ロックマンZAX GAIDEN (Easatoshi)
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運命の金〇

 時合いとファンの願いが歯車のようにかみ合い、数年越しに新作を引っ下げて帰ってきたロックマン!
 そんな最新作に対し、歯車の代わりに黄金に輝くたまをぶら下げて出迎える畜生の名は『ロックマンZAX GAIDEN 運命の金○』!
 サイテーな下ネタだらけの本作は正にリスペクトと言う名の当てつけ! とくとご覧あれ!


「カッカッカッ! 今日も大量じゃったわい!!」

 

 人々の往来する天下の大通りを見下ろす、とある高層ビルの屋上。 屋上への出入り口の上に置かれた貯水タンクの日陰に涼むように、かつて『カウンターハンター』と呼ばれ、イレギュラーハンター達を散々に苦しめた3人衆が集結していた。

 その一人、老人型レプリロイドの『サーゲス』が高笑いした。

 

「フフン……我々の手にかかれば造作もない事ですね」

 

 腕を組んで立っている同じくカウンターハンターが一人、長身の細身の剣士『アジール』が不敵な笑みを浮かべる。

 

「カメリーオの奴が、すっかりまともに、なっちまったからー……オレ達で盗品かき集めるの、めんどくさい気もするんだナ!」

 

 地面に胡坐をかいて座る言葉遣いのたどたどしい巨漢の『バイオレン』……彼もまたカウンターハンターの最後の一人である。

 彼の傍らにはその巨大な体躯を生かして運んできた、身長の半分はある張りつめて膨らんだ唐草模様の風呂敷が置いてあった。

 彼らもまた、この平和を保ったこの世界においてやはり立ち位置を見出せず、イレギュラーで居続ける事を選び犯罪に手を染めていた。

 

 して、バイオレンの口にした『カメリーオ』とは、 元イレギュラーハンターの窃盗犯『スティング・カメリーオ』の事である。 今は逮捕された後にかの人物の()()の甲斐あって、ゼンマイ人形のような愛嬌ある振る舞いで言葉遣いが固かったり、時折震える姿が可愛らしいとの評判で真面目に働いている。

 そんなすっかり社会復帰を果たした彼の事を、アジールとバイオレンはつまらない人物でも思い出すように鼻で嗤う。

 

「あんな使い物にならなくなった奴の事などどうでもよいではないか! ……ま、チョイスについては優秀じゃったからそこんとこ惜しいがの」

「ですね。 しかし自分達でかき集めるのも手間ではありますが、ちょっとした趣味としては悪くはないと思いますがね?」

 

 アジールの言葉に2人が頷く。 アジールはバイオレンの隣にある風呂敷に足を進め、その固い結び目を器用に解く。

 

「どれ、改めて中身を拝見しましょうか……」

 

 寿司詰めにされていた風呂敷から解き放たれるは、淡く彩られた柔らかな生地。 紐で繋がれた2つの円形と三角形の山は、見る者の官能を刺激してやまない秘密の花園――――

 

 

 まあ、例によって女物の下着の山だった。

 

 

「フッフッフ、見事な物ですね」

「そうなんだナ! 家の壁壊してブン盗ったり、追っ手をオレの鉄球で叩き潰した甲斐あったんだナ!」

「なんたってワシ等は自他共に認める『変態』じゃからのう! カッカッカッ!」

「いいえ? 正しくは『変態紳士』ではないですかな?」

「違いない! カッカッカッ!」

 

 3人そろって成果を笑いあう、カウンターハンター達の鼻の下は見事に伸びていた――――

 

 

「やれやれだ。 この俺を忘れるとは、変態共の風上にも置けないな」

 

 

 突如として3人の元に、どこからともなく男の声が聞こえてきた。 その声に3人は飛び退いて互いに距離を開け、背を預けあうように円陣を組み臨戦態勢をとる。

 

「な、何者じゃあ! どこにおる!」

 

 身構えながら辺りを見渡す3人。 サーゲスが声の主に対して強く呼びかけるが、気配も感じられないその姿を見つける事は叶わない。

 

「遅い! 俺はここにいるぜ!!」

 

 そんな3人に対し、声の主が再度己の居場所を誇示するように大声を出す。 この声は屋上への出入り口の上にある貯水タンクから聞こえてきた。 出所がようやく分かった3人は今度こそ声の主の姿をとらえようと振り向き、そして驚愕する。

 

「な、お……お前は!!

 

 サーゲスは目を剥き、現れた男に指を差した。

 

 タンクの上で腕を組み、赤いアーマーに身を包み後ろ頭の長い黄金色の髪をたなびかせ、その精悍な顔立ちに不敵な笑みを浮かばせて立っているその男。 遍くイレギュラーを一刀の下に切り伏せ、幾度となく死地から生還した復活のハンター。

 

「俺が最初(ハナ)からお前達を斬り伏せるつもりなら、とっくの昔に決着(ケリ)は付いていたぜ?」

「「「ゼロッ!!」」」

 

 紅蓮の剣士、ゼロの姿があった!

 ゼロはこちらと目が合うなり貯水タンクから跳躍、難なく3人の前に降り立ち対峙した。

 

「カメリーオが居なくなったと思ったら、今度はお前達か……全く呆れた連中だぜ」

 

 3人が囲うように立って守る下着の山を流し見ながら、ゼロは小馬鹿にするような目線を送る。

 対するカウンターハンターは、因縁の相手だけあって憎々しげにゼロを睨みつける。

 

「……久しぶりに会ったと思えば、随分なご挨拶じゃのう」

「こ、このオレ達3人を前に、よくノコノコと現れたもんダナ!」

「……おや? エックスと……例の若い第3のヒーローとやらの姿が見えませんね。 今日は貴方一人ですかな?」

 

 アジールはゼロ以外により因縁の深いエックスと、アクセルとか言う一番若いのの姿が見当たらない事をゼロに問いかけた。

 ゼロは再び下着に軽く視線を泳がせた後に不敵に笑いながら、目を閉じて余裕の表情で答えた。

 

「フッ、あいつら2人は指令室にいる。 お前らごとき今の俺なら一人でも十分だからな」

「何じゃとぉ?」

 

 大胆不敵なゼロの態度が癇に障るサーゲス。

 

「随分と甘く見られたものですね。 貴方の実力を知らない訳ではありませんが……過小評価してはいませんかな?」

「フヒヒッ、お前、オレよりバカなんだナ! どこをどうやったらオレ達3人に勝てるって言うんだな」

 

 アジールとバイオレンも同じだった。 口元を吊り上げ、ゼロへの視線に鋭さを増す3人に対し、ゼロも細めに瞼を開きおもむろに右手を前にかざした。

 

「今日の俺は気分がいい。 お前らを捕まえるだけで済ませてやるのもやぶさかじゃない……だが、どうしてもやり合うと言うなら」

 

 そして親指以外の四つ指を手元に寄せるように曲げ、挑発の合図を送った。 時折下着をチラ見しながら。

 

「来な。 全員沈めてやるぜ!

 

 カウンターハンターの戦意を煽るには、その一言だけで十分だった。

 

「「「上等ッ!!」」」

 

 対峙する全員が身構え、戦いが始まった!

 

「下着は返してもらうぜッ!! それは俺の物だッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「男の人って皆変態なのかしら――――いや、流石に偏見よね?

 

 モニター越しに始まったゼロと下着泥棒の戦闘。 ここ指令室において、それらしい前口上の流れから山積みの下着を巡り争う男達のあまりにシュールな絵面に、思わず呆れ顔で呟いたエイリアだった。

 しかしその言葉は、視界に入る彼女の前の席に座りながら同じく成り行きを見守るも、非常に情けないド変態共を前に同性としての恥ずかしさからか、端末に肘をつき頭を抱えて伏せるエックスとアクセルの姿に取り下げた。

 

「イレギュラーにはこんなのしかいないのか……」

「それだとゼロもイレギュラーになっちゃうよ……まあ、あながち間違いでもないけど」

「変態になるからこそイレギュラーなのかもしれないな」

「だねぇ……」

 

 2人揃ってため息をつくエックスとアクセル。 よく見ればこの指令室で働いている他のオペレーター達も男女を問わず、下着を求めて対峙するアホタレ共に辟易しきっているようだった。

 

「ほっほっほっ。 まあお前達落ち着いて見ておけ。 ゼロは約束通り無事に事件を解決してみせおるわ!」

 

 そして彼らの隣の席に腰かけ、この面々の中で唯一余裕を持って構えているのは、頭の輝きの眩しい白髭の老人、ケイン博士であった。

 全員がケイン博士の方を振り向き、特にアクセルはケイン博士に対し生暖かな視線を送りながら言葉を発する。

 

「ねぇ博士……ゼロを一人で行かせて良かったの? 僕達博士の言われた通りにしてみたけど、以前の事があるから心配なんだよ」

「……ほう? ゼロがあの程度の連中に負けるとな?」

「いえ、ゼロの実力を考えれば十分勝てるでしょう。 しかし博士、むしろ我々が心配しているのは――――」

 

 アクセルやエックスは、決してゼロ一人の実力があの3人には及ばぬ可能性は無いだろうと確信していた。 むしろ気がかりなのは、以前のようにエロに目が眩んで余計なやらかしをしないかどうか。 この一点に尽きた。

 

「大丈夫じゃ。 その事も含めて織り込み済じゃ」

 

 だがケイン博士はそれでも問題は無いと言ってのける。

 実は今回の下着泥棒の件を受けて、下着泥棒の常習犯だったカメリーオを追った時のような3人態勢ではなく、既にケイン博士が先んじてゼロを単独で送り出していたのだ。

 エックス達は抗議の声を上げた。 人工衛星破壊ミッションにて、股間を大破させたゼロはしばしゆくえふめいになっていたが、あの後何とかエックスが確保して、昏睡させた状態のままハンターベースの開発室に再度安置していた。

 もう一度目が覚めたら再び妖怪として暴れるやもしれない。 無難そうな代わりのパーツの目途がつくまで一時的封印を余儀なくされた。 しかしそれを、ケイン博士が独断かつさる改造を施した上で解放したのだ。

 

「心配はいらんよ。 儂はゼロが真っ当に活躍できるよう、更なるパワーアップも施した上でアイツを矯正したのじゃ! どうか儂の腕とアイツを信じてくれんか?」

「既にド変態な台詞を吐いてるんですがそれは」

「英雄は色を好むからの!」

 

 よほどの自信があるのか、当のゼロは真っ当な活躍どころか、イレギュラー相手に盗品の下着を巡った争いを起こしているのだが、全く聞く耳を持たないケイン博士。

 

「まあ見ておれ。 儂の施したパワーアップは完璧じゃ! ――――来るぞ!!

 

 スクリーンの向こう側で、対峙していたゼロとカウンターハンター3人。 最初に仕掛けたのはアジールだった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「細切れにして差し上げましょう!」

 

 身を低く飛び込むようにゼロとの距離を瞬時に詰め、引き抜くはゼロと同じ得物のビームサーベル!

 赤い残光の太刀筋を幾つも残す乱れ斬りの早さは、正に旋風(つむじかぜ)がごとし。

 己の体を刈り取るべく放たれた光の刃を、ゼロは受け流すように全てを軽くいなす。

 

「中々ですね! しかしもっと速ければどうですかな!?」

 

 無数の刃を振るうアジールの動きが更に素早さを増した! 虚空を描く赤い太刀筋の数が一回りも二回りも増え、アジール自身の動きも残像を伴った。

 対するゼロは、アジールのスピードアップを受けても余裕の表情であった。

 

「(折角だ。 ケインのじじいに仕込まれた()()を使ってみるか)」

 

 攻撃を掻い潜りながら、ゼロはケイン博士によって再起動の際に仕込まれた『パワーアップの成果』を試してみたくなった。

 素の実力でも彼ら3人を相手にしても倒しきれる自信はあるが、どうせなら余裕をもって相手を取り押さえたい。

 二度も股間を潰されて妖怪と化して暴れていたのだ。 折角だから彼らを生かして捕らえ、少しは手柄を立てて還元するかとゼロは考えた。

 

「(迷う事はねぇ……一気に行くぜ!!)」

「ええい!! ちょこまかと忌々しいですね!」

「オ、オレを忘れては、困るんだナ!!」

 

 寸での所で攻撃を避けられるアジールがいら立ちを覚えている中、一歩遅れてバイオレンも攻撃に参加した!

 鎖で繋がれた頭2つ分の大きさのある針付きの鉄球を、ゼロ目掛けてブン投げる!

 

「おおっと!」

 

 仲間の掛け声に振り返ったアジールは、巻き添えに対する配慮の無いバイオレンの投擲に跳躍して回避! 後ろ飛びに避けた瞬間鉄球が地面に突き刺さり、地響きを伴うコンクリートの割れ音と土埃が激しく舞い上がる。

 攻撃を避けたアジールは着地するなりバイオレンを睨む。

 

「バイオレン? もう少し配慮が欲しいものですね」

「グヘヘッ! 悪い悪いだナ!」

 

 アジールに咎められるも、悪びれる様子が全くないバイオレン。 それどころか頭を掻いて笑い飛ばす彼の仕草は、如何にもな単細胞なリアクション。 

 

「呆れたものですね……ま、今の不意打ちならゼロもひとたまりも――――」

「当たればな」 

 

 そんな勝利を確信するまでの彼らのやり取りを、ゼロは当たり前のように()()()()()()()余裕に口の端を吊り上げながら見ていた。

 一瞬身を震わせる3人だったが、恐る恐るこちらを振り返り……驚愕する。

 

「どうした? お前らの動き……()()()()()()()()

 

 それは実際には僅かな瞬間の出来事であったが、ゼロの主観で見れば周りの時間が遅くなったかのような感覚であった。

 

 ケイン博士の手によって仕込まれた()()を、ここぞと言うタイミングで使用した途端、情報処理速度の飛躍的な向上と全身の動きが急激に活性化。

 元々手に取るように見えていたアジールの剣捌きが、バイオレンの不意打ち共々スーパーカメラの撮影の如く、非常にゆっくりと捉えられた。

 その中でゼロだけはいつもと変わらぬスピードで動け、ゼロは自らが超スピードで動き回っている事を瞬時に察知。

 アジールの剣捌きの回避とバイオレンの鉄球が地面に突き刺さる様子を流し見ながら、破片が飛び散るより前には彼らの背後に易々と回り込む事が出来たのだ。

 無論、3人の中に自分の動きを目で追えた者はいない。

 

 

「な……なんじゃゼロ……貴様……!!」

 

 仁王立ちで待ち構えるゼロに、サーゲスが震える人差し指の先端を向ける。

 

 

「その()()は一体何じゃあああああああああッ!!!!」

 

 

 股間の白いパーツの内側から漏れる、その存在を誇示する青き光に対し。

 ゼロは唖然とする3人に対し自信をもって答えた。

 

 

「妖怪と化し、道に外れた俺の生き方を再び正道へと噛み合わせた運命の歯車……」

 

 

 そして白いパーツに手を掛け、まるでブリーフを脱ぎ捨てるかの如く脱着し、明後日の宙に放り投げた中に現れるは、共に中央部に黄金色の珠が嵌った輝ける青の歯車と、時を待つように佇む赤の歯車、その間に挟まれる制御棒の3つで構成されたオブジェ――――

 

 

「『ダブルボール(たま)システム』だ!」

 

 

 御年を重ねたケイン博士の、ついにヤキが回ったとしか思えないトチ狂ったパーツを、ゼロは自慢げに親指を立てて誇示した!

 

 

「「「なんじゃそりゃあああああああああッ!!!!」」」

 

 

 3人が異口同音に腹の底から叫んだ。

 

「見ての通りだ。 これはかつて失った俺のバスターの代わりとなる、あらたなるパートナーだ。 ちなみに今のは速度が増加する『スピードたま』だ」

「なんちゅうダッサイもん組み込んどるんじゃあ!? ワシャそもそもお前の股間にバスターなんか実装しとらんぞ!」

「ヘッ、相も変わらず俺の開発者気どりか? 生憎だが、(おとこ)の証ってのは親のあずかり知らん所で育つもんでな」

 

 未だに自身の生みの親を自称し、あまつさえ自前のバスターの存在などありえないとのたまうサーゲスに、ゼロは冷ややかな気持ちの表れとして皮肉を返す。

 尤も、彼自身はサーゲスを開発者などとは一度たりとも認めた覚えはないが。

 

「さて、まだ続けるか? 言っておくが、俺はお前らが瞬きしてる間に終わらせる事が出来るぜ?」

「ンガアッ! ふ、ふざけるんじゃないんだナ! 生意気言う奴はひねり潰すんだナ!!」

 

 ゼロの挑発による分の怒りを籠め、バイオレンが得物の鉄球を再びゼロ目掛けて投擲!

 

「そう来ると思ったぜ! ――――なら次はこいつだ!!

 

 一層の勢いを込められた鉄球が迫る! ゼロは青いギアの稼働を止め、次なる一手として今度は赤のギアをフル回転! 滾る熱血の様な赤々とした閃光を放つ!

 

「『パワーたま』ッ!!」

 

 (おとこ)の証の輝きにゼロの力が(みなぎ)る! 両の腕を開き、飛来したバイオレンの鉄球を真正面から受け止めた! ゼロ自身の体重と鉄球の重量差からぶつかった方向にこそ仰け反るが、地面を抉る足の踏ん張りで僅か3メートル程後退したのみ。 鉄球はゼロの腕に捕らえられた。

 

「んナッ!?」

「ば、馬鹿な……!!」

「これが『ダブルボール(たま)システム』ですか……!?」

 

 他人を心底バカにしたようなふざけた名前とデザインだが、万物をも粉砕する鉄球を正面からキャッチされ、名前とは裏腹にとてつもない潜在能力を秘めた新システムを前に、流石のカウンターハンターも焦りを隠せなかった。

 

(おとこ)の証は力の源だ! いつだってビンビンの自前のバスターこそが、男に自信と力を与えて(おとこ)にするのさ――――そら!! お返しだッ!!

 

 ゼロは『パワーたま』の力を引き出し、何と鉄球を掴んだまま身を引いて鎖を引っ張り、バイオレンの巨体を逆に引きずった!

 

「ナナナナナ!? オレの身体が引き寄せられるんだナ!?」

「バ、バイオレン!?」

 

 足に力を入れて踏ん張りを利かせているバイオレンだが、ゼロの素の力と『パワーたま』の相乗効果を前に力負けしていた! 慌ててアジールが背後からバイオレンの腰元に腕を回して加勢するが、焼け石に水であった。

 

「あのバイオレンがアジールと2人掛かりで力負けじゃとぉ!?」

「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 ゼロは更なる力を込め、引きずった勢いから2人の身体を浮かせ、横薙ぎに振り払う!

 

「ぬあああああああああああああああ!?」

「我々が、全く力で敵わない……!?」

 

 慄くバイオレンとアジールの2人を、そのままゼロは自分の身体を軸に彼らの身体を振り回す! それは彼の股間で輝くたま――――もとい歯車の回転のように激しさを増す……ジャイアントスイングだ!!

 

「んがああああああああああ!!!! 目が回るんだナァァァァァァァァァァッ!!!!」

「バイオレン!! 鎖は外せないんですかあああああああ!?」

「無理なんだナ!! って言うかお前も早く腕離せなんだナ! 男同士で抱きつかれて気色悪いんだナ!」

「助けて貰っておいてその言い草は何ですか!? って言うか私だけが腕を離せば!! それこそどこかへすっ飛んでしまいますよおおおおおおおおおおお!!!!

 

 激しさを増す2人の回転に、ビルの屋上を中心に何時しか竜巻が発生した!! その辺の枯葉や細々としたゴミと土埃、そして盗まれた下着をも容易く舞い上げる豪風にサーゲスは完全に怯んでいた。

 

「こ、こりゃいかん!! まともにやり合って勝てる相手じゃないわい!!」

 

 自らの不利を悟ったサーゲスは、振り回される仲間に背を向けてビルの屋上から飛び降り逃げ去った!

 

「ぬわああああああああああああ!!!! いい加減離せなんだナァァァァァァァァァァッ!!!!」

「!? い、いけませんバイオレン!! そんな事を言ったら――――」

「望み通りにしてやるぜッ!!」

 

 アジールが制止する前に、バイオレンの『余計な一言』を汲んだゼロが、彼の願った通りに『腕を離してやった』。

 回転の勢いが乗った状態から、軸となる鉄球を解放すればどうなるかは……もう言うまでもない。

 

「「ぬわああああああああああああああああああんッ!!!!」」

 

 バイオレンはアジール共々、間抜けな叫び声を上げながら明後日の方向へすっ飛んでいき、漫画的な表現さながらに空の光となって消えていった。

 竜巻が止み、空気の流れが収まったのを見るやゼロは、『パワーたま』から再び『スピードたま』に切り替え真上にジャンプ! 宙を漂う下着類をゼロが先程脱ぎ去った腰元のパーツと共に素早く回収、あっさりと着地する。

 

「フッ、他愛もない」

 

 2人は明後日の彼方へと消え、残されたサーゲスもどうやら逃げてしまったようだ。 しかしまだ遠くへは行っていない筈、ならば『スピードたま』の力で手早く探せばすぐにでも見つかるだろう。

 そう思い大きく構えていた時、ゼロの無線に本部から連絡が入る。

 

<ほっほっほっ! 大したもんじゃのうゼロ! その新システムをあっという間に使いこなしてしまいおるとは!>

「ああケインのじいさんか! 確かにこれは優れものだ、俺の力を何倍にも引き出して――――ぬお!?

 

 通信中、突然ゼロは脱力し膝をついた。 下着を抱えていた腕からも力が抜け落ち、塊になっていた下着類をコンクリートの床にぶちまける。

 

「な、何だこれは――――全然力が入らねぇ!? それに体がアツゥイ!

<ああ、オーバーヒートを起こしおったな? お前さんたま……もといギアを連続で稼働させおったじゃろう>

 

 ゼロの関節の継ぎ目から煙と火花が上がり、股間に目を向けると青と赤のギアが赤熱して動かなくなっていた。

 

<そいつはシステム自身はおろか、お前さん自身にも過負荷が発生するからのう……使う時は必ず間隔をあける様に言ったじゃろう>

「し、しまった……俺とした事が、つい得意気になり過ぎちまったぜ」

 

 両手もつき、四つん這いで全身の脱力に耐えるゼロ。 ケイン博士の言う通り、出撃前に警告は聞いていた筈なのだが迂闊だった。

 このまま悠長な事をしていれば、それこそ本当にサーゲスを取り逃がしてしまう。 身動きが取れない状況にもどかしさを覚える中――――

 

 

<カッカッカッ! 隙を見せたなゼロよッ!!>

 

 

「何!?」

 

 我先に逃亡を図った筈のサーゲスの声が、拡声器を用いたのか周囲を響かせる程の大音量でゼロの耳に突き刺さる。

 重たい体を起こしなんとか辺りを見渡してみるが、肝心のサーゲスの姿が見当たらない。 まるでゼロが彼らカウンターハンターの前に現れた時とは逆の立場だ。

 

「あの野郎……一体どこから――――」

<立場が逆転したのう! こないな隙を見せるとはまだまだ甘いわ!!>

 

 嘲笑と共に、屋上の柵の向こうからせり上がるようにサーゲスが現れた。

 

<果たしてお前は儂に勝てるかの!? この『アジールフライヤーMk-2』……略して『アジフライ2』の力にッ!!

 

 地に伏せるゼロよりも高く浮かび上がるサーゲスは、奇妙な姿をした乗り物に乗り込んでいた。

 それはかつて相方のエックスが戦った事のある、横倒しのドラム缶の様な円柱の中央に、ふてぶてしい笑い顔のアジールの頭を取ってつけた、元のスマートさを微塵も感じないような奇抜な姿。

 それを一回りにも二回りにも大型に設計し、アジールの頭部の天辺に操縦席を取り付けた、そこに高笑いするサーゲスが座り込んでいた。

 

「だ、だせぇ……」

 

 ゼロはこちらを見下ろすアジフライの造形に、脱力しながらも率直な感想を述べた。

 以前にもエックスの話や、トレーニングルームでの実物と寸分違わぬ立体映像相手にした事もあったが、その時の感想も今と同じく「カッコ悪い」だった。

 それにどうして、仲間の姿を勝手に模った乗り物など作ったりしたのだろうか。

 

<カッカッカッ! 見た目はいまいちじゃが性能は以前のよりも上じゃ! 特に見よ! この機能を!>

 

 サーゲスが操縦席のコンソールから何かのボタンを押すと、アジフライの口元が物欲しそうにあんぐりと大きく開いた。

 

 ――――直後、巨大な掃除機でも動かしたかのように、アジフライの口から強烈な吸引力が発生する!

 

 隣にあった下着の山が列を並べる様にアジールの口に吸いこまれ、ゼロの身体でさえも自然と浮かび上がりそうになっていた。

 とっさの判断で引き寄せに対抗する為、なけなしの力で金属の柵にしがみつくゼロ。

 口からパンツを吸い込むアジールの絵面という、どこまでも自身の仲間をこき下ろしたような強力な機能とやらに、ゼロは憤りを覚えた。

 

「この野郎!! その下着の山は俺のだ!! 返せ!!」

<誰が返すか愚か者めが!!>

 

 ……もとい、下着を奪われた事への怒りを露にした。

 

<この際じゃから貴様も吸い込んでやるわ!! カウンターハンターの秘密基地に連れ込んで、今度こそ本来の目的を果たせるよう再改造してやる――――パワーアップじゃあッ!!>

 

 続いてサーゲスは小さなレバースイッチを引き下げる。 吸引力がさらに増し、ゼロの身体がより強力に空中に引き寄せられる!

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬッ!!!!」

<カッカッカッ! 貴様も無駄な抵抗はやめるのじゃ!! 大人しく儂等の元へ来い!!>

「だ、誰が貴様みたいな自分の事を、俺の開発者だと思い込んでるボケ老人に――――」

<まだ言うか貴様! 倍プッシュじゃあ!!>

 

 さらにもう一段階吸引力をパワーアップ! 台風でも発生したような強力な風圧に、ついには柵の土台の方が根負けし始める!

 ゼロがしがみついている辺りから順番に、柵の付け根が一本一本引きぬけていく。 このままではアジフライに飲み込まれるのも時間の問題だ。

 

 ゼロは考えた。 オーバーヒートから立ち直り、この状況を一発逆転する起死回生の策は……。

 

「(……危険だが、アレを使ってみるか?)」

 

 ……実はあった。 しかしゼロはその『策』を用いる事には抵抗があった。 それは『ダブルボール(たま)システム』に隠されたもう1つの機能。

 しかしその機能を用いれば逆転は可能だが、ただでさえ負荷の多いたま……もといギアの力を更に上回る深刻なダメージをもたらす可能性が高い。 下手をすれば己の(たましい)を失う可能性すらあった。

 

<カッカッカッカッカッカッ!!>

 

 しかし悩んでもいられない。 オーバーヒートから立ち直って反撃する前に、このままではアジールの口に飲み込まれてしまう。

 自身にどんなダメージを齎すのか不安はあったが、最早選択の余地は無かった。

 

「(やるんだ! やるしかないッ!!)」

<これで終わりじゃあ!! 最大パワーじゃ!! ビルごと吸い込んでやるわあッ!!>

 

 ゼロは意を決した。 サーゲスがアジフライに更なるパワーを引き出させようとした時、何と自ら柵を放す!

 

<! 観念しおったか!! じゃがもう遅い!!>

 

 勝利を確信するサーゲスを見上げながら、空中へ吸い上げられる己の身体。 ゼロが自身の体を丸め、全身全霊の力を込める。

 感覚を遮断し、周りの音や光がフェードアウトする中で、ゼロは股間に仕組まれた『ダブルボール(たま)システム』のリミッターを解除する。

 制御棒が外れ、両のギヤが激しく回転し始めると、ゼロの全身にこれまでになかった程の凄まじい力がこみ上げる。

 

 体中に青と赤の闘気が迸り、遂に体を大きく開いて『ダブルボール(たま)システム』の真の力を開放する!!

 

 

 

身体よ!! 持ってくれ!!(俺のバスターはビンビン♂だぜッ!!)

 

 

 

ゼロは奥の手、『ダブルたま』を発動した!

 

<な、今度はなんじゃ!?>

 

 サーゲスが驚くのも束の間、ゼロはあわやアジフライに飲み込まれる寸前に空中で姿勢を変える。

 大きく開いた体でアジフライの顔に張り付き、吸い込みに対抗する! 苦しそうだったゼロの表情が、一転して再び余裕を取り戻した。

 

「これが『ダブルたま』の力か……大したものだッ!!」

「まだ隠し()()があったのかあ!?」

 

 全身に闘気を纏う今のゼロには、ビルの表面にすらヒビを入れかけていた、恐るべきアジフライの吸引力を間近に受けても一切動じなかった。

 ゼロは自覚していた。 ギアを片方ずつ、単体で動かしていた時には決して引き出せなかった、正に相乗効果と呼べる物を。

 そして外れた制御棒の部分からは、青と赤の光が螺旋状に絡み合う光の柱が起っていた! ゼロは覆いかぶさったアジフライの顔面に、この上ない力を込め始める。

 

「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

「よ、よせゼロ!! 何をするのじゃ!!」

 

 足のつま先をアジフライの胴体部分に引っ掛け、操縦席に当たるアジールの頭部を引っこ抜こうと力を掛けた!

 するとどうだろうか、アジールの頭部の付け根から火花が散り、部品らしき欠片が零れ落ちると共に、ゆっくりと胴体から切り離されていくではないか!

 

「やめろゼロ!! アジールの頭が、操縦席が引きちぎられ――――」

「ぬおりゃあああああああああああああああッ!!!!」

 

 そして雄叫びを上げながら足腰の力を込め、アジフライの胴体から頭部もとい操縦席をサーゲスもろとももぎ取った!

 

「ぎゃああああああああああああああ!!!! わ、ワシのアジフライ2がああああああああああああッ!!!!」

 

 悲鳴を上げるサーゲスを、ゼロは胴体から引き抜いたアジフライの頭部を放り投げる。 操縦席に全ての制御機構が備わっていたのだろう。 頭部を引っぺがした途端に吸引機の停止ははおろか、浮遊していた機体そのものが姿勢を崩し落下する。

 投げられたサーゲスはゼロとの距離を開ける様にすっ飛んでいくが、このまま放っておいてもアジフライの頭部もろとも地上に落下して終わりなのだろう。

 しかしゼロは、とどめと言わんばかりに最後の一撃をお見舞いする決断を下した。 この下着泥棒をおめおめと逃がす訳にはいかない、この場で確実に仕留めると。

 

「今なら俺の奥義もパワーアップだ――――このまま一気に決めるぜ!!

 

 全身に迸るエネルギー。 ゼロは『ダブルたま』によって齎される規格外の力を両手に集中させ、愛用のZセイバーを引き抜く。 するとセイバーに青と赤の闘気が伝播し、巨大な光の刃が形成される。 そして同じ光が何故か股間にも。

 ゼロは全身を大きく横に振り抜いた――――投げ飛ばされ空中で踊るサーゲス目掛けて光の刃を解き放つ!

 

 

 

「 幻 夢 魂(ナイトメアたま) ッ ! ! 」

 

 

 

 通常セイバーの届かない離れた距離に、Zセイバーの柄――――と股間から切り離された光の刃はサーゲス目掛けて飛来し、容赦無く胴体を×の字に切断した!

 

「ま、まさか……こんなはずでは……!!」

 

 上半身と下半身が泣き別れするサーゲスは、まるで先に壊されたアジフライのオリジナルの様な辞世の句を残し、仄暗いビルの谷間へと吸い込まれていった。

 奈落の底へと落ちていくサーゲスを見送りながら、ゼロも1テンポ遅れて屋上に着地した。 全てを斬り伏せるゼロの最終奥義、それはサーゲスを幻夢(ナイトメア)の中に葬り去る、恐るべき一撃であった。

 

「いい夢見ろよ」

<僕達今日は悪い夢見そうだよ>

 

 傍らで見てた側からしても正しく悪夢(ナイトメア)だった。 決め台詞を決めたつもりのゼロに、無線越しにアクセルがあまりに締まらない大技に皮肉を言った。 当のゼロは軽く聞き流したが。

 しかしギア単体の力も凄まじいが、2つ同時に使用した時の能力向上は目を見張る物があった。 現にオーバーヒートからのクールダウンで本来はまともに動けない筈が、力を引き出した余波か未だ全身が疲れ知らずである。 尤も『ダブルたま』の機能が停止した後がどうなるかはゼロも知らないが。

 

「フッ、それにしてもじいさんも大したパーツ作ってくれたぜ。 まさかここ一番でしか使えない大技があんな簡単に放てるとはな」

<ほっほっほっ! 設計図こそ古いものとは言えしっかりしとったからのう! 余った部品とテキトーなジャンクパーツで作った割にはきちんと動いとるわい!>

「おいちょっと待て何て言った?」

 

 ケイン博士を褒めちぎるも、博士本人からの思いがけない発言に態度を翻すゼロ。 無線機越しに彼を問い詰めようとするが、ケイン博士は構わず続けた。

 

<それよりもゼロよ。 お前さんオーバーヒート中に『ダブルたま』まで使ったな>

「……ん? ああ」

<いかんのう。 実にいかん。 已む無しじゃったとは言え、連続使用で負荷がかかっとる所に、もう一段階強烈な能力を使うとどうなるか――――>

 

 含みを持たせるような物言いをケイン博士が続ける中、ふとゼロの股間の『ダブルボール(たま)システム』に違和感が生じた。

 訝し気な表情で下腹部を見下ろすと、2つのギアが赤熱し焦げ臭い煙が上がっている。 歯車のかみ合わせもぎこちなく、時折異音を上げていた。

 

「お、おい……これって唯のオーバーヒートじゃ――――」

<こうなる>

 

 ある意味処刑の合図にも聞こえる博士の一言と共に、当のゼロ本人が疑問を抱く余地さえなく『ダブルボール(たま)システム』が破裂した!

 

 散らばるネジとコンクリート上を転がる2つの歯車。 ゼロが呆然と眺める飛び散った部品は、酷使に音を上げた股間が最後にひねり出した()()のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……エックス、これってマズくない?」

 

 スクリーン上で繰り広げられたゼロの惨状にオペレーター達がこぞってどよめく中、アクセルは表情が瞬く間に土気色に代わっていくゼロを見るなり、エックスに問いかける。

 画面上のただならぬ雰囲気を察したエックスにとって、それがかつて彼の股間を2度に渡って破壊した()()()の光景が重なって見えて仕方が無い。

 つまり彼らは、これからゼロの身に起こりうる惨劇を予想できてしまい、その事で焦りを覚えているのだが、ただ一人目頭を押さえるケイン博士だけは、今一つ事態を把握できていないようであった。

 

「うーむ、かつての天才科学者が設計した『ダブルギア』をよりローコストで再設計できんかと思ったが……やはり廃材利用では無理があった」

「マジでどうやって、廃材なんかで設計を何とかできるとか思ったのさ……ケイン博士」

<たま>

「規格はあっとったから行けると思ったんじゃよ! 今回失敗したのもたまたま廃材だったからじゃ! ちゃんと品質管理してた新品の部品ならいけるわい!」

<たま>

「どっちにしろゼロの股間は見事に吹っ飛んだんだよ! この間だって『ややこしい事』になったのに、これでまたゼロがおかしくなっちゃたまんないよ!」

 

<たま>

 

「……もう手遅れだと思うぞ」

 

 言い争うケイン博士とアクセルの会話にエックスが苦い表情で割り込み、スクリーンに指差し2人の視線を誘導する。

 そこには幽鬼の如く佇んで白目を剥き、うわ言の様に「たま」と呟くゼロの姿があった。

 生き生きとした先程の様子から一変して、妖気さえ漂わせる赤いハンターにはケイン博士も額に冷や汗を流し、アクセルは「やっぱり!」とでも言いたげに大口を開けて固まった。

 

「ケイン博士……まだ申し上げていませんでしたね。 なぜ我々がゼロを厳重に封印していたか……」

 

 エックスはケイン博士を時折流し見ながら、束の間を置いて言い放った。

 

「あいつは()()を潰されると豹変するんですよ!! 妖怪タマヨコセにッ!!

 

 

<たま>

 

 

 エックスの叫びに反応したように、ゼロがスクリーン越しに関わらずゾンビの様に血色の悪い顔を向けると、目にも止まらぬスピードで駆けだした。

 瞬く間に画面外に消えてしまったゼロを、エイリアがキーボードを手早く入力してカメラを追跡させる中、アクセルはある事に気が付いた。

 

「いけないエックス!! マイクのスイッチ入ったままだった!!」

<たま>

「しまったッ!!」

 

 エックスは慌ててマイクのスイッチを切る。 もう後の祭りであるが。

 必死な様子のエックス達に困惑するケイン博士は、当のエックスに理由を尋ねてみた。

 

「な、なんじゃあお前達? 一体()()と言う事の何がいかんのじゃ?」

<たま>

「あいつは『た』と『ま』の言葉が重なると()()と返しながら襲い掛かって来るんですよ!!」

<たま>

「大変よ皆!! ゼロは一直線にハンターベースを目指してる!! 走るスピードを計算したら、あと30秒でここにやって来るわ!?

 

 指令室内の皆が口を揃えて悲鳴を上げる。 再度スクリーンに目を向けると、建物の壁をもろともせず人型に穴をあけ、文字通り一直線にハンターベースの方角を目指し猛烈な速度で疾走していた。

 はっきり言ってこの速度は『スピードたま』を稼働させていた時の倍以上は速い。

 間違いなく彼の標的は自分達だ。 指令室が大混乱に陥る中、ケイン博士はたった一人冷静に努め、もう一度目頭を押さえ考え……そして告げた。

 

「皆慌てるでない。 こういったトラブルについては織り込み済だと言った筈じゃ」

「……妖怪になっちゃう事も?」

「ゼロが万が一システムの不具合で狂った時に備えておったのじゃ。 ……このボタンを押せば解決じゃよ

 

 ケイン博士はコートのポケットからおもむろに、赤いスイッチのついたペンライトの様なものを取り出した。

 万が一の対策らしきものをしっかりと備えていた博士に対し、この場にいた全員が安堵の色が混じった感嘆の声を上げた。

 

「で、皆よ。 ワシは今からこのボタンを押す訳じゃが……構わんな?

「流石だよケイン博士! 押さない理由なんかないよ! 早く押して!」

 

 この危機的状況から逃れられる。 期待を込めた眼差しを送りながら、アクセルはボタンを早く押すようケイン博士を促した。

 

「言質は取ったぞ」

「えっ?」

 

 意味深に笑うケイン博士にアクセルが一瞬疑問の声を上げるも、博士はボタンを何の迷いも無く押した。

 その瞬間、ケイン博士の頭上辺りで天井が開き、空の光が差し込み彼の眩しい頭を照らしつける。

 

 

 ――――直後、ケイン博士の座っている椅子が博士を押し上げる様に上空に飛びあがった! 目で追う間も無く開かれた天井を潜り抜け、やがてハンターベースから飛び出した博士の姿は空の中に消えていった……。

 

 

 突然の事態に驚き呆れるエックス達だったが、しばらく間を開けて開かれた天井が閉じた時、ケイン博士の意図にようやく気が付いた。

 

「「じじぃッ!!!!」」

 

 ケイン博士は我先に逃げやがりました。 これにはエックスとアクセルも大激怒。

 まさかの裏切りに、一度収まりかけた現場が余計混乱に陥りそうになる中、エイリアがゼロの現状を報告する。

 

「エックスまずいわ!! ゼロがもう近くまで迫ってる!!」

「――――ああクソ!! 緊急用の隔壁を下ろすんだ!!」

「やむを得ないわ!! ――――全職員に通達!! 廊下に出ている職員は直ちに部屋の中に避難して!! 隔壁を下ろすわ!!」

 

 エックスは周りのオペレーターに指示を出し、ゼロの侵入しそうなポイントを全て封鎖するよう求めた。 エイリアも巻き添えを食わないよう、施設内放送で全職員に避難するよう求めた。

 そして画面に映るゼロの背景が、ハンターベースの玄関に迫る。 既にシャッターは降り始めているが、間に合わず締め切る前にガラス戸をぶち破って侵入された!

