白銀の焔 (其のホチキスの針は指穿つ)
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白銀の焔

武器:真飛竜刀【アルミナ】Lv5(青電主)
防具:ディアブロXシリーズ
スキル:抜刀術【技】、挑戦者の納刀、破壊王、挑戦者+1
護石:英雄の護石(納刀10)

※この作品は夜間モードではない状態で読むことを推奨します。


―――酷く焦げた匂いがした。

それは、肌が高熱に焼けたせいか、はたまた周囲に転がる肉片が高熱に焼かれたせいか。

どちらなのか、男には判別出来なかった。

 

装備の重さにより、火山地帯の土に男の足が沈む。

男が愛用しているディアブロX装備は、度重なる激戦の末に各箇所が欠損し、飾り気のないシンプルな外見へと変化していた。

あまりにも重鈍で、無骨で、それでいて堅牢な防具は、その各所を擦過によって黒く焦がし、鋭利な爪や牙で抉られている。

それでも密度の高い角竜の素材を加工して作られたその防具は、過去に一度も、一度たりとも竜の攻撃を五体へ直接届かせた事が無かった。

 

―――男は遠くに焦点を合わせ、目を眇める。

腰に提げた武器、真飛竜刀【アルミナ】の柄に手をかけ、大きく息を吸った。

口内が、喉が、肺が焼けるような感覚がする。

 

 

「―――!!」

 

 

精一杯、激情に吼えた。

遥か遠く、火山の奥に見えた、白銀の太陽に向けて。

 

 

○○○

 

 

―――今、足を動かすのは、狩人の覚悟と誇りだった。

自ら受注した。だから退かぬ。

それは死の恐怖で濁らない、落ちれば戻らぬ雷にも似ている。

それが男の精神だった。

 

―――再度、クーラードリンクを口に含む。

喉を通り、胃に落ちる感覚と共に体が冷えていく。

再度踏んだ火山の土は、潤った喉とは相反して酷く乾いていた。

それはまるで、男の心のようだった。

 

 

―――依頼され、竜を狩る。

他人の為、集落の為、村の為、街の為、ギルドの為。

金と名声を得る事に、男は飽きていた。

賞賛も、歓声も、女の誘惑も。ソロで飛竜を討伐し、酒を呑んでも。古龍をパーティで相手して撃退し、生き延びても。果てには街に近付いた二つ名、青電主を犠牲を踏み越て激戦の末に討ち取っても。

男の中にある“狩人”が潤う事が無かった。

懐かしむは、自らの為に武器を振るい命を賭けた駆け出しの頃。

 

そんな乾涸びる寸前に、ギルドで見つけたのは幻の目撃情報と調査依頼。

誰が困っている訳でも無い。ただ、そこに巣を作ったと言うだけ。

その謳われる程の竜に、男は心躍らせる。

誰でも無く自らの為に、男はその調査依頼を受けた。

 

 

―――男が足を踏み入れたラティオ活火山は、ハンターが活動できる火山の中でもかなり広い。

中心に近づけば近づくほどに、地は乾き岩肌が露出する。

男は、足音が硬くなるにつれて高まっていく緊張に拳を強く握った。

それは、足音が硬くなればなるほど、竜の住処へ近づいているという事だから。

 

―――どこかで爆発音が聞こえる。

ここは活火山。

それは噴火の音なのか、はたまた竜の逆鱗に触れた愚かな存在が炭へと化したサインなのか。

この場所では判別はつかない。

ただ、もう少しすればそれも分かるようになるだろう。

足底は、既に岩肌を叩くようになっていた。

 

火山の奥地への入り口で、足を止める。

息は荒い。コンディションが良いとは口が裂けても言えないだろう。

防具に隠れた顔は青く、指先は震えていた。

だが、引き返す事は出来ない。

それは、男の矜持に反していた。

 

―――狩人は防具に身を包み武器を持ち、竜を討つ者也。

遠雷のような爆発音に身を晒し、数歩踏み出す。

 

 

それは数瞬。

目の前は、焔だった。

 

 

色は紅。叩き付けるような熱風に頬が焦げるよう。

咄嗟に掴んだ太刀の柄は、驚く程に冷えていた。

 

男に焦りはない。

ただ、自らの腕を信じて武器を抜いた。

刃が空気に触れ、宙を走る青雷が破裂音を鳴らす。

鞘に切っ先が引っ掛かり、振り抜きに溜めが生じ、

 

縦に一閃。焔が、斬れた。

 

歪みもブレも無く、その刃に迷いはない。

遅れて焔を掻き消す青雷が、竜の巣に確かなサインを発した。

貴様を斃さんとする者が、足を踏み入れた、と。

 

 

