歴オタミリオタ介護福祉士が異世界転生して外道鬼畜と言われようと手段選ばず天下と美少女の眼差しを受け続ける退屈じゃない毎日を目指す様です。 (オラニエ公ジャン・バルジャン)
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1話(本性がヤバイ介護福祉士(俺)召喚される)

どうもPSO2二次創作オリジナル仮想戦記小説、PSO2二年前の戦争を書いているオラニエ公ジャン・バルジャンです!ふと異世界転生ものが書きたくなったので書いちゃいました。私がドリフターズやゴブリンスレイヤーが大好きなこともあって平和な異世界転生を期待していた方は残念だったな。ここにはエロと残酷極まりないリョナホラーしか無いぜ(大嘘)とまぁ、拙い文章は変わりありませんがどうかお楽しみあれ。


(他と変わらない日常が今日もやってきた。いつもと同じように5時に起きて、6時に家を出る。電車に乗って、バスに乗って7時半に早番勤務に就く。眠そうながらも忙しなく動く先輩達。新入社員の俺は入って半年以上。まだまだヒヨッコで色んなミス、それこそ始末書モンの事もやったけど今はなんとかやれてる。いつもと同じ様にお年寄りに対応する。星の数ほどいるお客様だが対応はやがて同じになっていく。同じ様に流れる仕事なんて無いのだろうが、俺には同じ事を繰り返している様に思える。それこそが大事なんだろうが、やはりつまらなくなって来たと思う。最近ジィちゃんとバァちゃんとで剣道や薙刀の稽古もしてないし、ダチはみんなシフトが合わなくって遊んでない。親父もお袋も妹の剣道遠征で留守にすることが多い。要は寂しさやストレスを抱えてるといった色んな要因があるがそんなのは関係なくやはりつまらないし、単調な日常を過ごしているとしか感じられない。

 

それはここ最近の歴史もそうだろう。大東亜戦争が終わって七十数年間。冷戦があって、今も昔もテロや紛争があって今もその名残りである朝鮮問題を抱えてはいるが世界的に見れば数十年の平和だ。とある小説の主人公が欲しがった、たった数十年の平和はこの地球で部分的に訪れている。でも俺たち人類は怠惰故に停滞しているとも言える。中世の暗黒の三百年然り全く進まない歴史の針…この平和な日常の代償にしては大き過ぎる。俺こと綾瀬昌幸は常人とは変わった趣味や嗜好があるからこの平和を素直に享受出来ないのだ。)

 

昌幸

『昼食介助も終わると退屈だ…。どこかの異世界にでも転移したいな…。』

 

だが平和な日常は突然失われるものだ。青年綾瀬昌幸の目の前に窓から顔を出している年老いた男性がいた。この男性は昌幸が働く施設に入所したばかりであり、重度の認知症を患っていた。自宅でも暴力行為、自殺願望、徘徊が見られる人物であったが、人数不足による対応に追われた事による注意不足とこの老人の手足が達者であった事が災いした事件である。綾瀬介護士は大急ぎでその老人の元に向かった。窓は縦に大きいもので開ければ人間を簡単に通す。それを開けて身を飛び出させれば結果は一目瞭然である。反対側から先輩の男性職員が走ってきており、二人掛かりでその老人を抑えようとした。

 

昌幸

『Sさん大丈夫だよ、落ち着いてね。その窓を開けると危ないよ。』

 

老人S

『離せ‼︎離してくれ‼︎死なせてくれ‼︎』

 

先輩

『綾瀬くん。俺が抑えるから窓を閉めて!』

 

昌幸

『はい‼︎』

 

昌幸が窓を閉めよう手を伸ばした時、暴れる老人Sの足が昌幸を蹴った。バランスを崩した昌幸はそのまま地面に落ちた。

 

地面に叩きつけられた昌幸は薄れていく意識の中で悲鳴と、自分の名を呼ぶ先輩の声と暴れる老人の怒号を聞いた。…だがその中でも違う声も聞いていた。少女の様な声であった。透き通った綺麗な声だった。

 

(天使でも悪魔でも良い。私の国を守って)

 

(退屈な俺の人生が最後の最後で奇妙な終わり方をするのか…でも、もっと生きたかったな…)

 

(助けて…)

 

(何だよ…助けて欲しいのはコッチだよ)

 

(助けて…)

 

(助けてやったらどうにかしてくれるのか…なら助けてやるよ…こんな死体でいいならな)

 

昌幸は瞳を閉じた…。瞬間自分が落ちている様な感覚に襲われた。

 

(なんだよまた落ちんのかよ。さっきも落ちたばっかりなのにアレかな地獄に落ちているのかな…鬼○様のお世話になるのかな…(閻☆大○…知らんわあんなデブ) )

 

落っこちていく感覚と同時に冷たい風が自分に当たるのも感じた。

 

(よりにもよって八寒地獄かよ…クソサミ確定だろ…)

 

風の音も聞こえ出し、自分の体が動かせるのも昌幸には分かった。そして自分が本当に落ちているのを理解したのだ。

 

昌幸

『マジで落ちてたんかい〜‼︎おいおいおいおい死ぬわオレ。(ドヤ)じゃなくてなんでこうなってんだ〜‼︎‼︎』

 

己の悲鳴を聴きながら空を真っ逆さまに落ちていく昌幸は自身の走馬灯を眺めていた。だがたかだか二十年なんてすぐ終わってしまうので慰めにもならない。そういえばオレ日本人だから空の神兵じゃね?とかお気楽な事を考えてもこれも慰めにはならず昌幸は次第に森に落ちていった。

 

昌幸

『終わった…俺の人生第2期たった数十秒で終わった…。』

 

昌幸の身体は木々に叩きつけられ、そして最後水の中に落ちた。幸運な事に昌幸は生きていた。これには二次大戦中にパラシュート無しで降下したソ連兵もビックリである。

 

浮かび上がった昌幸は辺りを見回した。そして岸を見つけるとそこに泳いでいった。

 

足がつくほどの浅瀬までたどり着くと音を立てながら歩いた。そして自分の前に少女が現れた。髪は輝く金髪で瞳は翠に彩られその肢体は正しく女神を彷彿させるが如く乳房は一回り大きめだが全てにおいてバランスが取れておりスラリと伸びた手足や身体にはある程度の筋肉がついていた。昌幸は突如出現した美少女に見惚れていた。如何わしい店に訪れた分美女を見たが人生でこれほどの美女を見た事などある訳が無かったのだ。そして向こうも見つめていた。黒髪に多少の彫りはあるが比較的平らな顔。肌は黄色く、目は細く、まぶたは一重である。決して美男とは言えないが何処か古風な顔つきである。体つきは細いが身長は高く、手足にはよく見ると鍛え上げられた筋肉があり見かけの割にはガタイの良い体をしていた。そして明らかに自分達とは異なる装束を身につけていた。二人は見つめあったまま動かなかったが、この美少女が先にその沈黙を破った。一糸纏わぬ姿を見られた事に頬を赤らめ、瞳には涙を浮かべ始めると…

 

美少女

『きゃあああああああああ‼︎‼︎』

 

昌幸はその悲鳴で我に帰った。昌幸は大急ぎで後ろを向き少し離れるとジャージのポケットに入れていた眼鏡を掛けると謝罪を始めた。

 

昌幸

『ご、ごめんなさい‼︎そんな気は決してなかったんだ‼︎その、まさか居るなんて思わなかった。眼鏡を掛けてなかったから全く見えなかったんだ。その君が余りにも綺麗で…と、兎に角ごめん!』

 

美少女は息急き切って居たが、身体を見られない様に姿勢を低くし、水の中に隠すと突如現れた男を問いただした。

 

美少女

『貴方は誰?目的は何?私を殺しにきたのですか?』

 

昌幸

『んな事するわけないでしょう⁉︎白昼堂々とそんな事やるのはヤク中かア○=カイ○みたいなテロリストだろうが俺がそんな奴に見えるか⁈ただのしがない介護福祉士だ‼︎綾瀬昌幸20歳。祖国は日本、趣味は戦略シュミレーションゲームとコミック本集め!好きなアーティストはper○○m○、CH○M○S○○Y。ここ最近見た映画は○魂実写版』

 

美少女はこの男の話した内容に明らかに自分達とは明らかに違う文明である事を示唆する内容が合ったのを見逃さなかった。

 

美少女

『貴方、異世界人ね。本当に居るなんて。』

 

昌幸

『異世界?えっ、ちょっと待ってくれ!ここはどこなんだ?君は誰なんだ?』

 

美少女

『私はソフィア。アルトヘイム王国の王女です。そしてここはアルトヘイム王国王都アルトヘム郊外の森。』

 

昌幸は聞いたことの無い国名を聞き、どうやら自分が異世界に飛ばされた事を理解した。そして自分が飛ばされたから何かしらの能力に目覚めてないかとありとあらゆる事を試してみた。例えば死んだら少し時間を遡って復活するとか(これは試し様がないが)、物を宙に浮かべたり、変身したり、自身の右腕にレーザーガンが着いてないかといった事を期待してみたが…そんな事は無かったという事を理解した。そして一人で落ち込み始めた。

 

昌幸

『いや、分かってたけどさ…せめてなんか…あるでしょう…?イケメンに整形されてるとかさ…。』

 

一人落ち込む昌幸をに掛ける言葉が判らないソフィアは岸に生えた木からタオルを取り、体に巻き、昌幸に声を掛けた。

 

ソフィア

『昌幸さんでしたっけ?とりあえず岸に上がったら如何かしら?そこに居ては風を引きますよ。もう前を向いても大丈夫ですから』

 

昌幸は向き直ると岸に向かって歩き、ソフィアの隣に座った。ソフィアは昌幸に昌幸の住む世界についてあれこれ質問した。昌幸は答えられるだけ答えたがその中で軍事面の質問が比較的多かった事が引っかかっていた。

 

(他国の軍事機密を欲しがるなんて珍しい事ではないけど、お姫様の彼女が聞くなんて何か理由がありそうだが…)

 

昌幸はそれを聞こうとした瞬間背後から殴られ、そのまま昏倒してしまった。

 

ソフィアは立ち上がると二人の騎士が立っていた。一人は女騎士であり、片割れの騎士よりも豪華な装飾が施されている事から高位の騎士であることが伺える。その騎士達はソフィアを見ると恭しく頭を下げた。

 

女騎士

『ソフィア様お怪我はございませんか?』

 

ソフィア

『アリス、迎えに来てくれたのですか。』

 

アリスと呼ばれた女騎士は兜を取ると銀髪の髪の毛とこれまた美しい顔を見せた。

 

アリス

『ソフィア様の悲鳴を駆けつけ、この者と共に駆け参じた次第にございます。ご無事で何よりです。』

 

ソフィアとアリスが話している間にもう一人の騎士が昌幸を縛り上げて居た。そしてそれが終わると剣を引き抜き、昌幸の首に当てた。

 

騎士

『殿下、将軍。この痴れ者は如何様に致しましょうか?』

 

アリス

『斬り殺せ。殿下の水浴びを邪魔し、恐れ多くも殿下の雅なお身体を辱めた事は許し難い。王都に護送するまでもない。ここで殺せ!いや私がやろう!』

 

アリスはそう言うと自身の剣を抜き、昌幸を斬ろうとしたがソフィアが止めた。

 

ソフィア

『お待ちなさいアリス!昌幸さんは…この方は異世界の方です。我が祖国アルトヘイム始祖アルトヘム王は異世界の方に助けられ王都を築きました。以降我が国では異世界の方が現れた客人として迎え入れる事を教会に誓約しました。それを違える事は教会に仇なすことと同義です!それを理解していますか?』

 

アリスは深く息を吸い、それを吐くと剣を納め、ソフィアに深く謝罪した

 

アリス

『申し訳有りませんでしたソフィア様。ではそのように致しますが、一応このまま縄につけておくことだけはお許し下さい。まだ素性が確かでない事は事実です。もしもが有っては事ですし、何より今の我らには時間が有りません。何卒ご容赦を。』

 

ソフィア

『致し方ありませんね、行きましょう。』

 

ソフィアはアリスと昌幸を担いだ騎士を連れて泉を去った。そして森を抜け少し離れたところに立てられた天幕の群れの中に入っていった…

 

昌幸が目を覚ましたのはそれから二時間が経ったくらいだった。

 

自分は薄暗い天幕の中に入れられ、縄で縛られ、身動きが取れなくなっているのには流石に動転したがどうしようもないので大人しくする事にした。すると隣の天幕は明るく何人かの人間の話し声が聞こえるのが分かった。昌幸は音を立てないように近づきその声を聞いた。一人はさっきの美少女ソフィアのものであった。

 

一方隣の天幕ではソフィアと女騎士アリス、そして数名の指揮官が軍議を開いて居た。実はこのアルトヘイム王国はゴブリンの軍勢の侵略を受けて居たのだ。王都を目指し真っ直ぐ進み、その道中の村を焼き、村民を殺し、奪い、犯し、攫っていた。事態を収束すべく軍勢を派遣したのだ。

 

騎士1

『ゴブリンの数は報告よりは少ないものの数は我が方を上回っている事は確かです。』

 

騎士2

『彼奴等は複数のリーダーによって指揮され進軍しておりこの先の平原に陣取っております。然し…。』

 

騎士3

『如何に戦えば良いのか…。ゴブリンどもは道中の村々で攫った女達に暴行を加え、身ぐるみを剥がし、犯した上で木の大盾に括り付け我が方の矢や魔法弾を飛ばさぬように仕向けております。さらに我が方の兵達は殆どが新兵であり、女性兵に至っては捕虜達をみて完全に士気を落とした者もおり…』

 

アリス

『卑怯な真似を…!ノーロット帝国の進撃で防壁さえ壊されたさえしなければあのゴブリン共などに遅れなど!』

 

ソフィア

『嘆いていても致し方ありません。今は如何に戦い、多くの民を救うかです。私達の後ろには村があり、そして王都が有ります。他の王国や公国のような末路を踏む訳には参りませんわ!一先ず我が方も布陣を…』

 

すると一人の兵士が大急ぎで天幕の中に飛び込んで来た。一同はその兵士に注目し、アリスはどうしたと聞くとその兵士から驚くべき事を聞かされた。

 

兵士

『ゴ、ゴブリンが突如我が軍の目の前に現れました‼︎偵察の報告にあった場所から移動してきたと思われます‼︎現在迎撃中ですが、我が軍の各部隊は戦闘陣形を取る暇が無かったため全部隊が苦戦中との事‼︎』

 

騎士1

『何だと‼︎』

 

騎士2

『何故動くか‼︎』

 

この時昌幸は殴られる為に存在する敵など居るかと思いながら聞いていたという。狼狽する諸将をソフィアは檄を入れた。

 

ソフィア

『こうなっては致し方有りません。先ずは攻撃してきた前衛を押し返し、各部隊の態勢を整えるのです‼︎』

 

諸将

『ハハッ‼︎』

 

ソフィア達は天幕を出ると、それぞれの直属部隊の元に駆けていった。一人物置用の天幕に残された昌幸はある程度の事情を理解した。

 

(成る程、ゴブリンが何処ぞのフン族宜しく、国境を越えて攻めてきて、万里の長城的な防壁が有ったけど、別の国に壊され、結果ゴブリンに薄い本にされて行ったって事か。新兵ばかり部隊しかないと言うのは辛いところだな。そんな部隊が各個で応戦しても大した事にはならない。俺が想像通りのゴブリンなら数は多くても1個体の力は弱い者が多いはずだ。集団による陣形と、平地ならではの戦いが出来れば難しい事ではないはずだ。………つかそんなことより逃げねば‼︎)

 

昌幸がジタバタしている頃、アルトヘイム軍各部隊は迫り来るゴブリンに各個で応戦していた。確かに1個体の力は大したは無いが、大型のリーダー格のゴブリンに率いられていることから統率が取れており、ゴブリンもそれぞれが棍棒や弓、ナイフで武装しており、集団で兵士に襲い掛かり男だろうと女だろうと嬲り殺していた。ソフィアはレイピアを持ってゴブリンを斬り殺していたが、キリが無く、疲弊していた。自分の近くで老若男女問わず殺され、悲鳴を上げていく、頼りの騎乗騎士達も乱戦では分が悪く、弓兵や魔道兵も誤射を恐れて攻撃できないだけで無く不慣れな接近戦を強いられていた。この時ソフィアは乱戦の最中で護衛やアリスと逸れてしまっていた。おまけに初陣という事もあり始めている地獄絵図に耐えきれなくなりつつあったが気丈に振る舞っていた。

 

(早くアリス達と合流しなければ…)

 

然しそこにゴブリンが複数体現れソフィアに襲いかかった。何体かは斬り伏せだが、残りに手足を拘束されてしまう。そしてもう一体がソフィアのレイピアを奪うと馬乗りになり首にレイピアを刺そうとした。

 

ソフィア

(父上、母上…‼︎)

 

ソフィアは涙を浮かべ瞼を閉じ、死を覚悟した。…然し、レイピアが彼女の白い首を突き刺す事は無かった。寧ろそのゴブリンが巨大な矛に突き刺され、彼女の腹の上で真っ二つになった。手足を拘束していた四体が鉾の持ち主に襲い掛かろうとしたが悉く叩き潰された。返り血を浴びたソフィアは訪れようとした死の恐怖を感じ恐ろしくなった。

 

ソフィア

『ヒッ…。』

 

それをみた矛の持ち主はクスクス笑った。

 

?

『オイオイさっきまでそんな細身の剣で無双してた癖に返り血浴びてしおらしくなる事無いだろう?まぁ、それが生きているという実感だね。いい事だ。』

 

ソフィアは矛の持ち主を見ると驚いた。見覚えのある紺色の上着とズボン。その下に緑色のポロシャツ。黒髪に眼鏡を掛けた青年はなんと昌幸であった。

 

ソフィア

『昌幸さん?どうしてここに?』

 

昌幸

『ジタバタしてたら箱にぶつかって中身をブチまけてみたらナイフが入っているではありませんか!まぁ後はそれで切って、他にも色々あったからこの矛と剣、あと縄を切る時に使ったこのナイフを失敬してきたって訳さ。ある程度の事態は呑み込んでいるつもりだ。君が指揮官だねソフィア?君は今すぐー。』

 

後ろから殺気を感じたので昌幸は振り返りながら矛で受け身を取るとアリスが二振りの剣で斬り掛かって来た。昌幸はそれを受け止めるとそのまま矛で薙ぎ払ったが重装甲の甲冑をつけているのにもかかわらず素早い身のこなしでアリスは交わした。二人は二、三合打ち合って離れた。

 

アリス

『貴様…勝手に抜け出し、あろうことか我が軍の備品を盗み、ソフィア様を手に掛けようとするとは…見下げ果てたものだ!』

 

昌幸

『その姫様から離れ、賊に委ねた無能な護衛の言うことか。その甲冑や剣はお飾りか?所詮はお嬢様のお遊びとでも言うつもりか?』

 

今にも二人が殺し合いを始めようとしていたがソフィアが間に入り、止めたお陰で斬り合う事はなかった。

 

ソフィア

『昌幸さん、さっき何か私に言い掛けていましたが、一体何を言おうとしていたのですか?私に出来ることですか?』

 

昌幸

『ソフィアがこの軍の指揮官なら今すぐ、全兵に五人程度の集団を組ませるように各部隊指揮官に伝令するんだ。ゴブリン達は個体の力を補助する為に集団で攻撃してくる。そこを一人で抑えようとしても黙阿弥だ。ここは我々も集団を編成して耐えるんだ。敵は長距離遠征をしてきたんだろう?なら敵の指揮官は前衛に無用な消耗は避けたいはずだ。必ず耐えれば向こうから引く。騎兵も全員下馬させて戦闘に加えるんだ。突撃力の活かせない騎兵なんてゴミカスだからな。今必要なのは人間だからね。』

 

アリス

『正気か!?騎士達に馬を降りて、兵卒達みたいに徒歩で戦わせるのか?』

 

昌幸

『誇りだ云々の前にこの戦に勝つ事を考えろ!結果の伴わない誇りやプライドに価値なんて着かん。』

 

ソフィア

『アリス、ここは昌幸さんの言うことが正しいと思う。少しでも戦力が欲しいし、戦い慣れした騎士が歩兵の近くに居れば心強いわ。お願いアリス。』

 

アリス

『姫様がそう望まれるのであれば…承知しました。騎士達には私から下馬するよう申し伝えます。おい異世界人、今回は見逃してやるが、次に姫様に近づくことあれば容赦無く斬り伏せるからな。』

 

そう言うとアリスは騎士達の元に去っていった。昌幸は矛を背中に収め剣を引き抜き、ソフィアの手を掴んだ。

 

昌幸

『んじゃ、行くぞ‼︎』

 

ソフィア

『あの、何処へ?』

 

昌幸

『決まってんだろう‼︎最前線だ‼︎』

 

ソフィア

『えええっ⁉︎将が前線に出てどうするのです⁉︎聞いたことありませんよ⁉︎』

 

昌幸

『こう言う時こそ将が出なければならない。飛んで跳ねて何転もしないと兵達はついてこない。苦楽を共にする将こそ、称賛に値する将になるのさ。』

 

ソフィア

『兵達を鼓舞すると言う事ですね……分かりました共に参りましょう!』

 

昌幸に連れられ、ソフィアは最前線に到着した。最前線では昌幸が指摘した通りに、各兵達は数体のゴブリンに対し、一人一人で当たっており、結果手数の差で負け惨殺されていた。切り刻まれる男、ひたすら殴られる女、大型ゴブリンに体を引き裂かれる男女の悲鳴…。それらは鳴り止まなかった。ソフィアは地獄を見たと言ってもいい、だがそれ以上に恐ろしかったのは隣に立つ昌幸の表情であった。まるで新しいオモチャを与えられた童の如く顔を輝かせ、歓喜の中にいると言っても良かった。

 

昌幸

『素晴らしい‼︎これこそ生物の本懐‼︎闘争本能による、自身の存在価値、生きていると証を見出すたった一つの方法、戦争‼(これぞ人類、世俗派万歳‼︎)︎これが否定されず弱肉強食の世界‼︎待ち望んだ世界だ‼俺たちのようなバカでロクでも無い奴の天国!人類が最も忌むべきにして、最も甘美な所業だ!ああ虚しいかな、されど愛すべきかな…。』

 

ソフィアはこのトチ狂った青年がさっき自分と出会った好青年とは別の人間では無いかと疑いたくなった。そして振り返って自分を見る闘争の狂信者が自分の知る元の青年に戻り話しかけた時は身の毛が弥立つ感覚に襲われた。

 

昌幸

『さぁ、ソフィアさん。指揮官としての役目を果たすんだ‼︎我々の後ろには村が、王都がある。蹂躙される女子供は見るに耐えんぞ?』

 

ソフィア

『分かっています…そんな事は‼︎させません‼︎アルトヘイムの兵達よソフィア・ド・アルトヘイムの声を聞きなさい‼︎』

 

ソフィアの声が戦場を駆け巡った。兵達はその声に振り返った。まだ諦めておらず勝利を収めようとする将の声に体が、本能が応えたのだ。

 

ソフィア

『各部隊、各兵士達は近くの仲間で五人程度の分隊を築き、陣を組むのです。個人ではなく集団で当たりなさい‼︎互いを支え、確実に勝利するのです‼︎』

 

アルトヘイム兵

『おおおおお‼︎‼︎』

 

兵達の指揮は回復し、近くにいる兵達同士で隊伍を組み、それぞれが持つ武器の特性を生かした伍(五人編成の中国の分隊) のようなものが出来上がった。昌幸とソフィアも近くにいた短槍を持った兵二人と魔道兵一人と伍を組んだ。昌幸は剣を引き抜くと手首をクルクル回しながらこの剣のクセを掴もうとした。多少重いが堅牢な構造で出来ており、刺すより、叩き斬る方が良いと昌幸は判断した。

 

昌幸

『この五人で一丸となって動くんだ。ソフィアさんと俺で斬り込むから二人は槍で援護してくれ。魔道兵の人、アンタ鎧を硬くしたりとか便利な魔法はあるかい?』

 

魔道兵

『あ、ああ。神の加護を掛けて、その者を強靭な魔法の気で守る事は出来るが?』

 

昌幸

『それを俺たち四人に掛けてくれ。俺たちは全力でアンタを守る。ソフィアさんも良いね?魔道兵さんがやられたら俺たちは御陀仏だ』

 

ソフィア

『いつでもどうぞ!』

 

ソフィアがそう応えるやいなや、昌幸は弾丸のように突っ走っていった。如何に武道経験があると言っても人を殺したことのない昌幸が何故こうも動けるのか…それは日頃貯めたストレスや、前世でやっていたMMOゲームのような戦いが記憶に残っていると言った要因もあるが、一番はその生存本能を刺激されている事だった。ある意味彼は麻薬を打たれ、正気を失った人間と等しい状態であったと言っても良い。

 

昌幸

『チィリャアアアアアアアア‼︎‼︎』

 

昌幸は一匹のゴブリンに斬りかかった。ゴブリンは棍棒で受け身を取ったが昌幸は容赦無く叩きつけまくった。ゴブリンの姿勢が崩れると剣を棍棒の下に滑り込ませ、それを払い上げ、一刀で叩き斬った。その昌幸の後ろにゴブリンが襲い掛かったがソフィアがレイピアで突き殺し、左右に展開した槍兵がゴブリンを近づけまいと突きを繰り出し、その後を追う魔道兵が詠唱し、雷を落としゴブリンを焼き殺した。

 

トリップした昌幸を追いかけるソフィア達の姿を見たアルトヘイム兵達も伍を組み、ソフィアを死なせまいと死に物狂いで後に続いた。ゴブリン達は急に士気を上げ、突っ込んでくるアルトヘイム軍の勢いに押され始めた。一方的な戦いが崩れ去ると存外やった側と言うのは立ち直りが効かぬものである。

 

前衛ゴブリンがやられていくのを見ていた指揮を執っている大型ゴブリン達は前衛に後退を知らせる角笛を吹いた。前衛はそれを聞くと大急ぎで帰って行った。

 

アリス

『前線が崩れた!今だ、押し返せ‼︎』

 

アルトヘイム軍

『応ッ‼︎‼︎‼︎』

 

アルトヘイム軍は最も前進した伍を基準に陣形を貼り直し、横陣の構えを取り、最前列を大盾を持った槍兵で並ばせ、盾を構え、その間から槍を突き出させた。そして最も前進した伍は昌幸とソフィアの伍であった。昌幸の紺色のジャージも、ソフィアの白い戦装束もゴブリンの紫色の返り血で染まっていた。アリスはそんな状態になったソフィアの元に走り寄った。

 

アリス

『ソフィア様‼︎ご無事ですか⁈嗚呼…おいたわしいお姿に…なぜこの様な…!』

 

ソフィア

『アリス、私…ゴブリンをあんなに…殺した。手の震えが止まらないの…。みんなの為に戦ったのに…私はとてもいけないことに手を染めてしまった気がするの…。』

 

自らの所業に慄くソフィアを見たアリスは事の原因であろう昌幸に怒りをぶつけた。

 

アリス

『貴様‼︎よくもソフィア様にあの様な事を‼︎』

 

だが、それ以上の言葉は出なかった。昌幸はそれ以上に酷い姿であり、目は光を失い、体のそこらじゅうが震え、おまけに幾らか失禁してしまったのか尿臭がしていた…そう口ではああいったが実際は人を殺したことのない昌幸が戦場に立つなど無理な話だったのだ。だがそれをやってのけたのは狂気による効果であった事は間違いないし、それは先に述べた。

 

アリス

『貴様…まさか戦ったことが…無いのか?』

 

昌幸

『なぁ…女騎士さんよ…俺は何してたんだ…?俺は介護福祉士だぞ…その俺が命を奪って…笑ってるんだぜ…変だよな?おかしいよなぁ…アハハハ…俺は…なんて事をしちまったったんだ。口ではあんなに言えるのに…いざ本当に出くわしたら、体が震えて止まらねぇ。』

 

昌幸は今だ狂気の渦中には居たが、己の成した事が分からない程理性を失っては居なかった…彼は笑いながら涙を流していた。

 

アリスも自身の初陣の時に似たような物を感じた事があったから昌幸の状態にはある程度の理解が出来た。だがそれでも自分の姫君を危険に晒した事は事実であり、許されざる事である。そして何より思ったのは今、ここで始末しなければならないという意志であった。本能と言っても良い。

 

だがアリスは剣を引き抜けなかった。その訳は、狂いながら涙する昌幸をソフィアがその腕に抱きしめたのだ。ソフィアは自分と同じ様に初陣にも関わらず、己より他者を優先して戦った昌幸に尊敬の念を抱いていたのと同時にその自責に耐えきれない自分と同じだと思ったのだ。戦いの恐怖を共有できる人間がいる事がソフィアにとっては何より嬉しかったのだ。そして狂気と自責の念に揉まれた昌幸が憐れに思えたのだ。そして自身の素性と使命が昌幸が壊れたのに対し、正気を待ち直させたのだ。

 

ソフィア

『…大丈夫…もう大丈夫。敵は退きました。今は戦わなくて良い。貴方が戦ってくれたから…みんな生き延びる事が出来たのです。誰も貴方を責める事は出来ません。』

 

昌幸はその言葉に少し救われたのか…そのまま眠ってしまった。ソフィアは、ゆっくり姿勢を降ろすと昌幸の己の膝に乗せ寝転ばせた。

 

ソフィア

『敵が陣を立て直している間に小休止します。死者を弔い、怪我人を治療するのです。生存者の人数確認も怠らぬ様に!』

 

アリス

『…ハッ。』

(姫様の慈悲で命拾いしたな異世界人め…)

 

暫くして昌幸は目を覚ました。ソフィアは昌幸が目を覚ましたのに気づいた。

 

ソフィア

『おはようございます、昌幸さん。』

 

昌幸

『ソフィア…さん。戦いは…?』

 

ソフィア

『今は膠着状態です。我が軍は平原を挟み睨み合いをしています。』

 

昌幸

『なんか体が重いんだけど…?』

 

ソフィア

『眠っている間にお召し替えをさせて頂きました。沢山汚れてましたし…その…///』

 

ソフィアは頬を赤らめながら応えた。

 

ソフィア

『少しお漏らしも…していましたので///』

 

それを聞いた昌幸はソフィア以上に顔を赤らめ、両手で顔を覆った。

 

昌幸

『…ゴメンナサイ///』

 

ソフィア

『なんか…こちらこそ…ゴメンナサイ///』

 

二人で顔を赤らめているとアリスが現れソフィアに報告した。

 

アリス

『ソフィア様、敵が態勢を整えた様です。そろそろ会戦準備をなさるべきかと。』

 

アリスはソフィアの膝で寝そべる昌幸が目を覚ましたことに気がついた。

 

アリス

『貴様も起きたか異世界人。いつまで姫様のお膝にその卑しい頭を乗っけているつもりだ?早く退かぬと切り刻むぞ。』

 

昌幸は言われて初めて膝枕をされている事に気がつき慌てて飛び起きた。

 

ソフィア

『アリス、そんな意地悪をなさらないでください。大丈夫ですよ昌幸さん。痛くなかったですから。いや、あのだから大丈夫ですって、その短剣で首元刺そうとしなくて良いですから‼ねぇ‼︎聞いてます‼︎⁉︎︎』

 

そんな茶番をしつつ三人はアルトヘイム軍の前列に向かった。敵情視察である。この時昌幸はこの戦いで死んだ騎士の甲冑をつけていた。ちなみにその騎士はソフィアと出逢った泉に駆けつけた騎士の物であったが昌幸は気絶していたのでその事実は知らない。

 

ソフィアが前列に現れ最前線にいた歩兵隊長が恭しく頭を下げると、敵の方を指差した。

 

隊長

『姫さま、アレを…。』

 

隊長が指差した方向にはゴブリン達が大きな木の大盾を最前列に並べ、アルトヘイム軍を侮辱する光景があった。おまけにその大盾には痛めつけられ身ぐるみを剥がされた若い女達が括り付けられていた。中には犯されたばかりの娘もおり、その陰部からは血と白いドロっとした液体が流れ出ていた。

 

ソフィア

『なんて…酷い事を…。』

 

隊長

『さらに後方をご覧下さい。』

 

そう言われ、三人が目を凝らすと、赤髪で手足の具足だけつけた若い娘が乳房も陰部も露わにされ磔にされていた。

 

アリス

『アレは‼︎火龍騎士団の団長リューネ‼︎やはり奴らに囚われていたか‼︎』

 

昌幸

『火龍騎士団とは一体?』

 

アリス

『火魔法を主に使う魔法騎士団だ。我が王国には三つの騎士団があり一つは私が団長を務める水龍騎士団、王都の守りについている聖龍騎士団、そして火龍騎士団だ。火龍騎士団は国境警備のために配属されていたんだが…そうか、やはり国境の街アマルの陥落と共に…潰滅したか。』

 

囚われのリューネの隣にはこのゴブリン軍の首領とみられる大型ゴブリンがおり、その悍ましい姿でリューネの隣にたち、腿から頬に掛けて舐めあげた。

 

リューネ

『クッ…‼︎』

 

その辱めを見たアリスは悔しげな表情を浮かべたが、何も出来ない自分に苛立ち始めた。

 

隊長

『他にも他の村々や街で攫った女子までも身代わりにしている模様です。これではクロスボウも弓矢も魔法も投石機も使えません。』

 

ソフィア

『人質の交換は?』

 

隊長

『ソフィア様と侍女数名がゴブリンが渡してきた奴隷装束に着替えゴブリン軍の陣営に来れば代わりに娘達とリューネ将軍を解放し王国より退去するそうです。』

 

アリス

『馬鹿な‼︎そんな要求が飲めるわけないだろう‼︎破廉恥な‼︎』

 

ソフィア

『それで皆が救われるのなら…』

 

アリス

『なりません‼︎姫さま、それだけはなりません‼︎衣装を持ってこい‼︎私が着る‼︎私が身代わりに成れば、水龍のアリスが婢女になってやると言えば向こうもそう悪いとは思うまい!』

 

ソフィア

『いけないわ!アリスそんな事ダメよ‼︎第1貴女私とおんなじで男の人のことなんか知らないじゃない‼︎それにゴブリンや北方のオークに犯されたらもう人と結ばれなくなるのよ‼︎』

 

ソフィアとアリスが言い合いをしている最中昌幸は一人のクロスボウ兵にクロスボウを借りていた。そして装填と扱いの仕方を習うと最前列に戻ってきた。

 

クロスボウを構えた昌幸に気づいたアリスは昌幸を止めようとした。

 

アリス

『おい、貴様何を…‼︎』

 

昌幸はクロスボウを放った、放たれたボルトは大盾に括り付けられた娘の顔を逸れたところで突き刺さり、その後ろにいたゴブリンの顔を傷つけた。敵陣から一匹のゴブリンの悲鳴が鳴り響いた。一方の娘は犯され、暴行を振るわれ、光を無くした瞳でボルトを見やるとまたそのまま項垂れた。

 

アリスの制止を聞かず昌幸は第二射を放った。今度はボルトは大盾刺さる程度に留まり、後ろにいるゴブリンも娘も無事だったが矢面に立たされ、自身の腹の真横に当てられた娘は恐怖で叫び始めた。死にたくないと連呼するゴブリンは娘を黙らそうと暴行を加えるが泣き叫んで止まらずゴブリン達に無理やり猿轡をはめさせられた。

 

ソフィア

『昌幸さん‼︎貴方自分が何やったか分かっているんですか‼︎』

 

流石にこれにはソフィアも怒りを示した。だが昌幸は険しい表情を変えない。そして周りを見回すと両翼の騎乗する騎士達を見て、さらにその横に自分達とゴブリンを囲むように生えている森を見た。

 

話を聞かず周りを見回す昌幸にソフィアは平手打ちを放った。昌幸の首は左に大きく傾いたまま止まった。

 

ソフィア

『無抵抗の人間を撃つなんて…最低…。』

 

昌幸

『君こそふざけているのか?あの女の子達は生きて辱められて居るんだぞ。』

 

ソフィア

『分かっています!だからこそ‼︎』

 

昌幸

『だから無事に助けようとしていると言うつもりならそんなの救いではないぞ。彼女らには人生があり、愛すべき夫や子供、恋人が居たであろう。だが目の前で殺され、ゴブリンに犯され、孕まされたんだ。生きるのも辛い筈だ。そんな娘に生きろというのは酷なものだ。それでも復讐に生きるというのなら止めはしないがな。それにこの前平行線のままで居ても意味が無い。我々は二重の意味で侮辱されているという事も忘れるな。一つは自国の民を委ねてしまった事。もう一つは敵の汚い策略に臆して弱腰な連中と見られた事だ。ソフィア、君は人の上に立つのなら非情になる事も重要だ。五を救う為に一を犠牲にしろ‼︎多くを救え、少なきは切り捨てろ!それが嫌なら死ぬか、より強くなれ‼︎』

 

ソフィアは昌幸の言葉にハッとなった。確かに昌幸の言葉に従えば多くを救え、ゴブリン達の意表を突くことが出来るだが、彼女の性格がそれを邪魔した。結果迷いが生まれた。

 

そこに囚われたリューネが叫んだ!

 

リューネ

『やるのです‼︎攻撃をなさい、姫様‼︎』

 

ソフィア

『リューネ…。』

 

リューネ

『私も、この娘らも散々痛めつけられ、犯され侮辱の限りを受けました。生きて捕囚の辱めを受け続けております。愛した者に抱かれる事叶わぬくなった者達は既に未練が有りません。抜け殻なのです!救おうとしましたが同じく囚われの身である私には救えませんでした‼︎ですがどうか、今の姫様なら救えます。どうか彼女らの名誉をお護り下さい‼︎』

 

ソフィアは顔を背け苦悩した。アリスを見るがアリスもまた苦悶の表情を浮かべ、兵達ももまた同じであった。だが昌幸だけはソフィアをじっと見つめた。そして手を伸ばし、力強く頷いた。

 

(やるんだ。その罪を共に背負ってやる‼︎)

 

ソフィアは覚悟を決めた。

 

ソフィア

『分かりました…リューネ貴女達の願いを聞き届けます。これより我が軍は攻撃を開始します‼︎』

 

リューネはアハハハと笑うと涙を浮かべ応えた。清々しい笑顔で応えた。

 

リューネ

『姫様…アンタやっぱり強い人だよ。なぁ異世界人、アンタだろ?姫様にここまでやらしたのはよぉ?』

 

昌幸

『選択肢を与えただけさ。決心したのはソフィアさんだ。なぁ赤髪のお姉さんよ?あんたさっきの泣き叫んだ女の子みたいに目の光は消えきってないし生きるのを諦めた雰囲気を感じない。これから全力で攻撃を仕掛けるがもしよしんば生き残ってたらどうしたい?』

 

フィーネは一瞬項垂れたがドス黒い焔を瞳に宿し、こう応えた。

 

フィーネ

『もし生きてたら…コイツらの後ろ、アマルで踏ん反り返ってるコイツらの族長と防壁を崩したノーロット帝国のクソどもを老若男女問わずケツの穴から杭を突き刺してぶっ殺したいね…‼︎』

 

昌幸

『良いねぇ…。(綺麗な顔してヤベェな…この人近寄らんとこ)(ブーメラン←)』

 

ソフィア

『皆、聞いた通りです!これよりゴブリンの軍勢を我らが蹂躙し返す番です‼︎昌幸さん貴方、私と初めて会った時戦略戦術云々言ってましたね。兵法学に詳しいと思います。数こそ少ないですが今の我が軍はとてもバランスが取れている編成です。ゴブリン達を効率よく叩くならどうしたら良いと思います?』

 

昌幸は地面に図を書きながら説明した。

 

『先ずは騎兵を三部隊に分ける。一つは中央に配備する。残りは両翼の後方。配置し終わったら残りの歩兵と一緒に中央の騎兵は前進だ。射程に入ったら容赦無く矢とボルトと魔法と投石機を叩き込んでやれば良い。連中大盾を用意したくせに粗末な木材で作ったものが多いから、かなり簡単に貫けるし、娘達も比較的痩せてる子ばっかりだからボルトなら簡単に貫ける。敵が本当に容赦なく打ち込んで来たと分かればゴブリン達は慌てふためくだろう。向こうも弓矢で応射するだろうがこっちは耐え忍んで歩兵を前進させる。投石機の援護と歩兵の突入で陣形が崩れた所を騎兵で中央突破。風穴を開けて、敵の両翼を叩く歩兵の前進を促す。全力で戦っている本隊の陰にさっきの両翼に分けた騎兵が戦闘の隙を突き森の中を進み、敵の背面に展開して、敵の大将の首を取るんだ。両翼の騎兵は信頼出来る人間に士気を任せた方が良い。かなり危険な任務になるからね。』

 

ソフィア

『分かりました。アリス貴女がこの片側騎兵部隊の指揮を執って下さい。もう片方の騎兵の指揮官の任命も貴女に任せます。』

 

アリス

『分かりました。』

 

ソフィア

『そして私は何処に?』

 

昌幸

『この中央の騎兵の指揮をお願いします。』

 

アリス

『で、異世界人。貴様は何処で戦うつもりだ。堂々とこの策を講じたのだから当然貴様も戦うのだろうな。』

 

昌幸

『俺は、歩兵と一緒に行く。だって馬乗れないもん…(´・ω・`) 』

 

それを聞いたソフィアや、アリス、将兵達は笑いだした。

 

昌幸

『ウルセェな‼︎うちの国だともう馬車とか時代遅れなの‼︎馬に乗れる方が珍しいの‼︎牧場持ってるボンボンなんか滅多に居ないの‼︎昔と違うの‼︎(;ω;)』

 

それを聞いた隊長がこの御仁が歩兵を率いられるのであれば何か将旗なり隊旗が必要ではないかと提案したが昌幸が拒否した。

 

昌幸

『俺は兵卒でいい。アンタの隊に入れてください。槍働をして戦功を挙げないと平等じゃないだろう。だいたい俺余所者だし。』

 

ソフィア

『ではオーラン隊長昌幸さんをお願いします。実力は私が保証します。』

 

アリス

『何か此奴が怪しいと思えば即刻斬りすてるのだぞオーラン隊長。』

 

オーランと呼ばれた往年の兵士長は二人に首を垂れるとついて来いと昌幸に首を振り歩いていった。昌幸もまた宜しくお願いしますと一声かけ、くっついていった。

 

オーランの元で最前線の伍に配属された昌幸は自分の自己紹介をした。伍のメンバーは皆同じ村の出身であり、ヤートン、マシュ、ガストン、トマスという名であった。異世界の出身である昌幸に対して大らかな性格で暖かく迎え入れてくれたこの四人と直ぐに仲良くなった昌幸は共に頑張ろうと鬨の声を挙げた。やがてそれは伝染し、アルトヘイム軍歩兵軍団全部隊が鬨の声を挙げる迄になった。

 

歩兵の意気充分とみたソフィアは騎乗しレイピアを掲げ号令した。

 

ソフィア

『全軍進撃‼︎』

 

アルトヘイム軍

『おおおおおお‼︎‼︎』

 

足並み揃え進むアルトヘイム軍はまさしく壮観と言った光景であり、ゴブリン達はさっきまで泣き叫んで命乞いをしていた連中とは思えなかった。やがて全軍のクロスボウと弓矢の射程に入った。ソフィアは胸を締め付けられる感覚に襲われたが、それを振り切り、レイピアを振り上げ、そして勢い良く振り下ろした。

 

ソフィア

『放て‼︎』

 

無数のボルトと矢が一斉にゴブリンに向かって飛んできた。そしてゴブリンと貼り付けられていた娘達の断末魔が戦場一帯に鳴り響きゴブリンの生き残りは矢を受け死んだ、又は傷つき動けない仲間や人質の娘達を置いて後方に退避し始めた。

 

オーラン

『今だ‼︎歩兵隊突撃じゃあー‼︎』

 

歩兵隊が一斉に走りだし、ゴブリン達の後を追いかけ始めた。大盾が置かれた場所に辿り着いた彼らは生き残ったゴブリン達の悉くにトドメを刺し、幸運にも生き残った娘達を解放した。昌幸もまた同じようにゴブリンを殺して回った途中ボルトが腹に刺さった娘に会った。その娘は矢のお陰で大盾からは解放されたがボルトによって瀕死の重傷を負っていた。その娘の側で昌幸はひざまづくと娘のか細い声を聞いた

 

『コ…ロシ…テ…オネ…ガイ…。』

 

昌幸はナイフを取り出し心臓に狙いを定め突き刺した。娘は絶命する瞬間に感謝を述べた

 

『ありが…とう…。あの子…も…助け…てあげて…まだ大丈夫…。』

 

そう言って少し離れた先で倒れていた娘を指差すとそのまま絶命した。昌幸はその娘の瞼を閉じると示された娘を調べた。奇跡的にも矢傷は無く生きていた。彼はそのまま娘を後方から上がってきた神官に任せると自分の伍に戻った。戻った束の間敵の第二陣が迫って来たのだ。雄叫びをあげながら迫るゴブリンに対し同じように雄叫びをあげ待ち構えるアルトヘイム軍。歩兵同士の戦闘が今幕を開けようとしていた。

 

ヤートン

『迫って来やがった。』

 

マシュ

『何体来ようと私が蹴散らしてやる。』

 

ガストン

『とか言って手籠めにされんじゃねぇぞマシュ牛みたいに育った胸がお好みらしいぜゴブリンは、ハハハ。』

 

トマス

『ガストンにぃ、下品だよ。マシュねぇがめっちゃ怖い顔になったよ』

 

昌幸

『トマス君はまだ14なのにしっかりしてるね。きっと良い嫁さんが貰えるよ。さて…』

 

昌幸が矛で突き刺し、薙ぎ払い、横からヤートン、ガストンがガントレットと中に仕込まれた仕込み刃でゴブリンを殴り殺し、打突し、マシュが斧で叩き切り、トマスが槍で刺し殺した。ゴブリンの集団攻撃に対し、人間の集団戦闘は効果覿面であり、基本的な個体が人間に劣るゴブリンはこの伍という軍勢の中の小石にすり潰されていった。

 

昌幸を始め、伍の中にいるムードメーカーが伍をひいては全軍を鼓舞し続けたことにより歩兵の攻撃力は低下することはなく、遂にゴブリン第二陣が崩れ去り、両翼の主戦線が崩れ中央に食い込み始めた。そしてソフィアはそれを見逃さなかった。

 

ソフィア

『今です!全騎突撃‼︎』

 

騎士達が雄叫びをあげながら馬上槍を構え突撃していった。結果は馬の突撃によって生ずる衝突力プラス、馬上槍の威力プラス、潰乱した自分達の戦列=効果抜群 と相成った。

 

歩兵騎兵が入り乱れる戦闘の最中昌幸は敵の一軍の将と見受けられる大型ゴブリンを見つけた。逃げ惑う小型ゴブリンを叩きつけたり、食い殺したりして、戦わせようと強要していた。

 

昌幸

『みんな、あの暴れてるアイツを殺すから手伝ってくれ‼︎』

 

ヤートン

『待て昌幸、あいつは大型だぞ⁉︎』

 

ガストン

『下手したらミンチだぞ昌幸!』

 

マシュ

『昌幸‼︎』

 

昌幸は怯まず大型ゴブリンに突撃し、右腕を斬り落とした。堪らずゴブリンは叫んだがその勢いで左手を使い昌幸を殴った。鎧のお陰で助かったがあまりの衝撃の為吹っ飛ばされた昌幸はそのまま嘔吐した。そのまま潰そうとゴブリンが左拳を振り上げたが、ヤートンとガストンが受け止め、マシュとトマスが左手を斬りつけた。

 

ヤートン

『立て昌幸‼︎‼︎今のうちに奴の首を取れ‼︎』

 

マシュ

『何時迄もゲロってんじゃあないわよ‼︎』

 

昌幸

『やってやるよ畜生‼︎』

 

昌幸は思いっきり跳躍するとその勢いで矛を振り下ろし、大型ゴブリンをただの悍ましい肉塊変えた。

 

すると戦場の奥から雄叫びが轟いた。なんとこのゴブリンの総大将が前進しか出来たのだ。本陣で佇んでリューネを凌辱していたが今昌幸が首にしたゴブリンがやられたのを見て怒り狂ったのだ。リューネが捕らわれている磔を握りながら突進してきた。突進した先にはソフィアが居た。ソフィアも気づき、堂々と向かい合った。その前を昌幸達の伍が固める。リューネは磔を振り回された衝撃で気絶していた。ゴブリン大将が大斧を振り上げソフィアを昌幸達ごと斬り潰そうとしたが、振り下ろされる事はなかった。本陣急襲の為に迂回したアリスの別働隊騎士が到着したのだ。そしてアリスは一直線にその大将迄駆け抜け、家宝の二振りの剣で首を斬り飛ばさんとしていた。

 

アリス

『この不届き者が‼︎覚悟ォォォォォォ‼︎‼︎』

 

二本の剣がゴブリンの首を斬り飛ばし、斬り飛ばされた瞬間ゴブリン達は自身の敗北を察し、アルトヘイム軍は勝利を確信した。

 

アリス

『敵将はこのアリス・ド・ルフェーブルが討ち取った‼︎アルトヘイム軍の猛者達よ我が軍の勝利だ‼︎』

 

戦場一帯に歓喜の雄叫びが上がり、その雄叫びは王都アルトヘムにまで届いた。その後は背面展開が完了した騎兵と正面の歩兵にゴブリン達は悉く処分され王都アルトヘム郊外の会戦は幕を閉じた。

 

夕刻、アルトヘイム軍は勝利を高らかに宣言し、勲功授与を行った。敵将の首を斬り飛ばしたアリスは将軍から大将軍に昇進し、歩兵隊の中で最も勇敢に戦ったオーラン隊の面々も恩賞をもらい、オーランは将軍に昇進した。ヤートン、ガストン、マシュ、トマスはそれぞれ自分の伍を持つ伍長になった。そして昌幸は…なんとこの場に居なかったのである。皆でざわめき出し、昌幸を探しに行った。因みに昌幸は敵将の首を取ったことから200人の歩兵隊長の職を勝ち取った。

 

昌幸は直ぐに見つかった。昌幸は一人でゴブリンに捕まりこの戦いで死んだ娘達を生き残った娘達から身元を聞き、身を清め、棺に入れていた。勿論死者の埋葬も戦後処理の一環であるからやらねばならないが、昌幸は見るに耐えんと先に弔いを始めていたのだ。恩賞よりも昌幸が求めた事はこの悲劇の娘達を眠らせる事だった。そして結果的に殺めた張本人である昌幸の罪滅ぼしでもあった。

 

そんな昌幸を見つけた兵達は昌幸を手伝い、それが方々に伝わったアルトヘイム軍は、付近の住民も動員し、異例の勲功授与を途中で死者を埋葬するという行動に出たのである。

そしてこの日より、アルトヘイムの覇道が始まるのである。

第1話終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか?歴オタミリオタが異世界転生したらロクでもないコトがなんとなくご理解頂けたと思います。まぁこの後、ゴブリン殺して、人間殺して、教皇吊り上げて、ウンコと木炭と硫黄集めて火薬作ったり、活版印刷の発明したり、生夜戦したり、レイプされたり、触手プレイされたり、異世界転生した怨念とバトだたりなどなどなどやらかす予定ですが…どうなる事やら。無理しない程度で進めますが…あんまし期待はしないでください…。いや嘘です期待して下さい。沢山の方に見てもらいたいです。お願いします。何でもします(←⁉︎)からお願いします‼︎そして最後に…
この小説はDiscordの『日本パラドゲー総合グループ(非公式)』の皆様の提供で製作しました。


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2話 介護福祉士よ、お家欲しくな〜い?

介護福祉士綾瀬昌幸は200人長綾瀬昌幸になった。だがその青年の顔に生気は無い…。というのも…なんとこの男転生する先日の昼以降から何も口にしていないのだ。原因こそ昌幸のズボラが原因だが、その状態で介護勤務→剣戟の中で殺し合い→エネルギー切れ こうなるのは火を見るよりも明らかである。

 

そしてそんなもはや気力だけで馬に跨る(乗れないのでヤートンに引いてもらっている)青年を見たアルトヘイムの民達は見慣れない騎士の格好をした若い男の姿に驚愕するばかりである。彫りが殆ど無い平たい顔付きに黒髪、一重の瞼。年不相応な古風な顔つき、そのくせ肉体は若い青年らしく引き締まっている。

そして目から生気が無く腹からは…乾いた音が聴こえてくる…。

 

アルトヘイム人

((((食い詰めた冒険者を雇ったのか?))))

 

王城についた昌幸は近衛兵に両脇を掴まれズルズル引き摺られた。勿論、未だ信用されてない…と言うことはソフィア姫やアリス、オーラン両将軍のお陰で既になく、只々単純に飢え死に一歩手前だった為体力温存目的である。もはやその姿は無様の二文字でしかなく、突如現れた英雄はあっという間にズボラによって食い詰めたダメ人間に転落した。

 

アルトヘイム王フレデリックの前に連れられた昌幸は未だ引き摺られたままの状態になっていた。流石に業を煮やしたアリスは起こすように衛兵に指図した。衛兵が起こそうとしたが、その手は止まった。

 

フレデリック王

『どうしたのだ衛兵。早く異世界者殿を起こしたまえ。』

 

衛兵

『恐れながら陛下。ご客人は…』

 

衛兵達は息を合わせ昌幸の体を上げ、首をあげると既に魂が抜けた顔をしていたのだ。

 

衛兵

『御臨終です。』

 

大広間は大騒ぎになった。ありとあらゆる所から衛生兵を呼ぶ声や厨房からありったけの食い物を持ってこいだの。薬湯に放り込めだのともう王族も貴族も騎士も兵士も関係無く右往左往、丁々発止である。

 

事態が落ち着いた頃には満足な表情を浮かべ爪楊枝を弄る昌幸と空っぽになった大鍋が3、4個転がっていた。

 

貴族・騎士・兵士

(10人以上の量はまるっと平らげやがった…)

 

昌幸

『いや〜人心地ついた。アザッス、ごっそさん‼︎‼︎』

 

アリス

『幾ら何でも食い過ぎだろ、貴様。どうなってるんだ貴様の胃袋は。』

 

王妃エスメラルダ

『あんなに食べるから私も数年ぶりに厨房に立ちました。最近の若い子は沢山食べるのね〜。私達の間には男の子居ないからなんか新鮮だわ。』

 

フレデリック王の妃にしてソフィアの母である王妃エスメラルダはニコニコと答えたが、厨房の料理人は堪ったもんじゃないと思ったのは言うまでも無いだろう…。昌幸は糸ようじをそこの暖炉に放り込むと恭しくひざまづいた。さっきの抜け殻っぷりは既になく。まさしくその姿は一人前の戦士だった。

 

昌幸

『一宿一飯の恩義を返せぬは日の本の男児としてあってはならぬ事。これよりこの身は王に捧げる事を誓約致します。』

 

フレデリック王

『嬉しいが、そこまで早まらなくとも良いぞ?まだ若いし、元々戦う為に生きてきた訳では無いのならそう言った役職に就いても…』

 

昌幸

『男児たるもの戦功を挙げるべし!泣くよか飛っとべ、目指すは首ただ一つにございます。それに某はもう…戦の狂気に取り憑かれました。戦場が某の居場所にございます。』

 

昌幸の覇気にフレデリックは感嘆したが、傍で聞くソフィアは複雑な気持ちを抱いた。その戦の狂気の中に引きずり込んだのは自分で有ると思っていたのだ。だがソフィアもフレデリックも知る由が無いが昌幸は元々狂気に取り憑かれているので特に罪悪感を抱く必要は無いのである。

 

フレデリック王

『では君の処遇は200人長で良いのだな?綾瀬昌幸よ。では王の名に於いて卿を200人長に任命する。近接の歩兵100人とクロスボウ・ロングボウを持たせた兵50人ずつの指揮権を与えよう。近接歩兵の武器は一任する。後、邸宅と従者、使用人も必要だな。宰相全て差配せよ。良いな。』

 

宰相

『御意。綾瀬200人長よ。邸宅はアリス将軍に案内してもらえ。従者と使用人は追って派遣する。兵200もな。それと今夜ゴブリン撃退を祝い晩餐会を開くので遅れぬようにな。卿が戦いの後勲功授与を抜け出し死者を埋葬していた事は聞いている。立派ではあるが、軍律やルールがある事は理解してくれたまえ。良いな?』

 

昌幸は大臣が自分の職場に居た先輩のような雰囲気を感じ親近感が湧き、素直に答えた。

 

昌幸

『承知致しました宰相閣下。』

 

王城から出て、馬車に昌幸が乗り込もうとした時自身を見送るべくバルコニーに立つソフィアが見えたので昌幸は軽く会釈した。そして直ぐにアリスが乗り込んできた。鎧を脱ぎ、軽装の騎士制服に身を包んだ姿は豊満な乳房が服の上からでも線が浮き出て、そこから滑らかな線を描きながら発育した体つきを強調していた。昌幸は咳込みながら目線を逸らした。馬車に乗った昌幸はアリスに道中を案内してもらい屋敷についた。

 

アリス

『既に城から派遣された使用人は居るはずだ。貴様も鎧を脱ぎ、身を清め、中にある軍服に着替えて夕刻にまた王城に来い。馬車は使えんから歩いて来るのだ。城はこの王都なら何処からでも見えるからどうにか着けるはずだ。帰りは貴様の乗る馬を用意し、使用人に取りに来させるからそれに跨って帰るといい。』

 

昌幸

『承知致しました将軍。道中の案内ありがとうございました。』

 

アリス

『礼を言うのが遅くなったな。かたじけない。貴様、いや貴殿のお陰で姫様も無事で戦に勝てた。どうか引き続きこの国の為、姫様の為に尽くしてくれ。』

 

アリスは少しこっぱずかしい表情を浮かべると自身の頬を描きながら礼を述べた。

昌幸は口元に微笑を浮かべると手を伸ばした。そしてアリスもそれを握り返してきた。

 

昌幸

『また何処かの戦場でご一緒出来る日をお待ちしております大将軍。』

 

アリス

『宜しく頼む昌幸200人長。』

 

アリスが馬車に乗り込み去るのを見送ると屋敷の中に入っていった。中は思った程ボロくは無く管理が行き届いていた。そしてアリスの言葉通り何人かの使用人が王城より派遣されていた。使用人から屋敷の説明を受け、薬湯に浸かった昌幸は200人長の制服と儀礼用軽装胸甲を付けると剣を下げた。それが済むと昌幸はそのまま椅子に座り、自身の指揮する200人隊の編成を吟味し始めた。

そうしているうちに予定時刻に近づいてきたので屋敷を出て、王城に向かって歩いていった…。物珍しい異世界人にアルトヘイムの民は物珍しそうにジロジロと見ていたが昌幸は気にしなかった。すると暫くしてから自身がつけられていることに昌幸は気がついた。どう見てもゴロツキであった。

 

(路地裏に入って剣で刺し殺すか…いやそもそも拳での殴り合いに勝てた試しが無いし、腐ってもアルトヘイムの民だ。それに剣を振るうなんて軍人失格だ。)

 

(ここは巻くとしよう)

 

だが地の利の無い昌幸がこのゴロツキを巻くのは困難であった。昌幸は少しずつ歩くスピードを上げ、人混みの中に入り、曲がり角を上手く回り、人混みから人混みへと交わしたがやはり確実に追いかけてきている。次の手を考えているうちに昌幸は腕を引っ張られ路地裏に引きずり込まれた。昌幸は咄嗟に剣を引き抜こうとしたが、引っ張った主は静かにする様に合図すると、

 

?

