの電車は、全力疾走によるスタミナ切れとアクセサリーショップでの会話から、互いに沈黙を保っていた。



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幼馴染と新たな力

 

「ただいまーっ!」

「いやぁ、大和の温泉もよかったけど、家も落ち着くなぁ」

 

まずはポストに入っていた手紙や新聞を確認する。

溜まっていた手紙を処理していくの、なんとなく楽しいよな。

 

「ってもほんの少し。まだ療養休みも終わってないんだよな」

 

骨折のせいで二週間の療養休み。かつ、祝日やら創立記念日やらで、一週間の連休。

の内、まだ三日間くらいしか消費できてない。

 

「気分転換にはなったけど、まだ休みはあるんだよな……」

「そっか。まだ骨折休みになってるから、迂闊に外には出れないんだったね、仙くん」

「大和に住んでるクラスメイトはいないし、それくらいなら大丈夫だったんだけど……」

 

まぁ招待券が招待券だったし、休みを全部潰せるとは思ってないんだけどね。

まぁ、出来ることといえば、聖獣とこれからの方針を決めたり、鍛冶屋のオッサンに血華刀の事を聞いたりとか。

おもに異世界関連だが、世界が違っても時間は経過する。こういうのは早めにしたほうがいいのだろう。

 

「後始末だな。よし空良、異世界行こう」

「え?あぁ、うん……」

「どうした?乗り気じゃないみたいだけど」

「うーん……乗り気っていうか、『管理者』のことが気になって。あの剣とか眼とか、ぜったいに日本産じゃないでしょ?異世界に関係はあって然るべきかなって」

「あぁ……でも、しっかり殺しただろ……俺たちが、この手で」

「勇者の勘じゃないけど……どこかで生きてる気がするんだ」

 

まぁ、たしかに。

あのクラスの化け物が、そう簡単に死ぬかと言われれば、多分そうじゃない。

殺した以上はもう無関係。そう考えて、割り切っていたが……。

 

「まぁ、それについて調べるのも含めて、異世界に行くべきだ。それとも、お前だけこっちに残るか?」

「ううん、私も一緒にいく。堂々と外に出られないこっちよりも、異世界の方がやる事あるもん」

「そっか。じゃあ、行くか?」

「そうだね。じゃあ魔方陣に乗って」

 

ノンピュールが改造してくれた魔方陣は、魔力を込めればノンピュール以外の人も発動できるようになっていた。

ホーリが来た時もこの魔方陣で来たのだが、そのときはいつもと同じく城に繋がった。

しかし今はさらに改良したらしく、城、城下町、精霊殿、聖獣の住処のどれかに、指定して飛べるらしい。

 

「城下町でいい?」

「構わん」

「おっけー。じゃあ飛ぶよ……」

 

視界が揺らぐ。

ぐにゃりと曲がって暗転して……。

 

 

 

 

「どええええ」

「仙くん、もしかして召喚酔いした?」

「そうかもしれん。……ふう」

 

空良が【ヒール】をかけてくれた。

全ての事後処理のため、先ずは鍛冶屋に寄ることにする。

オッサンはハンマー片手に出迎えてくれたが、訳を話すと眉を寄せた。

 

「あの呪いの刀が進化ぁ?」

「なんか……錆びが取れたみたいに金色に輝き始めるんだよ。俺が魔王になった瞬間」

「封印の儀式のあのキラキラはお前さんの力じゃなかったのか」

「仙くんは蘇生魔法しか学んでないんだよ。だから、仙くんがなにかをしたって訳じゃないと思う」

 

オッサンは「蘇生魔法?」と首をかしげる。

そうだった、蘇生魔法はあのエルフ───アゼンダが教えてくれた魔法だった。

たしか……聖職者が最高位になったときに覚える魔法って言ってたような……そりゃ、ただの鍛冶屋のオッサンが知る訳ないわな。

 

「ふぅん……特に心当たりはねぇなあ。細工をした覚えもないし……念のため調べておくから、しばらく俺に預けちゃくれないか」

「わかった、頼むよ。お代は……」

「んなもんいらねぇ。俺もその現象には興味があるんだ。……魔力が関係してるのか?膨大な魔力……」

 

オッサンは刀を持ったまま店の奥に引っ込んでいった。

 

……瞬間、俺の腰に血華刀が戻ってきた。

 

「そういえばソレ呪いの装備だったねぇ……」

「すっかり忘れてたな……」

「わり、俺も忘れてたわ」

 

アンタが忘れちゃおしまいだろ。

 

「……ねぇ仙くん、今なら呪い外せるんじゃない?」

「膨大な魔力……魔王の魔力で足りるか?」

「どうだろう?でも、まずはやってみよ!」

 

空良が、密着する表面積を稼ぐために俺に抱きつく。

俺はまだ魔力の操作ができないから、空良を経由して魔力を送り込まなければならない。

体から魔力がゴッソリ引き抜かれ、魔力に反応して脳天を突き破るような痛みとともに体が魔王になっていく。

同時に血華刀の刀身から光が溢れだし、ヒビが入り、そして弾けた。

 

「ほぉ……これが変質ってやつか」

 

血華刀はまさに光の剣といった様子で、眩い光を内包していた。

そうしている間にも俺の魔力は空良を経由して血華刀に流れ込むが、未だに俺の魔力は底を見せない。

空良の魔力を使った時よりも時間が長いんじゃないか?

魔王のやつ、すごい量の魔力を持ってたんだなぁ……。

 

「っ……。まだいける、仙くん?」

「まだ限界は見えないな」

「そう。ペース上げるよ……ッ!!」

 

魔力の引き抜かれる量が多くなった。

さっきの状態でもガッツリ座れてたんだが……スピードを上げることができたのか。

 

「……ん?おい、内包する光の量がデカくなってるぞ!」

「もうそろそろかもしれん!空良、ペースもっと!」

「今でも……結構……きつ……っ、おおおおおおおおおお!!」

 

魔力が一度にたくさん無くなったからか、喪失感に脳が塗りつぶされる。

立ちくらみにも似たその感覚に足がふらつくが、ここで失敗したら全てが台無し。

空良が頑張ってんだから、俺も頑張らないと……ぐ……!!

 

血華刀からビシビシッと音がなる。

よくは見えんが、多分刀身に入った亀裂が大きくなっているのだろう。

が、しかし……!

 

「空良、ごめん……!」

「私の使うから!」

 

俺の魔力が尽きた。

今のペースで入れ続ければ、俺より少ない空良の魔力はすぐに尽きてしまうだろう。

倦怠感が体を襲う。急な眠気。

だが、落ちない。血華刀に魔力を流し続けるために。

 

「ああああああああああっ!!」

 

やがて、空良が絶叫した瞬間───

 

 

 

 

 

───ドウンッッッ───

 

 

 

 

 

と、血華刀が金色の波動を放った。

刀身が弾け、魔王になっているときに見た光の剣になっている。

だが1つ、違うのは……。

 

「綺麗……」

「…………」

 

血華刀から、金色の燐光が漏れ出ていること。

 

「……こりゃぁ……なんだこれは……」

「わからないんですか?」

「いや、似てる……似てやがるぞ。エクスカリオンを作った時に、似てやがる……」

 

神をも殺す剣。亜空聖剣エクスカリオン。

たしかに、この輝きは空良の持つ剣に似てる。

 

「でも、まったく別物だ。亜空聖剣のランクには届かなかったみたいだな」

 

やっぱり、俺の器じゃあ亜空聖剣なんてたいそうなものは持てないらしい。

血華刀が、こうこうと輝く。

金色の燐光が空良の髪に触れ、そして消える。

空良は気怠そうにしゃがんでいたが、やがて起き上がった。

 

「仙くん、魔力は大丈夫なの?」

「もう回復したみたいだ。魔王の魔力は量も回復速度もすごいらしい」

「えぇ……」

 

微妙に羨ましがる空良。

そんなに物欲しそうにしてもやらんぞ。空良に勝てる、俺の唯一のアイデンティティだ。

オッサンは不完全燃焼気味にため息を吐くと、

 

「こいつは血華刀とは別もんになってる。新しい名前を考えてやれ」

 

と言ってきた。

名前ねぇ。

そうだなぁ……金色の光と……燐光……。月と、炎……。

 

月火刀(げっかとう)?」

「おう。いい名前じゃねえか」

「良かったね、仙くん。……魔王化、大丈夫?」

 

たしかに、魔王の状態はすごく疲れる。

深呼吸をして精神を落ち着かせると、俺の中で暴れていた魔力もやがて沈静化した。

魔力が精神に関与することがわかったのはつい最近の話だ。

俺の頭から突き出ていた角も戻り、体が鉛のように重くなった。

 

魔王化、早い所ものにしないとな。

身体能力の上がる俺の切り札だが、空良とか、魔力を強制的に活性化させられる人物が必要になる。

 

「ふぅ……ってあれ?」

「月火刀が……元に戻っちゃった?」

「ここは変わらずなんだな……謎だ。……で、呪いは?」

 

あぁ、そうだ、呪い。

オッサンに月火刀───今は元の黒ずんだ色だから血華刀。を、預けて店を出る。

歩く。来ない。

歩く。まだ来ない。

 

「あれ……?え?え?」

 

鍛冶屋の扉をバンと押し開け、空良が目を輝かせて出てくる。

その手には、血華刀が握られていた。

いつもなら俺の手に戻ってきている範囲。

 

「やったよ仙くん!」

「おおおおおっしゃああああ!!」

 

ついに……ついに、俺の呪いが解けた!

鍛冶屋に戻って刀を受け取る。

いやー……これで、心おきなく外に出られるな。

今までは……空良に魔法をかけてもらってたから……。



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幼馴染と魔王城

 

まあとにかく、血華刀の呪いが消え去ったのはとても嬉しい話だ。

 

「……そうだところで。血華刀のエンチャントって今は何になってる?」

「エンチャント?なんだったかな……」

 

武器のエンチャント。

管理者のこともあるし、今が平和すぎて何かが起こるんじゃないかと少し不安だ。

何が起こってもいいように、エンチャントは見直しておきたい。

 

「【魔力干渉】だな」

「あーやっぱり?そんな感じだったとは思ってたんだが」

「エンチャント変えるの?」

「うん……そういえば、エクスカリオンってなんのエンチャントがついてるんだ?」

「全部だ」

 

……。

え?

 

「なんて?」

「全部だ。エクスカリオンは切れ味を上げれて、魔法を叩き切れて、霊体が切れて、魔法が3回まで反射できる」

「………………」

 

なんだそのチートゲー。

エンチャントを変えるのも良いかもな。魔法を反射したりは興味ある。

 

「というかエクスカリオンは元々その能力を持っていてだな。代わりにエンチャントができないんだ。神の剣だからな。鼻が高いがもう二度と作れないと確信してる」

「なるほどな。武器そのものが能力を持ってるってことか」

「あぁ。この店にもそういった系統のはいくつかあるな。一般的には魔剣と呼ばれるんだが、こういうタイプは帯剣してるだけで効果があるから、腰に挿しておいて能力だけ使うって戦法もできる。流れの行商人なんかはすごいぞ。何本も携帯してるから一人で山を崩せるぞ」

 

俺、行商人やろうかな。

 

「まあ魔剣を持てる行商人はほとんどが貴族入りしてるから、わざわざ山なんて崩しに行かないけどな」

「そうなのか。……ん、この剣は?」

「お目が高い、これも魔剣だ。こいつの能力は一定の範囲の獣を使役することができる」

 

唾の部分に瞳のような黄色い宝石が埋まった、まさに獣の剣と言った感じだ。

獰猛な獣に睨まれているかのような緊張感と、どこか暖かい優しさを感じる。

 

「こいつは聖獣がドラゴンだったときに鱗を貰ってそれを材料に作ったんだ」

「あ、あのとき貰ってたのってそういう理由なんだ?完成したんだね」

 

聖獣の剣か……。

どうりで暖かみを感じた訳だ。

と、苦笑いしていると鍛冶屋の扉が開いた。

茶色の髪と、特徴的な耳と尻尾。

 

「呼ばれた気がしました!」

「聖獣!」

「聖獣さんです!」

 

聖獣は果実の入った紙袋を抱えて店に入り、聖獣の剣を見て頰を引きつらせた。

 

「店主さん、これは……」

「おう。聖獣の剣だ」

「あー……。買い取らせてもらいますね」

 

ちょちょちょっと!!

 

「なんで買い取るんだよいらないだろお前!」

「やめてくださいセン!黒歴史なのです!」

「でも、あのときの聖獣ちゃんもかっこよかったよ?私を乗せて魔王城に特攻して行って……!」

「あーあーあー!聴きたくない聴きたくない!テンションが上がってたんです!月の魔法です!」

 

ロマンチストか聖獣。

 

「あーもう、わかりましたよ……買うのはやめておきます」

「……あのさ、お前の金ってどこから来てんの?」

 

前々から気になってはいた。

ノートの保護代とか、結構な数が振り込まれてたもんな。

 

「素材を売っています!」

「素材……?」

「はい。この姿のときは素材になるものはありませんが、鳥にせよ龍にせよ、私の魔力を帯びた素材は良く売れるのです。羽や鱗、獅子の姿ならタテガミや爪などですね」

「……なるほど」

 

その売られたりなんだりされて流れて世に出た例がこの剣ってわけか。

奥が深い。この調子だと、聖獣以外にも売れる素材を出すモンスターやらは多そうだ。

 

「……なあ空良。あんまり細かい確認はしてなかったけど、ドロップアイテムってあるのか?魔物とかの」

「そういうのは無いね。モンスターの素材が欲しかったら生け捕りにするとかしないと」

「そうなのか」

「でも魔族の人がモンスターを使役してたらするから、レアなモンスターでも無い限りお金で解決するよ。お金は偉大だね」

 

……そうか。

まあでも安心した。

この国でほとんど魔族───魔王化したときに周りにいた騎士たちも魔族だった───を見ないのは虐げられたりしているからだと思っていたけど、思い過ごしのようだ。

 

「そういえば魔族魔族って言ってるけど、魔族って根本的になんなんだ?」

「あー……その辺複雑だかんな、異世界人がパッと来てすぐ覚えられるもんじゃねえよな」

「魔族っていうのはね、魔法の扱いに長けたりとか、独自の生き方をしている人のことを言うの。人間は文化が発展してから魔力を使い始めたけど、魔族は文明と魔力が同じスピードで発展していった……だったよね?」

「そうですね。ですので、人間族が良く使うランタンなんかも、魔族は魔力を込めるだけで火が灯る……なんて進化もしています」

 

ふぅん。

魔女の館にいたアゼンダも、なんだか近代的な機械を持っていたし、培養液なんかも良く作ったもんだ。

曰く、エルフやドワーフなんかの、王道ファンタジーにいるような人種も魔族というらしい。

日本人がアメリカやらヨーロッパやらの人たちを『海外人』っていうのと一緒なんだな。

 

……にしても人が来ねえなこの店。

勇者の剣を鍛えた割には人気が無さすぎる。

 

「……ねえ聖獣ちゃん。気づいてる?」

「えぇ、気づいてますよ。どうします?」

 

あ?ん?

なんか雲行きが怪しいぞ。

今まで人種談義に花を咲かせていたじゃないか。

 

「セン、剣を抜いてください。どうやら、ウワサをすれば……というものらしいですよ。魔族の匂いです」

 

鼻を鳴らす聖獣。

同じく空良も目つきを鋭くする。勇者の勘ってやつか。

オッサンがハンマーを構えて髭を撫でる。その構え投げるつもりだろ。射線かぶってんだけど。

 

血華刀を握った手の力を抜く。

やがてギィと扉が……。

 

「あっ」

 

扉……が……。

 

「えぅ、な、建てつけ悪……」

「……ワリィ、なにぶん老舗なもんでな」

 

開かなかった。

 

「えいしょっ!あ、開いた……!」

 

赤いロングストレートの髪。

突出したツノ。

隠しきれないたわわに実った体。

 

「二度目のお迎えにあがりましたっ♡魔王様ぁ♡」

「帰ってくれッ!!」

「帰れなんて酷い!せっかく見つけたのにぃ!」

 

もう二度と会うことはないと思ってたのに……!!

 

「……」

「おっと勇者ソラ、不意打ちは卑怯じゃなぁい?」

「何しに来たの」

「それはモチロン、魔王様の魔力をウチの魔法使いが受信したから、お迎えに……ね♡」

「ね♡じゃないよぉ!!」

 

轟と風を切って突き出されたエクスカリオンを首を傾けただけでよけるノゼット。

強いってのは本当だったのか。

俺見えなかったもん。

 

「はあ……これまたべっぴんさんだ」

「前魔王の手先ですよ!」

「いってェ!?」

 

オッサンの首がものすごい音を立てて前に倒れる中、ノゼットの視線は俺に注がれる。

な、なんだ?何かすんのか?

身構える俺に向けて、ノゼットが放った一言は。

 

「魔王様、いい加減に城に来て引き継ぎの仕事してください」

「………………話だけ聞いておく」

 



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幼馴染と遊覧飛行

 

ノゼットは淡々と作業的に語り出す。

 

「勇者ソラが魔王様を討伐した後、魔王という権限はあなたに移りました。ですので、魔王様がやっていた業務やその他は、魔王を引き継ぎ成された現魔王様───あなた様に引き継がれるわけです」

「詰まるところ、俺が魔王になったから、前の魔王がやっていた政治を俺がやれ、と?」

「はい、そうなります」

 

業務モードでOL感の増したノゼットは一枚の書類を俺に渡す。

ざっと目を通すと、よほど前魔王は政治が下手だったのか、課題と思われる点がいくつも見受けられた。

 

「仙くん、これ本当にやるの?魔王軍の仕事だよ?」

「俺、魔王になっちゃったからなぁ……。多分やらないと、魔族側が困るんだろうなぁ」

「仙くんのお人好し……」

「しょうがねぇだろ……元はといえばこの力は空良を助けるために手に入れたんだし、やるべきことはやらないと」

「ではセン様……魔王様。ワイバーンをご用意しております。どうぞこちらへ」

 

ワイバーン!