―――対して、巣の主は多少の驚きと共に、明確な喜びを得た。

そのサインも、警告で撃った焔を斬る男の一閃も、竜にとっては喜びに過ぎなかった。

 

竜は縄張りより外へと動くことを好まないが、好戦的だった。

手応えがある相手だと認識したと同時、竜は巣穴から飛び出す。

長い時を経て重厚に、硬く、硬く重なった鱗と甲殻で重みを増した体が岩肌の露出した地へと降り立った。

重みのある振動が竜の縄張りを揺らし、地に大きな罅を走らせる。

 

 

―――男は、その竜の姿を至近で初めて目撃した。

 

その甲殻は火山の溶岩の光を淡く冷たく反射している。

橙の光を宿す鈍い銀は、自然に存在し得ぬ色であるはずなのに、火山へと溶け込む様に感じた。

竜の名を銀火竜。

 

喜色を孕む大轟音が火山に響く。

それだけで肌が叩かれるような鈍痛を感じさせた。

喉奥に見えるは光り輝く青みがかった白の色。

それがどれ程の高温なのか、男には想像すらできなかった。

 

男は太刀を鞘へと納める。

間合いを意識。無暗に近付く事も、臆病に距離を離すことも出来ない。

適正な距離を取る事だけが、命を落とす事無く竜に刃を届かせる。

 

―――静かに息を吸う。

摺り足を意識し、重心は低く相手の一撃に確実な反応を。

 

 

竜はゆっくりと男へ近付き、4メートル程の場所から、窺うように、下から覗き込むように首を捻った。

閉じた牙の隙間から溢れ出るのは青白さから黄、赤へと色を変えて行く焔。

男は、その一瞬にして死を垣間見た。

竜から吐き出されたのは、火炎など生温い程の焔。

吐き出されると同時、直線状ではなく放射状にそれは放たれた。

 

口内で火球を破裂させる高等な技術を、男は知らない。

それを知らずとも、男は回避の為に太刀の柄へと手を掛ける。

 

男は腰に太刀を引っ提げ、居合を得意とした。

居合とは、太刀の構えの一種である。

居合とは、0から10へと突発的な爆発力を生み出す力である。

居合とは、居合とは―――

 

―――目の前を、斬り開く力である。

 

鞘から僅かに抜かれた刀身は、擦過により青白い雷をその身へ走らせた。

空気が弾け、男の視界は焔で包まれる。

それでも男は、自らの腕と太刀を信じてをそれを抜く。

 

 

―――抜刀術【技】

 

 

斬り開かれた紅の視界に、男は流れるように武器を仕舞い、口を閉じようとする竜に接近した。

低姿勢で跳び込むようにした男の体は捻じれ、かつ地面を強く踏みこみ。

再度抜いた太刀は、竜の首の甲殻へ深く食い込んだ。

遅れて響くは青雷の弾け、甲殻を削ぐ音。

 

切れ味に不足はないが、肉まで通りはしない。

しかしその重厚な甲殻を弾き飛ばした刀身に歪みは無く、何度も攻撃を加えればいつしか竜の命を奪うには十分だろう。

 

摺り足で後退しながら太刀を回転させて血払いの動作。

鞘へ仕舞うために太刀への付着物を弾き飛ばす。

 

 

―――竜はその一撃に対し、深い青の瞳に更なる喜色を孕ませた。

翼を大きく広げ、翼膜で宙を叩く。

人には強すぎる風圧に身を晒せど、相対する男は怯みすらしない。

その腰に提げた太刀の柄に手を掛け、瞬時に抜刀できるように前傾となった姿勢の何と美しい事か。

 

―――竜には、竜としての知性と理性があった。

竜には人の文化である芸術に造詣など無い。

ただ、男の豪として凛とした美しさには強く惹かれた。

惹かれたからこそ、竜は全てをぶつけようと思った。

いつ壊れても後悔などしない。いつ終わろうと悲しみなどしない。

 

竜は、自らを強者だと自覚していた。

だからこそ、目の前の男をこの短い間で“強き者”だと見抜く。

手加減など失礼が過ぎる。

全てを賭け、自らの糧とするに相応しい存在だと野生の勘が物語っていた。

だからこそ、竜は体内の焔を更に燃え上がらせた。

そして、心の焔も更に熱く、遥かに熱く。

 

―――竜は、燃え上がる自らを自覚した。

 

 

―――柄に手を掛けるのでは無く、強く握る。

竜の威圧感に中てられ、男は乾いた喉へと唾を飲み込んだ。

泳ぐような動きで宙を移動する竜のなんと自由な事か。

男は目の前の竜へ畏敬の念を得た。

どれ程空を動けばこのような動きを自らの物へと落とし込めるのか。

種の極みに届いていると言えど、納得できる。

 

それ程の高みを、竜に見た。

 

