人間性を失った者 (飛脚)
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プロローグ
プロローグ


 

 

我が主オスロエスは変わってしまった。

 

ロスリックの血の営み(近親婚)に発狂し、知の探究を許された白竜の末裔と繋がった。

 

晩年、彼は始祖の白竜(シース)と同じく、哀しいかな、竜に魅入られ正気を失ってしまった。

 

そうして彼は知の妄執の挙げ句、追い求めた月光に見えることすら許されなかった。

 

彼の姿を私は見てられなかった。一度忠誠を誓った身であったのにも関わらず、気味悪がって逃げた者。先王だけれども、ロスリックの身内からも遠ざけられ、城から出されはしなかったが、庭先の大きな建物に詰め込まれた。

 

そうして彼の身の回りの者たちはいなくなってしまった。それでもなお、成せる筈もない学に没頭し竜の持ったという月光を追い求めた。

 

ある日、当然とも言うべきか、常人には少し背伸びをし過ぎた領域に触れてしまったからであろうか、彼は異形の者へと変わってしまった。

 

 

 

 

 

そうしてその晩、私は誰もいなくなった先王の庭(妖王の庭)にて孤独に眠った(自害した)。さすれば彼を少しばかりは救えると思ったから。

 

 

 

己の背負った使命は自ずと解った。

 

 

(不死人)は目覚めるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______不死人は使命に準じてその身を捧げる。

 

 

そんな言い伝えがあった、と思う。不死人とは誰しも背負わされた使命があり、それを成すことで世界を回す(リセットする)。さすれど不死人は不死人のままで、永遠に火の呪いに囚われ続ける、と。

 

 

 

 

私も嘗ては勇者であったのだ。

 

火を継ぐという使命を帯び意気揚々と死に向かう。初めの頃は楽しかった。その死に向かう路の中にある落下死も、袋叩きにあって死ぬのも、呪い殺されるのも楽しかった。しかしいざ飽きてしまうと恐ろしいものである。火の呪いは私を離してはくれやしない。いつか気づけばなんでもない篝火の前だ。何事も無かったかのように。何度も何度も何度も何度も何度も生き返った。だけれど当然、心に。自分を只人として保ってくれている(さが)が少しづつ死んでゆく。だから自然と只人かどうかすら怪しい者たちにさえ縋る。

 

 

 

大昔に私の使命は、誰かの敵討ちだと信じ込んだことがあった。いたかどうかすら怪しい妹が混沌に殺されたから戦う。しかし長くは保たなかった。王の圧政が気に入らないから戦う。そこいらの道で躓いたから戦う。ペンが折れたから戦う。適当に理由付けさえすれば戦えたし、世界は勝手に回ってくれた。つまらない理由であろう。だがこうでもないと私は私でいられなくなってしまう。

 

 

 

だけれど当然、私の冷えた心が満たされるどころか欠けていく一方だった。

そうしていつしか勇者は使命を忘れ、何もかもがからっぽになった無為な行為をし続ける、只の亡者に近しい存在となった。

 

 

 

 

私がオスロエスの部下となったのもそうである。主人に忠誠(暇潰し)を誓うことでなんとか人の形を保った。

 

しかし案外、オスロエスは悪しき王では無かった。特に害のあることはしない。善きこともあまりしない。しかしどうして、竜の光の学だけを究めようとしていた。

 

だからであろうか。

彼の落魄れは目に余った。

彼は私よりも早く弱っていった。身内から迫害され、残る学問でさえ彼の努力には応えてくれはしない。

 

 

 

あまりに酷ではなかろうか。

 

 

だから私は、この枯れた心からなんとか善の気持ちを絞りだす。

 

 

この墓所(灰の墓所)の目の前に広がる、自分の死血で濡らしてない場所はないという路。

 

 

私は月の光(月光の大剣)を携え進んでゆく。

私の身の丈にあってない(ステータス不足の)一品だ。当然十二分に扱えるものではない。

 

 

しかしせめて彼に、王オスロエスに月の光であの慈悲のない生を絶ってあげたい。

 

 

 

 

不死人はそう思うのである。

 

 

 

 

 

 

________その週、妖王オスロエスは生を全うした。

彼の最早人の形をしていない頭の側には、持ち主のいない未だ光続ける一振りの月光が差し込んでいたという。

 

 

 

 

 

不死人は眠る。

今度は自害などではない。今までの使命など忘れ、異形を一つ救うという使命を果たしたからである。

不死人はたいそう満足であった。不安さえ無かった。これから先、延々と続くであろうこの世界に未練などは捨てたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




中々…小説ってのは難しいねんな…
どうも飛脚です。お楽しみいただけたでしょうか。ここまで読んでくれた方もまぁ居ないでしょうが、トンデモ駄文だったと思います。自分で何書いてるか解んないですし。

でもまぁなんとかクソ短いプロローグは書き終わりました(4日かかってるやたらめったら遅い手)

次はあると思います。多分。

ではでは。


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本編
邂逅


本編を読む前に必ず前書きの方をご確認願います。

こちらは、先日投稿した『邂逅』及び『邂逅:幕間』を統合したものになります。

詳しくは活動報告をご確認ください。









不死人は目醒める。

 

 

なんでもない篝火、というより焚き火であろうか。その前に私は座していた。

 

 

 

 

今までこのような世界の回り方(ニューゲーム)は無かった。いつも私が目醒めるのは三ヶ所であった。北の不死院(無印)隙間の洞(2)、そして灰の墓所(3)。だがしかしどうだ。

 

 

ここは目の前に焚き火があるだけの単なる真っ暗な空間。しかしどうして、いつもは導かれるように道が開かれており、至るところに先人たちのメッセージがあったというのに、今はどうだ。この僅な灯火では写しきれないほどの空間は広いらしい。