『付いてきて…。』

 

声の主にハッとした昌幸は大人しくこのロープに身を包んだ人物の後を追い、やがて二人は王城の近くの公園に着いた。衛兵も多く居るこの公園まではゴロツキはついてこなかった。声の主は息を吐くと、フードを脱いだ。

正体はソフィアだった。お忍びで城を抜け出してきたのだ。

 

昌幸

『ソフィア…じゃなくて、ソフィア姫様⁉︎城を抜け出してきたのですが?』

 

ソフィア

『心配になって見に来ましたらやっぱり、追われていましたね。あの辺りは見た目とは裏腹に悪漢が多く居る場所なのです。衛兵が何度も巡回しているのですがあんまり効果が無く…絡まれでもしたらと思って飛び出てきました。』

 

昌幸

『ご好意感謝致します、姫様。臣深く痛み入りまする。』

 

ソフィア

『なんか…その喋り方やめて頂けますか?さっきみたいにソフィアと呼んでください。姫としての命令です。』

 

昌幸

『ハハッ!』

 

こうしている間に鐘が鳴り、予定の時間の1時間前を報せる鐘の音が王都に鳴り響いた。

 

ソフィア

『いけない!戻らなくては。お着替えの時間が無くなっちゃうわ。』

 

昌幸

『俺も行かないと、他の200人隊長に顔を合わせさせるってオーラン将軍が言ってたから急がなきゃ。』

 

二人は其々の方向に走っていった。昌幸は足を止め、振り返りソフィアを呼び止めた。

 

昌幸

『ソフィア!ありがとう、お陰で助かった!』

 

ソフィア

『さっきのお礼です!今度は貴方が私の事を助けて下さいね!』

 

昌幸はソフィアと別れると王城への道を走りながら呼び止めた時に見えた黄昏時に輝くソフィアの美しい顔を思い出してはクスリと笑っていた。

 

(どんな身分にあろうと可愛い女の子ってのは変わらないね。)

 

昌幸は城門で待つオーラン将軍と合流すると他の200人隊達に紹介して貰った。みな屈強な男や女達であったが新しい仲間に、オマケに出世頭として期待される事になった昌幸はそれなりに歓迎してもらった。そしてオーラン始め何かあればいつでも訪ねて来るといいと言ってもらい、昌幸は当面の支援を取り付けた。そこで早速自身が屋敷を出て直ぐに悪漢につけられた事をオーランと他の200人隊長達に報告し(ソフィアに会ったのは伏せた)、治安維持の方法を教えてもらう事にした。そこで何人からの口から出た武装した兵の巡回強化と屋敷周りの地区を発展させて雇用を増やすなり(王都内に居住する歩兵隊長及び騎士は屋敷のある地区を個人または共同で発展させるのが義務付けられている)をするのが良かろうというので昌幸はその通りにする事にした。

 

晩餐会が始まり、フレデリック王の乾杯で皆が一斉に盃を交わした。そして犠牲になった者達に黙祷を捧げた。昌幸はこの晩餐会でアリス、オーラン、宰相と親しくなった。最初は棘のある態度で接したアリスは共にソフィアの為に戦う事を再確認し、オーランは当面の上司になる為、胡麻擂りも含めた関係を築き、宰相は前職が国王付き大魔導士兼考古・異世界研究者という肩書きが持っていたことから昌幸に対してありとあらゆる質問をしてきた。昌幸も可能な限り答え、自分以外にも飛ばされた人間がいる事を知った。そして宰相の知る限りでは自分が一番先の時代に来たことも。昌幸は宰相と別れると話疲れてバルコニーに寄っ掛かった。

 

(自分以外にも異世界者が居たとはな…そして悉くここで天寿を全うしたり、消息を絶っている。帰ることは不可能と見るのが正しいな。最も俺の場合は間違い無くあの時は死んだと思って差し支えが無いしな…)

 

ソフィア

『楽しんでます?』

 

そうソフィアに話し掛けられた昌幸は顔を上げると、ソフィアは薄ピンクのドレスに身を包んでいた。

 

昌幸

『食べ疲れ、話疲れた。満喫してるよ。』

 

ソフィア

『それは良かった。不思議、さっきまで国が滅びるか否かの大戦だったのに今じゃみんなそんな事忘れているみたい。』

 

昌幸

『忘れようとしているのさ。まだ国境の街アマルを取り返してないし、他のゴブリンの軍勢が合流する可能性もあるからな。心配事だらけ…。だから、こういう時こそ騒いどかないとやって行けないのさ。次はこちらから攻める番だ。何時になるかは分からないけど。』

 

ソフィアは心配そうな表情を浮かべたが、それを見た昌幸はバルコニーの柵に立つと仁王立ちしてこう答えた。

 

昌幸

『勝ってみせるさ。もう我々は奴らの首に手を掛けた。後は斧を振り下ろすだけだ。それで奴らは悉く首になる。そして…』

 

昌幸はソフィアを引っ張り上げると空を指差した。そして力強く言った。

 

昌幸

『そしてそれ以上も求める事が出来る。遥かな地平線、そして水平線をその手にする事だって出来るさ。即ち、天下も!』

 

天下…。誰もが魅了され、夢見るであろうその光景と言葉は何時の時代も何処の世界であろうと、存在した。天下を志す者は多く居るがそれを成した者はごく僅かである。だからこそ人は戦い続けるのだろう。その眩い光を求めて。

 

そしてその眩い光はソフィアを魅了した。そして天下を嘯く青年に問いた。

 

ソフィア

『じゃあ昌幸は天下を取る頃には何者になってるのかしら?天下を目指すならそれなりの立ち位置に居ると思うけど?』

 

昌幸

『そんときの俺は…アルトヘイムの…天下の大将軍になる!ありとあらゆる土地、海を越え、山を越え、ありとあらゆる国にこのアルトヘイムの旗を掲げよう‼︎』

 

昌幸が唱えた天下は、天下布武。武を持って天下を制すると言うことだ。小国のアルトヘイムには夢のまた夢の話であった。だがその夢のまた夢と言われ、同じ様な弱小国を率いて天下を制した者は居る。かの織田信長もそうであり、ローマ帝国も生まれた時は単なる都市国家でしかなかった。だがそれらは次から次へと現れる障害を突破し、国を大きくし、そして天下を制する迄になった。そう、それを為すための努力や根気が有ればこのアルトヘイムだって出来るのだ。明治維新を迎えた日本人がある一定の努力と根気さえあればどう言う身分の家の子でも博士にも、官吏にも、軍人にも、教師にでもなり得た様に。

 

ソフィアはそれを聞くと笑い出した。

 

ソフィア

『アハハハハハハハ!天下の‼︎天下の大将軍‼︎アハハハハハハハ‼︎』

 

昌幸

『なんか変な事言った?』

 

ソフィア

『いいえ、ごめんなさい。そんな途方もないところを高らかに目指すって言う人初めてだから。昌幸さん、天下の大将軍になって下さい。私の夢のためにも。』

 

昌幸

『先程のように昌幸で結構。ソフィアの夢は一体何だい?』

 

ソフィア

『全ての文明を持つ種族との融和。即ち世界融和を実現させる!』

 

ソフィアの夢は、凶暴なオークやゴブリンといった非文明種族を除く全ての種族の融和であった。ある意味天下布武より難度の高い事業である。だが昌幸はそれを笑う事は出来ないし、何よりソフィアの眼にはそれを為すだけの意志が宿っていたのだ。

 

昌幸

『じゃあ、言ってしまえば目指す所は一緒な訳だ。共に頑張ろうソフィア!俺達の夢の為に!』

 

ソフィア

『私達の理想の為に!』

 

二人は握手を固く交わしたが、長い事握り合う事は出来ず、直ぐに二人して顔を真っ赤にして離して後ろを向いてしまった。

 

昌幸

『こんなゴツい手でごめん。痛かったよね(汗)』

 

ソフィア

『私こそごめんなさい。痛くありませんでしたか?(汗)』

 

御開きを報せる鐘が鳴り、ソフィアは昌幸に別れを告げ城の中に戻ると、昌幸も城門まで歩いていった。道中同僚の200人隊長達が飲み直すのでどうかと誘われたが、明日から色々整理する事があるからまたの機会と埋め合わせをすると約束して丁重に断った。

 

正門に着くと使用人が馬を引いて待っていた。馬は競馬中継とかで見る奴よりも遥かに大きく、黒毛でがっしりとした体をしていた。昌幸は一瞬とんでもないくらい気性の荒いのを貰ってしまったのではないかと思ったが、使用人の話曰く『とても従順で大人になったばかりの大人しい子ですよ。』と言う

 

(本当かな?)

 

昌幸はなんとか跨ると馬は大人しく引かれていった。試しに昌幸が首を撫でてやると嬉しそうに鼻息を出した。この人懐こい馬を昌幸は気に入り、必ず乗りこなすと心の中で誓った。これが昌幸の愛馬シャムシュとの出会いである。

 

使用人にシャムシュを引いてもらいながら屋敷に帰った昌幸は紅茶を所望すると制服のままベットに座り、紅茶が来ると飲みながら自分の住む地区の特性や、派遣される200人の部下癖を掴むべく出された資料を読んだ。

 

夜が更け、新たな太陽が昇りアルトヘイムの王都を照らし始めた。昌幸は結局あのまま寝てしまったのだ。小鳥の囀りを聴いた昌幸は夢の世界から帰還した。だが自分の部屋なのに気配がする。間違い無く誰かいる。困った事に武器はベットから離れたところに置いてしまったので引き抜けない。そしてその影は自分を覗き込む形になった。

 

(首を絞めに来るかな。ならば来い、もっとだ。手を伸ばした瞬間眼を開け頭突きを食らわして絞め殺し返してやる)

 

そう昌幸は考えているとその影は近づいてきた。今だ‼︎昌幸は眼を開けた。開けた先の光景は白と黒のメイドドレスでは隠しきれない巨大な乳房出会った。まさに風が吹けばしたたかに揺れるであろう立派なものが昌幸の鼻先に当たるか当たらないの距離にあった。

 

昌幸

『うわっ!?』

 

これには昌幸も堪らず声をあげると、影の主もまぁ!と声を上げ後ろに下がった。

 

?

『これは失礼いたしました。ご主人様。』

 

影の主は昌幸より少し年上の女性であった。見るからに包容力のある大人の女性であった。ブロンドの髪の毛を纏め上げ、肌は白く、口元は潤み薄いピンク色をしていた。

 

昌幸

『貴女は何方ですか?』

 

マリア

『私はマリアと申します。このお屋敷の使用人の長をやっております。どうぞ宜しくお願い致します。』

 

昌幸

『あっこれはどうも。どうぞ宜しくお願い致します。(朝から眼福眼福…』

 

マリア

『朝餉の用意は出来ております。どうぞこちらへ。』

 

昌幸は用意された朝食を済ませ、紅茶を飲むとマリアに命令書を持って従者が来ていないかと聞いた。

 

マリア

『先程若い男性の方がそれらしいものを持って訪ねてまいりました。別室にお待ちして頂いております。』

 

昌幸

『直ぐに会いましょう。執務室でね。』

 

昌幸はそう言って執務室に入ると制服を正し、剣を腰に差し、髪の毛を直した。そうしている間にドアがノックされたので昌幸は応えた。すると扉が開き、中から若い男が入ってきた。その姿は肌は浅黒く、髪の毛は茶髪だが、黒いメッシュが入っており、眼は金色に輝いており、耳が普通の人間より少し長く、細身の体を執事が着るような服で包んでおり、腰には短剣を下げていた。

 

昌幸

『貴方が私の従者になってくれる方ですね?名はなんと言うのですか?』

 

アッシュ

『アッシュと申します昌幸様。これより全身全霊をもって主人の火急をお救い致しますので何なりとお申し付けを。』

 

昌幸

『私は貴方のことをあまり知らないし、貴方も私のことを良くは知るまい。それでも忠誠を誓うのは何故だ。』

 

アッシュ

『昌幸様にはそのつもりはないかも知れませんが、村を救って頂きました。先日のゴブリンとの大戦。あの戦場を抜けた先には我らエルフとハーフエルフの村があるのです。あの場で負けていれば真っ先に狙われたのは我らの村でした。ですが昌幸様は奇策を用いてゴブリンに快勝なさいました。結果我らにとって貴方は命の恩人なのです。』

 

昌幸

『そんな大層な事をした覚えなんて微塵もないけど、分かったそう言う事なら受け入れよう。これよりは君や君の村だけでなく、アルトヘイム中の民を救う仕事が待っている。ついて来い、共に天下を取ろう!』

 

アッシュ

『ハハッ‼︎』

 

昌幸

『して、従者は何をするのが仕事なの?』

 

アッシュ

『我々従者は二人体制で、主に主人の身の回りのお世話ですが、兵站や雑務、戦場では主人の副官や軍師を務めます。あと剣技、馬術指南ですね。』

 

昌幸

『二人?もう一人来るのかい?』

 

アッシュ

『その者は後日到着するとの事です。まだ時間が必要かと…。』

 

この時昌幸はアッシュの言葉の意味が分からなかったが一応納得した。昌幸は席を立つと剣を下げ、アッシュの方に振り向いた。

 

昌幸

『では早速だが、兵たちを見に行こう。すぐ近くの兵舎に集まってるんだっけ?』

 

アッシュ

『はい、兵達は隊長の命あれば一目散に馳せ参じる様に義務付けられております。故に己の隊長が住まう場所に近い兵舎に寝泊まり致します。』

 

昌幸

『ずっとかい?いろんな村や町から徴兵されると聞いたんだが?』

 

アッシュ

『恐れながら、200人隊となると交代が難しく、ましてや王都所属の200人隊となると故郷に帰れるのは年に二、三度かと。安定して交代勤務が出来るのは500人隊になりませんと。ですから昌幸様の一つ上の階級となります。』

 

昌幸

『では、皆の為に軍功を立てるとしよう。』

 

そう話していると二人は兵舎に着いた。

 

兵舎の広場では200人が整列していた。その中の伍長達の中に先の戦いで伍を組んだヤートン、マシュ、ガストン、トマスがいた。

昌幸の考えた編成はハルバード兵50、剣と長槍を持った一般兵25ずつ。弓兵、クロスボウ兵50ずつの編成であった。白兵戦にも耐え、射撃戦にも耐える、遠近両用の戦いを好む昌幸らしい編成であった。昌幸は高台に上がると200人を見下ろした。全員の顔が見える位置に立った。

 

昌幸

『私は諸君の事を全く良く知らん。そして君らも私の事を知らんだろう。だからこれだけは言っておく、生きる為に戦え。諸君らは祖国の危機に立ち上がった者達であるのは承知の上だ。時来たらば死ぬ覚悟もある事も。然し、突き詰めた所掛かっているのは国家という道具の存亡だ。個人の権利と自由に比べれば大して価値があるとは思えない。寧ろ戦い抜いて生き延びてこそ御国の為なる。それだけは忘れない様に頑張って戦い抜こうか。』

 

皆この若者の言葉にただ静かに聞く事しか出来なかった。王国の王都のど真ん中で国なんかより民が大事と言う人間は初めてであった。民を思う者達はいれども国を守る事を大前提で話しているのにも関わらずこの若者は民さえ無事なら国なんかどうでも良いと言ったのだ。だが堂々と言いのけた昌幸の人間性に惹かれた事は確かである事や、何より自分達と苦楽を共にする覚悟がある事が見て取れたそれだけでも兵達にとっては士気を上げる要因になるのだ。

 

兵の士気、天を衝く。正しくその通りに雄叫びを上げた。この時、地区の住民は何事と思い右往左往したらしい。昌幸は昨日のうちに用意した200人分の黒襷を一人一人手渡ししていった。これが後のアルトヘイム王国先鋒精鋭軍団黒襷隊の誕生である。昌幸は一家の主人と200人の長の両方になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話 黒襷隊の初陣、200人隊長おかしくなる

兵舎で200人の新気鋭の若人達が雄叫びを上げてそろそろ近隣住民からウザがられる位になって来た頃、王城より使者が訪れた。

 

使者

『昌幸200人隊長は居られるか?』

 

昌幸

『ここに。』

 

使者

『国王陛下よりオーラン将軍に王命が下り、将軍の推挙により、200人隊長昌幸に王命が下ることに相成った。200人隊長昌幸は麾下部隊を連れ王都近郊の村々を襲う盗賊団推定120名を鎮圧せよ。』

 

昌幸

『200人隊だけででしょうか?本来我々はオーラン将軍の軍団を編成する部隊。本隊の出撃無く、我らだけが動けるとは聞いて居ませんが?』

 

使者

『本日の早朝、王陛下はアマル奪還の基盤を固めるべく周辺地域の平定を行う部隊をお作りになる事をお考えあそばされた。200〜500人規模の独立歩兵部隊である。そこにソフィア殿下、アリス大将軍、オーラン将軍の推挙によって選ばれた部隊の一つに貴隊が選ばれたのだ。』

 

昌幸は何となく状況を理解し、跪き承知したと応えた。使者は更に続け、

 

使者

『して、貴隊は何という名前にするのだ。都合上名前が欲しいのだが?』

 

昌幸

『しからば、黒襷隊とお伝えください。』

 

使者

『突然の事で申し訳ないが、隊旗も必要なのだが、どうかね?それが出来るまでは王都に留まっていても構わんが?』

 

昌幸

『いえ、この士気を維持したまま出陣したく存じますので陛下にはご好意に感謝いたしますと、お伝えください。隊旗は道すがら考え、凱旋の際にはお目にかかれるように致しますので。』

 

使者

『左様か、では武運を祈る。』

 

昌幸

『ありがたし、黒襷隊出陣‼︎』

 

黒襷隊

『『『はっ!!』』』

 

そこから三時間が経過し、特別200人隊黒襷隊は王都を出た。先頭を馬に跨る昌幸がおり、その横に馬に跨るアッシュ、ヤートン、マシュ、ガストン、トマスがそれぞれ率いる伍(五人編成の小隊。中国では古代より取られた戦法であり伍を率いる伍長に四人の兵が集まり、それを持って一つの伍とする日本では今川家が採用していた寄親・寄子がそれに近い。この異世界での伍は中国のそれとは違い、五人の兵に一人の伍長という名前は伍→五で有るが実際は6人編成である。アルトヘイム王国ではゴブリン戦後、その隊形を採用した。)が続き、他の伍もそれに続いた。

 

さて昌幸が相手する盗賊団の詳細を確認してみることにしよう。この連中は、元は周辺の村々や街の食い詰めたゴロツキである。彼らは色んな村々を襲い、暴行、殺害、強盗、種族問わずの強姦、人身売買を行なっていた。然も彼らはそれらで奪った馬や驢馬を使役しており、馬車隊や騎兵の真似事までしていた。それ故機動力も高く、駐屯する歩兵部隊だけでは対処しきれず、かと言って正規軍を派遣する余裕も王国には無く、暫く打つ手なしの状態が続いたが、遂に重い腰をあげたのだ。

 

昌幸

『騎兵の真似事まですんのか。これはちょっと考えないと蹂躙されちまいそうだ。』

 

アッシュ

『連中はこの村の付近の森にキャンプを張り、根城にしていると報告が上がっております。この村は事実上彼奴等に占領されやりたい放題の状況との事です。』

 

昌幸

『森の中か…この隣の街は支配下には無いのか?距離も近いが?』

 

アッシュ

『この街は我が国の主力兵器であるクロスボウとロングボウの生産を行う村の一つで、駐屯兵も居ますし、何より村の住人が子供まで弓矢、クロスボウの扱いに長けているのです。それ故近づかないかと。』

 

昌幸

『すごいなぁ。狩人の街かなんかかな。』

 

アッシュ

『いえ、エルフの街です。』

 

昌幸

『エルフだと⁉︎あの耳長で不老長命でみんなびっくりするほど美男美女のあのエルフ⁉︎』

 

アッシュ

『は、はい。あのエルフです。長命以外(この世界では寿命は人間と同様但し不老)は全てその通りです。』

 

昌幸

『で、あるか…。使者を立てよ。エルフの街に向かわせ、夕刻陽が沈んだのを見計らい街に入るのでそのつもりでいるようにと伝えてくるのだ。』

 

アッシュ

『その間に我らはどうします?』

 

昌幸

『連中にバレないように安全圏スレスレに待機。途中馬が借りれたら心得が有る者に斥候になってもらおう。』

 

アッシュ

『畏まりました。その間私めが昌幸様に馬術の手ほどきを致しましょう。見ていて筋は有ると見ましたので少しやれば戦に耐えれるかと。馬も従順なのにも助けられましたな。』

 

昌幸

『本当な、シャムシュは本当に理解してくれている。』

 

そうしているうちに昌幸一行は安全圏(未だ襲われていない街と村を昌幸が勝手にエリア化したもの)スレスレの村に到着した。そこで牧場主に使者と斥候が使う馬5頭を借りることが出来た。この牧場主は村の外に出てる時に盗賊団に父を撲殺、姉と妻は犯され姉は苦にして自殺したことから相当憎んでいたお陰で借りれたので昌幸は後に報告書に盗賊団の功績として以下の事を書き、文官貴族連中から忌避されたという。

 

昌幸

『だがこの連中がありとあらゆる連中の怨みを買ってるからお陰で仕事がしやすい。馬に武器に食料、当面はせびり放題よ。然も料金はクソ野郎百数十人分の首ときたから安いもんだよなぁ?』

 

アッシュ・ヤートン・マシュ・ガストン・トマス (コイツマジでヤバいやつなんじゃねぇかな?)

 

昌幸

『んじゃ使者は街へお使いに、斥候はbat guysを探しに行くんじゃあ。』

 

黒襷隊

『はっ‼︎』

 

かくして五騎の即席騎兵が村を出て行きそれぞれがそれぞれの任務を遂行しに向かった。

その間昌幸はアッシュに馬術と馬上での矛と剣の扱い方を学んだ最初は一方的にやられていたが最後の二本は昌幸が一本を取って勝つ事が出来るくらいにまで上達した。周りの兵達は最初は一方的にやられる昌幸を見て笑っていたが、次第に上達していく昌幸に驚き、最後には相当な手練れであるアッシュに二回勝つくらいになってきた時には、拍手喝采の大騒ぎになった。

 

アッシュ

『お見事!今の一本には感服致しました。』

 

昌幸

『いや、シュムシュが上手く動いたのとアッシュが手加減してくれたお陰だ。ありがとう、お陰で上達出来た。』

 

 

アッシュ

『お言葉ですが私は一切の手加減をしませんでした。獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。返って手加減するのは主人に無礼かと。』

 

昌幸はこの従者の心意気に感じ入ったのか眼を閉じ微笑を返すとアッシュのブロードソードを拾いアッシュの鞘に納めてやり、手を差し出した。アッシュもそれを見て一礼すると握り返した。

 

黒襷隊将兵と村の野次馬揃いも揃って拍手喝采である、そしてこうしているうちに使者が帰ってきた。エルフ達の街は昌幸達黒襷隊の入場を了承し、その為の安全な進路と到着までの時間稼ぎまで提供すると申し出てきた。

 

昌幸はすぐに部隊出撃の令を下令、200人は直ぐに出発した。道中斥候を拾い、盗賊団の詳細を確認する事に成功した。そこからしばらく行くと一団が待っていた。一瞬盗賊団かと黒襷隊の面々は身構えたが使者を担当した兵士が松明に火をつけて振ると向こうも振り返してきた。その兵士が馬で昌幸の隣まで掛けてくると説明を始めた。

 

黒襷隊兵士

『隊長、あそこにいる一団がエルフの街の駐屯工兵部隊です。先頭で馬に乗られている方が部隊長のカーラーン殿です。エルフの方なので見た目よりかなり年長で階級も千人隊長と歴戦の上官に当たりますので御注意を。』

 

昌幸

『カーラーン殿か…分かったありがとう。』

 

昌幸とカーラーンは互いの顔がはっきり見える距離まで馬を走らせた。

 

カーラーン

『貴公が新任の200人隊長か?私はエルフ弓槍騎馬工兵混成千人隊カーラーン隊隊長、カーラーンである。』

 

昌幸

『私はオーラン将軍麾下特別歩兵200人隊、黒襷隊隊長、綾瀬昌幸であります。カーラーン卿、お初にお目にかかります。』

 

カーラーン

『貴公があの平原のゴブリン戦役の綾瀬昌幸か?恐ろしい戦術眼と戦闘技能、そして戦闘に対する意識を持っていると聞いた。閉鎖されたこの街まで話は飛んできたぞ!オーラン殿も、また一癖も二癖もある部下をお持ちになられた。聞けばソフィア殿下に拾われたとか、真か?』

 

昌幸

『そこまでご存知でしたか…。左様。姫殿下にこの命救われました。』

 

カーラーン

『ソフィア殿下の人を見る目は他者の追従を許さん。殿下に期待された実力、遺憾無く発揮する事に期待する。』

 

昌幸

『ははっ!ありがたし。』

 

カーラーン卿に案内され、エルフの街に着いた黒襷隊一同は異質の歓迎を受けた。街の住人、エルフも人間も挙って出てきたが歓声の一つも上げず、然し笑顔で王国旗や討伐隊万歳!とか国歌が書かれた看板などを振り回している。昌幸はこの異質な歓迎に不安になったのでカーラーン卿に聞いてみた。

 

昌幸

『カーラーン卿何故、彼らは…こう、無言なのでしょう。』

 

カーラーン

『盗賊団はこの街の西に少し行った所の森に潜んでいるからな。今は私の部下達が撹乱していて気づかないとはいえ、自分達を討伐しにきた部隊が来たと知れば間違いなく逃げ出す。そして連中は知っての通り、騎馬と馬車を持ってる。逃げられれば騎馬隊で無い限り追いつけん。だから悟られぬように皆こうやっているのだ。』

 

昌幸

『成る程、浅はかでした。』

 

昌幸達はそのままエルフの町長に会いに行った。エルフの町長は王都からの討伐部隊が到着したと聞いて感無量でいた。盗賊団はこの街周辺の村々を定期的に襲い、その度に食料、金品の強奪。強姦人身売買、そして僅かながらの殺人を繰り返していると言い、折悪く街から出ていたエルフも同様の目にあい、特に女性エルフは悲惨であった。その容姿故に犯され、泣き喚き、邪魔だと見なされれば首を飛ばされ、残った体と飛ばされた首でまたこの外道共の性の吐き口になっていた。その為この街の住人は皆が復讐に燃えていた。その中には村から逃げてきた者達もいた。

 

昌幸はそれを聞くや、彼らの根城の正確な位置を確認した後、町長に今月納める予定のクロスボウは何挺あるか聞いた。町長は六十梃程と答えた。昌幸は損失したら必ず弁償すると約束し、この六十梃を借り受けた。そしてカーラーン卿の工兵部隊に依頼して三十梃ずつに分け、それを束ね、急造の拠点防衛用の備え付け型の仮設連弩を作り上げた。うち一人の工兵が昌幸にクロスボウで弾幕を張りたかったら普通に連弩を用意すれば良かったのに何故わざわざ単発のクロスボウを使うのかと聞いた。

 

昌幸

『確かにその方が圧倒的に弾幕を展開するだろう。だが決まってそういうものは威力が低くなる傾向がある(銃除く)。俺が欲しいのは威力、一撃必殺の威力だ。だからわざわざ単発のクロスボウにしているのだ。』

 

工兵は少し引きながらも左様かと返事をして、作業に戻った。昌幸は更に狩猟に使う毒や各民家の糞尿を集めた。その時昌幸は土間の土を掘っていた時ある物を見つけた。それはクリスタル状の白い石だった。人や家畜の生命エネルギーの産物糞尿と土に混じる微生物によって作られるそれは恐らく昌幸が知る限り最強の武器の原料であった。

 

(あった…当然だけどあった…あとは鉱床として発見されて、硫黄と木炭がうまく手に入れば作れるだろう。あとは見本があれば良いのだが、流れ着いている事を祈るとしよう。)

 

昌幸の指図で糞尿や毒薬を集めていたエルフ達は何に使うのかと聞いた。昌幸はそれらを矢に塗り使うのだと答えた。そしてエルフの若い衆らにも戦ってもらうと説明した。元々恨み辛み満載のエルフ達なのでそれには異論は無かったが具体的にどうやって戦うのか彼らは知らなかった。それを知るのは昌幸のみだった。そしてこの時彼の中で重要な事なのは連中をはなから敵と思っていないという事であった。

 

(敵に対しても最低限の礼はするが敵でもなければ何をしようが責められる事はあるまい。)

 

ある日の夕刻、準備の整った昌幸達は出陣しようとしていた。そこにカーラーン卿が百騎の騎兵を連れて現れた。

 

昌幸

『これはカーラーン卿!見送りにきてくれたのですか?』

 

カーラーン

『いや、昌幸隊長頼みがある。我ら百騎も貴殿の戦陣に加えて欲しい!』

 

昌幸

『カーラーン卿⁉︎何を仰います、戦陣に加わるなら兎も角、私の戦陣に加えろって…それは貴方を従えよと言うことですよ?貴方は千人隊長、どう考えても我らの指揮を執る立場では有りませんか?』

 

カーラーン

『昌幸隊長、私は国王陛下より、この街そして周辺の村々を脅かす彼奴等盗賊団の鎮撫を任された身、されどそれは一向に叶わず1000人居た部下も100人を残して悉く死傷させ、連中に民を委ねてしまった。その私にはその資格は無い。だが貴殿はゴブリンの大軍勢を相手に完勝する策を講じて成功させた。それだけでも君は大器を持っていると私は思うのだ。だからこそ貴殿の戦陣に加えて貰いたいのだ。いかんだろうか?』

 

昌幸

『そこまで仰るのであれば、分かり申した。共に戦いましょう。カーラーン卿‼︎』

 

カーラーン卿

『かたじけない‼︎』

 

こうしてエルフの街を黒襷隊歩兵二百名、カーラーン卿直属騎兵百騎の急造の混成300人隊が出動した。夜になり、盗賊団が、根城にする森に入った昌幸達は前もって配置しておいた斥候達と合流した。斥候によると盗賊団は森の広場にキャンプを貼り、盗品を見せびらかし、盗んだ食料や酒で酒盛りをし、攫った民を乱暴したり、犯したり、首に値札をつけたりをしていると言う。昌幸はそれを聞くや、隊に連中を囲むように展開するように指図した。二方向に急造の連弩を据え置き、装填を済まさせた。歩兵、騎兵をバランスよく配置し終わると、夜が更けるのを待った。

 

そしてその時は訪れた。

 

昌幸

『今だ‼︎火矢を放て‼︎』

 

弓兵達が一斉に茂みから飛び出ると火矢を放った。火矢は盗賊団に襲い掛かり彼らの寝床を襲った。焼かれる盗賊団は何が起こったのか理解できなかった。更に鬨の声をあげて突っ込んでくる歩兵と騎兵。毒や糞尿が塗られた矢やボルトが飛んでくる。それをくらい踠き苦しみ、息絶えた。おまけに拠点防衛用の連弩まである始末。盗賊団は乱戦を余儀なくされた。昌幸は混乱する盗賊団に容赦無く矛の一撃を加えていった。そのうち、騎兵複数と馬車が二両、混乱の最中逃げ出した。

 

黒襷隊兵士

『隊長‼︎敵の騎兵と馬車が複数、包囲を脱出、森から逃げていきます。』

 

昌幸

『良い!敢えて逃した。あの森の小道に走ってった連中はアッシュと街からの義勇兵が狩ってくれる。俺達はこっちの連中を首にすることだけを考えてれば良い。』

 

さて囲いから出してもらった小鳥の如く慌しく森の小道を走っている騎兵と馬車は兎に角逃げなければと走り回っていた。だがその先にはアッシュと街からの義勇兵として集まったエルフの若者達が居た。

 

アッシュ

『それでは主人に変わりまして皆様に騎馬の狩り方をご教授致しましょう。騎兵はまさしく陸上では花形。それこそ野戦であれば手がつけられません。我々など簡単に蹂躙できますが、所詮それだけです。歩兵との乱戦にはあまり真価を発揮しませんし、何より機動力と衝突力の化け物があんな森の小道なんかを歩兵なしで走っているなんて日にはもうその辺のウサギを狩るより簡単な事なのです。何故なら…!』

 

アッシュはそう言うと手に握っていたロープを引くと盗賊団の前にロープと棘のついた丸太が現れ、騎馬はみんな嗎止まってしまった。慌てふためく騎手、そして闇の中から無数に光る鏃の光。それは死の光である。

 

アッシュ

『では皆様、放て。』

 

アッシュの号令に合わせて矢とボルトが飛んでいった。そしてそれらは悉く盗賊団の身体に突き刺さり一回の斉射で騎馬は皆殺しにしてしまった。

 

アッシュ

『家人の火急を救う、それが使用人の務めにございます。』

 

アッシュは、まるで屋敷の一室を軽く掃除した様な余裕の表情で言ってのけた。そして死体の山に埋もれた生き残りの盗賊団の一員を見つけると後ろからその脳天目掛けてクロスボウを放ち、とどめを刺した。そして服も顔も返り血で塗れても表情を一切変えず更に言った。

 

アッシュ

『申し訳ありませんが我が主人の望みは皆様を悉く亡き者にする事でございますれば見逃す訳には参りませんので。』

 

エルフ義勇兵

(鬼を鬼が狩ってる…盗賊団も大概鬼だったが、こっちは一回りも二回りも鬼みたいな連中が討伐に来ちまった。)

 

一方、火攻めから逃れられなかった盗賊団を屠り続けていた昌幸達はその仕事にかたがついており、捕虜になった数名を引っ立てていた。そして昌幸は引っ立ててきた捕虜を見やると首を左斜め後ろに振った。するとエルフ義勇兵達が斧を持って現れ捕虜が泣き叫ぶなか構わず首を悉く刎ね飛ばさせた。するとそこにトマスが大急ぎで走ってきた。

 

トマス

『昌幸兄さん直ぐにこちらに来てください‼︎カーラーン卿が…!!』

 

昌幸はその言葉に青ざめトマスに連れられ大急ぎでカーラーン卿の元に急いだ。

 

カーラーン卿は捕虜達が捕まっていた檻の前に倒れていた。捕虜を助けようとしていた所を伏兵に突き刺されたのだ。突き刺した敵兵もそこに倒れていたので直ぐに反撃した事は明らかであったがカーラーン卿はもう既に虫の息であった。昌幸はカーラーン卿の側に近寄り、手を握って元気付けた。

 

昌幸

『カーラーン卿!カーラーン卿‼︎気をしっかりお持ちください!せっかく悲願を成したのにそのまま旅立たれるおつもりか‼︎』

 

カーラーン

『隊長…昌幸殿…。すっかり油断したよ。よる年波には勝てぬものだ。昌幸殿頼みがある。私が、死んだ後、率いた騎兵100と街で治療を受ける騎兵100と歩兵600そのまま率いて千人隊を構成してはくれまいか…この功績は大きい。間違いなく貴殿は特進するだろう。千人隊長となれば一つの街に駐屯するようになる。まだあの街には兵が必要だし、周辺の村々を再興するための力にもなる。どうか民を救ってくれ…私が救えなかった民達を………。』

 

昌幸

『カーラーン卿?カーラーン卿‼︎衛生兵を‼︎何をしている急げ‼︎』

 

マシュ

『昌幸…無駄よ。もう亡くなられた。』

 

ヤートン

『立派な軍人だった。』

 

昌幸

『……。カーラーン卿は戦死したのでは無い!天寿を全うしたのだ。この場にいる諸君はそれを承知し、他の者にもそのように伝えよ‼︎決して違えるな‼︎』

 

将兵

『はっ‼︎‼︎』

 

その後昌幸はエルフの街に凱旋し、町長にカーラーンの遺体の世話と遺族への言伝を頼んだ。そしてそのまま王都へ帰還し、フレデリック王とソフィア王女に任務の成功とカーラーン卿の死を伝えた。そして昌幸はカーラーンの言葉通り500人隊長を通り越して千人隊長に特進。カーラーンの願いであった。カーラーン隊を継承、エルフの街に駐屯した。

 

そしてそこから2ヶ月が経った…。

 



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4話 アマル奪還戦 1

(お母さん、エルフの街付近の村々を荒らし回る盗賊団が討伐されて2ヶ月が経ちました。この街を中心に色んな村に資材や人が集まり少しでも傷跡を癒そうとしています。もう復興できない村はエルフの街のすぐ近くに新しい村を作り、そこで生活を始めました。私がお仕えする方はその新しい村や町、他の村々の街繋ぐ馬車便の整備を王都に進言してより往来を多くしようと苦労されています。

 

かつては盗賊団に怯える人々でしたが、街や村を守ってくれる新たな千人隊の存在があって、今や怯える人は居ません。みなその肩や腕に巻かれた黒い襷や翻る獅子と六枚の銅貨が描かれた旗に安心感を覚えているみたいです。旗の意味はアルトヘイムの象徴である獅子と死後の世界でこの世とあの世を隔てる川を渡る渡し船の船賃だそうです。

 

自分達はアルトヘイム王国とアルトヘイム国王の為に戦い、祖国と国王の為に死ぬ。そのための覚悟は出来ている。道連れにしてでも敵を倒すといった意味だそうです。

怖いですよね?でもその旗印の通り、みんな忠義心に溢れる人達ばっかりですし、200人隊長のお胸の大きいお姉さんは最初は怖い人かと思ったけど、話してみるとすごい優しい人だったし、筋肉モリモリのお兄さんはかっこいいし、同じくらい筋肉モリモリだけど顔が綺麗なお兄さんは最初はすごい軽い人かと思ったらすごい熱血漢だし、私より一つ年下だけど200人隊長をやっている男の子はみんなから天才って言われるだけあってすごい頭が良いんだけどそれを鼻に掛けることなく誰彼構わず敬語を使ってみんなから信頼されるいわゆる好少年みたいな男の子です。

 

そんな人達を率いる千人隊長、私がお仕えする方は異世界から来た人なんです!凄いですよ‼︎お伽話は本当だったんですねお母さん‼︎でも私はこの人が少し怖いです。いつもは凄い優しいお兄さんなんですが、たまにある戦闘になると性格が豹変してしまいます。まるで戦争を楽しんでいるかのような…でも私はこの人から離れようと思いません。私達がアマルで暮らしていた所をゴブリンに襲われ、お父さんを殺され、お母さんと私がゴブリンに…乱暴にされて、最後は犯されて…。あの人がやった事がどんなに残酷でも結果的には私達を助けてくれたあの人を…綾瀬昌幸千人隊長にお仕えするってリリィは決めました!また手紙を書きます。どうか王都でお元気でいて下さい。貴方の娘 リリィより)

 

リリィ

『おはようございます皆さん‼︎』

 

胸の大きいお姉さん→マシュ

『おはようリリィ!』

 

筋肉モリモリの顔の綺麗なお兄さん→ガストン 『相変わらず元気だなリリィちゃん。』

 

筋肉モリモリのお兄さん→ヤートン

『おはようリリィ‼︎今日もよろしくな!』

 

一個年下の好少年→トマス

『おはようございますリリィさん。これで皆さん揃いましたね兄さん!』

 

そうトマスが投げ掛けると皆に背を向けていた椅子が周り座っている人物が姿を現した。

黒い鎧を身につけ、白いマントを身につけた若い男である。千人隊長になって日が浅いが、もう既に一軍の将としての風格が出始めていた。

 

頭のおかしい異世界人→昌幸

『やぁ、リリィ。さて皆先ずは俺の話を聞いて欲しい。今、王都に戻っていたアッシュが帰ってきた。話によると遂にアマル攻めを行う事が決定した!もう既にアリス大将軍麾下アルトヘイム軍8万が各地より出撃した。』

 

おお!と皆は声を上げた。アルトヘイム国境の町アマル…。ノーロット帝国との国境に位置するこの城塞都市はありとあらゆる防衛兵器や通常より高めに作られた城壁を保有する鉄壁の城塞都市であった。然し、ノーロット帝国の侵攻でこの堅牢な城壁に穴を穿たれ、そこから間髪入れずゴブリンの大軍勢の侵攻を受けてしまった為陥落してしまったのだ。然し未だ国の内側の城壁は無傷に近く、ゴブリン軍はどうやら上手くその防衛兵器を使いこなし、しっかり拠点化してしまっている。

その国家としては重要拠点であるアマル奪還を遂に王国は決断。王都近郊の平原での大勝利を収めて士気旺盛の勢いを維持している今が好機と捉えたのだ。

 

昌幸

『既に各部隊出撃して集結点であるこのエルフの街に向かっている。一番早く来るのは王都防衛についているオーラン将軍の兵2万だそうだ。オーラン将軍が到着次第、我が黒襷隊はアマル近郊の村であるへドン村に進駐、そこに陣を構え偵察を行う。既にへドン村の村長には了承を取っている他おまけに面白い情報もゲットした。』

 

その場に居るものは昌幸の言葉に耳を傾けた。そして昌幸の表情を見た。昌幸の表情は『あまり良い状況では無いぞ』と言っていた。その表情で皆はある程度の覚悟をした。

 

昌幸

『なんでも連中、アマルに残ってた攻城用の櫓とか引っ張り出して城壁外に設置してそこに見張りと弓兵を配置してるらしい。城壁にたどり着く前に先ずこの連中をなんとかしないとのんびり攻城戦も出来ないという訳だ。連中もなかなか考える。』

 

ガストン

『マジかよ…』

 

マシュ

『まともに突っ込んだら頭上から弓矢を放たれ続ける訳ね。』

 

ヤートン

『ゴブリン共め…小賢しい真似をする!』

 

トマス

『然し、所詮攻城用の櫓を防衛に当てがっている事情を考えると、連中が防壁の兵器を扱いきれなかった可能性も示唆できる。ちゃんと使えるなら防壁の兵器だけで十分迎撃できる。こんな事をする必要はない。』

 

昌幸

『その通りだ。だからこそ必ず糸口があるはずだ。王都はあまりこのアマル攻城に時間を掛けるつもりは毛頭無いそうだ。出来ることは全てやって当たる。総がかりだ、恐らくアマル周辺は森が多いがその辺を恐らく切り倒してその場でトレビュシェット(投石機)を作るなり、そこに持ってくるなりして櫓を潰す算段で行くはずだ。だがそこで生じるのは敵の配置だ。どこに櫓を置き、堀や兵はいかほど居るのか。我々はへドンに着き次第偵察を行う。』

 

昌幸はそう言うと椅子から立ち上がり、他の皆もそれに従った。そして昌幸は剣を引き抜くと天井に掲げた。

 

昌幸

『これより我らは城塞都市アマルを奪還せんとする!いざぁ‼︎』

 

一同

『『いざ‼︎‼︎』』

 

翌日、オーラン将軍麾下二万がエルフの街に到着した。昌幸は主だったものを連れオーランを迎えに行った。

 

昌幸

『オーラン隊長!…じゃなくて将軍‼︎お待ちしておりました‼︎』

 

オーラン

『昌幸か?千人隊長の務めはちゃんと果たしているんだろうな?』

 

昌幸

『勿論です!他の同僚達は?』

 

オーラン

『皆負けじと軍功を稼いどるよ。今回はそう言った連中を前線に置いてみようと思ってる。先の戦を生き残った連中はもう十分頼りになる兵になったしな。』

 

昌幸

『では早速ですが、我々はへドンへ向かおうと思います。』

 

オーラン

『ウム、宜しく頼む。それとな、王都から攻撃延期の伝令が来た。もう少し兵を動員するそうだ。黒襷隊はへドン待機後三日は待機して欲しいそうだ。理由はまたその時通達する。良いな?』

 

昌幸

『はっ。』

 

昌幸達はオーランに挨拶をすませると前もって出発の用意を済ましていたのでそのまま馬に跨ると一路へドンへ向けて出発した。

千人の兵達が完全装備で馬や徒歩で行軍する様は道中の村や農地の住人からすればとても物珍しい光景だったが、後に数万の兵が同じ道を通るのだからその時は腰を抜かすなり失神してしまうだろう。1日と半日かけてへドンに着いた昌幸達は、簡易的な拠点化をへドンに施した。そしてへドン村の村長にはもしもの時に備えて避難できるように指示を出した。村長は素直に従ったが内心穏やかでは無いと言うことは昌幸には感じ取れたし、言った本人も心苦しい表情を浮かべた。昌幸は傍にいるリリィに呟いた。

 

昌幸

『住民を全員避難させるって言うのはな…』

 

リリィ

『はい?』

 

昌幸

『住民を全員避難させるって言うのはな、そこに住む人間全てに今の生活を捨てさせる事なんだ。それが未然に防がれれば良い。だがそうなる確証は無い。村長としては内心『簡単に言うな若僧』位に思ってるだろうさ。』

 

リリィ

『しかし‼︎それで村民が守れるなら本望では無いのですか?本来ならそれは正しい筈、その様に思われる筋合いは無いのではありませんか?』

 

昌幸

『リリィ、国民の本音はね国家の存亡や主導者の良し悪しや入れ替わり、主義思想なんかどうでも良いのさ。ただ自分達の明日の仕事や飯が食えれば彼らは何でも良いのだ。例え僕らが悉く討ち死にして、アルトヘイム中がゴブリンの娼館になった場合、委ねられた民達は過酷な環境と耐え難き屈辱に晒されるだろう、だが少なくとも女性陣は彼らの性の掃き溜めと子作りの母体としての利用価値があるからそう簡単には殺されない。

 

つまり生命を維持するに足りるというより最低限の食料や環境は保証されるということだ。なら彼らはどうする?たとえその辺の性玩具の如く扱われようと、牛や驢馬のように使い捨ての労働力にされたとしても、その日の生活さえ維持できれば、死の存在から離れる事が出来れば実の所文句は言わない。少なくとも暴動は起こさないだろう。絶望的に叩きのめされてるとしたら尚更ね。彼らは簡単に流されやすいが本質は賢い。自己の利益になる物を瞬時に理解できる。その為ならプライドやアイデンティティと言った自己をも平気で捨てる。それでも飯があるから生きていける。飯無くとも、誇りと尊厳さえあれば生きていける。この三つが一気に無くなる…というよりかなぐり捨てて立ち向かう人間はそうは居ない。もし居たとしてもそこの穀物の入った袋に同じ形をした金の粒を混ぜてたった一回でそれを掬い上げる事に成功する確率程度しか無いんだ。』

 

昌幸は更に口を開こうとしたが、リリィの境遇や自身がいた世界の住人に対しての誹謗中傷に近い民衆論を語るのは不謹慎極まると気づき、それ以上は言わず謝罪した。

 

昌幸

『いや、すまない。君達は望まずして虜囚の辱めを受けた訳だから今の話は関係無いし、それにこの認識は僕の前いた人間達への認識だからここの世界の連中は関係無いな。忘れてくれ。』

 

昌幸はそう言うと兜を被り直してアッシュとヤートンに弓兵を集めて見張りの順番決めを行うよう指示を出した。後ろからそれを見ていたリリィは昌幸の価値観の相違に驚愕するしかなかった。リリィは言ってしまえば専制君主国家としてのアルトヘイムの水を飲んで生活してきた。だが昌幸は日本国としての立憲君主国家(米国はそう認定している。)…まぁ名ばかりの立憲君主国家で実質民主主義国家と変わりないがともかくこの二人はそれぞれ違う水を飲んで暮らしていた。結果この民衆論の相違が生まれたのだ。

 

リリィをしてみれば国民は国王にのみ忠誠を誓い、例え虜囚の辱め受けようと決して裏切らず、そして国家自体も国民のために動いている。そして自分たちを生活を守ってくれるのも国なのだから、その方針には必ず従い、命に代えても守らねばならんというものだが、

 

昌幸をしてみれば自身の生活に支障をきたすならば国、君主、主義思想そして何より、自身の同胞を肥溜めに平気で捨てるのが民衆であり、そう言った私益の集まりが所詮国家として形を成しているだけなので崩れれば平気で己がアイデンティティも捨てる自分勝手な連中なので実際今起きているこの事態も彼らからすればその辺の安酒よりも関心を持ってはいないと言いたいのだ。

 

(昌幸隊長は、かつて住んでいた世界で民衆に絶望でもしたのかしら…さもなくばこれ程口汚く罵れない筈だ。)

 

だが、リリィにはそう考える確証は無かった。というのも昌幸は心から民衆に対しての軽蔑や侮蔑しているわけでは無いことがリリィは昌幸の口調から感じ取り、寧ろそう言ったしぶとさや自己決定する点については敬意を持って口にした感じだったとリリィは受け取っていた。

 

(隊長にとって民衆は何だろう…敵?それとも味方?それ以外?)

 

ヘドンの村に待機して三日が経った。村に騎馬が複数近づいてきた。見張りが目を凝らし、その騎列を確認すると友軍である事は判ったが先頭の騎馬だけは明らかに様子が違った。見張りは暫く見つめるとその正体に気づいたのか慌てて鐘を鳴らして開門の指示を出した。

 

開門したヘドンの村に伝令が走る。それを受けた黒襷隊は主要人物と手空きの者で儀礼整列して待ち構えた。そして村に入ってきたのは先の戦で大将軍に昇進したアリスとその護衛の水龍騎士団(水魔法を使う魔法騎士団)とオーラン将軍とその護衛兵である。

 

アリス

『久しいな昌幸隊長!』

 

昌幸

『シェフィールド(アリスのホームネーム)卿!わざわざお越し下さるとは‼︎』

 

アリス

『堅苦しいのは抜きで構わん。アリスで良い。大分一軍の将らしくなってきたな昌幸。私が来たのはお前達と敵の偵察に行くのが目的だ。あと、コレをお前にな。』

 

アリスは一通の手紙を昌幸に手渡した。それは王家の刻印が押されたものであった。送り主はソフィアであった。

 

昌幸

『姫様か…何々。風が少し冷たくなってきました、昌幸はいまどうしてますか?私は…』

 

(私は、貴方達が戦場にいるのと同じ様に、このアルトヘイム王国の局面を乗り切るべく宮廷という戦場にいます。アマル奪還の兵を挙げることが出来たのは良いですが、兵の損耗を恐れる各地の諸侯や貴族、騎士の一部はこの出兵に反対する動きを見せていて、彼らの言う通りにしていればいつまで経ってもアマルを奪還できなくなってしまう。ここ最近のアマルの状況はこちらにも届いています。攻城用の櫓や防衛用の兵器の使用など、間違いなく私はノーロット帝国(アルトヘイムの北にある巨大帝国。効率官僚制度が整備されており、屈強な重装騎兵や重装歩兵、高位魔導師部隊を多く所有し、広大な穀物地や鉱山を保有する人間至上主義を掲げる資源超大国でもある。各地に従属国を持ち昌幸達のいる大陸で一番強い)の息が掛かっていると思います。彼らは主に自国の貧困層や敵国の女奴隷をオーク、ゴブリンに代金として支払って使役しているそうです。先の戦でもゴブリン達が使っている兵装が整っていたのはその為だと思います。…どうもイヤな予感がします。敵は敗残兵ばかりですが、油断せず気をしっかり持って任務に当たって下さい。王都で帰りを待っています。

真心を込めて、ソフィア・ド・アルトヘイム)

 

昌幸

『…。』

 

アリス

『なんて書いてあったんだ?』

 

昌幸

『連中の裏にノーロット帝国が居るんじゃないかって、もし居たら気をつけてくれとさ。姫様の御温情に感謝だな。』

 

昌幸は手紙を畳んでリリィに渡すとシャムシュに跨り、矛を手にした。

 

昌幸

『では行くなら早く行きましょう。私からはトマスとマシュを同行させます。』

 

アリス

『私は一人で良い。我が騎士団の装備は目立ち過ぎる。』

 

オーラン

『ではワシからも2名同行させます。』

 

昌幸

『7名か、まぁ先ず先ずな偵察隊が出来たな。リリィ!アッシュが帰ってきたら例の奴を冷やしておいて置く様に言っておいてくれ。頼むぞ。』

 

リリィ

『畏まりました!どうかご無事で‼︎』

 

リリィが応えたのと同時に7人は馬に拍車を入れて駆けていった。リリィはそれを手を振り見送った。

 

7人は暫く馬を走らせ、アマル近郊の森林まで近づいた。7人は森林に入ると、馬を繋ぎとめ、それぞれ茂みに入っていった。

 

7人は暫く茂みを進むと目の前が拓け、その前に巨大な城塞都市が見えた。アマルである。ヘドン村の村長の言う通り、城壁外に攻城用の櫓が何台か置かれており、そしてそれぞれに弓兵が複数乗っかっていた。

 

昌幸

『あちゃー…。これはノコノコ出て来たらすぐ見つかるし矢弾もわんさか飛んで来そうだな。先ずはあの櫓をどうにかせんと。』

 

アリス

『トレビュシェットを設営しようにもこの森だからな切り倒して場所を確保するのは容易いが…その間に攻撃されたら作業は遅々として進まないだろうな。』

 

オーラン

『最低でも兵を前線に敷くだけの空間は欲しいですな。幾らか櫓を潰して後にトレビュシェットを設置しましょう。』

 

アリス

『問題はどう潰す?占領する為に軍を前進しても悪戯に兵を失うだけだぞ。』

 

昌幸

『…。ちょうど今は乾季。マシュ、トレビュシェットの部品になってる木材は乾いてるか見てくれ。』

 

マシュは昌幸に言われると直ぐに目を凝らした。

 

アリス

『そんな事言って本当に分かるのか?』

 

昌幸

『マシュはハーフエルフですので、視力や身体能力はエルフ並み。だからあのトレビュシェットに乗ってるゴブリンのアホヅラもしっかり見えますよ。』

 

マシュは目を凝らし続けてやがて瞼を閉じて一息つくと一同に報告した。

 

マシュ

『古い中古品の櫓で、この乾季。ちょっと火をつけただけで一気に燃え上がるんじゃないかしら?』

 

昌幸

『で、あるか。なら火攻めと行こうか。』

 

と昌幸が言った瞬間。トマスがある方向に指を指した。

 

トマス

『皆さん!アレを‼︎』

 

全員がトマスの指差す方向を見るとそこには悍ましい光景が広がっていた。

 

アマル市の住人が全裸にひん剥かれ、老若男女問わず、鞭を打たれ農作業に従事しているのだ。

 

アリス

『馬鹿な‼︎ゴブリン達が農耕だと⁉︎いや出来ないから人間を奴隷に、奴隷以下にして、農作業に当てているのか!』

 

アリスが奴隷以下と言ったのは訳があった。農作業している人々とは別に木の枷に繋がれて尻を突き出すような形で繋がれている女達が居た。中には年幅もない少女やあろう事かそれくらいの少年までもが同じ様に全裸で繋がっていた。

 

すると近くにいたゴブリンがその枷につながれた人間達に近寄ると暫く吟味して気に入った女に自分の性欲をぶちこんだ。すると辺り一帯に女の苦痛と快楽が混じった悲鳴が響き渡った。するとそれを皮切りに次から次へとゴブリンがその奴隷達に群がり情事を始め出した。そしてその度に女と幼い子供達の悲鳴が轟いた。

 

皆は目を背け、マシュに至ってはハーフエルフなので奴隷達の喘ぎと断末魔が充分聞こえてしまうので耳も覆った。

 

昌幸

『これは…これでは都合の良い性玩具ではないか…。』

 

アリス

『全ては非力な我らの所為だ…すまない…すまない…!』

 

マシュは耳を覆っていたがある事に気がつき、目を開き、耳から手を離した。そして辛いがその断末魔と喘ぎ声に注意深く耳を傾けた。

 

マシュ

『昌幸!あの人達の中にアルトヘイム人じゃない人が居る‼︎あの人達の声の中に違う言葉を喋っている人たちがいる。間違いなくノーロット語だった‼︎』

 

オーラン

『ノーロットだと⁉︎と言うことはつまり…』

 

トマス

『このゴブリンの戦にノーロット帝国が関わっている。』

 

アリス

『その可能性はより確実になったな。見ろ。』

 

アリスが示した方向から一人の大男が馬に跨り農作業を監督するゴブリンまで近寄ってきた。するとその場にいたゴブリン達はその男を見るや一斉にひざまづいた。その男は全身を高価な鎧で身を包み、片手に巨大な戟を持ち、全身から覇気が溢れ出していた。顔はまごう事なき美男であるがその目には邪気が宿っている。

 

昌幸

(アレがノーロット帝国の将か、まるで呂布だな…あの体格、あの武器。)

 

昌幸が見つめているとその呂布の様な敵将も何と昌幸を見つめ返したのだ!瞬間昌幸は寒気が走った。

 

昌幸

『だめだ…見つかった。』

 

マシュ

『えっ…?』

 

その直後敵将は昌幸達の方に戟を向けるとゴブリンの監督官は角笛を吹き鳴らした。すると櫓のゴブリン達は一斉に矢をつがえた。

 

オーラン

『いかん‼︎アレはゴブリン共の毒矢だ!逃げるぞ皆の衆!』

 

全員が森の奥に向かって走り出したと同時に矢が一斉に放たれた。幸い昌幸達は先に動き出したお陰で矢が刺さることは無かった。7人は全速力で走った。出口に着いた一同は馬にまたがった。その時アリスは跨る前に敵将が気になり振り返るとその瞬間矢が飛んできてそれはドワーフ達が丹精込めて作った魔鉱石オリハルコン製の鎧を貫き、その柔胸に刺さった。

 

アリス

『グッ…‼︎不覚…。』

 

昌幸

『アリス‼︎』

 

オーラン

『将軍をお守りしろ‼︎』

 

マシュ

『昌幸!これを使って‼︎エルフの薬よ。これを飲めば暫くは毒は回らず矢に止まるはず!』

 

トマス

『馬鹿な…他の櫓から放たれた矢は全然届いてないのになんでアレだけこっちに届いたんだ。』

 

昌幸

『トマス、今泣き言を言っている場合じゃない!近くの廃屋まで撤退するぞ!』

 

昌幸はアリスを馬に乗るまで支え自身も馬に跨ると皆を先導して、廃屋まで走り出した。

一向は廃屋までどうにか辿り着いた。マシュとオーランの護衛兵は付近の森に薬草を取りに行った。オーランとトマスは見張りに立ち、昌幸と意識を失って、荒い息を吐き苦しみ続けるアリスのみが残された。昌幸はアリスの鎧を外し服も脱がせると矢傷のある胸から矢を引き抜き更にに自らの唇を押し付け毒と血を吸い出した。痛みで年頃の娘らしい小さな悲鳴をあげるアリスを余所に、昌幸は吸い出した。毒と血を吐き出した昌幸は都合良く持参した白ワインと水で唇と口の中を荒い、残されていた消毒液をアリスのハンカチに浸し、矢傷に当てた。

 

しばらくしてマシュ達が解毒薬の材料になる薬草を持ち帰ってきたので薬づくりをマシュに任せ、昌幸とオーランは廃屋の外に出た。

 

オーラン

『あんな敵将が居ればアマルの奪還は一筋縄ではいかんな。』

 

昌幸

『全軍の結集を待ち、敵に打って出させる方が楽かと思いましたがあの手の将は野戦になれば滅法強い物です。然し兵を結集させねば我らは戦が出来ません。やはり初手で痛手を与え、搦め手を使いアマルを奪還するのが一番と思います。』

 

オーラン

『だが敵は化け物。内通者と言ったような手は使えんぞ。どうする気じゃ?』

 

昌幸

『あの敵将と敵の残存兵力を我が軍が布陣する森側の城壁に固めさせ、その間に工兵隊にトンネルを掘らせ、アマル市内に潜入、少数精鋭でアマル城門を占領させ、進入路を確保します。これを我が国では土竜攻めと言います。』

 

オーラン

『地中から這い出て敵の喉元に食らいつく、正しく土竜じゃな。』

 

昌幸

『この策を献策願いませんか、将軍?』

 

オーラン

『分かった。やってみよう!』

 

昌幸

(第1の難関だ。ここが俺の桶狭間か、それとも尾張統一か、はたまた河越夜戦か…ここを切り抜けたと同時に修羅の道だ。だが乗り越えてみせる‼︎)



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5話 アマル奪還 2

偵察に出た次の日廃屋で一夜を過ごした一行は、敵の追撃隊が来る可能性に備え、出発の準備をしていた。廃屋のベットにはアリスが寝かされていた。そしてそのアリスは目を覚まし、体を起こした。まだ左胸に痛みが残っているのを感じたが少なくとも毒はもう無いようだった。隣には椅子を反対向きにして矛を抱きながら居眠りをしている昌幸が居た。

アリスは処置されている胸を傷を見た。そしてどうしてこうなったかの経緯を思い出した。そして自身から毒を吸い出してくれた人物も。その瞬間アリスは顔が真っ赤になった。騎士の名家の出で二十歳こそ過ぎているものの中身は初心な年頃の娘のまんまであるからこうなるのも無理も無い。一人で顔を覆っていると、昌幸がうめき声をあげ体を伸ばし起き出した。

 

昌幸

『う~ん…。おお、アリス起きたか。調子はどう…だ?』

 

さて昌幸が見たアリスの姿はブラウスを胸元を大きく開け、胸を形が分かるくらいにはだけさせ、顔を赤面させてる姿であった。昌幸はさっと手を目に当て覆い隠した。

 

昌幸

『ああっと⁉︎申し訳ない!毒を体から吸い出さなきゃいかんからその格好になって貰った!あとマシュの話では傷は残らんそうだ良かったな‼︎んじゃあ失礼!』

 

アリス

『待て昌幸!』

 

昌幸

『はいぃ‼︎』

 

アリス

『その…貴殿が…私から毒を抜いてくれたのだな…?』

 

昌幸

『はい。』

 

アリス

『二度も命を救ってもらったのだな…感謝する。』

 

昌幸

『その1度目がゴブリンの平原戦だと言うのならカウントしないほうがいい。アレは俺抜きでも充分勝てたし、別段特別な事はしてないよ?ただ矛と剣振り回して暴れまわってただけの戦餓鬼だよ。』

 

アリスが申し訳なさそうな顔をしていたので昌幸は口元をニッとあげると更に続けた。

 

昌幸

『もし、恩義に感じて何かお返ししないと気が済まないのなら戦終わりに大将軍閣下に美味い酒でも奢ってもらおうかな?』

 

アリスもそれを聞くとフッと笑ったので、昌幸もそれを返し、外に出るとアマルのある方角を見つめた。

 

昌幸

(あの猛将に加え、小柄で身軽なゴブリンを相手に城壁戦は危険過ぎる。やはり野戦を持って彼の連中を引きつけて、その上で別働隊を持ってアマルを奪還するしかない。土竜攻めか…それとも別の城壁から登ってこっそり中に侵入して開門させるか…どちらも危険だが、やるしか無い!)