それを、狩る。

男は、狩人としての心にその燃料を注いだ。

名声や富など全てどうでもいい事だ。

狩人として、これほどの竜と出会えたことは幸運である。

 

―――男は、奮い立つ自らを自覚した。

 

 

○○○

 

 

―――竜は宙にいた。

それは、竜の世界であった。

竜が空に居れば、同じ空には誰もいない。

寂しさは無かった。

ただ、広い空を駆ける楽しさに酔いしれた。

 

竜は、心地良いままに体内で焔を燃やす。

喉奥から口内へ溢れ出た焔を宙に散らし、男を見た。

 

 

―――男は、息を吸う事を最小限に留めていた。

緊張感は線であり、引き延ばし、どこまでも細く、伸ばし続けて切れぬようにする事が最適である。

細く引き伸ばした緊張は集中に相乗され、意識をより鋭く鮮明にするものだ。

今、竜は宙にいる。

刃は届かない。

ではどうすればいいか。

簡単だ。飛んでいるならば、それを墜とせば刃が届く。

 

男は、宙を叩く竜の翼に意識を向けた。

大きく広がった翼が、宙を叩く音が響く。

それは不定期であり、連続していながら定まる事は無い。

壊せなくとも、僅かにリズムを崩すことが出来れば隙は出来るだろう。

 

利き腕で柄を握った。

鞘に仕舞われた刀身を外側に押し、抜刀の溜めを作る動作に繋ぐ。

竜の口が開こうとしたその瞬間。

男は隙をそこに見て、地を蹴った。

 

喉に力を溜める為か、竜の翼は下を向いている。

それを狙えば、宙に留まる事は不可能だと男は仮説を立てた。

かといって突発的に地を蹴って入り込んだ竜の間合いは、余りにも人には過ぎた場所だった。

 

火山は元より暑く、竜の焔が散らされるこの場は暑さを超えて熱い。

しかし翼に包まれ、龍の顔が接近する竜の間合いは、本当に“身が焼けた”。

インナーの上から気温で加熱された、否、過熱された鎖帷子が当たる感覚。

その痛みに表情を歪め、不用意に接近したことを後悔するももう遅い。

竜がほんの一瞬仰け反ったかと思えば。

 

―――火に、焔が散る。

 

焔の奥。竜の試すような眼差しに、男は太刀を抜いた。

 

焔を斬らん。焔を掻き消さん。

青雷を纏う刃は、居合の下に男の往く道を斬り開く。

 

 

「――ッ」

 

 

余りの熱さに呼吸も儘ならない。

それ故の短い裂帛の叫びと共に、その刀身が鞘から姿を現した。

 

踏み込みは、居合の一歩。

抜かれた太刀は右袈裟切りの軌跡を描き、青雷がそれを辿って。

 

―――火に、青雷が弾ける。

 

焔は裂かれ、男の装備の端を焦がすが男には当たらず。

そして男は止まらない。

次の踏み込みは、岩肌に重い音を立てた。

重鈍で、無骨で、それでいて堅牢な防具を身に着けた男が跳ぶために。

その二歩目は、豪快だった。

 

最後の踏み込みは、焔を吐き出した反動で後退した竜の目の前へ。

男は高く高く、筋力に任せて三歩目で跳ねた。

太刀を上段に構え、僅かに高度を下げた竜の翼の付け根へ狙いを定め。

力のまま、重さを乗せ、その刃を振り下ろした。

甲殻を潰し、肉に食い込み、青雷は血を煙へと化す。

 

 

―――筋肉は筋張って固く、骨は堅牢で強固。

竜の翼はその重量を宙へ飛ばす為に、広く大きい。

そして付け根は、それを羽ばたかせる為に太く強い。

それを一撃で壊すのは余りに無理があり、痛みも程度が知れているだろう。

 

しかし竜は、その翼の付け根に確かな違和を感じた。

その重みは地に叩き付けられるかと錯覚するほどの物であり、竜は咄嗟に足を突き出した。

直後に足は地へ接触し、数瞬の刻を経て墜落の衝撃と痛みを生じさせる。

 

地に、巨大な罅が走った。

岩肌の割れる音と共に、土煙が上がる。

 

 

―――男は、素早く肘の内側で刃を拭って血払いを済ませ納刀。

居合の準備を済ませると、瞬時に抜刀出来る状態を保ったまま、痛みに呻く竜へと接近した。

 

柄を利き腕で強く握り、残る腕は鞘を掴む。

首を仰け反らせる竜の腹に一閃。

返す刃で上段より、両手で柄を掴み精一杯に振り下ろした。

腹の熱い皮膚は斬るには硬く、裂けた様に傷を残す。

 

 

