カードファイト!!ヴァンガードG 孤独の先の、愛の物語 (リー・D)
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クロノが見つけたもの

クロノ君とトコハちゃん愛の物語第1弾。
ただしトコハちゃん登場しません。
彼女の登場までしばらくお待ちください。

Pixivとのマルチ投稿になります。
あちらも見てください。


俺の名前は新導クロノ。

宇宙飛行士を目指す晴見高校3年生だ。

現在俺は常連のカードショップ、「カードキャピタル2号店」にて冬の大学試験のための受験勉強を行なっている。

 

「えーっと、この問題に必要な公式は……これか?」

 

「惜しいね。正確はこっち。でも解ける様になってきたじゃないか」

 

「そうか」

 

こいつの名前は綺場シオン。

中学の時の同級生で、一緒にチーム「トライスリー」として活動した俺の親友だ。

俺の友人の中でもトップクラスに頭が良いから、こうして勉強を見てもらっている。

 

「ホント、お前も成績良くなったな。U-20終了時じゃあ下から数えた方が早かったのによ」

 

「うるせえぞカズマ!」

 

俺の方を叩きながら話しかけてきたのは東海林カズマ。

高校のクラスメイトでチーム「ストライダーズ」の仲間だ。

不良っぽい外見とは裏腹に成績が良いため学校のテスト勉強は主にこいつが担当している。

愚痴ってるとドアが開いて眼鏡をかけたエプロン姿の人が入ってくる。

 

「クロノ君、カズマ君。そろそろお勉強を終了して仕事に戻ってください」

 

「分かりました。シンさん」

 

新田シンさん。

この店、「カードキャピタル2号店」の店長であり、俺とカズマの雇い主だ。

俺たちはこのカードキャピタルでバイトとして働きながら、勉強させてもらっている。

みんなが集まりやすい所で勉強した方が良いだろうと言うアドバイスが有ったが、どうやら俺には有効だったみたいだ。

 

「それじゃあ僕は、ここで失礼するよ」

 

「ああ。シオン、サンキューな」

 

「そう言うなら、もっと集中して欲しいね。最近気が散っていることが多くなってるよクロノ」

 

「え、またか?」

 

ここのところいろんな奴に同じような指摘をされる。

俺、そんなにも気が散ってるか?

 

「自覚が無いようだね。大体4月に入ったあたりからかな。またボーっとすることが多くなっているよ。定期的にそうなる病気なのかな君は」

 

「そういえば、2年前に鬼丸カズミくんがこの店に来たのも、この時期でしたね」

 

そういえばそうだった。

鬼丸カズミさんは2年前突然この店に来て俺とファイトした人だ。

カズマとはこの人との再戦を目指してU-20と言う大会に出場するためのチームメンバー集めで出会ったのだ。

鬼丸さんがカズマのお兄さんだと知ったら時は驚いた。

現在はヴァンガード普及協会、ドラゴンエンパイア支部、ぬのばたのクランリーダーを務めている。

U-20終了後、しばらくの間は弟のカズマに対して過保護なくらい絡んでいたが、最近は落ち着いてきたらしい。

頭も良いため、たまに勉強を見てもらっているのはカズマにはナイショだ。

 

「まっ、今回は違うみたいだけどね」

 

「何がだよ」

 

ジト目になってシオンを睨みつける。

だがシオンは軽く流すように笑ってる。

ちなみにカズマは何も分かっていないみたいに首を傾げている。

前から思ってたが、お前天然だろ。

 

「誰が天然だ! そんなんじゃねえよ!」

 

あれ? 声に出てたか?

 

「しかしクロノ。宇宙飛行士になって宇宙に行き、最終的に惑星クレイに向かうって言う立派な目標はクロノ自身が決めたことだよ。ちゃんと集中できるよう自分の気持ちを整理し直すことだね。それじゃ、僕はこれで」

 

「ああ。またよろしく頼むな」

 

「それともう一つ」

 

 

「もうすぐトコハの誕生日だけど、プレゼントは僕がまとめて送るから、用意できたら言ったくれ」

 

そう言いながらシオンは帰って行った。

俺は、その言葉になんて答えたか自分でも覚えてなかった。

ただ淡々と仕事していたことは覚えてる。

 

「クロノ君、カズマ君。お疲れ様です。今日はこれでお終いです。二人とも帰ってくださって大丈夫ですよ」

 

「そうですか。お疲れ様です。カズマ帰ろうぜ」

 

「ああ。お疲れ様でした」

 

ギーゼとの戦いから約1年。

あの頃と大きく変わらない俺の日常。

でも、今の俺には大きな目標がある。

だから、あの時とはなにもかも違うはずだ。

 

「終わったかクロノ」

 

「親父?」

 

考え事をしながら着替え終わると、店の入口には俺の父親、新導ライブがいた。

 

「なんで親父が店にいるんだ?」

 

「お前を迎えに来た」

 

どう言うことだ?

今日は夜に出かける予定があるとは聞いていないのに。

 

「クロノ、これから一緒に食事に行くぞ」

 

「……は?」

 

「場所は、行ってからのお楽しみだ!」

 

「待てよ! どう言うことかちゃんと説明しろ!」

 

「それも向こうでしてやる。良いからついて来い」

 

そう言いながら親父は車を持ってくるために駐車場に行った。

 

「……なんなんだよ。親父の奴」

 

「良いじゃねえか。家族との時間は大事にするべきだぞ」

 

「カズマ」

 

「気をつけろよ。また学校でな」

 

「ああ。またな」

 

家族との時間を大切にか。

カズマが言うと説得力あるな。

そんな事を考えながら店の前で待っていると親父が車を持ってきたので、入ることにした。

しばらくすると立派なレストランがあるホテルにたどり着いた。

親父は俺だけを入口に下ろして車を止めに行った。

そしてーー

 

「来たわね。クロノ」

 

「ミクルさん。こんな所で食事なんてして、仕事は大丈夫なのかよ」

 

「大丈夫だから来たのよ。家族との時間は大切にしなきゃいけないしね」

 

新導ミクルさん。

俺の叔母さんであり、保護者だ。

親父が去年帰って来るまでの13年間、俺にとって唯一の家族として、ずっと俺を守ってくれた大切な人だ。

本当にミクルさんには感謝しかしていない。

この人がいてくれたから俺はここにいるんだ。

そのミクルさんが今回の食事会を計画したのなら付き合わないなんて選択肢は存在しない。

 

「それに今日はスペシャルゲストがいるのよ」

 

スペシャルゲスト?

一体誰が……

 

「やあ、クロノ君」

 

「久しぶりだね、クロノ」

 

「シンさんにミサキさん!? どうしてここに?」

 

「だーかーら、スペシャルゲストだって」

 

ミクルさんが改めて紹介するように二人の隣に立った。

いつのまにか親父も来ており、急かされる様に建物の中に入った。

レストランでは予約された席に座ることになっており、順番は俺の隣に親父とミサキさん。

ミクルさんは親父の隣でシンさんはミクルさんとミサキさんの間に座ってる。

心なしかミクルさんとシンさんの席が近い気がする。

やはり気になるので隣にいるミサキさんに聞いてみることにした。

 

「ミサキさん。今日集まった理由聞いてますか?」

 

「ううん。私も何も聞いてないんだ。ただシンさんに大事なことだから来て欲しいって言われただけ。店の方はもう閉めたから代理たちを一箇所に集めてから来たんだ」

 

「そうですか……」

 

戸倉ミサキさん。

シンさんの姪であり、ショップ「カードキャピタル」全店のオーナーを務めている。

美人で優しいけど、おっかなくてシンさんを尻に引いてる凄い人だ。

ちなみに代理とは、新田家で飼っている3匹の猫だ。

初代店長代理は1号店に、2代目店長代理はもう1匹と一緒に2号店にいるキャピタルのマスコットだ。

 

「……知りたいのなら、まずは落ち着きな。急がば回れと言うでしょ」

 

「そうです……ね」

 

ミサキさんの言葉もあり、運ばれた料理を素直に楽しむことにした。

値段が高い分とても美味しかった。

今度できる限り再現してトコハに食べさせてみよう。

……なんであいつに食事出したいんだ?

そして、デザートが来たタイミングでーー

 

「クロノ君。ミサキ。今日は二人にお知らせがあります」

 

シンさんが真剣な表情で話し始めた。

親父とミクルさんは同調するように笑顔を見せた。

どんな話しだよ。

 

「お二人にはナイショにしていたのですが、僕とミクルさんは付き合っていたのです」

 

「ああ、やっぱりそうなんだ」

 

え?

初聞きなんですけど。

てかミサキさん知ってたのかよ。

そう言う報告はもっと早くくれよ!

 

「落ち着いてクロノ。教えなかったのは、クロノが夢に向かって一所懸命だったから邪魔しないようにと思ったからよ」

 

「じゃあなんで今更報告したんだ?」

 

「それはですね。僕たち結婚することにしたんです」

 

……はい?

 

「今、なんて?」

 

「だから、私とシン君は近いうちに結婚するの。あの家からも出て行くことになるから寂しくなっちゃうわね」

 

……ミクルさんが結婚?

シンさんが相手なのは兎も角、ミクルさんがあの家からいなくなっちまう?

