魔法少女リリカルなのはLostMemories (アリアンロッド=アバター)
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プロローグ 殺戮少女は地獄を作る

 空に、血の華が咲く。

 

「ァアアアアアアァァァアアアアアアアアアッ!!」

 

 獣の如き叫びは、今まさに斬り捨てられた者の断末魔。それを成したのは、刃渡りが一メートルほどもある漆黒の刀を振るう小柄な影。その影が刀を振るうたびに、肉と骨を斬り裂き、血潮が舞った。一体どれだけの人数を斬って捨てたのか。少女の眼下の大地には、空中で殺され落下したと思われる者たちあ作り上げた屍山血河が広がっていた。

 小柄な影を包むバリアジャケットは、黒づくめのローブコート。体にフィットするようなデザインのそれは、小柄な影の肢体を浮き彫りにする。

 そうして浮かび上がった影の肢体は、起伏はほとんどないとはいえ、少女のそれであった。百三十にも満たないであろう背丈を鑑みるに、少女の年齢は二桁に乗るかどうかといったほど。

 しかし、少女の実力は、とてもその幼さに見合っているとは言い難かった。

 少女の視界に映る、敵、敵、敵。戦場である空中に浮かび、杖を構え、魔法を放ってくる敵は、少女の周りを360度包囲していた。

 敵が放つ魔法弾を少女は見事な飛行で回避し、それでも追尾してくる誘導弾は手にした刀で切って捨てる。そして、隙を見ては高速機動で接近し、一人、また一人と斬撃を叩き込み、地獄を彩る装飾へと変えていった。

 少女の動きはまさしく達人のそれではあるが、それでも全方位から絶え間なく降り注ぐ飽和攻撃を全て刀と体捌きで防ぐことは叶わない。だが、どれだけの攻撃を打ち込んでも、少女の体に傷が付くことはなかった。

 漆黒の装いを返り血でさらに黒く染め、それでもなお止まらぬ少女。一太刀で命に死を与え、攻撃は一切通らない。その姿は、少女と対峙する敵たちにはどう映っただろう。

 

「クソッ! クソッ! 止まれ、止まれよぉおおおおおおおッ!!」

 

 次々と屠られていく仲間。それを成した少女に、恐怖の表情を浮かべた少女の敵―――時空管理局の航空武装隊の隊員の一人が、口の端から泡を飛ばしながら叫び、今まさに別の隊員に刀を振り下ろそうとしていた少女に杖型のデバイスを向けて、迸る魔力の奔流を放った。

 少女の小さな体を悠々と飲み込むことが出来る極太の魔法砲撃。その隊員の得意魔法だったのか、発動スピード、威力、弾速、そのどれもが標準以上。標的が攻撃体勢に入っているという絶好のタイミングと言い、まさに会心の一撃と言っていい魔法だった。

 自分に迫ってくる魔法に気づいた少女は、あろうことか防御も回避もしなかった。必中不可避の砲撃に一瞥もくれずに刀を振り下ろし、また一つ死体を作り上げると、小さく何かを呟いた。

 次の瞬間、少女に迫っていた砲撃魔法が音もなく掻き消えた。「はぇ?」と砲撃を放った隊員が間抜けた声を上げる。

 その隙を突いて少女が動き出す。足元に一瞬だけ魔法陣が浮かび上がり、少女の身体が消失する。少女が使用した魔法は、近距離戦闘に置いて殺傷能力の高い魔法である『短距離転移』。

 消えた少女は刹那のうちに砲撃を放った隊員の背後に現れ、閃光のような横薙ぎでその首を刈り取った。

 血が、噴水のように噴き出る。魔法によって空に飛んでいた彼は、その力を失って地面に墜落した。大地に赤いシミが、一つ増える。

 その光景を見ていた残り少なくなった隊員たちは、そろって顔を青ざめさせた。

 

「ば、化物……」

 

 それは、誰の口から放たれた言葉だったのか。怯えを多量に含んだ呟きは、他の隊員たちにも伝わり、恐怖となって感染する。

 そうなってしまえば、彼らから戦意が失われるのは一瞬だった。「うわぁああああああああ!」と悲鳴を上げ、我先にと少女に背を向け逃走する隊員たち。

 だが、少女はそれすら許す気はないと、高速飛行で彼らの後を追う。隊員たちの飛行速度に比べ、少女のそれは倍以上の速度が出ており、逃げ惑う彼らに即座に追いついては、次々と斬り裂いていく。

 

「く、来るなぁ!」

 

 最後に残った一人は、もう逃げられないと判断したのか、逃走をやめ少女の方へと振り返り、滅茶苦茶に魔法を乱射し始めた。

 リンカーコアが軋むほどに魔力をくみ上げ、デバイスが悲鳴を上げるほどに魔法を乱打する。恐怖に涙を流し、恐怖に顔を引き攣らせながらも、悪あがきのような攻撃を続けてみせる。

 だが、彼の最後のあがきとて、少女にとってはなんの障害にもならなかった。狙いも何もかものが滅茶苦茶な魔法を無造作に斬って捨てた少女は、加速魔法を用いて最後の隊員に急接近。懐にもぐりこみ、刀を斜め上に斬り上げた。

 「がァ……!」と短く苦悶の叫びを上げ、最後に残った隊員は永遠の眠りについた。

 辺りに静寂が訪れる。数十人はいた武装航空隊の隊員は一人残らず血に沈み、宙に坐すは地獄を生み出した漆黒の少女のみ。

 辺りを見渡し、ついでに探査魔法を使って生き残りがいないことを確認した少女は、数十人の血を吸った漆黒の刀で血振りをし、腰付近に出現させた鞘に納めた。

 チンッ、と軽い納刀音が鳴る。少女は鞘に収まった刀の柄をそっと撫でた。

 

「……お疲れ様、ムラクモ」

《お気遣いありがとうございます、姫》

 

 今まで武装隊員相手に一方的な殺戮をしていたとは思えないほど穏やかな少女の声音に、返事をするものがあった。その声は少女の腰に納められた刀から発せられたものだった。鍔の部分にはめ込まれた紫紺の宝石が淡い輝きを放つ。

