緑亜の君へ (タナト)
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異形―ANOTHER BEAST

 スランプを脱するためのリハビリ的作品です。
 3話の予定です。
 いろいろ突っ込みどころはあるでしょうがよろしくお願いします。


  

眠らない街、東京。この街には絶望が棲む。

  人に紛れ、人を喰らい、人に狩られる、そんな存在が…

 

彼と初めて出会ったのは、ちょうど5年前、冬の雪の降る日だった。深夜に私が執筆の息抜きに自宅近くの公園の周りをうろうろしていたら、街灯が照らすベンチに座って何やら本を読みながらハンバーガーを食べる彼を見かけた。服はボロボロで、一生懸命ハンバーガーにがっついて、なのに目線は本に釘付けになってる。だけど単なる浮浪者の類とは違う雰囲気を纏う彼のことが気になってね、別に食べたいと思って近づいたわけじゃないんだ。

 

「ねぇ、お兄さん♪こんな時間に一人で何してるの?」

 

彼にそう言いながら、読んでいる本をのぞき込むと喰種についての本だった。

私はますます彼に興味がわいたよ。

 

「なんですか、あなた。女性がこんな時間に一人で、何があるかわかりませんよ…」

 

「君こそ、そんなもやしみたいな身体じゃ、その本に出てくる怪物相手じゃなくても喰べられちゃいそうだけどな~」

 

 私がにんまりしながら言うと、彼は目を丸くした。かわいかったな~

 

「余計なお世話ですよ」

 

彼はハンバーガーを食べ終わると包み紙を丸めて立ち上がった。

 

「なぁ君、少し話していかないか?こんなところに一人でいた変人同士さ。私退屈でしょうがないんだ」

 

それでも彼はそそくさと立ち去ろうとしてね…

 

 

 

「待ってください…」

 

ガラス越しにいる青年が私の話を遮る。

 

「ん、なんだね?」

 

青年、佐々木排世こと金木研は不満そうな顔をしてこちらを見てくる。

 

「それ惚気話ですか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

ガタッ

 

青年はすごい勢いでで立ち上がる。

 

「時間の無駄だった…」

 

青年は振り向きざまに、あきれ顔で呟く。

 

「悪かった、何、少しからかっただけだ。私も暇なんだ。それに、この話は「君」にとって有益だと思うよ」

 

「僕はただ、貴女が所持を要求した、この五円玉が何なのかを聞いているんです。これは確かに唯の五円玉で、危険なものではない。でなぜこんなものにこだわるんですか?店長の持ち物とも思えない」

 

青年はチャック付きのビニール袋に入った紐の通してある五円玉を見せる。私が拘束されるときに身につけていたものだ。

 

「そうさ、それを私にくれたやつの話をしようというんだ。今から話すことが有益ならそれを返してくれ」

 

青年はつよい疑念の目を向けつつ言った。

 

「どんな人の話なんですか?」

 

「私の恋人の話だ」

 

青年はひどく驚いて目を見開く。

 

「…冗談でしょう?」

 

嘲笑うように言う青年しかし私は気にしない。

 

「冗談じゃないさ。言ったろう、惚気話だって。私にだって恋人ぐらいいたさ」

 

「喰種ですか?」

 

青年は目を細め捜査官としては当然のこと聞いてくる。

 

「いいや、でも人間でもない、君のような半端者。人喰いのそして人間のなりぞこない。まぁ、話を聞いていたまえ」

 

そこまで聞いて青年は再び椅子に座り黙り込んだ。

私はそれを了承と受け取り話をつづけた。

 

 

 

 

「なぁ、少し待ちたまえ、君、喰種に興味があるんだろう?」

 

彼はぴたりと足を止め振り向いた。

 

「…っ⁉」

 

あんまり生意気だったから食べちゃおうと思ったんだ、顔も私好みで反応を見たかったのもある。だから赫眼を見せてみたんだ。

 

「これ、なんだか分かる?」

 

 絶望の貌、命乞い、泣き顔、いろんなのを期待していたんだけど、彼のとった行動はどれとも違った。

 

「あなた…喰種なんですか?」

 

彼は少し身構えた程度でその声と表情は酷く冷静だった。

 

「そうさ、でもそんな反応を人間から返されたのは初めてだな…」

 

喰種相手でも隻眼ってだけで驚かれるのに、彼は逃げる様子もなかった。

少し間があってから彼は口を開いた。

 

「…僕は人間ではないんです。だから食べてもおいしくないと思います」

 

彼はこっちの出方を探るように言った。

 

「え、匂いは人間だけどなぁ?そんなこと言っても逃がしてあげないよ」

 

私が詰め寄ると、彼は袖をまくって腕を出した。

 

 シューッ

 

「…ッ⁉」

 

今度は私が驚く番だった。彼の腕から蒸気とかなりの熱が出たんだ。

蒸気が晴れるとそこにあったのは異形の腕だった。

 色は光沢のあるエメラルドグリーン、トカゲの鱗のような体表、鋭い爪、棘のあるヒレ、赫者でもあそこまで禍々しいのはなかなかないよ。

 

「君、何?」

 

彼は意を決したように言った。

 

「僕は水澤悠、人工生命体『アマゾン』と言われる存在です。僕は喰種の方に話を聞きたくてこの街に来ました」

 

私は久しぶりにゾクゾクしたよ。その青年、いろんなものを見てきた私でも見たことがなかった。狂気、冷酷さ、熱意、哀愁、そしてやさしさ。その全てが混じり合っているんじゃなく、ただ整然と真っ直ぐ同時にこちらを見てくるような、強い瞳。

 

「話を聴いてもらえますか?」

 

私は彼を部屋に呼んで話を聞いた。『アマゾン』のこと彼とその仲間たちの動向。小説家としても、一人の喰種としても彼の話は興味深かった。当時はアマゾンの存在も公表されていなかったし4Cも創設されてなかったからね。もっとも、今公表されている情報も彼らを造った野座間の闇のほんの一部でしかない、あれはまさに狂気だ。まぁ、それはいい。彼が聞いてきたことは関係ない。

 彼は、アマゾンのリーダーとして私にうまく人から隠れて暮らすヒントを聞いてきた。アマゾンと共通点が多い喰種を参考にするため東京まで一人足を運んだとのことだった。   

警戒が緩いのも喰種とは何度かやりあったことがあるかららしい。私もアマゾンの情報を対価に人に溶け込むコツとか偽装のしかたとかあとアオギリの樹のこととか話せるだけ話した。

 

 まぁ、でもなんていうか彼のスタンスが特殊でね。理性を保っていくための食人は認める。護身のために人を殺すのもね。でもアマゾンっていうのは一度細胞が覚醒してしまうと理性を失い人の肉だけを求める完全な化け物になるんだ。そうなったら殺すっていう何とも奇妙なものだった。そして、なるべく人と争わないように努めていた。アマゾンは繁殖することができなかった。だから人との対立の激化はすなわち滅びを早めることになる。そんな生活を1年ほど続けているらしい。

 

身も蓋もないことを言ってしまえば彼のやってることはいつか来る終わりを引き延ばすだけのことだ。でも生きたいと思うのが生命だ、たとえ造られたものだったとしても、それは変わらない。そして結果的に無意味でも構わない『生きたいから生きる』と彼は口癖のように言っていた。

 

え、私が親切にするわけないって?失敬だなぁ、私は何も常に血に飢えているわけじゃない。それに未知の人工生命体なんていう興味の対象をすぐ手放してしまうのは惜しいだろ?あと悠のことは一目見た時から本当に気にいっていたのもある。その日は私が組織に何かしてやれないか掛け合ってみるって話をしたところで解散になった。それだけだったのに彼、何度も何度もお礼を言うんだ。ひどくあてにされている…ってより話を聞いてもらえたのが本当に嬉しかったみたいだ。

そしてそれから定期的に会うようになった。情報交換とかしたり、あとは使わなくなった小さな拠点を提供したりそれなりに仲良くなったよ。そのうちに彼個人のことが気になってきた。普段は虫も殺せないような顔してるけど、私が隻眼の梟だとは教えてなかったとはいえ全く物怖じしないし、目も座ってたからね。普通に聞くのも面白くないし、ある日別れた後、顔を隠して襲ってみた。え、やっぱり?そりゃ隻眼の梟ですから。

 

いやぁ、あの時はさすがにビビったなぁ~。

 

ある日別れた彼を尾行して廃工場の路地に入っていったから、ちょうど10年前くらいな感じに調節して赫者化して後ろから羽赫ぶっ放しちゃった。あ、一応ちゃんと逸らしたよ、彼もうまく反応してたし。

 

「ぐ、喰種⁉…僕は人間じゃありません、食べると体の毒になることもあるかもしれません。だから僕を食べようとするのはやめてください。CCGへの通報もしませんから」

 

悠は以前と同じように腕を異形化させて訴えていた。

まぁ、私は構わず威嚇射撃を続けたけど…

 

「話を聞く気はないか…なんだか分からないけど、黙ってやられはしない!」

 

その言葉を境に彼からの圧が重くなった。

バックからなんか変なもの取り出したと思ったら、それを腰に巻いた。それはベルトのようで、バックル部分には二本のハンドルのような突起があった。彼は左の突起を握って目を見開きこちらを睨み…

 

―そして、咆えた―

 

「ウオォォォォォ!!!アマゾン!!」

 

突起は回される。

 

 ―O・ME・GA—

彼の体は緑色の炎に包まれた。

 ―EVO・EVOL・EVOLUSION!—

爆風が体を叩き、赫子ごしでも分かる圧倒的熱量を肌に伝えた。

 ああ、私はあの姿を忘れることはないだろう…

 まず目に映ったのは緑、鮮やかな緑色だった。体は甲冑のようなもので覆われていて、足と腕には黒光りする黒いアーマー、そこから伸びるしなやかな刃。

 そして、紅く光る複眼…

 緑亜の異形がそこにいた。

彼は姿勢を低くして、腕をカマキリのように構え、息を荒くし肩を上下させていた。

 

「何が目的なんですか⁉あなたは!」

 

言葉遣いこそいつも通りだけど、普段からを考えられないドスの利いた声だった。

私はまたまた赫子を撃った。

彼はすぐさま反応し、バックステップで避けた。

 

「話を聞く気がないなら!」

 

異形はさらに腰を落として…

 

「動けなくしてから話してもらいます!」

 

一直線に飛び掛かってきた。

意外に脳筋なのかと両肩から赫子を正面に発射、しかし異形は当然のように反応し、地面を蹴り左に飛び、さらに工場の外壁を蹴って立体的に迫ってくる。

 

「ヴゥゥゥ…!ガァァァー!」

 

雄叫びを上げながら右手の手刀が振るわれる。私は左腕の刃でガードしたが赫子は抉られる。異形はすぐさま地面に手を付き体を浮かせたままローキックを繰り出してきた。

私はバックステップで躱し、右の刃で突く、異形は体をうねらせて少し肩を抉られながらも攻撃から逸らした右腕の爪で私の胸を引っ搔いた。胸部の装甲を皮膚に達しそうなほどにそがれた私は接近戦は不利と判断、後ろに大きく飛び退いた。