そんなあ。

せっかく家族で暮らしていたのにまた離れ離れになるなんてーー

 

「……そんなの……そんなの嫌だ!」

 

俺は勢いよく立ち上がった。

他の人からも視線を感じるが構わず叫んだ。

 

「いきなりそんな事言われて、納得できるわけないだろ! なんなんだよこの展開!」

 

「クロノ落ち着け!」

 

親父に咎められるが構わず続けた。

 

「俺の知らないところで勝手に決めて、いきなり押し付けて、またいなくなるのかよ! そんな未来、俺はいらねえ!」

 

叫ぶと同時に俺は出口に向かって走っていた。

 

「クロノ!」

 

ミクルさんの声が聞こえる。

でも止まれなかった。

今、ミクルさんの顔は1番見たくなかったから。

 

 

 

 

どのくらい走ったか自分でも分からない。

気が付いたら俺は川の上を通る線路の下で疼くまっていた。

あの態度は、我ながらガキっぽい行動だったと思う。

でも、未だに処理しきれない。

今日のミクルさんたちの行動が10年以上俺の前に姿を現さなかった親父と重なってしまったから。

でも、ミクルさんを悲しませてしまった。

素直に謝ることも、祝福することもできないけど、ミクルさんを悲しませたくない。

 

「俺、どうすれば良いんだよ。分かんねえよ。教えてくれよ。何時もみたいにさ。

……トコハ……」

 

「クロノ君?」

 

この声はーー

 

「やっぱりクロノ君だ。どうしたんだい、こんな所で」

 

「アイ、チ……さん」

 

そこには、笑顔でこちらを見る先導アイチさんがいた。

こんな時まで笑って挨拶してくるあたり、やっぱり凄い人だと思う。

 

「アイチさんこそ、なんでこんな所にいるんですか?」

 

「僕は、今日飲み会でその帰り。ちょっと酔っちゃったから、酔い覚ましも兼ねて歩いていたんだ」

 

よく見るとアイチさんの顔は赤い。

確かに酔ってるようだ。

 

「それでクロノ君こそ、どうしてこんな所にいるんだい?」

 

「それは……」

 

話そうと思ったが、言葉に詰まってしまう。

やっぱ俺って情け無い。

 

「? 僕相手じゃあ話しづらいかな?」

 

「いえ、そう言うわけでは……ただ、自分が情けなくて」

 

「そう思っているのなら、後は君がほんの少し勇気を振り絞るだけだよ。それまで待つから、少しづつ話してみて」

 

「でもアイチさん。帰らなくて良いんですか?」

 

「困ってる後輩の相談に乗るのも先輩の務めだよ。家には今連絡入れたから大丈夫」

 

笑顔でスマホを見せてくるアイチの姿が少しだけ可笑しく思ってしまった。

気が付いたら、俺は笑っていた。

 

「うん。クロノ君は落ち込んだ顔は似合わないね。もう一度聞くよクロノ君。どうしたんだい?」

 

笑顔で聞いてくるアイチさんに対して俺は先程までの出来事を話した。

自分が情けなくて、謝りたいけど謝れなくて悔しい気持ちがある事を。

 

「そっか。クロノ君は寂しかったんだね。大切な人がそばから離れてしまうことが」

 

「はい。俺どうしたら良いんでしょう」

 

「……クロノ君。君はミクルさんと一緒に暮らせなくなることが永遠の別れになるように感じてしまったんだよ。どんな理由であれ、君のお父さんがいなくなってしまったように」

 

……そうかもしれない。

俺はあの時確かに、親父とミクルさんが重なってしまい、冷静な判断が出来なくなってしまったんだ。

 

「クロノ君。ミクルさんが君の普段の生活からいなくなってしまうのは確かだけど、ミクルさんは幸せになる為にシンさんのもとへお嫁さんとして出て行くんだ。だったらーー」

 

……そうだ。

誰よりも俺の事を大切に思ってくれたミクルさん。

そのミクルさんが自らの幸せを掴みとろうとしているんだ。

だったら、俺がすることはーー

 

「ありがとうございます。アイチさん。俺、ミクルさんに謝ってきます」

 

「答えが出たみたいだね。うん。それを伝えておいで。ただ、行く必要はないと思うよ」

 

「えっ、それっt「クロノーー!」」

 

この声はーー

 

「クロノ!」

 

「ミクルさん!」

 

俺を見つけたミクルさんが近づいてきて、俺を抱きしめた。

その目には涙が溢れていた。

 

「クロノ、クロノ! ごめんなさい、ごめんなさい! 私、あなたのこと見てるつもりで、何にも見えてなかった! あなたの為だと思った行動で、あなたを傷つけた! 本当にィ、ごめんなさい…」

 

少しずつ声がかすれながら必死に謝るミクルさんに、俺も涙が出てしまった。

同じように抱きしめながら、俺も声を出した。

 

「俺の方こそ、ごめんなさいミクルさん! ワガママ言って、ミクルさんたちに迷惑かけてごめんなさい!」

 

抱きつかれて久々に嗅いだミクルさんの匂いはとても安心できるものだった。

泣き疲れて、少し離れた。

ミクルさんのためにも言うべきことは言わなきゃ。

 

「ミクルさん!」

 

「なあに、クロノ」

 

その目はとても安心する。

ずっと俺を愛してくれた目だ。

 

「結婚おめでとう。必ず幸せになって」

 

「うん! ありがとう! 私、絶対に幸せになるね!」

 

ミクルさんの泣き顔はとても嬉しそうで綺麗だった。

 

 

あの後、アイチさんに謝ってから俺たちは親父の車で俺たちの家に帰った。

親父にも謝って、今度はちゃんと家族で話し合って、次の日に改めて婚約パーティーを開くことにした。

後から聞いた話だけど、アイチさんは直後に酔いが回ってしまい、ミサキさんに回収されてそのまま新田家に泊まったらしい。

翌日の朝、ミサキさんの肌がとてもツヤツヤしていたらしいけど何があったのかは聞く気はない。

そして、その日の夜ーー

 

「ミクル、シン、婚約おめでとう!」

 

『おめでとう!』

 

シンさんの家で俺たちはミクルさんたちの婚約を祝うパーティーを開いた。

参加者は前回のメンバーにプラスして何故かアイチさんとその妹のエミさんがいた。

 

「なんでアイチさんたち居るんですか?」

 

「ふっふっふ。それはね、アイチとミサキさんは結婚を前提とした交際をしてるから、もう家族も同然ってことだよね」

 

「えっ。そ、そうですね」

 

「だったら、アイチの家族は私の家族! だから私も参加してお祝いすることにしたの」

 

何か超絶理論を聞いた気がする。

エミさんって、ナギサさんやトコハと比べて大人しい人だと聞いていたけどそんなことないな!

よく考えたらアイチさんのこと呼び捨てにするぐらい大胆不敵な人だ。

このぐらいごく当然なのだろう。

現にアイチさんとミサキさんは呆れかえっているだけでそれ以上何も言わないし。

そんなこと考えているとーー

 

「クロノ、ちょっと良いかしら」

 

ミクルさんが話しかけてきた。

 

「何だよ、ミクルさん?」

 

「ねえ、クロノ。あなた私に幸せになってって言ったよね。私はね、クロノとシン君が居れば幸せだなって言えるわ。じゃあ、あなたの幸せはなんなの?」

 

俺の幸せ。

 

「あなたにとって共に笑い、泣いて、励まし合う事が出来る人。もう答えは出ているでしょ」

 

そんな未来で俺が一緒にいたい人、そんなの1人しかいない!

アイツが、トコハが俺の側にいてくれたら、俺は今此処にいるんだ。

そうだ! 俺はーー

 

「俺にとってずっと一緒にいたい人は、唯一人、安城トコハだけだ。だから俺、アイツに伝えてくる!」

 

顔を上げ、拳を強く握りしめた状態で高らかに宣言する。

ミクルさんは嬉しいそうに笑顔を向けてくる。

 

「頑張りなさい、クロノ。あなたのその思いきっとトコハちゃんに伝わるわ」

 

しかし此処でアイチさんが水を差してくる。

 

「でも彼女フランスだよね。どうやって伝えるの?」

 

「今度のアイツの誕生日に俺はパリに飛ぶ! そこで伝えてくる! 俺の全部を!」

 

「学校サボるんだ。宇宙飛行士への道が遠ざかるかもしれないよ」

 

「そんなもの後で取り戻す! 俺はーー1秒でも早くトコハを手に入れたいんだー!!」

 

この宣言を聞いた瞬間、アイチさんは笑顔になりーー

 

「分かった。じゃあ君はするべき事をするんだ。学校への対応、フランスへのルートは僕たちが決めるから心配しないで」

 

「良いんですか? そんなに任せてしまって」

 

「もちろん。僕は君に惑星クレイに降り立つと言うか夢を託したんだ。その夢を叶える為に必要は事なら何でも手伝うよ。だから、頑張って」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

折角背中を押してもらったんだ。

アイツに気持ちを伝える為に、出来る事は全てやろう。

待ってろよ、トコハ!