―――竜は痛みに吼えると同時、自らの痰を地に吐くと転がる様にそこに傷口を擦り付けた。

竜の痰は、周囲の岩を僅かに溶かすほどには熱く、それでいて粘質。

傷口は高温で止血され、溶けた岩と痰の混合物が傷口を塞ぐ。

傷口に激痛を伴う応急処置を数秒で済ませ、竜はその左翼を大きく振りかぶった。

体を捩り、掬い上げるような動きで翼を打ち込もうと、竜は男に狙いを定める。

 

 

―――その速度に、安易な後退も間に合わぬ。

銀の翼を前に、男は居合の姿勢のまま冷たい汗を滲ませた。

多少痛みで動きが鈍るかと思えば、即座に応急処置を行う竜など聞いた事もない。

 

目前、腹を下から打ち抜く角度で翼爪が迫る。

その艶めいた黒は、人の腹を貫くに足る程に硬質で、鋭角で、そして長かった。

防具すら貫かんとする翼爪に、男は覚悟を決め、恐怖に騒ぐ心を静かな水面とする。

 

 

信ずるは、己の腕。

 

 

―――刹那。

太刀を抜く速度は、並みのハンターには目視も叶わなかっただろう。

左腰に提げた鞘より顔を出した太刀は、男の前傾の姿勢より叩き付けるようにして、下方から迫る翼爪へと激突した。

 

鈍く硬質な音が、竜の巣に響く。

 

遥か後方へと吹き飛ばされ、体勢を立て直しつつも地を転がる男。

柄を辛うじて離さずにいた腕には痺れが走り、岩肌の露出する竜の巣を転がった五体には鈍痛が生じていた。

角の欠損したヘルムに隠れた表情は苦痛。

回復薬グレートをヘルムの隙間から飲み、そして男は自らを褒めた。

死を目前にして、辛うじてとは言え土産付きで生き延びた自らを褒め称えたのである。

 

 

―――竜の翼爪は、先端を斬り飛ばされていた。

平となった表面で打ち抜かれたに済んだ男は、その堅牢な防具によって生き存えたのだ。

 

 

―――竜は、爪を斬り飛ばされた事に驚きと共に微かな怒りを得た。

しかして根本に在るは、その狩人の腕を褒め称える同格としての扱い。

この程度の攻撃で足りるだろうと相手を低く見た、自らへの憤りが竜の心を燻らせた。

その憤りに、内なる焔が燃え上がる。

 

更なる力を捻り出せ。全力を以て相対せよ。

竜の口から焔はえ、白へと近付いていく。

喉を過ぎ、口内を経て外へ出た焔の色が白になるなど、どれ程の高温なのだろうか。

男は竜の巣の温度が更に上昇したのを、防具越しの肌で感じる。

 

―――竜の喉が震え、燻りを孕む大轟音が竜の巣を大きく震わせた。

対し、男は耳を塞ぎて武者震う。

竜の比類無き威圧感と迫力に、男の中の狩人が潤うのを感じていた。

 

 

―――男の腕が、酷く疼く。

この防具を着けている間はいつもそうだった。

好戦的で狂暴な魂が宿っているのか、相手の怒気に呼応して防具が騒めくのだ。

素早く太刀を回転、塵払いして納刀。

抜刀できる構えを取れば、その握力に柄皮が軋んだ音を立てる。

竜に向かい合えば、その顔は獰猛に笑っているようにも見えた。

 

 

―――硬い岩肌の地からは陽炎が揺らめくようになり、人が身を置くには過ぎた環境へと竜の巣は変わって往く。

 

竜の銀の躰は艶を帯び、更なる煌きを反射し始めた。

ふと動いたのは、竜。

何気なしに欠伸の様に口を開けば、鋭い牙の奥底に見えるは青白い閃光。

 

 

「―――!?」

 

 

男は咄嗟ゆえに武器も抜けず、自らの身を、竜の直線状を避けるために跳んだ。

そして数瞬の後、男の立っていた場所を焼き尽くす白い焔。

その熱量に男は汗を噴き出し、弾けた炎球が白い焔を散らすのを見て顔を引き攣らせた。

地は溶解し、白黄色の溶岩が黒くなりつつ低い方へ、ゆっくり流れていく。

 

まともに食らえば、防具すら殆ど意味を成さない。

その事実に、男は恐怖すると同時、更なる喜びを得ていた。

 

一挙動に、命を賭ける。

これ程の相対だ。

例え命を失えど、後悔はしないだろう。

 

 

―――口端から勢いよく焔を噴き出す竜に改めて向かい合い。

そして男は居合の構えを取った。

何時だって己の腕と武器が裏切る事は無い。

 

 

―――微かに前傾、居合の構えを崩さぬ男に改めて向かい合い。

そして竜は迎撃の構えを取った。

一度として、己の翼と焔を信じなかったことは無い。

 

 