 

 

脚の感覚で座っていることだけは解っているが、十寸先の地面がどこにあるかすら解らない。下手をすれば、実は光の届いている焚き火と私の座っているところだけが切り出した岩場で、そこから一歩足を前にやれば奈落の底、何てこともあるかもしれない。

もしかすればここは魔物の胃袋の中で、目の前の焚き火は何故だかあって。

 

 

うーむ、うぅーむ。

 

 

いろいろ碌でもないことを思案する。

 

 

何を隠そう、いつもと違う。怖いのだ。

 

 

 

 

だがこの私とて前世はロスリックの騎士の端くれ。何てことはない、と大層な意気込みで目の前の焚き火の薪を一つ拝借する。

雑に折られたその薪は、木ではなかった。名も知らぬ人の腕。男の腕だ。それにとても年若い。燃えた肉が臭いを発し、燃えない骨が露見している。

 

 

この者の魂が鎮まるようにと私は祈る。

 

 

 

しかしこの薪を使わなければ進展はなさそうである。薪を上へと投げてみる。べちゃりと何かに当たる音がした。そう天井は高くないようだ。

 

次は前に投げてみる。道が照らされる。血のあとがある。まだ新しくぬかるんでいて、足を取られそうだ。

 

 

どうやらここは何処かの洞窟のようだ。

薄暗く頼りない光ではあるがどうやら一本道があるようで、足でゆっくりとトラップを警戒しつつ、着実に歩みを進める。

 

 

 

行き止まりに出てしまった。さっきの空間からそれほど距離はない。精々十五歩あたりであった。しかしどうしたものだろうか。反対方面には何もなかったし、なにかあるとすればここなのだが。

 

悍ましい松明を掲げる。

岩壁、である。何てことのない岩壁。押しても引いても焼いても煮てもどうにもできない自然の壁。

 

他に考えられる可能性を探していると、真上で物音がした。それも手を伸ばせば充分届くほどのところで。

触れてみる。

 

キィィと木の軋む音と共に光が差し込んできた。しかし開けきるまでは行かず、また閉まってしまった。

 

数刹那すると、上の空間からぎゃあぎゃあと物の怪のような声がする。野鳥の類いか。

 

バタバタと走り去る音も聞こえる。もし敵だった場合、仲間に伝わると些か面倒になる。様子を見ようではないか。

 

天井を殴り開ける。今度はバタンと開く。

なんとか手の届く高さだったのでそのまま体を引き上げ、穴ぐらを脱出する。

 

そこは、小さな小さな空間であった。私が屈まなければいけないほどの。そして目の前には粗末な木の板で出来た扉がある。先ほどバタバタと飛び出して行った連中は間違いなくここを通ったのだろう。

 

 

腰に携えた剣を抜く。ロスリック騎士は、みなこの剣を授かる。なんでもない、だけれど上質な直剣だ。こんな狭い洞窟で使うには長すぎる長物だけれど、この剣は斬るより刺すものだ。問題はあるまい。

しかし盾は使いづらい。背負っておこう。

 

 

 

 

少し進むと聖堂にいた奴隷の類だろうか。背の小さい緑の肌をした耳長の数匹に遭遇した。ちょうど年若い女の子供と交合って(まぐわって)いたようだが、少女の全身に傷があり、声も出ずただ目を殺している異形との行為は、確かに情の交わされているものではなかった。

 

GYUGIGIGA?!!

 

耳長が意味のあるかどうか怪しい声を上げる。

しかしもう遅い。名もなき東国に伝わると言う霞の構えに似た構え(L2構え)から発せられる正確無比な突きは異形の頭を正確に捉え、突き抜けた。

 

もう2匹が武器を抜く。それより早く剣に刺さった異形を蹴り飛ばし、できる限り小さな動きで一匹を斬り上げる(R2かち上げ)

 

姿勢を安定させた最後の異形が走り込んでくる。手には短剣。

 

GIGUGUGAGA!!

 

 

相当意気込んでいるようだが、残念ながら真っ向勝負というのはリーチが長い方が勝つ。異形が飛びかかってくるが最早私の距離である。斬れぬとは言え所詮は剣。横一閃してやると案外頭を落とせてしまった。

 

 

まだ体が、頭を抜かれた異形と繋がっている少女に目を向ける。実に惨状である。血と異形の体液の臭いが入り交じり嗚咽を誘うようだ。

 

「貴公、大丈夫か」

 

少女からの返答はない。

籠手を外し彼女の頚筋に指を当てる。

 

脈はあるようだ。しかし異形から受けた辱しめに心が壊れてしまったか。

 

傷はどうにか持っていた包帯で手当て出来た。だが未だ彼女の心は戻らない。決して。これからも。もし戻ったとしても、それは上っ面だけの心で、只の張りぼてに過ぎないのだ。

 

自分がそうであったから。

 

ふと少女の手が動く。私の方を指差す。小さく唇が動く。

 

「…っ、っ…!…!」

 

瞬間、私の背後が臭う。クソッタレの異形の臭いだ。何千回、何万回と嗅いだ臭い。否応でも忘れない臭い。

 

咄嗟に左腰に刺しているダガーを抜く。

振り返り様に一突き。着ているローブが翻る。

 

 

 

Gigagugagagaaaaaa!!!