続きは2日後に投稿予定です。


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立ちふさがる試練

クロノくんとトコハちゃん、愛の物語第2段!
前回具体的にどのように海外に向かうのかと言う話があがりませんでしたが、今回判明します。
うちのクロノくんは皆に愛されています(友情的に意味で)。


Pixiv版から少しだけ変わっています。
見比べてみてください。


クロノ「アイチさんからのLINE通知によると、此処で待っていればフランスに行かせてくれるらしいけど、誰もいないじゃねぇか」

 

俺の名前は新導クロノ。

なんの変哲も無い高校生だが、平日の真っ只中に俺は学校をサボってこの羽田空港にいる。

その理由は、誕生日が明日に迫った海外にいる思い人に愛の告白をするためだ。

最初は自力で行こうと思ったけど、アイチさんが「移動手段は僕に任せて」と言ったのでお任せすることになったため指定された場所に来たのだ。

 

クロノ「しっかし。どうやって行くんだ?」

 

?「それは僕が答えよう」

 

後ろから声がしたので振り返ると、そこには福原高校の制服を身にまとったシオンがいた。

 

クロノ「シオン! お前なんでここに?」

 

シオン「君がトコハのいるフランスに行こうとしているとアイチさんから聞いてね。だから手助けしてあげようと思って」

 

クロノ「手助け?」

 

シオン「そう。君を我が綺場財閥が誇るプライベートジェットでフランスまで送ってあげるのさ」

 

クロノ「なっ! 良いのかよ!? そんなことして!」

 

シオン「今は僕の物だ。僕の物をどう使おうと僕の勝手さ。ただしクロノ、条件がある」

 

クロノ「条件?」

 

そしてシオンは懐からある物を出して宣言した。

 

シオン「クロノ、僕とファイトだ!」

 

クロノ「唐突!」

 

取り出させれたのはファイターの証であるヴァンガードのデッキだ。

今の時代、ファイト用のテーブルなど何所にでもあるが、だからと言って何故ファイトするのが条件になるのか。

理由を言え、理由を!

 

シオン「知りたいからさ。君の覚悟を」

 

クロノ「覚悟?」

 

シオン「そう、トコハはトライスリーの紅一点。僕たち共通のお姫様だ。そんなトコハを君は独り占めしようとしている。その覚悟が君にあるのか僕に見せてくれ。勝てなければ君を綺場の飛行機に乗せることは無い」

 

シオンの目がこちらを睨みつけるのに少し後ずさりながら、こちらも睨み返す。

覚悟を解いているのなら此処で逃げるのは言語道断だ。

許されるわけが無い。

ファイターとしても、何よりも1人の男としても。

 

クロノ「いいぜ。その勝負乗ってやる。ファイトだ、シオン!」

 

シオン「フッ、君なら受けてくれると信じていたよ。ちなみに、君とファイトするのは僕1人じゃないから、覚悟するんだね」

 

えっ、それってどういういm「クロノくん!」誰だ!?

振り向いてみるとそこには――

 

クミ「私とファイトだぞい!」

 

クロノ「岡崎!? なんで花壇の上に乗ってるんだよ!? てか何時からいた!?」

 

クミ「ずっといたぞ!」

 

カズマ「補足するとお前がここに着いたころには隠れてたんだ。綺場のやつから話しかけた方が説明もし易いと思ったからな」

 

お前もいるのかカズマ!?

そこにいるなら岡崎を止めろよ!

 

カズマ「何言ってんだ、お前。親友の安城でさえ止められない、このテンションのこいつを俺が止められるわけ無いだろ。」

 

ごもっともですね!

トコハも無駄にテンション高い友達がいて大変そうだなと思ってましたよはい。

 

クミ「さあ、さあ、クロノくぅ~ん。私に~勝てなければ~、トコハちゃんの下へは行かせないぞ~。これも試練と言うやつですな~」

 

クロノ「岡崎も相手になるのかよ! と言うかこれ連勝しないと俺フランスに行けない!?」

 

伊吹「その通りだ」

 

……今度は伊吹まで出てきやがった。

何だ今日は、人間ビックリ箱でもあるのか?

よく周りを見渡してみるとミサキさんやシンさん、三和さんや石田さん、小茂井さんもいるし、トリドラの3人までいやがる!

全員暇なのか!?

おかしい、今日って平日で学校あるはずなのに。

 

タイヨウ「皆クロノさんが決意を持って出かけると聞いて駆けつけて来たんですよ。ちなみにもう少ししたら各支部長たちやカムイさんも来ますよ」

 

クロノ「……タイヨウ。お前まで、ホント学校どうしたんだよ」

 

伊吹「その件だが、今日は一部のものに特別クエストを発注し、授業の一環扱いにした。つまり、ここにいる学生は全員クエスト受注者だ。クエスト内容はただ1つ! 新導クロノ! お前の試練を見届けることだ!」

 

クロノ「っ! マジかよ。なんかさらに人が増えそうだな」

 

シオン「そうだね。岩倉から、さっきチーム新ニッポンのメンバーや守山ヒロキが到着したと連絡があった。それはそうと、君の相手は僕たち2人だけじゃないよ」

 

クロノ「そっちもまだ増えるのかよ! 誰だいったい!」

 

伊吹「俺だ!」

 

お前だったのかー!

さらっと登場しやがったから違うと思ったのだが、こいつまた出しゃばってんじゃねーか?

とはいえ、こいつにはヴァンガードを始めるきっかけを与えてもらったのだ。

あの時カードと一緒に同伴されたキャピタル2号店に行けという指示が無ければカムイさんに会えなかった。

俺はヴァンガードにはまることも無く、トライスリーの結成、そして世界を守ることができなかっただろうから、こいつには大きな借りがある。

この連戦ファイトに参加する資格もあるだろう。

なにより、こいつがカードをくれなければ俺はトコハのことを好きになることもなかったんだ。

恩返しの意味をこめて、こいつに俺の覚悟を見せてやる!

 

クロノ「伊吹が相手の1人なら、カムイさんもファイトの相手になるのか?」

 

伊吹「いや、葛木カムイはこの件を辞退した。お前の決意を聞いて、自分には止める資格は無いそうだ。そこで――」

 

アイチ「4人目は僕が相手になるよ」

 

……こんどはアイチさんかよ。

この人はこの間、俺の宣言聞いている。

伊吹やシオンに今回の件を頼んだのは間違いなくアイチさんだろうけど、まさかファイトにまで参加するとわ。

 

アイチ「ごめんね、クロノくん。僕はカムイ君にお願いするつもりだったんだけど、絶対にやらないってカムイ君が聞かなくて。それでいろいろお願いした責任者の僕が君を試すことにしたんだ。手加減はできないけど頑張って」

 

クロノ「はぁ~あ。分かりました。もう何も言いません。それで、結局何人と戦えばいいんですか?」

 

そのとき、とてつもない威圧感が俺の背中に突き刺さった。

今まで感じたことの無い雰囲気に俺は一瞬飲まれてしまった。

恐る恐る後ろを振り返ると、そこには――

 

マモル「クロノ君」

 

トコハの兄である安城マモルさんがいた。

でも、この雰囲気は本当にマモルさんなのか?

普段温厚だが、ドラエン支部長に対してなど、ときどき強かな一面を見せることがあるのは知っていたが、これはそれとも違う。

怒っているわけでも無いが、殺気のようなものが感じられる。

まるで絶対に奪わせないと言いそうな空気がとても重く感じてしまう。

 

マモル「君の相手は5人。その最後の1人が僕だよ」

 

クロノ「っつ! マモルさんが、俺の――」

 

何時だったか、マモルさんにファイトを申し込まれた時は、もっと強くなってから相手をしたいと断ったが、今回は断れそうに無い。

断ったら殺される、そんな空気だ。

 

クロノ「……やってやるさ。あなたに勝って、認められなければトコハのもとに行けないのなら、勝って俺の覚悟ってやつを見せてやる!」

 

マモル「フッ、良い目だね。でも、そう簡単にトコハはあげないよ。もっと早く今の気持ちに気づいていたら簡単に応援できたのに残念だったねクロノ君。今日の僕は強いよ」

 

クロノ「……あなたに向けるべき言葉は、あなたとのファイトの時に言います。だから、待っていてください」

 

そう言って俺はマモルさんに背を向けて、シオンと向かい合った。

 

マモル(クロノ君、僕は君自身のことは気に入っているし、トコハが君のことが好きなことも知っている。でも兄として君の覚悟を見極めない限り、君から義兄と呼ばれるわけにはいかないんだ)

 

ファーストヴァンガードを置き、デッキをシャッフルして手札をそろえる。

ファイトの準備が整った。

 

マモル(だから頑張れ。ここで勝てないようでは、君はもう何もつかむことはできないぞ)

 

クロノ「いくぜ、シオン」

 

シオン「いつでも来い、クロノ!」

 

2人「「スタンドアップ」」

 

シオン「the」

 

2人「「ヴァンガード!!」」

 

 

ファイトを続けていると人が増えてきた。

その中には俺の仲間たちもいる。

特に大きな変化はやはり彼女たちの到着だろう。

 

3人「「「みなさ~ん! ラミーラビリンスwithサーヤでーす!!!」」」

 

ルーナ「今ここで行われているのは、あのトライスリーの2人、リーダー新導クロノとブレーン綺場シオンの真剣ファイト!」

 

アム「すでに8ターン目に突入し、綺場シオンが2回目の超越を行おうとしているところです!」

 

サーヤ「さあ、さあ、クロノお兄ちゃんはこの攻撃に耐え、自分のターンに持ちこたえることができるか!」

 

3人「「「ご期待ください!!!」」」

 

……まさかラミラビとサーヤが実況をやるなんて聞いてないぞ。

テレビが無いのが救いか。

それはそれとして、シオンがターンを進めている。

 

シオン「ストライドtheジェネレーション! 《不滅の聖剣 フィデス》!」

 

またフィデスかよ! アルトマイルどこ行った! ガチで来過ぎだろ!

