氷菓 ~始まりの物語~ (みかんでない)
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氷菓 ~Backseat players~

プロローグ.「とある少女の哲学」

 

 

 

人には、何らかの能力がある。

これは私の持論だ。

自分に能力が無いと思っている人間は、ただ、自分自身を完全に理解していないだけ。つまり、才能が埋もれてしまっているということだ。もしくは、その能力が特殊かつ「能力がある」と理解することが難しいので、無意識に使ってしまっているのかもしれない。仮にコンマ一秒時を止められる人間がいたとして、彼はそれに気づくことが出来るのだろうか。

つまるところ、能力の強弱は残念ながら人それぞれで、またその用途も様々だ。アイザック・ニュートンやガリレオ・ガリレイには、「探求し考える能力」。織田信長やナポレオン・ボナパルトには、「人々を魅了し、先導する能力」。エルキュール・ポアロやシャーロック・ホームズには、「状況を推理する能力」。恥ずかしながら愚弟にも、「推理する能力」が備わっているのだと思う。

かくいう私にも、ちょっと特別な能力がある。

「求めることを閃く能力」

それが私の能力だ。他に、行動力も人並み以上だと言われることがある。その行動力のせいで、奉太郎を危険な事に巻き込んでしまう事になったのだが、それはまた別のお話。

こんな冒頭だと、これからよく有りがちな能力バトル物の小説が始まるのか、と思われる方もいるかも知れないが、まあそんなことは無い。至って普通の人間についてのお話だから、安心してほしい。

話を戻して、私の持つ力を詳しく説明すると、普通の人間が結果を導くためには過程を試行錯誤して結果にいたる……例えば、「林檎が食べたい」と思った時。当然、読者の皆さんは「果物屋に行って林檎を買おう」という手段を講じるだろう。

しかし私の場合、まず「行きつけの果物屋」「林檎」といったワードが頭の中で勝手に結び付けられ、それを私が認識する事で、「林檎が食べたい」と思っていることを理解できる。まず求める結果を導きだせる手順を私の深層が発見し、次に「私がその手順を見つけた」という事実を私が認知する前に、脳が勝手に、関連した事象を細い糸で結びつけ、私に「求めている何かがある」という理解をさせるのだ。

つまり、動機と過程の因果関係が逆転しているのである。

ただし、この能力は神様の気まぐれで発動するために、私自身が制御することは出来ない、という欠点があるのだ。

私はこの能力を、「発想力」と名付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから始まるお話は、「氷菓」の全ての出発点。

既に古典になった時間の古典部で、部長を務めていた少女のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter.1「折木家のとある一日」

 

 

 

「お姉さんは、推理、しますか?」

「へ?」

余りに唐突に質問されたため、私は思わず聞き返した。

私こと折木供恵は、卒論に勤しむ弟とその友人の為に差し入れを持って行ったら、突然その友達からこの質問をされた、という訳である。自分で言うのも何だが、私が混乱するのも無理は無いと思った。

「里志、過程を省きすぎだ。」

こいつが私の5つ下の弟、折木奉太郎。怠惰の罪を背負ってしまったといっても過言ではない男。彼いわく、「やらなくてもいいことはやらない、やるべきことは手短に」だそうだ。彼の毎日は夏休みというより休日だ。

「うん、そうだったね。変なこと聞いてすみません。実はですね、実は先日折木が、学校で起きたちょっとした事件を解決したもので。いや~凄かったですよ。お姉さんも驚くと思います。」

この子は奉太郎の友人、福部里志君。頻繁に家に遊びに来てくれる。故にもう、名前も覚えてしまった。

この二人はもう、卒業間近の中学三年生。二人とも既に、私の母校でもある神山高校への進学が決まっている。

それにしてもちょっとした事件を解決か。ふーん、それで推理、という単語が出てきたのか。

「あんた、変な特技があるのね」

弟はそっぽを向く。

「姉貴に言われたくないな」

「まあまあ。それでですね、お姉さんにも同じように、人並み外れた推理力があるのではないのか、と僕は疑問に思ったんです。」

そういうことか…。私は納得した。でも、確かにそれは過程を省きすぎね。

「二ついいか?」

「何だい、ホータロー?」

弟は小さく咳ばらいをした。

「まず、人並み外れた推理力、と言ったな。違う。俺は運が良かっただけだ。いわゆる、理屈と湿布はどこにでもくっつく、という奴だ。今回の件だって、お前も薄々気づいていただろう?結局実行犯の俺がクラス中から恨まれただけだったけどな。」