 

暫くして一行はヘドンの村へ戻り、小休止とアリスの治療を行うと黒襷隊にその場の守備を指示すると、そのまま全軍結集地であるエルフの街へ向かった。そこで開かれる軍議に参加する為であった。

 

しかしアマル奪還軍は前途多難であった。何より総大将の負傷。新兵ばかりのアルトヘイム軍に対し相手はノーロット帝国の猛将。そして何より兵たちの頭をよぎるのはかつてアマルを陥落させられた際に帝国が使用した魔導兵器の存在であった。昌幸は話だけは聞いていたが城壁を穿つ程の魔導兵器の想像が出来なかった。少なくとも彼の中でそれが出来るのは大砲のみである。彼は火薬がないこの世界なら十分魔法に見えるだろうと思っていたが、後にその威力を痛感する事になる。

 

昌幸の案を早速オーランは諸将に提案したが、皆懐疑的でその案に賛成する者は一人として居なかった。(アリスは治療の為不参加)土竜攻めは穴を掘って城壁内に侵入する作戦だが、これには時間と労力が掛かるのが欠点であり、何より掘り始める場所と目的地の距離が分からないと意味が無いので間違えてとんでもない場所に出る危険もあった。そして何より居並ぶ諸将達は貴族や騎士出身者であり、得体の知れない上に急速に成り上がる昌幸を忌み嫌っていた。そういった私怨をもあり案は却下され、櫓は弓騎兵と弓兵、そして投石機によって排除し、その後城壁に対して仕寄せ(大楯等を用いながら身を守りつつ城壁に迫る戦法)にて攻める方針で決まった。

 

この時昌幸はオーラン麾下の同じ千人隊長の同僚と控室にいた。オーランより方針が決まったと聞くと同僚達は士気高揚とばかりに声を上げたが、同僚が昌幸に声を掛けようとしたらその表情に同僚達は皆黙り込んでしまった。

 

鬼、邪鬼、悪鬼と言った兎に角怨嗟マシマシな顔をしていた。同僚がもう一度勇気を出して昌幸殿‼︎と声を掛けると昌幸は我に返って何時もの好青年の表情に戻った。

 

昌幸

『お、おお!共に武勲を立てましょうぞ皆様‼︎我らの槍働を陛下は期待していらっしゃ居ますからな‼︎』

 

同僚達は昌幸が提案した策が採用されなかった事に怒りを覚えていると一目でわかったがあまり刺激しない方が良いと何となく察したので黙っておいた。

 

かくしてアルトヘイム軍八万はアマルへ向けて進軍した。途中ヘドンの村で黒襷隊を回収し、投石機の組み立てと設置場所になる地点の木々を伐採しながら布陣を整え、布陣が完了したのはエルフの街を出撃して二日後であった。

 

後年のアマル奪還戦の記録は様々だが、アルトヘイム軍八万に対して、ゴブリン軍は7万五千。物量においてはゴブリン軍を超えるアルトヘイム軍の攻勢は歩兵軍団による仕寄から始まった。当然各所に配置された櫓とその周囲に布陣したゴブリン弓兵達は一斉に矢を放った。一歩ずつだが確実に大楯を構えながら前進するアルトヘイム軍歩兵軍団に敵勢は釘付けになった。そしてその後方からアルトヘイム軍弓兵隊が報復射撃を開始した。火矢による攻撃がゴブリン軍を襲い、櫓や化け物共の身体は燃え上がった。更に両翼より弓騎兵隊が飛び出し、同様に火矢を放った。かくして全ての櫓が焼け落ち、その周囲にいたゴブリン軍は敗走した。初戦の勝利で湧くアルトヘイム軍は突撃を敢行した。この一連の動きを昌幸はアルトヘイム軍左翼、オーラン将軍麾下の前衛にて見ていた。そして麾下の黒襷隊に前進を下令しゆっくり進んでいた。突撃の主力は中央軍が務めていたので両翼は城壁目指して進撃していた。

 

昌幸はシャムシュをゆっくり進めていた。優勢、まさしく優勢であったが返って湧き上がることなく冷静を保つ昌幸にアッシュは疑問を感じ隣に馬を立てた。

 

アッシュ

『昌幸様、もう少し進軍速度を上げては?ゴブリン前衛は瓦解。中央軍は怒涛の勢いで進撃しております。手柄を全て取られてしまいますよ?』

 

昌幸

『この程度で落ちるのなら良い、だが攻城戦とは勢いでやるものではない。偵察の時に見た将が動きを見せない。ここは慎重にやるのが定石だろう、下手をすればこちらが痛手を受けるし場合によっては中の人々を盾に使いかねないしな。だから進軍速度はこの程度で良い。あくまで様子見さ。』

 

昌幸がそう答えるとアマルの城門が空いた。蹂躙される同胞を助ける為か…いや違った。中から出て来たのは完全装備のゴブリンの歩兵と騎兵隊であった。そしてその後ろから人間騎兵が四千ほど出て来た。皆、黒馬に跨り、その出で立ちも黒く、そして一際目立つ例の大男がその先頭に馬を立てた。他の騎兵と同じ出で立ちだが強大な戟を持ち、その覇気で何倍も大きく見えた。他の騎兵達が子供のように、そしてゴブリンは人形のように見えた。ノーロット帝国の将は逃げ惑うゴブリンを片っ端から斬り伏せた。

 

救援ではなかった…。無様に敗走した敗残兵の処刑だったのだ。

 

その光景にアルトヘイム軍中央は足を止め、ゴブリン軍は恐れおののき、四千人の騎馬隊はただ無表情にそれを眺めている。そして将は振り返ると大声で全軍に叫んだ。

 

?

『以後、このように敵に背を見せ逃げ惑った者はこのように俺が斬りふせる‼︎覚悟しておけ‼︎良いな小鬼共‼︎‼︎』

 

ゴブリン

『オオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎』

 

ゴブリンの恐怖と鼓舞に駆られた鬨の声が上がるとアルトヘイム軍中央はいよいよ怯み出した。そして昌幸の不安は的中する。この将を先頭にしたノーロット帝国四千人の騎馬隊を始め、ゴブリン軍主力が総突撃を敢行して来たのだ。中央軍はすかさず防衛陣形を整えるも、その先頭を走る恐将に恐れおののいてしまい、前列を形成する槍兵達の穂先は全て上を向いてしまい、一騎たりとも突き殺す事なく突き崩されてしまったのである。そこからまさしく蹂躙である。戦場には老若男女問わずの悲鳴が響き渡った。そう戦の怒号ではない悲鳴である…。

 

中央軍崩壊の危機に流石に両翼軍を悠長に構えていられなくなり、直ぐに突撃し、包囲する形をとった。そして昌幸達黒襷隊にも突撃の令が下った。

 

伝令

『伝令ー‼︎黒襷隊は直ちに敵軍に突撃を敢行し、中央軍の崩壊を防ぐべし‼︎』

 

昌幸

『自ら墓穴を掘った連中の尻拭いまでやらなければならん理由が見つからんが…仕方がない!…黒襷隊‼︎‼︎』

 

昌幸の檄に黒襷隊将兵達に電流が走り、そして静かに耳を傾けた。

 

昌幸

『今宵の戦は、手柄を欲する事は避けよ‼︎今明日を生きる事のみを考え戦え、少なくともこの一戦でこの戦は終わりではないがこの一戦は負けだ‼︎負け戦だ‼︎だがタダでは負けん。よって我らは味方を救う為に敵に突撃するのではなく、退却戦を行うと心得ろ!この乱戦だ。もはや弓矢や弩は無用だ。総員抜刀‼︎』

 

昌幸の令に剣や槍、ハルバードを持ってない弓兵やクロスボウ兵が剣を抜いた。

 

昌幸

『俺の後を騎馬隊がついて来い‼︎そしてその後ろを歩兵がついて来い。アッシュ、ヤートン、ガストン、マシュ、トマス‼︎俺に力を貸してくれ‼︎』

 

一同

『ははっ‼︎』

 

昌幸は矛を上に掲げ叫んだ

 

昌幸

『黒襷隊突撃だぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎』

 

黒襷隊

『ルォォォォォォォォォ‼︎‼︎』

 

一千人の黒づくめの突撃を皮切りに左翼軍が一斉に突撃する。昌幸は騎馬隊と共にゴブリン軍の左翼方面を横から強襲。騎馬隊の突進力を活かしてドンドン中に突っ込んでいった。そしてその中で昌幸はガムシャラに矛を振り回した。振り回すほどゴブリンの肉体が肉片に変わった。黒襷隊の他の面々もそれぞれの場所で暴れまわり同じようにゴブリンの死骸を作り上げていた。だがそもそも既に中央が瓦解している上、ゴブリン軍の対応が早かった為左翼右翼共に挟撃による損害が低かったのだ。昌幸は乱戦の最中例のノーロット帝国の将を見つけた。昌幸は自然とその将に向かっていき、敵将もまた同じく昌幸の元に向かった。それは武人同士の好敵手を見つけたが故の反応だった。二人は矛と戟を合わした。実力差は歴然としていた。圧倒的な敵将に対して退かぬ昌幸。大したことない、と思いつつもなぜか惹かれる敵将。二人の運命の出会いである。

 

?

『若造、名はなんという?』

 

昌幸

『綾瀬、綾瀬昌幸と申す。』

 

ジィール・ガブドシア・ノーロット

『覚えておこう。我が名はジィール・ガブドシア・ノーロット。ノーロット帝国第一の将だ。綾瀬昌幸よ、今日のところは引いてやるが次はこうは行かぬぞ。』

 

ジィールは、そういうと角笛を吹き、全軍に撤収の合図を出した。ゴブリン軍は撤退し、後には死骸と追撃もままならない右翼軍と左翼軍が残された。初日の戦いはアルトヘイム軍に死傷者一万七千人と中央軍半壊という途方も無い損害で幕を閉じた。

 

1日目の戦いはこうして終了した。昌幸は軍議に参加し、敵将の名を明かした。名を聞いた瞬間、ある者は泣き出し、ある者は震えだし、ある者は失神してしまった。

 

昌幸

『な、なんだよ?そんなに凄い奴なのか?』

 

マシュ

『あんたジィール・ガブドシア・ノーロットを知らないの⁉︎』

 

ヤートン

『ノーロット帝国の第一皇子で、帝国の大将軍‼︎齢12で戦に出てから負け知らずだぞ‼︎』

 

厭戦気分が軍議に参加した者達を包み込んだ。昌幸以外は…。この時の昌幸は幸せであったと言える。知らないという事でジィールの恐怖を感じずに済むという意味では。

 

昌幸

『恐れながら申し上げるが…』

 

昌幸の声に皆が顔を上げた。昌幸は続けた。確かに類稀なる剛の者であることは分かる。されど奴は所詮匹夫の勇に頼る事しか知らんのでは無いかと。敵は敢えて打って出てきた確かに包囲下で打って出るのも手だが、数の差の劣勢や、不完全ながら三方包囲されている。もし完全な包囲であれば大損害を被るのは寧ろジィール側であったであろう。更に奴らは防衛戦で重要になる投射能力のある戦力を浪費し、挙句全滅させてしまっている。これでもはや籠る事は叶わなくなった。もっとも敵はアマルの守備になんの魅力も感じて居ないからこそなのかも知れんが、何にしても突っ込む事しか考えてない相手に恐れる必要は無いと言った。

 

然しそれはアルトヘイム軍諸将を刺激する。

 

将官

『貴様、千人隊長風情がましてや異世界人の分際で‼︎』

 

将官

『貴様こそ匹夫の勇ではないか‼︎無謀なのはその方であろう!』

 

昌幸

『その無謀な異邦人に命を救われた挙句情けなく背を見せ逃げた者の言う事ではありませんなぁ?』

 

昌幸は更に続けおまけに罵倒した。

 

怒り狂った将官達は一斉に剣を抜き払った。昌幸も剣を抜き払い、五人の仲間も武器を構えた。正しく天幕の中で殺し合いを始めんとしていた。

オーランは必死で止めるが互いは睨み合うだけであった。

 

アリス

『皆の者、もう止めないか‼︎』

 

別の天幕で静養していたアリスが現れた。

流石に従わない訳には行かず皆剣を鞘に収めた。

 

アリス

『アマル奪還は国の生命線である。如何なる相手だろうと臆して戦う事は許されぬ、そして和を乱す言論も控えよ!』

 

アリスは双方を諌めた。そして更に続けた。

 

アリス

『皆頭を垂れよ。ソフィア・ド・アルトヘイム王女殿下のお出ましである。』

 

そう言ってアリスは天幕の入り口を広げると本当にソフィアが現れたので皆驚愕し、跪き、頭を垂れた。

 

ソフィアは戦装束に身を包んでいた。白のドレスに胸甲や籠手をつけていた。腰にはコイルをつけ、レイピアを下げていた。足は黒タイツに鉄のブーツであった。ソフィアは皆を見て放った第一声は労いの言葉であった。

 

ソフィア

『皆、ご苦労でした。彼の敵将を相手によく軍勢を保ってくれました。』

 

将官

『ありがたきお言葉を賜り、臣は感無量でございます!』

 

将官

『これからも王家に忠誠を誓うことをお約束します‼︎』

 

ソフィアは微笑すると、昌幸の方を見た。昌幸もまた、それと同じくらいに顔を上げた。

 

ソフィア

『綾瀬千人長。黒襷隊の武名は王都でも噂になっています。左翼軍先鋒として勇壮に戦ってくれたそうですね。』

 

昌幸

『不惜身命…我らの旗印に刻んだ事を実行したまでにございます。…恐れながらお聞きしたい。何故姫殿下がかような戦場にいらっしゃるのですか?』

 

アリス

『それは私から話そう千人長よ。あの偵察の帰り、へドンの村に立ち寄った時に私が手紙をしたため早馬で王都に送ったのだ。元より姫殿下は何か変事が起きれば戦さ場に出るつもりであらせられた。これは勿論王陛下も了承済みであったのだ。姫殿下は敵将にジィール・ガブドシア・ノーロット有りと聞き、王都直衛八千の兵を伴って御出馬なされたのだ。』

 

昌幸

『成る程、身の程を弁えずかような無礼をお許しください。』

 

ソフィア

『構いません。それより、昌幸千人長。貴方はこの大敗を予測していましたね?何故予測できたか、お聞かせくださるかしら?』

 

居並ぶ諸将は驚きの顔を浮かべた。たかだか一介の千人長が…ましてや卑しき異世界人が、自国の王女より贔屓にされている事が不思議かつ、憎らしかったのだ。

 

昌幸

『僭越ながら、先ず敵将は知っての通り剛の者である。この様な将は籠城戦よりも打って出て包囲軍を蹴散らしたくなる性分とそれに見合った力を持ちます。よってこの時の我らの最善は前線に出ていた櫓と弓兵部隊を粗方片付けたら、ある程度前進し、陣形と足並みを揃える事でした。当然敵はこの時の我らに対し野戦を仕掛けるでしょう。然れど…今日の我らとこの場合の我らと根本的な違いがあります。今日の我らは勢いのまま軍を推し進めていました。結果陣形もバラバラになっていました。この勢いで敵にぶつかる事が出来れば良かった…良かったのですが、我らは顔の敵将に恐れおののきその不規則な陣形のまま突進を許し、無用な損害を出し挙句敗走しました。これは正直仕方のない事で、我が軍は将兵問わず戦慣れしているものが少なく、勢いでやるしかない状態だったのです。そんな連中が自分たちの前にとんでもない化け物が現れたらどうなるか、勢いが全てなら結果は自ずと見えてくる。だから予測出来たのです。ですが私の話の通りの我らで戦を進めた場合、我が軍は戦場いっぱいに広がり、中央、両翼共に槍兵で槍衾を作り出し、歩兵騎兵共に突撃を許さぬ形を作り出す事が出来ます。心を一つにこの戦線を守り敵の出血を強い、その傍ら別働隊に側面移動、敵軍を叩くも良し、城壁に取り付き、支配するも良し、又は私の献策した土竜攻めを敢行するも良しと様々な方法に分岐させる事ができたのです。』

 

ソフィア

『成る程、理由だけでなく、正答まで示してくれるとはありがとうございます。では引き続き問います。明日の戦はどの様にすれば勝てますか?』

 

昌幸

『先ずは全軍の再編。その後、戦列を敷き、足並みを揃え陣形を整える事。その上で出てくるであろう。敵軍を迎え撃ち、その隙に遊軍による城壁内侵入を図り、内側より城壁を奪取してもらい、そこから防衛用兵器で敵を叩いてもらい挟み撃ちにする。…ですがいくつか問題がありまして…。』

 

ソフィア

『…聞きましょう。』

 

昌幸

『一つ、城壁を登るのは困難極まるという事です。別働隊である以上、攻城塔のような物は使えませんし、長大な梯子を抱えて登るのもこれまた目立ちます。では鉤爪を使って這い上がるか…あの巨大な城壁を登るだけでも骨が折れそうです。やはりそうなると土竜攻めになりますが、時間がありませんので、最短距離でトンネルを掘り進めなければなりませんが、二つ目の問題は如何に別働隊から目を逸らせるかです。ついでに言えば、如何に敵に野戦を強いるかです。敵は投射能力を失っているとはいえ、我らを城壁、または都市部で迎え撃つ事はできるので、打って出て来ない可能性もあるからです。そうなれば別働隊の意味が為さなくなりますし、力づくで取ろうとすれば、何は物量の面を見れば我らが勝つでしょうが、その時には数える程度しか生き残っていないでしょう。』

 

ソフィア

『要は如何に犠牲を少なく、アマルに取り付き、敵に野戦を強いるか、ですね?』

 

昌幸

『策は考えてありますが、やる方はたまったもんじゃ無いしそもそもどうなのか?って言われても仕方ない代物ですが。』

 

昌幸は策を伝えた。先ず翌日は手加減しつつ城壁へ攻めよせる。しかしあくまでそれは土竜攻めを行う別働隊が城壁内に辿り着くまでの間である。その為、本格的な攻勢は避け、別働隊が到着次第、本隊は猛攻撃、更にもはや、色欲、性欲、金銭欲、食欲しか持たないゴブリンを引き出すにはやはり財宝と見目麗しい女性しか無い…。そこで昌幸は軍資金の一部とエルフの村の娼館、劇場、酒場などで働く踊り子などを徴用、彼らの前で妖艶な、悪く言えば破廉恥極まる格好(元々エルフの踊り子衣装はかなり際どい作りなので踊るだけでもそれらを実に刺激する代物である)で踊らせ、我慢しきれなくなったゴブリンは突っ込んでくるだろう。手に入れたい!犯したい‼︎と…そこに陣形を整えたアルトヘイム軍が迎撃に出る。

ゴブリン軍に損害を与え、乱戦になっている最中に別働隊は、土竜攻めを敢行。城壁内に侵入するのはアルトヘイム軍精鋭、それらが城壁を制圧するその時まで本隊は頑張る。別働隊が城壁を支配したと同時にそこから挟み撃ちにして蹂躙する。以上が昌幸の策であった。

 

もはや奇策以外の何物でもない代物である。それでもアマル奪還の策はもはやこれしか無いと言えた。だが必要な要素がいくつか存在する。先ず、土竜攻めを行うためのトンネルを掘る工作部隊であるが、これはアリスがソフィアに手紙を送った時に既に必要である事を手紙に認めていた。アリスは毒に侵されながらも昌幸とオーランの会話に耳を傾けていたのだ。そこでソフィアは王都駐留軍の一隊である精鋭ドワーフ工兵隊を伴ってきた。彼らドワーフ族は冶金技術と掘削技術に特に長けており、小柄な肉体ながらその怪力から戦士、鍛治職人、発掘士などの分野で活躍している。そんな彼らのみで編成された精鋭工兵ならものの数時間でトンネルを掘る事など朝飯前であった。

 

次にゴブリンを引きつけるための色気であった。先ず我が軍内の将兵の志願者は居ないし、近くの町や村の娼館や劇場で働いている踊り子達の強力を得ようにも、生命又は貞操の安全を保障出来かねるという点で、やはり集まらないだろう…。勿論それは昌幸も分かっていたし、その為の安全策を必死に練っており、ソフィアはきっとそんな事だろうと思い、王室近衛防御魔導師部隊(魔導障壁などの防御魔法に特化した魔導師達で編成した近衛部隊)を連れてきていたが、首を縦に振るかは怪しい所であった。

 

昌幸

『やはり我が軍の女性騎士か女性兵に強力を仰ぐしかないか…』

 

すると外で言い争っている声が聞こえるのに一同は気づいた。

 

衛兵

『何者か!此処は部外者は立ち入り禁止だ‼︎』

 

?

『力になれるかも知れないから参上しただけさ、御姫様(おひい)に会わせてくれないかしら?』

 

衛兵

『素性の知らぬ者を軍議に入れることはならん!即刻立ち去れ‼︎』

 

昌幸は天幕から顔を出すと見張りに問い詰めた。

 

昌幸

『衛兵!さっきからうるさいぞ‼︎何事か?』

 

衛兵は昌幸を見ると直ぐに姿勢を正して答えた。

 

衛兵

『ハッ!殿下が道すがら出会った旅芸人と言うのですが、その女芸人が軍議に出せと、急に言い出し始めまして‼︎』

 

昌幸はその女芸人を見た。その容姿は、踊り子なのだろうか布地の少ない踊り子衣装に手足や首にアクセサリーをつけ、肌は褐色、眼は妖しい紫と言った具合であった。

 

昌幸

(誰(だい)?この某龍のクエストに出てそうな踊り子さんは?)

 

女芸人

『ふーん、あんたが御姫様が言ってた異世界人か…うーん。』

 

女芸人は昌幸をジロジロ見ると急に抱きつきその豊満な胸に昌幸の顔を押し付けた。

 

女芸人

『うんうん!まだ少年の面影に童貞臭い顔。弄りがいと可愛がりありそうでお姉さんは大好き♡』

 

昌幸

(し、死と幸福が隣り合わせ…あと童貞ちゃう…)

 

女芸人は実りまくった胸に昌幸を押さえつけたが当の昌幸は完全に窒息寸前であった。

 

ソフィア

『昌幸?どうなさい…ってなんですかコレェェェェェ⁉︎』

 

昌幸

『ソ…ソフィア…た、たす、助けて…(死)』

 

女芸人

『あっ御姫様!丁度良かった貴女に話があるんだよ〜。』

 

ソフィア

『ミシェエラさん!先ず昌幸千人長を話してからにして下さい‼︎』

 

ミシェエラ

『うん?ああ、この坊やのことね。アレ?ソフィアちゃん妬いちゃった?』

 

ソフィア

『妬いてません‼︎』

 

ミシェエラの我が道を行くと言わんばかりの立ち振る舞いに翻弄される昌幸達であったなら天幕の中から事の顛末を見守っていた諸将達はもう何がなんだが分からなかったであろう。

 

ミシェエラ

『まぁ、それは良いとして御姫様、その小鬼どもを魅了して引きつける役目。私にやらせてくれない?』

 

ソフィア

『そんな!会ったばかりだし、それなのにこんな危険な役目任せられませんよ‼︎普通に都で踊るのと訳が違うんですよ⁉︎』

 

ミシェエラ

『そんな事は百も承知だよ?それにお姉さんこう見えて強いし…ゴブリン共に手篭めにされる程柔なステージ歩んでない。』

 

ミシェエラはそう言いながら扇を出したがそれは扇ではなく鉄扇であった。それなりの鍛冶屋が打ったのであろう。それなりの上物であった。

 

ソフィアもこれ以上は言えんと分かったのかミシェエラに頼る事にした。そして二人はミシェエラの肉圧ならぬ乳圧にやられ気絶した昌幸を医療班の天幕に運んだ。もう一度言うが一連の流れを見守っていた諸将達はもう何がなんだが分からなくなっていた。

 

しばらくして昌幸は目を覚ますと辺りは薄暗くなっていた。医療魔導師に顛末を聞くと、ミシェエラがゴブリン達の前で踊ってくれることが決まり、そのミシェエラに昌幸が気絶させられた事も知った。

 

昌幸

『ふーん…あのボインのネェちゃんが手伝ってくれるのか…しかも一人で護衛も要らんときたか。まぁ…匂いで分かったけど。』

 

決して色香や香水の匂いでは無い。熟練の戦士特有の匂い…それを昌幸は抱きつかれた時に感じ取っていた。

 

昌幸は医療魔導師を外させると、アッシュを呼んだ。アッシュが来ると彼は蝋燭を消し、近くに寄らせ一つの奇策をアッシュに伝えたアッシュは頷くとまた闇の中に消えた。そして昌幸も何かを取り出すと同じ様に闇に消えていった…

 

闇に紛れ、黒襷隊は出発した、本陣にはリリィだけを残して向かった。そして翌日、アルトヘイム軍の再攻撃が始まった…。

 

アルトヘイム軍全軍

『ウラァァァァァァァァァァ‼︎‼︎ウラァァァァァァァァァァ‼︎‼︎(鬨の声)』

 

アルトヘイム軍は先日の潰走と打って変わり鬨の声を挙げ士気旺盛である所を敵に見せつけた…勿論実際は恐れおののいている兵の方が多かった。ある意味ヤケクソである。だがこの鬨の声は夜のうちに移動した黒襷隊及びドワーフ精鋭工兵隊の作業を悟られない様にする為でもあった。暫く鬨の声を挙げ続けたアルトヘイム軍は暫くして鬨の声を出すのをやめた。急に静かになった為、流石のジィールも城壁に登り様子を伺いに行った。

 

ジィール

『なんだ?急に奴ら静かになりやがった。おい!ゴブリン共が何かしたのか?』

 

ジィールは側近の騎士に聞いたが誰も分からずましてやゴブリン達にそんな芸当が出来るわけも無かったのだ。

 

するとアルトヘイム軍の戦列中央から鈴の音が聞こえて来た。チリン、チリンと音を鳴らしながら褐色の美女が此方に歩いてくる。その後ろをアルトヘイムの大将軍を務める美女とアルトヘイムの王女が出てきた。三人の美女が出てきたゴブリン達は大興奮。取り分け中央を歩くミシェエラはその格好から刺激が強く、敵も味方も釘付けにしてしまった。

 

ミシェエラ

『ここが良いかな。御姫様と騎士様は此処で待っててくれる?あっ矢弾が飛んできたらこればっかりはお姉さん何もできないから障壁魔導だけ掛けてくれる?』

 

ソフィア

『分かりました。では掛けますがゴブリンや敵兵は通してしまいますので気をつけて!』

 

ミシェエラ

『お姉さんは強いから安心して。』

 

アリス

『作戦通り敵が大挙として打って出てきたら直ぐに我が軍は貴女を囲むように布陣する。敵将ジィールは好色で知られる男。貴女の姿や踊りを見れば間違いなく手に入れようとするだろう。』

 

ミシェエラ

『ジィール・ガブドシア・ノーロット。確か後宮に二十人近く愛人が居るんですってね。私確かにああいう荒々しくて欲に忠実な男キライじゃ無いけど…私歳下が好みなの。』

 

アリスがそれを聞いて微笑するとソフィアは詠唱を終え、ミシェエラの、周りに透明な魔法障壁が現れた。ミシェエラは踊る為アマルの方に向くと二人は離れた。

 

ミシェエラ

『神々よ、我が舞、我が美貌。これら全てに込められた祈りを聞き入れ、我らに福音と吉兆を与え給えかし。』

 

ミシェエラは身体中につけた鈴のアクセサリーを鳴らしながら舞った。その舞は美しくも力強く。その舞は妖艶な物であった。その肢体を活かす為の踊り子装束、揺れる乳房、靡く髪の毛。まるでハープのような綺麗な歌声は、敵も味方も魅了した。

 

ジィール

『おお…なんと美しい…今まで気に入った女はみんな手に入れた…だがそれらの比ではない…。我が武で手に入れる‼︎皆の者ついて参れ‼︎行くぞ‼︎』

 

側近の騎士は敵の陽動の可能性を指摘したがジィールは答えた。

 

ジィール

『どうせゴブリン共は止まらん。それに我等はこのアマル維持の詔を賜ってない。それに…一箇所に固まるなど我等らしくもあるまい。我等は己の力で血路を開く戦が好ましいそうではないか皆の者。』

 

黒騎士達はその通りと口々に良い、笑いあった。そして彼等はそれぞれの馬に乗り武器を構えた。ジィールも城壁から飛び降りると下に控えていた愛馬にまたがり戟を地面より引き抜き城門を開けさせた。

 

ジィール

『皆我に、帝国帝位継承者ジィール・ガブドシア・ノーロットに続け‼︎勝ち戦だ、勝った勝った‼︎』

 

黒騎士達

『ジーク・ライヒ‼︎』

黒騎士達

『勝った勝った‼︎‼︎』

 

ノーロット帝国騎士の突撃に合わせ、ゴブリン達も悍ましい雄叫びをあげて突撃を開始した。そして奥に控えていたゴブリンロードも出てきて、正しく全軍であった。

 

オーラン

『なんと…みんな出てきてしもうた。色仕掛けも捨てたもんじゃないのう…』

 

オーランはその時そういった。だが踊ったミシェエラはこう言った。

 

ミシェエラ

『色仕掛けなんてチンケなもんじゃない。踊りの力、祈りの力、音楽の力、何より私の美しさ、それらが全て、全てが揃って起こした奇跡よ。』

 

ミシェエラに矢や石の礫が落ちてきたがそれらは全て魔導障壁に遮られ弾かれていった。だがやがてゴブリン達の先鋒がミシェエラに近づいてきた。アリス達もすかさず援軍を出すが敵の動きの方が速かったのだ。

 

アリス

『ミシェエラ殿!』

 

アリスが叫んだ時ミシェエラに向かって十体ばかりのゴブリンが飛びかかってきた。中には生殖器剥き出しの個体もいた。だがミシェエラは動じない。そして鉄扇を両手に持ち舞い始めた。するとどうだ、ゴブリン達は舞っているミシェエラに細切れにされたのだ。側から見ればミシェエラは舞っているだけだ。

だがその鉄扇と舞は明らかに自分の敵を切り刻む為のものであった。更に驚くべきことにミシェエラの身体にも、そして鉄扇にも彼等の返り血はついていなかったのだ。そこに更に大型ゴブリン二体が襲い掛かったが、それらはアリスに水魔法で溺死させられ、オーランにメイスで頭蓋を粉砕されてしまい、その巨体で同胞を潰してしまった。

 

その一連の出来事を見ていたジィールは感嘆の声を挙げていた。

 

ジィール

『ほう…少しはやるではないか…。この戟を合わせられる奴などおらんと思っていたところだ‼︎』

 

やがて両軍は激突、激しい戦闘に発展。乱戦の為、後衛の魔導士や弓兵も前線に出てしまう始末であった。

 

その頃、黒襷隊は順調にドワーフ達が作ったトンネルを進んでいた。作業と並行して進むのは正直ゾッとしない所があったが、そこはやはりドワーフ族の信頼あってこそであった。

 

ドワーフ精鋭工兵隊隊長

『オメェさんら、もうすぐでアマル出るぞ!準備は良いな‼︎ワシらがあと一回ツルハシを振るえば、上に出口が出来るぞ!』

 

昌幸

『了解した。任務を果たすぞ野郎共‼︎黒襷隊!出陣だぁ‼︎‼︎』

 

トンネルが開通し、城壁より少し離れた所から黒襷隊千人が飛び出してきた。千人はそれぞれ二百人に分かれ、内四隊がそれぞれの担当する城壁に向かった。残りの一体は昌幸直轄部隊であった。

 

昌幸

『敵の新兵器が持ち込まれている可能性があるらしい。我々はその破壊、ないしは接収する‼︎』

 

昌幸?

(策はなったようですね…敵の大半が城壁の外、オマケに最新兵器をその手にできるチャンス迄転がり出るとは、本当に我が主人は運が良い…後は務めを果たすまで…)

 

また同じ頃、野営地より他の従卒と望遠鏡を使い戦場を見ていたリリィはこっそり天幕に戻り中に入った。中には誰かいるようであった。

 

リリィ

『戦闘が始まりました!敵軍も殆どが出撃し、敵将も出てきています。全て予定通りです‼︎次の指示は如何なさいます?』

 

天幕の中にいる人物は馬を用意するようリリィに指図した。リリィが馬を用意する為に天幕から去るとその人物は矛を持った。

 

それから暫く経ち、城壁の外は正しく混沌とした戦場になっていた。戦局はアルトヘイム軍が有利進めていたが、ジィール隊が到着してからはその優位も危うくなってきていた。この四千騎の突撃は正しく悪魔的威力を発揮していた。それでも瓦解しないのはしっかり対騎兵陣形を取り、兵が踏みとどまったからであろう。

 

黒騎士

『ジィール殿下!敵の槍衾の所為でこれ以上は進めません!両翼には魔導兵と弓兵が居て、蜂の巣にされる恐れがあります‼︎』

 

ジィール

『ならば徒歩で行くまでよ!続けノーロットの戦士達よ‼︎』

 

ジィールは馬から飛び降りると戟を振るい、槍衾に押し入っていく、鍛え上げられた戟に槍は切り落とされ、折られ、中央突破せんと駆けて行った。それに続く黒騎士達も皆大概であった。

 

ミシェエラ

『来たね…。』

 

アリス

『此処は私が…。』

 

ミシェエラ

『ならお姉さんも手伝うよ。』

 

ソフィア

『ならば三人で…迎え撃ちましょう。』

 

三人に向かってジィールは突進してきた。黒毛の馬に跨る大男は戟を振り被った。アリスは剣と盾を構え、迎え撃った。

 

鉄のぶつかる音が響きジィールとアリスは鍔迫り合いの形になった。

 

ジィール

『フン…貴様のような生娘くさい女がアルトヘイムの大将軍とはな、笑わせる。』

 

アリス

『ほざけ!義理も弁えぬ畜生が‼︎己が国民を化け物に委ね、教皇庁を蔑ろにする下郎が‼︎』

 

ジィール

『我が父こそ信仰の守護者、女神の剣なるぞ。教皇はその力が無いが故に女神の寵愛を失ったのだ。蔑ろにされて当然。』

 

ソフィア

『力で奪った者の言うことか‼︎』

 

ソフィアはレイピアを横から突き入れるがジィールはアリスを突き飛ばし、その巨体でレイピアを躱してみせた。そこに更にミシェエラの鉄扇が襲い掛かる。

 

ミシェエラ

『そこだ‼︎』

 

然しジィールはまるで動じず片手で剣を引き抜き、ミシェエラの鉄扇を防いでしまった。

 

ジィール

『小娘共、少しはやるようだがいくら束になっても俺には敵わんぞ?さぁ平伏して感謝するが良い、お前達三人とも我が武で打ち払い俺の端女にしてくれる。』

 

ドス黒い笑みが三人を威圧した。だが踏みとどまらなければならない。ジィールを逃せば、その分アルトヘイム軍が敗北の危機に晒される可能性が大きくなるのだ。

 

一方の城壁では黒襷隊が激しい戦いを繰り広げていた。もっとも僅かなゴブリンしか残っていなかったので実際は虐殺である。

城壁で戦っていたマシュはふと中央の広場を見ると己の目を疑った。そして隣にいたガブリエルに問うた。

 

マシュ

『ガブリエル!中央広場を見て‼︎』

 

ガブリエル

『なんだよ騒がしい…ってなんだありゃ…。でっけえ投石機にでっけえ槍がくっついてやがる‼︎』

 

マシュ

『あれが新兵器…。……‼︎ 昌幸だ!昌幸達が下で戦ってる‼︎』

 

ガブリエル

『んじゃあ当たりだな。まさか本当に有るとはな…。アマル防衛戦の時に一度だけ姿を現したそうだがそれ以降音沙汰なしだったがこんな所に配置されてやがったのか。』

 

その敵の新兵器の周りで昌幸達は戦っていた。昌幸は矛ではなく剣でゴブリンと戦っていた。

 

昌幸

『敵の兵器は無傷で摂取する‼︎ゴブリン共に触らせるな‼︎』

 

昌幸(?)

(とは言え、この壊れ様…なんの兵器かは存じませんが素人目にも分かりますよ。これは使い物にならないって…。このアマルはかつてこの大陸の覇者になったアマルガム帝国の帝都だった地。それを守る城壁には超強力な古代の城壁魔法がかかっていた。それを破る程の魔力をそう何度も使える訳が…⁉︎』

 

昌幸(?)は己の眼を疑った。まさか…まさかそんな事が…こんな事をしでかしやがったのかと…恐らくこの中央大陸で生きる者にとっては禁忌とも言える所業でこの兵器は動いていたのだ。だがそれのお陰だ全てが合点がいった。昌幸(?)は直ぐに自身の命令を撤回した。

 

昌幸

『工作中止‼︎中止だ‼︎これら全てこのまま奪取する‼︎決して壊すな‼︎』

 

黒襷隊隊士

『破壊しなくてよろしいので?』

 

昌幸

『破壊してみろ、俺達はこの大陸すべての国を敵に回すことになる。』

 

黒襷隊伝令

『隊長!各城壁の制圧に成功しました。アマルは奪還されました‼︎』

 

昌幸

『良し‼︎全員正門の城壁と門の前に待機。防衛用兵器の準備も急げ!使えるだけ全部だ。』

 

その頃戦場中央は激しい戦いを繰り広げていた。水龍騎士団対ジィール親衛騎士団の激突はもはや凄まじいの一言である。精鋭騎士団同士の戦闘にもはや他の兵士や部隊が介入する余地など無い。そしてその中でソフィア、アリス、ミシェエラの三人と、ジィールが戦っていた。性別的な能力の違いあれど手練れ三人を相手してもジィールは全く平気であった。逆に三人は大怪我こそしていないものの、疲れ果て、突き飛ばされたりして出来た傷の所為でボロボロになっていた。

 

ジィール

『フン‼︎少しは楽しめたが、もう終いにするか…。覚悟‼︎』

 

ジィールは拍車を入れるとソフィアに突進してきた。アリス、ミシェエラが止めに入るが二人とも跳ね飛ばされてしまった。二人の美女の悲鳴がソフィアに聞こえてきた。そしてソフィアも迫り来る猛将に恐れをなしてしまい動けなくなった。そして戟は振り下ろされた。ソフィアは目を強く閉じた少しでも死の恐怖を紛らわす為に…だが戦場にソフィアの首が飛ぶことは無かった。鉄同士の衝突音がソフィアに迫る死を払い除ける。ソフィアの前には馬に跨るローブを纏った人物であった。その手には矛を持ち、正しく戦士と言わんばかりの覇気が出ていた。そこに一陣の風が吹くそれはローブについていたフードを翻し中の人物の顔を露わにした。

 

ソフィア

『昌幸…?』

 

綾瀬昌幸本人であった。であれば今アマルで突入部隊の指揮を執っているのは一体誰なのか?それは少し時を遡って話をしなければならないだろう。昌幸は自身とジィールが惹きあった事に警戒心を抱いた。もし自分が奴を呼び寄せてしまったら…全てが台無しになる。奴には戦場で踊り狂ってもらわねばならない…ならばもし戦士としての匂いを放つ人間に惹かれるなら自分がここに残る方が良いのではないかと考えた。だが結局はこれは詭弁に過ぎない。ただ昌幸はジィールと戦いたくなったので有る。ただそれだけで有る。

 

そこで変装の名人であるアッシュに指揮を一任し、身代わりになってもらい、自分は時が来れば颯爽と登場し、ジィールと矛を合わせようとしたのだ。アッシュもまた主人たっての願いであった事も有ったが彼は互いが好敵手と認めた戦士が互いを惹き合う危険性を理解していた。アッシュは了承し、昌幸にしばらく隠れられる場所を提供、リリィにその間の世話を任せ、自分は必ず主人の策を成就させると誓約し旅立ったのだ。

 

昌幸

『アッシュには無理をさせた…。だが策は成った。ジィール気づかんか?お前の後ろから響いてくる剣戟の音が、高らかに上がる歓声が、雄叫びが!お前は俺の策に嵌ったのだ。』

 

ジィールは振り返るとアマルに掛かっていたゴブリン旗が叩き落とされ、アルトヘイム軍旗が掲げられていく様が見えた。

 

ジィール

『ほう…戦場を遠くから覗き見してただけに留まらずこんな小細工を施していたか。雑魚の癖にやるではないか。』

 

昌幸は矛を突きつけて更に続けた。

 

昌幸

『その口がいつまで減らず口を放っていられるか見物だな。お前は今日死ぬのだ。退路は断たれた。唯一祖国に帰れる望みがある山脈は険しく超えるのは困難。だがそこにも野戦築城済みの傭兵弓兵隊が待ち構えてる。』

 

ソフィア

『いつそんな人数を雇ってたの⁉︎』

 

昌幸

『エルフの街に居る時ちょろっとね。退路封鎖或いは敗残兵狩りをやって貰うつもりで雇った。』

 

だがジィールは怯まず戟を振り回し雄叫びを上げ、こう返した。

 

ジィール

『ならば貴様らを倒し活路を開くまで俺と黒花騎士団は強いぞ…‼︎』

 

昌幸

『愚将がほざくな。戦しか知らぬ猪武者は狩られるがお似合いだ。貴様を倒し、大将軍までひとっ飛びに昇進してやる。』

 

二人の騎馬武者は互いに武器を合わせた。ジィールは驚いた。先日矛を合わせた相手が急に強く成った事に、昌幸は驚いた。大口を叩いたは良いものの自分の実力ではジィールを斬れないと思っていたのに、今こうして拮抗した事に。

 

二人の戦いは凄惨なものだった。互いが互いに一太刀、二太刀と斬られてもまだ戦い続けているのだ。見ていたアリスは歯を食いしばり、ミシェエラは冷や汗を垂らし、ソフィアは涙を流し、口を覆った。周りにいる水龍騎士団や黒花騎士団の騎士達も戦いを辞めて固唾を呑んで見守っていた。

 

するとゴブリンロードが決闘している二人を見つけた。ロードは自身の兄弟を殺した男が昌幸で有ると本能で知ると怒り狂って突進した。オーランがそれに気づき止めに入るが老体にはこの化け物を止める力が無かった。

 

オーラン

『いかん‼︎昌幸そっちにロードが行ったぞ‼︎』

 

ゴブリンロード

『グオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎』

 

ゴブリンロードは見境なく棍棒を振り上げ昌幸とジィールが鍔迫り合いをしているところに振り下ろした。轟音が響いたがそこには何もなく、ロードが顔を上げた瞬間二つの斬撃がロードを三枚に下ろしてしまった。

 

昌幸&ジィール

『下郎が…邪魔をするな…!』

 

ゴブリンロードを斬り殺した二人は更に戦いを続けた。昌幸は騎乗して戦い続けていては勝負が掴んと考えシャムシュから飛び降り、徒歩になって切り掛かった。両者は互いの返り血と自分の血で真っ赤に染まっていた。だが両者の表情は苦痛では無く狂気の笑みであった。そしてもう一度両者が武器を合わせると二人は後ろに飛び退いた。そして同時に両者は崩れ落ちた。

 

束の間の静寂がアマルの平原に訪れた。だが先に立ち上がったのはジィールであった。ジィールは戟を取り昌幸にトドメを刺そうとした。だがその昌幸を身を呈して守ろうとした者が居た。ソフィアであった。彼女は昌幸を抱きしめ庇った。ジィールはそんな両者を見て何を思ったのか、戟を下ろし馬にまたがった。

 

ジィール

『命拾いをしたなアルトヘイムの王女と若い戦士よ。この戦は我らの負け。ゴブリンも一匹残らず殺され、如何に我らといえど延々と八万を相手にするのは不可能だ。退くぞ!真っ直ぐアマルの城壁を通ってな‼︎』

 

ソフィアは未だ衰えないジィールの凄まじい覇気と殺意に恐怖した。そしてソフィアは精一杯の声を上げてこう命令した。

 

ソフィア

『黒襷隊‼︎アマルの城門を開けなさい‼︎誰も戦ってはなりません‼︎もうこれ以上誰も死んではなりません‼︎‼︎』

 

ソフィアの戦場一帯に響く声を聞いた黒襷隊の面々は大急ぎで城門を開けた。黒襷隊は恐怖した。敗走しているはずなのにこの四千人の黒騎士達は全くそういう雰囲気を感じないばかりか決して勝てないという絶望感すら与えた。黒花騎士団はそのまま破壊された城壁の穴を通り、祖国ノーロットに帰っていった。兎に角もアマル奪還戦はアルトヘイム王国の勝利に終わった。

 

昌幸が目を覚ましたのはその日の夕刻であった。日が半分近く沈み、空はオレンジ色になっていた。アマルの都市内に運び込まれた昌幸は衛生兵によ?止血と縫合、そして傷の治癒を白魔導兵にして貰っていた。そしてその昌幸をソフィアはずっと自分の膝に乗せていた。昌幸が瞼を開けるとソフィアは微笑して昌幸の前髪を撫でた。

 

ソフィア

『起きた?』

 

昌幸

『戦はどうなった?』

 

ソフィア

『勝ちましたよ、全部貴方のおかげ。』

 

昌幸

『それは違うよ…こんな無茶な作戦についてきてくれた兵達やそれを許してくれた諸将のお陰だよ。』

 

昌幸は横を向くと黒襷隊と水龍騎士団の面々が肩を組み酒を交わし嬉し涙を流しながら笑いあっていた。この勝利の前には平民も貴族も騎士も無かったのだ。

 

昌幸

『おっと、重いよね?退くよ。』

 

ソフィア

『ねぇ昌幸?少し散歩しない?』

 

昌幸

『それは姫としての命令?それともソフィアからのお願い?』

 

ソフィア

『どっちもです千人長。』

 

昌幸

『畏まった。』

 

二人は暫く街の中を散歩した。笑うドワーフ戦士、歌うエルフ女性弓兵、食べる人間槍兵、治療を受け、安堵の表情を浮かべるアマルの市民。生き絶え、奴隷のまま生涯を終えた市民達を涙を流して埋葬する市民とそれを支える従軍神父と修道女、色んな人が戦いの終わりを噛み締めていた。アマルの街が一望できるテラスまで二人は歩いた。

 

昌幸

『…すまないジィールを取り逃がしてしまった。これで帝国との戦いは辛くなる。』

 

ソフィア

『元々中央大陸を六割も支配する大帝国よ?ジィールを倒せていたとしても大変なのは変わらない、そうかここからなんだね。』

 

昌幸

『ここからだ。これで帝国はアルトヘイムを侵略せんとするだろう。隣接する衛星国も挙って宣戦布告してくるだろうね。』

 

ソフィア

『それでも私達は一所懸命に守らないと行けないこの国を、民草を…。』

 

昌幸

『でも今は、この勝利に喜んで良いと思う。この難攻不落の城塞都市を再び管理下に置けたのは大きな成果だ。魔導障壁自体はまだ生きてるから城壁をより強固にすれば例の新兵器にだって負けはしないさ。』

 

ソフィア

『そうだよね、大丈夫…だよ…ね。』

 

ソフィアが急に倒れこんだので昌幸はそれを支えた。

 

ソフィア

『ごめんなさい、力が抜けちゃって…。』

 

昌幸

『頑張ったもんな…。』

 

月明かりが二人を照らす。両者は互いの顔を見つめあい、やがて影は一つに重なった…

 



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6話 新たな三千人長と、戦火の中央大陸

アマル奪還。これはアルトヘイム、ノーロットに留まらず中央大陸に存在する全ての国に伝えられた。弱小国に不相応な難攻不落の城塞都市を落とした猛将が守るそれをその弱小国が取り返すという一種の逆転劇はありとあらゆる方法で各地に広まった。特にアルトヘイムではそのアマル奪還の策を弄した異世界生まれの若い千人長を英雄視する者達も現れた。アルトヘイムに綾瀬昌幸ありと…!

 

一方のノーロット帝国はアルトヘイム侵攻のための撹乱が未完に終わった事に憤りを感じていた。帝国の官僚、貴族、騎士達は早急な侵攻を開始しようと皇帝に嘆願したが、東方の大陸を統一したセパルコ朝アルサス帝国(東方の大陸の宗教アルサス教を信奉する各国を統一したセパルコ王国の事を指す。陸海軍共に精強であり、ノーロット帝国に対しても互角に戦う大国である。王はアルサス教の守護者にして伝道者であり、アルサス教を不滅にする事を使命として課せられている。)が中央大陸に向け、軍を出したと情報が入り、事実常備艦隊の内二個艦隊が新兵器を搭載し、陸軍の到着を待っていた。アルサス帝国の新兵器はノーロット帝国でも実用化に向けて、研究が進んでいたが闇取引でつい最近手に入れたばかりで、かなりの遅れが生じていた。しかしノーロット帝国が三大陸有数の巨大国家である事は変わらず、その新兵器はノーロット帝国自慢のオリハルコン装備を身につけて精鋭重装歩兵と重騎兵部隊の鎧までは貫徹できない事を彼らは知っており、アルサス帝国も遥か遠い敵地での総力戦をやることにかなりの決断をしたであろう。ノーロットの重装軍は三大陸一なのは知らぬ者は居ないのだ。そしてその重装兵を伴った小規模部隊が今日もアマル威力偵察に出撃していた。そしてそれを守るは黒づくめの三千人の化け物(戦闘狂)であった。

 

アマル奪還から2ヶ月後…。

 

ノーロット騎士

『なんなのだ…なんなのだ奴らは…』

 

返り血まみれになる黒い鎧、血を垂らす剣や斧を振り回し、がむしゃらに突撃する三千人の兵士、そしてその先頭を行く身長180はあろう男は同じくらい血塗れの鎧と長大な矛を持ち、片手を腰に当て馬に跨り駆けていた。その横を固める六人の勇士。四千対三千の勝負だった。それが気がついたら三千の敵が本隊に手を掛ける距離まで近づいて来たのだ。その前に立っていた帝国兵達は悉く尸を晒していた。男は矛を向けた。向けた先には敵将が居た。そしてその瞬間一千の騎兵が雄叫びを上げ槍を構えて突進してきた。当然帝国兵達は槍衾を作り上げたが、槍が上がって全く役に立たないばかりか、既に士気崩壊気味だったことから兵が次から次へと逃げ出してしまっていた。哀れ帝国兵達の戦列は騎兵一千の突撃で砕け散り、将を務めていた騎士とその三千の将との間に道が出来てしまった。

すると三千人将は馬に拍車を入れ猛スピードで駆け出した。敵将は気圧されかけたが、彼もまた帝国騎士としての矜持があった。当然敵将も拍車を入れた。それに自分の得物は騎兵用の長槍であり、相手はそれなりの大きさといえど矛である。斬るのと刺すのでは動作に違いがあり、動作が少ない長槍の方が有利だと思ったのだ。

 

ノーロット騎士

『死ねぇぇぇぇぇぇ‼︎[アマルの悪魔]め‼︎‼︎』

 

敵将は槍を刺すため腕を引いた。だが三千人将はそのまま駆けてくる。そして互いが得物の間合いになった。

 

敵将の切断された胴体が空中を舞い、斬り抜いた三千人将が斬り抜いた姿のまま残心を取っていた。

 

昌幸

『………。他愛も無い。』

 

将を失い、逃げ惑う帝国兵を惨殺し帰途についた黒襷隊はアマル市内に入ると歓声に包まれた。

 

王国の英雄。黒き守り神。帝国への断罪者。

こういった二つ名を送られ三千人の猛者は兵舎に帰っていった。フルフェイスのヘルムをつけた昌幸がヘルムを脱ぐとそのままベッドに倒れこんだ。

 

昌幸

『もうやだ〜!いったい何回来るんだよ…帝国軍って自殺願望者の集まりかよ。無双ゲーやってんじゃないんだぞ!!』

 

すると部屋のドアをノックする音が聞こえ、昌幸はどうぞと答えると、紅茶とサンドイッチを持ってマリアが部屋に入ってきた。

 

マリア

『お帰りなさいませ、昌幸様。間食のサンドイッチと紅茶をお持ちしましたわ。』

 

昌幸

『ありがとうマリアさん。悪いね屋敷の管理も有るのに出て来てもらって。』

 

マリア

『いえ、屋敷はほかの使用人に任してもどうにかなりますし、それに昌幸様が軍功を挙げ、その時賜った褒美の金銀財宝を屋敷のある地区に投資して整備なさっているお陰で最近は暴漢も出ず、流民もそれぞれ職場や家を持ち平和になりつつあるので、私が抜けるだけの暇はありますわ。』

 

昌幸

『結局は自分の私利私欲だよ。それはそうとリリィは着いたかな?』

 

昌幸はリリィの為に作らせている最中の鎧を見やりながらマリアに聞いた。アマル戦後リリィは傷だらけで帰ってきた皆を見て、自分も戦いたいと願い出たのだ。当然、昌幸とマシュ、マリアは反対したが、ヤートン、ガストン、トマス、アッシュが奨励、更にアッシュはリリィに魔導の素質を感じとっていた。それもあり昌幸はリリィを魔法騎士にするべく修行に送り出す決断を出したのだ。送る先は魔導国家ノイシュバンシュタインである。全ての魔導兵と悠久の歴史に語られる魔法使いたちを生み出す魔法の聖地である。そこでリリィは一年半程魔導を学び、その後武人としてゴブリン軍の襲来以降軍籍を一時離れ療養中の赤龍騎士団団長リューネの元に修行に出すことにしたのだ。アリスは大将軍としての仕事があるので無理があり、もう一人の魔法騎士団の聖龍騎士団にはなんのパイプもない為論外であった。そこで療養目的で軍籍を離れたリューネが最適だったのだ。勿論リューネも赤龍騎士団復興の為やるべき事はあったが恩人の頼みと言うこともあるし、リューネは他者に比べ人の個性や長所を引き延ばす才能に長けておりその発見にも定評があったのだ。リューネはリリィを見ただけで魔法の才を見抜いたのですぐに二つ返事を送った。

 

昌幸

『あの子が18になる頃には立派な騎士になっている事だろう。普通の女の子としての生活はもう望めないだろうな…。』

 

マリア

『乱世の習いですわね。あっ、そうだ。ご主人様に王宮より召喚状が届いておりましたよ?ここ最近の武勲に対して褒美を与えるとの事でしたよ。』

 

昌幸

『この時期に王都か…まぁ四キロ圏内に主力軍が分散して駐屯してるし、防壁、魔導障壁の復興は進んでるし、離れても平気か。直ぐにオーランの叔父貴に伝令を送って下さい。王都に一時戻ります。黒襷隊の面々は残しておきますのでってね。』

 

こうして昌幸、マリア、護衛のためにくっついてきたアッシュの3名はアマルから王都に向かった。片道2日かけて移動した三人は王都について真っ先に王都の屋敷に向かい、着替えて王城アルトヘイム城に向かった。城に着くと、昌幸達はしばらく謁見の間の前にある待機用の部屋に入れられ暫く待たされる事になった。

 

昌幸

(呼んどいて待たせるってどないやねん…何か変事でも起きたか?)

