少女の歌は雷鳴の如く (団栗きのこ)
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覚醒の雷鳴 雷神が目覚めた日

どうしてこうなった。

 

額に汗を浮かべながら視線を這わせる。

完全に囲まれていた。

目の前に立ちはだかるのは赤毛の大男とある意味マッドなサイエンティストっぽい雰囲気を放つ科学者然とした淑女。

後ろには〈風鳴翼〉というシンフォギア装者の少女とボディーガードらしき優男がいる。

 

前門の虎、後門の狼とはこのことか。

なら横に逃げればいいじゃない。

そんな屁理屈を考えた奴は今すぐ私と変われ、いや変わってください。

両サイドもなんかよくわからない制服を着たお兄さんやお姉さんに固められてるんですよ?逃げられる訳ないじゃないですか。

 

 

——終わった。

 

私はきっとあのマッドな科学者にあんなことやこんなことをモルモットのようにされるんだろう。

そしてボロ雑巾のように死ぬんだ。

なんと短い人生だったのだろうか。

生まれてから16年、私〈鳴神 小詠(なるかみ こよみ)〉の生涯はここに潰えてしまうのだ。

もっとも、昨日までの記憶が一切ないので、あんまり実感がわかないから実質一日だけの人生だが。

 

そもそも何故こうなったのか一旦整理してみよう。

大きく息を吸って吐いた私は、ここに来るまでのことゆっくり思い出した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「知らない天井だ」

 

目が覚めての第一声はそれだった。

いや、知らないどころではない。

どこだここは。

 

「どこだここは」

 

はっ、思っていることが口から出てしまった。いけないいけない。

ベッドから上半身だけを起こして室内をグルリと見渡してみる。

広くもなく、狭くもない、でも少し手狭なワンルーム。

たぶん、一般的に見れば快適なんだろう。

だが、こんな部屋を私は知らない。

というよりそもそもの話——

 

「私は……誰」

 

——昨日までのことが何一つ思い出すことができない。

昨日食べた晩御飯のメニューすら出てこないのは一体どういうことだ。

あれ?思い出すってこんなに難しいことだったっけ?

こんな高等技術を人間は何となく使っているということなのだろうか。

だったらもっと誇って然るべきだろう。

 

ベッドから降りて必死に記憶をたどって見るも、やっぱり思い出せない。

そんな折、テーブルの上に何やら資料が置かれているのに気づいた。

手にとってパラパラとめくって見ると、私立リディアン音楽院という高校の資料らしい。

その下には入学案内と書かれた紙と、顔写真付きの学生証が置いてある。

そこから推察するに、私はこの私立リディアン音楽院の新入生ということになるのだろうか。

名前の欄には〈鳴神 小詠〉と書かれている。

どうやらそれが私の名前らしい。

 

「うわ……」

 

マジマジと見た学生証の写真は驚くほどやる気のない眼差しをしていた。

近くに置いてあった鏡で自分の顔を見れば、目は写真と同じく半分閉じられてやる気がない。

しかも寝起きということもあって、死んだ魚みたいな目になっていた。

これはひどい。

膝丈まで伸ばされたクリーム色の白髪も伸ばしっぱなしという印象で、毛先に行くにつれてふんわり広がっている。

どうやら自分は相当な癖っ毛で、手入れも面倒くさがるほどだったらしい。

わからない。

わからないことだらけだ。

でもひとつだけわかることがある。

 

「……遅刻だ」

 

時計の針はもうすぐ九時を差そうとしていた。

資料によれば入学式は十時から、でも学校の場所なんて覚えているわけがないし、唯一の手がかりは資料にある校舎の写真だけだ。

 

……ともかく、入学初日から遅刻はマズい。

私は手早く、クローゼットにかけてあった制服のようなものに袖を通し、寝癖のついた髪を適当に整えると、足早に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

私が通うべき私立リディアン音楽院はすぐに見つかった。

この道をまっすぐ行った先、小高い丘の上にある。

あんな立地にあるのに見つけられない方がどうかしてるだろう。

 

「だからって!なんであんなところに建てたのよッ!」

 

目下、街中を全速力で駆け抜けている最中の私が見つめる先にはリディアン音楽院がある。

問題はその道程だ。

緩やかではあるが、校門まで勾配が続いているではないか。

ふざけるな。

運動部でもないのになんで朝からランニングでエクストリームしなければいけないんだ。

体力を無駄に使うとわかっていても文句を叫ばずにいられない。

通学路でもあるこの道を歩いてる人は私を置いて他には誰もいない。

そりゃそうだ、通学時間なんてとっくに過ぎてるし、むしろ遅刻ギリギリだもん。

間に合うかすらも怪しい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

息を整えるために立ち止まる。

流石に自宅から走りっぱなしなので疲れた。

両膝に手をついて大きく肩で息を整えるのだが、そこで異変に気付く。

——いや、気づいてしまったのだ。

 

「……?」

 

息を整えて周りを見渡す。

誰もいなかった。

そう、誰ひとり(・・・・)としていないのだ。

通学時間が過ぎたとはいえ、ここは街のど真ん中、しかも九時過ぎだというのに、人っ子ひとりいないのはおかしい。

人の気配すらなく、街中の喧騒も聞こえず、車すらも走っていない。

不気味なまでの静寂がこの場を——この一帯を包んでいる。

 

その時だった。

 

フワリと風が吹いた。

黒い、煤のようなものが渦を巻いて舞い上がる。

 

「……!!」

 

それが意味するところを直感的に、私は察知した。

走ることに夢中になって気づかなかった光景が鮮明に視界に焼きつく。

倒れた自転車、持ち主不明の鞄、店員すらいないコンビニ。

そして、あたり一帯に散らばる黒い物体の山。

記憶がないというのに、それがなんなのかわかる、わかってしまう。

 

「ノイズ……!」

 

「———————!!」

 

声にならない鳴き声が後ろから聞こえた。

振り返るとそこには獲物を見つけたと、道路を埋め尽くす勢いで、ノイズが集まり迫っている。

 

——死んだ。

 

そう思うのも当然だろう。

人間がノイズに太刀打ちできる力なんてない。

触れればあらゆるものを炭素に変えるか、自壊するしか能のない、食物連鎖の底辺にいるような存在相手に、人間は無力なのだ。

まあ、触られただけでアウトだから、当然といえば当然なのだが。

しかもコイツら、人の叡智の結晶である現代兵器が何ひとつ効かないというオマケつき。

抵抗することもできないため、私たち人間にできることは、ノイズが勝手に自壊するまで逃げることだけ。

だから、ノイズと遭遇した人間の三割は、そこで死を覚悟するのだと言う。

 

「……はぁ」

 

——それだというのに。

 

「遅刻確定だ……」

 

私は頭に手を当てて、そんなことを口走っていた。

なぜ逃げるでもなく、死を覚悟するでもなく、その言葉が出てきたのかは定かではない。

だが、確信はあった。

逃げなくていいと、死ぬことはないと。

 

大きく息を吸う。

私は何かに導かれるように、胸に手を当てていた。

記憶はない、が身体は覚えている。

そんな感じだ。

瞳を閉じて、身体の内側に、心の中に潜る。

浮かび上がる詩を、湧き上がる旋律を、聖なる謳を詠いあげる。

 

「——————————————」

 

それは人の耳には到底言語として聞こえないような謳であり詠だった。

どこまでも透き通る旋律は波となり、色のない言霊は葉風となって舞い上がる。

遥か彼方、星が生まれた音色を奏で詠みあげた刹那、眩いまでの光が私の身体を包みこんだ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

私立リディアン音楽院地下。

そこには日本政府直轄の機関・特異災害対策機動部二課の本部があった。

最新鋭の設備が揃えられ、数十人の職員が詰めかける指令室には警報が鳴り響き、その場にいる全員が険しい顔でモニターと睨めっこをしている。

その職員であり、情報管制担当の藤尭朔也と友里あおいがモニターを見て叫んだ。

 

「ノイズの反応を確認!」

 

「出現位置特定……リディアンから距離二百!」

 

「近い……。友里!本件を我々二課で預かることを一課に通達!」

 

「了解!」

 

その報告を受けた二課の司令・風鳴弦十郎が冷静に指示を下す。

 

「藤尭ッ!翼に連絡だ!」

 

「とっくにしてます!現場に急行中!到着まで三百秒!」

 

「まーったく、こんなに朝早くからノイズが出るなんて、仕事熱心というかなんというか……」

 

弦十郎の隣に立つ櫻井了子はやれやれといった感じにボヤく。

 

「確か今日って、リディアンの入学式だったわよね?」

 

「ああ。……ノイズまで入学式に呼んだ覚えはないのだがな」

 

「……ッ!新たな反応を確認!」

 

再び現場の解析を行っていた藤尭が声を上げる。

しかし、その声はどこか上ずっており、驚きが含まれているようにも感じた。

それを受けて弦十郎と了子の顔が再び険しく変わる。

 

「反応絞り込みました!位置特定!」

 

「ノイズとは異なる高出力のエネルギーです!」

 

「波形を照合!急いで!」

 

自らも椅子に座り、集積された情報の精査、照合を行い、そして、目を剥いた。

 

「この反応……もしかしてアウフヴァッヘン波形!?」

 

凄まじい速度で情報処理され、一致した波形とその名が巨大なメインモニターに表示される。

 

【TAKEMIKADUCHI】

 

「〈武御雷槌(タケミカヅチ)〉だとぉ!?」

 

今まで平静を保っていた弦十郎が、あまりの衝撃と驚愕で立ち上がって声を荒げる。

隣に座る了子もまた、信じられないものを見たと言うように愕然と見つめている。

特異災害対策機動部二課に所属する者なら誰もが知っていた。

それは、かつて失われたとされる聖遺物の名だということに。



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雷のシンフォギア

 

なにこれ。

 

なんですかこれ。

 

なんの罰ゲームですかこれ。

 

眩い光が収まるのを確認した私は目を開いたのだが、視界に飛び込んできたのはノイズに追い詰められたまま何一つ変わっていない状況と、いつのまにか制服が消し飛んで、白を基調とした

FG式回天特機装束(シンフォギア・システム)〉へと着替えた自分自身の姿だった。

 

「って、私……これのこと知ってるの?」

 

記憶はないというのに、今自分が身に纏うこの鎧がシンフォギアと呼ばれる対ノイズ用プロテクターであり、人類がノイズに唯一対抗するための兵器であると、理解していた。

まじまじと自分の身体を見ていると、痺れを切らしたのか一体の人型ノイズがこちらへ向かって飛び出してくる。

 

「!!」

 

まただ。

身体が勝手に反応した。

思考よりも早く身体が反射して動く。

左足を軸にしてその場で一回転、迫る人型ノイズの首に向かってハイキックを放った。

 

「って、首どこよ……」

 

頭も首も一体化している上、寸胴体型だから余計に分かりづらい。

ヒットした脚を振り抜いて、くの字に折れ曲がったノイズをそのまま地面に叩きつけると、炭素塊になって壊れた。

それが開戦のゴングとなったらしく、控えていたノイズたちが我先にと飛びかかってくる。

 

「うわわ!ちょっ、一斉に来ないでッ!!」

 

身体の形を変化させて、突撃してくるノイズをステップで躱すのだが、いかんせん数が多い。

躱されて地面や壁に激突したノイズは再び人型に形を戻すとその場でユラユラと揺れるだけだ。

どうやら他のノイズの攻撃を邪魔しないようにとでも考えてるんですかね。

なんだかそれがノイズの術中にハマって追い詰められているような気がしてきた。

 

「——————!!!」

 

そのうちの一体が、変な奇声を叫びながら再び私に向かって真正面から突っ込んでくる。

後ろに飛び退こうとして、自分が壁際に追い詰められていたことに気づいた。

ほらね、やっぱり罠でしょ。

上手いこと追い詰めたつもりだろうけど、そう簡単に倒される私じゃない。

 

逃げ道がないなら押し通るまで。

ファイティングポーズを取って構える。

真正面から迫るノイズを見据え、蹴りの射程に入った瞬間、先に動いたのは私だった。

その場で前宙を行いブラジリアンキックの要領ではたき落とすように上段から蹴りを叩き込む。

 

「潰れて死ねッ!」

 

BUNKER VOLT(バンカー・ヴォルト)

 

インパクトの瞬間、撃鉄が落ちるように、脚部パーツの中でカートリッジが弾け、装甲の表面に紫電が迸る。

蹴りの衝撃に、爆裂の威力を上乗せした一撃がノイズの存在そのものを打ち砕いた。

炭素を通り越して粉微塵へと変貌したノイズは、装甲から放出された排熱と圧縮空気で舞い上がって空に消える。

 

「……すご」

 

自分でやっておきながら、その威力にドン引きしている自分がいた。

あまりに衝撃的すぎて小学生みたいな感想しか出てこない。

ていうか潰れて死ねって……。

咄嗟に掛け声みたいに叫んでみたけど物騒この上ない。

記憶を失う前の私って一体何者だったのだろう。

謎は深まるばかりだった。

 

——その時。

 

「……?」

 

歌が聴こえた。

草原に吹く風のように透き通った調べが奏でられる。

それは、私が詠った謳に似ていた。

違う点があるとすれば、それは言語としてまだ聞き取れるというところだろう。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

それは、リディアン音楽院の方から聴こえてきた。

視線を向ければ、こちらに向かって走ってくるひとりの人影が見える。

リディアンの制服を着た彼女は、空よりも深い青色の髪を風に揺らしながら歌を紡ぐと、人間離れした跳躍力で飛び上がった。

歌に呼応するかのように胸のペンダントから放たれた眩い光が彼女を包み込み、そして次の瞬間には弾ける。

 

フワリと鳥が地上に降り立つように、姿を変えた彼女は流れるような動作で私の隣に降り立つ。

紺碧の刀を携えた彼女は、佇まいから雰囲気から、何から何まで洗練されきっているように感じ、その手に持った刀と同じく剣のように見えた。

 

「だ……誰?」

 

「話は後、片付けるわよ」

 

言うが早いか、青髪の少女はその手に携えた刀を構えるとノイズの群れに突っ込んで行く。

 

「あ、ちょっ!……ええ」

 

どうすればいいんだろう。

協力すればいいんだろうか。

 

戦場(いくさば)で惚けないッ!」

 

「は、はいッ!」

 

怒られた。

どうやら協力するという選択肢が正解らしい。

私はその場で二、三度ジャンプをすると、クラウチングスタートのように地面に手をつくと、シンフォギアで強化された瞬発力と踏み込む瞬間に脚部のカートリッジを炸裂させて、弾丸のように飛び出した。

 

「真っ直ぐ行って蹴り飛ばすッ!!」

 

BUNKER BLITZ(バンカー・ブリッツ)

 

紫電の軌跡を大地に刻みながらノイズへ肉迫し、手近なヤツに勢いのまま飛び蹴りを叩き込む。

ボールのように吹っ飛んだノイズは軸線上の仲間たちをなぎ倒しながら壁に激突し、クレーターを作ると炭素となって霧散した。

 

「防人の一撃!しかと見よッ!!」

 

【逆羅刹】

 

ノイズの群れに飛び込んだ彼女は両足に装備されたブレードを展開すると、その場で逆立ちをして独楽のように回転を始める。

速度を増していくにつれ、切り刻まれるノイズが増え、そしてついに片手で逆立ちをすると手にした刀も加えてさらなる刃の嵐を作り出す。

その結果、道路にひしめき合うノイズの大半が炭素となったが、それだけでは終わらなかった。

 

「「……!!」」

 

生き残ったノイズが突如集まりだし、そして巨大な人型ノイズへと変貌を遂げた。しかも二体。

さしずめ巨人型ノイズとでも言うべきだろうか。

緑色の巨躯に、蝶ネクタイような顔、ハサミの形をした両手で、どっちかといえば特撮に出てくる怪獣に見える。

私たちの体躯など遥かに超える大きさのノイズはその巨体に違わぬもっさりとした動きでこちらに迫ってきた。

 

「……おっそ」

 

「油断は禁物よ。風鳴翼、推して参るッ!」

 

どうやら彼女の名前は風鳴翼というらしい。

翼さんは闘争心をむき出して刀を構えると、巨人型ノイズよりもさらに高く飛び上がった。

 

「え!?じゃ、じゃあ私も!」

 

彼女に合わせて飛び上がったのだが、別に勢い任せの無策というわけではない。

あの巨体に一撃を食らわせる技に心当たりがあったから、そうしたまでだ。

やっぱり私はシンフォギアを纏った戦い方を知っているらしい。

今度は見下ろす形となった巨人型ノイズへ私と翼が同時に技を放った。

 

「「ハァァァァァァッ!!」」

 

THOR'S HAMMER(トール・ハンマー)

 

【天ノ逆鱗】

 

振り上げた右脚の装甲が巨大化する。

それに合わせて纏う装甲の色が白から青へ、青から紫へと変わった。

大きなハンマーを振りかぶるように、グルリと前宙をした私の身体に追従して、巨大化した脚部の踵落としを叩き込む。

稲妻を纏ったその一撃は、さながら落雷のようであり、北欧神話の神、雷神トールの振るう戦鎚(ミョルニル)の一撃にも見えた。

激しい爆音と爆煙に飲み込まれた巨人型ノイズは稲妻にその身を焼かれ、巨大化した脚部に押し潰される。

 

遺るものは何もない。

あまりの威力にクレーターとなった大地と、それをやり遂げた私だけが立っている。

横を見れば、同じように巨人型ノイズを、巨大な剣で貫き、その上に立つ翼さんの姿があった。

まるで壁みたいだ。

 

「……壁みたいだ」

 

(つるぎ)だッ!!」

 

しまった。

また思ったことが口から出てしまった。

閉口、閉口。

念のため、もう一度辺りをぐるりと見回してみるが、ノイズは一匹残らず殲滅されたらしく、街中には再び静寂が訪れていた。

燦々と煌めく太陽の下、はじめての戦闘を終えた私は、緊張の糸が切れたのか、倒れるようにして青い空を仰ぎ見る。

 

「入学式……行きたかったなぁ……」

 

俗に言う高校デビュー失敗とはこう言うことを言うんだろうなー……。

これから先の高校生活が不安になってきた私だった。



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ゼロから

それから程なくして自衛隊のようなみなさんや、黒服サングラスをかけたお兄さんたちがこの場にやってきて、ノイズの残骸や、かつて人だった炭素の山の片付けを始めた。

私はといえば、邪魔にならないように隅っこからそれを眺めているのだが、ひとつ気になることがある。

 

「……いつまでこれを着てればいいんだろう」

 

そう、私は未だにシンフォギアを纏った姿なのだ。

戦い方は覚えているくせに、解除の方法を覚えていないとは都合のいい記憶喪失ですね。

自分でやったことなんですけどね、自業自得なんですけどね。

 

「あの……」

 

そんな奇抜な格好の私に声をかけてくれる人がいた。

ショートカットの制服のようなものを着たお姉さんが、ほんのり湯気の立つカップを持って、目の前に立っている。

 

「あったかいものどうぞ」

 

「ああ、これはご丁寧に……あったかいものをどうも」

 

ヘラヘラと愛想笑いを浮かべて、差し出されたカップを受け取ると、カカオの香りと甘さが鼻腔をくすぐった。

どうやらココアらしい。

一口飲むとホッと一息、落ち着いた。

 

——キーン……。

 

「ん?」

 

どこからか何かの電源が落ちるような音が響き、次の瞬間には弾けるような音ともに、変身する前のリディアンの制服を着た姿に戻っていた。

 

「……戻った」

 

なぜ戻ったんだろう。

落ち着いたことと何か関係があるんだろうか。

そうだ、今のお姉さんに聞けばいいじゃないか。

 

「あの……!」

 

顔を上げてココアのお姉さんに質問しようとして、私は目を見開いた。

ココアのお姉さんはいつのまにかどこかへ行ってしまい、代わりに風鳴翼と名乗りを上げていた少女が目の前に立ち、苦い顔で私を見つめていた。

 

「あ、あれ?ココアのお姉さんは……」

 

「彼女には席を外してもらいました」

 

「はあ。それはつまり、私に何が御用ってことですか?」

 

「その前に自己紹介を。私立リディアン音楽院二年、風鳴翼です。貴方の名前は?」

 

「あ、えと。新入生の鳴神小詠……って名前らしいです」

 

「では鳴神さん。私たちは貴方をこのまま学院に向かわせるわけにはいかなくなりました」

 

「は?それはどういう……」

 

「特異災害対策機動部二課まで同行してもらいます」

 

ガチャンガチャン!