それを言うなら湿布ではなく膏薬よ(だよ)と聞いていた二人は心の中でつっこんだ。

「ははは。まあ、損な役回りしてたよね、ホータローは。まあ、あの線を鶴と称するのは、少々無理があったね。」

「話がそれたな。次に、姉貴に推理力なんて物はない。代わりに溢れているのは行動力と、謎の閃きだけだ。」

「謎の閃きとは?」

「ただのトラブルメーカー。以上。」

悲しくなってきたので話に割り込む。

「ちょっとあんた、随分言ってくれるじゃない。私の機転のおかげで災いから逃れた事も何回かあったでしょ?」

「姉貴の閃きの場合は得たものと失ったものが釣り合ってない」

私はテーブルに持ってきた飲み物とお菓子類を置いた。

「あ、有難うございます。でも、僕は行動力って大事だと思いますよ。」

「お前自身が行動力の塊だからな。姉貴とは気が合うかもしれない。」

「確かにね。でも余りに行動しなさすぎるのも考え物だよね、ホータロー。」

「何故俺を見る」

楽しそうだ。

「じゃあ私は部屋にもどるね、卒論頑張ってね」

「うわああ!そうだった!卒論の清書してたんだった!終わらないよ!ホータロー助けて!」

「頑張ってくれ」

「酷いよホータロー!」

私はリビングを去り、自室に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

自室に戻った私は、先程の会話について考えていた。

推理……ね。まさかあいつにそんな奇妙な趣味があるとは思わなかった。でも、どんなきっかけにしろあいつが人と関わるのは良いことだ。あいつは少し、人と関わらなさ過ぎるところがある。

「そういえば」

ふと思い出したのだが、推理といえば、私にもちょっぴり思い出がある。二年ほど前の、懐かしき古典部の思い出。そう、あれは私ともう一人の、古典部員達の物語。

 

 

 

 

 

 

 

Chapter.2「伝統ある古典部の先代達」

 

 

 

「先輩!無敵の閃きで何とかして下さいよォ~ッ!」

「ごめんちさ、何にも思いつかないわ…。」

生物実験室に、声にならない悲鳴が響いた。

私とちさは今、古典部の部室、つまり生物実験室にいる。

古典部では、毎年文化祭の時に文集を発行することになっているのだが、現在の部員は二人。高三で部長の私こと折木供恵と、今年から入ってきた高一の百日紅ちささんの二人だ。残念な事だが、古典部の入部者数というか部員数は、年々減少傾向にある。私が入った時(つまり私が高一だったとき)は四人、その次の年に三人、そして今は二人、という訳だ。要するに、文集を書くにも人手が圧倒的に足りないのである。

「先輩…!良いこと思いつきました!」

「いやな予感しかしないわ…」

「先輩が閃く時って、頭の中に物事を繋ぐ『糸』がぴーんと張って、凄い違和感があるんでしたよね?」

「うん、そうだけど…。」

私の閃く力、つまり発想力は、普通の人とは少し違うのだ。

ちさは私をびしっと指で指した。

「じゃあ頭の両側からぐりぐりして、無理矢理違和感を持たせたら、何か思いつくんじゃないですか?」

ゴゴゴゴゴゴ

「あ… あたまを渡せば… アイディアを差し出せば… ほ…… ほんとに… ぼくの『執筆』…は… 免除してくれるのか?」

ニタァ~ッ

「ああ~ 約束しますよ~~~~~~~~~っ 貴女の『頭』と引き換えのギブ アンド テイクです さあ…!」

「だ が 断 る」

「ダニィ!?」

百日紅ちさという人物は非常に私とよく似ている、と思う。その行動力があるところとか、自分こそが絶対正しい、と思っている妙な自信があるところとか。確かに彼女の家は、ここ、神山市ではちょっと有名で、(私も彼女の家にお邪魔させてもらった事があるけど、The名家って感じだった)古典部に入ったのも、何をやっているのか不透明で興味があったから、というとんでもなく軽いノリで入部してきた子だけど、悪い子ではないかなと思う。

え?私が入部した理由?学校内にプライベートスペースが欲しくて適当に人がいなさそうな部活を選んだ、ただそれだけ。深い意味はないわ。弟がいたら、「いやあんたの理由も充分謎だろ」と突っ込まれてもおかしくなさそうね、これは。

「まあ文集のネタは、二人でゆっくり探していきましょう?」

私はにっこりと微笑みかけるが、ちさは依然として不安げな表情のままである。

「余裕ですね先輩…。時間、どんだけ残っていると思ってるんですか」

「それなら心配要らないわ、去年も一昨年もネタ切れでこの時期は何も書いてなかったから」

「職務放棄で廃部にされてもおかしくないですよ、この部活……」

まあ、文集のネタが切れてきているのは事実だ。うちは文集を書くことが最大の部活動といっても過言では無いので、文集の未発行は存続に関わる。そろそろ古典部なのだから、『徒然草読破録』みたいなのとか、『作中から読み取れる平安時代の特徴とその影響』とかそういうお固い感じのネタに挑戦すべきなのかもしれない。ま、私もちさも、古典についての知識は高校レベル程度にしか無いんだけどね。

「そういえば先輩?部活といえば聞きそびれていた事がありまして」

「古典部の事?」

「そうなんです。私、ちょっと前から疑問に思っているんですが、何故この部活では、文化祭の事を『カンヤ祭』と呼ぶことが禁じられているんですか?」

無理も無い疑問だと思う。ここ神山高校では、殆どの人間が文化祭の事をカンヤ祭と呼び変えている。「かみやま」が訛って「かんや」になったと思われているが、それは違うのだ。