 しかしね、どうも脚力は相手が数段上らしい、追従してきたと思ったら脇をすり抜けて後ろ蹴りを入れようととしてきた。やむなく新しい赫子を生成して相手を吹き飛ばした。

 

「ヴゥゥゥ…」

 

それでもすぐに起き上がり唸りながら構えていた。

 

いやぁ…ほんとあの姿はさっきまでの幸薄そうな青年のものだとは思えなかったよ。あ、君も似たようなものか。

 

 しばらくにらみ合っていたが相手が先に動いた。

異形はこちらに駆けてきながらベルトの左の突起を回した。

 

―VIOLENT PANISH—

 

「アアアァァァ―――‼」

 

これまでとは比べ物にならない絶叫を上げ、飛び掛かってくる。

私はすぐさま弾を撃つ。しかし異形のとった行動は前回とは違った。勢いを落とさず、迫りくる羽赫の刃を肥大化した腕の刃で切り払った。払いきれず刺さったり、肉を抉ったりしたけど奴は意も介さず加速をかけた。

 懐に入られた私は、両腕でガードする。が左下から振るわれる異形の刃は切り上げられるとともに私の刃を腕ごと切り裂き、胸の肉さえ裂かれた。さすがの私も怯みのけ反った。その隙を相手は見逃さず、少し飛び退きまた突起を回した。

 

―VIOLENT STRIKE―

 

「ハァァァーーー‼」

 

緑亜の影は飛び上がり、かかとについた刃とともに容赦ない打撃を繰り出した。

 私は吹っ飛ばされて工場の外壁に叩きつけられた。もう内臓もぐちゃぐちゃになって、やっと危機感を感じた。

 

え?いい気味?ひどいなぁ…

まぁ、ホントにひどいはここからだけど。

 

揺れる視界の中、異形を見据えると槍のようなものを持ってたんだ。

 

―VIOLENT BREAKE—

 

 マジか…マジで来るのか…ってビビったよ。

 

「オオォォォ―――!」

 

 銀色の槍は私の右肩の赫包を貫き私を張り付けにした。

すぐさま、異形は射撃のできない右側から私に飛びつき腕の刃を首元に立てた。

 

「もう、いいだろう!」

 

懇願するような声だった。

 

「ああ、そうだね」

 

「…!」

 

 久しぶりに聞いた気のする彼の言葉につい反応してしまった。

彼はつきものが落ちたようにおとなしくなり、私が赫者かを解除するところで元の姿に戻った。

 

「エト…さん…」

 

「やぁ、悠また会ったね」

 

 それが隻眼の梟と緑亜の王の出会いだった。

 




 
 次回予告(BGM armour zone)

僕はぁぁぁ!

 これでよかったのかな…

 でもさ、それは…

 NEXT MEMORY

仮面—MASQUERADE PARTY

 なかなかない、アマゾンズ×喰種もっと増えろ。
 誤字報告、感想・評価待ってます。

 小説家の高槻さんがこんなたどたどしい語りするわけないというツッコミは、私の文才不足だと思って大目に見てください。


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仮面—MASQUERADE PARTY

結局1ヶ月かかってしまった。
今回は戦闘はありません。仮面舞踏会=S2の裏側です。
楽しんでいただえたら幸いです。


 

 

 

「どういうつもりなんですか…?」

 

ことが終わった後、彼は少し離れた位置からさっきの槍のような視線を向けてくる。

 

「少しからかっただけじゃないか、そんなに怒らないでくれよ。それに傷は私の方が深い…」

 

「………からかいで済む話ですか?」

 

治りかけの私の腕を見て彼は少し控えめに言った。

 

「私はね、隻眼の梟と言われる喰種なんだよ」

 

唐突にそう告げた私に対して彼はあからさまに動揺していた。

 

「あ、その様子だと知ってるみたいだね」

 

「7年前に大暴れしてたっていうあの…?」

 

彼は警戒しながら恐る恐る聞いてきた。

 

「そう私は最凶最悪の喰種、君は親切なおねーさんぐらいにしか思ってないんだろうけど、その実態は度し難い外道なのさ」

 

そう言った私はずっと彼の表情を見ていたんだ。思えばその時からもう私は彼に何か期待していたのかもしれない。けど悲しいことに彼は表情を変えなかった。いや、変えないでくれたというべきか…

 

「けど君の方もなかなかに刺激的な性格してるね」

 

私がそうにやけながら言うと、彼は目を伏せていった。

 

「本能みたいなものですよ。食人衝動の代わりです…でも一応、殺す殺さないのコントロールはできます」

 

「そっか…私と同じ化け物なんだ…」

 

「…そう、なんですか?」

 

 予想外の返答だった。ただ、その声音はこちらの方を試しているようだった。

 

「何で疑問形なんだい?思ってたリアクションとちがうなぁ」

 

そこは貴女みたいなの一緒にしないでくださいって否定するところだろうに。

 

「僕が化け物だっていうことはたしかにそうですが、僕にとって貴女が化け物と呼ぶべきものかどうかは正直まだ測りかねてますから」

 

 最初は彼が何を考えているのか分からなかった。でも今思えば簡単な事だ。彼は誰よりも客観的に物事を考えていたんだ。

 

「おいおい、割とあっさり認めるね。それにさっきの私の姿を見てまだそんなこと言っているのかい?明らかに怪物だろう…」

 

彼は当然そうだという顔をしながら答えた。

 

「だから聞いているんです。貴女が本当にアマゾンを脅かす存在なら、僕は、貴女を……貴女と戦います…。でも貴女にはたくさん助けてもらった。それは事実だ、敵だとは思いたくない。だから…」

 

そこにあった彼の変な戸惑いのようなものに私は気づいていた。でもそれ以上に気になることがあった。

 

「ま、別に君たちの規模じゃ脅威とも呼べないから敵対しようとは思ってないよ。でもさ君が化け物だというのなら私はいったい何だい?」

 

 この見るからに、慈愛に生きてそうな男が化け物で私がそうでないのなら私は魔王か何かだろうか。

 

「そうじゃありません、僕は喰種を普通の生き物だと思っているだけです。同じ人喰いでも『いるはずのなかった』僕たちとは違います」

 

 納得だったよ。彼らは造られた者たちだ、だから己のもつ不条理を人間のせいにできた。だから己をあるがまま受け入れやすかったんだろう。彼らは喰種にすら当たり前の生き物だと憧憬を抱いていた。

 

「それで、なんでこんなことを?」

 

彼は脱線した話を一気に引き戻した。

 

「ああ、規模が小さいと言っても個々の能力は分からなかったからね。私も一様、組織の長だ、少し試させてもらった。君が、アマゾン最強だと思っていいのかい?」

 

ま、本当は9割方彼目当てだったけど、一様私の言い分に納得したのか、彼は少しあきれたような顔をしつつも答えた。

 

「僕は…みんなとは造られ方が違うのと、このベルトがあるから確かに僕がとびぬけて強いんです。他のみんなは一般的な喰種とそう変わらないと思います」

 

こちらをうかがいながらしかし、少し寂しそうに彼は答えた。

 

「造られ方が違うだって?」

 

私が興味津々に聞くと、彼はだから嫌なんだとでもいうような顔をした。

 

「…気持ちのいい話ではありませ「聞きたい、聞かせろ」

 

ええ…、って顔してた。

 

「…あなたがどんな人か分かってきました。でも、誰かに話してみるのもいいかもしれません…」

 

 後に分かったことだが彼、かなり自分のことで悩んでいたらしい。仕方のないことだ、彼の出自は業が深すぎる。

彼は、アマゾン細胞を培養しただけの実験体、彼の仲間たちとは大きく違った。彼は『合成獣(キメラ)』だ。

彼の細胞には人間の遺伝子そのものが組み込まれていた。あくまで形質だけを再現した実験体とは違う、私や君と同じく半分人間だった いや、我々以上に中途半端だ。

彼はアマゾンが必要とする人のタンパク質を自分で生成できた、つまりそもそも食人なんて必要ないんだ。でも細胞からくる強烈で満たされない空腹感、常にくすぶる戦闘衝動、強靭すぎる身体と再生力、異常なほど完成された精神と知性、人間と呼ぶにはあまりにも

異常だった。いや、生物として完成されすぎていた。

 彼は、人間という基礎設計図があるが故、圧倒的な再生力を持ち、アマゾン細胞の力を最大発揮するためのタンパク質を通常の肉から生成できる。周りの環境から自らの性質を変化させていく自己進化ともいえる能力、単一の生物としては究極ともいえる。

 

 まぁ、それは置いておこう重要なのは彼の動向だ。彼は最初人間としてアマゾン狩りに参加していた。

今の君のようにね。

彼は出会った、鷹山仁に。

その男はアマゾンを造った研究者の一人だった。でも8年前に起こった実験体脱走事故に際しそいつは野座間を出奔した。アマゾンを狩るために…

そいつはアマゾンを殺すためにアマゾンになった。

 

ああ、そうだ君の子供たちとおなじさ。

 

でももちろん違う。

奴はアマゾンが憎くて狩るんじゃない、愛しているから狩るんだ。自分の研究の成果として子供のように愛していた。だから他の奴に任せるのが忍びなかったんだろう…

奴は命について独自の美学を持っていた。

それは悠に影響を与え、弱肉強食の世界を理解させ彼を自立させた。アマゾンを勝手に作り勝手に殺す。その横暴さに彼は憤った。さらにただ穏やかに生きたいと願うアマゾンと出会い、それに共感した悠はアマゾンの生き残りを率いて人間の前から姿を消した。

 

 それで私と出会ったんだ。

 

「なんか、ありがとうございました。話してなんとなくすっきりしました」

 

やっぱり彼は自分の話を誰かに聞いてもらいたがっていたんだ彼は違うから。

 

「ふーん、じゃお返しにわたしの話も聞いてくれるかい?」

 

「…?ええ、分かりました」

 

 彼の反応が知りたくて、私の親のことを私がハーフであることを…闘争の日々を…目の前の喰種の秘めた狂気を。

 

「大変だったんですね」

 

あのマセ餓鬼は平然と言って見せた。

 

「おう、他人事かよ」

 

「他人事ですから」

 

彼は、自分が死んでほしくないと思うから不殺を貫いているのであって、人間は殺してはいけないとかそんな正義感のために戦う者じゃなかった。だからは私が殺戮者でも咎める資格もする気もないと言っていた。生きるためにはそうせざる負えないこともあると、この一年で実感したからと…

その淡泊さは、心地よかったんだ。

 

「私たち案外似てるね」

 

「ええ、そうですね」

 

そして思った彼ならぴったりだと、

 

「なぁ悠、私の友達にならないか?協力関係じゃなくてただの友達」

 

「…???」

 

彼は目を丸くした、やっぱり可愛かった。

 

「いやさー、喰種では組織のリーダー人間では天才作家、なかなか気の置けない友達いないんだよ、ノロさんしゃべんないし。だから事情が分かるけど、立場とか関係ない話相手欲しかったんだよ」

 

「………」

 

かれはしばらくぼーっとしてたでもそのうち微笑んだ。

 

「そんなこと言われたの久しぶりだ…」

 