 少女の持つ刀型のデバイスは、近接戦闘用に造られたアームドデバイスであり、人工知能を搭載したインテリジェンスデバイスでもある。発せられた声は落ち着いた妙齢の女性のもので、少女のことを姫と呼ぶときの声音には、強い信頼と慈愛が含まれていた。それを受けた少女は、フードから覗く口元に小さく笑みを浮かべた。デバイスとマスターの関係性は、この上なく良い物であるといえる。

 

《しかし、最近は随分と時空管理局の襲撃が増えてきましたね。ここ数か月で何度拠点を変えたことか……》

「……うん、最近、引っ越しばっかり」

《まったく、あの男は何を考えているのやら……》

「……あの人の考えてることは、私には分からないよ。いっつも、難しいことを考えてるから……。そんなことよりムラクモ、任務終了の報告をしなきゃ」

《ああ、そうでしたね。では、通信をつなぎますよ、姫》

 

 ムラクモはそう言うと、通信機能を起動させ、どこかにつなげた。数瞬後、少女の眼前に投影式のモニターが現れ、一人の男性の顔を映し出した。白銀の髪に金色の瞳、どこか張り詰めたような無表情を浮かべた顔は、怜悧ながらも非常に整っている。

 

「……盟主、任務終了。襲ってきた相手は全員殺しておいた」

『そうか、ご苦労だった』

 

 ピクリとも表情を変えずにそう少女を労う盟主と呼ばれた男性。彼は少女が所属……というより、身を寄せている組織のトップの人物だ。少女は組織の中ではこの盟主の個人戦力として、どこの部隊にも所属していない。

 それはひとえに、少女の他と隔絶した実力と、彼女の持つとある『特別な力』が原因だった。

 彼女だけが持つ、強力無比な力。少女の持つ戦闘者としての恐ろしいまでの才能とその力が合わされば、無敵と言っても過言ではない。

 今日の敵もそうだった。数は今までで一番多かったかもしれないが、それだけ。雑魚がどれだけ集まろうと雑魚でしかない。そんなことを再認識することとなった戦いだったなぁ、と少女は思いを巡らす。

 ……一応言っておくが、少女が相手をした武装隊員たちは弱かったわけではない。魔導師ランクは平均でAと局の中でも優秀な部隊だった。

 ただただ、少女が強過ぎる。本当に、それだけなのだ。

 

『……その、なんだ』

 

 ふと、盟主がためらうような声音で少女に声をかけた。なんだろうと思い、少女はこてんと首を傾げた。そういった無邪気な仕草からは、彼女が数十人を無傷で完封したなどといっても信じられないだろう。

 

「……? なに、盟主」

『いや……一応確認しておくが、怪我などは無かったか?』

「………………?」

 

 少女は一瞬、盟主が何を言っているのか分からずに首を傾げた。

 これまでもこうして少女が任務終わりに盟主へと連絡を入れるということは何度でもあった。だが、その時の会話は基本、「盟主、任務終わった」『うむ、ご苦労』といった簡潔なモノ。定時連絡などが追加されることはあったが、それ以外の……それもまるで、自分を心配しているかのような言葉など、掛けてもらった覚えはない。

 そのことをどうと思いはしないが、少し不思議に思った少女は、今の盟主の発言について少し考えてみた。

 そして、すぐにその意図に気づく。

 

「……大丈夫。あの程度の敵に傷つけられるほど、私は弱くない」

 

 自信満々――といっても、声のトーンが変わらないので分かりにくいのだが――に言って見せた少女に、盟主はその鉄面皮をわずかに揺らがせた。

 少女は、盟主の発言を「たかがあの程度の相手に後れを取ったのではあるまいな?」という意味に受け取ったらしい。

 

「……盟主、私は強いよ?」

『いや、別にお前の実力を疑問視しているわけでは……』

「……? じゃあ、さっきのはどういう意味なの?」

《……姫、そのくらいにしておきましょう》

「……? ムラクモが言うなら、分かった」

 

 こてん、こてん、と左右に首を傾ける少女に気付かれぬように、盟主は小さく嘆息し、ムラクモはピカピカと呆れたように宝石を点滅させた。

 

『……まぁいい。とりあえず、拠点に帰還せよ。そして、今日はもう体を休めると良い』

「……分かった、盟………ッ!?」

《ッ! 姫ッ!?》

 

 盟主の言葉に返事をしようとした少女は、何かを察知し、ほぼ反射で腰からムラクモを向き去った。

 そして、抜刀と共に背後に向けてムラクモを振るう。放たれた斬撃が何かに命中する感覚が少女の手に届いた。それをわずかな抵抗もなく斬り裂いた少女は、「……盟主、任務続行」と短く呟き通信モニターを消した。

 

「……うっそぉ、今の防ぐってマジかよ」

 

 少女が聞こえてきた声に反応し、そちらに視線を向ける。

 そこには、今までいなかった三人がいた。男性一人と女性が二人。三人とも独自のデバイスとバリアジャケットを身に着けており、感じる魔力や身に纏う雰囲気から、彼らがかなりの強者であるということが分かった。

 少女が切り払ったのは、男が放った魔力弾……それも、迷彩による隠蔽が施された不意打ちの一撃。少女が反応できたのは……本人に聞けば、「……なんとなく?」と実に曖昧な答えが返ってくるだろう。要するに勘である。

 

「ちょっと先輩!? 警告なしに不意打ちって、何してるんですか!? あの子が犯人かどうかの確認もまだなんですよ!?」

「いや、そうだけど……なんか、嫌な予感がしたんだよ。さっさと沈めておかないとヤバそうって言うか……」

「アンタねぇ……その直感任せの判断をやめなさいって何度言えば分かるのよ? もしあの子が何の関係もない一般人だったらどうするわけ? ……まぁ、あの反応速度を見る限り、無関係ってことはないでしょうし」

 

 そう、姦しく言い争う三人。少女は警戒心を残しつつも、「……漫才?」と率直な感想を述べていた。《姫、違いますよ。管理局です》とムラクモからツッコミが入る。

 それが聞こえたのか、言い争っていた三人はぴたりと言葉を止め、無言になった。数秒間、その場に沈黙が流れる。

 

「あ~……ゴホン。えーと、取り合えず聞いていいか?」

「……何?」

 

 沈黙を破ったのは、三人で唯一の男性……真紅の斧槍型デバイスを持った青髪の男だった。気まずそうな口ぶりをしているが、少女に向ける視線には、一切の油断が無い。

 

