Rust Resort (NAIADs)
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file.00『プロローグ…陽動』

本小説は無茶苦茶設定とご都合主義で構成されています。
相変わらずの見切り発車クオリティですが許してください。



ヴァルチャー【Vulture】

空を生業とする傭兵の通称。

金の為にあらゆる任務を引き受け、戦場であらゆる物品を回収して売りさばく事を生業としている点は”陸の傭兵”ハイエナと変わらない。

特定の拠点を持たず単独で行動することの多いハイエナとは違い、航空機の保守点検にある程度の人員を要するヴァルチャーはチームで特定の拠点を構える事が多い。

この点は”海の傭兵”ホエールと共通している。

ハイエナやホエールと比較して任務報酬が割高になることが多いと言われている。

上位からS級~D級とランク付けされている。

―ウィルタニカ百科事典より転載―

 

ヴァルチャーファイルNo.8 海烏【うみがらす】

“烏天狗”の通称で知られる烏丸猛をリーダーとするヴァルチャーの一団。

オールドカミングプロジェクトで生産された旧大日本帝国海軍の軍用機を4機運用する。

チーム名はリーダーの名前である烏丸から取ったものと推測されているが、真偽の程は不明。

海烏の別名であるオロロン鳥をもじって『オンボロ鳥』と呼ばれる程に旧式兵器を運用しているが、搭乗者の練度は高く任務成功率は9割を超えている。

また他のヴァルチャーに依頼するよりも任務報酬は4割ほど安く、高級ハイエナの任務報酬とさほど変わらないのも特徴である。

【ヴァルチャークラス】S級

【リーダー】烏丸猛(からすま たける)

【所属人員】不明

【拠点】鷲峰島(S09区域付近の島:製造拠点・エネルギー自給拠点アリ)

【運用兵器】九六式艦上戦闘機、九七式二号艦上攻撃機、九九式艦上爆撃機、零式艦上戦闘機、一式陸上攻撃機

【追記】烏丸猛には指揮官の適正があると思われる。

―グリフィン&クルーガーの報告書より転載―

 

 

 

民間軍事会社グリフィン&クルーガーの本部内にある第三応接室。

この会社の上級執行官であるヘリアントスは、小さな机を挟んである男と向かい合っていた。

彼の年齢は20代後半と言われている。

人に不潔感を与えない程度のボサボサの癖毛はややセミロングの長さで切られていた。

ざっくりと七三に分けられた前髪と整えられた口髭を合わせても、彼に軍人らしさは何処にも見当たらない。

むしろ海賊帽と眼帯とオウムがあれば完璧な海賊船長になれるだろう。

彼の一張羅である改造された軍服がより一層海賊っぽさを演出していた。

体格はやや引き締まった中肉中背。服の下からでも鍛えられた筋肉が見える。

初めて彼を見たものは癖のある船乗りだと思うだろう。

彼の名は烏丸猛、うちのお抱えヴァルチャーだ。

 

「で、この任務は依頼状の通りで良いんだな?」

低く渋い声が漏れる。

彼の口調は傭兵という職業を考えると物静かな部類だ。

同時にそれは彼の性格を物語っている。

常に冷静沈着で何事にも眉を動かすすることすらない。

正に人の皮を被ったロボット。

他人から彼がアンドロイドだったと言われても誰もが納得するだろう。

グリフィンの職員の間で『ウチの戦術人形よりも人形らしい』と言わしめるほどだ。

依頼主として烏丸と何度も対面したヘリアンでも、薄ら笑いの表情から彼の喜怒哀楽を読み取ることは出来ない。

「ああ、あの通りで間違いない」

「”いつもの”という訳か」

グリフィンは彼に『いつもの』と言わせるほどに偵察、攻撃、戦術人形の支援などあらゆる任務を任せてきた。

破壊系の任務であれば戦術人形を使うより着実でコストが安く、何のイデオロギーも無いからどんな汚い事でも引き受ける。

薄ら笑いで淡々と話す態度こそ不遜だが、烏丸は絶対に嘘をつかない。

彼が『やる』といったらどんな危険な任務でも必ずやり遂げ、それ以上の結果を叩き出す。

だからこそ彼は選ばれる。

正直言ってヘリアンや彼女の上司も正式に雇いたいと思っている程に。

だが、グリフィンへの入社の打診は何度も断られていた。

恐らくあの島に執着しているのだろう。

「それで、頼んでおいたアレは出来ているのか?」

「もう機体に搭載している頃だろう」

「そうか。…そちらの条件だったが、そちらの用意した機器を積み込むことと、任務達成後にここに戻ってくる事だったな」

「それで問題ない。何か不都合なことが?」

「いや、金さえ貰えれば問題ない。ここにサインを」

「分かった」

書類にサインしたヘリアンが顔を上げると、烏丸はそっと部屋を出るところだった。

いつの間に席を立ち、歩いていったのか…。

認識を超える行動の速さ。

彼が烏天狗と呼ばれる所以がここにある。

彼の微かな足音が消えたのを確認し、ヘリアンは内線電話を手に取った。

「クルーガーさん、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

〇〇〇

 

…三十分後。

第三次世界大戦によって廃墟となったコンクリートジャングルの上を、一機のプロペラ機が飛行している。

核戦争の影響によって石油の供給に制限がある2060年代においてプロペラ機というのは珍しくない。

エンジンと燃料をモーターとバッテリーで代替できるプロペラ機やヘリコプターは寧ろこの世界の飛行機としてはメジャーである。

そこで世界各国の航空機メーカーで第二次大戦時のプロペラ機が再設計・再生産されることになった。

それが『オールドカミング・プロジェクト』である。

烏丸が乗る九七式二号艦上攻撃機もこのプロジェクトによって生産された機体で、数々の改良により旧式な固定脚ながら彼の持つ機体で一番の積載量を持つ。

そんな機体の胴体と主翼には日の丸が、垂直尾翼には海烏のシンボルマークである大波と烏のシンボルマークが描かれている。

腕と信用で全てが成り立っている傭兵は自らを宣伝する必要があるからだ。

このシンボルマークを入れる事により『この作戦は我々がやりましたよ』という宣伝になり、次の仕事が受けやすくなる。

 

「ふーむ…」

烏丸はこの任務に不審を抱いていないわけではなかった。

任務はいつもの鉄血への爆撃任務だが、後部座席に変ちくりんな機械を積み込むことと、本部に行き帰りするだけでいつもの3倍の報酬。

これで不審を抱かない訳がない。

しかし依頼を受けた上に装備品を頼んだ以上、ここで引くわけには行かない。

後ろに積んでいる謎の機械もジャミング装置か偵察用のカメラだろう。

鉄血工造の連中に恨みはないが、これも仕事だ。

「まずは腹ごしらえだ」

彼は三時間の長旅に備え、固形レーションを口に含んだ。

 

〇〇〇

 

…三時間後。

烏丸を乗せた九七艦攻は無事に目標の空域に到着した。

彼は機体を少し傾け、外の様子を偵察する。

だだっ広い平地にこれでもかというほどに灰色のコンテナが並べられている。

コンテナの側面には鉄血工造のマーク。

あの中に鉄血のドローンや戦術人形がギッチギチに詰め込まれている。

グリフィンの情報通り、鉄血の大規模な戦力集積地と見て間違いなさそうだった。

その規模からして300体以上。

だが、味方であるグリフィンの戦術人形は一体も見当たらない。

彼の頭脳はこれが単なる占領前の破壊任務ではなく陽動作戦であると瞬時に理解した。

まぁ、烏丸にとっては些事な変更に過ぎない。

問題は胴体と主翼にぶら下げたグリフィン製の爆弾がきちんと作動するかどうかである。

「さて、狩りを始めるか」

烏丸はそう呟くとそのまま集積地に侵入した。

けたたましい警報が鳴り響くが、彼は構わず中央まで突入する。

コンテナが密集して積み上げられた場所で、九七艦攻は腹に抱いた大型爆弾を投下した。

胴体から離れた爆弾は水面に落ちる様にコンテナの隙間に潜り込む。

…三秒後。

その場所で激しい爆発が起こり、まるで噴火でも起こったかのようにコンテナが宙を舞った。

もうもうと煙が立ち上り、中身の詰まった鉄の箱があられの様に落ちて潰れていく。

ぐしゃりと表現するには激しすぎる金属音はコンテナが発する悲鳴の様だ。

その光景に彼は思わず呆れた。

 

『1t前後で出来るだけ破壊力の強い爆弾』

 

彼がグリフィンに頼んだアレの一つだったが、予想以上の爆発だった。

遅延信管でなければ間違いなく九七艦攻ごと木っ端微塵になっていただろう。

なんという威力の爆弾だ。

ちらりとガイガーカウンターを見て安堵する。

投下した爆撃機をも吹き飛ばしかねない爆弾だったが、それに見合った効果はあったようだ。

コンテナは爆風や落下によってひしゃけ、閉じ込められた鉄血の機械たちは出る事すら叶わないだろう。

集積地を包む業火はそんな鉄の牢獄をを溶かしつつどす黒い煙を上げている。

だが、烏丸はこれを眺めている余裕はない。

もくもくと集積地に上る黒いのろしを目指し、東西南北から鉄血の部隊が押し寄せてくるからだ。

何処から湧いてきたのかは知らないが、ざっと目算で500体。

その中には夜戦でしか出てこないはずの装甲化されたユニットもいた。

マンティコアと呼ばれる自立式多脚戦車もいる。

陽動の第一段階は成功、あとは殲滅するだけ。

烏丸の口角が少し上がった。

ある塊に向かうと、九七艦攻の翼から小型の何かがパラリと一つ落ちる。

すぐに尾部のパラシュートがふわりと開き、真っすぐ縦に落ちていく。

人形たちはその不思議な物体に対し、何の攻撃もせず見守るだけに止まる。

それが地面に着地した瞬間、周りにいた人形やドローンが一瞬でバラバラになった。

 

超低空垂直爆弾、またの名を”制動傘減速破片爆弾”

 

後部のパラシュートによって垂直に着弾する爆弾で、爆発すると広範囲に破片をばら撒いてあらゆる敵を破壊する。

グリフィンに頼んだ2つ目のアレで、100kgの爆弾を両翼に10発搭載。

この爆弾1発で10mmの装甲を貫通する破片が2400個飛散する。

そんなグリフィン謹製の素敵なプレゼントにより、ぞろぞろと寄ってくる鉄血の兵隊たちが次々と粉砕されていく。

まるで蚊取り線香でパラパラと落ちていく蚊のようであった。

鉄血側の必死な対空射撃も烏丸の卓越した操縦能力の前には無力で、逆に九七艦攻から機関砲弾をプレゼントされた。

爆破、粉砕、爆破、銃撃、粉砕、爆破…。

500体もいた鉄血の部隊が一塊、また一塊と消えていく。

彼が最後の爆弾を使い切った頃には、辺りは鉄くずの山になっていた。

残りはマンティコア6台。

 

マンティコア。

この鉄血の思考戦車は地上部隊にとっては恐ろしい存在だが、航空部隊にとってはチョロい…というかカモに等しい。

コイツはシャカシャカと軽快に動く方だが、当然ながら航空機と比べると致命的に遅い。

そして主砲であるチェーンガンをおなかにぶら下げてる関係であまり上に向けられない。

…そもそも地上部隊を攻撃する兵器だし、核戦争の影響で空軍が著しく弱体化しているのでこれは仕方がないとも言える。

ライフル弾を受け付けない装甲こそ固いが、ヴァルチャーにとっては的も同然である。

中にはコイツを撃破することを入隊条件にするヴァルチャーもいるらしい。

普段は周囲に護衛が付いているが、奴らは先程の攻撃で全滅しているので対空攻撃の心配はない。

爆弾も無いが地上銃撃で何とかなるだろう。

烏丸は思い切って超低空で接近し、マンティコアを光学照準器いっぱいに収めた。

翼内に搭載された6門の20mm機関砲が火を噴く。

弾丸は次々と装甲をぶち抜いて炸裂し、内部の機械を破壊する。

一回目の通過でまずは2体を破壊した。

思考戦車は回避行動を取り始めたが、既にもう遅い。

旋回して2回目の攻撃を仕掛け、3体のマンティコアを破壊する。

そしてもう一度旋回を掛けた所で、どこからか対空射撃が飛んできた。

烏丸は慌てて機体を右に横滑りさせて回避機動を取ったが、撃ってきた奴を見てすぐに馬鹿らしくなった。

マンティコアが仲間の残骸を踏み台にして、明らかに無理な姿勢で主砲を撃っていたからだ。

まるで赤ん坊が必死につかまり立ちをしているようだった。

本人(?)にとっては決死の努力だったのかもしれないが、それを撃った反動でコテンとひっくり返っている無様な光景を見た烏丸は思わず吹き出しそうになる。

笑いが込み上げるのを抑え、マンティコアのでべそに向かって銃撃する。

奴は四つの足をバタつかせる暇も無く爆散した。

 