彼は私以上に戦いばかりの毎日みたいでね、すごく感慨深そうな顔だった。

 

「分かりました。こんな僕で良ければぜひ」

 

「そうか、愛支と呼んでくれ」

 

我々は友人になった。

 

会う頻度も増えた。くだらない話をしたり、本を紹介したり…本はすごいね少ない金額でほぼ無限に楽しめる。彼の仲間も喜んでいたらしい。私の本は不評だったけど…ああ、あと欲動処理に付き合ったり…いやーすぐに私の全力に追いついてきてね~末恐ろしいよ。

うんでも紛れもない友人だった。…え、カップル?照れるな~

 

 

 

「言ってない。にやけ顔やめろ」

 

目の前の青年は固く閉ざしていた口を急に開いた。

 

「続けて」

 

いちいち射殺すような眼をするなよ。

 

「分かってるよ。ジョークさ」

 

 

 

 それから一年半ぐらいたったある日、彼から呼び出しがかかった。彼からが呼ぶことそれまではほぼなかった。

 

「殺せなかったぁ~?」

 

待ち合わせ場所はいつもの廃工場。

会った時彼はボロボロで顔はとても思い詰めていた。

彼は鷹山仁と戦い、追い詰めたが殺さなかった殺せなかった。彼らはそれまでも幾度も幾度も戦い、その度に痛み分けで手を引いた。鷹山仁は妄執と毒に侵され、正気を失っていた。理性を持つ鷹山仁は悠にとって討伐対象ではなかった。しかし完全に人格崩壊した奴はアマゾンだけをひたすらにアマゾンを狩る化け物になり果てていた。もはや悠にとっても討伐対象だった。しかし、悠は殺せなかった。憐れみと自分に生きることを教えてもらった恩義からね。

 

「殺すべきだとは思ってるんだ?」

 

「はい…それが仁さん自身のためにもなると思います…」

 

彼は隣で壁に寄り掛かって、ハンバーガーを頬ばっていた。怪我には食べるのが一番いいらしい。

 

「じゃぁ、それは君の弱さだ。仲間を守りたいならやるべきだ」

 

「……そう、ですよね…」

 

彼は顔を上げ眼の色を変えた。

 

「ありがとうございました、愛支さん。気持ちの整理がつきました。次はやれます」

 

その瞳は確かな決意を帯びていた。

 

えっ、追及しないのかって?

彼とはおもちゃとして付き合ってたわけじゃない。

それに彼が自分の愚かさを自覚してるから必要ないんだ。彼は自己中心的で自分が良かったらそれでいいのさ。そしてその生き方を彼は自ら選択した。社会的道徳ではなく自らの倫理観に生きるって。だから失敗してもちゃんと自分のせいだと受け止められる。むしろ環境がどうとかうじうじ考えないだけ楽だよ。

その意味でも私と似ていた。

でもその時だけは本当に一時の感情に流されていたんだ。そのことがあんなことになるなんて、ね。

 

「子供ォ~?」

 

 数か月後また彼に呼び出された。事態は思わぬ方向へ進んだ。鷹山仁は正気を取り戻していた。それだけじゃない狂っていた間に付き添っていた恋人に身籠らせた。子供ができていた。

 

「とりあえず彼は君の討伐対象から外れたわけだ」

 

「はい、安心してしまった自分がいて少し悔しいんですけど」

 

私が彼の甘さを追求しない理由のもう一つはね、彼が誰よりも残酷だからだ。自分で決めたラインで周りを振り回すことをいとわない。私との違いはそれが優しさってベクトルを向いていることだろう。

 

「仁さんは生まれてくる子を十中八九殺す気です」

 

「そうか。君はどうする?」

 

「あなたはどうしてほしかったんですか?」

 

それを聞きたくて、呼び出いてきたらしい。

 

「それは禁句だ。ここで私が何を言っても赤子に対する呪縛にしかならない」

 

「…っ、そうですか。ええ、確かにそうですね」

 

彼は納得できたようだった。

 

「すまないね、助言できなくて」

 

「いえ、こちらこそ。それに話を聞いてもらえただけで十分です。愛支さんにはお世話になりっぱなしだな…」

 

「ああ、ならいつか君たちについての本を書かせてくれ」

 

アマゾン、最高に私好みの題材だ。

 

「そうですね、いつか、いつか僕たちが…」

 

さすがにその先を言いきる勇気は彼にはなかったらしい。

 

「いえ、何でもありません…でも機会があればお願いします」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

分かれる間際私はバイクにまたがる彼をずっと見ていた。

 

「がんばれ、悠」

 

私は無意識に呟いていた。

 

問題は他にもある、4Cだ。その頃にできた進まないアマゾン討伐にしびれを切らした政府が創設した対アマゾン組織。

ねぇ、なんでCCGに任され無かったと思う?

うん、まぁ情報漏洩を野座間が嫌ったのもあるけどそれ以上に4Cの切り札を和修が嫌ったからなんだよね…しかしこの話はあとでするとしよう。

4Cの登場によってアマゾン側は数を大きく減らしていくことになる。しかし悠は防衛戦はしても攻勢には出なかった。仕方がないとはいえ、アマゾン達は不満を持ち、彼の人望はなくなっていった。

 

そして、呪いの子は生まれた。

 

「目を潰した、か。君にしてはよくやったんじゃないか?」

 

「あとはあの子が望むように生きれるかです」

 

私が寝かせた膝の上で彼は呟いた。

 

彼は生まれたその子を追ってきた鷹山の目を潰し、その子と母親を逃がした。

あ、君にとってはトラウマかな。

そんな、うまいことじゃなかった。彼は腹を刺させて固定して潰した。

腹に大穴開けてふらふらで会いに来たから面食らったよ。肉食べたから大丈夫とは言ってったけどやっぱりふらついてたから近くのベンチで嫌がる彼を無理やり、膝枕させた。

膝の上で寝てしまった彼の頭を撫でていたらさ、母親ってこんな気持ちなのかって思った。もう彼をめちゃくちゃにしようなんて思ってなかった。彼が安らかであってほしいって願いが私に生まれた。だってさ、彼そのころ5歳だよ。完成された知性の奥にやっぱり幼さがあった。でも現実はそんなこと許さない、でも、自分の側でだけはそれでいいって、彼が穏やかであれる居場所でいたいって思ったんだ。

何が私をそうさせたんだろう?私にもよくわからない。

 

そんな彼と私の願いをよそに悲劇の輪廻は始まる。

そう、溶原性細胞によるアマゾンの大量発生だ。それは実験体アマゾン達がアマゾンを生む溶原性細胞のオリジナルを用いて独断で起こした事件だ。

収束の過程で悠を除く実験体アマゾンは全滅、そしてオリジナルだと判明した鷹山仁の子を悠と仁が殺した。彼は全てを失った。守りたかった者すべてだ。

 

「終わったのかい?」

 

全てが終わった後、彼は私に会いに来た。

 

「………」

 

彼は無言で頷いた。口を固く結んで感情をそれでも押しとどめて…

 

「なんて、顔してんだい。…ほら胸かすから泣きなマセガキ」

 

「…え、でも…」

 

私が腕を広げてそう言うと彼はまたきょとんとした。かわいかったよチクショー。

 

「いいから、巷ではガキは女の腕の中で泣くもん…らしいよ…だからさ」

 

もうそこからは早かった、悠モデル体型なんだけどさ、マジでそれがガキみたいに飛んでくるんだよ。男ってのはやっぱ女がいないとだめらしい。

 

「う、ウう…僕はぁぁぁ…!みんなを…仁さんを千翼を…うっ、ううぁ、ううあああぁぁぁぁぁぁぁ…!」

 

彼があの1度鷹山仁にトドメを刺しておけば、起きることのなかった悲劇だ。

自業自得と分かっていてもそんな事実を平然と受け止められるわけがない。

それから泣き止むまで彼をずっと撫でてた。

 

「すみません…見苦しいところを、見せました」

 

「気にするなよ。ガキなんだからさ…」

 

彼、その後すぐにいつもの顔に戻った。

 

「これからどうする…?」

 

「生きます」

 

彼は最初に言いきった。

 

「溶原性細胞のキャリアは万単位でいます…狩りは続けないと…」

 

「そうかい」

 

「それに千翼は、最後まで生きました。僕だけが投げだせるはずがない…それに彼女にも生きろって言われましたから」

 

悟り開いたかのような、彼の顔が癪に触って少し小言を言ってやった。

 

「君はさ、時間を与えたんだ…」

 

「…?」

 

「彼らとその子に生きていきたいと思えるような時間をさ…」

 

彼の顔にほんの少し光が差した。

 

「本当に痛みだけの生なら彼らはとっくに命を絶っている。この先を見たいと思わせてくれる時間。最終的にそれを奪ったのは君だったのかもしれない。だがそれを与えたのが君だという事実は決して変わらない」

 

止まりかけていた彼の涙が再び流れ始めた。

 

「散々ろくでもない目に遭ってきた私が言うんだ間違いないさ」

 

また泣き出す彼の頭を撫でながら、私は続ける。

 

「ずっと、考えていたことの答えが出た」

 

「…え?」

 

唐突に言った私に彼は面食らったようだった。

 

「君はアマゾンじゃない…」

 

「…っ⁉」

 

「人間でもない…」

 

「………」

 

「君は水澤悠だ。それ以外の何者でもない」

 

彼の目が輝いた。

 

「私はそんなどっちつかずな君を愛おしく思うよ」

 

「…⁉⁉」

 

 

—私は彼にキスをした。

 

 

「な、何を⁉」

 

彼の赤面顔が見られたのは、とてつもない行幸だったね。

 

「だからさ、私には遠慮しなくていいよ。そういうのを吐き出してもらえるぐらい信頼されてるのは初めてで心地よかったから…」

 

「…僕も、あなたにあえてよかったって心から思えます。だから、僕も、僕もあなたのこと愛しています!」

 

しばらくしたら、彼も顔真っ赤にしながら言ってくれたよ。

それからしばらく見つめあっていたけど、彼が沈黙を破った。

 

「…ああ、そうだ。あなたに受け取ってほしいものがあるんです」

 

彼はそう言って首にかけたその五円玉を差し出した。

 

「これは、仲間想いなアマゾンが造った仲間との絆の証です。今の僕にこれを持つ資格はない、でもたくさんの仲間がいるあなたにはぴったりだと思います。…受けとってもらえますか?」

 

彼は誰かに覚えていてほしかったんだアマゾン達のことを…

 

「分かった、君の思いとともに受け取ろう」

 

私は受け取った。

 

「…愛支さん、本当にありがとうございました。あなたの言葉のおかげで生きる力がわいてきました」

 

私は頷いた。もう雑多な言葉はいらなかった。

 

「じゃあ僕、行きます」

 

私はまた頷いた。

 

そして、独特な駆動音のするバイクを見送った。

それが約1年前、あれから彼とは何となく会っていない。

 

ねぇ、彼なんでそこまでして戦うと思う?