「俺は時空管理局執務官のレオン=ディオールだ。現場に向かった武装隊員からの連絡が途絶えたってことでここに来たんだが……なぁ、お嬢ちゃん。これをやったのは……君かい?」

 

 男―――レオンが「これ」と言って伸ばした指を下に向けた。考えなくとも彼の言う「これ」が眼下に広がる肉と血が飛び散る光景だと分かる。

 スッとレオンの側にいる二人の視線が細くなる。杖型デバイスを持った薄紫色の髪の女性と、銃型デバイスを構える金髪の女性の二人は、少女の言葉を待つことなく臨戦態勢に入った。少女がレオンの問いに肯定を返せば、すぐにでも襲い掛かってくるだろう。

 だが、敵意をぶつけられても少女に動じる様子はなかった。

 レオンの問いに、少しの間沈黙していた少女は……フードから覗く口元に、うっすらと笑みを浮かべた。

 

「……うん。ソレは、私がやった。一人残らず、私が殺した」

 

 その言葉と共に、少女から濃密な殺気が放たれる。ゆらりと片手持ちにしたムラクモの切っ先が揺れ、流れるような動作で三人へと向けられる。

 

「……ッ! ど、どうして……」

 

 少女の言葉に動揺を見せたのは、薄紫色の髪の女性だった。相変わらず臨戦態勢を解いていないが、その瞳には驚愕と悲しみの色が浮かんでいた。

 

「どうして、君みたいな小さな子が……」

「……? 小さいのは便利。懐に潜りやすいから」

「そう意味じゃないです!」

「……じゃあ、どういう意味?」

 

 取り付く島もない少女の態度に、薄紫色の髪の女性は言葉を詰まらせる。そんな彼女に助け舟を出したのは、無言で話を聞いていた金髪の女性だった。

 

「ほら、リース。落ち着きなさい」

「け、けどっ、アリカ先輩……!」

「ああもう、貴女が人並み以上に優しいのは知ってるけど、今はあの娘の逮捕が優先でしょ? 話を聞くのはそれからでも遅くないわ」

 

 金髪の女性―――アリカは、薄紫色の髪の女性―――リースを落ち着かせると、少女へ銃口を向けた。

 

「時空管理局執務官、アリカ=リーズベルトです。君には次元法違反、違法物所持、公務執行妨害、殺人……まぁ、いろんな容疑が掛けられているわ。おとなしく武器を捨てて投降してくれるかしら?」

「同じく、時空管理局執務官、リース=アデリシアです。……抵抗するなら、強引な手段に出なければなりません。抵抗は……しないでくれますか」

「……はっ」

 

 アリカとリースの言葉に対して少女が返したのは、明らかな嘲笑だった。

 

「……抵抗はする。投降はしない。お前たちは……殺す」

「……オーケイ。じゃあ、ちと痛い目みることになるが、勘弁してくれよ?」

 

 そう言うと、レオンは槍斧型のデバイスを構え、全身に魔力による強化を施した。他の二人も魔法の準備に入り、四人の間には一発触発の雰囲気が流れ出した。

 

「……来ると言い、時空管理局。最近、お前たちの襲撃が多すぎて、丁度イライラしてたところ。……憂さ晴らしついでに、バラシてあげる」

「大した自信ね。私たち三人を相手にして、勝てると思ってるのかしら?」

 

 少女の挑発染みた発言に、噛み付くように反応したのはアリカだった。表情を険しくし、少女を睨みつける。

 そんなアリカの態度に、少女は余裕たっぷりに答える。

 

「……愚問。負けるはずがない」

「……ッ! そう……なら、遠慮はしないわッ!」

 

 それが、開戦の合図だった。

 アリカは銃型デバイスの引き金を引き、少女を四方八方から覆うように誘導弾を発射。それに続いて、リ―スが拘束魔法で少女の動きを阻害する。

 

「うぉおおおおおおッ! 『ブレイブスラッシャー』ッ!!」

 

 そして、加速魔法を使い亜音速で瞬時に距離を詰めたレオンが、魔力刃を展開させた斧槍型デバイスを少女に向けて振り下ろした。

 だが、その一撃は少女が展開した防御魔法によって防がれてしまう。真正面から受け止めるのではなく、斬撃を逸らすように斜めに展開された防壁によって、レオンの攻撃は少女の横を通り過ぎていった。

 そこに、アリカの放った誘導弾が迫る。少女はリースの拘束魔法によって手足を縛られており、このままではまず間違いなく直撃を貰うだろう。拘束を破壊して回避しようにも、少女の目の前には攻撃態勢に入ったレオンが待ち構えており、逃げ場をふさいでいた。

 つまり、この瞬間、このタイミング。必中不可避。

 されど、少女は慌てず焦らず。余裕の態度を崩さない。ちらりと迫りくる誘導弾に視線を向けると、小さく口元を動かした。

 それはほとんど音にすらなってないようなつぶやきだったが、すぐそばにいたレオンの耳には、そのつぶやきが届いていた。

 

 ―――――コトナギ

 

 その瞬間、少女に向かっていた誘導弾、少女を縛り付けていた拘束魔法、そして少女の側にいたレオンの強化魔法……その全てが、霧散した。

 

「……は?」

「え……?」

「な、何が……」

 

 目の前で起きた『ありえない』現象に、三人の動きが止まる。それを見てつまらなそうに鼻を鳴らした少女は、ムラクモを大きく振りかぶり、レオンのデバイスにたたきつけた。とても少女の細腕から放たれたとは思えないほどの威力を有した斬撃は、レオンの体を十メートル以上吹き飛ばした。

 

「……何だ今の。魔法が……消えた?」

「はい……そのように見えました」

「いやいや、ありえないでしょ……消えるって何よ?」

 

 空中で体勢を整えたレオンは、近寄って来たアリカとリース同様に、信じられないモノを見たという顔をする。

 その反応を見た少女は、内心で酷薄に哂った。ああ、やっぱりか、と。

 執務官。それは時空管理局の中でも選ばれた者のみがなることのできる役職。つまりはエリートなのだ。魔導師ランクAAやAAAは当たり前のこと、中にはSランクやオーバーSといった者たちもいる。