 

喧しい叫びが空間を満たす。

見れば先ほどよりも数回りも大きい異形である。右手には大きな棍棒が握られていた。あんなもので殴られてしまえば只ではすまない。

しかし私の入れたダガーはしかと異形の右太腿に深々と刺さっていた。好機と言わんばかりに刺さったダガーを蹴り飛ばす。

 

大型異形が姿勢を崩したと思えば少女の横に立て掛けておいた愛剣に飛び付き鞘から抜く。

間髪いれず大きく踏み込み、異形の右胸目掛けて一突き。骨の間を通った、愛剣が半分ほど肉を喰ったところで柄を握り込み更に深々と刺していく。

 

 

 

喚いていた異形も静かになった。白目を剥き出血はあまりに多かった。

死んだ、のだろう。死血が剣と籠手にまとわりついて、滑る。

 

 

まぁ上出来である。本来、甲冑を着込んだ戦士を相手取って今のように肺を抜こうとするならば、腋の下に刃を通してねじ込むのだが、今回ばかりは相手が何も着ておらず、助かった。洞窟の中である故、大きく回り込むように剣は振るえないからである。

そう考えながら消毒液を染み込ませた布で剣を手入れする。

 

 

少女を徐に担ぐ。

ローブを着ているとはいえ、中に甲冑を着ている。裸体の少女をそのまま背負うことは、傷つけてしまうのではないかという懸念があったが、この際は考えないでおこう。脱出が優先だ。

 

 

 

___________

 

 

なだらかな上り坂へ出た。しかし坂の上はまだ暗い。

 

 

 

突如として坂の上から何かが転がってくる。

 

__異形だ。

 

少女を担いでいない方の腕でダガーを抜く。

 

 

 

しかしどうであろうか。転がってきたのは異形ではあったものの、既に死んでいるもの。しかし油断ならない。近づいて見ると視界の端から灯りが飛び込んできた。

 

 

松明である。しかしその只の松明が__油が塗られていたのか__異形の屍を轟々と燃やす。

足止めのつもりであろうか。なるほど確かに、狭い洞窟では火柱が天井まで届く。無理に抜けようとしても異形の血に足をとられて自分まで大炎上。仮に炎を抜けられたとしても坂道の上で待ち伏せされていれば、確実にやられるのはこちらである。

 

だから待つとしよう。不死人は待つのが得意である。その生は永遠故、いくら時間を浪費しようが意思のある限り(プレイしている限り)動き続けられる。

 

 

 

しかし少女の容態が心配である。応急処置はしてあるが、何分私には医の学も魔術も修めていない。信仰や理力に疎いため回復魔法ですら扱えないのが痛手である。だから何処かで、いるとは限らないが医師か神職に見てもらうのが手っ取り早いのだ。

 

しかし相手は炎である。防具を着込んだ、というか火のない灰であった私に、今更火が苦である筈もないのだが、ここでネックになってくるのも少女である。

だから申し訳ないのだが、ひとつ道を引き返すことにした。

 

 

目的は先ほどの大型の異形の死血である。

御伽噺では動物の血液を燃やして松明にする、なんて描写があるが、血液とて水である。中々燃えるものではない。先ほどの燃えた異形の屍体から出ていた血も火はついていなかったので安心だ。

 

だからこうして、私は籠手で触りたくもない異形の死血を掬い、少女に塗りたくる。脚、腕、背、秘部。髪は女の命というが焼けてしまって禿げるよりは、ましであろう。十二分に塗りたくる。

乾かぬうちに背負う。

 

そうして意を決してまだまだ煌々と輝いている炎に飛び込む。

 

一歩一歩確実に。されど迅速に。ついでに投げ込まれた松明を拾い上げる。

 

 

 

漸く炎を抜けた。数mであったが非常に長く感じられた。少女の方も若干呻いているだけで問題はなさそうだ。

 

先ほど拾った松明をお返しと言わんばかりに坂道の上へと投げる。

 

からんと乾いた音がしたあと、足音がひとつ。随分とおどおどした歩幅である。しかしおかしい。あの様な策を思い付く割りには随分と及び腰だ。

 

確実にもう一人いる。そう考えるのが自然というものだ。

 

ダガーを抜きこちらもゆっくりと距離を詰めてゆく。

 

そして坂が切れる曖昧なラインで私は走り込んだ。

 

 

__人影が2つ。

 

 

そう頭で解った瞬間、当たりに真っ白い光が走る。

しかしそんなものは関係ない。ここを走りに抜けるだけだ。肩に何かが当たったのが解った。肩だろう。いける。そう思えた。

 

 

 

 

しかし甘かった。丁度視界が戻る頃、足元に見えたのはワイヤートラップ。危うく掛かるところであったが、足が止まってしまった。

 

背後からバタバタと足音が聞こえる。振り向くと、ひとつの鎧が短剣を向け突進してきていた。止まってしまったので走り始めた相手から逃げ切り出口まで、とはいかないらしい。

 

 

 

しかしダガーではどうしようもない。重い足を挙げて蹴る。だが鎧の持っていた円盾で防がれてしまう。態勢を崩した私を見るなり、鎧は脇を抜けていき、出口があろう方面に回り込んだ。

 

なんとか態勢を戻した私は、鎧とある程度距離をとる。間合いの読み合いだ。相当手練れのようである。しかし人には慣れていないらしい。心臓、頭、右肺を狙った攻撃だったろうが、すべて人間の背丈より下の生き物を対象としているようだ。

 

 

しかし相手が対人慣れしていなくとも、相手は凶器を持っているのだ。危険なのは変わりない。

 

 

このままではどうしようもないので、決して鎧から目を離さず、少女を脇に降ろす。

そうしてゆっくりと愛剣を抜く。

 

「貴公、何者だ」

 

鎧は応えない。

ゆっくりと半身に構え、右手で剣を胸の前まで持っていく。切先は鎧へ。左手にはダガー。

もうじき後ろからもう一人が来るであろう。そいつを先に仕留める。

 

鎧はこのままでは決して動かないであろう。下手をすれば私を逃すことになるから。だから挟撃することで集中を鈍らせるつもり、といったところか。

 