 

すると謁見の間側の扉が開き、中から如何にもイスラーム風の風体をした男が従者を何人か引き連れ出てきた。昌幸達に気づくとにこやかに会釈し、昌幸達もそれを返した。

 

昌幸

(まるでアラブの商人だ。そう言えば東側の大陸を統一大国がそれに近いと聞いたな。)

 

使者

『綾瀬殿、これに。』

 

昌幸

『ははっ‼︎』

 

昌幸達は謁見の間に入り、玉座から一直線に伸びる長いレッドカーペットを歩いた。片側に武官、もう片方に文官がずらりと並びそのほとんどが騎士爵や貴族の身分であった。そして異邦人でありながら急速に昇進する昌幸を疎ましく思っていた。一方の昌幸もまた知らんぷりをして歩いた。玉座の先にはフレデリック王と王妃、そしてソフィア王女が鎮座していた。三人は玉座の手前にたどり着くとひざまづいた。

 

昌幸がひざまづいたのを見た宰相は高らかと声を上げた。

 

宰相

『これより綾瀬昌幸三千人長の勲章授与を行う。綾瀬殿これへ。』

 

昌幸

『ははっ!!』

 

昌幸は立ち上がり、フレデリック王の目の前まで行くとまたその場でひざまづいた。

 

フレデリック王

『貴公の活躍は聞いている。中々凄まじい戦功ではないか。この調子で頑張ってくれたまえ!』

 

昌幸

『国王陛下の威光を彼奴等に知らしめたまでにございます。』

 

フレデリック王

『さて、貴公に渡す褒美なんだが、これを受け取ってもらいたい。』

 

そう言ってフレデリック王自ら取り出したのは人の身長ほどあろうかという大剣であった。そしてフレデリックはその大剣を引き抜き天に掲げた。

 

エメラルドで加工された美しい翠の刀身、柄や鍔は金細工で加工され、鍔の中心にブラックオニキスで装飾されていた。

 

その大剣を見た貴族や諸将たちは驚愕の声を上げ、中にはそのまま腰を抜かす者まで現れた。勿論、昌幸はこの大剣が一体何なのかなどこの時は知る由も無かった。フレデリックに手渡しされ、この大剣をまじまじと見ていた昌幸は得体の知れない力強さを感じた。

 

フレデリック王

『気に入って貰えただろうか?』

 

昌幸が答えようとした瞬間それを遮るように一人の大貴族が口を挟んだ。

 

大貴族

『お、恐れながら陛下にお伺いいたす!その大剣は、その宝剣は初代国王アルトヘイム公の弟君であらせられた暗黒騎士オルファン卿の愛刀、バルムンクではありませんか⁈』

 

フレデリック王

『左様、バルムンクだ。』

 

大貴族

『バルムンクは我が国における家宝中の家宝聖遺物に匹敵する品物でございます‼︎それをこの様な所に出せば天罰が下りますぞ!』

 

騎士

『左様‼︎ましてやそれをこの様な異邦人に‼︎』

 

宰相

『異邦人であろうと無かろうと、陛下がお決めになった事‼︎それにバルムンクは普通の大剣では無いことは卿らも承知しておろう‼︎』

 

大貴族

『ホルサス卿もホルサス卿ですぞ!どうも最近この異邦人を贔屓し過ぎではありませぬか!この大剣を持つということは暗黒騎士になるという事‼︎この男にそもそも魔力などあるのですか!』

 

宰相→ホルサス卿

『宝剣バルムンクの鍔に着いたブラックオニキスはオルファン卿の魔法が込められている。暗黒騎士足るには暗黒魔法を使うに足る魔力そして強い意志を持った物にしかこの大剣を持てぬ様にな。それに違わぬ者が持てば宝剣は鞘から抜けぬばかりか、まるで巨大な鉄塊になった様に重くなり人の力では持てなくなる。然し今綾瀬卿はその大剣をしっかり持っているそして鞘から引き抜いている。これは疑いもない事実では無いか!』

 

昌幸が魔力に目覚めたのは数週間ほど前であった。その時もアマルで帝国軍と戦闘していたが、乱戦の最中昌幸は孤立し、正しく絶体絶命の窮地に立たされた。昌幸は死の恐怖を感じた。一時は支配されたと言っても過言では無い。だが生への執着が彼に力を与え、昌幸はその場を切り抜けたのだ。昌幸の魔力覚醒はアッシュら黒襷隊首脳部と後見人となっていた宰相ホルサス卿とオーラン将軍のみに伝えられていた。しかし、普通の魔力覚醒ではない事が気掛かりであった。当然この時は昌幸自身もそれを使いこなせてはいない。そこでホルサスはお忍びでアマルに向かい、昌幸に魔力の使い方を手ほどきすると同時にその正体を見極めようとした。結果は強大な魔力に目覚めていたのだ。だが急にそれを全て使いこなすのは困難極まりない事であった。そこでホルサス卿は魔力を封じるラクリマ(魔結晶)を渡し、少しずつコントロールする様にと教えていたのだ。

 

ホルサス卿

『そこまで卿らが認められないのであれば、今より私と綾瀬卿で手合わせするというのはどうだろうか?』

 

場はより一層騒ついた。昌幸に至ってはもう何が何だか理解できずにいた。だがフレデリック王はその場を静まらせると、一言やってみよと言ったものだからもう違を唱える者は居ない。

 

フレデリック王

『綾瀬卿心せよ。アルサス卿はな、我が国にたった一人存在する魔法使いなのだよ。』

 

アルサス卿は外套を脱ぐと持っている杖の先についた丸い宝石の部分に魔力を込め始め、そこから魔力の穂先を作り、槍にした。

昌幸は大剣バルムンクを構えるとコントロール出来るようになった魔力を解放した。

昌幸の周りに黒い魔力の霧が出来、禍々しい空気が辺りに流れた。

 

両者の準備が出来た事を確認したフレデリック王は開始の合図を出した。

まず先に動いたのはホルサスであった。ホルサスは魔法をいくつか詠唱すると魔力の光弾をいくつか作りそれを昌幸に放ってきた。対する昌幸はそれらを走りながら避けると今度は黒い魔力で作り上げた光弾飛ばした。光弾を跳躍して避けたホルサスはそのまま槍を突き出しながら昌幸目掛けて飛び降りてきた。昌幸はバルムンクで防ぐとそのまま魔力を放ち昌幸の足元から半径2m程の円を作り、そこから黒い魔力の剣山が出てきた。ホルサスはそれらを避けるべく後ろに退くが昌幸は逃さぬとばかりに大剣で斬り掛けてきた。バルムンクの重い刀身から放たれる一撃は並みの大剣とは大違いであった。ホルサスは一太刀で態勢を崩してしまった。だが追撃を掛ける昌幸を魔法障壁を張ってはじき返してしまった。振り下ろした一撃が全て自分に返ってきた昌幸は当然吹き飛ばされてしまった。そこにホルサスが放った魔弾が多数飛んでくるが昌幸は魔力を鎧に纏わせるた。その瞬間光弾が昌幸を襲った。辺りが煙で包まれた、そしてそこから昌幸が飛び出してきた。昌幸は無傷であった。ホルサスに下から上への斬撃を食らわせ退かせた。退いたホルサスは杖に強大な魔力を集めだした、それと同時に昌幸もありったけの魔力を大剣に込め始めた。トドメの大技である。流石にこれ以上は危険と判断したソフィアが父王に懇願する。

 

ソフィア

『お父様‼︎もうこれ以上二人を戦わせればどちらかが無事では済まなくなり、この城に穴が穿たれてしまいます‼︎』

 

フレデリック王

『うむ、双方やめよ。もう十分だ!』

 

昌幸とアルサスは王名に従いそれぞれ武器を収めた。

 

フレデリック王

『宰相、今一度問う。綾瀬卿に暗黒騎士たる素質はあるか?』

 

ホルサス

『はい陛下。綾瀬卿はもう十分力を使いこなしております。…だいぶ無茶をしたようですが。この場にいた諸君全員が証人であろう‼︎我が国の新たな暗黒騎士は綾瀬昌幸である‼︎オルファン卿の武功を超える活躍を期待する励んでくれたまえ。』

 

昌幸は跪くと感謝の意を述べた。

 

昌幸

『ははっ!ありがたし‼︎』

 

そうしたのも束の間広間に伝令が息を切らせて飛び込んできた。そして昌幸の隣まで行くとそこで大急ぎでひざまづき伝令を大声で伝えた!

 

伝令

『恐れながら申し上げます‼︎ハザムス、メノス両王国が我が国に宣戦を布告‼︎両国共に4万の軍を発し、アルトヘムに向かい進軍中にございます‼︎』

 

大貴族

『なんと⁉︎四万だと⁉︎連中のほぼ全ての戦力を投入してまで我が国を目指しているのか‼︎』

 

ホルサス

『合計8万、すでに我が軍は同数の兵をアマル防衛の為分散配置したばかりで動ける兵は六万、三万ずつを大将軍クブルスと聖龍騎士団団長アーシェ様が率いておられますが、いかんせん数は不足していますな。』

 

伝令

『両将軍共に二国の国境は守りに適した地、数の劣勢を地の利で補い最後の一兵になるまで戦い、敵の侵攻を食い止める所存との事です‼︎』

 

フレデリック王

『宰相、援軍を送るべきでは無いか?』

 

ホルサス

『御意、しかし我が軍は先も申した通り分散配置が仇となり直ぐには動けません。幸いにもノーロット帝国が東のセパルコ王国の侵略を受け、アマル再攻撃どころでは無い為幾分のは兵は動かせますが、今必要なのはすぐに動かせる兵です。そのあてが無ければ…。』

 

とホルサスは言いかけたが、目の前の新しい暗黒騎士がいたではないかと思い、王に進言した。

 

アルサス

『陛下、綾瀬卿の麾下三千を先ず比較的先に会敵する大将軍クブルスの元に援軍として派遣いたしましょう。通常の三千隊ではなく、綾瀬卿の軍は今や英雄部隊、兵の士気も上がりますし、クブルス殿に精鋭遊撃部隊という手札を与えてやることは大きな意味を持ちます。必ずや貢献するでしょう。』

 

フレデリック王

『……ウム、綾瀬卿。』

 

昌幸

『はっ。』

 

フレデリック王

『頼めるか…?』

 

昌幸

『……………。』

 

昌幸はソフィアの顔を見た。そしてソフィアも昌幸を力強く見つめた。昌幸は口元に微笑を浮かべると、王国の問いに答えた。

 

昌幸

『黒襷隊が集結するまで最短4日、クブルス老のおられるハザムス国境まで1日、5日の行程ですな。そして恐らく会敵は4日後、我が隊は1日遅れの到着になります。然し、我が隊は速さを重視しております。必ずや戦には間に合わせ、敵国を打ち砕き、入城を果たして見せましょうぞ‼︎』

 

フレデリック

『防ぐではなく、滅ぼすと申すか。大きくでたな。だが卿らしいな。』

 

ホルサス

『援軍が到着するまで君が着いてから3日は掛かるだろう。その間持ち堪えるのだ。』

 

昌幸

『それでは出陣いたします‼︎』

 

フレデリック

『綾瀬卿に女神の祝福があらん事を‼︎女神ソフィエルよ!かの者たちを守り給えかし‼︎』

 

特別遊撃三千人隊黒襷隊出陣す…昌幸の戦いは始まったばかり…。そしてこの時の昌幸達は知る由もないがこの中央大陸に存在する他の国々も各々兵を挙げていた。いま正しく中央大陸は戦火に包まれようとしていた。

 

 

 



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7話 ハザムス王国軍撃退

アルトヘイム、ハザムス国境線では血煙が上がっていた。クブルス老のアルトヘイム軍とハザムス王の軍が会敵していた。地の利と歴戦の大将軍に付き従ってきた3万の精鋭軍は良く持ち堪えていたが数の差を覆す程の力を出す事は出来ず受け身を取ることしか出来ずにいた。逆にハザムス軍は全力の攻めを徹底していた。

 

そもそも如何にノーロット帝国の属国とはいえ宗主国が軍を挙げていないのにアルトヘイムの半分の規模にも満たない小国が軍を上げる事自体が自殺行為であった。だがそれこそがノーロット帝国の目的でもあった。つまるところハザムス、メノス両国は捨て駒であった。言ってしまえばアルトヘイムに痛手を与えられれば良し。その程度の認識であった。もっと言えば完全な飛び地なっていた衛星国各国の管理がナンセンスに感じ出した為破棄すると判断したのだろう。そこは効率官僚制国家らしいと言える。衛星国抜きでも大陸の六割を支配する大帝国にとってはまさしく微々たる存在でしかないのだ。

 

勿論、それは両国の国王も理解するところであった。だが皇帝への絶対の忠誠心と恐怖心が彼らを無謀な行動に走らせたのだ。だが事実上背水の陣を構えることになったハザムス軍、メノス軍の力は想像を超えていたという。そんなハザムス軍を大将軍クブルスは見つめている。

 

クブルス

『むぅ…敵も必死じゃのう。親に縋る子供のように見えるが、その親に見捨てられているのを知ってか知らずかより必死に我らの囲いを破ろうとしておる。』

 

クブルス軍副将

『しかし我らもそろそろ攻撃に出ませんと、この前では本当に破られてしまいます。』

 

クブルス

『それでも攻める為の兵が足らん我らにはどうする事も出来ん。騎馬ですら徒歩で戦わしてる始末じゃからな。』

 

そう言い終わったあと後方から雄叫びと太鼓とラッパの音が高らかに鳴り響いた。そして兵達の『アルトヘイム王国万歳‼︎』『フレデリック王万歳‼︎』のシュプレヒコールが上がった。クブルスが後ろを振り向くと全身黒づくめの鎧をつけ、首や頭に黒い襷を身につけた三千の軍勢が到着した。黒襷隊の到着である。この三千人の内訳はこうである。

 

三千人長 アヤセ・マサユキ

 

副官 執事長アッシュ(もはや普通の執事長では無いと思う。)

 

五百人長 ヤートン

五百人長ガストン

五百人長マシュ

五百人長トマス

五百人長ミシェエラ(アマル戦後ソフィアに任官、その後加入。当人曰く御姫様とマサユキのボウヤが可愛いからおねぇさんが助けちゃう☆…だそうだ。)

 

部隊編成

マサユキ直衛騎馬隊500

 

主力歩兵団1500(黒襷隊は盾持ちのハルバード兵と剣兵で構成)

指揮官ヤートン ガストン トマス

 

長弓クロスボウ連合部隊500

指揮官マシュ

 

正規兵魔導士部隊500

指揮官ミシェエラ

 

そんな連中を従えたマサユキは馬でクブルスの手前まで行き、馬から降りて他の将達と共にクブルスの前に膝を屈した。

 

マサユキ

『遊撃三千人隊黒襷隊ただいま参陣‼これより我ら︎クブルス大将軍の下知に従います。』

 

さて初めて大将軍と対面したマサユキである。彼は飄々としたポーカーフェイスを維持するので精一杯であった。近づくたびに感じるこの重々しい威圧感。そして偉大さが彼にのしかかってきていた。

 

マサユキ

(でっけぇ…コレが大将軍か…。アリスにはここまでの威圧感は無かった、だがこの人は違う。数十年間も大将軍という名の地位にいた人間はやっぱり違う!)

 

クブルス

『よう来たの童マサユキよ。お主らには、まぁ我が息子より聴いておると思うが攻撃能力を失った我が軍の攻め手になってもらいたいのだ。我が軍は質の面では敵より勝るが数と破壊力は奴に譲る事になってな。』

 

マサユキ

『? 失礼ですが御子息とはどなたの事を指しておいででしょうか?』

 

クブルス

『そなた知らなんだか?宰相についているホルサスはな我が義息よ。』

 

マサユキはその場に倒れたくなった。国内でもそして国外でも自らの後継人の縁者がいる事にである。世界は思った以上に狭いとはよく言ったものである。むしろ彼の中にあるのは、『父が大将軍で、息子が宰相。どんな一族だよ!』と彼はただ呆気に取られるばかりであった。

 

クブルス

『まぁそのようなことはどうでも良い。ほれこの望遠鏡で見てみぃ。敵の先鋒じゃ、やけに暴れ散らしておる大男がおるじゃろ?』

 

マサユキは望遠鏡を覗き込みその指された大男を見た。荒々しい風貌で、大柄の馬に跨り大斧を振るいアルトヘイム軍を屠りまくっていた。

 

マサユキ

『あの暴れぶりに、見た目。もしや敵の総大将では?』

 

クブルス

『左様。ハザムス王自らの出陣といったところかの。元々ノーロット帝国の猛将じゃったが王になっていこう。ハザムスの地で暴君振りを見せつけておった男じゃ。元々ハザムスの民はアルトヘイムの民。奴はそれを知っているから普通なら罷り通らん圧政を敷いておる。ワシが今奴と同等の兵かそれ以上の兵が居ればあんな男などにしてやられることはないのだが…‼︎』

 

クブルス老は同胞を虐げてきた男に怒りを露わにしながら話した。マサユキはそこから出る怒りや覇気に更に威圧されていた。

だがその一方でこの男は俺がやらねばならんと思った。あの猛将を倒し将軍の地位を手に入れる第一歩にすると。飛ぶ鳥を落とすが如く三千人長になった若者は更に五千人長への野心を露わにしたのだ。増長は己の破滅をもたらすと分かっていながらもそれすらもものともしない力を彼は欲していた。そしてそれはこの老将軍と敵の暴君から得られるだろうと確信したのだ。

 

マサユキ

『分かり申した。黒襷隊先鋒を務めさせていただきます。そして必ずや敵将の首とって参りまする!』

 

クブルス

『まぁ、無理はせず気楽にの。敵も疲れ始めてきたし、今宵の戦はそろそろ終いにするでな。』

 

クブルスがそう言った後敵軍から一時撤退のラッパがなり、アルトヘイム軍もその直後に撤退のドラムが鳴り響き全軍がそれぞれの陣に撤退した。さて敵将を倒す為準備と話し合いを始めた黒襷隊の面々である。

 

アッシュ

『敵将は中々剛の者の様ですな。下手をすれば我らも討ち取られかねません。』

 

ヤートン

『何より敵将直衛の騎馬部隊が厄介だ。あの重装騎兵に突っ込まれた直後の乱戦となると兵が言うことを聞かなくなるぞ。』

 

トマス

『そもそも前衛が崩れかねない。クブルス軍は精鋭の重装歩兵を当てて対抗していましたが被害は軽くなく、更に我らの兵は幾分か戦いは経験していますが練度が違います。支えきれないでしょう。』

 

マシュ

『封殺は…無理そうね。矢弾は勿論、魔法もあの重装騎兵にはあまり効かないでしょうね。馬も騎手もがっちり鎧をつけてる。』

 

ミシェエラ

『私達に長槍兵は居ないのかい?』

 

アッシュ

『長槍兵は基本主力軍部隊優先の配属で、我々の様な遊撃軍には回すだけの余裕は我が国にはありません。そもそも機動力を犠牲にしてしまうので今の我が部隊では運用面での相性が悪いのです。』

 

マサユキ

『………あれを試すか。』

 

ガストン

『あれを?』

 

マシュ

『まだ碌に練習してないよ?』

 

マサユキ

『もはやそれしかあるまい。それにそもそも我々は敵将とその直衛の騎馬部隊を引きずり出さないといけないし、(まぁ俺ら目立つからそこは心配ないとして)あの重装騎兵部隊は脅威だ。潰してしまわねばな。』

 

マサユキは面々の顔を見ると更に続けた。

 

マサユキ

『先ずは挨拶がわりだ。ミシェエラ姐さん、全軍が布陣したら前に出て一回舞って欲しい。こっちの士気を上げ、敵を挑発するものが良い。軍記物をリクエストするよ。』

 

ミシェエラ

『よし、おねぇさんに任せなさい‼︎』

 

マサユキ

『敵が進撃したら魔導兵部隊と長弓、クロスボウ兵で間接攻撃、戦闘距離関係なく全部隊が前衛に居るため本隊よりも先に攻撃出来る俺たちの投射能力で少しでも削る。んで出てきた敵騎兵部隊を例のアレで無力化。その気に乗じて攻めかかる。俺らが攻めかかれば他の味方前衛部隊も同時に前に出る。怯んでる連中を撫で斬りにしてれば敵将に辿り着くか、怒り狂って出てくるからそこを俺が…!』

 

そういうとマサユキは天幕に置いてあった木偶を大剣で一刀両断にしてしまった。

 

トマス

『…お見事。』

 

マサユキ

『では各々抜かりなく。そしてオヤスヤ。』

 

一同

『オヤスヤ〜。』

 

諸将が其々の天幕に帰っていくと一人残ったマサユキは自軍の布陣を見直した。

 

マサユキ

(登り坂の両側を二つの崖が囲み崖に本隊の投射戦力、坂道に主力歩兵。坂を登りきった先に本陣と予備歩兵と騎兵部隊。がっちり守りを固めた上、坂の下の部隊がやられても投射兵と予備部隊と騎兵で逆落としと挟み撃ち。おまけに我が軍の後背に回り込むには結構な時間と距離がある上、裏どりされない様に警戒して防柵や伏兵を配置してある。俺ならこんな布陣されたら全力無視だな。無視して追っかけてきたら数の優位を生かせる広い場所で迎え撃ち、返り討ちを狙うが、兎に角流石は大将軍だ。この布陣は完璧だ。攻め手はひたすら削られる。これを突破するのは至難の技だ。地の利と人の和があってこそこの少ない兵力でここまで支えてこれたのだ。天の時は彼らに譲るにしてもこの二つは俺たちが揃えた。この戦いは勝つ。そしてその時は…明日だ‼︎)

 

翌日、両軍は相対した。ハザムス王が戦場を見渡すとアルトヘイム軍側から一人の美しい踊り子が現れた。そしてその踊り子は妖艶な姿で舞い始めた。それに合わせて楽器が音を上げた。ミシェエラが踊ったのは六十年前にノーロット帝国が遠征した際にアルトヘイム軍に完膚なきまでに粉砕され、挙句当時の皇帝は首のみで帝都に帰還する羽目になったアマル攻囲戦を讃える舞いであり、そしてこれは敵軍に対して、お前達もその様にしてやるという暗示も含まれていたのであった。ハザムス王としては自分の祖国の皇帝を貶める真似をしたアルトヘイム軍を許しておける筈もなく、自身の近衛重騎兵は勿論、予備騎兵隊まで最前列に配置し、歩兵もほぼ陣形無視の総突撃を掛けてきたのだ。マサユキの思惑通り、というよりも完全にそれ以上の事態になったので返って少し焦りを見せ始めた。

 

マサユキ

『まさか陣形無視、騎兵も全部突っ込んできたか。だが今日は幸いなことに快晴‼︎太陽は、いや天は我らに味方している!兵士諸君、今こそ奮起せよ‼︎‼︎我らの忠義試されるは今ぞ‼︎歩兵隊、盾を返せ‼︎‼︎』

 

兵達が一斉に大盾を裏返すとその裏には金箔で加工されておりそれは太陽の光を反射させ、敵軍に強烈な太陽光を浴びせた。急な目潰しを食らった騎馬達は怯み、そのまま体勢を崩し、近くにいた騎馬や兵を巻き込み崩れ落ちてしまった。敵軍最前列を全て騎馬で固めていたハザムス軍の足は止まった。そこに魔法と矢とボルトの雨が襲い掛かる。そしてそれを見逃すほどアルトヘイム軍の諸将は甘くない。

 

クブルス

『それ、突撃じゃあ‼︎‼︎』

 

マサユキ

『すわ!掛かれ‼︎』

 

守勢の構えに徹していたアルトヘイム軍が打って変わって攻勢に出た為、ハザムス軍は大混乱に陥った。前衛騎馬部隊壊滅、更に終始強攻体勢で攻めかかったハザムス軍の疲労も相まって戦局はアルトヘイム軍圧倒的有利に傾いた。更に元々アルトヘイム人であるハザムス軍将兵達の造反が始まり、もはや士気崩壊を起こしていると言っても過言では無かった。

 

ハザムス王

『おのれ‼︎貴様ら逃げるな‼︎逃げる奴はこの大斧の錆にしてくれるぞ‼︎‼︎』

 

だがそこに黒い覇気と魔力を帯びた騎士が突っ込んできた。その後ろに明らかに手練れと思しき戦士四人とあの踊り子が三千の兵と共にその騎士に続いた。

 

ハザムス王は理解した。この事態を引き起こしたのはこの黒い騎士であると、一方のマサユキは内心驚いていた。彼の中では騎馬部隊を壊滅させて敵が怯んでくれればそれで良かったのだ。だがそこから士気崩壊、造反に繋がるとは考えていなかったのだ。あくまで歩兵戦有利の状況を作り出すのが目的だっただけにここまでの戦果は想定外であった。

 

マサユキ

(エビで鯛を釣る様なものだ。ハザムス王がちゃんと陣形を組んでこっちに突撃していたら騎兵は犠牲にするにしてもここまで酷い有様にはならなかっただろうに。)

 

内心でそう思いながらマサユキは魔力を纏わせた大剣を振り払った。ハザムス王を守ろうとした残り僅かの近衛兵は一人残らず胴体を跳ね飛ばされ、雑兵は既に言うことを聞かず、ハザムス王は数合打ち合ったが得体の知れぬ騎士に威圧され、一歩、また一歩と引いていく。だがマサユキも大剣に慣れておらずまだ振り回されている所があった。そしてそれをハザムス王は逃さなかった。

 

ハザムス王

『青二才が、小癪な真似をしおって‼︎』

 

大斧がマサユキの首に迫る。だがマサユキは動じない。正しく刃が当たるか当たらないかの距離になったその瞬間マサユキの目が急に赤く光りだし、ハザムス王は身動きが取れなくなった。そして自らの足に複数の魔力の剣山が刺さっていたのである。ハザムス王は悲鳴を上げた。暫く泣き叫んだと思ったら、その哀れな王の首を青年は無慈悲に跳ね飛ばしてしまった。そして近くに転がっていた自軍の軍旗の矛先に王の首を突き刺し、高く掲げたのだ。

 

マサユキ

『敵将はこの私、暗黒騎士アヤセ・マサユキが討ち取った‼︎皆、勝鬨を挙げよ‼︎‼︎』

 

クブルス軍全将兵

『栄ッ‼(エイ)︎永ッ‼︎(エイ)雄ォォォォォォォォォ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

戦場に勝鬨が上がりそれは天地を震わした!この日、アルトヘイムの歴史書にはこう記された。

 

『攻め寄せたハザムス軍に対し我がアルトヘイム王国軍は大将軍クブルスの智略と新たな暗黒騎士の奮闘により大勝利を収めけり!』



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8話 メノス王国への進撃。

今回の話は大変猟奇的な内容を含みます。ご了承下さい。


8話 メノス王国への進撃。

 

メノス王国軍がアルトヘイム軍を抜けない理由は何のこともない。兵の練度の不足である。アルトヘイム王国三大魔法騎士団聖龍騎士団団長アーシェ・ド・アルトヘイムが率いる3万の王都守備軍はアルトヘイム最精鋭の呼び声の高い軍団であった。この軍団の強さに加えこの戦場を流れるアトモス川は中央大陸を分断するように流れる川であり、中央大陸の要所各地、果ては海洋大国首都サン・モシャスに繋がるため、この大陸の交易に深く関わる運河でもある。そんな川は今はアルトヘイムを守る天然の城壁として機能している。メノス軍は渡河を図るも騎士団長アーシェ麾下3万の守備は崩せず川と対岸に尸を晒すだけであった。元々メノス王自体が戦はからっきしの文官であり、知識も全くないので、他の武官の制止を聞かずこの無謀な渡河を挑んだことがメノス王国の末路を決めてしまったと言っても良い。更に悪いことに彼らはハザムス王敗死の報を知らなかったのである。

 

メノス王

『なんで⁉︎何故これしきの川を渡りきらないのよ‼︎渡りきれば数に勝る我らが勝つのは目に見えているのに‼︎』

 

メノス王国軍将校

『川の水温、更に深さもあり兵が足を取られております。敵の反撃も激しく、我が軍はただただ消耗を続けておりまする‼︎』

 

メノス王

『早く渡りきるのよぉ‼︎出ないとあの猪が先にアルトヘイムに着いちゃうじゃないの〜‼︎陛下より恩賞を賜るのはこの私なんですからね‼︎』

 

メノス兵

『ご報告します!右翼より砂塵が舞い上がっております。』

 

メノス将校

『おお!ひょっとしてハザムス王が援軍を送ってくれたのでは‼︎』

 

メノス王

『チッ…余計な事を。どうせ勝てないから少しでも恩を売りにきたんでしょう?まっ良いわ。あいつらに敵の横を狙わせなさい。』

 

だがメノス王国軍の将校の一人が妙だと思い望遠鏡を覗き込んだのだ。援軍にしてはどうも少ない気もするし、互いに大半の戦力を動員しなければならない状況なのだからそんな援軍を出す余裕など無いだろうと思ったのだ。この将校の疑問は悪い方向で解決された。こちらに向かってくる軍勢はその数四千、そしてそれらは黒い襷を身につけその先頭を大剣を背負った騎士が駆け、そして軍旗はアルトヘイム王国であった。

 

将校

『おい、あの軍勢は何処の所属か調べたのか?』

 

兵士

『いえ、あの道は真っ直ぐ行けばハザムス軍の本陣に繋がり道中いくつかの関所が有りますので、敵が来ることなどまずあり得ないと思いましたので。』

 

将校

『ではあの軍勢はなんだ⁉︎』

 

敵じゃないか⁉︎と将校が言おうとした瞬間その砂塵から矢が降り、遂にそれは手薄のメノス本陣を肉迫した。殆ど後詰が居ない本陣は事実上蹂躙であった。メノス王は悲鳴をあげることすら許されずそのまま胴と首が分かたれるという事態になった。さて肝心のメノス王国軍であるが川を渡河中にこの変事が起こった事を知ってしまったのだから大混乱であった。彼らが何も知らずにアルトヘイム軍に迫っていたなどれ程幸せだったであろうか?無慈悲にも彼らは現実を突きつけられた。高々と掲げられたアルトヘイム軍の軍旗の穂先に刺さる己が主君の首級によって。

 

メノス兵

『王様が討ち取られた‼︎』

 

メノス兵

『俺たちは負けたんだ!逃げないと殺される‼︎引き返すんだ‼︎』

 

正しく狼に襲われた羊の如くただひたすら狩り尽くされるのみであった。だがそこに救いの手を差し伸べたのもその狼達の大将であった。

 

アルトヘイム軍伝令

『全軍‼︎アーシェ様のお達しである‼︎全軍追撃では無く包囲せよ‼︎繰り返す包囲せよ‼︎敵軍に降伏を呼び掛ける故包囲されたし‼︎‼︎』

 

アッシュ

『マサユキ様‼︎』

 

マサユキ

『分かってるさ、全隊後退!敵後方の包囲運動は俺たちが起点だ、敵の背中から動くんじゃないぞ‼︎』

 

マサユキ

(とは言ったが、敵の残余は一万から二万。対する我らは四万。全軍の半数近くの捕虜を抱えて進撃など考えたくもないがな。捕虜にするなら少なくとももう五千減らすべきだな)

 

メノス軍将校

『降伏だと⁉︎バカな、そんなもの誰が受けるか‼︎皆我らの後背はたかだか四千の弱兵‼︎ここを抜ければ生きて故国に帰れるぞ‼︎進めー!』

 

メノス軍

『雄ォォォォォォォォォォォ‼︎‼︎‼︎』

 

マサユキ

『こうして誰かが先導して急に士気を取り戻したりするからヤなんだよ‼︎歩兵隊前へ‼︎』

 

黒襷隊歩兵部隊

『ハッ‼︎‼︎』

 

マサユキ

『テストゥード‼︎‼︎』

 

総大将の号令に諸将も続いた。

 

ガストン

『テストゥード‼︎』

 

トマス

『テストゥード‼︎』

 

黒襷隊歩兵部隊の兵達は盾で自分達の前と頭の上に盾を構えガッチリ身を寄せ合い、その隙間から槍を突き出した。歩兵の要塞と化した黒襷隊は敗残ながらも死兵と化したメノス兵二万を受け止めなければならなくなった。だが、歩兵が支え、投射部隊が嵐のように矢や魔法をひたすら撃ち放ったお陰で敵は消耗するばかり、更に各将が下馬し、兵達を鼓舞し、自らもテストゥードを組みに行ったのである。

 

アッシュ

『今こそ力を一つにせよ‼︎何があっても御大将に敵の刃が届く事あってはならぬぞ‼︎』

 

マシュ

『ひたすら撃つよ‼︎狙う必要は無い撃てば当たるわ‼︎』

 

ミシェエラ

『さぁ、男を見せる時だ‼︎一番男を見せた奴にオネェさんがご褒美をあげるわ!』

 

黒襷隊

『ウオォォォォォォォォォォォ‼︎‼︎』

 

人は城、人は石垣。かつて日本の戦国武将武田信玄はそう言った。なら今の黒襷隊はまさしく城であった。全く崩れぬ黒襷隊の守勢に兵は疲れ、左右を味方の兵が囲んでいるためメノス歩兵の士気は再び下がりだした。そしてそれを見逃すほどマサユキは甘くはなかった。

 

マサユキ

『敵が勢いを失った‼︎包囲の中心に奴等を追い落せ‼︎突っ込めぇ‼︎‼︎』

 

マサユキは大剣振り回し、行く手を阻む兵を両断しながら兵を率いていった。猛烈な攻撃の末、完全に包囲が完了した頃にはメノス軍は戦意を失ったのだ。最後に残ったメノス軍の上級将校が自らの命と引き換えに残余の将兵の命を守る事を求めるとアーシェはそれを了承。その将校は自刃し、首は届けられた。アルトヘイム、メノス国境の戦はこうして終結した。

 

戦が終わって束の間、本国より援軍が到着したアーシェ軍は総勢三万から六万に増員され、捕虜約一万八千を伴い、メノス王国王都メノシアに進路を取った。黒襷隊はアーシェ軍中央から少し離れた位置にて行軍していた。総大将直々の指令でもし捕虜たちが暴れ出した突撃して鎮圧する任を与えられたのだ。

 

マサユキ

『こうしてみると六万の軍勢は中々壮観だな、俺もあんな大兵を指揮して戦したいものだ。この後の攻囲戦で手柄を取れば五千人長は確実だ。』

 

?&?

『『アヤセ殿』』

 

マサユキ

『これはカズマ殿、カテキ殿。助力感謝致す。』

 

マサユキの前に現れた如何にも東方風の具足を付けた兄妹は、東の巨大な大陸オリエンス地方の大陸の三割と百を超える島を保有する東の二大勢力の一翼、東日の国の出身である

カズマとその妹カテキである。東日幕府の交遊施設の末裔であるカズマとカテキは武家の一員として対応あるアルトヘイムに仕える千人長であり、上官である大将軍クブルスの命令により黒襷隊の助力の為それぞれの隊の半分を引き連れて居るのである。元々マサユキは日本から来た事もあるが東日の国の出身であるこの兄妹には奇妙な親近感を覚え、兄妹もまた異世界とはいえ、同じ似たような文化に人種的類似点が多い事から久々にあった同胞のような感覚を覚えていた。

 

カズマ

『某達は一度、クブルス将軍の元に向かわねばなりませぬ。ハザムス攻めの行く末を見届けなければなるぬ故。』

 

カテキ

『マサユキ様、ご武運をお祈りしております。皆様には宜しくお伝え下さいまし。』

 

マサユキ

『ご両人の助力無くして此度の戦に勝ちは無かったでしょう。どう感謝すれば良いか。』

 

カテキ

『では戦が終わりましたら我らの邸宅にお越しくださいませ。遠い異世界に私達のような国が有るとは思っておりませんでしたのでお話をお聞かせ下さい。』

 

カズマ

『それは良い!マサユキ殿それで構いませぬ故拙者達の館にお越し下さい。』

 

マサユキ

『では承知、必ずお邪魔させていただく。』

 

カズマ

『では失礼致す。』

 

マサユキは二人を見送り、隊の戻ろうとするとアッシュが騎馬で寄せてきた。

 

マサユキ

『反乱か?』

 

アッシュ

『いえ、アーシェ様よりマサユキ様に召喚命令が下りましたのでお伝えに参りました。』

 

マサユキ

『…女性の頼みとあればさっさと行かねばならないか。本当は昼寝したい所だけど。』

 

アッシュ

『冗談を言ってる場合ですか?相手は王弟殿下御息女なのですよ、早く行かねば首を切り落とされても文句は言えますまい!』

 

マサユキ

『へぇ〜。王弟殿下御息女ね…はっ?』

 

アッシュ

『ご説明しましたよね?』

 

マサユキ

『話半分で聴いてた。』

 

アッシュ

『早くお行きなさい‼︎』

 

マサユキ

『行ってきまーす‼︎(焦)』

 

マサユキはアーシェの天幕まで騎馬で大急ぎで駆け抜けた。だが天幕の前で警護する聖龍騎士団の騎士に止められてしまった。

 

聖龍騎士A

『止まれ‼︎貴様何の用だ!ここは総大将アーシェ様の天幕であるぞ!』

 

マサユキ

『三千人長アヤセ・マサユキでござる‼︎総大将アーシェ殿下の出頭命令により馳せ参じた。道を開けられよ。』

 

聖龍騎士B

『たかだか三千人長の分際でましてや貴様のような異世界人をアーシェ殿下がお呼びするわけ無かろう。即刻立ち去れ‼︎』

 

異世界人と見下されたのに怒りを覚えたマサユキは口調を強め再度道を開けるように要求した。

 

マサユキ

『貴女らが何と言おうと殿下に呼ばれたのは変わらん。これ以上邪魔立てするならばタダでは済まさん。』

 

聖龍騎士C

『貴様‼︎騎士に向かってなんと言う口の利き方を‼︎』

 

マサユキ

『所詮騎士など、戦場においては一単位でしか無いわ。最も本陣より動くことのなかった生娘臭い女騎士どもなど一としても数えられんがな。それに騎士が何だというのであれば私は暗黒騎士だ。貴様らと違い、私は国家の大事を担う存在だ。

 

(暗黒騎士はタダの暗黒魔法が使える騎士ではなく国家、君主に利益を齎らすものである限り通常の騎士よりも行動や権限に自由が保証されている。(国によってどの程度の権限が与えられているかは差異がある。)そもそも暗黒騎士は本来騎士団に所属しなければ国家君主にも忠誠を誓わない存在で、彼らが忠義を尽くすのは個人や思想といったものである。(始まりの暗黒騎士であり*女神12騎士の一翼でもあるアルトヘイム国父エドワード・ド・アルトヘイムの弟オルファンも忠誠を誓ったのは女神本人であり、神話に登場する女神の国には忠誠を誓わずその後の動乱にも一切関わらなかった。)ある意味今の傭兵のような存在であり、マサユキを始め各国に属する暗黒騎士は己や自らの信念や主義に忠誠を誓っている存在である。(しかし己の信じる君主や主義に忠誠を誓っている者が大半なのでそこは騎士とは変わらない。)

 

私の行動、発言は王家によって保証されている。王家に忠誠を誓う身でありながら王家の任命した暗黒騎士を蔑ろにすると言うのなら覚悟を決めていると言うことでよろしいか?』

 

聖龍騎士D

『騎士の常道に反する暗黒騎士が何を言うか‼︎如何に我が国の英雄としての称号といえど所詮異端者では無いか‼︎』

 

アーシェ

『お辞めなさい‼︎』

 

天幕からアーシェ・ド・アルトヘイムその人が現れ聖龍騎士達は跪き、それを見てた他の騎士団の騎士達や兵士達も続き、マサユキも愛馬シャムシュから降り、跪いた。

 

アーシェ

『我が軍はまだ作戦行動中です。軍に不和が有ると分かれば捕虜に付け入る隙を生みます。そんな事も貴方達は判らないと言うのですか。』

 

聖龍騎士団

『ハッ…申し訳ございません。』

 

アーシェ

『アヤセ卿、配下の騎士が無礼を働いた事、騎士団長としてお詫び申し上げます。されど我が国は騎士の国、この者らにとって騎士の誇りは祖国への誇りなのです。あまりそこを突くのはお辞めになって下さい。』

 

マサユキ

『いえ、私の方こそ熱くなりすぎました。以後このような事のなきよう努力する事を殿下に誓いまする。』

 

アーシェ

『他の者もそれぞれの持ち場に戻りなさい。一刻もすれば進軍を開始しますよ!』

 

将兵

『『『ハハァ‼︎‼︎』』』

 

暫くしてマサユキはアーシェの天幕に入った。昌幸は席を勧められそこに座って待つよう言い渡された。天幕には昌幸といざこざを起こした件の聖龍騎士団の騎士達が入っており当のアーシェは後ろに引っ込んでいた。すると幕がずれ、アーシェが入ってきた。アーシェは兜こそ脱ぎ、美しい金髪を露わにしているものの目を隠す為の仮面は付けたままであった。アーシェはそのまま昌幸の真向かいの席に座った。

 

アーシェ

『アヤセ卿、此度の戦は誠に見事な活躍でした。全軍を代表してお礼申し上げます。』

 

マサユキ

『いえ、全ては将軍が敵軍を引きつけてくれた故に出来た事。我らはただ余所見した敵に帳簿を叩きつけただけの事。』

 

マサユキはそう答えながらもずっとアーシェが仮面を着け続けるのか不思議で気になっていた。そしてそれは当の本人にも伝わり、アーシェはフフッと笑うと仮面を取るため手で顔を覆った。

 

聖竜騎士

『アーシェ様!まさか‼︎』

 

アーシェが仮面を取ると翡翠色の両の眼が現れ、右眼の上から鼻先と同じ高さにまで至る痛々しい大きな傷が縦に刻まれていた。

 

アーシェ

『…10年前私が15の頃、両親と王家の避暑地に行っていた時のことです。三年で森を散策してると手練れの5、6匹のゴブリンに襲われ、父は殺され、母は服を全て破かれた末三匹に寄ってたかって犯され、父と共に母を守る為に戦った私も敗れ、母と同じように身体全てを露わにされ、純潔を奪われそうになりました。幸い私はその前に駆けつけた近くの猟師や近衛兵達に助けられましたが、母は精神的にも肉体的にも傷つけられ、王宮を去り、王都近くの修道院に身を寄せました。私もこの傷を残され、こうして仮面をつけているのです。守れなかった愚かな自分を思い出すために。陽の光を顔一杯に浴びれなくなったあの日を忘れない為に。』

 

マサユキは己の好奇心を恥じた。人には必ず踏み入ってはならない場所がある。それを考えもせずズカズカと入った己が恥ずかしくなった。

 

マサユキ

『思い出したくないことを思い出させてしまい申し訳ありません。』

 

アーシェ

『構いません。大戦の後にも関わらず駆けつけてくれた勇者に対して礼をするのであれば仮面をつけるなど非礼というもの。』

 

マサユキ

『どうぞ仮面をお付けください。貴女には必要な筈です。私はこれで失礼致します。』

 

アーシェは席を立ったマサユキを大急ぎで呼び止めた。

 

アーシェ

『アヤセ殿!』

 

マサユキは驚きながら振り返った。

 

アーシェ

『ソフィアをどうか宜しくお願いします。私にとってあの子は姉妹の様なもの。貴方は貴方の住む世界からこちらにやってきて間もないのにあの子の為に戦ってくれたと聞き及んでいます。こうして私と私の軍のために戦ってくれた様にこれからもあの子のために戦ってください。』

 

マサユキは礼するとしっかり答えた。

 

この会談の直後アーシェ軍はメノス王国王都まで迫った。道中敵軍の抵抗は無く、進路上の村々は制圧していき、掠奪こそしなかったもののそれでも反抗的な住人は女子供も捕らえ、捕虜にした。そして王都メノスを攻囲したのである。然し敵軍は未だ領民の志願兵合わせて一万が防衛戦力として立て篭もり、容易には降伏する感じでは無かった。当然と言えば当然であった。彼らの主君は殺され、今彼らの領地は蹂躙されようとしていたのだ。

元々メノス王国はノーロット帝国の征服活動に対して臣従して帝国傘下に入っているため帝国の武力を受けなかったのだ。だからどちらかと言えば侵略者はアルトヘイム王国であり、皇帝の命と言えど彼らにしてみれば侵略される前に先制攻撃を仕掛けたことになる。

兎も角も堅牢に持ち堪えるこの城塞都市への攻め手を考えあぐねていた。アマルの様な魔導障壁こそないがこの堅牢な城壁はたやすく破れるものでは無かった。投石機で撃ち込んでも時間が掛かるのは明白であった。

 

アーシェは一時攻撃をやめ、包囲を続ける傍、軍議を開きメノス攻略作戦を練ることにした。かくしてアーシェの天幕には諸将が集まり意見を交わした。

 

将校

『ここは兵糧攻めを行い、彼奴らを干殺しにしては?』

 

アーシェ

『それでは罪のない民にも犠牲が出ます。彼らはアルトヘイムの民となるのです。無用な犠牲を強いては民を安んじるという陛下の意を違える事になります。』

 

聖龍騎士

『では攻城塔と梯子を用意して城壁に登り制圧を試みては如何か?』

 

文官

『アマルの故事に習うおつもりか?あれは聞いた話ではゴブリンどもの大半が都市より出た為制圧が容易であったという話であって、此度は一万の正規の軍人と反アルトヘイム王国感情に駆られた武装国民が城壁を固めて居るのですぞ?何は我らが勝ちまするが何人生き残っているか分かりませんぞ?』

 

マサユキ

『…ならば私に策がございます。』

 

アーシェと文官がマサユキの方に振り向き、将校は視線だけを向け、聖龍騎士達は嫌悪の表情を浮かべ、そっぽを向いた。

 

マサユキ

『我が祖国には、人は城、人は石垣、人は堀という言葉がございます。城攻めにおいて最も我らを阻むのは城壁でも魔導障壁でもなく、人なのです。団結した人間はいかなる障壁にも勝ります。城壁や障壁は物であり、いつかは壊れる。だが人は信じるものがある限り不滅。ならば人から、心から崩すのが定石。アーシェ様、私に捕虜の扱いをお任せ願いませんか?必ず敵の城門を開けて差し上げましょう。』

 

アーシェ

『アヤセ卿の言や良し!お任せいたしましょう。頼みましたよ?』

 

マサユキ

『ははぁ‼︎』

 

マサユキは自陣に戻ると諸将を呼び出し策を伝えた。

 

ガストン

『正気かよ⁉︎そんな事をすればどうなるか分かってるのか‼︎』

 

マシュ

『そうよ、そんな事をするなんて人間じゃないわ‼︎』

 

マサユキ

『人の心を崩すと決めたんだ‼︎その時から俺は人ではない鬼だ。後の反乱の芽を摘み取ることは必要だし、何より俺達の旗印は不惜身命を持って戦う事を誓うという意味だ‼︎…俺は死んだ仲間をこのまま朽ちさせる気はない、死んでも尚も戦士としてあり続けさせてやる。俺達の力としてこいつら生き続ける。』

 

ミシェエラ

『やろう、みんな。大将がやると言ったんだ。私たちはマサユキちゃんと地獄まで一緒に居たいからここに居るんだろう?』

 

ヤートン

『ガストン、戦だぞこれは。綺麗事ではやれぬし、俺達のそれ以上に殺している。今此処で躊躇えばその前に俺達が奪った命はなんだったのだと考えねばならん。』

 

ガストン

『兄貴…。』

 

アッシュ

『では宜しいか?皆準備を始めましょう。此度は新しい隊旗と我らの新しい装備の御披露目でもあるのですからね?』

 

皆が天幕を出る中マサユキはミシェエラを呼び止めた。

 

マサユキ

『ミシェエラ少し待ってくれ。』

 

ミシェエラ

『なーに?お姉さんに一緒に寝て欲しいの?お姉さん知らないぞ〜♡』

 

マサユキ

『それも悪かないけど、さっきはありがとな。助かったよ。』

 

ミシェエラ

『どういたしまして。で〜も…』

 

ミシェエラはマサユキの額を指で弾いた。弾かれたマサユキは額を抑えながら呆気に取られた。

 

ミシェエラ

『あまり無茶しちゃダメ。貴方は優しい子なんだからいつか限界が来て壊れちゃうんだからね?』

 

マサユキ

『…ああ、肝に命じておくさ。』

 

翌日メノス守備軍の前に奇妙な軍旗が辺り一面に立っていた。金色の丸い硬貨のようなものが6枚ありそれが二列で横に並んでいる。その硬貨の中心には四角い穴が空いている。旗の生地は紅く、誰も見たことのない軍旗であった。それを持つ赤い軍装に黒い襷も巻いた兵達がメノスを囲んでいた。そして中央から同じように赤い鎧に黒い襷を巻いた大剣を背負った騎士が出てきた。

 

マサユキ

『メノスの方々‼︎お初にお目にかかる!それがしは先日よりアルトヘイム国王陛下より任命された暗黒騎士アヤセ・マサユキと申す。我ら六万の攻めをたった一万で防ぐとは誠に天晴れ、されどこれを見るがいい‼︎』

 

マサユキが合図すると磔がいくつか現れ、そこには前の黒襷隊の軍装をつけた死骸が括り付けられていた。どれも惨たらしくなった死体であり城壁を守る兵達は嫌悪の色を示し、住民は恐れた。これは同じアルトヘイム軍でも同じ事が起こっていた。

 

マサユキ

『この者らは先の戦で鬼神の如く戦い貴公らの同胞に討ち取られた者達だ‼︎我が隊の信念は不惜身命‼︎これに則って戦った立派な兵達だ‼︎次のこの旗を見よ‼︎これは我が祖国に伝わる旗印だ‼︎6枚の硬貨は死後死者の世界とこの世を繋ぐ川を渡る舟に払う船賃だ‼︎これを掲げるということはもう分かるな‼︎我ら黒襷隊は全員死ぬ覚悟が出来ている‼︎道連れにしてでも敵を打つ‼︎正しくこの死体のような状態になっても戦う‼︎されど我らが総大将は貴公らに降伏を勧めておる。降るなら良し。だが忘れるな。我ら貴公らと相撃つ覚悟あり‼︎我ら四千悉く貴公ら一万をいつでもお相手致す所存。もう一度言う努努その事忘れるな‼︎』

 

黒襷隊将兵から雄叫びが上がり敵軍は益々不気味になってきた。こんな頭のおかしい連中と戦うのかと。然し城壁を破れぬ限りその心配は無いと胸を撫で下ろした。だがその夜。双方寝静まってくらいであろうかの深夜…突然…。

 

アルトヘイム軍

『エイ‼︎エイ‼︎‼︎オォォォォォ‼︎‼︎‼︎』

 

アルトヘイム軍

『エイ‼︎エイ‼︎‼︎オォォォォォ‼︎‼︎‼︎』

 

アルトヘイム軍

『エイ‼︎エイ‼︎‼︎オォォォォォ‼︎‼︎‼︎』

 

なんとアルトヘイム軍が勝ち鬨を揚げ始めたのだ。当然メノスに住まう人々は一人残らず叩き起こされた。そしてそれは夜が明けるまで続きアルトヘイム軍は2時間おきに三回交代で雄叫びを上げ続けた。

 

翌日も同じように勝ち鬨が上がり続けた。これが延々と続くかと思いきや。その夜今度はアルトヘイム軍の陣地から火の手が上がり攻め手のアルトヘイム軍は大混乱に陥ったのだ。前線の兵達は不安になったが後退の命は下らぬばかりか、黒襷隊の兵達は全く意に返さず勝ち鬨を挙げ続けている。そして思った以上に本陣の騒ぎは収まったのだ。

そして夜が明けるとメノス方はとんでもない光景を目にする事になる。

 

なんと王都メノスの前に大勢のメノス兵の捕虜と道中の村で反抗した為捕虜になった住人達が引きずり出されていた。中には女子供もおり、赤子を抱く母親や歳幅も行かない子供に中には聖職者まで居た。そして件の暗黒騎士が彼らの横に立っていた。

 

マサユキ

『よく眠れたかな?メノス方の衆らよ。この者らは昨夜我が軍の見張りの隙を突き逃げ出し、挙句放火した者達…と思っているおめでたい連中だ。この者らは我らが敢えて逃げ出させ、敢えて火を放させた事も判らぬうつけ者達よ‼︎降り、狼藉を働かねば命、財産は保障すると言うたのに此奴らはそれを放棄し我らに刃向かった。よって悉く敵と認識する!』

 

そう言ってマサユキは大剣を抜くと左端に立っていた兵士の首を跳ね飛ばした。捕虜達は恐怖に包まれ悲鳴をあげた特に隣にいた若い女は返り血を浴び一際大きな悲鳴をあげていた、がその娘は今度は後ろに立っていた黒襷隊の隊員にハルバードで串刺しにされ断末魔をあげ息絶えた。それを皮切りに左から兵士も子供も神父も、妊婦も、シスターも老人も、赤子を抱いた母親も、青年も、村娘も農夫も次々と殺されていった。

 

マサユキは惨たらしい光景と断末魔の嵐を背景に王都メノスを守る者達に続けた。

 

マサユキ

『先にも言ったが我らは決して敵には情けを掛けぬ‼︎このまま篭り続けるのであれば、この者らを悉く撫で斬りにした後ありとあらゆる手段を使い貴様らををこの者らのようにする故覚悟せよ‼︎‼︎』

 

メノスの守備兵と民はこの凄惨な殺戮劇を見ることしかできずにいた。次から次へと殺されていく捕虜達は百数十名いたのに対し、もうこの時点で二十数名になっていた。そして残り数名に差し掛かったその時見かねたアーシェが先だったか敵方の使者が先だったかマサユキを止める声が響いた。

 

アーシェ

『アヤセ卿もうお辞めない‼︎』

 

使者

『待たれよ‼︎捕虜を助命して下され‼︎我らは降る事を決めもうした‼︎』

 

マサユキは辞めよと、合図を送るとこの惨たらしい殺戮劇は終わった。その後使者はアーシェに降伏の意を告げる書状を渡し、アーシェもそれを認めるという意を認めた書状を使者に渡すと使者はメノスで待つ守備軍の司令官にそれを渡した。こうして王都メノス攻囲戦は終了した。両軍の犠牲が殆どないと記録されたが、当時三千人長であったアヤセ・マサユキの狂気の策で捕虜100名以上が命を落としたこの攻囲戦は今でも賛否両論で議論されている。

 

 

 

 



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9話 革新の産声は王宮を包む。

かくしてメノス王国王都メノシアは開城、陥落した。アーシェは全軍の入場を命じたがマサユキ達黒襷隊はそれを拒否した。理由を問われたマサユキはこう答えた。

 

マサユキ

『犠牲を最小限に留める為の策とはいえ我らがこの王都の中に入れば大量虐殺者として民に恐れや怒りを招き、占領統治に支障が出兼ねません。されど殿下に彼らは怨みが有りません。寧ろ我らを入れなかったのはアーシェ様で有ると民の公言ください。さすれば大きな問題にはなりますまい。』

 

アーシェはマサユキ達が敢えて憎まれ役を買うという意を受け止めた。そして何故あのような事をしたのかとも問うた。マサユキは答えた。城攻めとは人の心を崩すもの。決して城壁や天守閣を潰せば終わるものではない。敵の戦意を崩す事こそ肝要であり、我々は大量の捕虜を抱えている為糧食の管理を困難になっている事、未だ我らに刃向かう気のあるものが大勢居た事。これら不安要素を抱えて包囲などすれば首になっていたのは我らの方であったと。そこでマサユキがとったのは敢えて反乱を起こしやすくし彼らが暴挙に出れば容赦無く処断し、捕虜にも守備軍にも一切の妥協を許さぬと言う姿勢を見せ、戦えば死ぬという心理を受け付けることであると。

 

もっともこれはマサユキの範疇を超えて起きた事でもあった。マサユキとしては起こしやすい環境を作ったものの、逃げ出したり乱痴気騒ぎを起こしたのなら引っ捕らえて兵は処刑、民は暴行を加えて敵に対しての心理的兵器にすれば良い、行動しなければそれで良し、また別の策を考えれば良いと思う程度でしか考えておらず、現にこの反乱騒ぎで武器や糧食の一部を失ったが兵の損失は無く、実はマサユキはこの世界、少なくとも中央大陸では一度も使われたことのないとある兵器をこの戦に持ち込んでおりいざとなれば有るだけ全部使って城門をこじ開けるつもりだったのだ。

 

だがマサユキの手の平で作り上げようとした舞台は思わぬ方向に繋がっていったのだ。乱痴気騒ぎを起こすのは兵であり民は逃げ出すだけだろうと思った。だが実際は多くの兵は王都メノスに逃げようと考えていた。だが民達は反アルトヘイム感情が高すぎて破壊工作をしようと血気に逸っていた。それに一部兵達が同調扇動した為に乱痴気騒ぎが起き、結果連帯責任として兵達は民を扇動した罪、民達は一時的な拘束でその後の生活の安全も保障したにも関わらず扇動に乗り反乱に身を投じた罪により処断しなければならなくなったのだ。マサユキの誤算としては血気に逸ったのは民の方であったということであった。

 

もしマサユキがそれを読めていればこの惨たらしい惨劇は起きなかっただろう。兎も角もマサユキの真の目的は反乱の芽を全て叩き潰す事であった。それはある意味成功したと言っても良い。だが禍根を残す事になったのは言うまでも無いだろう。

 

マサユキ

(アーシェ様なら旧メノス王国領を良く統治して下さるだろう。…情けは味方、仇は敵なり。俺にはまだ情けを掛ける余地が有ったのではないか?最初から城兵悉く撫で斬り刃向かえば民もそのようにすると脅して敵の総大将の首を持って助命するとしておけばよかったのではないか?いやそれはやはり無い。彼らの士気は高かった。処断した百数十名の命を持って敵将の、城兵という石垣を崩すことが出来たのだ。…天命とでも言うのか?我ながら人ごとのような言い訳だな綾瀬昌幸。お前は大義のため、ひいては己の為に大勢の他者を犠牲にしても良いと思う奴なのか。人間らしいといえば人間らしいがな。)

 

マサユキの暗い影を纏った沈黙を察したマシュはマサユキに心配そうに声を掛けた。

 

マシュ

『マサユキ…。』

 

マサユキは暫く黙った後、マシュの呼び掛けに答えた

 

マサユキ

『帰ろう、マシュ。俺達の任務は終わった。ここに居る意味はもう無い。』

 

マシュ

『………。全隊撤収する、遅れるな。』

 

黒襷隊が帰路に着き始めたのと同じ頃王都アルトヘイムに珍客が現れた。王宮を訪れたその者の出で立ちはターバンを巻き、踝に掛かるまで有ろうかという外套を纏い、白いシャツに茶色の太いズボンというまさしくイスラム、アラビア圏風の見た目をしていた。胸元はほのかに膨らんでいることから女である事が分かる。ターバンから青い髪が少し見え隠れしており、ターバンの上には三角形の突起物が出ていた。その少し後ろをイスラム暗殺者風の見た目をした女が付いて歩いていた。なんとその女には猫の耳がついていた。この二人組の女は猫人という東の大陸のみ存在する人種であり奇妙な事に女性しか生まれない。兎も角もこの二人組は西の大陸を統一するセパルコ朝アルサス帝国から来たのだ。現にアルサス帝国の近衛兵複数名と隊長として騎士一名がこの二人組を護衛していることからも確実である。先頭を行くイスラム風の見た目をした猫人の女は玉座の近くまで歩み、跪いた。

 

?