 だが、それでも、彼らは魔導師なのだ。そして、魔導師であるということは、少女には勝てないということ。

 

「……もう終わり? なら、今度はこっちから行く」

 

 そう言って、少女は足元に魔法陣を浮かべ、その場から消失する。彼女の得意魔法である『短距離転移』にてレオンたちの背後に瞬間移動。

 しかし、相手は先ほどまでの武装隊員とは練度も実力も桁違いな執務官。当然のように少女の強襲に反応してくる。

 それならばと少女は再度足元に魔法陣を浮かべ、消失。

 

「バカの一つ覚えか? 今度はどこから……がッ!?」

 

 少女の転移先を特定しようとしたレオンは、何も無いはずの……先ほどまで少女がいた前方からの斬撃をその身に受ける。とっさに回避行動をとったことで死ぬことはなかったが、右の方から左の脇腹にかけて赤い線が走った。

 

「……馬鹿はそっち」

 

 侮蔑を籠めた言葉と共に、消失していた少女が姿を見せる。その立ち位置は魔法を発動する前とさほど変わっていなかった。

 少女が二度目に発動した魔法は、『短距離転移』ではなく『迷彩』。自分の姿を見えないようにする補助魔法である。効果も難易度もまるで違うこの二つの魔法だが、『発動時に使用者の姿が掻き消える』という点だけは一致している。

 その合致を利用した奇襲戦法。少女の戦闘センスの高さがありありとうかがえる。

 

「まさか……さっきのは転移じゃなくて迷彩魔法!?」

「……初めてだと、だいたい引っかかる。けど、誇っていいよ。死ななかったのはあんまりいないから」

「ちっ、そいつは光栄なこったッ!」

 

 少女の何処までも相手を下に見た物言いに、レオンはわずかにイラつきながら、下から掬い上げるようにデバイスを振るった。少女はわずかに後ろに下がることでそれを回避したが、その風圧でかぶっていたフードが外れる。

 ふわり。と、闇がたなびいた。

 フードの下から現れたのは、長く伸びた艶やかな黒髪。三人を鋭く見つめる瞳は夜空に浮かぶ月を思わせる金色。幼さの残る顔立ちは、作り物めいた異常な美しさだった。

 少女の素顔を目の当たりにした三人が驚きに目を見開く中、ムラクモを構えた少女は、吹く風に漆黒を揺らしながら、薄らと口元に笑みを浮かべる。

 

「……まぁ、今死ななかっただけで、すぐに死ぬ。どうせ死ぬよ」

 

 だって、と言葉を続ける少女。金色の瞳が、きらりと輝きを放った。

 

「……私は、そのために存在してるんだから」

 

 少女の体から放たれる殺気が、さらに重圧を増す。

 

 

「……殺戮人形(グランドール)№0、アヤメ=グランドール。冥府への旅路、ゆるりと楽しむがいい」

 

 

 ……そして、十数分後。

 少女―――アヤメが睥睨する大地に、紅いシミが三つ追加されたのだった。



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プロローグ② 殺戮少女は彼方に消える

更新です。


「……盟主、今後こそ任務終了」

『うむ、ご苦労。では、拠点に帰還せよ』

「……了解」

 

 盟主へ二度目の報告を終えたアヤメは、通信を切るとその場にしゃがみこんだ。飛行魔法を解除し、隊員や執務官の血肉で汚れていない場所に腰掛け、ムラクモに収納しておいた缶コーヒーを取り出し、くいっと一飲み。

 

「……はふぅ、美味しい」

《姫は本当にその黒いのが好きですよね。苦くないんですか?》

「……それがいいの」

《まぁ、姫が好きならいいのですが。けど、その黒いのに含まれるかふぇいんとやらは取りすぎると体に良くないそうです。飲み過ぎには注意してくださいね?》

「……うん」

 

 ムラクモの小言に素直に頷き、ちびちびと缶コーヒーに口を付ける。一口飲むたびに異質な美貌を誇るお顔がほわぁ、と幸せそうに緩む姿は大変愛らしい。目の前に広がる光景を無視すれば、癒し効果すらありそうだった。

 

「……ムラクモ、さっき戦った執務官とかいう三人、どのくらいの強さだった?」

《あの三人ですか? そうですね、男が魔導士ランクS+。残りの二人がSといったところでしょうか》

「……ふぅん」

《姫、それが何か?》

「……別に。Sランクより上と言っても、あの程度かって思って」

《執務官といえば、管理局のエリート中のエリート何ですがね。まぁ、姫にとってはそうでしょうね》

「……つまんなかった」

 

 そう呟くアヤメの表情は実に不満そうだった。

 

《……姫は、強者との戦いを望んでいるのですか?》

「……どうなんだろう。けど、私の存在意義は戦うことと殺すこと。それ以外には何もない」

《……………》

「……だから、やるならもっと楽しくやりたいなって」

《……………そう、ですね。けれど、それは難しいでしょうね。何せ、姫は最強ですから》

「……そこが悩みどころ。戦いを楽しみたいけど、私は最強だから楽しめる相手がいない」

 

 むぅ、と頬を膨らませるアヤメに対して、《まぁまぁ、その内姫を楽しませてくれる相手が現れる時が来ますよ、きっと》と慰めの言葉をかけるムラクモ。

 だが、彼女の内心は複雑だった。ああ、どうして、と声に出さずに嘆く。

 アヤメ自身がそう言った通り、アヤメは戦い、殺す、ただそのためだけに生み出された存在だ。組織に仇なす者を粛正する絶対的な兵器。血と肉が飛び散る赤き地獄を作り出す殺戮人形(グランドール)。九歳という幼さでありながら、手にかけてきた命は三桁を優に超え、四桁に届こうかという勢いだ。

 まだ幼いアヤメを支えるために、小さい頃からずっと一緒にいるムラクモは、そのことに対して複雑な感情を抱いていた。

 ムラクモには、アヤメが持たないモノ……『良識』や『倫理観』というモノが情報としてインプットされている。何故殺戮のための兵器のデバイスにそんなものが搭載されているのかはわからない。だが、ムラクモはそれが悪いことだとは思っていなかった。