 

「……え?」

 

気がつくと、私の両手はとても頑丈そうな拘束具でガッチリホールドされていた。

手錠とか手枷とかそういうレベルじゃない。

新手の拷問器具なんじゃないかとさえ思うほど仰々しい。

 

「すみませんね。貴方の身柄を拘束させていただきます」

 

いつのまにか私の傍に立った黒服を着た茶髪の優男が『僕らも心苦しいんですよ』みたいな顔で手錠をロックをしていた。

 

「え、ちょっ、あの……」

 

「質問は後で受け付けます。今は黙ってついて来てください」

 

翼さんが黒服の優男に指示を出すと、私はあれよあれよと言う間に車に詰め込まれ、拉致られることとなった。ヒトサライー。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

そうして現在に至るのだが……。

 

「ダメだ、訳がわからない」

 

朝起きたら記憶喪失だし、シンフォギアの使い方も戦い方も知ってるし、入学式には参加できないしで、もう散々だ。

もう何かやるなら一思いにやってほしい。

そんな時だった。

 

パンッ!パンッ!

 

乾いた音が空間に響いた。

ああ、まさか本当に一思いに撃たれるとは思わなかった。

モルモット通り越して銃殺ですか。

何か秘密の組織っぽいですし?機密を知った君は生かしておけない的な?

 

「う、撃たれた……」

 

「……何を言っているの?」

 

「ほえ?」

 

後ろの翼さんに呆れられた。なぜ?

というか私生きている?なぜ?

反射的に撃たれた胸を押さえている手をどかしてみるが、怪我のひとつも、血が滲んでいる様子もない。

何事かと顔を上げると、その理由はすぐにわかった。

 

「ようこそ特異災害対策機動部二課へ!」

 

パンッ!パンッ!

ワァー、パチパチパチ。

ドンドンパフパフ。

 

赤毛の大男が豪快な笑顔で両手を広げると、それに合わせて後ろに控えるお兄さんやお姉さんたちがクラッカーや鳴り物を鳴らしたり拍手をしている。

どうやらさっきの乾いた音はクラッカーの音だったようだ。

よく見れば、彼らの後方には横断幕まで下げられており、ご丁寧に『熱烈歓迎、鳴神小詠様!』なんて書かれている。

正直、状況が二転三転しすぎてもうついていけない。

 

「えーと……」

 

そんな困惑する私の元に、先ほどの優男が訪れて、手錠のロックを外してくれた。

もしかしてだけど、実はこの人いい人なのでは?

 

「それじゃあ自己紹介だ。俺は風鳴弦十郎。ここの責任者をやっている」

 

「そして、私が出来る女と巷で評判の櫻井了子です。よろしくね」

 

「あ、はい。よろしくお願いします……って、そうだ!なんで私の名前知ってるんですか!?」

 

弦十郎さんと了子さんの後ろにこれでもかと存在感を放つように下げられた横断幕を指して叫ぶ。

もしかして記憶をなくす前はここに身を置いていたとかそういう感じなんですか!

 

「ん?ああ。我々二課の前身は大戦時に設立された日本政府の特務機関なのでね、調査なんてお手の物なのさ」

 

そう言って、弦十郎さんはヒラヒラと紙を見せびらかす。

それは、リディアンの生徒名簿のようだった。

……個人情報保護法はどこに行ったんだろう。

国の前では比べるべくもないとかそういう感じですかそうですか。

 

「はあ、なるほど」

 

一気にテンションが落ちた私は返事まで適当に返す。

 

「そして、君を呼んだ理由は他にある。君自身の力についてだ」

 

「……シンフォギアのってことですか?」

 

「——!どこでその名前を?」

 

弦十郎さんが視線だけで翼さんと優男さんを見るが、二人とも首を振るばかりだ。

 

「よくわかりません……私、記憶喪失ってやつみたいで……」

 

「記憶喪失?」

 

「はい。昨日から前の自分に関する記憶だけがすっぽり抜け落ちてて……シンフォギアのことだって、よくわからないけど知っていただけですし……」

 

「ふむ……了子くん、どう思う?」

 

「んー、嘘をつくようには見えないわねぇ。まあシンフォギアのことをどこで知ったかは気になるところだけど」

 

「……そうだな。まあ思い出せないのは仕方ないか」

 

「ともかく、まずは私が手取り足取り教えてあげましょう!」

 

了子さんは妖艶な笑みでこちらに近寄ると、グイッと腰に手を回して顔を近づけてきた。

いや、近い近い近い。

 

「いや、近い近い近い」

 

「あら、色々知りたくないの?」

 

色々って何をする気だこの人。

 

「そりゃ知りたいですけど……私に何をする気ですか?」

 

「何もしないわよ。でも、知りたいって言うなら……そうね、服を脱いでもらおうかしら?」

 

あっ、なんか今貞操の危機を感じた。

逃げなきゃ私の純潔が奪われる気がする。

そう思った時にはすでに遅し、腰に回した手だけでなく、足まで絡められたりして逃げられなくなった。

 

「ちょっ!私そっちの気はないんで!」

 

「あら、そっちの気ってどっちの気のこと?」

 

いたずらっぽく笑みを浮かべているところから察するにこの人わかってて言ってるな!

畜生!弄ばれてるじゃないか私!

 

「さあこれから楽しくなるわよーッ!」

 

「ああああ!人さらいぃぃぃッ!!」

 

ズルズルと引きずられながら、私は櫻井女史にメディカルルームへと連行された。

そんな様子を見ていた弦十郎さんが顎に手を当てて——

 

「鳴神……いや、まさかな」

 

——何かをブツブツ呟いているようだったが、よく聞こえなかった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

これが、全ての始まりの日のお話。

今思えば、あの日から、私の物語は始まっていたんだと思う。

名前も、記憶も、何もかもを無くした、ゼロからのスタート。

でも、ひとつだけ持っていたものがある。

シンフォギアを、適格者の力を。

ノイズを倒し、人を救い、今を変える力を。

 

だから、私は———————————!



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※極秘資料※櫻井レポート・鳴神小詠プロファイリング

キャラクター設定資料です。参考までにどうぞ。
キャラクターの外観やシンフォギアのデザインなどは各自の妄想で補完してください。


◆鳴神 小詠(なるかみ こよみ)

 

年齢16歳

身長164cm

体重〈記・憶・喪・失〉

B88/W57/H86

誕生日11月11日

血液型B型

聖詠『———————————』

意味『稲妻を持って暗闇(沈黙)を切り裂く』

絶唱『小さきヒト、神の御名を詠う』

装着ギア〈武御雷槌-タケミカヅチ-〉

 

持ち歌

『剛鎚・武御雷槌』

『ラスカティ・グローマ』

 

本作の主人公。

私立リディアン音楽院の生徒であるが、入学以前の記憶を一切無くしており、思い出すこともできない。

が、本人はさして気にしてはいない様子。

膝まで届くクリーム色の白髪を持ち、癖っ毛で毛先がふんわり広がっている。

記憶をなくす前の性格のねじれが毛根から出ているというのは本人の弁。

飄々とした性格で、普段からおちゃらけており、思ったことをそのまま口にしてしまうが、人当たりがよく、面倒見のいいお姉さん気質。

しかし、戦闘の際には乱暴な言葉を吐くことがあり、記憶を失う前の自分が出てきているんじゃないかと本人は考えている。

また、胸の中心に稲妻の形をした痣があり、この下に聖遺物が埋め込まれている。

 

参考画像

 

【挿絵表示】

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

◆シンフォギア〈武御雷槌-タケミカヅチ-〉

 

小詠の胸に埋め込まれている聖遺物。

カケラではなくある程度の形を保っているため人為的に埋め込まれたものだと推測されているが詳細は不明。

本来〈タケミカヅチ〉はその名の通り〈戦鎚〉がアームドギアの形を取るのだが、本人が不器用なのか現出せず、足技に特化した形態にパーソナライズされている。

 

白を基調とした色合いの装甲に身を包んでおり、その装甲は初期のガングニールとよく似ている。特に脚部。

また、普段は降ろしている髪が纏められ、高い位置で結ったポニーテールになる。しかし、それでも腰あたりまでかかるほどには長い。

 

ガングニールとの相違点としては脚部に〈バンカーシェル〉と呼ばれるカートリッジを片脚5発、計10発内蔵しているところにあり、蹴りのインパクトの際に内部で炸裂させることで強力な一撃を放つことが可能。

攻撃や移動など汎用性が高い反面、使い切ると再装填に5分前後の時間を要するため、状況によっては生死を分けることになる。

また、腕部の装甲は似通った形状をしているが、パワージャッキは内蔵されておらず、代わりに小型のアンカーが内蔵されており突き刺すことで、直接フォニックゲインを流し込む、電流を流し込む、移動に用いるなど多岐に渡る戦法を展開できる。

 

また、シンフォギアの出力と適合率によって装甲の色が変わる点があり、白→青→紫→赤→黄の順に変わる。

 

あくまでイメージ図

 

【挿絵表示】

 

 

 

* * *

 

 

 

◆完全複合聖遺物〈武御雷槌-タケミカヅチ-〉

 

元は天羽々斬同様に風鳴機関の管理下に置かれていたが、遡ること二年前のライブ会場の惨劇の際、ネフシュタンの暴走に紛れて消失した。

この聖遺物は他の物とは毛色が異なっており、出典や出自は不明となっている。

雷の側面が強く表出していることから、便宜上〈武御雷槌-タケミカヅチ-〉と呼称していた。



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ルナ・アタック事変 二度目の春

 

私がシンフォギア装者となり、リディアン音楽院の生徒になってから、早いもので一年が過ぎた。

初日から入学式をバックれた私は、当然だが高校デビューに失敗して、問題児の烙印を押された。

私のせいではないのに理不尽極まりない。

まあシンフォギア装者であることを隠さなければならない以上、他人と必要以上に深く関わるのは危険だと司令の弦十郎さんも言っていたから結果オーライというものだろう。

翼さんが学院だと常に単独行動しているのはなぜと思っていた私だが、それをきっかけに合点がいったのは言うまでもない。

リディアンであったことといえばこれくらいだ。

学生らしく学業が忙しかったと言いたいところだが、どっちかといえば装者としての方が忙しかった。喜ぶべきか悲しむべきか……。

まあ、お陰でシンフォギア装者としてはそこそこ実力が身についたと思うし、ノイズの脅威がなくならない限り変わらない日常になっていくのだろう。

 

そうして日々は過ぎていき、始業式から少し経った頃から、お話は始まる。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

眼下には夜の帳に包まれた郊外の公園が広がっている。

そこでは、もはや見慣れてしまった巨人型ノイズが我が物顔で暴れまわっていた。

足元には人型やカエル型ノイズがお祭りばりにわんさか集まっている。

被害を拡大させまいと一課の皆さんがやれ銃火器だの戦車だので攻撃しているが、奴らの持つ位相差障壁によって完全に無効化されていた。

そんな状況を、私と翼さんはヘリから見下ろしている。

 

「うじゃうじゃいますね!」

 

「……そうね」

 

ちなみに翼さんと肩を並べて戦うようになってから一年でもあるのだが、ずっとこの調子だ。

冷静というよりは冷たいの方がしっくりくる。

ここまで態度が変わらないと、もう嫌われてるんじゃないかと少し不安だ。

……いや、実際のところ、なんでこうなったのか理由は聞いている。

だが、理由を聞いたところで私に何ができるだろう。

記憶のない私には親友を失った悲しみも、その大切さもよくわからないというのに。

……いけない、今は作戦行動中、集中しなければ。

 

『二人とも!作戦開始だ!』

 

通信機を介して発せられた司令の号令に合わせて、私と翼さんは大空へ身を躍らせた。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

「—————————————」

 

胸に湧き上がる聖詠を謳う。

光に包まれた私たちの衣服が粒子となって消え、シンフォギアのスーツが、鎧がこの身を覆う。

二重奏となった旋律が夜空に響き、それは双極の流れ星となって、公園へと降り立った。

 

『よし、二人ともまずは一課と連携して相手の出方を見て——』

 

「いえ、この程度の相手、私ひとりで問題ありません」

 

『なっ、翼!』

 

言うや否や翼さんは刀を構えて飛び出していく。

司令が止める間も無く、戦闘が始まってしまった。

 

『……止むおえん。小詠君、翼のフォローを』

 

「つまりいつも通りってことですね」

 

『そうボヤくな。頼んだぞ』

 

「了解です」

 

翼さんを見れば、突撃して間もないと言うのに、すでに半数以上のノイズを炭素へと変貌させていた。

早すぎる……。

多分、この程度の相手なら翼さんひとりでも何とかなるんだろう。

でも、戦いになると翼さんはいつも死に急いでいるように視えて仕方ない。

それがどうしようもなく不安だった。

 

「でもこれ……私の出る幕なさそう」

 

空に飛び上がった翼さんが巨大化した剣で必殺技の【蒼ノ一閃】を放ち、巨人型ノイズを両断する。

激しい爆煙が立ち上り、辺りにノイズの反応は一匹も残っていない。

本当に出る幕がなかった。

私がシンフォギアを纏った意味とは——

 

「……ッ!」

 

——いや、まだだ。

難を逃れていたノイズが一匹、翼さんの後ろにいることに、私は気づいた。

巨人型ノイズの影にでも隠れていたのだろうか、どちらにしろ翼さんからは視えていないようだ。

 

「翼さんッ!」

 

紐状になったノイズが翼さんへ突撃すると同時に私は条件反射で飛び出していた。

〈バンカーシェル〉の炸裂で一気に加速、亜音速でノイズへと肉迫する。

 

「遅せぇッ!!」

 

BUNKER BLITZ(バンカー・ブリッツ)

 

亜音速のまま繰り出した音速に迫る蹴りは、衝撃波と轟くような大音響と共にノイズを文字通り粉々に砕いた。

 

「勝って兜の何とやらだ。油断したな風鳴」

 

「……鳴神、か?」

 

「——はい?どうかしました?」

 

なんでそんなに目を丸くして驚いているんだろう?

この程度の攻撃で驚くような人じゃないと思うけど、無我夢中だったからよく覚えていない。

けど、とにかく翼さんを助けることには成功したみたいだ。よかったよかった。

 

「いや、なんでもない。……助かったわ、ありがとう」

 

「いえいえ、背中はお任せください」

 

ポンと叩いて胸を張ってみるが、そこに翼さんの姿はない。

見回してみれば、いつのまにかシンフォギアを解除し、帰投準備に入っているではないか。

この場には、ドヤ顔で胸を張る奇特な格好の女だけがその場に残されていた。

 

「……悲しい」

 

いつになったら翼さんは心を開いてくれるのだろうか。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

そう言うこともあって、翌日。

翼さんを昼食に誘った。

無論、ただ誘うだけでは来ない可能性があったので、話があるとだけ伝えて呼び出した。

これを機に翼さんと私の間にある壁を取っ払って、せめて雑談ぐらいはできる関係になるんだ。

 

待ち合わせはもちろん食堂、席が埋まるといけないので、先に注文も済ませ席を確保し、翼さんを待つ。

 

(……遅い)

 

翼さんを待つこと約十分。

一向に翼さんが来る気配はない。

このままではせっかくのカレーライスが冷めきってしまう。

というかもう冷たいぐらいだというのに。

連絡を取ろうと携帯を取り出したところで、何やら食堂の入り口が騒がしいことに気づいた。

このリディアンで騒がしくなる要因なんてひとつしか考えられない。

視線を向ければモーゼの十戒のごとく混み合う食堂を分断して、凛とした佇まいで悠然と歩いてくる風鳴翼嬢が現れた。

 

「待たせたわね」

 

「いえ、全然」

 

「……嘘が下手ね、鳴神は」

 

「いやぁ根が正直なもんで」

 

冷めきったカレーを見て、冷めきった態度の翼さんと、そんなやり取りをしながら対面に腰掛ける。

 

「それで、話って?」

 

「話っていうか……一緒にご飯を食べたかっただけなんですけど」

 

「……は?」

 

「だって翼さんと組んでから一年経つっていうのに一向に心を開いてくれる気配がないじゃないですか、小詠さんはそれが悲しいのです」

 

「用がないなら失礼する」

 

「あああ待って!昼食まだじゃないですか!?せめて何か食べましょうよ!」

 

「昼餉ならもう済ませた」

 

「え……」

 

なんという誤算、詰めが甘すぎる。

 

「それじゃあ失礼するわ」

 

「あ……」

 

行ってしまった。

その名の通り風が吹くように、あっという間に終わってしまった。

なんとこの間約二分の出来事である。

食堂には私ひとりと冷めたカレーだけががポツンと残された。

なんか昨日のデジャヴを感じる。

 

「……冷たい」

 

カレーはやっぱり暖かい内に食べるに限る。

今度からは冷たいものを頼んでから翼さんを呼ぼう。

 

そう決心した私だった。……あれ?



