Fallout THE ORIGIN (ダルマ)
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第一章 Happy New Life
第一話 世紀末からおはようございます


未完作品もある中、また新たに小説を投稿させていただきました。
マイペース更新となりますが、精進いたしますので、何卒よろしくお願いいたします。


 ──人は、過ちを繰り返す。

 

 人は有史以前、自らの拳と歯で、或いは木や石を用いて、そして火を使用して、争いという行為に勤しみ。

 有史以降も、剣を、銃を、砲を、そしてミサイルを。

 人は自らを取り巻く環境を発展させ豊かさを手に入れる一方で、有史以前から変わることのない争いという行為を止める事はなかった。

 

 やがて、人は取り巻く環境の豊かさが頭打ちとなると、その現実から逃れるように、更に争いという行為へと邁進する。

 それが、母なる大地の命を削ると解っていても。

 

 

 そして、遂に膨れ上がった争いの炎は、人を、有史以前から続く文明を、母なる大地を、全て飲み込むこととなる。

 

 

 やがて訪れたのは、静寂と終末の足音であった。

 

 

 一度は死の淵にあった母なる大地が緩やかに息を吹き返す中、人もまた、不死鳥の如く死の大地から蘇り、逞しく未来を紡ごうとしていた。

 

 だがそれでも、人は遺伝子の奥深くに書き込まれた争いの呪いから逃れることは出来ず。

 そんな呪いの効果によって生まれた、死の灰に覆われた新たなる世界の住人達と、生存競争と言う名の争いに興じる事となる。

 

 母なる大地とは対照的に、嘗て母なる大地の頂点に君臨していた人が緩やかな滅亡へと歩む中。

 

 

 

 ──それでも人は、過ちを繰り返す。

 

 

 

 

 

 希望よりも絶望に溢れた世界、明日どころか今日すらも五体満足に生きていられるか分からない世界。

 そんな世界の住人に就寝して目が覚めたらなっていた、と分かったら、一体どうなるだろうか。

 とりあえず、現実を受け入れたくなくてパニックになるだろう。

 

 このクアンタム・ハーモナイザーを君のフォトニック・レゾナンスチャンパーに入れるぞ!

 と、パニックのあまり叫んでしまうかもしれない。

 

 だが、幸いな事に俺はそうはならなかった。

 これも、俺の中のもう一つの記憶、肉体が持つ記憶というべきか。この世界で生を受けこの世界で九年間を過ごした記憶があったからこそ、どこかこの摩訶不思議な出来事を客観的に受け入れられたのかもしれない。

 とはいえ、目が覚めてベッドから起き上がり周囲の状況を把握して、自身の状況を置かれた状況を理解した時は、流石に冗談だろうと声が漏れてしまった。

 あと、ちょっとだけ頬もつねった。

 

 まさか漫画やアニメよろしく、嘗て住んでいた世界、今や前世となった世界で『ゲーム』として体験していた世界が、『現実』の世界として実体験する事になろうとは。

 

 

 さて、ではここで、幸か不幸か摩訶不思議な転生、いや元々この肉体は俺のものではなかったので憑依転生といった所か。

 そんな摩訶不思議な出来事に巻き込まれた俺自身の自己紹介をしよう。

 

 俺の名前は『ユウ・ナカジマ』

 何処かの軍のモルモット隊のメンバーみたいな名前だが、俺は彼のように極端な無口ではないのであしからず。

 性別は男で、年齢はラッドローチも恥らう満九歳だ。

 ただし、精神年齢的には既に壮年期真っ只中なのでご了承を。

 

 では、自己紹介を終えたので、続いては俺が転生したこの世界の事について少し説明しよう。

 それには、間もなく俺が起きた事を確認すべく部屋を訪れるとある者の事も交えて説明するのが、より分かりやすいだろう。

 

「おはようございます、ユウ坊ちゃま」

 

「おはよう、オネット」

 

 自動ドアを潜って俺の部屋に現れたのは、無機質な壁面よりも更に無機質な真ん丸銀色のボディを持ち。

 同じく真ん丸な三つのメインカメラと、各種アタッチメントに換装可能な三本のマニュピレーターを持ち。

 ボディ下部に備えられた低出力ジェットを噴射して、ふわふわと浮遊移動する事が出来る。

 だが、そんな無機質な外見に似合わず、その内部に備わっている成長型AIには、人間以上に愛情溢れた心を持っている。

 

 ゼネラル・アトミックス社が満を持して世に送り出したお手伝いロボット、それが、Mr.ハンディなのだ。

 

 そして、そんなMr.ハンディの一個体であり、我が家の家族の一員でもあるのが、今し方俺の部屋にやって来た『オネット』だ。

 個体識別用の製造番号などもあるが、それでは親しみやすさがないのでオネットと名をつけて呼んでいる。

 

「気温二三度、湿度五十パーセント、本日も過ごしやすく快適な日和です!」

 

 本日の快適な環境を伝えると、オネットはふわふわと俺の腰掛けているベッドの脇までやって来て、三本のマニュピレーターの内の一本が持っていたコップを手渡してくる。

 受け取ったコップの中には、清潔な水が淹れられていた。

 

「ん、ありがとうオネット」

 

「既にお父様とお母様はお起きになってリビングでお待ちですよ。お母様の素敵な朝御飯と共に」

 

「分かった、直ぐ行くよ」

 

 起床直後の喉の渇きを潤すと、空になったコップをオネットに返還し、受け取ったオネットは用を終えたので部屋を後にする。

 

 さて、オネットの素性を話した所でお気づきの方も多いかも知れないが。

 この世界は、まさに世紀末、核戦争後の荒廃したアメリカを舞台とし、ナンバリングタイトルやスピンオフが作られた大人気シリーズ。

 俺自身も、前世ではバニラやMOD導入など、飽きる事無く遊んだゲーム。

 『Fallout(フォールアウト)』、放射性降下物を意味するゲームの世界だ。

 

 舞台はアメリカであるが、一部を除き主要なゲームの舞台となるアメリカはその名で呼ばれなくなって久しく。

 戦後はもっぱらウェイストランドと呼ばれており、その実情はもう前世の第三世界も真っ青なほど無秩序で、法令遵守、何それ美味しいの? である。

 国内に投下された核の影響で変異したモンスター共に、理性などねじ切ってオモチャにしてしまった人々等、もはやこの地において善人なんてものはMODを大量に導入してCTDしない位の希有な存在だ。

 しかし、そんな世界になっても戦前と変わらないものがある、人の持つ欲望だ。

 それはもう素晴らしきかな『お金』『お暴力』『お薬』『合・体!(Showtime!)』が所狭しと蔓延しているのだ。

 

 まさに時代は力こそが正義。いやはやどうして、いい時代になったものだ……。

 

 

 と、話が脇道にそれてしまったので戻すとしよう。

 え、その前に、何故大事な部分の説明が丁寧語だったのかって? しかも、最後のものに関しては何故隠語なのか?

 

 考えてもみて欲しい、精神年齢は兎も角、今の俺の肉体はぴっちぴちの健全な九歳児なのだ。

 一般的に考えて九歳児がそんな過激な言葉を使うなんて、衛生上よろしいわけないでしょ。だからである。

 

 さて、再び話が脇道にそれてしまうそうになる前に、話を戻そう。

 

 俺が今いるのが混沌たる世界である事は理解されたと思う。

 では、そんな世界で生活しているにも拘らず、何故俺は穏やかに朝の爽やかな目覚めなんて享受しているのか。そう思うことだろう。

 それには、フォールアウトの世界を語る上で外せない、とあるシェルターの存在が関係している。

 

 Vault-Tec(ボルトテック)

 戦前のアメリカにおいて建設業を行っていた大企業で、前世の日本に例えればゼネコンのような会社だ。

 そんなボルトテックが戦前にアメリカ政府と契約し、建造を進めていたのが、核戦争を想定した大規模避難用シェルター。

 その名を、『Vault(ボルト)

 

 当時のアメリカ政府が策定した社会保全計画に基づき、戦前から建造が進められていたが、結局核が降り注ぐその時までに建造できたのは僅か一二二基。

 しかし、ナンバリングタイトルやスピンオフ内にはナンバリング外のボルトも存在しており、正確な数は分からない。

 

 と、これだけを聞くと国民の為に尽力した素晴らしき企業に思えるかも知れないが、何事にも表があれば裏もある。

 実は、ボルトの真の目的は社会の保全等ではなく。当選して入居してきた人々に対して様々な人体実験を行い、その経過観察などを行う狂気の実験施設なのだ。

 簡単にその一部を紹介すると。

 十年経つと入り口が勝手に開放されるようになっていたり、全てをギャンブルで決めたり、十五歳以下の子供のみ居住させたり、ハハッ!ゲイリー!!

 

 と、もはや表立って公表できるものではない実験が行われている。

 そんな実験の数々を大々的に平然と行ってしまうのだから、ボルトテックはもはや、前世の価値観からすればブラックなんて生ぬるい、超極悪企業である。

 しかし、悲しいかな、フォールアウトの世界に登場する企業は、総じて倫理観なんてものはねじ切ってオモチャにしてしまっているのが殆どなのだ。

 

 最も、ボルトの中には比較的社会保全計画に近い実態のものも僅かばかりはあるので、もしかすると、それらはボルトテックに残された最後の良心だったのかもしれない。

 

 

 と、フォールアウトの世界を語る上で外せないボルトについて説明した所で、再び俺の置かれている現状について話そう。

 

 ボルトの中には比較的社会保全計画に近い実態のものも僅かばかりあると説明したが、では、今俺がいるのがそういったボルトの一つなのか。

 その答えは、ノーである。

 では、狂気の実験を行うボルトかと言われれば、それも違う。

 

 では一体、俺は今、フォールアウトの世界の中の何処にいるのか。

 それは──、原作のゲームでは影も形もなかった筈の『コロニー』と呼ばれる大規模避難シェルターの中だ。

 詳しく言うと、アメリカ中西部はイリノイ州のオーロラと呼ばれる都市、その郊外に設けられた『サイド6』の名を持ち『リーア』の愛称を持つコロニーの一角だ。

 

 さて、サイド6やリーアの名でピンときた方もいるだろうが。

 これらの名前はフォールアウトとは別の、とある作品内に登場しているものだ。

 誰しもがその名前は聞いたことがあろう、日本を代表するロボットアニメの金字塔、機動戦士ガンダムの作中に登場するスペースコロニーの集合体の一つだ。

 設定では一年戦争当時中立を保ち。ガンダム本編にも一部のコロニーが登場している他、宇宙世紀を題材とする各媒体のガンダムシリーズにも登場している。

 

 ただし、ガンダム本編に登場したようなシリンダー型の形状はしておらず、デザイン的にはボルトとあまり変わりがない。

 しかし、規模が大きい為収容可能人数は二倍の二千人規模、更には純粋に社会の保全を目的としている為、安心感は段違いだ。

 

 因みに、フォールアウトとガンダムとは何の接点もない。

 公式でのコラボなど、前世にいた頃は影も形もなかった。

 

 ただし、公式ではない非公式な形でなら接点はある。

 フォールアウトを語る上で欠かせない『MOD』と『パワーアーマー』に関係してだ。

 所謂改造データであるMODの中には、パワーアーマーと呼ばれる、所謂強化装甲服の見た目をガンダムシリーズに登場するモビルスーツに変更するものや。

 パワーアーマー着用時のサウンド、又は武器の外見、更には銃声等。ガンダムシリーズを素にしたMODが見受けられていた。

 

 

 それが関係しているのかどうかは、今の所分からない。

 ただ、本来のフォールアウトの世界には現れないはずの事象が起こっている事から考えるに、おそらくこの世界は、フォールアウトという世界観をベースとした別世界の可能性が高い。

 そう考える根拠の一つが、現在の暦が『二二九七年』であるという事実だ。

 フォールアウトのシリーズ内では、この暦辺りの背景は語られていない。前世でプレイしたナンバリングタイトルでさえ、その背景の暦は十年前の二二八七年だった。

 一応、シリーズの中には約十年後の二三一六年の出来事の一つが描かれてはいるが、これは主人公の子孫に関することで、それ以上深堀はなされていない。

 

 しかし結局の所、あれこれ考えを巡らせたところで、世界の全容はリーアの中ではなく外にある為、今の俺では分からない事の方が多い。

 だから、とりあえず今は、外に出るかもしれなくなったその時の備えて、色々と準備していくつもりだ。

 

 

 さてと、状況説明がてら、改めて肉体の記憶から得た情報と前世での記憶とを照らし合わせた状況確認と現状の整理を終え。

 同時に、目覚めの後の日課であるストレッチも終わった所で、朝食を食べにリビングキッチンへと向かうとしよう。

 腹が減っては準備も出来ぬ、からだ。




皆さまからの温かなご意見ご感想、お待ちしております。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第二話 終末スクールライフ

「おはよう、お父さん、お母さん」

 

「おはよう、ユウ。ご飯出来てるわよ」

 

「おはよう、ユウ」

 

 自室を出るとそこは直ぐに、ソファや家具が並べられた、家族の憩いの場であるリビングキッチンだ。

 幾らボルトよりも大きいと言っても、収容できる人数も倍になるならば、必然的に割り当てられるスペースはそう広くはない。

 とはいえ、流石はアメリカは言った所か、前世で暮らしていた窮屈なアパートよりも断然広く感じる。

 

「はい、どうぞ」

 

「いただきます!」

 

 椅子に腰を下ろすと、目の前のテーブルにキッチンから母親が出来たての料理を運んできてくれる。

 お皿に盛り付けられ運ばれてきたメニューは、真ん丸綺麗な目玉焼きにカリカリベーコン、付け合せの野菜とトースト、そしてジュースだ。

 流石に、幾ら自他とも認める肉好きの国とはいえ、朝からガッツリとステーキなどは出てこない。

 最も、出せたとしてもリーアの食糧事情からして一部のご家庭のみだろう。

 

 さて、美味しい朝食に舌鼓しつつ、俺の両親の話をしよう。

 名前からも分かるとおり、俺の新たな両親は日系アメリカ人である。

 正確に言えば、コーヒーの入ったカップを片手に新聞を読んでいる父親の『グレッグ・ナカジマ』が日系アメリカ人だ。

 キッチンで洗い物をしている母親の『メリッサ・ナカジマ』は白人である。

 

 偶に語るそれは盛りすぎだろうと思わずにはいられない二人の馴れ初めは割愛し、更に話を続ける。

 

 母親のメリッサは、美しいブロンドに父親が惚れ込むのも無理はないと言わんばかりの美貌を持った女性だ。

 親としても、きちんとしつけは行い、教育も俺の自尊心を尊重する等、まさに良き妻良き母だ。

 そんな良き母親なのだが、どうやら最近、自身の体重について悩んでいるようだ。

 

 次に、父親のグレッグ。少々子供に対して甘やかしすぎのきらいがある、正義感の強い優しい男性だ。

 そんな彼は、リーアにおける治安維持の為の組織、リーアセキュリティと呼ばれる警備隊の一員として、日々このリーアの安全を守っている。

 グレッグ曰く、この職は天職であると漏らしていた事があったが、まさにその通りだと思う。

 というのも、グレッグの家系は代々警察関係の職に就いていた者が多く、戦前は地元でも有名な警察一家だったと、ご先祖様の話をする中で耳にしたからだ。

 

 さて、そんな新しい両親であるが、俺の中ではまだ、本当の両親として接しられていない部分がある。

 まだこちらの世界に来てから半年と経っていない為か、未だに二人の事を心の底から両親として受け入れられず。

 何とか親しく接していても、時折、他人行儀な返事などをしてしまいそうになる。

 

 それでも、いつか二人の事を本当の両親と心の底から思える日が来ると、俺は信じている。

 

 と、心の中で感傷に浸りそうになっている間にも、メリッサが作ってくれた美味しい朝食は、俺の胃の中に全て消えていた。

 

「ごちそうさまでした!」

 

「はい、お粗末様」

 

 感傷に浸りそうな気持ちを元気付けるべく、元気よく食後の挨拶をした所で、リビングに姿が見えなかったオネットが姿を現した。

 

「奥様、バスルームのお掃除、完了いたしました」

 

「ご苦労様、オネット。……それじゃ、悪いんだけど、ユウの支度の手伝いをしてくれるかしら?」

 

「お安い御用です、奥様」

 

 俺の朝食の後片付けをメリッサから、俺の身支度の手伝いを仰せつかったオネットは、早速ふわふわと俺のもとへと近づいてくると支度を始めましょうと俺を急かす。

 

「さぁ、ユウ坊ちゃま、急がないと学校に遅刻しますよ!」

 

「分かったから、近いよ、オネット」

 

 あまり近づきすぎないでくれよ、低出力ジェットの炎が引火しそうで怖いんだよ。

 

「教科書はお入れになりましたか? 筆記具はちゃんと使えるようにしていますか? 授業でお使いになる楽器は大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ、オネット。ちゃんと昨日の夜に確認してるから」

 

「もう一度よく確認することは大事です! これは、身支度のみならず、今後の日常生活や社会に出た際においても……」

 

 自室に戻り学校に行く為の身支度をしていると、リュックに入れ忘れが無いかの確認を、しつこい位に繰り返すオネット。

 こういう時、オネットがロボットである事を忘れそうになる。

 悪い意味ではなく、人間味に溢れているという意味でだ。

 

「本当に、本当に忘れ物はありませんね!?」

 

「オネット、だから大丈夫だって……」

 

 ただ、ちょっぴりそれが癇に障るのもまた事実だ。

 

 因みに、リーアには高校までの学校教育機関が存在するが、学校指定の制服というものは存在しない。

 では私服登校かと思うかもしれないが、それも違う。

 何故なら、リーアの学生、否、リーアの住民全員が同じデザインの衣類を服装規定として着用しているからだ。

 

 その衣服とは、ボルトと象徴する衣類たるVaultジャンプスーツ。その色違いとも呼べる衣類だ。

 Vaultジャンプスーツは、フォールアウトのコンセプトの一つである古き良きアメリカ人々が夢見た未来、それを基にしてデザインされており。

 その見た目はまさに、青を基調に黄色いラインの入ったツナギ、或いは全身タイツである。

 一方、リーアジャンプスーツとも呼ぶべき衣類は、オレンジを基調に黒のラインが入っており。どこかの特捜隊を彷彿とさせる。

 

 なお、Vaultジャンプスーツの背面には居住するボルトのナンバーが入っているが、リーアジャンプスーツも同様に、背面にはでかでかとサイド6とリーアの文字が入っている。

 

 

 さて、リーアの普段着の説明の間も、オネットに耳がたこになる程言われた最終確認を終え。

 リビングでメリッサからお弁当とおやつを受け取ると、いってきますの挨拶を済ませた後、俺は玄関を潜って登校を開始しようとした。

 だが、そんな俺に待ったをかける声が背後から聞こえてくる。

 

「あぁ、ユウ、ちょっと待って。広場までパパと一緒に行こう」

 

 声の主は、グレッグであった。

 

「え~、恥ずかしいよ」

 

「何言ってるんだ。さ、行くぞ。……それじゃメリッサ、いってくるよ」

 

「いってらっしゃい」

 

「いってきます!」

 

「ユウ、気をつけてね」

 

 両親のいってきますのキスを見て、再びいってきますの挨拶を終えると、グレッグと共に登校を開始する。

 

 

 自宅を出てグレッグと共に肩を並べながら、他にも学校への登校や職場へと出勤する人々の流れに乗り、俺は足を進める。

 

「勉強はどうだ? 解らない所があったら、パパが何でも教えてやるからな? 遠慮なく聞いていいんだぞ」

 

「じゃぁ今度、数列の極限と関数の極限の融合、に関する問題を教えてよ!」

 

「……ゑ?」

 

「何でも教えてくれるんでしょ?」

 

「……は、はははは! さ、最近の小学校の授業の内容は進んでるな! はははは! ぱ、パパの小学生の頃とは段違いだ」

 

 返事を誤魔化しながらも、顔が引き攣り冷や汗を流し始めるグレッグ。

 すまないグレッグ、これ、当然ながら小学校で教わるような内容じゃないんだ。

 と、少しばかりグレッグをからかった所で、ネタバラシとばかりに冗談であると告げる。

 

「こ、こら! お、大人をからかうんじゃないぞ! ……はぁ良かった、本当にそんな内容教えられてたらどうしようかと思った」

 

 うん、グレッグの最後の部分の独り言は聞かなかった事にしておこう。

 

 こうして、また一つ親子としての愛情を深めたところで、俺とグレッグは中央広場にさしかかろうとしていた。

 中央広場、それはこのリーアの自宅がある居住エリアやその他のエリアを連結すると共に連結通路としての機能も果たしており。まさに、リーアの骨格部と言っても過言ではない。

 朝のピーク時という事もあり、広大な広場には多くの人の姿が見える。

 そんな人々の隙間から時折見える広場の全体像は、他のエリア同様に鉄骨むき出しの味気ないものではあるが、それでも各所に設けられた休憩用の椅子や等間隔に置かれた観葉植物がアクセントを生み出している。

 また、高い天井高に設けられた巨大な案内掲示板いは、各エリアで本日行われる行事の案内が表示されている。

 

「それじゃユウ、気をつけてな」

 

「うん。お父さんもお仕事頑張ってね」

 

 そんな中央広場でグレッグと別れると、俺は同じく小学校に登校する児童や、中学や高校に登校する学生たちの波に乗りながら、学校教育機関が集中している教育エリアへと向かって歩む。

 

 やがて、俺はこの世界での母校であるリーア小学校に、無事遅刻することなく登校する。

 学校といっても、前世のように広いグラウンドや立派な校舎などは、当然ながら限られた空間内では存在せず。

 まさに箱物と言わんばかりに、正方形の学校スペースを、各学年ごとに細分化した間取りとなっている。

 

 また、空間の限られるリーア内でも学校施設は大人数を収容できる広さを有してる為、授業のない週末には礼拝の為の教会としても利用される。

 終末の週末に行うれいは……、いや、何でもない。

 

 いかん、こんな事を考えて偶に口に出してしまうから、クラスメイトの子達から──ユウ君って偶におじさんみたいだね──、なんて言われてしまうんだ。

 でもしょうがないだろ、見た目は子供、頭脳(精神)はアラサー。その名は、俺! なのだから。

 

 話がそれたので元に戻そう。

 そんな小学校内の三年生の教室へと足を運ぶと、早速、一人のクラスメイトが俺に声をかけてくる。

 

「よぉ、ユウ、今日もパパと一緒に登校してきたのか!?」

 

 俺と同じリーアジャンプスーツに身を包みながらも、その体格は俺や同年代の子達と比べても力強く、その言葉遣いも、何処か他人を見下している感が拭えない。

 そんなクラスメイトの名は、スカイリー・ラモン。

 彼はまさにガキ大将であり、言うなればボルト101におけるブッチという名のキャラクターと同じポジションの子だ。

 

「三年生にもなってパパと一緒に登校なんて、まだまだお子ちゃまだな~」

 

 スカイリーの小馬鹿にする言葉を背に、俺は自分の座席へと着席し、淡々と授業の準備を進める。

 

「おいユウ! 無視すんなよ! 生意気だぞ!」

 

 期待した反応を全く返さない俺の態度に、スカイリーの言葉には苛立ちが滲み始める。

 

「……でもスカイリー、親の立場からすれば、我が子を万が一の事故から守るために付き添い登校するのは、それは労力や根気のいる事だよ。それに、幾ら当人が背伸びして大人と同じだと思い込んでいても、僕達はまだまだ子供なんだ、だから、親からの愛情は無条件でよろ……」

 

「だぁぁぁ! おめぇはいつも小難しい言葉で反論するんじゃねぇよ!!」

 

「じゃ簡単に言うと、僕の為に途中まで毎日付き添い登校してくれるお父さんは、恥ずかしいと思う部分もあれど、僕にとっては世界一素晴らしいお父さんだと思う」

 

「……け! なんだよ! あぁ、しらけた!!」

 

 勝手にちょっかいを出しておきながら、結局しらけて自身の座席へと戻ろうとするスカイリー。

 そんな彼に、俺は声をかけて足を止めさせる。

 

「所でスカイリー、今日の一時間目の算数の授業、ミニテストがあるって言ってたけど、ちゃんと勉強してきた?」

 

 刹那、スカイリーの顔から血の気が引いていく。

 補足として説明しておくと、スカイリーはあまり勉強が好きではなく、成績もあまり良いものではない。クラスでも下から数えた方が早く見つけられる程だ。

 

「余計なお世話だ!!」

 

 そう言い捨てると、スカイリーは足早に自身の座席へと戻っていった。

 

 やれやれ、何とか今回も彼を追い返すことに成功してとりあえずは一安心。

 というのも、彼は何故か、俺が転生する以前から俺によくちょっかいを出している。

 最初は何故なのかと思っていたが、最近、彼の家庭環境の話を耳にし、これが理由ではないかとの推測が立ってきた。

 

 スカイリーは、自身が幼い頃に両親が離婚し、現在まで父子家庭で育ってきた。

 故に、物心付いた頃から母親の愛情を受けられておらず、母親からの愛情に飢えていた。なので、母親の愛情を無条件で受けられる俺を妬み嫉みしているのだろう。

 

 しかし、母親からの愛情だけなら、他のクラスメイトも俺同様に母親からの愛情を受けられている。

 では、何故俺がターゲットにされたのか。それは、俺の父親であるグレッグの仕事が関係している。

 

 いつの時代にも、子供が憧れる職業というものは存在する。それは、このリーアでも変わる事はない。

 リーアの子供が憧れる職業の上位三つの内の一つ、それが、グレッグの職業でもある『リーアセキュリティ』だ。

 その業務内容は名前からも分かる通り、外敵からの守備、そしてリーア内の治安維持である。

 ボルトにも似た性格の組織はあるが、あちらの方は、ボルトの性質上、警備というよりも看守としての性質が強い。

 

 セキュリティアーマーやセキュリティヘルメットといった専用の装備を身にまとい、日夜リーアの治安を守っている彼らは、まさに子供たちにとっては憧れのヒーローだ。

 

 そんなリーアセキュリティの一員である父親を持つ俺のことを、スカイリーが気に留めないわけがない。

 しかも、そこに加えて彼の父親は、子供たちの『なりたくない』職業の一つ、『清掃職員』と呼ばれる清掃業者を生業としてる。

 方や憧れの職業、方やブルーカラーの不人気職業。

 この様な比較背景も相まって、スカイリーは俺のことが気に食わなくて仕方がないのだろう。

 

 とはいえ、清掃職員だってリーアにおいては立派な職業だ。そもそも、このリーアの中において、不必要な職業など存在しない。

 なので、スカイリー自身が、いつか自身の父親の仕事は立派なのだと理解して、他人に対する妬み嫉みをやめてくれることを願うばかりだ。

 

 

 と、スカイリーとの関係や家庭環境を説明している間にも、朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴り響き、担任の先生が教室内へと入室してくる。

 さて、今日も再び送れる学生生活を懐かしみつつ、勉学に励むとしよう。



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第三話 終末ハッピーバースデー

 ピップボーイ、フォールアウトという作品を語る上で外す事のできないアイテムの一つだ。

 ナンバリングタイトルごとに手持ちや着用型など様々な形状をした各モデルが登場しているが、基本的には個人用の携帯型端末だ。

 所有者当人の健康状態や持ち物の管理、更には位置情報にラジオ、ホロテープの再生等々。多種多様な機能を備え。

 中でも、一番の目玉というべきが『V.A.T.S.(バッツ)』と呼ばれる戦闘支援システムだ。このシステムを用いれば、まさにど派手なアクション映画よろしく素晴らしいバレットタイムを体験できる。

 

 まさにこれ一台でお悩み解決な、万能携帯型端末だ。

 

 

 そんなピップボーイであるが、なんとこのリーアにも存在している。

 ゲームではボルトの住民にのみ支給され、その希少価値を高めるのに一役買っていたが、この世界ではそうではない。

 

 何故リーアにもピップボーイが存在しているのか。これは個人的な推測だが、おそらくピップボーイの高性能故ではないかと考えられる。

 ゲームシステムだからと身も蓋もない話は置いておくが、日常生活から戦闘まで、様々な場面で活躍する程の性能を秘めた物が、お手頃価格な筈はないだろう。

 前世におけるスーパーコンピューター程の超高額ではないにしろ、高性能パソコン以上の製品単価は掛かっていたと思われる。

 

 それをボルト居住者分調達するとなると相応の金額となる事は容易に想像できる。

 しかも、調達側であるアメリカ政府が用意できる予算は当然限りがあり。

 ボルトの建造費や他の備品代等々、関連予算の内訳を想像するに、ピップボーイのみ潤沢に予算を投入することは難しい。

 

 となれば、調達側である当時のアメリカ政府も、製造企業側の言い値でゴーサインを出すとは考えず辛く。価格を抑えるべく様々な努力を行った事だろう。

 ではそれはどんな努力かといえば、利用者の増大だ。

 利用者が増えればその分更なる増産を行わざるを得ない、そうなれば、製品の大量生産により価格は抑えられる。つまり、限られた予算でも調達できる数が増える。

 

 おそらく最初に手を付けたのは、政府の意向を反映しやすい軍からだろう。

 V.A.T.S.を用いれば、当時資源戦争で戦っていた中国軍を一方的に叩ける筈と夢を見るのは想像に難くない。

 だが、現実は政府側の予想以上に、軍にピップボーイが普及することはなかった。

 それは、ピップボーイを用いなくとも、当時配備が始まっていたパワーアーマーが既に期待以上の戦果を挙げていた為。そして、実際装着する兵士たちからの拒絶の声もあったのだろう。

 ゲームでは分からないが、おそらくインプラント手術に似た感覚や、防諜をはじめ様々な対策面からくる専門技師による正規の手順のみでの取り外しといった不便さ、更には拒絶反応等。

 現場レベルでは書類の上では見えなかった様々な問題が噴出し、普及はとん挫。

 

 そこで次に目を付けたのが、コロニーにおける普及だ。

 コロニーの建造は政府が主導的な立場にあるので、ピップボーイを新に導入させる事は難しくない。

 だが、軍と同じ轍を踏むのを避けたい政府側は、二の矢として民間での普及も同時進行で展開したと思われる。

 

 軍用とは異なる、一部の機能を制限した民生用と呼ばれる物を開発させ、導入を促したのだろう。

 しかし、民生用とはいえ、おそらく基を考えるにオーバースペックな性能を誇るものに仕上がっており、結局一般家庭程度では取扱いに困る品物となってしまい、これもまた普及しなかったと思われる。

 

 結局、軍と民間の普及を失敗し、残された選択肢はコロニー一択となってしまったのだろう。

 それでも、ボルトの住民のみに導入するよりは価格を抑えられる効果が多少はある為、コロニーへの導入は続けられ。

 こうして、コロニーの住人も、ボルトの住人同様、ピップボーイを手に入れる事となったものと思われる。

 

 

 

 等と俺の推測をつらつらと書き記したが、もはやそんな背景は今はどうでもいい。

 大事なのは、このリーアにもピップボーイが存在し、それが住人に支給されているという事実だ。

 そう、このリーアの住民であれば、誰もがVaultの住人に、選ばれし者に、孤独な放浪者に、或いは運び屋や唯一の生存者になれる権利を持っているのだ。

 

 そしてその権利は、この俺も有している。そう、俺もだ。

 

 その権利が有効となるのは、支給対象者が満十歳となる事。

 そう、ボルト101と同様、このリーアでも十歳となるとピップボーイが支給され大人の仲間入りとなる、故に、大人と同じくリーア内で仕事に就く事ができる。

 のだが、どうやら仕事に就くとの規約はすでに形骸化しており。

 実際に仕事に就くのは、高校を卒業してからとなるようだ。

 

 尤も、ピップボーイを受け取れる事実に比べれば、取るに足らない事だ。

 

 

 さて、時の流れは早いものである。

 ついこの間まで九歳であった筈の俺の新たな肉体は、今日この日、満を持して十歳の節目を迎えた。

 

 それこそ、嬉しさのあまり昨夜などなかなか寝付けなかったほどだ。

 お陰で、学校での授業中に襲い来る睡魔との戦いは熾烈を極めた。

 だが、そんな戦いに勝利し、俺は意気揚々と栄光のロード(帰り道)を歩む。

 

 さぁ、時は満ちた。

 いざ今こそ、栄光の自宅に向かってまっしぐらだ。

 

 因みに、ピップボーイの受領はボルト101のように最高責任者から受け取るのではなく、支給対象者の親から受け取る事になっている。

 尤も、今の俺には誰から受け取った所で違いなどない。

 

「ただいまー」

 

 自宅の玄関を潜ってリビングキッチンへと繋がる扉を開けると、次の瞬間。

 

「せーの、おめでとー!」

 

「おめでとう!」

 

「おめでとうございいます! ユウ坊ちゃま!」

 

 そこには、今朝までとは違った世界が広がっていた。

 天井を覆う色とりどりのフラッグガーランドに、カラフルなバルーンの数々。更には、『ハッピーバースデー・ユウ』と書かれた垂れ幕に、美味しそうなケーキや料理の数々。

 そして、カラフルな三角帽子を被り、クラッカーを鳴らす両親やオネット。そして、決定的瞬間をカメラで撮影するグレッグの職場の同僚の姿。

 

 数時間前の見慣れたリビングキッチンは、今や俺の誕生日を祝うパーティー会場へと変貌していた。

 

「あ、あ」

 

「ははは、驚いたか? ユウ。実はな、ユウには内緒でこっそりとパーティーの計画を立ててたんだ」

 

「凄い! ありがとう!!」

 

 前世でも、お祝いこそされど、パーティーなんてしてもらった事はなかった。

 故に、俺は心の底から感謝の言葉が漏れる。同時に、屈託のない笑顔も。

 

「わたくしも、飾り付けのお手伝いを致しましたんですよ」

 

「オネットも、ありがとう」

 

「いえいえ、記念すべきユウ坊ちゃまの十歳のバースデーです。わたくし、張り切りました」

 

「アントムも、来てくれてありがとう!」

 

「ははは、一生に一度しかやって来ないユウの大切な日だからな。仕事を休んででも駆けつけねぇと」

 

 赤い縮毛を揺らし白い歯を見せて祝福してくれるのは、グレッグの同僚でグレッグが班長を務める班の一人でもあるアントム・ラッセルだ。

 

「にしても大きくなったよな、ちょっと前まではこんなに小さかったのに、本当、子どもが育つのはあっという間だな」

 

 アントムは俺が生まれて間もなくの頃から俺の事を知っており、俺の事を我が子のように可愛がってくれている。

 だがこれは、俺が上司のご子息だからという訳ではない。

 というのも、アントムは結婚こそしているが、残念なことに子供に恵まれず、だからこそ俺に対して我が子のように愛情深く接してくれる。

 そんな彼の気持ちに応えるべく、俺も、彼の事は年の離れた兄弟のように接している。

 

「さぁ、そろそろ美味しい料理を食べましょう。冷めない内に」

 

「そうだな。ユウ、手を洗っておいで、ユウの為にメリッサが腕によりをかけた美味しい料理を食べよう」

 

「うん!」

 

「いや~、メリッサさんの作る料理は最高ですからね。そんな料理を食べれるなんて、やっぱり来て正解だったな!」

 

「アントム、もしかして僕の誕生日よりお母さんの料理が目当てだったの?」

 

「え、んなわけないだろ。ユウの大切な日を共に祝える方が一番に決まってるだろ。で、二番目がメリッサさんの料理だな」

 

「じゃ、リリアナさんの料理は何番なの?」

 

「……、そりゃ、あれだ。……順位なんてつ、つけられねぇよ! あぁ、そうだ、うん」

 

 因みに、アントムの奥さんであるリリアナの料理の腕前は、彼の反応から察せられるように、あまりおい──否、個性的であるのだ。

 そう、個性的なだけなのだ。

 先月、アントムの誕生日に家族でお祝いに駆け付け、そこで振舞われたリリアナさんの料理の味は、今でも思い出すと、いややめておこう。

 

 

 さて、アントムとのやり取りもそこそこに切り上げ、グレッグに言われた通り手洗いうがいを済ませると、楽しいバースデーパーティーが幕を開ける。

 

「ユウ。お前が喜ぶプレゼントがあるんだが、なんだと思う?」

 

「んーとね、『ヌカコーラで学ぶマクロ経済学』かな。それとも、『プロテクトロン式プログラミング教本』とか? もしかして、『ボクシング入門』?」

 

「……、ははは! ユウ、お前は相変わらず勉強熱心だな!」

 

 おそらく、アントムはもっと年相応の答えを期待したのだと思うが、俺の口から出た予想外の答えに一瞬言葉を詰まらせる。

 

 前世では、あまり勉強なんて積極的にやりたいとは思わなかったが、この世界では、前世以上に知識は何物にも代えがたい貴重な財産だ。

 特に、リーアの外の世界は教養なんて言葉とは縁遠い世界だ。

 故に、俺は転生した翌日から、可能な限りの書物を読み漁り知識を蓄えている。

 といっても、やっぱり得意不得意はあり、苦手な分野もあるのだが。それでも、この世界でより良い未来を選択できる可能性のため、日夜励んでいる。

 

 因みに、俺が転生する以前から、この肉体の持ち主は勉強を疎かにするタイプではなかったらしく。

 急に学ぶことの楽しさに目覚めたと、周りの人々に怪しまれる事はなかった。

 

「そんな勉強熱心なユウにぴったりな、息抜きできるプレゼントだ」

 

 開けてからのお楽しみとばかりにアントムから手渡されたラッピング袋。

 留め具を外し、中身を取り出すと、それは、一冊の漫画であった。

 星条旗カラーに塗装されたパワーアーマーが、勇ましいポーズで表紙を飾る。

 

「どうだ? 嬉しいだろ!? 『キャプテン・パワーマン』のコミック創刊号だ! しかもオリジナルだぞ!!」

 

 キャプテン・パワーマンとは、戦前に存在していたハブリス・コミック社という出版社から発売されていた漫画の一つである。

 その内容は、宇宙人の侵略に際して危機に陥ったアメリカを救うべく、超人兵士血清を投与され、高い知能と強靭な肉体を経た主人公が、星条旗カラーに塗装されたパワーアーマーを装備し宇宙人と戦うというもので。

 前世の記憶を持つ俺からすれば、その内容はまさに、前世のアメリカで絶大な人気を誇っていた某漫画出版社の漫画の内容が入り混じったものと言えた。

 

 因みに、ボルト同様に娯楽文化が乏しいリーアであるが、最初の居住者が持ち込んだのか、それなりに娯楽用の書物は存在している。

 だがやはりというべき、刊行ものは不揃いなものが多い。

 しかし、抜けた物語の部分を各々が想像し、更に楽しむという新たな娯楽を生み出している。

 

 そんな中で、何故かキャプテン・パワーマンに関しては創刊号から最新刊まで揃っており。

 しかも、状態が良かったからか、或いは持ち込んだ当人の熱意が当時の人々を突き動かしたのか。何故か複写され、ある程度の数がリーア内で今なお現存している。

 

 その為、我が家にも、グレッグが愛読していたキャプテン・パワーマンの各巻が本棚に収納されている。

 ただし、全部複写版ではあるが。

 

「俺のお古だが、どうだ、気に入ってくれたか!?」

 

「凄い! ありがとう、アントム!!」

 

「ははは、おうよ!」

 

 因みに、オリジナルというべき持ち込まれたキャプテン・パワーマンに関しては、各巻三冊ずつ存在しており。

 どうやら持ち込んだ人物は、相当の熱意の持ち主であったことが伺える。

 

 さて、貴重な漫画をプレゼントされ満面の笑みを浮かべる俺に、更に嬉しい知らせが届く。

 というよりも、こちらの方が本日のメインというべきものだ。

 

「よかったなユウ。あ、後でパパにも見せてくれるか? オリジナル版は見たことないんだ」

 

「うん、いいよ」

 

「よし、約束だぞ。……と、それじゃ、んんっ!! 今度は、パパからユウに、大切な贈り物だ」

 

 対面に座るグレッグの背筋と共に表情が引き締まると、次いで真剣な雰囲気が流れ始める。

 それに応えるように、俺も、表情を引き締めグレッグの顔を見据える。

 

「ユウ、知っているとは思うが、このリーアでは満十歳となるとピップボーイが支給される」

 

「はい」

 

「つまり、ユウがリーアの大人の仲間入りを果たすという事だ。……だがそれは同時に、大人と同様に自身が責任を負うということも意味する。分かるな?」

 

「はい!」

 

「いい返事だ。……よろしい、では、ユウ・ナカジマ、こちらに」

 

「はい!」

 

 席を立つグレッグに誘導され、他の皆が見守る中、俺のピップボーイ支給式が行われる。

 

「さぁ左腕を手を出して、……よし」

 

 グレッグが手にしたピップボーイを、俺の左腕に優しく装着する。

 装着が完了すると、俺の腕周りに合わせるように保護パッドが調節され、適度な圧迫感を感じる。

 同時に、ピップボーイのモニターに光が宿り、ボルトテックのマスコットキャラクターにしてフォールアウトという作品そのもののマスコットキャラクターでもある、ボルトボーイのアニメーションが映し出される。

 

 メインのモニターに各種調整ダイヤル、更には各種メーターにホロテープ挿入口等々。

 正式名称『Pip-Boy 3000 Mark IV』、機能制限を施した民生用のピップボーイながらも、ピップボーイの名を持つだけはありその利便性は他の型に引けを取らない。

 

「ユウ、これからは、自分がリーアの一員として責任ある行動に努めると共に、勉学に励み、そして、恥じることのない真の大人を目指して頑張るんだぞ!」

 

「うん、僕、頑張る!!」

 

「よし、いい返事だ」

 

 俺の決意のこもった返事を聞き、グレッグの表情が再び柔らかなものへと変化していく。

 それにつられて、俺の表情からも、緊張の色が消えていった。

 

「さぁ、ピップボーイの受け渡しも終わったし、私達からのプレゼントもあげましょう」

 

「あぁ、そうだな。オネット、プレゼントを持ってきてくれるかい?」

 

「あー、その前に、一枚記念写真を撮らせてください班長。ユウのピップボーイ支給記念って事で、班長達家族の写真を」

 

 そして、続いて両親からのプレゼント贈呈というタイミングで、アントムから記念写真のお願いが聞こえてくる。

 

「分かった。それじゃ、メリッサ、ユウ、おいで」

 

「オネットもいらっしゃい」

 

「え、奥様、わたくしもですか?」

 

「えぇ、オネットも家族の一員ですもの、ね、ユウ」

 

「うん、オネット、はやくはやく」

 

「待ってください! 今行きます!」

 

 俺を中心に、グレッグとメリッサが左右に、そしてオネットがさらに外側に浮遊停止している。

 

「それじゃ、撮りますよ。笑って、はい」

 

 アントムの合図と共に、カメラのフラッシュがたかれ、記念すべき一日の家族の様子が切り取られた。



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第四話 G.O.A.T.

 子供の頃は時間が経つのが遅い筈だったのに、大人になると同じ時間でも早く感じる。

 何の法則だったか、確か、じゃぁね。 いや、ジャネーの法則だったか。

 だが、その法則に当てはめれば、今の俺は時間が経つのが遅いなと感じる筈だ。しかし、現実はそうではない。

 

 気が付けば、あっという間に五年もの歳月が経過していた。

 

 もしかすると、精神が大人なので肉体が子供でも時間の感覚は大人と同じなのだろうか。

 ま、考えていても答えが見つからないので、とっととベッドから起きて、朝食を食べるとしよう。

 

 ベッドの脇に置いてあるピップボーイを左腕に装着すると、もろもろの準備を済ませ、自室を後にする。

 

「おはよう、父さん、母さん」

 

「あら、ユウ、おはよう」

 

「おはよう、ユウ」

 

「おはようございます、ユウ坊ちゃま」

 

 リビングキッチンに足を運ぶと、定位置に父と母の姿。そして、母の手伝いをするオネットの姿が目に入る。

 自身の定位置である椅子に腰を下ろすと、母が美味しい朝食を運んできてくれる。

 

「美味しそう……、いただきます」

 

 料理から香り立つ美味しさに、俺の口内は一気に受け入れ態勢を整えていく。

 そして、口に運ばれてきた料理の美味さを、脳へと伝えるのだ。

 

「母さんの料理、今日も美味しい!」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 微笑む母の笑顔は、俺が幼い頃と変わらず美しいものだが、最近、目元のシワが目立ってきた気がする。

 

「ユウも一人前にお世辞が言えるようになったか、成長したなぁ……」

 

「もう、グレッグ」

 

「あぁ、冗談だよ、メリッサ。君の料理は世界一さ」

 

「ありがとう、あなた」

 

 一方、幾つになっても相変わらず母に夢中な父も、最近は白髪が目立つようになってきた。

 黒髪であるが故に、際立っている。

 

「ユウ坊ちゃま、食後のコーヒーですよ」

 

「ありがとうオネット。……所で、そろそろ坊ちゃまは、やめてくれないかな?」

 

「そんな! わたくしの中では、幾つになってもユウ坊ちゃまはユウ坊ちゃまです!」

 

 そんな両親の変化を感じられる中になって、オネットだけは、昔と変わらぬ姿、そして、変わらず俺のことを坊ちゃまを付けて呼ぶ。

 もう十五歳なんだし、とオネットに言っても、彼は頑なに坊ちゃまを外そうとはしない。

 

 まったく、こういう所だけは人間味がないんだから。

 

「所でユウ、今日はG.O.A.T.を受ける日だったな」

 

「うん」

 

「頑張るんだぞ。ユウは俺に似て頑張り屋さんだから、頑張ればきっと、ユウが望んだ結果が出てくるはずだ」

 

「ありがとう、父さん」

 

 食後のコーヒーを堪能していると、あらかた新聞を読み終えた父が、大切なイベントに関しての話を振ってくる。

 そう、ボルト101においても悪名高いG.O.A.T.、正式名称Generalized Occupational Aptitude Test。日本語訳すれば一般化された職業的適性検査。

 複数選択式の職業適性試験の事だ。

 

 試験の内容は、ボルト101を例に挙げると、それはもう支離滅裂でブラックユーモアたっぷりなものとなっている。

 一体あの問題とその答えから、どうやって回答者個々人の適性を導き出しているのか、不思議でならない。

 

 そんなG.O.A.T.も、何故かリーアでも実施されており。もしかして、社会保全計画に基づいて作成されたものなのだろうか。

 だとすれば、作成した担当者はヌカ・コーラジャンキーも真っ青なほどな状態だったんだろう。尿が青く光るだけに。

 

 といっても、ボルト101とは異なり、このG.O.A.T.の結果によって将来就くべき職業が決められる訳ではない。

 G.O.A.T.はあくまでも参考資料だ。

 現在のリーアの就職までのプロセスは以下の通りとなっている。

 

 まず、満十五歳になるとG.O.A.T.を受け、各々の参考データを調べる。

 そして、高校進学後、二年間の成績や所謂内申点を収集し、高校二年の夏に、リーアの各セクションから求人が解禁され、後日応募書類の受付が開始。

 その際、それまで収集した各種データが付随される。

 そこから二週間後には、各セクションでの採用試験がスタートし、一週間から十日程度の後、各々に内定の合否が配られる。

 

 そして、高校三年生からは、ほぼ一年を通して内定先へ赴いての研修期間となる。

 

 こうして高校を卒業後、卒業生達は内定先の一員として、リーア社会の一員としてデビューすることとなる。

 因みに、前世の日本とは異なり、このリーアでは高校卒業までが義務教育の期間となっている。

 

 

 さて、そんな訳で、今後の指標を示してくれる大事なG.O.A.T.を受けるべく、学校へと向かうとしよう。

 壁に掛けられた時計に目をやると、いつもの登校時刻が迫っていた。

 残っていたコーヒーを一気に飲み干し、自室に置いてあるリュックを手に取ると、そのままリビングキッチンを通り抜け玄関へと足を運んだ。

 

 因みに、G.O.A.T.の実施日は午前中までの授業なので、お弁当は必要ない。

 

「いってきます!」

 

 両親とオネットに見送られながら、俺は自宅を後に教育エリアを目指して歩き始めた。

 

 

 

 自宅のある居住エリアを歩いていると、ふと顔なじみのご近所さんが声をかけてきてくれる。

 

「あら、ユウちゃん。学校?」

 

「はい」

 

「でも、今日はなんだかいつもよりも気合が入ってる感じがするわね?」

 

「はい、今日はG.O.A.T.の日ですから」

 

「あら~、そうだったわね。懐かしいわ……、私、あれで『ひよこの鑑定士』なんて結果だったのよ」

 

 リーア内では、売買されている食糧の他、状況によっては配給される食糧もある。

 その中には、卵や鶏肉も入っているので、養鶏を行っているセクションも存在しており、よって、そのような供給用の為の孵化場もまた存在している。

 なので、ひよこの鑑定士という職業がリーア内にあっても不思議ではない。

 

 余談だが、一時、その職を人間ではなくMr.ハンディに任せようとした事があったようだが、ひよこへの負担が大きく、また精度もいまいちという事で、全自動計画はお流れになったそうな。

 

「あらやだ、またおばさん長話しちゃって。ごめんなさいね」

 

「いえ、とんでもない」

 

「あ、そうだわ、はいこれ」

 

 そんなご近所さんの昔話も一区切りついた所で、ご近所さんから小さな紙袋を手渡される。

 受け取って中を確認すると、そこには、俺が将来を見越してコツコツと貯蓄している物が入っていた。

 

「ありがとうございます!」

 

「いいのよ、どうせただのゴミだしね。あ、早く行かないと、学校に遅れちゃうわよ」

 

 お礼を言い紙袋をリュックに入れると、ご近所さんと別れ、再び学校を目指して歩き始める。

 

 さて、移動の間に、先ほどご近所さんから頂いた紙袋の中身の説明をしよう。

 紙袋の中身、それは、ビンの王冠。つまり、キャップである。

 フォールアウトという世界の基本通貨、貨幣システムなんて過去の遺物と化した世界の新たなる通貨、それこそがキャップ。

 おそらく、この世界でもキャップが基本通貨、あるいは基本である物々交換の補助という立ち位置であろうと推測される。

 

 なのだが、リーア内では、戦前からの貨幣システムが今なお続いており。

 リーアドルと呼ばれる公式通貨が、リーア社会では唯一の通貨という認識だ。

 それ故、リーア内で流通している瓶飲料の王冠等、ここではごみ以外の何物でもない。

 瓶は回収し消毒処理などを施して再利用されるが、王冠は一度使用すれば再利用不可能なのだから。

 

 だが、他人にはごみであっても、俺にとってはそれはまさに金銀財宝。

 俺は転生してから暫くした後、外に出た場合に備えての準備の一環として、この王冠の回収作業を開始した。

 最初は適当な理由を付けて両親から、そして、徐々にご近所へと広がっていった。

 

 その結果、今では外に出れば一瞬にして金持ちになれる程、大量の王冠を貯蓄している。

 因みに、貯蓄している王冠は収納容器に入れ替えて自室に置いている。

 ピップボーイの四次元収納に収納してもよいのだが、貰ってそのまま収納すると、小分けになってしまう為、取り出すのに面倒くさいのだ。

 故に、一度移し替えて、必要な時になればピップボーイに収納しておく予定だ。

 

 

 さて、そんな説明をしている内に、まもなく学校に到着する距離までやって来た。

 多くの学生たちと同じく足を進めていると、ふと、言い争うような声が何処かからか聞こえてくる。

 

「嫌だって言ってるでしょ!」

 

「いいだろ、付き合えよ。すげぇもん見せてやるからよ」

 

 声の発信元を探すべく視線を左右に振ると、通路の脇、人目に付きにくい場所に複数の人影を見つける。

 人影の方へと近づくと、その正体が判明する。

 

 そこにいたのは、クラスメイトの女の子に言い寄っている、俺と同じく十五歳の少年となったスカイリーとその取り巻きだ。

 相変わらず恵まれた体格に端正な顔立ち、茶髪をリーゼントに整え、そしてリーアジャンプスーツの上から羽織った黒の革ジャンには、アメリカバイソンのシルエットが刺繍されている。

 取り巻きも同じ革ジャンを羽織っているが、これは、スカイリーをリーダーとする不良少年グループ『トンネルバイソン』の専用の上着だ。

 

「何してるんだ?」

 

「ナカジマ君、助けて! こいつら無理やり言い寄ってくるの!」

 

 女の子を取り囲むように立っていたスカイリー達であったが、俺が声をかけたことで隙が生まれ、女の子はその隙をついて方位から脱出し、俺の後ろに隠れる。

 

「あぁ? 何だよユウ!? 俺の愛の告白を邪魔するんじゃねぇ!」

 

 本当にそうなら悪いことをしたが、彼女の怯えた様子や高圧的な行動は、どう考えても言い分とは異なっている。

 

「その割には、彼女、随分と怯えているようだけど?」

 

「何だなンだ、スカイリーさんがでたらめ言ってるっていうのか?」

 

「おうおうおう、女の前だからってかっこつけてんじゃねぇぞ!」

 

 取り巻きの二人がスカイリーに代わり、高圧的な態度で俺を屈服させようとしてくる。

 だが、俺は毅然とした態度で更に言葉を紡ぐ。

 

「それに、愛の告白なら、一対一で行うのがセオリーだと思うけど。……それとも、スカイリーは誰かに見守ってもらわないと、怖くて告白もできないの?」

 

「っ!! てめぇ!」

 

 刹那、スカイリーが俺の胸ぐらを掴むと、怒りか恥ずかしさか、顔を赤くしながらまくし立て始める。

 

「さっきの言葉を取り消せよ! 俺が怖がり屋の臆病者だって、冗談じゃねぇ! 俺は泣く子も黙るトンネルバイソンのリーダー、スカイリーだぞ! あぁ! 俺はてめぇみてぇな親の七光りで周りからチヤホヤされてるやつとは違う、俺はこの俺の腕だけでトンネルバイソンを立ち上げたんだぞ!」

 

「トンネルバイソン最高!」

 

「リーダー最高!!」

 

 すると、取り巻き二人の声援が響き渡る。

 

「どうだ? あぁ! お前にはこいつらみたいに慕ってくれる奴なんていないだろ? お前なんて、親が警備隊の副長で次期警備長でもなけりゃ誰も相手にしねぇ寂しいやつなんだよ!」

 

 父は確かに、今やリーアセキュリティのナンバーツー。

 また、現在警備長である人物は、来年には退職するので、そうなれば規定に基づき父が警備長の席に座る事となる。

 

 だが、権力の恩恵欲しさに人間関係を作ろうとするのは、大人の世界での事だ。

 子供の世界には、全くもって関係のない話。

 

「そんな事ないわ! ナカジマ君はお父さんの職業なんて関係なく、皆から慕われてる!」

 

「うっせぇ!! 黙ってろよ!!」

 

 それを裏付けるように、女の子から強力な援護が加わる。

 

「どうせ他の連中に媚び売ってるだけだろ! あぁ!? 皆が喜びそうな事して点数稼いでるだけだろ!」

 

「なら、スカイリーも、すればいいじゃないか」

 

「あ?」

 

「他人に迷惑をかけるような事じゃなく、他人が笑顔になれるような事をすればいいじゃないか。……そうすれば、もっと、もっと君を慕ってくれる人が増えると思うよ」

 

 母親の愛情を受けられず、その隙間を埋めるように他人にかまってほしいから、他人の目を引く事をする。

 その考えは、分からなくもない。ただ、スカイリーは、やり方を間違えてしまっただけなのだ。

 だから、今からでも、正しいやり方へと導けばやり直せる。

 

「……っ!! 知ったような口利いてんじゃねぇ!!」

 

 刹那、スカイリーの堪忍袋の緒が切れたのか、彼の左拳が俺の頬を直撃する。

 あぁ、痛いな。

 

「きゃぁっ!」

 

 女の子の悲鳴が響き渡る中、スカイリーは再び左拳を俺の顔目掛けて振るおうとする。

 だが、生憎と二発目をもらうつもりはない。

 

 話しても分かってくれない相手には、痛い目を見て理解してもらうとしよう。

 

「っ! が!」

 

 二発目の拳が振るわれるよりも早く、俺はスカイリーの股間目掛けて膝蹴りをお見舞いしてやる。

 すると、スカイリーの顔は途端に苦悶にゆがみ、そのまま崩れるようにその場に蹲ってしまう。

 

「て、てめぇ、な、なんでそんな……、つ、強えぇ、んだよ」

 

 股間の痛みに何とか耐えながらも、スカイリーは俺の予想以上の強さの秘訣を尋ねる。

 おそらく、彼は俺がビビッて反撃もできないだろうと勘違いしていたのだろう。

 学校生活の中でも、俺は喧嘩なんてしていなかったので、喧嘩慣れもしていないと。

 

 しかし、生憎と、俺は喧嘩はしていなくとも護身術を含む近接格闘術を、アントムからご指導いただいている。

 理由は、外に出た時の備えとしてだ。

 

「く、ぐぞう……」

 

「あぁ、スカイリーさん」

 

「て、てめぇ! よ、よくもリーダーを……」

 

「どうするの? スカイリーのかたき討ちでもする? 二人には殴られた訳じゃないけど、やるって言うのなら、容赦しない……」

 

 少しばかり視線を鋭く、言葉に力を加えると、取り巻きの二人は威勢のよさとは裏腹に及び腰になっていく。

 所詮は、スカイリーの権勢をかさに着てしか威張れない取り巻きか。

 

「おい君達! そこ何をしてるんだ!」

 

 刹那、そんな状況に劇的な変化をもたらすかの様に、聞き馴染みのある声が聞こえてくる。

 声の方を振り向けば、そこにはセキュリティアーマーやセキュリティヘルメット等の完全装備を施したアントムの姿があった。

 

「ユウ、一体何してるんだ? それに……、ん? そこで蹲っているのは、スカイリーか?」

 

 俺たちの状況を確認すると、何か勘付いた表情を見せるアントム。

 刹那、彼が言葉を発するよりも先に、俺が言葉を発する。

 

「スカイリー、ちょっとお腹の調子が悪いみたいで、看病してたんです」

 

「……こんなに大勢でか?」

 

「えぇ、一人よりも大人数の方がいいかと思って」

 

 俺の顔を見据え、考え込むアントム。

 しばらくして、考えがまとまったのかアントムが口を開く。

 

「よし、それじゃぁ早く医務室なり保健室なりに連れて行ってやれ」

 

「……くそっ! 覚えてろよ!」

 

「この借りはいずれ返すからな!!」

 

 捨て台詞を吐き、取り巻き二人はスカイリーを連れて学校の方へと消えていった。

 彼らの姿を見送り、再びアントムが口を開く。

 

「所で、ユウ。お前も保健室なりに行った方がいいんじゃないか? 殴られた手当の為に?」

 

「アントム、これは今朝、出掛ける時に急いでてぶつけちゃっただけだよ」

 

「……、ふぅ。まぁいい、今回は目をつぶろう。彼女を助けたみたいだしな」

 

 そして、アントムは巡回警備へと戻っていく。

 

「そうだアントム! アントムの教えてくれた術、役に立ったよ!」

 

 遠ざかるアントムは、返事を返すことなく、親指を立ててサインを返すのであった。

 

「ありがとうナカジマ君! 貴方のお陰で助かったわ!」

 

 感謝のしるしに頬にキスをもらい、無事一件落着した所で、俺たちもまた、学校を目指して歩き始めるのであった。

 

 

 

 さて、登校までに色々とあったが、無事に学校に登校し授業は進み、いよいよ、G.O.A.T.とのご対面だ。

 問題用紙が配布され、やがて、先生の開始を告げる合図と共に、配布された問題用紙に目を通し記入していく。

 

「第一問、君に気のふれたパイロットが近づいてきて『少年! 君のクアンタムバースト、私のトライパニッシャーに入れようぞ!!』と叫んでいる。君は何と答えるかな?」

 

 先生が問題を読み上げるが、これ、ゲーム以上にぶっ飛んでいる。

 一体、この問題を考えた人は、何処の武士道を極めしフラッグファイターなんだ……。

 

 そんな真面目に考えれば考える程、正気とは何だったのかと疑問符を浮かべずにはいられない問題を解いていき。

 やがて、最後の問題となる。

 

「問十問、核により汚染された大地の厳しさから私たち市民を保護し、間違いなくリーアにおいて最も重要な人物は誰でしょう?」

 

 ゲームでは、選択肢が実質一択であったが、このリーアの場合は、市長の他に警備長等といった複数の選択肢が存在していた。

 なので、俺は警備長と選択する。

 

「それでは、終わった人から先生の所に持ってきてください」

 

 全ての問題を解いて、問題用紙を先生に提出する。

 すると、先生は机の脇に置かれたパソコンを操作し、各々の回答の結果を調べる。

 

「やはり、血は争えないみたいだね。おめでとう、結果はリーアセキュリティの隊員だ。君なら、お父様同様に素晴らしい警備員として活躍することだろう」

 

 結果、俺は父と同じリーアセキュリティとなった。

 この結果は、俺にとって願っても無いものだ。

 

 だが、まだ手放しでは喜べない。

 何故なら、リーアセキュリティは人気の職業である為毎年倍率も高い。故に、採用試験で合格を得るには、かなりの努力が要求される。

 

 さて、これは帰ってからますます励まなければならないな。



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第五話 さらば、スクールライフ

 G.O.A.T.から三年、この日、俺の第二の人生は一つの節目を迎えた。

 本日をもって高校を卒業し、明日からは、正式にリーアセキュリティの一員として、リーアの社会を守っていくのだ。

 

 高校の卒業式、それは、新たなリーアの新社会人が誕生する瞬間でもある。

 そんな一大イベントを祝うべく、高校の卒業式に関しては、中央広場の特設ステージで行われる。

 その為、生徒の親御さんや教員のみならず、リーア中の人々が観覧に訪れている。

 

「ユウ・ナカジマ君!」

 

「はい!」

 

 名前を呼ばれ、壇上へと上ると、リーアの現政権トップ、『チェスター・ランク』市長から卒業証書を受け取る。

 

「卒業おめでとうユウ君、君は、ナカジマ警備長の自慢の息子さんだね。頑張って、お父さんと同じ素晴らしい警備員の一員を目指して、これからも頑張ってくれたまえ!」

 

「ありがとうございます」

 

 自然なのか営業なのか、笑みを浮かべるランク市長から個人的な短い祝辞の言葉を賜ると、俺も軽く笑みを浮かべながら返事を返すと、軽くお辞儀した後、壇上を後にする。

 その際、ふと視線を観覧者たちの方へと向けると、『ご卒業おめでとうございますユウ坊ちゃま』と書かれた横断幕を掲げたオネットの姿が目に留まる。

 あぁ、その隣では母さんが困ったような表情を浮かべている。

 

 よし、見なかったことにしよう。

 

 

 俺を含めた卒業生への卒業証書授与が終了し、次いで校長による式辞や市長による来賓祝辞が行われる。

 しかし、やはり祝辞というものはどんな世界においても長くなるもののようだ。

 これは絶対、誰かが大あくびでもかくんじゃないだろうか。

 

「ふぁ、だりぃ」

 

 と思っていた矢先、斜め前に座っているスカイリーが大きなあくびをかいた。

 祝辞が大層退屈なのだろう、足を組んで気を紛らわせ始めた。

 

 そんなスカイリーも、卒業後はパティシエとして、リーアの人々を笑顔にするべく頑張らねばならない。

 

 まったく、世の中分からないものだな。

 俺はてっきり立場的に美容師或いは理容師にでもなるかと思っていたが、まさかのパティシエとは。

 因みにG.O.A.T.の時、保健室での処置が施され、しかし痛みがまだ引いていない様子の彼が、先生の口からパティシエという結果が告げられた際に満面の笑みに変わったあの瞬間の出来事は、今でも俺の脳内に深く焼き付いている。

 

 

 さて、校長の祝辞が終わり、次は本命ともいうべきランク市長の祝辞が幕を開ける。

 

「卒業生の皆さん、ご卒業、おめでとう! 私はリーアの市長として、この日をとても誇らしく思います!」

 

 そして開口一番、確信した、これは長くなると。

 なので、俺は気を紛らわせるためにも、この一年間の研修期間を思い返し始める。

 

 

 熾烈な競争倍率を突破し、採用の内定通知書が届いた時は、神々に感謝し、週末の礼拝では日頃以上に感謝申し上げた。

 こうして、リーアセキュリティの見習い警備員としての一歩を踏み出した初日、リーアセキュリティから派遣された訓練教官は、俺の顔馴染みの人だった。

 

「よーし、全員揃ってるな!」

 

 あてがわれた室内に入ってきたのは、俺を含めた生まれたての見習い警備員達を歓迎すべく白い歯を見せた、アントムその人であった。

 

「俺が、今日から諸君を一年かけて一人前のリーアセキュリティ隊員にするべく派遣された、アントム・ラッセルだ。よろしくな」

 

 見習い警備員の中には、間近で見る現役の警備員の姿に感動の声を漏らす者もいるが。

 俺にとっては、つい数日前に稽古で顔合わせしているので新鮮さなど全くない。

 

「ま、ユウには改めて自己紹介するまでもないがな」

 

「そんな事ありませんよ、教官殿」

 

「お、言うじゃないか。……ここだけの話、今年の担当が俺でよかったと思ってる。他の奴が駄目って訳じゃないが、中にはお前が警備長の息子だってだけで、甘やかす奴もいるかもしれないからな」

 

 この時、既に父は警備長としての役職についていた為、息子である俺に媚びを売ろうとする者もいるのだろう。

 

「だが、俺は違うぞ。警備長の息子だからって容赦はしない、いいな?」

 

「分かってるよ」

 

「よーし、それじゃ、他の面々もよく聞くように! これから厳しくビシバシ鍛えてやるから、覚悟しておけよ!」

 

 だが、アントムならば、その心配は皆無であった。

 

 

 それを裏付けるように、翌日からの研修プログラムは厳しいものであった。

 

「ほら、イッチニ! イッチニ!! ダラダラするな! ほら!」

 

 基礎体力の訓練として、リーア内に設けたコースを走る持久走の訓練では、アントムからの檄が飛ぶ。

 

「最後尾! ペース落ちてるぞ、ほら、足上げて! イッチニ! イッチニ!!」

 

 こうして持久走を終えて休憩を挟んだ後、今度は地獄の腕立て伏せ大会が始まる。

 

「こら! しっかり背中を伸ばせ! 腰曲げるな! おいそこ! もっと地面に近づけろ、それじゃ遠すぎる!!」

 

 同期の中からは、この時すでにアントムに対して鬼教官との陰口が漏れていたのだが、当の本人はそんな事気にする素振りもなかった。

 こうして、厳しい基礎体力の訓練を終えて昼食と昼休憩を挟み、午後からは座学の時間となる。

 

「えー、ではここに参考用の資料を置いておくので、各々教科書と合わせて理解を深めるように」

 

「アントム教官! 教官の指導はないんですか!?」

 

「どうして座学は自習なんですか!?」

 

「あ~、そのだな……。あぁ、そうだ! これもあれだ、自習も立派な訓練だ! ……いいか、我々は勤務中にいかなる事態に遭遇するとも限らない、そして、遭遇した時に頼れる先輩隊員が同行しているとも限らん。故に、初動対応を完璧なものにするべく、各々の自己完結能力を高めることが必要となる。これは、その為の訓練なのだ!」

 

 因みに、アントムは座学を教える方はあまり得意ではないようで、適当な理由を付けては丸投げにする事もしばしばあった。

 

 さて、この座学では、それまでの学校の授業では知りえない新しい情報の数々を吸収する事ができた。

 その一端を、少しだけ解説するとしよう。

 

 リーアセキュリティ及びリーア中枢の行政機関が保有する情報の中には、核戦争後から現在に至るまでの様々な事案の情報が存在している。

 その中でも目に留まったのが、過去数度にわたる外敵からの襲撃、及び彼らの素性の調査報告だ。

 

 幸いにして、リーアの外延部において水際で防げた襲撃は、内部にまで被害が及ぶことはなかった。

 そして、彼ら襲撃者たちの素性は調査の結果、彼らは入植を受け入れられず暴徒化した放浪者ではなく、『レイダー』と呼ばれている無法者であると判明した。

 

 レイダー、ウェイストランドの各地でその名を冠した者たちを見る事ができる程、ウェイストランドではありふれた存在。

 その規模は地域によってまちまちで、数人のグループから、徒党を組んだ大所帯まで様々。

 レイダー(略奪者)の名を持つ彼らは文字通り、明日を、否、今日を楽しく生きる為ならば何でもやってのける連中だ。

 強盗・殺人・略奪・薬物摂取、地域によって素性は異なるものの、大体は残虐非道な血も涙もない狂気の連中だ。

 

 そんなレイダーも、リーアの所在地であるオーロラ、ひいてはイリノイ州全土にも広く存在しているようだ。

 彼らの装備は、主にウェイストランド中に転がっている廃材などを再利用した物が多く、その見た目は一言で言って粗悪以外の何物でもない。

 そのような装備の中に、一つ、面白い調査報告の装備があった。

 

 それが、パイプピストルと呼ばれる銃器だ。

 パイプの銃身に廃材で作られたフレームにグリップ等、まさにお手製感満載の銃だ。

 ゲームでも、パイプ系の銃器は登場しており、同系の銃器はウェイストランドでもポピュラーな存在だ。

 そんなパイプピストルに関しての調査で、何とその起源が判明したのだ。それも、リーアに保存されている戦前の情報を参考にして。

 

 それによると、どうやら現在ウェイストランドで流通しているパイプピストルの原型は、戦前に販売していたとある雑誌の付録だったとか。

 所謂付録付き週刊誌なのだが、これ、毎号付いてくるパーツを組み立てると、オリジナルパイプピストルが手に入るというもの。

 流石に実弾までは付属していなかったようだが、気分を味わえるダミーカートが最終号に付録として付いていたようだ。

 前世の日本ではまずありえない事だが、この世界の戦前のアメリカは、節々にみられる風潮から、他国が出来ないことを軽々とやってのける傾向があるので、こんなとんでもない週刊誌が販売されていても不思議ではない。

 

 更に補足として、この週刊誌が販売された背景が記載されており。

 それによると、当時のアメリカ国内は、長引く中国との資源戦争の影響で治安が悪化、国民の間では自衛意識が最高潮に達していた。

 しかし、戦争の影響による資源不足などにより、自衛の為の銃器の値は軒並み高騰。

 大手の銃器を手にしたくても買えない、しかし自衛の為の銃器は欲しい。或いは、安心の為に、予備の銃器を手ごろに手に入れたい。

 そんな層をターゲットにして、この週刊誌は販売されたようだ。

 

 なお、原型となるパイプピストルを製造していたのは、中小零細企業のようで。

 まさに社運を賭けた事業として、所謂サタデーナイトスペシャルと呼ばれている低品質で安価なパイプピストルを開発したようだ。

 

 その企業がこれで大成功を収めたかどうかは分からないが、大成功していたとしても、核戦争で結局すべては泡と消えただろう。

 

 

 

 前期が主に基礎体力の為の訓練や座学に充てられていたのに対して、後期は、より現場に近い形の逮捕術や雑踏警備など、実践形式の訓練が多くなった。

 その中で、俺はとある訓練を毎回楽しみにしていた。そう、パーワーアーマーの訓練だ。

 

「えー、これが、我がリーアセキュリティの切り札というべきパワーアーマー、『ノーヘッド』だ。ここにある一台と、あと二台。計三台を保有している」

 

 週末は球技大会など、各種イベントに用いられる多目的スペースの一角。

 アントムが、全高二メートル強にも及ぶ人型機械を背に、機械の説明を行っている。

 胴体と一体型になった形状、作業用らしく黄色と黒色の縞模様が目を引く。

 それは、ゲーム未実装でコンセプトアートにおいて存在が確認された、インスティチュートパワーアーマーであった。

 

 しかし、この世界ではそのような名称でも設定でもなく、その見た目から『ノーヘッド』の愛称で戦前に民間用に販売されたパワーアーマーだそうだ。

 

 軍で配備されていたパワーアーマーと異なり、土木等の作業現場での使用を想定している為、胴体と頭部の一体型は搭乗者の安全を第一に考えた結果と思われる。

 また、事前の座学で教わった事によると、どうやらノーヘッドはボルトやコロニーの建造現場を中心に導入された為、このリーアにも建造中に使われていたものが残されて存在していたようだ。

 塗装が黄色と黒色の縞模様なのは、その名残。

 大型重機の導入が限定的なボルトやコロニーの建造現場では、ノーヘッドは大変活躍したのだとか。

 

「このノーヘッドは、このフュージョン・コアを動力として動いている。ノーヘッドを起動させるには、このフュージョン・コアを背部のリアクターに差し込み固定。脇の起動ランプが点灯したら、ハンドルを捻ってそこから搭乗する」

 

 アントムが説明しながらハンドルを捻ると、機械音と共にノーヘッド背部の搭乗用ハッチが開き、内部のインナーフレームが剥き出しになる。

 最近腹の辺りがつっかえて乗りにくい、と小言をぼやきながらも搭乗するアントム。

 やがて、背部の搭乗用ハッチが自動的に閉まると、先ほどまで木偶の巨人であったノーヘッドに命が宿る。

 

「いいか、こいつがあれば、見てろよ!」

 

 外部スピーカーからアントムの声が聞こえると、ノーヘッドは近くに置かれていたコンテナ目掛けて歩き始める。

 その一歩一歩は鈍いものの、力強い、その動く姿はまさに、男の子なら誰しもが一度は憧れる姿そのものであった。

 

「ほらよっと! この通り、こんなコンテナも楽々だ!」

 

 コンテナの前までやって来たノーヘッドは、おもむろに両手でコンテナを掴むと、軽々とそれを持ち上げてみせた。

 パワーアシスト装置により、人間では発揮できない力を発揮できる。

 まさにそれを実践して見せたのだ。

 

「どうだ? 凄いだろ。……よし、それじゃ、早速お前たちにも搭乗してもらうぞ」

 

 コンテナを元に戻し、ノーヘッドから降りてきたアントムは、早速俺達見習い警備員をノーヘッドに搭乗させる。

 

「今はまだ慣れないだろうが、慣れれば、自分の手足の様に動かせる事も夢じゃないぞ!」

 

 同期の見習い警備員達が初めてのノーヘッドの扱いに四苦八苦する中。

 俺は、そんな光景を見ながら早く自分の番が回ってこないかと内心ソワソワしていた。

 

「よし、では次、ユウ!」

 

「はい!!」

 

 やがて、俺の名前が呼ばれ、興奮を抑えながら手順に従い起動を行う。

 背部の搭乗用ハッチからノーヘッドに乗り込むと、搭乗者用ハッチが閉じ、インナーフレームが自動的に搭乗者の身長に合わせて調節を行う。

 座学によれば、パワーアーマーの核となるインナーフレームは、範囲内ならば搭乗者の身長差を調節できる機能を備えている。

 具体的には、一七○センチから一八○センチ位の身長での運用を前提として設計された為、誤差プラスマイナス一○センチ程度なら調節可能との事。

 

 幸い、俺の身長は一七五センチなので、問題なく調節が完了する。

 

 また、左腕のピップボーイと連動する機能も備えており、眼前のHUD、ヘッドアップディスプレイ(Head-Up Display)に機体コンディションと共に表示される。

 

 ──メインシステム、通常モード、起動します。

 

 刹那、何処かで聞いたことのあるような音声が流れる。

 あれは、何処だったか。確か前世の……、ゲーム? だったか。

 駄目だ、思い出せない。

 どうにも最近、ド忘れではなく、前世の記憶があいまいになってきている部分があるようだ。

 

「どうしたユウ? 早く動いてみろ!?」

 

 と、記憶の引き出しを漁っていると、アントムから催促の声が飛ぶ。

 

「ユウ、ノーヘッド、いきまーす!!」

 

 威勢のいい声と共に、俺はノーヘッドを操り最初の一歩を踏み出す。

 心の中で、こいつ、動くぞ! なんて言いながら。

 

「お、いいぞ、ユウ。上手いじゃないか」

 

 最初の一歩こそ他の同期同様、何処かぎこちなかったが、二歩三歩と踏み出すうちにだんだんとコツをつかみ。

 気づけば、まるで自分の足で歩いているかのようにノーヘッドを動かしていた。

 

「流石はユウだな! お前たちも、ユウを見習って早く上達しろよ!」

 

 やがて、ノーヘッドから降りた俺は、暫し、初めてパワーアーマーに搭乗した余韻に浸るのであった

 

 

 

 と、この一年間の研修期間を思い返し終えた所で、やっとランク市長の長い祝辞が終わりを告げた。

 さて、卒業式の山場も超えたので、後は下るように進んでいくだろう。

 長いようで短い学生生活が終わりを告げ、いよいよ、新社会人としての新たなる門出を迎える。



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第六話 終わりと始まり

 リーアセキュリティの一員としての新たな日常も、気が付けば早いもので二年の月日が経過していた。

 ベッドの脇に置かれたベッドサイドチェスト、そこに置かれた目覚まし時計のアラーム音で目を覚ます。

 ベッドから起き上がり、日課のストレッチを終えて、リビングキッチンへと赴く。

 

「おはよう、ユウ」

 

「おはよう、母さん。……父さんはもう行ったの?」

 

「えぇ、もう出かけたわ」

 

「おはようございます、ユウ坊ちゃま!」

 

「おはよう、オネット」

 

 リビングキッチンでは母とオネットが迎えてくれたが、父の姿はすでになかった。

 警備長となった父は、朝早くから職場である本部に出勤し、警備長のデスクで日々己の使命にまい進している。

 

「ユウ、今日の帰りは遅いの? もし遅くないのなら、今日はグレッグの帰りも早いみたいだし、久しぶりに家族揃って楽しい夕食を楽しみたいのだけれど?」

 

「大丈夫だよ、母さん。今日は早く帰れる予定だから。……あ、でも、何か事件が起こったら、無理かな」

 

「ふふ、なら今日は一日平穏"武人"に過ごせるようにお祈りしておくわ」

 

「母さん、それを言うなら平穏"無事"、だよ」

 

 母さんのおちゃめな間違いを経て、変わる事のない美味しい朝食と食後のコーヒーを堪能し終えると、出勤の時間が近づいていた。

 

「それじゃ、いってきます」

 

 母とオネットに見送られ、自宅を出た俺は、中央広場を抜けて、俺と父の職場でもあるリーアセキュリティ本部のある官庁エリアへと足を運ぶ。

 リーアの中枢部といえる官庁エリア内には、リーアセキュリティ本部の他、リーア市庁舎、リーア裁判所等。文字通りリーアの行政に携わるものが存在している。

 

 それだけに、当然出勤ラッシュの時間帯には人でごった返す。

 

 そんな官庁エリアにあるリーアセキュリティ本部の正面出入り口を潜ると、受付窓口担当の隊員たちと挨拶を交わした後、専用のパソコンで自身の出勤簿にチェックを付けると、その足でロッカールームを目指す。

 自分のロッカーからセキュリティアーマーを取り出し着用すると、警棒や手錠などを収納するポーチが付いた警備ベルトを腰に巻く。

 最後に、セキュリティヘルメットを手にしたまま、俺は本部内でも最も警備レベルの高い区画へと足を運ぶ。

 

「おじさん、おはようございます」

 

「おぉ、ユウか。おはよう。ちょっと待ってな、今出してくるから」

 

 鉄格子付きの物々しいカウンターの向こうには、入隊以来お世話になっている、装備課のヴァルヒムさんの姿がある。

 ふくよかな体型に前頭部が寂しいものの、いつも陽気で明るく気さくに話しかけてくれる。

 因みに、本人曰く、昔はスマートでスタイリッシュな活躍から異性にモテモテだったそうだ。

 

 そんなヴァルヒムさんが、程なくして俺の装備をカウンターに持ってきてくれる。

 

「ほい、じゃサインしてね。……あぁ、そういえば聞いたかい、今度ラブ・スウィート・ファクトリーで新作ドーナツが販売されるんだってさ。いやぁ、楽しみだね」

 

 なお、最近はラブ・スウィート・ファクトリーと呼ばれるお菓子屋のドーナツに夢中だそうな。

 因みに、その店で働いているパティシエの一人は、スカイリーである。

 

「はい、終わりました」

 

 サインを終えると、カウンターに置かれた装備、警棒や手錠、それに無線機とN99型10mm拳銃、拳銃用の予備マガジンをそれぞれポーチとホルスターに収納していく。

 

 因みに、現在リーア内で標準的な拳銃として認識されているN99型10mm拳銃は、ゲームでいえば『4』の無改造の姿をしている。

 座学によれば、この拳銃は民生品で、原型の製品特許の保護期間切れ、即ちパテント切れにより戦前の国内外銃器メーカーからこぞって製造されたモデルの一つだそうだ。

 国内外銃器メーカーから製造されているあたり、原型の基本設計の良さが伺える。

 

 原型となった物は既に生産停止したらしいが、原型を製造・販売していた銃器メーカーは軍の要求で原型の正当進化というべき新規製造型を開発、軍によって正式採用されたとの事。

 因みに、軍採用の型は、製造メーカー独自の反動吸収システムを採用しており、優良な低反動性を実現している。ただしその分、民生品と比べ外見はかなりゴツイ。

 つまりは、軍採用型はゲームの『3』に搭乗した10mm拳銃のようだ。

 

「よし、それじゃ、今日も頑張ってね」

 

「はい」

 

 全ての装備を受け取り終えたので、軽く言葉を交わすと部屋を後にする。

 部屋を後に、勤務開始前のブリーフィングを受けるべくブリーフィングルームに向かっていると、交代制で先に勤務を終えた同期の隊員とすれ違う。

 

「よ、ユウ、お疲れ」

 

「お疲れ」

 

「はぁ、……にしてもいいよな、ユウは拳銃持てて。ま、俺なんかよりもよっぽど優秀だし、納得なんだけどさ、やっぱちょっと羨ましいわ」

 

「後三年もすれば受けられるんだし、それまでの我慢だよ」

 

「そうなんだけどさ、なんかいざ試験を受けられるってなったら、俺、受かる自信ねぇな」

 

「何事も弱気じゃ受からないからね。強気で臨まなきゃ」

 

「そうだな、っと、これからブリーフィングだったな、じゃ、またな」

 

「お疲れー」

 

 さて、先ほど同期の隊員の発言で気になる所があったので、その補足をしておこう。

 俺が拳銃を所持できているという言葉の意味であるが、実は、リーアセキュリティの隊員であっても、全員が拳銃の所持を認められている訳ではない。

 実は、拳銃の所持には条件があるのだ。

 その条件とは、『上級職員資格』と呼ばれる資格を有している事である。

 

 上級職員資格を得るには資格試験を受けて合格するのだが、試験を受けられるには条件がある。

 その条件とは、勤続五年以上、更には問題行動等を起こしていない模範的な勤務実態も加味される。

 上記の条件を満たした者は、実技・筆記の両試験を受け、合格すれば、上級職員資格を与えられる。

 

 さて、ここで更に疑問符が増えた事だろう。

 試験を受けるには勤続五年以上が必要だ、所が、俺はまだ勤続二年ほど。条件を満たしてはいない。

 では何故、上級職員資格を持っているのか。

 それは、何事にも、『特例措置』というものが存在しているからだ。

 

 特例措置の条件、それは上級職員資格を有する複数の隊員からの推薦、並びに班長クラスによる推薦、というものだ。

 ただし、特例措置は試験を受ける条件を免除するだけであって、資格試験そのものを免除するものではない。

 故に、資格試験は自身の力量が試される事となる。

 

 こうして、何とか資格試験を突破し、俺は無事に上級職員資格を有する事となったのだ。

 

「おはようございます」

 

「おーうユウ、おはようさん」

 

「おはよーす」

 

 と拳銃所持についての補足を説明している間にも、俺はブリーフィングルームへと足を運び。

 先に到着していた先輩隊員や同期の隊員に挨拶を交わしつつ、空いている椅子へと腰を下ろす。

 

 それから他の隊員たちもブリーフィングルームへと足を運び、全員が揃ったところで、班長であるアントムが書類片手に入ってくる。

 

「よーし、全員いるな。では、ブリーフィングを始める」

 

 ブリーフィングでは、その日の行動指示と注意点が告げられる。

 班長であるアントムから告げられるそれらを、俺達隊員は聞き逃さず忘れないように各々メモに取っていく。

 

 こうしてブリーフィングが終わると、いよいよ各々が与えられた仕事をこなすべくブリーフィングルームを後にする。

 俺も、メモ帳やペンなどを多目的ポーチに収納すると、セキュリティヘルメットを被り、巡回警備へと繰り出す。

 

 本部を出て、官庁エリアから中央広場へと足を運ぶと、通勤時間が過ぎたので、中央広場の混雑はそれ程でもない。

 椅子に座り何をするでもない者や、知り合いとのおしゃべりに夢中になっている者。お勤めご苦労様と声をかけてくれる者。

 一通り中央広場を見回って、特に不審な者もトラブルが起こる気配もないので、俺は次のエリアへと足を運び始める。

 

 結局、この日は他の隊員が通路で口喧嘩している夫婦の仲裁に入った位で、特に大きな事件など起こらず平穏に過ごす事となった。

 これも、母さんのお祈りが効いたお陰だろうか。

 きっとそうだろう、何故なら、久しぶりの家族揃っての夕食を、母さんはあんなにも笑顔で喜んでいたのだから。



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第七話 終わりと始まり、襲来

 それから数日後。

 俺はいつも通りに本部に出勤し、ロッカールームで着替えを終えると、装備を受け取るべくヴァルヒムさんのもとへと向かう。

 こうして準備を整え、ブリーフィングを済ませると、俺は出発せずに再びヴァルヒムさんのもとへと向かった。

 

「ヴァルヒムさん」

 

「おぉ、ユウか。聞いてるよ、ちょっと待ってな」

 

 何故再びヴァルヒムさんのもとへと足を運んだのかといえば、俺が本日警備する場所が関係しているからだ。

 

「ほい、"エントランスホール"警備の特別装備お待ち」

 

「ありがとうございます」

 

 カウンターの上に置かれたのは、木製のストックとフォアエンドに歴戦の傷を刻んだモスバーグ M500と呼ばれるショットガン(散弾銃)とM500用の予備の弾丸だ。

 ポンプアクション式、即ちフォアエンド或いはフォアグリップを前後にスライドさせ、弾薬を装填・排出する作動方式のショットガンである。

 同方式の代表格の一つとされ、ライバルと比較すると操作性など優れた点もあるが、拡張性に劣るなど一長一短もある。

 だが、この銃がライバル達よりも最も優れている点は、その耐久性だ。

 

 世界で唯一米軍の軍用規格に合格した。三千発にも及ぶ連続射撃に耐えるその頑丈さは伊達ではない。

 

 

 そんなモスバーグ M500と予備の弾丸を受け取ると、俺は予備の弾丸をポーチの収納し、スリング(負い紐)を使いモスバーグ M500を背負う。

 そして、部屋を後にすると、その足で本部を後にし、そのまま目的の場所を目指して歩み続ける。

 中央広場を通り、各エリアの連結通路とは異なる雰囲気の連結通路を通り、そして、目的の場所へと到着した。

 

 エントランスホール。

 このリーア唯一の出入り口である巨大な扉への連絡橋などを有する広間だ。

 重要な区画である為、警備の為の詰め所の他、汚染除去シャワーの部屋なども併設されている。

 

 外界との唯一の連絡口という事で、エントランスホールを警備する際には重武装が義務付けられている。

 その為、エントランスホールを警備できるのは、上級職員資格を有した隊員のみとなる。

 

「ふぅ……」

 

 詰所に設けられた椅子に腰かけ、一息つく。

 外敵からの襲撃に備えての警備ではあるが、その重要度とは裏腹に、実際は緊張感があまりない緩やかなものだ。

 

 というのも、外敵からの襲撃は、この二十年ほど発生しておらず。

 その為、この警備に対しては何処か楽観的な空気が流れている。

 

 それよりも緊張感が漂っているのは、未だに悩ませられ続けているラッドローチ被害の方であろう。

 あいつら、何処からともなくリーアに侵入し、物理的あるいは精神的被害をまき散らすのだ。

 あぁ、こっちの世界に来てから初めて本物を見たときは、それはもう身の毛がよだつ思いだった。

 

 元々のサイズでさえ嫌悪感を湧き立たせるのに、あのサイズとなってはその湧き立つ量も倍なんて次元じゃない。

 

 ま、今となっては学生時代からのバットを持っての壮絶な戦いの数々や、任務の一環として退治する等。ある程度耐性はついてきたが。

 それでも、不意に姿を現すと、思わずビクリとする。

 

 ──ヨウ! 調子はどうだい?

 

 そうそう、こんな風に不意に視界内に現れるとビクリと……。

 

「って! うわ!!」

 

 まさか本当に視界内に現れるとは思ってもいなかったので、思わず椅子ごと倒れそうになる。

 しかし、何とか倒れずに椅子から立ち上がると、初弾を装填し終え構えたモスバーグ M500の銃口を、黒光りする悪魔へと向ける。

 

 刹那、エントランスホールに一発の銃声が木霊する。

 

「はぁ……」

 

 僅か一分ほど前まで、視界内で嫌悪感を湧き立たせていた生物は、今や文字通り木っ端微塵の姿へと変貌した。

 しかし、そんな姿になった為、嫌悪感どころか俺の胃の中身が逆流してしまいそうな気分さえ押し寄せてしまう。

 

 しまった、反射的に撃ってしまったが、散弾なんかで仕留めるんじゃなかった。

 

 後悔しても時すでに遅いので、ため息が漏れてしまうのだが。

 そんな暢気な考えも、次の瞬間には終わりを迎える。

 

「っ!」

 

 そう、あの不快な音を立てながら、仲間の仇とばかりに、五匹程度の集団さんが視界内に姿を現したのだ。

 俺は直ぐに手にしたモスバーグ M500のリロードを行い構え直すと、一番距離の近い個体に照準を合わせ、引き金を引く。

 

 再び響き渡る銃声、そして、増えるラッドローチの無残な死骸。

 

 だが、それで終わりではない。

 また仲間が一匹殺され、しかし俺の持つ銃の威力に臆したのか、一旦距離を置くラッドローチ達。

 その隙に、俺はリロードの後、新たな獲物に照準を合わせる。

 

 一匹、また一匹と、集団は数を減らす。

 

 やがて、最後の一匹となった所で、俺はモスバーグ M500を背負い直すと、警棒を手に取り。

 最後の一匹目掛けて距離を詰めると、思い切り警棒を最後の一匹目掛けて振り下ろした。

 

 あぁ、散弾で仕留めるのも気持ちのいいものではないが、警棒で仕留めるのも、やっぱり気持ちのいいものではない。

 

 警棒に付着した体液を振り払うと、俺は周囲を確認し、ラッドローチの団体さんが全滅したのを確認する。

 因みに、リーアセキュリティでは、ラッドローチの駆除の方法として、警棒での駆除を推奨している。

 勿論、身の危険が迫るなど、緊急の場合は銃での駆除も厭わないが、可能であれば警棒での駆除が望ましいとなっている。

 何故このような方針を出しているのか、それは、弾薬の生産能力と備蓄量を考慮しての事だ。

 

「にしても、どうしてこんな集団が? いつもは単体か、多くても二・三匹程度のはずなのに……」

 

 何故今日に限ってこの様な団体さんが現れたのか、見当もつかない。

 なので、本部が何か情報を仕入れていないか、報告も含めて無線機で本部へと連絡しようとした、その時であった。

 

 けたたましいサイレンと共に、緊急を告げる放送が流れてきたのは。

 

「非常事態宣言が発表されました! 市民の皆様は、指示に従い、素早く行動をお願いします。繰り返します、非常事態宣言が……」

 

「おいおい、一体、どうなってるんだ?」

 

 ますます事態が飲み込めず唖然としていたが、直ぐに無線機を手に取ると、無線機で本部を呼び出し事態の把握に努め始める。

 

「本部、本部! こちらユウ・ナカジマ。現在の状況の確認を願いたい! どうぞ」

 

「こちら本部、ユウか!? 無事だったのか!? どうぞ」

 

「その声、父さん!? 一体、何が起こってるの? どうぞ」

 

「リーア内にラッドローチの大群が現れたんだ、それも前例がない程の数だ。対処しようにも、リーア各所で同時多発的に出現している為、隊員の数が全く足りずに対処しきれない。どうぞ」

 

 無線に応えたのは父であった。

 父の話によれば、どうやら現在リーア内で前例のない程のラッドローチの大群が暴れまわっているのだとか。

 非番の者も含めリーアセキュリティ総動員で事態を収拾しようと奮闘しているようだが、相手の数が多く、事態収拾の目途は立っていない。

 

「俺はどうすればいい? 今はエントランスホールにいるけど、ここに残ってこの場を死守する? どうぞ」

 

「いや、中に戻って他の者と共にラッドローチの駆除を頼む。先ほど居住エリアの駆除に向かったアントムから応援要請があったから、そちらに向かってくれ。 どうぞ」

 

 居住エリア、その言葉が聞こえた瞬間、自宅にいる母とオネットの事が頭をよぎる。

 

「了解。……所で父さん、母さんやオネットは大丈夫なの? どうぞ」

 

「心配するな。あぁ見えても、メリッサは強いんだぞ。それに、オネットもな。……ユウ、家族の心配も分かるが、今はリーアの人々の危機なんだ、そして我々はそれを守る使命を帯びてる、分かるな? どうぞ」

 

「了解、ユウ・ナカジマ、これよりアントム班長の応援に向かいます。通信終了」

 

 無線機を切ると、再びモスバーグ M500を手に取り、使用した分の弾薬をチューブマガジンに装填していく。

 装填を完了すると、深呼吸を一回。気持ちを整える。

 

 そうだ、今は家族の安否を最優先にするよりも、リーアの人々の生命と財産を守るべく行動する事を最優先にする時だ。

 

 俺は、エントランスホールを後に、居住エリアを目指し駆け始めた。

 

 

 

 居住エリアへと向かう途中に目にしたのは、混沌とした惨状であった。

 中央広場には、避難誘導を行うリーアセキュリティの隊員達の他、負傷した人々を治療する医療スタッフ、泣き喚く子供の姿に、痛みを訴える人々。

 まるで野戦病院のごとく光景が広がっていた。

 

 そんな中央広場の惨状を横目に、俺は居住エリアへと足を運んだ。

 

 居住エリアも、中央広場程ではないが、この非常事態によりいつもの閑静さは失われていた。

 

「おい、早く何とかしてくれ!」

 

「誰かー! 早く助けてー!!」

 

 住宅の中から助けを求める人々の声に応えるべく、可能な限りラッドローチを銃や警棒で駆除していく。

 そして、駆除を終えた住宅から住民達を中央広場に行くように避難誘導していく。

 

 やがて、自宅近くに差し掛かる。

 

 大丈夫だと思い込ませていても、やはり自身の目で状況を確かめたい。

 気が付けば、俺は自宅に向かって走っていた。

 

「母さん! オネット!」

 

 玄関を潜り、二人の名を呼ぶ。

 と、自宅の奥から、ふわふわと一つの影が姿を現した。

 

「あぁ、ユウ坊ちゃま! ご無事でしたか!」

 

 姿を現したのは、三本のマニュピレーターで三本の木製バットを手にしたオネットの姿であった。

 

「オネット! 無事だったんだ、よかった……」

 

「はい、わたしくこの通りピンピンしております!」

 

「そうだ、母さんは!?」

 

「奥様ですか、ご安心ください、奥様ならわたくし同様何処も怪我無く元気です。それどころか、怪我をされた方々に手を差し伸べる為に中央広場の方へ向かわれました」

 

 オネットからの報告に、俺は安堵の声を漏らす。

 どうやら中央広場ですれ違いになったようだが、母さんも無事なようでとりあえずは一安心だ。

 

「分かった。……それじゃオネット、俺はまだやる事がるから、自宅の事、よろしくね」

 

「ご安心ください! このオネット、三刀流正統継承者の名にかけて、見事ご自宅をお守りいたします!!」

 

 いつの間に三刀流正統継承者になったのだとか、手にしているのは刀ではなく木製バットだけど、とか。

 色々と突っ込みたい気持ちもあったが、オネットの意気込みを無下にするわけにもいかないので、オネットに頼りにしていると声をかけると、俺は再び居住エリアを駆け始める。

 

 それから暫くした後、俺は居住エリア内の『Bブロック』と呼ばれる、所謂中流階級と呼ばれる人々が多く暮らすブロックへと足を運んでいた。

 因みに、俺の自宅は『Aブロック』と呼ばれる、所謂上流階級の者が多く暮らすブロックにある。

 そんなBブロックも、Aブロック同様、混沌たる有様であった。

 

「ん? ユウか!? もしかして、応援か?」

 

「はい!」

 

 そんなBブロックで、ラッドローチの駆除を行いつつ避難誘導を行っていた先輩隊員の姿を見つけ、近づく。

 因みに、彼は上級職員資格を有している為、その手にはN99型10mm拳銃が握られている。

 

「ここに来るまでにもかなりの数のラッドローチを駆除しましたけど、まるで終わりが見えません」

 

「全くだな、俺もそこまで長く生きてるわけじゃないが、こんな大規模な群れは初めてだ……」

 

「所で先輩、アントム班長はどちらに?」

 

「あぁ、アントム班長なら『Cブロック』の方の対処に向かった。どうやら、Cブロックはかなりの数のラッドローチが暴れてるらしい」

 

「分かりました、では先輩、自分はアントム班長の応援に行きます」

 

「気を付けてな」

 

 先輩隊員と別れ、俺は再び駆け始める。

 Bブロックから連絡階段を下り、Cブロックへと足を運ぶと、そこは、上位ブロックとは一線を画す程の光景が広がっていた。

 通路脇に横たわる、見るも無残な住民達の姿。鼻を突く、不快な臭い。耳を塞ぎたくなる様な阿鼻叫喚の数々。

 

 まさにそこは、地獄だった。

 

「くそ!」

 

 このような惨状を作り出したラッドローチ達への憎悪をたぎらせながら、俺はアントムの姿を探し始める。

 

「頼む! 誰か、誰か助けてくれ!!」

 

 その途中、聞きなれた声が耳に届く。

 声の方へと駆けてみると、そこには、今にも涙を流しそうなほど情けない顔をし助けを求めるスカイリーの姿があった。

 

「スカイリー! どうしたんだ!?」

 

「あぁ! ユウ!! たす、助けてくれ! と、父ちゃんが、父ちゃんが!!」

 

 スカイリーの話を聞くに、自宅にラッドローチが侵入し、スカイリーの父親が襲われているようだ。

 

「分かった。直ぐ助ける!」

 

 狭い室内、跳弾による負傷を考慮し、警棒を構えると警戒しつつラモン家へと侵入する。

 と、奥の寝室から男性の助けを求める声が聞こえてくる。

 

「スカイリ~、お~い、たすけ~てくれ!」

 

「ラモンさん、今助けます!」

 

 ベッドの上で助けを求めるスカイリーの父親、ベッドの足元には二匹のラッドローチが不快な音と共に獲物を狙っていた。

 

「っ! この!!」

 

 スカイリーの父親に気を取られていた為、二匹のラッドローチは俺の存在に気付くのが遅れ。

 その結果、二匹は警棒の錆と化す事となる。

 

 こうして、スカイリーの父親を助ける事は出来た。

 が、その報いとして、寝室は見るも無残な惨状へと変貌してしまったが。

 

「親父! 親父! 大丈夫か? 怪我ねぇか!?」

 

「あ~、す~かいり~、おりゃ~、だーい、じょうぶだぁ~」

 

「っ、酒くせぇ……。と、何処も怪我してねぇみたいだな。よかった……」

 

「それじゃスカイリー、俺はもう行くよ。親御さんと一緒に、中央広場に早く非難してね」

 

 スカイリーの父親の一軒が片付いたので、再びアントムの捜索に戻ろうと寝室を後にしようとした時。

 不意に、スカイリーに呼び止められる。

 

「その、何だ……。今まで、お前の事、悪く言って悪かったな。親の七光りで持て囃されてるだけだとか、警備員になったって、どうせ親に庇護されて、一人じゃ何もできねぇ腑抜け野郎になる、とか。全部撤回する! お前は腑抜けなんかじゃねぇ、リーアで一番頼りになる奴だ!」

 

「そんな、気にしてないから謝らなくてもいいよ」

 

「いや、お前が気にしてなくても、俺の気持ちが収まらねぇ! ……そうだ、ちょっと待ってろ!」

 

 と言うと、スカイリーは徐にキッチンの方へと一旦姿を消し、程なくして、手に小袋をもって戻ってくる。

 

「これを受け取ってくれ! 足りねぇが、今までの謝罪の気持ちと、今回の感謝の気持ちだ!」

 

「これは?」

 

「俺が作ったピーナッツバターカップだ。先輩たちのと比べりゃ、まだまだかもしれないが、せめてもの気持ちだ!」

 

「ありがとうスカイリー、後で食べさせてもらうよ」

 

「改めて言わせてくれ、本当にありがとう」

 

 スカイリーお手製のピーナッツバターカップが入った小袋をピップボーイに収納すると、俺はスカイリーと握手を交わし、今度こそラモン家を後にアントムの捜索を再開した。



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第八話 終わりと始まり、キング

 ラモン家を後にし、Cブロック内を歩き回っていると、不意に銃声が聞こえてくる。

 銃声が聞こえた方へと駆けていくと、そこには、ラッドローチ相手に手にしたN99型10mm拳銃を発砲しているアントムの姿があった。

 

「アントム班長!」

 

「ん、おぉ! ユウか!」

 

「お怪我はありませんか!?」

 

「いや、俺は大丈夫だ。所でユウは……」

 

 と、一瞬これまでの駆除で汚れた装備の姿にアントムは心配の眼差しを向けたが、次の瞬間には俺自身の言葉と共に、その心配もなくなったようだ。

 

「よし、ユウ。早速だが、手を貸してくれ」

 

「え?」

 

「マーティンが負傷した。応急処置はしたが、安全な所まで運びたい」

 

 アントムが視線で誘導すると、そこには、壁にもたれて座っている先輩隊員のマーティンの姿があった。

 しかも、よく見ると右足を負傷しており。アントムの応急処置の包帯が巻かれている。

 

「よぉ、ユウ、すまねぇ、……油断した」

 

「マーティン先輩、もう大丈夫です、今肩を貸しますから」

 

 と、マーティンに肩を貸そうとしたその時であった。

 不意に、何かが体当たりするかのような音が響き渡る。

 

「くそ! また始めやがった……」

 

「え? 今のは?」

 

「キングだ。奴が体当たりして、防火シャッターを突破しようとしてるんだ」

 

 アントムの言葉に音の方へ視線を向けると、そこには、通路を遮る防火シャッターを、向こう側から何かが体当たりして突き破ろうとしていた。

 

「アントム班長、キングって?」

 

「超巨大ラッドローチだ、俺たちと同じくらいの大きさを誇るな。この異常な大群のボスかは分からんが、取り巻きに多数のラッドローチを従えてやがる」

 

「わ、我々は、何とかあいつを食い止めようとしたが、駄目だった。でか過ぎて10mm程度じゃ歯が立たない。新入り二人が殺られ、俺もこの通り。何とか防火シャッターを下ろしたが、突破されるのは時間の問題だ」

 

 アントムとマーティンの説明を聞くに、どうやらあの防火シャッターの向こうには、とんでもない大物がいるようだ。

 しかも、今年入隊した、俺の後輩にあたる新人隊員二人が犠牲となり、マーティンの負傷の原因でもあるとか。

 

「そんな奴が防火シャッターを突き破ったら……、班長! まだブロック内には避難できていない人だっていますよ!」

 

「分かってる、だが、俺達だけじゃどうにもならん」

 

「応援は!? 班長、ノーヘッドを要請しては!?」

 

「それも考えたが……、ノーヘッドは三台とも、それぞれ出動先で手一杯だそうだ。それに、到着するまでにも時間がかかる。その間に奴が防火シャッターを突破している可能性の方が高い」

 

「なら10mmで歯が立たないなら、このM500で……」

 

「確かに10mmよりも威力はあるが、奴の周りには多数の取り巻きがいる。奴に散弾をぶち込もうにも、取り巻きが壁となってはどれ程効果があるか……」

 

 アントムと、何とかキングと呼ばれる超巨大ラッドローチを退治する算段はないかと議論するも、アントムの口からは悲観的な回答ばかりが返ってくる。

 このまま、俺達だけ安全な場所まで逃げて、ブロックに残された人々を見捨てなければならないのか。

 

 何か、手はないのか。

 

「……ん?」

 

 ふと、この広場の脇に留まっていた一台のフォークリフトに目が留まる。

 そして、とある閃きが頭をよぎる。

 

 これなら、何とかなるかもしれない。

 

「ん? おい、ユウ、どうしたんだ!?」

 

 アントムの声を他所に、俺はフォークリフトに駆け寄ると、状態を確かめ始める。

 やった、キーが挿しっぱなしだ。それに、バッテリーも十分。

 これなら、いける。

 

「アントム! もしかしたら何とかなるかもしれない!」

 

「何? どういう事だ?」

 

「このフォークリフトを使って、キングと呼ばれる超巨大ラッドローチを串刺しにしてやるんです! 大きいからって鉄板のような外殻は持っていないはずだから、上手くいけば倒せる筈です!」

 

「……確かに、そうだが。だが、相手は動かない訳じゃない、それに、取り巻きだって……」

 

「防火シャッターを突き破った直後なら俊敏に動けないはず。なら、その一瞬を狙えば勝機はあります!」

 

「しかしな……」

 

「っ、は、班長。俺は、ユウの作戦に賛成だ。……俺たちはリーアを守るリーアセキュリティ、守るべき市民を見捨てちゃ、一生の恥だ。それに、可能性があるのなら、それにかけてもいいんじゃないか」

 

「だが、失敗すれば」

 

「へ、それこそ本望だ。市民の為に命を懸けて死ねるんならな。今逃げてのこのこ生き残っても、先に命を落とした新入り達に合わせる顔がない」

 

 俺の提案にマーティンが賛同し、多数決では有利となる。

 だが、最終的な判断は班長であるアントムが下す。

 

 暫し悩んだ後、アントムがゆっくりと口を開き、判断を伝える。

 

「……、よし、やろう! ユウの可能性とやらにかけてみようか!」

 

「ありがとうございます!」

 

「よし、っとなりゃ、俺はここから援護する。満足に動けなくても、援護位はできるからな」

 

「では俺がフォークリフトでキングに」

 

「いえ、班長。その役は俺にやらせてください!」

 

「な、なに言ってるんだ! 一番危険な役を何故!」

 

「俺がこの作戦を考えました。なら、俺が一番重要な役を務めるべきです!」

 

「しかし、お前はまだ若い。俺達なんかよりもまだ未来が」

 

「ここでキングを仕留めなきゃ、生き残ったって良い未来なんてやってきません!」

 

 俺の必死の訴えに、アントムは遂に折れた。

 

「よし分かった。ではユウ、大役をお前に任せる。だが、失敗したと判断したら直ぐに逃げるんだぞ、いいな」

 

「はい!」

 

「よし、それじゃ。キングご一行をお出迎えするとしようか」

 

 作戦を決行すべく、各々が配置についていく。

 俺はフォークリフトの操縦席に座ると、キングが防火シャッターを突き破ってくるであろう正面の位置にフォークリフトを停車させる。

 

 その後ろでは、アントムとマーティンがキングの取り巻きがフォークリフトを邪魔する際に援護できるように広がる。

 

 準備は整った。

 あとは、その時が来るのを待つばかり。

 

 キングの体当たりする音が、次第に大きさを増し、防火シャッターを歪みも大きなものへとなっていく。

 

 時間にして一分も経過していないのかもしれない、或いは既に十分が経過していたのかも。

 時間の感覚がマヒしてしまう程の緊張感の中、遂に、その時は訪れた。

 

 一際大きな音と共に、防火シャッターの一部が突き破られ、そこから、凶悪なキングが顔を突き出す。

 

 アントムの言った通り、顔だけでも臆してしまいそうになる程、キングと名を与えられたその個体の威圧感は半端ではない。

 が、臆しそうになる気持ちを奮い立たせ、俺は、アクセルに足をかける。

 

「ギーーーーィッ!!」

 

 それはまさに開戦の合図。

 突破口を更に広げ、防火シャッターを突き破ったキングは、雄叫びの如く鳴き声を発する。

 その瞬間、キングの破った隙間から取り巻きのラッドローチ達が俺たち目掛けて襲い掛かってくる。

 

「うぉぉぉっ!」

 

 だが、俺だって気持ちで負ける事無く声を張ると、アクセルを踏みつけキング目指してフォークリフトを突進させる。

 

「いけぇ! ユウ!」

 

「止まらせるかよ!!」

 

 アントムとマーティンの援護射撃のもと、俺の操縦するフォークリフトは真っ直ぐにキングを目指す。

 

「っ、この!」

 

 が、やはりキングの側もそう簡単に懐に飛び込ませてもらえる筈もなく。

 撃ち漏らされたラッドローチが俺目掛けて飛び掛かってくる。

 片手で何とかそれらを振り払うと、アクセルを踏み足に力を入れる。

 

 キングは、防火シャッターに引っ掛かっているのか、未だに動けない。

 

 

 そして、遂に、フォークリフトのつめが、キングの巨体を捉えた。

 

「ギィィィッ!!!」

 

「うぉぉぉっ!!」

 

 通常のラッドローチの比ではない量の体液が、キングの巨体から迸る。

 苦痛に満ちた鳴き声をあげながらも、キングはつめを抜こうと前足を動かす。

 

 が、そうはさせまいと、俺はモスバーグ M500をキングの前足目掛けて発砲する。

 

「ギィィィッ!!」

 

 銃声に続き一際大きな鳴き声が響く。

 と、前足を吹き飛ばされて力が抜けたのか、フォークリフトの勢いを止めていた筈のキングの巨体が押し出される。

 

「ギィィィッッッ!!」

 

 やがて、直線状の壁に激突した際の衝撃で更につめが巨体に食い込んだのか、キングが再び鳴き声をあげる。

 その際、俺も突然の急停止に腹部を強打したが、そんな痛みなど、もはや感じている暇などなかった。

 

 この時感じていたのは、ここで一気に畳みかけ、目の前のキングを亡き者にする。ただそれだけ。

 

「っこの! このぉぉぉっ!!」

 

 フォークリフトのつめの隙間から、俺は手にしたモスバーグ M500の銃先(つつさき)を、醜穢なキングの顔面に突きつけ。

 そして、チューブマガジンに装填されている散弾を、全て、キングへとぶっ放す。

 

 一発、二発、三発……。

 

 途絶えなく続いた銃声が途絶えると、硝煙の先に姿を現したのは、散弾を撃ち込まれるよ前よりも更に醜穢さを増した、キング"だった"ものの姿であった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 肩で息をしながらも、本当に仕留めたかどうか確かめるべく、モスバーグ M500の銃先で数度突いて反応を確かめる。

 が、全く反応が見られない。

 

 それはつまり。

 

「……や、やった」

 

 キングを倒した。

 その事実を認識するや、俺の体から張り詰めていたものが解き放たれていく。

 同時に、最悪の事態を避けられたと、安どの言葉が漏れる。

 

「キッ!」

 

 が、視界の隅に現れた存在を見て、俺はふと我に返る。

 そうだ、キングは倒したがまだ取り巻きやリーア内に侵入したラッドローチの大群は未だ健在だ。

 

「っ!」

 

 一瞬反応が遅れたが、それでも何とか挽回しようと、慌ててホルスターからN99型10mm拳銃を抜き、発砲しようとする。

 

「……?」

 

 筈だったのだが、俺の指はトリガーを引く寸前で動きを止めた。

 何故なら、キングの取り巻きのラッドローチ達が、我先にと逃げ出し始めたからだ。

 

 一体何が起こっているのか、状況を飲み込めずに固まっていると、不意にアントムの声が聞こえてくる。

 

「やったな、ユウ! 俺たちの勝利だ!!」

 

「え、あ、あの?」

 

「よく分からんが、ユウがキングに散弾をお見舞いした辺りから取り巻きの奴らが我先に逃げ始めたんだ」

 

「司令塔を失った事で組織として統制が取れなくなったので逃げ出した……、ですか?」

 

「ラッドローチにそこまでの高度な組織性があるとは聞いたことがないが……」

 

「班長、ユウも。今は議論なんかしてる場合じゃないでしょ、兎に角俺達勝ったんだから、喜びましょう!」

 

 ラッドローチの予期せぬ行動に、俺とアントムは議論を始めようとしたが。

 アントムに肩を貸してもらっていたマーティンの言葉で、議論はそこで終了する運びとなった。

 

「あ、でも喜んでばかりもいられませんよ! まだ他のエリアには大量のラッドローチが!」

 

「その事なんだが、さっき無線で連絡があった。どうやら、ラッドローチ共が逃げたのはここだけじゃないらしい。リーア全体で同様の現象が確認されてる」

 

「え、それって……」

 

「だから言ったろ、俺達勝ったんだよ!」

 

 マーティンの言葉に、自然と笑顔がこぼれだす。

 ただし、事が終わった安心感から押し寄せる疲労のせいなのか、その笑顔はどこかぎこちなかった。



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第九話 終わりと始まり、はじまりはじまり

 それから二日後。

 あの戦闘の後、気づけば取り巻きのラッドローチの仕業か、体中傷だらけではあったが、幸いにして重度の怪我ではなく。

 全身至る所が絆創膏だらけで済んでいた。

 

 そんな俺は、今、キングと対峙した時よりも緊張した面持ちで中央広場に設けられた特設ステージの上に直立不動で立っている。

 

 何故そんな所で直立不動なのかと言えば、それは、眼前で笑みを浮かべるランク市長から、とある栄章を受け賜わる為だ。

 集まった大勢のリーア市民の視線の中でだ。

 

「ユウ・ナカジマ、貴官は我がリーアの未来を守るべく勇敢に行動し、リーアの人々の未来を守り抜いた! よって、ここにリーアセキュリティ勲功章を授与するものである!」

 

 惜しみない拍手や歓声、カメラのフラッシュがたかれる中、俺はリーアセキュリティにおける最高位の表彰たるリーアセキュリティ勲功章を受け賜わる。

 

「さぁ、こっちへ。ほら、皆さんに大きく手を振って、笑顔は絶やさず、賞状を見せつけるように」

 

 その直後、特設ステージから集まった市民の皆さんへの感謝の表現のレクチャーを、ランク市長から小声で受けながら実践していく。

 

「市民の皆様! どうか! 新しくも若きリーアのヒーロー(英雄)に盛大な拍手を! ……ははは、全く。君は親御さんにとって本当に自慢のヒーロー(英雄)だよ。勿論、この私にとってもね」

 

 伊達にリーア社会のトップに君臨しているわけではない、そんなランク市長の素顔を垣間見つつ。

 俺は、前世も含めここまでの注目を浴びた経験の無さからくる気恥ずかしさを抑えながら、何とか笑顔で市民の一人一人に向かって手を振り感謝の言葉を贈る。

 

 第一報の報告では、先のラッドローチ襲撃により、リーア市民の三割が死傷。

 また、リーアセキュリティに関しては、四割もの死傷者を出す程の被害を受けた。

 リーアの各エリアに関しても、住宅や各種設備にも被害が及んでおり。元の生活を取り戻すまでには、相当の時間を有するとの見解が出されている。

 

 リーアの前途は明るいとは言えない。

 ただ、だからこそ今は、俺という人々の希望の光を照らそう。

 そして、一人でも多くの人の、明日への活力となる事を願う。

 

 

 

 ──なんて、安易な考えをしていたこの時の俺は、まだ知る由もなかった。

 華やかな表彰式の裏で、人々が希望の眼差しを向けるその裏で、リーアにとって事態が進行していた事を。

 

 

 

 それから一週間程が経過し。

 絆創膏だかけの姿からすっかり元通りなり、英雄として持て囃されることも徐々に下火になってきた頃。

 

 俺は、いつも通り本部に出勤した所で、父であり上司でもある警備長に、デスクに来るようにと呼び出しを受けた。

 

「一体何だろう?」

 

 改めて感謝の言葉を述べるのか、表彰式の後、自宅に帰るとそれはそれは父と母から言われたので今更ではあるし。

 まさか、配置換えか。先の功績を考慮して。それとも、昇進?

 

 あれこれ考えても、しっくりくる理由が思い浮かぶ事無く。

 気づけば警備長のデスクまであと少しの所まで足を運んでいた。

 

「よぉ、ユウ」

 

 と、不意に前方から声が聞こえ、意識を理由の詮索から現実へと切り替える。

 すると、目の前から松葉杖を使い歩いてくるマーティンの姿があった。

 

「おはようございます、マーティン先輩」

 

「珍しいな、こんな所で」

 

「警備長にデスクに来るように呼ばれたので。……所で先輩、足の具合はどうですか?」

 

「ん~、ま、暫くはコイツ(松葉杖)を手放せないな。あ、それに退屈なデスクワークもセットだ」

 

「あはは」

 

「っと、引き留めて悪かったな、それじゃな」

 

 こうしてマーティンと軽く言葉を交わした後、再び警備長のデスクを目指して足を進み始めた俺は、程なくして警備長のデスクに到着した。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 入室すると、父は自身のデスクに置かれた書類の束を片づける事に追われていた。

 

「座って少し待っててくれ、もうすぐ一区切りつくから」

 

 父の言葉通り一区切りつくのを待っていると、程なくして、父の書類仕事は一区切りついた。

 

「コーヒー、飲むかい?」

 

「いただきます」

 

「そう畏まらなくてもいいぞ、ここには俺とユウしかいないんだし」

 

「でもと、いえ警備長。今は紛れもなく勤務時間内ですので」

 

 部屋の脇に置かれたコーヒーメーカーで二人分のコーヒーを淹れながら、父はそうだったなと軽く笑い。

 やがて、コーヒーを淹れたカップの片方を手渡してくれる。

 

「さて、それでは、今回呼び出した理由を話すとしようか」

 

 お互いコーヒーを数度口にした所で、父が今回俺を呼び出した理由を話し始める。

 

「これから話す事は、まだリーア内でもごく限られた者しか知らない事だ。なので、他言無用で頼むぞ」

 

「分かった」

 

「では話そう。……、実は、先週のラッドローチ襲撃に際して奴らの一部が水道施設の中核である浄水設備にも攻撃を加えようとした。幸い、迅速な対処により浄水設備自体には被害はなかったんだが……」

 

「だが、どうしたの?」

 

「浄水設備のシステムの中核である『浄水チップ』の予備の品が、焼失してしまったんだ。どうやら奴らが暴れた際に火災が発生してしまい、それが原因らしい」

 

 浄水チップ、その単語を聞いた瞬間、二つの予想が頭をよぎる。

 一つは、浄水設備のシステムの中核たる浄水チップ、その交換ができないとなれば、現在使われているチップの寿命が尽きれば、それは即ち浄水機能の停止を意味する。

 戦前の様に清潔な水を調達できない世界でそれはつまり、リーアの未来をも閉ざす最悪の結果を生むという事を意味している。

 

 そしてもう一つ。これはフォールアウトというゲーム的な意味合いを含んでいるが。

 栄えあるシリーズ第一作、前世日本では『Fallout1』と呼ばれていたが、正確には『Fallout: A Post Nuclear Role Playing Game』と呼ぶ。

 

 そんな第一作目の物語の始まりは、ボルト13の浄水チップが壊れたので、猶予が終わる前に代わりとなる浄水チップを探してくる。というものだ。

 

「幸い、現在使用中の浄水チップはまだ耐用期間内だが、それも残り一年程だ。つまり、一年以内に交換用の浄水チップを見つけないと、リーアの未来は……」

 

 そう、まるで今リーアが置かれている状況はボルト13と酷似しているのだ。

 

「再生産はできないの!?」

 

「残念ながら、リーアには浄水チップを生産するための設備はない。だから、他から見つけてくるしかないんだ」

 

 そして、俺が今日父のデスクに呼び出された事実。

 更には父が、そんな重大な出来事を俺に話しているという事実。

 

 これ、もう確定じゃないのか。

 

「それでだ……、あぁ、その」

 

「何? 父さん」

 

「あぁ、くそう! ……」

 

 これから告げられるであろう決定事項を俺に話す事、警備長として我が子に辛い役割を担わせる事、しかし一方で父親として手を差し伸べてやりたい気持ちもある。

 職務と愛情の狭間で揺れながらも、やがて父は、気持ちを落ち着かせ、俺に話し始める。

 

「それでだな、昨日、この事態に対する緊急の対策会議が行われた。そこで……、ユウ、お前にその」

 

「その?」

 

「お前に、リーアの外に出て、浄水チップの代わりとなる新たな浄水チップの捜索及び確保、を命じる事が決定した……」

 

 あぁ、やっぱり。

 

「父親として、お前を危険な大地に放り出す事を心から賛成した訳じゃない、けど、俺には警備長という立場もある分かってくれ」

 

「分かってるよ、父さん」

 

「会議の場で市長に掛け合ってはみたんだ、せめて同行する人員を増やせないかと、だが、駄目だった」

 

 現在、リーアは先のラッドローチ襲撃からの復興の只中にある。そんな中にあっては、復興に一人でも多くの人員は確保しておきたい。

 それに、いつまたラッドローチが襲ってくるとも限らないので、優秀な警備員も極力残しておきたいだろう。

 それを踏まえて、対策会議の議場で父が俺の為に最大限働きかけてくれたのは痛いほど伝わった。

 

 ならば、俺はそんな父の働きかけを無駄にしないように、そして、故郷の人々の笑顔を一年後に絶やさない為にも、精一杯、大任を果たそう。

 

「ありがとう父さん。俺、父さんの気持ちを無駄にしない為にも、精一杯頑張るよ」

 

「ユウ……、ありがとう」

 

「それで、出発は、やっぱり今すぐに?」

 

「いや、リーアの外に出るんだ。色々と準備も必要なので、出発は明日になる」

 

 こうして、俺のウェイストランドデビューの日取りも決定し、俺は準備に追われることになる。

 それにしても、まさか第一作目とはな。年代も全く異なるし、これはゲームの情報がどこまであてになるかわからないな。

 

 

 不安と期待が入り混じりつつも、俺は支給される装備品を受け取るべくヴァルヒムさんもとを訪れた。

 

「よぉ、英雄さん。聞いてるよ、災難だったな」

 

「あはは……。でも、リーアの人々の為ですから、必ず持ち帰ってみせますよ」

 

「ははは、頼もしいな。……にしても、ランクの野郎は相変わらず汚い手回しが早いこった」

 

「え?」

 

「……、ユウ。前にオレが話した、オレの昔話を覚えてるか?」

 

「昔はスマートな活躍ぶりで女性のハートを鷲掴みにしていたって話ですよね?」

 

「あぁ、そうだ。……実はあの話な」

 

 突然いつものヴァルヒムさんの口調とは異なり、トーンを落としたいつになく真剣な口調に、俺も更に耳を傾ける。

 

「あれは、ウェイストランド、つまり外の世界での出来事の話なんだ」

 

「っ! え、でも!」

 

「そう驚く事でもないさ。今のランク市政は外からの流入をあまり歓迎していないが、リーアじゃ、過去の市政によっては外からの流入を歓迎していた時もある」

 

 そしてヴァルヒムさんは、自身の過去を俺に語り始めた。

 

 ヴァルヒムさんは二十五年前までは、ウェイストランドで傭兵家業を営んでいたそうな。

 個人で行っていた為、必然的に顧客も個人などが多かったが、それでも、その凄腕から評判は上々だったとか。

 そんなる日、事務所を構えていたとある町で、ヴァルヒムさんはとあるグループから声をかけられた。

 それが、当時のリーアがウェイストランドの現地調査に派遣した調査隊だった。

 

 調査隊の護衛役として彼らに雇われたヴァルヒムさんは、持ち前の凄腕で調査隊の想像以上の働きをしたのだとか。

 

 こうしてヴァルヒムさんのお陰で無事に調査も終わり、調査隊がリーアへ帰還する事となった時であった。

 予想もしていなかった問題が発覚したのは。

 

「いや~、オレもあの頃は若かったからな!」

 

「は、はぁ……」

 

 何と、調査隊の女性隊員の一人と恋仲となり、更に彼女のお腹の中には、ヴァルヒムさんとの愛の結晶が。

 その為、女性隊員は当時のリーア市政にヴァルヒムさんのリーア入植を懇願したようだ。

 しかし当時のリーア市政からは、あまりいい返事は帰ってこなかった。リスク等を考慮しての事だろう。

 

 だがその時、そんなヴァルヒムさんに救いの手が差し伸べられる。

 

「それが、今のランク市長さ」

 

 当時入植事業の主任担当者だったランク市長の手回しにより、ヴァルヒムさんは無事にリーアへの入植を果たす事となる。

 しかし、当然ランク市長が善意でヴァルヒムさんを招き入れた訳もなく。

 

 その狙いは、ヴァルヒムさんが持っていたウェイストランドを生き抜く為の知識と経験をリーアに取り入れたいからであった。

 

「ま、ランクの野郎自身のポイント稼ぎの為のだしに使われたのは気に食わないが。だがお陰で、オレはあいつと幸せな生活を送れたのもまた事実だからな」

 

 因みに、恋仲となった女性隊員とはその後正式に結婚し、現在も、ヴァルヒムさんとは仲睦まじい様子。

 

「しかし、まさかユウをポイント稼ぎのだしに使うとは、ったく、あの野郎。しかも一人で行かせるなんて! やっぱり許せねぇ!」

 

「ありがとうヴァルヒムさん、気持ちは嬉しいよ。でも、結局誰かが探しに行かないと、リーアの未来はないんだ。だから、俺頑張るよ」

 

「……へ、ユウ、やっぱりお前は優しい奴だ。よし、ちょっと待ってな。今スペシャルなものを用意するからな!」

 

 支給品を用意しに行ったのかと思って待っていると、再び姿を現したヴァルヒムさんは、唐突に俺のピップボーイを貸してくれと言ってきた。

 

「昔、俺が傭兵をやっていた頃に使ってたアップデートの為のもんだが、……まだ使えるといいんだがな」

 

 そう言いながら、手渡した俺のピップボーイに、自身が持ってきた集積回路らしきものを組み込むヴァルヒムさん。

 ヴァルヒムさん曰く、あの集積回路らしきものを組み込むことによって、民生用の為制限されていたV.A.T.S.等の機能が使用可能になるのだとか。

 かつて使用していたヴァルヒムさんの個人的な感想としては、これを使えば軍用にも負けず劣らない性能を手に入れられるそうな。

 

 そんな貴重すぎるもの、貰っていいのだろうか。

 

「よし、出来たぞ。起動させてみてくれ」

 

 集積回路を組み込んだピップボーイを、再び左腕に着用する。

 起動完了のアニメーションが終わると、アップデートの内容がモニターに表示される。

 

 V.A.T.S.の使用や無線受信機能、セキュリティ機能の強化等々。

 その中でも一際目を引かれたのが、ワークショップ収納機能、という項目だ。

 ワークショップって、あの4に登場する拠点開発に必要不可欠なアレか。それを収納し持ち運び可能という事は、開発可能ロケーション以外でも開発が可能になるという事なのか。

 確かに、これは軍用にも負けず劣らない性能だ。

 

 確認完了のボタンを押すと、以前と変わらぬ画面がモニターに表示された。

 

「よし、無事に動作しているみたいだな」

 

「こんな凄いもの、いいんですか?」

 

「いいさいいさ、ユウの為だ。……おっと、スペシャルなものがそれだけだと思うなよ、まだまだ用意してるんだ」

 

 そう言うと、ヴァルヒムさんは再び奥へと姿を消し、程なくして、何やら両手一杯の荷物を抱えて戻ってくる。

 

「っと、ふぅ。……これらはオレがリーアに入植した時に一緒に持ってきた物だ。入植してからは使ってないものばかりだが、今でも定期的にメンテナンスはしているから、使える筈だ」

 

 カウンターに置かれたそれらを手に取り、一つ一つ確認していく。

 確かにどれも新品ではなさそうだが、手入れが行き届いているのだろう、二十五年もの月日が経過していても使用に問題はなさそうだ。

 

 なので、早速着替えを始めて着心地を確かめる。

 セキュリティアーマーやヘルメット等を外し、コンバットアーマー一式を着用していく。

 

 うん、特に着心地が悪いこともなく、動きにくい事もないので、特に問題なさそうだ。

 

「似合ってるじゃないか。そのアーマーなら、レイダー程度なら撃ち合っても問題ないはずだ」

 

 こうしてヴァルヒムさんのお墨付きもいただいたので、次にその他の装備品を収納していく。

 コンバットナイフに10mm短機関銃、R91アサルトライフル、軍用のフラッシュライトにロープ、それに双眼鏡等々。

 更に対応弾薬を予備分含めて十二分な量を収納する。

 

 そんな中で、俺は一挺の拳銃に目が留まった。

 

「あぁ、そいつはオレの傭兵時代の頃の最高の相棒さ。そいつに助けられた回数は数知れない」

 

 それは、コルト M1911をベースにカスタマイズドされた自動拳銃であった。

 カスタムスライドにダブルカラム(複列式弾倉)対応の設計フレーム。

 更に近接戦闘用の凶悪なスパイク状のマズル面に、マウントレールによりフラッシュライトやドットサイトが取り付けられ汎用性が高められている。

 

 まさに、攻撃型カスタムガバメントといったところか。

 

「こんな拳銃まで、いいんですか?」

 

「あぁ、オレにもう必要ないし。それに、そいつだって使われずに置物になってるより、レイダーの十人や二十人倒して役に立ったほうが幸せだろ」

 

 こうして、攻撃型カスタムガバメントをホルスターに収納すると、ヴァルヒムさんからのスペシャルな贈り物は全て受け取り終えた。

 

「それじゃ、支給品を持ってくる」

 

 そして最後に、ようやく今回の任務にあたり支給される支給品を受け取る。

 スティムパックにRAD-X、N99型10mm拳銃と10mm弾、そして当座をしのげるだけの缶詰等の食糧。

 

 あぁ、先ほどのスペシャルな贈り物と比較すると何と貧相なことか。

 

「あぁ、そうだ。最後にもう一つあるんだ」

 

 貧相とはいえ貴重な支給品をピップボーイに収納し終えると、ヴァルヒムさんはホロテープと何かの鍵を一つづつ、手渡してくる。

 

「これは?」

 

「そうだな。ま、外に(ウェイストランド)出てからのお楽しみってやつだ」

 

 こうして、様々なプレゼントをくださったヴァルヒムさんにお礼を告げると、次は自宅に戻りこれまで準備しておいたキャップをピップボーイに収納しておく。

 十一年もの年月を経て貯めに貯めたその数は、かなりのものとなっていた。

 

 

 一通り出発に向けての準備も終わり。

 その日の夜、家族揃っての夕食は、いつもと異なり何処か暗い雰囲気が漂っていた。

 

「どうしたの、美味しくない? あ、オネット、マヨネーズを取ってきてくれるかしら?」

 

 そんな中、母は明らかに気丈な振る舞いを見せていた。

 

「ほら、もっと楽しくお食事しないと……、じゃないと……、っ、うぅっ!」

 

 事が事だけに、俺に与えられた大役は容易に広められる事はできない。

 しかし、流石に母親である母には、おそらく父から事の経緯などが告げられているのだろう。

 

 あと十数時間後には息子との別れが待っている、もしかしたらそれは、一生の別れになるかもしれない。

 

「ねぇどうして!? どうしてユウがいかなくちゃならないの!? ねぇ!」

 

「落ち着いてメリッサ、冷静に!」

 

「落ち着いてなんていられないわ!! どうしてグレッグ!? 貴方は警備長なんでしょ! どうして市長に意見できないの!」

 

「俺にだって、立場があるんだ……」

 

「立場!? 立場って何よ!! ユウは私たちにとって大切な一人息子なのよ!? そんなユウを、いつ見つかるとも知れない危険な任務にどうして就かせるの!!」

 

 母がヒステリーを起こす気持ちも分からなくはない。

 だけど、これはリーアの人々の未来の為、ひいては父や母の為でもある。

 

「母さん、心配してくれてありがとう。でも、これは俺にしか出来ない事だから」

 

「何言ってるの!? ユウ、あなたじゃなくても他の人でも……」

 

「これは俺にしかできないんだ。リーアの人々を、母さんや父さんの笑顔を守れるのは俺だけだからさ」

 

「だからって、だからってあなたが犠牲に……」

 

「安心して、絶対に、絶対に無事戻ってくるから、ね」

 

「っ、う、うぅ……」

 

「メリッサ……」

 

 父の胸に蹲り涙を流す母の姿を、俺は胸に刻みながら誓うのであった。

 二度とこんな母の姿を見ない為にも、必ず任務を全うし、無事に戻ってくるのだと。

 

「ユウ坊ちゃま……」

 

 安心してオネット、お前も悲しませたりなんてしないから。

 

 

 

 そして、翌日。

 時刻はまだ夜明け寸前、リーアは未だ静寂に包まれている。

 

 そんな中、エントランスホールには、コンバットアーマーを身に纏い準備万端な俺の他。

 ランク市長、警備長である父、そして各部署のトップ等。リーアの運営を担う人々の姿があった。

 事が事だけに、やはり盛大な式典などもなく、事実を知る者だけの簡素な出発式であった。

 

「所で父さん、母さんは?」

 

「あぁ、出発を目にするとまたヒステリーを起こしそうだと言って自宅にいる。でもその代わり、ユウの無事と任務の成功を祈ってるそうだ」

 

「母さんのお祈りは効果絶大だから、安心だね」

 

「はは、そうだな。……頑張るんだぞ、ユウ」

 

「はい、父さん」

 

 今生の別れではない、また笑顔で、このリーアに戻ってくる。必ず。

 

「さぁ、用意はいいかね、ユウ君」

 

「はい市長」

 

「では、期待しているよ、このリーアの良き未来を」

 

 刹那、職員の手により連絡橋が作動、同時に静寂を打ち消すけたたましいサイレンの音が鳴り響き、巨大な扉がゆっくりと開閉を始める。

 

「行ってきます」

 

 そういうと、俺は連絡橋を渡り、巨大な扉を潜る。

 その先に待っていたのは、巨大な斜坑エレベーターであった。

 

 垂直エレベーターならゲームで見たことがあるが、まさかリーアは斜坑エレベーターだったとは。

 

 斜坑エレベーターに乗り込むと、先ほどの出発式で教わった通り、操作パネルとピップボーイを有線で接続し操作を行う。

 刹那、一瞬の揺れの後、斜坑エレベーターが地上を目指して上昇し始める。

 

 さて、この先に待っているのは、地獄か、混沌か。

 

 絶望が蔓延している世界であっても、俺は、その中から、必ず希望の光を見つけ出してみせる。

 

 

 そう、あの遥か彼方に見える、出口の光の様に。



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第二章 Wasteland 2307
第十話 小さな一歩と偉大な一歩


 眩い光が全身を覆い、俺は目を伏せる。

 眩しい、リーアの人工の光とは大違いだな。

 

 程なくして、再び全身を揺れが襲った直後、斜坑エレベーターが動きを止めた。

 

 慣れるまで暫し時間を有したが、やがて目が光に慣れてくると、周囲の状況を見渡し始める。

 

「ここは、倉庫、なのか?」

 

 そこは、まるで巨大な倉庫の内部であった。

 天窓から差し込む光に照らされた内部は、剥き出しの骨組みに、所々にコンテナが置かれている。

 リーアの存在を秘匿するための偽装用なのか、ここが倉庫として使用されていた感はない。

 

「兎に角、外に出るか」

 

 ウェイストランドデビューの初見が倉庫内部という、少し肩透かしを食らった所ではあるが。

 気持ちを再び引き締めると、俺は倉庫内から出るべく、出入り口へと向かう。

 

 搬入口は固く閉ざされていたが、人が出入りする為の出入り口は特に鍵もかかっておらず、すんなりと外に出ることができた。

 

「……あぁ」

 

 出入り口を出た先に広がっていたのは、ある程度予想していたものを簡単に飛び越える程の絶望、あるいは"無"であった。

 木々は枯れ果て、荒れ果てた大地、そして、そんな荒廃した地上を嘲笑うかのように、空には青空が広がっている。

 

 前世ではゲームプレイなどで、現世では座学等である程度の予備知識は持っていると自負していた。

 が、実際に実物をこの目で見てみると、それらの予備知識の何と可愛い事か。

 

 それは、希望や絶望の生まれぬ、まさに時の止まった"無"の大地。

 ここはまさに神すらも見捨てた世界、ウェイストランド。

 

「本当に、見つかるのか……」

 

 不安が言葉に変換し零れるが、ふと、負けそうになる気持ちを振り払うと、出発時の決意を思い出す。

 そうだ、リーアの人々の未来は俺の双肩にかかっている。

 

 進まなければ、未来をつかみ取る為に。

 

「よし!」

 

 深呼吸を一つ。

 決意を新たに、俺は巨大倉庫を後に、出発式で受け取った最初の目的地を目指して歩き始める。

 

 

 ──西暦二三〇七年、ウェイストランドにとっては小さな一歩だが、俺にとっては偉大な一歩。を踏み出した。

 

 

 

 

 とっかかりとして、リーアから東部方向。

 オーロラを東西に分担するフォックス川の手前側にノース・レイク・サンズと呼ばれる小さな集落で、手掛かりを探す事になる。

 

 ピップボーイの地図に印されたマーカーを目指し、荒廃した大地を進む。

 

 かつてはウェスト・インディアン・トレイルと呼ばれていた道路も、今では手入れがなされず、ひび割れや破損が目立つ。

 道路の脇に立つ枯れた草木や朽ち果てた住宅跡も、かつては生命の活気に満ちていた事だろう。

 そんな道路を一人黙々と歩いていると、不意に、銃声が聞こえてくる。

 

 音の大きさからして距離はあるが、直ぐに姿勢を低くし手ごろな物陰に身を隠すと、耳を澄ませる。

 

 再び聞こえてくる銃声、更にその後も数発分。

 銃声の正体を確かめるのは危険が伴うが、正体不明なままでもリスクがある事も確かだ。

 なので、銃声の正体を確かめるべく、ピップボーイのレーダー機能で周囲を警戒しつつ、銃声の方へと移動を開始する。

 

「……が、……だぜ!」

 

「ヒャハハハッ!!」

 

 銃声の聞こえてきた方へと近づいていくと、今度は人の話し声が聞こえてくる。

 しかし、その声はどう考えても正気な思考の者とは思えない。

 

 道路脇に放置されていた廃車の影に身を隠すと、ヴァルヒムさんから頂いた双眼鏡を手にし、声の方を覗いてみる。

 レーダーが反応を示した場所、十字路のど真ん中で目にしたのは、奇抜な髪形に廃材を取って付けたような、これまた奇抜な格好を数人の男女の姿であった。

 

「レイダー……」

 

 それは紛れもなく、ウェイストランドの生態ピラミッドの底辺で蠢く存在、レイダーであった。

 ゲームや座学等で学んだ予備知識通り、手にしたパイプピストルや粗悪な銃器を振り回し、彼らはまるで何かの祭りかのごとくはしゃいでいる。

 

「新鮮な肉だぁ~!」

 

「これで今日はすっごい事しようぜぇ!!」

 

 耳を澄ませ彼らの声に耳を傾けると、どうやら本日の食糧を確保したようだ。

 それらしい物に双眼鏡を合わせると、そこには、折り重なった人間の死体が。

 

 あぁ、そうだった、彼らは食べられるものなら人間の肉も食べるのだった。

 

 食道の奥から逆流してきそうなものを抑えつつ、銃声の正体もレイダー達の狩りと分かった所で、俺は不要な戦闘を回避すべく移動を開始する。

 レイダー達のいる十字路を大回りするように、廃墟だらけの住宅街へと足を進める。

 戦前は閑静な住宅街として住民達の笑顔で溢れていたであろう場所は、今や閑静、どころか無人と化したゴーストタウンとなっていた。

 

 そんなゴーストタウンを警戒しつつ進んでいると、ふと、廃材集めやアイテム収集などをまだしていないと気が付く。

 

 ゲーム的に言えば、今の俺のメインクエストは浄水チップの捜索及び確保だ。

 タイムリミットがあるとはいえ、猶予としてまだ一年ある。

 ならば、少しくらい道草食ってもいいよな。

 それに、当面の備えがあるといっても、捜索がどれ程かかるかも分からないのだし、長期的な活動に備えて収集は積極的に行っていこう。

 

「……失礼します」

 

 という訳で、俺はある程度原型を留めていた住宅に足を踏み入れ、内部の捜索を開始する。

 室内での戦闘に備え、その手には攻撃型カスタムガバメントを手にしている。

 N99型10mm拳銃とどちらにするかと悩んだが、装弾数の多さから攻撃型カスタムガバメントを選択した。

 

 .45口径弾も、4の世界観を取り込んでいると思われるこの世界ならば、ある程度は確保が可能だろう。

 

「クリア、と」

 

 正面玄関から足を踏み入れ、二世紀以上放置したお陰で壁紙などの内装が剥がれ落ちている一階部分を捜索していく。

 幸い、まだ日が昇っている時間帯なので、建物の隙間から差し込む光で室内は程よく明るい。

 大量のほこりが積もったキャビネットやラック等、使えそうな物が残されていそうな収納家具を物色していく。

 

 お、ヘアピン発見。これは有難い。

 

 その他、アルミニウム缶や簡易バッテリー等の廃棄品等々を回収し、ピップボーイに収納する。

 こうして一階で目ぼしい物を回収し終えると、次いで一段一段上るたびに不安な音が鳴る階段を上り二階へと足を進める。

 

 二階の一室に足を踏み入れると、そこは寝室であった。

 

「……どうか、安らかにお眠りください」

 

 寝室のメインたるベッドの上には、この家の主なのか、あるいはこの家を間借りしていたのか。

 名もなき白骨死体が一つ。

 

 彼或いは彼女の魂に安らぎが訪れんことを願い終えると、寝室の捜索を開始する。

 

 ベッド脇のベッドサイドチェストからは、白骨死体の護身用だろうか、一挺のパイプピストルが置かれていた。

 敬意を表し軽く頭を下げてから回収すると、寝室内の残りを捜索していく。

 

 その後、残る部屋なども捜索し、回収できるものを回収し終えると、俺は住宅を後に再びノース・レイク・サンズを目指し歩き始める。

 

 

 原型を留めているものから半壊しているもの、さらには完全に破壊されているものなど。

 住宅街の住宅の中から、物資回収できるであろう目星をつけた住宅に足を踏み入れては、捜索し物資を回収していく。

 時折、所々に設けられている必要最低限度の機能のみ備えた小型核シェルター、プロウスキ保護シェルターの中身も拝見しつつ。

 

 順調に道草を食いつつ、俺は目的地を目指して歩き続ける。

 

 

 こうして、目的地まで半分ほどの道のりを進んだ時の事。

 不意に、再び銃声が聞こえてくる。

 

「またレイダーか?」

 

 先ほど目にしたグループと同じかどうかは分からないが、警戒しつつ銃声の聞こえた方へと足を進める。

 するとやがて、助けを求める声が聞こえてくる。

 

「ひぃぃ、来るな!」

 

「誰かぁー!」

 

「いや、いや!」

 

 物陰から双眼鏡で状況を把握してみると、どうやら助けを求めていたのはレイダーではなさそうだ。

 汚れや破損、それに継ぎ目が目立つ衣服に身を包んだ人々が、二体の野生動物に追いかけられている。

 

 強靭な顎に凶暴な顔つき、三対六本の足に攻撃的な胸部、そして、ウェイストランドでは貴重な栄養源であろう腹部。

 ジャイアント・アント、或いは巨大アリ。

 凶暴なウェイストランドの野生動物が、このウェイストランドの唯一の掟でもある弱肉強食を、今まさに体現しようとしていた。

 

 一応、狩られる側の一人が手にしたパイプピストルで応戦しているものの、その命中率は推して知るべしだ。

 

「……、よし」

 

 幸い、二体のジャイアント・アントは狩りに夢中で俺には気づいていない。

 大回りして見なかった事にすることもできる。が、俺はピップボーイからR91アサルトライフルを取り出し、銃が撃てる状態であることを確認する。

 

 そして、気合を入れると、物陰から飛び出し有効な命中弾を叩き込むべく距離を詰め始める。

 よし、いい距離だ。

 

 ジャイアント・アントが新たな獲物をその強靭な顎で食い千切ろうとする刹那。

 俺は、構えたR91アサルトライフルのトリガーを引いた。

 

 甲高い発砲音が数発、セミオート射撃で先頭のジャイアント・アントを狙う。

 放たれた5.56mm弾が狙い通り先頭のジャイアント・アントを襲う。

 

 刹那、二体のジャイアント・アントがターゲットを俺に変更したのか、進路変更して俺目掛けて突進してくる。

 

「この!」

 

 再び放たれる5.56mm弾。

 先んじてダメージを与えていたジャイアント・アントは、この射撃で無力化。

 しかし、もう片方の無傷のジャイアント・アントは構わず突進してくる。

 

 セレクター(射撃方式切り替え装置)をセミオートからフルオートへと瞬時に切り替えると、迫るジャイアント・アントへ向けて5.56mm弾の雨をお見舞いする。

 

 排莢され響き渡る空薬莢の音と共に、ジャイアント・アントの巨体が大地に倒れた。

 

「ふぅ……」

 

 何とかマガジンが空になる前に倒せてよかった。

 使用したマガジンをリリースし、ベルトに装着しているマガジンポーチから新しいマガジンを取り出すと、新しいマガジンを装填する。

 マグチェンジを終えると、R91アサルトライフルを背負うことなく、助けた人々のもとへと歩み寄る。

 

 構えてはいないものの、安全装置は解除したままであり、いつでも瞬時に応戦可能な状態は維持している。

 ウェイストランドでは、用心過ぎるに越したことはない。

 

「あぁ、待ってくれ! 我々に戦う意思はない!」

 

 が、そんな俺の意気込みは、肩透かしを食らう。

 歩み寄った途端、リーダー格と思しきパイプピストルを所持している男性が両手をあげて戦闘の意思はないと示したからだ。

 

「それは失礼」

 

「いや、いいんだ。……所で、助けてもらって言うのもなんだが、あんたは一体? 何者なんだい?」

 

 突然ジャイアント・アントの脅威から自分たちを助けてくれたのは、コンバットアーマー一式を纏い、インナーに見慣れぬリーアジャンプスーツを着て、強力な武装を有する謎の青年。