「あー、ちょっとこちらに来てもらえる?この棚の横を見ればわかると思う」

「そんなところにその答が?えぇーっと、これは貼紙ですか?何々…。」

そこには、黒の油性ペンで所々変色した紙にこう書かれていた。

 

「文化祭を『関谷祭』と言い換える事を禁ずる」

 

「……え?」

「この貼紙はね、私が古典部に入ってくる前から貼られていた物なの。私の先輩が教えてくれたんだけどね、先輩の時に、一度古くなっていたこの貼紙を新しいものに変えたらしいわ。だからね、かなり古くからの古典部のルールなのよ、これは」

 

と、彼女に説明してみたものの、それは先輩が同じように私に話してくれた内容のコピー&ペーストに過ぎず、私自身が「何故そのルールが作られたのか」理解していない事に気づく。今思い返せば、私に説明してくれた先輩も、口調が何処かあやふやな様子で全てを理解しているという訳では無さそうだった。確かに、ちさの疑問は納得できる。私は無意識のうちに定められたルールについてはあれこれ考えない事にしていたが、その封印を今、解いてしまった気がしてならない。現に、今の私は、そのルールの由縁について「物凄く気になっている」。

と、先程からじっと紙を見つめていたちさが質問をした。

「先輩、これ、なんて読むんですか?」

え?

「いやいやいやいやいやいやいやいや、『カンヤ』祭に決まっているじゃない」

「『せきたに』、では無く?」

「はあぁ?」

困ったな…。どうも彼女の思考回路は、私の理解力の範疇を超えているらしい。きっと、彼女か私のどちらかがちょっと熱でもあるのだろう。うん、そうに違いない。

そして、決して故意では無かったのだが、私は彼女を可哀相な人を見る目で見てしまった。

「いやっ、先輩!違うんです!決して話の流れを忘れた訳じゃありませんから!私健忘症じゃないですからね!?」

彼女は手をぶんぶん振り回して私の考えを否定する。ちょっとかわいい。

「ごめん、私には貴方の思考回路が全く理解出来なかった。本当に悪いんだけど、もう一度初めから説明して貰えるかしら?」

彼女はたははと笑って話し始める。

「ええ。実はですね、先日……」

 

 

 

 

 

それは余りにも出来過ぎた話だった。

 

ちさは二ヶ月程前に、昔からの親同士の付き合いでとある家に遊びに行ったところ、その家で関谷、という文字を見たのだという。

「私がそこの娘さんに勉強を教えることになって、その家のお手伝いさんに筆記用具を借りたんです。まぁ、実はその後その子は私よりも勉強が出来ることが発覚したんですけど……おっと、話が逸れそうですね。えーっと、そうしたらですね、借りた鉛筆の背に『関谷』何とかって銀文字で彫られていたんです。その時は特に気にも留めなかったんですが…。ね、先輩、これって偶然でしょうか?」

うーむ、筆記用具の背に書かれていた、ということはそれは恐らく名前だろう。

「ちさ、その漢字についてそのお家の人に聞いたりしたの?」

「ええ。そこの家の友達に聞きました。そうしたら、『せきたに なんとか(下の名前は忘れました)』というのは家族の名前だ、とかなんとか言っていました。それ以上は私は何も聞きませんでした。」

「やっぱり名前か。となると……」

うん、わからない。情報が圧倒的に不足している。ちさからこれ以上情報を得るのは難しそうだ。大抵の人は、恐らくはここで諦めるだろう。

だがしかし!この私こと折木供恵の行動力を舐めてもらっては困る。私は内から知識への欲求が溢れ出してくるのを感じていた。私は自分自身をよく分かっている。こうなってしまったら、私はもう止まれないんだ。

「じゃ、行ってくるわ」

「へ?何処にですか?」

「何処って……その家に決まってるじゃない」

ちさからしてみれば予想もしていなかった答だったようなので、彼女は酷く驚いた。

「ええ!?先輩、直に聞き込みするつもりなんですか?不審者扱いされて締め出されるのが関の山だと思いますけど……」

「む、失礼ね!私は至って普通の人間よ、別に猪突猛進しようとしてないわよ。策ぐらい既に考えてあるわ。」

「策…ですか?それは一体」

「まず、『関谷』が古典部のOBかOGであることはいいかしら?」

ちさはむすっとする。

「論理を飛躍させないで下さい…。私、頭はそんなに良くないんですよ…。」

「ごめんごめん。まず、カンヤ祭が関谷という人物の名前に由来すると仮定するわね。

そうすると関谷は文化祭でいいことか、悪いことかはわからないけど、何か文化祭の歴史に名を残すような事をした…………つまりやらかした人物ということになる。

何故なら関谷が文化祭で何か……。そうね、例えば彼が、先生達と交渉して文化祭の期間を五日から一週間に延長させた場合。貴方はどう思うかしら?」

「そりゃお祭りが増えて、勉強しに来なくていい日も増えるんですから、喜びます。」

「そうね、それが普通の反応。彼は英雄と讃えられ、カンヤ祭というワードは喜んで全生徒に使用されるだろう。」

「そうですね……。あっ!」

「気づいたかしら?そう、古典部では『カンヤ祭と呼ぶことは禁じられている』。」

「つまり、その仮定で行くと関谷は何か、文化祭に関わることをやったが、古典部からはそれは到底受け入れられない、悪いものだった。だから古典部ではカンヤ祭の使用を禁じた。こんなところですか?」