『アルトヘイム王ご機嫌麗しゅうございます。私はアルサス帝国より派遣されましたクットゥーア商会総領トウカ・クットゥーアと申します。』

 

フレデリック

『アルトヘイム王フレデリックである。我がアルトヘイムに何用で来られた?アルサス帝国の商人殿よ?』

 

トウカ

『この度、我らが偉大なるスルタンよりアルトヘイム王国と我が帝国との間に通商協定を結びたいと承りその全権を我がクットゥーア商会に一任されましたのでそのご挨拶に参りました。先ずは我が帝国からの贈り物、というより商品をご覧下さい。』

 

大商人トウカが取り出したのは鉄の筒を木材で囲い、鉄の筒の背後には火打ち石がついたハンマー型の謎の飾りのようなものが付いており、クロスボウに見た目が似てる事もあり兎に角武器である事は分かるが誰も目にしたことが無い物であったのだ。

 

ホルサス

『これは如何様に使うものかな?』

 

トウカ

『お見せしましょう。キル、鉄の板を。』

 

キルと呼ばれた黒い不思議な装束を着た女は無言で頷くと鉄の板を取り出し、それを木偶に取り付けた。トウカは使い方をアルトヘイム王国の面々に実演販売の如く説明しながらやってみせた。

 

先ず鉛の弾とこの火薬と呼ばれる薬剤が入った紙袋を噛みちぎり、先端の口に入れる。それを鉄の筒の下に付いている棒で奥まで詰める。次にこの火打ち石がついたハンマー状の飾り、撃鉄と呼ばれるものを少し引き上げる。次に撃鉄の前に付いたカバーを開け、火皿と呼ばれる小さな窪みに火薬を少し入れる。そして蓋をする。撃鉄をもう一回引き上げる。下に付いている引き金を引く。火打ち石がカバーと、擦れ火花が生まれ、着火用の火薬に引火して中の装薬にも引火し爆発、球が打ち出される。

 

と言い終わった瞬間!轟音が王宮の広間内に響き渡り、居並ぶ貴族達は驚き、王妃は悲鳴をあげ、耳を塞ぎ、ホルサスとフレデリックはその衝撃に囚われ、ソフィアは新たな時代の幕開けを感じ取っていた。

 

かくして撃たれた鉄板は見事に穴が空いており、そこそこ厚みのある重装騎士や重装歩兵クラスの鎧にも匹敵する程の厚さの鉄板が簡単に撃ち抜かれていることからも驚愕の声が止まることを知らず溢れ出した。

 

トウカ

『このトゥフェケラーシュ、東洋のオリエント大陸では鉄砲、火打ち石銃、そちらの言葉ではマスケット銃というのでしょうか?それをここに五千挺用意しております。これを無償で差し上げます。』

 

フレデリック

『ほうマスケット銃と言うのか、これがあれば剣も弓も槍も要らなくなり、騎士の時代は終わるであろうな。』

 

トウカ

『然し当然ですが条件がございます‼︎これは商談なのですから、本来であればそのトゥフェケラーシュも五千挺分の料金を戴く所なのですよ。』

 

ホルサス

『無償と言うからには欲する物は金銭では無いな。貴公らの条件を聞こう。』

 

トウカ

『我が偉大なるスルターンはこの中央大陸の非帝国領に於いて力を持つであろう五つの勢力、貴国と教皇庁、海洋国家サン・モシャス、商業王国ハドシア、そしてこの4国の中間に位置するハシューモス大森林に位置するエルフの国エルフラーシュ王国。この五強国とその他諸侯による連合を形成し、帝国に対し一大反攻作戦を行おうとアルトヘイム王国が画策していると睨んでおります。』

 

その発言にフレデリックとホルサスは恐怖を感じた。流石は西方の大陸を支配する大帝国、こちらの動きは予測済みであったかと。

 

トウカ

『この連合を取りまとめるのも間違いなくアルトヘイム王国である。そのアルトヘイム王国に対して偉大なるスルターンはこのトゥフェケラーシュの代金の代わりとして取り付けたい約定があり、それを守って頂きたいと仰せでありました。その約定は、現在我が帝国のノーロットの西方、つまり荒野地帯の西端の海岸線沿い全てを侵攻しましたがそれ以上は現状では叶いませんでした。しかし東方から兵が上がれば話は別、戦力を割いたノーロット帝国であれば我が軍でも充分に戦える。荒野地帯と草原平野地達の境目、第六都市ナバスアレンまで、つまり帝国領の四割に当たる地域の切り取り次第、ないしは占領した暁には無償に我が国に引き渡して頂きたい。』

 

寧ろぼったくりを食らっているのでは無いかと皆は思った。だがホルサスは仮に帝国を倒したとしてもその後の占領政策に不安を抱えていた。それは今トウカが提示した荒野地帯の都市や町はノーロット帝国よりと言うよりもアルサス帝国よりであり、幾度か占領されていることから彼らの信仰宗教は女神教ではなくアルサス教であるのが問題であった。ただでさえ敵国に占領されたのに更には自分達とは違う宗教を信仰していると言うマイナス要素にマイナス要素を足す状況下で占領など兵が幾ら居ても足りず、恐らく占領した領土全てを陸続きにする事は不可能である事もあり王都から離れれば離れるほど管理が不可能になる。つまり反乱が起きやすくなると言う事を懸念していた。いやそれよりも問題なのはこの大帝国の助力を得られない状態になる事をホルサスは恐れていた。最悪タダ働きをしなければならないかも知れない。それでもアルサス帝国の助力が叶えば勝機が確実に見える。ホルサスはそれを飲む旨をフレデリックに伝え、フレデリックもまた同じ考えであることを伝えた。

 

ホルサス

『相分かった。約束しよう。しかし一つ聞かせてくれ。なぜ我が国なのだ?別段他国でも同じ条件で交渉に出向いても良かった筈だ。』

 

トウカ

『それはアルトヘイム王国が最も占領するであろう領土が多いと睨んでいるからです。アルトヘイム、エルフラーシュ、ハドシアはそれぞれ帝国に対して国門があり、陸続きになるますので確実に多く領有するでしょうし、サン・モシャスは海洋国家の強みを生かし、海岸線の領土を取得していくでしょう。教皇庁もサン・モシャス程では無いにしても海に面しておりますので海から進軍するでしょうが、それよりも教皇が我に従えと言えば敬虔な信徒の多いノーロット人が住まう都市や街は皆教皇庁に味方するので戦わずして領土を得られるでしょう。だがアルトヘイム王国が他国にない強みがある。それは帝都ノーロットと向かうまで他の有力都市や街がその道中に存在し、国力を多く取得出来るだけでなく帝都に最も早くたどり着くのもアルトヘイムであるからです。強力な騎馬軍団を保有し、歩兵は20年程前より弱体化すれど有力な将の元で戦えば恐らく往時の強さを取り戻すだけの素質と可能性を秘めております。スルターンは貴国軍の強さを良くご存知です。20年前の帝国の征服運動に対して周囲全て囲まれても最後まで屈さず所領を守りきった事は我が帝国に伝わっております。それにフレデリック陛下と宰相殿は帝国滅亡後の事もお考えでは無いでしょうか?』

 

二人は沈黙をもって返したがそれが答えでもあった。トウカはニヤリと笑うとそのまま続けた。

 

トウカ

『スルターンは帝国に対しての反抗よりも帝国滅亡後の五大国の戦にこそ価値があるとお考えです。そして願わくばそれを制して欲しいのはアルトヘイム王国である。そうお考えなのです。どうか我らの期待を裏切らないでくださいませ。』

 

フレデリック

『期待に添えるかは分からないが、我らとしてもアルサス帝国の力を借りたいのは事実だ。これからも良き繋がりを持てると良いな。衛兵!この方々を晩餐室にお送りしろ。今宵は宴を開く故ごゆるりとなさるが良かろう。』

 

トウカ

『ありがたき幸せに存じますが、時は金なり、次の商談が有りますので残念ですがお暇させていただきます。』

 

そう言ってこのなにもかも見透かした西方の大国の使者は去った。残されたの呆然と立つ貴族や武官や文官。疲れ切った顔の王家の面々や宰相と五千挺のマスケットが入った箱であった。暫く大広間に沈黙が流れたがその流れを破ったのはホルサスであった。

 

ホルサス

『陛下、恐らくアルサス帝国は我らに使者を派遣した様に他国にも使者を派遣していると思われます。同じ様に鉄砲を渡し、似たような内容で取引したと考えられます。行動されるのであれば早い方が宜しいかと。』

 

フレデリック

『そうだな、この兵器の登場でこの大陸には革新が広がる事だろう。たしかサン・モシャスは似たような構造の攻城兵器を作ろうとしていたが難航していたと聞く。だが火薬の登場で形になってしまうかもしれん、まだ互いの力が拮抗している間に盟を成すとしよう。』

 

西方よりもたらされた兵器は中央大陸の各国にそれぞれの利益や革新を促し、中央大陸の行く末に大きく起因していくだった。

そしてこの日よりマサユキは火薬のもたらす硝煙の烟る戦場の覇者になる道を歩く事になっていくのである。



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10話 初代鉄砲戦列歩兵総監オートクレール伯マサユキ⁉︎

アルトヘイムの街はお祭り騒ぎであった。攻め寄せた敵国二つを併合し、更に新たな英雄の誕生に浮ついていた。王都では新規気鋭の五千人長3名の昇格式を行う事で持ちきりだった。普通の五千人長の昇格式ならこんなになる事は無い。だが同時期に五千人長になるこの3名はまさしくアルトヘイムの英雄と謳われるにたる人物達であった。当然その一人はマサユキだったが当のマサユキは…全力でこの場から逃げ出したい気持ちでこっそり抜け出す隙を見つける為見苦しく足掻いていた。

 

マサユキ

『嫌じゃ。』

 

アッシュ

『………。(汗)』

 

マサユキ

『行ってもなんか変に期待されるか貴族様に揚げ足取られるだけやんか。』

 

トマス

『マサユキ兄さん声が大きいですよ?聞かれたらどうするんです!?』

 

マサユキ

『なんだったらさっきの宿屋みたくここで大の字になって駄々こねてやろうか?』

 

マシュ

『それやったら最期、みんなで他人のフリかその場でタコ殴りにするわよ。もうしょうがないじゃない!そういう決まりなんだから‼︎』

 

マサユキ

『にしたってもっとさ、その〜静かに粛々とやるもんじゃないの?なんでこんなお祭り騒ぎよ⁉︎宿屋でたら人人人で俺もう考えただけで酔って気持ち悪く…ボエ〜(嘔吐)』

 

ヤートン

『王都で嘔吐ってか?命張ってボケんでもええがな。』

 

マサユキ

『ううぅ…そうだ!ホルサス卿には申し訳ないが先の戦傷が原因で体調を崩した為欠席ということにしよう‼︎早速使者をば。』

 

そうしようとした瞬間ホルサス卿の使者がマサユキを訪ねてきた。

 

使者

『アヤセ・マサユキ卿は居られるか?我が主人ホルサス卿より文をお持ち致した。』

 

マサユキはさっきまでの酷い表情を消えさせ、何時もの武将然とした、簡単に言うならキリッとした表情を浮かべ応えた。

 

マサユキ

『ご苦労でした。拝見いたしましょう。…返答は口頭が宜しいか?』

 

使者は頷いたので、マサユキは早速書状を拝見した。

 

アッシュ

『宰相閣下は何を?』

 

マサユキ

『昇格式は午後からなので少なくとも昼頃までは互いに手空きであろうから共に昼食を摂ろうと思ったから幕僚全員を連れ、我が屋敷に来たまえ、だそうだ。』

 

マサユキは書状を纏めると使者に二つ返事で回答し、使者も了解したと応え、主人共々お待ち致すと言い、戻っていった。

 

マサユキ

『…どうあがいてもその足で式典に出ることになりそうだ。覚悟決めていくしか無い。』

 

ガストン

『まぁまぁ、宰相閣下がタダ飯食わしてくれると思って行きましょうや。』

 

マサユキと幕僚達はホルサスの屋敷に向かい、出迎えた宰相と共に昼食を共にした。その間、ホルサスはマサユキに起きた事全てを話してくれた。

 

マサユキ

『そうですか…遂に鉄砲がこの地にも。』

 

ホルサス

『やはり君の世界にもあったか。使い方とかその他諸々全て一緒かな?』

 

マサユキ

『はい閣下。しかし私のいた世界ではもう数百発の弾丸を撃ち込む事が普通に出来る銃がそこら中に出回っておりまして、これは初歩の銃です。してその女商人は継続的に鉄砲の取引は行うと?』

 

ホルサス

『うむ、後日聞いたところ製造は我らでも出来るだろうが、当面は数を揃えたいだろうから申し付けあれば幾らでも売るそうだ。だが奴ら肝心の火薬の製造法を我らに提供しなんだ。恐らく奴等は火薬も買わせ、多額の利益を得る気だろう。鉄砲代だけでも馬鹿にならんというのに。』

 

そう聞いたマサユキは懐から小さな包みを取り出し、それを広げてみせた。その中に入っていた黒色の粉末は紛う事なき火薬であった。

 

ホルサス

『…どこでこれを?』

 

マサユキ

『自作です。初任地のエルフの街で敵の死体や我が方の犠牲者の遺体、木炭、住人や家畜の糞尿や土間の土、そしてそこから作られる硝石という鉱石、硫黄。それらを組み合わせて作り上げました。本当はもっと数が揃ってから献上する予定でしたがこうなっては仕方がないので今ある分だけを献上致します。』

 

ホルサス

『この際だから無断で製造したことは不問にしよう。だが大規模量産するとなると誰か錬金術師に会わせたいな。君はこういう事が専門ではあるまい?』

 

マサユキ

『はい、製造に関しては硝石を人工的に作り上げておりますので、その過程でかなりの危険が生じていて、隊員や現地の住人の協力で生産していましたが出来れば専門の人間に任せたいとは思っていました。』

 

ホルサスは考え込むと、時計を見た。まだ時間がある事を確認したホルサスは呼び鈴を鳴らし、従者を呼んだ。ホルサスが書状を従者に渡すとその従者は頷いて、部屋を後にした。しばらくすると従者が戻ってきた。その後ろに一人の男が立っていた。その男は背格好こそ人間であったが見た目は顔つきが限りなく人間に近いゴブリンであった。

マサユキ達は驚き武器を構えた。するとその人間に限りなく近いゴブリンは慌てて制止するよう求めた。

 

?⁇

『お、おおお⁉︎お待ち下さい‼︎私決して怪しい者ではございません‼︎た、ただのしがない学者なのですよ〜⁉︎』

 

ホルサス

『諸君…落ち着きたまえ。彼はコボルト族だ。…そうか君達は初めてか。』

 

アッシュ

『な、成る程。話に聞くコボルト族の方でしたか。マサユキ様は勿論、王都より離れて暮らしていた我々には殆どコボルト族と交流する機会がありませんからな。』

 

ミシェエラ

『因みに私は何度かお客で来てたから知ってるけど…これまた凄い大物が来たわね。』

 

マサユキ

『誰なんだい?このおじさん。』

 

ヘルムット

『申し遅れました。私はコボルトの族長にして学術城塞都市コボルトニアの総領事並びにコボルトニア学術院院長を兼任するヘルムットと申します。以後お見知り置きを。』

 

マサユキは慌てて姿勢を正し、敬礼すると直ぐにヘルムットに謝罪した。

 

マサユキ

『これは閣下失礼致しました‼︎アルトヘイム特別遊撃五千人隊隊長マサユキ・アヤセであります。』

 

マサユキが自己紹介したのに続いて他の面々も挨拶を交わした。ホルサスはヘルムットに火薬の製造協力依頼を出し、マサユキの支援を頼んでくれたのだ。ヘルムット卿も二つ返事で了承し、材料と作り方を聞くとあっという間に理解したのは流石は学術院の院長であった。こうしてアルトヘイムにおける火薬製造は軌道に乗り始めるのだ。

 

そして少し時が経ち舞台は王城に変わる。

フレデリック王とその妃マリアンヌそしてソフィア王女の前に三人の若者が跪いていた。

 

一人は、 シルヴァン・ド・ホルサス。

 

ホルサス卿の嫡子であり、昌幸とはまた違う戦場で武勲を挙げた。槍と馬術の名手であり、名宰相にして名戦略家である父の才を引き継ぎ、既に将軍入りは確実の声が上がっている。

 

一人は、

モーティアス・ド・フィンガーフート。

 

アルトヘイム王国宮内卿であるフィンガーフート伯の孫であり、剣と魔法の名手である。やはり宮内卿の祖父を持ち、既に亡き者になっている猛将であった父から受け継いだ素質は本物であり特に統率面に関しては将軍達にも引けを取らずその洞察力は他を圧倒した。

 

最後にマサユキ・アヤセ改めマサユキ・ド・オートクレール。

 

異世界よりきた青年アヤセ・マサユキはこの世界で軍功を挙げ続け将軍を除けば最高位につく五千人長の昇進に合わせ、没落し滅亡したオートクレール家の爵位と領地をオートクレール子爵として継承したのだ。幼い頃から武芸に励み、歴史を学んだこの青年は自然と戦争の知識がついてしまいそのお陰で彼はこうしてこの地位に立っている。先の二人と違い立派な家柄は無く、将としてのカリスマは無く(本人談)、劣るものはあるが周囲の人々を集める人徳の様なものがあった。それが作用しこの男をここまで連れてきたのだろう。最も彼のいた世界は今いる世界より何倍も未来の世界であるからマサユキにとっては歴史の授業の復習を身を以て行なっているだけなのかも知れない。

 

何にしても三人の青年…と言うよりもまだ子供と言ってもいいかもしれない三人はそう言う役職に任ぜられたのだ。上の二人は元々領地があるので所領の増加が恩賞として与えられたが、マサユキは所領が無いので新たに与えられたのだが、オートクレール家は本来大貴族の一翼を担う伯爵や公爵になれる程の家柄だが、一応平民であるマサユキがその全てを受け継いでしまえばとんでもない騒ぎになることはフレデリック王もホルサスもマサユキも他の者達も皆分かっていた。そこでマサユキの所領はオートクレール領の半分くらいで収まった。しかし所領の大きさはつまりその貴族の家柄や能力を表すものであるからその対処ではあまりにもマサユキに対しても酷な事である事を国王とその最も信頼する臣下は理解していた。(当の本人はそこまで気にしてない)そこでマサユキには別の恩賞が渡された。それは…

 

フレデリック王

『オートクレール子爵には我が国の初代鉄砲戦列歩兵総監の任を与える。これを完全に勤めた暁には残り半分の領土と侯爵の地位を改めて与えよう。』

 

宮廷内に衝撃が走った。総監ともなればその役職の最高位を意味する。つまりマサユキはアルトヘイムの鉄砲を扱う兵達の最高司令官になったのである。まだこの中央大陸に、少なくともこの王国には一人として存在しない鉄砲兵部隊を育成し組織する役目を与えられたのだ。それは他の二人の様に広大な領土を統治する事と同じくらい、或いはそれ以上の大役であった。何故なら時間こそ掛かるだろうがいずれ軍隊の主力を担う兵達の育成と組織を任せられたのだから、マサユキは驚きのあまり固まった。だがこの男は与えられた役目から真っ向から当たる事に定評のある男であった。

 

マサユキ

『初代鉄砲兵総監の役目拝任致します。必ずや我が軍の主力を担うに値する兵を作り上げてご覧に入れます。』

 

フレデリック王

『よくぞ言った!これにて式典は終了とする。皆苦労であった。大広間に宴の用意がしてある故皆そこで英気を養ってくれたまえ。以上解散。』

 

『『はっ‼︎‼︎』』

 

この場に居る臣下達は皆跪き、答えた。国王一家は玉座から離れるとそのまま奥に引っ込んでしまった。それを確認するや否や皆ゾロゾロと大広間に向かっていった。マサユキ達三人の青年も向かったが互いに声を交わさない。

 

大広間での宴はまさしく絢爛豪華であった。他の貴族達は皆シルヴァンやモーティアスを囲んで祝辞を述べた、マサユキを除いて。勿論マサユキはこうなる事を分かっていた。現に彼の周りにいるのは自身の幕僚とホルサス卿、アリスやオーランと言ったたまたま王都に居た知己の将軍達や将達しかおらず、マサユキが如何にこの宮廷内の人望がない事が分かる宴になった。

 

オーラン

『ま、まぁ気を落とすでない、マサユキ。こうしてわしらがお主を囲んでおるではないか?のぅ?』

 

マサユキ

『お情けなら要らんよオーランのジィ様。今にここにいる連中にはそれ相応の報いを与えてやるからな…グヘヘヘヘ。』

 

アリス

『見事に不貞腐れてるかと思ったら…なんか全然違った。性格悪くなってないか、マサユキ?前はもう少し素直だったじゃないか?』

 

それなりにも知り合い達に囲われワチャワチャ宴を楽しんでいた昌幸達の元に近づく男達が居た。シルヴァンとその幕僚や彼を支持する貴族達であった。

 

シルヴァン

『貴様が綾瀬マサユキか?』

 

マサユキも振り返り応えた。だか声にはトゲが生え、如何にも憎々しい素振りを、傲慢不遜を見せた。

 

マサユキ

『既にお会いしたと思いますがな?そして今の私はマサユキ・ド・オートクレールです。先の名は封印したものですゆえ。』

 

シルヴァンの幕僚

『高々子爵の癖に偉そうに‼︎』

 

シルヴァンの取り巻きの貴族

『その通り‼︎ましてや平民の分際で尚且つ異世界人の癖に陛下や姫殿下の恩寵を受けるなど身の程を弁えぬか‼︎』

 

シルヴァンの取り巻き達の罵倒の数々に火がついたアッシュやマサユキの幕僚達も言い返した。

 

アッシュ

『我が主人が陛下や姫殿下の恩寵を賜われたのはその武勲が本物であると正当な評価があっての事。家柄や親の力でのし上がったあなた方と違う。』

 

ガストン

『隊長殿はどのような身分、種族分け隔てなく接して下さる懐の大きいお方だ。だからこそ貴様らよりは強い。ましてや主に盗賊討伐やゴブリン、オーク退治ばかりをして、五千人長につけた人やそのおこぼれ狙いの乞食同然の連中の言葉など負け犬の遠吠えに過ぎませぬな‼︎』

 

今、まさに、ここが王城でなければ、ここが平原であれば、この連中は今佩ている佩刀や杖を取り出し殺し合いを始めかねない状況になった。人目も憚らずこの連中は武器に手を掛けているのだ。アリスやオーランも武器を何時でも構えられるように身構えているが勿論これは仲裁する為である。互いの後ろに視線をやったマサユキとシルヴァンは互いに歩み寄り、近くで向かい合った。

 

シルヴァン

『俺は貴様を認めない。そして貴様を取立てた親父も‼︎味方でなければこの宝槍で心の臓を貫き殺してやるところだ。』

 

マサユキ

『意見が合うとは意外だ。だが俺は貴様と刃など交える気など無い。明日にでも育成する俺の鉄砲軍団で貴様の亡骸など残らないようにゴミ屑にしてやる。』

 

シルヴァンは戻っていき、他の取り巻き達もそれについていった。マサユキはそれを見送ると手元にあった赤ワインのコルクを抜き、ラッパ飲みした。幸い甘口のそこまで強く無いものであったから一気に酔いは回らないが他の者達は心配そうに見つめた。

 

すると今度はそんなマサユキ達に声を掛ける者が現れた。

 

モーティアス

『いや〜、まさかシルヴァンとメンチを切ってあそこ迄言うとは君もなかなか度胸あるね〜まぁそうでもなきゃあの帝国一の猛将と打ち合えないもんな。』

 

マサユキ

『おや、君はモーティアス・ド・フィンガーフート殿では無いか?』

 

モーティアス

『モーティアスで構わないよオートクレール子爵殿。シルヴァンを許してやって欲しい。昔から父上に対抗意識がある奴でそんな父親が目を掛けている人間が現れたから対抗心が沸いてしまったのさ。』

 

マサユキ

『残念だけど宣戦布告と受け取ったよ。必ず決着はつける。それとそちらもマサユキで結構だよ、モーティアス。彼とは親しいのかい?』

 

モーティアス

『まぁ、昔馴染みさ。さて決着をつけると言ったね?実は二ヶ月後アルトヘイム軍の新規気鋭の若手将校たちの部隊を中心にした大規模模擬戦をやると陛下がお決めになったそうだ。当然メインは俺達三人の三つ巴戦だそうだ。お爺様がお陰でてんやわんやさ。』

 

マサユキ

『面白そうだな、なら俺の鉄砲軍団も二ヶ月後にお披露目と行こうかな?』

 

モーティアス

『期待してるよ、ではなご機嫌ようオートクレール殿。』

 

モーティアスもまた自分の隊の幕僚達のいる場所に戻っていった。やりとりを見ていたマシュやトマスはマサユキに

 

マシュ

『さっきの宰相閣下の息子は気に食わなかったけどこっちの方は付き合いやすそうね。』

 

トマス

『すごく好印象でした。物腰も柔らかく、流石フィンガーフート宮内卿閣下のお孫さんですね。』

 

と口々に言ったが昌幸やミシェエラ、アッシュだけはその表情は固かった。この二人に対してこの三人はまた異なる見解を出した。

 

マサユキ

『まぁそう見えるよな。だがあれは…』

 

ミシェエラ

『あの何気ない会話の中で私達の実力を推し量ろうとしていた。そして…』

 

アッシュ

『それをやれるだけの力は持っている。あの方の目にはありとあらゆる計略が練られ我々にそれを仕掛けんとする強かさがありました。マサユキ様、いえお館様。彼の御仁は油断ならぬ相手かと。』

 

マサユキ

『ああ…油断せずに行こう。よしそろそろお暇するか、明日は鉄砲軍団育成の第一歩を踏み出す大事な日だ。』

 

そして翌日になりマサユキの鉄砲軍団育成は始まった。先ずは鉄砲の使い方を教練し、それを丸一日続けた。そして散兵、そして戦列歩兵としての鉄砲の使い方を教練し、銃の有効射程や散兵、戦列歩兵としての戦い方の基本知識の教授、行進射撃、整列射撃、精密、狙撃等の訓練を二ヶ月続けた。…そして大規模模擬戦の数日前に差し掛かった。

 

500名程の兵達が真新しい軍服を着込み、マスケット銃を持ち整列している。帽子はトライコーンに白地に赤のラインの入ったロングコートタイプの軍服に黒の長靴と、18世紀の戦列歩兵宛らの格好になった。そして同じ様な士官用の軍服を着た昌幸がサーベルを持って号令した。

 

マサユキ

『射撃姿勢‼︎』

 

戦列歩兵達は最前列が膝をつき二列目が上半身を露出する形を作った。

 

マサユキ

『構え‼︎』

 

戦列歩兵達はマスケットを構えた。

 

マサユキ

『狙え‼︎……撃てぇ‼︎‼︎』

 

無数の発砲音が王都の外に響いた。特設の藁人形やそれが纏っていた甲冑は穴だらけになり、中には完全に崩れて体をなさない物まであった。今日この日より、アルトヘイムの鉄砲軍団の歴史が始まるのだ。そして後の歴史書にはこう記されるだろう。

 

『初代鉄砲戦列歩兵総監オートクレール伯マサユキはその献身を持って見事最初の鉄砲軍団の育成を成し遂げ、アルトヘイム軍の栄光に新たな光を与えた』と…。そして彼らの初陣は数日後の大規模模擬戦となるのである。

 



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11話 三将模擬戦・五ヵ国協議(前編)

オートクレール子爵(本来は侯爵、伯爵相当)として爵位を賜ったマサユキは二ヶ月間黙々と鉄砲歩兵の育成を続けていた。500名程の兵達を育成し、その内50名を指揮官として部隊教練、編成を担う存在にする、むしろそれこそが目的であった。そしてこの日二ヶ月という短い期間ながらも立派な戦列歩兵として生まれ変わった500名は名実共に新世代軍の尖兵としてアルトヘイムの軍歴に名を連ねる事になった。その500名の教え子にマサユキは祝辞を述べていた。

 

マサユキ

『おめでとう諸君‼︎この短い訓練期間の中で良くぞここまで練り上げてくれた‼︎私は諸君らを誇りに思う‼︎特に優秀者50名の諸兄らは今後この鉄砲戦列歩兵を牽引していく存在だ。諸君らの活躍如何が今後の我が国の存亡を分ける事になるだろうが、これは過言では無いぞ。しかし当面は我が部隊に入り、其々の分隊を指揮してくれたまえ。』

 

マサユキの言葉に兵達は銃を捧げ銃の態勢で威勢よく応えた。

 

歩兵達

『『『ハッ‼︎‼︎』』』

 

マサユキはその返答に無言で頷くと更に続けた。

 

マサユキ

『諸君らが初めて敵に対しこの武器を向け、引き金を引き、轟音と共に鉛玉が飛び出し、敵兵の身体をズタズタにした時、諸君らはこの武器に取り憑かれ、そして新たな時代の到来を身をもって知るであろう!』

 

 

 

『忘れるな‼︎‼︎諸君らは歴史の先端に立っている‼︎諸君らこそ新たな時代だ‼︎‼︎』

 

とマサユキは言い終わった所で祝辞は終わり、兵達には一時金が渡され、しばらくの自由時間を楽しむ時間を貰った。(尚マサユキはこの時のためにオートクレール領なら何処でも食事も宿代も娼館代までも半額にして残りは全て領主である自分が払うのでそうして欲しいと領内を回って頼み込んでいる。)

 

マサユキは領都(普通の町より少し大きい程度に留まる)クレモールの仮家に戻ると数日後の大規模模擬戦に向けて思案した。因みに本来領主は屋敷か城に住まうがマサユキの場合は既に屋敷がひどくボロボロになっており、修繕するよりも打ち壊して新たに城か屋敷を建てた方が良いと結論が出た為、領地の象徴となる新たな城を建てているところである。その為アッシュを除く全ての将校がその城の普請のため出払っている。そしてその設計図が今マサユキの目の前にある。上からの見取り図は菱形の建築物が上下左右に置かれ、その周りと内側の辺に水堀を築き、北側にあたる菱形の中央に天守閣というより館と天守閣の合わさった建物が置かれ、其々の角や城門を築く場所に石造りの櫓が築かれていた。そしてそれ以外でも投石機を配備可能な城壁の空間や城壁内に兵舎や工房、畑や果樹園がある庭園が建てられている。これはマサユキの故郷にある城の復元兼アレンジの施された城である。(因みにマサユキは日本の甲府県の出身である。)結果そのモチーフにされた城の二倍程の面積を持つ城になったが、そもそもオートクレール領は今は半分になっているとしても広大であり、ここは国境都市アマルに近い為、国防上重要な場所になるだけでなく、もしもの時は領民すべてを城の中に入れる事が出来る様にしなければならないと考えたマサユキの意向とそれを支持したホルサス卿の援助、そして何より領民の尽力がそれを可能にしたのだ。

 

マサユキは領地についてまず最初にやった事は領内の村々や街を周り自身が領主になった事、今問題になっている事、子供はどれほどいるのかという事を領民に聞いて周り、税は最低限に留め、エルフの町でやった様に各村や町、他の領地に向けて馬車便を整備し、道路を整備し、農地を改革し、治水工事を普請する為の技術者を呼び、領内の子供達の為に学校まで作ったのだ。マサユキにしてみれば異邦人で、ましてや平民上がりの領主が信用してもらう為には真摯に働くしかないと当然の事と認識して働いただけだが私財までも投げ打って領内発展のために尽力する若者に感謝しかなかった。先ず税が殆ど掛からない事から彼らが食事や医者に困ることが無くなり、豊かな暮らしができる様になったのだから当然のことだが、更に子供達に学問まで教えてくれると来たものだから感謝よりも好奇心の方が優ってしまっていたのだ。領民に学問を率先して学ばせてくれる領主など聞いたことも見たことも無かったのだ。もしマサユキが先に述べた事をやらなかったら先の城の普請など出来るはずも無かったろう。

 

マサユキ

『まっ、もしもの時自分を守る壁だからなそら必死に作るわな。』

 

アッシュ

『何もそこまで卑屈にならずとも良いではありませんか?皆喜んでおりましたよ?』

 

マサユキ

『当然だろう?出なければオレ達はヴァルハラ送りだ。自分たちの暮らしを豊かに守る存在だからもちあげられてるだけでそうでなければ平気で殺すぜ?あの衆らは忠誠心なんて無い。その日の飯にありつけるか否か、それのみを考えて行動するのだ。このアルトヘイム王国が無くなろうと眼中に無いよ。』

 

アッシュ

『…………。』

 

マサユキ

『我々は領民を守ると同時に監視する役目を担っていることも忘れてはいかんよ。アッシュ、いつか俺が大将軍になったら君も他のみんなも将軍の一人として己の領地を持つ身になって欲しいんだ。くれぐれも忘れないでくれたまえよ。』

 

アッシュ

『私が将軍ですか、考えたことはありませんでしたな。成る程それで他の皆様に城の普請を担わせたのはそう言う目論見があったと。野戦築城を学ばせる為に。』

 

マサユキ

『話が早い‼︎そゆこと、野戦築城こそが野戦の粋だからな。』

 

野戦築城…戦場となる場所にちょっとした城や拠点を築く技術であるそれは特に防衛において重要になる。その地に巨大でなかろうと城や砦を築けば兵を野晒しにする事なく、敵の矢弾から身を守り、交通の要所に立てれば、敵はそこを通らざるを得なくなり、敵に出血を強いて、味方を活かす時を稼げる。正しく万に一つ勝ち目の無い戦に勝ちを見出す壮大な舞台装置である。この野戦築城こそがマサユキがシルヴァン、そしてモーティアスの二人を相手にして勝つ為の切り札であった

 

3日後アルトヘイム西方の平原通称コッカス平原に布陣するマサユキ達の姿があった。

ここでこの地で激突する三つの五千人隊の編成を紹介しておく。

 

黒襷隊

全身を鎧で固め、大楯と槍と戦斧を持った重装歩兵が1500名、剣やハルバートを持った軽装〜中装歩兵1000名、重装、軽装合わせての騎兵1000騎、弓兵500名、魔道士500名、そして鉄砲隊500名である。(マサユキはクロスボウ兵500名を丸ごと鉄砲隊に更新している。)

 

シルヴァン隊

重装歩兵1500名、騎兵2500騎、弓兵、クロスボウ兵1000名

 

モーティアス隊

重装歩兵1000名、騎兵1000名、中装近接剣歩兵1500名、魔道士750名、弓兵750名

 

この編成で三隊は模擬戦を行うのだ。この三隊の特徴を挙げるなら、マサユキの隊は遠近両面に対応できるバランス型、シルヴァン隊は重歩兵と騎兵に特化した近距離衝突力及び防御特化型、モーティアス隊は中軽装、投射兵力を多めに配備した遠距離攻撃力及び機動力特化型と言った感じである。

 

模擬戦は明日とされそれぞれの隊の駐屯地にはたくさんの人々や商人が集まっていた。この大規模模擬戦自体がアルトヘイム王国に於いての行事なのである。その為一眼見ようと多くの国民が集まるのだ。そして当然王侯貴族の類いの人々も当然それぞれの応援する天幕に行くのであるがマサユキはどうも其の衆らに受けが悪いのは既に述べた。王室と宰相を除いては。マサユキの天幕にはフレデリック国王夫妻に宰相、そしてソフィア王女殿下一行が訪れていた。(公平な配慮として他の二人を先に訪れている。)

 

フレデリック

『他の二隊と違って元は農民が多い部隊でここまで練り上げるとはな。これには余もかくやとしか言えんな。』

 

王妃ミレーヌ

『まるで若い頃の貴方や宰相みたいね。それにしてもマサユキちゃん、ちゃんとご飯食べてるのかしら?(若い男を子供の様にちゃん付で呼ぶ癖がある)少し痩せたんじゃなくて?』

 

マサユキ

『あはは…本音を白状しますと朝や昼を抜くことが少々…。』

 

ホルサス

『いかんな…我が息子もそうだが鍛錬や政務に集中するばかり己の身体を壊しては意味がなかろう。気をつけたまえよ?』

 

マサユキ

『肝に命じておきます。』

 

フレデリック

『それにしてもソフィアは何をしておるのだ?先に行ってて欲しいとは言っていたがいつまで経っても来ないでは無いか?』

 

ホルサス

『恐らく明日の会談の為の準備でしょう。明日の為にかなりの準備をしてきましたからな殿下は。』

 

マサユキ

『恐れながらお聞きしたいのですが会談とは?』

 

ミレーヌ

『明日、我が国、サン・モシャス、教皇庁、ハドシア、エルフラーシュの五カ国の同盟を成立する会談を執り行いますのよ。それでソフィアが我が国の代表としてホルサス殿を伴って会談に赴きますの。』

 

マサユキはそれを聞くと脳内で理解した。

 

マサユキ

(成る程、対帝国戦は近いな。アルトヘイム単独では当然戦は出来んし、他国も周りにいた帝国の衛星国を呑み込んだそうだからな。もはや我々は帝国に剣を向けた以上戦わねばならないしその為の仲間が欲しいところか。)

 

フレデリックは明日の準備もあるだろうからそろそろ暇をするとしようと皆を引き連れ天幕に戻っていった。マサユキはそれを見送ると己の天幕に入り、入り口を閉めると声を上げた。

 

マサユキ

『堂々と逢引なさった所で誰憚ることがありましょうか、殿下?』

 

すると物陰から白い大きな外套に身を包み深々とフードを被ったソフィアが現れた。

 

ソフィア

『冗談は全く上達しないのですね。オートクレール子爵殿。』

 

見つめ合った二人の間に沈黙が暫し流れ、二人を笑みを浮かべると抱擁し合った。

 

マサユキ

『こうして…話したかった。ずっと…‼︎』

 

ソフィア

『可哀想な貴方…自らの手で罪なき者を殺めたのね…。それが最善の方法だと理解しつつも貴方は今も苦しんでいる。』

 

暫く二人の時間が続いた。色んな世間話や戦、政治の話、街やそこに住う民、マサユキの住んでいた世界の話をした。短いながらも幸せな時間が二人の間に流れた。

 

マサユキ

『夢を見た。とても不思議で恐ろしい夢だったよ。』

 

ソフィアは自身の膝にマサユキの頭を乗せ、頭を撫でながら聞いた。

 

ソフィア

『どんな夢だったの?』

 

マサユキ

『決闘の夢を見た。俺の目の前に白いドレスを着た女がレイピアと盾を持って立ってるんだ。俺は声にもならない恐ろしい雄叫びを上げながら禍々しい大剣を持ってその人に襲い掛かり、その女の人も俺に斬りかかってきた。数え切れないほど打ち合った最後、俺はその女の人を貫き、そして俺も心臓を貫かれていた。』

 

ソフィアはそれを聞き少し静かになると口を開いた。

 

ソフィア

『まるで女神様の神話ですね。女神ソフィエルには聖騎士アルトヘイム以上に信頼していた騎士が居ました。名前はもう覚えられていないけど今の暗黒騎士の開祖と言われています。その騎士は女神と共に邪悪なる者を打ち払いましたが、騎士は力に溺れ、新たな邪悪なる者として君臨してしまうのです。(アルトヘイムはこの時その騎士と戦うのを恐れて戦列を離脱し、聖騎士の誓いを破った為裏切りの騎士と言われるようになり昨今のアルトヘイムの誹謗中傷等に繋がる。)女神と騎士は数十合打ち合い、ついに相討ちという形で幕を閉じ、女神が己の命と引き換えにその邪悪なる者を封印したという神話があるのです。』

 

マサユキは不思議そうに聞いた。

 

マサユキ

『なんでそんな夢を見たんだろうな…俺には判らないよ。』

 

ソフィアは暗い影を落としながらボソッと答えた。

 

ソフィア

『私達は…運命の悪戯によって出会ってしまったのかも知れない…。』

 

マサユキ

『えっ?よく聞こえなかったぞ?』

 

ソフィアはマサユキに膝から頭を退けてもらうよう促すとそのまま立ち上がった。

 

ソフィア

『何でもありません。私は明日の用意が有りますから失礼しますね。オートクレール卿、武運をお祈りします。』

 

マサユキは頭をたれ答えた。

 

マサユキ

『感謝の極み』

 

ソフィアが天幕を出ると、マサユキは椅子にもたれ掛かり目を手で覆い、一人呟いた。

 

マサユキ

『何の悪戯なんだろうな…その夢で殺し合った女が女神なら、何で…ソフィア、君とそっくりなんだろうな…。』

 

翌日早朝。霧の濃い日であったと記録されるこの日。遂に三将相撃つ模擬戦の当日を迎えた。この日は自由戦と決まり、各将各々の戦術での戦闘が許可された。全将兵が魔導士達により不殺の結界を張ってもらっているため殺すつもりで斬り付けても鎧や身体には傷がつかない様にして貰っているとはいえ緊張感は想像を絶するものであった。

 

シルヴァン、モーティアス隊は共に陣地を出て、敵を探した。シルヴァンは当然目の敵にしているマサユキ達を探し、モーティアスはマサユキとシルヴァンが潰し合い、どちらかの生き残った方、又は双方が程よく弱ったところを一気に平らげる気でいた為気を窺うべく高台を目指して進んだ。然し、マサユキは本陣から動かなかった。そしてシルヴァン隊の斥候が遂にマサユキ達を見つけたと知り部隊の行軍を早めたのが開始してから1時間経った頃だという。聞けば本陣から動いていないと言う。シルヴァンもその配下の将兵も怖気付いたと考えた、一人を除いて。シルヴァン隊の軍師ヨーステンはマサユキ達が本陣から動かない理由が解せなかった。もし怖気付いているのなら尚のこと本陣を捨てるべきだった。マサユキの本陣の周りは背後は急な坂で出来た丘や川があり攻め寄せられれば逃げるのは難しい場所であり、明らかにこの地からは離れなければならない。だが奴らは居続けている。ヨーステンは直ぐにシルヴァンの元に馬を寄せ、進言した。

 

ヨーステン

『若、明らかに妙です。マサユキ五千人長が本当に逃げ出すのであれば本陣に居る事は自殺行為です!何か企んでいると警戒すべきです。彼らには新兵器鉄砲もあります。』

 

シルヴァン

『ヨーステン、確かにその危険はある。だがなここでどんな手段や小細工を弄して来たとしてもこの手で奴を打ち砕かなければならないんだ。あんな奴にこれ以上我が軍を好き勝手にさせてなるものか‼︎』

 

ヨーステンはシルヴァンの悪癖を知っていた。だがそれを諫める力が自分には無いのも知っていた。シルヴァンの敵意や嫌悪感は自分でもコントロール出来るものでは無く、更に身分の高い家に生まれたという自負感や責任感と言うものも彼を動かしていたのだ。

 

だが無情にもヨーステンの杞憂は本当に物になる。確かにマサユキ達は本陣から動かなかった。だがその本陣は徹底的に要塞化していたのだ。更に何という事だ、マサユキ達を発見してきた斥候の姿も無いのだ。霧が晴れ、マサユキのインスタント要塞の全貌が明らかになった時シルヴァン隊は動揺に包まれた。そして更に追い討ちを掛けるように轟音と共に鉛玉が飛び、矢が飛び、魔法が飛んできた。先手を取ったマサユキはひたすらシルヴァン隊の主力である騎馬軍団を減らす事を優先していた。

 

マサユキ

『撃て撃て撃て撃て‼︎鶴瓶撃ちにしろ‼︎相手は王国の精鋭兵だ。近寄られたら死ぬぞ‼︎ひたすら撃てー‼︎‼︎』

 

まだ本格的な実戦を積んだことのない鉄砲部隊は装填に手間取りながらも準備の出来た兵から矢継ぎ早に撃ちまくった。その鉄砲隊の指揮を執るトマスは潮時を察していた。

 

トマス

『敵の重装甲兵が出てきましたね。騎兵を削る事はこれで出来なくなった。マサユキ兄さ…いえ、お館様より退却は任せると言って下さっている。みんな、落ち着いて退却しよう。下がる間、マシュ姉さんとミシェエラさんの部隊が援護してくれる!』

 

マシュ、ミシェエラが指揮する部隊が一の堀を突破してきた歩兵に矢と魔弾の雨を降らせ続けた。特にミシェエラの魔法部隊は重装甲兵を効率的に殺傷出来る唯一の部隊であったからその効果は絶大であった。しかし、シルヴァン隊の重装甲兵は対魔法コーティングの施された新式の鎧で固めている為、通常の重装甲兵よりも耐久性が高く二の堀に近づくのにそこまで時間は掛からなかった。黒襷隊の投射部隊は早々に三の堀まで撤退し、ヤートン指揮下の白兵戦部隊が遅滞戦闘を繰り広げていた。

 

ヤートン

『流石は王国の精鋭だな。もうここまできやがった。けどな、暫く暴れさせてもらうぜ!俺のガントレットから繰り出される拳は岩も砕くぜ‼︎』

 

黒襷隊の白兵戦部隊はシルヴァン隊の歩兵部隊と激しくぶつかり合った。練度の差は投射部隊の攻撃でやられた犠牲者が埋めてくれたこともあってか拮抗する迄に留めたがされど少しずつ押されている。そして更にモーティアス隊が比較的守りの薄い右翼側に出現したことによりマサユキ達の戦況は悪化した。

 

モーティアス

『もう始めていたか。シルヴァン隊は結構弱ってるな。ならマサユキ隊の右翼を攻めるとしよう。風の如く攻め立てろ‼︎速さと身軽さがウチの強みだ‼︎』

 

ーマサユキ隊本陣ー

 

マサユキ

『モーティアスが来たか!よりによって右翼とはな…‼︎ガストンの騎兵隊を展開してシルヴァン隊の背後を突かせろ。アッシュは俺とこい‼︎直衛隊は全員下馬しろ‼︎それとトマスとミシェエラから少し魔法兵と鉄砲兵を借りてこい‼︎右翼は俺達で支える‼︎』

 

アッシュ・直衛騎馬隊

『ハハッ‼︎‼︎』

 

マサユキ達が少ない兵力で右翼を抑えている間ガストンの騎兵隊はシルヴァン隊後方の本陣と投射部隊に襲い掛かった。

 

ガストン

『お館様はここで俺たちが勝ち、シルヴァン隊を降すことをお望みだ。良い男ってのは期待に応えるもんさ、行くぜ野朗ども‼︎ここで勝ったら貴族の女達は俺たちに惚れるぞ‼︎』

 

シルヴァン隊の後方にガストン直属の槍騎兵隊を筆頭にした騎兵部隊が迫るが、それを押し止めるべく立ち塞がったのはシルヴァン本人であった。槍をついてきた騎兵五人を纏めて槍で返り討ちにすると声高らかに名乗り出た。

 

シルヴァン

『我が名はシルヴァン・ド・ホルサス‼︎農民上がりの卑しき者どもに遅れを取ると思うか‼︎‼︎下がれ下郎共ー‼︎』

 

ガストン

『チッ、厄介のがいるな!マサユキ・ド・オートクレールが将シルヴァン見参‼︎お相手仕る‼︎来られよ敵将‼︎』

 

シルヴァン

『平民風情が礼儀を弁えてるとは誉めてやろう!我が槍の錆になれ‼︎』

 

ガストンとシルヴァンが槍で打ち合っているその頃、マサユキに率いられた直衛の重騎馬隊が全員下馬し、厚い装甲と片手に剣、槍、戦斧もう一方の片手に盾を持ち戦闘で大剣を振るう大将と共にモーティアスの中装歩兵を食い止めていた。

 

モーティアス隊兵士

『なんだ、なんだあの大剣振り回してる奴は…化け物か‼︎』

 

モーティアス隊兵士

『これが…これが暗黒騎士。なんだあの禍々しい魔力は‼︎』

 

マサユキは雄叫びを上げた、兵は威圧された。辛うじて怯まなかった兵がマサユキを槍で突いた。だが槍は甲冑で止まり、マサユキはその兵士の顔を掴み、放り投げた。更にそのまま大剣で大立ち回りを演じた。その様子に恐怖を覚えた重騎兵の一人がアッシュに問うた。

 

重騎兵

『アッシュ様、お館様のあの様子は一体…⁉︎アレではまるで獣ですぞ。』

 

アッシュ

『…暗黒騎士の型には二通りある。一つは守りの型、普段の戦い方だ。己の魔力を守りに回してまるで城壁の如く硬化させるものだ。そしてもう一つが攻めの型、自身の魔力と源である負の感情や諸々に身を任せ暴れ回る力だ。長らくお館様はこの型を使いこなすのに四苦八苦していたのだが、今は使いこなせている様だな。』

 

重騎兵

『今は…ってじゃあ他の時にアレやって使いこなせなかったらどうなるんです?』

 

アッシュ

『闇に呑まれて死ぬそうだ。沢山いた暗黒騎士がドンドン減っていったのはその攻めの型の体得に失敗して命を落とすか、理性を失って同じ暗黒騎士に倒されるか騎士団に討伐されるかして減っていたのさ。因みにああやって吠え散らして戦ってるがアレ演技だからな。お館様のお戯れだ。』

 

 

重騎兵

『えっ⁉︎あの気が触れた化け物みたいな奴演技なんですか⁉︎』

 

アッシュ

『精々敵を怯えさせてやろうとお館様の人の悪い所が出たと言うことだ。(とは言え幾分かは狂気に呑まれている節はあるだろうがな)』

 

そう話しているアッシュ達をみたマサユキは大声で呼んだ。

 

マサユキ

『アッシュ‼︎何をしているか‼︎‼︎そろそろ良い加減入ってこい。こっちはもうクタクタだ。モーティアスかシルヴァンの為に体力は残しておきたいんだぞ‼︎‼︎』

 

アッシュ

『御意。重騎兵隊行くぞ‼︎』

 

重騎兵

『『『はっ‼︎‼︎』』』

 

アッシュと重騎兵が戦線を構築した後マサユキは一度鉄砲隊の位置まで引いた。本隊から離れマサユキを支援する為に離れた分隊から余りの鉄砲を借りたマサユキは戦っていたモーティアス隊の将兵に向けてマスケットを撃ち、一人を射殺した後馬に乗り、機を待った。

 

機は巡ってきた。戦線の様子を見にモーティアスが前線まで馬を立てる時が、マサユキは間髪入れず馬に拍車を入れる。急な坂に障害物だらけの場所に馬を入れる奴なんて居ない。だがアッシュも下馬した重騎兵達の奮闘のお陰でちょっとした道が出来ていたのだ。

マサユキは拍車を掛けモーティアス目掛けて一直線に駆けていった。モーティアス隊の将兵が止めようとしてもアッシュ以下黒襷隊の将兵がそれを許さない。マサユキは馬上から鉄砲を構え放った。

 

モーティアスは身構えたが、弾は逸れ、近くの側近に当たっただけであった。マサユキはそのまま大剣を抜刀、モーティアスに斬りかかる。食い止めんとするモーティアスの側近を返り討ちにしながら肉迫し、遂にモーティアスを間合いに捉える。だがそれはモーティアスも同じ事であった。モーティアスは細剣を抜き迎え撃つ構えを取る。両者の得物が金属音を挙げ打ち合う。一方は大剣、もう一方は魔法で鍛え上げられ硬化した細剣である。

 

マサユキ

『ム、細剣ごと叩き斬るつもりが斬れないじゃないか‼︎どうなってんだ?』

 

モーティアス

『魔法で鍛えて更に硬質化の魔法を掛けたから如何にバルムンクと云えどそう簡単には斬れないさ。さてこっちの番だ‼︎』

 

モーティアスは空いた片手で魔力を集めると炎の光弾を作り出した。マサユキはシャムシュに後ろへ引く様に促した。ギリギリの所で交わしたが相当な力で撃ったのか光弾が当たった堀は大穴が出来ていた。

 

マサユキ

『守りの型を使って普通に喰らったとしても吹っ飛ばされてたな、なんて力だ…。』

 

モーティアス

『これでもアルトヘイム一の魔法の天才って言われてるんでね!』

 

マサユキとモーティアスの一騎打ちが起きたことは少し離れたシルヴァンにも届いた。

 

シルヴァン

『そこにいたか‼︎鼠め‼︎‼︎』

 

ガストン

『貴様…!鼠だと‼︎お館様を鼠と言ったか‼︎‼︎』

 

突きかかるガストンをとんでもない速さの槍の突きで返り討ちにしたシルヴァンは単騎で昌幸の元に向かう。落馬し戦死扱いになったシルヴァンは一瞬の事に驚愕しつつも時間は稼いだと満足げに寝転がり、それを聞いたヨーステンは頭を抱えた。

 

ヨーステン

『なんと言うことを…‼︎これでは若が他の二人を討ち取るか他の二人が若ともう一方を討ち取るか、王の御沙汰が降らないとこの戦は終わらなくなってしまった。三軍の指揮官が指揮を放棄しては収拾のつかない泥沼になる。どうしてこうなったのだ⁉︎』

 

ヨーステンは嘆き、いっその事こと若が討ち取られてくれた方がマシかもしれないとすら頭をよぎる始末であったが、自身の職責を果たすべく采配を取り続けた。それは黒襷隊の将校もモーティアス隊の将校も一緒であった。暫くするうちに剣戟や怒号の音は静かになり平原には三人の一騎討ちを固唾を飲んで見守る一万数千の兵が立っていた。

 

シルヴァンは鬼気迫る表情で槍を片手に愛馬を走らせ、マサユキの名を呼ぶ。マサユキは魔力で剣山の壁を作りモーティアスを遠ざけると先に借りた鉄砲を構えた。

 

マサユキ

『貴様と堂々と武器を交わすと思うか?阿呆が…死に絶えろ、貴族共‼︎』

 

発砲音と共に鉛が撃ち出され真っ直ぐシルヴァンに向かって飛んでいった。だが運命はシルヴァンとマサユキを離すことを拒んだ!弾丸はシルヴァンの甲冑に着弾するも跳弾しシルヴァンは尚も向かって来たのだ‼︎

 

マサユキ

『何っ⁉︎馬鹿な‼︎‼︎』

 

好機と悟ったシルヴァンはマサユキの首目掛けて槍を突き入れる‼︎

 

シルヴァン

『獲ったぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎』

然し、マサユキは未だ勝利の女神から見放されては居なかった‼︎

 

マサユキ

『獲ってねぇ‼︎‼︎』

 

マサユキは咄嗟のところで大剣で身構え、槍を弾くが落馬してしまう。シルヴァンは馬上よりマサユキを突き掛かるがモーティアスの魔法を喰らい討死の判定は出なかったものの落馬する。更にモーティアスもマサユキの大剣より放たれた魔弾を受け止めた反動で落馬する。三人は徒歩で己の武器で決着をつけるべく打ち合った‼︎

 

マサユキ

『そろそろ倒れてくれないか?俺が先に将軍に、いや大将軍になった所でオタクら出世には響かないだろ‼︎』

 

モーティアス

『本当は寝転がりたいけどさ、こっちにも立場ってものがあるのさ!この戦いに勝ったらさる家柄の女の子と達遊ぶ約束があるんでね、勝ちで飾りたいのさ‼︎』

 

シルヴァン

『どこの馬の骨とも知れない平民にも、貴族の責務や怠惰に溺れる腑抜けにも我が国と軍を任せられん‼︎凡庸、無能も、下劣な平民、劣等種も異人も尊き血の一族にひれ伏し、平伏すれば良いと何故分からん‼︎』

 

それを聞いたマサユキはシルヴァンに打ち掛かる。当然シルヴァンはマサユキの剣を受け止める。だがマサユキは同時にシルヴァンの内を攻めた。

 

マサユキ

『貴様のその思い上がった選民思想がお父上の最も忌避するものであると気づけぬとは卿はおめでたいな。だから今のお前を、いや過去のお前も愛しては下さらぬのではないか?シルヴァン…。』

 

シルヴァンの怒りは頂点に達し槍を大きく振りまわした。マサユキはこれには手が出せないと身を引くが隙が出来たとモーティアスは攻めるがシルヴァンが先に動いた為、モーティアスはシルヴァンの攻撃を受け止める形となった。そして…憎しみは連鎖していくのだ

 

シルヴァン

『貴様がどう言おうと、血眼になって戦っているのは知っているぞ。貴様は両親に捨てられ祖父に育てられた。両親は弟しか愛さない。お前は今も昔も両親の気を引こうする只の童と変わらないな。この世に貴様を愛している者など一人として居ないという現実を大勢の女と寝る事でしか晴らせない哀れな、実に哀れな男よ。』

 

終始飄々とした表情を浮かべていたモーティアスもこれには怒りと憎悪の顔を浮かべ、魔法でできた飛礫をシルヴァンに雨の如く降らせた。シルヴァンは槍で弾きながら身を引いた。シルヴァンに気を取られているモーティアスにマサユキは大剣で叩き斬ろうとするもモーティアスはその辺と岩や、土で作った魔法の盾でマサユキの剣を受け止めマサユキに囁いた。

 

モーティアス

『本当の君を見てくれる人は本当に居るのかい?さっきの戦いもそうだが獣そのものではないか?今迄の戦もそうだ。血を好む野蛮な獣、それこそ君の正体だ。皆食い殺されない様に君に笑顔を浮かべてる事に気づかず狂って狂って狂いまくって戦ってる。君は常に一人だ。魔法をやっている身だからね分かるよ。君の闇が大きくなって行くのが自他に向けた怒り、憎しみ、そして恐怖。君はそれが漏れるのを恐れている。君からそれらが漏れたらもう誰も君を見てくれないって‼︎君を愛してくれた人が離れて行くのが怖いって‼︎』

 

マサユキ

『黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎』

 

マサユキの周りから憎悪の覇気が溢れ出し、勝手にマサユキは攻めの方の構えを取っていた。攻めの方は暗黒騎士の憎悪や恐怖に身を任せ戦う構え、つまりそれが自然に発生したという事は負の感情の暴走であった。バルムンクは黒い魔力の塊が纏わり付きそれぞれが前や横に隆起し、禍々しい大剣へと姿を変えた。モーティアスもシルヴァンも憎悪に駆られ、表情も魔力もドス黒くなっていた。そして更に悪い事に三人にかかっていた不殺の結界が三人の桁外れの覇気と狂気と憎悪にやられて破れてしまったのだ。そしてそれを知ってか知らずか三人はとどめの一撃を同時に繰り出したのだ。そして同時にフレデリック王の制止の声が飛ぶ。