 

「内部に侵入されたわ!!」

「アイツの目的は俺達だ! とにかくアイツの行くルートを手当たり次第に塞いでいくんだ!!」

 

 ハンターベース内の全監視カメラの映像に切り替え、所々にゼロの姿が確認されると、そのルートの先と思われる箇所に隔壁を下ろし、ゼロを閉じ込めようとする。

 しかしゼロの動きは早く、彼の動きを先読みした所でシャッターが降り切る前に突破されてしまう。

 

「そんな!! ここまで速いなんて!!」

「指令室のシャッターも降ろすんだ! 通風口も!! 籠城するぞ!!」

「分かったわ!!」

 

 このままでは間に合わない。 閉じ込められる事を覚悟の上で、エックスはエイリアに指令室のシャッターも閉じきるよう求めた。

 直ぐに出入口の自動扉に対し重々しい隔壁がプラスされ、指令室は完全に隔離される運びとなった。

 

「間に合った――――」

「いや待て、隔壁を破ってくる可能性がある。 注意しろ!! 通風口にも絶対に近づくな!

 

 エックスはエイリア含むオペレーター達に対し、部屋の真ん中に集まるよう求めた。

 エイリア達は指示に従い、席から立ち上がって部屋の中央に所狭しと集まる。 オペレーター達を庇う様に、数少ない戦闘要員のエックスとアクセルが周りを囲うように、侵入者に備えていた。

 オペレート業務を中断した事で室内は一斉に沈黙し、えも知らぬ緊張感が指令室を包み込む。

 

 エックスとアクセルは周囲を見渡した。 隔壁を降ろしているとは言え予断は許されない。 そうやすやすとは突破はされないだろうが、シャッターに穴をあける為に衝撃を加えてくるだろう。

 そうなったらそこに目掛けて一斉攻撃を仕掛け、暴走するゼロを鎮圧する……つもりなのだが。

 

「……おかしいね? あのゼロだったらもうここに着いてる筈なのに」

「いや、用心しよう。 特殊部隊を率いていた男なんだ。 絶対に何かしかけて――――」

 

 エックスが警戒を怠らぬようアクセルに注意したその瞬間、指令室内の照明が一気に停電した。

 

「て、停電!?」

 

 部屋中の明かりが全て消え、一同にどよめきが走る。 よく見ればスクリーンや端末の電源も全てが落ちている!

 お互いの表情も確認できなくなる中、エックスはしてやられたように声を上げる。

 

「何てこった! アイツは一直線に指令室を目指してなんかいなかったんだ!!

「え……どういう事?」

「給電室だ!! 配電盤と予備電源を先に狙ったんだ!! 電気が落ちたら隔壁なんか役に立たないッ!!」

 

 エックス一生の不覚。 ハンターベース内の外敵対策用に設けられた隔壁は電動式。 そして圧力をかけて扉を締め切る事ができるのは、各扉に仕込まれているモーターの駆動力あってこそである。

 つまり電源が途絶えれば、隔壁は手で簡単に開けられてしまうのだが、その為に予備電源もハンターベース内には用意されているが、外部からの電力が途絶えても一向に作動せず、部屋が暗闇に包まれたのはそれもゼロの手で破壊されてしまったからに他ならない。

 

「何だってまたそんな仕様になってんの!? 肝心の非常時に役に立たないじゃない!」

「職員の閉じ込め対策も兼ねてるんだそうだ……完全に電源を落とせばいざという時の救助も楽なんだとさ……どうしてこうなった」

「まさか……あり得ないよそんなガバガバ設計」

 

 

「たま」

 

 

 

 前触れもなく暗闇に響くは地獄からの呟き……部屋にいる全ての人員が戦慄した。

 

「今の呟きってまさか……!!」

 

 アクセルは暗がりながら、なんとか慣れてきた夜目でおぼろげながらに見える部屋の隅を見渡した。

 すると彼の後ろ髪をなでるような風の流れを感じ取り、そこはかとなく違和感を覚えた。

 通風口に至るまで隔壁を閉じ切ったのに、風の流れ? アクセルは風を感じた方向の通風口を注視する。

 

 

 ――――暗がりの中にあってより一層闇の深い、人一人分は入れる通風口が開いていた。

 

 

 間違いない! 妖怪(ゼロ)は中にいる! しかし一体どこに!?

 心臓を鷲掴みにされたような、嫌に高まる動悸に冷や汗を流しながら、アクセルは暗がりに立っているエックスらしき陰の肩を叩く。

 

「エックス! ゼロが中に入って来てる!!」

 

 小声で捲し立てるアクセル。 よほど緊張しているのか強くつかんだ肩を揺らす。 しかし返事がない。

 

「どうしたのさ! こんな時に突っ立ってないで――――」

「アクセル……俺はこっちだ……!!」

 

 エックスの返事が来た。 アクセルの後ろ隣りから。

 

「え、エックス……?」

 

 振り返り再度目を凝らすと、確かにそこにはエックスらしき影があった。

 非常に見えづらいものの、なんとか彼の顔を見ることは叶ったが……その表情は引きつり息を荒げ、まるで未知なる者の遭遇に恐怖しているようにも見えた。

 

「アクセル……君は今、誰に声をかけたんだ?」

 

 エックスは疑問を投げかける。 アクセル自身は他ならぬエックスに声をかけ、彼の肩を掴んだのだ。

 しかしエックス本人はそこにいるし、他のオペレーター達はみな中央に固まって地に伏せている。

 それじゃあ、今アクセルは一体誰の肩をつかんで……?

 

 恐る恐るアクセルはもう一度振り返り、肩の主の姿を拝む事にした。

 

 エックスのそれと比べれば、よく見れば鋭角で縁取られたシルエット。

 生気をまるで感じられない死人の様な雰囲気を漂わせるその者は、今アクセル達が最も遭遇したくない、恐るべき妖怪の姿――――

 

 

 

 

 

「 た ま 」

 

 

 

 

 

「ああ!! 妖怪が中にッ!! 中にッ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED




 以上、シーズン3開始より1か月前の出来事でしたw まさかの投げっぱなしエンド(白目)
 ロックマンの宣伝するつもりだったのに、どうして最後がFive Nights at Freddy'sとクトゥルフになったんだ……(呆れ)
 まあそれはさておき、初の短編楽しんで頂けたでしょうか? 以後数話で終わりそうな短い話はこちらのツリーを使用して投稿していきます!
 それでは最後に……


『ロックマン11 運命の歯車』 好評発売中!!




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エレクション・インポッシブル
第1話 ※


 短編ですが実質3ヶ月ぶりの新作……今回も実験的に色々やっていきます!



「ここが『(めずら)しい(たま)』……略して珍玉(ちんたま)

「のっけから下ネタはやめなよッ!!」

 

 目的地に着いて早々、意味ありげに看板の文字を略すゼロにアクセルは怒りの声を上げる。

 

 正午をもって今日のハンター業務を早々に終えた(実際はデスクワークの大半を上手い事言って押しつけた)ゼロを引き連れ、同様に面倒な仕事を済ませたアクセルは車で街に繰り出し、彼が口にした『珍しい玉』なる店の前に来ていた。

 和のテイストを取り入れた宝石店で、赤い瓦張りに壁面に金があしらわれ、玄関であるガラス張りの自動扉の上に、黒く縁取りされた白いポップ体で『(めずら)しい(たま)』と書かれた木製の看板が堂々と客を見下ろす格好だ。

 して、この微妙に日本と中国を勘違いしたような雰囲気の、しかし良いとこの服装に身を包んだ乗客が、入り口越しに見える宝石店にゼロを連れてきた目的とは?

 

「しかしなあ、アクセル。 いくらアイリスの機嫌取る為だからって、何も行った事もない宝石店に来てもなぁ……」

「ゼロが何度も怒られてるのに、誰彼構わずバスターおっ()ててちょっかい出そうとするからじゃない!」

「そりゃ、俺のバスターは世の女性達の共有財産だからな――――」

懲りねぇな! だからキレられるんだよ! ……いい? こうなったらちょっと良い物で恋人の証でも作っとかなきゃ、()()()()通りまた股間潰されるよ?」

 

 アクセルからの言葉にゼロは胸を張ったまま僅かに肩をふるわせ、少しの間を置いて無言で頷いた。

 

 留まる事の知らないゼロの好色っぷりは、遂にはバスターの使用権そのものをアイリスに握られる事になった……筈だったのだが。

 しかしゼロはそれを理解しても、彼女の目の届かない所で言い寄る女性に対し、自前のバスターの試し撃ちに協力して貰おうとしては、仲間に止められるのを幾度となく繰り返した。

 当然だがそれはアイリスの逆鱗に触れ、次やったら今度こそバスターをもぐと最後通告を受けてしまったので、ご機嫌を取る為に高価な宝石を謝罪と共にお納めいただく運びとなったのだ。

 

 そして今、エイリアから宝石の選び方をレクチャーされたアクセルが同伴する形で、店の中へと足を運ぶ二人。 

 

<イラッシャイマセドスエ>

 

 入店時、電子マイコ音声と共に空調の効いた冷たい空気が出迎える。

 松やさざ波を模った浮世絵の描かれた壁をバックに、正面には花魁の格好をした店員と、宝石の飾られているだろうショーウィンドウ。 この絶妙な()()()()()()ムード漂う店内に軽く脱力するはアクセルただ1人。 思わず周りには聞こえないようにか細い声でぼやかずにはいられない。

 

「……本当に大丈夫なのこの店?」

  

 エイリアに勧められるままに足を運んでみたものの、常識人には否めない胡散臭さはアクセルに疑問を抱かせる。 何よりこの作り、自分達のせいで過去に文字通り大炎上させたあのスパ施設を彷彿とさせる。 嫌な思い出を振り払う傍ら、ゼロは何一つ疑問に感じる素振りを見せず、感心したように店内を見回していた。

 

「成る程、お前の言った通り人気店なのも納得だな。 骨の髄までザ・ジャップって感じだ」

しれっと日本の悪口言うなよ! ……どこが納得なのやら、まあいいや」

 

 聞けばゼロはエックス共々、1ヶ月前に日本中をお騒がせした『IS学園旅客機テロ事件』……その発端となった大阪旅行にて、実に日本を勘違いした外国人……を一周回って馬鹿にしたようなバッタモンばかりを、まさかのお土産として買って帰ろうとしていたらしい。

(幸い)現物は先述のテロ事件と、それに付随する様々な珍騒動で全てオシャカになってしまったようだが、まあ彼らのなんちゃってハンターっぷりを間近で見続けていれば、根っこがズレてりゃセンスもズレるのは致し方がないと、腑に落ちないながらも無理矢理納得させる事とした。

 

 兎に角宝石やそれを使ったアクセサリーを選んで、さっさと用事を済ませて自由になろうとアクセルはショーウィンドウに目を配る。

 そこでアクセルは思わず目を丸くする。 煌びやかで色とりどりな宝石の加工は見る者を惹きつける艶、あるいは透き通るような深みを持ち、土台となる金や銀の細工は複雑ながら和のテイストが取り入れられ、力強さの中に優しげな印象が籠もっているようにも感じられた。

 

「(あれ? 店舗の造りほど胡散臭くない……寧ろ何て言うか、正当な和洋折衷って奴?)」

 

 アクセルに宝石に対する教養や美的感覚など持ち合わせていない。 自他共に認める素人なのは疑いようもないが、そのアクセル自身をしてはっきりと、興味を引かれずにはいられないと実感した見事な細工。 常識人の部類だが偶にズレている一面を持つエイリア、そんな彼女がお勧めしたこの店は、見た目に反して『本物』を扱う一級品だったらしい。

 頷いて素直に疑った事への反省と、エイリアの美的感覚を見直すアクセルだったが……。

 

「(この店舗のガワは一体何なんだろうなぁ……)」

 

やはり店舗のデザインをして乾いた笑いを禁じ得ない。 職人と経営陣との擦り合わせが上手くいっていないのか、あるいは美を知る本物だけが入れるよう意図的にデザインした()()()()()なのか。 憶測の域をでないものの、アクセルは考えずにはいられない。

 

「って、僕1人だけ見て感心してても仕方無いよ! ゼロ!?」

 

 思わず1人ショーウィンドウで考え込んでいたアクセルだが、つい忘れていた本来の目的を思い出しては、その目的の渦中の人物であるゼロの姿を振り返る。

 玄関に置いたままの彼だったが、しかしそこに彼の姿は見当たらず。 少しだけ店内に目配りをすると、当然のように店内の端にある通路に足を進める、見知った金の後ろ髪が。

 反射的に声をかける前に、アクセルは通路の入り口に描かれた表記に目をやる。 通路の通じている先は……従業員の控え室と、男女別に上下で分けられたトイレ!?

 

「ちょ、ちょっとゼロ!? トイレなんて行くロボットはドラえもんぐらいだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 不審な気配を感じた。 ゼロはこの店に来た目的をそっちのけに、用もないトイレの方へと足を進めていた。 店内の規模に対して嫌に長い通路にうんざりする思いだが、無論レプリロイドの彼が催した訳ではない。 ゼロは確かに感じ取っていたのだ。 目で見たり、データで捕らえられない何かを。 悠然と突き進む先にそれはあった。 女子トイレの入り口が。

 ……仕方が無いのだ。 男子禁制のこの中(聖域)から、確かに漂う邪悪なイレギュラーの気配が。 我こそはイレギュラーハンター、奴らから罪無き市民を守る剣にして盾。 その使命を果たす為ならハンターとしての矜持にかけて、法や倫理さえも背かねばならない……否!

 

「俺が、イレギュラーハンター(法律)だ!」

 

法を執行する者……つまりは全ては許されて、ゼロは自分の信じる正義を貫く為、迷う事無く女子トイレに一直線に迫り――――

 

「へんたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!!」

「ギョギョォォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

――――女性の悲鳴と同時に、緑のアーマーに身を包んだ太ったレプリロイドが女子トイレから叩き出されたではないか!!

 

「おぅふ!! な、何だ!?」

 

思わず跳び退くゼロ。 叩き出されたレプリロイドを恐る恐る見てみると、顔面に殴られた痕跡があり、鼻血らしき真っ赤なオイルを流して悶絶しているではないか!

 

「む、ムハッ! い、いかん!! 一先ず退却だああああああああ!!!!

 

 そしてレプリロイドは慌てて立ち上がり、一目散に走って逃げようとゼロの隣をすり抜けた。

 

「どこに行きやがる」

「ンギョッ!」

 

 すかさずすれ違いざまに足を引っかけ、レプリロイドを転倒させるゼロ。

 こかした相手を振り返り、眉をひそめた。 ……この男には見覚えがあった。

 

「本土まできて覗きか、ボロック」

 

 ゼロにはこのレプリロイドが、かつてギガンティスなる島で、リベリオンと名乗る反乱組織の幹部を務めていた男だと言う事を記憶していた。

 

「ぬはっ!! お、お前はゼロ……!!」

 

 部下を多数率いる立場ながら組織やボスへの忠誠心に疎く、己の利が為に保身と打算ばかりを考えた卑劣漢……『ボロック』なるレプリロイドだと。

 

「何やってやがった? 今女子トイレから叩き出されたみたいだが?」

「い、いやあ……ちょっとその、何て言うか……男子トイレが使えなくなってたみたいで、その……」

「この人変態です!! 部屋から出ようとした時に下の隙間から覗いてたんです!!」

   

背後を軽く流し見ると、ボロックに覗かれたと思わしき女性が怒声を上げている。

 視線を戻せばボロックが汗を流して引きつった笑顔を浮かべていた。 そもそもが叩き出された場面を目撃しているゼロにとって、奴がいかがわしい真似をやらかしたのは疑いようのない事実だと確信していた。

 

「俺が居合わせたのが運の尽きだったな。 覚悟して貰うぜ」

 

 首を回し、握りこぶしを鳴らして威嚇するように迫ると、ボロックはへたりこんだまま後ずさりする。

 

「み、見逃してくれませんかねぇ?」

「俺の本職を知ってて言ってるのか? ふざけやがって」

 

 一歩一歩にじり寄る度に距離を開け、遂に背を壁にぶつけるボロック。

 逃げ場を塞ぐように立ち塞がっては、投降を促しにかかるゼロ。 首を横に振って何かを考えるような仕草をするボロックだが、不意にある提案をゼロに持ちかけた。

 

「そ、そうだゼロさん! アナタが実はエッチな事に目がないのは知っていますよ!? ワタシを見逃してくれたら、今回のも含めてとっておきの映像を分けてあげる事もやぶさかじゃないですよ!?」

 

 見苦しい提案に、後ろにいた女性が怒気を漂わせて迫ろうとするが、ゼロは腕を横に出してそれを制す。

 

「見苦しいなボロック。 俺がそんなつまらない提案に応じるとでも思ってるのか?」

「ファッ!?」

 

 提案を一蹴し、吐き捨てるように告げるゼロ。 かつて()()()からイレギュラーを逃がしたゼロらしからぬ、卑猥な話に一切の隙を見せる様子はない。

 

「馬鹿も休み休み言え。 とっとと拘束させて貰うぞ」

「そんな! 話が違う!!」

「フン。 呆れて物も言えねぇ」

 

 目を見開き、ゼロは困惑するボロックに畳み掛けた!

 

「そんなもん、お前を捕まえてからじっくり検めればいい話だろ!!

「結 局 見 る ん か い ッ ! !」

「ペサップ!!」

  

 背後にいた女性の鋭いチョップが、ゼロの脳天に突き刺さった!

電子頭脳を揺るがす衝撃に変な声を上げる彼だったが――――

 

「――――ぬはっ!?

 

 突如形容しがたい痛みが、ご自慢のバスターが収まる下腹部を駆け巡った!

 思わず股間を押さえ、悶絶した面構えで地面にうずくまるゼロ。 頭を叩いた女性やボロックもこれには驚きを隠せない……なんで股間!? そう言わんばかりに。

 

「……チャンス!!

「あ、コラ待て!!」

  

 一瞬ゼロに気を取られたボロックだったが、期を逃さずにゼロの脇をすり抜けて逃走を図った! イレギュラーの動きに気づいた女性が追いかけるが、流石は元幹部。 ボロックは女性の反応をもろともせず、さっさと出口に続く曲がり角へと逃げていった。

 

ああもう!! 何でこんなに道が長いんだよ――――」

 

 遅れてやってきたアクセルが曲がり角から姿を現したものの、逃げる体勢の整ったボロックの反応は早い。

 

「ボエェェェェェェェェェェッ!!」

「うへぇ!? な、何このひどい歌――――わぁ!!

 

聞くに堪えないボロックの音痴な歌声に、アクセルが耳を塞ぐも束の間、瞬く間を利用してタックルをかましアクセルを転倒させた!

 

「ムヒョヒョヒョヒョッ!! 逃げるが勝ちさぁ!!」

「ボロック!? ――――一体何がどうなってんのさ!?」

 

 歌を聞いてしまった女性は不快感からか昏倒し、アクセルは何とか起き上がりながらも酷い立ちくらみを起こしていた。

 

「く、クソッタレ……こんな時にまで『アレ』が出やがったか!!」

 

 この間、ゼロは身に覚えがあるように毒づきながら、ずっと股間を押さえていた。

 

「ちょっとゼロ! 何でボロックがここに!? っていうかどうして股間押さえて悶絶してんの!?」

「り、理由は聞くなアクセル……!! とにかく起こしてくれ、そしてボロックを追いかけろ! そこで倒れてる女を盗撮した現行犯だ!

 わ、分かったよ! よっこいしょ!」

   

立ち上がりに難儀するゼロを、アクセルが肩を貸してくれたおかげで何とか立ち上がった。 ついでに幾分股間の痛みは引いていったようで、少し目が眩みそうだが走って追いかける事は出来そうだ。 幸い倒れた女性はアクセルの後から駆けつけた他の従業員に介抱された。 後で応援をよこすと従業員に一声をかけ、ボロックを追った。

 

 して2人は午後からの余暇を返上し、盗撮犯の大捕物へと移る為に店を飛び出した!

 その際先に逃げたボロックが、道行くドライバーからスポーツタイプの背の低い車を強奪し、間髪入れず走り去る瞬間を目撃! すぐさま奴の後を追うべく店舗裏の駐車場に足を向かわせ、停めておいたパトカーに飛び乗り急発進! 通行人を驚かせたのは申し訳ないものの、大通りへと躍り出てボロックを追跡する。

  

「あいつ! 盗撮と自動車強盗の現行犯、もう言い訳のしようはないね!!」

「あ、ああそうだな! ……やっと治まりやがったぜ」

 

運転席に座ってハンドルをさばきながら、ゼロはようやく引いていった股間の痛みに安堵する。 頻りに股座を気にするゼロに、アクセルは疑念を込めた目線を横目に送りながら問いかけた。

 

「やっぱり気になるよ、さっきからどうして股間痛めてんのさ……ボロックに股間でも蹴られたっての? それとも女の人の方にちょっかい出したんじゃ――――」

違うわ! ……まあ、ツッコミがてら脳天にチョップは食らったが」

しばかれてんじゃねーか! ……で、何だっての?」

 

 嫌に食いついてくるアクセルに対しゼロは、少し目線を泳がせこう答えた。   

 

「つまりその……アレだ。 自前のバスターの位置(ポジション)、略して()()()()がズレちまってな」

だから意味ありげに略すなっての!! たったそれにしては随分痛がってたみたいだけど?」

「俺のバスターは位置取りが大事なんだよ。 まあ、そう言うことだな」

 

 あやふやな態度でゼロは返答するが、アクセルは白い目線を送る。 どう見ても信じてくれていなさそうだ。

 

「もうそれでいいや! とにかく今はボロックを追おう! ――――あ、あいつ信号無視して曲がってったよ!」

    

アクセルが指さす正面の十字路、ボロックが盗んだスポーツカーが対向車に構わず、スキール音を鳴らしながら乱暴に車線を割り込んで右折!

 逃がすか! そう言わんばかりに、ゼロも速度を緩める事無く交差点に進入! ボロックの乱暴な割り込みでとっちらかった対向車が道を塞いでいた為、進入自体のリスクはそれほど高くはない。 この際、警察無線から仲間のハンター達の連絡が入る。

 

<犯人と思われる人物はスポーツカーを奪った後交差点に進入し逃走中! 車線に強引に割り込んで交通事故を起こした! 周りの事などお構いなしだ!! 何て奴だ!>

 

 

 

 

「 た ま 」

 

 

 

 

 ゼロは唐突に、白目を剥いて目一杯ハンドルを切った。

 

「ちょっ!? ゼ、ゼロ!? 何やって――――ワアァッ!!

「――――ハッ!? あ、あぶねぇ!!」

 

 切りすぎたハンドルに釣られてリヤタイヤがスリップ! カーブを曲がりきった際に腰砕けになり、テールランプを左右に振って踊りながら、正気に戻ったような様子でゼロはとっさにハンドルを反対方向に当てて姿勢を制御! 何とか車体は直進性を取り戻し、何事もなく追跡を再開した。

 

「や、やばかった……どうしちゃったんだよ! あんな雑な運転して!!

「……い、いや、何でも無い」

「ウソばっかり! 今不吉なリアクションしてたよ!?」

  

 抗議するアクセルにゼロは歯切れの悪い返事しかできない。

 見え見えの嘘なのは分かっている。 意識が飛んで()()()()()()()が噴き出してきた自覚もある。

 

「(まずいぜ……もうちょっとだけ持ってくれ!! 頼むから些細な事で反応しないでくれよ!?)」

 

 そして、その原因についてもゼロははっきりと心当たりがある。

ゼロは祈った。 これ以上()()が肝心な時に悪さをしないでくれとただひたすら願いながら、神妙な面持ちでハンドルを握る両の手に力を込める。

 

「本当に大丈夫なの――――ってアイツ!!

 

 アクセルが先行するボロックの車に指を指す。 そこには足首1つ分の高さの段差を強引に乗り越え、人の行き交う歩道に割って入っていく光景が繰り広げられた!

 人命などお構いなしな暴走自動車の突撃に人々は逃げ惑い、慌てて開かれる歩道をボロックは乱暴に突っ切った。

 

「もう何でもありってこと!?」

「クソッタレ! こうなりゃ付き合ってやるぜ!!」

 

 危険は承知でゼロもボロックに続く。 段差の乗り越えに身体を揺すられながら、逃げるイレギュラーとの根比べに挑む。

 

「ここまでさせやがった落とし前は――――うん!?

 

まさに歩道に突入したその瞬間だった。 ゼロがスカートを穿いた若い女性の側を通り抜けた際、車の巻き起こす風圧にスカートがめくれ上がり、僅かに見えた黒いレースの生地を慌てて隠したのだ。 古き良きジャパニーズ漫画のお色気シーンを彷彿とさせるまさに一瞬の出来事を、戦いの中で研ぎ澄まされたゼロの直感は見逃さなかった。 どこからともなく携帯端末を取り出し、奇跡の瞬間を閃光と共に端末の記憶媒体に焼き付けた。

 決定的な場面を見事収めたゼロは得意げに頬をつり上げ、助手席の相方の怒りを買った。

 

コラァッ!! 言ってる側からまた余計な事して!!」

「余計だと? 馬鹿言え! あんな絶好のシャッターチャンス取り逃す奴がどこにいる――――」

 

 操縦ミスもなんのその、立て続けによそに気を取られ、パンチラをしっかりとカメラに収めるヒーローらしからぬ姿に、アクセルから文句を言われるも束の間。

 

 一度は治まったはずの股間の痛みが再発したのだ。

 

「うっひょおおおおおおおおおおう!?」

「ファッ!?」

 

 ハンドルから手を離し、無我夢中で痛む股間を両手で押さえるゼロ。 運転中に両手を離す仲間のあり得ない行為にアクセルは驚愕を隠せない。

 

「しまったぁぁぁぁぁ……ついいつものノリでやっちまったぁぁぁぁぁぁ」

「ゼロ! ゼロ!? ちょっと!? ハンドル!! ハンドル離したら――――うわぁ!!

 

 パニックを起こしかけるアクセル達の目前に迫るは、逃げ惑う人々の間を割るように現れた見事な街灯の姿だった。

 

「ゼロ前見て!! 街灯! 街灯迫ってる!! ぶつかる!! ぶつかるぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 ゼロ白目を剥いて悶絶し身動きせず。 慌ててアクセルがハンドルに手を伸ばそうとするが、律儀に締めたシートベルトに身体が阻まれ、指先が当たる程度の距離までしか届かない! 減速もままならぬまま迫る街灯! 最早間に合わない――――

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ぶじゃあああああああああああああ!!!!」

「おどおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

  

――――激突!

 

 イレギュラーハンター謹製の高い防弾能力を持ったパトカーであるが、金属製の無駄に頑丈な街灯と衝突し、ひしゃげるフロントバンパーとボンネット。 だけに飽き足らず、薙ぎ倒された街灯はぶつかった反動でパトカー側に倒れ込み、パトランプとフロントガラス共々ルーフパネルを真っ二つにたたき割る。

 ゼロとアクセルはガラス片の洗礼を浴びながら胴体を前後にシェイクされ、それでもなお勢いを殺せぬパトカーは、街灯の直ぐ後ろにある地下鉄の入り口に突入。

 降りる階段の先に見える、入り口に対して斜めを向いた改札口に一直線に階段落ちを披露しながら、異変に気付いて慌てて待避する駅員達の背中を突っつき回すかの如く、受付のある改札口に飛び込んだ!

 機材という機材を完膚なきまで破壊しつくし、受付に突き刺さったパトカーは……エンジンの停止と共にようやく巻き込み事故の連鎖を終わらせた。

 

「な、何でこうなるの……ガクリッ」

 

 アクセルはガラス片の煌めくダッシュボードに突っ伏して気絶した。 それは事故を招いてしまったゼロも同様だった。

 

「クソッタレ……アレさえついてなきゃな……グフッ」

 

 意味深な呟きを残して。

 




 シーズン3完結時に赤バンブル氏(https://syosetu.org/?mode=user&uid=97866)にコラボの話を持ちかけて頂いたので、その方の作品のクロス先にあやかり、トイレに行くドラえもんのシーンをリスペクトしました!<嘘>

 と、言う訳で久しぶりにノリノリで、しょうもないジョークに始まる短編書いてみました。 今回は何と驚きの、作者お手製の挿絵付きです!
 今書いているゲフンゲフンな小説の、第一話を仕上げるのに大分エネルギーを使ってしまいましたので、真面目に考えず半ば勢いでプロットを切っちゃいましたw
 実質1週間ぐらいで作った話じゃなかろうか……そんなガバガバシナリオですが、いつも通り下品でおバカなお話を是非ご堪能下さいな!


 あと、試みとして作者謹製の挿絵をちょくちょく試験的に乗せていこうと思います。
 好評でしたら今後も描いていきたいと思いますので、是非とも褒めてやって下さい何でもしますから!(何でもするとは言ってない)

 それでは、今月もまたよろしくお願いします……でわ!


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第2話

 相変わらず酷い話は続く……第2話行きます!


 

 ボロックを取り逃がして7時間、ハンターベース内にある警察病院のベッドの並べられた一室にて、アクセルとゼロは収容されていた。 その窓越しに見える風景はすっかり日が沈み、大通りを行き交う車のヘッドラップとビルの明かりが街を彩っていた。

 2人は事故の衝撃で痛む全身を、レプリロイドの医療用バンテージに包まれベッドに寝かしつけられ、事故の報告を受けて心配しにやってきたエックスを前に、気を失う直前の状況を説明している所だった。

 

「……全然話が見えないんだけどな」

「僕も何が起きたか分かんないんだよ……ハァ

 

 アクセルは事のいきさつをエックスに説明するも理解を得られず、口にした自身さえも事態を把握していないようで、深くため息をつくしかなかった。

 事故を起こした当事者のゼロはこの間、アクセルのすぐ隣のベッドに寝かしつけられているのに会話に参加せず、口を噤んではアクセルやエックスと目線を合わせようとはしない。 その表情はバツが悪そうで、一番話をするべき本人が何も言いたくないと、頑なに意思表示をしているようにも見えた。

 

「ゼロ……別に今更責めたりなんかしないから、アンタもちゃんと会話に参加してよ」

「そうだぞ? なんだってアクセルにさえ何も言わないんだ? 聞けば痛そうに股間を押さえて事故に繋がったって……」

 

それでもアクセルとエックスは食い下がる。 口ぶりや態度からするに、ゼロは自身の変調について心当たりがあるような素振りを見せている。 ならばこうなった原因を自分の口から説明してくれなければ到底納得は行かない。 何度も会話の合間にゼロに問いかけていたが目を逸らすばかりで……不意にゼロはうんざりしたように口を開く。

 

「そんなに聞きたいか……分かったよ」

 

問いかけに応じなかったゼロが、渋々とした様子だがようやく答えてくれる素振りを見せた……のも束の間、ゼロは痛む身体で身を起こすと、掛け布団を取り払った。

 

「だがその前に……だ」

 

 そして何をするかと思えば、腰元を覆う白いパンツ……もといパーツをおもむろに膝下へとずらしたのだ。 余りに唐突に大事な部分を露出する仲間の行動に、エックスとアクセルは唖然と目を見開いた。

 

「な、何やってんのゼロ――――」

「俺の自前のバスターを見てくれ。 こいつをどう思う?」

 

心底嫌そうに親指をそこに突き立てるゼロに視線を誘導され、好き好んでみるものでも無いゼロバスターに目をやった。 そこにあるのは10センチ前後の、平均値からは幾分小柄な部類に入る可愛げのある部類に入るバスターだった。

 

「「すごく……小さいです……」」

 

 二人してつい本音が漏れてしまった。 日頃注意深く見ていたつもりはないものの、ことあるごとに自慢しているバスターにしては、嫌に小さくなった気がしたと感じ取った。 そこにエックスとアクセルは違和感を覚えた。 記憶では、あと一回りや二回りはもう少しサイズが大きかったはず……ゼロは心底辟易したように、その原因を答えてくれた。

 

「随分愛嬌のあるサイズに縮んじまっただろ? ……元々はもっとあったんだぜ、こいつ」

「う、うん……」

 

 そんなの僕に言われても……アクセルは引きつった表情で相づちを打つと、ゼロは下げたパーツを元の位置に戻して話を続けた。

 

「……ケインのじじいにやられたんだ」

「「へっ?」」

 

 思いがけない人物の名が彼の口から語られ、アクセル達は首を傾げた。

 

「バスターの射撃訓練の事でな……ああ、腕の方な?

 

 そんなのは分かってる。 わざわざ言わなくてもと2人して引き気味に感じながらゼロの次の言葉を待った。

 

「腕が鈍らないように久しぶりに射撃場に行ったんだが的を切らしててな。 代わりと言っちゃ何だが、あのじいさんのBONSAIを的代わりに使ったんだ……そしたら見つかってパイルドライバーお見舞いされてな……」

「バカじゃないの?」

 

 自ら墓穴を掘る行いをしれっと語るゼロに呆れるしかないが、そんなアクセル達のリアクションに構わず話し続けた。

 

「そしてペナルティと言わんばかりに、気絶している間にお仕置き回路なるモノを、身体の中に仕込まれちまったんだ」

 

 げんなりとした様子で語るゼロの様子に、アクセルはなんとなく察しがついた。

 

「ひょっとして股間の痛みって言うのは……」

「ああそうだ。 俺がエロい事考えたりやらかしたりする度に、自前のバスターが1ミリずつ縮む装置だ!」

「「ぶっ!!」」

 

 笑うつもりはなかったのだが、余りに間抜けな装置にアクセルとエックスはつい噴き出してしまった。 ゼロはベッドの手すりを叩いて抗議する。

 

「おいてめぇら! 笑い事じゃねぇぞ!!」

「ご、ごめん! でもなんて言うか、その!」

「馬鹿な事してそんなしょうもない装置取り付けられてたら……ぶふぉ!」

 

 堪えようとしても堪えきれず、むしろ強く意識をしてしまう事で余計に笑いのツボを突いてしまった。 自慢のバスターが縮むケイン博士からのお仕置き、それは自他共に助平を謳うゼロのいたずらに対し、ある意味で相応しい報いではなかろうか。

 

「ああクソ! こんな事なら言うんじゃなかったぜ!」

「悪かった! 悪かったゼロ……ぶふっ!」

 

 謝りながらも噴き出してしまうエックスに、ゼロは間違いなく不愉快な気分だろう。 本人としては切実な問題であるにも関わらず、仲間の失笑を買ってしまい不貞腐れてしまう。

 

 しかし彼らは……特にアクセルはこの時ある事を失念していた。 事故に繋がる追跡劇のさなか、ゼロがふとした拍子で股間を痛める以外の不調を引き起こしていた事を。  

 

「気分はどうだったかしら?」

「ああ、久しぶりの良い夜風だったよ」

 

 そしてそれは今し方部屋に戻ってきた、同じ部屋を共にする車椅子に乗ったハンターと、彼の車椅子を押して介助する女性看護師との会話のやりとりによって、否応なく思い返される。

 

「貴方は働き過ぎだったもの。 こうしてゆっくりとした時間を過ごすのも大切よ?」

「全くだ。 (たま)には夜の街を散歩するのも悪くない」

 

 

「 た ま 」

 

 

 たった一言、ゼロの口から呟かれたその言葉は、場を剣呑としたムードに包み込むには十分だった。 呟きを耳にしたエックスとアクセルの双眸には、はっきりとその姿が映し出されていた。

 朗らかに談笑していた看護師達も、瞬時に恐れおののいた目つきをこちらに向ける。

 

 そう、皆一様に視線を注いでいた。 白目を剥いて肌を土気色に染め上げた、生気の無いゼロの姿へと。

 

「……ゼロ?」

「――――はっ!?

 

恐る恐る声をかけたエックスに反応するように、ゼロは我に返ったようだった。 慌てて周囲を振り返り、自身がようやく怯えの色が籠もった目線を向けられている事に気づく。

 

「……また俺何かやっちゃったか?」

「うん、思いっきりなりかけてたよ。 妖怪タマヨコセに」

 

 謙遜風イキリを彷彿とさせるようなゼロの口上に、容赦なく残酷な現実を突きつけるアクセル。 ゼロは「うげぇ!」とよく分からない悲鳴を上げ、頭を抱えて項垂れた。

 

「……そう言えば、追跡中にもなりかけてたっけ……交差点曲がってる最中に仲間からの無線連絡来たと思ったら、急にゼロが操縦ミスしたんだ」

「文脈に『た』と『ま』の連なる言い回しがあったんだろうな……でもどうして?」

 

 二の轍は踏まないように「たま」と繋げて言わないように気をつけながら、何故ゼロが再び妖怪になりかけているのかを考え……それはアクセル共々あっさりと察しがついた。

 

「……ひょっとして、股間縮んでるせいで妖怪に逆戻りしかけてるんじゃ?」

「さっき見た時はかなり小さくなってたな……元からどれぐらい縮んだ?」

 

 エックス達は問いかけると、ゼロは項垂れたまま目線を合わせようともせずに答えた。

 

「元々18㎝以上はあった……だがじじいに回路取り付けられたこの2日間、昼間の事故も入れたらもう8.1㎝は縮んだ。 1/3縮んだ辺りでとにかく下ネタねじ込んだり、時々意識が飛んじまうようになっちまったが……流石に気のせいだと思いたい

「しっかり下ネタ使ってるし意識も飛んでるよ!! 現実から目ぇ逸らすな!!」

「2日間でそんなに縮んで問題出てるんだろ!? 本当に大丈夫なのかいゼロ!?」

 

 股間のアレをなくせばまたゼロは妖怪と化してしまう。 そのことがたまらず不安でアクセルとエックスはゼロに詰め寄るが、当の本人は引きつった笑いを浮かべながら、無理にでも余裕を取り繕おうとする。

 

「……大丈夫だ、多分。 ()()()()()()()()()()()()

 

エックスとアクセルの動きが止まった。

 

()()って……何さ」

 

 ぎこちない表情の動きでオウム返しに尋ねるアクセル。 まだ何か問題あると言わんばかりに聞こえたゼロの返しに、一層不安を煽られて仕方が無い。

そして不安は的中し、しばしの後に彼の口から出た言葉はもっと良くない情報だった。

 

「元のサイズの半分……9㎝に達したら俺のコレ爆発するんだよな

 

 凍り付く室内。 残り半分どころ9ミリ……実質猶予なんて無かった。

 

「フッ、だが安心しろ。 スケベを自称する俺だからこそ、誰彼構わずおっ勃ててセクハラするような愚かな真似はするまいっておいエックスにアクセルどうした2人して一体何のつもり――――」

「「今すぐ隔離だああああああああああッ!!!!」」

 

 仲間の閉じ込めを決意した2人の行動は早かった。

 車椅子のハンターを介助していた女性看護師も交え、3人がかりでゼロを押さえつける。 もがいて抗議するが問答無用で部屋から飛び出すように連れ出し、強引に病棟の奥にある空き部屋の個人病室へとなだれ込む。

 

 そしてエックスは中に入るなり、ゼロのアーマーを問答無用で引っぺがし、ヘルメット以外全裸にヒン剥いたのである!

 

「おいエックス!! 俺のアーマー――――ぬおっ!!

 

 股間に規制のZマークを浮かべながら怒気を露わにするゼロを、更にアクセルと二人がかりで空いているベッドに押さえつけ、鎖で腰元を縛り付けて身動きをとれなくする。

 極めつけにゼロを置いて部屋を出ると、エックスは懐からビックリマンシールを取り出した。

 

南無大慈悲救苦救難広大霊感白衣観世音……封印!!

 

 印を結びながらゼロの十八番とも言える白衣観音経を唱え、鍵の差し込み口に貼り付けた!

