今度は剣術で (コンコン狐)
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一話 槍なんぞへし折ってくれたわ

長続きはしない。というかさせない。そして、都合上、歳を近くしてます。

※この小説はノリと勢いで書いている所もあり、描写又は設定に矛盾があるかもしれません。また、原作が本当に好きな方には多分、不快に思われるような小説かと思われます。

それを踏まえて閲覧してください。




 

 

 それは、唐突だった。

 

 いきなり脳が焼けるように熱を持ち、想像を絶する痛みが襲い掛かる。

 頭を抑え、倒れ、もがき、痛みによる絶叫が室内に響く。

 それが、三日も続き、流石に家の人間もこのままでは死んでしまうのでは無いかと思っていた矢先。

 急に原因不明の頭痛は治まり何事も無かったように元の生活に戻った。

 

 そう、戻ったように見えた。

 

 しかし、頭痛から復活した彼の生活を見て、世話をしていた使用人だけでなく、祖父母すらも変わったと評するほど彼は人が変わってしまった。

 その最もたる事柄が十歳も年の離れた妹(・・・・・・・・・)に対する態度が余りにも違い過ぎたからだ。

 

和光(かずみつ)お兄様!!」

 

「......あぁ、木更か」

 

 縁側で祖父を連想させるような雰囲気を漂わせている兄に木更は年相応の笑顔を浮かべその腕に掴まる。

 

「何をされていたんですか?」

 

 それに対して和光は今まで見たことの無い柔らかな笑みで答え、空いている手で木更の頭を撫でる。

 

「まあ......これからのことかなぁ」

 

「これからのこと......?」

 

 木更はこの時、和光がどんな表情していたかよく分からなかった。

 だが、その時の表情はきっと酷く曖昧でいて、焦燥に駆られおり、哀愁漂う歪な、色々な負の感情が入り交じったような表情だっただろう。

 

「しかし、木更。本邸(こっち)まで一人で来たのか?」

 

 木更と和光は腹違いの兄妹だ。和光の母親にあたる女性を無くした父親はまた新たに別の女性と結婚し、木更を授かった。

 故に、木更は他の兄弟達から疎まれていた。この和光からも。

 

 だが、今は違う。

 

 ある日を境に和光の木更に対する接し方が軟化した。妹を可愛がりだしたのだ。

 だが、何処か木更に恐怖を感じているようにも見えた。

 それは、他の兄達も薄々気が付いており人が変わった和光に問う。

 

 何故、あんな『売女の娘』なんぞに、と。

 

『......例え、そうだとしても半分は血は繋がっています。そして、何よりこの天童の名を持っている。それだけで十分では?』

 

 そう言い切った和光に兄達は気が触れたと、親父殿と同じく頭がおかしくなった、といいそこから関わることが少なくなった。

 それを偶然にも聞いていた木更は初めて『兄』という存在を和光を通して知った。苦手意識があった彼女に初めて兄妹というモノを教えてくれた。

 

 木更にとって本当の意味で兄と呼べる人となった。

 

 そして、だからこそ心配してくれているんだろうという事が分かる。

 

「ううん、お母様といっしょにきました。ほら」

 

 木更が指差す方を向けば静かにこちらを見守る女性がいるのが見える。

 軽く会釈をすればその美しい相貌を綻ばせる。そして、和光はそれを見て何かを思ったのだろう。

 

「......そろそろだな」

 

 唐突に、何の略脈も無く和光は呟いた。一人事のように

呟かれた言葉に木更は反応する。

 

「何がです?」

 

 首を傾げる木更を横目に和光は縁側から立ち上がり言った。

 

 

 

 

 ──物語(原作)の始まりだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺、気が付けば転生していた件。

 

 そして、この世界があの『ブラック・ブレット』という結構バッサバッサ死人が出るような世界であると分かった。

 

 何で分かったかって?

 

 簡単な話しだ。だっていま目の前にいるこの美少女になる事が確定されている少女がヒロインでかつ、将来自分の足を斬り、原型のない肉片にする張本人であるからだ。

 こんな可愛い娘が将来的には笑顔で俺を爆発四散するような剣技を使うようになる。人間、人生なにがあるか分かったもんじゃないね。

 

 とまあ、少しは落ち着いて来たが意識が戻った時は混乱したもんだ。

 自分は天童和光だと思っていても脳裏には■■■■■という別人の名前が出てくる。

 この世界が創作の世界だと確信しても、現実だという当たり前のことが出てくる。

 これから先、どういった事が起きるのか想像でき、絶望し、でも何処か楽しみに思えて仕方ない。

 死の恐怖に怯びえながらも、これからを謳歌しようとしている。

 

 酷い矛盾だ。それが頭をぐちゃぐちゃにする。

 

 ガストレア、民警、バラニウム、モノリス......初めて聞く単語なのにそれを説明出来てしまうような変な知識。

 決して子供の思いつきで出るようなモノではない。自分は夢を見ているんだろうか。

 

 それは■■■■■の夢なのか、それとも『天童和光』としての夢なのか。

 混乱極まったままであるが、ただ一つ思ったことがある。

 

天童家(ここ)......闇深過ぎだろ」

 

 子供? の自分ですら流石に引くような案件がボロボロと埃のように出てくる。それはもう叩けば日本を埃まみれにするぐらいには出てくると思う。

 ガストレアが出る前からこれだ。きっとこれからもっと酷く歪んでいくに違いない。

 現に、この天童和光はガストレアを侵入させないモノリスという障壁に混ぜ物をして権力を手にしている。

 その結果として人類側に多大な被害と損害があったのだ。

 

 そりゃあ、殺されるわな。殺されても文句は言え無いだろう。

 

 だが、どうする? 確かに今なら運命を変えれるかも知れない。しかし、それをした場合どんなデメリットが発生する?

 原作通りにいったからこそ世界は上手く回っていた。まるでコップにギリギリまで水を入れたような状態だったとしてもそれ以上は溢れてなかった。

 でも、そこに一石投じてみたらどうなるだろうか?

 

 確実に溢れる。現実(げんさく)に大きな波紋が生まれる。

 

 だったら死ぬしかないのだろうか。一時の甘い密を吸いながら来るべき時に何も備えず、のうのうと死を待つだけと?

 いや、そうだ。そうであらなければならない。

 でなければこの世界に平和など訪れることは無い。ハッピーエンドなんて来ない。

 

 

 

 ──否。

 

 

 否、否、否ッ!!

 

 

 ふざけるな! なら俺がその穴埋めをすればいい! 溢れた水の受け皿になればいいだけの話だ! 一時の快楽の為に死ねるか! 

 希望が無いわけではない。スタートラインとしては前の方だ。世界(げんさく)の中心に近い所にいるんだ。

 このままスタートダッシュを上手く決めれば......いや、いっそのことフライングすればいいんじゃないだろうか?

 幸いにも天童家の武術はあのガストレアにも対抗出来る。刀一本でレベルⅣのガストレアを真っ二つに出来るほどのモノだ。

 

 なら、やるべきことは決まった。武術を極めてやる。

 

 

 俺が最強になればいい。

 

 

 

 

 

 ✝️

 

 

 

 

 

 十四歳だった時にはもう槍術を極めていたので、ついでと言わんばかりに抜刀術も極めた。でもって槍をへし折ってやった。

 原作であそこまで抜刀術にボコボコにされたんだ。多少強化したところで爆発四散する未来しか見えん。

 

 目には目を、歯には歯を。

 

 こちらも抜刀術で対抗すればいい。だが、そのままじゃ駄目だ。原作では木更が零の型などという新たに産み出した型を使っていた。

 故に、こちらも其なりに対抗しなければならない。

 どうしたものかと考えていたら、ふと思い付いた。何もこの世界に拘る必要があるだろか?

 もっと自分の知識を、その真髄を探せばあるはずだ。この世で最強になれる(わざ)が。

 色々試した。  

 

 飛天御剣流、大亀流、北辰一刀流、 溝口派一刀流、双燕流......etc.

 

 それこそ武術にも手を出した。そこで自分はある剣術に目をつけた。まあ、電■とファン■ジアは出自は違うが似たような物だろう。

 

『草薙流剣術』

 

 草薙家という剣が最強の兵器であった時代に最強を意のままに手にした一族があり、その草薙家に伝わる剣術。

 約1000年前に鬼を切るために生まれた剣術ともされる。

 この草薙流剣術には二つの流派が存在する。一つは諸刃流、そして、そこから派生した真明流。

 諸刃流は化物を斬るために作られた物だ。故にそれは使用者の身体の事を度外視した剣術であり、下手をしなくとも死ぬ技もある。まさに諸刃の剣だ。

 それに対して、真明流は対人を想定されて作られている。元を辿れば諸刃流の技を元に作られているので身体に多大な負荷をかけるものが殆どだが問題無いだろう。

 

 片や化物を想定されて作られた剣術。

 

 そこから作られた対人間を想定して作られた剣術。

 

 まさにこの世界にピッタリだった。

 取り敢えず、前世の知識をフル活用して再現出来るところまで再現してみせる。自分の未来のためにも。

 

 その日、天童家に鬼が産まれた。

 




原作通りいかない予定、沿っていきますが。



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二話 パラレルワールドかもしれない

2019/1/5 序盤と終盤を大きく変えました。遅くなりました。


 

 暗闇に一筋の光る線。

 

 それが煌めく度に形容し難い怪物が斬り裂かれる。一刀の元に斬られるものもいれば、複数の線と共にバラバラにされるものまで。

 斬って、斬って、数すら数えるのも無理だと思えるほど斬り続けた。最初の数体の返り血によって全身が血まみれになり、持っている刀など黒から朱へと変わっている。

 どのくらい斬った?

