バルチック艦隊召喚 (伊168)
しおりを挟む

設定資料等
地球での歴史、現在のロシア軍など(随時更新)


本来の日露戦争とは変わっています。


変わっている所のみ列挙

 

・旅順包囲戦・・・コンドラチェンコが生存。ステッセルが中々降伏せず(史実では割と早め)ロシア側に多数の病死者が出たものの、五月の時点で陥落しておらず、旅順艦隊も壊滅していない。

 

・黄海海戦・・・丁字戦法が史実より良く成功し、戦艦レトヴィザン、ポルタヴァ、ポビエダ、ツェサレーヴィチ除き戦艦は全て沈没。巡洋艦はバヤーン、アスコリド、ノーヴィック以外全て沈没(ノーヴィックは樺太に無事逃走。他は旅順に引き返す)駆逐艦、砲艦はレイテナント・ブラコーフ、フサードニク、ボエヴォイ、ナリム、スコールイ(スコールイはウラジオストクに逃走、ナリムは途中で座礁)以外沈没。

駆逐艦一隻自沈。

防護巡洋艦ディアーナ、鹵獲。

 

・ペトロパブロフスク・・・機雷により沈没するもマカロフ提督は生存。

 

・黒溝台会戦・・・グルッペンベルクへの撤退命令が遅れ、グルッペンベルクは未だ戦列にある。日本軍の戦列は半壊。

 

・奉天会戦・・・ロシア陸軍は史実よりやや多めの被害を出すが、黒溝台が評価され、クロパトキンは左遷されず。

 

あとは史実と同様です。

 

 

 

【現在のロシア軍】

・陸軍・・・満州軍(司令官クロパトキン、参謀長サハロフ、作戦部長エウエルト)のみ

・第1軍(司令官リネウィッチ、参謀長スホリモフ)

・第2軍(司令官グリッペンベルク)

・第3軍(司令官カウリバルス)

 

・海軍・・・バルチック艦隊の艦艇(非戦闘艦含む)50隻程度+旅順艦隊10隻

 

・第2太平洋艦隊・・・司令長官 ジノヴィー・ロジェントヴェンスキー、参謀長クラピエ・ド・コロング大佐。現在バンフォン湾などに停泊中。異世界転移説を知る。駆逐艦ブイヌイのみロデニウス沖で行方不明。

 

所属艦艇

第1戦艦隊(直属)・・・戦艦クニャージ・スヴォーロフ(艦隊旗艦、隊旗艦、艦長イグナチウス大佐)、戦艦インペラートル・アレクサンドル3世(ブフウオストフ大佐)、戦艦ボロジノ(セレーブレンニコフ大佐)、戦艦オリョール(ユング大佐)

 

第2戦艦隊(司令官フェルケルザム少将)・・・戦艦オスリャービナ(隊旗艦、ベール大佐)、戦艦シソイ・ヴェリキー(オーゼロフ大佐)、戦艦ナヴァリン(フヒテンゴフ大佐)、装甲巡洋艦アドミラル・ナヒーモフ(ロジオーノフ大佐)

 

第1巡洋艦隊(司令官エンクウィスト少将)・・・防護巡洋艦オレーク(隊旗艦、ドブロツウオリスキー大佐)、防護巡洋艦アヴローラ(エゴリエフ大佐)、装甲巡洋艦ドミトリー・ドンスコイ(レベーデフ大佐)、装甲巡洋艦ウラジミール・モノマフ(ボポープ大佐)

 

第2巡洋艦隊(司令官シェーン大佐、副官アレクサンドル・ズーロフ中佐)・・・防護巡洋艦スヴェトラーナ(隊旗艦、艦長は司令官シェーン大佐と同一人物)、防護巡洋艦アルマース(チャーギン中佐)、巡洋艦ジェムチュク(レウィーツスキー中佐)、巡洋艦イズムルート(フェルゼン中佐)

 

第1駆逐艦隊(司令官不明)・・・駆逐艦ブイヌイ(隊旗艦?、コリメイツオフ中佐、中破)、ベドヴイ(バラーノフ中佐)、ブイスツルイ(マニコフスキー中佐)、ブラーヴイ(ヅールノーウォ大尉)

 

第2駆逐艦隊(司令官不明)・・・駆逐艦:グローズヌイ(隊旗艦?、アンドレ・ジェフスキー中佐)、グロームキー(ケルン中佐)、ボードルイ(イワーノフ中佐)、ブレスチャーシチー(シャーモフ中佐)、ベズプリョーチヌイ(マッセーウキチ中佐)

 

第1航空母艦隊(ウィレン少将、参謀アガベーエフ大佐)・・・軽空母「ガングート」、軽空母「スィノプ」、軽空母「ナヴァリノ」、軽空母「ミハイル・クトゥーゾフ」、軽空母「ミハイル・バルクライ」、軽空母「ピョートル・バグラチオン」

 

その他

仮装巡洋艦ウラル(イストミン中佐)

工作船カムチャツカ(ステバノフ中佐)

輸送船アナディリ、輸送船イルツイシ、輸送船コレーヤ、輸送船ルーシ、輸送船スヴィーリなど輸送船多数

病院船オリョール、病院船コストローマ

曳船「ルース」曳船「スウィーリ」

 

 

 

第3太平洋艦隊・・・司令長官ニコライ・ネボガトフ、参謀長クロッツ中佐。現在ロデニウス沖で駆逐艦「ブイヌイ」を捜索中。異世界転移説は知らない。また、仮装巡洋艦テレーク、クバーニのみ宗谷海峡に向かう途中の大陸沖で謎の艦隊から攻撃を受け撤退している。

 

第3戦艦隊(直属)・・・戦艦インペラートル・ニコライ1世(艦隊及び隊旗艦、スミルノフ大佐)

海防戦艦ゲネラル・アドミラル・アプラクシン(リーシン大佐)、海防戦艦アドミラル・セニャーヴィン(クリゴリエフ大佐)、海防戦艦アドミラル・ウシャーコフ(ミクルフ大佐)、工作船クセーニャ

 

第3巡洋艦隊(追加、司令官ボイスマン大佐{元ペレスヴェート艦長})

装甲巡洋艦スヴィタスラーフ・イーガリェヴィチ(ザレスキー大佐、旗艦)、装甲巡洋艦イーゴリ(コロスソーウィッチ大佐)、装甲巡洋艦オレグ(チエルヌイシエフ大佐)、防護巡洋艦アドミラル・コルニーロフ(シーモン大佐)、防護巡洋艦パーヴェル(ブーブノフ大佐)、防護巡洋艦キリール(キーツキン大佐)

 

第3駆逐艦隊(司令官チンメルマン大佐)

駆逐艦グニェーブ(チンメルマン大佐直属)、駆逐艦ズローバ(ルーキン大尉)、駆逐艦ヴォーリア(カルツオフ大尉)、駆逐艦ゴールドスチ(フメリョフ大尉)

その他砲艦4隻。

 

第2航空母艦隊(元旅順艦隊参謀長モーラス少将)

改造空母「ノヴォアルハンゲリスク」、改造空母「ブルシーロフ」

 

義勇艦隊(司令長官ラドロフ大佐)・・・仮装巡洋艦テレーク(中破)、仮装巡洋艦クバーニ(小破)、仮装巡洋艦リオン、仮装巡洋艦スモレンスク、仮装巡洋艦ペテルブルグ、仮装巡洋艦ウラール

 

輸送船・・・5隻

 

補助艦隊(輸送船などの非戦闘艦+義勇艦隊)の司令長官はドブロッウオルスキー大佐

艦隊の中に仮装巡洋艦テレーク、仮装巡洋艦クバーニ除き損傷艦なし、喪失なし。遭難一隻(後に発見)。

 

 

・第1太平洋艦隊(司令長官マカロフ、参謀長エベルガルツ大佐、先任参謀アザリエフ大尉、後任参謀セレメテフ大尉、スミルノフ少尉、水雷士官デニソフ大尉、砲術士官ミヤキシエフ大尉)

 

・戦艦アドミラル・ジョーネス(独立旗艦、フォン・エッセン大佐)

 

・第1戦艦隊 (司令官ウフトムスキー少将、参謀長スタフラキー大尉、副官アレクセイ・マカリンスキイ大尉)

戦艦ツェサレーヴィチ(隊旗艦、グリゴローウィッチ大佐)、戦艦レトヴィザン(シチエンスノーウィッチ大佐)、戦艦ポルタヴァ(ウスペンスキー大佐)、戦艦ポビエダ(ザツァリョンヌイ大佐)

 

その他、一等巡洋艦バヤーン(フョードル・イワノフ中佐)、、三等巡洋艦ノーヴィック(フォン・シューリツ中佐)、二等巡洋艦アスコリド(グラムマチコフ大佐)

駆逐艦レイテナント・ブラコーフ(イワーノフ中佐)、水雷砲艦フサードニク(ダウイドフ中佐)、駆逐艦ボエヴォイ(エリセーエフ中佐)、駆逐艦スコールイ(ホメンコ大尉)

 

・ウラジオストク艦隊(司令長官カールル・イェッセン)

・第1巡洋艦隊(司令官レイツェンシテイン大佐)

巡洋艦ロシア(旗艦、アルノートフ大佐)、巡洋艦グロムボーイ(アルノートフ大佐)、巡洋艦ボガツイリ(ステムマン大佐)

 

・第1潜水艦隊(司令官ヴィトゲフト少将→中将、参謀マセウィッチ少将)

 

その他、水雷艇201〜211号、水雷艇91号〜98号。仮装巡洋艦レーナ(後に異動)

 

・ロデニウス沖艦隊(司令官ヤーコレフ大佐〔元ペトロパブロフスク艦長〕)

仮装巡洋艦レーナ(隊旗艦)、水雷艇201号

 

【フランス軍】

 

・陸軍・・・植民地軍

・海軍・・・フランス東洋艦隊(司令長官ド・フォーク・ド・ジョンキエール少将)

旗艦 戦艦「リシュリュー」(新造)

巡洋艦「デカルト」

巡洋艦「ギシャン」

巡洋艦「ジャン・ランヌ」(新造。水上機のないド・グラース級軽巡洋艦みたいなもの。また主砲が 20.3cm(50口径)連装砲4基。装甲も装甲巡洋艦なみ。ただし速力は30ノットを切っている)

巡洋艦「ミシェル・ネイ」(同上)

駆逐艦「ジ・カ・ウェイ」

砲艦「フリートラント」(新造。フランシス・ガルニエの機関が蒸気タービンになったようなもの)

砲艦「アウステルリッツ」(同上)

 

【現在の第三文明圏】

 

【挿絵表示】

 

赤……ロシア帝国領

青……友好国or同盟国

黄……敵対国及びその属領

 

アルタラスの真下の島が仏領インドシナ。仏領インドシナから北西にある島が満洲。アルタラス上部の島が左から遼東半島、沿海地方、サハリン。




こんな感じで
新造艦については設定資料集2を設けますのでそちらで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対パーパルディア戦の4カ国軍内訳など

⚪︎ロシア=インドシナ帝国

・第一太平洋艦隊(旅順艦隊、ウラジオストク艦隊、常口艦隊、大連艦隊、ロデニウス艦隊など戦艦5隻、巡洋艦9隻、駆逐艦15隻、砲艦17隻、潜水艦47隻、水雷艇18隻、その他4隻)

 

・第二太平洋艦隊(戦艦7隻、空母6隻、巡洋艦10隻、駆逐艦9隻、その他10隻以上)

 

・第三太平洋艦隊(戦艦4隻、空母2隻、巡洋艦12隻、駆逐艦4隻、砲艦4隻、その他6隻)

 

・フランス東洋艦隊(戦艦1隻、巡洋艦4隻、駆逐艦1隻、砲艦2隻)

 

⚪︎グラ・バルカス帝国・・・第3潜水戦隊(クレッチ提督)

 

・第6艦隊第2潜水隊(潜水艦「E17」「E15」「E16」)

 

・第6艦隊第12潜水隊(潜水艦「E168」「E169」「E170」)

 

・第6艦隊第1潜水隊(潜水航空母艦「E400」「E401」「E402」)

 

計9隻、航空機9機。

説明は略。

 

 

⚪︎アガルタ法国・・・第3艦隊(パクタール提督)

 

・第1団(戦列艦「スチャンドラ」、フリゲート「ヴィマラプラバー」「ティローパ」「プンダリーカ」「キールティ」「チャクリン」「ピプラーワー」)

 

・第2団(戦列艦「タントラ」、フリゲート「ストゥーパ」「マヒンダ」「ルンビニ」「ティラウラコート」、スループ「ラージャグリハ」「パータリプトラ」)

 

計14隻。

・戦列艦「スチャンドラ」「タントラ」

 

共に標準型の74門級戦列艦。最大船速は12ノット。排水量は約3000t。「スチャンドラ」は第1団旗艦かつ第3艦隊旗艦。「タントラ」は第2団旗艦。

法国二番目の門数。

 

・フリゲート「ヴィマラプラバー」「ティローパ」「プンダリーカ」「キールティ」「ストゥーパ」「マヒンダ」

 

全て36門級フリゲート。最大船速は15ノット。排水量は約1000t。

国内最強のフリゲート。

 

・「チャクリン」「ピプラーワー」「ルンビニ」「ティラウラコート」

 

全て28門級フリゲート。最大船速は16ノット。排水量は約1000t。

国内では旧式。

 

・スループ「ラージャグリハ」「パータリプトラ」

 

全て16門級スループ。最大船速は18ノット。排水量は約500t。

国内でも弱小艦。

 

 

⚪︎マギカライヒ共同体・・・第2艦隊(アルトマイアー提督)

 

・第1団(機帆戦列艦「レーテ」「インターナショナル」「コミニスムス」「ウムシュラーゲン」「ドゥルヒブルフ」「シュトゥルムアングリフ」「モルトケ」)

 

・第2団(機帆戦列艦「ブロカーデ」「ラッヘ」「べラーゲルング」「クラウゼヴィッツ」「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」「ファルケンシュタイン」)

 

・第3団(機帆戦列艦「シュタインメッツ」「ビッテンフェルト」「ブリュッヘル」「ブランデンブルク」「ツィーテン」「ザイトリッツ」)

 

・第4団(汽走フリゲート「ラ・ベル=アリアンス」「スカリッツ」「ケーニヒグレーツ」「ベッツェッカ」)

 

計24隻。

 

・機帆戦列艦「レーテ」「シャルンホルスト」「ブリュッヘル」「グナイゼナウ」「クラウゼヴィッツ」

 

全て64門級機帆戦列艦。その他に対空用の旋回砲を6門持つ。最大船速は14ノット。排水量は約4000t。

「レーテ」は第1団旗艦かつ第2艦隊旗艦。「シャルンホルスト」は第2団旗艦。「ブリュッヘル」は第3団旗艦。国内には74門級のものもあるので最大ではないが主力艦である。

 

・機帆戦列艦「インターナショナル」「コムニスムス」「ウムシュラーゲン」「モルトケ」「ブロカーデ」「ビッテンフェルト」

 

全て60門級戦列艦。他に対空用の旋回砲を6門もつ。最大船速は14ノット。排水量は約4000t。

64門級の登場により主役を奪われた。

 

・機帆戦列艦「ファルケンシュタイン」「シュタインメッツ」「ブランデンブルク」「ツィーテン」「ザイトリッツ」

 

全て50門級戦列艦。他に対空用の旋回砲を4門もつ。最大船速は15ノット。排水量は約3000t。

既に大型化している戦列艦に対抗できなくなっている。

 

・機帆戦列艦「ラッヘ」「べラーゲルング」「ドゥルヒブルフ」「シュトゥルムアングリフ」

 

全て46門級戦列艦。他に対空用の旋回砲が2門ある。最大船速は12ノット。排水量は約3000t。

超旧式艦。フリゲートへの降格も近い。

 

・蒸気フリゲート「ラ・ベル=アリアンス」「スカリッツ」「ケーニヒグレーツ」「ベッツェッカ」

全て24門級フリゲート。副武装として8センチ砲が艦首に1門ついている。最大船速は12ノット。排水量は2000t。

8センチ砲は後で無理矢理設置した。命中率は低く故障率が高く実戦使用はされたことがない。

「ラ・ベル=アリアンス」は第4団旗艦。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章:艦隊転移
接触


1905年5月14日 バンフォン湾

 

 

この日、ウラジオストクへ向かうバルチック艦隊はこのバンフォン湾(ベトナム、クイニョンの下あたり)を出港した。やっと辿り着いた友軍港である。ロクな友軍港がなく、漂流してばかりだった時はどうなることやらと思ったが、多少はマシになったらしい。

見る見るうちに港が離れて行く。我らは今からルソン島の方へ向かうのだ。そこから一隊は宗谷から、他は対馬からウラジオストクに向かう予定だ。

艦底に何か付いているのか、やけに速度が遅く、数ノットでの航行であるが、以前よりはこれでもマシなのだ。一向はゆっくりとルソン島の方をを目指した。

 

「長官!水雷艇(日本の基準では駆逐艦。よって以後駆逐艦と表記する)『ブイヌイ』が行方不明になりました! 電信も通じません!」

 

「何だと! 北海のようにならなければ良いが……周囲に注意を払いつつ、捜索せよ」

 

バルチック艦隊司令長官のジノヴィー・ロジェントヴェンスキー中将は慎重に命令を下す。彼は日本海軍の練度の高さ、そしてこのバルチック艦隊の練度の低さについて、誰よりも危機感を感じていた。そして、今でもどこに日本軍の駆逐艦が潜んでいるかわからないのだ。彼が慎重になるのも無理はない。

それだけでなく、どうもこの艦隊には彼が慎重になるのに比例して乗組員のストレスが溜まるようで、北海のように早まった行為をしないか、気掛かりであったのだ。

 

1905年5月18日夜 バタン諸島沖?

 

 

「駆逐艦〈ブイヌイ〉より入電! 『ワレ敵艦隊ノ追跡ヲ受ケツツアリ。敵、前方ヨリ敵艦種水雷艇、その数6隻、距離214メートル』」

 

「ううむ……」

 

中将は唸った。それもそのはず、失踪した艦からの敵部隊発見の報告、艦種もあの時とほぼ同じではないか。勿論、そんな状況証拠のようなものだけで「こうだ」と言えるわけではない。

 

「では、敵艦を詳しく調べよと打電してくれ」

 

中将は一番誤認射撃を減らせるであろう方法を選んだ。だが、この命令は「ブイヌイ」に届くことはなかったのである。その時、すでに「ブイヌイ」とは通信がまた取れなくなっていたのだ。

艦隊に緊張が走った。

 

「こ、このまま航行を続ける。ただし警戒をより一層強めるべし」

 

中将に言えることはそれだけである。攻撃命令も撤退命令も前者は自身が後者は周囲が許してくれないのだ。

 

1905年5月19日午前0時 バタン諸島沖?

 

「総員戦闘配置につけ!」

 

突然ラッパが鳴った。船員らは水雷艇だの雷撃を喰らっただの叫び、次々と艦外へと躍り出た。それはまさに狂瀾の如くであった。

 

「砲撃開始!」

 

戦艦「クニャージ・スヴォーロフ」より突然砲撃が開始された。その轟音に怯えた乗組員らは次々と闇雲に砲撃を始めた。

突然、目の前の一点が照らし出された。木造船のようなものが、燃えながら海に飲み込まれている。勿論彼らはそんなことは気にもせず闇雲に撃ち続けた。

 

「あれは……木造船!?」

 

ロジェントヴェンスキー中将が双眼鏡を下ろして呟いた。万が一があってはと思って外に出た甲斐があった。

 

「ではジャンクでしょう。ヤポンチクはどうもそれを集めているそうですので」

 

参謀長のクラピエ・ド・コロング大佐が余裕をかまして言う。中将はバカかコイツという目はなるべく向けずに、

 

「よく見よ、ジャンクと違ってあれはキールがあるだろう。つまり日本軍の船ではないということだ……あっ! いかん砲撃を中止させよ!」

 

中将は優しく言ったが、ゆっくり言う内に、とんでもないことを一度でなく今回もしてしまったことに気づいて大いに慌てた。だが、今更砲撃中止など意味がない。面白いほどに沈む敵艦を前に「ヒャッハー」と叫んでいる彼らに注意や命令は聞いてさえ貰えない。最終的に、殴りつけて引き剥がすことによって何とか止めたが……。

 

夜が明けると、そこには大量の木造船と武装した兵士の亡骸が打ち捨てられていた。木造船は少なく見積もっても50隻、死骸は数千というほどだろう。そしてその先には、見たこともない陸地が広がっていた。

 

「海図と少し違わないか?」

 

中将は海図と見比べて陸地の近さなどから違和感しか感じなかったのだ。

 

「一度、上陸して見ますか?」

 

参謀のソコロフ少佐の提案を中将らは認め、この陸地に上がることとなった。

 

「ははは、長官殿! もしかしたら我々はコロンブス以上の大発見をしたかも知れませんよ! 新大陸に加えローマ帝国レベルの文明! ポール・ボーにも見せてやりたいですよ!」

 

燥ぐコロング大佐を尻目に中将は辺りを散策する。他の隊によるとどう考えてもバタン諸島とは似ても似つかぬようだが。こう少し歩くだけでもそのように思える。

ふと、遠くの方から鬨の声が聞こえた。本当に文明がある場合先日の砲撃を受けて報復に来たと考えられるため、総員は船内に撤収した。

すると、先程の鬨の声上空からも聞こえてくる。長旅で耳がおかしくなったかと思った矢先、ワイバーンのようなものが4匹こちらに向かって来た。

 

「なんだアレは!」

 

第1巡洋戦隊司令官のエンクウィスト少将が叫ぶ。防護巡洋艦「アヴローラ」などからオチキス47mm機砲が発射される。ワイバーンみたいなものの一匹が体を引き裂かれる。そこに乗ってる人間も破片に体を引き裂かれ、肉片が雨霰と落ちる。殺気立った兵士たちの狙いは中々に正確であった。

 

さらに二匹を挽肉にしたところで敵は火炎弾を撃って撤退した。防護巡洋艦「オレーク」に一発命中し、一部が軽く燃えた。すぐに鎮火されたがこの戦いは彼らに空の脅威を味あわせることとなった。

 

 

同日 ロウリア王国 ハーク城

 

「シャークンよ、これはどういうことだ!?」

 

時の国王ハーク・ロウリア34世より海将シャークンに怒号が飛ぶ。

それもそのはず、今日未明、突然沿岸で夜戦訓練中だった230隻のも大艦隊が数隻を残して全て沈んだだけでなく、生存者も少ないばかりか艦隊司令長官のホエイルが行方不明になったのだから、怒るのも尤もである。

 

「殿下……生存者によると大量の砲をつけた巨大艦に攻撃を受けて敢えなく全滅したとのこと。おそらく魔導戦列艦かと思います。これではとても勝ち目はありません。ですから今回の犠牲はどうしようもなかったことなのです」

 

「戦列艦ならばそうだろう。では、一体どの国が攻撃してきたか調べよ。ただし皇国に付け込まれることのないようにな。余はあの国を信用できんのでな」

 

言い訳とも取れる発言に一瞬ムッとしたが、尤もなことであり、ここで怒って彼を処刑しても無駄であるので、それを堪え適当な命令を下した。なるべく皇国に貸しを作りたくないことが彼の本心であるため、自国だけで潰すようにと取れるように命令したが、その一方で火砲を持たないバリスタと衝角と乗り込んでからの白兵戦しかない王国軍に倒せるかと言うとやや心配になるところもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(文字数が)少ない?少なくない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

分散

バルチックとインドシナのフランス軍では無理ですので、対日方面に赴いた艦艇や陸軍のうち生き残っているものだけ召喚させようかなとか思ってます。

だってそれ以外は召喚されてないなんて言ってないもんね()


1905年5月19日正午 ロウリア王国海岸

 

 

ワイバーンらしきものを撃退した後、数千ほどの兵士が海岸へと殺到した。彼らはすぐさま投石機だの火矢だので鋼鉄の軍艦へと無駄な反撃を行ったものの、船員達の殺気を増幅させる以外に何ら効果はない。

 

「正当防衛を行う。砲撃開始!」

 

敵軍が乗り込みを企て、接近したときである。その絶妙なタイミングを計算して、ロジェントヴェンスキー中将は砲撃命令を下した。

耳が壊れそうになるほどの砲声が止むと、目の前が真っ黒に染まる。邪魔くさい黒煙が晴れたその先には、無惨にも五体を引き裂かれた現地兵の亡骸が何もない海岸を真っ赤に染めていた。その流血の多さは、海岸前の浅瀬までも真っ赤に染まるほどであった。

 

「まるで虐殺……」

 

中将は惨たらしい海岸を見て、目を瞑りながら呟く。

この時、ロウリア王国の常設海岸守備隊が全滅近い被害を受け、実質的にその海域の制海権のみならず、海岸の支配力すらも彼らの手に落ちていたことなど知る由もない。

 

「あのー長官殿? 少し宜しいですか?」

 

主計参謀が駆け寄る。ただごとではないのだろうと感じ取った中将は、即座に耳を傾けた。

 

「どうやら、夜間の砲撃、先程の砲撃により、一部の艦について、弾薬不足が生じております。しかも夜の砲撃では同士討ちが発生し、戦艦『ボロジノ』などはかなりの損害を負っております。死者は居ませんでしたが、負傷者の数は『オリョール』、『コストローマ』が一杯に成る程です」

 

「長官殿、そんなこと気にする必要はありません。宗谷を通れば無傷でウラジオストクに向かえる筈です。実際、蔚山沖で発見され、壊滅したウラジオストクの巡洋艦三隻は、難なく宗谷を通っています。このまま向かいましょう」

 

参謀長のコロング大佐がそう主張する。だが、ロジェントヴェンスキー中将は、

 

「それは違う。あの時は、日本側の警戒も比較的薄く、濃霧であり、向かった艦隊もたったの三隻であった。だが、今は東京湾に我が帝国の艦隊が出現したことにより、警戒も強まっているだろう。仮装巡洋艦などなら通れないこともないが、戦艦や防護巡洋艦を含むばかりか38隻もの大艦隊だ。発見されない訳がないし、最悪機雷にひっかかるかもしれん。

また、これだけの数ならば補給も難しい。

それだけでなく、日本近海は天候が酷く、波も荒れることが多い。歴史に習っても、下手に近づけば壊滅は必至だ。手負いの艦隊なら尚更だろう。

よって、すぐにでもカムラン湾かバンフォン湾あたりに寄港すべきだろう」

 

と即座に否定した。コロング大佐はロジェントヴェンスキー中将は慎重すぎると心の奥で愚痴ったが、彼の主張は尤もであり、反論はできなかった。

 

「ただし、未だ見つからぬ駆逐艦『ブイヌイ』捜索に被害が少なく、弾薬も比較的残っている第三太平洋艦隊を残す。また、仮装巡洋艦『テレーク』『クバーニ』は宗谷海峡を通ってウラジオストクを目指すこと。残りの艦艇は全てインドシナのバンフォン湾に寄港する」

 

この中将の命令のもとに各艦は各々の取るべき行動を行った。第三太平洋艦隊----通称お荷物艦隊はこの謎の大陸を一周することにし、仮装巡洋艦二隻はなるべく日本の哨戒を抜けるようにして航海した。

 

1905年5月24日 バンフォン湾

 

何故か兎に角ウラジオストクを目指すのだと言っていた第二太平洋艦隊が寄港してきたのを見て、インドシナ総督府のものたちは日本軍に何か変化があったのだろうと思い、慌てふためいた。 

だが、慌てるのもそう長くは続かなかった。彼らとしては中立国であるので余程でないと攻撃されないし、そんなことよりも今、このインドシナの地に起きている問題の方に関心を向けていた。

マレー半島が見当たらないだけでなく、支那方面も見当たらない。まるでインドシナ半島がインドシナ島になったかのような変化に彼らは混乱するばかりであり、時折来る訳のわからない生物にはもう折角のエスカルゴを吐き出してしまうぐらいに驚いた。そして今や、土民からの搾取……もとい軍政ではなくこのインドシナに何が起こったのかの議論に忙殺されることとなっていた。

その議論もいい加減で、「異世界に飛ばされた」だの「インドシナが物理的に独立した」だの「某変態紳士の国の変態的装置のせいで(何もかもが)狂っている」だの真面目な意見はひとつも出なかった。

結局、一番ありそうで無いからという理由で「異世界」説が採用された。

この翌日、本国フランスと通信ができなくなったと判明し、異世界派は自らの正しさを証明してくれたと言って小躍りした後に、

「あれ、それってもう帰れなくね?」

と気付き始めて大いに発狂している。なお、これは過去形ではない。

ロシアの物たちも何かよくわからなくなったので中将の注意も聞かず、取り敢えず略奪する始末だった。

 

1905年5月27日夜

 

宗谷海峡方面に囮として向かった仮装巡洋艦二隻はそろそろ第二艦隊が出港する頃だと確認すると、コンドハわざと見つかりやすいように航海を始めた。

その時、1400メートル先に22隻の戦列艦らしき艦影を発見した。明らかに日本の物ではないと確信した。

 

「待て、長官は日本軍以外には攻撃するなと仰られた。やり過ごそう」

 

と両艦の艦長は命令したが、気が立っている彼らはそんなことを無視して、軍旗を掲げて

 

「停船セヨ」

 

と戦列艦達に向けて打電した。これは一種のイタズラであった。今使っている電信なんぞは敵に電信にあれば傍受されて当然だが、無論、本来の戦列艦ならこんなものは無意味である。だからこそこんなイタズラを行ったのだ。

しかし、彼らはそれが地球のどの国の艦艇でもないことに気がついていなかった。

 

「ポクトアール長官!前方1300メートルの国籍不明艦より入電! 『停船セヨ』以上です」

 

「蛮族め、我が東洋艦隊の邪魔をするばかりか停船までも要求するとは……許せん! 躾てやれ!」

 

両艦隊の距離が1000メートルになった時、戦列艦22隻から砲弾が次々に発射された。幾ら現代艦であっても装甲のない仮装巡洋艦では戦列艦の砲弾でもダメージになる。

 

「打ち返すな! 引き返せ!」

 

艦長らの命令に水兵らも嫌々従ったが、タイミングが酷かった。回頭中に敵砲弾の幾らかが殺到したため、「テレーク」には四発、「クバーニ」には六発命中し、「クバーニ」は当たりどころの問題か、被害の割に、火災が起こった。

両艦が大急ぎで引き返したこともあり、これ以上被弾することはなかったが合計で14名が負傷することとなった。

 

「蛮族め、偉そうなことを言うからだ」

 

ポクトアールは満足げに算を乱して逃げる敵を嘲笑った。




さあ!攻撃してきたのはどこの国の艦艇でしょうかね(棒)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エジェイ近郊の攻防戦

1905年5月29日 フィルアデス大陸南部、宮殿

 

「ポクトアールよ、面をあげよ」

 

広い宮殿の一室--にしてはかなり広い、舞踏会でもできそうな部屋で、東洋艦隊司令長官ポクトアールはこの大陸の大半を占める国家の元首--皇帝に戦果報告を行うところであった。

 

「はっ、我が監査軍東洋艦隊は遠洋での演習において、国籍不明戦2隻により、訓練の妨害を受けたばかりか、停船勧告をされました。余りにも傲慢な行為、更に敵艦隊が衝角攻撃をする為か、そのまま10ノット前後で突進して来た為、砲撃を行いました。恐れ慄いた敵は反転、その隙を我が砲弾は付き、一隻を炎上、もう一隻を中破させました。反撃なく、敵は逃げるのみであったため両方とも戦闘力を喪失しているのでしょう」

 

皇帝は2隻撃破確定と聞いて満足げに、

 

「見事、皇国の威信をしめしたな。余も嬉しく思うぞ」

 

と褒め称えた。ポクトアールは一層頭を下げて、

 

「陛下にお誉めいただけるとは……有難き幸せ……そ、その……言い忘れておりましたが国籍不明船の掲げていた国旗らしき者も奪い取りましてございます」

 

と途切れ途切れ、心底歓喜した。

 

「ではその旗は第3外務局のカイオスの方に渡しておけ。また、今回の戦功に基づき、ポクトアールを海軍大将に昇格、主力艦隊所属第四艦隊司令長官に任ずる」

 

「ハハッー! 有難き幸せ……」

 

破格の昇進にポクトアールは今にでも小躍りしたいほどに狂喜し、額を床にゴリゴリ押し付けて皇帝に感謝した。

 

1905年5月 ロデニウス大陸北東部

 

「間諜によるとこの間のロデニウス沖事件(ロシア帝国? 側公称バタン沖海戦)によりロウリア陸軍の増援及び補給は中止となった模様。また、補給切れのためかエジェイ近郊に布陣していたロウリア陸軍のうち半分が撤退中の模様。よって公国陸軍はエジェイへ臨時兵力一万の派遣を決定しました」

 

ここはクワ・トイネ公国。バルチック艦隊と衝突したロウリア王国による侵攻を受けており、前線のギムは落とされ、騎士団長モイジ含め捕虜は皆殺し、虐殺や強姦、略奪が横行した。その後、城塞都市エジェイも攻撃を受けた。防衛兵力は3割近く減少していたが、何とか助かったようである。首都クワ・トイネにおいて首相以下の政治家、軍人共に胸を撫で下ろした。

 

 

1905年5月 エジェイ近郊

 

 

撤退中のロウリア陸軍3万は脇には森林が広がり、前には馬蹄に踏み荒らされた広い道が通った名もない地に差しかかろうとしていた。侵攻軍の司令官と副将との距離が異常に近い。本来なら万一に備えて副将と主将は離しておくことが多い。少なくとも隣り合わせにはしない。

この地の木々の一本一本が見えるようになったころ、主将のパンドールは副将のアデムと軽く走りながら何気ない会話をしていた。

 

「それにしても昨日の飯は不味かったな」

 

「私は美味しく頂けましたけどねえ」

 

「ハハ……すごいな。ところで君、私は戻ったら王都でゆっくり寝るつもりなのだが……きみは何をするのだね?」

 

「一旦都の東に赴いて、雑草を摘んできます。それから、首都に戻ります」

 

「そうか。ご苦労」

 

パンドールが大袈裟に瞬きをするとアデムは突然、脇の森林地帯に逸れた。後ろの者たちもそれに続き、およそ8000の兵士が集まるまでになった。

アデム隊は森林地帯で反転すると、そのままエジェイを目指した。上空のワイバーンもギリギリの高度まで飛んでから、60騎がターンし、これまたエジェイに向かった。

この(公国からしたら)ふざけているとしか思えない不可解な反転。これが後に「パンドールターン」と称されるようになるとは誰が予想しただろうか。

 

 

1905年5月28日 ダイタル平野

 

 

「アデム将軍!前方4キロの地点にクワ・トイネ歩兵7000、騎兵500を発見! 」

技術的に正確な情報は出せないため、派遣兵力よりも少なく報告されているが、正直言って、7000だろうが10000だろうが彼らにとってはどうでも良いのだ。ただでさえ貧弱なクワ・トイネ兵である。それだけでなく、聞くに今回の派遣兵士は臨時徴兵で、練度もクソもない烏合の衆だという。

はっきり言って負ける要素がないではないか。

 

「攻撃しましょう」

 

アデムはそう命令した。だが、本来この一万ごときの弱小兵、無視してもいい筈である。周囲の者たちは、迂回して無視しましょうと助言したが、

 

「私は、亜人が大嫌いなのです。あの中に亜人がいないと証明できるなら迂回しましょう」

 

と言い返されたので、誰にも反証の余地がない。結果的に攻撃することになった。

先ず、指示通りにワイバーン60騎が先制攻撃を加えに向かった。

 

「敵、ワイバーン二騎。第三中隊は攻撃に向かえ」

 

隊長のアルデバランからすぐ様命令が飛ぶ。敵を見て即座に如何程送れば良いか計算したのだろう。その速さは算盤の如きであった。

 

「了解」

 

中隊も素早く隊を整えて、一気に速度を上げ、接近した。不意を突かれたクワ・トイネ竜騎士は身構える暇もなく火だるまにされる。残りの隊は急降下し、歩兵や騎兵に一気に火炎を浴びせる。焼けた兵士らは、狂ったように踊りながら、命を落として行く。

「雨よ降れ」

と必死に雨乞いをするものも居るが、ロウリア竜騎兵隊は憫笑しつつ、火炎弾を浴びせて行った。

 

竜騎兵が去ると、次は騎馬隊が突撃して来た。指揮系統は崩壊し、生存本能に頼るしかなかった彼らに高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することは不可能である。砂塵が失せると、何十もの死体が寂しく路傍の石のように転がっている。悪魔の囁きのような馬蹄の音が聞こえると蛇に睨まれた蛙のようにクワ・トイネ兵は硬直し、流れ作業のように殺されて行くのだ。

完全に四分五裂となった派遣部隊は一部を除いて続々と降伏した。

だが、降伏した者にこそ不幸が待っていた。彼らはアデムが指揮を執っていることを知らなかったのだ。

アデムはヒヒヒと笑うと、さも当然のように、

 

「地面の下で眠ってもらいましょうか……ヒヒヒ」

 

と、死刑を命じた。

 

ダイタル平野会戦はロウリア側戦死者30名足らず、クワ・トイネ側戦死者は3000人余り、降伏した6000人も皆生き埋めにされた。

このことは生存者により伝えられ、公国では、

 

「鬼畜パンドール、皆殺しのアデム。絶対に殺すべし!」

 

と喧伝されるに至った。

また同時にクワ・トイネ政府は首都決戦の可能性ありとして常備兵1万と臨時兵3万の計4万を首都防衛に用意した。

 




召喚されるのが遅すぎたんや……
この世界線でもアデムはアデムだった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

密会

1905年5月31日 インドシナ・ハノイ

 

 

ここはベトナム、ハノイにある総督府である。インドシナ総督のポール・ボーとバルチック艦隊司令長官ロジェントヴェンスキー中将は現在最も対策すべき問題について議論していた。

それは、

⚪︎本国と物理的に切り離されているが、飽くまで一艦隊と植民地であるので行動が制約される。

⚪︎もし、この世界に元世界並みの国家があるとしたら艦艇その他兵器類が少なすぎる。

⚪︎陸軍が貧弱すぎる点。

の三点である。

 

「中将閣下、ここは一層のこと国家であると名乗りましょう。ただし、国家元首は……共和制であるので我が国ということはできないでしょうから……ロシア皇帝が国家元首である帝国というのはどうでしょうか……要するにインド帝国のようにするということなのですが」

 

ロジェントヴェンスキーはこれには概ね賛成であった。この世界には文明が存在し、義勇艦隊によると戦列艦すらも存在している。ならば国際的交流もあって当然であり、明文化されていなくとも慣習法として国家としか外交しないなどがあれば、圧倒的不利になることは明白である。だからここは国家であると名乗り、帰った際には向こうも異変を知っているはずであるから上手く説明すれば良いのだ。

 

「そうしましょう。国名はロシア=インドシナ帝国で如何ですか?」

 

「それで良いでしょう」

 

と案外早めに決まった。だが、ここですぐに建国をしたりはしない。そんなことをすれば、民主的政治を求められるのは明白、国家でない今でこそ常識の範囲内であるが好き勝手できるのだ。

 

次に議論されたのは海軍力増強である。

その内容は、戦艦2隻、巡洋艦8隻、駆逐艦16隻、砲艦22隻、潜水艦42隻の建造。爆撃用の硬式飛行船20隻の建造、偵察航空機の開発(最優先)、戦闘航空機及び爆撃航空機の開発、対空兵器の開発、酸素魚雷の開発、などなどである。これを艦船建造は2年、その他は最長5年で計画している。

特に論点になったのは潜水艦と戦艦の建造である。

 

「潜水艦42隻だが、この数は2年で可能なのか? 人材も金もかなり消費するだろう」

 

「可能です。ソム級潜水艦ならば、軽装備ですので。人材は現地人を待遇改善や特別俸給などで募集すれば相当な数が集まるはずですし、金は貴方の統治のお陰で収益がかなり良くなっているので、足りるかと」

 

中将が「貴方の統治」というところだけ口調を変えたのを聞いて、ポール・ボーは顔を顰めた。自分の統治は現地民には厳しい者であるということを批判された気がしたからである。

 

「では戦艦の方ですが、回転砲塔、中間砲の撤去、主機をレシプロではなく蒸気タービンに変更という所ですが、利点がわかりません。艦橋での測量議を基にした射撃管制はわかるのですが」

 

利点と聞かれて中将はなぜか苦虫を潰したようになった。そう、この設計は(設計とも言えるかわからない適当なものだが)彼の厳しい航海や、旅順艦隊の敗北を元に考えたものなのだから。

 

「回転砲塔ならば、片舷砲戦での火力の効率が良いですし、黄海のようにトーゴーターンをされた際に従来より大きな反撃を与えることができるようになります。中間砲は無論効率から。タービンについては、レシプロよりも速度が上昇するからですね。そこに艦艇をスズを使った塗料で塗るというのはフジツボによる速度減少を防ぐためですが、何故これほど拘るかと言いますと艦隊戦で有利ですし、長旅も早く済ませることができるからです」

 

ポール・ボーは全面的に納得した。完成するかは別としてだが。

続いて、陸軍の戦力だが、これはどうしようもないということになった。一応、機関銃の生産は行われることになった。

 

1905年6月1日

 

今日この日、ポール・ボーによりロシア=インドシナ帝国の建国が宣言され、憲法は一部除いてフランス準拠、臨時首相にポール・ボーが、ロジェントヴェンスキーは海軍大臣兼バルチック艦隊司令長官となった。

また、投票は現地民以外により行うということになった。




短くてすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エジェイ攻防戦1

1905年6月2日 駆逐艦「ブイヌイ」艦上

 

 

 

「ウルーム大尉、貴官は、ここがルソン島だと思うか?」

 

「ブイヌイ」艦長のコロメイツォフ中佐が尋ねる。彼自身はここはルソン島であると思って「いた」

「ブイヌイ」は石炭も尽きて、漂流していたが、ここまでサボタージュが起こったり日本軍の水雷艇に襲われたりはしておらず、まさに奇跡の航海であった。さらに、並みのおかげでこの海外に着いたわけであるが、海図上ここはルソン島であるが、とてもルソン島とは思えない、中佐には島というよりも大陸に思えてすらいた。

だが、彼は外で常に見ていたわけでないので、確信はなかった。だからこそ、よく外を見ていただろう乗組員の一人であるウルーム大尉の意見を聞いたのだ。

 

「ここまで、あの陸地が途切れた様子はありません。バタン諸島からでは途切れるはずですので……ここは島では、少なくともルソン島ではありません!」

 

大尉は、中佐の真剣な目を見て、重要な報告であると思い、ルソン島ではないという最重要部分を特に強調して言った。中佐は、

 

「そうか。ならば一旦ここに泊まろう。明日朝に燃料になりそうな物を取りに行く」

 

とだけ言った。中佐の目には火が灯っていなかった。

 

 

 

1905年6月1日 ロシア・インドシナ帝国首都マニラ

 

「……中将閣下? 第三太平洋艦隊に機銃及び機砲を送るべしというのはどういうことですか?」

 

参謀長のコロング大佐がロジェントヴェンスキー中将に疑問をぶつけた。軍事以外は好き勝手できるポール・ボー(人がおらずほとんどの省庁を彼が兼任しているため)と違って海軍は規模に対して十分人はいる。

未だサボタージュの危険性もあるため、コロング大佐としては機銃と機砲を送れというこの戦列艦やそれ以前のバリスタ主武装の船しかない世界ではどうでもいい命令を出す際には理由をはっきりさせておきたかった。