 

フレデリック

『もう良い‼︎やめよ‼︎‼︎戦は終いだ‼︎‼︎』

 

三人に王の声は届かない。もはや三人とも相討ちで死出の旅を飾る事になる瞬間、三人の攻撃を受け止めた三人がいた。

マサユキの攻撃を水龍騎士団団長大将軍アリスが蒼い双剣で弾き返し

シルヴァンの攻撃を聖龍騎士団団長大将軍アーシェが宝杖より放たれた聖なる鎖で何重にも絡め取り

モーティアスの攻撃を療養中ではあったがマサユキの従者で修行に来ているリリーの付き添いで来ていた火龍騎士団団長大将軍リューネが戦斧で叩き壊した。

 

呆気に取られた三名にアリスの檄が飛ぶ。

 

アリス

『王命に従わず、己すら見失い、闇に身を任せて醜く戦うとはそれでも貴様らアルトヘイムの五千人長か‼︎恥を知れ‼︎お前達三人とも恥を知れぇ‼︎‼︎』

 

こうして、アルトヘイム王国史上最も激しく、そして最も不思議な終わり方をしたコッカス平原の模擬戦はこうして終了したのだ。

 

 

 

 

 



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12話 三将模擬戦・五ヵ国協議(後編)

マサユキ達が模擬戦を繰り広げていた頃、ソフィアは王都アルトヘイムより西北に位置する国、商業王国ハドシア王都ハドアニアにホルサスを伴って彼の地に居た。商業によって発展した国だけあってそこに住う人々は皆豊かであった。街には商人や平民、警邏の騎士や兵士で行き交っていた。アルトヘイムと似て異なる景色にソフィアはただただ驚いていた。何よりアルトヘイムでは少数派のドワーフが数多くおり、更にはコボルトやホワイトオーク(文化的生活を送る少数派オーク。比較的人間に近い見た目をしている。女神の神話時代に聖騎士や女神の元で戦った者達の末裔。基本的に兵士、傭兵、剣闘士、炭鉱夫、農奴として暮らす。)まで居るからソフィアは一種の興奮状態になった。多種族融和共存を掲げる彼女の理想的な未来が今彼女の目の前にあるのだから無理もない。だが彼女の理想は全世界規模であるからこの国の光景を世界の光景にしなければならないのだ。そしてこの会談はその一歩とも言えた。

 

王城ハドアニアに入った二人は直ぐに会談を行う広間に通され、そこに着席する様に言われたのでそのまま言う通りにした。どうやら一番乗りはソフィア達であった。その後続々と各国の代表が入室してきた。

 

海洋国家サン・モシャス女大都督(元大海賊) 

オルテガ・ジョヴァンナ・カルバーニ。

 

森林国家エルフラーシュ戦王侯次期女王筆頭

アリアンヌ・ヨーク・パラヴォン。

 

教皇庁改革派急先鋒、聖大教会騎士団総長

マルス・ド・ヴィルジャンス。

 

そして商業王国ハドシア女王

マラナ・オンパーニュ・ハドアニアが、ハドシア王家親衛騎士団団長、カドック・オルラス伯爵を伴って現れ、女王は上座に座した。

 

この会談に於いて最初に口を開いたのはマラナ女王であった。マラナは出席者を見渡すと口を開いた。

 

マラナ

『皆、遥々良く来てくれた。集まってもらったのは他でもない、対帝国戦に向けて我らが手と手を取り合う為じゃ。我々はそれぞれ帝国の手先と化した諸侯や隣国を滅ぼし併合した。これは当然帝国に対しての宣戦布告である事は皆も承知の筈じゃ。』

 

マラナの言葉に皆が頷いた。次に口を開いたのは席を立ったソフィアであった。

 

ソフィア

『我々は帝国に対してあまりにも無力です。ですが我らが手を取り、力を合わせる事が出来れば、必ず帝国に勝てます。』

 

次に口を開いたのはサン・モシャス大都督オルテガであった。

 

オルテガ

『手を取り合えればの話だ。この盟はアルトヘイムからの申し出だそうだが、裏切りの騎士の末裔が約定を違える事なく手を取りあるのか?』

 

これに対して反論を述べたのはホルサスである。

 

ホルサス

『メノス王国が滅んだことによる貴国が被った交易収入の借りを返せと言うなら素直に申せば良かろう。そも貴国は特に帝国に対しての狼藉が目立つ。我々は今この場で貴国を人柱にする事が出来るのもお忘れなきよう。貴国はあくまで海賊、犯罪結社の集まり、テロリスト集団と同義。国としての体を為せているのはその裏切り者の騎士が数十年前に国としての承認を出したお陰であることも忘れないで頂きたい。』

 

この様子を見て口を開いたのはエルフラーシュ選王侯アリアンナである。

 

アリアンヌ

『今は我らの確執を表に出すべきではありますまい。今問題なのは如何に帝国と戦うか?そうではありませんか?オルランス伯、稀代の戦術家としての意見をお聞かせ願いたい。』

 

伯爵と呼ばれたガタイの良い如何にも戦士と言わんばかりの風体をした男はマラナ女王の後ろに掛けられている地図を指しながら語り出した。

 

カドック

『現在帝国との国境線に位置しているのは我がハドシアとエルフラーシュ、そしてアルトヘイム。つまり帝国への侵攻ルートは三つ。我らの五カ国はそれぞれの戦力を連合軍として出し、この三つの国門より侵攻する。帝国は現在アルサス帝国との戦争で海岸線領土奪還ないしは侵攻阻止の為主力は全て東方に展開している。よって帝都周辺の国防戦力は決して多くない。そこを突く。陸軍国家としてのこの3カ国と海軍国家として実力は帝国以上、そして新兵器火薬のお陰でその艦隊戦力はもはや秘匿しれなくなる程強大になった()サン・モシャスによる海上攻撃を行い帝都に電撃進撃する。』

 

ホルサス

『だがそう簡単には行くまい。まず物量においての劣勢を抱える我らがこの通りに戦えるか如何は緒戦で我が軍が敵を倒しつつ犠牲を最小限に戦う事が前提だがそれは不可能だ。質も向こうが上だ。』

 

カドック

『左様。これをやるにはやはりアルサス帝国に軍を出してもらう他無い。』

 

オルテガ

『彼らは動いてくれるのか?』

 

此処に来て静観して様子を伺っていたマルス・ヴィルジャンスが口を開いた。

 

マルス

『…無理だな。西方戦線は完全に膠着だ。西方大陸より援軍が続々と到着してるが西側描く城塞都市はどれも難攻不落。更に今日までに起きた幾つかの会戦は全てノーロット帝国軍が勝利している。アルサス帝国は当面の進撃は事実上不可能だろう。』

 

ホルサス

『兵の当ては幾らでもあります。ヴィルジャンス卿、此の期に及んでも姿を現さぬ教皇猊下が戦場に出馬し一言女神の敵はノーロットなりと言えば如何に強引に世俗分離政策を執る帝国と言えど未だに多くの民や兵が女神教の信者である以上それが離反すれば瓦解するはず。何故猊下は居られぬのです?』

 

さも挑発的な物言いをするホルサスにソフィアは焦り注意した。

 

ソフィア

『宰相、教皇猊下は苦しいお立場なのです。猊下とて帝国を倒したい思いは同じ筈、あまり強く当たるようなことは…。』

 

するとヴィルジャンスは頭を下げた。一同は呆気にとられた。更にヴィルジャンスの言葉が続く。

 

マルス

『ホルサス教の言い分はもっともです、ソフィア殿下。ですが教皇猊下の名誉に賭けて言わせて頂くと教皇猊下はこの会談において全ての権限を私に譲られた。如何なる結果になったとして猊下の心は皆さんと同じだ。そして帝国の圧力から領民を守る為大聖堂から出ぬ自分に変わり謝意を述べてほしいとも仰せつかっています。もしその時が来れば猊下は必ずや帝国を倒すための全ての努力は惜しむことはないと此処でお約束しよう。』

 

会談が少し煮詰まった事を感じたマラナ女王は少しの休憩を設ける事を提案し、それぞれ自室に戻った。ホルサスと控え室に入ったソフィアはこのやり手の宰相から課題を出されたのである。

 

ソフィア

『私がこの会談での主導権を握る⁉︎どうやって‼︎⁉︎』

 

ホルサス

『殿下、この場にいる全員の共通の認識は誰よりも犠牲を抑えたいという事です。つまり彼らより先んじてこの会談、ゆくゆくは同盟の主導権を握る為には具体的な解決策を今この場で提示する事です。』

 

ソフィア

『私に出来るのかしら…?』

 

ホルサス

『出来なければ貴女の理想は叶いません。殿下、貴女の体に流れる血筋と魂と想いは必ず貴女に答える。だからこそ貴女も今答えを出す時なのです。』

 

ソフィアは世界地図を見た。何か思い悩んだ時いつも眺める世界地図。そしてソフィアの視点は帝国領の北方雲で薄く隠すように描かれた地に向けられた。

 

ソフィアは策を思いついた。それをホルサスに語った。宰相は驚いた。だがとても面白いと同意した。そしてその策が認められたら我々の本気を見せる必要が有るとも伝えた。そしてその役目にうってつけな『極めつけの愚か者の若造』が三名程出てきたと今知らせが来た事も伝えた。

 

暫くして一同はまた会談の場に集まった。先に口を開いたのはマラナであった。

 

マラナ

『やはり此処は無理は承知でもアルサス帝国に対して再度挟撃を要請し、我らも犠牲を覚悟で帝都までの道のりを阻む敵を出血を覚悟で切り倒していくしか無いと妾は思うのだが皆はどうだ?』

 

オルテガ

『致し方なしでしょうな。』

 

マリアンヌ

『女神の加護を信じましょう。』

 

ソフィア

『待って下さい‼︎それで勝てたとしても私達には何が残ります‼︎国土も民も荒廃し力を失った我らはそれこそアルサス帝国に飲み込まれます‼︎それでは本末転倒ではありませんか⁉︎それにお気づきでは無い筈でしょう!』

 

カドック

『ではアルトヘイムには策が有ると仰るのですな、ソフィア殿下よ。』

 

ソフィアは口を開いた。聞いたものたちは口と目を見開いた。

 

『『『北方の騎馬民族と同盟する⁉︎‼︎⁉︎』』』

 

マリアンヌ

『バ、バカな⁉︎よりによってもあの蛮族達と同盟するのですか‼︎女神の威光にも平伏さないあの蛮人たちと‼︎』

 

オルテガ

『流石に火遊びが過ぎるな。ノーロット帝国軍から此処四十年近く侵入を防ぎ、逆に襲った村や街を平気で焼き払う連中が我々の言葉に耳を貸すとは思えない。』

 

ソフィア

『それでもやらなければ勝てません‼︎‼︎今、私達が手と手を取り合って団結して挑もうとしているように彼らも本心は友を求めている筈です。彼らは私達のような生活の基盤を家畜と襲って手に入れた戦利品に頼って生活しています。でも彼らはもう限界、住む土地が欲しい筈、居住圏の確保を約束すれば必ず応えてくれます。』

 

カドック

『何故そう言えるのだ。彼らは自力でも帝国から民衆を守れる。我々との同盟は何の利益もない筈だ。』

 

ソフィア

『私は…一度彼らに会った事が有るのです。住う土地が欲しい。赤子を育み雨風に晒される事なく眠りたいと彼らは言いました。民は痩せ細り明日をも知れぬ暮らしをしている人達が殆どです。その言葉に嘘は無いとその時の私は幼児でも理解できました。…私には夢があります。此処に居る皆さんを始め人間、エルフ、ドワーフ北方の騎馬民族、ノーロット人、ホワイトオーク、コボルト、西方の猫人にセパルコ人、東方の大陸に住む東日人、眞人(東方大陸オリエンスを二分するもう一つの大国眞帝国に住う主に人間族を始めとする民族の総称)種族、宗教の垣根なく暮らせる世界を作る事です‼︎私はそれを出来れば和で作りたい‼︎そしてそれを邪魔するものは何が何でも倒す‼︎‼︎絶対に‼︎‼︎その為なら私は何でもする‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎不惜身命の覚悟は出来ている‼︎‼︎』

 

一同はソフィアの想いをただ黙って聞いていた。そして皆が同時に席を立つとそれぞれの佩刀や杖を抜きこう叫んだ。

 

『『『アルトヘイムの姫君の言や良し‼︎‼︎我ら力を合わせ共に戦わん‼︎‼︎』』』

 

ソフィアの一途な想いは彼らを動かしたのだ。ソフィアは涙を流した。それを見たホルサスもまた魔杖を抜くと優しく声を掛けた。

 

ホルサス

『殿下、剣をお抜き下さい。皆待っていますよ?我らの証を立てませんと。』

 

ソフィア

『ええ…ごめんなさい。』

 

ソフィアは剣を抜き高らかに声を挙げた‼︎

 

ソフィア

『女神の騎士アルトヘイムの血を継ぐ者として此処に力合わせ神敵を討ち滅ぼさんと王に代わり此処に誓う‼︎‼︎‼︎』

 

『『我らが同盟に栄光あれ‼︎‼︎』』

 

此処に対ノーロット帝国同盟後に鷲獅子同盟と言われる同盟が誕生した。

 

 



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13話 帝国国境付近の戦い

話は三将模擬戦の終わった直後に戻る。勝手に結界を破り互いに殺傷しようとしたマサユキ、シルヴァン、モーティアスはそれぞれアリス、リューネ、アーシェに捕縛されフレデリック王の前に連れてかれていた。不殺が徹底されている中の命令無視(正確に未然だが)を冒した彼らは反逆者であった。そんな阿呆三人を見渡したフレデリックは口を開いた。

 

フレデリック

『そなたらが初対面から折りが悪いのは知っていた。だがまさか殺し合いをする程とはな。この模擬戦は知っての通り我が祖先と女神に捧げる儀式でも有る。その事は理解した上で血で汚さんとしたのか?』

 

阿呆共の中で最初に口を開いたのはマサユキである。

 

マサユキ

『陛下‼︎他の二名は知りませぬし、その覚悟は無いでしょうが王命に反したのは紛れもない事実どうぞ我が首をお獲り下さい‼︎されど我が将兵の命だけは安堵して頂きたく‼︎そしてそこの男(シルヴァン)は私のみならず我が配下の将も殺しかねない行為に及んでおりますので何卒ご考慮願いたい‼︎』

 

シルヴァン

『陛下、言い訳をする訳では有りませんがこの平民は先に正々堂々の理念を破り模擬戦に挑み、モーティアス五千人長は戦闘を避け続け今の今まで逃亡しておりました‼︎その事を告発した上で王命に反した罪を受け入れ貴族の務めを果たさせて頂くとお伝え申し上げまする‼︎‼︎』

 

モーティアス

『陛下!二将はこの後に及んでまで自分の罪を棚に上げておりますが私はただこの王命に反した罪を認め王のご随意に従います‼︎』

 

マサユキ・シルヴァン

『貴様も同じ事をした癖に何を言うか‼︎‼︎』

 

フレデリック王は滅多に見せない鬼気迫る表情を浮かべ怒りを露わにした。

 

フレデリック

『もう良いわ‼︎‼︎‼︎』

 

三人は此処に来て己の愚かさを自覚しすっかり沈み込み首を垂れた。それを見た王は内心ほくそ笑みながら続けた。

 

フレデリック

『本来なら打ち首も当然だが…お前達の才は惜しい。追って沙汰を下すのでそれぞれ自領にて謹慎せよ。』

 

『『『はっ…。』』』

 

王はそのまま王妃と共に城に去り、アリスを除く女大将軍二人を始め側近達も後に続いた。シルヴァン、モーティアスも無言のまま配下の将に連れられ去っていた。その場にはマサユキ、アリス、様子を見守っていた黒襷隊の将兵が残された。

 

アリスは溜息をつくとマサユキに呆れた顔で問いただした。

 

アリス

『何故あんな事をしたんだ。先の昇進式より様子が変だったぞ。』

 

マサユキ

『分からない…でも一つだけ言える事が有るとすれば。絶対に負けたく無いと思った。そしたら周りが見えなくなった。』

 

アリスはまた大きく溜息をつくと頭を冷やせ、悪い様にはならない様にこっちでも手を打ってやると言い残し馬に跨り去っていた。

 

マサユキは2、3日掛けて自領に戻ると諸将とも顔を合わせなかった。ヤートンとガストンが昼飯に誘っても、マシュやトマスがお茶に誘っても、ミシェエラが美女を伴って夜這…では無く舞を披露しようと訪れても彼はアッシュ以外に顔を見せなかった。翌日遂に城が完成したがその式典の日にも彼は暗い表情を浮かべながら淡々と感謝と祝辞を述べさっさと引き下がってしまった。流石にこれには兵と領民を不安になり噂が立ち始めた。

 

その夜マサユキはアッシュを伴い城のすぐ近くにある森の中を散策していた。実はマサユキは散々絞られて気落ちしているのでは無く、どうやってあの二人を亡き者に出来るかを模索していたのだ。此処数日の暗い表情はカモフラージュだったのだ。(尚他の二人も同じ事をしていたの言うまでも無い)だがマサユキは何も思い付かず、アッシュも何とも言えない顔を浮かべながら見守っていた。

 

マサユキ

『そろそろ帰ろうか。』

 

アッシュ

『はっ、では馬を連れて参ります。』

 

『連れないなぁ、夜は長いんだ。折角だからお姉さんともう少しお話ししてかない?』

 

聴き慣れない女の声に二人は驚きそれぞれアッシュは双剣を、マサユキは森での戦いでは大剣は不利になると判断して佩刀として下げていた剣を引き抜いた。

 

すると影から西方の大陸風の格好をした猫人の女が二人出てきた。

 

?

『ちょっとちょっと何で武器を構えてるのさ?話をしようって言ったじゃない?』

 

アッシュ

『どう見ても怪しい。話は城の中でだ‼︎』

 

アッシュが黒衣の猫人の方に飛び出し、マサユキも続いて話しかけてきた猫人の貴人の方に飛び出した。

 

?→トウカ

『やれやれ、しょうがない。キル、適当にやって押さえておいて。私はこの坊やを折檻するから。』

 

キル

『かしこまりました我が君。』

 

何とこの二人はアルサス帝国大商人クットゥーア商会総代トウカ・クットゥーアとその従者キルピコンナであったが当然マサユキは知らない。キルは双剣を抜き、トウカも短剣で応戦した。

 

キルピコンナとアッシュは互角の戦いを繰り広げ、そんな中キルピコンナは攻撃をいなしつつ後ろに後退し、遂に巨木まで後退する。

 

アッシュ

『命は獲らん。だが痛い思いはしてもらう‼喰らえ‼︎‼︎︎』

 

アッシュがトドメを刺そうとしたが、キルピコンナはまるで猫の様に身をかわしアッシュの後ろに立った。

 

キルピコンナ

『確かに手練れですね。でもまだ足りません。修行しなさい!』

 

キルピコンナに当て身を喰らわされアッシュは倒れた。その頃マサユキはトウカと剣と短剣で打ち合っていた。トウカは想像以上の手練れであり不利な短剣でマサユキと対等に戦っていたが流石に押され出していた。

 

マサユキ

『おおおおおお‼︎‼︎』

 

そんなトウカをマサユキがトドメの一撃を振りかぶりそのまま振り下ろすが何と剣は短剣の中央に入り、そのまま抜けなくなってしまった。実はその短剣は二つに割れており、根本には返しが設けられていた。その形状を今更になって見て取ったマサユキは声を挙げた

 

マサユキ

『しまった⁉︎ソードブレイカーか‼︎‼︎』

 

言い終わるが早いか、剣が折られるのが早いか、武器を無くしたマサユキはそのままトウカに腹を蹴られ木に当たりそのまま倒れた。

 

トウカ

『マサユキ・アヤセ、聞いた通りの子だったわね。ね?キル。』

 

キルピコンナ

『はっ、聞いた通りでした。』

 

マサユキ

『あんたら何処の間者だ?』

 

トウカ

『私の名前はトウカ・クットゥーア。アルサス帝国大商人。君達に鉄砲あげたのは私達よ?そして私達が手に入れる筈だった富の4分の1を台無しにした男がどんな奴か顔を見たかっただけ。』

 

マサユキ

『ああ、火薬の話か?残念だったな俺はあんたらの900年分は先の文明を持ってる世界から来た異世界人と言うものらしいからな。火薬製造の知識も趣味で覚えた位の代物だが十分使えたよ。今頃ドワーフのおっちゃんとかコボルトの学者先生達がモリモリ鉄砲と火薬を作りまくってるぜ。思い通りにならなくて残念だったなぁ。』

 

トウカ

『それくらいは予想はしてたわさ。別に気にはして無い。ふーん…、美男子では無いけど、なかなか良い顔してるじゃない。また会いましょ?未来の大将軍君。あ、ついでに教えてあげるけど、貴方あと少しで出陣するわよ。貴方と悶着起こし二人の子と一緒に。話を少し聞いてたからアドバイスしてあげれるとしたらチャンスは最大限に活かすことね。いつがその時なのか、どうやって使うのかを…ね?帝都に帰りましょキル。』

 

キルピコンナ

『それではお二人方ご機嫌様。』

 

そうして二人はまた森の影に消えていった。

 

マサユキと途中で気がついたアッシュは終始呆気にとられていた。

 

『『何しに来たんだあの猫娘共は?』』

 

後日…トウカの言う通り、マサユキ、シルヴァン、モーティアスに出陣の命令が下る。

マサユキは驚いたがそれでも久し振りの実戦、そして何より鉄砲部隊の初実戦であったから少し緊張気味であった。軍を率いて王都に着いたマサユキを迎えたのはカズマ、カテキ兄妹であった。

 

カズマ

『マサユキ殿‼︎』

 

マサユキ

『カズマ殿、カテキ殿。まさかお迎えに来て頂けるとは。』

 

カテキ

『此度の事は聞き及んでおります。どうか武運がありますようにと激励に参りました。そして五千人長の就任のお祝いの品をと思いまして。どうぞお受け取りください!』

 

マサユキに贈られた品はとても美しい刀であった。刄は銀色に光り輝き、淡い曲線を描いていた。(後にマサユキはドワーフの鍛冶屋にこの刀を見せたところ玉鋼をなんと四つも使って打たれてる事が分かり、刃こぼれはおろか鉄製の鎧ですら簡単に切断し得ると代物である事が後に判明する。)

 

マサユキは早速もらった刀を佩き、礼を述べるとそのまま王都閲兵場まで軍を率いた。王都の民はマサユキ達黒襷隊一同に歓呼の声で迎え入れ、数人の身分分け隔てなく集められた子供達が黒襷隊将校全員分の花束を持ち群衆の列から飛び出し、マサユキらは馬を降りそれぞれが走り寄ってきた子供達から受け取った。

 

閲兵場に着いた時にはモーティアス、シルヴァンの軍は既に着いており、マサユキも自軍を整列させると他の二人に倣い今回の指揮官になるオーランの前に整列した。

 

オーラン

『若造どもが、話は聞かせて貰ったぞ。全く血気に流行るのも良いが少しは考えろ。』

 

オーランは三人に言うと全軍に此度の出陣の理由を説明した。5カ国同盟は成立したが、それでも戦力に心許ない面がある為、この同盟に北方の騎馬民族を引き入れるべくソフィアが交渉に赴く。その間注意の目と時間稼ぎ、そして威力偵察を込めてマサユキ達に出陣の命が下ったのだという。将兵は騒ついた、長らく中央大陸を所狭しと暴れ回った蛮族との共闘など誰も考えた事がなかったのだ。オーランは将兵を黙らせると早速出陣の命令を下した。オーラン将軍幾何二万五千はこうして王都より出陣した。王都を行進中マサユキはロープで身を隠したソフィアを見つけた。ソフィアは指を唇に当てた。それを見たマサユキは胸に手を当てた。そしてこの一連の出来事をシルヴァンは見逃さなかった…。

 

王都を出て、アマルを過ぎ、遂にマサユキ達は帝国領に足を踏み入れた。遠征軍の攻撃目標として国境付近に中規模の要塞があり、アマルと要塞の間には幾つかの村落や町、そして砦が幾つかありそれらを全て占領ないしは破壊する事がマサユキ達の目的であった。尚この時アルトヘイムはおろか5カ国同盟参加国はノーロット帝国に対し宣戦を布告しておらず、完全な奇襲であり、マサユキ達は電撃的に侵攻することが求められてもいた。

 

オーラン軍の編成はこうだ。

オーラン将軍幾何軍1万(重装の槍兵や弓兵、弩兵、投石機、そして鉄砲隊で編成)

他の三人は模擬戦と編成は変わらないがモーティアス隊は投射兵500を鉄砲隊に更新している。戦列中央をシルヴァン隊が務め両翼をマサユキ、シルヴァンが務め後方にオーランが控えた。

 

奇襲と言うこともあったが帝国軍の抵抗は殆ど無くオーラン軍は次々と村落や町、砦を落としていき、出陣より僅か三週間で攻撃目標の砦の手前の地域まで攻め寄せたのだ。オーラン軍は町に駐屯し、他の三人は要塞に近い村落を見つけそこに滞在した。

 

マサユキは村落に滞在中(と言うより占領した町、村、砦どれも共通するが)占領地の民間人に対しての暴行を禁止、掠奪も最小限に留めていた。士気の低下を抑える為娼館への出入りの自由や酒舗の開放、多少の軍規の乱れは許したが、それが仇となったのかどうかは定かではないが軍は弛み切ってしまっていた。アマルからそれほど離れていないとは言え、広大な帝国領の進軍は兵達には応えるものがあったのだろう。マサユキはそんな現状を打開する為諸将を伴って村の食堂まで出かけていた。

 

マサユキ

『流石に不味いな…』

 

マシュ

『ご飯が?貴方フリカッセ好きだったでしょ?』

 

ヤートン

『飯じゃない今の俺たちがって事さ。』

 

マサユキ

『今後の占領統治を考えて行動してたが流石に締め付け過ぎたかも知れないな。兵達の不満が募ってるのが感じ取れるよ。』

 

アッシュ

『お館様。実を言うと我らの見えないところで兵達の暴行事件や強姦、掠奪事件が幾つか起きており、直属の上司により厳罰には処しておりますが、各部隊指揮官より対応の指示が殺到しております。』

 

マサユキ

『慰安制度や補給戦の概念が無いと此処まで兵達の不満に悩まされるとはな…よし暴行、強姦は当然ダメだが食料以外の金品等の掠奪も少し多めに見るとしよう。あくまで最低限だ。その分軍の資金から配当金を多めに出す。オーランの伯父貴に伝令を送ってくれ、配当金を少し多めに出す故可能であれば支援を要請したいと。俺たちも街とかに駐屯できれば良かったんだがな。』

 

トマス

『あっ、それじゃあ僕から提案が!』

 

ガストン

『おっ‼︎我らがトマス先生の知恵袋が開かれたぞ?良い考えを期待してるぜ?』

 

トマス

『買いかぶりすぎですよガストン兄さん。この辺は生き物が豊富だって聞いてます。駐屯中の間何回かに分けて狩猟祭をやったら如何でしょうマサユキ兄さ…いや、お館様?』

 

ミシェエラ

『良いじゃない‼︎兵達もそれで憂さ晴らしになる事間違い無しよ‼︎マーくん(マサユキ)やりましょうよ?』

 

マサユキ

『ん、じゃあやるか。あと2、3日の滞在のうちに2回くらいは出来るだろうから希望者を募ってやろう。あっ、女将さんお勘定此処おくよ〜。』

 

飯屋の女将

『あいよ、またどうぞ〜。』

 

マサユキ達が飯屋を出た瞬間黒いロープに身を包んだ人物にマサユキは襲われた。手には鋭い短剣が握られていた。

 

ガストン

『お館様ァァァァ‼︎‼︎』

 

一早く気がついたガストンが槍でマサユキを守ると今度は反対から同じ格好をした人間が飛び出してきた今度はマサユキが佩刀にしていた刀を引き抜きそのまま斬り伏せた。相棒の死に襲撃者は闇に姿を眩ました。そして少し後に近くにいた黒襷隊の兵士数人が慌てて駆け寄ってきた。

 

兵士

『殿ご無事ですか‼︎‼︎』

 

アッシュ

『お館様が襲撃された‼︎まだ下手人は一人生き残っている。探し出し、引っ捕らえろ‼︎』

 

兵士一同

『『ハッ‼︎‼︎』』

 

兵士達は剣や槍や鎧をガチャガチャ音を立てながら走り去っていった。その間ミシェエラとトマスが死体を見聞していた。フードの下は男であった。顔は誰も知らなかったが何処から放たれたのかは掴む事が出来た。

 

トマス

『お館様、下手人の兵装が帝国の物では有りません!』

 

ミシェエラ

『アルトヘイムの物に間違いないわ。この短剣や籠手はアルトヘイムのかなり高位の貴族に仕える兵や暗殺者が持ってる物と一緒ね。随分下手を打ったものだわ。』

 

ヤートン

『きっとシルヴァンの奴に違いねぇ‼︎オーラン将軍に伝えよう‼︎』

 

ガストン

『いや待て、モーティアスの可能性もあるんじゃないか?シルヴァンの奴は親父の宰相閣下とは違い政治はあまり得意じゃないと聞く、ひょっとしたら敢えて証拠を残させて俺達を潰し合わせる気かも知れないぞ。』

 

マサユキ

『または帝国が我々の中に混乱を齎そうとしたかも知れない。何にしてもこの事は部隊内に閑口令を牽き、オーラン将軍、モーティアス、そしてシルヴァンに警告を送れ。今は戦時、つまらない理由で軍の規律を乱す事はならない。それに誰が犯人であれ、この警告は我々からのメッセージにもなる。この程度でやられはしないという意味のな。』

 

場面は変わりシルヴァンの駐屯する村落では

 

シルヴァン

『そうか…ご苦労。公に宜しく頼む。』

 

怪しい風貌の男

『ハッ…それでは失礼致す。』

 

この時、シルヴァンは何者かと密約し暗躍していた。三人の五千人長はそれぞれ同僚二人を亡き者にしようと画策していたとは言えこの戦時で直接な行動を取る事を控えようと考えていたマサユキとモーティアスであったがもしやシルヴァンだけは直接的行動を取ったのだろうか?暗殺者を送り込んだのシルヴァンなのか?そしてそれを問い正さんとする男がいた。軍師ヨーステンであった。ヨーステンはシルヴァンの天幕に入るとすぐに問いただした。

 

ヨーステン

『若‼︎マサユキ五千人長の元に暗殺者が送くられたそうですがよもや若ではありますまいな⁇もしそうなら何故そのようなことをなさったのです⁉︎ましてや暗殺者を得るために大貴族共に頭をお下げになられた訳ではありますまいな⁉︎何故です‼︎変な対抗心や身分から来る自尊心が今回の件を引き起こしたのであればそんなの捨てておしまいなさい‼︎』

 

シルヴァン

『ヨーステン‼︎貴様、俺が貴族である事にどれだけの誇りを持っているのかは知っている筈だろう‼︎それが分かっていれば私があの成り上がり者を倒す為にあの腐敗した貴族共に頭を下げると思うか‼︎‼︎』

 

ヨーステン

『では身の潔白を証明していただきたいのです!先程マサユキ五千人長より書状が届き、暗殺者が出た事に対しての警告と暗殺者がアルトヘイムから来たことが書いてありました。恐らくオーラン将軍やモーティアス五千人長にも同様の書状を送ったと思われます。兵達の中には若の天幕から怪しい風貌の人物が出たり入ったりした所を見たという者も居るのです。そこから嫌疑が掛かればただでは済みませんぞ‼︎』

 

シルヴァン

『その者は懇意にしているさる貴族からの使いの者だ、怪しい者ではない。ヨーステン…俺は見た。行進の最中、群衆に紛れたソフィア殿下を、そして殿下と奴が別れを惜しむ恋人がやる仕草をしていた事を‼︎奴はソフィア殿下に取入り我がアルトヘイムをこの手に掴もうとしているかも知れんのだ‼だがな、だからと言って暗殺でけりをつけようとは思わん。』

 

ヨーステン

『とにかく暗殺者を送り込んだのは若ではないと、しかしまさかそんな…あり得ない。仮に殿下とマサユキ五千人長がそのような関係にあったとしても我が国では身分相違の婚約等に制限は有りませぬし、かのゴブリン、オーク襲撃時にマサユキ五千人長と殿下は出会い共に轡を並べ戦ったと言います。特別な感情を抱いても無理ないかと思いますが。それにもしその気ならマサユキ五千人長は文官になるべきでした。遥か未来の異世界から来られた御人なのですからその知識を用いて文官としての栄達を図れば若の言う様に王国の差配もより容易く敵いましょう。それをせず武官として己の腕での栄達を図ろうとするのは並大抵の事ではない事は若もご存知のはず。信頼せよとは申しませんが信用しても宜しいのでは?』

 

シルヴァン

『異世界人など信用できん‼︎我が父も父だ‼︎何故あの男を重用したのだ‼︎今に奴は本性を曝け出すに違いない‼︎俺は我が祖国の為に何としても奴に負けるわけには行かない‼︎絶対にだ‼︎‼︎そしてそこから始まるんだ‼︎真なる祖国の為の戦いが‼︎』

 

そう言ってシルヴァンは天幕を出て行った。残されたヨーステンは椅子に座り込んだ。

 

ヨーステン

『若は…変わられてしまった。昔はこの様な物言いをし、猜疑心に囚われるお方では無かった…!父を超えるという使命感や同世代の諸将を活躍に焦りを抱いたのか、まるで人が変わったような…。』

 

ヨーステンは自身の発言にハッとした。シルヴァンは確かに人が変わった。だが変わった時、それはあまりにも突発的だった。

 

ヨーステン

『真なる祖国の為の戦いか、調べてみる必要がある…。だが全てはこの任務が終わってからだ。』(そして若、もし私が考えている事を貴方がやろうとしているのなら尚のことあの二人の力を借りるべきです。)

 

それから2日経った後、マサユキ達は狩猟祭を行った結果兵達の気晴らしや馬術訓練という効果を上げ、士気も取り戻しつつあった。

その晩は移動準備の為全部隊が完全武装の警戒態勢でいた。マサユキ達も甲冑を着け、明日の朝日と同時に敵の要塞に向かって進撃せんとしていた。

 

マサユキ

『皆楽しんだ様だから安心したがあれから暗殺者の影が見えなくなってしまったな。』

 

マシュ

『やはり二人のうち誰かでしょうか?出陣前なのと先の襲撃が失敗したから警戒して?』

 

マサユキ

『そもそも考えれば俺を消したいなら戦場でやるべきではないか?鉄砲や弓矢、方法は幾らでもある。なのに暗殺者を送ってきた、どうも真犯人は違う気がする。』

 

と言った瞬間物見の騎兵が慌ててマサユキの前に馬を飛ばして駆け込んできた。騎手は馬から降りるが慌てて降りた為降りると言うより転げ落ちる形になり、その状態からマサユキに跪いた。

 

斥候

『殿ォ‼︎一大事にございます‼︎敵の要塞守備兵およそ一万五千、シルヴァン隊の駐屯する村に進撃し、既に戦闘に発展した模様‼︎‼︎』

 

ガストン

『なんだとぉ⁉︎』

 

マサユキ

『シルヴァン隊の状況は?』

 

斥候

『はっ!幸いにもシルヴァン隊の駐屯していた村は簡易的な城壁があり、敵も村落の被害を恐れてか積極的には攻めてはいませんが長くは持たぬかと思われます。』

 

ミシェエラ

『向こうと私たちの間にはちょっとした丘がある。それで戦塵が見えなかったんでしょうね。でも動きが早過ぎる。まるで…』

 

アッシュ

『機を窺っていたと見るが妥当でしょう。各個撃破の機を窺っていたんだ。』

 

トマス

『貴方はそのままオーラン将軍の本隊にも伝令に行って下さい。直ぐに援軍を呼ばなければ我々も危険です!』

 

斥候

『はっ‼︎』

 

諸将はマサユキを見た。チャンス到来、まさしくマサユキにとっては好機であった。シルヴァンを自らの手を汚さず敵に殺してもらえるという。更にこのままオーラン軍に合流し可能であればモーティアス隊とも合流出来れば2万、このまま優勢を維持しシルヴァン隊を悉く殺し尽くしたとしても敵は訳1万と少し圧倒的に数に於いての有利を維持しながら敵を叩けるのである。一石二鳥であるし、後者のみで見ても戦略的にはシルヴァン隊の救援は絶望的であり、本隊に合流するのは最適解とも言えた。だがそれは不義であった。マサユキの恩人はホルサス卿…つまりシルヴァンの父親であった。恩人の息子を死に追いやったなど、どうして出来ようか?マサユキにとって不義とは水と油のようなものであり、それは相性の悪い人間よりも忌み嫌うものであった。そしてマサユキは決断した。彼の中では普通なら信じられないが今この時は例外であると謎の整理が行われていたのか、数日前のマサユキならまず否定するであろう決断を下したのである。

 

マサユキ

『全部隊‼︎直ちにシルヴァン隊救援に向かえ‼︎モーティアス隊も、本隊も必ず援軍として現れる‼︎それまで何としても持たせるのだ‼︎』

 

諸将は立ち上がり敬礼の姿勢を取り、マサユキに一礼しながら応えた。

 

黒襷隊全将校

『『『はっ‼︎‼︎』』』

 

場面は変わり、既に戦場と化したシルヴァンの駐屯する村は敵の攻撃を受け続けていた。やはり敵は本格的には攻めて来なかったが、村の住民諸共踏み潰す用意は有るのか後方には投石機やバリスタが用意されていた。騎兵と近接歩兵は微動だにせずただ整列し、弓兵と魔道兵が激しい攻撃を加えていた。シルヴァン隊の兵達は住人を避難させながらその猛攻に耐えていた。

 

ヨーステン

『退くな‼︎援軍は必ず来る、防壁や盾から離れるな‼︎』

 

ヨーステンは村に防壁がある事を感謝したが空から飛んでくる矢や魔弾の前ではやはりその場しのぎにしかならない事を痛感していた。そしてノーロット帝国の恐ろしさを改めて実感していた。

 

ヨーステン

(この襲撃といい、村の損害を度外視した弾幕といいやはりかの国は他国と違う。彼らは効率官僚制国家。最も尊重されるのは効率だ。村人が何人死のうが我らを悉く討ち取れればそれで良いと考えているのだ。普通の連中じゃない。そして民がこの暴虐無人の振る舞いに怒りをあげないのはやはりその力による所なのだ…。)

 

すると遂にそうしようと考えたのか敵は歩兵まで動員し梯子と破城槌を持ち迫ってきたのだ。破滅の時は今訪れたのだ。ヨーステンは苦々しく観ていたが、彼も軍師、主君を支えるのが役目であったから直ぐにシルヴァンに迎撃すべきと進言した。

 

シルヴァン

『分かっている!聞け‼︎ホルサス家の兵達よ‼︎帝国軍は己が民すら手に掛ける畜生よ‼︎そんな者達に我等が負けるはずはない、皆気勢を上げ、立ち向かえ‼︎‼︎』

 

シルヴァン隊将兵

『ウオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

シルヴァン隊は城壁に登る兵を落とし、矢で射抜き、敵の矢弾に倒れながら必死に戦った。その様子を見ていた敵将ソドーは無言で手を前に出した。すると第二波の兵達が駆け出し、騎兵が歩き出し、来たる突入に備えて距離を詰めてきたのだ。それと合わせて遂に城門は破られたのだ。

 

帝国兵

『開いたぞ‼︎突っ込め!中で暴れろ‼︎』

 

そう言って突っ込んでいった兵達を見事な槍捌きと事前に門の前に配置した精鋭の槍兵と下馬した騎兵や騎士に斬り伏せられた。一人馬上で槍を振るうシルヴァンは大声で叫んだ

 

シルヴァン

『我が名はシルヴァン・ド・ホルサス‼︎雑兵共に遅れはとらぬ‼︎‼︎』

 

シルヴァンに気圧された兵達はジリジリと下がり出した。すると一人の兵が堪らず後ろに駆け出したがそれは斬られ、シルヴァンの前に放り投げられた。

 

ソドー

『ほぅ…若造が粋がるとはな。ならば相手をしてやろう!』

 

なんと総大将ソドー自らが馬を立てて来たのだ。理由は当然、中のシルヴァン達と逃げた兵を殺す為だ。

 

ソドーの大刀の様に大きく湾曲した槍とシルヴァンの槍が鋼鉄音をあげぶつかり出した。

実力は決してどちらかに傾いているということはなかったが体格差と経験のあるソドーに分があったのでシルヴァンは苦戦を強いられていた。ヨーステンは主君が一騎討ちになったのを確認したが、それの決着がつく前に城壁を越えられてしまう事を覚悟しなければならなかった。

 

ヨーステン

(流石に数の上では勝てん…持ち堪えられない…!抜かれてしまう…‼︎こうなれば…若だけでも…私の命を懸けてでも…。)

 

そう指示を飛ばそうとした瞬間…‼︎

 

?

『それは無いな‼︎』

 

なんと右から轟音が鳴り響き、鉛の弾幕と矢と魔弾の雨が帝国兵達を襲った。そしてそれは左からも襲いかかって来たのだ‼︎

 

目の利くシルヴァン隊の将兵はその左右から現れた存在の正体を見てとれた、そして声高く叫んだ。

 

シルヴァン隊兵士

『シルヴァン様‼︎ヨーステン様‼︎援軍です‼︎‼︎黒襷隊とモーティアス隊が到着‼︎‼︎』

 

ヨーステン

『来てくれたか…。』

 

ソドー

『ムゥ…。』

 

シルヴァン

『………。』

 

—————モーティアス隊本陣——————

モーティアス

『鉄砲第二射急げよ!ただでさえ向こうの方が数が多いんだ。削れるだけ削らないと俺たち迄巻き添えだ‼︎』

 

ヘルムート(モーティアス隊副将)

『若様、敵の後方部隊は如何致しますか?』

 

モーティアス

『それは黒襷隊に任せておけばいいさ。軽騎兵を余してるマサユキにやって貰おう。俺達は中遠距離から援護するんだ。マサユキ達には当てるなよ。啀み合う時間は終わったんだ。(こうなる事もまさかあなたの盤上では織り込み済みだったのですか?宰相閣下?)』

 

———————黒襷隊本陣———————

マサユキ

『モーティアスが支援攻撃に徹してくれるみたいだな。軽騎兵は敵の投射部隊を片付けてこい。指揮はアッシュが取れ、投射部隊はこの場に残り支援攻撃を続けろ指揮はマシュ、トマスに、残りは俺とこい‼︎』

 

アッシュ、ヤートン、ガストン、トマス、マシュ、ミシェエラ『『ハッ‼︎』』

 

マサユキは大剣を大きく掲げると歩兵と騎兵の戦闘に立ち叫んだ‼︎

 

マサユキ

『全軍‼︎突撃ィ‼︎‼︎速き事、風の如く‼︎』

 

黒襷隊全力の突撃はあっという間に帝国兵に届き城壁を登っていない帝国兵は背後から蹄やハルバードの餌食になり登ってる最中の兵は鉄砲と矢弾の餌食になった。ソドーは形勢が逆転する前に撤退する事を決めた。

 

ソドー

『鉄砲か…味な真似をする。お前達が先に用いるとはな。』

 

そう言うとソドーは馬を反転させて逃げていった。シルヴァンは後を追おうとするもまだ多くの兵がおり、それらが阻んだのだ。

 

シルヴァン

『待て‼︎クソッ…まだこんなに居たのか。』

 

しかし城門を超えた兵達はマサユキの大剣と魔法で屠られ、城門は再び外の風景を映し出した。

 

マサユキ

『シルヴァン‼︎無事か?城門は抜けたがまだ敵が多い‼︎敵将も逃げちまったぞ!』

 

シルヴァン

『マサユキ!奴は要塞まで戻り援軍を求める気だ‼︎』

 

モーティアス

『だが追撃しようにも無理がある‼︎』

 

マサユキ

『モーティアス、抜けた来たのか?』

 

モーティアス

『ああ、だが帝国兵が大将を逃す為に戦列を整えてもう一回突っ込んでくるみたいだ。早い段階で引いたみたいだからまだ戦力もそれなりに残ってる。追撃に迎えば流石にこの村も落ちるぞ!』

 

シルヴァン

『クソ…どうすれば!』

 

するとラッパとドラムの音が鳴り響き三人の前に騎馬の一隊が現れた。先頭にいたのはオーランであった。

 

オーラン

『事情は把握している。ここはわしに任せてお前達は精鋭を率いて奴を討て!』

 

そう言った瞬間最後の力を振り絞って襲いかかって来た帝国兵がオーランに迫った。オーランは手に持ったフレイルで全員を叩きのめした。その手際に三人は口が塞がらなくなっていた。

 

オーラン

『何をボヤボヤしておる。早くいかんか‼︎‼︎』

 

マサユキ、シルヴァン、モーティアス

『ハ…ハハァ‼︎‼︎』

 

三人は精鋭の騎兵を集めるとソドーを追い掛けた。道中先頭を行く三人のうちシルヴァンが口を開いた。

 

シルヴァン

『二人とも…助力感謝する。そして謝らせてくれ…あの時はすまなかった。とても褒められた事はしていないと反省している。』

 

マサユキ

『謝るのは俺の方だ。俺は君達の誇りを足蹴にして馬鹿にした。義に反する行為だった。申し訳ない。』

 

モーティアス

『俺も謝らせてくれ…俺は二人のことを頭ごなしに見下し、無礼を重ねた…もう二度とするまい。許してくれ。』

 

マサユキ

『では和解したところで、三人であの男の首を取り、将軍への一歩を踏み出そう!』

 

シルヴァン

『ウム!』

 

モーティアス

『ああ!』

 

因みにこのやり取りを三隊の諸将は一安心と思い胸を撫で下ろしていた。

そうこうしている討ちにソドーに追いついた。マサユキは馬の鞍に下げていた鉄砲を取り出した。だがそれは銃身が切り詰められていた。初めて見るタイプに二人は目を丸くした。

 

シルヴァン

『マサユキ、それは鉄砲か?少し小さく無いか?』

 

マサユキ

『騎兵銃(カービン)と言う。馬上で扱いやすい様に普通の銃を切り詰めて作るものだ。だがこいつはドワーフの鉄砲工場に依頼して造らせた内の一つを貰い、さらにライフリングという銃身の中に螺旋状の溝を彫って弾の射程と精度を上げた特別製だ。』

 

モーティアス

『つまり普通の銃とは比べ物にならない程精度と射程に優れると?』

 

マサユキは構えながら答えた。

『そうだ、だが装填には時間が掛かるし、ライフリングは今の技術では量産は困難だ。』

 

轟音と共に騎兵銃は火を噴いた。マサユキはソドーを狙ったが馬上である為身体が揺れ、射線が僅かにずれ、ソドーの護衛に当たった

 

マサユキ

『クソ‼︎逸れた!だが問題無く殺せるな!』

 

ソドー

『…あの程度か蹴散らすぞ。』

 

帝国騎士

『ハッ…殿に続け。』

 

モーティアス

『来たぞ!みんな準備は良いな‼︎』

 

ソドーの護衛と追撃隊は激しい戦闘を繰り広げた馬上戦はと言うよりどの戦闘でもそうだが、正しく一瞬の隙が生死を分ける。三人の青年は邪魔する騎士を屠りソドーに挑んだが三人掛かりでも攻撃を防ぐので精一杯であった。

 

戦ってる最中ソドーの攻撃を諸に喰らったシルヴァンは体制を崩してしまう、ソドーはとどめを刺そうと槍を振り上げた。

 

マサユキ

『やらせるか‼︎』

 

間一髪‼︎マサユキのバルムンクは槍を弾き、モーティアスは氷の礫を槍を持つ右手に当て、ソドーの右腕を氷塊に変えてしまった。

 

ソドーは逃げ出そうとするがその隙を見逃さなかったシルヴァンが槍を突き入れ、ソドーは絶命した。

 

マサユキ

『勝った…。』

 

モーティアス

『勝ったな…。』

 

シルヴァン

『ああ、勝鬨を上げろ‼︎』

 

騎兵と騎士達の鬨の声が夜の闇に木霊する。それは村や要塞まで聞こえ、ソドーの兵を倒し終わったオーランはそのまま軍勢を率いてマサユキ達と合流すると勢いのまま、要塞を落としたのであった。5カ国連合の初の勝利であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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14話 アルトヘイム若三将は師を得る、ハドシア・エルフラーシュ両軍、帝国領に進軍す‼︎

アルトヘイム王城ではマサユキ達の勝利を聞き、ほくそ笑んでいる国王フレデリックと宰相ホルサスがニヤニヤしながら趣味のチェスに勤しんでいた。

 

ホルサス

『チェック‼︎』

 

フレデリック

『ああ⁉︎ちょっと待て‼︎頼む‼︎一回でいい‼︎』

 

ホルサス

『なりません陛下、待てが使えるのは一敗多い者のみと決めたではありませんか?』

 

フレデリック

『ムゥ…これでまた同点か。して本物の戦場での君の策も成就したのだからさぞ機嫌が良いだろうなクリストフ?』

 

ホルサス

『ハハハ…馬鹿息子共の尻拭いをしたまでの事、見ておけませんでしたからな、かつての我々のように。どうしようもない理由で啀み合う者を友人とは行かずとも戦友として認め合うには戦場で窮地になり、それを突破するのが一番と決まっておりますから敵将には偽の情報を流しました。まんまと引っかかって敵将は要塞を出て、三人は力を合わせた…。無事に成ってようございました。』

 

フレデリック

『かつての我々か、私と君と…そして…。』

 

ホルサス

『彼女です。オートクレール卿は…マサユキは彼女に似ています。こちらに飛ばされた年齢はマサユキの方が上ですがな彼女は17で我らの世界に来ましたから。』

 

フレデリック

『この後彼女に逢いに行こうか…長らく会っていない。彼女に彼らの幸運の女神になってもらうよう頼もう。』

 

ホルサス

(君と同じ世界、国から来た青年は今君と同じように暗黒騎士の素養を示し、戦ってくれている。君達はどうして平和の世の住人なのに良くも悪くも自ら修羅の道を行く。そう言うふうに作られているのかい?日本人は…。ひょっとして彼を使わしてくれたのは君なのかい?死して私達を心配してくれるのか。)

 

フレデリック

『そう言えば彼らについて一つ提案があると言っていたな宰相。今聞こうか。』

 

ホルサス

『はい。彼らが将軍に昇進する前にもう少し戦功を上げさせねば他の者達に示しがつきません。ならばそこで彼らの師にふさわしい将軍達の元につけ修行させようと思うのです。彼らの長所を伸ばし短所を克服できるように教えられる師に。』

 

フレデリック

『ほう、師か。其々につけるのであろう、誰につけるのだ?』

 

ホルサス

『先ず我が息子は私自らの手で鍛え上げようと思います。近々出立する我が第二王室近衛軍団に合流させます。』

 

フレデリック

『ホルサス家の定めを継承する気か…良かろう。して次は?』

 

ホルサス

『モーティアスは、我が父クブルス老に。フィンガーフート卿たっての要請でして、師を得るのであれば気心の知れている戦友が良いと…彼にとってもモーティアスはたった一人の孫息子、ただ一人の肉親。過保護とも言えますがそれで信用における師としてこの国最長齢の大将軍を推薦するのですから流石は宮内卿といった所でしょうな。』

 

フレデリック

『クブルス老から学べば知略に優れた将になるのは確実だな。…して最後は?』

 

ホルサス

『マサユキは…あの御仁に託そうかと…もう一人の暗黒騎士にして、我が国が北方より襲来する騎馬民族やオーク、ゴブリンの大群を防ぐ為だけに創設され、秘匿され続けた北方軍総大将にして影の大将軍に。』

 

フレデリック

『あの御老人か⁉︎他の将と違い一切中央に顔を出さず、最後に顔を見せた時は我が祖父の代だと言うがそんな彼が首を縦に振ったのか?あの変人が、一体どんな魔法を使ったのだ宰相。』

 

ホルサス

『どうやら何処かでマサユキの話を聞きつけたようで要請を出したら直ぐに二つ返事で良しと帰ってきましたよ。併せて今後は総力戦になりますので北方、ハドシア商業王国領と教皇庁の間に伸びる蛮族を防ぐためにアマルガム帝国時代に築かれた『帝国の石壁』を守る為の戦力をアーシェ殿下の軍より割いてくれるので将軍には北方よりノーロット帝国攻めに参加すべしと。すると返事には畏まった、もう二度と敵が来れぬよう完膚無きまで殲滅致すと返してきました。』

 

フレデリック

『ハハハハハハハ‼︎そうかあの御仁が殲滅!これはオークもゴブリンも、騎馬民族ももう二度とアルトヘイム軍を相手するのを拒むようになるかも知れぬな。しかし宰相、将軍の返事、これは…。』

 

ホルサス

『普段であれば応か否でしか返してこない将軍がえらく饒舌になりましたからな、何か意図があるかと、そしてそれは…』

 

フレデリック

『マサユキに先ず己が戦い方を見せ、見て学べと言うことか。』

 

ホルサス

『あの方らしい。もう既にオーラン軍の元にはクブルス老の軍が向かっており、合流次第、兵員の回復と我が幾何軍に合流する為シルヴァンは王都に、マサユキには北方に向かうよう伝令を送りました。』

 

フレデリック

『仕事が早いな。して娘は順調に彼の地に向かっているのか?』

 

ホルサス

『はっ。アリスを供につけました。ひとまず安心かと。アリス騎士団長の軍はリューネ騎士団長が一時的に指揮を代行しております。』

 

フレデリックは席を立つと窓の外に浮かぶ月を見ながら呟いた。

 

フレデリック

『女神よ、どうか若者達をお守り下さい。』

 

そして遠く西方の地、マサユキ達が死闘の末奪い取った要塞の広場では怒号と歓声の渦が起きていた。剣と槍を戦わせるマサユキとシルヴァンがおり、その中心にモーティアスが居る。三人はあの戦い以降行動を共にすることが多くなり三人はここで稽古していたがいつの間にか人集りが出来るほどになっていた。オーランも酒に焼いた川魚を片手にのんびり鑑賞していた。

 

マサユキ

『約束忘れてないよな⁉︎』

 

シルヴァン

『勿論だ。三人のうち一番多く取られたやつが!』

 

モーティアス

『今日の飯を奢る。俺は兎も角二人は大飯食らいだからな本音を言えば此処で共倒れしていただきたいね。』

 

シルヴァン

『残念ながらそうは行かないな‼︎』

 

強烈な突きをマサユキは間一髪で躱し、空いた右手で刀を抜き二刀で反撃した。シルヴァンも負けじと槍と短剣で応戦する。

 

マサユキ

『ダァー‼︎クソあともう少しだったのに‼︎』

 

モーティアス

『ハハッ!左利きの人間は器用だからな。そりゃ警戒されるわな。』

 

するとオーランが立ち上がり三人の稽古を止めさせた。

 

オーラン

『お前達、今日はわしが持とう。客じゃ。』

 

そう言うと深々と頭を下げ道を譲るオーランの後ろから現れたのは大将軍クブルスであった。全将兵が跪いた。勿論それは三人も例外ではない。

 

クブルス

『ホッホッホッ。そんな畏まらんでも良いわい。オーラン、お主の軍はワシの軍に編入じゃ。それとフィンガーフートの孫っ子はおるかの?』

 

モーティアスは呼ばれ直ぐに老将軍の前に出て跪いた。

 

モーティアス

『モーティアス・ド・フィンガーフート参上仕りました。』

 

クブルス

『お主はワシの特別遊軍として我が軍に配属じゃ。次にシルヴァン、お主は父の軍に所属せよ。王都に帰還するのじゃ。』

 

シルヴァンは祖父に言われ、モーティアスと同じ様に行動した。

 

クブルス

『そして最後にオートクレール子爵マサユキ。』

 

クブルスの呼び声に応え、マサユキは他の2人の様に老将軍の前に跪いた。

 

マサユキ

『はっ、これに。』

 

クブルス

『お主は北方、帝国の石壁に向かえ。』

 

居並ぶ全ての将兵が驚愕の表情を隠せなかった。帝国の石壁の説明は先にしたが、そこに派遣されるという公の意味は本来なら帝国方面からしか来れるはずのない北方の騎馬民族やオーク、ゴブリンを見張るという程のいい左遷であった。勿論、マサユキはそれを承知していた。だから衝撃を隠せなかった事に加え、シルヴァンやモーティアスもあまりの事態に開いた口が塞がらなかった。この場にいる全ての将兵が認識している事が有るとすれば、アルトヘイム軍の中で頭角を表している若手の将の筆頭格三人のうちの1人がまさかの左遷誰が素直に認められようか。だが現実である。

 

マサユキは己に突きつけられた現実と戦いながらも震える声で答えた。

 

マサユキ

『は、拝命…致しました…。しからば準備がありますので…御免』

 

マサユキはふらつく足でその場を後にし、黒襷隊諸将や兵達も声を掛けられず、当然他の兵達も出来ず、ただ見送る事しか出来ず、他の2人や上官の2人にも簡単な挨拶のみを残し、トボトボとマサユキは去っていた。

 

その後ろ姿をクブルスとオーランは見送っていた。オーランはクブルスに問うた。

 

オーラン

『マサユキの左遷の原因はやはり先日の昇格式でしょうか?他の貴族達がマサユキの栄達を邪魔する為に王室に圧力を掛け、戦時下においての諸侯の協力を得られないという事態を避ける為、貴族の行動を王室がお認めになったとか。』

 

クブルス

『そんな事があってはたまらんじゃろ?先ず陛下やワシの息子がそんな圧力で負けるタマの小さい小僧どもではないわ。寧ろこれを機にと貴族一掃の口実にするかも知れんぞ、あの性悪息子は。』

 

オーラン

『では何ですか?マサユキの戦功を考えても明らかに不当です。』

 

クブルスは暫く沈黙したがぽろっと口から溢れでた言葉はこうであった。

 

クブルス

『あの酒呑みめ、今度は何する気じゃ。』

 

オーラン

『酒呑み…?』

 

クブルスはかつての部下に聞かれ、しまった…。と思いつつも己の胸中を理解する仲間が欲しかったのか。そのまま溢し始めた。

 

クブルス

『オーラン、お主も覚えておるじゃろ。あの大酒呑みを…本能のまま戦わせたらおそらくこの大陸で最も強いあの男を…。ワシは忘れられんよ、あの戦友を、あの人騒がせな奴を、あやつの尻拭いをさせられ、振り回されてこっちは何度も死に掛けたからの。』

 