 後、どのくらい斬ればいい?

 そんな疑問も直ぐに消えていく。そのような思考すら斬る上で邪魔だった。

 奴らを斬れば斬るほど、奥に進めば進むほど、思考はクリアになっていく。

 ゆっくりと見える世界で彼──天道和光は刀を振るう。

 全ての感覚が研ぎ澄まされ、脳にあるリミッターが外れたとき、感覚は常人とはかけ離れたものとなる。見る世界がスローモーションとなり、常に火事場の馬鹿力のように身体能力がはね上がる。

 和光はそれ(・・)を意図的に発動させることで、このガストレアが密集した地帯でも一人で戦い続けることが出来た。

 大量に血を浴び、大量の死骸の上に立ち、それでもなお剣を振るい続ける。

 一騎当千を体現した姿は多くの者に見られながらも誰も素性を知らない。

 忽然と現れ、戦場を駆け巡りガストレアを軒並み斬り殺していく。その神出鬼没と剣のみで戦う姿から畏敬の念も込めて『剣鬼』と呼んだ──

 

 

 

「──と、呼ばれているそうだが?」

 

「うるせぇ。次、その二つ名を言ったら叩き斬るぞ」

 

 廃墟となった建物の中でランプの光源を中心に話し合う二人の男女。同じ陸戦服に身を包み、レーションを齧りながら話している姿は仲が良く見えるが片方が一方的に話しているだけである。

 その一方的に話していた彼女は肩を竦めると、簡易コンロで暖めていたスープをステンレス製のマグカップに注ぎ、ひと一人分ぐらいの距離が離れて座っている和光に手渡す。

 

「レーションばかりでは身体がもたないだろう。飲みたまえ」

 

 目の前に突き出されたコップを訝しく思いながら渋々といったように受けとる和光。

 

「何か入れてないだろうな?」

 

「心外だな。私がそんなことをする風に見えるかい?」

 

「出会い頭に発砲してくる奴が言えた口じゃないだろ」

 

 それに対して彼女は少し口角を上げるだけで何も言わない。和光は顔を歪めながら恐る恐るコップに入った物を口に含む。

 

「......コンソメ?」

 

「正解だ。(キミ)は調味料とか持ってきていないだろう? どれか一つでも持ってくることをオススメするよ。世界が変わる」

 

「戦場に持ってくるのは邪魔だと思っていたが......考えを改めるか」

 

 和光や彼女の所属する部隊は少し特殊で単独、又は二人一組(ツーマーセル)で行動することが多い。そのため、あまり長期間の行軍には向かず短期決戦で終わらせることを理想とする。

 食料など現地で調達することは良くあることで、手早く栄養を補充できる物を採ってはそのまま食べたり、熱を通すだけで終わらせることばかりだ。

 しかし、彼女の言う通り一種類程度ならそこまで邪魔にならず味気ない食事も少しは良くなる。

 

「......七味だな」

 

「本気で言ってるのかい?」

 

 神妙な表情で呟いた和光に彼女はギョッとした。

 

「冗談だ」

 

「君は......」

 

 冗談を言ってくれるぐらいには打ち解けてくれたことを素直に喜ぶべきなのだろうが、突拍子も無く、神妙そうな表情で言われたら本気にしてしまう。

 飲み終えた和光はコップを彼女に返すと身体の凝りを取るように節々を動かす。

 

「十分後、目的地に向かって出発する。敵の層も厚くなるだろうから武器の整備はしっかりとしとけよ」

 

 身体を解し終えた和光は横に立て掛けていた近代化された鞘から黒闇とした刀身を抜き舐めるように見る。その姿を彼女はじっと見ていた。 

 

「......もし、今日が私の命日に成り得るならばあの時の問いに答えてくれないか?」

 

 唐突に紡がれた言葉に和光は見向きもしなかった。その代わり刀身を鞘に直し廃墟の窓から見える星を見た。

 

「俺達が人であるために必要な物は何か、だったか?」

 

 ガストレアという脅威に対抗すべく造られたのが彼等。もし人である証がこの身であるのなら、彼らはもう人ではない。人の皮を被った兵器だろう。

 対抗すべく身体の一部どころか大部分を機械に置き換え、自身を対ガストレア兵器とし、その身を犠牲にして戦う。

 そうでなければ戦えない。守れもしない。それほどまでにガストレアとは怪物だった。

 その怪物を相手する自分たちは人間か、それとも同じ怪物か。

 

「『心』とか、『愛』とか、俺たちが人だって胸張って言いたいなら、そんな漠然としないもんを大切に持っとくしかないだろ」

 

 即ち感情をどう持つか。

 和光は機械であろうと感情を持っているのであれば人と同等に扱うだろう。しかし、逆に人間が感情の無いのであれば、それは物と変らない。

 ただ命令を聞く物になり果てた者を和光は知っている。故に、彼は感情があれば人と胸を張って言えると思っている。

 そもそも、彼女がこのようになること自体珍しい。何かしら感化されたのか、もしくは、この先に待ち受けているガストレアに思うことがあるのか。

 

「......愛、か。私には縁も所縁も無い言葉だ」

 

「なら、見つければいい話だろ」

 

「見つける? 私が?」

 

 その時、やっと和光は彼女と向き合う。何を言っているのか分かっていない彼女に和光は憐れむよう視線を向けた。

 

「ここに来るまでに街を通ったよな? あの時、道端に落ちていた人形を拾って何を思ったんだ?」

 

「それは──」

 

 人が消えた街。

 廃都となって一年経っていないであろう街にはまだ人の暖かさが微かに残っていた。ここの住人はとても幸せに暮らしていたに違いない。だが、たった一晩で地獄と化した。

 その時の惨状が目に見えるように映し出される光景の中、彼女は道端に落ちていた熊の人形を手に取り酷く哀しそうな表情を浮かべ......。

 

「......分からない」

 

「そうか......そろそろ準備しろ」

 

 自分たちがやることは変わらない。戦争に勝ちたいなら、生き残りたいのなら、迷いや葛藤など生死に関わる。

 しかし、分からないなら、迷いを持っているのなら、それは人間らしさと言えるのではないだろうか。

 しかし、未だ動き出そうとしない彼女にもう一度、声をかけようとしたとき。

 

「──和光くん、なら私に愛を教えてくれないか?」

 

「......ん? ん?」

 

 彼女の言った言葉で動き出そうとした体が一瞬にして硬直する。彼女の言葉を何度も頭の中で反芻し、その意味を推し量る。

 

「──いや、待て待て! お前何言ってんの!?」

 

「聞こえてなかったのかい? あ、あまり何度も言うのは恥ずかしいのだが......」

 

「何恥じらってんだよっ!? そんな所で乙女とか見せなくていいから!!」

 

「むっ、失敬な。これでも私は『女』を捨てたわけではない。この蛭子影胤(・・・・)、内臓の殆どを機械に変えたために子供を作る事は叶わないだろう。しかし、性交することは──」

 

「──変なことを口走るなッ!! というか今、戦時中だぞ! しかもド真ん中! 分かる!?」

 

 そういうと彼女は端正な表情をムッとさせる。立ち上がるとともに体も顔も密着させるように近付いてきた。

 女性にしては長身でスラリと伸びた手足。それに不釣り合いな豊満な胸。しかし、それが更に彼女の魅力を高めている。相貌も彼女の娘として現れる小比奈と呼ばれる少女を彷彿とさせるような可愛らしいものだが、どちらかと言えば美人といった言葉が似合う女性。愛らしいより美しい美貌。

 絶世の美女だと言われても可笑しくない容貌をした『蛭子影胤』が和光の前に現れたのだ。

 それこそ、最初は嘘だと思っていた。原作とは大きく、というかそもそも性別自体が違うので信じてなかったが、戦場で見たあの斥力フィールドと戦闘中の垣間見る残虐性は蛭子影胤その人。

 それでも信じられなくて色々調べまわった。それこそ執刀医に聞きに行くほど。

 しかし、現実では、この世界(・・)では蛭子影胤は女性だという事実しかない。

 

「君は私と同じで戦場でこそ昂ると思ったんだが......恥ずかしがらなくていい。私も濡れてしまってるからな」

 

「おまっ!? 近寄るな変態!! なまじ顔がいいから余計不気味だッ!」

 

 その場から、飛び退き指を突き付け和光は影胤に物申す。それに影胤は少し驚いたのち妖艶な笑みを浮かべた。

 

「ほう? どうやら私の容姿は君の趣向に沿うもののようだ。いいことを知った」

 

「なっ、くっ! い、いいから行くぞ!」

 