 言わば封印のお札代わりだが、貼り付けたのは『スーパーゼウス』……エックスのお経が功を成したのか、シルバーの部分の煌めきが普通のそれより強い気がした。

 室内ではゼロが暴れているが、そんな折部屋を飛び出した際に周囲の人員に呼ぶように頼んだ、警備の任に就くハンター2名が武装した状態でやってきた。

 

「オイコラエックス!! 人の経文勝手にパクってんじゃ――――」

「ここにいるのは恐るべき妖怪だ。 もし部屋を出ようとしたら迷わず()()()()させて欲しい」

「「了解!」」

  

 聞く耳持たず。 エックスはハンター2名に警備を任せると、アクセル共々額の汗を拭った。

 

「……危なかった。 ゼロが言わなかったらとんでもない事になってた」

「2日で8センチ近くも縮めるようじゃすぐだよ……本当に大事な話しれっと流すんだから」

 

アクセルはため息をつく。 ゼロがうっかりで口を漏らす性格なのは知っているが、今回は皮肉にもそれに助けられる事になろうとは。 エックスは扉越しに、中にいるゼロに声をかけた。

 

「有無を言わさず部屋に閉じ込めたのは謝るよ。 でも今の君の状態を考えたら暫く治療に専念するのが一番だ」

「だからって何も個室に閉じ込める事はねぇだろ!」

「そうはいかないんだ……回路の事はケイン博士に掛け合ってみるから、それまでは辛抱していてくれ。 アーマーはそれまでクリーニングして預かっておくから」

「待てエックス! まだ話は終わってねぇぞ!」

   

 捲し立てるゼロを置いて、エックスはアクセルへと振り返った。

 

「ところでアクセル。 協力してもらって今更だけど、怪我の方は大丈夫なのかい?」

「んー、その事なんだけど……」

 

 アクセルも事故でダメージを負ったはずだが、当然のようにエックスと協力してゼロを個室に運び込んでいた。 怪我は痛まないかふと気になってエックスが問いかけると、アクセルは身体に巻かれた包帯をほどき始めると……ススこけて一部アーマー部分のひび割れや機械が露出した箇所もあるが、車が全損した事故に対しては軽症のようだった。

 

「事故が事故だから大事を取って休めって言われたんだ……それにしても軽いとは思うけど、何て言うか……その」

 

アクセルは少し考えた後、苦笑いをしながら答えた。

 

「ギャグマンガ体質……って奴?」

「何だか納得した」

 

 ジョークと言うには現実離れしすぎているが、散々酷い目に遭って時には絶命していながら、当然のように復活するこれまでのやりとりを鑑みれば、2人して不思議と受け入れられてしまえる気分だった。

 

 その時、ハンターベース全域に突如アナウンスが響き渡った!

 

<こちらエイリア! エックス緊急事態よ! 直ちに出動態勢に移って!>

 

 声の主はエイリアだった! 警報と共にエックスに出動命令が発令される!

 

<昼間に逃げおおせたイレギュラー・ボロックが『ホテル・バンドー』で立てこもってるの! 逃げ遅れた客や従業員が人質として囚われてるわ! 急いで!!>

「何だって!?」

「アイツ……!!」

 

 逃げたボロックが次なる犯罪に手を染めた。 その衝撃的な内容にエックスとアクセルは動揺した。 しかしそこは我らがイレギュラーハンター、エックスはエイリア宛てに無線機を開き、直ちに任務に就く旨を連絡した。

 

「こちらエックス! 了解した! 直ぐに出る!」

「待ってエックス! 僕も出動するよ!」

   

 アクセルは身体に巻かれた包帯の一部を剥がし、動きを阻害しないよう最低限の箇所だけ残して同行を申し出た。 当然エックスはアクセルの申し出に驚いた。

 

「怪我をしているんだぞ? 今出て大丈夫なのか!?」

「ちょっとした援護ぐらいなら問題ないよ! ちゃっちゃと片付けた方がゆっくり休めるし……なんてったって、僕とゼロが逃がしちゃったイレギュラーだから、自分の手で落とし前つけたいんだよ!」

「……うーむ」

 

 流石に実戦にまで駆り出すのは不安だとエックスは悩んだ。 しかし少し考えた後に、既にベテランの域に入っているアクセルなら、今自分に出来る範囲はわきまえるだろうと、彼の意思を尊重する事とした。

 

「流石に突入は無理そうだから、フォローに徹してくれるなら」

「……OK!

 

 アクセルもまた、条件付きでエックスの譲歩を受け入れた。 2人は互いに頷くと、出動準備を整えている駐車場に向かって走って行った。

 

「お前ら勝手に盛り上がるなああああああああああああああああ!!!! 俺も連れて行けええええええええええええええええ!!!!」

「暴れるなよ! 暴れるなよッ!!」

 

 全体重をかけて押さえるドアの内側から、執拗に扉を叩いて開け放とうと抵抗するゼロを置き去りにして。  

 




エックス「当時モノがなくて復刻版のシールを貼った。 許して」


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第3話 ※

 淫乱ピンクと(勝手に)呼ばれたあの子、登場!


 オペレーターとして、ギガンティスにて勤務する日々の中で久々に羽を伸ばしたいと、アメリカ本土に旅行にやってきたのが今日の昼下がりの事。

 かつて共に戦ったイレギュラーハンターの面々とも会いたいと思い、利用した国際空港やハンターベースとも立地的に近く、正面にはセントラルパークの見える一等地の高級ホテルを奮発した。

そして長旅の始まりと、意中の『あの人』と会える期待にその大きな胸を膨らませるは、桃色に白の毛先がアクセントなショートヘアの女性レプリロイド『ナナ』だった。

楽しい滞在期間を期待してやってきた、ここ『ホテルバンドー』であるが――――

 

ギョヒョヒョヒョヒョヒョッ!! 妙な真似をしたら、ワタクシのリサイタルが開催される事になりますよ皆さん!?」

 

 そのイレギュラーハンターと一緒に戦った相手である、以前ギガンティスにて反乱を起こした組織『リベリオン』の元幹部、ボロックによって占拠されていた!

 

<今すぐに武器を捨てて投降しろ!! お前は完全に包囲されている!!>

「ムヒョヒョヒョヒョッ!! それはこちらの台詞ですなぁ! 妙な真似をすると人質全員をメタクソに痛めつけて差し上げますよ?」 

「(ど、どうしてこんな事に……!?)」

 

外には通報を受けてやってきたイレギュラーハンターの隊員達が敷地を取り囲み、ボロックに投降を促しているが、人質を握っている強みからボロックは一向に怯まない。

 そんな中でナナは、ボロックのすぐ側にて身体を縛られて寝かしつけられていた。 そしてボロックの周囲にいる従業員や客らしき人々も、怯えた目でボロックを見て、あるいは震え上がって絨毯敷きの床にうずくまる者もいた。

 

 ナナ自身を含め、このホテルにいる全員がボロックの人質だった。 事件が起きたのはほんの1時間前……シャワーを浴びて浴室を出た所、部屋に何者かが侵入している痕跡を見つけ、通報する前に犯人捜しに部屋を見回し、隠れていたボロックを見つけこれでもかと悲鳴を上げた。

 するとボロックは逆上し、タオル姿のままのナナを強引に捕らえ、流れるようにそのままロビーへと躍り出て、ホテルの占拠を宣言したのだ。

 勿論ホテルの警備員がすぐさま彼を止めようとはしたが、十八番とも言える耳障りな歌声でこれを一蹴、更にナナが職業柄かつい持ち歩いてしまうオペレート用のマイクを奪われてしまった。 あれは周囲の機材と無線で同期可能な為、既に施設中のスピーカーに連結している為、その気になれば全員を一斉に攻撃する事が出来る。

 

 ナナは横たわりながら、火花を上げて隣に倒れている警備員を見た。

 

ギギギ……暴力ハ、暴力ハイケマセン。 暴力、暴力暴力……」

 

 片言で同じ言葉を呟く、緑の装甲に覆われたカメレオン型のレプリロイド。 彼は警備の役職ながら、ホテルマンのスタッフ共々ここに来たばかりのナナを、ぎこちない動きながら親切にしてくれたが、ボロック襲撃の際に真っ先に動いたものの返り討ちにされてしまった。

 元ハンターのイレギュラーだったらしいが、話によると『例の青い人』の更生プログラムによって、別人のように善良な性格になったらしい。 折角社会復帰できたのに、このような仕打ちは余りにもむごいと哀れみを向けると、ボロックが不意に振り返ってはこう吐き捨てた。

 

「ヒョヒョヒョ……かの『ショーツマスター』のカメリーオさんも、こうなってしまっては形無しですなぁ」

「ボウリョボウリョボボボーボボーボボッ!! ピーガガガガガッ――――いっそ殺せ――――ガガガガガッ!! 暴力ハイケマセン」

「まま、哀れなくたばりぞこないはさておいて……」

 

 ボロックはナナの肩を掴んで無理矢理身を起こさせた。 宜しくない手合いに身体に触られる不快感にナナ顔をしかめるも、ボロックはお構いなしにナナの背中を押す。

 

「妙な考えは起こさないで下さいよ? ……さ、ワタクシと一緒に来て貰いましょうかね?」

「……!!(触らないでよ!)」 

 

 そして要求されるままに玄関の方へ足を進めていった。 玄関のガラス扉越しに見える、周辺を取り囲む青と赤、そして強い白の光が取り囲む中庭に向かって。

 

「(ああなんて事!? こんな格好で人前に連れ出されるなんて……私に乱暴する気なの? ジャパニーズヘンタイエロ同人みたいに!)」

  

 不安に身を震わせながら一歩一歩前に進み、遂に自動扉が開かれた。 イレギュラーハンター達の銃口と熱い眼差しがナナの身体に一斉に突き刺さる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンターベースを出発して20分足らず、既に事件現場へと近づきつつあった輸送用バン。 アクセルとエックスは、バンの後部席で他の隊員共々現場への到着を待ちわびていた。

 

「ボロック……今度こそ僕の手でハントしてやる……あいててて!」

 

 最低限の処置は残したがやはり傷口は痛む。 アクセルは思わずアクセルバレットを取り落とし、苦虫を噛みしめたような顔で響く右腕を押さえた。

 

グビグビグビッ、ほら……やっぱり無理があったんじゃないか。 グビグビグビッグビセルはグビをしているんだから、病院でグビんでるのがグビグビッ良いんじゃないか? グビグビグビッ

 

怪我をおして出てきたアクセルが心配なのか、エックスがエネルギー補給に伝統と実績のあるロボット用サプリメント『E缶』を飲みながら話しかける。

 短い時間で急いでエネルギーを補給しようとしているのだろう。 喉を鳴らす音の聞こえる程に勢いよく、液体を身体の中に流し込んでいく様子に、アクセルは圧倒されたのか若干引き気味に視線を送った。

 

「……エックス……心配してくれるのはいいんだけど、その、何て言うか……もうちょっとゆっくり飲んだほうがいいんじゃない?」

グビグビグビッ、すまない。 だが今日グビ日、何もグビにして無くって。 時間もグビしてて移動し持ってグビグビグビッ

「無理に飲みながら話さなくても……」

 

 アクセルの言葉に他の隊員も頷いた。 彼だけではない、隊員達も驚きの色が籠もった目でエックスを見ている。

 多忙で時間も圧す中、出動の合間にエネルギーを補給するのは良くある事だ。 E缶の開けたプルタブに口元を押し当て天井を仰ぐエックスの姿自体は、決して珍しいものでは無いのだが……。

 

「それにね、僕が気にしてるのはE缶を飲む事自体の話じゃなくって……」

 

 アクセルは、エックスが口をつけるE缶を指さして尋ねた。

 

「そんなに飲んで身体大丈夫なの!? 胴体のサイズ並みにあるけどずっと飲んでるよ!?」

「大丈夫グビ。 問題グビ

「(オイオイオイ、死ぬわエックス)」

 

 そう、エックスの胴体程の……言うなればドラム缶並みの大きさはあるE缶を!

容量にして200LのE缶の中身を、当然のように得意げに親指を立てて喉に送り込むエックスの体は、一向に腹回りが膨れる気配がない。

 アクセルはただただ飲み過ぎを心配するどころか、何故その量が収まるのか物理的に不自然な現象が気になって仕方がない。

 

「(出発時からずっと飲んでる……激務でエネルギー切れかけてたらしいけど、そう言う問題じゃないよね……一体どこに中身消えてんの?)」 

 

 ちょっとずつ間を開けて補給するのでなく、一気に送り込んだ質量そのものが消え失せているエックスの飲みっぷりに、アクセル達は終始圧倒されっぱなしであった。 そうしてエックスの動向に気を取られている内に、輸送車は停止する。

 

<目標地点到達>

 

 電子音声が車内に響く。 どうやら現場に到着したらしい。

アクセルは気を取り直し、開かれる後部ハッチからの光景に目をやった。 現場となったホテルの敷地内は、剣呑としたムードに包まれた熱帯夜だった。

 

<今すぐに武器を捨てて投降しろ!! お前は完全に包囲されている!!>

「ムヒョヒョヒョヒョッ!! それはこちらの台詞ですなぁ! 妙な真似をすると人質全員をメタクソに痛めつけて差し上げますよ?」

 

 取り囲む警察車両とハンター達の姿の向こう側から、物騒な言葉のやりとりが響き渡る。殺気を漂わせて拡声器を通して脅しをかけ犯人に投降を促すも、犯人……ボロックと思わしき声も、館内のスピーカーを通して人質との存在をちらつかせ、ふんぞり返っているようだった。

 

<アクセル。 エックスの言った通り、貴方は無理をしないでサポートに回ってね>

「分かってるよ……」

 

 無線越しのエイリアからの忠告を、アクセルはうんざりしたように返す。 本当はさっさと奇襲の一つでもかけて鎮圧したい所だが、怪我で激しい動きが出来ない事は自分も分かっている。 渋々ながらエイリアの言う通りに従い、一先ずは状況確認に現場と向き合う隊員の一人を捕まえた。

 

「状況はどうなってるの?」

「っ! ああアクセルかい、よく来てくれた!」

「ボロックの奴、逃げたと思ったら今度は何しでかすつもりなんやら……一体どうしてこんな事に?」

 

 アクセルの質問に、隊員が腕を組んで答えた。

 

「それが……隙を見て逃げ出した客曰く、覗きらしい」

「えっ?」

 

 アクセルは間抜けな声を上げた。

 

「女性客のいる室内に侵入して見つかった勢いで、その客を人質にロビーまでなだれ込んでホテル全域をついでに占拠しちまったんだ」

「ごめん、ちょっと流れが分かんない」

 

 混乱するアクセルに、隊員もため息をついた。

 

「俺もさ。 ……で、犯人は人質に取った女性客の持ってたマイクに目をつけて、ホテル全域に自分の音痴な歌を放送すると脅しをかけてるんだ。 おかげでこちらは手も出せない状況だ」

<……つまらない覗きでこんな大事を起こすなんて……バカね>

   

話を無線越しに横で聞いていたエイリアの呆れたような発言、犯人の歌で脅すと言う言葉に二の足を踏む警察。 まるで茶番劇のようなやりとりに思えるが、しかし歌で人質については実際に敵として対峙した事のあるアクセル達にとって、ボロックの音痴っぷりは文字通り壊滅的である事は身をもって知っている。 動機はさておいて状況が芳しくないのは確かだ。

 ……それにしても、女性客が館内のスピーカー全てに、無線で連結できるような高性能マイクを持っているとは……?

 

「あ、犯人が出てきたぞ!!」

 

 隊員が玄関を指さした。 ガラスの自動扉が開かれ、中から出てくるはふてぶてしく笑うボロックと……スタイルの良い身体を包み込む身の着の物はタオル一丁、恐らく入浴直後を狙われたであろう、桃色の髪に白毛の前髪が混じった……顔見知りの姿だった!

 

「ナ、ナナ!?」

 

 アクセルは驚きの声を上げると同時に合点がいった。

 

<? アクセル、彼女を知っているの?>

「昔ギガンティスの潜入任務で協力した現地の仲間なんだよ! 優秀なオペレーターだからクセでマイクをいつも持ち歩いてるんだ!」

 そう言うことね?>

 

 成る程、ボロックがホテル全域に脅しをかけられたのは、彼女の持つ機材を奪ったからだ。 マイクの性能と、彼女自身の高度な演算能力がもたらす適切なオペレートが、アクセル達にとって大きな助けになった事は今でも記憶している。

 

「ムヒョヒョヒョヒョヒョヒョッ!! そんなチャチなおもちゃを突きつけた所でムダですよ? 人質を傷つけられたくなければ、大人しくワタクシの要求を呑んで下さいな!」

<ッ!! 何が望みだ!>

 

 ボロックは隊員達からの問いに、急に真顔になって答えた。

 

「パンツをよこすのです」

 

 思いがけない言葉を口にしたボロックに、一同沈黙した。 ホテルを占拠までして何を言い出すかと思えば、パンツとな? 人質のナナは勿論、周囲を取り囲むアクセル含む隊員全てが唖然とした。 ボロックは沈黙を破るように、咳払いをして言葉を続ける。

 

「正確には、以前ギガンティスの元レジズタンス連中が、あなた方イレギュラーハンター宛に送った荷物の一部ですね。 アレを頂戴したいのですよ!」

<……そのパンツとかの為にこんな大それた事したのか!? バカじゃないのか!?

「大マジメです!! アレにはワタクシの大事な物が紛れ込んでいたんでしてね!」

  

 呆れたような隊員のかけ声にも、ボロックは堂々とした姿勢を崩さない。 有り体に言えばその様子は変態そのものだった。

 

<やっぱバカなのね……でも人ごとに聞こえないのが悲しいわ……誰とは言わないけど>

「一応聞くけどエイリア。 レジスタンスが送った荷物って何のこと?」

<……ああ、アレの事ね?>

 

 ため息交じりにエイリアが説明してくれた。

 イレギュラーハンターは証拠能力のないものや、受取人の現れない遺失物を整理する目的で、国が抵当に入れて差し押さえた品物と共に、定期的に格安で販売した後に売上金を社会福祉等の資金として還元する、言わばチャリティーセールを定期的に行っている。

 その品物のラインナップを拡充する為、つい1週間前程にギガンティスが元レジスタンスの面々が、使われずじまいで行き場を失っていた物資を提供してくれたというのだ。

 おかげで品物は3日前から今日の夕方にかけて全て売り切れお礼と相成り、付記し事業に充てる資金が潤ったとの事。

 付け加えるとその送られた物資の中には女性用の下着類も含まれていたが、ゼロにばれたりすると堂々とガメたりする可能性もあったので、エイリアの一存でハンター組には内緒にしていたらしい。

 ボロックは変態だが、どうしてそんな情報を握っているのか。 何故こんな騒動を起こしてまで回収を目論んでいるのかは謎だが、そこはもうエックスと協力してボロックを倒して理由を問い詰め、何より人質のナナを救出しなくては――――

 

「……ん? ナナが人質……エックス……!?

 

 アクセルは人質となっているナナについて、ふと重大な問題があるのを思い出した。

 そう言えばエックスは今どうしている? 我先に車両から降りて離れたが、エックスが外に出て来た所をまだ見ていない。 ひょっとしてあのドラムサイズのE缶をまだ飲んでいるのだろうか? 乗ってきた車両の方を振り返ると、未だエネルギーを補給しながら他の隊員にせっつかされて、車を降ろされるエックスの姿があった。

 

「急いで下さい隊長! 一体どれだけあるんですかそのE缶!?」

「待ってくれグビッ! まだ半分残ってるグビッ!

「犯人の目の前ですよ――――」

 

「そのまま車の中で飲んでてッ!!」

 

 隊員達と彼らによって急かされるエックスに対し、アクセルは慌ててそれを制止した。

 

「いい!? 僕が良いって言うまで外に出ないで!! 補給したかったらゆっくり飲んでて良いから!!」

<アクセル!?>

「な、なんだグビセル! そんな急に言われてグビッ!」

「とにかくダメだって!! 絶対にダメ!! さ、戻って!!」

 

 アクセルは駆け寄って隊員達を掻き分け、エックスをE缶ごと後部ハッチの中に押し戻し始めた。

 

<アクセルなにしてるの!? 早くエックスを車両から降ろしなさい!!> 

「エイリアさんの言うとおりだ! エックス隊長が渋るからやっとこさ車から――――」

「エックスがいるって事言ったらダメ!!」

 

 エイリアからも隊員からも咎められる中、つい大声でエックスの名を口にすると、アクセルは気づいたようにとっさに自分の口を塞いだ!

 しまった。 そう言わんばかりにアクセルは青ざめ、恐る恐る事件現場を振り返り……そして目が合ってしまった。 犯人のボロックに人質のナナと、エックスと一緒に居るアクセルの目線が。 ナナは僅かに視線をずらしてはその次なる送り先として、E缶を抱えて気の抜けた表情のエックスへと向けた。

 

「ナナ? 彼女が人質だったのか――――」

「やっばッ!!」

 アクセルが身をこわばらせるのも束の間、エックスを視界に捉えたナナはとんでもない行動に出た!

 

「きゃああああああああああああああああッ!!」

「ぬはっ!?」

 

 アクセルの目はその瞬間をしっかり捕らえていた! なんとナナは瞬時に犯人であるボロックの右手を掴むや否や、それを自分の腰元に引き寄せたと思えば、体に巻いたタオルを強引に掴ませて自身の身を逸らしたのだ!

 それはもう、ボロックの手を文字通り握りつぶす程の豪腕で!

 

「やだ!! 変態!! 何するんですか!! 止めてください!!」

「は!? えっ!? ちょっ!? な、ナンダなんだぁ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 反対側はナナ自身が掴んでずり落ちないようにはしているが、当然タオルは半分めくれ上がり、隠している裸体がギリギリ衆人環視に晒されそうになる。

 

「いやぁッ!! 襲われる!! 私に乱暴する気なんですね!? エロ同人みたいに!!」

「な、なに言ってだコイツ!? って言うかイテテテテテテテテテッ!!」

「きゃああああああああああああ!!!! 助けてエックスゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 

 突然ナナ自ら招いたエロピンチに隊員達の間にどよめきが走り、人質を取っている側であるボロックは、手を握りつぶされる痛みが遅れてやってきたのもあってむしろたじろいているようだ。

   

<彼女何をしてるの!? どうして自分からタオルを!?>

「やりやがった……!!」

 

 困惑するエイリアをよそにアクセルは愕然としていた。 ナナと久しく会っていなかったので、すっかり彼女の()()()()部分を失念していた事を後悔した。

 

「エックスの目の前で脱がされるなんて! く、悔しい!!」

<え、えーっと……貴様!! 人前でじょ、女性を辱めるとは……その……アレだ!!

「わ、ワタクシは何もしていない!! 一体何なんだこの女は!?」

「エックス!! エックスゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 

 頻りにエックスの名を叫んでは、わざとらしく自らピンチを演じてみせるナナの姿に、無理から空気を読もうとする隊員達と、全くリアクションについて行けずにたじろくボロックという、全くもって説明しづらい状況に陥ってしまった。

 

<……エ、エックス!? 彼女貴方の名前叫んでるわよ! その、早く助けに行ってあげたら!?

「だ、だめだよエイリア! それは――――」

 

 とりあえずエックスに助けに行かせようとするエイリアをアクセル止めようとすると、エックスは飲むのを止めていたE缶を、再び口に押し当てて一気飲みを再開!

 

グビグビグビッ!!!! ああなんてことだグビッ!! エネルギーが切れかけてグビッ、E缶を手放せない!! だから助けに行く事が出来ないグビッ!

<はあぁ!?>

「グビグビグビグビグビッ!!」

 

頑なに目を逸らそうとするエックスに、エイリアからお叱りの声が飛んだ。

 

<コラエックス!! なんで助けに行こうとしないのよ!! その、収拾がつかないわ!?>

「きゃあああああああああああ!!!! やぁめぇてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「グビグビグビグビグビッ!!」

<話を聞いてエックス!! 飲んでる暇なんかないのよ!?>

「グビグビグビグビグビッ!!」

 

 ナナの悲鳴とエイリアの抗議、そのダブルパンチを受けてもエックスは我関せずを貫こうとしている。 痺れを切らしたエイリアはアクセルに問いかけた。

 

<アクセル! エックスはどうしたの!? あのナナって子を見捨てるつもりなの!?>

「……やっぱりこうなるんだね。 いやねエイリア。 実はね……」

 

 捲し立てるエイリアに、アクセルは諦念の混じった声色でじっくりと説明し始めた。

 

 彼女……ナナの事であるが、実はギガンティスの任務にてエックスに好意を抱いたらしいのだが、その愛情表現に大いに問題があった。

 初めて出会った時のエピソードだが、エックス曰く彼女はさる施設に囚われていたので助けには行ったものの、実際には施設を占拠していた『シルバーホーンド』なる敵を逆に鞭で打ちのめして足蹴りにする始末だった(その間シルバーホーンドは悦んでいた)。

 しかし現場にエックスが到着した事に気づいた途端、突如として服を全部脱ぎだして自らエロピンチを演じ、さながら()()()()()()()を演じようとしていた。 エックスはにべもなくスルーしてシルバーホーンドの首をへし折り、終始無言でナナを連れ帰った。 

 実は平和だった頃からギガンティス内にて、オペレーターとしての優秀さは伝わっていたものの、その一方で隙あらばエッチな話をねじ込む様子から、同僚達からは男女を問わず『淫乱ピンク』なるあだ名をつけられていたのだ。

 実際彼女を救出した後も真っ当にオペレート業をこなす傍ら、事あるごとに清純そうな素振りでエックスを性的に誘惑しては、エックスも今みたくわざとらしいリアクションでスルーしたり、時にはやむなく締め落として気絶させたりする事さえあった。

 

ご丁寧にアクセルが全てを打ち明けると、エイリアは無線越しにも分かる程に震え声で返答した。

 

<……ゼロが女になったようなものかしら>

「ああ、因みにゼロはそんなナナにちょっかいだそうとして、毎回徒手空拳で倒されたり凄まれたりしてたね」

   

 アクセルはふとナナの方に目をやって、アイセンサーを通し現状をエイリアに見せつけようとした。

 

 そこには、ボロックの胸ぐらを掴んで激しい剣幕で迫るナナの姿が!

 

何やってるんですか!! 貴方まで驚いてちゃ全然ピンチに見えないじゃないですか!! そんなだからエックスにスルーされちゃうんですよ!!」

「知るかそんなもん!! お前の勝手な都合だ――――」

 

 ナナはボロックの首根っこを掴む手に力を入れ、引き寄せる。

 

「いいですか!? 裸の女の子を救出してそのままお持ち帰り願う為には、劇的なピンチに陥って吊り橋効果を狙ってこそなんですよ!」

「いや、だから!! お前の身の上なんか知った事か――――あべし!!

 

ボロックの頬に、ナナのビンタが飛んだ。

 

いいから言う事聞くんです!! もっと乱暴にタオルヒン剥くつもりでやってください!! ……あ、だからって裸を見たら容赦なく幸せ料取りますからね?」

「何なんだお前はああああああああああああッ!!!!」

  

腕を鳴らし(イレギュラー)を思わせる真顔で迫るナナに、人質を取ったはずのボロックが完全に気圧される。 目の前で堂々と打ち合わせを始める、事件そのものの狂言を疑いたくなる様子を、周囲の隊員達はただ呆然と眺めているしかなかった。

 

「こ ん な 風 に」

<……貴方、向こうでも苦労してた?>

「随分ね……ハハッ」

 

やる気無く現状を見せつけるアクセルに対し、エイリアもまた脱力したように返した。 この収拾のつく糸口が見えない混沌の坩堝と化した状況に、彼らが解決に向けて出来る事は全くない。

 

 

 

 

そう、一人の男を除いて。

 




 シルバーホーンド「首もプライドもプチプチと折られた」


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第4話

 

「ああクソッ!! 野郎のナニなんか見たくねぇ!!」

 

 エックス達が向かった現場の中継を遮る、男性の裸体の彫刻を前面に押し出した美術館のCM。 病室に全裸で放り出された、我らがイレギュラーハンターが核弾頭ことゼロにとって、半分近くまで縮んだ自身のバスターと、映し出された彫刻のご立派様を否応なしに比べられた気分になり、大変不愉快な思いだった。

 

「それにしてもなんだあのニュース番組! ナナの肝心な部分見えねぇようなカメラアングルしやがって!! ボロックの野郎もうらやまけしからん! いっそ俺と代われッ!!」

 

 苛立ちを隠せないゼロ。 事件現場でナナが突然身体に巻かれたタオルを脱ぎだした瞬間、目にもとまらない動きでテレビ画面の前に移動し、現場の様子を食い入るように見ていたのがつい先程。 しかし放送禁止に陥る事態を避けたかったのか、番組はナナの肝心な部分を映し出さぬよう、巧妙にカメラアングルをずらしてしまったのだ。

 必死に見えない部分を、頭の中で補完しながら何とか()()()()はしてみたものの、いよいよという所でコマーシャルが入り、男の証しをガン見する羽目になってしまったのだ。

 

「……出たい」

 

 ゼロは一刻も早く、この狭っ苦しい病室から外に出たいと、切実な思いを呟いていた。 それだけに拘束の原因となった、身体に仕込まれたおしおき回路の存在が煩わしい。 BONSAIにちょっかい出して怒られるのは仕方が無いと分かっているが、しかし自慢のバスターがサイズダウンさせられた挙げ句に、妖怪への変異を恐れられて密室に閉じ込められるのは到底我慢ならない。

 

 ゼロは窓を見た。 連れてこられる時に階段を上り下りした覚えはなく、ここが7階だと言うのは知っている。 いっその事ここの窓から壁伝いに下に降りて脱走してやろうかとも考えたゼロは、窓に近寄って鍵に手をかけてみたものの、堅く締まってレバーが動く気配はなかった。 よく見れば鍵には、身内の技術部が度々使う超強力接着剤が流し込まれて、明らかな細工の痕跡が見られた。

 

「(エックスは俺をベッドに押し込めるので躍起だった……アクセルか!)」

 

 こういった細かい所に気をやるのは、手先も世渡りも器用なアクセルの仕業だろう。

 ゼロは毒づいた。 いっそ窓を割って飛び出してやろうかとも思ったが、窓は補強のラインが入っていて早々割れそうなものでも無く、下手に物音を立てたら外の見張りが入ってきてしまう。 何より外に出た所で裸一貫の自分の場合、お仕置き回路が作動して目も当てられない事になるだろう。

 

<ニュースを引き続きお伝えします>

 

 状況の打破について思考を巡らせている内に、CMの放送を終えニュース番組がたった今再開された。 ……焦った所で仕方が無い。 ゼロはため息をつき、愉しいストリップショーと化した現場の様子を窺うのが先だと、一先ずは問題を先送りにすることとした。  

 そして、持ちきりの話題となっているホテル占拠の場面に切り替わり――――ゼロはまたしても激しい怒りを覚えた!

 

「――――おい無能番組!! なんで修正加えてやがるんだ!!」

 

 そこには、ご丁寧にモザイク処理で全身が覆われたナナの姿があった!

 

ゲヒョヒョヒョヒョヒョッ! いいんですかなぁ? 早くワタクシの要求を呑まなければ、公衆の面前で彼女を辱めて差し上げますよ?>

<イヤー、タ、タスケテー!>

「音声もかよ! 臭い物には蓋する腹づもりかてめぇ!!」

 

 変声処理までされ、徹底して全身をくまなく修正されたナナの身体。 モザイク処理は粗くぼんやりとした像しか目に入らないが、自他共に認める変態紳士のゼロには、彼女がきわどい位置までタオルをずらしているのに気づいていた。 だからこそゼロは、お茶の間が凍り付く事を恐れて美味しい場面をむざむざ撮り逃す、番組の甘さとプロ意識の無さに憤っていた。

 

 せめてものささやかな抵抗に、リモコン片手にせわしなくボタンを押して、他のニュース番組に目をやってみた。 しかしいずれも口裏でも合わせたかのように、音声のぼかしの有無はあれど肝心な部分が全く映っていない有様だった。

 

「ふざけやがって! あいつらは何にも分かっちゃいねぇ!!」

 

 これはテレビ局の焦らしプレイかと勘ぐりたくなる仕打ちに、ゼロの苛立ちは頂点に達しつつあった。 耳障りなボロックの高笑いも相まって気分は最悪だ。

 いっその事正面切って堂々と、扉を蹴破って逃げ出してやろうかと思ったその時だった。

 

ムヒョヒョヒョヒョッ! それではナナちゃんのムッチムチのたまらんええ尻、愉しませて貰いましょうかねぇ!?>

 

 

「 た ま 」

 

 

 瞬時に妖怪と化したゼロの跳び蹴りが、見張り諸共扉を蹴り倒したのは。

 

「ぺさっぷ!」

「なっ!?」

 

 蹴った扉で見張りを押しつぶす、白目を剥くその表情を土気色に染め上げたゼロ。 扉の前で適当に談笑していたのだろう。 2人いた見張りのもう1人が、驚愕に染まった表情でとっさに妖怪へと銃器を向け――――

 

「タ、タマヨコッ――――」

「 た ま 」

 

 振り向きざまに銃器を蹴り上げ、見張りの手元から弾かれた一瞬後にマズルフラッシュが散った! そして暴発した弾丸が病室の壁面にめり込んだまさに同時。

「アロオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 身を屈め見張りの股間に抜き手を数発、目にもとまらない速度で叩き込んだ! 

 

「ち、ち~ん(笑)」

 

 普通のレプリロイドにたまなど付いていないにも関わらず、強烈な攻撃の痛みによって意識を刈り取られた見張りは、仏壇のお鈴を鳴らしたような音と共にしめやかに卒倒!

 恐るべき(あやかし)は2人の(つわもの)をいとも容易く屠ったのだ。

 

「――――はっ!! あイテテテテテテテテテテテテテッ!!!!

 

 正気に戻るや否や、当然のように作動したお仕置き回路の痛みに股間を押さえて蹲るゼロ。 そんな彼の元に足音が重なる。 発砲音を聞きつけてやってきた、他のイレギュラーハンター達だ!

 

「な、何だこの荒れようは!? ってゼロさん!? なんでアンタ裸なんですか!?」

 あ、いやこれは――――」

 

 泡を吹いて倒れる見張りに、もう1人は地面と蹴破った扉のサンドイッチ。 ヘルメット以外裸のゼロが目線を泳がせ蹲る姿は、どう見ても不審な光景にしか見えないだろう。

 

 捕まる!? そう判断したゼロの、決断と次なる行動は迅速だった!

 

「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 雄叫び上げて全力疾走! 叫びにたじろくハンター達の間を掻き分け、強引に突破!

 

「ちょ、ちょっとゼロさん!?」

「話は後だああああああああああああああっ!!!!」

 

呼びとめる隊員達を無視して、ゼロはサイズダウンしたバスターをぶら下げ全裸で病棟を疾走する!

 

「きゃああああああああああああッ!!!!」

「な、なんだアレ!? ゼロさんが裸で走ってるぞッ!?」

「変態だああああああああああああッ!!!!」

 

 すれ違いざまにゼロの肉体美と不釣りあいな豆バスターを拝む羽目になった、哀れな一般職員達の悲鳴が、行く先行く先で施設の廊下に反響する!

 

「ぬぁ!! ぐおぉ!! いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

  

 次々と悲鳴を上げられる度に、お仕置き回路がその都度動作し、形容しがたい鈍痛がゼロの股間を圧迫する! だが最早止められない! 成り行きとはいえ部屋を飛び出して脱走に及ぶよう突き動かしたとなれば、もう後に引く事は出来ない!

 ならばそれは、己の身体に熱く滾るハンターとしての使命と決意が、法の重みを破ってでも突き動かしたと受け止め、その結果たとえ自らを危険に晒そうとも戦地に赴くべきだと、ゼロは使命を全うする決意を固め――――

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!! 貴方何やってるんですかッ!!」

 

 それは出会い頭に驚いた男性隊員の叫び声によって、いとも簡単にへし折られかけた。

 

「はうあっ」

 

 またもゼロの(おとこ)の勲章に激痛が走る……度重なる股間の痛みに、決心もへし折れる勢いでゼロは股間を押さえてへたり込んだ。

呆気にとられる隊員を前に頭を垂れうずくまること数秒間……しばしの沈黙を破るようにゼロは隊員に問いかけた 

 

「すまん、ちょっといいか……?」

 

 隊員は身じろぎしながら、無言で首を縦に振った。

 

「何でもいいから着る物持ってきてくれ」

 

 法の重さは乗り越えようとも、たましいの重さまではどうにもならなかった。

 

 

 

 

 

 

「いやああああああああああああ!!!! 離して!! 私に乱暴しないでえええええええええええ!!!!」

 

 脱げ賭けのタオル一丁で、地面に座り込んで下げ美声を上げるナナ。 そんな彼女と地震の様子を見て、行動を決めかねているイレギュラーハンター達。 ナナに脅される形で話を合わせる羽目になったボロックだが、内心血液もといオイルが沸騰寸前であった。

 

 正直な所、ボロック自身にとって彼女の裸も女性のパンツの存在も、実はどうでも良かった。 彼が変態と罵られても覗きを繰り返した理由が、そもそもがレジスタンスがイレギュラーハンター宛てに送った下着目当てで、その下着にしてもそれ自体は目的ではなく、厳密には荷物の中に紛れ込んだ、おいそれと公表できないボロックの大事な代物が、それも複数に分割した形で紛れ込んでいた為であった。

 今回ナナの部屋に入ったのも、実はその一部が何故か彼女の手荷物に紛れ込んでいたのを偶然目撃したからであり、それをこっそり取り返そうとして人を呼ばれ、引くに引けなくなったボロックが流れるようにホテルを占拠。 エックス達イレギュラーハンターの顔見知りでもある事から、この際彼女を人質にとって目的の代物をかき集める手助けをして貰う……はずだった。  

 

 計算もクソもなく、行き当たりばったりなのは百も承知だ。 身の代金代わりに女性の下着を要求するのも、完全に好色を通り越した変態中の変態だと自覚もある。 

 なのにこれは……何故この女は自ら痴態を演じると言うのか。

 

「襲われるうううううううううう!!!! エックス! 私はここです!! 早く助けに来て下さい!!」

「グビグビグビグビグビッ!!」

「いつまで飲んでるんだよ!! 収拾がつかないから早く行けッ!!」

 

 そして何故エックスはこの現場を目の当たりにして、一向に動く気配を見せないというのだろうか? 頑なにE缶を手放さない彼の動向からして、こちらの様子を窺うようには到底見えない。 このままでは、こちらはただいたずらに時間だけが過ぎていくばかりか、(信じる奴はいないだろうが)このナナとか言う痴女に性的な嫌がらせを公然と行うただのド変態倒錯野郎のレッテルを貼られてしまう。

他のイレギュラーハンター共も棒立ちで優柔不断を晒すばかり。 ボロックの溜まりに溜まったフラストレーションは既に限界に達しつつあり……。

 

 そんな中でナナが再び振り返り、ボロックを睨み付けた。

 

「何やってるんですか! そんな中途半端じゃエックスは来てくれません! もっと身も心も変態になりきるんですよ!」

 

 

――――プツンッ!

 

 

 ナナから浴びせられた罵声を引き金に、遂にボロックの中で堪忍袋の緒が切れてしまった。

 自分でも分かっていなかったが、どうやら自身は怒りが限界を超えると、逆に冷静になってしまうタイプだったらしい。 急に真顔になったボロックは無言のまま、ナナから奪ったマイクを口元にたぐり寄せる。

 

 そして喉元を指すって軽く咳払いをすると、息を大きく吸い込んで腹の底から――――流石に怒ったと気づいたナナが、しまったと目を見開くのも束の間。

 

「ホゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」

 

 歪んだボロックの歌声が館内のスピーカーを通し、ホテルの敷地を飛び越えてその周囲にまで響き渡った!

 

「きゃあああああああああああああああああッ!!!!」

「うっぎゃあああああああああああああああッ!!!!」

「ゴブブッ!! ぶっはあああああああああああッ!!!!」

「アバアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 総員、耳を押さえて地面に倒れ込む。 エックスだけはそれでもE缶を手放さず、飲み口から口内に含んだ液体を吹き散らした!

 地面に倒れ込んでもがく死屍累々の有様に、ボロックは修羅のごとき憤怒の表情で絶叫する。

 

「ふざけるなあああああああああああああああああああッ!!!! いい加減にしろおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 身体の中から弾け出る蓄積された怒りに身を任せ、ボロックはスピーカーを通してその怒りを訴える。 

 

「こんな茶番劇にいつまでも付き合ってられるかッ!!!! お前達全員この場でボッコボコのケチョンケチョンにしてやるッ!!!! ホゲーーーーッ!!!!」

「ヴォエッ!!」

「んほぉっ!!」

「アイエエエエエエエエエエッ!!!!」

 

 耳障りのレベルに達した音痴に倒れ伏すアクセル達に、ボロックは酷い歌声を響かせ更なる追い打ちをかける。 身を起こそうと四つん這いになって耐えるも、全身を不快に揺さぶる歌声は、たとえイヤーセンサーを遮断しても無意味だ!

 

「こんな事が……!! クソッ! E缶さえ飲み終わればグビッ、助けに行く事が出来るのに!! グビグビグビグビッ――――ヴォエッ!!