絶対ガードしきってやる!

 

シオン「クロノ、聞いていいかな?」

 

クロノ「なんだよ、ファイト中に」

 

シオン「君はなぜトコハを選ぶんだい? 君に好意をもっている人は他にもいるだろ。アタック!」

 

クロノ「……ガード」

 

シオン「中学の時から君がトコハに対して好意を持っていたことも知っている。フィデスでアタック。そして、ギーゼとの戦いの後、君が《クロノ・ドラン》のカードをトコハにあげたことも」

 

……気づかれてたか。

確かに俺は、トコハがフランスに戻る時に手元にあった《クロノ・ドラン》と《クロノジェット・ドラゴン》のカードをトコハに渡している。

シオンの攻撃をガードしながら俺は言葉を紡ぐ。

 

シオン「だから、理由を知りたくてね。君にとってトコハはどんな存在なんだい?」

 

クロノ「……トコハは、いつも俺の背中を押してくれるんだ。U-20の時も、親父の時も、大事な時にはいつもアイツが傍にいてくれた。だから戦えた。そして、いつの間にかアイツが傍にいてくれないとダメになるんだ」

 

そんな弱さ、アイツに見せたくなかったから誤魔化してきた。

でも――

 

クロノ「ミクルさんがさ、「恋人同士はお互いに強さも弱さも共有するのよ」って言った時。俺も自分のダメなところ、アイツに見せていいのかなって思っちまったんだ」

 

シオンの攻撃を防ぎ切り、俺のターンに回る。

ホント、フィデスの攻撃はやっかいだな。

 

クロノ「ストライドジェネレーション」

 

それでも、俺は前に進む。

アイツと過ごす、俺の新しいステージに進むために。

 

クロノ「クロノドラゴン・ネクステージ!! ヴァンガードにアタック!」

 

シオンが完全ガードで攻撃を防いでくる。

デッキからカードを3枚めくり、トリガーはリアに送る。

そして、ネクステージの効果を使い、クロノジェットZをスタンドした。

 

クロノ「これで終わりだ! クロノジェットでヴァンガードにアタック! 俺はトコハに会って、この気持ちに決着をつける! だからそこを退いてくれ、シオン!」

 

シオン「ホント、強くなったね、クロノ。ノーガードだ」

 

シオンは笑って攻撃を受け、ダメージゾーン6枚目にアルトマイルのカードが置かれる。

ファイトは俺の勝ちで終わった。

 

シオン「クロノ。今の君になら僕はトコハを任せられる。君自身もトコハがいれば大丈夫だ。君たち2人の夢のため、残りのファイト負けるなよ」

 

クロノ「ああ! もちろんだ!」

 

互いに握手を交わし、カードを片づけた。

言葉とファイトでシオンの気持ちも受け取って、去っていくシオンの背中を見つめていると――

 

クミ「クロノくん!」

 

岡崎が前に立ち、デッキを構える。

次の相手はトコハの親友、岡崎クミだ。

 

クミ「負けないよ!」

 

クロノ「それは、俺のセリフだ!」

 

 

6ターン目に入り、岡崎が超越することができる。

 

クミ「ライド《バトルシスター ふろらんたん》。ストライド・ジェネレーション《エキサイトバトルシスター しゅとれん》。それぞれの効果でデッキトップを操作するよ」

 

オラクルお得意のデッキ操作か。

岡崎の場合、これ抜きにしてもトリガーを出す確率が多いから怖いんだよな。

 

クミ「そして、バトル。しゅとれんでアタック!」

 

クロノ「完全ガード」

 

クミ「トリプルドライブ。ゲット、トリプルクリティカル!」

 

またかよ……ホントこいつとのファイトは怖い。

それにしても岡崎の奴いつも以上に気合入ってるな。

俺が弱いのなら親友トコハは任せられないってわけか。

あれ? さっきのシオンも同じこと言ってたような。

 

クミ「クロノくん笑ってる?」

 

クロノ「いや、トコハは愛されてるなと思ってな。ありがとな岡崎」

 

クミ「……なにが?」

 

クロノ「トコハの親友がお前でよかった。たぶんアイツも同じこと考えてる。岡崎がいてくれたからトコハはトコハらしくいられたんだ。俺が好きなトコハになったんだ」

 

俺の言葉を聞いて、岡崎は少し困惑しているように見えたが、すぐに笑顔に戻った。

そうだ、お前の笑顔にアイツはいつも救われていたんだ。

これまでも、そしてこれからも。

 

クロノ「きっと、アイツのために俺じゃあできないことはたくさんある。これからも頼ることあるだろうからさ、トコハの力になって欲しい。俺も、俺にできることを全力でやる。今、ここでお前に勝つことで!」

 

岡崎の攻撃を防ぎきって、次は俺のターンだ。

手札のG3を捨てて、未来の可能性を解放させる。

 

クロノ「ストライドジェネレーション! 《クロノドラゴン・ギアネクスト》!」

 

かつて、トコハとのファイトで決着をつけたこのカードで、岡崎を倒す!

 

クロノ「行くぜ、岡崎! ギアネクストでアタック」

 

この攻撃は防がれたが、効果で2回目のバトルを行い、ヒットした。

ダメージゾーンに6枚のカードが送られ、俺の勝利が確定した。

しばらく、岡崎は最後に置かれたバトルシスターを見ていたが、顔を上げ、笑顔を俺に向けてくる。

 

クミ「おめでとう、クロノくん。負けちゃったね」

 

クロノ「岡崎も強かったぜ。ありがとな。帰ってきたら、またファイトしようぜ」

 

握手を求めて手を出すと、また顔を下げた。

 

クミ「……最後まで気づいてもらえなかったな」

 

クロノ「えっ?」

 

なにか呟いた気がするが聞こえなかった。

聞き返そうとするとすでに岡崎は下がっていた。

……ホント、ありがとう岡崎。

 

伊吹「新導クロノ!」

 

いきなりだな、声大きくてびっくりしたぞ伊吹!

 

伊吹「お前を見極めてやる! ファイトだ!」

 

クロノ「望むところだ、この万年独身!」

 

伊吹「貴様ー! 叩きのめしてやるぞ、クソガキがー!」

 

 

2人「「スタンドアップ」」

 

伊吹「the」

 

2人「「ヴァンガード!!」」

 

伊吹は相変わらずの「メサイア」デッキか。

俺もデッキは変わらない。

昔から使っているギアクロニクルの「十二支刻獣」だ。

お前から送られたギアクロニクル、その全てで俺の覚悟を魅せてやる。

そしてある程度ターンが進んだところで伊吹が話しかけてきた。

 

伊吹「ファイトにはその人間の全てが現れる。今日のお前のファイトは安城トコハに向き合う決意が確かにあると言えるだろう。だが、それだけでは俺には勝てんぞ! 海外に行きたければ俺を超えて見せろ!」

 

クロノ「もちろん! 行くぞ、スタンド&ドロー! そして、ライドからのジェネレーションゾーン解放!」

 

出すカードは、俺が最初に手に入れた、そして伊吹が最初に俺に与えてくれたGユニット。

 

クロノ「今こそ示せ、我が真に望む世界を! ストライド・ジェネレーション! 《時空竜 ミステリーフレア・ドラゴン》! アタックだ!」

 

伊吹「ノーガード。さあ、その効果を成功させてみろ!」

 

クロノ「おう! デッキトップを4枚確認!」

 

出てきたのはG3のクロノジェット、G0の時を刻む乙女ウルル、G2のクロノビート・バッファロー、そして――

 

クロノ「最後の1枚、G1のクロノダッシュ・ペッカリー。ミステリーフレアの効果適応。もう1度俺のターン! いくぞ伊吹! クロノジェットでアタック! これが今の俺だー!」

 

その攻撃は伊吹のメサイアに突き刺さり、見事に最後のアタックとなった。

俺が勝ったんだ。

 

伊吹「よくやった、と言っておこう。だが、まだ終わってないぞ。先導は俺の知る中でも最高クラスのファイターだ。そして何よりも、今日のマモルは強いぞ」

 

クロノ「わかってるよ。でも俺は、そんな2人も越えていく。今日の俺は歴代最強だぜ」

 

伊吹は笑いながら、後ろの列に戻っていった。

これで半分終わった。

後、2人。

次の相手は――

 

アイチ「行くよ、クロノ君。久しぶりの真剣ファイトだ」

 

クロノ「はい。行きます!」

 

2人「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」

 

 

ナオキ「それにしても、アイチの奴もよくこんな対戦カード考えたな。クロノもとんだ災難だ」

 

シンゴ「しかしそれは彼ら2人がそれだけ愛されていると言うことなのです」

 