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三人目の適合者

いやね。

ノイズって本当に空気読まないことに定評ありますよね。

私の入学式の時もそうだったけど、何かにつけてはうじゃうじゃうじゃうじゃと。

こっちの事情も少しは考えてほしいものです。

 

つまり何が言いたいかというと。

すごく気まずいんですよ。

翼さんとの交流会が失敗に終わったその日にノイズが出現して目下現場に急行中、しかも新しいシンフォギアの反応まであるらしい。

それを見た翼さんは何を思ったかバイクで現場に向かうなんて言い出す始末。

しかもすこぶる機嫌が悪い。

それだけならまだしも——いや本当はよくないけど、司令の指示でまさかのタンデムで向かうことに……。

颯爽と風を切る単車に跨り、現場に向かうまでのこの時間がたまらなく気まずいんです。

 

「あ、あの……翼さん?」

 

「……なに?」

 

「なんでそんなに血相を変えていらっしゃるんでしょう……」

 

「貴方ならあのシンフォギアが何かくらいは知っているでしょ?」

 

「え、ええ。まあ」

 

新しいシンフォギアというのには少し語弊があったかもしれない。

今回確認されたアウフヴァッヘン波形は〈ガングニール〉と呼ばれる聖遺物のものだ。

この〈ガングニール〉は二年前に亡くなった翼さんの相棒である〈天羽奏〉という人が纏っていたらしい。

つまり〈ガングニール〉の装者はすでにこの世に存在していないのだ。

だというのになぜ今になって適合者が現れたのか理由はわからない。

しかし、アウフヴァッヘン波形が確認された以上、誰かが"それ"を起動させたという事実は変わらないのだ。

だから、その起動した人間が誰かを見極めるためにも、私たちは現場に向かっている。

 

「あれは奏のギアよ……なのに彼女以外の誰かが起動していい代物じゃない」

 

「そういうものですか」

 

「……貴方には関係のない話だったわね」

 

「あ、いや、そういうつもりでは……」

 

ゔ……言葉にトゲがある。

怖い、翼さんめっちゃ怖い。

切れたナイフどころか切れた剣だこれ。

ほぼ一緒じゃないかって?剣の方がより物騒でしょうが。

 

「見えてきたわ」

 

郊外の工業区画に侵入した私たちの進行方向に、これでもかという数ノイズの大群が相も変わらず元気にユラユラと左右に揺れながら集まっている。

何が楽しくて日本昔ばなしのエンディングみたいに、いいないいなやってるんですかね?

理解に苦しみます。

 

「ノイズを突っ切ったらあなたは飛び降りなさい」

 

「翼さんはどうするんです?」

 

「何とかする……行くわよッ!」

 

スロットルを全開にしたバイクのエンジンが唸りを上げる。

後方からの奇襲に対応できないカエル型ノイズを蹴散らした先に、新たなる適合者の少女はいた。

たぶん、ここで飛び降りるべきだろう。

 

「とおッ!」

 

後ろに飛び退くようにしてバイクから華麗に飛び降りて、少女の近くに着地する——

 

「あ゛」

 

——とはいかなかった。

着地の際に足を捻ってバランスを崩した私は華麗に降り立つなんてことは出来ず、バイクの慣性を殺せないまま、盛大にコケた。

坂から転げ落ちる樽のごとく地面を転がり、最終的に少女の近くで制止する。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

大丈夫なわけがない。

すっごい痛い、できることなら今すぐ痛いって叫びたい。

でも私は助けに来たヒーローなのでそんな弱音を吐いてはいけないのだ。

 

「へ、へーきへーき」

 

うつ伏せのまま、サムズアップだけ返して答える。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

巨人型ノイズへバイクによる特攻を仕掛け、直前で空へと飛び上がった翼さんが、聖詠を謳いながら華麗に降り立ち、私の隣にいる新たなる適合者の少女を一瞥して前を向く。

 

「呆けない、死ぬわよ」

 

「あ、え、でも、この人は……」

 

「放っておきなさい」

 

「ちょっ、少しは心配してくださいよッ!」

 

「ほらね」

 

「ははあ、なるほど」

 

何がほらねですか。

うら若き乙女が鼻血を出して頭をボサボサにしているんですよ?少しは心配してくれてもバチは当たらないでしょうに。

あ、頭はいつものことか、失敬失敬。

 

「———————————」

 

さっさと聖詠を謳い、シンフォギアを纏う。

先にシンフォギアを展開した翼さんの隣に並び立ち、ぐしぐしと鼻血を拭った。

 

「そうだ、あなたの名前まだ聞いてなかった。なんて名前なの?」

 

「あ、えと、響です、立花響」

 

「響ちゃん、ね。じゃあここから先は私たちに任せて」

 

「でも……!」

 

「貴方はここでその女の子を守っていなさい!」

 

またひとりで全て片付けるつもりなのか、翼さんは刀を構えると、一気に飛び出していった。

本当にこの人は……。

響ちゃんに任せろとジェスチャーをした私は呆れつつも、同じように飛び出して、翼さんと肩を並べる。

そして——

 

「「ハァァァァァァッ!!」」

 

VOLT DISCHARGER(ヴォルト・ディスチャージャー)

 

【蒼ノ一閃】

 

——振り下ろした踵から発せられた紫電の衝撃波と刀の衝撃波がノイズの大群を打ち砕いた。

それでもまだ全滅させるには至らずに生き残ったノイズが紐状に変化して、突撃してくる。

 

「だからッ!一斉に突撃してくるなッ!」

 

ああ、本当に面倒くさい。

なんで一体ずつかかってこないんですかね。

私のシンフォギアって翼さんのとは違って通常攻撃は一対一向きなんですけど。

心の中で愚痴を呟きつつ、迫るノイズをステップで躱し、時にはカウンターを叩き込み、次々と粉砕していく。

その隙を突くようにして二体のノイズが響ちゃんと女の子に接近する。

 

「——いい判断だ、だが私が見逃すと思ったか?炭素共」

 

響ちゃんたちに背を向けたまま、両腕の装甲から射出されたアンカーが、ノイズを絡め取る。

そのまま力任せに引き剥がし、フレイル或いはモーニングスターのようにノイズの群れに叩きつけられた。

 

「……まただ」

 

一体何度目だろう。

戦闘でいっぱいいっぱいになるとどうしても語気が荒くなってしまう。

まるで自分の身体なのに、そうではないみたいだ。

手のひらをまじまじと見つめながら、そんなことを考える。

 

「お姉ちゃん!」

 

「!!」

 

女の子の逼迫した声が聞こえ、反射的に振り向くと、そこには新たな巨人型ノイズが現れていた。

 

(いつの間に……!)

 

挟まれる形になってしまった。

けど、この程度で追い詰められたというには少し早いかな。

 

「一体は任せるぞ鳴神ッ!」

 

「ま、任されましたッ!」

 

この距離で技を使えば響ちゃんと女の子にも被害が出る……。

私の〈武御雷槌〉は技が強力になる程、周囲への被害も甚大になるのだ。

ならば、私が狙うべきは距離の離れた方の巨人型!

〈バンカーシェル〉の炸裂で弾丸のように飛び出した私は巨人型ノイズの腹?のような部位に飛び蹴りを叩き込む。

だが、それだけでは終わらない。というかこの威力では巨人型は倒せない。

だから背中のブースターを点火し、推力でノイズを押し倒す。

 

「痺れて消えろッ!!」

 

VOLT COLIDER(ヴォルト・コレダー)

 

脚部装甲が展開し、無数の電極がノイズへと突き刺さる。

フォニックゲインが位相をズラして存在するノイズを現実の空間へと引き摺り出し、流し込まれた高出力の電流が深緑色の身体を焼き尽くす。

激しい閃光と稲妻が迸り、やがてノイズは炭素の塊となって自壊した。

炭を蹴散らしながら振り向けば、響ちゃんの近くに現れた巨人型ノイズは翼さんの【天ノ逆鱗】でその身を貫かれ、炭素の山に変わっている。

どうやら無事に終わったようだ。

私はつま先についた煤を振り払いながら一息をつくと、呆然としたままの響ちゃんたちの元へ向かった。



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コンビ結成

 

新たなる適合者の少女、立花響ちゃんが二課に入ってから一ヶ月が過ぎました。

未だに翼さんの機嫌は悪いまま、学院でも二課でもわかりやすいほど不機嫌オーラ全開です。

ただでさえ有名人ということで近づき難い雰囲気を持っているのに、それ以来、完全に孤立しているようにも見えます。

 

この間なんて響ちゃんに武器まで向けて、シンフォギア同士の戦いになるまで発展して大変でした。

司令が戦いを止めていなければ、もっと大事になっていたかもしれない。

……いや、待って。

よくよく考えてみれば司令って化け物すぎません?

シンフォギアを纏った女の子二人を相手にして、生身で止めるっておかしくない?

何食ったらそんな芸当できるようになるんですか。

聖遺物の欠片でもふりかけにして食ってるんですかね?

OTONAのふりかけですか?

うるせえよ。

 

え、私は何をしていたのかって?

そんなこと私が聞きたいくらいだ。

片や亡くなった相棒のために、なんでもひとりで抱え込む頑固な女の子。

片や善意100パーセントの人助けが趣味という自己犠牲の塊みたいな女の子。

そして記憶を無くして過去も性格も不明な第三者の私。

……どないせえっちゅうねん。

こんなのどっちを選んでも絶対気まずくなるやつじゃん。

だったら私はどっちの味方にもなりませんよ。

 

「私はどっちの味方にもなりませんよー」

 

机に突っ伏して、誰に言うでもなく呟いてみる。

って、また思ってることが口から出た。

なんとも軽い口だ。

まあ言ったところで、反応する人なんていない。

放課後の教室なんだから、当然だ。

 

「当たり前だ。これは私と立花の問題だ」

 

「うひゃあ!つば、つばば、つばばばばさん!!」

 

違った。翼さんがいたらしい。

唐突に後ろから声をかけられて不意打ちをされた私は膝を机に強打した。

というかここ二年の教室では?なぜ三年の翼さんが?

 

「いっ……つう。いたなら言ってください!」

 

「すまない、気づいて言っているとばかり」

 

そんなわけなかろう。

シンフォギアを纏えるといっても私は一般人だぞ。

翼さんと違ってアーティストでもなければ武道を嗜んでなどいない。

相手の気配を察知するなんて芸当できません。

……おいそこ、聖遺物を埋め込まれたヤツのどこが一般人だとか言わない。

 

「……まあいいです。何か御用ですか?」

 

「ああ、おじさ——司令から今日ミーティングをするから集まれと言伝を預かった」

 

「司令がですか?わっかりました。いつも通り発令所ですよね」

 

「ああ、そう聞いている」

 

「響ちゃんも参加するんですよね?」

 

「……ああ」

 

うわっ、あからさまに嫌そうな顔した。

そりゃ剣向けた相手に会いに行くのは嫌かもしれないけど、公事と私事を混同してはいけませんよ翼さん。

ともかく、考えていたって始まらない。

さっさと翼さんと響ちゃんを連れてミーティングに行かねば。

 

「ほら、私も一緒に行きますから」

 

「あ、おい鳴神!」

 

翼さんの背中を押して、私は二年の教室を後にした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「翼さんに、小詠さん?」

 

「はろー響ちゃん。元気?」

 

「は、はい。まあ元気ですけど……どうしたんです急に?」

 

突然の教室訪問を受けた響ちゃんが目を丸くして私と翼さんを交互に見ている。

まあ上級生が下級生の教室に尋ねて来たのなら当然の反応ですよね。

そうでなくても響ちゃんと翼さんの関係って険悪だから戸惑うのも無理はない。

 

「翼さん、用件があるんですよね」

 

「……そうだな」

 

ほら、まーた嫌そうな顔をする。

どんだけですか。

せっかく綺麗な顔立ちしているのに台無しですよまったく。

とまあ、顔に感情を出しつつも、翼さんはスタスタと響ちゃんの元に歩いていく。

 

「…………」

 

「あ、あの……翼さん」

 

ガチャンガチャン!

見つめ合う事数秒、響ちゃんが何かを言おうとして、それを遮るようにどこから取り出したのか、あのごっつい手錠を彼女のか細い両手に嵌めた。

 

「……え?」

 

「重要参考人として、再度本部まで同行してもらいます」

 

「……あちゃー」

 

それを見ていた私は頭に手を当て盛大なため息。

なぜミーティングがあるから本部に来いと素直に言えないのか。

ほら、響ちゃん涙目になってますよ。

そりゃあんな手錠を二回も三回も掛けられたら泣きたくもなるよね。

誰だってそーなる、私もそーなる。

 

「な、なんでぇぇぇぇぇ!!!」

 

茜色に染まる空に、響ちゃんの哀しみの叫びがこだました。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「はーいそれじゃあ仲良しミーティングを始めましょうか」

 

せんせー!仲良くない人たちが二名ほどいるんですがー!

了子さん?ねえ了子さーん!?翼さんと響ちゃんが仲良くないですよ!?おい!!!了子さん!!目を背けるな!!!!こっちを見ろ!翼さんを見ろ!!澄ました顔で響ちゃんの存在を完璧抹消してますよ了子さん!響ちゃんめっちゃ困惑してますよ!?おい!目を開けろ!こっちを見ろって!!おい!!!!!

 

「藤尭、マップを出してくれ」

 

あれ!?司令無視!?人類最後の砦であるシンフォギア装者の人間関係に亀裂が入っているのに無視!?

 

「これを見てどう思う?響くん」

 

「……いっぱいですね」

 

あ、響ちゃんも気にしてないんですね。

私の杞憂ですかそうですか。

 

「はっはっはっ!まったくその通りだな!」

 

「なんの地図なんですか?」

 

「これは、ここ一ヶ月に渡るノイズの発生地点を図にしたものだ。それじゃあ小詠くん、ノイズについて知っていることは?」

 

「わかりません」

 

「……では響くん」

 

「え、あ、はい。えーと——」

 

なんだか今この場にいる全員から白い目で見られた気がする。

しょうがないじゃん!記憶喪失なんだから!ノイズのことだってシンフォギアことだって感覚的にしか理解していないんだから!一年前にも説明したでしょ!!

 

「——ということ、ぐらいです」

 

「ほう、意外と詳しいな」

 

「今まとめているレポートの題材なんですよ〜」

 

アッッッッッ!!

私が学院で授業をまともに聞いていないとか、適当に聞き流していることが露見してしまう!やめて!これ以上知識をひけらかさないで!!

頭を抱えて身悶えしながら床をのたうちまわるが、そんな私を無視して話はどんどん進んでいく。

 

「うん、そうね。ほとんど響ちゃんが言ってくれた通りね。付け加えるなら、ノイズの発生率は決して高くはないの。だから、この発生率の高さは誰が見ても明らかに異常事態——」

 

異常事態ってレベルじゃないと思いますけどね!

ここ一年ずっと装者として戦ってきたけど、週に四、五回はノイズが発生している気がしますよ!?

朝も昼も夜も関係なくワラワラワラワラ虫みたいに湧いてきて正直うんざりなんです!

ブラック企業よりもブラックですよ!鉄血宰相のビスマルクだってもうすこし飴と鞭を使い分けますって!!

 

「——だとすると、そこになんらかの作為が働いていると考えるべきでしょうね」

 

なるほど、つまり誰かの策略のせいで私のバラ色高校時代はノイズとの戦いに一年も無駄に使わされたというわけですね!

ゆるさん!花の高校生活を無駄にさせた罪は重いぞ!シンフォギアを纏ったキックで月まで吹っ飛ばしてやる!

 

「風鳴司令」

 

「ん、そうか。そろそろか」

 

とまあ全員が神妙な面持ちで話す中、優男のお兄さん——緒川さんが一歩前に出る。

それで司令も察したのか、思い出したというような顔で相槌を打った。

 

「今晩は、これからアルバムの打ち合わせが入っています」

 

「ほぇ?」

 

響ちゃん、なんでそんなアホの子みたいな反応を……。

まあ確かに緒川さんって一見したら黒服さんのお仲間にしか見えませんし、どんな立ち位置か微妙に分かりづらいですけど。

 

「緒川さーん、響ちゃんに素性明かしました?」

 

「ああ、そういえばまだでしたね」

 

「素性?」

 

「表向きは、アーティスト風鳴翼のマネージャーをしているんですよ、響さん」

 

「おお、名刺もらうなんて初めてです。こりゃまた結構なものをどうも」

 

「それでは、失礼しますね」

 

そう言うと、立ち上がった翼さんは緒川さんを引き連れて、さっさと発令所を後にする。

その場には私、響ちゃん、司令、了子さん、藤尭さんと友里さんが残された。

 

「相変わらず翼さんは大変ですね」

 

アーティストとして活動して、学生として生活して、シンフォギア装者として戦って。

学生とシンフォギア装者っていう二足わらじですら私にはいっぱいいっぱいだというのに、ホント尊敬に値する。

 

「……そうだな。あんまりひとりで抱え込むなと言っているが、あの通りだからなぁ」

 

「頼るの苦手そうですもんね」

 

もしくは、その寄る辺(天羽奏)をなくしたせいで、吐き出せずにいるのか……。

何にせよこの問題も早めに解決しないと、そう遠くない内に翼さんが壊れるか、潰れてしまう。

 

「……私の何がいけなかったんでしょう」

 

そんな私と司令の会話を聞いていた響ちゃんが申し訳なさそうな顔でおずおずと切り出す。

 

「響ちゃんはよくやってるわ。多分、奏ちゃんのギア(ガングニール)をあなたが纏っていることへの心の整理が追いついていないだけよ」

 

「そうでしょうか……?」

 

「きっとそうよ。だからもう少し気長に待ってみなさいな」

 

「……はい」

 

私だって一年肩を並べて戦ってきたけど、未だに慣れ親しんだには程遠いですからね。

 

「ふむ、そういうわけでもないんだが、しばらく響くんは小詠くんと一緒に戦ってもらおうと思っている」

 

「え、なぜ」

 

「響くんは適合者になってから一月余り、幼い頃から鍛えてきた翼と違って戦い方もまだまだ素人、だからそれをカバーするための措置だ」

 

「ええ……」

 

私だって適合者になってからそんなに長くないんだけど。

戦い方だって蹴り主体の我流だし参考にならないのでは……。

 

「小詠さん!」

 

うわっ!いきなり切り替えるな!ビックリするでしょうが!!