 彼らからすれば、俺はそんな風に映っているのだろう。

 疑問符を浮かべるのも、分からなくはない。

 

「えっと、俺は……、旅の傭兵です。個人事業の」

 

 しかし、俺の身分を偽ることなく明かした所で、コロニー等の知識が乏しいであろう彼らに理解できるかは不明だ。

 なので、ここは嘘も方便と、ヴァルヒムさんと同じ個人傭兵であると説明する。

 

「あぁ、そうだったのか。物騒な格好をしていると思っていたが、それなら納得だ」

 

 どうやら、疑うことなく納得してくれたようだ。

 

「あの、俺からも質問いいですか?」

 

「何かね?」

 

「皆さんはどういったグループで?」

 

「あぁ、我々は、この先にあるノース・レイク・サンズに入植したくて向かっていた所なんだ」

 

 聞けば、彼らはウェイストランドにおける特定の勢力に属していない一般人。所謂ウェイストランド人であり。

 その日その日を生き延びていたが、流石に最低限の安全と衣食住を求め、ノース・レイク・サンズへの入植を決意し向かっていたのだとか。

 

「成程。では、目的とは俺と一緒ですね」

 

「あんたもノース・レイク・サンズに?」

 

「えぇ。……あ、そうだ。もしよろしければ、一緒に同行させてもらってもよろしいですか?」

 

「なんと!? それは本当なのかい?」

 

「はい、一緒の方が、皆様も心強いと思いますし」

 

「それは有難い。……あぁ、だが、我々には、あんたを一時的にでも雇うだけの持ち合わせは」

 

 満面の笑みから一転、急に歯切れが悪くなり何事かと思えば。

 どうやら先ほどの会話を俺との護衛契約だと思ってしまったらしい。

 

 今更、実は傭兵じゃないなんて言ったらますます混乱させるだけだろうし。

 よし、別の手でいこう。

 

「あ、お支払いは結構ですよ。これは俺の善意ですから」

 

「なな、なんと!? そりゃ本当ですか!!」

 

 ウェイストランドにおいて無償の善意は絶滅危惧種だ。

 常に打算的に行動してきたウェイストランド人々にとっては、まさにカルチャーショック。

 

 よって、彼らが大げさと思えるほど驚くことは不思議ではない。

 

「で、では。よろしくお願いします」

 

 こうして、俺は入植者のグループと共に、ノース・レイク・サンズを目指して再び歩き始める事となった。



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第十一話 ようこそ、ノース・レイク・サンズへ

 俺の重武装が功を奏したのかは分からないが、その後、特に野生動物にもレイダー等のサイコパスにも遭遇する事なく。

 無事に、ノース・レイク・サンズを眼前に眺められる距離へとやって来た。

 

「おーい、止まれ!」

 

 廃材や廃車、木材等々で構築された壁に囲まれた、ノース・レイク・サンズ。

 そんな集落の出入り口であるアーチ状の門の前には、門番である自警団と思しきメタルアーマーに身を包んだ若い男性が数人程立っていた。

 やはり弱肉強食の世界から故郷を守る使命を帯びているからか、その顔つきは、いずれも鋭い。

 

 その内の一人の静止を促す声に、入植者のグループは足を止める。

 

「待ってくれ、我々は見ての通りレイダーじゃない! ただの入植希望者だ!」

 

「入植希望者? 全員か?」

 

「あぁ、我々全員だ!」

 

「……よし、では入植希望者は全員首長の邸宅に移動しろ。そこで入植に必要なテストを受けてもらう! それから、入植するならそれは没収だ!」

 

 説明を終えると、自警団員の男性は入植者グループのリーダー格の男性からパイプピストルを取り上げると、仲間に彼らを首長の邸宅と呼ばれる場所に案内させるよう指示を出す。

 こうして自警団員と共にノース・レイク・サンズ内へと消えていった入植者のグループを見送ると。

 俺は、再び業務に戻った自警団員に近づいていく。

 

「ん? 貴様もさっきの奴らと同じ入植希望者か?」

 

「あ、いえ。俺は、ただの傭兵です、個人事業の」

 

「傭兵? あぁ、成程、だからか」

 

 自警団員は俺を入植者グループの一員と思い込んでいたようだが、俺の言葉に、抱いていた違和感を解消した様だった。

 入植者グループの一員にしては、その装備はコンバットアーマー一式にR91アサルトライフル。方や、自警団員はメタルアーマーに10mm短機関銃やパイプ系銃器、それも個々の装備の状態は俺のと比べ良好とはいえない。

 

 しかし、俺が傭兵という立場の人間だと分かれば、様々な違和感が払拭される。

 

「すると、貴様はさっきの連中の護衛か?」

 

「そんなものです」

 

「そうか。で? 貴様はこのまま引き返すのか? それともノース・レイク・サンズに立ち寄るのか?」

 

「立ち寄ります」

 

「なら、その手に持ってる物騒なものを安全にしてくれ。そうすれば入れてやる」

 

 自警団員に言われた通り、俺は手にしてたR91アサルトライフルの安全装置を有効にすると、更に背負ってハンドフリーになった事をアピールする。

 

「よし、いいぞ。では改めて、ようこそ、ノース・レイク・サンズへ」

 

 こうして、許可を得た俺は、門を潜り、ノース・レイク・サンズへと足を踏み入れる。

 

 

 壁の内側は、荒廃と化した大地に比べれば、リーアには遠く及ばないものの、安全な生活環境が広がっていた。

 と言っても、その見栄えは、廃材等で作られたバラックや計画なしの場当たり的な建設のお陰で、お世辞にも綺麗や清潔とは縁遠いものではあるが。

 

「さてと、何処で情報を仕入れるか……」

 

 とっかかりとしてこの集落にやって来たものの、具体的な情報源などに関しては全くもって不明。

 なので、実質浄水チップの件に関しては手探りの状態と変わりない。

 

 さて、何処なら浄水チップに関する情報を知り得る可能性が高いか。

 

「……ん?」

 

 と、一考していると、視線を感じたので視線を感じる方へと顔を向ける。

 すると、一人の男の子が俺のことを不思議そうな顔をして見上げていた。

 

「こら、来なさい! もう」

 

 刹那、男の子の母親と思しき女性が、男の子の手を引き何処かへと姿を消した。

 

 と、そんな親子の姿を間近で見ていて、ふとある事に気が付いた。

 ノース・レイク・サンズの人々が行き交うメイン通りとも呼べる場所で、俺は突っ立って考え事をしていたことを。

 

「……移動しよう」

 

 更に気が付いたが、先ほどから住民達の視線がいくつか突き刺さっていた。

 見慣れぬコンバットアーマー一式を着込んだ男が突っ立ってたら、気にならない訳ないよな。

 

 知らぬ内に恥ずかしい思いをしていた事を若干後悔しつつ、俺はノース・レイク・サンズを歩く。

 

 メガトンやダイヤモンドシティ等のゲームで見る街の景色は、現実で見るとこの様に見えるのだろうか。

 そんな事を思いながら歩いていると、ふと、誰かに声をかけられる。

 

「そこのゴツイ格好のお兄さん」

 

「へ?」

 

「こっちだよこっち」

 

 声の主を探すべく顔を右へ左へと振るっていると、とあるバラックの脇に立っている一人の男性の姿が目に留まる。

 

「見ない顔だけど、旅の人? 商人には、見えないけど」

 

「傭兵してます。ここには、今日初めてきて」

 

「あぁ、傭兵、それにここは初めてなんだ。……ならさ傭兵のお兄さん、お腹空いてない? もし空いてるならうちの店に寄ってってよ!」

 

 どうやら、この男性は客引きだったようだ。

 彼が寄ってくれと誘ったのは、どうやらダイナー、前世の日本におけるファミレスにあたる飲食店だ。

 店の看板と思しき木の板には、ケーレのダイナー、という店の名前が書かれていた。

 

「ん~」

 

 立ち寄るかどうか、一考しようとした刹那、腹の奥から立ち寄れと言わんばかりの主張が始まる。

 そういえばと、ふとピップボーイで現在時刻を確認してみると、昼を少し過ぎた頃であった。

 確か、ウェイストランドに始めの一歩を踏み出したのが夜明けから少し経った頃で、出発地点から道草食わずに行けばノース・レイク・サンズまでは昼前には余裕で到着できる移動距離の筈だ。

 

 そう考えると、俺、大分道草食ってたんだなと痛感する。

 

 支給品で貰った缶詰を食べるという選択肢もあるが、数に限りがあるし。

 それに、今持っているキャップの数なら、別に少しくらい無駄遣いしても問題ない。

 

「それじゃ、お邪魔します」

 

「一名様ご案内!」

 

 客引きの男性に誘われ、ケーレのダイナーへと足を踏み入れた俺が目を引かれたのは、カウンター席やテーブル席が置かれた飲食店の内装、ではなく。

 酒類や飲料の置かれた棚の前、カウンターの奥でコップを磨いている一人の男性店員であった。

 

「ん? いらっしゃい」

 

 男性店員は来店歓迎の意思を伝えると、次いで俺を見事に来店させた客引きの男性に声を飛ばす。

 

「おい、ギル! なに休んでんだ、さっさと次の客を勧誘してこい!」

 

「えぇ、でもケーレさん。今日お客さんの通りが少なくて、なかなか勧誘が……」

 

「ガタガタ言い訳してねぇでさっさと客引きしてこい!」

 

「ひぃー!」

 

 ギルと呼ばれた客引きの男性は、この店の店主であろう男性店員、ケーレさんの圧に押し出されるように、店から出ていく。

 

「あぁ、すいませんね、見っとも無いところを見せて。さ、どうぞ」

 

 そんな一幕を経て、俺はケーレさんに誘導されるがままに、彼と対面できる位置にあるカウンター席へと腰を下ろす。

 

「"グール"を見るのは初めてですか、お客さん?」

 

 と、腰を下ろした直後、ケーレさんから核心を突かれる発言が飛び出し、返答に詰まってしまう。

 

 そう、この店の店主であろう男性店員のケーレさんは、一目で、俺やギルさんのような人間とは異なる人間であると判断できる見た目を有している。

 皮膚は腐敗し髪の毛もほとんど抜け落ちている、その外見は、まさに前世ホラー映画の定番であるゾンビのようだ。

 だが、このウェイストランドではゾンビなどとは呼ばれない。

 

 ケーレさんのような見た目の者は、ウェイストランドではグールと呼ばれる。

 核戦争の影響で大量の放射線を浴びて、見た目のみならず、寿命も人間だった頃より遥かに長い時を得た、そんな者たちの総称だ。

 

 因みに、ゾンビのようだといっても、グールは見た目は変わったが理性等は人間の頃と全く変わっていない為、凶暴ではない。

 しかし、理性を忘れ本能の赴くままに生きるグールも存在し、そちらがゾンビに近いと言える。

 なお、そうした本能のまま生き、凶暴になったグールの事を、フェラル・グールと呼ぶ。

 

「ま、この辺りじゃグールは殆どお目にかからないからな、初めて見ても不思議じゃない。特に、"コロニー"から出てきた人間なら尚更だ」

 

「っ! 知ってるんですか!? リーアの事!?」

 

 コロニーという単語がケーレさんの口から洩れた途端、俺はカウンターから身を乗り出しそうになる程の勢いでケーレさんに詰め寄る。

 

「あぁ、知ってるさ。俺がまだ、お客さんと同じ見た目をしていた頃、コロニーやボルトは羨望の的だった。だから、そのアーマーの下に着ているインナーを着ている所を、勝手に想像したりもしたもんだ」

 

 どうやら、俺がリーア出身者であることは、インナーに着ていたリーアジャンプスーツで気づいたようだ。

 

「ま、個人経営の小さなバーの店主だった俺には、コロニーやボルトは縁遠い存在でもあったがな。核が落ちてきた時も、結局入れてもらえないと半ば諦めて店に籠ってたんだ。だが、そのお陰でこんな見た目になったものの、生き残れたよ」

 

 ケーレさんは核戦争以前からこの辺りで生活していた人で、核戦争後、紆余曲折を経てこのノース・レイク・サンズへと流れつきこの店を開店させたそうな。

 東海岸にはグールの天国があると風の噂で聞いたと話していたが、それってアンダーワールドの事だろうか。

 現時点では確かめる術がないので分からない。

 

「おっと、あまりに懐かしい物を見たんで、つい話し込んじまった。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったな、俺はケーレ、この店の店主をしている」

 

「ユウです、ユウ・ナカジマ。今は、一応傭兵やってます」

 

「良い名前だ。……ではユウ、ご注文は?」

 

 そういって、ケーレさんは角が破れ虫食いの跡も見られるメニュー表を手渡してくれる。

 受け取ったメニュー表には、ヌードルやイグアナの串焼き、リスシチュー等の、フォールアウトシリーズでは馴染みの品名が並べられている。

 

 一瞬『謎の肉』や『奇妙な肉』の文字を懸命に探してしまったが、どうやらその類の肉が使われているメニューはなさそうだ。

 

「それじゃ、イグアナの串焼きとリスシチュー、それとマットフルーツにお水を」

 

 注文後、前払いでキャップを支払い会計を済ませると、カウンターの奥でケーレさんが調理を始める。

 イグアナの焼けるにおい等、食欲をそそらせ、お腹の主張も激しくなる。

 

「お待たせ」

 

 やがて、目の前のカウンターに皿に盛りつけられた料理が並ぶ。

 

「いただきます」

 

 リーアでの料理は、前世とは違うとはいえ、戦前から続く社会の中で継承されてきた本当の料理とも言えた。

 一方、今しがた目の前に置かれたそれは、一旦継承されてきたものを断ち切り、新たに作り出されたもの。

 

 これが本当の、この世界の料理とのファーストコンタクトだ。

 

 串に刺さった程よく火の通ったイグアナの肉を口にし、その味を噛みしめる。

 スプーンですくったリスシチューをすすり、その味を堪能する。

 手にしたマットフルーツをほうばり、その味を確かめる。

 

 最後に、おそらく汚れた水であろう水で喉を潤す。

 

 うん、まぁ、大味ではあったが、食べられないでもない。

 むしろ、空腹の為か美味しくも感じた。

 

「ごちそうさまでした」

 

「変わった挨拶だな? コロニーの連中は、皆食べる時はそんな挨拶をするのか?」

 

「あ、これは俺の家系の挨拶で、リーアの住民全員が行ってる訳じゃないんです」

 

「ほぉ、そうなのか」

 

 空になった皿を片付けながら、ケーレさんは話を続ける。

 

「所で、ユウはどうしてここ(ノース・レイク・サンズ)に来たんだ。コロニーの中なら、ここ(ノース・レイク・サンズ)なんかよりもずっと快適な生活が送れる筈だろ?」

 

 ケーレさんにどこまで真実を話すべきか。

 リーアが水面下で存亡の危機に瀕している、この話がウェイストランド中に広まれば、それこそ滅亡への道を転げ落ちる事になるかもしれない。

 だが、浄水チップを探し出すためには、ある程度の情報は開示していかなければならない。

 

「……ある物を探し出すために出てきたんです。ケーレさん、浄水チップというものをご存じありませんか?」

 

「浄水チップ?」

 

 結局、リーアの現状自体は明言を避け、浄水チップを探しているという目的のみを話す事とした。

 

 しばらく考えるようなそぶりを見せた後、ケーレさんはゆっくりと答えを返す。

 

「悪いが、聞いたことないな」

 

「そうですか……」

 

 どうやら、二世紀以上にわたるケーレさんの記憶の中に、浄水チップに関するものはなかったようだ。

 

「だが待てよ、浄水チップについて知っていそうな奴についての心当たりならあるぞ」

 

「本当ですか!?」

 

 だが、どうやらまだ諦めるには早いようだ。

 

「あぁ、首長なら、浄水チップについて何か知っているかもしれない」

 

 首長、というと、ノース・レイク・サンズの頂点に立つ人物だ。

 成程、確かに集落の長ならば、一般の住民よりも何かしらの情報を収集している可能性はある。

 

「貴重な情報ありがとうございます。早速、首長に会いに行ってきます!」

 

「あ~、待て待て。ユウ、お前さんここ(ノース・レイク・サンズ)に来て間もないのに、首長の居場所を知ってるのか?」

 

「あ……」

 

 お礼を言って早速会いに行こうと立ち上がった瞬間、ケーレさんからの言葉に、俺はぴたりと足を止めた。

 確かに、首長が何処にいるかなんて存じていない。

 

「まぁ落ち着け、もうすぐお前さんを道案内させてやるから」

 

「え? でもケーレさん、お店を留守にして大丈夫なんですか?」

 

「心配は有難いが、案内するのは俺じゃない」

 

 では誰が、と声に出そうとした瞬間。

 店の出入り口が開かれ、誰かが店に入ってくる。

 

「ケーレさ~ん、やっぱり今日はお客の通りが少ないですよ~」

 

「おう、いいタイミングで帰ってきたな、ギル」

 

 それは店の客引きであるギルさんであった。

 

「へ?」

 

「ギル、お前今からユウを首長の所まで案内してやれ」

 

「……えぇ! 何ですかそれ、てか俺、今戻ってきたばっかで」

 

「ガタガタ言い訳してねぇでさっさと案内してこい!!」

 

「ひぃーっ!」

 

 ケーレさんの剣幕に押し出されるように、ギルさんは再び店から飛び出ていく。

 あれ、このやり取り、既視感を感じずにはいられない。

 

「さ、ユウ、ギルについてけば首長の所まで行ける筈だ。……がんばれよ」

 

「色々とよくしていただき、ありがとうございます!」

 

「はは、いいさ。だが、まぁ、どうしてもお礼がしたいっていうんなら、店の二階はモーテルになってるから、是非とも今晩のお泊りをお考えの際はご愛顧のほど宜しくお願いします」

 

 やはり経営者、ケーレさんも抜け目ない。

 こうして店を後にし、外で待っていてくれたギルさんの案内のもと、俺はノース・レイク・サンズの首長のもとへと向かう。



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第十二話 アリの巣

 ノース・レイク・サンズの中心部から少しばかり離れた場所、そこには、周囲に立ち並んでいるバラックとは異なる建造物の姿があった。

 戦前事務所或いは営業所として使われていたその三階建ての建物は、戦後二世紀以上もの年月を経てもなお、その重厚な外観を保っていた。

 

 戦後主不在となったこの建物は、現在はノース・レイク・サンズの首長の邸宅兼役所として使用されている。

 と、ギルさんの説明で知った。

 

「こっちです」

 

 会うのにアポイントは必要ないのか、ギルさんは邸宅内にずかずかと足を踏み入れると、勝手知ったる我が家の様に首長のオフィスを目指して進む。

 ギルさんの後に付いていき、やがて到着したのは、二階の一室であった。

 

「失礼します、ラデシュ首長」

 

 ノックの後入室の許可が出たのでドアを開け入室すると、そこには、状態の良い事務机や応接用のソファー等の家具が置かれ。

 事務机に向かい仕事に励んでいる一人の男性の姿も見られた。

 

「あぁ、ケーレさんの店の従業員だね。何用かね?」

 

「は、はい、実はですね、今回やって来たのはラデシュ首長にお会いしたいという方をお連れしたもので」

 

「ほう、私に会いたい?」

 

「さ、ほら」

 

 ギルさんに促され一歩前へと出る俺。

 恰幅の良い体系には少々きつそうな戦前のスーツを身に纏い、眼鏡をかけたその表情は知的な印象を与える。

 アフリカ系アメリカ人の血を引くラデシュ首長は、そんな外見をしていた。

 

「初めましてラデシュ首長、俺の名前はユウ・ナカジマと申します。個人事業の傭兵をしています」

 

「ほう、傭兵。それでミスターナカジマ、君は今回どのような用件で私に会いに来たのかね? 生憎とノース・レイク・サンズの防衛なら自警団で間に合ってる」

 

「いえ、今回はラデシュ首長にお伺いしたいことがあって足を運ばせていただきました」

 

「ふむ、一体何かね? 答えられる範囲の事でなら、答えてもいいが」

 

「では、ラデシュ首長は浄水チップというものをご存じありませんか?」

 

 椅子に背を持たれ考えに耽るラデシュ首長。

 そんなラデシュ首長の姿を、俺は直立不動で見守る。

 

 因みに、ギルさんはいつの間にか応接用のソファーにどっしりと腰を下ろしていた。

 

「……残念ながら、そのようなものについては覚えがない」

 

「そう、ですか」

 

「だが、浄水チップについて知っていそうな者の事ならば、覚えがある」

 

「え、本当ですか!?」

 

「あぁ、だが……タダで教える事は出来んな」

 

 俺の顔を見ながら、ラデシュ首長は不敵な笑みを浮かべる。

 

「ミスターナカジマ、君も傭兵ならばこの世の原則を知っていよう、この世は等価交換、何かを得る為には何かを差し出さねばならん」

 

「キャップ、ですか?」

 

「いやいや、生憎と金に困ってはいないんでね。……つまり、君は傭兵だ。ならば、私の頼みを聞いてはくれまいか?」

 

「頼み、ですか?」

 

「そう。君は私の頼みを聞いて行動してもらう、その代わり、私はその対価として君の欲する情報を提供する。どうだ、立派な等価交換だろ?」

 

 やはりノース・レイク・サンズの長を務めているだけはあって、そう簡単に欲しい情報を開示してはくれないな。

 頼みごとがどの様なものかは分からないが、情報を手に入れるのは頼みごとを聞き入れる他ない。

 

「分かりました。では、ラデシュ首長の頼みを聞きましょう」

 

「素晴らしい、ミスターナカジマ。君は実に賢明な者のようだ。そこで私の許可もなくソファーに座っている誰かとは違ってな」

 

 自身の事を指摘されたと気づいているのかいないのか、相変わらずギルさんはソファーに座ったままだ。

 

「では、早速聞いてもらおう。……実はここ最近、ノース・レイク・サンズはある問題に頭を悩ませていてね、君には、是非ともその問題を解決してほしいんだ」

 

「どのような問題なんですか?」

 

「ノース・レイク・サンズから北に向かった場所に、最近、ジャイアント・アントと呼ばれる巨大アリ共が巣を作ってね。そのお陰で、ノース・レイク・サンズに来る商人や入植希望者、それに家畜などに被害が出ていて困っているんだ」

 

「自警団を使って対処はしないんですか?」

 

「自警団は何もジャイアント・アントとばかり戦っているわけではない、それに、対処させるにしても相応の被害も予想される。貴重な防衛力を低下させる馬鹿な真似は出来んよ」

 

 成程、確かにそれなら、ノース・レイク・サンズの治安に何の貢献もしていない俺が仮にアリ退治に失敗しても、ノース・レイク・サンズ側は痛くも痒くもないわけだ。

 とはいえ、これもリーアの為、多少不平等ではと感じていても、受けずにはいられない。

 

「分かりました。では、そのアリの巣を潰してくればいいんですね」

 

「徹底的に、よろしく頼むよ。あぁそうだ、ついでにだが、もし可能ならばアリの肉なども採取してきてくれると助かるな。ノース・レイク・サンズの食糧事情は、決して良いものではないのでね」

 

「分かりました」

 

「アリ共の巣までは自警団の連中に案内させるように伝えておく、準備が整ったら、門の近くにいる自警団員に声をかけるといい」

 

「では、ラデシュ首長、情報の方、なにとぞ反故にしないようによろしくお願いしますね」

 

「二言はないよ」

 

 こうしてラデシュ首長からの頼みごとを聞き入れた俺は、半ば眠っていたギルさんを引き連れ、ラデシュ首長の邸宅を後にした。

 

 

 

 ラデシュ首長の邸宅を後にした俺は、一旦ケーレのダイナーへと戻り、ケーレさんにアリの巣退治に必要な物を取り扱っている店がないかを尋ねる。

 因みに、同行していたギルさんは少し休憩した後、ケーレさんの叱責を受けて三度客引きをするべく店を後にしている。

 

「店ねぇ」

 

「銃器や弾薬、それに爆発物等も取り扱っている店です」

 

「一応、この近くに『サンズ・サイド雑貨店』という何でも屋がある。爆発物は知らんが、弾薬などは取り扱ってたはずだ」

 

 何やらクレイジーで気前のいい女店主が経営していそうな名前の店の名が登場したが、ノース・レイク・サンズで弾薬等を取り扱っているのはその店だけらしい。

 ケーレさんにお礼を言うと、店を後に、早速サンズ・サイド雑貨店を探し始める。

 

 ケーレのダイナーから近いと言われただけあって、直ぐに目当ての店は見つかった。

 周辺のバラックと大差ない建物だが、出入り口の上にはサンズ・サイド雑貨店との看板がかけられている。

 

「はぁ~い、いらっしゃい」

 

 店の中に足を踏み入れると、何でも屋と言われただけあり、並べられた棚には様々な品物が陳列されている。

 そして、出入り口からすぐのレジカウンターから出迎えてくれたのは、店の店主であろう作業服姿の女性、の心を持った男性であった。

 

「うふ、初めて見る顔ね。ようこそ、サンズ・サイド雑貨店へ。アタシ、この店の店主のサリーよ」

 

「ユウ・ナカジマです」

 

 外見は見まごう事なき男性だが、その口調は女性そのもの。

 まさか、女性でも男性でもなくそちら側の方が登場するとは、想像していなかった。

 

「すいません、弾薬と、もしあるならダイナマイト等の爆発物が欲しいんですが」

 

「弾薬は取り扱ってるけど、ごめんなさい、ダイナマイトも手榴弾もうちは取り扱ってないのよ」

 

 自己紹介を終え、早速買い物をしようと思ったのだが、どうやら爆破物は取り扱っていないようだ。

 もしダイナマイトを取り扱っているのなら、Fallout1のサソリ退治のクエストよろしく巣の出入り口を塞いでしまおうとも考えていたが、どうやらそれは無理そうだな。

 あ、でも、アリならば出入り口を塞いでもまた別の出入り口を作るかもしれない。

 やはり、殲滅するのが一番いいみたいだ。

 

「それじゃ、5.56mm弾と10mm弾、それに.45ACP弾を……」

 

 巣にどれ程の数のジャイアント・アントが生息しているかは分からないが、相当数を考慮し、弾薬を多めに購入する。

 

「うふ、お買いあげありがとう。また来てね」

 

 支払いを終え、長期戦にも十二分に耐えられる予備弾薬を手に入れた俺は、いざ、アリの巣退治の為に門を目指す。

 門へと赴くと、門番である自警団員に声をかけ、事情を説明する。

 

「あぁ、首長から話は聞いてる。よし付いてこい、巣の近くまで案内する」

 

 ラデシュ首長の言った通り、自警団員に先導され、俺はノース・レイク・サンズから北の方角に向かった場所にあるジャイアント・アントの巣へと向かう。

 道中、レイダーや他の野生生物に出会うこともなく、数十分後、俺達はジャイアント・アントの巣の近くにたどり着いた。

 

「見えるか、あそこの大穴、あれがアリ共の巣だ」

 

 フォックス川の川辺、傾斜地に設けられた戦前の住宅地の一角。

 そこに、ジャイアント・アントが住居としているアリの巣が存在した。

 

 傾斜地の一部に開いた巨大な穴、人も簡単に出入りできるほどの大きさを誇るその穴の中には、ジャイアント・アントにとっての楽園が広がっているのだろう。

 

「それじゃ、俺はここに残って見張っておく。もしお前が日が落ちても穴から出てこなかったら、その時はお前が死んだものとして首長に報告する。いいな?」

 

「分かりました」

 

「それじゃ、健闘を祈る」

 

 ここまで案内してくれた自警団員と別れ、穴を見下ろせる住宅廃墟から、いつでも射撃可能なR91アサルトライフルを手に警戒しつつ穴に近づく。

 穴の直径は、間近で見ると離れて見るよりも大きく感じる。

 

 しかも、まだまだ日も登っているというのに、穴の奥はまるで真夜中の如く暗い。

 まさに穴の奥はあの世にでも通じているのではと思えるほどだ。

 

「……よし」

 

 深呼吸し気合を入れると、俺はアリの巣へと足を踏み入れ、奥へと進んでいく。

 穴の出入り口付近はまだ太陽の光が届き明るかったが、程なくして、コンバットヘルメットに取り付けているライトなしではまともに視界を確保できないほど暗闇が覆い始めた。

 

 神経を研ぎ澄まし、ヘルメットのライトにいつジャイアント・アントの姿を捉えてもいつ何時でも射撃できるように、R91アサルトライフルを構えながら奥へと進む。

 まだ、ジャイアント・アントの足音に、気配も感じない。

 ピップボーイのレーダーも、同様に反応なし。

 

 臨戦態勢のまま、アリの巣の奥へ奥へと進んでいくと、前方に明かりが見え始める。

 

「あれは?」

 

 明かりの正体を確かめるべく進んでいくと、それは、蛍光緑に淡く光るキノコ。発光キノコであった。

 しかも、発光キノコが自生しているのはこの場所のみならず、この場所から巣の奥へと続いている。

 

 発光量は太陽光程ではないが、発光キノコのお陰で、薄明かりながらも巣の内部が見渡せるようになった。

 

 こうして発光キノコの明かりとヘルメットのライトを頼りにさらに奥へと進んでいくと、程なくして、段差の奥に一匹のジャイアント・アントの姿を捉える。

 

「ギーッ!」

 

 構えたR91アサルトライフルが火を噴き、5.56mm弾を叩き込む。

 幸い巣が一本道であり、横からの強襲等の心配もなく、段差のお陰でいい位置取りが出来ていた為、難なくジャイアント・アントをまず一匹、始末する事ができた。

 

 サンズ・サイド雑貨店で購入していた麻袋に、前世の狩りゲーよろしく上手に採れたアリの肉を収納すると、さらに巣の奥へと進む。

 

 その後、単体で遭遇した数匹のジャイアント・アントを天へと召し、その肉を回収し終え。

 さらに奥へと進んだ所で、遂に、このアリの巣の中核というべき巨大な空間に足を踏み入れた。

 

「どうやら、ここがパーティー会場みたいだな」

 

 発光キノコで薄明かりに照らされたその空間には、十数匹のジャイアント・アントの姿が確認できる。

 どうやら女王アリの姿はないようだ。

 

「さぁ、いくぞ!」

 

 俺の存在に気付くや、俺を自分たちのテリトリーに侵入した敵と認識した十数匹のジャイアント・アントが、我先にと俺目掛けて襲い掛かる。

 強靭な顎の餌食にならぬよう、構えたR91アサルトライフルから5.56mm弾をばら撒きつつ、ジャイアント・アントから距離をとる。

 

 一匹、一匹、命がけの追いかけっこをしている内に落後するジャイアント・アントの亡骸が空間内に現れるも、まだ俺を追いかけてくるジャイアント・アントの数は十匹以上を数える。

 

 流石に、このまま距離を保ちつつ数を減らすのは厳しくなってきた。

 徐々に互いの距離が詰められているのを感じる。

 

「っ! この!」

 

「ギッ!」

 

 しかも、ジャイアント・アントも馬鹿一辺倒に俺を追いかけるだけでなく、伏兵を使い俺の足を止めようとしてきている。

 先ほども、一匹のジャイアント・アントが仲間の死骸の影から俺に襲い掛かってきた。

 幸い、強靭な顎が俺を捉える前に銃床(ストック)による強力な一撃をお見舞いしてやったが、いつまた同じ奇襲を受けるとも限らない。

 

「……ん?」

 

 この状況をどうすれば打開できるか、マガジンを交換しながら一考していると、ふと空間の端に何かが積まれているのに気が付く。

 交換し終えたマガジンの5.56mm弾をばら撒きつつ、その積まれているものに急いで近づき正体を確かめると、それは、人の白骨体であった。

 

 ジャイアント・アントが餌として食した食べ残しだろう数々。

 状況が切迫していなければ手を合わせたい所だが、生憎今はそんな余裕もない。

 

 と、白骨体の脇に落ちていた物に目が留まり、俺は目を見開いた。

 レモンを彷彿とさせる楕円形に安全レバーに安全ピン。

 それは、M26手榴弾、戦前の米軍が採用しレモンの愛称で親しまれていた破片手榴弾(フラググレネード)だ。

 

「ありがとう」

 

 予期せぬ贈り物に短く感謝の言葉を述べると、俺は落ちていたM26手榴弾を手に取り。同時に、ピップボーイを操作しあのシステムを起動させる。

 

 刹那、襲い来るジャイアント・アントの群れの動きが、まるでスローモーションの如く緩やかなものへと変貌する。

 それに対して、俺の動きは先ほどと変わらず。ジャイアント・アント側からすれば、まるで俺の動きが早送りされている様にも感じる事だろう。

 M26手榴弾の安全ピンを抜き、ジャイアント・アントの群れ目掛けて投擲する。

 

 緩やかな放物線を描き投げられたM26手榴弾は、見事に群れのど真ん中へと放り込まれた。

 ピップボーイには九割もの高い成功率が映し出されていたのだ、当然だろう。

 

 やがて、緩やかな時間の群れの中に放り込まれたM26手榴弾は、群れの時間の影響を受ける事無く、内部で発生された爆発エネルギーを外部へと放出させた。

 内部に敷き詰められた破片物をジャイアント・アントの群れにまき散らしながら。

 

「ギーッ!!」

 

 断末魔を上げ、天へと召されるジャイアント・アント達。

 この頃には、既にジャイアント・アントの時間の流れも元に戻っていた。

 

「これが、V.A.T.S.か……、慣れるまで少しかかりそう」

 

 初めてV.A.T.S.を使いバレットタイムを体感した感想は、まだまだ不慣れという事に尽きた。

 あの超感覚を使いこなすには、回数をこなしていくしかないだろう。使用後の気持ち悪さを克服する事も含めて。

 

「さて、肉を回収……」

 

 少し休憩し気持ち悪さも収まった所で、アリ肉の回収作業に入ろうとしたその時であった。

 

「ギッ!」

 

「っ! うぉ!」

 

 ジャイアント・アントの死骸に身を潜めていた最後の一匹に気付かず、あわや強力な顎の餌食になるかと思われた。

 しかし、驚いてバランスを崩したお陰で、尻餅こそついたものの、何とか不意の一撃を食らわずには済んだ。

 

「この!!」

 

 そして、お返しとばかりに。

 ホルスターから攻撃型カスタムガバメントを抜きドットサイトのレティクルを襲ってきた個体の頭部に合わせると、数発の.45ACP弾をお見舞いする。

 

 こうして、最後の一匹を仕留めると。

 確認を怠らないようにと肝に銘じつつ、アリの肉を回収し、ラデシュ首長に報告すべく出口に向かい歩み始めた。



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第十三話 お使いとホロテープ

 アリの巣のジャイアント・アントを殲滅させられるとは思ってもいなかったのか、アリの巣から戻った俺を自警団員は驚いた顔で出迎えた。

 こうして無事に頼みごとを完遂し、ノース・レイク・サンズへと戻った俺は、ラデシュ首長に報告と麻袋に詰めたアリ肉を手渡すべく、再びラデシュ首長の邸宅に赴いた。

 

 ラデシュ首長のオフィスに足を踏み入れると、ラデシュ首長は満足げな笑みで俺の事を迎え入れる。

 

「いや~、素晴らしい。君が戻ったという事は、無事にあの憎きアリ共の巣を叩き潰してくれたのだね」

 

「はい、お約束通り。それに、こちらの袋の中にはアリ肉が入っています」

 

「素晴らしい、実に素晴らしい。ミスターナカジマ、君は本当に素晴らしい傭兵だよ! では私の方も、その働きに応えなくてはならないな」

 

 受け取ったアリ肉入り麻袋を適当な場所に置くと、ラデシュ首長は俺が欲していた情報を喋り始める。

 

「ミスターナカジマ、君は"シカゴ"をご存知かな?」

 

「えぇ、存じています」

 

 シカゴ、戦前のアメリカでニューヨーク・ロサンゼルスに次ぐ規模の人口を誇り、イリノイ州最大の都市でもあった巨大都市。

 十九世紀後半の大火災からの復興で、アメリカ国内で最初に高層ビル街が出現し、摩天楼の名発祥の地としても知られる。

 

「遠い昔、この辺りがまだ"シカゴ・ウェイストランド"と呼ばれる以前は、それは一日中眠らない煌びやかな街として栄えていたそうですが、今となっては、シカゴ・ウェイストランドに没した者たちの巨大な墓標となり果てています」

 

 しかし核戦争により、他の大都市同様、シカゴもまた過去の栄光と戦後の荒廃を色濃く映し出す場所の一つと化してしまった。

 ただし、シカゴの名は、この辺り一帯の土地を示すシカゴ・ウェイストランドとして存続しているようだ。

 

「そんなシカゴから北西部に位置する場所にアーリントンハイツと呼ばれる場所があるのですが。その場所には現在"Vaultシティ"と呼ばれる町が存在しているのです」

 

「Vaultシティ?」

 

「えぇ、何でも戦前、アーリントンハイツにはボルトと呼ばれる巨大核シェルターが存在し、その住民達がその後アーリントンハイツで旗揚げし出来た町だそうです」

 

 Vaultシティ、確かFallout2にも同名の町が登場していたな。

 もっとも、ゲームの方では北カリフォルニアに存在する設定だったが。

 確か設定では、Vault8の住民達が、同ボルトに備え付けられていたG.E.C.K、テラフォーミング装置を使い周辺の土地をテラフォーミングし、再入植し西海岸でも有数の技術を有する町として成長したとの筈だ。

 

 となると、アーリントンハイツにあるVaultシティも、同様なのだろうか。

 もしそうなら、俺が求めている浄水チップもあるかもしれない。

 

「そこならば、ミスターナカジマ、貴方が探し求めている浄水チップに関しても、何らかの収穫がある事でしょう」

 

 ──ん、でも待てよ。

 確かにアーリントンハイツにあるVaultシティに関しては有益な情報ではあるが、俺が約束したのは、確か浄水チップについて知っていそうな人物の情報だ。

 

「ラデシュ首長、Vaultシティに関する情報は有難いのですが。俺が欲しいのは、ラデシュ首長が仰った浄水チップに関する情報を知り得ているであろう人物の情報です」

 

「ん? ははは、そうだったな。……しかし、ふむ。私は思うのだがね、ミスターナカジマ。先ほど話したVaultシティの情報とアリの巣退治で、既に等価交換は終わっていると思うのだが?」

 

「……では、アリ肉の分の」

 

「いやいや、ミスターナカジマ。これは君が善意で持ってきたものだろう。私はアリ肉に関しては"可能なら"と言っただけで、主目的として発言はしておらんよ」

 

 どうやら、俺はウェイストランドの厳しさをかなり過小評価していたみたいだ。

 このラデシュ首長、どうやら相当の切れ者のようだ。

 

 これはうまい具合にこき使われそうだ。

 

「新しい頼み事ですか?」

 

「ははは! ミスターナカジマ。やはり君は物分かりがいい。その通り、問題はまだある」

 

「ではその問題を解決したら、今度こそ、人物の情報を教えてくれますか?」

 

「あぁ、約束しよう」

 

 今度は一体、どんなお使いを頼まれるのやら。

 レイダーの殲滅か、それとも他の野生動物の駆除か。或いは、探し物か。

 

「実は、最近住民達から聞き捨てならない情報が舞い込んできてね。ノース・レイク・サンズから南に向かった場所で"スーパーミュータント"を見たとの目撃情報があったのだよ」

 

 あぁ、まさかのスーパーミュータントかよ。

 

「どうやら数は一体だけらしいのだが。しかし、相手はあのスーパーミュータントだ。単体と言えど油断はできん」

 

 スーパーミュータント、それはFEV、正式名称Forced Evolutionary Virus(強制進化ウイルス)を人間に投与し変異した生命体である。

 戦前の米軍が中国軍のウィルス兵器に対抗できるワクチンとして開発されたが、開発の過程で驚異的な副作用が発見され、軍事目的、即ち強力なバイオソルジャーを作り出すためにの計画に変更された。

 しかし、大戦中に研究施設に爆弾が落ちた事を切っ掛けに、FEVはアメリカ中にばら撒かれることとなる。

 

 こうしてアメリカ、否、ウェイストランドにスーパーミュータント誕生の土台が出来たわけだが、その後、西海岸と東海岸とでスーパーミュータントは互いに独自の勢力拡大を行っていくことになる。

 

 ではスーパーミュータントの出生秘話を語った所で、スーパーミュータント自身の特徴を語ろう。

 その性格は一言で言って凶暴・凶悪に他ならない。しかし、ごく一部には人間だった頃の理性を残している個体もおり、必ずしも分かり合えない訳ではない。

 人間と比べ非常に体格が良く、その身長は平均三メートル程。比例してその体重も人間の三倍から四倍ほどを誇る。

 肌の色は出生により緑や黄、灰など様々あるが、各種の病や、放射能に対して免疫を持ち。さらに上記の体格から繰り出される怪力と、鋼と呼んで差し支えない頑丈さを誇る。

 

 またFEVの作用で、基本的に老化による死は訪れない。

 ただし、外傷、即ち脳幹に鉛弾を二発もぶち込めば、流石に死ぬ。

 なお、老死はないが、脳に障害は現れるのか呆け等の認知症状態にかかり易い。

 

 そして、FEVの副作用により、スーパーミュータントは子孫を残せない。

 種の継続ができないという重大な欠陥を有しているにもかかわらず、戦後二世紀を経てもなおスーパーミュータントがウェイストランドから絶滅しないのは、そこに様々な思惑が働いているに他ならない。

 

 スーパーミュータントもまた、戦前の罪による罰を受けた、被害者なのかもしれない。

 

「今はまだ被害の報告もないが、やはり今後を考えると、早めに不安の芽は摘んでおきたい」

 

「スーパーミュータントを討伐しろという事ですか?」

 

「その通りだ。もし討伐した暁には、今度こそ、浄水チップについて知っているであろう人物の情報を教えよう」

 

 こうして、再びラデシュ首長のお使いを頼まれた訳だが、流石に日も落ちてきて、夜に戦うのは分が悪いと判断し、決行は明日行う事となった。

 

 そこで、今晩はノース・レイク・サンズで一夜を過ごす事になったのだが。

 ケーレさんの言葉を思い出し、俺はケーレのダイナーへと足を運ぶと、昼とは異なり賑わいを見せ始めた店内で、忙しそうに動き回るケーレさんに二階の空き状況を確かめる。

 

「何処でも好きな部屋を使ってくれ! 一晩八十キャップ、鍵はギルから受け取ってくれ!」

 

 注文の処理で忙しいケーレさんにキャップを払い、ギルさんから鍵を受け取ると、俺は店内の一角に設けられた二階へと続く階段を使い、二階へ足を運ぶ。

 幾つかの部屋の中から、受け取った鍵を使える部屋に鍵を使い足を踏み入れると、そこは、ベッドに最低限度の家具が揃えられた簡素な宿泊部屋であった。

 

「ふぅー」

 

 リーアを出てからまだ一日と経過していないのに、倒れこんだベッドの感覚は、何故かそれ以上の時間が経過したのではと思わずにはいられない程久々に感じた。

 それだけ、今日一日がリーアでの日常以上に濃いものだったという事か。

 

 だが、浄水チップを見つけるまでは、こんな一日がずっと続くのだ。

 

 画面を通しては感じられない、肌で感じるウェイストランドの様々な感情の渦に、果たして俺は耐えきれるのだろうか。

 

「っ! 駄目だ、駄目だ! 弱気になるな!」

 

 刹那、起き上がり、気合を入れなおす為に頬を数度叩いて気持ちを引き締め直す。

 と、気持ちは引き締まったが、お腹の方はすっからかんになってしまったようだ。

 

 とりあえず、一階でお腹を満たして、その後、ベッドで明日への英気を養うことにしよう。

 

 

 

 二度目となるウェイストランドの味を堪能し、再び今晩の宿泊部屋へと戻ると、コンバットアーマー一式を脱ぎ、緊張の荷を下ろす。

 ベッドに腰かけると、まるで疲れた脳を休めるかのように、特に何を考えるでもなくぼーっとする。

 

「……あ」

 

 しかし、放心状態も長くは続かなかった。

 脳を休めるつもりが、脳は俺の意識とは関係なく記憶の棚に眠るとある記憶を取り出してきたのだ。

 

 それは、ヴァルヒムさんから貰ったスペシャルな贈り物に関する記憶。

 

「何なんだろうな、これ?」

 

 ピップボーイに収納していたものを取り出し、まじまじと考察する。

 謎のホロテープと謎の鍵。この二つは一体何を意味するのか。

 

「ま、再生すれば分かるか」

 

 ウェイストランドに出てからのお楽しみと言われたので、ウェイストランドに出るまで再生していなかったが、今なら再生しても問題ないだろう。

 手にしたホロテープを、ピップボーイのテープドライブ挿入口に挿入すると、早速再生ボタンを押す。

 

 ──あ~、テスト、テスト。よし、録音されてるな。ん、んっ、初めまして、かな? 一応自己紹介しておこう、俺の名前はヴァルヒム。

 

 そして、流れてきたのはヴァルヒムさんの録音した音声データであった。

 

 ──この録音を聞いているという事は、聞いているお前さんにオレの残した"遺産"を全て相続させてやるとオレ自身が決めたからだろう。

 ──遺産の使い方は、託したお前さんに一任する。売ってもいい、使ってもいい。ただし、これだけは守ってくれ、決して、お前さん自身が後悔しないように使ってくれ。

 ──遺産を隠した場所については、再生後地図に表示される。という訳で、短いながら、オレからオレの遺産を託したお前さんへのメッセージを終了する。じゃぁ。

 ──おおっと、忘れるところだった。ロックのパスワードは"1997"だ。覚えとけよ。それじゃ、今度こそメッセージを終了する、じゃぁな。

 

 再生が終了し、ピップボーイのモニターを見ると、確かに、地図にマーカーが表示されている。

 場所はノース・レイク・サンズから南方、討伐対象のスーパーミュータントも南の方と言っていたし、討伐後に足を運んでみようか。

 

 それにしても、メッセージにあった遺産とは、一体どんなものだろう。

 それに、結局鍵については特に言及もなかったので、鍵の使い道については謎のままだ。

 加えて、新たに何かのロックのパスワードも登場した。

 

 いや、もしかしたら鍵やパスワードは遺産を隠した場所で使うのかもしれない。

 何れにせよ、隠し場所に赴けば色々と分かるだろう。

 

「ふぁ……」

 

 夜も更け、眠気も増してきたので、考えるのはこれ位にして、ベッドに横になろう。

 ウェイストランドで過ごす初めての夜は、隣の部屋から聞こえてくるスプリングのきしむ音が印象的だった。



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第十四話 ノア

 翌朝、身支度を整え、二階の通路で出くわした隣の部屋の利用客に挨拶がてら、ゆうべはお楽しみでしたね、と声をかけた後。

 一階で鍵を返却し、朝食をとると、いよいよ英気も養えたのでスーパーミュータントの討伐に出かける。

 

 昨日と同じく、自警団員に討伐対象のスーパーミュータントが目撃された場所の近くまで案内してもらう。

 

「そ、それじゃ、俺はもう帰るぞ! か、帰りは自分で帰ってこれるよな!? じゃぁな!」

 

 ただ、昨日と違うのは、自警団員が先に帰ってしまった事。

 昨日の人とは違い、何だか終始辺りを見回して落ち着きがなかったので、あまり自警団には向いているとは言えない人のようだ。

 

 と、そんな些細な事はこの際忘れよう。

 

 ノース・レイク・サンズから南へ、戦前は墓地として利用されていた場所の近く。

 廃墟と化した住宅地の中、スーパーミュータントが潜んでいそうな住宅を一軒一軒見て回る。

 接触した際いつでも制圧可能なようにR91アサルトライフルを手にしてはいるが、やはり住宅の中だと取り回しが悪い。

 

 結局、途中で攻撃型カスタムガバメントに持ち替え、捜索を続行していく。

 だが、スーパーミュータントが潜んでいそうな気配は何処にもない。

 

「この辺りじゃないのか?」

 

 目撃されたのは偶々この辺りに出向いていた時だった、となると、潜んでいる場所は別の所か。

 場所を変えての捜索も検討しようとしたその時、ふと、なだらかな傾斜地に開いた穴が目に留まった。

 

「アリの巣?」

 

 近づいて穴の詳細を確認してみると、昨日見たアリの巣の出入り口に酷似していた。

 ジャイアント・アントの行動範囲がどれ程かは定かではないが、この辺りまでなら行動範囲には入っているだろう。であれば、巣を作っていても何ら不自然ではない。

 

 しかし、何故か俺にはこの穴が、アリの巣の出入り口には思えなかった。

 言葉では説明できない、直感のようなものではあるが。

 

「よし」

 

 意を決し、穴の中へと足を進める。

 アリの穴同様、奥に進むにつれ、日の光が届かず暗闇が覆う。

 ヘルメットのライトと攻撃型カスタムガバメントに取り付けたフラッシュライトを頼りに、足を進める。

 

 穴の構造は、アリの巣と異なりなだらかな傾斜で進むにつれて下降していく。

 まるで、地獄へと続いているかのようだ。

 

 加えて、湿気っているのか、足元が滑りやすく、注意していないと滑ってしまいそうだ。

 

「っお!」

 

 等と注意点を挙げていながら、早速足を滑らせてしまいそうになる。

 慎重に進もう。

 

 

 慎重に穴の奥へと進むと、横道を発見する。

 しかし、フラッシュライトで照らしてみると、横道は直ぐに行き止まりとなっていた。

 その後も幾つかの横道を発見するも、どれも直ぐに行き止まりで、実質一本道が続く。

 

 穴に足を踏み入れてからどれ位経過しただろうか。

 体感では、かなり地下深くまで下りてきた感じがするが、果たして、底というものは存在するのだろうか。

 

「……ん?」

 

 今一瞬、奥の方で何か物音のような音が聞こえた気がしたのだが、気のせいだろうか。

 

 更に奥へ、音の方へと近づいていく。

 と、足を踏み出した瞬間、足を滑らせ思い切り転倒してしまう。

 

「のわっ!?」

 

 刹那、転倒する寸前まで俺がいた空間を何かが勢いよく横切る。

 次の瞬間、何かが横切った風圧と共に壁面を何かが叩きつける音が響き渡る。

 

「っ!!」

 

 風圧と音の正体、それは、暗闇の中、ヘルメットのライトに照らされ判明した。

 それは、戦前工事現場などで杭打ち等に使用されていた金槌、現在では強力な鈍器として用いられるスレッジハンマー。

 

 そして、そんなスレッジハンマーを俺目掛けて振るってきたのは、一体のスーパーミュータントであった。

 

「あ! しま!」

 

 文字通り目と鼻の先にいる討伐対象に.45ACP弾をお返ししてやろうとしたのだが。

 転倒した衝撃で攻撃型カスタムガバメントを手放していた事に気が付き、慌てて、脇に落ちていた攻撃型カスタムガバメントを拾い。

 二撃目が来る前に、.45ACP弾をお見舞いすべくトリガーに指をかけた。

 

「待て! 撃つな!!」

 

 その時であった。

 何とスーパーミュータントから思いもよらない言葉が飛び出してきた。

 

「戦う意思はもうない!」

 

 戦う意思がない、一体、何が起こっているというのか。

 あまりの事に、俺は攻撃型カスタムガバメントをスーパーミュータントに向けたまま固まってしまっていた。

 

「すまない、まさか同郷の者だとは思ってもいなかったんだ」

 

 同郷、どういうことだ?

 ますます混乱する俺を他所に、スーパーミュータントはスレッジハンマーを背負うと、付いてこいと奥へと進んでいく。

 

 相手は背を向けているし武器も持っていない、今がまさに絶好の討伐チャンス。

 

 だが、俺は彼? の言葉が気にかかり。

 攻撃型カスタムガバメントをホルスターに収納すると、彼の言う通り彼の後を付いていく事にした。

 

「あぁ、狭いが、適当な所に座ってくつろいでくれ」

 

 こうして辿り着いたのは、今までの横道よりも広さと奥行きのある場所であった。

 光源に発光キノコも自生しており、一応、生活は可能そうだ。

 

 それを裏付けるように、スーパーミュータントが生活の為に運んできたのだろうか。

 扉の無い冷蔵庫やテーブルなど、生活に必要な家具が置かれ、生活感を醸し出していた。

 

「ん? よく見ると色が違うな……、あの色、確かボルトのターミナルで……」

 

 俺がこの場所の考察をしている間にも、スーパーミュータントはまじまじと俺の事を観察し続けている。

 そして、何かを思い出したかのように声を漏らすと、改めて俺に話しかけてくる。

 

「いや、すまなかった。どうやら同郷というのは私の勘違いのようだ」

 

「は、はぁ……」

 

「あぁ、自己紹介がまだだったな。私の名は『ノア』、ファミリーネームは……、すまない、忘れてしまったんだ。兎に角、よろしく」

 

「ユウ・ナカジマです」

 

 こうして討伐対象のスーパーミュータント、ノアさんとの自己紹介を交わすという、何とも奇妙なやり取りを終えた後。

 ノアさんは自身の事について語り始める。

 

「今は、こんななりをしているが。私も、そう……遠い昔はナカジマ、君と同じように私もただの人間だった。"完璧な世界"の一員でもあった」

 

「完璧な世界?」

 

「そのアーマーの下に着ているジャンプスーツ、それはコロニーのものだろう? 私も、人間だった頃は色違いのものを着ていたよ。今では、ただの下着になってしまったがね」

 

 リーアジャンプスーツの色違い、その言葉が漏れた瞬間、俺の視線は自然とノアさんの下腹部に向けられた。

 確かにそこには、身体が肥大化した影響で短パンや下着の様に破れてしまっていたが、あの鮮明な青色は間違いなくVaultジャンプスーツの一部があった。

 

「もしかして、ノアさんは元ボルトの方、なんですか?」

 

「あぁ、そうさ」

 

 どこか故郷を懐かしむかのように、強張っていた表情が一変、哀愁を漂わせる表情に変化する。

 

 そんなノアさんを他所に、俺は考えに耽っていた。

 スーパーミュータントでボルト出身者と言えば、3にフォークスという名の仲間が登場する。

 が、ノアさんはフォークスとは異なるようだし、一体何処のボルト出身なのだろう。

 

「あの、差し支えなければ、ノアさんのご出身のボルトの事を教えてもらってもよろしいですか?」

 

「いいとも。私の出身地である"ボルト13"はここから遥か西、西海岸に存在していてね。監督官のもと、住民は何不自由なく素晴らしい生活を営んでいたよ。……おそらく、今もまだ、そんな生活を送っているものと思うよ」

 

 ボルト13、その番号を聞いた瞬間、俺は反応に困ってしまった。

 ボルト13はFallout1に登場し、主人公の出身地という設定だ。まさに、フォールアウトシリーズにおける始まりのボルトと言っても過言ではない存在。

 だが、そんなボルト13の未来は、決して明るいものではなかった。

 

 Fallout1の続編であるFallout2では、当時の住民がエンクレイブという敵勢力により拉致或いは殺害され、追い打ちとばかりにデスクローという名の強力な野生動物まで内部に放たれてしまう。

 その後のナンバリングタイトルやスピンオフでは、特に言及される事もないので、その後の詳細については不明だ。

 

 あと、付け加えておくと、Fallout1当時の最高責任者である監督官は、救世主たる主人公をあろうことか追放。

 その事が原因で暴動が発生、当時の監督官は処刑されるという末路を迎える事となる。

 

 因みに、追放された主人公は、その後彼を慕いボルト13を飛び出した住民達と北を目指し、アロヨ村という小さな村を作り上げた。

 後に、この村をスタートとし、彼の子孫を主人公とするFallout2へと繋がっていくことになる。

 

 以上の事から、ノアさんに余計なことを話すのはやめておこう。

 記憶の中の素晴らしいボルト13のままの方が、彼の為だ。

 

「あの、ノアさん、そんなに素晴らしい場所なら、どうしてボルト13から遠く離れたこちらへ?」

 

「……まぁ、色々あってね。追放されたんだよ、ボルト13を。その後、慕ってくれた皆と村を作り、厳しいながらも何とか生活していたんだが、その頃にはもう、この身体の変異を隠し通せなくなってしまってね。……だから、家族にも仲間にも、誰にも言わず一人村を離れ、遠くへ行こうと決めたんだ」

 

 懐かしみながら語るノアさんだが、俺はその話す内容が気にならずにはいられなかった。

 あれ? 追放された、村を作った。これって、まさか。

 

 あ、そういえば、Fallout1のエンディングで、主人公の後姿が映し出される場面があるのだが。

 その際、主人公の腕をよく見ると、片腕が肥大化しているのだ。

 Fallout1はスーパーミュータントとの戦いを後半のメインストーリーとしている、その為、主人公が偶然FEVを投与してしまっていても何ら不思議ではない。

 

「長い放浪の末、私は今の姿となってしまった。そして、最近この辺りに流れ着いたんだよ」

 

 そして、スーパーミュータントになれば老死はしない。

 なので、Fallout1のエンディング時の時代背景である西暦二一六二年から現在に至るまで、致命的外傷を負わなければ、生きていてもおかしくはない。

 

 これらの事から、目の前にいるノアさんが、Fallout1の主人公であったとしても、何ら不自然なことはないのだ。

 

「あの……ノアさん、ボルトのご出身なら、ピップボーイはお持ちじゃないんですか?」

 

「あぁ、あれか。あれは残した家族の為に村に置いてきてね。……そういえば、君が腕につけているのも、ひょっとしてピップボーイかい?」

 

「はい、そうです」

 

「コロニーに支給されているピップボーイはこの様な形をしているのか」

 

 そういえば、シミュレーションRPG式の旧作と呼ばれるシリーズではピップボーイは腕に装着するのではなく、完全に持ち運び式の携帯機器だったな。

 物珍しそうに俺のピップボーイを眺め、簡単な俺の解説に耳を傾けるノアさん。その姿に、俺は僅かに優越感に浸るのであった。

 

「さて、私の話も済んだ所で。そろそろ、君の方の話を聞かせてもらえないかね? どうしてここに来たんだい?」

 

 俺は素直に事の経緯を説明すると、どうやら予想していたのか、やはりなという言葉がノアさんの口から洩れる。

 

「薄っすらと勘付いてはいたが、まさか排除してくるとはね」

 

「あの、ノアさん。俺、話を聞いて、ノアさんは悪い人……、危害を加えるスーパーミュータントではないと分かりました。だから、俺からラデシュ首長に話を付けて、誤解だったと知らしめてもらえば……」

 

「気持ちは嬉しいが、スーパーミュータントという存在がウェイストランドの人々から快く受け入れられる存在ではないのは、長い間旅をして理解している。だから、その気持ちだけで充分だ」

 

「ノアさん……」

 

「なぁに、また長く孤独な旅に出るだけさ。……だがその前、君のような心優しい青年に出会えて、本当に良かった。まるで君は、かつて人だった頃の私を見ているようだったよ」

 

 百五十年近く孤独な旅を続け安らぐ場所を得られないノアさんを、俺は救えないのだろうか。

 

「私は荷物をまとめたらここを離れるよ、君は集落に戻って、私を討伐したことを報告するといい」

 

 自身の事を語るノアさんの表情は、永遠に続く孤独に絶望しているように感じられた。

 人間とスーパーミュータントでは寿命という壁が存在する、だが、例え何千年になるかもしれない人生のごく僅かでも、誰かと過ごす幸せな時間があれば、きっと絶望に打ちひしがれ続ける事はなくなると思う。

 

「あの、ノアさん! よろしければ、俺と一緒に旅しませんか? 俺の旅は、今日明日で終わるものでもないですし」

 

 だから、少しでもあの表情に希望の光を湧かせられるように、今俺にできる事を、出来うるだけやってみよう。

 

「君は本当に、心優しい」

 

 俺からの提案を受け入れるべきか否か、ノアさんは口元に手を当て、しばし結論を出すべくを考え始める。

 やがて、結論が出たのか、口元から手を離すと、導き出した結論を述べ始める。

 

「もしかすると、私という存在は君にとって足手まといになるかも知れない。だが、君からの温かい申し入れを無下にしては、私自身の心も痛みを伴ったままだ。だから……、短い間かも知れないが、どうかよろしく頼む」

 

「はい! こちらこそ!」

 

 差し出された手を握り握手を交わす。

 ノアさんが旅の同行者として加わった瞬間であった。

 

 副次的に、ノアさんがこれまでの旅で蓄えてきた知識や経験を活用しようとの魂胆がない訳ではない。

 だが、孤独な彼を救いたい、その気持ちが先行したのもまた事実だ。

 



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第十五話 遺産

「それじゃ、一旦ノース・レイク・サンズに戻ってラデシュ首長に……」

 

「その前に、一つ確認したいことがあるんだが」

 

「? 何でしょうか?」

 

「これから旅をするとなると、その道中、様々な村や町に立ち寄り食糧などを調達していかなければならない。そうなると、この私を同行させて村や町に入るのはあまり得策ではないと思うのだが」

 

「村や町の住民の中には、スーパーミュータントを極端に毛嫌いし殺意すら持っている人がいるかもしれないという事ですか」

 

「そうだ、私だけに向けられるならばまだいい。だが、同行している君まで危害が加わるかもしれない。だから、その対策をどのように考えているのか聞かせてくれないか」

 

 ゲームでは、スーパーミュータントを仲間にしたからといって町などに入れない訳もなく、住民たちの反応も変わる事はなかった。

 だが、これはゲームではなく現実だ。

 ノアさんを同行させて無事に町などに入れるかは不透明だ。仮に入れたとしても、無事に過ごせるとの保証も出来ない。

 

「そうですね……、周囲の人たちに怪しまれないような変装、でもできればいいんですけど」

 

「変装か、案としていいが、私の身体は多少の変装で周囲の目を欺けられるものでもないぞ」

 

「うーん、スーパーミュータント用の変装セットなんてあるかな……」

 

「そういえば……、この洞窟の奥に、鍵のかかった謎の扉があったな。もし開ける事が出来れば、何か役に立つものが見つかるかもしれないが」

 

 ノアさんの口から漏れた言葉に、俺は何故かヴァルヒムさんから貰った鍵の事を思い浮かべた。

 そして、ふと現在地をピップボーイの地図を確かめてみると、何と、この場所はあのマーカーが追加された場所ではないか。

 となると、鍵のかかった扉を開ける為の鍵は、もしかしてあの謎の鍵なのかも知れない。

 

 これは、実際に扉で使えるかどうか確かめなければ。

 

「ノアさん、その鍵のかかった扉の場所に案内してくれますか!?」

 

「急にどうしたんだ?」

 

「もしかしたら、持っている鍵で扉を開けられるかもしれません」

 

 俺の言葉に、ノアさんも頷くと、早速扉を目指して移動を始める。

 ノアさんの仮住居から更に奥へと下ると、急に人工的な建築物の一部が姿を現す。

 

 ノアさんの言った通り、頑丈そうなコンクリートの壁の中央に、鍵のかかった扉が一つ。

 更に、何処かからか電気を引いているのか、壁には取り付けられたランプが辺りを照らしている。

 

「合っててくれよ……」

 

 祈るような気持ちでピップボーイから取り出したあの鍵を、鍵穴に差し込む。

 途中で引っ掛かる事もなく、奥まで差し込んだ所で解除の為に鍵を回す。

 

 そして、その瞬間は訪れる。

 ロックの解除を告げる音が、周囲に響き渡る。

 

「おぉ」

 

 それにはたまらず、ノアさんからも声が漏れる。

 

「開けます」

 

 果たして、こんな穴の奥に鍵をかけて保管する程のヴァルヒムさんの遺産とはいか程のものなのか。

 期待に胸を膨らませつつ、俺は手にかけた扉をゆっくりと開けた。

 

「……あれ?」

 

 すると、扉の先に広がっていたのは、壁に設置されたランプが照らし出す二畳ほどのコンクリート造りの空間。

 そして、明らかに重要なものを守っていますよとばかりの電動式の鉄製の重厚な扉。

 その脇には、制御用のパソコンがある。

 

「まさか、二重ロックとは……」

 

 ノアさんが俺の感想を代弁するかのように声を漏らす。

 それを他所に、俺は扉を制御するパソコンへと近づくと、早速起動させてみる。

 

 すると、モニターに開錠用のパスワードを入力せよとの指示が現れる。

 

「これって……」

 

 俺はヴァルヒムさんのメッセージに出てきた1997を入力すると、開錠開始を選択する。

 刹那、重厚な鉄製の扉が甲高い音を立てて開き始めた。

 

「おぉ、これは何と凄絶な光景か……」

 

「凄い……」

 

 電動式の重厚な扉の向こうへと足を踏み入れた俺とノアさんが目にしたのは、想像を絶する光景であった。

 物理と電子の二重ロックで守られているだけに、それ相応の価値があるものが保管されているとの想像はできたが、実際はその遥か上であった。

 

 まるで倉庫を彷彿とさせる広さを誇るコンクリート造りの空間内には、保管している品々が並べられた棚の数々。天井には相応の数のライト。

 その品揃えたるや、拳銃からミサイル及びヌカランチャーまで、何でもござれ。

 実弾系のみならず、光学系、近接用の刃物や鈍器、更には爆発物と、西海岸のガンランナーも真っ青な品揃えだ。

 

 更に、棚に陳列されていたのは武器だけではない。

 戦前の衣服にスーツ、戦前の米軍が採用していたBDUやRADスーツに防護スーツ等の軍事用途の衣服も陳列されている。

 勿論、戦前産のみならず、レイダーアーマーや傭兵服、それにレザーアーマー等のウェイストランド産のアーマー類などの姿もある。

 

 武器と防具、保管されているのはそれだけではなさそうだ。

 棚に陳列されてはいないが、壁際には、各種弾薬の入った弾薬箱が置かれている。

 

 まさにここには、ウェイストランドを生きていく上で欠かせない品々が保管された天国であった。

 これで食糧の類があれば完璧だったのだが、これ以上の高望みは強欲すぎるというものだ。

 

「ヴァルヒムさん、ありがとう」

 

 白い歯を輝かせ親指を立てていそうなヴァルヒムさんに感謝を述べると、早速、持っていく物の品定めを行っていく。

 本当なら全て持っていきたい所であるが、流石にこの量はピップボーイでも容量オーバーだからだ。

 

「うーむ、このカツラは小さすぎるな」

 

 因みに、ノアさんは変装に使えそうな物がないかを探しているようだが。

 ノアさん、その超ロングリーゼントのカツラは、逆に目立ってしまいますよ。

 

「とりあえず、レーザー銃とミサイルランチャー……」

 

 現状実弾系しか所持していないので、バランスよく光学系と爆発物を組み込んでいく。

 あ、ヌカランチャーは必須だな、ミニ・ニュークも忘れずに。

 

 

 こうして武装をホクホクにしていると、ふと、更に奥へと続いている扉がある事に気が付く。

 ドアノブに手をかけてみるも、どうやら鍵がかかっているようだ。

 

「これかな?」

 

 試しに先ほど使った鍵を使ってみると、何と、ロックの解除に成功する。

 

 一体この奥にはどんな物が保管されているのか。

 先ほどの品揃えからさらに胸を膨らませて扉の中へと足を踏み入れると、そこは、先ほどの空間と異なり、車二台分が駐車可能なガレージ程の大きさの部屋であった。

 

 部屋には、棚が一つだけ置かれていた。

 しかし、その棚に陳列していたものは、先ほどの空間に置かれていた物よりも、更に目を見張るものであった。

 

「これは……」

 

 それは、戦前の米軍採用BDUとは異なるBDUに、防弾チョッキ。

 更には各種ポーチを取り付け可能なMOLLEシステム対応型のベルトにレッグプラットフォーム、ショルダーストラップ。取付用のポーチ。

 そしてレッグホルスターに片方のみだがニーパッドもある。

 無線機とヘッドセット、そしてお洒落にも気を使ったミリタリーキャップとサングラス。

 

 まさに、ゲームのバニラ状態ではお目にかかれないコーディネート一式がそこには陳列されていた。

 

「コイツもあるとは……」

 

 更に加えると、その脇にはM4カービンと呼ばれる、ゲームではMOD等で実装できるアサルトライフルの姿もあった。

 しかも、改造が施されており、フラッシュサプレッサーはガバメント同様凶悪なスパイク状に交換され、ハンドガードはピカティニー・レールではないものの、フラッシュライトが取り付けられている。

 ストックも、純正の物から別の物に交換されている。

 

 使用弾薬は変わらず5.56mm弾だ。これなら、今の装備でも弾薬を共有できるので問題はない。

 

「大切に使わせていただきます」

 

 一回転して眩いばかりの白い歯と共に親指を立てていそうなヴァルヒムさんに向かって、再び感謝の言葉を述べると、早速人目を気にする心配もないのでコーディネート一式に着替えていく。

 BDUのサイズは特に問題なく袖を通す事が出来た。

 それから一つ一つ身に着け、ポーチに各種マガジンを、レッグホルスターに攻撃型カスタムガバメントを収納し。

 最後に着心地を確かめ終えると、無事に着替えも完了する。

 

「うん、いい感じだ」

 

 流石に室内なのでサングラスはかけてはいないが、それでも着替える前と比べると、レトロ感が抜け、近代的でスタイリッシュになった。

 

「さ、戻ろう」

 

 以前の装備をピップボーイに収納し、新たにメインウェポンとして使用していく事に決めたM4カスタムを背負うと、ノアさんのいる空間へと舞い戻る。

 

「おぉ、何処に行ったのかと思った……。ん? 少し見ない間に随分と装いを変えたものだな」

 

「えぇ、ここの持ち主から好きに使っていいと言われていたので」

 

 俺の新たな装いに、ノアさんは短い感想を漏らした後、ついてきてくれと何処かに先導し始める。

 

「これを見てくれ」

 

「扉、ですね」

 

 先ほど入った扉の直線上、何故か棚で隠すように、その扉は存在していた。

 ノアさんが塞いでいた棚を退かし、俺が扉のドアノブに手をかける。

 こちらも、鍵がかかっていた。

 

 三度目の鍵を使い、ロックを解除すると、扉の向こうへと足を踏み入れる。

 

 

 扉の向こう側は、今までのコンクリート造りの空間とは異なる、リーアを思い出されるメカニカルな内装であった。

 部屋の中央には、台座に置かれた何処かで見た事のあるようなないようなパワーアーマーの姿があり。

 その手前には、赤い色合いがよく目立つ作業台の姿があった。

 

「これは!」

 

 作業台に近づき、それが俺の予想通りのものであるかを確かめる。

 万力、ドリル、丸ノコ。それは紛れもなく、唯一の生存者のスーパー錬金術の源、ワークショップであった。

 

「これが……、ワークショップ」

 

 画面越しではない、その目で、触った感触で、触れて目にするワークショップ。

 久方ぶりに感じる、ゲームが現実になった実感を噛みしめていると、ふと、ワークショップに置かれていたメモに目が留まる。

 

「何々? これはワークショップver.GMです。スタンダードと異なり、収納容量の増大、オブジェクトの種類増大等の性能が向上しておりますぅぅぅっ!!」

 

 聞いた事のない名前もさることながら、その秘めたる能力の説明文に、俺は驚かずにはいられなかった。

 あ、ノアさん、そんな目で見ないでください。

 

「さしずめワークショップの上位互換、最上位機種といった所か」

 

 それにしても、凄い性能だな。

 これなら、どんな建造物でも作れそうだ。例えばそう、この遺産の保管場所とか。

 

「あ、そうか……」

 

 そこで俺は気が付いた、もしかして、この保管場所はこのワークショップver.GMを用いて作られたのではないかと。

 そして、同時に俺は思い出す。

 ヴァルヒムさんからアップデートしてもらったピップボーイの性能を。

 

「この機能を使ったのか」

 

 ピップボーイのモニターに表示されていた、収納可能なワークショップの反応を示す文言。

 試しに収納開始を選択してみると、次の瞬間、目の前のワークショップver.GMが眩いばかりの光を放ち。

 

 そして、光が収まると、既に目の前にワークショップver.GMの姿はなかった。

 

「い、今のは一体! 何が起こったんだ!?」

 

 事態を飲み込めていないノアさんは目を丸くしているが、俺が事の経緯を説明すると、納得しながらも何処かで信じられないといった表情を浮かべる。

 

「ピップボーイにその様なアップデートがあったとは、知らなかった。……しかし、改めて戦前の技術力というものは凄まじいものなのだな」

 

「そうですね。今じゃ考えられませんけど」

 

 収納完了と表示されたモニターを他所に、俺はノアさんとのやり取りを行った後。

 台座に置かれたパワーアーマーに目を移す。



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第十六話 新たなる一歩

 青を基調としたそのパワーアーマーは、T-45等のTシリーズやX-01など、この世界ではまだ実物を見た事はないが、ノーヘッドと同程度の大きさを誇るパワーアーマーに比べ一回り程大きく感じる。

 T-51パワーアーマーよりも更に曲線を多用した造形、胸部に施された髑髏と天使の羽をあしらった金色装飾、X-01よりも凶悪さを増したヘルメットの造形。

 そして、騎士の銅像を思わせる、台座に突き刺したチェーンソーを剣にしたかのような鋭利な武器が添えられている。

 

 ──あ、思い出した。

 これ、フォールアウトよりも更に遥か未来、四一千年記と称される途方もない未来、天の川銀河を舞台に、銀が全体へと支配を広げた人類唯一の国家、『帝国』と敵対勢力との戦いを描いた作品。

 世界トップシェアを誇るミニチュアゲームを基本とし、各種媒体でも展開している、その作品の名は、Warhammer 40000(ウォーハンマー40K)

 

 そして、台座に置かれた謎のパワーアーマーは。

 同作品の顔ともいうべき、帝国の守護神にして帝国の長たる皇帝陛下に忠義を尽くして戦う騎士、『スペースマリーン』が使用するパワーアーマーだ。

 

 でも何で、そんな品物がこんな所に置かれてるんだ。

 これも、フォールアウトを土台とした別の世界観である故なのか。

 

「ほぉ、これなら私でも着られそうだな」

 

 等と考えていると、ノアさんが興味深くスペースマリーンパワーアーマーに近づいていく。

 設定では、スペースマリーンの兵士達は遺伝子改造を施された強化兵、スーパーミュータントと通ずるものもある。

 ならば、ノアさんでも無理なく着用できそうだ。

 

 というか、スーパーミュータントがスペースマリーンパワーアーマーを装備するって、あれ、これチートじゃないか。

 

「……いや、どうやら、私には着る資格がないようだ」

 

「え? 急にどうしたんですか」

 

 しかし、何故か態度を百八十度変換し切れないと言い出したノアさん。

 理由を尋ねてみると、ノアさんはスペースマリーンパワーアーマーに張り付けていたという一枚のメモを見せてくれた。

 

 ──最高の戦友(とも)に敬意を表して、ここに安置す。

 

 台座を含めた遺産の保管場所を建造したのはヴァルヒムさんだろう。

 ならば、このメモを書いたのもヴァルヒムさん本人だと思われる。

 では、メモに書かれた戦友(とも)とは、傭兵時代のヴァルヒムさんの仲間の方なのだろうか。

 

 本人は個人で傭兵家業を行っていたと言っていたので、同じく個人で事業を行っていた同業者の方だろうか。

 

 何れにせよ、その方の持ち物をこの様な状態で保管しているという事は、戦友(とも)と呼ばれた方はヴァルヒムさんにとって大切な方だったのだろう。

 

「どうやらこのパワーアーマーは、この場所の持ち主にとって大切な品物のようだ。だから、私が安易に使ってよいものではない」

 

「……ノアさん、この場所の持ち主からはこの場所にある物"全て"、俺の好きに使っていいと言われました。ただし、後悔のないようにとの言明付きで」

 

「後悔のないように、か」

 

「もしこのパワーアーマーの元の持ち主の意思を尊重したのなら、このパワーアーマーについて何らかの言及があってもおかしくはない筈です。それがないという事は、このパワーアーマーも使ってほしいんだと思います。台座に置かれているよりも、誰かの役に立ててほしいと思っている筈です」

 

 暫し口元に手を当て考えるノアさん。

 やがて、考えがまとまったのか再び口を開く。

 

「そうだな。埃をかぶっているよりも、再びその双肩に誇りを取り戻したいはずだ。使わせてもらうよ、このパワーアーマーを」

 

 台座に上り状態を確認するノアさん。

 刹那、背部の搭乗用ハッチが開き、ノアさんの巨体がスペースマリーンパワーアーマーの中に消える。

 

 そして、搭乗用ハッチが閉じ、程なくすると、長年動くことのなかったスペースマリーンパワーアーマーに光がともり始めた。

 

「おぉ、これは凄い。こんなパワーアーマー、生れて初めてだ」

 

 ゆっくりと、当初はぎこちない動きのスペースマリーンパワーアーマーであったが、程なくすると、まるでノアさんの手足の様に滑らかな動きを見せる。

 

「おぉ、この武器も、一撃でデスクローを葬れそうなほどだな。素晴らしい!!」

 

 手にしたチェーンソードを起動し、高速回転する鎖刃の凶悪な姿に、表情は分からないが声の様子から大満足な様子のノアさん。

 

 あれ、もしかして俺は、今とんでもないものを誕生させてしまったのかもしれない。

 やばい、俺、異端審問官(インクィジター)に究極浄化させられるかも。

 

 なんて、ちょっぴり凶悪性を増したノアさんの姿に戦慄していると。

 不意に、ノアさんが俺の前までやって来ると、突然、俺の目の前で跪いた。

 

「え!?」

 

「君には本当に感謝の言葉もない。本当に、君は私にとって最高の存在だ。だからこそ、改めて誓わせてくれないか。……私は、君の良きパートナーとして、時に命を懸けて、君の旅にお供しよう」

 

「ありがとうございます、ノアさん」

 

 最後に、着用する前よりも威圧感を増したノアさんとの握手を経て、部屋を後に三度メインの倉庫空間へと戻る。

 

 こうして中断していた品定めを再開したのだが、その途中、ある事に気が付く。

 ピップボーイでいつでも出し入れ可能となったワークショップver.GMに、ピップボーイに入りきらない分を全て収納しておけばいいのではないか。

 

 思い立ったらすぐ行動。

 早速ワークショップver.GMを出現させ、ピップボーイに入りきらない分をノアさんにも手伝ってもらい全て収納していく。

 

 そして、収納が完了すると、ワークショップver.GMを再びピップボーイに収納する。

 

 よし、問題なさそうだ。

 

「ふぅ」

 

 残しておくのは惜しいと思っていた物を全て持っていける事に満足し、一息漏らす。

 しかし、どうやらワークショップver.GMに収納した品々は、ワークショップver.GMをピップボーイに収納した状態では取り出せないようで。

 取り出すには、一度ワークショップver.GMをピップボーイから外に出さなければならないようだ。

 

 ま、面倒だがピップボーイの収納容量が増えたと思えば、それ位の手間は特に深刻な問題ではない。

 

「では、外に出ましょうか」

 

「そうしよう」

 

 最後に一礼し、俺とノアさんは、遺産の保管場所を後に、そのまま外へと直進する。

 

 穴の外に出て、久しぶりに感じた太陽は、既に頂上付近に差し掛かっていた。

 時刻を確認すると、既にお昼に差し掛かろうとしていた。

 

「それじゃノアさん、まずノース・レイク・サンズに戻って……」

 

「その前に、この新しいパワーアーマーと武器の性能を少しばかり試していきたのだが」

 

 ノース・レイク・サンズに戻る前に、ノアさんの提案でスペースマリーンパワーアーマーとチェーンソードの性能テストをする事となった。

 因みに、テストの為に生贄、もといご協力いただいたのは、近くを放浪していたレイダーのご一行様だ。

 

「誰かぁー! 医者を呼んでくれーっ!!」

 

「地獄だぁ! 地獄が来たぁ!!」

 

「いやだー、あー! ……うぬ」

 

 戦闘開始当初こそ、殺人タイムだぁ! や、お前は死肉の塊だぁ! 等と威勢のいい声が聞こえていたが。

 それもものの数分で命乞いする程情けないものに変わっていた。

 

 しかし、仕方がいない。

 彼らの持つ武器ではスペースマリーンパワーアーマーには豆鉄砲でしかないし、着用者のノアさんは長年ウェイストランドで生き残ってきた猛者だ。

 戦闘の結果など、火を見るより明らか。

 

 故に、俺は加勢することなく少し離れた所から見守っている。

 あ、人間って、周囲の住宅よりも遥かに高く飛べるものなんだな。

 

 等と暢気に思っていると、性能テストを終えたノアさんが近づいてくる。

 青いスペースマリーンパワーアーマーの至る所に、返り血を付着させて。

 

「本当にこの装備は素晴らしい!」

 

「それはよかったです」

 

 本当に、この分ならチェーンソードだけでデスクローと一対一で勝てそうだな。

 

 と内心思いつつ、ますます上機嫌になったノアさんを連れて、ノース・レイク・サンズへと戻るのであった。

 

 

 

 ノース・レイク・サンズに戻ってくると、案の定、門番の自警団員達から警告を受ける事となる。

 

「ん? その顔、腕の妙な機械……、ひょっとして朝出て行った傭兵か!?」

 

 一瞬他人だと思われても仕方がない、朝と全く違う装いで帰ってきたのだから。

 加えて、後ろにいるノアさんの存在もあれば猶更だ。

 

「所で……、後ろの、その、あぁ」

 

 自警団員は、ノアさんをどう表現していいのか分からず言葉に詰まる。

 

「でかくて強そうな奴は、一体誰なんだ?」

 

「彼は、俺の仲間です。遅れて落ち合う手はずになっていたので、合流したんですよ」

 

「あ、あぁ、そうか」

 

「ノアと申します」

 

 ノアさんの自己紹介に、自警団員は及び腰になりつつ言葉を返す。

 よく見ると、他の自警団員もノアさんの威圧感に萎縮していた。

 

 こうして無事に門を潜りノース・レイク・サンズへ足を踏み入れると、まずはラデシュ首長に会って偽の報告と必要な情報をもらうべく、ラデシュ首長の邸宅へと向かう。

 

「ミスターナカジマ、君は私が出会ってきた中で最高の傭兵だよ!」

 

 ラデシュ首長のオフィスに足を踏み入れると、ラデシュ首長は満足げな笑みで俺の事を迎え入れる。

 しかし、それの束の間、後ろに控えるノアさんの姿を目にし、早速ノアさんについての質問を飛ばしてくる。

 

「所で、そちらはどなたかね?」

 

「彼は俺の仲間です、今回のスーパーミュータント討伐では彼の力が大いに役に立ってくれました」

 

「ノアと申します」

 

「ほう、それはそれは。ミスターナカジマ、君は大変有能なお仲間を連れていらっしゃるな」

 

 ノアさんの存在感に萎縮するかとも思われたが、ラデシュ首長はそんな素振りもなく、ノアさんと握手を交わす。

 そして、握手を交わし終えると、いよいよ本題である情報を話始めた。

 

「昨日話したVaultシティの事は覚えているかね?」

 

「はい、シカゴから北西部に位置する町、ですね」

 

「そうだ、その町に、ピートという名の収集家がいてね。彼は戦前のガラクタ等を中心に熱心に収集していると聞く。彼ならば、君が求める浄水チップとやらも、持っているかもしれん。仮に持っていなくとも、何らかの有益な情報を知っている可能性はあるだろう」

 

 流石に二度も情報を小出しにするような事はなく、ラデシュ首長から浄水チップに関する重要な情報を得る事が出来た。

 

「ありがとうございました、ラデシュ首長」

 

「いやいや、こちらこそ、ノース・レイク・サンズの為に働いてくれて本当に感謝しているよ」

 

 こうしてラデシュ首長の邸宅を後にした俺は、早速Vaultシティへ向かう為の準備に取り掛かる。

 まずは、腹ごしらえからだ。

 

 

 

「いや~、びっくりしましたよ。朝と全く別の格好だし、それにこんな大きなお仲間さんも一緒だし」

 

 そして足を運んだのは、ケーレのダイナーだ。

 カウンターで昼食をとる俺を他所に、ノアさんはテーブル席、というよりも大きさの問題から複数の座席だけを置いてそこに腰を下ろして休憩している。

 

 因みに、ちょうど休憩中のギルさんは、ノアさんに興味津々なのか色々と質問攻めにしている。

 

「ギル! 程々にしとけよ、ユウのお連れを困らせるんじゃないぞ!」

 

「すいません」

 

「いや。それよりもユウ、首長から浄水チップについての情報は教えてもらったのか?」

 

「おかげさまで。あ、それで、今から準備を整えて、教えていただいた人を尋ねに行こうと思ってるんです」

 

「そいつはよかった。……で、何処に行くんだ?」

 

「Vaultシティです」

 

「Vaultシティ? 聞いたことないな? その辺りにあるんだ」

 

「アーリントンハイツです」

 

「アーリントンハイツだって!?」

 

 昼食を取りながらケーレさんと今後について話していると、突然、ケーレさんが声を上げた。

 

「どうか、したんですか?」

 

「いや、あぁ……。ユウ、お前さん、ここからアーリントンハイツまでどのルートを通って向かうつもりだ?」

 

「フォックス川を渡って、そこからは真っ直ぐ向かうつもりです」

 

「よし、よく聞け。それは、無理だ」

 

「え?」

 

「ここからアーリントンハイツまでの直線上には幾つかの"核の爆心地"がある、今じゃ"輝きの海"と呼ばれている場所だ。しかも、放射能汚染が酷いのみならず、スーパーミュータントやフェラル・グール共が闊歩してる。だから、悪い事は言わん、真っ直ぐ向かうのは止めておけ」

 

 輝きの海、ゲームでも登場した地域だ。

 ゲームでも最高難易度の危険地帯として知られ、生半可な装備では一瞬でゲームオーバーとなる。

 

 ゲームならばコンティニュー出来るが、現実では、一度死ねばコンティニュー不可。

 

 ここはケーレさんの忠告を素直に聞き入れよう。

 

「分かりました。それじゃ、別のルートを考えます」

 

「シカゴ方面から大きく迂回していけばいいだろう。ただし、シカゴも絶対安全って訳じゃないがな。あぁ、今じゃウェイストランドで絶対に安全な場所なんて数える程しかないか、ははは!」

 

 その後、ケーレさんの提案で、シカゴ方面から大きく迂回しVaultシティへ向かうことが決定した。

 やっぱり、シカゴもボストンやワシントンD.C.の様に、レイダーやスーパーミュータント等が日夜勢力争いを繰り広げているのだろうか。

 

 過去と現在が入り混じる混沌の最前線に期待と不安を抱きつつ、俺は昼食を食べ終えると、お世話になったケーレさんとギルさんに別れを告げ。

 店を出た足で、サンズ・サイド雑貨店を訪ねた。

 

 理由は、Vaultシティまでの旅路に消費する食料の調達の為だ。

 

「あ~ら、ちょっと見ない間に随分と雰囲気変わったわね。所で、後ろのミステリアスな雰囲気漂わせてる大男さんはどなた?」

 

「俺の仲間で……」

 

「ノア、と申します」

 

「あ~ら、良いお名前。うふ」

 

 サリーさんへのノアさんの自己紹介も終えた所で、早速本題の食糧調達を開始する。

 

「ま、こんなに沢山買ってくれるの、嬉しいわ! ……それじゃ、この食料殺菌剤、オマケで付けて、ア・ゲ・ル!」

 

 沢山買ってくれたお礼にと食料殺菌剤を貰った。

 名前から顆粒タイプの物かと思ったが、何やらファンの付いた箱状の物であった。

 サリーさん曰く、これを食糧の近くに置いておくだけで、鮮度を劇的に保つらしい。

 

「ありがとうございます」

 

「うふ、こちらこそ、ありがとね」

 

 こうして食糧調達も終了し、旅支度が整った所で、短いながらもお世話になったノース・レイク・サンズに別れを告げ。

 一路、アーリントンハイツはVaultシティを目指し、俺とノアさんは歩み出す。



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第十七話 シンプル・イズ・ザ・ベスト

 ノース・レイク・サンズを出発し、一部破損しているものの、戦前の姿をほぼ保っている頑丈なコンクリート製の橋を渡り。

 フォックス川を超えオーロラの東側へと到着すると、道なりにシカゴ方面を目指して歩き続ける。

 

 オーロラの東側も、西側同様枯れた草木や朽ち果てた住宅等、不毛な光景が広がっていた。

 

 だが、そんな光景の中、西側では見られない色合いの建造物をお目にかかる事が出来た。

 赤い色合いが特徴的なロケットのモニュメント、朽ち果てた電球看板は、今なおでかでかと店名を示している。

 

 それは戦前の人々の足を支えるべく、日夜営業に精を出していた店。

 レッドロケット社が運営するガソリンスタンドチェーン店、その名を、レッドロケット・スタンド。

 

 因みに、座学で得た情報によれば。

 ガソリンスタンドながら、戦前の石油資源の枯渇問題によりガソリンや軽油の販売が困難となり、核戦争直後などは、同チェーン店は車両用核分裂バッテリーに使用する冷却材の販売に切り替えていたそうだ。

 

「おぉ、レッドロケット・スタンドか。もしかしたら、何か役に立つ物が残されているかもしれないな」

 

 そんなレッドロケット・スタンドの存在に気が付いたノアさんが、店内を捜索しようと提案してくる。

 旅の備えは一応しているが、やはりフォールアウトの旅といえば、それ即ち寄り道。

 ノアさんの提案に賛同し、俺達はレッドロケット・スタンドへと足を運ぶ。

 

 シリーズの一つである4では、同じようなロケーションでシリーズお馴染みの忠犬たるドッグミートと出会える。

 もしかしたらこの世界でも、と少しばかり淡い期待を抱いてはいたものの、結果、出会えたのはドッグミートではなく。

 放射能で変異した巨大ネズミこと、モールラットであった。

 

「ちっ!」

 

「ぬらぁぁ!!」

 

 まるで縄張りであるレッドロケット・スタンドに近づかせまいと、地面から飛び出してくるモールラットの群れ。

 凶暴な二重構造の口の餌食にならぬよう、俺は手にしたM4カスタムをぶっ放し、5.56mm弾をお見舞いしてやる。

 

 一方のノアさんも、自慢のチェーンソードで二・三匹をまとめて肉片へと変貌させていく。

 因みに、その強靭なスペースマリーンパワーアーマーの装甲は、モールラットごときの牙では塗装を剥がすぐらいでしかなさそうだ。

 

 こうして俺が後衛、ノアさんが前衛で戦い、モールラットの群れを無事に殲滅すると、生き残りなどを警戒しつつレッドロケット・スタンドの内部へと足を踏み入れる。

 

 しかし、結果的に言えば、そんな警戒心は全くの肩透かしとなった。

 ついでに言えば、役立ちそうな目ぼしいものも、全く残ってはいなかった。

 

 壁にかけられていた救急箱の中身も空で、机の引き出しや棚の中も、ガラクタばかり。

 冷却材の在庫も、何処にも見当たらない。

 唯一、使い道がありそうな物といえば、寂しさを紛らわせてくれる薄汚れ日焼けした犬のぬいぐるみ位だ。

 

「何もなかったな」

 

「ですね」

 

 最後に付け加えると、モールラットの巣らしき洞窟も見つけられず。

 結局5.56mm弾を消費した位で、収穫はほぼゼロ。どう考えても収支はマイナスだ。

 でもま、これもスカベンジの醍醐味と割り切って、前向きにいこう。

 

 

 

 その後、特に野生動物やレイダーとも遭遇することなく。

 道なりに進むと、ゴーストタウンと化した住宅街を突き進む。

 因みに、ちょくちょく原型を留めている住宅にお邪魔しては、使えそうな物などを物色していく。

 

 こうして寄り道しながら道なりに進んでいると、やがて巨大な道路へと突き当たった。

 

 ピップボーイのマップで確認すると、どうやら目の前の巨大な道路はインターステイトの20(州間高速道路20号線)

 ロナルド・レーガン記念ハイウェイと命名された、高速道路のようだ。

 この高速道路を東へと進めば、シカゴの中心部へと向かう事ができる。

 

「どうやらこの高速道路を東に進めばシカゴ方面に向かえるみたいですね」

 

「成程。……しかし、今からこの高速道路を進むのは少し危険ではないか? もうすぐ日も落ちる、夜間の移動は昼間に比べリスクも高い。それに、見たところ、高速道路の両脇からは高速道路内は狙撃の的として格好の餌食になりそうだが」

 

 ノアさんの意見は、まさに的確であった。

 寄り道していた為、既に時刻は夕刻。もう数十分で、完全に太陽は地平線の彼方へと消え、辺りは暗闇が覆い始める。

 夜目が効く訳でもないので、視界は制限され、夜間に活発に活動している野生動物に対しては分が悪い。

 

 そして、遮蔽物のない高速道路上は、まさに狙撃する側にとっては絶好の地形だ。

 一応、放置された自動車などが点在してはいるが、自動車の核分裂バッテリーを撃ち抜かれ爆発に巻き込まれる可能性もある為、うかつに近づけない。

 

 これらの事から総合的に判断し、今夜は、先ほど通って来た住宅街で一夜を過ごす事となった。

 

「しかし、雨風や防寒防音、敵性生物からの視界を遮れるような住宅となると、少し戻らねばならんな」

 

 だが、ノアさんの言った通り。

 高速道路近辺の住宅は、原型を留めているものがなく。完全に倒壊、あるいは屋根がなかったり壁が一面や二面程度しか残っていないもの等。

 一夜を過ごすには適さないものばかりだ。

 

 とはいえ、今から一夜を過ごすに最適な住宅を探していると、見つけた頃には完全に日が落ちているに違いない。

 

 これは多少のリスクを覚悟で戻るしか選択肢はないのか。

 否、あるではないか、もう一つの選択肢。

 俺のピップボーイに収納している、最高の錬金術の力を使えばいい。

 

「ノアさん、それじゃ作りましょう。今晩の寝床」

 

「ん? 作る?」

 

 俺の提案に、素顔は見えないが、おそらくノアさんは眉をひそめているのだろう。

 そういえば、ノアさんってワークショップを使ったクラフトとか知らない可能性が高いんだった。

 

 よし、ではノアさんの為にも、習うより慣れろ。実際に作ってみよう。

 

 とりあえず適当な場所に移動すると、ピップボーイからワークショップver.GMを出現させ、早速使用し始める。

 

「えっと、とりあえず周囲の廃墟を解体して材料を調達しよう」

 

 戦前、ワークショップの開発・販売を手掛けた会社は、当時民間への普及を目指していたピップボーイをタッグを組んで、これ二つで誰でもDIY達人という謳い文句を掲げ、一家に一台の普及を目指していたそうな。

 その為、ワークショップはピップボーイ側から設定を行えば連動する事が出来る。

 ただし、ワークショップをピップボーイに収納している時は、操作を受け付けないようだ。

 

 ピップボーイのモニターに表示されたのは、無事にワークショップver.GMと連動を果たしたメニュー画面であった。

 

 表示されている資材の回収可能範囲を確認しながら、俺はワークショップver.GMの引き出しから取り出したボタンのような物の半分を、ノアさんに手渡す。

 

「これを、向こうからここまでの廃墟に設置してきてくれますか」

 

「何だかよく分からないが、兎に角、了解だ」

 

 身振り手振りでノアさんに範囲を伝えると、俺も残りの半分を手にして早速設置を始める。

 それから数分後、無事に設置が完了すると、同じくノアさんから設置を終えたとの報告が伝えられる。

 

「それじゃ、回収っと」

 

 ピップボーイを操作し、ボタンを押すと。

 

「おぉ、これは魔法か!?」

 

 何と、先ほどボタンのような物を設置した廃墟が、一瞬で綺麗さっぱり。まるで最初から何も建っていなかったかのように、土台だけになった。

 先ほどのボタンのような物は、所謂回収マーカーで、範囲内にある回収可能な物に設置すれば、一瞬で材料を回収してくれるという便利な品物だ。

 勿論、何度でも使えるので経済的。

 

「えーっと、それじゃこじんまりとした家を……」

 

 さて、材料が揃えば、続いて楽しい建築のお時間だ。

 といっても、俺、そこまで建築デザインのセンスがある訳じゃないんだよな。

 デザイナーズハウスなんて、夢物語だ。

 

 いやだがしかし、男は度胸。習うより慣れろ。考えずに、感じるままに建てればいいんだ。

 

 

 という訳で、真っ新になった土台の一つに、頭の中で思い描いた設計図をもとに今晩の寝床たる住居を作ってみたわけだが。

 

「これは、何ともシンプルな家だな」

 

「あ、あはは……」

 

 出来上がったのは、ノアさんの感想そのまま。

 何のデザイン性もない木の壁に、申し訳程度のガラス窓、そして、赤い三角屋根に木のドア。当然一階建て。

 まさにシンプル・イズ・ザ・ベストを地で行く住居であった。

 

「ふむ、中も外同様に何とシンプルな」

 

 因みに、ワークショップver.GMを収納し終え、玄関を開けて足を踏み入れた自作住居第一号の内装も、外見同様シンプル・イズ・ザ・ベスト。

 パイプ式のシングルベッドが二つに、一時的に物を置いておくのに便利な棚が一つ、食事や休息用に使える椅子が二つにテーブルが一つ。

 そして、外部の小型発電機から供給される電力で室内を明るく照らし、夜中でも安らぎを与えてくれる、電球照明。

 

 まさに必要最低限、一夜を過ごすだけならば最適な内装である。

 

「所で、この家にはキッチンはないのだな?」

 

「……あ!」

 

 一通り自作住居第一号を見たノアさんから洩れた言葉に、俺は致命的な失敗を犯してしまったとばかりに口が開いてしまう。

 今からじゃ、後付けでキッチンを設置しようにもスペースがないので、一から全て作り直さなければならない。

 折角住居を作るのだから、缶詰食糧そのままではなく、ひと手間加えられるようにとキッチンを設置しようと思っていたのに。

 

 あぁ、俺、やっちまった。

 

「まぁ、誰にでも失敗はある。これを糧に成長し、次に生かせばいい」

 

「ノアさん……」

 

 目に見えて落ち込む俺を励ましてくれるノアさんの温かさに触れた所で、気持ちを切り替え、夕食の準備に取り掛かる。

 といっても、買っておいた缶詰を開けるだけなのだが。

 

「そうだ。寝床を作ってもらったお礼ではないが、私の手料理を振舞いたいと思うのだが? どうかな?」

 

「え? 手料理ですか?」

 

「そうだ。保存のきく物は、可能な限り温存しておくのが得策ではないかと思うからだ」

 

「確かに、消費スペースを計算して買ってはいますけど、そのスペースを遅らせるのならばそれに越したことはありません」

 

「よし、では、早速準備にかかろう」

 

「あ、でも、キッチンは……」

 

「安心したまえ、残っている廃墟などで材料をかき集めて焚火を作れればそれでいい。あぁ、食材は既に私の方で確保している」

 

 突然のノアさんの提案に暫し考えを巡らせたが、折角の気持ちなのでと、俺は快くノアさんの提案を受ける事にした。

 すると、ノアさんは早速外に飛び出し焚火の為の材料をかき集め始めると、ものの数分で自作住居第一号の目の前に焚火を完成させる。

 

 そして、確保しておいたと言っていた食材を、自身が持っていた麻袋から取り出すと、どう考えても下ごしらえに不向きなチェーンソードで食材を加工していく。

 やがて、豪快に加工した食材を丁寧に串に刺していくと、躊躇うことなく焚火でそれらを焼いていく。

 

「よし、出来たぞ」

 

 こうして数分後、用意した食器に山盛りに乗せられて姿を現したのは、ノアさんお手製の串焼きであった。

 

「あの、これって何のお肉ですか?」

 

「あぁ、これはモールラットの肉だ。レッドロケット・スタンドで倒した時に回収していたんだ」

 

 目の前のテーブルに置かれた串焼きの正体を恐る恐る尋ねると、どうやらその正体は、お腹の中で捻じれて動き回るともっぱらの評判なモールラットの肉であった。

 

「さぁ、たくさん作ったから遠慮せずにどんどん食べてくれ!」

 

 ヘルメットのお陰で表情は窺い知れないが、おそらく、ノアさんは白い歯がのぞいているような笑顔を浮かべている事だろう。

 一方、俺はといえば。

 若干引き攣った笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

 何故かって?

 それはもう、この世界に来てから実物を食した事はないものの、ゲームではモールラットの肉といえば"不味い"の代名詞とされているからだ。

 不味いと分かっている物を進んで口にしたいと誰が思うだろうか。出来る事ならば避けたい、そう思うのが自然の流れだ。

 

 

 ──いや、だがしかし。

 下手に誤魔化して食べないなんて選択を選んでは、折角作ってくださったノアさんの気持ちを踏みにじる事になり、大変心苦しい。

 

 それに、もしかしたら、もしかしたら、ゲームと現実は違うかもしれないじゃないか。

 

 そうだ、可能性を信じて、いざ、実食。

 

 

 

 ──もしかしたら、美味しいという可能性が微粒子レベルで存在しているかもしれない。

 ──そんな風に考えていた時期が、俺にも、ありました。

 

 

 

 そういえば、シリーズ内でモールラットの肉を何とか食べれるレベルまで昇華させた事例がいくつかあった。

 ただし、異様に手間のかかったり、良い子の皆は決して真似してはいけないようなものであったり。

 まさに、言い換えればそれほどまでに手間と危険を冒さなければ食べられるレベルにまで昇華しない素材ともいえるのだ。

 

 そんな素材を、調理過程を見学した限り特に下味などもつけず、無謀にも素材そのままの味で勝負した今回の串焼き。

 

 美味しい、などという評価を付けられようか。否、断じて、否。

 

「うむ、やはり焼き立ては美味いな!!」

 

 ヘルメットを外して美味しそうに串焼きを頬張るノアさん。

 あぁ、どうやらノアさんの味覚というものは、長年のウェイストランド生活で相当鍛えられていらっしゃるようだ。

 

 いや、それを言うならば、ケーレさんだって長年ウェイストランドで生活していた。

 にもかかわらず、ケーレさんの作ってくれた料理は、申し訳ないがノアさん程壊滅的ではない。

 

 無論、ケーレさんの場合、生業としているという点もあるだろう。

 しかし、思うに、おそらくケーレさんは"食の喜び"というベクトルにおいて、俺と同じものを持っていたのではないか。

 だからこそ、マイナスになるほどの料理の質はなかったのだろう。

 

「ん? 遠慮しているのか? これは君へのお礼なんだから遠慮しなくてもいい、さぁ、どんどん食べてくれ!」

 

 そして、どうやらノアさんの食の喜びというベクトルは、完全に俺やケーレさんのとは別のものを持っているようだ。

 

 だからだろう、漂う臭い、噛み千切れぬほどの肉の固さ、地獄のような苦み。

 一体これは何の拷問だと言わんばかりに、食事が苦行と化している。

 

 あぁ、何故だろう。自然と、目頭から一粒の涙が。

 

「おぉ、そうかそうか。涙を流してくれる程美味しいか! うむ。これは作った甲斐があったというものだ! ……そうだ、では、今後も定期的に私が料理を作るというのはどうだ?」

 

 やめてください、俺の胃袋が死んでしまいます。



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第十八話 フー・アー・ユー?

 俺の本音を悟られぬように、なんとか誤魔化しながら、今後極力ノアさんには料理をさせない方向へと持ってこさせることに成功すると。

 その後、気合と根性とやけっぱちでなんとか串焼きを食べ終えるたのだが。さらにその後、ノアさんの目を盗んで大量の水を飲んだのはここだけの話だ。

 

 こうして、夕食を終えた俺達は、特に雑談を楽しむでもなく。

 明日に備えて就寝する事となった。

 

 しかし、早く忘れたい思いとは裏腹に、あの串焼きの記憶は俺の脳裏にばっちりとこびり付いてしまったのか。

 その夜、俺は文字通りの悪夢を見る事となった。

 

 だだっ広い空間の中、巨大化したあの串焼きが大量に整然と並んでいるかと思えば、ひとりでに動き出し。俺を目指して迫ってくるのだ。

 当然、捕まらないように逃げたが、逃さないとばかりに、逃げた先にも巨大化したあの串焼きが待ち構えていた。

 やがて、巨大化した大量のあの串焼きに囲まれると、巨大化したあの串焼き達が俺目掛けてゆっくりとその身を預けて……。

 

 と、クライマックスが始まる手前で強制的に意識が覚醒させられたお陰で、何とか最悪の場面を目にする事は免れた。

 

「ん? あまり眠れなかったのか?」

 

「え、えぇ。何だか寝つきが悪かったみたいで……」

 

 だが、その代償として、再び寝付こうとしてもなかなか眠れず。

 結果、俺は大変寝不足となった。

 

「では、今日は少しペースを落として行くとするか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「そうか、しかし、無理はしないようにな。何かあれば、直ぐに言ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 しかし、まさか寝不足の原因が自分自身にある等とノアさんに悟られまいと、朝食時には強がるのであった。

 

「それでは、行くとするか」

 

「はい」

 

 缶詰の朝食を終え、一夜をお世話になった自作住居第一号に別れを告げると、俺達は昨日見つけたロナルド・レーガン記念ハイウェイに足を踏み入れ、東へと向けて歩み始めた。

 

 

 路上に放置され朽ちている自動車の間を縫うように東へと進む俺とノアさん。

 戦前は多くの自動車が目的地目指して走行していたであろう路上も、車上から流れるように見えていた景色も、今となっては空虚なものへと成り果ててしまった。

 

 そんな路上を襲撃に警戒しつつ進んでいると、ふと、俺達の進行方向の地平線上に、空の青さに負けるとも劣らぬ青色の電話ボックスらしきものを発見する。

 

「……?」

 

 まさか。

 目を凝らして、もう一度確認するも、間違いなくそれは青色の電話ボックス。

 

「おや、何だあれは?」

 

 どうやらノアさんもそれの存在に気が付いたらしく、声が漏れ聞こえてくる。

 

「近づいてみましょう」

 

 足早に、それに近づく俺とノアさん。

 近づいていくにつれ、それの外見の詳細を観察できるようになってくる。

 

 青で塗られた木製の外観には、ポリス・ボックスの文字に、上部にはランプが一つ。

 

 間違いない。あれは……。

 

「き、消えた!?」

 

 と、残り数メートルの距離まで近づいた所で、突如ランプが点灯しだしたかと思えば。

 次の瞬間には、まるで風に舞い散る花びらのように、青色の電話ボックスらしきものは跡形もなく姿を消したのであった。

 

「あ、あれは、一体何だったんだ?」

 

「……」

 

 訳が分からず声を漏らすノアさんを他所に、俺は、まさかこの世界でドクターをお目にかかれるとは思わず、内心感動するのであった。

 因みに、青色の電話ボックスらしきものが立っていた場所には、特に何かが落ちている訳ではなかった。

 

 

 

 意外な遭遇を体験し、東を目指して再び足を進めて幾分。

 立体交差する場所に近づいた時であった。

 

「はははははっ!」

 

 不意に、周囲に響き渡るほどの笑い声が聞こえてきたので、声の発生源を探し始める。

 と、立体交差している上段の高速道路上で、太陽光を背に仁王立ちしている人影を見つけた。

 

「よくぞここまでたどり着いたな! レッド・ドクロの手先どもめ!!」

 

 しかも、目を凝らして人影をよく観察してみれば。

 それは、メカニストのアーマーに身を包んだ、年齢は分からないが、声からして男性であった。

 

「だがしかし!! ここから先は、この、"キャプテン・パワーマン"が通しはせんぞ!!」

 

 更によく目を凝らして観察してみると、着用しているアーマーは星条旗カラーに塗装されており。

 それが、自ら名乗った漫画キャラであるキャプテン・パワーマンの装備しているパワーアーマーを意識しているのは、もはや言うまでもない。

 

 というよりも、先ほどから高速道路上で大声で恥ずかしげもなく自らを架空の存在たるキャプテン・パワーマンだと豪語したり。

 俺達の事を、勝手に漫画に登場する敵組織の一員であると決めつけていたり。

 これって、所謂自分の事をキャプテン・パワーマンだと思い込んでる危ない人なんじゃないだろうか。

 

「それでは行くぞ! とおぅぅっ!!」

 

 漫画でも描かれていた、キャプテン・パワーマンの決めポーズである、卍ポーズに似た決めポーズを決めた所で。

 大声で行くぞと叫び、その場から飛び降りてくるのかと思いきや。

 その場でジャンプし終えると、カッコよさもへったくれもなく、安全第一で俺達のいる下段を目指して高速道路を走って近づいてくる。

 

 そんな様を目の当たりにするや、改めて確信した。

 

 これは、関わってはいけない人だと。

 

「はぁ……。はぁ……。は。……っ、ははは! また、んんっ!! 待たせたな!! さぁ、私のこの有り余る正義のパワーで、貴様たちの悪魔の所業を打ち破ってくれようぞ!!」

 

 正義の味方らしくかっこいい台詞を吐いてはいるが。

 どう見ても肩で息をしていて、格好がついていない。

 

「ノアさん。ほっといて行きましょう」

 

「うむ、そうだな」

 

 生憎と、痛い人の相手を真面目にしている程俺達も暇ではないので、さっさとその場から立ち去ろうとする。

 

「ま、待て!! 逃げる気か! ……ふふふ、そうかそうか。この私の偉大なる正義のパワーに恐れ戦いたのだな。ははは! 所詮、デカい図体を見せびらかしていた所で、そのハートはラッドチキン並だったようだな!」

 

 しかし次の瞬間、彼の口から出た言葉に、ノアさんがその足を止めてしまう。

 

「あの、ノアさん?」

 

「相手をするだけ時間の無駄だとは分かってる。だが、ラッドチキン並の腰抜け野郎などと言われて、そのまま黙って去ってしまうのは、私のプライドが許されんのだ!」

 

 ヘルメットで表情は分からないが、おそらく、青筋の一つくらい浮かべているのだろう。ノアさんの声質から、それ位の事は容易に想像できる。

 同時に、もはや無視して去る事が叶わない事も。

 

「そこまで言われて、私も、黙っている程ではないんでな!」

 

「ははは、何だ、やっとこの絶対正義たる私と戦う気に……、あれ?」

 

 踵を返して自称キャプテン・パワーマンの男性に近づいていくノアさんであったが、一方の自称キャプテン・パワーマンの方は、何だか様子がおかしい。

 急に威勢が衰えてきたかと思えば、次の瞬間には、目に見えてあたふたし始める。

 

「え? あれ? 近くで見たら、上から見てた時よりもデカい……。え? 貴方、三メートル位あります? うそ、デカい。……強そう」

 

 何やら小声でぶつぶつと呟いているようだが、漏れ聞こえる内容を聞くに、どうやらノアさんの大きさを見誤っていたようだ。

 想像以上の大きさに面を食らい、加えてちゃんと相手の確認もせずにノアさんに勝負を挑んでしまったものの、あれだけ大口叩いてしまったが故に、今更やっぱり撤回だなんて言って引くにも引けず。

 八方ふさがりであたふたしている、そんな所だろう。

 

 それにしても、一見して分かりそうなものだがな、ノアさんの凶暴さは。

 いや、もしかしたら、なりきっていたので節穴になっていのかもしれない。

 

「……ふ、あははは! だだだ、大丈夫だ! 例え相手が私の背丈の倍ほどあろうとも、この正義の使者たるキャプテン・パワーマンの前には、悪人は何人たりともかないわせぬ!」

 

「ほう、では、早速その実力とやら、拝見させていただこうか!」

 

 腹をくくったのか、それとも破れかぶれか。

 いずれにせよ、自称キャプテン・パワーマンとノアさんの何とも形容しがたい対決が幕を開ける。

 

「くらえ! 必殺ファイナル・ザ・ジャスティ……」

 

 が、自称キャプテン・パワーマンが繰り出したパンチはあっさりとノアさんに躱され。

 逆に、ノアさんは繰り出してきた自称キャプテン・パワーマンの腕を掴むや、もう一方の手で掴んだ腕を固定すると、最後に掴んだ腕をひねって技を完成させる。

 

 その技の名を、アームロックと言う。

 

「あ、あがぁぁぁっ!!」

 

 技をかけられ声を挙げる自称キャプテン・パワーマン。

 ヘルメットで表情は窺い知る事は出来ないが、おそらく、涙目になっている事だろう。

 

 にしても、最初から勝負にならない事は分かってはいたが、ここまで瞬殺とは思わなかった。

 とはいえ、ノアさん、相当手加減しているんだろうな。

 なにせ、スペースマリーンパワーアーマーを着ていなくとも、スーパーミュータントであるノアさんなら人の骨を折る事など造作もない筈だからだ。

 それを痛みを感じる程度に抑えているのだから、想像に難しくない。

 

 だが、そろそろ止めてあげないと、折れなくともヒビくらいは入りそうだ。

 

「あ、あの、ノアさん。駄目です、それ以上はいけない」

 

 刹那、ノアさんが俺の方に顔を向けてじっと見つめてくる。

 ヘルメットで表情は見えないが、ノアさん、寂しそうな顔をしているのだろうな。

 

 すると、次の瞬間、ノアさんがアームロックを解除し、自称キャプテン・パワーマンの腕が解放される。

 

「ひ、ひ、ひーっ!」

 

 やっと痛みから解放された自称キャプテン・パワーマンの男性は、その場に座り込むと、痛めつけられた腕をかばいながらノアさんの方を見つめ続けるのであった。

 

「これに懲りたら、もう二度と、あのようなふざけた振る舞いなどはしない事だな。相手が私達でなければ、殺されていても文句は言えんぞ」

 

「あの、それじゃ、もう気が済んだと思いますんで、俺達はこれで失礼しますね」

 

 こうしてお灸をすえられた彼を残し、東を目指して再び歩き始めようとした俺達だったが。

 

「……ま、待ってくれ!!」

 

 刹那、その足は、自称キャプテン・パワーマンの男性の声によって止められるのであった。

 

「すいませんでした!! 先ほどの身勝手な言動は謝りますから! どうか待って、私の話を聞いてください!!」

 

 振り替えると、ヘルメットを脱ぎ捨て土下座している自称キャプテン・パワーマンの男性の姿があった。

 急な豹変具合に若干戸惑いつつも、俺達は、再び彼のそばへと歩み寄る。

 

「あの、話を聞きますんで、顔、上げてもらってもいいですか?」

 

「本当ですか!?」

 

 俺の言葉に反応して上げられたその顔は、やはり男性であった。

 少々頬がこけてはいたものの、無精髭や茶髪オールバックが似合う、三十歳前後と思しき顔立ちをしていた。

 

 黙っていれば、おそらく異性から好意の目で見られることもあったのだろうが、天は二物を与えず。といった所か。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 そんな折角の端正な顔立ちを崩壊させるように、涙と鼻水でめちゃくちゃにしながら、彼は喜びを表現するのであった。

 

 

 

 それから暫くして、彼が落ち着きを取り戻した頃合いを見計らい、話を聞く前にまずは互いに自己紹介を行う運びとなった。

 

「俺の名前はユウ・ナカジマです。で、こちらが」

 

「ノア、だ」

 

「私は、キャプテン・パワーマン……、ではなく。ニコラス、ニコラス・ロバートソン、と言います」

 

「やはり本名は別にあったか、全く。見たところ、一人前と言うに相応しい程の年齢と思うが、そんな年齢であるにもかかわらずあのような年甲斐もない立ち振る舞い、恥ずかしいとは思わないのか?」

 

 呆れ気味にお説教を行うノアさんに対して、ニコラスさんは、終始うなだれるのであった。

 

「あの、ノアさん、そろそろ本題に入りたいんですけど」

 

「ん? あぁ、すまなかった」

 

「えっと、それで、ニコラスさん。話というのは?」

 

「え、あ、はい。……先ほども見ていた通り、私は、いい年をして実際にいる筈もない漫画の主人公に憧れ、身振り手振りを真似してなりきって楽しんでいます」

 

 その後も、ニコラスさんは自身の事について話を続けた。

 今も着用しているお手製アーマーを着ている間は、まさに身も心もキャプテン・パワーマンになりきっているが。

 一度それを脱げば、本来の、臆病で小心者な本来のニコラス・ロバートソンに戻るのだそうだ。

 

 そんなニコラスさんにも、帰るべき家や大切な家族が存在しているそうだ。

 

 といっても、ニコラスさん自身はあの趣味のお陰もあってか結婚しておらず。

 数年前に他界した両親が残してくれた実家で、唯一の家族である妹さんと二人で暮らしているそうな。

 

 そして、案の定というべきか。

 本人の口から意見を聞かずとも、妹さんがニコラスさんの趣味に振り回され、苦労していたであろう事実は、想像に難しくなかった。

 

 しかし、それでもこの世でたった二人の血のつながった家族。

 実家のある村で、ニコラスさん兄妹はつつましやかに生活していたそうな。

 

「ルシンダは、私の唯一の家族なんです。そのルシンダが、ルシンダが……」

 

「妹さんが、どうしたんです?」

 

「レイダー達に連れていかれたんです! あぁ、くそう!!」

 

「なに!? 人さらいだと! 何と悪質な」

 

「それは、お気の毒に……」

 

「いくら"借金のかた"にとはいえ、ルシンダを連れて行くなんて……くそう!!」

 

 ん? あれ? 今、借金のかた、と言ったよな。

 

「えっと、ニコラスさん。妹さんって、借金のかたに連れていかれたんですか? ある日突然理由もなく連れ去らわれた訳じゃなく?」

 

「はい。……両親が実家を残してくれましたので、そこは問題ないんですが。二人とはいえ、生活していくには生活していくためのキャップを稼がなければならず。……でも、その、お恥ずかしながら。私は、趣味の方に夢中になって、生活費の工面を疎かにしてしまって」

 

 話を整理すると、兄妹二人で生活していくための生活費を稼ぐ筈が、自身の趣味に没頭したため思うように稼げず。

 ならば自給自足と農業に手を出してはみたものの、結局それも趣味に没頭したいがために断念。

 

 結果、問題のレイダーグループにキャップを借りて一時をしのいだ。

 が、当然、借金である以上借りたら返すが当たり前。

 

 しかし、ここでもニコラスさんは自身の趣味を優先し、結果、期日を過ぎても返済できず。

 こうして、妹さんが借金のかたとして連れていかれたのであった。

 

「あの……、それって」

 

「自業自得だな」

 

 ノアさんがバッサリと切り捨てるように言い放つと、ニコラスさんは再びうなだれた。

 

「確かに、私の不甲斐なさが招いた結果です。……でも、だけれども! それでも妹は、ルシンダは私にとっての唯一の家族なんです!! お願いです! どうか、ルシンダを助けるのに協力してはもらえませんか!!?」

 

「自身でまいた種なら、自分で刈り取るのが筋ではないか?」

 

「重々承知してます、でも、私には、私にはレイダーからルシンダを助け出す度胸も力もない。……だから、この通りです! お願いします、どうかお力添えを!!」

 

 その場で再び土下座を繰り出すニコラスさん。

 妹さんが連れていかれたのは、確かにニコラスさんの自業自得だ。

 でも、連れていったレイダーグループが、妹さんを狙っていて、借金を理由に狡猾に連れていった可能性だって否定できない。

 

「ルシンダはとても綺麗で、料理上手だから。今頃、連れていったレイダー達に無理やり手をつながされたり、食事の度に"あーん"なんてさせられてるに違いない!! 一刻も早く助けないと!」

 

 仮にニコラスさんの想像するような事が行われていたら、それはそれで別の意味で怖い気がするが。

 

 兎に角、ここまで話を聞かせられると妹さんの身の上を心配せずにはいられないし。

 何より、自業自得とはいえニコラスさんが不憫に思えてならない。

 

「分かりました。ニコラスさん、俺達で出来る事なら、協力しますよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ただし、ルシンダさんを助け出した暁には、生活を第一にして真面目に頑張ってくださいね。趣味は、影響のない程度にほどほどに」

 

「は、はい! ありがとう、ありがとうございます!!」

 

「ノアさんも、協力してくれますよね?」

 

「彼が今後、趣味にかまけず、真面目に生活の為に働くと誓うのなら、な」

 

「誓います! 協力してくれたら、今後は真面目に働いて、農業して、借金せずとも困らない生活を目指します!!」

 

「なら、ま、いいだろう」

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 

 こうしておせっかいにも、俺はまた、新たな問題に首を突っ込むのであった。



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第十九話 ロボのきもち

 こうしてニコラスさんの妹さんを、連れていったレイダーグループから助け出すべく行動を開始したのだが。

 何故か、最初にとった行動は、ニコラスさんと妹のルシンダさんが住んでいた自宅へと向かう事であった。

 

「あの、俺達がご自宅にお邪魔していいんですか?」

 

「えぇ、色々と考えている計画をお話しするなら、なるべく人気のない所の方がいいでしょう?」

 

 その理由が、ニコラスさんが考えた救出計画を発表する為なのだが。

 先ほどまでいた場所でも問題なさそうだが、ま、周囲に壁があり他人が聞き耳を立てにくいという安心感を考えれば自宅にお邪魔した方がいいだろう。

 

 それならワークショップver.GMを使って即興で小屋作ればいいのではとの突っ込みは、この際なしだ。

 

 

 さて、先導のニコラスさんについていく事数十分。

 俺達の視界に、土・石・廃材等々で構成された、外敵から内部のものを守る"壁"を捉える。

 どうやら、あの壁の内側に、ニコラスさん達の自宅が存在しているようだ。

 

「よぉ、"キャプテン・ロバートソン"。今日も世界平和の為のパトロールからの帰りかい?」

 

 見える範囲で唯一の出入り口であろう門へと近づくと、門番をしていた男性が俺達の事に気が付き。

 先導を務めているのがニコラスさんだと気が付くや否や、小ばかにした口調で話しかけてくる。

 

 どうやら、ニコラスさんの趣味は様々な人からいじられているようだ。

 

「どうだ? 今日はレッド・ドクロの手先のモールラットを一匹でも倒せたか?」

 

「悪いが、今は客を自宅に案内している所なんだ、通してくれないか?」

 

「あ? お前に客?」

 

 信じられないとばかりに声を挙げた門番は、次いで俺とノアさんの事を確認するや否や、たじろぎ始めた。

 

 どんな客かと思って見てみれば、この辺りでは見かけないモダンでスタイリッシュな装備に身に纏った男と、一見して凶悪と分かる、見知らぬパワーアーマーを着た大男。

 たじろぐのも、致し方あるまい。

 

 こうして、たじろぎながら道を譲ってくれた門番の男性を他所に、俺達は壁の内側へと足を踏み入れた。

 

「ここが、私とルシンダの故郷、"ジミー村"です」

 

 壁の内側に広がった光景は、ノース・レイク・サンズよりも更に質素でつつましやかなものであった。

 幾つかのバラック等が立ち並んでいるが、ノース・レイク・サンズよりも密度は濃くなく、むしろスカスカにさえ感じる。

 

「私の自宅はこちらです」

 

 そんなジミー村の中にあるニコラスさんの自宅へと再び足を進める事数分。

 一軒のバラックの前へと、俺達は足を運んだ。

 

「ここが、私の自宅です。どうぞ」

 

「お邪魔します」

 

「失礼する」

 

 バラック内へと足を踏み入れると、内部は外観同様、粗末で質素な内装をしていた。

 真新しさなど何処にも感じられない家具の数々は、大人二人が生活していくには十分すぎるものであった。

 

「すいません、飲み物は用意できませんが。どうぞ、おかけください」

 

 そんな住宅のリビングへで、ニコラスさんが用意してくださった椅子に腰を下ろすと、いよいよニコラスさんが考えた救出計画の内容を聞くこととなる。

 

「それで、ニコラスさんが考えた救出計画とは、一体どういったものなんですか?」

 

「はい。……このジミー村から南へ向かった所に、小さな民間空港跡があるんです。で、その空港跡に隣接するように、州の物資備蓄庫というのがあるんですが」

 

 そこに妹さんとレイダーグループがいるのか、と思っていた刹那。

 

「独自に調べた結果、その物資備蓄庫には、まだ稼働する"パワーアーマー"があるそうなんです!」

 

「……え?」

 

 唐突にパワーアーマーの単語が出てきた事に、俺は呆気にとられ、つい声を漏らしてしまう。

 

「ちょっと待ってください! 話してもらうのはルシンダさんの救出計画ですよね? なのにどうしてパワーアーマーが登場するんです!?」

 

「あ、す、すいません。順を追ってお話しすべきでしたね」

 

 順を追うも何も、救出するのにパワーアーマーは必要ないよね。

 そもそも、俺もノアさんも、下手な装備品よりも状態や質の高い装備を既に有している。

 だから、妹さんの身の上を考慮しても、不必要な装備の為に無駄な時間はかけない方が得策だとは思うのだが。

 

「実は、前々から思っていたんです。このアーマーじゃ、誰がどう見たってキャプテン・パワーマンの偽物感が拭いきれていないって。だから、型違いでも、パワーアーマーを手に入れるべきなんじゃないかって」

 

 あれ、これって、救出云々というよりも、完全にニコラスさんの趣味の話になっているよね。

 

「貴様! ふざけているのか!? 私達は貴様が妹を救出してほしいと懇願し、その見返りに趣味にかまけていた生活を改め、真面目な生活に更生すると約束したから協力しようと思ったのだぞ! それを、……どこまで私達の事をからかえば気が済むのだ!!」

 

 それはノアさんも分かっていたのか、俺が声を挙げるよりも早く。

 ノアさんは今にも詰め寄りそうな勢いで、語気を荒らげながら、当初の趣旨と異なる説明を始めた事への怒りを口にする。

 

「真面目な救出計画など最初からないのなら、素直に最初から言えばいい! 適当な嘘を今後もつくようなら、私達はもう貴様の妹の救出などに力は貸さんぞ! 私達だって暇ではないのだからな!!」

 

 そんなノアさんの怒りに完全に押し黙るニコラスさん。

 

「ま、まぁまぁ、ノアさん。落ち着いて。……あの、ニコラスさん。一応俺もノアさんと内心は同じ意見です。ルシンダさんを救出する為に協力するんであって、貴方の趣味の為に協力する訳ではないんですよ?」

 

 ノアさんを落ち着かせ、ニコラスさんにゆっくりと、しかしはっきりとした口調で問いかけると。

 やがて、俯き押し黙っていたニコラスさんの顔がゆっくりと上げられ、そして、口を開き始める。

 

「そう誤解されても仕方ありません、でも、でもこれも、救出計画の一環なんです!!」

 

「救出計画の一環? それはどういう事ですか?」

 

「つまり、囮です。調達したパワーアーマーを着た私が、レイダーグループの意識を惹きつける。その隙に、お二人でルシンダを救出する。……これが、私の考えた救出計画の概要です」

 

「成程……。あ、でも、それなら別にニコラスさんじゃなくても、ノアさんがその役を務めても問題ないのでは?」

 

 ノアさんならパワーアーマーを着たニコラスさんよりも更に目を引くし、何より、万が一の場合でも生き残る確率が高いと思うのだが。

 

「いえ、これは私の不甲斐なさが招いた結果。だから、囮役は私自らが努めたいんです! ……それに、顔見知りの私なら、レイダーの連中も油断して、長くひきつけられていると思いますから。だから、どうかお願いします!!」

 

「成程な。パワーアーマーを欲した理由は分かった。……しかし、その覚悟、本当に心の底から思っているのだろうな? 囮とは言え、相手は残虐非道なレイダーだ、幾らパワーアーマーを装備しているからと言っても無事に帰ってこれるとは限らんぞ? それでも囮役を引き受ける覚悟なのか?」

 

「構いません! ルシンダがレイダーの汚い手から解放されるのなら、この命、投げ捨てる覚悟だって出来てます!」

 

 ノアさんの目、厳密にいえばヘルメットを被っている為目は見えないのだが。

 を見据えながら、自らの覚悟を語るニコラスさん。

 

 それを聞いたノアさんは、しばらく間を開けると、やがて感想を漏らし始める。

 

「その覚悟、どうやら本物のようだな。分かった、そのパワーアーマーとやらを手に入れるのに一肌脱ごう。……ナカジマ、君はどうだ?」

 

「ノアさんが一肌脱ぐのに、俺が協力しないとは言えないですし。何より、ニコラスさんの覚悟を聞いた以上、最後まで付き合わない訳にはいきませんから」

 

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 

 こうして、救出計画に必要なパワーアーマーを手に入れるべく。

 俺達は、一何休息をとった後、パワーアーマーがあるとされている州の物資備蓄庫を目指して南下を始めた。

 

 

 

 ジミー村から、道中何度か野生動物と鮮血交じりに戯れながら南下する事数十分。

 確かにそこには、かつて民間の小型飛行機などが日々離着陸していたであろう、小さな空港が存在していた。

 民間用途の短い滑走路と幾つかの格納庫、そして小さな管制塔。

 

 今や廃墟と化した空港の隣。

 そこには、巨大なコンクリート造りの建物が存在していた。

 

「ここが、州の物資備蓄庫?」

 

「はい。集めた情報によると、内部は地上と地下一階で構成されているらしく。お目当てのパワーアーマーは、地下に保管されているそうです」

 

「見た所、敵意をむき出しにする集団などが占拠しているようには見られないが?」

 

「レイダーなんかが占拠はしていないようですけど、情報じゃ、今も建物内部はセキュリティシステムで守られているとか」

 

「二百年以上が経過し、持ち主亡き後も実直に任務を遂行する、か……」

 

 眼前の建物内には戦前のセキュリティが今なお生きている。しかし、彼らを労うべく者達は、既にこの世には存在しない。

 そう考えると、少しだけ、憐れみを感じてしまう。

 

「例え相手が何であろうと、邪魔する者はこの剣で"粉砕"あるのみ!」

 

 いや、もしかするとこの憐れみは、ノアさん自慢のチェーンソードの錆になる事が確定しているから、なのかもしれない。

 

「それじゃ、踏み込みますか」

 

「ん? 貴様はついてこないのか?」

 

「あ、私は、あの……ここで、見張りをしてます!」

 

 いざ踏み込もうとした矢先、敷地出入り口の詰所の脇から動こうとしないニコラスさん。

 どうやら、セキュリティが怖くて動けないようだ。

 

「はぁ……。本当にこれで囮役が任せられるのか?」

 

「ぱ、パワーアーマーさえあれば!」

 

「まぁ、退路の確保は大事ですし。ニコラスさん、ここで見張りと退路の確保、お願いします」

 

「は、はい!」

 

 とりあえず適当な理由付けでニコラスさんを詰所の近くに置いておくと、俺とノアさんは、一気に建物の出入り口へと近づき。

 そして、慎重に、扉を開き内部へと侵入を開始した。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 俺の名前はノックス。

 この物資備蓄庫のセキュリティユニットとして配備された、Mr.ガッツィーだ。個体識別用の認識番号は長いので省略する。

 さて、俺はご存知の通り、ゼネラル・アトミックス社が同社のMr.ハンディを基にして満を持して世に送り出した戦闘用ロボットだ。

 

 即ち、俺は世界最高峰の機械という事になる。

 

「……、痛てっ!」

 

「ノックスくーん、な~に一人でぶつぶつとぼやいているのかなぁ?」

 

 この俺の最高峰のボディに、無礼にもマニュピレーターの拳で殴ってきたのは、この俺の直属の上官に当たる少佐型ガッツィー。

 自らを"スミス"と名乗っている、俺と同じMr.ガッツィーだ。

 

「は! ったく、ルーキー(新兵)のくせに相変わらず喋りだけはジェネラル(大将)気取りか?」

 

「い、いぇ、そんな事は……」

 

「だから、ぼそぼそ喋るなって言ってるだろうが!! このボケッ!!」

 

「痛てっ!!」

 

 再び、スミス少佐の鉄拳が俺のボディを叩く。

 畜生、見た目も武装も俺と同じなのに、指揮統率用や上級戦闘用のプログラムが施されているだけで俺より上位の"少佐"なんてよ。

 

 これでまだ性格が優しけりゃ、差し引きゼロなんだがな。

 

「なんだぁ~、その反抗的な目は? オメェは上位プログラムの換装も施されてねぇ(学も教養もねぇ)くせに、なぁにもう一人前ですみたいな目ぇしてんだぁ?」

 

「じ、自分の装備していますクロノメーターと計測される地球の自転などから、既に自分は配備されてから二百年以上は経過していることになり。これは、勤続年数から言っても既に一人前と言っていい……」

 

「このボケェッ!!」

 

「いてぇ!」

 

「俺がまだルーキー(新兵)だっつたら、ルーキー(新兵)なんだよお前は!! おら、分かったらさっさと巡回行ってこい、ボケ!」

 

口汚い言葉の数々と躊躇なく振るわれる暴力を前に、俺は反論することなく、内に秘めたる思いを抑え、言われた通り巡回へと向かおうとする。

 

「さぼるなよぉ? カスが!!」

 

 ──畜生、いつかバラ(分解)してやる!

 

HQ(本部)より警備中の各セキュリティユニットへ、地下への不法侵入者を検知、各セキュリティユニットは至急対応せよ。繰り返す、HQ(本部)より警備中の各セキュリティユニットへ……」

 

 だが、その矢先。

 HQ(本部)から俺達へ緊急回線を通じて異常を告げる通信が飛び込んでくる。

 

「おいノックス! 侵入者だ、さっさと対処しに行くぞ!」

 

「ら、ラジャー!」

 

 HQ(本部)から送られてきた侵入者のデータをもとに、急いで現場へと急行する。

 データによれば侵入者は二人、地下へと通じる階段を降り、ゆっくりと奥を目指して通路を進んでいる。

 

 このままの進路で進めば、俺達が先回りしたこの場所にやって来る筈だ。

 

「おいノックス、この前はテメェのミスで危うく侵入者を逃す所だったの、忘れてねぇよな?」

 

「は、はい……」

 

 くそ、こんな時に前回の侵入者対処の際の説教かよ。

 

「いいか、今回はこの俺が間抜けなテメェに代わって完璧な対処ってやつを見せてやる。俺の手本をよーく見とけよ、このボケが!」

 

 と言って、景気付けのつもりか、俺のボディを再び叩くスミス少佐。

 

 ──畜生、てめぇなんて侵入者にバラバラに分解されちまえ。

 

 内心毒づいていると、ドアの開く音と共に、足音が通路に響き渡る。

 きた、今回の侵入者だ。

 

「よく聞け!! 偉大なるアメリカ合衆国憲法を踏みにじりし愚かな侵入者ども!! 貴様らはこの施設に許可なく侵入している! 直ちに引き返さねぇと、テメェらの穴に10mm弾をぶち込むぞ!!」

 

 スミス少佐が侵入者の進路を塞ぐように立ちふさがると、威勢のいい声と共に威圧を始める。

 流石はスミス少佐、いつもは粗暴で口汚いが、こんな時はその姿勢も頼もしく感じる。

 これで侵入者たちも恐れ戦いているだろう。

 

 そう思って、侵入者の様子を見てみると。

 そこには、目を疑うものが映っていた。

 

 なんだ、あの青くてごつくて巨大な奴は。その背丈、今にも天井に届きそうなほどだ。

 生体反応が確認できる為、ロボットではない。着用しているのはおそらくパワーアーマーの一種と思われる、が、該当するデータなし。

 それに、あの手に持っているのは剣か? 凶暴な見た目だ、こちらも、該当するデータなし。

 

 ん、よく見れば、そんな巨人に隠れるようにもう一人の侵入者の姿が見える。

 こちらは装備している物の該当データがある。あの手にしているのはM4カービンだな、身に纏っているのも今まで対処した侵入者なんかよりもよっぽどいい。

 

 これは、もしかしたら、少し厄介な相手かも知れない。

 

「おい聞いてんのか!! テメェら、俺が三つ数えるまでの間に引き返さねぇと、10mm弾をお見舞いするぞ!! ひとーつ! ふたーつ!!」

 

 刹那、あの青い巨人が手にした剣が、凶暴な音を立て始めた。

 なんだ、まるでチェーンソーのようにも見えるが。

 

「し、少佐、ここは一旦応援を……」

 

「みーーーーっつ!!」

 

 駄目だ、俺の声が聞こえていない。

 

「おら!! し……」

 

 スミス少佐の声をかき消すように響き渡ったのは、金属が擦れる様な甲高い音。

 

 そして、その音の正体は、スミス少佐のボディから放たれていた。

 文字通り火花を散らしながら、その鋼鉄のボディを真っ二つに切断されて。

 

「し、しょうさぁぁぁっ!!!」

 

 通路に散らばるは、寸前までスミス少佐であった部品の数々。

 もはや人格を宿さぬただの部品と化したそれら。

 それらを踏み越え、あの青い巨人が俺の方へと近づいてくる。

 

「う、うわぁぁ!!」

 

 不意打ちとはいえ一撃でスミス少佐を亡き者にした青い巨人。

 それを倒すには、俺の持てる限りの全武装を使うしかない。

 

 通路に鳴り響く銃声、そして通路を包まんとする硝煙。

 

「……や? やったか?」

 

 硝煙に包まれ青い巨人を倒したかどうかの確認はできない。

 が、あれだけの銃弾を受けたのだ、生きている筈がない。

 

「っ!!!」

 

 と安堵した刹那。

 奴が、硝煙を切り裂き奴が手にした凶暴な剣と共に姿を現した。

 

 痛い。

 

 振るわれた凶暴な剣を間一髪で何とか躱す。

 が、よく見ればマニュピレーターが一本、途中からすっぱりと切り落とされている。

 

「が!」

 

 しかも、躱した反動で低出力ジェットのエンジン部分を通路にぶつけてしまった。

 さらに言えば、その一瞬のスキを、あの青い巨人が見逃してくれないというおまけつきだ。

 

 手にした凶悪な剣が、再び振りかぶられ、今にも俺に振り下ろされようとしている。

 

 もしあれが振り下ろされれば、俺はスミス少佐と同じような運命をたどるだろう。

 その現実を理解した時、俺の中に、該当するデータの無い、言葉に言い表せない感情が芽生えた気がした。

 これは、一体何だ? 目の前の青い巨人に対するこの感情は、一体何なんだ。

 

 答えを導き出せぬ間に、青い巨人の腕が動き出す。

 刹那、俺は、目一杯叫んでいた。

 

「き!! 切らないてぇぇぇぇっ!!」

 

「……、OK」

 

 刹那、横からの強烈な衝撃が俺のボディを襲った。

 それが、青い巨人が俺を殴った為に起きたものだと理解したのは、吹き飛び壁に打ち付けられた瞬間であった。

 

 各部ダメージ、深刻。

 エラー、エラー、システムに障害発生。自己修復プログラム、作動、作動、さ、ささ。

 

 ──、い、嫌ダ、シニ、タク、na、……。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 地下におけるセキュリティは四つのレベルで分けられている。

 設定された各レベルは、その数字が増えれば増える程、より厳重で突破の難しいものとなっている。

 今回侵入した侵入者二名は、現在レベル3に設定されているエリアを突破しようと奮闘しているものと思われる。

 

 しかし、レベル3の突破はそう容易ではない。

 エリア内には、高い戦闘能力を有するセキュリティユニットの他、支援用の各種タレットも設置されており、突破は困難だ。

 

 現に、今まで幾人もの侵入者が侵入したものの、何れも、レベル3を突破するまでには至っていない。

 おそらく今回も、侵入者二名はこのレベル3の難攻不落を前に、無様な姿を晒すだけになるだろう。

 

「緊急事態、緊急事態! レベル3内のセキュリティユニットの活動反応消失、繰り返す、レベル3内のセキュリティユニットの活動反応消失! レベル4担当のセキュリティユニットは警戒を厳とせよ!」

 

 馬鹿な! レベル3が突破されただと! ありえない。

 

 ──いや、落ち着け。

 長年の損耗で知らず知らずの内に難攻不落を維持する事が困難になっていたのかもしれない。

 

 そうだ、まだレベル3が突破されたからと言って終わりではない。

 我々が守護する、この最深部エリア、レベル4に設定されたこの場所が残されている。

 ここで、侵入者二名を排除すれば、全ては解決だ。

 

 

 刹那、ドアを叩く音が響く。

 さて、先ずは強固なセキュリティプロトコルによって閉鎖された出入り口がお相手だ、どう出る、侵入者ども。

 

 と、金属が擦れる様な甲高い音が響き渡り始めた。

 一体この音は何だ。

 

 音の正体を確かめるべく音の発信源を探ると、そこには、まるでドアを切り壊さんとする物体が見えた。

 

 な、成程。力づくか、面白い。

 

「マッシュ! オルテガ!! 侵入者がドアを切り壊して入ってきたら、ジェットストリームアタックを仕掛ける!」

 

「了解!」

 

「おうよ!」

 

 では、こちらも相応の誠意をもってお相手させていただくとしよう。

 ガイア・オルテガ・マッシュ、各々の愛称を持つ我ら"セントリーボット"三連星によるフォーメーションを持ってな。

 

「くるぞ!」

 

 音が止み、次いでドアがあらぬ開閉を果たす。

 その直後、我ら三体の両手の武装が火を噴いた。

 

 響き渡る銃声、爆発の閃光、蔓延する爆煙と硝煙。

 

 暫くして、我らの両手が火を止める。

 

「ふふふ、我らのジェットストリームアタックを受けて木っ端みじんとなったか」

 

 爆煙と硝煙に消えた侵入者に、最後にここまでやって来た健闘を称えてやろうとした刹那。

 煙の中から、青い巨大な人影が飛び出してきた。

 

「な!!」

 

 その巨大な身の丈に似合わぬ軽やかな動きで、一気に我らとの距離を詰めると、一番手前にいたこの俺目掛けて跳躍する。

 

「お、俺を踏みだ……! あ、やめ……」

 

 そして、俺を踏み台にするかと思いきや、何と踏み潰してきたのだ。

 その巨体に押しつぶされるように、俺のボディは床に押さえつけられる。

 

「よ、よくもガイアを!!」

 

 ま、待て、早まるなマッシュ!