 ムラクモにとって何よりも優先すべきことは、アヤメの幸せ。アヤメの存在意義が殺戮にあるならば、ムラクモの存在意義はアヤメを幸福にすることにある。

 そんなムラクモからすれば、今のままでアヤメが幸せになることは到底不可能だろうと考えていた。ムラクモの持つデータベースから判断するならば、幸福とは普遍的な日常と暖かな平穏の中でこそ手に入るモノであり、血に濡れた戦場では無縁なモノ。アヤメが殺戮人形(グランドール)としての役割をこなしているうちは、到底不可能なことだった。

 だが、現状を打破するような方法はなく、そもそもアヤメ自身にその気がまるでないことが最も高い壁となって、ムラクモの目標達成を妨げている。

 殺戮の兵器として生み出されたアヤメは、製作段階でそれに不必要な感情を封印されている。殺人への忌避感や人を傷つけ、傷つけられることに対する恐怖。そして、組織のことと自らの使命を何よりも優先し、自身の欲や願望を表に出さないこと。それがアヤメに架せられた枷であり、常人なら心が壊れてしまうような地獄でも平然としていられるように精神を守護する鎧でもある。アヤメが対象が戦いとはいえ、『楽しむ』という感情を抱けたのは、これまでのムラクモの努力の結晶だった。

 どうすれば我が主人が幸福を手に入れることが出来るのか。答えの出ない問を、ムラクモは何度も何度も思案する。

 そして最後には、信じてもいない神に祈るのだ。いつか、姫に幸福が訪れますように……と。

 

《……何か、大きな転機があれば……いえ、そんな都合のいいことなど、起きるはずが無い》

「……? ムラクモ、何か言った?」

《いえ、何も。さぁ、姫。もうそろそろ拠点に戻りましょう。帰ったら体を清めて、夕食ですよ》

「……ん、ごはん。今日は何かな?」

《確か、管理外世界の料理で、カレーライスとかいう――――――――ッ!? 姫ッ!!》

「……ッ!」

 

 アヤメが転移魔法で拠点に戻ろうとしたその時だった。アヤメのいる場所の遥か上空より、強大なんて言葉では言い表せないほどの魔力反応が現れたのは。

 瞬時に警戒態勢に入り、ムラクモを抜き去ったアヤメが、魔力反応を感知した天空を見上げた。

 

「……………なに、あれ」

 

 アヤメの両目に映ったのは、遥か上空で輝く極光。三重の円環に囲まれた膨大な魔力の塊だった。

 それが何なのか分からず困惑するアヤメとは違い、その正体をいち早く看破したムラクモは、悲鳴に近い声を上げた。

 

《あれは……アルカンシェルッ!?》

「……それって、管理局の広域殲滅魔導砲?」

《発動地点を中心に半径百数十キロメートルを反応消滅させる文字通りの化物です! 姫、早く転移魔法を……》

「……さっきからやってる。けど、上手く座標指定ができない。何かに阻害されている?」

《……ッ! アルカンシェルは空間歪曲を発生させ、対象をブラックホールのように飲み込み消滅させる兵器です。すでに空間歪曲の影響が出ているのでしょう……くッ、一体どうすれば……!》

「……大丈夫、ムラクモ」

《姫? ……ま、まさかッ!? ダメですよ姫! な、何とかして逃げる方法を……!》

「……無理。もう、遅いから」

 

 アヤメがそう呟いたその瞬間だった。

 天空にて燦然と輝く魔力の塊が、アヤメのいる大地目がけて発射された。

 極太の極光が、明確な殺意を伴って、天を斬り裂いた。

 そして、アヤメは―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 時間は、少し前に遡る。

 次元空間にて停泊中の次元艦『アルタイル』のブリッジ内には、痛いほどの静寂が流れていた。

 

「…………すまない、今の報告をもう一度頼む」

 

 静寂を破り、絞り出すように言葉を紡いだのは、この艦の艦長のヒトル=アデリシア。役職は提督であり、有体に言えばこの艦の中で最も偉い人物である。

 そんな彼は現在、非常に言い難い表情をしていた。ブリッジ内に広がる静寂……その原因であるオペレーターより告げられた報告を、再度言うように命令を下す。

 ヒトルの命令を受けたオペレーターは、言いにくそうに何度か口を開閉した後、覚悟を決める様に息を大きく吸い、できる限り感情を排除した声音で報告を繰り返した。

 

「……1003航空武装隊の生命反応がロストした地点に向かった執務官の三名。レオン=ディオール、アリカ=リーズベルト、リース=アデリシアの生命反応がロストしました。付近に敵対勢力と思われるアンノウンが残存していることから……執務官の三名も、武装隊同様にアンノウンにより撃墜されたのだと思われます」

「………………そう、か」

 

 オペレーターより再度告げられたその報告に、ヒトルは長い沈黙の後、短い言葉をようやく返した。

 ヒトルは己の心に生まれた深い絶望に、思わずその場で崩れ落ちた。「艦長!」と近くにいた部下がすぐさま彼の側に駆け寄り、その体を支える。

 

「しっかりしてください、艦長!」

「………ああ、すまない。すぐに、起き上がる……」

「艦長……」

 

 部下の面々は、ヒトルのその弱々しい様子に、痛ましいモノを見るような視線を向けた。

 常に毅然とし、威厳とカリスマをもって部隊を指揮するいつものヒトルの姿はどこにもなく、部下に支えられよろよろと立ち上がる彼は、一回りも二回りも小さく見えた。

 ヒトルは、部下が自分に向けて不安げな視線を送っていることに気づくと、どうにか口元に笑みをうかべて見せる。

 

「……ああ、皆すまんな。私は大丈夫だ。すぐに元に戻る。…………ただ、これだけは聞かせてもらえるか? リースは……私の娘は、死んだのだな?」

「……はい、まず間違いなく」

「………………そう、か……」

 

 艦長席に座り直したヒトルは、部下の一人が言いにくそうに告げた言葉に、静かに返事をした。掠れるような声で短く発せられた言葉には、どれほどの感情が込められているのだろうか。

 厳しくも優秀な提督として時空管理局本局でも有名なヒトル。そんな彼が、死んだ妻の忘れ形見である一人娘を何よりも愛していることは、ヒトルの名を知る者なら誰でも知っている情報である。