三和「そうだな。クロノは俺らにとってのアイチってわけだ。リンクジョーカーとギーゼ。それぞれを倒し、世界を救った英雄たちはどんな結末を見せてくれるのやら」

 

リンクジョーカーの侵攻から世界を救った英雄か。

昔カムイさんから聞いたことあったけど、ホントだったんだな。

 

アイチ「いくよ、クロノくん!湧き上がれ、僕の新たなる力、《ブラスター・ブレード・エクシード》!」

 

来た、ブラスター・ブレードのG3。

何度こいつにトドメさされたか数えてないや。

 

アイチ「そして、このカードをコールする。立ち上がれ、僕の分身! 《ブラスター・ブレード》!!」

 

アイチさんはまだ超越できないけど、展開と除去を繰り返してる。

次のターンには超越も仕掛けてくる。

諦めるか。

絶対に隙を見つけて勝負を決めてやる。

そして、数ターンが過ぎて――

 

クロノ「いきます、アイチさん。ストライドジェネレーション! 《時空竜 ピヨンドオーダー・ドラゴン》! ジェネレーションブレイク8達成。あなたから頂いたこのカードでこのファイトに決着をつけましょう!」

 

アイチ「こい! クロノ君!」

 

ピヨンドオーダーのアタックを行ったが、この攻撃は豊富な手札で防がれてしまった。

しかし、ピヨンドオーダーの効果でもう一度攻撃態勢を整えて再度攻撃、今度はヒットし、ダメージが限界に達して俺は勝利した。

何度もファイトしているが、なんやかんやでアイチさんには今回が初勝利だ。

しかし何故だ、次やったら勝てる気がしない。

 

アイチ「たとえ偶然の勝利だとしても、君の勝ちには違いないよ。帰ってきたらまたやろうね。クロノ君」

 

負けたにもかかわらず、アイチさんは1番爽やかに去って行った。

やっぱり、この人にはいろんな意味で勝てる気がしない。

さて、気持ちを切り替えよう。

次に戦うのは、本当の意味でトコハに会うための障害となる人。

この人に認められなければ、俺は一生トコハに思いを伝えられない。

だから、あなたと戦う。

そして、堂々とトコハの待つフランスへ行くんだ!

 

クロノ「勝負です。マモルさん!」

 

マモル「いくよ。クロノ君!」

 

2人「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」

 

 

マモル「クロノ君、君は本当に強くなった。初めて君のファイトを見たときから、君のファイトには心動かされた。全力でファイトする機会はなんどもあったけど、今日ほど君に勝ちたいと思ったことは無い。分かるだろ、今日の僕は強い!」

 

……マモルさん。

トコハの兄であり、ドラエン支部の重鎮の1人。

なんどもなんどもお世話になった、トライスリーのお兄さん。

そんな人が俺に殺意を向けて襲い掛かってくる。

手に力が入らない、膝が震える、汗が止まらない。

この人がこんなにも怖いだなんて初めて感じた。

でも当然なんだ。

俺はこの人からずっと守ってきたたった1人の妹を奪おうとしているんだ。

もうダメージ5。

このターンの超越後の攻撃を全て防がなければ負けてしまう。

恐れに負けるな、前を見て、マモルさんと向き合うんだ。

 

マモル「……クロノ君。君の事は気に入っている。義理堅いし、責任感もある。トコハが君の事を好きだと思っても仕方が無いぐらいだ。でも、だからこそ、僕は君に負けられない。僕の全てを持って君を倒す! ヴァンガードと同じカードをコストとして、このカードをストライドする! 現れよ、ドラゴンエンパイアのゼロスドラゴン! アルティメット・ストライド! 《獄炎のゼロスドラゴン ドラクマ》!」

 

クロノ「なっ! なんでゼロスドラゴンのカードがあるんですか!?」

 

マモル「普及協会が作り上げたゼロスドラゴンのカードのコピーだよ。安心したまえ、このカードを使って敗北してもGゾーンのカードが消滅するなんてことはない。でもその効果はオリジナルとまったく同じだよ」

 

効果が発動し、俺の場のカードは全てバインドゾーンに送られた。

さらに手札を2枚捨てて、1枚をヴァンガードにしなければならない。

幸い俺の手札には分身たる《クロノジェット・ドラゴンZ》がいたため被害は最小限に抑えられたが、陣形を崩されたのは確かだ。

 

マモル「クロノジェットがいたところで、僕の有利に変わりない。いくぞ、ドラクマでアタック!」

 

こんなカードを使うなんて、マモルさんはどこまで本気なんだ。

でも……

 

クロノ「それでも! 負けられないんですよ! 手札の《クロノメディカル・ハムスター》を捨てて、ジェネレーションガード《刻獣守護 イリシュ》! 2つのスキルでシールド+20000!」

 

マモル「さすがだね。でもこちらとて、トリプルドライブ、ゲットクリティカルトリガー! 効果は全てリアガードに! アタック!」

 

クロノ「もう一度、イリシュでガード! はあ、はあ、守りきりましたよ。マモルさん」

 

マモル「見事だよ。クロノ君。ドラクマがGゾーンに戻る際、全てのGユニットをゲームから除外する。さあ、今度は君のターンだ。臆することなく、君の全力を見せてくれ!」

 

この人は本気で俺のことを見極めようとしていたんだ。

ずっと放っている殺気も、ゼロスドラゴンも!

 

クロノ「はい! 全力で行きます! クロノジェットZの効果で、手札コストなしでストライドできる! ジェネレーションゾーン開放!」

 

ここで出すべきは仲間たちと共に掴んだ俺の新しい未来の可能性。

全ての運命力と絆によって誕生したクロノジェットの最強形態!

 

クロノ「今こそ示せ、我らが、真に望む世界を! ストライド・ジェネレーション!!」

 

さっきのマモルさんの言葉が正しければ、トコハも俺のことが好きなのだろう。

それが俺と同じ気持ちなのかは分からない。

それでも俺は、俺たちはアイツと共に生きる未来が欲しい!

だから力を貸してくれ、ドラン!

 

クロノ「現れよ、《クロノバイザー・ヘリテージ》!!」

 

マモル「これが……クロノ君の最強ドラゴン! クロノ君が望む未来の姿!」

 

クロノ「行きます! ヘリテージでヴァンガードにアタック!」

 

マモル「通さないよ、ガード! 今の君のユニットはヴァンガードしかいない! トリガーが乗っても攻撃が通らない。さあ、ここからどうする!?」

 

マモルさんも警戒を解いてない。

当然だな。

ネクステージを始め、アタックが終わってから再度攻撃を行うユニットが多いのがギアクロニクルの特徴だ。

でも今回は、その上を行く!

 

クロノ「ターンエンド。そして、Gゾーンに戻ったヘリテージの効果発動! 他の十二支刻獣のGユニットを4枚裏向きに戻すことで、追加のターンを得る!」

 

マモル「なっ、ミステリーフレアよりも緩いターン追加効果!?」

 

クロノ「スタンド&ドロー! ライドフェイズをスキップして、メインフェイズの始めに表のヘリテージにストライドする!」

 

マモル「ヘリテージが戻ってきた!」

 

アイチ「なんて効果だ!」

 

伊吹「これがギアクロニクルの特異点が生み出した奇跡のカード!」

 

シオン「いけー!」

 

ライブ「クロノー!」

 

先ほどのドライブチェックとドローで加えた手札を全てコールし、陣形を整える。

その中には、おれの相棒クロノジェットGもいる。

これで準備は万全だ!

 

マモル「クロノ君」

 

クロノ「行きます。マモルさん。ヘリテージでブレードマスターにアタック!」

 

マモル「完全ガード!」

 

クロノ「トリプルドライブ。ゲット、クリティカルトリガー! 効果は全てクロノジェットに! クロノジェットでアタック!」

 

届け、俺の思い!

俺はあなたを超えて、トコハと生きる未来を手に入れる!

 

マモル「…………ノーガード。ダメージトリガーチェック、ノートリガー。おめでとうクロノ君。君の……勝ちだ」

 

 

マモルさんは笑いながらそう告げた。

……勝った。

勝ったんだ!

 

クロノ「うおおおおおおおお!!!」

 

恥も外聞も関係なく、俺は叫んだ!

勝利よりもマモルさんに認められたのが、とてつもなく嬉しかったのだ。

叫び終わるとマモルさんが握手を求めていたので応えた。

 

マモル「本当におめでとう。そして、トコハをよろしく頼むよ。クロノ君」

 

クロノ「はい! 必ず、絶対に幸せにしてみせます!」

 

マモル「フフフ、簡単に泣かせたら今度こそ君を殺してあげるよ」

 

こっわ!