 苦しみ喘ぎ、時々吐き戻しながらもなおE缶を手放さないエックスには感服するが、この場においてエネルギー補給にこだわる彼は、はっきり言ってバカとしか言い様がない。

 

「チクショウ……あんな奴のいいようにされるなんて……く、悔しい!」

 

 機能不全を起こし、今にも意識が飛びそうな中でアクセルは歯軋りする。 何とか腕を持ち上げて銃を突きつけているようだがが、如何せん攻撃性を持つ己の歌声が響き渡る中、その銃口は震え照準が定まっているようには見えず、引き金も引けずにそのまま倒れるだろうと脅威を見なさずにする事とした。

 

「このまま全員シャットダウンに追い込んでやるッ!!!! ムヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョッ!!!!

 

 弾ける鬱憤と勝利を確信する喜びから、ボロックは高らかに笑い最後のトドメを刺そうと息を吸い込み――――

 

 

 

 

 それは突如として敷地に飛び込んできた、一台の車によってかき消された!!

 

「俺を忘れるなよボロックゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 

 生け垣を突き破り、アスファルトにバウンドしてもなお一直線に突進してくるは、1950年式のピンクキャデラックッ!! フロントガラス越しに見えるその姿は、鋭角に縁取られた赤いヘルメットに長い金髪をたなびかせる、一人の(おとこ)の姿!

 

「なにッ!? お、お前はッ!!」

 

 そいつは自身の周りをブロックする警察車両を押しのけ、こちらにめがけて体当たりを仕掛けてきた! タイヤが段差を蹴り上げ、飛びかかる様は鉄の獣!

 

「挨拶代わりだ!! 受け取りやがれッ!!!!」

 

 瞬時に危険と判断したボロックは、漢がキャデラックから飛び降りて横っ転びに待避すると同時に、己もまた側方に回避! 車は勢いを保ったまま、ボロックの背後をすり抜け玄関のガラス扉をぶち破ってロビーに突入! 一瞬遅れて激突し爆発炎上!

 背中に熱気と人質達の悲鳴が突き刺さり、身を起こすと同時にお構いなしに不意打ちを仕掛けてきた手合いの顔を睨み付けた。

 

 そう、首から下に黒いコートを羽織う遅れてやってきたヒーローの姿を。

 

 

「ゼ……ゼロッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセルは開いた口が塞がらない気分だった。 部屋に押し込めて置いたゼロが出てきた事は勿論、ボロックに不意打ちを仕掛けるのはまだしも、当然のように車がホテル内に突撃して惨事を招いたにも関わらず、得意げに腕を組んで立っている神経の図太さに呆気にとられていた。

 しかも彼はエックスにアーマーをクリーニングに出されていたはずだが、なんなんだあの首から下を包み込むコート姿は!?

 アクセルがそんなゼロの姿を眺めていると、ゼロは振り返って親指を立て言い放った。

 

「……待たせたなアクセル。 随分ボロック相手に手間取ってたようだが、ここからは俺に任せておけ!」

「いや、お呼びじゃねぇよッ!! 何病室から出てきてんのさ!!」

 

 辛辣だとは分かっていても、妖怪と化してしまうリスクを抱えた今のゼロには、寧ろ大人しくして欲しかった。 なのに当たり前のようにここにやってきた赤いアイツにアクセルはキツい言葉を浴びせるも、ゼロは悪びれた様子もなかった。

 

「フッ、俺の中で熱く滾る()()しいが、闘志をいきり()たせたもんでな……成り行きでハンターベースを飛び出しちまった」

「あの車は何だよ!! パトカーは!?」

「全部出払っちまってたから拝借した。 ()()()()()()()だってな」

 

 ……なんとなく、似た理由で車を拝借した過去の出来事が、不意にアクセルの頭をよぎった。 あの時も確かピンクキャデラックだったような気がする。

 

「……そのコートは?」

 

 もう一つ気になっていた、ゼロの首から下の服装。 アクセルはいよいよ問いかけると、ゼロはこれもまた余裕の笑みを崩さずに答えた。

 

「見て分からんか? レインコートだ! 残念ながら股間が痛くてアーマーを回収する余裕はなかったが、とりあえずこれだけはハンターベース内で余ってたから拝借してきたぜ!」

 

 ……()()()()() 今ゼロの口にした言葉を頭の中で反芻するアクセルだが、ふと嫌な予感がした。

 

「じゃ、じゃあゼロ……そのコートだけが余ってたって事は、まさかその下ッ!!」

「俺の肉体美が収まっているに決まってるだろう!!!!」

ただの変態じゃねぇかッ!!!! それでなくともアンタにはもう猶予がないってのにッ!?」

 

 まさかの裸レインコート。 お仕置き回路という股間に爆弾を抱えている状況で、もしコートの一枚でも剥げたりしたらどうなるかは考えるまでもない。 アクセルにしてみれば心強い味方どころか、破滅までリーチがかかった気分だった。  

 

「アクセル、お前にとって俺のお仕置き回路が気になるのは分かる。 だが心配無用だ。 俺はそんなヘマ――――」

<ホゲーーーーーーッ!!!!>

 

 突如として、ボロックの破壊的な歌声がゼロに向けて発せられた! 瞬時に危機を察知したゼロは跳躍!

 

「やべっ!!」

 

 めくれ上がりそうなコートを抑えながら、危なげに着地する。 その額には冷や汗が流れていた。

 

「何をグダグダと話をしてる!? お前もスクラップに変えてやろうか!?」

 

長いアクセルとのやりとりの間に動いたのだろう。 ボロックは地に伏せるハンター達から拡声器を奪っており、それをゼロに向けて歌声を発したようだ。 あまりの音量に衝撃を伴い、ゼロのいた場所を通り過ぎた後も歌声が反響している。

 

「俺とした事が……おしゃべりが過ぎちまったようだな」

「今、メチャクチャ危なげに避けてたね……やっぱまともに戦えそうにないんじゃ……!!」

 

 再び耳をつんざいたボロックの歌声に今にも倒れそうになりながら、アクセルは息も絶え絶えにゼロが戦える状況でないことを指摘する。 しかしゼロは、やはり不敵に笑いながらアクセルへ切り返した。

 

「安心しろ、()()()()()()()猶予さえあれば、俺は背水の陣に立ってでもボロックを必ず倒してみせっておいどうしたアクセル何でお前気を失って――――」

 

アクセルは、目の前が真っ暗になった。




流れるように車奪われる某誠くん。


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第5話 ※

<ホゲェェェェェェェェェェッ!!!!>

「うおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 アクセルの失神から改めてボロックとの戦闘を始めたゼロだが、歌の衝撃波でコートのめくれ上がりを気にする余り攻めあぐねており、アクセルの危惧した通り防戦一方に甘んじていた。 歌そのものについては、日頃から貫いている『馬の耳に念仏』精神でいなすことはできるが、それでも隊員達から奪った拡声器を片手に歌うボロックは脅威そのものであり、実体のない衝撃波をやたらめったらに放たれている状況に、ゼロは毒づくしかなかった。

 

<ヒョヒョヒョッ、貴方も随分往生際が悪いですねぇ……> 

「こっちの台詞だ。 随分と長い時間歌いやがって、おかげで耳障りだぜ!」

<なにせオールナイトですからね……貴方もワタクシの歌でさっさと昇天させてあげましょう!!>

「お断りだッ! 近所迷惑なんだよ!!」

<ホゲエエエエエエエエエエエエエッ!!!!>

 

 せめてもの煽りにも揺れ動かず、ボロックはまたも拡声器から歌声を放つ。 もはや破壊音波と化した歌声に、ゼロはただ避け続けるしかない。 周囲も憎きイレギュラーによる攻撃の余波で、車は転げて炎上、花壇はなぎ倒され、地に伏せていた隊員達は歌声の巻き添えを食って宙を舞う有様だった。

 

「(クソッタレ! これじゃアクセルの言う通り何しに来たか分からねぇ!)」

 

 気を失う寸前に言い放たれたアクセルの言葉にゼロは自嘲する。 実際裸に釣られた上に成り行きで飛び出し、犯人逮捕は二の次だったのだが。

 それはさておき、お仕置き回路による股間の爆発が目前に迫っており、それを気にして反撃に乗り出せないのでは立つ瀬が無い。 股間のことさえ気にしないのなら、ボロックが歌い出す前に瞬殺するなど容易い。 しかしバスターを完全に消失してしまえば、きんた……もといロボット破壊プログラムが起動し、再びゼロは『妖怪タマヨコセ』になってしまうのも事実である。

 攻撃を危なげに掻い潜りながら、ゼロは起死回生の一手がないか思考を巡らせる。

 

「(ああ面倒だ!! そもそも何でちょっと(おとこ)が裸見せた程度でしょっ引かれなきゃならねぇんだ!! ナナのはご褒美とか抜かしてた癖しやがって!)」

 

※抜かしてない。

 

「(ちょっとした事故でもいちいち文句言いやがって、不可抗力なもん仕方がねぇだろ!! 寧ろ俺が裸になって何が悪い!!)」

 

※全部。

 

「(俺のバスターはな! 世の女性……いや、寧ろ男性も含む人間とレプリロイド全体の共有財産、護るべき芸術作品だ!! 寧ろもっと表に出したっていいだろう!?)」

 

※駄目です。

 

 一方的に責められる苛立ちも相まってか、法の遵守など棚上げする勢いで思考のドツボにハマりだすゼロ。 いっその事本当にこの場でレインコートを脱ぎ去って、ボロック共々股間の爆発の巻き添えにしてやろうかという、極めて周囲に迷惑な戦法まで頭をよぎり始めていた――――

 

「(……ん? 芸術作品だと?)」

 

 ――――その瞬間、ゼロの脳裏にひらめきが走った。

 同時に思い出していた。 つい先程ゼロを苛立たせた無粋なコマーシャル。 ナナの裸をブロックするように差し込まれた、さる美術館が前面に押し出していた裸の男の彫像を。

 あれも言ってみれば、芸術という名目で恥部の露出を正当化していなかっただろうか。 いや、正当化等という言い方は相応しくない。 そもそもが、衣服で股間を隠さぬは恥ずべき行いである……その認識が間違ってはいないだろうか?

 あれは言わば、天然自然に由来する人間のあるべき姿を模った、美しき肉体ではなかったか? 己を法や目線を理由に包み隠さないからこそ、雄々しき姿に見えるのではなかったか?

 ……そうだ、己を曝け出すことは何ら間違ってはいない。 ゼロは他者のご立派様を罵倒した己を恥じると共に、今こそその認識を改め……実践するべきではないのかと考える。

 

 そう決意した瞬間、ゼロはその場に立ち止まりボロックを見据えた。

 

ムヒョヒョヒョヒョッ!! 遂に観念しましたか!?>

 

 ボロック側からすれば、ゼロがついに戦意を喪失したのかと嘲笑う。 終始有利で余裕めいた奴にはこちらの考えなど分かるまい。 自身がこの状況をひっくり返す反撃の一手を閃いたなどと。 嗤いたければ嗤わせておけ、ゼロもまた不敵な笑みを浮かべてコートの肩を掴み、力を込めて生地を引き寄せる。

 今からする事は法律には確実に背くだろう。 場合によっては即爆発もあるだろう……だが、ゼロは昼間の時と同じ己を突き動かした、イレギュラーハンターとしての使命を思い出し、法に屈するまいと自らの意思を強く募らせた。

 いや、法に背くのではない――――自分は法の執行人、イレギュラーハンター……即ち!

 

 

 

 

 

 

「俺は、イレギュラーハンター(法律)だッ!!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロはレインコートを脱ぎ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 苦しいながら全てをようやく飲み干したエックスが目の当たりにしたのは、目の前でレインコートを脱ぎ去って肉体美を晒す、顔見知りの赤い馬鹿の姿だった。

 鳩が豆鉄砲食らったような顔で硬直するボロックを前に、闇夜の中で燃えさかる車両の逆光を浴びながら、仁王立ちで物怖じしないゼロの姿は歴戦の英雄としての貫禄を感じさせた。 それは正に筋肉モリモリマッチョマンの変態であった。

 

「おまっ!? な、な、な……!?」

 

 ボロックは激しく動揺するあまりスピーカーを取り落とし、その場にへたり込んでしまった。 エックスもまたその様子を遠目に見て、開いた口が塞がらない気分であると同時に、猛烈な違和感を覚えていた。

 

 何で自分から裸に!? ゼロはお仕置き回路の存在を忘れてしまったのか、アクセルとの掛け合いの中で既に彼は、バスターが爆発して妖怪変化するまで秒読みがかかっている状態ではなかったか? そして何故、全てを曝け出したにも関わらず……股間が爆発しないのか?

 

「フッ、やはり爆発はしない……か」

 

 ゼロは確信めいた笑みを浮かべ、その理由を自分なりに語り始めた。

 

「俺はいつも考えていた……そもそも人が何故、生まれたままの姿でいる事を罪としたのか。 そして罪でありながら何故、芸術という形ならそれらが許されるのか」

「え……あ……?」

 

 突如として裸になった理由を語り始めるゼロに、ボロックは十分な距離が開いているにも関わらず後ずさりをし始める。

 

「それはな、裸であることが人やレプリロイドの内なる欲求であり、それを芸術として表現することこそが、法や倫理で雁字搦めになった今の社会に対する、言わば自己主張であると俺は思ったね。 むしろ恥ずかしい、猥褻だ。 そう言う決めつけで後ろめたさを植え付ける事こそが、全裸を罪にたらしめる」

「だ、だからなんだって言うんだ……!!」

「故に俺は確信した……恥ずかしいと思うことこそが罪だ!! 裸になって何が悪いッ!!!!

「は……? は……?」

 

 圧倒されるボロックを置いてけぼりにして、遂にゼロはぶっちゃける。

 

「俺の肉体は芸術だッ!! 罪だと思うのなら裁いてみろッ!!!!」

「訳の分からないことを言うなああああああああああああああッ!!!!」

 

 本当に何を言っているのかさっぱり分からない。 露出した筋肉がレプリロイドのあるべき姿かはさておいて、突如服を脱ぎ捨て自己主張を始めるゼロの姿は異様に映っているだろう。 エックスも同じ感想だった。 特にボロックなど、何故ゼロがこの場で服を全て脱いだのか、その背景も含めて何も知らないのだから尚更だろう。

 

 ……それよりも、お仕置き回路が一向に作動する気配を見せないのを窺うに、まさか本当にゼロの解釈が通ったという事なのだろうか。 悲鳴を上げているのもボロック一人……相手は犯罪者だから犯人逮捕の一環と見なされているのだろうか。

 だとすればラッキーと言うべきか、それにしては腑に落ちない気分だが、さりとてここでエックスがゼロを糾弾したとすれば、まさかゼロの股間がその瞬間に爆裂してしまう……そう思うとエックスはただ見ているしか無かった。

 

「股間の爆発は無し……どうやらお仕置き回路は俺の堂々とした態度に罪と見なさなくなったか。 さて、股間のことはこれで心配する必要は無い……後は俺とお前の一騎打ちだなボロック」

ギョギョッ!? よせっ! や、やめろ……それ以上近づくな!!」

 

 一歩一歩犯人に歩み寄るゼロに、ボロックは完全に気圧されていた。 歌声のひどさもそれ自体はゼロにはあまり通じていないみたいで、股間の露出によるペナルティさえ無ければ、攻撃を避けることは容易い。 完全に形勢は逆転したとみて良いだろう。

 

「これ以上お前の好き勝手にはさせない……人質にも手を出させはしない……観念しろ!!

「ぐぬぬぬぬぬ……こ、このまま……変態に捕まえられてたまるか!!」

 

 ボロックは震える体を押さえ、取り落とした拡声器を再度拾い上げた。 そして、最後の悪あがきに再びゼロに向けて歌声を放つ――――

 

<死なば諸共ッ!! ホゲェェェェェェェェェェッ!!!!

 

 ――――その瞬間だった!

 

「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ボロックの放つ歌の衝撃波をすり抜け、全力疾走で躍り出るゼロの体躯! それは正に一寸の迷いも無く敵目掛けて一直線に駆け抜ける、電光石火の短距離走者(スプリンター)!

 

「ひ、ひええええええええええええええええええッ!!!! こっちに来るな変態ぃぃぃぃぃ!!!!」

「変態は影でこそこそ覗きやってるてめぇの方だ!!」

 

 疾風怒濤の駆け足にボロックは怖じ気づく。 震える手先は拡声器の狙いが定まらず、声はうわずって歌うどころの騒ぎではない。 それでも懸命にボロックは歌い、恐るべき火の()()を撃退せんと抵抗するが、怯えの混じったイレギュラーの攻撃など恐るるに足らず! 迅速かつ華麗な動きで衝撃波を掻い潜るゼロに、一切の怯えはない!

 既に先は見えた……土煙を上げ、驚愕する犯人との距離を一気に詰め――――ゼロはとどめの一手に跳躍!

 

「これで終わりだッ!! 焔降脚(えんこうきゃく)ッ!!」

 

 そして突き出した脚のつま先から炎を帯び、ボロックへ跳び蹴りを敢行! 余りに素早い一連の動作に、臆したボロックに反応する術は無い!

 

 エックスがほんの瞬きする間に、ゼロの炎を帯びた跳び蹴りがボロックの顔面に突き刺さったッ!!

 

「ホッゲエェェェェェェエェェェェェェェェッ!!!!」

 

 蹴られた勢いでバイザーにひびが入り、胴体ごと回転して吹っ飛びながら、盛大に鼻血を噴き散らす! ずんぐりと丸い胴体もあって、ゴムボールのように地面を跳ねたり転びながら、ボロックは遙か後方……車の突っ込んだロビーの中にふっ飛ばされていった!

 そして燃えさかるキャデラックに頭から突っ込み、そのまま火葬する手間が省けた……ところで、蹴った反動によって空中を縦に回転したゼロが、無駄に華麗な着地を決め一言。

 

「他愛もない……」

 

 事件解決。 お仕置き回路を恐れて閉じ込めたものの、なんやかんやで蓋を開けてみれば、事件を解決したのはゼロの方だった。 

 

「(立つ瀬無いなコレ……)」

 

 エックスは苦笑いしていた。 結局自分は飲むもの飲んでいただけで、何しに来たのか分からないのは自分やアクセルの方だったのだ。 それを知ってか知るまいか、流し目でこちらに得意げな笑みを向けてくるゼロの姿が、地味にうっとーしかったりもした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!!」

 

 ボロックを逆上させてしまい、彼の酷い歌声を間近で聞かされて卒倒したナナ。 きわどい角度でタオルをはだけさせたまま、地面に仰向けに倒れていることに気付き、慌てて生地をたぐり寄せて身を起こす。 随分な時間気を失ってしまったが、果たしてあれからどうなったのか……そう思ってあたりを見渡そうとした時、

 

「無事だったようだな」

 

 目の前にヘルメット以外裸で立つ懐かしき顔ぶれ、堂々とした佇まいの赤い馬鹿(ゼロ)が声をかけてきた。

 鍛え上げられた体躯は威風堂々と、端正な面構えは余裕の笑みを浮かべ、そしてなにより公の場で身の着も無しに平然とするその心構え。

 有り体に言えばただの変態がそこにいた。

 

「ボロックは俺が倒した。 ここに来て奴を斃すまでに随分と苦労はかけさせられたぜ」

 

 ゼロはこちらを一瞥し、親指を立てた。

 

「ま、肝心な部分はガッチリガードしてたみてぇだが……生で良いもの拝ませて貰っただけでも頑張った甲斐はあるな!」

 

 ついでに可愛いサイズながら自己主張する、自前のバスターもおっ()てた。

 ……ナナはこの時思い出した。 ゼロという人物は間違いなく頼りにはなるが好色で、自身がエックスの為に文字通り一肌脱いだ際、便乗してあんなことやこんなことをしようとしていた、頭のネジの緩いおバカだったのを。

 そして今、自分がどんな格好をしているのかを思い返した時、彼の言い分が何を意味しているのかを否応なしに理解した。

 

 故にナナは顔を赤らめた。 気を失う直前まで、自分が誰の為に何をしようとしていたのか。 その事を棚上げにするのは卑怯だと思いつつも、感情が論理的な思考を妨げる。

 抑えられない。 ナナはこみ上げる感情の如く目に涙を浮かべながら、腹の底からただ叫んだ。

 

 

 

「へんたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!!」

 

 

 

 それはゼロを黄泉路へと送る、天からの調べであった。 粗相に目を光らせるお仕置き回路を、一時は黙らせたゼロの恐れを知らぬ振る舞い。 俺の肉体美は犯罪ではない、そう信じて疑わず不敵に笑う、彼の驕りを完膚なき間に打ち砕くかのように、残酷なまでに変態行為だと現実を突きつける死刑宣告。

 

 

 故にそうなるのは必然だった。 瞬きするほんの一時の間をおいた直後、使命を思い出したお仕置き回路が、爆発という形でゼロの股間に引導を渡したのは――――

 

 

 




イレギュラーハンター『ゼロ』、無事死亡。


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エピローグ ※

 事件解決から12時間後……ハンターベースの取調室において、辛うじて生きていたボロックは拘留の後、尋問に素直に応じる姿勢を見せ、自ら全てを打ち明けた。

 

 結論から言えば彼の本当の目当ては、レプリロイドの強化素材とされる『フォースメタル』、その中でもとりわけ高度に精製されかつ強力な効力を持つ『超フォースメタル』だった。

 

 彼の所属する『リベリオン』は長年ギガンティスの政府と対立していたが、近年は対立姿勢の軟化により両組織間のわだかまりは解消されつつあり、2週間前には遂に和平協定が締結。 更に紛争終結の証として、リベリオン側が所有していた件の超フォースメタルを、イプシロン以下『フェラム』、『スカーフェイス』、そしてボロックら3幹部の満場一致の下で、ギガンティス政府側に譲渡する流れだった。

 この時既にボロックは、仲間達を出し抜いて超フォースメタルを我が物にする隙を窺っており、譲渡に向けて厳重に保管されていた例の物が、倉庫から運び出された際にこっそりと横取りした。

 

 しかしコトがスカーフェイス達にバレそうになり、追求を恐れて逃げた先はギガンティスが貨物の配送センター。 その貨物の中……下着の山から何枚かを抜き出し、あらかじめ分割しておいた超フォースメタルを、とっさの判断で一緒に入っていた粘着式のパッチを下着の生地の目立たない所に貼って隠し、無事に追ってきたスカーフェイスらの目を欺くことには成功した。

 

 だが予定外の行動に穴はつきもので、彼らが去った後でブツを回収しようとした際には、貨物の中からこぼれ落ちたと勘違いした政府側の職員によってしまい込まれ、そのまま配送……よりによってイレギュラーハンター宛てに貨物を輸送されてしまったのだ。

 そしてボロックは休暇を取ると言ってハンターベースにやって来た物の……荷ほどきは既に行われ、下着類の大半も売れてしまって市場に流れた後だったという。

 

「……それから彼が変態と罵られても、女性の下着を求めて覗きに盗みな3日間が始まったのですって」

「悪い事なんてするものじゃないな」

「同感」

 

 ここはオペレータールーム。 長々と続いたエイリアからの説明に、彼女同様エックスとアクセルは呆れの混じったため息をついた。 グロッキーとなっていたエックス達に代わって、無線越しで比較的軽傷だったエイリアが、ボロックへの尋問に立ち会うことになっていた。 そこで見聞きした彼女から告げられた事件の背景は、あまりにみっともない横流しに端を発していたのだ。

 

「……悪い事と言えば」

 

 エイリアは続けて、エックスとアクセルの後ろに立つ『彼女』に険しい視線を送った。

 そう、ここに着くなりエイリアから叱られてしょげているナナに。

 

「あまり多くは言わないわ……貴女も()()()()()()()()()()()()()()かもしれないから、ね?」

「うう、反省してます……」

 

 無論本気でそうは思ってはおらず、エイリアは皮肉交じりにナナを窘める。 思い描いたラブロマンスの為に、ボロックに強気だったナナに反論する気力は失われ、今や見る影も無く気落ちしていた。

 彼女もボロックの確保時に、人質の保護という名目でハンターベースに連れられたものの、到着するなり待っていたのは厳重注意だった。 言ってみればナナは、マスメディアが列挙している状況で露出に走ったり、犯人であるボロックを煽ったり等、逸る気持ちから自体を混乱させてしまったと同時に、一部の変態紳士を大喜びさせてしまったのだから。

(因みにこの時のニュース番組は軒並み高視聴率だったが、自主規制後抗議が殺到し、BPO(放送倫理機構)が動く騒ぎにまで発展した)

 

「でも気をつけなさいね? 女の体は安売りする物じゃないんだから……そう言う事はエックスの前だけでやりなさい

「はい、気をつけます……」

「エイリア……!!」

 

 叱る傍らでエックスにはしても良いと言ってのけるエイリアに、当のエックス本人は脱力したような声を上げ、その背後で密かにアクセルが軽く吹き出した。

 そんなアクセルに気付いたエックスが振り返っては、抗議の目線を送る。

 

「アクセルまで……」

「い、いやごめんね! 人目を気にする分には別に迷惑じゃ……ああそうだ! それよりどうしてボロックはナナのホテルの部屋に侵入したの? ギガンティスから来たナナには関係ないんじゃ――――ってナナ?

 

 慌てて話を逸らしたアクセルの発言に黙って答えるように、ナナはおもむろに懐から生地を取りだし……それは例によって女物の下着だった。 アクセルはかつてのトラウマからか、下着を見るなり軽く身を引いた。

 

「はぁ……買った後で何となく違和感に気づいてたんですけど、今のエイリアさんの話を聞いて確信しました」

 

 ナナは取り出した下着の生地をひっくり返すと、股座のあたりの生地に何やらパッチのような物が貼ってあった。 エックスとエイリアはそれを見ると、何かに気付いたように互いに顔を見合わせた。 ナナは貼り付いたパッチを剥がすと、中から輝きを持つ小さな金属片が零れ、すかさず彼女がそれを手でキャッチする。

 

 ナナ以外の、出てきた代物を目の当たりにした全員が息を呑んだ。 紛れもなくそれは超フォースメタルの欠片だった。

 

「……着替えの入った荷物が空港の手違いで、一日遅れで到着するって聞かされたんです。 だから安物で良いからその日の分だけ用意しようと、ホテル近くのセントラルパークで行われてたチャリティーセールで買った物なんです……」

「! 偶然ナナが手に入れてたんだ……だから奴は」

 

 ナナは無言で頷いた。 運がないというべきか、それとも不思議な巡り合わせと言うべきか……そう言えばかの元イレギュラーも、セントラルパーク近くにしてナナの宿泊先のホテルで働いていたような。

 あの公園には曰く付きの下着を引き寄せる力でもあるのか……そう言いたげな約1名にとっては忌ま忌ましいセントラルパークに、また1つ嫌な因縁が出来てしまった。

 

「なんだか、どっと疲れたよ」

「色んな事があったからな……結局ゼロの股間は爆発するし」

「全くよ。 正直事後処理の方が大変だったわね……でも頑張った甲斐あって、この事件に関する大きな案件は残り一つって所ね」

「……()()()ですか?」

 

 改めて事件を振り返りながら、ナナの問いかけに首を縦に振るエックス達。 この丸1日夜を徹して行われた、事件の後始末に追われ彼らの疲労はピークに達しており、そしてまだ大きな出来事が片付いていないという。

 そしてそれを処理する機会は、部屋の時計が朝の10時になったあたりで訪れた。

    

おお、いたいたお前ら! ……あ、アンタがナナさんかい?」

 

 オペレータールームの扉を開けて入ってきたのは、緑のアーマーに赤いゴーグルをかけた、我らがハンターベース技術部が主任のダグラスだった。

 彼は少し駆け足で、本来は部外者であるナナも含めてエックスを呼びにやって来たようだ。

 

「準備は終わったか? そろそろ式が始まるからな? 総監にレイヤーやパレットはもう先に着いてるぜ?」

「……随分早いわね?」

「そりゃ、何たってうちのエースに関わる重大なイベントだからな! ほらエックスにアクセル、お前らなんか特に同じ釜の飯食った仲間だろ? ちゃっちゃと急げ!」

「ああ分かった。 もう準備は出来てるから」

「いつでも行けるよ」

 

 急かすダグラスに従い、エックス達もまたあらかじめ準備しておいた品々を片手に、彼と共に全員で向かうこととした。

 

 

 

 

 

 

 

  

そう、ゼロの葬式へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予定調和と言うべき程に見事に股間が爆発したゼロは、すぐさま妖怪に変化してしまうとエックス達が身構えるも束の間、満足げな笑みを浮かべて後ろに倒れ込んだ。

 まさかの昇天か? 生死を確かめるべくその場において、入念に股間へと電気ショックを与えたところ、無事どうりょくろの停止を確認。 死因は『蘇生行為』だった。

 

 やがて葬式の準備と死亡手続きを行い……そして今、ゼロの葬儀はイレギュラーハンターやレプリフォースの殉職者を埋葬する、アーリントン広場が墓地の一角にてしめやかに行われている最中だった。

 

「南無大慈悲救苦救難広大霊感白衣観世音……」

 

 ボロクソに言う割には微妙に日本かぶれだった彼の意を汲み、THE・アメリカ流の葬儀ながらボンズを招いて慰霊の為にお経を唱えて貰っていた。 

 

「グスッ……ゼロ……今だけはダメージが かんぜんに かいふくするまで みを 隠していてちょうだい……どうせ3日後には、ううっ復活するんだから……!!」

 

 墓を前にして嗚咽混じりに弔辞を述べるは、昨日の今日にはゼロと仲直りを果たしているはずだったアイリス。 その周囲にはイレギュラーハンターの面々は勿論、アイリスやカーネルを初めとするレプリフォースの隊員も葬儀に参加し、全員が黒い喪服に身を包んで涙ぐみ、沈黙に耐えきれずに吹き出すのを堪えている者もいた。

 

 お経とアイリスの弔辞に耳を傾けながら、エックスはゼロとの熱い友情の日々を思い返す。 押収品がスケベな代物なら事あるごとに『徴収』したり、紛らわしい言動で大人のおもちゃをエックスに代理購入させようと勘違いさせたこと、直ぐブルマ呼ばわりすること、そのくせ超法規的な行動には阿吽の呼吸で取り組めたこと。 それらが全て懐かしく輝かしい思い出だった。

 

 やがて弔辞はボンズのお経と共に終わりに近づき、葬式自体も締めくくりに近づいてきた。

 

「私達はこれから行きつけのバーで飲み会に行くから、生き返ったらまた連絡頂戴ね……うわああああああああああんッ!!!!

「我飯屋零無能鉄屑発条仕掛腹黒使役怒張主砲…………」

 

 

 そして全ての経文を唱え終わると、ボンズは長い黙祷の後に葬式の終わりを告げる。

 

「終わり! 閉廷! 以上! 皆解散!」

 

大手を振って参列者に伝えると、周囲もそれに従って式場を後にする。

 

「やーっと終わったかぁ」

「よっしゃ、後はバーで一杯やるか!」

「お堅いレプリフォースじゃ、こう言う口実でもねぇと中々酒が飲めんからな! ゼロ様々だ!」

「違いない!」

「フォッフォッフォッ! 今日はワシのおごりじゃあ!」

「ゴチになります!」

 

波が引くように一斉に式場を去って行く参列者達。 ただ一人、エックスを除いて。 参列者の中でアクセルが振り返り、エックスに問いかける。

 

「あれ? エックスは来ないの? これから宴会だよ?」

「ああ、先に行っていてくれないか? 少し感傷に浸りたい気分なんだ。 後で追いつくから」

 

 アクセルは少し考えるような仕草をした後、にこやかに笑って「OK」と答えた。 そしてエイリアからの呼びかけに駆け足で彼女の後を追っていった。

 

 彼らを見送り、ゼロの墓へと振り返るエックス。 股間の縮む痛みに耐えて職務に殉じたゼロ……そんな彼に哀悼の意を表する為に、墓にはエックスの希望の下で趣向を凝らして貰った。

 

 そう、その辺の草を植えた盛り土に、線香と折ったジャパニーズチョップスティック(割り箸一本)……事あるごとに死亡し、毎度葬式から埋葬までのコスト面を踏まえても、この上なく彼にふさわしい墓に仕立て上げたつもりだった。

  

騒々しい毎日の中において、残念な形とはいえ久しぶりに訪れた静かなる一時。 エックスはそよぐ風の流れを感じながら、しばし佇んでいた。

 

エックス……エックス……

 

 不意に、死んだ筈のゼロの声が聞こえた気がした。 見送りに来たエックスに別れを告げに来たのだろうか? だとしたら、これから天へと昇って逝く彼に……改めて弔いの言葉をかけるべきだと、エックスは優しげに笑みを浮かべながら青々とした空を見上げ、おぼろげに浮かび上がる親友の姿へと心の中で言葉を返した。

 

 

 

エックス……せめてその割り箸……フランクフルトでもぶっ刺してくれ❤

 

 

【挿絵表示】

 

 

 やだよ❤

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、ゼロは3日後「我は救世主(メシア)なり!」と叫んで墓場から復活、墓地に訪れた人の間で一悶着を起こしたそうな。

 

TO BE CONTINUED

 




 と、言う訳で……流れるように仲間にとどめを刺す畜生ぶりを発揮した所で、今回のエピソードは完結とさせて頂きます! 短編とはいえ、ここまでご愛読頂いた皆様方には感謝の気持ちでいっぱいです!

勢いで書ききったプロットの上、オチについてはかなりテキトーかつ読者置いてけぼりにするのを覚悟で、とことんやりたい放題書きました……と言っても、本当に自分が書きたかった部分と言えば、まず全裸で全力疾走するゼロのシーンなんですがw あれはこち亀が海パン刑事の丸パクリというか……ゼロにもやらせてみたいと言う欲求ありきなのが今回のシナリオですw
 あ、今回の挿絵……自分で描いたのは描いたんですが、なんと塗りは同人作家の兄弟が塗ってくれましたw おかげで構図がバッチリ決まって感謝です!

↓自分で塗った挿絵の白黒Verはこれ↓

【挿絵表示】

 
 ちなみにボロックのその後ですが……取り調べの後、リベリオンの幹部が大慌てで一斉にハンターベースを訪れ、彼の身柄を引き取ることになりました。 その際スカーフェイスはイレギュラーハンター側が恐縮する勢いで必死に頭を下げ、フェラムはボロックを恥曝しだと折檻し、連れられていった後にイプシロンによって再開発(意味深)されました。
 ボロックが仲間割れに走った背景がそこにあるとか思ってはいけない。(戒め)

 さて今回はこれにて終了としますが、今年一杯は恐らくGAIDENをメインに短編をちょくちょく投稿していく流れとなります。 あくまで筆休めのつもりと言うのもありますので。 こんな短い茶番劇ですが、今後も温かい目で見守って頂けると幸いです。

 それではまた、いつの日かお会いしましょう! でわ!




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2019年秋の運動会スペシャル
前編『炎の減量』 ※


 運動会への切符を前に潜むココロの陰部。 これは、夢なのか、現実なのか……。
 秋の残暑、過熱したゼロの食欲は、遂に危険な領域へと突入する。


 朝方ながら熱い日差しに籠もる熱気、まだ街が夏の残り香に包まれた9月の上旬。 夏休みの終わりと共に学生を乗せたバスが街の中を行き交う大通り。 それらスクールバスと行き交う度に、手を振る子供達ににこやかに手を振って答えるは、我らがイレギュラーハンターである青と黒のレプリロイド。 エックスとアクセルだった。

 彼ら2人は額に汗を流して息を継ぎながら、一定の速度は保ったまま道行く人を縫って天下の往来を走り抜け、近くの公園へ駆け込んだ。 人はまばらであまり活気はない、清閑なこの場所にて、木陰に入ったかと思えば立ち止まり、膝に手をついて呼吸を整える。

 

ぷはぁっ! 結構良いタイムが出たんじゃない?」

 

 汗を拭い、エックスに目をやるアクセルの問いかけに、エックスは腕をかざし現在時刻を確認した。

 

「8時20分……ハンターベースを出たのが7時半だから、およそ50分掛かった事になるな」

「うっひゃぁ、規定タイムギリギリ……まだ先は長いねぇ」

「そうぼやくな。 大会までまだ3週間あるんだ。 焦らずにじっくりタイムを縮めれば良いさ」

「へいへーい」

 

 思い通りの成果が出ず、ぼやくアクセルをエックスは諭す。

 10月が第二月曜に定められた体育の日。 今からおよそ一週間前にケイン博士の鶴の一声によって、その日にイレギュラーハンターとレプリフォースの合同主催による、市民との親睦を目的とした体育祭が行われる事となった。 エックス達はそれを受け、いつもの三人組に加えて技術部主任のダグラスらその他メンバーと組み、競技に参加する事となった。

 内容は競走に綱引き、玉入れなど小学校でも見かけるような微笑ましい競技をはじめ、棒高跳びや走り幅跳び、水泳に砲丸投げなどオリンピックさながらの本格的なカテゴリも予定されていて、エックス達はその大半に登録している為、大会の発表から連日早朝にパトロールも兼ねたランニング等、日常生活の中にトレーニングを重点的に取り入れていた。

 

「さて、少し休憩したらまた再開しよう。 その足でハンターベースに帰ってデスクワークだ」

「ほんっと忙しいよね。 でもまあ、大会の優勝者のご褒美は楽しみだし、頑張らなきゃね」

「ははっそうだな」

 

 詰まるスケジュールに辟易しながらも、ストレッチをしながら優勝に意気込みを見せるアクセル。

 彼ら2人は元々競技への参加は前向きであったが、より背中を後押しするのは成績優秀者に対する優勝の見返りがある事だった。 公的な組織が主催する運動会であるが、実は大手から中小企業も共催と言う形で参加をしている為、競技において実績を出した個人やグループに対しては、賞金の1000万ゼニーと副賞にしてケイン博士の特別賞として、なんと3泊4日のハワイ旅行に招待してくれるとのこと。 博士曰く特別賞の中身は、この年にして旅行にハマったと言うのが理由だとか。

 

「さて、休憩は十分だ……そろそろ帰ろうか」

「OKEY!」

 

 十分な休息を取った2人は、暖まった身体が冷める前に公園を後にした。 再びランニングに取り組み、ほんの少しだけ寄り道をして距離を稼ぎながら、本来の予定であった時刻ぴったりを目指しハンターベースへの帰路につく。

 

「エックス。 ゼロはちゃんとトレーニングしてるかな? 意図して体重を増やして調整するのって大変だと思うんだけど」

「さあ……でも分かった上で志願したからには、自己管理はしっかりやってくれてると思うよ」

「……まさか調整失敗してるって事は無いよね?」

「トレーニング開始からまだ一週間だぞ? 基準から外れるぐらい調整をしくじるなんて、流石にあり得ないだろう」

「だよね! あ、もう帰ってきちゃった」 

 

 他愛のない事を話し合いながら見えてくるは、生け垣に囲まれる見慣れた広い敷地の真ん中に堂々と佇む高層建築物。 エックス達が職員として日夜働く我が家のような職場の姿。 ハンターベースが目前に迫る。

 

 駆け足から歩いてペースを下げ、そのままゆっくり進入するハンターベースの敷地内。 そこへ足を踏み入れた瞬間エックス達は立ち止まる。 施設の入り口であるガラス張りの正面玄関に、エックス達は遠巻きながら異変を目の当たりにしたからだ。

 

「あれ? 何だあの人だかりは」

「なんだか揉めてるみたいだね……何があったんだろ?」

 

 見れば玄関付近に、一般隊員達と思われるレプリロイド達の人だかりが出来ているようで、一同に険しい表情で野次を飛ばし中には憔悴して息を切らす者達もいた。 そのどう見ても穏やかとは思えぬ光景にエックス達は首を傾げるが、二人して顔を見合わせた後に頷いた後に人だかりに駆け寄った。

 

「ぬをあああああああああああっ!!!!」

「だめだ!! 全然びくともしない!!!!」

 

 近づくなりハンター達の集まりが、汗を流し顔をしかめて一斉に何かを押し込んでいるようだった。 

 

「どうした? 皆何をやっているんだ?」

「あ、エックス隊長! いいところに!!」

「何かよく分からないのが出入り口を塞いでて……皆で協力して押し込んでいる所なんですよ……!!!! ああクソ! 職場に戻れない!!