何でこの娘今の今まで落ち込んでるみたいな顔だったのに目をキラキラさせてるの!?

 

「私、早く翼さんに追いつきたいです!それで、たくさんの人をノイズから救いたいです!だから色々教えてください!!」

 

眩しい!すごく眩しい!

なにこの娘すごく純粋な目で見つめてくる!

記憶を取り戻すついでにノイズと戦っているなんて口が裂けても言えないじゃん!

 

「頼んだぞ、小詠くん」

 

「さっすが小詠ちゃん!先輩だけあって頼りになる!」

 

司令と了子さんまで何を言ってるんだ!

持ち上げたって稲妻ぐらいしか出ませんよ!

どうしてこの人たちは結託して記憶喪失の私に教育係任せようとしてるんですかねえ!?

 

「サポートのサポートは俺たちに任せてください」

 

「バッチリサポートしますね」

 

畜生!最後の良心だった藤尭さんと友里さんまで逃げ道を塞ぎやがった!

なんですかサポートのサポートって!

 

「……わかりました。最善は尽くしてみます」

 

「やったーッ!改めてよろしくお願いしますね小詠さん!」

 

ダメだ……こんな空気で断れるわけがない。

響ちゃんがどんな戦い方を覚えたって当方は一切責任を取りませんからね。

 

「はぁ……」

 

私のため息は誰に聞かれることもなく、響ちゃんのやる気に満ち溢れた掛け声にかき消された。



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月下の四重奏 前編

 

翌日。

朝の目覚めは最高でした。

目覚ましに起こされることもなく、瞼が重たく二度寝をするということもない。

ああ、なんて最高の朝だろう。

こんなに清々しい気分なのはいつ以来でしょうか。

 

「…………」

 

惜しむらくは、それが土曜や日曜といった休日ではなく、平日に起こってしまったということです。

 

「遅刻だ……」

 

時計に目をやれば既に針は十時を指している。

一限目が終わり二限目が始まるくらいの時間でしょうか。

携帯を見れば、クラスメイトからの着信やメールが鬼のように来ているではないですか。

それでも目が覚めないとは、相当深い眠りについていたらしい。

いやはや、睡眠欲とは恐ろしい。

もそもそとベットから這い出し、着替えようと制服のブラウスに袖を通そうとして、やめた。

 

「気分が乗らないし、今日は休もう」

 

ブラウスを脱ぎ、ハンガーにかけ直す。

代わりに私服のシャツに袖を通し、手近にあった赤いパーカーを羽織った。

 

「ま、誰かが上手いこと誤魔化してくれるでしょ」

 

これだけ連絡が来ても返事がなければ、今日は休みだと誰かが先生に報告してくれるはずです。

そんな一抹の望みをかけながら着替えを続ける。

勘違いしている人もいるだろうから説明するけど、これはサボりではありません。

もう一度言言います。

サボりではありません。

あくまで自主休校です。

決して面倒くさいとか、天気がいいから遊びに行きたいとか、そんな理由では断じてない。

 

「どこに行こうかなー」

 

着替えを終えた私は動きやすいスニーカーを履いて、家を出た。

空から照りつける陽光は燦々と降り注いでいて、透き通った空はどこまでも広がり、沸き立つ雲がその青いキャンバスに落書きをしていた。

そんな詩文的な感慨を余所に、私は街へ繰り出す。

 

こんな日は何かいいことがありそうな、そんな予感がした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「なんもねーよ」

 

——夕方。

特に何かが起こるということもなく、時間だけが過ぎてしまった。

誰だいい事ありそうとか言ったやつ。

あ、私か。許さん六時間くらい前の私。

茜色に染まった空の下、公園のベンチに腰掛けて街並みを見渡す。

いつもとなんら変わりない平穏無事な人々の営みが広がっていた。

事あるごとにノイズの襲撃が起こって日刊人類の危機に晒されていると思えないくらいには平和だ。

人間の慣れとはかくも恐ろしいものである。

 

そんな時だった。

ポケットの中に入れていた携帯が震えた。

 

「はい鳴神です」

 

「小詠くんか!?緊急事態だ、ノイズが現れた!」

 

「ッ!!場所はどこですか!?」

 

「すぐ近くの地下鉄だ。座標を送信する、響くんにも連絡をつけてすぐに向かわせる!」

 

「いえ、響ちゃんには私から連絡します!司令は翼さんに連絡を!」

 

「わかった、頼んだぞ!」

 

司令からの通信を切り、再び電話。

数コールで響ちゃんは出た。

 

「はい……」

 

「響ちゃん?私だけど、いまどこ?」

 

「えっと……リディアンです」

 

「ノイズが現れたの。座標を送るから来てくれる?」

 

「あ………………はい」

 

……すごい間を感じた。

どうしたんでしょう。

心なしか声色に元気がない。

体調不良って感じでもなさそうだけど……。

いつもならば——

 

『わかりましたッ!すぐ行きますね!!』

 

——なんて言って元気百倍なんとかマンみたいに現場に向かうというのに。

 

「……どうかしたの?」

 

「いえ……なんでも」

 

「なんでもってことはないでしょ。声に覇気がないし、妙に引っかかる言い方してるし」

 

「…………」

 

「別に怒ったりしないから、話してみなよ」

 

「……実は、未来と——あ、えっと友達と今日流れ星を見る約束をしてて」

 

ははあ、なるほどそういうことですか。

友達と約束したのに、それが果たせそうもないことを気にしているということだ。

流れ星ってことは、こと座流星群かな?さっき昼食中にSNSで見かけたけど、おそらくそれのことを言ってるんでしょう。

 

「——そっか。……だったら、こっちは私に任せて」

 

「え、でも……!」

 

「なあに、小詠さんに任せなさいって。これでも一年だけとはいえ先輩だからね。ひとりでもなんとかなるなる」

 

狭い地下鉄構内だから派手には動けないだろうけど、まあなんとかなるでしょ。

 

「私的には約束をスッポかすほうが問題だから」

 

「小詠さん……」

 

「それじゃあね」

 

電話を切ると同時に、目的の地下鉄入り口に辿り着く。

見下ろす階段の先にはすでに何体かのノイズが出迎えにきていた。

……まったく、何がいいことがありそうだですか。

悪いことしか起こっていないじゃない。

私って実は呪われているのかもしれませんね。

 

「相変わらず時間も場所も選ばずにウジャウジャと……」

 

シンフォギアを纏うと同時に、共振した装甲から【剛鎚・武御雷槌(命名自分)】のイントロが流れ出す。

歌いながら助走をつけて階段に飛び込み、重力に身を任せて手近なノイズにドロップキックを叩き込んだ。

蹴ったノイズを踏み台にしてその場でバック宙。

後ろのノイズへ振り向きざまにハイキックをお見舞いし、一息。

しかし、そんな暇は与えないとばかりに数体のノイズが迫ってくる。

 

「鬱陶しいッ!!」

 

天井に両腕のアンカーを射出、振り子のように前へ飛び出す。

迫るノイズを無視してさらに階下の敵に飛び膝蹴りで吹っ飛ばし、さらに、後ろに置いてきたノイズを、両腕のアンカーで引き寄せる。

 

「どっせいッ!」

 

近づいてきたところにエルボーを叩き込む。

くの字に折れ曲がった人型ノイズはそのまま炭になって消えた。

 

『群れの中に一際強い反応がある、気をつけろ!翼と響くんが到着するまで何とか時間を稼ぐんだ!』

 

「稼ぐだけでいいんですか?——別に、私が全部消し炭にしてもいいんですよね?司令」

 

響ちゃんのためにも、ここで私がなんとかする——してみせる。

 

「——構わないが、無茶だけはするなよ、小詠くん」

 

「わかってます。記憶を取り戻すまで死ぬつもりはありませんから」

 

階段を駆け下りると、改札機前にたどり着いた。

ゲートの向こうには今日も楽しそうにゆらゆら揺れるノイズの大群が、私を見つめている。

その群れの中に、一際存在感が強い存在がいることに気づいた。

 

「なにあれ……」

 

それは、端的な言えばブドウだった。

多分、アレが司令の言っていた強い反応の正体でしょうね。

人型ノイズをベースとしながらも、背中にブドウのようなピンク色の球体をたくさん背負っている。

さしずめブドウノイズってところでしょうか。

何にせよ、アイツの存在だけがこの場において異質。

ならば、やることはひとつです。

 

「攻めの枕を抑えるッ!!」

 

改札機を乗り越えて、人型ノイズを蹴り飛ばして、着地。

群がるノイズの向こうに控えるブドウノイズを睨みつけた。

 

「プレイボール!」

 

手近なカエル型ノイズを蹴散らせばボーリングよろしく転がって、ゆらゆら揺れるノイズをなぎ倒しては炭素へと変わる。

そんなことをしながら、群れの中心にいるブドウノイズへと驀進する私を前にして、ヤツはついに行動を起こした。

 

「——————!!」

 

変な奇声を上げて、背中のブドウを切り離したノイズは、それをこちらに向かって飛ばしてくる。

 

(切り離した後が完全にブドウの房じゃん……)

 

そんなことを思っていたら突然、ブドウが目の前で爆発した。

油断していただけに回避できるはずもなく、爆炎と爆煙に飲み込まれ、爆発の衝撃で崩れた天井に押しつぶされる。

 

「……やってくれるじゃないですか」

 

当然だが、この程度でシンフォギアを纏った装者がやられるはずもない。

まったく、地下で爆発物を使うなんて何を考えているんですか。

危うく生き埋めになるところでしたよ。

ま、シンフォギアを纏っていれば脱出できるので無意味ですが。

瓦礫を吹き飛ばして立ち上がるが、すでにブドウノイズの姿はない。

 

「逃がさないッ!」

 

が、辛うじて逃げる背中を捉えた私は、ブドウノイズを追って飛び出した。



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月下の四重奏 後編

あらすじにも書きましたが、この物語はクリスちゃん愛でながら小詠が頑張るお話です。
どういうことかというと。
こ こ か ら が 本 番 だ。


 

ブドウノイズを追っていたら、いつのまにか地下鉄を脱し、外へと出ていた。

そこは私が夕方までいた公園で、今は夜の帳が下りて静寂に包まれている。

 

「————————!!」

 

訂正、ノイズがめっちゃいた。

ブドウノイズから生まれたピンク色の人型とかカエル型ノイズがワラワラ集まってお祭りみたいになってる。

なんか無駄にノイズ多いなと思っていたけど、ブドウノイズ(お前)が元凶ですか。おのれフィクサーめ。

 

「おのれフィクサーめ」

 

地下から出たことで、こっちの技に制限はなくなったからいいけど、こうも数が多いと面倒ですね。

幸い〈バンカーシェル〉は一発も使っていないので余裕はありますが、あの数を殲滅するとなると、地盤沈下を引き起こすレベルの一撃じゃないと厳しそうです。

 

「小詠さ〜ん!」

 

「えっ!?」

 

聞き慣れた声に振り返ると、そこには友達と流れ星を見に行ったはずの響ちゃんの姿があった。

しかもすでにシンフォギアを纏って臨戦態勢だ。

 

「ひ、響ちゃん!?なんでここに……!」

 

「ごめんなさい!でも、やっぱり放っておけなくて……!」

 

「響ちゃん……」

 

この娘は……本当にどこまでもお人好しなんですね。

自分が傷つくとわかっていても、他人のために行動を起こせるって、普通に考えてすごいことだと思います。

それゆえに、その真っ直ぐな信念が時折歪んで見えてしまう。

 

「まったく……!」

 

でも、その問題と目の前にある問題はまた別の話。

いつかは解決しなきゃいけない問題なんでしょうけど、今は目の前の問題を片付けます。

 

「——ついて来れる?」

 

「どこまでだって追いかけてみせます!」

 

「いい返事ッ!!」

 

両足の〈バンカーシェル〉が炸裂すると同時に、私と響ちゃんはノイズの群れに向かって飛び込んだ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

しかし、意気込んで戦いを挑んだまでは良かったが、最後の最後でおいしいところは、空からやってきた最後の刺客(ノイズ視点)の翼さんによって奪われてしまった。

ヒーローは遅れてやってくるってことですね。

仲間とここまで険悪になるヒーローも珍しい気がしますが。

 

「翼さん……」

 

ほら、響ちゃんもどんな顔していいかわからなくて困惑してるじゃないですか。

 

「やっぱり私は、あなたを受け入れられない」

 

「え……」

 

「戦う覚悟もないあなたに、私は背中を預けられない。だから——」

 

フワリと着地し、振り返った翼さんが刀の切っ先をこちらに向ける。

 

その時だった。

 

「だからァ?んでどうするんだよ」

 

静けさに包まれた公園に、突如として女の子の声が響いた。

夜空の雲が流れて、月明かりが差し込み、夜の帳を振り払う。

暗闇から姿を現したのは、白い鎧を纏い、紺碧のバイザーで素顔を隠した、私たちと年はそう変わらなさそうな少女だった。

 

「ネフシュタンの……鎧……」

 

「ネフシュタン?」

 

確か、以前聞いたことがあります。

二年前にツヴァイウィングのライブ中に暴走して、消失した完全聖遺物だと。

その時に、二課に保管されていた完全複合聖遺物であり、私が纏うシンフォギアでもある〈武御雷槌〉も同様に消失したんでしたっけ。

ということは、今この場には二年前に装者を失った〈ガングニール〉と消失した〈ネフシュタンの鎧〉、〈武御雷槌〉が一堂に会しているということですか。

奇妙な運命の巡り合わせですね、同窓会を開くなんて聞いてませんよ私。

 

「へえ、てことはアンタ、この鎧の出自を知ってんだ」

 

「……私の不始末で奪われた物を忘れるほど無責任な人間ではない!」

 

……いけない。

さっきまでの冷静さがなくなっている。

無責任ではない点には同意するけど、翼さんは責任感が強すぎるきらいもありますからね、悪い方向に向かわなければいいんですけど。

 

「何より、私自身の不手際で亡くした命を忘れるものかッ!!」

 

「ああそうかよッ!」

 

刀を構えた翼さんが、弾丸のように飛び出す。

対して謎の少女は迎え撃つために構えているが、翼さんよりは冷静に物事を見据えている気がする。

この場合、私が取るべき最善の行動は——ッ!!

 

「はぁッ!!」

 

〈バンカーシェル〉の炸裂で翼さんよりも速く襲撃者の少女との間に割り込み、振り下ろされた鞭をサマーソルトで弾いた。

 

「なにッ!?」

 

「鳴神!?」

 

「翼さん!少し落ち着いてください!」

 

感情に任せて動いたら悪い方向に進みかねない。

何よりも、シンフォギア対完全聖遺物なんて今まで一回も経験がないんです。

なにが起こるか想像もつかない以上、軽率な行動は控えるべきだと私は思いますね。

 

「そうです!落ち着いてください!相手は人です!同じ人間じゃないですか!」

 

響ちゃんグッジョブ!

そのまま抱きついて翼さんの動きを封じてほしい。

 

「「戦場(いくさば)で何をバカなことをッ!!」」

 

おおう、ハモって怒られてる。

 

「むしろ、あなたと気が合いそうね」

 

「だったら仲良くじゃれ合うかいッ!?」

 

あれ、女の子の方も結構ヒートアップしてません?

意外と戦闘狂なんですかというかその鞭の攻撃って間に入った私にも当たるコースですよねって——うぉぉぉぉ!?ちょっ、おま、問答無用ですかァーーッ!?

 

再び振り下ろされた鞭の一撃を横っ飛びで躱す。

後ろにいた翼さんも響ちゃんを突き飛ばして回避し、戦闘が再開された。

ああもう!やっぱりこうなっちゃうんですか!

話を聞いてくれる雰囲気でもないし、実力行使してでも止めるしか……。

 

【蒼ノ一閃】

 

空中に飛び上がった翼さんの振るった刀から発せられた蒼穹の衝撃波が少女に迫るが、鞭の一振りであっさり軌道をそらしてしまう。

続けて空中から鷹のごとく強襲を仕掛けるが、鞭で防がれ蹴り飛ばされた。

 

「「翼さん!」」

 

——強い。

完全聖遺物のネフシュタンの鎧の出力もそうですけど、あの娘の戦闘センスも突き抜けて高い……!

実戦経験が一番長い翼さんが、ああも簡単にあしらわれるとは。

翼さんが洗練された剣ならば、彼女は抜き身の刃とでも言えばいいだろうか。

近づくものすべてを傷つける、そんな感じだ。

とはいえ、仲間がやられて黙っているわけにもいかないので、ちょっとばかりお灸を据えてやりましょう。

 

()ッ!」

 

VOLT DISCHARGER(ヴォルト・ディスチャージャー)

 

紫電の衝撃波を少女に向かって放つ。

それを目くらましにして、衝撃波を振り払うと同時にッ——!!

 

「へえ、お前も遊んで欲しいのか!?」

 

左足を軸にして回転、鋭い回し蹴りを叩き込もうとするが、身体を逸らして躱される。

 

「ならッ!」

 

今度は右足を軸にして逆回し蹴りだッ!!

 

「甘ェよ」

 

「!?」

 

しかし、読まれていたのか、片手で止めらてしまう。

嘘でしょ……タイミングは完璧だったはずなのに!?

 

「おらよッ!!」

 

「カハッ——!?」

 

力任せに空中にぶん投げられ、振るわれた鞭が直撃して、盛大に吹っ飛んだ。

距離にして約百メートル離れた位置まで飛ばされ、木に激突して止まる。

 

「痛った……ッ」

 

防御フィールドである程度軽減されているとはいえ、ダメージは入るし、気分的にも痛いものは痛い。

 

「小詠さん!」

 

「お呼びではないんだよ。コイツらでも相手してな」

 

あの娘の持ってる杖からノイズが現れた!?

どういうこと……?ノイズは自然発生するものなのに、どうして……!

 

「その子にかまけて、私を忘れたかッ!!」

 

「ハッ!お高く止まってのぼせ上がるな人気者ッ!!」

 

「何を……!」

 

「誰も彼もが構ってくれると思うんじゃねぇ!!」

 

「お高くとまってるのはどっちだッ!!」

 

BUNKER BLITZ(バンカー・ブリッツ)

 

稲妻のごとき勢いで、少女へと肉迫する。

細かいことは無視だ。一点突破で叩きのめす!

目の前で着地と同時に〈バンカーシェル〉を炸裂。

急ブレーキをかけて、慣性の勢いを上乗せするッ!