これが強かな笑みってやつか。

マモルさんだけは敵に回さないようにしよう。

 

ルーナ「クロノさん。5連勝おめでとうございます。今の気持ちをどうぞ」

 

気づいたら実況していたラミラビとサーヤのうちルーナがマイクを持ってそばにやってきた。

今の気持ちか、えーっと。

 

クロノ「ファイトの中で、皆が俺に勇気を与えようとしてくれたのが良く分かった。今の気持ちのままアイツに合えれば、きっと上手くいくと思える。みんな、ありがとう」

 

頭を下げてからマイクをルーナに返した。

見渡すと、ファイトが始まる前よりも人が増えていた。

親父のチームメイトのマークさんは親指を立てながらエールを送ってくれる。

チーム新ニッポンの3人は大きな拍手をしている。

ナギサさんは「気持ちが通じ合ったら抱きしめてやりなさい!」とアドバイスをくれた。

カムイさんは抱きついてくるナギサさんに文句を言いながら、俺と目が合ったら強く頷いてくれた。

そんな2人をゴウキさんが笑って見てる。

雀ヶ森支部長を始めとした各支部長も集まっている。

江西のやつは相変わらず鬼丸さんに懐いたリューズに逃げられてやがる。

ああ、こんなにも多くの人に俺は信頼をもらっているんだ。

 

ライブ「クロノ。これを持って行け」

 

親父が話しかけてきた。

その手に握られている何かを俺に突き出しながら。

 

クロノ「何だよ、これ」

 

ライブ「これはな、俺がトキミに送った婚約指輪だ」

 

クロノ「母さんの指輪!? そんな大事なもの良いのかよ!?」

 

ライブ「これはな、トキミの願いなんだ。あいつが体調を崩した直後、お前のことを頼むと同時にお前に恋人ができたら自分の指輪を渡してやって欲しいと。お前が好きな人に告白しに行くんだ。今渡さないで何時渡す」

 

母さんが俺のために……

 

クロノ「わかった。受け取るよ。今度、家族全員で墓参り行こうな」

 

ライブ「ああ、そうだな」

 

ミクル「クロノ!」

 

ミクルさんが俺に抱き着いた。

前も思ったけど、もう俺、ミクルさんの身長抜かしちゃったんだな。

 

ミクル「あの小さかったクロノが本当に大きくなった。義姉さんも喜んでるわ」

 

クロノ「ミクルさん。俺……」

 

ミクル「ストップ。その続きはあなたが帰ってきてから聞くわ。だから、いってらっしゃい、クロノ。あなたの愛する人のもとへ」

 

クロノ「うん。行ってきます。シオン!」

 

シオン「ああ、こっちだクロノ。岩倉頼んだぞ」

 

岩倉「はい。必ずや安全にクロノ様をお送りします」

 

操縦者岩倉さんかよ。

どんだけ万能なんだこの人。

シオンたちが用意したトコハの誕生日プレゼントはすでに飛行機に積まれている。

俺は用意した荷物を持って飛行機に向かう。

 

「クロノ君!!」

 

この声は――

 

クミ「クロノ君、わたし! あなたのこと大好きでした!」

 

岡崎、お前。

そんな顔で言われて気持ちに気づかないわけがない。

だから、俺は笑って――

 

クロノ「ありがとな、岡崎! 行ってくるぜ!」

 

ただ、礼を行った。

お前の正直な気持ち、俺も見習う。

だから、俺はお前に背を向けて、トコハに会いに行く。

自分の気持ちに正直に。




クロノくんの前に立ちふさがったのは仲間たちの熱い洗礼でした。
続きは2日後に投稿予定です。


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敗北した後

予定を変更して連続投稿します。
今回は番外編です。
タイトルの通りクロノに敗北した後のある2人の視点で書かれています。


綺場シオンの場合

 

 

クロノとのファイトに負けた。

それ自体は運が大きな要素となるヴァンガードでは良くある事だ。

でも、今回はチームメイトのトコハに告白しに行く覚悟を問う為にファイトを申し込んだ。

この重要な時に運を呼び起こさなければ、トコハと共に生きるなんて認められない。

そう思って勝つつもりで挑んだ勝負だった。

でも負けた。

クロノの覚悟は本物だった。

彼の気迫に押し負けてしまった。

唯、それだけのことだ。

 

アム「お疲れ様。残念だったね」

 

シオン「君か。良いのかい、仕事しないでこんな所に来て」

 

アム「ルーナとサーヤに任せて来たわ。ずっと全員で実況しなくちゃいけないわけじゃないし。なにより、今貴方と話したかった」

 

シオン「ファイトの結果に文句を言っても仕方がないよ。本当にそれだけかい?」

 

アム「あら、好きな人を慰めてあげたいと思うのはそんなにいけないこと?」

 

そう、僕とアムは付き合っている。

ギーゼとの戦いの後、事情説明を求められて詳しく話した時にアムの方から告白された。

本気で心配したと。

もう好きな人がいなくなるのは嫌だと。

僕もアムの頑張っている姿が好きになっていたので、応えることにしたのだ。

この事実を知っているのは岩倉だけだ。

高校卒業と同時に発表しようと思っていた。

だがーー

 

シオン「アム。僕たちの関係だけど、クロノとトコハの交際祝福パーティーで発表しようと思っているんだ」

 

アム「ふえっ!? な、何言ってるのよ。それは2人のためのパーティーでしょ。私たちまで便乗することないじゃない」

 

シオン「だからこそだよ。そんな大きな場で言えば君へのフォローも簡単になる。トコハも一緒に喜んでくれるよ」

 

アムは顔を赤めて反論を探しているが、そんなこと許さない。

もう決定事項だ。

僕は笑ってアムをからかう。

彼女といると毎日が新鮮だ。

クロノもきっとこんな関係を求めているのだろう。

 

シオン(クロノ、君とトコハの思いは必ず繋がる。僕だからこそ言える。だからさっさと行って来い)

 

アム「何笑ってるのよ。この腹黒シオンめ」

 

シオン「クロノとトコハが上手くいくことを願っているだけだよ。クロノが返って来たら、言ってやると決めている言葉があるからね」

 

おめでとう。

そして、お幸せに。

 

 

 

 

岡崎クミの場合

 

 

私はクロノ君のことが好きだ。

でも、クロノ君はトコハちゃんのことが好きなのだ。

そんな事、ずっと知ってた。

でも諦めきれなかった。

一緒の高校に行ったのも、よく話しかけたのも、クロノ君に東海林君を紹介したのも全てクロノ君へのアピールだった。

それでも結局、彼はトコハちゃんを選んでしまった。

この妨害ファイトは私にとって最後のチャンスだと思った。

私が勝てば、クロノ君はフランスに行けない。

その時今度こそ告白しようと思った。

でも、負けちゃった。

しかも悔しくて逃げちゃった。

 

クミ「私、情け無いなぁ」

 

?「別に良いんじゃねぇか。それくらい」

 

えっ、この声って。

 

カズマ「たぁっく、急にいなくなりやがって、クロノも驚いてたぞ。伊吹の奴に感謝しとくんだな」

 

クミ「東海林、君。なんで……」

 

カズマ「なんでって、その……お、お前が心配だったから……///」

 

えっ、それって。

 

カズマ「ああもう俺のことは別に良いだろ。それよりお前、どうするんだ?」

 

クミ「えっ、な、何の事かな〜」

 

カズマ「好きなんだろ、クロノのこと」

 

えっ///、なんでバレたの?

 

カズマ「アイツは気づいてないけど、側から見たら分かるぞ。いろいろアピールしてたって」

 

そ、そっか。

私分かりやすいんだ。

 

クミ「あはは。そうかそうかバレちゃってましたかぁ。私もまだまだですなぁ」

 

カズマ「誤魔化すなよ。良いのか? 本心に向き合わないまま行かせちまって」

 

クミ「でも、クロノ君は私のことなんt「そうじゃねえ」えっ?」

 

カズマ「そうじゃねえよ。お前自身がケジメをつける為にやる必要があるって言ってんだ。そんな顔でお前安城を祝福出来るのかよ?」

 

……トコハちゃんを祝福。

 

カズマ「お前、ずっと安城に嫉妬してたんだろ。2人っきりならともかく、クロノと付き合っていることを本当に祝福できるって言えるか? 少なくとも俺には、今のままじゃあ無理だって見えるぜ」

 

……わ、私はーー

 

カズマ「だから振られて来い。自分の気持ちに決着をつけて来いよ。それで泣くなら幾らでも付き合ってやる。今だけは誰かの為じゃなく、自分の為に行動しろ」

 

カズマ君……

 

クミ「な、なんでそんなこと言ってくれるの?」

 

カズマ「今は聞くな。後で幾らでも説明してやるから。行って来いよ」

 

クミ「……うん! 行ってくる! ありがとうカズマ君!」

 

お礼を言って、私は走った。

もう迷わない。

たとえ振り向いてくれなくてもクロノ君への思いは本物だから。

 

クミ「はあ、はあ。ファイトは?」

 

たどり着くと既にファイトは終わっていた。

クロノ君も大勢の人に囲まれながら飛行機に向かっていた。

時間がない。

恥ずかしがってる場合じゃない。

勇気を振り絞って言うんだ。

 

クミ「クロノ君!!」

 

クロノ君は立ち止まって振り向いてくれた!