 

 隊員達が『それ』を押し出しながらしかめっ面で説明してくれた。

 どうも彼らの押す灰色の大きな塊が出入り口を塞いでしまっており、正面玄関が機能しなくなってしまった事で職員達はおろか、周囲を見れば訪れた一般市民もとんだ足止めを食らっているようだった。 一同かなりうんざりした様子で玄関のやりとりを眺めていて、中には息を切らして地面に座り込み、あるいは倒れている職員もいた。

 

「外にいるメンツで何度も入れ替わり立ち替わりで押してるんですがね……全く手応えないんです! 柔らかいもんだから手どころか身体まで食い込んでしまって、肩で押しても全然……」

「……なんでこんな事になってんの?」

「全く分からないな……とにかくこれじゃ仕事に戻れない。 俺達も手伝おう!」

 

 エックスとアクセルが既に息が上がっていた隊員達と入れ替わり、彼らに代わってこのよく分からない塊を押し込む事とした。 二人して両手を添え、腰を落として静かに身構える。

 

「タイミングを合わせて一気に行こう」

「任せといて! 伊達に航空機を押し返してないからね!」

 

 自信満々なアクセルにエックスははにかむと、改めて入り口を塞ぐ塊と正面から向き合い、数字をカウントする。

 

「3、2、1……押せ!!

「「ぬうぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」

 

 ドンピシャのタイミングで体重をかけて塊を押し込み、その身体が瞬く間に塊に埋没するや否や――――施設が大きく揺れた。

 エックスとアクセルの2名が繰り出す膂力が並外れているのだろう。 複数名の隊員達が頑張っても動かなかった塊は、柔らかさに力を分散されているだろうにも関わらず、ゆっくりと玄関をきしませながら確実に中へ、中へと押し込まれていく。 伴って発する大きな揺れは周囲の隊員達を恐れ戦かせ、うんざりとしていた一般人達でさえ常軌を逸したエックスとアクセルの姿を、一同に固唾を呑んで見守っていた。

 押し込んだ塊は玄関に食い込みながらも奥へと押し込まれていくと、キツい部分を通り抜けたからか徐々に抵抗を失い、スムーズに施設の中へ飲み込まれていく。

 

「後もう少し! 最後の一押しだ!」

「OKEY! それじゃあラスト一発……3、2、1……おりゃあああああああああッ!!!!

 

 もう一発! 最後に息を揃えてありったけの力を塊に込めると、つっかえていた玄関の扉の縁をついにすり抜け、 エックス達の身体に掛かる抵抗が一気に失せ――――

 

「やった! ついにすり抜け――――た!?

「おっと――――って!?

 

 勢い余って前のめりに転倒、塊を勢いよく押し過ぎてしまった! 元々が球状だったのだろう塊は、玄関縁の圧迫から解放されてなだらかなカーブを取り戻し、更にエックス達の有り余る力を一気に受けて、物の弾みで素のまま正面に転がった!

 

「しまった!! 皆逃げろッ!!」

 

 すっ転んで上体を起こし、腕を伸ばしながら叫ぶエックス。 玄関の直ぐ先にあるのはハンターベースの受付……逃げ惑う係員達が迫り来る大玉から我先に逃げようと、受付に身を乗り出して必死の回避を試みるも束の間! 塊は無事受付をクッシャクシャに踏み潰し、逃げ遅れた職員達をボウリングのピンさながらに吹き飛ばしなぎ倒す!

 

「あっー……」

 

 光景の全てを眼に納めたエックスは間抜けな声を上げるしかなかった。 機材の破片が土埃のように舞い上がり、それが直ぐに晴れるや否や見るも無惨な受付の風景が広がった。

 

「や、やっちゃった……」 

 

 呟くアクセルの口元は震えている。 突如として降りかかった災難を前に、ハンターベース内は動揺に包まれた。 無事だった者が轢かれた職員を必死で介抱し、ある者は悲観に暮れ、地に跪いて項垂れてしまった。 何気ないハンターベースの日常を完膚なきまに破壊し尽くしてしまい、エックス達は途方に暮れる。

 

「う、うおぉぉぉぉぉぉ……もうちょっと優しく押せないのかよお前ら……!!」

 

 不意になじみのある男の声がエックスとアクセルの耳に入る。 弱々しくも精悍なこの声は……普段揃って三人いる内の一人にして、今はこの場にいないある仲間の声であった。

 咄嗟に二人して辺りを見渡すも、声の主と思わしきその姿は確認できないが……。

 

「ど、どこ見てやがるエックス! 俺はここにいるだろうが……!!」

 

 もう一度、催促するような仲間の声が聞こえてきた。 その声の元と思わしき方角に目をやるは、今し方エックス達がミスをして大玉を突っ込ませてしまった受付だった。

 まさか、押しつぶしてしまったというのか? 一瞬焦りを覚えるエックスとアクセルだったが、しかし彼らはその考えを直ぐに捨て去った。

 根拠という根拠があった訳では無い、完全に山勘である。 しかしエックス達の積み重ねてきた経験則が、そんな生易しく安易な発想で納得する事を良しとしなかった。 むしろ気付いてしまう、受け入れがたい嫌な直感を。

 

 そのエックス達の直感を裏付けるが如く、大玉がほんの少し自らの意志を持つように手前に転がり、止まった。 同時にエックス達の表情も凍り付いた。

 

「いい加減気付けってんだ……思いっきり受付に突っ込ませやがって!

 

 

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 そこには声の主である仲間、ゼロが確かにいた。

 灰色の大玉に胸から下を埋めるように……と、言うよりは大玉から見慣れた普段通りのゼロの上体が生えているような出で立ちで、転がった勢いで埃まみれになりながら憤慨していた。

 

ああクソ! こんなに腹が出ちまって本部への出入りにも一苦労だ――――って、おいどうしたそんな険しい顔をして?」

 

 固まったエックスとアクセルの顔が、一瞬にして憤怒に燃え上がり眉間に皺を寄せる。その姿はさながら(イレギュラー)のようで、無言のまま横並びで早足にゼロの側に歩み寄る。

 

「な、なんだよお前ら! ちょっと体重増えちまっただけだろ? いやそりゃ、出入り口塞いじまったのは迷惑だったが受付潰したのはお前ら――――」

「「オマエかああああああああああああああああッ!!!!」」

 

 猛然一撃!! 鉄拳と言う名の息の揃ったツープラトンが、天を仰ぐゼロの顔面に振り下ろされた!! 

 

「ひでぶっ!!!!」

 

 ゼロの顔面に、エックスとアクセルの拳が文字通りめり込んだ――――ゼロはしめやかに失神!

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして貴方達は、こうも自分から事件を作るのかしら?」

「め、面目ない」

「反省はしてるよ……でもコレは何て言うか不可抗力――――」

「おだまんなさい」

 

 ハンターベースが会議室、事の起こりを知ったエイリアは言い訳無用とばかりにアクセルを睨み付けると、アクセルは叱られた子犬のようにしょげてしまった。

 あれから暫くしてエックスとアクセルはバツが悪そうに、唐突に押しつけられた事後処理によって事の起こりを知り、呆れ半分なエイリアに文句を言われている所だった。 エックス達には反論できる余地もなく、ただ余計な仕事を増やしてしまった負い目を感じるしかなかった。

 

「全くだ。 こんなつまらない事件を起こしているようじゃ、先が思いやられるぜ? 大会だって近いんだぞ――――」

「「「人ごとみたいに言うなッ!!」」」

 

 そしてまさにその増えた余計な仕事の原因こと、胴体だけが激太りしたゼロがエックス達の背後で所狭しと言わんばかりに、天井に上体がつっかえて身を屈めながら、我関せずふてぶてしく腕を組んで言い放つ。 そんなゼロのどこ吹く風な姿勢に、エックス達は振り返って怒声をゼロに浴びせた。

 

 しかしまあ、改めてゼロの体を拝む3人だが、本当にゼロの体はデカいと言わざるを得なかった。 彼の身長は平時180センチ前後はあるものの、胴体だけの縦のサイズで同じぐらいの高さが生じ、横に至ってはそれを更に上回る。 腹の端は弛んでいて足下を覆いかねず、これが勢いよく転がると先程受付を破壊した大玉のような状態になってしまうのだろう。

 そんなゼロに打撃を浴びせて気絶させた後、エックス達は他の職員と協力して施設を壊さぬようゆっくりと広いルートを辿って転がしながら、扉と間取りの大きいこの会議室に『安置』することに成功。 それから一段落ついた後にやってきたエイリアにより、疲れからの小言を受けていたのが今に至る出来事であった。

 

「大体どうしたんだゼロ!? その激太りした体型は!! 何で他の箇所はそのままなのに、胴回りだけそんな大玉にでも入れ替えたような身体なんだ!?」

「意図して体重増やすって言ってたけど、いくら何でも太りすぎだよ!!」

「そうよ! 一体何をやったらこんなラバーマンみたいな体型になるの!? これじゃ計量パスどころか身動きもとれないわ!?」

   

 3人揃って詰め寄り、エイリアに至っては本家シリーズのボスの一人を引き合いに質問攻めを浴びせると、ゼロは不敵に笑みを浮かべながら答えた。

 

「肉体改造だと言っただろ! 体を鍛えるには一旦太ってからの方が体力を付けやすいからだ! その為に、俺は一日中間食しまくって体に栄養をため込み、そして効率よく運動をする為に休息を怠らなかった……言うならばこれは『食っちゃ寝トレーニング』だ!!」

「フォアグラごっこにでも名前変えろッ!!」

 

 堪える様子のないゼロにエックスは身を震わせる。

 

 そう、ゼロはエックス達と団体戦競技においてチームを組む事になっており、特に最後の課目である障害物リレーにはアンカーとして選手登録されていた。 しかしアンカーは最も体重が重い者でなくてはならず、ゼロの体重はダグラスとどっこいどっこいだった為、エックス達とは別のトレーニングプランを組み、規定内での体重増を兼ねたパワーアップを敢行……した筈だったのだが。

 どこをどう見ても明らかな重量オーバーで、下手をすれば業務もままならないだろう姿に3人は怒りと困惑を隠せない。

 

「馬鹿にするなよ! 確かに俺の体は大玉みたいに丸くなったが、これでも同時並行でしっかり体は鍛えていたぜ!」

「その体型で何を鍛えたって言い張るんだよ!?」

「胃のトレーニングだ! 飯を消化するにもエネルギーは必要だ! 胃を鍛える事でインナーマッスルも増やす一石二鳥の効果だ!!」

「増えたのはどう見ても脂肪じゃないッ!! 本当はただサボってただけじゃないのかしらッ!?」

 

エイリアの指摘に、ゼロの眉が僅かに動いた。

 

「……いいだろう。 そこまで言うなら食い溜めの成果をみせてやるぜ! ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 

 ゼロは全身全霊の力を込め、巨大な玉と化したその体をよじる! 顔色は瞬く間に赤に染まり、歯を軋ませながら身動きをとろうとした!

 ……しかし肩を震わせてその場を動こうとしても、一向にゼロの足がその場を動く事はない。 それどころか、エックス達はゼロがどんな動きを見せるのか把握しかねている有様だった。 余りに自信満々に告げて雄叫びを上げる彼の姿に、一同つい黙って事の成り行きを見ていたものの、盛大に何も始まらない様子を見かねた3人の内、痺れを切らしたのはアクセルだった。

 

「……何やってんの?」

 

 呆れの混じったアクセルの問いかけに、ゼロは動きを止める。 しばし静まりかえった部屋に乱れた呼吸音が響き渡り、そして得意げに一言。

 

「すまんな、スクワットを見せつけてやろうと思ったが、この部屋が小さすぎて身動きをとれないようだ。 またの機会としよう」

 

 間髪入れず動いたのはエックスだった。 素早くゼロに足払いをかけ、倒れ込む勢いのまま胴体をひっつかんで押し倒す!

 

「結局動けないんじゃないかああああああああああッ!!!!」

「タブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 

 横倒しになったゼロが柔らかい体の反発力で、何度も地面と天井の間をスーパーボールの如く行き来する! まん丸とした胴体の弾む勢いでフロアが揺れ、ぶつかった箇所に大きな凹みが生じた。

 

「ダメよエックス!! これ以上ハンターベースを壊さないで!!」

「!! しまった!!」

 

 勢いに駆られてついゼロをすっ転ばしてしまったが、今の彼は簡単に弾む上に重量が半端でない事を失念しており、エックスは焦る。

 何度か激しいピストンさながらの上下運動を繰り返した後、ようやく停止したゼロは目を回して天井を仰ぐ。

 

「あばばばばばばばばばばば……」

 

 この間にして既に会議室は荒れ放題だ。 床と天井の破片に塗れても自ら起き上がる気力もなく、完全に脱力してしまっているようだ。 分かりきっていた事だが、これではとてもまともに動ける状態ではなかった。

 

「……やっぱりダメみたいだね。 ホント、たった一週間でここまで体が大きくなるのは逆に才能だよ」

「運動会どころかハンター業務にも支障が出るレベルだわ……。 仮に今からダイエットに取り組んで間に合うかしら……? いえ、そもそも身動きもとれないし、もう治療が必要なレベルかもしれないわね」

「いずれにせよ大会への参加は難しいな……やむを得ない、残念だけど代役探してゼロには棄権して貰うしかないな」

 

 3人は揃ってため息をつく。 あまりに増えすぎてしまったゼロの贅肉を前に、諦めムードを漂わせると、急に勢いよくゼロが振り向いて目を見開いた。

 

「おいちょっと待て!! ダイエットにも取り組めそうにないから棄権だと!? 今のは聞き捨てならねぇな!!」

「えっ? 現に身動きすらとれなかったよね?」

「貴方の肥満は常軌を逸しているわ。 入院を視野に医療班への相談を考えるべきよ」

「ゼロが暫く業務に出られないのは痛いけど、困るからこそ確実に治して貰わないと。 悪いけど、普通の体重に戻るまで専念してくれ――――」

「お断りだ!!」

 

 エックスの言葉に対し怒気を込めて遮るゼロ。 明らかに自力で減量に取り組める気配が見えないにも関わらず、なお食い下がる彼の様子にエックス達は首を傾げる。

 

「俺は今回の大会に意気込みをかけてきたんだ! その為に食っては寝てを繰り返し、体力を蓄えて少しでも有利になれるように努力してきた! なのにお前らは、ちょっと予定が狂ったってだけで簡単に棄権しろだと!? 冗談はやめろ!!

「冗談は貴方の体型だけで十分よ! 身動きとれなくなるまで太った時点で説得力ないわ!?」

「体型が気に食わんのなら自力で痩せてやる!! 絶対にだ! 俺は今回、何としてもこの運動会に出場しなければならない……アイリスとの約束があるからな!」

「……ええ?」

 

 エックスが疑問の声を上げた。 ゼロもまた大会への参加に前向きだったのは知っているが、そこにアイリスの名が絡んでいる事は初耳だった。 まあ、二人が交際している事は周知の事実故、今回の件で彼女との間に何らかの約束があったとしても不思議ではないが……一応気になって、エックスは尋ねてみた。

 

「……どんな約束だい?」

「あいつも最近ストレス溜まり気味らしくてな……俺の優勝を通して運動に興味を持って貰うと共に、ついてはそのまま夜の運動に――――」

「結局不純な動機じゃないの」

 

 アクセルの指摘に滑らせた口を慌てて塞ぐゼロだったが、時既に遅し。 3人はゼロを冷ややかな眼で見ると、しばし考えた後に堂々と胸を張って切り返す。

 

「まあ、ストレス解消に間違いないからセーフ! ……とにかく、体をでかくし過ぎたのは失敗だったと認める。 だからこそ頼む、もう一度だけチャンスをくれ。 大会までには必ず体重を落としてみせる。 約束する」

「ええ……」

「痩せるって言っても、下手したら治療が必要な領域かも知れないのよ? どんな宛てがあるって言うのよ?」

 

 ある種の開き直りからの、しかし真面目な表情で言葉を続け、心を入れ替える素振りを見せるゼロだが、当然アクセルとエイリアは難色を示す。 ここまできて気を新たにしたところで、実際問題減量に取り組める状況ではないのは見ての通りだった。

 しかしエックスはそんなゼロの顔を見て腕を組み、思考を巡らせた所でゼロに問いかけた。

 

「本当に、痩せる努力をするね?」

「エックス?」

 

 アクセルとエイリアは振り返って、驚きの色の混じった表情をエックスに向ける。 そんな言葉を発した当の本人と、相対するゼロはいつになく真面目な面持ちで首を縦に振る。

 

「一応補欠と言う形で代役を探しておくけれど、参加する意思が本物ならゼロは規定範囲内まで必ず減量を果たしてくれ。 それが俺達の出来る最大限の譲歩だ」 

「了解した」

 

 エックスとゼロは互いにはにかんだ。 どうやら、ゼロの言葉を本気だと受け取ったらしい。

 

「……えらくあっさり信じるんだね」

「ゼロほどハンターベース内で体力に自信のあるメンバーは他にいない。 それに、俺達が信じなきゃいけないだろ? 仲間なんだから」

「その信じるべき仲間は現に調整失敗したんだけど……まあいいや」

 

 理由はあれど、あっさりゼロを信じるエックスに失笑を禁じ得ないアクセルとエイリア。

 何にせよ次にやる事は決まったようだ。 これから残り3週間、エックスはトレーニングの傍らで言い方は悪いが滑り止めを確保し、そしてゼロは信頼にかけて元のスマートな体型を取り戻さなくてはならない。 非常に大変ではあるが、全ては優勝の為だ。

 

「ならば早速、優勝に向けて景気づけだ」

 

 ゼロは腕の通信機を作動させると、それを口元にかざしてある所へと連絡を取り始めた。

 

<ちわー、チントン亭ハンターベース前支店ですが>

「取り急ぎチャーシュー麺30杯」

「「「言ってるそばから食うなあああああああああああああああああッ!!!!」」」

「ぺさあああああああああああああああああッ!!!!」

  

 エックスのチョップ! アクセルのキック力増強シューズ! そしてエイリアの喉元へのエルボードロップ! 息の揃った正義と勇気の3プラトンがゼロの意識を寄せた信頼共々粉砕!!

 ゼロは白目を剥きながら大口を開けて昏倒した。

 

<いったいなにがどうなってんの?>

 

 通信機越しに状況を把握しかねているラーメン屋の呟きは、口から抜け上がるゼロの魂には届かない。 ゼロの太った原因……食欲のブレーキの壊れっぷりを、むざむざと見せつけられた一幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、半ば趣味と化した『太ること』を無事阻止されたゼロは、その溜まりに溜まった贅肉という名のフラストレーションを、全て運動にぶつけていた!

 

「痩せてやる! 絶対に痩せてやるぜ!!」

 

 ロッキーのテーマをバックに特製のサウナスーツを着込んで、ゼロは額に汗を流しながら自らに何度も言い聞かせ、早朝の街中を駆け抜けていた。 エックス達よりも早起きして、その重たい体を絞り込まんと足腰の震えに耐えながら。

 全ては優勝の為に。

 

 

 

 

「フンハットウ! セイハットウ! ヒッフッハッ!」

 

 いつものセイバーではなく、重りをくくりつけた木刀で素振りする。 体力の衰えこそないが、まん丸と肥えた胴体のせいで身を捩れないばかりか、体に変な揺れや反発が生じる事で明らかに余計な負担をかけている。 勿論スピードも劣る。

 

(情けないぜ、太る事を完全に舐めてたな……だが! 俺は必ず取り戻す!! 元の体を!)

 

 しかし、碧目の中に滾る闘志の炎は失われてはいない。 全ては優勝の為に。

 

 

 

 

 

(減量するぞ! 減量するぞ! 減量するぞ!) 

 

 時には体を休めるも大事。 しかしそういう時こそ心の鍛錬に取り組むべき時。 ゼロはハンターベースの空き部屋にて一人座禅を組み、瞑想に耽っていた。

 己の中で何度も問いかけ、念仏のようにかつての体型を思い起こしては、必ず体重を落として見せると言葉を繰り返す。  全ては優勝の為に。

 

 

 

 

 

「フンッ! フンッ! フンッ!」

 

 仰向けで天井を仰ぎながらゼロは数百キロあるバーベルを上下させ、ベンチプレスに取り組んでいた。

 

「フンガッ! フンガッ!」

 

 その右隣には、思いのほか野太い声で同様にベンチプレスを敢行するは、まさかのエイリアだった。 流石に重量こそゼロの物に比べると100キロは軽いが、柔らかな女性の見た目である事を考えると、十分驚異的な体力には違いない。

 

「フッ、俺程では無いとは言え……その体型でそのバーベルを難なく動かせるとは、エイリアンの名に恥じないちかラバァッ!!!!

 

 ベンチプレスに躍起になるゼロに不意打ちを回避できなかった。 突如振り下ろされたエイリアのバーベルに機材諸共地面に叩きつけられる。 ゼロの体は反発することなく見事に床に陥没! バーベルを叩きつけ、引きつった笑顔を浮かべるエイリアの一言。

 

「私の名前はエイリアよ」

 

 ナイスツッコミにゼロは震える手で親指を立てた。 いかなる時もユーモアを忘れない。 全ては優勝の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 ハンターベースが食堂、ゼロはうって変わって一般隊員と同じ量の食事を、しかし掻き入れるのではなく時間をかけてゆっくりと咀嚼し、味わうように喉に放り込む。

 そのメニューは脂分の少なく野菜の多いヘルシーな食事だ。 瑞々しい野菜サラダに主食とメインの一品はトーストにサンマの塩焼き。 和洋の統一感を無視した食べ合わせや栄養バランスについて、一度エックスに物申した事があるものの、魚とパンの食べ合わせはありふれてるのでセーフと一蹴。

 1人分と言うには横幅の大きい体で1テーブルの半分を占拠しながら、遠くを見つめるような眼差しで黙々と食事を済ませるゼロの姿は、周囲の隊員達に哀愁が漂っていると評されたが致し方なし。 全ては優勝の為に。

 

 

 

 

 

 

「腰が……痛む……」

 

 ハンターベースにて宛がわれた自室。 窓から差し込む夜景の光だけが部屋の中を照らすベッドの上で寝苦しそうにするゼロ。 重たい体で運動に取り組むのは、やはり足腰に著しい負担を強いるのだ。 ここは動きたい気持ちをぐっと堪え、次に備えるのだ。 全ては優勝の為に。

 

 

 

 

 

 

「お、チントン亭が新メニュー出してるな」

 

 正午にもパトロールも兼ねたランニングを敢行するゼロ。 その帰り道において、この間電話注文しようと未遂に終わった、ハンターベース前のラーメン屋に通りがかった。

 店頭には新メニューのサンプルが飾ってあり、店の前を漂うスープの香りも相まって運動に勤しむゼロの食欲を容赦なく刺激する。 

 しかし悲しきかな、減量中のゼロにとって炭水化物脂肪アンド炭水化物なラーメンは、己を太らせたにっくき下手人なのだ。 ここは逸る気持ちを抑えてランニングを続行、振り返る事なく入り口を通り過ぎ、店の横の曲がり角を右に曲がった。

 そして1ブロック先にてもう一度右に曲がり、その後も同様に更に二回程右折し、最後は少し手前の辺りでもう一回、暖簾をくぐった先の昼食で賑わう活気のある店内にて店主に一声!

 

「大将! チャーシュー麺3つくれ!」

「あいよ!」

 

 今日は十分に走った。 時にはストレスを解放する事も大切だろう。 全ては優勝の為に。

 

 

 

 

 

「はい。 これが水筒」

「助かる」

 

 次の日の早朝、玄関においてアクセルからエネルゲン水晶の粉末入りスポーツドリンクの水筒を受け取った。 運動において水分補給は欠かせない……いかなレプリロイドといえども熱ダレには抗えないのだ。

 

「あんま飲み過ぎないでよ? それだって糖分入ってるから、別に持たせた水と交互に飲んでね?」

「問題ない……行くぜ!」

 

 見送るアクセルの視線を背に、ゼロは今日も今日とて日課と化したランニングに出かけた。 できるだけ足腰に負担をかけぬようペースを抑え、それでいて長時間速度を落とさぬよう意識してハンターベースの敷地を抜けだした。 生け垣の陰に隠れアクセルからの目が遮られた時であった。

 

「ハァ、ハァ」

 

 この時、既に汗だくになっていたゼロは足を止めこそしなかったものの、抗えぬ喉の渇きに即水筒の蓋を全開にすると、マラソンランナーも真っ青な勢いで中の全てを飲み尽くした!

 

「美味い! もう一本!」

 

 そしてもう一つ持たされた水入りの水筒の蓋を同じく全開にすると、おもむろに青いデザインのパックを取り出し開封。 その中身は粉末で水筒の中に流し込まれていくと、封をして手早く何度も振り、再度開けた時には中の水はアクセルが手渡したのと同じスポーツドリンクになっていた。

 

「グビグビグビグビグビ……やっぱりコレだな!」

 

 飲み干すのはまたも一瞬だった。 こっそりと忍ばせておいた甲斐があったものだ。 糖分は気になるものの、甘いの美味しいしミネラル分を補充する為、仕方なかった。 全ては優勝の為に。

 

 

 

 

 

 

「んごごごごごごご……」

 

睡眠中にいびき声を自室内に響かせる。 本来はいびきをかかない方が望ましいが、この体型故今は致し方なし……ランニング途中、何度も水分を取ってはその度に例の粉が大活躍したが、それでも体力は大きく消耗する為体にガタが来てしまった。 本当は夕方からも凍った肉を叩くトレーニングを控えていたが、しんどいものはしょうがない。 どさくさ紛れのつまみ食いのチャンスが減ってしまったが、またの機会だ。 全ては優勝の為に。

 

 

 

 

 

 

「4つくれ」

「2つで十分ですよ! 分かって下さいよ!」

 皆が寝静まってからの夜のランニング。 寄り道に向かった先は人気チェーン店『うどん科高校』。 店内のカウンターにおいて左右に余分に席を取り、周囲の客を大いに引かせる中で、高校生らしきバイト店員に押し問答するゼロがそこにいた。

うどんを注文した際にトッピングの天ぷらの数が足りないので、もう2つ足して4つにして貰おうと頼んだのだが、変に意固地なのか店員がそれを拒んでは食い下がる状態だった。 しかし腹の虫の鳴り止まないゼロにあまり忍耐はなく、仕方がなく諦めるとカウンターの隅にある箸入れから割り箸を取り出した。 全ては優勝の為に――――

 

「「食うなあああああああああああああああああッ!!!!」」

「でかああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 突如として背後から現れたエックスとアクセルの、左右同時に繰り出したソバットにラリアット!! 首筋めがけての痛烈な挟み撃ちにゼロは絶叫する! そして二人の手足が離れた直後に後方へと卒倒! 2人がかりで地面に横たわったゼロを抑え掛かる!

 

「なんか様子がおかしいって思ったらしっかり食ってたんじゃないかぁッ!!」

「お、お前らが食事にトーストとサンマの塩焼きなんか食い合わせやがるから――――」

「だからってダイエットまで一週間で諦めてどうすんの!? やっぱりゼロに任せたのは失敗だったよッ!!」

「困りますお客様!! あーっ困ります!! お客様!! あーっ!! お客様困り!! あーっお客様!! 困りますあーっ!! 困ーっ!! お客困ーっ!! 困り様!! あーっ!! 困ります!! お客ます!! あーっ!! お客様!!」

 

 追撃に掛かる二人の内アクセルの方を、ゼロが今し方問答していたバイト店員が必死に抑え掛かる! 周囲の客はその様子を「見ろ! 暴れるイレギュラーハンターを単身押さえ込んでいる!」「流石ですお兄様!」等と囃し立て、店内は一瞬にして騒然としたムードに包まれた。

  

 

 

 

 

 

 ……大切な催し物の前でも『イレギュラーハンター』としての責務は忘れない。 平常(ブレねぇアホさ加減)こそが勝利の秘訣なのだから……そう、全ては優勝の為に!!




 ロッキーのテーマをバックにマンモス西と化したゼロが、 某保安局の捜査官や四国の勇者部の面々、果てにはコートの似合う中年警察のたまり場なうどん屋で、気持ち劣等生っぽい高校生に詰め寄る前編はこれにて終了です!
 後半は明日同時刻に投稿となります! お楽しみに!(白目)











 ちなみに、劇中に出てきたトーストにサンマの塩焼きの組み合わせは、小学生時代プレイしていたボクサー育成ゲーム『BOXER'S ROAD』における、作者が食べ合わせも栄養バランスも無視してテキトーに考えた減量メニューです。(実話) 


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中編『最初のドラマ』 ※

 

「それでは12番ゲートへお進み下さい! ……それでは次の方!」

 

 10月14日、待ちに待ったイレギュラーハンターとレプリフォース共催の運動会が、遂にここ国営競技場において開催された。 ゼロの小指を立てるコレことアイリスは、受付嬢として施設の入り口に設けられたカウンターの前を、所狭しと並ぶ観客や一般参加者を捌いているところであった。

 

「はい次の方! 押さずにゆっくりと前にお進み下さい!」

「展望席は8番ゲートからとなります。 どうぞお楽しみ下さい」

 

 左側には桃色のショートヘアがキュートなナナと、反対の右側にはゼロをめぐる恋のライバルこと、レイヤーが大人びた雰囲気を漂わせて応対している。

 

「ふう、思った以上に数が多いわね……ちょっとしたイベントだったはずなのに」

「メディア展開に加えて、主催者側の陣営からも錚々たるメンバーが参加しますからね。 実際現時点で競技への参加者数は見込みを超えているみたいですから」

「……だよねぇ。 まあ、何だかんだ言って()()()()も有名人だから、それ目当てに人が集まるのは当然かも」

 

 ぼやきに受け答えるレイヤーに流し目を送りながら、アイリスはゼロの名を『私の』と僅かに強調しながら返す。

 

「ええ、ゼロさんの内なる情熱にあてられた人々からすれば、彼の出場を見過ごせないのは当然と思います……かくいう私もめくるめく一時を通して()()()()()()でして……」

 

 レイヤーも赤らめる頬に手を当てながら含蓄のある言い回しをすると、アイリスは僅かに頬を引きつらせた。

 

「あら、話が分かるのね。 具体的にどんな一時を過ごしたのかよく聞かせて貰いたいわ。 フフフフフ……

「勿論です。 何十分でも何時間でもしっかり語れる自信があります……フフフフフ……

 

 目元に陰がかかった仄暗い笑顔を互いに向け合うアイリスとレイヤー。 彼女達の目線のぶつかる間には、確かに火花が散っているようだった。

 

「……この二人ってひょっとして仲悪いんですか?」

「仲が悪いって言うより、ゼロさんをめぐるライバル関係ですよう……ほら、あの人頭も股間も緩いですから」

「納得」

 

 朗らかな面持ちと裏腹に剣呑とした雰囲気を醸し出すアイリス達をよそに、隣でナナが横にいるパレットと小声で話をする。 所属も違いギガンティスにいた彼女はアイリスとレイヤーの間柄など知るよしもない。

 

「それにしても優秀なナナさんがヘルプに来てくれて助かりましたよう。 流石にこの人数はイレギュラーハンター組だけじゃ厳しかったですから……あ、2名様ですね?」

「この間のホテルでの埋め合わせです。 あの時はエックスさん達には助けられましたから……まあ、ちょっと色々ありましたけど」

 

 来客者との応対を重ねる合間に世間話をしながら、ナナは少しだけ遠い目をする。 パレットも少しだけ苦笑いをしているようだった。

 アイリス組とナナ組で温度差の激しい部分もあるが、忙しいものの割と平和な一時を過ごしていた彼女達の前に、そんな空気を容赦なくぶち壊しかねない不穏な影が覆い被さった。

 列を並ぶ客達の間にどよめきが走った。

 

「ゼロッ! そんなに慌てて動いたらまた背骨折れるぞ!?」

「グエェ……折ったお前がそれを言うのか……!! ゆっくり動くとかえって辛いんだ……ゲフッ!!」

「ああもう!! 世話の焼けるハンターだね!! 寄り道なんかしてる場合じゃないのに!」

 

 客の並ぶ列の後ろから、聞き覚えのある3人組の男の声がアイリス達の耳に届いた。 列に並ぶ人々が振り返っては目を見開くのに気付いた、アイリスとレイヤーはにこやかなにらみ合いをやめ、4人揃って人々と同じように目を向ける。

 

そして言葉を失った。

 

「グ、グフッ! よ、ようアイリス……それにレイヤー。 随分と、精が出てるようだな」

「「ゼ、ゼロ(さん)……!?」」

 

 そこには不適につり上げた口元から真っ赤なオイルを滴らせる、嫌に胴を縦長に伸ばしたゼロの姿があった!!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 見知った彼の身長と同じぐらいの長さの胴を持ち、膝を笑わせて立つ彼の姿の周りには、目頭を抑えるエックスと頭を抱えて項垂れるアクセル。 2人して気まずさのあまりか陰気を漂わせ、そして垣間見える目元には大きな隈が浮かび上がっているようで、大会当日に相応しくない憔悴した様子を窺わせる。

 

「お待たせ皆! ケイン博士の用事で遅れたけど、もう大丈夫よ!」

 

 そして折り悪く、席を外していたらしいエイリアが、背後にある職員用の出入り口からこの場に戻ってきてしまった。

  

「さ、キビキビ働いて受付の仕事を終わらせま……しょう……ってなんじゃこりゃあああああああああああああッ!!??

 

 同僚の異様な出で立ちを目の当たりにしたエイリアが、人目も憚らずに絶叫! 普段の頼れるお姉さんの姿など見る影もなく、身を震わせ唖然と口を大きく開ける。

  

「グ、グフッ……あ、あの脂肪を何とかしようと肉体改造に取り組んだら、ハ、ハッスルし過ぎちまってな……グハッ!!

 

 ゼロは吐血もとい吐オイルした。

 

「に、肉体改造ってそんなハードなの!? 貴方血を吐いてるじゃない!」

「文字通り体でもいじくったんですかゼロさん!?」

「ブフッ、あ、安心しろ……レプリロイドが直接体を改造するのは規定違反だからな。 その辺は抜かりは……グハッ!!

 

 どこをどう見ても瀕死にしか見えないゼロの様子に、アイリスとレイヤーはただ戦慄するばかり。 その間エックスとアクセルは何も言えない気まずそうな様子で、こちらの目線を窺うような素振りを見せていた。 その時、ようやくショッキングな出来事に一定の区切りを付けられたエイリアが、震え声でエックス達に問いかける。

 

「……何をしているの? 貴方達の行くべき受付は、その、こっちじゃないわよ」

「!! ……分かっている。 さ、ゼロ行こうか」

オフッ! わ、分かった……ま、また後でな」

 

 ゼロはエックスに連れられその場を後にしようとした。 去り際に手を振る彼にアイリスとレイヤーも神妙な面持ちで手を振る。

 

「……ごめんなさい。 ゼロを受付に連れて行くから、もうちょっとだけ待っててくれないかしら?」

 

 エイリアもまた彼らについて行くみたいで、アイリス達は一同に無言で首を縦に振り彼女を見送った。 専用の出入り口に姿を消す彼らを列に並ぶ人々と共に黙って見送り、隣で様子を見ていたナナが引きつった笑みを浮かべ、アイリスとレイヤーに問いかけた。

 

「……お2人は彼のどこを好きになったんですか?」

 

 アイリスとレイヤーは互いに顔を見合わせ、受付に突っ伏し頭を抱えて項垂れた。 返答に困る質問をしないで欲しい。 そう言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 

所変わりここは計量室。 所定の受付で手続きを済ませたエックス達は、早速身体テストに取り組んでいるところであった。

 部屋の中には複数のグループに分かれて係員がせわしなく選手の体の計測を行っており、部屋の奥の壁際にはケイン博士が立って現場の風景を見守っていた。

 ちなみにこの際に不正を行った選手は、人間やレプリロイドの区別無しにケイン博士直々に逆エビをかけられることとなっており、これまでに既に20人が摘発されては技の餌食になった。 内18名がお亡くなりになり(即死)、生き残った2名は救急搬送されていった……しかしそれも時間の問題だろう。

 我らがエックスとアクセルについては文句なしにすぐ合格し、今は問題のゼロがテストの順番が回ってきたところで、身長計に足を進めているところであった。

 固唾を呑んで様子を見守るエックスとアクセルに、エイリアは小声で問いかける。

 

「貴方達……3週間前のあの日から一体何があったの? ゼロは本当にアレで計量をパス出来るのかしら?」

 

 エイリアからの質問に、エックスはため息が漏れた。

 

「……結論から言えば、ゼロは確かに痩せた。 でも規定体重を下回る事は出来なかったんだ」

「ぶっ!!」

 

 遠い目をするエックスの発言にエイリアは吹き出した。

 

「体重がどうにもならなかったから、せめてあの横に長い体だけでもどうにかしようと、ゼロの体を強引にコルセットで締め付けて誤魔化したんだ……そしたらその分縦に伸びた」

「文字通り骨が折れたよね……お陰で医療用って建前で、堂々と書類に書く口実が出来たけど」

「身長3メートル60センチ……普通だな!

 

 白目を剥いていささか錯乱気味にゼロを計測する係員を遠目で見ながら、エックスとアクセルはエイリアからの質問に言葉を返す。 横に伸びた体を締め付けたしわ寄せがあの体格だというのなら、まるで『トムとジェリー』を地で行くような話ではないか!

 不自然極まりないゼロの体型を押し通そうとする彼らに、特に常識人枠だったアクセルまで一緒になって不正を行う光景に、エイリアは頭痛がする思いで質問を続けた。

 

「……補欠はどうしたのよ? ゼロが計量をパスしない可能性を考えていたんじゃなかったの?」

 

 すると、エックスは苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめて答えた。

 

「全員ゼロに台無しにされた」

「は?」

「くそっ! 詰まっちまった! 体が抜けやしねぇ!」

 

 長すぎる胴体が仇になり、身長計に挟まって体が抜けずもがくゼロをよそに、エイリアはエックスの言葉の意味を理解しかねている。

 

「どうしても体重落とせなくって焦ったゼロがね、目星を付けていた他の一般隊員に不自然なまでに食事を奢るようになったんだよ……」

「結果大会前日になって全員ゼロみたいに太って使い物にならなくなった。 参加者が揃わなきゃ団体戦にそもそも出られないから……!!」

「暫くソーメン生活だって得意げにしてたから、そりゃもう僕達怒り狂ってね……こうなったら無理矢理にでもゼロに計量をパスさせないとって思ったから……!!」

 

 アクセルは脱力し、エックスは肩をふるわせて怒り皺をヘルメット越しに浮かべていた。 血管がぶち切れるエックスにエイリアは目眩がする思いだった。 あの男はそんな往生際の悪い真似までして運動会に参加したいのかと呆れる一方、どうにもエックスとアクセルの言葉が引っかかって仕方がない。

 

「でも、体型をどうにかしたって……まあどうにもなってないけど、肝心な体重を落とせてないなら失格は免れないわ? 医療用って建前でも、コルセット分の重さもあるのに――――」

「それについては、ね」

 

 エックスはゼロの方を指さした。 ようやく身長計から体の抜けたゼロが、次いで体重計に足をかけようとした所である。

 

「ダグラスと協力してコルセットにスクランブラーを仕込んどいた。 体重計の数字を偽装して規定内の体重に収める……これでバッチリだ」

「エックス、貴方疲れてるのよ」

 

 ボディよりもなお青ざめた面持ちで笑みを浮かべるエックスに、にべもなく口に出したエイリアの言葉と共にゼロが体重計に乗ったその瞬間……体重計は文字通り音を立てて潰れてしまった。

 部屋にいる全ての人員がゼロの足下から立ち上る黒煙と、散らばった部品を放心するように眺めている。 エイリアの抱いた不安よりも悪い状況に場の空気が凍り付くも、壊れて電源が落ちる寸前の体重計の液晶パネルには「176.2ポンド」とおぼろげに表示されており、数回の点滅の後に完全に機能を停止した。

 冷たい汗を滝のように流しながら、エックスはエイリアに切り返す。

 

176.2ポンド(79.9㎏)……な?」

「規定体重には無事収まったね。 数字だけは!

 

 何が「な?」だというのか。 これではアナログ計だと針が何回転もした後の176.2ポンドではないか! アクセルが皮肉を言いたくなるのも無理もないと、エイリアは額を抑えて項垂れた。

 

「フ、フン、ざっとこんなもんだ……グフッ!

 

 固まる係員達を前に、ゼロは口元を赤く滴らせて得意げに笑った。 彼も同様に顔を青ざめてヤケクソ気味にふんぞり返ってはいるが!

 

「体重をクリアすれば残りの計測は問題ない筈だ!」

「そうだよ! ぶっちゃけ後の事はどうにでもなりゃいいんだよバーロー! HAHAHAHAHA!  