 

「月までぶっ飛べッ!!」

 

「邪魔すんなよ!いいところなんだから!」

 

しかし、相手の虚をつくために蹴りではなく右ストレートで殴りかかることを選んだというのにガッチリと拳を掴まれ、防がれてしまった。

 

(防がれた!?)

 

「お前もこの場の主役と勘違いしているってんなら教えてやる。狙いはハナっからコイツを掻っ攫うことなんだよ」

 

そう言って、ノイズに捕まった響ちゃんを指差す。

……そういうことですか。

響ちゃんはガングニールの欠片と融合した融合症例第一号って言われてましたね。

聖遺物と融合した人間なんて珍しい事この上ない、だから狙っているってわけですか。

 

「だったら私もターゲットのはずですッ!」

 

私だって胸に〈武御雷槌〉の欠片を埋め込まれた融合症例第零号なんですから。

 

「お前はイレギュラー過ぎていらないんだとよッ!!」

 

「くっ……!」

 

そう言われるとなおさら響ちゃんを渡すわけにはいかなくなる。

それに翼さんもいい加減解放しないと……!

 

「翼さん!今助けます!」

 

「それには……及ばない」

 

「え」

 

スッと。

流れるような動作で剣を持ち上げる。

 

「!!」

 

天に向かって掲げられた動き、間違いない。

即座に反応した私は、掴まれている手を振り払い、バック宙で一気に距離をとった。

次の瞬間、空から無数の刃が少女に向かって降り注ぐ。

 

【千ノ落涙】

 

「そんな攻撃!」

 

再び鞭の一振り。

自分に当たる軌道の刃だけを器用に弾いてみせる。

でも、これで隙ができましたッ!

 

「脇がガラ空きだッ!!」

 

BUNKER VOLT(バンカー・ヴォルト)

 

一気に距離を詰め、ミドルキックを叩き込む。

ついでにシェルの炸裂付きだ!

 

「連携とはちょせぇことを……!」

 

ぶっ飛ばされた少女が空中で態勢を立て直して着地する。

〈バンカーシェル〉の衝撃でヒビが入り、砕けたネフシュタンの一部の破片が舞っていた。

どうですか、一矢報いてやりましたよ。

これで悪い流れは断ち切れたはずです。

 

「合わせろ、鳴神ッ!」

 

「はいッ!」

 

立ち上がった翼さんが刀を構え、私は〈バンカーシェル〉の次弾を装填する。

両サイドに散開した私たちは、少女を挟み込む形で飛び込んだ。

 

「「ハァァァァァァッ!!」」

 

翼さんは縦一直線に刀を振り下ろし、私は飛び上がって全身を回転させてその勢いのままに蹴りを繰り出す。

 

「舐めるんじゃねぇッ!!」

 

私たちの一撃がほぼ同時に直撃する。

大地が陥没するほどの衝撃が地面を揺らした。

それでも、少女を倒すには至らない。

刀に鞭を巻きつけて軌道を逸らされ、鞭を巻きつけた右腕が私の蹴りを防いでいた。

 

「なっ!これでもダメなの!?」

 

「この強さ、本物か……!」

 

決して油断していたわけではない。

この娘が私たちの予測を上回っていただけのことだ。

それでも、必殺の一撃を防がれたのはちょっとショックではある。

 

「ここでふんわり考え事たぁ度し難ぇ!!」

 

弾かれた私たちは、竜巻のように渦巻く鞭によって吹き飛ばされた。

 

「ガッ——!」

 

また木に激突してしまいました。

今度は後頭部から行っちゃったせいで意識が朦朧とします。

ドサリと地面に落ちて、霞む視界の中翼さんたちの方を見れば、いつのまにかノイズの大群に囲まれていました。

 

「つ、翼……さん、響……ちゃん」

 

駆けつけようにも身体が動かない。

叫ぼうとしても声が出ない。

何も——何もできない。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal——」

 

遠のく意識の中、月明かりの下で大いなる歌を歌い上げる翼さんと、そのメロディが聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

——翌日。

私は二課の医務室でベッドで目が覚めた。

痛む頭を抑えて起き上がると、お見舞いに来てくれた司令から昨晩の事を色々話された。

戦闘は収束したが、ネフシュタンの鎧を纏った少女は取り逃がしてしまったこと。

響ちゃんは無事だった事。

そして、翼さんが入院して、生死の境を彷徨っていることを知らされることとなった。



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やっぱりOTONAは強かった

 

シンフォギアには〈絶唱〉と呼ばれる決戦機能が搭載されていることを、退院したその日に説明された。

一年間も装者やってきたのに、今のいままで知らなかった自分にも驚きだが、記憶を失う前の私もそれを知らなかったことには驚いた。

どうやらシンフォギアのことなら何でも覚えているというわけではないらしい。

というか、病み上がりの人間にその仕打ちはあんまりじゃないっすか了子さん……?

まあ文句を言ったところで聞き入れられるはずもなく、解放されたのは小一時間くらい聞かされてからだった。

 

了子さんの話を要約すると、〈絶唱〉とは私たちが戦闘中に歌う歌のエネルギーをアームドギアを介して増幅させ、一気にぶつけることでクリティカルなダメージを与えられるというものなのだが、翼さんは今回アームドギアの部分をすっ飛ばし、初っ端から全解放を行なったらしい。

結果、ネフシュタンの鎧を纏った少女は撃退したものの、翼さんも〈絶唱〉によるバックファイアを受けて絶対安静の重傷を負ってしまったそうだ。

そうまでしないと倒せないあの少女の実力もそうだし、完全聖遺物のポテンシャルがここまで高いのかと度肝を抜かれた。

 

そして、何よりも問題なのは翼さんが戦線離脱をしてしまったため、次は私が戦わなければならないということだ。

ぶっちゃけ勝てる気がしない。

シンフォギアの切り札を使ってようやく相打ちになる相手にどう立ち回れと。

と、弱音を司令に伝えたところ——

 

「ならば特訓あるのみだな!メシ食って映画見て寝るッ!女の鍛錬はこれで十分だ!」

 

——とかなんとか。

いや、そんなんで何とかなるなら苦労しないし、それで何とかなるのって多分司令くらいだと思うんですけど。

司令のアドバイスが期待できないので改めて了子さんに相談したら——

 

「そうねぇ、それなら私の部屋で一晩中じっくり教えてあげるわ」

 

——と迫られた。貞操の危機、再来。

ナニカサレソウだったので、追い剥ぎされつつも、何とか逃げ切った私は、結局響ちゃんと普通にシミュレーターで特訓することを選んだのだった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

それから数日。

シミュレーターを終了して、一息つく。

今日もいい特訓でした。

響ちゃんは私との特訓のほかに、個人的に司令の下で特訓しているらしく、そのおかげでメキメキ戦闘力が上がってきています。

コンビネーションもそこそこ取れるようになってきました。

まあ、懸念点があるとすれば、シミュレーターの敵がノイズばかりなので、ネフシュタンの少女との戦いには一切役に立たないところでしょうか。

というかそれならこの特訓、意味があるのか……。

 

「小詠さん!お疲れ様です!」

 

「お疲れ様響ちゃん。最近どんどん腕を上げてるね」

 

「そ、そうですか?でっへへ……」

 

褒められて嬉しそうな響ちゃん可愛いですね。

思わず頭を撫でたくなります。

 

「でもでも!小詠さんもすごいですよ!毎回特訓のたびに新しい技を出している気がします!」

 

「そう?といっても新しく編み出しているというよりは記憶にある技を確認がてら出してるだけなんだけどね」

 

「へぇ、そうなんですか。ちなみにどれくらい技を覚えているんですか?」

 

「んと……ひーふーみー………………48個くらい?」

 

「ええっそんなにあるんですか!?」

 

うん、そりゃビックリするよね。

私もなんでこんなにレパートリー豊富なんだって驚いてる。

記憶をなくす前の私って本当に一体何者なんでしょう。

 

「精が出るな、お前たち」

 

休憩がてら響ちゃんと話していたら司令がやって来ました。

いつものワイシャツ、スラックススタイルではなくジャージ姿なのが気になりますが、何しに来たんだろう。

 

「師匠!」

 

「師匠!?」

 

まさかの師匠呼び。

いつのまに師弟関係築いているんですかこの人たちは。

 

「どうしてここに来たんですか?」

 

「最近響くんの特訓に付き合ってばかりだったからな、たまには小詠くんの実力を見ておこうと思って来たんだ」

 

「いや結構です」

 

冗談じゃない。

生身と素手で翼さんの【天ノ逆鱗】を相殺しているような人を相手に特訓なんて無茶振りにも程がある。

 

「はっはっはっ!遠慮はいらないぞ!胸を貸してやるからドーンと来い!」

 

「いやだから——」

 

「じゃあ私が先に行きますね。師匠!対打をお願いしますッ!」

 

「おうさ!準備運動がてら相手をしてやろう!」

 

こいつら……人の話を聞く気あるんでしょうか。

師弟で勝手に始めちゃいましたよ。

 

「ほいよっと!」

 

「うわわわわわァァァァッ!!」

 

と思ったら秒で終わった。

片手で投げられた響ちゃんがすっ飛んで行っちゃいました。

やっぱりおかしいですって。

なんでシンフォギアの殴打を去なすどころか受け止めて、あまつさえぶん投げてるんですか。

しかも片手で。

 

「さあ!次は小詠くんだ!」

 

「うへぇ……」

 

面倒くさい。

大変面倒くさい。

でも、面倒くさいけど戦わないと解放してくれなさそうなので、やるしかないようです。

本当なら人間相手にシンフォギアを使うこと自体気が引けるものですが、司令が人間かどうかは疑わしいですし……あ、人間じゃありませんね、OTONAですね。

 

「どうなっても知りませんよッ!!」

 

VOLT DISCHARGER(ヴォルト・ディスチャージャー)

 

ネフシュタンの少女に使った時と同じ戦術で……!

衝撃波の後ろに隠れて、回避した先に——

 

「ただぶっ放すだけでは意味がないぞッ!」

 

「ッ!嘘でしょ!?」

 

——衝撃波を掴んだ!?

稲妻も纏わせているのに、どうやったらそんな芸当ができるって言うんですか!!

 

「おおおおッ!!」

 

「うあっ!!」

 

掴んだ衝撃波をそのまま投げ返されて、吹っ飛ばされる。

空中で態勢を立て直し、着地。

クラウチングスタートのような姿勢になり、〈バンカーシェル〉の炸裂でもう一度アタック!

 

「来いッ!」

 

「これならどうですかッ!」

 

司令の直前で再び〈バンカーシェル〉の炸裂。

でも加速ではない。ブレーキだ。

これもまたあの少女に使った戦術。

でも、あの時とは少し違うッ!

 

「オラァッ!!」

 

「あぶなっ!?」

 

迫る拳を屈んで躱し、そのまま〈バンカーシェル〉を炸裂。

急加速で司令の後ろに回り込み、勢いのままに身体を回転させてミドルキックを叩き込むッ!!

 

「ハァァァァァァッ!!!」

 

BUNKER VOLT(バンカー・ヴォルト)

 

ドン!という重たい感覚と共に鼓膜をつんざく爆音が轟いた。

これは確実に命中した。

司令でも反応できない、まさに雷電のごとき一撃だったと思う。

 

「……あ」

 

って、私なんでこんなに熱くなってるんですか。

完全に司令のテンションに乗せられちゃってるじゃないですか。

大丈夫かな?ミンチになってたりしませんよね?

こんなので明日の朝刊の一面を飾るの嫌ですよ!

【恐怖!上司をミンチにした殺人キック】なんて見出しと共に顔写真にモザイクかけられて日本中に晒されるなんて嫌だ!

 

しかし、そんな私の懸念を他所に、視界に飛び込んできたのは信じられない光景だった。

 

「……なんで受け止めてるんですか」

 

「フッ、この程度でやられては司令など務まらん」

 

いや、シンフォギアの一撃を生身で防げるのが司令になる条件とか厳しすぎ。

そしたら二課の司令はもう司令以外務まらないじゃないですか。

そもそも雷電纏って地面すら抉るほどの衝撃が直撃したっていうのになんで平然としてるのこの人。

 

「ちなみに衝撃と稲妻は発勁でかき消した」

 

なんか前も翼さんの【天ノ逆鱗】を防いだ時も似たようなこと言ってましたね。

何でもかんでも発勁で解決しすぎです。

それとも何でもかんでも解決できる司令の発勁がすごいんでしょうか。

……これ以上は哲学的な問題になりそうですね、もう考えるのはやめましょう。

 

「さて、小詠くんはここからどうするんだ?」

 

どうしようもないじゃないですか。

片足掴まれた状態で可能な技は私の記憶にある48個の内3つくらいしかないです。

そして、その3つとも全部が防がれる自信がある。

つまり詰みというやつです。

 

「では、これで特訓を終わりにするとしよう」

 

ブンッ!という風を切る音ともに、司令にぶん投げられた私はシミュレーターで作り上げられた青空に舞い上がって、そして落ちた。

 



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機械仕掛けの神

 

響ちゃんと対ネフシュタンの少女のための特訓を始めてからはや数日。

今日は大事な任務のために学院はお休みになりました。

なんでも二課を支えてくれるお偉いさんがどこぞの革命グループに暗殺されたらしく、それに伴って、二課の保有する完全聖遺物〈デュランダル〉をより安全な場所へと移送するとか何とか。

それが今回の任務だそうです。

 

輸送に了子さんの軽自動車を使い、それを護衛するための車両を四台、上空からはヘリが一機直掩に入ります。

ちなみに私は司令と共にヘリに乗って上空からの護衛です。

 

時刻は朝の5時ちょうど。

まだ少し暗いリディアン音楽院の前に私と響ちゃんをはじめとした十余名が集合した。

 

「すっごい眠い……」

 

寝癖でボサボサの頭を手で直しながら、大欠伸をかく。

別に緊張で眠れなかったわけではない。

単純に私が朝に弱いだけの話です。

いやまあそれを抜きにしたって朝の5時はやりすぎでは?

ほら、お天道さんだって、今ようやく向こうの山から顔出したレベルなのにアホなんじゃないですか?

 

「小詠さん!頑張りましょう!!」

 

響ちゃんは朝早くだっていうのにもう元気爆発してるんですか。

若いっていいですね、ひとつしか変わりませんけど。

 

「ほらほら小詠ちゃん、女の子なんだから身だしなみにもう少し気を使いなさい」

 

何度手で直しても反発する私の寝癖を見かねたのか、了子さんが櫛で梳いてくれる。

 

「これでも寝起きよりはマシなんですよ……」

 

目覚めた直後の私の頭は、それはもう凄いことになっている。

もともと髪質が癖っ毛だというのもあるかもしれないが、それを抜きにしても、本当にひどい。

どこぞのスーパーサイヤ人並みに爆発して逆立っている時もあるくらいだ。

 

「はい、これでオッケー」

 

渡された手鏡を見ると、さっきまで反発していた寝癖は収まり、いつもの髪型になっていた。

さすが了子さん、できる女は格が違う。

時折貞操の危機を感じさせるのが玉に瑕ですけど。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして〜」

 

「ふむ、そろそろ準備はいいか?」

 

私たちが寝癖直しに悪戦苦闘している間に、護衛の黒服さんたちとの確認を終えた司令がこちらにやってくる。

 

「はい、いつでも」

 

「が、頑張ります!」

 

「よし、ではこれより作戦を開始する」

 

「作戦名は天下の往来独り占め大作戦よ!」

 

こうして、デュランダル移送作戦——もとい天下の往来独り占め大作戦が始まった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

移送作戦は順調です。

それはもう不吉なくらいに。

このまま何事もなく終わって欲しいのですが、おそらくそうはいかないのが世の常というもの。

ネフシュタンの少女が襲撃してこないとも限らないので、警戒は必要です。

 

「何か見えるか小詠くん?」

 

「特に異常はないですね」

 

そもそも海上のハイウェイなんて見通しのいいところで襲撃をかけてくる人間はいないでしょう。

戦闘機や爆撃機ならともかく、今日日の日本でそんなものを使えば国際案件不可避ですからね。

攻めてくるとすれば、ハイウェイを降りた直後が怪しいです。

もっとも相手が人間ならば、ですけど。

 

「ッ!?」

 

その時だった。

進路上のハイウェイに亀裂が入っているのが見えた。

 

「司令!」

 

「招かれざる客のお出ましだ!左舷、各自備えろッ!」

 

司令の怒号とほぼ同時に、ハイウェイの一部が崩れた。

逃げ遅れた一台の護衛車両が海へと落ちていく。

 

「そんな……!」

 

「アイツらはこの程度では死なん!次に備えろ!」

 

「は、はい!」

 

速度を上げた一団がハイウェイを抜け、市街地に入る。

朝早くということもあり、道路を走る車がいないことが唯一の救いか。

 

『弦十郎くん!招かれざる客ってどっち!?』

 

「姿は確認していないがおそらくノイズだろう!」

 

『なるほどねえ。この展開、想定していたより早いかも!』

 

「すまん、何とか逃げ切ってくれッ!」

 

『……まったく、簡単に言ってくれちゃって!』

 

車両が加速した瞬間、了子さんの真後ろにいた護衛車両が突然空へと舞い上がった。

 

「「!!??」」

 

見れば下水道のマンホールが破損しており、中から噴き出した水の水圧で打ち上げられたらしい。

さらにその奥にノイズらしき姿もある。

 

「司令、下水道にノイズが!」

 

「ああ見えている!了子くん!マンホールにに注意しろ!奴らは下水道を使って攻撃してきているぞ!」

 

『言われなくても見えてるわよッ!!』

 

またひとつ、護衛車両が吹き飛ばされる。

これで残り一台。

たった数分の出来事なのにすでに半分以上が損失してしまった事実に驚く。

 

『弦十郎くん!このままだとヤバくない?この先の薬品工場で爆発でも起こればデュランダルは——』

 

「わかっている!だが護衛車両だけ的確に破壊しているってことは奴らはデュランダルを狙って制御されて襲撃してるってことだ!」

 

手元の地図を見ていた司令が顔を上げてニヤリと笑う。

 

「だったらそれを逆手に取って攻め手を封じる!」

 

『勝算はあるんでしょうね!?』

 

「思いつきを数字で語れるものかよッ!!」

 

司令と了子さんのやり取りをしている最中にもノイズの襲撃は続き、マンホールから直接姿を現したナメクジ型ノイズによって最後の護衛車両が破壊された。

それでも何とか逃げ込んだ先の薬品工場にはそれすらも想定していたと言わんばかりに大量のノイズが待ち構えていた。

タンクの上にはネフシュタンを纏ったあの少女の姿もある。

このままだと間違いなくデュランダルは奪われてしまうだろう。

 

「司令!私が出ますッ!」

 

「本気か!?お前の雷が誘爆すれば辺り一帯は!」

 

「加減はしますよ!できる限り!」

 

ネフシュタンの少女が相手では、無理な相談かもしれませんが……。

それでも、やるしかありません。

 

ヘリの後部ハッチを開き、私は中空に身を躍らせた。

爆発によって荒れ狂う暴風の中、響ちゃんたちの元へ一直線に飛び込む。

 

「———————————」

 

聖詠を謳いあげ、その身にシンフォギアを纏った私は地面にクレーターを作りながらも、着地をしてみせる。

すでにノイズの大群を前にした響ちゃんはシンフォギアを纏って、その出方を伺っていた。

 

「小詠さん!」

 

「おまたせ響ちゃん!準備はいい?」

 

「はいッ!」

 

互いのシンフォギアが震える。

イントロのように流れ出したメロディが位相差障壁で隔絶された世界に存在するノイズを現実世界に引きずり出すフィールドを形成する。

響ちゃんは拳を構え、私は脚を構える。

 

「最速でッ!最短でッ!」

 

「真っ直ぐ一直線にッ!」

 

ほぼ同時にノイズの群れに向かって飛び出す。

 

「「ブチ抜くッ!!!」」

 

抉るような拳の一撃と、鋭い飛び蹴りがノイズを跡形もなく消し飛ばした。

それを皮切りに、私たちはたった数日とはいえ培ったコンビネーションで背中を預けあい、群れの中心で次々とノイズを屠り続ける。

 

司令との特訓で全身が凶器とかした響ちゃんが持ち前のバイタルと〈ガングニール〉の爆発力で次々とノイズを薙ぎ倒し、私はといえば、その威力ゆえに〈バンカーシェル〉すら使えないので、記憶にある技で何とか対処するしかないのだが……。

……さすがに響ちゃんの戦闘力上がりすぎじゃない?