正当な理由ならばサボタージュも起きないだろうという考えであった。

勿論大佐はロジェントヴェンスキー中将が誰よりもサボタージュを警戒していることは知っている。だがそれでも聞かねばならない立場であった。

 

「この艦船は木造、その木造船に155ミリや255ミリをくれてやるのは、コストパフォーマンスが悪い。木造船ならば機銃や機砲で撃沈破が可能であり、これらなら弾薬も砲身もまだ安い。それに、台に乗せれば、ワイバーンらしき者への攻撃もできる。対空、対艦共にこの世界に合っているだろう」

 

中将の目が鋭く光っている。かなりの自信があるのか、と大佐は思い、又確かにそうであると中将の言い分に徹頭徹尾心の奥底で賛成した。

 

「分かりました。では、そのように適切な数の輸送船に命令を下します」

 

その日のうちに現地軍から機関銃や機砲を強引に全て没収し、輸送船にロビオノフ大尉を長とした工兵団を入れて、内部で部品の組み立てなどもさせた。

 

 

1905年6月7日 ロデニウス沖

 

 

本国よりやってきた輸送船から物資を積み込む。機銃、機砲、台、食料、水などが主だ。中将は我々のことを気遣ってくれている。そこは嬉しいが、贅沢を言えば、もっと大口径の砲弾が欲しかった。

だが、勿論色々と大人の事情があるのだろうと察したニコライ・ネボガトフ少将はいちいち文句は付けずに、

 

「中将閣下のご厚意に感謝する」

 

とだけ言った。

しかし、インドシナが帝国になった時には冷静であることに徹していた彼も紅茶を噴き出すことになった。

第三太平洋に走る必要もない震撼が走った。だが、とりあえず「ブイヌイ」さえ探せば良いのだと言われたので、このことは帰還するまで忘れることにした。

仮装巡洋艦「ウラール」を護衛につけて輸送船を全て返すと、デッキに出たネボガトフ少将は乱雑に取り付けられた機銃などを見てただため息ひとつだけついて淋しげな、いや、落胆したような背中を見せて船内に入ったという。

 

 

1905年6月10日 エジェイ

 

 

この日、ロウリア王国第2派遣軍が再編成された第1派遣軍と合流、以前の倍の規模もある大軍は斃れたバッタに群がるアリのようにエジェイ付近に殺到した。だが、弓矢の有効射程には中々入らない。たまに土を掘り返すくらいで、何がしたいのかわからない。クワ・トイネ軍は徐々に緩み始め、警戒も最低限のものになった。

だが、それでも何もしない。敵の二将軍、パンドールとスマークは何を考えているのだろうか。

パンドールは言わずと知れた「撤退の天才」相手を慢心させ、撤退し、敵を自軍が有利に戦えるところに誘導し、一挙に攻めて打ち破るという戦法を得意としている。このような意味のない力攻めは行わない将軍だ。

スマークは素早い騎兵隊で敵前に颯爽と現れ、対策の取れないうちに突撃し、混乱させるという戦術を取る将軍だ。彼もこのようなちんたらした攻撃は行わない筈だ。

だが、ここの司令官にこの攻勢が虚か実かを結論付ける判断力はなく、彼らは徒に時を過ごすのみだった。

 

 

「パンドール将軍、そろそろ頃合いですかな?」

 

スマーク、パンドール両将軍が幕舎で宴会のふりをしつつ、小声で確認をし合う。このような方法をするのも、間諜にすっぱ抜かれない為だ。敵を慢心させる所まで行ったのに、ここで落とすのはもったいないではないか。

 

「はい。敵兵の警戒は緩んでいますし、何より我らにはこの暗闇が付いています」

 

パンドールは厠へ行くと言ってスマークを連れ出すと、空を指差して、

 

「今日は新月ですから」

 

と言った。スマークは、

 

「神は我らにお味方した!」

 

と小声で、だが力強く言い、心の中で復唱した。

神は我らにお味方した。

そうであれば明日にはエジェイ陥落、一週間も経てばアデムからマイハーク陥落の吉報が届くだろう。いや、そうに違いない。

 

両将軍によって任命された特別工兵隊--通称土竜連隊は戦闘中に乱雑に掘られた穴からエジェイの城壁の中まで、急ピッチで穴を開けて言った。

後に「パンドール戦術」と言われることとなる、坑道作戦である。




紅茶を飲んでいるのは、特に理由はありません。決して、決して某紳士の国とは関係ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エジェイ攻防戦

1905年6月10日深夜 エジェイ

 

 

戦闘の度に地面を掘り返していたこともあって、作業はある程度楽かと思われたが、連隊のみではとても間に合いそうになかった。両将軍は焦ることなく他の工兵も動員し、一挙に掘らせた。そうすると、分担が上手くいったこともあり、先ほどまでより圧倒的に早く道ができていく。

 

「閣下!第1、第2の道はなんとか完成しそうです」

 

この寒い中、軍服をぐっしょり濡らした下士官が報告して来る。

 

「報告ありがとう。では、第1、第2決死隊に突撃命令を出せ」

 

パンドールは自信を持って言う。だが、

 

「いいえ、その2路からではそれほど多くの兵力を一気に入れることはできません!もう少し待ちましょう!」

 

とスマークが反駁する。

 

「スマーク将軍、私は彼らに幾度も幾度も戦略的、戦術的勝利を味あわせて来た。そして戦略的、戦術的敗北も体験させた。奴らは列強の正規兵に劣らぬ程、機を見る力を付けている。私の思った通りにやってくれるはずだ」

 

パンドールがニヤリと笑う。スマークは内心、それは希望的観測とあまり変わらなく、失敗すればどうするのだと思ったが、これ以上反論すれば、士気に関わると思い、グッと堪えた。

 

「異論はないな……第1、第2決死隊進め!」

 

突如暗闇から百を超える白い線が見え始めた。彼らは、区別のために白いハチマキを巻いていた。声を上げず、息を吸う音すら聞こえぬほど粛々とした行軍。列強の歩兵隊にも勝る見事な統率である。

 

城内に入った決死隊は、城内の至る所に火をつけ、大声で、

 

「裏切りだ!」

 

と叫んだ。一部のものは居眠りしていた門番を殺し、門を開けた。すると、待ち構えていたスマークの騎兵隊がドっと城内に高山の雪崩のように躍り入った。彼らは駆けつけた歩兵らを瞬時に蹴散らし、圧倒的な強さを見せる。城外のパンドールらも、城内に突入した。

だが、彼らはそれ以上積極的に攻撃しなかった。パンドールが狂ったのではない。裏切りと聞かされ、さらに燃え盛る城を見たクワ・トイネ兵らの判断力は赤子の如くとなり、同士討ちを繰り返し、その同士討ちにより更に裏切りが信憑性を帯び、同士討ちが激しくなるという悪循環に陥っている。

そこに態々突撃する必要があるだろうか? その必要はないだろう。勝手に壊滅してくれるのだから。

 

だが、決死隊にはまだ仕事があった。ワイバーンの無力化である。そのため、彼らはワイバーンの飼育小屋に取り付き、釘で入れないようにすると周囲にも火をかけた。

火は追風を受けて、市街地まで燃え広がる。堅固を誇るエジェイも今や悽愴。言葉も出ないほどに何もかもが灰塵に帰した。

エジェイの司令官は焼死し、竜騎士団団長イーネなどの竜騎士団も悉く捕縛され、エジェイの戦力は完全に失われた。焦土作戦や夜襲による焼き討ちなど善戦していたエジェイ軍もここに壊滅した。焦土作戦のお陰で撤退したパンドール隊を追撃した時、夜襲による焼き討ちにより撤退したパンドール隊を追撃した時に追撃隊司令官が全て討ち取られていたのもあって、四方に散ったエジェイ軍を纏める人間はいない。そのため、生き残った者は悉く降伏する。全くの大勝利である。

この戦いでロウリア軍は通常部隊400人が死傷、死傷決死隊は3000人のうち、1200人が死傷した。だが、エジェイ軍は司令官が戦死、ワイバーンは全て焼死、戦死者22000人、捕虜7000人以上もの有史以来の大損害を出すこととなった。本国に帰ったものは50人足らず。クワ・トイネの民を恐怖の坩堝に投じるには大きすぎる出来事である。

上がる勝鬨を聞いたパンドールにはそれが、クワ・トイネ崩壊の鐘の音に聞こえた。

 




短くてすみません。
もうすぐロシアが参戦するのでご安心を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マイハークの戦い

1905年6月11日 クワ・トイネ

 

エジェイの陥落の翌日、この朝、ロウリア軍の諸侯軍が首都に突如攻撃を仕掛けた。戦力の少ないクワ・トイネなど一飲みと思ったか、パンドールに戦果を総取りされることに焦ったか、単調な力攻めであった。

だが、クワ・トイネ軍の兵力は予想の倍以上もいたのだ。何故か? それは、エジェイでの火攻めによって民間人数万が巻き込まれており、ロウリア軍に慈悲はない、戦えば生、退けば死であると政府が発表したのである。その効果は抜群で畑から取れたかのように兵が集まった。

農民であるが、体力があり、数を活かして弓で弾幕を張れば戦力になるほどである。ロウリア軍は散々に敗れた。

司令官ジューンフィルアは、

 

「クワ・トイネでは畑から人が取れる」

 

と言い残して戦死した。

 

クワ・トイネ軍も一万近く死傷したがロウリア軍はその5倍近く被害を出した。開戦以来の大敗北である。

そのため、ロウリア軍の進軍は遅れることとなった。

この圧勝はロウリア軍の慢心と焦りだけでなく、エジェイの戦略的価値の低さ(閉じ込めておけばそれで良いなど)から首都の守りを固める方針を軍が取ったことも理由の一つである。

だが、エジェイに釘付けにしていたロウリア主力軍を相手にすることが出来るのかと問われれば半々というほかない。そのため、陸軍は来たる第二次首都防衛戦のための対策や図上演習に忙殺されることとなった。

 

 

1905年6月11日 マイハーク港

 

 

周囲の帆船よりも一際大きい黒い巨艦がマイハークの人々を釘付けにしていた。

その巨艦とは遭難している駆逐艦「ブイヌイ」である。

「ブイヌイ」の乗員は取り敢えず友好そうな現地人であることに安堵し、笑いながら手を振って現地人の歓声に応えた。

 

 

1905年6月12日

 

「『〈ペテルブルク〉ヨリ報告。ワレ停泊中の駆逐艦を発見セリ』」

 

「ついにやったか!」

 

ネボガトフ少将はガッツポーズをして歓喜した。乗組らももう少しで帰れると思い、騒ぎに騒いだ。

まだ、「ブイヌイ」とは言われていないが彼らの勘が「ブイヌイ」であると言っている。或いはそうでないとサボタージュが起きるので「ブイヌイ」であると願っているだけかも知れないが。

そんな心配も杞憂に終わり、間も無く、それが「ブイヌイ」であると報告が入った時には彼らは甲板に躍り出て転げ回るほどに喜んだ。

 

暫く行くと、確かに港と駆逐艦が見えた。どうやらここにも文明があるようだ。この間のバタン沖海戦で散々に倒した国の者でなければ良いが。とネボガドフなどは思った。

 

「ブイヌイ」艦上から乗員がこちらへ手を振っている。こちらは旗を振って上げる。こちらが味方だと確信した彼らは落とした財布が戻ってきた時のように大喜びしている。

ああ、すぐに石炭をあげるぞ--ネボガドフは心で言った。ネボガドフの心は今平安である。

 

「長官!分け与える石炭が足りません!」

 

平安が地獄に一瞬で塗り替えられる。クロッツ中佐に悪意はないだろうが、彼の言葉で一気に天国から地獄へ落とされたので今にも裸足でもいいから逃げ出したい気持ちになってしまう。

 

「なんとかならんか?」

 

「ダメです! ですから『ブイヌイ』は……」

 

中佐の苦悶に満ち満ちた表情を見て、彼の言いたいことを察したネボガドフはただ、

 

「ならん!」

 

と一喝。中佐は驚いてずいと下がると、

 

「対策を考えます」

 

と言って出て行った。その背中を見て少将は言い過ぎたと申し訳ない気持ちになる。だが、あれを自沈されるなどできない。燃料がないだけ何だから。これを認めるというのは、勿体なさすぎると思っていた。駆逐艦ならば現地調達でもなんとかなるはずだ。

ネボガトフはどこから調達しようか深く考え込んだ。顎髭に手を添え、ううんと唸る。何も知らない土地ではこういうことに関して、即決は難しい。もっと時間が欲しい……今なら取れるか--

 

「前方の上空に黒点120!」

 

希望は打ち破られた。この数への対応、すぐに終わるものか。そもそもこのタイミングでなぜ来たのだと少将はついつい苛立ってしまう。

だが、対応が先だ。

 

「対空戦闘用意!」

 

乗員が次々と甲板へ出て行く。彼らも疲れ果てている……ネボガトフの予想はいい方に裏切られた。

テキパキとした準備、この間より台が整っている。誰も不平不満を言わない。まるで中の人だけ変えられたような変わりようだ。何があったのだ--少将の問いへの答えはすぐに出た。

 

甲板上の彼らからは並々ならぬ殺意が垣間見えた。一匹も残さぬつもりなのだろう。

 

 

 

エジェイを落とした主力軍からワイバーンが追加され、120もの竜騎士を抱えるアデム隊は首都を攻撃すると見せかけてこのマイハークを攻撃しようとしていた。

そして、今日それが開始されたのだ。アルデバラン隊が都市部をを支援隊が港湾付近を焼き尽くすこれがワイバーン攻撃での計画であった。

アルデバランは即座に命令を下したため、80の騎兵は一糸乱れず都市部へ突撃した。だが、指示が遅れた支援部隊は各自が好き勝手に動き、目の前の目のつく巨大艦に急降下をした。支援隊長も皆がそこに突撃するので従うしかなかった。

対空兵器など無いも同然の「ブイヌイ」は一方的に火球を喰らい、木造部分や調度品が次々に発火していく。

離脱した数十騎は前方に新たな巨大艦を認めた。勇猛果敢な彼らはあれもやってやろうと後退など知らないかの如く突撃をする。だが、それが不幸であった。

雑な者であるが、対空兵器をつけていた第三太平洋艦隊と義勇艦隊の戦闘艦7隻は「ブイヌイ」の分のお返しだと言って罵りながら一斉に砲火を打ち上げた。急降下するワイバーンが面白いほどに落ちて行く。ロシア兵の異常な気迫に気後れしているのか、「ブイヌイ」の時に比べて随分と元気がない。だが、そんなこと御構い無しに乗組は激しくワイバーンを撃ちまくる。殺気立った彼らも今や劇薬を飲んだように快楽に満ちた表情になっていく。

だが、砲火は止むことなどない。ワイバーンの首を貫かれ、腹を破かれる騎士、47ミリを喰らい、木っ端微塵となって海中にパラパラと落ちて行く者、我が軍の砲撃は余りにも一方的すぎるではないか。

 

40騎の喪失を聞いたアルデバランは念のために攻撃を中断し、帰陣した。第三太平洋艦隊の鬼神にも勝る戦いは都市部まで救ったのだ。

だが、マイハークは手薄だと読んでいるアデムは陸上戦の準備を始めた。40の騎士は、攻撃に精一杯で纏まりのある報告など来なかった。そのため、アデムは退かずに攻撃をしようとしていたのだ。

 

 

 




次回、艦砲射撃!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壊滅

アルデバランから都市部を焼き尽くしたと報告を受けたアデムは都市部の制圧に軽騎兵200と歩兵600を残りは全て港湾部へと向かわせた。港湾部へ向かった部隊の指揮官は勿論アデムである。

 

炎上した「ブイヌイ」から乗員の救助をしていた第三太平洋艦隊は現地民との協力のもと、「ブイヌイ」の消火活動に勤しんでいた。

協力のお陰かなんとか火勢が弱まった。その時、馬共々汗を流し、駆けつけて来た現地の兵士らしき者が現地民に何やら慌てた様子でまくし立てるように何か言った。すると突然現地民が蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったではないか。第三太平洋艦隊の乗組らは驚いて甲板上に出た。

 

なぜ逃げたのか--その答えはすぐに出た。

 

甲板上の一人が遠くを指差して、

 

「敵だ!」

 

と叫んだ。普通ならつまらん嘘をつくなと殴られるのが普通だが、彼は視力が良く、さっき現地民が逃げていったという要素を考えると、寧ろ船員は先程の殺気立った表情に戻り、機銃や機砲を構えた。

 

「撃ち方始め!」

 

の命令を乗組はまだかまだかと首を長くして待った。

目を凝らせば、前方に砂塵が見える。薄っすらと騎兵や歩兵が見えるではないか。

 

「撃ち方始め!」

 

ついに命令が下った。始めに発砲したのは戦艦インペラートル・ニコライ1世であった。一番戦力が高いものから発砲させるつもりか、発射されたのは305ミリである。

 

艦が黒煙に包まれると、彼方の陸地も大きく土を巻き上げて大爆発した。地面は深く抉られ、近くにいたロウリアの兵は何があったかも分からず、死んだ。

艦上で歓声が上がる。アンコールを求めるかのような歓声である。それに応えるかのように、ゲネラル・アドミラル・アプクラシンから254ミリが発射された。先ほどよりは小さいが、またも地表が表情を歪める。

命中しだすともう止まらない。ありったけの砲から黒煙が上がる。数分の後、一旦砲撃がやんだ。目の前には最早、敵兵は見えないではないか。ネボガトフはここまで殺すとはとも思ったが、何もわからずに死んだだけ幸福なのかとも思った。少なくとも戦闘の域を逸脱しているということは胸を張って言える。

 

マイハーク海岸にてアデム隊は壊滅した。ロシア海軍死者はワイバーンの攻撃を含めて4人。アデム隊は少なくとも6000人が戦死、アデムは破片に片腕を奪われ、腹を貫かれ、命からがら馬丁とともに逃げて行き、都市部の部隊も撤退していった。

クワ・トイネ政府はこの大勝利を受けて、この謎の艦隊と親交を結ぶことを画策した。

 

翌日、第三太平洋艦隊は工作船「クセーニャ」に「ブイヌイ」の修理を任せて、義勇艦隊とともに石炭を探すべく停泊した。すると運がいいことにこの地はクワ・トイネという国家であり、その隣国クイラには黒い石や黒い水があると分かった。黒い石は石炭ではないかという希望が芽生えたのだ。

そして、ついにクイラに派遣された者たちがそれを発見した。しかも、ジョンブル共に抑えられており、ありつけなかった良質な石炭であり、ただで譲ってくれるというではないか。

第三太平洋艦隊は満足して、電信で本国にこの事を伝えた。本国からは、

『近いうちに国交を結ぶ可能性がある』

と返答が来た。これで石炭に悩むことはないだろう。ネボガトフは久し振りに笑顔を見せた。




やった!国交樹立だね!
もう少しで大海戦です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

国交樹立

1905年6月14日 エジェイ

 

「伝令!伝令!」

 

全身から血を流しながら数人の騎兵が口々に報告を始める。

 

「マイハーク」「アデム将軍」「逃亡」「パーパルディア」「艦隊」「魔導砲」「壊滅」

 

不吉な単語ばかりが繰り返される。パンドール将軍はまずいと思い、唇を噛みながら、

 

「シャークンに華を持たせることになるか……」

 

と呟いて、シャークンにマイハーク沖への艦隊派遣を要請した。

 

 

1905年6月16日 クワ・トイネ

 

 

この日、ロシア=インドシナ帝国全権大使兼首相のポール・ボーは

 

「ワシを殺す気か!」

 

と苛立ちながらクワ・トイネ公国首都クワ・トイネに足を踏み入れた。

彼らは日本語みたいな言葉を話すと言うので、日本語を話せるヴイクトル、アレクサンドロウィツチ、オブノルスキー少佐を連れている。もし、本当に日本語を話すならばかなり面倒くさいことになるだろう。

一行は会談が予定されていた首相官邸に入った。

 

「お待ちしておりました」

 

妙な形の耳が生えている若い男が声をかけて来る。相手が首相ならば寧ろ良いのだが、こんな若造にその言い方をされるとはとポール・ボーは内心ムッとしたが、それとは裏腹に顔を綻ばさせて友好的に接した。

 

「私が首相のカナタです」

 

目の前の若い男が言った。これほど若い男が首相なのかとポール・ボーは驚くとともに、不遜な態度を取らなくて良かったと安堵した。

なるほど奴らはたしかに日本語を使っている。だが、少佐のおかげでなんとかうまく行きそうだ。

我が国の軍事力を知った途端に真剣な表情になった。何があったのかと思い、

 

「どうされました?」

 

と聞くと、カナタは深刻そうな顔をして、

 

「実は、我が国は西の隣国ロウリア王国による侵略を受けています。前線都市ギムが陥落すると、城塞都市エジェイに敵は殺到、2度追い返しますが3度目で陥落。その後も敗北続きで、この首都以外に守れる都市はもうありません。彼らは我が国の民族の大部分を占める亜人の根絶を訴えております!もし、我が国が滅びれば、何百万もの民衆は殺されてしまいます……ですから、貴国には我が国を、クワ・トイネの民を救って頂きたいのです!」

 

と床に伏して懇願した。ここまで言われれば、ジェントルマンではないし、心証を上げ、クイラの資源を頂くためにも、

 

「その心配はありません。我が国にとってもロウリアは不倶戴天の敵です。必ず、貴国を救いましょう」

 

と彼の願いを快諾した。

クイラ王国とは、クワ・トイネが上手く仲介してくれたので、上手く石炭の輸出をしてもらえるに至った。

翌日、ロシア=インドシナ帝国はロウリア王国にクワ・トイネでの残虐行為を批判するとともに宣戦布告をした。

 

 

1905年6月17日 第三外務局

 

「カイオス局長殿!我が国から南に位置する新興国ロシア=インドシナ帝国がロウリア王国に宣戦布告しました!」

 

第三外務局南部担当主任から報告が入る。第三外務局は、国家戦略局がロウリア王国に下手に肩入れしたため、ロウリア王国軍が(皇国からの賜与だが)戦列艦や火砲を持ち、文明国とも対等に渡り合える能力を有したり、クワ・トイネ軍の拠点を電撃的に落としていったことから、ロウリア王国脅威論が蔓延した所為で、対策を迫られていた。

そのため、カイオスにとってロウリア王国軍の力を削いでくれるであろうロシア帝国の参戦は嬉しかったのである。

 

ポクトアール提督の報告により、南部に新国家ありと聞いてワイバーンを6騎、工作員数人を派遣させていたため、ロシア軍の勢力はなんとなくわかっていた。

工作員によると陸軍はほぼいない。だが、艦船はロデニウス大陸西部の海戦やポクトアール提督の報告から鑑みるに、バリスタ主武装の帆船には勝てるが戦列艦には勝てない。要するにフリゲートやコルベットレベルの魔導船を持つと考えられており、ワイバーンに関しては不明であるが偵察に向かったワイバーンのうち5騎が未帰還であることからそこそこであると言える。

 

国土は大まかに言うと、一つの大陸と二つの大きな島、そして一つの中ぐらいの島で構成される。生粋の海軍国かも知れない。だが、陸軍がいないというのが大きい。

そこを含めると国力はロウリアと同等。つまり共倒れする筈だ。国家戦略局には悪いが第三外務局はそれで助かる。

 

「では、ロデニウスの諜報員には戦況を逐一報告するように伝えてくれ」

 

「了解!」

 

カイオスは満足げに椅子に腰かけた。運がいい。彼はそう頭の中で復唱した。

 

「局長殿!皇国監査軍西洋艦隊13隻が、南方を航行中に発見した大陸においてロシア陸軍と思わしき者と戦闘状態に突入した模様!」

 

「馬鹿な……」

 

余計な被害を出したらどうするのだという怒りと陸軍が存在し、ロデニウスを併呑するのではという不安がカイオスから意識を奪い去った。

 

「局長殿!?」

 

驚いた部下の手によってカイオスは宮廷の病室に連れていかれた。この後、数十日カイオスは軟弱軟弱と周囲から罵られることとなった。

他の行政機関も民衆からの不安や怒りの矛先を受けたくないがため、必死にカイオスや国家戦略局に責任をおっ被せようとしていたのである。

 

 

 




一体どこの外務局なんだ!(棒)

安定のガバガバ調査。ガバガバ統制。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

満洲沖砲撃戦

「ここは一体……」

 

黒溝台での戦果を評価され、満州軍第二軍司令官グリッペンベルクは眼前に広がる大海原を見て、呆然としていた。

 

「なぜ君がいるのだね? フエルト少将」

 

グリッペンベルクがおかしな口調で隣の男に問う。隣の男は

 

「奉天が! 奉天が!奉天が!ヤポンチクが居ないんです! でも、でも、遼東が遼東が消え去りました!」

 

「満洲……ここは満洲なのか!?」

 

困り果てたグリッペンベルクにガンシン・フエルト少将が、

 

「遼東除いて満洲に海なんかないでしょう!」

 

とややヒステリックになって言う。

だが、少将の反応も納得できる。目の前に海があるのだから満洲ではない。当然である。旅順ならば要塞があるはずであるし、ここが満洲でないということは正しい。だが、ここはどう考えても満洲の地である。寒さ以外は。

 

「クロパトキン閣下はなんてご命令されたのだ?」

 

フエルト少将に怒鳴られて、我に帰ったグリッペンベルクは満洲軍総司令官クロパトキンが何を命令したのか聞いた。クロパトキンに満洲軍全員の命がかかっているのだから、気にするのは当然である。

 

「とりあえず現地の調査と警戒をせよとのことです」

 

「やはりか」

 

クロパトキンらしいなとグリッペンベルクは思った。この慎重さがクロパトキンの最大の長所で最大の短所である。と、彼は着任後ずっとそう思っているからこそ、予想が簡単にできる。当たりすぎて心配になる程である。

 

目の前から日本軍が消えたことによりもっと活発に動いてくれるのではという期待も無いことは無かったが、やはりそんなことはなかった。クロパトキンは石橋どころか家の前の道ですら叩いて渡るタイプだなと彼は独り言のように呟いた。

 

「グリッペンベルク将軍!沿岸警備隊より報告!『沖合に戦列艦13隻見ゆ』」

 

グリッペンベルクの人物評はこの報告によって中断された。本来だと鴨緑江があるあたりが沖合になっているらしくて、奉天や遼陽なんかも日本兵抜きで返って来たとフエルトが言っていたのを思い出す。

戦列艦、消えた日本兵、消えた遼東半島、おかしな地理……グリッペンベルグの脳内にファンタジー溢れるトンデモ世界が形成されかけた……が、彼は司令官。下らない妄想などしていられない。

 

「ゲオルギー・スタケリベルク中将のシベリア第1軍団、そして我が第2軍は海岸を防御、また戦列艦に対し回頭を要請せよ」

 

あえてクロパトキンを通さずに彼はテキパキ命令を下していった。

 

1905年6月17日 満洲沖東部

 

 

皇国監査軍西洋艦隊司令長官メインベルトは突如として現れたこの新大陸を侮蔑するような目で見ていた。

 

「汚らわしい蛮地、目が腐るわ!」

 

と顔に書いているようであった。彼は、この大陸に人類がいることを認めると、

 

「フハハハハ……空砲を撃て。蛮族どもを驚かしてやれ!」

 

と命令した。水兵たちは大陸共通語で、

 

「死ね蛮族!」

 

「ミンチにしてやれ!」

 

と口々に罵り始めた。メインベルトは足を組んで、

 

「も少し辛抱しろ」

 

と言って制止した。勿論このまま抑え続けるつもりはないが。

 

空砲を撃たれたロシア陸軍は蜂の巣を突いたかのように大騒ぎになった。中でも日本語が分かる者が、沖の戦列艦からの怒声に怒って、

 

「うるせえ未開人どもが!」

 

と天にも届くほどの大声で言ったので、プライドの高い西洋艦隊司令長官メインベルトは青筋を立てて、

 

「実弾だ! 実弾で砲撃開始!」

 

と荒々しい声で命令した。水兵たちは大喜びで、準備から発射まで罵りながら行った。罵りの声に後押しされた砲弾は多くが外れたが、幾らかは陣地に到達し、沿岸の砲やロシア兵を打ち砕き、粉砕してしまった。

ロシア兵は大いに怒り、勝手に砲撃を開始した。日本軍との熾烈を極めた戦闘で慣らしたロシア砲兵にとって油断しているのか、至近距離で止まっている戦列艦ごときなど敵ではない。いくつもの砲弾が前方の戦列艦を貫いた。

 

「戦列艦『クーゲル』『キール』『ホーン』被弾、沈没!」

 

「そんな!」

 

メインベルトが見た先には苦悶に表情を歪め、海に吸い込まれて行く戦列艦3隻の姿があった。

蛮族に撃沈される。これだけでメインベルトの精神力は打ち砕かれた。

 

「うっ……うっ……ううぅ……蛮族……蛮族……わあああああああ!」

 

メインベルトはいきなり大声をあげて叫び、唇を震わせ手足を痙攣させる。もはや怒鳴り声は何を言ってるかすらわからないものになっていった。今度はなぜか泣いているではないか。そしてついに、

 

「我が艦と中破し、落伍した2隻除き全て沈没しました!」

 

という報告が彼を崩壊へとエスコートした。メインベルトの精神は完全に逝かれてしまったのである。

 

それとは正反対に、見事勝利したロシア陸軍は、大いに喜ぶとともに死んだ部下の埋葬を始めた。

 

「敵艦隊は撤退しました!」

 

「そうか、ご苦労」

 

グリッペンベルクも戦闘には参加できなかったが、戦死者の埋葬や負傷者の救助のために、一部のものを連れて海岸へ向かった。

 

 




フエルト少将は奉天にいたままという設定。フエルトの名は読み方がよくわからなかったのでミスがあるかも知れません。
メインベルトはオリキャラになります。小説で西洋艦隊司令長官の名前が出ていましたら、教えていただけませんでしょうか。
日本軍は朝鮮に送還(物理)されています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロデニウス沖大海戦1

1905年6月20日 北ロデニウス海

 

「提督!マイハーク沖の防衛艦隊はクワ・トイネ軍60隻、ロシア軍7隻の模様」

 

ロウリア海軍海将シャークンは優に4000隻を超える艦艇を眺めながら敵情の報告を聞いていた。

 

「今日の夕刻にはマイハークに到着する予定です」

 

「そうかそうか。蛮夷、ロシアに西ロデニウス海での雪辱を晴らす日がついに来たか」

 

殺されるところだったのだ。ロシア人には死よりも苦しい罰を与えてやる。そう、シャークンは天に誓った。

一刻ほど航行したとき、列強国パーパルディア皇国から賜与された戦列艦20隻のうち最も多い64門級戦列艦「ハーク・ロウリア34世」艦上で水夫が一人素っ頓狂な声を上げた。

 

「前方に敵艦!」

 

 

同 マイハーク沖

 

「仮装巡洋艦〈ペテルブルク〉より報告。『我が艦より10キロ、第三太平洋艦隊直轄艦隊より前方20キロに敵艦隊あり』とのことです」

 

「ついにやって来たか……」

 

司令長官ネボガトフは敵艦隊見ユとの報告を聞いて、グッと椅子に腰掛ける。

 

「観戦武官のブルーアイ氏には心配はいらない、今日中に壊滅させる。と伝えてくれ」

 

いくら我が軍の戦艦を見たとは言え、知識がなさすぎるため、本来の戦力が推測できず、かなり不安に思っているだろう。今後、長い付き合いになるのだろうからこれぐらいの声かけは必要だと彼は思っていた。

はっきり言って、7隻だけで戦わねばならないという時点で随分気後れしていたブルーアイにこの程度の声かけで効果があるかと言えばそれは違う。

ネボガトフはふと、前に我が艦隊だけで壊滅できると第二艦隊司令長官パンカーレに自信満々に言ったが、その時の提督の顔が引きつっていたことを思い出した。

ないとは思うが、やはりこの戦いは負けられない。万が一があれば心証が著しく低下するだろう。

我が艦隊だけで戦うというのは、無駄死にさせないための一種の気遣い、善意であったのだが、その善意は一方的な者で、主観でしかない。それがパンカーレに正しく解釈してもらえる保証などない。

部下思いの提督のことだ。部下が殺されたと解釈して、激しく非難することは目に見えていた。

--やはり負けられない。

ネボガトフは艦上で緩んでいた気を再び引き締めた。

 

 

同 午後1時 マイハーク沖

 

 

仮装巡洋艦「ペテルブルク」は逸早く敵艦隊に接触し、回頭を要求していた。

だが、それへの回答は言葉によって返されることはなかった。

 

「蛮夷が偉そうに! 第2隊は敵艦と併走し次第攻撃開始!」

 

との命令と共に打ち出された大量の火矢によって拒絶という回答が為されたのだ。

 

「『敵艦の攻撃による被害はなし』とのことです」

 

部下の報告を聞いてネボガトフはどこか哀れむような表情で目線を下に落とすと、

 

「致し方あるまい。敵艦との距離2000メートルの地点で砲撃を開始する」

 

ネボガトフ少将としては、このロウリア王国にこちらの艦の能力を知られることを避けたかった。又日本軍が万が一ここに来ていた場合、こちらの艦艇の能力や乗組の練度などを知られる危険性があったため、戦列艦の射程距離での砲撃を命じたのである。

 

4隻の戦艦は次々に発砲の準備を始めていた。すぐに用意したのは、一応反航戦の形であるので、両艦隊は20ノット近くで接近しており、すぐに有効射程に入ったからである。

戦艦インペラートル・ニコライ1世の主砲が咆哮する。水柱が立ち上ると、目標になった船は面影もなく、一瞬にして消え去る。密集した敵艦隊は命中率を高くしてくれていたのである。撃てば当たる。この状況に将兵らは大興奮した。

 

「何が起こっているのだ!」

 

怒声を飛ばすシャークンに一つの朗報が届いた。

 

「長官殿! 50門級戦列艦『アドミラル・ウィット』、30門級フリゲイト『ハーク』『ロデニウス』が敵艦1隻に急接近。砲撃準備中とのこと!」

 

「やった! フフフ……蛮夷め。地獄を見せてやる!」

 

シャークンの眼に火がともり、艦隊の士気は回復しつつあった。

前方では先程の砲艦3隻が、ロシア海軍の海防戦艦「アドミラル・ウシャーコフ」に一斉砲火を喰らわせていた。

そして、煙が晴れた先には、目立った傷の付いていない戦艦。その主砲や副砲が憎き砲艦三隻をジッと見つめていた。




原作では出番がなかったフリゲート君。
戦列艦「ハーク・ロウリア34世」は64門か74門どちらにするかでで迷いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロデニウス沖大海戦2

「アドミラル・ウシャーコフ」艦長ミクルフ大佐は、750m先にある敵艦三隻を睨みつけ、

 

「Огонь! 」

 

と叫んだ。それと共に中間砲や主砲から幾つもの巨弾が放たれた。この程度の戦列艦ならば備砲で充分であるし、実際なるべく小口径砲を使うように言われている。だが、敢えて主砲や中間砲を使ったのは、ロウリアへの怨みが大きかったからである。先程の斉射で運悪く甲板要員が幾人か死んだのだから無理もなかろう。

報仇雪恨せんとロウリア軍船に向かった砲弾は、船員の技量のためか、敵艦に当たらず、海中に突進した。だが、運良く反跳し、戦列艦「アドミラル・ウィット」の第二層の砲列を突き破り、弾薬庫に至った。フリゲイト2隻も大量の砲弾を甲板上に受けた。

鼓膜がおかしくなりそうな程の大轟音とともに仲間の仇達は跡形もなく消え失せる。写真のように一瞬敵艦の動きが止まった。だが、それも束の間である。付近の木造船が衝角攻撃を試みてきたのだ。だが、リッサ海戦ですでに木造船の衝角攻撃が装甲艦に対して無力であることは彼らに中では常識。驚くそぶりもなく、気づいた頃には突撃して来た船は一隻も残っていなかった。

 

戦艦「インペラートル・ニコライ1世」はただ一路、敵旗艦を目指していた。見つかりに来ているとしか思えないぐらい旗が大きいため、追いかけることは容易であった。邪魔な敵艦は体当たりすれば雲散霧消していしまう。フリゲイトなど相手にならない。状況を鑑みるに当然のことであった。

だが、ロウリア軍が迫って来る巨艦に何も対策しないわけではない。戦列艦を向かわせたのだ。右舷に向かって、50門級戦列艦「クラハトゥ」が衝角攻撃を試みた。黄海での清朝の北洋水師のようにやたらに衝角攻撃を試みる様子は勇猛果敢にも軽慮浅謀にも見える。無為無策でないだけまだマシなのだろう。

いよいよ戦列艦が目前に迫った。だが、リッサ海戦を知らない事を哀れんでやる人間はいない。仲間を殺したロウリア軍に慈悲をかけるつもりはなかったのだ。

 

「蛮族め! 身の程を弁えろ!」

 

戦列艦の衝角攻撃をあっさり受ける敵艦をノロマだとシャークンは嘲笑する。波が消えればそこには沈みゆく鉄屑(火矢が効かなかったため鉄などの金属だと予想されていた)があるだろう。これでシオス王国などとの交易路を遮断することができる。余裕に満ち満ちた彼は部下に酒を用意させた。

 

「右舷に衝角攻撃を受けました!」

 

卒の一人が報告する。ネボガトフらは、ピクリともしない。驚く理由がないのだ、当然だろう。

しつこいようだがリッサ海戦という前例があるのだ。戦列艦の衝角攻撃など怖くはない。

 

「シャークン提督! 戦列艦『クラハトゥ』が沈没しました!」

 

「バ……バカな……」

 

人間の報告は嘘をつくことがあっても自分の目は嘘をつけない。敵艦がなんともなく、さっきまでの戦列艦が消え去っている。シャークンはパチパチと瞬きすると言葉を失い、顔面蒼白となった。

敵艦がすぐそこまで来ているのだ。




短くてすみませんね。
次ぐらいでアレが300くらいやって来ます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロデニウス沖大海戦3

「敵旗艦らしきもの、接近してきます!」

 

意気消沈しているシャークンのことなど気にもせず、部下が嫌がらせとしか思えないぐらいに悪い報告ばかりを寄越してくる。こうなれば、いくら指揮官が気後れしてはならんと思っていても、上手く精神を制御できない。シャークンの声は小さく掠れたものになっていった。

海戦では差がありすぎて勝てないではないか。最早一方的に撃沈されるしか無いのか。

いや、そんなことを考えて何なるのだ。まだ手立てはある。そう思わねばやっておられん。

何かないかと考えるシャークンに部下は不安に満ちた眼差しを向けていた。その時、シャークンが突然笑いだしたので、部下たちは(ついに提督も狂ったか、もうおしまいだ)とため息すらつけないほどに絶望した。

だが、部下たちの見立ては大きな誤りである。必死に士気を下げまいと見えぬ努力をしていた提督がこうも簡単に狂う筈がないのである。そうなれば艦隊は完全に崩壊することぐらいよく分かっていた。

提督が大笑いしたのは、全く異なる理由によるものである。

 

「ワイバーンを出せ。これで敵の戦闘能力を失わせるのだ」

 

シャークンが失笑した理由はここにあった。もっと早くワイバーンを出しておけば、こうも追い詰められなかったのだ。なぜ、そんなことに気づかなかったのか、自分が情けなさ過ぎて後悔も憤慨も通り越して笑ってしまったのである。

 

「了解!」

 

提督はまだ大丈夫だ。顔に生気がある。目が太陽のように光り輝いている。これを見た部下の期待と喜びが了解というたったの一言をここまで張りのある声にしたのだ。

提督もそんな元気な声を聞いて気分が良くなる。提督の心は水のようなものである。部下の元気ある声という絵の具を垂らせれれば、その色が広がるのは当然である。

 

陸軍のミスにより、予定より少数であるが300程度のワイバーンが7隻の敵艦のうち巨大な4隻に飛びかかっていった。

4隻の巨艦。すなわち戦艦の機銃、機砲要員らは吶喊しながら雨霰のように銃弾を浴びせる。

すぐに壊滅できるだろうと、彼らは思っていたが、300もいれば勝手が違う。

相手が多いからよく当たるのではない。多いからキリがないのである。一匹の蚊を殺すのと10数匹を皆殺しにするのとでは難易度が全然違う。

航空攻撃は数がこれほど重要になるのかとネボガトフは火炎弾など気にせずそのことばかりに気を向けて頭の中で文字を打っていた。

狩猟で鳥含む多くの生物を絶滅させてきた人類でもこれほどではやはり力不足である。50、60はやったが200以上がいる。陸で使えば10万は殺せそうなこれほどの機関銃でもそれほどしか殺せない。虚しくなるほどだ。

船員はこれほど苦労し、訓練に訓練を積んだのにその成果である対空射撃を歯牙にもかけず突撃して来るのだ。

一隻あたり50以上、これではあまりにも厳しすぎる。火炎放射や火炎弾が命中し、木造部分から燃え上がる。できる限りの火災対策はしているのだが、まるで焼け石に水である。あまりの無力さにネボガトフは拳を握り締めることしかできない。滴る汗は火災による熱のせいか緊張と焦りによるものかわからないが、水道の蛇口を捻ったかと言うほど汗が噴き出す。その様子は、周囲のものを不安にさせるには十分であった。

 

「機銃要員の死傷者多数!」

 

「前部甲板消火急げ!」

 

乗組の怒声が至る所で飛び交う。火事場の馬鹿力というものか、水やらなんやらは訓練より素早く用意し、使用することができている。だが、火の勢いが大きすぎる。ツルハシ一本でトンネルを掘ろうとしているかのようだ。全く捗らない。このままではどうしようもない。追い詰められたネボガトフは、

 

「このまま敵旗艦に突撃する!」

 

と表情を作って、勇ましい声で言った。足が震えかけていることに運良く誰も気が付かず、無事士気は上がった。

敵のワイバーンも随分と数を減じて次々に帰投して行く。山場は去った。耐えるべき所は耐えきったのだ。

 

「借りをキッチリ返してやる!」

 

全く相手にされず、本当は借り物クソも無い補助艦隊の司令長官ラドロフ大佐が怒号をあげる。補助艦隊の内の戦闘艦の乗組の士気は上がりに上がり、氾濫した河川の如き勢いで、突進し、周囲の木造船を古い家屋を飲み込むかのように撃ち倒していく。

 

「シャークン提督! ワイバーン隊帰投。敵部隊のうち4隻の巨大船が炎上中!」

 

「よしよし。今度こそマイハーク包囲、シオス王国との通商路遮断は成功したな!」

 

まだ決まったわけでもないのに、彼らは勝った気になって祝杯を交わし始めた。誰も彼もが顔を真赤に染めて豪快に笑っている。

ただ一人、デッキの端で心地よい風に当たり、優雅に時を過ごしていた士官の一人が、突然グラスを取り落とし、その場に立ち尽くした。

 

「どうした? もう参ったのか?」

 

周囲の者らはそう言って小刻みに震えるその士官兵にまともに取り合おうとしない。それは士官兵がただ妙な挙動をしているからであった。この挙動が、何故なのかを彼らが知った時には、甲板要員の顔立ちや、よくわからん兵器の形がはっきりわかるほどまで、自信に満ちたかのように将旗を翻した戦艦「インペラートル・ニコライ1世」がすぐそばまで来ていた。

 

「砲撃用意!」

 

と叫ぶ両提督の口調や表情は全くの正反対であった。




文章力が欲しい……これだけでも骨が折れますぜ。
まだワイバーンは怖いですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロデニウス沖大海戦4

ロウリア人からしたら戦列艦は大きいけどロシア人からはそうでもないんですよねえ。


両艦から激しく砲火が放たれる。守りに乏しい戦列艦は忽ちに雨に長く晒され続けた岩のようにその小さな「巨体」に多数の穴を作る。だが、戦艦はと言うと、全くと言って変わりがない。桶に張った水を突いているかのようだ。その勢い、強さ、対応力、守り、学習力全てが水のようである。

 

「取ったぞ!」

 

だが、その絶望的な砲撃力の差を見せつけられたにも関わらず、シャークンの声は正しく快晴である。

それもそのはず、海軍--あくまで第三文明圏でだが--の常識では艦艇同士の戦いは接舷攻撃で決まる。

それを取ったのだ。正確にはまだ距離が少しあるが、敵は逃げ切れまい。見たところ敵の甲板要員は少ない。一挙に雪崩れ込めば容易に制圧できるだろう。

考えているうちに、戦列艦「ハーク・ロウリア34世」は戦艦「インペラートル・ニコライ1世」への接舷に成功した。

 

「なんだ!」

 

それと同時にシャークンら将校らの頓狂な声が飛ぶ。戦艦の中間砲が木造部分に突き刺さり、破口を生じたのである。その時の衝撃が彼らを驚かせたのだ。

 

「それ、突撃!」

 

だが、そこは勇猛果敢なシャークン提督である。その様子は、趙との戦で背水の陣を敷いた韓信軍のようである。近くにいた甲板要員らは、それに驚いて慌てて逃げ出す。だが、シャークン隊の勢いが虚勢であることは、すぐに明るみに出る。

一人の機銃要員の発砲により、幾十人もの屈強な兵が、造作もなく斃れていく。それを見た他の機銃要員らは、

 

「なんだ、大した奴らではないじゃないか」

 

と言いながら次々に撃ちまくった。さすがに機砲や機関砲クラスのものは使わなかったが、それでもロウリア兵はバタバタと倒れる。甲板をあっという間に血の川が縦断し、蟷螂の斧の如きロウリア軍は死体の壕を作るのみであった。

粗方片付いた時、死体を乗り越え、提督シャークンらが一矢報いるべく剣を光らせて、飛びかかった。

だが、正確な機銃の一連射に提督の足は貫かれ、バタリと部下の亡骸に体を埋めた。

 

「提督がやられた!」

 

「ハーク・ロウリア34世」の艦長は断末魔のように叫ぶ。それから、「降伏する」との声が聞こえるまで大した時間を要さなかった。

旗艦が降参すると他の艦も血の気が引いたように動きを止め、必死に降伏を叫んで行く。

士気が崩壊した軍ほど脆いものはない。なんとか撤退した100余隻を除いて、他800隻余りが撃沈、2000隻が降伏、1000隻以上が自沈又は自焼。死傷者は5万を超え、捕虜も8万を数えた。さらにワイバーンも半数を喪失した。そればかりか、司令長官シャークンが捕虜となった。対してロシア側は、ワイバーンに手こずったこともあってか、死傷者は500人を超え、戦艦三隻が中破、炎上。旗艦の「インペラートル・ニコライ1世」も小破した。

これでも奇跡の消火活動と言われるのだから、ネボガトフはゾッとした。

 

ネボガトフの握りしめているノートにはびっしりと文字が羅列されていた。これらは今回の戦におけるネボガトフの主観的な反省や分析である。勿論報告書は別の物を書く。使うのは勉強会の時になるだろう。

揺れのためか、焦りのためか、筆の運びが非常に拙い。ところどころが汗か何かで湿り、文字が掠れている。

本来なら気持ち悪いと思いそうなものだが、これだけは何故か勲章のようにみえる。

 

マイハーク沖。ここにロウリア海軍は壊滅した。時に西暦1905年6月20日のことである。

 

 

 

1905年6月21日 ロウリア王国首都ジンハーク

 

 

「陛下、マイハーク沖における海戦により、我が王国海軍はクワ・トイネ、ロシア帝国連合艦隊と戦闘を行い、100隻を除いて全て沈没か拿捕されました」

 

将軍パタジンの報告に国王ハーク・ロウリア34世は激昂しかける。だが、流石は聡明な王である。ここで彼を怒鳴りつけても、切り首にしても意味がないことはわかりきっていた。だからこそ、王は黙って続けるよう合図した。

 

「はっ、そのため、海軍におけるクワ・トイネ、シオス間の交易路破壊作戦は無期限延期となりました。ですが、陸軍の将軍パンドールらは、現在、首都クワ・トイネ包囲作戦のうち諸侯軍をマイハーク制圧に向かわせることを計画しております。おそらく、なんとかなるでしょう」

 

「うむ。パンドールならば、できるだろう」

 

常に何らかの戦果を、味方の損害の何倍もの価値がある戦果を提げて来るパンドールに対する信頼はやはり大きい。パンドールなら捲土重来を果たす。ロウリアはそう確信して、第二次マイハーク占領作戦を許可した。




同じ国家元首の名を冠する旗艦対決もついに決着!