「ミッション終了」

九七艦攻のなかで烏丸はそっと呟く。

鉄血の撃破数は推定800体と彼が経験した中でトップ10に入る大戦果だった。

だが、烏丸に喜びはまったくない。

彼にとってはいつもの通りの仕事をこなしているだけなのから。

しかもまだ任務が残っている。

「基地に帰るまでが任務…ってダサいな」

機体を傾けて進路を戻す頃には太陽が沈み始めていた。

 

〇〇〇

 

「不味いな…」

3時間後、暗くなった機内で烏丸はそう呟く。

陽動作戦を終えて帰り始めた頃には日が傾き始めていたが、グリフィン本部に付く頃には辺りは既に真っ暗になっていた。

機体が電気とモーターで飛ぶ以上、バッテリー残量は常に気になる事項である。

昼間は機体表面にある太陽電池で電気を供給するのだが、夜となるとそうはいかない。

バッテリーの残量を確認すると、グリフィン本部から自分の基地に帰還出来るか出来ないか位の残量しかない。

仕方ない、補給を受けるしかないようだ。

管制官の誘導に従い、彼を乗せた九七艦攻はゆっくりとグリフィン本部の滑走路へと降り立った。

本部へと再び舞い降りた烏丸は再び応接室へと通される。

ヘリアンは会議なのか部屋にはいない。

これは長く待たされそうだ。

烏天狗は待つのも得意であったが、何もなしに待つのは流石に暇すぎる。

本でも読んで待つか。

そう考え、応接室の本棚に手を掛けたその時だった。

「海賊っぽい人、海賊っぽい人っと…。あ、すいません。烏丸さんですよね?」

オレンジ色のサイドポニーが印象的な少女が入ってきた。

ここの職員らしい。

失礼な枕詞を聞き流し、彼は少女の方へと振り向く。

「なんだ?」

「ヘリアンさんはまだ会議中ですので、これでも解いて待っていてください」

「ああ…」

少女はタブレット端末を手渡すとさっさと出ていってしまった。

中身は何かのクイズ集の様だ。

烏丸はそわそわしていた少女とヘリアンの不在、そしてこの問題集の入ったタブレットに不信感を抱いていないわけではなかった。

しかし、それをあの少女なりヘリアンに指摘してしまえば面倒事になる。

いつものグリフィンの茶目っ気という事でさっさと片付け、暇になった頭脳で問題を解き始めた。

だが…。

 

「よし、喰いついたな」

ヘリアンは既に会議を終え、とあるモニターを見つめていた。

傍らには先程烏丸にタブレットを手渡した少女が居る。

画面には烏丸が居る応接室の中が映っており、彼が普段通りの体制で問題を解いている姿が見える。

こんな姿もロボットの様だ。

「カリーナ、彼は何問解いた?」

「もう5問目まで行ってますよ!早い」

「そうか…」

ヘリアントスは依頼した作戦で建前を、先程までの会議である許可を手に入れていた。

彼女が欲しいのは口実。

この口実が烏丸自身の手によって段々と出来上がっていく。

彼女の手筈通りに。

「戦術指揮官登用試験…合格ラインを突破しました!」

「よし、例の書類は用意したな?」

「はい、全部揃っています」

「行くぞ」

ヘリアントスはカリーナを連れ、烏丸の待つ応接室へと入る。

彼は彼女を見るなり、暇そうな表情から例の薄ら笑いへと微妙に変化した。

いつもならばここで任務報酬の交渉と受け渡しが始まる。

彼はそれを見越しているのだ。

「ようやく来たか…で、金の用意は出来たのか?」

「残念ながら金ではない、書類だ。お前をわが社の戦術指揮官に強制的に任命するためのな。これには『昨今の指揮官不足に伴い、本日2039時を持って烏丸猛を戦術指揮官として緊急採用する』と書いてある」

「…そうか。で、お断りは効くのかね?」

「強制的にと言った筈だぞ。指揮官」

 

…その瞬間、室温が絶対零度まで落ち込んだ。

同時に目の前の人間から生気が消える。

 

「はぁ!?」

烏丸猛という名前のロボット人間が人生で初めて動揺した瞬間だった。

まぁ、この時の面白い表情を拝めたのは二人しかいなかったが。

 




どうなるか分かりませんがよろしくお願いします。


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file.01 「烏天狗と問題児と錆びた人形達」

鷲峰島(しゅぶとう)

34km程沖合に行ったところにある火山島。

浄水器や太陽光パネルなど比較的整った設備がある。

核戦争ともゾンビ化とも縁遠いこの島を『清き民に約束された楽園』とほざく連中もいる。

だが、そこはそんなに甘い場所じゃない。

名前こそ霊鷲山の別名から取っているが、あの島から生まれるのは説法なんて生易しいものではなく獰猛なハゲワシだ。

生半可な気持ちで島に近付けば、奴らに補足されて必ず喰われるだろう。

命が惜しいのならば、絶対に渡航してはならない。

【とある港町の掲示板に貼られた、インクが消えかけの紙】

 

 

愛するべきは我が家。身体が離れても心は残る。

だからこそ俺は我が家であるこの島に残った。

共に釜の飯を食った仲間が死んでも、俺を育ててくれた親が死んでも残った。

だが、寂しいという感情はない。

それがヴァルチャーとしての宿命だし、仕方ないと思っている。

…そして俺は孤独になった。

 

 

「ん…んん…」

さっきからカーテンから漏れる何かが瞼をノックしている。

正直まだ眠っていたい。

真っ暗だから太陽ではないし、一体何なのだろうか。

ピピピという小鳥のさえずりが耳に届き、パッチリと目が覚めた。

むくりと起き上がって壁掛けの時計を見る。

…夜明け前だが、いつも通りの時間だ。

「ふぁあ…ねむ」

今腰かけている人間工学を重視したベッドなど部屋の調度品は一流ホテル並みだが、何もかも真っ白で何の飾り気も無い。

まぁ、お客様を泊める施設ではないからな。

鏡を見つつ長髪を軽く整え、ベッドの下に置いていた靴を履いて部屋を出る。

飾り気のない真っ白な廊下にコツコツとブーツの靴音が響く。

エントランスホールを出ると、工場のような大きな建物とだだっ広い滑走路が目に入る。

子供の時から見てきた光景だ。

ここは元々小島を改装した大規模な航空機工場だったらしい。

俺が寝床にしていたのは社員用の宿舎だ。

何処の企業がここを造ったのか、どういう人間が居たのか、何故そいつらが居なくなったのかは知らないしどうでも良かった。

どうせ真実を知る者は両親を含めてこの世に居ない訳だし、使えるものは使わせてもらう。

ここには滑走路以外にも浄水器もソーラーパネルも地熱発電も港湾設備もある。

天然の温泉だってある。

こんな優良物件は他にはない。

 

夜明け前の空の下を歩き始めてから320m。

四角い棟のような建物に入り、カンカンカンと長い階段を上って指揮室へと入る。

元々はコントロールタワーと呼ばれていた施設で、見晴らしも良く通信機器とレーダー機器が充実している。

だからこそ指揮室と呼んでいる訳だが。

レーダー画面が見える位置にあるくたびれた革の椅子に座る。

ごちゃごちゃとした機器の上に、盾の様な紋章の入った機器がまるで積み木のように積み上がっているのが見える。

急造で据え付けたゆえにアンバランスだ。

今度の休みにでも整理してみるかな…。

 

俺の名前は烏丸猛。

元々は傭兵パイロットであるヴァルチャーという職(?)に就いていた。

自分で言うのもアレだが、腕は良い方だと思っている。

数か月前にお得意先だった民間軍事会社グリフィン&クルーガーという会社にヘッドハントされ、戦術人形という民生品の女性型アンドロイド兵士の指揮官として就任した。

今まで彼らの誘いを断り続けていたので、結構強引な手法を使われてしまったが。

目の前にファイルされている採用書によれば、『…の陽動作戦であるジェリコ作戦において多大なる戦果を上げたため指揮官の素質アリと判断したため緊急採用』と書かれている。

こんな感じで建前が書かれているが、ヴァルチャーが持っている航空戦力が欲しかっただけだろう。

あいつらヘリと輸送機しか持っていないし。

後は攻められにくく立地条件の整った基地が欲しいとか。

まぁそんな感じで体よく俺を採用したグリフィンだったが、ここで大きな問題が発生した。

 

それは、この鷲峰島から予定された戦場まで輸送ヘリの足が届かないという事。

 

離島である鷲峰島は結構な沖合にあり、グリフィンの主力ヘリコプターは中継点なしでは片道分しか飛べない程に遠いのだ。

故にここには戦術人形は一体もいない。

普通は採用段階で気付きそうなものだが、鉄血の襲撃で次々と司令部を失っているグリフィンはなりふり構ってられなかったらしい。

だがこれではヘリで戦術人形を送り込むことが出来ない。

折角採用したのにそれでは本末転倒なので、グリフィンはある決断を下した。

それは『解決策が出来るまで指揮官と人形を別々の基地に置く』というものだ。

俺は今まで通り鷲峰島を拠点に活動し、指揮下の人形は前線に近い基地を間借りして活動する。

その間にグリフィンの技術支援を受けた我が基地が『出来るだけ航続距離の長い垂直離着陸機』の開発を行う。

色々あって開発は遅々として進まないがね。

まぁ、戦場というか鉄血の連中はそんな事情を考えてはくれないが。

 

「新しい任務か…」

通信機がピーと音を立て、司令部から新たな作戦命令が届けられた。

脳みそが作戦立案へとシフトする。

諸事情によって変則的な指揮系統となっているため、戦術人形の運用もかなり独特だ。

出撃前に隊長の人形に作戦プランを提示する形で指揮を行い、前線では航空隊として人形たちを支援する。

…のだが、地上銃撃や爆撃をするなりして自分でカタを付けてしまう事が多い。

ヴァルチャー時代の癖が完全に出てしまっている。

ぶっちゃけ占領以外は全部やっている気がするな。

色々な意味でちゃらんぽらんな指揮官ではあるが、俺の後方幕僚でもう一つの基地を仕切っているカリーナによれば人形達には結構支持されているらしい。

確かに彼女らを助けてもいるが、同時に目の前で戦果をひったくっているのも俺だ。

普通は恨まれそうなものだが。

うちには成り行きでAR小隊や404小隊といったエリート部隊も編入されており、俺が居なくても独立して作戦行動を行うことも可能だ。

…なのだが、なぜかこいつらを含めた人形達から『こっちに来て』だの『そっちに連れていって』という謎の要請は絶える事はない。

通信で会うだけじゃ満足できないのか?

というか、たまに会いに行っているではないか。

彼女らにはきちんと事情を説明してはいるのだが、個性が爆発する彼女らの中には必死にせがんでくる奴もいて若干対応に困っている。

まぁ、メインの問題に比べれば遥かにマシだが。

 

「はぁ…」

溜息を吐きつつ、呼び出しボタンを押す。

この問題の解決策である輸送機の開発は一向に進んでいない。

残念ながら鷲峰島に残されたオールドカミングプロジェクトのデータは百年以上前の第二次世界大戦期の日本海軍という組織の中で造られた機体のもので、ヘリコプターはない。

野戦飛行場で何とか運用できる短距離離着陸機のデータはあるのだが、野戦飛行場が作戦司令部に選定される建物の近くに必ずあるという訳ではない。

かといってグライダーや空挺降下では後処理が面倒だ。

だからこそ戦術人形たちはヘリボーンで運用されるわけだが。

技術者によればティルトローターなる方法があるらしいのだが、それを造るには最低5000馬力のモーターが必要らしい。

手持ちにあるモーターは2500馬力なのでその二倍は必要なのだが、つい最近ようやく試作一号機が完成したばかりだ。

鉄血の動きが油断ならないので早急に開発して欲しいが、悲しいかなここの技術者たちはそのモーターを開発せずにしょっちゅう脱線して別の物を作り出す始末。

…勘弁してくれ。

 

さて、ちゃらんぽらんな技術者に触れた所でうちのスタッフの話をしよう。

俺の入社に際し、グリフィン社内の一部の幹部が日頃から疎ましく思っている部下を文字通り島流しにした。

その結果、腕”は”良い問題児たちがこの基地に集結している。

というかこの基地の工場に。

モーターの開発とは関係ない変な研究をする天才科学者の夫と、その研究を形にしてしまう天才技術者の妻という困った天才夫婦。

そんな夫婦に盲目的に追随する少年の心をいつまでも忘れない凄腕の技術者たち。

腕は優秀だが『勿体ない』という理由で何でもかんでも拾って来てしまう回収屋の一団。

確かに他の基地で問題児と言われる理由がわかる面々だ。

こんなメンツが集まった結果、何が生まれたかというと。

 