一撃のたびに地面が砕けるってどれだけの威力で打てばそんなことができるようになるんですか。

 

「ホアチャアッ!!」

 

ズガン!という音と共にまた大地が抉れ、体当たりを喰らったナメクジ型ノイズが三十メートルくらい吹っ飛ばされる。

あれ鉄山靠ってヤツですよね?初めて見ました。

しかもすっごい威力、風圧だけで周囲のノイズが消し飛ばしたし、軸線上のノイズは全部薙ぎ倒して、壁にクレーター作って霧散させるって相当ヤバイ。

何がヤバイって、私が助走に〈バンカーシェル〉の炸裂を上乗せすることでようやく出せる蹴りの威力をただの体当たりで出してるあたりがです。

……いやまあ生身でシンフォギアをぶっ飛ばす司令がマンツーマンで稽古つけているんだから、当然といえば当然ですかね。

 

「今日こそモノにしてやるよッ!!」

 

「「ッ!!」」

 

ノイズを蹴り飛ばしつつ、そんな響ちゃんのぶっ飛んだ戦いぶりを見ていると、頭上から声とともに鞭が振り下ろされる。

ついにネフシュタンの少女が動き出した。

即座に私は横っ飛びで回避するが、それより速く動いた少女が響ちゃんに飛び蹴りを喰らわせる。

 

——その時。

背中がぞくりと震えた。

恐怖とも畏敬とも似つかぬ言い知れぬ感覚が全身を駆け巡る。

私が振り返る間も無く、それは格納されていたケースを突き破って姿を現した。

 

「!?」

 

その場にいる全員が、その光景を見つめていた。

中空に浮かぶ黄金の光を纏い、中ほどで折れた灰色の剣。

天羽々斬のような機械的な剣ではなく、装飾の施された儀式的な剣。

あれが完全聖遺物〈デュランダル〉ですか。

って呑気に見ている場合じゃない。

なぜ急にデュランダルが姿を現したのか疑問には思うが、あれを護衛することが私たちの任務なのです。

ならば、それをまっとうするまで。

 

「頂くぜ!デュランダル!」

 

「そうはさせないッ!!」

 

デュランダルに一番近い位置にいたネフシュタンの少女が強奪のために飛び上がるが、それを防ぐために、〈バンカーシェル〉を炸裂させて一気に肉迫する。

そのまま体当たりで少女を吹き飛ばした。

 

「お前ッ!」

 

「響ちゃん!」

 

少女に吹き飛ばされた響ちゃんが戦線に復帰し、デュランダルへと手を伸ばす。

 

「絶対に渡すものかッ!」

 

響ちゃんがデュランダルを掴んだ刹那。

世界が反転した。

 

「ッ!?」

 

背中が震える。

だが、さっきまでの言い知れぬ震えではない。

これは明確な恐怖と畏怖だ。

そして、それは響ちゃんから発せられている!

 

「グ……ギギ……!」

 

「響……ちゃん?」

 

「ガアアアアアアッッ!!!!」

 

突き上げたデュランダルから放たれた膨大な熱量が朝の空を茜色に染め上げる。

その刀身はいつのまにか完全な姿を取り戻しており、燻んだ灰色の刃も、黄金に輝く剣へと変わっていた。

 

「まさか……デュランダルが起動したの!?……グッ!?」

 

呆然とその光景を見上げた矢先、頭が割れそうなほど激しい頭痛に襲われる。

今までに感じたことのない痛みに耐えきれず、なす術なく私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

『小詠くん!小詠くん聞こえるか!一体何がどうなっている!?』

 

上空のヘリから現場を見下ろしていた弦十郎が逼迫した様子で小詠の名を呼ぶ。

見えたのは響がデュランダルを掴み何かが起こったところまで。

それ以降、眩い光が辺りを包んでおり、上空からは何も見えない状況だった。

 

『小詠くん!聞こえていたら返事をしろ!』

 

「……聞こえている。この程度で狼狽えるな」

 

しかし、通信機から聞こえてきたのは小詠の声でありながら似ても似つかぬほど冷徹で冷酷な氷のように冷たい声だった。

 

『……小詠くん、なのか?』

 

「ああそうだ。私の名は鳴神コヨミだ」

 

『……状況はどうなっている』

 

「立花がデュランダルを起動させた。それだけのことだ」

 

『なんだと!?』

 

「おまけに聖遺物同士の干渉で暴走もしている。このままではさっきお前の言った通りのことになるぞ」

 

『ずいぶん人ごとのように言うんだな』

 

「実際人ごとだろう。私にとってはここが更地になろうと関係ない」

『…………』

 

「だがまあ、当事者として見て見ぬ振りも夢見が悪い。まあ見ていろ、丸く収めてやるさ」

 

小詠はニヤリと笑うと、弦十郎との通信を切った。

そうして、同じようにその光景を見つめているネフシュタンの少女へ視線を移す。

 

「そんな力を見せびらかすなッ!」

 

しかし、少女も事態を飲み込めずに混乱しているのか、手にした杖から大量にノイズを召喚して応戦しようとする。

 

「やれやれ、余計なことを」

 

小詠は頭に手を当て盛大なため息をこぼすと、肩を竦めながら響と少女の間に割り込んだ。

 

「なっ、何のつもりだッ!」

 

「下がっていろ。死にたくなければな」

 

短く、簡潔にそれだけ伝えると、ネフシュタンの少女を一瞥し、小詠の意識から彼女の存在は完全に消された。

眼前でデュランダルを構える響を見据え、またしてもニヤリと笑う。

 

「本来の武御雷槌を見せてやろう」

 

バッ!と両手を広げると、それに呼応して脚部の装甲が弾けた。

いや、脚部だけではない。

全身の装甲または一部がパージされ、小詠の眼前で再結合し武器を形作る。

時間にして数秒と経たないうちに、それは完成していた。

 

「かかってこい、デュランダル」

 

白銀に輝き、紫電を纏う戦鎚を構えて、そう言った。

 

「ガアアアアアアッ!!」

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

ZEUS EX MACHINA(ゼウス・エクス・マキナ)

 

振り下ろされる黄金の巨大な剣と、振り上げられた極光の巨大な戦鎚が激しくぶつかる。

閃光が世界を真っ白に染め上げた。

爆音が大気を震わせるほど轟いた。

幾重にも重なる衝撃が地表を抉り、大地を砕き、空間すらも歪ませる。

二人の少女——いや、二つの聖遺物から発せられたフォニックゲインが荒れ狂い、逆巻く烈風となり、渦巻く嵐となり、その周囲に出現していたノイズを跡形もなく消し飛ばす。

そこには何者の存在すらも許さないと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどれほどの時が流れたかは定かではない。

刹那のごとく短い時間であったかもしれないし、永劫とも取れるほど長い時間であったかもしれない。

激しい閃光と衝撃が収束し、その場には二人の少女と役目を終えた聖遺物だけが残されていた。

その他に遺るものなど存在せず、ましてや勝者など存在しない。

ただそんな状況下でもひとり無傷のまま傍観者であり続けた女だけが立っていた。

 

「ひとつひとつは弱くとも、束ねた力は完全に迫るということか」

 

その女の瞳には、胸元に稲妻の痣が刻まれた少女の姿が反射している。

 

「とはいえ、所詮はただの寄せ集め。完全を冠したところで、真の完全には至るべくもない」

 

少女たちの傍に置かれたデュランダルを手に取り、破損してしまったコンテナに形だけの格納を行った女は、少女たちを一瞥すると、満足そうに微笑むのだった。



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孤独のカタチ

 

デュランダルの移送任務が頓挫した翌日。

目覚めた私を待っていたのは全身の筋肉がバッキバキに痛むという現実でした。

いや比喩とかではなく、本当に腕や足どころか、指先や足先の末端に至るまで全ての筋繊維が悲鳴を上げているんです。

それに気づかずに動かそうとして、さっき五分くらい悶絶する羽目になりました。

 

「とてもつらい」

 

誰にいうでもなく呟いたら、顎がめちゃくちゃ痛かった。畜生め。

そもそも、こうなった原因に心当たりなんてあるわけがない。

昨日の移送任務の途中から気を失っていて、目覚めたら任務はすでに終わっていたからよく覚えていないのだ。

了子さん曰く私がデュランダルの一撃を相殺した反動なんじゃないかって言っていた。

空から見ていた司令は爆煙でよく分からなかったらしい。

そこんところどうなの? って視線を二人して向けてきたけど……。

 

…………。

 

知るか!

こっちは気を失ってたって言ってるでしょ!!

そもそも、なんで私の与り知らぬところで身体を好き勝手されて、私が筋肉痛で寝込まなきゃいけないんですか!!

 

その上、さらに司令からは——

 

「いつもの小詠くんだな……」

 

——なんて、なぜか訝しむような視線を向けられた。

くそぅ、くそぅ。

私が一体何をしたっていうんだ……。

 

しばらく睡魔に身を任せて眠ろうとしたが、いつものように寝返りを打とうとして激痛が走り、強制的に目が覚まされた。

畜生めッッッッッ!!!!!!!

こうしてゆっくりするのは久しぶりですし?ありがたいんですよ?

でもねぇ!筋肉痛に苦しみながら天井のシミをずっと数え続けていると頭がおかしくなりそうなんですよ!

たまには少しとっ散らかった部屋の光景やカーテン向こうのベランダの光景が見たいんですよ!

 

「とてもつらい」

 

本日二度目。

やっぱり喋ると顎が痛かった。

この筋肉痛はいつまで続くことになるのだろう。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

それから数日。

幾分かマシになったとはいえ、未だに筋肉痛で痛む身体を押して街中を歩いていた。

なぜ家でおとなしくしていないのかって?

日用品がいろいろ切れそうだからですよ!

しかもこういう時に限って司令も了子さんも響ちゃんも誰も電話に出ませんし!

 

「あと……百メートル」

 

壁に手をつきながら、生まれたての子鹿のように震える足で牛歩のごとく歩む。

ちなみに自宅から最寄りのスーパーまでは歩いて十分。

ここに来るまで三十分を要してるので、いつもの三倍遅く進んでいることになる。

三倍遅く進むって意味わからない……。

しかも、残りの百メートルがものすごく遠く見えた。

こんなに遠かったっけ……?

 

「こんなに遠かったっけ……?」

 

道行く人々は私の方へ一瞬視線を向けるが、そのまま去って行ってしまう。

そりゃ誰も助けてくれませんよね!日本人ってそういうところありますもんね!

我関せずとか対岸の火事とかお門違いとかそういう言葉多いですからね!

誰彼構わず助けようとする響ちゃんの方がおかしいんですって!

 

「あっ……」

 

考え事をしながら歩いていたら躓いて転んだ。

全身が筋肉痛のせいでめちゃくちゃ痛い。

両手に力を入れて立とうにも痛くて力が入らない。

これはあれだ、詰んだというヤツだ。

こんな状況で助けてくれるのなんて響ちゃんみたいな人助けが趣味みたいな人間か底抜けにお人好しな人だけだろう。

こうなったら這ってでも行くしかあるまいて。

 

「おいおい大丈夫かよ」

 

ゾンビのごとくズリズリと這いながら進もうとしていたら、ぶっきらぼうだが、優しい手が私を掴んで起こしてくれた。

 

「ああ、すみません。ありがとう——ッ!」

 

「……お前」

 

顔を上げて、私は驚愕した。

それは相手も同じだったらしく、目を丸くしてこちらを見つめている。

 

「ネフシュタンの……!」

 

「アイツと一緒にいた……!」

 

これが、私と雪音クリスのシンフォギアを介さない、初めての出会いだった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「ほらよ」

 

「ありがとう」

 

ネフシュタンの少女改め、雪音クリスちゃんがやっぱりぶっきらぼうに袋を差し出してきた。

その中には、私が買おうとしていた日用品がしっかり詰まっている。

 

「ったく、筋肉痛なら家で大人しくしてろよ」

 

「いや〜、面目無い」

 

ヘラヘラと愛想笑いを浮かべて差し出された袋を受け取るのだが……。

 

(ぐおおお……この程度の重さでも痛むんですか……)

 

「ふっ……ぐぅ……!」

 

「おい、顔が赤いぞ」

 

しまった。

これ以上心配をかける訳には……もといこちらの情報を出す訳にはいかない。

平常心、平常心。

 

「き、昨日唐辛子を食べ過ぎだからかな!?」

 

「なんだそれ」

 

クリスちゃんは呆れたように息を吐くと、私の隣にどっかりと座り込む。

……なんだかとんでもないことになってしまったぞぅ。

ついこの間まで敵対していた女の子と街中でバッタリ会った挙句、買い物までしてもらって、昼下がりの公園のベンチで日向ぼっことは恐れ入る。

何を話せばいいんでしょうか。

 

「ねえ、クリスちゃんはこんなところで何してたの?」

 

「あ?敵のお前に教える訳ないだろ」

 

「デスヨネー」

 

もっと違う話題にしよう。

えーと、えーと……。

 

「なんで助けてくれたの?」

 

「別に深い理由はない。強いていうなら、邪魔だったからだ」

 

「邪魔って……」

 

「考えてみろよ。側から見れば白い毛玉が道端で動いてるんだぞ。」

 

「毛玉って……」

 

「だから退かそうと思った。そんだけだ」

 

「……でも道端なら別に邪魔でも何でもないんじゃないの?」

 

事実、道行く人々は私のことを見て見ぬ振りでしたし。

 

「なっ!いや、確かに……そう、だけどよ」

 

「……もしかしてクリスちゃんって口調の割にはお人よ——」

 

「ち、違うッ!断じて違う!あたしにとっては邪魔だったんだよッ!」

 

顔を真っ赤にして否定しているあたり、どうやら図星らしい。

 

「そ、それよりあっち向け!お前の頭ボサボサすぎて見てらんねえんだよ!」

 

無理やりクリスちゃんに頭を鷲掴みされた私はグキッ!という音が似合う勢いで向こうを向かされる。

筋肉痛との相乗効果でめちゃくちゃ痛い。

しかし、そんな痛みに堪える私をよそに、クリスちゃんはどこから取り出したのか櫛で梳かし始めた。

 

「ったく、どうやったらこんな頭になるんだよ」

 

「いや〜、それほどでも」

 

「褒めてねーよ、バカ」

 

文句を言いながらも梳かしてくれる手は優しく、とてもこの間は敵対していたと思えなかった。

或いは、これが本当のクリスちゃんで、ネフシュタンを纏っているときは悪ぶっているだけなのかもしれない。

ふと、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「ほら、これでよし、と」

 

「ありがとう、クリスちゃん」

 

「別に大したことしてねーよ」

 

そう言いつつも照れているのか、クリスちゃんは頬を染めてそっぽを向いてしまう。

何この可愛い生き物。

 

「なんで頭を撫でるんだ!」

 

「……はっ!?」

 

あまりの可愛さに無意識に撫でてしまった。

おそるべし雪音クリス。

しかし撫でるのはやめません。

フワフワでなんか気持ちいい。

 

「あんまり可愛いかったもんでつい……」

 

「かっ、可愛いとか言うな!あと撫でるのをやめろ!」

 

撫でてた手を払われると、クリスちゃんは逃げるように立ち上がって、少し離れた位置に移動してしまう。

ああ、残念。もっと撫でたかった。

 

「あたしとお前は敵同士だってことを忘れるな!」

 

今度は犬歯を剥き出しにして犬のように威嚇してくる。

はえ〜、可愛い。

なんかこう、まだ人に慣れていない犬って感じがします。

 

「だいたい——」

 

「こんなところで何をしているのかしら?」

 

クリスちゃんが何か言おうとしたところで、それは遮られた。

途端に場の空気が凍り、重たい圧のようなものが支配する。

 

「——ッ!なに……?」

 

「何の用だ、フィーネ!」

 

クリスちゃんの見つめる先には木立がある。

だが、その木立の中からひとりの人影が現れた。

黒い帽子とワンピースのようなものを纏った女。

私と同じように髪が長いが、きっちりと手入れされて切りそろえられた金髪。

サングラスをかけているので、素顔ははっきりしないが、ひとつだけわかることがある。

 

(コイツは……ヤバイです)

 

第六感のようなものがそう叫んでいた。

明らかに普通とは逸脱した空気を纏っている。

 

「貴方には立花響の確保を命じていたはずよ」

 

「言われなくても、自分に課せられたことくらいわかってる」

 

クリスちゃんの返答に満足なのか、フィーネと呼ばれた女は口角を上げて妖艶に微笑んだ。

そのまま彼女は踵を返してその場を去り、反対方向へクリスちゃんも歩き出す。

 

「待って!」

 

ダメだ、クリスちゃんを行かせてはいけない。

何とか引き止めないと。

痛む身体に鞭を打って奮い立たせ、追いかけるための重たい一歩を踏み出す。

 

「ついてくるんじゃねえ!」

 

「でもッ!」

 

「ここから先は戦う力のない奴が出る幕じゃねえんだ。すっこんでろ!」

 

刹那、まばゆい光がクリスちゃんを包み込み、次の瞬間にはネフシュタンの鎧を身にまとって、空へと飛び出していた。

 

「クリスちゃん!」

 

名前を呼ぶが、彼女の姿はすでに遠く、聞こえるはずもない。

私の叫びだけが虚しく虚空に響いていた。

このままではいけない、何となくそんな気がした。

それがわかっていながら——

 

「痛て……」

 

追いかけようとしても、身体はついてこない。

ひき止めようにも、言葉が浮かばない。

痛みに堪えきれず、その場に蹲る。

——見送ることしかできない自分に、歯噛みすることしかできなかった



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されど和解には程遠く

 

遠くで爆音が聞こえた。

ここからそう離れてはいない所が発生源だということは理解できた。

おそらく、響ちゃんが近くにいたということでしょう。

よかった、ならまだ間に合う。

こんな戦い間違ってる。

無意識に人を助けてしまう彼女が本心から人攫いをやりたいと思っているはずがありません。

もしかしたら私の勘違いかもしれない。

もしかしたら私の独善かもしれない。

それでも……。

雪音クリスという少女のことを知ってしまった。

だから、見過ごすことなんてできない!