 否定が出来ない。こうして分かりやすい反応を見せることしか出来ないぐらいには彼女は魅力的に見えた。

 この任務を経て、偶に一緒に行動する程度の中であった二人だったが、影胤の策略により任務では必ず和光と影胤はワンセットとして扱われるようになった。その度に、和光は色々と影胤を避けるようになり、それが逆に影胤の火を点けてしまったことになる。

 影胤から逃げる為にも一人で任務を達成出来るように実力と実績を手に入れるために必死に戦う和光と、その後を追うごとに残虐性が増していく影胤。

 最強の矛と最強の盾。その矛盾に勝てるものなどそうそう存在しなかった。

 

 

 

 

 ✝️

 

 

 

 

 突如、現れたガストレアによって瞬く間に人類の半数が死滅した。無論、人類も抵抗はした。

 しかし、十年前のガストレア戦争を皮切りに人類は事実上敗北。そのまま『モノリス』の内側へと閉じ籠もり束の間の平穏を手に入れる。

 日本もその一つであり、今では東京・大阪・札幌・仙台・博多のエリアに分断され、それぞれの統治として政治制度ではなく統治制度になっていた。

 その中の一つである東京エリア。

 第三十九区と呼ばれる外周区で彼は舗装されたアスファルトの真ん中を両手一杯に紙袋を四つも抱え堂々と歩いていた。しかし、そのことを咎める者などいない。いるはずがなかった。

 その外周区はモノリスと接している国境線区域のため誰も住みたがらない廃都だ。故に、人はいない。

 中心部で小さく見えていたモノリスもここまで来ると大きく偉大に見えた。それほど、普通の人が近づかない最奥部まで来ると彼は一つマンホールの前で止まる。

 抱えた紙袋を下したのち三回ほど蓋を叩く。するとしばらくしてから重い音をあげながら持ち上げられ「なにー?」という舌足らずの言葉とともに年端もいかない少女が顔を出す。

 

「マリア。お土産いっぱい買ってきたぞ」

 

 そう彼が笑み交えて袋を持ち上げればマリアと呼ばれた少女は顔を喜色に染めて半開きだった蓋をひっくり返すように開けた。

 

「おかしある!?」

 

「おう、みんなで食べきれないぐらいな」

 

「やったー! はやくはやく!」

 

「危ないから引っ張るなって」

 

 早く食べたくて仕方ないのだろう。マリアは彼の右手を万力のように握りしめている。

 

「マリア、気持ちは分かるが力加減」

 

「あう」

 

 掴んでいた手を小手先だけで解いて体全体まで飛び出してきていたマリアの頭に手を置く。乱雑に撫でらているのにマリアは嬉しそうにしていた。

 彼は撫でているその右手が少し動きにくくなっているのを気が付き、そっと手を離した。

 

「この二つを持ってくれ。俺も入る」

 

「うんっ!」

 

 彼も右手に紙袋を下げ、ゆっくりとラッタルを降りていく。降りた先の暗闇には赤い光点が幾つも見えた。足が地面に着いたとともにその赤い光点が一斉に彼を中心に集まる。

 

かずみつ(・・・・)おじちゃん!」

 

「カリン、おじちゃんじゃないから。まだまだ若いから」

 

 赤い光点、その正体は少女たちの目の色だった。体に纏わりついてくる少女たちにもみくちゃにされる。

 マンホールチルドレン。戦争中、親兄弟を失い孤児になった子供たち。その中でも多く故意に捨てられた『呪われた子供たち』だ。

 

「じゃあ、わかがしら!」

 

 一人の少女が言ったのを皮切りに面白おかしくみんな「わかがしら」と言い始める。

 

「じゃあって、何処でそんな言葉を覚えたんだ......?」

 

 知識の偏りに少し苦笑いが零れる。おそらく長老が偶に見ている時代劇を参考にしたのだろう。

 少しずつ暗闇に慣れてきた目で周り見ればいつの間にか右手に下げていた紙袋がなくなっており、奥の方で紙袋を持って走っていく少女たちの姿が辛うじて見えた。

 

「おい......まあ、いいか。ほら、お前たちも行ってこい。お菓子が取られちまうぞ?」

 

 そういえば、少女たちの群れは一斉に奥の方へと急ぎ足で向かっていった。和光もその後に着いていくよう歩いていく。下水道ということで匂いは仕方ないが、それ以外はずいぶんと清潔であり彼女たちが暮らすには十分の広さが確保されていた。

 奥までいけば開けた場所に出て明かりがある。その中心で先ほど持ってきたお菓子を幸せそうに食べている少女たちが見えた。

 

「和光くん。いつも悪いね」

 

 奥からゆっくり白髪の小柄な男性が現れ和光の横に並ぶ。微笑みながら少女たちを見ている彼は、少女たちからは長老と呼ばれており、ここで自発的に面倒を見てくれている人だ。

 しかし、まだ長老と言われるほど老けていない。笑うと更に柔和な感じが増す人だ。

 

「松崎さん。体調の方は大丈夫ですか?」

 

 彼も一緒にこの下水道で暮らしている。自発的とはいえ松崎さんは彼女たちほどこの環境に強いわけではない。

 しかも決して若いわけではないのだ。いつ体を壊してもおかしくないと和光は思っている。

 

「ええ、彼女たちには元気を貰ってますから」

 

 だが、和光の心配も他所にとても元気そうだ。

 

「して、何か困りごとでも? また捕まえてきましたか?」

 

「人聞きの悪いことを言わないでもらいたい」

 

 確かにカリンを筆頭とする何人かの少女たちはここに来るように勧めたりしたが、決して捕らえてきたわけではない。

 松崎さんも冗談で言っているのが分かるが、そんな冗談を言うのは珍しい。

 

「そんな気難しい顔をしているとみんなが怖がってしまいますよ」

 

 言われて思わず顔を触った。見ているには微笑ましい風景のはずだ。笑顔でお菓子を食べみんなが笑いあっているというのに、どうしても嫌な事ばかり思い浮かぶ。

 

「......失敬。少し面倒ごとがありまして。近々ここを拠点に少し動き回ります」

 

「そうですか......でしたらうんと遊んであげてください。その方が彼女たちも喜ぶ」

 

「すみません、ご迷惑をおかけします」

 

 今一度、彼女たちを見たのち気づかれないように来た道を戻る。

 何度もガストレアを殺した。何度も仲間を救った。何度も戦った。しかし、何も変わらなかった。

 運命(げんさく)を変えることは出来なかった。

 今回のキーマンとなる蛭子影胤に愛を解き、人を解き、間違った方向に行けぬよう手を尽くしたつもりだ。だが、実際はどうだ。

 奴は原作通りことを進めようとしている。俺の為だと言い張って。ならば、あのとき仲間であっても斬っておくべきだったのかもしれない。

 それに、間違った方向に向かっているようにも思える。俺という異物が混じってしまったこの世界は。

 

 

 

 

 ✝️

 

 

 

 

『天童民間警備会社』

 刑事の話では何でも上の階から血の雨漏りがするという通報があり、情報を統合した結果ガストレアの仕業という結果にいたり、今の現状がある。

 そこから派遣──彼一人しか動けるものがいない上に名も売れていない民警だが──された彼、里見蓮太郎は『グランド・ナカタ』という普通のマンションのある一室の二〇二号室前にいた。

 しかし、状況はなにやら悪化したようでポイントマンの二人が手柄を取られまいと勝手に突入したらしい。

 そして、連絡が途絶えた。何とも馬鹿な事か。

 

「──どいてろボケ共! 俺が突入する!」

 

 刑事、多田島は一瞬蓮太郎の瞳を覗き込むと、顎をしゃくって命令を下す。後ろに控えていたフル装備の警官がドアの前に配置を移し、扉破壊用散弾銃(ドアブリーチャー)が当てられる。

 

 蓮太郎もベルトから拳銃──スプリングフィールドXDを引き抜き遊底(スライド)を引いて弾を発射出来るようにする。

 

 つくづく面倒くさいことになってきた、と内心毒付きながらも二丁の散弾銃が火を噴き──ドアを蹴破って突入した。

 

 最初に視界に飛び込んできたのはリビングに広がった夥しい量の朱い鮮血。続いて隠しようも無いほど濃密な血の臭い。そこで蓮太郎は信じがたい物を見る。

 

 部屋の中心に長身の女性(・・)が立っていたのだ。蓮太郎の一七四センチある身長と同じぐらいかそれ以上か。

 

 スラリと伸びた手足にキュッと締まった胴体、服の上からも主張する胸。シルクハットに細い縦縞の入ったワインレッドのカッターシャツ。その上から黒のベストを着ている。そして、その胸の中心には十字架のネックレスが掛けれていた。

 

 何より極めつけは、舞踏会用の仮面(マスケラ)という出で立ちの怪人。男装した女性がここにいるというだけでも不気味なのに、更に仮面ときた。蓮太郎は警戒を更に高める。

 

 それを見計らったように女性はゆっくりと首を動かし、仮面の奥から鋭い視線が蓮太郎を刺した。

 

「民警くん、随分と遅かったじゃないか」

 

「なんだ......アンタ......同業者か?」

 

「確かに私も感染源ガストレアを追っていた。しかし同業者ではないよ。なぜならね──」

 

 女性は芝居がかった調子で両手を広げる。

 

「──この警官を殺したのは私だ」

 