次回、おや、ロシア帝国陸軍が仲間になりたそうにこっちを見ているぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

満洲軍合流

ロデニウス沖大海戦の勝利はロシア=インドシナ帝国国内で大々的に報じられた。

だが、決して、大勝利であると伝える新聞社はなかった。

 

現に穏健派の「ル・タン」などは、

 

「此度の勝利はロウリア海軍の野望を永久に打ち砕くこととなった。ロウリア海軍は再起不能、軍事行動が取れなくなったのだ。クワ・トイネ、クイラ両国の国民の喜びは並大抵のものではないだろう。だが、浮かれてはならない。敵のワイバーンによる攻撃により、戦艦4隻が炎上したのだ。損傷自体は直ぐにでも修理できるだろうが、問題は乗員である。500人余りが死傷したのだ。これでは航海はできても、戦闘は絶望的であろう。第三太平洋艦隊も未知の攻撃により動きを止められたのだ。戦争の行方はポール・ボー首相やロジェントヴェンスキー提督にかかっているだろう」

 

と報じている。だが、この記述にある軍人が怒った。フランス東洋艦隊司令長官のド・フォーク・ド・ジョンギエール少将である。

 

「ネボガトフ少将の戦術は正しかった。弾薬を節約できているだけでなく、消火も対空戦も良かった。旗艦を餌兵として、正兵を迎え撃ったことも正しい。このように無能かのように書き立てられる理由がわからない。自分に厳しすぎるのではないか。大体、フランス東洋艦隊司令長官の私がさも重要でないかのような扱いをされているのが気に食わん!」

 

と言って200ページに渡る抗議文を送ったのである。本人によると、徹夜で書いたらしい。だが、各新聞社は

 

「理性的でない」

 

の一言で一蹴し、数ページ見ただけで突き返した。少将は時間を無駄にしただけでなく、世間からの評価も下げてしまったのである。

 

この新聞がもたらした出来事はそれだけでない。どこから漏れたか、パーパルディア皇国やムーなどの列強にまで渡ったのである。それ以外でも、少なくとも、帝国周辺の地域には渡っているという。

 

 

1905年6月22日 パーパルディア皇国

 

パーパルディア皇国。第三文明圏に属する国家である。この国はそれだけでなく、列強国としてこの第三文明圏に君臨しているのだ。インドシナや満洲から見て北に位置するフィルアデス大陸の大半を席捲しており、72もの属領を持っている。

ロシア帝国はクワ・トイネより購入した地図から存在のみ知っているが、実力は知らない。位置的にも性格的にも攻撃を仕掛ける可能性があるのだが……

この国では、ロウリア王国脅威論が蔓延していたが、一方でロウリアが勝てばロデニウス大陸の権益が手に入る。また、反抗的ならば即座に攻め立てれば良い。と論じる者も少なくなかった。中には、文明圏外国脅威論まで唱える者が出てきた。

 

文明圏外脅威論を唱える者はこの海戦をロシア帝国の大勝利だと論じ、ロウリア脅威論者やロウリア派はロシア海軍の動きが止まったのだからロウリア軍は目的を半分達成しているのでロウリア軍の辛勝と唱えた。

ロウリア脅威論者とロウリア派が手を組んだのである。これにより、文明圏外国脅威論はついに相手にされなくなってしまった。

 

 

1905年6月25日

特務艦「イルティッシュ」は付近の海域を調査していた。漁師らから(漁は海図や地図がないと困難であるため漁師には余人に漏らさないことを条件に特別に渡していた)地図や海図にない陸地が有ると報告が来ていたからである。新世界で生きて行くには地理を知っておく必要もあるだろう。そうでないと他国から軽んじられる。それでは困る。という政府の意向もあっての調査である。

 

行って幾らか経った頃、陸地を発見した。こうもアッサリとは思わなかったが、なるほどこの距離なら漁師らが遭遇するのも合点が行く。

早速、調査団は上陸を開始した。念のため、武装した兵士が付いている。

 

大分進んだこと、至る所に堡塁や小銃が散見されるようになって来た。見た感じ、つい最近まで人がいたかのようだ。近くを探して見ると、武器以外にも調度品の類が見られる。ロシア製やフランス製のものも結構ある。

一体ここは何なのかと思った時、後ろで大きな足音がした。やっと一人か--調査員が怠そうに振り向いた時、

 

「貴方方は何者ですか?」

 

と一人の髭を多く生やした男が言った。その周りを見ると沢山の軍服を着た男がいる。見覚えがあると誰もが思ったが、変な誤解があったら困ると誰もが黙っていた。だが、その軍服を見た男のうち一人がが堪えきれずに、

 

「もしかして、ロシア陸軍か?」

 

と言った。すると、彼らは、突然友好的に、表情を崩して、

 

「そうだが……もしかして貴方方は……海軍か!?」

 

「そうです! ところで、貴方もしや……グリッペンベルク将軍ですか!?」

 

お前それは失礼だろう--そんな空気が一瞬出来上がるかのように思えたが、

 

「そうだが……それがどうした?」

 

の一言で打ち砕かれる。味方と分かったからには遠慮はいらない。聞きたいことを聞きたいだけ互いに聞いた。

そして、現在バルチック艦隊含むフランス領インドシナは異世界に転移してしまったので、独立国家として行動できるように、ロシア=インドシナ帝国を名乗っていること、そして今、インドシナから西方1000キロの地点に位置するロウリア王国という国と戦争になっており、陸軍が必要不可欠であることなどを知らせた。

彼ら第2軍は、クロパトキンの許可のもと、戦線に参加することとなっただけでなく、クロパトキン率いる満洲軍と一部のシベリア軍団を必要に応じて参加させるという。

 

これにどうしようもない陸戦について頭を抱えていたポール・ボー首相は歓喜し、クロパトキンは陸軍大臣兼満洲軍総司令官兼極東総督に命じられた。

そして、彼主導のもと、ロデニウス派遣軍が編成されることとなった。

 

 

 

 

 

 




200ページも何書いたんだ……
ジョンギエールさんは反日家だけど多分無能じゃないのでよろしく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クワ・トイネ包囲戦1

1905年6月30日 クワ・トイネ

 

 

「ここが、クワ・トイネか……」

 

ロデニウス派遣軍司令官グリッペンベルグは首都クワ・トイネを見ながらため息をつくように呟く。それは、この城の余りの見窄らしさに対するものである。輸送船内である程度は聞いていたが、ここまで酷いとは思っていなかった。これで、優勢な敵を打ちのめし、総大将の首を取ったというのだから驚くしかない。

 

「グリッペンベルク殿、此度は我がクワ・トイネ公国にご支援頂き、ありがとうございます」

 

首相のカナタが話しかける。

 

「盟邦が侵略を受けているのです。これを見過ごす訳には行きません」

 

「して、ロウリア軍に対してはどのように当たるのですか?」

 

「はい、ニコライ・リネウィッチの第1軍6万をマイハークへ、アレクサンドル・カウリバルスの第3軍6万を城内防衛に、我が第2軍6万は城外西へ60キロの地点に陣取ります。そこで、ロウリア侵攻軍本隊を再起不能にします」

 

グリッペンベルクから戦力の振り分けを聞いて、カナタは言葉を失った。いや、周囲のクワ・トイネ人も全てが言葉を失った。

 

「お言葉ですがグリッペンベルク殿、我が国の調査では、ロウリア侵攻軍本隊は十万を超えるとされています。流石に6万で野戦は無理があります」

 

西部方面軍司令官ノウが指摘する。本当ならマイハークに6万派兵というのも無理がある。ここには民兵合わせてそこそこ兵力があるが、マイハーク守備隊はほぼ全て、エジェイへの援軍として送ってしまっている。

諸侯軍は10万を下らないというのだからやはり劣勢だ。彼の国の日刊『ル・タン』ではロシア海軍の第三太平洋艦隊は戦闘行動が取れないと言っている。また、マイハークは大半が焼け落ちており、海上支援がないなら正兵に正兵で迎え撃つことしかできないはず。ということは、数的劣勢から勝てるわけがない。となるではないか。

この男は頭がおかしい。

クワ・トイネの軍人らは彼に侮蔑するような眼差しを向けてそう結論付けた。

 

「いいえ、大丈夫です。過ぎたるは猶及ばざるがごとしと言います。過剰に兵を送って来るような愚将に負けることは絶対ありません」

 

グリッペンベルクは侮蔑的な目を向けて来る軍人らを一瞥して、語気を強めて言った。

その気迫にも軍人らは驚かされたが、何よりも「あの」パンドールを愚将呼ばわりすることにどれほどの自信家なのかと驚くと共に、所詮大口を叩いているだけで大した奴ではない。人を見る目がない。と、バカにするものもあった。

 

「それと、我が陣地とその周辺には民間人は元より我が国の軍人以外は絶対に立ち入らないようにして頂きたいのですが」

 

カナタは、

 

(兵を死地に追いやりたいのか!)

 

と怒りを覚え、顔を歪めたが、仕方なく認めた。周囲の軍人らは、失笑する者さえあった。

 

「こいつはワイバーン部隊の恐ろしさを知らん田舎者の蛮族なのだろう」

 

と。

 

 

1905年7月10日

 

「これより我が軍はクワ・トイネへと向かう!」

 

スマークと血の啜り合う儀式を終え、神に祈りを捧げた後に、パンドールが誇らしげに命令する。

諸侯軍が成し得なかった首都攻略を今、自分が成すのだ。これほど興奮の治らない日はない。包囲戦に参加する兵力は30万。マイハークは10万。ロシア陸軍というのが加わったらしいが、それでも18万。負けるわけがない。神聖なる勝利を祖国に齎すのだとパンドール軍はクワ・トイネへ駒を一歩一歩進めて行った。

 

 

 

1905年7月20日 クワ・トイネ近郊

 

 

「大将閣下! ご報告に参りました」

 

パーヴェル・ミシチェンコ将軍が報告に上がる。将軍である彼が報告するのはグリッペンベルクが彼を信頼しているからである。グリッペンベルクは、

 

「ああ」

 

とだけ言うが、目配せで彼に催促する。このような合図が成立するのも偏に両者の信頼関係が上手く築かれているからである。

 

「はい、鉄条網は……電流を通すにはもう少し日を要しますが、騎馬突撃を防ぐ程度には堡塁は出来上がっています。また、地雷に関しては指定箇所に全て配置しました」

 

「こんなにも早く……良くやってくれた。ところで、地雷の設置箇所はちゃんと記録したのかね?」

 

グリッペンベルクの質問に泣き所を蹴られたような表情をして分かりやすく焦るミシチェンコ。彼は歯切れ悪く、

 

「い、一応、大まかな位置だけは……」

 

「それではいかん。ここは元々村だったのだ。戦争が終わればまた、戻ってくる。もし、地雷が取りきれていなかったらどうする? 盟友の民に迷惑をかけちゃいかん。明日でいい、今日はよく食べて、よく寝てくれ。また明日やろう」

 

「了解しました」

 

まだ見えぬ敵、ロウリア軍。彼らは恐らく地雷など知らんだろう。一方的に死んで行くだろう。グリッペンベルク将軍は味方には優しいが敵には残酷だとミシチェンコは思った。だが、同時に地雷なら訳もわからず死ぬ。どうせ死ぬならその方がいいのではとも思っていた。大量の食料に、少ない地雷や弾薬からして皆殺しにするつもりでないこともわかっていた。

 

「あっ、それと、作業が終わったら対空訓練以外は適当にやらせてくれ」

 

「はい?」

 

指揮官としてありえない命令にミシチェンコは困惑する。

 

「だから、適当にやってればよろしい」

 

「はあ……わかりました」

 

彼は黒溝台での活躍から大将のことを英雄だと尊敬していたが、その気持ちが少し薄れた。適当にやっとけなんて乱暴で無茶苦茶すぎるではないか。何が英雄だ。と彼は内心憤っていたのである。

 

 

 

1905年7月31日

 

 

ついにロウリア軍30万はクワ・トイネ近郊の陣地から10キロの地点まで到着した。

 

「パンドール将軍!明日、夜襲を行なっても宜しいでしょうか?」

 

スマークが尋ねる。恐らく、第一次エジェイの時と同様騎兵で気勢を削ぐつもりなのだろう。敵はよもや到着したばかりの敵軍がいきなり夜襲を仕掛けるとは思わないだろう。更に、斥候によると敵軍はだらけきっているという。絶好の機会ではないか。逃す手はない。

 

「正兵は奇兵に劣勢だが、奴らは正兵ですらない烏合の衆。許可しよう。ただし、君の直轄騎士団2500では少ない。ジョーヴのホーク騎士団も付けて、出撃せよ」

 

「何故ですか? 奴らは苦手なのですが……」

 

スマークがジョーヴという名を聞いただけで戻しそうな顔になったのだから、本気で嫌がっていることがわかった。だが、パンドールの方もこれ以外は任務があって送れないし、2500では不安がある。

パンドールはなんとかスマークを宥めてホーク騎士団500騎と合わせて日没、出撃させた。

 

 

 

 

 

 

 




なんかごっちゃごちゃ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クワ・トイネ包囲戦2

「閣下! 敵、騎兵隊3000が接近中!」

 

真夜中、狸寝入りをしているグリッペンベルク大将に敵襲襲来の報せが入る。

 

「各機関銃隊に準備をさせよ。又、ミシチェンコの旅団に攻撃命令を下せ!」

 

ミシチェンコの旅団は敵陣を掻き乱し、ワイバーンを出来るだけ地上撃破することを目標とし、敵陣から左側800メートルに広がる森林地帯へと駒を進めていた。ここから火砲や突撃でワイバーンを撃破しようと言うのだが、未だワイバーンがどこにいるのか分かっていなかった。

では、なぜグリッペンベルクが攻撃命令を出させたのかと言うと、通信手段が限られているため、後方の主力には報告が行かなかったからである。既に発見したものと判断していた。

 

 

「ホーク騎士団を先行させる。我が隊はその後に向かう」

 

敵陣がうっすらと見えてきた頃、将軍スマークは敵の戦力や底力を知りたく、ホーク騎士団を先行させるように命令した。彼らは野蛮であるので、敵を見つけたら攻撃せずにはいられない。それで、敵の防衛線を突破すれば本隊も合流してこの場で一気に決めればいいし、壊滅すれば遠巻きに弓矢を撃つことに徹すればいい。

どちらにしても本隊に損はない。後者なんて鬱陶しいホーク騎士団が消えてくれるのだから正に得しかない。

 

「了解しましたぜ!」

 

ジョーヴらは吶喊しながら鞭を打ってさっさと前方へ消えてしまった。自分たちがスマークにこのような扱いをされていることなど全く知らない。

 

 

「敵騎兵隊400! 地雷原まであと800!」

 

「よし、機銃隊、まだ撃たなくていいぞ!」

 

ホーク騎士団は愚かにも自ら死地に突入する。団長ながら一番槍を取ったジョーヴの鍛え上げられた巨体が爆音と粉塵に包まれる。彼と魁を競っていた者たちの爆音とともに姿が見えなくなる。

 

「避けろ! 魔導師の射線だぞ!」

 

強力な魔導師の爆裂魔法だと思った一人の隊長が叫び声をあげる。すぐに脇にそれる。

しかし、それたものから次々に吹き飛ぶ。右に逸れようとも、左に逸れようとも皆平等に爆殺される。

中には、運が良かったのか足だけ吹き飛び、臥せっているものもいる。

だが、勇猛果敢なホーク騎士団はそれでも尚、怯まずに狂瀾怒涛の如き突撃を敢行する。まさに騎虎の勢である。

 

「機関銃隊撃て!」

 

運良く地雷の合間を縫って防衛線に肉薄した騎兵を機関銃が無情にも引き裂く。仲間の遺骸の上を通って突撃せんとする者たちも撃ち砕く。

 

 

「スマーク将軍! ホーク騎士団、潰滅しました!」

 

「そうかそうか。よし、全騎我に続け!」

 

スマークはニヤリと下衆な笑みを浮かべた後、矢を番えながら敵陣に向かって急行した。

2500の騎兵はすぐ陣地に接近する。地雷はホーク騎士団の犠牲によってかかる者は少なかった。

だが、機関銃の射線から逃れた者は居なかった。

 

騎兵の一隊が運悪く地雷にかかり、消え去ると、探照灯が彼らを一挙に照らした。弓矢の射程に入る前に機関銃が火を噴く。射程に入ろうと突撃する騎兵を機関銃が撃ち滅ぼす。

白襷隊ほどの勇猛果敢さもない彼らを皆殺しにするなど造作もないことだった。スマークは人のものとは思えないほどの断末魔を上げて斃れ、逃げ帰った者は俄かに10余人であった。

 

 

同 ロウリア軍陣地後方

 

ミシチェンコの旅団は攻撃命令を聞いて、早速準備を始めていた。敵ワイバーンの小屋もいくらか発見していた。流石に、貴重なワイバーンを一点に留め置くことはしなかったようだが、今砲撃すれば20騎は斃せるだろう。

近くの営舎には歩兵らが眠っているらしい。今砲撃すれば永遠に眠ってもらえることだろう。

つまり、今こそが好機なのだ。

 

「砲撃開始!」

 

ミシチェンコの号令とともにコサック竜騎兵達が夜襲の火蓋を切った。忽ちに前方に見えていた小屋は数騎の

ワイバーンと共に粉砕される。轟音を聞いて慌てて出てきた歩兵達も大地を裂かん程の砲撃と連弩など比較にもならない火箭を撃ち出す機関銃に手も足も出ず斃れ伏す。

砲撃が止むとミシチェンコ共々コサック騎兵隊が雪崩れ込み、敗残の兵を次々に討ち取る。

後方の陣地は悉く踏む荒らせれ、死傷は数多を数える。ロウリア兵にとって死神のような夜戦が幕を開けたのだ。

 

 

1905年8月1日

 

「パンドール将軍にご注進! 敵陣に向かったスマーク将軍らは全滅、指揮官のスマーク将軍、ジョーヴ団長は戦死! また、後方陣地が敵軍の夜襲を受け、損耗率は4割に昇ろうとしております!」

 

「そんなバカな……」

 

パンドールの頭が真っ白になる。2日か3日で片付けるつもりだったのだった。兵力も敵は明らかに寡兵。しかも劣勢のクワ・トイネ軍と新興国、蛮夷のロシア軍。負ける理由が見つからなかった。

最後まで勝勢であると思っていた。だが、現実は圧倒的敗勢ではないか。敵の何十、何百倍も死傷しているのだろう。不甲斐ない後方の指揮官やスマークだけでなく、自分にも腹がたつ。

この陣容も作戦も敵にとっては杜撰なものなのかと思ってのことである。

だが、いつまでも悔やんでいてはならない。兵士は消耗品だ。

 

「予定通り昼、敵陣に総攻撃をかける。準備せよ」

 

「了解!」

 

数で優勢なのだから、数を押し出せば勝てる。パンドールはそう考えていた。

 




こっちの竜騎兵は火砲などをを装備しているだけ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クワ・トイネ包囲戦3

リアルにしようと思うあまりなんちゃって戦術になっちゃう。


同 昼

 

パンドール軍は最後の作戦会議を行うため、将軍の幕舎へ集まっていた。

参謀らが口を開く前に、パンドールが重々しい口調で、

 

「準備不足により、今回の総攻撃は中止とする。以上」

 

と言うや否やそのまま出て行ってしまう。残された将兵らは頻りに顔を見合わせて、そのままであった。

全軍に攻撃中止が知らされ、パンドール軍の兵士は慌ただしく元の持ち場へ戻っていった。このことは、ロシア陸軍の偵察隊によって、知らされることになる。

 

 

同 夕方

 

「閣下、敵将パンドールは我が軍への総攻撃を取りやめた模様!」

 

「そうか。ご苦労。では、そのことを機関銃部隊とミシチェンコの旅団以外に知らせてくれ」

 

「なぜでしょうか?」

 

よくわからない命令に思わず伝令が聞き返す。命令とは簡単明瞭であることが好ましいのだから、聞き返したのは当然のことだ。むしろ質のいい兵卒だといえよう。

グリッペンベルクは仄かに笑うと、

 

「敵がしたいのは、天を瞞いて海を過るということだ。つまり、攻めるフリというのを繰り返して、敵に自軍を侮らせる。こいつはどうせ何もしないだろう、とな。そして、敵の警戒心がいい具合に緩んだ時に一挙に攻める。という作戦だ。だから敢えて引っかかろうと思う」

 

「し、しかし……戦とは敵の作戦に乗せられるのではなく自分の作戦に乗せるものと聞きますが……」

 

「孫子の兵法にはそうあるが、それは飽くまで理論だ。かかってみた方がいい例もある。かかることで主導権をこちらが握るのだ」

 

「は、はあ……」

 

「早急に敵を倒すには向こうから大勢で来てもらうのが一番いい。我が方が質で圧倒している今ならな。こちらを舐めて攻めて来た敵歩兵を機関銃で粉砕する。だから機関銃隊には知らせないように言ったのだ。敵将は我々を騙したと思っておるだろうが、実際はこっちが騙されたフリ……即ち騙し返しているのだ」

 

「納得しました! では、早速……」

 

翌日、機関銃隊とその付近の工兵や歩兵は引き締まっていたが、他のものは皆だらけていた。これを見たパンドール軍の斥候は嬉々としてこれを本陣へ伝えた。

パンドールは雀躍し、翌日攻めると宣言した。それと同時に、ポカンとしていた幕僚達に敵を油断させるためであると伝えた。

これにより、パンドール軍内で弛んだり、反発するものが出ることはなくなったというのだから、彼らの部下を引き締める能力は高いと言えるだろう。だが、それは彼らを自軍の強さにばかり目を向かせることになってしまうとは皮肉なことではないだろうか。

 

翌日、結局パンドールは攻撃を行わなかった。それと同時に、グリッペンベルク軍は弛みに弛んだ。

後日、グリッペンベルクら敵軍の上層部が総出で酒盛りをしていたということを聞いたパンドールは小躍りして、

 

「敵も愚かな将軍を送ったものよ」

 

と嘲笑った。初日の大敗と、敵が計略にかかっている今との懸隔からパンドールらには多少なりとも驕りが出て来ていた。勿論部下が驕逸しないように注意はしていたが。

 

パンドールにとって一番気掛かりであったのはグリッペンベルク本隊ではなく後方に陣取る敵騎兵だった。

スマークの騎兵隊なら早々に討ち取っているだろうが、もういない。後方軍はロクに抵抗できていなかったのだ。だが、敵の兵勢は盛んであり、これに真っ向から立ち向かうというのは上策ではない。

厄介な場所に陣取っているし、大きすぎる癌であった。

 

8月25日

 

「パンドール将軍!敵軍は完全に緩み、将兵から馬までも寝そべり、卒から将に至るまで酒盛りをしております」

 

時は来た--パンドールが目を見開く。

 

「全軍、敵陣へ向かえ!」

 

総勢30万のうち5万を残して、パンドール軍25万は10隊に分かれて猛進した。彼らが通った後には、馬蹄と足の跡のみが残るというほどの大軍勢である。勝負は1日でつくだろう。敵は薄く広がっているという。一点を突破して、突撃路を確保して雪崩れ込めば--クワ・トイネももうすぐだ。

 

 

同 ロシア軍の陣

 

「敵軍が進軍し始めました!」

 

「そうか。ついに来たか。では、機関銃隊に準備するように命令を。それとミシチェンコにはまだ攻撃命令を下さなくてよい」

 

「ははっ!」

 

グリッペンベルクは前方を見つめる。どちらも平原に陣取っている。兵勢は全体で考えれば敵の方が優っている。敵は奇兵、対して我が軍は正兵。打ち破るのは容易い。敵はそう思っていることだろう。

 

 

「将軍! 先手の第一隊が敵第1防衛線950メートルまで接近しました!」

 

「そうか。まずは様子見だ」

 

パンドールは敵陣のある方向を見つめる。今頃敵は慌てふためき、すぐさま準備もままならず次々に討ち取られ、死屍累々、壊滅し、クワ・トイネまで算を乱して遁走することだろう。敵将を捉えてクワ・トイネが陥落することを見せてやる。そして、自分の無力さをあじあわせてやる。

パンドール軍の第1隊2万はグリッペンベルク軍の第一防衛線のほぼすべての機関銃部隊の有効射程内に入り、今まさに刃と銃火を交えんとしていた。

そして、ロシア軍の機関銃兵の一連射が両軍合計30万を超える一大決戦の火蓋を切った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クワ・トイネ包囲戦4

「Ураааааааа!」

 

の鬨の声が戦場に響き渡れば、幾十人ものロウリア兵が斃れ伏す。陣に全く取り付けない。近づけばすぐに敵の魔法により粉砕される。

 

「何をしている! 我らが優勢ぞ!」

 

第一隊の司令官は突撃せよと命令を下すが、一向に突破できない。これほどの突撃が全く通用しない。そう思うと、こちらの吶喊も敵に比べて弱々しく感じる。

 

 

「パンドール将軍!第一隊、苦戦! 増援を要請しております!」

 

「仕方あるまい。全部隊集まって敵を一挙に襲う!」

 

パンドールは九の隊を集めて、進軍を開始した。速度は落ちたが地の見えないほどの軍勢、さぞ壮観であったろう。

だが、速度の低下は第一隊にとっては害でしかない。救援が遅ければ遅いほど被害は増えるのだから。

だが、第一隊を切り捨てることで残りの隊が兵力の逐次投入になることがなくなり、助かったのだと考えれば強ち悪い戦術でもない。ただ、第一隊の2万人には不幸であると言うだけだ。兵士の命とは消耗品なのだ。

 

パンドールら23万が到着した時、第一隊二万は一人残らず息絶えていた。

 

「第一隊の仇を取れ! 突撃!」

 

パンドールの怒声とともに幾万の兵たちが野に火を放ったかのように陣地へ駆け出す。足音が雷鳴の如く響き、鬨の声が耳を貫く。最前線の兵は一瞬怯む。たかだか中世の兵でもこれほどに勢いがあれば虎にも狼にも見える。敵兵も我々が圧倒していると思っていることだろう。

だが、機関銃の一連射がそれを打ち砕く。

だが、騎虎の勢である敵兵は一向に怯まない。この勢いを例えるだけのロシア語も日本語も存在しない。驍勇堅忍たる敵軍は味方の屍を乗り越えて陣に取り付こうとする。鎧も、皮の鎧を当てているだけ、武器も剣や短い槍しか持たない軽装歩兵の突撃は、白襷隊と重なる。あれほど強くなくともキリがなく、どうしようもない。

 

これには、参謀たちも困った。グリッペンベルクの命令で前線と司令部が近かったので、彼らはもし敵がこの後の防衛線も貫けば--と恐れていたのである。

そのため、取り敢えず斥候に無勢だと伝えさせた。

 

「グリッペンベルク将軍……敵の勢いはかなりのものです……」

 

「そうかそうか。では、ミシチェンコに攻撃命令を出せ!熱すぎる釜からは薪を抜いてやらねばならん」

 

「ははっ!」

 

 

だが、パンドールの方も余裕ではなかった。彼としては攻略の遅さに危機感を抱いていたのである。

だが、彼の部隊はやれることはやっていたため、彼は地団駄を踏むしかなかった。

 

 

第一防衛線の攻防は凄惨を極めていた。ロウリア側の兵士の多くが倒れ、地は人形のように動かなくなった兵士や、芋虫のように必死に地を這う兵士で埋め尽くされ、後から来る者に踏まれ、不気味な叫び声を上げている。既に死体が積み重なり、塹壕のようになっているところもある。地はどこまでもが真っ赤に染まっているだろう。だが、この死体の中である。血など見えない。

 

「うう……うう……」

 

という呻き声が機関銃手の罪悪感を煽る。目の前の惨状に流石の機関銃手達も疲れ果て、無表情になっている者、ずっと笑っている者、目を閉じて震えながら撃っている者。見ているだけで胸が締め付けられるほどである。敵味方共、死を肌身で感じる大決戦である。

これだけの兵に一歩も引かずに戦えるロシア側の精神力、防衛力共に素晴らしいが、これだけ殺されても逃げる者のいないロウリア軍も素晴らしい。パンドールの作戦は不備があっても、兵士一人一人への統率は良く出来ていたと言えるだろう。

 

死屍の山を乗り越えて、十字の砲火を避けた猛者が数名塹壕内に突入した。その場の歩兵にすぐに斬り伏せられたが、ロシア兵らを恐慌、狼狽させた。ロウリア兵は飛沫の如く打ち寄せる。ロシア側では弾薬の補給が慌ただしく行われる。一兵一兵は両軍最善を尽くしていた。後は、率いる将軍次第である。

 

 

その頃、ミシチェンコの一万もの大部隊は後方陣地へ一挙に攻撃をかけた。後方軍ら5万は蜘蛛の子を散らして四分五裂し、各個撃破されていく。

敵が怯み、完全に主導権を失った所で騎兵隊は一挙に食料やその他物資を焼き払って行った。だが、後方軍は追い回されるばかりで何もできない。瞬く間に食料庫は焼け落ち、パンドールら25万を支えるものはなくなった。

このことは、運良く捕まらなかった後方軍の兵士によってパンドール本隊へと伝えられた。

 

「そんな……後方軍は何をしていた!」

 

と怒鳴り散らしたくもあったが、そんなことをすれば、我が軍の敗勢が全体に知れてしまう。そうすれば、首の皮一枚繋がっている状態の我が軍の士気も秩序も一瞬で崩壊するだろう。

だが、補給がなくては戦えない。敵の食料を使おうにも、クワ・トイネまで数日はかかる。その間にこちらの勢いは尽きるだろう。騎虎の勢も永続ではない。

降伏か退却か。

パンドールは決断を迫られた。

降伏すれば我が軍は助かっても王国は崩壊する。撤退なら十中八九我が軍は崩壊するかもしれないが、十中の一、二は自分で作る自信はある。それに再戦の機会が与えられる。

 

「……退却しよう。そうすれば、また来ることも出来よう」

 

「か、畏まりました……」

 

「ただし、第二、三隊は鬨の声を上げつつゆっくり後退。他の隊は先に撤退。軍楽隊は第二、三隊と共に太鼓を打ちならせ! 」

 

金蝉、殻からを脱すを忠実に行ったこの退却は、それなりに効果的であった。全体の壊滅は避けることができたし、必死に鬨の声をあげ、太鼓を打ち鳴らすというものは、一定の心理的効果を与えたのだ。

地を埋め尽くす敵兵はゆっくり引いていった。だが、前線のものはまだ戦闘を行なっていると思っているほどの勇戦であった。

ミシチェンコ隊は、グリッペンベルクからの命令により、敵を挟撃したりせず、待ち構えたり、深追いすることもせず、軍を引いた。数の差からも妥当な命令であろう。

 

夜になると、既に動く者はなかった。

 

「敵の撤退も見事なものよ……」

 

グリッペンベルクは遠くにある敵将、パンドールの健闘を讃えた。

 

第二次クワ・トイネの戦いは、ロウリア側死傷者7万4千人、捕虜2万人、ワイバーン35騎喪失。ロシア側死傷者60名(死者1)、戦病者1400人(うち精神病者1200名)。ロウリア軍の撤退により幕を閉じた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦その後

大敗を喫したパンドール軍は、マイハーク攻撃を中止。後詰めも呼び寄せ、本国へ兵士の臨時徴兵と増援を頼んだ。その結果、20万まで数を減らしていた軍勢は50万まで大幅に増える事となった。

また、この時パンドールの大敗北がパタジン将軍の元まで伝えられた。

だが、彼はその報告を上に上げることをせず、自分の所に留めておいたのだ。それは、決して彼が売国の臣だというわけではない。玉座を盾に権力を欲しいがままにする欲に溺れた豚共にこの情報が回ると、彼ら佞臣が国王に対して讒言を行い、それによってパンドールは左遷されるだろう。

国王は聡明であるが、絶対君主制であるためか、与えられた情報から物事を判断するしかない。佞臣によって都合よく曲げられた情報の虚実を見抜くのは至難の技である。

パンドールを良く知る将軍らは、左遷すべきでないと諌めるだろうが、彼らは所詮は武人であって、文官どもと舌戦して勝てるとは思わない。上手く言いくるめられるだけであろう。

全ては、敵軍を被害少なく撃滅するには、パンドールが最適である。という彼の考えに基づくものである。

 

 

『ル・タン』など各紙の一面はグリッペンベルク将軍の大勝利が飾った。民衆はこれを大いに讃えたが、政府にとってこれはどうでもいいわけではないが、優先度の低い情報であった。

彼らにとって最も重要である情報とは、勿論新聞社よりずっと早く知っていることではあるが、列強を自称する謎の国『ムー』の使節団が来るということだった。

通信技術があるとはいえ精度の低い我が国のためにわざわざここまで情報を伝えに来てくれたことは本当にご苦労なことだ。伝えて来た内容は、使節団が来るということと、飛行場を作れということだけ。

急ピッチで作業が進められ、飛行場--というより、木を抜いて整頓しただけの滑走路が一本だけというお粗末さだが、ライトフライヤー号擬きしか作れない我が国にとっては上出来だ。同様の飛行場をクワ・トイネにも作っている。

 

また、彼らはある危機感を抱いていた。それは情報漏洩である。ムーが我が国の存在に気付いたのは、我が国の新聞が流れてきたからというではないか。そこの写真を見て、興味を持ったらしい。

友好的そうな国に渡ってくれたから良かったが、これが目茶苦茶な覇権主義国家に渡ったら--と、彼らは管理の甘さを悔い、対策を練った。

報道法の改正を行なったのだ。改正は二ヶ所で、

 

⚪︎出来るだけ報道は思想を含ませないこと

⚪︎軍隊に(戦果除く)関すること、軍隊の写真を載せる場合は、軍の検閲を受けること

 

また、出版に関する法律も改正した。

 

⚪︎暴力的及び扇動的な出版物は政府による検閲を受けるものとする

 

というものである。これらは、単純に情報漏洩を防ぐ意図もあったが、同時に共産主義系の勢力を牽制する意図もあった。本という手段を奪うだけで、影響力は大分と弱くなるものだ。

別に直接ダメと言っている訳でもないので国際的にもセーフだろう。

 

 

1905年8月31日 ムー国

 

「マイラス君、これを見たまえ」

 

上官から何やらよくわからない文字で書かれた紙を見せられる。だが、ご丁寧なことに真下に共通語訳が書いてあったので、何のことかはよくわかる。

 

「ああ、そこじゃないよ」

 

上官の指を追いかけると、そこには魔写された戦艦が印刷されていた。これはまさしく旧式戦艦「インペラートル・ニコライ1世」だが、彼はそんなこと知る由も無い。

 

「我が国の旧式戦艦ソックリですね。あっ! みてくださいこの記事!」

 

マイラスの興味は別のものに移る。そこには、ライトフライヤー号擬きの写真と、「以前より航続距離と高度や操縦性が改善された」との一文が載せられていた。

改善と言っても蝸牛と蛞蝓の速さを比べるも同然の違いではあるが、我が国の黎明期の航空機そっくりの進歩や外観にとても親近感と親心に近いものを持った。この国を応援してやりたい、と。

 

「そこで、君にはこの国に行って欲しい。ちゃんと用意はしてくれてるみたいだから、安心してくれ。新たな機械文明国が南西で産声を上げたんだ。優しく育んでやってくれ」

 

「はい!」

 

マイラスの心は躍る。グラ・バルガスのような恐ろしい国に派遣されなくて良かったという安堵と、近い発展レベルの国家との接触という進化を目で見る貴重な体験ができるという喜びによるものだ。

 

翌日、ムー国から最新の旅客機ラ・カオスが飛び立った。

ロシア帝国でも、ムー国に--つまり列強国に舐められまいと張り切って準備が行われていた。国際社会から、舐められない。少しでも認められる。ということは非常に大切なことである。

この機会を逃すわけにはいかない。普段から過労死寸前の彼らは、死や疲れを超越するところまで齷齪働いた。

軍事的な面なら建造中の最新鋭戦艦、塹壕戦術、機関銃、航空機……。文化的には電話や新聞など、誇るべき文明という文明は全て用意が完了している。

アッと驚かせてやる。ポール・ボーら政府、軍部の要人たちはムーの使節団が来る時を、今か今かと首を長くして待ち構えていた。

 

 

 

 

 




セリフが少ない ですよね……
パンドールとの最終決戦の前にムーとの接触です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

圧倒的格差

1905年9月5日 ハノイ飛行場

 

 

「ここが首都か……」

 

マイラスは機内でふと呟く。目を引く建物は無いわけではないが、数十年前の我が国ほど栄えている様には思えない。こんな国であのような戦艦が作れるとは思えない。舗装されてない滑走路一本だけというのが飛行場だなんてふざけるのも程があるというものだ。

 

 

「お待ちしておりました。マイラス殿」

 

一台の自動車から髭を生やした男が出てくる。一目で分かる、偉いさんだ。

 

「此度は我が国の我儘をお聞き頂いて、誠に有り難く思います」

 

名刺を交換して、颯爽と車に乗り込む。馬車ではないとは、かなり期待ができそうだ。

 

 

 

同 ハノイ

 

元総督府、現国会議事堂をマイラスは訪れる。正直政治云々は専門でないので、比較的自由主義的であるが反社会主義的であることは分かった。まあ、ましな国なのだろう。

次に、電話を見せられた。我が国にあるものと大差ない。新聞やらカフェやら文化的にはわが国と同水準にあることがわかる。ただ、映像技術の類はまだまだのようだ。どうしようもないので、上司に言って無理矢理詰め込んだテレビを一台だけ友好の印として「最新の」世界地図と共にプレゼントした。

 

同 カムラン湾

 

いよいよマイラスの一番見たかったものがお披露目となる。ここのカムラン湾軍港で幾らかの艦船を建造中である。彼の期待は高まる。結構ましな軍港であったからだ。

今度は別の髭の男--海軍大臣兼バルト艦隊司令長官のジノヴィー・ロジェントヴェンスキー中将という男が付いて来ている。聞きたいことは何でも聞いて良いというので、早速、

 

「ロジェントヴェンスキー殿、この船はいつ、建造されたのですか?」

 

とマイラスが例の新聞記事の魔写を見せる。するとロジェントヴェンスキー提督は微笑んで、

 

「これは、我が国の旧式戦艦ですから……10数年前になりますね。いいところもあるのですが、主砲火力の低さや計画からかなりオーバーした排水量が気になる艦です」

 

「そ、そうでしたか……ありがとうございます」

 

マイラスの心は欣喜雀躍する。思った以上に進んでいるではないか。ひょっとしたら我が国と同レベルかも知れない。

 

「こちらが、現在改造中の戦艦『クニャージ・スヴォーロフ』です。第二太平洋艦隊の旗艦ですが、今建造中の最新鋭艦によって利用価値が下がる可能性が出て参りました。新大陸発見で予算が余っていたため、改造することになりました。新造した方がいいという程の魔改造ですが」

 

マイラスの期待は高まる。なるほどこの艦は見た感じ我が国のラ・カサミとも対等に撃ち合えそうだ。それを旧式化させる程の艦船とは一体どれほどのものか。

 