こころ踊る響きだ。

 

「ねぇ仙くん、私も付いて行ったほうが……」

「ノゼット、魔族の人は空良を恨んでる?」

「少なからずは」

「なら空良は来ない方がいいな」

「なんで?」

「勇者ソラだって、誰からも慕われてるわけじゃない。まして、自分の王となる人が憎い人と一緒にいたらイヤだろ」

「…………」

「だから空良は、ここに残れ。大丈夫だから」

 

いつものように、空良の頭に手を乗せ、うりうりと撫でる。

空良は心配そうに見てきたが、それに微笑みを返すと呆れたようなため息をついて納得してくれた。

 

「くれぐれも!……キケンなことはしないでね」

「わかってるよ」

「前例があるからどうかなぁ……?」

 

空良の視線を回避しつつノゼットを促すと、ノゼットは頷いて店を出て行った。

 

「そんじゃ、ちょっと行ってくるわ」

「おう。呪い、解けてよかったな」

「じゃあ私は……レベリングでもしてようかなぁ」

「それ以上強くなるつもりですか……?」

 

もう少し会話に混ざりたい感覚を胸に残し、店を出る。

ノゼットは店先で待機していて、俺を見ると天高く指を鳴らした。

……ん、風が強くなってきた。ってか、上から?

 

見上げると、空に黒い点が。

点はだんだんと大きくなり、ついにはドラゴンのような体躯を見せた。

 

「魔王様、お乗りください」

「コイツが、ワイバーン……?」

「はい。一般兵の機竜にもなっています」

 

へぇ。ドラゴンと何が違うんだろうか。

いやドラゴンもよくは知らないんだけど。

これ、地球でもいろんな議論あったよね。

 

「で、乗るのか。どこに?」

「鞍の前面にお乗りください」

 

ここか。

とはいえどワイバーンもなかなかにデカい。

ここはいちにのさんで飛び乗るか。

 

いち、にの、さん!

 

「わっ!?」

 

思った以上に飛んだ。

そういえば俺のレベルも90を超えてるし、ついさっきまで地球にいたから身体能力の上昇に気付けなかったようだ。

まぁ乗ることはできたし、身体能力はあとで慣れよう。

……もしかして、こんなふうに後回しにしてるから仕事が溜まるんだろうか。

 

「それでは、私が後ろで舵を取らせていただきます……そぉれ!!」

 

ノゼットが俺の後ろに座り、繋がった縄を許す。

ワイバーン、上昇。周りの景色がぐんぐんと高くなり、あーちょっともうこの高さは無理かもしれない。シートベルトとかないんですかこのワイバーン。

いや死ぬってこの高さ、別に高所恐怖症なわけじゃないけどこの高さに固定器具なしでほっぽりだされたら誰でもすくみ上がるでしょこれ。

 

「目標、魔王城!いきまーす♡」

「え」

 

縄がぺしんと鱗を叩いた……のも束の間。

ワイバーンはジェットコースターがちゃちに見える速度で飛び出した!

 

「死ぬ!ノゼッ、、、死、死ぬ!!」

ビュボボボボボボ!───ですか───ズボボボボボボ!!

 

なんも聞こえねぇ!!

ってか魔王城行くだけなら転移結晶使えばよかったじゃんか!空良の借りてさ!!

 

「選択肢しくじったああああああああああああっ!!」

ビュボボボボボボ!!んですかー!?」

「止めろ止めろ!一回ワイバーン止めろおおおおおおお!!」

 

ジェスチャーでどうにか伝える。

ノゼットは軽く首を捻った後、『!!』と言ったような顔になると、手綱でワイバーンを叩いた。

 

ワイバーンは加速した。

 

そうじゃない!そうじゃない!頭おかしいのかお前、止めろっつってんだよコラっ!こっちは命の危機感じてるんだぞ!喜劇のコントじゃあるまいしいいいいいいいいいだぁかぁらぁ!いきなり加速させんなって!ちょ、ストップ!ストーップ!!

 

全身を使って止めろという意思を伝える。

ポーズ的にはサッカーの審判のセーフ!のイメージ。

 

ズボボボボボボ───ふう。なんですか魔王様?」

「いやあのちょっと。人間が耐えられる速度でオネガイシマス」

「あぁ……私もちょっと早いなって思ってたんですよね」

 

そう思うならさっさと止めろやバカ。

ノゼットはワイバーンを遊覧飛行みたいな速度に───さっきの速度に比べれば。比べれば遊覧飛行だ───落としてから、ワイバーンに向けて何やら呟いている。

ノゼットが手を二回、ぱんぱんと叩くとワイバーンが一吠えし、俺たちの周りに風の膜のようなものが現れた。

 

「『暴風結界』……精霊が扱う魔法の一つです」

 

あぁ、水族館のときにノンピュールが使っていた水流結界だっけか。あれとおんなじ類なんだろうか。

 

「あと魔王様が気になっていたようなので簡単な説明を。ドラゴンとワイバーンの違いは、魔法が使えるか使えないかにあります。ワイバーンは魔法が使えますが、スピードではドラゴンに劣ります。ドラゴンは魔法が使えませんが、スピードならどの動物よりも早いでしょう」

 

……つまり、ドラゴンはワイバーンより速いと?

 

『ええ!?私と会ったときは大きなドラゴンだったよね!?』

『つい先日代替わりの時期が来まして。ちょちょいと体が変質しました』

 

…………。

 

『でも、あのときの聖獣ちゃんもかっこよかったよ?私を乗せて魔王城に特攻して行って……!』

 

 

……ひえっ。

 

「じゃあこの膜で防御できるスピードで頼む」

「じゃあハイスピードできますね」

「マジかよすげえなワイバーン。じゃあワイバーンが疲れない程度でたのむ」

 

ご機嫌そうに喉を鳴らすワイバーン。

今俺、ファンタジー満喫してるなぁ。

 

顔面にあたる風が無くなったのでその分余裕ができ、辺りを見渡すことができた。

端っこの海岸あたりにも都市っぽいのがある。反対側は雪が降ってるのか?

下は鬱蒼と茂る森か。あ、砂漠が見えてきた。

広大な土地だ。歩いても歩いても果てが見えなさそうな。

空良は、今の俺みたいに何かに乗ってショートカットしたのだろうか。

それとも、その足で全部踏破して……?

 

「……楽しいな、異世界」

 

楽が出来るから。帰れる保証がされているから。

空良は、楽しめたのだろうか。

もし、その一年が空良の意思でないとしたのなら───……。

 

「───様?魔王様?急に気を失わないでください?魔王様?」

「っづあ、うん。ごめんごめん」

 

なんか急にふっと力が抜けたんだよな。なんだろ今の感覚。

 

「ゴーストでもいたのでしょうか」

「ゴースト?」

「ダンジョンのメジャーモンスターですが、空高くに飛ぶ者もいます。幽霊とは異なり意思がないので、手当たり次第に周りの生気を吸って───って、本当になにも知らないんですね」

「悪かったな、生憎と異世界人なもんで」

「魔族を率いる魔王様ともあろうお方がそんなに無知でどうするのですか。決めました、まずは魔王様に勉強をしてもらいます」

 

あんまり勉強は得意じゃないんだけどな。中の上くらいだ。

それもこれも空良のお陰だったなぁ。あいつ学年2位とかそんなだった気がする。

 

と、目の前に大きな山。というか岩だ。岩山だうわおっ!?

 

「ごめんなさい気づきませんでした」

「っっっぶねぇな!ぶつかったらどうすんだ!」

「先ほどの山は聖獣の住処で───っと、そろそろ見えてきますよ」

 

え、今の聖獣の住処?あの呼吸困難のやつ?

あんなでっぱってんだなぁ。

で、見えてきたって何が。

遠くに視線を向けると、黒色の大きな大きなお城が見えてきた。

ところどころヒビが入って、矢も刺さっている。

……まさか。

 

「魔王城です」

「あれが、俺の、城かぁ」

 

崩城寸前なんですけど。




ここから先は空良と別れるんじゃ。
空良の行方は『のろとり』様の、『拝啓 お父さん、お母さん。このたび俺は魔王になりました、助けてください。』という小説に赴いているんじゃ。
異世界人編だってさ。
……つまりはのろとり様が頑張らないと空良は一行に現れませんね、ハイ。

おい、みんなでのろとり様にプレッシャーかけようぜ↓
https://syosetu.org/novel/175974/


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魔王と魔族の国

 

「なぁヒビとか入ってんだけど」

「勇者ソラとの攻防の前に、ロイフォードの前衛隊が弓を放ちました。ロイフォードの英雄もいたようで、戦鎚による攻撃で城の大半に大きなダメージが入り、城下にもそれなりの被害が出ていました」

「それ大丈夫なの?」

「前代の魔王様が討滅されたことにより、勇者ソラによる停戦の申し出を受け入れました。その間に城下の復旧をしたのですが、主のいない城は現在も復旧がされていません」

 

そうなのか。

魔王城の一番上が消し飛んでいることから、余程大きな戦いだったのだろう。

あと……多分、魔王城の一番上を消しとばしたのは空良だ。爆発や崩壊というよりかは、大きな刃で切断されたように見える。

それできるの、空良しかいなくねぇ?

 

「魔王様、そろそろ下に降ります。角を顕現させていただけないでしょうか。その姿では人間と同じなので……」

「ごめん無理だわそれ」

「えっ」

 

そうなんだよね。

俺、まだ魔力の扱いに慣れてないから、空良に魔力を吸って貰わないと角が出ないんだよね。角、魔力に反応して出てくるっぽいからさ。

その旨をノゼットに伝えると、何かの魔法は使えないのかと問われる。

そうなんだよね。

俺、魔法使えないんだよね。蘇生魔法しか使えないし、それもあの本がないと使えないんだよね。

 

「そんなぁ……魔王様が魔力だけの能無しだなんて……」

「ちょっと失礼じゃないか?」

「ぐ……仕方がありません、これを首にかけてください」

 

渡されたペンダントのようなものを首にかける。

頭のてっぺんが痛い、魔力が引っこ抜かれている?

 

 

 

『あなたは呪われてしまった!』

 

 

 

…………。

どういうことだかなぁ、これは。

 

「あぁ……素晴らしい魔力です……!」

「まず説明。説明プリーズ?」

 

ノゼットの肩を掴んで揺らすと、ノゼットは慌てつつ説明を始めた。

 

「体内のっ、魔力をっ、外にっ、霧散っ、させる呪具ですっ……」

「なるほど、魔力が動いたから角が反応したのか」

「はぁ、はぁ……はい。それは暗殺者などに対して魔法を封じるために使うのが本来の使い方なのですが……魔王様ほどの魔力となると、霧散するまえに回復しているようです。しばらくはごまかせますね」

「そうなのか。魔力を感じることもできないからなぁ」

「……魔王様には魔力の感じ方や練り方も覚えて貰いますからね」

 

おしごとふえた。

 

「でも、これで俺が魔王であることは証明できるわけだ」

「いきなり魔族以外が魔王になるのは民にとってもショックでしょう。人間であることや魔法が使えないことは、少しずつ打ち明けていきましょう」

 

ワイバーンが降下する。

俺の角をちょいちょいと触ってみると、つやつやしていて硬い。

俺は今から魔王か。

政治の引き継ぎか。

荷が重い……。

 

「ノゼット様!!」

 

下から声がかけられる。村人の人かな。

 

「その、棒大な魔力を撒き散らして……何事ですか!?」

「……魔王様、予定変更です。この高度で止まるのでワイバーンの上に立ってください」

「えっ」

 

ノゼットの言うがままに、恐る恐るワイバーンの上に立つ。

視線が集まり、ノゼットが声を張り上げた。

 

「控えよ!ここに、新たな魔王様の誕生である!!」

「「「おおっ!?」」」

「名を、魔王セン!!魔王様の棒大な魔力を引き継ぎ、君臨なされた!!」

「「「おおおっ!!」」」

 

ワイバーンはゆっくりと降下し始め、なんか俺がヒーローみたいな登場になった。

ノゼットが先に降りたのを見計らってワイバーンから飛び降りると、なんだなんだと集まってきた城下の人々から、拍手が鳴り響いた。

こいつはプレッシャーだ。

ノゼットに魔王城に行くように促されたので、魔王城に歩き始める。

 

「珍しいお召し物ね」

「どこの人なんだろうな」

 

「魔力の威圧感すげぇな」

「バッカ、まだ引き継いだ魔力に慣れてないんだろ……にしても、量がすげえ」

 

「ばななー!」

「ばななー!」

 

モーゼが海を割ったように、人が魔王城までの道を開けてくれる。

魔王城の前には大きな門があり、紫色のメイルをつけた兵士が敬礼して門を開けてくれた。

 

「今のは?」

「兵士の標準装備です。ダンジョン内で多く見られる鉱石を使って量産しています」

「ダンジョンが近くにあるのか?」

「魔王城の部屋の一つに鉱石を生成させるフロアを作っております。魔王城は半ダンジョン状態であり、人工のダンジョンの筆頭ですから」

 

やっぱり魔王城はダンジョンなのか。

空良がそういうカウントしてたもんな。

……しかし、人工ダンジョンとな?

 

「魔王軍の独自の研究により、魔王軍の誰かをダンジョンボスとして認識させることに成功しました。ダンジョン状態である部屋はダンジョンレベル1の簡単ダンジョンとなっております」

 

へぇ……。

聖獣から、魔族は独自の文化が発達しているって聞いてたけど、まさかダンジョンを作り出すとは。

たしかに、魔王軍からしたらダンジョンなのはそのダンジョン部屋だけだし、空良───つまり人間サイドからすると魔王軍っていう敵がひしめいている魔王城はダンジョンみたいなものだもんな。

 

「ただし、その部屋を使って鉱石を複製する場合は大量の魔力を消費して作るため、今はもうほとんど使われておりません。ダンジョンとしての機能がまだ動いているかどうかすらも怪しいですね」

「ダメじゃないか」

 

橋の上を通って魔王城に入る。

わっ、禍々しいけど意外と綺麗。

床は薄い紫色の大理石みたいなので埋められ、多くのメイドさんが慌ただしく動いていた。

ちょっと魔王テイストなホテルって感じだ。

ノゼットが手をパンパンと叩く。……少しお怒り?

 

「魔王様が来られたというのになぜ待機していないのですか!!」

「「「も、申し訳ありません!」」」

 

メイドが道の傍に立ち、俺に頭を垂れる。

兵士は二人ペアでハルバードを交差させ、俺を歓迎してくれた。

……ふむ。なんだか少し気分が良いぞ。ふむふむ。

ノゼットはメイドの一人から書類を貰い、それに目を通すと俺に向き直った。

 

「それでは改めて……ご着任、心より歓迎致します、魔王様。どうか私共を率いて、この国に明るい未来を……」

「……改めて、魔王セン。まだまだ実力不足だが、精一杯頑張らせてもらいます」

 

拍手喝采。

これはこれは……あ、どうもどうも。

色んなことがあってすでに頭痛いけど、尽力させて貰いますよーだ。

角を触って、ちゃんと魔王であることを再確認する。

俺は魔王。魔王セン。

ちょっとは、偉くなれたかな?

 

「では魔王様、魔王の間へ参りましょう」

「あ、おう」

 

ロビーの中心の階段を登る。

広い……。あ、そこ曲がるの?

こりゃ道を覚えるのが難儀だ。メイドさんも大変だな。

 

「こちらが魔王様の自室となります」

「広……」

 

なんだか社長室って感じだ。

中央のテーブルは豪華な机だ。ガラスが貼られている。

その向こうには社長机があって、スタンドライトがいい味出してる。

で、だ。机の向こう。

 

「めっちゃ海見える!!」

 

そう。魔王城だからって魔界みたいなとこじゃないのだ。

魔王城の向こうは海らしく、まさに絶景。

……攻められたら逃げ場無いけど。

 

「魔王様、椅子にお座り下さい」

「これ?この革のやつ?」

 

高級そうな椅子にすわる。ぎゅむ、と革の音がした。

ノゼットが棚から本を取り出し、俺の前に置く。

分厚い本だなぁ……え!?著者、アゼンダ!?森のエルフじゃないか!

 

「こちらを読んで魔力について見識を深めて下さい。読み終わりましたら、訓練場があるのでメイドにでも場所を案内してもらってください。そうしたら今日中に魔力の扱いを覚える筈です」

「えっと、本を読んで訓練場に行くだけでいいんだな?わかった」

「メイドを一人呼んでおきますので、何かあったら申し付け下さい。……ふぅ。それでは……」

 

ノゼットはメガネを外してため息をつく。

 

「休憩はいりまぁ〜す♡」

「あ、うん……」

 

なんだか……お疲れ様。



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魔王と魔力

時計の針がカチカチと鳴る。

ぐ、と背筋を伸ばした。

……ふう。

 

「まったくわからん……」

 

いやもうほんとよ。

魔力を感じれる前提で書いてあるから何一つわからんかった。

でも重要っぽい箇所は沢山あったな。メモしといたけどサッパリだ。

 

『魔力は目に見えない』

『魔力は目に見えない臓器から生み出されている』

『魔力は未だに謎な部分が多いが、魔法というものに変換することによって物理をねじ曲げる』

 

……エトセトラ。やっぱり異世界人だから伝わるものも伝わらないんだろうか?

一番びっくりしたのはこの本を書いたのがアゼンダだったってことくらい。衝撃。

まぁ一応さらりと読み終えたので、メモだけ懐にねじ込んで部屋をでる。

 

「あっ、終わったでごじゃりますですか!?」

「……うん」

 

俺の部屋の外にいたのは、敬語をちゃんと扱えてないメイドさんだ。

名前はロザリー。

 

「では、訓練場にお連れすりでござふぎゃあ!?」

 

すっころんだ。

この子は見ていて飽きが来ないなぁ……本人には悪いけどほっこりしてしまう。

ロザリーは床を擦って汚れたメイド服をぽんぽんと払うと、ゆっくりと、こちらに向けて土下座した。

 

「殺さないでください」

「…………」

 

この子面白い……。

 

「殺さないから訓練場に連れてってください」

「ふぁっ、ふぁい!あ、あと、敬語は恐れ多いのでごじゃります!」

「……連れてってくれ」

「はい!!」

 

ロザリーは立ち上がると、こんどはしっかりとした足取りで進んでいく。

こんなドジっ子でも、ちゃんと道は覚えているらしい。

いやぁしかし、ロザリーは広間にいたメイドさん達と違って結構個性的だな。髪の毛も薄茶色で、なんだか魔族じゃないみたい……ん?