仲間が好きだから?確かにそれもある。でもそれだけじゃない。

彼に一度だけ聞いたことがある。

そしたら彼、誰かと食べるハンバーガーがおいしいからだとさ。

彼の根幹は、『自分のために生きて、それが誰かのためになったらどんなにいいだろう』そんな生き方を体現することだ。

 誰も傷つけず自分の手も汚さない、何の役にも立たないかもしれない。でもさ、それはとっても優しい生き方だったはずなんだ。

 




 次回予告 (BGM DIE SET DOWN)

あなたが水澤美月さんですね?

彼は私の全てでした

私はもう救われていたのさ

さあ、君はどうする…?

 NEXT MEMORY
時雨-RAINY DAY

感想評価・誤字報告待ってます。

※4/26話数構成の変更にともない次回予告を変更します。


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時雨—RAINY DAY

 大変お待たせしました。
この度5話構成に変更したため前話の予告も編集しております。ご了承下さい。


 

僕は道を歩きながら手渡された五円玉を眺め、それを渡された時を思い出しその意味を思索する。

 

 

 

「で、どうだい?」

 

「どうだいって、何がです?」

 

ガラス越しの彼女は長い話を終え、ふと息をつく。

 

「彼の話どう思ったよ」

 

「確かに興味深い話ではありました…ただ対岸の出来事すぎて仮に事実だったとしても現実感がないというべきか…」

 

確かに僕にとって参考になるかもしれない話だった。ここは真剣に受け応えるべきと思い率直な感触を述べると、彼女はふむと鼻を鳴らしそれも当然かとつぶやいた。

 

「よし、まぁこれはほぼ禁じ手だが…しょうがないか…」

 

「……?」

 

彼女は少し間をあけてはつらつと言った。

 

「青年!その五円玉を持って水澤美月という女性に会ってきたまえ」

 

 

 

と言われてきたのだが、あまりに唐突だし、普段なら彼女の言うことなんて絶対に聞かないがこうして来ているあたり、自分自身も彼のことが知りたいのだなと思う。

 そうこうしているうちに目的のマンションに着いてしまった。高槻先生の言ってた女性が住むというマンションだ。準特等の権限は強い、職権乱用だとは思うが調べさせてもらった。幸いにもその人は僕と同じ狩る側の人間だった。上層部からの変な勘繰りなどはないだろう。事前に調べた情報によれば水澤美月は野座間の重役の娘で現在は4Cに所属しているらしい。水澤の姓から彼に関係はあるのだろうが高槻先生は何も言ってくれなかった。

 

 

「さて、居るかどうか…」

 

4Cはオリジナル討伐から急速に鎮静化していったアマゾンの発生に合わせて非常時では駆除班は自宅待機の時期が増えたらしい、鎮静化が当時の予測より早いらしいが水澤悠と

〝もう一人〟が狩りを続けているんだろうか。己の犯した拭いきれぬ罪と向き合い続けて、血を血で洗う果てなき殺戮を…

 

そんな物騒なことを考えながらインターホンを押す。シンプルな音声と共にスピーカーから声がする。

 

『はい、どなたですか』

 

「CCGのものです。あなたが水澤美月さんですね?アマゾン関連のことについてお話を伺いたいのですが…」

 

『………っ⁉』

 

息をのむ声が聞こえ、ドアが開く。

出てきたのは20代前半の綺麗な女性だった。

 

「何故CCGの方が?アマゾンのことは4Cに一任されているはずですが…」

 

さすがこちら側の人間だ、話が早そうだ。

 

「僕は、CCG準特等捜査官佐々木排世と言います。CCGの名を出しておいてなんですが今日はあくまで個人的に伺いました」

 

「個人的…どういうことですか?」

 

彼女は鋭くこちらを見つめる。

 

「はい、喰種捜査とは関係なく僕個人でここに来ました。これに見覚えはありますか?」

 

紐のついた五円玉を彼女に見せた。

 

「…!」

 

いきなり彼女に肩を掴まれ、廊下の壁まで押された。

 

「は、悠に何かあったんですかっ⁉」

 

すごい圧だった。よっぽど水澤悠が気になるのか…

 

「落ち着いてください、CCGが彼に接触したことはありません」

 

彼女の瞳はなおも揺れていた。

 

「ある喰種から水澤悠について聞きいて、もっと知りたいならあなたに会えと言われました。そして僕としても興味があったのでお伺いしました」

 

「…え、あ…失礼しました。喰種…あの、その五円玉は?」

 

落ち着いてきたのか僕から手を放した彼女はおそるおそるといったふうに、聞いてきた。

 

「これはその喰種が彼からもらったと言っていました。良ければお話を聞いてもらえませんか?」

 

少し迷った後、彼女は了承し僕を部屋に入れた。部屋は水槽が置いてあり、女性の部屋としては大人しい印象を受けるシンプルな部屋だった。

 

僕はリビングのテーブルに座らされる。

 

「コーヒーでよろしいですか?」

 

もとから入れてあったのか、かなり素早い手際でそれは運ばれ、どうぞと目の前に置かれる。そして彼女はテーブルをはさんで座った。

 

「あ、どうもすいません」

 

コーヒーなら問題ないし、長話になることは間違いないのでありがたい。

 

「それで、お話とは何ですか?悠に何か関係が?」

 

かなり張り詰めた声音で彼女は聞いてくる。踏み込んだ話をせざるを得ない。僕は意を決して口を開く。

 

「はい、まず前提に今日ここで話すことは口外しないでいただきたいのです。もちろん、こちらも誰にも話しません」

 

「………何故ですか?」

 

「僕は、貴女にとって水澤悠という人物がどのようなものだったか、それを聞きたいからです」

 

 高槻先生が唯一話してくれたのは、水澤美月が敵となる立場だったにもかかわらず、彼にとって最優先で守る存在だったという。彼女自身も単なる討伐対象だとは思っていないはずだ。

 

「どうして、そんなこと…」

 

 当然の疑問だった、下手をすれば彼女自身の立場すら危うくする話題だ。

それを聞き出そうというのだ、相応のカードを切らねばなるまい。

 

「クインクスという名前を知っていますか?」

 

「………耳にしたことはあります。喰種の能力を使う捜査官がいると…まさかっ…」

 

クインクスを知っているなら話が早い。

 

「ええ、僕は喰種の力を持つ捜査官それも通常の食事ができるクインクスとは違う、クインクスのモデルケースとなった、通常の食事ができない半喰種です」

 

「………それって…」

 

彼女は息をのみ、身構える。想定していた反応ではあるがやはり気持ちのいいものではない。しかし、さすがに落ち着いている。一般人ならもっと取り乱すところだろう。

 

「安心してください、CCGから専用の食事が与えられています。まぁ、貴女にしてみれば気が気でないでしょうが…」

 

「………CCGはそんなことまで…」

 

彼女は絞り出したような声で言った。

 

「いえ、僕は喰種側にこの体にされたんです。その後CCGに保護されて今の地位にいます。でも僕は人間からそうでなくなって、喰種の視点で考えたりするんです。だから、人喰いと人間の間にいた彼の話を聞いてとても興味が湧いたんです。僕は彼がどのように考え戦っていたのかその内面の部分を…」

 

さすがに金木研としては話せず、佐々木排世としての話に止めておく。

 

「こんな事、僕のような立場の者がしちゃいけないのは重々分かってます。それでも、どうしても彼のことが知りたいんです」

 

僕はここしばらく出していなかった熱のこもった声を出した。ヒナミちゃんは助けたい。がその後どうするべきかはまだ分からない。彼はそのことを決めるためのヒントにきっとなると思ったから。

 

「………その喰種、悠とはどんな仲だったんですか?」

 

僕が言葉を終えたあと数瞬沈黙していた彼女が口を開く。

 

「ええ、それなりに親密だったようですよ。彼と同じように組織を率いていた喰種でしたし」

 

 エトさんは自分が僕にこのことを美月さんのことを教えたと話すなと言っていた、話すと彼に殺されるからと。

彼がそれほどまでに巻き込みたくない相手なのだろう。

 ここで下手なことを言うべきではないか…

 

「…その人があなたをここによこしたわけがなんとなくわかる気がします」

 

「……っ?」

 

「あなた、どことなく悠に似てるから…」

 

「…っ⁉」

 

似ているのだろうか、彼はこの地獄のような狭間で何を感じて何を選び取ったのか…

 

「わかりました…お話しましょう。悠のことはどこまで?」

 

彼女は落ち着いた目で、芯のある声を出した。

 

「いいんですか?」

 

僕は何が彼女を納得させたのかが分からなかった。

 

「私が悠のためにしてあげられること、何があったかを誰かに伝えて同じことを繰り返さないようにすることだって思ったんです」

 

『彼のため』か…

 

「ありがとうございます!早速ですが、…6年前人間から離反した後のことは聞きました。でも貴女と彼がどんな関係課は実はまだ聞いていません」

 

「そうですか。じゃあ、悠の出自については?」

 

「はい、人間とアマゾンの合成獣だとだけ」

 

「合成獣…言いえて妙ですね。…まず悠の基になった人間の遺伝子は私の実の母のものです」

 

なるほど、それで水澤の姓か。彼女の母が野座間の重役であることを考えると研究に携わっていても不思議はない。

 

「だから、私と悠はある意味で姉弟なんです」

 

そうして彼女は自分と彼の物語を語り始めた。

 

 

 

8年前の朝、朝食中母が唐突に言ったんです。

 

「美月、少し急な話だけどあなたに義兄ができたわ」

 

「えぇっ⁉」

 

本当に急に言われて驚きました。しかも…

 

「知り合いの子でね。今18歳なんだけど病気でずっと意識が無くて最近目覚めたの。長く寝込んでたせいか記憶喪失なのよ。しかも、両親が亡くなって引き取り手がいなくて可哀そうだったから、ほらそれに家ならいい医療ケアしてあげられるし」

 

「…ち、ちょっと待ってよ。お母さんそんな急に…」

 

 

 

「あなたには悪いけどもう決まったことなの。3日後に顔合わせがあるから」

 

「………あ、え…?」

 

有無を言わせずに母は話きり、じゃっ、そういうことだからとだけ言って母は仕事に行ってしまいました。おかげで、それからの3日間死ぬほどドキドキして、まだ見ぬ悠の事ばかり考えてました。今思えば当時から周囲から孤立して変化の乏しい毎日を送る中で急に訪れた波乱にワクワクしてたのかもしれません。

 

そして出会いの日…

 

私は母と共に野座間の研究所に向かい病室らしきところに案内されました。

 

「悠、母さんよ。入るわね」

 

母に促されて私は病室に入るとそこには奥にベッドが一つあって、

 

「あ、母さんこんにちは。今日はどうしたの?」

 

奥から穏やかな声がしたけど私は緊張でずっと母の後ろに隠れているしかなくてなかなか前に出られなかった。

 

「こんにちは、悠。今日はね、前から言ってたあなたの義妹を連れて来たわ。…ちょっと美月なに隠れてるの」

 

母に促され前に出てベッドに座る彼の顔を恐る恐る見ると…

 

「ああ、君がそうなんだ。初めましてえっと、僕は悠っていうんだけど君は?」

 

目が合うと、彼は微笑んで言いました。恥ずかしい話ほとんど一目惚れみたいものです。

 

「え、あ、私は美月と言います」

 