「その新鋭戦艦がこちらです」

 

「おお! ……え?」

 

愈々と思い身構えていたが、全く完工のかの字もないではないか。ちょいと焦りすぎではないか。とマイラスは思った。パッと見でわからないなら設計図が欲しい。マイラスは駄目元で、

 

「その設計図を頂けますか?」

 

「それはダメです」

 

ああやっぱり。マイラスは、また今度来れたら見てやろうと思って、軍港を離れた。

次は航空機。マイラスはポケットに入った最新鋭戦闘機「マリン」を写した魔写を握りしめて車に乗り込んだ。

 

 

「こちらです」

 

造船技師のコステンコという男がエスコートしてくれる。航空機の専門家がいないことで彼の期待は大分削がれた。それはどのような最新鋭機があるのだろうという期待ではなく、今後の発展に関する期待である。専門家がいなければ遅々として進まないだろう。

 

見せられた航空機はまさしく黎明期のものだった。機銃を乗せるなんて夢のまた夢だ。試しに彼が「マリン」の魔写を見せて見ると、目をパチクリさせて、

 

「これは、絵……?」

 

と聞いて来た。丁寧語すら使えないレベルに動揺しているのだ。マイラスはこれを見せても何ら意味がないのだと思い、航空力学の本や「マリン」より一世代、二世代前の「スーパーハリケーン」や「ファイア」、もっと前の「キャメル」などの設計図や解説書を渡した。又、爆撃機についてのかなり古い専門書も渡した。無論、マリンを超える戦闘機を作らせるつもりはない。自分よりは強くならないレベルに育ててやるのが基本方針だからだ。

 

だが、マイラスにとって一番わけがわからなかったのは潜水艦とか言うやつだった。海に潜って偵察に使うつもりか? それとも敵船にドリルで穴を開けるのか、だが、教えられた潜航時間からして、偵察に関してそこまで優秀とは言えない。別に必要性を感じない兵器だった。攻撃方法については教えられないと言うではないか。どうやって想像しろと言うのだろうか。

 

「よくわからん国だなぁ」

 

マイラスはロシア帝国に再び興味を持った。残りの時間を有意義に過ごさねば、出来るだけ記憶に焼き付けねばと思い、彼はホテルで深い眠りについた。

 

ロシア側の驚きも大きかった。活動写真は研究中で、そこそこ上手くいっていたが、まさかテレビなんてものが作れるとは思いもしなかった。

航空機技術なんて月とスッポンほどの隔たりがある。

戦争が終わったら、この国とは積極的に関わりたい。石炭を使うというから、貿易で結構儲けさせてくれるだろう。ロシア帝国の政府、軍部高官達はムー国を最優先国家、友好国として接していくこととした。

 

 

 

 




次、視点がロデニウスに移ります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再包囲

1905年9月7日 クワ・トイネ

 

この日、陸軍大臣クロパトキンは弾薬類の欠乏及び精神病患者への対処を理由に、陸軍のクワ・トイネ全土からの一時撤退を決定した。弾薬だけ輸送船で送ればいい、又精神病になるような軟弱者はもっと前線で扱くべきだとリネウィッチ将軍などは主張したが、受け入れられなかった。

20日もあれば戻るとグリッペンベルクは約束して、何もないようにと祈りを捧げてから国へ帰った。

また各新聞社は人道的観点から一部部隊のみ残せと紙面を通して一般に伝えようとしたが、報道法に引っかかり、実現しなかった。

政府にとっても報道法の弊害がここで出るとは思いもしないことであったため、特別に対策を取れない。だが、ロシア内で流れていた情報から考えると、クロパトキンの選択が間違いとは言えない。ロウリア陸軍は暫く再起不能とされており、再起不能なのだから今補給や対策をとっても問題なかろう。

クロパトキンの完璧主義とこの新興国の新興国かつ世界を知らなさすぎたが故の情報力の欠如がこの失策を産んだのである。

 

1905年9月16日 朝 エジェイ

 

「パンドール将軍! 全ての防衛線を敷き終えました!」

 

「ご苦労だった」

 

ロシア陸軍に完膚なきまで叩きのめされたパンドールは一旦エジェイまで後退して、そこに大規模な防衛戦を築いて、敵を迎撃し、壊滅し、敵が回復するよりも早く進軍し首都を包囲。クワ・トイネを降伏させるというものだった。また、もし敵を壊滅できなければ、塹壕を掘って前進し首都に迫るというプランBも存在している。

軽装歩兵での軽騎兵でも突破できないならばこのようにするのが一番だと判断したのである。

だが、状況は変わった。ロシア陸軍が撤退したのだ。ならばさっさと包囲して仕舞えばいい。

よって一応、欺瞞情報であった場合に備えて、防衛線を築いてから進軍することにした。

 

 

1905年9月16日 昼 エジェイ

 

「皆! よく聞け。憎っくきロシア陸軍は撤退した! この大陸からだ。つまり、今我が軍に敵するものは、クワ・トイネとクイラの二大弱小のみだ! よって我が軍はこれよりクワ・トイネへと向かう。クワ・トイネ公ら貴族の首、ノウら将軍の首を持ってきた者には特別に恩賞を遣わす。一挙に勝負を決めるのだ!」

 

「王国万歳!」

 

パンドールが激励するや否や折から万歳の声が起こる。彼らはその日のうちに大急ぎでクワ・トイネへと向かった。

 

 

 

1905年9月20日 クワ・トイネ

 

パンドール軍はクワ・トイネ軍の予想よりずっと早く首都へ到着。迎撃に出た者を叩き伏せると、即座に包囲を開始した。

 

「海岸方面はフォーク将軍、トラキア将軍、サイファ将軍に。正面は私が。北門はテムゲ将軍、ファルシ将軍に。南門はクチュルク将軍、ベネト将軍に任せる。兵糧監督はバリエル伯爵に任せる。では、各自持ち場につけ!」

 

全軍は散開し、一挙にクワ・トイネを囲んだ。バッタの遺骸に群がる黒蟻の如きパンドール軍はクワ・トイネ軍を大いに恐慌させた。彼らにできることは最早、一刻も早くロシア軍の到着を祈ることだけである。

50万もの大軍にできることがあるだろうか。城外の民間人は全て捕らえられ、殺されてはいないが、精神的効果は大きい。夜通し罵る声が聞こえる。これも城内の士気を下げる原因の一つだ。

兵士が嫌がることを率先してやって来る。パンドールはアデム以上の悪魔だ。クワ・トイネの軍人たちはそう思い、

 

「ロウリア軍対策特別課」

 

というものを作ってそこで、パンドールのいる方向へ魔術師を動員して呪いの呪文を夜通しかけまくっていた。そんな馬鹿げたことを大真面目にしてしまうほどこの国は追い詰められているのである。

 

「ロシアも所詮は他人。今回ばかりはもう来ないだろう」

 

と言った悲観的な意見も蔓延し始めた。

 

 

1905年9月21日 ハノイ

 

この日、クロパトキンからロデニウスへの再上陸が命令された。

フランス東洋艦隊司令長官のド・ジョンギエール少将は、

 

「護衛は信頼と安心の我が東洋艦隊に!」

 

と言って、150ページに渡る長文をロジェントヴェンスキーらに送りつけた。結局、熱意が認められて彼の艦隊が船団護衛に任命され、そればかりか海岸への艦砲射撃まで命じられた。少将の喜びようは、言うまでもないだろう。

 

 

1905年9月28日 クワ・トイネ

 

「将軍! 昨日、クワ・トイネより二人の将軍と2000の兵士が投降してきたようです」

 

「敵は限界と見える。このまま包囲を続けよう。明日ごろに降伏勧告をする」

 

「ははっ!」

 

パンドールは敵城を見つめる。初めから寂れてはいたが今や生気すら感じぬほどに寂れている。刺さっているクワ・トイネの国旗がロウリアの国旗に見えて仕方がない。変えるのは自分自身であろう。彼らを滅し、クイラを呑んだら次はロシアに再度の決戦を挑むことになるだろう。

先の屈辱をお返ししてやらねばならない。ならばここで負けてはいけない。ここで勝てば大敗の罪も帳消しだろう。ロシアとの決戦と聞くと、血が踊り今すぐにでも攻め込みたくなる。だが、そのために焦ってつまらぬ失敗をし、万が一更迭されたり敗北したら元も子もない。復讐のためには緻密な計画が必須だ。ならば、今ここで焦ってはならない。自ら跪くほどに追い詰めてやるまでじわじわと追い詰めてやる。このまま包囲していれば勝てるのだ。

だが、

 

「包囲さえしていれば勝てる」

 

そんな彼の大言も今日までであった。

 

 

1905年9月29日

 

「フォーク将軍! 前方に艦影多数!」

 

「何だと!」

 

フォークは焦った。ロシア海軍ならば、勝ち目はない。ロシア陸軍ならば、撤退しかあり得ない。

わかりやすく勝手に落ち込むフォークをある言葉が助ける。

 

「敵が掲げている旗はロシアのものではありません!」

 

フォークは胸をなでおろした。ロシア以外にこの辺りに来そうな国家で強力な国家はないからだ。ロシアの軍旗でないならクイラかシオス辺りだろうか。どちらにしろ敵ではない。やはり勝利の女神から抱擁を受けるのは我が軍だということは揺るがない。フォークは顔を綻ばせて、椅子に深く腰掛けた。

 

一見誤りでないようだが、彼の考えは誤りであった。だが、報告自体は合っている。輸送船自体が掲げている国旗はロシアのものではない。フランスだ。護衛のフランス東洋艦隊に合わせてそうしているだけだが、このよくわからない選択が海岸の敵軍の警戒心を一気に弱めることとなったのだ。

 

「まず、艦砲射撃で沿岸部は完全に終わらせる!」

 

ジョンギエールの命令とともに三隻の戦闘艦は前に躍り出た。そして、しきりに下品な挑発を行っている陣地の一箇所に砲撃を集中させるように命令した。

 

「奴は何をしている?」

 

80斤もの大槍を振るう猛将トラキアは別れて接近して来る国籍不明船3隻をまじまじと見つめていた。

次の瞬間、彼の視界は真っ赤に輝き、瞬きする暇もなく夜の川のように暗転した。

その後も執拗に飛び来る弾丸に動くものは虫一匹たりとも残らなかった。

 

「第3陣壊滅!」

 

フォークの元に早速報告が入る。だが、彼はその情報にかなり懐疑的だ。自分が無害と判断した奴が攻撃してくるとは思えない。自分の考えが誤りなどあり得ないのだから。

 




実は一部だけ史実のある戦いを参考にしてるんですよね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

背水の陣

「後は陸さんに任せるか」

 

敵の一陣を破壊したことにより沈滞していた東洋艦隊の士気を回復させたジョンギエール少将は満足げに砲撃を中止した。この後、重要な役目を果たす陸軍の邪魔をしてはならない。

 

砲撃が止むとロシア陸軍は上陸を開始。ドウと陸地に飛び込むロシア兵にちらほらと居た敵兵はワッと叫んで四散し、思ったよりも容易く上陸できた。前に比べてかなり不甲斐のない敵軍ではないか。余りの余裕からか、鼻歌まで歌う者がおり、お世辞にも規律が取れているとは言えない。特にコサック騎兵は上手いこといかなかった。

 

陽気に一歩一歩を蹴り進むロシア陸軍とは裏腹に海岸部の将軍、サイファの軍隊は意気消沈していた。それはサイファ自体が沈思黙考しているからだけではない。フォークの本隊とは違って、間近にこの目でトラキア隊が一兵残らず殺されたので、恐れ慄いているのだ。

 

「全軍、海岸方面への防備、警戒を強化せよ」

 

サイファが下した決断はこれであった。無難に行くのが一番であろう。数では優っているのだ。トラキアの軍が壊滅したのは油断していたからに他ならない。

海岸を見ればぞろぞろと敵兵が上陸しているのだろう。だから、念のためフォーク将軍と合流すべきではないかとも考えたが、ここを空っぽにするのは危険であり、フォークにも理解してもらえるかわからない。フォーク将軍は少々自信過剰である。パンドール将軍に生兵法と批判されてもなお自分が常に正しいと思っているような男だ。散々にいびり散らされ追い返されるだろう。ならば最初からここで迎え撃つ体制を整えた方が良い。

 

 

ロシア陸軍第1軍が上陸を完了した。弾薬の類は上げたが、後は食料だけだ。さて、さっさと下ろしちまおう。輸送船団の司令官がそう思った時だった。

 

「食料は持ち帰ってくれ」

 

リネウィッチから乱心としか思えない指示が飛ぶ。数秒と立たないうちに船長の一人から疑問が溢れ出た。

 

「危険です! なぜ態々危険を作りに行くのですか?」

 

「背水の陣で挑むのだよ」

 

何人かがはあ? という声を漏らした。

 

「韓信の真似事ですか? まさか成功するとお思いで?」

 

何だかんだ言って仲が良くない海軍の軍人からはやはり厳しい指摘が入る。だが、リネウィッチは豪快に笑うと、

 

「違う違う。項羽だよ」

 

と言ってさっさと出て行ってしまった。やれやれ仕方ない。と彼らは将軍の言う通りにそのまま帰ってしまった。

 

上陸したリネウィッチは第1軍の兵卒を集めると、

 

「諸君らの備蓄食料はない!」

 

と堂々と言い放った。列という列からザワザワと不安と不満に満ちた声が漏れる。だが、そんなの知ったことかとリネウィッチは続けた。

 

「諸君らは既に知っているだろうが、敵は前遠征軍全体の2倍はいる。我らがマイハークで睨み合った敵の5倍だ! 弱小兵だらけであるが、数が多いゆえに、長引けば弾薬の欠乏が予想される。そのため、速やかに叩きださねばならない。ならば、我らはどうするべきか? 積極的に戦うしかなかろう。だが、この数では苦戦は必至だ。また、長期戦は望むところでない。そのため、諸君らには覚悟を決めて貰いたい。見ての通り食料はない。だが、一週間以内に敵を叩き出せば食料にありつけ、生き延びられる。良いか、生きるも死ぬも余と諸君ら一人一人の努力次第だ。死ぬ気で当たれ!」

 

適当な理屈を述べたからか、不平の声は収まった。一瞬、場がシンとする。リネウィッチもその空気に押されかける。だが、ここで押されては何も意味はない。その場で胸を張って立っていると、

 

「Ураааааааа!」

 

若い卒の一人が叫んだ。すると、

 

「Ураааааааа!」

「Ураааааааа!」

 

とУрааааааааが復唱されて行くではないか。いつの間にか、誰一人として叫ばない者はいなかったのだ。食料を返すという自殺行為が 妙な演説もあって士気を高めたのだ。

 

「では、まずここから12キロの地点にある敵の海岸陣地を叩く、全軍! 突撃! Ураааааааа!」

 

「Ураааааааа!」

 

カウリバルスやグリッペンベルクの軍が突入するより早く、疾風の如く第1軍は突撃した。サイファの用意した警備兵1500は土煙と共に消え去り、第1軍は瞬く間に中陣へと雪崩れ込んだ。

電光石火の攻勢に中陣は対策が取れず、1万余が死傷し、数千は這々の体で本陣へと退却した。

 

「敵はすでに本陣に迫ってきております!」

 

「速すぎる……」

 

サイファが読んだ兵法書の通りに兵力を振り分けたはずだ。だが、それが通用しない。今回は正兵と正兵のぶつかり合いではないのか。これ相手にパンドール将軍は決戦を望むのか。サイファは全く常識の通用しない敵に頭を抱える。

 

「将軍!敵がすぐそばまで……既に4割がやられております!」

 

なんだもう全滅ではないか。最早抵抗も無駄か。

 

「食料など物資を後方に、全軍も撤退させよ。また、この幕舎を始めとして敵には何も残すな。焼き払え」

 

「……かしこまりました」

 

次々に物資が運ばれて行くが、兵士は全く来ない。もう4割どころの被害ではないのだろう。

物資も来なくなった。幕舎という幕舎が燃え盛る。パチパチという音に訳のわからない鬨の声や馬の嗎、足音が聞こえる。音は大きく、激しく速くなって行く。そろそろ覚悟を決めるべきだろう。

サイファは遺書を壺に入れてその場に埋めると、最後の幕舎に入って、火を付けた。そして国家の安危を案じつつ、目を瞑り、深い眠りにつく。彼の体はあっという間に火に包まれた。

 

サイファ軍を蹴散らした第1軍はフォーク将軍の隊へと進軍した。

 

 




はい、あれです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死屍累々クワ・トイネ





サイファ将軍の陣が落ちたため、敵、ロシア軍との最前線となってしまったフォークの陣では慌てた兵士たちによる報告が次々に行われている。だが、プライドの高いフォーク将軍に直接言うものは少なかった。

サイファ将軍が死に、軍が壊滅した上に残っていた物資や兵士も悉く敵騎兵に奪われてしまったなど言えばロクなことにならないだろうからである。

 

「フォーク将軍!サイファ将軍の隊が壊滅、サイファ将軍は自決しました!」

 

報告を受けたフォークは椅子から転げ落ちて、

 

「それは誤報だ!」

 

と顔を歪めながら声を振り絞って叫んだ。なんとかして嘘だと思わないと身が持たないのだろうか。だが、自己暗示に陥る彼を助けるべく、新たな報告が入る。

 

「敵軍と交戦! 第一隊は全滅!」

 

報告を終えると同時にバタッという音が聞こえた。音の方を見ると気を失って地面に伏しているフォーク将軍があった。

指揮官が倒れたことにより、一時的ではあるが、指揮に空白が生じたため、元から上手く統率できているとは言えないフォークの隊は忽ち四散し、各個撃破されていった。

あっという間に本陣まで突入し、フォークらを捕縛してしまった。

海岸陣地が全て陥落するまで半日もかからなかった。敗戦の責任は、偏にフォークにあるだろう。情報さえ重視していればもう少しは持ったはずだ。また、彼の起こした愚行はそれだけではない。後方のクチュルクやファルシだけでなくパンドールにすら壊滅したことを伝えようとしなかったこと、これも数多い愚行のうちの一つである。

その為、南門軍や北門軍はロシア軍が来ているなど露知らず、突如として側面を突かれてしまう。艦隊戦とは違って正面の城門に兵力を割いていたため側面が弱かったので、潰滅まであっという間であった。

流石にこの方面の将軍は及第点であったようで、パンドールへの報告を行った。

 

「南門軍は壊滅、両将軍は戦死。北門軍は壊滅、テムゲ将軍は戦死し、ファルシ将軍は生き残った数万を連れて敗走中だと……」

 

パンドールは報告を口に出して繰り返す。彼にとって、いくらなんでも1日のうちにここまでやられるとは、パンドールにすら想像できないことであった。

 

「将軍、如何致します?」

 

パンドールは頭を抱えた。夜の冷たい風が彼の体を強く吹き付ける。追い風ではなく逆風だ。彼はその風を睨んで、

 

「撤退する」

 

「何故ですか!?まだ数はあります! 第一にクワ・トイネ城の兵士は万を切っています! それに、ここでひいては地表の亡骸にも地下の白骨たちに申し訳が立ちません! このままクワ・トイネを力攻めするべきです!」

 

珍しく参謀の助言が入る。いや、初めてかもしれない。だがその助言は精神論的に考えると素晴らしい者だが、そこから目を外すと大抵の将軍なら気付く程度の誤ったものである。

 

「我らは20万。敵は16万。これで勝てると言うのなら、なぜ前は負けたのだ? 攻者三倍の法則とは言うが、前の損害から考えて、奴らには通用しない。これを使うにしても我が軍の兵力を数十分の一にした上で計算せねばならないだろう。我らが負ければロウリア軍は壊滅だ。海軍なき今、陸軍無くして誰が国家を支えるのだ。死んで行った者たちは国家の滅亡を望んではいないだろう」

 

パンドールから指摘が入る。いつも仕事をしていないと同僚に煽られていた参謀は意地になったのか、

 

「だから、敵を上手く躱して城を落とせばいいのです!」

 

と大人気なく喚き散らした。

 

「敵の首都を落としてどうなるというのだ。敵にはまだ拠点がある。もし、首都を落とせば落人が各都市に逃れて泥沼の戦いになるだろう。戦いには落とし所が必要だ。今回の目的は降伏させること。敵の首都を落とすことではない」

 

言いくるめられた参謀は聞こえないように舌打ちをしてさっさと下がってしまった。周りの人間も納得したかと思ったパンドールは時間が勿体無いと言って、さっさと撤退の準備をさせた。

殿には後方で必死に逃げているファルシ将軍が自動的になった。

パンドール隊20万はエジェイ目指して来た道を再度踏んで行く。丁度雨が降り、兵たちは身を震わせながら退却している。敗者というのは見窄らしいものだとパンドールは思って、自分の着物や携帯食料を部下に分け与えながらふらふらと歩いて行く。

 

第三次クワ・トイネ包囲戦はロシア軍死傷者640人(死者12)、戦病者35人。クワ・トイネ側死傷者6万2400人、戦病者2万、捕虜1万2000人、民間人被害者8000人。ロウリア側死傷者20万人、戦病者不明。というロシア軍の大勝利に終わったが、クワ・トイネ側の被害は測り知れず、あと1日ロシア軍の到着が遅れたとすれば、降伏しかなかったと言われるほどであった。

この戦いによってグリッペンベルクに続いてリネウィッチも国民的英雄として讃えられることとなった。

 

圧勝したロシア軍は大量に食料を分捕ると、エジェイヘと進軍した。しかし、グリッペンベルクはまだ時ではないとしてエジェイへの砲撃は行わなかった。

実は、グリッペンベルクはミシチェンコの独立騎兵旅団とコソゴフスキー支隊をクイラ王国の方へと上陸させていた。クイラ王国とロウリアとの国境は険しく、ロウリアでもクイラでも軍隊が越えることは不可能に近いとされていた。そのためこの方面への兵力は少なく配置されている。グリッペンベルクはここに目をつけた。敵の兵力が少ないのだから侵攻は容易い。近代化されている自軍なら越えられるからである。勿論、軍規模は派遣できないが、丁度いいやつはいないかと言うことで、ミシチェンコに白羽の矢が立った。

しかし、コサック騎兵だけでは不安ということで、コソゴフスキーの支隊も犠牲になったのだ。

この南ロデニウス軍は国境の防衛兵力3000を蹴散らし、ロウリア王都まで向かっていたのだ。

ここで降伏してくれれば、パンドールら20万が手に入り、被害も減ってwin-winである。

 

 




つまりあれです。鄧艾みたいなもんです。ですがハーク・ロウリア34世は劉禅ではありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決死の降伏勧告

その数日後、ミシチェンコの旅団とコソゴフスキー支隊は王都までの守備隊を人的被害を出さずに次々と滅ぼし、王都から南に10キロの地点まで迫った。

 

「とりあえず、敵に降伏勧告をせよとのクロパトキン大将直々のご命令らしい。では、落ち着いて行うのだぞ」

 

とミシチェンコは部下のアンタナス・リカルダス・ドルーヴェにそう命令した。正直、二万もない兵がやってきたところで普通は降伏はしないだろうが、今回はロウリアークイラ間の大砂漠を乗り越えて来たのだ。予測していない敵兵によって被る精神的被害は大きいので、ロウリアの国王が愚かであればあっさりと降伏するであろう。

 

「畏まりました。あの……一つ宜しいでしょうか?」

 

ドルーヴェが目線を落として言う。なんのことかとミシチェンコも少々過剰に反応してしまう。

 

「い、いいぞ。なんせ大役だからな」

 

「私にはカール・グスタフ・マンネルヘイムという友人がいるのですが……最後に別れの言葉を伝えたいのです」

 

「ああ、言って来るがいい」

 

その後、ドルーヴェは会いに行ったが、結局、マンネルヘイムとドルーヴェは黙って見つめ合い、手を取り合っただけであった。だが、両者の友情は本物である。友人だからこそ余計な言葉はいらない。

 

 

同 王都城門前

 

 

ドルーヴェは城門前で「私はロシア軍の軍使だ!」とカタコトの日本語で叫ぶと、彼はロウリア軍の魔導士に降伏勧告文を渡した。

その魔導師は大いに驚いて、首席魔導師のヤミレイに手を震わせながら手渡し、渡された彼もこの内容を読んで大慌てとなっている。彼は周囲の視線など憚らず、ドタドタと玉座まで駆けていった。

 

「なんだ! 騒がしいぞ! 何かあったか!?」

 

その様子を見たハーク・ロウリア34世は何やら良くないことがあったのだろうと玉座から立ち上がって、言う。ヤミレイは降伏勧告文を取り出して、

 

「国王陛下!敵の軍使らしきものが降伏を求めております。これが勧告文です」

 

「なになに……『今、西軍(ロウリア王国軍のこと)潰滅して貴国疲弊せり。これ誠に危急存亡の秋なり。拠って降伏されたし』……なんだと! 我が軍は大敗などしておらん! このような言葉で余を騙そうなど笑止千万。その生意気な蛮夷どもは排除せねばならぬ! パタジンに5万の兵をつける。また余もランドの第零近衛団らの近衛団と共に出撃する!」

 

「ははっ!」

 

王は不幸である。彼には情報が全て伝わっていないのだ。絶対君主制という体質だからか、情報は処罰を避けるためにも上に行くにつれ、機関を経るにつれて都合よく嘘で塗り固められたり、揉み消されたりしてしまう。だから、彼は王国が劣勢であることなど知る由もないのだ。だからこそこの劣勢でも降伏勧告を突っぱねるという愚行に出たのだ。

 

ロウリア王国には軍使を斬ってはならないというルールはない。彼らは城門から外へ躍り出るや否や外でぽつんと待っていたドルーヴェに無数の矢を浴びせた。彼は驚いて、馬の尻に鞭打って逃げようとするも、幾らかの弓矢が突き刺さり、至る所から水槽に穴を開けたかのように血が滴り落ちる。だが、必死に鞭を打ったことが功を奏し、なんとか逃げ切ることが出来た。

 

「チッ! 取り逃がしたか……」

 

最後の一発を右肩に見舞った第零近衛団団長ランドは前方に鋭い眼光を向ける。だが、同時にこれで良かったとも思う。大急ぎで帰っている敵の立てる土煙がはっきりと見えるからだ。これなら敵の本陣も容易く判明する。

全軍は前を走るドルーヴェの馬が立てる土煙を大急ぎで追いかけた。

 

 

「ドルーヴェ!ドルーヴェ!大丈夫か!」

 

前から来る血だらけの一騎を見て、野営地の外れで帰りを待っていたミシチェンコとマンネルヘイムは慌てて駆け寄って、優しくドルーヴェを馬から下ろし、掛け布団のように優しく彼を抱擁した。

 

「敵軍が……き、きま……す」

 

彼の聞こえるか聞こえないかぐらいの声--それでも精一杯なのだが--を聞き取った二人は、

 

「マンネルヘイム、我らはどう行動すべきだろうか?」

 

「この少ない数で抗戦しても、勝てるでしょうが、被害は大きくなります。大きな被害は避けるべきですから、ここは退いたほうがいいかと」

 

「そうだろう。では、我が軍は制圧したハーク湖付近の城(ロウリア王国とクイラの国境地帯から800キロの地点にある)まで撤退する!」

 

ミシチェンコとコソゴフスキーの二人は軍勢をまとめてさっさと撤退した。そもそも交戦する気があまりなく、食料なども必要な分しか持ってきていないため、野営地にたどり着いたロウリア兵は一瞬硬直した後に怒り狂ったという。

 

結果的にクロパトキンの望みは叶わなかったが、王都までせまるという行為は有効であったろう。また、理由があったとはいえ情報を伝えなかったパタジンは自責の念に駆られることとなる。彼にとっては善意だが、だから良いとは言えない。また、自責の念に駆られたのは降伏勧告を突っぱねたからではない。降伏すれば良かったなど口が裂けても言えまい。では何が原因かと言うと、何れかより悪い副作用を起こすのではないかという懸念があったからというものである。

 

だが、クロパトキンは諦めていない。ここで我が国以上の敵の情報力の稚拙さが露呈したのだ。上手くやれば、20万のパンドール軍は下せるかもしれない。彼はミシチェンコに数少ない電信を与えたことを思い出して、即座に今後の行動について伝えた。

 

 




ドルーヴェは実在の人物です。史実ではマンネルヘイムの友人で1905年に日露戦争で重傷。

バルチック艦隊の知名度って低いのかなあ。どうやったら他作品のようにお気に入りや評価がよくなるのか。活動報告でちょっと色々してみます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ムー国の悩み

1905年10月1日 ハノイ

 

この日、ロシア=インドシナ帝国の首都ハノイでは、帝国より遥か西方のグラ・バルカス帝国という国家が五大列強の一つ、帝政レイフォルを滅ぼしたと言うのだ。

ムーからの情報によると、どうやら戦艦一隻で滅ぼしたという。写真を見たが、なるほどかなりの巨大艦だ。我が国の旧式戦艦では太刀打ちできないだろう。だが、パッと見では我が国の建造中の新鋭戦艦と設計思想は似ていそうだ。だが、そんなことはどうでもいい。こんな遠方の国家が態々侵略してくるとは思えないからである。そんなことよりも重要なのは、そのグラ・バルカス帝国の戦艦がもくもくと黒煙を発したということ。つまり、石炭を使っているか質の悪い重油を使っているということではないか。

石炭石油を使うということは、我が国が間接的搾取をしているクイラ王国で取れる上質な石炭や石油をちらつかせれば気前よく金を払ってくれるだろう。ムー以上の商売相手になるかも知れない。

 

「彼の国とは一刻も早く通商をせねばならない」

 

儲け話に目がないポール・ボーは雀躍してグラ・バルカス帝国と条約を結び通商をすることを今後の方針とした。

ムー国にはこのポール・ボーの示した方針がこっそり潜入させていた諜報員から知らされており、もしグラ・バルカス帝国と険悪な仲になればロシアから石炭を得ることが困難になるのではないかという意見が蔓延し、結局グラ・バルカス帝国とは友好関係を結ぶべきだということになった。

また同時に、軍備の増強も計画された。ただ、急拵えであるので、まだ詳しいことは決まっていない。一応ラ・カサミ型2隻という所だけ確定している。なぜ、このようなことをするのかと言うと、ロシア帝国に使節を送った折に戦闘機や爆撃機の設計図などを渡したことが中立義務違反であると、然るべき措置を取る可能性があると、神聖ミリシアル帝国、パーパルディア皇国、エモール王国の三列強など18カ国から非難されていたのである。この程度のことで、これだけ手厳しく批判を受けるのも、機械文明への差別意識の所為だろう。機械文明であるがゆえにここまで発展したが、その機械文明が足枷となってしまったのだ。

ムー国にとって魔法文明の代表たる神聖ミリシアル帝国とは水面下で対立してはいたが、こうも表立って対立することになるとは思いもしないことである。ここまで一挙に態度が硬化すれば、何れ戦争になってもおかしくはない。正直言って、ムー国では勝ち目がない。空軍は風竜にも天の浮舟にも勝てない。海軍はミリシアル帝国に対しては質でも量でも対抗できていない。陸軍は魔獣を使役できていない分かなり遅れている。武装中立を貫ける戦力がないのだ。これに打ち勝つには軍拡しかないが、もっと短期的に力を付けたい。ならば、他国から力を借りれば良いではないか!

そういうことで、ムー国は武装中立を止めることを検討することとなった。

 

10月4日にパーパルディア皇国において、機械文明の研究者400人が異端として逮捕され、三族諸共皆殺しになったという事件が発生した。以前からパーパルディア皇国では魔女狩りならぬ科学者狩りが行われていたが、この事件が他と違うところは、ムー国へと情報が流れたことであった。しかも、これまでに捕らえられた科学者はグラメウス大陸の収容所へ送られるか他所で処刑されているということもわかった。その人数は、わかっただけで、処刑された者5000人、収容所送りは1万8000人に及ぶという。

これにより機械文明と魔法文明の対立が深まることとなった。ムー国の機関紙「ラ・ポリシー」は、

 

『機械文明を採用したことにより我が国は発展した。魔法文明を盲信する現地民族らは劣っている。という論調が広まりつつある」

と報じた。パーパルディア皇国の機関紙「ポリーティカ」は、

 

『異端たる機械文明を崇め、他国を見下すムー国のような遅れた国家は列強から除名するべきである』

と報じ、流石にミリシアル帝国は英国紳士的対応をしたのか、新聞で口汚く煽る事はしなかったが、ムーへの制裁については検討をしていると報じており、エモール王国などのプライドの高い竜人国家は、ムー国からの入国を制限することを決めた。

ここまでムー国を追い詰めようとするのには差別意識以外にも理由がある。それは、ムー国の発展である。ムー国の発展は他のどの国よりも早く、パーパルディア皇国などは航空戦力除いて抜かされてしまっている。ミリシアル帝国を抜くのももうすぐだと言われるほどである。列強最上位のミリシアル帝国にとっては、ムー国に抜かされると面目丸潰れであるし、パーパルディア皇国としてはここで徹底的に叩いて再び上位列強に返り咲きたいし、ミリシアルとムーが戦争になってくれれば、両国は疲弊する。パーパルディアは鉱石の輸出でさらに儲かるだろうし、漁夫の利を得ることもできるだろう。

エモール王国にとっても、混血種のムー人が偉そうにしていることは不愉快で、風竜を追い越さんと航空技術に力を入れているムー国は目障りな存在である。

他の国家 は、列強三国が批判しているのだから、ここで批判しなければ心証が悪くなってしまうからという消極的なものであったが、一国が批判するとまた一国と、批判する国家は次々に増えていった。

 

だが、グラ・バルカス帝国とロシア帝国は違った。

ロシア帝国にとって、ムー国は最大の貿易相手であるし、グラ・バルカス帝国は、折角友好的に接してくれているムーを敵対視するのは紳士協定に反するから批判する気はなかった。紳士さという物の重要性を両国とも分かっているからであろう。

そして、10月18日、ムー、ロシア=インドシナ、グラ・バルカスの三国はレイフォリアにおいて三国通商協定を結び、経済的な面で友好的に交わる事を決め、さらにグラ・バルカス帝国とロシア=インドシナ帝国が主に作成した戦時国際法にムー国の首都オタハイトにおいてこの三国とマギカライヒ共同体、クワ・トイネ公国、クイラ王国が加盟し、オタハイト陸戦条約が結ばれた。

この二つの出来事により三国は機械文明を盲信する愚か者、条約に加盟した三国は機械文明に魂を売った国という風潮が魔法文明諸国家の中で広がった。

 

「機械文明の方が優秀だ!」

 

とグラ・バルカス帝国の知識層は声高々に言うが、先輩であるムーやマギカライヒは戦々恐々としていた。




勝手に対立させてすみません。でもこういったことって長続きしないんですよねえ。国境の近い国同士が仲良くなることなんて滅多にないですし。

余談ですが書籍版を買えたので地図作っていきます。iPadでは上手く作れなさそうですので、大変申し訳ないのですが、もしかしたら手書きになるかも知れません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

佞臣の甘言

1905年10月3日 エジェイ

 

「将軍!将軍!」

 

敵が目の前に布陣しているとは言え、アルデバランによる対地攻撃が敵を怯ませたのか、平穏な日々が続いていた城内に突如として響く部下の叫声はパンドールら首脳部を驚かせるに十分であった。

 

「何があったのだ!?」

 

パンドールが問う。

 

「敵軍凡そ一万が“西方”に布陣しております。そして……」

 

「そして?」

 

「国王陛下は降伏したと叫んでおります……」

 

その兵士が俯いてか細い声で言うと、

 

「まだ前線のものが戦っているというのに敵の小勢を前に恐れ、降伏するなぞ……なんたる腰抜け!」

 

連日空襲に赴いているアルデバランが石造りの壁に思い切り剣を叩きつける。連日の出撃で気が立っているだけではなく、自分はこれだけ祖国のために戦っているのにそれを踏みにじったという怒りから周囲の目も憚らず暴れている。だが止める兵はいない。むしろ同じように暴れ出すばかりだ。

 

「静まれ!」

 

パンドールの一喝で静まり返る。パンドールが兵を善く統率できているかはわからないが、彼の命令には彼らは忠実に従っている。

 

「その情報が正しいかはわからない。欺瞞情報だったらどうするのだ? ここで我らが諦めては本当に滅んでしまう……アルデバラン!」

 

「ははっ!」

 

「お前の部隊には確かムーラとかいう騎士がいたな?」

 

「はい」

 

「では、そのムーラに誰か、飛行に慣れていないジャクを一人、付けてくれ。その二人を王都へ向かわせ、真偽の程を確かめさせてくれ」

 

「御意!」

 

ムーラの付き添い(ただしムーラの方が技量は圧倒的に上である)にはターナケインが抽選で選ばれ、すぐさま二騎はさっと西の空へと飛んで行った。西の方の敵兵は延々と口汚く煽ってくるが、そこはパンドールが、

 

「奴らと兵刃を交えたいならば、陛下より全権を任されているこの私を斬ってから行け!」

 

と一喝したことによりなんとか釣られることなく済んだ。だが、いつまでも持つとは限らない。目を盗む物がいつ出てもおかしくはない。敵はただ熱を吹いているだけなのだが、だからこそカッと来るのだろう。

 

1905年10月4日 ジン・ハーク

 

「卿等、世に何用か?」

 

「はい。小臣、侵攻軍司令官パンドールより書状を預かっております」

 

「見せよ」

 

書状を見たロウリアは失笑すると、

 

「蛮夷め、詰まらぬ嘘をつきおって。その蛮夷どもは、先日我らが討伐したものの生き残りだ。心配するな。だが、パンドールには頑張って貰わねばならん。よってついでにミミネルに一万をつけて向かわせよう」

 

「御意!」

 

逃げるように玉座から離れた二人は、さっさと東の空へ飛び立ってしまった。これを聞いたパンドールは嗤い、

 

「悪い蛮夷共だ。城門前にいる蛮夷たちにはスコーピオンとバリスタで御礼をしてやれ」

 

城からスコールのように降り注ぐ弓矢に、ミシチェンコらは堪らず撤退した。幸い死者は出なかったが40名あまりが負傷することとなった。ロウリア軍はロシア陸軍に二連勝したのである。

 

 

1905年10月5日

 

「クロパトキン将軍、こちらミシチェンコです。どうぞ。……結局パンドールは降りませんでした」

 

「そうか。ならプランCだ。ちゃんと中身はあるから安心し給え。君の部隊に紙はあるか?」

 

「はい、沢山」

 

「ならばそこにあることを書いて欲しいのだ。信憑性を持たせるために8枚に分けてもらう。半分はキリル文字、半分は現地文字だ。そして、その書状を持って、敵に攻撃し、ワザと負けてくれ。その書状をおいて撤退するんだ。では、今から書くことを言う。一回しか言わんからな……」

 

数日かけて書いた文章を読み上げたクロパトキンは、金庫を開けて、中にある貿易で得た金塊を見て笑うと、

 

「これに食いついてくれるかどうかだな」

 

と言って、客として招いていたクワ・トイネの人間を連れて来ると、何故か魔法通信をさせた。

 

1905年10月6日

 

ミシチェンコ旅団は、予定通り王都に攻撃、一度、王宮首席魔導師のヤミレイを呼び出して雑談だけをし、送り返した後に、敵の総攻撃をワザと受け、撤退した。後には財宝や食料など大量の物資が打ち捨てられているのみだった。

2度も敵を撃ち破った王は、大いに喜んだが、一方でヤミレイと敵将の謎の雑談が気になって仕方がなかった。

 

 

1905年10月7日 王の間

 

「陛下、少し宜しいでしょうか」

 

王宮魔導師の一人が恭しく礼をする。彼は有力な魔導師の一人である。そして、彼の懐には数枚の書状が隠されていた。

 

「良いぞ」

 

「ははっ、実はこの王宮内に内通者が居ます」

 

「なんだと!」

 

王の眉がつり上がる。その巨躯をグイッと前に動かすのと同時に。相当興味があるようである。

 

「それは、ヤミレイとパンドールです。パンドールは幾十万もの大軍を連れているにも関わらず、数分の一でしかない蛮夷の軍に連戦連敗しております。勿論、勝敗は兵家の常とは言いますが、それにしては敵の損害が少いのです。今でも、20万という大軍を抱えていながら動こうとしません。ヤミレイはこの前、謎の雑談など怪しい行動が目立ちます」

 

というと王は露骨に不愉快そうな顔をして、

 

「待て待て、それは卿の私情が入っている。余にそのような讒言は通用せんぞ。今回は無かったことにしてやる。下がれ!」

 

「なんでこの大事に私情を挟みましょうや! 全くの事実です! ここに証拠があります!」

 

そう言って哀号するように叫んだ魔導師は懐から8枚の書状を出した。王はそれを引ったくり、じっくりと見た。そして、憤慨した。

 

「彼奴らめ!」

 

「そうです。奴ら口では忠義だの何だの宜っておりますが、所詮は蛮夷に媚び、国を売る下衆。陛下、このような奸臣に振り回されてはなりません! 」

 

「そうだ! すぐにヤミレイを出頭させよ。パンドールめも呼び出せ!」

 

 

昼のうちにヤミレイは玉座の前に連行された。その顔は困惑に満ちている。

 

「陛下、一体どういうことですか!」

 

「黙れ! この奸臣め! 余の目を誤魔化せると思うたか!」

 

そういうと王は書状を見せつけて、

 

「貴様がパンドールと結託してこの玉座を狙っていることくらい余は知っておる。どうだ!?申し開きすることがあるか!」

 

「私は、そんなこと、考えたこともありません! 陛下!そこにいる君側の奸どもに誑かされてはなりません! 其奴らを斬り、再び正しい道を歩んでください!」

 

だが王は嘲笑し、

 

「ここに動かぬ証拠がある。見えんか?」

 

と言うとヤミレイは悟ったようにフッと笑うと、

 

「陛下、その書状をもとに論じるは針の穴から天を覗くようなもの。そして陛下のしようとしていることは、針を以て地を刺すようなもの。そしてそのような愚物が権力を食んでいるような国は偏に滅ぶしかありません」

 

と嘲笑うように言った。王は顔を蝋燭の火のように真っ赤にして、

 

「黙れ! 余をよくもそこまで罵れたな! 貴様は大罪人ゆえ、本来なら死刑だが、今までの功績に免じて、百叩きと奴隷階級への追放のみに留めてやる。おい! はやくその下賎な男を野良犬のようにどこかへ捨ててしまえ!」

 

ヤミレイは幾度も失神するほど殴られ、家族と強制的に縁を切らされ、官職を解かれ、服も引き裂かれた状態で遠い農村部の外れに打ち捨てられた。

このことを聞いたクロパトキンは20万が手に入ると言って、拍手をし、パンドールは、退いても進んでも死だと悟り、

 

「私は祖国を信じ続けた。だが、祖国に裏切られてはどうしようもない。皆、すまない」

 

と言って、王都から送られてきた使者を切り捨てると、ロシア軍に降伏した。エジェイの防衛線は一切働くことはなかったのである。ここにパンドール軍によって強化されたエジェイはロシア軍の手に落ち、グリッペンベルクの第二軍が王都へと進軍した。

 

 

 

 

 




クロパトキンは有能なんです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王都攻防戦

捕虜20万の管理はリネウィッチ大将が請け負うこととなった。これは、クロパトキンの決めたことではなく、派遣軍が勝手に決めたことで、なぜリネウィッチになったかというと、第1軍は飢えのせいか、首都クワ・トイネの城内に入ると、強引に食料を補給させたばかりか、風紀も酷かったので、クワ・トイネの市民から嫌われ、食料の補給量を大きく減らされていた。そのため、行軍は難しいとされていた。だが、普通なら捕虜の管理の方が食料を食う気もするが、さすがのリネウィッチ。ここは一味違った。捕虜を全て駆り出して、エジェイ周辺の食料を探させたのだ。逃げ出そうとしたものは容赦なく射殺。リネウィッチらしいやり方により、かなり成果を挙げた。逃げ出すものを殺していった上に誤認という形で殺したりもしたので、食い扶持も20万増えるところがそれよりも減っていた。だが、ここで問題が生じた。捕虜たちが、死ぬほどの労役を課すくせに食料は全くくれないリネウィッチを恨むようになったのだ。そして、反乱が計画されるに至った。