鷲峰島を哨戒する地上型や飛行型といった数々の鉄血ドローン。

色々な場所でスタッフに混ざって働くリッパ―タイプやイェーガータイプといった鉄血の人形達。

鷲峰島の南にある畑で鍬を振るうイージスタイプと呼ばれていた装甲人形に、後付けされたショベルやドーザーを動かして畑を拡張するマンティコア。

回収屋が拾ってきた様々な鉄血の機械を工場のメンツが嬉々として改修するもんだから、鷲峰島はグリフィンの基地なのに鉄血の機械兵の方が多いという謎の状況にある。

そんな中でも彼らの究極の作品と呼べるものがが今からやってくる。

何故かって…さっき呼んだからな。

 

「チーっス。入りやすぜ、キャプテン」

「ふみゅ、パパ何の用?」

「仕事か、おやっさん」

指揮室の扉をバァンと開け、首にお揃いの白いチョーカーを付けた三人の少女が入ってくる。

とりあえずノックしてくれよ。

入ってきた順番に、レイ、ヒトミ、フタバという。

元はスケアクロウ、エクスキューショナー、ハンターという鉄血のボス人形だった。

 

ラストドール(Rust doll)。

それは戦場で撃破された鉄血のボス人形をうちの工場のメンツが改修したもの。

Rustという言葉は錆を意味しており、鉄血の人形にグリフィンの手が加わったという状態を錆と称した中々皮肉めいた名前だ。

その場にあったグリフィンやIOP製のパーツやら戦場で拾ってきたパーツを使って組み上げられたので、元の鉄血のボス人形に比べると色々と変わっている。

その中でも特に変わっているのはその性格だろう。

というか、元のキャラクターが完全に崩壊している。

ほぼ頭脳が吹っ飛ばされるのでそこは必然的に置き換えられているのだが、どうやらそこを変えると性格が199度は変わるらしい。

性格が変わっても各々の声はそのままなので笑いのツボがかなり刺激される。

…特にエクスキューショナー。

俺はもう慣れたのだが、直属の上司であるヘリアントスは笑い過ぎて毎度毎度死にかける。

あのクルーガー社長でさえプルプルと笑いを堪えている程だ。

もしも鉄血のボスたちがメンタルモデルをコピーしていたとしても、彼女らを見たらその恥ずかしさでヴェアアアアみたいな奇声を上げて爆死するだろう。

…特にエクスキューショナー。

 

「喜べ、新しい仕事が入ったぞ」

「本当ですかい!?」

「えへへ、やったぁー!」

「…ようやくか」

「では作戦を説明する」

天井から下ろしたスクリーンにマップ、作戦概要、敵の配置などが映し出される。

先程組み立てた作戦プランを彼女らに説明する。

この作戦に必要なのはラストドールと彼女らが操る航空機のみ。

…俺も行くけどな。

説明しつつ彼女らの表情を観察してみると、その目が物理的にキラキラと輝いていた。

 

ラストドールは俺の要請でパイロットとしてプログラミングされており、俺を含めたこのメンバーでラストリゾート航空隊を編成している。

ラストドールとリゾート的な基地の立ち位置から俺が命名したが、今考えると『最後の手段』という意味は中々笑えるな。

レイと俺の二人からスタートしたこの航空隊はM4A1の救出任務から始まって、メンバーを増やしつつAR小隊の救出任務やグリフィンの拠点防衛などで数々の大戦果を上げた。

だが元鉄血のボスという出自も手伝って、とある事件で情報漏洩の犯人の疑いが掛かって最近は活動自粛となっていたのだ。

工場の連中はラストドールの改修を続けてたけどな。

…実に数週間ぶりか。

まぁ一応、彼女らを改修した段階で鉄血の通信ユニットを徹底的に取り払ったり、最強クラスのプロテクトを掛けるなど最大限の対策はしている。

が、もしもの事があれば首に巻かれたチョーカー型爆弾が爆発する。

そしてそのボタンは俺の懐中時計に化けている。

…こいつらは家族同然だから『もしも』といってもあまり使いたくはないが。

 

「という訳で、味方の占領作戦に合わせて鉄血の大規模な生産工場を攻撃する。復帰最初の任務だ、全力出撃で派手に暴れるぞ。ラストリゾート、出撃!」

「了解っ!」

「はーいっ!」

「ラジャー」

三人と共に階段を駆け下りて格納庫へと向かう。

指令室から格納庫まで走って平均1分21秒。

ちなみに人間である俺が一番遅い。

右往左往する整備員をかわし、各々が割り当てられた機体に取り付いた。

機体を一周サッと点検して乗り込み、モーターをスタートさせる。

プロペラが空気を切り裂く音が耳に心地いい。

 

俺達がありったけの爆弾を携えて飛び立つ頃には、空は朝焼けの赤みを帯びていた。

 

 




今書いている小説との兼ね合いがあるので更新は遅くなるかもしれません。
タイトルと部隊名が違うのは…気にしないでください。


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file.02 『零の黒き眼』

アリスギアより仕上がりが速かった…。

そしてタイトルが思いつかない悲劇。


あの時、そいつは死のうとしていた。

 

自分の仲間へ情報を渡した彼女は、俺の出来立ての仲間を道連れに自爆しようとしていた。

俺はすぐさま降下し、射撃体勢を整える。

サッサと機関砲弾で木っ端微塵にしてしまえばいいものを、俺は何故か機首の機関銃でスナイパーの真似事をしようとしていた。

照準器に拡大機能はないので、機関銃の射線を予測して撃つだけだ。

ほぼ賭けに近い。

今考えると、当時の俺は何を思ったのだろうか。

地面ギリギリまで降下し、ガスマスクを付けたそいつに照準を合わせる。

俺が撃つのが先か、自爆で吹き飛ぶのが先か。

…それは正に一か八かの勝負だった。

額に脂汗をかきながら引き金を一回引く。

ダダァンと発射された二発の弾丸はプロペラの間をすり抜け、ソイツの眉間と胸に命中する。

生体部品とフレームを貫通した銃弾は、それぞれ自爆しようと暴走するコアとメモリーチップの入った頭脳を撃ち抜いた。

 

大量の始末書と引き換えに、俺は一体の人形を手にすることになった。

 

 

〇〇〇

 

 

鉄血工場襲撃作戦は見事に成功した。

まるまる二日も掛かったがね。

だが戻ってきて早々、俺は人生で最大級ともいえる試練と遭遇していた。

「ぐううっ…!」

シャウウウッという不気味な音と共に、俺が座る座席が滑り降りていく。

全身に直当たりする風が恐怖を加速させる。

俺を支えるのは頼りなさそうなシートベルトしかない。

悲鳴を上げたいのを堪え、これまた頼りないひじ掛けを鷲掴みにする。

ガクガクしている足は宙ぶらりんだ。

ここまで夢も希望も無いブランコがあっただろうか。

 

この恐怖体験はまたの名を試験走行ともいう。

 

今乗っている遊具の名前はスクランブルコースター(仮称)。

コイツの製作者は言うまでもなくあの工場の連中で、俺達が基地から離れていた隙に取り付けられていた。

材料は余っていた鉄製の座席とオモリと滑車とケーブルだけと極めてシンプル。

このケーブルは指揮室が入っているコントロールタワーから格納庫まで繋がっていて、スクランブルの時にはこの座席に座ってターザンよろしく滑り降りるのである。

階段で降りると一昨日のように1分30秒ほど掛かるが、こいつだと20秒も掛からずに格納庫に到達できるのが利点。

だが問題点として安全装置が四点シートベルトしかないので恐ろしく心臓に悪い。

彼らが造ったので下手な絶叫マシンより安全なはずだが、それでも恐怖は消えない。

終点に到達するとガツッという音と共に投げ出されそうな衝撃がくるので、食後でもないのに吐きそうになる。

…問題点その2。

シートベルトを外し、恐怖の座席から降りる。

すると反対側に着けられたオモリによって座席はシュルシュルと帰っていく。

何度でも再使用可能なのがもう一つの利点だ。

こんな些細な利点もこの恐怖で全てぶち壊しだがな。

緊急時以外は使わない様にしよう。

出撃のたびにぜぇぜぇと息を荒げてたら叶わない。

 

「どうしたんですかい?」

 

凛としたお嬢様の様な声に全く似つかわしくない言葉。

聞こえてきた方向に振り返ってみると、その歩みと共に黒髪ロングと組み合わさった三つ編みツインテールが揺れていた。

その少女は青いコートに黒いワンピースを着込み、右目に眼帯を身に着けている。

「何でもないさ、レイ。ちょっとしたターザンだ」

「そりゃぁ楽しそうだ。ハハハハ」

彼女は本当に楽しそうな表情でケタケタと笑っている。

コイツの名前はレイ。

ラストドールの一人で、元はスケアクロウと呼ばれていた奴だ。

外見上の変化は、右目に付けられた眼帯型の義眼とガスマスクを着けていない事。

撃抜かれた頭脳とコアと右目がグリフィン製のものに置き換えられている。

彼女の性格は短気で忍耐力がなく、喜怒哀楽が激しい。

そのくせ人情に厚くて義理堅く、その言動も相まって部下というか舎弟のような存在だ。

まぁ一言でいえば、曲がったことが大嫌いなおバカ。

あ…いや、ここは天然としておこう。

ラストドールのお姉さん(というより姉御)の様な存在としてヒトミやフタバの面倒を見てくれる面倒見の良さもある。

俺が困っている時には執務を手伝ってくれる良い奴なのだが、如何せん天然なので計算をやらせると細かい計算違いが多い。

しかもきっちりとチェックしないと出てこないというオマケ付き。

単純労働の方が役に立つ。

そして似合わないとかいうアレはないのだが…ファッションセンスがものすごく適当。

風呂にあの髪型のままで寝る。

ご飯を作るのが上手いのがせめてもの救いというべきか。

ラストリゾート隊では戦闘機パイロットを務めており、鉄血の戦闘機型ドローンなどを12機を撃墜している。

 

「で、どうしたんだ?こんなところに来て」

「こんな所って…あたしの愛機を見に格納庫に来たんですぜ」

「そうか」

格納庫…別名だだっ広い倉庫。

大型旅客機を何機も駐機できるほどの大きさを持つ巨大な格納庫で、全幅200mの滑走路を挟んだ真向いにはいろんな意味で変態な技術スタッフが住み着く巨大工場がある。

昔は生産した大型機をここに停めていたのだろう。

現在はオールドカミングプロジェクトで造られた機体が特に法則も無く駐機されている。

その中でも特に目立つのが、銀と赤に塗られた固定脚の丸っこい戦闘機と現用飴色と呼ばれる若干褐色の入った灰色をしたシャープな戦闘機。

前者が九六式艦上戦闘機、後者が零式艦上戦闘機と呼ばれる機体だ。

もちろん改良されて再生産されたヤツ。

 

レイが愛機にしているのが零式艦上戦闘機。

昔は俺の愛機だった。

変態技術者の手から逃れられた二機のうちの一機で、何型かは分からないが武装は12.7mm機関銃と20mm機関砲をそれぞれ2挺装備。

長時間飛べる航続力と神秘的な旋回性能は原作通りだが、機体構造の強化で零戦の弱点だった急降下耐性の無さも幾らか改善されている。

これにより原型機と比べて若干重量が増加しているが、2500馬力のモーターにより最高時速600kmhと元の機体以上に速い。

扱いやすく飛ばしやすい機体で性能が良いので前から愛機にしていたのだが、レイがラストリゾート隊に入隊したのに合わせて彼女に譲ったのだ。

以来レイは零戦を手足の様に操り、かなり大事にしている。

今も布で磨いているし。

しかし、因果なものだよなぁ。

スケアクロウを撃破した兵器を、その改造品とはいえスケアクロウがパイロットとして運用しているのは。

 

そして俺が愛機にしているのが九六式艦上戦闘機。

元々は親父の時代に使われた機体で、お古として格納庫の奥底に眠っていた。

現役復帰に合わせ、工場のメンツによってモーターの換装と共に魔改造が施されている。

まず2500馬力のモーターを詰め込んだので、とんでもないじゃじゃ馬に進化した。

元の機体は800馬力も無いからな。

速度の割に旋回性能が良すぎる上にどう扱っても機敏に反応する。

もう俺以外誰も扱うことが出来ない。

もちろん構造を強化したことで重くなっているが零戦より軽いので、最高速度は零戦を超える624kmhをマークする。

原型機に装備されていた機首の7.7mm機関銃のほかに、20mmモーターカノン1門と主翼に20mm機関砲2挺を装備。

実際にあった計画案を組み合わせたらしいが…。

零戦並みの火力を得た代償に、射撃時に機体がすっごい揺れる。

この機体は九六艦戦でもレアな風防が付いているタイプなのだが、後ろがやや見えにくい。

色々と問題のある機体だが、まぁまぁ気に入っている。

少し前の作戦で鉄血ボスの攻撃を受けて大破したのだが、綺麗に修復されているな。

で、新しい俺の愛機が…ってアレ?