それが悠との出会いでした。

 それからしばらくして、悠は別荘に移り住んだんです。そこでは病気を理由に何もかもが管理されていて、外出も完全に禁止でほとんど監禁状態でした。もっとも彼はそれを何とも思ってなかったようですが。

 母は私に悠には負担になるからあまり会いに来るなと言われていましたがほとんど毎日行くようになって。周りに娯楽のない悠のために本や漫画を持って行ったり、勉強に付き合ってあげたり。兄というよりは弟みたいな感じ接して、私たちはいつしか名前で呼び合うようになりとても仲良くなりました。

悠は当時の私にとって唯一私を見てくれる存在でした。どこにも居場所が見つけられなかった私を会いに行くたびに暖かく迎えてくれた悠に、私は依存していたんでしょうね。

 そんな日々の中で悠が特に興味を持ったものがあって、それがアクアリウムなんですけど。ああ、そこにある水槽、悠が使ってたものなんです。悠は水槽の中を一つの調和された世界だと言っていました。それを見ていると自分もその世界に入り込んだような気がして落ち着くからと…今聞いたらなんていうんでしょうか…。

 本当に幸せな日々だった。学校でいじめられてもどんなに家庭が冷たくても、悠の穏やかな笑顔一つで私の世界は華やいで見えたんです。

 

ですが初めて悠と会ってから2年後、ことは始まりました。悠がある日勝手に外に出たんです。数日後変なバイクに乗って帰って来たのですがその時にはもう彼の中の何かが変わっていた。そしてすぐにまた出ていってしまいました。私は心配でたまらなくなって、研究所に話を聞きに向かいました。

その道の途中でした。実験体アマゾンに襲われたんです。何が何だか分からなかったのですがタクシーの運転手は喰べられてしまって、もう怖くて駄目だと思いました。その時、悠が助けに来てくれた。そして見てしまった、悠がアマゾンに、怪物になるところを…悠は圧倒的な力で敵を倒しました。混乱して、もうなにも分からなくなって後日、母を問いただして、悠がアマゾンであることを聞きました。でもそんなこと正直どうでもよかった。私はただ悠にそばにいてほしかった。私にはもう、悠しかいなかったから。

その後悠はアマゾンを狩る駆除班に入って、戦い始めた。私は家に戻ってきてほしけどどうしようもなくて、途方に暮れていたところにアマゾンの事情を知る七羽さんという女性に出会いました。彼女には私が彼を求めるのは大きなお世話で私が悠を都合のいいペットとしか思っていないと、実際今考えてみるとその通りだと思います。とりあえず、駆除班の人に悠の様子を報告してもらいつつ、悶々と日々を過ごしていました。

 

 しばらくして、あの日がやってきたんです。あの日はひどい雨が降っていました。その日野座間のアマゾンの殲滅作戦が決行され、対アマゾンガスがまかれ街では次々とアマゾンが倒れていく。そんな日も悠は戦っていました。私は母からアマゾンの力を抑え込む薬の話を聞き、それを悠に届けて戻ってきてもらおうと考え、彼を探しに無我夢中で外に出た。雨の中、悠を探し出した時にもやはり彼は戦っていました。ちょうど理性を失い、覚醒したアマゾンが私に襲い掛かっていたんです。

そのアマゾンを止めて悠は言いました。

 

「そうなったら、もう助けられない…勝手で悪いけど僕はこれでいい!僕は、僕の声に従う!」

 

そうしてそのアマゾンを一瞬で切り裂いてしまった。

後に分かったことですが、その時にはもうアマゾン側に付くことを決めていたようです。すごいですよね、アマゾンの味方をすると決めながら理性を失ったアマゾンは狩る。そんな曖昧なラインで戦うことを悠は自分で決めたんです。『彼が守りたいものを守るために』。

 そのあと悠は同じく駆除班で戦っていたアマゾンのところにいました。

その時に悠がズブ濡れのままそのアマゾンに訴えたんです。

 

「喰べてもいいよ!だってそれがアマゾンでしょ⁉」

 

そのアマゾンはその時駆除班の仲間の腕を喰べてしまっっていたらしいです。

 

「それに人を喰べちゃいけない理由なんて僕にもわかんないよ!…生きるってことは!ほかの誰かの命を食べるってことだよ!」

 

それを聞いた時私と悠は決定的に違うんだなって分かってしまったんです。

でもそのあと二人はこうも話していました。

 

「でも、三崎くん食べたのは嫌だったよ…?」

 

「そうだね…、全ての答えはそこから見つかるのかもしれない…」

 

この言葉、あなたならどう感じますか…?

 

「とにかく、こんなところで死ぬのは絶対間違ってる!」

 

悠はそのアマゾンを連れていこうとしました。

 私は堪らずいかないでと泣きつきました。

 

「私分かんない…⁉人間を食べてもいいだなんて…!」

 

「当たり前だよ!美月は人間だから…!」

 

私がどんなにしがみついても、悠は揺らがない。

 

「でも…僕はっ!」

 

「アマゾン…?だからって…一緒にいられないの?」

 

私は懇願しました。強く強く強く。私の一番の宝物。私のすべて…

数瞬の沈黙の後、悠はこう言って私を突き放した。

 

「美月、僕が、アマゾンだって分かっても…変わらないでいてくれてありがとう」

 

そうして悠は霧の中に姿を消し、私は雨の中一人残された。土砂降りの雨は私の代わりに泣いてくれているようでもう涙すら出ませんでした。

でも少なくとも私と過ごした2年間は偽りのないものだったんだと思えました。

 

それから1カ月ほど後、アマゾンを率いているのが確認されたのを最後に悠は姿を消しました。

 

 私はそれからずっと考えていました。自分がどうしたいのか、どうするべきなのか。結論は簡単でした。今度こそ悠と向き合うこと。偽りの兄妹でもペットと飼い主でも、アマゾンと人間でもなく、悠と私として…悠は私に幸せをくれた一番大切なものだから。

だから私は4Cに入りました。

 

それから5年後溶原性細胞のアマゾンが現れたことで私は悠と再会しました。もし、悠が人間の敵なら私が殺すという覚悟で、それが悠と本当の意味で向き合う。唯一の手段に思えたから。

 

「僕を、殺すために…?」

 

私が殺す覚悟で来たことを伝えると、悠は銃を向ける私に少し驚いてはいましたが動揺はせず、むしろ微笑んでいました。

 

「いつか、それを使ってもらうことになる。けど今はまだ無理だ」

 

と言って悠は去っていきました。でも私には思いが伝わったことがどうしようもなくうれしくて…

 

そのあと悠とゆっくり話す機会があったんです。その時悠の本当の想いを知りました。

彼は人間だとかアマゾンだとかではなく自分の守りたいもののために戦ってきたのだと。結果的にこんな結末になってしまっても、自分の選択そのものに後悔は無いと

 

「先生に言われたんだ。『きっと後悔する。それでも私は人間でいたいと思うって』僕もそう思えた。散々な結末になるとしても、するべき事とかでなく、やりたいことをやるって。だから僕は後悔しない」

 

 彼にとっては人間もアマゾンも一緒だったと思うんです。どちらも等しく守りたかったから、彼のその思いはどうしようもなく強くて、どちらかを切り捨てる選択を持てなかったんだって。それはとても不幸で、でもある意味とても傲慢ですよね。どちらかを切り捨てることができればきっともう少し結末は変わっていったのに。でも、私にはそれがとても愛おしく思えた。

 

だから、全てが終わった後、私は悠に言いました。

 

「生きて…」

 

 

 

 話を聞き終わり僕はCCG本部へ向かう。

その道中、様々な思いと感情が渦まく。

彼は強い、どうしようもなく。そしてそれは彼の一番不幸な点であろう。彼がただの実験体の一人であったなら死ぬとしてもいくらかマシであろう。だがそれも彼自身が選んだことで誰のせいにもできず、自業自得なだけだ。しかし、どちらかを守る選択をしても彼は『守りたいもの』を失うことになる。だから彼はその双方をとる限界をせめて敗れたのだ。それはとても悲しいことだった。彼はこれまで僕が出会った誰とも違い、理性と優しさと確かな意思をもって狂気の淵に立った。

 そんな彼から僕はなにを学べるのだろう。あの満月の夜、あんていくを離れる僕に彼ほどの決意はなかった。ただ流されてきただけの僕には…

 僕の本当の願い…道理でも、保身でもない僕のやりたいこと…

 強かった彼、独りだった彼…

 孤独だった僕、つながりたい僕…

 

 そうか、そういうことか…

 

僕は踵を返し、コクリアへ向かった。

 

 

 

 

「やあ、青年。収穫はあったかい?」

 

部屋に入ると、エトさんは当然あったのだろうという笑みを浮かべていた。

 

「ええ、たしかに…」

 

僕も今回ばかりは素直に微笑んで応える。

 

「これ返します」

 

僕は特殊ガラスの小窓を開け、例の五円玉を差し出す。 

 エトさんはそれを受け取ると、愛おしそうにそれを撫でながら言った。

 

「礼を言うぞ青年。これで心残り無く下に行けるよ」

 

彼女はもうすぐ下に移管される。もう会うことは無いだろう。別れの言葉の一つでも言ってやろうと思っていた時、彼女が先に口を開いた。

 

「青年、今一度聞こう、彼のことをどう感じた?」

 

その声も瞳もこれまでで一番真摯に感じた。

 

「僕は、彼のように強くない、正しくない。僕は、彼のようにはなれない」

 

彼女は黙って続きを促す。

 

「でも…」

 

その正しさが何かを救う訳ではないと分かったから…

 

「そうなれないとした時、何を選び取ればいいのか、それを彼から学びました」

 

僕が言い終わると、彼女は満足げな笑みを浮かべ言った。

 

「君に彼のことを話したのは間違いじゃ無かったみたいだ」

 

「エトさん、彼のこと教えてくれてありがとうございました。じゃあ、僕行きますね」

 

僕がいすから立ち上がり、ドアノブに手をかけると、少し待ちたまえと言われ振り返る。

 

「最後にきまりが良くなるよう言っておこう。君は父から私を孤独から救うように頼まれたそうだが」

 

彼女はニヤリと笑い、

 

「私はもう救われているさ」

 

なんだ、やっぱり惚気話か…

 

「………幸運を…」

 

一抹の羨望を抱きながら僕は言った。

 

「君も何をしようとしているかは知らないが、せいぜい頑張りたまえよ、青年」

 

その言葉を精いっぱいの声援と受け取り、僕は部屋から出た。

 




 最終回予告 BGM EAT,KILL,ALL

 ボッチはカワイソ

 アマゾンッ!        
        アマゾン♪

 僕が選びとること…

 

 

 生きてください

 NEXT HUNT

 喰種-AMAZONZ



 と、予告したものの次回は悠と愛支の関係を掘り下げる番外編を予定しております。ご了承下さい。

感想評価・誤字報告よろしくお願いします。




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日々 ーINTO THE FISH TANKー 

 な、何か月たったんだ…
やっと、完成しました。待ってくれている人がいたならそれだけで幸せです。
時系列はフワッとしていますがだいたい本編3年前です。


 

 秋も深まるある日、呼び出された僕はいつもの廃工場にバイクで訪れる。

ヘルメットを外し、愛支さんを探す。

 