だが、あっさり露見し、これを知ったリネウィッチは即座に、

 

「殺せ! 皆殺しにしろ!」

 

と、既に十分に食料も集まり、そろそろ持て余してきた奴らを処分するいい機会だと内心ほくそ笑みながら意気高らかに命令した。

夜に、第1軍は捕虜収容所にワッと襲いかかり、反乱を企てたものもそうでないものも、次々に殺されていった。今や収容所は愚か、草木、軍馬、兵士まで血でグッショリと濡れ、凄惨としか言えない状況である。

だが、ここで異変を聞いて駆けつけたカウリバルスの第三軍によって止められ、なんとか皆殺しだけは避けることができた。だが、この時には捕虜20万のうち12、3万が殺されており、これはさすがに問題であると思ったカウリバルスは慌ててクロパトキンに報告した。

結果的にリネウィッチは参謀長スホリモフと共に帰国ということとなり、第1軍は至急第二軍から呼び寄せたムイロフ中将が臨時で指揮を執ることとなった。

一旦捕虜虐殺は止んだが、政府にとってはここからが大変である。まだ、国際法は草案が出来上がっただけであるのでいいとして、世界各国からの批判は免れないだろう。それをどうやって躱すかが問題である。

予想通り、パーパルディア皇国は、

 

「これほどの捕虜を虐待、虐殺するということは非常に稀だ。ロシア帝国は史上類を見ないほど残虐な国家である」

 

と発表した。同盟国のムーやグラ・バルカス帝国などは、

 

「捕虜の方も反乱を企てていた。これは双方に問題があった。むしろ現場の暴走を止めた政府の行動は賞賛に値する」

 

と発表した。結局、後にミリシアル帝国にある国際司法裁判所までもつれ込むこととなる大事件となった。一応、無罪にはなったが。

第2軍はリネウィッチの起こした虐待事件に関して多く関わることはせず、ただ第3軍を待った。これはジン・ハークにどれほど勢力がいるかわからなかったから、念のために行ったことである。実際は5万程度しかいないので、第2軍だけで十分なのだが。

余談だが、このとき第1軍はマドリドフ支隊を残して戦線に参加させてもらうように申し出たのだが、あっさり拒否されたそうである。捕虜の数は多いので、マドリドフ大佐だけでは扱いきれないというのだ。確かに、支隊の人数は1500人程度であるので、尤もであろう。

 

第2軍は第3軍と合流すると、ジン・ハークへと攻撃を開始した。なぜ、ここまで気付かれなかったかというと、ロウリア王国の宰相とも言えたヤミレイが追放され、ヤミレイ派の多くが左遷されたので、権力に空白が生じており、他の有力な魔導師たちは権力を食むことにしか興味がなく、たとえロシア軍を発見しても報告をしなかったのである。さらに、この魔導師たちは王国の崩壊を望んでいた。

実は、クロパトキンが魔信を打たせた相手は彼らであり、彼らにロシア軍とロウリア軍の圧倒的な差を教え、王国を滅したら金塊と大臣クラスの爵位を与えるということを伝えたのである。

私欲に溺れる彼らにとって王国の存亡なぞはどうでもいいことであった。

だが、全く報告を怠っていたばかりか私欲に溺れる彼らにロウリアは怒り、自ら鞭をうった後に、追放とした。

だが、余りにも遅すぎた。その頃には、すでにロシア軍が準備を終えていたのだから。

 

交戦すれば城内にも被害が及ぶ、だが市民に罪はない。そう思った王は民を戦火から守るため、疎開させた。

 

1905年10月20日までの間に、第2軍、第3軍はジンハーク城へ激しい砲火を浴びせた。城門付近の防衛隊は壊滅し、王宮も危険にさらされ、多くの部下がロウリアに逃亡し、そこで再起するように進言したが王は、

 

「余も卿らと同じく武人である。武人であるからには逃げるなどあり得ない。余はここで武人らしく散る。卿らにそれを求めるわけではない。余と死を共にして良いというものだけついて来るが良い」

 

聞いた将兵らは号泣し、全員が王とともに進軍した。まず、パタジンの軍勢が城門を越えて城外に出た。

一挙に突喊したが、それも全く意味がなく、機関銃や地雷に引っかかって先鋒は完膚無きまで叩きのめされ、ロシア側に余裕ができると、榴散弾による砲撃も行われ、この攻撃でパタジンは断末魔をあげる暇もなく戦死し、3万の軍が四散した。残るは近衛団のみである。だが王は、

 

「怯むな!」

 

と号令し、先頭に立って、指揮を執った。次々に部下が脱落し、敵陣がはっきり見えるころにはその数を400騎まで減らしていた。

だが、ここまで接近しても機関銃は火を噴かない。実は、レンネンカンプ中将の西方支隊が、ぜひ剣撃でと願い出たため、同士討ちを避けるために機関銃を撃たなかったのだ。

レンネンカンプが向かわせた騎兵は500程度。まず一度止まってからの一斉射撃で側面の近衛団を攻撃し、気勢を削いだ。

近衛団が一挙に乱れたのを見た騎兵隊はサーベルを抜いて吶喊しつつ突撃した。

近衛団の精鋭たちが一人二人と血を吹いて倒れ臥す。あっさり、流れ作業のように首が刈り取られていく。

だが、近衛団一の猛将ランドがウォーと声を張り上げて突撃すると、そこにポッカリと穴が空き、近寄ったコサック兵は次々と鮮血に染まった。

 

「俺がやる!」

 

アレキサンドル・エゴーロフ大尉の制止も聞かずに、軍曹の一人が突入する。だが、目蓋を閉じる一瞬の間に、軍曹の首は切り離されることとなった。次々と挑戦するものは出るが、誰も敵わない。

 

「仕方あるまい。俺が行く! お前たちは付いてこい!」

 

エゴーロフ大尉にぞろぞろと部下たちが付き従う。エゴーロフはランドの剣を払うと、飛び掛かり、馬から共に落ちると、馬乗りになって、兜を投げ捨て、喚き散らしながらランドの顔面を殴打し続けた。

ランドは大尉の部下によって捕らえ、猛将が捕まり、勢いの落ちた近衛団はついに完全に崩壊した。

 

「皆、余に続くのだ!」

 

王は暴れる馬を抑えつつ、剣を目一杯に振って声を張り上げるが、どうにもならない。ならばと突撃をしようとした時に、突然馬の額から血が吹き飛び、王の足からも血が噴き出た。蹄が水に鉄球を沈めたかのように土へ沈み込んで行く。ガクッと馬の体が折れ、王は吹き飛ばされた。立ち上がろうとするがどうにもならない。歯を食いしばって、やっと立ち上がったところでコサック兵に取り囲まれ、捕縛された。

ここにロウリア王国の全ての拠点は陥落。王も降伏を受け入れざる負えなくなった。

 

ロシア=インドシナ帝国はロウリアをニコライ二世を皇帝とした帝国とし、ロウリア王家はあくまで諸侯として存続することとなった。だが、ロシア帝国の植民地的扱いである。ただし、国際的批判を避けるために統治はかなり緩くしてある。また諸侯の反乱を防ぐ意味もあり、ロウリアの領土の多くは租借という形になっている。

形はどうであれ、やっとロデニウス大陸に平穏が訪れた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章:列強との争い
全軍集結す


カイオスへの監査軍のワイバーン偵察隊からの報告を見返してみて下さい。


捕虜虐殺事件を受け、参謀長スホリモフは無罪となったが、政府はリネウィッチの更迭を決定した。ここで問題になったのは、第1軍司令官を誰にするかであった。クロパトキンとしては信頼のおけるムイロフ中将に任せたかったのだが、階級が足らず、かといって昇進させるほどの功績も立てていない上に、身内人事だと批判される可能性があった。今内輪もめをしていたら、即刻北にいるハイエナに襲われることは目に見えている。では、誰が適任か。という振り出しに戻った訳だが、ここでひとつ意見が出た。

 

「今、第1軍隷下で階級が大将であり、かつ評判が悪くない者を第1軍司令官にしたらいいでしょう」

 

というものである。結局、誰も反論せず、第1軍団司令官メイエンドルフ騎兵大将とリネウィッチを交代させることにした。

また、ロウリア帝国に総督を置くことにした。だが、これも、

 

「で、誰にするの?」

 

ということになってしまう。いい加減学習しろと言われそうだが、この世界には存在しない皇帝に統治できるわけがない。故にこれ自体はおかしくない。ただ、人がいないことが不幸なのだ。

結局、適任者がいないということで、一時的にだが、捕虜になっていたパンドール将軍に統治を任せることにした。ただ、彼は捕虜虐殺の件で、ミミネル、アルデバラン、パンドールの三人はクロパトキンの命令によるものではあるが、厚遇されており生きながらえていたので、ロウリアの人間から恨まれていた。だからこそ臨時である。

また、妙なことをしないように、適当な艦艇を置いておこうということになったが、これもなかなか適当な艦が見つからない。

 

11月の頭、皆が頭を抱える中、海軍航空隊で教官をしているアルデバラン(ワイバーンと飛行機はものが違うが、試しに試作偵察機に乗せてみたところすぐに上手く乗れるようになったため、任命された)が突然現れ、

 

「小職は訓練で、遠洋まで出たことがあるのですが、満洲の東部海岸から150キロの地点に陸地を発見しました。島ぐらいのようですが、念のために魔撮しておきました。それがこちらです」

 

それは今関係ないだろう。空気を読め! と言った空気が立ち込める中、

 

「遼東……」

 

とクロパトキン(極東総督として出席している)が呟いた。ロジェントヴェンスキーなどは、

 

「この部分は旅順か!?」

 

とすら言っている。同時に、先ほどまでの空気が換気された。

 

「ですから、そこに確か……えっーと……」

 

この短期間では召喚時のロシア軍の様子など覚えきれていないだろう。と察したロジェントヴェンスキーが、

 

「確か、黄海海戦で敗れたステパン・オーシポヴィチ・マカロフ提督の第1太平洋艦隊の残存艦艇が残っているはずです。ですが、残存艦艇はあまり多くなく、回すことは厳しいでしょう」

 

「ステッセリもいるのか……」

 

クロパトキンが顔を顰める。関わらない方がいいと思った他の出席者は、

 

「遼東があるなら、ウラジオストクや樺太もあるかもしれない。だからアルデバラン大佐(ロシア=インドシナ側では団長は大佐扱い)には遼東付近及び満洲、インドシナ周辺を偵察していただきたい」

 

と言って、その日の会議は終了した。

余談だが、この時冗談かはわからないがパンドールも呼び出して色々意見を言わせろと言った者もいた。勿論、馬鹿らしいので却下されたが、同地の専門家と言えるであろうパンドールは呼び寄せても良かったのではないか、と考える者もいる。

 

翌日、アルデバランら10人(アルデバラン以外はロシア人)は設立されたばかりのFrançais-Russie Aviation(FRA)社最新鋭偵察機FRA-B型に乗り込んだ。この偵察機は敵機に攻撃ができるものを作れという海軍からの要求に応じたものだが、機銃を付けることが上手くいかず、残念ながら機銃はどこにも付いていない。では、武装とは何かというと、操縦席の横にある拳銃2丁のことである。因みに最大速度は時速180km/hだ。

割としっかりした飛行場からさっと5機が飛び立った。

 

「お? あれじゃないか?」

 

アルデバランは地図と眼前に広がる光景を交互に見て、そう言うと、もう一人の搭乗員がすかさず撮影した。

他にそれらしい土地はなかったので、このまま全機帰投した。

 

 

「これは……まさしく沿海地方だ! ウラジオストックもあるはずだ! 樺太まで近くについて来ているじゃないか! 」

 

と、その翌日、会議に参加した者たちは喜び勇んで言った。そして、遼東及び沿海地方と樺太とコンタクトを取ることが決定された。

遼東のアナトーリイ・ミハーイロヴィチ・ステッセリ中将やマカロフ中将は天を仰いでこの出会いを喜び、沿海地方のカールル・ペトローヴィチ・イェッセン少将や樺太のミハイル・リャプノフ中将などはロシア=インドシナ帝国を快く受け入れ、とりあえず上手くいった。

とりあえず艦艇が増えたので、ロウリアの沿岸部の防備は「201号」水雷艇に、通報艦には補助巡洋艦「レーナ」に任せることにした。

また、マカロフは海軍参謀総長に、イェッセンはそのまま留め置かれた。旅順要塞は一応ステッセリのままにしておいていいという意見もあったが、クロパトキンは、

 

「既にコンスタンティン・スミルノフ中将に司令官を交代するように言ってあるのだからそれはおかしい」

 

と言って、ステッセリを更迭し、軍事(陸軍)大臣に任命。自身は軍事大臣から退き、陸軍参謀総長に就任した。

 

急速に増強されて行くロシア軍に勝手にロシアを仮想敵国としているパーパルディア皇国は多少なりとも危機感を覚えつつ、アルタラス王国への侵攻計画を練っていた。

 

 

 

 




タイトルを変えようかと思っています。でも、あくまで私の頭に中でいい案が出てからです。
又、ロシア軍の歴史にミスがあったので、変更します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

列強の台頭

大連艦隊どうしよ


11月12日 ハノイ

 

この日、ウエジヤ・ゴーリスキー中尉やドミトリイ・ホルホコフ会計検査官、ワシリイ・バルタガ録事官らがパーパルディア皇国へと派遣された。帝国には文官が数少ないので、武官も送ることとなった。ゴーリスキー中尉は見識高く、ムー国から派遣された共通語教師からも認められるほど共通語が堪能である。彼自身、日本語が話せていたわけでもなく、ただクワ・トイネの現地民やロウリアの捕虜から学び、その後ムーの教官から正確な用法を習い、習得したというのだ。

毎年の11月4日にムー国で開かれる世界文化大賞では、彼の教育に関する論文が教育賞を取ったという。だが、その内容には、

 

「富国強兵には識字率を高めることが肝心である。これは我が国にも言えることだが貴族教育のために軍内には読み書きのできない者が多く、行動一つ一つに弊害を生じている。これは、内政においても同様で読み書きが出来ない国民が多いと法律や憲法が正しく守られない、政治に無関心になるなど進展が滞る。富国強兵には識字率は6割以上欲しい。それがない国や軍隊は弱小である。そのため……」

 

というものがあり、これに関してパーパルディア皇国が名指しされた訳でもないのに激怒したりしたが、少なくとも機械文明諸国では評判が高い。国内でもリネウィッチ更迭騒動を覆い隠すために政府が新聞社に干渉して大々的に報じさせたので、一躍有名人となっている。

 

 

11月13日

 

この日はフェン王国が滅亡したという話を聞かされた。以前、軍祭に来てくれと頼まれたが、その時、パーパルディア艦隊が迫っていることを知り、やんわり拒否したので、助けるものがなく、奮戦虚しく滅亡したようである。ただ、このまま放っておくのは紳士的ではないので、ロデニウス艦隊のうち仮装巡洋艦レーナと大連艦隊の機帆巡洋艦ラズボイニク、機帆巡洋艦ジギート、営口艦隊の航洋砲艦シブーチ、バルチック艦隊の輸送船2隻が亡命船団や避難民の保護へ向かった。

機帆巡洋艦ジギートが皇国のスループの砲撃を受けて小破した以外は特に損害もなく救助に成功した。

なんと、亡命船団には剣王シハンら王族も乗り込んでいたので、指揮を執ったヤーコレフ大佐は、

 

「救助艦隊を出して良かった。もし出していなければ我らは永遠にフェンの民から嘲笑われることとなっただろう」

 

といっている。

 

 

11月18日 ハノイ

 

この日、普段は誰も訪れないハノイの外務局に来客があった。局長は、

 

「何か一大事でもあったのか!」

 

とスーツを乱して駆けつけた。そこにいたのは、見慣れない服装や顔立ちの者たちであった。

 

「アルタラス王国の王女、ルミエスです」

 

「は?」

 

局長は椅子をガタッと言わせてわかりやすく驚いた。こんな部署に王族自ら来るとは、到底思えなかったのだ。

 

「ああ……失礼しました。それで、御用件は?」

 

「はい、現在我が国は海を挟んで、北方にある列強国パーパルディア皇国との関係が険悪になっており、いつ戦闘状態に突入してもおかしくないという状況になっております。ですから、その時に、我が国に対して援軍を送って頂きたいのです」

 

ルミエスは声のトーンを落として言う。だが、局長としてはこの頼みを受けるわけにはいかない。上からパーパルディア皇国とは衝突しないように言われているからだ。

 

「殿下の御心痛如何許りかとお察し致します。ですが、我が国としては援軍は送れません。我が国には飛龍など無く、彼の国に太刀打ちできません」

 

「しかし、貴国にはパーパルディアの戦列艦を凌駕する巨大な装甲艦があるではないですか」

 

「どうしてそれを……」

 

局長の脳内で会議が行われる。考えられる可能性は二つ、ウラジオストク艦隊が接触していたのか、フェンへの救助艦隊が見られたかのどちらかだ。

 

「ですが、どれもこれも木造部分が多く、火に弱くワイバーンに当たっては勝ち目がありません」

 

「そうですか……」

 

ルミエスは一礼すると肩を落として踵を返した。少々ひどいことをしたかも知れないと局長は多少なりとも罪悪感に駆られる。このまま返してはいけない。そんな考えが脳を占める。

 

「ですが! 避難民の救助は行えます……」

 

ルミエスは振り向くと、軽く微笑んで一礼をし、帰っていった。局長はまだこれでいいのかと思ってはいたが、少なくともモヤモヤした気持ちは幾分か晴れていた。

 

 

そして、この約束を果たす日が来た。今日11月27日である。アルタラスが滅亡したというのだ。海軍は、やはり仮装巡洋艦レーナを旗艦とした以前と同編制の救援艦隊を送った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救援隊の苦戦

「司令官殿!前方12キロに商船12隻、その西方に戦列艦1隻、六等軍艦及びそれ未満の軍艦8隻!」

 

「ついに見えたか……最大船速(救援隊の場合10ノット)、針路0-0-0!」

 

ヤーコレフ大佐の号令のもと、6隻の船は煤煙を上げたり帆を張ったりしながら商船団の方へ向かっていく。

敵の戦列艦らが商船団の頭を抑えようと商船団より前に出ようとしている。これをなんとかしなければ、約束を反故にしてしまうことになる。それは避けたい。だが、上からはパーパルディア艦隊を攻撃してはならないと命令を受けている。しかし、

 

「今からそこの商船を保護するのでどいてください」

 

なんて通じるわけがない。考えているうちに戦列艦らは商船団の行く手を遮り、砲撃を始める。ほとんど外れているが、一隻、また一隻と被弾していく。

 

「我が艦と航洋砲艦〈シブーチ〉は迂回し船団を直接保護、残りの艦は戦列艦らに威嚇射撃をして気を引いてくれ」

 

司令官の出した最善手はそれだった。だが、彼には誤算があった。彼は、パーパルディアの戦列艦が炸裂砲弾を採用しているとは考えていなかったのだ。炸薬など入っておらず、火災を起こさせるものも焼弾程度のものだと思っていたのだ。

だが、それを知らない彼らは一切反発することなくパーパルディア艦隊に弦側を向けて砲撃を開始した。

数発の砲弾は勢いよく水面を破り、大きな水柱を作る。152ミリ砲弾とはいえその威力は計り知れない。もし敵に狙いをつけて撃てば立ち所に沈める事ができるだろう。

 

「無駄玉を撃つだけとは……気が乗らん」

 

機帆巡洋艦「ラズボイニク」艦長リーウエン公爵中佐は仇敵を見つめながら舌を鳴らしつつそう吐き捨てる。他2艦の艦長は愚か一兵卒に至るまでそう思っているはずだ。

 

(ヤーコレフもマカロフ爺さんも弱腰すぎる)

 

リーウエンは床を強く踏みながら廊下を後にした。

三隻の乗組員は強い怒りを覚えているが、釣り上げる事には成功していた。9隻の敵艦は商船団など後でいいと思っているのか、針路を変えてこの三隻へと接近している。

無数の砲弾が海を叩いて虚しく小さい水柱を作っている。だが、その水柱は着実に「ラズボイニク」ら三隻に近寄って来ている。

 

「あっち行け!」

 

という声も聞こえる。やはり木造艦だと心細いのか。またしても敵の一斉射が水面に至る……が、水柱が少ない。中佐の背中がシベリアに放り出されたかのように冷える。

 

「わわっ!」

 

二つ三つのドーンという音と共に船が大きく揺れる。中佐も頓狂な声を上げてしまう。

 

「何があった!」

 

「敵弾が命中しました! 一部で火災が発生しております!」

 

「畜生め!」

 

中佐は怒って拳を机に叩きつける。パーパルディアへの怒りだけでなくヤーコレフへの怒りも含んでいる。

 

(これで死者でも出てみろ。ヤーコレフ! その時はお前の責任だぞ)

 

心の奥底でヤーコレフを睨みつける。艦よりも人は大切だ。甘い判断で死ぬ人間ほど無駄なものがあるだろうか。甘い判断は敗北から反省はできても学べはしない。死人が出ても根本にある甘さはどうにかなるものではない。だからこそヤーコレフへの怒りは大きい。

 

「ヤーコレフの野郎……ヤーコレフ大佐の乗艦、〈レーナ〉へ打電。『威嚇射撃ヲ中止シ通常砲撃ノ要アリ』」

 

「了解! 『威嚇射撃ヲ中止シ通常攻撃ノ要アリ』」

 

伝えるべきことを終えると中佐は、

 

「デッキへ行く」

 

と言って反対を押し切ってデッキへ出た。既に残りの2隻も被弾している。弾薬庫に火でも回って、已んぬる哉となる前にどうにかしたい。だが、それができないというのは本当に遣る瀬無い。

 

「艦長! 司令官殿より返信です」

 

「読み上げよ」

 

中佐の目は暗い。 荒ぶ波が艦を打ち付ける音がさっきまでより大きく聞こえる。甲板にも影がかかっている。いや、太陽が雲に隠されただけか。

 

「はい。『威嚇射撃ハ上層部ヨリノ命令ニ付キ却下トスル』」

 

「……では、万が一俺たちが死んだ時に、貴様は責任を取れるか!?」

 

中佐は居ない大佐に向かって吼えた。上層部の判断を無視するぐらいの事は出来ないのか。そんな思いがあったのだ。

 

「しかし、船団の保護には成功したようです。ですから帰投せよと……」

 

「無責任な! 労いの言葉すらないのか! ……まあいい、我が艦は帰投する。他の鑑にも続くように発光信号の方を頼む」

 

「かしこまりました」

 

結果、商船12隻のうち11隻を保護することに成功した。しかし、救援隊側は迂回の際、スループの攻撃を受け続けた航洋砲艦「シブーチ」が小破炎上、負傷者8名を出し、機帆巡洋艦「ラズボイニク」は中破炎上し、死傷者13名、「ジギート」は小破し負傷者4名、「ザビヤーカ」も小破し死傷者6名を出すという大損害になった。

海軍本部はこの「親友作戦」を成功だと発表したが、「ル・タン」などは、

 

「海軍の消極的な行動のせいで盟邦の船が一隻、狼に捕まり、同胞までも失った。作戦は成功でも、その行動や命令は稚拙だ」

 

と厳しく批判した。パーパルディア皇国はこれを「アルタラス沖海戦」と名付け大本営は、

 

「今海戦は皇国軍の一方的勝利に終わり、我が方被害は皆無、敵軍のアルタラス艦隊8隻、ロシア軍大型船(巡洋艦のこと)3隻を轟沈、ロシア軍中型艦1隻を撃沈、ロシア軍旗艦戦列艦を一隻撃破せしめ皇国海軍の強さを生意気な蛮国に見せつけることとなった」

 

と発表した。




本気で相手したら楽勝なんだけどね(´・ω・`)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激動の11月

1905年11月22日

 

この日は、この世界にとって激動の日であった。あのムー国が武装中立を破棄したのだ。列強3国との対立から、現有の兵力では太刀打ちできないからである。すぐさまムーはグラ・バルカス帝国及びロシア=インドシナ帝国と新たな条約を結び、自動参戦条項などを盛り込ませることを画策した。

また同日、自前では満足な航空機を作れないと確信したロシア=インドシナ帝国はムー国に泣きついて航空機を購入し、それを元にFRA社に製造させることとした。これにより、最大の武装が小銃から機銃へと大躍進したのであった。速度も300キロ近く出るようになり、ワイバーンロードとも互角以上に戦える。だが、購入分を含め現有は5機である。名称はFRAアリョールである。また同時にグラ・バルカス帝国から食料、石油の代わりに空母購入を取り付けた。何も余裕があるらしくて6隻も譲ってくれるらしい。その分かなりの石油を持っていかれたが。一隻あたり補用合わせて30機載せることができるらしい。

だがいいこと尽くめではない。余りの急成長に海軍内にも浮かれるものが出てきたのだ。

確かにここまで成長すれば浮かれるのも仕方ないように思えるが、空母など新艦艇の定員の確保には時間がかかる。それにこれらの艦艇のうち空母に随伴するにはロシア軍の艦艇では難しい。できるのは改造中のバルチック艦隊か新造戦艦のみであろう。そのため、海軍参謀総長のステパン・マカロフは、

 

「今回の空母購入で浮かれているものもいるようだが、これは金持ちになりたい男が大きい金庫を買ってきて、俺は金持ちだと自惚れるのと変わらない。箱だけあっても仕方ない。大事なのはこれからだ」

 

と発言している。さらに、帝国にとって無視できない一大事が発生した。この日から満洲の鴨緑港(旧鴨緑江)や沿海地方に漁船や死体が流れ着くようになったのだ。身元を調べると、白人の漁師だったりロウリアやインドシナの漁師だったりする。だが彼らは皆、ロシア帝国の国民である。犯人を見つけねばならない。ポール・ボー首相は、

 

「このような残虐行為をどこが行ったかは定かではないが、便所に隠れたとしても必ず見つけ出して相応の罰を与えるつもりだ」

 

と発表した。これは最初の漂着から数時間もたっていないというこの時代の情報力からすれば異例の速さであった。この過激な発言により、植民地の民族やロウリア国民にも教育を普及させようとしたために、白人知識層から顰蹙を買い、支持率が低迷していたポール・ボー政権の支持は半分以上の76%まで跳ね上がった。

 

 

1905年11月30日

 

 

この日も重要な日である。オタハイトで再び三国が揃い、遂に軍事同盟を結んだのだ。以前から密かに考えていたこともあり、異常な早さであった。だが、列強3国はこれに危機感を覚え、ムーに対する魔石など13の資源に関して経済制裁を画策するに至った。またパーパルディア皇国に至っては国内のムー国資金を差し押さえると発表した。結果的にムー国はより厳しい状態に立たされてしまったのである。

またムー国へ向かったロシアの商船が2隻遭難するという事件が起こった。国内には、

 

『赤イ国旗、フリゲイト』

 

という電報が打たれていたことので、前の漁師の死亡事件と同じぐらいに世間を騒がすこととなった。他国からの攻撃であることは明白だからである。これに関して、原住民のうち義務教育を受けるか選挙権入手テストを合格した者には選挙権を与えるという法案が採決されたため、支持率を気にして戦々恐々としていたポール・ボーは小躍りして新聞社を嗾けてこのことを大々的に報じさせ、支持率低下を防いだ。

 

 

1905年12月4日 パーパルディア皇国

 

この日、窓口で長い間待たされてきたウエジヤ・ゴーリスキー中尉、ドミトリイ・ホルホコフ会計検査官、ワシリイ・バルタガ録事官の三人はやっと会談を許された。しかも向こうの局長自らとの会談の場を設けられたのだ。3人は少し喜んで、所定の場所へと案内された。

そこにはいい身なりをした者が5人座っていた。自己紹介によると南方の各担当及び局長のカイオスである。実はゴーリスキーとカイオスは初対面ではない。かなり前に本国に言ってこっそり潜ませていた金をこっそりカイオスの同僚なんかに渡して、紹介してもらっていた。それ以来、意気投合し、口外したらいけないようなことまで教えられていたのだ。

経費を賄賂に使うのは非常に不味い行為ではあるが、プライベートで意気投合することも交渉を有利に進めるためには必要であろうと考えた故の行動である。

 

まずカイオスは、

 

「今回は何用ですか?」

 

と聞いてきた。勿論、彼らの答えは決まっている。

 

「我が国と貴国は不運から度々望まぬ衝突をしております。その蟠りを解決し、関係を改善すること。また国交樹立のために私が派遣されてきた次第です」

 

中尉が落ち着いて言う。あくまで相手を刺激しないように最大限の注意を払ってはいるのだが……

 

「なんだと! 散々皇国の敵対国家を手助けし、邪魔をした癖に望まぬ衝突だと!?我らをバカにするにもほどがあるぞ! 恥を知れ! 猿め!」

 

南方国家担当の男が青筋を立てる。ロシアはどっちかというと猿より白熊だろなどと頭の中でツッコミを入れながら中尉は顔色一つ変えず続ける。

 

「あれはあくまで民間の商船を保護したに過ぎません。中立国違反でもありません。寧ろ、何もしていない我が艦隊に攻撃を加えたのは貴軍です。ですから……」

 

ガタンッという音と共に中尉の言葉は中断させられた。淡々と話す中尉に向かって国家担当の男が立ち上がって、

 

「黙れ! この下郎! 文明圏外国ごときが敵性国家を支援するような動きを見せることがすでに罪なのだ! 」

 

と怒り狂いながら中尉の胸ぐらを掴もうとする。

 

「やめてください!」

 

流石にまずいと思った中尉も叫び声を上げてしまう。だが、間一髪のところでカイオスがとりなしてくれたようである。中尉は無事であった。

中尉は予定通りに資料を手渡した。ここにはロシア帝国が開示できるだけの情報が記されている。

 

「は……?」

 

群島担当が頓狂な声を上げる。どうやら人口およそ7千万(ロウリア合わせて)という記述に驚いているのだろう。この皇国の人口が7000万であるから驚くのもむりはない。だが、人口だけ多い国家は沢山あるのだし、南方は疎かにしていたから見つからなかった可能性だって充分ある。だからすぐに彼らの驚きは失せた。

 

「転移国家!?ムーと同じで機械文明国はお伽話が好きなようだな! 猿め」

 

また罵って来る。だがこれも、転移が説のひとつであるということを知るとさっさと黙った。正直言ってカイオス以外にはずっと黙っていてもらいたいのだが。

一番彼らをイライラさせたのは、関係改善のための希望事項であった。それは、

 

⚪︎皇国は砲撃による被害者及びロシア帝国政府に賠償金を支払う

⚪︎互いに使者を送りあう

⚪︎中部東洋における漁業権を両国の協議により決定する

⚪︎陸戦条約に加盟する

 

の4点である。政府はなるべく大丈夫そうなものを選んだのだろうが、流石のプライドの高さ、カイオス除く四人は、

 

「皇国を馬鹿にするな! 賠償金だと? 猿のために払う金なぞない!」

 

「漁業権は全て我々のものだ! 盗人が! 使者を送れというのも傲慢すぎる! 列強にでもなったつもりか! 落ち目の ムー国に支援されたやっと生き長らえている弱小国家が!」

 

とうるさく罵って来る。中尉除く2名は今にでも殴りつけそうなぐらい拳を握りしめている。確かにここまで人をバカにする官吏も少ないだろう。カッとなるのは当然だ。

 

「待て、言い過ぎだ。我々の言葉には皇帝のご意思も入っておるのだぞ」

 

「はっ……ははっ!」

 

とカイオスがなんとかおさめてくれた。駄々っ子をあやすのは骨が折れるだろう。

 

「ところで、我が国は72……いや、アルタラスとフェン加え74もの属国を持っているが、貴国はどれほどか?」

 

植民地主義国らしい質問をしてきた。生憎属国と言えるのはロウリアぐらいである。

 

「ロウリア帝国のみです」

 

四人の男が口を覆って吹き出す。なんとも不愉快な笑い声である。中尉の横にいる二人の表情が再び険しくなる。

 

「待て、失礼であろう。ここは町人の喧嘩ではなく外交交渉の場だぞ! 失礼、この希望事項に関してですが、こちらにも色々と事情がありますので回答は一ヶ月後ということでよろしいでしょうか……それと、第3外務局では貴国に対して経済支援を検討しております。近いうちに実現するでしょう」

 

四人の部下がわかりやすく驚く。ああ、何もしらないのだろう。と中尉は思った。実は、中尉とカイオスは賠償金に関して賠償金を払ったとなると皇国の面子が立たず、認められないかも知れないが、経済支援なら駄々っ子な蛮国へすら支援してあげる紳士的な皇国ということにできる。ということから、ならば経済支援という形で賠償金を払っていくようにしようと決めていたのだ。

もちろん、皇国では支援と処理してこっちでは賠償金扱いにする。情報が漏洩すれば不味いが、情報漏洩に気を使っている今の我が国ならなんとかなるだろう。それほど、中尉の本国への信頼は厚かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

急成長

12月12日 エストシラント カイオス邸

 

「カイオス殿、一体何があったのですか?」

 

ウエジヤ・ゴーリスキー中尉はこの日、突然カイオスにうちに来いと誘われた。その時のカイオスの慌てぶりから只事ではないと思った中尉はあくまで冷静に問うた。

 

「それが……この前第1外務局および皇族のレミールに呼び出され、今後貴国との外交は第3外務局ではなく第1外務局が執り行う事となってしまった。しかも、わざわざ皇族のレミールが対応するという」

 

「……ということは?」

 

「資金援助の件は白紙となってしまった。済まん……」

 

カイオスが深く頭を下げた。それを見た中尉は何だか申し訳のない気持ちになってしまった。何ら悪くない人が謝るのを見て気分が良いものか。

 

「白紙となった理由だが、反抗的な蛮族にはそんなもの必要ない--だそうだ。レミールという女はそういう人だ」

 

誰かに聞かれてもいいようにしているのか敢えて直接非難はしない。だが、中尉にはカイオスの言わんとしていることがはっきりと分かる。だからこそ自分たちの今までの努力が音を立てて崩れていったような気がしてしまう。もちろん、諦めるつもりはない。こちらが優位に立つまでは引き伸ばしてみなければロシアは亡国真っしぐらである。ポーランド人である彼であってもそれは避けたかった。

 

 

12月18日〜26日

 

ムー国は度重なる経済制裁や資金差し押さえにより経済が低迷。これを打開するために武力による他国への侵攻を選択した。

まず、隣国のヒノマワリ王国が科学者を弾圧し虐殺をしているため、これを解放するという名目でヒノマワリ王国へ侵攻した。

王国の数少ない戦列歩兵部隊も巧みな散兵戦術で撃破し、あっという間に全面降伏へ追いやった。ヒノマワリ王国はムー国への制裁に参加した国であったので、同じく制裁に参加した国家のうち列強以外はムー国への警戒をあげることとなった。

 

 

12月27日

マギカライヒ共同体、ロウリア帝国、クワ・トイネ公国、クイラ王国の4カ国が三国通商及び軍事同盟に加盟した。これにより科学文明陣営が数だけ大幅に増加した。だが列強などは、

 

「遅れた国が集まっても意味がない。弱小国中心の同盟などは脅威ではない」

 

といつも通りの気の強い発表をしている。またこの日、ムー国へ経済制裁を行わずむしろ支援したとしてアガルタ法国が経済制裁の対象国とするべきだという意見が魔法文明陣営の中で強まっていることが判明している。

 

 

12月31日

この日、海軍内で急遽会議が開かれた。議題が議題であったので、結論はすぐに出た。

 

「予算不足により攻撃機の開発を無期限延期とする」

 

というものである。グラ・バルカス帝国やムーこくのお陰で存在だけ知っていたので開発をしていたのだが、他への資金が回らないということで実質中止となったのだ。だが、正直言ってパーパルディアに攻撃機はオーバーキルすぎるので良かったとも言える。なんせ彼らはまだミリシアル帝国を仮想敵とはしていないのだから。

 

ロシア帝国は1906年を迎えた。中央歴だと1640年にあたる。

2月までに海軍の欠員補助のため急遽徴兵が行われた。だが徴兵を避ける方法を多く設けた(あまり多くきても困る)ので案外批判はなく、上手いこと言ったのだ。海軍の高官らはニヤケが止まらなかったという。

また来るべき戦争に際して航空隊の訓練時間の増強を行った。戦闘機は200を爆撃機は100を超えいよいよ航空隊も殆どは貰い物であるが豪勢なものになってきた。空母用の戦闘機、爆撃機は全て足りている。後は艦艇だけである。駆逐艦の主機変更、対空兵装強化は済んだが巡洋艦と戦艦がまだだった。巡洋艦は時期に終わると言われているが、戦艦に関しては全く目処が立っていない。

 

 

1906年3月5日

 

度重なる漁船遭難事件を受け政府は、

 

「今後漁業の際には軍に言って、軍の保護のもと行う」

 

という法案を制定した。一部からは軍の増長を生むと言われたが、これ以外に有効な対案が出なかったためこれが覆ることはなかった。これに駆り出されたのは大連艦隊などの弱小艦隊であり、そこの司令官たちは救援の際の疲れを思い出して、発狂するものまで出てきたので大きな混乱を産むことになる。彼らにとって自分たちがこき使われるのは全く迷惑なことである。軍人だからこそ危ないヤツとは出来るだけ出会わない所で訓練しているのが一番いいのだ。第1、現れた敵艦がパーパルディアのものだったら救援艦隊の二の舞ではないか。

 

 

1906年6月12日

 

最新鋭戦艦が一隻就役した。乗組も決めてある。艦長には大佐に昇進しているニコライ・オットヴィチ・フォン・エッセンが任じられた。艦名は「アドミラル・パーヴェル・ジョーネス」が予定されていたが、

 

「パーヴェル・ジョーネスはエカテリーナが与えた名前であって本名はジョン・ポール・ジョーンズだろう」

 

という指摘もあったのだが、「アドミラル・ジョン・ポール」というのにすれば、ロシアっぽさがなく、大陸海軍の提督を使っているようにしか聞こえないので、

「アドミラル・ジョーネス」が正式に採用された。

また購入した空母6隻の艦名も定まった。

それは「ガングート」「スィノプ」「ナヴァリノ」「ミハイル・クトゥーゾフ」「ミハイル・バルクライ」「ピョートル・バグラチオン」

である。主にナポレオン戦争や大北方戦争などから取られている。フランスに喧嘩を売っているとしか思えないが、あまり気にされずあとはこれから就役する2隻の改造空母の艦名を考えるのみである。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇襲作戦

1906年 7月31日

 

「ジョンギエール提督、今日は一段とお元気そうですね」

 

ヴィリゲリム・ヴィトゲフト少将が鼻歌を歌いつつリズム良く床を踏むド・ジョンギエール提督に話しかける。二人は転移後意気投合し、毎日兄弟のように長時間話し合うほど仲がいい。今日もいつも通り下らない話をしようとしていたのだが、様子が違うのを感じ取って好奇心からちょっと質問をしてみたのだ。

 

「これが喜ばずにいられるか! 就役したんだよ! 東洋艦隊の期待の新人が!」

 

ヴィトゲフトの肩をググッと持ってジョンギエールはハキハキと話す。本気で喜んでいるようだ。彼にとって息子……いや、娘が生まれたようなものなのだろう。

 

「では、艦名は!?」

 

「リシュリュー。私はボナパルトにしろと何百回も言ったのだが、無理だったらしい。ああ……でも君らのジョーネスとは違うところが一つあるんだよ」

 

逆にしつこく言うから却下されたんじゃないかとヴィトゲフトは思った。だが、そんなつまらないツッコミなんて消え失せるほどの言葉を聞いてしまった。

 

「君らのジョーネスとは違う」

 

一体どこが違うというのだ! 彼は少年のように目を輝かせて、

 

「どの辺りがですか!?」

 

「武装だよ。30.6サンチが四連装二基なんだよ。グ帝の技術は素晴らしいよ」

 

「ロジェントヴェンスキー提督から聞くに、四連装はかなり難しい……それを実現してしまうとは!」

 

二人は廊下の突き当たりで足踏みしながら新鋭艦「リシュリュー」の素晴らしさについて出勤時間ギリギリまで語り合った。また「リシュリュー」が東洋艦隊の旗艦となることも判明した。

 

 

1906年8月1日

 

ロデニウス艦隊司令長官ヤーコレフ大佐がこれまでの功績を認められて准将に昇進となった。また意味を成さなくなった砕氷艦ナジェージヌイがついに解体された。また転移時より存在していた潜水艦5隻の主機改造が完了。安全性や航続距離や速度が向上することになった。同時にこの5隻は転移後就役した他のカサトカ級潜水艦と輸送船を伴って東洋の海へ散った。もちろん行動はまだ起こさない。

 

1906年10月11日

 

以前から体調不良を訴えていたリネウィッチ大将がアガルタ法国より駆けつけた魔導師の手によって回復魔法をかけられ、一両日中に完治することとなった。あと5年は絶対に大丈夫だそうである。

この行動に対して怒ったパーパルディア皇国は難癖をつけてアガルタ法国への輸出を制限した。いつものことである。

また戦艦ジョーネス含む新鋭艦はフランス東洋艦隊に回された戦艦1隻、巡洋艦2隻、砲艦2隻と第三太平洋艦隊に回された巡洋艦6隻、駆逐艦4隻、砲艦4隻除いて全て旅順艦隊に回され、潜水艦部隊の指揮官にはヴィトゲフトが補された。

 

 

1906年11月2日

 

この日、ある記事がロシア国内を震撼とさせた。それは、

 

『パーパルディア皇国高官K氏が暴露! 「漁船、輸送船の遭難事件の犯人は皇国」』

 

というものである。これを書いたのは普段なら下劣扱いされている雑誌であるが、この記事に関しては情報の裏が取れていたのだ。政治力の大きい有力新聞社と違ってどうでもいい扱いをされているからこそこのような記事を書けたのである。

だが、この発表の翌日、ゴーリスキー中尉らは突然レミールに呼び出される。何事かと3人は馬車よりも速く第1外務局へとついた。だが、呼び出した癖してレミールは大幅に遅刻してきた。それまで立たされっぱなしだったのだ。しかもレミールが、

 

「あっ、蛮族か。お前たちは交通というものを知らんから足が強靭だと聞いている。椅子はいらないな」

 

と半笑いで言ったせいでここからもずっと立たされっぱなしである。

今にももしサーベルがあったら斬りかかりそうな二人を目で牽制しつつ中尉は鳴り止まない鼓動を抑えようとしながら本題が出るのを待つ。

 

「では、本題だ。貴様らに我が国が卑怯千万にも非戦闘艦を襲ったと暴露したkとは誰だ! 吐け!」

 

レミールが突然激昂する。それが合図であったか、衛兵が中尉ら三人を羽交い締めにした。屈強な兵士が相手では鍛えに鍛えた中尉の腕も形無しである。

 

「全く存じ上げておりません」

 

中尉に言えることはそれだけ。それ以外の返答は誰かが死んでしまうことになる。

 

「嘘をつけ!」

 

レミールが短刀を中尉の喉に当てる。刃先が異常に冷たい。首から冬なのに冷や汗が垂れる。なんとも言えないこの気分を表すかのようなドロッとした汗だ。

 