オーランはクブルスの言葉に思い出され、畏怖に包まれた、オーラン程の勇将が畏怖するなど先ず有り得ない。だが現にオーランは震えているのだ。身の毛がよだち歯がガタガタ言っている。

 

オーラン

『あ、あの方ですか…?ですがあの方は御隠居…為されたはずでは?ま、まさか…噂の北方軍ですか…?今もあの方は…大将軍として軍を率いておられるのですか…。そ…そんな…。』

 

クブルス

『帝国の石壁は以下に巨大な建物であろうとアマルの様な魔法障壁は無く、老朽化も進んでおる、それに敵もバカではない、長城を越える手段はいくらでもある。民達が考えてるようにのほほんとしていたらワシらは今頃馬に蹴られておるかオーク、ゴブリンに昼飯にされておるよ。』

 

オーラン

『人知れず戦い、第二次ノーロット帝国侵略戦争に際しても秘匿され正規軍の中に記録される事が無かったアルトヘイム精鋭にして、最恐の北方軍…実在しているとは…。』

 

クブルス

『国境の近いハドシア側にもうまく隠しているそうじゃ、ワシも大将軍になったときに知らされた。ともかく、マサユキは呼ばれたのじゃ。あの男に、生存する中では恐らく最高齢にして最強の暗黒騎士オグマに。』

______________________

 

北方に向かう黒襷隊は正しく幽鬼の列の如く暗いものに包まれていた。あれだけ武勲を重ねて、五千人隊になった自分達がありもしない襲撃に備える程のいい厄介払いを受ける事になるとは露にも思わなかった。普通の兵なら安全な後方と思うかもしれないが常に吹雪に襲われる激しい山間に建てられた帝国の石壁はお世辞にも安全な後方とは言い難く寒さに凍え死ぬか、運悪く氷柱が落ちてきてそのまま串刺しになることもしばしばあるとされる程の危険な僻地であった。それを知っているが故に快速を誇る黒襷隊の行軍速度は過去最低であった。(後年残される記録を比較して)

さてそんな中、先頭をゆく諸将の中で先に帝国の石壁を見たのはアッシュであった。

 

アッシュ

『殿、あれが帝国の石壁です。』

 

一行の前には巨大な建造物が現れたハドシアからアルトヘイム、そして教皇庁と跨がるように存在するハドアニアン山脈、そしてアルトヘイム内に自然に発生した窪地をいっぱいに作られたのが帝国の石壁である。険しいハドアニアン山脈のの中で唯一緩やかなこの地は蛮族の侵入にはもってこいであった。そこでアマルガム帝国はその地を山と認識するのが難しいほど平地に開拓して丘程度にし、さらにその先に手が加えられず険しいままの東西に分かたれた山脈に繋げるかのように巨大な城壁を作り誕生したのが帝国の石壁である。

 

吹雪の中にありながらもその巨大な城壁は誰の目にも堂々と姿を表していたがやはりその場には生命の息吹は感じられない。

 

マサユキ

『こんな石の塊が俺たちの当面の家か…』

 

寒さを凌ぐ程度しか期待出来ない新たな職場に一行の落胆は益々大きくなっていったがその時ハーフエルフ特有のエルフにも負けない聴力を持つマシュが不自然な音を捉えた。

 

マシュ

『まってマサユキ‼︎……何か聞こえる。』

 

マサユキ

『まさか雪崩か⁉︎』

 

マシュ

『いえ、でもこれは…馬の走る音、怒号、剣戟の音…これは戦の音よ‼︎』

 

ヤートン

『まさか‼︎ここの警備兵と近くの諸侯がダラダラ訓練してる音じゃないのか?』

 

マシュ

『そんなもんじゃない‼︎……間違いない、石壁の裏で戦が起こってる‼︎』

 

マサユキもピリッと異様な空気を感じ取ったのか辺りを見回し、石壁の近くに裏まで見渡せる岩場が出来ているのを見つけた。そのままマサユキは馬を走らせ、その岩場まで駆け上がり諸将もそれに続く兵達もその辺りで待機し、己が大将が何を見つけたのか理解できずとも血相を変えた程の事だとは理解していた。そしてまるで示し合わせように吹雪は止み、視界は良好、まさに晴天であった。そしてその次の瞬間、マサユキの目に飛び込んでいたのは、十万はいるオーク、ゴブリンの大群に立ち向かう…というより一方的に押し上げている白黒の出立の四万程のアルトヘイム軍旗を掲げる軍勢が戦っていたのだ。

 

それを見たものは信じられないという表情を隠せないでいる。

 

ミシェエラ

『なに…あれ。』

 

ガストン

『とんでもねぇ数のオークにゴブリン…あんなのが毎日帝国の石壁の裏にいたのかよ。』

 

ヤートン

『いやそれよりもそいつらと戦っているあいつらは何だ。味方みたいだが…強過ぎる。ゴブリンは兎も角体格差のあるオーク相手に全く怯まねぇ…槍兵がオークの突撃に動じないなんて信じられねぇ…。』

 

トマス

『御館様あれを‼︎』

 

トマスの指差す先には五千程の騎兵軍団が蛮族の大軍を蹴散らしながら突き進んでいく光景があった。そしてその先頭には装備の豪華な騎士数百名とそれよりも先を掛ける大剣を振るい戦う将軍の姿があった‼︎マサユキはその将軍が暗黒騎士である事を一目で見破った。大剣を持って居るだけの将ならいくらでも居る。だがその漆黒の鎧に纏わり付く魔力これはマサユキにも覚えがあるものだが力は桁外れである。いや寧ろマサユキを惹きつけたのはアリス達三人の女騎士やクブルス老のような物とはまるで違うが似通った威圧感、気配であった。将軍では到底出せないもの。つまり大将軍の威風であった。だがこの将が出して居るものは完全な武人の気風である。それに当てられたのか敵は前に力を踏み出せずそのまま吹き飛ばされ、味方はその後を狂ったように続く。

 

マサユキ

『まるで…まるで…漫画のキャラクターじゃないか…名前は思い出せないけど、あんな感じの爺さんが暴れてたな。』

 

マサユキはかつて転生する前の世界にいる時に読んでいた漫画のキャラクターを今破竹の勢いで突き進む将に重ね合わせていた。そしてその漫画の表現をそのまま使うのなら正しく天下の大将軍と言えるだろうその将はそのまま突き進み遂に指揮を取っていたキングオークやキングゴブリンを次から次へと己の手で討ち取り遂には指揮系統を全滅させた。そこからは蹂躙劇である。騎馬はその将に率いられ順応無尽に走り回り、歩兵は尸の山を築き、弓兵や弩兵、そして魔道兵は魔弾と矢とボルトの雨を降らせた。そして戦列後方に待機する投石機とバリスタは次から次へと火弾やボルトを撃ち込んでいた。普段なら歩兵部隊に投石機を当てるなんて至難の技だが、なにせ敵は十万の塊であるからどこに撃っても効果絶大のこの時は正しく敵側からしたら悪夢である。更に驚くべき事にマサユキは初めて見たがなんと数百程だが天馬…つまりペガサスに跨がる騎士達も騎馬軍団とはまた違う方向から突撃し、敵を敗走させていた。

 

マサユキ

『お、おい!あれはペガサスか⁉︎あんなもんが居るのか。この世界は。』

 

アッシュ

『我等の世界においては優秀な軍馬を除けばそれと同等、または凌ぐ存在といえばペガサスですから珍しくは有りません。我が国では三龍騎士団のアリス将軍やリューネ将軍、アーシェ殿下が騎乗する飛龍や近衛騎士の騎乗する地龍とは別にペガサス騎士が所属し、他国に於いてもペガサス騎士は精鋭騎士団として存在しますが、アルトヘイムはペガサス騎士団はその三騎士団しか存在しないと聞いていましたが、あの軍にも存在していたのですね。』

 

そうこう話して居るうちに戦は終局していった。十万いたはずの蛮族達は殲滅されていき、僅かに残った1万少しが小隊規模になり散り散りになりながら逃げていく。それを見ながら石壁の外で戦う軍勢は勝鬨を挙げていた。その声は山脈中に木霊し、自らは秘匿されて居る存在とは知ってか知らずかは知らぬが精一杯の気勢を挙げていた。そしてその総大将と思しきかの将は自信に満ちた笑みを浮かべながらマサユキ達の方を見た。そんなバカな話があるわけがない。マサユキ達の居る岩場はその位置からだとあまりにも遠い為マサユキ達は到底見えない筈だったがその将は間違いなくマサユキ達を見ていた。マシュですらその距離は見えるか見えないかの距離にも関わらずその将は見ている。実は彼は目でマサユキ達を捉えているのではないのだ。気配であった。だが、だとしてもデタラメである。

 

マサユキ

『俺たちを見てる…なんて人だ。』

 

マサユキは岩場を降りると諸将と兵を引き連れ、石壁の巨大な城門の前に馬を走らせ、自身は道の横に跪いた。すると巨大な城門が開きその将が自らの軍勢を引き連れ戻ってきたのだ。体格は大きく、白髪を肩まで伸ばし、髭も首ほど伸ばし、野性的見た目をした50後半程の男が馬に跨り片手に大剣、片手に盾を持ち、威風溢れる出で立ちで馬に跨っていた。そしてそのままマサユキの前まで馬を歩かせ、そこで止まり軍勢も同じように停止した。そしてその将はマサユキを見ず、そのまま問い掛けた。

 

?

『童マサユキ、これが大将軍の戦じゃ。ワシは軍略、計略を必死に事はせず、勘、本能に従ってワシは戦っておる。お主も目指すところはそこであるな?』

 

マサユキは聞かれたと同時に更に深々と頭を下げ答えた。

 

マサユキ

『はっ。左様でございます。私は故郷にいた時より知識として軍略計略を知りましたが、それを正確に使う力は持っていませんでした。これまで戦い抜いたのは将軍と同じく、本能と思っています。敵がどう動くか感覚的に分かるという才を生まれながらにして授けられました。その才を伸ばしたく存じます。』

 

?

『火じゃ…戦場には火がある。ワシら『本能型』(軍を指揮する指揮官には二つのタイプがあり、敵の動きや生物的本能で軍を動かし、敵の行動を読む本能型と、軍略計略を駆使して知恵で戦う知略型が存在する)の将はその火を燃え上がらせて戦う。方法は幾らでもある。味方の戦意、敵の弱点や行動、色々じゃ。だがそこから大きな火をつけてやればそれは消しようのない大火になる。童マサユキ‼︎』

 

マサユキは身を引き締め、老将の次の言葉を待った、そして理解した。自分がこの地に来たのはこの人に会う為なのだと。

 

?

『どんな局面に陥っても火だけは絶やすな。それがワシらの力になる。まぁワシから学んで行くうちに少しは言っている意味が分かるじゃろう。お主達黒襷隊は我が北方軍に編入じゃ、我等はこれよりハドシア領に入り、同地の軍を支援、共に戦列を組みながら当面の目標、ノーロット帝国第六都市を攻める。全軍、この大将軍オグマに続け‼︎前進じゃぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

全軍

『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

これ程の熱気を持った軍勢はマサユキは知らなかった。当然アルトヘイム軍にも敵であるノーロット帝国軍にもこれ程の熱気を持った軍勢とそしてそれを起こす将は居なかった。そしてその熱気に初対面で全く知らない将軍にも関わらず己の部隊の兵が吊られて鬨の声を上げているのである。

 

マサユキは決意した。この人のような将軍になろうと、このオグマという大将軍から学びとれる事は全て学びとろうと。そしてこの時北西ではハドシア王国軍が、南西ではエルフラーシュ、サン・モシャスの連合軍がそれぞれ国門を越え、帝国領に進軍、それぞれの進路をとり、帝国第六都市に向かっていった。それと同時に反帝国同盟はノーロット帝国に対し正式に宣戦を布告、後に語られる統一戦争が幕を開けたのである。天下を手にする為の戦いが始まったのだ!

 



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歴オタミリオタ介護福祉士が異世界転生して外道鬼畜と言われようと手段選ばず天下と美少女の眼差しを受け続ける退屈じゃない毎日を目指す様です。用語集

世界基本用語

 

三大陸 西方は大陸の七割を支配する大殷帝国と大陸三割と二百を超える大小の島々を支配する東日国が存在する西方大陸通称陽隠大陸、東方の大陸全土を支配するセパルコ朝アルサス帝国が存在する東方大陸通称オリエント大陸、そして大陸西方の海岸から大陸の六割(未開の北方平原を除く)を支配するノーロット帝国、東から大陸の四割にひしめき合うように存在するアルトヘイム王国、商業国家ハドシア、神聖王国エルフラーシュ、海洋国家サン・モシャス、そしてこの中央大陸の国教である女神教(上記後に後述尚西方、東方大陸に関係するものはここでは取り扱わない事にする)の本山にして総大主教座、教皇庁領が存在する中央大陸。この三大大陸がこの世界の概要である。

 

女神教 中央大陸のほぼ全土に普及する宗教である。中央大陸の統一国家であったアマルガム帝国末期に現れた女騎士ソフィエルを神格化したものが女神教である。ソフィエルと12人の騎士と魔法使いの物語は神話、教典としてこの地に生きる者に根付いている。以下に重要部を抜粋。

『この世を作りし大いなる神の娘、女神は我等の為に嘆く、女神決意せり、やがて女神転生し、1人の村娘に生まれ変われり。娘ソフィエル、剣とランスを持ち、軍馬に跨り闇に染まりし皇帝を討ち滅ぼさんと誓う。』 『女神供を得る。12人の騎士、魔法使い、気高き女神の信念を守り、民草に教え伝えん。女神にして、女騎士にして、村娘は、父と母を敬い、兄と姉を抱擁し、弟と妹に接吻し、赤子を祝福せり。民草、それを模範とすべしと声を高らかに上げるべし。』 『女神、皇帝を討ち果たさん。皇帝の骸より闇出し。闇、人の姿に変え、生きとし生けるものを焼き払い、滅ぼせり。』 『女神闇と対決せり、女神闇と相討ち、女神騎士と魔法使いに看取られながら天に昇天せり。女神闇を払い、この地に光齎さん。我等女神の子、光もって闇を払うべし…。』

 

国家

 

アルトヘイム王国

 

女神ソフィエルの騎士の1人、裏切りの騎士アルトヘイムが女神の死後興した国。中央大陸の丁度中央に位置する封建制度の王国である。アルトヘイムは女神教の神話では闇との戦いを前に恐れをなし、戦いに参陣せず女神を守る役目を放棄したとして裏切り者として非難されたが、女神は赦し、自らが昇天する時に他の騎士達と同列に扱うべしと言い残した事により、国を興すことが出来たと伝えられている。国土は狭いが、豊かで、多くの異種族を比較的受け入れてきた。その為ハドシアやサン・モシャスほどではないにしても商業や工業が盛んであり、ドワーフやエルフの移民もよく訪れる。その為国土の割には精強な軍が存在する。王の元に神話の時代から現在に至るまで統治されてきたこの国は神話上裏切り者として扱われ、他国やその民から良いように思われず挙句ノーロット帝国や教皇庁による十字軍に襲撃されるも国柄優秀な軍人を輩出する事から国土を失陥すること無く守り続けている。それは国民の末端に至るまで、自身が女神の騎士の末裔であるという自負と誇りが為す技である。現在の国王はフレデリック・ド・アルトヘイム三世である。尚、現在サン・モシャスには少数ではあるがフリゲート艦隊が停泊している。

 

海洋国家サン・モシャス

 

アルトヘイムの南西に位置するサン・モシャスが国家として認めてもらったのはつい最近の出来事ある。サンとモシャス、この2人は女神の騎士でありながら元は海賊と盗賊である。闇との戦いの後多くのならず者を集め集団生活をしていたものが国として発展したのが始まりであるという。海賊の国というだけあって荒々しい面もあるが、その海軍力と商業力は折り紙付きであり、独自に東方、西方大陸と交易し、他国と一線を敷いている。政治体制は寡頭制であり現在の元首はサン・モシャス海賊艦隊大提督オルティガである。

 

商業国家ハドシア 

 

アルトヘイムの北東に位置するこの王国は女神教の騎士にして商人であり鍛冶屋であるハドシアが興した国である。当初ドワーフと人間の国であったが、そこに錬金術に優れるコボルト、女神に味方したホワイトオークやホワイトゴブリン、エルフといった多種多様の種族が暮らす国として発展し、その結果商業の盛んな国になった。しかし軍事力もそれなりに持ち合わせており、長らく北方平原より来たるオーク、ゴブリン、そして騎馬民族の防波堤を勤め上げるだけあり兵も実に精強である。国家政体は王制であり現女王モアナはハーフ・ドワーフである。(人間とドワーフのハーフ)

 

神聖王国エルフラーシュ

 

アルトヘイムの南東にいちするのがエルフの王国エルフラーシュである。神聖とは神により守られら、何人たりとも犯すべからずという意味が有るが、エルフ族はソフィエル達と共に戦うと最初に声を挙げた種族であった為教皇庁発足後、神聖を与えられ、当時の族長が王として即位したのが始まりである。エルフとハーフエルフ以外は見ないと言われる程排他的な面があるが中央大陸の平和の為に心を砕き行動し続けているのは誰もが知る事実であり、教皇庁と密接な関係にありながらも他国とも友好を築き、橋渡し役にもなることがある。国政は選王侯制であり現エルフラーシュ国王は不在であるが、王位継承候補筆頭である選王侯アリアンヌが暫定の国主を務めている。

 

教皇庁

 

中央大陸全土に広まる女神教の総本山巨大城塞テラ・サンタ・デ・フェレ(聖なる信仰の国)とその周辺の地域を支配する教皇の直轄領である。現教皇はコンスタンティヌス6世である。教皇庁の始まりは女神の従者であった賢者イノケンティスが女神の教えを広める為に故郷の地に城砦を築いたのが始まりである。永らく中央大陸に於いて絶大な権勢を誇ったがノーロット帝国の急拡大と二度の侵略により実権は奪われ、今の教皇庁は帝国の傀儡である。当然帝国からの独立を目指す者が現れるが今日の教皇庁は腐敗が進み、帝国の傀儡と化した時に利益を得る司祭や司教が多く存在した為、教皇庁権威回復は遅々として進んでいない。

 

ノーロット帝国

 

中央大陸東側実に大陸の六割を支配する大帝国である。始まりはアマルガム帝国末期各地で軍閥化した諸侯を征服、支配した大将軍アグリウス・オーディヌス・ノーロットニウスが始祖である。女神の神話と同時期に現れたが女神には従わず、独自の路線でアマルガム帝国、闇と戦う。女神死後盟約を守り女神の地には手を出さず周辺の地域を支配し続けたがおよそ300年程前から未開の北方平原と西側を除く六割の土地を支配に置いたノーロット帝国はやがて西側や隣のオリエント大陸に対して野心を露わにする。その野心は一時、オリエント大陸を征服しかける程であった。そして現皇ミヒェエル3世治世5年の時に第一次帝国侵攻(第一次統一戦争)、治世19年の時に第二次帝国侵攻(第二次統一戦争)を行い、中央大陸全土統一、そして世界統一の意思を確たるものにしている。しかし現皇帝は第二次信仰の折に受けた戦傷が元で病床に長らくついており、宮中は不穏な様子があるらしい…。

 

人物(主要キャラ(メイン・サブ級のみ))

 

綾瀬昌幸(現在はマサユキ・ド・オートクレル伯に改名、爵位は子爵)年齢21→22

 

日本国山梨県甲府市の出身、転生時点では一家で神奈川県川崎市に移住。旧家の流れを継ぐ武道家一家の長男に生まれ、一家で経営する道場で剣道を始め幾つかの武道を習い、歴史や軍記物を好き好んで勉強する幼少期を過ごす。その後介護福祉士として働くが仕事上のトラブルが元で事故死…したかに見えたが謎の声に導かれ異世界転生…アルトヘイム王女ソフィアと出逢う。その後成り行きで本物の戦を経験し、本人の武道センスと転生した世界よりも遥かに優れた文明を持つ異世界人という強みを活かしてアルトヘイム内で活躍する。性格は比較的温厚だが戦闘時は勇敢に戦い、政治、主義、思想に関してはほぼ趣味なっていた歴史勉学のお陰か客観的視点で判断し、冷ややかな意見や皮肉を言う程である。それは自身に敵対的な人間にも発揮し、あらん限りの侮辱や皮肉を言うという一面もあり、かなり裏表がある。しかし真っ直ぐな性格もあってか周りの人間の同情や好意を得ており結果現在(14話時点)に及ぶ地位や人材を得ている。そんな彼は転生した第二の人生を必死に生きている。尚、ソフィアに一目惚れしており定期的に文通密会をしているが周りの人間には大抵バレている。

 

ソフィア・ド・アルトヘイム 年齢20→21

 

アルトヘイム王国王女。国王夫妻の一人娘として生を受ける。息を呑む程の美人である事で有名であり、多くの騎士や貴族から求婚を受けるが断り続けている。アルトヘイム王国の国是にある君主は必ず戦場に赴き騎士、兵と苦難を共にすべしと云う考えに則り軍略や政務を積極的に学ぶ努力家である。その一方でかなり初心だったり、世間知らずな面も多く自身の未熟さを歯痒く思うこともしばしばであった。そんな中帝国の策略によりオーク・ゴブリンの大軍が侵攻、国境城塞都市アマルを守備軍ごと滅ぼし王都に迫った為各地に散っていたアルトヘイム軍が援軍に来るまで王都に残っていた未熟な兵を率いて初陣を迎えた所でマサユキと出逢う。異常な戦闘力と思考で戦うマサユキに翻弄されながらも初陣を乗り越えると以後アルトヘイム再建、および帝国打倒、そして自身の夢である多種族融和共存の為に邁進していく。魔道に優れ、レイピア等の片手剣の腕前も確かであるなど次期国主としての力は申し分ない。尚、マサユキに対して恋愛感情のようなものを抱きつつあるが本人は全く自覚していない。あくまで気になる男の子としてか見ていない。

 

ジィール・ガブドシア・ノーロット 年齢30

 

ノーロット帝国皇太子。無類の戦上手として世界各国から畏怖の対象にされている。彼本人も凄まじい武遊を誇る戦士でもある。性格は明朗快活で兵や民衆の信望も熱いが性急な性格ゆえに側近や兵の苦労が絶えない。オマケに無類の女好きの好色家であり、国内の身分を問わない美女や敵国から攫った女達をはべらしている。ノーロット帝国筆頭大将軍として全軍を束ね、次期皇帝としての存在感は申し分ないが貴族層や富裕層、多くの文官との仲は険悪でありその理由は分かっていない。戦場では一切の慈悲を掛けぬと言われる男ではあるが皇帝である父や兄妹達を愛してやまない家族想いな面もある。マサユキとはアマル奪還戦の折に邂逅し剣を交えた。圧倒的格下のマサユキの潜在能力に気づいていたのか興味を示す。14話現在での動向は不明であるが恐らくアルサス帝国との戦線に赴いていると思われる。

 

アリス・ド・シェフィールド 年齢23→24

 

アルトヘイム王国名家シェフィールド家の一人娘でありアルトヘイム王国が誇る三龍聖騎士団の一つ青龍騎士団団長にして大将軍。普段は王女ソフィアの護衛を務めている。代々騎士の家系であるシェフィールド家に生まれた彼女は不幸にも父を幼少期に戦が原因で死別してしまっている。以後母と僅かに残った家臣達によって育てられた。母は戦と無縁な令嬢として育て平和な生涯を歩ませようとするがアリスは父のような騎士になりたいと思っており反対を押し切ってアルトヘイム騎士学校に入学、騎士となり、家名と父譲りの剣の腕によって得た武勲により将として成長した。ゴブリンの大軍の侵攻以降ソフィアの護衛より軍の将としての任務を果たす様になりマサユキとは何度も共闘し戦友として轡を並べる。

 

アーシェ・ド・アルトヘイム 年齢25

 

アルトヘイム王国王弟の娘。父をゴブリンにより惨殺、母を陵辱、自身も同じ運命を辿りそうになるが近衛騎士に救われ、事なきを得るが顔に大きな傷を負ってしまう。この件で心を傷つけてしまった母は修道院に入ってしまった為叔父のアルトヘイム王フレデリックに養育された。ソフィア以上と噂される美貌を持ち老若男女如何なる種族の者であろうと魅了されるという。父の件以降画面で顔を隠すが性格は穏やかで慈愛に溢れる女性に育つ。しかし力が無かった為に父も母も救えなかったと悔やみ、魔法と剣の修行を重ね妹の様に愛しているソフィアを同じ目に合わせまいと近いアルトヘイム王国の大将軍として戦場に立つ。アルトヘイム王国三龍聖騎士団の一つ聖龍騎士団の団長も兼任している。マサユキと共闘した際ソフィアを守る様に願い出ている。

 

リューネ・ド・ホイジンガー 年齢27

 

騎士の家系ホイジンガー家の娘。ホイジンガー家自体はさほどの家柄では無いがリューネの叩き上げの軍功によって三龍聖騎士団の一つ赤龍騎士団の団長と大将軍の地位を手に入れている為他の2人と少し異なる。豪快な戦い方を好み、帝国や周辺諸国に恐れていたが、アマル襲撃の際、奮戦するも多勢に無勢、虜囚の目に遭い、純潔を奪われる等の辱めを受ける。因みに三龍聖騎士団の構成員の大半は女性騎士なので赤龍騎士団の大半は生きながらにしてゴブリン、オークに陵辱されたのだが、その苦しみから戦後自決や精神が崩壊した者が出てきたが復讐のため立ち上がったリューネを見て再び立ち上がり軍務に復帰した騎士が大勢いた事から部下に信望は大変熱いようである。療養の為一時軍務を離れていたが生き残った騎士達の面倒やマサユキの元にいたアマル出身の15歳の少女の従卒リリィを魔法と戦闘の訓練を担うなど裏方に徹していたが帝国との戦端が開かれた際に復帰、新生した赤龍騎士団と臨時で指揮を取っている青龍騎士団を主体にした軍勢を率いる為軍務に復帰した。

 

モーティアス・ド・フィンガーフート 年齢22

 

宮内卿フィンガーフート翁の孫息子。名家フィンガーフート家の次期当主。幼い頃両親と死別した為祖父母のもとで育てられた。宮内卿の祖父の影響か政治や物の分別を弁えた若者であり、剣や魔法も卓越した技能を持つ。マサユキ、シルヴァンとは共闘して以降友情の様なものを築き、三人で軍人の最高峰大将軍を目指すことを誓い合った。現在はクブルス・ド・ホルサス大将軍麾下遊撃部隊隊長として五千人長の職につき最前線に駐留している。

 

シルヴァン・ド・ホルサス 年齢22

 

アルトヘイム王国宰相クリストフ・ド・ホルサス卿の子息。代々宰相の地位を歴任する家系の出身でありその立場に対する自尊心や自負が強い為マサユキと当初対立するも轡を並べて以降友情の様なものを築き上げる。槍の腕前は常人離れしている事でも有名であり、騎兵が主力の五千人隊を率いている。現在は王都第二近衛軍の司令官を務める父の元に向かうべく王都に一時帰還している。



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15話 受け継がれる力と想い。策謀の帝国

マサユキが北方の地へ飛ばされた意味はアルトヘイムでは知る人ぞ知る名将にして暗黒騎士である、このオグマと名乗る初老の男と出逢う為であった。オグマ率いる北方軍と合流したマサユキ達は当面は北方軍の側面防御の任に就き行軍する軍勢より少し離れた位置で前進していた。2日経った頃で全軍停止、休息を告げる太鼓とラッパがなり黒襷隊もそれに従い兵と馬の足を止めた。そして暫く経たない内に主だった将の集合を告げるラッパが鳴った為マサユキは鎧や兜をちゃんと着直し留守を皆に任せると1人愛馬シャムシュに跨り本営に向かって去っていった。馬上のマサユキは様々な思いを巡らせていた。

 

マサユキ

(オグマという人はどんな人だろう。猛将のイメージは感じ取れたし、暗黒騎士としての力も遠くからでも感じ取れた。戦の仕方も一見めっちゃくちゃに見えたが改めて思えば明らかにわずかに兵の厚みが薄くなっていた場所に強力な一撃を加えて全体に深刻なダメージを与えていた。こんな事が出来るのは圧倒的な野生の勘を持った者のみだ…)

 

他にもそんな将に従う人間はどんな人間か、アルトヘイムの中でも珍しい末端に至るまでが精鋭で編成された軍勢に所属している兵達はどんな連中なのかだとか色々である。そんなことを考えている内に本陣の天幕に近づいた為馬を預けるともう既に他の将は入っていた上座に大将軍たるオグマが座り、その両隣を軍師風の男と筋骨隆々な戦士の風貌をした男が固めていた。

 

オグマ

『皆揃ったな?知っての通り陛下は遂に帝国のバカ共と戦をする事をお決めになられた。永らく王国の影として緑坊主共(ゴブリン、オーク)や騎馬民族を相手しておったワシらにも戦列に加われと命が下ったのでワシらも進軍を開始した訳だ。当面緑坊主共は攻めて来れんし、騎馬民族は宰相殿が何かしらの対抗策を打ち出した様じゃから此奴らも当面帝国の石壁には近寄らんそうじゃ。此処までは良いな?今回の戦からワシらに特別遊軍部隊としてそこにちょこんと座っておる童マサユキ・ド・オートクレール子爵率いる五千人隊が加わった。童マサユキ、皆に挨拶せい。』

 

マサユキは緊張してガクガクになりながらもどうにか立ち上がり自己紹介を行った。無理もない、何せ大将軍の天幕に入ってからというもの恐ろしい程の威圧感が篭ってしまっていてマサユキは完全にやられてしまったのだ。居並ぶ各千人将や五千人将もそうだが、総大将オグマとその両脇を抱える件の武人と軍師が比べ物にならない覇気を放っていたのだ。マサユキは生物的本能で察した。もしこの中の人間を一騎打ちで倒せと言われたら千人将は何とか、五千人将はギリギリ、そして例の三人には唯々痛ぶられるか、一刀の元に斬り伏せられて終わるだろうと。

 

オグマ

『この中で最も若い将じゃ。皆気にかけてやれぃ。この童はワシが弟子として面倒を見る事になったが皆も精々可愛がってやれい。将としてはまぁやるらしいがまだまだじゃ。とりわけ暗黒騎士としては未熟すぎる。まぁそこはワシがみっちり鍛えてやる。武術はジード、兵法、軍略、政治学はシモン、お前達が見てやれ。』

 

巨人と見間違う武人の方がジード、軍師風の装いをしたハーフエルフの優男がシモンである。それぞれ同時に頭を下げた。

 

オグマ

『半日すれば、我が軍にも鉄砲が五千丁程の支給される。それと同時に新兵器の攻城兵器もな。それまで各隊英気を養う様に。解散!』

 

マサユキはホッとした表情を浮かべ席をた…いや違うマサユキは席を立ったのではない‼︎胸倉を掴まれ宙に浮いているのだ。安堵の表情から一転驚愕の表情を浮かべたのは言うまでもないだろう。

 

ジード

『おい小僧、なめたマネやヘマはすんじゃねぇぞ?殿の弟子だ何だで浮かれたりしてふざけた態度や行動をした日にゃあてめーをぶっ潰す。覚悟しておけ。武術の稽古もサボるんじゃねぇぞ?最も俺はてめーが気にいらねぇ。殺しちまっても文句言うなよ?』

 

と、このジードと言う荒くれ者の将軍は言いたい事だけを一方的に言ってマサユキを床に叩きつけるとノシノシと出て行った。マサユキはヨロっと立ち上がるとそれを助けた者が現れたシモンと紹介されたハーフエルフの軍師だ。

 

シモン

『全くジード殿は困った者です。若者いじめがそんなに楽しいとは拙僧には理解出来ませぬな。大丈夫ですかな若人よ。改めて私はシモンと申します。我等が主人大将軍オグマに軍師として仕えている女神教の僧です。』

 

マサユキ

『こちらも改めてマサユキ・ド・オートクレール五千人隊長であります軍師殿。以後宜しくお願いします。』

 

シモン

『僧の身では有りますが俗世に浸かりきった破壊僧に学ぶ事など少ないと思いますが共に学びましょう。女神は生涯は永遠の勉学であると仰せになられたのですから。』

 

マサユキ

『はい、宜しくお願いします!』

 

その様子を見ていたオグマはニタニタと横から口を挟んだ。

 

オグマ

『因みに一番怒らせると手がつけられないのはシモンだからな気をつけろよ。此奴が本気でキレおったらワシは兎も角ジードも勝てん。』

 

マサユキはエッ…と言いたげな顔でシモンを見つめ、当のシモンはそんな訳ないだろうと自身の主君を諫めたが一瞬主君に向けた殺気が凄まじい物であったのをマサユキは見逃さなかった。マサユキは吐きそうになりながらもシャムシュまで這いながら辿り着き急いで跨がると自身の本陣まで飛ぶ様に走り去った。そして着くや否や転がり落ちる様に馬から降り天幕に引っ込んでしまった。幕僚達は天幕の中で待っていたが自身の上官が血相を変えた顔で帰ってきたもんだから面食らっていた。そして察した。

 

幕僚一同

(俺達とんでもない所に派遣されちゃったらしい…)

 

暫くして本国からの補給部隊が到着し、オグマ軍に鉄砲五千とカノン砲20門が支給された。その補給隊の中にはマサユキの顔見知りのドワーフエンジニアが居た。どうやら宰相の口利きで派遣された様だ。マサユキは自領で試作中の兵器の状況を聞いた。

 

ドワーフエンジニア

『うーん…砲は事前に坊(マサユキ)が伝えてくれた理論とサン・モシャスから輸入したカノン砲を元に製作してお陰で粗方完全なんじゃが…砲弾がな…陸地に着いた瞬間爆発すると言うのがどうもな…耐久性がいかんとし難くてな…空中で爆発したりなんだりと上手くいっとらん。コボルトの学者先生達がなんか閃いたらしいんじゃが音沙汰が無いから戦には間に合わんかもしれんのぉ。』

 

マサユキ

『散弾は?それは出来たんだろう?』

 

ドワーフエンジニア

『ああそれは問題なく。普通の弾と一緒に持ってきた。他の軍や国の連中には順次配備されるじゃろうて。最もサン・モシャスではもう実用化されとるらしいからアルトヘイム製とモシャス製の砲弾が当面同盟の火砲を支える事になるじゃろう。』

 

マサユキ

『分かった。ご苦労さん、みんなによろしくな。元気にやれよって。』

 

ドワーフエンジニア

『坊も達者でな。戦で若いもんが死ぬより虚しいもんはないでな。』

 

エンジニア一行を見送ったマサユキは直ぐに大砲の運用と配備の具申を将軍に行うべく天幕に向かい、ある程度上奏した後、己の天幕に戻ると用意してあった紅茶で一息ついた。

 

マサユキ

(数日以内にこの世界での近代戦が始まる。俺が来たからなのか、それとも偶々なのか…明らかに文明の進化が早過ぎる。まるで意思を感じるよ。)

 

翌日行軍を再開したオグマ軍に対し王都アルトヘイムからの伝令が届く、ハドシア領に渡り、ハドシア国門付近でハドシア、教皇庁義勇軍の連合軍が帝国軍を相手に苦戦している為援軍として参加せよというものだった。伝令を受け取り進路を変更したオグマ軍は程なくしてハドシア国門に辿り着いた。その先で同盟軍10万対帝国軍6万が戦っていた。数の上で考えれば普通なら有利なのは同盟だが帝国軍は四万の差をオーク、ゴブリンの奴隷軍団で編成し、帝国に反抗的な民からなのか、それとも同盟ないしはアルサス帝国領の街を襲って拐ってきたのかまたは無惨に敗れた冒険者なのか痛めつけられ血だらけになり、あるいは五体が満足にない女達が板に括り付けられオーク、ゴブリンの常套手段『人の壁』を全面に出し同盟を攻めあぐねさせていた。だが人の壁にされた彼女らには幸いか不幸か、オグマ軍はそれで躊躇する様な連中でなければそれに所属するマサユキは日本人である。過去の日本人のメンタリティを持つマサユキなら彼女らを生きたまま救うという考えは存在していないのだ。

 

戦場に着くやいなやマサユキは将軍に上奏した。彼女らを人として葬りたいと、オグマは了承した。マサユキは自分の隊からプリースト達を集めると彼らに女神教の鎮魂歌を歌わせた後鉄砲隊を整列させ、自ら指揮を取った。

 

マサユキ

(少しでも生き残っていてくれと思うのはエゴだろうな己の罪悪感を拭い去りたいが故だろう。これは戦争なんだ。そして人としての尊厳を守る為だ。彼女らの名誉を守る為だ。)

『鉄砲隊構え‼︎狙え‼︎‼︎放て‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

500丁近い鉄砲が一斉に火を吹き、人の壁ごと後ろのゴブリンやオークを貫き、瞬く間にそれを無効化した…これがお前のやった事だ。お前は彼女らに恨まれても仕方がない。永遠にその十字架を背負えとでも天は言うのか、人の壁にされた者達の内生きている者は居なかった…皆マサユキの号令で放たれた鉛玉で死んだのだ。後に歴史は判断するだろう。この時のマサユキは救世主だったのかただの人殺しか…だが当の本人にとってはどうでも良い事だった。

 

マサユキ

(この程度、最初にこの世界から来た時と同じ事をやっただけだ。何を今更罪悪感に浸る必要があろうか。)

 

一度本陣に戻ったマサユキをオグマ軍の将校達が迎え入れ、オグマは良くやったと言い労い次の作戦を伝えた。

 

オグマ

『童マサユキよ、これより我が軍は中央を味方の軍、両翼を我が軍で固め、敵の軍勢を鶴翼で挟み込んで撃破する。そこでじゃ、お主は左翼先鋒として突撃の先頭に立て右翼はジードが務める。』

 

その言葉に居並ぶ諸将は驚愕の表情を浮かべた。ジードに至っては怒りの形相である。

 

ジード

『何故ですか将軍‼︎何故この様なクソガキが左翼先鋒なのです!』

 

オグマ

『ここに来るまでの間、お主やシモンが見てやってるのを見ておったが中々やるではないか、ジード、何度か打ち合っておるがお主の言った通りに死ぬどころか半殺しにすら童マサユキはなっておらぬし、シモンの評価も高い。そうじゃのシモン?よく出来ておるのじゃろう?』

 

シモン

『はい殿。オートクレール殿は大変勉強熱心でございますし、人より出来るまでの時間は少しかかる様ですが、覚えは早く教える側を裏切る様な真似は致しませぬ。』

 

オグマ

『ワシは此奴の実力を見誤っておった。だから今度は確実に見極める為に本物の戦場で測ろうと思ったのだ。ワシの感が正しければ個人としてはまだまだかも知れんが他の将よりはやるぞ。』

 

オグマは席を立ちマサユキの前に立ち、話を続けた。マサユキは威圧されながらも踏み止まり真っ直ぐ大将軍の瞳を見つめ続けた。

 

オグマ

『童マサユキ、ジードと同等ないしはそれ以上の軍功を稼いで見せよ。さすればこのワシ自ら修行をつけてやろう、それと褒美も取らせる。お主なら出来るはずだ。』

 

マサユキ

『はっ、この童期待に応えて見せます。』

 

オグマ

『その言や良し‼︎では皆解散じゃ。』

 

諸将達はさり、ジードは憎たらしく一瞥し、シモンは御武運をと会釈し去っていき、マサユキはオグマの背中を見つめた後に天幕を去った。

全軍の配置が済むと、マサユキは左翼の最前列より少し離れ、自軍が見える位置に馬を進め振り返った。

 

マサユキ

『……聞け‼︎‼︎アルトヘイムの紳士淑女諸君‼︎遂に戦端は開かれた!敵は栄えある恐怖の帝国軍、と自称しているロクデナシ共だ!本当にそうならゴブリン、オークといった穢らわしい獣共の力を借りなければ女を盾にして戦う事はしない‼︎そんな奴らに我らが負けるはずがない‼︎‼︎我等は敵よりも勇気と火力に優れている、そして将軍閣下は私に期待を寄せられた。私はそれに応えたい‼︎だか無理だ‼︎‼︎少なくとも私1人の力では、だからこそ諸君の力を貸してもらいたい。アッシュ!ヤートン!ガストン!トマス!マシュ!ミシェエラ!皆‼︎俺に力を貸してくれ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

アッシュ・ヤートン・ガストン・トマス・マシュ・ミシェエラ

『ハハッ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

黒襷隊将兵

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

左翼から一際大きな鬨の声が上がりオグマはニヤリと笑い、他の諸将をチラリと左翼先鋒を見やった。

 

マサユキ

『行くぞ‼︎‼︎王家の名誉の為に‼︎‼︎我等の民のために‼︎‼︎女神の為に‼︎‼︎‼︎突撃ー‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

マサユキの号令が掛かると同時に黒襷隊の鉄砲から火を吹き、矢とボルトと魔弾がが空を飛び、そして大砲が火を吹いた。それらは前列の帝国軍に甚大な損害を与えた。とりわけ大砲は攻城兵器と思われていたが実際は歩兵に対しても有効であり、それをマサユキはオグマに伝えていたので、今までの間接攻撃よりも遥かに優れた効果を発揮したのだ。そしてこれによって崩れた戦列にマサユキを先頭にした重騎兵隊が突っ込んできた。強烈なランスチャージを喰らった帝国軍は前衛は崩壊、更に歩兵がその傷口を広げていった。両翼の先鋒の突撃は凄まじく、それを率いる両将の武勇を大した物であった。右翼側でもジード将軍率いるオグマ軍最古参部隊の突撃で帝国軍は夥しい戦死者を出していた。

 

アルトヘイムは弱兵揃い。今までそう言われており、実際他の軍の兵も決して強い訳ではない。だがこの軍だけは違うと帝国兵は思った。明らかに段違いの強さであった。この白色の軍勢は戦い慣れていた。何よりゴブリンは兎も角、オークですら全く歯が立たないのだ。人より力のあるオーク族が力負けしているのだ。そしてそれを率いる先頭の大男に関しては大斧を振るい、ゴブリンもオークも人も何もかも全部を真っ二つにして突き進んでくる。更に中央からも恐ろしい雄叫びを上げながら突っ込んでくるこの白色の軍勢の総大将であろう老将が大剣を振るい突撃してきており、それを他の軍勢が追う形になっていた。

 

火力、士気、その他にも全てにおいてこの場にいた帝国軍の全てを凌駕した同盟軍は程なくして敵十万を血祭りにあげ、夕刻には勝鬨を挙げていた

 

ガストン

『勝った、勝ったぞ‼︎』

 

マシュ

『みんな勝鬨をあげなさい‼︎マサユキに、我らが隊長に‼︎‼︎』

 

将兵

『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎』

 

マサユキ

『皆良くやってくれた、勝ち戦だ。勝鬨をあげよう!』

 

マサユキはそういうと懐から扇子(カズマ、カテキ兄妹より譲られた物)を取り出し大きく上に振り上げた

 

黒襷隊全将兵

『栄‼︎‼︎永‼︎‼︎‼︎‼︎雄ォォォォォォォォ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

勝鬨を上げ終わったマサユキはまたしても宙に浮く羽目になったいつの間にかジードがマサユキの後ろに馬を立てておりマサユキが振り返った瞬間またもや胸ぐらを掴んだのだ。これには黒襷隊将兵は怒り狂った。だがマサユキは静止した。ジードは何か言いたげだったが結局手を離した。そして後ろに下がるとオグマとシモンもマサユキを労いに来ていたのだった。

 

オグマ

『良くやったな童マサユキ。まさか敵将の首まで取るとは思わんかったわい。』

 

マサユキは最初の突撃から三度目のランスチャージで敵陣後列まで貫く事に成功し、そのまま敵将の首を取ることに成功していたのだ。尤も敵将は凡将であった為呆気なく終わったが…

 

マサユキ

『いえ、此度の武勲は私の献策を受け入れて頂いたオグマ将軍と我が隊の将兵によるもの。私は大した事は全くしておりませぬ。』

 

オグマ

『フン、まぁ良いわい。約束通り戦功稼いできたからワシが自ら修行をつけてやるぞ。ジードの奴歯軋りしておるわ。ククッ、あとお主の褒美じゃがな、童マサユキ!』

 

急に大声で呼ばれたマサユキは姿勢を正した。

 

オグマ

『お主、名を変えぃ。』

 

マサユキ

『はっ!…は?え?えぇ⁉︎』

 

マサユキは自分の耳を疑った。無理もない事だった。思わず聞き返そうかと思ったが呆然としてしまったが故にそれすらも敵わない。

 

オグマ

『マサユキ・ド・オートクレールだとあんまりにも語呂が悪いからのぅ、お主がこの調子で軍功を稼げば将軍になる。そうなれば何度もフルネームで呼ばれるだろうし、格好もつかん。よってワシが名付け親になってやろうぞ!』

 

マサユキはまだポカンとしていたが頭の中では思考は停止していなかった。マサユキ自身も自分の名前とこの国での新しいホームネームが実に不釣り合いな事を煩わしく思う事もあった。何度か改名を考えたが自分の名を捨てる事は元の世界の両親や一族、先祖に申し訳が立たないと思ったのと名家オートクレールを継承して思い上がっている、増長していると思われる危険性があると判断していたからだ。しかし今千載一遇のチャンスが到来しているのも事実だった。マサユキの答えは

 

マサユキ

『ありがたく拝領いたします。これからは義父上とお呼び致さねばなりませんな。』

 

オグマ

『そこまでせんでええわい、気持ち悪い。…さてそうじゃのう…。フム…ヨシ。』

 

オグマは息を大きく吸い込み、この地一帯に聞こえるように大声で命名した。

 

オグマ

『この場にいる全ての将兵がお主の新たな名前の証人じゃ!マサユキ・ド・オートクレール子爵、汝の新たな名は…

 

 

フリードリヒ・マサユキ・ド・オートクレール

 

 

そう名乗るがよい‼︎‼︎』

 

マサユキは新たな名よりも師がこの世界に持ってこれた数少ない財産である親から貰った名前を残してくれた事に感謝した。以降歴史書には

フリードリヒ・M・ド・オートクレールと書かれる事になる。新たな名を将兵達は連呼した。

 

将兵

『フリードリヒ・ド・オートクレール子爵万歳‼︎‼︎フリードリヒ・ド・オートクレール子爵万歳‼︎‼︎』

 

この騒ぎを遠巻きから見てる者達がいた。

ハドシア王国総大将オルランス伯爵と教皇庁製騎士団団長ヴィルジャンス卿である。この2人も軍を率いて同じ場にいたのだ。

 

ヴィルジャンス

『アルトヘイム王国にあれ程の強者が居たとは、騎士の国は衰えてはいなかったのだな。』

 

オルランス

『歳は卿の方が幾つか上くらいだな。新しい世代の出現はいつの世も良いものだ。いつか共に轡を並べて戦いたいものだ。』

 

同盟の勝利で沸いている一方、ノーロット帝国帝都では文武百官が皇宮に集結していた。その中で一際存在を放つものがいた。皇帝の子供達である。

 

この場にいる子供らを順に紹介すると

 

長女

オクタヴィア・フォン・ノーロット 帝国第一皇女

『帝国近衛飛竜騎士団団長兼帝国軍近衛第二軍団軍団長』

 

次男

オスカー・フォン・ノーロット 帝国第二皇子

『帝国重装魔法騎士団団長兼帝国軍近衛第一軍団軍団長』

 

三男

アウグスト・フォン・ノーロット 帝国第三王子

『帝国重装斧歩兵軍団及びドワーフ帝国名誉市民義勇軍軍団長』

 

次女

シュザンナ・フォン・ノーロット 帝国第二皇女

『帝国軍神聖魔導士・武装神父戦鎚歩兵軍団軍団長兼帝国軍近衛第二軍団副軍団長』

 

時の皇帝、ミヒャエル・シーザー・フォン・ノーロットの五人の子供のうち四人が一堂に皇宮に会しているのである。16の成人後それぞれの軍団を率いて任地にて帝国の威信を広めていたこの皇帝の血族たちが集まる事は歴代最強の武勲を誇るミヒャエル帝の血を引く五人の偉大な戦士が集まる事と同義であり、文武百官に例えようのないプレッシャーが掛かっていた。信じがたい事だが半年前に成人したシュザンナはまだ16である。見かけはあどけない少女で有るのに、教皇庁仕込みの強力な神聖魔法(他者を癒したり、光の力で攻撃する魔法の系統、他に不死者やゾンビ、亡霊の除霊等もこの魔法で行う。)の使い手であり戦鎚の使い手でも有るのだから、驚きしか無いだろう。

 

さてこの場に居ない長男ジィール・ガブドシア・ノーロットは何処にいるのか?文武百官が周りを見渡すと国務省書が玉座の横まで歩いていき高らかに叫んだ。

 

国務省書

『神聖不可侵にして全世界の支配者、ノーロット帝国皇帝ミヒャエル・フォン・ノーロット陛下御登壇‼︎‼︎』

 

その場にいた全てのものが跪いた。玉座に座った老人は豊かな白い髭を蓄え、衰えたとはいえ逞しい筋肉を黒衣の衣と軽装の鎧で包んだ堂々たる武人であった。しかし、顔には生気が無く病に侵されて長いのだと子供でも分かる状態であった。

 

皇帝ミヒャエル

『皆、面をあげよ。』

 

皇帝の声に皆が呼応し立ち上がる。皇帝は軍議を始めると言うと、一人の貴族が口を挟んだ。

 

貴族

『恐れながら陛下、この場にジィール殿下がいらっしゃいません。先のアルサス帝国軍との戦にお出になられて以来戻られておりませぬ。全軍の総大将たる殿下を差し置いて軍議を開いて宜しいのでしょうか?』

 

皇帝ミヒャエル

『心配するでない。我が息子は現れる。そう今この瞬間な。』

 

言い終わった瞬間、大広間の戸が開き、ジィール直属の騎士団通称黒色騎士団がハルバードを持って整列し出口から皇帝迄の道を作った。そしてその間をジィールが歩いてきた。手には自身のハルバード、そして何やら薄汚れた麻袋を持っていた。ジィールが一歩ずつ歩くたびに覇気が飛び、居並ぶ者達を威圧した。そして皇帝の前に着くと跪いた。

 

ジィール

『遅れて申し訳ございません。途中砂嵐にあい足を止めておりました。』

 

皇帝ミヒャエル

『致し方ない。して我が息子よ、大将軍よ。首尾は如何に?』

 

ジィール

『こちらをご覧あれ。』

 

ジィールが持っていた麻袋をひっくり返すと中からゴロッと音を立て、四つの男の首が出てきた。大広間はどよめいたが、三男アウグストが己の得物である大斧を床に打ちつけそれを静止した。

 

ジィールは首を並べると誇る様に言った。

 

ジィール

『セパルコ王朝アルサス帝国大将軍(エーラーン)クヴァシルヒ・ホークハント、以下3名の現皇帝派の万騎長悉く我が手にて討ち取りましてにございます。それに合わせ敵軍将兵25万、敵国についた裏切り者の民も含め反抗した民衆4万を血祭りに挙げましてにございます。』

 

大広間はおおっ‼︎歓声が上がった。将軍4名の死亡、兵、民衆合わせ30万近くの犠牲は中央大陸におけるアルサス帝国の人間の六割がたを死なせたことになり、アルサス帝国の侵略を挫くには十分なダメージであり、更に老いて命数も少なく、帝位を若く有能な孫に継がせようとする現皇帝の政治バランス(現在アルサス帝国では皇帝派も貴族、宦官との連合と権力闘争の最中にある。)を完全に瓦解せしめたのだ。まごうことなき大戦果であった。

 

皇帝ミヒャエル

『流石は我が息子よ。お主が居れば我が帝国は安泰。では弱った父の為にもう一働きをしておくれ。オスカー、軍議を始めよ。』

 

オスカー

『はっ!諸君、知っての通りだが、アルトヘイム王国、サン・モシャス自治領、エルフラーシュ神聖王国、商業王国ハドシアこれらを僭称する叛徒共が教皇庁聖騎士団、及びその直轄地歩兵団の半数を伴い、遂に衛星国を飲み込み、国門を通り恐れ多くも神聖不可侵なる皇帝陛下の領地に足を踏み入れた。現在敵軍は連合を組み第六都市を落とし、第四都市を、攻囲せんとしている。だがそれまでだ。諸君が私が事前に渡した命令書の通りに行動してくれたお陰で敵軍は我が帝国の奥深くに足を踏み入れ、補給も不安定な状態になり、領地より富と物資を引き揚げた事により彼奴等は日上がり始めている。おまけに我が軍が敢えて負けている事にも気づきもしない。己の力で勝ったと思い上がっているがその実連中は死に体で有る。第四都市司令官には程々抗戦し撤退せよと伝えてあり、妨害行動として現在新兵器大砲に換装を完了した帝国第二艦隊が第四都市近辺の海域で通商破壊に出撃している。二線級とは言え我が軍の重装艦隊であり、艦隊司令官は歴戦のグスタフ・フォン・オッペンマイヤー将軍が指揮を取る。仮にサン・モシャス、アルトヘイムの艦隊が来ようとこれらが蹴散らし、それを皮切りに疲弊しきった敵軍が第二都市を攻囲している隙に全軍を当て彼奴等を屠るのだ。絶望した彼奴等は鎧袖一触で敗れるだろう。』

 

なんて事だ!今までの同盟軍の勝利は敵よって作られた偽りの物だったのだ‼︎確かに同盟軍は開戦直後順調に軍を進めていたが屈強な帝国軍の妨害は余りにもお粗末な物だったのだ。最初こそ警戒はしたが立ち続けに得る勝利が彼らの目を曇らせたのだ。そして同盟軍は占領した街や村に入るが物資を得られず逆に放出するという事態を繰り返し続けていた。前線にはホルサスも出ていたが神算鬼謀の彼を持ってしてもそれを見抜けなかったのだ。しかしこれには理由があり、それは帝国の主力がアルサス帝国との戦線で膠着しているという情報があり、物資の不足が目立ってきたが補給線を破壊される心配が無いことからそれに則って行動していたからであった。しかし現実は帝国軍の戦力は現在、更に分散していた軍もまたジィールの功績により集結してしまう。もしこの状況をホルサスや各国首脳、各国大将軍、将軍が知っていれば歴史は変わっていたかも知れない。

 

オスカー

『帝国の忠臣達よ!今こそ反撃の時だ。敵軍は自ら死地に入った事を理解していない今こそ叩く時なのだ。全軍第二都市に集結し時を待つのだ。今作戦の総参謀長は私が務める。総大将は兄上、ジィール・ガブドシア・ノーロット皇太子殿下がお勤めになられる‼︎皆皇帝陛下に誓いをせよ‼︎帝国万歳‼︎‼︎勝利を帝国に‼︎‼︎』

 

文武百官

『帝国万歳‼︎‼︎皇帝ミヒャエル陛下万歳‼︎‼︎帝国に勝利を‼︎‼︎‼︎ジーク・カイザー・ミヒャエル‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

帝国の反撃は始まろうとしている。そしてこの時昌幸は自身に起こる悲劇を全く予知していなかった………。物語は始まったばかりなのだ。

 

 

 

 



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16話 北方騎馬民族スレン族・鈍色灯台入江沖海戦

戦争が続く中、ソフィアとアリスは馬を引きながら雪原を歩いていた。目指す先は騎馬民族スレン族の交易場である。スレン族といっても実際は大小十数の部族の集合体であり約2世紀程前に新興種族スレン族に統一されたのだ。二人はこの先にある交易場に寄り、スレン族の族長の所在を確かめるのが目下の目的であった。スレン族は遊牧の騎馬民族なので基本家畜を追って冬季の為雪に覆われた平原を駆け、夏になれば作物を作る。だが唯一の例外が平原の中心に位置するスレンの揺籠と称されるアルトヘイムの王都にも劣らぬ巨大な石造城塞都市があり、そこにスレン族の本拠と族長の住う宮殿があるのだが、時折族長はそのスレンの宮殿を留守にする。理由は二つ、一つは掠奪のため、もう一つは平原の各地に散らばった同胞の様子を見るためである。そして都市にまで無事に帰る様に叱咤激励し彼らの労を労うのだ。つまり現在の族長の位置が分からねばソフィアは長い時間この平原を彷徨う羽目になるのだ。当然、そんな事があっては堪らぬし、特にアリスがそれを酷く心配していた。実は二年前、スレン族は大軍を三つ編成し、一つノーロット帝国、一つはハドシア王国、そしてアルトヘイムに略奪戦争を挑んだのだが、三つとも撃退され、特にアルトヘイムに至ってはその相手をしたのはオグマである。(アリスも五千人将として水龍騎士団を率いて参戦していた。)三軍の中でもとりわけ損害が酷いため、この三国の内最も怨まれているアルトヘイムの姫君が自分達の国に居るなど知れば何をするか分からなかったからだ。

 

ソフィア

『アリス、雪が強くなって来ましたね。』

 

アリス

『はい殿下。しかし流石スレン族の外套です。寒さを全く感じない所か、鎧すら簡単に覆ってしまう。我が軍にも同じものがほしいものです。』

 

ソフィア

『今回の盟が叶えばその外套も手に入りますよ。交易場は…あれね。立派なとは言えないけど暖かそう。ハドシアの通行手形と商談優先券が有るから楽に通れると思うけど。』

 

アリス

『何にしてもお気をつけください。ハドシアの商人ではなく、アルトヘイムの王族、いやアルトヘイム人だと分かった瞬間襲い掛かるやも知れません。その時は躊躇せず剣と魔法を使い、馬を手に入れるのですよ。』

 

ソフィア

『わかってるわ。それよりも着いたから先ずやる事、この交易場の管理人に会わないと。』

 

二人は宿を見つけると馬を止め、管理人の居る小屋に入り偽造した身分証明書を出した。

 

管理人

『ハドシア王国商人ミューゼル商会のソフィア・ミューゼルとその護衛の双剣術士アリス・スール・キルヒアイスっと…他国の商人は基本ここの様な交易場やスレンの揺籠でやる事と決まっている。なのに族長自らに商談を持ち掛けたいから現在地を教えろとはどう言う事だ?一回の余所者にそんな事は教えられないし、族長と交渉したいなら尚の事スレンの揺籠に出向く方が確実だろう。先ずお前達は何を商売しに来たのだ。』

 

管理人が訝しげに聞くと、ソフィアはポケットから印鑑を取り出した。それを見た管理人は表情を変えた。

 

ソフィア

『管理人なら知っているでしょ?それはハドシア王国王党派の双璧大商人シモン・デュテールの紋章を象った印鑑。これを持つ者はシモン・デュテール様の代理としてハドシア王国の国事を担う者に任じられているという事。両国間の大事な商談を遅らせるどころか妨げでもしたら貴方はどうなるかしら?スレンの刑罰は過酷だとか、生きながら馬に裂かれたり、男根を引き千切られるとか…賢明な判断を期待しますわ。(私なんてはしたない事言ってるの…。)』

 

管理人

『失礼…いや失礼致しました。直ぐに伝書鴉をお送りして周辺の交易場と揺籠に確認を取ります。現在族長は狩りのため揺籠を留守にしている筈ですので、それとお手数ですが…もしお会いできた暁には〜…』

 

ソフィア

『ええ、お伝えします。宿に下がっても?』

 

管理人

『お送り致します。』

 

ソフィア

『結構、キルヒアイスが居ますので。』

 

二人は小屋を出るとソフィアは顔を手で覆った。ソフィアは赤面している様であった。

 

ソフィア

『私男の人のなんて見た事ないのになんて事を…。』

 

アリス

『大義のためです。それに姫様はお年頃なのですからそろそろ姫事の稽古も為さらないと。お子を産むのもまた使命です。』

 

ソフィア

『言われなくても分かってるわ!ただ緊張するだけよ。第一それは貴女も一緒です!』

 

アリスは少し意地悪く笑いながら首を垂れた。だがお陰でアリスは緊張が解れたのか頬を膨らましていた。

 

アリス

(良かった。少しでも気を抜かないとこの方はお倒れになってしまうから過剰かも知れないけど寧ろ今はこの方が良いかもしれないから。)

 

宿に戻り、軽い食事を済ませた二人に先の管理人が書状を持って恭しく現れた。何と幸いにも族長はこの交易場から少し東に行った辺りで野営しており、揺籠への帰還の準備を始めている最中だったのだ。直ぐに案内を二人は頼むと管理人が用意した駿馬が用意されており、護衛の為二人の騎士が待機していた。四人は直ぐに交易場を出て族長の一団の野営する天幕迄駆け抜けた。護衛の騎士が話をつけるために離れるとアリスはソフィアに気になっていた事を質問していた。

 

アリス

『そういえば殿下は何時頃スレン族の知識と知己を得ていたのです?聞かされた時は驚きました。姫様に外国の御友人が居るとは。』

 

ソフィア

『九年ぐらい前の話なんだけど、アルトヘイムの王都にスレン族の使節団が来た時が有ったわよね?その時に族長に着いてきた若い戦士風の青年と知り合ったの。その人から沢山スレン族の話を聞いたわ。馬の扱い方、食べ物、歌、踊り、戦士達の武勇。私の夢が始まったのもその時よ。その人と私は夢を共有したの。』

 

アリス

『成る程そう言う事情がお有りでしたか。それでその青年は、族長についていたのであれば近衛の戦士の筈、家柄も良いでしょうから口利きを期待出来ると?』

 

ソフィア

『いーえ。もっと良い結果になると思うわよ。後で分かったことだけどその青年は次期族長、つまり族長の一人息子だったの。女の兄弟が何人かいた様だけどスレン族の習慣は余程の事が無ければ女性の世襲権は無いから生きていればその青年が族長になっている筈つまり。』

 

ソフィア・アリス

『つまり互いが同じ目的を持っているなら腹を割って話しやすい‼︎』

 

二人は楽観的に話していたがこの時彼女達の考えが甘い事を知っている者は本人達を含め誰一人知る所では無かったのだ。

 

族長の天幕に通された二人は待つ様に言われてから20分程待ちぼうけを喰らっていた。

 

アリス

『何か嫌な予感がして参りました。』

 

ソフィア

『………。』

 

すると一人の立派な戦装束に身を包んだピンク色の髪をした猫人の女が現れた。歳は30になった所だろう。略奪品だろうか?サン・モシャス製の両刃の剣にエルフラーシュの高級な金細工のクロスボウ、更にアルサス帝国の象牙のピストルまで下げている。後ろに着く衛兵もアルサス帝国産のマスケットと彼らの伝統的な剣で武装している。ソフィアたちが持ってないと思っていた銃火器で武装した衛兵に守られたこの女はスレン族の高位な存在であることは明らかであった。だが彼女らの驚愕はまだ終わらない。

 

『顔を上げなさい。ソフィア・ミューゼル、いやプリンセス・ソフィア・ド・アルトヘイム。』

 

ソフィアとアリスは更に驚いたのは無理もない。ハドシア王国の協力の元完璧な偽装を施したにも関わらず正体がバレたのだ。

 

?