 

クミ「クロノ君、わたし! あなたのこと大好きでした!」

 

気が付いたら涙を流していた。

でも言えた。

最後の最後にごめんなさいクロノ君。

貴方を惑わすようなことをして。

でも、これが私の正直な気持ちです。

そしたらクロノ君は笑ってーー

 

クロノ「ありがとな、岡崎! 行ってくるぜ!」

 

そう言って去って行った。

……やっぱり振られちゃったか。

 

ルーナ「クミ。大丈夫?」

 

ルーナちゃんが声をかけてくれた。

大丈夫だよって言いたい。

でも、言えない。

言ったら涙が溢れてしまう。

今だけは我慢しなくちゃ。

 

カズマ「岡崎」

 

あっ。

 

カズマ「もう無理しなくて良いんだぜ」

 

クミ「か、ずまくん」

 

彼の優しい言葉につい声を出してしまった。

目に溜まっていた涙が溢れてしまう。

 

クミ「あっあああ。わあああん!」

 

泣いてしまった。

声が枯れそうなぐらい大きな声を出して。

きっとみんな心配しているだろう。

でもそんなこと気にしないかのように涙が溢れてくる。

気が付いたら私はーー

 

カズマ「泣けよ岡崎クミ。泣いた分だけまた笑顔になれるようにさ」

 

カズマ君の胸の中で泣き続けていた。

彼の優しい言葉が胸にしみる。

ありがとうカズマ君。

こんな私に優しくしてくれて。

ありがとうクロノ君。

最後に私に笑顔をくれて。

貴方を好きになって良かったです。




今回はここまでです。
次回もお楽しみください。


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クロノとトコハの気持ち

クロノくんとトコハちゃん、愛の物語第3段!
この話のもう1つのサブタイトルは「クロノ試練再び」です(←待て)



ヴァンガード普及協会パリ支部にて行われたユーロ第2リーグフランス予選。

リーグ本戦の最後の1枠を賭けた戦いが決着を迎えようとしていた。

 

櫂「オーバーロードでアタック!」

 

トコハ「……ダメージチェック。ノートリガー、です」

 

MC「決まった!! 今期のユーロリーグ本戦への最後の切符を手にしたのは、櫂トシキ!!! 彼の伝説がまた新たに切り開かれようとしています!」

 

櫂とトコハのファイトは櫂の勝利で幕を閉じた。

それは同時に、トコハの今期ユーロリーグが全て終了したことを意味していた。

 

 

安城トコハは中学卒業と同時にフランスにある普及協会パリ支部に留学し、世界中のファイターたちと交流する道を選んだ。

その中でプロファイターとなる選択を行い、昨年は初出場でありながらベスト16までたどり着いた期待の新人として順調なスタートを切ったのだ。

しかし、今期は一転して敗北の連続。

本戦出場が絶望的でありながら最後の希望を賭けた対戦に挑んだものの、その相手がリーグ優勝経験もある櫂トシキだったのは最悪だった。

しかもファイトはトコハのトリガーチェック全てでノートリガー。

得意のブルームでパワーを上げての攻撃も全ていなされてしまう。

とてもではないが良いファイトだったとは言いがたいものになってしまった。

マネージャーを務めているアカネも落ち込むトコハに掛ける言葉が見つからずに黙ってしまうほどだった。

そんなトコハに櫂は声を掛けることにした。

 

櫂「安城、少しいいか?」

 

トコハ「はい。なんでしょうか櫂さん?」

 

櫂「もうすぐお前の誕生日だと聞いた。折角だ。ヨーロッパ中の仲間たちを集めてパーティーを開こうと思う。お前は大丈夫か?」

 

トコハ「私の誕生日を? そんな、ご迷惑掛けちゃいますよ」

 

櫂「気にするな。俺が開いたほうが良いとイメージしただけだ」

 

トコハ「はあ、イメージですか」

 

櫂「場所はお前のマネージャーにでも相談する。来るかどうかはお前が決めろ」

 

そう言って櫂は去って行った。

控え室に1人残されたトコハも荷物をまとめて帰宅した。

帰宅後、アカネの用意した食事を取り、自室に戻ったトコハは1枚のカードを見ていた。

 

トコハ「クロノ……。なんでこのカードくれたのよ。待てなくなっちゃうじゃない」

 

そのカードは《クロノ・ドラン》。

かつて新導クロノが心を通わせ、共に戦った相棒と言えるカードだ。

彼が持っていたそのカードは、どんな原理かは不明だが、姿を《クロノ・ドランG》へと変え、今は《クロノ・ドランZ》となり今もクロノの元にいる。

にも関わらず、彼女はドランのカードを持っているが、このカードはクロノがトコハにあげたものなのだ。

 

トコハ「何が扱いに困ったからあげる、よ。激レアカードなんだから普及協会に売ればとんでもないお金になったでしょうが。こんなもの渡されて……期待しちゃうじゃない///」

 

そう、安城トコハは新導クロノが好きなのだ。

ヴァンガードを楽しむクロノを見てそれまでの印象がガラリと変わり、トライスリーでチームとして共に活動するなかで彼の優しさと苦悩をしった彼女はもっとクロノを見てみたいと思うようになっていった。

 

トコハ「ぶっきらぼうのくせに面倒見が良くて、自炊してるから料理も上手で、そのくせ1人で抱え込むことが多いから無茶しまくって。ホント目が離せない。……クロノぉ。好きだよ。大好きなの。……会いたいよ」

 

ベッドに顔を押し付け彼女は泣いた。

そんな様子をドアの隙間からアカネが見ていた。

 

アカネ「トコハちゃん。やっぱりあなたは帰ったほうが良かったんじゃあ。でも、あの子が自分で決めたことなのよね。クロノ君の大学合格が決まったら会いに行って告白するって。その時のために、隣に立つのに相応しい自分になれるようにプロで頑張るって」

 

もう一度彼女の部屋を覗くと、泣き疲れたのか普段着のまま彼女は寝てしまった。

その傍には、ドランのカードとその成長後の姿、《クロノジェット・ドラゴン》のカードがある。

 

アカネ「今のあなたは自信を持って彼に会いにいけるの? そのカードたちはまるであなたを心配している様にしか見えないわよ」

 

不安と悲しみ、その両方が彼女たちを襲い、お互いにぎこちない時間が過ぎてしまう。

そんな日が数日続き、トコハの誕生日である4月17日になった。

その日トコハはパリ支部でティーチングファイトを行ったが、やはり力が入らず遊びに来ていたハイメを心配させてしまった。

夕方となり、アカネの家でパーティーが開かれることになったが、トコハは家に戻らず1人公園でスマホの中にある写真、特にクロノと笑いあって撮った写真を見てため息をついていた。

 

トコハ「クロノ。「なんだよ」えっ!?」

 

振り返るとそこには私服で荷物を抱えた新導クロノがいた。

 

トコハ「な、んで。ここにクロノが? これって、夢?」

 

先ほどまで思いをはせていた人を目の前にしてトコハは混乱してしまった。

しかし、そんな疑念はクロノの次の行動が許さなかった。

 

クロノ「トコハ。会いたかった」

 

なんとクロノはトコハを抱きしめたのだ。

この行動にトコハはさらに混乱。

顔を真っ赤に染め上げてしまう。

 

トコハ「えっ、えっ!? く、クロノ!? 何!? どうして!?」

 

クロノ「お前テンパリすぎ。言ったろ。会いたかったって。俺、お前に伝えたいことがあるから。どうしても直接会って」

 

クロノが伝えたいこと、それがなんなのか、トコハには分からなかった。

混乱は疑念へと変わり、そして不安になってしまう。

 

トコハ(伝えたいこと、まさかもう誰かと付き合うことになったとか)

 

聞きたくない言葉を想像し、トコハは――

 

トコハ「い、いや!」

 

クロノ「トコハ!?」

 

クロノの腕から逃れ、この場を離れようと逃げ出す。

急な行動にクロノは驚き、一瞬動けなくなってしまったが、すぐに正気を取り戻し、トコハを追いかける。

 

クロノ「おい待て、トコハ!」

 

トコハ「いやー! 来ないでー!」

 

唐突に始まった追いかけっこだが、そこは男と女。

慣れない道だが、川の付近まで来たあたりでクロノはトコハに追いつき捕まえた。

それでもトコハは逃げようと泣きながら必死に抵抗する。

 

トコハ「離して、離してよ!」

 

クロノ「おい、トコハ落ち着いて俺の話を聞け!」

 

トコハ「いやー! 聞きたくない、聞きたくない! クロノの好きな人の話なんて聞きたくない!」

 

クロノ「はあぁ!? なんの話だ! そんなに聞きたきゃ聞かせてやるよ! 俺の好きな人はだな――」

 

トコハ「いっ――『ガバァ』!!??」

 

なお抵抗を続けようとするトコハもクロノに強く抱きしめられた瞬間、言葉を失った。

トコハの抵抗が弱まったところでクロノが言葉を続ける。

 

クロノ「俺が好きなのはトコハ、お前だよ」

 

トコハ「えっ、う、嘘」

 

クロノ「嘘じゃねえよ。そんなこと言いにわざわざフランスまで来ねえよ」

 

抱擁していた腕の力を強くして、頬を真っ赤に染め上げながら、クロノはさらに言葉を紡ぐ。

 

クロノ「俺が、この世で1番好きで、一緒にいたいと思う人は、トコハ。お前だけだ。この言葉を伝えるためだけに俺はこの場所に来たんだ。だからトコハ、俺と、付き合ってくれ! 俺の帰るべき場所になってくれ」

 

そう言いながらクロノは懐に手を入れ、取り出した物をトコハに渡す。

手を開いて渡されたものを見つめると、それは指輪だった。

 