―――男は、重鈍に踏み出した。

―――竜は、軽やかに飛翔した。

 

 

その大きく広がる銀の翼は、火山の暗い天井に出現した太陽を想起させる。

煌く銀の太陽は男の手の届かぬ高さまで上昇すると同時、その口に蓄える焔を徐々に溢していった。

 

暫し宙に白の彩を散らしていた竜は、遂に堪えられなり、口内の焔を墜とす。

それは、収まり切らぬ白の焔。

太陽が墜ちてきたと錯覚する程の炎球に、男はただその武器を構えるのみであった。

 

鞘を固定する左腕は鋼のよう。

今にも抜かんと柄を掴む右腕は狂暴に疼く雷のよう。

鞘で溜めた力の放出は、一瞬であった。

 

 

―――其処に形在る限り、両断出来る。

 

 

次の瞬間、炎球を両断するように青雷が弾け、そして球が割れた。

周囲が白く燃える中、ただ切っ先を竜に向け、確かな足場に立つ男は挑発するように笑う。

肘で拭うように塵払いして納刀。

 

 

男を見下ろす竜は、単調な焔で男が死なぬ事など知っていた。

今のは戯れだ。次は、本気で往く。

男の放つ今にも首を落とそうと言う威圧感に、竜は中てられていた。

だからこそ油断も慢心も無く、疑いなく全てを曝け出す。

 

何時しか、竜は男を糧から狩人と認めていた。

自らが狩る者から、自らを狩る者へと。

無意識のうちに、その存在を大きい物へと押し上げていた。

 

 

―――竜は空を、自らの世界を泳ぐ。

速度を上げ、複雑な軌道を描き。

そして突如として急降下を始める。

滑空ではなく、抵抗も最小限に収めた形での“落下”。

男へと狙いを定めたその落下は、墜落の僅か手前で翼を広げ。

軋む翼を無理に羽ばたかせ、ほんの僅かに勢いを殺してそのまま宙返り。

 

落下の勢いを利用し、雌火竜のサマーソルトとは反対回りで、尻尾を地へと叩き付ける。

その衝撃は凄まじく、天井すら壊しかねない激震を生じさせた。

しかし次に感じた尾の痛みは、地に突き刺さったせいではなく、男の太刀によるものである。

まだ生きている。あの速度と威力ですら、躱された。

 

竜は動きを止めない。

宙を強く叩き、再度高度を上げた。

翼を広げれば、小さな男の姿を包むよう。

喉には焔を貯め、後退しながら肺より息を噴き出した。

 

 

男は、激痛に柄を強く握った。

形無き超高温の吐息は、斬る事を叶わず男を苦しめる。

咄嗟に息を止めるも露出した皮膚は焼け、過熱された金属部が皮膚に激痛を齎した。

装備内部、インナーに染み込んでいた汗が蒸発していき、体から噴き出す汗も直ぐに宙へ逃げて行き。

抜刀出来る構えを崩さずに、男は急いで鞘を掴んでいた左手でクーラードリンクを飲み込んだ。

男が火傷より先に恐れたのは熱中症。

火山の暑さを遥かに凌ぐこの熱さの中で、人が正常に動き続けられる筈も無い。

 

過度に熱を持ち、火照った体へと、男好みの微かに塩気の混じったクーラードリンクが染み渡った。

唾液すら渇いた口内が、潤いを求める喉が、水を渇望する体が、熱さに湯立つような脳が。

その水分と冷えを、受け入れていく。

 

美味い。

男は心底そう思った。

肉汁滴るこんがり肉より、

ギルドで食える料理より、

集会場で仲間と呑む酒より、

 

極限まで渇いた喉を通る、男好みに味付けしたクーラードリンクの一口が、その全てを上回ったのだ。

笑みのままにあっという間に空となったビンをポーチへ押し込む。

火傷の痛みはそのままに、こちらを伺う竜に真正面で相対した。

二杯目となる回復薬を飲む隙は無く、クーラードリンク一杯が限界だった。

それでも男は、満足していた。

その一杯が、男の思考を冷静へと戻したのだ。

 

飛ぶならば、再度墜とそう。

空の王者と言われる火竜を遥か超える存在に対して、男は自らを疑う事無くその武器を構えた。

熱さに痺れる四肢の末端へ、芯から冷たさが伝播していく。

汗が噴き出すようになったが、まだ噴き出すだけマシであった。

冷えた口内のお陰で、久しぶりに空気が美味い。

蒸れる防具の中、男は笑みを深めた。

 

 

―――竜は、男の威圧感が刺すようなものから、静かなものへと変化した事に気がついた。

しかしその静けさは、決して緩み等では無い。

嵐直前の静けさを、竜は想起する。

 