 

 それはエイリアの隣にいるエックス達も同様である。

 彼らとて馬鹿ではあるが決して頭が悪い訳ではない……恐らくは必死すぎて切羽詰まるあまり錯乱してしまったのだろう。 本当は自信のかけらもないのに無理をしているぐらい、彼らのリアクションを見れば簡単にうかがい知る事は出来る。

 そこに無粋なツッコミを入れるのは即ち、彼らの涙ぐましい努力に水を差す羽目になるだろうものの……それでも、それでも彼女は言わずにはいられない。

 

「エックス、アクセル……」

 

しばしの考えの後に頭を上げたエイリアは、至極気まずそうにエックス達と向き合った。

 

「医療なんて建前に拘るぐらいなら、私ならゼロの脂肪を手術で取っちゃうと思うのよ……」

 

 そう、無駄な努力以外の何物でもないと。

 

 

 

 エックス達は絶望に目を見開いたまま、ぎこちない動きで同じような顔をしているアクセルと互いに目を向き合い、そしてあらんばかりの勢いを込め慟哭した。

 

「その手があったかあああああああああああああああああ!!!!」

「うわああああああああああああああああ!!!! 僕ら一体何やってたんだよおおおおおおおおおおおおお!!!!」

  

 この部屋どころか競技場全体を揺るがす魂の叫びだった。 膝をつき、額をも地面に打ち付けるように突っ伏して頭を押さえる彼らの姿に、エイリアは不覚にも無力さと情けなさを感じ取ってしまう。 崩れ落ちるエックス達に他の選手や係員は恐る恐るこちらを窺っていた。

 

「お、お前らどうしたんだよ……いきなり叫んだりしやがって」

 

 ゼロもまた引き気味に背後を振り返っては同様に、全員が崩れ落ちたエックス達の姿に動揺する。

 

「……カッカッカッ!! なんともまあ大したもんじゃ!」

 

 ただ一人、ケイン博士だけを除いて。 部屋に居る皆が唐突なケイン博士の笑い声に目を丸くした。 

 

「176.2ポンド、ギリギリのラインじゃが規定はクリアしとるの! それにしてもゼロよ! 体重計を破壊してしまうとは驚きじゃぞ!」

「……?」

 

 ゼロの体重の事を言っているのだろうが、どう見ても完全にアウトだろう。 博士の意図を汲み取る事も出来ず、体重計に乗ったまま固まっていたゼロも首を傾げていた。 するとケイン博士は壊れた体重計に歩み寄り、ゼロにこう言った。

 

「お前さん、今回の為にわざわざ体重増やして随分苦労しとったみたいじゃのう。 足の力だけで体重計を踏み潰すとはたいした鍛え方じゃわい!」

 

 しばし言われた事を考え込むゼロだったが、やがて口元を緩ませ一言。

 

「当然だ。 俺の足の力は伊達じゃないぜ!」

「なら体重計が壊れたのは足の力のせいで間違いないな。 しかしゼロよ、張り切って備品を壊すのはやり過ぎじゃぞ? 次からは気をつけるのじゃぞ?」

「善処するさ」

「よし合格じゃ!!」

「「「「えええええええええええええええええええッ!!??」」」」

 

 博士の決定にエイリアと同室の係員や選手達も驚愕する! 身長体重共に何一つ真っ当にパスしていないゼロを何故合格にするのか。 はっきり言って納得しかねる判断に他の選手や係員が一斉に詰め寄った。

 

「どうしてですか博士!? 誰がどう見ても完全に不合格ですよ!!」

「明らかなインチキじゃないですか! 不正したら逆エビだって言うのになんで彼だけ!?」

「まさか身内びいきっていうんじゃないでしょうね!? レプリフォースの隊員にも厳しい判定していたのに!?」

 

 非難囂々、間近で他者の不正が断罪される瞬間をを見ていた彼らにとって、ゼロに助け船を出すケイン博士の姿は依怙贔屓に見えて仕方がないのだろう。 事実、助けられた側のエイリアも腑に落ちない気分で、アクセルも困惑を隠しきれない様子だった。

 

「……やはり自分を信じ抜いた甲斐があったよ」

 

 一方でエックスは胸をなで下ろした。 自棄っぱちだったとは言え、強引にゼロを参加できるよう手を回した事もあってか、博士の判断には満足だったようで、軽い足取りでゼロの元へ行く。

 

「ゼロ、俺は君の事を信じていたよ!」

「当たり前だ! 必ず約束を守ると言ったろう……グホッ!!

「……ケイン博士の助け船ありきだけどね……もういいやチクショウ!

 

そして周囲の矛先が博士へと向いている間に、エックス達は相変わらず吐血するゼロの背中を押すようにしてそそくさとこの場を去って行った。

 エイリアはそれを力なく眺めていたが、お騒がせ3人組の姿が部屋から消え失せたのを見届けてようやく我に返り、一斉に抗議を受けているケイン博士へと近づいた。

 

「あの、ケイン博士……私が言うのも何なのですが、本当にゼロを合格させて良かったんでしょうか? その、腑に落ちないと言いますか……不正はなかったとおっしゃる博士のその心が私には分かりません」

「彼女の言う通りですよ! 一体どう言うおつもりですか!?」

 

 気まずそうに問いかけるエイリアに便乗するように、さらにヒートアップする周囲の熱気。 ケイン博士は笑みを崩さずにそれを聞き流していた……が、ここに来てようやく彼らに対し己の考えを口にした。

 

「不正で勝ちに行くどころかハンデキャップみたいなもんじゃろう。 考えてみい、有利になるならともかく……むしろあの体で優勝できる方が絵的には凄いじゃろうに」

「……?」

 

黙り込む一同。 一体何を話そうというのか、エイリアは疑問符を浮かべる中ケイン博士は言葉を続けた。

 

「ワシはな、つまらん嘘をついてまで優勝しようという小賢しい連中は嫌いじゃ。 じゃからそう言う輩の僅かな不正も見逃さず、逆エビで人生のゴールテープを切ってやったのじゃ」

「で、でしたらあのゼロの姿も立派にインチキですよ!」

「あんなふざけた姿で競技に参加しようなんて! 運動会は笑いを取りに行くような所じゃありません――――」

 

 抗議する者の一人が言いかけた言葉を、ケイン博士は開いた手を突き出して遮った。 

  

「面白くて何が悪い? 公の場においてハプニングは付き物じゃろう?」

「「「「「「――――えっ?」」」」」」

 

 おふざけは許されない、そんな当たり前の主張に水を差すような一言にエイリア達は困惑する。 するとケイン博士は懐から今日日珍しい立派なビデオカメラを取り出し、彼女達に向けてきっぱりと言い放った。

 

「ゼロがしょうもない真似しとるのは百も承知! 公の場でバレバレのインチキを必死こいて隠そうとする姿を見るのが楽しいんじゃろうがぁ!!!!」

「「「「「「ファーーーーーーーーーーッ!!??」」」」」」

 

 主催した側の物言いとは到底思えないケイン博士の爆弾発言に、詰め寄った全員が驚愕! 一斉に奇声を上げた!

 まさかそんな事の為に知ってゼロを見逃したというのか? 開き直りと言うより、明らかに大会の趣旨から外れた博士の姿勢にエイリア達は唖然とする。 

 

「……ま、安心せい。 面白い映像はしっかり抑えてやるからの。 ハプニング目当てに大会を見に来た物好きを唸らせる自信はある。 楽しみにしとれ!

 

 硬直するエイリア達の事などどこ吹く風と言わんばかりに、ケイン博士はカメラ片手に軽快なステップでエックス達の後を追っていった。 老人の戯れをむざむざと見せつけられたエイリアは博士が去った直後に脱力、膝から崩れ落ちた。

 

「安心なんて出来ないわよ……」

 

 悩みの種の尽きない彼女にとってケイン博士の物言いは、無事を切に願うエイリアに対しての更なる追い打ちとなった。 今大会、想像以上の波乱になるだろうとその場にいる誰しもが思った。

 

 そして、皆が一様に抱いた不安は当然のように的中してしまう事になる。

 

 

 

 

 

 

 

<天候にも恵まれた今日と言う日に、大会をイレギュラーハンターと手を取りあい開催できた事を嬉しく思う>

 

 競技場にて行われる開会式、観客が見守る中で一斉に整列した選手達を前に開会演説を行うは、レプリフォースが将軍『ジェネラル』であった。 他のレプリロイドよりも一回りも二回りも大きな巨躯から繰り出されるは威厳のある、しかし一般客に威圧感を与えぬよう穏便さを気遣った声を会場内に響かせる。 その隣にはイレギュラーハンター側の司令官であるシグナスが、間に挟まれケイン博士がにこやかに首を縦に振っている……ビデオカメラ片手に。

 カメラのレンズは選手達の中で一際目立つ、我らが赤いイレギュラー……もといイレギュラーハンターのゼロを捉えていた。

 

<市民との交流も兼ねた今大会、真剣かつ堅苦しくはない……どうかのびのびとゆとりをもって取り組んで欲しい……ああ、その、身長の事ではなくて……その>

「ジェネラル将軍……あまりお気になさらずに……」

<あ、ああうんまあ……失礼した、うん。 とにかくアレだ――――>

 

博士だけではない。 ジェネラル将軍もゼロに目をやりながら、彼のあまりに長すぎる胴から意識を切り離せず、こびりつく印象から聞いてもいない身長の話を口に漏らす始末。 見かねたシグナスの小声でフォローされる有様だが、彼もゼロに時折視線をやっては気まずそうに顔をしかめる。

 それどころかこの大会に訪れた他の選手や観客も、異様な風貌で身を震わせるゼロに視線を奪われる有様であり、誰もまともに開会演説に集中できる者はいない有様だった。

  

「滅茶苦茶見られてるね……あの将軍さんセリフ噛んじゃってるよ」

「グ、グフッ! それは俺がこ、今大会の目玉選手だからな! ……でもあまり見んといて」

 

 アクセルの皮肉に苦し紛れに開き直るも、ゼロは言葉の最後に中々に辛そうな本音と思わしき呟きを残す。 自ら退路を断って参加を強行し、最早無事で済むまいとエックスは早くも頭を抱えていた。

 

 

 

 




 少し予定は変わりまして、最終話となる後編は来週日曜に投稿します。
 もうちょっとだけ続くんじゃよ(実話)


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後編『ザ・ファイナル(最終話とは言っていない)』 ※

 一週間の延期を経て、ついに最終話投稿となります。 ここまでお付き合いいただいた皆様方には感謝です! ……運動会の行方は!


 

 奇異の視線に晒される痛さに身をやつしながら競技に取り組んだ運動会。 長距離走に棒高跳びや走り幅跳びなどのオリンピックの課目にも含まれる本格的なカテゴリから、市民との親睦を兼ねた大会でもある為、日本における小学校の運動会に倣って綱引きや大玉転がしなど、子供でも参加できる微笑ましい様々な競技が行われ――――

 

「もうやだ……おうち帰りたい」

「全然ダメだ……死にたい」

 

 その全てにおいてエックス達のチームは勿論惨敗だった。 死んだ目つきで項垂れるエックス達の頭上には暗雲が立ちこめる。

 

「……お前らマジでゴメン。 俺ホントどうかしてたわ」

 

そして正にその戦犯と化したゼロ本人のメンタルは最悪だった。 最早開き直る余裕もなく、ただ不貞腐れるばかり。

 

「!! いやいやいやいやいや!!!! 謝んないでよ!!」

「ゼロのキャラ的にそこは開き直るところさ!! ほら! いつもみたいに堂々とするんだ!!」

「イヤもうダメだ……俺心折れたわ……」

 

 仕舞いには巻き添えを食った側のアクセルとエックスに励まされる有様だった。

 エックスやアクセル達は確かに頑張って成果を出し、何とかレプリフォース側に引き離されないように耐え忍んできた。 しかしそれ以上にゼロの成績がダメダメだった。

 長すぎる胴が仇となり、綱引きでは体を曲げられず寝そべって綱を引いて当然のように競り負け、走る系の競技では重心のバランスが取り辛く上半身を激しくシェイクさせて周囲の笑いを招いた挙げ句転倒。 棒高跳びは体の長さに対して棒の全長が足りず地面につんのめり、大玉転がしに至ってはハムスターが如く玉の回転に巻き込まれて隣のゴールに豪快に自分諸共シュートを決める有様だった。

 無論エックス達もそれをある程度予想していたからこそ、ゼロをフォローする為の今回の頑張りだった訳だが、彼に挽回する機会として当て込んでいた玉入れの競技が行われる事はなかった。

 

「ありえねぇだろ……ケインのじじいが昼飯だとか言ってよ、玉入れのかごに使う竹竿で流しそうめんなんか始めやがって……それで道具が足りなくなって競技中止だぞ……?」

 

 いじけるゼロの言葉にエックス達は冷や汗をかく。

 そう、期待していた玉入れの競技は、ケイン博士が唐突かつ狙い澄ましたかのように流しそうめんを始めたとかで、競技のために使うかごを急遽用意できなくなって中止に追い込まれたのである。

 これにはエックス達も愕然とし、競技を楽しみにしていた子供達もがっかりすると抗議しようかと思いきや、ジャパニーズナガシソーメンだとかテキトーな事抜かしてまんまと周囲の人間を懐柔してしまったために、ケイン博士に迂闊に文句を言えなくなってしまったいきさつがあった。

 

「うっ、い、いやあれは運がなかったと言うか……わざとかな?」

「ま、まあ参加した子供達喜んでたしそれは良かった……とでも思うしかないんじゃ――――」

「活躍の場潰されて良かった訳ねぇだろ!! このままじゃ俺はただバカを晒しに来ただけじゃねぇか!!」

「……まあその体で参加する事自体馬鹿なんだし――――」

 

 エックス! 慌てるアクセルのかけ声に慌てて口を塞ぐも時既に遅し。 ゼロはエックス達以上に暗い影を漂わせながら、その場にうずくまるように三角座りしていじけてしまった。 胴が長いのでロクに足を抱えられていないが。

 

「ああそうさ、どーせ俺はムノウテツクズゼンマイジカケだよ……このままうだつの上がらんクソアホイレギュラーになって、一世紀後のシリーズでも言いように使いっ走られる人生が待ってるんだよーだ……」

「「(めんどくせぇなオイ……)」」

 

 クソアホイレギュラーは元からだろ、とまで言わなかったのは優しさからか面倒なのか、まあ後者であろうが、とにかくこのままではゼロは本当に性根が腐り落ちてしまう。 せめて彼をどう立ち直らせればよい物か有効なアイデアが思い浮かばない中、無情にも運動会はついに佳境へとさしかかる。

 

<ただいまより最終プログラム『障害物リレー』が行われます。 参加者は控え室へと集合してください>

 

 エックス達が今大会の目玉として意気込みをかけた最終プログラム『障害物リレー』がついに行われる時が来てしまった。 エックス達は苦虫をかみつぶすように顔をしかめた。

 得点をとれないゼロへのフォローで消耗し、当の本人は戦意を喪失しつつある現状、はっきり言って最悪のコンディションで戦わなければならない。 許される物なら逃げ出してしまいたいと弱気になりかけるが、強引な手を使ってテストをかいくぐり、ここまで競技に取り組んできた手前、彼らにとってももう後に引けないという思いがそれを押しとどめた。

 

「……エックス、迷う事なんかないよ。 ここまでやっちゃったんだもの、やるしかないよ」

 

 エックス本人にとっては言われるまでもなく、ただ黙って首を振ると2人でゼロの体を抱え込んだ。

 いじけたまま一向に立ち上がろうともせず、ただ座り込んだままのゼロの体を強引に引きずり、選手の控え室へと向かう。 これまでのプログラムで散々間抜けなシーンをさらしてきたゼロを見て、他の選手達から失笑が漏れる。 ――――知った事か! 笑いたければ笑えと言わんばかりにエックスとアクセルは内心悪態をつく。

 

「……じゃあエックス、表彰台でね」

「ああ……」

 

 耳障りな笑い声を吹き飛ばすにはただ一つ、最早勝つしかない。 その為にはなんとしてでもアンカーのゼロに立ち直ってもらわねば。 この競技において選手達は、駅伝のごとく中継ポイントでバトンタッチする方式である為、アクセル達とはここで別れる事となる。 エックスはゼロをアクセルに任せ、去って行く黒い背中を見送った。

 

「(出たとこ勝負だ。 アクセルの言う通り、もうゼロを信じてやるしかない)」

 

 何度も自分に言い聞かせながら、控え室についに来た係員の案内に従い、後を追う。 薄暗い通路の先に明かりが見え、くぐり抜けた先は歓声に沸く競技場。 外は徐々に日が傾きはじめ、既に夕焼けに染まり始めている。

 

<それでは選手の入場です! 観客の皆様は盛大な拍手を!>

 

 会場のアナウンスに従う観客達の笑顔の拍手で迎えられるエックス達。 しかし一部の観客達に紛れ、その表情に明らかに種類の異なる笑みを……失笑を漏らす者達が居る事を、エックスのアイセンサーはしっかりと捉えていた。 何をして笑っているかかはわかりきっているが、あえてそれを咎めるつもりはなかった。

 

「クックック、精々醜態をさらさないよう気をつけるんだな」

 

 隣の選手はたてがみの立派なレプリフォース所属のライオン型レプリロイド『スラッシュ・ビストレオ』の姿だった。 貨物列車とはいえ鉄道に簡単に追いつくほどの脚力を持つ彼は、当競技における優勝候補の筆頭だ。

エックスを煽るような物言いは、彼の後ろに控えるゼロをひっくるめての事だろう。 仲間を馬鹿にする物言いは気に食わないが、今は競技に集中だ。

 スタートラインに並び、クラウチングスタートの姿勢を取る。 会場が一斉に静まりかえり、固唾をのむ観客の視線が一斉に突き刺さる。 緊張から速まる動悸、段を踏みつける足に否応なく力がこもる。

  

 時が止まったように長く感じられるたったの数秒間の後、スタートラインに立つ係員の空に掲げた空砲が鳴り響く。 選手一斉スタート!

 

「トップは戴きだぜ!!」

 

 真っ先に先頭へと飛び出したのはビストレオだった! かつて戦った際に見た彼の脚力は健在どころかむしろ強化されており、リレーが始まった正にその瞬間から既に大きく差を開けられる始末だった。

 

「(速い!! まさかこれ程とは……!!)」

「ははっ!! 俺に足の速さで勝とうなど10年早い――――」

 

 遠ざかる余裕綽々のビストレオの背に起きた異変にエックスが気づいたのは、正にビストレオが振り返って煽り文句を口にしたその時だった!

 

 ビストレオの背中に輝く赤い斑点が浮かび上がり――――突如上空から斜めに光の弾が撃ち下ろされる!!

 

「超特急で置き去りにして――――アババーーーーーーッ!!!!

 

 エックスが足を止めとっさに身をかばったと同時に、ビストレオは光弾に直撃!! 激しい爆風に会場一時騒然!!

 

「くっ……一体何が!?

 

 舞い上がった土煙が晴れると、トラックを抉るクレーターが生じ、そこに黒焦げになったビストレオが駆け足のままの姿勢で硬直! 何が起きたかわからないと言わんばかりに目を点にする有様だった。

 

<おおっとビストレオ選手! 『イルミナ』の攻撃に全身をムラなく焼かれてしまったーーーー!!!!>

 

 エックスはその名に覚えがあった! 光弾の飛んできた方向を振り向き、観客もまた一斉に振り向くと驚嘆の声を上げた!

 

 ――――そう、会場を見下ろす巨大メカニロイドのあまりに大きな影に!

 

「(な、何でこのメカニロイドがこんな所に!?)」

 

 正式名称『ビッグ・ジ・イルミナ』……かつてエックスが『ナイトメア事件』の際に遭遇した巨大メカニロイド。 巨体を生かした射程の大きな攻撃とタフネスを誇る厄介者で、本体を直接叩くよりエネルギーの給電ケーブルを切ってようやく撃破した事は印象深い。

 しかしエックスにとってそんな事よりも、どうして()()がこの運動会の会場にいるのか――――

 

<障害物競走と言ったじゃろ。 最後の競技だけはド派手に盛り上げてやろうとな、わしがこっそり直しておいたのじゃ! ま、精々攻撃をかいくぐりながらバトンを受け渡していくんじゃぞ!>

 

 その答えはケイン博士の道楽だった。

 

「(障害物ってレベルじゃない!!)」

 

 レプリロイド相手に普通でない障害物が用意されるのはなんとなしに理解はできるが、それにしても『コレ』はいささかやり過ぎではないか? 今まで競技自体は全うに行われていた後で唐突に殺しにかかるようなハードルの上げ方に、エックスは顔を引きつらせざるを得ない気分だった。

 

「ひ、ヒィッ!! こんなのが出てくるなんて聞いてねぇよぉ!! 俺は逃げるぜぇぇぇぇぇぇ!!!!

 

 すると、イルミナの容赦のない攻撃に怖じ気づいたであろう一人が、腰の引けるような言葉を口にした後にトラックから逃げ出してしまった!

 

 

――――直後、彼はどこからともなく飛んできた鉄球に吹き飛ばされ、宙を舞う。

 

 目が点になるエックスが、選手を吹き飛ばした鉄球の引っ込む動きを見た先には――――

 

<ドップラーとの共同作であるマオー・ザ・ジャイアントもおるぞい!!>

 

 そこにはイルミナに勝るとも劣らない巨大メカニロイド『マオー・ザ・ジャイアント』がいた!

 

<逃げたら()じゃぞ! あ、因みに後には『CF-0』も控えておるからな! ……それとダメ押しにコースにも罠や障害物が配置されとるからの、心してかかれ!>

 

 ……どうやらケイン博士はここに来て選手を殺しにかかっているらしい。 横暴ともいえる彼の処遇にさしものエックスも抗議しようかと考えるもつかの間。

 

「――――ヒャッハーーーーーーーーッ!!!!」

 

 まさかの観客大興奮。 ビストレオの不意打ちに静まりかえった会場が一転して熱狂ムード!

 

「殺せ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「これだから運動会はやめられねぇぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 お前ら何しに来たと言いたくなるような場違いな、しかし荒っぽい声援が一斉に会場を支配する! エックスは一体何の大会だったのか一瞬わからなくなったが、呆気にとられる彼の意識を競技に引き戻したのはビストレオだった!!

 

「――――ぬぅおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 我に返ったビストレオが、固まる選手達を置き去りに抜け駆けしたのだ!!

 

「どっちにしろやらなきゃやられるんだ!! やるこたぁ変わらねぇ!! 俺達レプリフォースが先にゴール――――ぎゃあああああああああああッ!!!!

 

 足を踏み抜いた先にトラバサミ!! ビストレオは足を挟まれた拍子に転んで次々と引っかかる!! 激痛にのたうち回る彼の姿に戦慄しながらもエックスは思った。

 

「(次にバトン渡すのダグラスだったけど……大丈夫かな?)」

 

 

 

 

 

 

  

 

 異様なムードに包まれながらも競技は進み、ここは最終ポイント。

 アンカーの選手が戦々恐々とバトンを待ちわびるこの場において、ゼロは相変わらず不貞腐れていた。 膝をついて地面に「の」の字を書こうにも、長すぎる胴は腰を曲げる事を許さず、その字を空中に描かせる始末だった。

 

「随分と腑抜けているな、ゼロ」

 

 隣から滑舌の良い男の声がゼロに問いかける。 力なく目をやった先には白を基調とした、翼の生えた馬形のレプリロイドがいた。 彼は確かレプリフォースチームのアンカーを務める――――

 

「ハルシオンだったか?」

「ペガシオンだッ!! スパイラル・ペガシオンッ!!」

 

 名前間違いに鼻息を荒げて抗議するペガシオンと名乗る彼。 そう言えばそんな名前だったか……ゼロは記憶を辿ると、中々に使い勝手の悪い技をラーニングさせてくれた奴がいたと思い出す。

 が、今はどうでも良かった。 競技もこなせず笑いものにされ、心の折れたゼロは何に対しても関心を持てず、フレーメンするペガシオンにそっぽを向く。

 その態度が余計に気に食わなかったのか、ペガシオンは指を指してゼロに告げる。

 

「いいか! この障害物競走でアンカーとして君と闘う為、僕は体重だってわざわざ増やしてまでトレーニングを重ねてきたんだ!!」

「それがどうした?」

 

 ゼロはやる気なく返事をするが、ペガシオンは更にヒートアップする。

 

「実に辛かった……しかしそれも全ては対等な条件で正々堂々と闘って勝利する事に意義があるから……なのに何だその体と腑抜けた態度は!! 僕は正直言ってがっかりだ!!」

「そうか、勝手に失望してろ」

 

 失望したと告げるペガシオンに、変わらず投げやりな対応をするゼロ。 すると一向に張り合おうとしない自身に業を煮やしたのか、ペガシオンは歯軋りする。

 

「……こんな、こんなふざけた輩じゃさぞかしアイリスも浮かばれないだろうな」

 

 見下すような……しかし物理的には見上げているペガシオンの物言いに、ゼロの体が僅かに動いた。

 

「君のようなへたれ切った男に彼女を任せてはいられない。 聞けば君は優勝の暁に彼女とチョメチョメする腹づもりらしいじゃないか……でも、果たして今みたいな意気地無しで、勝利するどころか彼女との関係もいよいよ危ういんじゃ?」

「……おいこの野郎、今なんて言った」

 

 両手を広げて呆れたようにため息をつくペガシオンの聞き捨てならない物言いに、火が消えかけたゼロの心の奥底に、僅かながら熱がくすぶった。

 ペガシオンもまた、アイリスに思いを寄せていたのは知っていた。 それだけにこの場で煽るような奴の口ぶりから、ある一つの胸くその悪い考えが頭をよぎる。

 そしてその想像は正しかったと、他ならぬペガシオンが打ち明けた。

 

「なに簡単さ、君が僕にあっさりと負けるようなら、彼女は僕がもらい受ける! 君のしなびた豆バスターより、()()()の僕の方が優れていると証明してやろうじゃないか!

 

――――ゼロの闘志を一気に燃え上がらせるには、それだけで十分だった。

 

「――――ずああああああああああああッ!!!! 負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!!!! それはこちらのセリフだああああああああああああああ!!!!」

 

 彼らの背後から2人の男の声がした。 振り返った先には肩をぶつけ合いながら息を切らす、既に傷だらけで満身創痍なアクセルと、同じく煤こけてボロボロになったペガシオンの前の選手であるエイ型のレプリロイド「ジェット・スティングレン」の姿が迫っていた。 しのぎを削りながら猛然と走り寄ってくる2人はこちらと目が会うやいなや、手に持ったバトンを前に突き出した!

 ペガシオンも少しずつ前に出てリードを稼ぐ! しかしゼロは出遅れたか動かない!

 

「貰った!!」

 

 ぶつかり合うアクセルの肩を突き飛ばし、足がもつれたのを見逃さなかったスティングレンは一瞬ペースを上げてリード、一早くリードを取っていたペガシオンにバトンタッチ!

 

「後は頼んだペガシオン!」

「任せろ! ――――お先に失礼ゼロ!」

 

 ペガシオンの背中はあっという間に豆粒のように小さくなった。 体重を増やしたとは言え、元々身のこなしの軽い彼は走りにおいても無類の強さを誇る。 純粋な脚力では到底敵わないだろう。

 

「! しまった!!」

「リードもしないでなにやってんのさっ! ゼロっ! ほ、ほら早くバトンを――――」

 

 ペガシオンの言葉を反芻するあまり出遅れたゼロに、アクセルは足がもつれたまま、急かすような口ぶりで慌ててバトンを渡そうとして――――

 

「やばっ!」

 

 腰砕けを持ちこたえようとするも、とうとうゼロのすぐ後ろまで来て転んでしまった!

 そして手に持ったバトンの行方は!

 

ブスリッ♂♂

 

あるのかどうかも分からないゼロの退場門に突き刺さった!!

 

「アッーーーーーーーー!!!!」

 

 クジャッカーでさえ咲かせる事の出来なかった薔薇の花が、今見事に開花した瞬間だった! ゼロは痛みのあまり尻にバトンが突き刺さったまま猛然とダッシュ! 会場はもう大爆笑の渦だった。 

 

「や、やっちゃった――――ってか速ッ!!

 

 しかし侮るなかれ、痛みに耐えかねて走り出したその勢いはペガシオンに勝るとも劣らない健脚! アクセルまさかのやらかしに焦りを禁じ得ないのも束の間、目を丸くしてこちらを見るアクセルの姿が見る見るうちに遠のいていった。

 

 妙ちくりんの出で立ちなゼロがまさかのペガシオンを上回る速さに、試合を見ていた人員の大半が過呼吸を起こし、中には担架で運ばれる者も出始める始末だった。

痛みのあまり飛びそうになる意識を堪えながら、ゼロの脳裏はショックで忘れかけていた負の感情を思い出していた。

  

「(クソッタレ!! どいつもこいつも何なんだ!! 客には笑われアクセルには尻にバトンを刺され……何よりムカつくのはあの野郎だ!!)」

 

 しかしそれは気落ちするような種類ではなく、寧ろ激情に駆られそうな業火の如き怒りであった。 ゼロは先を行く、今は見えないペガシオンの背中を憎々しげに捉えていた。

 

「(ペガシオン……アイリスにちょっかい出そうとしてる上に、俺のバスターがお前のより劣るとか抜かしやがって!!)」

 

 ゼロにとって、気落ちしている時に自前のバスターを引き合いに挑発したペガシオンを到底許す事は出来なかった。  彼にとって自身の命よりも大事なバスターを侮辱される事は、万死に値する無礼だった。

 

「(正面切って勝つ事に意義だと……いいだろう、そんなに勝負がしたければ――――!!!!)」

 

 死んだ魚のような目に、強い光が戻ってきた。 直後、ゼロは尻に刺さったバトンを引き抜いたその瞬間、全力疾走の最中にも関わらず大きな叫び声を上げた!

 

「てめえの馬並みより俺のビンビンのバスターが優れてる事を教えてやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 ただでさえ速いゼロの足が、ギアを上げたようにもう一段階速度を増した! そしてエックスとアクセルをボロゾーキンに仕立て上げた、過酷な障害物リレーの中で更に凶悪なアンカーの走行区間、目前に迫るはなんと対戦車用の地雷原だった!

 ゼロは飛び込んだ! そして地雷を踏み抜いた!!

 

「アバーーーーッ!!!!」

 

 爆風がゼロを包み込む! ゼロ一瞬で黒焦げのアフロヘアーに! これまた会場大爆笑!

 

「――――負けるかぁッ!!!!」

 

 しかし勢いは止まらない!! 地雷を踏み抜いたその足は健在で、構わずに次の地雷を踏み抜く勢いで足を動かし、更に地雷を踏む!

 

「うぼぁッ!!」

 

 またも爆発!! それでも勢いは止まらない! ゼロは爆風をものともせず、スプリンター顔負けの速度を維持したまま、強引に地雷原を突破!!

 

<す、すごい!! コレは速いゼロ選手!! まさかの全力疾走で地雷原を駆け抜けた!! え、え~っとケイン博士!?>

<……お、おう。 コレは驚きじゃのう>

   

 会場にスピーカーを通して伝わる司会とケイン博士の驚きように、盛大に笑っていたはずの観客も目を丸くしてみていた。 しかし今のゼロのそんな事を気にする余裕はない。

 ペガシオンよりも自前のバスターが優れていると証明するという、ナチュラルにお下品な感情に染め上げられたゼロは、ただ一心不乱に罠の敷き詰められた攻撃の激しいトラックを駆け抜ける!

 

 レーザーに鉛弾の弾幕! ゼロの体に全弾命中!!

 

「アババーーーーッ!!!! ――――負けるかぁ!!」

 

 弾のカーテンをくぐり抜けた先は火炎地獄!! 火炎放射で塞がれた進路を回避するには、段差に上って細い通路を綱渡りのように――――は行かず、なんとゼロは直進!!

 

「アツゥイ!! アーツ!! アッー!! アッツイ!! ――――ぬうぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 炎に巻かれてこんがりジューシーに焼き上がってしまうも、それもゼロは突破!!

 

 その後も水攻め、電撃、触手もといカメリーオの舌責めにもだえ苦しみながらも決して勢いを落とさず、仕掛けを突っ切って文字通りの最短距離をショートカット!!

 破竹の勢いはとどまる事を知らず、笑いの種という別の意味で期待を寄せていたケイン博士達観衆も、ゼロの鬼気迫る迫力にその目的を忘れ、いつしか固唾を呑んで彼を見守る立場になっていた。 それは本来の運動会の目的である健全なスポーツマンシップ、それを目の当たりにしているような盛り上がりだった。

 銃弾を何発撃ち込まれようが炎に巻かれようが、がむしゃらに突き進むゼロ。 その甲斐あってか、遂にゼロは憎きペガシオンの背中を捉えた!

 

「逃がすかペガシオン!! 俺を舐めるなよ!!」

「なにッ!?」

 

 ペガシオン、背後を振り返り度肝を抜かれた! 己のバスターを馬鹿にしたNTR馬を射程圏内に捉えた時、観客席から一気に歓声が上がった!

 

「ぼ、僕が足で追いつかれるだと!? そんな事があってたまるか!!」

「コレが現実だこの野郎!! 大人しく聞いてりゃ好き勝手言いやがって!! てめぇに俺のバスターの凄さがわかってたまるか!!」

「怒るとこそこかよ!! いや、そりゃ煽ったのは事実だけど!! 僕はただ純粋に勝負が――――」

「吐いた唾飲み込めると思ったら大間違いだこの野郎!!」

 

 5メートル、4メートルと、次第に距離を縮めていく中3位以下を大きく突き放し、最早2人の独壇場と化していた!! そしてゴールまで残り直線200メートルに迫った時、ゼロはついにペガシオンに並ぶ!! 思いがけぬ接戦に観客の興奮はクライマックスだ!!

 

「ち、チクショウ!! いいさ、こうなったら僕もなりふり構っていられないッ!! ――――ヒヒーン!!

 

 追い詰められたペガシオン!! なんと唐突に四つん這いになり、本当の馬さながらに四本足でかけ始めたではないか!! 追い詰めたはずのペガシオンとの差が再び開こうとしていた!

 

「負けるか!! 俺も四つん這いになるんだよッ!!」

 

 ゼロも負けじと四つん這い!! ペガシオンに迫るスピードでかけ始めた!! 二匹の獣がゴールに迫る!! リードしているのはペガシオン!! その差は縮まらない!!

 

「(だ、ダメだ!! このままじゃ負けちまう!! 同じ速度じゃ距離を縮められねぇ!!)」

 

 ゼロに緊張がほとばしる! 差が縮まらないのに速度を上げられなければ勝ち目はない! 残り100メートルのハロン棒を通過! 痛い思いまでして追い上げたにも拘らず、ペガシオンとの差50センチをどうしても詰めることはできない!!

 

「ゼロ!! 動機が何であれっここまで追い上げてきたのは正直見直した!! だが! 勝つのは僕だぁッ!!」

<ゼロ選手差を縮められない!! 残り30メートル!! ペガシオン選手勝利目前!!> 

 

 この場にいた誰もがペガシオンの勝利を、そしてペガシオン自身も勝利を確信して譲らない!! 

 

「(……そうだ!!)」

 

 ゼロ、絶体絶命のピンチ!! ……と思いきや、絶望の土壇場で奇策を思いついた!!

 ゼロは自身のたるんだ体を締め付けるコルセットの存在を思い出した。 取り付けに文字通り骨を折ったことも、そして()()()()の存在についても――――

 

「(だが、これをやっちまったら俺は――――)」

 

 取り付けるだけでも難儀したのに、それに加えて()()()()を使用する事は彼自身をして大いにためらう理由があった。 なぜならそれは既に間に合っていて、本来使う予定もない……何よりも彼自身の命が危険にさらされる絶望的なリスクがあった。

 しかし……。

 

「(奴との差を縮めるには、もうこれしか方法はない!!)」

 

 残り15メートル! 悠長に考える時間はない!!

 

「(いいさ、やってやる!! 後の事はどうにでもなれッ!!)」

 

 残り10メートル!! もはやゴールは目の前!! ゼロは決断した、今使わないでいつやる!?

 

「(俺は悩まない……目の前にゴールテープがあるなら……)」

 

 ゼロは4本足で走りながらも、いやに長い胴体に手を伸ばし――――

 

「5……4……3……勝ったッ!!

<ゼロ選手、差が縮まらない!! ペガシオン選手1/4馬身差のまま――――>

 

「た た き 斬 る ま で だ ッ ! !」

  

 コルセットの()()()()()()を押した!!

 

 瞬間、ゼロの胴体に更なる圧迫感が襲い掛かった。 金属をプレス機にかけたような、体内の部品という部品がひしゃげる音が、体内の振動を通してイヤーセンサーに響く。

 それに伴い、圧迫によって行き場を失った贅肉は、さらにゼロの全長を押し上げる! 足のピッチを上げずとももたらされた瞬間加速度は、ごく僅かな差だが前につんのめるペガシオンの鼻先を超えた――――それは正に『飛んだ』ような感覚だった。

 

ゼロの身に起こった出来事を、一瞬誰もが知覚できずに言葉を失った――――51センチ、突然伸びた身長が僅差でゼロに勝利のゴールテープを切らせたのだ。

 

 

勝者ゼロ、ハナの差でペガシオンにまさかの逆転劇を演じきった。

 

 

<ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオルッ!!!!>

 

 司会の叫ぶような実況と観客席からの惜しみない賛辞が、花吹雪と共に一斉にゼロの頭上へ降りかかった。

 

「馬の僕が蹴られるとは……フフッ、人の恋路を邪魔するべきではなかったな……お見事!!

 

 そしてペガシオンはゼロの健闘を称えながら、走り去ったその先で文字通りの爆発四散ッ!!

 

<なんて、何て素晴らしい試合だったのでしょう! これこそ、これこそ正に我々が目指した運動会のあるべき姿ではないでしょうか!!>

<終始バカに徹して、面白い物を見せてくれるなどと思ったワシは恥ずかしい!! ゼロの、彼の健闘を称えずにはいられんぞおおおおおおおおお!!!!>

 

 観客席からゼロコールが巻き上がり、司会とケイン博士もまた声色に感涙が混じる。 この試合を見ていた誰もが、動機はさておき全力で競り合うゼロの姿に魅せられてしまったのだ。 

 

 しかし……当のゼロは勝利を得た安堵感も束の間、無理をした代償を今ここで支払う形となってしまう。 コルセットの圧迫によって降りかかった胴体の破損から、走った勢いを緩めたその直後に地面に突っ伏してしまった。

 次第に耳が遠くなるような感覚と共に視界がぼやけ、暗転していく中で最後にゼロが見たのは、慌てて駆け寄ってこちらの様子を窺うライフセーバー、そしてレイヤーとスカートを覗かせるアイリスの姿だった。

 

「あ、アカンわこれ」

 

 闇に落ちるその直前、耳に残ったのはライフセーバーからの無慈悲な診断結果だった。 相当な無理をした……覚悟はできていたが、やはり助かる見込みはないという事だろう。 ならば悲しげに見下ろすアイリス達のためにも、辞世の句を残しておく他ないだろう。 ゼロは最後に一言だけ残し、死後の世界へと旅立つ事とした。

 

「白か……」

 

 

 

 

 

 

 イレギュラーハンター『ゼロ』。 ざっくりと『予後不良』と判断され、安楽死さる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エックス! もう昼休みは終わりだよ!」

 

 心地よいうたた寝の中にいたエックスを、休憩時間の終わりを告げに来たアクセルによって現実へと引き戻される。 欠伸をかきながら起き上がるも、すっかり涼しくなった秋の空気はエックスに程よい寝心地を与え、起きた直後の倦怠感はなかった。

 目的を果たし、さっさと部屋から出ていくアクセルを流し見ながら、エックスは自身が突っ伏して寝ていたデスクの上を……その上に置かれている写真立てに目をやった。

 

 ……かつての運動会の夢を見ていた。 もう二週間も前の出来事だが、エックスにとっては昨日のことのように感じられる。

 同じく役目を終えたダグラスやアクセル達と共に固唾を飲んで試合を見守り、そしてもたらされたまさかの大逆転劇。 最後の最後で根性を見せハンターチームに優勝を捧げるという、名誉挽回どころでない見事な大金星に、エックス達はこれまでのグダグダっぷりを忘れ感極まってゼロのところへ駆け寄った!