しかしその策に私は乗るしか無いのだ。前にだけ集中すれば後ろから刺される。それは勘弁である。

 

 

 

長い長い見合いが続く。

 

 

ぱたぱたと後ろからやっと足音が聞こえる。鎧の目を盗んでちらと見れば現れたのは15になるかどうか怪しい少女。魔法杖を一本持っているだけの非力そうな少女である。しかし見るからに神職。侮ってはいけない。

 

だがどうしてか、一瞬動揺した素振りを見せた少女は、あろうことかその杖で、えいと言わんばかりに殴りかかってきたのだ。

 

実に好都合である。

左手のダガーで杖の持ち手を引っかけ手首を反して杖を落とさせる。がら空きになった胴部にタックルを入れる。

 

きゃあと可愛らしい声を出して少女は尻餅をつく。

 

これで一人。

 

しかしあまりにも少女一人倒すのに時間がかかりすぎていた。完全に鎧から目を離していた隙に一気に距離を詰められ、短剣がへその上辺りから喉に向かって振られる。

 

 

ガキッと鎧の短剣が止まる。

 

__西洋の甲冑には胴部と首の間にV字の段差があることがある。今のような技の対策であるが、時が経るにつれて減っていった。しかしロスリックは古に囚われている者たち。当然甲冑も旧式である。

 

 

思わぬ攻勢の詰まりに驚く鎧。これぞ好機到来。少女にしたのと同じようにタックルを掛けて態勢を崩させる。間髪入れずに愛剣を持ちなおし小さく唐竹割り。相手の円盾になんとか防がれるが、これこそ狙い。左足で崩れた相手の脛を蹴り飛ばし、そのまま押し倒す。そして左手に据えていたダガーを首もとに当てる。

 

 

「勝負あったな」

 

そう台詞を吐く。それでも鎧は何も応えない。それどころか落とした短剣を探そうとしている。往生際の悪い男だ。この手で介錯してやろう。ダガーをゆっくりと突き立てる。

 

 

 

「やめてください!!」

 

声が洞窟に破裂する。

 

手を止める。鎧も短剣を探しもがくのをやめた。

 

 

声の主は神職の少女であった。

 

「やめて…ください…」

 

私に見られた少女はもう一度、だけれど心細そうな声で言う。

 

「お願い、です…殺さないであげて、ください」

 

嗚咽も混じる。息が粗い。極度の緊張状態のようだ。実に憐れであるが、警戒は解かない。

だけれど少女に問う。私だって異形ではない者を殺すのは躊躇う。

 

だから問う。

 

貴公らは、何者だ、と。期待を込めて。さすれど怒りを込めて。

 

 

だから不死人は彼女の細々とした声に喜々としたのだ。

 

 

人を殺さなくても済むという応えに。

 

 

 

 

 

 

 

外套を、私が運んできた血濡れの少女にかけて、布で全身を拭いてやってるこの神職の少女。

幸いアストラ語圏の訛りをもつ言語を話せるようだ。一方彼は訛り云々の前に、私の使う言語(ソウルシリーズ系英語)が少しばかり疎いようだ。聞けば少女は読み書きを習う場としての役割を持つ神殿で、例外的にこの古語を習ったらしい。本当に昔の御伽噺の中でしか使われないような、古い古い言葉だそうだ。

まだ見え隠れする恐怖をなんとか抑えながら教えてくれた。

 

 

つまり鎧が応えなかったのは、単に私の言葉を上手く聞き取れなかったから。洞窟内だったからか音が反響し、話声にかぶってしまったか。旧世の__そもそもここが何時の世界(ソウルシリーズ)と限った訳ではないが__文言は今では廃れ、現世に取り残されたのは、ただぎこちないだけの言葉であった。されど基本的なことは何も変わっちゃいない。彼女が思わず上げた悲痛な言葉が、たまたま私の耳に飛び込んできた次第であったのだ。

 

 

 

単なる奇跡であったのだ。たまたま少女の、上げた声が反響してもさほど支障のない単一音であったこと。まだ身の上を知らされていないとはいえ、この鎧が世界を救った英雄ではない、とは限らない。もしそうなら、鎧を殺しかけた私を止めたのは、大手柄であるのだろう。ただ、考えも無しにいきなり攻撃するのは、新米だったとしても少しばかりも頂けないが。

 

「拭き終わりました」

 

か細い声で彼女は言う。

聞けば、裸の少女には特に異常は無いようだった。

ふぅと一息。安心と伴に区切りをつける。

 

「さて、もう一度問う。貴公らは何者であるか」

 

念のため剣を抜き、彼らに向ける。これで三度目になる質問。ただこの意味が通じるまでに少しばかりの間隔がある、というのは些か格好がつかないではないか。

 

鎧が応える。

 

小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)だ」

 

「えと…一緒にいる駆けだし神官、です」

 

「ならば私も肩書きではあるが名乗らせていただこう。私は只の流離いの騎士だ。なんでもない、そこらじゅうにいる類いの者だよ」

 

そう。いつもそう答えていた。なんでもない只の騎士。剣を交わす前にいつもは名乗るから、こんな、何を言ってるんだお前は、みたいな顔はされないのだが。大立ち回りを披露した後であるし、仕方のないことなのだろうか。話を聞いてる頃には既に切っ先が下を向いていた剣をしまう。ロングソードとあってか態態、鞘を前まで持ってきて仕舞うのは些か不便ではなかろうか。

 

さて、と彼らに向き直る。

 

「質疑を続けよう。貴公ら。ここで何をしていた?」

 

「ゴブリン退治だ」

 

素晴らしい。実に簡潔な答えである。たった8文字で他人がモノを理解できると思っているようだ。残念ながら私には智慧というものが足りていないらしい。しかし動かない戦局をじっと眺めているのは無能の証。彼と話していても無駄か、と思い今度は女神官に目を向ける。