新型モーターを積んだ試作戦闘機があった筈なんだが、見当たらない。

見回しても見当たらない。

濃い緑色で塗られた緩い逆ガル翼のかっちょいい機体。

零戦並みに扱いやすく、速度も火力も零戦よりも上という夢の機体なんだが。

完成したばかりの機体だったから、トラブルを起こしたのかもしれないな。

アレを磨こうと思っていたのだが、仕方ないので九六艦戦を磨き始める。

もうピカピカなのであまり意味ないが。

37個の桜の撃墜マークが銀の胴体に映える。

「ふう…」

「というか、こうするのも久しぶりですな」

「最近は書類仕事で一杯一杯だったし、ちょっと前に俺が怪我したしな」

「もうあんな真似は止めて下せぇ。こっちも取り乱す」

「言われなくとも分かってるよ」

「……………」

おっと、まさかの無言。

ちゃんと返したつもりだったが、煮え切らない答えに聞こえたらしい。

レイが零戦の胴体からひょっこりと顔を出してキッと睨んでくる。

『無茶をしたお前が言うな』と。

いや、あの時は無茶じゃないと思ってたんだって…。

とりあえず謝ろうとしたその瞬間。

 

ヴヴヴヴゥゥーという頭と腹に響く重低音のサイレンが鳴った。

 

不明機が鷲峰島に据え付けられたレーダーに反応したという知らせだ。

その警報に合わせ、各々が行動を開始した。

整備員を含めたスタッフは滑走路を横切らない様に近くへのシェルターへと向かう。

レイは零戦に飛び乗って既に離陸準備に入っていた。

俺は壁に据え付けられた内線電話を取り、コントロールタワーの指揮室に繋ぐ。

ひょっとしたらアイツが居るかもしれないからな。

『おやっさん』

「敵機の数と方角は?」

『北の方角から3機が接近中。無線での警告は無視された』

「よし、ヒトミに5番砲座に行くよう言ってくれ。助かったぞ、フタバ」

『またいつでも』

電話を切って九六式艦上戦闘機の元へと向かう。

機体に飛び乗ってモーターを起動し、プロペラを回していく。

格納庫から滑走路へと進んだ頃には、彼女の乗る零戦はもう大空へ飛び立っていた。

スロットルを全開にし、零戦の後を追う様に離陸する。

 

警報が鳴ってから約2分、たった二人の戦闘機隊が迎撃に飛び立った。

 

○○○○

 

離陸から数分。

我が基地から北に十数km、高度6000m辺りでレイの乗る零式艦上戦闘機とようやく合流した。

二機で編隊を組み、索敵を開始する。

無線での報告では敵機は3機との事だが、まだまだ豆粒の親戚も見えない。

こういう時はレイが頼りになる。

「見えるか?」

『敵機を視認しやした。アイツの言う通り数は三。攻撃しますかい?』

「早いな…少し待て」

『その心は?』

「人間が入っている可能性もあるという事だ」

『なるほど』

グリフィン&クルーガ―の敵は何も鉄血工造の連中だけではない。

その一つは反戦団体だ。

多くは街頭演説や集会などの抗議活動を行う平和的な団体なのだが、軍基地への襲撃や爆破テロなど暴力的な手に出るテロ組織の様な団体も少なくない。

中には軍隊や傭兵から強奪した兵器で襲ってくる場合もある。

脅せば追い返すことが出来るとはいえ、人間である以上なかなか対応に苦慮する相手だ。

鉄血がこいつらに偽装する場合もあるのでさらに面倒臭い。

我が鷲峰島基地の場合、彼ら反戦団体以外にも厄介な敵が存在する。

 

…カルトだ。

 

核戦争後の混乱で生まれたものの一つが、カルトの大量結成である。

カリスマ性を持つ人間が操るカルトは本当に厄介な存在だ。

教祖やその教えを信じて盲目的に集団行動する信者達は他人の話を全く聞かず、目的を果たせるならば死を全く恐れない。

そして目的を遂げられるならば、彼らは人間を殺すことにさえも一切の疑問を持たない。

彼らが人間だからと攻撃を躊躇していると、逆にこちらが殺されてしまうのだ。

こういった理由で傭兵チームが皆殺しにされてしまう事も少なくない。

ある意味で鉄血よりヤバい存在だ。

そして運の悪い事に、浄水設備や発電設備が整った鷲峰島は”選ばれし民の為の理想郷”としてカルト教団の教祖が信者を操る為の格好の餌になってしまっている。

奴らは何をしてくるか全く予測がつかない。

我が基地の様に鹵獲した鉄血の兵器を改造するなんてこともやりかねない。

反戦団体や鉄血の襲撃以上に警戒しなればならない連中である。

 

さて、我が基地の対空レーダーが不明機を捕捉した場合、その可能性は以下の5つに絞られる。

1.鉄血の襲撃。

2.反戦団体がどこかのヴァルチャーの協力のもとに襲撃。

3.反戦団体がどこかのヴァルチャーや軍隊の航空機を奪って襲撃。

4.上の二つに見せかける為に鉄血が軍隊やヴァルチャーの航空機を奪って襲撃。

5.カルトがどこかのヴァルチャーや軍隊の航空機を奪って襲撃。

 

1と5は問答無用で撃墜できるが、2と3と4はちゃんとした対応を取らないと”グリフィンの弾圧”と宣伝される可能性がある為に手順の遵守と証拠集めが求められる。

だからこそ目視で機体を確認する必要があるのだ。

俺は一応両目ともに視力3.9はある。

だがレイが右目にしている眼帯型義眼は視力6.0相当もある上に分析用の機器を備えている為、基本的にこういうのはレイに任せるようにしている。

「視えたか?」

『機体を確認。鉄血の爆撃型ブーメラン、人間の反応なし』

「よし、そうと分かれば容赦なく叩き落すぞ。案内してくれ」

『了解!』

空戦ではいち早く敵を発見したものが味方を誘導するのが常道である。

今回もそれに従い、レイが俺を誘導する。

零戦にひな鳥の様についていくと、やがて大空を悠々と泳ぐ巨大なブーメランを発見した。

三角形の編隊を組んでいる。

 

鉄血製大型爆撃機『ブーメラン(仮)』

こいつはステルス性の高い全翼機という形態を持つ6発の爆撃機だ。

見た目がブーメランっぽいので俺がそう命名した。

この機体は推進式というプロペラが後ろに付いているタイプで、全翼機の利点の一つである速度を稼ぎやすいという部分を最大限生かしている。

欠点として全翼機は操縦が恐ろしいほど難しいが、コンピューターであれば全く関係ない。

本当、こういう合理的な所が鉄血らしいな。

15t近くのペイロードを持ち、防御機銃を16挺備えている。

こいつのバリエーションには増援用のコンテナを投下する強行輸送型と、双発サイズまで小型化した戦闘爆撃機型がある。

どっちかというと強行輸送型が主で、爆撃型は多分後付けだ。

最近、鉄血がこんな感じで対ラストリゾート隊用の兵器を投入している気がする。

対空射撃出来るマンティコアとか、基地に据え付けの対空砲とか。

特に航空機は爆発的な進化を遂げている。

最初はヴァルチャーから奪った航空機やらその辺の飛行場に捨ててあった飛行機をリサイクルする程度だったのが、最近は明らかに戦闘機型のドローンを一から開発している。

しかもピンポイントに俺達が居る場所に投入してくる。

だからこそ工場の連中にはサッサと後継機を開発して欲しいのだが…。

 

「よし、いつもの通りに攻撃するぞ」

『応ッ!』

一旦上昇し、バラバラに敵機を狙う。

数々の先人が証明する通り、爆撃機の迎撃は意外と難しい。

オールドカミングプロジェクトによってプロペラ機が再生産された後は、こういった大型機の迎撃は本当に難しくなった。…ブーメランの様な無人機は特に。

まず基本的な話として、ソーラーパネルとバッテリーなので燃料タンクを狙って爆発という手は使えない。

人間が乗っているならばコックピットを狙えるが、無人機では狙いようもない。

…ではどこを狙うのか。

胴体中央部にある爆弾倉である。

鉄血製の爆弾に充填される炸薬はピクリン酸に似た化学的に不安定な部分があり、弾丸などにより衝撃を加えると不意爆発を起こす傾向がある。

要を言えば、爆弾を狙えばもれなく吹っ飛ぶという訳だ。

 

「さぁ、狩りを始めるぞ」

ブーメランの上面に向けて垂直降下しつつ、中央部にある爆弾倉を狙って引き金を引く。

撃つ度に機体がガタガタと激しく振動するのも慣れたものだ。

降下の勢いが加わった20mm弾が次々と装甲をぶち抜き、爆弾に命中する。

次の瞬間、俺が狙ったブーメランはバァンという轟音と閃光を発して消し飛んだ。

後に残った白煙を抜け、体勢を立て直す。

もし風防が無かったら、ブーメランの破片で即お陀仏だったな。

側面を見ると、レイが俺と同じようなコースで攻撃しようとしている。

攻撃したなと思った瞬間、彼女が狙ったブーメランが爆発する。

そして同じように残った白煙をスポンと抜ける。

我々が大勢を立て直した瞬間、残ったブーメランがバリバリと機銃を撃ってきた。

先頭を飛んでいた奴だ。

仲間が二機も消し飛んで残り一人になっても、襲撃を諦める気はないようだ。

だから厄介なんだがな。

ブーメランの速度はまぁまぁ速いので、こちらが一旦失速するとこちらはブーメランに追いすがる形となる。

そうなると敵機の銃座から撃たれ放題になってしまう。

そこで俺とレイで変わりばんこでオトリになり、銃座からの射撃を誘う。

もう片方がプロペラを狙って射撃し、一定時間経ったらオトリ役と交代する。

レイがオトリとなり、矢面ならぬ銃面に立つ。

今回は最初の一撃で決めることが出来た。

六つのプロペラを毟られたブーメランは段々左に傾きながら落下していき、垂直の状態で海面に激突した。

迎撃は成功、来襲した機体を全機撃墜。

ずぶずぶと沈んでいく敵機の残骸を見ながら、ふとこう呟く。

 

「お疲れ様、レイ」

 

 

ふふっ…。

彼のささやくように呟かれる労いの声に、ふと笑みが漏れる。

何週間も待ち望んでいた声だ。

しかも名前を呼んでくれるオマケ付き。

ふふふふふ…。この報酬で今日はよく眠れそうだ。

基地に帰ったら拗ねたヒトミにどやされそうだけど。

 

あたしの任務はキャプテンを守る事。

キャプテンの乗っていた戦闘機を自分の手足の様に操り、キャプテンとの緊密な連携プレーでもって敵を殺し、最終的にキャプテンを守る。

バカそうに振る舞うのも、彼の戦術人形を守るのも副次的なものに過ぎない。

キャプテンを守る…この任務だけはヒトミにもフタバにも譲れない。

 

…だけど、一度だけ彼を守れなかった。

 

それは、情報漏洩問題であたしたちの出撃が禁止された時。

彼はあたしたちの制止を振り切って、たった一人で鉄血ボスの元へ向かった。

その結果、キャプテンの乗る九六艦戦は大破して片翼で帰還。

傷だらけの彼は二日も目を覚まさず、ラストドール全員が元鉄血である自分を責めた。

あたしも例外じゃない。

それからは、キャプテンの意思を無視してでも出撃しようと心に誓った。

 

…キャプテン、これからもあたしを使って下さいね?

貴方が生かしてくれたこの体で、貴方がくれたこの機体で、貴方を守ります。

あたしの目も体も心もその為にあるのだから。

 

たとえ、それがあの戦術人形どもを殺すことになっても…ね?

 




カスタムキャストでレイを作ってみたのですが…。
…すみません、こっちには投稿出来ませんでした。
pixivの方に投稿しておりますので、そちらをご覧下さい。


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File.03 『一式の瞳』

イギリスの詩人フィリップ・ラーキン曰く、『ママとパパは君を駄目にする。悪気はないがダメにする。自分たちの欠点を君に受け継がせ、新たなおまけさえ付けて』

アリスギアはもうちょっと待ってね。
今書いているから。


…重い。

 

正確に言うと誰かが俺に乗っかって寝ている。

誰だ…?