 もちろん、このブリッジ内にいる彼の部下もそのことは知っており、ヒトルの心情を察して誰も何も言えなかった。

 ブリッジ内に流れる空気が、暗く重苦しいモノになっていく。ヒトルのこともあるが、武装隊に加え執務官もが全滅したことも、この空気を形成する要因に一役買っている。

 武装隊は平均ランクA、執務官に至ってはSランクと言う本局でも一握りのエリートたちが、たった一人の敵に殺された。その上、おなじ任務に就いており、艦に乗っている間に交流し、少しでも仲を深めた相手が死んだという事実が、彼らの胸に深く突き刺さる。

 今回、ヒトル率いるこの部隊に下された任務は、数か月前より確認された違法魔導師、通称『アンノウン』を可能ならば捕縛、不可能なら討伐するというモノ。アンノウンは管理局を敵視するとある犯罪組織とのつながりが疑われており、それについての真相解明もかねて、管理局は身柄の確保を試みていたのだが……確保のために向かった局員全員が返り討ちに遭い、その命を散らしていった。

 事態を重く見た管理局は、とうとう次元艦一隻と航空武装隊一個中隊、さらには次元艦の艦長、ヒトルと交友のある執務官三名という、破格を通り越して異常な戦力をアンノウン討伐のために用意した。そして、この次元艦には局が保有する魔導兵器の中でも抜きんでた破壊力を誇る、魔導砲『アルカンシェル』までもが搭載されている。

 上はアンノウンの存在をどうしても許せないようだ、とヒトルは任務を通達された時に漠然と思ったことを思い出した。

 正直なところ、この任務に対して甘い考えを持っている部分は、確かにあった。

 やりすぎなくらいにそろっている戦力、最終兵器ともいえる魔導砲。いや、魔導砲など使わなくても、万が一の敗北すらありえないと思っていた。そのくらい、ヒトルは武装隊の隊員や、執務官である自分の娘とその仲間の実力を信頼していたのだ。

 それが、ふたを開けてみればどうだろうか。武装隊は全滅し、そのあとを追うように娘とその仲間も命を奪われた。

 アンノウンの実力を完全に見誤った。勝てると思って挑んだ相手は、こちらの想定を鼻で笑い飛ばすような化物だった。その化物が、幼い少女の姿をとっているのだからなお恐ろしい。人間は己の理解が及ばない存在に対して恐怖を抱くというが、モニターに映し出される齢二桁に行くか行かないかの黒髪の少女を見てヒトルが抱いた感情は、まさしくそれだった。

 オペレーターの報告によれば、アンノウンとこちらの戦力との戦闘は、蹂躙と言っていいほどに一方的なものだったらしい。

 なんだそれは、一体どんな化物なんだと、思わず笑ってしまいそうになる。どうすればそんなものを相手にすることを想定できるだろうかと、現実逃避気味の問を心に浮かべる。

 だが、どれだけの後悔も、どれだけの反省も、もはや意味のないモノだった。

 絶望が、深い深い夜の海のような絶望が、ヒトルの胸中を覆い尽くす。仮に今この場にヒトルしかいないのなら、彼は恥も何もを投げ捨てて、慟哭を上げていただろう。

 それでも、彼はこの次元艦の艦長であり、今なお彼に心配そうな視線を向けている部下たちを率いる者であり、この任務の最高責任者。ならば、絶望に暮れ泣き崩れることも、全てを投げ出し虚ろに堕ちることもしてはならない。最後まで、この任務に順次しなければならないのだ。

 崩れかけの心に喝を入れ、震える膝を根性で抑え込み、全身にぐっと力を込めたヒトルは、声が震えないように注意しながらオペレーターに指示を出す。

 

「オペレーター、今艦に残っている戦力で、任務を完遂することは可能か?」

「難しい……いえ、不可能でしょう。これ以上の戦力追加は、いたずらに犠牲を増やすだけかと思われます」

「そうか……分かった」

 

 オペレーターの報告に、まぁそうだろうなと内心で頷くヒトル。こちらの最高戦力はすでに敗れ去っており、艦に残っているのは最低限の戦力のみ。武装隊、執務官との立て続けの戦いで消耗しているなら兎も角、モニターに映る少女に疲れた様子はない。

 こちらに戦力は残っていない。それはつまり、任務の第一目標である捕縛は不可能であるということ。戦わずに対話で何とかするという手段もあるが、数十人を殺してなおケロリとしている少女と交渉の席に着きたがる変わり者はいないだろう。というか、あの少女が対話に応じるかどうかも怪しい。使者を送り付けたところで、死体の山がまた少し標高を伸ばすだけだろう。ヒトルはこの時点で、思考を「アンノウンの捕縛」から「アンノウンの討伐」に切り替えた。

 この状況で、どうすればアンノウンを討伐することが出来るのか。思考を巡らせたヒトルは、一つの結論にたどり着く。

 

「……アルカンシェルを起動せよ」

「艦長!?」

「いい、責任は全て私がとる。……幸いなことに、アンノウンがいる次元世界に人はいない。着弾地点は生命反応も少ない荒野だ。アルカンシェルを撃つにはうってつけだとは思わないか?」

「それはそうですが……」

「ならば早くするんだ。今回の任務はアンノウンの捕縛か討伐。すでに捕縛が不可能になってしまった以上、もう一つの目的は何が何でも達成しなくてはならないんだ。……まぁ、私怨が含まれていないのかと言われたら、否定派できないがね」

「艦長………分かりました。アルカンシェル、起動します!」

 

 冗談交じりに微笑むヒトルに苦笑を浮かべたオペレーターは、すぐさま手元の機器を操作し、アルカンシェルの起動を艦に命じる。次元艦の外壁の一部に、二本の角のような砲身が現れる。

 

「転移開始……目標地点の上空一万に出現! 艦長、発射準備整いました!」

 

 次元艦がアンノウンのいる世界の空に現れる。それと同時に、ヒトルの目の前にアルカンシェル発射の最終シークエンス、発射キーを差し込む鍵穴が現れる。

 

「ああ、分かった。では……アルカンシェル、発射ッ!」

 