 

「わ、私は実は…他の一党に属してたんですが…その…襲われてしまって…他の人たちは…」

 

「…襲われてた?」

 

「こいつもゴブリン退治の依頼を受けてここに来たらしいが、一党は壊滅、たまたま生き延びられたようだな。人型生物最弱、と高を括って新人が死ぬのはよくある話だ」

 

小鬼殺しが喋ると同時に、私が目覚めた場所にあった焚き火を思い出す。胸糞悪いことであるが、あの肉の薪は彼女の元の一党の誰かの四肢であったのだろう。

 

「…成る程な。それは悪いことを聞いた。命からがら逃げた所、そこの鎧…貴公、小鬼殺しといったか。その神官が窮していたところを偶然救った、ということか」

 

「そうだ」

 

「信じてもらえると…助かります」

 

「疑う筈もないだろう?それに貴公ら。自分達がおかしな真似をすればどうなるか解らない筈もあるまい」

 

敵意はあまり無さそうにしろ、こちらは一応勝った身である。不意をとられて首を討たれても困るから、今度も念のため手持ちの武器を預かる。

 

「そういえばだが。先の異形の名はなんと言ったか…ごぶ…ごみるん?」

 

クスと少女の顔が綻ぶ。しかし薄氷を踏み抜いてしまったような顔をし、汗がだらだらと垂れる。

 

少しふざけただけ、なのだが。鎧はあれから一言も話さず、女神官だけがなんとか泣きそうになりながら話している様は、ただただ不憫であったから。それがここまで血の気の無いような顔をされると、あたかもこちらが悪いみたいみたいではないか。

 

 

私とて完全に警戒を解いた訳ではない。ずっとあたふたする神官の真横で黙りこくっている彼の鎧の裏側から、ちらとみえる柄に目をつける。柄の長さからみて大体刃渡りは10cm程度。急所に入れればこの状況すら覆せるやもしれない 。全く、抜け目の無い奴である。

それを渡すよう、という旨を伝えると、しかし素直に応じてくれる。バカなのか諦めの悪い奴なのか。いまいちはっきりしない。いや、あの顔驚き方からするに、単に忘れていた可能性もありそうだ。実戦では惜しげもなく使う気なんだろうが。

 

武器を取り上げたとはいえ、とりあえず鎧の方はまだ信用ならない。籠手まで外させて、腕を頭の後で組ませる。女神官はそのままだ。半人前も良いところな彼女だけれども、何かしてくるという心配もあるまい。

 

 

準備を整えた所で、外套を羽織った少女を背負う。突然奇襲されても迷惑なので、先頭は小鬼殺し。続いて女神官、私の順で出口へ向かう。

 

途中、先頭の小鬼殺しが何かぼそぼそと話す。

聞けば、ゴブリンの刃物には大体猛毒が塗りたくられているらしい。毒性植物から自らの糞尿まで。とりあえず体に害のありそうなものをごちゃ混ぜにしてしまった物らしい。

 

そこまで聞いて、私は呆気にとられた。貴公……先導役気取りか?組んだ手を勝手に離して、道端に落ちてるゴブリンの武器拾い上げるか普通?

 

女神官も不思議そうな声で言伝していた。私も女神官も、まだ彼に出会ったばかりなのだ。厳つく傷だらけの戦士を思わせるような見かけによらず、結構抜けている奴なのかもしれないな。

 

 

 

さらに進めば、男女の死体が1つづつ転がっていた。男の方は幾つも刺し傷切り傷が散見しており、四肢はもがれている。成る程。あの薪はこの者だったらしい。女の方は吐血したようで口元から地面にかけて、赤い滝の跡が出来ていた。腹と首に刺し傷が1つづつ。腹の方の傷はそこまで深くはない。だとすれば内蔵圧迫での吐血ではない。やはり鎧の言っていた毒、なのだろう。首の傷は介錯の跡、というわけだ。

 

 

何百何千と殺し殺されを続けてきた私でも目を逸らしてしまうほど、悼ましい光景である。まだ年端も行かぬ女神官は見るからに青ざめた顔をしている。悪いが少しだけ待て、とだけ伝えて祈りを捧げる。

碌に神も頼らず無信仰の私であるが、如何なる神でもこの追悼の意ぐらいは受け取ってくれるであろう。

 

 

 

 

 

 

光が差し込んでいる。

 

空はもう夕暮れであった。森のなかであったが、木々の間から西日がちかちかと差しこみ眩しい。空を仰げば、赤から紺へのグラデーションがかかっている。幻想的とも、恐ろしいとも取れる。嘗て読んだ御伽噺で、丁度こんな空色である時に、おぞましい怪物が月から降りて来た筈だ。いや、あれは暁であったか。

 

何にしろ、今は落ち着ける時のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

__数十間ばかり進むと、一気に囲んでいた森が開けた。鎧の小鬼殺しも、女神官もひどく疲れているようだった。最早そこに、警戒心が入り込む隙など無かった。

ちょうど休もうとしていたところだ。そろそろ少女を背負う腕が疲れてきているから。しかしどうやら到着のようだった。

 

はたと見れば良くできている街のようだ。勿論アノールロンドや深みの聖堂ほど見映えはよくないが、あのクソッタレの病み村や、たまたま立ち寄った化け物しかいない漁村よりかは遥かにマシである。西の街、女神官はそう呼んでいたか。石作りの家々が所狭しとひしめいており、街の喧騒がここまで聞こえる。夕暮れ時だ、買い物をするにはぴったりの時間である。

 

報告に行く、と言ったっきり帰ってこない小鬼殺しとは裏腹に、街に到着した頃には千鳥足とそう変わらないふらふらとした足取りであった。しかしなんとか、女神官は私に向かってぺこりと可愛らしく頭を下げる。