 

「ねぇロザリー」

「ひゃい!!」

「ロザリーには角が無いけど、ロザリーは魔族じゃないの?」

「えっと……」

 

そう。ロザリーの頭に角がない。

もしかして、俺と一緒で魔力を感じないと角が出ないタイプ……なわけないか。ノゼットの反応からすると魔族の角は常に生えてるんだろうなぁ。

 

「角は……えと、なんでも無いのござります」

「なんでもって?」

「角が小さすぎて、髪に隠れちゃうのでござりますよ」

「ふうん」

 

そんなもんか。

 

「角の大小ってなんであるんだ?」

「魔力量がどうとか言われてごじゃりましたが、魔王様のは平均くらいでごじゃります。学者さんたちが唸るのでごじゃりますよ」

 

身長みたいなもんなのかな。

しかしそうすると、角があることのメリットがわからないけど。ロザリーみたいに小さくないと、角が邪魔で帽子も被れないんじゃなかろうか。

そのへん、さっきの本には書かれてなかったけど……しかしそれは、差別に値するのだろうか。

 

「ねえロザリー」

「はいっ」

「ロザリーの角見せてよ」

「えっ」

「……というか、角にどんなものがあるのか見たいんだ」

 

例えば初めて魔王になった日。兵士はくるくる角の羊みたいなカッコいい角だった。

で、俺の角は斜めに突き出たのが中腹で曲がっていて上に向いている。theツノって感じだ。

ノゼットのは俺のとは違って曲線状に曲がっていた。

 

しかしそのどれもが俺のと同じくらい───つまりは平均サイズ。

小さいツノとかあるのなら、見てみたいなぁ。

 

「ええと、見て面白いものではないと思いますですが……」

「大丈夫。単純な興味だから」

「うう……恥ずかしいでごじゃりますね……」

 

ロザリーは歩みは止めないものの、すこし体を揺らして髪に手をかけた。

オレンジの髪綺麗だなー……。

 

「うおーい!!キミが新しい魔王かーい!?」

「「ふぉわっちゃあ!?」

 

し、心臓飛び出ると思った。

少し離れた先の扉から、小さい子がこちらに手を振っている。

角は……おおっ。まっすぐに伸びてる。歪な感じに伸びてるけど、角然とした感じがしていいな。こちらも平均サイズ。

 

「あっ……魔王様、角はまた今度でお願いしますでごじゃいます……!」

「え、う、うん」

 

ロザリーはとてとてと小さい子のところにいくと、膝をついて跪いた。

 

「ご、ご到着に気づかず……!!」

「いいんだよ。少し前からいたから。それにキミはついさっきまで事務室の前にいたそうじゃないか。気づかなくて当然なんだよ」

「ふぁ、ふぁい!」

 

誰だろう。

……あ、この先が訓練場か。ってことは、この子は偉い人の娘さんとかかな。

近づいていくと、なるほど、威厳というか、カリスマというか。やんわりしているようでしっかりしている雰囲気がある。

いい王様になりそうな感じだ。

もしかして魔王の娘だったりして。

視線を近づけるためにしゃがむと、その子は俺の頭に手を乗せて優しく撫でてきた。

 

「親任ご苦労様。まおうは魔王。別の大陸の魔王なんだよ」

 

魔王さんでしたわ。これは痛い。

 

 

 

 

えーと……。

それで、『まおう』が魔王なのはわかったけどさ。

 

「それじゃあ、試合開始なんだよ。ロザリー、ゴングをお願いするんだよ!」

「どうして決闘の流れになってるんですかね……」

「れ、れでぃー……ふぁい!!」

 

クァヨン、という間抜けな音が響く。

まおうはバッと手を広げて、こちらにドヤ顔を送ってきた。

 

「さあ、いつでもまおうの胸に飛び込んでおいで」

 

……どういうことだろう。

急に木刀っぽいのを渡されて。戦えということだろうか。

 

「大丈夫なんだよ。これは授業。キミは、まおうに指一本触れられないんだよ」

「…………」

 

なんだかムカッときた。

やってやろうじゃん?

全力で走り、木刀を振りかぶる。そして、まおうの頭に……

 

キンッ

 

ふぁっ。

 

「【ウインド】!」

「どわっ!?」

 

何かに俺の木刀が弾かれた瞬間、腹に風の塊がぶつかってきた。

威力は対してない。空気砲のようなもにだろうか。

 

「ふふふ、おどろいた?まおうは結界を張っているから、物理攻撃は効かないんだよ」

「結界」

「結界分かるかい?」

「多分、イメージ的には」

「ならいいんだよ。えと……ことの始まりを話すとね。キミが新しく魔王になったろう?だから、ノゼットからまおうに依頼があったんだよ。キミの稽古をつけてくれって。だから、まおうはキミに授業をします。聞けば、魔力を感じれないそうじゃないかい?」

「そうなんだ……有り余ってる魔力も、宝の持ち腐れで」

「うむうむ、負い目を感じているんだね!キミは良い子だ、どうにかしようとしているのは偉い子だよ。……つまり、まとめるとこうなんだよ。まおうは別の大陸の魔王で、キミを魔力を感じれる魔王にするのがお仕事。手伝ってくれるね?」

 

まおうは微笑み、首を少し傾けた。

なんか母親感がすごい。包容力って言うんだろうか。

なんだか子供にあやされているみたいで複雑だ。

 

「まおうはキミより年上なんだよ?」

「心読まれた!!」

「ふふふっ、キミ、なんだか似てるね!まおうがこの前会った男の子に似てるんだよ」

 

多分その男の子も心読まれたんだろうな。会ったわけでもないのにシンパシー。

まぁこの子が年上なのは信じよう。見た目より歳を召してきたやつはたくさん見てきたし。

 

「それじゃあ……お願いします」

「はい。今からまおうはキミの先生なんだよっ」

「はい、先生」

 

まおうは俺の頭を撫でるのをやめると少し離れ、絶妙に可愛らしい顔で両手を広げた。その手には呪いのペンダント。

アレェ!?いつの間に外した!?

 

「それじゃあまずは……魔力の感じ方を知ることが大切なんだよ。アゼンダさんの記した書物は見た?見たなら、あとはニュアンスで伝えるんだよ」

「一応読んだけどまったく理解できなかったというか……やっぱりおかしいですかね」

「ふむ……だいたいの人はこれで魔力の扱いがわかるんだけどねぇ……でもまぁ、読んだなら良いんだよ!ここから先は想像力の問題なんだよ!」

「想像力」

「まずは全身に流れる血液を想像するんだよ。魔力は気体と同じようなものと考えて、血液に気体を混ぜて全身を巡っているような感覚で……言うが易し、なんだよ」

 

目を閉じて、指先の一つ一つまでにも感覚を張り巡らす。

集中、集中……。

魔力は気体で、血管を血液と同じように通っている……。

 

「血管の中に異物感……重さやプレッシャーのようなものを感じることができたら成功なんだよ」

「異物感……」

 

全身を巡る不気味な感覚。

ぞわぞわするような、むずむずするような……数々の敵との戦いで感じてきた、重圧が体を駆け回る。

これが、魔力……で良いんだろうか。良いんだろうな。そうでないと話が進まないし。

 

「プレッシャー……っていうか魔力、を感じるとやけに気疲れするけど……そりゃそうか、常にプレッシャーに当てられてたら気疲れもするわな」

「その調子なんだよ。やっぱり魔力の勝手な霧散を止めたら感じやすくなったね」

「複雑だなぁ、魔力って」

「そうかい?慣れれば単純明快なんだよ。……じゃあ、まずはその感覚をキープ。できたら次の段階に移行するんだよ」

 

ぐうう……全身に圧迫感を感じる。

なんだかとても頭が痛い。

 

「よしよし、では次。血管のイメージをキープしたまま、胸の中で粘土を捏ねるイメージで」

「ね、粘土」

「そう。わかるかい粘土?ぺったん、ぺったんと捏ねるんだよ」

 

胸の中で粘土か。

息を止めて踏ん張り、空想上の粘土を捏ねてみる。

どちらかというと体の中の空気を練り込む感じなのだろうか。

 

「良い調子なんだよ。それが、魔力の密度を上げる……俗に言う、『魔力を練る』という行為なんだよ。体を循環させている状態よりも魔法の威力が上がるし、魔剣や道具を作る時も魔力を込めやすくなる。……魔力は練り方によって効率が違うんだけど、キミの魔力の前の持ち主は一人で宮廷の魔法使い1000人分は圧縮していたかな?あれ?違ったっけ?」

「それは知らないっす……」

 

しかし、1000人って。

確かに、この魔力は失われてもすぐに回復するようだし、圧縮して失ったそばから再圧縮していけばそれくらいにはなるんだろうか。

 

「魔力には最大容量が決められていて、これも個人差があるんだけど……練り上げた魔力をピンポイントで魔法に使うことができれば、一流かな」

「ピンポイントで魔法に使う?」

「どんなに練り上げた魔力でも、魔法に使えなければ意味がない。そこで、魔法の使い方を今から教えるんだよ。魔法、使ったことあるかい?」

「まぁ、蘇生魔法なら」

「蘇生魔法?えーと……ああ、最高位の僧侶のみが使うことを許される魔法だね。なんでそれを使えるんだい?もしかして最高位のプリースト?」

「いや、蘇生魔法の使い方を記した本を見て……一度、人を蘇生したことがある」

 

俺がそういうとまおうは「へぇ!すごいじゃないか!」と無邪気な笑顔を見せ、俺の目の前にその小さなおててを持ってきた。

まおうが小さく「【ファイア】」と呟くと、そのおててに炎が宿る。

空良が帰ってきた時にも見た、炎の魔法だ。

 

「魔法を扱うには明確な『これを使う』という意思が必要なんだよ。【ファイア】の魔法であれば燃え盛る火を扱うという確固たる意思。……一通り扱えるようになるまでは、【ファイア】や【ウォーター】と唱えながら手をぶんぶん振るしかないだろうね」

「慣れの問題ってことか」

「そう。魔法を扱えるようになったら、魔力のピンポイントの〜ってやつを教えるんだよ。さぁ、レッツ魔法!なんだよ」

 

 



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魔王と現実

「ファイア!」

「…………」

「ウォーター!」

「……ねぇ」

「ウインド!アイス!」

「えっとじゃあ、これはウサギの死体なんだよ」

「【リザレクション】!」

 

ぱぁ。

 

「どぼぢでだよおおおおおおおおおおお!!!!!!」

「え、えっとその、うん。の、伸びしろがあるんだよ!」

「そのフォローが一番つらい」

「う、うわあ……重傷なんだよ」

 

なぜ。

なぜ俺は蘇生魔法しか使えないのか。

宝の持ち腐れだろこんなもん!

……蘇生魔法については何回も読み返しているために本の内容を覚えてしまった。つまるところ、本を片手にあーだのこーだのしなくて良くなったわけだ。

 

「ま、まぁまぁ、蘇生魔法は秘匿とされてるから、ね……。むしろ才能なんだよ!」

「公にできないならいらなくないかこの才能?」

「…………」

 

これが現実か。現実なのか。

魔法の一つも使えないポンコツ魔王。

絵にならぬ。

 

「今日は一度帰った方が良いのかもしれない……」

「……帰るのかい?」

「……。いや、まだ。何かを掴むまでは帰れない」

 

たしかに、夏休み期間はまだあるとはいえど、家に一度も帰らないのはさすがにマズイ。

回覧板とか回ってきてたらどうしよう。先にご近所に旅行に行くとか言っておくべきだったか。……大和へ行ったっきり帰ってこないのも変だしな。

時刻は日が傾いてきた頃。幸いしてこの世界の時間と日本の時間は進みがまったく一緒なので、そろそろ夜になるということもわかった。

 

がしかし、このまま何も得られずに帰るのはプライドが許さない。

せめて、せめてなにか覚えたい……。

まおうが覚えている魔導書?の内容を地面に書き記してくれたが、それも全ておじゃんとなった。

どうやら俺は魔法についての想像力が足らないらしい。蘇生魔法については本があったこと、そして空良の復活を心から願ったことで想像力を補えたようだ。

 

「う、うーん……。他の魔王に聴いてみるのはどうだい?」

「他の魔王?」

「そう。まおうの他にも魔王はいる。魔法の王は……その、性格に難ありというか、いつも引きこもって出てかないから教えを乞うのは不可能だけど……。でも、戦闘能力は申し分ない魔王がいるんだよ!」

「戦闘能力は申し分ない魔王……」

 

阿修羅みたいなやつだったりするんだろうか。

それこそ魔王だけど。

 

「まおうが話を通しておくから、今日のところはお開きにするんだよ。今日の進捗は魔力を感じれるようになったこと。そうだろう?」

 

まおうがとてとてと俺から離れ、にっこりと微笑む。

……うわっ。ゾッとした。全身が何かに包まれる感覚がした。

 

「うんうん。その反応はちゃんと魔力を感じれている証だね。最初に比べれば霧散する魔力も少なくなった。えらい、えらい、なんだよ」

「…………」

 

こちらに飛びついて俺の頭を撫でるまおう。

幼女に母親のようなムーブをされるのは複雑だ……。

まおうはひとしきり俺を撫でると「むんっ」と満足したように微笑み、見えない床を踏み締めて宙に浮いた。

 

「今日は歩いて帰ることにするよ。……あぁこれかい?これも結界。いずれ君もできるさ、こんど教えてあげようか」

「……あぁ、はい。ありがとうございました」

「お礼が言えるのはいい子だね。……それじゃあ、ばいばいなんだよーっ」

 

そうしてまおうは帰っていった。

無邪気に跳ねる幼女のように、やけに大きい一歩一歩で。

……あれを、俺もできるようになるのか。

右手拳を握って魔力を通してみるが、維持できずに簡単に霧散してしまう。

……まだまだ先は長そうだ……。

 

 

 

 

それで、今日のところはお家に帰ろうとなったのだが、空良がどこへいったかわからないので俺一人で帰ることになった。

空良は転移で帰れるだろうし、空良ができずともノンピュールのところへ飛んで転移させてもらえばいい。

もしかしたら先に帰ってるかも知れないしな。

ということで。

 

「これを読み上げるのか……?」

 

俺は今、魔王の部屋とは別の『玉座の間』にあった巻物を広げている。

巻物には丸と丸が線で繋がっており、右の丸から左の丸に向けて矢印が伸びている。

たぶん、こっちから地球へ、ということだろう。

さて問題なのはここからで。

 

「これはどう読むのだろうか。……あ」

 

絵しかないって言おうと思ったら裏に書いてあった。

巻いてる時は気づかなかったけどこっちの文字かこれ。変な模様だなとは思ってたけど。

……今更ながら、やはり字は読める。なにが影響したんだろう。

 

うしろの文字を読み上げるともはやおなじみと言っていいほど受け慣れた、視界がぐにゃりと歪む、浮くような感覚に包まれた。

目の前が真っ暗になり、そして次に視界が戻るときには……。

 

「なるほど、空良は最初にここに来たのか」

 

夏祭りの後、俺と空良が別れて空良の家へ向かって数歩のところに転移した。

恐らく空良はここであっちへ呼ばれ、帰ってくるときにここに転移されたのだろう。

好きな場所へ行ける訳じゃないのか。意外と不便だ。

……それと、俺の手元に巻物がない。たぶん玉座の間に転がってる。

 

「早めに慣れないとな」

 

なるべく空良と同じ苦労をしたい。

空良の痛みをわかってやりたい。

あいつは明るく振る舞うけど、結構溜め込むタイプだから。

 

「……オムライス。今日はオムライスにしてやろう」

 

空良はオムライスが好きだった。

大好物のきゅうりの浅漬けも出してやろう。

茜色の空を見上げつつ、そんなことを考えた。

夏特有の生温い風が吹いた。

 

 

 

 

「ただいま」

 

あれ?まだ帰ってきてないのか。

まあ確かに、あいつには一度帰るなんて言ってないから帰ってることが当たり前ではないのだが。

もしかしたら今日は異世界で過ごすのかもしれない。最初に伝えておくべきだったか。

仕方がない、オムライスは次に空良が帰ってきたときにしよう。

 

今日のところは乾麺を戻すタイプの焼きそばだ。

 

 



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魔王と居場所

……遅い。

空良が遅い。

野宿なら別だけど、こんな待ってるのに帰ってこないなんてことあるか。

 

「……今日は寝るべきかなぁ」

「おうセン!しばらくぶりじゃの」

「うおっ、ノンピュール」

 

いつの間に。

ひょこりと庭の窓から顔を覗かせたノンピュールは「戸締りができておらんぞ」と呟きながら家に入ってくる。

魔法陣から来たのか。

 

「……ふむ。お主と二人で話すのは新鮮じゃの」

「いつも空良を挟んでたからな。今お茶を入れる」

「すまんの」

 

給湯器からお湯を急須に注ぎつつ、ノンピュールに座れと促す。

ノンピュールはソファに座った後、こちらを振り向いて、

 

「それで、どうじゃ?その後の進展は」

「別の魔王に魔王としての力……っていうのかな、魔力の制御の仕方とかを教えてもらってた」

「なるほど、どうりで魔力が漏れ出ていないわけじゃの」

「空良と対等に渡り歩いて行くには、もっと強くならなきゃいけないんだ」

「……。のう、セン」

「ん」

「どうしてあやつと渡り歩こうとする?」

 

ノンピュールの声色が変わった。

どうして渡り歩こうとするって、そんなこと言われてもなぁ。

空良は背負い込む性格だから、孤立した存在になっても寂しいと言うことができないだろうし。

 

「あやつはもはや生態兵器も甚だしいぞ。正直なところ、あやつのご機嫌一つで国も滅びかねん。……古来より勇者とは、そのような存在じゃ」

「そして、それと敵対する魔王もまた同等、ってことか」

「同等となるとは簡単に言うが、お主にはソラが『勇者』として持つ才能がない。……あやつは、世界を救うために極端に成長の早い特性を与えられたからな。それに比べお主は勇者じゃない。ヒトの身で、勇者と渡り歩くなど……」

 

勇者とは、特別な存在であると知った。

歴史に出てくるどの勇者も、人並外れた才能をその身に宿してどこからか現れると。

城の壁すらも破壊する攻撃力を持っていたり、体の部位を一から組み替えることができたり……成長速度が、異様に早かったり。

 

まあ、この「成長スピードが異様に早い」というのは老いが早いという意味ではない。

あくまで、空良が強くなるための吸収速度が速くなるって意味だ。

俺はテーブルに杯を置きつつ、ポケットから魔力を抑えるペンダントを取り出して見せた。

 