余りの寝苦しさで起きてしまったぞ。

壁掛けの時計を確認すると、明け方の4時前。

まだ寝ぼけ眼だが、半開きのドアがユラユラしているのは見える。

しまった、鍵をかけ忘れたか。

 

では誰が乗っかっているか推理しよう。

まず職員ではない。これは確実だ。

何故かというと、工場のメンツは工場を寝床にしているから。

…驚くことなかれ、本当に工場の床で変わりばんこで雑魚寝している。

折角ふかふかのベッドを持つ宿舎があるのに、何の意味も無い。

そして戦術人形でもない。

彼女らが居るのは数百キロ先の基地。

いくら彼女たちの個性が爆発しているとはいえ、流石に海をじゃぶじゃぶ数十キロ泳いでくる猛者はいないだろう。

まぁ輸送機で送られてくる補給用の荷物に潜んでやってくる可能性も捨てきれないというかやりかねない奴が居るが、それならとっくの昔に騒ぎになっている。

…となると、ラストドールの誰かなのだが。

正直誰でもあり得る話なんだよなぁ。

レイはバ…天然なので寝室を間違える事があるし、寂しがり屋のヒトミが人肌を求めて布団に入った可能性がある。

フタバは睡魔に負けると廊下であろうと上官の部屋であろうとどこでも寝てしまう。

…では誰なのか。

右側頭部にそっと手を当ててみよう。

固い感触がないのでフタバではないし、眼帯の紐の感触も無いのでレイでもない。

となると、残っているのはヒトミだ。

その推理を決定付ける為に、彼女の寝息に耳を傾けてみよう。

 

「ふみゅう…ふみゅう…」

 

ハイ決定、侵入者の正体はヒトミだ。

掛け布団を剥がしてみると、少女が綺麗な金髪を振り乱して眠っていた。

青いワンピースにフリルのついたエプロンドレスを身に着け、白黒のボーダーニーソを履いている。

不思議の国のアリスをモチーフにした服装だ。

こんなかわいい少女が元処刑人だったなんて誰が思うだろう。

元エクスキューショナーだった人形は、現在はヒトミという名前だ。

こいつは頭の半分から上が吹っ飛んでいたので、その辺のパーツを交換している。

その結果生まれたのが、金髪碧眼で勝気な声をした甘えん坊の少女。

そのギャップでヘリアンを笑い殺しかけた張本人である。

たまに思うのが、レイとヒトミの声が逆ならよかったのにという事。

逆ならば性格と声がバッチリ符号して笑わずに済むのだが。

 

「ゆっくり寝ていろ…」

ヒトミを起こさないようにそっとベッドから起き上がり、彼女の頭をそっと撫でる。

そして音を出さないように忍び足で自室を出た。

 

〇〇〇

 

宿舎を出た俺が向かったのは、宿舎からほど近い位置にある工場。

ここは決して眠る事のない鷲峰島基地の中心地。

ここでは日夜、寝る間を惜しんで職員が真面目にティルトローター輸送機の完成を目指して様々な開発を行っている。

…と思いたいのだが、如何せん俺達の居ぬ間にスクランブルコースターを造ったメンツだ。

地下深くのデータバンクに眠っているオールドカミングプロジェクトの機体データがどんな形で生かされるのか、ちょっと心配になってくる。

俺がそんな場所に来たのは連中にハッパをかける為ではない。

というか、今は誰にも声を掛けてほしくない気分だ。

誰にも見つからない様にガラクタに隠れてゆっくりと進み、だだっ広い工場の奥に置かれたある作業台の元へと辿り着く。

忘れ去られたも同然のこの机はあの作業をするには丁度良い位置だ。

雑巾で積み重なった埃をふき取り、作業台の下に隠してあった道具箱を取り出す。

 

この場所で何をするかというと、愛銃の定期メンテナンスである。

基本的に航空機に搭乗するのであまり出番のない代物だが、いざというときにジャムってしまったら困るので定期的にこの作業台でメンテしている。

では、何故プロである(筈の)工場のメンバーに任せず、隅っこでバラしているのか。

その理由は簡単、彼らに託せば絶対に余計な改造をされてしまうからだ。

…というかされてしまったし。

メンテ序でに改造をするってどういうアフターケアだよ。

その証拠がそこにある。

ガンオイルで黒光りしているのが、S&W M500だった物…の魔改造版。

改造したのは勿論あの連中。

改造点として、10インチモデルの銃身に溶け込む様に超音波振動する刃が仕込まれている。

鉈の様に振り下ろせば、鉄血のガードタイプの持つ盾がすっぱりと切れるすんごい性能。

彼ら曰く、近距離戦から格闘戦まで出来る仕様らしい。

一回しか使ったことないけどな。

ショットガン並みの反動でも銃が跳ね上がらないのが唯一といえる利点。

狙撃をする銃ではないけれど。

そしてどんな人形や人間だろうと近距離で頭にぶち込めば頭自体が無くなる程の弾の威力を誇る。

 

そして今バラしてクリーニングしているのが、9ミリ機関けん銃。

いわゆるサブマシンガンという奴で、かなり昔にどこかで拾った以来の相棒。

見た目はUZIとトンプソンの間の子供と表現できる武骨なデザインだ。

元は自衛隊という場所で運用されていたらしい。

命中率は微妙といえる性能だが、弾丸ばら撒き機というサブマシンガンの立場としては合っていると言えよう。

最近では俺の筋力が付いてきたのか銃が暴れなくなったけどな。

まぁまぁサイズが小さいので、携行性が良いのが救い。

この携行性がぶち壊されたら堪らないので、この銃だけは自分でメンテするようにしている。

クリーニングを終え、逆再生するように銃を組み上げた。

こういう作業をしているうちに、すっかり銃のクリーニングとメンテナンスが俺の得意分野になってしまった。

カッコいいとは決して言えない相変わらずの武骨さだが、長年使っている分手に馴染んでいる。

さてと、早速射撃場で試し撃ちしてみるかな。

 

「お父様、メンテナンスしてくれてありがとー!」

 

あ、ヤバい。

ヒトミも武器のメンテナンスに来てたのか。

今の装備で彼女に会うのは不味い。いろいろな意味で。

とりあえず両方の銃のセイフティを掛け、そーっと忍び足で出口へと向かう。

よし、あちらには気付かれていない。

伊達にサイレント・ウォーカーと呼ばれてないんでね。

よしよし、後もうちょっと踏ん張ればゴールの出口にたどり着く。

「ん?パパのにおいがする」

くそっ、気付かれたか!

何であいつらヒトミの五感をここまで強化したんだよ!

彼女はクンクンしながらこっちに寄ってくる。

…こうなったら覚悟を決めるしかない。

「ふみゃー!」

あ、やっぱりズドドドドッと走ってきた。

ヒトミは俺を見ると条件反射的に飛びついてくる。

ここで注意しなければならないのが、きちんと彼女の方を向いて体勢を整えなければならない事。

何故なら、見た目はかわいい少女でも大刀を振り回していたあのパワーは健在だからだ。

ちゃんとした体制で抱き留めないと、ヒトミもろとも壁や床に吹っ飛んでしまう。

人生初のぎっくり腰はそれが原因だった。

もうちょっと加減して欲しいものだ。

彼女とのふれあいですっかり骨と筋肉が強くなった気がする。

いやいや、振り返っている暇はない。

ヒトミの現在のスピードは現在61.84kmh。

体勢…よし。付近に壁は…なし。

…準備完了。

まずは鳩尾へのダイレクト頭突きを何とか耐え、彼女が俺の腰に手を回すのを待つ。

この時きちんと踏ん張らないと100%転ぶ。

万力の様な抱きしめに耐えつつ、彼女を支えてゆっくりと着地させる。

最後に優しく撫でれば、ヒトミがふにゃふにゃと甘え声をあげて完成だ。

正直言って悶絶したいけど。

「もうっ!もうっ!勝手に居なくならないでよ!寂しかったんだから…」

「…済まないな」

「むー…!」

分かっているからぺしぺししないで。

子供ならあれだが、君の身長だと叩いているのは君が頭突きした鳩尾だから。

せめて力加減して。…気絶しちゃうから。

「分かった、分かったから!何がしたい?」

「じゃあ遊ぼ!」

「今から射撃場に行くところだ。付いてくるか?」

「うん、ありがとパパ!」

 

ヒトミに関して困ったことが二つある。

一つは今の通り、彼女が俺を”パパ”と呼ぶこと。

頭脳を変えたことによるバグなのか本人の意思なのかは知らないが、ラストドールとして彼女と出会った時からヒトミは俺をこう呼ぶ。

彼女を造った工場長を”お父様”と呼んでいるにも関わらずである。

…意味が分からんよな。

コスプレのような見た目といい、この呼び方といいどうも犯罪臭がする。

実際これが原因で上司のヘリアントスに睨まれた事があるしな。

フタバの”おやっさん”ならば近所の喫茶店のマスターみたいな感じで良いのだが。

なぜヒトミが俺をパパと呼ぶのか、それを聞いたことはない。

というか聞いても100%はぐらかされる。

 

二つ目はなんと言うか…時折こいつが怖い。

花の様な笑顔の中に闇の一面がひょっこり現れる。

遠隔通信で戦術人形と話している時、開いたドアの外からじーっとこちらを睨んでいる。

何もない暗い部屋でボソボソと何かを呟いていることもしばしば。

私室で視線を感じてドアの覗き窓からのぞいてみると、ヒトミは覗き窓越しにニヤァと暗い笑顔で笑いかけてきた。

普段はあんなにいい子なだけに、ふと闇の一面と出会うと物凄く怖いのだ。

 

そういえば、この関連でもう一つ困った事を思い出した。

一部の戦術人形ととてつもなく仲が悪いのだ。

ヒトミはあの性格もあってスプリングフィールド等と仲が良く、M4 SOPMODIIとは親友の様な関係を築いている。

ただ、出会うと彼女が必ず威嚇する戦術人形が居るのだ。

9A-91やUMP姉妹など…どういうものなのかは分からないが、彼女なりに威嚇する基準があるらしい。

ただ威嚇するだけならマシなのだが、前に人形達の居る基地に連れて行った時にいつの間にかUMP姉妹と殴り合いの喧嘩になっていた。

双方ともかなり本気の喧嘩だったらしく、取り押さえるのが大変だったらしい。

喧嘩が鎮圧された後に現場に駆けつけた時、416やM4A1に取り押さえられているUMP姉妹の表情が普段からは想像もできない程に恐ろしい怒りの形相だったのを覚えている。

その反面ヒトミは嘲笑するような笑みを浮かべていたことも。

この喧嘩の原因は分かっていない。

何発も殴られつつヒトミを止めたレイ曰く、『化けの皮がどうとか猫かぶりがどうとか罵り合ってやしたけど、なんせ途中で入ったもんで原因は全然わかりやせん』との事。

三人とも何故揉めたのか頑なに言おうとしないし。

結局のところ、ヒトミをあの基地に連れていかないという事で結論付けた…というか先送りにした。

将来、戦術人形が我が基地に入る事を考えるとこの問題は解消しなければならないのだが…。

問題の原因を俺が全く推測できないのが問題だな。

 

そうこう考えているうちに射撃場に着いた。

まぁ、工場の真向いにある格納庫の裏に急遽据え付けられただけだからな。

急造だから射撃場といっても海風に吹きさらしになった木の標的が数体しかない。

誰も使わないからな。

懐からメンテした銃を取り出し、セーフティを解除する。

左手に9mm機関けん銃、右手にM500の二挺持ちで人型の標的に向かう。

ズダダダダダッ、ダァン!