「こっちだ」

 

「……!」

 

声のした方に目を向けると、いつもと違う雰囲気の彼女がいた。

いつもぼさぼさの髪はきれいにまとめられ、つややかに輝いている。ふだんは適当なTシャツにジャンパーを羽織ってるだけのやぼったい愛支さんがベージュのコートに赤いマフラーを巻いて、ともすればジャージを着てくる愛支さんが、ひざ下までの黒いスカートを履いている。これはどうしたことだろう。

 

「お、なんだい?急におしゃれしてきたお姉さんに胸きゅんだぜ。ってやつかい?」

 

少しぼーっとしていた僕に、愛支さんさんはいたずらっぽく言う。

自分の頬が赤くなるのを感じる。

 

「………そ、そうです。愛支さん、素は綺麗なんですからいつもそれくらい身だしなみに気を使うべきです」

 

顔をそむけながら、照れ隠しにそんなことを言ってみる。

 

「お、言うねぇマセガキ。とりあえず適当なもん着ればまとまって見える君と一緒にするなよ。この野生の読モ」

 

愛支さんはそんな若干意味の分からないことを言いながらニシシと笑っている。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

僕は気を取り直し、気になっていたことを聞く。定期的に会う時期にしては少し間隔が短い。

僕が警戒を含んだ視線を向けると、愛支さんはさらに口角を上げ、グイッと顔を近づけてきた。僕も思わずのけ反る。

 

「デートしようぜ。ダーリン♡」

 

「…は、はぁ⁉」

 

思わず、ジャングレイダーまで後退る。

 

「何もバイクまで逃げることないだろう⁉」

 

愛支さんはむすっとした顔でまた詰め寄ってくる。

自分としてはただものすごく動揺しているだけである。

 

「…急に愛支さんが変なこと言うから…」

 

一瞬ケロッとした顔をした愛支さんは、またすぐに意地悪な笑顔を浮かべた。

 

「ああ、悪い悪い。君ショタショタのマセガキだったね。こんな色気むんむんのお姉さんに詰め寄られて平気でいられるわけないか」

 

「いや、アナタに色気は無い」

 

自然に口から出ていた。

 

「なんでそこだけ冷静なんだよ…」

 

そんな受け答えをしている内に本格的に落ち着いたので改めて聞いた。

 

「デートってどういう?」

 

すると愛支さんさんは心底あきれた顔をしながら、

 

「君、そりゃ恋人同士のするそれに決まってるだろ?」

 

「恋人って僕と愛支さんが…?」

 

にんまりと目を細めた愛支さんに見つめられた僕はまた内心ドキドキしてしまう。

 

バチンッ!と額で何かがはじけた。

 

「痛っ!」

 

普通にデコピンだった。いや、普通ではない。明らかに喰種のパワーだった。

僕は額を押さえのけ反る。何とかバイクを倒すまいと踏ん張ることが精いっぱいだった。

 

「なぁ~に本気にしてるんだよ。それともそういうのがお望みかなぁ」

 

「って、何するんですかっ!?僕じゃなかったら頭蓋骨が砕けてますよ」

 

僕は額を摩りつつ怒鳴った。

愛支さんはニヤニヤの頂点だ。だが僕の方は激痛で動揺も照れも吹き飛んだし、いたずらとしても成立していない気がする。

 

「ハハッ、そんな自然体の反応してくれるのはホント君ぐらいだよ。まぁ、実を言うとほら、今度書く作品にそういう描写が必要なんだよ。それで疑似体験しようというわけさ」

 

屈託のない物言いに少し胸がきしむ。内心の動揺を覆い隠すべく話題に集中する。

納得しかけたが、この人の作風にそんなのがあっただろうか…?みんなからはただでさえ不安ばかりなのにこんな暗いの読みたくない!と不評だった。僕としてもあまり好きではない。せめてフィクションの中だけでも救いが欲しいものだ。

 

「ああ、君の疑問はもっともだ。ただ、今回の作品はこれまでの作品とは少し趣向が違うんだ」

 

「………」

 

読まれた…やはりこの人の前では下手なこと言わない方がいいな。

しかし、趣向が違うとは何だろう。

 

「どんな本なんですか?それ」

 

愛支さんはよくぞ聞いてくれましたっ!と言うような自慢気な顔をした。

 

「私の人生をかけた作品で、英雄譚だ」

 

英雄譚…自分は生物関連の知識を深めるためそういう書籍ばかり漁っているため、その手の本で読んだのは美月に見せてもらったラノベぐらいだ。英雄譚と言えば剣と魔法のイメージ。だがやはりそんなものこの人が書くとは思えない。しかし、人生をかけた作品とは…

 

「君が思うような華やかなものじゃない。君には話したね、隻眼の王の話。これはその布石のようなものだ」

 

愛支さんはさっきとは打って変わり、ある事柄を話す時だけの生真面目な光を帯びた目をしている。

ああ、だいたいは理解できた。

 

「主人公は隻眼だろう、だから必然的に人間と喰種の狭間で苦しむことになる。そこで人間の女性との恋愛描写を入れようと思っているんだ」

 

なんというか、愛支さんの書く恋愛描写は本人の性格を反映してか、ドロドロというか倒錯的なものが多い、万人受けはしないだろう。そんな感じのデートをしようというのなら、いったいどんなことをすることになるのか…

僕は、待ち受ける状況を想像し、やはり断ろうと決意する。

 

「だぁかぁらぁ!そういう描写になりかねないからそれっぽいことをしようというんだ」

 

すぐさま顔色から僕の考えを読み取り、愛支さんは反論する。

しかし、やはり変だ。それだけを理由に愛支さんがそんな気を起こすだろうか?

 

「今回の作品はなるべく多くの人読んでもらえるようにしたいんだよ」

 

それで大衆向けにするわけか…

 

「こんなこと頼めるのは君ぐらいなんだよ。それに私はもっと君を知りたい…君という唯一の存在の内面をね。だからさ、行こうじゃないか、デート」

 

そんな畳みかけるように言われた甘い言葉と共に、愛支さんはなかなか見ないの無邪気な笑顔を見せた。その笑顔に疑念は消し飛び、心は緩んで言ってしまった。

 

「………まぁ、いいですよ」

 

そう答えると愛支さんは一層の笑みを浮かべた。

言った後で少ししまったとは思ったが、愛支さんに下手なごまかしは聞かないし、僕自身興味が出始めている。

しかし、問題はあった。

 

「で、どこに行くんですか?」

 

「君が決めたまえ」

 

「…え、えぇ⁉」

 

この人はホントに何を言っているのだろうか、まともに人として生活したことのない僕がそんな判断できるわけがなかった。

 

「いいから、どこか行ってみたいところは無いのかい?」

 

 

 

 

私は、君の背に掴まりあの赤いバイクに乗り目的の場所へ山道を海側へ走る。秋の乾いた風は冷たいが君の細めの体でも小柄な私を風から守るには十分なようだ。思えばこうして移動するのは初めてである。ヘルメットはあらかじめ自分のものを用意していたが正解だったようだ。ふむふむ、少しはデートっぽいことができているのではないだろうか。

それにしてもこのバイク、奇天烈極まりない見た目に反して乗り心地は一級品だ。相当高性能な特別製らしいがそんなところには気が回るのになんでもっと見た目や駆動音をおとなしくしようという発想は無かったのだろうか。

 

「ねえ、どう思う?」

 

「アマゾンなんて造る人たちがまともなわけないでしょう」

 

風の音とエンジン音でかき消されそうな声も喰種の聴覚は正確に聞き取る。無機質で感情の籠らない声。

君は割とシビアなところがある。しかし、考えているだけでそれを自ら排除しようなどとは毛頭思っていない。そこらへんがすごく中途半端だ。しかし、多くの場合と違い私をイライラさせない。むしろそこが面白味である気がしてくる。どちらかを選ぶ、ではなく選ばないという選択肢。『二兎を追う者は一兎をも得ず』、とはいうが君は『二兎とも追わない』ともいえる考え。人間とアマゾン、双方が殺しあうことを半ば許容し穏やかな均衡関係を築くことを求めている。その先最終的に待つのはアマゾンの穏やかな滅び。それは君らにとって残酷な結末。しかし、それはアマゾンが長く生き残っていくための最適解でもある。

 やめだやめだ。今回はこんなインキくさいことを考える必要はない。答え合わせをするためだけにこうしている。

そう思い直し、私は目の前の背中に意識を向ける。君は元々口数が多い方ではないのでだまって運転している。暖かい、安心する。ノロさんに負ぶってもらった時を思い出す。ああ、案外自分には甘えるという行為ができるような心が残っているらしい。

 しばらく、走っていくと海が見えた。潮のにおいが鼻につく。海面から拡散する光の矢がまぶしい。おお、結構雰囲気出てるじゃん。

 海沿いの道を周りに車両がない状態でバイクは粛々と進んでいく。流石に海風が冷たい、試しに君に抱き着く腕の力を強めてみる。

 

「………」

 

無言だが背中が確かに強張った。しばらくすると心なしか体温自体も上がってきた気がする。

可愛い奴め。

 

「……周りに誰もいませんし、少し飛ばしますか?」

 

 君が急にぼそぼそと控えめに言った。明らかに照れ隠しだ。

 

「…ハァ、もう少し素直に反応したらどうだい♪私は柔らかいだろッフゲッ!」

 

グルルォォォとエンジンは文字通りの雄叫びをあげ、体に急激にGがかかる。

こいつ、やるようになったな…!