「ま、今後の研究で勇者の加護にデメリットでも見つからない限りは、ただ魔力を統べてるだけの王は追いつけないだろうな」

「お主、そこまで勉強しておったのか?」

「異世界の勉強なら、誰でも喜んでやるんじゃないか、実際。魔力だのなんだのは難しかったけど、嫌では無かったな」

 

ノンピュールは「そうか」と安心したような表情をこちらに見せた後、お茶を(すす)った。

吟味するように目を閉じた後、ノンピュールは再び口を開く。

 

「なあ、センよ。これから勇者ソラは、どうなると思う?」

「どうなるもなにも、俺たちと幸せに暮らす他に無いんじゃないか」

「言い方を変えた方がよいか。この先勇者ソラが巻き込まれていく戦いを、お前はどう思う?」

 

勇者ソラが、巻き込まれていく戦いか。

正直考えたくはなかったんだけどな。

 

「勇者とは民の指標じゃ。どの大陸も、勇者に希望を求めている。……無論、それは戦争も変わらんのじゃろう」

「戦争か。魔王が倒れて、一見平和になったような気がするけどな」

「現実がそう甘いもんではないことを、お主は知っておるじゃろう」

「……誰かが幸せになったとき、誰かが不幸な目に合っている。不幸続きな世界がなければ、幸せが続く世界なんてものもない」

「それを実感できるのはあやつの……主人公(勇者ソラ)の隣におるものだけじゃ。……いわゆる、モブ、というやつかの」

 

雨音が聴こえる。

雨戸にしてあっただけの窓から雨特有の草の葉の匂いが広まる。

いまだに湯気を上げる茶を飲み干す。

 

「……俺は空良がいればそれでいいかな」

「ほう?」

「戦争はしない。もちろん、同胞と人間が、あるいはそれ同士が抗争することもあるかもしれないけど……その責任を、空良に負わせたくないっていうか。背負い込み気味なあいつが干からびて死なないように、俺は昔からあいつのそばにいたんだ。……だから、それを全うするだけさ」

「異世界に巻き込まれ、体は今にも朽ち果てようとしているが」

「乗り掛かった船ならもう乗るしかないんだろ。すでに片足突っ込んでるんだ、両足つけようが対して変わらないんじゃないか」

「死ぬ覚悟は」

「そんなものあってたまるかって。死ぬのは怖いし、そうならないために人は策を尽くすんだろ」

 

勇気なんてない。

大それた力も持ってない。

魔物もいないし常日頃警戒する必要のないこの世界に住んでる俺ができることは少ないけれど。

空良を見守る。これくらいなら出来るんじゃないか。

 

「……一本取られたわ」

「一本取ってやったりましたとも」

「うむ。いい顔をしておるぞ。ヒーローの顔だ」

「魔王がヒーローかぁ……」

 

やはりノンピュールとは気が合うのかもしれない。同じく苦労人っぽいし。

人間だ魔族だ精霊だ、なんてあんまり変わらないのかもな。

 

「しかし、魔族を同胞などと呼ぶようになっているとは驚いたぞよ。よほど彼らが気に入ったかの?」

「え。そんな風に呼んでたか?」

「うむ。自然に言っておったようじゃな。ある意味、凡人だったセンにも仲間が増えたのかもしれんのう」

「仲間かぁ。……そういえば、ノンピュール以外の精霊を見たことがないんだけど」

「ぬ……。あやつらに合わせるのはちと気が進まんのう。しかし魔王となると一度顔を合わせておくべきかのう……」

 

いろんな顔覚えなきゃ行けなさそうだ。自分の部下になる魔族の顔もまだ全部覚えてないのに。

 

「一応聴いとくけど、精霊は何人?」

「大雑把に数えるなら四人じゃのう。妾たちのように姿形を変えられぬような精霊を合わせたら、指では数えきれんのう」

「……さいですか」

「精霊は火、水、土、風と、だいたいそれくらいに別れておる」

 

たしかそれが魔法の基盤となっているんだったはず。

あと、精霊は精霊を特有の魔法が扱えるとかなんとか。

 

「名前は」

「また今度でいい。今は手一杯だ」

「そうかの。……それで、その四つに別れた精霊は他の精霊とは違って姿を変えることができるのじゃ。……あーほら、初めてお主と会った時、リヴァイアサンとともに出ててきたであろ。あれはその応用で、水の精霊を集めて形を成したのじゃ」

 

ただの演出じゃなかったのかー……。

ノンピュールのことだからやりそうとは思ったけど意外と真面目だった。

 

「……ん?でも待て、それじゃあこっちの世界にも精霊がいることにならないか?」

「説明が難しいのう……精霊は魔力を糧に生きながらえとる。だいたいの精霊は魔力と結合し続けずに消滅するがの。……で、意思を持って魔力を取り込み続けるような知性のある精霊が、妾のような精霊となるわけじゃ。わかったか?」

 

大体は理解したけど……やっぱり、異世界テクノロジーは別世界の住人には難しすぎる。

生返事をしておくと呆れたように、そこでようやく茶を飲み干したノンピュールが立ち上がった。

 

「人生は長い。理解するのも対面するのも、時間をかけてゆっくりとしていけばよいのじゃ。……幸い、こちらにもあちらにも、急かすような悪の親玉はいないわけじゃしの?」

「たしかに。でも後回しにしてるから俺のやることがどんどん増えてくんだけどな」

「それはお主の責任じゃ。……ま、はよう眠って知識をつけろ。それが英断じゃ」

「あっちょっ!」

 

ノンピュールは窓を開け放って庭に飛び出し、魔法陣で帰っていった。

雨が入るから開け放つのはやめて欲しかったんだけど……。

 

「って、もう23(じゅういち)時になるのか。結局空良は帰ってこなかったし、明日も修行はあるみたいだし」

 

寝た方がいいよな。

俺は今度は戸締りをしっかりしてから、寝室へと向かった。

 

 

 

 

翌日。

 

俺は身支度を済ませ、魔法陣の上に立っていた。

 

「……あれー……」

 

困ったことになった。

魔法陣の使い方がわからん。

魔力を体に通してみるも、魔法陣の方には全く流れない。

詠唱が必要?いや、ノンピュールは詠唱などしてなかったはず。

精霊特有の魔法か?……この魔法陣、空良も使ってたよなぁ。

 

「誰かに聴いてみるか……」

 

っても、こっちで魔法陣云々なんて、話したら笑われるに決まってるもんなぁ。

ノンピュールは行ってしまった。あちら側へ呼び出す巻物は王都の方の王城に保管されてる。

実に八方塞がりだ。

 

と、良いのか悪いのかわからないタイミングで携帯が鳴り始める。

画面には非通知と表示されていた。

 

「はい、もしもし」

『祈里 仙君で間違いないな?』

「……はい、祈里です」

『うむ、久方ぶりだな。私は黒退(くろの)だ』

 

くろの?

聞かない名前だなぁ。

 

「あーえーとはい、はい」

『覚えてないな?それじゃあ……これに聴き覚えは?【万術部(まんじゅつぶ)】』

 

万術部……。

 

「あぁ、あのどんぐり砲の!」

『どんぐり砲……?なんだそれは……あ、いや、まあいい。それで、君は裏山に行ったことはあるかい?』

「裏山……?まあ、はい。あります」

 

ノートと出会ったときのことか。

……そう言えば黒退先輩、なんで俺のアドレス知ってたんだろう。

 

『裏山に、洞窟のようなものはあったかい?』

「洞窟?あー……ありますね」

『おっ。それは本当かい?だったら、それに案内してもらってもいいかな』

「展開が読めないんですけど、まあ、はい」

 

……ん?裏山?

え、なに、この人たち今学校にいるの?

 

『部活動でちょっと、洞窟を探していてね』

「夏休み中でも部活はするんですね」

『……なんだって?夏休み?』

「え?今夏休みですよね?え?」

『……本当だ。なんてことだ、まったく気付かなかった……。詳しく知りたい!センくん、ただちに校舎の裏山入り口まできてくれ!』

 

なんなの……?



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魔王と邂逅

「遅くなりました!」

 

裏山の先輩たちに声をかける。

振り返ったその人たちはなぜか顔を引きつらせ、一斉に顔を背けた。

その中で一人だけ黒退先輩がこちらを向き、おずおずと確認を取ってくる。

 

「せ、セン君か?」

「あ、はい、ご無沙汰してます、祈里 仙です」

「あ、あぁ……ずいぶん、変わったようだな……」

「え?そうですか?」

 

特に何もなかったと思うけど……。

ちなみに、温泉旅行に行った時も何もなかった。

俺はチェリーボーイのままだ。……せっかくのチャンスだったのに。

 

で、内面的に変わってないはずだから、服装なんだが……自分の身なりにおかしいところはない気がするなぁ。

なんだか首の辺りに凄く視線が向けられてる気がするけど。

あぁ、なるほど、部活の部長がよくわからん人を連れてきたらそりゃ怪訝な顔になるか。

とりあえず、と金髪の人と俺に似た雰囲気の人に向き直り、自己紹介をする。

 

「ええと……初めまして、祈里 仙と言います。黒退先輩とは一度、共同学習で一緒になったことがありまして」

「れれれ、礼儀正しいですね!?」

「え……はい?」

 

なんかおかしかったろうか。

……あっ、もしかして同学年!?

ってか会ったことあるわこの人!万術部に勧誘されたときに!

 

喋ったことないけど!!

 

「セン君、その、どうやら君の体から魔力がとてつもない量だだ漏れになっているのだが、どうにかすることは出来ないか?」

「魔力……あっ」

 

変わったって魔力のことか!

んであれか!ペンダントそのままだったもんな!魔力がだだ漏れだったってことか!

まおうとの修行の後、もう一度自分の手でペンダントを装備した。まだまだ扱いには慣れていないから。

そうしたら案の定にょきっと角が生えたもんだから、魔力を無駄に練って総量を少なくしたらペンダントの効果で放出されて、角が髪に隠れるくらい小さくなった。

 

けど、このペンダントは外せないんだよなぁ……。

血華刀と同じように、魔力をたくさん流せばいけるんだろうけど……この場には空良がいない。俺から魔力を吸い上げ、ペンダントに通すなんて芸当、空良にしかできないと思う。よくわからんけど。

 

「あの、これ、魔力を込めると外せるんですけど……」

「呪具か何かか?」

「正解です」

「……まぁ、いい。魔力を込めると言うのなら……カケル君が適任だろう。魔法陣と同じ感覚で大丈夫だぞ」

 

カケル?

その名前で反応した男の人が自らを指差し、首を傾げた。

っていうか魔法陣って……俺が一番求めてた魔力の扱い方!

是非レクチャーをお願いしたいものだ。

 

「お願いできますか?……というか、魔力の込め方を教えてください」

「込め方……込める対象を、自分の一部、四肢みたいなものと考えるというか……それで、魔力を流すみたいな」

「うむうむ、私よりも説明がうまいな」

「自分の一部にする……ですか」

 

魔力を流す感覚は、流れる血液を感じるように、全身の管を通す感覚で。

ペンダントを自分の一部に……四肢のように……。

ふんっ。

 

バチィン。

 

「できたよ……マジか……」

 

こんな簡単にできたなんて。

やっぱり自分で考えるのと他人に教えてもらうんじゃ楽さが違うなぁ。

……そうか、空良に魔力の扱い方の座学を……ダメか。あいつは他人に物を教えるのが苦手だった気がする。

異世界での濃厚な一年でなにか変わっていたら良いんだけど……いや、ほんとに今、あいつはどこでなにをしてるんだよ。

 

「あの、仙君さ、悪いんだけど、俺の後ろに誰かいるの見える?」

 

誰もいないが?

強いて言うなら黒退先輩がぼけーっと空を眺めている。

 

「……?黒退先輩ですか?」

「見えてねぇのか……幽霊がいるんだけど、魔力を与えないと死んじゃいそうなんだよ。今俺が触れてるところに、魔力を流してくれ」

 

ヒェッ。

幽霊と聞いてあの適当なエルフが思い浮かぶ。

あ?そうだよ、あいつに魔法教えて貰えばよかったんじゃん。本もまあそれなりに読みやすかったし、教えるのなんてたやすいことだろう。

……ダメだ。またあのダンジョンをクリアすることになってしまう。ソロでの攻略は勘弁願いたい。

 

たぶん先輩であろうその人が触れていた場所に手を突っ込むと、微妙にひんやりした。

こわぁい。

で、これも、体の一部と認識して魔力を流す……どりゃあ。

うおっ、流れる流れる。ペンダントのときとは全然違う。ペンダントはすぐ弾け飛んだから、あんまり実感わかなかったんだよな。

 

「素晴らしい……セン君、万術部に入らないか!?」

「お断りします」

「ぬっ!」

「はいはい、本題に入りますよ。仙君、魔力も無くなったろうし、疲れてるのはわかるんだけど、君の話だと裏山の洞窟の場所を知っているとか。悪いんだけど、そこに連れてってくれないかな」

 

別に魔力はそこまで消費してないのだが。

いや、消費したといえば消費した。けど、魔王の魔力は別格らしく、使ってもすぐに回復する。

そりゃあ一瞬で満杯!ってことにはならないけど、数十秒、数分待てば回復しきる。

改めてチートな魔力性能だこと。使い道ないけど。

 

思考を進めながら足を進める。

時々後ろを振り返ってちゃんとついてきているのか確認するのだが……後ろに人が時々見えないナニカと会話していて怖い。

たぶん、その幽霊とやらと話しているのだろうけど……いやあ、やっぱり目に見えないと怖いわ。血華刀持ってくればよかった。

血華刀が月火刀へと変質するのは、魔力を込めてから。だから、自分の力じゃ血華刀を変質させられないと思っていたけれど……魔力の流し方を覚えたし、なんとかできそうだ。

 

お、そろそろ見えてきた。ここが、初めてノートと会った洞窟。

ノートはどうなったのだろう。

俺はノートと一体化したらしいけど、未だ俺の体にノートらしさは出て来ていない。

俺のいうノートらしさとは、魔王になったときの、左腕が獣の腕のような甲冑に包まれる、みたいなやつなんだけど……。

 

「無論、体の調子がいい日は魔力の総量も上がっている……だが、逆に悪い日は下がっているんだ。特に生……」

「わーっ!わわわーっ!部長、何言ってんですか相手は男ですよぉ!恥じらいは無いんですか!?」

「恥じらい?いや、生理現象なのだから恥じらいもなにも無いだろう。ハルカだって月経……」

「どわあああああああああ!?」

 

なんだかやかましいな。

せっかく着いたというのに。

黒退先輩と金髪の子がケンカ?してる片隅に、微妙な表情をしている男の先輩の肩を叩く。

不思議そうに振り向いた先輩は俺の後ろの洞窟をチラリと見た後、なんぞ?と問うようにこちらに視線を向けてきた。

 

「あの、着いたんですけど……どうしましょう」

「あー、うん……ちょっと待ってて」

 

先輩が二人を説得しにかかっている。

俺は何の意味もなく洞窟に目をやり、洞窟の入り口に何かがあるのを見つけた。

拾い上げてみると、宝石のように硬いナニカだった。

なんだろう、この物質、どこかで触れたことがあるような……。

うんうんと首を捻っていると、俺の横を二人が通り過ぎる。

え、なに、なんなん急に!?

 

「あー。……君もきて!」

「え、えぇ!?」

「早く!!置いてかれても知らないよ!!」

「ちょっ、えっ、なん……」

 

あぁもう先輩も走ってっちゃったよ!!

ちょっと事情を話してもろて!?

 

 

 

 

「へぇ。魔術ってすごいんですね」

「万術部に入ればこれらを無料で習得できるぞ?」

「お断りします」

 

俺の目の前で、黒退先輩が指に灯りを灯している。

空良が【ファイア】を使ったときみたいだ。明るい。

金髪の子……名前を(はるか)と言うらしい同級生が、後ろを振り返って首を傾げた。

 

「こんな深い洞窟あったんですね?結構歩きましたけど……」

「曲がりくねっているし、もしかしたらダンジョンか何かなのかもしれないな」

「ダンジョン、ですか……」

「どうした仙君そんな神妙な顔して」

 

ダンジョン。巨人。ドラゴン。オーバーホール。うっ頭が。

 

「ああいえ、ダンジョンと聴くと、ちょっとトラウマが」

「まだまだありそうだぞ。ハル……」

「アストロボルグで」

「アストロボルグ。明かりの魔術を念のため使っておけ」

「え、魔力もったいなく無いです?」

「いや、それは……」

「洞窟内では明かりになにが起こるかわからないから、念のために二つ明かりを用意しておく」

 

自然と口から出てきた言葉に、全員の視線が集まった。

 

「その通りだが……なぜ、そんなことを?」

「ッあー、テレビで見たんですよ!洞窟に囚われた人をレスキュー隊が助けに行くっていう……」

「なるほど?」

 

実際にダンジョンに潜ったことがあるなんて口が裂けても言えない。

初心者のダンジョンは淡く光る鉱石がそこらじゅうに埋まっているかいいけれど、途中で真っ暗になる階層があって火を焚かなければいけなかった。

そのとき、風の魔法を扱うモンスターが……あの不安感といったらない。

 

「勉強になりました……じゃあ、『我、常闇を照らす者なり』……あっ!?」

「どうしたハルカ。忘れたか?」

「あっ、うっ、うし、うしし……」

「牛?」

「後ろぉぉぉぉ!」

 

お?

ぱっと後ろを振り向くと、そこには金太郎もかくやという熊さんがいましたとさ。

ある日、洞窟の中、熊さんに、出会った(即死ムーブ)

……おう、熊だよ?

 

「「「熊ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 

あっちょっなに先に逃げてんだ先輩方!!

金髪の子と男の先輩は「戦って」とか「馬鹿か!」とか言い合ってるし、黒退先輩はアスリート走りで逃げてるし!!

いやクッソ早えななんだあの走り!インドア部じゃなかったのか!?

 

「……はぁ、もう!!」

「ちょっ」

 

ブレーキを踏み、熊の攻撃の射程圏内に入る。

もう一歩踏み出し、熊の視線を遮って強制的に視線を俺に。

 

「おい、逃げろって!首が飛ぶぞ!リアルに!」

 

さすがに人前でオーバーホールは使えない。

注視しろ。感覚を掴め。

 

「巨人の棍棒よりかは、よっぽど対処が簡単です!」

 

来るのは右腕!