「穢らわしい!」

 

自分からやっておきながらそんなことを言うかと中尉らは怒りを通り越した軽蔑を覚えた。もはや彼らはレミールを人間とは思っていないかも知れない。

 

「しかし、本当に存じ上げておりません!」

 

中尉が必死で知らないフリをする。演技が上手いわけでもないが、火事場の馬鹿力というべきか、なかなか上手く演ずることができたようだ。彼女は中尉の目を見ると、

 

「そうか」

 

と言って、3人を別の部屋へと導いた。助かったか。中尉は心の中で嬉し泣きした。これで万々歳だろう。

 

「入れ」

 

かなり行った頃、薄汚い部屋の一つに案内される。中からは人のような声が聞こえる。逮捕か。だが、まだマシだろう。中尉は無表情になってその部屋に入った。

 

「うっ!」

 

中尉は思わず口元を抑える。糞尿のような刺激臭がする。録事官なんかはみっともなく吐き出してしまっている。中尉が見た先には体を酷く汚した漁師たちが敷き詰められていたのだ。まるで黒人奴隷の貿易船である。昔の列強がしでかしたのと同じような惨たらしいことが起こっているのである。

 

「即時解放を求めます。彼らは我が国の漁師です」

 

中尉は懇願するように言った。この様子、見ていられなかったのだ。苦しんでいる彼らを見ると胸が痛くなるのである。

 

「要求だと!? 図々しい。いいか、今から貴様らにやってもらうことがある。その屑達を処刑しろ。アレらは重罪人だ」

 

「では罪状を教えてください。一人ずつ」

 

録事官が噛み付くように質問する。だが彼女は嗤って、

 

「その必要はない。処刑したくないならkが誰か吐け!」

 

中尉は悩んだ。殺したくもない。だが誰かを吐く訳にはいかない。ならば、適当にkで始まるそれっぽい名前を言えばいい。

 

「……カスト氏です」

 

「奴は忠臣だ! あり得ん」

 

失敗した。怒る彼女を見て中尉はおどおどとした。今は人質がいるのだから。

 

「おい、そこの男を殺せ」

 

彼女に声をかけられた騎士が漁師の一人の腰を斧で何度も打ち付けた。漁師は言葉にもならない断末魔をあげてついに動かなくなった。

 

「もういい。がっかりだ。これらは皆、殺せ。さっきのお手本通りにな。少しでも間違えたら宣戦布告は勿論、この何千何万倍という人間を処刑するだろう。さあ、どうする?」

 

中尉は歯ぎしりをした。鉄の味が染み渡る。損得勘定で考えれば……取るべき行動は明白だ。

 

「許してくれ!」

 

中尉は漁師の一人に斧を振り下ろした。

 

 

1906年12月8日 ハノイ 海軍参謀本部

 

この日、海軍の首脳部が一堂に会した。来たるべきパーパルディア皇国との開戦のための戦略会議であったが、度重なるパーパルディア皇国の暴虐に国民感情がパーパルディア憎しへ振り切っているため、戦略ではなく作戦中心。しかも作戦だけでなく、日時までも決めることとなった。

まず、その作戦とは奇襲である。ただ国際法に宣戦布告してから攻撃するよう明記してあるので、宣戦布告と同時に攻撃を行う予定である。

参謀総長のマカロフが、

 

「作戦戦力は空母6隻を加えた第二太平洋艦隊、海防戦艦3隻除く改造空母二隻を加えた第三太平洋艦隊とする。樺太及び沿海地方の防衛はフランス東洋艦隊に、満州は遼東(遼東は鴨緑港から近い)の旅順艦隊が睨みを効かせておくので防御は義勇艦隊に任せる。潜水艦47隻は宣戦布告と同時に通商破壊及び偵察をすること」

 

なぜ奇襲をするのかと言うと、それはワイバーンロードなど航空戦力における劣勢を覆すためである。夜明けと同時に爆撃、その後の艦砲射撃で皇国が沿岸部や陸軍基地に掻き集めている航空兵力を殲滅しようと言うのである。最優先はワイバーンの飼育小屋。次は竜母、その次が飼育小屋除く基地施設、最後が戦列艦である。

 

「第二太平洋艦隊は鴨緑港より出発し、デュロを攻撃する。デュロにはワイバーン200、ロード種が100配備されている。第三太平洋艦隊はロデニウス沖から出発しエストシラントの軍港周辺を攻撃する。そこにはワイバーン150とロード種が70配備されているはずだ」

 

さっさと命令が下される。もっとも作戦開始日は12月21日である。まだ僅かながら時間がある。クトゥーゾフが要塞を見事に落とした日に重なっている。

 

 

同日 第1外務局

 

 

1906年12月10日 皇都エストシラント

 

「アルデよ、この前の対ロ侵攻作戦についてだが、なぜわざわざ奇襲するのだ? しかもシウス艦隊、東洋艦隊、そして司令部直隷の第1戦列艦隊などという過剰戦力を」

 

皇帝ルディアスが陸海軍総司令官のアルデに問う。彼にとってロシアなどは眼中にないレベルの敵であって、アルデやバルスの計画がおかしくて仕方なかったのだ。特に第1戦列艦戦隊は艦こそ少なくとも全て100門以上の戦列艦で構成されており、ムーのラ・カサミを旗艦とした第1艦隊や神聖ミリシアル帝国の第零魔道艦隊にも勝てると言われるほどの精鋭である。シウスの分遣隊10隻(しかも戦列艦は1隻のみ)程度に壊滅に追いやられたロシア艦隊など練習にすらならないではないか。

 

「ははっ……陛下もご存知のことかと思いますがロシアとムーは繋がっております。ムーから支援を受けている可能性は大です。また、ロシア艦隊の大部分は旅順に集中しており、ここに精鋭をぶつけて思い上がりを正してやることで双方の被害を抑えることができます」

 

ロシアは世界を知らんが故に皇国に喧嘩を売っているのだ。それを少数艦隊でじわじわと攻めていくのは可哀想だ。考え直すチャンスを与えるためにそうするのは列強国として当然ではないだろうか。そう考えてルディアスは、

 

「確かにそれもそうだ。いいだろう、許可する。それと、魔王軍討伐のため、ミリシアルからの支援艦隊の方を頼んでいた筈だが、どうなっている?」

 

支援艦隊とは飽くまでミリシアル帝国の強さを科学者どもに見せることで科学文明国やその信奉者を分裂させるために呼ぶのであって皇国が魔王軍に勝てないから呼ぶのではない。実際ゴブリンら先遣隊は死者0で蹴散らしている。皇国が見せても良いのだが総合力でムーに劣る皇国よりも全てにおいて完璧かつ最強のミリシアル帝国がやった方がいいだろうというだけで、決して皇国が弱いわけではない。これはミ帝への配慮である。

 

「エルトらが見事取り付けたようです。中央歴1640年12月22日にはデュロ沖を通り、来年の初頭には魔王軍主力と交戦できるようです。戦力は巡洋戦列艦(巡洋戦艦)2隻、戦列艦10隻(巡洋艦)、小型艦艇20隻のようです」

 

結構送ってきたようである。向こうも相当やる気があるのだろう。

 

「流石はエルトだ。いいぞいいぞ。アルデ、ロシア戦役が終わったら貴様にロシア帝国の直轄領地を全て遣わすぞ。バルスにはロウリア帝国を任せるよう伝えてくれ」

 

「えっ……ははっ! ありがたき幸せ!」

 

またしても破格の待遇。しかも今度は個人に対してである。アルデは心からルディアスに再び忠誠を誓った。

 




もうすぐ開戦です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗雲

12月12日

 

この日、皇国海軍司令部から独立した存在であった独立特殊艦団が司令部直属の第1装甲フリゲイト隊として編入された。これは全12隻の装甲フリゲートで構成されており、そのうち6隻は36の砲を持ち対魔弾鉄鋼式装甲を60ミリほど備えた艦である。ただし、水線下は木造であり衝角攻撃に弱い。門数が少ないので接近して来る敵艦を撃破することは難しいなど多少なりとも問題を抱えていた。それを克服するために後の6隻はフリゲートとしては最大の50門もの大砲を持っているが結局衝角攻撃を試みる敵艦を撃沈するには不安があった。。だが、決定的に違う点が一つある。それは、魔導機関を採用したことである。マギカライヒの機帆戦列艦に使われているものよりは質が悪いが高い推進力のお陰でのらりくらりと躱すことができる(少なくとも速力は15ノットを超える)。

これに味をしめた皇国軍はついに戦列艦にこれを使用することを決めた。マギカライヒの機帆船列艦は74門程度のものであるのでこれを撃破することが目標である。だがこれだけでは足りない。レイフォルの装甲戦列艦を撃破する必要があるのだ。そのためマギカライヒ共同体から盗んだ設計図諸々からより良い魔導機関を作成するのだがこれに時間がかかった。だが無事開発は成功し、100門級装甲戦列艦が4隻就役した。またレイフォルにも勝てるように威力不足が指摘されていた舷側砲だけでなく甲板上に神聖ミリシアル帝国からこっそり盗んだ75ミリ単装砲(初期の装甲艦時代の性能のもの)を備え付けておりレイフォルの艦艇を造作無く粉砕できる。

これで勢い付いた兵研は120門級の装甲戦列艦を起工し、見事竣工させた。

装甲厚は100門級の鋼鉄とチークの複合装甲119ミリから硬化鋼と鋼鉄の複合装甲160ミリまで向上。水線下には衝角に備えて50ミリの硬化鋼を使った複合装甲があり、衝角も強化されている。実質装甲厚は100門級装甲戦列艦の倍に近い。艦載砲も120ミリ(ただし前装で砲も短く命中率は1%を余裕で切っている。その上故障しやすい)を4門、しかも神聖ミリシアル帝国から盗んだ対空魔光砲を8基備え付けており、これほどの武装を積むために竜母「ヴェロニア」と同じぐらいの全長で、一部からは「海上要塞」と呼ばれている。ただし重武装のせいで速力は最大で8ノットである。実戦になれば6を切るとすら言われている。また値が張るので一隻しかない。ただし強いため司令部直轄第1戦列艦隊の旗艦である。前の4隻もここに配属されている。

つまり第1戦列艦隊は100門以上の戦列艦32隻により構成されているがそのうち5隻がチート艦なのである。

 

(ロシアにはかわいそうだが……)

 

バルスは南の海を見つめながらふと思う。これは慈悲とかなんとかいっているがその実、この装甲機帆戦列艦の実力テストでしかない。第1、慈悲ならばシウス艦隊のみで十分だ。

 

「目標の旅順までは800キロはある……間にあってくれるか?」

 

バルスは自らの乗艦、120門級装甲機帆戦列艦「グローリア・ヴィクトーリア」に語りかける。彼女のせいで艦隊は4ノットで航行せねばならない。石炭を使えば7ノットは出るだろうが、それすると長旅であるので、途中で尽きたら大変である。よって帆走のみになっている。だから遅いのだ。

バルスはしゃがんで後部甲板の一箇所を優しく撫でると一旦船内へ入った。12月の寒さは尋常ではないからである。

 

1906年12月18日

12日からこの日までの6日間で派遣した潜水艦隊は皇国の商船の後にふっと現れてふっと消えるということをしていた。そのため皇国の人間は、

 

「幽霊船がいる! 呪われた海域だ!」

 

と言ってその場所を避けていく。すると海上輸送が一時的に小さな打撃を受けるのだ。これには皇国政府も困った。幽霊に戦争を仕掛けることは不可能だからである。

またこの日、第二太平洋艦隊と第三太平洋艦隊が出港した。第二太平洋艦隊のボロジノ級戦艦はボイラーの性能をより良くした(というよりもグ帝から買っただけ)蒸気タービンにより速力は25ノット。主砲は連装34センチ砲である。

余談だがグ帝から購入したボイラーはグ帝では旧式品である。

対水雷艇用の副砲には12センチ単走砲を6門、対航空機用の副砲は10センチ連装高角砲を2基、7.62ミリ機銃を10基、3.7ミリ単装機砲を20基搭載している。中間砲や陸上砲は取り外された。

 

オスリャービナは艦砲に関しては初速と俯角を高めた連装30.6センチ砲を4基、副砲は単装75ミリを20基、47ミリと37ミリを20基と8基、7.62ミリ機銃を10基搭載し、陸上砲と中間砲は当然のごとく取り外された。蒸気タービンはボロジノより性能のいいものを大金を叩いて購入しギリギリ26ノットを超えている高速戦艦である。装甲はオマケ程度に強化された。

 

ナヴァリンとシソイ・ヴェーキリーは前者は機関を向上しても20ノット程度であったため、後者は海防戦艦であるため、強化はされているが軍港に置き去りである。

 

巡洋艦も強化され、アドミラル・ナヒーモフ、ドミトリー・ドンスコイ、ウラジミール・モノマフは機関と主砲を俯角と初速を高めたものに変え、速力は30ノット近く、対空兵装も付けられている。

その他は主砲を購入した両用砲に変更し、防空巡洋艦とした。駆逐艦は75ミリ(一基しかない)のみそのままにして他は全て対空用に改良した。機関も向上し全てが30ノットを超えている。

足の遅い病院船や工作船「カムチャッカ」は港に停泊したままである。仮装巡洋艦の類も随伴はしていない。

これらの艦船は見事な輪形陣を組んでデュロ向かっている。

 

第三太平洋艦隊は海防戦艦が無く、修理がてら機関のみ強化された「インペラートル・ニコライ一世」と旗艦の新造された巡洋艦、駆逐艦、航洋砲艦と改造空母「オルガ」「ヤロスラフ・ウラジミーノヴィチ」(共に速力31ノット、装甲は70ミリほど、艦載機は27機、武装は連装10センチ砲4基、7.62ミリ機銃20基)の19隻でエストシラントへ向かっている。

 

1906年12月21日

 

21日の夜明けだ。この日をどれほど待ちわびたか。既に搭乗員らは腕まくりをするふりをして張り切っている。既に第1次攻撃隊は発艦準備を終えようとしている。薄明が堂々たる複葉機を優しく包んでいる。複葉機という複葉機がスポットライトを浴びているかのようだ。

航空母艦隊司令官はバヤーン艦長だったロベルト・ウィーレン少将である。彼は腕を組んで鼻を鳴らしている。搭乗員たちは武者震いをしている。

 

「さぁてそろそろかな」

 

ウィーレンが言った時、部下の一人が駆け込んできた。この冬にこれほどの汗を掻いているということは重大なことであろう。ウィーレンは唾を飲んで堂々と構えた。

 

「提督!ロジェントヴェンスキー提督より命令です。『未ダ発艦スル可ズ』」

 

「何故だ!? これまでの拙速を捨てるおつもりか!?」

 

「それが、神聖ミリシアル帝国の艦隊と遭遇し、現在話し合い中のようです。ですから刺激しないようにと……」

 

「ならば仕方あるまい……」

 

ウィーレンはそう言いつつも恨めしそうに夜の海の彼方を見た。闇に溶け混んでいるのか、よく見えないミリシアルの船を目で罵ったのだ。

その頃、ロジェントヴェンスキー提督と南方地方艦隊司令長官(もともと隊であったが増強の折に艦隊とされた)のパテスは、

 

⚪︎互いの作戦を妨害しないこと

⚪︎互いの作戦について一切他言しないこと

 

という条件のもと、互いにやり過ごすことを決めた。二人は手をがっしりと握って、部下になんともないようにアピールをし、さっさと別れた。ロジェントヴェンスキーは、

 

「しばらくは警戒しておくこと、ただし発艦は開始せよ」

 

と命令。多少疑っているとはいえ、しっかりと約束を遵守している。だが、パテスは、

 

「おい、デュロに魔信を繋げ」

 

「しかし、約束が……」

 

律儀な部下が進言する。もし、バレたら一大事である。彼の心配は正しい。

 

「猿に魔信を傍受できるものか。大体あんな口約束どうだっていい。デュロ防衛司令部に打電、『ロシア帝国ノ空母機動部隊ガ発艦準備中。注意サレタシ』」

 

「……かしこまりました。『ロシア帝国ノ空母機動部隊ガ発汗準備中。注意サレタシ』」

 

その部下は(どうなっても知らねえぞ)と思いながら通信をした。まだロシア軍は近くにいる。こっちも攻撃対象になったら勝てるだろうが相応の被害を負うはずである。

 

 

 

 




バヤン艦長は変更しておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開戦

1906年12月21日 デュロ

 

「閣下、ミリシアル艦隊より魔信です『ロシア帝国ノ空母機動部隊ガ発艦準備中。注意サレタシ』」

 

「何? なんだと!」

 

神聖ミリシアル帝国からの通信文を聞いて基地司令官のストリームは瞼を押し上げて驚く。今の今までロシア艦隊が向かっていることなど全く知らなかったためである。

何という僥倖かとストリームは天を仰ぐ。もし、ミリシアルの艦隊が少しでも遅れていたり早かったりしたら士官兵から軍属に至るまで命を落としていただろう。たとえ蛮族であっても予期せぬ攻撃は恐ろしい。

 

「丁度いいではないか……」

 

ストリームは微かに笑った。実は、昨日の夜から海上での夜戦訓練を行っており、艦隊の出航準備はまだ整っているのである。今、乾坤一擲の猛襲撃をかければ敵は慌て、背嚢を見せて壊走するしかないだろう。これも正に僥倖と言えないだろうか。艦隊の移動はお天道様のご機嫌にもよるところが多いのだから。

 

「全戦列艦、フリゲート、スループ、飛竜母艦を出港させよ! 指揮は私がとる。だが、その前に夜間警備中のワイバーンロード6騎を第一波として敵にぶつけよ。蛮族に目にもの見せてやるのだ」

 

「かしこまりました」

 

かくして戦列艦22隻、フリゲート16隻、スループ10隻、竜母4隻の留守部隊がデュロを出港、同時にワイバーンロード6騎が西回りをしてロシア艦隊に向かっていった。

 

 

同 第1外務局

 

「朝っぱらから皇族たる私を呼びつけるとは……蛮族は教養もなければ配慮もできんのか。まあいい。お前たちが切迫詰まっていることは承知しておる」

 

いつも通りの声でいつも通りの文句をレミールが言ってくる。人を殺した罪悪感からげっそりとしている中尉ら3人は政府からの指令により宣戦布告をするように言われていた。

そんなもの自分たちにさせるなと言いたいのだが、自分たちはどこまで因業なのか、本国とパーパルディアでは繋がらないらしい。ついこの前、最後通牒として、漁民の拉致及び監禁、殺害に関与したものの引き渡し、賠償金、アルタラス王国以南はロシア帝国の漁業権を認めることなどを突きつけたが拒絶された。ならば外交団引き上げをするべきであろうに。

だが、こうなったものは仕方ない。

 

「はい。国家の存亡がかかっていること故……申し訳ありません」

 

レミールの表情が和らぐ。中尉の文句からロシア帝国は服従するものと確信したのだ。既に彼女の目は中尉らを見ていない。聞こうともしていない。降伏と分かりきっているからそんなものはどうでもいいのだ。

 

「……貴国の残虐行為は国際法に著しく違反しており、我が国は貴国の残虐行為を見逃すことはできません。よって宣戦を布告します」

 

「そうかそうか。では、一か月以内に忠誠心を示すために貢物を持って来ること」

 

やっぱり降伏した……レミールはすぐに彼らに対して興味も怒りも失ってさっさと立ち去ろうとした。

 

「朝貢など致しませんよ。我が国は貴国に宣戦布告をしたのですから」

 

戦線布告という一語に驚いたレミールはドアに頭をぶつけて、

 

「なんだと! 貴様らは正真正銘の馬鹿か!?」

 

「その言葉、貴方々にお似合いですよ。では、これで」

 

中尉らはそう言って大人に八つ当たりする子どものように怒れるレミールに宣戦布告文を手渡して退出した。中尉のみはカイオス邸に迂回しながらも向かっている。

 

 

同 デュロ沖

 

「閣下!閣下!大変です!」

 

「どうしたどうした」

 

慌てて駆け込んで来る部下にロジェントヴェンスキーはやや迷惑そうに反応する。今、第一次攻撃隊の多くが発艦しているところであり、いいところであったからである。

 

「一大事です! 前方の駆逐艦「ブイヌイ」がこちらへ向かって来る敵ワイバーンを発見したのです!」

 

「なんだと!?」

 

長官は声を荒げ衝動的に持っていた双眼鏡を放り投げる。ポチャンと音を立てて双眼鏡は海中に沈んだ。すぐさまコロング大佐が足元の袋から代わりの双眼鏡を手渡すが、それも投げ捨てた。それほど、長官の怒りは止まらなかったのである。

 

「パテスめ……」

 

彼は、ロシア人などの地球人類が魔力を持っていないことをロデニウスに行った軍人から聞いていたので、艦隊が捕捉されないことはわかっており、また偵察のワイバーンも見ていないことからパテスが約束を破ったと考えたのである。

だが、それだけではパテスが教えたとは断定できないし、そもそも約束は口約束であったから、そんなもの知らないと言われればそれまでである。

長官はただ双眼鏡を握りしめるしかなかった。

 

「果たして間に合ってくれるだろうか……ああ、こうしては居れん、全艦艇は対空戦闘の用意を始めよ!」

 

各艦は発光信号により対空戦闘の準備を伝え合い、ワイバーン部隊に備えた。

準備を終えて間もなく、ワイバーンが襲いかかって来る。探照灯を上に向け、グラ・バルカスのそれに比べては拙い対空設備で必死に迎撃する。数少ない敵機も厚い弾幕に次々と脱落していき、空母に到達する前に全滅した。

 

「なんとかなったか……」

 

ロジェントヴェンスキー司令長官とコロング参謀長、ウィーレン司令官は肩の力を緩めて北の空を睨みつけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ワレ奇襲二成功セリ

ワイバーン隊の全滅はデュロ留守艦隊に即座に伝えられた。

 

「司令官殿、先に送ったワイバーンロード6騎が全滅した模様です!」

 

その報告が耳に入った途端、ストリームの全身が巌のように固まる。栄えある皇国のワイバーンロードが文明圏外国に撃墜されることすらほぼ無いにも関わらず、6騎も撃墜されたからである。しかも直掩機を出していないであろう艦隊にである。

ストリームは考えた。ロシア帝国の同盟国ムーはロシア帝国に多くの軍事技術を与えている。つまり、ムーで開発が終わったという対空砲が実装されているのではないか。ストリームは詳しく知りたいと思い、生存率を高めるためにワイバーンの集中運用を考え、

 

「『ヴェロニア』除く三隻の竜母に全騎発艦を命じよ。陸軍にも支援を要請しろ」

 

陸軍に援軍を請うという屈辱的かつありえない命令に参謀長が、

 

「陸軍ごときに請うぐらいなら『ヴェロニア』から最新鋭騎を出した方がよろしいのでは?」

 

「アレは皇国の『グローリア・ヴィクトーリア』に劣らん最新鋭艦だ。それを出せば皇国の戦力が下賤な自称転移人どもに露見してしまうだろう。絶対ダメだ。あくまで兵卒に安心感を与えるために出した迄だ。もし日中の戦闘ならば出しておらん」

 

たしかに彼の言わんとすることは分からなくもない。仕方あるまいと思った各員は命令に忠実に従う。優に30騎を超えるワイバーンロードが西廻りに飛び立った。

 

 

同 デュロ上空

 

「全機ついて来てるか……戦闘機隊は苦労しているだろうな……」

 

ロウリア帝国軍中佐のアルデバランは軽空母「ガングート」の総隊長兼爆撃隊隊長を務めている。「ガングート」より発艦した戦闘機の最高時速は時速300キロを超えている(ただしムーの戦闘機には遠く及ばない)が、爆撃機はギリギリ時速200キロ台であるので、速度を合わせるのがやや難しい。

ミハイル・アサンバロフ大尉率いる戦闘機隊が敵迎撃騎を歯牙にも掛けず粉砕する。同時にアルデバラン率いる爆撃隊はワイバーン小屋に突撃し、30キロ爆弾を次々に落としていく。小屋はワイバーン達の悲鳴が聞こえそうな程に燃え盛っている。雨あられのように砕けた木材やワイバーンが地上に降り注ぐ。

戦闘機隊も次々に爆弾を投下したり機銃掃射を敢行し、地上を動くものを見境なく粉砕していく。

全機が爆弾を投下し終えたところでついに帰投した。

尚、この時パーパルディアの対空魔光砲に戦闘機が一機被弾し中破、爆撃機が一機撃墜されている。

 

 

同 デュロ沖

 

デュロ沖の機動艦隊では、第2波を出すかで議論が白熱していた。賛成派は作戦の完遂のために必要だと主張しているが、反対派はもし準備中にワイバーンに来られたら空母が大損害を負う可能性があると主張しており、後者の主張が可能性論に基づくものであるためか、ワイバーンが来るという証拠を出せと賛成派が言った時だった。

 

「『スヴェトラーナ』より入電! 『敵ワイバーン発見』」

 

と言って士官兵が飛び混んで来たのだ。賛成派は顔を蒼白にして互いに見合わせあった。もし、発艦準備をしていればどれかに被害が出たかも知れないからだ。

だが、議論に勝ったはずの反対派も喜んでいられない。状況的には負けた方が嬉しかったからである。

 

パーパルディア皇国のワイバーンロード部隊は基地ワイバーン部隊の壊滅など露知らず、背後など一切気にせずに先頭の防護巡洋艦「スヴェトラーナ」に6騎が突撃した。15もの副砲による弾幕も諸共せず、一挙に六発の火炎弾を放った。だが韋駄天に生まれ変わった「スヴェトラーナ」の回避のせいで命中弾は得ることが出来なかった。

 

「敵ワイバーン10騎我が艦に向かってきます!」

 

旗艦「クニャージ・スヴォーロフ」の艦上が騒がしくなる。多数の機銃や副砲で撃墜を試みるもロード種速く3騎撃墜したところで火炎弾を放たれた。

巨体を廻して必死に避けようとするも二発が命中した。木造部分を極力減らしたためにロデニウス沖のようにはならなかったが火災はやはり恐ろしい。

 

「空母は助かってくれるか……」

 

ロジェントヴェンスキーとコロングは南に向かうワイバーンを見て唇を震わせて言う。ここまで侵入されては今や祈るしかないのだ。ワイバーンが急降下するのがくっきりと見える。

嗚呼お仕舞いかと思った矢先、俄かに前方に航空機が見えた。航空機が見えたのだ。それはまさに帰投中の航空機である。彼らは300キロもの俊足でワイバーンに追いつかんとしている。

 

「対空砲火を止めよ! 味方を殺すな!」

 

各艦の艦長はそのように命令し、航空機たちに望みを託した。戦闘機隊などはあっという間にワイバーンロードに食らいついていく。本来ならできない筈であるが、敵軍はいきなり夜間に呼び出され準備もできていないため乗る方も乗られる方も士気も練度も体調も最低レベルである。これでは意気高く天を衝かんとしている第二太平洋艦隊航空隊の者たちから逃れられる筈がない。

遂に敵軍は空母に縋り付く前に一騎残らず鮫の餌に変えられた。

 

「第2波全滅!」

 

の報せを聞いたストリームは慌てて艦隊を軍港まで撤退させたが、電光石火の如き駆逐艦らに次々と撃沈されたばかりかロシア海軍航空隊の第2波攻撃を受けて「ヴェロニア」とスループ2隻除いて全ての艦艇が暗闇へと飲み込まれていた。ストリームはなんとか救助されたが、留守艦隊は壊滅し地上部隊合わせて5000を超える死者を出したのである。ロシア海軍の大勝利であった。

 

この後第三太平洋艦隊からも奇襲成功の電報が飛んだ。エストシラントは警備が薄くワイバーンを間諜による報告より、なぜか100騎以上多く地上で葬り停泊していた第2艦隊も壊滅に追い込んだ。こちらも大勝利である。居るとされていた第三艦隊機動部隊は発見されなかったが。

 

だが両艦隊が奇襲するより前に皇国軍が旅順にワイバーンを放っていることを両提督はまだ知らない。

 




爆撃機は九四式艦上爆撃機みたいなもの
戦闘機はI-15の劣化版みたいな感じです。I-15は艦上戦闘機じゃないんですけどね。ですから武装はともかく速度は30くらい落ちてる設定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇襲旅順口

1640年 12月21日

 

司令長官バルスは後部甲板で、目を瞑ったまま腕を組んでいる。決して眠たい訳ではない。目を開けることが苦痛なのだ。なぜなら、先鋒のシウス艦隊の数が明らかに減っているからである。

それは3日前のことであった。装甲戦列艦「インペラトル・ルディアス・アウグストゥス」の乗組員が、

 

「幽霊船を見た!」

 

と言ったのである。勿論、司令長官バルスは愚か司令官にも艦長にも相手にされなかった。

その後、なんでもないと言わんばかりに今までの船速で進んでいたのだが、20日の昼のことである。突然縦陣の戦闘を行っていた100門級戦列艦「インペラトル・トラヤヌス・アウグストゥス」が謎の爆沈を起こしたのだ。それからというもの次々と軍艦が爆沈しそこを過ぎた時には50隻以上が沈没していたのである。

自分たちは呪われているのかという不安が乗組員を襲った。それは艦長や司令官、そして司令長官も例外ではない。

だが、もう賽は投げられたのだからここで恐れて引くわけにはいかない。

 

「皇国が諸君らに期待するのはただ勝利か完勝のみである」

 

バルスの訓示は信号旗により伝えられた。沈んでいた士気は多少上がり、バルスは再び勝利を確信したのであった。

 

「ワイバーンを発艦させよ」

 

飛竜母艦隊司令官のバーンはいち早く命令する。彼は第三艦隊の飛竜母艦隊司令官であったが、バルスからの要請により侵攻艦隊に混じっていたのだ。

彼には気に食わないことが一つある。隣の飛竜母艦隊司令官のアルモスが全く発艦を行わないのだ。

聞くところによると、お気に入りの竜騎士にやれ「皇軍は強い」だの、やれ「『ミール』は美しい」だの、やれ「バーン君には竜母戦の何たるかをしっかりレクチャーしてやらねばならん」だの無駄話をしているらしい。全く怪しからんことである。

 

「おい、新たに信号旗を掲げよ。『アルモス! さっさとしろ!』だ!」

 

アルモスの愚行に耐えきれなくなったバーンはついに信号旗で叱ることを決めた。

部下はアルモスが怒ることを恐れて、もっとオブラートに包むべきではと具申したが、

 

「あのバカにはキツく言っておかねば意味がない。それに、奴が怒ったところでどうだっていい。今は発艦させることだけを考えよ」

 

と拒否し続けたため、そのまま掲げられることとなった。これを見たアルモスは、

 

「この私に偉そうな口を……」

 

と延々と怒鳴り散らしたもののなんとか発艦は行われた。優に400を超えるワイバーンが旅順へと向かったのだ。

これでロシア軍は慌てふためいてそのまま焼き尽くされるか港外に出て皇軍の戦列艦に頭を抑えられ一方的に撃沈されるだろう。パーパルディア海軍の指揮官達はそう思い込んでいた。

だが蓋を開けてみれば、ワイバーンが到着する頃には高射砲などの用意も完了。其ればかりか多数の航空機が発進していた。彼らの予想が的中したのはただロシア海軍の艦隊が出港していることだけであった。

これには理由がある。皇軍の乗組員が発見した幽霊船とはマカロフの命令で沿海地方西海岸の警備をしていた潜水艦「カサトカ」であった。

「カサトカ」はすぐに無電でこれを旅順艦隊に伝えたのだ。

これを受けたロシア海軍は機雷敷設艦「アムール」を派遣。沿海地方西海岸と旅順口の中間部(旅順口からおよそ80キロ)に機雷を敷設した。謎の爆沈とはこの機雷に引っかかったことである。

竜母の存在は知っていたので、高射砲や航空機の準備もできている。特にロマン・コンドラチェンコ少将が、

 

「ぜひ、陸軍機を使ってくれ」

 

と懇願したので数少ないFRAアリオールの陸上機版。国内に20機しかないFRAクレムリを出している。これは最高時速350キロを誇り、ムーのマリンとも大勢で掛かればやりあえると言われる国内最強の戦闘機である。

艦隊が港外へと向かったのは、

 

「日本軍の時のように反転して誘き寄せても竜母まではついてこないだろう」

 

と航空戦術について出来るだけ学習しているマカロフ提督が言ったので、

まず無力な戦列艦を掻い潜る。

そして、弱い装甲艦を掻い潜って竜母隊と艦隊を切り離すという作戦のもと出港した。ここまで竜母を狙うのは、陸海軍どちらも航空兵力による劣勢を覆すことが目標である。だからワイバーンの個体数を減らす目的で狙うのである。

それに今の風向きならば竜母の方に行けば、装甲フリゲートに対して風上に立てる面でも優勢。さらに全時代的な敵艦隊の多くは砲弾の装填、命中率、威力全てが低く突入してもほぼ問題ない。

だが後付け知識でしか知り得ないことであるとはいえこの作戦には欠陥があった。情報力の欠如などから75ミリ砲や120ミリ砲の存在が伝わっていなかったのである。

 

戦いの火蓋を切ったのはワイバーンロード隊による火炎弾攻撃であった。これは、回避されたものの戦闘行為と見なされ3機のFRAアリオールがワイバーンロードに機銃を浴びせた。

泡にように脆いワイバーンロードは雲散霧消する。冬でもあるので、鈍いワイバーン隊はあっさり機銃の餌食になっていった。

だが、ロシア海軍航空隊も無双できたわけではない。レクマイアなど鍛え上げられた騎士には撃ち落とされることがあった。

だがロシア航空隊の優勢は保たれた。なぜならアルモスのワイバーン部隊の到着が大幅に遅れたために兵力の逐次投入になってしまったからである。対してロシア軍は拙い情報力をフル稼働して兵力を集中した。こうなるのも当然である。

アルモスの飛竜母艦隊所属のワイバーンが到着する頃には、バーンの飛竜母艦隊所属のワイバーン部隊は満身創痍であった。

 

この時の両軍の戦力は、

⚪︎パーパルディア皇国軍

・戦列艦190隻(うち装甲戦列艦5隻)

・装甲フリゲイト12隻

・竜母24隻

・ワイバーンロード490騎

・揚陸艇101隻

・リントヴルム32頭

・牽引式魔道砲

 

⚪︎ロシア=インドシナ帝国陸海軍

・戦艦5隻

・巡洋艦5隻

・駆逐艦15隻

・航洋砲艦17隻

・潜水艦3隻

・機雷敷設艦2隻

・水雷艇18隻

・非戦闘艦2隻

・高射砲120門

・要塞守備隊1万

・戦闘機150機(海軍機130+陸軍機20)

 

「全艦針路0-0-0! 第二船速!」

 

空の優勢を見たマカロフは早々に敵艦隊への突撃を命じた。旧式戦艦のせいで足は遅いが時折放つ主砲は遠くの敵戦列艦を吹き飛ばしている。もはや勝勢と言っても過言ではない。

だが、驕りは大敗に繋がると思い、マカロフはただ淡々と命令を下していった。

 

航空戦は更に熾烈を極めていた。戦闘機の放つ7ミリ機銃がワイバーンの羽をボロ切れのように変る。すると、怒ったワイバーンが一挙に火炎弾を放ち、その戦闘機を火だるまに変える。

やられっぱなしでは好かんとレクマイア率いる16騎(すでに幾らか堕とされていた)がウラジオストク艦隊から派遣された水雷艇「204号」に襲い掛かった。対空兵装など37ミリ機関砲3門しかない水雷艇「204号」は瞬く間に接近され、火炎弾を一挙に放たれた。20ノットの船速を生かした回避行動も数にはかなわず、忽ちに火だるまになってしまう。

 

「装甲巡洋艦『グロムボイ』、水雷艇『203号』は『204号』の消化に向かえ!」

 

カールル・イェッセン提督(旅順艦隊にはウラジオストク艦隊も合流している。ウラジオストク艦隊の指揮権はイェッセン提督にある)の命令のもと2隻は「204号」へと向かった。対空砲火でワイバーンを威嚇。無事撤退させると必死に消化を開始した。

練度の高いレクマイア隊は眼下に敵艦を認めるも巉巌のごとき戦艦には簡単に近寄れずに撤退を余儀なくされる。

 

「クソッ! 一隻だけか……」

 

レクマイアは巨大艦を睨みつけて母艦「ワーグナー」(上層部の配慮により母艦を変更されていた)に向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦、決着す

ワイバーン隊が一部、帰投した時。旅順艦隊と皇国艦隊との距離は4000mまで詰まっていた。そこでマカロフは、

 

「全戦艦は敵後方の飛竜母艦を砲撃せよ」

 

と命令した。これに驚いたのは部下たちである。参謀長エベルガルツ大佐は、

 

「敵竜母との距離は8000m(旅順艦隊を恐れた艦隊が接近しようとする余り竜母と離れていた)です。命中率は期待できません。遠距離砲撃での撃沈ではなく砲撃で威嚇しつつ衝角攻撃を狙う。これが得策かと思います」

 

先任参謀アザリエフ大尉もこれに賛同した。後任参謀スミノルフ少尉は異を唱えたが、

 

「接近し、副砲の水平射撃で潰すべきです。今潰す必要はありません」

 

というもので提督の意に沿うものではなかった。

 

「違う。今潰さねば再度整えて戻って来る可能性がある。パーパルディア皇国の戦史を鑑みるに竜母は10ノットをこえる。何もせずに接近しようとして、退避されたとすれば敵艦の妨害を受ける。相対速度も考えれば、敵竜母に追いつくまでに航空攻撃を受けるかもしれん。それで被害を負うのは避けたい。ここで一撃を与えて怯ませることが必要だ」

 

提督は決してこの距離での敵竜母の殲滅は愚か命中すら望んでいなかった。ただここで竜母に砲撃すれば怯むだろうし、命中すると(期待はしていないが)帰投寸前で撃沈されれば精神的効果も大きい。それで慌てた敵艦が一部引き返せば戦場を乱し、突破口を楽に開くことができる。

かくして戦艦5隻や航洋砲艦の26センチ砲、装甲巡洋艦の203ミリ砲が一斉に火を吹いた。多くは海面を叩きつけ、水の山を作るのみであったが、やはり精神的効果は大きい。竜騎士の中には着艦タイミングを見失うものもいるほどである。

 

他の戦闘艦も竜母が砲撃を受けていることに驚いていた。なんとかせねばとバルスは思ったが、

 

「竜母を港外に退避させよ」

 

としか命令できなかった。退避した竜母の中にはアムール級機雷敷設艦が海中に残したプレゼントに引っ掛かって次々と海上から消えていった。

それは「ワーグナー」も例外ではなかった。

だが、「ワーグナー」自体が触雷したのではない。艦首が機雷に引っかかり、大爆発と共に海水を巻き上げ浸水。一部で大火災を起こしていた竜母と接触し、大規模な延焼を起こしたのだ。

異常を感じたレクマイアら8騎(ロシア陸軍航空隊の追撃で被害を受けていた)は着艦不可能と悟り、遠くの海へ着水した。着艦寸前での判断であった。

「ワーグナー」では艦長や司令官バーンにより退艦が言い渡されていた。船内にいた乗組員全ての安否確認が終わり、次々と海中に身を投じたり、ボートに乗り込んでいた。

やがて最後の卒が出る。ここにいるのは艦長とバーンのみである。

 

「司令官殿、ご退艦下さい。もうこの艦はダメです」

 

大火傷をした艦長が同じく顔を真っ黒に染め、身体中痛々しいことになっているバーンに声を荒げて言う。だがバーンは、

 

「レクマイアら8人の確認が取れておらん。一部のものによると着艦したというではないか! 彼らの確認ができるまでこの船から一歩も退かんつもりだ」

 

と固辞。彼は、

 

「レクマイアは何処! レクマイアは居ずや!」

 

と叫びながら奥の方へと走っていく。艦長は後に、

 

「どんどん小さくなっていく司令官の声が怖くて仕方なかった」

 

と証言している。これほど船内の状況は酷かった。

結局、船内を三度探したが、レクマイアらは見つからなかった。既に限界寸前の船は近くに落ちる巨弾に揺さぶられ次第に波間に沈んでいく。今はと思ったバーンは、すまないと思いつつ艦長を伴ってボートへと乗り込んだ。

だが、少し近くに落ちた巨弾の衝撃に揺られた軽いボートは簡単に転覆し、バーンは海水の中を彷徨った。

 

その頃には混乱した戦列艦隊は一矢報いることなく全て突破され、旅順艦隊は竜母に急接近していた。無論、機雷原があるので全竜母への接近はできない。

「アドミラル・ジョーネス」は遥か前方、機雷原を抜けた竜母を狙い撃ち。旧式戦艦ならば簡単に当たらない距離であったが、大轟音とともにターゲットは消え去った。

 

「あっちは呪われた海だ! 引き返せ!」

 

アルモスは甲板上を這い蹲り、震えながら命令する。もはや彼に開戦前の元気はない。

突然、彼は、目の前で何かが光ったような気がした。本能的に彼は我先に海中へ逃げる。その数十秒後、彼の乗っていた竜母は影も形もなくなった。

 

「装甲フリゲート12隻は、敵の後方を取れ!」

 

バルスの怒号が飛ぶ。掲げられる信号旗からも伝わってくるようだ。

なぜ怒鳴るのかというと、この命令はずっと前からしていたのに未だに後方を取っていないからである。

バルスの乗艦「グローリア・ヴィクトーリア」や4隻の機帆装甲戦列艦はその巨砲を前方に放ち続けているが、全く効果がない。それも怒りの一つである。その時、

 

「敵艦に一発命中!」

 

艦内が沸く。バルスも手を握りしめて無言で喜んでいる。この一発は戦艦「ツェザレーヴィチ」の前部甲板に命中した。だが、120ミリ。しかも前装砲であるなど旧式であるこの砲が有効打を与えることはなく、未だに旅順艦隊はこちらの艦隊を切り裂き続けている。

 

「効かんぞ!」

 

戦艦「ツェザレーヴィチ」艦長のグリゴローウィッチ大佐はすぐ斜め右まで接近している旗艦を罵る。お返しと言わんばかりに放たれた152ミリ砲は、「グローリア・ヴィクトーリア」の僚艦、機帆装甲戦列艦「インペリアル・プラエフェクトゥス」に命中する。幸い、152ミリであったことと当たりどころが良かったことから沈没こそしなかったが、その巨躯を歪ませている。

 

「『インペリアル・プラエフェクトゥス』被弾!」

 

「生意気な……」

 

バルスの表情がまた険しくなる。だがいくら祈っても砲撃は命中しない。針の穴に糸を通す時のような気分になる。

「ツェザレーヴィチ」が真横に来た時、「グローリア・ヴィクトーリア」の放った120ミリ砲が敵艦に命中した。なんということはない。どうせ効きはしない。そう思ったものも多くいた。だが、戦いは理不尽なほど運が絡んでくる。この砲は「ツェザレーヴィチ」の司令塔の覗き窓に命中したのだ。破片が司令官ウフトムスキーらを襲う。幸い、ウフトムスキーやグリゴローウィッチ、ウフトムスキーの近くにいた参謀スタフラキー大尉らは重傷程度で死には至らなかったが、多くの司令塔要員が死に、操舵機を操っていたものは後方に倒れた。艦内は混乱に満ち、動きが止まる。

 

「今がチャンスだ。やれ!」

 

「グローリア・ヴィクトーリア」は風神の涙を一杯に使い、最大船速で衝角攻撃を試みる。「ツェザレーヴィチ」乗組のカミガン大尉は司令塔の人間が誰一人まともに動けないという、凄惨極まる様子を見て、

 

「取舵!」

 