竜は、嵐をその翼で抜ける爽快感を知っていた。

だからこそ、竜は男という嵐に真正面から打ち勝とうと考えた。

遠くから斃すなど、何が楽しい。

工夫だろうが小細工だろうが、その全てを圧倒的な力で凌駕する。

竜には、白銀の矜持があった。

 

竜は挑戦する。

静けさの威圧感の先。

此方を睨む視線は暴風。その気迫は豪雨。構えた太刀は轟雷。

竜はその嵐を真正面から抜けようと、その瞳を光らせた。

興奮に、喉奥の焔が燃え上がる。

 

そして、往く。

 

距離は10メートル。

翼が宙を叩く音はさながら打撃音。

地を擦らんとする程に低空。

横一直線に宙を滑るその体は、空を切った。

 

 

―――男は迫る竜に対し、体を捻り、前傾を更に深くした。

1秒経たずして、この体に竜は激突するだろう。

居合の姿勢からの回避など間に合う筈もない。

初速を0と考えれば、その速度は恐ろしいものだった。

 

男は何も考えない。

ただ、本能と反射でその動きを体は創り出す。

捩りを戻す体は平時より勢いを持ち、体の振りに遅れるようにして、右腕が動き。

疼く右腕は平常より遥かに強く、技術ある力によってその太刀を引き抜いた。

 

 

―――竜には、刃が見えた。

鞘から引き抜かれる瞬間も、

宙を斬る瞬間も、風を斬る音も、

纏う雷すら置き去りにする、その刀身も。

 

その速度で飛翔可能な竜は、全てを見ていた。

受けるは額。

鍛えられた首に支えられる頭部は、強靭であった。

種としてその頭蓋は硬く、飛翔時に風に打たれ続けた甲殻は体のどこよりも硬く厚い。

ほんの僅かに顔を傾け、刀身に額を“合わせた”。

 

 

―――男は、右腕に力を込めた。

極限化の集中により、時の流れが遅くなる中で、男は右腕に極度の負荷が掛かる事を予期していた。

下手をすれば関節は外れ、腕が言葉通りに持って行かれるだろう。

覚悟の上で、男は太刀を抜いた。

 

そして男は、速さに弱点がある事を知っていた。

微かに下向きになった刃は、竜の額へと吸い込まれ。

 

 

加速した白銀の巨体と、瞬発する青の刃が衝突する。

竜の巣に血が弾け。

 

 

―――男は、指の骨が砕ける音を聞いた。

弾かれた腕の勢いに体が引かれ、吹き飛ばされ。

腕が先に出ていたことにより、体の前に腕が衝突し、体への直撃を逃れる事が出来た。

あの激突の結果がそれならば、上出来と言える。

それが例え、指を代償にしたとしても。

 

 

―――対して額に傷を負った竜は、その速度故に“墜落”した。

男の与えた威力は、凄まじいものだった。

嵐の中を羽ばたいた事もある翼の立て直しが不可能な程に、その轟雷(太刀)は強く。

足を突き出す事すら忘れる速度のまま、竜は岩の露出した地へと下腹部を擦りつけた。

自らの鱗が、皮膚が、肉が、削れていく痛みに脳は拒絶するも、しかし竜は笑う。

 

その痛みを以て、竜は自らの命を強く自覚した。

死への恐怖など忘れ、生物としての本能すら今では薄く。

ただ、男が与えてくれる闘争に喜びを、歓びを、そして、悦びを。

 

ふらりと立ち上がれば、晒された腹の肉が焼ける感覚と、自らを削った地から昇る濃厚な赤の煙が見える。

痛みの中で、竜はまだ起き上がらねばならぬと感覚の薄まった足を必死に動かした。

そう、起き上がらなければ。

この程度で、闘争を止めてはならない。

 

 

―――男はふらふらと立ち上がろうとする竜から視線を逸らさず、回復薬グレートを慣れぬ左手で一気飲みした。

骨折は治らぬが、痛みは引く。

微かな違和を残す右腕で再度柄を掴めば、余りにも掴みが甘い。

痛みは無いが、骨が治ったわけでは無いのだ。

ポーチより包帯で柄と右腕を強く締め付けると、深く息を吐いた。

 

納刀は難しくなったが、居合が出来ぬ訳では無い。

応急処置としては十分だろう。

 

腹から血を垂らしては蒸発させる竜の姿は、ふらりふらりと立っているものの、その瞳は弱っているようには見えず。

男は常に手を掛けたまま、緩やかに前進した。

油断はしない。

ただ、その体を斬らんと足を動かした。

 

 

―――竜は、気力に反して口内の焔が弱まったのを感じた。

 

荒いはその色を赤へと戻していく。

 

その巨躯に応じた酸素を求め、竜は呼吸を精一杯に繰り返した。

喉奥にある業炎袋を酷使しすぎたせいか、体は重く頭が働かない。

 