膝を落とし、姿勢を低くして熊の懐に潜り込む。

滑らせるように腕を避け、二の腕あたりを掴んで……!

 

「はあああああああっ!!!」

 

一本背負い!!

背中を勢いよく叩きつけられた熊は白目を向いて気絶した。

 

「死んだ?」

「生きてると思います」

 

感心したように、そしてどこか引いたように熊を見つめる先輩。

 

「え、もしかして柔道経験者だったり?」

「いえ、過去に同じようなことを経験しただけです」

「熊投げ飛ばす経験ってなんだよ」

 

ごもっともです。

でも、熊の腕はダンジョンの巨大モンスターの棍棒よりも避けやすかったし、なるほど、これが慣れというやつか。

 

と、先輩が何かを決心したような顔で近づいてくる。

 

「……?どうしたんですか?」

「あ、あぁ、熊を殺そうかと思って」

「殺す?」

「だって、今から逃げても起き上がられたらさ」

 

賛同はできない。

なぜなら、彼のテリトリーに入ったのは俺たちの方なのだから。

簡単に「殺す」なんて言ってはいけない。

生きとし生ける者として、魔を統べる者として。

()()()()()()()()だなんて、たとえ野生の獣でもまかり通らせるわけにはいかない。

これは……ただの、俺の決心だけれど。

 

「そしたらまた僕が足止めしますよ」

「…………」

 

納得したのか、不満を口に出さないだけなのか。

とにかく、先輩の雰囲気が変わった気がした。

 

「なんか君、魔王みたいだ」

「え?」

 

少し冷や汗が垂れた。

 

「魔王。残虐非道で世界を掌握する、魔王」

「……魔王は、好きで残虐非道をやっているわけじゃないのかもしれませんよ?」

「それってどういう……」

「一度戻りましょう。熊は僕が見張っておくので、黒退先輩と金髪の人を連れてきてもらえますか?」

「あ、あぁ……」

 

やはり魔王になって、俺は変わってきているのかもしれない。

変わることが、()()()()()()()()()()()()

そうすれば、空良を守れる。

戦闘力は最弱でいい。

魔法も、最悪は蘇生魔法だけでもいい。

 

「……ただ、空良が守れれば。……それだけで」

 

たとえ死ぬことになったって───。

 

 



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魔王と経験

俺は先輩が洞窟の入り口あたりに向かったのを見送る。

足元には気絶した熊。

 

「……さて」

 

俺はポケットから収納袋を取り出した。

この収納袋、それこそ巾着並みに小さいが、結構大きなものが入っているのだ。

空良曰くこの収納袋はダンジョンうんぬんかんぬん。

知らんわ、ただでさえ魔法の勉強で頭パンクしそうなのにこれ以上詰め込もうとするでない。

 

とにかく、俺が実験したいのは、でかいのが入ってるならどうやって入れたのってこと。

まずは松明を取り出して光を灯す。

そんで……とりあえず熊の鼻先を収納袋に当てる。

シュボッ。

 

「…………」

 

こいつはブラックホールかなんかか?

一瞬で熊を吸い込んだ収納袋に戦慄しながら、俺はもう一度収納袋から熊を取り出す。

首根っこ掴んでひっぱりだした。

もちろん息はしている。ううん、謎。

 

と、もう一個よく調べたいものがあったんだった。

入り口で拾った石。硬いし、なんかの感触に似てるんだよなぁ……。

 

「あっ」

 

松明の光に当ててよく見ようとしていたら汗で落としてしまった。

慌てて左腕で掴むと……。

 

「おぐっ!!」

 

左腕が急に重くなった。

視線をやると、そこには俺が完全に魔王と化していたときの爪甲冑が。

 

「……は?なにこれ?」

 

いや、自分で言っておいてなんだが、見たことあるよなこれ。

やっぱりあれだ、魔王になってノートを吸収したときに生えてきたやつ。

で、そうだ、この甲冑から生えてきた爪がノートの爪にそっくりなんだよ。

わぁ懐かしー。そうそう、この硬い感触が……。

 

「この石じゃん!?」

 

爪の感触がさっき握った石と全く同じなんですけど!?

ほえー、ってことはあの石はノートの爪の欠片とかそんなのそんなもんだったのかな。

納得ー!!めっちゃスッキリした!!

この腕もちゃんと動かせるみたいだし、血華刀とこの爪で戦うのも良いかもな。

……しかし、なんで石を拾った瞬間にこの腕が発現したんだろう。

やはり、ノートが俺と融合しているからだろうか?

 

それで、えっと。

この爪はどうやって元に戻すのでしょうか。

戻し方がわからず四苦八苦していると、後ろからコツコツと靴の音が響いてくる。

響き的にかなり遠くだけど、すぐ追いつかれる。

その時の杞憂が一つ。

 

「この爪である……」

 

俺は左腕の大きな爪をそのままに、洞窟の奥へと進むのだった。

 

 

 

 

逃げるように洞窟を進むことしばらく。

分かれ道も多く、下りや上りを通過した。

これなら先輩たちにもすぐには合わないだろう。

迷わないかって?爪装甲に、袋に入っていた石灰を使ってルートの落書きをしておいたのだ。

順繰りに戻っていけば、帰れるはず。

 

「それはそうとしてこんなに深かったかなこの洞窟……」

 

もはや山の域を超えていると思う。

これだけ進んでまだ山の中なら、かなりぐねぐねとした作りになっているはずだ。

しかし、この洞窟は真っ直ぐな道も多いし、傾斜や分かれ道も多数。

これは、また厄介事に巻き込まれているのかもしれない。

が、これは同時にチャンスだ。

今まで空良におんぶに抱っこだったから、ソロでこの洞窟の謎を解ければ、自信が出てくるかも。

 

む。前方に物音。

石が転がったカラカラという音に反応して松明を掲げる。

やはり、そこに何かいる。

熊の次は蛇か?それともコウモリやトカゲ?

いつでも左手の爪を振り抜けるように構えつつ、何者かが隠れている岩の前に立つと……。

 

「ギャッ!」

「おっとぉ!?」

 

岩陰から飛び出し、手に持った獲物で殴りかかってきた!

手甲の爪で受け止め、押し返す。軽い感触。

松明に照らされたその風貌は、長い耳にボロボロの装備。そして何より、緑色の肌。

 

「あぁこれは異世界(ウチ)関連ですね!!」

 

異世界の定番、モンスターのゴブリンさんだった。

 

「ぎゃぎゃ!!」

「…………」

 

相手は棍棒と小さな盾を手に持っている。

対してこちらは血華刀を持ってきておらず、代わりに右手に松明。

唯一の武器は左手の手甲鉤(てっこうかぎ)

レベルはこっちが上だろうけど……慣れない戦いをすると体力を消耗するかも。

ここは下手に心理戦をせず、ゴリ押しで倒すが吉!

 

「ハァッ!!」

「ギャ!?」

 

地面を蹴って接近。

大振りに腕を動かし、あわよくば脳天を貫ける一撃……がしかしガード。やはりゴブリンもタダで死ぬわけにはいかないようだ。

バックラーに刺さった手甲を引けば、ゴブリンの手からバックラーが離れる。

これでもうガードはできまい。

バックラーを外してもう一度構える。

ふふふ、一介のゴブリン風情が魔王に挑むとは阿呆よの。

 

地面を蹴ってもう一度ゴブリンに肉薄、今度こそ胸を貫いた。

ゴブリンはやはりというかなんというか、事切れたタイミングで黒い粒子となって空間に溶けていった。

十中八九、これはダンジョンだ。

それも、異世界(こっち)側の。

知らないうちに異世界に転移したって可能性も捨てきれないけど、転移の時のようなぐんにゃりとした感覚は無かったし、たぶん、ダンジョンがこちらに転移した、と考えるのが妥当でしょ。

つまり、後からやってくる先輩たちが襲われないためには、早めに攻略してダンジョンボスを倒して待機しておく必要がある。

もしくは、なんらかの形で洞窟から追い出すとか。

 

「急がないと……」

 

ダンジョンの最奥のボスは、俺が初めてダンジョンに潜ったときも、倒した中ボスが復活する気配はなかった。

だがしかし、オレンズとの決闘の際にレベル上げに潜った時は───さすがにドラゴンのとこまでは行ってないけど───初めての時、道中倒した中ボスたちも復活していた。

たぶん、新たな挑戦者が来るたびに復活するシステムなんだと思う。もしくは、あの黒いもや……モンスターを倒したら出てきて、再度モンスターを構成するのに使われるあのもやが集まるのに、ある程度の時間がかかるとか。

リポップってやつだ。

 

しかし、ゴブリンが出たってことはダンジョンレベルは下の方なのか?

そもそもダンジョンレベルの規定がなんなのかもわからないけど。

とにかく、先に倒しておけばしばらくはボスが復活しないことは明らかなんだ。先に進んで、ボスを倒さねば。

 

まおうの教えを意識し、胸の奥で魔力を練り上げる。

ガンと頭が殴られたような痛みとともに、魔力が全身を巡る感覚がより鮮明に感じられるようになった。

恐る恐る頭を触る。角が突出していた。

祈里仙、魔王モード。

おっと、手甲鉤がより硬くなったように感じる。オプションなんですかね。

 

「それじゃ、本格的に攻略を始めますか」

 

獣のように鋭利になった爪を装備したまま、洞窟を走り出した。

 

 

 

 

裏山ダンジョン〜ボスの間〜

 

代わり映えしない風景が続いたからあんまり面白くなかったけど、ようやくボスの間らしい。

中ボスか、それともここが最奥か。

少し先の開けた場所に鎮座するボスに発見されないように岩陰に隠れている俺は、ほっと胸を撫で下ろす。

相手は蜘蛛のように8本の足を持っている。壁を登られたりしたらきついけど、浮いてる系のボスだったら今の俺には倒せない。空中への攻撃手段がないから。

相手が床に降りたときに攻撃すればいいかな。

松明の火を他の木の棒にも燃え広がらせ、準備は万端。

 

バッと飛び出し松明を放り投げる。

明かりは確保された。

火が消えない限り、俺は右腕フリーで戦える。

 

「キシャアアアッ!」

「うわ鳴き声気持ち悪っ!」

「キシャ!?」

 

こちらの姿を確認した蜘蛛が手始めにと口から何かを飛ばしてきた。

身を翻して避けると、地面に当たったそれはやはりというかなんというか、蜘蛛の糸。

粘着弾みたいなやつか……当たったら間違いなくご馳走コースだな。

初心者のダンジョンでは安全装置として空良がいたけど、今回は空良がいない。自分でやらなくちゃ。

 

ぐっと息を溜め、戦闘の準備。

こっちはスタミナも攻撃力もないただの高校生なんだぞ。鋭利な武器を持たせても、そんな戦えないんだぞ。

戦う選択をした自分自身を嗤いながら、鉤を構えた。

 

「キシャアアアッ!」

「ッ!!」

 

粘着弾を再び飛ばしてくる。

横っ飛びをして回避しつつ、ダッシュで回り込んで急接近。

鉤を大きく振り上げて……。

 

「キシャァ!」

「ッ、そう簡単にはいかないよなぁ……!」

 

8本の足で跳躍、俺の爪攻撃を回避した蜘蛛。

天井に張り付いて、そこから粘着弾を飛ばしてきた。

 

「あっ、お前卑怯だぞ降りてこい!」

「キシャシャシャ!!」

 

せ、性格悪りぃ……!

だが、頭上からの攻撃なら回避は可能。一直線だし。

そのまま息を落ち着かせるように粘着弾の糸を避けていると、しびれを切らしたのか蜘蛛が壁に移動した。

げっ、まずい。壁からってことは横一直線。ビームみたいなもんだ。

 

「ピュッ!」

「おっ、わぁ!?」

 

神回避。

……じゃ、ない!!

左手の手甲鉤に当たったらしく、唯一の獲物が糸で接着されて動かない。

引っ掻きによる斬撃ができなくなった……!

 

「キシャシャシャ!!!!」

「安全圏から笑いやがって……!」

 

やはりその間にも飛ばされる粘着弾。

捕らえられたら終わり。

 

「キシャアッ!」

「ッ、なっ!?」

 

避けた先に既に撃った後の粘着弾!?

無理だ。踏むしかない。

支えにしようとした足が粘着弾によって動かなくなった。

それを見て勝利を確信した蜘蛛が飛び上がり、俺に向かって……!

 

「『オーバーホール』ッ!!」

 

そうだよ、俺にはオーバーホールっていう唯一の武器があった!

ゆっくりと流れる時間の中、俺の思考だけが正常に動いている。

……どちらかというとこのオーバーホール、周りがゆっくりなんじゃなくて俺の思考が加速しているのかも。そっちのほうが理にかなっている……じゃなくて!

相手は空中。俺は回避不能……この状況を打破できる一手は……!

 

「押してダメなら……」

 

オーバーホール解除!!

 

「さらに押す!!」

 

接着された爪でも、突きなら可能だ!

蜘蛛の胸目掛けて……。

 

「オラアアアアアアッ!!」

 

…………。

蜘蛛は、黒い粒子になった。

 

 



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魔王と雪

「……ん?」

 

蜘蛛を倒してしばらく。

歩いていくと、そこにパズルのはまった祭壇があった。

これは……確か、初心者のダンジョンにもあった、地上に転移するやつ。

幸いパズル自体は簡単に揃えられる物だったので、苦戦することなくパネルの絵柄を完成させる。

パネルが揃い、ピースに描かれていた絵柄が魔法陣であると気づいた時、俺の足元に魔法陣が浮かび上がった。

ただし、ピカピカと光る感じではない。

見た感じは、ウチの庭にあるノンピュールの魔法陣が似ている気がする。

 

「なるほど、魔力を」

 

これで、俺が魔力の扱いに慣れているかどうかが分かるわけだ。

魔法陣に手をつき、目を閉じて集中する。

魔法陣は俺の一部。俺の部位。血液を張り巡らすことのできる、俺の身体……。

 

目を開く。

 

「成功……!」

 

やんわりとではあるが、魔法陣が光っている。

ようやくここまできた……!ようやく、魔力を扱うレベルまで来たんだ……!あっ、ちょっと涙出てきた。

あとは、この先がどこに繋がっているのか。

ここが普通のダンジョンなら、ダンジョンに入る前の場所に飛ばされるはず……けど、ここは異世界じゃない。

鬼が出るか蛇が出るか……。

恐る恐る、魔法陣に足を乗せると、いつものようにぐにゃりと視界が揺らぎ、強制的に意識がシャットダウンされた。

 

 

 

 

「ッはぁ!!」

 

覚醒。

そよぐ風が、俺の髪を揺らした。

どうやら、ちゃんと転移できたらしい。

 

……異世界にな!!

 

「ほんっとマジどうなってんのこれ!!」

 

俺の冷や汗が、()()()()

極寒の吹雪が吹き荒れる雪原に放り出された俺は、手甲鉤になっていない左手で自らの体を擦る。

死ぬ。死んでしまう。

 

耐えがたい寒さに耐えつつ、足元の雪を掘り起こして壁を作った。

ちんまりとした壁だが、風は……まぁうん、髪の毛ほど防げる。

ちょっとずつ、範囲を拡大して、かまくらを作ろう……。

そう思いながら、雪をかき集めていると。

 

「あああああああああっ!!」

「俺の壁が!!!!」

 

空から飛来した人間に、ウォールマリアが潰されたのだった。

 

「……って、空良!?」

「仙くん!!」

 

寒さも意に介していないような空良は頭に雪をのっけたままこちらに寄ってきて、俺に抱きついた。

いつもよりも力が強い。こちらの存在をしきりに確かめようとしているようだ。

 

「仙くん、仙くんだぁ……」

「お、おう……?何があったんだよ」

「えっとね……って、それは後で!仙くん、すっごく震えてるけど、ここユルゲンだよね!?どうしてここに!?」

「後で話す!」

「山積み!」

「それが俺たちだろ!」

「確かに!」

 

空良は俺から離れたのち、もごもごと口を動かすと、その身体を光らせた。

魔法を使ったのだろう。いい加減わかってきたぞ。

 

「とりあえず、近くの国までダッシュするよ!」

「えっ、あ、おう……」

 

ぶっ。

全体にGがかかる。

肺を槌で打たれたような振動が伸びて伝わり、吐き出された酸素を求めて脳が必死に体を動かす。

つまりは。

 

「あばばばばっっばあばばばばばばっば」

「仙くん!?」

 

ガタガタと意味のない呼吸を繰り返しつつ、空良に引っ張られながら痙攣しているわけだ。

ゔぉゔぉゔぉゔぉゔぉゔぉゔぉゔぉゔぉ!!この空良ッ……速い……ッ!!

半ば死にかけで移動……異動についていき、空良が立ち止まった頃には。

 

「ついたよ仙く……仙くん!?どしたの!?」

「犯人は空良」

「私!?」

 

息も絶え絶え。文字通り。

まだクラクラする頭を押さえながら辺りを見渡すと、吹雪が止んでいた……なんで?

それに、太陽光が暖かい。先程は目を凝らしても雲ばかりで太陽なんて微塵も見えなかったのに。

すでに国に入っているらしく、後ろを振り返ると城壁が見えた。ちゃんと兵士だっている。

え、なに?空良はどれだけの距離を移動したんだ?

 

「あっ、あの道具はちゃんと起動してるんだ……よかった」

「道具?」

「前にもここにきたことがあったんだ。それで、初めてきたときは城壁の中も吹雪が吹いてたんだけど……この国と戦争していた魔王軍のところに突っ込んだら魔王軍側だけ吹雪が止んでてね?おかしいなって思ってたら、やっぱり吹雪を止める道具を持ってたんだよ!」

「ほう。だから?」

「盗んじゃった!」

 

空良はスカーフをマスクのように巻き、エクスカリオンではなく短剣を構えた。

盗賊スタイルってこと?