と叫び、操舵機を回したが、遅かった。「グローリア・ヴィクトーリア」の衝角は突き刺さり、「ツェザレーヴィチ」は悲鳴を上げながら離れるも、浸水は止まらなかった。敵艦の方も衝角が欠落し、艦首も大きな被害を負っている。

マカロフ提督が素早く救援を差し向け、「ツェザレーヴィチ」の防水処置が行われた。だが、傷は浅くなく、同艦は座礁させることを選んだ。

しかし、これが旅順艦隊を怒らせた。怒り狂う砲弾によって、機帆装甲戦列艦「スキピオ」「インペラトル・ルディアス・アウグストゥス」「インペリアル・プラエフェクトゥス」の三隻は大破、「グローリア・ヴィクトーリア」も大破、装甲フリゲートは4隻が撃沈され、バルスは、

 

「駄目だ……撤退だ。撤退するぞ!」

 

シウス艦隊以外は全て反転し、撤退していった。だがシウスは、

 

「我、殿となりて武人の本懐を遂げん」

 

と言って、残存艦艇を率いて旅順艦隊に必死に縋り付いた。何もできずに多くの船が撃沈されるも、本隊を逃すことには成功している。彼らの犠牲は無駄ではなかったのだろう。だが側から見れば馬鹿げた行為だとも言われかねない。

 

特に酷かったのが竜母である。「ミール」除いて全てが撃沈されたのだ。そしてその「ミール」も帰投中、潜水艦「カサトカ」の外装魚雷を受けて沈没している。

シウス艦隊は、本隊を逃すとそれぞれ帰投したが、旗艦「パール」など生き残ったのは10隻程度でありシウス艦隊は壊滅した。揚陸艇も多くが水雷艇などに喰われ、リントヴルムは何もできずにサメの餌に変えられた。

 

その後の救助では旅順艦隊が今までの鬱憤を晴らすが如くゆっくりと味方の救助(し終えても救助しているふりをした)をしたので皇国側は全く救助が捗らなかった。真っ暗な海で、誰もこない絶望感と戦いつつも海中に沈んだものがどれほどいただろうか。

事前に根回しをしていたアルモスはあっさり救助され、バーンもなんとか助かったが海に落ちたものの8割は死んでしまったという。

両国にとっての決戦はまさに血戦であった。




なんかめちゃくちゃですがすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盟友の援助

旅順口海戦(パーパルディア皇国側公称南部東洋海戦) の結果はロシア=インドシナ国民を震撼させた。

双方の被害を纏めると、

 

⚪︎ロシア陸海軍

・戦艦1隻座礁

・水雷艇1隻自沈

・巡洋艦1隻小破

・駆逐艦2隻小破

・水雷艇1隻小破

・高射砲2門(事故によるもの)

・守備隊数十名死傷(事故によるもの)

・航空機41機喪失(海軍機38機、陸軍機3機)

 

⚪︎パーパルディア皇国軍

・戦列艦約200隻沈没

・装甲戦列艦4隻大破

・装甲戦列艦1隻中破

・竜母24隻沈没

・揚陸艦90隻以上沈没

・ワイバーン全騎喪失(撃墜238騎、着水など250騎以上)

 

であり、圧勝ではある。だが、100年以上前の軍隊に戦艦を座礁まで追い詰められたことが大きかった。戦艦というのは国力をそのまま表しているという見方がこの国では強いので、戦艦一隻を一時的であっても失ったということがどれほどの一大事かわかるだろう。

「ル・タン」など穏健派もこれに、

 

「敵の国力は計り知れない。今海戦の損失は緒戦にしては大きすぎる」

 

と報じるほどである。だがいいニュースもある。デュロ海戦、エストシラント海戦の大勝利である。デュロ海戦では敵軍の艦船を50隻以上沈め、ワイバーンを100騎以上撃破した。基地機能の破壊や工業都市の破壊こそできなかったが、損害は戦艦一隻小破と航空機3機撃墜のみで及第点並みの戦果は取れた。エストシラントでは被害なしで戦列艦を200隻以上撃沈しワイバーン部隊も壊滅させている。

これら3海戦ではロシア帝国の誇る提督が3人参戦していたこともあり、3提督の評価が決められることになってしまった。言うまでもなく、ネボガトフ>ロジェントヴェンスキー>マカロフという順である。

ロシア人の中ではマカロフ提督の評価は高いのだが詳しくない大衆の中では過去の実績などは特に考慮されなかったのである。

とはいえ軍事行動は全然可能であるので、そこまで世論が恐慌することはなかった。

 

むしろ大変だったのはパーパルディア皇国の方である。このまま報告すればダース単位で首が物理的に飛ぶ。

バルスはそのまま報告するつもりであったが、部下たちが、

 

「このままだと殺されてしまいます! 修正を!」

 

と騒ぎ立てるので仕方なく修正した。だが、一応正しい情報はアルデのみに伝えておいた。

その、修正された戦果がそのまま大本営発表された。

 

「1640年12月21日 我が皇国海軍とロシア=インドシナ陸海軍は戦闘状態に突入せり。我が軍は敵の母港旅順を攻撃するも決定打を与えるに足らず。敵軍のムー国式戦闘艦(戦艦)1隻撃沈、ムー国式戦闘艦2隻撃破、巨大艦5隻撃沈破、中型艦12隻撃沈破、小型艦14隻撃沈破、鉄竜600機撃墜、陸軍4000人殺傷。しかし我が方被害竜母5隻沈没、戦列艦12隻沈没、揚陸艦8隻沈没、ワイバーンロード120騎被撃墜、陸軍2000人死傷、地竜2頭喪失。卑怯にも敵軍の行ったデュロへの奇襲は無事阻止、敵軍竜母8隻撃沈破、ムー国式戦闘艦1隻撃沈、大型艦6隻撃沈破、中型艦6隻撃沈破、鉄竜250機撃墜。我が方被害はフリゲート2隻、ワイバーン32騎のみ。戦局は我が方が優位に進めている」

 

というものである。流石にエストシラント奇襲は色々な面で精神的効果が大きすぎるので存在そのものが修正された。

報道された被害がこうであったので、皇国人は、

 

「海軍もっと頑張れよ」

 

というぐらいのノリであったという。しかもムー国式戦闘艦を沈めたという情報のみが注目され、科学文明恐るるに足らずという風潮が蔓延した。また皇帝ルディアスにもこのように伝えられた。

結果的に特別に策を講じることもせず、秘密裏に戦列艦の建造、走行戦列艦の修理を行うのみである。

 

12月21日 昼

 

両国の衝突は瞬く間に全世界に発信された。機械文明派諸国の盟主的存在であるグラ・バルカス帝国は時差の計算を行い。その上でパーパルディア皇国の攻撃の方が早く、皇国は国際法を違反したと声明を発表。

同時にロシア=インドシナ帝国が度々あった輸送船遭難事件の犯人や被害者の内訳を公開した。ここにはグラ・バルカス帝国人なども犠牲者として入っている。

これを根拠にグラ・バルカス帝国、マギカライヒ共同体、アガルタ法国の3国がパーパルディア皇国に宣戦布告した。

これに対し皇国は、

 

「グラ・バルカス帝国の計算は間違いであり、プロバガンダに過ぎない。また、輸送船遭難事件の被害者及び犯人情報も欺瞞情報である」

 

と(なんの証拠もないが)反駁。言うまでもなく、この発表は3国の怒りを煽ることにしかならなかった。当初はあまり兵力を送らないつもりだった3国は投入兵力を急遽増強し、マギカライヒ共同体は機帆戦列艦や汽走フリゲートなどで構成された遠洋用の第2艦隊を投入。

アガルタ法国はフリゲートやスループで構成された、これまた遠洋用の艦隊を派遣。

グラ・バルカス帝国は3個潜水隊を派遣するに至った。

では、魔法文明国はどうだったかというと、パーパルディア皇国の属国のぞいて参戦するものはいなかった。

これはパーパルディア皇国の戦果を聞いて増援するまでもなく勝ってしまうだろうと判断したからである。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四カ国軍集結

12月25日

 

この日、パーパルディア皇国政府は異例の命令を下した。それは、デュロ及びエストシラント港近海での航行禁止、港付近での登山禁止などであった。昔から、歴史的大勝の時以外は民間向けに軍隊を直接見せることはしていなかったとはいえ、ここまで徹底したことはなかった。

一応、初代皇帝(ただし建国前)や欠地帝とあだ名された三代目皇帝の時に大敗を隠すがために港付近での航行を禁止した例はあった。だが、山にも登るなと命令したことは一度もない。

そのため一部の知識人は、

 

「実際は大敗したのではないか」

 

と思うようになった。少し戦史に通じている程度のものですらそう思うものが出てきた。勿論彼らは一両日中に逮捕されている。ただし、いつも皇国が邪魔者を消すために好き勝手に使っている皇国一便利な国家反逆罪で逮捕したのではない。それぞれに適当な罪を強制的に認めさせ、処刑したり収容所送りにしたのである。

 

12月27日

 

ついに皇国軍の侵攻艦隊が帰還した。帰還するや否やすべての将兵を健康調査という名目で呼び出した。

もちろんこれは大嘘である。ただし、調査という点は同じだ。忠誠心をはかることに近い調査である。

それは、この大敗を口外するか否かを問うだけである。口止め料を払ったりもした。最期まで拒否したものは即刻処刑。処刑されたものについては家族に戦死や病死と通行し、死体も処理して隠蔽した。

これに命の危険を感じたバルスは妻子と共に官職を捨てて逃亡した。

戦果報告の際バルスを、

 

「初代皇帝アウグストゥスにも引けを取らん見事な采配」

 

と評していた皇帝は、

 

「不義不忠の売国奴だ! 即刻捕縛し、三族皆殺しとせよ!」

 

と剣の柄を握りしめて命令した。

この時、空席となった海軍総司令長官には勇猛果敢な采配を評価されたシウスが抜擢された。この時、シウスは皇帝から宝剣とアウグストゥス一等勲章及び敵艦の破片(皇国内では最大の勲章)を賜与されている。同時に、海軍大将へ昇格となった。

他にも戦闘の際部下を、船が沈没するまで探し続けたバーンは中将に昇格。現在は揚陸艦と予備艦から編入された老朽艦のみで構成されているシウス艦隊を引き継いだ。

レクマイアは黄金で作られたダイアモンド付き大鷲勲章(国内二番目の勲章)を賜与され、海軍少佐に昇格となった。

彼らは英雄として大いに讃えられた。それは初代皇帝や14代目皇帝の功績以上かのように思えるようであったという。

これは、皇国政府が、なるべく国民が皇国政府の不自然な対応に視線を向けないように、国民の関心を逸らす。と画策した故の事柄である。

そして、これは大成功した。プライドの高い国民はこの異常な宣伝を全く疑らずに受け入れた。ある意味素直である。知識層には意を唱えるへそ曲がりな人間もいたが政府が対応する前に国民によって吊るし上げられた。

 

12月28日 エストシラント

 

この日、海軍総司令部では損傷を受けた艦艇の修理期間についての報告が行われた。

それは、損害の少なかった蒸気装甲戦列艦「ヴィヴァ・パーパルディア」については、年明けから数日で完全に修理できる。

だが、その他の4隻については来月中旬以降になる。というものである。

司令部の人間は肩を落とすとともに頭を抱えた。なぜならこの後の作戦が実行できなくなる可能性があるからである。

司令部の戦略は、一月の頭には5隻を全て完全修理する。その後、向かってくるであろうアガルタ、マギカライヒ艦隊を殲滅し、両国の投入兵力を0にする。そしてロシア帝国を叩くというものであった。

グラ・バルカス帝国に関しては遠すぎるので艦隊を送ることはないし、送っているという情報は欺瞞であるので対策は立てていない。

というように非常にお粗末な戦略である。戦略というだけで戦略家に対する侮辱になるレベルの酷さだ。

所詮は前線で蛮勇を振るうことしかできないシウスらに高等な戦略は立てられるはずがなかった。原始人に銃器を扱わせるようなものである。全くの門外漢なのである。

修理の時点で破綻しているばかりかグラ・バルカス帝国が艦隊を派遣していることを否定している時点で子供の妄想レベルに落ちている。

 

1月1日

 

遂にロシア=インドシナ帝国が皇国の領土へ侵攻した。それはアルタラス島への侵攻であった。

位置的に帝国の領土に囲まれており完全に浮いている。だが、放っておくわけにもいかない。ここの存在のために全ての領土に一定の守備兵を置かねばならない。ならば皇国が大規模な軍事行動を取れないうちに潰した方がいいだろうということでの侵攻である。

ただし、兵力は大したことがないのでムイロフ中将の第8軍団に任せた。これで、ムイロフが勝てば昇進してやれる。クロパトキンは興奮が止まらなかっただろう。

輸送船の護衛には何かと使い勝手がいいフランス東洋艦隊に任せた。

皇国軍は砲兵2個旅団による苛烈な砲撃とその後の銃剣突撃でほぼ壊滅し、指揮官などは揚陸艇に我先に乗り込んで本国へ逃げ帰った。

陥落までに一日しかかからなかったのである。

この戦いでの双方被害は、パーパルディア皇国軍アルタラス守備隊5万のうち4万が死傷、5000が捕虜(のちに逃亡を企てたとして全員銃殺)。第8軍団は80名が死傷した。

この功績によりムイロフ中将は大将へ昇格した。

皇国政府はこのアルタラス会戦を、

 

「アルタラス島において我が守備隊は奮戦するも衆寡敵せず壊滅せり。我が方被害は3万死傷。敵軍へ与えた損害は、6万死傷、輸送船4隻沈没、大型艦1隻撃破」

 

と発表した。これについて皇国臣民は、

 

「敵の数が多かった(発表では守備隊5万、敵軍30万とされていた)から仕方がない。頑張った方だと思う」

 

と言うのみで、誰も戦力の違いに気がつかなかった。

 

1月16日

 

この日、ウラジオストクにマギカライヒ共同体の第3艦隊、アガルタ法国の第2艦隊、そしてグラ・バルカス帝国の第3潜水戦隊が到着した。

マギカライヒとアガルタの艦隊は20日にパーパルディア艦隊に攻撃する(パーパルディア艦隊が20日に航海を行うとの情報が皇国政府高官のK氏から伝えられていた)ということで補給。

グラ・バルカス帝国の方は通商破壊を行うと言って同じく補給を要求した。これに本国に帰国していたヴィトゲフトは、

 

「航続距離の短い潜水艦でそれほど大規模な通商破壊ができるのでしょうか?」

 

と首を大きく傾けて質問した。するとクレッチ提督は、

 

「うちの潜水艦は20万キロ以上航行できますよ」

 

と答えたのでヴィトゲフトら潜水艦の指揮官たちは言葉が出なくなったらしい。このエピソードはロシア=インドシナ帝国を元気づけることとなった。

 

1月19日 レイフォリア近海

 

ここではロシア帝国からの石油を輸送するタンカーが多数航行している。まるでアリの行進である。

極めて穏やかな海に突如として大きな波飛沫が起こった。

神聖ミリシアル帝国の爆撃隊が爆弾を投下したのである。数発がタンカーに命中し、複数のタンカーが沈没した。

この大事件によりグラ・バルカス帝国はそこそこの打撃を受けた。だが、宣戦布告や抗議を行う前にミリシアル側が、

 

「今回の事件は我が帝国航空隊が海賊討伐の際に誤って投下したものであった故意ではない」

 

という発表と共に謝罪を行い、賠償金まで払うと言った。そして、要求通りに(ただし衝突を避けるため余り多くは要求していない)支払ったのだ。

そのため、グラ・バルカス側は石油とタンカー3隻と引き換えに端金を掴まされただけに終わった。

国民の怒りは大きく、その日のうちに外務大臣が辞職したのは言うまでもない。

 

 

 

1月20日

この日、アガルタ、マギカライヒ連合艦隊とパーパルディア司令部直轄艦隊が対峙した。

同時にグラ・バルカス帝国潜水戦隊はデュロ付近に到着した。

また、神聖ミリシアル帝国の地方艦隊(以前に魔王討伐に出向いていた)もデュロ付近へ到着した。

両陣営の盟主(魔法文明からは機械文明の盟主はムーとされているが)の軍隊が初めて対峙したのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

栄光の1月20日

1月20日 デュロ沖

 

開戦初頭は騒がしかったデュロ沖も今では穏やかである。グラ・バルカス帝国の第3潜水戦隊は潜望鏡に神聖ミリシアル帝国の艦隊を認めた。これを見つけた乗組員は嬉しさのあまり涙で潜望鏡を曇らせたという。

これを聞いたオットー・クレッチ提督も手を叩いて喜んだ。

 

「レイフォリア沖での雪辱をこれで晴らすことができる!」

 

提督のこの一言に参謀が慌てて、

 

「なりません。ここで撃沈でもすれば戦争になるやも知れません。ここは堪えて時を待ちましょう」

 

と言ったが提督の耳には入らず、

 

「あいつらは魚雷を知らないから大丈夫だ。バレなきゃいい。全艦、前方2500mにある艦隊に魚雷……いや、酸素魚雷を発射!」

 

と命令してしまった。

各艦は嬉々として魚雷を装填、そして2本ずつ発射した。

18本の魚雷のうち8本は巡洋戦艦「トライデント」に命中。ほかに2本命中したのが小型艦「ソード」と「ランス」。3本命中したのは重装甲巡洋艦「アロンダイト」であった。

これらの乗員は自らの乗艦が魚雷を食らったことは愚か自分の置かれている状況すら理解できぬままに波間に呑まれていった。パテスも同じ運命を辿った。

潜水艦9隻は多数の爆音を聞くとまるで他人ごとかのようにそそくさと帰ってしまう。

対潜能力は愚かそんな概念すらない神聖ミリシアル帝国地方艦隊はこのことを海難事故として報告書を上げることとなる。

提督の決断により復讐は叶ったが一歩間違えれば泥沼の戦争に突入しかねない危険な行為であったことは否定できない。

 

後日、グラ・バルカス帝国本土ではパテスやその他乗員に対して弔辞を読み上げ、これらを讃える軍歌まで公募したが、内心ザマアミロと思っているものも多くいたそうである。

 

 

同 第三文明圏中央海域(アルタラスとパーパルディア本土の中間あたり)

 

「アルトマイアー提督! 前方に敵艦隊発見。敵は我が艦隊と同じ針路を取っております。距離は2.3キロです!」

 

アルトマイアーはそれを聞いて、

 

「敵の指揮官は血迷ったか。距離で勝る我々に遠距離戦とは正気じゃない」

 

と大声で嘲った。もはや皇国は列強ではない。これで皇国海軍は完全に終わる。アルトマイアーはアガルタ艦隊のパクタール提督に何も言わずに砲撃を命令しようとした。

その時、アルトマイアーの乗艦「レーテ」の後方を走っていた機帆戦列艦「グナイゼナウ」の周囲に舷側砲のそれとは違った大きな水柱がいくつも立ち昇った。

アルトマイアーは常識はずれの攻撃に言葉を失い、立ち尽くすのみである。

 

「機帆戦列艦『グナイゼナウ』被弾!」

 

この報告がアルトマイアーを我に返させた。

 

「全艦砲撃開始!」

 

の一声とともに大急ぎで砲撃の用意が始まる。だが、マギカライヒ艦隊が砲撃をするよりも早くパーパルディア艦隊は砲撃を行う。

12センチ単装砲が蒸気フリゲート「スカリッツ」に命中した。「スカリッツ」はあっという間に沈んでいく。

アガルタ艦隊の面々は皇国軍が予想以上に強いことに唖然としていたが、針路を変え、皇国艦隊に接近を試みている。

やっと、マギカライヒ艦隊の各艦が砲弾を打ち出し始めた。多くは外れるが、一部は距離もあってかしっかりと命中する。前方の一際大きな--ムーの戦艦のような艦艇に多くが命中した。波飛沫や煙などで視界が遮られる。

流石に沈没したか。アルトマイアーは胸を摩った。

 

「敵艦に損害見られず!」

 

波や煙が晴れた頃、部下が何度も目をこすりながら報告する。アルトマイアーは、バカなことを言うなと一瞬思ったがその様子を見るに本当であると痛感した。

あれだけの砲弾が命中して健在である艦艇など滅多にいない。その滅多にいない存在が目の前にいるのか。

突如、前方が光ったように見えた。そしてすぐに幾らかの艦艇が悲鳴をあげる。

「シャルンホルスト」はマストを一本へし折られ、「シュタインメッツ」はもうあるべきところにはいない。

海戦初頭の胸の高鳴りや敵への侮蔑はどこへ行ったか。アルトマイアーは表情を死人の如き蒼白にしており、どこからも生気を感じられない。

この頃になってやっとアガルタ艦隊が砲撃を始めた。数発が命中するも損害は認められない。これにパクタールは唖然とした。

皇国は落ちぶれており、もはや敵ではない。というように盗賊退治程度の気分でいたが、全くの間違いであった。

皇国が弱いのではない。ロシア=インドシナ帝国軍が強いのだ。

気づくのが遅すぎたか。いや、違う。まだ手があるではないか。

パクタールが魔力を貯め始めた時、パーパルディア皇国の戦列艦の砲弾が飛んできた。砲弾が炸裂し、後方にいたパクタールも思わず仰け反る。だが、そんなことで臆すパクタールではない。徐々に魔力が溜まっていく。脅威度の高い大口径砲はマギカライヒ艦隊に向いているため、妨害されることがほぼないからであろう。

そして、ついに魔力が溜まった。

 

「……国民の夢、国民の希望……全ての国民の想いを込めて……! 今こそ放て! 必殺! !艦隊級極大閃光魔法ォォォ!!!」

 

戦列艦スチャンドラ後方から放たれたレーザーは一瞬にして皇国海軍130門級戦列艦「エストシランティノポリス」に到達し、焼き尽くした。

 

「敵艦、撃沈確実!」

 

疲れ果て汗だくで甲板上に大の字になっているパクタールの顔が崩れる。やがて、声を上げて笑い出した。

だが、それも立ち上がるまでであった。マギカライヒ艦隊はすでに壊滅していたのである。

 

「……アルトマイヤー提督!この戦い、我らが敗勢です。ここは撤退して戦力を整えてからもう一度挑みましょう!」

 

パクタールは声を絞り出して魔信で進言する。だが、

 

「なんだと? 鬼畜どもに怯えて逃げ出すというのか。パクタールとあろうものが臆したか。余は逃げん。万丈の山より高く、千仞の谷より深い恩のある盟邦が直接危機に晒されるのだぞ! いくらロシア帝国でもこれは耐えられん。余は犬と言われても構わんが不義者と言われるのは耐えられん。ここの乗員もそのはずだ。余は死ぬ。だが卿は千里でも万里でも逃げるが良い」

 

と返される。

 

「死んでしまっては意味がないではないか! ここは恥を受けてでも、不義者と謗られても生きて、あとで報讐雪恨を果たせば良いでしょう!」

 

パクタールはどうにか彼とその麾下の艦艇には生き残って欲しいと思うあまり、声が擦れ、死にかけるほどに叫んだ。まるで親しい人間が死んだ時の悲叫のようである。だが、

 

「余と卿では考えが違う。それほどいうならば余が死ねば、余の乗艦、この『レーテ』が死ねば後は卿の好きなようにさせてやる。こちらの副司令長官は死んでしまったからな」

 

パクタールはコクリと頷くいて、壁に掴まりながら後部甲板に出た。

瞬時に、マギカライヒ艦隊が次々と撃沈されていく光景が目に焼き付けられた。やはり、ここは死んででも止めるべきであったか。パクタールは深く後悔した。だが、もうどうにもならない。今からどうするべきかを考えねばならない。

すると、マギカライヒ艦隊の機帆戦列艦「シャルンホルスト」の放った砲弾がパーパルディア皇国艦隊の機帆戦列艦「インペリアル・プラエフェクトゥス」のマストを叩きおった。即座に「インペリアル・プラエフェクトゥス」は戦列から離れた。歓声が上がるが、パクタールにとっては苦痛だった。この小さな戦果をちょくちょくと重ねていくからいつまでたっても、「まだやれる」と言ってダラダラと被害を増やすことになってしまうのだ。

すると、戦列から離れた「インペリアル・プラエフェクトゥス」が戦列に戻った。非常に遅いが、なぜか自在に動いている。皇国の技術力はここまで発展していたのか。

パクタールは思わず震える手で目を覆った。目の前が見えなくなる。そのせいか、音がより良く聞こえるような気がする--突如として大きな爆音を聞いた。

 

「どうした!」

 

パクタールは喉が壊れるほどに声を振り絞って言った。

 

「アルトマイアー提督乗艦の『レーテ』が沈没しました!」

 

どうやら脆い砲列甲板を貫かれたようである。パクタールはついに死んでしまったかと残念に思いつつもホッとした。これで、残りを生かすことができる。

パクタールに引き連れられた艦艇は被害を出しつつもなんとか帰還に成功した。

アガルタ艦隊は第2団がフリゲート「マヒンダ」除いて沈没。第1団は「キールティ」「チャクリン」の2隻が沈没した。

マギカライヒ艦隊は、蒸気フリゲート「スカリッツ」と「ケーニヒグレーツ」。戦列艦は「シュタインメッツ」、「ブリュッヘル」「ブランデンブルク」、「ブロカーデ」、「ラッヘ」、「べラーゲルング」、「レーテ」、「ウムシュラーゲン」、「ドゥルヒブルフ」、「シュトゥルムアングリフ」、「モルトケ」が沈没した。

対してパーパルディア皇国は戦列艦が一隻沈没したのみ。列強と文明国の圧倒的国力差が世界に再び示されることとなった。

この戦勝は、パーパルディア皇国海軍の中で栄光の1月20日と言われるようになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

皇都空爆

1月20日

 

この日、ハノイではあることが話題になっていた。それは、失踪していたクォン・デ候やファン・ボイ・チャウなどの独立運動家が数ヶ月にパーパルディア皇国へ移っていたということである。どうやら取り締まりのない皇国で味方を増やそうということらしい。

 

 

1月21日

 

パーパルディア皇国政府は、いつも通りの大本営発表を終えた。だが、その後海戦に参加した海軍軍人が、

 

「もしアガルタ艦隊が積極的に突っ込んできていれば危うかった」

 

と次々に言い始めたのだ。いつもは情報を閉ざしまくる皇国だが、これだけはダダ漏れである。大きすぎる釣り針だ。恐らく離間の計を仕掛けようとしているのだろう。だが、これに引っかかるほどかの二国もバカではないだろう。ロシア=インドシナ帝国の上層部やグラ・バルカス帝国の上層部もそのように考えた。そのため、特に何もしなかった。

だが、これが悪かった。マギカライヒ共同体とアガルタ法国はまんまと釣られ、対立し始めたのだ。一応、ムー国に仲裁を任せたがどうなるかはわからない。しかし、こんな所で分裂したらそれこそ笑い者ではないか。

 

1月22日 エストシラント沖

 

グラ・バルカス帝国第3潜水戦隊はエストシラントの海中に身を潜めていた。だが、それも今までである。今から浮上し、E400型潜水艦3隻から水上攻撃機を出す。貧弱な試作水戦を搭載するより遥かに良い。

9機の水上攻撃機「カペラ」は敵の首都へ驀進する。25番を4発ぶら下げている。搭乗員の優秀さからして殆ど命中するだろう。敵に与える精神的損害は計り知れないだろう。

見よ、すでにエストシラントの上空に展開している。やはり帝国の技術は世界一である。

 

エストシラントの監視塔はすぐにこの9機を認めた。だが、宮殿に魔信を繋げる前に機銃によって皆殺しにされる。そのため、皇国人は何も知らされぬままこの9機を見上げることとなった。首都に敵の飛竜が侵入したことなどほとんどない。そのせいか何度も頰を抓っているものすらいる。

だが、これは現実なのだ。9機の攻撃機は市街地を乗り越え、工業地帯に6機が宮殿付近に3機が展開した。

工業地帯に展開したもののうち1機は市街地に近い山に25番を全て投下した。一年中放っておいた庭先の雑草のような森林の一点が蝋燭の炎のように燃え始める。

火は風に乗って森を埋め尽くす。付近の住民よさらば!

この機に搭乗しているアストルは一度、笑いながら森林付近の方に手を振って母艦の方に引き揚げた。

すでに工業地帯もいくらか燃えている。宮殿の方にもついに25番が鉄槌を下す。

無駄に大きい宮殿が仇となったか予想より宮殿から外れるものはなかった。

だが、宮殿に落ちたものでも無駄に広い庭のせいでそこに落ちたものもあった。庭にいた皇族や高官は恐らく少ない。死んだとしても手入れしている人間だけだろう。

だが、建物に落ちたものが宮殿の一部を破壊した。落ちた爆弾が破壊したのはほんの一部に過ぎない。だが無駄に大きいせいか、作りが杜撰なのか、イスタナ・ヌルル・イマン宮殿や紫禁城も霞むほど豪華かつ巨大な宮殿はもはや跡形もない。

 

「あっ! 不味い! カイオス派も一緒にやってしまった!」

 

中隊長が気づいた時にはもう遅かった。

 

 

1月24日 エストシラント

 

宮殿の全壊から早2日、皇帝ルディアスら皇族らに死者はなし。政府高官も一人を除いて、全員救助された。

その一人とは第三外務局局長カイオスである。少なくとも救助記録には載っていない。

同時に元インペリアル・ガード数十名なども見つかっていない。

問題はそれだけでない。謎の山火事で一等臣民100名余りが死亡している。工業地帯でも謎の火災が発生しており経済的損失は計り知れない。

海軍本部は火炎弾を受け、外征したばかりのシウスらは別として本部内にいたものの半数が死んだ。

昨日は9隻程度の船から艦砲射撃をされたらしい。そのせいで沿岸部でも数億パソ以上の損失を出している。

政府高官らは疲れを癒す暇もなく頭を抱えていた。

 

 

1月26日 デュロ

 

カイオスは宮殿倒壊の際の混乱に乗じてこのデュロの地に逃れていた。屈強な元インペリアル・ガードたちが近くにいてくれたからである。なぜ元なのかというと、数々の敗北や一部知識層からの反発を恐れた政府高官らの進言によってインペリアル・ガードなど皇帝及び政府高官の身辺が変えられたのである。

特に皇帝の周囲には長い間使えており、皇国を盲信しているような輩ばかり登用されたので、カイオスのクーデター計画が壊れてしまった。

しかも宮殿内の人員を変えた後に、軍内でも大規模異動が行われ、同士が散り散りになってしまった。

どうも神聖ミリシアル帝国の優秀な諜報員がクーデターの臭いを嗅ぎつけたそうだ。全く余計なことをしてくれる。今まではとことん見下して相手にすらしなかったのに機械文明派という大勢力が出来ると旧知の友人かのように接してくる。半分バレたのもそのせいだ。

そのため、カイオスは計画を変えた。反乱を起こす。というものである。本来なら成功なぞしない。

だが、彼には大きな味方があった。それはロシア帝国とデュロの労働者である。

なぜかは知らないが最近のデュロでは労働組合が出来たり皇国に刃向かうものが増えているという。そして彼らは皇帝をも憎んでいる。流石に国家は憎んでいないようだが。

王位や皇位につかずに反乱をすれば、それと労働者階級に甘い言葉を投げかければついてくるだろう。

また、同士たちも(いくらか死んだものの)ほぼ全員いる。

ロシア帝国からはどうも万夫不当の荒武者が送られてくるらしい。

だが、それがいつ来るかはわからない。とりあえず今は姿を変えてここに潜伏するしかない。カイオスは服を汚してスラムへ向かった。ここならば潜伏できるだろう。すると、汚い服を着た50代ぐらいの男がいきなりカイオスの服を鷲掴みにして端の方へと連れ去った。

 

「何をする! 放せ!」

 

カイオスは必死に抵抗する。しかし、長らく宮殿勤務だったせいか、全く歯が立たない。

 

「ここならいいだろう……本題だが、君はもしかしてカイオスか?」

 

声を潜めて男は言う。確かにその通りだが、こんな所にこのカイオスの顔を知っているものがいるとは思えない。

 

「そうだが、なぜ知っている!?」

 

「ならば良かった。本部勤務だったから、会うことも多かっただろう? 君は私の顔を忘れてしまったか……」

 

声が穏やかになる。どこかで聞いた声だ。カイオスは顔を上げる。相手はそこそこ背が高い。中肉中背の自分でも目線が結構違う。170センチはあるだろう。相手の顔をしっかりと見つめる。どこかで見た覚えがある。

まさか、彼ではと思う人物が脳裏に浮かぶがとてもここにはいないだろうとも思う。だが、聞いて悪いことはないだろう。

 

「もしかして……そういう君はバルス提督か!?」

 

目の前の男はウンと頷いた。いとも簡単に強力な見方が手に入ってしまった。こういうところにも来てみるものだ。カイオスは満足げにバルスを同士に迎え入れるべく説き始めた。彼は一応地元の老人から、

 

「君は縦横家になれる! ワシが保証する!」

 

と言われた程度には口が立つ方だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

皇国の戦略

「つまり……君は私に祖国を裏切れというのか!?」

 

バルスが怒って水浸しの地面を強く踏み、カイオスに寄る。水飛沫が立ち、カイオスの足元が黒く濡れる。

 

「そうだ。第1、貴方はもう祖国から見捨てられている。裏切り者と見なされているのですよ。貴方には将器がある。そんな人物を放っておくとお思いですか? 最早貴方が家族含め平穏を取り戻すには反乱しかないのです。すでに陛下は帝王道から外れました。無論、陛下は我々に無量の恩を齎して下さいました。ですから陛下の命を取ることは致しません。あくまで帝王の本道に還っていただくだけです。そしてロシアら4カ国と講和するのです。最早我が国にはそれしかありません。ですから貴方の力が必要なのです」

 

バルスの勢いに怯んだせいか、何度も舌を噛みそうになる程上手く話せない。失敗かもしれない。もし失敗したならば自分は殺され、皇国は本当の意味で死んでしまうだろう。

 

「そういうことならば、手を貸そう」

 

バルスの眉間から皺が引いていく。手まで差し出してきた。どうやら説得に成功したようだ。

 

「有り難い」

 

両者はがっしりと手を握って、スラム街の奥へと消えていった。

 

 

1月25日 エストシラント沖

 

 

水上攻撃機「カペラ」による爆撃--嵐作戦を成功させた第3潜水戦隊は、ここエストシラント沖で艦船の行き来が盛んになったことから、一旦沖から離れ、中央大東洋で通商破壊を行うことにした。

既に浮上砲撃で5、6隻は撃沈しているが、存在が知られると、その情報がミリシアル帝国に行ってしまう。そうなって仕舞えば現在の潜水艦や魚雷における絶対的優位性が損なわれる。それは避けたかった。

こんな片田舎の海のゴタゴタで本国の戦友に迷惑をかけたくないからである。

これら9隻で中央大東洋に潜めばきっと恐ろしいほどの戦果を挙げるだろう。

オットー・クレッチ少将はE400潜の中で一人不気味な笑みを浮かべていた。

 

そもそも、これほどの軍船がなぜかというと、皇国が戦力--それも即戦力を望んでいるからである。そのためチンタラ建造するのではなく、ニグラート連合などの友好国から竜母や戦列艦を購入しているのだ。乗員は、3海戦で乗艦を失った人間を当てている。馬鹿みたいに船が沈んだので実は乗員が余っているのだ。

これほど軍艦を集めるのには理由がある。それは、皇帝らが瓦礫と化した宮殿の外れで路上生活をしている時まで遡る(現在はアルー二侯の宮殿を借りている)。

海軍総司令長官のシウスが、

 

「ロシア軍を出し抜く策があります」

 

と言ったことに始まる。

その作戦というのは、大量の竜母を基幹とした機動艦隊でロシア軍主力艦隊を釣り上げる。その後、スッカラカンになった樺太など(あくまで最終目標はアルタラス再奪還であるので足掛かりに過ぎないが)に大量の揚陸艦と司令部直轄艦隊を突撃させる。そしてアルタラスまで一挙に占領する。というものである。

アルデも、

 

「これなら賞賛があります」

 

と太鼓判を押したので、許可されたのだ。

エルトなどはムー国が背後にいることを根拠に講和すべきと主張したが、

 

「海軍はムー国式軍艦を多数撃沈破している。お前は個艦性能を思い込みだけで決めている」

 

と皇帝に反論され、反対派は誰一人反論できなかった。

この壮大な計画を実行するために海軍は大慌てで軍艦を集めているのだ。

 

1月26日 レイフォリア沖

 

「糞野郎共! さっさとどっかいけ!」

 

グラ・バルカス帝国所属・哨戒艇1号の艇長、シュミット大尉は目と鼻の先にある神聖ミリシアル帝国の軽巡洋艦クラスの軍艦を睨みつけながら愚痴をこぼす。

ここ数週間、ミリシアル帝国の軍艦が領海寸前まで迫ってくるのだ。そのせいで輸送船はビクビクしながらここを通ることになる。護衛空母があったら万が一戦闘を挑んできても一蹴できそうだが、駆潜艇や海防艦や駆逐艦では勝てない。軽巡洋艦だけならまだチャンスはあるが、たまに重巡洋艦クラスが来ることもある。

万が一に備えて哨戒艇が配備されているのだが、ミリシアルが牙を剥いた瞬間、沈没がほぼ確定するような所に配置されているのだからストレスが溜まりに溜まる。

たまに航空機が来るときなんか震えが止まらない。

政府はさっさと対応しろと言いたいのだが、ミリシアル側が、

 

「ここらでは海賊が急増しているから仕方がない」

 

ともっともらしい言い訳をし続けるので、制裁はおろか抗議もロクにできないそうである。だが、海賊と誤認されて砲撃を受けた艦艇もあると言うのだから政府の対応にはやはりイライラする。

ムー国のように侵略をしまくればいいのにとすら思ってしまう。

 

「そういえばムーはイルネティアという国に、生物兵器の保有を理由に宣戦布告したそうだがどうなるのかな」

 

大尉はふとそんなことを考える。実は、ムー国との交流によりこの世界の神話の調査をしているのだが、イルネティアにはレーザーを吐くとんでもない竜がいるということが判明した。

ムー国程度が倒せるとは思えない。本国では対策が半分ぐらい立てられたらしいが、ムー国では特に対策は立てられていないらしい。そこも考えると、竜の頭数によっては機械文明国の一角が大きく疲弊し、陣営が不利になる可能性すらある。

そうなれば目の前の不良達が牙を剥いてくることは必定である。ムー国の行動一つ一つがこのか弱い哨戒艇の乗組員たちの命に関わっているのだ。考えずにはいられない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二共和国の創業

創業未だならずして王朗ついに逝く...

虞翻が後を継ぎ君主になりました


1月31日 デュロ

 

カイオスとバルスの2人はスラム街を拠点にロシア帝国から送られてくるという万夫不当の荒武者を待ち続けていた。

ガラの悪い男を数人手懐けており、作業効率は幾分か上がったが、全然見つからない。泥水の中から必死に宝石を取ろうとして、泥を掻き回してしまっているような気にしかならない。2人とも焦りを覚え、毎日怪しまれない程度にではあるが、夜中まで探すようになった。

そしてこの31日、バルスが非常に画期的な提案をした。

 

「ロシアからこちらに来るということは、必ず船を使うはずだ。だから海岸を見張るのがいいのではないか?」

 

なんということだ。彼は天才だ。カイオスら数人は至極感激して、

 

「よし、やろう!」

 

と言った。すぐに円陣を組んで、叫ぶ。周囲の人間は、

 

「こいつら気でも触れたんじゃないか?」

 

という表情をしているが、気にすることはない。気狂いだと思われておいた方が正体がバレた時に、

 

「放っておいても大丈夫だ」

 

と判断されやすい。

 

かくしてカイオスとバルス、そして6人のゴロツキたちはそれぞれ人気の少ない海岸へと散っていった。

 

 

2月1日 ドーリア宮殿

 

 

工業都市デュロなどを含むパーパルディア皇国東部はドーリア地方と呼ばれている。ここドーリア宮殿はドーリア地方を治めるドーリア侯の住居である。ドーリア侯ディオクレティアヌスは皇帝ルディアスの従兄弟である。彼は初代皇帝アウグストゥスの風格があると言われ、ルディアスからは、

 

「余の次に才能がある男」

 

と評され、先代の皇帝からは、

 

「ルディアスは政務の才がある。ディオクレティアヌスは軍事の才がある」

 

と評されるほどの人物である。彼は、パーパルディア皇国が危機に晒されていると感じ取っており、ルディアスに諫言しようと思っていた。だが皇帝の臣下らは、

 

「殿下は良くない噂もあるのでそれはできません」

 

と頑なに会わせようとすらしなかった。だが、良くない噂というのは事実であるのでなかなか言い返せなかった。その良くない噂とは科学者との繋がりである。実際、彼が危機を感じ取っている理由は科学者と繋がりがあるからに他ならない。つまり、諫言することは不可能なのである。

 

ならば、武力で訴えるしかないだろう。彼はそう考えたのだ。彼はルディアスほど政治力はないので、武力で訴えることは下策と分かっていてもそれ以外の方法が取れなかった。

彼は部下を呼び寄せ、

 

「余は今日より独立する」

 

「なんですと! 陛下に、国家に背くと言うのですか!」

 

群臣のうちの1人が諌めた。国家に背くというのは貴族教育を受けている彼らからしたら最大の悪徳である。「はい、わかりました」と言えるわけがない。

 

「違う。余は皇帝として独立するのではない。王として独立するのだ」

 

同じ天下に皇帝は並び立たない。だが、王ならば並び立つことができる。これは、皇国を滅ぼすつもりもルディアスを殺すつもりも簒奪するつもりもないという意思表示であった。

だが、群臣はまだ納得しない。

 

「王は皇帝の下だ。余は天下を盗むのではなく、国家を危機から救うために立つのだ」

 

と言って、やっと納得してもらった。

彼はその日のうちにドーリア地方のうちドーリア郡各地の総督たちを呼び寄せ、総督たちを人質に各地の軍隊を掌握した。その数は3万に昇る。全てが訓練を受けた軍人であり、武器も新しい。領地はまだドーリア郡のみで、1地方分もなく矮小である。だが、その勢いは大陸を震撼させるだけのものがあった。

このことで打ち驚いたものは多かった。その一人はもちろん皇帝のルディアスである。

彼はアルーニ宮殿でこの報告を聞くと、

 

「ディオクレティアヌス……奴は従兄弟だぞ! 血縁にも関わらず裏切るとは許せん! すぐに討伐してやる!」

 

と激昂した。その一方で恐怖も覚えた。親戚にまで裏切られるほどに自身の権威が落ちたという事実に恐怖しているのだ。

 

もう一人恐怖した人物がいた。それはカイオスである。もし独立したのが西部の侯ならば良かっただろう。むしろ励みにしただろう。だが問題はドーリア侯であるということだ。

ドーリア地方はデュロも含む。今でこそドーリア郡にしか号令しなかったが、いつデュロに号令するかわからない。つまり、このデュロの総督・ストリームが呼応すれば独立のための大義がなくなる。

別に独立せずともディオクレティアヌスについて行けばいいじゃないかと言われるだろうが、ディオクレティアヌスは科学者と関係があるとはいえ、専制主義者である。彼は愛国者だが敵対するものは徹底的に弾圧する人間である。ドーリア地方でもいくつもの労働組合員が失踪している。彼では民心を掴めないことをカイオスは理解していたのだ。だからこそ彼が皇帝を倒してしまうことが恐ろしかったのである。

 

逆に喜んだものもいた。それは属領の現地人たちだ。彼らにはディオクレティアヌスの圧政は伝わっていない。そのため、この皇国に刃向かったというだけで励みになったのだ。

 

 

2月3日 デュロ沖

 

カイオスは徹夜でずっと眼前に広がる海を凝視していた。それは密航船を見つけるためである。

彼がなぜここまでロシアが送ってくる荒武者に期待するのかというと、彼の部下には海戦ができるもの(バルス元海軍大将)はいても陸戦ができるものはいなかったのだ。つまり、このまま独立しても討伐隊にアッサリ狩られるかディオクレティアヌスの養分になるかのどちらかなのだ。

だが、不眠不休で探索をしていたことや政治家であり、体を鍛えていないこともあって既に疲労困憊。限界寸前であった。今日見つからなければ注意力がなくなってしまうのは必定である。

しかし、もう日が地の下に逃げようとしている。海と空の区別がつかなくなる寸前である。

 

「頼む。沈まないでくれ! こんなところで……皇国の希望が潰されてたまるか!」

 

カイオスは必死に手を組んで天に懇願する。だが、それも虚しく日は刻々と沈んでいく。

 

「嗚呼……もうダメか。ならば一層の事……」

 

カイオスは岸の端へと歩んでいった。カイオスも心の弱い人間である。精神的に参っていたのかも知れない。

歩くたびに朦朧となる意識。自分が死に近づいていることがわかる。

 

「痛っ!」

 

途端に意識が戻る。既に水は首まで来ている。なぜ、意識が戻ったか。そう思って前を見ると、

 

「木の……壁か?」

 

濡れた木の壁だ。こんな海の上にはなかった。一体これは何なのか。徹夜のせいで落ちた判断力や注意力では分からなかった。

 

「カイオス殿……しっかり……」

 

上から小さい男の声がしてくる。カイオスは一歩下がって上を見た。するとそこには、白と赤と青の三色でできた小さい旗があった。これは、ロシアの国旗ではないか!