 

「ぎゃぁぁぁっ!!」

 

 踏み潰され、俺が死んだと錯覚したマッシュが青い巨人に襲い掛かる。

 が、冷却時間中では武装が使えず、それでも何とか攻撃しようとするマッシュ。

 

 そんなマッシュに対して、青い巨人は、手にした凶暴な剣で応えた。

 即ち、マッシュのボディに突き刺したのだ、手にした凶暴な剣を。

 

「マァァァッシュッ!!」

 

「おのれぇ、よくもガイアを! よくもマッシュを!」

 

 俺がまだかろうじて生きているとは知らず、二人が殺られて更に激昂したオルテガ。

 オルテガは青い巨人に飛び掛かり殴るつもりだったのだろう。だが、それは叶わなかった。

 

「うぉ!?」

 

 突如飛来した銃弾が、オルテガの頭部に撃ち込まれる。

 これにより動きを止めて知ったオルテガに、あの青い巨人の鉄拳が襲い掛かる。

 

「お、オルテガァァァ!」

 

 鉄拳を食らったオルテガは、少し吹き飛び床に突っ伏すと、再び動き出す事はなかった。

 

「おのれ、よくも、よくも……」

 

 屈辱。この屈辱、決して忘れはせぬぞ。

 巨大な足の裏が、俺の命を踏み潰すその時まで。



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第二十話 ア・カーンズ

 けたたましいまでの戦闘が終わりを告げ、静寂が辺り一帯に再び戻ってくる。

 どうやら、心配していた自爆による攻撃はないようだ。

 ここはある程度の広さを持った空間とは言え、建物内部でのセントリーボットによる自爆攻撃は、ゲームと異なりどんな影響を及ぼすか想像ができない。最悪、爆発の影響で建物が倒壊しないとも限らないからだ。

 

 そんな心配も杞憂に終わり、手にしたM4カスタムの銃口と共に周囲の安全を確認し終えると、ようやく、銃口を床に向ける事が出来た。

 

 さて、これで緊張の糸を緩める事が出来たわけだが。

 正直言って、地下に侵入してからというもの、俺は、そこまで緊張していた訳ではなかった。

 何故なら、ノアさんの存在が頼もし過ぎたからだ。

 

 というか、ここに来るまでまさにノアさん無双だった。

 セキュリティのロボットを切っては投げ殴っては投げ。俺、途中で後ろから数回援護した位で、ほとんどノアさんが片付けてしまっていた。

 

 いやはや、流石は鬼に金棒。いや、この場合はチートにチート、か。

 何れにせよ、味方としてはこれほど頼もしいものはなく、敵に回せばこれ程恐ろしいものはない。というのを、再認識させられた。

 

 

 さて、安全も確認して一息ついた所で、早速お目当てのパワーアーマーを探し始めるとしよう。

 

「ここも、他同様に置かれているのは毛布や缶詰等だな」

 

「そうですね」

 

 棚などに置かれた木箱等の中身は、戦前に保管されていたであろう食糧や飲料などだ。

 この最深部に来るまでに見て回った部屋等も、同様の中身の木箱などが無造作に置かれていた。

 一応、賞味期限が切れてから二世紀近くも経過してはいるものの、食べたり飲んだりしても大丈夫であろう物は選別して回収している。

 

 因みに、中には銃器などの品物も見られたが、どれも粗悪品の為、回収して再利用する気にはなれなかった。

 

「お?」

 

 そんな物資の山の中からパワーアーマーを探し始めて数分後。

 奥にひっそりと隠されるかのように設置されたパワーアーマーステーション、そこに置かれた一台のパワーアーマーを発見する。

 

 史上初の実戦配備型パワーアーマーとして誕生した、T-45。

 そんなT-45の後継として開発され、ゲームにおいてはFallout1のパッケージを飾り、シリーズ皆勤賞を誇るパワーアーマー。

 避弾経始を取り入れた丸みを帯びた全体像は、後継のT-60よりも人間に近い印象を受ける。

 

 そんなパワーアーマーの名は、T-51。

 

「これですね」

 

「うむ、間違いなくパワーアーマーだ。見た所、酷い損傷も見られない、ニコラスが言っていたのはこれで間違いないだろう」

 

 近づいて状態を確認する。

 ノアさんの言う通り、特に酷い損傷なども見られず、背部のリアクターに動力源となるフュージョン・コアが差し込まれていない以外、特に問題は見当たらない。

 

「それじゃ、これを外に持ち出しましょう」

 

「では、私が担いで……」

 

「あ、いえ。俺が搭乗して外に運びます」

 

 確かにノアさんの怪力なら担いで外に持ち運べそうだが、通路の幅的にも色々と擦ってしまいそうなので、ここはノーヘッドの搭乗経験もある俺が運ぶ事に。

 という訳で、早速このT-51パワーアーマーを外に持ち出すべく、背部のリアクターにフュージョン・コアを差し込む。

 

 なお、使用するフュージョン・コアは、先ほどノアさんが見事に片付けてくれたセントリーボットのものを拝借させていただいく。

 

 無事に接続された事が確認されると、背部の搭乗用ハッチから乗り込む。

 あぁ、久々に感じるパワーアーマーの閉塞感。

 刹那、眼前のHUDに機体コンディション等が表示される。

 

 ──メインシステム、戦闘モード、起動します。

 

 音声が流れると共に、俺は一歩を踏み出し、出口を目指して歩き始める。

 

 

 

 久々に太陽の光と外の空気を堪能し終えると、ニコラスさんの待つ詰所へと向かう。

 すると、俺の姿、厳密にいえば俺が搭乗しているT-51パワーアーマーの姿を確認するや、ニコラスさんの雰囲気が目に見えて興奮し始めた。

 

「ニコラスさん、回収してきましたよ、お望みのパワーアーマー」

 

「ふぉぉぉぉっ!」

 

 T-51パワーアーマーから降りて回収報告をする俺を他所に、ニコラスさんは、早速T-51パワーアーマーに抱き着くと、本物だけが持つその質感に心を奪われていた。

 

「あぁ、これが本物、これがパワーアーマー……」

 

「所で、ニコラスさん。ニコラスさん自身はパワーアーマーの操縦を……」

 

「この形状、これはキャプテン・パワーマン、コミック第11巻第111話『キャプテン・パワーマン、暁の涙』にて初登場したキャプテン・パワーマンの二代目搭乗機、T-51パワーアーマーですね!!」

 

 どうやら、しばらくの間を置いて存分に堪能させてあげないと、ニコラスさんは話を聞いてくれる状態にならないようだ。

 凄く目を輝かせキャプテン・パワーマンの話を織り交ぜてパワーアーマーを語るニコラスさんの姿を見て、内心そう思うのであった。

 

 因みに、キャプテン・パワーマンは原作漫画では権利の関係で若干アレンジが施されているものの、Tシリーズのパワーアーマーを乗り換えている。

 最初はT-45、次いでT-51、そして三代目としてT-60へとパワーアップしているのだ。

 

 それから暫くして、ニコラスさんが十分にT-51パワーアーマーを堪能し終えたと判断した所で、再びニコラスさんに質問を投げかける。

 

「所でニコラスさん。ニコラスさん自身はパワーアーマーの操縦をしたことは?」

 

「すいません、恥ずかしながら一度も……」

 

 すると、案の定な答えが返ってくるのであった。

 

 そこで、しっかりと囮役が務まるように、俺が出来る限りパワーアーマーの操縦を指導していく。

 指導を始めた当初はぎこちない動きではあったが、時間が経過していくごとに動かすコツをつかんできたのが、徐々に滑らかで自然なものへと変化していく。

 

 こうして指導を始めて数時間。

 気付けば空と大地が暁に染まった頃には、ニコラスさんのパワーアーマー操縦も随分と様になっていた。

 

「ありがとうございます。これなら、囮役として存分に効果を発揮できそうです」

 

 ヘルメットを脱ぎ、汗だくになりながらもお礼を述べるニコラスさん。

 

「と言っても、今日はもう日も落ちますから。救出作戦の実行は、明日という事でいいですか?」

 

「そうですね。無理に強行してルシンダに何かあれば、救出作戦の意味がない」

 

 流石に夜中では物音などで気付かれないとも限らないし、視界が悪い分ニコラスさんの囮としての役割が十分に発揮されないかも知れない。

 それらのリスクを考慮し、救出作戦の決行は、明日行う事となった。

 

 そして、今夜は明日の計画実行に向けて英気を養うべく、ジミー村のニコラスさんの実家で一夜を過ごす事となった。

 

 

 そして翌日。

 本日も快晴な空の下、ジミー村から南東へと移動する事数時間。

 小さな川の近くに建てられた、戦前何かしらに使用されていた施設、そしてその周辺に設営されたテントの数々。

 

 そここそ、ルシンダさんを借金のかたとして連れていったレイダーグループのアジトだ。

 

 そんなアジトの様子を少し離れた廃墟の住宅から伺いつつ、俺達は救出計画の最終確認を行っていた。

 

「では、私が連中の気を引いておきますので、その間に、お二人がルシンダを救出してください」

 

「うむ、分かった」

 

「……」

 

「ん? ナカジマ、先ほどからどうしたんだ? 何か考えているようだが」

 

「あ、いえ、その」

 

「何か考えがあるのなら言ってみるといい」

 

 実は、ルシンダさんの件を聞かされた時から頭の隅でずっと考えていた事があった。

 ノアさんの勧めもあり、その内容を打ち明ける。

 

「実は、ルシンダさんを連れていったレイダー達とは、ちゃんと話し合えるのではないかと考えていたんです」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! あいつらはルシンダを連れていって、今頃ほっぺにポークビーンズがついてるぞ、なんてやらせてるような連中ですよ!! 話し合いなんて……」

 

 いや、逆にニコラスさんが言うような事をさせているなら、絶対話し合えるような気がする。

 と、そこに触れると話が逸れていってしまいそうなので、今回は触れない事にしよう。

 

「確かに"レイダー"と呼ばれる連中は、傍若無人な無法者です。ですが、今回ルシンダさんを連れていったレイダー達は、わざわざニコラスさんにお金を貸して本人に返済能力がないから"仕方なく"、という正当な理由を得ています。面倒な"手順"なんて力づくですっ飛ばすレイダーにしては、あまりに知的と思いませんか?」

 

 そこに計画的なものがあるにしろないにしろ、ちゃんとした手順や明確な理由付けをしている辺り、とても欲しい物は力づくで奪っていくような一般的なレイダー像には当てはまらない気がする。

 その事を、俺は二人に語る。

 

「一般に想像されるレイダーが物差しなんて死体に添えるアンティーク程度にしか思っていないとしたら、今回俺達が相手にするレイダー達は、少なくとも物差しをちゃんと物を差し計る為の道具として認識しているんだと思います。……なら、話し合いで解決できる可能性も、あるんじゃないかと」

 

 俺の考えを聞き、二人は考えるように沈黙する。

 やがて、その沈黙を打ち破ったのは、ノアさんであった。

 

「確かに、ナカジマの言う事も一理ある」

 

「えぇ! あ、貴方までそんな!」

 

「確かに妹を連れていった目の敵かもしれんが、話が通じる相手ならば、先ずは話し合いで解決を図るのも"救出"という点では違いなのではないか?」

 

「そ、それは……」

 

「ニコラスさん、先ずは相手と話し合ってみましょう。もしそれで解決に至らないなら、その時は、強硬手段の行使を考えます」

 

「……分かりました」

 

 完全に納得したとは思えないが、ルシンダさんの身の安全を考え、穏便な解決の為の話し合いにニコラスさんも同意の意思を示してくれた。

 

「それじゃ、正面から堂々と行きましょう」

 

 こうして、レイダーグループと話をするべく、俺達はアジトの正面から堂々と接触を図るのであった。

 

 

 

 まず最初に俺達の事に気が付いたのは、アジトの見張りを務めるレイダー達であった。

 俺達の存在に気が付くや、彼らが放ってきたのは粗悪な鉛弾ではなく、警告の言葉であった。

 

「おい止まれ! ここは俺達"ア・カーンズ"のアジトだぞ! 死にたくなけりゃ、よそ者はさっさと立ち去れ!」

 

「どこか懐かしい名前だ……」

 

 聞こえてきたノアさんの呟きは、この際隅に置いておくとして。

 その見た目こそ他のレイダーとあまり変化はないが、どうやら中身に関しては、少々異なっているようだ。

 そして、確信した、彼らとは話し合える余地があると。

 

「すいません、俺達は借金のかたに連れてこられた女性の事で話をしに来たんです。だから、話の分かる方を呼んできてほしいんですけど……」

 

 一応、敵意がない事をアピールしつつ、リーダー辺りの人物を連れてきてほしいと頼んでみる。

 すると、見張りの数人が集まり何かを話し合い始める。

 

 暫くすると、その内の一人が再び声を挙げた。

 

「今リーダーを呼んでくる、ちょっと待ってろ」

 

 そして、その者はリーダーを呼ぶべく小走りに施設の中へと姿を消した。

 

 さて、どうやら話し合いによる解決の第一段階は無事にクリアしたと思っていいだろう。

 しかし、問題はここからだ、グループのリーダーといかに穏便に話し合いで解決を図れるか。

 俺の話術の問題もあるが、相手となるリーダーが俺以上の狡猾さを身につけている人物だと、一筋縄ではいかない可能性もある。

 

 鬼が出るか蛇が出るか、と考えていると、レイダーに連れられるように、施設から一人の白人男性が姿を現した。

 

 恰幅の良い体格の為か、身に着けた戦前のビジネスウェアはボタンが留められず、その姿はだらしがない。

 しかし、そんな事など生え際が大分後退している事実と共に意に介さない様子の男性。

 やがて、俺達の前までやって来ると、口を開く。

 

「さて、初めまして。貴方が、我々が借金のかたに連れてきた女の事で話がしたいという者か?」

 

 初老位であろうか、リーダーの男性は、やはりレイダーグループの長を務めているだけあって、その雰囲気は堂々としている。

 

「はい。……その前に、自己紹介をよろしいですか? 俺の名前はユウ・ナカジマと申します。仲間と共に傭兵家業を営んでいます」

 

「ご丁寧に自己紹介されたら、こちらも返さずにはいられないな。……私はレイダーグループ"ア・カーンズ"のリーダーを務める"カウル"だ」

 

 カウルと名乗ったリーダーの男性は、チラリと俺の後ろに立っているノアさんとニコラスさんの姿を確認するも、特に取り乱す様子もない。

 これは、もしかしたら強敵かも知れない。

 

「では、自己紹介を終えた所で早速本題ですが……」

 

「その前に、お互い部下と仲間が近くで聞き耳を立たれていては話し難い事もあろう。どうだ、ここはお互いに距離を取らせて一対一で話をしようじゃないか?」

 

「え?」

 

 突然の申し出に、俺は少々困惑する。

 まさか、それ程話術に自身があるというのか。だとすると、少々雲行きが怪しくなってくるぞ。

 パワーアーマーを装備している二人の圧を、特にノアさんの圧倒的な存在感を盾に話し合いを有利に進めようと考えていたが、離されては、その効果もいか程になるか。

 

 いや、少しばかり離された所で、効力が激減する事はないとは思うが……。

 

「では、私の方から下がらせよう。おい、お前たち!」

 

 と、こちらが答えを出しあぐねている間に、相手が先に動き出してしまう。

 素直に指示に従うように下がっていくレイダー達。

 

 不味い、これでは、こちらも二人を下がらせずにはいられない。

 

「あの、お二人とも……」

 

「私はナカジマさんを信じてます! 必ず、ルシンダを取り返してください!」

 

「私も、君の話術を信じている」

 

「……分かりました。では、お願いします」

 

 二人の言葉を聞いて決心した俺は、二人に下がってもらう。

 

 こうして、互いに距離を取らせ、文字通り一対一での話し合うには格好の状況となった所で、再び本題を切り出す。

 

「ニコラス・ロバートソンという名前の男性をご存知ですよね。その方の借金のかたとして、あなた方は妹のルシンダ・ロバートソンという女性を連れ込んだはずです。俺達は、そのルシンダさんを解放してもらうべく、こうしてやって来ました」

 

 さて、相手はどんな言葉を返して来るのか。

 一対一での状況を自ら提案してくる程だ、どんな言葉でルシンダさんの事を諦める様に言いくるめてくる。

 

 内心身構えていると、ゆっくりと、カウルが口を開き始める。

 

「それマジですか? いや願ったり叶ったり。どうぞどうぞ、もうさっさと連れ帰ってください……、あーでもそれじゃ、借金分我々が損を……。あ、どうでしょ、二・三割引きますんでそちらが立て替えてくれれば直ぐにでも娘は引き渡します」

 

 だが、つい先ほどまでの威厳に満ち溢れていた雰囲気は何処へやら。

 小物臭ささえ漂わせてくる態度の急変に、俺は唖然とするほかなかった。

 

 ──あれ? 何だが思っていたのと全然違う。



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第二十一話 思ってたのと全然違う

「あの……、本当に支払ったら返してくれるんですか?」

 

「えぇ、そりゃもうえぇ! どうぞ! さっさと引き取ってください」

 

 暫くして我に返った俺は、もう一度尋ねてみるも。その態度も返答も、やはり変わる事はなかった。

 しかし、なんだろう。

 例えるなら、まるで抱えてしまった在庫を赤字覚悟でもいいからさっさと処分してしまいたい程の必死さ。

 

 どうしてだ?

 

「あの……、俺からこんな事を聞くのもおかしな話なんですけど。ルシンダさんに、未練とか……」

 

「ありません!」

 

 食い気味で答えるほど未練もなし。

 本当に、一体どうなってるんだ、ますます混乱してきた。

 

 しかし、カウルの妙な必死さは逆に怪しさすら感じなくもないが、これを生かさない手はない。

 

「それじゃ、立て替えますので、額の方を提示していただけますか?」

 

「おぉ、それは素晴らしい! あ、額ですね……。えー、本来なら満額支払って欲しい所ですが、ここは救世し……、じゃなかった、初回立て替えボーナスによる三割引きをしまして……」

 

 途中救世主と聞こえたような気がしたが、それに初回立て替えボーナスってなんだ。

 と、色々とツッコみたい箇所が目白押しではあるものの、それを頭の片隅に置いておくと、カウルの話に再び耳を傾ける。

 

「しめて766キャップ。もしキャップが足りないなら、不足分、或いは全額に相当する品物でも結構です」

 

 ニコラスさんの借金の総額、おそらく利子の分も含めてだろうが、を聞いて二つ返事を躊躇してしまう。

 額としては、払ってもまだまだ当分旅をする間は困らないだけのキャップは残る。

 が、やはり可能ならば、支出は抑えられればそれに越したことはない。

 

「あの……」

 

「ひっ! な、なんでしょ」

 

「ここから、もう少し引いてもらえる事って、可能ですか?」

 

「え、こ、ここから!?」

 

 口を手で押さえ考え始めるカウル。

 やはり、ここから更に割り引くのは難しいか。

 

 そう思っていると、不意に、カウルが小さく手招きを始めた。

 

「ちょい、ちょい」

 

「あ、はい」

 

 それに従うように、俺はカウルに耳を近づける。

 

「いや、本当、これ以上引いちゃうと他からの補填が厳しくて我々としてもけっこう痛いんですけど、でも、今回だけ、今回だけですよ。……特別価格、"355"キャップでご提供」

 

「おぉー」

 

 しまった、ついつられて朝方の通販番組の観客のような声を漏らしてしまった。

 だが、そんな声が漏れてしまう程、思い切った割引価格を提示してくれたのだ。

 

 おそらく、これ以上の引きはないだろう。

 

「では、355キャップを一括キャップでお支払いします」

 

「取引成立、ありがとうございます」

 

 なので、最終提示の355キャップで合意し、支払う事となった。

 ピップボーイから必要な数のキャップを取り出すと、カウルへと手渡す。

 

 受け取ったカウルは、全額揃っているかを確認し終えると、今日一番の満面の笑みを浮かべた。

 

「では、直ぐに連れてきますので、暫しお待ちを。……あぁ、それから、くれぐれも"割引"の件は内密にお願いします」

 

 と言って、施設の方へと向かっていく。

 

「リーダー! 話はどうなったんです!?」

 

「何話してたんっすか!?」

 

「お買い上げだ! 引き渡すからさっさとルシンダとかいう女を連れてこい!」

 

「えぇ!? 姐さんお買い上げされちゃうんですか!?」

 

「いやだ~! そんなの嫌だぁ!!」

 

「つべこべ言うな! キャップはもう貰ってるんだ!」

 

 何だろう、部下のレイダー達と何やら揉めながら施設内へと消えていったカウル。

 内容を聞くにカウルとレイダー達との間には少しばかり認識の違いが生まれているようだ、もっとも、カウルがリーダーとしての威厳を保つ為の尊いズレなのだが。

 

 

 そして待つこと十数分後、施設から、カウル達に連れられて一人の女性が姿を現した。

 美しい金髪を靡かせる、美しい顔立ちを有した女性。

 

「ルシンダ!」

 

 ニコラスさんの声が聞こえてくるに、どうやらあの女性がルシンダさんで間違いないようだ。

 ──にしても、あの格好は本当にレイダーグループに捕まっていた者の格好なのだろうか。

 そう思わずにはいられないほど、ルシンダさんの装いは目を引いた。

 

 戦前よりも遥か過去、この大地が南と北とに分かれて戦争を繰り広げていた時代があった。

 その時代に流通し、当時の女性が華やかな場で着ていたであろうドレス。

 そんなドレスが、核戦争以前にリバイバル・ファッションとして流行していた、と座学で学んだのを、ルシンダさんの装いを目にして思い出した。

 

「お待たせした、この女で間違いないな」

 

 傍らに立つルシンダさんを一歩前へ出させ、今一度確認を行うカウル。

 そこには、交渉時の面影はもはやなく、第一印象と同じく堂々たる雰囲気を醸し出している。

 

「えぇ、間違いありません」

 

「では、さっさと女を連れていけ。安心したまえ、姿が見えなくなるまでは、発砲はしないからな」

 

「それでは、失礼します」

 

 ルシンダさんを連れ、二人と度合流すると、俺達はア・カーンズのアジトを去る。

 言葉通り、後ろから撃たれることもなく、無事に安全圏内まで移動する事が出来た。

 

 

 

 特に追手の姿もなく、周囲に危険な野生動物の姿も反応もみられない事を確認した所で、久々の兄妹の再開と相成る。

 

「ルシンダ! ルシンダ! よかった、本当によかった!!」

 

「?」

 

 しかし、T-51パワーアーマーに搭乗している状態では、それが兄のニコラスさんであるとはルシンダは気づいていないようだ。

 

「ニコラスさん、ヘルメットを取るかパワーアーマーから降りてみてはどうですか? その姿だとルシンダさんが誰だか分かっていないようですし」

 

「あぁ、分かりました!」

 

 早く久々の再開を堪能したいのだろう。

 ニコラスさんは慌ててT-51パワーアーマーから降りると、その姿をルシンダさんの目の前に現す。

 

「ルシンダ! 私だよ!!」

 

「……あ」

 

「そうだよ、ルシ……ンダッ!!」

 

 兄妹、感動の再開、そして再開を祝しての抱擁。

 と、思っていたのだが、実際に行われたのは、ルシンダさん渾身の右ストレートがニコラスさんの顔面を襲うといったものであった。

 

「……え?」

 

 なので、思わず声が漏れてしまうのも仕方がない。

 

「こんっのクソアニキ!! あんた! あんたのお陰でアタシがどれだけ迷惑してたと思ってんだよ!!」

 

「ご、ごご、ごめんよルシンダ」

 

「ごめんで済んだら自警団いらねぇんだよ!! このクソアニキ!」

 

 その華奢そうな腕からはとても想像もできない威力を誇る渾身の右ストレートが決まった事により尻餅をついたニコラスさんに畳みかける様に、スカートをたくし上げ、蹴りを入れるルシンダさん。

 その形相、まさに修羅の如く。

 

 ──あれ? 何だが色々と、思っていたのと全然違う。

 

 ニコラスさんの説明や第一印象から、てっきり、おしとやかでおとなしい女性かと思っていたのだが。

 蓋を開ければ、いや、口を開けば、開口一番"クソ"なんて単語が飛び出し、続いて手が出て足が出て。

 

 外見と中身が百八十度違うなんて、唖然とせずにはいられないじゃないか。

 

 あぁ、そうか。こんな内面だからカウルはあれ程必死に自身の手から手放したかったのか。

 

「つかおせぇょ! どんだけキャップかき集めんのに時間かけてんだよ!」

 

「いや、あの……」

 

「アタシだってよ、これでも妹として情けないアニキを更生させられなかった責任ってもんを感じてんだよ。だから、ある程度は言い聞かせて待ってやってたよ。でもテメェ、待てど待てどぜんぜん来ねぇじゃねぇか! 真面目に待ってんの馬鹿らしくなるってもんだろ!!」

 

「ご、ごめんよ」

 

「しかもなんだよテメェ! 一人で来るかと思ったら、なに助っ人連れてきてんだよこの野郎!! そこは男らしく一人で来いよ!」

 

 うーん、これじゃどっちが兄でどっちが妹か分からなくなりそうだ。

 じゃなかった、このままではニコラスさんがルシンダさんに半殺しにされかねない。

 助け舟を出さなくては。

 

「あ、あの……」

 

「んぁ? あぁ、なんだよ」

 

「ニコラスさんも十分反省していると思うので、そろそろ手と足を出すのは……」

 

「……わぁったよ、たく」

 

 俺の言葉に渋々ながらも納得してくれた様で、ニコラスさんへの鉄拳制裁が終わりを告げる。

 

「あ、申し遅れました。俺はユウ・ナカジマ。こちら、仲間のノアさんと共に傭兵をしているもので。今回は、ご縁あってお兄さんのニコラスさんに協力していた次第です」

 

「こんなどうしようもないアニキに協力するなんて、考えられない位御人好しね、あんた」

 

「な、ナカジマさん達はとても……」

 

「アニキは黙っとけ! 今アタシが喋ってんだよ」

 

「あ、はい」

 

 叱責され縮こまるニコラスさん。

 あぁ、兄として、いや男としての色々なものが萎縮してしまっているのが目に見えて分かり、哀愁を感じずにはいられない。

 

「所で、もしかしてアニキが乗っていたあのゴツイスーツみたいなの、あんた達が見つけてきたの?」

 

「えぇ、情報はニコラスさんのご提供ですが、回収は俺達が」

 

「……はぁ。まさか、見ず知らずの他人にここまでさせる程落ちぶれてるとは思わなかったわ。アニキ! この人らにどんだけ助けられてんのか自覚してんのか、あぁ? てか、これウチに置いとくつもり?」

 

「え、だだ、だって。折角使えるんだし、これなら農作業なんかも大分楽に……」

 

「んなこと言って、どうせあの変なヒーローごっこに使い倒すんだろうがぁ!」

 

 流石は妹さんだけあって、ニコラスさんの趣味趣向を熟知していらっしゃる。

 

「あの、ですが今回の件を切っ掛けに、ニコラスさんは改心して真面目に農作業に勤しむと約束してくれましたし、その辺で……」

 

「甘い! 甘いよ、あんた!! アニキは今までだってアタシに散々、それこそ何百何千と"真面目になる"だの"ちゃんと働く"だの言って、結局口から出まかせばっかなんだ」

 

「そうなんですか? ニコラスさん」

 

「ち、違います! 今回は、今回は本気です!! 信じてください!!」

 

 足元に近づき信じてほしいと必死に懇願するニコラスさん。

 その姿を見ていると、今回も口から出まかせとはとても思えない。

 

「はぁ……、まぁいいわ。何だかんだ言っても今回はちゃんとキャップをかき集めて借金清算したし、今回ばかりは信じてあげるわ」

 

 それはルシンダさんも感じたのだろう。

 今回ばかりは信じてあげる事にしたようだ。

 

「……へ? 借金清算? 何のこと?」

 

 だが、次いで発せられたニコラスさんの言葉に、ルシンダさんの態度は再び急変した。

 

「はぁ? 何言ってんのアニキ。アニキが借金の分、キャップをかき集めて支払ったからアタシが解放されたんだろ」

 

「えっと、……私、借金清算する為のキャップ、かき集めてないんだけど」

 

「……はぁぁぁぁっ!!?」

 

 もしここで、話を合わせてくれていたのなら、どれ程穏便に事が済んだだろうか。

 だが、ニコラスさんの真面目さが、話を煩わしくさせていく。

 

「何言ってんの!? アニキが用立てて支払ったんじゃなかったとしたら、一体誰が支払ったって言うのよ!?」

 

「えっと、ね」

 

 目線で俺が払ったのではないかと訴えるニコラスさん。

 すると、ルシンダさんの鋭い視線が俺に注がれ、真実を話さずにはいられない雰囲気となる。

 

「ルシンダさんの身を案じて、安全に事が解決するならと、代わりにお支払いしたんです」

 

「こぉぉぉぉぉんの、クソアニキ!!!」

 

「あべば!!」

 

 刹那、再びルシンダさん渾身の右ストレートがニコラスさんを直撃した。

 勢いで数回空中回転した後、地面に突っ伏したニコラスさん。その威力を物語るように、その身体は痙攣を起こしている。

 

「あれだけ助けてもらっといて、あまつさえ借金まで立て替えてもらうだぁ!? どんだけ助けてもらってんだよ、このクソアニキ!!」

 

「あぶ、あぶ……」

 

 もうやめて、ニコラスさんの体力はとっくにゼロだ。

 と叫びたくなる程に、倒れたニコラスさんに対して足で追い打ちをかけるルシンダさん。

 

「あ、あの。立て替えは俺の好意もありますから、一方的にニコラスさんに当たるのは……」

 

「……はぁ。あんた、ほんとどうしようもない位の御人好しね。まぁいいわ、もう支払っちゃったんだし、アニキに当たってもあんたの立て替えたキャップが戻ってくる訳じゃないし」

 

 こうして呆れ顔のルシンダさんの魔の追い打ちから解放されたニコラスさんは、安らかに天へと……。

 いや、単に動ける程の体力もなく動かなくなっただけだろう。

 

「でも、これだけあんたに借り作って、はいさよなら、なんて言ったら、アタシら兄妹の名が廃るわ」

 

「そんな、見返りなんて別に求めては……」

 

「いいえ、返さなかったらアタシが納得しないのよ! ……うーん、そうね」

 

 顔に手を当て考え始めるルシンダさん。

 程なくして、倒れているニコラスさんをじっと見つめると、やがていい考えが思い浮かんだのか、口を開いた。

 

「よし、そうだわ! アニキ! この人達についていってこの人達を助けてあげなさい」

 

「え?」

 

「る、ルシンダ。なに言ってるんだ、私がいなくてもいいっていうのか、二人で協力して生活を……」

 

「別にアニキがいなくても生活していけるし、てか、アニキがいない方が生活していける自信があるし」

 

 衝撃的な発言に、ニコラスさんは文字通り心身共にゲージがゼロを割ってしまったようだ。

 目に見えてショックを受けている表情をしている。

 

「つか、受けた恩を体で返す、それが人情ってもんでしょうが! 弾よけでもなんでもこの人達の役に立って、受けた分倍返しにしてこいよ。それ位しねぇと見合わないだろうが」

 

「そ、それは……。そうかもしれないけど」

 

「はい、じゃぁ決定! つーわけで、アニキの事、手取り足取りこき使ってくれていいから。あ、もし途中でもう十分だって思ったらいつでも解雇しちゃっていいから」

 

「は、はぁ……。分かりました」

 

 何だか、ニコラスさんの意見を無視して、勝手にニコラスさんが俺達の仲間に加わる事が決定されてしまった。

 

 しかし、ルシンダさんの勢いに押されて返事をしてしまったが、よく考えてみると、これってルシンダさん側へのメリットが多いような気がする。

 ニコラスさんがいなくなる分、その分の食費などが浮くし、改心したとしてもいつまた趣味にかまける癖が出るかもしれない不安を気にする必要もないのだから。

 

 もちろん、俺の側にしてみても、仲間が増えるのはいい事だ。

 ただし、出費分以上の働きをするとの確信もなく、不安を払拭しきれていない分、やはり俺の側の方がデメリットが多いような気がする。

 無論、今後の働き次第では、そんなデメリットもメリットに変わる可能性は十分にある。

 

 というか、これって何だかんだ、ていよく口減らしに俺達を利用しただけじゃないのか。

 ──ルシンダさん、なんて恐ろしい人。

 

 

 

 こうしてニコラスさんが仲間に加わる事が半ば強制的に決定した後、ジミー村のニコラスさんの実家へと戻ってきた俺達。

 既に日も落ちかけている時間帯だったので、出発は明日となり。今夜も、ニコラスさんの実家にお世話になる事となった。

 

「んじゃ、ちゃちゃっと作るから、待っててくれよ」

 

 その為、ルシンダさんが腕に縒りを掛けて夕食を作ってくれる事になったのだが。

 当初、俺はその味にそこまで期待はしていなかった。

 ウェイストランドの食文化もさることながら、あの性格を鑑みるに、ノアさん程ではないものの、食の喜びとは無縁ではないか。

 

 出された料理を実際に口にするまでは、勝手に思い込んでいた。

 

「……うまい!」

 

「そうでしょ、ルシンダは料理の腕前に関しては村一番ですから」

 

「ほら、どんどん作るから遠慮なく食えよ!」

 

 所が、現実は何と奇妙で面白い事か。

 あの性格からは想像もできない繊細な味付け、丁寧な下ごしらえも相まって、まさに美味という感想以外最適な言葉が思いつかない。

 

 加えて、料理を運ぶ手も止まらない。

 

「うむむ、あの性格は家庭を築くのに難儀かとも思ったが、この腕前があるならば、よき家庭を築いていけそうだな」

 

「これでも一応、村ん中じゃ嫁にしたい候補ナンバーワンって言われてんだわ。……てか、ノアさんってスーパーミュータントだったんだ、どうりでデケェわけだ」

 

 一応、ニコラスさんとルシンダさんには、ご縁もあったのでノアさんの正体について明かしたのだが。

 ニコラスさんは案の定驚きを隠せない反応を示したのに対して、ルシンダさんはさほど驚いた様子はなかった。

 

 うむ、やはりルシンダさんは只者ではない。

 

 

 こうして美味しい夕食を済ませ、満足感に浸りながら一夜を過ごした翌朝。

 新たな仲間であるニコラスさんを連れて、俺達はジミー村を出発する。

 

「所でニコラスさん、その塗装は?」

 

「ははは! キャプテン・パワーマンの愛機たるもの星条旗カラーにせずしてなんとする!!」

 

「そういえば昨晩、コソコソ何かをやっていたと思っていたが、まさかこれだったとは」

 

 呆れ声のノアさんを他所に、ニコラスさんは大変満足そうな声を漏らす。

 

「アニキー! ユウー! ノアさーん! 元気でなー!!」

 

 そして、ルシンダさんの声に見送られながら、俺達三人は、一路東を目指して歩み始めるのであった。



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幕間 カウルの憂鬱

 諸君、ご機嫌はいかがかな? 私の名前はカウルである。

 そう、ご存知、シカゴ・ウェイストランドで一二を争う奴隷商人にして、緊急時以外の常套手段としての暴力を禁じ、道徳的規範を重視するレイダーグループ、ア・カーンズのリーダーを務めている。

 

 ちなみに、個人的な最近の悩みは、日に日に生え際が後退している事と、腹の出っ張りが服で誤魔化しきれなくなってきた事だ。

 

 そんな私が率いるア・カーンズは、シカゴ・ウェイストランドでも有数の大所帯レイダーグループである。

 思い起こせば、よくここまでグループを大きく出来たものだ。

 初めは、私の師であるズリーに教えを請いながら、仲間を勧誘し人手を増やし、同時に装備も充実させ、支配地域も拡大させていった。

 

 因みに、グループの名であるア・カーンズの由来についてだが。

 私の師であり、西海岸出身のズリーが生前、口を酸っぱくして言っていた教えがある。

 

 ──薬はあかんで! 薬だけは手ぇ出したらあかんで!!

 

 その教えを忘れぬよう、またグループの理念たる道徳的規範厳守の戒めも込めて、ズリーがかつて所属していたという組織の名と組み合わせ、グループの名をア・カーンズとしたのだ。

 

 

 では、ここで諸君に、私の素晴らしき一日の活動内容を紹介しておこう。

 先ず、かつて医療関係の施設として使用されていた我らがアジトの一室にある、私の寝室から一日は始まる。

 

 かつて施設の高位な者が使用していたであろうベッドから起き上がった私は、着替えを済ませると、自室兼オフィスたる部屋で用意された朝食を食す。

 それを済ませると、アジト内の見回りを兼ねた部下達との交流を行う。

 

「おはようございます、リーダー」

 

「リーダー、おはっす!」

 

「おはよう、リーダー」

 

「皆、今日も一日ご苦労」

 

 こうして見回りを終えると、昼食を食べた後、午後は、私の生業たる奴隷の品定めを行う。

 施設に隣接するように建築した、通称奴隷小屋に収監している奴隷達の状態をチェックするのだ。

 

「既に奴隷共は整列させてあります」

 

「ご苦労」

 

 管理責任者たる部下から報告を聞き終えると、私はゆっくりと奴隷達の間を進んでいく。

 奥行きのある小屋の中は左右均等に、奴隷一人につき一つ、奴隷達唯一のプライベート空間たるベッドが置かれている。

 そんなベッドの前に立たされている奴隷達は、皆、薄い生地の衣類を一枚だけ羽織り。体の自由を利かせぬよう、手には手錠、足には足枷。

 更にその首には、万が一の逃走防止用に爆破首輪が漏れなく装着されている。

 

 さて、人とは思えぬ扱いに加え抜け出せる希望も見いだせないからか、奴隷達の目は皆、生気のない死んだ目をしている。

 

 とはいえ、奴隷達が皆最初から死んだ目をしていた訳ではない。

 こんな場所から逃げ出し、自由の身となる事を切望し、その熱意に燃えた目をしていた者もいた。

 だが、体の自由を奪われ、首輪をつけられ、脱走を図ろうとした奴隷の末路を聞かされ、奴隷として購入者様に仕えられる素晴らしさを聞いていく内に、誰しもがその目の輝きを失っていくのだ。

 

「ふふふ、今日も皆健やかに育っているな……、ん?」

 

 しかし、そんな中にあっても、例外という存在はあるもの。

 

「ははは、今日もまたいい目をしている」

 

「……」

 

 一見すると美しい顔立ち、それに舌なめずりしたくなるような体つき。しかしその目は、恐ろしい程に輝きが衰える事はない。

 奴隷として高値で取引される事が容易に想像できるその奴隷は、私のもう一つの事業によって幸運にも得られた奴隷だ。

 

 奴隷商人を生業としてはいるものの、市場としてはまだ活気はあるが、奴隷商売は環境の変化を受けやすく将来的な安定性には一抹の不安を抱かせる。

 故に、今後これ一本で生活していけるかの不安があった。

 そこで、新たな事業を展開し、奴隷との両輪によって将来への安定性を図ろうと画策したのだ。

 

 そして、新たな事業として展開したのが、金融業、即ち金貸しであった。

 

 こうして始めた金融業の中で、私はジミー村と呼ばれる村の村人に貸しを行った。

 最初は少額だけの貸しではあったが、そいつの妹が村でも大層な美人と評判である事を知り、また貸した男が趣味にかまけてばかりの大層なダメ男という情報を仕入れるや、私はそこに大金のにおいを見つけた。

 

 奴隷にすればかなりの上玉を、男の借金返済不能を理由に合理的に手に入れられる。

 

 そこで私は、言葉巧みに男に多額の貸しを作らせる事に成功し。

 返済期日のその日、借金のかたを理由に、男の妹を連れ帰る事に成功したのだ。

 

 こうして上玉の奴隷として手に入れたのが、今まさに目の前にいる女だ。

 

 既に奴隷として生活を始めて数日が経過しているが、未だにその目の光は失せる事がない。

 だが、それもいつまでも持つまい。何れ、他の奴隷同様、死んだ目をして出荷されるその時を待つだけとなろう。

 

「はははは!」

 

 そう、その時の私は、暢気にそう思い込んでいた。

 後に、この女が、まさかあのような悪魔であるなど、その時の私は知る由もなかった。

 

 

 

 それは、それから数日後の事であった。

 

「リーダー! たた、大変だ!!」

 

「なんだ? そんなに慌てて」

 

「兎に角奴隷小屋に急いで来てくだせぇ!」

 

 優雅な朝食を食べている私のオフィスに息を切らせてやってきた部下に急かされる様に、私は一路奴隷小屋へと足を運んだ。

 

「……な!」

 

 そして、私はそこで目にした。

 あの上玉奴隷として連れてきた女が、部下の一人の胸ぐらをつかんでいる姿を。

 

「き、貴様! 何をしている!!」

 

「んぁ!? やっとリーダーさんのお出ましか!!」

 

 そして、私は更なる衝撃を受ける事となる。

 今まであまり喋らなかったので分からなかったが、この女、なんて見かけによらず高圧的な口調なんだ。

 

「んじゃ、テメェはもう用済みだ!」

 

「うぶ!」

 

 両手の自由が利かぬ筈の手錠がされてもなお、胸ぐらをつかめる程の怪力。

 そんな怪力から解放された部下は、尻餅をつき声を漏らす。

 

「リーダーさんよぉ、アタシ、あんたに話があんのよ。聞いてくれる?」

 

 普段なら、奴隷の話など聞く耳を持たん所だ。

 だが、この女は、体の自由を奪われてもなお、部下を脅し、私を呼び寄せた。

 

 もしここで対応を誤れば、この女が中心となって他の奴隷を先導し、反旗を翻しかねん。

 

「……いいだろう、おい、外に連れてこい!」

 

「は!」

 

 先ずは、この女を他の奴隷たちの目に届かない所に移動させなければ。

 話を聞くという理由で奴隷小屋を出た我々は、近くのテントへと入り込んだ。

 物置として使用されているこのテントならば、他の奴隷達の目にも耳にも、女の言動が入ってくる事はない。

 

「それで、話というのは?」

 

「その前にさ、この手錠と足枷、それにこの首のダッセェ首輪、外してくんない?」

 

 開口一番、何と身の程を弁えぬ図々しい要求。

 そんな要求、当然呑めるはずがない。

 

「あっそ……、なら、ふんっ!!」

 

 刹那、私は、開いた口が塞がらぬほどの衝撃的な光景を目の当たりにした。

 目の前の奴隷女は、あろうことか、手錠と足枷の鎖部分を引きちぎったのである。

 これには、私を含め護衛の部下達も唖然とする他ない。

 

 何だこれは、これは、質の悪い夢か。

 華奢そうなその手足の何処に、そんな馬鹿力が隠されているのだ。

 

 いや、そもそも目の前のこの奴隷女は、本当に人間か?

 

「あー、やっぱちょっと痛いわ。……つか、この首の無理やり外したら爆破するんでしょ、ならさっさと外してよ」

 

「あ、いや、その……」

 

「外せって頼んでんだろうが、おねがいしますだよ!!」

 

「あ、はい」

 

 先ほどの衝撃的な光景から未だ正気を失っていた私は、結局彼女の圧に負けて、爆破首輪を外してしまっていた。

 程なくして我に返った時には、既に彼女を縛るものは、なにもなかった。

 

「あのさ、一つだけ言っとくけど、アタシ、このまま逃げる気とかねぇから」

 

「へ?」

 

「一応これでも、馬鹿なアニキが作った借金の責任、自分にもあるって感じてんだわ。だから、逃げねぇよ」

 

「そ、そうですか」

 

「でもさ、アタシ、他人にいいようにこき使われんの、好きじゃないんだよね~、分かる?」

 

「あ、はい」

 

「それにさ、あの家畜小屋みたいなクソ狭い小屋で、しかもクソ固ってぇ寝心地のわりぃベッドで毎晩寝て、他の奴のいびきとかクソ気になる中、アニキが返済しに来るの待つだなんて、クソ耐えられねぇんだわ! 分かる?」

 

 もう何この女、そこまで注文つけるならいっその事逃げてくれて行った方がましだよ。

 

「つーわけで、あんた達の手伝いしてやるから、その代わりにアタシの快適な眠りの為にさ、部屋、用意してくんない?」

 

「いや、だが。君は奴隷で……」

 

 刹那、私の左顔をかすめるように、彼女の右腕が私の背後の木箱を突いた。

 よく見ると、木箱には彼女の拳によって開けられた穴が確認できる。

 

「もう一回、聞くわ。アタシ手伝う、あんた達部屋とベッド用意する。はいorイエス?」

 

「い、イエス……」

 

 こうして、圧迫選択により個室の提供をする事となったのだが。

 まさか、これでもまだ、ここが地獄の一丁目であったのだと、後日思い知る事となるとは、この時は思いもしなかった。

 

 

 

 それから数日後の事。

 

「ブーン、ドドド! ギャータイチョー!」

 

「ジョニー!!」

 

 私の日頃の疲れた心を癒すべく、自室で周囲にはひた隠しにしている私の密かな模型遊びに興じていると。

 

「リーダー!!」

 

「ちょ、馬鹿野郎!! 部屋に入る時はちゃんとノックして反応を確かめてから入れと言ってるだろうが!!」

 

 不意に部下が部屋に押しかけてきたのだが、若かりし頃のような俊敏性を発揮し、何とか密かな模型遊びを既の所で隠す事が出来た。

 

「す、すいません」

 

「……まぁいい。それで、一体どうした?」

 

「は! それが、またあの女がリーダーに話があるとかで……」

 

 あの女。

 その言葉が部下の口から出た途端、私の血の気が引いていくような気がした。

 

 施設の部屋を一部屋、あの女の為に分け与えてやってから、もはや文句はないと思っていたのに。

 

「……わ、分かった」

 

 内心、次は一体どんな無茶な要求が飛んでくるのか戦々恐々としつつ、部下たちにそんな素振りを見せる事無くあの女の部屋へと足を運ぶと。

 そこには、部下に作らせた特注ベッドの上で胡坐をかいて私の到着を待っているあの女の姿があった。

 

「さて、今回はいった……」

 

「不味い!」

 

「ん?」

 

「だから、メシが不味いってんだよ! なんだよこのクソ不味い飯はよ!!」

 

 女が指さした先には、テーブルの上に置かれた、部下が用意した朝食の食べ残しが置かれていた。

 

「なんだよこれ! これが飯か!? あんなクソ不味いの人間が食うもんじゃねぇぞ!」

 

「いや、しかし。食事は私を含め部下や奴隷達も同じものを……」

 

「だから、その飯がアタシの舌には合わねぇって言ってんだよ!」

 

 怒りの矛先を自身が寝るベッドに向ける訳にはいかなかったのか。

 女は、朝食の入った食器に対して、その怒りの矛先を向けた。

 

 その結果、食器は無残な姿となってしまった。

 

 やはり、この女はとても同じ人間とは思えない。

 

「……はぁ。もういいわ! んじゃ、作るわ!」

 

「へ?」

 

「だから!! アタシがあんたらの分も含めて食事を作ってやるって言ってんだよ!」

 

「いや、しかし」

 

「毒でも入れるかと思ってんのか!? んな事しねぇよ! おら、厨房どこだ? 案内しろよ」

 

「あ、はい」

 

 こうしてまたも、選択させてもらえる間もなく、あの女が我がア・カーンズの食事を作る事が決まってしまった。

 

 そして、その日の昼食。

 あの女が作った昼食が、自室で食事をとる私のもとへと運ばれてくる。

 

「……ふむ」

 

 見た目は、確かに今まで担当していた部下よりも美味そうに感じる。

 だが、所詮見た目だ。

 

 あの怪物の如く性格で作られた料理、その味も、まさに壊滅的に違いない。

 

 ──その料理を口にするまで、私はそう思い込んでいた。

 

「んんっ!!?」

 

 だが、その料理を一口、口にした時。

 まさに電流が走ったかの如く衝撃に出会う事となる。

 

 予測に反して、その味は美味く。

 気づけば自然と涙が流れてしまう程、今まで出会った事のないその美味さは、あの性格から生み出されたものとはとても思えなかった。

 

「……ぅぷ、ふう」

 

 が、分かっていても、気づけば、ぺろりと平らげてしまっていた。

 

「……まぁ、悪くはない、な」

 

 これなら当分料理番を任せてもいいだろう。

 その考えが、まさかあんな悲劇を生むこととなるとは、その時の私は思ってもいなかった。

 

 

 この後、あの女、ルシンダが我がア・カーンズの料理番を務めるようになってからというもの。

 部下達は次々にあの女の料理の虜になっていった。

 

「姐さん! 手伝います!」

 

「姐さん!! 今日は生きのいいイグアナ手に入れました!」

 

 しかも、いつの間にかあの女の事を"姐さん"と呼んで慕うようにまでなっていった。

 

「ん~、この奴隷、ちょっとこけ過ぎじゃねぇか? 胸もちいせぇしよ」

 

「そ、そうですか?」

 

「こっちの奴は背ぇ低いな、食わせりゃ少しはまだ伸びそうだけどよ。……ま、顔は合格点だな」

 

「は、はぁ」

 

 しかも、いつの間にか私の生業たる奴隷の選定にまで口出しするようになってきて。

 尚且つ、その意見に部下達は多くが賛同している。

 

 更に、最近はもっとお洒落な服が着たいと言って、部下が何処からか調達してきたドレスを着たり。

 更に更に、女の部屋が部下達が調達してきたアンティークで模様替えされたりと。

 部下達は日を追うごとにあの女の虜になっていく。

 

 あれ、何だかこれ、どんどんあの女にア・カーンズを掌握されていっていないか。

 

 そう気づいた時、私の背筋が凍るような気がした。

 だが、もはや気付いた時には、後戻りできないほど、グループ内の私の立場は危ういものとなっていた。

 

 

 あぁ、どうすれば。どうすればいいんだ。

 

 もはやあの女の操り人形として生きていくしか道はないのか。

 そんな事すら真剣に検討し始めた頃であった。

 

 捨てる神あれば拾う神あり。

 救いの手を、解放のキャップを持ってきてくれた者が現れたのは。

 

「リーダー! リーダー!! 大変だ!!」

 

「ん、どうした?」

 

 もはやあの女の事もあり、ちょっとやそっとの事じゃ動じなくなった私だが、次いで部下の口から飛び出した言葉には動揺を隠せずにいた。

 

「姐さんの事について話がしたいって連中が来てるんです!」

 

「な!?」

 

 まさに降って湧いたような幸運の兆しに、私は勢いよく立ち上がると、部下が話す連中というものを窓から確認し始める。

 

「あれ、あれか?」

 

「はい、そうです」

 

 一体幸運はどんな格好をしているのか、窓の隅から視線がバレないように外の様子を確かめると、そこには三人組の姿があった。

 何だ、あの三人組は……。

 

 一人はパワーアーマーを着用しているが、残り二人は見た事もない装備に身を固めている。

 手前の一人は、我々のくたびれた手直し満載の装備よりも状態も性能も良さそうなものに身を包んでいる。

 

 そして奥のもう一人、あれは、本当に人か?

 手前の者や隣のパワーアーマーの者よりも更に大きく、見た事もないパワーアーマーの一種と思しき装備。

 戦前の戦闘ロボットの一種と言われても疑わない様相だ。

 

 そして、そんな三人組を見て、私は思った。

 あれは、間違いなくヤバい連中であると。

 

 私の直感が告げている。奴らと争ってはいけないと。

 

「リーダー、パワーアーマーを出しますか?」

 

 部下の言う通り、我がア・カーンズは独自に廃材等で修理し運用可能とした、巷ではレイダーパワーアーマーと呼ばれるパワーアーマーを有している。

 だが、レイダーパワーアーマーはまさに虎の子、切り札だ。

 そもそも、あのデカい奴相手にレイダーパワーアーマーで優位に戦闘を進められるとはとても思えん。

 

 無駄に、いや下手したら確実にア・カーンズは壊滅させられるかもしれん。

 

 そもそも、あの三人はあの女について話したいと言っている。

 ならば、先ずは話して、それからあの三人とどう対峙するかを決めよう。

 

「……よし、先ずは直接会って話をしようじゃないか」

 

 果たして、あの三人は悪魔の格好をした幸運の使徒か。はたまた、見た目通り死神の使いか。

 

 意を決し、私はあの三人のもとへと向かった。



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第二十二話 剣と盾と時々足跡

 ジミー村を出発し、ロナルド・レーガン記念ハイウェイ沿いに東を目指して歩き続ける事数時間。

 現在俺達は、休憩の為にレッドロケット・スタンド ライル店の店内にいる。

 

 因みに、俺達よりも先にこの店を寝床として使用していたレイダーの方々は、残念ながら話し合いの余地がなかったので永遠にご退店していただいた。

 素直に譲りあいの精神を見せてくれたのならあんな惨状は体験しなくて済んだのに、でも、挨拶代わりに鉛弾をお見舞いしてきたのだから、仕方ないね。

 

「あ、あの……。お二人は、いつもあのような戦闘を経験してるのですか?」

 

 店内の休憩スペースで各々栄養補給の為の食事をとっていると、不意に、ニコラスさんがそんな事を質問してきた。

 

「え? いや……、相手にもよると思いますけど」

 

 一旦ピーナッツバターカップを食べる手を止め、ニコラスさんの質問に答えると、再び手を動かして食事を再開する。

 

「どうした。あれ位の戦闘が、よもや怖いのか? パワーアーマーを着ているというのに」

 

 先ほどの戦闘は弾丸の雨あられではあったが、ミサイルランチャーやヌカランチャー等の重火器をレイダー側は有していなかった。

 故に、ノアさんにとっては特に苦にならない戦闘だっただろう。

 いや、仮にレイダー側が重火器を有していたとしても、今のノアさんならやはり苦にならないような気がする。

 

「わ、私は、あまり戦闘というものは得意ではないので。……それに、お二人の様に、数多くの修羅場をくぐってきた訳でもありませんから」

 

 ノアさんは兎も角俺は言われるほど、と喉まで言葉が出かかったが、ニコラスさんからすればラッドローチの大群やジャイアント・アントの巣への突入なども立派な修羅場と言えるか。

 そう考え、結局言葉に出す事はなかった。

 

 因みに、先ほどの戦闘中のニコラスさんの行動はと言えば。

 俺とノアさんの戦闘の様子を、終始近くの物陰に隠れて見守っていた。

 一応、自衛と戦闘参加用にN99型10mm拳銃をニコラスさんには手渡しているのだが、それが火を噴くことはなかった。

 

「私やナカジマ並みの活躍を期待している訳ではない。だが、このまま私達の役に立たないようでは妹であるルシンダとの約束を反故にするとは思わないか?」

 

「それは、そうですが」

 

「でもノアさん。無理強いして前に出させるのも酷だとは思いませんか? パワーアーマーだって完全無敵という訳ではありませんし」

 

 パワーアーマーは確かに人型戦車とも形容できる性能を秘めている。

 しかし、人の手で作り出されたそれは、決して壊れる事の無い魔法の品物ではない。

 

 加えて、ウェイストランドの生態系の中には、パワーアーマーの性能をもってしても苦戦は免れない相手もいる。

 特に、先生とか、先生とか、先生だ。

 

 そんな訳で、核戦争のお陰で人知を超えた存在がごまんと存在するようになったウェイストランドにおいては、パワーアーマーも無敵の存在などではない。

 

「だが、このままではお荷物以外のなにものでもないぞ」

 

 ノアさんの言う事も一理ある。

 ルシンダさんの様に素晴らしい料理の腕前などを持っているのならば、まだ挽回の機会もあっただろうが。

 残念ながら、ニコラスさんは特に料理が得意でもなく。その他に優れている技能と思えるものも、本人曰く趣味以外特に思いつかないとの事。

 

 故に、現状ではお荷物と言われても仕方がない。

 

「あ、あの! せめて、せめてキャプテン・パワーマンのように"盾"を用意してくれれば、少しはお役に立てるように頑張ります!」

 

 と、ニコラスさんもこのままでは役立たずの烙印を押されっぱなしだと自覚していたのか、自ら提案を持ちかけてくる。

 

 因みに、キャプテン・パワーマンの盾とは、作中に登場するキャプテン・パワーマンの装備の一つで特徴の一つともいうべき物だ。

 設定では架空の希少金属と鉄との合金で作られた円形の盾で、盾としての用途の他、円盤投げなどの要領で投擲武器としても使用される。

 

 しかしながら、架空の希少金属を用いて作られた盾など作り出せる筈もなく。

 流石に完全に同じ物を提供できそうにはない。

 

「……あの、ニコラスさん」

 

「は、はい」

 

「完全に同じじゃなくても、"盾"ならいいですか?」

 

「え、えぇ。盾なら何でも」

 

「何か考えがあるのか?」

 

「えぇ、少し気になる物を見つけていたので、それを使えば盾を作れるかもしれません」

 

 実は、このレッドロケット・スタンド ライル店を制圧した際、残敵捜索で足を踏み入れたピット内で気になる作業台を見つけていた。

 それは、武器作業台。

 その名の通り、武器を解体したり改造したりできる作業台の事だ。

 

 因みに、ゲームでは盾と名が付く装備はあるものの、胴体装備やオブジェクトの為、本当の意味での盾というにはほど遠い。

 だが、これはゲームではなく現実。趣向を凝らせば、本当の意味で盾として用いれる防具を作り出す事も出来る筈だ。

 

 という訳で、残りのピーナッツバターカップも食べ終えると、早速盾を作るべくピットへと足を運ぶ。

 

 先ほどは流し目に見た程度であったが、改めて確認すると、ワークショップver.GMよりも幾分シンプルな見た目をしている。

 しかし、特徴的な違いとして、ガス切断機用のボンベ等が設置されている。

 

「それでは……、やりますか」

 

 ガス切断機のバルブを調整し先端から出る炎の色を青白くすると、もう片方の空いた手で武器作業台の上に放置されていた防護面を持ち、作業に取り掛かる。

 因みに、この手の機械の取り扱いについては、リーアセキュリティ時代に技能習得の一環として学んだ事があり、ある程度は扱える。

 

 そして、そんなガス切断機を用いるのが、同じくピット内に置かれていた自動車だ。

 エンジンの整備中か或いは交換か、開けっ放しにされたボンネットから覗けるエンジン部分は、見事にもぬけの殻であった。

 もっとも、エンジンが装着されていたとしても、見事に空気が抜けているこのタイヤでは、走行は不可能だろう。

 

 と、そんな観察を交えつつ、俺は作業を開始する。

 その作業とは、自動車のドアを取り外す作業だ。

 

 対応する工具や手順を守れば取り外せるが、そこはウェイストランド流。ワイルドにさせてもらう。

 火花をまき散らしながら切断する事数十秒、見事に、片側のドアを取り外す事に成功する。

 そして、同様の手順でもう片方も取り外すと、取り外した二つのドアを武器作業台の上に置く。

 

 さて、切断の次は溶接の時間だ。

 先ずは景色を楽しむために設けられたドアガラスの部分に、鉄板を溶接していく。

 再び飛び散る火花に臆する事無く、それぞれのドアのドアガラス部分に鉄板を溶接し終えると、再び、切断を行う。溶接した鉄板に覗き窓を作る為だ。

 

 こうして覗き窓を作り終えると、いよいよ、加工した二つのドアを一つに溶接する。

 覗き窓がずれない様に調節すると、二つのドアを一つの盾として生まれ変わらせるべく溶接していく。

 激しい動きなどで外れてしまわぬ様に念入りに溶接し終えると、防御力補強の為に外側に鉄板を溶接し、内側に取っ手を取り付けて、ようやく完成する。

 

 お手製、ドアシールドだ。

 

「うーん、なかなかの出来栄え」

 

 武器作業台の上に置かれたドアシールドの出来栄えを見て自画自賛した所で、ニコラスさんに披露すべく彼を呼んでくる。

 

「す、凄いです! これ、ナカジマさんが一から作られたんですか!? 本当に凄いです!」

 

「いやー、それ程ですよ」

 

 ドアシールドを目にし、ニコラスさんの口から飛び出す称賛の嵐に、俺は鼻高々であった。

 

「ではニコラスさん、手に取って使い心地も確かめてください」

 

「はい」

 

 作業中にも感じたが、このドアシールド、人力で取り扱うにはやはり難しい。

 元々盾としての用途とは異なる物で作られているのに加え、防御力の補強の為に鉄板を溶接している分、更に重量が増加されているからだ。

 

 しかし、人力以上の怪力を発揮するパワーアーマーならば、人が盾を扱うように、楽々と扱う事ができる。

 その証拠に、目の前ではニコラスさんがあの重たいドアシールドを片手で取り扱っている。

 

「どうです?」

 

「とてもいい感じです! 覗き窓があるお陰で、構えていても向こう側の様子が分かりますし。これがあれば、ナカジマさん達のお役に、少しは立てるかと思います」

 

「それはよかった」

 

 こうして、ドアシールドがニコラスさん専用ドアシールドにランクアップした所で、揃って休憩スペースへと戻る。

 

「ほぉ、なかなかいい盾ではないか」

 

 そして、ノアさんの感想もいただいた所で、十分な休憩も済んだので、再び東を目指して移動を再開する事となった。

 だが、店を出ようとした矢先、ピップボーイのレーダーに反応が現れる。

 

「敵?」

 

「む、敵だと! 数は?」

 

「反応は、四つですが」

 

「確認しよう」

 

 店の窓から反応のあった方を確認し、敵かどうかを判断する。

 流石に、ゲームの様に敵味方反応が分かるわけではないので、最後は目視による確認が必要だ。

 

「レイダー、ですね」

 

「先ほどの奴らの仲間か?」

 

 食糧や物資の調達にでも出ていた先ほどご退店していただいた方々の仲間が戻ってきたのか、四人のレイダーが店を目指して真っ直ぐ向かってきている。

 

「流石にこの距離では、見過ごしてはくれないでしょうね」

 

「では、戦うか」

 

 こうして戦闘準備を始めたのだが、その矢先。

 

「わ、私に任せてください! この盾を装備した今の私なら、レイダーの四人ぐらい、軽く一捻りにしてみせます!!」

 

 専用ドアシールドを手に入れて自信が付いたニコラスさんが、こちらの制止を聞く間もなく飛び出していったのだ。

 

 相手は統率や連携の練度の低いレイダーとはいえ、数でいえば俺達の側よりも一人多い。

 加えて、四人の内の一人は、先ほど確認した際にその肩に細長い筒状の物を担いでいた。

 詳細は確認できなかったが、あの形状は、ミサイルランチャーではないか。

 その他はパイプ系銃器を装備しているが、やはりミサイルランチャーで底上げされた火力は侮れないものがある。

 

 それらを踏まえて、ニコラスさんに制止を呼び掛けたのだが、今のニコラスさんにはどうやら俺の制止は届いていないようだ。

 

「あ!」

 

 そして、専用ドアシールドとN99型10mm拳銃を構えて突撃したニコラスさん目掛け、甲高い音を立てて何かが飛来する。

 白煙を噴射し飛来したかと思えば、次の瞬間には、爆音と共にニコラスさんの姿は爆炎と粉塵の中に消えてしまった。

 

「くそ!」

 

 ニコラスさんを爆炎と粉塵の中へと消し去った下手人は、やはり先ほど見たミサイルランチャーを持ったレイダーであった。

 そんな下手人に5.56mm弾をお見舞いしてやると、残りの三人にもノアさんのチェーンソードと5.56mm弾をもって天へと召してやった。

 

「ニコラスさん、大丈夫ですか!?」

 

 こうして四人のレイダーを片付け終えると、急いでニコラスさんのもとへと駆けよる。

 爆炎と粉塵がおさまった場所には、倒れたT-51パワーアーマーの姿があった。

 

 T-51パワーアーマーには一目で分かるほどの損傷は見られない、どうやら直撃は免れたようだ。

 しかし、中に搭乗しているニコラスさんが衝撃で負傷していないとも限らない。

 

「ニコラスさん、聞こえますか!?」

 

「……あ、はい。聞こえます」

 

「大丈夫ですか? 何処かぶつけた所はありますか?」

 

「いえ、特に痛むところはありません。……驚いた勢いで倒れてしまっただけですので」

 

 腕を動かし起こして欲しいとの意思を示すニコラスさん。

 すると、不意にやって来たノアさんが腕をつかんでT-51パワーアーマーを立たせる。

 

「す、すいません」

 

「まったく。盾を手に入れて自信をつけるのはいいが、だからと言って考えなしに突撃する馬鹿がいるか?」

 

「すいません」

 

「いいか、無理をしてまで期待に応えようなどとは安易に思わぬ事だ。お前はもう、私達の大事な仲間なのだ、それを自覚して今後は行動しろ! いいな? もう、私の目の前で仲間が死にゆく様を見るのは御免こうむりたいからな」

 

 ニコラスさんを説教するノアさんの言葉に、俺はある事を思い出した。

 ゲームではやり方次第でコンパニオンを失う事無くクリアする事が出来る、だが、公式の設定によれば、Fallout1のコンパニオンは一人と一匹が死亡した事になっている。

 ノアさんの口ぶりからするに、設定どおりの経験を経た可能性が高い。

 

 となると、抑揚を抑えて語っているノアさんの心情は、推して知るべしだ。

 

「もし自身の役回りが分からぬなら、お前はナカジマの盾として今後は行動していけばいい」

 

「盾、ですか」

 

「折角立派な盾を貰ったのだから、それを生かさぬ手はないだろう。ナカジマも、彼が目の届く範囲で動いてくれた方が安心というものだろう?」

 

「そうですね」

 

「では、ノアさんは?」

 

「私か? 私はナカジマの"剣"として恐れず敵に立ち向かう役回りだ。その為の鎧と剣なのだから」

 

「何だか、俺が中心になってますね」

 

「何を言う、君こそ私達を取りまとめるリーダーなのだから、中心にするのは当然だろう」

 

「そうですね。その通りだと思います」

 

「それじゃ、ノアさん、ニコラスさん。今後もよろしくお願いしますね」

 

 何だかんだあったが、結果として絆が深まった所で、レイダー達の所有物から再利用可能な物を回収し終えると、東を目指し移動を再開する。

 

 

 

 こうして移動を再開してから数十分後。

 歩いていた道路の脇にある地面に、何やら気になる形の窪みを見つける。

 

「これって、足跡?」

 

「うむ、そう見えるな」

 

「でも、大きいですよ」

 

 その窪みは、形からして足跡と分かる形をしていた。

 ただ、問題はその大きさで、直径七から八メートルはあろうかと思われる大きさなのだ。

 

 しかも、足跡の形は人間のものではなく、爬虫類。いや、恐竜とも思える形状をしている。

 

「所で、あれは何だ?」

 

「何かの肉片、ですかね?」

 

「ふ、踏まれたんでしょうか……」

 

 そんな足跡の真ん中には、何かの肉片と思しき何かの塊が見られる。

 塊の周囲に広がった血だまりから察するに、多分生前は人間だったのだろう。

 

「ん? 何か光ってる」

 

 そんな塊の中、太陽光に反射して何かが光っていた。

 近づいて光る何かを手に取ってみると、それは、茶色の鞄に入った機械であった。

 

 あれ、この機械って、ステルスボーイじゃないか。

 

「大切に使います」

 

 今は亡き持ち主に言葉をかけると、一礼し、移動を再開した。



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第二十三話 シカゴ、それは笑顔の絶えない職場

間が空いてしまい申し訳ありませんでした。
今回、シリーズでも愛されるあの会社の方々がご登場いたします。


 移動を再開し、東へ移動する事二十時間あまり。

 途中、野生動物。特に、俺の中でラッドローチと同格の、慈悲すら与えず問答無用で殺すべき存在たるブラッドバグとの戦闘などを体験し。

 更には、廃墟でひっそりと暮らしているウェイストランド人の為に、技術向上も兼ねてワークショップver.GMを使用し、今回はちゃんとキッチンも完備の自作住居第二号(豆腐建築第二号)を建築したり。

 

 更に更に、ラッドスコルピオンとジャイアント・アントの仁義なき戦いを眺めたりしながら。

 

 こうして移動を続け、到着したのは、まさにシカゴを眺められる場所だ。

 と言っても、正確には眺められるのはシカゴの外縁部。シカゴの中心部たる摩天楼群を見る為には、ここから更に歩いていかなければならない。

 だが、今の俺達の目的地はシカゴ中心部ではなく、ここから北に向かった所にあるVaultシティだ。

 なので、外縁部を沿うように移動する為、摩天楼群をこの目で見るのはお預けだ。

 

 だが、外縁部とはいえ、そこは戦前アメリカ国内第三位の人口を誇った巨大都市。

 外縁部にも、背の高いビルがぽつぽつと点在している。

 

 外縁部ではあるものの、奥の方を覗けば、そこには核戦争後手つかずのまま放置された瓦礫や自動車等が行く手を阻んでいる。

 やはりボストンやワシントンD.C.同様に、中心部に向かうにつれて入り組んだ地獄が広がっているのだろうか。

 

 そんな思いを馳せながら歩き続けていた時の事であった。

 不意に、ピップボーイが反応を示したのだ。

 

 しかもそれはレーダーではなく、ラジオの受信反応であった。

 

「なんだ?」

 

 ピップボーイを操作し受信した信号を確認する。

 どうやら、軍が使用していた周波数を使って発信しているようだ。

 

「現在──ホテル屋上にて──ールからの──ちに救援を──」

 

 受信した内容を聞き取ろうとしたものの、中心部から信号は発せられているのか、ビル群の干渉のお陰で音声はかなり雑音交じりでとてもクリアとは言えない。

 それでも、ピップボーイに耳を近づけ意識を集中し、なんとか部分的に聞き取る事には成功した。

 

 聞き取れた内容から察するに、この信号の発信者は、助けを求めていることになる。

 

「何なのだ?」

 

「どうやら、助けを求める信号のようですが……」

 

「え!? 助けを求めてるなら、早く助けに行かないと!」

 

「いや、でも、信号の発信源が特定されていないんですよ」

 

 焦りの色を隠せないニコラスさんを他所に、ピップボーイを操作し再度確かめてみるも、地図には信号の発信源らしき場所のマーカーは示されていない。

 ゲームならば、受信したと同時に目的地へのマーカーが表示されるが、現実はそうではない。

 

「それに、場所を特定できる情報も何処かのホテル、程度ですし。シカゴの土地勘もないので、場所を割り出すのはちょっと……」

 

 ホテルと言っても巨大都市だ、シカゴ内に一軒だけしかない訳がない。

 それに、土地勘もないので不用意に探し回って迷子になってしまっては元も子もない。

 加えて、あまり考えたくはないが、この信号の内容自体"嘘"である可能性もないとは言い切れない。

 

 そもそも、俺には時間制限付きの使命がある。

 目の届く範囲外の助けにまで手を差し伸べて、目の前のリーアの人々に救いの手を差し伸べられなければ、それこそ本末転倒だ。

 

「だから、今回は諦めましょう」

 

 助けられるのなら助けたい、だが、差し伸べられる俺の手は限られている。

 だから、残酷かもしれないが、見て見ぬ振りも必要なのだ。

 

「分かりました、ナカジマさんがそう仰るのなら、従います」

 

 こうして、謎の信号の一軒はこれにて終了したかと思われた。

 

「あれ? お二人とも、誰かが走ってきますよ」

 

 だが、ニコラスさんのこの一言が、まさか俺達をシカゴという魔窟へと誘う切っ掛けになろうとは。

 その時はまだ、知る由もなかった。

 

「本当だ」

 

 ニコラスさんの声に反応し、彼が指さす方を見てみれば。

 そこには確かに、転ばぬ様に瓦礫などを避けつつ、建物の間を縫うように俺達の方へと目指して走る者の姿があった。

 特に、何かに追われているような様子ではない。

 

 基本であるオリーブドラブではなく、黒一色に塗装されたコンバットアーマー一式を身に纏ったその者は。

 途中で俺達の存在に気が付いたのか、明らかに進行方向を俺達の方に変えると、一段と走る速度を上げた。

 

「た、助けてくれぇー!」

 

「うお!?」

 

 その勢いのまま俺目掛けて突進してくるかと思ったが、寸での所で俺の前に出たノアさんのお陰で、それは阻止された。

 

「た、助けてけれ! このままじゃ班長が、仲間が!!」

 

「あの、先ずは落ち着いて。話はそれから」

 

 軽いパニック状態であるその者をとりあえず落ち着かせ、少し落ち着きを取り戻した所で、事情を聞くことに。

 

「では改めて、一体どうしたんですか?」

 

「その前に、一応自己紹介しておく。俺は"タロン社"社員のミロ」

 

 ご丁寧に自己紹介していただいたミロと名乗った男性。

 だが、俺の関心は、彼の所属している『タロン社』の方にあった。

 

 タロン社、Fallout3にのみ登場する傭兵集団。

 規律も規則も核の炎で焼き尽くされたウェイストランドにおいて、規律と規則を重んじ組織立った活動をする民間軍事会社のような連中だ。

 その組織力の高さは、黒を基調とした自社製のアーマーを社員に支給できる事や質の良い武装からも容易に想像できる。

 

 また、訓練された社員達の練度の高さからも、組織力の高さをひしひしと感じられ。

 複数人によるチームでの集団行動を基本とし、支援専門のチームの存在や、更には迫撃砲を運用する重火力支援チームの存在など。

 ウェイストランドにおいても頭一つ抜けている組織である事が分かるだろう。

 

 また、ゲームプレイヤー的に言えば、数々の名?(迷?)言をゲーム内で残し、プレイヤーの記憶にその存在を刻み込んだ事だろう。

 

 しかし、悲しいかな。

 タロン社はシリーズでもFallout3にのみの登場で、その活動範囲もFallout3の舞台であるワシントンD.C.周辺のみ。

 の筈だと思っていたのだが、どうやら、この世界ではその限りではないようだ。

 

「それで、ミロさん。一体何があったんですか? 助けを求めていましたが?」

 

「そうだ! なぁ、あんた達、見た所スゲェ強そうだから、班長達を助けてくれないか!?」

 

 俺の問いかけに、思い出したかのように再び語気を慌ただしくさせるミロさん。

 言葉から察するに、どうやらミロさんの上司を助けてほしいとの事らしいが、その詳細は説明不足で分からない。

 

 故に、更に詳細を聞き出すべくミロさんに説明を求める。

 

「俺達は、上の命令でシセロ内の敵対勢力の排除を命ぜられ、レイダーやフェラル・グール共を排除してた」

 

 一刻も早く助けてほしい焦りからか、要点を抑えつつ可能な限り素早く説明を行うミロさん。

 因みにシセロとは、シカゴに隣接する工業都市の名である。

 

「だが、作戦中、運悪くフェラル・グールの大群に襲撃され、応戦するもその圧倒的な数の暴力に押され、途中何人か殺られつつ、俺達はシセロ内のとあるホテルに逃げ込むしかなかった」

 

「そのホテルの名は?」

 

「確か、"ノブレス・ザ・ホテル"って名前のホテルだ。……で、そのホテルに立て籠もって応戦してたが、それも次第に難しくなり、最後はホテルの屋上まで追い詰められた」

 

「という事は、ミロさんはそのホテルの屋上から何とか脱出してきた、という訳ですか?」

 

「あぁ、一応本部に救助を求めるべく救助信号も発信していたんだが、どうも届いてないのか、待てども待てども一向に救助がやって来る気配がない。で、班長がしびれを切らして、救助を本部に知らせるべく俺を使者として使わせたって訳だ。……自慢じゃないが、俺は班の中では一番足の速さには自信があるんだ」

 

 適材適所な人選に感心しつつも、先ほど受信した信号がミロさん達の班の救助信号であり、罠の類ではなかったのだと納得する。

 

「という事は、ミロさんは本部に救助を求めに行く途中で俺達にも助けを求めたと?」

 

「まぁ、そうなる」

 

「本部に助けを求めに行くならば、無関係の我々に助けを求める事もないのではないのか?」

 

 ここまで黙って話を聞いていたノアさんが、俺の疑問を代弁してくれる。

 同じタロン社の社員ならまだしも、幾ら上司や仲間の命がかかっているとはいえ、全く縁もゆかりもない俺達に助けを求めるものだろうか。

 

「確かにあんた達とは今さっき会ったばかりだ。だが、あんた達は俺達タロン社でも見た事がない装備やお目にかかれない貴重な装備を身に着けてる。だから分かったんだ、あんた達は只ものじゃないって!」

 

「だから、助けを求めたと?」

 

「今やノブレス・ザ・ホテル内は地獄だ、そんな地獄からでもあんた達ならきっと班長達を助け出してくれる! あんた達の姿を見て、そう確信したんだ! だから頼む! 班長達を助けてくれ!!」

 

「しかし、何度も言うが本部の救助も求めるのだろう?」

 

「……本部に救助を求めても班長達が必ず助かるとは言えない、本部が救助は難しいと判断して班長達を見殺す事だってあり得るだろ」

 

 ミロさんの言う事も一理ある、組織である以上、一部を助ける為に全体を危機にさらすぐらいなら対象となる一部を切り捨てる。

 保全の為、そんな判断を下しても、何ら不思議ではない。

 

「だから、あんた達に頼んでるんだ! あんた達ならきっと班長達を助けられる! だから、頼む!!」

 

 刹那、ミロさんは突然地面に座り込むと、その頭を、埋まるのではと思えるほど地面に付け始めた。

 それはまごうことなき、前世の故郷日本に古来より伝わる礼式の一つ、土下座。

 

 見事なまでに披露されるミロさんの土下座を前に、彼の言葉を断れるものだろうか。否、断じて否。

 

「分かりました、分かりましたから! 頭を上げてください!」

 

「それじゃ、助けに行ってくれるのか!?」

 

「保証はできませんけど、可能な限りは助け出してみせます」

 

「ありがとう! 本当にありがとう!!」

 

 涙を流しつつ、差し伸べた俺の手を取り感謝の言葉を述べるミロさん。

 そしてしばらく感謝の気持ちを伝え、それを終えると、立ち上がり、救助を求める班長達のいるノブレス・ザ・ホテルの場所を教え始める。

 

「ホテルの正面出入り口は俺達が俺達が立て籠もった際に塞いじまって使えない、だから、隣接するデパートの連絡橋を使ってホテルに入ってくれ」

 

 その後、簡単なホテルの状況を伝えた後、ミロさんは救出成功の際の報酬の話も含め本部に話を伝えるべく再び走り去っていく。

 

 そして、そんなミロさんを見送った俺達は、ミロさんの上司たる班長や同僚達を救助すべく、ピップボーイの地図に示されたノブレス・ザ・ホテルを目指して、巨大な墓標たるビル群の奥へと進むのであった。




最後までご愛読いただき、本当にありがとうございます。
次回も、可能な限り早く記載できるように精進いたします。


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第二十四話 理性なき者達の墓標

 ピップボーイの地図に示された目的地を目指し、俺達は瓦礫や放置された自動車などを合間を縫うように移動していく。

 

「それにしても、結局助けに行くことになっちゃいましたね」

 

「まぁ、これも何かの縁、ですかね」

 

 後ろを歩くニコラスさんにそう答えると、次いで前を歩くノアさんから言葉が飛んでくる。

 

「しかし、今回の件は迅速に行わねば、本来の使命に差し障るのは確実だろう」

 

「まぁ、そうでなくても、今回の件は時間との勝負ですけどね」

 

 時間的制限があるとはいえ、俺の本来の使命に比べ、救助を待つ班長達に残された時間は決して長くはないだろう。

 そんな考えが頭をよぎると、自然と歩く速度も速さを増していく。

 

「ん? 待て!」

 

 だが、そんな矢先。

 不意に先頭を歩くノアさんが静止を促した。

 

 一体何事かと思っていると、刹那、不意に進行方向上に放置されていた廃車の屋根に何かが落ちてきた。

 

 着地時に相応の音を響かせながら、近くの半壊したビルから落ちてきたと思われるそれは、声にもならないような声を挙げつつ、着地姿勢からゆっくりと体を起こす。

 

「──がぁぁっ!!」

 

 そして、両手を広げ威勢のいい声を発すると、それは勢いよく俺たち目掛けて走ってくる。

 腐敗したその身体の何処からあれ程の推進力を生み出しているのか、そう思わずにはいられない程の勢いで接近するそれは、懐に飛び込む寸前、ノアさんが手にしていたチェーンソードによって綺麗に真っ二つにされてしまう。

 鮮血というには適当とは思えぬ変色し茶色がかった血を迸らせながら、先ほどまでフェラル・グールであった二つのそれは、道端に転がるのであった。

 

「い、今のが、フェラル・グール、ですか……」

 

 一連の出来事を終始最後尾から眺めていたニコラスさんが、そんな言葉を漏らす。

 

「ん? フェラル・グールを見た事がないのか?」

 

「あ、あまり村の近くでは見かけなかったもので……」

 

 ノアさんからの言葉に、ニコラスさんは気弱に答える。

 

「安心しろ、理性を失っているだけで身体能力はグールと同じ元人間、パワーアーマーを着ていれば大丈夫だ」

 

 そんなニコラスさんの答えに、ノアさんは不安を取り除くかのように言葉を投げかけるのであった。

 

 

 こうしてフェラル・グールの歓迎を受けてから暫くした後、再び、目的地を目指す俺達はフェラル・グールの歓迎を受ける事になる。

 

「レーダーに反応、数は一体」

 

「来たぞ」

 

 瓦礫の影から姿を現す一体のフェラル・グール、理性を失っているので、もはや俺達を存在に気付いた途端に臨戦態勢だ。

 

「お二人とも、ここは私にお任せください!」

 

 それに応えるべく、ノアさんが一歩前に出ようとした刹那、それよりも早くニコラスさんが最前列に躍り出る。

 

「任せて大丈夫なのか?」

 

「ふふふ、身体能力が生身の人間と同じと分かれば、パワーアーマーと専用の盾で武装している分、私の方が遥かに有利! であれば、ここは私にお任せください!」

 

 どうやら先ほどのノアさんの言葉で自信を付けたのか、ニコラスさんはやる気十分だ。

 幸い相手は一体だけなので、ここはそんな彼の気持ちを尊重すべく任せる事となった。

 

「さぁこい! 天に召されぬ哀れな魂を、その骸の中からこのキャプテン・パワーマンが解放してやろう!!」

 

「──がぁぁっ!!」

 

 ニコラスさんの台詞に反応したかどうかは定かではないが、ニコラスさん目掛けて突進するフェラル・グール。

 しかし、ニコラスさんは自慢の専用ドアシールドでその突進を受け止めると、パワーアーマー自慢の怪力で受け止めたフェラル・グールを押し返す。

 

 押し返されることを予想していなかったのか、押し返された勢いに負けたフェラル・グールは、暫くよろけると近くの自動車へと背中を打ち付けるのであった。

 

「くらえ! 正義の10mm弾!」

 

 動きを止めたその瞬間をチャンスと捉えたニコラスさんは、手にしてたN99型10mm拳銃の銃口をフェラル・グールに向けると、次の瞬間、10mm弾を浴びせ始めるのであった。

 興奮していたからか、フェラル・グール一体にマガジン一本分の10mm弾を浴びせたニコラスさん。最も、何発かはフェラル・グールではなく自動車の方に当たっているが、ま、自動車も爆発せず、フェラル・グールも息絶えたようなので良しとしよう。

 

「ははは! 正義は勝! なんだか、今ならフェラル・グール百体でも二百体でも倒せそうな気がします!」

 

 俺やノアさんに頼ることなくフェラル・グールを倒せて上機嫌なニコラスさん。

 しかし、ニコラスさんの気持ちを尊重する俺とは違い、ノアさんは危うい戦い方を改める様に忠告し、勝って兜の緒を締めよとばかりに言葉を投げかけるのであった。

 

「ま、一人で倒せたことは、褒めるべき事だがな」

 

 最も、ノアさん自身もニコラスさんの成長は認めているようだ。

 

 こうしてニコラスさんの成長を垣間見え終えた所で、再び目的のホテルを目指して歩み始めた矢先の事であった。

 不意に、先ほどニコラスさんが10mm弾を当てた自動車からけたたましい音が響き始めた。どうやら、二世紀ぶりに防犯アラームが作動したようだ。

 防犯アラームが作動した瞬間は、一瞬体を強張らせたが、正体が分かれば、なんてことはない。

 

「……ん? 気を付けろ!」

 

「どうしたんですか、ノアさん?」

 

「音がする」

 

「あの防犯アラームですか?」

 

「それじゃない、別の、それもかなりの数だ」

 

 響き渡る防犯アラームの音とは別の、それも複数の音が聞こえてくる。

 突如足を止めそんな言葉を発したノアさんに対し、俺も聞き耳を立てて音を探ってみるも、防犯アラームの音が邪魔になってそれらしい音は耳に入ってこない。

 因みに、ニコラスさんもノアさんの言う複数の音とやらは聞こえないようだ。

 

「ノアさん、ノアさんの言う音というのは……」

 

 と言おうとした矢先。不意に、ピップボーイのモニターに警告文のような文字が表示される。

 

 ──奴らが押し寄せてくる音。

 

 なんだこの警告文は、と疑問符が頭の中に生まれると共に、ノアさんの緊迫した声響く。

 

「ひぃぃぃっ! さ、流石に本当に百体相手にするのは無理です!」

 

 ノアさんの声に反応するように視線を向けた先には、まるで防犯アラームの音に吸い寄せられたかのように、瓦礫や残骸等を超えて俺達の方へと向かってくる大量のフェラル・グールの姿があった。

 通行可能な道を塞ぐかの如く、壁の様に迫ってくるフェラル・グール達は、ニコラスさんの言う通り、本当に百体はいるかとも思える程大量だ。

 

「ニコラス、ナカジマの前に出ろ! 盾としての役割を十分に果たせるようにな!」

 

「たた、戦うんですかぁ!? あの数相手に!?」

 

「今更逃げても逃げきれん、それに我々は土地勘もないんだ、下手に逃げて袋小路に追い込まれれば今より状況は悪くなる」

 

 ノアさんの言う通り、フェラル・グール達は前方から迫って来ているが、後方からは確認できない。

 相手が一方から迫ってきているのなら、ここで戦えば、いざという時も後方に逃げる事が出来る。

 一方、ここまでピップボーイの地図に頼って歩いてきた為、悠長にピップボーイの地図を眺めていられる状況にない中で、どこまで来た道を逆走できるかも不透明である。

 

 なら、戦闘と逃走のリスクを比べれば、この場にとどまり戦闘でしのいだ方が生存確率が高い。

 

「ニコラスさん、ここは覚悟を決めましょう!」

 

「正義のヒーローなのだろう」

 

 戦闘準備を進める俺とノアさんを他所に、ニコラスさんはあの数を目にして先ほどまでのやる気などは吹き飛んでしまったようだ。

 しかし、多数決的に戦闘する決定を覆せない、或いはもう逃げられないと悟ったのか、覚悟を決めたかのように俺の前へと歩み出す。

 

「や、やってやりますよ! 私はキャプテン・パワーマン! 悪を前に背を向ける事などない!!」

 

 覚悟を決めた台詞を吐くと、準備も整い、いよいよその時が訪れる。

 

「ぬおおぉぉぉっ!」

 

 壁の様に迫ってくるフェラル・グール達が有効範囲内に飛び込んでくるや、ノアさんの手にしていたチェーンソードが音を立て、横に一閃する。

 刹那、汚い鮮血と共が迸り、複数のフェラル・グールの上半身と下半身が永遠の別れを告げる。

 

 そんなノアさんの戦闘を他所に、情けない声を挙げながら、ノアさんが処理しきれない或いはノアさんを無視し突っ込んでくるフェラル・グールの波をその専用ドアシールドで受け止めるニコラスさん。

 一応、勢いを殺すべく、もう片方の手に持っているN99型10mm拳銃を発砲して数を減らそうと努力はしているようだが、あまり効果のほどは感じられない。

 

 そんな訳で、塞き止められながらも漏れ出たフェラル・グール達目掛け、俺は構えたM4カスタムの銃口を向け、5.56mm弾をお見舞いしていく。

 その爛れた頭部や上半身に5.56mm弾を受け、のけぞりながら倒れるその様は、まさにゾンビ映画のワンシーンを彷彿とさせる。

 

 しかしながら、数が多い。

 流石にマガジン一つ分で片が付く事はないので、必然的にマガジンを交換しなければならない。

 なのでタイミングを見計らってマガジン交換を行うも、やはりそんな絶好のチャンスを簡単に見逃してくれるはずもなく。

 隙を突いたとばかりに脇に飛び込んでくるフェラル・グールに、渾身の銃床右フックをお見舞いしノックアウトして時間を確保する。

 こうして無事にマガジン交換を終えると、再びM4カスタムの銃口が火を噴き始めた。

 

「むぅ、倒しても倒しても、ラッドローチの如く次々と湧いてきりがないぞ」

 

 先ほどから一心不乱にチェーンソードを振るうノアさんからの声に、改めて状況を確認してみると。

 道端などに転がるフェラル・グール"だった"ものの数々や、空薬莢、それらは確実に数が減っている事を物語っている。

 それにも関わらず、いまだに押し寄せてくるフェラル・グール達の数が減っている様子は感じられない。

 

 確かに、このまま決定打を欠いたままでは押し込まれる可能性もある。

 

 ではどうするか、簡単だ、状況を覆す一撃を加えればいい。

 丁度、そんな一撃を放てる品物を、俺は今ピップボーイの中に収納している。

 

 早速ピップボーイを操作し、一撃に必要なミサイルランチャーと弾薬のミサイルを取り出すと、早速ミサイルをミサイルランチャーに装填し、準備を整える。

 

「ノアさん! ニコラスさん! 射線を開けてください!!」

 

 俺の言葉に、ノアさんとニコラスさんは一瞬俺の方を振り向くと、瞬時に何をするのかを察してくれたらしく。

 次の瞬間にはさっと、直線上の空間がぽっかりと開ける。

 

 刹那、反動に負けぬ様に構えたミサイルランチャーのトリガーを引くや、甲高い音と共に、ミサイルが発射される。

 本来は誘導性能を有していたのだろうが、誘導装置未装着のこれは、携帯型対戦車ロケット弾のように直進するのみであった。

 

 コンマ数秒の後、フェラル・グールの壁の中心とも呼べる地点に着弾したミサイルは、内包されていた爆破エネルギーを全方位に開放し、周囲のフェラル・グール達を爆炎に包み込む。

 更に爆炎の範囲外にいたフェラル・グール達には、爆破の際に生じた衝撃波が襲い掛かり、耐えきれずに次々に地に伏していく。

 

 まさに状況を覆す一撃、その威力に周囲が一瞬の静寂に包まれたものの、それもつかの間。

 一時停止から再生ボタンを押されたかの如く、再びフェラル・グール達による攻撃は再開されたものの、その勢いは一撃を与える前と比べ明らかに弱くなっている。

 先ほどの一撃が聞いているなによりの証拠だ。

 

「このまま乗り切りましょう!」

 

 再び戦闘が再開されるも、そこには一撃を加える前まで存在していた、終わりの見えない恐怖は存在していない。

 一体、また一体と、着実に数を減らすフェラル・グール達。

 そして、遂に。

 

「ふんっ!」

 

 ノアさん渾身の左アッパーで天高く舞い上がった最後のフェラル・グール。

 これにて、長かったフェラル・グール達との戦闘も終わりを告げた。

 その結果は、無論、俺達の勝利である。

 

「やりました! 私、生きてます!」

 

「よく頑張ったな」

 

「お二人とも、お疲れ様です」

 

 生き残れた喜びを分かち合う俺達、だが、その喜びが、まさか次の瞬間に絶望に豹変するなど、思ってもいなかった。

 

「ん?」

 

「あ……」

 

「あれ、何だか嫌な予感が」

 

 最後に吹き飛ばされたフェラル・グールは、暫く吹き飛んだ後、やがて重力に逆らう事無く少し離れた場所に放置されていた自動車の天井に叩きつけられたのだが。

 その自動車、外見からして廃車ではなさそうな感じがする。

 

 そして、次の瞬間。

 恐れていた事態が、現実のものとなる。

 

 鳴り響く、防犯アラームの音。

 ピップボーイに表示される、奴らが押し寄せてくる音、との警告文。

 

「む、これがデジャヴか……」

 

「ノアさん!!」

 

「どどど、どうしましょう!?」

 

 原因を作っておきながら暢気なノアさんに、パニックに陥るニコラスさん。

 不味い、先ほどの一戦で気力も体力も弾薬も消費しているのに、さらに間髪入れずもう一戦。

 これはもう、選択すべき選択肢は一つだ。

 

「ノアさん、ニコラスさん、逃げましょう!!」

 

「それがよさそうだ」

 

「早く逃げましょ!」

 

 迫りくる悪に躊躇なく背を向けながら、俺達はフェラル・グールとの戦闘を避けるべく、ビル群の間を駆け抜けていくのであった。



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第二十五話 巣窟

 あの後、なんとかフェラル・グールの群れに見つかることなく逃げ切れた俺達は、再びピップボーイの地図を頼りに目的地を目指し歩き続け。

 数十分後、遂に、目的地のノブレス・ザ・ホテルを眺められる距離までやって来る事ができた。

 

「やはりあの者の言っていた通り、ホテルの正面出入り口は見事に塞がれているな」

 

 大通りに面した一角に建てられているノブレス・ザ・ホテルは、戦前はシカゴなどを訪れる観光客やビジネスマン等に利用されていたのだろう。

 前世に存在していたガラス張り、或いはデザイン性重視の外観とは異なり。クラシカルで重厚な外観を、戦後二世紀以上経過した現在でも綺麗に保っている。

 

 だが、そんなホテルの正面出入り口は、廃車や廃材、或いは瓦礫等。様々な物で作られたバリケードが、何人も侵入を許さぬ状態を作り上げていた。

 

「言われた通り、隣のデパートから連絡橋を使って侵入しましょう」

 

 横道を一本隔てて隣接する、同じくクラシカルで重厚な外観を有するデパートには、三階部分から伸びている連絡橋の姿が見られる。

 どうやら見た感じ、連絡橋自体に酷い損傷等は見られないので、今でも利用は可能な筈だ。

 

「では、行きましょう」

 

「うむ」

 

「は、はい!」

 

 幸い、目に見える大通りの範囲内にはフェラル・グール等の敵対生物の姿は見られない。

 なので、俺を先頭に、様子を窺っていた建物の影から駆け抜ける様に大通りを突っ切ると、デパートの正面出入り口に飛び込む。

 

「クリア!」

 

「クリア!」

 

「く、くりあ!」

 

 戦前は近隣、或いはノブレス・ザ・ホテルの宿泊客等で賑わっていたであろうデパート内は、今やそんな賑わいが嘘のように静寂に包まれている。

 そんなデパートの、エントランスの安全を確認すると、近くに設置されていた案内板を確認し、連絡橋のある階を確認していく。

 

「三階ですね、行きましょう」

 

 やはり三階から連絡橋を使えるようだ。

 確認を終えると、客足がなくなって久しいデパートの内部を警戒しながら進んでいく。

 

 クラシカルな外観同様、内装も、近代的でお洒落なショールームというよりも、何処か古臭さを感じられる。

 

 化粧品店や雑貨店等が並ぶ一階フロアを進み、上層階へと続くエスカレーターを目指す。

 一階中心部に設けられているエスカレーターは、デパート自体に電力は供給されてはいても、エスカレーター自体は動かず止まったままであった。

 戦前は、左右どちらかが上昇で、どちらかが下降であった筈のそれを、構わず自力で上っていく。

 

「クリア!」

 

 構えたM4カスタムの銃口と視線を同調させながら、周辺の安全を再び確認すると、残る二人も二階へと昇ってくる。

 

「三階に上るエスカレーターは、別の場所のようだな」

 

 二階へと昇ってきたノアさんが言う通り、このエスカレーターが設置されているのは、この二階までであった。

 三階へと昇る為のエスカレーターは、どうやら二階フロア内の別の場所に設置されているようだ。

 

「それじゃ、行きましょう」

 

 二階は主に婦人服売り場のようで、区間という区間に、女性用の衣類が陳列されている。

 また、見本として全身コーディネートされたマネキンの数々も目に付く。

 

 そんなフロア内をエスカレーターを捜索しながら進んでいると、ふと、とある店の奥まった場所に置かれた一体のマネキンに目が留まる。

 

「あれ? あのマネキン、表面が妙にボロボロだけど……」

 

 小奇麗な状態の、戦前のデニムのドレスを着込んだそのマネキンは、零れた言葉通り、何故か表面が他のマネキンと異なり変色したり傷ついてボロボロのようにも見えた。

 そんなマネキンもあるだろうと、気にしない事も出来たが、何故か気になり、目を細めて更に観察する。

 

「ん?」

 

 すると、次の瞬間、少しだけ、腕が動いたような気がした。

 

「まさかな……」

 

 それで更に気になったので、フェイントをかけてみる事にした。

 俺が気にしなくなったふりをして、その場を立ち去ろうと見せかけて、実際には素振りだけで立ち去る事はない、というものだ。

 

「お」

 

 すると、俺のフェイントにつられる様に、謎のマネキンの両手両足が見事なまでに動く。

 そして、確信する。あれはマネキンではないと。

 

 ではあれは一体何なのか、と問われれば、答えは決まっている。

 

「ガァァァッ!!」

 

 もはや隠す気もなく本能のまま襲い掛かってくる、フェラル・グール、だ。

 

「この!」

 

 構えたM4カスタムの銃口が火を噴き、火線が鮮やかな衣服の間を通り抜け、マネキンに擬態していたフェラル・グールを貫く。

 

「い、今のは一体?」

 

「マネキンに擬態したフェラル・グールのようです」

 

「むぅ、それは少し厄介だな」

 

 倒れた拍子に商品が巻き上がり、衣服の墳墓に埋まったフェラル・グールを他所に。

 俺達はマネキン擬態を行うフェラル・グールの登場に対して話し合う。

 

 といっても、具体的に効果的な対応策も思いつかないので、結局臨機応変に対処する、という事で再びエスカレーター捜索を再開する。

 

 こうして捜索を再開して暫くした頃、目当てのエスカレーターを発見したのだが。

 

「困りましたね」

 

「うむ、これでは三階に上がれん」

 

「ど、どうしましょう」

 

 発見したエスカレーターは、何と瓦礫で通行不可能となっていたのだ。

 デパートの外観からは核戦争の影響をさほど感じなかったが、経年劣化によるものか、戦後二世紀以上にわたり保守点検が行われていない事実とその影響を、まざまざと感じずにはいられない。

 

「まだ電気が通っているなら、エレベーターが使えるかもしれません」

 

「いや、エレベーターはやめておいた方がいいだろう。今の私やニコラスでは重量オーバーで、乗った途端に落下しかねん」

 

「確かに、そうですね」

 

「それよりも、非常階段なら、確実に三階へと上がれる筈だ」

 

 こうして、非常階段を使って三階へと向かう事になったのだが。

 その矢先、ふと足音のようなものが聞こえたので、音の方を振り向いてみると。

 

「あ……」

 

 そこには、まるでだるまさんが転んだの如く、動きを止めて、自らをマネキンに擬態させた色とりどりの衣服に身を包んだフェラル・グール達の姿があった。

 フェラル・グールに変わる前は全員女性だったのか、或いは婦人服売り場だから仕方がないのか、全員もれなく女性用の衣服を着込んでいる。

 殆どは常識的なコーディネートなのだが、一部、常識の範囲外のコーディネートが見られる。

 

 カジュアルな服の上から下着を着込んだり、下着のみでストッキングにブーツを履いていたり、更には際ど過ぎる下着に加え、本来被るものではない筈の下着を被っている個体までおり。

 別の意味で恐怖を感じずにはいられない。

 

「あれって、やっぱり」

 

「だろうな」

 

「ヤバいです、色々とヤバいです」

 

 とはいえ、このまま動かないでは非常階段も探せない為。

 ここは、強行突破させてもらうとしよう。

 

「グレネードで突破します!」

 

 久々にV.A.T.S.を発動させえると、手にしたM26手榴弾の安全ピンを抜き、それをフェラル・グール達目掛けて放り込む。

 フェラル・グール達から見ると、高速で放り込まれたM26手榴弾は、回避行動を十分に起こす間もなく、爆破エネルギーを放出させる。

 

 爆破の影響で引き裂かれる身体に衣類、しかし、何故か被った下着だけは、裂かれる事なく残っているのであった。

 

「行きましょう!」

 

「え!? い、今、何が起こったんですか!?」

 

「……兎に角行くぞ!」

 

 初めてV.A.T.S.を目の当たりにしたニコラスさんは、そのあまりに一瞬の出来事に、困惑を隠せない様子。

 しかし、ノアさんは、かつて自身も使用した事があるのか、何が起こったのかを察すると、ニコラスさんに移動を促すのであった。

 

「ま、まだ来ます!」

 

 こうして強行突破したのもつかの間。

 一体何処に隠れていたのか、フェラル・グール達が次々と姿を現し、俺達に襲い掛かってくる。

 

「む、あったぞ、あそこだ!」

 

 襲い来るフェラル・グール達に応戦しつつ、ようやく非常階段を見つけた俺達は、急いで非常階段を駆け上ると、三階に飛び込む。

 

「おいおい、冗談だろ……」

 

 が、飛び込んだ三階、紳士服売り場も。

 紳士な服装、或いは"変態"紳士な服装に身を包んだフェラル・グール達の巣窟であった。

 

「兎に角、連絡橋まで突っ切るぞ!」

 

 終わらないフェラル・グール達との命を懸けた追いかけっこを繰り広げつつ、俺達はノブレス・ザ・ホテルへとつながる連絡橋を目指して突き進む。

 襲いくるブリーフ一丁にネクタイを結んだ変態フェラル・グールの眉間に5.56mm弾を叩き込み。

 パンツ一丁にコートといういで立ちの変態フェラル・グールを、ノアさんが自慢の拳で吹き飛ばしたり。

 ニコラスさんが慌ててマネキンに10mm弾を撃ち込んだりと。

 

 色々とありつつ、俺達は何とか連絡橋へと続く扉をぶち破るように飛び込むと、そのまま連絡橋から見える風景を楽しむ間もなく、ノブレス・ザ・ホテルの出入り口に飛び込んだ。

 

 

 

 ノブレス・ザ・ホテルへと飛び込んだ俺達を出迎えたのは、散らかった様子のラウンジであった。

 ここに逃げ込んできたタロン社の方々が散らかしたのか、それともそれ以前にやって来た者たちが散らかしたのか。

 何れにせよ、戦前製の高価な家具や救急箱等が、無造作に散らかっている様は、もはやこの建物がホテルとしての機能を喪失している事を理解させる。

 

「うむ、よし、これでいいだろう」

 

「ノアさん、何をしているんですか?」

 

「この椅子を使って扉を塞いでいるんだ」

 

 ノアさんは、片手で軽々と持ち上げた椅子を出入り口の取っ手下に置くと、簡易的なバリケードを完成させる。

 ホテルに入り込む時にフェラル・グールの追ってくる姿は見えなかったが、あるに越したことはない。

 こうして後方の安全を確保すると、ここから屋上に向かうまでのフェラル・グールとの遭遇に備えての準備を整える。

 

 空マガジン回収用のダンプポーチに入れていた空マガジンに弾を込めていくと、再度利用可能にし、マガジンポーチに収納していく。

 ノアさんもニコラスさんも、各々準備を整え、こうして全員の準備が整うと、いよいよホテルの屋上を目指しラウンジを後にする。

 

「うむ、少し狭いな……」

 

 ホテルの廊下は、お洒落なカーペットやランプ等で装飾されてはいたが、その幅は、先ほどのデパートに比べると、ノアさんにとっては少々窮屈な程度であった。

 そんな廊下を歩き、四階へと上る階段を上り四階に到着すると、更に上階へと上る階段を探すべく廊下を進む。

 

 と、進むべき廊下が、瓦礫で塞がれ進めなくなっている。

 どうやら、デパート同様、このノブレス・ザ・ホテルもまた、核戦争の影響を間接的に受け、内部は戦前通りに通行できる状態ではないようだ。

 

「どうしましょう、これじゃ屋上に行けないんじゃ……」

 

「ニコラスさん、まだ諦めのは早いかと。他の道を探しましょう」

 

「そうだな。……なに、もし迂回路が見つからなければ、私のこの拳で、無理やりにでも道を作ってやろう」

 

 確かに、ノアさんの圧倒的なパワーなら、壁をぶち抜いて抜け道を作る事ぐらい造作もなさそうだ。

 そんな事を思いつつ、迂回路を探し四階内を歩き回る。

 

「クリア!」

 

「うわぁぁ! は、白骨体! タロン社の社員のでしょうか?」

 

「もしそうなら、白骨化するまでの時間が短すぎますから、おそらく戦前の利用者か従業員でしょう」

 

 迂回路を探す為に扉を蹴り破って入った部屋には、見事に白骨化した白骨体が一体、床に倒れていた。

 

「どうやらこの白骨体の正体は、宿泊客のようだぞ」

 

 部屋のテーブルに置かれていた物をのぞき込んでいたノアさんの言葉が気になり、俺もテーブルに置かれていたある物をのぞき込む事にした。

 のぞき込んだそれは、どうやら白骨体が書いたと思しき日記であった。

 

 ──このホテルのアメニティグッズはどうなってるんだ、シャンプーを使おうとしたら中身は水みたいに薄い、おまけに石鹸は全然泡立たない。

 ──アメニティグッズだけじゃない、このホテルはサービスも最悪だ。宿泊客は無料でソフトクリームを食べられると謳っていたのに、今は機械が壊れていてサービスを受けられないと言いやがる。

 ──それに加え、荷物持ち用のMr.ハンディまでも、メーカーで点検中でいないので、自分で部屋まで荷物を持って行けと言われた。

 ──くそ! これも全部、戦争のせいなのか。戦争のお陰で、最近じゃ物資の値上がりや品質の低下が著しく感じる。

 ──あぁ、どうにもならないこの怒りを日記に書き綴った所で、この怒りは収まりそうもない。こうなったら、ビールでも飲んでさっさと忘れるに限るか。

 

 書かれた内容を目にし、今なお残る戦前の豊かさの陰に隠れた部分を垣間見つつ、俺は仏様に対して静かに手を合わせる。

 

「さぁ、捜索を再開しましょう」

 

 その後部屋の隅々で迂回路を探したが、特にそれらしいものもなく。

 この部屋を後にすると、別の部屋へと入る。

 そこでは、壁に不自然に開いた人が通れるほどの穴を発見し、穴の奥へと進む事ができた。

 

 穴の奥は、更に別の部屋につながっており、その部屋の壁にも、人が通れるほどの穴が確認できた。

 こうして穴を通って部屋を通り抜けると、やがて穴の開いていない部屋に突き当たり。

 その部屋から廊下へと出た時、そこが、先ほど俺達が通れずに立ち往生した瓦礫の向こう側。即ち迂回路を通ってきたのだと理解する事が出来た。

 

 

 さて、この迷宮と化したホテルの屋上を目指し、更に進んでいこう。



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第二十六話 最後の一撃は、切ない

 火線が見事な線を描き、その先に佇んでいたそれを反り返らせる。

 ホテルは地獄、と言われた通り、ホテル内は少し歩けばフェラル・グールと遭遇する程、フェラル・グール達の巣窟と化していた。

 

 既に十数体名となるフェラル・グールを片付け終えると、屋上を目指し、老朽化による天井等の崩落で迷宮と化したホテル内を歩き回る。

 

 途中で目にした案内板によると、このホテルは全部で十五の階層からなっているようで、現在俺達がいるのは丁度半分を超えた八階だ。

 そんな八階内を進んでいると、ふと廊下に敷かれているカーペットに、カーペットの色とは異なる赤色を見つける。

 

「血だまり?」

 

 近づいて確かめてみると、それは間違いなく血だまりであった。

 しかも、出来てからまだ時間が経過していないのか、まだ微かに乾ききっていない部分が見られる。

 加えて、その血だまりから何かが引き摺られたのか、血の線が近くの扉の先へと延びている。

 

「開けます」

 

「うむ」

 

「は、はい」

 

 この血だまりの正体を確かめるべく、血の線が続いている扉をゆっくりと開いていく。

 微かな音を立て開いた扉の先には、更に続く血の線と、その終着点である、まるで力尽きたようにベッドにもたれかけている一体の死体の姿があった。

 

「どうやら、血だまりの正体はこの仏様のようですね」

 

「のようだな」

 

 これまで見てきた白骨化した死体とは異なる、まだ生前の姿をしっかりと保っているその死体は、右足や左手などにえぐられた様な痛々しい傷跡が見られる。

 どうやら、血だまりはこれらの負傷によって出来たもののようだ。

 

「あの、この格好、タロン社の社員、ですよね?」

 

「みたいですね。ミロさんと同じ装いですから」

 

 そして、この死体の正体は、一目で判断できた。

 着崩してはいるものの、黒一色に塗装されたコンバットアーマーは、間違いなくタロン社の証。

 

 おそらく、ミロさんの同僚だろう。

 

「力尽きるまで戦い、そして、いったのだろう。勇敢な戦士だ、せめて、最後に敬意を表し、彼の勇気を称えよう」

 

 ノアさんの手に握られていたのは、血で赤く染まったR91アサルトライフルであった。

 負傷してもなお、最後まで戦い抜いたのだろう。

 ノアさんの言葉通り、俺達は敬礼で彼の敬意を表すと、彼の墓標たる部屋を後にするのであった。

 

 

 

 その後、ノアさんの怪力を使って壁をぶち抜いて道を作ったり。

 金庫を抱き抱える様に白骨化している白骨体や、使用済みの注射器が散乱するベッドで横たわる白骨体等の部屋を通り抜け。

 道中諦めの悪いフェラル・グールとの戦闘を繰り広げつつ。

 

 俺達はあと少しで屋上に到着する十三階まで足を運んだ。

 

 十三階へと上る階段を上り十三階へと到着すると、そこは、それまでの階層とは様相が異なっていた。

 この階層から上はスイートなのか、廊下の装飾なども、それまでの階層とは異なり、優美さを漂わせている。

 また、部屋数も少ないのか、扉の間隔もかなりあいている。

 

 そんな十三階の、崩落なく途中行き止まりもない直線の廊下を歩いていると、廊下の先にある角から、不意に巨大な何かが姿を現した。

 

「!?」

 

 一瞬、その輪郭からスーパーミュータントかと思ったのだが、改めて観察すると、それはスーパーミュータントではなかった。

 大きさこそスーパーミュータントに近いが、その肌はグールのように爛れ、アンバランスな程に右腕が異常に発達している。

 

 あれ、あんな外見をしたクリーチャー、フォールアウトのどのシリーズにいなかったような気がするが。

 いや待てよ、フォールアウトのシリーズではいなかったが、別のゲーム、それもゾンビを題材としたFPSゲームに登場していたような。

 

「グォォォォォォッ!!!」

 

 刹那、暢気に記憶の棚を開け閉めしている俺の意識を現実に呼び戻すように、謎のクリーチャーは咆哮をあげる。

 

 次の瞬間、謎のクリーチャーは異常に発達した右腕を構えながら、俺達目掛け、直線の廊下を猛スピードで突進してきた。

 逃げ場のない廊下、部屋に退避しようにも、丁度扉と扉の間の空間に立っている俺達。もはや、絶体絶命か。

 

「私の後ろに隠れろ!」

 

 と思われた瞬間、ノアさんが声をあげる。

 それに従うように、先頭を歩いていた俺は、ノアさんの後ろに急いで隠れる。

 

「どうするんですか?」

 

「決まっている……」

 

 何か妙案があるのかとノアさんに尋ねてみると。

 ノアさんは、その巨大な両腕を広げる。

 それはまさに、あの謎のクリーチャーの突進を受け止めんと言わんばかりに。

 

「え、ノアさん!?」

 

「さぁ、こい!!」

 

「グォォォォォォッ!!!」

 

 再び響く謎のクリーチャーの咆哮。

 

「ウォォォッ!!」

 

 そして、負けじとノアさんの雄たけびも響き渡る。

 

「ぬぅぅっ!!」

 

 刹那、巨体と巨体がぶつかり合い、ノアさんの巨体が揺れる。

 

「ぬぅぅぅ!!」

 

「オオオォォォ!!」

 

 互いに力は拮抗しているのか、互いに一歩も引くことなく、まさにがっぷり四つの如く動く気配がない。

 しかし、そんな状態が数分続いた後、遂に動きがあった。

 

「貴様は何の為に自ら前へと進む?」

 

「オ?」

 

「……判らぬか。では、この勝負」

 

 刹那、謎のクリーチャーの勢いを跳ね返すように、ノアさんが一歩を踏み出す。

 

「私の勝ちだぁぁぁつ!!」

 

「オォ!?」

 

 次の瞬間、ノアさんは謎のクリーチャーを押し出しながら、走るスピードを上げていくと。

 やがて、勢いよく謎のクリーチャーを廊下の先の壁へと押し付ける。

 

「ぬぉぉぉぉっ!!」

 

 しかし、押し付けただけでは終わらない。

 それを物語るように、謎のクリーチャーが押し付けられた壁には、徐々に亀裂が走っていく。

 

「おぉぉぉぉっ!!」

 

 やがて、ノアさんの雄たけびが響き渡ると同時に、遂に、壁がかかる力に耐えきれず、崩壊する。

 そして当然、壁に押し付けられていた謎のクリーチャーは、支えとなる壁が崩壊し支えがなくなった事で、そのまま壁の向こう側へと姿を消す。

 

 当然ながら、ここは十三階。壁の向こう側に、地面などある筈ない。

 

 急いで崩壊した壁の傍まで駆け寄ると、ぽっかりと穴の開いた壁の向こう側の状況をのぞき込む。

 どうやらホテルの正面側にあたるようで、四十メートルほど下に見下ろせる大通りには、先ほどまで俺達に突進を仕掛けてきた謎のクリーチャーが、大量の血だまりと共に物言わぬオブジェクトと化していた。

 

「護るべきもののない者に、私は負けん」

 

 謎のクリーチャーとの戦いを経て、ノアさんは、独り言のようにそう呟くのであった。

 

「では、行くとするとか、屋上はもうすぐの筈だ」

 

 こうして、謎のクリーチャーの脅威を排除した俺達は、再び屋上を目指して歩き始めたのだが。

 その矢先、ノアさんが複数の音が聞こえると口にする。

 どうやら音の発生源は、俺達が上ってきた階段かららしい。

 

 なんだか嫌な予感を覚えつつ廊下の先、階段の方を眺めていると、次の瞬間、フェラル・グールの集団がその姿を現した。

 

「に、ニコラスさん! 撃って、撃ってください!」

 

「は、はい!」

 

 迫りくるフェラル・グールの集団に、俺とニコラスさんは手にしている銃器を発砲する。

 しかし、数体倒れた所で、まるで開いた穴を塞ぐかの如く、新しいフェラル・グールが次から次へと姿を現す。

 

「ノアさん、先に行って通路の確保を!」

 

「分かった!」

 

 これは戦っていてもきりがないと判断し、ノアさんに先行して通路の確保を行ってもらうよう指示を飛ばす。

 

「む! これでは進めんぞ!」

 

 すると、ノアさんの嫌な声が聞こえてくる。

 角を曲がったその先、ノアさんの巨体で全体像は見えないまでも、隙間から微かに見えるのは、崩落の瓦礫により途中で通行止めとなった廊下の様子であった。

 

「ノアさん! その横の扉を!」

 

「おぉ、分かった……ん?」

 

「どうしたんです!?」

 

「鍵は開いているが、扉が開かん。……何かが引っ掛かっているようだ」

 

 しかし、ノアさんのすぐ横に扉を発見し、まだ活路は見いだせると思った矢先。

 ドアノブに手をかけたノアさんから、またも嫌な言葉が漏れる。

 

「ノアさん、力づく! 強引に開けてください!!」

 

 が、何の為の巨体だ、何の為のスペースマリーンパワーアーマーだ。

 俺の言葉に、壁を容易くぶち抜いた事を思い出してくれたのか、ノアさんは扉に向かい体を構えると、次の瞬間、扉を、その枠ごと豪快にぶち破るのであった。

 

「いいぞ、早く!」

 

「ニコラスさん、行きますよ」

 

「は、はい!」

 

 新たな活路が開かれたのを確認すると、俺とニコラスさんは、銃撃の手を緩める事無くぶち破られた扉の方へと移動していく。

 こうして、ぶち破られた扉の前までやって来たのだが、ぶち破られた扉の先に広がる光景を目にして、思わず二度見してしまった。

 

「な!?」

 

 そこには、豪華なスイートルームのリビングの床に大きく開いた、大穴の姿があったからだ。

 大穴はリビングの大部分を占める為、迂回路など見当たらない。

 だから架けられたのか、大穴には、鉄板で出来た橋が架けられていた。

 

 ノアさんが架けた、訳ではないだろう。架ける時間などないに等しいのだから。

 では誰が、おそらく、俺達が救助に向かっているタロン社の社員達だろう。

 

「な、ナカジマさん、ここ、ここは私が引き留めておきますから! お先に!」

 

 と、考察していると、不意にニコラスさんから意外な言葉が飛び出す。

 

「え!? ですけど……」

 

「わ、私は大丈夫です! だからナカジマさん、早く!」

 

 専用ドアシールドでフェラル・グールの猛攻を受け止めている、ニコラスさんの覚悟を無下にする訳にはいかない。

 俺はニコラスさんに背中を任せると、隙を見て橋の前まで移動する。

 

「早く!」

 

 橋の対岸には、既に橋を渡ったノアさんの姿があった。

 ノアさん程の巨体でも渡れるのだから、強度は問題ないだろう。

 

 ──本当に渡ったんだよね。

 ノアさんの身体能力なら、これ位の直径の大穴、飛び越えられない事もない気がするが。いや、余計な考えは止めておこう。

 

「……うわ」

 

 こういう高い所に架けられている橋を渡る場合、あまり下を見ない方がいいと言われるが。

 人間には、怖いもの見たさ、という好奇心に駆られ怖いものでもつい見てしまいたくなる衝動が存在する。

 

 そして、俺は今まさに、そんな衝動に駆られ、大穴の下をのぞき込んでいる。

 

 まるで吸い込まれるかのように広がる大穴の底、下層まで突き抜けたその高さは、おそらく十階相当だろう。

 足を滑らせ落ちてしまえば、ひとたまりもない。

 

「何をしている、早く渡るんだ!」

 

 と、橋を渡る途中で暢気に大穴をのぞき込んでいた俺の意識を呼び覚ますように、ノアさんの声が耳に届くや。

 俺は意識を再び現実へと引き戻し、足早に橋を渡るのであった。

 

「ニコラスさん、ニコラスさんも早く!!」

 

「は、はいぃ!」

 

 隙を見て、フェラル・グールの猛攻をはねのけたニコラスさんも、急いで橋を渡り、こうして全員が無事に橋を渡りきる。

 

 だが、それでフェラル・グールの猛攻から逃れられた訳ではない。

 フェラル・グール達もまた、橋を渡り俺達に追いつこうとする。

 

「ふんっ!!」

 

 が、それは叶わなかった。

 何故なら、ノアさんがその脅威の怪力で鉄板の橋を持ち上げ、橋を渡れなくしたからだ。

 

 渡るべき橋がある前提で、勢いよく渡ろうとしていた矢先に橋が持ち上げられたものだから。

 フェラル・グール達は急ブレーキをかけたものの、勢い余って次々に大穴の底へと姿を消していく。

 

「あ……」

 

 が、最後尾に位置取っていたフェラル・グールは、ギリギリの所で落下を免れたものの、踏ん張りをなくせば今にも落ちそうなほどだ。

 

「お?」

 

 このまま放っておいてもいいが、やはり後々の為にも、一体とはいえ片付けない訳にはいかない。

 なので、足元に落ちていた、丁度いいサイズのコンクリートの破片を拾うと、それを、踏ん張っているフェラル・グール目掛けて投げる。

 

「ガァァァァァァ……」

 

 切ない最後の一撃を受けたフェラル・グールは、断末魔をあげながら、大穴の底へと姿を消すのであった。

 

「……ふぅ、では、行くとするか」

 

 こうしてフェラル・グール達が姿を消し、再び橋を架けなおしたノアさんを先頭に、俺達は再び屋上を目指して足を進め始める。

 

 

 

 そして、残りの階層も無事に突破し、俺達はようやく、屋上へと続く階段へとたどり着いた。

 一歩一歩、階段を上り、屋上へと繋がる扉を開けた俺達を待っていたのは、突然の銃声であった。

 

「ぬ!?」

 

 刹那、先頭を歩いていたノアさんのスペースマリーンパワーアーマーに対し、幾多もの銃弾が叩きつけられる。

 

「ま、待って下さい! 俺達は人間です! 敵じゃありません!!」

 

 枯れんばかりに叫んだ俺の声が届いたのか、不意に、銃声が止み静寂が訪れる。

 

「ノアさん、大丈夫ですか!?」

 

「これ位、どうという事はいない」

 

 ノアさんの無事も確認し終えると、俺達の方へと歩み寄ってくる人影に気が付く。

 

「すまなかった、フェラル・グールの襲撃に怯え、神経質になり過ぎていたようだ」

 

 黒一色に塗装されたコンバットアーマーの節々から鍛えられた肉体を覗かせ、立派に蓄えられた髭を整え、頭頂部に燦然と輝くモヒカン刈りを備えたその男性は。

 次いで自らの自己紹介を始めた。

 

「私はタロン社の社員で、"ロード・バイロ"、バイロ班の班長をしている」

 

 ロード・バイロと名乗った男性こそ、ミロさんの上司である班長のようだ。

 ロード・バイロと握手を交わし、俺達も自己紹介と共に、ここまでやって来た目的を伝える。

 

 まさか伝令に出した部下が、途中で出会った見ず知らずの俺達に自分達の救助を求めた事には呆れずにはいられないようだったが。

 

「君達があの地獄を突破し、ここまでやって来れた事を考慮すると、君達の戦闘力の高さは本物であると認めざるを得んな」

 

 逃げ出す事もなく、俺達が実際にここまで足を運んだ事実から、俺達の事は信頼してもよいと判断してくれたようだ。

 

 

 因みに、信頼を深める一環で、ロード・バイロというのは本名かどうかを尋ねると、どうやら"ロード"というのはタロン社内の役職のようなもので。

 上から、究極のエクストラロード、極上のオーバーロード、至高のオーバーロード、オーバーロード、至高のロード、ロード、そして平社員となる。

 

 この衝撃の事実を聞いた俺は、流石は伝説のジャブスコ司令を輩出した会社だ。と内心感心するのであった。



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第二十七話 救助 前編

 ノブレス・ザ・ホテルの屋上は、元々展望台として整備されたいたようだが、今ここは、文字通り地獄の光景が広がっていた。

 ロード・バイロ率いるバイロ班の生き残りが陣取る、土嚢や家具などで作られた陣地の周囲には、これまで襲撃を試み見事に撃退されたフェラル・グール達の屍が転がっている。

 

「現状、我々の置かれている立場は非常に苦しいものだ。部下は度重なるフェラル共の襲撃で疲弊し、重傷者も既に二人ほどいる。加えて、予備の弾薬も残り少ない。あと、襲撃を一度か二度耐えられる程度だ」

 

 陣地に案内されながら、ロード・バイロは俺達に自分達の現状を簡潔に説明してくれる。

 陣地内で見張りに当たる社員達や、休息をとる社員達の顔には、一様に疲労の色が見て取れた。

 また、敷かれたシーツの上で寝かせられた二人の社員は、片足がなく、顔色もかなり悪い。応急処置を受けた重傷者の二人だろう。

 

「医療品も不足している。所持していたスティムパックも既に底をつき、彼らの痛みを和らげてやる事もできん」

 

「……あの、もしよかった、これを使ってください」

 

 ピップボーイを操作し、スティムパックを二本取り出すと、ロード・バイロに手渡す。

 

「本当にいいのか!? 貴重なスティムパックをこうも……」

 

「予備はまだありますから、遠慮なくどうぞ」

 

「本当に、恩に着る」

 

 受け取ったスティムパックを、衛生兵の社員へと手渡すと、早速重傷者の二人にスティムパックが打たれる。

 ゲームでは、重傷を負ってもスティムパックを一本打てばたちまち元気百倍になれる魔法の薬であったが、流石にこの世界ではその限りではない。

 失った片足などは戻らないが、一時的に痛みを和らげる事は可能だ。

 

「さて、現在我が班で戦う事のできる者は、私を含め四人。君達を含めると合計七人だ。この人数を念頭に、今後の行動計画を立てていこうと思うのだが……」

 

 陣地の一角、ホテルの部屋から拝借した椅子に腰を下ろすと、ロード・バイロと共に、今後の行動についての話し合いが始まる。

 

「俺達が通ってきた道を全員で一気に戻るというのは、どうでしょうか?」

 

「確かに、それが一番無難な方法だろう。……だが、正直に言って、私は難しいと考えている」

 

「それは、何故?」

 

「私は、重傷者の二人も、共にこのホテルから脱出させたいと思っている。甘いと思うのなら、そう思ってくれて構わない。この屋上に逃げてくるまで、私は数人の部下を失っている。……だから、もうこれ以上、部下は失いたくないんだ」

 

 屋上に来るまでに目にした、名も分からぬロード・バイロの部下の姿が思い出される。

 

 指揮官としては、重傷者二人を見殺しにして、残りの部下の生存を最優先に考えるのが正しい。

 だが、心ある人間としてならば、やはり重傷者の二人も含めて、ここにいる全員を助けたいと思うものだろう。

 

「分かりました。では、重傷者の御二方も含めて、全員でここから脱出しましょう」

 

「……本当に、すまん」

 

 頭を下げるロード・バイロに対して、俺も見殺しにするのは後味が悪いと、言葉を続けるのであった。

 

「でも、重傷者の御二方は自力で歩けないので、必然的に誰かが手を貸す事になりますね……」

 

「では、私はあの二人を脇に抱えていこう」

 

 そこで名乗りを上げたのは、ノアさんであった。

 

「私なら力もある、二人を両脇に抱えて行くことなど、容易い事だ」

 

「確かに、ノアさんなら……」

 

「だが、二人を脇に抱えた状態で、ホテルの廊下を通れるのかね?」

 

 名案だと思った矢先、ロード・バイロの言葉に、何と浅はかな考えだろうと思い知らされる。

 人を両脇に抱えていない状態でも、ノアさんはホテルの廊下を少々窮屈に通っていた。

 そんな状態で、更に人を両脇に抱えればどうなるのか、難しく考えるまでもない。

 

「あー、となると、両脇ではなくおんぶと抱っこで抱えていくというのはどうでしょうか?」

 

「確かに、横よりも前後なら廊下を通れない事もないだろうが……。いや、やはり別の脱出方法を考えた方がいいだろう。フェラル・グール共の闊歩する只中を突っ切るのはリスクが高すぎる」

 

 結局、ノアさんが重傷者を抱えていく案はおろか、俺達が通ってきた道を逆走する案も却下される事となった。

 

「それでは、別のルートで脱出を?」

 

「いや、このホテルには非常階段もなく。屋上から下層に行く手段も、君達が通ってきたルート以外には確認できない」

 

「え、それじゃ、一体どうやってこのホテルからの脱出を?」

 

「本部の救助だ」

 

 ロード・バイロから出た言葉に、俺は一瞬理解が出来なかった。

 

「我々の本部はシカゴ・ミッドウェー国際空港と呼ばれていた空港跡地に設営されている。そして本部には、今でも稼働可能なベルチバードを数機、保有している」

 

 しかし、"ベルチバード"の単語が出た途端、彼の言葉の意味を理解するのであった。

 

 ベルチバード、核戦争前のアメリカ軍が運用していたティルトローター機だ。

 ずんぐりな胴体に真ん丸なコクピットの窓、真ん丸なトンボを彷彿とさせる見た目を有したこの機体は、核戦争後、プリドゥエン等の一点物を除けば、ウェイストランドにおいて唯一の量産型航空機である。

 フォールアウトシリーズでは、エンクレイヴと呼ばれるアメリカの正統な後継者を掲げる組織の専売特許であったが、4のナンバリング作品以降、他の組織も運用を行い始めている。

 

 タロン社が保有しているベルチバードは、おそらくエンクレイヴ以外の組織から流れた機体であろう。

 

 因みに、ベルチバードはミニガン等で武装する事も可能ではあるが、本来の用途は人員の輸送である為。

 攻撃機としての運用は、あまり適しているとは言い難い。

 ただし、核戦争以前と異なり、核戦争後は対空攻撃手段も限られる為、例えミニガン程度であっても、空からの攻撃というアドバンテージは計り知れないものとなる。

 

 しかし、流石はレイダー等とは一線を画す組織力を持つタロン社。

 一機だけでも貴重なのに、それを複数も保有し、尚且つ運用できるとは、恐れ入る。

 

「ベルチバード……、確か、戦前にアメリカ軍が運用していたティルトローター機、ですね」

 

「あぁ、我々タロン社が保有しているのは戦前のものではなく、"連邦"で生産された物を購入したものだが」

 

 連邦、Fallout4の舞台であるボストン周辺の地域の事であろうか。

 年代的に、現在は同作品の作品内時系列以降だ。故に、連邦が作中に登場する何れかの勢力によって統治されていてもおかしくはなく、その結果、ベルチバードの輸出等が行えていてもおかしくはない。

 なにせ、同地域はシリーズ内でも屈指の科学技術力を有しているのだから。

 

 とはいえ、その辺りの事情を調べるのは、また後日になるだろう。

 

「それで、そのベルチバードを使って本部が救助に駆け付けてくれると考えているんですね」

 

「そうだ、空から脱出できれば、危険な橋を渡らなくて済む」

 

「しかし、それには本部が救助に駆け付けると確信を得られなければ……」

 

「大丈夫だ。ミロは必ず本部に我々の窮地を伝える筈だ」

 

 そういえば、俺達と別れた後、ミロさんは無事に本部へとたどり着けたのだろうか。

 もし、もしも途中で力尽き、本部にこの惨状が伝わっていなかったら。

 

 嫌な考えが頭を過った刹那、見張りの社員が声をあげた。

 

「おぉ、あれは間違いない!!」

 

 声をあげた社員が指をさす方を見つめたロード・バイロは、何やら意味深な言葉を発する。

 俺も、彼らが見つめる先を、目を細めて凝視すると、そこには、廃墟と化したビルの間から遠く立ち上る、黄色の煙があった。

 

「あれは?」

 

「あれは、合図だ。無線などが使えなくなった時等の緊急時に用いられるな」

 

「それで、その内容は?」

 

「どうやら、無事にミロが我々の窮地を本部に伝えてくれたようだ!」

 

 現在からすればもはや石器時代の手法とも呼べる、狼煙を用いた情報の伝達手段で伝えられたのは、地獄に伸びた一本の蜘蛛の糸であった。

 この知らせに、それまで半ば意気消沈していた社員達も、生気を取り戻し。希望に満ち溢れた表情へと変わっていく。

 

「では、もう間もなく本部が救助に駆け付けるんですね」

 

「いや、直ぐではないだろう。少し時間はかかる筈だ」

 

「そうですか。……でも、これで一安心ですね」

 

「あぁ、そうだな。これも、君達が来てくれたお陰だ」

 

「そんな、俺達は特になにも……」

 

「いや、君達がホテル内でフェラル・グール共の動きをけん制してくれたからこそ、今もこうして我々が生き残っていられる。本当に、感謝する」

 

 あまり自覚はなかったものの、間接的に援護していた事実に、俺は少しばかり照れながらロード・バイロの感謝の言葉を受け取るのであった。

 

 

 

 こうして、成り行きで受けた救助の依頼も終わりを告げる、と一安心した時の事であった。

 不意に、見張りを行っていた社員の声が耳に入る。

 

「フェラル共がくるぞ!」

 

「聞いたか野郎ども! 我々がここからいなくなるのを寂しがって、フェラル・グール共がさよならを言いに来てくれたぞ!! さっさと歓迎の準備だ!!」

 

 ロード・バイロの命令に、慌ただしく迎撃態勢が整えられていく陣地内。

 

「聞いての通りだ、フェラル・グール共が押し寄せてくる。だが、これを凌げば、我々は脱出できる」

 

「分かってます。俺達も、迎撃に参加します」

 

「ありがとう」

 

 そして、俺達も迎撃に参加すべく準備を整え始める。

 

「あぁ、そこの君。確か、ロバートソンだったか」

 

「え? わ、私?」

 

「そんな豆鉄砲では心許ないだろう、これを使うといい。パワーアーマーならこいつでも片手で扱えるはずだ」

 

 ニコラスさんに声をかけたロード・バイロは、手にした銃をニコラスさんに手渡した。

 ニコラスさんが受け取った銃は、M199 ヘビー・アサルトライフル。Fallout4にてアサルトライフルの名称で登場した銃である。

 

 アサルトライフル(突撃銃)の名が付けられているものの、その外見は、水冷式機関銃に似たバレルに機関銃に似たハンドガードの形状、そしてレトロな雰囲気を漂わせる木製のグリップにストック。最後に大容量のドラムマガジン。

 おおよそ、アサルトライフルと名をつけるには難しい外見を有している。

 その為か、この世界では、パワーアーマーでの突撃銃としての運用を前提として開発されたものの、生身の人間でも軽機関銃として運用可能な汎用性の高い銃として登場しており。

 この事から、突撃銃にも軽機関銃にも分類されない、ヘビー・アサルトライフルという独自の名称を与えられる事となった。

 

 因みに、使用弾薬は5.56mm弾なので、俺のM4カスタムと相互性を持っている。

 

「そうだ、一応弾薬を、どうぞ」

 

「弾薬まで!? いいのか!?」

 

「予備はまだありますし、それに、自分が後悔しないように使うと決めましたから」

 

 予備の弾薬も少ないと言っていたことを思い出した俺は、ピップボーイから予備の弾薬を取り出すと、社員の方々に渡していく。

 幸い、彼らが使用する銃の使用弾薬は特殊なものではなかったので十二分に揃っており、なんの問題はなかった。

 

 ヴァルヒムさんだって、文句は言わないだろう。

 

 こうして予備の弾薬を渡し終えると、自身のM4カスタムの状態を見定め、次いでピップボーイから、万が一の為の予備の銃も取り出しておく。

 そして、一通りの迎撃準備が整った頃。

 遂に、屋上への唯一の連絡口である扉が、バリケードにより塞いでいた事など物ともしない勢いで開かれる。

 

 そこから現れたのは、自らの欲望に飢えた悪魔たち。フェラル・グールの集団であった。



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第二十八話 救助 中編

「ガァァァァツ!!」

 

「撃てーっ!!」

 

 開戦を告げるフェラル・グールの咆哮、そして各々の銃口から放たれる弾丸の数々。

 足を、脇を、腕を、命中した弾丸が発するストッピングパワーによりえぐり取っていく。

 だが、それでも奴らは、俺達のいる陣地へと臆する事無く向かってくる。自らを突き動かす欲望を満たす為に。

 

「班長! 今回の襲撃は今までより数が多い!」

 

「余計な事は考えるな! フェラル・グール共をハチの巣にしていけば、じきにいなくなる!」

 

 それまでの襲撃とは数が異なるのか、悲観的な声が飛んだものの、それもロード・バイロの声と途切れる事のない銃声にかき消されてしまう。

 

「グレネード!」

 

 俺は枯れんばかりに叫び注意を促すと、手にしたM26手榴弾の安全ピンを抜き、それを途切れることなく陣地に目掛けて迫るフェラル・グールの集団に向かって投げる。

 緩やかな放物線を描き投げられたM26手榴弾は、程なくして数体のフェラル・グールを巻き添えに、その役割をきっちりと果たすのであった。

 

「くそ、まだ湧いてくる」

 

 だが、数体巻き添えにした所で、迫りくる波の勢いは衰える事はない。

 ならば、もっと大きな衝撃をもって、勢いを衰えさせるまでだ。

 

 衝撃発生装置たる装置一式、ミサイルランチャーと弾薬のミサイルをピップボーイから取り出すと、早速ミサイルをミサイルランチャーに装填し、準備を整える。

 

「撃ちます!」

 

 発射時に発生するバックブラストに見方を巻き込まないように後方確認を終えると、俺はトリガーを引いた。

 刹那、盛大なバックブラストが発生すると共に、甲高い音を引き連れミサイル本体がフェラル・グール達の間を突っ切ってゆく。

 

 やがて、進行方向上に偶然いたフェラル・グールにぶつかると、その衝撃が引き金となり、内包していた爆発エネルギーを周囲に放出する。

 爆炎が周囲のフェラル・グールを焼き尽くし、衝撃波が爆炎の届かぬ範囲のフェラル・グール達をなぎ倒していく。

 爆発の光と爆音で一瞬目を背けた後、再び目にした光景は、黒煙を中心に広がる、二度目の死を迎えたフェラル・グール達の姿であった。

 

「ヒューッ! 優しそうな顔して、やる事が派手だねぇ」

 

「どうも」

 

 近くにいたロード・バイロからお褒めの言葉をいただくと、再びM4カスタムを手に取り、5.56mm弾を生き残りのフェラル・グールにプレゼントしていく。

 

 ド派手な一撃のお陰か、さよならの歓迎に訪れるフェラル・グールは徐々に少なくなっていく。

 だが、どうやらフェラル・グール達は嬉しくもないサプライズを用意していたようだ。

 

「オオオォォォ!!」

 

 聞き覚えのある咆哮と共に、黒煙の中から突如姿を現したのは、十三階から落下して死んだ筈の、謎のクリーチャーであった。

 どうやら、謎のクリーチャーは、倒したあの個体だけではなかったようだ。

 

「えぇぃ! まだいたか!!」

 

 一心不乱に俺達のいる陣地目掛けて突進してくる謎のクリーチャー。

 その存在に気付いたノアさんは、不意に謎のクリーチャーの進行方向上に飛び出すと、その手にしたチェーンソードを振りかざした。

 

「さっさと地獄に帰るんだな!!」

 

 そして、謎のクリーチャーが範囲内に飛び込んだとみるや、振りかぶったチェーンソードは、その鋭利な刃をもって謎のクリーチャーの巨体を引き裂いていく。

 その巨体に似つかわしい豪快な血飛沫を屋上にまき散らしながら、やがて謎のクリーチャーは、巨大な二つの肉片と化すのであった。

 

「やっぱり化け物を倒すなら、この手に限るな!」

 

 着用するスペースマリーンパワーアーマーを返り血で染めながら、何処かの大佐のような台詞を吐くノアさん。

 しかし、そんな手を使えるのは、今のところノアさん位な気がするのですが……。

 いや、突っ込むのはこれ位にしておこう。

 

「はは! 君の仲間も見た目通り十二分に派手だな!」

 

「……どうも」

 

 なんて、再びロード・バイロからお褒めの言葉をいただいた矢先。

 

「ぬお!? なんだ!?」

 

 フェラル・グールの間を縫うように、何かがロード・バイロの腕に巻きつく。

 彼の声に反応して巻きついた何かを確認してみると、それは、まるで舌のような物体であった。

 

「ぬお!」

 

 刹那、まるで舌の持ち主は自らの方へとロード・バイロを引っ張るかのように、舌を戻し始める。

 そうはなるまいとロード・バイロも踏ん張ってはいるものの、今にも負けて引っ張られそうだ。

 

「危ない!」

 

 なので、俺はロード・バイロの体を掴むと、引っ張られまいと踏ん張る。

 が、見た目によらずとんだ馬鹿力なのか、このままでは俺ごと引っ張られてしまいそうだ。

 

「今助けるぞ!」

 

 だが、そこに救世主が現れる。

 返り血で装備を染めた救世主は、徐に伸びた舌を両手で掴むと、次の瞬間、まるでチーズを裂くかの如く、ロード・バイロの腕に巻き付いていた舌を引き千切った。

 

 しかし、それでは終わらない。

 続けざまに引き千切った舌を再度掴みなおすと、まるでハンマー投げの如く豪快なスイングを披露すると、綺麗なターンを描き、やがて。

 

「ぬぁぁぁっ!!」

 

 投げられたそれは、見事な放物線を描きながら、落下防止用の柵の向こう側へと消えていった。

 

「やはり化け物を倒すのは、この手に限るな!」

 

 だから、そんな手は知りませんよ、ノアさん。

 

 

 

 ノアさんの真似できない必勝法も効果があったのか。

 気づけば、フェラル・グールのさよなら送別会は、終わりを告げていた。

 

「……どうやら、私達の勝ちのようだな!」

 

 屋上に更に飛び散ったフェラル・グールの骸の数々を目にし、ロード・バイロは高らかに勝利宣言を行う。

 

 これで、後は本部の救助隊がベルチバードで駆けつけてくれれば、この地獄ともおさらばできる。

 誰もが、希望の未来を夢見て、その瞬間、張り詰めていた警戒の糸を緩めてしまっていた。

 その油断が、まさかこの直後、大きな代償となって戻ってくるなど思ってもいなかった。

 

「オォォォォオオッ!!」

 

 屋上に響き渡る獣の如く咆哮。

 その咆哮に、全員が顔を動かし、咆哮の正体を探し出そうとする。

 

 刹那、未だ立ち上り続ける黒煙を引き裂いて、何かが俺達のいる陣地目掛けて飛来する。

 それが、巨大なコンクリートの塊であると理解した頃には、巨大なコンクリートの塊は、陣地の防壁である幾つかの土嚢や家具を破壊しながら着弾した。

 

「くっ!?」

 

 まるで砲弾と化したかの如く、着弾した巨大なコンクリートの塊は着弾時の衝撃で粉砕し、小さな破片を周囲に飛散させる。

 小さくなってもそれはコンクリートだ。直撃すれば勿論の事、当たるだけでも、そのダメージはかなりのものとなる。

 

 近くにいたタロン社の社員達、そして、俺を庇う様な形で足に被弾したロード・バイロも、その痛みに顔を歪める。

 

「大丈夫ですか!? ロード・バイロ!」

 

「あぁ、くそ! 一体何なんだ!!」

 

 突然の出来事に加え、痛みを紛らわせる為に怒鳴り気味のロード・バイロ。

 兎に角足を引きずる彼に肩を貸そうと近づいた、その時であった。

 

「あぁ、くそ! 第二波だ!! 総員迎撃!!」

 

 何かに気が付いたロード・バイロが声を挙げる。

 それは、新たに現れた欲望に飢えた悪魔たちの姿。

 再び向かい来る、フェラル・グール共の姿であった。

 

「えぇ! ま、まだ来るんですか!」

 

「おいてめぇ、早くそいつを撃ちやがれ!」

 

「ま、待ってください、まだ慣れてなくて、リロードがうまくできないんですよ!」

 

 予期せぬ第二波の発生に、陣地内は混乱する。

 ニコラスさんはまだ扱い慣れていないM199 ヘビー・アサルトライフルの弾倉交換に手間取り、近くの社員から矢の催促を受け。

 

「あぁ、くそう、いてぇ! こんな事なら、俺、入隊するんじゃなかった!!」

 

「泣き言言わずにさっさと撃ちやがれ!」

 

 先ほどの巨大なコンクリートの塊の破片を受けた社員は、痛む部分を手で押さえながら泣き言を垂れ流し。

 難を逃れ無事な同僚は、そんな彼を鼓舞させようと言葉を投げる。

 

「えぇぃ、まだこんなに残ってやがったのか!」

 

 足を負傷したロード・バイロは、銃の反動が響くのを嫌ってか。

 反動のほとんどないAER9型 レーザーピストルに持ち替え、迫りくるフェラル・グールにその光線を照射していく。

 

 赤い光線の当たったフェラル・グールが、文字通り砂の如く崩れ、灰の山となる。

 

「弾幕薄いぞ! なにやってんの!!」

 

 不意の第二波に加え、それに伴う混乱。そして、巨大なコンクリートの塊による影響で攻撃手が不足し、弾幕の濃度が第一波の時よりも薄くなる。

 しかし、フェラル・グールの数は第一波と然程変わりはない。

 

 これから導き出される結果とは、言うまでもない。

 

「ちくしょう! やめろ、くるな!!」

 

 防壁ともいうべき土嚢や家具が破壊された個所などから、フェラル・グールが陣地内に侵入し、社員達に襲い掛かる。

 

「くそ!」

 

 馬乗りになり、今にも社員の喉元に噛みつかんとするフェラル・グールの背に駆け付けながら5.56mm弾を叩き込むと、とどめとばかりに、その貧相な後頭部にM4カスタムのストックを利用した重い一撃をお見舞いする。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あぁ、すまねぇ、助かった」

 

 差し出した手を握り返し、無事に立ち上がった社員の無事にひとまず安堵したのも束の間。

 再び、別の社員の悲鳴が響き渡る。

 

「あば、あ、あぁ!」

 

 喉を噛まれたのか、複数のフェラル・グールに押し倒された社員は、助けを求めてフェラル・グールの間から必死に手を伸ばす。

 

「くそ!!」

 

 早く助けなければ、その思いが焦りを生んだのか、トリガーを引いた筈のM4カスタムの銃口からは、5.56mm弾は放たれなかった。

 

 ──弾切れ!?