 

「ほら、そのときは正攻法で手に入れるよりも、盗んで人間サイドに持っていけば立場が有利になって戦いやすいかなって……」

「ウチの幼馴染みが悪い思考に染め上げられている……!」

「ちょっ、そんな言い方しないでよぉ!!」

 

まぁでも確かに、ゲームでもなんでも、勇者の転職先は盗賊だったりする。

それに、盗賊スタイルの空良だって可愛いじゃないか。

白と紺のいつものthe・勇者って感じも良いが、こっちは紺を多めに取り入れて暗闇に紛れやすくなっている。

獲物だって、透き通った水晶のエクスカリオンではなく、赤と金の装飾のある小回りの効く短剣。目立たなくていい。

 

「なるほど。だから近くの国って、迷わず来れたんだな」

「うん。仙くんを引っ張りながら挨拶したら、すぐに入れてくれたよ!……本当は王都の通行手形が必要なはずなんだけど」

 

まさかの顔パス。それだけ顔が広いんだウチの子は。

しかし、こんなところもあったんだ。

この世界は地続きではなく大陸で分かれている……ってのは知ってるけど、この大陸だけでも結構広そうだ。

 

「とりあえず……話したいことが山ほどあるんだけど、お茶しない?」

「ん?あぁ、まぁ……いいけど」

 

ペンダントは付けるべきかな。

あ、でも魔力を練って溜まってる分を減らさなきゃ角が出ちゃうから、このままでいいかな。

と、そんなことを考えている間に空良はお店を見つけたようだ。

店は温かみのある内装で、カウンターの奥で店主と思わしき人がコーヒーを入れている。

そこまで賑わってるって感じでもないのか……?

 

「おや、勇者ソラ様。ご無沙汰しています」

「久しぶり!はいこれカード!」

「……まったく、あなたほどの方ならカードなどいらないというのに……」

 

なるほど、会員制なのか。

空良が店主に見せた板は……あっ?これなにでできてるんだ?木でも紙でもないし、プラスチックなんてこの世界にあるはずないし……。

謎の素材のカードに旋律していると、店主が視線で座れと促してくる。

ウキウキと座る空良。その向かいの席に俺も座ると、俺の目の前にコーヒーが置かれた。

メイドのような格好をした人がお辞儀をして去っていく。

 

「ソラ様のお連れの方のようですので。新規のお客様にはサービスをしているんです」

「あっ、どうも」

「マスター、あれちょうだい!」

「承りました」

 

店主がカウンターの向こうでかちゃかちゃと音を鳴らす。

しばらくすると空良の目の前にフルーツサンドイッチが置かれ、それを頬張った空良がうっとりと微笑む。

一息ついたところで本題に入ることにした。ずずっ、あっ、コーヒーうまい。

…………。

 

「「あのっ」」

 

被った。面食らったような顔が微笑ましい。

 

「……そっちからどうぞ」

「えーと……仙くん。聞きたいことがあるんですが」

「おぉ」

「それなに?」

 

空良が指差したのは俺の右手。

未だ手甲鉤と化している右手だった。

邪魔にならないようにだらんと下げていたのだが、いい加減に右手を使いたい。

 

「なんかな、洞窟にあった石を触ったらこうなった」

「どういうこと……!?」

「俺も分からん。ただ、懐かしい感じがしたんだ。ノートがいるような」

「……?あー……?いや、うーん?」

「心当たりがあるのか?」

 

空良は微妙そうな顔でマントの裏から掌に収まるサイズの石を取り出して……待て、今どうやって出した。

……空良はその石を握り、ぐっと力を込めた。

その瞬間、空良が石を握っていた方の手が一瞬で銅色の小手に包まれ、石はどこへ消えたのか、なくなっていた。

───そうそれ!!俺のと一緒!!

 

「これに正式な名前はついてないんだけど、みんなは武具結晶って呼んでる。これは、結晶のついたもの……なんでもかんでもを取り込んで、いつでも取り出せるようになる……【収納袋】の石バージョンみたいな感じなんだけど……見たところ、仙くんの、爪?には武具結晶がついてないんだよね……」

「なるほどな」

「武具結晶自体もすっごく珍しいもので、魔剣とかと同じか、それ以上にレア。だから、それの仕組みは私にはわからないよ……。ごめん」

「いや、良いんだ。……つっても、右手がいつまでもこうじゃあ不便そうではあるけど」

「そうだね。少しやってみる」

 

空良が俺の右手をとり、瞑想するように目を閉じる。

異物感。身体中をめぐる魔力のうち、右手の魔力が押し返されている。

代わりに、ほかの魔力……多分、空良の魔力が右手を包み込むと、右手が圧迫されるような不快感の後、渦巻くようにして手甲鉤がなくなったのだった。

コロンと、俺の右手に石が転がる。

……ほう。意味がわからん。

 

「良かった、解除方法は武具結晶と変わらないみたい」

「そうなのか?」

「けど……本当に不思議な石。ん……ほら、私が発動させようと思ってもぴくりとも動かないもん。何か条件があるのかな?」

 

あるとすれば……魔力量とかか?

いや、魔王の魔力を取り込んだ俺は論外として、勇者である空良の魔力が少ないということはあり得ない。

血華刀の呪いを解除するのも、大半の魔力は空良が補ってたし……。じゃあ、魔力以外の何が条件なんだろうか?

 

「まぁ、この辺は有識者に聞いた方が早いかも。後でノンちゃんのとこに行こっか」

「あぁ……うん」

 

あいついっつもなにかしらを聞かれてるなあ。先生役なのかも。

とりあえず、この石の事はまた今度。

今度はこちらの質問タイム。



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幼馴染と状況整理

「それじゃ、今度はこっちから聞かせてもらうが」

「うん」

「ここ最近、どこに行ってたんだ?」

 

ここ最近は空良が家に帰っておらず、微妙に心配したものだ。

ずっと、異世界のどこかで宿でも取っているか、野宿でもしているかと考えたが、やはりまだ心配なところがある。

 

「んーとね……ちょっと、私も詳しくはよくわかんないんだけど」

「言ってみ」

「異世界にね、行ってたんだ」

 

ほう。

別に、それは予想していたし、なにか珍しいものでもないけれど。

……いや、異世界ってだけで珍しいの宝庫だな、なんで慣れ始めてるんだ俺は。

しかし、なにが違ったのか、空良は合点した俺の表情を見て慌てて首を横に振った。

 

「違うの、仙くん。なんていうか……その、多分、この世界とはまた、別の世界っていうか……」

「別の世界?」

「うん。転移……っていうか、訳はよくわからないんだけど、とにかく、別次元の世界についていたっていうか……異星?異世界?こんがらがってきちゃった」

「……ん?ちょっと待ってくれ」

 

この世界の他にも、異世界があるっていうのか?

パラレルワールドや、タイムワープ……オカルトというには、少し現実味がない。なぜって、ファンタジーだから。

 

「えーと……つまり?」

「また一つ、世界を救ってきました……?」

 

目頭を抑える。

呆れよりも、悔しさが強い。

なぜ、俺はまた空良に重荷を背負わせてしまったのか。どうして空良の代わりになれなかったのか。

ぐるぐると回る胸中をコーヒーで押さえつけ、一旦は飲み込むことにする。

 

「あっ、あとね、エクスカリオンの形が変わってたんだ!」

「変わってたって?」

「刀みたいな形になってて、それで……ちょっと扱いづらいなぁって思ってたら、現地にいた人が剣をくれたりして……あっ、あとね、この石もね……!」

「ちょちょ、ちょっと待て。情報量が多すぎる」

「あっ、ごめん……」

 

とにかく、この星の他にも異世界があって、それに呼ばれたってことだな。

 

「そう!他にも、いろんな人がいてね……」

 

空良の呼び出された世界は、様々な世界の英雄たちが集まっていて、そろって強大な敵を倒すのが目的だったらしい。

なんだその怪獣オールスターみたいな。

どうやら何度か転移結晶を使って帰ろうとしたらしいが、帰ることができなかったらしい。

それで、また世界を救って帰ってきたと。

 

「……今度は俺がいく」

「うん!色んな人たちを紹介したいし、行く目処が立ったら一緒に行こうね!」

 

そういう意味じゃ、ないんだけどな。

……今度は、俺が行く。空良を守って、俺が行く。

そりゃあ、空良の方が戦力にはなるだろう。けど、空良だって人間だ。

性能の良いコンピュータも使い尽くせばやがて壊れる。

そうなる前に、別のコンピュータ(代わりの犠牲)が必要なんだ。

 

俺は、空良よりも強くならなきゃいけないんだ。

『せかいじゅーのみんなを笑顔にするの』、か。壮大な夢だよな、本当に。

【暁の天剣】なんて大層な異名を持っている勇者様は、昔から勇者様だった。

俺は、傍観者にはなりたくない。

どれだけ空良が主人公なのだとしても、必ず空良を守ってみせる。

 

───『たとえこの身が朽ち果てようともッ』───

 

いつのまにか、すごいところまで足を突っ込んじゃったなぁ……っと、もうコーヒーが無くなってしまった。

 

「とりあえず納得した。調べたいことも増えたけど……まぁ、大丈夫だよ」

「そう?うん、ありがとう!」

「なんで感謝するんだ……?」

「えあっ、なんでだろう……日本人って謎だよね」

 

久しぶりにどうでもいい会話を2、3交わし、そこに空良がいることを実感する。

やはり、側にいると落ち着く。幼馴染の力は偉大だ。

 

「で、これからどうするつもりだ?」

「うーん……私は……一度、お城の方に戻って色んなものを調べたりしたいけど……」

「なぁ空良」

「うん?」

「一度、家に帰った方がいいんじゃないか」

 

空良の目を見開き、次に伏せる。

言葉を選んでいる様子だ。

 

「空良が帰ってきていることは、あの人たちには伝えてない。パニックになって、通報とかしちゃうと思ったから。……けど、そろそろ、いいんじゃないか?今の空良なら、大ごとになる前に鎮圧できるだろ?」

「…………」

「俺は……もう、あの人たちのあんな顔を見たくなくて」

 

年齢的には、高校生だ。

両親となにかあったのかもしれないし、個人的に思うところ、考えることがあるのかもしれない。

異世界で命をかけて戦ったことも、一度話してしまえば全て話さなければならない。

もちろん、すごく心配するし、中には致命傷を負った戦いもあったはずだ。

でも……でも。

 

「空良のお父さんはまだ、探してるよ」

「…………」

「空良のお母さんは、ご飯を三人分作ってる。いつ帰ってきてもいいように」

「…………」

「俺は……空良の幼馴染としては、帰ってきて欲しい。地球に、とかいう意味じゃなくて、ちゃんとした家に。心山さんに。帰ってきて欲しい」

 

急にこんな話をするのもどうかと思う。

でもこの際だ。

言いたいことも、不安なことも、全部話してしまおう。

そうして、しばらくして言葉を作っていた空良が発した言葉は。

 

「もう少し」

「……そっか」

 

少し寂しい回答を、残したのだった。

いつのまにか、空良の皿からもサンドが消えている。

どういう単価なのかよくわかんないけど城から適当に持ってきていた硬貨を渡して返ってきたお釣りを懐に忍ばせていると、空良が急に立ち上がった。

 

「仙くん」

「はい」

「戻ろう」

「はい?」

「仙くんの言ってた洞窟が気になる。戻ろう」

 

なんだ急に。

こちらを急かすように「戻ろう」と連呼する空良に困惑していると、扉がバンと開かれた。

 

「勇者ソラ!!(わたくし)と勝負なさい!!」

「あぁ〜来ちゃったぁ……」

 

唐突に店に入ってきた金髪縦ロールの女性。

この世の人間が想像する「お嬢様」の体現をしたような彼女の登場に、空良はダァンと机を叩いた。

べキィと音を立てて崩れゆく喫茶店の机には目もくれず、金髪縦ロールは空良にその細く長い指を突きつける。

 

(わたくし)の挑戦状を貰うだけ貰っておいて決闘場所に来ないとはどういうことですの!!訊きたいことがたっっっくさんありましてよ!!」

「お前そんなことしてたのか……」

「違うの!!だってその日寒くって……」

「凍えるような雪原で膝下まで雪に埋れつつ待った三日間……兵糧攻めかと思うほど待った三日間!!かたときも忘れたことはありませんのよ!!」

「お前……!!」

「違うのぉ!!」

 

お嬢様はモコモコのついたコートのような赤いドレスを揺らめかせ、微妙に疲れたような目を空良に向けた。

 

(わたくし)の挑戦状!!魔王のいなくなった今なら、受けてくださいますわね!?」

「うう……えぇ……どうしよ仙くん」

「受けてやれ。流石にかわいそうだ」

 

と、会話に混ざったことで視線がこちらに向けられる。

お嬢様はすぐさま体の向きをこちらに直し、ドレスの裾を掴んでカーテシーをした。

なにその礼、めっちゃ綺麗……!!人間が考えうる最大級のお嬢様って感じだ。

 

「お初にお目にかかりますわ。リリー・スノウホワイトと申します。あなたは勇者ソラのご友人でらっしゃいますの?」

「あぁ、初めまして。仙って言います。ええと……友人っていうか、恋人、かなぁ」

「あら」

 

先程の威勢はどこへいったのか、完全にお嬢様を演じているリリーさんが口に手を当てて驚き。

それを見た空良が「さっきの威勢はどこにいったんだろうね」と皮肉を溢す。

き、基本的に人の悪口を言わない空良が明らかな嫌悪感を出している……!?

リリー・スノウホワイト……一体どんなイカれたやつなんだ……!?

 

「そうでしたの。まさか、勇者様が恋人を」

「リリー、茶々入れるつもりじゃないよね?リリー?」

「茶々は入れますわよ。あなたのライバルですもの。しかし驚きですわ。まさか……」

 

 

 

 

 

()()と恋仲にあるなんて」

 

 

 

 

 

───!!?

 

「わかりますわよ。並みの人間ではわからないでしょうが……(わたくし)は生憎そうではなくってよ。魔力を見通すことなんて、造作もないですわ」

「……いやあ……ペンダント使ってないのに魔力を見通されるって……どうなんだろうか」

「仙くん?しばらく見ないうちになんか雰囲気変わっ……仙くん?」

 

胸の中で魔力を練り上げ、全身に巡らせる。

脳天を突く痛みと、その直後にゾーンに入ったような爽快感。

俺の頭には、二本の角が突出していた。

 

俺は仙……魔王セン!(仙くん?おーい?ねえ)空良が倒した魔王から、魔力を受け継いだ(聞いてる?ねぇ、ちょっと、んおーい)いわば二代目の魔王!(……ちょっとぉ)と、言っておこうかな」

「…………」

 

俺とリリーさんの視線がぶつかる。

いつでも戦えるように身構えつつ、リリーさんのほうを見つめると……。

 

「まぁ、いいでしょう。今のところ悪名は一つも聞いていませんもの。それに、この国は魔王が討伐をされてから魔族との共存を目指している方針に決めたようですし……なにより、この店のマスターにご迷惑ですもの」

「……そりゃどうも」

 

一息ついて銃中をやめると、角が消えてギンギンになった気分も冷えてきた。

頭が痛い。ほんの一瞬、魔王モードになるだけでもここまで疲れるなんて……。

オーバーホールと併用したら、その時は気絶でもするかもしれない。

そもそも、オーバーホールと魔王化を併用するほど俺は器用じゃない。いつかできるようになればいいけど。

角がなくなったことを手で触って確認し、せっかくなので頭を押さえて痛みを和らげる。

 

「……ごほん。とにかくソラ。表にでなさいな。(わたくし)のとの戦いは始まってもいませんのよ!この国をすぐ出たところ、森の前で待っていますわ!!」

「またのお越しをお待ちしております」

 

リリーさんは興奮冷めやらぬといった様子で店から出て行き、店主が頭を下げる。

いくらなんでも寛容すぎないかこの人。

これからどうするのかと視線を空良に移すと、空良は神妙な顔でうなづいた。

 

「帰ろう、日本に」

 

鬼かお前。



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幼馴染と雪原の好敵手

「ヤダヤダ、すっごい長い間戦うことになるからヤダ!」

「気持ちはわかるけど今放置するともっとめんどくさくなるから!」

「ヤダぁ!!」

 

空良の拒否反応がすごい。

普段、笑顔が眩しい事が売りの空良が、必死に逃げようとしている。

 

「待てって空良!」

「離してぇ!」

「がはっ!?」

 

手を掴んだ瞬間に全力で振り払われた俺は床に叩きつけられた。

床と背骨がミシミシと悲鳴を共鳴させる。

おわぁ痛い。

 

「もう嫌なのぉ!寒い中笑い声上げながら鎌振り回してくるあの子の相手は嫌なのぉ!」

「いやもうマジでなんでもするから闘ってやれよ!哀れで仕方ないだろ!!」

「そんなこと言われても……ん?」

 

急に空良が真顔で顔を近づけてくる。

思わず後ずさるがその分距離を詰められ、逃げることができないことを悟った。俺、死す。

 

「今何でもするって言った?」

「え、あぁ……」

「何でもするって言った?」

「言っ……たけど……」

「リリーッ!いざ勝負!!」

「強欲!?んでもって速ッ!?」

 

目に止まらぬスピードで店の外にぶっ飛んでいった空良の背中を瞬時に追うことは出来ず、伸ばした手は虚空を揉んで行ったり来たり。

恐る恐る後ろを振り返ると、酷い惨状の店内と、平然とコーヒーカップを吹いているマスターさんが目に入った。

 

「…………」

 

頭を下げたら許してくれました。

 

 

 

 

バリアの外に出ると戦闘はすでに始まっていた。

寒いし風強いしで視界は霞んでくるが、たまにこちらにまで波ァ!的なものが飛んでくるので眠ることもできない。

 

「アーッハッハッハッハ!!!!」

「あぁやっぱ無理ぃ!怖いぃ!!」

 

雪の降る中で、赤いコートと紺のマントが舞い踊る。

……なんて表現だったらとても綺麗なように思うが、目の前で起こっているのはそんな綺麗なもんじゃない。

鎌が振り下ろされ、剣が急な角度から突き上げる。

どれもこれも、遊びでやっているとは思えない。

 

「【ウォーター】ッ」

「来なさい!!」

 

空良が水を出してそれを凍らせ、槍のようにして辺りに降らせた。

対するリリーさんは鎌を地面に刺して身軽になったあと、踊るように舞ってその全てを避ける。

思えば、今までの敵が序盤すぎて、空良の本気を見ていなかった。

いっつも一太刀で終わらせたり、隙を作っている印象があったから。

この闘いは、空良より強くなるという目標のためには、目に焼き付けなければならない。

もっと強くなるために……。

 

「やあ、どうも」

 

急にそこに現れたような異様さを以って、それは俺の背後に立っていた。

 

「なんだか、すごく熱心だね」

「……お前、生きて……」

 

その声色は覚えがある。

『管理者』。

大和に旅行に行った時、二人で……。

 

「……そ」

「おっと荒事は好みじゃない。今はね」

「っ……」

「指一本も触れてないのに、動けないだろう?これがプレッシャー。蛇に睨まれた蛙ってやつだ」

「…………」

「君が下手な動きをしないなら、俺だってしない。さ、世間話でもしないかい?」

 

管理者は俺の隣に座る。

吹雪の中なのに春とほとんど変わらないような服装をしている管理者は緑色の瞳で俺を見つめ、ニヤリと口を歪ませた。

 

「今日は気分がいい……っていうか、言ってもいい日だ。なにか聞きたいことがあったら聞きたまえ」

「……聞きたいこと?」

「あぁ。君が疑問に思っていること、教えてあげるよ」

「……じゃあ、何でお前は生きてるんだ?あのとき、確かにお前は死んでたんじゃ」

「死んだよ。確かに、死んだ」

 

管理者は「でも」とポケットからオレンジ色に透き通る石を取り出した。

 

「これがあるから、生き返ったんだ」

「これは……?」

「残機。ゲームなんかでよくあるだろう?命の肩代わり、起死回生の一手」

 

……んな、馬鹿な。

つまり、少なくともあと一回は、この管理者という男は死んでも復活できるってのか。

 

「そんなこと、できるのか?」

「できるさ。生命の根源である経験値を集め、結晶化する」

「経験値だって?」

 

やはり、こいつはこの世界の住人?