100キロは裕に越しているだろう。

 

「ちょ、舌を噛んだらどうするっ!」

 

「貴女なら、最悪落ちても大丈夫でしょう」

 

辛辣だなぁ、

腕にはより力を籠めなくてはいけなくなった。

 

 

 

「ふぅ、着いたね」

 

私はバイクから降り、ヘルメットを外して頭を覆っていた窮屈さから解放される。

目的地というのは東京近郊にある水族館だ。アクアリウムが好きだったという君らしい選択だ。デートっぽさも申し分ない。

 

「………」

 

ふと君を見やると建物を見てぼーっとしていた。

 

「なーに、してるんだ。ほらさっさと行こう」

 

私は君の手を引く。

 

「あ、はい!」

 

ということでまずはチケットだな。

 

「すいません、大人二人でお願いします」

 

売り場に入場券を購入する。ふと君を見るとなんと財布を懐から取り出すことだった。

 

「おい、舐めてんのかガキ」

 

つい素のきつい眼を悠に向けてしまう。しかしここは向こうに非がある。

この状況からデート設定優先で男に払わせるとでも思っているんだろうか。私がド外道だとしても悠にだけはそれなりにやさしく接してきたつもりである。

君にとっては気のいいお姉さんという認識のはずだ。

 

「違いますよ。これは愛支さんへの見栄じゃなくて僕の勝手なこだわりです」

 

「ほう、どう違うんだ?」

 

割と飄々と悠は答えてくる。少し威圧気味に聞き返した。

するとそこに来て君は照れているように頭を搔き、目をそらしながら控え目に言った。

 

「いや、その何ていうか、誰かに養ってもらうようなヒモにはなりたくないっていうか…」

 

はは~ん、なるほど。ま、さんざんやりあっていれば対抗意識も持つか。

やっぱガキか、ガキだもんな。

実際、私に対する意地とそう変わらないような気もしたが、久しぶりに見せた年相応の幼さがとても微笑ましく思えた。

 

「…分かった。割り勘でいこう」

 

「すいません、それでお願いします」

 

ニヤニヤが止まらない私を見て照れ臭そうに、君は答えた。

はたから見ればとても歪な会話だったのだろう、不思議そうな顔をする販売員をよそにチケットを購入する。半分ずつ平等に。

 

「それにしても、さっきから繋いでるこの手には突っ込み無しかい?」

 

瞬間、悠の手が強張る。

残念だったな。見た目に変化を及ぼさない範囲のパワーは君より上なんだよ。

場所が場所なため無理に拒むこともできず悠は数瞬で諦めた。

 

展示室に入ると悠は年相応の歓声を上げる。

彼の大きな瞳は星屑のような光を帯びていた。こんな表情が見られるならもっと早くに連れて来るべきだったとすら思った。

平日だったので館内は空いており、ゆっくりと鑑賞することができた。

 

大小さまざまな水槽で魚たちは特に窮屈さは感じていないように過ごしている。

水槽内の照明を受け、魚たちの鱗が輝きその空間の神秘性を演出していた。ここぞとばかりに悠は歩きながら魚の解説をする。この大作家様相手に生意気なことだ。といっても魚なんて食べないので知識はそこまでない。ここはおとなしく君の言葉に聞き入るとする。

 

「アマゾン川流域の淡水魚…」

 

軽快だった悠の足があるブースの前で止まる。

 

「…アロワナねぇ…」

 

アロワナは世界最大級の淡水魚らしい。その時は黙り込んだ悠に代わって私の視線の先にあるプレートが教えてくれた。もちろん、彼が気になっているのはそんな部分ではないだろう。

 

「アマゾン…何とも因果な名前だよな。きっと君のお母さまたちはアマゾン川の抱える種の多様性を指して名付けたんだろうが…悠、アマゾンという言葉の語源は知っている?」

 

「ええ、ギリシャ神話に出てくる女部族、でしたよね」

 

悠はこちらを見ようともせず、遠い目をして水槽を見つめている。巨大な水槽を与えられているにもかかわらず、その巨大な魚は怠惰にもほとんど動かない。

 

「この前さ、その部分を読み返してみたんだ。なんとなく、君たちと重なってねぇ…」

 

ただ闘争と強さを求める勇猛で野蛮な一族。彼らが原義に近い状況にあることを考えると名は体を表すとの格言はやはりその通りなのだろう。

 

「僕たちが欲しいのは平穏です」

 

こちらを見つめた悠と視線がかち合う。

 

「そうだ違うね。似てるのは君一人だ」

 

その言葉を最後に私たちはまた歩き出す。悠は何も言い返さなかった。

 

 大水槽の前でまた君は大きな歓声を上げる。

小魚の群れが渦を巻き、中型のサメが這うように泳ぐ、他にも様々な海洋生物が、切り取られた絵のような世界を描き出していた。

雄大でありながら穏やかで調和のとれた一つの世界。ガラス越しに入る蒼い光に照らされて、やっと見えた悠の顔もまた同じ穏やかさを浮かべていた。戦いのときに見せるあの雷光のように激しくかたくなな意思は微塵も感じられない。本当に不思議な奴だ。

聞いてみたいことがある。ずっと確かめたかったことが。

 

「君はさ、この箱庭に押し込められたこの生き物たちが可哀そうだと思わないのかい?」

 

別に私自身はそれが傲慢だとかどうとか責めるつもりはない。が、単純に悠の考えが聞きたかった。

 

「思いませんよ」

 

悠は表情を変えず言った。

 

「箱の中しか知らないなら、中にいるものにはそれが全てで外に何があるかなんて気にならないんです。逆に言えば一度でも外を知ると二度と中には戻れない…だから穏やかに過ごせる彼らを羨ましく思います」

 

経験者は語る。他の押しつけがましい道徳論よりずっとあてになる答え。

しかし、君は…

 

「ほう、だが君は自らガラスを蹴破って外へ出たね。何故だい?」

 

何故外の世界に求めるものがあるわけでもなく、安寧に不満を持つわけでもないはずなのになぜ導かれるように君は地獄へ這い出ることになったのか

ここまで話して初めて悠は言いよどむ。まるでそれを認めるのを恐れるように

 

「何故だい?」

 

君の核心に触れようと踏み込む。その答えなど私が一番分かっているのに。

それでも知りたかった。確かめるために、

 

「僕には居場所がないから…」

 

君はあきらめてしまうように呟く。

言った。いや、言わせてしまった。それでも聞いておかなければならなかった。

そんなこと私がよくわかっている。人間でないものが人間の輪の中に入れる道理はない。喰種だって人間の中に溶け込んでも、その在り方はやはり喰種だ。人間としての在り方を望まれていてもそうはできない。あくまで人間として扱おう狂気的な母のもとに君の居場所はなかった。

 そうするしかなかった。彼に平穏に居続ける選択肢はなかった。系譜を持たないものを生態系はただでは受け入れない。多くの外来種が環境をかき乱すか、あるいは駆逐されるのか。どちらにしろ戦うしかないのだ。

私は水槽をうっとりと見つめる君の表情を仰ぐ。気づいている、以前よりずっと影が差すようになったその顔に。

君は決死の覚悟で踏み出しつくりだした居場所すら失おうとしている。君はアマゾンですらないのだ。仕方ないと分かっていても仲間からの不信は募っていることだろう。その結末は言うまでもない。

人が折れるところを見るのは好きだ。固く熱情に満ちた心が崩壊していくのを見るのは胸がすく愉悦だった。

 だが君は折れないんだろう?その結末を見据えながら抗っているのだから。

『生きたい』なんて理不尽な根幹の本能に突き動かされて、君は息の根がいつか止まるまで…でもそれを否定することはすべての生命を無意味と断ずることだ。多少の妄執は抱きながら生きてきたつもりだ。その気持ちを愚かと呼べるほど私は達観できていなかった。君はフランケンシュタインの怪物だ。どんなに崇高なモノを創ったのかを知らず、人は君を本当の怪物に落とそうとしている。腹が立ってしょうがない。

 

「…?どうしました愛支さん?」

 

私の視線に気づき、悠はこちらに微笑みかける。

 

「ああ、いやなんでもない。次行こうか」

 

「…?…はい、行きましょう」

 

順路に沿い進む悠を後ろから眺める。

でもそれだけじゃない、特別なんだ。私にとって唯一無二の、君には苦しんでほしくない。私に安らぎの心地よさを始めて教えてくれた君だから…だから私は…

 

 

僕らは一通り館内を回り外に出る。普通ならここで食事にでも行くのだろう、しかし僕らはそうもいかない。

 

「これから、どうしますか?」

 

「ここで帰ってもいいんだが、一度廃工場に戻らせてくれないか?忘れ物をしちゃったんだ」

 

僕の問いかけに愛支さんは少し申し訳なさそうに答える。

この人が忘れ物なんて珍しいな。

 

「ええ、いいですよ」

 

しかし断る理由もないのでまたバイクに乗ってきた道を戻る。

 

「悠、今日はありがとうな」

 

「………!」

 

道中後ろから聞こえた声にドキッとさせられた。

愛支さんにそんなに直接的にお礼を言われたことは初めてだ。

 

「…おい、なんか言えよ」

 

すぐに手厳しい言葉が聞こえる。

 

「え?………ええ、お役に立てたようならよかったです」

 

また、いきましょうねとでもいうべきところなのだろうか、しかしさすがにそんな勇気はない。

 

「…なんだよそれ。ハハ…」

 

不思議とそれ以上彼女は何も言わなかった。

 

廃工場につくともう日は傾き、空は赤く染まっていた。

 

「それで忘れ物って何ですか?」

 

バイクを降りてとことこと離れていく愛支さんに後ろから声をかける。

 

「ああ、忘れ物…そう、我々は大事なものを忘れている…」

 

「………?」

 

質問に答えるでもない、不思議な言い回しに僕は困惑する。

愛支さんはある程度離れたところで立ち止まる。

 

「デートを終えたカップルがそのあとふたりきりすることなんて決まっているだろう」

 

「え…ちょっと、愛支さん?」

 

よからぬ連想をしてしまい、焦り脳が熱くなる。そんなことをするなんて貞操云々の前に危険すぎる。

しかし、頭の熱は一瞬で冷める。

 

「…なぁ、ハルカァ…」

 

ゆっくりと振り向いた彼女の瞳が赫々と輝いている。直後彼女の背中から赤黒い流体物が噴出し、それは徐々に異形の四肢を形成し始める。

その唐突な状況の中でも、僕の足は生存のための最適解を反射的に選び取れてしまう。

 

「…骨の髄まで、愛し合う(殺し合う)ゼー!…!」

 

白く細長い腕が舗装されていない砂利の地面を抉った時には、飛び上がって近くの建物の屋根に飛び乗った。

 

やっぱりこうなるか…

 

僕は建物の上から、白い巨大な鎧に包まれた愛支さんを見つめる。同じく僕を見るその瞳からは殺意以外感じられない。

肩や自分はどうだろう、酷く落ち着いている。信頼している人に殺されかけたというのにこうなることを分かっていた。

 

怒りが湧いた。愛支さんにではなく僕自身に。

彼女に救われた。話をすることも今日のデートもどうしようもなく楽しかった。唯一体裁を気にせずすむ相手、その存在はどれだけ心を軽くしてくれただろう?稀代の殺戮者だったとしても僕には確かに恩人だ。けれどやはり僕は彼女と会う時いつも心のどこかで身構えていた。今確かに僕の危惧は現実になっている。だがそれはなぜだ?だいたいは察することができる。彼女の殺意はあの人のそれと同じだ。だとしたら…

 

「…ったく、今ので殺されとけってんだよクソがぁ!」

 

先補とは全く違う歪んだ表情ですごむ。

まったくもってその通りだ。しかし、もう遅い、ここで殺される選択肢を僕は持てない。

二撃目の羽赫が飛んでくる。冷静に飛んで避け、空中でベルトを付ける。

ごめんなさい、愛支さん。僕は生きなきゃいけないんです。

 

知っている、今この場を収められるのは互いの刃でしかないと、

 

「…アマゾンッ!」

 

だから、頭で喚くきれいごとにとどめを刺した。

 

―EVO・EVOL・EVOLUTION!―

 

爆炎が晴れた時、白い仮面、というにはあまりに禍々しいものが愛支さんの顔を覆っていた。まだほとんど誰にも見せていないという『梟』の姿。

その姿を一度だけ見せてもらったことがある。その時は圧倒的な制圧力になすすべなくやられた。生半可な攻撃では勝てはしない。

 

―VIOLENT・PANISH―

 

僕は肥大化するヒレを、意識的にさらに伸ばす。さらに長く鋭く。体内でほとばしる熱をクラッシャーのカバーを開けて蒸気として放出する。むき出しになった牙は己の内の狂気をさらけ出しているようで、怖くなる。