 即ち、敵。そう分かった瞬間身体が反応していた。一瞬で間合いを詰めると、有無を言わずすくいあげるような掌打を繰り出す。角度、タイミング、全て悪くない一撃だ。

 

「へぇ、なかなかやるね」

 

 女性は軽く受け流すとともに胸に衝撃。胸にめり込んだ拳打に蓮太郎は吹き飛びリビングのテーブルに激突──息が詰まる。

 

「ウン、私が女性だと分かっていても容赦の無い動きだ......が、遅い。それで本当に民警をやっていけるのかい?」

 

 一体、なんなんだこいつは。

 

 激痛に顔を歪ませながら片目を開くと、至近距離で仮面の女性がスラリとした長い足を天井高く上げていた。慌ててその場から転げ避けると、けたたましい破壊音と共にテーブルが叩き割れる。 

 蓮太郎は飛び退いて立ち上がるが、回避位置を予測したように側頭部を狙った回し蹴りが飛んで来る。

 

 とても女性の力とは思えない威力の蹴りに、ブロックした腕ごと吹き飛ばされ壁に叩き付けられる。仮面の女性はそんな蓮太郎を見て小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

 蓮太郎は気丈に構えながらも絶望的な実力差に気が遠くなりそうだった。その時、場違いな着信音が室内に鳴り響き、仮面の女性が電話に出る。

 

小比奈(こひな)? ......ああ、うん。そう、わかった。これからそっちに合流す──」

 

「──こっちを見ろ化物め! 仲間の仇だッ!」

 

 警官がカービンライフルを構えていた、が仮面の女性はそちらを見向きもせず腰のホルスターから拳銃を抜き撃つ(クイックドロウ)

 青いテクニカルベストから血が噴き上がり壁に飛散する。しかし、仮面の女性はそのまま連射し、瞬く間に三人いた警官を撃った。

 

「娘と会話をしているんだ、邪魔しないでくれるかな?」

 

 その声色は先ほどの余裕や愉しんでいるような感じは全く無く、凍えるような低い声にゴミでも見るような視線をこちらに向けた。

 その冷徹な視線に身体が竦むが蓮太郎は意を決し全力で間合いを詰める。

 

「天童式戦闘術二の型十六番──『隠禅・黒天風』ッ!」

 

 お返しとばかりに放った回し蹴りは首の動きだけで躱されるが、素早く足を組み替えると続く二撃目『隠禅・玄明窩』を繰り出す。狙いを過たず放ったハイキックが仮面の女性のマスケラに直撃。

 決まったと喜んだが、女性は衝撃で上半身だけが仰け反っただけで重心はほぼ動いてなく、何より携帯電話を離してなかった。

 

「うん、直ぐ合流するよ。そっちで待ってなさい」

 

 女性は携帯電話を仕舞うとじっとこちらをみたまま動かない。その反応に蓮太郎は自分の攻撃が効いていないことに気が付いた。

 

「いやいや、お見事。油断していたとはいえまさか一撃を貰うとは思ってなかったよ。それに『天童式』......か」

 

 と、一旦言葉を切って右肘を左手に乗せそのまま顎を右手に置くような恰好で思考し始めた。腕が内に寄ることで胸が強調されて、嫌でも視線を追ってしまう。

 

「はい、キミは今ので(・・・)二回は死んでいたよ?」

 

「ッッ!!?」

 

 まさか、今のはそういうこと(・・・・・・)だったのだろうか。いや、一切の余裕を崩していない所を見るにそういう意図があってやったわけでは無いだろうが、その観察眼にその態度、そこには絶対的強者の余裕があった。 

 

 クツクツ、と何処か洗練された上品な仕草で笑う姿は格好も合間ってとても不気味に見える。これが、ドレスなど着ていたのならどこかのお嬢様と言われても疑わないだろう。

 

「ところで、キミ名前は?」

 

「......里見、蓮太郎」

 

 女性はやはり、と言った感じに仮面の内側で目を細める。女性は優雅にベランダまで歩いて行くと手すりに手を置いた。

 

「里見くん、もしキミのお兄さん(・・・・)に会ったら伝えておいて欲しい。迎えに行くと、ね」

 

「ッ!? 何でアンタがあの人のことを!? 何者だ!」

 

「私は世界を滅ぼす者。そして、私を止めたいのなら彼を寄越すといい、それだけで私は止められる......かもね(・・・)。またどこかで会おう里見くん」

 

 投げキッスのするように手を降りながら、女性はそのままベランダから飛び降りる。

 

 強張った体は、しばらくの間縫い付けられたように動かなかった。蓮太郎は汗ばんだ掌を開き、ぐっと閉じる。

 

 完全に舐められていた。あんな強いヤツが、この世にはいるのか。そして、何より幼い頃に姿を消した兄を......天童和光のことを知っており、何故か執着している。

 

 呻き声が聞こえてきてハッと振り返ると、女性に撃たれた重傷の警官に仲間が必死に呼びかけながら担架に乗せられて運び出されていくところだった。

 

「しっかりしろ民警! 俺たちだってこの職業に就いた時から覚悟は出来ている。お前がいまやらなきゃならないのは──」

 

 蓮太郎は舌打ちをしながら銃をもう一度構え直した。

 

「──わかってる! 『感染爆発(パンデミック)』を防ぐのが先だってんだろ!」

 

 部屋の押し入れなどを開け放ち、見落としの無いよう部屋中をくまなく探し回った......が。

 

「おいおい、どういうことだよ。どこにガストレアがいるってんだよ」

 

 後ろから多田島の戸惑う声に同意をしながら拳銃を一度納める。

 

 おかしい、どこにも感染源ガストレアがいないばかりかこの部屋の住人も見当たらない。この出血の量から生きているわけも無いく、生きていたもそう長く動かないハズだ。

 

「じゃあこういうことか? 『感染源』どころか『感染者』もどこかでまだほっつき歩いてるって?」

 

 それしかないだろう。蓮太郎は頷く。

 

「多田島警部、至急この辺り一帯の市民を避難させて周囲を封鎖するように言ってくれ。まだ遠くには行ってないはずだ、俺達も外を探そうぜ。パンデミックが起こってからだと、左遷じゃすまないぜアンタ」 

 

 

 

 

 

 

「蓮・太・郎・の・薄・情・者・めぇぇぇッ!!」

 

 一人の少女が大声で歩いている。おしゃれなコートにミニスカート。底の厚い編み上げた靴をはいており、小刻みに左右に揺れるツインテールは少し大きめの髪留めで結ばれていた。

 明らかに怒りを露わにしている少女に彼は声を掛けるのを一度躊躇ったが、声を掛けた。

 

「お嬢ちゃん、ちょっと道を聞きたいんだけど」

 

 と声をかけて気が付いた。これでは不審者まる出しでは無いか、と。案の定、少女は驚き、突如飛び退いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。怪しい者じゃないんだ。ちょっと帰り道が分からないんだ」

 

 少女はまんじりともせずこちらを見つめている。やはり、第一声が悪かったのだろう。どう誤解を解こうかと思案していると、少女はどこか困惑したような顔をした。

 

「お主、自分がどうなっているかわかっていないのか?」

 

「なんだって?」

 

 一体、目の前の少女は何を言っているのだろうか。自分がどうなっているのか? それは、ただ迷子になっているとしか.......。

 

「......やはり、お主は気が付いていないのだな。じゃあ、自分の姿を見てみるといい。ただし、パニックにならぬようゆっくりと見るのだぞ。そうしたら妾の言ったことが分かる」

 

 少女から発せられる不思議な諦め、その雰囲気に気圧されるようにして、自分の姿を見た。

 

「──なんだ、これは......」

 

 腹部が真っ赤に染まっている。いや、腹部だけじゃない。肩口や喉まで引き裂かれたような大きな傷があり、今現在も鮮血を流し続けていた。

 

 どうして今まで気が付かなかったのか。そもそも、何故痛みを感じていないのか。自分はどうしてしまったのかという疑問が湧きおこり、そして。

 

「思い......出した。そうだ、俺は無一文になって、それで......」

 

 ふと見上げたしまったのが、一番の不幸の始まりだった。マンションのベランダで妻の実家へと電話をかけた時だ。人間サイズもある巨大な生き物がマンションの四階の壁に張り付いていたのだ。それが、こちらに気が付いたのを見計らうように真っ赤な両目を閃かせて襲い掛かって来て、

 

 それで.......。

 

「......俺は、あのガストレアに殺されかけて必死で逃げて、ここまで来たんだ」

 

「感染源ガストレアに体液を送り込まれたな」

 

 自分の肩口にある二本の牙のある傷跡をみれば分かり切ったことだろう。

 

「ああ」

 

 諦めのような声が自然と喉から発せられていた。

 戦時中、何回も見たテレビの内容を思い出す。実験用のラットはガストレアウィルスを投与されて数分後に凄まじい異形の姿になって産声を上げていたのを。

 自分も今、遺伝子レベルで身体の構造が組みかえられているのだろう。

 

「じゃあ、君は民警の......?」

 

「うん、妾は『イニシエーター』藍原(あいはら)延珠(えんじゅ)という。十歳にあがったぞ。もう立派な淑女(レディ)だ。

 