 

 ところがゼロは倒れ込み、横をすり抜けてわれ先に駆け寄るは医療班のライフセーバー。 嫌な予感と共にゼロの周囲を3回周って軽ーく調べた所、彼の口から出たのは――――

 

「あ、アカンわこれ」 

 

 あまりに残酷で悲しい結末だった。 健闘した勝者に降りかかるは天への誘い。 助かる見込みのない彼に勝利を祝う間もなく、直ちに安楽死という永遠の別れが舞い込んだのだ。

 遅れて駆け寄ったアイリスとレイヤーが、必死でゼロに呼びかけるのを今でも記憶している。 そして意識のないはずのゼロが、両ひざをついて身を屈めるアイリスを見上げ「白か……」と呟いたこと。 悲しげだったアイリスとレイヤーが瞬きする間に能面のごとき真顔に、二人して向き合って無言で頷いたかと思えば、安楽死用にライフセーバーの持ち込んだ高性能爆薬をひったくり、何のためらいもなくゼロの身体に仕掛け、スイッチを入れた。 文字通り跡形も残らずに爆散し、エックス達をしても有終の美を飾ってスッキリしたのもはっきりと覚えていた。

 

 

全てが懐かしく、心に残る出来事だった。 ゼロのダイエットに協力していたあの辛い日々も、終わってみればどれも良き記憶となった。

 ……おっといけない。 もうパトロールの時間が迫っている。 せっかくおこしに来てくれたアクセルに申し訳がない。

 

「それじゃ、また後で」

 

 エックスは写真に向けてしばしの別れを告げた。 

 ……ゼロは今でも生きている。 あの瞬間と共にここにある。 エックスは写真を見るたびにそう思わずにはいられない。

 

 大会の終了と共に撮られた、互いの健闘をたたえ合う集合写真。 その左上に飾られた特等席にいる仏頂面の彼の顔と共に……。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

TO BE CONTINUED




 ……以上を持ちまして、今回の運動会スペシャルを完結とさせていただきます。 いやあ、我ながら相変わらずヒッデェなってシナリオでしたw






 で、今回の完結した感想ですが……うん、一生懸命やったのは間違いないけど、スケジュール的には破綻してたので失敗です(白目)
 ゼロのダイエットのくだりは元々昔からやろうと思ってた事でその部分はあっさり書けました。 しかしそれを話として組み立てるのには途方もない時間がかかり、特にオチの部分は実は他2パターンぐらい考えておりまして――――

1:表彰式の際にゼロのコルセットがはじけ、貯めに貯め込んだ脂肪分が口から重っきり逆流! 元に戻るもシグマがおり悪くちょっかい出しに来て、聖火ランナーさながらにたいまつ投げ込んでゼロだけを焼くつもりが、ぶちまけた脂肪分に点火して会場大炎上、すべてシグマのせいにされるオチ。

2:一応勝利なので恙なくケイン博士と共に旅行にご招待! しかし勝った事に気を良くしてゼロが再び間食を始め、コルセットを持ってしても体を圧迫しきれなくなり、いざ飛び立つ段階でコルセットがはち切れる。
  巨大な玉と化したゼロがハンターベース組を巻き込みながら、飛行機が文字通り内側から粉砕! そのまま向きを変えて国際線を利用しようとしていた某誠君の居る空港施設へと転がり込み、施設崩壊!
  巻き込まれずにすんだアクセルだけが、炎上する空港を呆然と眺める壮絶なバッドエンドオチ。

 なんて物も考えてましたが、炎上も飛行機事故も以前やったので、今回はコレで行こうなんてなりました。 書き始めたの9月の頭からだけど、まあ筆が進まねぇのなんの……でも完結はできたので満足です!

 さて、挿絵も含めていろいろ書いてきた『ロックマンZAX GAIDEN』でありますが、絵の練習も兼ね今回を持ってしばらくお休みとさせていただきます。
 期待を寄せてくれる皆様方には申し訳ありませんが、機会があれば是非またお付き合いいただければと思います!

 でわ! またの機会に!


 追伸:自分はシーズン2が一番のお気に入りだったりします(迫真)


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ブラウン コール
第1話 ※


あぼばあぶれた(顎が外れた)

 

 ある昼下がりのハンターベースが執務室、皆が真摯にデスクワークに取り組む中において、あのゼロが珍しくデスクワークに取り組んでいた矢先の出来事だった。

『明日は雨でも降りそうだ』と目を丸くして驚かれるも、モニターに向かい合って無心にキーボードを叩くゼロの姿に士気も高まる中での不意打ち。

 呂律の回らないゼロの気の抜けた一声に吹き出してしまう者が続出し、机に突っ伏して笑いを堪え過呼吸になってしまう者が出るなど、たちどころに仕事にならなくなる有様であった。

 

 クソッタレめ。 顎が外れさえしなければゼロはそう毒づいていたつもりだった。

 1週間近く不眠不休でため込んだゲームソフトにつきっきりで、放置したデスクワークの件で部屋に乱入してきたエックスにブレンバスターをお見舞いされたのが今日の6時。

 午後7時までに今日締め切りの分だけでも仕上げなければ、できなかった分だけゼロ自慢のアダルトなグッズにしわ寄せがいくぞと脅され、泣く泣くやりたくもない書類仕事に駆り出される羽目に。

 メンテも怠ってガタが来た体に鞭打ち、止まぬ欠伸に顎の関節がたった今限界を迎えたというのが事の経緯である。

 

 ともかくこれでは仕事どころではない。 外れた顎がぶら下がって笑い者にされ、結果的には他人の作業を妨害したと咎められかねない。

 一刻も早い応急処置を行うべく、ゼロはうずくまる同僚達を尻目にダグラス達のいる開発室へと急いだ。

 道中すれ違った仲間、そして足早にやってきた開発室の扉を開けた先のクルー達、皆がゼロを見て腹を抱え卒倒する。

 

ほんはにはらうほほへぇはろ(そんなに笑う事ねぇだろ)……」

ブハッ!! な、なんだゼロ!? おまっ!!」

ブフォ!! その顎はっ!! ど、どうしたんですかぁ……ブフフフフッ!!!!

 

 不機嫌を隠そうともせずに足を進めるゼロの前に、異変に気付いてやってきたダグラスとパレット。 彼らもこれまたゼロの顎を見て吹き出さずにいられなかった。

 行く先々で失笑を買い、ゼロは腕を組んで苛立ち紛れにダグラス達を見る。 2人は笑いをこらえながらゼロに平謝りする。

 

「わ、悪い悪い……それはそうとっ、一体何したらそんなんになるんだ?」

「|あふひのひふひへあぼばあぶれひはっはんはほ《欠伸のし過ぎで顎が外れちまったんだよ》」

「んー……欠伸のし過ぎって言ってるんですか?」

 

 ゼロは首を縦に振った。 上手く伝えられずにいる己の言葉を、パレットの方が上手く解釈してくれたようだった。

 彼女の言葉を受けてダグラスが外れたゼロの顎を触診、検査用のペンライトを当てた目視によるチェックも交えしばしチェックを行い、眉をひそめた。

 

「ゼロ、お前なぁ……こないだライフセーバーの所に健康診断行かなかったんだってな? 顎の関節部が錆びて痛んでるぞ」

まひへ(マジで)!?」

「錆びた粉が関節に齧ったのが原因だな。 この状態で欠伸なんかすりゃ顎が外れちまうのも無理はない……参ったなぁ、今スペアのパーツ無いんだよ」

 

 頭をかきながら伏目が地にごちるダグラス。 ゼロも肩を落とし、一緒に話を聞いていたパレットが提案する。

 

「んー……それじゃあ今は注油だけでもして応急処置したほうがいいです?」

「それしかなさそうだな。 俺は他のもまとめて部品発注してくっから、パレットはグリスでも取ってきてくれ」

「了解です! ゼロさんちょっと待っててください」

 

 パレットが軽く敬礼すると、二人はゼロをおいて各々赴いていった。 ちょっとした修理のつもりが高くつきそうだ。 遊びと引き換えに休息を怠り仕事もため込んだ、いわばツケかとげんなりする始末だった。

 それにしても、顎が外れたまま取り残されるのは奇異の目線に晒されてすこぶる居心地が悪い。 手持ち無沙汰もあいまって余計に苛立ちが募る。

 

「(早く戻ってきてくれねぇかな? こういう時ほど待ち時間が伸びたような気分になるんだよ……うん?)」

 

 挙動不審に辺りを見渡すゼロがふと目に入ったのは、ダグラス達がさっきまで工具を取り出していたキャビネット……の上に無造作に置いてあるレジ袋。

 その中から姿をのぞかせるは紙でできた小さな長方形のパッケージ……封は開いていない。

 ゼロがそれに目をやると、ピンク色で根元の膨らんだ小さなチューブが入っているように描かれていた。

 

「(小型の……油差しか?)」

 

 ゼロはパッケージを手早く開封すると中から現れたのは、描かれていたピンクのチューブが10本分。 中身を取り出して光を透かして見ると、どうも中身はグリセリンが入っているようにも見えた。

 ダグラス達の事だ。 手の入りにくい箇所に注油する為の使い捨ての商品か何かだろう。 そう結論付けたゼロはパレットを待たずして顎周りの人工皮膚を剥がし、おもむろにチューブを関節部に挿入する。

 そして中身を絞り出して均一に塗り広げていく。 ビンゴ! ゼロの見立て通りこれは油差しだったようだ。 少し水気が混じっているがどうせ修理用の部品が届くまでの事だ。

 

「お待たせしましたゼロさん! 応急用のグリスです――――よ!?

ゴキッとな! ……ふう、ちょっとギクシャクするがまあ大丈夫だろ――――お、パレット」

 

 顎をはめ直し皮膚を元通りかぶせて振り返ると、そこにはグリスガンを持ったパレットが目を丸くして立っていた。

 

「ゼ、ゼロさん……」

「ああ悪い、待ちきれねぇもんだからそこの油差しほとんど使っちまった。 手間かけさせといてなんだろって気もしたんだがな」

「い、いえそれはいいんですけど――――」

「部品発注したぜ! さ、ちゃっちゃと顎を直しちまおう――――か?

 

 ダグラスも続けて戻ってきたが、目を見開いて固まるパレットに怪訝なまなざしを送り、彼女が何を見て固まっているかその視線の先にあるものを見ると、息をのんだ。

 

「お、おまっ! ゼロ……それは……!!」

「なんだダグラスお前もか? いいだろこれぐらい、気になるなら金なら払ってやる……いくらだ?」

「いや違う! そうじゃなくってだな――――!」

 

 二人して狼狽を隠せない様子にゼロも疑問符を浮かべるが、その考えはふと思い出したデスクワークの存在に直ぐ打ち消される。

 

「おっといけねぇ、仕事の途中だった」

 

 ゼロはダグラス達に背を向け一目散に開発室を後にしようとする。 ダグラス達は部屋を去ろうとするゼロを呼び止めるがお構いなしだ。

 

「今日中にやることやっちまわねぇと、俺のコレクションをエックスに破壊されちまうんだ! また後でな!」

「あっ……」

 

 話を途中で切り上げるのはスゴイシツレイであるがやむを得ない。 何かを言いかけているのは承知だが今は書類をかたしてしまうのが最優先なのだ。

 いずれにせよ暫くは顎の事を気にする必要はなくなった。 背中に刺さる二人の目線を自動扉で断ち切り、ゼロは来た道を早足で戻った。

 

 その後、調子を取り戻したゼロは今日の締め切り分どころかため込んだ仕事を全て処理し、一緒に働いていた仲間達を大いに驚かせたそうな。

 

 

 肩の荷が下りたと息抜きをする彼ではあったが……故にこれがちょっとした騒動のきっかけに繋がる羽目になると気づかない。

 

「……いやあれだ。 塗る用途として使えなくもない、けどなあ……」

「ゼロさんアレを()()()って言ってましたよ」

「じゃあゼロの奴は何かを知らずに使ったって事か? 参ったなぁ……」

 

 開発室からの去り際……神妙な面持ちのダグラスとパレットの掛け合いが、それらの始まりを告げていた事など。

 

 

「9本も入れちまうなんてな……このいちじく浣腸を」

 

 

 




 糞だらけのエピソード、はっじまるよ~(棒)


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第2話

 

「ぬわあああああああああああん疲れたもおおおおおおおおおおん!!!!」

「お疲れ様」

 

 ソファーの背にもたれかかり足を投げ出して一人くつろぐアクセルがいる休憩室、そこに大声でやってきたのは心底疲れた様子で肩を回すゼロの姿だった。

 エックスにせっつかされ鬼気迫る勢いで仕事に取り組んでいたと話を耳にしたが、窓越しに見える風景もすっかり日も沈みかけた今になってやってきたという事は、どうやらデスクワークには一定の目途がついたという事だろうと推察する。

 

「その様子じゃよっぽどため込んでた仕事が多かったんだね」

「いやはや参ったぜ。 自慢のコレクションを処分されちゃかなわなかったからな……クソッタレめ。 だが今日締め切りの分どころか全部処理してやったぜ」

 

 ゼロから返ってきた予想以上の答えにアクセルは素直に感心する。

 

「そりゃすごいね! 何ていうかアンタらしくないっていうか」

「俺も本気になりゃこんなもんだ。 強いて自画自賛するなら、便秘気味でも必死で気張ってひりだしたウソコみたいな仕事ぶりだった」

「……褒めてんのそれ?」

「ああそうだ。 溜まりにたまって出かかってたのを一気にブリブリした気分だったぜ」

「(汚ねぇ例えだなあ!)」

 

 自分の事を褒める割には汚いモノの例えにアクセルは辟易した。 が、日頃猥談で盛り上がるゼロのお上品な言葉遣いは今に始まった事ではない為、アクセルは適当に流すと決めてテレビ番組に視線を戻した。

 

「(……ま、一々突っ込むのも面倒臭いね)――――あれ? この芸能人って」

 

 アクセルはテレビに映るバラエティ番組、その舞台の真ん中で司会とトークショーを繰り広げる恰幅の良い男性に既視感を覚えた。

 人種は日本人のようで青地に黄色の袖を持つシャツを着たメガネの男。 アクセルはこの姿を見たことがあると記憶をたどる。

 

「確か日本で活躍してた芸能人だったよね? IS学園にいた時に見たことあるよ!」

「ああこいつか、名前も覚えてるぜ……確か名前は『ブリブリブリ(クソ)ン』だったな」

 

 言いかけるゼロの言葉を待った先でひねり出されたお下劣な名前に、アクセルはの腰が豪快にソファーから滑り落ちる。

 

「ああすっきりした! 出かかって出ねぇもんひねり出して心が快便だぜ!」

「ちょ、ちょっと……!? ゼロ一体何言っちゃってんの!?」

 

 腰砕けながらソファーに肘をついてやっとこさ立ち上がる。 芸名とはいえ人様の名前に対し何て間違え方だ、アクセルは露骨に顔をしかめながらゼロに問いかけた。

 

「言葉遣いが汚いよ!! どうして何でもかんでもシモの話にもっていこうとするんだよ!」

「俺が下ネタ振るのはいつもの事だろ。 うんこみてぇにネットリ食いつく程か?」

クソの話に絡めるなッ!! ゼロはもっとスケベっていうか! ……まあそれやられても困るんだけど、やっぱり変だよ!」

「馬鹿言うな、俺は至って正常だ。 何の為に後頭部の下水管が破裂したヘアスタイルしてやがる。 ウソコか?

「誰 が ウ ソ コ だ ッ ! !」

 

 ゼロの無思慮な物言いにアクセルは自分でも驚く程の冷たい声が喉元を通り抜ける。 今のは聞き捨てならないと言わんばかりにゼロの胸元に掴み掛り、空いた手で引き抜いたバレットの銃口を減らない口元に突きつける。

 修羅のごとき形相で詰め寄るアクセルだが、気圧された訳でもなく首をかしげるゼロの表情に悪びれた様子はない。

 

「おいおいそんなにフン慨することないだろア(クソ)ル」

「ア(クソ)ルって言うなッ!! 好き勝手汚い言葉使っといて、アンタ言って良い事と悪い事ってあるんじゃないの!?」

「うーん、こいつは重傷だな。 便秘か?」

「クソと絡めるのやめろッ!!」

 

 こみ上げる便意のごとく怒りを煽るゼロの口ぶりに、いよいよ銃を握るアクセルの人差し指が引き金に掛けられた時である。

 

「喧嘩はやめろ二人共」

 

 二人して声のした休憩室の入り口を振り返ると、剣呑とした空気に包まれる休憩室に青いボディの仲間が呆れ顔でやってきた。

 

「何を言い争ってるんだ。 部屋の外にまで声が聞こえてきたぞ?」

「ああエッ(クソ)か――――」

 

 直後、ゼロの顔面を膨大な熱を帯びた光弾が直撃する! 至近距離で爆ぜる熱量にアクセルがとっさに顔を庇った矢先、ゼロの首から上は黒焦げになった。

 ぎこちない動きで再度エックスの方を振り向くと、緩む口元に反し目は笑っていない凄みのある面持ち。 陽炎の揺らめくバスターの銃口を構えている彼の姿がアクセルの眼に飛び込んだ。

 

「喧嘩はやめるんだ、いいね?」

「ア、ハイ」

 

 悩めるレプリロイドの二つ名に似つかわしくない迷いのないエックスの一撃。 圧倒的な寸劇に怒りを忘れて呆気にとられ、ついゼロの胸元から手を離してしまう。 辛うじてアクセルの握力で支えられていたらしく、ボロゾーキンと化したゼロはそのまま崩れ落ちるように卒倒した。

 エックスはバスターの銃口を下げると呆れ混じりにため息をついた。

 

「で、随分なご挨拶だったけど……今度はなんだ? バレットまで引っ張り出すなんて穏やかじゃないな」

 

 アクセルは慌てて銃をしまう。

 

「――――そうだ! ゼロったら酷い事言うんだよ! 事ある毎にその、シモの話ばっかりして! 僕の事下水管の破裂したようなヘアスタイル呼ばわりするし!」

「違うのか?」

「うおぉいッ!!!!」

 

 フォローを求めるつもりがまさかの追撃に、アクセルは目をひん剝いてエックスに迫った。 これにはエックスも慌て気味に訂正する。

 

「済まない悪い冗談だった。 ――――確かに俺も今ゼロに言われて()()やっちゃったけど、下ネタを振るのはいつもの事じゃないか?」

今言われた事延々と続けられるんだよ! 下ネタの種類が違うっていうか、すぐウン……便の話に絡めるっていうか――――」

「こびりつくんだろ? ウンコだけに」

 

 いつの間にか身を起こし、得意げに笑ってすかさずクソをねじ込んできたゼロ(クソッタレ)の顔面に、二人して振り向く事なくバスターとバレットの銃弾を同時に叩き込んだ! ゼロ再び撃沈。

 

「ね?」

「納得」

 

 真顔で淡々と水洗トイレのように流しながらも、ゼロ自身の行動を持ってやはり様子が変だと確信する二人。

 

「どうしてこんな事になっちゃったんだろ……今日の分どころか全部デスクワーク終わらせたって言ってたし、柄にもなくまともに仕事をこなしたから?」

「えっ、あの殺人的な量を終わらせたのか? ひょっとしてそれが原因でおかしくなったんじゃないのか?」

「自慢のコレクションがエックスに人質に取られてるって言ってたからそれは……あ、でもゼロって道歩いてるだけで面白いって言うか、絶対何かトラブル起こしたり巻き込まれたりするし……」

「思い当たる節ありすぎて寧ろ無いんだよなあ」

 

 エックスは腕を組み、アクセルは頭を抱えて険しい顔で考え込んだ。 最早笑いの神に愛される素養を持っていると言わんばかりのゼロの普段の行いに、逆に真っ当な振る舞いを心がけようが何かを引き起こす光景が想像できてしまう。 問いただすべき本人の口がノびてしまっている以上、原因をピンポイントに割り出すのは無理があった。

 

「僕らで考えても仕方が無いよ。 分からないならいっそダグラスに調べてもらわない?」

「――――それもそうだな」

 

 ならば直接身体に聞いてみよう。 そう結論づけたアクセルとエックスは、それぞれ倒れているゼロの上半身と下半身を抱え、ジャパニーズミコシさがならに担ぎ上げた。

 エッホッ! エッホッ! 無駄に規則正しい掛け声で休憩室を後にした。

 



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第3話

皆ウンコに食いつきすぎやろな第3話です!
あ、ついでに1話目の一部内容に不備を見つけたので修正しました。


 所変わり開発室。 車両に装備、施設内に使う機材の整備はとうに終えており、作業員は全員業務を終えて引き上げた後であった。

 小綺麗に片付けられて閑散としたフロアに、後処理に残されたパレットと主任であるダグラスだけがモニタとにらめっこしてその場に残っていた。

 エックスはゼロの異変を彼らに可能な限り詳細に伝え、パレットと共に検査してもらったものの――――

 

「どうにもこうにもなぁ……」

「一応プログラムエラーも確認してみましたけど、結果はいつものと変わりはありませんでしたよ?」

 

 成果は芳しくはなかった。 ダグラスとパレットは寝かしつけられるゼロを見て深くため息をつく。

 

「……そんなぁ、絶対どこかに異常あるって思ったのに」

「検査で出なかったものはどうしようもない。 終わり際に悪かったよダグラス」

「いいってことよ。 ……しかしまあ、口調がおかしくなったってか……なんともなあ」

 

 検査結果はオールグリーン。 異常がない事は目の前のモニタにはっきりと表示されているのだが、アクセルも彼をなだめるエックスも内心腑に落ちない気分であった。

 ゼロが下ネタを振るのはいつもの事で、少々内容が変化したぐらいでわざわざ検査する必要はないと、乗り気でないダグラス達に引き受けてもらえるよう説得までしたのに。

 

「ん~……まさかお昼の出来事が関係してる可能性は――――」

「何か心当たりあんの?」

 

 不意に呟いたパレットの一言にアクセルが関心を持つ。

 

「おいパレット! 流石にその話は!」

 

 ダグラスの制止にパレットが慌てて口を塞いだ。 しかしエックスがそれを遮るようにパレットの発言を促した。

 

「聞かせてくれ。 どんな些細な事でもいいんだ」

「待ってくれエックス! ほら、守秘義務ってか本人の名誉に関わるから!」

「ここだけの秘密にするから言って! せめて原因だけでも突き止めなきゃいけないから!」

 

 僕たちが困る! そう言い放ってダグラスの制止を振り切った。 するとダグラスは気難しそうに頭をかくと、観念したように言葉を続けた。

 

「――――分かった。 今から言う事はゼロ本人には言うなよ。 先に結論から言う」

 

 何時になく神妙なダグラスに、エックスとアクセルは息をのむ。

 

 

「ゼロの奴、顎の関節にイチジク浣腸注入したんだよ」

 

 

 

「「――――は?」」

 

 その突拍子もない一言にエックスとアクセルはしばしの沈黙の後に疑問符を浮かべる。 対するダグラスはやはりといった様子で、言葉を失うこちらに簡潔に状況を説明する。

 

「アイツ昼下がりに顎が外れたとかで俺達の所にやってきたんだよ。 でもその時必要な部品切らしてたから、発注しにいく際にパレットに応急用のグリスを取りに行かせたんだ。 そんでお互い段取り済ませてゼロの元に返ってきたら……」

 

 説明の最中ダグラスがパレットの方に視線を送り、つられて振り向くと開封されたパッケージを胸元に抱える彼女がいた。 恐らくはそれがイチジク浣腸のパッケージなのだろう、中にたった一本のイチジク浣腸が姿を覗かせる。 ダグラスは言葉を続ける。

 

「10個入りのパッケージだったのにもう残り一本しか残ってねぇ」

「ゼロさんこれがお尻に刺す物だって気づいてる様子もなかったんですよぅ……私達は止めようとしたんですけど、時間も圧してるとかで――――」

「何でそんな物がここにあんの……?」

 

 アクセルがおずおずとした様子で問いかける。 メカなのに胃薬を飲んだ事のある自身やエイリアの存在もあるにはあるが、流石にレプリロイドは排泄にまでは縁がない。 これもダグラスが答えてくれた。

 

「ゼロより前に抜き打ちで視察に来たケイン博士が忘れていったんだよ。 年のせいかお通じが良くないとかで、ここに来る前に薬局に寄り道したんだとか」

「……えーっと、じゃあつまり何か?」

 

 ダグラスから齎された情報の数々に堪えきれないエックスが一つの結論にたどり着く。 認めたくはないが、ゼロというキャラクターをよく知る彼にとって、自ずとそれを否定する術はない。 ダグラスの言葉を遮るようにエックスは口を開いた。

 

「ゼロの口調の変化は顎にイチジク浣腸差し込んだせいって言いたいのか?」

「ブッハッ!!」

 

 まさかの不意打ちにアクセルが吹き出した。 緊張も手伝い地面に卒倒、過呼吸のあまりよじれる腹を押さえ込んで笑いを堪えるのに必死になった。

 そんな彼を真顔で一瞥したダグラスとパレットは無言のまま首を縦に振る。 直後、エックスの中で何かがはじけた!

 

「何で気づかないんだ!! 最悪パッケージでも見たら分かるだろ!? 第一そんな事で口調変わるなよ!」

「俺が言うのも技術屋の敗北なんだけどよエックス。 でもゼロだぜ?

「分かってるさそんな事!! でも言いたくなるだろ!! 「バカか!?」って!!」

 

 科学的な根拠もへったくれもないが、ゼロという人物像からすれば十分あり得てしまう……言われなくても理解はしていると憤慨するエックスを、潔く負けを認めたダグラスがそれを宥める。

 隣では必死で笑いを堪えて立ち上がろうとするアクセルの背中をパレットがさする混沌の最中、その根源たるゼロ本人は変わらず気絶したままだったが――――不意に彼の懐から音楽が鳴り響く。

 

「うん! こんばんわ! こちらゼロ!」

 

 瞬間、ゼロが目にもとまらぬ早さで身を起こす! 気絶からあっさり立ち直るだけにとどまらず、ボロゾーキンと化していた見た目があっさりと綺麗になる彼に一同は戦慄する。

 

「うん? ちがう? うん、うん? このくらいの挨拶なんて当たり前だろ? 何を言うんだ。 ――――ああ分かってる。 明日のデートだろ? もろちん覚えてるぜ! 正午の市民『プープ』前で待ち合わせだったな。 安心しろ、俺はお前との予定をすっぽかすようなビチクソ野郎じゃないんだ! 大便()に乗ったつもりでいてくれ! それじゃあな!」

 

 周りにいるエックス達の事など眼中にない様子で汚い言葉を織り交ぜる恋人同士の会話を終えると、ようやくゼロが置かれている現状を確認する。

 

「なんで俺開発室にいるんだ? ――――あ、おいエックス! いきなり顔面にバスターぶち込むとはどういう了見だ!? いくら俺でもそんな事されたらフン慨するぞ!!

「イチジク浣腸だけに――――」

 

 アクセルの軽い口をエックスが慌てて塞ぐ。

 

「ああやり過ぎたゼロ、すまないな! 明日はデートだろう、もうゆっくり休んでくれていい!」

「クソッタレ……調子のいい奴だ。 まあいい、さっさと上がらせてもらうぜ……フン!

 

 ゼロは寝かしつけられた机から降りると、エックス達を振り返る事もなくさっさと部屋を出て行った。 後に残されたエックス達はただ呆気にとられるばかりだった。

 

「――――ブハッ! ど、どうすんのエックス! 既に会話がおかしいのにデートするとか言ってたよ!?」

 

 慌てた様子のアクセルに対し、エックスは何も答えを返せない。 語彙力を糞で塗り固めた様をむざむざと見せつけられ、彼らの胸中には最早不安しか残らない。

 せめて、デートの前に顎のグリスだけでも塗り直してやろう……エックス達がゼロにしてやれる事と言えば、それぐらいしか思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あのバカが口調がおかしくなったままデートだぁ? これは面白い事を聞いたぞ! VAVAVAVAVA!!

 

 それだけに開発室の壁一枚……中庭から聞き耳を立てていた一体のレプリロイドの存在に気付く余地はない。

 



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第4話 ※

 前置き:
 今回からちょっとした理由からクロスオーバータグ付けます。


「(早く着き過ぎちゃった)」

 

 今日は久しぶりにゼロとデート。 つやのある栗毛の少女レプリロイド『アイリス』は逸る気持ちに身悶えしながら、時計台の目立つ市民プール前の広場で愛しの彼と待ち合わせ。 周りには同じ目的で待ち合わせる男女や既に逢い引き中のカップルが行き交っており、彼女もまた醸し出される甘い雰囲気の一部を担っていた。

 忙しい仕事にようやく一段落をつけ、やっとこさこぎ着けた交際の約束にいつになく高揚し、早起きの勢いで出発しては約束の時間に1時間も前に来てしまった。 当然ながら赤いシルエットは見当たらない。

 

「(ああ、早くゼロに逢いたいなあ……あっ!)」

 

 時計台の盤面や行き交うカップルやファミリーをせわしなく見ながらゼロを待っていると、雑踏の中からお目当ての彼が姿を現した。

 

「ゼローーーー!!」

 

 満面の笑みを浮かべ大手を振って呼びかけるアイリス。 ゼロもまた恋人の呼び声にお世指を立てて気さくな挨拶――――

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんなの挨拶じゃねぇ!!」

「見つかるぞアクセル!」

 

 思わずヤジを飛ばしそうになったアクセルに覆い被さり、茂みに隠れて強く口を塞ぐはエックスだった。

 隠れながらも様子を窺うその先は、得意げに臭い挨拶を言い放つゼロと当然のように甘い雰囲気をぶち壊され、一瞬理解が追いつかない様子で放心し口を開けたままのアイリスの姿。

 

 結局二人はゼロの顎の応急手当を行う事ができなかった。 朝一にゼロの顎を洗浄しグリスを注し直す予定だったのだが、あろうことか珍しく早起きを決めた後にさっさとエネルギーの補給を済ませ、さっさとハンターベースを出てしまったのだ。

 ねぼすけなゼロだから大丈夫だろうと高をくくっていたエックスにアクセルは大慌て、ゼロの後を追うものの結局彼を見つけたのは今になってからの事であり、そして既に手遅れだった。

 

「っぷはぁ! あぁやってらんない!! いくら業務の内で処理してくれるからって! こんなアホな事なんでやらされなきゃなんないの!? むしろ有休消化でこれやらされてたら暴れるよ!?」

「そう怒るな、気持ちは分かるから!

 

 それはエックスも同じ気持ちであった。 アクセルの言う通り、今回の件がやりたくない用事の部類であるのは間違いない。

 一応、今回ゼロを追跡して隙を見ては顎の処置を行う段取りは、エイリアに事情を話して一身上の都合ではなくしょっぱいが業務上の案件にしてもらった。 彼女としてもゼロに馬鹿な真似をされ、イレギュラーハンターの風評被害につながりかねないという考えがあったのだろう。

 

「しかし災難と言えばアイリスが一番辛そうな目に遭いそうだ。 ゼロがあんな風になってしまって」

 

 とはいえ最悪なのは見るからに困惑を禁じ得ないだろう表情がにじみ出るアイリスであり、エックスは遠目ながら彼女の心情を察して余りある気持ちだった。

 元に戻した所でいつも通りだろうが、流石に()()()()()()()()()関係上エッチにまつわる話題の方が幾許かマシであろう。 一刻も早く元に戻さなければ、ゼロが仕事を通して弄便癖に目覚めたとアイリスを通して誤解が広がりかねない。

 

「……お、二人が動き出したぞ。 追跡しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロって疲れてるのかな? アイリスは出だしからぶちかましてきた恋人に酷く困惑していた。 彼は変な所が……と言うか大体変だしエッチな発言が多いものの、それでいてどこか憎めない人柄である。

 しかし久々に会ったゼロは――――

 

「いい天気だな本当。 うんこ日和だぜ今日は」

「(何を言ってるのかしら彼……?)」

 

 うんこおしっこで笑う頭の悪い小学生男子みたいな低俗なギャグを所々に織り交ぜる。 あまりに程度の低い会話にアイリスは早くも辟易していた。

 どうしてこんな事に……そう言ってふと思い出してみれば、昨日の夜にかけてみた通話の時点で既に妙だった気もしなくない。

 

「辛気くさい顔してどうしたアイリス。 こんなにいい日なんだ、スカット爽やかに行こうぜ!」

「え、ええ……」

 

 誰のせいだと思ってるの!? そう喉を通りかかった所で言葉を飲み込んだアイリスの口元は引きつっていた。 いつもの流れなら遠慮無くツッコミを入れてやれる心情だったが、長らく逢う切っ掛けがなかった上でやっとこさこぎ着けたデートだ。

 その上でゼロは早く着きすぎたこちらとほぼ変わらない時刻に到着した。 それは彼もまた今回の件を楽しみにしてくれていたのだろうと考えられる。

 ひょっとしたらゼロは彼なりに疲れているこちらを気遣って、ジョークのボキャブラリーを増やそうと慣れない言葉をあえて使っているのかも知れない。 そうに決まってる。

 

「ゼ、ゼロ! 今日のデートは何する予定なのかしら!?」

うーん、こうもん考えてみたらやりたい事色々あってな……一先ずは映画でも見に行くかとか思ってるんだが」

「!」

 

 珍しくまともなプランにアイリスは感心した。 いつもの彼なら何かと格好をつけて()()()()()()致そうとしてくるものだが、まさか映画とは――――しかしそう思った所でアイリスはいったん冷静になる。

 

「……エッチな映画とかじゃないよね?」

「フッ、安心しろ。 俺とて毎回ワンパターンじゃない、一生懸命アイデアをブリッとひりだしたんだ。 見てみろ」

 

 差し出された映画のチケット、そこにはいつになくまじめな表情のゼロと憂いたアイリス本人、そしてさる東方シリーズの女の子達とトランフォーマーなロボット達とのまさかの競演を果たした赤バンブル監督の作品『ゼロの幻想入り』の指定席券であった。

 まさかの自分達を題材にした笑いあり涙あり感動ありの人気アクション映画シリーズであり、会話の中に一部気になる表現はあったものの言う通りまともなチョイスだった。

 

「む、アニメ映画とはいえ自分達が出る作品はテレ臭かったか――――」

「いいえ! 行きましょうゼロ!」

 

 アイリスは心躍り色めきだった様子でゼロに顔を寄せる。 若干圧倒された様子のゼロだったが、やがてはにかむと二人してお互いの手を繋ぎお目当ての映画館へと向かった――――

 

 

「今のところは何もないね……」

「そうだな。 だが油断はできない、俺達も中に入ろう」

 

 エックスとアクセルもチケットを買ってゼロ達の後に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フン、揃いも揃って暢気な連中だ」

 

 そんな彼ら4人の様子を、離れた所から監視していた一体のレプリロイドがいた。

 威圧感を湛えた重厚な紫のアーマーで全身を包み、T字に切れ込んだヘルメットの隙間から赤い眼光を覗かせる。

 

「だがこのVAVAはそうはいかない。 平和などという欺瞞に浸るような手合いとは違う……何故なら俺は『鬼』であり『悪の華』だからな……VAVAVAVAVA!!

 

 ついでに無理にキャラ作りしてるようなうっとーしい笑い声を上げる彼の名は『VAVA』。 元特A級のイレギュラーハンターであり、そして今はエックス達と対立する恐るべきイレギュラー。

 

「しかし思わぬ収穫だったな。 奴らへの挑発ついでに古巣へ戻ったら今回の件だ」

 

 VAVAは昨日の晩の出来事を思い出す。 あのロックマンXにその愉快な仲間達と()()()()()()()()としゃれこもうと、ハンターベースへ潜り込んだ矢先に耳にしたゼロの言語障害とデートの件。

 本来ならばちょっとした冷やかしの一つでもしてエックス達を纏めて炙り出す算段だったが、これは思ったよりも楽に事を運べそうだとほくそ笑んだ。

 

 VAVAは背後を振り返る。 彼の後ろには中身の詰まったビニル袋が何重にも置かれている。 結び目の隙間からは押しつぶされたカラフルな缶のような物が見え隠れする。

 

「クックック……まあ、本当に仕掛けてやっても良かったんだがな」

 

 かき集めた成果物にVAVAは笑みを抑えきれない。 そう、ような物とは言ったがこれの中身は正真正銘の空き缶であり、これは他ならぬVAVAが自分の手でかき集めたごみの山だった。 これはすぐ隣にいる清掃員らしき爺からふんだくった袋に自身が詰め込んでやったものだ。

 周辺の地面に落ちている感やごみをかき集めてチリ一つない清潔さを保ち、清掃屋の仕事を奪って働けなくしてしまい、雇用の機会を奪われた人々やレプリロイドは秩序を失っていくだろう。

 そうすれば出動を強いられるイレギュラーハンターは疲弊し、エックス達も自らを倒すべく動かざるを得なくなるだろうと言うのがVAVAの目論見だった。

 現に周辺は一つのごみもなく清掃員の出る幕はない状態で、何ならこれと同じ事を挑戦状ついでにイレギュラーハンター本部に仕掛け、彼らの貴重な仕事を奪ってやろうやろうとさえした。

 ああ自分の邪悪さが怖いぐらいに恐ろしい、周りにいる人間共も恐怖のあまりに笑っているではないか。 中にはトチ狂って感謝の弁を述べる輩もいる。

 

「ああいつも済まないねえ兄ちゃんや、これホンの気持ちだから受け取ってくんな」

 

 あくどさに酔いしれていると、用務員らしき爺が頼みもしないで自らみかじめ料を差し出してきた。 よほど自分の行いが恐ろしかったと知れる、それを丁重にふんだくるとVAVAは近くの自販機にぶち込んで缶入りのコーラを買う。

 一気に飲み干すとさっさと空き缶をつぶし、アルミはアルミばかりで分別したごみ袋に突っ込み直す。 分別した方が回収業者(シケたジャンク屋)の手間が減ってより高く金が手に入る。 奴らから資産を巻き上げるのだ。

 ハハハッ!! 我ながらなんと邪悪なのだろうか!!

 

「首を洗って待っていろエックス!! VAVAVAVAVA!!

「しかしあんちゃん。 助けてもらっておいて言うのもなんだが笑い声うっとーしーな」

 

 その一言にVAVAは激高した!

 

「笑い声馬鹿にするんじゃねぇぞ!! 泣くぞッ!?」

 




 はい、と言う訳でVAVA登場&赤バンブル氏の「ゼロの幻想入り」(https://syosetu.org/novel/132473/)について少し名前をお借りしました!
 無論本人公認です……が、どうして今回あえて二次創作同士でその名を使ったのか、それは次回映画を見終わったアイリスの感想を通して語られることとなります。


 そしてその件について赤バンブルさん、現状から察するに余りありますが、()()()()()()()下品な感想が飛び出てくることを先に謝罪しておきます(白目)


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第5話

うーん、これはおもしろい!」

「……っぷはぁ!! やっと解放された……」

 

 映画を終えて出て来たアイリスとゼロ、ゼロは至って元気であったものの一方でアイリスは憔悴のあまり肩を落とす始末だった。

 彼女自身は自分達が主役として出演している事もあってロマンスな場面を期待していた。 そしてそれは確かにあったのだが、今回見に行った映画館はまさかの『応援上映』……つまり映画に関する話題や掛け声OKなのが命取りだった。

 

「まさかクサイバトロンスカトロンの共同戦線とは恐れ入ったぜ! 長年対立していた敵同士が手を組む瞬間をしっかり決めるとは脱糞ものだな!」

「サイバトロンとデストロンでしょ!? 第一だっぷ……じゃなくって脱帽って言うのよそれ!」

うん? ちがったか? まあそれはいいとして、イーグリードに鳥の糞を落とされて椛が鬱になりかけたり、マイマインとマシュラームが幽香にびびって絶叫脱糞決めるシーンも見物だったぜ!」

そんなシーンはない!! ……さっきから一体どうしちゃったのよゼロ

 

 しかし悲しきかな。 顎にいちじく浣腸のせいでお口の括約筋がゆるゆるなゼロがまともな応援をできる筈もなく、逆に純粋に応援の掛け声を上げていた周囲に疫病のごとく言語障害を広める羽目になり、彼の事情を知らないアイリス一人が孤立無援の状態に追い込まれる羽目になった。

 しまいには今彼が言ったように記憶まで捏造されるのか、有るはずのない汚らしいシーンを語り出す有様で、耳から入ってくる情報なのに鼻が曲がりそうな不快感に、デート開始からたった2時間余りで既にブチ切れる寸前。

 かといって激怒して折角のデートをぶち壊すのも気が引けるのが正直な所で、アイリスは早く気分を入れ替えたい気持ちであった。

 

「ふむ、映画を見て小腹が空いたな……うん、ちかくで何か食うか?」

 

 今それを言う!? うんこうんこと連呼されて食事する気分になれないアイリスは思わずゼロの正気を疑うが、しかし振り返った先のゼロの表情に一切の悪意は見て取れない。

 一応、彼の考えを確かめておくべきだとアイリスは尋ねる。

 

「……何を食べる予定なの?」

ダルシムのインドカレー「はいダウトオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 締まりの悪いガバガバなゼロのお口を目にもとまらぬ勢いでアイリスが塞ぐ。 唐突に言葉を遮られたゼロは目を点にしてしばし沈黙し、雑踏と肩で息をするアイリスの呼吸音だけが周囲を支配する。

 

「……変わったお店に行く事は大賛成なの。 でも今だけはダメ! どうしてか意味は分かるよね?」

 

 切羽詰まったかわいい恋人からの質問に、ゼロは首をかしげた。 彼女持ちがどうして急にここまで鈍感になれるのか、しかし一々説明するにも汚い言葉を口にするのに抵抗があるアイリスはため息をつきながらさっさと結論を述べる。

 

「今は私さっぱりするものが欲しい気分なの! もうちょっとこう、冷たい物とか!?」

 

 ゼロはアイリスの意図に気づいたのか両手を打つと、映画館を出た先の道路で冷菓を販売しているワゴン車へと足を進めた。 良かった、いい加減こちらの考えを察してくれたようだ。

 これ以上エスカレートしたらどうしようかと内心焦っていた中で一安心するも束の間、買い物を済ませて踵を返すゼロの両手に握られていた『それ』を目の当たりにした瞬間――――

 

「待たせたな。 あいにく在庫が切れててチョコソフトしかなかった。 だがトッピングにかりんとうをおまけしてくれたぞ。 やったぜ。

「おどれはあああああああああああああああああッ!!!!」

 

アイリスのフン怒の一撃が炸裂した!