 

「オイオイ、問答無用で本気モードかよ。もう少し躊躇とかさぁ…」

 

自分から仕掛けておいて何を言うのか。闘争に傾いた脳は、言葉での返答を億劫に感じ、前屈みになり、刃を構えて答える。

 

「そうだよな、散々あの男とやりやって一度も聞く耳持たずだもんな。流石にもう先は読めるか。でもそうゆう思い切りの良さ、私は好きだゼェ…」

 

お互いの間に降りる沈黙。

 

「ごめんな…悠、私はこんな事しかできない…」

 

その声は震えている、愛支さんの声だった。本能に喰われていた僕が戻ってくる。

それは僕のセリフだ。僕は貴女の言う通り意地を張り通すことしか出来ない子供なんだ。

 

「愛支さん、ありがとう」

 

熱が抜けきらないうちに、僕は屋根を蹴った。

 

「オオオッ―――!」

 

僕が飛び掛かるとともに、梟も距離を開ける。

リーチでもスタミナでも再生力でも僕に勝ち目はない。なら僕が勝つには、脚力で懐に飛び込み急所を切り裂いて戦闘不能にする他ない。

梟もそれが分かっているのか、建物から離れ僕のリーチ外から射撃を始める。跳ぶわけにはいかず姿勢を限界まで低くして、ナイフというよりもはや砲弾である羽赫の刃をヒレでいなす。幸い赫者化の影響か射撃の精度は高くない。しのぎ切れる。

しかし、砕けた破片は僕の皮を裂き、僕の広い視野に別の赤い像を写す。

それでも止まるわけにはいかない。

 

「やっぱ迅いなぁ…でも、ねぇ!」

 

「………っ⁉」

 

梟は単純な射撃では仕留めきれないと判断したのか、肩から先端に顎を持つ触手をいくつか生成し、僕に伸ばす。

不規則な動きをするそれだったが、僕の角はそれを正確にとらえていた。

 

「ハアァァァッ!」

 

地面を踏み込んで、回し蹴りを繰り出す。触手についた口は呻き声を上げてつぶれる。その勢いのまま右の触手の手刀で裂く、左から来たものはわざと腕を噛ませそのまま切り伏せる。

 

「しまっ…」

 

しかしそこまで来て気づく、触手は陽動だった。

三本指の異形の掌が迫る、僕はとっさに腕を組むが圧倒的なパワーに押し飛ばされる。建物壁に押し付けられ、体が壁にめり込む。

 

「グ、ガァ!」

 

衝撃が脳髄を揺らし、痛みとすら言えないような壮絶な感覚が全身を駆ける。なおも手は押し付けられ呼吸はできず、骨はきしむ。

 

「さぁ~て、私は君が好きだから首ちょんぱで楽に逝かせてやるよう。ケタケタケタケタ…ああ、でも仲間への遺言ぐらい聞いてやろう。言い残すことは?」

 

明滅する視界の中梟の紅く大きな隻眼だけが嫌に映えて見える。

声を出させるためか拘束に呼吸ができるほどに緩む。

 

「…ナ…ル…」

 

「ああん?聞こえないぞ」

 

「ナメルナァ!」

 

たとえこの先にあるものが苦しみでしかないとしても、僕は生きる。

ひたすら生きるためだけに!

激情に任せ無理やり相手の腕を引き千切る。

僕は足が地面につくと同時に腕のしびれも無視して、懐に飛び込む。

 

「オオオォォォ―――!」

 

拘束中にため込んでいたエネルギーを全身の熱を解き放った。

 

「グギャッ!オマエェェェ!」

 

腕以外から飛び出た幾重もの黒い激槍が梟の身体を貫く、多角的に刺さったそれは、その巨体の動きを完全に封じる。再生力がすさまじくても赫包ごと全身を貫かれ続ければどうしようもない。いつか来るべき日のために用意していたの切り札、棘を意識的に指向性を持って発現部位を絞りつつ伸ばす。そのコントロールのために相当な訓練を積んできた。

明らかに梟を意識した攻撃。彼女への不義の証。

 

「ウゥオオオァァァ―――!」

 

極大の『絶叫』。それは僕の悲嘆なのか、彼女の怒りなのかもはや分からない。

 

僕は棘を体内に引き戻すと同時に梟の白い腹を立てに引き裂いた。

 

赤黒い血が滝の如く降りかかる。僕は倒れ伏す巨体の下敷きにならないよう一度腹の下からすり抜ける。

ピクリともしなくなった梟に呼応するように全身の力が抜け膝をついてしまう。それでも変身が解けぬよう気を張り、無理にでも足を動かして頭部へ駆け寄る。

幸運にも崩壊し始めた頭部は脆く、残り少ない余力で上半分を引きちぎることができた。見えた愛支さんを赤子取り上げるがごとくそっと抱きかかえる。訓練の甲斐あってこの彼女自身にとげが刺さらないようにするコントロールは成功したようで、目立った外傷はなかった。腕から伝わる鼓動と熱で張り詰めた精神がほどけ今度こそ変身が解ける。それでも、腕の力は抜かなった。

 

彼女がゆっくりと目を開けた。それと同時に一気に視界がぼやけ、嗚咽が漏れる。

 

「愛支さん、ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

「………なんでお前が謝るんだよ、殺そうとしたのは私だぞ」

 

その声にもう敵意は感じられなかった。

 

「でも…でも…!」

 

 貴女が僕を殺そうとしたのは、僕を『この世界(地獄)』から救おうとしたからだ。しかし僕は自分の保身のためにその手を拒んだ。後ろ手に隠し持っていたナイフによって。それを鑑みて裏切ったのは僕のほうだった。たくさんのぬくもりをくれた愛支さんを信じ切れなかった僕自身だ。

 

だからこそ、涙が止まらない。他人に慈愛ややさしさを押し付けていながら、自分自身はそれに徹しきれなかった。なんて自分勝手なんだろう、なんて中途半端なんだろう。自分が嫌でたまらなかった。何より、愛支さんを裏切ってしまったことが悲しかった。

 

「お前こそ、私を殺さなくていいのか?私は回復したらまたお前を襲うかもしれないぞ今度はさっきの手は喰わん」

 

僕は嗚咽を押さえて首を振ることしかできなかった。

殺す、という選択肢は生きるためになら肯定されるべきだと、思ったからここにいるはずなのに僕はその選択肢を鼻から頭にいれていないのだ。こんな男が何を守れるというのか。考えれば考えるほど深みにはまっていく。

 

愛支さんの顔を直視できない。涙をとめる術もない。

 

「悠、飯だ。飯にするぞ」

 

「…は?」

 

あまりに突飛な彼女な言葉に頭のテンションを無視した声が出た。

 

 ※

 

 私と悠は工場の屋根の上に少し離れて座っていた。街の光が遠いここだから、星の光がとても美しく輝いていた。そして悠の手にはほぼ常に常備しているハンバーガー、私はこうなることも半ば予想して用意しておいた人肉を持っていた。

 

「おい、食えよ悠。星空の下カップルでディナーなんて存外しゃれてるだろ」

 

私は手元の肉をかじりながら言ってみる。

 

「………」

 

無言どころか、食べようとする様子もない。

私は構わず話す。

 

「悠、単刀直入に言うが私はもう君を襲わないことにした」

 

「………⁉」

 

悠が驚いてこちらを見る。

 

「まぁ、もともと殺したところで私に利益は無い。君がそこまで生きたいと願うならそれを尊重しようと思うことにした」

 

私は君を舐めていた。次私が彼を襲っても結果は今日と同じだろう。それに私を下した意思と力それが開く未来を見据えてみるのも悪くない気がしている。

 

「そして、ここからが重要だ。悠、私はこれからも君と友でいたい」

 

「愛支さん…」

 

悠は信じられないとでもいうような顔をする。

 

「君は、どうせさっきの技が私への裏切りだとか思ってるんだろうが、気にはしない。ほらあるだろう、走れメロスだ。どんなに強い友情にも不義や不信は生まれうる。むしろそれを乗り超えられる関係こそ本当の友情だろう」

 

内心、どの口が言うとは思ったが、それは今は考えない。

 

「むしろ私との縁を切りたいのは君だろう?」

 

そもそも、友達を殺そうとすることそのものがこれ以上ない不義理だ。殺戮と闘争が日常になりすぎて完全に感覚がマヒしている。

 

「だから、私から頼む。私の今日の行いを許し、これからも友でいてほしい。私は君との時間を得難く思っていた。そして君が大切だった。だからこそ君を苦しませたくなかった。それがかなわないと知った今、それこそあまりに身勝手だが君との時間を大切にしたい」

 

 

悠は心底困った顔をした。

 

「………」

 

私は畳みかける。

 

「君は私をどう思っているんだ?」

 

悠はさらに顔をしかめた後、ゆっくりと言った。

 

「僕もあなたといる時間は楽しかった。今日貴女が僕を襲った理由も理解しているつもりです。けど結局僕は心のどこかで貴女を恐れているんだと思います。でも、同じくらい貴女に出会えたことが幸せに思えたのも、たしかです」

 

つい、頬が緩んでしまう。

 

「やっぱり友達が怖いなんておかしいですよね…」

 

その言葉に私はすぐさま反論する。

 

「そんなことない。完全な清廉潔白なんて存在しない、むしろそんなものがあるなんて胡散臭いだけだ。それにほらあの2人は一発殴り合って和解しただろ、それと同じだ」

 

悠もそこで頬が緩んだ。しかし目元がまだ迷っている。

 

ああ、もうじれったい!

 

私は悠に詰め寄りその腕を掴む。

 

「うわっ!ちょっと愛支さん!?」

 

慌てながも手に持つハンバーガーは消して落とさない。その辺は悠らしい。

 

「いいか、大人が気にするなと言っているんだ。ガキは黙ってそれに従う!」

 

顔をを思いっきり近づけ怒鳴る。 

 

「は、はい!」

 

私の剣幕にびびったのか、言質は取れた。

 

「それで返事は?」

 

「僕はこれからも貴女と友だちでいたいです」

 

悠は照れているのかうつむきながらボソボソと言った。

きっと私はこれ以上無いほどの笑顔を浮かべたことだろう。

 

「さ、そうと決まれば晩餐と洒落込もうぜ!祝え!新たな友情の始まりを!ってね」

 

彼のネガティブ思考を吹き飛ばずためこちらは全力でテンションを上げる。

 

「はは、貴女は本当に愉快な人だ…」

 

あ、ヤバい

雲間から日が見えるような微笑みに一瞬素でドキッとした。

 

「そう言ってくれるのは、間違いなく君だけだろうけどな」

 

大人の意地でなんとか動揺を表に出さずにすんだ。

 

悠が自分の肉に口をつける。正直可愛い。私の方も食が進む。

 

「愛支さん、その…」

 

しばらくして悠の方から口を開いた。

私は黙って悠ん見る。少し頬が紅潮している?

 

「その、また、2人でどこかに行きませんか?」

 

できたてカップルか私たちは…

おかしさから来る笑いを抑えて答えた。

 

「ああ、何度でもな」

 

 




クオリティは今までで一番のつもりですがどうでした?

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(もう後書きを書く気力がない)


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