『知らぬ存ぜぬと誤魔化しは効かないよ。あんた達はハドシアの北方から来た。あそこは私達の商人もいれば族長の鼠と云われるスパイが幾人か居る。ましてや敵の多い王党派の双璧シモン・デュテール公の商人が北方に行くとなれば商売敵の共和派は理由と商談をぶっ潰したいが為に情報を手に入れ私達に垂れ込む。味方の情勢を少し理解しておくべきだったわね。』

 

ソフィア

『…貴女は一体どなたです?大ハーンは如何いたしたのです?』

 

?

『二年前、私達スレン族はアルトヘイム、サン・モシャス、そしてノーロット帝国に三方面の大遠征を敢行した。結果私が率いたモシャス方面軍は王都の城壁を守る黒い悪魔、あのむさ苦しいオルランスに阻まれ、アルトヘイムでは帝国の石壁のジジィ(オグマ)に追い散らされ、帝国を攻めた本軍の弟、私の可愛いテムジンは一騎討ちの末、ジィール・ガブドシア・ノーロットに討たれ、帰ってきたのは首が無い身体だけだ。』

 

ソフィア

『そんな…テムジン様が…あの戦いで…そんな。』

 

?

『アンタが泣く事じゃない。私の弟はここのどんな騎士や貴族達よりも強かったが、私とジィールのクソ野郎よりは弱かった。それだけだ。』

 

ソフィア

『では貴女が…テムジン様の姉上、狐族の長。』

 

ユイコ

『そう、私が今のスレンの大ハーン。狐族の長、ハーン評議会の主人、狐のユイコ。アンタら風の名前だと、ユイコ・フォックスだ。』

 

ソフィア

『大ハーン・ユイコ。謹んで申し上げます。我等反ノーロット帝国同盟鷲獅子同盟への参加を要請します。帝国打倒の暁には帝国により失陥した不凍地の農業地帯、更にそこから幾分かの領土の割譲とそれの発展のための人材と支援をお約束します。そして長らく教皇庁によりスレン族の国家承認の申し出を禁止されておりましたが、鷲獅子同盟参加国全ての君主の名に於いて一国家であると承認致します。』

 

ユイコ

『魅力的な提案だ。宜しい同盟に参加しよう。ただし、途中参加した国に同盟加入前に発生した戦争への強制参加の決まりは無い。もし参戦せよと言うのであれば断らせてもらうよ。』

 

アリス

『何を馬鹿な‼︎この同盟が何の為にあるかを分かって言っているのか‼︎この同盟は…』

 

ユイコ

『対ノーロット帝国の同盟。だがお宅のあの切れ者の宰相はアルトヘイム以外の国を飲み込むための道具としか思ってない。意味は弁えてるさ。』

 

ソフィア

『否定したいところですが…その通りです。もしよしんば帝国に勝てたとしても、次は確実に同盟諸国間の覇を競う戦いが始まるのは火を見るより明らか。でもそうなる前に謀略を以て国を統一する。それがホルサスおじさま…宰相ホルサス卿の思惑です。』

 

ユイコ

『今我等も一つ岩とはとても言い難い。私の即位に反対した者達とそれから私を守ってくれようとしている父祖からの重臣や姉妹達の暗闘がスレンの揺籠でもそしてこの平原の何処かで繰り広げられている。自分の部族を纏めるので精一杯なのに他人の戦に首を突っ込んでその見返りに侵略を招く事になると知って何故盟を結ぶ?』

 

ソフィア

『お言葉ですが、大ハーン。私達はこの平原への野心は微塵もありません。ただ力を貸して欲しいとお願いしに参ったのです。そして見返りは今貴方達が一番欲しがっているものを差し出しているのです。この盟をお捨てになるのはうつけのする事です。』

 

アリス

『土地や作物、労働力としての男の奴隷も、子袋、慰み物としての女の奴隷もあんたらからにしろ、ノーロットの連中からにしろ自力で手に入れる。寧ろ帝国につけば見返りでもっとくれるかも知れない。』

 

ソフィア

『ええそうです。でも貴女が真に欲している物めはない。』

 

ユイコの眉がピクリと動き、アリスとハーンの取り巻き達は息を飲むばかりであった。

 

ユイコ

『私が真に欲しい物?それは天使と見間違うほどの美男子か?天女と同じくらい美しい美女、美少女か?大抵の私の噂を知る者はそう言うがそんな物は今でも簡単に手に入る。なんならこの後まさにそれら10人ばかり全員朝まで乱れさせるしその中に加えてやっても良いよ?』

 

ソフィアは一笑し返した。

 

ソフィア

『いいえ、貴女が欲しているのは友。共に草原を馬で掛け抜けてくれる者です。今貴女は自ら欲している物を教えてくれました。一つは弟君の為の復讐。そしてその為の権力闘争の後ろ盾といった所でしょうか?貴女は本当はテムジン様の復讐をしに帝国領へ進軍したいと考えていた。王都に居らず、こんな所でしかも重装備の戦支度までして、狩りや巡視にしてはあまりにも大袈裟です。反対派に止められて軍を興せなくなった。或いは興す為に反対派を粛清しようとしたが自分と自分に味方する氏族達だけでは不安が残る。どちらにしても味方が欲しい。仮に軍を用意出来たとしても単独で帝国と戦うのは得策では無い。何処かと盟約を結び、戦力を提供する代わりに兵糧だけでも賄ってくれるところが欲しい。そんなところに私達が盟を結びに訪ねてくる、正に行幸だが国を守る為には下手に承諾する事だけは避けねばならないだから敢えて突っぱねて反応を見たかったのでしょう?』

 

ユイコが口元を緩め、微笑したのをみたソフィア

は更に続けた。先の条件と共に北方の平原スレン族の領地一切に手を出さず独立保証を加えて全面的に大ハーン・ユイコ・フォックスの王位を全面的に支持すると言う条件を出したのだ。

 

ユイコ

『弟の言う通り、アンタは話のわかる奴だ。何より信用できる。早速約束を果たしてもらうとしようか。私と一緒に揺籠に来ておくれ。今アルトヘイムから盟約を結ぶための使者が来てるって氏族を全員集めてある。その場で反対派を全員始末する。あんた達二人も腕が立つんだろう?力を貸してくれよ。』

 

アリス

『殿下。』

 

ソフィア

『分かりました。必ず終わったら援兵を出すと誓いますね?』

 

ユイコ

『風に賭けて‼︎すぐに出陣出来るウチと氏族の軍合わせて15万の軍で参戦しよう。』

 

二人は固く握手すると、馬に跨りスレンの揺籠迄馬を走らせた。ソフィアとアリスは招待がバレる訳には行かないのでユイコの護衛の女性兵に扮して揺籠に入城した。一行は真っ直ぐ宮殿に向かい、待っていたユイコ側の氏族の一人に会った。ユイコはその氏族にこう伝えた。

 

『風来たる』

 

氏族はそれを聞くや否や会釈するとすぐに去っていった。会議場の隣室で一度、一同で打ち合わせを行った。会議をしつつ絶好のタイミングでユイコが合図し、その合図と共にソフィアとユイコ派の兵達が反対派の氏族を皆殺しにする事になった。幸いにも宮廷中で反対派の人間の掃除が行われており、完全に密室の会議場にいる反対派は何が起こっているか知らず、何かをしようにも全てユイコに筒抜けであった為、企みを水泡に期してしまったのだ。

 

ユイコは一人会議場に入っていき隣室の一同は壁に耳を当てた。会議場にはスレン族を構成する全ての氏族長が集まっていた。先ずユイコは玉座に座ると、諸氏族に遅刻した事を詫びた。そして会議を進めた。

 

ユイコは先ず自分が意見を述べた。同盟に参加し、帝国を打ち倒すべしと。ユイコ派の氏族長達は全員、『そうだ‼︎その通り‼︎』などと叫ぶが反対派の主犯格は反対意見を述べた。先ず二年前の敗北から立ち直っていないこと。南側の国々と手を結ぶなど今日までの経緯を考えても不可能だと。他にはもう秋も中頃であり、冬が始まろうとしているのに一部とは言え15万の人員を動員すれば越冬に差し支えると言う氏族長もいれば、同盟軍が見返りに女や金品、食糧に軍馬、武器、兵器、そして領地を差し出せと言っても応じるとは思えない。仮に応じるとしても今述べた全てを満たさねば決して出兵などせぬと言う氏族長まで現れた。

 

反対派氏族

『…以上をもって我らの上申を終えまする。大ハーンには厳正な判断を持って明断して頂きたく存ずる。』

 

ユイコ

『…諸侯の言い分はわかった。このハーン会議に於いてハーン達の賛成多数の意見が尊重されるのが掟だ。此度の盟に反対の諸侯はこの場の六割、私が取るべき道は決まった様なものだ。諸君らの言う通り決して愚行に走らないと約束しよう‼︎』

 

反対派氏族

『誠にございますか?大ハーン!』

 

ユイコ

『勿論だとも、私はスレン百種族の長ぞ?』

 

ユイコが実に大袈裟に答えたと思うや否や立ち上がると瞬きをする間にピストルを引き抜き、反対派の一人を射殺したのだ。

 

ユイコ

『お主らの様にこの揺籠に赤子の如く閉じこもり、復讐の機会を離するような行いをな。そして私は復讐は必ず果たす。我が弟を売った罪、死を以て償うが良い!死して我が弟に詫びるが良い‼︎‼︎』

 

それを皮切りにユイコ派の氏族長達が一斉に剣を引き抜き近くに座っていた反対派の氏族長に襲い掛かり、戸が蹴破られるとソフィアやアリスを始め隣室に控えていた兵士達が一斉に襲いかかって来たのだ。

 

会議場は真っ赤に塗装された。ユイコは玉座の前に戻るとその場にいる全員に再び宣言した。

 

ユイコ

『大スレン百種族の長として、神々と我が臣下、そして我が盟友に誓う。我等スレン族は鷲獅子同盟に加盟する‼︎それに伴い即座に動員可能な兵力15万を以て、ノーロット帝国を脅かさん‼そして子らに誓おう!凍える事なき地を手に入れて赤子を飢えさせぬ事を‼︎‼︎』

 

スレン族氏族長一同

『風の王ユイコ‼︎永遠に治世が続かん事を‼︎』

 

その場にいた氏族長と兵達はそれぞれの武器を天に掲げ雄叫びを挙げた。ソフィアは信念と決意を持ってスレン族15万の勇猛な戦士達を味方につけたのだ。

 

ソフィア

(マサユキ…私はやったわ、頑張ったのよ。だから貴方も必ず私に会いにいらっしゃい。生きて私の前に、必ず…。)

 

場所は変わりノーロット帝国領第四都市近郊ではマサユキはオグマに修行をつけてもらっていた。

剣術の腕はメキメキと上がっていき、暗黒騎士としての力の使い方も覚えて行った。今はオグマが麾下の兵に戦う前に授ける加護の使い方を習っていた。

 

オグマ

『先ずは魔力を自分に身に纏うのだ。次に死んでいった仲間や殺してきた敵の想いを込めるのだ。先ずはやってみよ。』

 

マサユキ

『魔力は兎も角、後者は如何にやるのですか?』

 

オグマ

『感じよ、必ず答えてくれる。』

 

マサユキは目を閉じ、魔力を纏った。そして言われた通りに感じる…と言うより思いを馳せてみた。死んでいった者達の想いを、するとどうだオグマが出しているように暗黒騎士の力、オーラが自分の身に纏ったのだ。だがオグマが黒色であるのに、マサユキは灰色だったのだ。これにはオグマも目を見張った。

 

オグマ

『これは…どういう事だ。』

 

マサユキ

『出来た‼︎出来ました師匠‼︎‼︎』

 

オグマ

『ああ…いや、だが、まさかな。』

 

師の要領を得ない返答にマサユキは不思議に思ったが、オグマが口を開いたので黙る事にした。

 

オグマ

『本来、暗黒騎士がこの力を使うと黒い魔力を身に纏う。何故なら我らは死者の怨念などを力に変えるからだ。だがお主は、灰色だ。それは正しく死者だけではない、生者の思いも込められている、違うか?』

 

マサユキ

『はい、死んだ者たちの事を考えていたら今生きている者たちも何故か頭に浮かんできて気がついたらこんな事に。』

 

オグマは少し物思いに耽ったが少し遠くを見つめながら口を開いた。

 

オグマ

『20年程前か、ノーロット帝国の第一次侵攻の前位の時ワシには弟子がおった。その者の名は優衣。お主と同じ異世界から来た女子だ。黒い不思議な服を着て、歳は18のじょしこうこうせいなる学生だったそうだ。』

 

マサユキは驚愕の余りを声を上げた。

 

マサユキ

『わ、私と同じようにこの世界に来た者がいるのですか⁉︎しかも二十年前‼︎』

 

オグマ

『まぁ、聞け。その女子は帝国の石壁の近くに倒れておった。ワシが見つけ、介抱した。聞けば何故ここにいるかも分からないし、自分は死んだ筈だと抜かしておった。この世界でいうところの馬車のような乗り物に轢かれたと申してな。おそらく故郷では死んだ扱いになっているだろうし、帰る方法もない、この石壁に居させてほしい。と願い出たもんだ。』

 

オグマはそう言いながらそこにあった丸太に腰掛けた。

 

オグマ

『我が王国の要衝に若い女子、それも異世界の女子が流れ着いた事は何処から漏れたのか王国中に広まった。見せ物のように扱われるのは可哀想だし、生きる術なんてもう己の体を売るしか無いじゃろうと思ったから、ワシが引き取った。家内も死に、子も居なかったからな。優衣は剣なんて持ったこともないそこらに居る町娘や村娘と変わらぬ女子だったが、魔法の才を持っておって、剣の腕も飲み込みが早いから腕をぐんぐん上げた、お主と一緒じゃな。そしてやがて戦に出た。その折にある二人の男と知り合った。その男らは優衣と馴染みになった。お主でいうところのシルヴァンとモーティアスの様な関係じゃ。その二人は今や国王と、宰相になった。フレデリック国王陛下と

クリストフ・ド・ホルサス宰相殿じゃよ。』

 

マサユキはぽかんと口を開けるしかなかった。自分と境遇が余りにも似過ぎていたし、当事者からも今の今まで話される事も無かったからだ。

 

オグマ

『やがてお主と同じ様に戦功を稼ぎ、将軍になった。女子の身でそこまでの地位でしかも何も持たずなる事など前代未聞の事じゃった。たちまち王国では英雄になった。因みに今の三龍騎士団の総長を務めとる小娘三人に武芸を教えたのは優衣なんじゃぞ?だが間もなく帝国の侵攻が始まり…』

 

オグマが続けようとしたら、そこにシモンが現れ、主君に報告した。

 

シモン

『オグマ様、たった今サン・モシャスより書状が届きました。サン・モシャス・アルトヘイム連合艦隊、モーティアス隊選抜部隊を乗せ、鈍色灯台の占拠、及び近辺に停泊中のノーロット帝国第二艦隊撃滅の為出航した模様です。』

 

オグマ

『話は後じゃな、フリードリヒよ。シモン、陣触れをだせ‼︎出陣じゃあ‼︎艦隊が沈めば我らに包囲された第四都市は補給が無くなり容易く落ちる。奴らの希望は艦隊しかないからの‼︎仮に敵艦隊が我が方の艦隊から逃れてもワシらが包囲して居れば容易には近づけん。抜かるでないぞ‼︎』

 

シモン&マサユキ(フリードリヒ)

『ハッ‼︎‼︎』

 

シモンとマサユキが去った後オグマは夕陽を見ながら心中に思いを馳せた。

 

オグマ

(恐らく連合軍はこれ以上進めないだろう。全軍に行き届く兵糧はもう無いに等しい。補給の滞りも見られておる。第四都市を占拠しても他の都市や村落の様に食糧や日用品がどういう訳か全て帝都に取り上げられていたらワシらはそれを放出しなければならぬだろう。そして掠奪のしようもない。まだ最前線に到着しておらんクリストフに急ぎ鳥を飛ばし、実情を伝えたほうがよかろう。奴が、ミヒャエルの爺とその子供らが何か仕掛けてこぬうちに。)

 

だが歴戦の大将軍オグマでさえも、当代一の魔法使いと言われたホルサス卿でも今帝国の恐るべき作戦は既に佳境に入っており、もう逃れられぬという事実を認識する事は出来なかったのだ。

 

______________________

 

大戦が始まって数ヶ月が経過した現在サン・モシャスより出航した艦隊があった。最新兵器大砲で武装したサン・モシャスとアルトヘイム王国の連合艦隊であった。編成は英国の戦列艦等級を用いるなら新造の二等戦列艦(90門艦)のサン・モシャス艦隊旗艦クイーン・オブ・サン、次に三等戦列艦(72門艦)二隻、4等(56門艦)三隻、6等戦列艦(32門艦)10隻、アルトヘイム王国艦隊旗艦三等戦列艦アルトヘムハンマー(サン・モシャスより譲渡)5等戦列艦(48門艦)6隻、6等戦列艦15隻、砲門数1556門という大艦隊であるが、帝国は帝国第二艦隊旗艦一等戦列艦(100門艦)オットーマルク、二等戦列艦5隻、三等戦列艦7隻4等戦列艦6隻5等戦列艦8隻と艦数は劣るが砲門数1774門とこれは帝国軍の艦隊戦力の半分であり、ましてやそれでも最強クラスの一等戦列艦を一隻擁し更に格下なれど戦艦級の二等戦列艦を5隻も艦隊に含む、詰まるところ圧倒的に砲門数が違いすぎるのだ。当然ながらこの大砲は19世紀初頭までの砲弾詰まるところ鉄球を飛ばす類の大砲である。砲弾内に炸薬は入っていない以上敵を倒す為には数を用意しなければならない。そういう意味では同盟軍はかなり部の悪い勝負をしなければならない。サン・モシャス側の艦隊司令官はオルティガ・ジョバンナ・カルバーニー大都督(ホワイトオークと人間のハーフ)、副司令官としてアルトヘイム艦隊司令長官スティルクロウ(鉄詰)・エドマンズ・シルバーフォックス提督(猫人・獅子族)が艦隊に参加している。この二名の艦隊と海を知り尽くした偉大な船長、提督と共に、モーティアスも特別選抜部隊を編成し、ノーロット帝国軍鈍色灯台泊地上陸、制圧の任を与えられ参加していた。

 

オルティガ

『とは言ったものの、艦隊戦では部が悪い。船員の練度は申し分無いが、各国のドワーフや人間の工房をフル稼働させてどうにか用意した大砲の扱いがまだ未熟な船乗りも多いし何よりこれ程の量を用意したが、劣悪品も多いし、敵に比べ数も少ない。船の中には今までバリスタとトレビュジェットを装備していたのに強引に大砲を乗っけた軽量艦も居るから正直本来の速度も出せていない。』

 

シルバーフォックス

『つまるところ我等は船と武器の問題で帝国に劣るという訳ですな。真っ向勝負は出来る事なら避けたい。だが我等は敵を撃滅しなければならない。彼らを沈められなければ第四都市の城壁内の港に兵糧を送られ続けることになる、厄介ですな。敵側に人の輪を譲るとしても天の時と地の利を我等は得ねばなりません。』

 

この会話をモーティアスはずっと黙って聞いていたが彼はあくまで陸の人である以上無用な口出しをするべきでは無いと弁えていたからであった。

両提督は海図をじっと見つめ、ついに方針を決めた。敵艦隊より同盟艦隊は四等以下の小型艦の数が多い。そして本土と鈍色灯台の間にはかなり広い範囲で浅瀬が広がっているのである。元々本土と鈍色灯台は今程離れていなかったのだが大地震が起きた際に見事に今海になっている部分だけが沈んでしまったのだ。だがそれは深く沈む事なく今こうして浅瀬を作り上げている。当然四等以上の大型艦は浅瀬を航行するのは難しい。つまり第四都市に兵糧を届ける輸送艦隊の護衛は四等以下の小型艦で無ければならないのだが、帝国側は数が少ないので事実上その全てを護衛にあてがうだろう。そこを先ず同盟艦隊が急襲、その後救援に駆けつけてくる本隊を叩くと言う各個撃破作戦である。幸い同盟艦隊は帝国艦隊相手に略奪行為を働いてきた歴戦の勇士であり、この海域の航海の仕方も心得ており、四等以上の大型艦がこの浅瀬を航行する術も知っている。これで地の利は得た。問題は如何に敵艦隊を誘い込み、有利な状況で戦うかである。

 

両提督の出した答えは単純明快であった。敵に敢えて情報を流す事である。最初に輸送艦隊を襲う。そしてそのまま補給を絶ち、艦隊の火力に物言わせ第四都市の城壁を破壊してしまう作戦を立案したと敵に教えてやるのである。それを敵が知れば当然警戒する。だが補給が絶たれた(正確には帝都上層部によって意図的絶たれているが殆どの将兵は知る由もなかった。)第四都市とその住民に兵糧を届けねばならない以上、艦隊は出さねばならないし、同盟艦隊の破壊活動を知った以上艦隊を引き篭もらせては居られないし、第一艦隊はアルサス帝国艦隊の抑えとして動かせない以上、第二艦隊は嫌でも出撃しなければならない。これで誘い込む策は出来た。それと同時にモーティアスの任務も説明しておこう。モーティアスの命令は鈍色灯台とそこに併設された泊地及び漁港の制圧である。モーティアスの任務の正念場は寧ろこれらが終わった後である。泊地の全機能を掌握し、併設された大砲と投石機を駆使して艦隊に追われた、ないしは異変に気づいて引き返してきた敵艦隊を1隻たりとも湾に入れないことが彼らの任務であった。そしてモーティアスが艦隊に参加したもう一つの理由は、彼に海戦という物を学ばせる為であった。話を戻すと後は如何に戦うかであったがそれは結論が出ず会議は終了し、各戦隊司令官と船長達はそれぞれの船に戻っていった。

 

『アルトヘイム艦隊旗艦アルトヘムハンマー第一甲板』

 

モーティアス

『本当に勝てるでしょうか、あの帝国艦隊に?』

 

シルバーフォックス

『フィンガーフート五千人将、戦はできる出来ないでは無い、やるかやらないかだ。戦略家達は勝てる状況を作るのが仕事だが、現場では何が起こるかわからない。戦術家である私達は創意工夫を持ってそれを完遂するか、酷ではあるが不可能で有ると分かれば否と答え、人命を守るのが仕事だ。少なくとも私は王都の戦略家達は第二艦隊にだけなら勝てる状況を不完全ではあるが作り出してくれたと思っているし、私自身も勝ち目がゼロでは無いと思っている。後は風と海に嫌われず、如何に戦うか、そこに掛かっている。』

 

モーティアスは尚も不安そうな表情を浮かべたが、この獅子人の提督はモーティアスにラムを差し出すとこう続けた。

 

シルバーフォックス

『なるようになる。戦とは焦ったり、諦めたものが負ける。しかも我々は有利な状況だ、何せ最悪補給さえ断てば艦隊そのものは相手しなくて良い、後は負けなければ良いのだからな。』

 

そう言ってシルバーフォックスは船室に戻っていくと、モーティアスは手渡されたラムを呷ると、海を眺めた。どうやら風は味方についてるらしい…そう思いつつ、四方に停泊する友軍の船を見やった。両舷に無数の大砲を並べる船の大群、これだけ見れば壮々たるものだが帝国はそれを超える艦隊を2セットも持っている。数こそ勝るものの質においては劣る艦隊で強大な帝国艦隊を相手取るのだ。モーティアスが不安を払拭出来ないのは無理もない事だった。だが、それはさっきまでの話だった。モーティアスはこの時この世界では前代未聞の戦術が頭の中で浮かんだのだ。

 

翌日再びクイーン・オブ・サン号に集結した艦隊主要人物だったがやはり如何にして戦うかが難点であった。そこでモーティアスは提案を行った。聞いた船長達は自身の耳を疑ったという。それはあまりにも無謀で、前例のない事だった。だが同時にそれを成功させれば効果絶大である事も、理解した。船長達の心中は様々だったがそれをやるか否かは両提督に掛かっていた。そして両提督の答えは是であった。そして海戦の日にちは次に鈍色灯台からフリゲート戦隊が輸送物資を積んで出港した時と決め、陸の同盟軍と協力して、敵が動くのを待った。

 

その時は直ぐに来た。二日後、鈍色灯台側に潜り込ませた間者より輸送艦隊防衛の為フリゲート艦隊が出撃すると文が届いたのだ。全艦出撃命令が下り、作戦通り第四都市に続く運河の近くで艦隊は待機した。そして輸送艦隊と戻ってきたフリゲート艦隊は待ち構えていた同盟軍艦隊と遭遇するのである。すぐに先頭の五等戦列艦が号砲と狼煙を上げて第四都市と本隊に敵襲来を知らせた。然し、第四都市から上がってきた狼煙は援護不可能を知らせてきたのだ。この時に合わせて同盟軍はハドシア軍総大将オルランス公爵の指揮の元、第四都市に攻囲戦を仕掛け、城塞の兵器が艦隊に向かうことの無いようにしていたのだ。敵襲来の報を受けた帝国第二艦隊司令官兼元ノーロット帝国海軍元帥フォン・ザルツブルグ提督は麾下に出撃を命じつつも自身の最期の時が来た事を理解していた。その理由を語る前に帝国の内情を少し離さなければならないだろう。

 

ノーロット帝国は知っての通り効率性官僚制国家であり、ドラスティックに政治を運べる専制政治と相性は抜群であり、その効果は短期間で大国に成長せしめた所以でもある。だが昨今の帝国の官僚は汚職、贈賄、更には非合法の密売や売春等が横行しておりそれは上級から下級にまで及んでおり、僅かに残った熱意ある官僚がその割を喰っている。そして農奴達の怒りはその僅かな官僚に向かい、やがて限界が来た官僚が腐る。

この悪循環を正すべき中央は二人の次期皇帝候補の間で割れ、水面下で、ないしは表立って権力闘争に明け暮れているため、全く意に介して居なかった。派閥はこの通りである

 

先ず一つは長男のジィール・ガブドシア・ノーロットを皇帝に据えるべきという派閥である。この派閥は武官七割、文官三割で構成されている。元々ジィールが次期皇帝にと定めたのはミヒャエル帝であるが当時からジィールは内政に疎いと貴族や文官から反対の声が上がって居たが、ジィールは内政面を優れた才能を持つ武官、文官、農奴の代表に一任し、自身は軍権を統括する立憲君主制を志して居たのだ。だがそれは当然貴族達の特権を廃しようという思惑があったからである。彼は実力主義者であった為力なく特権を振りかざす人間を決して許さなかった。それは自身も例外ではなく、その為に自ら武勇を奮ったのである。そもこの考えに至ったのはジィール自身の母親が中層階級の生まれの女性であり、他界したミヒャエル帝の后の腹から産まれた子では無いというのが大きい、つまり彼は庶子であった。そう言う経緯もあり彼の歩む道は始まった時から険しいものであったが、最も彼自身は父親と義理の母親との関係は良好であり、弟や妹たちとも仲がとても良かったのだ。それが彼の強みでもあったが弱みでもあった。家族全員が味方であると言う彼の根拠の無い確信が国の混乱を産んだのだ。そして彼はこれを自覚して居ない。彼の敵になる事を選んだ一人の兄弟には気づかなかったのだ。それがもう一人の皇帝候補(暗に呼ばれているだけであり、公ではその身分では無い)次男、オスカー・フォン・ノーロットである。彼は魔法や戦略に於いて非凡な才能を見せ、帝国内で確実な人気を得て居た。そして何より幼少期より貴族身分の連中と連んでいた事や彼の身の回りを世話する者たちも貴族身分の出身であり、彼らはジィールを兄弟と思うなと幼いオスカーに吹き込んでいた。最もオスカー自身も兄とは反りが合わず、内心彼を見下しており、それは歳を重ねるごとに増し、彼の母親が中流層の側室だと知ると憎悪に変わり、それを周りの人間に隠し続けた。だが彼がついに我慢の限界を迎えたのは父からの衝撃の言葉であった。身分賤しい女の股から産まれた兄を名乗る下賤な化け物が次期皇帝に任命すると言うものであった。更に彼を刺激したのは、ミヒャエル帝が他の兄弟に対し長兄に忠誠を誓わせた事である。姉も、弟も妹も何の迷いもなく忠誠を誓ったのでもう気が狂いそうになった。だが彼はその麗しい顔に一切曇りを見せず忠誠を誓うふりをしたのだ。その後彼は水面下から行動したのだ。ジィール即位後明らかに特権を奮えなくなる貴族や官僚、そして高貴な身分であるという自負の強い文武官を味方につけ、時が来るのを待ち続けることにしたのだ。味方は物凄いで集まった。ジィール自身の治世による改革が始まれば不都合なことが多い事もあるが、自身の君主が下賤の者の出身であることに耐えられないという一種の身分制の末期症状がそうさせたのだ。当然この流れは、ジィール側の聡い武官や文官達は気づいたが、行動しようにも決定的な謀反の証拠も無ければ、弟が自身を害そうとしているなどジィール本人が信じないだろうという彼のこの際厄介な家族愛が邪魔をする事は百も承知であった。その為ジィール本人と残りの兄弟、そしてミヒャエル帝に対しても秘密裏に暗闘を繰り広げることになったのだ。

 

フォン・ザルツブルグ元帥もそう言う人達の仲間であり、彼はオスカーとその側近達直々の引き抜き工作にあったがこの老提督はミヒャエル帝の忠臣である事を誇りに思っており、ジィールこそ次の皇帝であると固めてしまっていたのでこれを拒絶し更に父でもあり皇帝でもあるミヒャエル帝の沙汰に従えぬとは何事かとオスカー以下をこの一本気の船乗り(帝国の武人は大抵がそうだが)は罵声を浴びせてしまったのだ。結果、彼は有る事無い事を風潮され、海軍卿を罷免され、第二艦隊の提督に格下げされてしまったのだ。そして熟練の船乗りである彼はこの鈍色灯台周辺の海域にこんな重装艦で戦う事の愚を承知していたが、そしてそれを帝都に何度も説明したがオスカーに揉み潰され、ミヒャエル帝は病の為、その頭脳は振わず、ジィールもまた愛すべき聡い弟の策を疑わなかった。彼は事実上の孤立無縁であった。最後の頼みであった第一艦隊から小型、中型の快速艦を数隻分けて貰うことも出来ず、彼は自分の命日が来た事を悟る事になったのだ。

 

ザルツブルグ

(恐らく、補給艦とその護衛に出したフリゲート艦隊は我らが着く前に全艦が沈められているか、降伏しているだろう。一等から三等の艦が主力である以上、あの浅瀬を突っ切るのは至難の業だ。迂回しているうちに終わってしまっているだろう。)

 

ザルツブルグ元帥はもはやフリゲート艦隊は助からぬと諦めて居たが、せめて同盟艦隊を道連れにせねばと艦隊に全速を命令した。

 

一方同盟艦隊は帝国に比べて質と良に勝るフリゲート艦隊の活躍で補給艦とその護衛の第二艦隊所属フリゲート艦隊は轟沈、降伏の末路にあった。しかし此処からが問題である。如何に地の利を得ているとしても敵の残りとの火力、防御力に明らかな差がありすぎる現状でどう沈めきるかであった。そしてザルツブルグ元帥の座乗するオットーマルクが姿を現した。

 

鈍色灯台沖海戦の開幕である。

 

同盟艦隊は敵艦隊に向かって真っ直ぐ進む‼︎先頭はクイーン・オブ・サン以下二等〜四等の第一戦隊、続くはアルトヘイム・ハンマー以下三等〜6等の第二戦隊である。だが此処で明らかにしなければならないがオットーマルクのいる深瀬には近づけば帝国艦隊も動きやすくなってしまう、嫌でも浅瀬に近づけなければならない。そこで彼らが採った戦法は前代で未聞であった‼︎

 

敵前回頭である‼︎

 

浅瀬一杯を使った回頭運動により第一、第二戦隊は敵艦隊正面の頭を抑える形になった。つまり1556門の半数、片舷778門が敵艦隊に向けられたが、敵艦隊が向けられる砲はオットーマルクの正面のカノン砲四門のみである。

 

オルガ

『FUOCO‼︎‼︎(フォウコ)←(撃て)』

 

シルバーフォックス

『feu‼︎‼︎(フー)←(撃て)』

 

一斉に火を噴いた778門の大砲は一斉にオットーマルク以下先頭の艦に襲い掛かった。帝国艦隊の甲板は地獄絵図で遭った。だが敵に反撃するには側面を見せねばならない、浅瀬に向かって回答しなければならない。だが水兵たちはとにかく浅瀬を目指してほしいと必死に願った。帆船は正面と後面の攻撃には脆いのだ。この一方的な殺戮から逃れられるなら不利な体制で戦をする事を選んだのだ。結果、まぁ当然のことだが敵艦隊は動きがすごぶる鈍った。同盟艦隊の旗艦である二等戦列艦クイーン・オブ・サンがどうにか動けるように苦心した結果浅瀬で動けている状況なのだから自明の理である。更に運の悪い事に艦隊旗艦オットーマルクは座礁してしまったのだ!

 

ザルツブルグは座礁した旗艦から後方の三等戦列艦に移り、もはや足手纏いの一等、二等を盾に鈍色灯台か帝国本土の港に退避しようと決めた時彼の最後が訪れた。何度めかの砲撃がオットーマルクの後部甲板に集中し、提督以下高級船員を肉塊に変えてしまったのだ。

 

主人を失ったオットーマルクは座礁しながら側面側に出てきたクイーン・オブ・サンに猛射した。流石一等戦列艦であった。ひたすら撃ち込まれて居たのに未だ艦は健在であり50門の砲撃は二等戦列艦の装甲や船員たちを脅かした。然し女海賊オルガは怯まない。船員たちの尻を蹴りながら叱咤激励し、砲撃の手を休ませず、未だ浅瀬に向かってくる敵艦隊の頭を再度抑えるべく回頭命令を出した。

 

提督死亡の事実を知らない帝国艦隊は健気にも自ら不利な浅瀬に向かって居た。座礁し動けなくなっている旗艦や二等戦列艦を避けながら。だが、同盟艦隊二度めの回頭運動からの一斉射を受けた事で艦隊の士気は瓦解した。三等以下の艦が鈍色灯台への退却を始めようとしているのをシルバーフォックスは見逃さなかった。

 

シルバーフォックス

『逃がすな‼︎第二戦隊陣形を解け、フリゲート艦全艦敵艦隊を各艦で追撃せよ‼︎敵は手負いだが絶対に逃がすな‼︎』

 

座礁しながらも抵抗する二等、三等戦列艦を第一戦隊に任せ、第二戦隊が逃げ出す中型、小型艦を追いかける為陣形を崩した。海賊行為を働き続け、この海域を知り尽くしたこのフリゲート戦隊は拙い操船で逃げていく帝国艦隊に容赦なく襲い掛かり、更に数の差を活かして、一隻につき2隻で追い縋った。

 

アルトヘイム・ハンマーも激しい抵抗を受けながらも逃走する帝国艦隊の指揮を取っていると思われる三等戦列艦とゼロ距離で撃ち合っていた。

シルバーフォックスは大斧を持ち出すと咆哮した。獅子の咆哮の正にそれは、自身の船の船員を鼓舞するのと同時に敵艦に対しての乗り込みを意味していた。勝手のわかる船員は敵艦に鉤縄や橋を掛けるとこの獅子人の船乗りの後に続いて敵艦の乗り込んだ。

 

シルバーフォックス

『国王陛下の為に‼︎‼︎奮い立てアルトヘイムの船乗り共ぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

アルトヘイム海軍将兵

『『ウオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎‼︎』』

 

シルバーフォックスの大斧に倒れた帝国の船乗りは数知れず、彼に向かって剣やピストルの弾が飛んできたがそれらは全く当たらず、持ち主に死を持って帰ってきた。だが第二戦隊の奮闘にも関わらず一隻の六等戦列艦が浅瀬を抜けて、鈍色灯台に入ろうとした。だがその六等戦列艦は灯台の港に入る直前に沈められた。それは鈍色灯台に併設された砦からの砲撃であった。生き残った船員が見たものは帝国国旗では無くアルトヘイム国旗の翻る灯台の姿であった。モーティアス麾下の特別選抜部隊は鈍色灯台を占領していたのだ。

 

逃げることも、戦う事も叶わず帝国第二艦隊は全艦が撃沈、鹵獲され、兵員の半数が死亡する結果になった。因みに最後まで抵抗したのは一隻の二等戦列艦であった。(オットーマルクは提督の死後20分後に白旗を揚げた)最後まで四方八方に大砲を撃ちまくり抵抗したが、最後は第一戦隊の猛射を受けて、弾薬庫に引火、爆沈し、乗員750名悉く討ち死にした。

 

対する同盟の損失は六等戦列艦2隻、三等戦列艦一隻が大破座礁、四等戦列艦一隻爆沈という軽微な元であった。

 

鈍色灯台の浅瀬には座礁したり、沈んだ船の残骸が見え隠れし、人間の死体がそこら彼処に浮かんでいた。

 

 




本当にお待たせしてすいません出した‼︎二話構成ですが、事実上三話、四話はあると思います。ネタは出来上がってるのでボチボチ続けますのでお待ち下さい。オラニエ公は数少ない領民(読者)を裏切りません‼︎


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17話姉弟子と撤退

鈍色灯台に入港した同盟軍主力艦隊はその地で整備を受けていた。座礁、ないしは降伏した艦の接収は四等以下の小型艦に任せていたのでこの地に停泊していたのは二等、三等と四等の半数であった。だが海戦の翌日未明、まだ勝利の余韻に浸っているはずの同盟艦隊の面々は重々しい表情を浮かべクイーン・オブ・サンの船楼に集まっていた。同盟軍の悲劇の始まりである。

 

オルガ

『こんな夜更けに皆に集まってもらって申し訳ないと思う。だが急を要する事態に発展しているので、やむを得ないのだ。』

 

シルバーフォックス

『一体何用です。歴戦の女海賊である大都督がここ迄焦りを見せるとは余程の事と存じ上げるが。』

 

オルガ

『うむ、先ず我らが先日沈めた補給艦の物資を入手したのだが、中身が空だったのだ。これからフィンガーフート五千人将がこの砦の司令官を討ち取った時に手に入れた書状の中身を踏まえて説明するからよく聞いてくれ。』

 

内容はこうである。先ず帝国各地の占領地悉く食糧を始めとした物資を全て没収したのは同盟軍の物資を民衆に提供させて戦わずして、そして進撃させずして痩せ細らせる為であった。だが同盟軍が如何に物資を提供しても後方から時間を掛けても届けさせれば最低限はどうにかなる事であるし、しかも進撃しなければその兵糧の減りも現地で農耕や狩猟を行えば抑えられる。だが現に同盟軍の補給は滞っている。理由もそこに書かれていた。それは…

 

同盟軍内部にて離反した者達が現場の惨状とそれに補給の訴えが書かれた書状や伝令を廃棄、買収、ないしは始末して揉み消していたのだ。

 

結果決まった通りの物資しか届かず、民衆にも配れば、自分たちの取り分は僅かになり、内部の結束は醜い争いにより薄れ、中には民衆から奪う者まで現れ、同盟に対して敵意を増長する結果を招いた。誰が離反したかまでは書いてなかったが、同盟の中央大陸の北から西に掛けて幾つもある補給路、連絡路全てに関与できる程である。その数と規模は大きい物である事は疑いのない物であった。

 

オルガ

『現に我が軍の司令官達からそのような書状は一切届いておらず、我が軍有利、肥沃な帝国の大地の恵みにより我が兵飢えを知らずとしか書かれておらぬのだ。』

 

諸将は顔面蒼白であった。しかも悪い事に初戦より戦力を温存していた帝国軍は第四都市を囲む飢えた同盟軍に襲い掛かるべく出陣したというのだ。そしてこの地に停泊していた第二艦隊の本当の役目はこの作戦に気づいた同盟軍を海から撤退させぬように艦隊を道連れにするか、ないしは傷物にして即座に動けない様にしろと言うものだったのだ。ザルツブルグ提督はこの事実知ってか知らずか最後の奉公として臨んでいた。

つまり帝国の夥しい民衆と兵と艦隊を捨て駒にして同盟軍を大いに疲弊させる策を帝都の者達は実行した事になる。そしてそれに同盟軍完全に嵌っていた。

 

シルバーフォックス

『現に我が艦隊は傷つき…今すぐ出港いう訳にもいかなくなりました。仮に出港したとしても同盟全軍を乗せて帰ることなど到底不可能です。』

 

オルガ

『勿論だ。恐らく最低でも三日は掛かるだろうが、三日後にはきっと同盟軍と帝国軍は戦っている、戦い終わってるのが関の山だ。だが見捨てる訳にもいかない。私は先程鳥を飛ばし、我が国とアルトヘイムの王城に鳥を飛ばした。海からならば裏切り者共も止められまい。内容は今話した事と、あるだけの商船を徴用して撤退船にしろというものだがそれでも全体の半数近くは陸路から帰られねばならん。少しでも犠牲を減らすには今行動するしか無い。フィンガーフート五千人将、一番早い六等戦列艦を貸してやる、それで同盟軍に伝えろ。時間がないから身軽な友周りだけつけていけ‼そうすれば明日の朝には着く!︎』

 

シルバーフォックス

『残りの兵は私に任せておけ。オクシアナ号だ、分かったな!』

 

モーティアス

『オクシアナ号ですね。分かりました!』

 

オルガ

『残りの者は整備に専念しろ!だが住民には気取られるな‼︎‼うかうかしていると第一艦隊が我等を閉じ込めに来るぞ!』

 

こうしてモーティアスは最悪の事実を携えてオクシアナ号で陸地を目指した。場所は代わり、そして時を少し遡り、第四都市包囲中のオグマ軍の本陣では、オグマとマサユキが二人で僅かに残った干し肉を肴に晩酌していた。

 

オグマ

『フリードリヒよ…この短い間でよくワシの教えに耐えたものよ。お主はまごう事なき暗黒騎士の逸材じゃ。』

 

マサユキ

『いえ、まだまだ未熟者です。師匠の様には出来ません。』

 

オグマ

『弛まぬ努力よ、それを続ける事じゃ。さすれば…暗黒騎士の騎士団、『黒鉄騎士団』の復活も夢ではないかもしれん。』

 

マサユキ

『なんです、それは?』

 

オグマ

『ある時暗黒騎士の始祖オルファン卿は女神の騎士達が合い争わぬ様にしなければならぬと考える様になったそうだ。その為にはどの国にも属さぬ中立の立場にあり、力のある存在を創らねばならぬと行動したのだ。それが黒鉄騎士団じゃ。(名前の由来は女神の騎士達が皆白い鎧や装束を纏っていたからその対を為すという事でこの名前になったんじゃぞ。因みに暗黒騎士団という名前で最初呼ばれたこともあったがオルファン卿はダサくてその名前で呼ばれるのが嫌じゃったから黒鉄騎士団と名乗る様になったんじゃ)力のある者達を集め、鍛え、如何なる主義主張、国家に忠誠を誓わず、ただ天下平定の為に尽力する集団であった。騎士団であるから全員が暗黒騎士だったが、お主の知っての通り暗黒騎士はその力故に堕落し調停する存在の筈が仲間同士で殺し合い、衰退した。今や暗黒騎士は国家に帰属し、国家に忠誠の誓う力の優れた騎士になってしまった。ワシは生涯戦に投じてきたが、ワシは戦は大嫌いじゃ!』

 

オグマはそういう時杯の中を飲み干し、酒を注ぎ、そしてまた話し続けた。

 

オグマ

『戦のない世をみたいと思ったワシは自らの願いを共に叶えてくれる者とこの騎士団を復活させたいと思った。最初の一人は息子と、だが息子は死産し、我が妻も産後の状態が悪く、失意のうちに死んでしまいおった。二人目の優衣は…。』

 

マサユキ

『それは…ご愁傷様でございました。…そう言えば優衣さんの話は途中でしたな、この機会にどうかお聞かせください。同じ世界の人の話は私にとって大事な事です。』

 

オグマ

『話の続きが合ってるなら優衣は出陣したまでなら話したな?優衣は戦功を稼いでいたが、ある時ワシはある宿敵の男と戦う事になった。大兵同士がぶつかる大戦じゃ。奴はワシの気を逸らす為に大軍でぶつけてきたのじゃ。犠牲を顧みず、ワシはワシで騎兵の先頭に立ち、突っ込んでいる最中でそちらに気が行っておった。あの時はワシも大概な阿呆だと思ったわい。奴がそれを囮にワシの横腹を食い破ろうとしているのにも気づかず。気づいたのは優衣だけじゃった。優衣は手勢に側面移動を命じてその男と真っ向からぶつかった。凄まじい戦いだったとその場に居た者から後に聞いたが優衣はその男の手によって討たれてしまった。ワシが気づいて駆けつけた時にはもう優衣は冷たくなっておった。閉じた瞼から涙が流れておった…身体全身から血が出るほど手傷を負っておった…痛かっただろうに、だがなんとしても彼奴をワシの元に行かせまいとしたのだ。…気がついた時には返り血と傷で血塗れになり、怒り狂ったであろうワシを抑えるまだ小僧だったシモンやジード、そして胴から大量に出血した奴、皇帝ミヒャエルが側近に守られながら引いていく様を見ておった。』

 

マサユキは言葉を失っていた。だが師の話をじっと聴き続けた。

 

オグマ

『マサユキよ、フリードリヒという名はな、我が息子に与える物だったのだ。その名をお主に与えたのは我が息子が生きて居ればそのくらいの歳だと思ったからよ。お主にはワシに何かあればこの夢を託したいと思うのじゃ。』

 

マサユキ

『師匠⁉︎何をおっしゃいます!縁起の悪い事を申さないで下さい‼︎‼︎』

 

オグマ

『フッ…ワシも歳を取った。さぁ、フリードリヒ卿お主はそろそろ下がれ、明日もまた忙しくなる。英気を養うのも戦士の役目ぞ。』

 

マサユキは一例すると自らの天幕に戻っていった。一人残されたオグマはただ一人虚空を眺めながら明日に思いを馳せていた。

 

オグマ

(明日、ホルサスの奴が来る。恐らく現状の事態を全く知らずにここに来る事になるじゃろう。然し、何故この悲惨な状況が奴の下に届かないのかが気がかりじゃ。よもや奴が帝国に降っているとは思えぬが…。)

 

当のホルサス卿は第四都市から少し離れた位置で野営していた。そして彼は今更届いた前線の陳情書と自身が送った補給や伝令と送られた伝令や報告書の内容との差異に言葉を失っていた。

 

ホルサス

(馬鹿な…予め用意していた秘密諜報路すら完全に把握されていたとは…。もはやこれは我が軍の中に裏切り者が居るとかそう言う状況ではない。この同盟国各国全ての軍勢だけで無く各国に残った貴族や政治家にも裏切り者が居なければこれだけの事はできぬ。一体、何時から漏れ出したのだ…いや今はそれより第四都市を包囲している同盟軍を逃さねば、幸いにも艦隊は勝利した様だ。送られてきた鳥はサン・モシャス大都督専用の珍しい種だ、これは事実だろう。)

 

ホルサスは天幕の出口にチラリと映る影が自身の息子の物だと認識すると彼を呼び寄せた。

 

ホルサス

『シルヴァン、そこに居ないで入りなさい。私がお前に閉ざす戸を持っていると思うのか?』

 

シルヴァン

『父上、その…お手伝いできることはございますか?せめて何か飲み物でもお持ち致しますが。』

 

ホルサス

『いや、有難いが無いとしか言いようがないな。まだ夜が耽るまで時間はある。今のうちに槍と魔法の鍛錬をして、よく食べ、眠りなさい。もうろくに休む事も出来なくなるだろうから。』

 

シルヴァン

『はい、父上。』

 

シルヴァンは一例して天幕を出ようとしたが父に呼び止められた。

 

ホルサス

『シルヴァン、ホルサス家の務め、決して忘れるな。我等王家の為に槍を振るい…』

 

シルヴァン

『王家の為に死す。この槍に懸けてお約束致します。母上が死の床で私に望んだ事でもあるのです。蔑ろに出来ましょうか?』

 

ホルサス

『それなら良いのだ、行きなさい。』

 

ホルサスは自身の甘さを呪ったが軍政面の最高責任者としての責務を投げ出す様なことはしなかった。そして自身達の後背を掠そうとする裏切り者共への対処をするべく一筆認めると呼び鈴を鳴らした。すると一人の小肥りの男が現れた。

 

ホルサス

『ポドリック君、君にこれから『暇』を与える、宜しいな?』

 

ポドリック

『長い間お世話になりました。して図々しくも最後のお願いが御座います。私の次の奉公先としてどこか当てが欲しいのですが?』

 

ホルサス

『では王都の中でも『一際大きな御屋敷』は常に人手不足と聞く、ここに『紹介状』があるからこれを出したまえ。道中遠かろう、負傷者を後送する馬車が出てるから便乗させてもらうと良い。君は確か先程腕を怪我したな。さぁこの真新しい包帯を贈ろう、養生したまえ。』

 

ポドリック

『ハッ、それではおさらばです旦那様。』

 

ホルサスはこの従者に暇を出すと、一人目を閉じ、オグマと同じ様に明日に思いを馳せた。

 

翌日第四都市を攻囲する同盟軍高級将校は全員集められた。ハドシア軍総大将オルランス伯爵、教皇庁聖騎士団ヴィルジャンス総長、アルトヘイム軍筆頭大将軍クブルス老と言った総大将格三名を始め、後方司令官であるホルサス、前衛指揮官であるオグマ、筆頭白魔道士兼中堅指揮官に赴任したエルフラーシュ筆頭選王侯アリアンヌ、アルトヘイム三龍騎士団の内、炎龍騎士団総長リューネ、聖龍騎士団総長アーシェ、と言った大将軍、将軍クラスの諸将の他にマサユキやシルヴァンといった名のある五千人将以下の将も集まっていた。

 

先ず軍議に於いてホルサスは自身の下に現場の状況が全く伝わっておらず、自身もすぐに前線に来れなかった事を謝罪し、改めて同盟軍内に内通者がいる事を包み隠さず話した。これはホルサスの賭けであった。ここで敢えて自分が包み隠さず言えばここに居並ぶ者達の反応が見れる。そしてそれ如何では内通者を炙り出せる、そう考えたのだ。寧ろこの場にいる事を願った様な一面がホルサスにはあった。もしここに内通者がいれば先ずその者を吊し上げ全軍の敵意を押し付けられるし、寧ろ後方にいる内通者が動きにくくなる、ないしは居なければ同盟軍内に於ける病原菌が居なくなったことを意味するからである。

 

しかし彼の賭けは失敗に終わってしまった。それを聞いた諸将の阿鼻叫喚を見ているが明らかに困惑の顔であった。誰も焦燥の顔をしていないのだ。寧ろ全軍の結束を乱してしまったのだ。

 

クブルス老

『静まらんかぁぁ‼︎‼︎』

 

老将軍の一喝はその場を静まり帰らせた…流石は最高齢の大将軍であった。

 

クブルス老

『今ここで裏切り者を炙り出そうとしても無駄じゃ。今何をするかはワシらが生き残る事を考える事じゃないのかの?今こうしている間にも兵達は飢えに苦しみながらも健気に任務に当たっておる、ワシら将校の勤めはそんな兵達を一人でも多く生き残らせる事じゃ‼︎』

 

オグマはそれを聞くや否や立ち上がり高らかに口を開けた。

 

オグマ

『珍しく小心者のクブルスがまともな事を言いおったわ。皆、これが戦じゃ。考え直してみぃ、ワシらの相手はあの皇帝ミヒャエルじゃ、幾らでも陰気な策を考えてくる、そう言う奴じゃ。あんな奴の手管に殺されるのはワシはまっぴらごめんじゃ。こうしてる間にも奴の事じゃ、もう近くに大軍で来とるかもしれん。だが今のうちに逃げればどこに居ようとも逃げられる。』

 

そう言い切った刹那、息を切らしたモーティアスが天幕に飛び込んできた。将の一人が要件を聞こうとしたがモーティアスは息が上がって喋れなかった。しかし、手にはオルティガの書状が握られており、それを手渡した。手渡された書状を見た将は直ぐに顔色を変え、ホルサスに渡した。

 

ホルサスは驚愕の表情を浮かべ、声を漏らした。

 

ホルサス

『アルサス帝国軍が…負けた…。』

 

絶望感が天幕を支配せんその場にいた人間に伝染した。更にアルサス帝国軍側に向かわせていたノーロット帝国軍が合流して、二倍以上の兵力で向かっていると言う事実、敵が徹底的に焦土作戦を敷き、後方にはかなり有力な内通者の存在がいると言う事実がもたらされた。

 

ホルサス

『とにかくこの場にいれば皆女神の下に旅立たねばならなくなる。全軍直ちに包囲を解き、後退する‼︎途中の港で艦隊が多少の兵を引き取って乗せてくれるそうだ、可能な限り急いで国境と港を目指せ!途中の村や町に決して立ち寄るな‼︎』

 

諸将は慌ただしく天幕を出た。皆が狼狽の顔を見せてしまって兵達にも伝染し始めてしまった。そんな酷い有様の状態で同盟軍は空中分解寸前の状態で撤退を開始した。オグマはホルサスに殿は自分がやると言い出した。

 

ホルサス

『オグマさん、それじゃあ貴方が‼︎』

 

オグマ

『どうせ長くない。それにここまで来て帝国打倒の嵐を消えさせる訳にはいかんのだ。そこでお主にしか頼めぬ頼み事があるマサユキ、いやフリードリヒや若い兵達が後追いしない様に見てやって欲しい。』

 

オグマの決意が硬い事を知ったホルサスは小さく頷いた。

 

オグマ

『諦めず、戦えクリストフ。必ずフリードリヒとお主の息子やフィンガーフートの孫が帝国を打倒する。ワシには分かる。』

 

オグマは出口に向かって歩き出し、ホルサスに別れを告げた。

 

オグマ

『さらばじゃクリストフ、ワシは結衣の元へ行く。宜しく伝えておくぞ。』

 

ここから数時間後カノッサの撤退戦が幕を開ける。第一次ノーロット帝国打倒戦争の幕が閉じようとしていた。




こんにちわ、ジャン・バルジャンです。長らくの応援誠に感謝の極みです。
遂に帝国との戦争も佳境に入りました。もうフラグだらけですが、まぁのんびり回収していこうと思うのですが大変申し訳無いのですが、この小説、今回の話を持って一時休止とさせてもらいます‼︎理由は今まで温めていたFF14のマイキャラを主人公にしたオリジナル短編小説を作りたいからです‼︎もちろんその間次話制作は続けますのでどうか気長にお待ちいただきたい。
そしてこれを見ているヒカセンよ、これがジャン・バルジャンのFFだ‼︎‼︎


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