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっちゃった……」

 

 映画館の中ではぐれたまま出遅れたアクセルとエックスが目の当たりにした光景は、アイリスが怒りの形相でフンだくったチョコソフトをゼロの口へ突っ込む手遅れな状況だった。

 突然の出来事に放心するゼロに対し「フンッ!」と鼻息をついて彼を置いてけぼりにする彼女のやり取りは、どこからどう見ても喧嘩別れしたカップルそのものであり、目頭を押さえるアクセルにエックスは項垂れた頭を両手で抱えたまま言葉を発せられずにいた。

 なんやかんやで熱愛だった二人の間を考えても、端から見ればあまりにデリカシーに欠けるゼロの言葉遣いに対し、一身に受ける彼女のストレスはそれ程までに凄まじかったのだろう。 自身も割を食った側であるだけに想像に難くない。

 アイリスに去られる中、ゼロは口の中のソフトクリームをバキュームカーの如くあっさりと飲み込んだ。

 

うーんこのソフトクリーム最高だな」

「もうその辺にしとけッ!!」

「うんご!!」

 

 エックスが頭を上げるより先に、アクセル渾身のソバットがゼロの後頭部に炸裂!! 

 

ああもう!! 汚物垂れ流してる口でチョコソフト食べるとかまるで排便の逆再生だよッ!!」

「ってててて……誰かと思ったら(クソ)じゃねぇか!! いきなり不意とは何の真似だうんこまんがッ!!

うんこ野郎(まん)はアンタだッ!! さっきから見てたぞ!? 甘いひとときに塗りたくるとか何考えてんだよッ!!」

 

 起き上がるなり口汚い罵り合いを織り交ぜながら取っ組み合いを始めるアクセルとゼロ。 アクセルに押し倒され地面を激しく転がり通行人の迷惑になる中、遅れてエックスが間に割って入る。

 

「止せアクセル! 今ここで喧嘩したってどうにもならない!!」

「だぁもう!! エックス離してよ!! もう顎の一発でもくれてやった方が口調直るんじゃないの!?」

 

 エックスは強引にアクセルを引き剥がすと、隙を見てゼロは不意打ちに弱りながらも何とか立ち上がる。 エックスに羽交い締めされて暴れるアクセルをゼロは憎々しげににらみ返す。

 

「おいお前ら!! さっきから見てたってどういう事だ!? まさか俺の事ケツふいた紙にこびりついたうんこみてぇにネットリついてきて――――」

「人聞きの悪い事言うなッ!! ゼロ、それよりもアイリス怒ってたじゃないか!」

「何べんもウンチ連呼しまくってりゃ怒るのも無理ないよ! 自覚あんの!?」

 

 エックス達からの必死の問いかけに、ゼロは何かに気づいたようだった。

 

何べんもウンチ……軟便だけにか! 一本取られたぜアクセル!

「……分かってたけど自覚症状なしか」

「もう手段に拘ってる場合じゃないみたいだね」

 

 エックスはおもむろに懐からグリースガンを取りだした。 パレット達から預かった、機械用のリチウムグリスが詰まった正真正銘のグリースガンである。

 

「う、うん? このグリースガンでどうしようってんだ!?」

「できればこっそり君を呼び出して応急修理するつもりだったが、デートがご破綻になった以上はもう手段は選んでられない」

「穏便に済ませようとして結局間に合わなかったんじゃ、せめてアンタの顎だけでも何とかしなきゃね。 悪いけどじっとしてて」

 

 二人はたじろくゼロ相手ににじり寄り、緊迫した雰囲気が流れる中――――アクセルが一気に飛びかかる!

 

フンッ!!」

 

 アクセルの動きを見切ったゼロが背後に飛び退く! ゼロをつかみ損なって地面に倒れるアクセルを背に、下手人は一目散に駆け出した!

 

「待てゼロ! 応急手当だけでも受けるんだ!!」

「もう昨日に済ませただろ! 俺は何でかキレちまったアイリスに謝罪のベンをしなくちゃならねぇんだ!!」

「だからその口ぶりが原因だって――――ああもう!!」

 

 アクセルが悪態をつくまもなくゼロは雑踏に紛れ、人混みを縫うようにしてアイリスが去って行った大通りを追いかける。 

 こういう時のゼロの逃げ足の早さよ。 人の話を聞かない赤いイレギュラーに振り回されるアクセル達だったが、エックスはまだ諦めていなかった。

 

「逃がす訳にはいかない!!」

 

 手段は選ばない、その宣言を体現するが如くエックスはまさかのバスターの銃口を逃げるゼロの背中に向けるとすかさずチャージ! 予想外のエネルギー反応を感じ取り、振り返るアクセルの顔色には焦りが浮かんでいる。 

 

「エックス!? 流石に街中でバスターはまずいよ!! 通行人に当たっちゃう!」

 

 アクセルの制止にエックスは我に返る。 銃口を向けた射線上を見れば、誤射の恐怖に戦慄く通行人が身を引いてこちらを窺っていた。

 イレギュラーハンターの名誉のために人命を軽んじてまで引き金を引く必要はあるのか?

 

「コラテラルダメージだ!」

 

 その答えはエックスの渾身のチャージショットによって果たされた!!

 

「「「「「アババーーーーッ!!!!」」」」」

「ちょおおおおおおおおおおおおおッ!!??」

 

 ハンターとして生きるため 仕方なかった。 そう言わんばかりに道行く人々を巻き込んで突っ切る渾身の一撃!

 目的の為なら容赦ない仲間の攻撃に悲鳴を上げるアクセルは完全に失念していた。 彼はイレギュラーハンター(法律)だったと。 

 

「こんなうんこたれな攻撃が当たるか!!」

 

 対するゼロは振り返る事無くあっさり回避! エックスのある意味捨て身の一撃は届くことなく、ゼロを取り逃がしてしまった。

 

「クソッ、逃げられた!! ……皆の犠牲を無駄にする訳にはいかないのに、追いかけるぞアクセル!」

無駄死に以外の何物でも無いわ!! ああもうッ!! どいつもこいつもクソッタレ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの野郎!! ふざけんじゃねぇぞ!!」

 

 そんな彼らから更に離れた後ろのビル影から一台の茶色いライドアーマー! それを駆るは激高するVAVAであった。

 エックスが走り去った後に飛び出した先の大通りは地獄絵図であり、黒焦げになってアフロヘアになった人々の倒れる姿と、それを見て逃げ惑う民衆がごった返しになり混沌の沙汰に陥っている。

 既にパニックになったこの最中でライドアーマーに乗る自分の事など誰も気にとめやしない。

 

「この俺を差し置いて自分らで騒動起こしやがって!! それは俺の専売特許だッ!!」

 

 追跡を開始するVAVAだったが、混乱する人々とけが人がごった返して先に進む事は叶わない。 これでは人を轢いて戦う前に機体に傷がつきそうであり、存在が周知されそうにない事態も相まってVAVAにとっては神経を逆なでされる思いだった。

 

「ぬああああああああああああああああああッ!!!! てめえら怪我ぐらいでゴタゴタ抜かすなぁ!!!!」

 

 VAVAはライドアーマーの操縦席から救急箱を取り出し、手早く倒れている人間の応急手当を目にもとまらぬ早さで済ませてしまった。

 軽症の者は自分でさっさと道を空けるよう要求し、動けない人間は両肩を持って引きずると、日陰の街路樹に放置した。 怪我を治してやったのは自分の足でさっさとどいてもらう為だ、それもできない弱者はこの汚い土の上でおねんねしていろ!

 我ながら邪悪な行いに少しだけ胸のすく思いだったが、しかしそれらを全て享受できるのはエックス達を倒してからの話だ! 

 VAVAはとっとと周囲に道を空けさせると、周りも恐怖に屈したかあっさりと命令に従った。 開かれた道へとライドアーマーのブーストを噴かし、VAVAは一直線に駆った! 全ては獲物を狩る為に!

 

「ありがとー! アンタは救世主だああああああああッ!!!!」

 

気でも触れたか? お前らなど狩る価値もないだけだ!!




 臭い話に捏造しちゃった。 赤バンブルさん許して(迫真)


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第6話

 

「はぁ……」

 

 アイリスは一人、人気の少ない公園の中央広場にいた。 広場の中心部には盛り土によって3階建てのビルに匹敵する高さの丘が造成されており、天辺には屋根付きの簡素な展望台が設けられている。

 展望台のベンチに座り込む彼女はため息をつく。 折角のデートだったのにゼロと喧嘩をしてしまった……明らかに非があるのは向こうではあるものの、怒りに身を任せて立ち去ってしまった己の行いを少なからず後悔していた。

 

「ゼロったらどうしちゃったんだろ……そんなにデートが嫌だったのかなあ?」

 

 アイリスはつい疑わずにはいられない。 信じてはみたものの、こうも汚い言葉を使って雰囲気をぶち壊すゼロは、ひょっとして自分と付き合うのが嫌なのではないか?

 考えてみればあの紫色の泥棒猫の存在といい、彼の好色でエキセントリックな生き方は自分一人で満足するようには思えない。 そう頭がよぎった所で考えを振り払うようにアイリスは首を横に振る

 

「いいえ、そんな事はない! ちょっと浮気性な所はあるけど付き合った女の子をぞんざいにする人じゃないもの! きっと何かトラブルが――――」

「察しが良いな、ご名答だぜ」

 

 不意にかけられた男の声。 アイリスの小柄な身体に覆い被さるように、背後から日の光を遮る大きな影がかかる。 不審な声の主に振り返った先には気配一つ無く現れた一台の巨大なライドアーマー。

 そしてそれを駆るは、身の毛もよだつような禍々しい紫の鎧をまとう一人のレプリロイドの姿――――

 

「こういうやり口は気に食わんが、少し付き合ってもらうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 同僚の追跡を振り切り、アイリスの去った方向に足を進めていたゼロが耳にした彼女の悲鳴。 ただならぬ叫び声にゼロの身に緊張が走る。

 

クソッタレ! 今日は一体何なんだ!? アイリスはキレるしエックスらには後を付けられる!! 俺が何をしたっていいやがるんだ!?」

 

 大半がゼロ自身の招いた騒動だが自覚のない本人は原因など露知らず、身に降りかかる災難に悪態をつく。 やがて彼はアイリスの声のした辺りであろう別の公園にたどり着くと、衝撃の光景を目の当たりにする!

 

うん……? ちょっとまて、あれは何だ?」

 

 ゼロが目的地にたどり着くなり視界に入ったもの。 それは丘の上で檻の中に入れられ気を失っているアイリスの姿だった。 喧嘩してデートをほっぽり出した恋人が囚われの身になっている。 通常ならこの時点でゼロは迷わずに彼女の元へと駆け出したであろうが、それはためらわれた。

 何故なら彼女は確かに檻に閉じ込められて横になっては居るものの、檻はそれなりに広く小さな部屋一つ分の面積はあり、純白のシーツにくるまれた柔らかいベッドの中で快適そうに眠っていたからである。

 乱暴したいのか丁重に扱いたいのかハッキリしないアイリスの扱いに、ゼロはこの場に込められた真意を測りかねていた。

 

「(捕まえられてる……のか? やった奴は何がしたい? うんこか?)」

 

 自問自答するものの、どっちつかずな彼女の扱いに加え思考が茶色く塗りつぶされているゼロに判断はしかねていた。

 

「こらゼロ!! やっと追いついたぞ!」

「ハァ、ハァ、い、いい加減顎を直してよ!! じゃないとエックスがまたバスターぶっ放すんだから!!」

 

 一歩遅れてエックスとアクセルも息も絶え絶えながら追いついてきた。 アイリスを追うついでに彼らから逃げていた筈のゼロだったが、これ以上彼らを撒こうという気にはならない。

 

「おいエッ(クソ)、ア(クソ)ル」

「だから、その呼び方をやめろって――――」

 

 エックスの抗議を遮るように、ゼロは丘の上の檻を指さした……アレをどう思うと言わんばかりに。 エックス達も訝しげな表情でゼロの指さす方向に意識を向け、檻の中のアイリスを捕らえるなり目を丸くした。

 

「……何アレ? 乱暴に閉じ込めたいのか丁重に扱いたいのかどっちなの?」

「ゼロ、ひょっとして君が?」

「ううん、ちがうな。 俺が来た時にはこうなってた……とりあえず様子を見に行くか」

 

 ゼロは咳払いをして呆気にとられるエックス達に問いかけると、彼らもそれに倣ってアイリスの元へと足を運ぼうとしたその時!

 

「やっと現れたか貴様らッ!!」

 

 突如聞き覚えのある男の声が聞こえたと思いきや辺りが影に包まれる! そして直後に道を塞ぐように上空から現れる巨大な茶色のライドアーマー!!

 地響きと共に舞い上がる砂煙にゼロ達は身構えると、煙に包まれた中から赤い眼光が迸った。

 

「散々街中で暴れて俺より目立ちやがって!! つくづくいけ好かない野郎だ!!」

「――――この声は!?」

 

 そして煙が晴れた先には、ライドアーマーを操るはある意味腐れ縁ともいえるイレギュラーの姿!

 

「「「VAVAッ!!」」」

「そうだ、この俺だ!! VAVAだ!! VAVAVAVAVAッ!!!!

 

 全身に重火器を携えて幾度となくエックスの前に立ち塞がった、後ついでに笑い声が絶妙にウザい元イレギュラーハンターにしてイレギュラー、VAVAが現れた!!

 彼は舞い上がった煙が落ち着くのを確認すると、運転席から掃除機を持ってライドアーマーから飛び降りる。 そしてエックスらと久々の会話をしながら石畳の上に降り積もった埃を吸い込み始めたではないか!

 

「どういうつもりだ! ゼロの恋人を捕らえたのは貴様か!?」

その通り! あの女は人質だ……お前らが俺と戦わざるを得なくするためのな!」

 

 大きなゴミは腕を引き抜いて箒とちりとりを引き出し丁寧に集めていく。

 

「戦う為だと? VAVA、人質を取ってる……つもりだったのか、だとしてもお前のやり口らしくないな」

戦ってる最中に女に騒がれるとやかましいからな! 羽毛布団で寝かしつけてやったぜ。 その特等席で快適なショーを楽しむんだな、クックック……」 

 

 一通り汚れを取ると水を撒いて汚れを浮かし、丹念かつ手早く洗い流していく。

 

「で、悪党がわざわざ汚した所キレイにしてんのは何なの?」

「貴様らは日頃から俺よりも騒動を引き起こして街を壊しまくってるせいで、俺が破壊して暴れ回る余地が全然無いんでな!! おかげで直してばっかりで偶に俺が暴れようにもちっとも目立たん!! 気に入らねぇ野郎だ!!

 

 ひび割れた石畳には補修用の速乾性セメントを流し込んでテキパキと修復する。 話の間に着地の衝撃も何のその、公園はむしろVAVAが着地するどころかご丁寧にゴミ掃除まで済ませてしまった!

 用事を済ませたVAVAが再びライドアーマーに飛び乗ると、彼の立っていた所には大量の種別分けされたゴミ袋。 公園は彼が来る前よりもむしろキレイになっていた。

 

「どうだ恐れ入ったか! ここのゴミも分別してゴミ袋に分けてやったぜ!! これでここの公園の管理者もやるべき仕事がなくなるぜ!! VAVAVAVAVAッ!!!!

 

 清潔感溢れる煌めく公園の中心、VAVAの高笑いは澄み切った空気の中に響き渡る。 そんな悪逆極まる彼を前にエックス達は生暖かい目線を送り……ゼロがおもむろに何かを取り出した。

 

プリッとな

「VAッ!?」

 

 そしてそれを地面に放り投げるとVAVAは驚愕する。 ゼロが捨てたものは先程アイリスに口の中に突っ込まれた、ソフトクリームの包み紙を丸めたものであった!

 慌てふためくVAVAを見てゼロはわざとらしく笑いを堪えてみせる。

 

プーププッ! そんなんで仕事が無くなるくらいなら俺が増やしてやろう、VAVA!」

「て、てめ!! 今俺がキレイにしたばかりだぞコラァ!!」

VAVA! お前がいくら人の仕事を奪おうが、この俺の目が茶色い内はそうはいかねぇ!! ゴミなら映画館で捨て損なったものもまだまだある、行くぜッ!!」

 

 立て続けにポップコーンやドリンクのカップ等、プラスチックと紙を仕分けしていないゴミをこれ見よがしにポイ捨てして挑発するゼロの姿に、VAVAはアーマーの上から浮き上がらせた血管から赤いオイルを噴出! 

 

ぬおおおおおっ!! 根性までうんこ野郎に成り下がったかド畜生ッ!! それがイレギュラーハンターのすることかぁ!?」

「てめーのやる事も悪党のすることじゃねぇだろ!! 悔しかったらとっととかかってきやがれVAVA!! こんなくだらねぇくそみそ同然の遊びに長々付き合うつもりはない!! さもなきゃ犬猫けしかけて公園うんこまみれにしてやるぜ!?」

 

 その最後の一言が、VAVAとの間に鳴り響いたゴングだった。

 

「だったら望み通り片付けてやるわああああ!!!! 社会のゴミめぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 どっちが悪役なのか初見で判別がつきにくい掛け合いと共に、1対3の戦いが幕を開けた!

 




アクセル「アンタ悪党向いてないよ」


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第7話

 

 

「……あれ? 私何やって……?」

 

 心地よいまどろみの世界から舞い戻ったアイリスが、起き上がって目をさすりながら辺りを窺うとそこは変わらず公園の丘の上だったが、その上で檻の中に閉じ込められていたようだった。

 

「――――そうだ! 私変な人に襲われたんだった! それで気を失って――――でもなんだろうこの良さげなベッドは?」

 

 そして黒光りする金属製の檻に似つかわしくない、柔らかそうなベッドに寝かしつけられていた事に気づきアイリスは困惑する。 野外で閉じ込めた割には丁重な扱いにそれを行った者への真意を測りかねていた。

 

「とにかくここからでなくっちゃ――――って!?

 

 自分の身が置かれた現状に気をとられていたアイリスだったが、丘の下から激しい爆発と地響きが起きた事に気づいた。 アイリスが音の聞こえた方向を振り向いた先には――――

 

「ゼロ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くたばりやがれえええええええええええええッ!!!!」

 

 VAVAのライドアーマーの両腕から回転する4本の棘が繰り出される――――ゼロは寸前で回避!

 

「当たるかよVAVA!!」

 

 ゼロの回避行動によって、直前まで立っていた場所に攻撃が当たった結果花壇が崩壊する!! VAVAはすかさずライドアーマーから飛び降りて素早く修復! 崩れた花の土を元通りにして再度搭乗!

 

「もらった!!」

 

 隙を見逃さずエックスがバスター発射! しかしVAVAは先読みしていたかライドアーマーのバックパックからポッドを発射! バスターの射線上にバリケードを展開し攻撃を防ぐ!

 

「横からダメなら上から!!」

 

 エックスに変わって飛びだしたアクセルが展開されたバリケードを足がかりに跳躍! 愛用の二丁拳銃でVAVAの真上から奇襲をかける!

 しかしその瞬間アクセルめがけて砲撃が撃ち上げられ、慌てて気づくも間に合わず攻撃が命中する!

 

「わあああああああああああッ!!」

 

 爆風で吹き飛ばされ、煤こけた姿で地面を何度もバウンドする。

 

「アクセル!」

「だ、大丈夫! 見た目程のダメージは無いよ」

 

 激しい爆発だが思いの外ダメージが軽傷で済んだと、膝をついて立ち上がるそぶりを見せるアクセルにエックスは胸をなで下ろす。

 

VAVAVAVAVAッ!!!! お見通しなんだよ坊や!」

 

 攻撃の正体は、先読みからノーモーションで繰り出したVAVA自身のショルダーキャノンだった。 使用済みのバリケードのポッドを回収して背後のリサイクル箱に入れながら余裕綽々にVAVAは笑う。

 

「この俺とチューンされた愛機『ブラウンベアMK-2』のタッグを甘く見るなよ! 今までの武装強化に加え、エンジンも燃費改善によってエコロジーに配慮、収納ボックスも拡張して掃除用具の拡充と分別ボックスも新設! 戦闘中に汚れた戦場を綺麗にする事ができるんだぜ!! 恐れ入ったか!?」

 

 強化されたライドアーマー……ブラウンベアMK-2の性能を自慢げにひけらかすVAVA。 対するエックス達は緊迫した空気にそぐわない生温かな目線を送る。

 

「……律儀に片付けてる時点で悪党向いてないよね」

「VAッ!?」

「イレギュラーハンター居た頃からこうなんだ。 強気の口調なんだけど悪になりきれないって言うか」

「VAVAッ!?」

「甘い甘いと言うが一番甘いのはVAVA自身だ。 全く、やる事なす事こうも半端な癖に面倒は起こしやがって、糞が出そうだぜ」

「そこ反吐が出るって言わない?」

うん、ちがいない」

 

 しまいには好き勝手言うエックス達3人に、ついにVAVAがキレた。

 

「お前ら好き勝手言いやがってッ!! そんなにお望みなら全部ぶっ潰してやるッ!!」

 

 悪党にふさわしくないというエックス達の物言いが余程気に食わなかったのだろう、妙なところで器の小さいVAVAに呆れかえるも束の間、ブラウンベアの装甲が開くと中からは大量のミサイルやガトリングガン、そしてレーザー兵器といった多種多様の重火器が姿を現す。 VAVA自身も身体の武装を全て展開、ただならぬ雰囲気を漂わせる。

 

「お前らゴミどもを掃除するには公園の1つや2つ安いぐらいだ!! 死にやがれえええええええええええええッ!!!!」

「あ、これちょっとやばいかも……」

「皆!! 来るぞッ!!」

 

 流石に煽りすぎたか、逆上して全火力を一気に投入せんとするVAVAに身構える。 しかし次の瞬間!

 

「ダメエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」

 

アイリスの悲鳴に近い叫び声と共に、丘の上の檻で謎の閃光! そして次の瞬間内側から檻が破壊され、中から飛び出すは薄紫のライドアーマーのような巨大兵器!

 

「あれは!?」

「アイリスだ! あいつカーネルのデータを使用してライドアーマーに変化出来るんだ!!」

 

 それはかつてのレプリフォース大戦の際、自身とレプリフォース将校である実兄のカーネルとの板挟みの果てに対立せざるを得なくなり、アイリスは討たれた兄のデータを使用して今のライドアーマーのような姿に変化、ゼロと対峙した事があった。

 彼女自身は戦闘用では無いが、元々カーネルと合わせて一人のレプリロイドとして設計された事もあり、その名残で兄のデータを使用する事で強力な戦闘力を発揮する事が出来る。

 して、その彼女はゼロを庇うべく今正に武器を発射せんと構えていたVAVAのブラウンベアを羽交い締め!

 

「なっ――――貴様ぁ!?

「やめろVAVAぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 驚くVAVAにゼロが慌てて止めに入るも、不意を突いた一瞬の出来事に間に合うはずも無くブラウンベアから大量の弾薬が発射! それは全てそのまま覆い被さるように押し倒したアイリスの身体に爆ぜ――――彼女を巻き込みブラウンベアは爆発炎上!

 さしものお騒がせイレギュラーハンター3人も激しく動揺し言葉を失う。 すると爆風の中から空中に舞い上げられるは煤だらけのアイリス。 存在に気づいたゼロは彼女が宙にたたきつけられる寸前に肩と膝の裏に腕を回してキャッチ!

 苦しそうにか細くうめくアイリスだったが、幸いアーマーを身に纏っていたようで傷は浅く、ただ気を失っているだけだった。

 

「ぐ、ぐおお……!!」

 

 VAVAもまた一歩遅れ、立ち上る爆煙から煤こけた姿でよろめき立ち上がる。 その姿を3人は憎々しげに鋭い目つきを送り、恋人に危害を加えた憎き敵にゼロはかつて無い程に鋭い目つきで睨み付ける。

 

VAVA!! よくもアイリスをやってくれたな!? 人質に手を上げるとは見下げた野郎だ――――」

「だああああああああああああああ!!!! しまった、うっかり人質巻き添えにしちまったぁ!! えらいこっちゃでえええええええええええッ!?」

 

 恨み節をぶつけるゼロだったが、対するVAVAは特にこちらのリアクションに気づく訳でも無くひとりでにパニックを起こす。 どうやらアイリスを巻き添えにするのはVAVAにとっても本意で無かったようで、他ならぬ自分自身が一番激しく混乱しているようだった。

 

「「「(あ、うん。 こいつやっぱ悪役向いてないわ)」」」

 

 ゼロはアイリスをひとまず離れたベンチの上に寝かしつけてやると、素早くエックス達の元へ戻る。 燃えさかるブラウンベアの側で頭を抱えて自責するVAVAは隙だらけ、このつまらない茶番劇をさっさと終わらせるべく3人は互いに無言で首を縦に振ると、何も言わずとも事前に照らし合わせたかのようにエックスとアクセルは武器を展開する。

 

「「ファイナルストラーイクッ!!!!」」

 

 エックスとアクセルのバスターとバレットの波状攻撃!! 無防備のVAVAに極太のレーザーと雨あられのような光弾が無慈悲に炸裂!!

 

「アババーーーーッ!!!!」

 

 激しい爆発に再び巻き込まれ、身体で大の字を描いてアイリスよりに幾分間抜けな姿で空中を舞うVAVA! そしてトリを飾るべく、破砕したブラウンベアの輪状になった破片を拾ったゼロが飛び上がって追撃!

 

「これで終わりだVAVA!! 花壇の肥やしになりやがれッ!!!!」

 

 VAVAよりも高く飛び上がり、彼の頭にかぶせるように輪っかを叩き付け――――そのまま共に花壇へ落下!! VAVAの下半身は咲いている色取り取りのポピーの花を避けつつも花壇の土に埋没!!

 一方でゼロは膝で衝撃を受け止め、そのまま華麗にバック転を決めて膝をついた――――戦闘終了!

 

「フン、汚い奴程よく花が育つもんだな」

 

 花壇を一瞥しゼロは皮肉の言葉を放つ。 土に埋まり首から上を輪っかで縁取るVAVAのシルエットは、汚れた心を栄養に育った一輪の花のようであった。

 

「こ、これで勝ったと思うなよ……? 何度俺の残骸で地を耕そうが……悪の……華を……咲かせて……や……る……はい死んだ!」

 

 力尽き頭を垂れる瞬間、面白くもなんともないリアクションと共にVAVAは他界。 しかしこれまでの事を考えると、ここにいる某復活のハンターの如くいずれまたひょっこり生き返る事は容易に想像がつき、気が滅入るような思いの3人。

 ゼロはある意味で似たもの同士な紫色の悪の華に向け手向けの言葉を贈る。

 

「華なんていくらでも摘んでやるぜ」

 




 次回、短期連載もついにエピローグです。 ここまでお付き合い頂いた皆さん、オチまでもうしばしのお待ちを!


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エピローグ ※

「気がついたか! うん、これで大丈夫だ!」

「口調は……相変わらずなのね……」

 

 ゼロに介抱されながらお上品な口調と共に出迎えられ、目覚めるなりアイリスは苦笑した。

 横になりながら辺りを見渡すと、VAVAが暴れた現場からは少し離れた、公園の入り口付近のベンチに寝かしつけられていたようだ。

 そこから起き上がって現場の方を遠目から見てみれば、彼氏の相方であるエックスとアクセルがハンター仲間達と共に慌ただしく事後処理に取り組んでいる。 少し時間も経っているのか辺りはすっかり赤く染まり、もう日がビル群に沈みかけている。

 

「……なんだか今日一日慌ただしかったね。 結局普通にデートできなかったし……」

「……その、何だ……うん、ちょっと良いかアイリス」

 

 疲れたように薄ら笑いを浮かべながらぼやくアイリスに、ゼロは少し気まずそうに言葉を口にする。 その目つきはどこかこちらの顔色を窺うようで、口調はそのままだがこちらの顔色を窺うような仕草。

 

「エック……いや、あいつらからも言われたんだが、どうも今の俺は口調が……うん、ちょっとおかしくなっているらしい。 自覚は全くないんだがな……」

 

 知ってる。 しかしアイリスは黙ってゼロに言葉を続けさせた。

 

「昨日顎周りの故障で応急修理をしたんだが、あいつらはそれが原因で不調が起きていると断言してた。 で、今回のデートも随分とクソッタレな迷惑をかけてしまったみたいだ」

 

 ゼロは頭をかきながら伏せ見がちで、至極申し訳なさそうに目線を送る。

 

「俺としては良かれと思ったんだが、それが無自覚に出たせいで嫌な思いをさせてしまったならすまなかった。 謝罪のベンを述べさせてもらう」

 

 その言葉に、アイリスは少し考えたように口元に手を当てて……はにかんだ。 彼女にとってはそれが聞けただけで満足だった。

 謝罪をさせたかったと言うよりは、彼女が何かの間違いだと信じようとした事が報われた。 ゼロは決して自分を嫌って今回のような真似をした訳では無いと、改めて確信を持てたのだから。

 

 胸のつっかえがとれたような気分だが、しかし折角のデートを台無しにされたのは事実である。

 

「……じゃあ、返事を聞かせてあげる」

 

 アイリスはゼロの後頭部に頭を回し、抱きついた勢いのまま唇を重ねた。 

 

 

 

 

 

 穏やかな二人だけの空間が辺りを包み込む中、感じられるはお互いの鼓動と人肌の暖かさ。 抱擁と口づけに心地よさを覚えながら愛を強く確かめる。

 やがてゼロの吐息から伝わる多幸感が彼女の身体の隅々まで行き渡り、ようやくそこで彼女は唇を離す。

 

「う、うん――――「野暮な事は言わないのゼロ。 私だってゼロに辛く当たっちゃったし、これでおあいこよ?」

 

 呆気に取られるゼロを前に、自分の頬はさぞかし緩んでいるだろう。 酷い事がいっぱいあったが、今というこの瞬間で全てを幸せで塗り変える事が出来た……そんな満足感があった。

 

「お、お前という奴――――ハガッ!?

 

 しかしゼロという男はこれで終わりにはしてくれなかった。 ようやく取り戻した恋人同士の甘い一時に一発ぶちかますかのように――――ここぞと言う時に顎が外れたのだ。

 

ふ、ふはへんは(ふ、ふざけんな)! ほりひほっへほんはほひに(よりによってこんな時に)!!」

「プッ! あははっ! ゼ、ゼロったらもう!!」

 

 再びムードを台無しにする彼だったが、それがまたおかしくてアイリスは吹き出してしまう。 そうだ、なんだかんだと言ってもやはりゼロはゼロなのだ。 決める時は決めるがそうで無い時にはおとぼけを見せてくれる。 そんな彼がアイリスは大好きだった。

 

ひふほう(チクショウ)! はんはあほほはおへほうはほほ(なんか顎を直せそうなのは)!? ――――おほ(おお)っ!?」

 

 かっこ悪い所を見せまいと焦って周りを見渡すゼロだったが、何かを見つけるとアイリスを置いていずこへと一直線! アイリスも置き去りにされまいと慌てて後を追う。

 

「ちょっとゼロ!! 貴方どこへ行くの!?」

 

 ゼロを追いかけた先は、公園の入り口正面に大通りの横断歩道を渡った所にあるドラッグストア。 比較的治安の良い所である為か、日本式に倣って店先に商品が置かれているタイプの珍しい薬局である。

 ゼロはおもむろにそこからお目当てらしきパッケージを手早く取ってレジに向かい、ニコニコ現金払いでおつりをもらう前にちゃっちゃとパッケージを開封する。

 

「何してるの!? ここは人間用の薬局だ……て……?」

 

 ゼロは外れた顎を直すべく顔の皮膚を一部めくって機械部を露出させ、さっき買った商品から取り出したであろう『油差し』を注入する。

 

「ああ^~はまらへぇへ(たまらねぇぜ)

 

 恍惚とした目つきで顎に注入する何か……引き気味にゼロの様子を窺う店員と、ゼロが中身を取り出したパッケージに自然に目が行くアイリスが言葉を失うのは必然だった。

 

 

 そう、本来は後ろから注すものであるいちじく浣腸を。

 

 

ゴキっとな! ……うーん、これは応急用にしては具合はうんこ。 スカット爽やかだうんこ

 

 

 外れた顎は気持ち良いぐらいにキレイにはまる。 ヤクの一発でも決めたような、それこそアイリスとの接吻よりもなお満足そうに頬を緩ませる愛しの彼氏。 心なしか言葉遣いが一層汚くなったように聞こえた。

 

「ああもううんこだ。 全てはうんこだ。 身も心も全てうんこに生まれ変わったようだ「ゼロ?」

 

 アイリスは手に取ったいちじく浣腸のパッケージをゼロに突きつける……どうしてゼロは、これを迷いも無く顎に注入したのか。 まさかこれを本当に油差しとでも思っているのだろうか。

 

「貴方? 何考えてこれを顎に使ったの?」

 

 アイリスはあえて問いかけた。 これを顎に注入したその心を……注入を境に汚染が進んだような彼の言葉遣いから嫌でも想像がついてしまうが、アイリスは確かめずにはいられなかった。

 

「ああうんこ。 昨日の8月15日……じゃなかった4月30日に顎が故障したって言った筈だけどよ、今みたいに外れちまったのをそいつをブリッと注入して応急手当てしたうんこ

 

 アイリスは総毛立つ。 しかしゼロは気にせず得意げに語る。

 

「これが思いの外うんこで調子が良くってうんこ。 なんとなく口が軽くなった気がするうんこ。 しかしまああれだ、そのせいで気の利いたうんこが言えなくなってお前をうんこにしてしまったのは宜しくないうんこ。 できるだけ早くうんこ交換が必要うんこ――――」

 

 もうそれ以上は聞きたくない! 言わんばかりにアイリスは威圧感たっぷりにパッケージの商品名が見えるよう指をずらし、ゼロの目前に強く近づけた。

 

うん? これは……いちぢく……か、浣腸……おしりに……注す、だと?」

 

 無言の圧力と共に、促されるままにパッケージと謳い文句をじっくりと読み上げる。 その文面を把握する度に、ゼロの表情が消えていった。

 

 

 

 

 

 しばし沈黙する。 原因が分かって良かったでは無いか、威圧感を込めた笑みを向けてやると小刻みに身を震わせていた。

 ゼロもまた笑ってごまかそうとするものの震えを押さえられない彼を見るに、自身の表情は相当恐ろしい事になっているのだろう。

 悪いが泣きたいのはこっちの方だ。せめて、せめてその場面を恋人である自分に見られぬよう配慮してくれれば。 或いは口づけを交わす前にその事実を教えてくれさえすれば。 愛を確かめた相手を文字通り抹殺せずに済んだかも知れないのに。

 

「……アイリス。 先程言いそびれた事があったうんこ

 

 やがてゼロは敗北を悟ったか、もしくはただの無謀か……辞世の句になり得る致命的な一言を口にする。

 

「夕日に照らされたお前の髪は綺麗だ……川に流れる犬のうんこのように――――」

 

 彼が浣腸を注入して心が糞塗れになったように、自身も恋心に注された水がはち切れた。

 

 

 

 そう、怒りという名の(感情)を――――

 

 

 

うんこはアンタようんこたれハンタァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

  

 

――――甘い記憶で塗りつぶそうが、所詮クソはクソだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼロにグリスを注せていない! 悪党未満の茶々入れのせいで目的をすっかり忘れていたアクセルが、大慌てで公園前の薬局にようやくたどり着いた時、全てが遅かった。

 

「トイレェェェェェェェェェェッ!!」

 

 薬局からアイリスがゼロの顔面に跳び蹴りを入れる形で、二人して店内から勢いよく飛びだしてくるその場面にアクセルは手遅れを悟る。

 

「お、遅かった……」

 

 今までの苦労も水の泡、持っていたグリースガンを落として力なく膝をつく。 地面に突っ伏すゼロの顔はうかがえないが、ゼロを店外へ蹴り出すアイリスの脚力は相当なものだろう。 最早確認するまでも無い。

 

「しばらく口を近づけないで頂戴!! さよなら――――ヴォエッ!!

 

 フン怒を露わにしたまま、アイリスはゼロをおいて明後日の方向へと去って行った。 口から吐瀉物を夕日に煌めかせながら……。

 否応なしに刻まれた臭くて汚い記憶の1ページに、自ら酸っぱいしおりを挟んで帰って行く彼女の背中に、アクセルは同情を禁じ得ない思いであった。

 

フン……(クソ)、き、聞いてくれ」

 

 糞呼ばわりはあえて突っ込まなかった。 肩を震わせて不敵な態度を取るゼロに対し、ぐっしゃぐしゃでも必死に作り笑いをする様子が浮かび上がる。

 不注意が招いたとはいえある意味では不幸な事故の被害者でもあるゼロを、せめて最期まで見届けてやろうとアクセルは思った。

 

 

 

「この三枚目を笑ってくれ……あいつは水に流してくれなかったよ……トイレに詰まったままのうんこみてぇに!!

 

 

「つまらねぇ!!」

 

 

 

TO BE CONTINUED




 珍しく恋愛要素だって? フリに決まってるだろそんなの(ゲス顔)
 と、言う訳でシリーズ第二のゲロインと化したアイリスに黙祷を捧げ、今回はこれにて終了とさせて頂きます。
 で、完結した感想をば……何とかなるもんだなぁ、見切り発車で毎日投稿。 実際問題『ゼロにうんこと言わせる』『クサイバトロンとスカトロンのネタを使う』『うんこだけにVAVAを出す』『キスした直後に顎浣腸発覚』以外ロクに決まってない状態で書き始めたもので、どうやってオチまで持って行ったものか内心焦っておりましたが、強引でも展開進める方に書いてみれば意外と形になってやったぜ。 な気分でした。
 そんな半年ぶりにひり出したクソッタレな新作を楽しんで読んで頂けた読者の方々、それと事前に許可を求めたとはいえ、自分の作風を知った上でGOサインを出して頂いた赤バンブル氏には感謝の気持ちでいっぱいです。
 この場を借りてお礼申し上げます。

↓赤バンブル氏の連載中の作品『ドラえもん のび太の転生ロックマンX』↓
https://syosetu.org/novel/137707/

 さて、同人活動の件もあって再びZAXシリーズはお休みに入らせて頂きますが、作者自身はちょくちょくハーメルンやTwitterのアカウントに顔を出していきますので、また絡んでやって頂けると幸いです。
 面白いネタがひらめけば、今回みたいにまた短編でちょくちょく書いていったりもします。

 それでは長くなりましたが今回はこの辺で。 本作品へのお付き合いありがとうございました! 重ねて感謝の気持ちを述べさせて頂きます……でわ、またの機会に!


【挿絵表示】




 追伸:
 ゼロとアイリスはこの後しれっとよりを戻しました(白目)


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