 

 弾倉交換している一秒も今は惜しい。

 気づけば、俺の手はM4カスタムを離し、レッグホルスターに収納している攻撃型カスタムガバメントに伸びていた。

 

 そして、攻撃型カスタムガバメントを構えると、.45口径弾を群がるフェラル・グール目掛けて放ち始める。

 

「あぁ、くそ! アンディー、おいアンディー! あぁ、畜生!!」

 

 群がるフェラル・グールを一掃した先に広がっていたのは、自らの血と肉の海に染まった、無残な社員の姿であった。

 仲が良かったのだろうか、同僚の社員の一人が、無残な彼に駆け寄ると、泣き崩れる。

 

「泣く暇があったら、あいつの分までフェラル・グール共に鉛弾をぶち込んでやれ!!」

 

 そんな社員の姿に気が付いたロード・バイロの声が飛ぶも、どうやら彼の戦意は既に喪失してしまったようだ。

 

「くそ! この野郎!」

 

「うわ! うわ! うわぁぁっ!!」

 

「ぬ! くそ!」

 

 ふと、周囲の状況を改めて確認してみる。

 陣地内は、もはや乱戦模様と化している。

 あちらこちらで生者と死者の取っ組み合いが巻き起こり、とても、爆発物で死者のみを一斉に火葬する事は出来なさそうだ。

 

 近接戦で強みを発揮するノアさんも、自身に取りついたフェラル・グール達のお陰で、身動きが取れそうにない。

 ニコラスさんも、もはや専用ドアシールドでフェラル・グールの魔の手を防ぐのに精一杯。

 

 もはや、組織的に攻撃する状況ではなく、各々が生き残るために精一杯な状況であった。

 

「っ! この!」

 

 そして、俺も。

 不意に迫っていた魔の手を振り払うべく蹴りを入れると、倒れたフェラル・グールの頭部目掛け、固いミリタリーブーツの靴底を踏み下ろす。

 

 さて、また一体、フェラル・グールに二度目の死を与えたわけだが、これから俺はどう行動すべきか。

 空になったM4カスタムと攻撃型カスタムガバメントの弾倉交換を行いながら、俺は思考を巡らせる。

 

 どうすれば、俺達に有利な状況に戻せるか、その為にどう行動するか。

 

 何度も何度も脳内シュミレーションを繰り返し、次にとるべき行動を選定していく。

 因みにこの間、まるで周囲はV.A.T.S.を使用したかの如く、時間の流れが緩やかになっていた。

 

「……ん?」

 

 こうして、次にとるべき行動を実行に移そうとした矢先。

 不意に、音が聞こえてくる。

 

「これは……」

 

 それは、銃声でも雄たけびでもない。

 丁寧に、そして優美でいて力強い、聞く者によっては、それは恐怖にすら感じる、まさにそれはメロディ。

 

 

 

 そんなメロディに付けられた名は、ワルキューレの騎行。

 

「っ!?」

 

 刹那、廃墟と化したビルの間を通り抜け、風邪を切り裂く音が木霊する。

 それは、鉄の塊が空を飛ぶ為に必要な揚力を得るべく発する音。

 その揚力を得るべく回転を続ける二つのティルトローター、それが発生させる空気の流れは、屋上にいる俺達の肌でも感じられる程強力だ。

 

 しかも、その発生源が一つではなく複数となると、猶更。

 

「ベルチバードの編隊!?」

 

 ホテルの上空にワルキューレの騎行と共に姿を姿を現したのは、複数のベルチバードであった。

 ホテルの上空を旋回しつつ、その姿を見せつける複数のベルチバードの機体側面には、タロン社を示すロゴマークが描かれている。

 

 どうやら、本部ご自慢の騎兵隊が到着したようだ。



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第二十九話 救助 後編

「こちらバッド・ドッグ、聞こえるか? オーバー」

 

 刹那、ピップボーイが反応を示す。どうやら、ベルチバードからの無線を拾ったようだ。

 

「屋上は一面腐った死体だらけでお前らが何処にいるのか分からん、これじゃ制圧射撃も出来ん。オーバー」

 

 どうやら、上からでは陣地と屋上との境目が分からないらしい。

 

「この無線が聞こえているなら、発煙筒で自分達の居場所を知らせろ! 煙を確認し次第、制圧射撃を開始する。オーバー」

 

 刹那、今俺がとるべき行動を理解する。

 この状況下、自由に動けるのは俺だけだ、ならば、やる事は一つ。

 

「ロード・バイロ! 発煙筒は!?」

 

「あそこの木箱だ!」

 

 フェラル・グールと取っ組み合いを繰り広げているロード・バイロから発煙筒の場所を聞き出すと、俺は一目散にその場所を目指し走り出す。

 途中、フェラル・グールの手が俺を捉えようと伸ばされるも、なんとかそれらを躱すと、陣地内の奥に置かれた木箱のもとまでたどり着く。

 

 そして、木箱から発煙筒を取り出すと、直ぐにそれを点火し、大量の煙を吹き上げさせる。

 

「こちらバッド・ドッグ、煙を確認。よーしお前ら、ミンチになりたくなかったらその場を動くなよ。……バッド・ドッグより各機、これより制圧射撃を開始する! ホテルの屋上を石器時代に戻してやれ!!」

 

 なんだかどこかで聞いたことのある様な台詞が聞こえたと同時に、旋回するベルチバードの扉が火を噴き始めた。

 おそらく、制圧射撃の為にベルチバードのドアガンたるミニガンが5mm弾の音楽を奏で始めたのだろう。

 

「ヒィャッフーッ!! 今日は絶好の射撃日和だぜ!!」

 

「おいドゥラァン! 無駄口喋ってないでちゃんと撃ちやがれ!!」

 

「こちらブラック・ルーク、おいドゥラァン、あそこに逃げてる奴がいるぞ、あいつを仕留めたら、後でビールを奢ってやるよ」

 

「よーし言ったな、そらよ、フゥフゥーッ!! ビールはいただきだ!!」

 

「いいぞベイベー! 逃げる奴はフェラル・グールだ! 逃げない奴は、光ってねぇフェラル・グールだ!! ほんと、シカゴは地獄だぜ!! ハッハーッ!!」

 

 5mm弾が奏でる殺戮の音楽を演奏しながら、演奏者たるドアガンナーの方々は、愉快に楽しんでいるようだ。

 

「こちらブラックホーク、おい待て、ありゃ何だ!?」

 

 だが、そんな演奏に一方的に聞き入っているフェラル・グール達ではないようだ。

 気になる無線が聞こえた直後、上空を旋回するベルチバード目掛け、何かが投げられる。

 

 それは、巨大なコンクリートの塊であった。

 

「クソッ! 何だありゃ!? フェラル・グールの親玉か!?」

 

「バッド・ドッグより各機、気を付けろ、回避行動をとりつつ、あの巨人に攻撃を集中しろ!」

 

 攻撃の集中する方へと目を細めると、そこには、下半身に比べ上半身のみが異常に隆起した外見を持つ、謎のクリーチャーの姿があった。

 

「オォォォォオオッ!!」

 

 聞き覚えのある咆哮が木霊すると、その巨大な両腕が屋上の床を引き剥がし、巨大なコンクリートの塊と化したそれを、鬱陶しく上空を旋回するベルチバード目掛けて投げつける。

 

「ハッ! 馬鹿が、んなもん当たるかよ!!」

 

 しかし、ベルチバードは楽々それを避けると、パイロットは余裕綽々と言わんばかりの声を零す。

 だが、その発言は大きな誤りであった。

 

 その直後、あの発言が呼び水となったか、再度投げられた巨大なコンクリートの塊が、遂に一機のベルチバードに命中した。

 巨大な両腕から繰り出される投力は、巨大な質量に更に力を加え、ベルチバードの命ともう言うべきティルトローターを粉砕する。

 

「あぁくそ!! こちらブラックホーク、左のローターが根こそぎもってかれやがった!」

 

「駄目だ、操縦桿が利かん! 墜落する!!」

 

「ブラックホーク・ダウン! 繰り返す、ブラックホーク・ダウン!!」

 

 パイロットの制御を失った機体は、彼らの奮闘も空しく、黒煙をあげ機体を激しく錐揉みさせ、強力な遠心力でキャビンから乗員を振り落としながら、落下防止用の柵の向こう側へと姿を消した。

 

「バッド・ドッグより各機、ブラックホークの弔い合戦だ。さぁ、いくぞ野郎ども!」

 

 ブラックホークがやられ、一時攻撃の手が緩められたが、指揮官の号令と共に、再び熾烈な攻撃が再開される。

 その熾烈さに、流石の謎のクリーチャーも命の危機を感じたか、先ほどまで攻撃に使用していた巨大なコンクリートの塊を、盾として使用し始めた。

 

「っち! あのデカブツ野郎、一丁前に頭使ってやがる!」

 

「Shit! むかつくぜ!」

 

 巧みな盾さばきで、自らに飛来する5mm弾の嵐を防ぐ謎のクリーチャー。

 このままでは、折角のベルチバードからの制圧射撃があの謎のクリーチャーに釘付けにされてしまい、本来の効果が生かされない。

 

 俺は急いで土嚢脇にまで駆け寄ると、構えたM4カスタムのリアサイトを覗き込む。

 

 サイト越しに狙いを定め、そして、指をかけたトリガーを引く。

 刹那、M4カスタムの銃口から放たれた5.56mm弾は、狙い通り、謎のクリーチャーの腕に命中する。

 だが、放つのはその一発だけではない。

 続けざまに5.56mm弾を謎のクリーチャーの腕に叩き込んでいくと、やがて、糸の切れた人形のように、謎のクリーチャーの腕が力なく垂れ下がる。

 

 すると、片腕だけでは支えきれなくなり、巨大なコンクリートの塊の盾が、空しく床に倒れ落ちる。

 

 刹那、盾を失い無防備となった謎のクリーチャー目掛け、5mm弾の嵐が降り注ぐ。

 

「オォォォォ……」

 

 やがて、悲痛な断末魔をあげ、謎のクリーチャーは自らの血で染まった巨体を、床に没した。

 

「バッド・ドッグより各機、脅威は排除した。さぁ、いよいよフィナーレを飾ろうじゃないか!!」

 

 こうして一番の脅威を排除したベルチバード達は、やがて、強力なダウンウォッシュを発生させながら、次々に屋上へと着陸していく。

 どうやら、残敵を掃討すべく、より小回りの利く人員投入を行うようだ。

 

 着陸を果たしたベルチバードから、黒一色に塗装されたコンバットアーマー一式を身に纏った、或いは黒一色に再塗装され北国製の戦車の如く爆発反応装甲が追加で施された、タロン社専用T-45パワーアーマーともいうべきものを身に纏ったタロン社の社員達が次々と降りてくる。

 

「タロン社だぁー!!」

 

 自らの社名を大々的に告知する新手に退路を断たれ、挟撃を受ける形となった残りのフェラル・グール達の運命は、もはや決まったも同然であった。

 

 

 

 それから程なくして、ホテルの屋上に、再び静寂が舞い戻った。

 ただし、代わりに屋上には、血と硝煙の臭いが蔓延する事となる。

 

「んー、はぁーっ! やはり、コーヒーブレイク香る硝煙の匂いはいいものだ。だが、やはりナパームの匂いに勝る勝利の匂いはない! そう、思うだろう、諸君?」

 

「サーイエッサーッ!!」

 

「諸君、ミシガン湖の腑抜けた波にしか乗った事のない連中など、我々イーストコーストの敵ではない、そうだな?」

 

「サーイエッサーッ!!」

 

「結構」

 

 その原因たるフェラル・グール達の骸を踏み歩き、バッド・ドッグのコールサインで救助隊の指揮を執り行っていた人物が、陣地へと近づいてくる。

 戦前の米軍が採用していたい軍用戦闘服を身に纏い、湯気の立つカップを片手に、テンガロンハットにサングラスをかけた中肉中背の男性は、やがて陣地に到着すると、腰に空いている手を当て、その白い歯を輝かせながら言葉を発した。

 

「ロード・バイロ、生きてるかね? もし死んでいるのなら、返事はしなくていい!」

 

「サー、オーバーロード・デュバル!」

 

「ははは! 冗談だ。よく無事だったな! ん? 足をやられたか?」

 

「これ位、ヌカコーラをすぐ飲めば治ります」

 

「ははは!! そいつは結構だ。だが、君の班は当分活動停止だな、人員補充やら練度向上などをしなけりゃならん。ま、暫くは貴重な休暇を楽しむんだな」

 

「サーイエッサー」

 

「あぁ、そうだ。負傷して吐いちまうほどまで戦った君には、私のコーヒーを飲む権利をやろう! おい、彼にコーヒーを!!」

 

 オーバーロード・デュバルと呼ばれた男性は、ロード・バイロと暫し言葉を交わすと、やがて部下の社員に後を任せ、俺の方へと歩み寄ってくる。

 

「さて、君が、ミロという社員が言っていた、我々の同業者かね?」

 

「はい、ユウ・ナカジマと申します」

 

「三人だけの小さな傭兵屋、しかし、その実力は数以上のものらしい。なんせ私達が到着するまで、ロード・バイロ達を腐った死体どもの腐った魔の手から守ったのだから、な」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

「しかも、こんなご時世にも関わらず大層な教養まで身につけている! ははは、こいつは素晴らしい! どうだ? 君達さえよければ、タロン社に入社しないか? ウチは見ての通りアットホームで明るい会社だ、未経験者でも優しい先輩たちが丁寧に教えてくれるし、頑張り次第で役職アップも夢じゃない! 無論、各種保証もしっかり完備、どうかね?」

 

 その謳い文句って典型的な型にはまった謳い文句じゃないですか。やだー。

 あ、そうか、会社のイメージカラーが(ブラック)なだけに、か。

 

「……申し訳ありません。有難い申し出なのですが、今はまだ、そうした考えは持っていないので」

 

「あぁ、そうか。いや、すまない。答えてくれて感謝するよ。……あぁ、そうだ、もしも、今後君達の気持ちが変わった時は、いつでも連絡をくれ。私達は、いつでも君達の入社を歓迎しよう!」

 

 こんな世の中じゃブラックもへったくれもないが、俺達にはやるべきことがある。

 なので、やんわりと断りを入れると、どうやら向こうも察してくれたのか、勧誘の話はこれにて終わりとなった。

 

「あぁ、そうだ。連絡先を教える意味も込めて、これを渡しておこう、さぁ、どうぞ」

 

「あ、ご丁寧にどうも」

 

 軍用戦闘服の胸ポケットからカードを取り出すと、丁寧にそれを渡してくださる。

 受け取ったカードは、オーバーロード・デュバルの肖像入り名刺であった。

 まさか、こんな世紀末の世界で、再び名刺を見る事になろうとは、思ってもいなかった。

 

「これでも私は、シカゴを中心とする一帯を担当しているシカゴ支店の副支店長をしていてね」

 

「そんな偉い方が、まさか救助部隊の指揮官として現場にやって来るとは……」

 

「ははは、タロン社は幹部社員と言えど、時に平社員達と共に銃を手に、最前線を駆け巡る、そういう会社だよ。あぁ、もしよければ、私がスプリングフィールドに屯していたレイダー野郎どもをベルチバードの絨毯爆撃で消し炭にしてやった時の話をしようか? あの時嗅いだナパームの匂いは、今でも昨日の事のように思い出せる!」

 

 自身の特殊な感性と体験談を暫し語った所で、オーバーロード・デュバルは手にしていたカップを口元へと近づける。

 どうやら、喋って乾いた喉を潤しているようだ。

 

「っぁー! やはり血と硝煙の中で飲むコーヒーの味はいいものだな! どうだ? 君も一杯、飲むかね?」

 

「あ、その……」

 

 そして、爽やかにそんな申し出を出してきたのだが。

 この申し出、どうすべきか。

 正直言って、こんな環境で珈琲を飲みたいとは微塵も思えないのだが、ここは無理してでも飲むべきか。

 

 またしてもセルフV.A.T.S.状態に陥っていると、不意に、助け舟が現れる。

 

「副支店長! あまり時間をかけていますと、また腐った死体どもがやって来ます」

 

「ん? あぁ、そうだったな。おい、負傷者の積み込みは終わっているな!?」

 

「サーイエッサー!」

 

「なら全員さっさとケツを上げてベルチバードに乗り込め! 本部に帰るぞ!」

 

「サーイエッサー!」

 

「あぁ、君達もベルチバードに搭乗してくれ、本部で、ボスである支店長から直々に感謝の言葉を伝えたいそうだからな」

 

「分かりました」

 

 こうして、なんとか気持ちの湧かない環境で珈琲を飲むことを回避できた俺達は、救助されたバイロ班や救助部隊の方々と共に、ベルチバードに搭乗すると。

 一路、タロン社シカゴ支店本部であるシカゴ・ミッドウェー国際空港跡地を目指す、空の旅に出掛けるのであった。

 

 因みにその際、キャビンスペースの関係で搭乗が困難であったノアさんが、吊り下げられる形で空の旅を楽しむことになったのは、ここだけの話。



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第三十話 黒の根城

 前世では何度か体験した空の旅も、現世ではこれが初めてとなる。

 最も、現世では空を飛ぶ乗り物に乗る機会なんて、前世以上に稀有である為、当たり前と言えば当たり前だ。

 

 そんな現世初の空の旅は、とても愉快で、のんびり景色なんて楽しんでいる暇がない程であった。

 

 そう、隣で地上のフェラル・グール目掛けて射撃大会なんて開催されていたら、嫌でもゆっくり過ごせない。

 

「フゥーッ!! イェーァッ!! どうよ、俺の腕前はよ?」

 

「はぁ? ざけんな! ありゃ転んだだけだろうが!!」

 

「ならここから飛び降りて見てくるか? あぁん? 一体も仕留められてねぇからっていちゃもんつけんなよ」

 

「っち!」

 

「おーし、次は俺だ。お前ら目ん玉かっぽじって見とけよ!」

 

 ビルの間を飛行するベルチバードから、何発もの銃弾が地上目掛けて放たれる。

 しかし、地上の狙いを定められる時間は短く、まさに一瞬の判断力と俊敏性が試される射撃大会となっている。

 

「ははは! どうだ見たか! 二体だ! イェァ!! 大会は俺の勝ちで決まりだな!!」

 

 そんな射撃大会のこれまでの戦績は、先ほど二体倒したと申告した恰幅の良い社員以外は、数人が参加したがそのどれもがゼロか一体だけという結果に終わっている。

 そして、新たな参加の意思表示もなさそうなので、どうやら大会の優勝者は二体倒した恰幅の良い社員になりそうだ。

 

「君も参加してみてはどうだ!?」

 

 と思った矢先、対面に座っていたオーバーロード・デュバルが、不意に大会参加を勧めてくる。

 

「いや、しかし……」

 

「構う事はない、銃を持ってる者なら誰でも参加可能、そうだろ?」

 

「サーイエッサー」

 

「という事で、君も参加条件は満たしている」

 

 俺の顔を見据えるオーバーロード・デュバルの、サングラスの奥に潜む瞳は、おそらくその目で直接俺の腕前を確かめたくて仕方がない、と物語っているように思えた。

 また、同乗している他の社員達の視線も、ひしひしと感じる。

 おそらく、オーバーロード・デュバルと同じく俺の腕前というものを見極めたいのだろう。

 

 ここまで周りを固められて、辞退するという意思表示ができるだろうか。

 

「……分かりました」

 

 生憎と、今の俺に、それはできなかった。

 

 M4カスタムを手に持ちながら、開けっ放しのドアの淵まで移動すると、高速で流れる地上目掛け、構えたM4カスタムの銃口を向けた。

 

「よーし、ルールを説明するぞ。射撃のタイミングはあんたの自由、ただし、撃てるのは十発まで、制限時間は二十秒だ。オーケー?」

 

「オーケー」

 

「よーし、では、スタート!」

 

 開始の合図が響くが、俺はトリガーを引く事はしない。

 地上に見える、ターゲットとなるフェラル・グールの数が疎らで、数を稼げないと判断したからだ。

 

「おいおい、あいつ固まってんじゃねーだろうな?」

 

「ボクー! もしかして高い所、こわいのかなぁ~? っははは!!」

 

「あいつ自体は大したことねぇんじゃねぇか、連れの奴らの方が強そうだったしよ」

 

 様々な声が聞こえてくる中、俺は、集中を切らす事なく、絶好のチャンスが流れてくるのを待った。

 そして、残り五秒前。

 視界に、勝利をものにする絶好の光景が飛び込んでくる。

 

 刹那、セレクターレバーを単射から連射へと切り替えると、狙いを定め、俺はトリガーを引いた。

 通常、連射動作へと切り替えると、トリガーを引いている間は弾倉に装填されている弾丸を撃ち尽くすまで銃から弾丸が発射される。

 しかし、弾丸が数発発射された時点でトリガーから指を離し、任意で点射、所謂バースト射撃を行う射撃方法がある。それが、指切りと呼ばれるものだ。

 

 だが、毎秒十数発もの連射速度を有する銃で指切りを行うには、それなりの腕前が求められる。

 

 一応、指切りの練習などを密かに行っていたお陰か。

 今回は、上手く指切りを行える事ができた。

 

 指切りにより八発のみが放たれた5.56mm弾は、やがて狙いを定めたターゲットに着弾し、軽快な金属音を奏でる。

 

「おい、今どいつに当たった?」

 

「倒れてるやつはいねぇみたいだったが?」

 

「全弾外れたんじゃねぇのか!?」

 

「って事は、コイツ、ゼロかよ!!」

 

 刹那、俺の射撃の結果を見届けた社員達の口から、高らかな笑い声が響き渡る。

 だが、そんな中、同じく結果を見届けていたオーバーロード・デュバルは、口元に不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

「おいおい、ヒーローさんよぉ、ホテルの屋上じゃぁあんなにヒーローしちゃってたのによぉ、いゃ~、悲しいねぇ」

 

「全くだ」

 

「その通り」

 

 と、次の瞬間、搭乗するベルチバードの後方から爆発音が聞こえてくる。

 刹那、オーバーロード・デュバルが無線機のマイクを手にし、スイッチを入れた。

 

「バッド・ドッグよりブラック・ルーク、今の爆発音は一体なんだ?」

 

「こちらブラック・ルーク、どうやら地上で車が爆発したようです。フェラル共も十体近く巻き込まれて黒焦げになってますよ」

 

 搭乗機の後方を飛行するベルチバードに爆発音の正体について確認を行い、その答えが返ってくるや、オーバーロード・デュバルは一際白い歯を輝かせながら笑い始めた。

 

「ははははっ!! との事だ諸君! これは、大会の優勝者は彼で決まりのようだな。どうだ、異論はあるかね?」

 

 オーバーロード・デュバルの問いに、先ほどまで笑っていた社員達は押し黙り、異論を唱える者はいなかった。

 

「では、決定だな」

 

「サーイエッサー……」

 

 こうして、最後の最後で大番狂わせが巻き起こった射撃大会は終わりを告げた。

 因みに、大会の優勝賞品のようなものは特にない。ま、暇つぶしのゲームのようなものだったので、出ても大したものではなかったのだろうが。

 

「しかし、車の周辺に腐った死体どもが屯し、尚且つ車のエンジンがまだ生きていると判断を下す。しかもそれを移動中のベルチバードから行うとは。瞬時の判断能力もさる事ながら、車のエンジンに確実に弾を命中させる腕前。……やはり、君を諦めるには惜しいよ」

 

「それは、どうも」

 

 再び定位置に戻ってきた俺に、オーバーロード・デュバルはタロン社への入社勧誘を諦めきれないとばかりの言葉を口にするも。

 そこは分別のある人物らしく、再び蒸し返すような事はしなかった。

 

 

 

 こうして楽しい時間が流れた空の旅にも終わりの時が近づいてきた。

 それまで流れるように広がっていた廃ビル群が終わりを告げ、眼下には廃墟と化した住宅地が広がり始める。

 やがて、廃墟と化した住宅地に突如、開けた空間が姿を現す。

 

 二千メートル級の滑走路を二つ有し、敷地面積を有効活用する為のX型配置の滑走路を持つ、かつてシカゴの空の玄関口の一つ。

 それは今や、タロン社のシカゴ支店本部にその姿を変えた、シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地の姿であった。

 

 管制塔からの指示と誘導員の誘導に従い、ベルチバードの群れはシカゴ・ミッドウェー国際空港跡地の一角に着陸を果たす。

 

「よーし、いいか、外すぞ! ワン、ツー、スリー! よし!!」

 

 吊り下げられていたノアさんも、無事にその両足を大地に付け。

 こうして俺達は、シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地へと降り立つ。

 

「では、支店長(ボス)のオフィスに案内しよう。おい、後の事は任せたぞ!」

 

「サーイエッサー!」

 

「では君達、ついてきたまえ」

 

 オーバーロード・デュバルの後に続き、元ターミナルビル、現シカゴ支店本部ビルともいうべき建物を目指す。

 その最中、ふと敷地内の様子を観察する。

 

 整備員と思しき黒を基調としたツナギ姿の者達が、先ほど翼を休めたベルチバードに群がり状態を確かめている。

 方や、シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地を取り囲むフェンスに沿うように、武装したタロン社の社員が、歩哨であろうか、その鋭い眼を周囲に光らせている。

 

 場所柄、やはりタロン社の社員の姿が多くみられるが、中には、明らかにタロン社の社員とは異なる出で立ちの者の姿もちらほらと見られる。

 

 そしてそれは、巨大なシカゴ支店本部ビルに足を踏み入れると、より一層目に付くようになった。

 

「あの、あの方々は?」

 

「あぁ、彼らは我々と取引しているトレーダー達だ。他にもその護衛達に、入社希望者、地元の住民にスカベンジャー、それに旅人など。ここは我々の本部であると同時に、交易所であり町でもある」

 

 オーバーロード・デュバル曰く、シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地はこの近辺で最も安全な場所らしく。

 故に、シカゴ支店本部と直接取引しているトレーダーの他、流れ着いたウェイストランド人達がキャンプ街と呼ばれる町を形成し、彼ら相手に場所を借りて店を出し商売を営んでいる者もいるなど。

 ここはまさに、安全が人を呼び、人が物や金を呼び、更に人を呼ぶなど。発展を続ける好循環が巻き起こっているようだ。

 そして、その中心的役割を担っているのが、タロン社である事は言うまでもない。

 

 ゲームでは愛すべき敵、と思っていたが、どうやらこの世界ではゲームのような悪という一辺倒な側面のみを有している訳ではないようだ。

 最も、ゲームで敵になるのは、主人公を殺すのが彼らの仕事だから。であるのだが。

 

「ん?」

 

 そんな地域に役立つタロン社の側面を感じつつ、シカゴ支店本部ビル内の様子を見て回っていると。

 ふと、気になる装いを目にしたような、気がした。

 

「どうかしたんですか? ナカジマさん?」

 

「なんだ、どうした?」

 

 と、俺が急に足を止めた事に気が付いたニコラスさんとノアさんが、声をかけてくる。

 

「いえ、今さっき、Vaultジャンプスーツを着た人を見かけたような気がしたんですけど……」

 

「本当か?」

 

 Vaultジャンプスーツ、という単語にノアさんも反応し、その人物を探しているようだが。

 結局、見つけられなかったようだ。

 

 一瞬だけ見えた気がしたあれは、見間違いだったのか。

 いや、あの鮮やかな青色は見間違える筈はないと思うのだが。

 

「どうしたのかね? さぁ、来たまえ! あまりボスを待たせるんじゃない」

 

 とはいえ、今は探し回っている暇はない。

 見間違いかもしれないが、ボスと会った後、時間があれば少し捜索してみよう。

 

 

 こうして気がかりを残しつつ、オーバーロード・デュバルに案内されたのは、シカゴ支店本部ビルの一角。

 ターミナルビルとして利用されていた頃は、VIPルームとして利用されていたのであろう部屋であった。

 

「ボス、お連れしました」

 

「通してくれ」

 

 そして、通された部屋で待っていたのは、戦前の高価なデスクで自らの職務に邁進していた、一人の熟年男性であった。

 

 黒縁の眼鏡をかけ、汚れや痛みの少ない戦前の黒のスーツを着こなし、光沢輝く革靴を履いたその姿は。

 荒くれ傭兵集団の幹部社員、というよりも、凄腕弁護士や実業家を彷彿とさせる。

 

「はじめまして、私が、シカゴ支店の支店長を任されている至高のオーバーロード・スミスだ」

 

 自らの椅子から立ち上がり、歩み寄ってきた熟年男性は、自己紹介をしながら、そっと手を差し出した。

 

「はじめまして! ユウ・ナカジマと申します。こちらが仲間の、ノアさんとニコラスさんです」

 

 差し出された手を握り返し、握手を交わしながら自分達の自己紹介を行う。

 

「大まかな話は聞いている。さぁ、どうぞ掛けたまえ。……あぁ、デュバル、彼らの為にコーヒーを用意してくれたまえ」

 

「イエッサー!」

 

 オーバーロード・スミスの勧め通り、俺は、応接用のソファーに腰を下ろす。

 ノアさんとニコラスさんは、パワーアーマーを装備している為、立ったままだ。

 

 暫し、オーバーロード・デュバルがコーヒーを持ってくるのを待ってから、彼が退室した後、至高のオーバーロード・スミスはゆっくりと口を開き始めた。

 

「さて、今回の君達の活躍は、我がシカゴ支店、ひいては、タロン社の歴史に刻まれるべき素晴らしい活躍だ」

 

「ありがとうございます」

 

「私も職業柄、長年様々な者を見てきたが、君達のような素晴らしい精神と行動力を兼ね備えた者を見たのは初めてだ」

 

「そんな、結局、ホテルから救出したのは救助隊のベルチバードでしたし」

 

「謙遜しなくてもいい。結局、君達がいなければ救助隊の到着時に無事に救助できたかどうかは不確定だった。君達がいたからこそ、バイロ達の生存確率は確かに高まったのだよ」

 

 その口から零れたのは、まさに称賛の嵐。

 何だか、照れくさい。

 

「さて、今回、君達が行った称賛の行為に対し、我々としても相応の謝礼を用意した。さぁ、こちらだ」

 

 立ち上がった至高のオーバーロード・スミスについてゆくと、部屋の一角に置かれた、布で覆われたテーブルへと誘われた。

 

「どうぞ、遠慮せずに受け取ってくれたまえ」

 

 そして、覆われていた布を外すと、そこには、テーブルに山のように積まれた大量のキャップの姿があった。

 

「全部で二千キャップある」

 

「に、二千!?」

 

「今回の君たちの活躍に相応しい額だと思うがね?」

 

 そして、その数を聞き、俺は驚かずにはいられなかった。

 まさかの破格、二千キャップ。

 ゲームでは、あれほど苦労したのにたったこれだけと言わんばかりのしょぼい報酬もしばしばあるというのに。

 こうも良いと、何だか、逆に裏があるのではと勘ぐってしまいそうになる。

 

「本当に、いいんですか?」

 

「あぁ、構わんさ」

 

「そ、それでは」

 

 と、キャップの山からキャップを一つかみした、その時。

 至高のオーバーロード・スミスの口元が、不敵な笑みを浮かべた。

 

「さて、ここで提案なのだが。実は、君達さえよければ、もう一働き、我々の為に協力してはくれないだろうか。無論、報酬もちゃんと用意するが、どうかな?」

 

 あぁ、成程。

 どうやら、この二千キャップは、海老で鯛を釣る為に用意された、海老であったようだ。



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第三十一話 地域一番の品揃え! お求めは、ガンランナー・シカゴ支店へ是非

 爽やかな笑みを浮かべてながら、話を続ける至高のオーバーロード・スミス。

 

「内容は特に難しい事ではないし、何なら、報酬は君達の希望に沿ったものを用意する事も可能だが、どうかな?」

 

「希望に沿ったとは、何でも、という事ですか?」

 

「無論、こちらとして用意できる範囲内、という注釈は付けさせていただくがね」

 

 至高のオーバーロード・スミスから言質を取った刹那、俺はノアさんとニコラスさんの三人で相談すると言うや、二人と新たな協力を受けるかどうかを相談し始める。

 

「私は君の意見に従う」

 

「私もです」

 

 と言っても、二人は特に反対意見もないので、とんとん拍子に話は進み。

 要求する報酬内容を確認し終えた所で、俺は相談の結果を至高のオーバーロード・スミスに伝える。

 

「では、例えば。ベルチバードで希望の場所まで送ってもらう、という希望内容でも構いませんか?」

 

「それ位でいいのかね? だとしたら、お安い御用だよ」

 

「では、新しいご依頼、お受けいたします」

 

「そう言ってくれると信じていたよ、では、直ぐに依頼の説明を行う者を呼ぶとしよう」

 

 すると至高のオーバーロード・スミスは、自身のデスクに置かれた電話を手に取ると、何処かへと電話をかけ始める。

 暫く話をして受話器を置くと、担当の者が来るまで暫し待つように言われた。

 

 言われた通りソファーに腰を下ろして待っていると、やがて、ドアをノックする音が響き渡る。

 

 そして、許可を得て部屋に入ってきたのは、布のかけられた何かが乗った台車を押した、一人のタロン社社員であった。

 

「彼が、君達への新しい以来の詳細を伝えてくれる。では、君、依頼の詳細を伝えてくれたまえ」

 

「サーイエッサー! では、説明をさせていただきます」

 

 脇に抱えていた書類に目を通しながら、社員の男性は依頼内容を説明していく。

 

「今回皆様に行っていただきたいのは、墜落したベルチバードの残骸の破壊と共に、墜落機と共に存在しているであろうパイロット達の死体から、彼らのドッグタグを回収する事です」

 

 説明によると、どうやら墜落したベルチバードというのは、ホテルからの救出作戦時に撃墜させられたブラックホークのコールサインで呼ばれていたあの機体のようだ。

 屋上からはどの辺りに墜落したかは確認できなかったが、あの後、本部が墜落現場を特定したようで。

 機体は、貨物ターミナルに墜落した事が判明しているとの事。

 

「それで、その機体の残骸をどの様に破壊すればいいのですか?」

 

「それは、こちらをお使いいただきます」

 

 そう言うと、社員の男性は、台車に乗せていた何かにかかっていた布を徐に外した。

 そこには、三つのミニ・ニュークを束ね、謎の機械が取り付けられた一品が姿を現した。

 

「こちら、時限装置付きの爆破用ミニ・ニューク装置です。取り扱いは簡単、この装置を残骸に設置し、こちらの赤いボタンを押していただければ、十分後に爆破いたします」

 

 爆破用ミニ・ニューク装置の取り扱いをレクチャーされ、とりあえず扱いを覚えた所で、社員の男性は再び依頼の説明を再開させる。

 

「パイロットの生存は確認できなかった為、既に死亡していると判断しました。よって、彼らのドッグタグを爆破前に回収してもらいます」

 

「もし、仮にパイロットが生存していた場合は?」

 

「仮にそのような事があれば、救助し、本部に連れ帰ってもらいます。……最も、その可能性はかなり低いものと思いますが」

 

 こうして、一通りの説明を終えた社員の男性。

 そんな彼の説明に、少しばかり補足するように、ずれた眼鏡をかけ直しながら、至高のオーバーロード・スミスが口を開いた。

 

「あぁ、それから。機体は破壊してもらうが、現場に残されたそれ以外の備品については、君達の好きにしてもらって構わんよ。装備のミニガンや死体の装備など、回収し、好きに使ってくれたまえ」

 

「よろしいんですか?」

 

「危険度の高い依頼を受けてもらう見返りがベルチバードの送迎では、見合わんと思ってね。むしろ、これ位の色を付けてもまだ私としては不釣り合いと思っているがね」

 

「ありがとうございます」

 

 こうして、依頼の説明を聞き終えた俺達は、可能な限り素早い依頼の達成を望む、との至高のオーバーロード・スミスの注文をかなえるべく。

 爆破用ミニ・ニューク装置をピップボーイに収納すると、部屋を後に、急いで準備を進める。

 準備とは、ホテルでの戦闘で消費した弾薬類の補充だ。

 

 

 

 本部ビル内に設けられている武器屋を探すと、何と、シカゴでお目にかかれるとは思ってもいなかった名前の店と出会う事となる。

 

 その店の名は、"ガンランナー"シカゴ支店。

 

 ノアさんが懐かしい名だと独り言を零す事からも分かるように。

 ガンランナーはFallout1から登場する武器屋で、主に西海岸を中心に自社工場で質の良い銃器や弾薬を製造し、販売している、まさに一大商業組織だ。

 製造業という業界が壊滅した世界において、貴重な製造・供給ルートを保有するガンランナーは、ウェイストランドにおける最大勢力、新カリフォルニア共和国(NCR)に商品を供給している事からも、その存在の重要性が伺える。

 

 そんなガンランナーが、遥々シカゴにまで出店していたとは驚きだ。

 加えて、店番をしているのは、プロテクトロンではなく紛れもない人間であった。

 

「いらっしゃーい、どうも」

 

 しかし、店番をするふくよかな男性店員は、ぶっきらぼうな歓迎で俺達を出迎えるのであった。

 

「ご注文、どうぞー」

 

 カウンターに肘をつき、誠意を感じられない応対を行う男性店員。

 その態度に、俺はまだプロテクトロンが店番をしていた方がましだ、と思うのであった。

 

 だが、そんな思いを言葉にすることなくぐっと押し下げると、彼に注文を伝えていく。

 

「5.56mm弾ってありますか? .223レミントン弾じゃなく、NATO弾の方の」

 

「あー、あるよ。で、どこ産の奴をご所望? 国産(アメリカ産)? それともフランス産? それとも、弊社(ガンランナー)オリジナル?」

 

 5.56mm弾、と一言で言っても、実は共通化の為規格の範囲内ながら各国が独自に開発・採用しており。

 前世の祖国でも、89式5.56mm普通弾という名称で、アメリカ軍が採用している5.56mm弾とは異なる独自の弾薬を採用していた。

 

国産(アメリカ産)のもので」

 

 一応、規格の範囲内で独自にアレンジした弾薬である為、アメリカ製の5.56mm弾使用の銃器に、他国独自アレンジの5.56mm弾を使用する事は可能だ。

 しかし、例え規格が同じでも、やはりアメリカ製の銃ならば、アメリカ製の5.56mm弾、正規の組み合わせで使うのが望ましい。

 銃に限らず、機械等でも、純正品以外との組み合わせでトラブルが生じた、という例は枚挙にいとまがない。

 

「種類は? M855(フルメタルジャケット弾)M856(曳光弾)?」

 

「M855でお願いします。あ、もしあるなら、M855A1もお願いします。数は……」

 

 男性店員が尋ねた弾薬の名称は、一般的に言われる5.56x45mm NATO弾、別名NATO第二標準弾と呼ばれるNATO標準規格のアメリカ軍制式名称である。

 因みに、NATOではSS109と呼ばれており。

 また、M855は同規格の弾薬と差別化の為、弾丸の先端部分が緑色に塗られており、この事から、別名グリーンチップとも呼ばれている。

 なお、M855A1とは、その名の通りM855の改良型で、その性能はAKシリーズの使用弾薬でお馴染みの、7.62x39mm弾以上とも言われている。

 

 因みに、最初に俺が名をあげた.223レミントン弾とは、NATO規格の弾となったSS109が登場する以前にアメリカ軍に制式採用された弾薬で。

 SS109の登場後も、民間用のスポーツ弾薬として製造が続けられた弾薬である。

 

 それにしても、第一印象は接客態度が気になると思っていたが、やはりガンランナーの店員を務めるだけはあって、銃や弾薬に関する知識の方は相当のものを持ち合わせていると今では感じる。

 

「ほい、これで間違いないっすか?」

 

「えぇ」

 

「じゃ、合計で……」

 

 カウンターの下から取り出した紙製の弾薬箱を置くと、合計金額を提示する。

 提示された金額(キャップ)を支払うと、紙製の弾薬箱をピップボーイに収納してゆく。

 

 こうして弾薬類の補充を終え、依頼を遂行すべく現場に向かおうと店に背を向けた時であった。

 

「あ、ちょっと!」

 

「はい?」

 

「その背負ってる銃、ちょっと見せてくれないか!? 頼む!」

 

 突然、男性店員がカウンターから身を乗り出す勢いで、俺のM4カスタムを見せてほしいと頼み込んできた。

 その目を一生懸命に輝かせながら。

 

「なぁ、頼むよ! あ、もし見せてくれたら、M995(徹甲弾)一箱プレゼントするからさ!」

 

 俺が見せようかどうか悩んでいると、更に、気になる提案も飛び出してくる。

 その貫通力がM855のニ・三倍と言われる貫通力を誇る、徹甲弾のM995。それを、一箱分、銃を見せるだけでプレゼントしてくれるというのだ。

 とはいえ、M995はその高い貫通力故に、室内での使用に難がある。壁を貫通し、壁越しにいる味方も被弾しかねないからだ。

 

 だが、戦前よりも面の皮が厚くなった方々が増加しているウェイストランドにあっては、その貫通力は魅力的だ。

 

「それじゃ、少しだけ」

 

「本当か、恩にきる!」

 

 という訳、M995入りの紙製弾薬箱を受け取った代わりに、背負っていたM4カスタムを彼に手渡す。

 

「うひぉー、これスゲー。やっぱ思った通り、これ戦前の奴のレストア品じゃなく、完全オーダーメイドだ! スゲー! こんなスゲーもん、誰に作ってもらったんだ!?」

 

 興奮で若干鼻息を荒くしながら、俺のM4カスタムを隅々まで観察する男性店員。

 どうやら、あのM4カスタムは、かなり貴重な逸品だったようだ。

 

「あ、でもストックのここ、汚れてるじゃねぇか。おいおい、こんなにスゲーもんなんだから、もっと丁寧に扱えよ」

 

 そんな事とは知らず、俺はストックでフェラル・グールを殴るなど、かなり荒っぽい扱いをしていた。

 今後は少しだけ、丁寧に扱う事を心がけたいと思う。

 

「しゃーねぇな、こんなスゲーもん見せてくれたお礼に、ちょっと綺麗にしてやるよ」

 

 男性店員は、徐に缶と布を取り出すと、M4カスタムを手入れし始める。

 流石に、分解しての本格的なものではなく簡易的なものではあるが、それでも、手慣れた様子で汚れを落とすと、M4カスタムは手に入れた頃のように綺麗な状態に生まれ変わっていた。

 

「どうよ、俺様の手にかかれば、ざっとこんなもんよ」

 

 と、得意げな表情と共に、その仕上がりを自慢する彼の後方から、一つの人影が忍び寄っていた。

 

「ほぉー、おめぇさんは仕事中に客の前で堂々とサボってんのを自慢するって訳か?」

 

「げぇ!? おやっさん!」

 

 店の奥から現れたのは、ベースボールキャップを被り、いかにも使い古したと言わんばかりのツナギ姿の初老の男性。

 その雰囲気は、いかにも職人というものを醸し出している。

 

「あれ程接客は愛想よくしろって言っただろうが馬鹿たれが!!」

 

「す、すいません!」

 

 先ほどまでの小生意気な態度は何処へやら、おやっさんと呼ばれた初老の男性に、男性店員は頭が上がらないようだ。

 

「お客さん、すいません。こいつ、ブラッドの奴はガンスミスの腕の方は見込みがあるんだが、接客の方はとんといまいちで」

 

「あ、いえ、別に気にしてませんから」

 

「そうですか、すいませんね。……おいこら! さっさとその売り物の銃を片付けろ!」

 

「ちょ、おやっさん、これ売り物じゃないっすよ、これあちらのお客さんので」

 

「てめぇ! なに、お客様の銃を勝手に拝借してんだ!!」

 

「あ、待ってください! 俺が彼にクリーニングを頼んだんです!!」

 

 今にもおやっさんの拳骨がブラッドに炸裂しそうだったので、慌てて止めに入る。

 

「ん? なんだそうだったんですか。……ったく、それならそうとさっさと言え!」

 

 そして、なんとかブラッドの頭におやっさんの拳骨がさく裂する事だけは免れた。

 

「で、そのクリーニングとやらは終わってんのか」

 

「あ、はい、終わってます」

 

「ならさっさとお客様に返しやがれ!」

 

 そして、俺のM4カスタムが再び俺の手元に戻ってくるかと思われた、刹那。

 

「っ! おい、ちょっと待て!」

 

 突然おやっさんが声をあげたかと思えば、ブラッドの手からM4カスタムを奪い取るように取り上げると、手にしたM4カスタムをまじまじと観察し始め。

 やがて、俺の方を向くや、俺にM4カスタムについて尋ね始める。

 

「お客さん! この銃、何処で手に入れたんで?」

 

「え、あ……。それは、知り合いの方から譲り受けたもので」

 

「って事は、お客さん、"ジョーニング"に直接頼んだんじゃねぇんだな」

 

 聞き慣れないジョーニングなる人名、一体どんな人物なのかと思っていると、聞き覚えがあるのか、ブラッドが驚いた様子で声をあげた。

 

「えぇ! ジョーニングって、伝説のガンスミスって呼ばれてる、あのジョーニングですか!?」

 

「なんだおめぇ、気づいてなかったのか?」

 

「え、えぇ。でも、スゲー技術の持ち主が作った銃って事は分かってました」

 

「あの、ジョーニングという方は、ガンスミスなんですか?」

 

「そうよ、お客さん。俺達ガンスミスの間で生きる伝説と崇められているガンスミス、それがジョーニングよ」

 

 おやっさんの説明によると、ジョーニングという名のガンスミスは、戦前からガンスミスとしてその才を発揮し、戦後の現在に至るも至極の逸品を生み出し続けている伝説の人物。

 因みに、戦前から現在に至るまで存命であるという説明から何となく察してはいたが、彼は、グールとして現在も自身の工房で作品作りに勤しんでいるとの事。

 

「彼の銃は、俺達の作ったもんとは比べ物にならん程質のいいものだ。だが、それは誰でも手に入れられる訳じゃない」

 

「というと?」

 

「彼は、自分が気に入った者に対してしか銃を作らんのだ。どんなにキャップを積んでも、どんなに良い条件を提示しても、彼が気に入らなければ、頑固として銃は作らん」

 

 まさに職人気質というべきか、その腕前に絶対の自信があるからこそ、安易に作品は作らない。

 そして、おやっさんもそんなジョーニングの信念におやっさんも憧れているのか、目を輝かせながら、嬉しそうにジョーニングについて語り続ける。

 

「しかし、お客さんにこの銃を譲り渡した者は、相当お客さんの事を信頼してたんだな。じゃなきゃ、ジョーニングが手掛けた銃を譲り渡すなんて、普通は考えられん」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は、おやっさん越しに、リーアで俺の無事を祈るヴァルヒムさんに感謝の言葉を述べるのであった。

 

「それにしても、今日は俺にとって人生最高の日だな。まさか、今日一日でジョーニングの手掛けた銃を"二度"もこの目で拝めるなんてよ」

 

 こうして、ジョーニングについて一通り説明を終えたおやっさんからM4カスタムを返してもらった矢先。

 おやっさんの口から、気になる独り言が零れた。

 

「あの、今、二度拝められたって言いましたけれども。俺以外にも、ジョーニングの手掛けた銃を所持していた人に会ったんですか?」

 

「おう。お客さんの前にこの店を訪ねてきたお客でな。リボルバーだったが、あれもまた素晴らしい、まさに戦う工芸品だったな」

 

「お、おやっさん。それってもしかして、俺がトイレに行ってる間に応対してた、あの女二人組の事っすか?」

 

「あぁ、そうだ。おめぇがだらしなく鼻の下伸ばしてみっともねぇ面晒した、あのお客さんだ」

 

「いやでもおやっさん、あの青いツナギからこぼれんばかりに実ったアレ見て、鼻の下伸ばさねぇ男はいないと思うけどな。加えて、二人とも綺麗な顔してりゃ尚更だ」

 

「だとしても、お客様の前だぞ、もっと引き締めろ!」

 

 おやっさんの喝が炸裂した所で、俺は、ブラッドの口から漏れた気になる言葉の真実を訪ねる。

 

「あの! その女性二人組のお客さんって、二人とも青いツナギのような恰好をしてたんですか!?」

 

「いや、青いツナギを着てたのは片方だけで、もう片方は赤いコートを着てたな。あぁ、そういえば、赤いコートの方はジャーナリストとか言ってたっけな。……あぁ、ジョーニングの手掛けた銃を持ってたのは青いツナギの方だった」

 

 青いツナギ、この世界でその様な格好をしているという事は、やっぱりあの時見たのは見間違いなんかじゃなかったんだ。

 しかし、もう一人の赤いコートの女性、それも自身をジャーナリストと名乗った人物。

 まさか、ダイアモンドシティ(ボストン)から遥々シカゴまでやって来たのか、彼女が?

 

 

 色々と気がかりな情報を意図せず仕入れる事になったが、今は、至高のオーバーロード・スミスからの依頼を遂行する方が先決だ。

 二人に改めてお礼を述べると、俺達は、ブラックホークの墜落現場を目指し歩み始めた。



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第三十二話 じゃじゃ馬ステンバーイ

 シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地を出発し、道中、フェラル・グールの眉間や胴体を穴だらけにしながら。

 俺達は、ブラックホークの墜落現場である貨物ターミナルまでやって来た。

 

「まさか、こうなってるなんて……」

 

 貨物ターミナルを見渡せる高架橋から、双眼鏡を使い墜落現場の様子を確認した俺は、ため息交じりにそんな言葉をこぼす。

 動かなくなって久しい貨物車や、放置されて久しいコンテナの中、貨物ターミナルの一角に無残な姿を晒しているブラックホーク。

 機首から地面に突っ込んだ機体は、根元から折れた翼や折れ千切れたプロペラ等、見るも無残な在り様だ。

 

 そんなブラックホークの周囲を、幾つもの人影がうろついている。

 だが、その人影の正体は、百八十センチ以上、三メートルもの巨体を誇り、人間とは異なる肌の色を持つ筋骨隆々の方々。

 スーパーミュータントと一般に呼ばれている者達であった。

 

 お手製の鎧を纏った者や、銃器やスレッジハンマーを手にしている者など。

 何処からどう見ても完全武装したスーパーミュータントが、十体近く、ブラックホークの周囲に確認できる。

 

「はぁ……」

 

 俺は短い溜息を吐き捨てると、どうやってブラックホークまで近づくか、その作戦を考え始める。

 

「簡単な事ではないか? 我々に気付いた奴から切り捨てていけばよかろう」

 

「いや、まぁ、シンプルですけど……」

 

 十体近くのスーパーミュータントの只中に突っ込んでいっても、ノアさんなら確かに生還できるだろうが。

 付いてく俺達、特に俺なんて、パワーアーマーすらも装備していないので、脇からのワンパンでぽっくり昇天する恐れも。

 

 それに、確認できただけで、まだ何処かから増援のスーパーミュータントが現れないとも限らない。

 それ以前に、この状況自体が罠という可能性も──。

 

 駄目だ、考えれば考える程、あの状況の只中に飛び込む勇気が奪われてゆく。

 

「あ、あの」

 

「ん? どうした、ニコラス?」

 

「ここから攻撃できる手段があれば、ここから数を減らしていけばいいんじゃないでしょうか。ここなら高さもあって、スナイパーライフルとかなら狙いやすいと思うんですけど」

 

 ニコラスさんの意見に、俺ははっと気がつく。

 そうだ、戦闘距離はなにも近・中距離ばかりじゃない。

 それに、俺達は絶好の地の利を得ている、それをむざむざ捨てるなんて、愚か以外なにものでもない。

 

 幸い、ヴァルヒムさんから譲り受けた遺産の中に、長距離戦闘にもってこいの銃が存在していたのを思い出した。

 ピップボーイを操作し、それを取り出すと、手にした感覚を確かめる。

 

 その外観は、金属製も相まって、まさに大物を仕留めるに相応しい力強さに溢れ。

 角ばった機関部からは、強力な12.7x99mm弾を手動で装填・排出する為の巨大なボルトが姿を見せる。

 使用弾薬に合わせた太い銃身の先には、戦車の主砲を連想させるマズルブレーキが装着されている。

 

 この銃の名は、PGM ヘカートII。

 フランスのPGMプレシジョン社が開発した、ボトルアクション方式の対物ライフル(アンチ・マテリアル・ライフル)だ。

 

「これなら、面の皮が分厚いスーパーミュータントでも、容易くハチの巣に出来ます」

 

「おぉ、それは頼もしい」

 

「これならいけそうですね」

 

「うむ。では、ナカジマ、君はここから狙撃を頼む。ニコラス、君はスポッター(観測手)兼護衛を頼む」

 

「す、スポッター?」

 

スナイパー(狙撃手)に目標までの距離や配置状況、風速などの周辺状況を伝えスナイパー(狙撃手)のサポートを行う者の事だ。本来なら、スナイパー(狙撃手)として知識や経験のある者が担うべき所だが、今回はまぁ、主に護衛が主な役割となる」

 

「えっと、つまり……」

 

「ニコラスさんはいつも通り、俺の盾として行動してください」

 

「分かりました。……所で、ノアさんはどうするんです?」

 

「私か? 私の役割は決まっている。囮だ」

 

「大丈夫ですか、ノアさん?」

 

「あの程度の数、マスターの軍団に比べれば容易いものだ」

 

 流石、西海岸のスーパーミュータント軍団を、軍団長たるマスター共々壊滅させた人の言葉は重みがある。

 抜群の安心感だ。

 

「では、お願いします」

 

「任せろ」

 

 こうして、単身スーパーミュータントの只中に向かうノアさん。

 その頼もしい背中を見送ると、俺も、早速準備を始める。

 

 マガジンに12.7x99mm弾が装填されていることを確認すると、俺は、ボルトを操作し、初弾をチャンバー(薬室)内に装填する。

 負担軽減と安定の為バイポッドを立てると、高架橋の欄干に固定する。

 取り付けているスコープを調整し、銃を構える体勢を整え、狙撃の準備が完了する。

 

 あとは、その時がくるのを待つだけだ。

 

「えっと、あ! いました! ノアさんです! コンテナの影に」

 

 渡した双眼鏡を手に、出来る限りスポッター(観測手)としての役割を果たそうとするニコラスさんが声をかける。

 声の誘導に従い視点を移動させると、そこには、威風堂々とスーパーミュータントの集団に近づくノアさんの姿があった。

 

「聞けぇい! 凶暴なモンスター共! 貴様らは、この地に無用の破壊と流血を生み出す権化だ! 故に、この私、ノアは、貴様らを成敗すべく馳せ参じた!!」

 

 少々大根を感じさせる言動と共に、ノアさんはスーパーミュータント達の意識と視線を、自身に集めさせる。

 

「ナンダ、コイツ?」

 

「ナンデモイイ、トニカク、コロセー!」

 

「シネ! シネ! ハハハ!」

 

 刹那、銃器を手にしたスーパーミュータント達の銃口が火を噴いた。

 その弾幕に、ノアさんも手近なコンテナの影に身を潜める。

 

「ふぅ……」

 

 スーパーミュータント達の意識の外に俺が存在していることを確認すると、俺は、深い深呼吸と共に、一体のスーパーミュータントの胸元にスコープのレクティルを合わせる。

 そして、トリガーに指をかけると、短い深呼吸の後、トリガーを引いた。

 

 刹那、周囲に響き渡る、甲高い銃声。銃口から吹き出す、盛大な発火炎(マズルフラッシュ)。そして、全身に伝わる衝撃。

 

 コンマ数秒、瞬きをする間もなく、放たれた12.7x99mm弾は、狙ったスーパーミュータントの胸元に巨大な風穴を鮮血と共にぶち開けた。

 

「beautiful……」

 

 ニコラスさんから、ステンバーイ大尉張りのお褒めの言葉をいただいた所で、俺は空薬莢を輩出すると、次弾を装填する。

 

 こうして再び狙撃の準備が整ったが、やはり、先ほどの狙撃で俺の存在に気付いたのか、スーパーミュータントは周囲を警戒し始めていた。

 同時に、血だまりに沈んだ仲間の二の舞を避けるべく、各々コンテナ等、遮蔽物の影に隠れ始めた。

 

 ただ、幸い、完全に俺の位置を特定するには至っていないようだ。

 

「ドコダー! ダレカイルノカ!?」

 

「オクビョウモノ! デテコイ!!」

 

 見当違いな場所に向かって銃を乱射するスーパーミュータント達。

 そんな彼らを他所に、俺は、二射目のターゲットにレクティルを合わせると、再び、トリガーを引いた。

 

「……あ」

 

 が、再び盛大な音と炎を交えながら放たれた12.7x99mm弾は、狙いとは別の場所に着弾してしまう。

 

「イタゾー! アソコダー!!」

 

「ニンゲンダ!!」

 

「グランドウォーカーダ!!」

 

「ウラミヲハラセ!!」

 

「見つかりました!」

 

「っち!」

 

 あれだけの音と炎を発生させるのだ、俺達の居場所は、あっさりと特定されてしまった。

 数体のスーパーミュータントが、俺達の方へと近づいてくる。

 

「この!」

 

 輩出・装填、そして、発砲。

 だが、三射目も、ターゲットを捉える事は出来なかった。

 

「ぬぉぉぉっ! 私を忘れるな!」

 

 と、この状況に、ノアさんがコンテナの影から飛び出し、自慢のチェーンソードを振るい戦闘を挑み始めた。

 だが、スーパーミュータントも知恵を働かせ、近接武器を持った者がノアさんを引き受けている間に、残りの者が俺達の方へと近づいてくる。

 

「ニコラスさん、ヘビー・アサルトライフルで奴らをけん制してください、その隙に俺が仕留めます!」

 

「りょ、了解!」

 

 コンクリート製の欄干に敵弾が次々と弾着する中、俺は身をかがめ、ニコラスさんに指示を飛ばす。

 ホテルで手渡されてから、ニコラスさんの装備となったM199 ヘビー・アサルトライフルが、軽快な音と共に5.56mm弾を放ち始める。

 だが、スーパーミュータントは戦場での鉄則たる"カバー命"を厳守し、コンテナの影に身を隠すと、飛来する5.56mm弾の雨から身を守る。

 

 5.56mm弾ではコンテナは身を守る盾となろう。

 しかし、12.7x99mm弾では、その限りではない。

 

「ウワァァァ! ウタレタ!」

 

 コンテナに着弾した12.7x99mm弾は、コンテナを容易く貫通すると、その向こう側にいるスーパーミュータントの右腕を、二の腕から先を引き千切るように貫いた。

 右腕のほとんどを突如失ったスーパーミュータントは、その衝撃から混乱し、コンテナの影から身をさらけ出す。

 

 刹那、飛来した5.56mm弾の雨がスーパーミュータントに降り注ぎ、命の炎をかき消した。

 

「タマヨケダ!」

 

 だが、そんな動かぬ巨体も、スーパーミュータントにとっては丁度良い弾避けの道具となるようだ。

 死んだ仲間の死体を手にすると、肉盾とばかりに活用し始める。

 

 そんな姿に同様した訳ではないが、再び放った12.7x99mm弾は、またしても狙いを外してしまう。

 

「く!」

 

 一応、ライフル系の使い方は理解してはいるのだが、閉所空間のコロニーでは実際にライフルが活躍する局面など訪れる事はなかった。

 故に、ライフル系の扱いは慣れているとは、自分自身でも言い難いと思う。

 

 だからか、だからなのか、こんなに狙撃が下手なのは。

 

 あ、そういえば、なんでこんな時に思い出したのだろうか。

 PGM ヘカートIIの名では登場していないものの、ニューベガスにおいては、同銃をモデルとしたライフルがアンチマテリアルライフルという名称で登場しているのだが。

 このアンチマテリアルライフル、ゲームの仕様では、使用する際にスキルが必要数値に達していないと、照準がブレたり、V.A.T.S.使用時も一回分しか撃てなかったりと、かなりのじゃじゃ馬っぷりを発揮する。

 

 という事は、今の俺は、数値化すると必要数値に達していないのか。

 だから、こんなに振り回されているのか。

 

 考えすぎるな、俺。

 集中だ、今は兎に角集中して当てる事だ。

 

「っち!!」

 

 が、そんな気持ちとは裏腹に、またしても外してしまう。

 

「ヘタクソー!」

 

「ガハハハハッ!」

 

 挙句の果てには、スーパーミュータント達にまで狙撃の腕前を笑われる始末。

 

「こん畜生!!」

 

 結果、気付けば、俺はPGM ヘカートIIを脇に置き、いつものM4カスタムを手にして5.56mm弾をぶっ放していた。

 

「こいつも取っとけ!!」

 

「ナンダ?」

 

「ソレ、ドカーン! トスルヤツ」

 

「ゲェェッ!」

 

 加えて、オマケとばかりに、複数のM26手榴弾がその汚い花火をスーパーミュータント達を巻き込みながら咲かせるのであった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

「な、ナカジマ、さん? とりあえず、こちらに向かってきていたスーパーミュータントは、倒せたみたい、ですよ」

 

「あ、そうですか」

 

 高ぶった感情を落ち着かせるように、深い深呼吸を一つ。

 徐々に感情が落ち着き、脳が冷静さを取り戻し始めると、頭の中に、一つの教訓が生まれる。

 

 慣れる過程を、本番で行ってはいけない。

 

 やはり、ある程度練習をこなしてから、本番に臨むのが一番いいのだ。

 

「そういえば、ノアさんは?」

 

「えっと、あ! いました。最後のスーパーミュータントと対峙してます」

 

 こうして教訓を心に刻み終えると、ノアさんの事を思い出す。

 再びPGM ヘカートIIを手に取り、ニコラスさんの指示する方へとスコープを向けると、確かにそこには、周囲に広がるスーパーミュータントの死体の中、ノアさんと、最後の一体となったスーパーミュータントが一対一で対峙していた。

 

「コロシテヤル! ナカマナンテヒツヨウネェ、ヘヘヘ、ハジキモヒツヨウネェ!! ダレガテメェミタイナヤツコワイモンカ!!」

 

 最後の一体となったスーパーミュータントは、手にした小型チェーンソーことリッパーを突き立てながら、勇ましい台詞を吐いている。

 対してノアさんは、空いている手で挑発するのであった。

 

「ヤロウ!! ブッコロシテヤァァァアァァ──」

 

 刹那、勇ましい台詞を吐いていたスーパーミュータントの恐怖に滲んだ顔が、風船の如く弾き飛んだ。

 何故、決まっている、最後の最後で俺がヘッドショットを見事に決めたからだ。

 

「beautiful……」

 

 さて、再びニコラスさんからお褒めの言葉をいただいた所で、スーパーミュータントも片付けたので、ノアさんと合流を果たすべく移動を開始しよう。

 

 

「むぅ、出来れば最後の奴は邪魔してほしくなかったが……」

 

「あ、そうだったんですか」

 

「まぁいい、しかし、もう少し狙撃の腕前は練習して向上させた方がいいだろうな」

 

「……努力します」

 

 その後ノアさんと合流すると、ブラックホークの中で眠るパイロット達のドッグタグを回収し、お言葉に甘えようかとも思ったが、パイロット達の装備は彼らの死に装束として手は付けなかった。

 ただ、機体に取り付けられていたミニガンは、回収させてもらった。

 そして最後に、ピップボーイから取り出した爆破用ミニ・ニューク装置が、ノアさんの手によって最適と思われる場所に設置される。

 

「よし、これで完了です。さ、爆発する前に離れましょう」

 

 手順通り赤いボタンを押し、タイマーが作動したのを確認すると、俺達は爆発する前にその場からなるべく遠くに移動し始める。

 こうして、爆発による影響を受けない距離まで足を運ぶと、あとは、その時がくるのを待つのであった。

 

「5、4、3、2、1、……今」

 

 刹那、フェンスに遮られた貨物ターミナルの中から、音と共にキノコ雲が姿を現した。

 どうやら、無事に爆破成功のようだ。

 

「これで依頼完了です、さ、帰りましょうか」

 

 爆破も見届け、あとは無事にシカゴ・ミッドウェー国際空港跡地に帰るだけだ。

 

「……ん?」

 

「どうした?」

 

「あ、いえ、誰かに……見られている気がして」

 

「え? だだ、誰ですか!?」

 

「いえ、気のせいかも知れません」

 

 と、帰り始めた矢先、ふと視線のようなものを感じ、周囲を見渡し原因を探す。

 だが、特に人影らしきものも見当たらず、ピップボーイにもそれらしい反応はなかった。

 なので結局、気のせいだったと結論付け、再び歩き始めるのであった。

 

 

 

 俺達がシカゴ・ミッドウェー国際空港跡地へとたどり着いた頃には、既に、太陽は地平線の向こう側へと沈んでいた。

 日没直後の黄昏時、俺達は、明かりの消えたシカゴの地で、唯一明かりに照らされたシカゴ・ミッドウェー国際空港跡地へと再び帰ってきた。

 

「やはり君達に頼んだのは正解だった」

 

 そして、再び訪れた至高のオーバーロード・スミスの執務室で、回収したドッグタグや残骸の爆破など、依頼の成功を報告するのであった。

 

「では、報酬はご希望通り?」

 

「あぁ、送迎用のベルチバードを用意しよう。……と言っても、今日はもう遅い。出発は明日の朝でも構わないかね?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「では、明日の朝、また私のもとを訪ねるといい。今晩は、明日に備えて十分に英気を養ってくれ。幸い、ここ(シカゴ支店本部ビル)には、旅の者やトレーダー等を相手に、地元の住民達が各々宿屋や酒場を開いている。食うや寝るやにはさして不自由はしないだろう」

 

 こうして、報告を終え明日に備えて英気を養いに行くべく、執務室を後にしようとした矢先。

 不意に、至高のオーバーロード・スミスが俺達を呼び止める。

 

「少し、いいかね?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「そこの派手なペイントのパワーアーマーを着ている彼、ニコラスと言ったか。彼と、少し話がしたいのだが、いいかな?」

 

 呼び止めた理由を聞き、俺達は顔を見合わせる。

 何故、荒くれ傭兵集団の幹部社員がニコラスさんと話がしたいのか、申し出の意図を図れず困惑する俺達を他所に、至高のオーバーロード・スミスは再び口を開く。

 

「ただ話がしたいだけだ、駄目かね?」

 

「いえ、駄目な事は、ありませんが……」

 

「安心したまえ、個人的に勧誘する訳ではない。ただ純粋に、彼と話がしたいだけだ」

 

「……分かりました。ではニコラスさん、俺達は先に夕食を食べに行ってますので、話が終わったら追いかけてきてください」

 

「はい」

 

 黒縁の眼鏡の奥に光る瞳は、嘘をついているようには見えなかった。

 なので、ニコラスさんを執務室に残し、俺とノアさんは退室すると、夕食を食べるべく本部ビル内のショップ街へと繰り出すのであった。

 

 

 立ち並ぶ商店の中に幾つか確認できたレストランや酒場等、飲食店の内、どの店で食事をするかをノアさんと相談する。

 

「ノアさんは食べたいもののリクエストとかってあります?」

 

「私か? そうだな、私はモールラットの肉を提供している店で食事がしたい!」

 

「……え」

 

「自身で調理したモールラット料理を食うのも楽しいが、偶には、他人が調理したモールラット料理を食うのも面白いとは思わんか? なんせ、モールラット料理は奥が深いからな」

 

 実は最初は、こんな肉の形をした食べ物とも呼べん物、と思っていたが。

 長い放浪の最中に食べ続けていると、知らず知らずの内にやみつきになって、今ではこの奥深い魅力の虜となってしまった。

 焼き加減によって変化する旨味、噛み続けるとほのかに感じられる甘味、熟成させると際立つ香り等々。

 

 と、俺の心に全く刺さらない、ノアさん熱弁のモールラットの肉愛を他所に、俺は、いい香り漂う店を見つけるのであった。

 

「あ、ここに良さそうな店がありますよ」

 

「ん? おぉ、そうだな。ここはいいかもしれん」

 

 こうして、店に足を踏み入れた俺とノアさん。

 まさか、何気なく入ったこの店で、衝撃的な出会いが待っていたなど、この時は、露程も思っていなかった。



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第三十三話 赤と青とラッキースケベ

 店は戦前にレストランとして使用されていた場所を再利用したのか、店内は思ったよりも小奇麗で、それでいて食事をするのに居心地がいい雰囲気を醸し出していた。

 どうやら、当たりのようだ。

 ただ、店内はほぼ満席状態で、俺とノアさんは、空いている座席を探すべく、店内を奥へと進んでいく。

 

 ノアさんのその巨体故に、他のお客さんに迷惑をかけながらも、何とか角の奥まったテーブル席に空きを見つけると、ようやく腰を下ろす事が出来た。

 

「へいらっしゃい! なんにしやしょう!?」

 

 注文を聞きに店員がやって来ると、俺とノアさんは、壁に架けられているメニューを眺めながら、各々の注文を言っていく。

 

「えっと、俺はイグアナの串焼きとヌードルカップ、それから新鮮な野菜セットとお水を」

 

「へいへい」

 

「私は、腸で暴れる超・モールラットの肉焼きセットを一つ」

 

「……へい?」

 

 ノアさんが注文を告げた刹那、店員は、固まった。

 そして、何故か俺の方に視線を向けると、まるで助けてと言わんばかりに目で訴えかけてくる。

 

 何故、と視線で俺が訴えかけると、店員は視線で壁の一部を示した。

 そこには、ノアさんが告げたメニューが書かれていたが、よく見ると、文字の上から線が引かれ、そのメニューがすでに販売中止であることを示していた。

 

 だが、残念ながら、ノアさんのモールラットの肉愛は、俺では止められない。

 と、店員に目で答えると、店員は、分かりましたと言わんばかりに、覚悟を決めるのであった。

 

「お客様!」

 

「ん?」

 

「ごめんなさい、あちらのメニュー"来世"からなんですよ」

 

「がーん、だな。折角楽しみにしていたのに、これでは、折角立てた就寝までの幸せ計画の出鼻をくじかれてしまった」

 

 どうやら悲しみが声に出てしまう程、ノアさんはあのメニューを楽しみにしていたらしい。

 

「ではあの、腸で暴れる超・モールラットの肉焼きセットを一つ」

 

「ですからごめんなさい、そのメニューは来世からなんですよ」

 

 何故か同じメニューをもう一度注文したノアさんは、当然ながら、再び拒否される。

 すると、刹那、無言で立ち上がったノアさんは、何故か店員をじっと見つめると、その大きな手を、店員に伸ばそうとした。

 

「あ、ノアさん、ここでは駄目です」

 

 その動作から、まさか店員にアームロックを仕掛けるのではと思った俺は、咄嗟にノアさんに思いとどまるよう声をかける。

 すると、思いとどまってくれたのか、寸での所で、その手が、メニューを指し示す動作へと変化する。

 

「ならば、あのヤオ・グアイの肉ステーキセットを頼む」

 

「へ、へい……。や、焼き加減はいかがしやしょう?」

 

「ミディアムで頼む」

 

「へ、へい。ありがとうございます。それじゃ、合計で──」

 

 ノアさんの圧に及び腰になりながらも、店員は俺達の注文を聞き、支払ったキャップを受け取ると、厨房に注文を届けるべくカウンターの奥へと消えていった。

 

「ノアさん、幾ら頼んでも、取り扱いが終了したものは頼めませんよ」

 

「うむ。すまなかった」

 

 その巨大な背中に哀愁を漂わせ、ノアさんは、再び席に腰を下ろす。

 それだけ、モールラットの肉を食べたかったんだな。

 

 俺にはあまり、その悔しさを理解は出来ないが。

 

「それにしても、これだけ人の多い所で食事をするのも久しぶりですね」

 

「うむ、そうだな。他人の他愛ない話を背景音楽に食事をするのは、本当に、懐かしい……」

 

 あ、そうか。

 ノアさんは、スーパーミュータントの身体になってからというもの、他人の目に極力触れられないように生きてきた。

 だから、こうして大人数が集まる場所等、俺と出会う前なら、寄り付こうなど微塵も思わなかっただろうな。

 

「だが、今はこうして、私も立派な一員として輪に加われる。本当に、嬉しい事だ。それも、君のお陰だな」

 

「そんな、……あ、でも、食べる時は気を付けてくださいね」

 

「分かっている。ヘルメットは脱がず、口元だけ出して食べる様にしよう」

 

 こうして、ノアさんが感慨に浸りつつ、それを嬉しく眺めていると、食欲を掻き立ててくる香りが俺達の方へと近づいてくる。

 

「へい、お客様、お待ち!」

 

 店員の声と共に、目の前のテーブルに注文した料理が運ばれる。

 皿に盛られた料理は、出来立てを証明するように、湯気が立ち上っている。

 

「それじゃ、食べましょうか。いただきます」

 

「へぇ~、珍しい食前の挨拶ね」

 

 そして、料理にありつこうと思った矢先の事であった。

 不意に、女性の声が、背後から聞こえてきたのだ。

 

「あ、貴女、は?」

 

 声に反応するように振り返ると、そこには、一人の女性の姿があった。

 歳は俺よりも上か、妙齢と称するのが相応しい程か。所謂、大人の女性だ。

 美しい栗色のショートヘアが彩るその顔は、まさに美人に部類されるほど整っている。

 

 だが、それよりも俺が気になったのは、女性の装いであった。

 多少痛みやほつれが気になるが、その名の通り赤が目に付くレッドレザー・トレンチコートを羽織り。

 ジャーナリストの証ともいうべき記者キャップを被ったその姿は、まさに、ゲームでもよく見たキャラクターの装いそのものであった。

 

「あ、食事の手を止めちゃってごめんなさい。私、こういう者よ」

 

 そう言って女性は、胸元のポケットから一枚の名刺を取り出し、俺に手渡す。

 受け取った名刺に書かれた名前を見て、俺は、目を丸くせずにはいられなかった。

 

「ぱ、パブリック・オカレンシズのジャーナリスト、ナタリー・ライト!!?」

 

「あら、そんなに驚くなんて。もしかして、私の書いた記事のファンとか?」

 

「え、あ、まぁ、その……」

 

 実は貴女の幼少期をゲームプレイ時に見ていました、なんて正直に言える筈もなく。

 言葉を詰まらせながら、何とか誤魔化せるように言葉を選んでゆく。

 

「は、はい。そうなんです」

 

「嬉しいわ。大体パブリック・オカレンシズの名前を聞くと姉さんの名前を連想する人が多いから、私の記事なんて、皆あまり興味ないのかしら、なんて、ちょっぴり思ってたのよ。あ、もしよかったら、私の事は気軽に"ナット"って呼んでね」

 

 その美しい顔を更に魅力的に際立たせる笑顔に、俺は少し見惚れながらも、彼女の観察を続ける。

 確かに、先ほど本人の口からも出た、彼女の姉にしてFallout4の仲間の一人、"パイパー・ライト"とは髪の色も顔の造形も異なっている。

 それに、所々、ゲームキャラの一人としてゲーム内で描かれていた、舌足らずな幼い頃の面影も、垣間見える。気がする。

 

 しかしながら、ゲーム内でバニラ状態でもかなりの美貌の持ち主であった姉同様。

 ナタリーさんもかなりの美貌を有しているのは、やはり姉と同じ血を引いているからか。

 

「ところで、えっと……」

 

「あ、自己紹介がまだでしたね! 俺は──」

 

 と、ここでまだ俺の方から自己紹介していない事に気がつき、慌てて立ち上がって自己紹介を行おうとしたのだが。

 慌てていたせいもあり、気づけば、足がもつれ、ナタリーさんの方へと倒れそうになっていた。

 

「っと、大丈夫?」

 

 だが、心優しいナタリーさんは、倒れさせまいと俺を受け止めてくれるのであった。

 

「……は、はい、大丈夫です」

 

 そんなナタリーさんの優しさに感謝する俺であったが、何故か、ナタリーさんの頬が少々赤らんでいる事に気がつく。

 

「あ、あの。できれば、あまり強くつかまないで欲しい、かな」

 

 一体何のことだと、俺がナタリーさんの言葉の意味を理解できないでいると。

 不意に、俺の右手が何か、柔らかいものを掴んでいる事に気がつく。

 

 ナタリーさんの表情や言葉遣い、そして、右手に感じる感覚。

 嫌な想像が頭の中を駆け巡る中、恐る恐る右手の方へと視線を動かすと。

 

 そこには、ナタリーさんの肩を掴んでいたと思った筈が、見事なまでに彼女の左の膨らみを掴んでいる自身の右手の姿があった。

 

「わはは! ここ! これは、ごご、誤解です!!」

 

「そんなに動揺しなくても、大丈夫よ。不慮の事故だって事は分かってるわ」

 

 悪意など毛頭ないと、慌てて右手共々体を離して弁解する俺を他所に。

 ナタリーさんは、レッドレザー・トレンチコートのしわを直しながら、大人の対応をするのであった。

 

 あぁ、それにしても、案外ナタリーさんは着やせする方なのだろうか。

 姉の方も、かなりグラマラスに描かれる事も多かったが、やはり同じ血を引く姉妹。

 見た目はスレンダーに見えても、案外手にした感触からしてかなり夢が詰まった──。

 

 って、俺は何を冷静に分析しているんだ。

 

「すいません! すいません! すいません!!」

 

 声に出した訳ではないが、やましい事を考えて申し訳ありませんでした。

 との気持ちを込めて、少し引かれる位、謝る俺であった。

 

「も、もう気にしてないから、ね」

 

「はい」

 

「それじゃ、気分転換に、自己紹介してくれるかしら」

 

「はい、では。……俺の名前はユウ・ナカジマ、仲間と共に傭兵業を営んでいます。そして、あちらの彼が」

 

 と、ノアさんの事を紹介しようとした刹那。

 俺の後頭部に、冷たく重たい何かが突きつけられる。

 

「動くな、それから、両手を上にあげな」

 

 と同時に、女性の声で指示が飛んでくる。

 

「え? あの」

 

「両手は見えるように上にあげな!」

 

 再度の指示と共に、金属音が聞こえてくる。

 

 そういえば、ガンランナー・シカゴ支店でナタリーさんの事を見た店員が言ってたな。

 連れの青いツナギを着た女性が、ジョーニングの手掛けたリボルバーを所持していたと。

 

 という事は、今俺の後頭部に突きつけられているのは、間違いなく、そのリボルバーという事だろう。

 そして先ほどの音、あれは、発砲準備に必要な位置まで撃鉄(ハンマー)起こした(移動させる)音だ。

 

 それらが意味するもの、それは、下手に動けば容赦なく撃つという、女性の本気度を表している。

 

「ちょっと、マーサ!! どういうつもり!?」

 

「どうもこうも、こいつがナットさんの胸を鷲掴みにして、おまけにまさぐろうとしたからよ!」

 

「あれは故意じゃなくて事故だって聞こえてたでしょ」

 

「どうだか? 口ではそう言っても、本当は下心剥き出しだったのかも」

 

「お、お客様、店内でそういうものを出すのは……」

 

「なに? あんたも風穴開けられたいの?」

 

「ひぃ!」

 

 止めに入った店員もその気迫で追い返す、その口調から、どうやらマーサと呼ばれた女性は相当気が強い女性らしい。

 

「あの! 俺は決して下心なんてありません! 本当です!!」

 

「口だけなら何とでも言えるわ!」

 

「本当で──」

 

 俺の後頭部にリボルバーを突きつける、マーサと呼ばれた女性に誤解を解いてもらうべく、俺は、彼女の目を見て自身の思いをぶつけようと振り向こうとした。

 が、ここでも、俺はまた足をもつれさせてしまう。

 

「あわわ!」

 

「え?」

 

 しかも、マーサの指示に従い両手を上げていたばかりに、途中で倒れる体を止める事も出来ず。

 気づけば、マーサと呼ばれた、青いツナギを着た女性目掛けて、俺の体は倒れこんでいた。

 

「痛ったぁ、もう、なによ」

 

「ご、ごふぇん」

 

「ひゃ! んっ! やだ、喋んないで!」

 

 なので、巻き込んだ事を謝罪しようとしたのだが、何だか、上手く喋れない。

 口、と言うよりも顔全体が何かに包まれるようになっている為、上手く喋れない。

 

 しかも、俺が喋ると、突如、それまでのマーサの口調からはあまり想像できない色っぽい彼女の声が零れる。

 一体なぜだ。

 

 それにしても、顔を包む何かのこの感触、凄く心地いい。

 適度な弾力がありながら、それでいてマシュマロのような柔らかさ。

 ずっと包まれていたい。

 

 が、待てよ。よく考えろ。

 この感覚に、マーサの反応、そして、俺が彼女の正面から倒れこんだ事実。

 これらを計算し、俺は、とある答えを導き出す。

 

 そして、それを確かめるべく、俺は直ぐに行動に移した。

 

「……あ」

 

 直ぐに包まれた何かから顔を引っこ抜くと、そこには、顔を真っ赤にしながら床に倒れこんでいるマーサの姿があった。

 と同時に、顔を引っこ抜いた軌道を思い出し、俺は確信する

 

 俺は、彼女のたわわな二つの山の間にまたがるか狭谷を攻めていたのだと。

 

 しかし、よかった、こんな時の為にエース必修科目を履修しておいて。

 

「──っな」

 

「あ、あの、大丈夫?」

 

「ふ・ざ・けん・なぁっー!!」

 

 だが、感無量な俺に対して、狭谷を攻められたマーサは、更に顔を真っ赤にし、空いている手で拳を作る。

 そして、その拳を、俺の顔目掛けて振るう。

 

 ──あ、せめて打つなら拳じゃなくて平手で。

 

「あ、ちょ──」

 

 という間もなく、次の瞬間、俺の視界は揺れ、僅かに遅れて頬を痛みが走るのであった。

 

 

 

「本当にごめんね。ほらマーサ、貴女も謝りなさい」

 

「ふん!」

 

「い、いえ、俺にも原因はありますから……」

 

「じゃ、お相子って事で、この件は片付けましょう。いいわね、マーサ」

 

 その後、マーサも少しばかり冷静さを取り戻し、俺の殴られた頬の痛みも少しばかり引いた所で、俺とノアさんが元々座っていたテーブル席に二人が相席する形で、座っての会話を始めた。

 

 先ほどマーサによって遮られたノアさんの紹介を済ませると、ナタリーさんもマーサの紹介を行う。

 

「彼女はマーサ・ヒコック、私の姉の親友の子で、今は私の取材旅の護衛をしているの」

 

 多少冷静さを取り戻したとはいえ、まだ俺が自身の胸に顔をうずめた行為を許せないのか、時折凄く睨みつけてくるマーサ。

 そんなマーサだが、ナタリーさんの紹介によれば、どうやら彼女は俺とそう歳が変わらないようだ。

 少し釣り目気味ながらも、全体としては美しさを兼ね備えた顔、セミロングの美しい金髪が、その白く輝く素肌と相まって更に美しさを際立たせる。

 そして、あまり年齢差がないと言いつつ、女性の特徴たるある部分は、俺の知る限り、かなり大きな部類に属していると思う。

 

 無論、俺の知る同年代の女性というのは、殆どリーア内の女性ばかりだが。

 健康的な生活環境を送れるリーアの女性であっても、ブラッドが言っていた通り、溢れんばかりに夢一杯に実る方なんて、数えられる程しかいなかった。

 

 いや待てよ、もしかしたら、服装によって強調されているから、より大きく見えるのかもしれない。

 マーサの格好は、確かに青いツナギこと、Vaultジャンプスーツだ。

 しかし、その見た目は、俺の知るものとはかなり異なる。おそらく、彼女自身の手によって改造されたのだろう。

 本来足全体を覆っていた筈のズボンは、ホットパンツのように大部分を切り取られ、魅惑のストッキングとの間に絶対領域を形成している。

 さらに上半身部分も、アーマード・ジャンプスーツよろしく廃材を利用した鎧を纏ってはいるが、スーツ自体は袖を完全に取り去った、所謂ノースリーブとなっている。

 

 そして、最大の特徴にして最も目を引くのが、胸元をざっくりと開いている事だ。

 

 

 ナタリーさん曰く、手に装備しているピップボーイ共々出所が気になるマーサの改造Vaultジャンプスーツは両親のお下がりだという事だが、ご両親は、娘のこの格好を思い悩んでいるのだろうか。

 でも、名も顔も知らぬマーサのお父さん、お母さん。俺は、彼女のセンスは素晴らしいものだと思います。

 

「所で、マーサは、ボルトの出身なんですか?」

 

「違うわ、マーサは連邦の特別区である"サンクチュアリ"の出身よ。それと、ここだけの話だけどね、マーサの両親は、特別区の代表で。しかも、両親は二十年ほど前まで二人ともボルト111で冷凍保存されてたんだって、だから、戦前から生きているグール同様、実年齢は軽く二百歳を超えてるの」

 

「ちょっと、ナットさん! なんでこんな奴らにそんな大事な事喋ってるの!?」

 

「え、だって、私決めたから。この人達に同行取材するって。これから同行するんだから、お互い素性は知っておいた方がいいでしょ」

 

「えぇぇぇっ!!」

 

 軽い気持ちで質問したら、とんでもない事実が返ってきた。

 え、マーサのご両親って、まさか唯一の生存者なのですか。しかも、ナタリーさんお話から察するに、ご両親二人とも冷凍睡眠から生存した様で。

 ということは、マーサはショーンの二百歳以上年の離れた妹という事か。

 

 マーサ、叫びたいのは俺の方だよ。



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第三十四話 そして、北へ

 こうしたマーサの叫びを他所に、俺は、何故ナタリーさんが俺達と同行する事を決断したのか、その理由を考えていた。

 とはいえ、まだ知り合って間もないナタリーさんの考えを読むことは難しく。

 結局、本人に直接理由を聞くこととなった。

 

「所でナタリーさん」

 

「もう、気軽にナットって呼んで。私も、ユウって呼ぶからさ」

 

「それじゃ、ナットさん。どうして俺達に同行取材すると決めたんですか?」

 

「実はユウ達の事気になってたのよ。この辺りで面白そうなネタとかないかと探してた時に、タロンの社員達が噂話しているのを小耳に挟んでね。凄腕傭兵三人組が救助作戦に大貢献ってね」

 

 成程、どうやらホテルからの脱出劇の事が、早くも噂話となって広まっていたのか。

 そして、それを聞いたナットさんが俺達に興味を持って接触してきたと、そういう流れか。

 

「所で、ユウと仲間の一人しか見えないけど、後の一人は何処にいるの?」

 

「あ、後の一人は今所用で席を外してまして、用が終われば……」

 

 と、ニコラスさんの所在について話していると、不意に、聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

「ははは! 待たせたな、諸君!!」

 

「うわ、なにコイツ?」

 

「キャプテン・パワーマン、悪のレッド・ドクロとの壮絶な死闘を経て、只今帰還!!」

 

「ほんと、なにコイツ、頭おかしいんじゃないの?」

 

 マーサの毒舌を他所に、ニコラスさんはそんな言葉を気にする素振りもなく、上機嫌に語り続ける。

 

「ははは! 今夜は最高の夜になりそうだ!! さぁ友よ、今夜は存分に楽しもうぞ!!」

 

「……ねぇ、この方は?」

 

「あ、こちらが、先ほど言っていたもう一人の仲間であるニコラスさんです」

 

「へぇ、そう、なのね」

 

 想像と違ったのだろうか。

 ニコラスさんの様子に、若干引き気味のナットさん。

 

 ま、俺も最初に出会った頃はナットさんのような気持だったので、分からなくもない。

 

「ニコラスさん、ちょっと落ち着いてもらっていいですか?」

 

「ん? おぉ、そうだな。他の客もいる事をすっかり忘れていた、ははは!」

 

 そして、俺の注意を聞いたニコラスさんは、いそいそとヘルメットを脱ぐのであった。

 

「てか、中身普通に"おっさん"だったのね」

 

「ガーン!!」

 

 すると、ニコラスさんの素顔を見たマーサの口から漏れた衝撃の一言に、ニコラスさんは自ら擬音を言葉として出してしまう程、ショックを受けるのであった。

 

「う、うぅ、見ず知らずの女性からおっさんって言われてしまった……。ルシンダにしか言われた事ないのに」

 

 あ、ルシンダさんには言われた事あるんだ。

 いや、ルシンダさんのあの性格なら、言っていてもおかしくはないか。

 

 しかし、ニコラスさんは黙っていればかっこいい部類に入ると思うのだが、やはり性格も加味して判断されたのか。

 それとも、単にマーサの好みじゃなかったか。

 

「性格は兎も角、顔は、いいんじゃない?」

 

「えー、ナットさんってあんな濃い顔が好きなんですか?」

 

「あら? じゃマーサはどんな顔が好みなの?」

 

「え!? どんなって……」

 

 何だろう、ニコラスさんを慰めている横から凄い視線を感じる気がする。

 

「あらあら、ふふ、成程ね」

 

「ちょっと、ナットさん! もーっ!!」

 

 そして、楽しそうな女性陣を他所に。

 

「成程、これがラッキースケベから始まる恋、というやつなのか」

 

 ぼそっとノアさんも何やら言ってはいるが、ノアさん、一体何処でラッキースケベなんて単語覚えたんですか。

 

 

 さて、ニコラスさんの心の涙も少しは止まった所で、ニコラスさんの沈んだ気持ちを少しでも引き上げるべく、気持ちが盛り上がりそうな話題を探る。

 

「所でニコラスさん、至高のオーバーロード・スミスと何を話してたんですか?」

 

「! そうだ、聞いてください!! 実はあの人、私と同じ"同志"だったんですよ!!」

 

 同志、それはつまり、あの人もまたキャプテン・パワーマンの大ファンだったという事か。

 人は見かけによらぬもの、だな。

 

 とすると、あの人も人知れず、一人の時にキャプテン・パワーマンごっこに興じているのだろうか。

 あ、駄目だ、想像すると笑いがこみ上げてくる。

 

「いやー、同志と分かって、すっかりキャプテン・パワーマンの話が盛り上がって、もう白熱ですよ! 特にヒロインであるマリーのチャームポイントは"泣きぼくろ"か"そばかす"かで大論争しまして。あ、因みに私は"そばかす"派です」

 

 先ほどまでの落ち込み様は何処へやら、目を輝かせ、饒舌に思い出を語るニコラスさん。

 ま、ファン同士の集いなんてもの、この世界じゃ当たり前にできる訳でもないので、貴重な機会に恵まれたその嬉しさは伝わってくる。

 ただ、泣きぼくろかそばかすかの論争は、ちょっと心に響いてこないかな。

 

 兎に角、ニコラスさんの沈んだ気持ちも、再び浮上できてよかった。

 

「所でナカジマさん、この女性方は何者なんです?」

 

 その矢先、ニコラスさんが思い出したかのようにナットさんとマーサについて、俺に質問してくる。

 そういえばまだ、ニコラスさんには二人をまだ紹介していなかったな。

 

「こちら、ナタリー・ライトとマーサ・ヒコック」

 

「どうも、私の事は気軽にナットって呼んでね」

 

「どーも」

 

「ナットさんはジャーナリストで、マーサはその護衛。それで、突然なんですけど、ナットさんから同行取材の申し込みがありまして」

 

「えぇ、取材ですか!? どど、どうしよう、私、取材なんて受けるの、人生で初めてですよ! あ! 取材って何を喋ればいいんですかね? キャプテン・パワーマンの好きなキャラクターですか? それとも、好きなストーリーですか? 因みに私、一番好きなストーリーは、コミック第14巻から始まるアラスカ激闘編でして、特に──」

 

「あの、ニコラスさん、キャプテン・パワーマンの事は、質問されないと思いますけど、ね」

 

「えぇ、そうね、それは聞いても書けないわ」

 

「だそうです」

 

「……そ、そうですか」

 

「因みに、私はモールラットの肉が好きだ」

 

 感情の変化の差が激しいニコラスさんを他所に、しれっとノアさんが自身の好物について語っているが。

 ノアさん、それも聞いた所で、ナットさんは記事に出来ないと思います。

 

「あ、でも同行という事は、これから二人が私達の旅に同行するって事ですよね」

 

「んー、それなんですけど」

 

「あら、ユウは私達の同行を許可してくれたんじゃないの?」

 

「えぇ、まだ決まった訳じゃないんですか!?」

 

 歯切れの悪くなった俺を見て、ナットさんがすかさず問い詰めてきた。

 因みに、声は出していないものの、マーサも俺の事を目を細めて見つめている。あれ、てっきり俺達と一緒に行くのは嫌だと思ってたけど、違うのだろうか。

 

 マーサの心情は兎に角、俺はナットさんに歯切れの悪くなった理由を説明する。

 

「あの、ナットさん。取材って事は、色々と見聞した事を書くんですよね」

 

「そうね、基本はそのつもりよ」

 

「なら、これから提示する条件をのんでくれるのなら、同行取材を許可します」

 

「条件?」

 

「はい、俺が指定した事柄を文字に起こさず、ナットさんの記憶の中に留めておいてくださるのなら、同行取材を許可します」

 

 メモされた内容が、いつ原稿となり印刷されるかは分からない。

 しかし、それがいつであろうと、俺の生まれ故郷リーアの存在や、俺が帯びている使命、それにノアさんの正体等。それらは不用意に世に広まっていいものではない。

 例え、戦前などに比べ情報が広がるスピードが遅かろうと、何れその情報を知った悪意ある者たちの耳に入り行動を起こされないとも限らない。

 

 だからこそ、不安の芽は極力摘んでおくに限る。

 

 ならば条件など出さずに無条件で拒めばいいのでは、と思うかもしれないが。

 無礼に扱えば、反発心でどんな尾びれ背びれが付けられるか分からない。加えて、コントロール不能なものほど、将来の不確定要素として恐ろしいものはない。

 であれば、適切にこちらでコントロールし、適度な関係を築いた方が、互いの利益になる。

 

 条件を出したのは、そんな俺の判断からだ。

 

「むぅ、そうね……」

 

 見据えるナットさんは俺の条件を聞くや、口角を下げて、俺の条件をのむかどうかを考え始める。

 やがて、結論が出たのか、ナットさんが口を開いた。

 

「いいわ、その条件、のみましょう。誰にだって、知られたくない秘密の一つや二つ、あるわよね。……あ、という事は、必然的に同行するマーサにも、この守秘義務は適用される訳よね?」

 

「はい、そうなります」

 

「だそうよ、マーサ」

 

「しょうがないわね。ナットさんの為だもの」

 

 マーサは渋々と言わんばかりだが、俺の提示した条件を了承してくれた。

 

「それじゃ、これでオッケーって事?」

 

「はい。では改めて、これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくね」

 

 こうしてナットさんと握手を交わし、それを終えた所で、早速ナットさんが俺の指定する事柄について教えを乞うてくる。

 

「じゃ、早速だけど、ユウが指定する事柄について教えてくれる?」

 

「あ、それは、お店の中ではちょっと言いづらくて」

 

「そうなの? それじゃ、人気のない所に移動してからでいいわ」

 

「ありがとうございます。それじゃ、夕食、手早く済ませちゃいますね」

 

「あ! そういえば、まだ私、夕食を注文すらしてません!」

 

「そんなに焦らなくてもいいわよ、私達はコーヒーでも飲んで待ってるから」

 

 殆ど手を付けず冷めてしまった料理に手を付け始める俺。

 一方、ニコラスさんと女性陣は、それぞれ料理とコーヒーを注文し、各々堪能する。

 

 そして、ノアさんだが、どうやら俺がラッキースケベを繰り広げている間に、早々に平らげていたようだ。

 気づけば、食後の一杯まで堪能していた。

 

 

 

 その後、店を後にした俺達は、シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地でも人気のなさそうな場所へと移動し。

 そこで、条件である指定する事柄について話を進める。

 

「じゃ、聞かせてくれる。ユウの守りたいものの事」

 

「その前に、録音などもしていませんよね?」

 

「ちょっとあんた! ナットさんが信用できないって言うの!?」

 

「落ち着いてマーサ。それ程に、これから話す事は"記録"として残しておいてほしくないのよね」

 

「はい」

 

「大丈夫よ、録音なんてしてない。何なら、証明の為のここで"全部"脱いじゃう? ね、マーサ」

 

「ふぇ! あたしも!」

 

「同然じゃない」

 

「あ、あの、そこまでしてもらわなくても大丈夫です!」

 

 本当はちょっぴり名残惜しいが、二人の確認が取れた所で、本題を話し始める。

 

「ナットさんは、コロニーという物をご存知ですか?」

 

「コロニー……、聞いたことあるわ。確か、ボルトと同様の避難シェルターで、ボルトよりも規模が大きくて、純粋に社会の保全を目的としていた。ただし、その分造られた数はそれほど多くはない。で、合ってるのよね?」

 

「はい。そんなコロニーの一つに、リーアの愛称で呼ばれるコロニーがあります。……それが、俺の故郷です」

 

「え! あんたコロニーの出身だったの!? ……へぇ」

 

「そうだったのね。ピップボーイを付けてるから、てっきりボルトの出身かとも思っていたけれど」

 

 俺の出身に驚きを隠せないナットさんとマーサ。

 もしかしたら、コロニー出身の者を見たのは、初めてなのかもしれない。

 

「それで、そんなコロニー出身のユウが、どうして安全なコロニーからウェイストランドに? 傭兵家業で一儲けする為?」

 

「傭兵業は、副業みたいなもので……。本命は、とある理由から、ある物を探す為に出てきたんです。浄水チップと呼ばれるものなんですが」

 

「成程ね……。機械的な事についてはよく分からないけど、この広いウェイストランドの中から、貴重な汚染されていない水を探し出すぐらいの旅に出てきたって事はよく分かったわ」

 

「では、先ほど言った事は、全て記憶の中だけに留めておいてください」

 

「了解」

 

 マーサも首を縦に振った所で、これで俺に関する事柄については話し終えた。

 

「それじゃ、これで話は終わりかしら?」

 

「いえ、まだもう一つ。……ノアさんの素顔についてです」

 

 そう、まだ話は終わっていない。

 次は、ノアさんの素顔を二人に見せるのだ。

 

「この人の、素顔?」

 

「どうせ、そっちの痛いおっさんと一緒で、その人もおっさんでしょ」

 

 予期せぬ流れ弾に肩を落とすニコラスさんを他所に、二人の前に立ったノアさんは、ゆっくりと自身のヘルメットに手をかけ。

 そして、被っていたヘルメットを、ゆっくりと脱ぎ、素顔を曝け出すのであった。

 

「ノアさんって、スーパーミュータントだったのね」

 

「なーんだ」

 

「む? 二人は私の素顔を見ても驚かないのか?」

 

「えぇ。知り合いね、素行はちょっと悪いけれど人間に露骨な敵意を持たないスーパーミュータントがいたから」

 

「名前はストロング。でもあの人、パワーアーマーは嫌いみたいで、サンクチュアリにいた頃、偶にあたしが装備していると露骨に嫌な顔するのよ」

 

 予想外の反応に一瞬肩透かしを食らったが、ストロングの名前が出た途端、二人の反応の薄さも納得した。

 ストロング、ナンバリングタイトルの3以降、仲間として連れ歩けるようになったスーパーミュータント枠の一人で、その性格は、野生のスーパーミュータントと大差ないと言っていい。

 この世界の彼が一体どんな感じなのかは分からないが、二人の話を聞くに、少なくとも、マーサの両親を偉大な戦士と認めてはいそうだ。

 

「そうか、私のように理性あるスーパーミュータントの知り合いがいたのか。なら、同行しても安心できそうだ」

 

 こうして、ノアさんの素顔も明かした所で、以上が条件となる守秘義務であると告げる。

 

「所で、一つ質問してもいいですか?」

 

「ん? 何かしら?」

 

「ナットさんは、どうして取材旅を?」

 

「簡単な事よ、姉さんを超える為。連邦一のジャーナリストと呼ばれた姉さんを超えるには、同じ土俵じゃ勝てない、だから、姉さんもまだ行った事のない土地での事を記事にした本を出せば、姉さんを超えられるんじゃないかって、そう思ったから、旅を始めたの」

 

 そこで一旦息を整えると、ナットさんは再び言葉を紡ぎだす。

 

「因みに。マーサを連れてきたのは、彼女の腕が立つのもあったけど、彼女の両親に頼まれたからよ。例え文明が滅びようと、それでも美しいこの世界をもっと見せてあげてほしい、サンクチュアリを離れられない自分達に代わって。ってね」

 

「いいご両親だね」

 

「あ! あんたに言われるまでもなく分かってるわよ!!」

 

 こうして、取材旅をしていた理由も分かった所で。

 今晩は一旦解散し、明日、再び集合場所で待ち合わせる事となった。

 

 二人と別れた俺達は、その後今晩の寝床を探す事となるのだが。

 シカゴ・ミッドウェー国際空港跡地の一角に設けられていた手作りテントの宿屋街は、思いのほか割高であった。

 

 

 

 そして、翌日。

 待ち合わせ場所で二人と合流し、その後必要な準備を整え終えると、至高のオーバーロード・スミスの執務室へと足を運ぶ。

 そこで、少し見ない間に二人も女性を引き入れた事を茶化されつつ、その後俺達は、滑走路の一角へと案内される。

 

 そこに待っていたのは、送迎用に用意された、アイドリング状態の一機のベルチバードであった。

 

「短い間ではあったが、君達には大変世話になった!」

 

「こちらこそ、ありがとうございました!」

 

「また立ち寄る事があったら、いつでも歓迎する!」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「君達の旅に幸あれ!!」

 

 回転数を上げたプロペラが発する風切り音に負けぬよう、声を張り、至高のオーバーロード・スミスとの別れの挨拶を終えると。

 やがて、俺達を乗せたベルチバードは緩やかに上昇を始める。

 

 そして、十分に上昇を果たすと。

 吊り下げられたノアさん共々、俺達を乗せたベルチバードは、一路北を目指し、機首を進めるのであった。



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第三章 Vault City
第三十五話 Vaultシティ


 眼下を流れる荒廃した大地を眺め、流れる風を頬に受けつつ。

 

「や、やっぱり、二度目と言っても、こうして空を飛ぶ感覚は、まだ慣れないです」

 

「あらそうなの、私達は全然平気よ」

 

「おっさん、ノアさん見習ったら? あたし達よりも酷い環境なのに、文句の一つも言ってないわよ」

 

「まぁ、比べる相手は兎も角。私達みたいに、空を飛ぶ乗り物に乗り慣れてる人ってまだまだ少ないから、こうした反応の方が自然なのかもね」

 

「ふーん。あ、ねぇ、あんたはどうなのよ?」

 

「え? 俺は……、別に怖くはないよ」

 

「さ、流石はナカジマさんです」

 

「おっさんと違って、"若い"から順応が早いんでしょ」

 

「がーん!!!」

 

 皆と会話を楽しみながら、空の旅を続ける事数十分。

 ベルチバードのパイロット達が、何処かとの交信を始めた。

 

「Vaultシティ・タワー、こちらタロン社シカゴ支店所属、ブラック・プラネット。南東方向、1,000フィート(300メートル)から進入中、着陸許可を求む」

 

「目的? 乗客の輸送だ。──え? 許可? そんなもんある訳ないだろ、貸し切りのお急ぎ便だ!!」

 

「あ!? 支店に確認するから空中待機してろだ!? 馬鹿言うな!! こっちはちょっと無理して飛んでんだ、そっちの鈍間な確認の間に、バランス崩して墜落したら、責任取れんのか!?」

 

「っち、クソッタレが! 分かったよ、もう頼まねぇ!!」

 

 しかし、パイロットのみだが会話の内容を聞くに、どうやら着陸許可は下りなかったようだ。

 

「ったく、あの偏屈野郎どもが。──悪いな大将! Vaultシティへの着陸許可が下りなかった! なので、悪いが外の荒地に着陸させてもらう!!」

 

「分かりました!!」

 

 刹那、機体は翼端のエンジンの角度を変え、徐々に高度を下げ始める。

 そこは、かつては巨大な公園だったのか、廃墟などの建造物が見当たらない、今や枯れ果てた木々が寂しく佇むだけの荒れ果てた大地へと着陸を試みる。

 

「デカいパワーアーマーの大将、足を付けたら合図してくれ! それから、合図と共に自力でワイヤーを外してくれるか?」

 

「了解だ!」

 

 やがて、ノアさんの両足が大地に付くと、パイロットの指示通り、合図が送られ。

 次いで、合図と共に機体とノアさんをつなげていたワイヤーが外される。

 

「よーし、着陸するぞ」

 

 機体の真下からノアさんが離れた事を確認すると、機体は程なくして、荒れ果てた大地へと着陸を果たすのであった。

 

「送っていただき、ありがとうございました!」

 

「いいって事よ! ──そうだ大将、一つアドバイスだ、あの町の連中、特に"中心街"の連中は偏屈な奴が多い、だから、気を付けろよ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 別れの挨拶とアドバイスを送ると、俺達を送迎してくれたベルチバードは、やがて南東の空に消えていった。

 

「さ、行こうか」

 

 そして、ベルチバードを見送った俺達は、一路、Vaultシティへと足を進めるのであった。

 

 

 

 元公園の荒野を北へと進んでいくと、地平線の向こうから、背の高い建物の頂上部分が姿を現す。

 やがて、徐々に進んでいくにつれ、建物の全体像が露わとなっていく。

 

「あれが、Vaultシティ……」

 

 それは、荒廃した大地に突如として現れた、巨大なタワーと呼ぶに相応しい高層建築物。

 ナンバリングタイトルの3に登場した、テンペニータワーを彷彿とさせるそのタワーを中心に、一定の範囲をコンクリートの壁と有刺鉄線柵が囲んでいる。

 更には、過剰とも思える程、等間隔にタレットが配置され、まさに二重壁は鉄壁の様相を呈している。

 そして、そんな二重壁の外側には、壁どころか有刺鉄線柵も何もない、外からの脅威に対して剥き出しのバラック街やテント群が広がっている。

 

 おそらく、タワーを中心として二重壁で囲まれた内側が中心街で、二重壁の外が中心街への入植希望者達が作り上げた街、所謂スラム街なのだろう。

 

 ウェイストランドに出てきてから幾つかの村や町を見てきたが、ここまで貧富の差、持つ者と持たざる者が鮮明に分け隔てられている町は初めてだ。

 例え世界が滅んでも、人間という存在が存命である限り、人間が持つ欲望も尽きる事無く。

 故に、表裏たる存在の格差も、尽きる事無くこの大地に生き続ける。

 

 Vaultシティは、そんな人間の悲しい性を体現した、一つの存在なのかもしれない。

 

「どうしたのよ、早く行くわよ!」

 

「え? あ、あぁ」

 

 そんなVaultシティを眺めていると、不意にマーサから声をかけられ、ふと我に返る。

 そうだった、今は悲観論に漬かっている場合ではない。

 リーアの未来の為、一日でも早く浄水チップを探し出すべく行動すべき時だ。

 

 再び足を踏み出した俺は、あの町で希望を見つけ出すべく、一歩一歩を力強く踏み出し続けた。

 

 

 

 Vaultシティの外縁たるスラム街へと足を踏み入れた俺達は、この町の何処かにいるピートという名の収集家の居所について、情報を集める事となった。

 

「情報と言えば、酒場よね。さ、酒場を探しましょう!」

 

 そこで、情報収集に長けたナットさんに相談した所、いの一番に酒場という具体名が飛び出す。

 やはり、どんな時代でも、どんな世界になろうとも、酒場には情報が溢れるものなのだな。

 

 ほぼ荒地同様のろくに整備もされていない道を歩き、方々から視線を感じながら、俺達は、スラム街にある酒場を見つけ出す。

 周囲の建物との違いは、建築面積が少しばかり広い事と、出入り口の真上に設けられた、店名が書かれたネオンサイン位だろう。

 店の名前は、酔いどれハンツマン、という。

 

 なんだろう、店内でモヒカン達が"ドヴァキンを称えよ!"、と集会を開いていそうな名前だな。

 

 そんな酔いどれハンツマンへと足を踏み入れると、まだ昼前だというのに、店内は活気に満ち溢れていた。

 流石に木のぬくもりは感じられず、暖炉もないが、バーカウンターやテーブル席には、安酒で上機嫌な客達で殆ど埋まっている。

 店内には、ラジオから流れだすクラシック音楽が、その美しい音色を響かせていた。

 

「それで、ナットさん。誰に収集家の居所を聞きますか?」

 

「あ、その役は私一人に任せてくれる?」

 

「え? お一人で、ですか?」

 

「そう。こういうのは、女一人でやる方が相手から情報を引き出しやすいのよ、特に異性にはね」

 

 小悪魔のような笑みを浮かべるナットさんを見て、成程と感心する。

 使える武器は何でも使う、そして、その武器の効果を引き出す術を、ナットさんは熟知している。

 餅は餅屋に任せるに限る。

 

 俺はナットさんに情報収集を任せると、彼女の成果を待つ間、残った俺達は、とりあえず移動の疲れと喉の渇きを癒す事にした。

 丁度空いていたカウンター席に腰を下ろすと、バーテンダーにメニューを見せてくれるよう頼む。

 

「らっしゃい……、どうぞ」

 

 やはり場所が場所だけはあるのか、バーテンダーを務めるアフリカ系アメリカ人の人物は、身なりこそ戦前のスーツを着込んで雰囲気を醸し出してはいるが。

 スキンヘッドとその鋭い目つきが相まって、一見するととても堅気の人間には見えない。

 おまけに声も低音なので、相乗効果で裏側人間に思えて仕方がない。

 

「あら、意外とあるじゃない」

 

「……あ、本当だ」

 

「どれにしましょう?」

 

 と、バーテンダーの人相を本人に気付かれる前に観察するのを止め、その視線を、受け取ったメニューへと移す。

 するとそこには飲料以外に、いくつかの軽食も書かれていた。

 

「ねぇ、あたしまだ朝食食べてなかったんだけど、ここで頼んでもいい?」

 

「え? そうだったの。なら、いいけど」

 

「じゃ、支払い宜しくね」

 

「……え?」

 

「え?」

 

 互いに何を言っているのか一瞬理解できず、互いの顔を見合わせる。

 おかしいな、マーサの言い様だと、支払いは俺が支払うことが決定事項となっている。

 

「だって、ナットさんはあんたの為に頑張ってるのよ、なら、ここでの飲食の支払いはあんたが支払うのが筋でしょ?」

 

 確かに、ナットさんは俺の為に情報収集してくれているので、マーサの言う事も一理ある。

 が、それは当人が主張すればこそ正当性がある訳で、マーサが主張するのは、強引なタダ飯の要求ではないのか。

 

 と、喉まで出かかった言葉を、俺は何とか飲み込むと、そうだね、とマーサに返すのであった。

 こんな支払い云々で遺恨を残し、後々大問題になる可能性と支払額とを天秤にかければ、素直に支払った方がリスクは小さい。

 

「じゃ、あたしこの"ラッドチキンの卵のオムレツ"とシュガーボムと冷えたヌカ・コーラ」

 

「そ、それじゃ私はリスの角ぎ……、りぃ!」

 

 と、マーサの注文の後に続き、しれっと自身も軽食を注文しようとするニコラスさん。

 いや、別にいいんですよ、食べたければどうぞ注文していいんですよ。

 声には出さず、そう視線で訴えかけていたのだが。何故かニコラスさんはその意味を履き違えてしまったようで、先ほどの注文を取り消すと、ヌカ・コーラのみを改めて注文するのであった。

 

 そして、俺とノアさんもヌカ・コーラだけを頼み。

 四人の注文分のキャップを支払うと、慣れた手つきで四本のヌカ・コーラの瓶が、カウンターの上に置かれる。

 

「じゃ、乾杯するわよ!」

 

 ──乾杯!

 マーサの合図と共に、景気付けの乾杯を行うと、蓋を開けた飲み口から瓶の中身を口の中へと流し込む。

 甘さと共に感じる清涼感、二世紀以上経ても戦前から変わらぬ味が、口の中へと広がる。

 

「はいよ、おまち」

 

 と、瓶を半分ほど飲んだ所で、マーサが注文していた軽食が彼女の目の前に置かれる。

 小奇麗な容器に盛られたラッドチキンの卵のオムレツとシュガーボム、一見するとそこまで気にするものでもないのだが、俺は、今回ばかりは気になって仕方がなかった。

 その原因となるのが、オムレツのケチャップであった。

 

 黄色いふわふわオムレツのスケッチブックにケチャップで描かれたのは、可愛く愛らしい猫の絵。

 

 所謂ケチャップアートのその出来栄えに、俺は目を疑った。

 え、この絵、まさかあの厳ついバーテンダーが描いたのか。

 ふと、カウンターを覗くと、彼以外、調理等を担当する人物は見当たらない。

 つまり、この可愛い猫の絵は彼が描いたものである。

 

 もしかして、見た目は厳ついが、中身はすごく優しい紳士なのかもしれない。

 本人に直接聞くのは失礼なので、真相は闇の中だが、これだけは言える。

 人間は見た目だけで勝手に判断してはいけない。

 

「ん~、おいしい!」

 

 そして、マーサの美味しそうに食べる姿は、絵になる程可愛い。

 

 

「お待たせ。とりあえず、集められるだけ集めてきたよ」

 

 丁度マーサの食事も終わり、俺達の飲んでいたヌカ・コーラの瓶も殆どが空になった頃。

 情報収集を終えたナットさんが、俺達のもとへと、その成果と共に戻ってくる。

 

「それでナットさん、何か手掛かりはありましたか?」

 

「えっとね……」

 

 集めた情報を書き込んだ手元のメモ帳に視線を落としながら、ナットさんは収集家の居所に関する情報を口にする。

 

「集めた情報を整理すると、収集家の居所を知っていそうな人物が浮上してきたの。名前はケビン・シムズ、このスラム街の保安官を務めている人物よ」

 

「保安官なら、確かに町の人々の居所を把握している可能性が高いですね!」

 

「で、ナットさん、その保安官は今どこにいるの?」

 

「それが、この時間帯は巡回に出てるから、今どこにいるかは分からないのよ」

 

 希望に続く貴重な手掛かりを手に入れたと思ったのも束の間。

 どうやら、そう簡単には希望の下へとたどり着けるわけではないようだ。

 

「なら、早速保安官を探しに行きましょう!」

 

 こうして俺達は、酔いどれハンツマンを後にし、保安官を探すべく、再びスラム街へと繰り出した。

 

 とはいえ、やはりそう簡単に見つかる筈もなく。

 時折道行く人に保安官を見なかったかどうかを尋ねながら、数十分、スラム街を探し回る。

 

 そして、本道から脇道へと足を踏み入れた時であった。

 

「よぉ、あんたら」

 

 俺達の目の前に、一人の男性が立ちはだかったのは。

 

「あんたら、保安官を探してるんだって? 俺よぉ、実は保安官の居場所、知ってんだよね。なぁ、案内してやろうか?」

 

 口では親切な事を言ってはいるが、その男性の雰囲気は、とても親切心に溢れた人物とは思えない。

 薄汚れたつぎはぎだらけの布製の衣服を身に纏った男性の視線は、明らかに、ナットさんとマーサの身体へと注がれている。

 そんな視線を遮るべく、俺は一歩前に出ると、男性と話を始める。

 

「っち」

 

「あの、お気持ちはありがたいですが、そこまでのご足労をかけてもらうのは忍びなく。居場所さえ教えてくだされば、後は俺達だけで向かいますので」

 

「あぁ!? てめぇ、俺の善意を踏みにじんのか、あぁ! てか、俺は野郎とは話す気ねぇんだよ、どいてろ!!」

 

 すると、男性は分かりやすほど態度を豹変させ。

 それのみならず、ポケットから折り畳みナイフを取り出すと、脅しとばかりに見せつけてくる。

 

「あ、マーサ!」

 

「なら、あたしが話し相手になればいいわけ?」

 

 刹那、俺を押しのけ、マーサが男の前に立つと話を進め始める。

 

「へへへっ、分かってるじゃねぇか」

 

「で、あんた本当に保安官の居場所、知ってるんでしょうね?」

 

「あぁ、知ってるさ」

 

「なら、さっさと案内しなさい!」

 

「へへ、我の強い女だな。……だけどよぉ、人にものを頼む時は、先に払うもんがあるだろ?」

 

「キャップ? 幾ら?」

 

「んなもんいらねぇよ、俺が払ってほしいのはだな……」

 

 男性の視線が、マーサの身体を舐め回すように上下し、卑猥な笑みを浮かび上がらせる。

 俺は直感的にマーサの危機を感じ取り、彼女を守ろうと前に出ようと試みるも、彼女自身がそれを阻止し、それは叶わない。

 

「今からそのデケェナニで俺の相手をして──」

 

 刹那、男性の折り畳みナイフを持つ手を、マーサの振るった手がかすめる。

 と、次の瞬間。折り畳みナイフを持つ手の人差し指と中指の第二関節から先が、男性の鮮血と共にポロリと地面に落ちる。

 

「あ……、あぁ、あぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 一瞬何が起こったのか理解できない様子の男性だったが、やがて、脳に痛みが伝わるや、自身の指が切り落とされたのを理解したのか。

 痛みで折り畳みナイフを握る事も出来なくなった手を、もう片方の手で何とか止血しようと押さえつけながら、その場に膝から崩れ落ちるのであった。

 

「あら、ごめんなさい。あたし、手が早い男って嫌いなのよね。あたしも、手が早いからさ」

 

 そう言ったマーサの手には、いつの間にか、刃の部分に血が付着した投げナイフが握られていた。

 おそらく、先ほど手を振るった際に、男性の指を切り落としたのだろう。

 

 確かに、目にも留まらぬ早業だ。

 

「で、こいつどうする?」

 

「え?」

 

「保安官の居場所を知ってるなんて、口から出まかせにしか思えないし、このまま喉、掻っ切っちゃう?」

 

「いや、流石にそれは……」

 

 男性の目的が最初から女性陣の身体目当てであったとしても、流石に殺すのはどうだろう。

 と、男性の処分に悩んでいると、不意に、背後から人の気配を感じる。

 

「おい、お前たち、そこで何している?」

 

「げ、く、くそっ! 覚えてやがれよ!!」

 

 背後から聞こえてきた声に、俺達全員が気を取られている隙に、男性は、一目散に何処かへと走り去ってしまった。

 

「トラブルか? おい、よく聞け、確かにここ(スラム街)は中心街程お行儀よくはないが、それでも、守るべき最低限度の規律ってもんは存在している」

 

 声の主は、東海岸近郊ではお目にかかれない筈のレンジャーコンバットアーマーを身に纏い、ヘルメットも専用のゴーグルマスクも被ることなく、代わりにカウボーイハットを被っている。

 

「そんな最低限度の規律すらも守れん厄介者は、さっさとこの街から出ていってもらおうか!」

 

 渋みのある声に、立派な顎髭を蓄えたアフリカ系アメリカ人の中年男性。

 間違いない、この人こそ、俺達が探していた保安官、ケビン・シムズだ。



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第三十六話 兄弟

「あの、保安官のケビン・シムズさん、ですよね!」

 

「あぁ、そうだが。……それよりお前たち余所者だろう。ったく、やって来て早々トラブルか、勘弁願いたいね」

 

 その後、やはり警告を行ってきた中年男性はケビン・シムズその人であると分かると。

 彼に先ほどの一件は正当防衛であると説明を行う。

 

「ですので、あの男性が折り畳みナイフを出してきたので、こちらもやむなく」

 

「やむなく、指を切り落としたというのか?」

 

 まぁ、確かに向こうは折り畳みナイフで脅しをかけてきた段階で、実際に危害は加えられていない。

 これでは、正当防衛を主張するには無理があるか。

 

「……ふ、ははは!! まさか、指を切り落とすとはな!! はははっ!!」

 

 どんな適当な理由を付けようか、と考えを巡らせた矢先。

 不意に、シムズ保安官は声をあげて笑いだす。

 

「え? あの?」

 

「いや、すまんすまん。お前たちを脅した男は、最近俺の頭痛の種の一つであるチンピラ集団の一人でな。どうやってとっ捕まえて灸を据えてやろうかと考えていた所だ」

 

「なら、あたし行為は、保安官の鬱憤を少しは晴らしたって訳?」

 

「そういう事だ。……とはいえ、今回は大目に見て見逃してやるが、もし次、同じような、いや今回以上の事を目撃すれば、例えその相手がチンピラ集団であろうと、俺はお前たちを問答無用で街から叩き出す、いいな?」

 

 相手がよかったのか、今回はお咎めなく見逃してもらえた。

 ただし、それは今回限りのようだ。

 

 しかし、チンピラとの一件は、これにて方が付いた。

 なので次は、本題の収集家の居所について、シムズ保安官に尋ねる。

 

「実はシムズ保安官、保安官に是非、居所を教えていただきたい人物がいるのですが?」

 

「それは構わんが、ここではなく、事務所で聞いても構わないか? そろそろ昼休憩の時間なんでな」

 

「分かりました」

 

 こうして俺達は、シムズ保安官と共に、保安官事務所へと向かう事となった。

 保安官事務所は、スラム街のメインストリートに面した一角に建っていた。

 バラックの建物の壁に、手書きで看板に書かれたシェリフ・オフィスの文字が、ここが特別な建物であると物語っている。

 

 そんな保安官事務所に足を踏み入れると、事務仕事用のスペースの他、逮捕した者を留置しておく留置場が設けられていた。

 

「フィービー、今帰ったぞ!」

 

 更に奥を進み、階段を上って保安官事務所の二階に足を踏み入れるや否や、開口一番誰かに帰宅を告げるシムズ保安官。

 どうやら、二階はシムズ保安官の自宅スペースのようだ。

 

「お帰りなさい、保安官」

 

 と、反応を返すかのように、奥から女性の声が聞こえてくる。シムズ保安官の奥さんだろうか。

 

「メシの用意はできてるか?」

 

「えぇ、ご用意してますよ」

 

「それから、客も一緒だ、何か飲み物を用意してやってくれ」

 

「分かりました」

 

「さぁ、お前たち、入ってくれ」

 

 そして、シムズ保安官から許可も出たので二階へと足を踏み入れる俺達。

 と、シムズ保安官を出迎えた声の主と目が合う。

 

 声だけを聴いて奥さんと勝手に判断していたが、それは間違いであった。

 何故なら、声の主は、ヒョウタンを逆さにした真ん丸白銀ボディに、真ん丸な三つのメインカメラ、同じく三本のマニュピレーター。

 それは、俺もよく知るお手伝いロボット、Mr.ハンディ。のバリエーションの一つで、女性の人格AIを有する、Ms.ナニー。

 それが、フィービーと呼ばれた声の主の正体であったからだ。

 

「どうぞ皆さま、いらっしゃい。どうぞ、今飲み物をご用意しますから、座って待っていてくださいね」

 

 ふわふわとボディを揺らしながら、マニュピレーターを使って俺達の為に椅子を用意するフィービーさん。

 彼女が用意してくれた椅子に腰を下ろすと、入れ替わるように、キッチンから昼食を手に持ったシムズ保安官がリビングに戻ってくる。

 

「食べながらですまんが、ゆるしてくれ。いつも休憩が時間通りに過ごせる訳ではないんでな」

 

 そう言うと、テーブルで昼食を取り始めるシムズ保安官。

 保安官事務所の様子を見た限り、どうやら同僚の保安官はいないようで、シムズ保安官が一人で職務を担っているようだ。

 スラム街だけとはいえ、街はかなりの広さを誇り、一人ではとても手が足りない状況だろう。

 

 そして、問題が起これば何時であろうと駆け付けねばならず。

 先ほどの言葉の意味も、彼の苦労を痛感するするとともに理解できる。

 

「はい、お待たせしました。お水です」

 

「すまんな、うちには来客用のものがあまり置いてなくて、それで我慢してくれ」

 

「いえ、お気持ちだけで十分嬉しいです」

 

 やがて、フィービーさんが用意してくれた水の入ったコップを受け取り礼を言うと、シムズ保安官は口にした料理を吹き出す勢いで笑い出した。

 

「はははっ! 若いのに随分口が立つな! お前さんを見てると、弟の事を思い出す!」

 

「弟さん、ですか?」

 

「そうだ。そこのキャビネットに写真を飾ってあるだろ」

 

 シムズ保安官がそう言って指出した先には、窓際のキャビネットの上に、いくつかの写真立てが飾られていた。

 椅子から立ち上がり、近づいて飾られている写真の数々を眺める。

 両親や友人、シムズ保安官が歩んできた人生の一ページごとが収められた写真の中に、その写真は存在していた。

 

 建物の前、二人の若い男性が、肩を並べて写真に写っている。

 一人は、格好も異なるし今ほどに髭も生やしてはいないが、三十年ほど前のシムズ保安官であった。

 そして、もう一人、若い頃のシムズ保安官の横に立つ、眼鏡をかけた男性。彼がおそらく、先ほど言っていた保安官の弟さんだろう。

 

 ──しかし、この顔、何処かで見たような気がする。

 

 何処で見たのか。記憶を辿り、その場所を思い出していく。

 やがて、それらしい場所を思い出すと、次は、脳内鑑定を使って、その人物が写真に写った人物と同一人物であるかを判断していく。

 体格も、着ている服装も異なるが、かけている眼鏡や目元など、年を取っても変化の少ない部分との一致個所等を総合的に判断し。

 

 そして、はじき出した結果を、シムズ保安官にぶつけてみる。

 

「で、居所を知りたい奴がいると言ってたが、そいつの名前は?」

 

「あの、その前に、別の質問をしてもよろしいですか?」

 

「? いいが、なんだ?」

 

「この写真に写っている弟さん、名前は、ラデシュ、というのではないでしょうか?」

 

「っ!? お前! どうして弟の名を知ってる!?」

 

 俺の口からその名が出た途端、シムズ保安官は食事している事も忘れ、勢いよく立ち上がる。

 

「やっぱりそうだったんですね、面影がありましたから、もしかしたらと思ったので」

 

「お前、弟を知ってるのか?」

 

「はい。彼が首長を務めるノース・レイク・サンズという名の集落で、依頼された仕事を通じて知り合いに」

 

 ラデシュ首長との出会いを簡潔にシムズ保安官に伝えると、彼はゆっくりと着席し、零れるように語りだす。

 

「まったく、世の中、狭いな……。なぁ、あいつは、弟は元気そうだったか?」

 

「はい、それはもう」

 

 写真よりも豊かになって、それはもう色んな所が元気で溢れてます。

 なんて、余計な事は口に出さず、簡単に返事を返す。

 

「そうか、元気か。……あいつは、弟は、昔から俺なんかよりも頭が切れてな、あいつが集落の首長になったと風の噂で耳にした時は、嫉妬よりも素直に喜んだもんだ」

 

 どうやら、ラデシュ首長は昔から切れ者だったようだ。

 

「対して昔の俺は、プライドだけが高く頑固で、弟の話にもあまり耳を傾けなかった。お陰で、今もこんなスラム街の雇われ保安官だ。大層なバッジを付けちゃいるが、中心街の連中の言いなりさ」

 

 自らと弟の対比を、自虐を交えて語るシムズ保安官。

 

「弟は、小さい頃から本能的に処世術ってやつが大事だと気づいていたらしく。よく中心街の連中にペコペコと媚び売っては、連中に取り入ってやがった。当時の俺は、そんな弟の行為が許せなくてな。ある日、直接本人に言ってやったんだ、中心街の連中に媚び諂うのは止めろってな。そしたら、弟の奴はなんて言ったと思う?」

 

「なんて、言ったんですか?」

 

「"兄ちゃん、一時の恥を忍んでも、彼らから話を聞くべきだよ。彼らはこの世界の成功者、彼らから聞く話は、どんな戦前の本やテクノロジーよりも価値のある事だよ"って言ったんだ。当時の俺は、弟の言う事が信じられなかった、なんせ、中心街の連中は俺達の事を野生動物や肉壁程度にしか考えていないと思っていたからな。……だが、今なら分かる、当時弟が言っていた言葉の意味がな」

 

 ラデシュ首長が現在の地位に上り詰めたのは、育った環境も関係しているようだ。

 

 確かに、人によりスタート地点は違うかもしれない。だが、例えスタート地点が違っても、スタートしてからどう走ったかで、その後の展開は幾らでも変わってくる。

 中心街に住まう人々だって、結局は現在の生活を手に入れる為に自ら走り、他者を出し抜き追い抜き、そして勝ち取ってきた結果として、現在の地位や生活がある。突然空からキャップが降ってきた訳ではない。

 戦前の品物も、"現在の世界"での使い方を知らなければ、その価値は幾分にも目減りする。

 どう走れば持つ者となれるか、その為の術を、心得ている者から聞き、自らの糧とする。

 なんせこの世は弱肉強食、善意の助け船など希少価値、ならば、ちっぽけなプライドなど投げ捨てて、泥水をすすってでも自ら走り続けるしかない。

 

 走る事を止めれば、あっという間に荒れ果てた大地の肥やしとなるだけだから。

 

「ま、今更分かった所で、もう手遅れだがな」

 

 やがて、語り終えたシムズ保安官は、辛気臭い空気にしてしまった事を詫びると、空気を換えるべく収集家の居所に話題を変える。

 

「さてと、脱線しちまったが、本題に戻ろうか。お前さんが居所を知りたい奴の名前は?」

 

「ピートという名の収集家なんですが、心当たりはありますか?」

 

「ピート、ピート……」

 

 思い出すかのように繰り返し名前を呟くと、やがて、思い出したのか、うつむきかけていた顔を上向ける。

 

「思い出したぞ。中心街に、そんな名前の収集家がいる事を聞いたことがある。確か、今もまだ中心街に住んでる筈だ」

 

「本当ですか!」

 

「あぁ。だが、悪いな、中心街の何処に住んでるかまでは、俺も知らねぇんだ」

 

「いえ、中心街に今も住んでいると教えていただけただけで、大いに助けになります!」

 

「そうか、そりゃよかった」

 

 こうして、聞きたい情報も得られ、用意してくださった水もごちそうになった所で、俺達は中心街へ向かうべく御暇させていただくことに。

 

「あぁ、そうだ。中心街に入るには"通行許可証"が必要になる、通行許可証は、中心街唯一の出入り口であるセンター・ゲートの横にある役所で発行しているから、後は窓口に行って確かめろ」

 

「色々と情報をいただき、ありがとうございます」

 

「なぁに、弟の知り合いだからな。……あぁ、最後に一つ、俺の頼みを聞いてもらってもいいか?」

 

「頼み、ですか?」

 

「そんな難しい事じゃない。もし、今後弟に会う事があったら、その時俺の言った事を伝えてほしい。"お前は俺にとって、最高に誇らしい弟だ"ってな」

 

「分かりました。会ったら必ずお伝えします」

 

 シムズ保安官からの伝言をしっかりと胸に刻むと、俺達はシムズ保安官とフィービーさんに見送ら、保安官事務所を後に、一路センター・ゲートを目指す。

 

 

 目指すセンター・ゲートは、スラム街のメインストリートの先に存在していた。

 スラム街と中心街の境界線、そこに開かれた唯一の出入り口。

 巨大な鉄製の頑丈な可動式ゲートの手前両脇には、Vaultジャンプスーツの上にコンバットアーマー一式を装備し、その手に状態の良いR91アサルトライフルを手にした門兵の姿。

 更には、ゲート両脇に監視塔とタレット。また、それだけでは足りないのか、ボルトテック塗装が施された二体のセントリーボットの姿まで確認できる。

 

 まさに鉄壁の警備体制を敷くセンター・ゲートの様子を、俺達はセンター・ゲート手前の広場から眺めていた。

 

「凄い警備ね」

 

「うむ。あれでは迂闊に強行突破も難しいだろうな」

 

「でも、パルス・グレネードでセントリーボットを潰して、狙撃でタレットを潰し、スモークグレネードの煙幕で一気に突破できなくもないわよ」

 

「ふむ、そういう手もあるな」

 

 マーサとノアさんが、何やら物騒な事を口にしてはいるが、断じてそんな危険な事はしない。

 そもそもそんな事をすれば、収集家のもとを訪ねるなんて事、生涯できなくなってしまう。

 

 それにしても、マーサとノアさんって、こんなに気が合うんだな。

 考え方が似ているから馬が合いやすいのだろうか。

 

「役所というのは、あそこの事みたいね」

 

 ナットさんの指さす先には、センター・ゲートから少し離れた場所に、二重壁を貫通し突出するように一軒の建物の姿があった。

 バラックやテントが並ぶスラム街にあって、その建物は、嫌と言う程違和感に溢れている。

 何故なら、その建物は頑丈そうなコンクリート製二階建ての建物だからだ。

 

「行きましょう」

 

 そして俺達は、センター・ゲートを通行するに必要な通行許可証を発行してもらうべく、役所へと足を向けるのであった。



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第三十七話 貢献せぬ者通るべからず

 役所と呼ばれた建物の中は、役所というよりも銀行のような内装であった。

 対応する窓口には、受け渡し用の小さな受け渡し口以外は頑丈そうな鉄格子が設けられ、こちら側と向こう側の行き来は完全に遮断されている。

 

 そんな窓口の内の一つに赴くと、受け渡し口から、職員に用件を伝える。

 

「すいません。センター・ゲートを通行する為の通行許可証を発行してほしいのですが」

 

「あぁ? 通行許可証?」

 

 窓口対応にあたったのは、少々小柄の壮年の男性であった。

 しかし、その対応力は、一見してとても丁寧で気配り上手とは言えなさそうだ。何故なら、風船ガムを噛みながら対応にあたっているのだから。

 

「なに? クチャ、ん、通行許可証? クチャ、っち。っぺ!! あぁ、発行してほしいのか?」

 

 人前で噛んでいた風船ガムを吐き捨てる、もはや、窓口対応関係なく、良識ある対応とは言えない。

 

「はい、そうなんです。どうしても、中心街に行きたいんです」

 

 とはいえ、ここでそんな事を指摘して機嫌を損ねられれば、希望の光を手に入れられない。

 なので、込み上げる感情を押し殺し、穏やかに頼み込む。

 

「あんたらさ、余所者だろ?」

 

「は、はい。この町には、今日来たばかりです」

 

「なら教えてやる。通行許可証を発行するには、二つの内どちらかの条件を満たしてなければ、発行はされない」

 

「条件?」

 

「まずその一、中心街の成人以上の住人の発行推薦状を持ってること。もし持ってるなら、提出すれば直ぐに発行してやる」

 

 生憎と、俺を含め、俺達の中に中心街の住人と交友を持っている者はいない。

 故に、そんな推薦状も、持っている筈がない。

 

「なければ、条件の二つ目。……ま、大抵の奴らはこちらの条件に挑んでるがな」

 

「その条件とは?」

 

「申告者、即ちあんたらが、このVaultシティの為に誠心誠意尽くしたかどうか。その貢献度によって発行の合否を決める」

 

「えっと……、貢献度と言われても、客観的にどうはかるんですか?」

 

「安心しろ、独自のポイントを設定して、基準のポイントに達すれば発行されるようにはなってる」

 

「成程」

 

「貢献度ポイントを得るには、俺達が提示する依頼を受けて完遂する必要がある。ただし、ここで注意点だ。まずその一、依頼は申告者のみで完遂しなければならない。つまり、今回の場合、あんたら以外の第三者の手を借りて依頼を完遂すると、ポイントは無効となる」

 

「ですけど、助けなしに依頼を完遂できないような場合などは」

 

「安心しろ。俺達だってそんなに意地悪じゃない、ちゃんと申告者の人数などに合った依頼を提示している」

 

 と説明する男性スタッフの表情は、とても素敵(不敵)な笑みを浮かべていた。

 

「そしてその二、一度受けた依頼を途中で放棄した場合、次の依頼を受けられるまで一週間の期間を開けるペナルティ期間が設けらる。これは、申告者自身に有利な依頼を無制限に選択されない為の処置だ。あぁ、因みに、累積状態で依頼を途中で破棄した場合、それまでの累積ポイントは全て没収となる」

 

「え!?」

 

「あぁ、だが安心しろ。依頼の遂行に期限は設けていないから、どれだけ時間がかかっても、自分達の手でやり遂げればいいだけの事だ、そうだろ?」

 

 それはつまり、助けもなく依頼を完遂し続けなければならないという事を意味している訳で。

 依頼の内容にもよるのだろうが、場合によっては、一生かかるかもしれないという事だ。

 

 成程、ベルチバードのパイロットが言っていたアドバイスの意味が、理解できたよ。

 

「最後にその三、依頼の完遂を金銭(キャップ)や物品などを送って偽装しない事。もし賄賂なんてもんを渡してると判ったら、即座にブラックリスト入りだ」

 

「ブラックリスト?」

 

「そう、もしブラックリストに名前が記載されれば、もう二度と、Vaultシティに足を踏み入れさせない。もし踏み入れば、鉛玉でぼろ雑巾のようにして町から放り出してやる。分かるか、Vaultシティは公明正大な町だ、だから、不正は絶対に見逃さない」

 

 どの口が言っているのか、との言葉が頭を過ったものの。

 表情に出すことなく、了解した旨を男性スタッフに伝えるのであった。

 

「よーし、それじゃ。説明も終わった所で、あんたらに最初の依頼を提示してやろう」

 

 そう言うと、男性スタッフは一旦奥へと姿を消し、程なくして、一枚の紙を手に持って窓口に戻ってくる。

 

「あんたらに受けてもらう最初の依頼はこれだ」

 

 そう言って受け渡し口から手渡された紙には、水漏れ修理との内容と、地図が描かれていた。

 

「我がVaultシティでは、中心街と同様、スラム街にも水を供給している。スラム街への供給は、中心街から伸ばした水道パイプを使い中間管理施設に送られ、そこから、更に街中に張り巡らせた水道パイプを使ってスラム街の各家庭へと送られる。だが、最近各家庭に送る水道パイプで水漏れが発生しているようで、あんたらには、その修理を行ってもらう」

 

「依頼内容は分かりましたけれども、水漏れの個所などは?」

 

「あぁ、それはその紙に書かれている中間管理施設にいる水道技師のホーマに会って聞いてくれ。必要な情報や道具なんかは、向うが用意してる筈だ」

 

 こうして俺達は、通行許可証を得るべく、最初の依頼に着手する。

 

 

 役所を出て、地図を頼りに向かった先は、スラム街の一角に佇む、水道パイプや貯水用のタンクが幾つも目に付く建物、中間管理施設と呼ばれる建物であった。

 

「ごめんくださーい! 誰かいらっしゃいますか!?」

 

 水道パイプから聞こえる水の音と、管理用の機械等から聞こえる機械音が響く施設内に足を踏み入れ、雑音に負けぬように声を張ると。

 程なくして、職員と思しき影が近づいてくる。

 

「当施設に、何か御用でしょうか?」

 

 現れたのは、傷や色落ちが目立つ、一体のMr.ハンディであった。

 

「役所からの依頼を受けて、水道技師のホーマさんにお会いしたいんですけど」

 

「あぁ、役所の依頼をお受けしてくださった方々ですか。でしたら、どうぞこちらへ、ご案内します」

 

 Mr.ハンディに案内され、施設の奥へと足を運ぶと。

 そこには、メーターを眺めながら機械を操作している、オーバーオールを着用した、一人の男性の姿があった。

 

「ホーマ主任、お客様です」

 

「あ? わしに客だ?」

 

 既に還暦を迎えていると思われるその顔には、過ごしてきた年月分のしわが刻み込まれ、頭髪や体毛なども、加齢と共にすっかり色素を失い、白く染まっている。

 だが、その肉体は、年齢を感じさせない程強靭で、佇むその姿勢も、とても還暦を迎えているとは思えぬ程、体幹がしっかりしている。

 

 若い者にはまだまだ負けないと言わんばかりの、ホーマ主任と呼ばれた男性は、俺達の存在に気が付くや、操作の手を止め、俺達のもとへと近づいてくる。

 

「お前たちか、わしの客とは?」

 

 近づかれると、その強靭な肉体に百九十近くはあろう高身長も相まって、少し圧倒されそうになるも。

 俺は、今回尋ねた理由を説明し始める。

 

「あぁ、役所に頼んでたのがやっと来たか。ついてこい、道具を渡す」

 

 と言われ、ホーマ主任の後に付いてゆくと、隣の部屋へと案内される。

 部屋の中は棚で埋め尽くされ、棚には、工具箱や安全ヘルメット等が陳列されていた。

 

「そこの棚に置いてある工具箱に、修理作業に必要な工具と部品が入っている、それを持って、作業帽子を被ったら、さっさと水漏れを直しに行ってくれ。水漏れ発生箇所は、この地図に記している」

 

 そう言ってホーマ主任がポケットから取り出し、手渡したのは、手書きのスラム街の地図であった。

 地図上には、十か所程度、各所にバツ印が描かれている。おそらく、このバツ印の場所が、水漏れ発生箇所だろう。

 

「わしは機械の操作で手が離せん。修理が終わったら、また戻ってきて報告してくれ。あぁ、そうだ。それから、修理が終わったら、修理した近所の住人に修理完了の報告もしておけ、いいな」

 

「分かりました」

 

「それじゃ、日の出てるうちにとっとと修理を終わらせてこい!」

 

 こうしてホーマ主任に発破をかけられつつ、俺達は工具箱と作業帽子を手に取り、一旦中間管理施設の外へと出る。

 そこで、誰がどの個所の修理に誰が向かうかを決める事にしたのだ。

 地図を見るに、水漏れ発生個所は一部に固まることなく、広範囲にばらけて発生している。

 

「ふむ、この範囲でこの数ならば、三手に分かれて修理を行った方が効率がよかろう」

 

 ノアさんの意見には、特に反論もなく、俺達は三手に分かれて修理を行う事となった。

 

「組み合わせはどうしましょうか?」

 

「私は一人でも大丈夫だ」

 

 提案者であるノアさんは、一人でも大丈夫だと言う。

 確かに、ノアさんなら多少治安が悪い所に一人で行っても、無事に帰ってこられるだろう。いや、そもそも、今のノアさんの姿を見て、不用意に近づこうと考える者が果たしているのだろうか。

 スペースマリーンパワーアーマーにチェーンソードを背負い、ヘルメットの上に乗せただけの作業帽子を被り、その手に対比でおもちゃと見間違う赤い工具箱を持った、そんなノアさんの姿。

 

 うーん、これは別の意味で混沌(ケイオス)に信仰を捧げているな。

 

「じゃ、私は彼と一緒でいいから。マーサはユウと組んでね」

 

「え? ちょっとナットさん!? そんな勝手に!」

 

「別に、俺はマーサとでも……」

 

「あ、あんたも少しは否定しなさいよ!!」

 

 そして、残り四人の組み分けとなり、ナットさんがニコラスさんを相棒として選択した為。必然的に、俺がマーサと組むこととなる。

 なのだが、マーサは顔を赤くして、強引な組み合わせに不満を漏らすのであった。

 

「成程。これが所謂、ツンとデレ、というやつか」

 

 そんな様子を見て、ノアさんが、双子の野ネズミの絵本のタイトルのような口調で意味深な単語を零すのであった。

 それにしても、本当にノアさんは、ラッキースケベなど、一体何処でそんな単語を覚えたのだろうか。

 

 兎に角、組み分けが決まると、俺は地図の内容を自身のピップボーイの地図に書き込み、ナットさんもメモ帳に写し書きする。

 よって、オリジナルの地図は、ノアさんが持つこととなった。

 

「では、担当する水漏れの修理が終わったら、またここに集合という事で」

 

 こうして全ての準備が整うと、俺達は三手に分かれ、それぞれ担当する水漏れ発生個所へと向かうのであった。

 

 

 

 俺とマーサは、ピップボーイの地図に書き込んだ情報を頼りに、水漏れが発生している水道パイプを修理していく。

 一つ目は俺が、そして二つ目はマーサが修理を担当し、修理を終えると、近隣の住民達に修理完了の旨を伝えていく。

 

 因みに。マーサの修理中、バルブの締め付けが緩かったのか、確認の為レンチで軽く叩いた際、再び水が勢いよく漏れ出すというちょっとしたトラブルが起こったのだが。

 その際、水に濡れて色々と情欲をかき立たせるマーサの姿を拝めたので、マーサにとっては災難でも、俺にとっては福眼な出来事があった事をここに記載しておく。

 

 そんなトラブルを経て、俺とマーサは、担当する最後の水漏れ箇所の修理にあたっている。

 修理を担当するのは、順番として俺の番だ。

 

「……これで、よし」

 

 締め付けたバルブを手にしたレンチで軽く叩くと、その音を聞き、適切に締め付けられた事を確認する。

 そして、修理が完了すると、おもむろに立ち上がり、街の風景を見まわす。

 子供たちの駆け回る姿、井戸端会議に白熱する奥様方、日向ぼっこする猫。

 水道パイプの上から見渡せる街の風景は、外敵から身を護る外壁の無い街とは思えぬ程、生き生きとしていた。

 

「ちょっと、終わったんでしょ? なら、さっさと下りてきなさいよ」

 

「あ、うん」

 

 マーサの声に、風景観賞を終えると、軽やかに水道パイプから下り、工具を工具箱へと収納する。

 

「それじゃ、ご近所さんに修理完了したと伝えてくる」

 

「早くしなさいよ」

 

 マーサをその場に残し、近隣住民の方々に修理が完了した旨を伝えて回る。

 

「本当に、ありがとうね」

 

「いえ、それでは、失礼します」

 

 やがて、最後の住民に伝え終えた所で、マーサのもとへと戻る。

 すると、角を曲がろうとした所で、マーサが誰かと言い合っている声が聞こえてきた。

 

「何だ?」

 

 気になって、角から声の方向、マーサが待っている方を覗いてみると。

 そこには、三人組の男性達が、マーサと言い合っている様子が見えた。

 

「てめぇだよな、オレ達の仲間の指を切り落としたって女は?」

 

「顔は割れてんだよ!」

 

「そだそだ!」

 

「あら、だったら何よ? あんた達も指、切り落として欲しい訳?」

 

 耳を立てて会話の内容を聞くに、どうやらあの三人組は、マーサが指を切り落としたチンピラの仲間のようだ。

 

「っは! 本当に気の強えぇ女だな。……だがよ、そんなに気が強えぇと、それだけ泣かせ甲斐があってもんだ」

 

「げへへっ、その身体、たまんねぇなぁ、おい」

 

「そだそだ!」

 

「あら、泣かせられるのはあんた達の方じゃないの? それとも、女に泣かせられるのは初めてとか?」

 

 相手の感情を逆なでするマーサの煽り言葉は、予想通り、チンピラ達を激怒させる。

 

「てめぇ! このアマッ!! 言わせりゃ言いたい放題言いやがって!」

 

 刹那、チンピラの一人が、ポケットから折り畳みナイフを取り出し、刃を立てる。

 

「あんた達って、本当にワンパターンね。それを出せば、誰でも言う事聞くようになると思ったら大間違いよ」

 

「っ! このアマァ!! てめぇの減らず口もここまでなんだよ!!」

 

「っ!? くっ!」

 

「へへへっ! 捕まえたーぁ」

 

「そだそだ、もう逃げらんねぇ」

 

 あ、そだそだ以外にもちゃんと別の言葉言えたんだ。なんて、暢気に観察している場合ではない。

 不意を突かれ、マーサはチンピラ二人に羽交い絞めにされる。

 これは、早く助けなければ。

 

「この! 離しないさよ!!」

 

「っ、くそ、なんて馬鹿力なんだよこのアマ!」

 

「諦めろ、そだそだ」

 

「っ! にゃろ!!」

 

「へへへ、おいおい、さっきまでの威勢はどうした? 子猫ちゃん?」

 

 俺は物陰などを利用し、チンピラたちに気付かれないよう、近づいてゆく。

 その間に、折り畳みナイフを持ったチンピラは、自信が有利となった状況を楽しむかのように、ゆっくりした動作で徐々にマーサに近づく。

 

「へへ、怖いのか? ならパパとママに助けてー、って叫んでみな、どうせ、誰も助けに来ねぇけどな」

 

「ふん、誰がそんな事、言うわけないでしょ」

 

「本当に、このアマ! てめぇのその身体、今すぐ傷ものにしてやんよ!!」

 

 チンピラが、手にした折り畳みナイフの刃をマーサ目掛けて切りつけようと振り上げた、その時。

 一気にチンピラの背後へと駆け寄った俺は、チンピラの両足の付け根、男性特有の弱点の一つである神秘の場所目掛け、蹴りを入れる。

 

「────っっっ!!!!」

 

 声にもならない声をあげ、チンピラは、受けたダメージが脳の許容範囲を超えたのだろう。崩れるように、その場に倒れこんでしまう。

 

「な! なんだテメェ!? なにしやがる!!」

 

「そだ! そだ!!」

 

「っ、このっ!!」

 

「へ? あばっ!」

 

「そばっ!」

 

 仲間が倒され、羽交い絞めにしていた二人の注意がそれたその一瞬を、マーサは見逃さなかった。

 お返しとばかりに、羽交い絞めにしてた二人の顔面にエルボーをお見舞いすると、俺の傍まで避難する。

 

「ちょっと、遅いじゃない! もっと早く助けに来なさいよ!!」

 

「あ、ごめん」

 

「いっつ、よくもやったなこのアマ! てか、テメェ誰だ!? このアマの彼氏か!?」

 

「そばそば!!」

 

「か、彼氏なんかじゃないわよ!! たた、ただ成り行きで仲間になっただけなんだからね!! 勘違いするな!!」

 

 マーサのエルボーで鼻の骨が折れたのか、チンピラの一人が先ほどまでと意味の異なる言葉に変化しているが。

 そんな些細な事よりも、今は顔をリンゴのように真っ赤に染め上げたマーサの安全を最優先に行動しよう。

 

「マーサ、少し下がって、ここは俺一人で片付けるから」

 

「ちょっと、あたしだってこんなチンピラ位、素手でも大丈夫よ!」

 

「あぁ、こら! 女の前でカッコつけてんじゃねぇぞこら!!」

 

「もりそば! かけそば!!」

 

「マーサ、俺を信じて、頼む」

 

「……まぁ、そこまで言うなら」

 

「おいこら!! 俺らを無視していちゃついてんじゃねぇぞ!」

 

「ざるそば! ざるそば!」

 

 そして、マーサが距離を取った所で、チンピラ二人との直接対決の幕が上がる。

 

「女の前でボロボロにしてやるよ!」

 

「そばそば!!」

 

 威勢のいい声と共に、分かりやすいパンチの予備動作で間合いを詰めるチンピラ。

 当然、そんな予測しやすい予備動作をしていれば、躱すことなく造作もなく。

 軽々とチンピラのパンチを躱すと、お返しとばかりに、みぞおち目掛け、重たい拳をお見舞いする。

 

「そばやろー!!」

 

 これで片方を片付けると、勝負の成り行きを見守っていたもう片方が、これまた分かりやすく一直線に突っ込んでくる。

 なので、俺は手よりもリーチの長い足蹴りをお見舞いする。

 

「十割!!」

 

 すると、妙な断末魔と共に、地面に倒れこむのであった。

 

「ふぅ、これでよし」

 

 こうして、チンピラ三人を撃退し終えた俺は、マーサのもとへと駆け寄る。

 

「マーサ、本当にどこも怪我してない?」

 

「大丈夫よ。全然……、! ユウ、後ろ!」

 

「死ねぇ!!」

 

 刹那、マーサの声に後ろを振り向くと、そこには股間蹴りで倒したと思い込んでいたチンピラが、再び折り畳みナイフを手に、背後から俺を襲おうとしている姿があった。

 油断していた俺だったが、マーサの声のお陰で、間一髪のところで首筋目掛けて突き刺そうとした折り畳みナイフを避けると、手刀で折り畳みナイフを叩き落とし。

 そのままチンピラが突き出した腕を掴み、体を沈め、チンピラを背負い上げると、最後は眼前の地面目掛け引いて投げる。

 

 見事な一本背負いを決められたチンピラは、地面に倒れこんだまま起き上がる気配はなかった。

 

「凄い……。ねぇ! もしかして今のが、伝説の忍法の一つ、一本背負いなの!?」

 

 すると、先ほどの一本背負いを見ていたマーサが、目を輝かせながら妙な事を尋ねてくる。

 

「えっと、マーサ、今のは"忍法"じゃなくて"柔道"なんだけれども」

 

「え? でもあたしがサンクチュアリにいた頃、ナットさんの姉のパイパーさんが、その昔ウェイストランド中にその名を轟かせた伝説のファイターが使った"ヤーパン・ニンポー"の源流は投技・固技・当身技の三技一体を誇る"忍法"だって聞いたんだけど」

 

 それ、絶対パイパーさんにからかわれているよ、マーサ。

 そもそもヤーパン・ニンポーの使い手って、一体何処の北国からエクソダスしてきたんだ。

 この調子じゃ、ライバルにゲルマン忍法の使い手がいたなんて展開があってもおかしくはないな。

 

 色々と頭が痛くなりつつも、パイパーさんの作り話で誤った認識をしているマーサに正しい情報を教えるべく。

 俺は、マーサと合流場所の中間管理施設へと移動するまでの間、マーサに忍法と柔道の違いを教えるのであった。



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第三十八話 用法・用量を守って正しくお楽しみ下さい

 最後にちょっとしたトラブルはあったものの、無事に担当した水道パイプの水漏れの修理を終え、一路中間管理施設の前へと戻る俺とマーサ。

 中間管理施設の前には、既にナットさんとニコラスさんの二人の姿があった。

 

「お帰り、無事に修理は終わった?」

 

「はい、なんとか無事に終わりました」

 

「こっちも終わったわ。となるとあとは、ノアさんの到着を待つだけね」

 

 ノアさんが修理を担当する箇所は、何れも中間管理施設から最も距離のある場所にあり。

 移動だけでも俺達よりも時間がかかるのは仕方がない事であった。

 

「で、マーサ。ユウと二人っきりの初めての共同作業はどうだった?」

 

「な! ナットさん! なんですかその言い方!?」

 

「え~、だってそうでしょ? で、どうだったの? ほらほら、お姉さんに素直に言ってみなさい」

 

「べ、別になにもありませんでしたよ……」

 

「ふーん、へぇー、ほぉ~」

 

「うぅぅ」

 

「あ、ならユウ本人にも聞いちゃおうっと。ねぇ、ユウー! 実は聞きたいことがあるんだけどさ」

 

「だ、ダメー!!」

 

 そして、ノアさんを到着を待つ間、他愛もない雑談でもして時間を潰していたのだが。

 なんだか女性陣は凄く楽しそうにしている。やっぱり、女性はお喋りが大好きなんだな。

 

「という訳で、キャプテン・パワーマンの相棒たるボーンの活躍を描いたこの話は、私の中でも一二を争うものでして。特に戦闘シーンの作画などまさに神の領域と言っても過言ではないほどに──」

 

 もっとも、ニコラスさんも、キャプテン・パワーマン談にかけては女性のお喋りにも引けを取らぬ勢いで。

 同じ情熱を持っていれば聞いていても楽しいのだろうが、生憎と、今の俺は、少しばかりニコラスさんの話が耳から漏れてしまっていた。

 

 こうして、時間を潰している内に、ノアさんが俺達のもとへと姿を現した。

 

「待たせたな」

 

「いえ、それ程待っていませんよ。それじゃ、全員揃ったので、ホーマ主任に修理完了の報告をしに行きましょう」

 

「あぁ、その前にナカジマ。一ついいか」

 

「はい?」

 

 そして、ホーマ主任に報告しに行こうとした時であった。

 ノアさんが、意味ありげに親指を立てるジェスチャーをしてきたのだ。

 

「えっと、それはどういう意味ですか?」

 

「ふふ、さぁ、報告に行こう」

 

 しかし、何故かそのジェスチャーの意味を語ることなく、ノアさんは中間管理施設の中へと姿を消すのであった。

 こうして気がかりを残しつつも、兎に角今は修理完了の報告を優先すべく、ノアさんの後に続く。

 

 そして、先ほどと同じように、機械の操作で忙しいホーマ主任に修理完了の報告を行う。

 

「おぉ! よくやった。これでやっと住民達からの修理の催促に頭を悩ませんですむ」

 

「では、これで依頼は完遂ですか?」

 

「あぁ、工具箱等をもとに戻してる間に、依頼を完遂した証明の完遂証明書を書いておいてやる」

 

 そして、元あった棚に工具箱や作業帽子を戻してホーマ主任のもとへと戻ると。

 約束通り、ホーマ主任から依頼の完遂証明書を受け取る。

 

「お前たちは手際が良くて助かる。また、何かあれば何時でも来てもらいたいね」

 

 こうしてホーマ主任に見送られ、俺達は中間管理施設を後にすると、一目散に役所へと赴き。

 窓口で、先ほど受け取った完遂証明書を提出する。

 

「くちゃ、クチャ……。あぁ、あんたらか、クチャ、お? 無事に完遂したんだな、クチャ。ま、これ位の依頼、ガキでもこなせるから、あんたらには楽勝だよな」

 

 相変わらず鼻につく態度ではあるが、俺は穏やかな表情と共に、次の依頼を受けさせてほしいと頼む。

 が、返ってきたのは、予想外の返事であった。

 

「っぺ!! ……あぁ、悪いな。依頼を受けられるのは、一日一件までって決まってるんだ」

 

「え? でもそんあ事は一言も……」

 

「聞かれなかったからな、答えなかっただけだ」

 

「ちょっと! 普通そういう事はちゃんと言っておくべきじゃないの!」

 

「んぁ? なんだぁ?」

 

「ま、マーサ!」

 

「あんたね! あたし達が通行許可証欲しいからってふんぞり返って、横柄な態度とってんじゃないわよ! どうせあんた達なんて、もがもが!!」

 

「マーサ、落ち着て!」

 

 耐えかねたマーサが決定的な一言を言う前に、なんとか彼女の口元を手でふさぐと、ちらりと担当男性の顔を窺う。

 不味い、かなりご立腹のようにも思える。

 

「すいません、彼女は少し依頼で疲れてて、本当に申し訳ありません」

 

「……まぁいい、許してやろう。よかったな、今日は俺の機嫌がよくて」

 

 担当男性の嫌みのこもった言葉に、マーサは中指を立てそうなほどの雰囲気ではあったが、先んじて俺の手でマーサの手を制止していたお陰で、なんとか火に油を注ぐことは阻止できた。

 

「そんじゃ、また依頼を受けたきゃ、明日出直してきな」

 

「分かりました。では、失礼します」

 

 こうして役所を出た俺達。

 案の定、役所を出て暫くした所で、マーサの怒りは爆発するのであった。

 

「あぁムカつく!! なんなのよあの態度! いっそあの役所ごと爆破してやろうかしら!」

 

「ならば、私も手を貸そう」

 

「二人とも、物騒な事言うのは止めてください」

 

 マーサの怒りを鎮めつつ、ノアさんもマーサを焚き付けるような言葉を言わないでと注意する。

 はぁ、疲れる。

 

「で、どうするのユウ。明日まで依頼は受けられないみたいだけど?」

 

「とりあえず、昼食を食べて、一旦気分をリフレッシュしましょう。お腹が減って、怒りっぽくなる前に」

 

 もう一人なってるけどね、と言いたげな表情のナットさんではあったが、そこは声に出すことなく。

 俺達は、とりあえず昼食をとるべく、スラム街にある飲食店を探すべく歩き始めるのであった。

 

 

 

 ダイナーを見つけ、少し遅めの昼食をとった俺達は、次に今夜以降の宿探しを行う。

 一日一つの依頼しか受けられないとなると、発行可能なポイント数に達するまで、ある程度の長丁場が予想される。

 なので、長期滞在可能な宿屋を探すのだ。

 

 因みに、マーサとノアさんの怒りは、ダイナーでそれぞれが豪快に食べたバラモンステーキとモールラットステーキのお陰で、減少する事となった。

 特にノアさんは、食べたくて仕方がなかったモールラットの肉を食べられて、極上の幸せと言わんばかりの余韻に暫し浸っていた。

 

 宿屋を探し歩いて数十分、役所やダイナー、酔いどれハンツマンからも均等な徒歩圏内に立地する宿屋を見つけ、直ぐにチェックインを済ませる。

 因みに、部屋割りは一人一部屋ずつだ。

 

 こうして宿屋も見つけ、その後は、話し合いの結果、各々自由行動となった。

 

「ねぇ、これなんてどうかしら?」

 

「んー、やっぱりこっちの方が可愛いと思うけど」

 

「そうかしら? あ、ならこれは?」

 

 そして、俺はどうしているかと言えば。

 マーサとナットさんの二人の買い物に付き合う事となった、自発的ではなく、半ば強制的に。

 

 マーサ曰く、おっさん(ニコラスさん)とノアさんは見栄えがよろしくない、との事で、残った俺に白羽の矢が立つことになった。

 ま、特にやりたい事があった訳ではないので、迷惑とは感じていないのだが。

 

「ねぇ、ユウはどっちが可愛いと思う?」

 

「正直に答えなさい!」

 

 で、そんな俺が二人と今、どんな店での買い物に付き合っているかと言えば。

 所謂、レディースファッションの専門店だ。

 社会が荒廃しようとも、女性のお洒落への探求心は、枯れる事無く脈々と受け継がれている。

 

 店内に陳列された女性用の衣類、その一角で、俺は今、ナットさんとマーサがそれぞれ手にしている衣類の、どちらが可愛いのか。その選択を迫られていた。

 

 二人が手にしているのは、どちらも寝間着ではあるが。

 ナットさんが手にしているのは、ワンピース型の所謂ネグリジェで、白を基調としたシースルーのキャミソールタイプ。まさにナットさんのような大人の女性に似合う、大人可愛い寝間着だ。

 一方マーサの方は、まさに寝間着と言うべき王道のパジャマで、ピンクを基調とした無地のパジャマにショートパンツの組み合わせ。まさにマーサのような女性に似合う、王道可愛い寝間着だ。

 

 この二つの優劣を選択する。

 本心を言えば甲乙付け難い、なので、どちらが優れているかなんて決められない。が、それでは二人は納得しないだろうし。

 どうしたものか。

 

「いやー、お客様、どちらもお揃いですよ。それぞれお二人にピッタリです!」

 

 と、悩んでいると。

 不意に女性店員が近づいてきて、営業トークを喋り始めた。

 

「彼氏さんですか? お二人とも抜群のセンスをお持ちで羨ましい。これなら、ベッドウェー開戦も完全勝利間違いなしです!」

 

「いや、あの……」

 

「もし、更なる刺激をお求めでしたら。こちらのランジェリーなど如何でしょうか!? こちらを使えば、姉妹の(ドン)勝、間違いなしです!!」

 

 そして、勘違いしている女性店員がこちらの返事を聞く間もなく持ってきたのは、ほぼ紐と言っても過言ではない、布面積の小さな下着であった。

 確かにこれなら、俺の主砲の性能も通常の三倍に──、って、いかんいかん、危うく営業トークに乗せられる所であった。

 

「あ、あの! 買うかどうかは自分達で決めますんで!」

 

「そうですか、では、失礼します」

 

 こうして女性店員を退場させた所で、再び究極の選択を開始、した矢先の事であった。

 

「おい、そこの三人! 待て、早まるな!!」

 

 突然、薄汚れたつぎはぎだらけの布製の衣服を身に纏い、その手にパイプピストルを持った無精髭の男性が店内に押し入ってると。

 俺達の事を指さしながら、怒鳴り始めた。

 

 俺は咄嗟に、レッグホルスターに収まっている攻撃型カスタムガバメントに手を伸ばしたが、彼の動向を見極める為、即座に構える事はなかった。

 

「そこの二人、お前らが持ってるもんを今すぐよこせ! キャップなら払う!」

 

「貴方が誰だが知りませんが、商品を購入したいのなら、ちゃんと手順を踏んで購入すればいいのでは?」

 

「うるさい! 俺は二人が持ってるもんが欲しいんだ! 早くよこさねぇと」

 

「よこさないと?」

 

「この──」

 

 刹那、支離滅裂な言動の男性が手にしたパイプピストルの銃口を俺達に向けるよりも早く、俺が抜き構えた攻撃型カスタムガバメントの銃口が、男性の顔に向けられる。

 

「この? なんですか?」

 

「うっ」

 

 俺の銃を抜く速さに圧倒されたのか、男性のパイプピストルの銃口は、呆気なく床を向ける。

 

「くそう! 一攫千金のチャンスだったのによ!!」

 

 そして、意味ありげな捨て台詞を吐きながら、男性は店から逃げるように去っていくのであった。

 

「今のは、なんだったんだろう?」

 

「さぁ?」

 

「ただの強盗、にしては変わってたわね」

 

 妙な強盗を撃退した俺達は、その後、迷惑料を兼ねて、結局二人がそれぞれ選んだ寝間着を購入する事となった。

 因みに、あの刺激的な下着は、悩みに悩んだが、結局購入はしなかった。

 

 

 

 その後、数件のショッピングを楽しみ、夕食を揃って食べるべく待ち合わせをしていたノアさんとニコラスさんの二人と合流すると。

 自由時間中の行動など、会話を交えながら、楽しい夕食の時間を過ごす。

 

「ほぉ、それは変わった強盗だな」

 

「でもよかったですね、被害がなくて」

 

「うむ。姫を守る騎士たればこそ、当然の事だな」

 

「そんな……。あ、所で、ノアさんとニコラスさんのお二人は、何処で時間を潰してたんですか?」

 

「ん? 我々か。実はな、水漏れ修理の現場に向かう途中、丁度時間を潰せそうな場所を見つけたので、そこに行って時間を潰していた」

 

「遊技場と言って、スロットとかビリヤードとか、色々と楽しめるものがありまして」

 

「そこで、ニコラスと二人、ビリヤードを楽しんだのだ」

 

「私も、ビリヤードなんて生まれて初めてプレイしましたけど、結構激しい球技なんですね!」

 

「え? 激しい?」

 

「ナカジマはビリヤードをした事はないのか?」

 

「いえ、コロニーにいた頃に、何度かやった事はありますけど」

 

 リーアセキュリティの一員として、まだリーアで過ごしていた頃、先輩隊員達に連れられ、大人の社交場で何度かプレイした事がある。

 だが、ビリヤードって、そんなに激しい球技ではなかった筈だが。

 

「因みに、お二人がプレイしたビリヤードとは、どんなものだったんですか?」

 

「ん? どんなもなにも。ビリヤード用のテーブルの各所に開けられた穴に、用意されたボールをキューを使って落としていくのだろう?」

 

「え、えぇ」

 

 あれ、俺の知っているビリヤードと同じだ、と思っていた刹那。

 

「まず、用意したボールをテーブルの中心付近に円形上に配置し、次に、中心部に置いたブレイクボール目掛けキューを突き、粉砕したブレイクボールの破片が周囲のボールを突き出し、そして穴にどれだけのボールが入ったか。その入ったボールの数を競う競技、で合っているだろう?」

 

「私も、ノアさんのお手本のようにと頑張ったのですが、やっぱり初心者の私では、なかなかブレイクショットというのは難しいものですね。どうしてもボールを突き出すだけになってしまいます」

 

 二人がプレイしたビリヤードが、俺も知らない超次元スポーツであると判明したのであった。

 手球を粉砕した破片で的球を動かす、まさに文字通りのブレイク(破壊)ショットって、──ビリヤードってそういうゲームじゃないから!