「そうね、他にカンヤ祭という呼び方を禁じている部活があるなんて私は知らない。きっと当時の古典部以外の生徒には、関谷の行動は良いものであったか、それか余り関係のないことだったのでしょうね。

つまり、関谷は古典部に在籍していて、在学中に古典部の顔に泥を塗った、よって当時の古典部に嫌われたと考えるのが自然でしょう。どうかしら?」

「ふむふむ、確かに交友関係がかなり広い先輩がうちしか知らないというなら……納得できました。しかし、その事と聞き込みをする事に何の関係が?」

ふふん。そうくるだろうとは思っていた。今からやろうとしていることは、去年の私では絶対にできなかったことだ。逆に言うと、今なら実行に何も支障をきたさない。

「関谷は昔古典部の部員だった。そして、今の私は『部長』よ。」

「…………あっ、そうか!部長権限!!」

「そう。部長である私に与えられた権限には、OB、OGの戸籍を確認し、名簿を作りなおすことも与えられている。これを利用して、名簿を作るふりをして彼についていろいろ聞き込みをしてくるわ。」

ちさは目を見張って私を見つめている。

「先輩、天才じゃないですか!?あ、でもそれって職権乱用なんじゃ…」

「細かいことはい・い・の・よ。じゃ、私そういう訳で今から行ってくるから、悪いけどそのお家までの地図を描いて貰えない?」

「承知しました。では、私は塾があるので地図を描いたら帰りますね。お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様」

 

 

 

 

 

Chapter.3「その、少女」

 

 

 

ちさと別れた私は一人、地図を手にして彼女の知り合いの家に向かった。途中の百均で念のため、風邪用のマスクとサングラスを購入し、装着する。

「ここか…。凄い家ね。流石は百日紅家の知り合いといったところかしら」

一面に広がる畑や水田の真ん中にその家は立っていた。家に入るのを躊躇ってしまう程立派な門が、目の前にそびえている。

「あら、インターホンがないわね…。門は開いているみたいだしとりあえず中に入ってみましょう」

門から奥に進んでいくと、大きな玄関が見えてくる。

ピンポーン

引き戸の脇に設置されていたインターホンを押して、しばらく待つ。どう話を切りだすかは、道中ゆっくり練習してきたので計画にぬかりは無い。

「はーい?」

「突然の訪問すみません。神山高校古典部の者ですか、古典部OB、OGの方の同窓会を開く為に旧名簿の戸籍を確認しています。こちらは関谷さんのお宅で宜しかったでしょうか?」

我ながら完璧だ。顔を隠すマスクとサングラスも、いい感じに仕事をしているように思える。

「はい、そうです。ですが…………実は伯父は2年程前から行方不明なんです。」

………………それは想定外だ。

私が想定していたのは、

①ホシ(関谷)が在宅で、直接当時の話を聞く。(自白エンド)

②ホシが残念ながら不在で、後日電話等で話を聞く。(後日自白エンド)

の二種類だ。

更に謎が増えるパターンなんて予想すらしていなかった。

まあ、ここは秘密裏に考えていた第③のプラン、「家族に聞けたら話を聞く」に変更してコンティニューしよう。

「そうなんですか……。それは申し訳ありません。よければ、直接詳しくお話を伺いたいのですが、今お時間はありますか?」

「ええ、今行きます。」

インターフォンの通話モードが切れる。正直、家族から情報が引き出せる見込みはかなり低いが、まあ仕方あるまい。

ガラガララ

「すみません、お待たせしてしまって。」

現れたのは、おしとやかな女の子(おそらく中学生だろう)だった。どうやら、彼女の両親は出かけていていないようである。

そして、こちらを見てちょっと驚く。

「貴方は…………神山高校古典部の方でしょうか?」

「ええ、そうです。小野 みいと言います。」

私は仮名を使う。「折木→木を折る→斧→小野、供恵→巴→巳+1→みい」である。使った理由は、同窓会が存在しないことが彼女にばれた時の保険だ。後、単純に偽名を使ってると探偵っぽくてかっこいいからである。

よかった、と少女は一息ついて、唐突にこう呟いた。

「私、古典部に入りたいんです。」

「え?」

彼女は、突然詰め寄ってきて私の眼を見詰める。

「え?ええ?」

「ですから、古典部です。私を入れてくれませんか?」

私を覗き込んできた少女と眼を合わせたその瞬間、私は見てしまった。

少女の大きな紫色の眼を。

きらきらと輝く、二つの眼を。

好奇心と興味に満ちあふれた、彼女の眼を。

その瞬間私は確信した。ああ、この子は、猫を被ったお嬢様なんだ、と。

「あっ……!す、すみません。つい、やってしまいました。ええっと、まず、私は中学一年の千反田えるといいます。関谷順の姪です。本日はどうも、暑い中わざわざ御訪問頂き有難う御座います。」