 

「ふっ……ぐぅ……!!」

 

骨が軋む。

筋肉が悲鳴をあげる。

神経は今にも千切れてしまいそうだ。

それでも、立ち上がる。

 

歌え、唄え、謳え、詠え。

心のままに。

 

「——————————————」

 

聖詠を捧げる。

まばゆい光に包み込まれた私はシンフォギアを纏った。

 

「行くぞッ!!」

 

〈バンカーシェル〉を炸裂させて、私は空へと翔ぶ。

中空から見下ろした公園の、その向こう。

森の中から土煙が上がっている所が見える。

たぶん、あそこに響ちゃんとクリスちゃんがいるはずです。

 

『小詠くん!何をしている!』

 

私がシンフォギアを纏ったことを確認したのか、通信機から逼迫した様子の司令の声が聞こえてきた。

 

『君にはまだ安静が必要だ!今すぐシンフォギアを解除しろ!!』

 

「すみませんがそれは聞けない相談です!」

 

言うのが少し遅かったようですね。

シンフォギアを纏ってしまえばこっちのもの、好きにやらせてもらいます。

 

「響ちゃんとクリスちゃんの戦いを止めに行きます!引き止めても無駄ですからね!」

 

『……無茶だけはするんじゃないぞ!』

 

「善処します!」

 

着地して再び跳躍、あまりの痛さに膝をつきかけたが、無理矢理〈バンカーシェル〉の炸裂で跳び上がる。

森の中、開けた場所で対峙する響ちゃんとクリスちゃんが視えた。

 

「ぶっ飛べよ!アーマーパージだッ!!」

 

ネフシュタンの鎧が眩しいほどの光を内側から放出している。

それを見た私は即座に空中で体勢を変え、二人の間に飛び込む軌道に乗った。

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

LIGHTNING KICK(イナズマ・キック)

 

腰部のブースターで加速した私はフルパワーの一撃を纏い、急降下する。

流星のごとき一撃でふたりの間に割り込み、着地と同時に落下エネルギーと〈バンカーシェル〉の衝撃で地表砕き、大地を隆起させ天然の盾へと変える。

 

「小詠さん!?」

 

驚く響ちゃんを気にする間も無く、次の瞬間、クリスちゃんの纏っていたネフシュタンの鎧が文字通り弾けた。

全方位へと飛び散った鎧が、木々を薙ぎ倒し、東屋を倒壊させる。

後には何も残らず、岩陰に隠れていた私と響ちゃん、そしてこの状況を作ったクリスちゃんだけが残った。

 

「小詠さん、どうしてここに!?まだ筋肉痛で寝込んでいるんじゃ……」

 

「色々あったってことにしておいて。今はクリスちゃんを止めに来たとだけ言っておくわ」

 

「そ、そうなんですか?……というかなんで小詠さんがクリスちゃんの名前を……?」

 

響ちゃんはいつもの調子で次々と質問をぶつけてくる。

ええい、少しは落ち着きなさいって。

 

「まあ、ちょっとね。それよりも……」

 

立ち上がって、岩の向こうに立つクリスちゃんを見る。

俯いたまま怒りに震えているのか、拳を握りしめて、こちらを睨みつけていた。

 

「お前……!」

 

「クリスちゃん……」

 

土煙が吹き荒れる中、私とクリスちゃんが対峙する。

その後ろにいる響ちゃんはよくわかっていないのかキョトンとした顔つきで私たちを見ていた。

 

「……裸で恥ずかしくないの?」

 

私はキメ顔でそう言った。

 

「なっ!?バッ、バカにしてんのかッ!!」

 

「バカになんてしていない!本当にそう思ったんです!」

 

事実、女同士とはいえ裸を見られて恥ずかしくない人がいるとは到底思えませんが……。

だいたいなんで一糸まとわぬ生まれたままの姿だっていうのに仁王立ちしてこっち睨みつけてるんですかクリスちゃんは。

司令が付近に避難警報出してなければ誰かに見られてたかもしれないというのに。

 

「ハッ!ふざける余裕があるならこっちも手加減なんてしねぇぞッ!」

 

「クリスちゃん!?何を!」

 

「Killter Ichaival tron」

 

これは……聖詠!?

まさか隠し玉ってことですか!?

 

『アウフヴァッヘン波形を確認!これは……!』

 

『イチイバル……だとぉ!?』

 

『間違いありません!失われた第二号聖遺物イチイバルです!』

 

「クリスちゃん……あなたも適合者ってこと……なの」

 

光を纏うクリスちゃんを見つめて呆然と呟く。

もし彼女が適合者だというなら、なおのこと私たちが戦う理由などないはずだ。

 

「……本当は使いたくなかった。教えてやるよ小詠ッ!あたしは歌が嫌いだッ!」

 

「歌が……嫌い……?」

 

自分を包んでいた変身の際に発生するバリアフィールドを吹き飛ばしたクリスちゃんは両手に構えたガトリングをこちらに向けてくる。

 

「穴あきチーズにしてやるッ!!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

いやそこは蜂の巣じゃないんですか。

と言うツッコミをする暇もなく、迫る弾幕から逃げ回る。

筋肉痛はとうに感じなくなっていた。

おそらく脳内麻薬的なサムシングで感覚が麻痺しているだけでしょう。

これは後が怖くなってきたぞぅ。

 

「うわわわわっ!!!」

 

「もってけフルバーストだッ!!」

 

【MEGA DEATH PARTY】

 

今度はミサイル!?ならッ——!!

 

「ちょろちょろとッ!うざってぇ!」

 

木々を盾にしてミサイルとガトリングの嵐を何とか掻い潜り、弾幕から逃げ切る。

が、不規則な軌道で追いついたミサイルが私を追い越して前方で爆発し、広場の方へと吹き飛ばされてしまった。

空中で受け身を取り、体勢を立て直して着地すると、クリスちゃんと再び対峙する形になる。

しかし、武器は構えても攻撃してくる様子はなく、立ち尽くしたままこちらを睨んでいた。

 

「おい小詠!どうしてさっきから攻撃しようとしない!」

 

「どうしてって……クリスちゃんを止めるのに戦う必要なんてないでしょ?」

 

「ふざけたことを吐かすな!戦う力も戦う気もないヤツはすっこんでろって言ったはずだ!」

 

「あるよ、戦う力。でもこれはクリスちゃんと戦うための力じゃない」

 

シンフォギアは人同士で戦うために作られたものなんかじゃない。

こんなことはきっと間違ってる。

 

「ノイズと戦うための力だ!だから私はクリスちゃんとは戦わない!」

 

「この期に及んでまだそんな甘っちょろいことをッ!」

 

手にしたガトリングから弾幕が放たれる。

が、今度は逃げません。

私の覚悟をクリスちゃんに見せてあげます。

 

「……今度は避けようとすらしねぇのか」

 

「これが私の覚悟だよ、クリスちゃん。もうこんなことやめよう?」

 

「ハッ!足が震えてるくせによくもまあヌケヌケと言えたもんだ!」

 

ぐっ、痛いところをつきますね。

ここに来るまでに酷使した上に急降下キックと逃げ回ったせいで限界を超えてたから、実は動けませんでした……なんて口が裂けても言えない。

正直なところ、もう立ってるだけで精一杯なんですよね。

このまま和解ってことになりませんか?なりませんかそうですか。

 

「言っとくがあたしはお前やアイツ()ほど甘ちゃんじゃないんでな!」

 

低い駆動音とともにガトリングの銃身が回転を始める。

ガシャンという音ともに腰部のハッチが開いて大量のミサイルが顔を覗かせた。

 

「小詠さんッ!」

 

「大丈夫だよ、響ちゃん」

 

こちらに駆け寄ろうとする響ちゃんを笑顔で制止する。

動けない上に銃口を向けられて怖いくないわけがありません。

でも、そんな時こそ自分は大丈夫だって笑うものです。

どんなに怖くても、どんなに追い込まれても。

 

「いい言葉を教えてあげる。ピンチの時こそ笑え。……覚えておいて」

 

「ピンチの時こそ……笑え」

 

そう。

私たちはノイズに対抗できる唯一の希望。

シンフォギア装者なのだから。

 

「それじゃあ閻魔様によろしくなッ!!」

 

低い駆動音が激しい炸裂音に変わる。

大量のミサイルが風を切る音が聞こえる。

 

「小詠さんッ!」

 

叫ぶ響ちゃんを安心させるように振り返って、もう一度笑ってみせる。

 

そして、次の瞬間。

私の視界は真っ白な閃光と、耳をつんざくような爆音に飲み込まれた。



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結果から言えば、私は死ななかった。

当然です。

言ったでしょう?信じているって。

私は信じていました。

クリスちゃんを。

響ちゃんを。

仲間たちを。

 

「……盾!?」

 

「剣だッ!!」

 

天から降り注ぐ声。

爆煙が晴れると、私とクリスちゃんの間には巨大な剣が突き立っていた。

 

「遅れてすまない。大事ないか?鳴神」

 

「おかげさまでこの通りピンピンしてます」

 

とは言ったものの、動けないことには変わりないのですが……。

駆け寄ってきた響ちゃんが肩を貸してくれたので倒れずに済みましたが……ちょっと無茶のしすぎですかね……。

 

「ハッ!死に体でおねんねと聞いていたが……足手まといがここに来て何しようってんだ?」

 

「……そうね。確かに今の私は足手まといかもしれない」

 

フワリと巨大な剣から飛び降りて、舞うように着地する。

 

「それでも、もう何も……失うものかと決めたのだ」

 

「翼さん……」

 

「力を貸して欲しい。立花、鳴神」

 

「はいッ!」

 

「背中は任せてください」

 

私たちを一瞥した翼さんはフッと微笑みを浮かべると、手にした刀を構えてクリスちゃんへ向かって飛び出した。

 

「オラオラァッ!!」

 

対してクリスちゃんも、ガトリング掃射で対抗するが、翼さんはそのことごとくを紙一重で躱しながら接近する。

これこそが剣と鍛えられた風鳴翼の本来の力なのだと言わんばかりに。

クリスちゃんの戦闘センスも私たちより遥かに抜きん出ているが、翼さんはそれすらも凌駕しているようにも見えた。

振るわれる太刀筋は鋭く、武器の相性も相まって、クリスちゃんを終始圧倒する。

 

そして、戦いはものの数分で終わりを迎えようとしていた。

 

「うざってえッ!!」

 

再びガトリングを構える。が——

 

「!?」

 

突如空から降り注いだノイズによって、クリスちゃんの両腕のガトリングが破壊される。

そしてさらにもう一匹のノイズが、クリスちゃんへと体当たりをしようとしているのが見えた。

 

「クリスちゃんッ!!」

 

考えるより先に身体が動いていた。

支えてくれていた響ちゃんの手を離れて、両脚の〈バンカーシェル〉を同時に炸裂させて飛び出す。

体勢を整えている暇はない、シンフォギアそのものがノイズに対して特攻になるはずだ。

体当たりとも言えないような姿勢でノイズにぶつかった私は、そのままクリスちゃんの胸に飛び込むような形になる。

あ、すごく柔らかい。役得役得。

 

「お前何やってるんだよッ!?」

 

「いやぁ……勝手に身体が動いてさ」

 

でも、もう今ので身体の限界が超えましたね。

これ以上動いたら死にますよ私。主に筋肉痛で。

 

「バカにして!余計なお節介だッ!」

 

「あっははは……そうかもね」

 

私も響ちゃんやクリスちゃんの事は言えませんね。

無意識に助けに入ってしまうなんて。

……はて、私ってこんなキャラだったんでしょうか。

確か記憶を取り戻すついでにノイズと戦っていたはずです。

いままでも確かにシンフォギアを纏って人助けをしてきましたが、ここまで肩入れすることってなかったような気もするんですけど……。

いや、考えるのは止しましょう。

今はこの感触を堪能してやるのです。ぐへへ……。

 

「ぐへへ……」

 

「あ!?何笑ってんだよ!」

 

おっと、久しぶりに口に出てしまいました。

お口にチャックです。

とまあそんな調子でふざけてはいるが、こんな時にノイズの襲撃なんてタイミングが良すぎますね。

なんだか嫌な予感が……。

 

「命じたこともできないなんて……貴方は私をどこまで失望させるのかしら」

 

「ッ!?」

 

「この声……!」

 

いやフラグ回収早いな。

どこからともなく聞こえてきたこの声には聞き覚えがあります。

しかもついさっき聞いた声じゃないですか。

確か名前は——

 

「フィーネッ!?」

 

——そう、フィーネです。

音楽用語で楽曲の終止を意味するイタリア語。

首も動かせないので、視線だけを這わせると、展望台の手すりに肘をつき、その手に杖を持ったフィーネが見えました。

 

「くっ!こんな奴がいなくたって、戦争の火種くらいアタシひとりで消してやるッ!!」

 

突き飛ばされた私はそのまま今度は響ちゃんに受け止められる。

こっちもこっちで良い感触ですぐへへ。

 

「ぐへへ」

 

「小詠さん!どこかぶつけたんですか!?」

 

いけない、また出てしまった。

どうも私は意志が弱いらしい。

なんだか真面目な空気漂う中だというのにふざけてしまうのは私のサガなのか。

 

「そうすれば、アンタの言うように人は呪いから解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろ!?」

 

「…………はぁ」

 

クリスちゃんは一体何を言っているんです?

戦争の火種とか呪いとか、元に戻るとか。

それともあのフィーネとかいう女が何か吹き込んだとかそういう類のお話ですか?

 

「……もう貴方に用はないわ」

 

「ッ!?何だよソレッ!!」

 

「言葉通りの意味よ」

 

こちらを向いたフィーネが、手にした杖を差し向ける。

すると、空を旋回していたノイズが手裏剣のように変貌し、落下してきた。

 

「クリスちゃんッ!」

 

飛び出そうとする。が身体は鉛のように重く、血液は沸騰して全身を駆け巡り、神経は引き裂けそうなほど痛かった。

 

「ぐっ……」

 

たまらずに膝をついて蹲る。

このままだとクリスちゃんが……!

 

「鳴神ッ!!」

 

しかし、私よりほんの少し遅れて反応した翼さんがノイズを斬り捨てたことで事なきを得るが、今の一瞬の隙で、フィーネの姿は忽然と消えていた。

 

「待てよッ!フィーネッ!!」

 

「クリスちゃん!待ってッ……痛ぅ……!」

 

フィーネが消えたと思わしき方角へ走り出したクリスちゃんを止めるべく手を伸ばすが、その手は届かない。

またしても私は、ただ手を伸ばすことしかできなかった。

 

茜色の空、夕陽が沈む海へと消えたクリスちゃんの姿が焼き付いて消えてくれない。

 

「畜生ッ……!!」

 

ほんの少し、クリスちゃんとの距離が縮まったと思っていた。

でも、そんなことはなかった。

近づいたと思っていた心は再び離れていき、うるさいくらいに苛む。

伸ばした手が掴みかけたモノ。

差し出した手から零れ落ちたモノ。

記憶をなくした私は無くしてばかりだ。

 

でも、この程度で諦めるものか。

この程度で、歩みを止めてたまるものか。

たとえそれが一握りの可能性だとしても。

この胸の想いを届けるために、今はただ前に進むだけだ。

 



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ヤマアラシのジレンマ

 

クリスちゃんの襲撃から数時間後。

私は医療班に回収されて二課管轄の医療施設に半ば連行される形で収容された。

限界を超えて戦ってしまった私は、当然ですが司令からめちゃくちゃ怒られました。

しかも身体の方も本当の意味で限界一歩手前まで来ていたらしく、医療班の方曰く——

 

「あと一回でも強烈な負荷がかかっていれば、二度と歩けなかったかもしれません」

 

——ということらしい。

ただ、それでも〈バンカーシェル〉の使いすぎによる衝撃で足の神経はズタズタになっていたらしく、何とか縫合して治すことには成功しましたが、ふくらはぎからつま先にかけて裂傷のような跡が残ってしまったらしいです。

まあ、司令の言いつけ破って無茶しちゃったわけですし、自業自得ですよね。

幸い靴下とかで隠せそうだからいいんですけども。

 

それから司令にしばらくの間は絶対安静を言い渡され、半ば軟禁状態での入院生活だったのですが、なぜかとても賑やかな一週間を過ごしました。

響ちゃんや翼さん、二課の方々もお見舞いに来てくれたのが原因ですね間違いなく。

響ちゃんはあの日、親友にシンフォギア装者だったことがバレて気まずいことになっているとめっちゃ重たい相談を持ちかけてきますし。

翼さんは先輩らしく気遣ってくれて、色々お世話してくれるので助かりますが、刃物系のシンフォギアを纏っておきながら果物を切るのが下手だと判明しましたし。

藤尭さんや友里さんはいつものようにあったかいもの差し入れしてきますし。

たまにくる司令に至っては戦い方の参考にしろと御用達の面白映画を持ってくる始末ですし。

いやまあ、嬉しいですよ?