 

 

 こうして、ノアさんとニコラスさんの間違ったビリヤードプレイ話を交えつつ、楽しい時間はあっという間に過ぎてゆき。

 そして、翌日。

 全員揃って再び役所の窓口を訪れた俺達は、今日の依頼を受ける。

 

「そんじゃ、これがあんたらに今日受けてもらう依頼だ」

 

 そして受け取った紙には、酔いどれハンツマンの名前と店の場所の地図が描かれていたが、依頼内容の部分については白紙であった。

 

「あの、依頼の内容は?」

 

「あぁ、それは店に行って聞いてくれ。なんでも、今回の依頼主は色々と"お手伝い"してほしいみたいだからな」

 

 こうして、今回の依頼を受領した俺達は、酔いどれハンツマンへと足を進めるのであった。



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第三十九話 期限を過ぎたら払いましょう

 酔いどれハンツマンへとやって来た俺達は、早速、今日もカウンターで黙々と仕事に勤しむバーテンダーに話しかけ、用件を伝える。

 

「そうか……。少し、待っててくれ」

 

 すると、バーテンダーは客の注文を手早く処理し、程なくして、他の店員に対応を任せると、俺達をバックヤードへと案内する。

 そして、店の事務所へと足を運ぶや、早速依頼内容を話し始める。

 

「最初にやってもらうのは、客のツケの回収、だ」

 

「ツケの回収、ですか?」

 

「相手は、こいつだ」

 

 手渡されたのは、似顔絵の書かれた一枚の紙。

 似顔絵の下には、似顔絵の主の名前と、ツケの総額が記入されている。

 

「名前は、エドザック。店の常連の一人だが、もう半年分、支払いもせずにツケをため込んでる」

 

 確かに、ツケの総額はウェイストランドでも危ない橋を渡って一発当てでもしなければ、直ぐに支払えるような額ではない。

 

「だが、噂では、あいつは最近遊技場のカジノで当てて、ツケを払えるだけの大金を手に入れたと聞く」

 

「それで、俺達が回収に、ですか」

 

「そうだ。あいつは自発的にツケを払うような奴じゃない。だから、回収しに行ってくれ」

 

 しかし、どうやらエドザックと呼ばれる常連は、幸か不幸か。一発当ててしまったようだ。

 だが、本人は手に入れた大金をツケの清算に使う気はさらさらないようで。店側は、強硬手段を選んだ、という訳だ。

 

「幸い、あいつはまだスラム街から逃げ出したとは聞かない。あいつが大金共々スラム街から逃げる前に、何としても、ツケの分、回収してくれ」

 

 こうして以来の内容を確認した俺達は、店を後に、エドザックのもとを訪ねるべく、彼の住所の聞き込みを開始する。

 担当は勿論、ナットさんである。

 

「分かったよ、ターゲットの住所。このスラム街でも、治安の悪い区画に住んでるみたい」

 

「なら、少し警戒して行きましょう」

 

「その方がいいわね。私達にとっても因縁のある、あのチンピラ達も、その辺りを根城にしているらしいし」

 

 ナットさんの追加情報に、少し気が重たくなる。

 まさか、エドザックがあのチンピラ達の仲間、なんてことはないよな。

 もし本当に仲間だったら、考えただけでも面倒なことこの上ない。

 

 しかし、今はそんな余計な事は考えない様にしよう。

 今は、エドザックからツケの回収を行う事だけに集中しよう。

 

 

 

 それから暫くして、俺達の姿は、スラム街でも特に治安の悪いと言われる区画にあった。

 スラム街と言われるだけでも、その治安は良いとは思えないのに。その中でも更に治安が悪いと言われるこの区画は、まさに底の底と言わんばかりの無法さを現していた。

 道の脇に置かれたドラム缶の焚き火の周りには、汚れ・擦り切れ・破損した衣服を身に纏い、とても栄養が足りているとは思えぬ程痩せこけたた人々が暖を取っている。

 また、別の方へと目を向けると、名も知らぬ住民の死体が、道端に転がる石のように転がり。そして、そんな死体に、他の住民達は気にする素振りもなく素通りしている。

 

 まさにここは持たざる者の中でも更に持たざる者が集まる、人間の欲が生み出した地獄の一つであった。

 

 そんな人々が暮らす区画を進む幾分。

 途中聞き込みを挟みつつ、俺達は、エドザックが暮らす彼の自宅前に到着する。

 廃材等で造られた住居は、各所に痛みや破損が目立ち、長らく手入れもされていないのが感じられる。

 

「すいませーん、エドザックさん!」

 

 そんな住居の扉を叩いて呼び出してみるも、特に反応は返ってこない。

 念のため、もう一度叩いてみたものの、結果は変わらず。

 

「いないのかな?」

 

 二度も呼び掛けても反応がないという事は、留守なのか。

 そう思った矢先、ナットさんが待ったをかけた。

 

「ちょっと待ってて」

 

 そう言うと、ナットさんは近所の住民に聞き込みを始め。

 やがて、一通り聞き込みを終えると、その結果を報告する。

 

「彼が帰宅している事は確認できたし。加えて、彼はまだ自宅から出てきてないみたいね」

 

「という事は」

 

「えぇ、居留守を使ってるわ」

 

 そのお陰で、エドザックが居留守を使っていることが判明した訳だが。

 問題はその先だ。居留守を使っている彼と、どうやって接触しよう。

 彼が自宅から出てくるまで待つか、ローテーションで張り込めば、何れ彼は自宅から出てくるだろう。

 

 いやしかし、いつ出てくるかも分からぬ事に加え、ここで時間を無駄に浪費している場合ではない。

 今の俺にとっては、一分一秒でも早く浄水チップを見つけて、リーアに持ち帰る。それが使命だ。

 

 ならば、少々強引にでも、彼と会う事にしよう。

 

「なら、扉の鍵をピッキングで強引に開けて、踏み込みましょう」

 

「あら、ワイルドね。そういうの、嫌いじゃないわよ。……それじゃ、ピッキングは任せてくれる?」

 

「え?」

 

「ジャーナリストだもの。ピッキングには長けてなきゃね」

 

 と言ってウインクするやっぱりナットさんも、お姉さん同様、ピッキング行為に対してそこまで嫌悪感を抱いていないようだ。

 

「いや、ピッキングの必要はあるまい。私に任せてくれ」

 

 こうして、ヘアピンとマイナスドライバーを手にしたナットさんが扉に近づこうとした矢先。

 ノアさんが、急にナットさんの行く手を塞ぐと、自分が代わりにピッキングを行うと言い出した。

 

 なのでとりあえず、事の行方を見守る事にしたナットさんと俺達。

 しかし、ノアさんの手には、ヘアピンやマイナスドライバー等。道具は何も持っていない。

 一体どのように扉の鍵を開錠するというのか。

 

 扉の取っ手に手をかけたノアさん、果たして、どうなるか。

 

 刹那、まるでカバーを外すかのように軽々と、枠ごと豪快に外し取るのであった。

 

「うむ、この手に限る」

 

 そんな光景を目にし、改めて、ノアさんの馬鹿力というものを痛感した。

 そして、そんな手を使えるのはノアさん位ですよ、と心の中で突っ込みを入れるのであった。

 

「ニコラスさんとノアさんは、万が一逃げ出した時に備えて、外で待機していてください」

 

 二人に外での待機をお願いし、俺は、マーサとナットさんの二人と共に、エドザック自宅へと足を踏み入れる。

 

「うわ、くさーい」

 

「これはなかなかの臭いね」

 

 自宅に足を踏み入れると、なんとも形容し難い臭いが鼻を突き、たまらず女性陣二人が声を漏らす。

 廊下や部屋の脇に置かれたゴミ等が臭いの原因と思われるが、よくこんな不衛生な環境で日常生活を送れるものだと、まだ会った事のないエドザックに、妙な感心を覚えるのであった。

 

「エドザックさん、すいません! いるのなら返事をしてもらえませんか?」

 

 悪臭漂う自宅を進みながら、声をかけるも、全く反応はない。

 そして、一階の部屋を全て見て回ったものの、エドザックの姿は何処にも見当たらなかった。

 

「となると、二階か」

 

 自宅は二階建て。

 階段を使い、二階部分へと足を運ぶと、再び声をかける。

 だが、結果は同じ。反応は全くない。

 

「うわぁ……」

 

 なので、一階同様、部屋に踏み込んで中を確認する事にしたのだが。

 扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、部屋を占拠する大量のゴミの山であった。

 流石にこの光景には、思わず声が漏れてしまう。

 

「本当になにここ、人の住む所じゃないわ。ラッドローチの巣よ!」

 

 更に、同じく部屋の様子を目にしたマーサから、辛辣な言葉が飛び出す。

 

「兎に角、他の部屋も探そう」

 

 ゴミの山以外特に見当たらず、二階の他の部屋を捜索し始めたのだが。

 結局、二階の部屋を全て確認したものの、エドザックの姿は何処にも見当たらなかった。

 

「ねぇ、もしかして近所の人も知らない間に、こっそり家を出てたんじゃないの?」

 

「確かに、その可能性は無きにしも非ず……」

 

 確認した所、本人の姿も、カジノで当てたと言われる大金らしき物も確認できなかった。

 となると、俺達が尋ねる以前に、人知れず大金共々自宅を出ていたとしても不自然ではない。

 

 大金を当てた人物は周囲にその事を気取られまいと、それまで同様、いつも通りの日常を装うと前世では聞いたことがあるが。

 やはり、現世では、特にこの様な場所に住まう者ならば、大金を手にした瞬間、一目散に大金と共に姿をくらませるのが定説なのだろうか。

 

「でも待って。まだ目視で確認しただけで、もしかしたら、家の何処かに隠れているのかもしれないわよ?」

 

「確かに、その可能性は無きにしも非ず……」

 

「ちょっとユウ! あんた、あたしとナットさんのどっちの言う事を信じるのよ!?」

 

「いや、どちらも可能性としては考えられるから、どちらかを信じているという訳じゃ……」

 

「あらあら? マーサ、何時からユウの事をユウって呼ぶようになったの? 確か前はあんたって呼んでた筈だったけれども?」

 

「ふぇ!? な、ナットさん! 今そんなのは関係ないでしょ!」

 

「うふふ、赤くしちゃって、マーサったら、可愛い」

 

「もう! からかわないでください!」

 

 なんだか知らぬ間に蚊帳の外に置いていかれたが、マーサの機嫌も落ち着いた所を見計らい。

 俺達は手分けして、家の中の何処かに隠れていないかを捜索する事にした。

 一階をマーサとナットさん、二階を俺が担当する。

 

「さてと……」

 

 で、そうなると必然的に、あのゴミ部屋と言うべき大量のゴミの山が占拠する部屋の捜索も行わなくてはならない訳で。

 改めて見ても、見るだけで億劫になってしまう。

 

 だが、ゴミの山程度で億劫になっていては、浄水チップにはたどり着けない。

 自分自身を奮い立たせ、気合を入れると。いざ、ゴミの山に手をかけ始める。

 

 それから暫く、ゴミの山をかき分けるも、ふと思う。

 こんなゴミの山の中になんて、隠れようと思わないんじゃないだろうかと。

 そんな虚無感と戦いつつも、ゴミをかき分けていると、ふと、ゴミの奥から何かが俺の方を見つめている事に気が付く。

 

「ん?」

 

 まさか本当に、このゴミ山に住み着いたラッドローチか。

 レッグホルスターに収まっている攻撃型カスタムガバメントに手を伸ばそうとした、まさにその時。

 

「っわ!!」

 

「どけっ!!」

 

 ゴミの山から、一人の男性が飛び出してきて、俺を押しのける。

 もはや原色が何色だったかも分らぬ程汚れ切り、破損した衣服を身に纏ったスキンヘッドの男性は、一目散に部屋を出ると、そのまま階段を目指す。

 

 刹那、俺は、その男性が、直感的にエドザックであると確信し、急いで後を追いかける。

 

「まてっ!!」

 

「ちょっと、騒がしいけど、何かあったの?」

 

「っくそ!」

 

 階段を降りようと足をかけたエドザックだが、どうやら騒動に気付いたマーサが様子を見に階段を塞いだらしく、エドザックの動きが止まる。

 

「え? ちょっと、誰よあんた!」

 

「マーサ、そいつが探してたエドザックだ!」

 

「くそ! 来るんじゃねぇ!」

 

「待ちなさい!」

 

 階段を駆け上がる音、奥の部屋へと逃げるエドザック、それを追いかける俺。

 やがて、俺とマーサは、奥の部屋にエドザックを追い詰める。

 

「なんだテメェら! 勝手に家に上がり込んで、なんなんだ!?」

 

「あたし達は酒場のツケの回収に来たのよ、さ、さっさと総額分、払いなさい!」

 

「ツケの回収だと? は! そうかよ、あのバーテン野郎、実力行使って訳か」

 

「分かったんなら、さっさと大金出しなさい!」

 

「るっせぇ! あの大金は俺のもんだ! 誰にも渡さねぇ!」

 

「あっそ、なら、ちょっと痛い目を見てもらうしかないわね」

 

「くっ……、くそったれがぁ!! 誰がお前らなんかに捕まるか!!」

 

 刹那、マーサの脅しに臆したエドザックは、次の瞬間、ありえない行動を取った。

 なんと、近くの部屋の窓から、ガラスを突き破りその身を投げ出したのだ。

 

「な!」

 

 二階とはいえ、あんな裸同然な格好では大怪我は必須、自暴自棄になったからとそこまでするとは。

 

 と、慌てて窓から身を投げたエドザックの様子を、彼が突き破った窓からのぞいて確かめると。

 なんと、彼は二階から身を投げたにもかかわらず、平然と立ち上がると、そのまま何処かへと走り去っていく。

 

「嘘、二階から飛び降りてあんなに平然と……。って! マーサ!?」

 

「何してるのよ! さっさと追うわよ!!」

 

 その身体能力の高さに唖然としていると、なんと、エドザックの後を追うように、マーサも同じ窓から外目掛けて飛び出すと、綺麗な受け身を経て、流れるようにエドザックの後を追いかけ始めた。

 え、お二人とも、なんでそんなに凄い身体能力をお持ちでいらっしゃるんですか。

 

「ちょっと、凄い音がしたけど、何があったの?」

 

 と、一連の出来事に唖然としてたが、一階から聞こえたナットさんの声に我に返ると。

 急いで一階へと降り、二人の後を追いかけようとする。

 

「ユウ、何があったの!?」

 

「今説明している時間はあまりないんですけど──」

 

「大変です! ヒコックさんが二階の窓から飛び降りてきたかと思ったら、先に飛び降りていた男を追って走っていったんです!」

 

 だが、ナットさんに捕まり、手短に事情を説明しようと思ったその時、タイミングよく、一連の出来事を外から目の当たりにしていたニコラスがやって来る。

 

「ニコラスさん、ナットさんに事情の説明をお願いします! それと、自宅の何処かにエドザックがカジノで当てた大金が隠されてる筈ですから、二人で探してもらえませんか」

 

「え、えぇ、分かりました」

 

「ユウはどうするの?」

 

「俺は、マーサを追いかけます」

 

 大金、大量のキャップとなる、を逃走時の様子からエドザック本人が所持している可能性は低く。そうなると、まだこの自宅内の何処かに隠されている可能性が高い。

 故に、二人にその大金の捜索をお願いすると、家を出て、マーサが走っていった方角目指し走り始めようと走り始める。

 だが、その時。

 

「ナカジマ!」

 

「ノアさん、どうしたんですか?」

 

「ナカジマは二人の後を追うのか?」

 

「えぇ、そのつもりです」

 

「では、私は先回りして逃げた男を確保できるか試みてみよう」

 

「お願いします」

 

 ノアさんに声をかけられるも、どうやらノアさんも、大体の事情は既に察してくれているようだ。

 ノアさんの先回りが功を奏する事を祈りつつ、少し出遅れたが、俺も二人を追うべく走り始めた。



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第四十話 暗殺者の血とバニーガール

「……おかしいな? こっちの方に走っていった筈なんだけど」

 

 走り始めて幾分。

 屋台のテントなど立ち並ぶ、少し開けた広場のような場所に出た俺は、一度立ち止まり、周囲を見渡し二人の姿を探す。

 だが、人込みでも目立つマーサの姿は、何処にも見当たらない。

 

 もしかして、途中で脇道などに入っていたのか。

 

 見失ってしまった可能性が頭を過った、刹那、人々の驚きや悲鳴の声が響き始める。

 

「しつけぇんだよ!」

 

「待ちなさい!!」

 

 そんな中聞こえてくる、エドザックとマーサの声。

 声の方へと視線を合わせると、そこには、人々の間を風の如く駆け抜ける二人の姿があった。

 

 そして、二人の姿を見失わない内に、俺も二人の後を追う様に走り出す。

 

 

「はぁ、はぁ!」

 

 で、その結果だが。

 何故か二人に追い付けず、同じような間隔を保ったまま二人の背中を追いかけ続けている。

 ま、間隔が全く縮まらない原因に、心当たりがない訳ではない。

 

「クソが、しつけぇぞ!」

 

「ちょ、待ちなさい!」

 

 装備している物の重量も関係しているだろうが、おそらく主な原因は、二人の身体能力の高さだろう。

 建物の二階から飛び降りても平然と、そして瞬時に走れる程の身体能力の持ち主二人だ。

 通りに転がる倒れたドラム缶を軽々と飛び越え、通りを塞ぐ浮浪者の住宅と化した放置された廃車の車上に飛び乗ると、まさに車体を流れる気流の如く滑らかな動きで駆け抜ける。

 

「うわ! なんだ!?」

 

「きゃ! なによもう!」

 

 そして、不意に脇道から飛び出す人々も、走る速度を落とすことなく、アクロバティックな動きと共に華麗に避けてゆく。

 更には、角を曲がるのも、角に設置されていたポール看板を利用し、ポールダンス宜しく華麗な回転運動で方向転換を行う。

 

「うぉ!? あぶねぇな! 気を付けろ!」

 

「す、すいません!」

 

 で、そんな二人の一方で、俺はと言えば。

 障害物を飛び越えるのももたつき、急に飛び出してくる人を避けるのも、流れるようにどころか既の所でぶつかりそうになるのを避ける為に急減速をかけるばかり。

 角を曲がるのも、走る速度を落として普通に曲がるだけで。

 

 これでは、とても二人に追いつけそうもない。

 

「いい加減諦めなさい!」

 

「誰が諦めっか!」

 

「はぁ、はぁ」

 

 それにしても、前を走る二人は、見た限りあまり息が上がっているようには感じられない。

 高い身体能力に無尽蔵のスタミナ、なんて組み合わせだ、まさしく鬼に金棒。

 

 そんな別次元の戦いを繰り広げる二人の背中を見ていると、ふと、ある単語が思い浮かんだ。

 パルクール。

 確か、前世ではスポーツとして一般に認知されたもので。設定されたコース上の障害物を、道具など使わず走り・跳び・登り等身体一つで突破し、強靭な精神と肉体を育む、ものだったと記憶している。

 

 この世界も、戦前にパルクールが行われていたかどうかは分からないが。

 もし仮に、今なおパルクールの文化が残り、大海が行われていたら、二人は間違いなく優勝候補の筆頭だろう。

 

 なお、俺自身は、現状を鑑みると、予選落ちが関の山になりそうだ。

 

 なんて、俺自身の身体能力の低さを嘆いている内に、先を走る二人は、とある脇道へと進んでいった。

 しかし、その脇道の先は袋小路となっており、エドザックにとっては絶体絶命の状況に追いやられたかに思えた。

 

「あらよっと!」

 

「まてぇ!!」

 

 が、それは凡人たる俺の考え。

 一線を画す身体能力の持ち主たるエドザックにとっては、そんな状況は絶体絶命ですらなかった。

 袋小路に積み上げられていた木箱や廃材などを足場に、軽々と建物の屋根に上ってみせたからだ。

 

 そして、マーサもまた、彼に続いて軽々と建物の屋根に上り、その姿を消した。

 

「……うぇ、嘘だろ」

 

 再び目の前で見せられた格の違いに、声が漏れずにはいられなかった。

 

 だが、直ぐに我に返ると。

 俺も、二人の後を追い、屋根に上る覚悟を決める。

 

「ふぅ、……よし」

 

 少し距離を置き、助走で勢いをつけると、一気に上り始める。

 

「うわ! っとぉ!! んぐ! んぎぎ!! っは!! はぁ、はぁ……」

 

 が、やはり二人のように軽々とはいかず。

 最後のジャンプでギリギリ上半身が屋上に届いたが、下半身は届かず。なんとか落下しまいと踏ん張って、無事に屋上に上る事に成功するも、かなり体力を消耗してしまった。

 

 そして、俺がそんな苦戦をしている内にも、先行する二人は、建物の屋上から屋上へと飛び移る、教団暗殺者さんもニッコリの追跡劇を繰り広げていた。

 

「はぁ、はぁ……くそ!」

 

 だが、それでも俺は諦めず、再び自分自身を奮い立たせると、二人を追うべく走り出す。

 幸い、この辺りの建物同士の間隔は狭く、飛び移る毎に必要以上の体力を削られずに済んだ。

 

 それから、どれだけ建物の屋上を飛び移り続けただろうか。

 

「ん?」

 

 気が付くと、二人がとある建物の屋上で立ち止まって対峙している様子が目に入ってくる。

 最後の力を振り絞り、再び二人が走り出す前に駆け寄ると、肩で息をしながらマーサに状況を訪ねる。

 

「え!? 追ってきてたの!?」

 

「はぁ、はぁ。……う、うん。一人だけだと、ま、マーサが、心配だから。と、所で、ま、マーサ。今、どういう状況?」

 

「べ、別にユウに心配してもらわなくたって! あたしは一人でも大丈夫よ!!」

 

「それでも、万が一マーサの身に何かあったら大変だから、ね」

 

「そそそ、それを言うならユウの方だって──、って! 何逃げようとしてんのよあんたは!」

 

「ちくしょう!! 人前で見せつけんじゃねーよ!!」

 

 マーサが俺とのやり取りで気をそらした隙に逃げようとしたエドザックであったが、それに気づいたマーサが投げた投げナイフが足元に突き刺さるや、逃げるのを諦め、涙を流しながら何かを訴える。

 そのタイミングで、俺はもう一度マーサに状況を訪ねるのであった。

 

「えっと、追い詰めたって事でいいのかな?」

 

「え、えぇ、そうよ。いくらあいつでも、あの距離は飛び移れないでしょうから」

 

 エドザックが立っているその向こう側には、間にまたがる空間を挟んで、建物群が存在している。

 人間の跳躍力だけでは決して飛び移れない、そんな大通りを挟んで、だ。

 即ち、エドザックにもはや逃げ場はない。

 

「もう逃げ場はないわよ! さっさと観念しなさい!」

 

「全財産を没収する訳じゃありません、ツケの分の代金を回収するだけですから、おとなしく俺達に従ってください」

 

「るっせぇ! てめぇらみたいな充実野郎どもに、誰が捕まるか!! 誰が従うか!! 俺は自由だ! 誰にも束縛されない!! 俺の自由の叫びは誰にも止められない!!」

 

「あ!」

 

 だが、刹那。

 エドザックは、再び思いもよらぬ行動を取りだした。

 

 それは、背後の大通り目掛け、その身を躍らせたのだ。

 ここは二階の窓よりも更に高い建物の屋上、そこから大通り目掛けて身を躍らせるなど、自殺行為以外の何物でもない。

 

 だが、それよりも俺が気になったのは、跳躍した際のエドザックの姿勢であった。

 足を伸ばし、両手を広げ、綺麗なTの字を描いたその姿勢。それはまさしく、教団暗殺者に伝わりし伝統のイーグルダイブ。

 

 まさか、エドザックは本当に教団暗殺者の血を継ぐ者だったのか!?

 

「ぐえっ!!」

 

 パラペット、別名手すり壁の向こう側へとその身を躍らせたエドザックであったが。

 コンマ数秒後、彼の情けない声が響き渡る。

 

 大通りに藁が満載の荷車なんて都合よく停められている可能性は限りなく低い、となると、先ほどの声の意味は──。

 

 慌ててパラペットまで近づき、大通りの様子を覗いてみると。

 そこには、想像もしていなかった光景が、眼下に広がっていた。

 

「おぉ、二人とも。この通り、逃げた男は確保したぞ」

 

 そこで目にしたのは、ノアさんの巨大な手に捕まり、ぐったりとして動かぬエドザックの姿であった。

 状況から推測するに、おそらく、飛び降りてきた所を、先回りしていたノアさんが生け捕りにしたのだろう。

 そして、捕まえられた衝撃で、たまらず情けない声が漏れてしまった。という所だろう。

 

「それじゃ、エドザックの自宅に戻ろうか。ナットさん達も隠していた大金を探し当てたかも知れないし」

 

「そうね」

 

 こうして無事にエドザックを捕まえた俺達は、再びエドザックの自宅へと戻るのであった。

 

 

 大捕り物を演じている間に、エドザックの自宅からかなり遠くまでやって来ていた事に内心多少驚きつつ、エドザックの自宅へと戻ってきた俺達。

 それを出迎える様に、自宅前には、ナットさんとニコラスさんの二人が俺達の到着を待っていた。

 よく見ると、ニコラスさんの手には麻袋が抱えられている。

 

「やっと戻ってきた、遅かったじゃない」

 

「少し手こずりまして、時間がかかりました。……所で、ニコラスさんが抱えているその麻袋は?」

 

「ユウに言われて家中探して見つけた例の大金よ」

 

「大変でした。ゴミの山の中に隠してあったんで」

 

 捜索の苦労を嘆くニコラスさん、ゴミの山という事は、エドザックが隠れていたあのゴミの山の中に隠していたのだろう。

 成程、確かにあのゴミの山をかき分けて探すのは、億劫になるのも頷ける。

 

「お、俺の金だ! 返しやがれ!!」

 

 と、そんなニコラスさんの苦労の甲斐あって見つけ出した大金入りの麻袋を目にし、再び元気を取り戻したエドザックが叫ぶものの、ノアさんの手の中で叫ぶその姿は空しいだけである。

 

「それじゃ、ツケの分、ここから回収させてもらいますから、しっかりと見ていてくださいね」

 

 公明正大に、横領などなく、ちゃんとツケの分だけ回収している事を本人に確かめてもらいながら回収作業を行い。

 やがて、回収作業が終了すると、そこでようやく、エドザックはノアさんの手から解放され自由の身となる。

 

 だが、目の前でツケ分を回収された衝撃から、逃げた時のような元気はなく、残されたキャップの入った麻袋を大事そうに抱きかかえるだけであった。

 

「では、俺達はこれで失礼します」

 

「う、うぅ。俺の、俺の大金……」

 

 自宅の前で麻袋を抱き泣き崩れるエドザックの姿を背に、俺達は、回収した分を渡すべく、酔いどれハンツマンへと向かうのであった。

 しかし、結局、エドザックがあのチンピラ達の仲間かどうかも、実際に教団暗殺者の血を継いでいるのかどうかも分からぬままだったな。

 ま、少なくとも、あんな身体能力を持ってるなら、あのチンピラ達の仲間ではなさそうな気がする。

 

 

 

 酔いどれハンツマンへと戻った俺達は、バックヤードの事務所へと通されると、バーテンダーに回収したツケの代金を手渡す。

 漏れなく、ツケの総額分回収できた事を確認し終えたバーテンダーは、俺達にまずは労いの言葉を投げかけるのであった。

 

「ご苦労だった。……と、本来なら、次の依頼を伝えたい所だが、その前に」

 

「?」

 

「悪いが、その臭いを、何とかしてくれないか。流石に、その臭いは。他の客にも迷惑だ」

 

 臭いと言われ、ふと気が付く。どうやら、エドザックの自宅の臭いが、気付かぬ間に移ってしまっていたようだ。

 慣れてしまって言われるまで気が付かなかったが、改めて意識すると、確かに、少し気になる。

 更に思い返せば、店に入った時、方々から視線を感じたが、それも、この臭いが原因だったのか。

 

「従業員用のシャワールームを使ってくれて構わないから、臭いを落としたら、また事務所に来てくれ」

 

 という訳で、俺達は臭いを落とすべく、ご厚意に甘え従業員用のシャワールームで各々移った臭いを落としていく。

 因みに、俺達の中で一番臭い移りの無いノアさんは、俺達の装備に移った臭いの消臭作業を買って出るのであった。

 

 

 

 さて、シャワーを浴びて、気分も臭いもリフレッシュされた所で、再び事務所に赴いた俺達。

 すると、早速バーテンダーから次の依頼の内容が伝えられる。

 

「それじゃ、そこの三人は、そこの衣装に着替えてくれ」

 

 その矢先、俺とマーサとナットさんを指名すると、バーテンダーはそばのテーブルに置かれた衣装を指さし着替える様に指示を出す。

 

「あ、あの、私達は……」

 

「そっちの二人はそのままでいい、兎に角、三人は直ぐに隣の更衣室で衣装に着替えてくれ」

 

 しかし、ノアさんとニコラスさんは着替える必要はないと言われ。

 この線引きの意味を見いだせないまま、指名された俺とマーサとナットさんは、言われるがままに隣の更衣室で手にした衣装に着替えるのであった。

 

「あら、マーサ。前より大きくなったんじゃない?」

 

「ひゃ! な、ナットさん、やめてくださいよ!」

 

「えーいいじゃない、減るものじゃないでしょ。にしても、いいわね、若いからハリ・艶・弾力があって」

 

「や、やめて、ひゃう!」

 

「それそれー」

 

 その際、当然の如く着替えを見られない様に端へと追いやられた俺ではあったが。

 どうやら神様はそんな俺を見捨ててはいなかった様だ。

 素晴らしい背景音楽を耳にしながら、俺は着替えを行うのであった。

 

「うぅー、何よこの衣装。胸元丸見えだし、変な耳付けてるし、この靴だって歩き辛いし」

 

「マーサ、貴女がそれ言うのもどうかと思うわよ……」

 

「えぇ! 何でですか、ナットさん!」

 

「マーサ、一度普段着の時に自身の姿を鏡で見てはどうかしら?」

 

 着替えを終えて事務所に戻ったのだが、マーサは、着替えた衣装が気に入らないらしい。

 しかし、俺を含め、事務所にいる男性陣は皆、不満を漏らすマーサと宥めるナットさんの姿を目にでき、福眼を感じずにはいられなかった。

 

 何故なら、今の二人の姿は、黒のハイレグタイプのレオタード状の衣類、ウサギの耳を模したヘアバンドに襟型のチョーカーと蝶ネクタイ、更には網タイツに黒のハイヒール。仕上げにお尻部分の、ウサギの尻尾を模したふわふわの飾り。

 そう、所謂バニースーツに身を包んでいるからだ。

 

 更に、二人が持っているポテンシャルの高さ。マーサは言わずもがなだが、ナットさんも、負けず劣らずわがままボディであった。やはり、血は争えないようだ。

 そして、黒は女を美しく見せる、そんな前世の言葉通りの相乗効果も相まって。

 俺達男性陣には、今の二人は美しき女神に見えるのであった。

 

 因みに、俺はというと、まるでカジノのディーラーのような同じく黒のスーツに着替えている。

 

「で、着替えたけど、あたし達、一体何するのよ?」

 

「……、おぉ、そうだった! では、早速次の依頼を伝えよう。まずは、ついてきてほしい」

 

 俺同様に見とれていたバーテンダーではあったが、マーサの声に我に返ると、事務所を後にし始める。

 それに続き、俺達も言われた通り彼の後についていくと、バックヤードの一角にある地下へと続く階段を下りていく。

 

 そして、階段を下りたその先には、意外な光景が広がっていた。

 

「ここは、カジノ、ですか?」

 

「そうだ。遊技場と違い、会員制の小さなカジノだ。次の依頼は、このカジノで働いてもらう事だ。安心しろ、数時間程度の間だけだ」

 

 一階の酒場と同じほどのスペースには、スロット台やポーカーテーブル、更にはルーレットテーブル等。

 煌びやかなゲーム台の数々が配置され、更に奥には、酒場宜しく酒類を提供するカウンターも設けられていた。

 

「女性二人には、接客係を。君には、ブラックジャックのディーラーをやってもらう」

 

「え、でも俺、ディーラーなんてやった事はないんですけど」

 

「先任ディーラーに教えてもらうように手配する」

 

「我々二人はどうする?」

 

「屈強な二人には、用心棒をしてもらう。会員制だから、素行の悪い奴は入れてないつもりだが、万が一もある。ま、二人なら、立ってるだけでイカサマしようなんて気は起こさないと思うがな」

 

 こうして俺達は、新たな依頼、酒場の地下の会員制カジノの従業員として、働く事となった。

 先任ディーラーに教わりながら、必死にディーラーとして働く事数時間。

 慣れない仕事に精神的疲労感を予想以上に蓄積させつつも、何とか会員制カジノの従業員の一員として大失敗もなく、ディーラーとしての役割をやりきった俺。そして、他の面々。

 

 しかし、頑張った甲斐もあり、事務所でバーテンダーから完遂証明書を受け取った際の感動は、一入であった。

 

 因みに、会員制カジノの従業員として手伝った褒美として、俺が着ていた黒のスーツと、女性陣二人のバニースーツは持って帰ってよい事となった。

 女性陣二人に気付かれず、バーテンダーと互いにサムズアップしたのは、ここだけの話。

 

 

 

 さて、こうして、二日目の依頼も無事に完遂し、役所の窓口に提出しようと思ったのだが。

 生憎と、酔いどれハンツマンを出たのが既に夜中であった為、窓口の営業時間は終了しており、この日は提出できなかった。

 なので、この日は宿屋で疲れを癒し、明日改めて完遂証明書を窓口に提出する事となった。



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第四十一話 ウェイストランド・ショーマン

長らくお待たせいたしました。今後も、マイペースな更新頻度ですが、どうぞよろしくお願いいたします。


翌日。

 支度を整え、役所の窓口へと赴いた俺達は、酔いどれハンツマンでの依頼の完遂証明書を提出する。

 

「クチャ、クチャ。ぬぁ? ほおー。あんたらもやるねぇ、大したもんだ」

 

 鼻につく態度の男性スタッフの口から、へりくだった言葉が飛び出した事に内心若干驚きつつも、俺は今回受けられる依頼について尋ねる。

 

「それで、今日受けられる依頼なんですが……」

 

「クチャ、あぁ、クチャ、っぺ! あぁ、そんじゃ、……へへへ、見込みのあるあんたらの次に受けてもらう依頼は、こいつだ」

 

 だが、へりくだった言葉とは裏腹に、紙を受け渡すその表情は、とても不気味な笑みを浮かべていた。

 

「あの、これ。場所以外何も書いてないんですけど」

 

 そんな不気味な笑みを浮かべる理由の一端と思しきものを、俺は早速本人に問いかける。

 受け取った紙には、依頼場所以外、依頼内容と思しき文言は、何処にも書かれていなかったからだ。

 

「へへへ、行ってからの"お楽しみ"ってやつだよ。書かれてる場所に行って、依頼主に直接何をするのか聞くといい。……あぁ、ただし、これだけは言っておいてやる。法令順守の合法的で安全なお仕事だ」

 

 合法も違法も、その線引きが限りなく消え去ったウェイストランドで、合法と言い切り、尚且つ安全とも付け加える。

 そんな仕事は、ゲーム的に言っても、現実的に言っても、大抵言葉とは真逆の結果であることが多い。

 

 とはいえ、今の俺達の立場では、この依頼を拒否するという選択肢は選べない。

 なので、ここは覚悟を決めて、受ける他ない。

 

「分かりました。行ってからのお楽しみ、ですね」

 

「へへへ、ま、今回も頑張ってこいよ」

 

 相変わらずの男性スタッフの態度を背に、俺達は、役所を後に、今回の依頼の依頼主が待つ場所へと向け、足を進めた。

 

 

 

 スラム街を、受け取った紙に書かれた場所を参考に歩く事十数分。

 俺達の目の前に現れたのは、スラム街でもあまり見られない大きな建物であった。

 

 そして、そんな建物の出入り口の真上には、"劇場"の二文字が書かれた看板が、設けられていた。

 

「ねぇ、ユウ、本当にここが今回の依頼の場所?」

 

「その筈、だけど」

 

「うわぁ! 劇場、劇場ですか! という事は、もしかして今回の依頼、私達にキャプテン・パワーマンの舞台に演者として出演してくれって依頼じゃないですか!?」

 

「演目は兎も角、演者じゃなくて、裏方としての方が可能性としては高そうだけど?」

 

「舞台か……。ボルトにいた頃、名わき役として馳せていた頃を思い出す」

 

 各々劇場を見た感想を漏らす中、ノアさんの口から何やら気になる独り言が漏れたが。

 今は、依頼主に会う事を優先すべく、劇場内へと足を踏み入れるのであった。

 

「あぁ、役所からの。依頼主の団長ならあっちの部屋にいるよ」

 

 劇場内に足を踏み入れ、舞台の公演準備を行っている劇団員に話を尋ね、俺達は、団長のいる部屋へと足を踏み入れる。

 劇団の団長を務める者の部屋という事だけあり、部屋の中は、過去の作品の脚本やパンフレット、それに参考用の戦前の書籍等が収められた棚で手狭であった。

 

「おぉ、よく来てくれた」

 

 そんな部屋の主にして、劇団の団長を務めているのが、小柄で猫背のグールの男性であった。

 

「儂が、団長のシーキじゃ、よろしくな」

 

「はじめまして、今回依頼を受けてやって来ました、ユウ・ナカジマです」

 

 互いに自己紹介を交え、最後に握手をして自己紹介に区切りをつけた所で、シーキ団長から早速、今回の依頼の内容が伝えられる。

 

「さて、今回君達に来てもらったのは、他でもない、公演が迫っている舞台を手伝って欲しいからじゃ」

 

 劇場を見た時から薄々予測は出来ていたが、やはり、今回の依頼の内容は舞台の手伝いのようだ。

 となると、裏方の力仕事や、宣伝の手伝い、という趣旨のものだろうか。

 

「で、君達に行ってもらう仕事内容だが……。その前に、そこのパワーアーマーのお二人さん」

 

「は、はい!?」

 

「む?」

 

「すまんが、それぞれ被ってるヘルメットを脱いで、素顔を見せてはくれんかの?」

 

 と予想していた矢先、何故か、シーキ団長はニコラスさんとノアさんの素顔を見せてくれと頼み始めた。

 

「私は、構いませんけど」

 

「……すまないが、素顔を晒す事は出来ないのだ。我儘かもしれないが、理解してほしい」

 

 ニコラスさんは快く快諾するが、やはりノアさんは、依頼主とはいえ、俺達以外の人物に自身の素性を簡単に晒したくないようだ。

 

「そうか、分かった。そちらにも色々と事情があるんじゃろう。それじゃ、そっちの方だけ素顔を見せてもらおうかの」

 

 そんなノアさんの心情を察してか、シーキ団長も理解を示してくれた。

 

 そして、ヘルメットを脱いで素顔を晒したニコラスさんを含めた、俺、マーサ、ナットさんの四人は。

 シーキ団長の指示で、何故か横一列に並べられ、まるで品定めされるかのように、彼にまじまじと顔や全身を確認されていく。

 

「ふーむ、ふむふむ。顔、身長、共に申し分ないのぉ」

 

 一人一人入念に隅々まで確認し終えると、やがて頭の中で情報を整理するかのように腕を組んで考え始め。

 やがて、考えがまとまった合図の如く組んだ腕を解くと、俺の事を指さし、続いてこう告げた。

 

「よし、君には、王子様を演じてもらう!!」

 

「……へ?」

 

「へ、ではない。王子様じゃよ、王子様!」

 

 突然の事に理解が及んでいない俺を他所に、シーキ団長は続けざまにマーサを指さして告げた。

 

「そして君は、主役であるお姫様じゃ!」

 

「……、お姫様」

 

 俺と同じく理解が及んでいないと思われるマーサ、いつもの彼女なら、突然の事に何言ってるのよと声を挙げそうな感じがしたのだが。

 何故か、頬を少し赤く染めて、満更でもなさそうな表情を浮かべている。

 

「そして君は、意地悪な王妃」

 

「意地悪な王妃、ねぇ……」

 

「そして君は。王妃が持っている魔法の鏡だ」

 

「ま、魔法の鏡?」

 

 少々納得のいかない表情を見せるナットさんに、疑問符が湧き上がっているニコラスさん。

 二人とも、シーキ団長の言葉に各々の反応を示す。

 

「そして最後に君じゃが、君には、語り手を務めてもらいたい」

 

「ほう、面白そうだ」

 

 最後に、ノアさんが前向きな反応を示して、一旦の区切りがついた所で。

 俺は、すかさずシーキ団長に質問を飛ばす。

 

「あの、シーキ団長!」

 

「ん? 何じゃ?」

 

「さっきの、役の割り当てみたいなのは一体……」

 

「一体も何も、君達が今度の公演で演じてもらう配役じゃよ」

 

「え? それって、もしかして……」

 

「あぁ、最初に言い忘れとったの。今回、君達には、"明後日"行われる舞台の公演に演者として出演してもらおうとおもってな」

 

「えぇぇっっ!!?」

 

 シーキ団長の口から告げられた、今回の依頼内容に、俺は驚かずにはいられなかった。

 ちょっと待ってくれ、俺達、役者の経験なんて全くないずぶの素人なんだけど。

 そんな俺達を演者として舞台に上げるなんて、しかも、公演は明後日、いくら何でも無茶苦茶だ。

 

「あ、あの、シーキ団長。俺達、役者の経験なんて……」

 

「君達も知っての通り、ウェイストランドは危険な大地じゃ。儂も、この地にたどり着くまでに様々な悲惨な場所を見てきた──」

 

「あの、シーキ団長、俺の話、聞いてますか?」

 

「じゃが、そんな辛く苦しい中にあっても、子供達は笑顔を絶やさんかった! その時、儂は思った! 子供達の笑顔は、ウェイストランドの希望じゃ、この希望を守り、後世にも繋げていかなければならん! とな」

 

 あ、駄目だ。シーキ団長、自分自身の話に夢中で、俺の言葉が届いていない。

 

「何をすれば子供達の笑顔を守り増やせるか、あれこれと考えた結果。儂が、遠い昔見た、あの輝かしい舞台の事を思い出した。戦前の、今とは異なる重苦しい空気が流れていたあの頃、劇場の中には、いつも人々の、子供達の笑顔が溢れておった!!」

 

 これはもう、本人が納得して耳を貸すまで待つしかないな。

 

「これじゃ! と思い立った儂は早速、劇団立ち上げ、それに劇場建設に必要なものを揃える為に奔走した。とはいえ、儂は見ての通りのグール、それが劇団を立ち上げ劇場を作るなどと、最初は、誰も相手にすらしてもらえんかった。……じゃが! 儂の粘り強い熱意は、やがて人々にも伝わり。そして、二年前に遂に、この劇場と劇団の旗揚げまでこぎつけたのじゃ」

 

「うぅ、ぐすっ! 苦労したんですね」

 

 シーキ団長の苦労話に、ニコラスさんが感動しているのを他所に、当のシーキ団長は自身の話を続ける。

 

「客入りは盛況、劇団員たちの日々の練習のお陰で、公演中はお客さん達、特に子供達の笑顔で溢れておった。まさに儂が思い描いた通り、順風満帆かと、そう、思った矢先じゃ……」

 

「あら? どうしたんです?」

 

 これも記事のネタになると思ったのか、いつの間にかメモ帳とペンを手にしたナットさんが相槌を挟む。

 

「悲劇が起きたんじゃ。稽古の打ち上げで羽目を外し過ぎて騒いだせいで、店の床が抜け、団員たちが怪我をしてしまった。……幸い、命に別状はなかったが、舞台の公演までに完治するのは叶わんかった」

 

「成程ね。それであたし達が、その怪我した団員たちの代わりに舞台に立つって訳ね。……あ、でも、あたし達、急いでるからあんまり長い事手伝えないんだけど?」

 

「あぁ、それは安心してくれ、なにも公演期間中代役を務めてもらう訳じゃない。代役として舞台に立ってもらうのは、明後日の公演初日のみじゃ、それ以降は、入院中の団員が復帰するんで問題ない」

 

 マーサの心配に答えるシーキ団長の言葉に、俺は少しばかりほっとする。

 公演期間がどれ程かは分からないが、あまり長期間拘束されるのは、出来れば避けたかったからだ。

 

 だが、少し安堵したからといって、まだまだ不安の種は尽きる事はない。

 一回限りとはいえ、素人の俺達が、プロの団員達の代役を務められるのか。

 それも、本番は明後日。練習期間が短すぎるのも不安を募らせる。

 

 あぁ、そうか。

 役所の男性スタッフのあの一段とせせら笑った表情と、お楽しみといった言葉の意味は、こういう事だったのか。

 難しい依頼とは、何も凶暴なモンスターを討伐するというものだけではない。こうした、畑違いの事を行うのもまた、難しい依頼といえる。

 

 本当に、中心街の連中の底意地の悪さって奴は、ウェイストランドでも一二を争うんじゃないか。

 

「あの、質問、いいですか?」

 

「ん? なんじゃ?」

 

「俺達、役者の経験なんて全くない、ずぶの素人なんですけど。それでも、代役として舞台に上がってもいいんですか?」

 

「ほほほ、そんな事か。なーに、心配せんでもえぇ。君達の演技の実力を考慮して、明後日の公演は特別ステージという事にしてある。それに、大事なのは、ここじゃよ」

 

 そう言うとシーキ団長は、自身の心臓の辺りを示す。

 

「気持ちが大事、ですか」

 

「ほほほ、そういう事じゃ。……なぁに、どうせ下手な演技で依頼を完遂できないんじゃないかと心配しておったんじゃろ。安心せい、儂は、どんなに下手な演技でも、一生懸命代役を務めてくれれば、完遂証明書を書くつもりじゃよ」

 

「ありがとうございます」

 

 シーキ団長の優しさに、俺は心からの感謝の気持ちを述べた。

 

「では、早速じゃが、明後日の舞台に向けてこれから稽古じゃ! 時間もないんで、みっちり濃厚にやるぞ!! 台詞を覚えながら動きの練習もしてもらうから、覚悟せい!!」

 

「あの、所で。俺達が出る舞台がどんなものかをまだ聞いていなかったんですが」

 

「ん? おぉ、そうじゃった、ずばり!! 君達に演じてもらうのは、戦前の童話を基にした創作舞台!! 舞台のタイトルは、『ヌカ雪姫』じゃぁ!!」

 

 明後日の舞台のタイトルを聞いて、俺は、何だかとてつもなくカオスな内容を予想せずにはいられなかった。

 しかし、もう後には引き返せない。

 

 これから行われる未知なる領域の戦いに向け、俺は、気持ちを引き締めるのであった。



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第四十二話 ヌカ雪姫 前編

 宿屋のベッドに寝転がり、気絶するかのように直ぐに眠りにつける程、疲労したのはいつ以来だろうか。

 日が落ちるまで行われた舞台の練習は、シーキ団長が言っていた通り、詰め込まれた激しいものであった。

 日頃とは異なる体の使い方に、台詞覚えや出番の把握、動作の確認と修正等々。

 

 それまであまり使ってこなかった領域を使う事による心身の疲労は、俺自身も気付かぬ程、多大なものとなっていた。

 

 しかし、ここで音を上げていては駄目だ。

 辛いのは、俺だけじゃない。

 マーサも、ナットさんも、ノアさんも。──ニコラスさんは、なりきりのお陰でのみ込みが早く、凄くノリノリではあるが。

 兎に角、他の皆も慣れないながらも各々頑張っているんだ。弱音なんて、吐いていられない。

 

 翌日も、昨日の疲れが残る中、シーキ団長の厳しい指導になんとかついていきながら、必死に声を張り体を動かす。

 午前の練習が終わり、休憩を挟んで午後からの練習となるのだが。

 この日は、明日の本番で各々が着る衣装の寸法合わせの為、各々のサイズの計測が行われた。

 

「時間はありませんけど、必ず本番までには仕上げますんで、任せておいてください!」

 

 衣装係の団員さんからかけられた言葉に。

 俺は、明日の舞台は俺達のみならず、決して表には出ない、裏方の方々の思いも背負っているんだと、改めて身に染みた。

 そして、どんな形であれ、必ずや最後までやりきろうと、改めて誓うのであった。

 

 その後、午後からの練習を経て、まるで生きる屍の如く様相で宿屋に戻って、ベッドに寝転がるのであった。

 

 

 そして、本番当日。

 午前に最後の練習となる、本番を想定しての通し練習を行い。

 昼食を取りながら、全員で本番に向けての決起集会を行い、全員の気持ちを舞台の成功という一つの目標に合わせ。

 

 午後、いよいよ本番開始数分前を迎える事となった。

 

「うわー、凄い数だ」

 

 衣装係の団員さん達が夜を徹して作ってくれた舞台用の衣装。

 白を基調とした、王子様をイメージして作られた衣装に身を包みながら、俺は、舞台袖から観客席の様子を窺い、空席なく埋まっている、満員御礼ともいうべき観客の数に声を漏らした。

 やはり娯楽の少ないウェイストランド故か、特に子供の姿が多く見られる。

 

「こ、これからこのお客さん達の前で、私達が演技するんですよね。どど、どうしましょう、何だか、今頃になって緊張してきました」

 

 俺の隣で、装飾の施された姿見の鏡の部分から顔だけ出ている、そんな恰好をしているのは、ニコラスさんである。

 練習ではのびのびとしていたニコラスさんも、この観客を前にして、緊張せずにはいられなくなったようだ。

 

「そういう時は、手のひらにアルファベットのEという単語を三回書いて飲み込むといいらしいわよ」

 

 そんなニコラスさんに緊張をほぐすアドバイスを送ったのは、黒を基調とし胸元や背中が大胆に開かれたセクシーで大人なドレスを着込んだナットさんであった。

 

 それにしても、何故、人ではなくアルファベットのEなのだろうか。国が違えば慣例も異なるからか。

 そういえば、あの組織のマークにも、組織の頭文字であるEという単語が用いられていたが。もしかして、Eとはエンク……。

 いや、余計な考えは止めておこう。もしかしたら、深い意味はないのかもしれないし。

 

 因みに、ニコラスさんは、ナットさんのアドバイスを早速試していた。

 

「マーサ? どうしたの?」

 

「にゃ!? なな、なんでもないわよ!」

 

 ふと、隅で背を向けて、何やらしていたマーサに気が付き俺が声をかけると、上擦った声で返事を返すマーサ。

 一瞬の事でちゃんと確認はできなかったが、先ほどナットさんがニコラスさんに送ったアドバイスを試していたようにも見えた。

 普段の格好や態度から、人前で演技する事など造作もないのかと思っていたが、そんなマーサでも、この状況は緊張するんだな。

 

 そんなマーサが着ているのは、ヌカ・コーラをイメージした、赤い上半身部分と青いスカート、オレンジのパフスリーブに、アクセントとなる赤いリボンが付いたカチューシャ。

 物語の主役を務めるに相応しい可愛い衣装を纏っている。

 

 因みに、これは個人的な主観の話だが。

 俺とニコラスさんの衣装に比べ、何故か、女性陣の二人の衣装の方が、作りが凝っている気がしてならない。

 俺の衣装、一見すると作りこんでいるようにも見えるが、実は、マントで隠れる背中の辺りとか、かなり粗さが目立っている。

 そして、ニコラスさんに至っては、拾って調達してきたであろう姿見に顔を通す為の穴を開けただけ。ニコラスさん本人に至っては、役柄、黒の全身タイツだ。

 

 一方、ノアさんはと言えば。

 

「ほぉ、これはまた随分な入りだな」

 

 普段と変わらず、緊張のかけらも感じさせない程落ち着いていた。

 流石は、俺達の中で最年長を誇るノアさん、俺達みたいな若輩者とは経験してきた回数が違うな。

 

「さぁ、準備はいいか!? 間もなく本番開始じゃ!」

 

 と、ノアさんの落ち着き具合に感心していると。

 シーキ団長が俺達に声をかけてくる。

 

「前にも言ったが、下手でも何でも、一生懸命演技すれば、その熱意は、必ずお客さん達の心に届く!」

 

「はい!」

 

「おぉ、よい返事じゃ」

 

 と、本番開始を告げる音が鳴り、観客席を照らしていた照明が消える。

 そして、舞台の幕が上がり、舞台が照明で照らされる。

 

 さぁ、本番の始まりだ。

 

 

 

 

 

──舞台、ヌカ雪姫、始まり始まり。

──むかしむかし、ウェイストランドのとある場所に"オアシス"と言う、豊かな木々や動物たちが住まう、素晴らしい場所がありました。

──オアシスには、沢山の人もレイダー達の襲撃に怯える事無く住んでいました、それは、オアシスの周囲を山々が囲い、それらが天然の要害となっていたからです。

──そんなオアシスを治めているのが、王様と呼ばれる偉い人でした。

──王様の住まいであるお城は、オアシスを一望できる高台に建てられ、その絢爛豪華な外観は、オアシスの住人たちの羨望の的でありました。

 

──そんなお城には、お城の外観にも負けず劣らずの、美しい王妃様も、住んでおりました。

 

「はぁー、今日も疲れたわ」

 

 舞台上に姿を現すナットさん。その刹那、観客席からお客さん達の声が漏れる、主に男性の。

 王妃としての公務に疲れた仕草を交えながら、舞台上の定位置まで移動する。

 

「でも、これを聞けばそんな疲れも吹き飛ぶのよね」

 

──王妃様は、日課である秘密の部屋に置かれた鏡の前にやって来ると、呪文を唱え始めました。するとどうでしょう、鏡が意思を持ち、王妃様に挨拶を始めたではありませんか。それもその筈、この鏡は、魔法の鏡だったのです。

 

「おおお、王妃さーま! ほほほ、本日はお日柄もよく、いいお天気ですね!」

 

 あちゃー、ニコラスさん。緊張のあまり、台詞が上擦ってるよ。

 

「世辞はよい! それよりも魔法の鏡よ、私の質問に答えよ!」

 

「は、はい! な、何なりと!」

 

 しかし、ナットさんの機転の利いた演技により、ニコラスさんの演技の不自然さは、お客さん達に気にされる事はなかった。

 

「魔法の鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁーれ?」

 

「そ、それは、勿論王妃様でございます」

 

「おーっほほほ!! そうでしょう!!」

 

 高飛車な笑いと共に、再びノアさんの語りが始まる。

 

──こうして王妃様は、日頃のストレスを解消し、今夜もぐっすりと快適な睡眠を迎えるのでした。

 

 そして、暗転。

 日付が変わった事を印象付ける暗転が終わり、再び舞台上に照明が灯される。

 

「魔法の鏡よ鏡! この世で最も美しいのはだぁーれ?」

 

──王妃様はこの日も、秘密の部屋で日課のやり取りを行っていました。

 

「そそ、それは、王妃様……。と申したいのですが、王妃様はどちらかと言えば大人の魅力あふれる"綺麗系"で世界一でございます」

 

──しかし、この日は少し様子が違いました。魔法の鏡が答えたのは、王妃様が求めたものとは異なる答えだったのです。

 

「ちょっと!! 綺麗系ってどういう事よ!? 私は、綺麗系も可愛い系も全て含めて世界一の美しさを持つ唯一の者である筈よ!!」

 

「そ、そう言われましても……」

 

「そもそも!! 誰よ!? 可愛い系で私を押さえて世界一なのは!!?」

 

──美に強欲な王妃様は、毛色の異なるものでも自身を押さえて世界一の者がいる事が、癪に障って仕方がありませんでした。

──そこで、王妃様は、可愛い系世界一が誰なのかを、魔法の鏡に問いかけました。

 

「それは……。"ヌカ雪姫"でございます。彼女こそ、若さと可愛さを兼ね備えた美しさを持つ女性でございます」

 

──魔法の鏡が答えたのは、王妃の義理の娘であったヌカ雪姫の名前でした。

──ヌカ雪姫の実の母、先代の王妃が雪の舞い降る夜、針仕事の最中雪に気を取られ針で指を刺してしまい、その血が飲みかけのヌカ・コーラ・クアンタムが入った表面に滴りました。

──それを目にした先代王妃が、ヌカ・コーラ・クアンタムのように光り輝く、血のように赤く、カップのように白い子供が欲しいと願い。

──やがて、その願いの通り、白く澄んだ肌を持ち、血のように赤い頬と唇を持ち、ヌカ・コーラ・クアンタムのように光り輝く金の髪をした赤子、ヌカ雪姫が生まれるのでした。

 

 そして、語りが終わると、舞台が暗転し、次なる場面の準備が速やかに行われる。

 程なくし、再び照明が灯されると、舞台上にはマーサが練習通りのポーズを決めて立っていた。

 

「うふふ、小鳥さん、おはよう! リスさん、おはよう!」

 

 舞台セットのお城のテラスに立ち、ヌカ・コーラを片手に笑顔で小鳥たちに手を振るマーサ。

 始まる前の緊張具合が嘘のように、役になりきり自然な演技でお客さん達の視線をくぎ付けにするマーサ。

 ナットさんもそうだけど、女性って、色々と凄いな。

 

──成長するにつれ、美しさを増していくヌカ雪姫。

──王妃様も、実は無意識のうちに、成長するにつれ美しくなっていくヌカ雪姫の事を疎ましく思っていたのです。

 

 っと、そろそろ俺の出番だ。

 袖の定位置で合図を待ち、そして、合図と共に俺は舞台上に足を踏み入れた。

 

──そしてある日、オアシスの外にあるとある国の王子様が来賓としてお城を訪れた際の事でした。

 

「ら~ららら~、ら~」

 

「お、おぉ……なんと美しい歌声なのだろう。そして、なんと美しい」

 

 あ、危ない。舞台上に立って照明が当てられた刹那、知らぬ間の緊張が一気に湧き上がってきたのか、一瞬台詞が飛びそうになった。

 それでも、何とか台詞とポーズは決めることが出来た。

 

──王子様はテラスのヌカ雪姫を目にし、その澄んだ歌声と美しさに一目ぼれし、恋をしてしまうのです。

──ですが、そんな様子を、白の窓から目にしている人物がいました、そう、王妃様です。

 

「許せない! 許せないわ!! 世界中の男たちの視線は私に釘付けでなければならないのよ!! それを奪うヌカ雪姫を許せるものですか!!」

 

──嫉妬の炎を燃やす王妃様は、やがて、悪魔のような計画を思いつくのです。

 

 暗転。

 急いで舞台袖にはけると、美術スタッフ達が暗い中を慣れた手つきで大道具や小道具を設置していく。

 程なくして、設置が終わると、再び照明が灯される。

 

 場面は、王妃の部屋から始まる。

 

──ある日、王妃様は自身の部屋にとあるロボットを呼びます。

 

 現れたのは一体の、真ん丸な曲線美を多用したシルエットが何処か愛嬌のある、レトロな人型ロボット、プロテクトロン。

 何処かぎこちない動作と共に、椅子に座るナットさんの前までやって来るプロテクトロン。

 

「オウヒサマ、ナニカゴヨウデスカ?」

 

「貴方に特命を与えます! ヌカ雪姫を森の中に連れ出し、人気のない場所で花を摘ませている間に、ヌカ雪姫を"殺す"のです!!」

 

「トクメイ、リョウカイシマシタ。ヌカユキヒメヲ、コロス・コロス・コロス」

 

「そうよ、さぁ、さっさとお行き!」

 

──遂に王妃様は、ヌカ雪姫を亡き者にすべく、恐ろしい計画を発動させたのです。

 

 ノアさんの語りが続く中、観客席からは、子供たちの恐怖に恐れ戦く声が漏れ聞こえてくる。

 そんな中何度目かの暗転により場面転換が行われ、次の場面は、ヌカ雪姫ことマーサが人気のない森の中で花を摘んでいる場面となる。

 

──王妃様の計略通り、プロテクトロンと共に人気のない森の中へと向かったヌカ雪姫は、まさか自身が命の危機に晒されてるとは露知らず、お花畑でお花を摘んでいました。

 

「まぁ、綺麗なお花! うふふ……」

 

「コロス、コロス……」

 

──お花を摘むのに夢中なヌカ雪姫は、背後から近づくプロテクトロンに気付く様子はありません。

──プロテクトロンは、王妃様の命令に従い、ヌカ姫様を殺そうと、搭載しているレーザーを起動させ、発射しようとします、しかし。

 

「あら、小鳥さん、大丈夫? 怪我は、していないようだけれど……」

 

──ふと、ヌカ雪姫が見せた優しく純粋な心を目の当たりにし、プロテクトロンの思考回路に電流が走りました。

──そして、プロテクトロンは改心し、ヌカ雪姫を殺すことなく、ヌカ雪姫に警告するのでした。

 

「あら? どうしたの、プロテクトロンさん?」

 

「ヌカユキヒメ、ヒメサマノミニキケンガセマッテオリマス。オシロニハモドラナイホウガヨイデショウ」

 

「でも、何処に行けば……」

 

「トニカクオニゲナサイ、マタ、オウヒサマノシキャクガヤッテクルマエニ」

 

──こうして、ヌカ雪姫は森の奥深くへと、王妃様の魔の手から逃れるべく逃げていきます。

──森の中を一人さ迷うヌカ雪姫は、日が暮れ、森を暗闇が覆う中、恐怖に涙し、やがて疲れ果てて大きな木の根元で眠ってしまいました。

 

「まぁ、小鳥さん、おはよう!」

 

──そして、小鳥のさえずりに目を覚ますと、ヌカ雪姫の周りには、沢山の小鳥たちの姿がありました。

──ヌカ雪姫の優しい心に惹かれた小鳥たちは、ヌカ雪姫の為に道案内を買って出ます。

 

──小鳥たちに案内され、森の中を歩いていると。

──やがてヌカ雪姫は、森の中にひっそりぽつんと佇む、一軒のお家へと辿り着くのでした。



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第四十三話 ヌカ雪姫 中編

久々の投稿となります、お待たせいたしました。


──玄関の扉を叩いてみますが返事がありません。

──ヌカ雪姫は申し訳なく思いながらも、扉に鍵がかかっていなかったので、お家に足を踏み入れました。

──するとどうでしょう。散らかりっぱなしの食器、床に散らばったゴミの数々、そして何故か転がっていた電気回路や簡易バッテリー等があり。

──まさにお家の中は、荒れ荒んだ状態でした。

 

「まぁ、これは酷い。……きっとここの住人さんはズボラな人たちなのね」

 

──家の中の惨状を目にしたヌカ雪姫は気合を入れると、掃除を始めました。

──ゴミを片付け、転がっていた電気回路や簡易バッテリー等、ゴミ以外の物を棚などに戻し。そして、ドレスの汚れも気にせず掃除を終えたヌカ雪姫は、次に、料理を始めました。

──お鍋がことこと、ことこと、お肉の焼けるジューシーな、そんな美味しそうな音がキッチンに響き。やがて、美味しそうなスープとステーキが出来上がりました。

 

「あーん。んー! 我ながらいい塩梅! ……ぷはーっ! 冷えたヌカ・コーラが五臓六腑に染み渡るわ! 犯罪的よ!!」

 

──自画自賛で料理を食べ終えたヌカ雪姫は、締めのキンキンに冷えたヌカ・コーラを小気味好く飲み干すと、やがて満腹感と掃除の疲れから、眠くなってきました。

──丁度、掃除の最中に家の二階に寝室を見つけていたヌカ雪姫は、寝室のベッドで眠る事にしました。

 

──こうしてヌカ雪姫が眠りについたその頃、森の奥から、ヌカ雪姫のいる家を目指して、複数の影が近づいていました。

 

 暗転、場面は、森の中を進む複数の影の正体を告げるものへと変わる。

 

「「ハンディ・ホー、ハンディ・ホー。皆で楽しく、ハンディ・ホー、ハンディ・ホー!」」

 

 聞き馴染みのある噴射音と共に、舞台袖からフワフワと照明に照らされ姿を現したのは、七体のMr.ハンディ。

 それぞれが虹を構成する色に塗装された、七人の小人ならぬ、七体のハンディだ。

 

──愉快な歌を歌いながら現れたのは、家の持ち主である七体のMr.ハンディです。

──Mr.ハンディ達は、仕事を終え、家へと帰ってきました。ところが……。

 

「やや!? これはどういう事だ!!?」

 

──Mr.ハンディ達は驚きました。

──家に帰ってみると、仕事に出かける前とは見違える程、家の中が綺麗に片付いていたからです。

 

「見て見て! 美味しそうな料理もある!」

 

──緑色の塗装を施したMr.ハンディことトビーは、キッチンの料理を発見すると、更に幸せな雰囲気を漂わせ料理を食べようとします。

 

「おめぇはロボットだから食えねぇだろうが!」

 

「あいて!」

 

──しかし、赤色の塗装を施したグラトリーに突っ込まれます。

 

「ふむ……、何だか分かりませんが、不思議な事が起こっているようですね」

 

──そんな二体を他所に、リーダー格にして黄色の塗装に聴診器をぶら下げた、ドクターと呼ばれるMr.ハンディが家の中の変化を怪しみます。

 

「どうでもいいよ、ふぁ……。僕眠いからちょっと寝てくる」

 

──スリーパーと呼ばれる橙色の、常にメインカメラが半目なMr.ハンディは、マイペースに二階の寝室へと向かっていきます。

 

「な、何だか、恥ずかしい、な」

 

「それより、綺麗になったらなったで、何だか……、は、は、ハックショィッ!!」

 

「むふー」

 

──残りの三体のMr.ハンディ。

──紅葉色の塗装を施された、七体の中で一際ぱっちりとしたメインカメラを持った、ティミディテと呼ばれるMr.ハンディはこの状況に何故か恥ずかしがり。

──青色の塗装を施した、七体の中で一際過敏なセンサーを持ったニーゼンと呼ばれるMr.ハンディは、くしゃみと共に低出力ジェットが勢いよく噴出し。

──黄緑色の塗装が施された、何処かあどけなさを醸し出す、カントナータと呼ばれるMr.ハンディは、家の中を何気なくふわふわと飛び回っている。

 

「うひーっ!?」

 

「「何だ!? 何だ!?」」

 

──こうして、Mr.ハンディ達が各々の反応を示していると、不意に、二階の寝室からスリーパーの驚く声が聞こえてきました。

──スリーパーの声に反応した残りのMr.ハンディ達は、慌てて二階の寝室へと向かいます。

 

 暗転、場面は二階の寝室に変わる。

 

「こ、これは、一体?」

 

「おいおい、こいつは誰だ!? 何で俺達のベッドで気持ちよさそうに寝てやがるんだ!」

 

「でもこの寝顔、何だか幸せそうなんだな」

 

「うぅ、知らない人、恥ずかしい」

 

「誰かは知りませんが、くしゅん! もしかしたら、家の中の状況は、くしゅん! この人のお陰なのかも」

 

「あーうー?」

 

──二階の寝室でMr.ハンディ達が目にしたのは、ベッドで気持ちよさそうに眠っているヌカ雪姫の姿でした。

──Mr.ハンディ達は、ヌカ雪姫が一体何処の誰かが分かりませんでしたが。しかし、状況から彼女が家の中を掃除し、料理まで作った犯人である事は容易に推測していました。

 

「叩き起こして、家から追い出そうぜ!」

 

「待て待てグラトリー。確かに彼女が、私達の家に勝手に侵入したのは事実だろう。しかし、彼女にも何か止むに止まれぬ事情があっての事かもしれん。ここは、本人に話を聞いてから処遇を決めても遅くはあるまい」

 

──今すぐ追い出そうとするグラトリーに対し、ドクターは、先ずはヌカ雪姫から話を聞くべきと提案します。

──ドクターの提案に、グラトリーが渋々了承した、刹那。

 

「……ん? 何?」

 

──不意に、ヌカ雪姫が目を覚ましました。

 

「……え? きゃっ!!?」

 

──そして、ヌカ雪姫は自身を見つめる二十一個のメインカメラの存在に気が付くと、体をびくつかせ、Mr.ハンディ達に何者かを尋ねました。

 

「怖がらないで、お嬢さん。私達はこの家の住人のMr.ハンディ。因みに私はドクターと言う、よろしく」

 

「わ、私は、ヌカ雪姫」

 

「ヌカ雪姫……、良い名だ。所でヌカ雪姫、君はどうして私達の家に?」

 

──ドクターとの自己紹介を終えたヌカ雪姫は、無断でMr.ハンディ達の家に侵入した事を謝ると。

──次いで、何故自分がこの家に侵入したのか、それは王妃様の魔の手から逃れる為だと、これまでの事を素直に彼らに話しました。

 

「成程、その様な事情がおありだったんですね。……では、こういうのはどうでしょう? ヌカ雪姫、貴女をこの家に住まわせてあげます。ただしその代わり、貴女にはこの家の家事全般を頼みたい。どうでしょう?」

 

──ヌカ雪姫の事情を知ったドクターは、彼女に家の家事全般を任せる代わりに、交換条件としてこの家に住んでもよいとの条件を提示します。

 

「本当ですか!? ありがとう! それじゃ、うんと頑張ります!」

 

──この条件をヌカ雪姫は快く受け入れ。

──こうしてヌカ雪姫は、Mr.ハンディ達の家で暮らす事になりました。

 

──そしてその日の夜。家の中では、ヌカ雪姫の歓迎を祝う宴が大いに盛り上がったのでした。

 

 

 

 

 暗転。

 場面は再び王妃の秘密の部屋へと切り替わる。

 

──こうして、ヌカ雪姫がMr.ハンディ達の家で幸せな日々を送り始めた矢先の事。

──王妃様が、魔法の鏡にあの質問をぶつけたのです。

 

「魔法の鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁーれ?」

 

「若さと可愛さを兼ね備えた美しき女性、それは"ヌカ雪姫"でございます」

 

──王妃様は魔法の鏡からの返答に我が耳を疑いました。

──ヌカ雪姫は既に亡き者になった筈、その証拠に、部屋の片隅に置かれた木箱の中には、あの日特命を与えたプロテクトロンが、ヌカ雪姫のものと言って持って帰ってきた心臓が確かに入っていました。

 

「こ、これは、よく見ればこれは人間の心臓ではなく、モールラットの心臓じゃない!?」

 

──しかし、木箱の中の心臓を取り出しよくよく観察してみると、それは、モールラットの心臓だったのです。

──実はあの日、プロテクトロンはヌカ雪姫の死を偽装すべく、モールラットの心臓をヌカ雪姫の心臓と偽って王妃様に渡していたのです。

 

「よくも、よくもこの私を馬鹿にしてくれたわね!!」

 

──程なくして、裏切者のプロテクトロンをパワーフィストによる鉄拳制裁で処分した王妃様は、今度こそヌカ雪姫を確実に亡き者にすべく、今度は自らの手でヌカ雪姫を亡き者にすべく準備をはじめました。

 

「ふふふ、待っていなさい、ヌカ雪姫。今度こそ貴女を殺してあげるわ! おっほほほ!!」

 

 王妃の高笑いを背景音楽に暗転。

 場面は、再びヌカ雪姫とMr.ハンディ達の家へと切り替わる。

 

──仕事に出かけるMr.ハンディ達を見送るヌカ雪姫。

──すると、ドクターがヌカ雪姫に対して警告を出しました。

 

「ヌカ雪姫、忘れないでくれたまえ。私達がいない間は、誰かがドアをノックしても、決してドアを開けてはいけないよ」

 

「えぇ、分かっているわ、ドクター」

 

「なら、よろしい。では、行ってくるよ」

 

「いってらっしゃい」

 

「あーう……」

 

「ふふ、カントナータもお仕事いってらっしゃい。帰ってきたら、一杯なでなでしてあげるからね」

 

「わふ!」

 

 カントナータとか言うMr.ハンディ、あれは演技なのか、それとも素なのか。

 別れ際に別れが寂しいからか、ぐずりながらマーサの胸元にメインカメラをうずめていた。

 

──こうして、Mr.ハンディ達を見送ったヌカ雪姫は、いつものように家事に取り掛かりました。

──それから程なくした頃。家の中を掃除していると、不意に、家のドアがノックされました。

──まだMr.ハンディ達が帰ってくる時間でもなく、少し不審に思いながらも、ヌカ雪姫はドアに近づくと、どちら様かと尋ねます。

 

「ドクター? 皆もう帰ってきたの?」

 

──そして、ドアのドアスコープを覗き込み、ドアの向こうを確認すると。

──そこには、黒いローブを着込んだ、一人の老婆が立っていました。

 

「あぁ、どうか、どうかお助けを。見ての通り害のないしがない老婆です。どうか、この哀れな老婆を助けてはくれませんか。もうお腹が空いて今にも倒れそうなんじゃ」

 

──しゃがれた声で訴えかける老婆の姿を目にしたヌカ雪姫は、この老婆なら家に入れても安全だと思い、ドクターとの約束を破り、ドアを開けると、老婆を家の中へと招き入れました。

 

「おぉ、何て美しいお嬢さんなんじゃろ。こんなお嬢さんに助けていただけるなんて、儂はもう幸せ者じゃ」

 

「さぁ、どうぞ、今温かいスープをお出ししますね」

 

──そして、ヌカ雪姫はお腹を空かせていると訴えている老婆の為に、夕食の為に準備しておいた温かいスープを差し出します。

──こうして温かいスープを堪能した老婆は、ヌカ雪姫に感謝の意を示します。

 

「ありがとう美しいお嬢さん。……あぁ、でもどうしよう、儂はキャップを持っていないんじゃ……」

 

「そんな、困っている人を助けただけだから、キャップなんていらないわ」

 

「おぉ、何と素晴らしいお嬢さんじゃ。……しかし、それだと儂の気持ちが。……おぉ、そうじゃ、では、このキンキンに冷えたヌカ・コーラを代わりに差し上げましょう」

 

──そう言うと老婆は、持っていたかごバッグから、表面に水滴の付いた、見た目にも冷たそうなヌカ・コーラの瓶を一本、ヌカ雪姫に手渡しました。

 

「ありがとうお婆さん。私、ヌカ・コーラ大好きなの!」

 

「ほほほ、それはよかった。実はそれは特別なヌカ・コーラでね、一口で天にも昇る程の一品なんじゃ」

 

──老婆の言葉に、ヌカ雪姫は早速瓶の蓋を開けると、そのヌカ・コーラを一口、口にしました。

──すると、次の瞬間、ヌカ雪姫は一瞬で気を失うと、そのまま床に倒れ込んでしまったではありませんか。

 

「……ふふふふふ、おっほほほほほ!!! やった、やったわ!! 遂にヌカ雪姫を亡き者にしたのよ!!」

 

──刹那、老婆の姿がみるみると変化し、そして姿を現したのは、王妃様でした。そう、老婆の正体は王妃様が魔法で変身していたのです。

──そして、床に転がったあのヌカ・コーラは、王妃様がヌカ雪姫を亡き者にすべく作った、毒入りのヌカ・コーラだったのです。

 

──床に倒れたまま二度と起きる様子のないヌカ雪姫の姿を見て、王妃様は大満足した様子で家を後にしていきました。

 

 

 

「うわーん! ヌカ雪姫ぇ!」

 

「誰だ! 誰がこんなひどい事をしやがった!!」

 

「うぅ、悲しい、アンハッピー」

 

「うぅ、しくしく」

 

「か、悲し過ぎて、くしゅ!! くしゃみが、止まりま、せしゅん!!」

 

「あうー! うああー!」

 

「どうやらこの毒入りのヌカ・コーラを飲んだことが原因らしい。……おそらく、彼女の命を狙っていた王妃の仕業に違いない」

 

──やがて、仕事から帰ってきたMr.ハンディ達は、床に倒れたヌカ雪姫の姿を見つけ、悲しみにくれました。

──そして、悲しみを癒すかのように、Mr.ハンディ達はヌカ雪姫を家の近くに設置したガラスの柩に安置し、その悲劇を忘れないようにしました。

 

 

 さぁ、いよいよ物語も佳境に近づいてきたぞ。

 俺の出番も間近、何だか、そう思うと緊張感がまた湧き上がってきそうだ。

 

 よし、ここは手のひらにアルファベットのEという単語を三回書いて飲み込み、緊張をほぐそう。




ご愛読いただき、本当にありがとうございます。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第四十四話 ヌカ雪姫 後編

──それから数日後の事です。

──以前、来賓としてお城を訪れていたとある国の王子様が、ヌカ雪姫の眠る森へとやって来ました。

 

「ふー、ここは空気が澄んでいてとても気持ちがいい!」

 

 あのおまじないが効いたのか、それとも一度舞台に上がればもう慣れてしまったのか、今度は特に緊張で台詞が飛ぶこともなく、口から台詞がすらすらと飛び出す。

 

──森を堪能していた王子様は、近づいてきた小鳥たちに更に癒されます。

──と、突然、そんな小鳥たちが、まるで王子様を何処かに誘いたいかのように王子様の周りを飛び回り始めました。

 

「一体何処に行くんだい、小鳥さんたち?」

 

──小鳥たちに導かれるように、森の中を歩く王子様。

──やがて、王子様は森の中にひっそりぽつんと佇む、一軒のお家へ辿り着きました。

──そのお家は、ヌカ雪姫がMr.ハンディ達と幸せな日々を過ごしていたお家だったのです。

 

「あ! あれは!?」

 

──そして、王子様はそんなお家の近くに設置されたガラスの柩に気が付き、更に、その中に安置された人物の姿を目にして驚きました。

──何故なら、安置されていたのが、以前お城を訪れた際に一目惚れしたヌカ雪姫だったからです。

──王子様は慌ててガラスの柩に駆け寄ると、近くで悲しみに暮れていたMr.ハンディ達に何があったのかを尋ねました。

 

「一体何があったんだ!?」

 

「おや、貴方は?」

 

「私は、とある国の王子です。以前、この方をお城でお見掛けし気にかけていたのです」

 

「そうでしたか。彼女の名前はヌカ雪姫。以前より彼女の命を狙っていた王妃の罠にかかり、毒入りのヌカ・コーラを飲んでしまい、この様な事に……」

 

──王子様の素性を知ったドクターは、王子様にこれまでの事情を全て話しました。

 

「そうだったのか。……そうだ! この、我が国に伝わる秘伝の、スティムパックの原材料を混ぜた"ヌカ・コーラ・スティム"を使えば、ヌカ雪姫を助けられるかもしれない!」

 

 取り出した小道具、怪しく黄緑色に光るヌカ・コーラの瓶を高らかに掲げる。

 

「でも王子様、どうやってヌカ雪姫にそれを飲ませるんです?」

 

「私が口に含み、口移しのキスで飲ませます!」

 

 そして、瓶の蓋を開けると、ヌカ・コーラ・スティムを口に含む。

 うん、色付けされただけで味は普通のヌカ・コーラだ。

 今回は舞台用の小道具だったが、もし実際にこんなヌカ・コーラが存在していて飲むかと問われれば、俺は間違いなくご遠慮させていただくだろう。

 

──こうして、ヌカ・コーラ・スティムを口に含んだ王子様は、ガラスの柩を開くと、ヌカ雪姫の口にキスを……。

 

 そして、ノアさんの語りに合わせて、俺はマーサの顔に自分自身の顔を近づけキス、のフリをしようとした。

 まさに、その時であった。

 

「おうおう、下らねぇ茶番はそこまでだ!!」

 

 不意に、舞台袖から次々と、複数の男性達が舞台上に姿を現す。

 その姿はどう見ても、舞台の登場人物には見えない、何処からどう見てもただのチンピラにしか思えない。

 

「てめぇらだな、俺様の可愛い部下を可愛がってくれたってのは」

 

 そんな男性達の中、スキンヘッドの男が一人前に出て、そんな言葉を口にした。

 そこで、俺は気が付いた。彼らがマーサが指を切り落とし、俺が鉄拳制裁を加えたチンピラ集団のリーダーであると。

 

「へへへ、だからよ、可愛がってくれたお礼に来てやったぜ。これだけの観客の目の前で、てめぇらをボコボコにして、女をヒーヒー言わせて、惨めな姿を晒してやるって言うお礼をしにな」

 

 くそ、何てタイミングだ。これじゃ、折角の舞台が台無しだ。

 そう思った、次の瞬間であった。

 

──と、その時であった! 何という事だろうか、ぞろぞろと大挙して押し寄せたのは、ヌカ雪姫を完全に殺すべく、用心深い王妃様が送り込んだ刺客たちだったのです!

 

 何と、ノアさんが突如、本来の予定にはない語りを始めたのだ。

 おそらくノアさんのアドリブであろうその語りに、ざわついていた観客席が落ち着きを取り戻し始める。

 どうやら、ノアさんの機転により、お客さん達はこれも舞台の演出の一部と思い込んでくれたようだ。

 

 だったら、こっちも呼応して、上手く演出の一部としてチンピラ達を組み込んで、奴らに舞台を盛り上げてくれた"お礼"をするとしよう。

 

「お前たちは、王妃の送り込んだ刺客たちだな! この私がいる限り、ヌカ雪姫には指一本触れさせない!」

 

「は? なに言ってんだてめぇ?」

 

「さぁ、私の拳を恐れぬのなら、かかってくるがいい!」

 

 ファイティングポーズを構えチンピラ達を挑発すると。

 

「野郎! なめた事言いやがって! 何だか知らねぇが、おいおめぇら、まずはあの男からやっちまえ!」

 

 リーダーの男性の合図と共に、手下のチンピラ達が一斉に襲い掛かる。

 

──今まさに、刺客たちと王子様の戦いの火ぶたが切って落とされた! 刺客たち、数を生かして王子様に襲い掛かるも、その拳は素早い身のこなしの王子様を捉えられない! おっと、早速王子様渾身の右フック炸裂! 早速一人ダウンだ!

──おっと次は左エルボーからの平手突きのコンボ! おっと、王子様の拳の連続攻撃! 顔! 脇腹! もう一発下から顔! 刺客、ガードが追い付かない! 最後は回し蹴りでフィニッシュ!!

──なお、彼らは特殊な訓練を受けています。良い子の皆は絶対に真似しないでね。

 

 もはや語りというよりもただの実況と化したノアさんの声を他所に、俺は襲い掛かるチンピラ達を次々となぎ倒していく。

 

「えぇい! たかが相手は一人だろうが! 何手間取ってやがる!!」

 

「でもリーダー、アイツ滅茶苦茶強えぇよ」

 

「えぇぃくそ! だったら俺が相手してやる。よく見てろ!!」

 

 手下のチンピラ達が泣き言を言うだけの役立たずになって、遂に、リーダーの男性自らが出てくる。

 腕を鳴らしながら俺の前へとやって来るリーダーの男性、流石にチンピラ集団のリーダーを務めているだけはあり、その身に纏う風格は、手下たちよりも強い。

 

「は! その余裕ぶった顔、今すぐ滅茶苦茶にしてやるよ!!」

 

 リーダーの男性の威勢のいい宣告により、俺とリーダーの男性との直接対決の幕が上がる。

 刹那、リーダーの男性の右ストレートが、俺の顔面目掛けて放たれる。

 だが、俺はそんな拳を左手で受け止めると、お返しに右ストレートを繰り出す。

 

 しかし、リーダーの男性は、そんな俺の右ストレートを左手で受け止める。

 

 どうやら、風格のみならず、実力も伴っているようだ。

 

 互いに両腕を抑えられ、互いに相手の次の出方を窺っていると、示し合わせたかのように互いに頭を振るい。

 そして、互いに頭突きを繰り出す。

 

「は! やるじゃねぇか!」

 

「っ!」

 

 その後は互いに一進一退の殴り合い。

 しかし、あまり時間をかけすぎるとお客さん達に不審がられてしまうので、手早く片を付けなければ。

 

 と、リーダーの男性が何度目か殴りかかってきた所で、俺は軽々とリーダーの男性を馬飛びで飛び越えると、その無防備な足元に足払いを繰り出す。

 そして、倒れ込むリーダーの男性に更に畳み掛けるべく、天高く上げた右脚のかかとを、リーダーの男性の腹部目掛けて勢いよく打ち下ろした。

 

「がはっ!!」

 

 大の字で舞台上に倒れ込んだリーダーの男性は、倒れ込んだまま、動き出す気配はなかった。

 

「り、リーダー!」

 

「大丈夫ですかリーダー!?」

 

「う、うぅ……」

 

 直ぐに手下のチンピラ達が駆け寄り、リーダーの男性に声をかけ状況を確認する。

 気を失っているリーダーの男性を担ぎ上げ、その場を去ろうとするチンピラ集団。

 どうやら、リーダーが倒された事で恐れをなして逃げ出そうとしているようだ。

 

「おい、待て!」

 

 そんなチンピラ集団に俺は声をかけた。

 もうこれ以上、俺達に付きまとわないように念を押す為だ。

 

 とはいえ、演出の一部として不自然さがないように、慎重に言葉選んで念を押す。

 

「よく聞け。もしまた今度、私やヌカ雪姫達に危害を加えようとするのなら、その時は、これ以上の恐怖を味わう事になるぞ、いいな、覚えておけ」

 

「ひーっ!!」

 

「す、すいません!」

 

 そして、チンピラ集団が足早に全員舞台袖へと消えると、次の瞬間、観客席から割れんばかりの拍手が沸き起こる。

 

──こうして、刺客たちを追い払った王子様は、再びヌカ・コーラ・スティムを口にすると、今度こそ、ヌカ雪姫の口にキスをするのでした。

 

 ノアさんの語りに合わせ、俺は再びマーサの顔に自分自身の顔を近づけるとキスのフリを行う。

 すると、背中越しにでも伝わる、更に割れんばかりの拍手が劇場内に響き渡った。

 

──王子様のキスにより、ヌカ雪姫は再び目を覚ますと、自分自身の命を救ってくれた王子様と長らく幸せに暮らしました。

──そして一方、ヌカ雪姫を亡き者にしようとした王妃様は、後に王子様の告発により殺人罪・国家転覆罪等々により死刑が言い渡され、皮肉にも、毒入りのヌカ・コーラの刑に処されたのでした。

──また、魔法の鏡も。ヌカ雪姫の存命を知った際に、怒り狂った王妃様のパワーフィストによる一撃で破壊され、この世から、魔法の鏡はなくなってしまいました。

 

「マーサ、途中トラブルはあったけど、何とかうまくいったみたいだね」

 

「そ、そうね……」

 

 ノアさんの締めの語りが続く中、舞台の幕が下りるまでキスのフリを続けていた俺とマーサは。

 小声で無事に舞台が終わった事に安堵していた。

 

「凄い拍手だ、鳴り止まないな」

 

「そ、そうね……」

 

「マーサ、大丈夫? 顔が真っ赤だけど」

 

「そそ、そんな事、ないわよ。あたしは別に、いつも通り、よ」

 

「マーサ、口調がプロテクトロンみたいになってるけど、本当に大丈夫?」

 

 と、その時であった。

 何やら背後に気配を感じたと思ったら、誰かに背中を押され。

 

 突然の事に踏ん張れなかった俺は、その勢いのままマーサの顔に……。

 

 あぁ、何て暖かく柔らかいんだ。

 

 

 こうして、甘酸っぱい味と、素敵な香りを残して、舞台の幕が下り。

 無事に、舞台本番は終了した。

 

 

 

 

 

「いやー、大成功じゃ! 本当に素晴らしかった! 儂も感激で涙がちょちょぎれたわい! いや本当に、君達の演技は怪我した団員達にも負けずとも劣らん! こんな事でなければ、正式に団員として迎え入れたいぐらいじゃよ!」

 

 舞台が終わり、俺達はシーキ団長の部屋に足を運んでいた。

 そこで、シーキ団長から舞台の感想とお礼、そして完遂証明書を受け取る為だ。

 

「それじゃ、今完遂証明書を書くから、少し待っててくれ」

 

 その時、俺とマーサは、何だか気恥ずかしさらか、互いによそよそしくなってしまっていた。

 

「あら? ユウ、マーサ、何だか二人とも顔が赤いわよ? どうしたの?」

 

「え、そ、そうですか?」

 

「き、気のせいですよ、ナットさん」

 

「あらそう? うふふ」

 

「そうか、気のせいか、ははは」

 

「???」

 

 頭に疑問符を浮かべているニコラスさんを他所に、まるで俺とマーサが本当にキスした事を知っているかのような様子のナットさんとノアさん。

 

 そういえば、舞台終わり直後。

 ナットさんとノアさん、それにドクターと呼ばれていたMr.ハンディが何やら話し合っていたのを目にしたが、まさか、ね。

 

 

 その後、シーキ団長から完遂証明書を受け取った俺達は、短い間お世話になった劇場とシーキ団長始め団員の方々に見送られながら、宿屋へと戻るのであった。




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第四十五話 ねんがんの通行許可証をてにいれたぞ!

 舞台に立っていた間はアドレナリンが随分と出ていたのか、宿屋のベッドに到着するや否や、俺は気絶したかのように、直ぐに深い眠りに落ちた。

 そして翌日、支度を整えて、俺達は役所に赴くと、窓口にシーキ団長から受け取った完遂証明書を提出する。

 

「は、ははは! 驚いた、よくあの老いぼれグールのショーマンから完遂証明書を貰ったな。どうやった? ん? 後ろの女二人を一晩貸したか? っと、そりゃ賄賂になるか? ははは!!」

 

 相変わらず鼻につく態度の男性スタッフの嫌みに耐えながら、俺はそろそろ通行許可証を発行するに足る貢献度ポイントが貯まっているのではと尋ねる。

 

「あー、そうだな。あんたらの累積状況は、もうあと一歩って所だな」

 

 すると、少々苦々しく、男性スタッフは現在の貢献度ポイントの状況を教えてくれる。

 よし、なら今回の依頼を手早くこなして、中心街に足を踏み入れよう。

 

 と、俺が意気込んでいると、不意に、男性スタッフが不敵な笑みを浮かべた。

 

「それじゃ、通行許可証を発行出来るか否か、それを決める大事な、今回あんたらに受けてもらう依頼だ」

 

 そして、差し出された紙に目を通して、俺は、声を漏らす。

 

「え? あの、これって……」

 

 受け取った紙には、前回同様依頼内容と思しき文言は書かれておらず、依頼場所のみが記載されていた。

 しかも、その場所というのが、何処であろう、この"役所"であったのだ。

 

「そう。今回の依頼主は、この"俺"さ!」

 

 とても素敵(不敵)な笑みを浮かべながら、男性スタッフは勝ち誇ったかのようにそう告げた。

 あぁ、そうだ、ここ何日か忙しかったから忘れていたが、今まさに男性スタッフの態度を目にして思い出した。

 中心街の連中は偏屈な奴が多いと、そして、目の前の男性スタッフは、その中でも屈指の偏屈者だと。

 

「どうした、依頼の内容を聞きたくないのか?」

 

「あ、いえ、お願いします……」

 

 くそ、油断していた、まさか役所まで依頼主側になるなんて。

 しかも依頼主は目の前の男性スタッフ、今までの彼の態度からしても、おそらく依頼の内容は相当骨の折れるものを頼んでくるのだろう。

 

 と、内心身構えている俺に、男性スタッフは依頼の内容を伝えるべく口火を切った。

 

「それじゃ、今回のあんたらにやってもらう依頼の内容だがな。まずは案内してやるから、役所の前で待ってろ、直ぐそっちに行く」

 

 刹那、男性スタッフは突然席を立つと、窓口から移動し、奥へと姿を消した。

 彼の言葉に従い、俺達も役所を出ると、役所の前で男性スタッフがやって来るのを待つ。

 

 それから程なく、センター・ゲートを通って、男性スタッフが姿を現す。

 

「よし俺の後に付いてこい」

 

 そして、言われた通り、俺達は彼の後に付いていく。

 それから歩く事数分、案内されたのは、スラム街のメインストリートに面した一角であった。

 

「よし、ここが、あんたらに今回やってもらう依頼の遂行場所さ」

 

 そう言って男性スタッフが手で指示した先にあったのは、数軒のバラック。

 しかし、その状態はとても良いとは言えず、ハッキリ言ってどれも廃墟も同然だ。

 

「このバラック達をどうするんです?」

 

「あんたらには、このボロバラック達を解体して、その後の更地に、新たにバラックを建てて欲しい。それが、今回の依頼の内容だ。あぁ、当然完成後は厳しくチェックするからな。手抜き工事や第三者の手を借りた場合は、当然ながら依頼は失格だ」

 

「はぁ!? それどういう事よ!!?」

 

 今回の依頼の内容が告げられ、いの一番にマーサが声を挙げた。

 

「あたし達だけで解体して新しく建築しろって! 一体どれだけ時間がかかると思ってるのよ!!」

 

「前にも言っただろう? 依頼の遂行に期限は設けないと、不正をせず、時間をかけて作ればいい」

 

「だからあたし達には時間がないって……」

 

「マーサ、落ち着いて」

 

「そそ、そうですよ」

 

 ナットさんとニコラスさんの二人がかりで、今にも飛び掛かってしまいそうなマーサを落ち着かせる。

 そんな様子を他所に、男性スタッフは勝ち誇った様子でさらに口火を切る。

 

「ま、無理だって言うのなら、通行許可証は諦めるんだな。はははは!!」

 

 勝ち誇ったように笑う男性スタッフ。

 だが、そんな彼に、俺は言葉をかけた、不敵な笑みを浮かべて。

 

「すいません。この依頼が遂行できれば、通行許可証を発行するに足りる基準にポイントが達するんですよね?」

 

「あぁ、そうだ。この依頼がいつ終わるかは知らねぇが、遂行できればな。っははははは!!」

 

「なら、直ぐに終わらせますね。ノアさん」

 

「うむ。では取り掛かろう」

 

「あ、アレを使うんですね!」

 

 俺の秘密兵器と言うべき存在を知るノアさんとニコラスさんも、今回の依頼でその秘密兵器が大いに役に立つのを理解し、準備に取り掛かる。

 早速俺は、ピップボーイから久々となるワークショップver.GMを出現させる。

 

「あら? これって確か、サンクチュアリで使われていた……」

 

「えぇ!? それって持ち運べるの!?」

 

「な、何だありゃ」

 

 突然出現したワークショップver.GMに驚く、ナットさん、マーサ。

 そして、困惑する男性スタッフを他所に、回収マーカーを四人に手渡していくと、解体を行うべく廃墟のバラックに設置していってもらう。

 

「何してやがるんだ、一体……」

 

 一度使った事のあるノアさんやニコラスさんはもとより。

 おそらくマーサとナットさんも、通常のワークショップを使って同じような作業をした事のあるのだろう、俺が説明するまでもなく手際よく作業を進める。

 

 こうして、数分後、廃墟となった数件のバラック全てに回収マーカーが設置される。

 

「よし、回収」

 

「な、何が起こったんだ!!? 今のは一体なんだ!!?」

 

 ピップボーイを操作し、一瞬にして数件のバラックが綺麗さっぱりなくなる。

 この光景を始めて見た男性スタッフは、もう開いた口が塞がらないかの如く驚いている。

 

 そんな男性スタッフを他所に、俺は久々となる建築を行っていく。

 と言っても、回数を全然重ねていない為、建築技術もデザインも最初の頃と殆ど変わらず。

 

 結局出来上がったのは、何処からどう見ても正方形な、豆腐建築な新築バラック達であった。

 

「相変わらずのデザインだなナカジマ」

 

「あはは……」

 

 ノアさんの採点に、俺は苦笑いを浮かべるのであった。

 

「ば、馬鹿な!? こんなことが、ありえねぇ!」

 

 と、一連の解体・建築工程を見ていた男性スタッフが、信じられないとばかりに頭を抱えながら声を挙げた。

 

「ど、どうせ見てくれだけで手抜きなんだろ! 今すぐチェックしてやる!!」

 

「えぇ、どうぞ」

 

 先ほどまでとは一転、今では逆に、勝ち誇った気分の俺は、男性スタッフに隅々まで、納得するまでチェックして下さいと促す。

 すると、男性スタッフは手前の新築バラックから順に、隅々までその状態をチェックし始めた。

 

 それから十数分後、最後の新築バラックのチェックを終えた男性スタッフが再び俺達の前に戻ってくると、悔しさを滲ませ、とても納得がいかないと言わんばかりに叫んだ。

 

「くそ! ふざけるな!! あの短時間であそこまでのものが作れるなんて! 何かの間違いだ!!」

 

「見苦しいぞ、私達はちゃんと言われた通りの物をルールを守って作った、素直に認めたらどうだ?」

 

「黙れ!! 余所者が偉そうに!! こんなの無効だ! この妙ちくりんな機械を使ったんだから、無効だ、無効!!」

 

「あら、確か説明では、違反となるのは私達申告者以外の第三者の手を借りたり、依頼主に賄賂を贈って依頼の遂行を偽装する事だって言ってたわよね。なら、ワークショップ等の道具を使う事は違反ではないのでは?」

 

「黙れ! 黙れ!!」

 

 ノアさんとナットさんの言葉に、男性スタッフは負けを認めるどころか、更に逆切れの度合いを強める。

 

「こんの、素直に負けを認めなさいよ!」

 

「おお、落ち着いて」

 

「うるせぇっ! お前ら即刻ブラックリスト入りだ! 直ぐにここから追い出してやる!!」

 

 と、その時であった。

 不意に、男性スタッフの背後から、数人の人影が近づいてくるのが目に入った。

 

「君、一体何を騒いでいるのだね?」

 

「あぁ? 誰だ? 誰だか知らねぇが、あんたにゃ関係ない話だ、すっこんでろ!」

 

「そうもいかん、何を揉めているのかは分からんが、君が関与しているという事は、私にも関係があるという事なのでね」

 

「はぁ? あんた何訳の分からん事を言って……、え?」

 

 男性スタッフは自分自身に話しかけてきた人物の顔を確かめるべく振り向いて、そして、固まった。

 センター・ゲートの門兵同様の装備を身に纏った、数人の警護に護られている一人の男性。

 

 状態の良い戦前の高級スーツを身に纏い、厳格な雰囲気を醸し出したその男性の顔を目にし、男性スタッフの顔からみるみる血の気が引いていく。

 

「あ、あああぁ、し、市長!? ニコルズ市長!!?」

 

「君は確か、役所の窓口業務を担当している者だったかな?」

 

「は、はい! そうです!! どどど、どうしてニコルズ市長がここに!?」

 

「今日は日頃世話になっているシムズ保安官へ労を労うべく、彼の事務所に赴いていたのだよ。今はその帰りだ」

 

「あぁ、そういえばそうだった。……っ! 先ほどは何て暴言を、お、お許しください!!」

 

 相手がVaultシティの最高権力者にして、自身の上司でもあるニコルズと呼ばれたVaultシティの市長であると気づくや否や。

 威勢のいい態度が一変、腰が低くなる。

 

「それよりも、君は一体彼らと何を揉めていたんだね?」

 

「そ、それはですね……」

 

 ニコルズ市長の質問に、男性スタッフは今回の事を正直に説明し始めた。

 

「ほぉ、成程」

 

 と、説明を聞いたニコルズ市長は、不意に俺達の方に近づくと、ワークショップver.GMと俺達の事を交互に目にしながら、俺達に声をかけた。

 

「これはワークショップだな。……これは、誰のものかね?」

 

「俺です」

 

「君か。……先ほどの彼の説明では、突然現れたと言っていたが?」

 

「このワークショップは少し特別なものでして、見ていてください」

 

 そして俺は、ピップボーイを操作し、ニコルズ市長の目の前でワークショップver.GMをピップボーイに収納する。

 すると、それを目にしたニコルズ市長は、あまり表情には出さずとも、目の前で起こった現象に驚き禁じ得ない様子であった。

 

「C.A.M.P.と呼ばれる、性能はワークショップの下位互換ながらも、持ち運びが可能な物がある事は知っていたが。まさか、ワークショップにこの様な持ち運び可能な物が存在していたとはな」

 

 実際はワークショップではなく、ピップボーイにヴァルヒムさんが集積回路を組み込んでくれたお陰なのだが、ここは黙っていよう。

 

「それで、君達は先ほどのワークショップを使って、あの新築バラックを建築したのだね」

 

「はい、そうです」

 

「ふむ……」

 

 そして、顎に手を当て、何かを考え始めるニコルズ市長。

 程なく、考えがまとまったのか、不意に男性スタッフの方に振り返ると口を開いた。

 

「君は彼らがルールを破ったと説明したが、私が考えるに、彼らは何らルールを破ってはいないな。ワークショップを使ってはならないという記述は、何処にもないのだから、問題ないだろう」

 

「そ、そんな!?」

 

「それと、以前より、君の窓口担当としての資質には疑念を抱いてはいたが、君の長年の勤労を鑑みて、これまで目をつぶってきた」

 

「そ、それは……」

 

「しかしながら、今回ばかりは、もう看過できん。君には、窓口担当の業務から外れてもらう。そこで、君には新しく……、あぁ、丁度清掃業務の担当者に欠員が出ていた筈だ、久々の肉体労働だが、頑張ってくれたまえ。正式な辞令は追って通達される筈だ、よろしく頼むよ」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 ニコルズ市長に肩を叩かれながら告げられた内容を聞き、愕然とした様子の男性スタッフ。

 

「とはいえ、辞令が通達されるまでは君はまだ今回の一件を担当する担当者だ。君も市政に携わる一員であるとの自覚がまだあるのなら、最後まで責任をもって職務を全うしたまえ」

 

「は、はい……」

 

「では役所に戻り必要な物を準備したまえ。さ、君達も、必要な物を窓口で受け取るといい」

 

 こうして、落胆した様子の男性スタッフやニコルズ市長達と共に、俺達は役所へと舞い戻る。

 そして、準備の為暫し待った後、遂に待ちに待ったものを受け取る。

 

「ほらよ、あんたらの通行許可証だ」

 

 クレジットカードほどの大きさの通行許可証を受け取ると、俺は、最後に男性スタッフに声をかけた。

 

「今までお世話になりました」

 

「ふん、とっとと行きな……」

 

 こうして役所を後にすると、俺達は通行許可証を手に、センター・ゲートに足を運ぶ。

 門兵の一人に通行許可証を見せると、可動式ゲートが音を立て開いていく。

 

 程なくして、スラム街と中心街を隔てていた唯一の出入り口が開かれ、俺達は、中心街へと足を踏み入れた。




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第四十六話 ところで傭兵

 センター・ゲートを通り、中心街へと足を踏み入れた俺達が目にしたのは、スラム街とは全く異なる街の光景だった。

 中心部に位置するVaultシティ・タワーと呼ばれていたタワーを中心に、舗装された道路に、区画整理され建てられた、コンクリート製の建築物達。

 粗悪なバラック等、何処を見回しても一軒もない。

 道路には、夜間でも利用可能なように等間隔にポール外灯が設けられている。当然、バラック街にはポール外灯なんて整備されていなかった。

 

 そんな街中を、Vaultジャンプスーツを身に纏った人々が行き来している。

 そして、行き交う人々の顔は、皆穏やかで、まるで魑魅魍魎蠢くウェイストランドに住んでいるとは、とても思えないほどだ。

 

 二重壁で隔てられただけで、こうも世界は変わるものなのか。

 全体像を見た際も薄々感じていたが、実際に間近で目にし、俺は改めて、この世界が如何に厳しいものか、再認識した。

 

「ねぇユウ、いつまでぼーっとしてるの! ピートって収集家に会いに行くんでしょ?」

 

「え? あぁ、そうだった!」

 

 と、考えに耽っていると、不意にマーサの声に意識が現実へと引き戻され、俺は止めていた足を再び動かし始めた。

 

「この中心街の何処かには住んでいる筈だから、声をかけて聞いてみよう」

 

 行き交う中心街の住人達にピートと言う名の収集家が何処に住んでいるかを尋ねようとした、その時だった。

 

「君達、待っていたよ」

 

 不意に声をかけられ、振り返ってみると。

 そこには、先ほどお世話になったニコルズ市長の姿があった。

 

「ニコルズ市長、ですよね?」

 

「そうだ、覚えていてくれてありがとう」

 

「あの、俺達に何か御用ですか?」

 

「実は、君達と話がしたくてね。君達の事を待っていたのだよ」

 

 一体Vaultシティの市長が俺達に何の話があるんだ。

 予期せぬ誘いに内心困惑するも、相手はVaultシティの市長、ここで断れば機嫌を損ねられて追い出される可能性すらあり得る。

 それに、考えようによっては、この誘いは利用できる。相手はVaultシティの市長、ならば、住人の一人であるピートと言う名の収集家の住所についても把握している可能性が高い。

 故に、話の流れの中で住所を聞き出せるかもしれない。

 

 そう考えて、俺はニコルズ市長の誘いに乗る事とした。

 

「構いませんよ」

 

「それはよかった。では、私の後に付いてきてくれ」

 

 こうして俺達は、ニコルズ市長の後に付いていく。

 

「ねぇユウ、話なんてしてていいの? あたし達急いでるのに?」

 

「でもここでご機嫌を損ねると、後々面倒なことになると思うし。それに、市長なら、住人であるピートの住所も知ってる筈だから、案外無駄足とは言えないよ」

 

「あ、そっか」

 

 その道中、こっそりと話しかけてきたマーサに俺の考えを伝える。

 すると、マーサも納得した表情を見せた。

 

 

 

 

 それからニコルズ市長に先導されて歩く事数分。

 俺達の前の前に現れたのは、Vaultシティのシンボルとも呼べるVaultシティ・タワーの入り口であった。

 

「このタワーは、私の遠い先祖であるジョン・ニコルズが戦前に所有していた高級ホテルの一つでね。今は、Vaultシティの市政の中心を担う市役所として機能している」

 

 自慢げに自身の先祖が戦前に保有し、今なお子孫である自身の為に役に立っているVaultシティ・タワーの説明を行うニコルズ市長。

 そんなニコルズ市長の説明も一区切りした所で、俺達は入り口を潜ると、市役所ことVaultシティ・タワーの内部へと足を踏み入れる。

 

 元高級ホテルという事もあり、最初に目にすることになる玄関口と言うべきロビーは、所々に飾られている装飾品などが戦前の高級感を漂わせている。

 

「私のオフィスは十一階にある。付いてきたまえ、エレベーターを使えば直ぐだ」

 

 そして、ロビーに隣接したエレベーターホールへと足を運び、十一階に向かうべく、到着したエレベーターに乗り込もうとした時であった。

 

「あぁ、すまないが……。そちらの二人は、悪いんだが階段を使ってはくれないか? 階段はエレベーターホールを出てすぐの所にある」

 

 ニコルズ市長はノアさんとニコラスさんに対して、階段を使うように願い出たのだ。

 確かに、エレベーターはパワーアーマーを着込んだ利用者が利用する事を想定して作られてはいない筈だ、故に、乗り込んだ途端にかごが落下しないとも限らない。

 

「分かった、では私達は階段で向かうとしよう。ニコラス、行くぞ」

 

「は、はい!」

 

 こうしてノアさんとニコラスさんを見送った俺達は、エレベーターに乗り込み、先に十一階に到着すると、二人の到着を待った。

 そして数分後、無事に二人と合流を果たすと、再びニコルズ市長に先導され廊下を歩き始める。

 

「さ、どうぞ、ここが私のオフィスだ」

 

「失礼いたします」

 

 やがて、とある扉の前で立ち止まると、ニコルズ市長は扉を開き、俺達を部屋の中に招き入れた。

 中に入ると、そこはニコルズ市長が言った通り、執務机や応接用のソファー等の家具が置かれた彼のオフィスであった。

 

 部屋の大きさからして、高級ホテルの頃はスイートルームとして使用していたのだろう。

 高級ホテルの頃は、ここから素晴らしい景色を一望できたのだろうが、今は、その殆どが地平線まで広がる荒廃した大地という寂しいものばかりだ。

 

「さ、ソファーにかけて、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 ニコルズ市長に着席を促され、俺とマーサ、それにナットさんの三人は応接用のソファーに腰を下ろす。

 ノアさんとニコラスさんの二人は、パワーアーマーを装備している為、ソファーの後ろで立っている。

 

「では先ず、お互い自己紹介といこうか。私の名はジェイムズ・ニコルズ。既に知っての通り、このVaultシティの市長をしている」

 

「ユウ・ナカジマと申します。仲間と共に傭兵業を営んでいまして、後ろの二人が仲間のノアさんとニコラスさんです」

 

「私はパブリック・オカレンシズのジャーナリスト、ナタリー・ライトです。彼女は私の護衛のマーサ・ヒコック」

 

「傭兵とジャーナリスト……。随分珍しい組み合わせですな」

 

 こうして互いに自己紹介を終えた所で、早速ニコルズ市長が口を開く。

 

「という事は、これまでも随分と世界を見て回っているかね?」

 

「はい、少しばかりは」

 

「では、私も見知らぬ装備を身に纏い、先ほど目にしたワークショップの様な珍しい物を所有しているようだが。それらも、これまでの旅の途中で手に入れたと?」

 

「はい」

 

「成程。……では、これまで相当、修羅場とやらを掻い潜ってきたのだろうな」

 

 まるで探りを入れるかのように、ニコルズ市長の視線と言葉が突き刺さる。

 それに対して、俺は臆する事無く返答を返す。

 

 すると、ニコルズ市長は不敵な笑みを浮かべ、そして、再び口を開いた。

 

「やはりそうか。いや実は、初めて君達を見た時から、君達はただものではないと感じていてね。やはり、私の目に狂いはなかった」

 

 そして、自身の審美眼を自画自賛すると、更に話を続ける。

 

「ところで、君達は何故、このVaultシティを尋ねたのかね?」

 

 すると、絶好の流れに、俺はすかさずピートと言う名の収集家を尋ねる為と答えると、次いで、その住所について知っているかをニコルズ市長に尋ねる。

 

「ピート……、あぁ、あの者か。それならば、よく存じている。彼は、Vaultシティ、特に中心街ではかなり変わり者の収集家として有名だからね」

 

「では、その人の住所を教えていただけないでしょうか!?」

 

「それは構わんが。……生憎と、彼は今、自宅にはいないぞ」

 

「え!?」

 

 浄水チップに関する重要人物に漸く会える、と胸躍らせたのも束の間。

 ニコルズ市長の口から、断崖絶壁の如く、落胆を誘う言葉が発せられる。

 

「彼は今、収集の旅に出ている。彼は、ある日ふと突然思い立つと、収集の旅に出てしまう。それは前回の旅から戻った翌日な事もあれば、数か月たってからと、まさに気まぐれにな」

 

「そ、それじゃ、いつ戻って来るかは……」

 

「いや、それが、旅に出るのは気まぐれでも、旅から戻って来るのはきっちり旅に出てから一か月後と決めている様だ。……確か、旅に出てからそろそろ一か月が経つはずだ」

 

 だが、どうやら絶望するのはまだ早そうだ。

 希望の光は、まだ残されている。

 

「それじゃ、近々戻ってくる予定なんですね!」

 

「あぁ、その筈だ」

 

「よかった……」

 

「所で、君達は何故あの収集家に会いたいのかね?」

 

 ニコルズ市長の口から飛び出た、至極当然の質問。

 誤魔化すか否かを考え、ふと、ボルトの住民達が旗揚げし出来たとされるVaultシティの長であるニコルズ市長ならば、浄水チップに関して何か知っている可能性はある。

 そんな考えに至り、俺はニコルズ市長に浄水チップに関して尋ねる決断を下す。

 

「実は、浄水チップと呼ばれる物を持っていないか、或いは何処かに保存されているなど、有益な情報を知っているかを尋ねる為に会いに来たんです」

 

「浄水チップ、あぁ、聞いた事がある。確か、私の先祖であるジョン・ニコルズが初代監督官を務め、Vaultシティの発祥の地でもあるボルト52で使用していた物だったか、確か清潔な水を調達するのに必要不可欠な物」

 

 やっぱり、ニコルズ市長は浄水チップについて知っている。

 そこで俺は畳みかける様にニコルズ市長に問いただした。

 

「その浄水チップについて、知っている事を教えてくれませんか!? もしくは、もし現物がまだ保管されているのなら、是非とも俺に譲っていただきたい!」

 

「少し待っていくれるか」

 

 するとニコルズ市長は徐に立ち上がると、自身の執務机へと向かい、机に置かれていたパソコンで何かを調べ始めた。

 程なくして、調べ終わったのか、戻ってきたニコルズ市長は再びソファーに腰を下ろすと徐に口を開いた。

 

「何故君が浄水チップをそこまで渇望するかは解らぬが。残念ながら、記録によれば、再入植の際のテラフォーミングで不要となった為、ボルト52で予備として保管されたいたものは全て廃棄されてしまったと記録されている」

 

「そ、そんな……」

 

 期待を裏切られ、肩を落とす俺。

 そんな俺に、隣に座っていたマーサがふと、俺の肩に手を置いた。

 そして、マーサの顔を見て、気付かされた。

 

 そうだ、まだ希望が全て失われた訳ではない。

 まだ、収集家のピートという希望は残されている。

 

 励ましと、そして気付かせてくれたお礼にマーサに笑顔を返すと、マーサは頬を赤く染めて、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

「青春だなぁ……」

 

 すると不意に、後ろから小声で、ノアさんの意味深な独り言が聞こえてくるのであった

 

 

 さて、色々と気持ちの浮き沈みはあったものの、ニコルズ市長との対談では有益な情報も手に入ったし。

 最後にピートと言う名の収集家の住所を聞いたら、お暇させてもらうとするか。

 

「彼が帰ってくるまで間、どうするのかね?」

 

「スラム街の宿屋に泊まって待っていようと思います」

 

「それはつまり、君達には今、時間があるという事だね?」

 

「え、えぇ……」

 

「では、その時間を有効活用してはみないかね? ……私の頼みを聞いてはくれまいか? もし、私の頼みを聞いてくれると言うのならば、ピートの住所を教えよう。どうだ、よい"等価交換"だろう?」

 

 ニコルズ市長の不敵な笑みを目にし、俺は思った。

 あぁ、何だか何処かで身に覚えがあるな、この展開。

 

 アリの巣退治、それともレイダーの討伐、はたまたスーパーミュータントの掃除、エトセトラエトセトラ。

 いずれにせよ、厄介な頼み事である事は間違いないだろう。

 しかも、その対価が住所。

 街中の住民に聞けばすぐにでも分かりそうな程の情報に、それ程の価値があるのか。

 

 しかし待てよ、確かに目に見える対価は住所のみだが、目に見えない部分。

 例えばニコルズ市長からの評判を良くすることで得られる恩恵等を鑑みれば、受ける価値は、あるのではないか。

 

 こうして俺は頼みを受けると決めたが、他の皆の意見も聞いてみなければ。

 

「少し、相談させてください」

 

「構わんよ」

 

 そして、他の皆の意見を聞いていく。

 

「私はナカジマの意見に従う」

 

「私もです」

 

「私も、ユウの意見を尊重するわ」

 

「あたしも」

 

 しかし、特に反対意見など出る事もなく。

 俺達は、ニコルズ市長の頼みを受ける事にした。

 

「素晴らしい! では早速、私の頼みを聞いて欲しい。……と、その前に、君達にこのVaultシティの成り立ちについて知ってほしい」

 

 こうして頼みの内容が説明されるのかと思っていると。

 ニコルズ市長の口から飛び出したのは、Vaultシティの成り立ちについての話であった。

 

「先ほども言った通り、このVaultシティは、今や市役所となったこのタワーの地下に作られたボルト52を発祥の地としており。中心街に住まう多くの住民達は、私を含め、ボルト52の住民達の子孫だ」

 

 ニコルズ市長曰く、ボルト52はVaultシティ・タワーの地下に作られたボルトで、同ボルトでの実験内容は、居住者の国に対する寄付金の額に応じてボルト内での役職が割り当てられる、というもの。

 そして、当時居住者の中で寄付金の額が断トツであったニコルズ市長の先祖、ジョン・ニコルズが初代監督官として、ボルト52を導いている事となる。

 実験内容が内容だけに、狂気の実験施設ではなく、まともなシェルターとしてボルト52は機能していた様だ。

 

 その後、西暦二一七〇年代、かねてより計画されていた地上への再入植計画が始動し。

 再入植の為に配付され保有していたG.E.C.K.(Garden of Eden Creation Kit)と呼ばれるテラフォーミング装置を使用してテラフォーミングを実行し、浄水チップに頼らずとも清潔な水を調達するに困らない土地を手に入れたのだ。

 そして、その土地にVaultシティの礎となる村を作り、代々ボルト52の監督官を務めているニコルズ市長の先祖が村長を務める事となった。

 

 こうして時が経ち、村は街となり、やがて外敵から身を護る二重壁が作られ、二重壁の中の生活に憧れスラム街が誕生し。

 そして、現在のVaultシティとなった。との事だ。

 

「こうしてVaultシティとなった後も、私の一族は、代々住民達を導くリーダーとして、その責務を背負い続けている!」

 

 因みに、ボルト52時代から現在に至るまで、ニコルズ市長の一族による独裁政治が敷かれているようだ。

 最も、二世紀以上も続いているので、少なくとも、悪政ではないのだろう。

 

「しかし、いつかは私も引退し、先祖たちがそうしてきたように、私の役目を、私の息子に引き継がせねばならない……」

 

 と、そこで、ニコルズ市長は急にため息を漏らすと、一旦話を止める。

 そして、暫くすると、再び話を再開させた。

 

「さて、ここからが本題の、今回君達に頼みたい事なのだが。私の頼みというのは、何を隠そう、私の息子の事なのだ」

 

「ご子息が、どうかなされたんですか?」

 

「実は、私の一族には、次代のリーダーとして必要な"勇敢さ"を示す為、二十歳になると一族の者ならば誰もが受けなければならない危険な"儀式"がある」

 

「儀式、ですか?」

 

「そうだ、この一族の儀式は、時代によりその内容は異なっているが。再入植後は一貫して、このVaultシティの北西に位置している、かつてはチューリッヒ湖と呼ばれていた湖。現在では、"試練の湖"と呼ばれている場所で行われている」

 

「つまり、ご子息がその儀式をお受けする際に、俺達はご子息の補佐を行う……、と言った所でしょうか?」

 

「おぉ、察しがいい。そう、その通りだ。本来、この儀式は一族に代々伝わるパワーアーマーを装備し、一人で行わなければならないのだが……。息子は、この儀式を受ける事を嫌がってな」

 

「それで、俺達を」

 

「そうだ。一時はVaultシティ・セキュリティを護衛とすることも検討したが、これは私の一族に伝わる歴史と伝統ある儀式、何より、一族の面子をつぶしかねん。そんな時、君達が現れた。部外者である君達が、秘密裏に儀式に同行し、息子の護衛を務めてもらいたい。勿論、護衛の事は絶対に他言無用だ、表向きには、儀式は息子一人で成し遂げた事にしたいのでね」

 

「分かりました」

 

 こうして、ニコルズ市長の頼みである、ご子息の儀式に秘密裏に同行しご子息を補佐する事を約束すると。

 ニコルズ市長は、問題のご子息を呼びにオフィスを後にした。

 

 そして数分後、ニコルズ市長は問題のご子息を引き連れ、再びオフィスに戻ってきた。

 

「い、嫌です!! 僕はあんな儀式なんて受けたくないと言っていたじゃないですか!」

 

「我儘を言うな! 兎に角、部屋に入りなさい!!」

 

 その際、一悶着を経て俺達の前に姿を現したニコルズ市長のご子息。

 ウェイストランドでも屈指の安心安全な場所で、食に困る事無く、愛情をもって育てられたからか。

 金髪をマッシュルームカットにし、身に纏ったVaultジャンプスーツが今にもはち切れんばかりの肥満体型。

 そして、体型に負けず劣らず、我儘そうな性格。

 

 その姿を見た瞬間、俺は思った。

 これは、一筋縄では行かない、と。




ご愛読いただき、そしてご意見・ご感想、皆様の温かな応援、本当にありがとうございます。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第四十七話 英雄の証

 ニコルズ市長はぐずるご子息を、俺達の座る対面のソファーに座らせると、逃げ出さないように肩に手を置き、ご子息の紹介を始めた。

 

「これが、私の息子のボザ・ニコルズだ」

 

 対面に座るご子息、ボザさんの紹介を終えると、今度は俺達の紹介を始めるニコルズ市長。

 程なく、俺達の紹介も終えると、黙っていたボザさんが痺れを切らしたかのように口火を切った。

 

「父上! 何故、何故この様な明らかに余所者の格好をした者達を紹介するのです!?」

 

「何故だと? 分からぬか? この方々はお前の儀式に同行し、お前を補佐してくれる者達だぞ」

 

 儀式、その単語が出た瞬間、ボザさんは言葉のトーンを一段上げた。

 

「父上! 僕は儀式は受けたくないと言ったじゃありませんか!?」

 

「馬鹿者! この儀式は一族に代々伝わる神聖なもの! 一族の一員として生まれた者は、誰であろうと受けなければならないものだ!」

 

「それでも嫌です! あんな薄気味悪くて、気持ち悪いカニ共がうようよしている場所になんて、絶対に行きたくありません!!」

 

 断固として儀式を受ける事を拒むボザさん。

 これには父親であるニコルズ市長も、困り果てた様子だ。

 

 すると、事の成り行きを見守っていたマーサが不意に立ち上がり、ボザさんのもとに歩み寄ると。

 次の瞬間、そっぽを向いていたボザさんに、見事な平手打ちを食らわせたのであった。

 

 この突然のマーサの行為に、俺を含め、周囲は唖然となる。

 

「な、何するんだ! おま──」

 

 と、突然平手打ちを食らわせたマーサに反発の声を挙げようとした刹那。

 再び、マーサの平手打ちがボザさんの顔に命中する。

 

「ぶったね! ……そ、それも、二度もぶった!! ぼ、僕、父上にもぶたれたことないのに!!」

 

 すると、ボザさんは平手打ちを食らい赤くなった自身の頬に手を当てながら、何処かで聞いた事のある様な台詞を口にする。

 

「あんたね! いい歳して、いつまで我儘言ってるのよ!! あんたはゆくゆくこのVaultシティを率いていくのよ! それが何よ、安全で豊かな世界でぬくぬくと育ったからってこの体たらく!! 甘ったれるのもいい加減にしなさい!!」

 

「お、お前に僕の何が分かるんだよ!」

 

「分かるわよ!! あたしの両親も、サンクチュアリって場所の代表を務めてるわ! だから境遇はあんたと同じ、でも見てよ! あたしはあんたみたいに体たらくじゃない! ちゃんと自分の身は自分で守れる! あんたみたいにね、親の権威に守られてのうのうと生きちゃいないわよ!」

 

「う、うぅ」

 

「何よ、悔しいの? だったら儀式を受けて、ちょっとは男があるって所をあたしに見せてみなさいよ!!」

 

「ま、マーサ! もうその辺で……」

 

 流石にこれ以上はまずいと、慌ててマーサをボザさんから引き離す俺。

 まだ腹の虫がおさまらないマーサを何とか宥めて、とりあえず再びボザさんに食って掛かる事のない程度にまで落ち着かせると、ボザさんの様子を確かめる。

 

 マーサの言葉にかなり落ち込んでいる様子のボザさん。

 すると、そんな様子のご子息を見て、ニコルズ市長が言葉をかけ始めた。

 

「ボザよ。先ほど彼女が言っていた事は、言い様は少々過激ではあるが、内容は至極的を得ているものだ。ボザ、Vaultシティの住民達が、お前の事を陰で何と言っているのか、私の口から、今更言うまでもあるまい。もし、お前の心に、そんな住民達を見返してやりたいという気概が残っているのなら、儀式を受け、男を上げてみせろ!」

 

「あの、俺達も、可能な限り補佐しますので」

 

「聞いただろう、彼らもお前の力となり助けてくれる。さぁ、ボザ、どうする?」

 

「う、うぅ。あんな場所に行くのは嫌だけど、陰口叩かれるのはもっと嫌だし……。行ってみようかな」

 

 と、嫌々ながらも、儀式を受ける旨の発言をボザさんが零した刹那。

 

「よし、よく言った!! それでこそニコルズ家の男だ! おい、お前たち! 早速準備だ!!」

 

 ニコルズ市長が声を張り上げると、オフィスに複数の戦前のスーツを着込んだ男性が現れ、ボザさんをまるで拉致するかの如く何処かに連れていこうとする。

 

「いいか、表向きにはお前一人で儀式で出発した事にするので、準備を終えたら、一足先にVaultシティを出て人目に付かぬように、物陰に隠れて彼らを待っているんだぞ、いいな? ……それからお前達、ボザの出発の際は派手に見送るのだ! 一人で儀式で出発したと印象付ける為にな!」

 

「了解です市長!」

 

「ち、父上~!!」

 

 こうして男性達と共にオフィスを後にしたボザさんを見送ると、ニコルズ市長が今度は俺達に声をかけてくる。

 

「では、君達も時間を少し置いて出発してくれたまえ。あぁ、そういえばナカジマ君、君はピップボーイを持っていたね。ならば、ボザの装備しているパワーアーマーの無線を受信できるな、では、それを使ってボザと合流してくれ。重ねて言うが、くれぐれも今回の件は他言無用でな。……あぁ、それから、儀式の内容については、ボザと合流した後にでも本人から聞いてくれ」

 

「分かりました」

 

「我儘な奴だが、私の大事な一人息子なのだ。よろしく頼む」

 

 そして、俺達も時間を置き、Vaultシティを後にすると。

 無線でやり取りし、Vaultシティから少し離れた枯れ木の影に隠れていたボザさんと合流を果たすのであった。

 

 

 

 そこで待っていたのは、先ほど目にした我儘ボディのVaultジャンプスーツ姿ではなく。

 T-51パワーアーマーの後継という立ち位置ながら、その基となったのはT-45パワーアーマーであり、同パワーアーマーの発展・改良型。

 T-51のような避弾経始を取り入れた設計ではないものの、単純な重装甲化により優れた防御力を有する。

 勿論、単純な重装甲化による機動力の低下や視界の悪化等々のデメリットもあるが、それでも、T-51よりも優れた生産コストでT-51に迫る性能を有するメリットは、運用側にとっては最高のメリットだろう。

 

 まさに紅茶の国が生み出した主力戦車である百人隊長が、南アフリカの大地で象に進化したかの如く。

 

 ナンバリングタイトルの4において初登場したそのパワーアーマーの名は、T-60。

 

「お、やっと来たか、待ちくたびれたぞ、全く!」

 

 そんなT-60パワーアーマーを装備したボザさんは、合流するや否や、早速文句を漏らした。

 

「それにしても、暑苦しいな、全く」

 

 そして、徐にヘルメットを脱ぐと、蒸れて汗だくなその素顔を曝け出す。

 

「そ、それを脱ぐなんてとんでもない!!」

 

 と、突然ニコラスさんが声を挙げボザさんに制止を促す。

 おそらく、キャプテン・パワーマンの三代目搭乗機であるT-60を目に出来た感動に浸っていた所を、ボザさんの気分で台無しにされたので声を挙げた、という所だろう。

 

「な、何だお前は? 別にヘルメットを被ろうが脱ごうが僕の勝手だろ? 第一、蒸れて暑苦しいんだよ」

 

「貴方はそのパワーアーマーの価値を全く理解できていません! いいですか、そのパワーアーマーは……」

 

「ニコラスさん、落ち着いて、ね!」

 

 ヘルメットをうちわの代わりのように扇ぐなど、ぞんざいに扱うボザさんの態度に堪らずニコラスさんが注意しようとするが。

 何とかその前にニコラスさんを宥める。

 

 はぁ、まだ試練の湖にも到着していないっていうのに、もうどっと疲れた。

 

「お前の仲間はどうも教育がなっていないようだな、全く、これだから余所者は……」

 

「あんたねぇ! あたし達はあんたの補佐をするのよ、少しは感謝と尊敬の念を持てない訳!?」

 

「ひぃ!? ご、ごめんなさい!」

 

 と思っていたら、今度はマーサが声を挙げた。

 どうやらオフィスでの出来事でマーサが苦手になったのか、ボザさんは途端に怯えた様子で謝罪の言葉を口にした。

 

「って、いつまでこんな所で突っ立ってるのよ! とっとと試練の湖に行くわよ!」

 

「は、はい!!」

 

 かと思ったら、マーサの言葉に素直に従い歩き始めるボザさん。

 どうやら、あのオフィスでの出来事で、マーサはボザさんを手懐ける事に成功していた様だ。

 

 最も、どちらかと言えば恐怖で支配しているとも言えなくもない。

 

 

 こうして試練の湖目指して歩き始めた、その道中。

 俺は、ボザさんに儀式の内容について尋ねた。

 

「儀式の内容は単純だ。試練の湖まで行って、そこに生息しているマイアラークが生んだ卵を持って帰ってくる、というものだ」

 

「内容だけ聞くと、とても簡単そうに聞こえますけど?」

 

「はぁ、それは余所者のお前だからそう感じるのだろう。僕はお前と違って繊細なんだ、それに、僕はあのマイアラークのような脚がうじゃうじゃとしている生物がだーいっ嫌いなんだ!」

 

「そうなんですか。……あ、そこにラッドローチが」

 

「ひぃぃぃっ!!!」

 

 と、俺が足元近くを指さすと、ボザさんは腰を抜かしたかの如く倒れ込んだ。

 少しからかうつもりで冗談を言ったのだが、どうやら想像以上に複数の足を持つ生物が嫌いなようだ。

 

「すいません、俺の見間違いだったようです」

 

「ユウって、案外サディストなのね」

 

「むぅ……、のようだな」

 

 すると、そんな様子を見ていたナットさんとノアさんから、何やら聞き捨てならない会話が聞こえてくる。

 俺は別に、他人を虐める事に快楽を感じるなんて事はない。

 

 さて、倒れ込んだボザさんもノアさんの手を借りて立ち上がった所で、再び試練の湖目指して移動を再開する。

 

 

 

 それから歩き続ける事、数時間。

 途中、野生生物との遭遇戦を数度行い、その都度、ボザさんは俺達の後方、安全な場所から戦いを観戦していた。

 T-60パワーアーマーも、自衛用に持たされたR91アサルトライフルも、全くの無用の長物と化していたが。

 

 それでも、依頼の通りボザさんの安全を確保しながら、途中、昼食を挟んで、漸く目的の試練の湖へとたどり着いた。

 

 戦前は隣接する公園や、ボートを使って楽しむなど、沢山の人々が利用し笑顔に溢れていたであろう湖。

 しかし今では、濁った湖の周囲を闊歩しているのは、マイアラークと呼ばれるカブトガニが突然変異した水棲の野生生物であった。

 

 因みに、ゲームではナンバリングタイトルの3と4で、名称とその外見が異なるマイアラークであるが。

 この世界では、3に登場する小さく平らな甲羅に二足歩行を行う、文字通りカニ男という外見の方がマイアラークの"雄"。

 そして、4に登場する大きな甲羅に複数の足を有する外見を持つ方が、マイアラークの"雌"、として存在していた。

 

 余談だが、マイアラークの肉については、雄の方が雌よりも美味しいとされている。

 おそらく、雌は卵などに栄養分が取られる為、肉が細くなってしまうからだと思われる。

 ただし、雄も雌も、どちらの肉もゲーム同様に"臭い"を気にしなければ、どちらもご馳走と称する程の美味らしい。

 

 なお、ノアさん曰く一番美味しいのは"ミソ"の部分らしいのだが、多分、そんな部分を食べられるのはノアさんだけだと思われる。

 

「ボザさん、見た所、卵らしきものは見当たりませんね」

 

 そんな話はさて置いて。

 試練の湖から少し離れた物陰から、双眼鏡を使って試練の湖の様子を窺っていた俺は、隣で同じく、双眼鏡を使い様子を窺っているボザさんにそう声をかけた。

 ここから窺える範囲では、見えたのはマイアラークの雄と雌が数体のみで、卵らしきものは何処にも見当たらなかった。

 

「心配ない。実は、一族の者はこの儀式に備えて、産卵場所の位置を教えられている。ついてこい、案内してやる」

 

 そう言うと、俺達はボザさんを先頭に移動を開始する。

 そして、足を運んだのは、戦前は公園の駐車場として利用されていた場所であった。

 

「この先の公園にある砂浜が、マイアラークの産卵場所の一つだ。そこならば、卵はあるだろう。……という訳で、僕はここで待ってるから、さっさと卵を取ってこい、いいな」

 

「なに言ってるのよ! あんたが自分で取りに行かなきゃ、儀式の意味ないでしょ!!」

 

「ひ! で、でもぉ……」

 

「安心してください。俺達が守りますから」

 

「ほ、本当か?」

 

「はい、その為に俺達はここまで来たんです」

 

「よ、よし、絶対僕の事を守ってくれよ」

 

 直前になってもお得意の我儘が炸裂するも、何とか自身でやる気にさせると、ボザさんを中心に、ノアさんとニコラスさんを前衛、俺とマーサが左右に、そしてナットさんが後方。

 と、この様な布陣を敷き、いざ、公園内へと突入を開始する。

 

「おぉ、何と生きの良さそうなマイアラーク達だ!」

 

「ノアさん! 戦闘に集中してください!」

 

「ははは! 何処を向いても美味そうなカニだらけだ!」

 

 砂浜目指して足を踏み入れた俺達は、マイアラークの熱烈な歓迎を受けた。

 おそらく、自分達の縄張りに足を踏み入れたので、防衛の為に出てきたのだろう。

 

 独特の足音を響かせて、雄と雌が、そのハサミを振るって俺達を排除しようと襲い掛かってくる。

 

 それに対して、何故か上機嫌になったノアさんの手にしたチェーンソードが音を立て、一閃の後に、その硬い筈の甲羅が見事に真っ二つとなる。

 勿論、中には鉄拳を受けて吹き飛ばされ、文字通り泡を吹いてしまうかの如く痙攣した後、息を引き取る個体もあった。

 

 一方ニコラスさんも、マイアラークのハサミを専用ドアシールドで受け止めながら、M199 ヘビー・アサルトライフルを発砲し、戦う。

 しかし、今までの野生生物と異なり固い甲羅に覆われていて、少々手を焼いていた。

 

 そんな前衛二人に殺到気味なマイアラーク達に、俺とマーサは自慢の銃から鉛弾をぶっ放していた。

 

「貴方も戦いなさいよ!」

 

「そ、そんな事言ったって、僕、あんまり銃を撃った事ないんだよ」

 

 そして、ボザさんに手にしたR91アサルトライフルを使って戦闘に参加するように言いながら、ナットさんも手にしたN99型10mm拳銃を発砲している。

 

 こうして、暫しの激しい銃声が公園内に鳴り響き。

 その後、再び公園内に静寂が戻ってくると、チェーンソードや銃器、それに破片手榴弾(フラググレネード)を使ってのマイアラーク達との激しいパーティー(戦闘)はお開きとなった。

 

「お、終わったのか? む、むははは! 所詮カニ共も、僕の力の前には手も足も出なかったか、ははは!!」

 

「あんたは何もしてなかったでしょう! 何調子乗ってんのよ!」

 

「ひ、す、すいません!」

 

 因みに、結局ボザさんは手にしたR91アサルトライフルを一度も発砲する事はなかった。

 にも拘らず調子に乗るボザさんをマーサが叱責するのを他所に、俺は、何やらマイアラークの死骸の近くで何かを行っているノアさんのもとに近づいた。

 

「おぉ、丁度いい所に来たナカジマ。すまないが、空きビンを持っていないか、あれば貸してほしいのだが?」

 

「空きビンですか? えぇ、いくつか持ってますけど」

 

 突然の謎の要求に、俺は頭に疑問符を浮かべながらも、ピップボーイから幾つか空きビンを取り出すと、それをノアさんに手渡す。

 するとノアさんは、恩に着ると感謝の言葉を口にすると、次いでその空きビンの蓋を開けると、損傷の少ないマイアラークの死骸から、何やら緑の様な茶褐色の様な、何とも言い表せない奇妙な色合いをした半固形状のものを、空きビンに入れ始めた。

 俺は、恐る恐るその半固形状のものの正体をノアさんに尋ねる。

 

「の、ノア、さん。そ、それは一体……」

 

「これか? これこそ"マイアラークのミソ"だ。美味いぞー」

 

 ヘルメットで表情は窺い知れないが、声だけで、とても上機嫌で嬉しそうに半固形状のものの正体を語るノアさん。

 一方俺は、そうですかと相槌を打ちながらも、内心では、ドン引きしていた。

 

 ノアさんはスーパーミュータントであったとしても本当にいい人だ、それは理解している。

 だが、スーパーミュータントだからなのか、それともスーパーミュータントに変異する前からなのか。

 ノアさんの食の好みに関しては、おそらく一生、俺は理解できないと断言できる。

 

「そうだ。Vaultシティに戻ったら、早速ご馳走してやろう」

 

「……、いいえ、俺は遠慮しておきます」

 

 本当は、ノアさんの折角のご厚意を断るのは大変心苦しいんです。

 でも、俺の胃袋はまだ、死にたくないんです!