次の瞬間、彼女の雰囲気は元に戻った。それはまるで、先程の眼が幻であったかのよう。その変わりようは、まるでジキルとハイドのように片側からは想像もつかないものであった。

「あっ、いえ、全然大丈夫ですのでっ…。」

私は少し動転してしまった。

「伯父は確かに、古典部に所属していました。古典部の方ならもしかしたら彼をお知りになっているかもしれませんが、伯父は古典部の文集の創設者なんだそうです。」

む、早速有力な情報。

氷菓を創った人物、つまり古典部の始祖って訳か。益々彼が何をやらかしたのか気になる。というか三年もこの部活にいてそんな有名人を知らなかった私が情けない。まあ、言い訳させて貰うと単純に部員が少な過ぎてその事を知ってそうな先輩が殆どいなかったという事だが。

「伯父は30年前、神山高校退学処分を受けました。そのことが今、失踪していることに繋がっているのではないかと私、心配なんです。」

「退学処分!?関谷さんは何をされたんですか!?」

「それが伯父は誰にも顛末を語らなかったようで、不明なんです。ですから、私は神山高校の古典部に入って、伯父に何が起きたのか謎を説き明かそうと思っているのです。私、気になるんです。」

「はぁ、そういう事でしたか。残念ながら私はその事件について何も知りませんが、神山高校に入学されたら是非とも古典部に入部するのをお勧めします。とても楽しい部活ですので!」

さらっと新入生(予定)勧誘をする。どんな目的にせよ、古典部に新入生が入ってくれるのは良いことだ。

「ええ。貴方にはもう、お会いできないかもしれませんが、御縁がありましたら、またお会いしたいです。それと、百日紅ちささんによろしく伝えておいて下さい。」

「はい、わかりました。それでは、次の訪問の予定がありますので、私はこれで失礼します。」

そう言って、私はその豪邸を後にした。

 

 

 

 

芝居が終わり、私は安堵の溜息をついた。

ふぅ…。応対に出てきたのが子供でよかったわ。幸いあの子は私について何も疑っている様子がなかった。30年前の事件か…。少し、調べてみる必要が有りそうね。

それにしても彼女、凄い子だった。中学生位の顔立ちに見えたけど、お客さんへの応対は大人顔負けだ。余程躾がきっちりしているのだろう。ちさが気に入るのも頷ける。

でも……、私は知ってしまった。彼女の全く、別の一面。彼女の眼に見詰められた時、彼女の願望が、私をがっちり捉えて離してくれない様な感覚だった。私やちさも、何かについて「気になっている」時、こんな目をしていたのだろうか。ちさも、このことを知っているのだろうか。

古典部に入部してくれる人は年々減っていて、後何年かしたら廃部になるのではと不安だったが、あの好奇心の塊みたいな子が入ってくれるなら安心だ。

そんなことをもやもやと考えながら、私は学校への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

学校に帰ると、私は部室の薬品金庫を開けて、文集の第一号を引っ張り出した。

「よく考えたら、最初からこれを片っ端から調べればよかったのよね。古典部の事なんだから、必ずこの文集に記録されているはずよ。」

そこに記録されていた内容。それは、忘れ去られていたことが不思議なほど驚くべきものだった。

関谷の代に起きた、学園祭の縮小を議題にした学園紛争。

生徒側の暴走と、結果として焼失した旧体育館。

そして、全責任を押し付けられた関谷の退学処分。

私は全てを理解した。

「そうか…。それでカンヤ祭、即ち関谷祭と呼ぶ事が禁じられて居るのね。他で忘れられても、古典部の部員であった彼の犠牲を忘れないため。歴史を記録するのは、古典部にしか、出来ないことだから。」

私は納得した。そして、古くなったカンヤ祭禁止の紙を、綺麗に書き直そうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter.4「発想力」

 

 

 

私は回想を終え、ほっと溜息をついた。

今思い返してみると推理、探偵というよりかは調査ばっかりしてたし刑事だったかな。でも冷静になって今考えると神校の制服にマスクとグラサンって不審者すぎでしょ。

それとちさが今どうしているかも気になるところだ。今度、本当にOB、OG会でも開こうかしら。先輩たちも呼んで。

 

そうぼんやり考えていた、その瞬間。

 

事は、起こった。

 

私の眠気は一瞬で吹っ飛んだ。

とあることに気づいたからだ。

それは、古典部を去って以来長い間、私に訪れなかった感覚だった。

 

その思い出に、「長い糸」が、張っている。

 

「古典部にいた時以来、久しぶりの発想力が、思い出を結び付けている……?これは、何が、起きるのかしら。」

繋がる糸を手繰った先にあったのは、「千反田える」と「折木奉太郎」。

「そういえば、二人は同年代だったかしら…?いや、それでもそんな理由だけで、結び付けられているとは到底思えない…。」

私は首を傾げる。何か理由が有るはずだ。そして更にその深層を探っていくと、思い出の中の千反田えるの言葉が思い出された。

『私、古典部に入って、叔父の謎を解こうと思っているんです。』

そして、奉太郎から導き出されたのは「推理力」。この二つの事象を結び付けることが出来たら……?