 その言葉に笑ったつもりだったが、不格好な引きつった顔に変わってしまった。既に身体中が思うようにならない。

 

「......頼みたいことがある。妻と子供に、謝っておいてくれないか──いままで、ゴメンって」

 

「......承った」

 

 それが彼が最後に見た世界だった。彼はあっさりと人の身体を留めていられる臨界点を突破し、手足が異常な速度で萎んだと思うと、体を突き破るようにして真っ黒な細長い足が飛び出す。

 

 毛の生えた八本の長い脚、遅れて頭部の部分から四対の真っ赤な単眼が現れた。腹部は鞠のように膨らみ、口角からは濡れ光る二本の牙が生える。

 その姿は人間に対して生理的嫌悪を与えて止まない。

 

 ──それは巨大なクモだった。

 

 しかし、目の前の少女は逃げ出すことも悲鳴を上げることもせずただ静かに構えた。と、その時割り込むような声があさっての方向から聞こえた。

 

「ガストレア──モデルスパイダー・ステージⅠを確認。これより交戦に入るッ!」

 

 少女は声の方を振り返る。

 

「蓮太郎!」

 

「延珠、無事か!」

 

 延珠は走り出す。蓮太郎も両手を広げ彼女の元に走り寄った。わずかな時なれど別れ離れになっていた二人はそのまま抱擁を──交わすことも無く延珠の放った蹴りが蓮太郎の股間に直撃した。

 

「ぐあああああああっ」

 

 蓮太郎は股間を抑えながら地面にうずくまる。彼岸の激痛にのたうち回りながらも、蓮太郎は顔を上げる。そこには身長一四五センチの少女、藍原延珠が両手に腰を当てて傲慢とした態度で蓮太郎を見下ろしていた。

 

「妾を自転車から放り出しておいて、よくもぬけぬけと妾の前に顔を出せたな」

 

「お、怒ってんのかよ?」

 

「当たり前だ」

 

 そのまま二人はヒートアップしていく。幼女に蹴られるか美少女に蹴られるか、どちらかの二択を迫られた時に銃声が響いた。

 

「おい、お前等。敵を放って漫才か! 仕事しろ民警!」

 

 生まれて間もないガストレアの皮膚は、銃弾が当たり血を噴き出していたが、次の瞬間凄まじい勢いで治癒し始めた。

 ガストレアは撃った多田島の方に回頭して、シィィと鋭く鳴く。マズイ。

 

 蓮太郎は叫ぶより早く走って体当たりで多田島の上体を倒す。

 

「うおッ、お前なにしや──」

 

 巨大なクモの影が二人がたった今立っていた場所を恐ろしい勢いで擦過していった。多田島は青ざめる。そして、一旦、危機を脱したが延珠の悲鳴のような声が聞こえた。

 

「蓮太郎!」

 

 勢いよく振り返ればクモの飛んだ方向には角から飛び出した民間人がいたのだ。

 

 そんなバカな、避難警報は出てるはず!?

 

 しかし、現に今にも襲われかかっている民間人がいる。延珠は咄嗟に足に力を込める。しかし、延珠であっても間に合わないだろう。それでも、と蓮太郎はスプリングフィールドを引き抜き撃──。

 

「『天童式抜刀術三の型八番──雲嶺毘却雄星』」

 

 しかし、全員が呆気に取られた。知覚出来ないほどのスピードで抜かれた機械染みた刀がゆっくりと鞘に納まって行くのが蓮太郎たちがやっと認識出来た動作であった。

 余りにも早すぎる上に無駄が一切無い。

 ガストレアは自分が斬られたことすら認識出来ずにいたのだろう。もう一度、襲い掛かろうとした瞬間、無数の剣閃が走りバラバラに斬り裂かれた。

 

「──久しいな、蓮太郎」

 

 もう何十年ぶり以来の再開となる義兄がそこにいた。

 




もう影胤は全くの別人と思った方がいいかと。


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三話 ステージⅠなど紙切れ同然

「和、光......義兄(にい)さん?」

 

 今、目の前でいともたやすくステージⅠのガストレアを細切れの肉片にして見せた人物はこちらを見据えている。

『天童和光』

 天童家の鬼子と言われ、天童式武術を全て短期間で納めた後、開祖である天童助喜与を打破。その後は各地をふらつきながら道場破りをしているということは聞いていた。

 しかし、もう十年以上前の話だ。あの日(・・・)からもう随分と経つ。

 その和光が目の前に立っている。背丈や体格など昔よりずいぶんと変っている。だが何より佇まいが昔と違う。

 天童家に引き取られ馴染めずにいた自分に気を使ってくれたのは和光が一番最初だった。兄弟のいない蓮太郎にとって初めて兄と言える人だった。優しく、厳しく、遅くまで武術を教えてくれたもう一人に師であった。

 だが、今はあの時の穏和な雰囲気は感じられない。あるのは斬られるんじゃないかと思うほどの威圧。

 喉に刃物でも突き付けられているような張り詰めた空気が蓮太郎たちに纏わりついていた。

 

「再開を祝すべきなのだろうが、時間が惜しい。蓮太郎、蛭子──仮面の女(・・・・)とあったか?」

 

「ッッ!? そ、そうだ! アイツは一体何者なんだ!? それに義兄さんのことを迎えに行くって、それで......クソッ、一体、何が起きてるんだよ!」

 

 ガストレアの出現。そして、謎の仮面の女。恐ろしく強く、何より十年以来会ってもいない和光を知っており、しかも自分との接点も知っているような口調だった。

 それに合わせたかのように十年間も姿を眩ませていた和光の登場。たった数時間の間に起きたことの情報量が多すぎた。

 

「蓮太郎?」

 

「......延珠」

 

 手を掴まれ困惑していた思考が少し落ち着く。横を見れば不安そうな表情でこちらを見上げる延珠がいた。

 

「遅かったか......蓮太郎説明している暇は無い。今回の件から手を引け、俺から言えることはそれだけだ」

 

 一方的にそう言い放ち背中を蓮太郎に見せ歩き出す。

 

「手を引けって──この十年間何してたんだよ(・・・・・・・・・・・)!!」

 

 しかし、返事は返ってこなかった。蓮太郎は何を言わず去っていく和光の背中をただただ十年前と同じように見ていることしか出来なかった。

 

「......延珠、帰ろう。帰って木更さんに報告する」

 

「蓮太郎......追わなくても──」

 

「──追わなくていい!」

 

 思わず声を荒挙げてしまう。延珠の手を離し和光が行った方向に背を向けた。その先には多田島警部が呆けた顔で行先を見守っており、蓮太郎はぶっきらぼうな口調で声をかける。

 

「多田島警部、こんな形になっちまったがガストレアは排除したことしてくれよな」

 

「あ、ああ、それは構わんがあの兄ちゃんは何者だ?」

 

 今の今まで呆気に取られていた多田島は蓮太郎の声で何とか状況を理解し、真っ先に頭の中に浮かんだ言葉を口にする。

 

「あの人は......いや、あんまり藪蛇を突かない方がいい。何が飛び出てくるか分からない」

 

「は、はぁ?」

 

 それだけ言うと蓮太郎は延珠に声をかけ速足で現場を去っていた。いまいち状況に着いていけてない多田島は後頭部を乱雑に掻いた。

 

「主任、無事でしたか?」

 

 振り返ると手分けしてガストレアを探していた部下たちが遅れて現場に到着していた。

 

「あいつら新米(ニューフェイス)みたいですけど、使えそうですか?」

 

「さあな。そういえば『IP序列』を聞くの忘れてたな」

 

 ほとんど無意識に胸ポケットから煙草を一本取りだすと火を点ける。

 

「くわえ煙草っすか?」

 

「堅いこというなよ。死にかけたんだからな......ただ、まあ──」

 

 先の言葉を口にしようとして、先ほど言われたことを思い出す。普通ならガキの戯言だと言いたいところだが......。

 

「──いや、なんでもねえ」

 

「ええ?」

 

 本来なら素性を調べるべきだ。なんせプロモーターかも分からない奴がガストレアを排除し、何も言わずに去っていった。

 まるで戦争中に聞いたことがある噂話を彷彿とさせる。今では都市伝説にもなっている存在。

 

「......『剣鬼』。洒落た異名だな」

 

「いきなりどうしたんですか、都市伝説の剣鬼のことなんて」

 

「うるせえ、さっさと現場片付けるぞ」

 

 今回ばかりは余り気が乗らない。都市伝説を信じるわけでもないが忠告通り突かない方が良さそうだ。

 下手をすれば鬼が出てくるかもしれない。

 

 

 

 ✝️

 

 

 

 

「里見くん、それは本当?」

 

「ああ、それと今回の件から手を引けって言ってた」

 

 蓮太郎は事務所に帰るなり、『天童民間警備会社』社長である天童木更にこと細かく報告した。流石に兄である和光が出てくるとは思っていなかっただろう。

 だが......。

 

「そう。ご苦労様」

 

 ただ、目を伏せただけだった。その他に何かすることも言うことも無い。ましてや、動揺も驚きも何も無かった。

 そのことに、あの和光の名前が出てきたというのに何も感じてないのか。その木更の態度に思わず眉を顰めた。

 

「木更さん、アンタ何も思ってないのかよ」

 