 

「そうか、なら仕方ない。では、機会があれば、またご馳走するとしよう」

 

 あぁ、本当にすいませんノアさん。

 俺のゴーストが願う様にと囁いてしまうんです、そんな機会は二度と訪れませんように、と。

 

 

 

 さて、程なくノアさんのミソ回収も終わった所で、目的の産卵場所目指して再び移動を再開する。

 警戒しながら砂浜を目指して移動し、程なく、試練の湖を眺められる砂浜へと到着する。

 

 第二波を警戒していたが、どうやら熱烈な歓迎は先ほどのもので打ち止めのようだ。

 

「おぉ、これだ、これこそお目当てのマイアラークの卵だ」

 

 安全を確保すると、早速ボザさんが、砂浜に産みつけているマイアラークの卵に近づいていく。

 

「うーむ。どれにしようかな」

 

「どれでもいいでしょ、さっさとしてよ!」

 

「か、形や大きさは大事なんだ!」

 

「はぁ……、もう」

 

 どうやらボザさんなりに持って帰る卵にはこだわりがあるらしく、呆れるマーサを他所に、ボザさんは卵を吟味し、持ち帰る卵を選ぶ。

 

「うん、これにしよう。大きさ、形、申し分なしだ!」

 

 そして暫くして、漸く持ち帰る卵を決めたのか、一つの卵を両手で大事そうに抱えた。

 

「それじゃ、後はVaultシティに帰って……」

 

 と、Vaultシティに引き返そうとした、その時であった。

 不意に、ピップボーイのレーダーに反応が現れる。しかも、反応が示している方向は、湖の中だ。

 

「待て! 何か来るぞ!」

 

 どうやらノアさんも何かを感じ取ったのか、警戒を呼び掛ける。

 と、反応を示した湖の方を見ていると、ふと、湖面にぶくぶくと泡が上がってきている事に気が付く。

 

 あれは一体なんだ、と、疑問を浮かべた刹那。

 

 それは姿を現した。

 湖面を突き破るように、水飛沫をまき散らしながら姿を現したのは、人間やスーパーミュータントの背丈を優に超える程の巨体を有するマイアラーク達の女王。

 

 その名を、マイアラーククイーンだ。

 

「ギィィィィィィーーッ!!!!」

 

 それはまるで、卵を盗られた事に対する怒りの咆哮。

 刹那、その巨体がゆっくりと湖面を移動し、更には、俺達目掛けてその噴射口から毒液を噴射してくる。

 

「マーサ、ナットさん! ボザさんを連れて逃げて! ここは俺達で何とかするから!」

 

「あ、あたしも戦う!」

 

「いいから行け! 早く!!」

 

 ニコラスさんの専用ドアシールドで毒液を防いでいる間に、俺はマーサ、ナットさんにボザさんと共に安全な場所まで退避する様に指示する。

 しかし、マーサはこれに反発し、一緒に戦うと言い出した。

 なので、少々強い口調で再度指示すると、渋々納得した様子で、退避を始める。

 

「し、死ぬんじゃないわよ! 死んだら承知しないんだからね!」

 

「分かってるよ」

 

 こうして、絶対に生きて合流しなければならなくなったので、何としてもあの女王様を倒して、マーサ達と合流しよう。

 

 気合を入れ直すと、俺は手にしたM4カスタムに、M995(徹甲弾)を込めたマガジンを装填する。

 巨体に見合う固さを有する女王様には、特別な弾を叩き込んでやる。

 

「くらえ!」

 

 そして、狙いを定めトリガーを引くと、M4カスタムの銃口から女王様目掛けてM995(徹甲弾)が放たれた。

 

 しかし、巨大な為に外れる事はないが、致命的なダメージを与えられている様子も見られない。

 

「うわ、何だかわらわら出てきましたよ!?」

 

「くそ、幼生か! ニコラスさん、幼生の排除を!」

 

 と、湖から次々と、小さなマイアラークことマイアラーク幼生がマイアラーククイーンを援護するかの如く、次々と砂浜に姿を現し襲い掛かってくる。

 しかもその数が多く、マイアラーク幼生を排除する為に、マイアラーククイーンへの攻撃がおざなりになってしまう。

 かといって、マイアラーク幼生を放置する事も出来ない。

 

 どうする。

 考えを巡らせ、辿り着いたのは、高火力を短時間にマイアラーククイーンに叩き込む、というものであった。

 

 そして、急いでピップボーイから現在所持している武器の中で一番高火力であるヌカランチャーとミニ・ニュークを取り出すと、発射準備を整える。

 

「ノアさん! ニコラスさん! 合図したら、この場から急いで離れてください! 」

 

 準備が完了し、後は合図と共に派手な花火を女王様にお見舞いするだけとなった、その時であった。

 

「待て! まさかそのミニ・ニュークをクイーンに向かって撃つつもりじゃないだろうな!? 駄目だ、それは駄目だ!」

 

 まさかの、ノアさんが発射に待ったを掛けたのだ。

 

「何言ってるんですか、ノアさん!? このままじゃ押し込まれます!」

 

「駄目だ! そんなものを使えば、折角の"クイーンのミソ"が吹き飛んでしまう!!」

 

 えぇ……。

 い、一体どんな理由で待ったを掛けたのかと思えば、まさかのミソ関連ですか。

 

「ミソなんてもういいじゃないですか!?」

 

「いいや、駄目だ! 私はまだクイーンのミソを生まれて一度も口にした事がないのだ! この機会を逃せば、次はいつ訪れるかも分からないだぞ!」

 

「なら、ミニ・ニュークを使わずどうクイーンを倒せって言うんですか!? ここにはパワーローダーも溶鉱炉もないんですよ!?」

 

「何を言ってるか分からんが、兎に角ミニ・ニュークは駄目だ!」

 

「お、お二人とも! 言い争ってないで早く決めてください! もう持ちこたえられません!」

 

 ニコラスさんの悲鳴にも似た声を聞き、俺は覚悟を決めた。

 ノアさんの制止を振り切り、クイーンに向かってミニ・ニュークを撃ち込むと。

 

「く! ならば、私が一人で倒してみせる!!」

 

「え!? ノアさん!!?」

 

 すると刹那。

 突然ノアさんがマイアラーククイーン目掛けて突撃し始めた。

 

 幾らスペースマリーンパワーアーマーを装備しているとはいえ、マイアラーククイーンに対して接近戦を挑むなんて無謀だ。

 

 そんな俺の心配を他所に、手にしたチェーンソードを振るい、マイアラーク幼生を切り捨てながらマイアラーククイーンに迫るノアさん。

 既に砂浜に上陸しかかっていたマイアラーククイーンの巨大なハサミが、そんなノアさんに対して振り下ろされる。

 だが、それを見事な動きでノアさんは躱すと、マイアラーククイーンの背後に回り込み、背中の甲羅の針の様な突起を掴んで頭頂部に登っていく。

 

 そして、振り落とそうとするマイアラーククイーンの妨害に負ける事無く、見事頭頂部まで到着すると、ノアさんは、その手にしたチェーンソードを、マイアラーククイーンの脳天目掛けて勢いよく突き刺した。

 

「ぬおおおおぉっ!!!!」

 

「ギギギィィィィィィーーッ!!!!」

 

 それはまるでマイアラーククイーンの断末魔。

 苦しみに巨体を揺らしていたマイアラーククイーンは、やがて、その巨体を砂浜に横たわらせ、そして、再び動き出す事はなかった。

 

「す、凄い! 凄いですよナカジマさん! ノアさん、本当に一人で倒しちゃいましたよ!!」

 

「そ、そうですね……」

 

 マイアラーククイーンが倒され俺達に恐れをなしたのか、はたまた別の何かか。

 残っていたマイアラーク幼生達も、我先にと湖の中に逃げ出し、戦闘は、俺達の勝利で幕を閉じた。

 

 にしても、あれ? フォールアウトって狩りゲーだったっけ?

 何だか目の前に、クエストクリアってロゴが見える気がする。

 

「どうだ、ナカジマ。これでもう文句はないだろう?」

 

「え、えぇ、勿論」

 

 返り血や泥などで汚れたヘルメットの向うで、満面の笑みを浮かべているであろうノアさんの様子を見て、俺は、考えるのを止めた。

 ミソに対する執着心だろうが何だろうが、やっぱりノアさんは凄い方だ、そして、こんな心強い仲間が他にいようか。

 素晴らしい仲間の存在を結果再認識させられた、それでいいじゃないか。

 

「おぉ、これがクイーンのミソか!!」

 

 でもやっぱり、何とも言い表せない奇妙な色合いをした半固形状のものを嬉しそうに空きビンに入れる心境は、理解できそうにない。

 

 

 

 

 こうしてマイアラーククイーンを倒し、無事にマーサ達と合流を果たすと、俺達はVaultシティへの帰路についた。

 数時間後、夕焼けに照らされたVaultシティへと戻ってきた俺達は、出発時同様、ボザさん一人を先に行かせると、時間差を置いてVaultシティに足を踏み入れる。

 

 そして、数時間ぶりにニコルズ市長のオフィスに戻ってみると。

 そこには、ご子息の無事の帰還と、儀式を無事に終えた喜びに沸くニコルズ市長の姿があった。

 

「おぉ、君達も戻ったか。にしても、ボザ、今回は本当によくやった! 男を上げたな!」

 

「そんな父上、これ位朝飯前ですよ。彼らも、少しは役に立ちましたが、でも、僕はこのアサルトライフルで襲い来るカニ共を次々に撃ち倒していったんですよ!」

 

「おぉ! まことか! それでこそ、ニコルズ家の男だ!」

 

「それ程でもありませんよ父上。ぬは、ぬははははっ!!」

 

 多少、嘘や誇張混じりの報告をするボザさんの様子に、マーサが呆れた様子で言葉を漏らす。

 

「本当、調子いいんだから。……にしても、あんな奴が次期市長なんて、この街の住民の人たちにはちょっぴり同情しちゃうわ」

 

「でも、ボザさんが市長になる事は、何も悪い事ばかりじゃないよ」

 

「? どういう事?」

 

 俺の言葉の意味を理解できず小首を傾げるマーサに、俺は一つのホロテープを見せる。

 

「なにこれ?」

 

「実は、儀式の最中、ピップボーイとボザさんの無線をつないで、その内容をこのホロテープに録音しておいたんだ。だから、もしもの時は、今回の事をネタに、色々と便宜を図ってくれるかもしれないよ。そう考えると、悪い事ばかりじゃないでしょ」

 

「ユウって、優しい顔して、結構えげつないわね」

 

「うむ」

 

 俺の解説に、マーサは固まり、ナットさんとノアさんはまたも聞き捨てならない会話をしているが。

 これはこの弱肉強食の世界で生きていく為の交渉術の一つであって、決して快楽の為ではない。

 

 さて、ホロテープの秘密を発表し終えた所で、ニコルズ市長からピートと言う名の収集家の住所を聞かせてもらおうか。




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第四十八話 新たなる道標

「すみません、ニコルズ市長。そろそろ、住所の方を教えていただけないでしょうか?」

 

「あぁ、そうだったな。おーい! 来てくれ!」

 

 ニコルズ市長が声を張り誰かを呼ぶと、オフィスの扉を開け、戦前のスーツに身を包んだ一人の男性が現れる。

 

「彼に案内させるので、彼の後を付いていくといい」

 

「ありがとうございます」

 

「あぁ、それから。収集家の彼だがね、丁度君達が儀式に同行している間に帰ってきたそうだ」

 

 そして、ニコルズ市長の口から告げられた嬉しい知らせに、俺は一層の感謝の気持ちを込めて言葉を述べると、職員の男性に案内され、市役所を後にすると、中心街の街中を歩き始める。

 いよいよ待ち焦がれた人物と対面できる、探し求めていた浄水チップを手に出来るかもしれない。

 そんな期待に胸を弾ませながら、歩く事数分。

 

「ここが、収集家ピート氏の自宅です。では、私はこれで」

 

 俺達は、希望の地として名を刻む事になるかも知れない人物の自宅前にたどり着いた。

 収集家という活動故か、想像以上に自宅は大きな二階建てであった。

 

「すーはー」

 

 胸の高まりがピークを迎えたので、一旦落ち着かせるべく深い深呼吸を行い、気持ちを落ち着かせる。

 そして、ある程度気持ちが落ち着いた所で、俺は玄関扉の前に立つと、玄関扉を叩いた。

 

「ごめんくださーい!」

 

 すると、程なく、自宅の中から足音が近づいてくる。

 

「どなたかな?」

 

 そして、玄関扉が開かれ姿を現したのは、少々頬がこけた痩せ型の、白衣に眼鏡をかけた中年男性が姿を現した。

 

「すいません、収集家のピートさんでしょうか?」

 

「いかにも、私はピートだが。何の用かね?」

 

「実はピートさんに是非ともお聞きした事が……」

 

 と、浄水チップに関する話題を切り出そうとした矢先。

 

「おぉ、そうか! 分かったぞ! さぁ、上がってくれた前! おぉ、彼らは君の連れかね? なら君達もさぁ!」

 

 突然ピートさんは何かを察したように、俺達を自宅へと招き入れ始めた。

 その勢いに押され、俺達はピートさんの自宅にお邪魔すると、ピートさんは更に俺達を二階へと案内し始める。

 

「さぁ、ご覧あれ!! これが今まで私が集めたコレクションの数々を展示している、ピート・ミュージアムだ!!」

 

 そして、二階に足を運んだ俺達が目にしたのは、二階部分を全て利用した、広々とした空間に、様々なアイテムが展示台や展示棚などに整然と並べられた光景であった。

 

「では早速私自ら案内しよう! 先ずこれを見たまえ! これは戦前の国内家電大手であったジネラル・エレクトリック社が西暦二〇六七年に販売したスチームアイロンだ!」

 

 俺は収集したコレクションの鑑賞の為に尋ねたのではないと言う間も与えず、ピートさんは生き生きと自身がこれまで収集してきたアイテムを俺達に説明し続ける。

 

「次にこれだ! これは西暦二〇六〇年代にヴィムポップ社がヌカ・コーラ社に対抗すべく販売していたヴィムホップに付いていたおまけフィギュアだ! Mr.ハンディにMs.ナニー、T-45パワーアーマーやシークレットのT-51パワーアーマーまで、全種類揃っている! この細部まで作りこまれたこの造形美、素晴らしいと思わないかね!?」

 

「そ、そうですね。あのそれよりも、俺の話を……」

 

「では次はこれだ!! これは非常に珍しいだろう! そう、クアンタム・ハーモナイザーとフォトニック・レゾナンスチャンパーだ!! 驚いただろう!? 私も、まさかこの二つをこうして揃って手に出来る日が来るとは夢にも思わなかったよ!」

 

 あぁ、ダメだ、どうやら本人の気が済むまで待たないと、俺の話を聞いてもらえそうにない。

 仕方がない、ここは暫くピートさんのコレクションの鑑賞に付き合おう。

 

 それにしても、これがあの有名なクアンタム・ハーモナイザーとフォトニック・レゾナンスチャンパーなのか。

 何というか、これは、駄目だ。これは何とも形容し難い。

 

 ただ、想像していたよりもそのサイズは、すごく、大きいです。

 

「さて、君達はクアンタム・ハーモナイザーとフォトニック・レゾナンスチャンパーこそ、私のコレクションの中で最も一押しの物と思っているだろうが、そうではない。実は、今私が最も一押しとするコレクションは、こいつだ!!」

 

 そう言うと、ピートさんはピート・ミュージアムの一角、展示台に飾られ、神々しくライトアップされて展示されているアイテムを示した。

 レバーとボタンの付いた台座に、二本の支柱に先端がゴム製の二本謎のアーム、そして頭頂部にはMr.ハンディを模したデザインの物体。

 という、謎の機械が展示されていた。

 

「これは戦前、名もなき中小零細企業が生き残りをかけて開発・販売した物で、販売台数が少ない事もあり希少価値が高く、更に戦後にこれ程状態の良い物はこれ以外には見つからないであろうことから、私のコレクションの中で最も一押しとなっている! その名を"全自動たまご割りマシーン"だ!!」

 

 そして、そのアイテムの名を聞いた時、おそらく俺以外の四人も同じことを考えたであろう。

 

 これは実に、無駄に洗練された無駄の無い無駄な機械だ、と。

 

 同時に。

 この様な戦前の、今となっては使い道もへったくれもない無価値のアイテムの数々を収集し、自宅で大事に保管・展示している。

 それを人生をかけてやっているのだから、周囲から変わり者と呼ばれていても仕方がないな、とピートさんの情熱をかける方向性に内心呆れ果てるのであった。

 

「さて、私の案内はここまでだが。もし何か質問がるのなら、遠慮なく言ってくれたまえ!」

 

 その後も、暫くコレクションの鑑賞が続き。

 漸くピートさんが案内を終えた所で、俺は今回自宅を訪ねた本当の目的を切り出した。

 

「すいません。今日、俺達がピートさんの自宅を訪ねたのは、コレクションを見せてもらう為じゃないんです」

 

「なんと、では、一体何の用で私の家を訪ねたのかね?」

 

「実は、浄水チップと呼ばれる物を持っていないか、或いは浄水チップに関する何か有益な情報を知ってはいないかと尋ねる為に訪れたんです」

 

「そうだったのか、それならそうと、早く言ってくれればよかったものを」

 

 言おうとしたけれど、貴方のマシンガントークで言わせてもらえなかったんです。

 と文句を口にする事なく、話を続ける。

 

「それで、どうでしょうか?」

 

「うーむ、浄水チップ、浄水チップ……」

 

 首を傾げ浄水チップに関する記憶をたどるピートさん。

 その様子を固唾を飲んで見守っていると、やがて、思い出したかの如くピートさんが声を挙げた。

 

「思い出した。確かコレクションの中に、そんな名前のアイテムがあったな」

 

「本当ですか!!」

 

 その瞬間、俺は喜びの声を挙げた。

 やった、これでリーアは救われる、俺の浄水チップを探す旅も、同時に終わりを告げる。

 

「あの、その浄水チップ、俺に譲ってくれませんか!! 必要な分のキャップは出しますから!」

 

「君は、その口ぶりからするに随分と浄水チップを求めているようだが、どういう理由でかね? 差し支えなければ、教えてほしい」

 

 リーアの人々の命の恩人となる人だ、俺は、ピートさんに俺が浄水チップを欲している理由をリーアの事情と共に説明する。

 

「成程、そういう事か。……では、浄水チップを譲ることは出来ないな」

 

 そして、説明を聞いたピートさんの口から飛び出した言葉に、俺は凍り付いた。

 

「え……、な、何故です!?」

 

「意地悪で言っている訳ではない。私も、君の故郷の人々の事を思えば、譲りたい所ではある」

 

「なら、何故!?」

 

「だが出来ないんだ。君が探しているのは"交換用"の浄水チップ、即ち、状態の良い未使用のものだ。……だが、私の持っているのは、残念ながらあまり状態の良くない、使用済みのものだ。おそらく、交換用としては適さない品物だろう」

 

「そ……、そんな」

 

 折角、折角ゴールに手が届きそうだったと言うのに、ここまで来て、また振出しに戻される。

 今までの苦労が一瞬にして泡と消えた事実を前に、俺はその場で膝をつき、項垂れた。

 

 父さん、母さん、オネット、それにアントムにリーアの皆さん、すいません、ここまでやって来たのに、また、振出しに戻ってしまいました。

 時間は貴重だと言うのに、その貴重な時間を浪費して、本当に、本当に……。

 

 気が付けば、俺の頬を一筋の涙が伝っていた。

 

「君、諦めるのはまだ早いぞ!!」

 

「……、え?」

 

 そんな絶望に打ちひしがれる俺に声をかけたのは、誰であろうピートさんであった。

 

「私も伊達に三十年近く、アイテムを探してウェイストランド中を収集の旅で巡ってはいない。状態の良い浄水チップが残されていそうな場所の目星ならついている」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「あ、あぁ、本当だ」

 

「よかった、本当によかった……」

 

 そして、ピートさんの言葉に、直ぐに立ち上がると、俺はピートさんに詰め寄り。

 刹那、まだ僅かばかりの希望が残されていた事に、心の底から安堵するのであった。

 

「そ、それで、その場所というのは……」

 

 暫くして、気持ちも落ち着いた所でピートさんに目星をつけた場所の事を尋ねようとした時。

 不意に、腹の虫が鳴る。

 どうやら、感情の起伏が激しかった為に、カロリー消費が促進されてしまったようだ。

 

「おや、お腹が空いているようだね」

 

「す、すいません」

 

「いやいや、謝る事はない。そうだ、こうして出会えたのも何かの縁、どうだろう、一緒に夕食を食べないかね。場所の話も、食べながらしようじゃないか」

 

「いいんですか」

 

「勿論だ。……実を言うとね、最近一人で食事をすることが寂しく思えるようになってね。それで、どうだろうか?」

 

「喜んで!」

 

 こうして、俺達はピートさんに夕食をご馳走になりながら、目星をつけた場所の事を含めた話の続きをする事となった。

 

 因みに、ご馳走させていたただくにあたり、せめてものお返しにと、ノアさんが先ほど手に入れたマイアラークのミソをメニューに加えようと提案したのだが。

 その提案は、誤魔化しながらなんとか阻止する事に成功した。

 

 危ない所だった、危うく残された最後の希望が潰えてしまう所だった。

 

 

 

 さて、ピートさんの広い自宅の広いキッチンで、楽しく食事をしながら目星をつけた場所についての話を要約すると以下の通りとなる。

 

 その場所とは、アメリカ中西部、五大湖に面した州の一つにして北米における自動車産業発祥の州とされるミシガン州。

 その中でも、戦前のアメリカ中西部において有数の世界都市として、そして自動車の街としても名を馳せていた"デトロイト"。

 その近郊に設けられていると噂されている"コロニー"だ。

 

 そう、驚いた事に、ピートさんが目星をつけた場所は、リーアと同じコロニーの一つである、その名を"サイド7"。

 

 聞くところによると、サイド7は番号からも分かる通りリーアの後に建造が進められていたコロニーだが、核戦争勃発時点では建造途中で未完成な状態であったそうな。

 それでも、サイド7内には当時、建造に携わっていた工事関係者とその家族、更には警備の為に派遣されていた軍人などがそれなりに入居しており。

 その為、戦後も未完成な状態ながらも、入居者たちによるコミュニティが生活を続けている、との事。

 

 

 そして、何故このサイド7に未使用の浄水チップが残されているとピートさんがにらんだかと言えば。

 既に入居が行われていたので、未完成ながらも必要な設備は搬入されている事は確実で。

 しかも、核戦争勃発時点で収容人数が定数を下回っている事から、設備の消費も緩やかであると考えられるからだ。

 

 勿論、二世紀以上も経っている現在では状況は変化しているだろうが、それでも、今はこのピートさんの言葉を信じてみるしかない。

 

 

 こうして、新たなる目的地であるサイド7の情報を仕入れた俺達は、早速その為の準備に取り掛かった。

 とはいえ、今日はもう遅いので、ピートさんのご厚意に甘え。ピートさん曰く、一人暮らしでは持て余す程、という自宅の部屋を幾つか借りて一夜を過ごす事となった。




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第四十九話 徒歩で移動はもう飽きた

 ピートさんの自宅の部屋を借りて一夜を過ごした翌日。

 俺達は、サイド7に向かう為の準備に取り掛かった。

 

 Vaultシティから、サイド7が近郊に設けられていると噂されているデトロイトまで、直線距離でも四百キロ以上もの距離があり。

 当然、その間にはミシガン湖が存在している為、直進はできないので必然的に迂回ルートを通る事になり。

 また、道中は凶暴な野生生物やレイダー等の勢力との戦闘は避けられないと思われ。

 事前の入念な準備は必要不可欠であった。

 

 中心街にある、Vaultシティ・マーケットと呼ばれる商店の立ち並ぶエリアで、昨日の戦闘で消費した弾薬類の補充に、サイド7までの旅路で消費するであろう食料などの調達を行っていく。

 流石はウェイストランドでも有数の安心安全な社会を形成している街の商店なだけはあり、品揃えもその状態も、どちらも高い水準を誇っていた。

 最も、その分値段の方も、今までに訪れた商店に比べると少しばかり割高ではあったが。

 

「あのー、ナカジマさん」

 

「? 何です、ニコラスさん?」

 

「新しい目的地のデトロイトって場所までは、相当かかるんですか? こんなに沢山食料を買い込んでますけど」

 

「んー、そうですね。多分、一か月位だと思います」

 

「そ、そんなに!?」

 

 戦前の様な舗装された道路を歩く事もなく、荒れた、場合によっては道なき道を進み、道中戦闘などを行い、体調管理等を考慮しながら歩くスピード等の想定から導き出した日数を伝える。

 すると、想像していた以上の日数だったのか、ニコラスさんは驚きの声を挙げた。

 

「とはいえ、順調に行って一か月です。道中に何かのトラブルなどに巻き込まれれば、更に日数が伸びる事は確実ですから」

 

 そう、先ほど俺が口にしたのは、道中が順調だった場合を想定しての日数だ。

 これまでの経験から言って、道中で何のトラブルに巻き込まれる事なく目的地に着くとは考え辛く、最悪、辿り着く前にタイムリミットを向かえてしまう事だって可能性としてはゼロではない。

 

 勿論、そんな最悪な事態にならない様には心掛けてはいるが、片道でも一か月、往復で二か月。

 これでサイド7に交換用の浄水チップがあればいいが、もしなければ、この時間のロスはかなりの痛手となる。

 

 それを考えると、やはり移動にかかる時間は少しでも短縮したい所ではあるが。

 現状では、解決するには難しい問題でもある。

 

「そんなにかかるんですね。……前みたいに、ベルチバード、でしたっけ? あんな乗り物が使えれば、だいぶ楽になるんでしょうね」

 

 確かに、ニコラスさんの言った通り、乗り物が使えれば移動時間は大幅に短縮できるだろう。

 だが、今の俺達には、そんな乗り物を調達できる術がない。

 

 乗り物を融通してくれそうなつても、思いつかないしな。

 

「仕方ないですよ。それよりも、今は準備を進めましょう。えっと、次は……」

 

 気持ちを切り替えるべく、意識を準備に集中させると、次に買い揃える物を思い出していく。

 

「見つけたぞ!」

 

 すると、聞き覚えのある声が不意に聞こえた。

 いや、昨日の今日だ、忘れる事なんて早々ありえない。

 

 声のする方に視線を向けると、案の定、我儘ボディにVaultジャンプスーツを着込んだ金髪マッシュルームカットの青年こと、ボザさんの姿があった。

 

「これはどうも、ボザさん。今日は一体、どの様な用件で?」

 

 特にボザさんが俺達を尋ねる理由が思い浮かばなかったものの、とりあえず、丁寧な対応を行う。

 

「今日は"彼女"に用があって来たんだ」

 

「え? あたし?」

 

 するとボザさんは、マーサに用があると言い出した。

 まさか、昨日のマーサのボザさんに対する責め立てるような言動に対して仕返しを……。

 

 俺が内心心配していると、次の瞬間、ボザさんの口から飛び出した言葉に、俺は耳を疑った。

 

「マーサさん! 貴女は僕の女神様です!! どうか、どうか僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」

 

 ボザさんの口から飛び出した言葉に、俺は目を丸くし。

 そして、マーサは固まってしまう。

 

「初めて出会った時、僕は貴女を口うるさい凶暴な女などと失礼な印象を抱いていた。でも違った。昨日のあの言葉は、自堕落な僕を正しい道へと導くための言葉だったんですよね! お陰で僕は、目覚めました、そして、気付いたのです! 貴女は、まさに慈愛の女神であると!!」

 

 一体昨日の今日でボザさんにどんな心境の変化があったかは図りかねるが、少なくとも、マーサの事が好きになったのだけは確かなようだ。

 

「だから、どうか僕とお付き合いしてくれませんか!? そして、僕の自慢の"トラック"で、"ドライブデート"をしてください!」

 

 と、ボザさんの言葉の中に、気になる単語が含まれている事に気が付く。

 刹那、漸く停止ていた思考が再び動き出したのか、マーサの顔色がどんどん不愉快となり、そして遂に。

 

「いーーやーーーっ!!!!」

 

 心の声が爆発した。

 

「あらマーサ。貴女にもモテ期が到来したみたいね」

 

「ナットさん! こんな奴にモテたくなんてないですよ!!」

 

 すると、冗談交じりのナットさんの言葉に、マーサは嫌悪感混じりの口調で反論する。

 

「あぁ、皆さんの前で恥ずかしいんですね。でも、僕には解ります、貴女と僕は運命共同体であると」

 

「誰が運命共同体よ!! あんたと付き合うなんて、絶対、ぜーーーったい! 嫌!!」

 

「あぁ、照れ隠しするマーサさんも素敵だ」

 

「照れ隠しな訳ないでしょ! 本気で嫌なの!!」

 

「えぇ!? そんな! どうしてです!? こんなにハンサムでスリムでお金も余りある程持っている、まさに非の打ち所がないこの僕と付き合えないだなんて。……は! まさか、まさか他に好きな人がいるんですか!? それは誰です!」

 

 と、途端にしおらしくなったマーサが俺の方に視線を向ける。

 すると次いで、ボザさんからも、怒りと嫉妬に満ちた視線を向けられる。

 

「成程、分かりました。……そのお前! 確か名前はユウとか言ったな!?」

 

「え、はい、そうです」

 

「ユウ、僕と勝負だ!」

 

「勝負?」

 

「そう、君より僕の方がマーサさんに相応しい男だという事を証明する為の勝負だ!! 僕が勝ったら、マーサさん、僕とお付き合いしてもらいますよ!」

 

「はぁ!? なんでそうなるのよ!?」

 

「もし、俺の方が勝った場合は、どうなるんです?」

 

「君が勝ったら、君の要望をなんでも叶えてやろう」

 

 刹那、俺は口角を吊り上げると、その勝負を受けて立つ旨を伝える。

 

「ちょ、ちょっとユウ!! 一体どういうつもりよ!!」

 

 当然、自身をダシに使われているマーサは、俺が素直に勝負を受けた事に対してご立腹な様子で抗議してくる。

 そんなマーサを宥めながら、俺の話を聞いてほしい旨を伝えると、俺はボザさんに聞こえないように、小声でマーサに今回の勝負を受けた意図を話し始める。

 

「さっきボザさんは"自慢のトラックでドライブデート"にマーサを誘っただろ。という事は、それはつまりボザさんは"自走可能"なトラックを保有しているって事だ。つまり、それを手に入れられれば、移動にかかる時間を大幅に短縮できる可能性が高くなるって事さ!」

 

「確かに、その予測が本当なら大変有益だけどさ。でも、もし勝負に負けたら? その時はあたし、あんな奴と……」

 

「大丈夫、絶対に負けない! だから、ね」

 

 マーサは暫く黙っていたが、やがて小さく頷き、俺の意図に理解した意思を示してくれた。

 

「マーサも理解してくれたみたいです」

 

「おぉ、それはよかった!」

 

「それで、肝心の勝負の内容は何ですか?」

 

「僕は暴力的な勝負は望んでいない、そこで、ここは平和的なもので勝負をつけようじゃないか。そう"チェス"でね!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃ勝負にならないじゃない!」

 

 と、突然マーサが勝負の内容に待ったを掛けた。

 おそらく、マーサは俺がチェスを一度もプレイした事がないと思っているのだろう。

 

 一応、リーアで過ごしていた頃、リーアセキュリティの先輩隊員達と何度か対戦した事はあるし。

 自宅でも、自宅の数少ない娯楽として父と対戦していた。

 

 とはいえ、ボザさんのチェスの腕前が未知数である以上、勝負がどうなるかは予想できない。

 

「大丈夫だよ、マーサ。チェスならプレイした事があるから」

 

「そ、そう」

 

「ほー、ならルールを説明しなくても大丈夫だな。それでは、勝負の舞台に向かおうか」

 

「舞台?」

 

「そう、この勝負に相応しい舞台だ!」

 

 そう言うと、ボザさんは俺達を何処かに案内し始めた。

 

 

 

 

 そして、ボザさんの案内に付いていく事数分。

 俺達が案内されたのは、ピートさんの自宅すら小さく感じてしまう程の、戦前の豪邸などを彷彿とさせる外観をした三階建ての巨大な建築物であった。

 

「本来なら、君達の様な分不相応な余所者を僕の"自宅"に上げたくはないのだが、今回は特別だ」

 

 どうやらこの建築物は、ボザさんやニコルズ市長の住宅のようだ。

 成程、Vaultシティの最高権力者とその一家が住む住宅ならば、これ程の豪邸となるのも納得だ。

 

 玄関を潜り豪邸内に足を踏み入れると、その内部も外観に違わぬ程に市役所にも飾られていた戦前の装飾品などが飾られ、華やかさに花を添えていた。

 

「さぁ、ここが勝負の舞台だ」

 

 そんな廊下を通って通されたのは、広々としたリビングダイニングであった。

 

「「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」」

 

「ただいま。それよりも、僕のチェス盤と駒を用意してくれ」

 

「かしこまりました」

 

 すると、使用人の代わりだろうか、数体のMr.ハンディやMs.ナニーが俺達を出迎えた。

 その内の一体が命令通りにチェス盤と駒を持ってきた所で、いよいよ、運命の一戦が幕を開ける。

 

「折角だ、先手は君に譲ろう」

 

「では」

 

 相当チェスの腕に自信がるのか、先手が有利と知られるチェスにおいて、俺に先手を譲るボザさん。

 なので、お言葉に甘えて先手の駒である白い駒を動かす。

 そして、後手の黒い駒をボザさんが動かしていく。

 

 それから、どれくらいの時間が経過しただろうか。

 実際はそうでもないだろうが、体感的には数時間も経っているような気がする。

 広々としたリビングダイニングに響き渡るのは、駒を動かす音、そして、Mr.ハンディやMs.ナニーの低出力ジェットの噴射音のみ。

 マーサ達も、固唾をのんで勝負の行方を見守っている。

 

 こうして静かなる死闘は続いたが。

 

「……ぐ、くそう」

 

 やがてボザさんの口から、追い詰められている事を示すかの如く言葉が漏れる。

 実際、戦局は俺の有利になりつつある。

 

「なら、これで」

 

「……」

 

「ぐ、うぅ……」

 

 その時が近づいてくるにつれ、ボザさんの口から、言葉が漏れる回数が多くなっていく。

 しかし、俺はそれをあまり気にせず、淡々と白い駒を動かしていく。

 

 そして、遂に、その時は訪れた。

 

「チェック」

 

「う、ううううぅ」

 

 俺はチェック、将棋で言えば所謂大手をコールする。

 勿論、チェックになっても対処のしようがるのならまだ戦いは続くが、今回は、どう見ても詰みの状態で、もう勝負はついたも同然だった。

 

「……ま、参り、ました」

 

 そして、ボザさんががっくりと項垂れながら投了した所で、運命の一戦は静かに幕を下ろすのであった。

 

 

 

 

「いや、素晴らしい戦いだった」

 

 と、運命の一戦が終わった所で、不意に、広々としたリビングダイニングに拍手が響き渡る。

 その拍手の主は、一体いつから観戦していたのか、ニコルズ市長であった。

 

「「お帰りなさいませ! 旦那様!!」」

 

 どうやらMr.ハンディやMs.ナニー達も、ニコルズ市長の存在に気付かなかったのか、慌てて出迎え始める。

 

「ち、父上!? 帰ってきていらしたんですか!?」

 

「休憩にな。所で、途中からではあったが、なかなかいい勝負を見させてもらったよ。……しかし、何故こんな事になったのかは、説明してもらえるのだろうね?」

 

 どうやらニコルズ市長は、俺達が自宅に上がってチェスの勝負をしていた事の理由を知りたがっているようなので、俺はこうなった経緯をニコルズ市長に説明する。

 すると、ニコルズ市長は呆れたようにため息を漏らすと、ゆっくりと話し始めた。

 

「ボザ、お前というやつは全く……。しかし、約束は約束だ、よいな、彼からどんな要望が出てもそれを叶えてやるのだぞ」

 

「……はい」

 

「では、ナカジマ君。遠慮なく、君の要望を述べたまえ」

 

「では、お言葉に甘えて。ボザさんが先ほど仰っていた、自慢のトラックとやらを、譲っていただきたいんです」

 

 俺の口から飛び出した要望に反応したのは、ニコルズ市長の方であった。

 表情が一転し険しくなると、ボザさんの代わりに対応し始める。

 

「ナカジマ君、その要望は、少々即答しかねる。ボザの言う自慢のトラックとは、私の一族が代々受け継ぎ使用してきたものだ。流石に、おいそれと譲ることは出来ん」

 

「そことを何とかお願いします!」

 

「あたしからも、お願いします!」

 

「私からもお願いする」

 

「わ、私からも! お願いします!」

 

「私からもお願いします」

 

 食い下がり頭を下げる俺に呼応するように、マーサやノアさん、それにニコラスさんやナットさんも、次々とニコルズ市長に対して頭を下げる。

 すると、ニコルズ市長は腕を組んで考えに耽ると、程なく、導き出した結論を口にした。

 

「君達には儀式の件でも世話になったし、恩義もある。よかろう、君達に、私の一族のトラックを譲る事にしよう」

 

「本当ですか! ありがとうございます!!」

 

「そういえば、君達は運転はできるのかね?」

 

 と、喜びに沸いたのも束の間、重要な問題を忘れている事に気付いた。

 それは、運転手の問題だ。

 

 トラックの運転など、当然ながらリーアの中では不要であるし、物理的に使用も出来ないので生まれてこの方一度も行った事がない。

 フォークリフトの運転は習っていたが、当然ながらフォークリフトとトラックとでは勝手が違い過ぎる。

 

 ニコラスさんは確実に出来ないだろうし、マーサもナットさんもおそらく運転は出来ないだろう。

 ノアさんに関しては、子孫は車の運転をしていたが、ノアさんの本人は出来るかどうか。

 いやそもそも、今の姿では、物理的に運転できるかどうかも怪しい。

 

 こうして、トラックを運転できる人物が仲間の中にいないという問題に直面させられる事になったが。

 以外にも、この問題は直ぐに解決する事となった。

 

「最も、現在のウェイストランドの地において、かつてのように車輛を運転できる者はそう多くはないだろうから、君達が運転できなくても驚きはしないよ。だが、安心したまえ。トラックの運転については、専用のMr.ハンディが行うので心配は無用だ」

 

 問題が杞憂に終わり、安堵のため息を漏らすと、俺達は早速、これから俺達の新たな移動の要となるトラックを拝見しにニコルズ市長の後に付いていく。

 どうやら一族自慢のトラックは、自宅の地下に作られた秘密の駐車場に駐めているようだ。

 自宅の地下に通じる秘密の階段から地下の秘密の駐車場へと足を運ぶと、電源が入れられると同時に天井のライトに照らし出されたその姿を拝むことが出来た。

 

 六×六の巨大なタイヤ、そのタイヤで支えるのは如何にも頑丈そうな突き出したボンネット型運転席に、荷台には幌ではなく防弾用の鉄板が施されている。

 二十年以上に渡り生産が続けられ、その間にアメリカのみならず多数の国に輸出され多数の派生型を生み出し使用された。

 

 その名を、M54 5tトラックである。

 

 何度も塗り直しているのか、色落ちや色剥げしている個所も見られない綺麗なオリーブドラブの車体に近づくと、まじまじとその姿を見つめた。

 おそらくエンジンはガソリンから核電池式に変更されているであろう。

 それに、この広々とした荷台なら、ノアさんでも窮屈なく乗せられそうだ。

 

「気に入ってもらえたかね?」

 

「はい、勿論!」

 

「それはよかった。では、運転手の……」

 

「よぉ、旦那。ドライブに出かけるんで?」

 

「あぁ、丁度いい所に来た。紹介しよう、彼が、このトラックの運転手を務める"ディジー"だ」

 

 こうしてトラックの雄姿を堪能し終えた所で、ニコルズ市長が不意に近づいてきた影の紹介を始めた。

 

「よろしくな」

 

 そして紹介されたのは、ディジーという名で呼ばれたMr.ハンディであった。

 しかし、ディジーの見た目は、他のMr.ハンディとは少々異なっていた。

 

 運転に必要なのか、自慢の低出力ジェットはプロテクトロンの二本の足に改装させられている。

 更には、お洒落なのか、テンガロンハットを器用に被っている。

 

「旦那、こいつら誰です?」

 

「ディジー、紹介しよう。彼らが、今日からこのトラックの新たな持ち主となった方々だ」

 

「ほー、そりゃたまげた。って事は、今後は旦那じゃなく、このあんちゃん達に仕えろって事か」

 

「そういう事だ。今まで、長らく私の一族に仕えてくれて感謝するよ。今後は、彼らの為に存分に仕え、頑張ってくれたまえ」

 

「了解だ」

 

 長らく仕えてきたであろうニコルズ市長から解雇を言い渡されたのに、ディジーは特に深いショックを受けた様子もなく、あっさりとした様子で事実を受け入れていた。

 

「そんじゃあんちゃん、えーっと、名前は?」

 

「ユウです、ユウ・ナカジマ」

 

「ほんじゃユウ。今後ともよろしくな。あぁ、それから、この相棒のトラックは"ベディー"ってんだ。こいつ共々、これからよろしくな」

 

 そして、どうやら自身が運転するM54 5tトラックに、ベディーという愛称をつけて親しみを込めているようだ。

 

 こうして、俺達は個性的な運転手と、ベディーという名のトラックを手に入れたのであった。




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第四章 Detroit MAX
第五十話 鋼のトラック野郎


 さて、こうしてディジーと相棒のベディー(M54 5tトラック)を手に入れた訳だが、まだ出発の準備が途中だったので、ディジーとベディー(M54 5tトラック)にはVaultシティの外で待機していてもらう事にした。

 その際、秘密の地下駐車場から地上へと通じる秘密の通路を通って地上へと出て行くベディーの姿を見送ったのだが、とても男心をくすぐる浪漫に溢れた素敵なギミックであった。

 

 その後暫しの余韻に浸り、色々とお世話になったニコルズ市長に再度お礼を述べて自宅を後にすると、Vaultシティ・マーケットで残りの買い物を済ませる。

 

 そして、全ての準備が整うと。

 俺達は、短いながらもお世話になったVaultシティに別れを告げ、一路、サイド7最寄りのデトロイトを目指すべく、待機してたベディー(M54 5tトラック)に乗り込んだ。

 

「ベディーへようこそ、歓迎するぜ! ハハハッ!!」

 

 荷台にはノアさんとニコラスさん、それにナットさんが乗り込み。

 三人程度は優に乗れる運転席には、俺とマーサが乗り込んだ。

 

「荷台のあんちゃん達、出発準備はいいか?」

 

 運転席と荷台には無線でやり取りが可能なようになっており、準備完了の返事が無線機から返ってくると、ディジーは出発の合図を叫んだ。

 

「そんじゃ出発だ! フゥーーッ!!」

 

 刹那、核電池式のエンジンが唸りを上げ、巨大なタイヤが回転を始めると、鋼鉄の軍馬であるベディー(M54 5tトラック)の巨体が荒れ果てた大地を進み始めた。

 

 

 

 荒れ果てた大地を、土埃を巻き上げながらベディー(M54 5tトラック)は走る。

 幹線道路である旧アーリントンハイツ・ロード、今や二世紀以上も保守点検を受けられず、ひび割れ、風化し、ベディー(M54 5tトラック)が走る度に土埃を巻き上げ、その一部が流れる風と共に運転席に入り込む。

 

「けほ! けほ! ねぇ、この鬱陶しい土埃、何とかならないの!?」

 

「悪いな嬢ちゃん! ドアのガラスは取っ払っちまってんだ、材料があれば俺がまた取り付けてやれるが、今は我慢してくれ!」

 

 そんな土埃の一部に対して、助手席に座るマーサは嫌悪感を露わにする。

 しかし、残念ながら今のベディー(M54 5tトラック)にこの土埃の侵入を防ぐ手段はないようだ。

 一応、少しくらい吸い込んだからと言っても死に至る事はないが、体中にくっついてくるのは不快感を増加させる。

 

 材料があればガラスを取り付けられるようなので、後でディジーと相談してワークショップver.GM内に保管しているガラスを使ってドアにガラスを取り付けてもらおうかな。

 

「所でユウ、何処に向かえばいいんだ。とりあえず言われた通り南下しちゃいるが」

 

「えっと、目的地なんですけど、デトロイトに向かって欲しいんです」

 

「デトロイトだって? ハハハッ! そいつはいい!」

 

 と、ここで本来の目的地をディジーはカラカラと笑い始めた。

 

「えっと、そんなに可笑しかったんですか?」

 

「あぁ、すまねぇ。俺はよ、この大地がウェイストランドなんて肥溜めみたいな場所になる前から生きてるが、その頃から、デトロイトは既にウェイストランドって呼ぶに相応しい位、愉快で退屈しない最高で最低な場所だったからな。それを思い出したら、笑いが込み上げてきたのさ」

 

 この世界の戦前でも全く同じかどうかは分からないが、どうやら、この世界のデトロイトも、前世の同都市同様、少しばかり悲惨な実情を抱えていた様だ。

 

 

 デトロイトが自動車の街として知られているのは以前話した通りだが、それと同時に、同都市はアメリカでも有数の犯罪都市として知られている。

 自動車の街として繁栄していたデトロイトではあったが、西暦一九六七年の七月にアフリカ系アメリカ人による大規模な暴動が発生し、当時の州知事はこの暴動鎮圧の為に陸軍州兵を投入。

 結果、四三人の方が亡くなり、千百人以上もの負傷者、七千人以上もの逮捕者を出す、アメリカ史に残る最悪の暴動事件、"デトロイト暴動"として記憶される事になる。

 

 この暴動によるデトロイトの治安の悪化、更に七十年代を前後してその影響力を高めていた日本車の影響も相まって。

 自動車が主要産業であるデトロイトは大きな打撃を受け、市街地の、特に白人層の人口流出が深刻となり。治安や経済はさらに悪化。

 勿論、デトロイト行政としても何の手立ても講じる事無く傍観していた訳ではない。

 だが、講じた手立てはことごとく功を奏せず、その間にも坂道を転がるように都市は右肩下がりを続け、荒廃した地域の一戸建てが、たったの一ドルで販売される。なんて状況にまでなる始末。

 

 そして西暦二〇一三年七月、デトロイトは遂に、財政破綻を表明した。

 

 ただし、それから数年後には、再生すべく様々な取り組みを行い。

 これにより、かつての繁栄を取り戻すべく、活気が戻り始めている。

 

 

 以上は、前世でのデトロイトの概略だが。

 もしこの世界の戦前のデトロイトも、前世同様、それも暗黒時代真っ只中と同様だったとすると、ディジーの話していた通り、一足早くウェイストランドと化していたとしても不思議ではない。

 もしかしたら、戦前は治安の悪い市内を守るべく、警察用プロテクトロンに交じって、サイボーグ警官も巡回していたのかもしれない。

 もし今も稼働していたら、いい腕だ、名前は? と問いかけてみよう。

 

 いや、もしかしたら、今なら西海岸の謎の科学技術組織の技術が流出、或いは同組織から脱走した人造人間が捜査官や介護ヘルパーや家政婦をして暮らしているかもしれない。

 リコールセンター行かなきゃ。

 

 と、余計な事を考えるのはここまでにして。

 今度は、親しくなるべくディジーに関する話でも聞いてみるとしよう。

 

「所でディジー」

 

「おう、何だい?」

 

「さっき戦前から稼働してるって言ってたけど?」

 

「おうさ、俺はウェイストランドがまだアメリカ合衆国って呼ばれてた頃から生きてる。つまり、そこらにいる善良なグールと同じって訳だ」

 

「じゃ、戦前からずっとニコルズ市長の一族に仕えてたの?」

 

「いや、あの一族に仕え始めたのは、あの一族がボルトって穴蔵から出てきてからだ。相棒のベディー(M54 5tトラック)と出会ったのもその頃だ。あぁ、それ以前は、まぁ、色々とな」

 

 どうやら、ニコルズ市長の一族に仕えるまでは、色々と苦労していた様だ。

 

「ニコルズ市長に仕えていた時は、どんな感じだった。ドライブなんかに出かけてたみたいだけど?」

 

「想像している通り、前の旦那の一族に仕えてた時は、大抵ドライブデートの運転手をしてた。特に、Vaultシティを出発してミシガン湖を眺めるのは、一族の十八番のコースだった」

 

 という事は、ボザさんもマーサをそのコースでのドライブデートに誘うつもりだったのだろうか。

 

「最も、それ以外じゃ、殆ど地下の駐車場で待機してベディーの整備や点検をしてた事の方が多かったな。俺としちゃ、もっと運転したいってのによ、あの一族の奴らときたら、ミシガン湖に行くか、Vaultシティの近くを回る位で、運転のし甲斐がないったらありゃしない!」

 

 と、ディジーはニコルズ市長の一族に対する不満をぶちまけ始めた。

 どうやら、本人としてはもっと自由に色々な所を走り回りたかったようだが、ニコルズ市長の一族はそれを良しとはしなかったようだ。

 積年の不満が、止まる事無く次々と吐き出されていく。

 

 ただ、ニコルズ市長の一族の肩を持つわけではないが、あまりベディー(M54 5tトラック)を使いたがらないのも、理解できる。

 現在のウェイストランドにおいて、運転可能な車輛は清潔な水と同等、或いはそれ以上に貴重な存在だと思われる。

 それに、車輛というものは軍用であろうと民間用であろうと、使い方によっては凶暴な凶器となる。勿論、この世界では自走できなくても凶器なのには変わりないが。

 

 故に、レイダー等の、手に入れてしまえば明らかに虐殺マシーンとして利用するであろう者達の手に渡らない為、大切に手元に置いていたであろうニコルズ市長の一族の考え方は、俺も理解できる。

 

 そして、そんな大切にしていたベディー(M54 5tトラック)とその相棒のディジーを、信頼したからこそ譲ってくれたのであろうニコルズ市長の期待を裏切らない為にも、ベディー(M54 5tトラック)を使っての無用な殺生は、可能な限り避けていこう。

 

「フゥーーーッ!! イエェ!! 見たかユウ! 派手にぶちかましたぜ!!」

 

 と、心に誓った刹那。

 突然飛び出したはぐれレイダーが、ベディー(M54 5tトラック)の体当たりを食らって派手に色々なものを荒廃した大地にぶちまけながら吹き飛んだ。

 

 うん、これはあれだ、不慮の事故だ。

 え? さっきの誓い?

 んー、なんのことかな?

 

 という冗談はさておき、さっきのはアレだ、ベディー(M54 5tトラック)の性能テストだ。

 という事にしておこう。

 

「ユウ、あんたに仕えてれば、前の旦那に仕えてた頃よりも退屈しなくて済みそうだ! ハハハッ!」

 

 ディジーも大変上機嫌な様だしね。

 

「それは光栄です。……所でディジーは、どうしてトラックの運転を?」

 

「ユウとお嬢ちゃんは教養がありそうだから知ってると思うが。ウェイストランドがまだアメリカ合衆国って呼ばれてた頃、この国は共産主義者達と残された資源を巡ってドンパチしてた、で、愛国心あふれる働き盛りの連中は、こぞって軍に志願した。結果、社会を維持するのに必要なマンパワーってやつが不足気味になっちまった」

 

 ディジー曰く、その時、時の政府が戦時体制の一環としてアメリカ社会の維持を行うべく打ち出したのが、"ライフサポート・プログラム"と呼ばれる政策。

 この政策の中身は、社会維持に必要ながら軍への志願で不足気味の働き盛りのマンパワーを、当時ロブコ社やゼネラル・アトミックス社が世に送り出されていた各種ロボットに専用の改修を施し、業務を代替させ社会機能を維持させるというもの。

 無論、全てを代替可能な訳ではなかった様だが、対象となった業種は多岐に渡るらしい。

 まさに、業務の自動化政策である。

 

 成程、ゲーム内でプロテクトロンが駅員をしていたり、白髪の巻き毛を被っていたり、ヌードルを販売していたのは、全部その一環だったんだな。

 

 と余談はここまでにして。

 そんなライフサポート・プログラムの一環として、ディジーは運転に必要な二足歩行化とプログラムを施され、トラック運転手として生を受けたのだとか。

 

「戦前はアメリカ中を走り回ったもんだ! ルート66(国道66号線)を使ってサンタモニカからシカゴまで二日間ぶっ通して走った事もある! 勿論、東海岸もな」

 

 流石はロボット、と言った所だろうか。

 人間ならば休憩を挟まなければならない長距離トラック運転も、ロボットならば休憩を挟むことなく最短で配達可能だ。

 

「それじゃ、サンクチュアリにも行った事ある!?」

 

「おー、サンクチュアリ、懐かしいねぇ。配達ルートから少し離れちゃいたが、その場所の噂なら聞いた事がある、当然戦前のな。住み心地がよくてマサチューセッツ内でも一二を争う住みたい街だってな」

 

 自身の故郷であるサンクチュアリの戦前の姿を知っているのが嬉しかったのか、笑顔を見せるマーサ。

 

「勿論、今も戦前と姿は変わっちまったが、いい街だってのは聞いてるさ。嬢ちゃん、そこの生まれなのか?」

 

「そう! あたしの両親はサンクチュアリの代表なの!」

 

「って事は嬢ちゃん、ヒコック夫妻のご息女かい!? こりゃたまげたぜ! 案外、世界ってのは狭いもんだな、ハハハッ!」

 

「それと、あたしは嬢ちゃんじゃなくて、マーサ・ヒコックよ」

 

「マーサ・ヒコック、いい名前だな! じゃ改めて、今後もよろしくな!」

 

「えぇ、よろしく!」

 

 こうしてマーサとディジーの仲も深まった所で。

 気が付けば、流れる風景の中、シカゴの中心部たる摩天楼群が遠くに見えていた。

 

 やっぱり乗り物での移動速度は、徒歩とは段違いだ。




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第五十一話 フュージョン・コアを讃えよ

 Vaultシティを出発して二時間程が経過したか。

 シカゴ外縁部を横切りながら南下し、その後はデトロイトへと続いているインターステイトの94(州間高速道路94号線)を使用してデトロイトを目指していた。

 進路上に放置されていた朽ち果てた自動車も、ベディー(M54 5tトラック)自慢の巨体から繰り出される体当たりの前に、あっさりと押し退けられる。

 

 こうして、デトロイトへの旅路は概ね順調、と思われていた。

 

 

 

 ミシガン湖の湖畔に沿うように整備されたインターステイトの94は片道三車線の道路だ。

 そして、そんな道路を、ベディー(M54 5tトラック)が唸りを上げ、土埃を巻き上げながら疾走している。

 

「ヒャッハーッ!! オレ達はカッコイイッ!!」

 

「新鮮な車だーっ!!」

 

「あのビッチどもを引きずりおろせ! スゴイことしてやる!」

 

 そんなベディー(M54 5tトラック)に並走する様に、本来であれば逆走なのだが、交通ルールが核の炎と共に灰になり、道路はもはや自分達が進む方向こそ正しいと言わんばかりに。

 反対車線を、戦前は民間で広く販売され、戦後も道路などで時折廃車となった姿を見かける、丸い曲線を多用した可愛らしい見た目のトラックを独自改造した。

 体当たり用にしては車体側面のみならず、運転席上部やボンネット上など明らかに意味のない箇所への設置も見られる棘や、髑髏を串刺しにした槍、更には、窓にはガラスの代わりに鉄格子が嵌められ、ボンネット等各所にロールバーや鉄板などが溶接され。

 

 その姿は、まさに世紀末然としている。

 

 しかし、驚くべきはその姿ではない。

 そう、ベディー(M54 5tトラック)以外に、ウェイストランドにおいて運転可能な車輛が、今まさに並走しているという事実。

 そして、そんな世紀末トラックを運転しているのが、タロン社でもなければB.O.S.のような、高度な科学技術の運用を現在でも可能としている組織ではなく。

 その明らかに統一性のない粗悪な装備に身を包み、下品な言葉を口々にしている連中。そう"レイダー"であるという事実だ。

 

 まったくどうなってるんだ。

 パワーアーマー程度なら、ゲームでも運用していたので、まだ運用していても不自然ではなかった。

 だが、運転可能な車輛となると、違和感しか覚えられない。

 いや、それとも、シカゴ・ウェイストランドのレイダーはラスト・デビル並のハイテクレイダーだったのか?

 

 以前出会った事のあるア・カーンズの事を鑑みるに、とてもそうには思えないが。

 

「撃て! 男どもを殺せーっ!」

 

 いや、そんな考察は兎に角後だ。

 今は、降りかかる火の粉を払う事に意識を集中しなければ。

 

 幸い、あの世紀末トラックには機関銃などの強力な車載火器は装備されていないが、荷台に同乗しているレイダー達の手持ちの銃器が火を噴き、ベディー(M54 5tトラック)の車体を叩く。

 

「おいユウ! 連中を何とかしてくれ! このままじゃ俺達ハチの巣になっちまう!」

 

「ニコラスさん! ヘビー・アサルトライフルで弾幕を張ってください!」

 

「わ、分かりました!」

 

 無線機を使って荷台のニコラスさんに応戦する様に指示を出すと、刹那、荷台からM199 ヘビー・アサルトライフルの発砲音が鳴り響き始める。

 それを確認すると、俺もM4カスタムを手に、運転席の天井に設けられたハッチを開いて上半身を乗り出し射線を確保すると、左側面を並走するレイダーの改造トラック目掛けて発砲を開始した。

 

「殺人タイムだ!!」

 

「じっとしてろ! 当てられねぇ!」

 

「はは! クソッたれ!」

 

 しかし、静止している地面での銃撃と異なり、互いに動くトラックの上から撃ち合っているので、双方ともに命中率は極端に低下している。

 それでも、何とか荷台のレイダーを一人始末する事に成功する。

 

「彼女を殺したな!!」

 

「怯むな! 銃撃継続!」

 

「あぁ! 腕が、撃たれた!!」

 

 刹那、腕を撃たれて錯乱状態に陥ったレイダーの一人が、荷台からその身を投げ出した。

 

「ディジー! 体当たりしてくる!」

 

「面白れぇ! ベディーと張り合おうってか!! 臨む所だ! 全員しっかりつかまってな! 派手にぶちかますぜ!!」

 

 刹那、風化し役目を果たせなくなった中央分離帯を突っ切り、レイダーの改造トラックがベディー(M54 5tトラック)に体当たりを仕掛ける。

 それに負けじと、ディジーの操縦に従い、ベディー(M54 5tトラック)も自らその巨体をレイダーの改造トラックに寄せる。

 

 そして、数トンもの重量を誇る巨体同士が、激しくぶつかり合い、ダイナミックな競り合いを展開させる。

 その衝撃に、俺の体も激しく振り回される。

 

「フゥーーーッ!! イエェ!! やるじゃねぇか!!」

 

「黙ってろブリキ野郎!!」

 

「その言葉、そっくりそのまま返すわ!!」

 

 と、運転席から銃声が木霊する。

 どうやら、マーサがレイダーの改造トラックの運転手目掛けてリボルバーを発砲したようだ。

 ただし、離れていくレイダーの改造トラックの運転席には、運転を続ける運転手の姿が確認できるので、どうやら外してしまったようだ。

 

「嬢ちゃん! 今度から近くで発砲する時は事前に一言言ってくれるか! 五月蠅くてかなわねぇ」

 

「あら、ごめんなさい」

 

 こうして、鋼鉄の馬車同士の競り合いが終了すると、再び距離を取っての銃撃が再開される。

 

 このまま決定打を欠いたまま戦うのは得策じゃない。

 そう感じた俺は、ピップボーイを操作しミサイルランチャーを取り出すと、ミサイルを装填し、発射準備を整える。

 

「ディジー! 合図したらベディーを相手のトラックに巻き込まれないように離してくれ!」

 

「何!? 一体何をおっぱじめる気だ?」

 

「ミサイルでトラックを吹き飛ばす!」

 

「ヒューッ! やることが派手だねぇ。……オーケー! ユウの合図に合わせる!」

 

 そして俺は、構えたミサイルランチャーの発射口を、レイダーの改造トラックの前輪部分に向ける。

 

「ディジー! 今だ!」

 

「オーケーッ!!」

 

 刹那、一段とエンジンが唸りを上げたベディー(M54 5tトラック)の巨体が更に加速し、レイダーの改造トラックを引き離しにかかる。

 そして、俺はミサイルランチャーのトリガーを引いた。

 

 甲高く鋭い音と共に、白煙を上げ、ミサイル本体は吸い込まれるようにレイダーの改造トラックに飛来する。

 

 刹那、狙い通り前輪に着弾したミサイルから解き放たれた爆発エネルギーは、凄まじい連鎖反応を巻き起こす。

 そして、爆発のエネルギーにより車体前方に急ブレーキがかけられたが、後方の荷台部分は慣性の法則で前進を続けようとする。

 この二つのエネルギーぶつかり、レイダーの改造トラックはその巨体をダイナミックに半回転させながら、やがて、甲高い金属音と共にその巨体を道路に叩きつける。

 

 そして、エンジンに引火したのか。

 やがて、後方から耳を劈く爆発音と共に、きのこ雲がその姿を現した。

 

「フゥーーーッ!! イエェ!! ユウ、やっぱあんたは最高だぜ!」

 

 こうして、レイダーの改造トラックからの攻勢を退けた俺達は。

 程なく、戦闘後のベディー(M54 5tトラック)の状態を確かめるべく、出口から一般道へと出ると、近くのレッドロケット・スタンドに立ち寄る事にした。

 

 

 

 

「ディジー、ベディーの状態はどんな感じ?」

 

「あぁ、幸い、体当たりされた凹みや弾痕の後は残っちゃいるが、走行自体には何の問題もない。エンジンも無事だったしな」

 

 駐車場に駐めたベディー(M54 5tトラック)の状態をディジーに尋ねると。

 幸い、戦闘での傷は対した事なかったようだ。

 

「それはよかった」

 

「って事で、いつでも出発できるぞ?」

 

「いや、少し休憩してから出発しようと思う」

 

 こうしてベディー(M54 5tトラック)の状態も分かった所で、俺達は立ち寄ったレッドロケット・スタンドで少し休憩を取る事にした。

 各々が思い思いの休憩を取っている中、俺は、地元の情報に精通しているであろうディジーに、先ほど戦ったレイダーについて何か知っている事はないかと話しかけた。

 

「さっきの連中? あぁ、奴等は間違いなく、"デビル・ロード"の連中さ」

 

「デビル・ロード?」

 

「あぁ、って言っても、俺も本物を見たのは今回が初めてだがな。だが、奴等の情報は色々と聞いてる」

 

「デビル・ロードについて、知っている限りでいいから教えてくれないか?」

 

「いいとも」

 

 ベディー(M54 5tトラック)の車体にもたれ掛かりながら、俺はディジーからデビル・ロードなるレイダーグループの情報を聞いていく。

 

 ディジー曰く、デビル・ロードはインディアナポリスに根城を構え活動しているレイダーグループで、その規模は、中西部のレイダーの中でも一二を争う程巨大なのだとか。

 また、先ほど見た通り、デビル・ロードの特徴はその規模のみならず、技術力の高さにあり。

 噂では、複数のコンボイを組むに足りる程の稼働可能な車輛を保有し運用しているのだとか。

 その為、タロン社シカゴ支店も、彼らには迂闊に手出しはできないとの事。

 

 何故、レイダーが複数の車輛を運用できるまでの技術力を有しているのか。

 その疑問の答えは、意外なものであった。

 

 それは、デビル・ロードはかつてシカゴなど中西部で活動していたB.O.S.の一部が組織の解散後レイダー化し、時と共に巨大化して現在の規模にまで成長したからだという。

 

 中西部のB.O.S.。

 フォールアウトシリーズの一つであるFallout Tacticsに登場し、同ゲームの特徴でもある戦略シミュレーションにより、プレイヤーは同組織が現地採用した人間やグール、果てはスーパーミュータントやデスクロー等で部隊を編成し、ミッションをこなしていく。

 確か、歴史的には二十二世紀末の出来事の筈なので、現在より約百十年程前だろうか。

 

 後のナンバリングタイトル等では、Fallout Tacticsの結末のその後については明確な記載などはなかった筈なので、中西部のB.O.S.がこの百十年の間にどの様な歴史をたどったのかは、分からない。

 ただ、ディジーの話によれば、中西部のB.O.S.はロボットとの軍団との決戦とも言うべき戦闘に挑み勝利したものの、代償にその規模をかなり縮小し。

 そして最後には、残った隊員達が他の勢力に吸収されたりレイダー化して、自然解散してしまったのだという。

 

 まぁ、設定的に事故で本来の人員の大半を失い、それでも孤立無援の中で現地調達で戦っていたのだから、組織としては危ういバランスの中にあったのは当然か。

 そして、決戦でそのバランスが崩れ、自然解散に至ったのだろう。

 何とも寂しい末路ではあるが、東海岸のB.O.S.以外の末路を鑑みると、こうなる運命だったのかもしれない。

 

 そして、その一部が基となっているのなら、レイダーとはいえ高い技術力を有しているのも納得だ。

 

「とはいえ、連中にとっても稼働可能な車輛は一台でも貴重な筈だから、今回みたいに車輛で襲ってくる奴らと遭遇するのはそんなに多くはないと思うぜ。……と、俺がデビル・ロードに関して知ってるのはこれ位だ」

 

「ありがとう、とても有益な情報だったよ」

 

「そりゃよかった」

 

 さて、浄水チップを探す旅で道中警戒しなくてはならない勢力が、また一つ追加された訳だが。

 思えば、東に行くほどどんどん危険な度合いが上昇しているような気がする。

 

 あれ? アパラチアって中西部じゃないよね?

 この分じゃ、デトロイト周辺ってかなりのホットスポットじゃないかと思えてきた。

 

 駄目だ、悪い方向ばかりに考えるな、大丈夫、ちゃんとその為の準備はしてきたし、頼れる仲間もいるじゃないか。

 

 俺は二の足を踏んでしまいそうになる考えを振り払うと。

 その後ディジーと、ドアにガラスを再び取り付ける事も含めて、手持ちの材料を使ってのベディー(M54 5tトラック)の改造計画について少し意見を交わした後。

 再び移動を再開すべく、休憩の終わりを告げるのであった。




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第五十二話 成程おたのしみでしたね

 移動を再開して一時間程が経過しただろうか。

 コロラド湖の湖畔に沿うように整備されたインターステイトの94(州間高速道路94号線)も、やがて東、デトロイトへと向けて緩やかなカーブを描き。

 それ以降は、戦前はのどかな風景が流れたであろう内陸部をひた走る事になる。

 

「うお!」

 

 と、その道中、不意にベディー(M54 5tトラック)の巨体がタイヤの軋む音と共に急減速した。

 その不意の急減速に対応できず、俺の体はダッシュボードに打ち付けられる。

 

「いてて……」

 

 しかし何故だろう、前面は固いダッシュボードに打ち付けられた痛みを感じるのに、背面は、何だか柔らかい感触を感じる。

 

「ちょ、ちょっとユウ、う、動かないでよ、絶対よ!」

 

「おーおー、ラッキーな奴だな、お前さんは」

 

 マーサとディジーの話す内容から、何となくこの感触の正体は察することが出来た。

 そして、倒れかかっていたマーサが離れ、再び助手席に座ると同時に、俺も再び座席に座り直す。

 ふと横に座るマーサに視線を向けると、そこには頬を赤く染めたマーサの横顔があった。

 

「おい、どうした!? 一体何があった!?」

 

「いやいやすまねぇ。ちょっと気になるもんを見つけたんで、立ち寄りたいと思って急ブレーキかけちまった」

 

 と、突然の急減速には荷台にいた三人も驚いていたようで。

 代表してノアさんの声が無線機から響き渡る。

 

「そういう事なら仕方がないが。できれば今度からは事前に知らせてくれると助かる」

 

「了解だ。……って事で、ユウ、ちょっと寄り道して構わないか?」

 

「何処に寄り道するんです?」

 

「あそこさ」

 

 ノアさんとのやり取りを終えたディジーは、俺の質問に、マニュピレーターでドアミラーを指さした。

 覗き込んだドアミラーには、インターステイトの94(州間高速道路94号線)沿いに建てられた大きな建物が映り込んでいる。

 

 よく見ると、近くに立てられた野立て看板には、スーパーウルトラ・マーケットの文字が書かれていた。

 

「スーパーウルトラ・マーケット、ですか?」

 

「違う違う、俺が気になったのはその奥の方だ」

 

 しかしどうやら、ディジーが気になったものは、現在位置からはスーパーウルトラ・マーケットの死角となって見えないもののようだ。

 許可するかどうか少し迷ったが、ベディー(M54 5tトラック)があれば多少の寄り道をしても構わないだろうとの結論に至り、寄り道する許可を出す。

 

 こうして、再び動き始めたベディー(M54 5tトラック)はUターンすると、近くの出口から一般道へと出ると、ディジーが気になったものへと向かった。

 

「ここだ、俺が気になったものって言うのは」

 

 スーパーウルトラ・マーケットの隣に設けられた広い敷地を有するそれは、敷地内に長年の雨風に晒され、塗装が剥げ、所々さび付いたボディを曝け出した自動車が置かれている。

 出入り口の看板に、でかでかとした文字で"モニカ・プリオウンド・カーマーケット"と書かれていた。

 

 どうやら、ここはモニカの中古車市場という場所のようだ。

 敷地内にある自動車は、どう見ても"中古"というより"廃車"にしか見えないが……。

 

 そんなモニカの中古車市場の出入り口前にベディー(M54 5tトラック)を駐めると、ベディー(M54 5tトラック)の見張り番としてニコラスさんとナットさんを残して、モニカの中古車市場へと足を踏み入れる。

 

「イラッシャイマセ、ナニヲオモトメデスカ?」

 

 と、足を踏み入れた俺達の前に、薄汚れた一体のプロテクトロンが姿を現す。

 どうやら、このプロテクトロンが店番をしているようだ。

 

「イロンナ"クルマ"ヲトリソロエテイマス」

 

「えっと……、どれももう動きそうにないんだけれど……」

 

「ゴアンシンクダサイ。トウシャハ、アンシントアンゼンノ"アフターサービス"ヒャクパーセント、デス。トウシャジマンノサービスブモンガ、セイシンセイイオタスケシマス」

 

「そのサービス部門って、何処にあるんです?」

 

「ソチラニゴザイマス」

 

 そう言ってプロテクトロンがマニュピレーターで指さした方向に視線を向けてみたが、その先には、特に建物らしきものは何もなかった。

 え? このプロテクトロンは一体何を指さしているのだろうか。

 

 少し寒気を覚えながらも、俺達はプロテクトロンの案内を聞き終えると、敷地の奥へと進む。

 中古車市場と言うだけはあり、様々な車種の自動車が置かれている。

 

「それじゃ、俺はこのでっかい旦那とベディーの改造に使えそうなパーツがないかどうか物色してるからな」

 

 そう言うとディジーは、ノアさんを引き連れて、このモニカの中古車市場に立ち寄った目的である、ベディー(M54 5tトラック)改造に再利用可能なパーツを物色しに行った。

 そして残された俺とマーサは、事務所と思しき、戦後になっても綺麗な外見を保っている建物へと足を踏み入れた。

 

 建物の内部は、やはり事務所として使用されていたのか、接客用の椅子や事務作業用の机やパソコンが、埃は大量に被っていたが、比較的綺麗な状態なものが置かれていた。

 

「ねぇ、面白い?」

 

「うーん、別に……」

 

 机の上に置かれたパソコンを調べてみると、まだ作動する事が分かり、試しに起動して保存されているデータを閲覧してみる。

 ロックがかかっていた為、ハッキングによりロックを解除し閲覧可能となったが。案の定というべきか、保存されていたデータの殆どは、売買に関するものばかりであった。

 

 しかし、そんなデータの中に、このモニカの中古車市場のオーナーであろうモニカ氏本人が書いたと思しき日記の一部が残されていた。

 

 それによると、どうやら戦前に営業していた際、近所の悪ガキどもが敷地内を遊び場にしていたらしく、お陰で商品の中古車が傷物になり困り果てていた様だ。

 その為、対策として、事務所のロッカーに悪ガキ退治用の"BBガン"を用意した事が書かれていた。

 

「えっと、これかな?」

 

 閲覧を終了し、奥の部屋に足を運ぶと、そこには幾つかのロッカーが並んでいた。

 その一つ一つを開けて、中身を確認していくと、やがて、鍵のかかったロッカーを引き当てる。

 

 ヘアピンとマイナスドライバーを取り出すと、それらを鍵穴に突っ込み開錠を試みる。

 格闘する事数分、何とか開錠に成功すると、お楽しみの拝見タイムに突入する。

 

「おぉ、あった」

 

 ロッカーの中には、使用者であるモニカ氏の私物と思われる品々と共に、日記に書かれていた通り、BBガンが立てかけられていた。

 ウィンチェスターライフルをモデルに西暦一九三八年にアメリカで販売された、レッドライダーBBガンをモデルにゲーム内で登場するBBガン。

 それを手にした刹那、3をプレイ時に初めての敵(ジェームスとジョナス)を仕留めた時の記憶が鮮明に蘇った。

 

 あれはまさに、壮絶な(時間との)死闘だったな。

 

 

 

 と、今となっては懐かしい記憶を堪能するのもそこそこに、俺は、更に再利用できそうなものがないか、ロッカー内を物色していく。

 すると何かの暗号らしき文字が書かれた紙の切れ端と、謎の鍵を見つける。

 

「スカーフェイスの酒場では、背後に気を付けろ。……一体何だろう?」

 

 おそらく一緒に見つけた謎の鍵は、暗号と何らかの関係があるものとは推測できるが。

 暗号の意味が分からなければ、使い道はないも同然だ。

 

「これって、暗号?」

 

「多分」

 

「ユウ、分かる?」

 

「うーん……」

 

 眉間にしわを寄せて、この暗号を解読すべく頭をフル回転させる。

 スカーフェイス、直訳すれば傷のある顔だが、傷のある顔の酒場とは一体……。

 

 と、暫し考えに耽っていると、ふと、壁に貼られたポスターが目に留まった。

 

 それは、戦前に上映されていたギャング映画のポスターであった。

 そのポスターを目にした時、俺の脳裏に、一人の人物の名が浮かび上がる。

 スカーフェイスという異名で知られる、アメリカでも有名なギャングの名だ。

 

 確か、彼はグリーン・ミルと言う名の酒場の経営を行っていた事があった筈だ。

 

 俺はそこで、事務所内を見渡す。

 すると、壁には幾つかの酒場を連想させる酒のポスターが張られている事に気が付く。

 そして、背後に気を付けろとは、もしかしてポスターをめくる事を意味しているのではないか。

 

 俺は、それらポスターをめくり始めるが、いずれも、現れたのは壁ばかり。

 謎の鍵を使いそうなものは、影も形もなかった。

 

「違ったのか?」

 

 推理としては間違いはない筈なのだが、まだ、何か足りない、或いは見落としが。

 そして俺は、再び考え始める。

 

 そういえば、グリーン・ミルと言う酒場は、酒場だけでなく、シカゴでも歴史のあるジャズ・クラブとしても有名だった。

 

 と、改めて事務所内を見渡すと、幾つかのジャズのポスターが目に留まる。

 その中で、俺は文字が緑で書かれた一枚のポスターに注目すると、近づき、そして、ゆっくりとそのポスターをめくり始めた。

 

「ビンゴ……」

 

 そして、めくった先に姿を現したのは、壁に埋め込まれた重厚な金庫であった。

 メモと共に手に入れた謎の鍵を、金庫の鍵穴に差し込み、回していく。

 

 刹那、解除された音が響く。

 

 湧き上がる興奮を抑えながら、俺は、ゆっくりと金庫の扉を開き、中に入っている物を確認する。

 

「これは、ライフル?」

 

 中に入っていたのは、一挺のレバーアクションライフルと、使用弾薬である.45-70口径弾が一箱。

 フルストックであること以外、特に変化は見られないレバーアクションライフル。

 しいて言えば、金庫で保管されていたからか、その状態は大変良いものだった。

 

「ねぇ、何があったの?」

 

 と、それまで見守っていたマーサが、金庫の中身を尋ねてくる。

 

「レバーアクションライフルが一挺とその使用弾が一箱」

 

「わぁ……」

 

 そこで、金庫に入っていたものをマーサに見せると、刹那、マーサの目が輝き始める。

 

「ねぇユウ! このライフル、あたしに頂戴!」

 

「え? ライフルを?」

 

「お願い! ね、お願い!」

 

 そして、マーサはレバーアクションライフルを譲ってくれと懇願し始めた。

 

 そういえば、マーサが主に使用しているのは自動拳銃ではなくリボルバーだったし。

 もしかしたら、ワイルド・ウェストな銃器がマーサは好みなのかもしれない。

 

 なら、このレバーアクションライフルはマーサに譲って……。

 

 と、思った所で。

 俺の中で生まれた悪戯心が、少しばかり、意地悪してもいいのではないかと誘う。

 

「うーん、どうしよっかな……」

 

 そして、気付けば、焦らすかのような台詞を口にしていた。

 

「もう少し、可愛げのあるお願いをしてくれたら、譲ってもいいかな~」

 

 と、そこで、マーサの様子を確かめると。

 彼女は俯いたまま、小刻みに体を震わせていた。

 

 あ、もしかして、少し意地悪し過ぎたかな。

 

 と、マーサの鉄拳が飛んでくるのではないかと思った次の瞬間。

 マーサは突然俺に抱き着くと、突然の事に困惑する俺の顔を見上げながら、照れくさそうに、口火を切った。

 

「お、お願い、そのライフル、あたしに譲って、ね」

 

 可愛い女性に、上目遣いで照れくさそうにそんなお願いをされて、拒否できる男性がこの世にどれ程いようか。

 少なくとも、俺は冷たい顔して否定なんてできません。

 

 そのあまりの愛らしさに、顔から火が出ると同時に鼻血まで出てしまいそうになるも、何とか鼻血が出る事だけは阻止した俺は、マーサにレバーアクションライフルとその弾薬を譲るのであった。

 

 

 

 こうして、懐かしい記憶を呼び起こさせ、素晴らしい思い出を刻み込ませてくれた事務所の探索を終え、俺とマーサが事務所を出ると。

 丁度タイミングよく、物色を済ませ、使えそうなパーツを両肩に担いだノアさんと、表情があればほくほく顔になっていたであろうディジーと再度合流を果たす。

 

「首尾はどうでした?」

 

「おう、上々よ! 見てくれ、こんなにあったぜ!」

 

「それで、そっちは何か有益なものを見つけたか?」

 

 上機嫌なディジーに続き、ノアさんからの質問に、俺は先ほどの事を思い出し、少しばかり顔を赤くしながら見つけたと答えた。

 ふとマーサの方に目をやると、彼女も先ほどの事を思い出したのか、少し頬が赤らんでいた。

 

「ノアの旦那、こりゃあれですぜ」

 

「あぁ、どうやら相当有益なものを見つけたようだな。若いとは素晴らしい」

 

 と、そんな俺とマーサの様子を見たディジーとノアさんは、不意に顔を見合わせると、何だか物凄い誤解をしていそうな言葉を口々にする。

 そりゃまぁ、俺だって男だし、マーサとロマンスしたくない訳ではないが、やはり段取りというものは守らねばならない。

 

 なんて、誰に対してか分からない釈明を脳内でしている場合ではない。

 

 俺は誤解を解くべく、ディジーとノアさんに二人が想像しているような事はなかったと説明したが。

 どうやら照れ隠しと思われたのか、結局誤解は解けなかった。

 

「そういえば、ディジー、ノアさんといつの間か親しくなってたようだけれど?」

 

「おうよ、パーツを物色中にな。ノアの旦那の正体も、もう知ってるぜ。カミングアウトされた時は驚いたが、でもま、ユウの仲間なら安心ってもんだ」

 

 そして、どうやらディジーとノアさんも、親交を深めていた様だ。

 いつの間にか、ノアさんの正体についても知り、そして受け入れられていた。

 

 

 その後、今回見つけたパーツをワークショップver.GMに収納すると、俺達は店番をするプロテクトロンに見送られながら、ベディー(M54 5tトラック)へと乗り込み。

 そして、再びデトロイトへ向けて移動を再開するのであった。

 

 なお、見張り番として残っていたニコラスさんとナットさんに、ノアさんが先ほどの誤った情報を荷台で共有しているのだろうと、俺はもう半ば諦めながら感じていた。




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第五十三話 道での遭遇

 モニカの中古車市場を後にし、再びインターステイトの94(州間高速道路94号線)へと戻り東進を続ける事一時間。

 再び、ベディー(M54 5tトラック)の巨体が減速を始めると、程なくその動きを止めた。

 

 その理由は、道路を塞ぐようにその巨体を横たえらせている物体にあった。

 墜落の衝撃で無残に幾つかの残骸に分離したのは、かつて大空を飛び回っていたであろう鋼鉄の怪鳥。

 数機のエンジンを備え、機体全体が主翼により構成される所謂全翼機のその鋼鉄の怪鳥は、戦前、旅客機として運用されていた一機であった。

 

 ナンバリングタイトルの4においては、戦前の航空会社としてホライゾン航空とスカイレーン航空という二社が登場している。

 目の前の無残な残骸がどちらの会社のものかは分からないが、何れにせよ、目の前の機体も、ゲーム中に登場する二社所属の旅客機同様、核爆発により発生した電磁パルスの影響でこの場所に墜落したのだろう。

 

 

 と、目の前で道を塞ぐ残骸の観察を終えた所で、俺はディジーに別の道を進む事を提案する。

 ワークショップver.GMでも回収は難しそうだし、流石のベディー(M54 5tトラック)でも、この旅客機の残骸を押し退ける事は出来ないからだ。

 

 こうしてUターンすると、近くのジャンクションから北へと進む高速道路へと進入し、そのまま暫く北上を続ける。

 やがて、出口から一般道へと進路を変更すると、そのまま一般道を使い再び東進を再開する。

 

 だが、程なく。

 突然ベディー(M54 5tトラック)の巨体が激しく揺れ出す。

 直ぐに路肩に停車させると、ディジーが運転席から飛び出し、ボンネットを開くと、エンジンの状態を調べ始めた。

 

「ディジー、何か問題が?」

 

「いや、そうじゃない。これはあれだ、ベディーはいままでこれ程長く激しい運転なんてした事なかったから、興奮し過ぎてちょっとばかりバテちまったみたいだ。だが大丈夫、問題ない」

 

 運転席を降り、エンジンの状態を調べているディジーに状況を尋ねると、どうやら問題はないようだ。

 

「ただ、ちょっとばかり直すのに時間がかかるんで、その間、悪いが時間を潰しててくれるか?」

 

「分かった」

 

 しかし、問題が解決するには少しばかり時間がかかるようだ。

 なので、時間を潰すように言われたのだが、急に言われても、どうするか。

 

 道具の手入れなど、時間つぶしの方法はいろいろと思いつくが。

 流石に銃のクリーニングは屋外ではやりたくないので、となると、近くを散策して時間を潰すか。

 

 とりあえず時間を潰す方法を決めると、俺は近くの散策を始めた。

 

 どうやらこの辺りは戦前は商店が立ち並ぶ地区らしく、目に見える建物などはその殆どが商店であった。

 試しに、攻撃型カスタムガバメントを手に、その内の一軒に足を踏み入れてみる。

 どうやらこの店は、珈琲店のようだ。

 長年放置され色あせ、傷んでいるが、それでも戦前の営業していた頃の名残は各所に感じることが出来る。

 

 カウンターの奥の棚に並べられたコーヒーカップを、試しに一つ手に取ってみる。

 そして、手にしたコーヒーカップをまじまじと見つめながら、このコーヒーカップが香りと味をお客様に提供していた頃に思いを馳せた。

 

 この辺りは核戦争の影響も少なく、また戦後も今日に至るまであまり荒らされる事なく当時の姿を残している貴重な場所だ。

 この場所では戦前、休日になると少し離れた住宅街から多くの家族連れなどで賑わっていたのだろう。

 楽しそうな声の数々、溢れる笑顔、当たり前の日常が、確かにここには存在していた。

 だが、核戦争が、そんな日常を人々から奪い、世界を一変させた。

 

 そして現在、ウェイストランドと名を変えたこの世界では、生き残った人々の末裔が、新しい世界での生活を営んでいる。

 そう、リーアもまた、その内の一つだ。

 そして今まさに、リーアは俺が浄水チップを持って帰って来る事を待ち望んでいる。

 

 だからこそ、必ず未使用の浄水チップを見つけて、それをリーアに持ち帰る。

 

 と、決意を新たにした刹那。

 物音と共に気配を感じ、俺は慌てて手にしていた攻撃型カスタムガバメントの銃口を、気配のする方へと向けた。

 

「きゃ! ご、ごめんなさい、驚いちゃった?」

 

「……何だ、ナットさんでしたか」

 

 驚いた拍子に両手を上げたのは、誰であろうナットさんであった。

 正体が判明し安全だと判ると、俺はゆっくりと攻撃型カスタムガバメントの銃口を床に向けた。

 

「すいません、てっきり」

 

「いいのよ。それよりも、何か面白いものでも見つけたの?」

 

「えっと、少しばかり、戦前の雰囲気ってやつを感じていたんです」

 

「ユウって、ロマンチストだったのね。てっきりリアリストかと思ってたけど」

 

「え、俺だって、ロマンを馳せる事だってありますよ」

 

「それって、マーサのあーんな姿とか、こーんな姿とか想像しちゃうってやつ?」

 

 刹那、ナットさんの口から飛び出た例えに、俺は手にしていたコーヒーカップを落としてしまいそうになる。

 

「そそそ! そんな卑猥な事、想像なんてしてませんよ!!」

 

「別に隠さなくてもいいのよ、男の子だもんね、そんな想像の一つや二つ位するものよね」

 

「な、ナットさん、からかわないでくださいよ!」

 

「ふふ、ごめんね。でも、ユウの慌てた様子を見てたら、ちょっぴり意地悪したくなっちゃったの」

 

 こうして、小悪魔な笑みを浮かべるナットさんに少しばかり弄ばれた俺は、コーヒーカップを棚に戻すと、話題を変えるべくナットさんの別の話題を振る。

 

「所で、ナットさんは何か面白いものを見つけたんですか?」

 

「そうそう、ユウ、ちょっと付いてきて」

 

 すると、どうやらナットさんの方は何か面白いものを見つけらたしく、その場所に俺を案内し始めた。

 ナットさんの後に付いて歩いていくと、俺の入った珈琲店から数分の所にある商店に辿り着いた。

 

 どうやら店の屋根に飾られたドーナツ状の看板からして、ここはドーナツ屋のようだ。

 

「こっちよ」

 

 と、手招きして、そんなドーナツ屋の裏手に案内するナットさん。

 ナットさんの後に続き店の裏手に回ると、そこには、目を疑う光景が広がっていた。

 

「な、ナットさん、これって……」

 

「えぇ、凄いでしょ」

 

 正面から見た限りでは、戦前の姿を保っていると思っていたが。

 裏手に回ると、円盤状の物体が、店の壁をぶち壊し、店内を滅茶苦茶にしてしまうように店に突っ込んでいた。

 

 ベアメタルに輝く、店に突っ込んだ円盤状の物体は、戦前の航空機、と言うよりも人類が作り出すものとは造詣が明らかに異なり。

 航空力学等、人類の科学では説明のつかない機体の形状にエンジン等、もはやこれは未確認飛行物体(UFO)と呼んで差し支えない。

 

「この造詣、とてもウェイストランド、いや、戦前どころか、おそらく人類が作り出したものではないわね!」

 

 興奮気味に、早速ペンとメモ帳を手に、目の前の未確認飛行物体(UFO)をスケッチするナットさん。

 

「これはきっとアレね、二十年程前にマーサの両親が遭遇した事があると言ってた、高度な知性と技術を有する地球外生命体の乗り物に違いないわ!」

 

 と、どうやらマーサのご両親はUFOイベントに遭遇した事があるようだ。

 

「ねぇユウ、ユウはこの宇宙には、私達以外に知性を持った生命体が他にも沢山いると思う?」

 

「うーん、俺としては、多分いると思いますよ」

 

「その方がロマンがあるから?」

 

「まぁ、そうですね」

 

 言葉を濁して返事を返したが、この世界の基となっているフォールアウトシリーズでは、エイリアン関連のイベント等はもはや伝統だ。

 特に3のダウンロードコンテンツでは、Vault101のアイツが母艦内で大暴れして撃沈までしてしまう程だ。

 

 だから、この世界にも、高度な知性と技術を有する地球外生命は沢山存在するであろう事は間違いないだろう。

 

 それに、そんなエイリアンたちが宗教的・軍事的な連合体を組織していなければ、ゲーム内でも殆どフレーバーという位置づけの彼らにそこまで怯える事はないだろう。

 だが仮に、エイリアンたちが連合体として地球に押し寄せてくることがあれば、その場合彼らの相手をするのは、たやすいことではない、だろう。

 

 と、ロマンに思いを馳せていると、スケッチを終えたナットさんが、未確認飛行物体(UFO)に近づき捜索し始める。

 

「な、ナットさん、不用意に近づくのは危ないですよ!」

 

「大丈夫よ」

 

 心配する俺を他所に、程なく、ナットさんは何かを発見したようだ。

 

「ねぇユウ、これって、何かしら?」

 

 発見した物を手に取って見せてくれるナットさん。

 ナットさんが手に取ったそれは、一見すると玩具の銃に見えなくもないが、それは間違いなく、未確認飛行物体(UFO)の持ち主であるエイリアンが使う、エイリアンブラスターと言う名の武器であった。

 

「それってもしかして、地球外生命体の武器なんじゃないですか」

 

 とはいえ、はっきりと断言してしまうと怪しまれかねないので、それとなくそれが武器である事をナットさんに伝える。

 

「成程! そう言われれば武器に見えなくもないわね! それじゃ、この近くに落ちていた光るコレは、この武器の弾薬って所かしら?」

 

 すると、エイリアンブラスターの近くに落ちていた、専用エネルギーカートリッジと言うべきエイリアンブラスター・ラウンドを手に取るナットさん。

 どうやら、弾薬となるエイリアンブラスター・ラウンドは幾つか落ちていた様だ。

 

 程なく、落ちていたエイリアンブラスター・ラウンドを回収し終えたナットさんは、先に拾ったエイリアンブラスターと共に、それらを俺に差し出してきた。

 

「え? ですけど、これはナットさんが見つけたものですし……」

 

「私には愛用の10mm拳銃があるし、それに、こうしたロマンあふれる逸品は、ロマンを理解している人が使うべきだと思うからね」

 

「ありがとうございます」

 

 こうして、エイリアンブラスターとエイリアンブラスター・ラウンドを手に入れた俺は、内から溢れる嬉しさを隠しながら、ピップボーイに収納していく。

 シリーズによっては最高クラスの威力を有する武器だが、如何せん専用弾薬と言うネックがある為、使用する場面は選ぶ事になるだろう。

 

「そうだ、もう一つ見つけたんだけど、これもユウに渡しておくわ」

 

 そう言うと、ナットさんは俺に銀色の小さな筒状の物を手渡してきた。

 エイリアンブラスター・ラウンドとも異なる謎の筒状の物、特にボタンらしきものも見当たらず、用途は全くもって不明だ。

 

 しかし、一応これもピップボーイに収納するのであった。

 

「さて、他に気になる物は落ちてなかったし、そろそろベディーの所に戻りましょうか」

 

「そうですね」

 

 どうやら未確認飛行物体(UFO)付近には、先ほど手に入れた物以外、エイリアンの死体などは見当たらなかったようだ。

 遠い宇宙からやって来た地球外生命体、の痕跡との遭遇を終えた俺とナットさんは、ベディー(M54 5tトラック)のもとへと戻る。

 

 すると、丁度問題も解決した所らしく、全員揃ったので、再びベディー(M54 5tトラック)に乗り込み、移動を再開するのであった。




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第五十四話 ティーポットの街

2020年5月16日、一部加筆修正致しました。


 一般道を使っての移動を再開して数分。

 突如、金属と金属がぶつかり合う甲高い音と共に、ベディー(M54 5tトラック)の車体に幾つかの火花を散らせた。

 それが銃撃されたと瞬時に判断すると、急停車と共に運転席の天井ハッチから顔をのぞかせ、発砲地点を探し始める。

 

「あそこだ! あの自動車の影だ!」

 

 刹那、無線機からノアさんが発砲地点を突き止めたようで、その場所を知らせてくれる。

 知らせてくれた場所に視線を移すと、そこには朽ち果てた自動車の影から幾つもの発砲炎が煌めくと共に、数人の人影が蠢いていた。

 

 場所を特定したので反撃開始、と思った矢先、不意に、攻撃してくる謎の人々の声が銃声と風に乗って俺の耳に運ばれてくる。

 

「死ね! デビル・ロードども! ここは俺達の街だぞ!」

 

「出て行け! 出て行けデビル・ロード!」

 

 彼らの言葉をよく聞くと、どうやら彼らは俺達の事をデビル・ロードと勘違いしている様だ。

 

「待ってください! 我々はデビル・ロードではありません!!」

 

 なので、俺は出来得る限り声を張り、自分達がデビル・ロードではない事を告げる。

 だが、相変わらず発砲は止まる事はない。

 

 駄目なのか。

 と、思った刹那。

 

「射撃中止! 射撃中止!!」

 

 不意に聞こえてきたのは、射撃の中止を命令する男性の声であった。

 そして、程なく銃声が止み、再び静寂が訪れる。

 

 と、自動車の影から、パイプ系銃器を手に、ヘビー・レザーアーマーに身を包んだ、口周りの擾々たる髭に反して頭頂部がウェイストランドな男性が近づいてきた。

 

「あんた達、本当にデビル・ロードじゃないのか!?」

 

「そうです、俺達はデビル・ロードなんてレイダー集団の一員じゃありません!」

 

「どうやら、その様だな。幾らデビル・ロードでも、荷台のパワーアーマーは持っていない筈だ」

 

 男性は、俺達の装いや荷台のノアさんの姿を確認して、誤解を解いてくれたようだ。

 

「すまなかった、本当に。見慣れないトラックだったんで、てっきりデビル・ロードの連中かと思っちまった。最近も、連中の名をかたるレイダーどもの襲撃があったんで、ピリピリしてたんだ」

 

「いえ、無用な血が流れずに誤解が解けたようで何よりです」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。それと、これは迷惑料だ、受け取ってくれ」

 

 運転席を降り、男性と対面すると、男性は迷惑料として幾分かのキャップを手渡してきた。

 付き返すのは折角の気持ちを無下にすると思い、有難く受け取る。

 

 そして、迷惑料を受け取った所で、話を続ける。

 

「所で、貴方方は?」

 

「俺達はポットマズーって街の自警団で、俺は自警団長のデルバートだ」

 

「俺はユウ・ナカジマと申します。仲間と共に傭兵業を営んでます」

 

 自己紹介と共に握手を交わした所で、俺はポットマズーと呼ばれる街について尋ねる。

 

「ポットマズーってのはこの道の先にある街で、この辺りで活動しているキャラバン達の拠点になってる」

 

 デルバートさんが指し示したのは、先ほどデルバートさん達が身を隠していた朽ち果てた自動車がバリケードのように立ち並ぶ道路の先であった。

 しかも、どうやら街はキャラバン達の拠点となっている様で、キャピタル・ウェイストランドにあるカンタベリー・コモンズのような街なのだろうか。

 デルバートさんの話を聞いて、俺はポットマズーという街に興味を持ち始めた。

 

「どころで、さっき君は傭兵と言ったな?」

 

「はい、そうですけど」

 

「なら、是非とも街に立ち寄ってほしい」

 

 すると、何とデルバートさんの口から、理由付けに最適な言葉が漏れ始める。

 

「どうしてです?」

 

「実は、街は今、ちょっとした問題を抱えていてな。そして君なら、その問題を解決できるだけの力を持っていると判断したからだ」

 

「仲間と相談しても?」

 

「あぁ、構わない」

 

 一旦返事を保留にして、俺は他の面々にデルバートさんの頼みの件を含め、ポットマズーに立ち寄るか否かを相談する。

 すると、全員漏れなく立ち寄る事に賛成のようだ。

 特にディジーは、自警団に誤って撃たれたベディー(M54 5tトラック)の修理をする為に、安全な場所に一刻も早く移動したい様子であった。

 

 確かに、街中なら、安全は確保されているだろう。

 

「お待たせしました」

 

「それで、返事は?」

 

「はい、俺達でお力になれるのなら」

 

「それはよかった! では、案内しよう」

 

 こうして俺達は、デルバートさん達自警団に案内され、ポットマズーと呼ばれる街に進路を変更するのであった。

 

 

 

 

 道路を進み、目の前に姿を現したのは廃材などで作られた防壁。

 両脇の建物から道路を完全に遮断する様に設けられた防壁だが、よく見れば、所々破損が目立つ。

 修理が追い付いていないのだろうか。

 

 そんな防壁に設けられた門柱で区切られた門。

 デルバートさんが声をかけると、門番の自警団員の合図と共に、門が音を立てて開く。

 

 門を通って目にしたのは、戦前の建物を再利用し、或いはお手製のバラックを整備したりと。

 ノース・レイク・サンズ以上、Vaultシティ未満、のような街中の光景であった。

 

 そんな光景を暫し眺めつつ、ベディー(M54 5tトラック)を指示された駐車スペースに駐めると、俺達はポットマズーに降り立つのであった。

 

「ようこそポットマズーへ」

 

「賑やかな街ですね」

 

「この辺りは戦前の建物が崩れる事無く残ってるお陰でデビル・ロード自慢の自動車も下手に暴れられないし、おまけに、この辺りじゃ数少ない壁に囲まれた街だからな、安全を求めて多くの人がやって来てる。まぁその分、お呼びじゃない奴らもやって来るがな。……そして、ここが街の中心地だ。で、あのポール看板が、街の由来の一つとなったティーポットさ」

 

 デルバートさんに少しばかり案内されて、街の中心地へと足を運んだ俺達。

 元は十字路として、今では街のメインストリートが交差する中心地となった場所には、デルバートさんの言う通り、ティーポットの形をしたポール看板が立てられていた。

 どうやら、食堂として再利用される以前は、紅茶の専門店であったようだ。

 

 そんな戦前の名残を感じつつ、俺は、案内を終えたデルバートさんに、この街が抱える問題の詳細を尋ねる。

 

「あぁ、その事については俺よりも市長の方が詳しいから、市長に会って直接聞くといい」

 

「では、市長の所に案内してくれますか?」

 

「いいとも」

 

「それじゃ、俺と……」

 

「なら、マーサと二人で行ってきて、私達はディジーの手伝いをしながらベディーの所で待ってるから」

 

「そうだな、それがいいだろう。後は、若い二人にまかせよう」

 

 市長に会いに行く組と、ディジーがベディー(M54 5tトラック)の修理をするのを手伝う組みとを分けようとした刹那。

 ナットさんによって強引に組み分けされてしまった。

 

 にしてもノアさん、その台詞は絶対に使い方を間違っていると思いますよ。

 

 

 という訳で、俺とマーサでポットマズーの市長に面会しに行く事となった。

 デルバートさんに案内され足を運んだのは、戦前に役所として使用され、現在も役所として再び利用されている一階建ての重厚な建物であった。

 

「あー、その件は把握してる。だが今は他に優先すべき案件が沢山あるんだ、そっちの件はまだしばらく時間がかかる」

 

 役所で働く職員とも顔馴染みのデルバートさんの後に続き、奥のオフィスに足を踏み入れると。

 そこには、戦前のスーツを着込み執務机でペンを片手に、書類と数人の職員の相手をしている壮年の男性の姿があった。

 

「分かったらさっさと自分のデスクに……、あぁ、何だ、誰かと思えばデルバートか」

 

「スチュアート市長、どうも」

 

 どうやら、忙しそうに職務に邁進している壮年の男性こそ、ポットマズーの市長のようだ。

 

「君達は戻りたまえ。……それで、デルバート。後ろの二人は誰だ? 見慣れない格好をしているが?」

 

「二人は旅の傭兵でして、驚くことに、稼働可能なトラックを運用しているんです」

 

 オフィスの人払いが完了すると、デルバートさんは俺達の事を市長に紹介する。

 すると、俺達がベディー(M54 5tトラック)を運用しているという情報が出た刹那、スチュアート市長の眉がピクリと動いた。

 

「成程。デルバート、君が彼らを私に紹介した理由が分かったよ。確かに、トラックを運用できるほどの傭兵なら、この街が抱えている問題の解決に大変役立ってくれる事だろう」

 

 そして、何やら勝手に話が進んでいると感じながらも、事の成り行きを見守っていると。

 不意に、スチュアート市長が俺達の名前を尋ねてきた。

 

「ユウ・ナカジマと申します」

 

「マーサ・ヒコックよ」

 

「私はジェイムス・スチュアート。既に知っての通り、このポットマズーの市長をしている」

 

 そして、自己紹介を終えると、スチュアート市長が早速本題を切り出し始める。

 

「下らん前置きは君達も望んではいないだろうから、単刀直入に言おう。この街が抱えている問題を解決するために手を貸してほしい、勿論、相応の謝礼は支払おう」

 

「謝礼と言うのは、具体的にはどれ程のものでしょうか?」

 

「そうだな……。三百キャップでどうだろうか?」

 

 うーむ。

 この街が抱えている問題がどれ程のものかまだ分からないので、この額が妥当かどうか、悩ましい所だ。

 一応、手持ちのキャップはまだまだ余裕があるものの、やはり今後急な出費を強いる事態も想定すると、稼げるときに出来る限り稼いでおきたい。

 

「それだけですか? ポットマズーを愛し、ポットマズーの発展の為にも、今後問題を解決するために頭を悩ませずに済むという事を考えれば、もう少しお出しするのが筋というものではないでしょうか?」

 

 なので、即決せずに少し吹っ掛けてみる事に。

 

「分かった、分かった。では、キャップの増額は出来ないがその代わりに、この街を拠点としているキャラバン達に言って、君が利用する際は特別割引を適用してもらうように頼んでおく」

 

「割引の適用期限は?」

 

「勿論、君が死ぬまで適用だ」

 

 すると、渋々ながら、スチュアート市長の口から実に素晴らしい上乗せが提案される。

 こうして素晴らしい条件が提示された所で、その条件で問題解決に協力する事を了承する。

 

「若いのに大したものだよ全く……。だが、その分しっかりと成果は出してもらうぞ」

 

「分かっています。それで、問題と言うのは具体的にはどんな内容なんです?」

 

「君も見ただろうが、この街は防壁に覆われ外界の脅威から守られている。故に、防壁の内側は安全なのだが……。如何せん、最近はデビル・ロードと呼ばれるハイテクレイダーや凶暴な野生生物等、防壁が一枚では不安な情勢だ。それに、肝心の防壁が度重なる外敵からの襲撃で防壁はあちこちに破損が目立ち始めている。だが、修理が追い付いていないのが現状だ。そこで、トラックを運用できるほどの技術力を有している君ならば、防壁の修繕を行う事など、容易い事、なのではないかね?」

 

 やっぱり防壁の修理は追い付いていなかったんだな。

 確かに、ワークショップver.GMを使えば防壁の修理等造作もない事だが、それでは、また時間が経てば同じ問題がぶり返してしまうだろう。

 ならば、ここは根本的に問題を解決すべく、防壁の更なる強化を含め、街の防衛能力の再整備にまで手を付けた方が良いのではないだろうか。

 

「スチュアート市長、でしたらこの際、防壁の修理を含め街の防衛能力の再整備を行いませんか?」

 

「何!? 君はそこまで出来るというのかね!?」

 

「はい」

 

「そこまで大規模な再整備は考えてはいなかったが……。出来るというのなら、是非ともお願いしたい!」

 

 なのでスチュアート市長に提案してみると、スチュアート市長もこの提案に賛成の意向を示してくれた。

 

「そうだ! そこまで大規模な再整備を行えるというのならば、是非とも住居の整備なども行ってはくれないだろうか!? ポットマズーはこの辺りでも安全が担保されている数少ない集落なのだが、故に、入植希望者が多く、最近では、彼らの為の住居などの整備が追い付かないのが現状なのだ。だから頼む、そんな彼らの為の住居の整備も是非頼みたい!」

 

 自分の提案が切っ掛けとは言え、何だか話がどんどん大ごとになっていってしまった。

 いつの間にか、依頼の内容がポットマズーの大規模な再開発となっている。

 でもま、ポットマズーの人々の笑顔の為、何より乗り掛かった舟だ、最後まで責任をもって成し遂げるとしよう。

 

 それにしても、拠点の再開発か、4で時間を忘れて拠点を開発していた記憶が蘇るな。

 ふふふ、一つの街を俺色に染め上げる、素晴らしいな……。

 

「あぁ、整備の方法や内容などは君に一任するよ、必要なら自警団や市民に協力を頼んでくれても構わん。では、よろしく頼む!」

 

 スチュアート市長の口から何とも有難いお言葉を賜った事だし。

 これはもう、今まで磨いてきた技術とセンスを総動員して、素晴らしい街に再開発しなければ。

 

「分かりました! お任せください、スチュアート市長!!」

 

 こうしてやる気十分となった俺は、早速役所を後にすると、他の四人と合流すべくベディー(M54 5tトラック)のもとへと戻る。

 その道中、今回の依頼に対して急にやる気になった事を不思議がっていたマーサが、その理由を尋ねてきたので。

 

「だって再開発って浪漫でしょ!」

 

 と答えたのだが、マーサには、どうやら理解してもらえなかった様だ。

 暫しの間、彼女は唖然としていた。

 

 

 

 

 

 ベディー(M54 5tトラック)のもとに戻り、他の四人と合流を果たした俺達は、早速ポットマズーの再開発に向けて動き出す。

 先ずは再開発に協力してもらうべく、自警団や市民の方々に協力をお願いし、協力を申し出てくれた方々から参考となる意見などを聞いていく。

 こうして集まった意見を参考に、大まかな再開発の設計図を頭の中で組み立てると、ワークショップver.GMを出現させ、再開発に取り掛かる。

 

 先ずは、防壁の修理と共に、一枚では不安と感じ始めていた街を囲う防壁の強化だ。

 破損個所の修理を手早く終えると、Vaultシティを参考に、流石にコンクリートは足りないので、金属の壁をメインとして、二重壁となるように既存の壁を囲う様に作っていく。

 勿論、それで終わりではなく。

 

 防壁の内側から安全に監視作業を行えるように、木製の監視塔を各所に作った他。

 監視塔には夜間でも監視し易いようにスポットライトも完備。

 更に正面の出入り口、及び警備が手薄となる箇所には、防壁の上部に"パイプタレット"と呼ばれる、三脚の上部にセンサーやパイプ系銃器、それに弾倉を取り付けたものを配置していく。

 このパイプタレットなら、自警団の主装備であるパイプ系銃器と弾薬の相互性を持っている為、利便性は高い。

 

 更に更に、襲撃などに備え、土嚢と木材で作った簡易トーチカも設置した他。

 ノアさんに手伝ってもらい、資材調達の途中付近で見つけた、廃車となっていた大型トラックの箱型荷台をチェーンソードで通行可能なように改造すると。

 それに新たに開閉式のドアを取り付け、従来の門の脇に設置する。

 そう、これは人が行き来する為の通用口として利用してもらう為に設置したものだ。

 従来の門と異なり、人間の通行の為だけに大掛かりな開閉作業も必要なくなるため、警備の負担も大分軽減される筈だ。

 

 そして、通用口や従来の門共に、脇に設けたインターフォンで壁の内側とやり取り可能な為、先程の俺達が入ってきた時のように大声で防壁の内側の者に向かって開けてもらうように要請する必要もなくなった。

 

 最後に、タレットの可動の必要不可欠な動力源となる中型発電機の設置し、電力を伝達する為の電線を敷設。

 そして、タレットの制御を行うコントロールルームを防壁の内側に作り、襲撃を知らせるサイレンを設置した所で、防壁の再整備は完了となった。

 

 

 さて、防壁の再開発が終われば、今度は内側の居住環境の再開発に着手だ。

 

 先ずは、壁と屋根のある住居の建築だ。

 しかし、防壁で囲まれている為、新規に住宅を建築し過ぎると必要な空間も埋もれてしまう。

 そこで、集合住宅を建築し、新規の建築数を最低限に、必要な居住空間の確保する事にした。

 

 再開発予定地を整地すると、土台を作り、マンションの様な三階建ての建物を建築する。

 こうして完成したのは、デザイナーズマンションとは程遠い、木と鉄でできた見事な豆腐、或いはキューブなマンションであった。

 因みに内装は、キッチンやトイレ等水回りは備わっていないが、パイプ式のシングルベッドや椅子にテーブル、夜でも明るい電球照明等、必要最低限のものは備わっている。

 

 ま、まぁあれだ。

 この世界じゃ、前世と違って壁と屋根があり、雨風弾丸を凌げる建物なら素晴らしい建物と評価する人が多いから、外観の優劣なんて関係ないよね。

 

 と、相変わらずのデザインを正当化させるかの様な言い訳を脳内で垂れ流した所で、更に同じマンションをもう二棟建築する。

 そして最後に、必要な電力を確保する為、騒音対策の為少し離れた場所に大型発電機を設置して電線を敷けばマンション建築は終了。

 

 こうしてマンションの建築を終えると。

 今度は共同トイレや共同浴場などの、水回り施設を建築していく。

 水回りに必要不可欠な水は、どうやら街中には戦前の治水事業で整備された川が流れているようなので、そこで街の東側、戦前は公園として利用されていた場所に浄水器を設置して水道管を敷設する事とした。

 

 さて、これにて住居関連の建築作業は終了したが、居住環境の再開発はこれで終わらない。

 

 例え住居を確保できても、必要な食料が無ければ生きてはいけない。

 という事で、旧公園跡地の農園を、文字通りの作物プラントに昇華させた。

 

 この他にも、夜間の外出時に役立つ外灯の整備や、共同の資材保管所の建築等々。

 細かなものを経て、依頼された街の再開発は完成を見たのであった。

 

 

 

 因みに、気付けばこの再開発に五日もの日数を費やしてしまっていた。

 いかん、どうやら思っていた以上に、俺自身拠点の再開発に熱中してしまっていたみたいだ。

 本来の目的を忘れて拠点の再開発に熱中してしまうとは、反省しなければ。

 

 でも、やっぱり建築は楽しい。




ご愛読いただき、そしてご意見・ご感想、皆様の温かな応援、本当にありがとうございます。大変励みになります。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第五十五話 ジャンキーマァァァァーンッ!!

 流石に五日もかけて大々的な再開発を行ったものだから、再開発以前よりも街の様子はかなり様変わりしてしまった。

 その為、俺の案内がてら街を隅々まで視察したスチュアート市長も、あまりの変貌ぶりに最初は声が出なかったが。

 やがて、視察を終えて中心地へと戻ってくると、思い出したかのように感想を述べ始める。

 

「す、素晴らしいよ! 本当に、ありがとう!!」

 

「ご満足していただけたようで何よりです」

 

 ここまで満足してくれると、俺としても頑張って再開発をした甲斐があるというものだ。

 

「新しい入植希望者達の為の集合住宅や作物プランのお陰で新しい入植希望者を受け入れてもまだ十分な余裕は残っているし、強化された防衛能力のお陰で安心感も格段に向上し、君の再開発はこの街の更なる発展に大いに貢献してくれるよ! 本当にありがとう!」

 

 スチュアート市長の口から漏れる称賛の嵐。

 何だかここまで称賛されると逆にむず痒くなるな。

 

 とはいえ、再開発した防衛能力の有用性を検証してくれるかの如く、マンションの建築中にちょっとしたレイダーの集団が街を襲ってきたのだが。

 彼らはパイプタレットの弾幕を前に、当初の威勢を悲鳴に変えながらその多くが、彼らの言う血肉の塊と成り果てた。

 

 衣食住が整備され、外敵からの対策もかなり高い。

 確かにスチュアート市長の言う通り、ウェイストランドでも有数の安心が担保されるようになったポットマズーは、今後さらに発展していくのだろう。

 そして、そんな発展に貢献できたと思うと、喜ばしく思う。

 

「あの、スチュアート市長。新しくなったポットマズーの門出を祝ってパーティーでも行いませんか?」

 

「あ、それいいわね!」

 

「ほぉ、それは名案だな」

 

 折角の機会にと、俺はスチュアート市長にポットマズーの新たな門出を祝うパーティーの開催を提案する。

 するとその提案に、マーサやノアさんも賛同の意を示す。

 

「でもあまり凝ったものでは手間でしょうから、例えば"ヌカ・コーラ"で乾杯する程度なんてどうでしょうか」

 

「でも、"ヌカ・コーラ"だけじゃちょっと寂し過ぎない? せめてつまみ位は欲しいわね」

 

「わ、私もそう思います」

 

 俺が提示したパーティーの具体的な内容に、ナットさんが修正案を出し、ニコラスさんがナットさんの案に同意を示す。

 こうして俺達がパーティーの内容について盛り上がっていると、不意に、スチュアート市長が慌てた様子で待ったを掛けた。

 

「き、君達! 出来れば、街の中で"コーラ"の話は控えてくれないか!」

 

 もしかしてパーティーは余計なお節介だったかと思ったが。

 どうやら注意したいのはパーティーではなく、度々出てきたヌカ・コーラの事についてのようだ。

 

「え? どうしてよ。ただの飲み物の話じゃない?」

 

「そうなのだが、兎に角控えてほしい。実はこの件はまだ君達には伝えていない街が抱える問題の一つなのだ」

 

 マーサのもっともな意見に対して、スチュアート市長は周囲を見回しながら答える。

 どうやら、ヌカ・コーラが街の抱えている問題らしいのだが、一体どういう事なのだろうか。

 

 スチュアート市長の態度からして、ある程度深刻そうな問題らしいが、ヌカ・コーラが街にどうやって災厄を齎しているのか、全く想像が出来ない。

 

 と、内心困惑していると、ふと、何処かから音楽らしきものが流れている事に気が付く。

 それは、気付いた時には遠くから流れているのか小さかったのだが、だんだんと、音が大きくはっきりと、発生源が近づいている事に気が付く。

 

「あぁ、しまった、遅かった……」

 

 すると、スチュアート市長も謎の音楽に気が付いたのだが。

 どうやらスチュアート市長は謎の音楽の正体を知っているのか、頭を抱え始める。

 

「あの、スチュアート市長。この音楽はいっ──」

 

 と、他の面々も謎の音楽に困惑する中、俺がスチュアート市長に謎の音楽の正体を尋ねようとした、その矢先。

 

「迷える子羊を救うべく、キャプテン・ポップマン、只今けんざぁぁぁぁぁっん!!!」

 

 大音量で流れる謎の音楽と共に、Vのアルファベットを彷彿とさせるデザインの仮面を付け、海賊を彷彿とさせる衣装に身を包んだ、キャプテン・ポップマンなる謎の男性が決めポーズと共に俺達の前に颯爽と姿を現した。

 

「え……」

 

「あ、あれは! まさか、キャプテン・パワーマンのコミック第13巻巻末のコラボ漫画に登場した……」

 

「知っているのか、ニコラス!?」

 

「はい」

 

 唖然とする俺を他所に、ニコラスさんはキャプテン・ポップマンなる謎の人物について知っている様で。

 ノアさんと何処かで見た事のある様なやり取りを終えると、キャプテン・ポップマンの説明を始めた。

 

 曰く、キャプテン・ポップマンとは、ヴィムポップ社が自社の炭酸飲料の販売促進の為に世に送り出したマスコットキャラクターで。

 男性のキャプテン・ポップマンの他、第二次大戦時の飛行服を模した衣装のヴィム・ガールなる女性キャラクターもいたそうだ。

 因みに、キャプテンつながりでキャプテン・パワーマンの原作漫画にも"一度だけ"コラボした事があるそうな。

 

 そんなキャプテン・ポップマンになりきっている、おそらくニコラスさんと同じ類の男性は、爽やかな笑顔と共に白い歯を見せつけながら、話を始めた。

 

「君達! ヴィムはいいぞぉ、最高だ! 飲むと母なる海を感じられるぞ!!」

 

「は、はぁ……」

 

「さぁ、僕と一緒にレッツイン! 因みに僕は、一日"五リットル"も飲んでいるよ!!」

 

 どうやらキャプテン・ポップマンは、先ほど俺達がヌカ・コーラの話をしていたので、大好きなヴィムホップ社製の炭酸飲料ことヴィムを勧めたいようだ。

 成程、これがスチュアート市長の言っていた問題か、確かにこれは、精神的な面で凄く問題だな。

 

 と、漸く問題の本質を理解したと思った刹那。

 

「ちょっと待ちなさーーーーいっ!!」

 

 突如女性の声が鳴り響いたかと思えば、ヌカ・ガールのロケットスーツを着込んだ金髪女性が何処かから現れた。

 

「ヌカ・コーラを愛す者に邪なものを吹き込まないでくれる!?」

 

 そして、状況の理解が追い付かず唖然とする俺達を他所に、彼女はキャプテン・ポップマンと口論を始めた。

 どうやら同業他社の商品を愛する者同士、この二人は仲が悪いようだ。

 

「大体ヴィムって 放射性物質もろくに入っていないような"ただ色が付いただけの砂糖水"でしょ、あんなの何処が美味しいのかしら!? 核と一緒に吹き飛んじゃえばよかったのに」

 

「は! 放射性物質入りのお陰で脳みそが吹き飛んじまったヌカ野郎になんて、このヴィムの素晴らしさを理解してほしくないね!」

 

「言うじゃない! それと私は野郎じゃないわよ!! そもそも、あんた、"たったの"五リットル程度で熱狂的なファンを名乗ってんじゃないわよ! 熱狂的なファンを名乗りたかったら、私みたいに毎日"十リットル"は飲みなさいよ!」

 

「馬鹿言うな! ヴィムはヌカ・コーラの一・五倍のエネルギーがあるんだよ! だから五リットル×一・五倍で……、ん? 幾らだ?」

 

「七・五です」

 

 計算に困っているキャプテン・ポップマンに救いの手を差し伸べる俺。

 すると、キャプテン・ポップマンはもやもやが解けてスッキリしたが、刹那、十リットルに届いていない事に気づき愕然と肩を落とした。

 

「そうそう、ってうぉぉぉっ!!?」

 

「バーカ、バーカ、結局負けてるじゃない!! そもそもその程度の計算が出来ないんじゃ、ファン名乗る資格なんてあーりませーんっ!」

 

「うぎぎぎぎっ」

 

 何だろう、この何処か子供の喧嘩を彷彿とさせる口論は、聞いてるこっちが疲れてくる。

 そもそも五リットルだろうが十リットルだろうが、そんな量を毎日飲んでいる時点でもうどっちもどっちだ。

 

「あぁ、何だか疲れた……」

 

「「大丈夫? ヌカ・コーラ(ヴィム)飲む?」」

 

 息ピッタリに勧めてくる姿を目にして、本当は二人とも凄く仲がいいんじゃないのかと、そんな気さえしてきた。

 

 

 その後も低レベルな口論を暫し続け、程なく二人はお互いの住居へと引き上げていった。

 

 そして、嵐が過ぎ去った後の如く訪れた静寂を突き破るように、俺は先ほどの二人についてスチュアート市長に尋ねる。

 

「さて、君達も直接会って分かったと思うが、あの二人が、我が街の抱えている問題の原因となる二人だ。まぁ、物理的に言えば被害は殆どないが、精神的には、な……」

 

 スチュアート市長曰く、ヴィムの熱狂的ファンことキャプテン・ポップマン。本名、ヘンリー・キッド。

 そして、ヌカ・コーラの熱狂的ファンことヌカ・ガール。本名、マーガレット・ライド。

 

 この二人は、お互いライバル企業同士の炭酸飲料をこよなく愛する、まさにジャンキーと呼ぶに相応しい程の愛好家。

 無論、ただの愛好家ならば何の問題もないのだが。二人は互いに愛して止まないヴィムとヌカ・コーラの素晴らしさを広めるべく、勧誘活動に勤しんでいるのだ。

 それも、お互いに勧誘度合いを競い合うかのようにして。

 

 この為、街中でコーラのコの字が飛び出ようものなら、先程のようにすぐさま二人が駆け付け、自分達の側に引き込もうと勧誘合戦を繰り広げる。

 まさに傍迷惑以外何物でもない。

 

「お陰で、ポットマズーではコーラの話題はご法度いう暗黙のルールが設けられ。食堂や商店ではヌカ・コーラもヴィムも取り扱えない事態となっている」

 

「それは、頭の痛い問題ですね……」

 

「という訳で、傭兵。頼む! この問題の解決に手を貸してほしい!」

 

「それは……」

 

「報酬なら出す! 四百キャップ! それに、街の商店に言って、君達が利用する場合は特別割引を適用してもらうように頼んでおく! 無論期限はキャラバンと同じだ! これでどうかね!?」

 

 食い気味に再開発よりも高いキャップの額に、追加分の提示まで。

 どうやらスチュアート市長としては、再開発よりも二人の傍迷惑な勧誘活動の方が頭痛の種だったようだ。

 ここまで必死に頼まれては、断る訳にもいかない。

 

「分かりました。何とか解決してみます」

 

「おぉ! ありがとう!!」

 

 こうして二人の愛好家問題の問題解決を請け負ったものの、何処から手を付けようか。

 とりあえず、当人達から話を聞くことから始めよう。

 

 

 

 

 二人の愛好家は街では結構な、当然いい意味ではないが有名人らしく。

 二人の住居の場所を通りがかりの通行人に尋ねると、口々にその場所を教えてくれた。

 

 そして俺達が足を運んだのは、一軒のバラック。ヘンリー・キッドの自宅だ。

 だが、その外見は、屋根に取り付けられた鮮やかな電飾に彩られたヴィムホップ社のロゴを模したネオンサインが嫌でも目に付く、周囲と比べ完全に浮いたものであった。

 

「こんにちは」

 

 そんな訪ねる事を躊躇しそうな外見に臆する事無く、俺はバラックの玄関扉を叩き、中から了承する声が聞こえると共に、玄関扉を開いて中へと足を踏み入れた。

 因みに、一緒にキッド宅へとお邪魔したのはマーサとナットさんの二人だけで、ノアさんとニコラスさんには、自宅の外で待っていてもらった。

 なお、ディジーはベディー(M54 5tトラック)の見張り番をしている為、同行していない。

 

 こうしてキッド宅へお邪魔した俺達三人が目にしたのは、自宅の至る所に飾られたヴィム関連のグッズやフレーバーの数々。

 そこまで広くない内部を、更に手狭にするような自販機や、ピートさんの自宅でも拝見したおまけフィギュア。

 その他、消しゴムやピンバッチやバッグ等々。兎に角様々なヴィムグッズで埋め尽くされていた。

 

「やぁ、誰かと思えば先ほどであった君達か!」

 

 そんな半ばグッズ保管庫と化した自宅内で、キッドさんは先ほどと変わらぬキャプテン・ポップマンの格好で俺達を出迎えた。

 簡単な自己紹介を終えると、早速キッドさんが口火を切る。

 

「それで、どういった用件で僕の家を訪ねてきてくれたのかな? あぁ、そうか、分かったぞ! 僕の秘蔵のコレクションの数々を──」

 

「違います、今回訪ねたのは、キッドさんと少し話がしたいからなんです」

 

 この手の人間と何度かやり取りして、相手のペースに任せていては本題に辿り着くまでに時間がかかると学習していた。

 なので、はっきりと目的を伝えると、明らかに落胆した様子のキッドさんと話を始めた。

 

「それで、僕に話というのは一体どんな話なのかな?」

 

「キッドさんの行っている勧誘活動についてです」

 

「あぁ、それが何か?」

 

「その、ハッキリ言いまして街の皆さん、とても迷惑しているんです。ですから、もう止めていただけると有難いのですが」

 

「な!? 何だって!」

 

 まさかの事実を聞き、動揺を隠せないキッドさん。

 この手の人間は、純粋にその物や行為が好きで好きで仕方がなく、そしてそれ故に周囲が見えずらくなっている。

 だが、それ故に、理解できない者からすれば敬遠されてしまう。

 

 故に、誰かが周囲の状況を伝えなければ、その状況は変わる事がない。

 例えそれが、本人にとって酷なものだとしてもだ。

 

「街の皆は、本当に僕の事を……」

 

「えぇ、言葉にはしていませんが、かなり迷惑と感じている様です」

 

「そ、そうか……」

 

 だが、人間は何度でもやり直せる、そして、それに挑むのに遅いなんて事はない。

 今からでも、まだまだやり直せる。

 

「でも、そんなに落ち込む事はありません。心を入れ替えて、これまで迷惑をかけた分、街の為に働けば、きっと街の皆さんもキッドさんの事を敬遠しなくなる筈です」

 

「本当か!?」

 

「えぇ」

 

 すると、落ち込んでいたキッドさんも、俺の言葉を聞いて心を入れ替え、迷惑な勧誘活動を止める事を約束してくれた。

 

「ねぇ、所で。貴方はどうしてマーガレットと勧誘活動で競い合っていたの?」

 

 これでキッドさんの方は解決したと思った矢先、ナットさんがキッドさんにライドさんと勧誘合戦を行っていた理由を尋ねる。

 

「わ、笑わないで、聞いて欲しいんだ。じ、実は、僕と彼女は、元々付き合っていたんだが……」

 

 すると、キッドさんは照れくさそうに理由を語り始めた。

 

 実はキッドさんとライドさんは元恋人同士で、恋人の頃はそれはもう愛し合っていたのだが、現在はご覧の通り。

 そして、二人が別れた理由と言うのが、二人が大好きな炭酸飲料に合う食べ物の違い、という、本人たちにとっては大変重要な問題によるものであった。

 こうして別れた二人だが、どうやら互いに未練たらたらな様で。

 

 そこで、お互い示し合わせたように大好きな炭酸飲料を勧誘し相手よりも勝る事で、未練を断ち切ろうとしたという。

 

 身勝手で傍迷惑以外のなにものでもない理由であった。

 

「ふむ、成程ね。……ねぇユウ、マーサ」

 

「何ですか?」

 

「??」

 

 こうして勧誘合戦の理由が判明した所で、ナットさんが俺とマーサを呼んだ。

 何やら、内密な話があるようだ。

 

「これは利用できるかもしれないわ。私の見立てでは、ヘンリーはマーガレットとやり直したい。多分、彼女の方も同じだと思うの。だから、これを利用して今回の問題を一気に解決するのよ」

 

「でもどう利用するの、ナットさん?」

 

「それは、マーガレットにも話を聞いてからね」

 

 ナットさんの内密な話とは、二人の復縁をうまく利用して問題の解決を図るというものであった。

 成程、それはいい案だ。

 

 俺はナットさんの案に賛成すると、早速キッドさんを説得すると、彼を連れてライドさんの自宅に向かう事となった。

 

 

 キッドさんの自宅からメインストリートを挟んだバラック群の一角。

 そこに、ヌカ・コーラ社のロゴを模したネオンサインが屋根に取り付けられている、ライドさんの自宅はあった。

 

「いらっしゃ──、ヘンリー、何で貴方がここにいるの!?」

 

「やぁ、マーガレット」

 

 ライドさんの自宅の中も、ヌカ・コーラ関連のグッズやフレーバーで埋め尽くされており。

 そんな自宅に住んでいるヌカ・ガールのロケットスーツを着込んだライドさんは、素敵な笑顔で俺達を迎え入れてくれたが、キッドさんの姿を見るや否や、その表情を曇らせた。

 

「で、ヘンリー引き連れて、私に何の用?」

 

「私達、貴女と少し話をしに来たのよ」

 

 少々不機嫌な様子のライドさんに、ナットさんが刺激しないように話を始める。

 ナットさん曰く、ここは女同士の方がいい、という事で、俺は今回静観している訳だ。

 

「そう、そうだったのね。……ま、薄々感づいてはいたけど」

 

 ナットさんの話を聞いて、ライドさんも自身の置かれている立場というものを認識したようだ。

 そして、説得に応じて、ライドさんも迷惑な勧誘活動を止める事を約束するのであった。

 

「さて、それじゃこの話題はここまでにして。ねぇマーガレット、貴女、ヘンリーと付き合ってたんだって?」

 

「な! どうしてそれを!?」

 

「彼から聞いたわ。でね、ここからの話なんだけど。ごめんね皆、少しマーガレットと二人きりで話したいから、外に出てくれる」

 

 と、ナットさんがライドさんと二人きりで話がしたいというので、俺達はその言葉に従い自宅の外で話が終わるのを待つことに。

 

 それから数分後、話が終わったのか、ナットさんが一人でライドさんの自宅から出てくる。

 

「それじゃ次はヘンリー、貴方にも少し話を聞かせてもらうわ」

 

「う、うん、いいよ」

 

 そして今度は、少し離れた所で二人きりでキッドさんから話を聞くナットさん。

 程なく、こうして二人からそれぞれ話を聞き終えたナットさんは、キッドさんに聞こえないように俺達を集めると、肝心の計画内容を話し始めた。

 

「二人から話を聞いて、双方ともにまだ未練たらたらである事はハッキリしたわ。そこで、これを利用して、迷惑な勧誘活動が二度と再発しないように、二人を復縁させる計画、題して、"ヌカっとラブラブ・ヴィム! ラブ ユー!"計画始動よ!」

 

 何だか二人の仲を取り持つことにかなり気合が入っているナットさん。

 いつの間にか、計画の名称まで出来上がっていた。

 

「その内容だけど、吊り橋効果を利用するわ。これはピンチの状態の時に男女でそのピンチを乗り越える事で愛が深まるというものよ。これを利用する」

 

「でも、ピンチと言っても、特に二人には差し迫った危機らしきものは……」

 

「そうでもないのよ。実は二人に話を聞いて、この街から少し離れた所にある戦前の配送センターに、丁度二人ともそれぞれ手に入れたがっているグッズが存在している事を聞いたわ。これを利用する」

 

「ナットさん、まさかそこに二人で行かせるって言うの? 流石に危なくない?」

 

「当然、戦闘に不慣れな二人だけで行かせないわ。私達も同行して補佐する。でも、メインとなるのは二人よ! 二人で共同してそれぞれ目当てのグッズを回収する! そうすれば、互いに相手の魅力を再認識して、復縁! これよ!」

 

「そんなに上手く行くものなのか?」

 

「いくわ! 私の勘がそう告げているもの!」

 

 自身の勘が確信の源、と一見すると不安しかないが。

 女の勘は恐ろしい程侮れないというし、案外、逆に安心できるかもしれない。

 

 こうして、ナットさんの立てた計画が発表された所で、早速実行に移すべく動き出す。

 

「えぇ、あの配送センターに! 確かに、あそこには僕の欲しいヴィムグッズがあるとは知ってるけど……」

 

「確かに、私の欲しいヌカ・コーラグッズもあるけれど。あそこは今、ラッドローチが占拠して、奴らがうじゃうじゃといるのよ」

 

「マーガレット、うじゃうじゃなんてものじゃないよ、うじゃうじゃの十倍さ!」

 

「そんな所に行くなんて、ねぇ……」

 

「心配ないわ! 私達も付いていく、ラッドローチが大群でも大丈夫よ。だから、配送センターに行って、お互いの欲しいグッズを見つけましょ?」

 

 何とか二人を説得し、渋々ながらも了承を得ると、二人と共に、俺達はベディー(M54 5tトラック)に乗り込み。

 ポットマズーから少し離れた場所にある、戦前に郊外に設けられた配送センターへと到着すると、早速二人を引き連れ内部へと突入する。

 因みに、キッドさんとライドさんには、護身用にN99型10mm拳銃を手渡して万が一に備えている。

 

 

 配送センターと言うだけあり、内部は巨大な鉄骨で骨組みされ、広々とした空間内には、積み上げられたコンテナや木箱、それにダンボール箱の数々が置かれている。

 そして、そんな箱の間を縫うように、相変わらず嫌悪感を湧き立たせるあの生物が闊歩していた。

 

 縄張りに侵入してきた俺達に襲い掛かるラッドローチ達を、装備した火力で蹴散らしながら目的のグッズを探していく。

 

「きゃ!」

 

「マーガレット、危ない!!」

 

 不意に現れた一匹のラッドローチがライドさんに襲い掛かる。

 だが、それを寸での所でキッドさんが手にしたN99型10mm拳銃を発砲し助けた事で、ライドさんは事なきを得る。

 

「大丈夫か!? マーガレット?」

 

「えぇ、ありがとう」

 

 驚いた拍子に尻餅をついてしまったライドさんに手を差し伸べるキッドさん。

 暫し見つめ合い、そして、手を引いて立ち上がるライドさん。

 

 どうやら、ナットさんの目論見はうまくいきそうだ。

 

 と、安心した所で、俺はふと、マーサの方に目をやった。

 するとこそには、嫌悪感を現す事も臆する事もなく、自慢のリボルバーを両手に持ち、見事な早撃ちで次々にラッドローチ達を駆除するマーサの姿があった。

 

 うん、マーサは逞しいな。

 

 

 その後、順調にラッドローチ達を蹴散らしつつ、お目当てのグッズを探し回った俺達は。

 奥の方に置かれていた木箱の中から、漸く二人のお目当てのグッズを発見するのであった。

 

「それ、私が欲しいって言ってたヌカ・コーラのトースター……」

 

「それは、僕が欲しがってたヴィムのラジオ時計……」

 

 どうやら、二人が欲しがっていたグッズは、お互いに付き合っていた頃から欲しがっていたグッズだったようだ。

 二人は、照れくさそうにお互いのグッズを交換すると、やがて、復縁の証として、俺達がいる事も忘れてキスをするのであった。

 

 

 

 こうして復縁したキッドさんとライドさん。

 二人はその後、これまで迷惑をかけた街の為に、別の活動を二人で始めた。

 それは、俺のアドバイスを参考にしたもので。

 

「覚悟しなさい、怪人シープスカッチ! くらえ、ヌカ・チェリー・ビーム!」

 

「アババババッ!」

 

 街の一角に設けた特設舞台で、ヌカ・チェリー・ガンを手にしたヌカ・ガールことライドさんが。

 巨大な二足歩行の山羊の化け物に扮したキッドさん相手に戦い、そして勝利を飾った。

 

 そんな舞台上で繰り広げられる演劇に、観客の子供たちは大いに沸く。

 

 そう、俺のアドバイスを参考に二人が始めた活動とは、街の子供達を楽しませるキャラクターショーである。

 実は二人の自宅を訪ねる途中、街の子供たちが二人の勧誘合戦を娯楽として街の子供たちが楽しみにしている事を耳にしていたので、ならばという事で、二人にキャラクターショーの活動を持ちかけたのである。

 子供にとって娯楽が少ない世の中だからこそ、子供達を笑顔にさせられる娯楽を提供できれば、今まで迷惑をかけた街への恩返しになると思って。

 

 当然、ショーは二人だけでは出来ないので、街の有志の方々にも手伝ってもらって開催にこぎつけている。

 因みに、二人への演技指導は、演技の経験がある俺達が行った。

 

 

 今後は、二人で協力して、街に笑顔を増やしていってくれる事だろう。




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第五十六話 賢者の依頼

 ポットマズーを内から悩ませていた問題も解決し、これで漸く、本来の目的に専念すべく出発できると思った矢先の事。

 色々とお世話になったスチュアート市長に別れの挨拶をすべく、市長のオフィスを尋ねると。

 開口一番、出発するのを待ってほしいと言われてしまった。

 

「実は、君に是非とも会っていただきたい方がいるんだ」

 

「会っていただきたい人、ですか?」

 

「そうだ、駄目かね?」

 

 一体どんな人物と面会する事になるのか、街の最高権力者であるスチュアート市長から直接会って欲しいと頼んでくる程だから、余程の大物なのだろう。

 なら、ここは断らずに面会する事を了承しよう。

 

「分かりました、会いましょう」

 

「おぉ、君ならそう言うと思っていたよ! では早速案内しよう」

 

 スチュアート市長の後に続いて街中を歩いていくと、案内されたのは、街の一角に存在する戦前の建物。

 所々破損は見られるものの、街の中でも俺が建てたマンション以上の高さを誇る重厚な外見で存在感を放つその建物は、戦前はホテルとして使用されていた。

 そして今は、街でも上流階級の者達の住居として利用されている。

 

 そんなホテル内に足を踏み入れ向かったのは、最上階。

 例の如くノアさんとニコラスさんは階段を使い、残りの俺達はエレベーターで最上階まで上ると、とある部屋の前で足を止めた。

 

「会っていただきたい方はこの中だが、くれぐれも、失礼のないように頼むよ」

 

「分かりました」

 

 失礼のないようにと念押ししたスチュアート市長は、緊張した面持ちで部屋の扉を叩いた。

 すると、扉の向こうから入室を許可するしゃがれた声が聞こえてくる。

 

 許可が出たので扉を潜り足を踏み入れた部屋で俺達を出迎えたのは、貴族を彷彿とさせる衣服を身に纏い、白い革手袋に白塗りのラバーマスクを被った年齢不詳の男性であった。

 

「ご紹介しましょう、この方は、"賢者様"。ポットマズーの礎を築いてくださった、文字通りのこの街の創造主様です」

 

 スチュアート市長が丁寧に行う謎の人物の紹介を聞き、俺は第一印象を改めざるを得なかった。

 湖面に足だけ突き出した奇妙な姿の死に様を連想してしまう姿の人物は、どうやらこの街にとって最も重要な人物だったようだ。

 心の中で何て失礼な事を連想してしまったのだろうと謝罪しながら、俺は紹介が終わった所で、自身の自己紹介を始める。

 

「始めまして、ユウ・ナカジマと申します。仲間と共に傭兵業を営んでいます」

 

「君の活躍はスチュアート市長から色々と聞いているよ。成程、話に聞いた通り、素晴らしい青年だ」

 

「光栄です」

 

 賢者様から差し出された手を握り、握手を交わす。

 おそらく賢者様の言う活躍とは、街の再開発に事についてだろう。

 

 こうして握手を終えると、賢者様に促されソファーに腰を下ろす。

 そして、お互い座りながら話を続ける。

 

「スチュアート市長から賢者様がお会いしたいとお伺いしたのですが?」

 

「その通り。儂は君の事を聞き、是非とも君に直接会いたいと思っていた」

 

「理由をお尋ねしても?」

 

「構わんよ。……そうだ、その理由を語る前に、君も先ほどから気になっているこのマスクの事を説明しよう。ただし、このマスクの秘密を含め、これから語る儂の正体に関しては他言無用で頼む」

 

「分かりました」

 

 そして賢者様は、自らが被っている白塗りのラバーマスクの理由について語り始めた。

 

「と言っても、言葉で説明するよりも、直接見てもらった方が手っ取り早いだろう」

 

 徐にラバーマスクを捲し上げ、その下から姿を現したのは、腐敗し焼け爛れた皮膚であった。

 それを目にして、俺は賢者様の正体を悟った。

 賢者様は、グールなのだ。

 

「さて、その様子なら儂の正体を理解してもらえた様だな。その通り、儂の正体はグールさ」

 

「何故、その様なマスクを被って正体を隠しているんです?」

 

「君も承知していると思うが、ウェイストランドでのグールの風当たりはまだまだ穏やかとは言い辛い。それに、儂はこのポットマズーを開拓したグループの唯一の生き残りであるが為に、今では賢者と呼ばれ街の住民達から崇められている。……まさか、自分体が崇めていた人物がグールだと分かったら、住民達は失望や落胆念を禁じ得ないだろう。そうなれば、街が崩壊しないとも限らない。故に、儂は自らの正体を隠しているのだ。因みに、儂の正体を知っているのは、街でも市長を含めほんの一握りの者のみだ」

 

 成程、スチュアート市長が賢者様を街の創造主様と紹介したのはそういう事だったのか。

 そして、今では開拓グループ唯一の生き残り、まさにポットマズーの生き字引という訳だ。

 これは確かに、スチュアート市長も頭が上がらない訳だ。

 

 更に住民達からも崇められているとなれば、確かに今、グールだと正体を明かすのは得策ではない。

 賢者様を崇める事で、街の結束が強まっている要因の一つとなっているのなら、それを自ら壊す原因を作る事など本末転倒だ。

 しかし、正体を隠すと言っても、賢者様の長寿に疑問などを抱く住民達も現れるのではないのだろうか。

 

「その点は心配ない。この賢者というものは開拓者達を祭るための爵位の様なもので、代々世襲して新たな賢者が誕生しているという事にして住民達の疑問を欺いている。幸い、このマスクと手袋のお陰で住民達の目を欺くのは簡単なのでね」

 

「成程……」

 

「さて、儂のマスクの秘密を説明し終えた所で、本題に入ろう。儂が君と会いたがっていた理由についてだ」

 

「はい」

 

「実は、君の人となりを確かめる為に直接会いたくてね」

 

「人となり、ですか。それで、賢者様のお眼鏡に適いましたでしょうか?」

 

「それは勿論。先ほど言った通り、君は素晴らしい青年だよ」

 

「ありがとうございます」

 

 グールと言うだけだって、長年の人生によって培われた鑑識眼はかなりのものなのだろう。

 どうやら早くから、俺の人となりを見抜いていた様だ。

 

「さて、何故儂が君の人となりを確かめたかったかと言うと。実は、是非とも君に頼みたい事があってね」

 

「頼み、ですか? それは街の事で?」

 

「いや、これは儂の個人的な事だ」

 

 てっきり街の事かと思ったのだが、どうやら違ったようだ。

 しかし、ポットマズーの生き字引である人物からの頼み事、一体どんな内容なのだろうか。

 

「それで、その内容とは、どの様なものなんですか?」

 

 すると、賢者様は徐に内ポケットから一枚の写真を取り出し、俺に手渡した。

 受け取った写真は長年に月日によるものか、少々色褪せてはいたが、戦前に自宅前で撮ったと思しきその写真には、二人の青年が仲睦まじく肩を組んでいる姿が写されていた。

 

「それはあの核戦争が起こる五年前に、儂の弟、ケニーと共に撮った写真だ。左が儂、右がケニーだ」

 

 グールになる以前の賢者様は、ちょっとやんちゃそうな印象を受けた。

 一方、弟さんのケニーさんは、反対に真面目そうな印象を受ける。

 

「実は、儂とケニーは戦前、ここから北に位置するグランドラピッズと呼ばれる都市で暮らしていてな。その頃儂はギタリストとして有名になりたいと、酒場で働く傍らギターの演奏に明け暮れていた」

 

「では、弟のケニーさんもギタリスト?」

 

「いや。ケニーは奏でるよりも作る方だった。そう、ケニーはギター職人として、儂よりも一足早く、地元でも名の知れたギター職人として名を上げていた。弟に先を越されて、少し悔しかったが、それよりも、嬉しさの方が上回っていたよ。ケニーはギター職人として名を上げてやりたいと、子供の頃から常々口にしていたからな」

 

「では賢者様の演奏に使用していたギターも、弟のケニーさんが制作を?」

 

「その通りだ。職人として成功する以前から、ケニーの作ったギターを儂が演奏しては問題点や改善点などの洗い出しに協力していたものさ」

 

 こうして賢者様の一面を垣間見終えた所で、話は本質へと移り変わる。

 

「さて、そんなケニーだが、彼は核戦争が始まる以前、とあるボルトへの入居権を与えられた。ナンバー58、ボルト58と呼ばれるボルトだ。ボルト58は、音楽文化の保全を目的に、有能な楽器職人を集めて戦後の次代にその素晴らしき楽器を継承させる為に造られたもの、という触れ込みのボルトだった。ケニーは当然、その話を聞いた時とても喜んでいたさ。自分の才能が認められ、かつ、自分自身の作品を後世に残せるとな」

 

 そして、まさかその中でボルトに関する情報が出てくるとは思いもしていなかったので、俺は内心驚きを隠せなかった。

 

「だが、儂はその入居権を放棄する様に迫った」

 

「え? それはどうして?」

 

「その頃、巷ではボルトに関する不穏な噂が流れていてな。儂も、酒場で働いている時に、その噂話を耳にしたんだ。Vault-Tecは当時の政府と結託して、建造したボルトをシェルターではなく、非道な人体実験場に利用する腹積もり、という噂をな」

 

 あぁ、どうやらVault-Tecの極悪さは、戦前の一部の人々の間では噂話として広まっていた様だ。

 まぁ、あれだけ大々的に宣伝していた訳だし、公に出来ない部分を全て秘匿しておくことは不可能だったのだろう。

 

 とはいえ、あくまでも確たる証拠のない噂話程度に抑え込めていたのなら、それはそれでVault-Tecの想定の範囲内だったのかもしれない。

 

「だから儂はケニーに入居権の放棄を迫ったが、ケニーは、首を縦には振らなかった。噂話は所詮噂話、それに、全国から集まった楽器職人達と共にギター作りの出来るこのチャンスを逃したくない。と言ってな。そしてケニーは、あの核戦争が始まる前に、ここから南に位置するボルト58に入居すべく家を後にした。……そしてそれが、儂がケニーの姿を最後に見た瞬間だった」

 

 ケニーさんを止めることが出来ず、後悔の念を滲ませる賢者様。

 しかし、もしケニーさんをボルトに入る事を止められたとしても、ケニーさんが賢者様同様グールとなって核戦争を生き抜けたかどうかは分からない。

 もしかしたら、ボルトに入れていれば死なずに済んだと、自分が殺したも同然と、今より更に深い後悔の念に苛まれてしまったかもしれない。

 

 賢者様がポットマズーをこの地に開拓したのは、ケニーさんが眠るボルト58の近くで、せめて墓標のボルト58を見守りたいと思ったからかもしれない。

 

「おっと、湿っぽくなってしまったな、すまない」

 

「いえ。……それで、ケニーさんとはそれ以来?」

 

「いや、直接会えなくはなったが、その後も核戦争が起きる直前まで、手紙でやり取りは続けていた」

 

「そうなんですか」

 

「手紙には、ボルト58で出会った素晴らしい楽器職人たちとの生活が綴られていた。そして、最後の手紙の中で、ケニーはこんな一文を書いている。"自分の職人人生の中で一番の最高傑作が出来た"とな。……さて、そこで儂の頼み事なのだが」

 

 と、賢者様は一拍置くと、遂に頼み事の内容を話し始める。

 

「ケニーの最後の手紙に書かれていた、最高傑作と称するギターを、是非ともボルト58から回収してきて欲しのだ。君のその腕の機械があれば、あの固く閉ざされたボルトの扉を開き、中に入る事が出来る筈、頼む!」

 

「ですが、お話を聞く限り、ギターが作られてから二世紀以上も経過しています。ギターの状態が良いとはとても……」

 

「それは心配ない。手紙には書かれていなかったが、ケニーはおそらくそのギターを、愛用の特殊なケースに入れて保管している筈だ。あいつはいつも出来のいいものをそのケースに入れて保管していた。そのケースは、内部のギターを衝撃から守り、ケース内の湿度を常に最適な状態に保つ優れた品物だ。ギターがそのケースで保管されているのならば、間違いなく二世紀以上が経過していても、保管状態は完璧な筈だ」

 

「成程、それなら問題なさそうですね」

 

 とはいえ、話によるとボルト58は楽器職人を集めたボルト、となると、他の職人が作ったギターもボルト内には存在していると思われる。

 ケニーさんの作ったギターと見分けられるだろうか。

 

「あの、他のギターと間違えない為に、そのケースの特徴をもう少しお話しできませんか?」

 

「特徴……、あぁ、そうだ。ケースには炎を吐くドラゴンのシルエットが描かれていた。目印になる筈だ」

 

 成程、よし、これなら他のギターと見間違えずに済みそうだ。

 

「さて。それで君は、儂の頼み事を受けてくれるかね?」

 

 ここまで話を聞いておいて、今更断るのは心情的にも難しい。

 それに、回収してほしいギターがあるのはボルトだ。

 可能性は低そうではあるが、状態の良い浄水チップが残されている可能性も捨てきれない。

 

 ならば、お目当てのギターの回収序に、浄水チップの捜索を行うのも悪くない。

 

「勿論、ケニーさんの残したギター、必ず賢者様の手元にお持ちいたします」

 

「おぉ、ありがとう。では、ボルト58の場所を教えよう」

 

 ピップボーイの地図にボルト58の場所を新たに書き加えると、俺達はボルト58へと向かうべく部屋を後にする。

 

「報酬のキャップを用意して君達の帰りを待っているよ」

 

 賢者様の声に見送られ、部屋を後にした俺達は、ベディー(M54 5tトラック)に乗り込み、ボルト58を目指してポットマズーを出発するのであった。




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第五十七話 ボルト58

 ポットマズーを出発し南下する事数分。

 ベディー(M54 5tトラック)を駐めたのは、ぽつんと佇む倉庫の敷地内。

 既に一部が劣化し破損しているフェンスに囲まれた敷地内に、同じく劣化した倉庫が一棟。

 

 ここが、ボルト58の出入り口だ。

 

「ボルトの中には俺とマーサ、それにノアさんの三人で入ります」

 

「気を付けてね、ユウ」

 

「む、無理しないでください」

 

「ベディーと共に帰りを待ってるぜ!」

 

 ボルト58の内部が現在どのような状況になっているのか分からないので。

 戦闘の経験豊富でボルトの様なシェルターの構造に精通している俺とマーサ、それにノアさんの三人でボルト58に侵入する事となった。

 

 残りの三人には、ベディー(M54 5tトラック)の見張り番も兼ねて、外で待機しておいてもらう。

 

 

 こうして役割分担を決め終えると、早速俺達三人は、倉庫内へと足を踏み入れた。

 M4カスタムを構えて警戒しつつ、倉庫内へと足を踏み入れるが、倉庫内は特に危険な野生生物等が住み着いている様子もなく、安全は確認できた。

 

「どうやらボルト58に入る為には、このエレベーターを使うみたいだ」

 

 倉庫の床に設けられた歯車の形をした垂直エレベーター。

 このボルト58の出入りの方法は、リーアと酷似している。

 おそらく、平地に出入り口が作られたボルト等は、この出入りの方法を採用している所が多いのだろう。

 

 近くの操作盤を使用して垂直エレベーターを起動させると、俺達はまだ見ぬ地下世界へと足を踏み入れるべく、下り始めた。

 

 

 

 

 程なくして、僅かな揺れを感じ終えると、垂直エレベーターは目的地に到着した。

 幸い、まだ照明は生きているらしく。

 眼前に広がる洞窟は、薄暗いながらも視界は確保できていた。

 

 壊れて半開きのフェンスをノアさん自慢の怪力で開き、通路である洞窟を進んでいくと、程なく、ランプに照らし出された重厚で巨大な扉が姿を現す。

 58の数字が描かれたその巨大な扉は間違いなく、ゲームで何度も様々な数字が描かれた同様の物を目にしたボルトのメインゲートであった。

 

「この操作パネルを使えば扉が開くはずだ……」

 

 巨大な扉の脇にぽつんと佇む操作パネルに近づき、早速操作を始める。

 どうやらボルト111のように、ピップボーイからプラグを挿さなければ操作を受け付けないようだ。

 早速ピップボーイからプラグを伸ばして挿入すると、程なく、操作が可能となる。

 

 洞窟の壁に反響して更に耳障りな音量となったサイレンが鳴り響く中、巨大な扉がゆっくりと開閉していく。

 

 そして程なく、巨大な扉を潜ると、俺達はボルト58のエントランスホールへと足を踏み入れた。

 

「何だか凄い荒れてるわね」

 

「あぁ、しかも状態からして荒らされてからかなりの年月が経過しているな」

 

 そこで目にしたのは、荒れ果てたエントランスホールの光景であった。

 錆が浮いた壁や天井には、おそらく剥ぎ取ったパイプであろう物が突き刺さり、床には明らかに人骨と思しきものも幾つか転がっている。

 

 そんなエントランスホールの光景を目にした瞬間、浄水チップの探索は絶望的な状況であると悟り、半ば諦めながらも。

 ケニーさんの残したギターを回収する、その本来の目的を果たす事に集中すべく直ぐに気持ちを切り替えると、警戒しながら更に奥へと進んでいく。

 

「痛ましい光景だ……」

 

 ノアさんがぼそりと呟いた言葉を耳にして、俺は心を少し痛めた。

 おそらくノアさんは、今もなお完璧な世界で安心と安全の生活を送っていると信じて止まない故郷(ボルト13)の事を思い出して、先程の言葉を呟いたのだろう。

 ゲームと同じ末路を辿ったのならば、このボルト58以上に悲惨な状況になっている。そんな事など露程も知らずに。

 

「そう、ですね」

 

 でも、ノアさんにその事を語る事は、おそらく一生ないだろう。

 

 

 それから中央広場の様な開けた空間へと足を踏み入れた俺達が目にしたのは、エントランスホールよりも更に酷い光景であった。

 散乱したテーブルや椅子、更には、木箱やロッカーなども散乱している。

 そして、そんな散乱した物にもたれかかるように、幾つもの白骨体がその姿を晒していた。

 身に纏っていたVaultジャンプスーツから、おそらくボルト58の入居者である楽器職人達、なのだろう。

 

 しかし、よく見ると幾つかの白骨体には、胸や手足などに、先を尖らせた金属パイプやノコギリ、更にはノミやナイフなど、鋭利な物が突き刺さっていた。 

 

 施設の荒れ具合と言い、入居者たちの白骨化した死体の状況と言い。

 一体、このボルト58で何が起こったというのだろうか。

 

「ここには、目的のケースは見当たらないので、更に奥に進もう」

 

 お目当てのギターが入ったケースが見当たらない事を確認すると、俺達は更に奥へ進むべく通路を進む。

 そして程なく、通路の窓から目にした、居住とは異なる部屋に足を踏み入れる。

 

 どうやらここは、楽器製作の為の工房の様だ。

 様々な楽器の製作に必要な材料や道具などが棚に置かれていた。

 今となってはどれも使い物にならなくなってはいたが。

 

 そして、この部屋にもお目当てのケースは見当たらなかった。

 

「ん?」

 

 さらにその後、いくつかの工房や他の部屋も見て回ったが、お目当てのケースは発見できなかった。

 なので、一段下の階層に向かうべく連絡階段を下ろうとした時の事。

 

 ふと、ピップボーイのレーダーに反応が現れると、次いで、連絡階段の下から何処かで聞いた事のある足音が聞こえてきた。

 

「っ!?」

 

 そして、足音の正体は、程なくその姿を俺達の視界内に現した。

 その頑丈で小さく平たい甲羅を身に纏い、二足歩行で両腕のハサミを振るうその姿は、紛れもなく雄のマイアラークであった。

 

「何でこんな所にマイアラークがいるのよ!?」

 

「分からない!? でも、兎に角、今は攻撃を!」

 

 俺のM4カスタムとマーサの二挺のリボルバーが火を噴き、程なく雄のマイアラークは床に倒れて動かなくなる。

 だが、それで終わりではなかった。

 銃声に引き寄せられたのか、更に奥から雄と雌、マイアラークの集団が俺達に迫りくる。

 

 幸い、側面等に回り込まれる事のない限られた空間、更には階段の上部と言う地の利を生かし、迎撃を続け。

 程なく、マイアラークの集団を沈黙させる事に成功するのであった。

 

「一体このボルトはどうなってるの?」

 

「分からない。でも、更に奥に行けば、何か分かるかもしれない」

 

 弾倉を交換しながら、俺はマーサの疑問に答える。

 さて、弾倉交換を終えた所で、このボルトの状況を解明するのに役立つ物と共に、お目当てのケースの捜索を再開すべく、連絡階段を下っていく。

 

 

 

 そして足を運んだ階層は、どうやら居住エリアのようだ。

 ケースを捜索すべく、エリア内の部屋を一つ一つしらみつぶしに当たっていく。

 

 それにしても、どの部屋の中も無残な白骨体が転がり、荒れ果てている。

 

 こうして、陰鬱な気分になりそうな部屋の捜索を続ける事幾分か。

 最後に足を踏み入れた部屋は、少々錆が浮いている事を除けば、今までの部屋とは異なり、そこまで荒れ果ててはいなかった。

 そして、部屋のベッドの上には、横たわった一体の白骨体。その頭部の脇には、一挺のN99型10mm拳銃が置かれている。

 

 状況からして、自ら命を絶ったのだろう。

 

 と、俺は、不意に机の上に置かれていたパソコンに目が留まった。

 ここまでに目にしたボルト58のパソコンは、その殆どが壊されているか起動しないものばかりだった。

 だが、この部屋のパソコンは状態も良さそうなので、起動するかもしれない。

 

 俺は試しに起動を試みると、パソコンは音を立てて起動した。

 

「……これは!」

 

 しかしロックが掛かっていたので、ハッキングによりロックを解除し、中のデータを閲覧すると。

 この部屋の、そして、ベッドの上の白骨体の正体を知る事になった。

 それは、誰であろう、賢者様の弟であるケニーさんだったのだ。

 

 俺はパソコンに保存されていた、ケニーさんが書いた日記に目を通していった。

 

 

 ──今日から日記を書き始める。この素晴らしき世界の一員となった素晴らしい日を記録しておく為だ。ここは本当に素晴らしい世界だ、業界でも有名な職人達のその技術を文字通り間近で見ることが出来るんだから。まぁ、不満がない訳じゃない。このぴっちりとした青いスーツは、まだちょっと馴染めていないからだ。ま、そんな不満も、この素晴らしい世界に比べれば本当に些細な事さ。

 ──今日は本当に、人生で最高の日だ。なんと同じボルト58に入居していた、僕が昔から尊敬してやまないギター職人のマローンさんに声をかけられ、更にはいいセンスと褒められたからだ。あぁ、この感動を言葉でどう表現すればいいのか分からないけど、兎に角、今日は人生で最高の日だ。

 

 ──最初に入居した頃は、ここが素晴らしき世界などと、まるで天国の様な場所と書いたが、それは間違いだった。もし、地獄なんてものが本当に存在しているのなら、それは、このボルト58の事を指していたのかも知れない。……兄さんの言っていた事は、正しかった。今更後悔しても遅いけど、もしも、もしもまた兄さんに会えたのなら、その時は僕が間違っていたと謝りたい。

 ──手紙に本当の事を書けたのならば、どれ程気分が晴れやかになるだろうか。でも、それは出来ない。何故なら外部への手紙などは監督官による検閲を受ける必要があるからだ。真実を書けば、間違いなく手紙は届かない。だから、手紙ではボルト58が天国であるかのように綴ったが、それは違う。ここは、地獄だ。

 

 ──このボルト58は、本当に地獄だ。特に、僕達職人にとっては。このボルト58には入居する前には知らされてもいなかった"掟"が存在していた。その掟とは、毎月隔週金曜日に住民の中から"提供者"と"破壊者"が選出させられ、提供者は製作した楽器を差し出し、そして、破壊者は差し出された楽器を破壊するというものだ。しかも、提供者は丹精込めて製作した楽器が破壊されていく様を、強制的に見せつけられるのだ。

 ──当然、こんな掟、職人なら誰だって破りたい。だが、監督官によれば、この掟を破ればボルト58の全機能は停止するというのだ。ふざけるなよ! それじゃ、破りたくても破れないじゃないか。誰だって、自分の命は惜しいのだから。

 ──だから今日も、僕達職人は掟を破らない為に、楽器を作り続ける。もしかしたら、出来上がったこの楽器が、次の金曜日には無残に破壊されるかもしれないと分かっていても。あぁ、ギターを作る事が、こんなに辛く空しいと感じたのは、始めてだ。

 

 ──あの掟のせいで、ボルト58の住民達の間に流れる雰囲気は最悪だ。だってそうだろう、自分の息子同然の楽器を、無残にも破壊した奴と同じ食堂で、同じ食事をとる。顔を見たくなくても、逃げ場なんてない。だから、いつも誰かがイライラしている。それに、まだ奇跡的に楽器を差し出した事がない住民も、いつ自分の番がやって来るかとビクビクしている。本当に、空気は最悪だ。

 

 ──ボルト58は今や、内乱一歩手前の状況だ。ちょっとした切っ掛けでいつ爆発するか分からない。本当に、逃げ出せるものなら、この地獄から逃げ出したい。

 

 ──今日も何とか無事に終わったが、いつ爆発するとも分からない爆弾の中で神経をすり減らしての生活は、もう疲れてきた。でも、明るい話題がない訳じゃない。

 ──手紙にも書いたけれど、今日、僕の人生の中で最高傑作の一本(ギター)が完成した。今は本当に、充実感に満たされている。

 ──だけど、喜んでばかりもいられない。この最高傑作をあのクソッタレな掟を守る為に生贄に差し出さなければならないかもしれないからだ。だから、俺はこの最高傑作を守る為に生贄用のダミーを用意する事にした。勿論、身代わりを作ったなんて知られれば一大事だ、だから、誰にも感づかれないように慎重に作っていこうと思う。

 ──最高傑作は愛用のケースに入れて保管しておく、このケースの中なら、安心だ。それから、このケースを部屋に作った秘密の場所に隠しておく事にした。もし、もし生きてこの地獄から出られる時は、このケースを持って、兄さんたちに会いに行こう。そうだ、出来ればこの最高傑作を最初に弾いてくれるのは、兄さんがいいな。うん。

 ──そうだ、秘密の場所を一応書いておく。場所はベッドの下、こっそり床をくりぬいて作った隠し収納の中だ。

 

 ──あぁ、とうとう恐れていた事が起こってしまった。

 ──今やボルト58の中は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。住民達が楽器に命を吹き込むべき道具を使って、人の命を奪い合っている。内乱を止めるべき監督官やセキュリティは、倉庫の中に閉じこもってしまった為、もう内乱を止める術はない。

 ──尊敬してたマローンさんも、怒り狂った表情でノコギリを振り回している。あぁ、どうして、どうして……。

 

 ──もう嫌だ、限界だ。逃げ出そう、自由になろう。護身用に手に入れたこの拳銃で。

 

 

 俺は、日記を読み終えると、気付けば拳で壁を叩いていた。

 痛みはあったが、それよりも、ボルト58に対する胸糞悪さの方が遥かに勝っていた。

 

 このボルト58は、人間の尊厳を何だと思っているんだ!