賑やかなのは嫌いじゃないですし。

ただみんなそれぞれの個性が爆発してて、記憶喪失って個性しかない私からすれば対応に困るんですよ。

 

仕方がないので、響ちゃんには司令が言いそうな事を伝えたら——

 

「師匠にも同じことを言われました……」

 

——と、先回りして答えを潰されていた。

じゃあもう私にできることはない!自分で考えろ!

 

翼さんは切るのがあまりにも下手すぎて、指先を何度か切ってしまったのを見兼ねた私が剥いて逆に食べさせるなんてことになっていた。

何でノイズを斬るのは上手いくせに果物切るのが下手なんですかねえ。

『きる』って字が違うから?うるせえよ。

藤尭さんと友里さんは任務の合間に交互にやってきてはあったかいものを置いていくんで、それとなく違うものをオーダーしてみたら次に持ってきたのはおでん缶……。

そうじゃなくて!もっとこうあったんじゃないですか!?

おでん缶は美味しくいただきましたけども!

 

司令は一回しか来てくれませんでしたが、その一回で数十本の映画を置いてくのやめてくれませんかね。

全部観れるわけないでしょうに。

しかもそこそこ面白いのが腹立つ。

 

とまあ激動の一週間を病室で過ごした私は、晴れて今日、退院となった。

身体も完全に快調したし、いつものようにシンフォギアも纏うことだってできるでしょう。

 

「ふっかーつ!」

 

気合いを入れて久しぶりに袖を通した制服は少しゴワゴワしてて、少しだけやる気が削がれた気がした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「あ〜……」

 

約二週間ぶりの登校となる学院の午前中の授業を終えた私は机に突っ伏して死にかけていた。

なんだか頭が湯気が上がってる気がする。

 

「やっと……終わった……」

 

真っ白なノートをカバンに放り込み、ひんやりした机に額を押し付けて、熱を持った頭を冷やす。

たった二週間でなんという進み具合だ。

先生の言っていることが何一つ分からなかった。

難しいとかそういう次元じゃない、理解不能です。

これは進級できるかも怪しくなってきましたね……。

後で誰かに教えてもらおう。

 

「鳴神さん」

 

などと考えていると、声をかけられた。

顔を上げると、見知った顔が3つ、私を見つめている。

 

「一緒にお昼ご飯」

 

「食べない?」

 

三つ子もびっくりな連携で私の机を取り囲み、昼食に誘ってきたのは、一年の頃から何かにつけて私に声をかけてきてくれる三人娘、鏑木乙女、綾野小路、五代由貴でした。

ちなみに眼鏡をかけてる一番小さいのが鏑木乙女で、カチューシャをつけたのが綾野小路、ポニーテールにしているのが五代由貴です。

彼女たちが何度もメゲずに声をかけてきてくれたおかげで、問題児扱いされていた私がクラスに馴染むことができたと言っても過言ではありません。

まあ、まだ一部の方々からは問題児扱いされていますけどね。特に先生方ね。

それはともかく、そんな恩人たちからの誘いを断るわけがない。

 

「いいですよ、学食ですか?」

 

「ううん、お弁当持ってきたんだけど、鳴神さんは?」

 

「ありゃ、お弁当ですか。参ったな、私持ってきてないんですよねえ」

 

連絡をくれれば、適当に作って持ってきたんですけどね。

病み上がりってこともあって作るのが面倒だったってのもあるんですけども。

と、どうしようか決めあぐねていると、ポケットの中の携帯が震えた。

三人娘に見つからないように確認すると、液晶には風鳴司令の文字が。

連絡ってそっちじゃねーよ。

そっちの連絡はノーサンキューです。

なんでこうタイミングがいいのか悪いのかよくわからん時に来るんですか。

大方予想はつきますけど、あえて言うなら嫌な予感しかしません。

 

「そうなの?じゃあ学食で食べようか?」

 

「あー……そういえば先生に呼ばれてましたっけ。すみませんが先に食べててください」

 

学食に向かおうとする三人を制して、ガタリと椅子から立ち上がった私は、後ろ手を振りながら、足早に教室を後にした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「ホンットにノイズってばタイミング悪いッ!!」

 

予想通り司令からノイズ出現の連絡を受けた私は、リディアン音楽院を飛び出して現場に向かっていた。

私ってば呪われてる!主にノイズにッ!!

どうしてこう何かするときに限ってノイズは空気を読んだみたいに現れるんですかッ!

空気を読むならもっと読め!主に私を労わる方向で!!

 

逃げ惑う人々をかき分けながら商店街を突き進み、ノイズへの恨みつらみを募らせる。

 

「ノイズのあん畜生は何処ですかッ!!」

 

司令から共有された出現地点はこの辺りのはずですが……。

辺りを見回しても人っ子ひとりどころかノイズ一匹すら見当たらない。

 

「あれは……!」

 

……いえ、ひとりいました。

視線の先、道路のど真ん中で蹲っている女の子がいます。

しかも見覚えのある姿です。

ピンときた私は駆け寄るのだが——

 

「関係ない奴らまで巻き込んで……!あたしがしたかったことは、こんなことじゃないッ……!こんな……ことじゃッ!!」

 

——蹲っていたのはクリスちゃんだった。

彼女は涙で地面を濡らしながら、何度も何度も拳を叩きつけて、叫んでいる。

血が滲んでも、皮膚が破れても、何度も何度も何度も。

 

「だけど……いつだってアタシのやることは……いつもいつもいつもいつもッ!!」

 

「クリスちゃん……」

 

「ッ!?……お前、何の用だよ!」

 

「何の用って……ノイズが現れたんだからやることはひとつでしょ?」

 

蹲るクリスちゃんに手を差し伸べるが——

 

「お前の手なんか借りなくても立てるッ!」

 

——ノータイムで払われてしまった。

ちょっと痛かったぞクリスちゃん。

 

「……ねえクリスちゃん。さっき言ってたことって……」

 

関係ない人たちを巻き込んでとか、あたしのしたかった事とか、まるで自分がこの原因を作ったみたいに言っていた。

でも、今のクリスちゃんは、あの時のようにノイズを呼び出す杖も持っていないし、そんなことができるとは到底思えない。

なのになんで……。

 

「お前には関係ない!これはあたしの問題だッ!!」

 

「またそうやって……」

 

「うるせえッ!」

 

怒髪天を突く勢いで激昂するクリスちゃんに胸倉を掴まれて引き寄せられる。

 

「人の問題に首を突っ込むなッ!どうせ本気で助けたいなんて思っちゃいねえんだろ!?見ない聞こえないで放っときゃいいだろうがッ!!」

 

「そんなことない!私はクリスちゃんがそうやって何でもかんでもひとりで背負いこもうとする理由が知りたいんだ!」

 

至近距離で睨み合いをする中、視界の端で、こちらに迫りつつあるノイズの姿が映る。

 

「————————————」

 

「Killter Ichaival tron」

 

それを見つけた私たちは同時に聖詠を唄い、シンフォギアを纏って迫るノイズをパンチと蹴りでぶっ飛ばした。

なんでこんどは空気を読まないで出てくるんですかノイズは。

さっきまでどこにもいなかったじゃないですか。

出てくるなら一言言ってから出てきてほしいですね。

わりかし切実にそう思うんですけど。

 

「邪魔しないでッ!」

 

「邪魔するんじゃねえッ!」

 

ぶっ飛ばして、炭素塊となったノイズの向こうには、たくさんのノイズが控えていた。

が、そんなことは関係ないと言わんばかりに肩を並べた私とクリスちゃんが同時に叫び、それがノイズたちとの戦闘開始の合図となった。

だというのに、ノイズには目もくれず、クリスちゃんと正面から対峙して出方を伺う。

できればクリスちゃんとは戦いたくありませんでしたが、前言撤回です。

話してくれるまで私も断固として姿勢を変えないことにします。

具体的にいうとボコボコにして理由を吐かせてやるッ!

 

睨み合いになって数十秒、先に動いたのはクリスちゃんだった。

 

「口ではなんとだって言える!あたしの知ってる連中は誰もあたしをまともに扱う奴はいなかった!」

 

両手のクロスボウがガトリングに姿を変えて、一斉に掃射してくる。

面だろうと点だろうと、快復した私にただの掃射ごときは当たりませんよ!

ひょいと射線から離脱して躱すと、その後ろにいたノイズが穴あきチーズよろしく蜂の巣になって消し炭になった。

 

「だったら私が正面から受け止めてみせますッ!」

 

〈バンカーシェル〉の炸裂で一息に距離を詰め、回し蹴りを繰り出すが、ジャンプで躱された。

でも空振りではなく、クリスちゃんの後ろから迫っていた人型ノイズの胴体をくの字にへし折り、炭素に変えた。

 

一瞬、至近距離で武器を構えたまま膠着状態になるが、眼前で放たれたエネルギーの矢を、バック転、バックステップ、サイドステップでとにかく躱して距離を取る。

 

「ならお前にわかるのかッ!?痛いといっても、やめてといっても相手にされないあたしの気持ちが!」

 

イチイバルの腰部アーマーが展開して、いくつものミサイル弾頭が顔を覗かせる。

そのまま激しい炸裂音とともにミサイルが放たれた。

 

前は林があったので盾がわりに逃げれましたけど、こんな商店街のど真ん中じゃそんなものあるはずもないですよね。

なので、こういう時はノイズを盾にして逃げるに限ります。

 

「わかるわけがないッ!私はクリスちゃんじゃないんだ!」

 

「だったらッ——!」

 

走り回りながら、逃げ回りながら、後方では着弾したミサイルが次々とノイズを紅蓮の炎で包み込んでいく。

さすがに火力では向こうに軍配が上がりますよね。

絶え間なく続くガトリングとミサイルによる波状攻撃、対してこちらは一撃は強力だが近づかないと効果を発揮できないときた。

これはもう被弾覚悟で突っ込むしかありませんね。

 

「でも!知ろうとしないと一生分かり合えないッ!」

 

攻撃と攻撃のわずかな刹那に賭けて、再び〈バンカーシェル〉の炸裂による加速で一気に距離を詰める。

その決断が功を奏したのか、見事にハマってくれた。

 

「ッ!御託をッ!!」

 

私の突き出すような蹴りがクリスちゃんの後ろから迫るノイズをブチ抜き、クリスちゃんの構えたガトリングが、私の背後から迫っていたノイズを穴あきスポンジに変える。

周囲のノイズを巻き込んで繰り広げられる私とクリスちゃんの戦いは、場所を変えて第二ラウンドが始まろうとしていた。



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踏み出す勇気、踏み込む勇気

 

——特異災害対策機動部二課。

室内中央に備え付けられた巨大なモニターには、ノイズとの戦いを繰り広げる装者たちの様子が映し出されているのだが——

 

「武御雷槌とイチイバルが戦闘を開始してから十数分が経過しましたが……」

 

「これは……共闘と言っていいのでしょうか」

 

——どういうわけか、映像の中の彼女たち(小詠とクリス)は互いに戦いながらノイズを殲滅している。

いや、ノイズは巻き込まれているだけと言ったほうがいいかもしれない。

しかし、知ってか知らずかその戦いの余波に引かれたノイズが街中から、ふたりが戦う場所に引き寄せられていることもまた事実だった。

 

情報管制官である藤尭朔也も友里あおいも、ほかに常駐しているスタッフですら唖然としてモニターを見つめている。

 

「何をやってるんだアイツらは……」

 

あの風鳴弦十郎でさえ、困惑を隠せずにモニターを見守っているのだ。

 

「どうしますか、司令」

 

「どうもこうもないだろう」

 

弦十郎はやれやれと頭に手を当てながら、呆れつつも、地上へ直通しているシャフトへ乗り込む。

 

「いつだって喧嘩の仲裁は大人の役目だ」

 

これ以上ないくらい頼りになる言葉を残して、シャフトのドアは閉じられた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

戦いの場所を河川敷に移した私とクリスちゃんは戦い続けたまま、でも決着は付かず、周りのノイズだけが次々と殲滅されていた。

何度目かの攻防の末、対峙した私たちは肩で息をしながら互いを見つめる。

 

理由を聞き出すまで戦う覚悟してましたけど、ここまで頑固なのは予想外ですね。

正直体力的にもかなりキツくなってきました。

歌いながら、説得しながら、身体を動かして休まる暇がない。

でも、それはきっとクリスちゃんも同じはず。

 

「どうした?もうへばったのか!?」

 

「……誰が!これからが本番だッ!」

 

売り言葉に買い言葉ってやつですかね。

挑発うまいなぁクリスちゃんは。

ふたり揃って息も絶え絶えなくせに闘争心だけはいっちょまえにあるから手に負えない。

とはいえ、いくら闘争心があっても体力は有限。

ぶっちゃけ次の一撃でもう限界なんですよね。

 

「そいつは奇遇だ!アタシもまだ八割くらいしか力を出してねえからな!」

 

「へぇ、実は私は七割くらいしか出してないけどね!」

 

「そうかよ!あたしは半分も出してねえ!」

 

「四割!」

 

「三割!」

 

「その半分!」

 

「「だったら——!!」」

 

私とクリスちゃんの声が重なり、同時に動く。

クリスちゃんは両手のガトリングと腰部のミサイルを全開にして構え、私は〈バンカーシェル〉の炸裂で飛び出す。

そのまま身体を大きく捻って、蹴りに回転を加える、いわゆるひとつの旋風脚というやつです。

 

「「——これが(あたし)の全力だァァァァッ!!」」

 

WILD VOLT(ワイルド・ヴォルト)

 

【MEGA DEATH PARTY】

 

「おおおおおああああッ!!!」

 

私たちの叫び声をかき消すほどの雄叫びが聞こえた気がした。

が、その程度で私たちの攻撃が止まるはずもなく、インパクトした私の必殺技とクリスちゃんの弾幕が炸裂し、耳をつんざくほどの爆音と、衝撃が辺りを揺らして、大気は暴風となって吹き荒れ、その雄叫びすらもかき消した。

爆煙の中、何かに当たった手応えだけを感じていたが、同時にさすがにやりすぎたとも感じた。

……まあ、そんな考えは杞憂でしたし、爆煙が晴れた光景を見て、私は目を疑いましたけどね。

 

「翼と響くんの次はお前たちか……何をやってるんだ、まったく……」

 

そこには、いつぞやの訓練の時と同じように私の一撃を受け止めている司令が、しれっと立っていた。

あ、でも前は受け止められたけど、今回はがっしり足を掴んでいる辺り、前よりは成長してるってことなんですかね。

いつも着ている赤シャツも肩口くらいまでボロボロになってますし、やりぃ。

 

「……なんで司令がここにいるんですか」

 

「お前たちが周りも見ないで勝手にヒートアップしてるから、止めに来たんだろうが」

 

そう言われて周りを見て気づきましたが、ノイズはほぼ殲滅していたのか、炭素の山が至る所に形成されていた。

今の一撃で舞い上がった炭素も含めれば相当数のノイズが私たちの戦いのついでに倒されたってことですね。

 

……いや、待って。

周りも見ずにクリスちゃんと戦っていたことは認めますけど、それを現場に来て止めるって考えおかしくない?

普通、通信とかでやめろと一言言えばいいのに生身でシンフォギア同士の戦いに割り込むとか何考えてるのこの人。

しかも、結果的に戦闘止めてるし。

やっぱ司令の強さおかしいですって。

 

ふと、司令の向こうを見れば、足元が砂利だというのにも関わらず地面が隆起して私がやったみたいに盾にしてますし。

クリスちゃんもありえねぇみたいな顔でこっち見てますし。

 

「ありえねぇ……」

 

ついには言っちゃいましたよ。

その気持ちはわからんでもないですけど。

見慣れた私でさえおんなじ気持ちですけども。

 

「ともかく、これ以上の戦闘は看過できん。そんなに戦いたいなら俺が相手になる」

 

「いや、それはいいです」

 

だからなんでこの人は当たり前のようにシンフォギアと戦おうとしてるんですか。

抑止力ですか?抑止力のつもりですか?この上ない抑止力ですね!畜生!

 

司令が遠慮はいらないぞと言って私が結構ですというやり取りを繰り返していると、クリスちゃんは呆れたようにため息を吐き、シンフォギアを解除して、背を向けて去って行こうとする。

 

「——クリスちゃん!」

 

司令を押し退けて去ろうとする彼女を呼び止めると、立ち止まって顔だけこちらを振り向いた。

 

「さっきお前が言った言葉。……本気なのか」

 

「……うん。私はクリスちゃんのことが知りたい。あの時泣いていた理由を知りたい」

 

「…………」

 

「もし私を信じてくれるなら、クリスちゃんが話してくれるまで待つよ」

 

「……そうかよ」

 

クリスちゃんは短く返事をすると、スタスタとまた歩き出す。

この場には、私と司令だけが残されて、去っていくクリスちゃんを黙って見送った。

 

「……俺は、またあの娘を救えないのか」

 

ポツリと、でもハッキリとした司令の呟きが聞こえた。

 

「……クリスちゃんのことですか?」

 

「ああ……」

 

『また』というのがいつのことを指しているかは、私にはわからない。

でも、何度も失敗してきた。そんな重みを感じた。

 

「なら、次こそ救い出してやりましょうよ、司令」

 

「小詠くん……」

 

幸か不幸か、私には記憶がない分、他人の思いを受け止めることはできる。

それで気持ちがわかることはなくとも、わかり合うことで、思いやることはできるはずです。

何も知らないよりは、その方がまだマシです。

 

「ひとりではできないことも、ふたりならできます。それでもダメなら三人、四人……何度だって救いに行きます」

 

どうにも私は諦めが悪いみたいなので、はいそうですか、と受け止められないらしい。

まあ、受け止められるっていうのも、それはそれでどうかと思うけど。

 

「無意識に人助けをしてしまうような娘が、私たちの敵のわけがないです。だから、クリスちゃんは私たちの仲間になれます。きっと」

 

「……フッ、そうだな」

 

悩みのタネが取れたように、満足そうに笑った司令は、その大きな手で私の頭を掴んでわしゃわしゃと撫でてくる。

頭がボサボサになるからやめてほしいんですけどね。

はいそこ、いつものこととか言わない。

 

「頼りにしてるぞ、小詠くん」

 

頭を撫でてくる司令に抗議の眼差しを向けようと顔を上げた刹那——

 

「……ッ」

 

——以前にも似たようなことがあったのか、誰かを空目した気がした。

逆光の中で顔はよく見えないが、辛うじて見える口元は微笑んでいる。

もしかしたら、私の無くした記憶の中にいる誰かの姿なのかもしれない。

ただ一つだけわかることは、その記憶の中の手も、今撫でてくる司令の手も、どちらも優しいものだということだけだった。



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