9mm弾が標的の全身に穴を開け、12.7mm弾がその首を折った。

…命中率39.44%。

やはり、戦闘機の様にはいかないか。

「私もやる―!」

エクスキューショナーは近接特化型の人形だったが、その傾向はヒトミにも受け継がれている。

彼女の言うお父様によれば、ラストドールへの改装に合わせて五感が極限まで強化されているらしい。

だからこそさっき臭いで見つかったわけだが。

格闘戦用の武器を使う部分はそのままヒトミに引き継がれており、メインウエポンに『秋水』、サブウェポンは『藤花』という名前の武器を採用している。

もちろん製作者はあの工場だ。

サブマシンガン『秋水』は基本構造に俺の持つ9mm機関けん銃をコピーした奴を採用しているが、何故か日本刀と組み合わさった形状を採っている。

しかも銃身と刀身が垂直になるような形で。

確かにこいつならばグリップと柄を同じように扱えるが、これじゃ撃ちにくいだろう。

いや…撃ちながら接近して斬る、という使い方なのか。

超音波振動する刃はマンティコアを普通に叩き切るレベルの威力を持つ。

重たい剣によって反動が抑えられており、サブマシンガンの割には命中率が良い。

弾の威力は俺のと変わらないが。

リボルバー『藤花』の基本構造は魔改造S&W M500と共通している。

大きさは一回り大きい。

装弾数を4発に減らした代わりに0.80インチ(20mm)という大口径を採用している。

それ以外…例えば超音波振動する刀などはそのままだ。

20mmという大口径なのだから当然ながら強力な反動があるはずだが、ヒトミは普通に片手撃ちで200m先の標的を狙撃する。

藤花に装填されていた炸裂弾は標的である木の板を木っ端みじんに爆砕した。

弾丸の威力とそれを撃つ鉄血ボス人形のパワー恐るべし。

標的の残存数ゼロ…命中率56.124%。

…流石だな。

じっとこちらを見るヒトミの目が褒めて褒めてとせがんでいる。

いつもの通り彼女をナデナデしようとしたその瞬間。

 

…格納庫に据え付けられた電話がプルルルルと鳴った。

 

警報は一切鳴っていないが、こういう時は大体…。

『おやっさん』

「どうした。先日に引き続き基地のレーダーが反応しました…ではないよな?」

『残念。今度は艦船だ』

「了解、ヒトミが傍にいるからこのまま一式陸攻で出撃する」

『ん、引き続き通信で呼び掛けてみる』

「了解」

受話器を電話に戻した瞬間、何故か左手に激痛が走った。

あのな、ヒトミさん。

そんなに左手をギューってしたら左手が砕けるのだが。

後、いきなり天真爛漫な笑顔から無表情になるの止めて。…怖いから。

えーっと、何で機嫌悪いんだ?

「…何?」

「仕事だ。対艦攻撃任務だぞ」

「はぁーい、じゃあパパも一緒に乗ろう?」

「え?いや俺は戦闘機でお前の援護を…」

「いいから、パパが操縦して」

「え…ま、ちょっ」

変な威圧を出す彼女にズルズルと引き摺られ、俺は葉巻型の機体に投げ込まれた。

この機体の名前は一式陸上攻撃機。

葉巻の様な胴体が特徴の双発の中型爆撃機だ。

長距離偵察と遠洋の敵艦隊の攻撃の為に、双発機でありながら四発重爆撃機並みの航続力を要求された機体であり、この機体もその特性を受け継いでいる。

具体的な形式は分からないが、こいつのモデルは防御力の向上を狙った後期型らしい。

武装としては自衛用に機体両側面と胴体上面、尾部に20mm銃座を装備。爆弾倉と主翼のパイロンには3t前後を搭載できる。

…でまぁ、こいつも例外なく工場の連中により魔改造が施されてしまった。

まずはフォローの為にいい改造個所から説明しよう。

各銃座にドラグーンと呼ばれていたマシンガンを扱う鉄血人形を改修して配置することで、パイロット一人でも運用できるようになった。

これは褒めよう。実際運用上のネックだったからな。

更に、パワーのある鉄血人形を配置することで銃の重さを気にする必要がなくなり、弾倉を45発のドラムマガジンから200発のベルトリンクに変更することが出来た。

防御機銃の弾は多い方が良いので、この改造は最適だったと言えるだろう。

…だがな。

いくら何でも機首の防御機銃を取っ払って76mm砲1門と20mm機関砲6門を搭載するのはダメだろう。

工場長曰く双発爆撃機に搭載された武装の一つらしいが、これは流石にやりすぎだ。

一式陸攻の計算された流麗な見た目が、葉巻につまようじを突き刺したような不格好なものになってしまっている。

オマケにこの追加武装によって爆弾を1t以上積むと飛び立てず、オールドカミングプロジェクトで追加された主翼下のパイロンが意味を成さずに取り払う羽目になった。

対地対艦攻撃には優れているとはいえ、この改造を施され操縦性という意味でも機体運用という意味でも大分扱いにくい航空機と化した。

ヒトミに大型機の操縦適性があったから良かったものを…。

「で、俺の役目は?」

「私が砲手やるからパパは操縦!」

「了解、シートベルト締めろよ」

「はーい。ラストリゾート、出撃ぃ~!」

「…はぁ」

通信で不審船の位置を聞きつつ滑走路へと出る。

スクランブルの為に爆装はしていないが、76mm砲は対艦攻撃に十分な威力を持つ。

もしもの時はアイツを呼べばいいしな。

モーターの出力を上げた一式陸攻は地面を蹴って離陸する。

久しぶりに経験するもっさりとした操縦性に戸惑いつつ、俺達は不審船の迎撃に向かった。

…のだが。

現場海域に着いてみると、侵入者の正体はコンパスと長距離無線機の壊れた民間船舶であった。

がっくり感という疲労が俺達を襲ったのは言うまでもない。

 

〇〇〇

 

…その日の深夜。

じっとりとした闇が支配する宿舎の中を私は歩いていた。

夜だし、私を含めた4人しか利用しないから大半の電源を切られているもんね。

レイのような特殊な目を持っていないので、私の目は真っ黒な景色しか写さない。

でも私は鼻をクンクンと嗅ぐだけでいい。

…捉えた。

仄かに香る、硝煙と金木犀の混ざったいい匂い。

僅かすぎて犬でもわからないだろう。

この能力を付けてくれたお父様に感謝しなくちゃ。

私はその匂いに引き寄せられるように歩き、ある部屋のドアの前へと立つ。

その取っ手に手を掛け…チッ、鍵が掛かっている。

昨日は開いてたのに。

ポケットからペンライトを取り出し、壁に設けられたある蓋を探す。

秘密の蓋を外し、その中を這う電線を弄ってロックを解除する。

引き戸をそーっと開けると、ベッドで匂いの元がすやすやと眠っていた。

私がパパと呼ぶ人間だ。

いつも私を援護してくれる人、私が乗る機体を与えてくれた人。

そして私が一番愛している人。

私が彼をパパと呼んでいるのは、彼とずっと一緒にいる為。

恋人や嫁だったら別れる可能性が高いけど、娘ならば離れる可能性が低い。

しかも幼い演技をすれば堂々と甘えることが出来る。

最近理性のブレーキが緩みがちな私にとっては丁度良い。

こうやって布団の中に潜り込んでも怒られることはない。

だから仕方なく嫁の座は誰かに譲っておく。

 

まぁ、戦術人形とかいうグリフィンのガラクタには絶対譲らないけどね♪

 

パパはティ何とかを開発してまで戦術人形が必要だなんて言っているけど、私はこの基地には私たちラストドールしか要らないと思うの。

理由は単純、弱すぎてパパの役に立たないから。

占領任務には役に立つけど…結局それだけしか出来ないし。

その癖、唯一役に立てる占領任務でも私たちに航空支援を要請しまくる。

彼女たちは地上を這う亀なのだ。空を駆ける彼や私達にとって邪魔でしかない。

…なのに、それなのに。

パパに恋心を抱くどころか私達の手から奪おうという連中が居る。…しかも沢山。

私たちが出撃出来なかった時にヘマやらかしてパパを怪我させたっていうのに。

本当にムカつく。

あんなガラクタ人形共は全部バラバラにしたいけど、パパが悲しむだけなので今はやらないでおいてあげる。

…あくまで今はね。

全く、占領任務をやりたいというのなら、ここでスタッフとして使っているリッパ―やらイェーガーを使えばいいのに。

あれなら恋心なんて余計な感情も無いし同士討ちを誘えるという意味でも効率的だと思えるのだけど。

まぁいいや、パパにゆっくりとそれを分からせば良いんだから。

 

あぁ、奴らを合法的にバラバラにできる日が楽しみ♪

 




ヤンデレタグ付けた方が良いのかしら…。


始めのアレ、ネタとしてただ言いたかっただけです。


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File.04 『Two Attack Wings』

コラボネタをやろうとして派手に失敗し、こっちの小説のほうが早くなってしまいました。
影道化師はもう少しお待ちください。


三体目のラストドール、登場。


あの日は不気味なほど静かな朝だった。

数日前に輸送機の荷物に紛れてきたM4A1とM4SOPMODIIに叩き起こされるまでは。

寝ぼけ頭で緊急無線を聞いた俺は、二人を改造が終わったばかりの一式陸攻に乗せて飛び立った。

混乱する鉄血部隊の頭を飛び越し、低空飛行で鉄血司令部に肉薄する。

主砲の照準器を覗く視力3.9の目が、慌てているハンターを捉えた。

横に突っ立っている人形が救出対象のAR-15か?

砲撃音に反応するとは思うが…仕方ない、ハンターの立つ床を狙うしかないか。

…照準よし。

『SOPII、コイツの引き金を引け』

『え?』

『待ちに待ったハンターをバラバラにするチャンスだぞ。コイツの引き金を引くんだ』

『え…これあの大砲の引き金だよね?AR-15がまだ居るんだよ?』

『安心しろ、きちんと狙いは外してある。俺を信用しろ』

『でも…』

『撃て、撃つんだよ。お前が撃たないと俺が撃つぞ』

『……………』

SOPIIはゆっくりと引き金を引き、放たれた砲弾は司令部をぶち抜いた。

俺が三体目の人形を手にした瞬間だった。

 

 

「おかしいな…」

俺はそう呟きながら、ある人形を探していた。

トレードマークは黒い眼鏡型デバイスとヘッドホン型の機械。

大抵はすぐ近くに居たり、探せば見つかる位置にいる。

だが今日は10分ほど探しても見つからない。

いつも入り浸っている執務室にもいない。

レイやヒトミも見ていないという。

おかしいなと思いつつ、上を見上げてみると…居た。

この島特有のタコノキの様な植物の枝にハンモックを吊り下げて本を読んでいる。

「そんなところで何をやっているんだ、フタバ」

「あ、おやっさん」

下から呼びかけると、フタバは本を閉じてひょっこりと顔を出した。

 

元はハンターである彼女は、眠そうな目とダボダボの服と見た目はG11の様なだらけた奴に見える。

だが性格はかなり真面目であり、頭の回転も速い。

ハンターは静かな狩人を標榜する割に五月蠅い奴だったが、フタバはかなり物静かだ。

だらけた様に見えるこのダボダボの格好には理由がある。

あの砲撃でハンターの四肢は完全に吹き飛んだ。

さて回収したは良いものの、吹き飛んだ手足のストックがなくチビッ子人形のパーツを置き換えざるを得なかった。

その結果、胴体の割には手足が小さいというこの形態が誕生した。

ギリギリ体格に合う服がこのダボダボの服なのだが、やはり胸部のサイズが合っていない。

ハンターの名残である大きな胸が強調されて目に毒だ。

この服、男物なのだがな。

その時は人形のパーツと共に服も不足していたので、彼女には昔俺が着ていたワイシャツとジャージを宛がう事になった。

急造ゆえに微妙なファッションだがフタバは案外気に入っているらしい。

つい先日その服を変えたらどうだと提案してみたのだが、彼女に『このクタクタ感が良いからヤダ』と拒否されてしまった。

全く、ダサいと言われても知らんぞ。

 

「で、何しているんだ?」

「強いて言うならアウトドアリーディング。ヒトミ姉に『たまにはお外に出て遊ばなきゃダメ―』と言われたからな」

「ただ外で本を読んでいるだけだろう」

「彼女曰く、楽しいと思える行為が遊ぶという事らしい。今私はこれをやって楽しいと思っている。だからこれで合っている」

「そうやって誤魔化す算段か」

「まぁね」

フタバには特別な五感こそ無いが、分析能力に優れている。

それ故に感情で動くヒトミやレイと違い、彼女は常に理性的な人形だ。

他の人形に絡むことはなく、基本的に一人で行動する。

大抵は執務室の片隅で本やら報告書を読んでいることが多い。

だからこそこの前の二件のスクランブル出動でオペレーター役を務められたわけだが。

こんな話をしていたら、オペレータと防空戦闘機隊を揃えないといけないという問題へと思考が移り始めた。

パイロットは現在改装中のラストドールに任せるとして、オペレータはどうするかな…。

カリーナに任せてもいいが、これ以上仕事を押しつけるのはな。

そもそもティルトローター機を造らないと来れないので話にならない。

「…で、何の用?」

トリップしているうちにフタバがいつの間にかハンモックを降りて目の前に来ていた。

顔面ドアップは流石に心臓に悪い。

「あ、ああ、済まない。だがお前も大方見当はついているのだろう?」

「まぁ、大体は」

「詳細な説明は後で伝える。10分で支度できるか?」

「問題ない」

「では、10分後に格納庫に集合」

「うにゃ、了解」

わざとなのかは知らないが、フタバはビシッと形ばかりの敬礼した。

こちらも仰々しく敬礼を返す。

俺は彼女と分かれ、出撃準備に取り掛かった。

 

○○○

 