 追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、そして心を壊して。あんな惨状を作り出して、一体何がしたいんだこのボルト58は!!

 

「ユウ……」

 

「今はそっとしておいた方がいい」

 

 くそ、怒りが収まらない。

 いっそ、ありったけの爆発物を使ってこのボルト58を吹き飛ばすか。

 

 そんな考えが頭をよぎった時。

 ふと、ケニーさんの白骨体を目にし、それが如何に浅はかで愚かな事かと悟った。

 

 いや、駄目だ。

 このボルト58は、今やケニーさんの巨大な墓。それを爆発しようだなんて、罰当たりにも程がある。

 賢者様だって、そんな事は望んでいない筈だ。

 

 俺は深い深呼吸を行うと、何とか心を落ち着かせる。

 

「心配かけてごめん。もう大丈夫だから」

 

「本当に大丈夫なの?」

 

「大丈夫。それよりも、目的のケースの場所が見つかったよ」

 

 心配そうなマーサにこれ以上心配をかけまいと、気丈に振舞うと。

 俺は早速、フラッシュライトを片手にベッドの下を覗き込んだ。

 

 程なく、一か所だけ不自然に浮いた床タイルを発見する。

 上半身をベッドの下に入れ、床タイルをどけてその下を覗き込んでみると、そこには、銀色に輝くケースが一つ、隠されていた。

 

 ベッドの下の秘密の収納から取り出したいそれを、改めて確認すると、ケースの表面には確かに、炎を吐くドラゴンのシルエットが描かれていた。

 間違いない、このケースだ。

 暗証番号による電子ロックが掛かっているようだが、賢者様は解除の番号を知っているのだろうか?

 いや、今は余計な事は考えないでおこう。

 

 手に入れたケースをピップボーイに収納すると。

 俺はベッドの上に横たわるケニーさんの白骨化した両手を胸元で組ませ、ピップボーイから白いテーブルクロスを取り出すと、姿を隠すようにかぶせた。

 

 そして、静かに手を合わせた。

 

「それじゃ、いきましょうか」

 

「街に戻るの?」

 

「いや、このボルト58で本当は何が行われていたのかを調べたいんだ。それに、マイアラーク達の出所も」

 

 目的のケースは回収したのでポットマズーに戻ってもよかった。

 だが、俺はこのボルト58の真の目的を解明する為。

 そして、マイアラーク達の出所を探る為、ボルト58の深部を目指した。

 

 

 

 もしかしたら、ボルト58の真の目的を解明するのも、マイアラーク達の出所を探るのも、全て口実だったのかもしれない。

 本当は、まだ心の奥に残っていた、やり場のない怒りを、弾丸に乗せてマイアラーク達にぶつける事で、発散したかっただけなのかもしれない。

 

 通路に次々と出来上がったマイアラーク達の死骸を、ふと振り返って、俺はそう感じていた。

 

「ねぇユウ、見て。壊れた楽器が沢山散らばってる!」

 

 と、安全を確保した矢先、不意にマーサが通路の窓からとある部屋の様子を目にして叫んだ。

 窓に近づき中を覗いてみると、確かに、部屋の床には様々な楽器の破片など、無残な姿の楽器が散らばっていた。

 

 そして、ふと隣の部屋を調べてみると。

 そこには、ゴミと化した大量の楽器が、山のように積まれていた。

 

 成程。どうやら先ほどの部屋は、掟に従って楽器を破壊する為の部屋で、先ほど覗いていた窓から、中で楽器が破壊された様子を強制的に見せていたのだろう。

 そして、この部屋に破壊されゴミと化した楽器の破片を置いていたのか。

 

 酷い、本当に酷い。

 

「他の部屋も、調べてみよう」

 

 これ以上見続けていると、また怒りがぶり返してしまいそうな気がしたので、俺は別の部屋を調べ始める。

 こうして足を踏み入れたのは、今までの部屋とは異なる雰囲気を醸し出していた、監督官の執務室であった。

 

 俺は徐に執務机に置かれていたパソコンを調べると、まだパソコンが起動すると判るや、早速起動して中のデータに目を通し始めた。

 監督官の使用していたパソコンならば、ボルト58の真の目的を解明するに役立つデータが残っていると考えていたからだ。

 

 そして、その考えは正しかった。

 

 

 このボルト58の目的は、音楽文化の保全などではない。

 このボルト58の真の目的は、製作した楽器を目の前で強制的に破壊され、それを目の当たりにした被験者(ボルト58の住民)の精神的ダメージの計測と、その後の行動の変化等を観察しデータを収集する。

 そんな不愉快極まりない目的の為に作られたのが、ボルト58であった。

 

 そして、目的の為に設けられた脅しの様なあの掟。

 どうやら、破るとボルト58の全機能が停止するというのは全くの嘘、であった。

 しかも、それを知っていたのは監督官ただ一人。

 

 その為、掟が真実と信じてやまなかったボルト58の住民達は、生きる為に愚直に実験を行い続け、とうとう精神が崩壊。

 生きる為と我慢し続けてきた怒りが爆発し、住民同士の争いが勃発、一気に内乱と化し、これまで目にしてきた悲惨な痕跡を残す事になった。

 

 そしてその時、事態を収めるべき監督官とセキュリティ達は、ケニーさんの日記に書かれていた通り、倉庫の中に閉じこもって事態が収まるのを待っていたのだろう。

 何て身勝手で、何て愚かな奴なんだ。

 

 ただ、データを見る限り。

 内乱で殆どが死亡し、生き残った僅かな住民も、結局ケニーさんのように自ら死を選んで、内乱が自然に終結した後も、監督官とセキュリティ達が倉庫の中から出てきた様子は確認できなかった。

 何らかのトラブルで出られなくなったのだろう。愚か者に相応しい末路だ。

 

 

 さて、こうして監督官のパソコンから胸糞悪いボルト58の真の目的も解明できた所で。

 あとは、再び湧き上がってきたこの怒りを、墓荒らしの罪を犯すマイアラーク達にぶつけるとしよう。

 

 

 怒りに駆られた俺は、監督官の執務室を後にすると、深部を目指し歩み続ける。マイアラーク達の屍を超えて。

 そして、足を運んだのは、ボルト58の最下層であった。

 案内板によれば、この最下層にはボルト58の命でもある原子炉が存在している。

 

「っ!?」

 

「な、何!?」

 

 と、長い通路を歩いていると、突然音が聞こえたかと思えば、まるで誰かに押し倒されるかのように尻餅をつく。

 しかも、俺だけでなく、マーサも同様に。

 

 一体何が起こったのかと、周囲を見回していると。

 不意に、通路の先から何かが近づいてくるのが目に留まった。

 

 全身を覆うのは強固な鱗、凶暴なヒレ。

 二足歩行で移動するその姿は、まさに半魚人と呼んで差し支えない。

 マイアラーク達の王であるその名は、マイアラークキング。

 

「っ! くそ!」

 

 マイアラークキングの凶暴な口から、音と共に繰り出される超音波攻撃(ソニックアタック)

 どうやら、先ほどの押し倒されるような感覚は、超音波攻撃(ソニックアタック)を受けた為だったようだ。

 

 くそ、この場所じゃ、超音波攻撃(ソニックアタック)を回避しようにも動きが制限されてまともに回避できないうえに、遮蔽物もない。

 かといって、撃ち合うにしても、マイアラーク系統特有の固さを有する為にあまり得策とは言えない。

 

 ここは一旦下がって、ノアさんに対処を……。

 いや、ここは俺の力で、俺の手でマイアラーク達の親玉である奴を倒さないと、俺自身が納得しそうにない。

 

 刹那、俺はM26手榴弾を手にすると、あのシステムを起動させる。

 

 世界が、緩やかに流れ始める。

 口を開き、今にも超音波攻撃(ソニックアタック)を放たんとするマイアラークキング目掛け、俺は駆け出した。

 そして、安全ピンを抜き、通路の壁を蹴り、勢いよく跳躍すると。無防備なその口目掛けて、M26手榴弾を放り込む。

 

 こうして見事に放り込んだのを確認すると、俺はマイアラークキングの脇を抜け、距離を取る。

 そして時は、再び元の流れに戻っていく。

 

 マイアラークキングにしれみれば、突如口の中にM26手榴弾が現れて、さぞ困惑したのだろう。

 超音波攻撃(ソニックアタック)を放つのを中断し、口の異物を確かめていた、刹那。

 

「ギャァァッ!!」

 

 悲鳴と爆発音と共に、マイアラークキングの口元が見事に爆ぜた。

 が、流石はキングと言った所か、やはりM26手榴弾一個だけでは、簡単には倒れない。

 

「なら!」

 

 俺は、不意に視界の端に映った、廊下に転がっていた先の尖った金属パイプを拾うと、両手に構え。

 そして、再びマイアラークキング目掛けて駆け出した。

 

「ギ、ギィ!!」

 

 すると、背後から近づく俺の気配を感じ取ったのか、マイアラークキングが俺の方に正面を向ける。

 すると、超音波攻撃(ソニックアタック)を放てなくなった、更に醜悪さが増した顔が、目に留まる。

 そんな顔目掛けて、俺は懐に飛び込むや思い切り跳躍すると、構えた金属パイプの尖った先端を、勢いよく顔に突き刺した。

 

「ギィィ……」

 

 そして、裂傷部から大量の血を流し、血の池を作り上げたマイアラークキングは、程なく、自らの血の池に糸の切れた人形の如くその体を横たわらせた。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 マイアラークキングを倒し、安堵したからか、一気に疲労が体を襲う。

 そんな俺のもとに、マーサとノアさんが駆け寄ってくる。

 

「ユウ! 大丈夫!?」

 

「う、うん。大丈夫、ありがとう」

 

「しかし、見事な戦いぶりだったぞナカジマ」

 

「そんな、ノアさんに比べれば、まだまだ」

 

「いや、見惚れる程見事だったぞ。そうだな、ヒコック?」

 

「え? そそ、そうね! 少しは、カッコよかった、わよ!」

 

 顔を赤らめ、あたふたと同意の言葉を口にするマーサの姿を目にして、疲労が一気に吹き飛んだ気がした。

 

 

 

 

 その後、スティムパックを使い傷を癒した俺は、移動を再開する。

 そして、通路を進んだ先で目にしたのは、太もも付近まで水没した原子炉エリアの光景であった。

 

「万が一の事がある。私が見てこよう」

 

 半分近くまで水没した、原子炉エリアの出入り口である自動ドアを潜るノアさん。

 数分後、再び自動ドアを潜ってノアさんが戻ってきた。

 

「中はかなりの部分が水没していた。それから、壁の一部に巨大な穴が開いており、水はそこから浸水したと思われる。そしておそらく、マイアラーク達の出所もその穴だろう」

 

「穴は塞げそうですか?」

 

「水に隠れて確認できない部分もあったので、何とも言えないな」

 

「分かりました。では、この通路を塞ぎましょう」

 

 俺は少し引き返すと、そこでピップボーイからワークショップver.GMを出現させ、早速、通路に壁を作って塞いでいく。

 マイアラーク達の攻撃で容易に突破されないように幾重にも壁を重ね。

 程なく、通路を塞ぐことを完了するのであった。

 

「これで、墓荒らしを行うマイアラーク達も、暫くは入って来れないでしょう」

 

 マイアラーク対策がこれで完璧という訳ではないが、暫くは、ケニーさんも安らかに眠っていられるだろう。

 

「さ、戻りましょう」

 

 そして俺達は、静かになったボルト58を後にすべく、エントランスホールを目指して歩み始めるのであった。




ご愛読いただき、そしてご意見・ご感想、皆様の温かな応援、本当にありがとうございます。大変励みになります。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第五十八話 耳をすませて

 ボルト58から再びポットマズーへと戻った頃には、街中はすっかり夕食時の情景へと移り変わっていた。

 そんな街の情景を横目に、俺達はホテルの最上階で待つ賢者様のもとへと向かう。

 

「おぉ、君達の帰りを心待ちにしていたよ!」

 

 部屋の扉をノックすると、気持ちが行動に現れたのか、扉を開けて賢者様が俺達を出迎える。

 そして、部屋の中に足を踏み入れた俺は、早速賢者様にご依頼された品を手渡す。

 

「おぉ、これは間違いなく……。あぁ」

 

 あまりの感動に小刻みに震える両手でケースを受け取った賢者様は、やがてケースを抱きしめると、暫し、ケニーさんとの思い出に浸るのであった。

 

「所で、ボルト58の内部はどのような様子だった? 手紙のように、あそこはケニーにとって天国の様な場所だったかね?」

 

 そして、一頻浸り終えた所で、とても返事に困る質問が賢者様の口から零れる。

 あそこは、ボルト58は、ケニーさんにとっては地獄だった。

 だが、真実を伝えるのが正しい事だろうか。もし真実を伝えれば、戦前にケニーさんのボルト58への入居を止められなかった悔しさを、また思い起こさせてしまうのではないか。

 

 どの様に伝えるべきか、悩んで言葉に詰まっていると、賢者様が再び口火を切り始めた。

 

「……そうか。やはりボルト58は、素晴らしい所であったか」

 

 俺の様子から、察したのだろう。

 

「ケニーは、安らかだったかね?」

 

「……はい」

 

「そうか、それはよかった」

 

 そして、賢者様は暫し沈黙すると。

 不意に、手にしたケースに暗証番号を打ち込み始めた。

 

「このケースは、儂がケニーの為にプレゼントした初めてのケースだった。特殊故に、少々値は張ったが、だが、あいつの喜ぶ顔を見た時、その甲斐はあったと感じた事は、今でも覚えているよ。そして、儂とあいつ、二人の誕生日の日付を暗証番号に設定しようと話した、あの夜の事もな……」

 

 刹那、ロックが解除された音と共に、賢者様は、中から一本のクラシック・ギターを取り出した。

 

「……あぁ、ケニー。このギターは本当に素晴らしい。お前は儂の自慢の弟だ」

 

 木の温もりを感じられながらも、優美さを醸し出すそのクラシック・ギターは、まさに最高傑作と呼ぶに相応しい逸品であった。

 そして、そんなクラシック・ギターの姿を目にした賢者様は、暫し俯きながら、ケニーさんとの思い出に思いを馳せるのであった。

 

「ケニー、お前の意志は、儂が引き継ごう」

 

 刹那、賢者様は徐にクラシック・ギターを構えると、チューニングを始めた。

 

「君達、もう少し、この老人の我儘に付き合ってくれるかね?」

 

「はい、喜んで!」

 

「ありがとう。……あぁ、なにぶん、お手製のギターで鈍らないように弾いてはいたが、こんな状態の良いギターで弾くのは久しぶりなので、腕前のほどは、あまり期待しないでくれよ」

 

 そして、賢者様の演奏を聴くべく、俺達も準備が整った所で。

 チューニングを終えた賢者様は、ゆっくりと、クラシック・ギターを弾き始めた。

 

 部屋に響き渡り始める、多彩な音色。

 そんな音色に乗せて、賢者様が口ずさみ始めた歌詞は、ゲームでも、そして前世でも聞いた事のある故郷へかえりたい(カントリー・ロード)

 

 それはまるで、ケニーさんを悼むように。

 ケニーさんの無念を晴らすかのように。

 

 そして、天国のケニーさんに届けるかのように。

 

 美しい音色は、美しい夕焼けと共に、暫しこの世界を彩るのであった。

 

 

「君達には、本当に感謝してもしきれない」

 

 素晴らしい演奏を終え、クラシック・ギターをケースに戻した賢者様は、俺達に深く頭を下げた。

 

「こちらこそ、素晴らしい演奏をありがとうございます」

 

「君は本当に素晴らしい青年だな。さぁ、報酬だ、受け取ってくれ」

 

 そう言うと、机の上に置かれていた袋を手に取り手渡す。

 受け取った重みのある袋の中身を確かめると、そこには、大量のキャップが入っていた。

 

「三百キャップ入っている。それから、これも受け取ってくれ」

 

 三百キャップが入った袋をピップボーイに収納すると、賢者様は、謎の鍵を手渡してきた。

 

「この鍵は?」

 

「キャップだけでは足りないと思って、このホテルの空き部屋を君達に提供する事にしたんだ。君達はもうこの街の一員だ、部屋は、好きな時に使ってくれ」

 

「ありがとうございます!」

 

 まさか、報酬でゲームの如く自宅を手に入れられるとは思ってもいなかったので、俺は心の底から感謝の言葉を賢者様に述べた。

 

「それと、もう一つ」

 

「そんな! もうお気持ちは十分です……」

 

「ハハハッ! 若い者が遠慮するな。それに、儂としては是非とも聞いて欲しいんだ」

 

「聞いて欲しい?」

 

「儂は以前から、何とかこの世界にもう一度、儂とケニーが愛し熱中した、音楽文化を復活させようと細々と活動していた。その一環で、音楽の素晴らしさを、楽器を奏でる楽しみを、街の住民達に教えていた。そして、そんな活動を続けたお陰で、小規模ながらこの街に楽団を立ち上げる事に成功してね。不定期ながら、演奏会を開催しているんだ」

 

「凄い……」

 

 核戦争によりその多くが焼失し、戦後も、生きていく為に必ずしも必要ではない音楽文化を復活させるのは、並大抵のことではないだろう。

 しかし、賢者様は途中で諦める事無く、再びこのウェイストランドに音楽文化を復活させるための第一歩を踏み出し始めた。

 本当に、感服だな。

 

「それで、楽団には儂も参加していてね。演奏会がない時は、このラジオの周波数で録音した演奏を流しているんだ。だから君にも、是非、儂らの演奏を聴いて欲しい」

 

 賢者様に周波数を教えてもらい、早速合わせてみると。

 早速、ピップボーイから優雅な音楽が流れ始めた。

 

「これからは、ケニーのギターを使って演奏するので、是非とも、暇な時は耳を傾けてほしい」

 

「ありがとうございます!」

 

 最後に素晴らしい報酬を受け取った俺は、再び、心の底から感謝の言葉を賢者様に述べるのであった。

 

 

 

 

 こうして賢者様と別れた俺達は、その足で早速、報酬で貰った空き部屋の確認に向かった。

 ホテルの二階に設けられたその部屋は、戦前のホテルの頃のベッドやテーブル、それに新たに運び込んだ冷蔵庫など、生活に必要な一通りの家具は揃っていた。

 

「なかなかいい部屋じゃない」

 

「私としては、ベッドが少し窮屈だな……」

 

「こんな凄い部屋に住めるなんて、凄いです!」

 

 ナットさんにノアさん、それにニコラスさんが部屋を見た感想を口々に漏らす。

 

「でも、私達全員で使うには、窮屈よね」

 

 ナットさんの意見に、俺は心の中で同意した。

 確かに、一人や二人で使う分には十分だが。流石に六人。

 いや、ディジーは、今も見張り番の為同行していない事からも、ベディー(M54 5tトラック)からあまり離れたがらないので、実質五人だが。

 

 流石に、五人で使うには手狭だ。

 

「それじゃ、この部屋はユウとマーサの二人で使ってもらう事にしましょう!」

 

「おぉ、それはいいアイデアだ」

 

「えぇ、お二人で……」

 

「あら? 私のアイデアに文句ある?」

 

「……ないです!」

 

 と、思っていた矢先。

 ニコラスさんの言葉を笑顔でねじ伏せたナットさんの提案に、俺は困惑する。

 

「ちょ! ちょっと待ってよナットさん! なんでそうなるのよ!?」

 

 そして、そんな俺がナットさんに言葉をかけるよりも早く、頬を少々赤らめたマーサが口火を切った。

 

「だって、全員じゃ狭いでしょ。だからマーサとユウの二人で使えば全然余裕でしょ?」

 

「そうじゃなくて! ど、どうしてあたしとユウで使う事になる訳!」

 

「あら? だって練習に丁度いいじゃない。今から将来二人で生活するようになった時の練習よ、練習。あ、何ならいっその事、一時住まいじゃなくて、本当に愛の巣にしちゃう?」

 

「ななななな! ナットさーーーんっ!!!」

 

 小悪魔の様な笑みを浮かべるナットさんに、マーサは顔を真っ赤にして叫ぶのであった。

 

 にしても、マーサとの愛の巣、か……。

 

 浄水チップを見つけてリーアに戻ったら、そこで俺の旅は終わる。

 そしてマーサは、ナットさんとまた取材の旅を再開するのだろうか。

 もし、許されるのなら、俺は旅を終えても、マーサの隣を歩いていたい。彼女の笑顔を、見続けていたい。

 

 そしていずれは、何処か平和な土地で、慎ましやかに……。

 

「ユウはどう思う?」

 

「……ふえ?」

 

 と、考えに耽っていると、不意にナットさんが俺に話を振ったので、俺は素っ頓狂な返事を返してしまう。

 

「だから。今日はもう夜になった事だし、出発は明日にして、ユウとマーサはこの部屋で一夜を過ごす。私達は、宿屋で過ごす。それでいいでしょ?」

 

「え、あぁ……、そう、ですね」

 

「ちょ! 何同意してるのよ! 少しは──」

 

「じゃ、そういう事で決まりね! 集合場所はベディー(M54 5tトラック)の所で大丈夫よね。……それじゃ、私達は失礼するわね。どうぞお二人でごゆっくり~」

 

 そして、相変わらず顔を真っ赤にするマーサを他所に、ナットさんはノアさんとニコラスさんを引き連れ、意味深なウィンクを残して、足早に部屋を後にするのであった。

 

 

 こうして部屋に残される事になった俺とマーサ。

 何だか、気まずい空気が漂い始める。

 

「え、えっと……、ごめん」

 

「何で謝るのよ」

 

「マーサは俺と一緒なのが嫌なのかなって」

 

「ば! そんな訳ないでしょ!! あたしはユウの事を嫌いなわけないじゃない!! むしろ、……」

 

 と、言いかけて、更に顔が赤くなるマーサ。

 一方の俺も、気付けば顔が真っ赤になっていた。

 

 それからお互い、どれ程顔を赤らめていただろうか。

 

 不意に、示し合わせたように腹の虫が鳴ると、お互いぷっと吹き出した。

 

「そういえば、夕食、まだだったね」

 

「そうね。兎に角食べましょう」

 

 こうして夕食の準備を始める俺とマーサ。

 そこには、いつもの空気が流れ始めていた。

 

「えっと、缶詰は、と」

 

「ねぇ、もしかして夕食、缶詰で済ませるつもり?」

 

「え? 駄目?」

 

 ピップボーイから缶詰を取り出そうとしている俺に、不意にマーサが待ったを掛ける。

 

「折角部屋にキッチンあるのに、缶詰で済ませるなんて勿体ないわよ! ……そもそも、ユウって料理出来るの?」

 

「えっと……、あまり得意では、ないかな」

 

 マーサに尋ねられて、俺はこれまでの料理の経験を振り返って答えた。

 そういえば、リーアにいた時は料理は母が作ってくれていたし、リーアを出た後も、食事は缶詰等の保存食や集落などの店で済ませていたので、殆ど料理をしてこなかった。

 

「はぁ……。いいわ、なら夕食はあたしが作るから、ユウは待ってて」

 

「え!?」

 

 そして、マーサの口から零れた言葉を耳にして、俺は目を丸くしてしまった。

 すると、マーサは顔を近づけてくる。

 

「ちょっと、何よその反応!」

 

「あ、えっと、その。……少し、意外だったから」

 

「意外って、あたしだって料理位出来るわよ! いいわ、見てなさい! とっておきのを作ってあげるから!」

 

 そう言うと、マーサはキッチンに向かった。

 そんなマーサの背中を見送りながら、俺は身に纏っていた装備品を脱ぎピップボーイに収納してBDUのみと身軽になると、椅子に腰掛け、マーサの料理が出来上がるのを待った。

 

 しかし、まさかマーサが料理に自信があるとは、意外だった。

 勝手ながら、マーサは料理が苦手なのではと、思い込んでいた。

 

 でも、改めて思えば、マーサの意外な一面を知れたんだ。

 そう思うと、自然と笑みがこぼれていた。

 

「出来たわよ!」

 

「……おぉ」

 

 それから暫くして、目の前のテーブルにマーサの作った料理が運ばれる。

 お皿に盛りつけられたその料理の数々を目にして、俺は感動の声を漏らした。

 

 バラモンの肉を使ったビーフシチューに即席ポテトの盛り合わせ、それにテイトのサラダ、そしてデザートのマットフルーツ。

 

 とても美味しそうな見た目の料理の数々が、そこにはあった。

 

「いただきます!」

 

「?? いただきます?」

 

 多分、マーサはいただきますの意味が解らなかったのだろう。

 しかし、見様見真似でぎこちなく、いただきますの挨拶を行うマーサ。

 

 そんな彼女の愛らしさを感じつつ、挨拶を済ませた俺は、スプーンを手に取ると、早速ビーフシチューを一口すくい、口に入れた。

 

「……、美味しい!!」

 

「あ、当たり前よ! だってこのビーフシチューはママ直伝の料理だもの、不味い筈ないじゃない」

 

 どうやら、マーサは母親から料理を教わった様だ。

 それにしても、凄く美味しい。美味し過ぎて食べる手が止まらない。

 

「ふふっ」

 

 小さく微笑むマーサの視線も気にせず、マーサの美味しい料理に舌鼓を打つ俺。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったよ、マーサ」

 

 それから暫くして、マーサの料理を堪能し終えた俺は、感謝の言葉を口にする。

 そして、程なくマーサも料理を食べ終えると、食器の後片付けを始めた。

 

「……こんな楽しい食事、毎日続けられたら幸せだろうな」

 

 ぽつりと零した刹那、キッチンから食器の割れる音が響いた。

 

 

 その後、互いに命を預ける相棒である銃のクリーニングで時間を潰し、備えられたシャワーで汗と疲れを洗い流すと。

 暫しゆったりした後、明日の出発に備えて英気を養うべく、部屋の電気を消すと、お互いベッドに横になる。

 

「……」

 

 外から微かに聞こえる夜の街の喧騒以外、お互いの呼吸音しか聞こえない部屋の中。

 不意に、物音が聞こえた。

 

「??」

 

 そして、足音と共に、誰かが、いや、この部屋の中には俺とマーサしかいないのだから、必然的にマーサの近づいてくる気配を感じ取る。

 

「ね、ねぇ、ユウ。まだ、起きてる?」

 

 程なく、マーサの囁くような声が聞こえてくる。

 俺はゆっくりと目を開けると、少しばかり上半身を起こしてマーサに用件を尋ねた。

 

「どうしたの、マーサ?」

 

「あの、ね。……その。い、一緒に、寝ても、い、いいかな?」

 

 すると、マーサはもじもじとしながら、しおらしい声でそう告げた。

 その瞬間、俺の理性は崩壊しそうになった。

 だってそうだろう、薄暗い中、瞳を潤わせ、いつもは見せないあんな表情をして。

 これはもう、引き寄せて、ロマンスするしかないじゃないか!

 

 だがしかし、だがしかし!

 何とか寸での所で崩壊を食い止め、引き寄せたい衝動を抑え込むと、俺は、マーサを自身のベッドに誘った。

 当然、ロマンスはなしだ!

 

 とはいえ、シングルベッド大人二人は手狭となる為、必然的に密着するしかない。

 

 お互い向かい合う様に横になる。

 マーサの顔が、文字通り目と鼻の先にある。彼女の吐息が感じられる。

 心臓の鼓動が、どんどんと早くなっていくのを感じる。

 

「ねぇ、マーサ」

 

「な──」

 

「おやすみ」

 

「……、う、うん」

 

 そして俺は、堪らずマーサの唇を奪うと。

 薄暗い中でもはっきりと赤く染まった彼女の顔を眺めながら、満足したら襲ってきた眠気に、意識を委ねるのであった。

 

 

 

 

 一方その頃。

 夜の賑わいを見せる酒場の一角、黄金色の液体が入ったグラスを片手に、三人が会話に興じていた。

 

「私は、ナカジマがヒコックを襲うに五十キャップ!」

 

「で、では私は、その逆に五十キャップ」

 

「全く、甘いわね二人とも。私は何もなしに五十キャップよ!」

 

 こうして、ポットマズーの夜は更けていくのであった。




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第五十九話 ところで傭兵、恐縮だが…

 翌朝、まだ太陽も地平線から僅かばかり顔をのぞかせ、うっすらと窓から光が差し込み始めた頃。

 目を覚ました俺が目にしたのは、俺の体に抱き着いて、穏やかな寝顔を浮かべている天使(マーサ)の姿であった。

 

 これは夢か?

 最初に目にした時、俺はそう思ったが。

 徐々に伝わってくる天使(マーサ)の柔らかな感触と寝息に、これは紛れもなく現実だとの認識に至ると、瞬く間に残っていた眠気は吹き飛んだ。

 

 と同時に、色々なものが覚醒してしまったが、何とかおさまるように抑え込むのであった。

 

 その後、何とか覚醒を抑え込むのに成功すると、マーサを起こさないようにベッドから起き上がると、日課のストレッチを行い。

 それを終えると、ピップボーイから適当な保存食を取り出し、朝食をとり始めるのであった。

 

 

 

 

 そして、朝食を食べ終えた所で、起きてきたマーサと挨拶を交わすと。

 マーサが朝食を食べている間に、俺は残りの支度を済ませていくのであった。

 

 それから暫くして、マーサの支度も整った所で、次はいつ使う事になるか分からぬ部屋に別れを告げると、俺とマーサは集合場所であるベディー(M54 5tトラック)のもとへと向かうのであった。

 

 すると、どうやらナットさん達は一足早く到着していたようで、俺達の到着を待っていた。

 ただ、俺達の様子を目にしたノアさんとニコラスさんは、何だか少しがっかりした様子で。

 逆に、ナットさんは、妙に嬉しそうな様子であった。

 

「何かあったんですか?」

 

「何でもないわよ、うふふ」

 

 気になったので尋ねてみたのだが、結局、三人の様子の原因は分からず終いとなった。

 ま、深刻そうな問題が起きた感じではないので、これ以上追及するのは止めておこう。

 

「それじゃユウ! 出発するか!?」

 

「ちょっと待ってディジー。その前に色々と買い物しておきたいんだ。それと、今後に備えてベディーも改造していこうと思ってる」

 

「おぉ! いよいよベディーを改造するんだな! よっしゃ、それじゃ楽しみに待ってるぜ!」

 

 デビル・ロードの存在など、デトロイトへの道のりは当初の想定よりもさらに厳しいものが予想される。

 なので、準備できる時に準備すべく、ベディー(M54 5tトラック)の改造を含めた強化を行い、そして必要な買い物を行うべく、俺達は街の商店に向かった。

 

 

 キャラバン達の拠点となっているだけあり、ポットマズーのメインストリートの一角に立ち並ぶ商店エリアは、まさに商店街の如く様々な商店が立ち並んでいた。

 そんな商店街に足を運ぶと、店先に並んだ様々な商品に目移りさせながら、どの商店で買い物するか頭を悩ませながら活気ある商店街を歩いていく。

 

「よぉ! 誰かと思えば! 街のヒーローとそのご一行じゃないか!」

 

「え? 俺?」

 

 すると、突然とある商店の店主から声をかけられ、足を止める。

 ダンディな髭を蓄えた、ナイスミドルなヒスパニック系のその店主は、間違いなく、俺の事をヒーローと呼んだ。

 

 そして気付けば、その理由を知りたいが為に、俺は店先に足を運んでいた。

 

「あの、さっき俺の事を街のヒーローって呼んでましたけど」

 

「あぁ、そうさ。あんた、この街を再開発したり、あのバカップルジャンキーどもの問題を解決してくれた流れの傭兵だろ? つまり、この街で暮らす俺達にとっちゃ、あんたは街のヒーローなのさ!」

 

 陽気な口調で理由を語る店主。

 どうやら、街の問題を解決した俺の活躍が、もう既に街中に人づてに伝わり広がっているようだ。

 持て囃される為にした訳ではないが、それでも、住民の方々から感謝されるのは、そう悪い気はしないな。

 

 ヒーローと呼ばれるのは、少し、照れくさいけど。

 

「それで、そんなヒーローさんが、お仲間さん達と共に今日はウチにどのようなご用件で? 新しい武器? それとも弾薬? さぁ、何がご所望で!?」

 

 と、俺の気分がよくなってきたと見るや、店主は間髪入れず営業トークを開始した。

 流れるように店頭取引に持ってくるあたり、流石は商店を経営する店主だけはあり、商魂たくましい。

 

 ま、これも何かの縁と、折角なので商品を見せてもらう事にする。

 

「ウチは、武器を取り扱う店の中でも街一番の品揃えが自慢でね。あぁ……、他の店が駄目って事じゃないんで、そこんとこよろしく」

 

「あはは……」

 

 苦笑いを浮かべる俺を他所に、店主は話を続けた。

 

「さてと、それじゃまずは。もうヒーローさんはご立派な銃をお持ちのようだが、万が一の備え、更にもう一挺サイドアーム(拳銃)を持っておきたいのなら、こいつはどうだい? ハンドメイド・パイプリボルバー! こいつはそこいらで見かけるパイプリボルバーよりも"ちょっと"は手の込んだ作りの銃で、各種弾薬に対応した型を揃えてる。ショットガン用で最も普及している12ゲージ対応型から、.308口径弾、.45口径弾、.38口径弾と幅広く対応している! これなら、一種類の弾薬が切れても安心ってもんだ!」

 

 自慢げに商品の説明を行う店主の話に耳を傾けながら、俺は店主がカウンターに置いたハンドメイド・パイプリボルバーに視線を移す。

 確かに、適当溶接感満載のパイプリボルバーよりも、銃身やフレームはしっかりしているし、アタッチメントでちょっとした銃剣も取り付けられ、トリガーも長尺ボルトになっている等、確かに手は込んでいる。

 それに、各種弾薬に対応した型があるのも、使う側としては嬉しい。

 グリップ部分に巻かれた青いダクトテープも、お洒落なワンポイントだ。

 

 だが、やはり原型がサタデーナイトスペシャルでは、多少手を込ませても、優先して使いたいとは思わない。

 

「おや、お気に召さない? それじゃ次だ。もし、拳銃よりももう少し強力な火力が欲しいのなら、こいつをお薦めするね。こいつは5.56mm弾を使用するハンドメイド・マシンガン! こいつは側面にマガジンを装填するタイプの銃だから、狭い所やしゃがんだ状態なんかでも取り回しがいいぞ。ただ、幾つか注意が必要で、こいつは遠距離での撃ち合いには不向きだし、フルオートで使うと、ハッキリ言って弾の無駄だな。だから"バカマシンガン"なんて呼ばれたりもしてる。とまぁ、ちょっと操作に癖はあるものの、慣れれば問題なしだ。それに、驚きの価格で拳銃よりも高火力を手に入れたきゃ、こいつが一番だね!」

 

 そして次にカウンターの上に置かれたのは、ステンガンのように側面装填式の銃器。

 フレーム中央に設けられた弾倉挿入部分、鉄製のハンドガードの下部には、針金等で木製のフォアエンドが取り付けられている。

 銃身にグリップ、そして貧相なストックと、ハンドメイドの名に相応しく、こちらも手作り感満載の銃だ。

 

 にしても、遠い前世の記憶、北の大地の地下世界を舞台にした何かの作品で、似たような感じの銃が登場していたようないなかったような。

 結局思い出せなかったが、何れにしても、この銃も買う事はないだろう。

 

「ありゃ、こいつも駄目か。だったらこいつはいかがです? 安くて大火力と言えばこれ! そう、パイプショットガン! 12ゲージのショットシェル(散弾銃実包)でレイダーだろうが野生生物だろうが一撃だぜ! もっと一撃の火力が欲しいなら、トリプルバレル型やクアッドバレル(四本銃身)型も取り揃えてますよ?」

 

 そして次にカウンターの上に姿を現したのは、まさに鉄パイプそのままな銃身に針金で木製のフォアエンドが取り付けられ、トリガーやグリップが設けられた、名前そのままな銃器。

 ショットシェル(散弾銃実包)は圧力が低く破裂の危険性が低いので、わざわざライフリングを施さなくてよい分、パイプ系統との相性は最高だろう。

 ショットガンも用途によってはライフリングを施されている物もあるが、この品質では、そこまでの使い分けは望んでいないし、必要ないだろう。

 このレベルの品質を求めている層は、兎に角、弾が撃てればいいのだから。

 

 そして、残念ながら、俺はこのレベルを率先して求める層の人間ではない。

 

「こいつもお眼鏡に適わないか。なら、しょうがない、とっておきだ!」

 

 そう言って今まで出した商品をカウンターから片付け、店主が店の奥から持ってきたものは、状態の良さそうなミニガンであった。

 それまでのお手製感とは一線を画す、ちゃんと整備されたラインにより製造されたその外見は、安心感と共に力強さを感じさせる。

 

「今コイツを買ってくれるなら、街を救ってもらった礼に、5mm弾を二箱付けてやるぜ!」

 

 間髪入れず店主の口から飛び出したのは、なかなか魅力的な言葉だ。

 このミニガンなら、状態も良さそうだし、銃架(機関銃を据え付ける為の架台)に据え付けて、ガントラックにするベディー(M54 5tトラック)の改造に使えそうだな。

 

「それはいいですね。それで、お値段は?」

 

「おぉ! やっとヒーローのお眼鏡に適ったか、よかった!」

 

「それと、あと弾薬の方も欲しいんですけど」

 

「おぉ、弾薬だな! 必要な種類と数を言ってくれ、直ぐに持ってくる!」

 

 俺の注文を聞くや、必要な弾薬の弾薬箱を抱えてカウンターと店の奥の倉庫を何度か往復した店主。

 やがて、その往復を終えると、合計金額を提示する。

 提示された金額(キャップ)を支払うと、満足そうな笑顔を浮かべる店主を他所に、俺は買ったものをピップボーイに収納していく。

 

「そうだ。あの武器作業台って使えますか?」

 

「おぉ、あいつか、使えるよ! いつもは使用料を貰ってるんだが、ヒーロー様だからな、特別にタダで結構だよ!」

 

 店先からチラチラと視界の中に映り込んでいた武器作業台。

 その使用許可を尋ねると、店主は快く了承してくれた。

 

 こうして使用許可を得た俺は、早速武器作業台の前に立つと、早速作業に取り掛かる。

 

 先ずは、ヴァルヒムさんの遺産として回収していたM199 ヘビー・アサルトライフルを二挺取り出すと、バレルをロングバレルに変更し、弾倉を大容量のドラムマガジンに変更する。

 そして最後に、防護の為のお手製防楯を取り付けると、完成だ。

 この防楯付きM199 ヘビー・アサルトライフルは、ベディー(M54 5tトラック)の荷台に銃架を取り付け、そこに据え付けて運用していく為の物だ。

 

 因みに、ニコラスさんの愛用しているM199 ヘビー・アサルトライフルも、ロングバレル化とドラムマガジン化、それに安定と命中率向上の為にストックを変更する改造を行った。

 お手製防楯は取り付けていない、既にニコラスさんは専用ドアシールドを持っているからだ。

 

 次に取り掛かったのは、ナットさんの愛用しているN99型10mm拳銃。

 瞬間火力を向上させる為フルオート射撃機能を追加させ、それに伴いマズルブレーキを追加、グリップも安定する物に変更し、弾倉もロングマガジンに変更した。

 こうして、N99型10mm拳銃改を作り上げると、その後も幾つかの武器を改造して、作業を終了する。

 

「ふー、我ながら良い出来だった」

 

 自画自賛を終えた所で、買い物の続きを行うべく店を後にしようとした時。

 ふと、店の端に、気になる物を発見する。

 

「あの、あれは一体?」

 

「ん? おぉ、あいつか。ヒーローさん、気になりますか?」

 

「えぇ、少し」

 

 すると店主は、気になる物の前まで歩み寄ると、その正体を説明し始めた。

 

「こいつは無人販売所計画で使う予定のプロテクトロンの試作品なんですよ。ヒーローさん、ガンランナーって武器屋、知ってます?」

 

「えぇ、存じてます」

 

「実は知り合いにそのガンランナーの店員をやってる奴がいましてね。そいつの話によると、西海岸じゃ、こういつプロテクトロンを店番に使って無人販売を行ってるらしいんですよ」

 

 まさかガンランナーの名前が出てくるとは思ってもいなかったので少し驚いたが、同業他社だし、つながりがあっても不自然ではないか。

 それにしても、店主の言う知り合いの店員とは、あのシカゴ支店の店員なのだろうか?

 

「それで、その話を聞いてピンときたんです! ロボットなら休憩も睡眠も必要ないから二十四時間ずっと営業できるってね!」

 

「成程。……それで、このプロテクトロンは試作品って言ってましたけど、具体的にはどの辺りが?」

 

「あぁ、このプロテクトロンは、街のメカニックである"シスター・エレノア"って女性に頼んで販売に必要なプログラムや接客用のプログラムを組み込んでもらったんだが。ちょっとばかり、その、個性を出したいって注文したんだが、思いのほかオーバーになっちまってな……。まぁ、聞いてみてくれ」

 

 そう言うと、店主はプロテクトロンを起動させた。

 

「ガンズ・バリューへようこそ!! アッハハハハハハハハハハッッッ!!!! ガンズ・バリューで物欲をぶっ潰せぇぇ~~!!」

 

 そして聞こえてきたのは、ハイテンションで耳を劈くような接客音声であった。

 あれ? ここはいつから大西洋の海底にある楽園になったのだろうか……。

 

「とまぁ、こんな感じな訳で、とても店番を任せられるような状態じゃないんだよ」

 

「あら、でも見方によっては結構個性的だから、案外噂になって繁盛するかもしれないわよ?」

 

 ナットさんのいう事も一理あるが、これ、二十四時間営業を想定しているという事は、真夜中に突然あのテンションの音声が響き渡るのだ。

 確かに噂にはなるが、それはいい意味よりも悪い意味でもものが圧倒的多数を占める事になるだろうな。

 

 こうして店主がプロテクトロンを試作品としている意味を理解した所で、今度こそ買い物の続きの為に店を後にしようとした、その時であった。

 

「あぁ、ちょっと待った!」

 

 突然、店主が待ったを掛けてきたのだ。

 

「何でしょうか?」

 

「実は、プロテクトロンのプログラムの修正をシスター・エレノアに頼みたいんだが、私は生憎忙しくてね。そこで、恐縮ながらヒーローさんに、シスター・エレノアに修正プログラムを希望している事を伝えてほしいんだ」

 

 そして、店主の口から飛び出したのは、頼み事であった。

 俺は暫し考え、そして、その頼み事を引き受ける事にした。

 

「ありがとう! それじゃ、シスター・エレノアに会ったら、ガンズ・バリューの店主がプロテクトロンの修正プログラムを希望しているって伝えてくれ。彼女はこの時間なら多分、自身の工房にいる筈だ。彼女の工房は、教会みたいに玄関の上にデカい十字架の看板が取り付けられているから、直ぐに分かる筈だ」

 

「分かりました」

 

「あぁ、そうだ。これは謝礼だ、受け取ってくれ」

 

 そう言うと、店主は.45口径弾の入った紙製の弾薬箱を一箱、手渡してくれた。

 それを笑顔と共に受け取った俺は、店主からの伝言を伝えるべく、シスター・ジェスと呼ばれた女性の工房へと向かうのであった。




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第六十話 約束された勝利のロボット

 街の商店街から歩くこと数分。

 途中通行人に場所を尋ねて到着したのは、街の一角に建てられたシスター・エレノアの工房。

 トタンと木材で作られたその大き目の建物の玄関扉の上には、聞いた通り、十字架の形をした看板が設けられていた。

 

「すいませーん!」

 

 俺は玄関扉を叩くと、中からの反応を待つ。

 しかし、待っても返事は返ってこない。

 もう一度叩いて返事を待つも、やはり返事は返ってこない。

 

 もしかして、留守なのだろうか。

 

「……あれ? 開いてる?」

 

 と思ったら、ドアノブに手をかけ動かしてみると、玄関扉に鍵はかかっていなかった。

 

「失礼します」

 

 勝手に入るのは少々後ろめたさを感じるものの、在宅か不在かを確かめるべく玄関扉を開けると、俺は工房に足を踏み入れた。

 街のメカニックという肩書を有しているだけはあり、工房内は、様々な機械部品や工具などで溢れていた。

 

「すいませーん! いらっしゃいませんかーっ!」

 

 そんな工房の奥に向かって、俺は声をかける。

 しかし、返事は返ってこない。

 やはり不在だったのか、と思った刹那。

 

 奥から物音が聞こえてきた。

 

「あーはいはい。だーれー?」

 

 次いで、シスター・エレノア本人らしき女性の声が聞こえてくる。

 どうやら、単に俺の声に気付いていなかった様だ。

 

「……な!」

 

「はーい、どちら様?」

 

 それから程なく、奥から近づいてくる人影を目にして、俺は呆気に取られた。

 俺達の目の前に現れたのは、作業服の上半身を腰巻にして、上半身は下着のみという格好の、顔にマシンオイルを付け、瓶底眼鏡をかけた妙齢の女性であった。

 因みに、下着に全体が収まりきらない程のたわわなものをお持ちであった。

 

「ちょ! あんたなんて格好してるのよ! ちゃんと服着なさいよ!」

 

「マーサ、貴女が言ってもあんまり説得力ないわよ……」

 

 女性の格好を見た瞬間に、マーサが吠えるも、確かにマーサの普段の格好を見れば、ナットさんの言う通りだろう。

 

「ユウ! あんたも何鼻の下伸ばして見てるのよ!」

 

「え!? あぁ、ごめん!」

 

「で、どちら様なの、あなた達?」

 

「兎に角先にちゃんと服着てきなさいよ!!」

 

 こうして、マーサの気迫に押されて、女性は腰巻を解くと作業服を着直すのであった。

 

「これでいい?」

 

「えぇ、いいわ」

 

「それで、あなた達は誰なの?」

 

「えっと、俺はユウ・ナカジマと申します。シスター・エレノアさん、ですよね?」

 

「えぇ、確かに私はエレノアよ。でも、本名はプリシラ、プリシラ・エレノアよ。シスターは愛称で、週末にシスターとして教会の手伝いをしているから、皆からそう呼ばれているだけ」

 

「そうだったんですね。あ、それで、今日訪ねたのは、ガンズ・バリューの店主さんから預かった伝言をお伝えしに来たからなんです」

 

「あら? それってもしかして、この間プログラムを組み込んだプロテクトロンに関する事?」

 

「はい。店主さんはプロテクトロンの修正プログラムを希望しているんです。少し、希望していたものとは違っていたようなので」

 

 伝言を伝えると、エレノアさんは口をへの字にすると、不満を垂れ始めた。

 

「えー。折角可愛くプログラムしてあげたって言うのに。……はぁ、これだから機械の事を理解し切れない奴は」

 

 と、一頻不満を垂れ流した所で、エレノアさんは修正プログラムの件を了解した旨を告げた。

 

「では、用件も済んだので、俺達はこれで失礼します」

 

 こうして、伝言を伝え終えたので買い物に戻ろうとした矢先。

 

「ちょっと待って!」

 

 突然、エレノアさんに待ったを掛けられた。

 あれ? 何だろうこれ、デジャヴを感じる。

 

「思い出した! 貴方、街の皆が噂してたヒーローよね!」

 

「あ、はい。そう呼ばれているみたいですね」

 

「ならお願い! 私の頼み事を聞いて欲しいの!」

 

 あぁ、やっぱりそうなるんだ。

 しかし、女性が手を合わせて必死にお願いしているのに、それを無下にするのは、男が廃るというものだ。

 

「分かりました。いいですよ」

 

「ちょ、ちょっとユウ! あたし達そんなにのんびりしている暇ないでしょ!」

 

「でもマーサ、困ってる人を放ってはおけないよ。それに、少しくらいなら、まだ余裕はあるから大丈夫」

 

「……なんで、なんでそんなに優しいのよ」

 

「え? 何か言った?」

 

「別に! 何でもない!!」

 

 急に顔を赤くしたマーサに、俺は小首を傾げ、頭上に疑問符を浮かべた。

 ふと、周りを見ると、何だか他の皆から暖かい視線を向けられている事に気付くのであった。

 

「あー、それじゃ、兎に角聞いてくれるのね、よかった」

 

「それで、頼み事の内容と言うのは?」

 

「実は、この街の南西方向に戦前の大学の廃墟があるんだけど、そこの調査をお願いしたいの」

 

 エレノアさんの頼み事とは、戦前の大学廃墟の内部調査。

 具体的には、今ではW.M.U.廃墟と呼ばれている戦前の大学の内部に今も残されているという戦前のロボット技術に関する調査だそうだ。

 

 エレノアさん曰く、同大学は戦前、この辺りでも有名なマンモス大学であり、様々な学部が存在していた。

 そして、その内の一つである機械工学部が、当時の政府に依頼されロボット兵器に関する研究開発を行っており、その成果の一端として生まれた試作品が今も強固なセキュリティに守られ、学部の研究所内に保管されている。

 との事だ。

 

「大学の周囲や内部は、今でも忠実に職務を全うしているプロテクトロン達がウロウロしているの。お陰で、とても一人じゃ近づけないし、そもそも私は戦うのって自慢じゃないけど不得意だから。それに、護衛を雇える程の財力もないから、手をこまねいてたの」

 

「分かりました。では、その機械工学部の研究所内を調査して、その結果を報告すればいいんですね」

 

「えぇ、でも、出来れば現物も持ち帰って来て欲しいの。試作品そのものとか、メモリーモジュールとかマグネトロンとか、あとはレポートの束なんかも。兎に角持ち帰れるだけ持ち帰ってきて!」

 

「ねぇちょっと、あんたが依頼したのは調査でしょ。現物の回収まで頼むのは図々しいんじゃない?」

 

「いいじゃない別に、ついでよついで。それに、ちゃんと報酬は支払うわよ」

 

「あんたさっき人を雇う程お金がないって言ってなかった?」

 

「だから、カ・ラ・ダ、でね」

 

 刹那、エレノアさんの妖艶な声と共に、彼女は豊満な魅力を意味深な様子で強調し始めた。

 そんな彼女の姿に俺の目が釘付けになろうとした刹那。

 

「だ! そんなのダメーッ!!」

 

 突然マーサが俺とエレノアさんの間に割って入ると、ものすごい剣幕でエレノアさんに対してまくし立て始めた。

 

「だだ、駄目に決まってるでしょそんなの!! 大体、そんな簡単に自分を売るんじゃないわよ! もっと自分の身体は大事にしないさよ! そういうのはね、好きな人とするものなんだから! それに、ユウはあた……あわわ!! じゃなくて! ユウだって困ってるんだから、兎に角駄目!!」

 

「あなた、言ってることが支離滅裂よ。……でもそうね、あまり自分を安売りするものじゃないわね。それに、私が満足させるまでもなく間に合ってそうだし」

 

「わ、分かってくれれば、それでいいのよ!」

 

「ならそうね。……そうだわ、これでも機械の造詣に関しては自信があるから、機械に関して何か困ったことがあったら力になるわ、遠慮なく言ってね」

 

 こうして、少し残念ながらも、エレノアさんは報酬として自身の機械に関する造詣の深さを生かした協力を提示する。

 機会に関して困った事か……、うーむ。

 

 暫し唸って、彼女に協力してもらえそうな事があったかを考えていると、ふと、ベディー(M54 5tトラック)の改造の一件を思い出す。

 

「では、ベディー。えっと、俺達の使っているトラックの改造を手伝ってくれませんか?」

 

「お安い御用よ。そうだわ! なら折角だから、私の改造を加えたものを取り付けてもいいかしら!? 実は、丁度アサルトロンってロボットの頭部を幾つか手に入れたの、それで、レーザーの威力と射程を向上させてみたんだけれど、もしよかったら、取り付けてみない!?」

 

「え、えっと……。お気持ちは有難いんですけれど。今回はご遠慮させていただきます」

 

 ふと、アサルトロンの頭部が各所に取り付けられたベディー(M54 5tトラック)の姿を想像して、背筋が凍った。

 うん、恐ろしい絵面だ。

 

「そう、まぁいいわ。もし取り付けたくなったらいつでも私に言ってね。……さて、それじゃ、早速改造に取り掛かる?」

 

「えぇ、そうします」

 

「なら少し待ってて、愛用の工具箱を持ってくるから」

 

 こうして報酬としてベディー(M54 5tトラック)の改造を手伝ってくれることになったエレノアさん。

 愛用の工具箱を片手にした彼女と共に、俺達は工房を後に、ベディー(M54 5tトラック)のもとへと向かうのであった。

 

 

 

 

 ベディー(M54 5tトラック)の所に戻った俺達は、早速嬉しそうなディジーと、ベディー(M54 5tトラック)の姿を目にして更にやる気が湧いてきたというエレノアさんと共に、ベディー(M54 5tトラック)の改造に着手する。

 先ずは荷台の防弾性能をさらに向上させるべく、防弾用の鉄板を追加すると、荷台の左右に銃架を設けて、そこに防楯付きM199 ヘビー・アサルトライフルを据え付ける。

 続いて、運転席の上部にも銃架を設けると、そこに購入したミニガンを据え付ける。加えて防護の為のお手製防楯を取り付け射手の安全性をある程度確保する。

 そして、ボンネットや運転席のドアにも防弾用の鉄板を取り付け。そして、忘れてはならない、ドアガラスも忘れずに取り付ける。

 更には、フロントウインチを装備させ、更に使い勝手を良くする。

 

 最後に、改造による重量増加に対応させるべく、核電池式のエンジンを改良すれば、改造完了だ。

 

「フゥーッ! ハハハッ! スゲェべっぴんになったじゃねぇかベディー! これなら、戦前の戦車でも出てこねぇ限り、向かう所敵なしだな!」

 

 生まれ変わったベディー(M54 5tトラック)の姿を改めて目にして、ディジーは大変満足そうな声を挙げた。

 そしてそれは、俺も声にこそ出さないまでも、気持ちは同じであった。

 これなら、凶暴な野生生物やデビル・ロードの集団が相手でも、渡り合う事が出来るだろう。

 

「手伝っていただき、ありがとうございました、エレノアさん」

 

「いいのよ、報酬だもの。それじゃ、内部の調査、よろしくね」

 

「分かりました」

 

 手伝ってもらったエレノアさんに感謝の言葉を述べると、今度はそんなエレノアさんの期待に応えるべく、俺達が体を張る番だ。

 早速、改造で生まれ変わったベディー(M54 5tトラック)に乗り込むと、一路、W.M.U.廃墟を目指してポットマズーを出発する。

 

「新生ベディーの初陣だ! ハッハーッ!!」

 

 改良された核電池式のエンジンが唸りを上げ、上機嫌なディジーの運転と共に、門を潜ったベディー(M54 5tトラック)は南西目掛けてその巨体を走らせるのであった。

 

 

 

 

 

 出発してから数分、俺達はW.M.U.廃墟に到着した。

 流石は戦前にマンモス大学と呼ばれていただけの事はあり、その敷地面積はかなりの大きさを誇っている。

 

「ホアンプログラム二シタガイ、カンケイシャ、オヨビジゼンテツヅキニシタガイキョカヲエタモノイガイノシキチナイヘノタチイリハキンシサレテイマス。スミヤカニタイキョシナイバアイハ、グンジコウドウヲオコナッテセイサイソチヲトリマス」

 

「トマレ、ソノバデト、バァーッ!!」

 

「イハンシャヲケンチ、コウゲキヲカイシシマス」

 

 そんな敷地内にベディー(M54 5tトラック)で突撃した俺達は、現在、主なき今でも忠実に職務に邁進しているプロテクトロン達と戦闘の最中であった。

 一体のプロテクトロンをベディー(M54 5tトラック)の体当たりで吹き飛ばしたのを皮切りに、様々な方向からベディー(M54 5tトラック)に向かって赤いレーザー光線が飛来する。

 それに対して、俺達は銃架に据え付けた火器を用いて反撃を行う。

 

「ヴー!」

 

「ヴぁー!!」

 

「コロス、コロス……、ハ、カ、イイィィ」

 

「うー! あー!」

 

 流石は元マンモス大学の保安を担当するだけはあり、プロテクトロン達をかなりの数相手にすることになったが。

 それでも、何とか襲い来るプロテクトロン達を撃退する事に成功する。

 

 ちょっとしたプロテクトロン達の残骸の山を築いた俺達は、使えそうな物を回収し終えると、目的の場所を探し始める。

 敷地内に設けられていた案内板を確認して、程なく、目的の機械工学部が研究所として使用していた研究棟の場所を突き止めると、直ちに向かう。

 

 程なく、俺達は重厚な外見が今なお完璧な状態で残っている研究棟へと到着した。

 

「それではノアさん、よろしくお願いしますね」

 

「うむ」

 

 ノアさんとディジーを研究棟の前に駐めたベディー(M54 5tトラック)に残し、俺とマーサ、それにニコラスさんとナットさんの四人で研究棟内へと突入する。

 突入した俺達四人を出迎えたのは、内部の保安に従事していたプロテクトロンと、天井に設置されたレーザータレットであった。

 

 狭い研究棟内の廊下に響き渡る弾丸とレーザーの発砲音。

 次に響き渡るのは小さな爆発音と火花が散る音。

 そして、廊下に残されるのはプロテクトロンやレーザータレットの残骸達であった。

 

 こうして、行く手を阻む障害を排除しつつ、研究棟内を進む俺達。

 途中、研究室などで集積回路やメモリーモジュール、更には幾つかのレポートの束などを回収しつつ、更に研究棟内を進む。

 

 そして、最後に辿り着いたのは、研究棟の地下であった。

 上階とは異なり、ここだけ妙に配置されたレーザータレットの数が多く、また、扉もカードキー認証によるものなど、セキュリティのレベルが異なっており。

 どうやら、この地下に最重要目的である試作品が保管されているようだ。

 

 幸い、上階を探索中にカードキーを見つけていたので、扉はすんなりと通ることが出来た。

 

 

 地下室の扉の奥に広がっていたのは、様々な機材が置かれた広い部屋。

 そしてその部屋の更に奥には、窓付きの壁に隔てられた、白色蛍光灯に照らされたクリーンルーム。

 

「あれは……」

 

「あれ? あれってあんなに小さいのもあったの?」

 

「あら? あれって確か連邦でモニュメントとして展示されてる……」

 

 そんなクリーンルームの中央、ハンガーに固定されていたのは、本来は人間の背丈を優に超える全高を有する筈の巨大人型ロボット。

 戦前のアメリカが、文字通り決戦兵器として開発していたが、結局開発が間に合わず、実戦に投入される事はなかった。

 しかしながら、核戦争後二世紀以上を経て、東海岸のB.O.S.により修復され、遂に鋼鉄の巨人は目を覚ました。

 その相手となったのが、アメリカ政府の末裔でもあるエンクレイヴであるというのは、何とも皮肉な事である。

 

 エンクレイヴとの戦闘により破壊された鋼鉄の巨人だが、それから十年の時を経て、かつてボストンと呼ばれた大地において、鋼鉄の巨人は再び復活したのであった。

 

 ブリキの玩具の様な外見を有したその巨大人型ロボットの名は、"リバティ・プライム"。

 

 本来ならば十数メートルの全高を有する筈のリバティ・プライム、おそらくボストンと呼ばれた大地に所縁のあるマーサとナットさんが見たのは、オリジナル、ゲームにも登場した方であろう。

 一方、目の前の窓から見える、クリーンルームのハンガーに固定されたそれは、どう見てもパワーアーマーと同等の全高しかない。

 

「おぉ、漸く吾輩を解き放つ人間が現れたか! さぁ人間、吾輩を早くこの檻から解き放ち、地上へと案内するのだ!」

 

 謎のリバティ・プライムを眺めていると、突然、ヘッドランプが点滅し、近くのスピーカーから流暢な口調が流れてくる。

 

「おい、何をしている! 民主主義の旗手であるこの吾輩の言葉が分からぬのか! ヴァカめ! 貴様の目は節穴か!? 吾輩のこの勇ましく優美な姿が目に入らぬ筈なかろう!」

 

 あれ、リバティ・プライムって、こんな言葉を、否、こんな性格だったか?

 いや、絶対に違う。

 民主主義の素晴らしさをこれでもかと叫び続けるプロパガンダ戦闘マシーンなので、ここまで流暢な、と言うよりも煩わしい筈がない。

 

 だが、その姿はどう見てもリバティ・プライムに瓜二つ。

 一体この煩わしさを掻き立てる謎のロボットは一体何者なのか。

 

「え、えっと、すいません」

 

 俺はそれを確かめるべく、近くのマイクのスイッチを入れ、謎のロボットに話しかけ始める。

 

「何だ、やはり吾輩の言葉が聞こえていたのではないか、ヴァカめ! さぁ、早くそこの赤いスイッチを押したまえ!」

 

「あのその前に、貴方は一体何者なんですか?」

 

「何だと!? 貴様、吾輩の事を知らずにここまで来たのか!? ヴァカめ! それならそうと早く言え! よかろう、民主主義の体現者にして旗手! そして素晴らしき英国紳士であるこの吾輩の自己紹介をしてやろう!」

 

「えっと、……ここアメリカなんですけど」

 

「ヴァカめ! 吾輩は英国から亡命してきた機械工学の権威であるスティーブン・ネルトン博士の手により開発されたのだ! 故に、吾輩は立派な英国紳士なのだ、ヴァカめ!」

 

「はぁ……」

 

「それよりも自己紹介だったな。吾輩の名は"エクスカリバー"! 個体認識用に長ったらしいアルファベットと数字の羅列もあったが、そちらは英国紳士である吾輩には相応しくないのでもう捨てた! 偉大なる兄弟であるリバティ・プライムの能力をそのままに、このサイズまで縮小させたのがそう、この吾輩である!」

 

 謎のロボットの正体は、名前に違わぬ凄い能力のロボットであった。

 彼? の言う通り、オリジナルのリバティ・プライムの能力をそのままにサイズを縮小した物だとすれば、まさに向かう所敵なし、勝利を手にしたも同然だ。

 

 ただ名前といい、この煩わしい感じといい、何処かで見た事のある様な気がする。

 

「そうだ、自己紹介ついでに吾輩の偉大なる武勇伝を聞かせてやろう! だがその前に、これも何かの縁だ、君達には吾輩と同行できる権利を与えよう! ヴァカめ! 誰が無条件でと言った! 同行するにあたっては守ってもらいたい千の項目がある。レポート用紙にまとめてその辺りに置いている筈だ、必ず目を通すように! 特に第四五二項、五時間に及ぶ吾輩の美声が奏でる朗読会には是非とも参加願いたい」

 

 ふと近くの机の上を見ると、そこには辞書ほどの分厚さのあるレポート用紙の束があった。

 

「では始めよう! そう、吾輩の朝は一杯の天然オイルから始まる。私の午後は、アフタヌーン天然オイルにて始まる。そして夜は、就寝前のナイトキャップ天然オイルを飲む。何故だか分かるか? ヴァカめ! これだからヌカ・コーラ等という低俗な飲料を飲む者は困るのだ。いいか、これは守って御貰いたい項目の第一項! "吾輩の朝は一杯の天然オイルから始まる"、なのだ。忘れるでないぞ!」

 

 え、これもしかしてこれ、千の項目を前部説明する流れなのか?

 と思った矢先、何故か一言も喋らなくなるエクスカリバー。

 

「え……、えっと、もしもーし?」

 

 まさか壊れたのか、と喋らなくなったエクスカリバーの様子に焦り始めた刹那。

 

「ヴァカめ! 思考の時間は必要なのだよ! そしてその時間を楽しむ余裕もな。全く、最近の人間は性急で困る、もっとゆとりを持て。向う見ずに飛び出すなど、愚の骨頂! ……そう、あれは吾輩の見惚れる優美なボディが出来上がる前の頃、吾輩は一体のMr.ハンディと出会ったのだ。その時交わした素晴らしき会話の内容はホロテープに録音して残しておいた、全七十分に及ぶ素晴らしきものなので、是非とも一言一句、聞き漏らす事の無いように聞いていただきたい! つまり何が言いたいかと言うと、千の項目の第二七八項、決して合成オイルを使ってはならない、につながるのである!」

 

「そうだ、武勇伝を語る前に、景気付けとして長き拘束時間中に吾輩自らが考えた素晴らしき素晴らしい歌を、吾輩の美声に乗せて奏でてやろう。ヴァカめ! 耳を澄ませて聞くのだぞ! ではゆくぞ、ひぁ~うぃ~ご~!」

 

 EXCALIBURーッ! EXCALIBURーッ!

 

 From United States

 I'm looking for heaven

 I'm going to Alaska

 

 EXCALIBURーッ! EXCALIBURーッ!

 

 From United States……。

 

 それから暫く、ノリノリで歌を歌うエクスカリバー。

 やがて、満足したのかエクスカリバーは満足げな声を漏らした。

 

「ふむ。考えてみれば、吾輩の武勇伝は君達との旅のスパイスとして、いずれ語る事にしよう。では、今度こそ赤いスイッチを押して吾輩を解き放つのだ! そして行こう! 吾輩と共に民主主義の勝利と栄光を手に入れ、素晴らしき民主主義の世界を統べようではないか!! さぁ行かん! 君達と共に!!」

 

 そして、俺はエクスカリバーの声に反応し、赤いスイッチを──、押す事なく踵を返すと、部屋を後にする。

 

「え? お、おい! 何処に行くのだ人間! 何故部屋から出て行こうとしているのだ!」

 

「えっと、本当なら是非ともここから出してあげたいんですけど。……ウザイからやめた!!!」

 

 これでもかと言わんばかりの苦虫を噛み潰したような表情と共に、俺は吐き捨てるように言い残すと、同じような表情を浮かべた三人と共に部屋を後にするのであった。

 

 

 

 

 W.M.U.廃墟からポットマズーへと戻った俺は、その足でエレノアさんの工房へと調査結果の報告に向かった。

 

「それとこれが、回収した物です」

 

「ありがとう!! 本当に、ありがとう!」

 

 ピップボーイに収納していた回収物をエレノアさんに手渡すと、彼女は目を輝かせながら感謝の言葉を述べた。

 

「そうだ。所で、例の試作品はどうだった?」

 

 そして、試作品と言う単語がエレノアさんの口から漏れた刹那。

 俺の脳裏に、あのエクスカリバーの、表情の変化がない事がまた逆に煩わしさを掻き立たせる姿が思い起こされ。

 再び、これでもかと言わんばかりの苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

 すると、そんな俺の表情からエレノアさんは何かを察したのか、それ以上試作品について言及する事はなかった。

 

 

 その後、エレノアさんの依頼を終えた俺達は、残りの買い物を済ませると、今度こそデトロイトに向けて出発。

 といきたかったのだが、エクスカリバーの相手で思いのほか時間がとられたので、結局今出発しても途中で野営する事になったので、今晩もポットマズーで一夜を過ごす事に決めた。

 

 まさか、今朝いつ使う事になるか分からないと言っていたあの部屋を、こんなに直ぐに使う事になろうとは。




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第六十一話 ようこそ、メトロポリタン・シティへ

 翌日、三度目の正直とばかりに俺達は支度を整えると、ベディー(M54 5tトラック)に乗り込み、デトロイトを目指すべくポットマズーを出発した。

 出発の際、デルバートさんやキッドさんにライドさん等、街で出会った方々に見送られながら、俺達は再び東を目指し始める。

 

 

 一般道を暫くひた走り、やがてインターステイトの94(州間高速道路94号線)への入り口から進入すると、そのまま東進を続ける。

 荒れ果てた大地、枯れた木々、道路上に放置された廃車の数々。

 そんな流れる風景を横目に、ゆったりとベディー(M54 5tトラック)での移動を楽しめればよかったのだが……。

 

「てめぇらは死肉の塊だぁーっ!!」

 

「ヒャッハー!!」

 

 そんな穏やかなドライブを楽しむ間も与えないかの如く、俺達はデビル・ロードの連中との戦闘を行っていた。

 今回遭遇した連中は、前回遭遇した改造トラックを有してはいなかったが。

 代わりに棘や槍、鉄格子や鉄板などで素敵な世紀末色に改造された自動車、更にはバイクまで、それも複数を有していた。

 

 しかし、相手が複数になろうと、ベディー(M54 5tトラック)とて、前回よりも強化されているのだ。

 荷台からは、左右を囲むデビル・ロードの自動車やバイク目掛けて、防楯付きM199 ヘビー・アサルトライフルがノアさんとナットさんの操作により火を噴き。

 運転席上部の銃架に据え付けたミニガンも、俺の操作に従うように銃身を回転させ始めると、程なく、指向した自動車の一台目掛けて、暴風の如く勢いで5mm弾をばら撒き始めた。

 

「望みがたた──」

 

 回避する間もなく車体をハチの巣にされた自動車は、程なく派手な爆発を起こすと、火達磨となり後方を走っていた仲間のバイクを巻き込みながら後方に流れていく。

 次いで5mm弾の餌食となった自動車は、前輪の片輪を撃ち抜かれると、コントロールを失いスリップすると近くを走っていた仲間の自動車とぶつかり、その勢いで派手に半回転して落伍した。

 

 程なくして、ベディー(M54 5tトラック)に据え付けた武装で、周囲を囲んでいたデビル・ロードの連中を、後方で立ち上る黒煙と共に道路上に置き去りにすると。

 俺は安全を確保できたことを確認すると、運転席の座席に腰を下ろす。

 

「ハハハッ! 今回もデビル・ロードの連中の丸焼き、一丁上がりだな! ユウ」

 

「俺としては、出来ればもう少し穏やかにドライブを楽しみたいんだけどね」

 

 確か以前、デビル・ロードの連中で車輛を使う奴等とは遭遇する頻度は高くない、と聞いた筈なんだが。

 おかしいな、聞いた事と実際と、かなりの乖離があるぞ。

 

 この分じゃ、デトロイトに到着するまでまだ何度か車輛を使うデビル・ロードの連中と遭遇する気がする。

 

 

 そんな心配をしていた俺だったが、どうやらその心配は、杞憂で終わってくれたようだ。

 確かにそれから一時間と経たずに、再びデビル・ロードの連中と遭遇したものの、それは連中が道路上に設けた関所の様な場所を守る奴等であった。

 

 ベディー(M54 5tトラック)自慢の巨体から繰り出される体当たりで門を突き破り、据え付けた武装で返り討ちにすると。

 地獄絵図と化した関所を背に、更に東へと進路を向けるのであった。

 

 

 

 

 それから昼食や小休止を挟みつつ、道中一般道などへ経路を変更し、野生生物と弾丸を使って戯れたり、野営したりしつつも東進を続ける事十数時間。

 俺達は遂に、デトロイト近郊にまで到着したのであった。

 

「ここまで来たけど、ここからはどうするの?」

 

「サイド7に関する情報を集めようと思う。ピートさんは正確な場所を知らなかったけど、この辺りで生活している人なら、サイド7の正確な場所に関して何かしら知っているかもしれないからね」

 

 こうして、目的地であるサイド7の場所に関して、重要な情報や、そのような情報を知っていそうな人物に関する情報を得るべく、情報収集を行うという方針を固めると。

 早速、レイダー等ではない、地元の住民を探すべく、移動を再開する。

 

 暫く人の姿を探しながら移動を続けていると、不意に前方の廃墟の影に、焚火の炎を見つける。

 更に目を凝らせば、その焚火の周囲には数人の人影が確認できた。

 

 俺は警戒感を持たれないように、離れた場所にベディー(M54 5tトラック)を駐めると、先ずは一人でゆっくりと焚火の方へと歩み寄る。

 焚火の周囲の人々の格好は、汚れや破損、継ぎ接ぎが目立つ衣服で、とてもレイダーには見えなかった。

 だが、一応の用心は怠らない。

 

「すいません」

 

「あぁ、なんだい?」

 

 あまり刺激しないように声を掛けると、焚火を囲んでいた内の一人、アフリカ系アメリカ人の中年女性が反応を示してくれる。

 

「突然この様な事をお尋ねするのは誠に不躾なのですが、この辺りで、コロニーと呼ばれる戦前の大規模シェルターに関して、何かご存知ではありませんか?」

 

「見た目に反して随分と教養をお持ちのようだ……」

 

 丁寧にサイド7に関する質問を投げかけると、中年女性は暫し考えるように視線を泳がせ、やがて、質問の答えを語り始める。

 

「この辺りに、ボルトとは別のそんな名称の大規模シェルターがあるって噂は聞いた事があるけど、生憎と、詳しい場所までは知らないわ」

 

「そうですか」

 

 結果は、やはりと言うべきか、デトロイト近郊に存在しているという事は噂として知っているようだが、正確な場所までは知らない様であった。

 しかも、どうやら中年女性はここに住んでいるグループのリーダー的存在だったらしく、他の方々にも有難い事にサイド7に関して知らないかと聞いて回ったが、結果は同じであった。

 

「質問に答えていただき、ありがとうございました」

 

「いいのよ。私の方こそ、貴方みたいな教養もあって心優しい方と出会えて嬉しかったわ」

 

 柔らかな微笑みを浮かべる中年女性に頭を下げ、皆のもとへと戻ろうとしたその時。

 不意に、声をかけられる。

 

「やっぱりだ。やっぱりそうだ!」

 

 声をかけてきたのは、継ぎ接ぎだらけの薄汚れた白衣を着込んだ一人の壮年男性。

 男性は俺の姿を見るや、興奮した様子で俺のもとへと近づいてくる。

 

「え、えっと、どちら様でしょうか?」

 

「あぁ、すまない! つい本人を目の前にして興奮してしまった。僕の名前はDr.コリー、ポットマズーを拠点に活動しているキャラバンの一人さ」

 

 Dr.コリーと名乗った壮年男性は、驚くべきことにポットマズーを拠点として活動しているキャラバンの一人であった。

 ポットマズーからこのデトロイト近郊まで、直線距離にして約二百キロはある。

 しかも道中は、当然ながら快適で安全などではない。

 

 にも関わらず、遠路はるばるポットマズーからこのデトロイト近郊まで足を運ぶとは、脱帽ものだ。

 

「ポットマズーから遠路はるばるここまで!? 凄いですね……」

 

「褒めてくれるのはありがたいけど、流石に徒歩ではないんだ。デトロイトへの移動には小型トラックを使っていてね、荷台にバラモンを乗せて長距離を移動しているんだ。小型トラックは少し離れた場所に、盗られないように隠してあるんだよ」

 

 どうやら、流石に約二百キロもの長距離を徒歩で移動する程の健脚は持ち合わせていなかった様だ。

 Dr.コリーはあっさりと種明かしをしてくれた。

 

「そうだったんですか。……所で、さっき俺の事を知っているような素振りでしたけど?」

 

「あぁ、そうだった。君、ポットマズーを救ってくれたヒーローだろ! 仲間のキャラバンが君の事を話していてね、その話を聞いてから、是非とも一度、直接会ってみたいと思っていた所だったんだよ!」

 

 そして、Dr.コリーは続けて、俺に会いたがっていた事も明かしてくれる。

 握手を求めてきたDr.コリーに、少し照れくさそうに応じる。

 やっぱり、ヒーローと呼ばれるのはまだ慣れない。

 

 こうして、握手を終えた所で、Dr.コリーにも、サイド7に関して何か知っている事はないかと尋ねてみる。

 

「すまない。生憎と僕も、この辺りに存在しているという噂話程度の認識しかないんだ」

 

「そうですか」

 

「でも、その手の情報を収集するのにうってつけの場所なら、心当たりがあるよ」

 

「本当ですか!?」

 

「ここから少し南に下がった所に、戦前の空港跡地に作られた"メトロポリタン・シティ"と呼ばれる街があるんだ。そこなら、人も多いから、情報収集にはうってつけだよ」

 

 すると、Dr.コリーの口から有力な情報を得る。

 成程、確かに街ならば、人も多いし情報収集するにはうってつけだ。

 よし、早速メトロポリタン・シティと呼ばれる街に向かうとしよう。

 

「有益な情報をありがとうございました! では、失礼し──」

 

「あぁ、ちょっといいかな!?」

 

 Dr.コリーにお礼を述べて立ち去ろうとした刹那、不意に、Dr.コリーに呼び止められる。

 情報を提供したお礼に何か商品を買って欲しいのか、と呼び止めた理由を推測していると、次にDr.コリーの口から飛び出したのは、そんな推測ではなかった。

 

「実は、僕もこれからメトロポリタン・シティに向かおうとしていた所だったんだけど。もしよければ、一緒に同行してもいいかな?」

 

「それならもちろん、喜んで!」

 

 有益な情報を提供して下さったお礼とばかりに、俺はDr.コリーの申し出を快く受け入れた。

 こうして、ベディー(M54 5tトラック)のもとで待つ皆のもとに、Dr.コリーと、相棒で商品の入った箱や袋をその体に背負わせたバラモンと共に戻った俺は。

 一路、メトロポリタン・シティを目指すべく、南に向けて出発するのであった。

 

 

 

 

 南に向かって走る事十数分。

 目の前に、地平線の先まで続いているかのようなフェンスが姿を現す。

 そのフェンスに沿うように移動していると、程なく、幾つものテントやバラック、そして巨大なターミナルビル等が姿を現した。

 

 どうやらここが、メトロポリタン・シティと呼ばれる街のようだ。

 

 更に周囲を取り囲むフェンスを沿うように進んでいると、やがて目の前に、街の出入り口である巨大な門が姿を現す。

 

「止まれ!」

 

 その巨大な門を守護していたのは、意外な事にパワーアーマーであった。

 しかも、その姿はこれまで目にしてきたどのパワーアーマーとも異なる、機動隊を思わせる頭部の造形に、両肩に設けられたパトライト、紺と白を基調とした塗装。

 それは、シリーズの一つであるフォールアウト76にて登場した、レスポンダーパワーアーマー塗装と呼ばれるパワーアーマーの外見変更用スキンのそれであった。

 

「やぁ、どうも」

 

「あぁ、誰かと思ったら、Dr.コリー、貴方でしたか」

 

 数体のレスポンダーパワーアーマー塗装は、各々手にした銃器の銃口をベディー(M54 5tトラック)に向けていたが、荷台から降り立ったDr.コリーの姿を確認するや、彼らはその銃口をベディー(M54 5tトラック)から外した。

 どうやらDr.コリーは彼らと顔馴染みのようだ、暫くすると、談笑し始める。

 

 そんな様子を眺めながら、俺はふと、謎のパワーアーマーの素性を、リーアにいた頃に座学で学んだ事を思い出した。

 

 

 あのレスポンダーパワーアーマー塗装が施されたパワーアーマーは、この世界では"ポリス・パワーアーマー"、通称"PPA"と呼ばれる、戦前の警察に配備されたパワーアーマーだ。

 主な使用用途は、暴動鎮圧。

 前世の感覚からすれば、暴動の鎮圧にパワーアーマーは過剰ではと思ったが、戦前のアメリカ社会は資源戦争の影響で治安は軒並み悪化しており。

 そこに銃社会の国民達の自衛意識が最高潮に達した事も相まって、アメリカ社会には低品質で安価なサタデーナイトスペシャルと呼ばれる銃器が溢れていた。

 その内の一部が今もなお、パイプピストル等の形で残っているのだが、それは以前紹介したので割愛する。

 

 兎に角この様に、戦前の暴動は、前世の感覚とはその破壊力が桁外れに高く、鎮圧するのにパワーアーマーは決して過剰ではなかったのだ。

 因みに戦前の警察は、暴動対策としてPPAと共に、暴動鎮圧用アーマーである、今やレンジャーコンバットアーマーと呼ばれる装備を備えていたようだ。

 

 さて、ここからは個人的な憶測なのだが。

 ノーヘッドやPPA等、軍用以外のパワーアーマーがこの世界に溢れている理由は、おそらく戦前の、当時の軍首脳部の軍事戦略が関係していると思われる。

 史上初の実戦配備型パワーアーマーとして登場したT-45のアラスカでの活躍を知った当時の軍首脳部は、その戦果に気を良くして、一種のパワーアーマー至上主義のようなものが蔓延したのだろう。

 更なる新型パワーアーマーの開発を推進すると共に、パワーアーマーの更なる配備を推進しようとした。

 

 だが、そんな軍首脳部の前に立ちふさがったのが、製造コストの問題。

 用意できる予算には当然ながら限りがある、またパワーアーマーのみに割り当てることも叶わない。

 そこでおそらく、軍のみならず他の行政機関や民間にも普及させる事で、量産効果による製造コストの低下を狙ったものと思われる。

 そして目論見通り、パワーアーマーは核戦争までにある程度普及し、現在、様々なタイプのものが存在している状況へと繋がっているのだろう。

 

 とはいえ、物理的に核戦争勃発までにアメリカ全土の警察にPPAを配備できたとは考えずらく、配備するにあたり優先順位は設けられた筈だ。

 そこでデトロイトが優先順位の中に含まれたのは、おそらく以前ディジーが言っていた、戦前からデトロイトが既にウェイストランドと呼ぶに相応しい程治安が最悪だったからだろう。

 

 

 と、つらつらと憶測を脳内で垂れ流していると。

 不意に、PPAを装備した門番の一人が、俺達に声をかけてきた。

 

「あんた達、Dr.コリーの知り合いなんだってな」

 

「え? えぇ、そうです」

 

 まぁ、知り合ったのは少し前なのだが、知り合いに違いはない。

 

「なら大丈夫だとは思うが、一応注意しておく。街の中でひと悶着起こすんじゃないぞ。……ま、起こしたくても起こせそうにはないが」

 

 おそらく最後の発言は荷台のノアさんの姿を目にしてのものだろう。

 

「兎に角ようこそ、メトロポリタン・シティへ」

 

 そして、門番からの歓迎の挨拶を経て、巨大な門が開かれると、俺達はメトロポリタン・シティへと進入するのであった。




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第六十二話 正義のヒーロー

 メトロポリタン・シティ内へと進入した俺達は、戦前も駐車場として使用されていた場所にベディー(M54 5tトラック)を駐めると、メトロポリタン・シティへと降り立つ。

 

「では、僕は商売があるのでこれで失礼します。ヒーローさん、貴方の求める情報が手に入る事を祈ってますね」

 

「ありがとうございます」

 

 軽く会釈し、短い間ながらも色々とお世話になったDr.コリーと相棒のバラモンと別れると、彼らを見送りながら、この街の何処で情報を収集するかを相談し始める。

 

「今回は二手に分かれて情報を収集した方がいいわね」

 

 そして、ナットさんの意見を参考に、俺達は二手に分かれて情報収集を行う事にした。

 俺とマーサ、そしてナットさんとニコラスさんにノアさんの二手に分かれて、街中でサイド7に関する情報を聞き込んでいく方針だ。

 

 因みにディジーは、ベディー(M54 5tトラック)の見張り番だ。

 

 

 

 夕方にベディー(M54 5tトラック)のもとで合流する事を確認すると、俺はマーサを連れて街中を歩き始める。

 さて、先ずは情報と言えば酒場だろう、なので酒場を探して歩いていると。

 

「ねぇ、お兄さん、お姉さん。二人とも見かけない顔だけど、もしかして、この街に来たのは初めて?」

 

 不意に、突然声をかけられた。

 しかも、声をかけてきたのは、継ぎ接ぎだらけの衣服を身に纏った十歳ぐらいの男の子であった。

 

「そうだけど、君は?」

 

「僕はイーサン。この街に住んでるんだ」

 

 イーサンと名乗った男の子に、お返しに簡単な自己紹介を行うと、彼は俺が傭兵をしていると聞くや、目を輝かせて興味津々とばかりに色々と質問を投げかけてくる。

 

「じゃぁさ、じゃぁさ! レイダーやモールラットとも戦った事あるの!?」

 

「あるよ」

 

「凄い凄い! それじゃ、スーパーミュータントとも戦った事ある?」

 

「うん、あるよ」

 

「わー! お兄さん凄いや!! あのね、僕も大きくなったら、お兄さんみたいに悪党どもをやっつける正義のヒーローになるのが夢なんだ! お父さんやお母さんは農業を継がせたがってるみたいだけど、でも僕は絶対、正義のヒーローになるんだ!」

 

 透き通った瞳で俺の事を見つめるイーサンに、俺は一瞬どう返答すべきかと言葉を詰まらせた。

 子供の夢を壊すのは不憫だが、かといって彼の人生を思えば、彼のご両親の言う通り、安全なこの街で農業に従事していた方が、退屈だろうが幸せであるのも事実。

 

「……イーサン、正義のヒーローは、決して簡単になれるものじゃないんだ。危険と隣り合わせだし、辛い事もたくさんある。でも、もしそれでも、本当に正義のヒーローになりたいのなら、その気持ちを忘れちゃだめだよ」

 

「うん!」

 

「それともう一つ、農業のお手伝いをすることも、正義のヒーローになる為には必要だと思うんだ。正義のヒーローは、困っている人を助けるものだから、忙しいお父さんやお母さんのお手伝いをすることも、立派な正義のヒーローさ」

 

「そっか!」

 

 俺はイーサンの頭を優しくなでながら、彼にアドバイスを送る。

 夢を叶えるか諦めるかの選択は彼が決断する事だ、だから、今の俺は少し助言を送るのみでとどめよう。

 

「それじゃイーサン、俺達はもう行くね」

 

「あ! 待って! お兄さんもお姉さんも、この街は初めてなんでしょ。ならさ、僕が案内をしてあげるよ!」

 

「本当、それは助かるよ。……そうだ、はい、これ」

 

 街の案内を申し出たイーサンに、俺は十枚ほどのキャップをピップボーイから取り出すと、彼の小さな手のひらに乗せた。

 街を知れば、情報収集の効率も上がる筈だ。イーサンはそんな手伝いを率先して引き受けてくれた。

 だから、そんな小さな正義のヒーローに報酬を出すのは当然の事だ。

 

「小さな正義のヒーローに、街を案内してくれるお礼さ」

 

「ありがとう!!」

 

 笑顔と共に受け取った十キャップを嬉しそうにズボンのポケットに入れると、やる気に満ち溢れたイーサンは街の案内を始めた。

 そんなイーサンの後に付いていく俺とマーサ。

 

「ユウって、子供の扱いが上手いのね」

 

「そうかな」

 

「これなら、いいお父さんになりそうね」

 

 すると不意に、マーサからかけられた言葉に、俺は自身の血を分けた子供をあやす姿を想像する。

 そして、そんな俺を隣で見守ってくれている女性の姿も。

 

 そう、今まさに俺の隣を肩を並べて歩いている……。

 

「お兄さん、まずここが街一番の食堂、"スカイライン・ダイナー"だよ。店主のダリアさんが作るラッドスコルピオンの卵を使ったオムレツは美味しいって評判なんだ」

 

「ひゃい!」

 

 と、俺がそんな想像に耽っていると。

 不意にイーサンに声をかけられ、驚いてつい声が上擦ってしまった。

 

「? どうしたのユウ、変な声出して?」

 

「ちょ、ちょっと考え事してただけだよ、は、ははは」

 

 疑問符を浮かべるマーサに、俺は笑ってその場を誤魔化す。

 

「ま、いいけど。さ、行きましょ」

 

 どうやら上手く誤魔化せたらしく、次の案内場所に向かうイーサンの後に続き、マーサも移動を再開する。

 そんなマーサの後姿を目にしながら、何とか誤魔化せたことに内心安堵すると、多くの人で賑わう、トタンと木材で作られたスカイライン・ダイナーと呼ばれる大きな食堂を横目に、二人の後を追いかける。

 

 

「次にここが"メトロポリタン・マーケット"。ガラクタから日用品、食料や銃、兎に角欲しいものはここに来れば大抵売ってるよ」

 

 木材やトタン、それにテント等。

 形や大きさも様々な店舗が立ち並び、店先に佇む店主たちが威勢のいい声と共に元気よく呼び込みを行っている。

 街の一角に設けられたそのエリアは、まさしくマーケットと言う名に相応しく、街の中でも特に活気と人の溢れる場所であった。

 

 そんなメトロポリタン・マーケットを程なく後にした俺達は、暫く歩くと、今度は目の前に整備された農地が姿を現す。

 

「次はここ、"メトロポリタン・ファーム"。ここでは僕の家や他の農家さん達が、野菜や果物、それにバラモンやラッドチキン等を作ったり育てたりしてるんだ。それで、あそこが僕の家の畑だよ!」

 

 柵で囲われた畑には、それぞれ野菜や果物等が実り、収穫の時を待ちわびている。

 更に大きな柵で囲われた牧畜エリアや養鶏エリアには、飼育されているバラモンやラッドチキン達が、のびのびと日向ぼっこを堪能していた。

 

 そして、そんなメトロポリタン・ファームの一角を指さすイーサン。

 指を指した先にあったのは、立派なトウモロコシ畑。どうやら、イーサンのご両親は、トウモロコシ農家を営んでいるようだ。

 

「立派なトウモロコシ畑だね」

 

「ありがとう。それじゃ、次の場所に行こう」

 

 やはりご両親のトウモロコシ畑を褒められるのは嬉しいようで、照れくさそうな様子のイーサンの後に続き、再び移動を再開する。

 

 程なく歩いて足を運んだのは、外壁の錆がいい味を出している倉庫群であった。

 イーサン曰く、ここは戦前に運輸業者が荷物の保管用に使用していたものらしいのだが、今では、街の酒場のオーナー達が自身の店で取り扱う商品の保管所として利用しているとの事。

 ここはそれ以上深く解説する点もないとの事で、早々に別の場所に移動しようとしたのだが。

 

「あら? ユウにマーサじゃない?」

 

「ナットさんにニコラスさん、どうしたんですか、こんな所で?」

 

 意外な事に、とある倉庫の前で佇んでいるナットさんとニコラスさんにばったりと遭遇し、俺達は足を止めた。

 

「私達は、情報収集のついでに、ちょっとお小遣い稼ぎをね。……それよりも、ユウとマーサこそ、こんな所で何をしてるのかな~。もしかして、デート?」

 

「な! 何言ってるんですかナットさん!! ち、ちがわないます!」

 

 意味ありげな薄笑いを浮かべたナットさんが続いて漏らした言葉に、マーサが即座に反論する。

 ただ、慌てて噛んでしまったのか、少しその意味は解らなかった。

 

「俺達はこの子の案内で巡ってるんです」

 

「あぁ、成程ね。確かに、街を知る事も情報収集よね」

 

 少しがっかりした様子ながら、イーサンの姿を目にして、納得したように言葉を漏らすナットさん。

 

「あの、所で。ノアさんの姿が見えませんけど?」

 

「あ、あの、ノアさんなら、この倉庫の中です」

 

 俺が先ほどから抱いていたい疑問に答えてくれたのは、ニコラスさんであった。

 どうやら、先ほどナットさんが言っていたお小遣い稼ぎに関連して、ノアさんは倉庫の中に入っているようだが。

 一体、お小遣い稼ぎの内容とはどのようなものなのだろうか。

 

 その詳細をナットさんに尋ねようとした、刹那。

 

 突如壁を突き破る様な音と共に、倉庫の外壁の一部が崩れ、そこから、人間の上半身が飛び出した。

 その光景を目にして、俺はお小遣い稼ぎの内容を大方理解する(だいたいわかった)のであった。

 

 

 こうして理解もした所で、ナットさん達と別れた俺達は、再び街巡りを再開する。

 

「そしてここが、街の治安と安全を守ってくれている"メトロポリタン・セキュリティの本部"だよ」

 

 倉庫群からほど近く、重厚な外見の三階建ての建物。

 出入り口上部の一部欠けている看板には、その建物が戦前は空港警察署として利用されていた事を静かに物語っていた。

 

 そんな建物は今や、メトロポリタン・シティの治安維持と外部からの脅威から住民達を守る使徒であるメトロポリタン・セキュリティの本部として、その意思を、継承する者達により再び利用されていた。

 

 しかも、驚くべきことに、その意思を継承していたいのは建物のみではなかった。

 メトロポリタン・セキュリティの使用しているPPAの他、制服やアーマー等も、戦前の警察の制服やレンジャーコンバットアーマーことライオットギア等。基本的には戦前の警察のものをしようしている。

 最初は単に警察署内に残っていたものを有益に再利用しているのかと思ったのだが、どうやら、そうではないらしい。

 

 イーサンが学校の授業で習った、このメトロポリタン・シティの歴史の説明を聞き、意思の継承が単なる偶然ではない事が判明したからだ。

 何とこのメトロポリタン・シティを開拓したのは、"レスポンダー"と呼ばれる、核戦争を生き残った人々が結成した民兵組織だったのだ。

 ただし、イーサンの話を聞く限り、ウェストバージニアから流れてきたのではなく、元々空港で活動してた消防隊員や警察官、それに医療従事者等により結成されたもので、ウェストバージニアとは繋がりがないようだ。

 

 しかし、組織の理念としてはウェストバージニアのそれと変わらず、核戦争を生き延びた一般市民の支援や医療サービスの提供など、高潔なものである。

 だが、そんな彼らの理念も、やはりウェイストランドの厳しさの前ではあまりに脆弱であり、幾度にもわたる外敵との戦闘を経て、組織の理念は変化していった。

 そして今や、母体となった組織の名を捨て、メトロポリタン・シティとして日々を過ごしているものの。

 セキュリティの使用している装備などは、かつてのレスポンダーの残滓として、今もなお受け継がれ存在しているのであった。

 

 

 こうして、メトロポリタン・セキュリティの本部と、メトロポリタン・シティの歴史の一部を垣間見えた所で、俺達は再び街巡りを再開する。

 

「ここが、街の中心でもある"セントラルエリア"だよ。ここには市役所とか、僕の通ってる学校とかが入ってるんだ」

 

 しばらく歩いて足を運んだ先で目にしたのは、巨大なターミナルビルであった。

 以前訪れたタロン社のシカゴ支店本部もそうであったが、やはり空港跡地を再利用するにあたっては、ターミナルビルは中心地として再利用しやすい様だ。

 

「それじゃ、次で最後だよ、ついてきて」

 

 イーサンの後に続き、セントラルエリアと名を変えた巨大なターミナルビルに足を踏み入れると、行き交う人々の間を縫うように、セントラルエリアを横断する。

 そして目の前に広がったのは、広々とした滑走路に建てられた、テントやバラック等の光景であった。

 

「ここが"住宅地"。僕の家もここにあるんだ」

 

「成程ね。……所で、あそこの旅客機は?」

 

 そんな光景を眺めていると、ふと、駐機場の一角に駐機されていた旅客機の姿が目に留まる。

 以前目にした、道路を塞いでいたものと同型の巨大な旅客機、巨大な翼が折れてしまい、もはや飛び立つことは叶わぬその鋼鉄の怪鳥には、階段が設置され、ネオンなどの装飾が施されていた。

 

「あれはホテルだよ。ケイリーさんが経営しているんだ」

 

 イーサンにその正体を尋ねると、どうやら今は、ホテルとして再利用しているようだ。

 そういえば、前世でも現役を退いた旅客機を再利用したホテルが存在していたな。

 

 

 

「以上で街の案内は終了です」

 

「ありがとうイーサン。とっても役に立つ案内だったよ」

 

「えへへ……。僕も、正義のヒーローのお兄さんとお姉さんの役に立てて凄く嬉しいよ。じゃあまたね! お兄さん、お姉さん!」

 

 無邪気に手を振りながら、自宅の方へと走っていくイーサン。

 そんな彼の姿を見送りながら、俺とマーサはサイド7に関する情報収集を始めようとした。

 

「あんた! そこのあんた!」

 

 その時であった。

 不意に、声をかけられ、声の方に振り返ってみると。

 そこには、擦り切れ継ぎ接ぎだらけの衣服を身に纏った一人の男性老人であった。

 

「あんた! さっき子供に正義のヒーローと呼ばれておったな!」

 

「え、えぇ……」

 

「なら、なら儂を助けてくれ! 儂の奪われた家と畑を取り戻してくれ! この通りじゃ!」

 

 男性老人は懇願する様に、俺の手を取ると、何度も何度も家と畑を取り戻してほしいと叫ぶ。

 しかし、助けようにも状況が分からなければ助けたくても助けられないので、兎に角男性老人を落ち着かせると、順を追って状況を説明してもらった。

 

「儂は、この街から少し離れた場所で小さな農園を営んでいるんじゃが、そこに数日前、レイダーの集団がやって来て、農園と儂の家を占領したんじゃ。幸い、儂はその時、この街のマーケットで作った作物を売った帰りじゃったので事なきを得たが……、じゃが、このままじゃ儂はお終いじゃ!」

 

 男性老人の話によれば、大事な自宅と農園をレイダーの集団に留守の間に占領されてしまったとの事。

 男性老人は自宅と農園をレイダーの集団に占領されたと知るや、メトロポリタン・セキュリティに助けを求めたそうだが、街の住民ではない為、取り合ってもらえなかったそうな。

 今はまだマーケットで作物を売って得た資金はあるものの、このままではいずれそれも枯渇し、にっちもさっちもいかなくなる。

 

 そこで、そうなる前に、俺達に家と農園を占領しているレイダーの集団を退治してほしい、という訳だ。

 

「どうしてわざわざ街の外で農園なんて営んでるのよ、ファームで作ればいいじゃない」

 

「あんた達、もしかして街に来てまだ日が浅いのか? なら教えておいてやろう。メトロポリタン・ファームを利用するには借地料が掛かるんじゃ、それも、高額のな。じゃから、街の中で農家はできんのじゃよ」

 

 マーサの質問に、男性老人は肩を竦めながら答えた。

 レスポンダーとしての理念が残っていれば、男性老人にもメトロポリタン・ファームを利用できたのだろうが、残念ながら、今となっては街を運営していく為の財源として借地料を設けているようだ。

 

「頼む! 農園がなきゃ、作物を作れなきゃ、このままじゃ儂は死んじまう! 頼む、助けてくれ!!」

 

「ユウ、どうする?」

 

 俺は、再び懇願し始めた男性老人の手を取ると、彼の涙で潤んだ瞳を見つめながら告げた。

 

「分かりました。お助けします」

 

 すると、男性老人の瞳から、大粒の涙があふれ出した。

 

「おぉ、おぉ!! ありがとう! 本当にありがとう!!」

 

 男性老人は大粒の涙を流しながら、何度も何度も感謝の言葉を口にして頭を下げた。

 

 サイド7に関する情報収集も大事だが、今は、目の前で困っている男性老人を救う事を優先する。

 それに、ここで見過ごしては、正義のヒーローの名が廃るというものだ。

 

 程なく、落ち着きを取り戻した男性老人から自宅と農園の場所を教えてもらうと、俺とマーサは早速その場所へと向かう。

 相手はレイダー、しかもデビル・ロードのような車輛を保有する連中でもないとの事で、俺とマーサの二人だけで充分だと判断し、二人で向かう事にした。

 

 

 メトロポリタン・シティを出て、南へ下る事約一時間。

 荒廃した大地の、ひび割れ破損した十字路の角に、補修の施された戦前の住宅が一件、佇んでいる。

 その住宅こそ、男性老人の自宅であった。

 住宅の裏手には、男性老人が作物を作っている小さな農園の姿も確認できる。

 

「それで、ユウ。どうやって家の中にいるレイダー達を始末する? グレネードを投げ入れて一気に吹き飛ばしちゃうとか?」

 

「流石にそれは……」

 

 そんな男性老人の自宅から少し離れた廃墟の影に身を潜めている俺とマーサは、自宅の中にいるレイダー達をどう倒すか、その作戦を決めるべく話し合っていた。

 今回の目的はレイダー達の排除ではあるが、流石にグレネードを投げ入れて倒すのは、男性老人の自宅にもダメージを与えるので却下だ。

 序に言うと、家の中で撃ち合うのも、折角取り戻しても自宅がレイダー達の鮮血で血まみれなのも忍びないので、自宅の外に誘き出してレイダー達を始末する事に決めた。

 

「なら、外に誘き出すのはあたしに任せて!」

 

「大丈夫?」

 

「任せてよ」

 

 そして、この作戦で重要な役割であるレイダー達を自宅の外に誘き出す役目、その役目をマーサは進んで行うと口にした。

 俺としては自分が行おうと思っていたのだが、マーサを信じて、彼女に任せる事に決めた。

 こうして作戦が決まれば、あとはそれを実行するのみ。

 

 俺は姿勢を低くして自宅を正面に捉える事の出来る、道端に放置された廃車の影に移動すると、自宅の玄関前に移動したマーサに合図を送る。

 そして、いつでもマーサを援護できるように、M4カスタムを構える。

 

「すいませーん」

 

 俺の合図を確認したマーサが、少し甘えた声と共に玄関扉を叩き、自宅の中にいるレイダー達を誘き出す。

 すると程なくして、玄関扉がゆっくりと開き、自宅の中から見慣れた廃材再利用の装備を身に纏った奇抜な髪形の男性レイダーが姿を現す。

 

「ん? ぐへへ、お嬢ちゃん、どうし──」

 

 男性レイダーはマーサの姿を目にするや、目の色を変えた。

 そして、卑猥な笑みを浮かばせながら、マーサに手を伸ばそうとした男性レイダーよりも早く、マーサの右手が男性レイダーの喉元付近をかすめる。

 

 刹那、男性レイダーの喉元から、大量の鮮血が吹き出す。

 どうやら、右手に握った投げナイフで、男性レイダーの喉元を切り裂いたようだ。

 

「なんだ!?」

 

「医者を呼べ!! 流血患者だ!!」

 

「殺人タイムだ!」

 

 すると、異変に気付いた仲間のレイダー達の声が自宅の中から響き、次いで、次々と発砲音が響き渡り始める。

 標的は当然、仲間を早業で仕留めたマーサだ。

 

 だが、マーサは殺した男性レイダーの死体を文字通りの肉盾にしながら、徐々に後退を始める。

 

「じっとしてろ! お肉ちゃん!」

 

「タイムオーバーだ! プリンセス!」

 

 そんなマーサに導かれるかのように、自宅の中にいたレイダー達が、次々と玄関扉を潜って外へと姿を現す。

 刹那、俺は狙いを定めると、M4カスタムのトリガーを引いた。

 放たれた5.56mm弾は、狙い通りにレイダーの頭部に命中すると、そのストッピングパワーで生物としての行動を不可能にさせる。

 

「かくれんぼかぁ!? 俺に見つかったらやば──」

 

「あ゛ー! 嫌だ!」

 

「新手だ、畜生!」

 

「望みが絶たれたぁーっ!」

 

「うぬ!」

 

 更にこちらの居場所を知られる前に、可能な限り5.56mm弾をレイダー達に叩き込む。

 勿論、マーサも片手にリボルバーを構え、可能な限り攻撃を加える。

 

 こうして、自宅の前をレイダー達の死屍累累で飾っていると、ボスのご登場の如く、自宅の中から大物が姿を現す。

 

「てめぇら! これで終わりだと思うなよ!!」

 

 現れたのは、放置されたパワーアーマーを廃材などの間に合わせの資材で修理し運用可能とした、所謂レイダーパワーアーマーを装備し。

 両手でスレッジハンマーにロケットブースターを取り付けた、スーパースレッジと呼ばれる鈍器を持った、集団のボスと思しきレイダー。

 

「死にやがれ!!」

 

 威勢のいい声と共に、レイダーパワーアーマーの巨体が、地響きを響かせながら近づいてくる。

 俺は一刻も早く迎撃すべく5.56mm弾をお見舞いしたかったが、運悪くボスが現れたのは弾倉交換を始めた直後であった。

 

 慌てず、こんな時こそ落ち着いて弾倉を交換する。

 しかしその間にも、地響きはどんどん近づいてくる。

 

 そして、弾倉交換を終えて迎撃を開始しようとした、その矢先。

 

 突然、ヘルメットのシールド部分が真っ赤に染まったかと思えば、レイダーパワーアーマーが勢いよく倒れ込み、そして、再び動き出す事はなかった。

 一体何が起こったのかと周囲を見回すと、ふと、倒れたレイダーパワーアーマーの後ろに佇む、銃口から硝煙が微かに残る自慢のリボルバーを両手に装備したマーサの姿を発見する。

 よく見ると、レイダーパワーアーマーのヘルメットの後頭部には複数の弾痕が刻まれていた。

 

 この状況から推測するに、どうやらマーサがV.A.T.S.を使用し、レイダーパワーアーマーの背後に回り込み、至近距離から後頭部目掛けて弾丸を撃ち込んだようだ。

 

「これでお掃除完了ね!」

 

「うん、そうだね」

 

 どうやらレイダーパワーアーマーを装備したボスを倒した事で、男性老人の自宅と農園を占領していたレイダー集団は全員始末できたようだ。

 一応、隠れていないか自宅の中も捜索したが、誰も隠れてはいなかった。

 

「それじゃ、この死体を片付けたら、あのお爺さんに報告に戻るわよ」

 

「あ、マーサ、その前にちょっと待ってくれるかな」

 

「?? 何よ?」

 

「折角だから、この自宅の周囲を少し改造していこうと思って。また他のレイダーの集団に占領されないとも限らないしね」

 

 自宅前に転がるレイダー集団の死体を、再利用可能な物を回収すると、近くの場所に穴を掘って埋葬し片付ける。

 それを終えると、ピップボーイからワークショップver.GMを出現させると、男性老人の自宅と裏手の小さな農園を囲う様に、木材の壁を設置していく。

 更に四隅の上部にパイプタレットを設置し、自宅の中にコントロールを設け、自宅の脇に小型発電機を設置してそこから電線を敷設して稼働可能なようにすれば、改造完了だ。

 

 これならば、また留守の間にレイダー等に自宅を占領される心配はぐっと減る事だろう。

 

 

 

 

 こうして改装を終えた俺とマーサは、男性老人にレイダー達を排除し自宅と農園を取り戻したことを報告すべく、約一時間かけてメトロポリタン・シティへと舞い戻る。

 俺とマーサの帰りを待っていた男性老人は、俺とマーサの姿を見つけるや、急いで駆け寄ってくる。

 

「どどど、どうじゃった!? わ、儂の家と畑は、取り戻してくれたのか!?」

 

「もう大丈夫ですよ、占領していたレイダー達は俺とマーサで撃退しました」

 

「おぉ! ほ、本当かい……。ありがとう、本当に、ありがとう!!」

 

 そして、レイダー達を排除したと報告すると、男性老人は俺の手を取り大粒の涙を流す始めると、何度も何度も、感謝の言葉と共に頭を下げた。

 

「それから、少しご自宅の周りを改造して、今後同じような事が起こらないようにしておきました」

 

「ありがとう! 本当にありがとう!! あんた達は、あんた達は鷲の救いのヒーローじゃ!!」

 

 それから暫くして、男性老人が落ち着いた所で、俺は男性老人に別れを告げた。

 

「あぁ、待ってくれ!」

 

「何でしょう?」

 

「ここまで助けてもらって、何のお礼もできないんじゃ、儂の気持ちがおさまらん。これを、これを受け取ってくれ!」

 

 すると男性老人は、徐に何かを取り出すと、取り出したそれを手渡してきた。

 受け取ったものは、黒光りする一挺の大型自動拳銃。

 バースト射撃機能を備えたベレッタ 93Rをベースに、大型スタビライザーや大型リアサイトにグリップの変更等々、全体に改造が施された逸品。

 

 その外見はまさしく、サイボーグ警官の相棒に酷似していた。

 

「そいつは何でも、儂の先祖が戦前に手に入れた一族の家宝じゃそうだが、今の儂には持ってても価値のないもんじゃ、だから、せめてあんたが使ってくれ」

 

「そんな、大事な家宝を……」

 

「いいんじゃいいんじゃ。是非、受け取ってくだされ」

 

「では、大事に使わせていただきます。……そういえば、まだお名前を伺っていまっせんでしたが、お名前は?」

 

「アレックスじゃ」

 

 大事な家宝と聞いて貰うのを躊躇ったが、本人が受け取ってほしいと希望しているのだ、ここで付き返してはそれこそ失礼というもの。

 なので、俺はその大型自動拳銃を有難く受け取ると、ピップボーイに収納し。

 男性老人ことアレックスさんに感謝の言葉を述べると、今度こそアレックスさんに別れを告げ、その場を後にするのであった。




ご愛読いただき、そしてご意見・ご感想、皆様の温かな応援、本当にありがとうございます。大変励みになります。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第六十三話 こんやのショー

 男性老人と別れた俺とマーサは、少し遅れたが情報収集を開始した。

 とはいえ、色々な人に聞き込んだものの、結局有力な情報は得られず、気付けば街が暁に染まり、ナットさん達と合流する時間となっていた。

 ベディー(M54 5tトラック)のもと向かい、ナットさん達と無事に合流すると、ナットさん達の本日の成果を尋ねる。

 

 しかし、ナットさん達の方も、俺と同じで特に有力な情報は得られなかった。

 

 だが、まだ諦めるのは早い。

 明日の情報収集を頑張るべく、美味しい食事を食べて、宿屋に泊まって、気分転換して、明日への活力を養うとしよう。

 

 街で一番人気のスカイライン・ダイナーで夕食を取ると、流石にケイリーさんが経営しているホテルは一拍の利用料が少しばかりお高かったので、そこそこの料金設定でそこそこのグレードの宿屋で一夜を過ごすのであった。

 

 

 

 そして翌日。

 昨日と同じく二手に分かれて情報収集を開始しすると、サイド7に関して街の人々に聞き込みを行っていく。

 ただ、やはりそう簡単に有力な情報を持っている人物とは巡り合えず、挫折しそうになる。

 

 しかし、根気強く聞き込みを続けていると、マーケットで雑貨店を営んでいる店主の女性から、少し気になる情報を手に入れる事が出来た。

 

「ん~、そういえば。"ボーディング・バー"の常連客に、そんな名前の場所の出身の知り合いだって言ってた奴がいたねぇ……」

 

「本当ですか!?」

 

「確か、名前は"マーハー"。そんな名前だったねぇ」

 

 女性店主の話によれば、ボーディング・バーと呼ばれる酒場の常連のマーハーと呼ばれる人物が、サイド7出身の人物と知り合いという、かなり有益な情報だ。

 もしこの話が本当なら、マーハーと呼ばれる人物を通じてサイド7出身の人物と接触し、サイド7の場所を聞き出すことが出来る。

 

「ボーディング・バーは住宅地の向こう側にある格納庫を再利用した建物だよ」

 

 しかも御親切に、女性店主はボーディング・バーの場所まで教えてくださった。

 住宅地の向こう側、トタンや木材などで作られた建物、それに格納庫などが立ち並ぶ街の一角、そこは酒場が密集している、所謂飲み屋街のような場所だ。

 そこに、目当てのボーディング・バーがあるとの事。

 

「教えていただいてありがとうございました!」

 

「いいんだよ。あ、だけど、この時間だとまだ店は準備中だよ」

 

「え?」

 

「店は夕方からオープンだから、店に行くんなら、少し時間を潰してから行くのがいいね」

 

 だが、ボーディング・バーに向かおうとした矢先、女性店主から足が止まる情報が告げられる。

 まだ店が開いていないのでは、今向かっても無駄足だ。

 

 となると、店が開く夕方まで、もう少し情報収集して時間を潰そうか。

 

「ねぇ、もし暇ならさ、時間つぶしがてら、ちょっと私のお手伝いをしてくれないかしら? 勿論、報酬は払うわ」

 

 等と考えていると、女性店主からなんとも有難い申し出が。

 俺は二つ返事で了承すると、早速お手伝いの内容を尋ねる。

 

「簡単な事よ。実は、私はこの店以外にもレモネードの販売店を経営しているんだけれど、商品のレモネード作りに必要なマット・レモンを畑から収穫するのを手伝ってほしいの」

 

 その内容とは、マットフルーツの一種であるマット・レモンの収穫のお手伝いであった。

 内容を確認すると、早速お手伝いを開始すべく、女性店主と共にメトロポリタン・ファームへと移動する。

 

 メトロポリタン・ファームの一角、柵で囲われたそこそこの広さのあるその場所には、マット・レモンの実を実らせたマット・レモンの木が生い茂っていた。

 

「はい、それじゃ、そのカゴ一杯になるまで収穫してね」

 

 そして、女性店主から俺とマーサに一人ずつ手渡されたのは、収穫の際に必要なハサミとカゴ。

 しかも、受け取ったカゴは結構な大きさと深さのある物であった。

 

「それじゃ、始めましょ」

 

 こうして、マット・レモンの収穫のお手伝いが始まった。

 マット・レモンの収穫等行った事が無かったので、女性店主にハサミで何処を切るのか、収穫してよいものと駄目なものの見分け方等々。

 色々とご指導いただきながら、マット・レモンを収穫していく。

 

 一方、マーサはと言えば。

 サンクチュアリにいた頃にこの様な畑仕事を手伝っていた事があったようで、その際にマット・レモンの収穫も行った事があり。

 その為、慣れた手つきで次々とマット・レモンを収穫していた。

 

 こうして、カゴを一杯にするべく収穫作業を続け。

 漸くカゴを一杯にした頃には、既に日が傾き始めていた。

 

「お疲れ様、本当に助かったわ、ありがとう」

 

 メトロポリタン・ファームの畑から、マット・レモンで一杯になったカゴを持ってレモネードの販売店へと足を運んだ所で、お手伝いは完了となる。

 笑顔で俺を述べた女性店主は、約束通り、報酬としてキャップの入った小さな袋を手渡してくれた。

 

「そうだ、ついでに自慢のレモネードを飲んでいってよ。勿論、お代はいらないからさ」

 

 そして、俺とマーサは、女性店主のお言葉に甘えてレモネードをご馳走になる。

 原作のゲームで登場するレモネードは、レモネードと言う名前に反してレモンを使っていない、レモネードと勝手に思い込んでいるナニカなのだが。

 今回ご馳走になったものは、間違いなくレモネードと呼べる飲料であった。

 

 前世で飲んだものに比べれば、少し爽やかさはない感じがするが、それでも疲れた体には有難い一杯となった。

 

「ご馳走様でした。美味しいレモネードをありがとうございます!」

 

 女性店主にお礼を述べて店を後にした俺とマーサは、ピップボーイで現在の時刻を確認すると、丁度店も開き始める頃合いであった。

 そこで、先ずはベディー(M54 5tトラック)のもと向かい、そこでナットさん達と合流すると、事情を説明し、店に向かう事となった。

 

 

 

 

 街を染めていた暁色が徐々にその黒さを増す、夜の帳が下りる頃。

 街の中で一際賑わいと明るさを増す一角があった。

 そう、飲み屋街である。

 

 昼間の仕事の疲れを癒すべく、或いは街に到着した祝杯を上げるべく、街の住民や旅人等、様々な人々の声で賑わいを見せる飲み屋街。

 その一角にある、ボーディング・バーの店先に、俺達は足を運んだ。

 情報通り、戦前は格納庫として使用していたものを改装して酒場として再利用した店の出入り口上部には、ネオンサインの店名が掲げられていた。

 

 店内へと足を踏み入れると、既に店内はほぼ満席状態な程、客と活気で満ち溢れていた。

 だが、そんな店内の状況よりも俺の目に留まったのは、店の中央に設けられた、四方をロープで囲まれたリングであった。

 おそらく、見世物として試合を行う為に設けているのだろう。

 となると、ボーディング・バーはさしずめスポーツバーのようなものか。

 

 と店内を観察しながら、俺達は空いていたカウンター席に移動し腰を下ろすと、先ずは適当に飲み物を注文する。

 バーテンダーからマーハーと呼ばれる人物の話を聞き出すのに、注文もなしでは固い口も更に堅くなってしまうだろうからだ。

 

「乾杯!!」

 

 ナットさんの合図と共に、労を労い、そして景気付けの乾杯を行うと、グラスの中の液体を半分程一気に流し込む。

 こうして乾杯を終えた所で、早速バーテンダーに店の常連客であるマーハーと呼ばれる人物が来店しているかを尋ねる。

 

「お客さん、飲み物だけでいいんですか? 食べ物も取り扱ってますよ」

 

「なら、このソーセージの盛り合わせをお願いします」

 

 しかしどうやら、飲み物だけでは情報料として不足していた様だ。

 追加でソーセージの盛り合わせを注文すると、バーテンダーは小さな笑みを浮かべた後、小さな声でマーハーと呼ばれる人物について話し始めた。

 

「あそこの角のテーブルで飲んでる男がいるだろ? あいつがマーハーさ」

 

「ありがとうございます」

 

 バーテンダーに小さく会釈すると、俺は他の皆に一声かけると、グラスとソーセージの盛り合わせが盛られたお皿を手に、マーハーさんのいるテーブルへと向かった。

 

「すいません。相席、よろしいですか?」

 

 ありふれた継ぎ接ぎだらけの衣服に身を包んだ中年男性、マーハーさんに声をかけると、当然ながら突然声をかけてきた俺に警戒感を露わにする。

 しかし、手にしたソーセージの盛り合わせをお礼に食べていただいて結構ですと付け加えると、幾分警戒感が緩んだ。

 

「あぁ、いいよ」

 

 そして、了承が得られると、俺は開いている席に腰を下ろした。

 

「マーハーさん、ですよね?」

 

「何だ、俺の名前を知ってるのか、そいつはフェアじゃねぇな。俺はまだお前さんの名前を知らないって言うのによ」

 

「失礼しました。俺はユウ・ナカジマと申します。仲間と共に傭兵業を営んでいる者です」

 

「あぁ、成程な。通りで、妙な連中を引き連れてるし、雰囲気も他の奴らとは違った訳だ」

 

 マーハーさんに自己紹介を行うと、マーハーさんは納得した様子で呟いた。

 どうやら、マーハーさんは俺達が店に入店してきた所を目撃していた様だ。最も、俺達の格好からすれば嫌でも目に入るだろう。

 

「それで、傭兵のお前さんが、この俺に何の用だ?」

 

「その前に、折角ですから乾杯しませんか? この出会いに感謝して。折角美味しいソーセージの盛り合わせもある事ですし」

 

「はは、そりゃいいが、生憎と、俺のグラスはこの通りなんだ」

 

 そう言うと、マーハーさんは何をすべきか分かるよな、と言わんばかりの表情と共に、空になったグラスを俺に示す。

 

「それは気が利かずに、一杯奢らせてもらいます」

 

「ははは! そうこなくっちゃ!」

 

 暫くして、注ぎたてのビールが入った新しいグラスが到着し、俺とマーハーさんは乾杯を交わす。

 ビールを半分程一気に飲み干したマーハーさんは、タダ酒に無料のソーセージを食べ、だんだんと上機嫌になるのと反して、俺に対しての警戒感を緩めていった。

 

「ははは! お前さん、若いのに世渡りってやつを心得てるな!」

 

「お褒めに預かり恐縮です」

 

「ははは! その言葉遣い、"ヴェツ"と初めて会った時のことを思い出すな!」

 

「ヴェツさんですか? それはマーハーさんのご親友の方なのですか?」

 

「まぁ、そうだな、付き合いは長いし、親友みたいなもんだ。……ここだけの話だがよ、ヴェツは、サイド7って言う戦前に造られたシェルターから出てきた奴なんだよ」

 

 手招きし、耳元で囁くように語ったヴェツさんと呼ばれる人物の素性に、俺は目を見開いた。

 ヴェツさんこそ、俺が探し求めていた重要人物だ。

 

 俺は、マーハーさんにそのヴェツさんが今どこにいるのかを尋ねようとした。

 

「あぁ、待て待て! ショータイムだ。話の続きは見終わってからでいいだろ」

 

 だが、運悪く中央のリングから、ショータイムを告げるアナウンスが響き渡った。

 刹那、それまでの賑わいが更に活気付き、店内の所々から待ち望んでいたかの如くお客さん達の歓声が響き渡り始める。

 

 ま、この歓声の中では話も聞きにくいので、見世物が終わってからでも遅くはないだろう。

 

 焦る気持ちを抑えつつ、俺も、折角なので見世物の試合の観戦に興じる事にするのであった。

 

「皆様、大変お待たせいたしました! 今宵も、皆様お待ちかねの、美しき戦乙女(ヴァルキリー)達の戦いの祭典を開始いたしたいと思います! 今宵は、新たなニューフェイスもご登場! 皆様どうか最後まで、存分にこの祭典をご堪能下さい!」

 

 司会進行役を兼ねたレフェリーの声と共に、店内のボルテージは更に活気付いていく。

 どうやら、今回は女子ボクシングの試合が行われるようだ。

 

「それでは、第一試合の選手入場!! 青コーナー! 159cm、114ポンド、今宵デビューの期待のニューフェイス! 如何なる試合を見せるのか!? ヴァナディース!!」

 

 そして、耳を劈かんばかりの歓声と、それに負けじと響き渡る入場アナウンスと共にリング上に姿を現した女性の姿を確認して、俺は、唖然となる。

 腰のポーチやショルダーホルスター、それに鎧やピップボーイを外してはいるものの、あの改造Vaultジャンプスーツは、あの顔は、間違いなくマーサであった。

 

 何故? 先程までカウンター席にいた筈のマーサが、何故青いボクシンググローブを付けてリングの上に?

