先代博麗の巫女が病死し、次の巫女――博麗霊夢が博麗の巫女に就任する前。
博麗霊夢が成長する間に、幻想郷で生まれた少年が刀を手にして博麗の巫女の代理者となり、人々に害する妖怪退治や異変解決し続けた物語があった――。
しかし、それは少年が決して臨んだ物語ではなく、寧ろ強制的に紡がされた物語。
その物語は少年が青年になるまで続き、やがては終わりを迎えた。
代理者ではなくなった青年は人里に戻ることはなく、離れた場所で一人暮らしていた。
何事も縛られる事無く、ただのんびりと穏やかに過ごしていた――荒々しく痛くて、騒がしく辛かったあの日々から打って変った一日を、今日も始める。
ここはとある森林。そこは人里から数キロは離れている場所に家があった。
その家はカンヅメ屋根が特徴的な古民家——その周辺に一人の青年が小太刀を振るっていた
「4995,4996,4997,4998,4999,5000ッ!」
声が響き渡ったのと同時に、風を斬る音も止んだ。一息ついた青年は腰に差した鞘に小太刀を収める。
「……」
物足りないといわんばかりの表情を浮かべていたが、すぐさま切り替えたのか、次いで大量の薪が置かれている場所に向かう。そして、地面に適当に置かれていた斧をおもむろに持ち――。
「ふん――っ」
鼻で一息ついたかと思いきや、すでに青年の姿は大量の薪の後ろに立ったかと思いきや、その大量の薪は一気に割れて地面に転がっていく。
「よしっ、今日の一運動終了」
スッキリしたと云わんばかりの表情を浮かべて、垂れ流れた汗を拭った。
「やっぱり素振りだけじゃ足らんよな……もうこの薪割りも慣れてきたし、そろそろ素振りも五百か千くらい追加するか」
大量の薪を一気に割る、小太刀による五千回による素振りの回数を増やす等、人里にいる村人からすれば可笑しい光景に見えるそれは青年にとってはいつものことであった。
青年――
心地よい春の風が吹いてきた――烈はそれを気持ちよさげに浴びた後はそのまま家に入った。
烈はとても満喫していた。
恐ろしい妖怪たちとの対決もなければ、異変もない。
この途轍もない平和で穏やかな日々がとても好きだ……小太刀を手にして戦ったのがまるで夢のようだった。
そのお陰で失ったものは多く、もう人里に暮らせなくなったものの、それは些細なことだ。
既に最愛の家族である姉弟たちは幸せを掴んでいるだろうし、なにより戻ったところで居場所などない。
今はこの穏やかな日々を過ごすことが重要である――糠漬けの大根と御握りを頬張りながら、居間(リビング)の畳の上に座っている烈はそう思っていた。
「今日も糠漬けと御握りが上手いなぁ……」
だから今日も今日とて、変わらない一日を過ごす。
朝起きて訓練して、畑を耕したり、朝昼夕の三食を食べて、風呂に入っては就寝――それがどれ程に有り難いことで幸せなのかよく分かった。
剣を振るって妖怪退治して傷つけられ、糾弾され、怖れられて……そして無くなった。
「っおっと、いかんいかん! 今日も頑張んなきゃなっ!」
憂いに浸ってしまった己を烈は奮い立たせて、御握りと糠漬けをすべて食べきる。
そして勢いよく立ち上がっては山菜を取りに行くために準備を行う――其処らに転がしてあった籠を背負い、小太刀を腰に差しては家から出た。
「さてと、山菜を取りに行くか」
今日はどんな山菜が取れるだろうかと楽しみにしながら、列は歩みを進めては山道の道のりを辿った。
* * * * *
――ゥォォォォォォッ!
獣の雄叫びと人の叫びが交わって出される、その咆哮の持ち主は猪を模した化け物だった。
化物は目の前に立つ、人間に恐怖を抱いていた。先程の咆哮は威嚇ではなく、それは、恐怖による絶叫だった。
目の前にいる人間は恐れる事無く寧ろ対峙している。そして、その人間が持っている短い刃からは――化け物を斬るという殺意が満ちていた。
「失せろ。そのまま逃げれば、俺はお前を斬らん」
化け物は言葉は理解できなかったが、本能で理解した。
この人間は自分を見下していると――先ほどまでの恐怖から怒気に代わり咆哮を上げる。そして、目の前にいる敵に自慢の角で突き刺そうと突っ込もうとしたが。
人間の姿はすでに消え去って、化け物自慢の角ごと身体と視界がズレていき、やがて真っ二つに斬り裂かれて倒れた。
「……まぁ、運が悪かったってことで。お互い出会わなければよかったな」
崩れ落ちた化け物を、妖怪を目の前に烈は小太刀を血振るいして鞘に収めた。
「……珍しいな、妖怪がここに出るなんて」
普段なら現れることが少ないこの山では珍しい事だった――いや理由は分かっている。
烈の背後にいる少女が原因だ。
おそらくあの妖怪はこの少女を食べようとして追いかけ、それを逃げ惑う内にここへ来たのだろう。
運が良いのか悪いのか分からないが……とりあえず命は助かってよかったのだろう。
烈はため息をついて後ろを振り返ると、腰まで伸ばした白髪の少女が気絶していた。
見た目からして人里の人間ではないことは確かだ。足腰までのスカート、Yシャツにリボン……人里の人間であったら大抵は着物が多い中で、こんな姿をした少女がいたなら目が引くはずだ。
それならこの少女はおそらく――。
「外来人……か」
脳裏に過ぎった言葉を紡げて、ため息をつく。
だとしたらここに放り出すわけにはいかない。外来人とくれば、殆どが妖怪と対峙できない人たちばかりだ――代理者時代に出会った金髪少女もそうだった。
あの少女は境界が見えた故に幻想郷に迷い込んでしまったが、数週間後に帰ることができた。
しかし、この少女はどうなのだろうか。あの金髪少女と同じ能力があればいいのだが……襲われ追われたのを見ると期待は薄い。
「とりあえず連れていくか」
この場所に取り残すわけにはいかないので、結局連れていくことを決意した。
烈は少女を背負い、籠を片手に持ち上げて歩き始めた。
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