きっかり10分後。

俺達は準備を整えて格納庫に集合した。

目の前では爆弾を装備された濃い緑色と灰色の機体が今か今かと出撃の時を待っている。

九六艦戦と同じく親父の時代から使っている固定脚の機体だ。

野戦飛行場でも運用できる程頑丈なのだが…如何せん機材が古い。

装備更新を急がないとな。

 

緑色の機体である九七式艦上攻撃機は魚雷攻撃や水平爆撃を行う機体で、コイツはその中の二号艦攻と呼ばれた固定脚タイプだ。

俺がグリフィンに引き入れられる任務で乗っていた機体だ。

オールドカミングプロジェクトでは機体構造と武装が強化されている。

幸いなことに工場の連中の魔の手からは逃れており、変更点はドラグーン銃座人形のみだ。

武装はドラグーン銃座が機銃手を務める7.7mm旋回機銃とオールドカミングプロジェクトで追加された主翼の20mm機関砲6門で、胴体下と主翼下に2000kgまでの爆弾を積載可能なペイロードを持つ。

改良によって機体も重くなっているため、最高速度は2500馬力のモーターを積んでいる割には400kmhと遅めである。

 

灰色の機体である九九式艦上爆撃機は急降下爆撃を行う機体だ。

急降下爆撃によるピンポイント攻撃が出来る点から、我が基地では爆撃から近接航空支援まであらゆる任務を任せている。

この機体は工場の連中によりフル改造が施されている。

急降下した時に速度が出過ぎないように主翼に設けられたダイブブレーキを胴体後部下に移設し、そこにパイロンを増設して1000kgまで積載量を増やした。

後部座席の7.7mm旋回機銃には機銃手として安心と信頼(?)のドラグーン銃座人形が設けられている。

武装はかなり強化されており、元の機体の7.7mm機関銃2挺の他にオールドカミングプロジェクトで追加された主翼の20mm機関砲、そして今回の改造で主翼下に40mm機関砲ガンポッドが追加されて火力が限界まで高めている。

機体構造と装甲も強化されているため、九七艦攻と同じく2500馬力のモーターを積んでいる割には最高速度は415kmhと遅めだ。

 

「はぁ、そろそろ新しい機体が欲しい」

「そうだな」

そう言いつつフタバに任務詳細が書かれた端末を渡し、俺は九七艦攻に搭乗する。

モーターを始動させつつ隣を見ると、フタバは端末を見ながら九九艦爆に乗り込んでいた。

まだ出発には時間が掛かりそうだな。

フタバに先に行くと合図をし、俺はタキシングを開始した。

俺の乗る九七艦攻は豊富なペイロードを持つ代わりに他の機体より重く、滑走距離が長くなっている。

その為これに乗っている時は先に離陸したり、僚機に離陸を譲る場合が多い。

今回は先に行くことを選択した。

機体は重そうな身体を起こすようにゆったりと飛行場を飛び立った。

出力を緩めて鷲峰島の周りをゆっくりと旋回し、彼女の乗る九九艦爆の離陸を待つ。

やがて灰色の機体が飛行場から飛び立ち、寄り添うように飛んできた。

「行くか」

『よし、行こう』

フタバに合図をし、スロットルを全開にする。

縺れ合う様に爆撃任務へと飛び立った。

 

〇〇〇

 

3時間後。

我々は高度5000mで作戦空域に到達した。

今回の目標は鉄血の夜間作戦用の基地を爆撃してしばらく使い物にならなくする事だ。

付近で活動する味方を支援するための陽動作戦でもある。

そこで”基地破壊セット”を携えた九七艦攻が高高度水平爆撃で基地施設と在地兵器を破壊。

やってくるであろう敵部隊を”部隊バラバラセット”を引っさげた九九艦爆が撃破する。

後は適当にアドリブの様な形で良いだろう。

作戦自体の難易度は低い。

 

『目標を視認した。これより爆撃に入る』

『了解、対空警戒は任せて』

「頼りにしているぞ」

自分の後ろに置かれた機械から照準スコープを目の前に持ってきて覗き込んだ。

もちろん一切索敵は出来ない。

では何故こんな危なっかしい事をしているかというと、水平爆撃の照準ができないからだ。

九七艦攻にある操縦員、偵察員、通信員用の座席のうち、水平爆撃の照準器があるのは真ん中の座席にある。

つまりこのままでは俺は水平爆撃出来ないのだ。

だが爆弾の問題で水平爆撃以外の手段を取ることが出来ない。

この水平爆撃専用の照準スコープはただ照準が出来るだけではなく、搭載コンピューターの計算によって正確に爆弾を投下できるという優れモノだ。

あの作戦でグリフィンが九七艦攻に載せていた記録装置を基にしているので、搭載されたカメラによって事後の戦果確認も容易である。

全く、あの工場の連中も真面目に働けばこういった素晴らしい製品も造れるというのに、何故大半でふざけるのだろう。

確かに遊びも必要だが、遊びで本来の開発が遅れたら意味がないというのに。

 

…おっと。

今日はいやに別の事を考えてしまうな。

任務に集中しなければ。

目標の司令部を確認、付近にはマンティコア及び装甲機械兵と装甲人形がいる。

爆弾全弾投下。

まずは胴体の下に付いていた1t爆弾が離れ、司令部の屋根を貫通した。

続いて主翼の下に付いていた10発の100kg爆弾がパラパラと離れ、司令部の近くに居た装甲人形やマンティコアといった兵器に降り注いでいく。

次の瞬間、投下した爆弾が炸裂し、鉄血基地全体が赤い爆炎に包まれた。

相変わらず呆れるほどの威力だな。

ギリシアの火薬。

これが基地破壊セットの爆弾に詰められた火薬の名称である。

タバコ箱サイズで5階建ての鉄筋コンクリート造りのビルが木っ端微塵になる代物で、水平爆撃以外ではもれなく母機がパイロットもろとも吹き飛ぶ。

運用が難しく煙が目立つのが難点だが、今回の様な任務では丁度良い。

 

『おやっさん、奴らが来たぞ』

「数は?」

『ざっと251体』

「よし、全部吹き飛ばすぞ」

『了解』

スコープを再び覗き、敵部隊を確認する。

鉄血のドローンや人形は一見わらわらと動いているだけに見えるが、よく見ればきちんと統率されている。

基地司令部は潰しているのでそちらはあり得ない。

という事は、指揮ユニットか通信ユニットがある筈だ。

だがコイツでは分からない。

「フタバ、通信が一番集中しているユニットは何処だ?」

『確認する』

フタバの本領はここにある。

鉄血の通信やら動きをデバイスで集めて分析し、その頭脳を駆使して敵の戦略を見抜く。

感覚で動くレイやヒトミには出来ない事だ。

だからこそ俺は参謀と呼んでいる。

この為にプロテクトを完備したヘッドホンと眼鏡型のデバイスを装備していると言っても過言ではないのだ。

 

『真ん中後ろのユニットに通信が集中している』

「よし、まずはその指揮ユニットを破壊して部隊を混乱させる」

『了解』

「索敵は任せろ」

フタバの乗る九九艦爆は、左に少し傾けるとほぼ90度の角度で降下していった。

速度超過で空中分解しない様にダイブブレーキを展開する。

流石に俺でも垂直で降りることは出来ない。

急降下爆撃に天性の才能を持つフタバだからこそできる所業だ。

彼女が高度500mのところで機体を引き起こすと同時に、九九艦爆の胴体下に付けられた爆弾が投下アームによって放り出される。

投下された爆弾は地上十数メートルで炸裂し、その破片の雨で指揮ユニットを周りの部隊ごと葬り去った。

鉄血の兵士達は通信が切れても自律行動は出来るものの、自分に近い敵しか狙わない。

個別にあっちこっちを狙う姿は正に烏合の衆だ。

問題なく殲滅できるだろう。

『ユニットの破壊を確認、地上銃撃に移行する』

『了解、よろしく』

低空まで高度を下げ、パイロット席にある照準器を覗き込む。

黒い塊の一つに向かって弾丸を撃ち込んでいく。

銃撃に反応した奴らは仲間をバラバラにされつつ別の方向へ逃げ出していく。

旋回して別の方向から銃撃すると別の方角へと進路を変える。

また別の方向から銃撃するとまた別の方角へ。

鉄血の兵士たちは塊を少しずつ崩されながらある方向へと追い込まれていた。

さながら牧羊犬に追われる羊の様に。

反射行動しか出来ない鉄血の機械兵たちは導かれているなんて考えてもいないだろう。

そんな哀れな兵たちを待ち受けていたのは、パラシュートで垂直に落ちてくる黒光りする細長い物体だった。

塊の真ん中、同時に飛び出した散弾は彼らの体を次々と食い破って壊滅させていく。

部隊バラバラセットの中身はえげつない量の散弾を搭載する破片爆弾だが、その種類は異なる。

胴体下の500kg爆弾は低空で炸裂し、主翼の250kg爆弾は垂直に着弾して爆発するタイプだ。

後者はジェリコ作戦で使った超低空垂直爆弾の改良型である。

 

爆撃から生き延びた敵を地上銃撃で仕留めていく。

残りは一割ほどしか居ないからさっさと殲滅できるだろう。

機械兵達を2機で銃撃してチマチマと潰していく。

よし、殲滅完了。

正直言って、ただの爆撃任務であればヒトミに一式陸攻でさっさと爆撃させていた。

そのほうがリスクも少ない。

だが今回のように陽動が絡む任務では機動性の高い九九艦爆のほうがやりやすい。

それに…。

 

『ソードが接近中、数は6機』

敵戦闘機が迎撃に上がってくることもある。

 

ソードは全長10mの戦闘攻撃機で、剣のような見た目の全翼機だ。

零戦並の速度と1.5tという兵装搭載量を誇るが、旋回性能は最悪の直線番長だ。

ブーメランのモーターを推進式に装備している為、その消費電力が太陽電池の供給を上回っている。

このためソードには我が基地の航空機とは無縁の昼間航続距離というパラメータが追加されている。

つまり、太陽が出ている時間でも飛べる距離が限られているのだ。

調査によると大体1000km程らしく、夜間は全く使い物にならないらしい。

なので運用としては昼間に爆弾を装備してのヒット&アウェーが主となる。

20mm機関砲4門を積んではいるが、ラストリゾート隊のメンバーにとってはチョロい相手だ。

速度で劣るこの機体でも1分ほどで全機撃墜出来るほどに。

 

だが、対空攻撃の手段に乏しいグリフィンの部隊にとっては脅威そのものだ。

デストロイヤー追撃戦でAR小隊を撤退させ、俺が怪我をする遠因を作ったという意味では侮れない存在である。

それにソードにしろブーメランにしろ纏まった数を投入されれば俺達でもどうにもならない。

S08地区での不甲斐無い撤退戦がそれを証明してしまっている。

だからこそ戦力強化が必須なのだが、現実は…はぁ。

『敵の反応なし。作戦成功』

「了解、帰るぞ」

まぁ良い、今回のミッションは成功したのだ。

戻ったら工場の連中にハッパをかけておくことにするか。

効力があるかどうか疑問だが。

 

 

○○○

 

 

…ふぅ。

ミッションが終わり、おやっさんの乗る九七艦攻と編隊を組んで帰還する。

残弾がやや心許ないけど、敵機を追い払うぐらいは出来るだろう。

鷲峰島まで結構な距離があるし、何をして暇をつぶすかな。

そうだ、会話でもしよう。

「おやっさん」

『済まないなフタバ。暫く放っておいてくれるか』

「…考え事?」

『そんなところだ』

「了解、通信終了」

通信機を切り、座席に身を預ける。

朝から浮ついてばかりだし、今はすこぶる機嫌が悪い。

さて、どうしたものか。

デバイスに搭載された音楽プレイヤーから、あるものを選択する。

おやっさんセレクション。

彼が歌っていた鼻歌や私を労ってくれた時の声。

このデバイスが拾ったあらゆるおやっさんの声が記録されている。

さっき索敵を任せてくれた時の声は新たなコレクションの一つに仲間入りだな。

 

私はおやっさんの事が好きだ。

我ながらよくここまで拗れたものだと思えるほどに。

拗れているとは分かっているが、彼のことを知りたいという気持ちは抑えることが出来ない。

だからこそ頭を使う。

どうすれば盗聴や盗撮が出来るかとか、どうやれば彼の私物を取れるかとか、この頭脳は戦闘以外は碌な事に使われない。

すっかり彼の行動パターンも把握している。

もはやここまで来るとストーカーだ。

部屋に帰れば、おやっさんが使っていた物を入れた箱やら盗撮写真といったものが私を待っている。

部屋に戻ってはこうした物品に囲まれて恍惚に浸っている。

冷静に考えると、ヒトミ姉に負けず劣らず病的だ。

だけど好きという気持ちを打ち明ける勇気も無くて、ずっとこんなことをやっている。

これがおやっさんにバレたら完全に引くだろう。

彼にバレたくないから影でこそこそと色々やってしまう。

入手した戦利品でトリップして、後に冷静になって自己嫌悪に陥る。

この繰り返し。

だからこそ戦術人形達に対して何らかの感情を抱くことは無い。

まぁお互い様だ。

ヒトミ姉の気持ちも理解出来ないではない。

私は今の所は中立だけど、あちらが無理矢理おやっさんを奪おうとするのなら考えはある。

 