 艦長だけが所持することを許されているアルカンシェルの発射キーを、ヒトルは力強く突き刺した。

 外壁に設置された砲身に、魔導炉より多量の魔力が送られる。三つの円環によって包まれた魔力は収束し、あきれるほどの破壊力を秘めた光球となった。

 そして、放たれる。全てを消し去る極光の一撃が。

 天を引き裂く閃光の槍。それを見たブリッジ内の誰もが、勝利を確信した。

 ヒトルは自分が知らず知らずのうちに拳を強く握りしめていることに気が付く。そして、己の心のうちでざわつく、仄暗い感情を自覚した。

 それは、娘を殺された親ならば、持って当然の感情。それを成した相手への恨みつらみ、怨念、復讐心。

 どれだけ『提督』としての自分であろうとしても、冗談で誤魔化そうとしても、消えてくれないソレに、己の口元が弧を描いていくのを止められない。

 さぁ、死ね。死んでしまえと、ヒトルの中でささやく声が聞こえる。どす黒い殺意が、アンノウンの絶対の死を望んで止まない。己の醜い部分を容赦なく自覚させられた。

 

「(……いや、今はこれでいい。この感情のおかげで、ためらうことなく引き金を引けた。……娘の、敵を討つことができるッ!)」

 

 モニターに移された映像内で、アルカンシェルから放たれた砲撃が大地に突き刺さるのを確認した途端、ブリッジ内に歓声が上がる。ヒトルも、胸の内に宿った感情のまま声を上げそうになったが、寸前のところで我慢する。

 だが、彼らにとっての地獄は、ここからだった。

 

「……? どういうことッ!? どうなってるの!?」

 

 最初にそれに気づいたのは、一人のオペレーターだった。観測用のサーチャーから送られてくる映像を見ながら、酷く取り乱した様子で叫ぶ。

 

「お、おいどうしたんだ!?」

「消えてる……いえ、無効化? 霧散? 何なのこれ、一体どうなってると言うのよ!?」

「おい、おい! 落ち着け! 何をそんなに慌ててるんだ!?」

 

 そのオペレーターの異常な様子に、何事かと周りの者が声をかけるが、オペレーターは何かにとりつかれたようにモニターに食いつき、悲壮な表情で何かを呟いている。

 そんなオペレーターの様子を訝しんだヒトルが声をかけようと口を開きかけた時、そのオペレーターが勢いよく振り向き、眉間に険しく皺を刻みながら、叩きつける様に叫んだ。

 

「艦長ォ! アルカンシェルが……アルカンシェルが、無力化されています!」

「……………は?」

 

 オペレーターの報告に、間の抜けた返事をしてしまうヒトル。慌ててモニターを確認すると、そこには、信じられない光景が映し出されていた。

 

「…………………ハハッ、ハハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 その光景を見たヒトルは、笑った。瞳に涙を浮かべ、口元を引き攣らせながら、モニターに映る現実から逃げるように、笑い狂う。

 アンノウンは、生きていた。デバイスである刀を構え、大地に両の足を突き立て、しかと生存していた。

 その現実……大地に突き刺ささる寸前のアルカンシェルの砲撃に真っ向から立ち向かい、どういう原理か分からぬが砲撃そのものを無害な魔力に分解しているアンノウンの姿を見てしまったヒトルは、もう笑うしかなかった。こちらの用意した手段の全てが、アンノウンの手によって粉々に破壊されていくという悪夢は、持ち直しかけていた彼の心を完全に崩壊させてしまったのだ。

 やがて、アルカンシェルから放たれた砲撃は、その全てを無害な魔力に変換され、霧散していった。

 今度こそ、破られようのない沈黙がブリッジ内に訪れた。誰も、何も言えずに黙り込む中、ヒトルの壊れたオルゴールのような、調子の外れた笑い声だけが、いつまでも響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……『異薙・天衝』。……うん、何とかなった」

 

 構えていたムラクモを降ろし、小さく息を漏らしたアヤメは、疲れた様子でそうつぶやいた。少女の体に怪我はないが、額には玉のような汗が浮かび、呼吸も荒い。よく見るともともと白い肌が、さらに白くなっていた。アルカンシェルを無効化するのに、それだけ消耗したということだ。

 だが、威力と規模はけた外れだが、アルカンシェルも魔法に変わりはない。ならば、アヤメにその影響が届くことはないのだ。

 アヤメの持つ特別な力、『異薙』。

 異能を薙ぎ払う特殊技能。その性質は『魔法抹消』。魔法そのものや魔力を使って起こしている現象を全て消し去り、無害な魔力に分解するというモノ。武装隊員と執務官相手に使ったのは基本形の『異薙』。一定範囲内の魔法を全て無効化する。

 そして、アルカンシェルを無効化したのは、『異薙・天衝』。効果範囲と無効化対象を限定することによって出力を上げた『異薙』である。

 

《……え? 無力化、成功したんですか……? …………いやっほぉおおおおおおおお! 流石です姫! 管理局の秘蔵兵器相手でもこの結果! 素敵すぎますぅ! やっぱりウチの姫が一番だってはっきりわかんだね!》

「……ムラクモ、落ち着く」

《……はっ! し、失礼しました、姫》

 

 スーパー親バカモードに突入したムラクモを窘めたアヤメは、スッと目を細めて上空を見上げた。そこには銀色に輝く星……ではなく、アヤメに向けて広域殲滅兵器をぶっ放した次元艦が浮遊している。

 

《……さて、姫。どうします?》

 

 ムラクモの「何を」という部分を抜いた問いかけ。だが、アヤメにはそれで十分であった。

 

「……無論、斬り捨てる。行くよ、ムラクモ」

《仰せのままに、姫。私はどこまでもついていきますよ》

 

 ムラクモの返事に満足げにうなずいたアヤメは、両手で握った刀を正眼に構え、意識を集中する。

 

「……我、万象斬り祓う一刀也」

 

 そして、詠唱。アヤメの口から、殺戮の祝詞が紡ぎ出される。それと同時に、その体から闇色の魔力が吹きあがる。

 

「……天空を裂き、大地を裂き、大海を裂く。大いなる力よ集え」

 

 アヤメの体から吹き上がった魔力が、ムラクモの刀身に集まっていく。集まる魔力はアヤメのものにとどまらず、アヤメが『異薙』で無効化したアルカンシェルのモノも同じように刀身に纏わりついていく。

 集まった魔力は刀身に沿うように圧縮され、やがて刀身を覆う闇色の刃となる。

 

「……一刀全断、『無斬』!」

《『無斬』、起動》

 