空良は初対面の用だったし……これほど謎に包まれているやつが、空良と面識がないなど、可能性としてでもあるのだろうか?

 

「【ファイア】!!」

「アーッハッハッハッハ!蚊ほども効きませんでしてよ!!」

「【ファイア】【ウインド】……【インフェルノ】ッ!!!!」

「ほぎゃあーッ!?」

 

管理者は二人の戦いを見ながら、感心したような、呆れたような笑みを浮かべた。

 

「勇者ソラは……もう成長限界かなぁ。あっちのお嬢はぐんぐん強くなってるね」

「なぁ、聞きたいんだが」

「なにかね」

「お前はこの世界の住人なのか?それとも、地球の住人なのか?」

 

俺の問いを吟味するように目を閉じる管理者。

いつでも攻撃や防御ができるように身構えるも、相手が動きそうな気配はない。

 

「地球の住人だけど、今はこっちの住人だ。君や、あの女の子のようにね」

「……?それは、つまり」

 

異世界転生。

 

「君が思っていることで相違ない」

「じゃあ、なんであの時俺たちと戦ったんだ」

「彼女に、もっと強くなってほしいからかな」

「意味がわからない」

「近いうち。近いうちに、あの少女でも、俺でも太刀打ちできない強大な敵が生まれる。戦えるのは、勇者のみだ」

「勇者って……空良だけじゃないのか?」

「いいかい?君が思っている強大な敵って、魔王やそこらだろう?……それとは比べものにならないよ。この大陸を越え、この世界を越え、宇宙にまで影響を及ぼすナニカが生まれるんだ。そのためには……人類の『理想』の力が必要だ。亜空聖剣という、『理想』の力を扱える彼らの力が」

 

スケールが大きすぎる。

急にそんなこと言われて、はいそうですかと納得できるはずがない。

だいたい、コイツは死んだはずの敵で、こうして話をするはずがないのであって。

……でも。

 

こいつの話を、信じようとしてしまうのは何でだろう?

 

妙な説得力があると言うか……俺を、俺自身を見ているかのような……。

チラリ、と横目に空良達をみる。

未だに戦いは拮抗している。空良が言っていた、戦いが長くなると言うのは間違いではないらしい。

 

「空良は知ってるのか……?」

 

その問いかけに、答える声はなかった。

代わりに、目の前の男が首を横に振る。

 

「俺の目の届かないところでない限り、このことを知っているのは俺だけ。勇者達が集まって戦うのはもう決まった事実なんだ。だから、強くなってもらう。自分の身と平和を守るために……そのためなら俺は、悪役にだってなるよ」

「…………」

「強さが欲しいなら、あのダンジョンを……『開拓者の石窟』を、調べ尽くすといい」

「開拓者の石窟?」

「君はあそこからやってきたんだろう?あそこはね、次元が不安定なんだ。……山頂にあるアレのせいでね。だから、あの洞窟はいろんなとこに繋がっている。この大陸はもちろん、別の大陸にも。君が前触れもなく雪原に放り出されたのはそれが原因だね」

「あの洞窟を中を探せば、アンタのとこへ行けるゲートに繋がるかもしれないってことか……」

「まぁそんなもの。気をつけてね、前に洞窟に入ったときとは、構造が違うかもしれないから」

 

……つくづく思うが、なぜこいつは俺が洞窟に入ったことを知っているのだろう?

まるで、全て見てきたみたいな言い方だ。

と、管理者が徐に立ち上がった。

 

「さて、そろそろお暇させてもらうよ。俺から離れると急に寒くなるから、ちゃんと覚悟しておくんだぞ」

「なっ、まだ聞きたいことがっ……いなくなった」

 

振り返った先には誰もいない。

雪と共にバラバラになって吹き飛んだかのように、そこにいた痕跡も、存在感も無くなっていた。

 

「寒ッ」

 

同時に体を刺す寒さ。

歯をガチガチと震わせながら空良のほうを見ると……。

 

「亜空聖剣エクスカリオンっ!!」

「魔剣ダルダイン!!」

 

ついに目に見えない速さの剣戟を繰り広げていた。



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幼馴染と胸の内

結局、あの決闘は空良の勝利で決まった。

雪原に倒れ伏して徐々に埋まっていくお嬢様を掘り起こした後、バッと目を覚まして、

 

「こうしちゃいられませんわ!?もっっっと強くなるんですの!」

 

と言葉を残してまた吹雪の中へと突っ込んでいった。馬鹿なのかもしれない。

 

……管理者に会ったことは空良には話していない。

いや、話せなかった。

喋ろうとすればするほどに言いたい言葉は宙を舞い、ほつれて、結局なにも言い出せなかった。

強大な敵とはなんなのだろう。

果たしてそれは、高校生の手に負えるのか?

 

「ふいー。なんとかなったね」

「お疲れ様。この後はどうするんだ?」

「うーん……ちょっと気になることがあって、単独行動したい感じ?」

「気になること?」

「大丈夫、大丈夫。仙くんには関係ないから!じゃっ、行ってくるね!」

 

その場で跳躍し、屋根を伝って走る空良。

……お前は、いつもそうだ。一人で勝手に言ってしまう。

それでまた、なにかを救って、しれっと帰ってくるのだろう。

 

空良を引き戻そうと伸ばしかけた手を見つめる。

空良の荷物を抱えるには、小さくて、非力。

俺のわがままで空良を苦労させて、それで、俺は今なにしてる?

 

「仙くんには関係ないから、か」

 

その瞬間、俺は自信が主人公ではないこと(物語の歯車であること)を自覚した。

 

なあ空良、俺はどうしたらいい?

寒空は、答えてくれない。

 

 

 

 

ぎゅむぎゅむと足元の雪が鳴る。

いやあ、壁の外は寒かった。前はあんなに吹雪いてなかったのに何が起きたんだろう。

 

「そうだなぁ」

 

まさか、空良が単独行動を望むとは思っていなかった。

一緒にならないといけないのに。

二人でいないといけないのに。

 

「全く、困ったもんだよ」

 

そうして俺は、一振りの刀を取り出した。

()()()を。

 

「ユイ」

『……なんじゃ』

「出てきてもいいんじゃない?」

『答えはやー、じゃ。外は寒かろう。死んでしまうわ』

「ふうん?残念だなぁ、ここのパフェは美味しいと評判なのに」

『ぱふぇ!!』

 

刀が変質し、少女の姿へと成り代わる。

 

「うおっ、やっぱり寒いのじゃ!! 嘘つきおって!!」

「嘘なんかひとつも言っておりませんが?」

「……たしかに」

 

うむむと唸る少女には、過去の悲劇の面影は感じられない。

普通の少女だ。

 

「さてここで問題です」

「なんじゃ?」

「仙と空良は別行動してしまいました。二人を鉢合わせ、共に行動させる方法とは?」

「……またあやつらは別れたのか? 本当に恋人同士なのかあの二人は」

「ま、異世界(こっち)じゃステータスの差もあるし、いつまでも一緒にってわけにはいかないでしょ。ってことは?」

穂織(あっち)で、行動を共にさせる必要がある……?」

「正解」

 

まったく。どうしてこうなるんだ、あの二人。

 

 

 

 

さて。

空良がいなくなったけど俺、どうしよう。

向こうに帰る方法なんてないし、外は吹雪だし、俺詰んだも等しいぞ。

……と、とりあえず。

観光でも、してこうかしら……。

 

「…………静かだ」

 

先程の雰囲気とは変わり、たった少しの時間を過ごしただけで露店はあらかた店を閉まっていた。

あらゆる商品を家の中に仕舞い込み、誰もがもくもくと自らの店じまいに没頭している。

 

「あの、もう終わりなんですか?」

「ん? ……ああ、外から来たのか? それは運が悪いな。最近になってまた吹雪いてくるから大体この時間に店を締めるんだ。悪いが、宿を探してまた明日来てくれ」

「へぇ……。え、じゃああのバリア的なのは……」

「さぁな。勇者ソラ様が置いていってから陽の光を浴びれるようになったにはいいが……最初の頃と比べたらその光も弱くなってら。魔力でも足りんのかねぇ。この様子じゃ、もうじきあのお空の小さな星も雪に飲み込まれるだろうな」

「そうですか……」

 

ふぅむ。また厄介ごとの予感だぞこれは。

無理を言って露店のおっちゃんに頼み込んで買った厚いコートを着込み、もう俺以外に誰もいない通りを一人歩く。

人工太陽のようなものの光が日没のように徐々に弱くなっていき、それにつれて吹雪も強まってきた。

 

「……さむ」

 

街の外と比べても寒さがあまり変わらなくなってきた街はどの家も雪を防ぐ雨戸のような格子を張っており、中から全力で暖かい光が漏れている。

……なるほど。雪に慣れているから、たとえ人工太陽が効かなくなっても対応できるんだ。

そしてこの吹雪。これじゃ、魔物は近づけるわけがない。魔王軍の侵攻を防ぐ天然の城なんだ。対策されてたけど。

 

「でもどうして、こんなところに街なんか建てようと思ったんだろ……わっぷ」

 

口に雪が!

冷たいそれを吐き出して、そこでようやく今どの辺にいるかを確認してみる。

 

……。

 

知らない場所だった。

目を凝らしてもランタンの灯りひとつも見えない。

耳を澄ましてもびゅうびゅうと鳴く風に全てかき消されるばかりで何も聞こえない。

足元の石畳が、心なしか柔らかいように感じる。土じゃない、雪だ。

まさか。

 

「……遭難……?」

 

背筋がゾッとする。

あれだけ雪には注意しようって思ってたのに!!

いつから街の外に出てた?全然わからない!

風の威力はどんどん増して、ばさばさと頭に当たる雪も少しづつ痛みを感じるようになっている。

ま、まずは壁を作ろう……最初にここにきた時と同じように。

足元の雪を引っ掻いて乱暴に穴を作る。

ポケットから取り出した石を握って鉤爪を出し、少しでも作業効率を上げ、より多くの雪を集める。

作り出した壁の内側で指先に魔力を集中させ、全力で魔法をイメージした。

 

「ッ、ファイア、ファイア」

 

点け……頼む……。

 

「ファイア……!」

 

このままじゃ。

 

「ファイア……」

 

ファイア……。

 

「ファイア───」

 

ファイ、ア……

 

「───」

 

───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───仙くん!!

 

「ッ!?」

 

聴き慣れた声に目が覚める。残る柔らかい香り。

 

「仙くん……!」

「そ、そら」

「仙、くん……」

 

空良が俺を抱きしめる。

ここが洞窟のようなところであるところを見るに、どうやら俺は、また勇者に救われたらしい。

 

「ごめん、空良。しくじった」

「ううん。私が悪い。吹雪が強くなることを予想できてなかった私が悪い!!」

「お前は悪くないよ。こうして助けてくれたんだし」

「うう……ぐす」

 

泣いてるんだろうか、コイツは。

まぁ確かに、幼馴染であり恋人が雪の中で死にかけてたらそりゃ誰でも泣くか。

もう大丈夫だと空良の背中を強めに叩くと、空良は名残惜しそうに離れてくれた。

 

「ここは?」

「近くにあった洞窟の入り口付近。山か崖かはわからないけど、岩が削れてできたような穴だから風は通さないよ。【ファイア】」

「奥まで行かないのはなんでだ?寒いだろ」

「洞窟はダンジョンになってるかもしれないから……」

「……あぁ……」

 

暖かい火に当たりながら情報を交わす。

空良が火や体温で温めてくれたおかげで今はなんともないが、見つけた時は俺はほぼほぼ死んでいたらしい。

右腕は凍傷で黒ずんでいたらしく、肘から先をぶったぎって【ヒール】で無理くり生やしたらしい。SAN値チェック。

この一件で異世界は普通にやばいとこであることを再確認した。

 

「帰ろ、仙くん」

「向こうに?」

「うん。一度転移結晶を使って王城かノンちゃんところに行く必要があるけど、ここにいるよりはマシだよ!」

「……わかった」

 

空良が【収納袋】から【転移結晶】を取り出し、その石に魔力を込め始め、た、その時。

 

「ッ!?」

「なっ……」

 

転移結晶が、凍りついた。

大きな氷塊となった石を即座に手放した空良はエクスカリオンを取り出し、洞窟の奥を睨む。

 

「なにか、いるね」

「つまり、ダンジョンか」

「そうなる。【ライト】」

 

アゼンダの魔女の家でも使った光球がフヨフヨとあたりを照らす。

鉤爪は邪魔なので出さずに、血華刀だけ構えておく。

 

「魔王モードは?」

「オーバーホールの方が奇襲も詠めていいかなと。まだ併用できない」

「そっか」

 

胸に空いた次元の穴。……次元の穴? 原理知らんから次元かは知らんけど。

これで、何か来る数拍前に()()()()()()()()を予測することができる。

これで少しは、役に立てるはずだ。



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幼馴染と氷の精霊

映画幼馴染!
嵐を呼ぶ!たくさんの地球の危機ッ!
5月15日、上映開始!


「何か、いるね」

「つまり、ダンジョンか」

 

なんて意気込んだけれど。

 

「ほっ」

 

スパァンッ。

空良(勇者)が隣にいて苦労するダンジョンなんてないよなぁ……。

さっきからオーバーホールの出番も全然無いし、こっそり解除しても何も変わらなかったことにショックすら覚える。

苦労しないに越したことはないって……そりゃそうなんだけども。そうなんだけども。

 

「大丈夫、仙くん?」

「めっちゃ楽」

「良かった」

 

片手間になんかもやもやしてるよくわかんない冷気の塊みたいなやつをばっさり斬り、空良が訪ねる。

きっとあいつ物理効かない系モンスターなんだろうな。けどエクスカリオンだから……霊も神も斬れるらしいから……。

 

「そろそろボス部屋な感じするね。一度休憩しよっか」

「あ、おぉ……」

 

せめて焚き木だけは組ませてください勇者様!

迅速な対応で焚き木を組むと空良がにこやかに魔法を放って焚き火を作る。

洞窟の中だというのに一酸化炭素中毒にならないのは何故だろうか。あ、【収納袋】から酸素を?あ、すみません気が利かなくて……。

 

「なんか空良に頼り切りな気がするなぁ」

「仙くんは一般人だもの。無理しないでいいんだよっ」

「……一般人かぁ」

 

一度も抜いてない刀と、一度も使うことない魔力。

せめて魔法を覚えればと思って頑張っても覚えられたのは死なないと使えない(蘇生)魔法のみ。縁起悪い。

 

「ここのボスはどんなだろうね。斬れるかなぁ?」

「その剣で斬れないもの無いんじゃないか……?」

「まっさか!! 斬れなかったものもあったよ! たとえば魔王軍の幹部が側近にしてたゴーレム……あれ、斬ったんだっけそれ」

「おい」

 

試しに、と空良が剣を持ち上げ洞窟の岩肌をコツコツと叩いてみる。

がこっと音がして崩れた。

 

「……できたねぇ……」

「まぁ、ただの岩ならできないこともないんじゃないか」

「ダンジョンの壁ってだいたい壊れないんだぁ……」

「そうか。…………そうか」

 

そもそもあなたアゼンダのところの本棚も切り崩してたし、魔王城のてっぺんが門松の切り口みたいになってたのもあなたでしょうに。

 

「あれ? 私、人間?」

「人間だよ間違いなく。……人間だよな?」

「酷いっ!?」

 

ぱちぱち燃える焚き火を眺めながら軽口を返す。

いやぁ……寒い寒い。コートがあるからなんとか耐えられているが、奥に行くに連れて寒さが増してる気がする。

 

「なぁ空良、寒くない? お前、めっちゃ肌に張り付く服着てるけど、大丈夫なの?」

「え? ……あぁ、私は大丈夫だよ! 私、暑さも寒さも感じないから!!」

 

…………?

 

「レベルが上がって抵抗力? 防御力? が上がったおかげなのかな、吹雪の中でも全然へっちゃら! すこし変な感じはするけどそこまでじゃないよっ。それだけじゃなくて、毒とかも効かないし、なんなら酸素がなくたって二時間は……仙くん?」

「空良……それで人間と言っていいのか……?」

「に、人間ですが!?」

「どこの時空の酸素無しで二時間生きられる人間がいるんだよ……人間ってなんだよ……」

 

まさにチートスペック。

地球にいけば何故か弱体化するが、この世界でなら空良を倒せる者は存在しないのではないか。

もはや勇者ってか兵器じゃないか?

 

「さ、そろそろ行こっか」

「あ、あぁ……うん」

「火消すよ」

 

空良がふっと息を吹くと焚き火が消える。うん、なんで? 息を吹きかけただけなのに何故?