兎も角、今はおやっさんに嫌われないように動くだけだ。

 



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Ep.05 『月の光に照らされて』

…夜戦。

それは航空機にとって最大の活躍場である。

レーダーを積んだ機体の索敵力は暗視装置を遥かに上回り、夜間に投入される鉄血の兵器は大概トロい。

ヴァルチャーにとっては正に狩り放題という訳だ。

だがそれなりのリスクは存在する。

ソーラーパネルは使い物にならず、機上レーダーは結構電気を消費する。

モノによっては飛べなくなる機体もあるだろう。

視界の全てを塗りつぶす闇は、一部のパイロットに空間識失調を起こさせる。

正にハイリスク・ハイリターンという訳だ。

 

 

星明り一つ無い正に闇夜。

暗視装置を着けなければ一切外の状況を見渡す事が出来ないだろう。

こんな真っ黒な視界では、深緑に塗られた双発の機体が飛んでいても目立つ事は無い。

 

「~♪~♪~♪」

その機内で鼻歌を歌うほど俺は上機嫌だった。

何故なら、工場の連中がやっと新型機の製造を始めたからだ。

ペルシカが新型の高性能人形を開発したという嘘(という訳でもない)情報を持ち帰る事により、彼女をライバル視している工場の連中が遂に本気を出した。

今は工場に篭って新たな戦力を生み出している最中だ。

ペルシカには悪いが、これからも起爆剤として利用させてもらおう。

彼らの心理を分析しこの作戦を編み出したフタバにはホールケーキを贈った。

いつもなら眠気と戦いつつ嫌々やる夜間任務も、喜々としてやっている。

 

夜間戦闘機『月光』

…と言ってもこいつはそのプロトタイプである『十三試双発戦闘機』という機体で、当初は長距離侵攻する爆撃機を援護する戦闘機として設計された。

機首には7.7mm機関銃2挺と20mm機関砲1門、胴体後部に7.7mm連装遠隔操作動力銃座を装備している。

だがこの重たい銃座が仇となり、機体性能が悪くなって開発は中止された。

この機体が後に二式陸上偵察機になり、更に月光へと転身していくわけだが…。

このプロトタイプはオールドカミングプロジェクトで再設計された結果銃座が軽くなっており、零戦以上の速度と単発戦闘機とも戦える格闘戦性能という要求仕様どおりの性能を発揮している。

その高性能は夜戦ならず昼戦でもしっかりと働く。

俺の第二の愛機だ。

オールドカミングの再生産時にレーダーの追加とバイオ燃料で動く発電機が追加されており、空飛ぶレーダーとして夜一杯活動可能である。

工場での改造は遠隔操作のためのドラグーン人形のみだ。

とはいえ応急品な上に火力不足なので何らかの改修は必要だろう。

というより、本格的な夜戦である電光を製造して欲しい。

 

『アルファよりギリマト、作戦領域に到達』

「ギリマト了解。各チーム、着陸ポイントまで移動されたし」

『了解』

今回投入された任務は、最近発見された鉄血の工場を占拠する作戦のお手伝いである。

その名もシェエラザード作戦。

前に陽動作戦という形で支援した作戦で新兵器の情報が見つかったらしく、その製造元を占拠してあわよくば現物を奪取しようという魂胆らしい。

白昼強襲しても増援がわらわらよってくるだけなので、夜間にこっそり奇襲して占拠する。

グリフィンのチームが調査した後に工場を破壊する。

夜間戦力は陽動作戦で基地もろとも爆散しているので抵抗自体は少ないだろう。

問題はその新兵器の存在だが…。

状況次第だな。

『ギリマト、指定ポイントに到着しました』

「よし、降下を開始せよ」

『出発!』

この作戦のような占領が絡む任務は戦術人形が必要となる。

だがあくまで彼女らは占領する為の要員なのだ。

夜戦に強いメンバーや徹甲弾持ちのライフルやマシンガンを配置したりするなどの配慮はしているが、大体暇なメンバーから選び出す形で編成する。

今回はアルファ、ブラボォ、チャーリィの3チームを編成して派遣した。

まぁどう組んだとしても人形部隊を編成したときはこの大体コールサインで呼んでいるが。

俺のコールサインであるギリマトはウミガラスの事だ。

 

「さてさて、敵の様子を見てみよう」

月光のレーダーを起動する。

レーダーチャートにはぼんやりとした点しか映らないが、長く使い慣れてきたのでその大きさや反応の強さによって大体の敵の種別が分かってくる。

作戦前に輸送型ブーメランが飛行していたのが確認されているが、大規模な戦力の投入は無いと見ていいだろう。

その理由はヴァルチャーの存在である。

鉄血の夜戦用の兵器は重量があるのであまり多くは積み込めず、それなりの戦力を揃えようと思ったら結構な数の輸送機の数が必要となる。

だが鉄血が大規模な輸送機の編隊を組むと、お宝の匂いを感じたヴァルチャーによって全機叩き落されるのだ。

特にこの付近にはA級ヴァルチャーの『緋色大隊』が居を構えている為、まず有り得ないといっても良い。

更にブーメランは消費電力の関係上夜間運用は出来ないので、増援は考えにくい。

よし、思ったとおりだ。

レーダー上は昼戦でも使う人形達が主体で、夜戦用の戦力は少ない。

このまま進めても大丈夫だろう。

 

「よし、シェエラザード作戦を開始する」

 

 

○○○

 

 

「アルファは南へ前進、飛行場で補給」

「ブラボーは北東に前進。近接人形が居るので注意」

「敵の移動を確認。チャーリィは西に前進せよ」

 

開始から45分後。

オペレーション・シェエラザードは順調に進行中。

部隊は順調にレーダーサイトや航空基地を占拠し、目標の直前あたりまで前進した。

レーダーで常に敵が把握できるというのは大きな強みだ。

こんな月明かりすらない夜でも味方を誘導できる。

いつもならば味方の救出や共同作戦を行う軍側の都合といった理由で時間制限に追われる夜間作戦だが、こうしてのんびりと遂行するのもいいものだな。

いや、任務の性質上今回も素早く行かないと行けないんだが…。

ん、通信か?

あー…ちゃんと君をレーダーで捉えているよっと。

あいつは夜戦要員としては使えるんだが、いちいち相手をするのが面倒だな。

5分毎とか忙しないぞ。

おっと、装甲兵の部隊がチャーリィの居る方面に向かっている。

たまにはこちらも働かないとな。

弾数が少ない20mm機関砲を温存し、7.7mm機関銃で数少ない装甲兵を蹴散らす。

「よし、排除…ん?」

レーダーチャートが微妙な反応を示している。

反応はマンティコアっぽいが、固まっているのか点が大きい。

あんな思考戦車でも人形には脅威だ。

「マンティコアらしき反応を探知した。注意せよ」

『了解…対空型マンティコアを発見』

『いや、マンティコアだけじゃない…奥に大型兵器を確認』

『マークしました』

「確認する」

マークされた地点に向かい、暗視ゴーグル越しに目標を確認する。

対空型マンティコアが何かを守るように6台ほど陣取っているな。

奥のデカ物が目に入った瞬間、思わず『何だアレは』と呟いてしまった。

サイズはマンティコアの4倍で、遠目で見れば戦車にも見えなくも無いシルエットだ。

推定の重量は40tから55t。

巨大な図体を支える脚は恐らくマンティコアの物を流用したもので、その8本の脚が蜘蛛の様に配置されている。

タランチュラみたいだな。

胴体の上に乗る砲塔は130mmクラスだろうか。

こんな砲弾が直撃すれば、どんな弾であろうと戦術人形はダミーごと木っ端微塵になる。

 

「アルファとブラボォは直ちに退避。あれは相手にならん」

『了解』

『直ちに下がります!』

「こちらはタランチュラを攻撃する」

『ご武運を』

あのタランチュラ(仮称)は軍やハイエナの戦車に攻撃するための兵器だろう。

戦車にとって速度の遅いマンティコアはカモであり、夜戦において1台の戦車が数個中隊を一方的に殲滅した事例もある位だ。

恐らくそんな戦車に対抗してこの新型思考戦車は造られたのだろう。

闇の中でも銀色に光る無塗装の車体は、造ったばかりか試作機である事を伺わせる。

つまり戦闘経験は少ない…かもしれない。

そしてAAマンティコアが護衛しているという事は、対空能力はさほどないか機動性に致命的な問題を抱えているかのどちらかだ。

…よし、殺れる。

「転ばぬ先の杖とはよく言ったものだな」

高度を下げ、攻撃準備に入る。

この機体は1000kgまで爆装することが出来、今日は250kg爆弾を2発吊り下げている。

念のために持ってきておいて成功だったな。

中に詰まっているのはギリシアの火薬なので、新兵器が例えどんなにカチカチに固めていても綺麗に吹き飛ばしてくれるだろう。

よし、緩降下爆撃で仕留める。

爆撃進路に入ったところで鉄血はこちらが狙っているのを察知したらしい…のだが。

予想通り、タランチュラ(仮称)は遅いマンティコア以上にトロかった。

パワーはあるようだが、ガションガションと動く姿は遅い。

しかも護衛機であるAAマンティコアとの連携もバラバラだ。

その余り余ったパワーで僚機を弾き飛ばしている。

対空攻撃しようにも奴の砲塔旋回速度は遅く、砲の仰角も取れない。

本当に対戦車用だったらしいな。

ま、こんな遅さじゃ産廃モノだが。

 

「終わりだ」

AAマンティコアの対空射撃をかわし、標的に爆弾を投下する。

投下された250kg爆弾は砲塔上面に当たり、タランチュラは護衛機3台を巻き込んで爆発した。

襲い掛かってきたAAマンティコアを銃座の一斉射撃で黙らせ、一旦離脱する。

十分離れた所で反転し、20mm機関砲で残っていたマンティコアを殲滅した。

序に工場の入り口に固まっていた装甲人形も薙ぎ払っておく。

今度こそアルファ、ブラボォを前進させ、彼女らと共に警備している部隊を撃破した。

これだけ工場の外で暴れたんだ、陽動としては十分だろう。

「ふぅ…」

『こちらチャーリィ。工場を占領』

「よし、各班はこのまま警戒を継続。回収チームが到着するまで待機せよ」

『任務完了!待機する!』

『ご主人様のご要望は一応達成しました。これより待機に入りまーす』

『待機…ようやく眠れる』

「全く…誰とは言わないがサボるなよ。こちらは付近の哨戒に入る。ギリマト、アウト」

『あっちょっと待t』

余計な通信が来る前に通信機を切り、工場の上をゆっくりと旋回する。

暫くは画面と睨めっこだ。

…月光をここまで使ってきたが、やはり火力が微妙すぎる。

まず20mmの弾数がかなり少ないので、弾幕を張る事が出来ない。

機関砲弾は先ほどの攻撃で弾切れになった。

例え長時間飛べたとしても、弾がなくなれば意味は無い。

そして徹甲弾入りとはいえ7.7mm機関銃では威力はたかが知れている。

今回のタランチュラのような装甲をガッチガチに固めた敵には太刀打ちできないだろう。

そうなると人形達はどうしようも無くなる。

やはり火力と装弾数のある機体を生産するしかないだろう。

 

「ふぁ…作戦成功」

…まぁ良い。

今は押し寄せる眠気と戦いつつ回収班が到着するまで彼女らを見守るだけだ。

 

 

○○○

 

 

…数時間後。

調査班の到着と部隊の回収を見守っていたら、いつの間にか夜明けとなっていた。

発電機用のバイオ燃料もギリギリだ。

なるべくモーターの出力を絞り、何とか巣へ戻る事が出来た。

鷲峰島へと帰還して早速、工場長に月光の武装強化を要望してみた。

するとやる気満々な彼らは俺が昼寝している間に換装を終えてしまった。

機首武装は20mm機関砲2門と37mm機関砲1門となり、銃座は12.7mm連装機関銃へと進化した。

多少の性能低下は致し方ないが、本格夜戦が完成するまで月光は存分に働いてくれるだろう。

 

電光欲しいな。

 




十三試双発戦闘機の名称を天雷だとする説もありますが、当小説ではその後の発展系もあり月光という扱いとしています。
あらかじめご了承ください。

では、来年もよろしくお願いします。


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