 

「ご同行、ありがとうございました。貴方がいなければ今頃…」

 

彼女の言葉を遮る。

 

洞窟から現れた奇妙な騎士と対峙し、負けて危うく殺されそうになった、なんとか説得して、騎士に捕虜の運搬の手伝いをさせている。そんな今のややこしい状況で感謝なぞされても居づらくなるだけである。

 

「別に構わんさ。私とて旅人。行く宛が無い代わりに時間ならたっぷりある」

 

そんな面倒な状況に参ってたとはいえ、少し厚かましすぎたかと自分でも思う。これじゃ明らかに街の中に入れるよう推し測って貰いたがってるみたいではないか。みっともない自分の姿に落胆している傍ら、女神官はふふ、と笑って

 

「衛兵さんに事情を説明してみますね」

 

と慈愛に満ちた顔で言った。この娘、なかなか魂胆はあるようだ。背負っていた少女と彼らの装備を小鬼殺し一党に預け、私はここで暫く待っていることとなった。

 

 

 

 

しかし魔の手というのはこの安息の時間に限ってやって来るもの。

 

 

 

 

 

 

 

少し微睡んでいたのが悪かった。肩を掴まれ後ろに大きく引き倒される。流石に急すぎた。尻餅をついてしまう。しかし咄嗟に愛剣を抜く。

 

 

抜く。

 

 

抜けない。それもそうだ。腰に、何時も差している場所に無いのである。突然の変化に大慌てである。そうこうしているうちに目の前にぬっと黒い人影が現れて。

がつんと一発、固いもので殴られてしまう。

 

 

 

意識の糸を離しそうになる。耳鳴りがする。

 

 

これでもかと大暴れするが囲まれてしまっているようだ。どんどん森の方へと引きずり込まれていく。

 

 

やっとここで脳が醒める。相手は三人の盗賊擬きのようだ。しかし全員私の頭側についているため定かではない。解ることと言えば、一人が頭を、もう二人が甲冑の腋の辺りを持って私を引き摺っていることぐらいだ。一見絶望的にも見えるが、数十kgほどの甲冑を引っ張っているのだ。中々進む気配はない。

奇襲までは上手くいったがその後のことは考えていなかったようだ。

 

脚を地につけて踏ん張って腰を浮かせる。そのまま体を捻る。柔の技の応用である。よく全身に何も身に纏ってない霊(変態闇霊)を組み敷いたときに、こうされたのを覚えている。そのあとめちゃくちゃに馬乗りになられてどうすることも出来ないまま、ボコボコにされたことも。許さんからな。

 

 

幸い、三人の距離が近かったせいだろうか。真ん中の奴が思わぬ私の態勢変化についていけず、姿勢を崩すと右腋を取っていた奴もまとめて転んでしまう。真ん中の奴は倒れる仲間の脚に思い切り頭を蹴られたようで、意識が朦朧としているようだ。左を取っていた奴も二人分の力が無くなったことで私を引くのを止めたらしい。うつ伏せになっている私に乗り掛かってこようとする。だがもう遅い。すでに私は起き上がっている。

 

「クソッタレェ!ぶっ殺してやる!」

 

時代は流れても屑のやることは変わらないし台詞も変わらない。私でも何言ってるか解る。

そして屑野郎の手に握られていたのは何時もの短曲剣。

 

「盗っ人風情が刃物を扱うな。それを渡せ」

 

「へへっ何言ってんだテメェ…おめぇなんかこれで十分だぁぁぁあ、ぶべら!」

 

私渾身の右ストレートが、盗賊の顔に抉り込むようにクリーンヒットする。お手本のように吹っ飛んでいく。一応死なないように籠手は外してある。しかしよく飛ぶ。

 

それを見た意識を失っていない方の盗賊の身のまわりは、何やら水溜りになっていた。小水臭い。

 

「貴公…粗相とはいかんなぁ!」

 

胸ぐらをぐいと捻り上げてやると、ひぃぃい!!と情けない悲鳴を上げる。無抵抗の者を殴るのはどうかと思うのだが、大事な大事な私の愛剣を盗ったことのケジメはつけなければいけない。大きく振りかぶった拳を振り下ろして

 

 

 

寸止めする。しかし私も柔な男のようだ。騎士道に反することはできない。へ、へへ、へへへへ!と笑い安心しきった様子。胸糞悪く思いながら胸ぐらを離してやると、ふと私の愛剣が水溜りに沈んでいるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を探しに来た衛兵に止められるまで殴りつづけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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襲来

工事完了です。

一昨日消去した『ジョークみたいな一日』及び『ジョークみたいな一日:幕間』に代わりまして、完全新規書きおろしです(当たり前)
ジョークみたいな一日はほんとにジョークだったってことだ!

はいすみません。今後もこのようなことがあるやもしれませんので、その時はよろしくお願いします。

では本編どうぞ


不死人は気付く。

 

 

何処であろうか。 妙に薄暗く、獣臭さと汗の臭いが入り交じっている。

 

薄い壁、否、布であろうか。それを1枚越えて、じゃりじゃりと地面を踏み躙る音がし、時おりガクンと揺れる。蹄の音が高らかに、だけれどゆっくりとした調子で聞こえる。甲冑の心地が悪い。留め具の部分が妙に削れて収まりが悪くなっている。誰かに無理矢理こじ開けられそうになっていたか。

 

 

「起きたのか」

 

突然、前から声がした。まだまだ暗がりに目が慣れていない。

 

「じっとしてろよ」

 

「…貴公は何者だ?」

 