思考の歯車がカラカラと回り始め、凄い勢いで弛んだ糸が張っていく。事象同士ががっちりと噛み合わさって、動かない。

そして、発想力の最奥地、つまり原点にあったのは、「弟をもっと、人と関わらせてあげたい」という私の願いだった。

全ての糸が張られ終わると、今、何を私がすべきかがはっきりしてきた。幸い、まだ夕方前である。

「これは……!素晴らしい思いつきだわ!充分、労力に見合って賭けてみる価値が有りそうね。そうと決まれば…!!」

私はリュックを掴み、階段を駆け降りた。そしてリビングに声を投げる。

「ちょっと急用が出来たから行ってくるわ。福辺くんにもよろしく言っといて。後ケーキ冷蔵庫の中にあるから。気が向いたら食べて。じゃ」

伝えたいことを伝えると、私は玄関を飛び出す。勿論行き先は神山高校だ。

玄関の扉が勢いよく閉まった。

 

 

 

 

 

 

 

「姉貴が出かけた。」

「用事?でも先程は何もおっしゃってなかったよね?」

「うーん、急用とか言っていたが……。どうせ何かおもいついたんじゃないか、例のごとく。そういや冷蔵庫にケーキが有るとか言ってたが、食べるか?」

「是非頂くよ!」

奉太郎は姉貴の閃きによる二次被害、要するにとばっちりを避けることを、「やるべきこと」の第一目標に掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

神山高校の事務所に保護者だとごまかして(既に弟が神山高校に進学することが決定しているので、保護者というのはあながち間違ってはいないのだが)、特別棟の四階に駆け登る。途中で部活動をしていた何人かに凄い目で見られたが気にしない。ああ、ドン引かれたな私。

そして地学準備室、つまり古典部の新部室のドアを開ける。地学準備室は運よく施錠されておらず、私は難無く一つ目のお目当ての物を発見する。

「あったあった。うわ、懐かしの筆跡。あの子ったらこんなに丁寧に貼り直してくれたのね。感激感激」

それは私が以前書き直した関谷祭の貼紙だった。私はその固定を外し、手に取る。

「ま、もう見ることも無いだろうけど」

思い切り、引き裂いた。

バラバラになったそれを丁寧にかき集め、ごみ箱に放った後、私はがさごそと段ボール箱をあさり、二つ目のブツを探す。が、中々見つからない。

「おかしいなあ…。そもそもあれが入ってる金庫が無いってのもおかしいし。まだ向こうにあるのかな」

 

 

その時。

 

鋭い音を立てて扉が開けられた。

 

「部室泥棒め!この折木組当代組長に敵うと思うなよッ!」

「おっ、大人しくお縄につけ……つきなさいッ!」

 

 

……私はいつ組長になったのだ。まあこの手のノリも久しぶりだし、ちょっと乗ってやるか。

「こら、泥棒にびびって敬語使ってんじゃないの!」

「素の喋り方なんです、勘弁して下さい先輩!」

すっと立ち上がり、私は喝を入れた。

「真の組長に敵うと思うなよッ、この新参者め!」

「うわ、で、でたーー!!って折木先輩じゃないですか!!!」

「え?せ、先輩??」

 

 

 

 

彼女、百日紅ちさは、同輩から怪しい人物が地準に入ったとの報告を受け、いてもたってもいられなくなったそうだ。

「なーんだ、先輩ならいつでも連絡無しでも大歓迎ですよ。それで、今日は何の用事ですか?」

「別に?久しぶりに学校を覗きに来ただけよ。」

私は嘘をついた。

「それで?彼女は誰なの?」

ちさの後ろに立っている子の事だ。見た目からして一年生だろうか。

「あ、彼女は私の二つ下の後輩の冬実ちゃんです。私一人だと少し不安だったので助太刀を頼みました。残念なことに古典部員ではないんですけどね。冬美、こちら元古典部部長の折木供恵先輩。」