「仕事中は木更さんじゃないくて社長よ、里見くん。それに......今更、お兄様が現れようと私達のやることは変わらないわ」

 

「だけども、それは......」

 

 ソレとコレは別。今は私情を挟んでいる必要は無い。自分たちが成すべきことは何のか。だからといってここまで肉親に冷たくなれるのか。

 何も言えず、ただただ木更がパソコンにキーを叩く音が響いていたが、ふと何かを思ったのか木更はこちらを向く。

 

「ねえ、君が倒したガストレアって感染者だったのよね?」

 

「そうだよ」

 

 ぶっきらぼうに返事をして彼女が言わんとすることを察した。

 感染源はおそらく今回倒したガストレアと同じモデルスパイダーの単因子ガストレアだろう。鳥型や羽虫型ではないため遠くには行けないはずだ。となると、もう既に他社の民警によって始末されているだろう。

 何か問題があればこっちにも応援があるだろうし、バイオハザード警報も発令されていない。

 お世辞にも仲が良いとは言えない民警同士でも流石に手を焼くようであれば他社と連携し殲滅する。

 そのお呼び出しも無いのだ。あっさりと殲滅出来たのだろう。

 

「でも、おかしいのよね。殲滅した情報もなければ目撃情報も無いの」

 

「えっ」

 

 木更はくるりと百八十度ノートパソコンを回転させディスプレイを蓮太郎に見せる。そこに映っていたのは地図だった。

 ガストレアと交戦があった場所、目撃情報があった場所などが九十日間に渡って掲載されている民警期間のウェブサイトだ。

 

「これは......」

 

 蓮太郎は木更の方を見ると、ゆっくりと頷いた。

 

「ないでしょう?」

 

「ああ、でも目撃情報すら上がってないなんてありえないだろう」

 

「ここにあるじゃない」

 

 木更の挑発めいた物言いを流して、もう一度サイトをチェックするがやはり目ぼしい情報は無かった。

 

「どうして政府は周囲一帯に警告をしないんだ? これは一大事ッ」

 

「里見くん、政府は無能じゃないけど、避難警報とかの強制手段はほとんど取らないから、期待しても無駄よ。まあ、だからこそ民警も仕事があるんだけど」

 

 本当に嫌な仕事だなと思い舌打ちしながら、蓮太郎は軽く頭を振った。

 

「でも、木更さん。何で和光義兄さんはこの件から手を引けって言ったんだ?」

 

 そこが疑問だった。良くある、とまでは言わないが別に稀に見るケースじゃない。民警にとって一般的な仕事のはずだ。

 やはり、仮面の女が関わってるのが原因なのか。

 

「分からないわ。でも、だからこそよ」

 

「ってことは」

 

「ええ、なんとしても私たちの手で感染源ガストレア狩るわよ。可及的速やかに。それこそ、十年もほったらかしにしたお兄様の言うことなんて聞くわけないじゃない」

 

「それは昔からだった──」

 

「──人をじゃじゃ馬みたいに言わないで」

 

 キッ、と睨み付けられて言いどもる。

 

「私も同業者にそれとなく当たってみるわ」

 

「わ、わかった。俺も『先生』に話を聞いてみる」

 

 木更は目を伏せて、ずず、とお茶をすすった。蓮太郎は横目でそっと自分の社長に尊敬の視線を注ぐ。

 一番に優先すべきは人命であるとキチンと弁えているし、何だかんだ言って和光のことも少なからず思っているようだ。

 

「あ、里見くん。報酬は何処にあるの?」

 

「......あ」

 

 

 言われて報酬を貰い忘れていたことに気が付いた蓮太郎は急いで多田島警部に連絡を取ったが。

 

『あんれぇ? 今回は無償の奉仕でやってくれたと思ってたんだけどな。まあ、今回は初回無償キャンペーンってことでよろしく頼むわ。また事件があったら優遇して回してやるよ。ファハハハハハ』

 

 そう多田島は哄笑を残して切ったいった。

 

「里見くん?」

 

 何気ないその木更に呼びかけに過剰に反応してしまう。ビクリと肩を震わせ恐る恐る携帯をポケットにしまった後、ゆっくりと言われたことを話した。

 

「──このお馬鹿っ!!」

 

 

 

 それとは別に、和光はあれから至る所を歩き回っていた。

 

「ここにいた......か?」

 

 外周区とも都市とも言えぬ曖昧な場所には何年も人の住んで無い空き家となっていることが多い。未だ、戦争の傷が残っている場所もある。

 憶測の範囲ではあるが、影胤はここらを転々としているのだろう。ここ最近、使われた形跡も見える。

 だが、煙草の吸殻が地面に乱雑してあったり、中身の無い缶ビールが机の上に陳列されていた。

 影胤は喫煙者でも無ければ飲酒をしない。恐らくホームレスか地元のガラの悪い少年少女たちが根城にしているのだろう。

 手持ち無沙汰となった和光は理由も無く空き缶をお手玉のように遊ぶ。

 

「今のところ当たりは無しか」

 

 もうそろそろ日が落ちてくる。今日のところはここで引き揚げた方がいいだろう。

 あのアパートを中心に探ってみたが痕跡すら追えなかった。流石にあれだけの情報で探し出せるほど奴は甘くない。

 だが、迎えに行くという言葉が気になる。あえて分かりやすいように動き回ってみたが接触してくる気配も無く、痕跡を消していることから誘い出す気も無い。

 これによってますます言葉の意味が分からくなった。まだ、その時じゃないというのか。

 無駄足になるだろうが明日以降も探ってみるしかない。それか、余り使いたくは無い手ではあるが確実に会えなくもない方法もある。

 

「……また、アイツ(・・・)とやり合うのは勘弁したいな」

 

 脳裏によみがえる怪物。

 余りにも巨体で、こちらの攻撃が通りもしない硬い皮膚に、その巨体から繰り出される攻撃は地形すら変えられる。

 あの時の任務で思いもしない遭遇(エンカウント)に生きた心地がしなかったのが今でも骨身に染みている。

 あれとやり合うのは色んなお膳立てを経て初めて同じ土俵に立てるところだろう。だが、立った所で勝てるかなんて大穴を狙った方がまだマシといえる。

 確かに自分ならあの皮膚を斬れるかもしれない。だが、殺すことは不可能だろう。こちらがまずもたない。だからこそ、やり合いたくはない。

 この先、原作通り進むとは限らないのだ。自分という異端者(イレギュラー)が存在する上に、所々違いも出てくるだろう。

 故に、召喚してももしかしたら蓮太郎は引き金を引けないかもしれない。やるなら百パーセントの確率でなければ。

 

 和光は廃墟を出て都市とは反対側に歩いていく。まだ不確定要素が多いこの世界でことが思惑通りに進むことはまずないだろう。

 




今回からこのくらいの文字数で行きたいと思います。もうサブタイ思いつかなくなった。


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四話 奴の登場

 

 日は堕ち、先の見えない暗闇の中を歩く。人の喧騒も聞こえず、あるのは虫の鳴き声だけ。

 瓦礫が積まれ山となった頂点に腰を下ろす。見上げればこちらを照らす月。周りにはまんべんなく散りばめられた星が美しい風景を作り出していた。

 その風景に見惚れているとポケットから単調なメロディーとバイブレーションの振動が着信の合図を告げていた。

 

「──やっと接触してきたか」

 

『ああ、すまないね。私もなかなか忙しかったんだ。まさか君が私を探してくれているとは......ククッ、なんて愉快で嬉しいことか』

 

 機械越しに聞こえてくる、懐かしき戦友(とも)の声。今となってはそれが何とも言えない不気味さに感じる。

 

「お前、いや、お前ら(・・・)の計画はどこまで進んでいる?」

 

『はてさて、一体、何のことやら』

 

「馬鹿にするのもいい加減にしろよ。遠回しに誘ってきたのはそっちだろ? それに、手もまわしてたんだ。だが、なんでこういう事態になってる」

 

 和光は今回の事件のことの顛末は元から知っている。だが、それ以前にあちらからコンタクトが来ていた。故に、事前に動くことが出来たが、残念なことに予期していた原作通り(最悪の未来)に事は進んでいる。

 

『そうか、君が......おかげで依頼主が怒っていたよ。それに私もやることが増えてしまった』

 

「......悪いが、止めるぞ影胤。こっちから迎えに行ってやるよ」

 

『──クク、アハハハ! 本当に嬉しいことを言ってくれる! だけど、その言葉をもっと前に聞きたかったよ......君はこちら側の人間さ。どう足掻こうと君はこっちに来る』

 

 プツリ、と切れて聞こえてくるのは終わりを告げる機械音だけだ。力を抜くように手を下ろし夜空を見上げる。

 

 ああ、知っている。

 

 そう心の中でつぶやく。和光は人知れず戦争が終わった後もモノリスの外へ足を運びガストレアを狩っていた。理由は単純だ。

 昂りを抑えるためだ。

 戦争を体験し、英雄と言われた者は戦争が終わった後どうなるか。

 英雄は戦争が無ければ英雄じゃなくなる。戦いしか能のない自分たちにとって戦争とは生きる活力の一つだった。そんな時に言われたあの言葉、あの提案。

 お祖父様(菊之丞)の言葉を。

 