喉を通り吐き出されるその焔は、竜の体内の酸素を奪って燃え上がる。

肺の容量は人より遥かに多く、そして業炎袋に蓄えられた酸素量も相当に多い。

しかし竜は過去のどの時よりも連続で焔を燃し続けた故に、生を受けて始めて酸素欠乏症に陥っていた。

 

口が、脚が、翼が、自らのものでは無い。

その倦怠感に、竜の鈍った思考ではないどこかで警鐘が鳴っていた。

 

迫る男に向けて一歩を踏み出すことの、なんと億劫で面倒な事か。

一度緩めば、締め直すことは難しい。

闘争を続けるべき頭と体は意識の緩みに滲んだ痛みに拒絶を起こし、ただの疲れに感じていたものが明確な重みとなって竜の体を縛り付ける。

 

竜は、その一歩を踏み出せなかった。

 

 

―――男はつんのめる様にしてバランスを崩す竜を見る。

その意図は分からない。

ただ、待てなどと言う願いなど聞き入れるはずもなく。

 

男は一人の狩人として、その太刀を抜いた。

青雷のラインで描くは横一文字。

 

包帯の軋む音と共に、技術ではなく力任せな居合斬り。

 

深く竜の間合いへと踏み込んだ男は、竜の右足へ刃を滑らせる。

墜落によって削れた脚の色は桃。鱗は剥げ、硬い筋肉の筋と肉を露出していて。

 

その刃は容易く肉を斬り、骨へと到達した硬さを更なる筋力で押し込んだ。

傷口は雷で焼け、痺れと共に激痛を齎しただろう。

噴き出す血煙と焦げる香りと共にその太刀を“振り切った”。

 

 

―――竜は激痛に吼えた。

永く生を受けて様々な痛みに耐えてきたが、足が無くなった痛みは初めてである。

緩んだ意識は激痛により霞み、その身を地へと―――

 

寸前、竜の翼を動かしたのは知性でも理性でもなく、本能だった。

それが結果的に男の追撃を避ける形となり、竜は命を存えた。

自らが飛んでいるという事実に気がついたのは数秒後。

 

我に返ると共に耐え難い激痛をどうにかするために、竜はまず多量の血が流れる足に痰の混ざる焔を吐き出して傷口を焼いた。

意識が飛ぶような痛みが一瞬訪れ、徐々に麻痺に似た感覚が訪れる。

 

血が抜け過ぎたのか、脱力感が酷い。

しばらく休めば、足らぬ酸素も、抜けた血も、無数の傷も多少回復はするだろう。

しかしそれでも、竜の頭に逃げるという意思は無い。

 

背を向ければ、逃げる事になる。

竜は、焔の様に全てを燃やし尽くさんとする誇りを持っていた。

負けそうだから逃げるなど、そんな選択肢は無い。

苦痛も、障害も、邪魔は全て蹂躙しよう。

 

竜は血と傷に塗れた体のままに、深く、深く息を吸い込んだ。

 

体へと、求め続けた酸素が入り込む。

低下した体温は竜の激情に呼応し、内の焔を燃え上がれせた。

疲れなど忘れ、痛みなど忘れ、闘争心を残して何もかも忘れ。

 

溢れ出た赤の焔は徐々白へと近付き果てには青さすら帯び。

 

噴き出すは青の焔。

竜の喉すら焼ける高温に、竜の巣はさらに熱気を増していく。

 

 

―――男はその緊張感に感覚を麻痺させていたが、防具に包み込まれた肌はその温度に焼け始め、指先に至っては水膨れを生じさせていた。

しかしながら男は構えを崩さぬ。

例え熱かろうが、例え痛かろうが、例え死に直面しようが。

男が狩人でいる限り、その武器と防具、そして自らの腕に信頼を置くだけである。

 

人という、種として矮小な身で生を受け。

竜という、種として強大な身に立ち向かい続け。

ひたすらに研鑽した己の全てをその太刀へ乗せれば良い。

 

 

―――竜は飛ぶことをやめた。

あれだけ自由だった空は体を重く押さえつけ、飛ぶ事を許そうとしない。

ただ、翼は軽い。足も、体も、全てが抜け落ちたように軽く。

血が抜けたにも関わらず、その体は冷える事無く、更に熱く燃え上がっていた。

 

竜は吼えた。

その震えは青焔で痛めた喉に更なる激痛を齎すが、竜は痛みなど感じていなかった。

 

既に、痛みは無い。

感覚も、薄い。

ただ、その闘争心は止まることが無かった。

 

 