黒ずんだ木材を目に戦慄する俺の前をスタスタと通り過ぎる空良。

その目は既にダンジョンの奥を見つめており、エクスカリオンにも手が伸びていた。

空良を追いかけると待ったの合図。思わず止まれば、空良の指がこれから通るであろう部屋を指さす。

 

「空良?」

「見て仙くん。ダンジョンの奥」

 

言われて見た部屋はダンジョンの中だと言うのに吹雪いており、部屋の外まで少し雪が漏れ出ていた。

 

「雪が……」

「自然洞窟なら、外に繋がってるってこともありえなくはないんだけどね。でもね、仙くん。だいたいそういう(自然洞窟系の)ダンジョンは、動物に似た魔物が多いって決まるがある……」

「でも、ここのは幽霊みたいな魔物ばかりだった。ってことは……」

「恐らく、もうここがボス部屋。気配が近いのは気のせいじゃ無かったね。行こう」

「お、おい」

 

躊躇なく進む。

部屋に入るのを拒むように吹雪が一層強くなるが、空良は気に留めない。

風を切り進み、そして後に続く俺に被害が及ばないようにフォローまでいれていた。

そうして進むこと少し。吹雪が突然晴れた。

 

「…………」

 

空良は、見たこともない顔をしていた。

 

「……誰だ?」

「そっちこそ。見たところ、魔物化した精霊っぽいけど?」

「我が領域に入ってくるとは不届な……否。我が世界の中で、忌々しい人間の作った道具を使うことが気に食わない。もう一度問おう。何者だ?」

「精霊? ノンピュールと同じやつか? 魔物化って?」

「精霊は元々魔王軍側だったの。色んな精霊が人間と敵対して……仙くん、避けてッ!!」

 

空良が地面を蹴って跳ねる。

習って反対方向に跳ぶと、俺たちがいた場所が凍りつく。

 

「答えぬものは氷と化せ。魂は、魔王様の元へ」

「魔王の魔法で、隷属させられてることがわかったってこと!!」

「隷属などされておらぬ! 私は、この身は、魔王様に!」

 

たしかに、話も通じないようじゃ正気を失ってるとしか思えない。

魔王様って、まぁ間違いなく現魔王()のことじゃあないよな。

 

「……隷属の解除の方法は?」

「三つ。魔力を一気に入れ替える、相反する精霊の魔法をぶつける」

「それと」

「殺す。ハァッ!!」

 

空良が壁を蹴って精霊の元へ跳ぶ。

エクスカリオンが精霊の喉へ突き立てられようとする。

精霊が身を捻り、剣は空を斬る。

 

「右から一直線!」

「ッ!!」

 

オーバーホールの予測線を元に攻撃を予測!!

 

「凍てつけッ!!」

「ほんとだ! ありがと仙くん!」

「それより、なんで突っ込んだんだ!」

「今、火の精霊がいない! 殺して、新しい精霊を作る方が、圧倒的に早い!!」

 

ひゅん、と空良の姿が消え、透き通った蒼色の閃光が空洞を駆け回る。

ドラゴンになっていた時にも見せていた、速度が上がる能力か。

俺も、戦闘態勢だけは整えておこう。

 

左手に石を握って、深呼吸。

胸の奥で練り上げる魔力を血液のように全身に……そして、それを左手の石に……!

 

「がっ、ぐ!!」

 

脳天を突く痛み。

角が生え、左手は手甲鉤のようになる。

魔王モード、変身完了だ……!!

 

「空良! 魔王になったらオーバーホールは使えない!」

「大丈夫!!」

 

血華刀を抜く。

刀を構え、未だ精霊に攻撃し続けている空良を見る。

本当に、本当に殺すしか方法がないのか……?

 

「っ、やい精霊! 俺は二代目の魔王! 魔王に従うなら、俺はどうなんだ!」

「はっ、魔王とて、小僧に従う私では……」

「空良、攻撃を止めてくれ!」

「っ、わ、わかった!」

 

と聞こえた瞬間に空良が俺の真横に立つ。

やめてよ、急に現れたらびっくりするから。

 

「この魔力は、お前が仕えていた魔王のものだ。よく見てみろ」

「……確かに、覚えがある……まさか、本当に……?」

「魔力は受け継いだ。俺も、お前の仕えていた魔王と言っても過言じゃないと思うんだけど……どうだ?」

「いや……しかし、私は……」

 

血華刀をしまって全身から魔力を放つ。

見知った魔力を流す俺は、精霊の目にどう見えているのか。

まったくわからないが、血を見ないでいいならその方がいいだろう。

 

「どうだ? 俺は魔王じゃあないか?」

「う……」

「魔王と認めてくれるのなら、この吹雪を少し弱めてくれると助かる。もしくは、俺たちがここから脱出できるようにしてくれると……」

 

膝をつく精霊。

とりまく吹雪が少し弱まり、当人が困惑しているのが読み取れる。

よし、このまま懐柔していけば……!

 

「ナイス仙くん!」

「なっ」

 

そう油断していたからか。

長い髪を流す勇者が俺の横を通り過ぎるのに反応することができなかった。

 

「がっ、あ───」

 

精霊に深く刻まれた傷から、雪のような粒子が飛び散り、姿が希薄なものとなっていく。

振り抜かれたエクスカリオンが、日光もないのに輝いていた。

 

「空良っ、何やって……!」

「…………」

「ア───ガァ……ッ、ナ……!!」

 

弱まっていたはずの吹雪が強まる。

ビュウビュウと吹く吹雪の中、消えかけの精霊の姿がより一層悍ましいものとなっていき───

 

「アアアアアアアアッ!!!!」

「……!?」

 

───咆哮を残して、その場からいなくなった。

 

「空良……」

「…………」

「空良っ!!」

「…………」

「空良ッ!! おい!!」

 

顔を伏せ、剣を振り抜いた姿勢のままの空良が立ち上がった。

振り返ったその顔はきょとんとしていて。

 

「……? なに、仙くん」

「空良…………」

「んん、え? なになに、なんなの? え? っていうか精霊は???」

「覚えてないのか? 空良が、精霊を斬って……」

「えっ!? そんなの知らないよ!! な、なんでそんな事を!? どうして!?」

「……覚えてないなら、いい……空良は、精霊を斬ろうとしてなかったんだよな?」

「そんなこと、するわけないよ……!」

 

……なんなんだ、一体……。

空良が、自分の行動を全く覚えてないなんて。

誰かに操られていたとでも言うのだろうか。そうでなければ、明らかにおかしい。

いつもの優しい空良が、無慈悲に精霊を斬り伏せた。

そんな事実は、認めたくない……。

 

「仙くん。あの、精霊は……?」

「空良が斬ったあと、消えた」

「………………そっ、かぁ……」

 

拳を握る空良。

また、厄介ごとの匂いがする。

 

「ちくしょう……なんでだよ……なんでいつも、俺たちばっかりこんな目に……」

「仕方ないよ、仙くん。それが私。それが、勇者なの。どうであれ、いつまでも、戦いからは……」

「逃れられないって?」

「…………帰ろっか、仙くん」

「……あぁ」

 

空良が転移結晶を、力ない動きで握る。

今度はちゃんと、発動した。



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幼馴染と氷河期

視界が戻り、やはり一瞬で自分の家に戻って来ている。この石、ほんと便利だなぁ……。

しばらく向こうにはいかず、こちらでなんとかしよう。

……その前に。

 

「寒くないか?」

「え? あぁ、そうだね……」

 

向こうと同じくらいに気温が下がっている。家の中だというのにこの冷ややかな感覚はなんなんだ。

カレンダーには春の月が書かれている。間違っても寒さが再来しましたなんて言えないくらい。

 

「……仙くん」

「ん」

「窓の外……見て」

 

カーテンの外を覗いて空良が俺を呼ぶ。

隣に立って同じように窓の外を見てみると。

 

「はぁ……?」

 

……思わず目を疑ってしまうような、真っ白い光景が目に入った。

テレビをつけるとニュース速報で異常気象が……日本列島の全てが雪に覆われている異例の事態がレポートされていた。

 

「なんで雪が……」

「多分、あの精霊かなって思うよ」

 

精霊?

あいつは空良に斬られて、そのまま消えちゃったんじゃ……。

 

「ねぇ仙くん。ノンちゃんは覚えてる?」

「ノンピュールが何か?」

「ほら、庭に……」

 

庭?

庭にあるのは物干し竿と、雪に隠れている魔法陣で……あぁ、魔法陣!!

 

「そっか、ノンピュールは異世界とこっちを行き来する魔法を使えるんだ……」

「同じ精霊なら、これくらいは覚えておてもおかしくない……あの氷の精霊がこっちに来ていて、この雪を降らせているとしたら……」

 

空良がテレビを振り返る。

降雪による渋滞や、路面凍結で起きる事故なども報告されているのを見て、空良が拳を握った。

 

「許せない……!」

「空良……」

「仙くん、行くよ。あの精霊に、引導を渡さないと」

 

目つきが変わっている。

昔も空良と、全然違う。

勇者だ、と思った。

今の空良は、誰かが助けを求めていたらすぐに駆けつける、勇者のソラなんだ。

誇らしいと思った。

 

思ったけど。

 

「……? 仙くん、行くよ? 準備準備」

「っ、あぁ」

 

少し怖いと思ってしまったのは何故だろう。

 

厚木をして外に出ると耳ごと凍りつきそうな吹雪が直撃する。

それが絶え間なく続き、あっという間に体力がなくなっていく。

 

「【ファイア】……汗とか体温調節はこれで」

「ありがとう」

 

空良がこっちによこして来た腕輪のようなもの。

原理はわからないが、魔法をループさせて溜め込んでおくことができるらしい。ノンピュールお手製だそうな。

おお、あったかい。

 

「それで、精霊の場所の目星はついてるのか?」

「魔力を辿っていけば簡単だよ。精霊は出す魔力がケタ違いだし、異世界(むこう)よりも魔力を持つ存在が少ないからね。この感じは、ノンちゃんがやってきたあの山かな?」

「あの山いつも何かしらの被害に遭ってるな」

「やっぱり、何かしら引き寄せるものがあるのかな……一度調べてみないと。その前に、そろそろ出発しよっか」

「あっ」

 

しゅび、と空良が跳んだ。

軽々とジャンプして吹雪の中を突き進んでいく空良の背中を追う。

 

「そういえば、ノンピュールから精霊は四人だって聞いたんだけど?」

「ノンちゃんが言ってたのは多分、ノンちゃんと同じような精霊の話だと思う! 火と水と風と土! ノンちゃんは水! ……でも、今回みたいに精霊が集まると、大抵は暴走しちゃうの! それを抑えてられるのが、ノンちゃんたち『精霊』ってこと! 紛らわしいよね!」

「つまり、今から倒しに行く吹雪のヤツは?」

「氷の精霊……魔力とか強さだけなら、ノンちゃんと対立するのとほとんど同じこと!」

 

マジか。ノンピュールがどんな強さなのかは具体的にはわからないけど、多分強敵だ。

そもそもとして吹雪を扱うんだから弱いわけがないもんな。

 

「『開拓者の石窟』……」

「開拓者の石窟???」

「あの山には、そういう名前のダンジョンがあるみたいなんだ! 武具結晶? もそこで拾ったしなんならその奥の魔法陣から異世界に行った!」

「異世界に……? 魔法陣は異世界行きだったの? ダンジョンの手前とかじゃなくて?」

「うん。気がつけば雪原にいた。俺は確かに、こっちからダンジョンに入って、そして異世界に行った」

「妙だね……後でそのダンジョンに連れて行ってよ」

「わかった。……っと、見えてきたな」 

 

山全体を囲むように吹雪が渦になっている。

鳥もいなければ虫もいない。足元の草花は凍りついていて、空良の声以外に音は聞こえなかった。

周辺の家に住んでる人は大丈夫なんだろうか。この感じ、凍死しててもおかしくなさそうだ。早くしなければ。

 

「さすがに本拠地だけあって吹雪も強いね。仙くん、体温調節はそれだけで足りてる?」

「俺は大丈夫。空良は……感じないんだったか」

「うん! じゃあ、行くよ! 【ウインド】!」

 

空良がエクスカリオンを取り出し、雪の竜巻を切り裂いた。

切り裂いた場所から竜巻が生まれ、あたりの吹雪を相殺して入り口を作る。

斜面に入れば雪が足をとり、木々にまとわりつくつららが生えては落ち生えては落ち、かなり危ない。

 

空良は【ウインド】で吹雪を払いながら、

 

「こうも吹雪が強いと方向感覚がわからなくなるなぁ……何か指標があれば良いんだけど」

 

と言った。

 

「景色さえちゃんと見えれば俺が山頂に案内できる。俺が先頭で進んでも良いんだが……」

「「きゃおおおお……」」

「そう簡単に行かせてくれなそうだね。やっぱり私が先頭になるよ」

 

俺たちの目の前に、雪だるまのような像が生えてきた。

足下の雪から生まれているようで、明らかに意志を持って動いている。

 

「これは魔物か? 魔物なのか?」

「精霊にカウントしていいんじゃないかな。ちょっとだけ精霊の気配を感じるし……ノンちゃんのリヴァイアサンの、10分の1くらいの強さかな? 【ファイア】【ウインド】、【インフェルノ】ッ!」

 

爆炎の渦巻きが雪像たちを破壊していく。

炎の竜巻が通った後には雪が溶け地面が露出し出来た線が一直線に伸びている。

これなら進んでいる方向もわかる。

 

「きゃおおお」

「まだ出るのかよ!」

「このままやってもジリ貧かも! 囲まれないうちに動こう、仙くん!」

 

先に進む空良を追おうと、俺も足を踏み出した。

が、動かない。

この瞬間に足まで雪が積もってしまったみたいだ。

そうこうしているうちに、雪像がこちらへ向かってくる。

 

「空良! ヘルプ!」

「っ、気づかなかった!」

 

エクスカリオンが一閃。

が、仕留めたのは一匹のみで、死角からもう一体が俺の腕を掴んだ。

もうダメか、と思ったその時。

 

じゅっと音をたて、雪像が溶けた。

 

「!? なんで!?」

「そっか、その腕輪だよ仙くん! その腕輪には【ファイア】がループしてるから!」

「なるほどな!」

 

理解した瞬間にラリアットをもう一匹にかます。

俺の身体は超ホット!

よし、これなら戦える!

 

「これで足元の雪を溶かして……できた! 空良、もう大丈夫だ!」

「おっけー、飛んじゃうよ!」

「へ?」

 

俺の手首を掴み、空良が後ろへ───方角にして山頂の方へ跳躍する。

ただのバックステップでかなりの距離を飛び、雪像を振り切った。

 

「くそ、さっきの合間に道が!」

「大丈夫、魔力はまだ半分も使ってないから! 【ファイア】【ウインド】、【インフェルノ】!」

 

再び空良の魔法が発動。

炎の竜巻が吹雪ごと道を作った。

 

「このまま行けば、山頂まで……」

「精霊のところまで、いけるはず!」

 

これがフラグだったのか、空良の目の前に雪が迫り上がる。

それは巨大な人の形を作り、先ほどの雪像とは比べ物にならないほどのクリーチャーを生み出した。

 

「雪のゴーレムってこと……?」

「空良、後ろにも出てきた!」

「もうすぐでボスってことかな。気を引き締めなきゃ」

 

吹雪の中、水晶の剣が閃き、ゴーレムは真っ二つに切断される。

マントを靡かせ身を翻し、人間離れした動きで空良がもう一体へ向かう。

一刀両断。剣についた雪を払い、空良はふうと白い息を出した。

 

「仙くん、これあげる」

「……? これは?」

「雪の中でこれだけ硬かったから、多分このゴーレムの核か何かだとおもう。最初の一体は横に斬っちゃったから壊しちゃったけど、二体目は縦に斬ったから残ってたよ。人の心臓の位置にあるみたい」

「これをどうすればいいんだ?」

「壊せば良いんじゃない?」

 

グッと力をこめてみる。

…………。

ググッと力を込めて見る。

 

「……空良」

「………………」

 

空良が俺の手を取り、俺の手を無理やり曲げて雪玉を潰した。

 

「いってえ! 痛ッ!? はぁ!? 何やってんの!?!?!?」

「え、えへへ……【ヒール】……」

 

ヒビでも入ったかと思うくらい痛む指が元に戻っていくなか、俺の周囲にファンファーレが響いた。

あ、レベルアップ……。

 

「レベル差ありそうだったしいけないかなぁって……私はもういらないし……?」

「だから俺がトドメを刺す必要があったんだな。指クソ痛いけど」

「ごめんてばぁ……。でも、ここでレベルアップしたのはとってもタイミングがいいかもしれないよ」

 

申し訳なさそうな顔をする空良が吹雪の奥を指さす。

吹雪の奥……つまり、()()()()()()()()()()だ。

おそらくそこに、怒り狂った氷の精霊がいるのだろう。

 

「今度こそ、魔王の力で懐柔して大人しくさせよう」

「斬った方が早い気がするけどなぁ……。まぁ、仙くんがそういうならいいんだけど」

「たまに発想が怖くなるんだよ空良」

「てへ」

 

コツン、とあざとくみせる空良。まるで自分が悪いとは思ってないかのようだ。

まぁ、あの時の記憶?はなかったようだし悪いも何もって感じなんだろうが。

とにかく、空良が精霊の動きを止めて俺が説得する。これで行こう。

 

「そういえば、精霊を殺したらどうなるんだ?」

「殺される前の強さとか魔力の大きさによっていろんな形で精霊が生まれるね。ノンちゃんクラスの魔力と信仰がある精霊なら、一度や二度殺されても一晩で復活するんじゃないかな?」

「つまり、あの世界線のノンピュールはまた復活するのか……良かった」

「世界線?」

「いや、なんでもない」

「……そう? それでね、殺した後に魔力がどっかに行って、どっかでそれが集まって新しい精霊が生まれるの。その『どっか』が一番信仰されていた場所なんだけど」

「なるほどな。殺す方が早いってのはそういうことだったのか」

「うん。デメリットがないわけじゃないんだけど、労力と比べたらねってかんじ。……大丈夫? そろそろ行くよ?」

 

空良が魔法をイメージするために目を閉じた。

やがて空良の周りからボッといくつかの火が生まれ、集まり、竜巻となる。

 

「打てるのはあと数回かな……。魔力の消費が激しいんだよね、これ。【ファイア】【ウインド】……」

 

空良が道を開いたらすぐに突入し魔力を広げる。

大丈夫。イメージトレーニングはできてる。

 

「【インフェルノ】ッ!!!!」

 

俺は走りながら、魔力を拡散するペンダントを取り出した!!



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