 

「おお! あなたはロシア人か!」

 

興奮して大声を上げるカイオス。船上の男は口に人差し指を当て、

 

「しっ! 静かに! とりあえず陸に上がりましょう。ここだといつバレるかわかりません」

 

「確かにそうだったな……」

 

カイオスは船に乗せてもらった。船の中にはお世辞にもお洒落とは言えない私服に身を包んだパッとしない男と屈強な身体をした男が乗っていた。やはりロシアからの助け舟であったか。カイオスはホッとした。

 

その後上陸し、このパッとしない男は軍属のボリス・タゲーエフという男で密命を帯びていること。屈強な男はランドと言ってロウリア人らしい。ロウリア王国では第零近衛団団長で現在は大佐。彼がカイオスに手を貸してくれるという。

 

心強い味方を得たカイオスは3日後ランドを連れてストリームと会談を行った。カイオスが死んだかもしれないとしか聞いていないストリームは疑いもしなかった。

カイオスのプランはここでストリームを殺し、デュロを掌握するというものである。その第1段階は達成した。

 

「カイオス殿、ところで貴公はなぜこのデュロの地に隠れておられたのですか?」

 

カイオスの背筋が凍った。この男は反乱を知っているのか。そう思うと心臓の鼓動がどんどん大きくなっていく。

 

「あの地では盗賊が発生しており、危険と判断したためです」

 

「ハハハ……嘘をつかないでください。あなたが何をしようとしているかは知っている。第1盗賊よりも怖い労働組合やゴロツキがわんさかいるこの地に来るわけがない。なに、別に驚くことはありません。実は私も皇国はもうダメだと思っておりました。先んずれば即ち人を制し、後るれば則ち人の制する所と為ると私は思います。ですから、ここは一挙に反乱するつもりです。どうでしょう? 貴方も私に加わって頂けませんか。ついでに、あなたの人脈を活用して、素晴らしい人材をよこして頂きたいのですが」

 

カイオスは考えた。ここは乗ったフリをしようと。それでストリームを油断させ、殺してしまおうと。

 

「実は、私は元海軍総司令長官バルスを味方に引き入れています。今、外にいる私の食客が護衛をしています」

 

「なんだと! すぐに連れて来させよ!」

 

ストリームは何も怪しまなかった。すぐさまランドが部屋に入り、ストリームの首を剣で叩き落とした。

すぐに基地内の部下がカイオスらに襲いかかる。ランドは部屋の中の敵を殺し、廊下の端で迎え撃った。

5、60人が束になって襲いかかるが全く相手にならない。ランドが剣を振るうと2、3人が朱に染まる。

40人程度を殺した時、やっと駆けつけた部下たちは戦意を失っていた。

こうしてカイオスはデュロを奪った。

すぐさまバルスらを呼び、工業地帯へと向かうと、

 

「国民万歳!」

 

の号令とともにパーパルディア第2共和国を建国した。

カイオスは独裁官に、バルスは海軍長官に、ランドは騎兵長官に就任した。皇帝嫌いになっていた民衆はすぐに心を開き、志願兵がドッと押し寄せた。

そのおかげで兵士数はデュロの守備隊やゴロツキ達を合わせると10万を超える。領土に反して大勢力を持った国家になったのだ。それだけ経済的に苦しくはなるが。

 

ディオクレティアヌスを王としたドーリア王国は反乱軍内での争いは避けたかったので、これをあっさり承認した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界大戦の兆し

2月20日

 

この日、ロシア陸軍は新たに第4軍と第5軍を創設した。これは転移後の徴兵、アルタラスなどの志願兵を掻き集めた軍である。ただし、現地語を習得しているものが多いので、ほかの軍と比べてインテリな集団になってしまった。

一応、個々の兵士は創設前にも訓練を受けてはいるが、軍としての行動はまだであるので戦闘能力は未熟である。(しかしロシア人率の高い第5軍には新兵器が配備されているので訓練すれば強い)だからこのパーパルディア戦役で実戦訓練をしようということで、フェン王国の解放および大陸西部への攻撃を任された。

 

2月25日 神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス

 

神聖ミリシアル帝国の首都ルーンポリスのアルビオン城では政府関係者たちが冷や汗をかきながら討論していた。

普段なら暖房機の隣で煙草を吸いながら寛いでいるのだが、今回ばかりはそうはいかないのだ。

海賊討伐という名目でレイフォリア沖に多数の艦艇を派遣していたのだが、それに対してグラ・バルカス帝国が、

 

「レイフォリア沖における各国の権益を守るために我が国も討伐に協力する」

 

と言ってきたので、このまま受けて仕舞えば嘘がバレてしまう。特に、海賊船と間違えて撃沈したということが嘘であると判明してしまえば神聖ミリシアル帝国の権威は地に堕ちてしまう。

そうなると、機械文明側が優位になりかねない。これを防ぐため夜通しで討議が行われている。

グラ・バルカス帝国の通知で特に困ったのが、敵意はないということだ。敵意を剥き出しにして来ていた場合は、そこを批判すれば良いのだが、敵意はないので一切批判ができないのだ。

各大臣が頭を抱える中、退出していた国防省長官のアグラが戻ってきた。足取りは軽やかで、手に資料らしい物を持っている。

 

「長官、遅いですぞ」

 

他の大臣から野次が飛ぶ中、アグラは資料をテーブルに置いて勝手に説明をはじめた。

 

「これは先程陛下から勅許を賜った戦略です。まず、ムー国に宣戦布告します。周辺国への侵略行為を口実としましょう。第二文明圏諸国はムーに対して怨嗟の声を上げているので賞賛されることでしょう。そして、ムーとグラ・バルカスは三国同盟において共同参戦を約束しているので、グラ・バルカスが仕掛けてくるはずです。ムー国は大事な盾ですからすぐに参戦するでしょう。そうしたら、レイフォリア沖の艦隊を動かしてレイフォリア沖の制海権を取ればいいのです。グラ・バルカスの主力艦が来る頃には我が国の主力艦隊が展開しているでしょう。陸戦も航空戦も我が方の圧勝でしょう。ムーはイルネティアにいた謎の竜に手こずり、兵力の多くを西方に割いていますから、東部方面の占領など荒野を駆けるようなものです。また、機械文明に魂を売った某国や東洋で生意気にも帝国を名乗っている某国なども参戦するでしょうが、前者はムーのついでに陸軍が蹴散らすでしょう。後者は一個艦隊でも派遣しておいたらいいでしょう。後者はパーパルディアを本気で怒らせてしまったせいで大損害を受けているようですし」

 

アグラはさらにエモール王国を必ず味方につけること、海賊討伐の件については極力バレないようにすることなども説明した。

前者については列強国又は列強に相当する国の比率が2:3ならば安心だからである。後者については、ミリシアルの歴史に泥を塗ることになり、信用を失うからである。勝つためにはミリシアルは絶対的な正義でないといけないのだ。

 

3月4日

 

ロシア帝国陸軍によるフェン王国解放作戦、剣作戦は一時延期となった。付近に竜母機動部隊の存在が認められたからである。ロシア帝国にとって近世に毛が生えた程度の陸軍より春になれば活発さを取り戻すワイバーンの方が怖かったのだ。そのため竜母を他に誘導したりはせず、先ずは竜母部隊を攻撃することとなった。無論、竜母部隊が消滅すれば劔作戦を決行する。

兎に角、これを撃滅するため、バルチック艦隊(第2、第3太平洋艦隊)が出撃した。

これで本土を守る主力艦隊は旅順艦隊、ウラジオストク艦隊、フランス東洋艦隊のみとなった。無論、これらの艦隊の空母は全て0隻である。

 

3月11日

 

ついに神聖ミリシアル帝国はムーへ宣戦布告した。同時にエモール王国や第二文明圏諸国も宣戦布告した。

ミリシアルは上陸に際して第2艦隊、第3艦隊、地方隊2隊、上陸用舟艇150隻を用意した。第二文明圏諸国は各地で攻撃を開始し、エモール王国も艦隊防衛のために風竜を派遣するに至った。

これに対してムー国は東海岸艦隊(通称ブレンダス艦隊)16隻が出動した。可能な限り基地航空隊も支援する(ただし基地航空隊は多くが引き抜かれており、数は少ない)。

予想に反してそこそこの兵力はあったが、質・量ともに劣るムー国艦隊の運命は誰の目にも明らかであった。

 

先ず、 ムー国艦隊は敵艦隊を発見するとすぐに航空機を一気投入した。昼過ぎのことである。先制攻撃をするためだ。また、この時には航続距離の問題から風竜は撤退しており、ミリシアルだけなら何とかなるのではないかと思ったからでもある。

タイミングとしてはベストだったのだ。

凡そ50機を挙るムー国の攻撃隊はミリシアル艦隊目掛けて驀地に向かって行った。

対してミリシアル艦隊は中型空母を2隻、小型空母を2隻配備していたので、数十機の直掩機を展開していた。

自軍の方が圧倒的に多いため各搭乗員は笑みを浮かべながら敵艦に突撃したり、直掩機に向かって行ったりした。

だが、直掩機に向かった戦闘機は瞬く間に撃墜され、艦隊に向かった機もあっという間に直掩機に刈り取られていった。

しかも、熟練搭乗員の多くが引き抜かれていたため、爆弾を投下できても命中しなかった。

数少ない熟練搭乗員の落とした250キロ爆弾がスチール級中型空母「アラドヴァル」のエレベーターに吸い込まれるように命中し、戦闘不能に追い込んだり、アルジェント級小型空母「ルーン」を小破させたりしたぐらいであった。

充分な戦果にように思えるが、帰還できたのは10機にも満たない有様で、これ以上の航空戦ができなくなってしまった。

ミリシアル帝国の艦隊を指揮する西部艦隊司令長官クリングは不機嫌そうに、

 

「航空戦でここまでやられるとは……まあいい、奴らの航空機は排除した。ここはひとつ、奴らの誇る機械式戦艦とやらを砲撃戦で撃沈してやろう」

 

と言った。作戦参謀は、

 

「いいえ、それだと小型艦が被害を受ける可能性があります。万が一に備えて、ここは安全に航空機で潰す方がよろしいかと」

 

と具申したが相手にすらされなかった。空母を撃破されて面目を潰されたクリングはどうしてもムー国の精神を挫きたかったのだ。

 

かくしてミリシアルの砲撃部隊はムー国艦隊を目指して最大船速で波を押し分けて行った。

ブレンダスは無防備なミリシアル帝国砲撃部隊を航空隊で回してやろうかと思ったが、既に護衛の戦闘機と僅かな爆撃機しか残っていない惨状を見て、がっくりと肩を落とした。

砲撃戦で勝てる自信はあまりなかったのだ。

そんな中、ある基地の航空隊が60キロ爆弾を抱いて体当たりすると言い出した。

ブレンダスは非常に申し訳ないとは思ったが、時間稼ぎのために出撃を許可した。12機の戦闘機は瞬く間に東の空に消えて行った。その姿は勇ましくもあったが、どこが寂しげでもあった。

 

飛び去った戦闘機は戦艦や空母に突入した。まさか攻勢をかけてくるとは思ってもいなかったミリシアル艦隊は無防備で、全ての機体が体当たりに成功した。

小型空母「ルーン」は航行不能、ウーツ級魔道戦艦(ゴールド級よりかなり前の旧式戦艦、14インチ砲を搭載。劣化版ペンシルべニア級のようなもの)「オルナ」が機関を損傷するなど思わぬ損害を受けた。

しかし、思ったほど時間は稼げず、やはり東海岸艦隊が粘るしかなかった。

鼻から勝ちなんて望んでいない。なに、グラ・バルカスが参戦するまで上陸させなければいい話だ。あと、数時間で済むではないか。

ブレンダスは必死に冷静さを保とうとした。司令長官が弱気では部下は満足に働けない。イケイケどんどん過ぎるのも良くないが、こうやって開き直った方がいい時もある。

 

各乗組員が汗にまみれて砲撃戦を待つ中、ついに、

 

『発戦艦『ラ・リーフ』宛旗艦『ラ・カサミ』敵艦隊発見。位置ハ当艦ヨリ30200m。戦艦4、巡洋艦8、砲艦16、小型艦10』

 

と報告が来た。各乗組員は一層汗を流して準備にかかる。ミリシアルの戦艦の射程は30キロを超えるという。倍以上だ。ミリシアルのことだから誇張しているだろうが、それでも差は歴然であろう。

速度でも劣ると言うから、一方的に撃たれるだけだろう。

 

どこからか放たれた砲弾が「ラ・カサミ」の右舷から遠くに落ちた。こんな遠距離から仕掛けてきたのだ。本当にアウトレンジで終わらせるつもりだろう。

 

「全艦、最大戦速で敵艦隊の接近する。針路0-0-0!」

 

その程度の命令しかできないことにブレンダスは遣る瀬無さを感じる。

 

数キロもいかないうちから敵弾が「ラ・リーフ」に夾叉した。精度が圧倒的に違う。

ミリシアルは前方への攻撃力を高めているからこのまま距離を詰められ、圧倒的砲撃によって撃沈されるかもしれない。

多数の砲弾が「ラ・リーフ」に向かう。斉射に切り替えたか。

3度目の斉射で、ついに砲弾が命中した。艦橋は消え去り、煙突は折れているものもあった。副砲などもバラバラに破壊された。主砲もその有様を見るに旋回も発射もできなくなっているだろう。

もはや浮かぶ鉄屑である。

 

「戦艦の主砲だけじゃないな。あの被害や水柱の高さだと巡洋艦の主砲もあるだろう。巡洋艦ですら我が艦より届くか……」

 

ブレンダスは驚きのあまり、ミリシアルの見事な艦艇に感心していた。

次の砲撃で装甲巡洋艦「ラ・ビハク」が至近弾を喰らった。

もう2隻目か。東海岸艦隊の幹部たちは口をあんぐりとさせている。圧倒的すぎる差である。正直言って、グラ・バルカスよりも強く感じる。

 

「頑張れ、とにかく粘るんだ!」

 

届くはずもない声援をブレンダスは送る。

敵艦隊は近づきすぎないように速度を落としつつ砲撃を続けた。

 

日が傾いて月が冷たい顔を覗かせようとしている。もうすぐ夜だ。夜戦になればこちらの砲撃も命中する。

しかし、夜まで持つだろうか。すでに3隻が沈没している。

 

「夜になりました。敵艦隊は速度を上げて接近してきています。夜戦です!我々も一気に近づくべきです。逃げても無駄ですから」

 

参謀長の声が弾む。

日が落ちて約20分、両艦隊の距離は10kmまで狭まった。今がチャンスだ。

 

「全艦、ウーツ級魔道戦艦に砲撃を集中せよ」

 

とブレンダスは興奮気味に命じた。あまりの絶望からか感覚がおかしくなっているのだ。

 

ミリシアル帝国は、夜戦でも敵弾はあたりっこないと思っているだろうが、グラ・バルカス帝国から訓練を受け、練度が跳ね上がっているムー国海軍にとって夜戦はお手の物である。

あっという間に至近弾や夾叉弾を与える。

遅れて放った「ラ・カサミ」の主砲弾が「オルナ」の艦載機カタパルトを破壊した。初弾から命中である。士気はかなり上がった。

しかし、個艦性能の差はどうしようもない。装甲部分には全くと言ってダメージを与えることができなかった。

数少ない被帽付き徹甲弾を使用しても、貫通など全くしない。これなら強烈な火薬を使った榴弾を撃ち込んだ方が良かったのではないか。

速力の落ちた「オルナ」に水柱が途切れないのではないかというほどの砲弾を浴びせていたが、それを見かねたゴールド級戦艦「ハルペー」が駆けつけてきた。お返しと言わんばかりに砲弾を放つ。いきなり斉射をしている。勝利は決まっているだろうに、あせっている。

結果、「ハルペー」の砲撃は2発で「ラ・カサミ」を大破させた。艦橋こそ無事であったが航行、戦闘共に封じられ、泣く泣く総員退艦を命じることとなった。

頼みにしていた戦艦が2隻ともなす術なく撃破されたことにより残存艦艇は、怖気付き、次々に潰走して行った。

残念ながら時間稼ぎは出来ず、ミリシアル艦隊は沿岸の防衛部隊を艦砲射撃で滅すると、揚陸準備を始めていった。

グラ・バルカス帝国が参戦を表明したのは夜が明けてからのことであった。

 

 




ちょっと小説の修行をしていました(上達したとは言っていない)
あと軍事の勉強も(上達ry)
ちょっと思い切って見ました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神聖ミリシアル帝国の進撃

次でロシア帝国が活躍します!


北部レイフォル海(ムー大陸北側の海域)にはそれまで地方艦隊のみが展開していた。この地方艦隊の総旗艦兼第1隊旗艦はアルジェント級戦艦(劣化版ニューメキシコ級)の「アルマス」で、第2隊の旗艦は小型空母の「フェイルノート」がつとめる。

戦艦がいるとは言え、これだけでは不十分と考えたのか、ミリシアル軍部は兼ねてより第一艦隊の派遣を計画していた。

しかし開戦予定日直前で第零魔道艦隊も派遣することが発表された。

これには実験的な側面があった。国防長官アグラはこの第零魔道艦隊が訓練を終えた際に、

 

「ついに我が国は世界最強から史上最強へと進化したのだ!」

 

と胸を張ってコメントしていたが、この艦隊、実戦経験は皆無であった。だからこそ実戦投入によって性能を測りたかったし、経験も付けてやりたかった。

しかし、第零魔道艦隊の追加によって作戦自体が変わることはなかった。無論、戦略も変わっていない。

作戦というのは、まず地方艦隊がグラ・バルカス帝国の警備艦艇を一掃し、北部レイフォル海を制圧する。その後第0艦隊、第1艦隊と共に反攻してくるであろうグラ・バルカス艦隊を撃滅する。そして、イルネティアやバガンダを解放して西部レイフォル海を制し、グラバルカス帝国領レイフォルとムーなどを分断、さらにグラ・バルカス帝国とロシア帝国との通商路も防ぐことになる。あとはグラ・バルカスの繰り出す艦隊をその都度撃滅しつつ物資が尽きるのを待つだけ、というものである。

グラ・バルカス帝国の艦艇の能力は詳しく分かっていないが、何とかなるであろう。そう言った驕慢があったからか、この戦略に異を唱えるものはいなかった。むしろ、

 

「剛毅果断の大戦略」

 

と褒めちぎった。

そして地方艦隊は予定通りに宣戦布告を受けたと同時に姿を現し、砲撃を開始した。

旧式駆逐艦として海上護衛総体に所属しているオーロラ級駆逐艦は39ノットの高速を生かして徹底抗戦を行なったが、不用意に接近してきたミリシアル帝国小型艦「アックスIII」を4番艦「シュペーラー」が撃沈しただけで、「シュペーラー」除いて全てが撃沈されてしまった。

哨戒艇や海防艦などは魔砲艦にすら回され、何もできなかった。生き残った水上艦は落ち武者のように逃げて行くほどの惨状である。

しかし、全ての軍艦が消え去った訳ではない。まだ潜水艦の「E25」が残っていた。

この艦は他とは違って旧式でも弱小でもない。万が一のために配備されていたのだ。あえて潜水艦にしたのは、大型の水上艦艇だと発見され、他国から非難される可能性があるので、それを避けるためである。

しかし、こうなった以上他国の目は気にしていられない。「E25」は潜望鏡に捉えた敵空母に接近していった。付近には小型艦が2隻、巡洋艦が1隻随伴しているが、この世界には厳つい古参下士官でも泣き叫ぶ爆雷が、潜水艦が存在しないため、存在しているはずがないので悠々と近づくことができる。

ある程度接近したところで、

 

「ヨシ、特製の酸素魚雷で仇を討つぞ!」

 

艦長の一声に従って水雷士達が慌ただしく動く。できるだけ速くしようという気持ちが表れているのだろう。

素早い作業のお陰で魚雷が発射されるまで大した時間はかからなかった。それは、目の前の小型空母の乗員らの寿命が縮まったとも言える。

雷跡が見えなければ水雷など一切知らないミリシアル艦隊は回避することなどできない。一撃必殺の酸素魚雷を前にして回避行動をする素振りすら見えなかった。

それどころか、乗組員たちはタバコを吸ったり紅茶を啜ったりしている。休憩時間のようだ。戦闘中、それも今、攻撃を受けようとしているのに休憩とは、お気楽なことである。彼らはこのまま何もわからずに死んでいくにだろう。それを考えるならば通常の魚雷を使わなくて良かったと思えてくる。

心の中でそっと手を合わせているうちに小型空母は数本の水柱に包まれ、消えて無くなった。さらに、目標を外れた魚雷がついでに後方の巡洋艦を撃破してくれた。

 

第2隊旗艦沈没の報告を受けた地方艦隊司令長官ケール中将は余りの不注意に怒ると共に、潜伏しているであろう敵水上艦艇を撃沈するため、追撃中にも関わらず僅かな小艦艇を残して反転、捜索にかかった。

巡洋艦が大破に追い込まれたため、重巡洋艦又は戦艦クラスが潜伏していると踏んだのである。

しかし、元から重巡洋艦など潜伏していないのだから海域を偵察機で埋め尽くしても見つかるはずがない。忽ちに地方艦隊は迷走してしまった。

さらに恥ずかしいことがあった。この迷走している地方艦隊の様子を、密かに「E25」から発艦していた小型水偵のカメラにバッチリ収められてしまったのである。

結局、地方艦隊は日が暮れかけるまで「E25」を発見することはできなかった。「E25」の船員は地方艦隊を迷子艦隊と嘲笑いながら戦果をこれから救援に来る第2艦隊に伝えた。

 

同 イルネティア島沖

 

イルネティア島を攻略中であった第1機動艦隊は東海岸艦隊をあっさり屠ったミリシアル帝国の艦隊が接近していることをグラ・バルカス帝国より知らされた。

艦隊司令長官のレイダーは安全の確保を最優先として、上陸部隊を収容した後に一時退避することを命じた。共同で防衛した方がいいのではないかという意見もあったが、自国の艦隊の保全を最優先にすべきという意見が強かったので、安全策に出たのである。

 

同 北部レイフォル海 西側

 

「遅かったか……」

 

第2艦隊司令長官カオニアは腕を組みながら呟いた。彼は表情一つ変えず、仁王立ちになっている。端然たるその姿からは並々ならぬ闘志を感じる。

第2艦隊は旧式戦艦揃いであるが、練度は高い。更にカオニア提督による月月火水木金金の猛訓練によって第1艦隊にひけを取らないほど強力になっている。

戦艦はヘルクレス型戦艦「ラス・アルゲティ」「スメルトリオス」、ケンタウルス型戦艦(扶桑型もどき)3隻、サザンクロス型戦艦(日向型もどき)3隻で構成されている。

神聖ミリシアル帝国軍の編成によっては勝利は難しくなるかもしれないが、軍令部はここまでしか許してくれなかった。この第2艦隊だって部隊の一部は残してきてある。しかも、全力出撃が禁止されただけでなく連合艦隊司令長官の口から伝えてもらっていた空母の随伴についても許可されなかった。

軍令部の無能ぶりを参謀達が心の中で非難しているうちにすっかり見窄らしくなった警備艦らを発見した。彼女らを一目見たカオニア中将は、

 

「海上護衛総隊に申し訳ない」

 

と頭を下げて言った。しかし、勇猛果敢な彼がいつまでもシンミリとしているわけがない。すぐに姿勢を整えて暗然とした海面を見渡す。目視よりレーダーの方が先に発見するに決まっているのだが外が見えるというのは安心感がある。

 

この海上護衛総隊の艦艇を屠り去った敵艦隊を見つけるまで大した時間は要さない。敵艦隊にいち早く接近するため各艦は速力をあげる。鈍足とされるケンタウルス級やサザンクロス級は改装によって速力が上がっているので、艦隊の速度は24kntもあった。おそらく、これが最高だろう。

 

「敵艦隊の速力、17knt。進路は2-7-0のようです。編成は戦艦1、重巡洋艦2、軽巡洋艦4、駆逐艦7、砲艦4。また、相対速度両艦隊の距離は一時間あたり80km以上は狭まることになります。砲撃はもうすぐでしょう」

 

参謀達が敵艦隊の分析を始める。17kntということは敵の艦艇に酷く鈍足なものがいるのだろう。きっと、それは旧式のはずだ。今回の敵艦隊は大したことないのかもしれない。

第2艦隊の進出が素早かったことと敵艦隊がたまたま北部レイフォル海西方を迷走していたため、両艦隊はすぐに会敵することとなった。

 

当初は敵艦隊の針路からすぐに離れることになるだろうと思われていたが、何を血迷ったか劣勢な筈の敵艦隊が大きく変針し、接近してきたのである。

 

「敵艦隊変針しました。同航戦に移ります」

 

報告を聞いたカオニア長官は不思議に思って、顎に手を当てた。戦艦だけでも8対1。勝ち目など無いのに同航戦に移るなど自殺行為ではないか。

 

「各員、猛訓練の成果を見せよ!」

 

兎に角、攻撃せねばいけない。カオニア長官は部下達を激励すると、敵戦艦に対して砲撃を命じた。

まだ距離があるので、光学測距は上手くいかない。レーダーのみの射撃になるが。これがなかなか難しい。夾叉弾まで少し待たねばならんだろうと猛訓練を命じたカオニア長官ですら思っていたが、何と欠陥戦艦とバカにされ続けて来た「ケンタウルス」が二発目で夾叉弾を与えたのだ。そういえば、この艦は訓練の時、どの戦艦より身が入っていて成績も最優秀であった。猛訓練の賜物だ。カオニア長官が部下に気狂いだの人殺しだの言われても遠慮なく猛訓練を行なったのは全てこのためであった。

 

「ケンタウルス」の交互射撃が次々と敵艦の間近に落ちる。この機を逃す手はない。12門もの砲から放たれる35.6サンチ砲の巻き上げる水柱が敵戦艦の姿を隠した。波が晴れると敵敵艦の一部が燃え上がっていた。命中弾を得たのである。単純に距離が近づいたことや、この火災が目印になったことで他の艦はより信頼性のある砲撃を行えるようになった。

忽ちに「ラス・アルゲティ」の砲撃が敵艦に命中した。40.6サンチ砲の威力は大きく、敵戦艦の砲撃が下火になる程であった。砲塔のどこかを使用不能にしたのだろう。敵戦艦は機関も損傷しているようで速力が黎明期の装甲艦かと勘違いするほどに遅くなっている。まるで亀である。

以後も多数の砲弾が敵戦艦を打ち付け、「アルゲバル」の砲撃が命中した時、敵戦艦は弾薬庫で大爆発を起こし、沈没した。

第一の目標が沈没したので、20隻の駆逐艦は敵重巡目掛けて魚雷を放った。水雷を知らないせいで、彼らは水中に対する守りがされていなかったのだろう。横っ腹を見せつけるようにしたまま味方重巡に並走していたので簡単に被雷し、沈没していった。重巡ですらこの体たらくであるから、軽巡や砲艦、駆逐艦はお話にならないレベルである。どうしようもなくなった敵軍は誇りも羞恥心も捨て、我先に遁走していった。

 

これは、グラ・バルカスの戦艦などムーにも劣る。というミリシアル帝国の認識不足による敗北であった。もし、グラ・バルカスの実力を知っていたなら一旦、主力艦隊と合流しただろう。

しかし、この認識不足は仕方ない部分もある。レイフォルで活躍したとされる戦艦「グレードアトラスター」についての情報をミリシアルは集めていた。結果、グラ・バルカスの宣伝部から面白いほど情報が発掘できてしまった。だが、この情報が問題であった。そこに書いてあった戦艦の内容はムーやムーより一段上の国家でも建造不可能なレベル(特に艦載砲や重量)だったのである。だからミルシアル帝国は、技術力が低いからこのようなバレバレの嘘をつくのだと予想し、結果としてムー未満であると認識したのである。また、ムー国戦艦の砲撃は東海岸海戦で既に効かないことが証明されているので一隻で挑んだのだ。

 

 

地方艦隊との連絡が取れなくなったと報告を受けた第1艦隊司令長官レッタル・カウランは思った以上にグラ・バルカス帝国の戦艦が強力であったことに驚いた。旧式とは言え35.6サンチ砲を搭載した戦艦で、ムー国ですら手も足も出ないだろうと言われていた。それが撃沈されたのだから敵艦隊は少なくとも35.6か34.3サンチ砲戦艦なのだろう。だとしたら第1艦隊だけでは不安である。レッタル・カウラン中将は第零魔道艦隊旗艦との連絡用に使う電話の受話器を取った。

 

「バッティスタ提督、貴艦隊には我が艦隊と合流し、敵艦隊に当たって欲しい」

 

彼は虎の子の第零魔導艦隊を指揮するバッティスタ中将に援助を乞うたのだ。プライドからか、多少不利でも抗戦すべきだと主張する参謀もあったが、カウラン中将はプライドよりも勝つことを優先していたので、平然と協力を要請したのである。

さて、この要請を受話器の向こう側の相手は快諾した。これには理由があった。

バッティスタ提督は何としてでも第零魔道艦隊に戦果を挙げて欲しかったのである。指揮官になった誰もが思うことであろうが、彼はその想いが頭一つ抜けていた。これは、彼の高い攻撃精神だけではない。第零魔道艦隊の評判からも来ていた。

実はこの艦隊、他の艦隊の者たちから「マグドラホテル街」と渾名されていたのだ。ほかの艦隊と違って、遠方に行ったことは無く、海賊討伐の経験もない。マグドラ群島に篭りっきりで特別扱いされていたこの艦隊をホテル街呼ばわりするのは仕方がない。しかし、バッティスタにとって主力艦隊のみならず非力な地方艦隊にまで軽んじられることは堪忍できぬことであった。それは、彼にとってこの艦隊と乗組員達は家族同然であるからだ。

こうして、両艦隊は第1艦隊が第零艦隊を守るような体系を組んだ。また、両提督が砲撃戦で決戦を行う(夜間であったため)事を決めたので、空母は最小限の護衛艦艇を加えて待機させることにした。

 

接近してくる神聖ミリシアル帝国の艦隊を第2艦隊はあっさり捕捉した。数の上では自軍を10隻ほど上回り、脅威ではあるが、戦艦の比率は5対8と第2艦隊が優位に立っているほか、カオニア提督の吶喊精神、ここで引いてしまっては後方のムー国艦隊やバガンダ島などの守備隊が危機に晒される危険があることなどから真っ向から受けて立つことにした。

神聖ミリシアル帝国がグラ・バルカス帝国の戦力を全く理解していないようにグラ・バルカス帝国も神聖ミリシアル帝国の実力を理解していない。先ほどの戦闘からミリシアル帝国の戦艦はケンタウルス型にも劣るものだと勝手に断定しているところがあった。

 

ミリシアル帝国とグラ・バルカス帝国の艦隊は距離30000mで砲撃を開始した。両艦隊の戦艦は全てレーダー射撃ができるが、大して当たるものではない。

バッティスタ提督は光学測距を可能にするために麾下の艦隊に左側に大きく変針することを命じた。しかし、この命令はバッティスタ提督の思いつきでしかなかったため、カウラン提督が予想しているはずがない。第一艦隊は付いていけず、両艦隊の体形は大きく乱れてしまった。

 

敵艦隊の乱れに気付いた第2艦隊では、

「目標敵一番艦」

という命令が下された。同時に、敵艦隊から少し離れるように少し左側に針路を取った。これは、出来るだけ相対速度を減らして命中率を挙げるための行動である。

しかし、駆逐艦だけは敵艦隊に接近する動きを見せていた。理由は簡単、雷撃だ。もっとも、まだ敵の小艦艇が多く、目標もはっきり見えていないので命中は困難である。今はその準備をしているところだ。

重巡部隊は敵重巡にある程度接近しつつ砲撃を続けているが、これといって戦果はない。 

第2艦隊司令長官カオニアはただ海を貫くだけの敵砲弾を眺めながら、  

 

「勝負は2万キロをきってからだろう」

 

と微笑みながら言った。

 

「敵艦隊に一泡ふかせてやりましょう」

 

歴戦の参謀バーツも目を大きく見開いて景気のいい言葉を投げ掛ける。

敵艦隊の一部はこちらに猛進してきている。命中弾が出るのもそう先の話ではないだろう。どちらが先に一撃を与えるかに勝負はかかっている。そのせいか、各員はより一層まじめな顔になる。

誰も彼もベテラン兵士のように見える。彼らならきっとやってくれるはずだとカオニアは頼もしげな兵士たちを見ながら、心の中で彼らを激励した。

 

両艦隊が無駄に砲弾を海に捨てる中、ついに「ケンタウルス」が敵に命中弾を与えた。貫通はしないだろうが、先に一撃を与えたことから士気は自ずと上がる。

「ケンタウルス」の交互射撃は正確で、さらに2発の命中を得た。しかし、敵の砲声は止むどころか激しさを増している。天に向かって唾を吐くかのように手応えがない。

 

「この艦では勝てない……」

 

「ケンタウルス」の艦長は部下に気付かれないよう呟いた。

だが、まだ負けたわけではない。「ラス・アルゲティ」の一撃が敵艦をとらえれば貫通は用意であろう。諦めてはいけないのだ。

 

 

「バカどもが! 全く効いておらんぞ!」

 

第零魔導艦隊旗艦「コールブラント」の艦橋でバッティスタは腕組みをしながら叫ぶ。彼の罵声につられて他の船員たちも狂ったように罵った。

 

その時、彼らの眼前で大きな爆発が起こった。「ケンタウルス」の砲弾が命中したのだ。何やら慌てた兵士が艦橋に走り込み、艦長に被害を伝える。

派手な爆発であったので流石のバッティスタも顔を少し青くして、

 

「艦長、現在の被害状況は?」

 

「機銃数挺、航空機カタパルト一基の破壊。及び第2主砲塔が旋回不能です」

 

「そうか……」

 

主砲が三基のみのミスリル級にとって主砲一基の旋回不能はかなりの損害である。敵艦の練度はかなり高いようだ。

バッティスタは喉の奥で軽く唸った。こうでなくては面白くないではないか。彼は強力な敵との遭遇に興奮した。ついにマグドラ群島という檻から解き放たれた魔獣のごとくである第零魔導艦隊の本領を発揮することができるのだから。

バッティスタは手を握りしめた。絶対に勝ってやる--。彼の闘志に船員たちが勇気付けられた時、突如、彼方が微かに光った。敵艦に砲弾が命中したのである。これを見たバッティスタは拳を振り上げて、

 

「よし! このまま漁礁に変えてやれ!」

 

と唾を吐きながら言った。ちょうどその時、次の斉射が行われた。そして、海面に光が灯るまでそれほど時間を要さなかった。

 

 

「戦艦『スメルトリオス』被弾二! 第三砲塔付近で火災発生! 被害によっては 弾薬庫誘爆の可能性もあり!」

 

カオニア長官のもとに乗員の悲痛な報告が入る。「スメルトリオス」は40センチ砲戦艦であるので、滅多なことでは沈まないだろうが、火災発生ということは敵艦の多くが狙うはずだ。36センチや38センチの砲弾でも、連べ打ちにされれば耐え得るかわからない。このまま第三砲塔に命中すれば爆沈の可能性もある。ここで脱落すれば大きな損失になるだろう。

誰もが「スメルトリオス」に注目を集める中、ふと長官の顔が微かに照らされた。数分と経たない内に再び長官の顔が照らされる。

 

「長官、敵弾が近づいてきています。危険です」

 

部下の一人が長官を覗き窓から離れるように進言したが、

 

「いや、なるべく間近で見たいんだ。このままでいい」

 

とかぶりを振った。その勇気に押されたのか、先任参謀が長官の元へ寄って行った。その時、「ラス・アルゲティ」の船体が大きく揺れた。敵砲弾がついに命中したのだ。カオニア長官は元々踏ん張っていたのか微動だにしなかったが、先任参謀は倒れ、

 

「ウギャッ」

 

と言うと伸びてしまった。強く頭をうったらしい。

さらに悪いことが起こる。「サザンクロス」の後部に敵砲弾が立て続けに命中したのだ。そのせいで、同艦の後部砲塔は全て使いものにならなくなってしまった。

さらに、運命の糸に導かれるようにサザンクロス型二番艦の「アクルックス」も後部甲板に重大な損傷を起こした。ものの十数分のうちに三隻ものの戦艦が戦闘能力を大きく低下させたのだ。不運としか言いようがない。にも関わらず長官は暗い顔一つしない。むしろ、その逆だ。

 

「長官、敵は38センチ砲戦艦かと思われます。現状では不利です」

 

参謀長バーツが一時撤退を進言しようとした時である。

 

「灯台下暗しだよ」

 

長官は微かに笑うと、ボソリと言った。参謀長らは長官が何を言いたいのかよくわからなかった。あまりの惨状に狂ったのではないかと思うものもあった。だが、彼らはすぐにその意味を知ることになる。

第2艦隊麾下の駆逐隊はすでに敵艦隊に接近していたのだ。

 

「痛いのをぶっ食らわせてやれ!」

 

駆逐隊の司令が叫ぶ。同時に酸素魚雷が放たれた。魚雷は前方の敵戦艦2隻に数本が命中し、小型艦も幾らかが真っ二つに割れていた。やっと存在に気づいたらしい敵艦隊が砲撃を浴びせてくるが、もう彼らに用はないのだ。駆逐隊は全速力で離れていく。無論、撃沈された艦がないわけではないが、戦果に比べて被害は小さかった。

 

さらに、前方の敵艦隊のどの艦艇にも命中しなかった魚雷の幾らかは、第零艦隊から突き放され、遥か後方にいた第一艦隊の各艦艇に命中。ゴールド級戦艦「ティソン」に2本、重巡洋艦1隻に1本、小型艦「イー」に4本命中し、それぞれ撃沈破又は中破した。

訳の分からない攻撃に周章狼狽したか、カウランは無駄に魔素強化を命じた。この偶然により第2艦隊の損害は減ったと言えるだろう。

 

しかし、第零魔導艦隊は勇猛果敢で、大きな損害を受けておきながら可能な限り砲撃を行い、「サザンクロス」「アクルックス」「ケンタウルス」が大破に追い込まれる程の損害を受けた。しかし、敵艦隊も第2艦隊の猛烈な砲撃を受け、損害を中破に留めていた「コールブラント」も大破し、重巡洋艦1隻が大破、魔砲艦1隻が沈没する大損害を負ったのである。

この吐血マラソンとも言える大激戦はカオニア艦隊の突然の撤退によって幕を閉じた。空母がいなかったため、敵空母からの爆撃を恐れて止む無く撤退したのだ。一応、逆てるてる坊主を長官自ら作成するなど最善を尽くしていたのだが、どうにもならなかったか。

かくして第2艦隊は敗残兵のようにアンタレス艦上戦闘機の航続距離まで撤退した。一応、基地の航空隊からはアンタレスによる直掩を許可されていたのだ。だが、ここで一つ問題が発生した。基地側の不具合により派遣が遅れたのだ。この間に敵航空機が来たら、ほぼ確実に戦艦のどれかが沈没する。中には基地司令官の名を言って、酷く罵るものもあった。だが、長官は依然として黙っている。

果たして、敵航空隊が来ることはなかったが、船員にとっては寿命が10年ほど縮む出来事であった。

敵が航空機を出してこなかったことには理由があった。

第零魔導艦隊司令長官のバッティスタはこのままでは割に合わぬと、

 

「敵を追撃すべきだ」

 

と主張したのだ。尖った口調で喉も枯れそうな勢いでカウラン中将にまくし立てた。だが中将は、

 

「いや、無事な艦だけで攻撃しても数が足りない。返り討ちに合うだけだ。辞めておこう。折角の海図を使えないのは残念だが、今夜は我々の夜ではなかったのだ」

 

これを聞いたバッティスタは激怒して、

 

「俺はそんなことを言っているんじゃない! 航空機だ。航空機を使うんだ。手負いの戦艦一隻ぐらいは屠れるだろう。そうすれば敵の被害の方が大きくなる。多少の損害は承知の上だ。発艦命令を出してくれ」

 

「だめだ。よく考えてくれ、なぜあのタイミングで奴らは撤退したのか。戦いは奴らが優位に立っていた。きっと何か準備をしているはずだ。それに、これ以上損害を出すわけにはいかん」

 

とカウラン中将は何を言われても冷たく突っぱねていった。結局、バッティスタ提督も根負けし、航空攻撃は起こらず、両艦隊は撤退することとなった。両提督は、それぞれの艦橋の壁にポツンと貼られた海図を眺めながら軽く俯いた。この海図は敵輸送船を海賊と誤認したと偽って撃沈した時--独自調査の際にこっそり盗んだもののコピーだ。グラ・バルカスの方はかなり詳しくできており、これがどう役立つかたのしみにしていたが、仕方あるまい。一応、レイフォル海の敵戦力は一掃したのだ。また、次があればその時こそは彼らを地獄に導いてくれるだろう。

 

 

 




原作ではカオニアさんは第1打撃軍艦隊司令官ですが、今作では第2艦隊司令長官としました。
web版と名称や名前が違うものは、書籍版の記述を反映したものです。

両艦隊まとめ(全ての艦艇が戦った訳ではない)

・神聖ミリシアル帝国主力艦隊(戦艦5、双胴空母2、重巡6、砲艦11、小型艦28)
・同 地方艦隊(旧式戦艦1、小型空母1、重巡2、軽巡5、砲艦7、小型艦10)

・被害
旧式戦艦1、小型空母1、重巡2沈没、軽巡4、砲艦8、小型艦14沈没。軽巡1自沈。戦艦3、重巡2大破。戦艦1、重巡1、砲艦1、小型艦2中破、小破多数。

・グラ・バルカス帝国第二艦隊(戦艦2、旧式戦艦6、重巡8、駆逐艦20)
・同、警備艦隊及び海上護衛総体(駆逐艦4、哨戒艇10、海防艦10、駆潜艇14、潜水艦1)

・被害
駆逐艦5、哨戒艇7、海防艦5、駆潜艇11沈没。旧式戦艦3、海防艦2大破。戦艦2、重巡1中破。小破多数。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。