 詠唱が終わり、完成したのは膨大な魔力を圧縮して作られた魔力刃。集束魔力斬撃魔法『無斬』。ありとあらゆるものを斬り裂く、最強の矛。

 

「……『金烏』」

 

 さらにアヤメは、高速飛行補助魔法『金烏』を発動。アヤメの背中に一対の羽根が生える。濡れ羽色の鳥の羽根に酷使した魔力翼。それを生やしたアヤメの姿は、悪徳に堕ちた天使……堕天使を思わせるものだった。

 ふわり、と飛行魔法を発動したアヤメの体が浮かび上がる。

 羽根をまき散らしながら、『金烏』の翼がバサリと羽ばたいた。瞬間、アヤメは音の壁を超えた。

 あたかもアヤメの姿が消失してしまったかのような超加速。ソニックブームを発生させながら、向かう先は天空に坐す次元艦。

 僅か数秒で次元艦の浮遊する高度の少し上空まで上昇したアヤメは、そこで一度停止した。

 

「……さぁ、ムラクモ。殺戮を始めよっか」

《……ええ、やりましょう》

 

 そう告げたアヤメは、『無斬』を展開したムラクモを両手で強く握りしめ、頭上に掲げる様に構えた。

 

「……『無斬・劫』」

《『無斬・劫』、展開》

 

 追加詠唱を口にすると、ムラクモを覆う闇色の刃に変化が現れる。一度ゆらりと揺らめいた魔力刃が、その長さを伸ばしていく。一メートルほどだった刃渡りが、十メートル、百メートルと伸長し、やがて、次元艦の全長を超えるほどの長さになった。

 アヤメは伸長した闇色の刃を、次元艦に向けて容赦なく振り下ろした。斬撃を受けた次元艦は防護結界を展開するが、『無斬』は『斬れぬもの無し』の名にふさわしい威力を見せつけ、防護結界を紙屑のように引き裂いた。

 まずは一刀、振り下ろし。次元艦を左右に割る。

 続けて二刀、三刀。袈裟斬り、逆袈裟。次元艦に『*』状の傷が刻まれる。

 最後に一穿。三本の傷が交差する部分に魔力刃が突き立てられる。

 

「……『無斬・瞬華終刀』」

《『無斬・瞬華終刀』、実行》

 

 そして、終幕。『無斬』によって作り出された闇色の刀身。その切っ先に魔力刃を構成していた魔力の全てが集まり、圧縮される。

 次の瞬間―――――圧縮された魔力が解放され、次元艦全てを飲み込むほどの大爆発が起こった。闇色の波動が、圧倒的な破壊をまき散らす。

 爆音が響き渡り、灼熱と衝撃が斬り裂かれた次元艦を鉄屑に変えていく。バラバラになったパーツが、炎を纏わりつかせながら堕ちていった。

 

「…………」

 

 その光景を、アヤメは無感動に見つめていた。何の表情も浮かんでいない顔からは、アヤメの内心を読み取ることは不可能だった。

 やがて、壊れ崩れる次元艦を見るのにも飽きたのか、ムラクモを納刀したアヤメはふいっと視線を何もない空間に向けた。

 

「……ムラクモ、帰ろう」

《ええ、帰りましょう。帰ったらちゃんとご飯を食べて、しっかり休むんですよ?》

「……うん」

 

 母親のような物言いをするムラクモに小さく微笑んだアヤメは、拠点に帰るために転移魔法を発動しようとする。

 だが……ここで、思わぬ事態が発生した。

 

「……………あ、れ?」

《……ッ!? 姫!?》

 

 アヤメの足元に浮かび上がった転移魔法の魔法陣。それが、突如としてぐにゃりと歪みだしたのだ。精緻で複雑な文様が刻まれた魔法陣はぐちゃぐちゃになり、バチバチと放電現象を起こし始める。

 

「……転移魔法が、暴走してる? どうして……!」

《……まさか、アルカンシェルの影響が残っていた? だとしたら……!》

 

 アヤメもムラクモもこの事態には焦った様子を見せるが、魔法陣が止まる気配はない。直接魔力を流し込んで無理矢理制御しようとしたり、魔法の発動を破棄しようとしたが、そのどれもが意味のない行為だった。

 

「……………あ」

 

 そして、暴走した魔法陣は、暴走したまま発動し、アヤメをここではないどこかへと強制的に転移させた。

 アヤメが消えた後には、死体の山とスクラップより酷い有り様になっている次元艦だけが残された。

 

「ぐぅ……!」

 

 強制的な転移。空間の歪に直接放り込まれたアヤメの体には、多大な負荷が襲い掛かる。連続戦闘に、アルカンシェルの無力化。さらには体に大きな負担がかかる集束系魔法の使用。そこに追い打ちをかけるかの如く訪れた事態に、アヤメの幼い肢体は簡単に悲鳴を上げた。

 全身から魔力を迸らせ、リンカーコアを軋ませながら自らを守り、転移の終わりを待つ時間は、無限よりも長く感じられた。

 やがて、全身を襲う重圧がフッと消えた。同時に、アヤメの身体はどこか分からない場所に放り出され、勢いよく地面に墜落した。

 

《姫!? 姫!! 大丈夫ですか!? 姫ぇ!!》

「……………あ、むら……くも…………だいじょう……ぶ……」

 

 心配そうにアヤメを呼ぶムラクモの声も、アヤメの耳にはぼんやりとしか聞こえてこなかった。全身に走る痛み。朦朧とした意識。身体を動かそうとしても、ピクリとも反応しない。

 

「(……あ……も、う…………む…り……………………)」

 

 そして、僅かに残っていたアヤメの意識は、《姫! 姫!》というムラクモの声を最後に闇に沈むのだった。

 




デトーネーション最高すぎやしません? 時間の関係で三回しか見に行けなかったけど、面白さがまるで色褪せなかったですね。
なのはさんはマジなのはさんだったし(深刻な語彙力の消失)、フェイトちゃんとレヴィのやり取りが尊死不可避だったし、キリエちゃんの成長には涙出るし、王様がイケメン過ぎて辛かったし、所長の声が山寺宏一の時点で「あ、黒幕だー」ってなるし…………うん、最高だったぜ。
あと印象的だったのは、私服シュテルが履いてた靴下が地味に猫マークだったこと。あーもう! かーわーいーいーなァーッ!!


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