 しかもヴァナディース、確か北欧神話の女神であるフレイヤの別名、そんなリングネームまで名付けられて。

 

「おや、あれってお前さんの連れの一人だろ? ははは! なんだ、飛び入り参加ってか? 面白い事してくれるじゃねぇか!」

 

 状況が理解できずに困惑する俺を他所に、マーハーさんは愉快な様子でこの状況を楽しんでいた。

 

「続きまして赤コーナー! 164cm、144ポンド、只今二勝目、今回の試合で勝てば晴れて三勝、チャンピオンへの挑戦権を獲得できる、ご存知! イドゥン!!」

 

 再び沸き起こる歓声と共に、リング上に赤いボクシンググローブを付けた青い短髪の女子ボクサーが姿を現す。

 そして、リングの中央でマーサと相手の女子ボクサーが睨み合い、激しく火花を散らす。

 

「レディー……、ファイト!」

 

 そして遂に、試合の開始を告げるゴングが鳴り、戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

「……え?」

 

 そして次の瞬間、マーサが繰り出した右ストレートが直撃した相手の女子ボクサーは、あっさりとリングの上に没した。

 試合時間、僅か十数秒。そのあまりに素早い一発ノックアウトに、店内は一瞬静寂に包まれる。

 

「……し、勝者! ヴァナディース!!!」

 

 だが、レフェリーがマーサの手を取り天高く掲げ勝利宣言を行うと、それまでの静寂が一転、店内が割れんばかりの歓声に包まれる。

 

「ハハハ! すげぇな! お前さんの連れは!」

 

 マーハーさんも、マーサの活躍に興奮が高まっている様子だ。

 

 

 さて、その後も間に別の試合を挟みつつ、マーサの快進撃は止まる事無く。

 気が付けば、三試合全て一発ノックアウトで勝利を飾った。

 

 これには店内のボルテージも最高潮にまで上昇し、いよいよ、最高潮に到達しようとしていた。

 

「皆様! 今宵、新たなチャンピオンの誕生の瞬間をその目に拝められるかも知れません! さま、お待ちかねの大一番! ここまで三戦一発KOストレート勝ちのヴァナディースと、チャンピオンの試合を開始いたしたいと思います!」

 

 そしてそれは、レフェリーのアナウンスと共に最高潮に達するのであった。

 

「青コーナー! 159cm、114ポンド、デビューでまさかのチャンピオンか!? もしそうなれば、現チャンピオン以来の快挙! 挑戦者、ヴァナディース!!」

 

 リング上に上がったマーサは、沸き起こる声援に応えるように、両手を大きく振るった。

 

「そんな彗星の如く現れた挑戦者を迎え撃つは、赤コーナー! 188cm、199ポンド! 現在九九戦無敗記録更新中! 今宵! 百戦無敗記録を打ち立てるか! 皆様ご存知、現チャンピオン! バトリック!!!」

 

 入場アナウンスと共に、割れんばかりの歓声が沸き起こる。

 そしてリング上に姿を現したのは、褐色の肌が映える筋骨隆々の肉体美を供えた女子ボクサーであった。

 

 リング中央で火花を散らす二人だが、その体格差は、もはや一目瞭然だ。

 階級制限がないとは言え、まるで大人対子供のようだ。

 

「それでは! 注目の一戦! レディー……、ファイト!!!」

 

 ゴングが鳴ると同時に先に仕掛けたのはマーサ。

 素早い動きで右ストレートを相手のボディに繰り出す。

 だが、相手はまるで聞かないと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべると、お返しとばかりに右フックを繰り出す。

 

 当たれば相当の有効打になる事は間違いなしの重さと破壊力を兼ね備えていそうな右フックを、軽い身のこなしで躱したマーサは、続けざまに拳を突き出す。

 だが、その拳は空しく空を切った。

 どうやら、九九戦無敗の記録は伊達ではなく、パワー自慢かと思いきや、以外にも相手は俊敏な動きを見せる。

 

 それから暫く、お互い一歩も引かぬ激しい攻防を繰り広げ、気付けば、インターバルが終わると、ラウンド7が開始される。

 

 ラウンド7開始と同時に仕掛けたのは、現チャンピオンのバトリック。

 後半ラウンドとは思えぬ動きで、マーサにその重い拳を繰り出していく。

 マーサも軽い身のこなしで躱しているものの、やはり後半ラウンドで疲れが蓄積されているからか、所々動きにキレがない。

 

 そして気付けば、マーサはコーナーの隅に追い詰められ、防戦一方となりつつあった。

 

「マーサ!」

 

 そして次の瞬間、バトリックの重たい一撃がマーサを襲った。

 幸い直撃ではなかったものの、その威力によろめくマーサ。

 

 その光景を目にした瞬間、俺は立ち上がると、精一杯叫んだ。

 

「マーサ!! 負けるなーっ!!!」

 

「ハ! なんだアレ? あんたの連れかい? だったら、あいつの見てる前であんたのみっともない様を晒してやるよ」

 

 トドメとばかりにバトリックの重たい二撃目がマーサに襲い掛かる。

 だが、マーサはその二撃目が自身の体を叩く寸前に、紙一重でそれを躱すと、キレを取り戻した動きで反撃に打って出る。

 

「ユウの前で、みっともない所なんて、見せられないのよ!!」

 

「ぐ!」

 

 一発、二発と、マーサの拳がバトリックの腹部を襲う。

 徐々に効果が現れ始めたのか、バトリックの表情から余裕が消え始め、徐々に苦悶の表情へと変化していく。

 

「これで、どうだーっ!!」

 

「ぐぅ!!」

 

 そして、マーサの右腕から繰り出された渾身のボディーブローを受け、遂にバトリックがリングに膝をついた。

 すかさずレフェリーがカウントを数え始める。

 

 徐々にテンカウントに近づいていく中、遂にナインカウントへと差し掛かった刹那、バトリックが立ち上がった。

 

「なめんじゃないよ!! 小娘がーっ!!」

 

 そして、立ち上がったその勢いのまま、マーサに襲い掛かる。

 だが、マーサは引く事無く、自らの右腕を繰り出した。

 

 リング中央で交差する二人の拳。

 一瞬の静寂。

 そして遂に、その時は訪れた。

 

 ゆっくりと、マーサの繰り出した右ストレートを顔面に受けたバトリックの体が、リング上に倒れ込む。

 一方、バトリックの最後の一撃を紙一重で躱す事に成功したマーサは、そんな彼女の姿を暫し見つめていた。

 

「決まった!! 勝者! ヴァナディース!!! 新チャンピオンの誕生だ!!!!」

 

 刹那、レフェリーの勝利宣言と共に、店内が再び割れんばかりの歓声に包まれる。

 新たなチャンピオンの誕生を祝して、歓声や拍手が沸き起こる中。

 俺は、マーサが新たなチャンピオンになった喜びよりも、マーサが無事に試合を終えてくれた事に、安堵するのであった。

 

 

 

 それから暫く、興奮冷めやらぬ様子の店内であったが、やがて、店内も試合が始まる前までの賑わいに落ち着きを取り戻していた。

 そんな中、俺はマーハーさん引き連れて、他の皆がいるカウンター席へと移動した。

 理由は、マーハーさんが是非とも新チャンピオンになったマーサに一言声をかけたいと申し出たからだ。

 

 カウンター席でマーサが戻ってくるのを待っていると、いつもの格好に戻ったマーサが関係者エリアから戻ってきた。

 しかも、その後ろには、先ほど熱戦を演じた、元チャンピオンのバトリックの姿もあった。

 

「いつでもあんたが戻って来るのを待ってるよ! それまで、このチャンピオンベルトはあたしが責任をもって守ってやるからね」

 

「えぇ、いつか必ず!」

 

 そして、固い握手を交わしバトリックと別れると、マーサは俺達のもとに戻ってきた。

 

「マーサ、お疲れ様」

 

 戻って来たマーサに労いの言葉をかけながら、俺は、彼女の顔や腕などに出来たアザが目に留まった。

 

「大丈夫よ! これ位! 直ぐに治るわよ」

 

 すると、心配そうな俺の様子に気が付いたのか、マーサはこれ位何でもないと言った。

 

「所でどうだった、あたしの試合?」

 

「凄く、カッコよかったよ」

 

「へへ……、あ、ありがとう」

 

「所で、バトリックさんと何を話してたの?」

 

「あぁ、あれ。ほら、あたしはここにずっと残れないから、チャンピオンを辞退したの。でも、バトリックさんはそれじゃ納得しないから、いつか、また戻って来た時に再戦するって約束したの」

 

 成程。

 チャンピオンとなると防衛戦を行わなければならない、だがそれは、街に留まり続けなければならない事も同時に意味する。

 故に、マーサはチャンピオンの座を辞退したようだ。

 

「何だ、って事は幻のチャンピオンって事か。ま、そいれはそれで箔がつい面白そうだな!」

 

「ん? 所で誰よ、そのおっさん」

 

「おいおい、あんたのファンになった男にそりゃねぇだろ。……ま、いいけどよ。俺の名はマーハーだ、よろしくな」

 

「あぁ、おっさんがマーハーなのね」

 

 不意に話に割り込んだマーハーさんに対して、マーサは少々冷たい態度を見せたものの。

 マーハーさんの正体を知るや、差し出された手を取り、握手を交わすのであった。

 

「あんたの試合良かったぜ。久々に熱狂させてもらったよ」

 

「ありがと」

 

 そして、マーハーさんが述べた試合の感想に、少々照れくさそうに俯くマーサであった。

 

 

 こうしてマーハーさんがマーサに一声かけ終えた所で、俺は本題のヴェツさんの居場所を尋ねる。

 

「ヴェツの居場所? あぁ、そいつは……」

 

 すると、突然歯切れが悪くなるマーハーさん。

 

「あの、どうしてもヴェツさんと話がしたいんです! お願いします、ヴェツさんの居場所を教えてもらえませんか!?」

 

「ちょっと、勿体ぶってないで教えなさいよ!」

 

「いや、そりゃ知ってたら教えてやりたいさ。だが、今は無理なんだ」

 

「今は知らないって事は、何処かに出かけてるんですか?」

 

「まぁ、出かけてるって言うよりも、連れて行かれてると言うか……」

 

「あぁ、もう! ハッキリ言いなさいよ!」

 

「分かった、分かった! 正直に話すよ」

 

 そして、マーハーさんは声のトーンを落とすと、ヴェツさんについての話を始めた。

 

「実はヴェツの野郎は、数日前に奴隷商人に連れて行かれちまったんだ」

 

 そしてその内容は、俺にとってあまりに衝撃的なものであった。

 

 ヴェツさんは、事前の情報通り、サイド7の出身であった。

 二十数年前、本人曰くサイド7内での労働に従事するのに嫌気がさして、脱走同然にサイド7からメトロポリタン・シティへと流れ着き、その時面倒を見たのが切っ掛けでマーハーさんは知り合いになったのだとか。

 しかし、ヴェツさんは街に定住はしなかった。サイド7からの追手を恐れて、街から少し離れた場所に居を構え、人目を極力避けて生活していたそうだ。

 

 因みに、どうやって生活していたかと言えば、マーハーさんの知り合いのスカベンジャーが回収してきた物の修理を請け負って、マーハーさんが営む雑貨店に納品する事で、代金を受け取っていた。

 そして、日々の買い物なども、マーハーさんに代行してもらっていたそうだ。

 この様に、マーハーさんを介して生活に必要な物を調達し、ひっそりと生活していたとの事。

 

 こうして人目を避けて二十数年間生活していたのだが。

 数日前、運悪くヴェツさんの隠れ家が奴隷商人のグループに見つかり、ヴェツさんは連行された。

 その時の様子を、マーハーさんは頼まれた買い物の品をヴェツさんの隠れ家に届ける途中で目撃したとの事だ。

 

「おい、言っとくがなんで助けなかったんだって言うなよ。俺はお前さん達みたいに強い訳じゃねぇんだ。それに、ヴェツの野郎は俺にとって付き合いは長いが命かけてまで助けたいって程の仲じゃねぇ。大体、セキュリティの連中に助けてくれって頼んだ所で、ヴェツの野郎は街の住民じゃねぇからセキュリティも動かねぇ。いや、仮にヴェツの野郎が街の住民だったとしても、この辺りの奴隷商人は徒党を組んでちょっとした大所帯なんだ、だから、セキュリティの連中だって住民一人の命と街の安全を天秤にかけて、きっと見殺しにしただろうさ」

 

 奴隷商人に連行されたとなると、その目的は一つ、そう、奴隷と言う名の商品とするべく連行したのだろう。

 しかし、マーハーさんの話を聞く限り、ヴェツさんは既にある程度の年齢に達している。奴隷としての価値が低いと見なされれば、その場で処分されている可能性も否定できない。

 いや、悪い方にばかり考えるな、まだ死亡したと、折角の手がかりが消えたと決まった訳ではない。

 

「あのマーハーさん! 奴隷商人達のアジトって、何処にあるかご存知ですか?」

 

「おい、お前さんまさか、ヴェツの野郎を助け出すって言うのか!?」

 

「そうです。ヴェツさんには、どうしてもお聞きしたい事がありますから」

 

「会った事もないヴェツの野郎の為にそこまでするのか……。何か訳ありか、分かった、そこまで言うなら教えてやるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「この街から南に三五キロ程南の沿岸沿いに、戦前の発電所がある。そこの敷地内には戦争の影響で座礁して放置されたコンテナ船があってな。奴隷商人どもはその放置されたコンテナ船を奴隷共の牢屋として使ってる。その場所の名は、レーズン・フォールズ」

 

 こうしてヴェツさんが連行されたであろう奴隷商人達のアジトの場所を教えていただくと。

 俺はマーハーさんにお礼を述べると、今もまだヴェツさんが生きていると信じ、サイド7への重要な手がかりであるヴェツさんを救出すべく、行動を開始するのであった。




ご愛読いただき、そしてご意見・ご感想、皆様の温かな応援、本当にありがとうございます。大変励みになります。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第六十四話 幼女とおっさんとウスイホン

 店を出た俺達は、とりあえずベディー(M54 5tトラック)のもとへ向かおうと足を踏み出した。

 だが、その矢先。

 

「あの、すいません」

 

 不意に声をかけられ、足を止めて声のした方へと振り返ると。

 そこには、ロングコートにハットを被り、バックパックを背負って、白銀のロングヘアーを靡かせ、鼻筋に絆創膏を張り付けた、十歳前後と思しき女の子が佇んでいた。

 

 しかし、俺が目を引かれたのは、その女の子の方ではなく。

 女の子の両脇を固めるように佇む、二体のロボットであった。

 

 一方は、佇んでいるというよりもふわふわと空中を浮遊している球体型のロボット、そうアイボットだ。

 通常のアイボットに改良を加えたものか、各部に通常型には見られないパーツが取り付けられており、その姿はNew Vegasの仲間の一人であるED-Eを連想させる。

 

 もう一方は、ロブコ社が開発した軍用ロボット、高い近接戦闘能力を有し、頭部に強力なレーザー発射口を有する、女性的なフォルムも特徴的な、そうアサルトロンだ。

 こちらも、改良が加えられ通常型とはその外見が異なっており、カウガールを彷彿とさせる衣服を身に纏い、頭にはテンガロンハットを被っている。

 そして、左のマニュピレーターが、レーザーマスケットと呼ばれるエネルギー兵器に換装されていた。

 

「ヴァナディースさん、ですよね」

 

 そんな改良型ロボット二体を引き連れた女の子は、先程試合でマーサが使用していたリングネームを口にした。

 

「え? あたし?」

 

「私、ユリア・オールベルグ。先程の試合を見て感動しました」

 

「えへへ、ありがとう」

 

 自らの名前を名乗った女の子、ユリアもまた、マーサの試合を目にしてマーサのファンになった一人のようだ。

 しかし、マーサ本人を目の前にしていると言うのに、それにしてはユリアは淡々としていて、あまり表情の変化が乏しく、まるで彼女自身もロボットであるかのように錯覚させる。

 感情豊かなマーサとは正反対だ。

 

「それで、お願いがあるんですけど」

 

「ん? なになに?」

 

「私もヴァナディースさんみたいな、強くてカッコイイ女性になりたいので、その強さの秘密、教えてください」

 

「え? 強さの秘密? うーん……」

 

 そんなユリアからの質問に、マーサは腕を組み、頭を悩ませ始めた。

 唸りながら、おそらくあれでもないこれでもないと、質問の答えに頭を悩ませ続けていると、不意に、ナットさんが見かねたのか、助け舟を出した。

 

「マー、えっと、ヴァナディースの強さの秘密はね。こちらにいるユウの"優しさのミルク"を毎晩飲んでいるからなのよ!」

 

 と思ったら。ナットさん、子供に何て事を吹き込むんですか。

 

「ナットさん!! 子供に変な事吹き込まないでくださいよ!!」

 

 案の定、マーサが即座に反応し、顔を真っ赤にしながらナットさんに反論を始める。

 するとナットさんも、マーサの様子を見て満足したのか、満足した様子で謝るのであった。

 

「ねぇ、ユウさん。今、優しさのミルクって出せますか?」

 

「……あの、えっと、ナットさんがさっき言ったのは冗談なんだ」

 

 と、そんな二人のやり取りを他所に、不意に冗談を真に受けたユリアからとんでもない発言が飛び出す。

 あぁ、子供は純粋だな。

 もしここで、はいどうぞ、なんてしようものなら、セキュリティの皆様のご厄介になる事間違いなしだよ。

 

 俺は若干顔を引きつらせながら、先ほどのナットさんの発言は冗談であるとユリアに説明するのであった。

 

「結局、強さの秘密は分かりませんでした」

 

 その後、誤解も解け、再び強さの秘密を尋ねるユリアであったが、結局マーサは具体的に答えられず。

 強さの秘密を聞き出せずに、肩を落とすユリア。

 

「ごめんね、力になれなくて……」

 

 そしてマーサも、申し訳なさそうに謝るのであった。

 

「ビー! ビー!」

 

「ん? うん、うん。……そうだね」

 

 すると、不意に改良型アイボットがビープ音を発し、ユリアに何かを訴え始めた。

 そしてユリアも、まるで改良型アイボットが何を言いたいのか、その意味を理解しているかのように相槌と打つのであった。

 

「あの、ヴァナディースさん」

 

「何?」

 

「私も、一緒について行ってもいいですか? 一緒に行動していれば、強さの秘密、分かる気がして」

 

「え? でも、両親が心配するんじゃ」

 

「私の両親は幼い頃に亡くなりました。だから問題ありません」

 

 涼しい顔で、さらりと衝撃的な事実を告げるユリア。

 

「いや、でも……」

 

「あの、ユリアちゃん。俺達はこの街の中のように安全な場所で生活している訳じゃないんだ。街の外の世界を駆け巡って、常に危険と隣り合わせな旅をしているんだ、だから……」

 

「ご心配なく。私も、外の世界を旅していますから、危険と遭遇した際の対処法はある程度心掛けています。それに、"ビーちゃん"と"ハニー"もいます。それに、機械に関する知識や腕前には自信があるから、足手まといにはならないと思います」

 

 困った様子のマーサに助け舟を出した俺だが、ユリアは頑として俺達と同行したいと言って譲らない。

 

「でも、ユリアちゃんはまだその……」

 

「それと、私は子供ではありません。これでももう二十歳です」

 

「……え?」

 

「嘘、あたしより年上……」

 

 そしてユリアは、さらに衝撃的な事実をカミングアウトする。

 どう見ても十歳前後にしか見えない体型、にもかかわらず実年齢はまさかの俺と同年だったとは。

 あぁ、だからボーディング・バーにも入店できたんだな。

 

 驚きのあまり目を点にしていると、不意にノアさんがぼそりと呟いた。

 

「成程、これが合法ロリというものか」

 

 ノアさん。だからそんな単語、一体何処で覚えてきたんですか。

 

 

 その後、ユリアの実年齢が二十歳であると知った事で不安が払拭されたのか。

 相談の結果、彼女の同行を許可する事となった。

 ユリアがマーサに憧れている気持ちは本物であるし、何より彼女の機械に関する造詣の深さは、今後の旅に役に立つであろうと考えたからだ。

 

 こうして新たな旅の仲間を加えた所で、改めて、互いに自己紹介を行う。

 

 ユリアは、中西部ではなく西部の生まれらしく、西部と聞いてウェイストランド最大の国家であろう新カリフォルニア共和国、通称NCRの出身かと思ったが、どうやら違うようだ。

 因みに、機械に造詣が深いのは、ご両親の影響によるものなのだとか。

 そんなご両親が亡くなってからは、相棒の二体と共に、放浪の旅に出て、このメトロポリタン・シティまで流れ着いたとの事。

 

「この子は"ビーちゃん"。ビープ音でお喋りするから、ビーちゃん」

 

 そして、ユリアの大事な旅の相棒である二体のロボットの内、アイボットの方はビーちゃんと言う名前で呼ばれていた。

 

「この子は"ハニー"。昔の映画の登場人物になぞらえて名付けたの」

 

「ハーイ、私はハニー、よろしくね」

 

 そして、もう一方のロボット、ハニーと言う名のアサルトロンは。

 通常型とは異なる女性らしい声色と共に、右のマニュピレーターを使い器用にテンガロンハットを脱いで胸元に添えると、綺麗なお辞儀をしてみせた。

 どうやら外見だけでなく、中身の方も相当改良されている様だ。

 

 因みに、マーサはユリアの事を呼び捨てで呼ぶことにした。

 本人も了承しての事だし、ユリアも、マーサの事をリングネームではなくマーサと呼び捨てで呼ぶことになった。

 序に、ユリアは俺の事も呼び捨てで呼ぶことになった。

 その際、マーサが少しむすっとしていたような気がした。

 

 

 こうしてお互いに自己紹介を終えた所で、俺はユリアに、俺達の旅の目的と、ヴェツさんを救出すべく今からレーズン・フォールズに向かう旨を伝えた。

 

「なら、行動するのは朝になってからの方がいい。夜に外を動き回るのは危険。それに、トラックのライトで相手に気付かれるかもしれない」

 

 すると、ユリアから朝になってから行動するべきとの提言が飛び出す。

 それを聞いて、俺は気付かされた。確かに、ユリアの言う通りだ。

 焦って今すぐ行動すべきと思っていたが、確かに夜は視界が悪く、昼間に行動するのとは訳が違う。

 それに、奴隷商人側にヴェツさんを救助しに来たとバレてしまえば、それこそヴェツさんの身を更に危険に晒してしまう。それでは本末転倒だ。

 

「……そうだね、確かにユリアの言う通りだ。よし、なら明日の朝、行動を開始する」

 

 ユリアの言葉に冷静さを取り戻した俺は、明日の朝にレーズン・フォールズに向かう事を決めた。

 となれば、今夜は明日に備えて英気を養うとしよう。

 

 と、その前に。

 ユリアたちの事をベディー(M54 5tトラック)の見張り番をしているディジーに紹介しておこう。

 明日の朝では悠長に紹介している時間もないだろうし。

 

「ハハハッ! あんたみたいなベッピンさんが仲間になるなら、大歓迎ってもんだ!」

 

「あら、ありがとう。これからもよろしくね」

 

「おう、よろしくな!」

 

「ビーッ! ビーッ!!」

 

「ん? 分かってるって、お前さんも大歓迎だ! ハハハッ!!」

 

 ロボット同士、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

 ま、ディジーは人見知り、と言うよりもロボ見知り? な性格ではない為、すんなりとハニーとビーちゃんとは打ち解けていた。

 

 その後、ディジーがユリアともすっかり打ち解けた所で、最後に、ユリアにノアさんの素顔について、他言無用を徹底する様に注意すると、明かした。

 本人曰く、驚いたらしいが、その割に表情はあまり変わっていなかった。

 

 こうしてディジーの紹介やノアさんの正体についても明かし終えた所で、明日に備えて宿屋で英気を養うべく、宿屋に向かうのであった。

 

 

 

 

 そして、翌朝。

 地平線から太陽が姿を現してから然程時間の経過していない頃。

 支度を整えた俺達は、ベディー(M54 5tトラック)に乗り込むと、レーズン・フォールズを目指すべくメトロポリタン・シティを出発する。

 

 マーハーさんに教えていただいた場所を印しておいた、ピップボーイの地図を頼りに、ベディー(M54 5tトラック)は南下を続ける。

 

 南下を続ける事数十分。

 レーズン・フォールズのある、ゴーストタウンと化した都市の近郊に差し掛かった時の事。

 

「ビビッ! ビビッ!」

 

「ユウ、ビーちゃんが人の反応を感知した。モンスターの反応も感知したから、多分、襲われているんだと思う」

 

 不意に、無線機から荷台のユリアの淡々とした声が流れる。

 今は時間が惜しいが、見て見ぬ振りと言うのも、後味が悪い。

 

 俺はディジーに、ビーちゃんが感知したという反応の方へとベディー(M54 5tトラック)を進めるように指示すると、運転席上部に身を乗り出し、銃架に据え付けたミニガンのグリップに手をかけた。

 

 ベディー(M54 5tトラック)が進路を変更して暫くすると、前方に、ひび割れた道路を何かから必死になって逃げるように走っている、恰幅の良い男性の姿を見つける。

 そんな男性の後方には、まるで巨大化したロブスターの様な見た目をした、マイアラークハンターと言う名の野生生物が一匹、男性を捕食しようと追いかけていた。

 

 俺はマイアラークハンターがミニガンの射程に入った事を確認すると、迷わずトリガーを引いた。

 マイアラーク系統特有の固さも、5mm弾の暴風を一身に受けては、たちまち無残な姿となったその身を道端に横たわらせるのであった。

 

 こうしてマイアラークハンターを排除し安全を確保すると、ベディー(M54 5tトラック)を路肩に停車させ、男性に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?」

 

「誰だか知らないが助かっ──、げぇ!?」

 

「あ……」

 

 走って疲れたのか、肩で息をしている男性がお礼を言おうと顔を上げた瞬間、俺は、その顔に見覚えがあった。

 それは、シカゴ・ウェイストランドで出会ったレイダーグループ、ア・カーンズのリーダー、カウルであった。

 

 向こうも当然、俺の顔を覚えていたらしく。

 俺の顔を確認するや、直ぐにニ・三歩後退りする。

 

「どど! どうして貴方がここにぃ!?」

 

「えっと、それはこっちも同じなんですけど」

 

 一体、シカゴ・ウェイストランドのアジトから遥々、何の用があってここまでやって来たのか。

 そもそも、護衛も引き連れずたった一人で。

 

 色々と尋ねたい事はあるが、兎に角今は落ち着くように、カウルに話しかける。

 

「な! あ、あの時の!? 何だか装備が変わって……。って、しかも増えてる!?」

 

 すると、異変を察したのか、他の皆がぞろぞろとやって来る。

 その姿を目にしたカウルは、更に目を丸くしてニ・三歩後退りした。

 

 ノアさんとニコラスさんは以前に出会った際に見知っているが、その他の面々は今回が初めてだったな。

 思えば、あの頃に比べて旅の仲間も増えて、随分と賑やかになったな……。

 

 と、喜びに浸っている場合ではない。

 

「ま、まさか!? 私を助けたのは、皆で私に乱暴する気だったからですか!? そうなんですね! ウスイホンみたいに! ウスイホンみたいに!!」

 

 兎に角今は、何だか混乱して変な事を口走っているカウルに、落ち着きを取り戻してもらおう。

 そもそも、おじさんのわがままボディに興味はない。

 

 

 それから暫くして、何とか落ち着きを取り戻したカウルに、事情を説明する。

 助けたのは乱暴する気でも何でもなく、純粋に助けたいという気持ちからで、下心など一切ない事や、偶々通りがかった序である事など。

 事情を説明すると、カウルも誤解が解けて、納得したように数度頷いた。

 

 因みに、因縁の相手と思いがけず再会を果たしたニコラスさんだが。

 ここで素顔がバレてはまたルシンダさんに危害が及ばないとも限らないと考えたのか、T-51パワーアーマーを装備して素顔がバレていない事を確認すると、カウルに対して沈黙を貫いていた。

 

「所で、カウルさんはどうしてアジトから遥々こんな所へ? それに何故、マイアラークハンターに追いかけられていたんです?」

 

「貴方方には関係ない、と言いたい所だが、助けてくれた恩人だし、お話ししましょう。私が奴隷商売を生業としている事は貴方は既にご存知と思いますが、今回遥々ここまで足を運んだのは、その奴隷商売に関してレーズン・フォールズに向かう途中だったからなのです」

 

 カウルの口からレーズン・フォールズの名が飛び出し、俺はもしかすると、この状況を利用できるのではないかと感じ始める。

 

「だが運悪く、移動の途中でマイアラーク達の襲撃を受け、案内役の奴隷商人と護衛の部下達を失い、私一人、辛くも逃げていたのです」

 

「そうだったんですね。……では、ここで再会できたのも、何かの縁です。実は、俺達もレーズン・フォールズに用があるので、一緒に行きませんか?」

 

「貴方方がレーズン・フォールズに? あそこは奴隷商人の街ですよ、一体何の用で? 確か、傭兵業を営んでいた筈では? まさか、奴隷商人に転職したとでも?」

 

「いえ、その。とある奴隷を探しているんです、その奴隷が、レーズン・フォールズにいる可能性があると聞いたものですから」

 

 幾ら話が通じるとはいえ、やはりレイダー。信頼して全てを正直に話すことは出来ない。

 なので用心の為、具体的には語らず抽象的に説明を行う。

 

「……、成程、そうですか」

 

 するとカウルは、少々考えるような仕草を見せた後、ゆっくりと、再び口を開いた。

 

「分かりました。道徳的規範を重視するレイダーグループ、ア・カーンズのリーダーを務めるこのカウル、助けていただいた恩義に報いて、貴方方のお力になりましょう!」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

「所で、まさかレーズン・フォールズにはその恰好のまま行くつもりで?」

 

「駄目ですか?」

 

あそこ(レーズン・フォールズ)の連中は警戒心が強い。そんな恰好で正面から行っても、入れてはくれないでしょうな。見ず知らずの者は門前払いが連中の基本ですから」

 

 うーむ、となるとどうやってヴェツさんを探すべくレーズン・フォールズに潜入するか。

 唸って頭を悩ませていると、不意に、カウルがとある提案を口にする。

 

「では、レイダーに変装して中に入るというのはどうでしょう? 変装して、私の部下という事にすれば、あそこ(レーズン・フォールズ)の連中も騙されて中に入れてくれる筈です」

 

「成程。それは確かにいい案ですね」

 

 確か、アレックスさんの自宅を占領してたレイダー達を排除した際に、身に着けていた装備品を回収していたので変装に使えるな。

 となると後は、変装してレーズン・フォールズに潜入する人選だが。

 俺は当然として、ノアさんは論外だし、ニコラスさんも、カウルに素顔を知られるので駄目だな。ユリアも、あの外見では不自然だし、ロボットたちも無理だ。

 となると、残るはマーサとナットさんの二人だけになる。

 

「なら、あたしも一緒に行く!」

 

 すると、マーサが自ら名乗りを上げた。

 

「万が一バレたら、ユウの背中はあたしが守ってあげるわ!」

 

「マーサ……」

 

 マーサの気持ちに感動していると、カウルがわざとらしく咳払いを行う。

 

「あの、決まったのなら、早速変装してもらえますか?」

 

「あぁ、そうですね」

 

 ピップボーイから変装用の装備品を取り出し、一式をマーサに手渡すと、近くにあった枯れ木の影で着替え始める。

 廃材再利用のアーマーの下にBDUは不自然なので、極力不自然ではない、擦り切れや破損の目立つシャツとズボンに着替え、その上からアーマーを装着していく。

 

 うん、初めて着てみると、新鮮さと同時に何とも言えない開放感を感じる。

 これは確かに腹の底からヒャッハー! と叫びたくなる。

 

 さて、着替えを終えた所で皆の元へと戻ると、丁度同じタイミングでマーサも着替えを終えて戻ってくる。

 マーサも廃材再利用のアーマーを身に付けているが、動きやすさを重視して最低限のアーマーのみ身に着けている。

 その為目に付くのは、改造Vaultジャンプスーツに代わりインナーとして着用しているハーネス。

 改造Vaultジャンプスーツとは異なり、たわわに実ったメロンを締め付けるように着込んだそれは、マーサの魅力を更に強調させる。

 

 うん、これはいいものだ。

 

「その恰好なら、あそこ(レーズン・フォールズ)の連中もお二人が私の部下だと思い込むでしょう。……ただ、出来れば武装の方も違和感のないものの方がよいのですが」

 

 格好は合格点をいただけたが、肩にかけたM4カスタムは不釣り合いだったようだ。

 なので、ピップボーイに収納すると、代わりにR91アサルトライフルを取り出す。

 

「まぁ、それなら大丈夫でしょう」

 

 こうしてカウルから変装の合格点を貰うと、レーズン・フォールズへと向かうべく、ベディー(M54 5tトラック)に乗り込むのであった。




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第六十五話 奴隷商人の街

 再びレーズン・フォールズを目指して移動を再開してから十数分後。

 ゴーストタウンとなった都市の一角、廃墟と化した住宅の影にベディー(M54 5tトラック)を駐めると、ここからは徒歩で移動する。

 

「ビーちゃんを偵察に飛ばしておく、もし異変があれば直ぐにビーちゃんが知らせてくれるから、直ぐに駆け付けられる」

 

「ビッ!」

 

「ユウ、もしドンパチが始まったら、ベディー(M54 5tトラック)と共に直ぐに駆け付けてやるからな!」

 

 万が一の時は、いつでも駆け付けられるように準備を整えている皆と一旦別れ。

 俺とマーサはカウルと共にレーズン・フォールズに向かって歩き出す。

 

 そして、歩く事数分、ひび割れた道路の先に、巨大な煙突が現れる。

 それからさらに歩いていくと、風化したフェンスやトタンなどで作られたお手製の防壁に守られた、巨大な建物が姿を現した。

 それこそ、戦前の発電所であり、目的の、奴隷商人たちの街、レーズン・フォールズだ。

 

 敷地の奥、沿岸部にはマーハーさんの言っていた通り、巨大なコンテナ船が座礁しており。

 側面には巨大な階段を設けられ、行き来できるようになっている。

 積載しているコンテナを奴隷達の牢屋として利用しているのなら、まさにそれは巨大な牢獄だ。

 

 そんな牢獄を有するレーズン・フォールズの玄関口は、廃材のバリケードにマシンガンタレット等、かなりの警備体制で固められている。

 奴隷達の脱走防止の他に、沿岸沿いという立地故のマイアラーク対策も兼ねているからだろう。

 

「止まれ! 誰だ?」

 

「私はア・カーンズのリーダー、カウルだ!」

 

「カウルだって? なら証拠を見せろ!」

 

 その様な厳重なゲートの番人である、レザーアーマーを着込みコンバットライフルを手にした奴隷商人の門番達の一人が、俺達の姿を見つけるなり威圧的な声を飛ばす。

 相手の指示に従い、カウルは戦前のビジネスウェアの内ポケットから何かを取り出し、それを高らかに掲げてみせた。

 掲げられたのは、金色に輝く首輪だ。

 

「確かに! 遠路はるばるようこそカウル! ……所で、案内役のホレイはどうした!?」

 

「実は、ここに来る途中にマイアラーク達に襲われてね、彼はその時に死んだよ」

 

「あ? 死んだ!? くそ! 奴にはカードの貸しがあったって言うのによ!」

 

「それは災難だったね。所で、もうゲートを通ってもいいかな?」

 

「あぁ、待ってろ、直ぐ開ける。……あぁ、所で、後ろの二人は誰だ?」

 

「見て分からないかね? 私と共に運良く助かった私の部下だ」

 

「あぁ、そうかい」

 

 どうやら死亡した案内役の奴隷商人と門番の間にはちょっとした貸し借りの関係があったのか、案内役が死亡したと聞くや、彼は途端に機嫌を損ねた。

 しかし、それが幸いして判断が鈍ったのかどうかは分からないが、俺とマーサの変装を怪しむこともなく。

 こうして俺達は、ゲートを潜り、レーズン・フォールズ内へと足を踏み入れた。

 

 そしてレーズン・フォールズ内の光景を目にし、俺が抱いた第一印象は、これまで訪れた集落や街などと、そう変わらないというものだった。

 

 行き交う人々、商店、バラックやテント、談笑する者達。

 一見すると、ここも核戦争後の世界を力強く生きている人々の街にも見えるが。

 やはり、ここは奴隷商人達の街、そう思わせる光景が、程なく目に留まった。

 

「さっさと直せ! おら!」

 

「ひ! は、はい!!」

 

 薄っぺらい生地で出来た衣服を身に纏い、十分な食事を得られていないのか痩せこけた、首に首輪をつけられた奴隷と思しき男性が、壊れたバラックの壁を修理している。

 そして、そんな奴隷男性の修理の様子を、コンバットライフルを手にした奴隷商人が看守の如く監視している。

 

 勿論、そんな光景はその一か所だけではない。

 道の補修や防壁の補修、更には床の掃除等々、あちこちで様々な作業に従事している奴隷を、奴隷商人が監視し、高圧的な言葉や、時に暴力で作業の催促を行っている。

 

「あの、カウルさん」

 

「何か?」

 

「あの奴隷達は……」

 

「あぁ、あれは"規格外"や"売れ残り"の奴隷達を、街の労働力として使用しているんですよ。一応ここ(レーズン・フォールズ)も街ですからね。維持していくのには、相応の労働力が必要になる、だから奴隷商人達はそれに奴隷を使用しているだけの事。他にも農業や武器や弾薬等の製造にも奴隷は使われています」

 

 歩きながら小声でカウルに尋ねると、カウルは淡々とした様子で説明を行う。

 出来る事なら、奴隷である彼らも助けてはあげたい所だが、今は、ヴェツさんを探す事を優先する為、見て見ぬ振りをする。

 心の中で奴隷である彼らに見て見ぬ振りをする事を謝ると、俺達は街の中を歩き続ける。

 

「さて、貴方が探しているという奴隷を探したい所ですが、先ずは、私の用事を済ませてもよろしいか?」

 

「えぇ、分かりました」

 

 本当ならば別れて探しに行きたい所だが、今の俺とマーサはカウルの部下として変装し潜入している為、リーダーを差し置いて勝手に行動していては、奴隷商人達に怪しまれる。

 なので、先ずはカウルの用事を済ませてもらうべく、更にカウルの後をついて行く。

 

 街の中を暫く歩いていると、敷地の奥、巨大なコンテナ船が座礁している付近へとたどり着く。

 巨大なコンテナ船の側面に設けられた巨大な階段、その足元には、遠目からでは分からなかったフェンスと有刺鉄線で作られたゲートが存在していた。

 成程、街の出入り口とこのゲートで、二重の警備体制を敷いているのか。

 

 と観察しながら、俺達はその近くに設けられた巨大な建物へと足を進めた。

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

「ア・カーンズのリーダー、カウルだ」

 

「カウル様、お待ちしておりました。では、こちらの鍵を持ってお二階の方へどうぞ。扉は、1-4でございます」

 

 入り口を潜り、エントランスの受付にいた男性。

 戦前のスーツを身に纏った、物腰の柔らかそうな男性の指示に従い、鍵を受け取ったカウルの後に続き、階段を使い二階へと向かう。

 そして、二階に複数設けられていた扉の内、1-4と書かれたプレートが取り付けられた扉を鍵を使いカウルが開けたのに続き、俺とマーサも扉を潜る。

 

 するとそこで目にしたのは、多数の座席が設けられた一階の様子を眺められるように設けられたバルコニー席、所謂VIP席の光景であった。

 

「ここは?」

 

「ここは所謂オークション会場です。今回、私がレーズン・フォールズに用があったのは、ここで行われるオークションに商品である奴隷を何人か出品したので、その成果を確認し代金を受け取るためなのです」

 

「悪趣味……」

 

「これも事業なのでしてね」

 

 マーサのぼそりと呟いた言葉を軽くあしらいながら、カウルは用意されていた座席に腰を下ろした。

 

「所で、参加者の方々は全員仮面を被っている様ですけど?」

 

「えぇ、このオークションでは買い手の方々は皆、仮面をつけて参加するのがルールとなっています。買い手の方々の中には、他の参加者に素顔を知られたくない方もおられますのでね」

 

 一階の座席に座っている買い手である参加者たちは皆一様に、様々な仮面をつけていた。

 奴隷を欲する理由は様々だろうが、中には、表の顔とは異なるもう一つの顔で参加し、参加していると知られるだけでも自身の進退に関わる様な立場の者もいるだろう。

 そうした参加者の事情を汲み取って、ここではその為の対策を施しているようだ。

 

「さて、そろそろ始まりますよ」

 

 と、カウルの言葉通り。

 会場に設けられた舞台上に司会進行役と思しき戦前のスーツを身に纏った男性が現れると、オークションの開始を告げた。

 

 そして、舞台上に商品の奴隷が奴隷商人に連れられ姿を現すと、会場内が熱気と喧騒に包まれ始める。

 

 

 

 

 やがて、最後の商品が落札された所で、今回のオークションは滞りなく終わった。

 もしかしたら、今回のオークションに商品としてヴェツさんが出品されるかもしれないと見ていたが、幸か不幸か、どれも若い男性や女性等で、ある程度の年齢に達している奴隷は一人も出品されていなかった。

 

 因みに、カウルは、今回出品した奴隷が想定よりも高く落札されたようで、随分とご満悦な様子だ。

 

「そうだ。貴方の探していた奴隷は、オークションに出品されていましたか?」

 

「いえ、いませんでした」

 

「そうですか。では、代金を受け取ったら、早速探してみましょう」

 

 VIP席を後にし、一階の会計室でカウルが今回のオークションでの成果で得た代金を受け取り終えると。

 早速ヴェツさんを探すべく、会場を後にする。

 

「さて、探すにあたって、貴方が探している奴隷のもう少し詳細な情報を教えてほしいのですが?」

 

「名前はヴェツ。性別は男性で年齢は五十歳前後。数日前にレーズン・フォールズに連行されたんです」

 

「成程……」

 

 とはいえ、むやみやたらにヴェツさんの事を聞き回っては怪しまれる為、ここは専門家であるカウルに任せる。

 

「では、この街にいる、私の知り合いの奴隷商人にそのヴェツという奴隷の事を聞いてみましょう。彼は街でも古株の奴隷商人ですから、色々と知っているかも知れません」

 

 そして、カウルの提案に乗り、俺達はカウルの知り合いと言う奴隷商人のもとへと向かい歩き始める。

 足を運んだのは、街で一番巨大な建物である戦前の発電所。

 中は、奴隷商人達の住居として利用されており、奴隷商人達が悠々自適な生活を送っていた。

 

 ただ、やはり部屋の割り当てには力関係による優先順位が設けられているらしく、新顔や力の弱い奴隷商人などは大抵大部屋で同列の者達と同室だが、力のある奴隷商人は個室が与えられていた。

 そして、カウルの知り合いと言う奴隷商人は、街でも特に力のある一人なのか、広々とした会議室を悠々自適な自宅として与えられていた。

 

「おぉ、誰かと思えば、カウルじゃないか、久しぶりだな! 今日はどうした?」

 

「ボウイ! 元気そうで何よりだ。なに、折角レーズン・フォールズに足を運んだので、ちょっと顔を見せに来ただけさ」

 

「ハハハッ! そうかそうか、ま、お互い息災そうで何より」

 

 カウルを出迎えたのは、カウルと同年代程の、戦前の状態の良い黒のスーツを身に着けた、右目に眼帯をつけ左の頬に傷跡を残した、ボウイと呼ばれた男性であった。

 

「まぁ座れ、折角来たんだ、少し話をしよう!」

 

「あぁ、その前に、少し尋ねたい事がある」

 

「? なんだ?」

 

「実は、ある奴隷の事を調べているんだが、何か知らないか? 歳が五十前後の男で、ヴェツと言う名の、数日前にレーズン・フォールズに連れてこられた奴隷だ」

 

 カウルとボウイのやり取りを固唾を呑んで見守りながら、俺は耳を研ぎ澄ませた。

 顎に手を当て、ボウイは何かを思い出すかの如く暫し唸る。

 

 やがて、何かを思い出したのか、あぁと声を漏らした。

 

「そういえば、ガーティンの奴が数日前、そんな感じの奴隷を仕入れたと話していたな」

 

「本当か。それで、今もその奴隷はガーティンの手元に?」

 

「いや、確か昨日、"連中"が買っていった。年も年だから肉体労働には使いずらいが、手先が器用だって言うんで、連中も使えると踏んだんだろう」

 

「連中?」

 

「"デビル・ロード"の連中さ」

 

 そして、ボウイの口から語られた連中の正体とは、さらに厄介なことに、デビル・ロードの事であった。




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第六十六話 ゲーム

 それからカウルとボウイの旧交を温める様子を見守り。

 それが終わると、俺達はレーズン・フォールズを後に、潜入して得られた結果を共有し今後の方針を検討するべく、ゴーストタウンで待つ皆の元へと戻る事となった。

 

 それにしても、まさかヴェツさんがデビル・ロードの手に渡っていたなんて。

 奴隷商人の手元にあるならば、少々出費は痛いが、商談により穏便に救出する事が出来た筈だ。

 

 だが、デビル・ロードの手に渡ったとなると、商談での救出は望むべくもない。

 それにもし、ヴェツさんの素性がバレて、サイド7の場所がデビル・ロード側に漏れてしまえば、デビル・ロードが大挙してサイド7を襲撃する可能性だって考えられる。

 

「くそ、こんな事なら、やっぱり昨晩の内に向かっていれば……」

 

「ユウ、悔しい気持ちは分かるけど、今は後悔するよりも、ヴェツさんを助け出す方法を考えよう?」

 

「……、そうだね。ありがとう、マーサ」

 

 皆の元へと向かう途中、俺はマーサの言葉に励まされ、気持ちを切り替えると、デビル・ロードの手中からどうやってヴェツさんを救出するかを考え始めるのであった。

 

 

 

 皆の元へと戻り、変装の必要もなくなったので元の格好に着替え終えると、早速ヴェツさんがデビル・ロードの手に渡った事実を告げた。

 

「むぅ、それは困ったことになったな」

 

「そうね。レイダー相手じゃ、穏便に済ませるのは無理でしょうし」

 

 すると案の定、事態が悪い方向へと流れている事に、他の皆も困惑の色を隠せない様子だ。

 ユリアも、表情はほとんど変化がないが、話を聞くと、どうやらこの状況はよくないと思っているようだ。

 

「それでナカジマ、これからどうする?」

 

「そうですね。ヴェツさんの居場所を突き止めて、救出できればと」

 

「お? となると、デビル・ロードの連中と派手にドンパチか!? ハハハッ! いいねぇ、派手にやろうぜ!」

 

「ビーッ! ビビッ!!」

 

「あら、派手な撃ち合いは私も大好きよ!」

 

 何やらロボット陣が大いに盛り上がっているが、出来る事なら、派手な激突は避けたい所だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! まさか貴方達は、デビル・ロードと正面切って戦おうと? 貴方方が強いのは、私も認めるところですが、かといって、相手はあのデビル・ロード! 武装した車輛群に何百と言う人員を有する中西部でも屈指の巨大レイダーグループですよ。そんな連中に正面から挑むなんて、無謀もいい所です」

 

 と、盛り上がるロボット陣に待ったを掛けたのは、以外にもカウルであった。

 同じレイダーとしてデビル・ロードの事はよく熟知しているのか、ディジーのニ・三度戦った事があるので余裕だとの言葉に。

 カウルは、倒したのは末端連中であり、その程度の連中と戦った程度でデビル・ロードを理解した気になるべきではない、その油断は何れ身を滅ぼす事になると、口を酸っぱくして忠告するのであった。

 

「カウルさん。カウルさんのご忠告はありがたいのですが、でも、俺はどうしてもヴェツさんと話がしたいんです!」

 

「……何故、そこまでたかが奴隷一人にそこまで固執するのかは分かりませんが。やむを得ない事情、というものがあるのでしょう。……分かりました! このカウル、もう暫くお力をお貸ししましょう!!」

 

 と、何やら男気ある台詞を口にするカウル。

 すると、その台詞に感動したのか、ノアさんが感心したと口にした。

 

「レイダーとはいえ、受けた恩を返そうとするその心構え、感動したぞ! それで、どの様に力を貸してくれるのだ? 部下を率いて加勢してくれるのか?」

 

「いえ、ア・カーンズ全員で加勢した所で、デビル・ロードの戦力の前では多勢に無勢。ですので、デビル・ロードと事を構えずに、ヴェツなる奴隷を救出する方法をお教えしましょう」

 

 そしてカウルは、その方法とやらを語り始めた。

 

 曰く、その方法とは、デビル・ロードが開催しているレース。その名を"デス・ザ・レース"。

 このレースに出場し、優勝した者には、どんな望みでも一つだけ叶えられる権利が与えられるという。

 成程、確かにそのレースで優勝すれば、デビル・ロードと事を構えずにヴェツさんを救出できる。

 

 元々このレースは、デビル・ロードの支配地域に住まう住民達へのガス抜きとして設けられたのだとか。

 と言うのも、デビル・ロードはご存知の通り巨大なレイダーグループである為、日々の生活や組織の活動に必要な物資を略奪等で賄うのは既に不可能な程、その組織は巨大化している。

 その為、日々の生活や組織の活動に必要不可欠な食料や物資の生産活動に必要な労働力を確保すべく、デビル・ロードは支配地域に住んでいた住民達を、半ば強制的に各種労働に従事させている。

 そして、それでも足りない分などは、レーズン・フォールズの奴隷商人などから奴隷を購入して補填しているとの事。

 

 こうして労働力を確保したデビル・ロードだが、当然ながら、恐怖で強制的に労働に従事させられ、その対価が安い賃金等、劣悪な環境では、住民達の間に不満が募っていく。

 そして、募りに募った不満は何れ爆発し、暴動などになり、その怒りの矛先をデビル・ロードに向けるであろう。

 当然、暴動などになった場合、暴力を用いて鎮圧するが、それでは折角確保した労働力が減少し、生産活動に支障をきたす恐れが高い。

 故に、その様な状況になる事を防ぐべく設けたのが、デス・ザ・レース。

 

 つまり、レースに参加し優勝すれば、晴れて自分やその家族等が解放され、自由の身になれる。という触れ込みだ。

 

「とはいえ、デビル・ロードもバカではありません。次々に参加して優勝されては、元も子もない。そこで当然、表面上は簡単なように見えて、一筋縄ではいかないように色々と工夫がされています」

 

 こうして設けられたデス・ザ・レースだが、カウルの言う通り、簡単に優勝されては元も子もない。

 そこで主催であるデビル・ロード側が設けた工夫。

 

 

 先ずその一、参加条件として、参加者は"自動車"を用意しなければならない。

 当然レースである以上、参加するには稼働可能な車輛を保有していなければならないが、当然ながら、用意するのは簡単な事ではない。

 ウェイストランドには、戦前の自動車などが様々な状態で放置されている為、状態の良いパーツをかき集めて稼働可能な一台を組み立てればいいだけと思うかもしれないが。

 忘れてはならない、戦前の車輛は多くが核動力式であるという事を。

 当然、知識のない素人が迂闊に分解すれば、今なおを生きているエンジン等から高濃度の放射能が漏れ出し被ばくは免れない。

 また、精密機械である車輛を組み立てるのは、当然ながら専門的な知識が必要になる。稼働可能な状態ものをとなると猶更だ。

 戦前に残された書物等を読んで俄仕込みで組み立てても、直ぐに不具合が現れるだろう。

 

 その為、運よく稼働可能な車輛を見つけられた場合を除いて、自動車を用意するのは簡単な事ではない。

 

 その二、運転手の問題。

 レースである以上、他の参加者と"優勝"という二文字を競い合う事になる。

 そしてその為には、他の参加者よりも優れた自動車と共に、その性能を最大限生かす為の"運転技術"が必要になる。

 だが、戦前と異なり、今は一家に一人は自動車を運転する者がいる、という状況ではない。

 故に、運転の基礎を学ぶにも、おそらく戦前の教本などで学び、そこから実際に運転回数を重ねて技術を磨いていく事になると思うが。

 当然ながら危険が蔓延るウェイストランド、運転するにしても安全ではないし。

 そもそも、単純に移動手段として用いるのではなく、レースとなると、当然ながら運転技術は"人車一体"の如く高度なものが必要となる筈。

 

 そうなると、自力での獲得はかなりの時間を有する事になるだろう。

 また、過去のレースに参加している者に助力を乞うという方法も、どうやらその様な者の大半は既にデビル・ロードの息がかかっており、息のかかっていない者は大抵死んでるとの事。

 つまり、レースで優勝できる運転技術を手に入れるもの、簡単な事ではない。

 

 

 勿論この他にも、事前に参加用の自動車を破壊する破壊工作や、不運な事故に見せかけた運転手の殺害等々。

 デス・ザ・レースで簡単に優勝されない為に、デビル・ロード側は様々な手を打っている。

 それでも妨害に負けず、やっとの思いでレースへの参加を果たした挑戦者を、コース上で容赦なく叩きのめし、無残に敗北した姿を面白おかしく観戦する。

 

 住民達へのガス抜きとして設けられたデス・ザ・レースは、今や、デビル・ロードにとっても、最大の娯楽として楽しまれている様だ。

 

「八ッ! 小細工がなんだ! 俺とベディーの最強タッグの前には、どんな奴でもスクラップにしてやるよ!」

 

「あぁ、やる気に満ち溢れている所水を差して申し訳ないのですが。このレース、参加できるのは普通自動車のみで、トラックなどでは参加は出来ません。加えて、運転手も人間のみで、ロボットを運転手として使用する事は禁止されています」

 

「なにぃ!?」

 

「カウルさん。それも、簡単に優勝させない為のデビル・ロード側の工夫、ですか」

 

「えぇ。最近ではレースの話が広まって、支配地域の住民のみならず様々な、主に私達の様な社会の人間ですが、が参加してきていますので。主催者側のデビル・ロードも色々と新たな手を打ってきているんです」

 

 しかし、そうなると困ったな。

 ベディー(M54 5tトラック)で参加できないとなると、新たにレースに参加する為の自動車を何処かで調達しないとならなくなる。

 今から組み立て用のパーツ集めとなると、それ相応の時間がかかるが……。

 

「ご安心を、パーツ集めに奔走しなくとも、既に稼働可能な状態の自動車を手に入れられる方法があるんです」

 

「え!? 本当ですか?」

 

「えぇ。ただし、この方法は命の危険を伴うものなのですが、どうします?」

 

「勿論、聞かせてください!」

 

 ウェイストランドはそこら中命の危険だらけだ、今更、危ない橋を渡る事に躊躇などない。

 

「ではお教えしましょう。貴方方もご存知の通り、デトロイトの中心部はフェラル・グールやスーパーミュータント等、魑魅魍魎が闊歩する地獄です。ま、ウェイストランドは何処もそうですが……。と、話を戻しますと。しかしデトロイトの中心部には、今もなお戦前の有益な品々がそこかしこに転がっています。そんな"お宝"を回収する人々、そう、ご存知スカベンジャーです」

 

 カウルの話によると。

 そんなスカベンジャー達が徒党を組んだスカベンジャーの組織、その名も"オーソリティ"と呼ばれる連中は、デトロイトの西に隣接する都市、ディアボーン内にある、戦前の大手自動車メーカー、アルフォード・モーターズの自動車工場を拠点として活動している。

 ただ、スカベンジャーと言っても、オーソリティは回収した品物やその技術を独占している排他的な集団だそうだ。

 何だか、B.O.S.に相通じるものがあるな。

 

 話を聞いてそんな印象を抱かせたオーソリティが、最近、面白い試みを始めたのだとか。

 それが、テレビ放送。

 ラジオは兎も角、テレビなんて一体どれだけの人が見るのか、否、そもそもテレビが娯楽であると理解している人自体少ないであろう現状で、需要などあるのか。

 と素朴な疑問は兎も角、オーソリティはテレビの放送を始めた。

 

 しかし、当然ながら放送を行うにあたっては、コンテンツが重要となってくる。

 そこでオーソリティが企画したのが、"モンスター・バッシュ"と呼ばれる参加型の企画で、ルールは簡単、殺るか殺られるか。

 参加者は企画者側であるオーソリティの用意したモンスターと戦い、生き残れば賞品が手に入る。負ければ、当然死あるのみ。

 

 まさに血と核と剥き出しの欲望に染まったウェイストランドに相応しい内容だ。

 

「そしてなんと、その賞品と言うのが、稼働可能な自動車なのです。ま、当然ながら、そんな貴重な逸品を賞品として設定しているので、参加して生き残るのは一筋縄ではいかないでしょうが。どうです? 参加してみますか?」

 

 成程、確かにそのモンスター・バッシュに参加して無事に生き残れば、賞品としてデス・ザ・レースの参加に必要な自動車が手に入る。

 だがカウルの言う通り、企画者側も、番組を盛り上げる事もあり、簡単に生き残れる程甘い設定にはしていない筈だ。

 

 だがそれでも、もう答えは決まっている。

 

「勿論、参加します」

 

「貴方ならそう言うと思いましたよ。では、早速オーソリティのアジトに向かうとしましょう」

 

 そして俺達は、自動車を手に入れるべく、オーソリティの拠点である自動車工場へと向かうのであった。




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第六十七話 モンスター・バッシュ 前編

 インターステイトの75(州間高速道路75号線)を使用し北上を続け、途中で一般道へと切り替えて目的地を目指し、走る事数十分。

 ディアボーンに足を踏み入れた俺達を出迎えたのは、デトロイト近郊の立地故に建物の密度が高く、瓦礫や廃墟など、戦前の建物が戦争による影響で無残な姿に変わり果てたゴーストタウンと化した光景。

 しかしながら、これまで見てきたゴーストタウンと異なり、自動車の街として知られているデトロイトに隣接している為、中古販売業者やトラック等の販売店、更には整備工場等、自動車に関連する建物などが多く、地域色が色濃く表れていた。

 

 そんなディアボーン内を走っていると、程なく、巨大な煙突や巨大なタンク、そして巨大な建物群が、目の前に現れる。

 それこそ、今やオーソリティの拠点と化した、アルフォード・モーターズの自動車工場であった。

 長年かけて整備したのか、工場の周辺は廃材や自動車工場らしく廃車等を用いて作られた防壁で囲まれている。

 やがて、出入り口の一つと思しき巨大な門が姿を現した。

 

「おい! 止まれ!!」

 

 巨大な門へと近づくと、門を守護していた懐かしい姿のパワーアーマーが、その鋼鉄の手で制止を促してきた。

 モンキーレンチを交差させドクロをあしらった、海賊旗のようなオーソリティのロゴマークが描かれたそのパワーアーマーは。

 独自改良により、廃材を使った追加装甲を施してはいるものの、頭部と胴体が一体型となったその特徴的な外見は、間違いなくノーヘッドであった。

 

「貴様ら、一体誰だ? ここに何の用だ?」

 

 以降オーソリティ専用ノーヘッドと称するパワーアーマーを装備した、組織の一員である門番は、高圧的な口調で俺達に対して質問を投げかけてくる。

 俺はベディー(M54 5tトラック)から降りると、争う姿勢がない事をアピールしつつ、相手を刺激しないように丁寧に自己紹介を始める。

 

「俺の名前はユウ・ナカジマと申します。仲間と共に傭兵業を営んでいる者です」

 

「傭兵? 傭兵が何の用だ? 生憎、ここの守りならもう事足りている」

 

 そう言って門番が示した通り、門には他にもオーソリティ専用ノーヘッドを装備した門番の他、マシンガンタレットや、オーソリティのロゴマークが描かれた警備用のプロテクトロンの姿もある。

 

「いえ、俺達は雇ってもらいに来たのではなく。ここで、モンスター・バッシュという面白い催しを行っていると聞いたので足を運んだのです」

 

 俺の口からモンスター・バッシュという単語が零れた刹那。

 表情の変化は窺えなかったが、その声色が、明らかに変化した。

 

「なんだ、お前らモンスター・バッシュに参加しに来たのか! それならそうと早く言え!! おいお前ら、ゲートを開けろ!! モンスター・バッシュに参加しに来た参加者様ご一行だ!!」

 

 それまでの警戒感剥き出しの態度から一変、俺達の来訪を歓迎し始める門番たち。

 

「そのトラックは入ってすぐの駐車場に止めておけ。それから、参加の受付は入って左側にある建物の中だ。……あぁ、それから、せめて第五ステージまで頑張ってくれよ、最近根性が足りない挑戦者が多くて、見ていてもつまんねぇからな」

 

 音を立てて開かれるゲートと共に、対応に当たった門番から丁寧な説明を受けると、俺はベディー(M54 5tトラック)と共に敷地内へと進入していく。

 別れ際、門番から個人的なお願いをされたが、当然ながら惜しいとろこで終わるつもりはない。狙うは制覇、そして賞品の自動車だ。

 

 と意気込みを新たにした所で、指定された場所に駐められたベディー(M54 5tトラック)から降りてきた他の皆と合流すると、早速参加の受付を済ませるべく、受付のある建物を目指す。

 因みにディジーは、ベディー(M54 5tトラック)の見張り番だ。

 

 するとその途中、余所者である俺達に対して無言の圧力をかけるかの如く、突き刺さる様な視線を感じる。

 そんな視線を受けつつ、俺達はオーソリティ・TVとの看板が掲げられた、屋上に巨大な電波塔が設けられている建物へと足を運んだ。

 

「お前ら、何者だ? ここに何の用だ!?」

 

 扉を潜り中に足を踏み入れると、途端、荒げた声と共に警備と思しき男性が手にしたコンバットライフルの銃口を向けてくる。

 俺は咄嗟に争う姿勢がない事をアピールしつつ、兎に角男性を落ち着かせる。

 と、男性の身に纏っている装備が、実にこの場所と関係が深いである事に気が付く。

 

 それは、自動車のパーツを寄せ集めて作られた、まさに"カーアーマー"と呼ぶに相応しい水色のアーマーであった。

 タイヤを用いた肩のパーツに、ドアやボンネットを用いた手足や胴体のパーツ、特に、胴体用のパーツにはヘッドライトを用いてアクセントを加えている。

 

 そんなカーアーマーを着込んだ警備の男性は、俺達の呼びかけに程なく落ち着きを取り戻したのか、手にしていたコンバットライフルの銃口を程なく床に向けた。

 

「いやはや、お見苦しい所をお見せしてどうも失礼した」

 

 刹那、奥から男性の声が響くと共に、人影が一つ、足音を立てて近づいてくる。

 

「許してくれたまえ、彼はまだ警備の任について日が浅く、慣れていないのだ」

 

 そして、俺達の前に姿を現したのは、恰幅の良い体型にタキシードとシルクハットを被り、そしてステッキを手にした中年男性であった。

 

「貴方は?」

 

「あぁ、申し遅れた。吾輩はオーソリティの幹部の一人にして、オーソリティ・TV一押しの大人気番組! モンスター・バッシュのプロデューサーを務めるストライルズと申します! 以後、お見知りおきを」

 

 紳士的な口調で自己紹介を行ったストライルズさんに応えるように、俺達もまた自己紹介を行う。

 すると、警備の男性を下がらせたストライルズさんは、早速俺達の訪問の目的を察したのか、両手を広げる大袈裟な仕草と共に、俺達の来訪を歓迎し始めた。

 

「あぁ、もしや皆様は、吾輩の番組であるモンスター・バッシュに参加希望の方々ではないのですか!? えぇ、そうですよね?」

 

「は、はい。その通りです」

 

「素晴らしい! 実に素晴らしい! それでは早速、参加の手続きを始めましょう! 吾輩に付いてきてください!」

 

 ストライルズさんは体の向きを変える際も、必要以上に大袈裟な仕草でしているあたり、もしかして演技ではなく素なのではと思いながら。

 俺達はそんな彼の後に付いて行く。

 

 程なく、テーブルと椅子が設けられた会議室の様な部屋に通されると、俺は促されるままに椅子に腰を下ろした。

 

「では先ず、参加するにあたって注意点を幾つかご説明します。先ずその一、モンスター・バッシュに一度に挑戦できるのは一人のみ。それも、人間でなければなりません。残念ながらロボットは参加不可なのです。だってそうでしょ、視聴者は、この番組に血沸き肉踊るスリルを求めている、血の通っていない鉄のお人形さんでは視聴者も興ざめですよ」

 

 テーブルを挟んで対面に座ったストライルズさんは、不意にハニーとビーちゃんに視線を向けながら注意点を説明する。

 

「その二、パワーアーマーを装備しての挑戦も不可能です。理由は、お判りですよね? 視聴者が求めるのはギリギリのスリル! パワーアーマーを装備されては、そんな緊張感の欠片もなくなってしまいます」

 

 次いで、ノアさんとニコラスさんの方に視線を向けながら、ストライルズさんは説明を続けた。

 

「その三、ここはテーマパークではありませんので、子供の参加もご遠慮願いたい」

 

 ユリアに視線を向け、彼女を子供と勘違いしながら説明を続けるストライルズさん。

 相変わらず表情の変化が乏しいユリアだが、僅かに眉が動いたのを、俺は見逃さなかった。

 あとでフォローを入れておこう。

 

「その四、ミサイルランチャーやミニ・ニューク等、一部の武器は使用不可能となっています。確かに、派手な戦闘は視聴者を喜ばせますが、あまりに派手過ぎてスタジオを壊されては、敵いませんのでね」

 

「成程、確かに……」

 

「そしてその五、使用できる武器や薬品の数には制限があります。大量の武器で圧倒したり、薬品で一時的に身体能力を強化して挑戦されても、視聴者側からすればつまらない筈ですからね。あぁ、ですがご安心を、本番中に消費した弾薬の補充はちゃんとご用意しております。……それと、そちらの腕に装着した物、ピップボーイですよね? それには大量の物資を収納可能な機能が備わっていた筈。もし挑戦するのなら、そちらも外してもらう事になります。もし、外せないというのなら、残念ながら挑戦は出来ません」

 

 と、一通り説明を終えた所で、ストライルズさんはテーブルの上に一枚の紙とペンを置く。

 それは、撮影に関する肖像権、及び挑戦した際に生じた損害の責任をオーソリティ・TV側は一切負わない事、等の内容が書かれた同意書であった。

 

「では、挑戦する方はそちらの同意書の記入欄にサインを」

 

 俺はサインを書くべくペンに手を伸ばしたのだが。

 刹那、横から同じくペンを求めて伸びる手がある事に気が付く。

 

「っ! マーサ」

 

 その手の主は、誰であろうマーサであった。

 

「マーサ、君が挑戦する必要なんて……」

 

「でも、危険なショーなのよ! もしユウの身になにかあったら──」

 

「元々、これは俺の使命が発端なんだ、だから、ここは俺が挑戦する。大丈夫だよマーサ、無事に戻ってくるから」

 

「……、ぜ、絶対無事に戻って来なさいよ! 約束破ったら、承知しないんだからね!」

 

 何だか周囲から物凄い視線を感じる気がするけど、俺はマーサの優しさに感謝し、無事に帰ってくる約束を交わすと、ペンを手に取り、同意書にサインを書く。

 

「では、準備を整えたら、控え室の方にご案内します」

 

 サインを書き終えると、俺は本番に向けて準備を始める。

 規定に沿って、持ち込む武器と薬品を選んでいく。

 メイン火力のM4カスタムにサブとして攻撃型カスタムガバメント。それらの弾薬を充填したマガジンに、M26手榴弾とスティムパックを規定上限の三本。

 そして、万が一の切り札として、以前手に入れたアレをピップボーイから取り出すと、腰のホルスターに収納し。

 

 最後に、ピップボーイを左腕から外すと、マーサに預かってもらうべく、彼女に手渡し、準備が完了する。

 

「では、控え室の方へご案内! ……あぁ、お連れの方々は、特別ルームで挑戦の様子を観戦出来ますので、ご安心を」

 

「それじゃ、いってくる」

 

「うん、気を付けてね」

 

「頑張れよ! ナカジマ!」

 

「応援してるわ」

 

「頑張って」

 

「ビーッ!」

 

「頑張ってね~」

 

「御武運を」

 

 皆の声援を受けながら、俺は案内役のカーアーマーを着込んだ男性の後に続き、控え室へと向かうべく部屋を後にするのであった。

 

 

 

 

 控え室と呼ばれたその部屋は、当然ながら演者のメイク用に鏡など設けられている訳もなく、時間つぶしの雑誌や小腹を満たすお菓子や飲み物等も用意されてはいない。

 椅子とテーブルが一つづ、それに戦前の古びたロッカーが一つ、それだけの小さな部屋だ。

 

 準備が整い次第呼ばれるので、それまで、俺はこの部屋で本番に臨むべく、精神統一に励んでいた。

 

「準備完了だ、出番だぞ!」

 

 すると、扉を叩く音と共に、呼び出しがかかる。

 俺は深く深呼吸した後、座っていた椅子からゆっくりと立ち上がると、扉に手をかけ控え室を後にする。

 

 案内役のカーアーマーを着込んだ男性に案内され、俺は建物内を更に移動する。

 元々工場だった建物を再利用している為か、むき出しの鉄骨や配管等、更に一部の光源を投光器で得ているなど、いかにも居住空間とは異なる光景を目に。

 更に、通路で掃除や小道具の制作などに勤しむオーソリティ・TVのスタッフたちの働きを目にしながら、移動を続け。

 

 やがて、第一スタジオと書かれたプレートが取り付けられた扉の前に案内され、立ち止まる。

 

「はい、こちらも準備できました、はい、はい、分かりました」

 

 すると、案内役の男性が、徐に扉の近くにあるインターホンを使い、何処かと連絡を取り始める。

 やがて連絡を取り終えた案内役の男性は、ぶっきらぼうに説明を始めた。

 

「間もなく本番開始だ。扉を潜ったら、通路を進んで次の扉の前で合図を待て」

 

 そして、扉が開かれると、俺は言われた通り扉を潜ると通路を奥へと進む。

 手書きの矢印に誘われ、組み立て用のコンベアーに沿うように通路を進んでいくと、程なく、説明にあった扉が姿を現し、俺は言われた通りにその前で足を止めた。

 

「皆様! 大変お待たせいたしました! 本日も皆様にウェイストランド一最高のエンターテイメントショー、モンスター・バッシュをお届けする時間がやってまいりました!!」

 

 すると、近くの壁にかけられていたスピーカーから、ストライルズさんの軽快なトークが流れ始める。

 

「今回も皆様が血沸き肉躍る事間違いなしの、興奮のゲームをご用意いたしました! そして、そんなゲームに参加する今回の挑戦者は、こちら!! 遥々西のシカゴからやって来た若き傭兵! 果たしてその実力のほどは如何に!? それは間もなく分かる事でしょう。それでは先ず、挑戦者である彼に盛大な拍手を!!」

 

 壁に設けられた監視カメラのレンズが俺の方に向けられると共に、スピーカーから無数の歓声と共に無数の拍手が流れる。

 おそらく、事前に仕込んでいたものだろう。

 

「挑戦者を待ち受けるのは、ウェイストランドに生息する凶暴で残虐なモンスター達! それらが解き放たれた数々のステージを制限時間内にクリアし、見事、全てのステージを制覇した暁には、偉大な名誉と素晴らしい賞品が手に入ります! え? クリアできなきゃどうなるかって? それは勿論、……あぁ、今晩のモンスター達の餌代が少しばかり浮きますね、ハハハハッ!!」

 

 ストライルズさんの軽快なトークは続く。

 

「おっと誰ですか? そんなの楽勝ですって? 甘く見てはいけませんよ。本日は以前よりも更に強力なモンスター達が参戦し、難易度が更にアップ! 凶暴で血に飢えたモンスター達と挑戦者が如何なる戦いを見せてくれるのか!? それでは、間もなくゲーム開始です!!」

 

 そして、俺は手にしたM4カスタムの状態を確認すると、もう一度深呼吸し、気持ちを引き締めると。

 自動的に開かれる扉を潜るのであった。

 

 

 

 

 扉を潜った先で俺を待ち受けていたのは、広々とした空間であった。

 壁には撮影用に複数のカメラ、更には照明の為の投光器。そして、壁にはカラフルなペンキで描かれた刺激的な落書きの数々が描かれ、刺激的なショーの盛り上げに一役買っている。

 そんな空間の床、その中心部分には、明らかにスタート位置として用意された目印が描かれていた。

 

 その目印の上に立つと、刹那、再びスピーカーからストライルズさんの声が流れ始める。

 

「それでは、殺るか殺られるか、単純明快なゲームの開始です!!!」

 

 そして開始の宣言が告げられた刹那、扉が閉じられ退路を断たれると、突如四方の壁の一部が稼働し、そこから複数の穴が現れる。

 と、そこから、鳴き声をあげながらモールラットが姿を現し、俺目掛けて襲い掛かってきた。

 

「ちっ!」

 

 俺は咄嗟にM4カスタムを構えると、襲い掛かっている一匹目掛けて照準を合わせると、間髪入れずにトリガーを引き、5.56mm弾をお見舞いする。

 早速一匹を片付けると、続けざまに二匹目三匹目と、5.56mm弾をお見舞いし、空腹なモールラット達に文字通り天にも昇る5.56mm弾の素晴らしい鉛の味を提供していく。

 

「この!」

 

 とはいえ、四方から次々に襲い掛かるモールラット達。

 死角から近づくモールラットに警戒しつつ、M4カスタムのストックを利用した重い一撃を利用して弾倉交換を素早く行い、更にモールラットの死体を築いていく。

 

 と、体にチカチカと光る何かを巻きつけられた個体を目にし、俺は、咄嗟にその個体に対して攻撃を集中する。

 刹那、攻撃を受けたその個体は、周囲の別の個体を巻き込みながら爆発すると、周囲に血と肉片をばら撒くのであった。

 

「地雷付き……、これも番組を盛り上げる為の演出か」

 

 個体の中に地雷付きモールラットと呼ばれる、文字通り体に地雷を巻きつけられた個体がいる事に気付かされた俺は。

 地雷付きモールラットの出現に神経を研ぎ澄ませながら、残りのモールラット達を排除していく。

 

「ハハハッ! やはりこの程度のモンスターの相手は朝飯前だったようですね。それでは、次のステージに進んでもらいましょう!」

 

 そして、再び壁が稼働し、穴が塞がれ新たなモールラットの出現が止まると、入って来た扉とは別の扉が開かれ、アナウンスが流れる。

 俺はアナウンスに従い、新たな扉を潜ると、手書きの矢印が所狭しと並べられた通路を進み、階段を上る。

 すると、新たな扉が目の前に現れ、俺は一旦足を止める。

 

 と、扉の横には、複数の弾薬が並べられた棚が置かれている。

 どうやらこれが弾薬の補充ポイントの様だ。

 

 俺は先ほどの戦闘で空になりダンプポーチに放り込んでいた空のマガジンに、補充用に用意された5.56mm弾を込めていくと、補充の完了したマガジンをマガジンポーチに収納する。

 

「それでは、第二ステージの開始です!」

 

 流れるアナウンスと共に、俺は自動で開かれる扉を潜る。

 扉を潜った先は、先ほどと同じく広々とした空間が広がっていた。

 

 ただ、先ほどとは異なり、盛り上げる為の仕掛けが施されていた。

 ホイールに痛々しい棘を無数に取り付けた鋭利な物体が、可動式のレールに取り付けられている。それも二つ。

 

 先ほどと異なり、立ち回りに注意が必要な第二ステージの舞台を観察しつつ、俺は中心部の目印に足を運ぶ。

 

「さぁ、今度はどんな戦いぶりを見せてくれるのかぁ~っ!?」

 

 刹那、退路を断たれると、稼働音と共に殺人ホイールが高速回転を始め、可動式レールの動きに合わせて周回する様に移動を始める。

 と、四方の壁の一部が稼働し、今度は少し大きめの穴が現れる。

 そしてそこから、うめき声の様な声をあげながら、這い出るかのようにそれは姿を現した。

 

「ガァァァッ!」

 

 そして、俺の姿を見つけるや襲い掛かるそれらに、俺は構えたM4カスタムから熱々の5.56mm弾をプレゼントしていく。

 頭を、或いは四肢を吹き飛ばされ床に倒れるそれらの名は、フェラル・グール。

 

「この!」

 

 フェラル・グール達の攻撃を躱しながら、攻撃を続けるが、当然ながらこちら一人に対して相手は複数。

 当然、弾倉交換の際には隙が生まれる。

 

 そこで、俺はステージに用意されていた仕掛けを有効活用する。

 

 弾倉交換のタイミングで、近づいてきたフェラル・グールに蹴りを入れて蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされたその先にあるのは、あの殺人ホイール。

 踏ん張れずに、高速回転する殺人ホイールにぶつかったフェラル・グールは、まさしくミンチより酷い状態となった。

 

 こうして仕掛けを有効活用して数の不利を補いながら戦っていたが、流石に攻撃を避け続けるにも限界に達し、手足にひっかき傷を受ける。

 しかも、個体の中にはオーソリティ・TV側が装備させたのか、廃材で出来たアーマーを装備している個体もおり。

 更には、モールラットに比べ横へのステップ等、人型故の複雑な動きも相まって、第一ステージよりも多少の苦戦を強いられた。

 

「いやー、素晴らしい! 実に素晴らしい! このステージも見事にクリアです。では、次なるステージに向けてお進みください!」

 

 それでも、なんとか第二ステージをクリアすると、新たに開かれた扉を潜り、次の第三ステージを目指して通路を進む。

 

 移動中、ここまでの戦闘で乱れた息を整えると、第三ステージの扉の前まで移動を終え、弾薬の補充を行う。

 

「さぁ、皆様お待ちかね! 爆発的でスリリングな第三ステージの開始です!!」

 

 扉が開き、中に足を踏み入れる。

 この第三ステージには第二ステージの様な仕掛けは、一見してないかに思われたが。

 よく見渡せば、天井から複数の配管が突き出していた。

 

「それでは! スリー! ツー!! ワンッ!!! スタートッ!」

 

 刹那、退路を断たれると、四方の壁の一部が稼働し、更に大きな穴が四つ、姿を現す。

 そして、聞き慣れた足音と共に姿を現したのは、大きな甲羅に一対の巨大なハサミ、そして複数の足、それは紛れもなくマイアラークの雌であった。

 

「くそ!」

 

 予想はしていたが、それでもステージを重ねるごとに、更に相手が強力になっていく事に悪態をつきながらも。

 構えたM4カスタムを発砲し、四方から迫るマイアラークの雌に攻撃を仕掛ける。

 しかし、モールラットやフェラル・グールと異なり、重装甲を誇るマイアラークは、一匹倒すだけのも苦労する。

 

「っ!」

 

 こうして倒すのに手間取っているその間にも、死角から近づいてきたマイアラークの雌の巨大なハサミが振るわれ、気配を感じ取った俺はそれを間一髪で躱す。

 限られた空間でのマイアラークとの戦闘と言う最悪の組み合わせの中、一匹ずつ確実に仕留めていく。

 

 と、突然、何かが燃えるような音と共に、天井の配管から、何かが落下してくる。

 

 ふと目にしたのそれは、赤い筒状に黒い導火線が取り付けられた。

 それは紛れもなく、"ダイナマイト"であった。

 

「取扱注意!! ダイナマイトの投入だぁぁーーっ!!」

 

 くそ! 爆発的でスリリングってそういう事だったのか!

 俺は内心悪態をつきながらも、降ってくるダイナマイトの爆発に巻き込まれないようにダイナマイトの軌道に注目しながら、位置取りに注意しつつ戦闘を続ける。

 

 爆発音と共にマイアラークの断末魔が響く。

 ダイナマイトの爆発に巻き込まれ、マイアラークのハサミや足が飛び散る。

 

 そんな惨状の中、俺は神経をすり減らしながら戦闘を続けていた。

 

「っ! ぐ……」

 

 だが、次の瞬間、何度目かのダイナマイトの爆発が起こり、それにマイアラークが巻き込まれたのだが。

 その際、飛び散ったハサミの一つが、運悪く俺の頭部に直撃した。

 

 甲羅と共にハサミもまた、重装甲を誇っている。

 そんなハサミは当然、鈍器としても相応の威力を有している。

 そんなものが、ヘルメットではなくミリタリーキャップを被った頭部に直撃したのだ、俺はその威力に脳が揺すられ、倒れそうになる。

 

「おっと! 今のは痛そうだが、挑戦者だいじょうぶかぁ~?」

 

 だが、寸での所で何とか踏みとどまると、頭部の痛みに耐えながら、戦闘を継続する。

 

「っ!」

 

 すると、新たに落下してきたダイナマイトが、俺のいる場所の近くに落ちる。

 後ろに緊急回避を行おうかと思ったが、後ろが壁である事に気が付き、咄嗟に近くに転がっていたマイアラークの死骸を手に取ると、身をかがめ、それを盾にすべく構えた。

 

 コンマ数秒後、耳を劈く爆発と共に、ダイナマイトが爆ぜた。

 

「ぐっ……」

 

 刹那、右脚と右肩に痛みが走る。

 どうやら完全に防ぎきれず、破片を浴びてしまったようだ。

 

 だが、いつまでも痛がってはいられない。

 俺は再び立ち上がると、粉塵舞う中、残りのマイアラーク達を片付けるべく構えたM4カスタムの発砲を続けた。

 

「素晴らしい! 本当に素晴らしい! 第三ステージをクリアした挑戦者に盛大な拍手を!! では、次なるステージへどうぞ」

 

 そして、第三ステージを終えた俺は、次なる第四ステージへ向け、新たな扉を潜る。




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第六十八話 モンスター・バッシュ 後編

「っ!」

 

 第四ステージへと続く通路を歩いていた刹那。

 不意に、めまいに襲われ、堪らず壁に手をつく。

 

 そして、何かが頬を伝うのを感じ、拭った後、その手にはめていたミリタリーグローブに付着した赤いシミを目にして、俺は、頬を伝っていたそれが汗ではないと理解した。

 と、まるでそれがトリガーとなり、戦闘中に分泌されていたアドレナリンの効果が切れたのか、突如、先ほどの戦闘の疲れと痛みが体中を襲う。

 

「くっ!」

 

 俺は咄嗟に、メディカルポーチからスティムパックを一本取り出すと、出血と痛みを治癒するべく使用する。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 出血が止まり、傷が癒えても、スティムパックは蓄積された疲労までは回復してはくれない。

 出来れば、少し休憩してから次のステージに臨みたいが、どうやらそれは叶わないようだ。

 

「何をしている! 早く次の扉の前に移動しろ!」

 

「ほら、早くしろ!」

 

 カーアーマーを着込み、コンバットライフルを肩にかけた男性二人が何処からか現れ、次のステージに進むように高圧的な態度で急かしてくる。

 オーソリティ・TV側としては、流れを止めて変な間を作りたくないのだろう。

 

 俺は二人の催促に応えるように、何とかだるい体を奮い立たせると、通路を進んで第四ステージの扉の前まで足を運ぶ。

 そして、弾薬の補充を終えると、深く深呼吸して、息を整え。

 最後に、気合を入れる。

 

「さぁ、残るステージもあと二つ! 果たして、今回の挑戦者は、見事完全制覇を成し遂げるのか!? 運命の第四ステージ、開始です!!」

 

 扉が開き、中に足を踏み入れる。

 第四ステージにも仕掛けは施されていた、壁の幾つかに、先の尖った金属パイプが複数取り付けられ、凶器と化している。

 

「果たして無事に生き残れるのか!? それともここで脱落か!? 運命の第四ステージ、スタートッ!!!」

 

 合図と共に、もはやお決まりとなった退路が断たれると、俺は四方に目を配る。

 だが、そんな俺の警戒に反して、壁が稼働したのは正面の一面のみ。

 

 ここまできて肩透かしを食らったかと思った、刹那。

 

 正面の壁に現れた巨大な穴からのそのそと姿を現したモンスターの正体を目にして、俺の顔は途端に強張った。

 二メートル近い体長に、毛が抜け落ち、がっちりとした体形が露わになった巨体、獰猛な顔つきが、凶暴な本能を体現しているその生物の名は、ヤオ・グアイ。

 戦前、捕虜収容所に収監されていた中国人たちが呼んでいた名が、今や正式な名称となった。核戦争の影響で変異したアメリカグマだ。

 

 何故戦前に核戦争の影響で変異したアメリカグマを捕虜の中国人たちが呼んでいたのか、最初は疑問に思ったが。

 おそらく、戦前に不法廃棄された核廃棄物の影響で、既に戦前であっても、一部の地域では生物の変異が始まっていたからではと考えられる。

 

 と、余計な考察はこの辺りにして、今は目の前のヤオ・グアイとの戦闘に意識を集中させよう。

 

 一対一。

 これまでのステージと異なり、数では同数。

 だが、身体能力で言えば、基がクマだけにヤオ・グアイはウェイストランドの生態ピラミッドでも、上位の位置を占めている生物の一種だ。

 

「ガァァァッ!!!」

 

「っ!」

 

 刹那、ヤオ・グアイが咆哮と共に、その凶暴で鋭い歯を露わにしながら、俺に襲い掛かる。

 俺は構えたM4カスタムの照準をヤオ・グアイの足に目掛けると、トリガーを引く。

 

 身体能力の高いヤオ・グアイとの戦闘の基本は、兎に角動きを止める為に足に重傷を負わせる事だ。

 野外でならば、遠くの物陰から居場所を悟られる事なく、安全な距離を確保して足を狙える。

 

 だが、ここは空間に限りがある場所。しかも、既に互いの居場所は明らかだ。

 当然、その巨体に似合わぬ素早さで彼我の距離などあっと言う間に詰められ、足に重傷を負わせる前に、その凶暴な爪を有した前足が俺を襲う。

 

「っ! く!」

 

 何とか前足の爪が俺の体を捉える寸前で避ける事に成功するも、今のは危なかった。

 余裕をもって避けたつもりが、思いのほかギリギリだった。

 何だか、自分で思っているよりも体の敏捷性が損なわれている気がする。

 それだけ、疲労の蓄積が想像以上なのか。

 

 だが、そんな俺の状態などお構いなしに、ヤオ・グアイは更に二撃目をくり出してくる。

 

「っ!」

 

 その後ヤオ・グアイの鋭い爪を躱しつつ、5.56mm弾を浴びせるも、やはり十数発被弾した程度ではびくともしない。

 逆に、躱しきれずヤオ・グアイの鋭い爪が掠り、左腕に引っ掻き傷を受けた俺は、顔を歪ませ、奥歯を噛みしめながら、痛みを堪えた。

 

「な! ……がはっ!」

 

 そんな綱渡りのような状態で何とか戦闘を続けていたが、ふと、弾倉交換のタイミングで意識をヤオ・グアイから逸らしてしまった隙をつかれ、ヤオ・グアイの重たい一撃を受けてしまう。

 幸い引っ掻きではなかったが、その巨体から繰り出されたパワーを前に、俺は弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

 背中から全身に伝わる痛み、叩きつけられた拍子に意識を手放しそうになるも、何とか寸での所でつなぎとめる。

 

 ただ、そこでも幸いだった事がある、隣を見れば、先の尖った金属パイプの束。

 もし弾き飛ばされた先が横に数センチずれていれば、俺は醜い串刺しと成り果てていただろう。

 

「く……」

 

 とはいえ、戦況としてはより厳しいものになった事に違いはない。

 壁に叩きつけられた痛みで、立っているのもやっとであると気付いているのか、ヤオ・グアイはその鋭い爪でトドメを刺すべく俺に迫る。

 

 俺は咄嗟に、レッグホルスターから攻撃型カスタムガバメントを素早く抜くと、意識を集中させ、ヤオ・グアイの眼光鋭い眼に照準を合わせ。

 そして、トリガーを引いた。

 

 マズルフラッシュと共に銃口から放たれた.45口径弾は、ヤオ・グアイの顔目掛け飛翔し。

 

「グォォォォッ!!!」

 

 刹那、見事に眼光鋭い左の眼を貫いた。

 筋肉と言う鎧で身を固めたヤオ・グアイも、流石に眼だけは鎧のようにはできていない。

 

 その痛みに耐えかね、ヤオ・グアイは足を止めると、暫し悶え始める。

 

 そして生まれたその隙に、俺は次の手を打つ。

 隣に設けられていた先の尖った金属パイプの一本の根元を攻撃型カスタムガバメントで撃つと、外れそうになったその一本を両手で強引に外す。

 

 こうして先の尖った金属パイプを手に入れた俺は。

 

「うぉぉぉぉっ!!」

 

 力を振り絞るべく雄叫びをあげながら、ヤオ・グアイ目掛けて駆け出し、懐に飛び込むと。

 手にした先の尖った金属パイプの切っ先を、ヤオ・グアイの口目掛けて勢いよく突き刺した。

 

「ギャ! ガァァァッ!!」

 

 口内から脳を貫通する様に突き刺すと、ヤオ・グアイの口から大量の血が流れ出る。

 だが、それでもヤオ・グアイは死ぬ事無く、そんな状態にも関わらずヤオ・グアイは大きく頭を振るう、まるで突き刺さった金属パイプを勢いに任せて抜くかの如く。

 

 しかし、金属パイプは抜けなかったが、金属パイプを手にしてた俺は、勢いに負けて振り払われると、床に叩きつけられる。

 

 再び体に痛みが走るが、俺はそんな事気にも留めず、体勢を立て直すと、すぐさまレッグホルスターから攻撃型カスタムガバメントを抜き、トリガーを引いた。

 狙ったのは、ヤオ・グアイの頭だ。

 畳みかける様に、装填しているマガジンの残り分を叩きつける。

 

 すると、程なく。

 か細い断末魔と共に、ヤオ・グアイの巨体がゆっくりと床に横たえた。

 

「決まったぁーっ!! 第四ステージもクリアだぁーっ!! さぁ、残すはラストの第五ステージのみ! 果たして、今年初の完全制覇となるかぁ!? さぁ、挑戦者は運命の第五ステージへ!!」

 

 その瞬間、スピーカーから割れんばかりの歓声と拍手が流れる。

 

 

 

 

「っ、はぁ……、はぁ……」

 

 それを耳にした瞬間、俺はヤオ・グアイとの戦いに勝利したと確信すると共に。

 突如として襲い掛かってきた痛みと疲労に耐え切れず、片膝をついてしまう。

 

 俺はメディカルポーチからスティムパックを一本取り出すと、痛みを癒すべく使用する。

 

 痛みはそれにより徐々に引いていく。

 だが、疲労は未だに残ったままだ。

 体が、重い。力が、入らない。

 

 できる事なら、このまま倒れ込んで少し休みたい。

 だが、それは叶わぬ願いの様だ。

 

「さっさと立て! 休むな!!」

 

「おら、行くぞ!!」

 

 カーアーマーを着込み、コンバットライフルを肩にかけた男性二人が扉からステージ上に姿を現すと、俺の手を引き無理やり立たせ、そのまま引きずるかのように最後のステージへと続く通路へと連れていく。

 

 程なくして、最後のステージの扉の前まで連れてこられると。

 俺はもう、弾薬を補充する行為すら辛いと感じつつも、補充を済ませると、その時が訪れるのを待った。

 

 このステージで最後、これをクリアすれば、終わる。

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように、何度も何度も心の中で言葉を繰り返しながら。

 

「それではいよいよ、運命の第五ステージ、開始したいと思います!!」

 

 扉が開き、俺は少々ふらつきながら、最後の舞台である第五ステージへと足を踏み入れる。

 そこで目にしたのは、特に仕掛けも施されていない、正面に巨大な扉が設けられたステージの光景であった。

 

 どうやら、最後のステージは仕掛けもなく、シンプルな戦いの舞台として整備されている様だ。

 

「さぁ、泣いても笑ってもこれがラスト! 果たして、挑戦者が手にするのは名誉か!? それとも地獄への片道切符か!? それでは、イッツ・ショーーターーーイムッ!!」

 

 そして、合図と共に退路が断たれると、正面の巨大な扉が音を立ててゆっくりと開いていく。

 

「……ち! 最後はこんな大物かよ!」

 

 そこから姿を現したモンスターの姿を目にして、俺は包み隠さず舌打ちした。

 三メートルはあろう巨体に、鋭い手足の爪、強靭な皮膚に巨大な尻尾。そして、凶暴な顔面にヤギの様な角。

 その姿は、モンスターと言うよりも怪獣という方が適している。

 

 ウェイストランドの生態ピラミッドでも、間違いなく最上位の一角を占める、最も凶暴で危険な捕食者の一種。

 悪魔の如くその名は、デスクロー。

 

「グウォォォッッッッ───!!!!」

 

 これまでのモンスターとは桁違いな、大地を揺るがさんばかりのデスクローの咆哮。

 

 くそ、こんなのパワーアーマーを装備していても楽に戦えるような相手ではない。

 しかも今の俺の体の状態は最悪だ。

 勝ち目なんて、あるのか……。

 

 いや、咆哮に怖気づいて、消極的になるな。

 リーアの人々の為。それにマーサとの約束を果たす為!

 

「うぉぉぉっ!!」

 

 俺は恐怖を振り払い、気持ちを奮い立たせんと雄叫びをあげると、手にしたM4カスタムのトリガーを引いた。

 兎に角、デスクローもヤオ・グアイ同様、先ずは足を狙う。

 

 だが、デスクローはその巨体に似合わぬ敏捷性で巨体を左右に動かして5.56mm弾の火線を逸らしながら、一気に彼我の距離を詰める。

 

「ぐっ!!」

 

 そして、鋭い手の爪が俺を捉えるべく迫り、俺は避けられないと判断し、咄嗟に手にしてたM4カスタムでその一撃を防ごうとした。

 刹那、爪により弾き飛ばされるM4カスタム。

 床に弾き飛ばされたM4カスタムを目にすると、銃身は無残に折れ曲がり、機関部やハンドガードも、鋭い爪の傷跡が刻み込まれていた。

 もはや、使う事は出来ない。

 

「くそ!!」

 

 刹那、俺はデスクローから距離を取るべく駆け出す。

 こんな場所では、デスクロー相手に多少距離を取った所で気休めでしかないが、それでも俺は駆け出す。

 

 だが、疲労からか、思ったほど速く走れない。

 

「グォァァッ!!」

 

 と、逃すまいと再びデスクローの鋭い手の爪が俺に迫り。

 

「ぐは!」

 

 その鋭い爪が、俺の胴体を捉え、引っ掻く。

 ショルダーストラップは無残に引き裂かれ、取り付けられていたマガジンポーチが床に散らばる。

 そして防弾チョッキにも、痛々しい引っ掻き傷をつけられる。

 

 ただ、幸い防弾チョッキにより、爪が体にまで達しなかったのか、そこまで痛みは感じない。

 

 とはいえ、戦闘開始からデスクローにいいようにやられてばかり。

 何とか状況を逆転させないと……。

 

「っ! がはっ!!」

 

 と思った刹那。

 デスクローの巨大な尻尾が、俺を弾き飛ばす。

 

 弾き飛ばされた俺は、壁に叩きつけられる。

 刹那、俺は床に両手と両膝をつくと、込み上げてくる何かを床に吐き出した。

 

 そして目にしたのは、床に広がった真っ赤な血溜まり。

 そう、それは紛れもなく、俺自身の血であった。

 

「く、くそ……」

 

 だが、吐血したからと言って、今は休んでなどいられない。

 俺はふらつきながらも何とか立ち上がると、強者としての余裕に満ち、ゆっくりと近づいてくるデスクローを睨みつける。

 

 だが、その視界は、最早霞んでいた。

 

 戦況はまさに最悪だ。

 メイン火力のM4カスタムは使用不可能になり、体はボロボロ、もはや傍から見れば万事休すだろう。

 

 しかし、俺は最後まで諦めるつもりはない。

 

 腰のホルスターから切り札、エイリアンブラスターを抜くと、小刻みに震える両手でそれを構えた。

 おそらく、次の一撃で勝負が決する。

 

「グォァァッ!!」

 

 デスクローの咆哮と共に、デスクローの巨体が一気に迫る。

 俺は、霞む視界に捉えたデスクロー目掛け、エイリアンブラスターのトリガーを引いた。

 

 刹那、エイリアンブラスターから放たれた青白い光線が、デスクローの巨体に着弾する。

 すると、次の瞬間、デスクローの巨体が一瞬の内に青い灰と化した。

 

 

 

 

「か、勝った……」

 

 デスクローが青い灰と化した事を確認した俺は、安堵と共に再び膝をつく。

 

「がは!」

 

 だが、それで緊張の糸が切れたのか、再び痛みと疲労が襲い掛かり、俺は再び吐血する。

 振るえる手で、何とかメディカルポーチから最後の一本となったスティムパックを取り出すと、使用する。

 

 これで吐血と痛みは何とかなった。

 だが、相変わらず疲労困憊で、最早立ち上がる事すら難しい。

 

「お……、おぉっと!! 何という事でしょう!! あのデスクローを見事に倒しました!! 見事、実に見事!! 皆様、栄えある名誉を手に入れた挑戦者に盛大な拍手を!! それでは、見事に完全制覇を成し遂げた挑戦者の表彰式を執り行いたいと思います。皆様、チャンネルはもう少しそのまま」

 

 まさかデスクローを一撃で、それも青い灰と化して倒してしまう等、想像もしていなかったのか。

 暫し沈黙が続いた後、我に返り、役割を思い出したかのように再び喋り出すストライルズさん。

 

「イェーイ!! ヒュー! ヒューッ!!」

 

「やっちゃたよ、おい! やっちゃったよ!」

 

「イェーイッ!! ハハッ!!」

 

 すると、扉が開き、ピエロの衣装にカーニバルにでも登場するような。

 いや、よく目を凝らせば、フォールアウト76の期間限定イベント、ファスナハトに登場するマスクを被った複数の男女が、文字通りお祭り騒ぎの様なテンションで現れる。

 おそらく番組のスタッフだろう。

 

「よ、ヒーロー!!」

 

「あんたが大将!!」

 

「モンスター退治は彼にお任せ!!」

 

「ヒューッ! ヒューッ!!」

 

 正直、疲労困憊の今の状態でこのテンションを相手にするのはしんどいのだが。

 俺は何とか立ち上がると、ぎこちないながらも笑顔を作り、数度、軽く会釈して応える。

 

「それじゃ、我らがヒーローの表彰式だ!」

 

「行こ行こっ!!」

 

「イェーイッ!!」

 

 そして、そんな彼らの肩を借り、俺は表彰式が行われる場所へと移動する。

 扉を潜り、階段を下りて、通路を進んだ先で目にしたのは。

 スポットライトで照らされた特設ステージ上で、主役である俺の到着を心待ちにしている、ハイテンションの番組スタッフとストライルズさん。

 そして、そんな特設ステージの様子を放送用のビデオカメラで撮影している番組スタッフと、その脇で佇むマーサ達の姿もあった。

 

 ふと、心配そうな表情をしたマーサと目が合ったが、今はまだ番組の最中という事もあり、駆け寄ろうとしたマーサは番組スタッフに止められる。

 

「さぁ、主役のご登場だぁ!」

 

「イェーイ!!」

 

「いいぞ! いいぞっ!!」

 

「よ! 待ってました!!」

 

 陽気な格好の番組スタッフ達が場を盛り上げる中、特設ステージの上に足を運んだ俺は、中央に設けられていた、きらびやかな椅子に座らされる。

 

「それでは、先ずは見事完全制覇を成し遂げた挑戦者の彼に、挑戦した感想を聞いてみましょう!? いかがでした?」

 

「と……、とても、難しい、ものでしたが。挑戦し甲斐のある、ものでした」

 

 マイクを向けられ、どの様な感想を述べようかと思った刹那。

 放送用のビデオカメラの脇にいた番組スタッフが、手にしたカンペを必死に指さしている事に気が付く。

 

 なので俺は、そのカンペに書かれた言葉を一言一句間違う事無く口にするのであった。

 

「ハハハッ! 素晴らしい感想をありがとうございます!! それでは、表彰式とまいりましょう!」

 

 そして、ストライルズさんが読み上げる賞状を受け取り、更に賞品である自動車の鍵を受け取ると。

 

「さぁ、笑って、笑って! ほら、ちゃんと笑わないと、そうそう」

 

 最後に、無理やり笑顔を作ると、フラッシュがたかれ、記念撮影を最後に表彰式を終えると。

 全ての進行が終わり、無事に番組は終わりを告げた。

 

「ハハハッ、本当に素晴らしい活躍だったよ! これなら、一年は再放送できるな、ハハハッ!! では、また挑戦したくなったらいつでも来てくれ、歓迎するよ。では、失礼。……ほら、さっさと戻って、次のショーの準備だ!! おい、捕獲の連中に、今度はもっと凶暴な奴を捕まえてくるように言っとけ!」

 

 番組が終わり、足早に撤収するストライルズさんや番組スタッフ達。

 

 

 こうしてオーソリティ・TVの面々がいなくなった所で、マーサ達が俺のもとに駆け寄ってくる。

 

「ユウ!」

 

 真っ先に駆け寄ってきたのは、誰であろうマーサであった。

 マーサは俺に抱き着くと、凄く心配したと、すすり泣くような声で何度も何度も繰り返した。

 

「でも、マーサ、約束、守ったよ……」

 

「馬鹿! 馬鹿馬鹿っ!! こんなにボロボロじゃない!」

 

 そして、遂に耐え切れなくなったのか、マーサの瞳から大粒の涙がこぼれ、彼女の頬を伝う。

 駄目だな、女性を泣かせるような男は最低だと、父から言われていたのに。

 心配をかけて、泣かせてしまって……。

 

「心配かけて、ごめんね……」

 

 俺は、最後の力を振り絞って、精一杯の笑顔を作ると、マーサの頭を優しく撫で。

 

 そして、次の瞬間、俺は意識を手放した。




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第六十九話 夢で終わらせない

 これは夢なのか。

 目にしたのは、荒廃したウェイストランドとは異なる、まさにこの世に残された数少ない理想郷。

 そして、俺の故郷、リーアの風景。

 

 学校に行くのに通い慣れた通路に、中央広場の賑わい。

 そんな風景を目にして、学生時代の友人たちに、リーアセキュリティの同期や先輩たちの顔も思い浮かぶ。

 スカイリー、マーティン先輩、アントム、ヴァルヒムさん。

 

 そして、懐かしの我が家。

 父と母、それにオネットの四人で暮らしていた、懐かしの我が家。

 

 中に足を踏み入れると、そこは十数年を過ごした我が家の風景。

 だったが、少し、変わっている個所がある事に気が付く。

 リビングキッチンの一角に、小さなベビーベッドが置かれている。

 それに、部屋の彼方此方に、赤ちゃん用の玩具等が置かれていた。

 

 おかしい、俺には年の離れた弟や妹などいなかった筈だが。

 

 

 と、疑問符を浮かべていた刹那。

 不意に、世界が一瞬暗転すると、次の瞬間、それまでいなかった筈の人影が、リビングキッチンに現れる。

 

 リーアジャンプスーツを身に着けた、一組の男女と、小さな赤ちゃん。

 

 赤ちゃんに見覚えはなかったが、男女の方には、見覚えがった。

 雰囲気こそ変わっていたが、あれは間違いなく、俺とマーサだ。

 

「ねぇ、今日は家族みんなでお出かけしましょう」

 

「そうだね。きっと──も喜ぶよ」

 

 仲睦まじく、とても幸せそうな家族の姿。

 

 

 これは、俺の願望が作り出したものだのだろうか。

 

 だとしたら、俺は、この願望を現実のものにしたい。

 

 その為には、夢で終わらせない為には、課せられた使命を果たすべく目覚めなければならない。

 

 

 刹那、突如世界が暗転し、一面を闇が覆う。

 だが、遥か彼方、一筋の光が輝いている。

 

 俺は、その光に向かって駆け出した。

 

 そして、眩いばかりの光の中に、俺は躊躇わず足を踏みいれるのであった。

 

 

 

 

 

「……、ここは?」

 

 意識を取り戻し、閉じていた瞼を開いて目にしたのは、知らない天井であった。

 それはまるで、この世界で第二の人生をスタートさせたあの日を思い起こさせた。

 

 とはいえ、目にした天井はリーアのような金属製のものではなく、清潔感のある白いタイル。

 それに、鼻を突くのは薬品の様な臭い。

 ここは、病院、或いは何処かの診療所なのだろうか。

 

 俺は重たい上半身を起こして、更に状況を確かめる。

 

 すると、身に着けていた装備が脱がされ、いつの間にか患者衣を身に着けられている。

 そして、真っ白とは言い難いが、可能な限り清潔な状態にされたベッド、小さな棚等の家具、更には、窓から見えるメトロポリタン・シティの風景。

 どうやら、俺はいつの間にかメトロポリタン・シティの病院、或いは診療所に運び込まれたようだ。

 

 その証拠に、ベッドの脇の小さな棚にはモンスター・バッシュの死闘で破壊されたM4カスタムやショルダーストラップ等、俺の装備が置かれており。

 

「すぅ……、すぅ……」

 

 ベッドの隅に上半身を乗せ寝息を立てている、マーサの姿もあった。

 ふと、美しい金髪がマーサの顔にかかっていたのを優しく払ったその時、俺は、マーサの目が腫れているのに気が付いた。

 もしかして、泣いていたから……。

 

「ごめんね、マーサ……」

 

 俺はゆっくりと、マーサを起こさないように彼女の頭を優しく撫でると、小さな声で心配をかけた事を謝るのであった。

 

 

「やぁ、目が覚めたんだね」

 

 それから暫く、マーサの素敵な寝顔を堪能していると。

 不意に、部屋の扉が開けられ、白衣を着た壮年男性が姿を現す。

 その壮年男性の顔に、俺は見覚えがあった。誰であろう、Dr.コリーだ。

 

「Dr.コリー……、痛!」

 

「あぁ、まだ安静にしていなさい。四日も昏睡状態だったんだ、急に動くと傷にも障る、あまり無理はしない方がいい」

 

「え? 四日も昏睡状態!?」

 

 そして俺は、Dr.コリーの口から告げられた事実に驚愕した。

 翌日ぐらいかと思っていたものが、まさか四日も経過していたとは。

 

「あんな番組に出て、モンスター達と戦い、剰え、ヤオ・グアイやデスクローの様なモンスターと生身で戦った、それも連続でだ。無理もないよ。……とはいえ、僕としては、ヤオ・グアイやデスクローと戦って五体満足で生き残っただけでも、奇跡だと思うけどね」

 

「モンスター・バッシュ、見ていたんですか?」

 

「まぁ、医者と言う立場から、あの手の番組を見ていると公言するのはよろしくないんだろうが。メトロポリタン・シティに立ち寄った際等にはね。でも驚いたよ、君が挑戦者として番組に出て、剰え、見事に完全制覇を成し遂げちゃうんだから! 特に興奮したのはそう、ヤオ・グアイとの死闘だった!」

 

 目を輝かせて番組を見た感想を熱く語るDr.コリー。

 前世の倫理観からすれば、人の命を扱う職業である医者が、人の命を弄ぶ番組を視聴しているのは感心されない事だろう。

 だが、娯楽に飢え、倫理観等戦前のお金と同等の価値しかないウェイストランドでは、医者であってもあのような番組を視聴する事は特に問題ないだろう。

 

 なので、Dr.コリーがモンスター・バッシュを視聴していた事については、黙認するとしよう。

 

「でも、一番驚いたのは、番組を見終わって一時間後に君の連れ達が血相を変えて、昏睡状態の君をこの病院に運んできた事だ。特に、そこにいる彼女は、目に涙を浮かべて、僕に君の事を助けてほしいと何度も何度も懇願していたよ。……全く、こんなに可愛い女性にあそこまで愛されていながら泣かせてしまうなんて、君も罪作りな男だね」

 

 Dr.コリーの話によると、メトロポリタン・シティのセントラルエリア内にある病院、戦前の病院をそのまま再利用しているメトロポリタン・ホスピタル。

 そこで医薬品の商談と共に、臨時の医師として働き、お小遣い稼ぎをしていたDr.コリー。

 そんな彼の勤務中に、昏睡状態の俺が、他の皆の手により運び込まれてきたのだとか。

 

「一見すると外傷の方は、スティムパックによる素早い応急処置のお陰で殆ど見られなかったが。内部をよく診察すると、かなり酷い損傷度合いだったよ。とはいえ、僕としても彼女の泣いている顔をまた見る事や、他の連れの方々の助けてほしいという期待に応えられないのは、医師としてプライドが許さないんでね。ポットマズーを救ってくれたヒーローに恩返しするつもりで、治療させてもらったよ」

 

 そして、昏睡状態だった俺を、Dr.コリーが治療してくれたようだ。

 どうやら、自分が思っている以上に戦闘により受けた傷は酷かったようで、陰気な雰囲気を避けようとDr.コリーは冗談交じりに、折角病院に納品した血液パックやRADアウェイ、それにスティムパック等の医薬品が一気に三割も消費された、とその負傷の程度を説明した。

 退院の際に請求される治療費、ちょっと額を見るのが怖い気がする。

 

 等と感想を抱きながら、話を聞いていてふと、自身の体を確認して手術痕を探すと、腹部に、手術痕を発見した。

 

「スティムパックも決して万能ではない。もし、これ以上体に傷を作りたくなかったら、今後はあんな無茶な事はしない事だね。ま、既に肝に銘じているとは思うけどね」

 

「あはは、そう、ですね」

 

 自嘲の笑みを漏らしつつ、俺はDr.コリーの言葉に頷いた。

 確かに、幾ら対戦相手を知らなかったとはいえ、改めて考えてみると、一歩間違えれば手足が義肢になっていてもおかしくはなかった。

 本当に、とんだ無茶をしたものだ。

 

「そうそう、彼女だけど、君が手術を終えてこの病室に運び込まれてから、つきっきりで看病していたよ」

 

 そして、Dr.コリーからマーサがつきっきりで看病し、俺が昏睡状態の間、ベッドの傍らを離れなかったと聞かされ。

 俺はもう一度、感謝の意を込めて、マーサの頭を優しく撫でた。

 

「……ん?」

 

 と、その時、寝息を立てて寝ていたマーサが目を覚ました。

 

「……、ユウ?」

 

 そして、寝惚け眼を擦りながら起き出したマーサは、俺が目覚めている事に気が付くや、目を見開くと。

 涙を浮かべ、刹那、マーサは俺に勢いよく抱き着いた。

 

 マーサに抱き着かれた際、体に痛みが走ったが、そんな痛みも一瞬の事。

 俺の意識は、患者衣越しに感じられる心地の良い感触に向けられていた。

 

「ユウ! ユウ!!」

 

「心配かけてごめんね」

 

「ほ、本当に、心配かけさせないで、よね! ひくっ! こ、このままユウが目を覚まさなかったらって考えたら、あたし、あたし……」

 

 すすり泣きするようなか細い声と共に唇を震わせながら、更に涙を浮かべるマーサ。

 そんなマーサの頭を再度、優しく撫でると、そのまま彼女の顎を指で軽く持ち上げ、暫し見つめ合い。

 

 そして、俺はマーサの唇に自身の唇を重ね合わせた。

 

「……落ち着いた?」

 

「う、うん……」

 

 マーサの唇を堪能し終えると、俺はそのうっとりとしたマーサの表情に、更に欲望を掻き立たされるが。

 俺は理性でそれを抑え込むと、マーサに優しく微笑み、再び彼女の頭を優しく撫でるのであった。

 

「あーごほん! えーっと。一応、ここは病室だから、続きをするのなら、出来れば別の場所でしてくれないかな? それと、一応君はまだ病み上がりだから、あまり激しい動きは傷にも障るので、出来れば控えるように」

 

 と、咳払いをし、気まずそうに口火を切るDr.コリー。

 Dr.コリーの事を忘れていた二人だけの世界に浸っていた事に対する気恥ずかしさから、お互い顔を真っ赤にして苦笑いを浮かべる俺とマーサであった。

 

 

 

 その後、俺の状態をチェックし終えたDr.コリーは、他の患者さんの状態をチェックするべく、病室を後にした。

 こうして、病室は俺とマーサの二人きりとなる。

 だが勿論、Dr.コリーの言ったような事はしない。

 

 俺は、マーサに意識を失ってから今までの事を尋ねた。

 

 マーサ曰く、俺が昏睡状態となった時、真っ先に医者に診せるべきと判断し、メトロポリタン・ホスピタルに運び込もうと指示したのはナットさんだそうだ。

 そして、ノアさんに担がれ、ディジーがアクセル全開でベディー(M54 5tトラック)をぶっ飛ばして、出来る限り最短で搬送したとの事。

 

 因みに、俺の装備品はニコラスさんが回収してくれたようだ。

 それと、モンスター・バッシュの賞品として手に入れた自動車だが、なんとカウルが運転してメトロポリタン・シティまで運んできてくれたのだという。まさか、運転できる技術があったなんて、少し意外だ。

 なお、持ち逃げしない様、ユリアにハニー、それにビーちゃんが同乗して見張っていたそうだ。

 

 マーサの話を聞いて、皆の力に助けられた事に、俺は心の中で皆に感謝するのであった。

 

「そういえば、マーサ、他の皆は今どこに?」

 

「ユウがいつ目が覚めてもいいように、皆それぞれ出来る事をやってるわ。あ、そうだ、あのレイダーのおっさん、ユウが目を覚ましたらこれを渡してくれって」

 

 そう言って、マーサが自身のピップボーイから取り出し手渡してきたのは、一台の無線機だった。

 

「これは?」

 

「私が同行できるのもここまでで、これからはこの無線機を使って、調べたヴェツさんの情報を逐次教えるだって」

 

 力を貸すと宣言したのなら、目に見える形で同行しなさいよと不満を露わにするマーサ。

 そんなマーサを他所に、俺は無線機を受け取ると、どんな形であれ、協力を続けてくれるカウルに内心感謝するのであった。

 

「あ、そうだ。はい、ユウ」

 

「うん、ありがとう」

 

 そして、ある程度不満を発散し終えた所で、マーサから預けていた俺のピップボーイを返してもらう。

 

 それから暫く、マーサとたわいのない会話を続けていると。

 不意に、お腹の虫が思い出したかの如く小腹が空いたと主張し始めた。

 

 すると、マーサは一旦病室を出て、暫くして戻ってくると、その手には食べやすいように切り分けられたマットフルーツが盛られたお皿を持っていた。

 

「はい、あーん」

 

「え?」

 

 まさかマーサの方から、その様な事がしたいと言われるとは思わず、面を食らう。

 

「だ、だから! あーんよ! は、恥ずかしいから何度も言わせないでよね!」

 

 恥じらうマーサの可愛い姿をこのまま眺めていたかったが、あまり焦らし過ぎると鉄拳が飛んできそうだったので、俺は素直に口を開けた。

 

「ど、どう?」

 

「うん、甘くて美味しいよ」

 

 そして、マーサに食べさせてもらったマットフルーツは、何だかいつもよりも甘さが増している気がした。




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第七十話 試される大地、ウェイストランド

 マーサと甘い一時を過ごした翌日。

 体のだるさや、動かした際に感じる痛みもある程度治まり。

 担当医であるDr.コリーの許可も得たので、晴れて退院する事となった。

 

 ただ、退院の際に支払った治療費の額を見て、気持ちが晴れやかに、とはいかなかったが。

 兎に角、無事にメトロポリタン・ホスピタルを退院する事になった訳だ。

 

 ゲームであれば、修理キットを用いて壊れた武器や装備も魔法の如く修理できたが、生憎と、そんな魔法の様なアイテムは所有していなかった。

 なので当面は、使い物にならなくなったショルダーストラップや防弾チョッキに代わり、コンバットアーマーの胴体部分を使用し。

 メイン火力のM4カスタムも、代わりにR91アサルトライフルを使っていく事にした。

 

 何れ、壊れた武器や装備よりもいいものを見つければ、そちらを使うつもりだ。

 

 

 感覚的にはそうではないが、久々に顔を合わせた他の皆に退院を祝福されながら、ベディー(M54 5tトラック)のもとに集合した俺達は、今後の予定を話し合う。

 

「先ずは、衰えた筋力などを取り戻すのに時間を費やすべきだろう。なにが起こるかは分からんのだ、万全な状態にしておくのが望ましい筈だ」

 

「でもそれじゃ、ヴェツさんの身が危ないんじゃないの?」

 

「その事なんだけど……」

 

 ノアさんの提案にマーサが異を唱える中、俺はとある事実を伝える。

 それは昨夜の事、実は早速、カウルからヴェツさんに関する調査報告がもたらされたのだ。

 それによると、ヴェツさんは他の奴隷や支配地域の住民達とは異なり、デビル・ロードにとって有益となる専門的な知識や技術を有している者と判断されたらしく。

 その為、特別待遇を受けており、直ぐに用済みと判断され殺されたりする心配はないだろう、というものであった。

 

 つまり、まだ救出の為の準備に費やす時間は残されているという訳だ。

 

「でも、あまり時間をかけ過ぎるつもりはない」

 

「お! なら、俺の地獄の特別教習で、ユウを短時間で一人前の運転手にしてやらねぇとな! ハハハッ!」

 

 カラカラと笑うディジーに、お手柔らかにと反応を返す。

 

 ベディー(M54 5tトラック)の隣に駐められた、フォードアに直線的なシルエットをした自動車、それこそ、モンスター・バッシュの賞品として手に入れた自動車だ。

 ディジー曰く、特に外見的には殆ど手が加えられていないその自動車の名は、アルフォード・ファルコン、と言うのだとか。

 なお、そのままの名で呼んでもよかったのだが、折角なので、この自動車は"インターセプター"という愛称をつけて呼ぶことにした。

 

 そんなインターセプターでデス・ザ・レースに出場すべく、俺が運転手として名乗りを上げた。

 そして、ディジー教官の指導の下、人車一体を得られえるように特訓に励むつもりだ。

 

 とはいえ、特訓に適した場所の下調べや、昏睡状態の間に衰えた筋肉などを取り戻してから等、運転を始めるのはもう少し先となる。

 

「それじゃまずはリハビリ、からだね」

 

「うん、そうだね」

 

「なら、私も協力する」

 

「ビッ! ビビッ!」

 

「ビーちゃんもだって」

 

「あら、私も忘れてもらっちゃ困るわよ」

 

 リハビリに協力すると明言してくれる、ユリアにビーちゃん、それにハニー。

 彼女たちの気持ちに感謝の言葉を述べると、刹那。

 

「あ、あたしだって! 協力するわよ!」

 

 何故か対抗心をむき出しにして、マーサも協力すると明言するのであった。

 

「なら、リハビリに丁度いい依頼があるわよ」

 

 すると、不意にナットさんがリハビリに適した話があると、話を切り出した。

 

 曰く、とある食堂の店主のペットである犬、名前をフュメというメスの成犬が、メトロポリタン・シティの南西にある、メトロパーク公園と呼ばれる広大な公園に行ったきり帰ってこないとの事。

 店主は食堂が忙しく探しに行けないし、何より、メトロパーク公園には"ゲッコー"と呼ばれる、ヤモリが変異したモンスターが生息しており危険な為、迂闊に探しに行けず。

 しかも、メトロポリタン・セキュリティに助けを求めても、たかが犬だと一蹴された為、困り果てているという。

 

「ね、いい依頼でしょ」

 

「確かに、ゲッコーはそこまで難敵でもありませんし、リハビリには丁度いいですね」

 

 という事で、メトロパーク公園で行方不明のフュメを見つけ出して連れ戻すべく、早速向かう事に。

 する筈だったのだが。

 

「あ、あたし、残る……」

 

「え!?」

 

 突然、マーサが残ると言い出したのだ。

 

「マーサ、どうしたの? だってさっきリハビリに協力するって……」

 

「た、確かに言ったけど、ごめん……」

 

 何故残ると言い出したのか理由が分からず、困惑する俺。

 すると、理由を知っているのか、ナットさんが理由を説明し始めた。

 

「実はね、マーサはゲッコーが苦手なのよ」

 

 ……え?

 ラッドローチやブラッドバグ等、嫌悪感を掻き立てられる見た目に比べれば、凶暴な性格は兎に角、見た目はどちらかと言えば可愛い分類に入るゲッコーが苦手だなんて。

 

「という訳で、ユウ。マーサは私と街に残るから、ユウ達は迷子の犬の捜索、よろしくね」

 

 こうして、マーサの意外な一面を垣間見えた所で、マーサとナットさんを残し、俺達はメトロパーク公園にフュメを捜索しに向かうのであった。

 

 

 

 

 ベディー(M54 5tトラック)に乗って移動する事数分。

 俺達は無事に、メトロパーク公園へと到着した。

 

「では、私とニコラスで向こう側を探してくる」

 

「お願いします」

 

 そして、捜索範囲が広い為、二手に分かれて捜索する流れとなる。

 俺とユリア、そしてビーちゃんとハニー。ノアさんとニコラスさんの二手に分れる。

 因みに、ディジーは毎度の如くベディー(M54 5tトラック)の見張り番だ。

 

「ビーちゃん、お願いね」

 

「ビッ!」

 

 ノアさん達と分れた後、俺達は、戦前はのどかで、週末になれば家族連れなどで賑わっていた筈であろう、今や枯れ木と倒木が広がる寂しい公園内を歩き始める。

 上空から捜索するべく、ビーちゃんがその丸い体をふわふわと上昇させ、やがて、一定の高度に達すると上昇を止めた。

 

「ユウ、早速ビーちゃんが生物の反応を感知したって」

 

「もしかして、探してるフュメ?」

 

「違う。感知したのは複数だから、多分ゲッコー」

 

 こうして捜索を始めて暫くすると、早速ビーちゃんが何かを感知したが、どうやら、フュメではないようだ。

 とはいえ、俺達はビーちゃんが感知したゲッコーのいる場所へと足を向けると、離れた場所にある枯れ木の影から、双眼鏡を使ってゲッコーの様子を窺う。

 

 二足歩行の巨大なトカゲことゲッコーは、そのくりくりとした目で周囲に獲物がいないかを確かめている。

 

「数は五体、か……」

 

 その数は全部で五体。

 俺は双眼鏡を戻すと、肩にかけていたR91アサルトライフルを手に持ち、戦闘の準備を進める。

 

「私達はどうする?」

 

「ユリアはここで待機を、でも、万が一の時は援護を頼む。ハニー、手伝ってくれる?」

 

「えぇ、いいわよ!」

 

 三人、正確に言えば二人と一体だが、で立ち向かえば正直楽勝だろう。

 でも、今回は俺のリハビリも兼ねている為、あまり楽勝過ぎてはリハビリの意味がなくなってしまう。

 

 そこで、発見したゲッコー達の対処には俺とハニーで挑むことにした。

 

 簡単な作戦会議を終えると、早速行動に移る。

 二手に分かれると、俺は距離を詰めるべく、ゲッコー達に見つからないように姿勢を低くして移動し、別の枯れ木の影へと移動する。

 

「こっちは準備オーケーよ」

 

 ピップボーイから聞こえてきたハニーの準備完了の報告を聞き、俺は、枯れ木の影から構えたR91アサルトライフルで、五体の内の一体に狙いを定める。

 そして、指をかけたトリガーを引いた、刹那。

 発砲音とマズルフラッシュを発生させ、銃口から放たれた5.56mm弾は、狙い通りゲッコーの頭部を貫き、鮮血を迸らせる。

 

「イーハーッ!!」

 

 刹那、それを合図に、ハニーも左腕のレーザーマスケットから赤いレーザー光線を発射し始める。

 二か所から攻撃を受けた残りのゲッコー達は、二手に分かれて反撃を試みる。

 

 だが、近づいてくるゲッコー目掛け、俺は自然界では存在しないであろう攻撃手段を用いて、接近される前に始末していく。

 

「イヤッピーッ!」

 

 ふと、ハニーの方を気にかけてそちらに視線を向けると、右のマニュピレーターでゲッコーの頭部をかち割っていた。

 あれなら、任せておいて大丈夫だろう。

 

「ふ、やったわね」

 

 まるで西部劇にでも登場する、銃口の硝煙を吹き消すかのような仕草を行いながら合流するハニー。

 俺が三体、ハニーが二体を倒して、戦闘を終えると。

 美味しい位しか取り柄が無い、と称される肉を剥ぎ取って、捜索を再開する。

 

 

 その後、同じようなゲッコーの群れを発見しては、リハビリの為に戦闘を行いながら、フュメの捜索を続ける事数十分。

 

「ユウ、ビーちゃんが新しい生物の反応を感知したみたい」

 

「またゲッコー?」

 

「違う。反応は一体だけ、多分、探しているワンちゃんだと思う」

 

 不意に、これまでとは異なる報告がもたらされ、反応のあった方へと足を向ける。

 程なく、反応のあった場所の近くまで足を運ぶと、不意に、目の前の枯草の茂みが音を立てて揺れ、奥で何かが蠢いているのを感じる。

 

「フュメ? フュメ?」

 

 名前を呼んで反応を待っていると、更に枯草の茂みが音を立てて揺れると、奥から一匹の成犬が姿を現した。

 

「フュメ、いい子だ、おいで」

 

 片膝をつき、自分は危険人物ではないとアピールしながらフュメを呼ぶと、最初こそピンと立てた耳を前方に伏せ、警戒感を持っていたが。

 やがて俺の気持ちが伝わったのか、やがて立てていた耳が後ろに倒れ、尻尾を振り始めると、俺の方に近づいてきてくれる。

 

「よしよし、いい子だ、グッドガール」

 

 近づいてきてくれたフュメを撫でると、やがて尻尾の振りも大きく激しくなり、遂には鼻を鳴らしながらごろんと仰向けになると、お腹を触ってと言わんばかりに俺を見つめてくる。

 そして、お腹を撫でると、更に鼻を鳴らして満足げな表情を浮かべた。

 飼い犬だからか、かなり人懐っこいフュメの愛らしい姿に、俺も自然と笑みがこぼれた。

 

「ねぇユウ、私もわんちゃん触っていい?」

 

 と、そんな様子を見ていたユリアが、フュメを触りたいと言ってくる。

 いつもの変化の乏しい表情に思えたが、よく見ると、目の奥が凄く輝いていた。

 

「どうぞ」

 

「わんちゃん」

 

「ゥゥゥゥゥウ」

 

 と、ユリアが触ろうとした瞬間、表情が一変。

 直ぐに姿勢をもとに戻すと、その鋭い犬歯をむき出しにして唸り始めると、ユリアに対して警戒感を露わにした。

 

「わんちゃん……」

 

「あらあら、ユリア、嫌われちゃったわね」

 

「いいもん。私にはビーちゃんがいるもん」

 

 すると、ユリアはふくれっ面を浮かべる。

 いつものユリアと異なり、感情を曝け出したその様子に、俺は微笑んでしまうのであった。

 

「ビー?」

 

「ん、いい子、いい子」

 

「ビ~! ビビ~!」

 

 すると、ユリアが不機嫌になったのを察したのか、ふわふわとビーちゃんがユリアの隣まで降下してくる。

 ユリアはビーちゃんの体を撫でて、フュメを撫でられなかった不満を和らげるのであった。

 一方ビーちゃんも、ユリアに撫でられ嬉しそうにビープ音を奏でるのであった。

 

 

 

 

 こうしてフュメを無事に見つけ出し、愛するご主人のもとに連れていくべく、メトロポリタン・シティに戻ってきた俺達。

 インターセプターの見張り番をしていたマーサとナットさんとも無事に合流すると、フュメのご主人が営む食堂へと足を運ぶ。

 

 因みに、フュメの愛らしい姿を見たマーサも、フュメを撫でたいと挑戦したのだが。

 何故か、フュメはマーサにも警戒感を露わにして、撫でさせようとはしなかった。

 なお、そんな様子を見ていたナットさん曰く。

 マーサやユリアに警戒感を露わにするのはフュメも女の子だから、そして、俺が罪作りな男、だかららしい。

 

 さて、そんな一幕を挟みながら足を運んだのは、飲み屋街の一角。

 そこにある、一軒の食堂、昼は食堂で夜は酒場、そんな店の名前は"ゴールデン・アトムイ"。

 店名通り、金色に光り輝くネオンが眩しい店である。

 

「おぉ、フュメ! 心配したんだぞ!」

 

「ワン! ワン!」

 

 そんな店の店主である、顔に複数の傷跡を有し、一見強面に見えるセザールさん。

 セザールさんとの久々の再会に、フュメも大きく尻尾を振って嬉しそうに鼻を鳴らしていた。

 

「本当にありがとうございました! 何とお礼を申し上げればよいか……」

 

「そんな、困っている人を助けるのは、当たり前の事ですから」

 

「ウェイストランドの人々が、あなた方の様な素晴らしい志を持っていたら、今頃きっと、世界は戦前の姿を取り戻していた事でしょう。……とはいえ、そんなお言葉に甘えてしまっては、私の気持ちが収まりません。どうか、何かお礼をさせてください!」

 

「と、仰られましても……」

 

 お礼をしたいと言われ、何が妥当かを考え、やはりキャップを報酬として貰うのが妥当だろうとの考えに至り。

 それを口にしようとした、刹那、不意にナットさんが声を挙げた。

 

「なら、このお店で、ユウの退院祝いのパーティーをやりましょう!」

 

「え? パーティーですか?」

 

「おお、それはいいアイデアだ」

 

「い、いいですね」

 

 ナットさんの提案に、ノアさんやニコラスさん等、他の皆も次々と賛同する。

 

「ならば、私もお礼として、全面的に協力しますよ! そうだ、丁度今、夕方からの開店の準備中でしたから、この際、今夜の酒場の営業はお休みさせましょう! 今夜は、皆さんの貸切という事にしましょう!」

 

 そして、セザールさんもお礼とばかりに前向きに賛同してくれた為、今更首を横に振る事も出来ず。

 気づけば、店は俺達の貸切となり、俺の退院祝いのパーティーの準備が進められていく。

 

「セザールさん、あたし、料理の準備手伝うわよ」

 

「そうですか、では、お願いします」

 

「なら、私達は飾り付けをしましょうか」

 

「うん、分かった」

 

「ビー!」

 

「張り切って飾り付けしましょう!」

 

 こうして、マーサはセザールさんとパーティーで出す料理の準備を。

 残りの皆は、パーティーの会場となる店内の飾り付けを行い始める。

 

 そして、俺はと言えば、パーティーの主役である為、何もせずに待っていればいいと言われてしまい。

 手持ちぶたさとなったので、皆の準備の様子を観察する事で暇をつぶす事にした。

 

「では先ず、血抜きしたラッドラビットを用意します」

 

「ふむふむ」

 

「次に、皮を剥いで解体し、肉を取ります。あぁ、耳の軟骨肉は絶品ですから、間違って捨てちゃだめですよ」

 

「はい」

 

「ここからが肝心です。先ずぶつ切りにした肉と軟骨肉、それからぶつ切りの香味野菜を合わせたら、"チタタプ"と唱えながら細かく刻んでいきます。因みに、最後のプを小さく発音するのがポイントです」

 

「チタタプ、チタタプ……」

 

 チタタプのリズムに合わせて動く包丁により、まな板の上の肉と野菜が細かく刻み込まれていく。

 そして、マーサのチチタプもそれに合わせて小刻みに揺れる。眼福、眼福。

 

 この調理法は、セザールさん曰く、自身の先祖より代々受け継がれてきた一子相伝の調理法なのだとか。

 話によれば、セザールさんの先祖のルーツは元々ヨーロッパらしく、ドーバー海峡を隔てた大遠距離恋愛の末に結ばれた先祖は結婚を機に故郷を離れ、カナダに移住。

 しかし、カナダは後にアメリカに併合され、更にその翌年、核戦争により世界は終わりを迎えた。

 だが、セザールさんの先祖は奇跡的にグールになる事もなく核戦争を生き延び、それから各地を転々として、やがてメトロポリタン・シティに落ち着いたとの事。

 

 因みに、そんな先祖をルーツに持つセザールさんの一族には、他にも悪い事をした時のお仕置きアイテムとして、"ストゥ"と呼ばれお仕置き棒の他。

 "フプチャ"と呼ばれる物凄く苦いが疲労回復に効果のある薬草を代々受け継ぎ育てているという。

 

 そんなセザールさんの先祖の話を聞いて、俺は思った。

 セザールさんの先祖って、絶対ギーク(オタク)だ、と。

 

「では、細かくなったら適量を団子状にして、水を張った鍋に入れて火にかけます」

 

「ふむふむ」

 

「本当なら灰汁は取らないと教えてこられたんですが、やっぱり灰汁は取った方が味がよくなるので、しっかり取ったら。ここに、野菜を投入して、野菜に火が通ったら、"ラッドラビットのオハウ(汁物)"の出来上がりです」

 

 キッチンから漂う食欲をそそる匂い。

 あぁ、口の中が唾液で溢れそうだ。

 

 その後も、キッチンから漂う匂いに食欲をそそられつつ、俺はパーティーの準備が整うのを心待ちにし。

 

 やがて、店内の飾りつけも終わり、料理も全て出来上がり、いよいよ退院祝いのパーティーが始まる。

 

「「退院、おめでとー!」」

 

「ありがとうございます」

 

 こうして始まった退院祝いのパーティー。

 目の前のテーブルには、色とりどりの美味しそうな料理が並ぶ。

 

 先ずは、ラッドラビットのオハウ(汁物)からいただこう。

 

「美味しい、美味しいですよ、セザールさん!」

 

「ヒンナですね、それはよかった!」

 

「ヒンナ?」

 

「あぁ、ヒンナとは私の一族に伝わる食事に感謝する言葉です」

 

 という訳で、心の中でヒンナヒンナと唱えながら、ラッドラビットのオハウ(汁物)を堪能すると。

 次は、ラッドスタッグの肉の塩焼きをいただく。

 

 うん、これもヒンナだ。

 

 こうして美味しい料理に舌鼓し、更には楽しく喋って飲んで、お腹も心も満たされて、本当に楽しい時間を過ごす。

 

「そうだ。折角のパーティーですから、少し面白いゲームをしませんか?」

 

 すると、不意にセザールさんが提案を持ちかける。

 何でも、一族に伝わる、パーティーで盛り上がる事間違いなしなゲームがあるとの事。

 興味を惹かれた俺は、そのゲームを遊んでみる事に。

 

「"闇鍋"と言う名前のゲームなんですけどね。参加者たちが持ち寄った食材を鍋に入れて、電気を消して暗い中で食べるんです。一度お皿に取った物は必ず食べなければならず、何を引いたかは食べてみるまで分からないドキドキ感等、楽しいゲームですよ!」

 

 しかし、セザールさんの口から飛び出したゲームの名は、俺にとっては懐かしいものであった。

 懐かしい記憶、前世の平和な世で、友達と闇鍋パーティーを開催した事があったのを思い出す。

 一応、入れたのは食べられるものばかりだったが、……みかんの缶詰、テメーは駄目だ。

 

 と、前世の記憶を懐かしみながら、俺は闇鍋に入れる食材を準備し始める。

 うーん、どれにしようか、流石にヤバい食材を入れるのは、否、前世の感覚では今の世の中はヤバい食材だらけだが。それでもヤバいと思える食材は避けよう。

 という事で、無難そうなトウモロコシを選択し、調理担当のセザールさんに、他の皆に食材の正体がバレないように渡す。

 

「皆さん、できましたよ!」

 

 そして、他の皆も各々食材を手渡し、暫くした後、キッチンから鍋を持ったセザールさんが戻ってくる。

 

「では、電気を消す前に食材を取る順番を決めてください」

 

「なら、パーティーの主役であるユウが一番でいいんじゃない?」

 

 ナットさんの提案に、俺を除いて賛成した為、俺が一番目となり。

 その後他の皆の順番も決まった所で、テーブルに鍋が置かれ、電気が消されて薄暗くなると、鍋の蓋が開けられる。

 

 手にしたフォークで鍋の中の食材を突き刺してお皿に取ると、いよいよ、それを口の中へと運んだ。

 

 

 ──噛み切れない程固い弾力、噛めば噛むほど出てくる苦み、そして、鼻を突く独特の臭い。

 ──以前も食したこの、忘れたくても忘れられないこの味は、間違いなく、モールラットの肉だ。

 

 

 おそらく電気を消されていなければ、この苦行を、死んだ魚の様な目をして乗り切った事を他の皆に知られてしまう所であった。

 こうして、その後何とかハズレ食材であるモールラットの肉に当たらずに三周程楽しんだ所で、再び店内の電気がつけられる。

 

 と、鍋の中を覗けば、そこには強烈なインパクトを放つモールラットの肉が確かにあった。

 

「……、ノアさん?」

 

「ん? どうしたナカジマ?」

 

「ノアさんですよね、モールラットの肉を入れたの」

 

「おぉ、よく分かったな!」

 

 そりゃ分かりますよ、モールラットの肉を好き好んで食べようとするのは、俺達の中ではノアさん位ですから。

 

「もしかしてナカジマ、当てたのか? そうかそうか、それはよかったじゃないか! ヒンナ、だっただろ」

 

「は、ははは……」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら、ノアさんの悪気のない純粋な気持ちに対して、心の中で涙を流すのであった。

 

 こうして、俺の退院祝いのパーティーは、良くも悪くも、思い出に残るものとなった。




ご愛読いただき、そしてご意見・ご感想、皆様の温かな応援、本当にありがとうございます。大変励みになります。
そして、次回もご愛読のほどよろしくお願いいたします。


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第七十一話 伝説との邂逅

 退院祝いのパーティーを終えた翌日からも、俺のリハビリは続いた。

 リハビリの為、メトロポリタン・シティの住民の方々の問題を幾つか解決するのに協力した。

 

 

 先ずは、不意に声をかけてきた住民の一人、コルテス・イェーと言うアジア系女性の問題。

 怯えた様子で助けを求めてきた彼女は、話を聞くと、元奴隷だったらしく、一年前にレーズン・フォールズから奴隷商人達の隙をついて脱走し、命からがらメトロポリタン・シティまで逃れてきたという。

 しかし、いつ奴隷商人達が自分を連れ戻すべく追手を差し向けるかと、この一年、怯えながら生活していたという。

 

 そこで彼女は、追手が差し向けられても身を守れるように、護身用の銃を買うのに必要なキャップと、銃の扱い方を教えてほしいと頼んできた。

 

 銃の扱いは兎も角、護身用の銃の購入代金位、自身で用意してほしいと思わなくもなかったが。

 元奴隷という事で教養も低く、実入りの良い職になかなか就けられず、その日生きる分を稼ぐだけで精一杯という事で、銃の購入代金も代わりに支払う事にした。

 

 マーケットにある銃砲店で.38口径弾のハンドメイド・パイプリボルバーと.38口径弾を購入すると、射撃場に移動してイェーさんに銃の扱いを教えるのであった。

 こうして、実入りは全くなかったが、それでも人助け出来た事に満足し、イェーさんの問題を解決すると。

 

 

 続いては、メトロポリタン・シティの老練な水道技師であるボルダーと言う名の男性の問題。

 彼の話によれば、最近、地下に設けている供給用の水道パイプを点検する為に利用していた点検用の地下通路に、何処から侵入したのかラッドラットの群れが住み着き、水道パイプの点検などが出来ずに困っているとの事。

 この様な問題こそ、メトロポリタン・セキュリティの出番の様に思えるが。

 ボルダーさん曰く、セキュリティにラッドラットの群れの駆除を依頼して、実際に駆除に人を差し向けた様なのだが、何でも"ラッドラットの神様"なる群れのリーダーと思しき巨大な個体に返り討ちに遭って、駆除を断念したのだとか。

 

 PPA等、質の高い装備を有しているのに、変異したネズミ如きに返り討ちに遭うって……。

 と、メトロポリタン・セキュリティの先行きを不安に思いつつも、おそらく地下通路故にパワーアーマーであるPPA等を使用できなかったのだろうとフォローしつつ、依頼を受けると地下通路に足を運んだ。

 

 地下通路用の出入り口であるマンホールから地下通路に足を踏み入れると、そこは大人一人がやっと通れる程度の広さしかない狭い通路であった。

 成程、この広さではパワーアーマーやライフル等、取り回しが悪くなりラッドラット程度でも簡単に倒せるような状況ではないな。

 との感想を抱きつつ、フラッシュライトと攻撃型カスタムガバメントを手に、俺は通路を奥へと進んでいく。

 

 道中、子供を含めラッドラットを.45口径弾の餌食にし、その屍を踏み越えながら更に奥へと進むと。

 一般的なラッドラットよりも更に巨大な個体、おそらくラッドラットの神様と呼ばれている個体と遭遇した。

 

 確かに一般的なラッドラットよりも巨大で、その大きく鋭い歯から繰り出される噛みつきは威力がありそうではあったが。

 やはり所詮はラット、大きくなった分狙いやすくなった頭部に数発の.45口径弾をお見舞いして、神様の居場所である天国へと案内させてあげた。

 

 こうして、点検用の地下通路の安全を確保し、ボルダーさんの問題を解決すると。

 報酬として百キャップと感謝の言葉を受け取るのであった。

 

 

 その他にも、セザールさんに頼まれて指定された野生動物を狩って持ち帰ったり。

 ボルダーさんに集めてきた廃棄品を一個につき十キャップで引き取ってもらったり。

 Dr.コリーに薬品製造に必要な殺菌剤を収集して一個につき十五キャップで引き取ってもらう等。

 

 数日間にわたり、リハビリを兼ねて住民の方々の問題を幾つか解決するのに協力したのであった。

 

 

 

 

 そして、現在。

 リハビリの甲斐もあって、衰えた筋肉も殆ど元に戻ったと実感してきたので、そろそろインターセプターの教習を始めようと思い、特訓に適した場所の下調べを行っていた。

 

「ここなんていいじゃねぇか、広々としていて、特訓にはもってこいだ!」

 

 下調べに同行するディジーも太鼓判を押した候補地とは、メトロポリタン・シティの隣にある広大な土地である。

 詳しく解説すると、この広大な土地は、元々戦前の空港の敷地として使われていたもので、現在のメトロポリタン・シティは、本来の敷地の半分しか使われていないのである。

 その為、手つかずの残り半分が、バラック等も建てられることなく残っているのだが。

 そのまま使うにしても、今のままでは問題がある。

 

 それが、野生動物の対処だ。

 元空港という事で、一応戦前に設けられたフェンスはあるのだが。

 それは核戦争の影響や風化などにより破損が目立ち、もはやフェンスとしての機能は失われている部分が多い。

 その為、メトロポリタン・シティを囲う修理されたフェンスと異なり、手つかずの部分のフェンスは破損している部分から野生生物が簡単に侵入できてしまうのだ。

 

 そこで考えたのが、ワークショップver.GMを使って、手つかずの部分を囲う様に防壁を整備する、と言うものであったが。

 そこにも、問題が立ちはだかった。

 それは、防壁を整備する広さが広い為、残っている資材では全てを囲う分を作れないので、不足分の資材を調達しなければならないという問題だ。

 

「なら、デトロイトに調達しに行くってのはどうだ? あそこは資材の宝庫だぜ?」

 

 しかし、そんな問題に対するディジーの提言もあり、問題解決の目途は早々に立った。

 確かにデトロイト中心部やその近郊は、オーソリティのような連中が活動する程、様々な資材の宝庫だ。

 だがその分、フェラル・グールやスーパーミュータント等が闊歩する地獄だとも言われていたし、装備を整えてから向かった方がいいのかもしれない。

 

 とはいえ、マーケットにある銃砲店などを覗いてはいるのだが、なかなかいいものがないんだよな。

 よし、仕方ない、今の装備でも万全とは言い難いだけで問題はないので、資材を調達しに向かうとするか。

 

「すみません、そこのお兄さん」

 

「ん?」

 

 と資材の調達に向かう事を決めた矢先。

 不意に声をかけられて声の方へと振り向くと、そこには、一体のMr.ハンディの姿があった。

 ふわふわと俺の方へと近づいてくると、やがてMr.ハンディは自己紹介を始める。

 

「はじめまして、(わたくし)、サイーブと申します」

 

「ご丁寧にどうも、俺の名前はユウ・ナカジマです」

 

 自己紹介を終え、差し出されたマニュピレーターと握手を交わし終えると、サイーブは早速用件を切り出し始めた。

 

「それで、今回私がナカジマ様のもとを訪ねたのは、私の仕えている旦那様がナカジマ様とお会いしたいと申しており、私がこうして訪ねた次第です」

 

「サイーブのご主人様、ですか?」

 

 用件を聞き、俺は二つ返事を行う事はしなかった。

 素性も分からぬ人物が突然会いたいと言われて、二つ返事で会いに行くことは、俺には出来なかった。

 

 なので、仕えているサイーブに、会いたいと申している人物の素性を尋ねてから会うかどうかの判断をする事にした。

 

「サイーブのご主人様は、一体どんな人なんです?」

 

「旦那様はガンスミスとして働いており、とてもお忙しい方です。ですので、お忙しい旦那様に代わって、私がナカジマ様のもとを訪ねた訳です」

 

「その方は、どうやって俺の事を知ったんです?」

 

「モンスター・バッシュを拝見なされてです。おそらく、ナカジマ様のご活躍に心を打たれ、お会いしたくなったのでしょう」

 

 成程、サイーブのご主人様はガンスミスで、モンスター・バッシュを見て俺の事を知ったんだな。

 それにしても、ガンスミスが俺に会いたがっているか……。

 

 もしかしたら、その人物が作った銃も、ジョーニングが作ったものではないにしろ、いいものかもしれない。

 だとすれば、会って損はないかも。

 

「分かりました。会いましょう」

 

「おぉ、ありがとうございます! それでは、ご案内いたしますので、私の後を付いてきてください」

 

 こうして、その後他の皆と合流し事情を説明すると、サイーブの案内のもと、俺達はベディー(M54 5tトラック)に乗ってサイーブのご主人様のもとへと向かうのであった。

 

 

 

 

 メトロポリタン・シティを出発し、北北西へと進む事数分。

 とあるゴーストタウンと化した住宅街の一角に佇んでいる、戦前の教会。

 倒壊も屋根や壁も崩落する事無く、比較的状態の良い姿で今もなお残っている、そんな教会の前にベディー(M54 5tトラック)を駐めると。

 

 ディジーを見張り番に残して、俺達はサイーブに案内に従い、教会の中へと足を踏み入れる。

 

「こちらです」

 

 ステンドグラス等は割れていたものの、長椅子や祭壇などは比較的状態よく残っており、外観と同様に、内部も状態も悪いものではなかった。

 そんな教会内部の身廊を通り、祭壇へと足を運ぶと、サイーブは徐に祭壇の脇に置かれていたパイプオルガンに近づくと、マニュピレーターを器用に使い、鍵盤を弾き始めた。

 パイプオルガン自体は壊れているのか、鍵盤を弾いても全く音が聞こえない。

 

 それでも構わずサイーブは鍵盤を弾き続けていると。

 刹那、突然パイプオルガンが横にスライドし始めると、その奥から、下へと続く秘密の階段が現れた。

 どうやら、特定の順番で鍵盤を弾くと装置が作動し、秘密の階段が現れる仕掛けになっていた様だ。

 

「さぁどうぞ、付いてきてください」

 

 そして、現れた秘密の階段を下り始めるサイーブ。

 そんな彼の後に続き、俺達も階段を下っていく。

 

 それにしても、まさか教会にこんな隠し階段が設けられているなんて、驚きだ。

 

「サイーブ、質問してもいいかな? この隠し階段って、サイーブのご主人様が作ったものなの?」

 

「いえ。この秘密の階段と、この先にある地下の隠し部屋は、元々戦前にこの教会の所有者であった牧師が作ったものです。旦那様はこれを偶然にも発見し、再利用しているのです」

 

「牧師がこの隠し階段と隠し部屋を? それは一体どうして?」

 

「残されていた日記などを解析した結果、どうやらその牧師は戦前、数人の仲間と共に、ここから少し離れた場所にある州の食糧備蓄庫に侵入する為のトンネルを掘るために、この隠し階段と隠し部屋を作ったようなのです」

 

 まさに世も末とはこの事か。

 人々に教えを説き、見本となるべき筈の牧師が、あろうことか人の道を外れた行為を率先して行う。

 これもまた、豊かな戦前のイメージの裏に隠れたもう一つの戦前の姿、なのだろう。

 

 なんとも、やりきれない思いだ。

 

 

 そんな思いを抱きつつ、階段を下りて地下の隠し部屋へと足を踏み入れると、頑丈そうな鉄骨に鉄格子、それに頑丈そうな鉄の扉という厳重なセキュリティが姿を現した。

 すると、サイーブは鉄の扉の脇に備えられた制御用のパソコンに近づくと、マニュピレーターを器用に使い扉のロックを解除すると、鉄の扉を開け、俺達を招き入れるのであった。

 

 そして、鉄の扉を潜り足を踏み入れた先に広がっていたのは。

 機関部加工用や銃身内部の加工用の機械等が並び、仕上げの作業台や材料置き場など、まさに工房と呼ぶに相応しい光景であった。

 試射を行うスペースもあるのか、鉄や油の臭いに交じり、硝煙の臭いも微かに感じられる。

 

 おそらく、ここがサイーブのご主人様であるガンスミスの仕事場なのだろう。

 それにしても、こういう空間って、いいよな……。

 男なら誰しもが一度は憧れるような、そんな空間。

 

「ユウ、何にやけてるの?」

 

「ふぇ!? べべ、別になんでも!」

 

 と、そんな工房を目にして、気付かぬ内ににやけていた様で。

 不意にマーサに指摘され、特にやましい訳でもない筈なのに、何故か動揺してしまうのであった。

 

 そんな俺達を他所に、サイーブは工房の奥へとふわふわと移動していく。

 

「旦那様! 旦那様! お会いしたいと仰っていたナカジマ様とお連れの方々をお連れいたしましたよ!」

 

 奥が住居スペースとなっているのか。

 サイーブのご主人様を呼ぶ声が奥から響くと、程なく、奥から人影が歩いてくる。

 

「あぁ、よく来たな。待っとったよ」

 

 奥から現れたのは、戦前のシャツにズボン、そしてエプロンを装着した、グールの男性であった。

 

「はじめまして、ユウ・ナカジマと申します」

 

「ほぉ、モンスター・バッシュで見た通り、なかなかの好青年だな。"アイツ"とは大違いだ」

 

 グールの男性の口から零れたアイツが誰の事を指しているのか、気にはなったが、とりあえず今は自己紹介を進める。

 

「あたしはマーサ・ヒコックよ」

 

「ヒコック? という事は君のご両親は、あのサンクチュアリの代表のヒコック夫妻?」

 

「えぇ、そうよ。……もしかして、あたしの両親を知ってるの?」

 

「いや、直接の面識はないが、儂の作った銃を託したヒコック夫婦の話を、"奴"が嬉しそうに話してくれたものでね。……これも縁というものか」

 

 すると、マーサのご両親の事を知っているのか、懐かしそうに言葉を紡ぐ。

 グールの男性の口から零れた、奴が誰の事を指しているのかも気になったが、それよりも、確かに男性は自信が作った銃、と言った。

 確か、マーサの使用している自慢のリボルバーは、マーサのご両親からVaultジャンプスーツやピップボーイ共々譲り受けたものだった筈。

 そして、そんなリボルバーを作ったのは、確か伝説のガンスミス……。

 

 まさか、と俺が目の前のグールの男性の正体に感づき始めた刹那。

 他の皆の自己紹介も終えた所で、いよいよグールの男性が自らの自己紹介を行い始めた。

 

「先ずは、突然の申し出を受けてくれて感謝する。……儂の名は、ジョーニング。サミュエル・ジョーニングだ」

 

 グールの男性が告げた名を聞いて、俺は目を丸くした。

 目の前のガンスミスのグールの男性が、伝説のガンスミスと呼ばれている、ジョーニング本人だったのだから。

 

 そして、そんなジョーニング本人が俺と会いたがっていた。

 

 気が付けば、伝説のガンスミスとの対面に緊張してきたのか、ジョーニングさんの差し出した手を、俺は細かく震える手で握り、握手の最中も、震えは止まらなかった。




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