 なんと魅力的なことか。 

  

 目的は違えどあの言葉は魅力的だった。

 戦う場所を、生きている実感を求めていた和光にとっては心が揺らいだ。

 存在してはいけない。戦争が終われば居場所がなくなり自分たちの存在を言うことも許されない。

 存在しない兵士。それが俺たち『新人類想像計画』だった。人間兵器などそんな程度。生き残りもそんなに多くない。影胤の気持ちも良くわかる。

 

 ──だが、違うだろ。

 

 俺は何のために力を手に入れたんだ。

 守るためだろう。世界を救うためだろう。

 その為に生身を捨てた。身体を剣術に耐えれるように自ら改造した。そのことに後悔は無い。

 世界を救うなんて馬鹿げた話だ。だが、犠牲を持ってしも成し遂げて見せよう。それが、和光()の野心だ。

 

「──となればこのまま召喚してしまった方が消せれるか......梯子が(アレ)に届くまで待ってやる時間は無い」

 

 やり合いたくもないが、ここで確実に消せる可能性は高いのだ。このまま原作通りに行くのであれば。

 しかし、自分という存在があり、影胤も本来の動きをするとも思えない。しかし、この世界に強制力というものがあるのなら、あるいは......。

 と、和光は深く思考の海に沈みこみ、色々と巡らせる。

 

「────ば」

 

 まず自分が主体で動くこと。これは無しだ。下手をすれば動けなくなる可能性が高い。政府も俺が自由に動き回ることをよしとしないだろう。こうしていられるのは天童のおかげか。

 

「───ってば」

 

 まだ、融通はきく。だが、影胤が出てくれば自然と俺も拘束されるかも知れない。良くて監視で終わると思うが......そこもまた考えなければ上手く行かないだろう。

 やはり、それ相応の地位は必要かもしれない。

 

「──もう! かずみつおじさんってば!!」

 

 顔を小さな手で挟まれ強制的に正面を向かせられる。

 

「か、カリン? お前、もう寝てるはずじゃあ......」

 

 視界いっぱいに幼い子供──眼鏡をかけ髪をサイドテールに結っているカリンという少女が両頬を膨らませていた。

 

「目が覚めたの。それにここカリンのお気に入りの場所だから。ていうか何をそんなに考えこんでたの? 相談に乗ろうか?」

 

 横に腰を下ろし膝を抱えこちらを見るカリン。どうやら彼女に気が付かないほど考え込んでいたらしい。

 

「いや、お前に相談できるような簡単なことじゃ無いからな」

 

「えー、カリンいっぱい勉強したよ?」

 

「そうか、気持ちだけ受け取っとくよ......どうだ、今の生活は」

 

「楽しい! 妹が増えて大変だけとみんないい子なんだ」

 

 月明りに照らされて満面の笑みが見える。その笑顔を見て少し昔を思い出した。

 カリンは元々、和光が今日のように空き家をある依頼で見て回っていた時に見つけた子だった。

 三人の同じ身なりをした少女が身を寄せ合って隠れていたのを発見した時は驚いたものだ。今まで随分と酷い目にあってきたのだろう。こちらを怯えながらも一人の少女が二人を前に出てこう言った。

 

『お願い......します......妹たちだけでも......ッ!』 

 

 自分の身はどうなってもいい、だから妹たちだけは。

 こんな小さな少女は身を挺して妹たちをーー家族を守ろうとしている。良く見れば後ろの二人は小綺麗で、心なしか細くもないように見える。

 だが、目の前にいる少女は酷く痩せ細り、服は薄着で汚れが目立った上に顔色も悪かった。普通なら立っていることもままならないはずなのに。そこはガストレアウイルスのおかげか。

 自分の身を犠牲にしてまで妹を、恐らく血も繋がっていない他人のために命を張ると言っている。

 こんな幼い少女がどうして命を張る必要がある? なぜ、そんなことが出来る?

 

 普通なら無視するか保護するかのどちらかだ。しかし、今ほど少女たちの扱いは良くない。保護されてもロクな扱いは受けないだろう。

 何度も彼女たちのような子たちを見てきた、知らぬふりをしてきた。だが、今でも不思議なことに自分はこの子たちに手を差し伸べてしまった。そのようなことをする資格(・・)も無いというのに。

 前から知り合いであった松崎さんに無理を言って彼女たちの面倒を見てもらった。もちろん必要な資金も出している。

 本来なら手を差し伸べた自分が面倒をみなければいけないのだろう、だが、どうしても自分では無理だ。彼女たちとは一緒にいられない。

 そんな心情を問いかけるようにカリンはこちらを見ずに口を開いた。

 

「ねえ、おじさんは一緒に住んでくれないの?」

 

「......仕事があるからな、後、おじさんじゃない」

 

「そっか」と何処か哀しげに呟くカリンの頭に手を置いて優しく撫でる。

 

「じゃあ、もっと勉強して賢くなったらお仕事手伝える?」

 

 その言葉に一瞬、呆けた和光はカリンも初めて見るような柔らかい笑みを浮かた。

 

「──ああ、その時は手伝ってもらうよ」

 

「約束だよ!」

 

 喜色に顔を染めて年相応にはしゃぐ姿を見て、あの時手を差し伸べた理由が何となく分かった気がした。

 似ているのだ、あの子(・・・)に。

 

「じゃあ、カリンはもう寝るね。おやすみなさい」

 

「ああ、ゆっくりと休め」

 

 随分と軽やかに瓦礫の山を飛び降りていく。そこに危なっかしいというものは無い。どうやら本当にお気に入りの場所だったようだ。

 カリンもいなくなり一人となった今、また静寂が場を包んだ。こうして静かになればまた考え込むと思っていたが、一体、何でそんなに悩んでいたのか思い出せない。逆に思考がとてもクリアになっていた。

 一度、ゆっくりと今後起きるであろう原作(せかい)の流れを思い出す。幾つもの戦場を超えて、記憶を上書きするような焼きつく景色を見てきた。その焼き付けた記憶の下に眠っているであろう物を想起させる。

 犠牲をなくすのは無理だ。余りにも多すぎる。だが、全員を救えないわけじゃない。

 何も俺がいれば影胤を多少動きにくくさせることも可能なはずだ。

 犠牲を最小限にかつ影胤を止める。ステージⅤもここで始末する。身体は流れに任せるが、抗える運命(ながれ)には抗おう。それだけの力はあるのだから。

 和光は瓦礫の上で汚れることも気にせず寝転がりそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 ✝️

 

 

 

 

 昼下がりの省庁。

 蓮太郎と木更は役人に呼ばれ防衛省へと足を運んでいた。どうやら前回の事件ことについてなにか聞かれるらしい。だが、いつもの報告書だけでは駄目なのか。

 しかし、木更は役人に、いいから来いとしか言われてないらしい。政府絡みということもあって断ることできななかったそうだ。

 二人は職員に案内され第一会議室と書かれた部屋の扉を木更に変わって蓮太郎が開けた。

 

「木更さん、こいつは......」

 

「ウチだけが呼ばれたわけではないだろうと思ってたけど、さすがにこんなに同業の人間が招かれているなんて思ってなかったわ」

 

 小さい扉からは想像できないほど室内は広く、中央には細長い楕円形の卓に、奥には巨大なパネルが壁に埋め込まれていた。

 そして、その楕円形の卓を中心に仕立ての良いスーツに袖を通した、おそろく民警の社長格の人間たちは既に指定された席に着いており、その後ろには見るからも荒事仕事専門といった厳つい男たちが傍に控えていた。

 彼らはバラニウム合金製の武器を携えており、その横には延珠と同じ年齢と思わしき少女が見える。十中八九イニシエーターだろう。間違いない、彼らは蓮太郎と同じプロモーターだ。

 これほど多く民警を集めて一体何が始まるんだ、と思いながら蓮太郎たちが一歩部屋に足を踏み入れると、雑談していた彼らの声がぴたりと止まり、殺気の籠った視線が蓮太郎を貫く。

 

「おいおい、最近の民警の質はどうなってんだよ。ガキまで民警ごっこか? 部屋間違ってるんじゃないか? 社会見学なら黙って回れ右しろや」

 

 プロモーターのうちの一人が聞えよがしに近づいてきた。

 鍛え抜かれた身体がタンクスーツの上からでもよくわかる。燃え上がるように逆立った頭髪に、口元はドクロパターンが入ったフェイススカーフで覆っている。こちらを品定めする吊り上がった目は三白眼だ。

 十キロ以上は軽くありそうな肉厚長大な段平のバスターソード。当然、バラニウム合金で出来ているため刀身は黒い。それを軽々と扱っているだけでただ者じゃないと知れる。

 蓮太郎は木更を庇うように前にでるが、それが男にはいたく気に障ったらしい。

 

「あぁ?」

 

「アンタ何者だよ、用があるならまず名乗れよ」

 

「何が『アンタ何者だよ、用があればまず名乗れよ』だよぼくちゃん。見るからに弱そうだな」

 

「別に民警は見た目で実力が決まるわけじゃねぇだろ」

 

「んだと? ムカツクなテメェ、斬りてぇ、マジで斬りてぇよ」

 

 粘つく視線を気にせず、一体何処の民警の社員だと思い周囲を見渡していると突如、目の前の奴が頭突きをかましてくるのが分かり咄嗟に身体を後方に退いた。

 

「ッ! テメェ......」

 

 どうやら、それが我慢の限界を越したらしい。ゆっくりと右手が背中に背負われたバスターソードに伸びていき──

 

「──やめたまえ将監!」

 

 蓮太郎も構えを取ろうとした時、卓の一つに腰かけていた彼の雇い主と思われる人物から発せられた。

 

「おい、そりゃねぇだろ三ケ島さん!」

 

「いい加減にしろ。この建物で流血沙汰なんか起こされたら困るのは我々だ。この私に従えないのであれば、いますぐここから出て行け!