純粋な疑問。どうやら相手は身ぐるみ剥がされたのか、元々そうであったのか。丁度私の左前に膝を立てて壁に凭れかかっているその男。実に貧相な麻の服を纏っている。だがそれ以上は解らない。ただ怪しげに暗がりに目立つ血走った眼は、やけに浮いて見えた。

 

「おっと貴族の出かい…?へへ…なにさ。だけれどお前も似たようなもんだろう…」

 

怪しく黒ずんだ目もとにお似合いな、ヒヒッ、などというしゃくり上げるような、陰気を孕む笑い声。少なくとも私が今日_果たしてあれからどれだけ時間が経っているのか解ったものではないが_出逢った小鬼殺しとはまた違う雰囲気。まるでこちら側の人間(ソウルシリーズNPC)と話しているような。卑しく、矮小で、他人の財に住み着くダニにような下衆。反吐が出るほど見てきた、マトモではない種だ。けれどどうして、そういう者に限って益になったりする。

 

「…それにオレが誰だっていいだろう…?フヒッ…同じ科人のよしみだ…よろしく頼むよ…」

 

「…科人だと?私は捕まった覚えはないが」

 

「フヒッ…なんだい…ずっと寝ぼけてたのか…?アンタ、西の街のあたりでこの馬車に積み込まれてたじゃないか…今の今までうんともすんとも言わないから死んじまったと思ったが…」

 

「…私が?」

 

記憶を目一杯辿る。小鬼殺しと別れたあと、確か。盗人3人に襲われて。上手く返り討ちにしたあと。

 

 

 

思い出した。

 

 

 

頭に血が上って盗人共を散々にしてやっている。

そこを衛兵に見つかって。街の中の詰所までしょっぴかれた。

 

自分で合点が行き、思わず声が漏れ出る。

 

「ヒヒッ…思い出したかい…?まぁそんなところだ…よろしく頼むよアンタ…」

 

 

執拗に握手をせがんでくる男だが、無視する。奇妙な商人の奴等のような例もあるが、こういう奴等に深く関わって良いことが起きた試しはほぼないと言っていい。

 

「連れないねぇ…」

 

諦めたように出した手を引っ込める男。

見たところ、指が長く皮膚が黒ずみ大きく痛んでいる。確かグレイラットもこんな奴だった。盗人とは言え、盗品を売り払っている個店はそこそこの品揃えではあった。案外悪いやつではなかった為、彼の遺灰を得たときは、物も言えない気分になったものだ。

思いで巡りも大概にしよう。

 

「ならどうだい…今連れられてるは掃溜めみたいなところだけどね…ヒヒッ…実は抜け道があってな…金貨を幾らか払ってくれれば教えるさ…どうだい…?」

 

「いや、結構だ」

 

「勿論支払いは後でいい…どうだい、悪い話でもないだろう…?」

 

「だから結構だと言っているだろう。私は自身で潔白を示してみせる。悪知恵など使うまでもない」

 

「そうかいそうかい…ヒヒッ…気が変わったらまた言ってくれよ…」

 

蛇のように絡みつく男をなんとか引き下げる。ため息をつく。今一詰め所からの記憶が薄い。聞けば、尋問はまだだと言うし、私がしょっぴかれたのも先程だという。これから行く拘置所での弁明が十分であれば、手続きを済ませた後、じきに解放できる可能性もあるらしい。

勝手に馬車から首だけ出して衛兵に聞いたが、止められなかったあたり、多少は何があったか察しがついているのだろう。

着いたらどう弁明しようか、などと考える。

目前の不気味だが頭のおかしい奴ではない、のだろうか。いや違う。抜け道どうこう言ってる時点でしょっぴかれるのはいつもの事であるのだろう。この形骸化したような警備の上、乗っているのは常習犯のような奴と人を殴った私だけ。そもそもこんな柔な馬車で重罪人を運送するのも可笑しな話だ。

 

ともかく、拘置所の抜け道など聞いてしまった方が損である。

なんでもないように腰をかけ直す。

心地を整えたが甲冑で座り込むというのは少しばかり腰が張る。目を閉じて明日からの時間の使い方を考える。行く宛もないのだ。西の街を彷徨く程度、しがない旅人にも許されよう。

 

 

 

 

 

なんでもない平和な一時の静寂が爆ぜるよう、突然バツンッ!などという、あたかも何かが切れるような音がした。

 

 

 

 

 

 

 

異音に気づいたときには目前の男の体は真っ二つになった。

 

 

鮮血が馬車の内部を彩る。

外の衛兵らしき奴等が騒ぎたてる。馬は暴れだし、車内が大きく揺れ動く。

静かだった外は悲鳴と大量の足音。異形の鼻息と喚き声まで聞こえる。益々悲鳴は酷くなっている。

ここにいては不味いだろう。飛び込むようにして馬車を飛び出す。

 

 

外はそれはまぁ酷い有り様であった。

馬は刃物で滅多刺しになって殺され、衛兵と思われる肉塊は首から上が無くなっている。衛兵はもう一人いたのか、そいつは小鬼に集られている。まだ息があるのだろう。えらく暴れている。

まだ息はあったようだったが、しかし余りに時間が足りなかった。腰袋からアストラの大剣を引っ張り出すまでで数秒。いきなり動かした膝の違和感に耐えながら走り込む。だけれど無情なことに命は簡単に散るものだったようだ。衛兵の振り回された腕は次第に動かなくなっていき、最期には腕そのものが小鬼に引きちぎられてしまった。

 

自責の念を振り払いながら大きく右足を一歩踏み込んで小鬼の群れに横薙ぎ。手前半分ほどの小鬼の頭の形が変化し、その小さな体では勢いは吸えず、彼方へと飛んでいく。次の斬撃まではその特大剣の重量故、振り直しに時間がかかる。飛びかかってきた一体を左足で蹴りあげ、大剣を担ぐようにして唐竹割り。そのまま地面に衝いた切っ先がが地面の反射で浮き上がったことを確認するなり、そのままもう一度左足で踏み込んで脳天一突き。