ようするに、私達古典部の厄介事に巻き込まれたってことか。内のちさが非常に申し訳ない。

「ご紹介に与りました入須冬実です。お会いできて光栄です。」

そう言うと、彼女はぺこりとお辞儀をした。

「私は折木供恵。宜しくね。入須さんはひょっとすると、あの恋合病院の関係者だったり?」

ちらと、あの病院を経営しているのは入須という人だと聞いたか見た覚えがある。

「ええ。父が、院長をしております」

……流石はちさのお友達といったところか。ここニ、三年で市内の名家との知り合いが急に増えたものだ。

「そっか。面倒な事に巻き込んじゃってごめん。その代わりと言ってはなんだけど、何か困ったらここに相談してね。OBとして出来る限りの事はしてあげるわ」

そう言って小さなカードを渡す。私の名刺に学内掲示板での連絡先を書きつけたものだ。

「はあ、ありがとうございます。」

そう言って彼女は、それを財布に入れた。

「そうですよね、人付き合いの広さが半端ではない先輩の手にかかればふゆみんの悩み事なんて一発で解決出来ますよねって……へあっ!?そそ、それはまさか、先輩の名刺ッ!?作ったんですか!?」

普通の大学生には、名刺は不必要な物かも知れないが、よく海外に出掛けて現地人とコミュニケーションをとる私にとっては欠かせないアイテムである。ていうかふゆみん呼びなんかい。

「ええ、そうよ。あんたにも、はい」

「額 縁 に 飾 り ま す 」

全く、相変わらずオーバーな。

 

 

私はちさや冬実ちゃん(ふゆみん?)と小一時間お喋りした後、一人で生物実験室に向かい二つ目の目当ての物を見つけた。

 

 

 

 

そうして、私の計画は始動するのだった。

 

尚、この日の内に貼紙を破いたことが部室に違和感を感じたちさに速攻でばれ、彼女にはやむを得ず計画にのって貰うことになった。それほど彼女が部室に愛着を持っていたということだ。嬉しくもあり、また申し訳無くもあるが、まあ、彼女も計画を面白そうだと言ってくれたし、問題ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、これから始まるのは、ある男子高校生のミステリー。

 

探偵役は、折木奉太郎が、

 

依頼人兼ヒロインは、千反田えるが、

 

謎は、とっておきの「カンヤ祭」のものが、

 

そして脚本家は、私こと折木供恵が務めさせて頂きます。

 

さあ、奉太郎()達よ、

 

私の手の内で、

 

躍れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、一ヶ月後。

 

無事に、折木奉太郎は神山高校に進学し、

 

無事に、古典部に入部した。

 

そこで無事に、千反田えると出会った。

 

私の目論見(シナリオ)通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter.5「在りし日の古典部」

 

 

 

 ログナンバー:000054

 

 

 group mame:徒然なるままに

 

 

モンキートラップ:今晩は

あ・た・し♪:こん

モンキートラップ:先輩、お久しぶりです

あ・た・し♪:おひさー

あ・た・し♪:今度OB・OG会あるわよ。

モンキートラップ:行きたいです

あ・た・し♪:おっけぃ

あ・た・し♪:じゃ、主催者に伝えとくね。

モンキートラップ:有難う御座います。それで、「例の件」上手くいきましたか?

あ・た・し♪:ふふん、完璧よぉ

モンキートラップ:流石先輩!すごいです

モンキートラップ:でも、まさか本当に、彼等があのカンヤ祭の疑問に手を付けるとは思いませんでした

それもちーちゃんの為なんて…先輩が賭けた通りじゃないですか

あ・た・し♪:今回の件に関しては私もとことん強運だったしねぇ。

ちょっとした細工もいろいろ大変だったんだから。

モンキートラップ:あー、それであの日

モンキートラップ:部室の貼紙を破りに来たんですね

あ・た・し♪:そ。推理する手がかりを極限まで無くす為にね。

他にも、郵便で古典部に入るように諭した(命じた)り、電話かけて「氷菓」に誘導したりしたわ。

あ・た・し♪:このシナリオは、主人公がヒロインから持ち込まれた謎を解いて、絆を深めるってストーリーだからねぇ。

モンキートラップ:ちーちゃんと仲良くやってくれるなら私も本望です

あ・た・し♪:あっ、そうそう。部室の貼紙破ったときに実は部誌の創刊号も……

モンキートラップ:えっ

あ・た・し♪:嘘嘘、ちゃんと手元にあるわぁ。

モンキートラップ:もう、びっくりしました。

モンキートラップ:でもちーちゃんが長年叔父の姿を追い求めているのを知りながら、証拠隠滅した先輩、ちょっと残酷です

あ・た・し♪:彼女には悪いことしたなと思ってるけど、そもそもあいつが頭悪い奴だったらこんな慈悲無き賭けはしないわ。

モンキートラップ:なるほど

弟さんの推理力も含め、想定内の範疇だったということですね

あ・た・し♪:実は昨日電話があって、もう大体の謎は解けた風な事を言っていてね。

モンキートラップ:やっぱり創刊号紛失☆ぐらいは姉からのサプライズとして有っても全然大丈夫だったみたい。

ま、終わり良ければ全て良しって事よ。

モンキートラップ:流石、弟さんですね。同じ古典部として鼻が高いです

あ・た・し♪:んー。でも問題は、部誌をいつ戻しに行くかということ何だよねぇ

モンキートラップ:???何処か離れたところに引っ越したんですか?