 

 将監と呼ばれた男は何か考えを巡らし、こちらに舌打ちをすると「へいへい」といって引き下がった。 

 蓮太郎は身体から力を抜く。と、今度は彼の雇い主がやってきた。

 

「そこの君、すまないね」

 

「......別に、慣れてるから大したことねぇ」

 

 その蓮太郎の言葉に将監が反応を示したが目の前にいる彼の雇い主が視線を向けるだけで煩わしそうに視線を逸らした。

 確かに将監は蓮太郎より強者だとわかる。しかし、隔絶した実力差があるわけじゃない。

 蓮太郎はもっと恐ろしく強く底が見えない強さを知っている。あの人(和光)に比べれば大したことが無い。

 蓮太郎がそう大して根に思っていないことを確認した男は木更に向き直る。

 

「お綺麗な方だ。お初にお目にかかります」

 

「あら、お上手」

 

 男はもうこちらを見向きもしなかった。高級スーツに身を包み、泰然とした態度だが、どこか神経質そう雰囲気。

 木更は社交用の微笑みを浮かべながら適当なところで切り上げ背もたれの高い椅子に腰かける。

 

「俺たち末席だな」

 

「仕方ないわ。実績では一番ウチが格下なんだし」

 

 良く見ればこの場に招かれたのは、如何にも遣り手ですといった雰囲気を醸し出す強者ばかり。

 ならなぜ、自分たちのような弱小が呼ばれたのか皆目見当も付かなかった。

 

「それより、あいつら何者だったんだ?」

 

 蓮太郎は体面に座っているさきほどの奴らを見ながら言う。すると、木更は正面を向いたまま先ほど交換した名刺を手渡してきた。

 背景にすかしの入った金字で『三ケ島ロイヤルガーダー 代表取締役 三ケ島影餅』とあった。

 大手も大手、蓮太郎でも知っているぐらいの超大手だった。大量の有能なペアを抱えている巨大な民警だ。

 

「つうことは、あのプロモーターも相当な使い手だな」

 

「さっき将監って呼ばれていたから、多分、伊熊将監よ。『IP序列』は千五百八十四位」

 

「千番台か......」

 

 IP序列──国際イ(I)ニシエ(I)ーター(S)監督機構(O)が規定、発行しているもので、倒した数や上げた戦果などによって行われるランク付けのことだ。個人の相性もあるがこれが示した位階がそのままプロモーターの強さと言っていい。

 ちなみに蓮太郎のIP序列は端数を除いて十万台だ。

 

「それに比べてウチはイニシエーターは優秀なのに、プロモーターがお馬鹿で甲斐性なしで私より段位が低くて、おまけにどうしようもなく弱いのよね」

 

 木更のわざとらしく溜息を吐きながら言われた言葉に蓮太郎は聞こえないフリをした。

 その時、制服を着た禿頭の男性が入ってきた。

 木更を含む社長クラスの人間が一斉に席から立ちあげる。それを男は手で制し席に座るように促す。遠くて階級章が分からないがおそらく幕僚クラスの自衛官だ。

 

「ふむ、一つ空席か。まあいい」

 

 見れば、確かに一つだけ空いている席があった。確か、一度現場であったことがある民警であったが、どうしたのだろうか。

 

「本日集まってもらったのは他でもない、諸君ら民警に依頼がある。依頼は政府からと思ってもらって構わない。また、この依頼を聞いたら断ることが出来ない。故に、依頼を辞退するなら速やかにこの場から立ち去ってもらいたい」

 

 何かを含ませるように一拍置いて見る。木更を含め約三十名近い社長クラスの人間がこの楕円形に卓に座っているが、誰一人立つものはいなかった。

 

「よろしい。では説明はこの方に行ってもらう」

 

 禿頭の男が念を押すように全員を見渡し身を引く。

 突然、背後の巨大なパネルに一人の少女が映った。

 

『ごきげんよう、みなさん』

 

 木更がかっと目を見開き、次の瞬間勢いよく立ち上がった。ほぼ同時にほかの社長格も泡を食ったように立ち上がる。

 蓮太郎も信じられないような瞳でパネルを見た。

 雪を被ったような純白の服装と銀髪──聖天子。敗戦後の日本、その東京エリアの統治者。その横にはつかず離れずの距離には影のように天童菊之丞も付き従っている。どこかの洋室から中継されているらしい。

 ほんの一瞬、菊之丞と木更の視線が交差し火花が散る。この二人の確執を知っている蓮太郎は生きた心地がしない。

 

 聖天子は精緻(せいち)な細工の椅子にゆったりと腰かけており、背後に高そうな絵がや天蓋付きのベットが見える。聖居内にある彼女の私室だろう。

 蓮太郎は突如あらわれた権威者に大変なことに巻き込まれていることを予感する。そして、その予感は正しく当たっていた。

 

 『楽にしてくださいみなさん、私から説明します』という口上と共に依頼の内容を説明された。

 その内容は至ってシンプルだ。

 東京エリアに侵入してきた感染源ガストレアの排除と、その体内に取り込まれているであろうケースを無傷で取り返すこと。一見、この場にいる大手の民警たちにとっては簡単な仕事に思えた。

 しかし、パネルに映し出されたケースと思われるフォトとその横に書かれた成功報酬を見て全員が唖然とする。

 簡単な内容だというのにこれほどの報酬は余りにも比率があって無かった。

 

「質問よろしいでしょうか」

 

 三ケ島がすっと手を挙げた。

 

「ケースはガストレアが飲み込んでいる。もしくは取り込まれていると見てよろしいですか?」

 

『その通りです』

 

 被害者がガストレア化した際、破れた衣服や表皮、身に着けていた装飾品が変化したガストレアの皮膚部などに癒着してしまう現象のことだ。そうなるとガストレアを倒すしてから取り出すしか方法は無くなる。

 しかし、政府側も感染源ガストレアの形状や種類など掴んではいないらしい。

 そんな中、今度は木更が手を挙げた。

 

「回収するケースの中身には何が入っているの聞いてもよろしいでしょうか」

 

 ざわりと周囲の社長格たちが色めき立つのが分かる。図らずも木更の意見が全員の意見を代弁したような形になった。

 

『おや、あなたは?』

 

「天童木更と申します」

 

 聖天子は少し驚いたような表情をした。

 

『......お噂は聞いております。それにしても、妙な質問をなさいますね天童社長。依頼人のプライバシーに当たるのでお答えできません』

 

 しかし、それは木更にとって納得いくものではなかった。常識的に考えれば感染者がモデル・スパイダーであるように感染源も同じ遺伝子を持つモデル・スパイダーだということ。

 それであれば蓮太郎でも十分に対処出来る......であろう木更は考える。

 

「問題はなぜそんな簡単な依頼を破格な依頼料で──しかも民警のトップクラスの人間たちに依頼するのが腑に落ちません。ならば値段に見合った危険がその中にある邪推してしまうのは当然ではないでしょうか?」

 

『それは知る必要の無いことでは?』

 

「そうかもしれません。しかし、そちらが手札を伏せたままであるならば、ウチはこの件から手を引かせて貰います」

 

『......ここで立つとペナルティがあります』

 

「覚悟の上です。そんな不確かな情報でウチの社員を危険に晒すわけにはまいりませんので」

 

 人知れず蓮太郎は木更に感銘を受けた。政府絡みの依頼は断れないと言われたばかりなのに.......。

 何か言わなければと口を開きかけたそのその瞬間、突如笑い声が聞こえてきた。

 どこか気品めいた笑い、蓮太郎はここ最近その声を聴いたことがある。忘れもしない、あのアパートであった仮面の女の......。

 

『誰です』

 

「いや、失礼。あまりにも滑稽だったからね」

 

 蓮太郎を含め、全員がそちらに視線を向けぎょっとした。

 空席であった席に、仮面にシルクハット、燕尾服の怪人が足を組み座っていたのだから。隣に座っていた社長格は驚きのあまり椅子から転げ落ちた。

 女性にしては長身である仮面の女はそのまま土足で卓の上へ踏み上がると堂々と真ん中に立ち、聖天子と相対する。

 

『......名乗りなさい』

 

「これは失礼」

 

 女はシルクハットを取って体を二つに畳んで礼をする。女性でありながらも紳士めいた挨拶はとても様になっていた。

 

「私は蛭子(ひるこ)、蛭子影胤(かげたね)という。お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。端的に言おう、私は君たちの敵だ」

 

 




ちょっと長くなったため別けます。それと、ちょくちょく原作とは違いがあります。誤差の範囲ですけど。


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