―――男は包帯越しに柄を掴む逆の掌、左手に、感覚が無い事に、ここで初めて気がついた。

その超高温の青焔が散る空気に身を晒し、過熱された鎖帷子に焼かれた体のダメージは、脳が痛覚を麻痺させるほどであった。

この竜の焔による超高温に晒された時間は一刻に満たぬが、既に男の体は限界。

吹き出た汗はすぐに蒸発し、固体となって肌に違和感を残していく。

 

塩辛くなった口元を舐め、男は静かに息を吸った。

これが、この狩猟最後の呼吸だと感じて。

口内が、喉が、気道が、肺が、そして、体が。

人に過ぎた温度を受け、拒絶と共に、男の体を動かす最後の力を練り上げる。

 

 

―――竜は、翼を器用に動かしながら男へと急接近した。

飛ぶことは出来ない。

ただ、脚力の瞬発で男の目の前へ飛び込んだ。

 

その爆発力に、片脚の形に岩床は弾け。

足りぬ片脚なれど、その脚力は竜の巨体をいとも容易く男の目の前へと届かせた。

 

目の前の男に向け、内を全て燃やす。

業炎袋を燃料に、体を燃料に、そして、全てを燃料に―――

 

 

内で産まれた焔の色は青。

 

 

比肩する焔など無い。

ただ、その熱量に、目の前の男の装備の皮留め具は焼けた。

 

 

 

―――迫る焔に、男は太刀を“抜かなかった”。

 

鞘を包んでいたのは、感覚の無くなった左腕。

左手の押さえを“鞘の鞘”として、男は“抜刀”したのだ。

 

居合斬りの動きのままに、納刀したまま振り抜く。

腰左側に提げた太刀は、微かに傾けた男の捻りにより、刃側を天頂へ向けて左下より右上へとその軌跡を描いて焔へ接触した。

刃ではない、その鞘は、溶解しながらもその焔を“掻き消した”。

竜の焔が宙へ散り、男は肌を焼き。

しかしそれでも、男は太刀を最後まで振り抜いて。

 

 

「――――ッ!!!」

 

 

鞘は溶け、剥き出しになった刃は、その刀身より青雷を宙へと弾けさせた。

空気に痺れが走り、その音は竜の命を断とうと迫る。

右上へと振り抜かれた刃は、男の素早い一回転によって軌跡を右から振り下ろされる袈裟切りへと変え。

 

そして、体重を乗せたその刃に―――

 

 

―――竜は、翼を犠牲にした。

まるで顔を覆うようにした両翼は、その刃によって斬られ、青雷に焼かれ。

翼を抜けた刀身は勢いを殺されたままに、竜の頭の甲殻へとめり込むも―――

しかし深い傷を残し、竜はその刃から頭部を守り切った。

 

残身から素早く構えを戻す男に向け、竜は息を吸い込み。

 

 

―――目の前には、喉奥を青に染める竜。

次の焔を斬るには、溜めとなる鞘が必要だった。

しかし、鞘が無い。

 

瞬発に必要な“溜め”となる鞘が、無いのだ。

一応、代わりはある。

 

自らの“掌”だ。

 

だがそれは、鞘から抜かれた刀身を包むには、柔く、脆弱。

太刀の鞘とすれば、掌は使い物にならなくなるだろう。

 

それでも男は、迷う事無く左手を鞘とした。

刀身を包み込むは指と掌。

青雷が左手を焼けど、男の表情は変わらない。

 

ただ、迫る焔へと居合の構えを取る。

 

男の壊れかかった体は、しかし竜の瞳には弾けんばかりに精悍に見えて。

 

 

―――竜、命を賭して残る全ての焔を吐き出さん。

その焔は竜の喉を焼き、口内を焼き、牙を溶かし。

 

竜の吐き出す青焔は、限界を超えて。

 

 

―――男、残る全てを其の右腕に賭けん。

その腕は酷い火傷と古傷に塗れ、しかし男の全てを請け負った。

 

男の信ずる腕は、限界を超えて。

 

 

 

男の手から抜かれた刀身は、青い雷を走らせた。

 

刹那、抜かれた刃青焔を斬り、返す動きで刃を竜の首へと届かせる。

 

―――その刃、竜の命を断ち切らん―――

 

 

一 刀 両 断

 

 

○○○

 

 

―――男は、冷たくなった竜に触れる。

別に名声が欲しかった訳でも、素材が欲しかった訳でも無い。

ただ、純粋な命のやり取りに、心が踊っていた。

 

癖により、血払いをして納刀しようとすれば、太刀の刃も鞘も溶解し、仕舞う事もままならぬ。

納刀を諦め、血溜まりに落ちた鱗を拾い上げれば。

火山の火を反射する銀鱗の輝きに、男は想起する。

 

その白銀の輝きは。その焼ける様な、竜の喉奥の様な輝きは、まさに。

 

 

―――白銀の焔、だった。

 

 



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