あ・た・し♪:今、にいるから。

モンキートラップ:………………旅行中ですか

あ・た・し♪:うん。そうねぇ…………文化祭の時にでも、持っていこうかしら。

モンキートラップ:そうですね

時間があったら、私も行きます

モンキートラップ:あっ、そういえば私も噂程度にしか聞いていないんですが、どうやら今年はちーちゃん達以外にも、二人ほど新入部員がいたそうですよ

良かったですね!

あ・た・し♪:よっしゃぁあ

我が青春の古典部よ、永遠なれ。

モンキートラップ:(笑) でも、推理が終わった暁には、弟さんが古典部を抜けてしまうという可能性はありませんか?

あ・た・し♪:無いね。

今までのあいつは、出来立ての「氷」みたいな物

それでも、「温いお茶」にいれると、次第に「溶かされ」て、「周りに溶け込ん」で「元に戻らず」、周りを少し冷まして、「より飲みやすく」する。

あ・た・し♪:人と関わり、人の温もりを感じたら、彼はもう、元の彼には戻らない。

それどころか、周りをより面白く変えてしまうスパイスになる。

彼の休日は、もう終わったのよ。

モンキートラップ:私も彼の幸せを願っています。それではまた、文化祭で会えたら会いましょう。

あ・た・し♪:うん、おつかれぇ

 

  モンキートラップ さんがログアウトしました。

 

あ・た・し♪:OB・OG会迄にはいろいろ元に戻しとかないと、流石にちょっとまずいねぇ…………。

 

   あ・た・し♪ さんがログアウトしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エピローグ.「続く古典部」

 

 

 

ここは、四階、特別棟。

神山高校の最奥地。

外に出れば引っ切り無しに聞こえてくる喧騒も、ここでは殆ど聞こえて来ない。

故に、文化祭の最終日であるにも関わらず、人通りは殆ど無かった。

とはいっても、情報の伝達については、手は抜かれていない。

四階に一つだけある掲示板には、毎朝刷られたばかりの神高月報が、「怪盗十文字」の大見だしで神高生や外部の人間を集めていた。

当代古典部部長である千反田えるも、怪盗十文字の情報を求めてそこへ向かっていた。

が、そこには先客がいた。

一人の女性が指でトントンと拍子を取りながら佇んでいる。

どこか異国の雰囲気を漂わせるファッションをしていたその人は、天然パーマがかかった綺麗な髪をふわりと肩に流していた。

唯一彼女に似つかわしかったのは、ぺたぺた音を鳴らす来客用のスリッパだけだった。

「なるほどねぇ…………………………神山高校の文化祭では、必ず何かが起きる」

そう呟いて、彼女はそっと笑う。

そして、新聞を読み終えたのだろうか、彼女はスリッパの音を立てながら、えるの横を通りすぎて行った。

先々代と、今代部長が、交錯する。

しかしそれに気づいたのは、先々代だけだった。

「古典部を、宜しくね」

聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でそう言ってから、彼女は昇降口に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

えるは彼女の後ろ姿を見ながら考えた。

「うーん、さっきの方……どこかで、お見かけしたことがあったのでしょうか。あの澄んだ『眼』…………確かにどこかで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雉を撃ちに行きたい。

そう、ふと奉太郎は思い、ルーズリーフに部誌の値段を書き付けて、用を足しに地学準備室を離れた。

その瞬間である。タイミングを見計らっていた二人の人間が、彼の死角から地準に入り込む。

部屋の中に入った怪しい二人組は、いそいそと鞄から貼紙やら小冊子やらを取り出して、在るべき姿に部室を戻し始めた。

「この中で良いのよね?」

「いいんじゃないですか?元々地準には無かったものですし、適当で」

「これ貴方にあげるわ。」

「これは……ブローチですか?なぜこんな物を…?」

「物々交換よ。」

 

そうして、僅か三分程で証拠の隠蔽を完了した彼女らは、ふうと一息ついた。

その内の一人が、かつての部室を見渡しながら作業を続けるもう一人に言った。

「これで、ようやく全て終わりですね。」

その一言には、彼女なりの思いが込められていた。

「確かに、既にストーリーは私の手から離れた。でも、それは終わっていない。彼らの古典部は、続いて行くのよ。」

折木奉太郎の姉、折木供恵はそういうと、何かを書き付けたルーズリーフと共に、ある本を机に置いた。

 

 

 

「夕べには骸に」

 

 

 

 

 

〈続く〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ.「もう一つのきっかけ」

 

 

 

私はクラスメイトとのダイアログが表示されたパソコンの画面を前に悩んでいた。

 

帰国早々、非常に厄介な事を持ち込まれたのだ。

 

クラスの皆を納得させ、更に親友の心を傷つけないようにするものを作るなんて事が、果たして可能なのだろうか。

 

これは、私一人で解決出来る問題ではない。

 

そう思い、辞退する方に心が揺らいだ時、ふと、たまたま机に無造作に置いてあった一枚の名刺に気が付いた。

 

そこには、とある人物の連絡先が載っていた。

 

 

 

 

 

 

 

〈了〉

 

 




真実は神のみぞ知る


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