緻密かつ鋭利に研がれたその大剣は、愛剣と同じく刺突に長けている。防具もなにも着込んでいない小鬼の頭蓋など、布に針を通しているようなもの。

あるのかどうかすら解らない脳漿と脳髄が、剣身に纏わりつく。刺さった死体を蹴落とす。

 

まだあと一匹残っている筈だ。

振り返るとほぼ丸裸に近い小鬼がへたりこんでいた。

先程仕留めた小鬼の群れの獰猛さに反して、随分逃げ腰である。群れからあぶられたか。

だけれどそんなこと私は知ったこっちゃない。血の滴る剣を構える。それを見るなり全速力で逃げ出した小鬼を、逃がしはしない。腰袋から咄嗟に投げナイフを取り出す。

 

呼気を排す。この距離では外しはしない。

 

 

 

 

私の集中を遮るように、バツンッ!と先程と同じ音がする。

そうして数秒も経たないうちに先程の首なし衛兵のように小鬼の頭は飛ばされた。いや、轢かれた、の方が正しいだろうか。かなりの速度で何かが飛来するのは解った。しかしそれが何だったのかは当然解らず、精々横に転がり回避するしかできなかった。

ソレは轟音と共に地面に突き刺さる。

横目で刺さったソレを見る。

ソレは単なる丸太であった。いや、杭、と言った方がいいだろうか。丁度私の腕の周ほどあるもの。末端の切口には溝が掘り込んである。

差し詰、粗末な木製の大矢と言ったところか。しかしいくら粗製と言っても威力は侮れない。なにせ人を真っ二つにするのだ。いくら防具を着ているとはいえただじゃおかないのは火を見るより明らかである。

 

どうやらすぐそこの森の木々の隙間から撃ってきてるらしい。流石にこの距離の狙撃を避けながら詰めるなどという離れ業をやってのける自信が、私にはない。近場にある生い茂った草むらに飛びこみ身を隠し、遠眼鏡で射手の正確な位置を割り出す。

 

 

「…いた」

 

大矢の射手、は洞窟で見かけた大型小鬼よりも少しばかり大きいだろうか、そんな小鬼であった。最早小鬼、と呼べるものでは無いかもしれない。

 

場所が割り出せたとはいえ、これでも戦況はイーブンにはならない。正確な位置を割り出せたとはいえ、ここから飛びだそうものなら奴に射抜かれてしまって終劇、であろう。しかし策はある。

 

籠手を外し、指を舐めて濡らす。

風はまだない。太陽はなんとか西に顔を出している。日が暮れるまで時間は使えない。しかし今は暫しの辛抱。

 

時間の都合が着くまでの間、大剣を腰袋に仕舞い、代わりに呪術の込められた巻物(スクロール)を一本と鬼討ちの大弓、大矢を取り出す。鬼討ちと称して小鬼を狩る。なんとも名前負けしているように感じるが、この際どうでもよい。もう一度遠眼鏡で奴の位置と風向きを確認する。

 

そうして準備が整った。風は森へと吸い込まれている。

 

まず巻物(スクロール)を展開する。中身は『毒の霧』。半径3m程度の範囲に毒の霧を撒き散らすというかなり味気ない一品。滅多に使うことのない呪術である。しかしどうだ。森に向かって吹いている風のお陰で、霧は3mどころかどんどん森の方へと流れていく。

 

勿論、これであれほどの図体を有する小鬼が死ぬなど微塵も思っていない。しかしそれでも目潰し程度にはなる。

 

遠眼鏡で奴が霧を吸って咳き込んでいる小鬼を確認し、すくと立ち上がり大弓を携える。歪なクランクのような形をした大弓は固定する必要はない。大矢を番え、ただただ力任せに、されど繊細に引き絞る。

 

 

目を閉じ深呼吸。

 

 

 

音も微かに、ひょうふっと放たれた大矢は、呆気もなく小鬼の胸を貫いた。見たところ貫通してしまったため、案外致命傷にはなってない可能性がある。大弓を仕舞いまた大剣を引き抜く。

 

 

 

 

 

見れば、小鬼は死んでいた。白目を剥いて胸を抑えて死んでいた。こいつがしたことを思えば生ぬるい死に方であるが、これ以上言っても仕方がない。一応首だけは刈っておく。

 

馬車があった場所に戻る。馬は殺され死体が転がる。

小鬼に集られていた男は、致命傷になったであろう首根っこの傷に、歯形がついていた。奴等に首を噛み切られたのだろうか。牙ならまだしも、小鬼共は只人と同じような歯並びを持っているようだ。鈍いものでできた傷というものは想像を絶するほど痛いものだ。それが大怪我であるなら尚更である。

 

そうして生存者がいないことを確認して、衛兵たちの身分証になりそうなものを探してみる。二人とも首に認識票がかけられていたため、回収しておく。

馬車の中の盗人の分も探しはしたのだが、出血の多い死体はすぐダメになってしまう。これ以上こねくりまわすのは冒涜にあたるか、と手を止める。結局目星になるものといえば彼の着ていた麻服程度であろう。

最後に私の愛剣と盾がその場にないことを確認すると、死体を路肩に寄せ、祈りを捧げてその場を後にする。

 

 

ひとまず今回の騒乱は他の衛兵に話をする必要がありそうだ。

蹄の跡の残る道を、とぼとぼと辿る。

 

 

 

 

日はもうとっくに暮れていた。

夜が更けるまでに街に着くのであろうか。

 

 

 

不安に駆られる不死人が一人。



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