トコハ「これって……」

 

クロノ「母さんが俺のために残してくれた物だ。親父が母さんに送った婚約指輪。今度は俺がそれをお前に送る。その意味わかるよな」

 

確かにその意味はトコハにも分かった。

しかし――

 

トコハ「な、何でクロノはこれを私にくれるの?」

 

それでも泣き続けるトコハ疑問をぶつける。

クロノが来た真意、クロノが大切な指輪を渡してくれる理由を聞くために。

 

クロノ「トコハ。実はさ、ミクルさんがシンさんと結婚することになったんだ。俺さ、そんなミクルさんの姿を見て、お前に同じような顔をさせてやりたいって思った。俺の悩みも辛さも、喜びも楽しみもすべてお前と共有したい。俺が宇宙から、そして惑星クレイから帰ってきたときにトコハが待ってる家に帰りたい、そう思ったんだ」

 

だから、とクロノはさらに言葉を紡ぐ。

 

クロノ「俺の恋人に、そして家族になってください」

 

その言葉を聴いて、トコハの涙は止まった。

そして次の瞬間、顔を真っ赤に染めながら、溢れんばかりの涙を流し始めた。

さすがにこれは予想外でクロノも焦ってしまった。

 

クロノ「と、トコハ!? 嫌だったか?」

 

トコハ「違う! ちぃがうの~。わ、わらし~」

 

涙のせいでとても言葉が言えてない。

そんなトコハをクロノは黙って抱きしめた。

トコハもそんなクロノの優しさに甘えて泣き続けた。

しばらくして、トコハが泣き止み、目を真っ赤にしながらクロノの顔を見る。

 

トコハ「く、クロノ! 私、あのね!」

 

そんなトコハをクロノは優しく見つめる。

穏やかなその目にさらに顔を染めながら、トコハは言葉を紡いだ。

 

トコハ「私も、クロノが好き! クロノ以外となんて嫌! ずっと、ずっとクロノと生きたい! クロノに抱きしめて欲しい! だから!」

 

そこでトコハもクロノに抱きつく。

互いに力をこめて抱擁し合い、トコハは言った。

 

トコハ「私をクロノのお嫁さんにしてください」

 

その言葉を聴いた瞬間、クロノとトコハは顔を見つめあう位置まで戻し、そして互いの唇を合わせた。

……それはほんの一瞬だったが、2人にとっては長い時間のように感じられた深い、深いキスだった。

 

クロノ「トコハ」

 

トコハ「クロノ」

 

もう言葉は要らない。

ただ互いの名前をささやき合い、ここに生まれた1組の男女は抱擁とキスを繰り返すのだった。

 

 

しばらくして落ち着きを取り戻した2人は恥ずかしいのか少し距離を取った。

そこでトコハは今日のパーティーのことを思い出していた。

 

トコハ「ねえ、クロノ。この後どうするの?」

 

クロノ「どうするって、とりあえずアカネさんにお前と付き合うって報告してから、決めようと思ってたぞ。すぐに日本に帰る必要も無いし」

 

トコハ「それ、大丈夫なの? 飛行機の時間とか、学校の勉強とか」

 

クロノ「飛行機のほうは大丈夫だ。シオンのやつが貸してくれた飛行機を岩倉さんが操縦して来たから。その岩倉さんにも数日はこっちにいるから帰るときに連絡入れれば乗せてくれる。勉強のほうは……なんとかするさ」

 

笑いながらそう言うクロノの姿にトコハも可笑しくなって笑ってしまう。

 

トコハ「なら、私の家に来て。今日、櫂さんがね、私のために誕生日パーティーを開いてくれてるの」

 

クロノ「そうか。なら、来てくれた人たちに報告するのを兼ねて、今日はトコハとアカネさんの家にやっかいになるか。明日のためにも少しでも長く一緒に居たいしな」

 

トコハ「うん。じゃあ、案内するね」

 

トコハが歩き始めると、クロノが何かを思い出す。

 

クロノ「あ、思い出した」

 

トコハ「なに?」

 

クロノ「トコハ、誕生日おめでとう」

 

笑顔で包装紙が包まれた箱を出してトコハに渡す。

トコハはそのプレゼントを見て。

 

トコハ「ありがとう」

 

今日1番の笑顔をクロノに見せたのだった。

 

 

その頃、アカネの家ではトコハの誕生日パーティーのために仲間たちが集まっていた。

 

ハイメ「アカネ~、トコハはまだ来ないの?」

 

アカネ「トコハちゃんも1人で考えたいことがあるのよ。私たちはあの子の帰りを待ちましょう」

 

トコハの悩みを知っているアカネは心配しながらも待つ選択をした。

そんなアカネをハイメは苛立った。

しかし、そんなハイメを咎める声が入る。

 

ジリアン「ハイメ。いくら心配だからってアカネさんに八つ当たりしないの」

 

シャーリーン「大丈夫。全てが解決しなくても、今出せる答えを持って帰ってくるから~。ハイメも安心しよ」

 

ハイメ「でもぉ。やっぱり心配だよ。ミゲルの時だって、ここまででは無かったのに。10連敗以上重ねるなんて」

 

レオン「確かに今の彼女に風は吹いていない」

 

ハイメ「マスターレオン」

 

レオン「しかし、風が止むのは嵐の前触れでもある。ひと時経てば、彼女はもっと大きく成長できる。我々にできるのは、それを待つことだけだ」

 

このレオンの言葉はハイメを納得させるものではなかった。

ハイメはその矛先をレオンに向ける。

 

ハイメ「……俺たちでは彼女に風を送ることは、彼女を元気にさせることはできないと?」

 

レオン「そうだ。それは俺たちの役目ではない」

 

ガイヤール「アカネさん。彼女の悩みは分からないのですか?」

 

オリビエ・ガイヤールもまた、彼女が心配だったので、櫂の誘いを受けてアカネの家にお邪魔することにした1人だ。

そばにはライバルであり、かつてカトルナイツの仲間だったネーブもいる。

 

アカネ「知ってるけど、残念ながら言ったところで解決策はでないわよ」

 

ネーブ「それでも言って欲しい。我々は少しでも多く彼女のことが知りたいのだ」

 

彼らの真剣な表情に耐えられなくなってきたアカネだが、そんな彼女に救いが舞い降りるかのようにドアのベルが鳴った。

 

アカネ「はーい。どちらさま?」

 

岩倉「こんばんは。アカネ様でございますね。わたくし、シオン様の執事を務めております岩倉と申します」

 

アカネ「岩倉さん。ああ、トコハちゃんのチームメイトのシオン君の執事さん! トコハちゃんから話は聞いています。こんばんは。でも、今日は何の御用ですか?」

 

岩倉「本日はトコハ様のお誕生日ということで、シオン様を始め、日本の方々からの誕生日プレゼントをお持ちいたしました」

 

そう言って岩倉は後ろに控えていたトランクケースを見せた。

その中にはシオンやクミといった日本の仲間たちからのプレゼントが入っていた、

 

ハイメ「ハートにキター! 凄いよこの量。トコハはみんなに愛されているのがビンビン伝わってくるよ。アカネ、早くトコハに連絡入れて。アミーゴたちからのプレゼントを見たらトコハの悩みもなくなるよ!」

 

アカネ「ええ、そうね。ありがとうございます、岩倉さん。折角ですので、トコハちゃんの誕生日パーティーに参加していただけませんか?」

 

岩倉「おや、よろしいのですかな?」

 

アカネ「もちろんです。知り合いが1人でも増えればトコハちゃんも喜びます」

 

岩倉「では、お言葉に甘えて。おや、櫂トシキ様。お久しぶりでございます」

 

櫂「ああ、久しぶりだな」

 

岩倉はドラエン支部主催のクエスト復興祭にて櫂と伊吹相手にファイトしたことがあるのだが、その強さから櫂に覚えられたのだ。

 

岩倉「櫂様がお料理の担当ですか、わたくしにも手伝わせてください。こういった仕事は見てしまうとついやりたくなってしまうのです」

 

櫂「いや、今日は俺がやる。あんたに俺の料理を見せてやる!」

 

2人の間に稲妻のような何かが走ったが、今回は岩倉が櫂に譲る形で決着がついた。

そして――

 

トコハ「アカネさん。ただいま!」

 

アカネ「おかえりトコハちゃん。あら、答えが出たの? 凄く嬉しそうな顔してるわよ」

 

トコハ「えーっとね。答えが見つかったと言うか、答えの方が来てくれたっていうか」

 

どこか歯切れが悪く、そして頬が赤く見える。

 

トコハ「アカネさん。みんな。今日は紹介したい人がいるの」

 

ハイメ「紹介したい人? いったい誰だい?」

 

トコハ「入って良いわよ」

 

そう言われてドアが開かれる。

そこには頭かいて照れくさそうにしているクロノがいた。

 

ハイメ「あれ、クロノじゃないか。どうしてここにいるんだい? だいたい僕と君はアミーゴで紹介する必要は無いよね?」

 

トコハ「フッフッフ。改めて紹介するね。私の彼氏、新導クロノです」

 

『え?』

 

事情を知る岩倉以外が驚く。

 

岩倉「クロノ様。トコハ様。ご交際おめでとうございます。早速ですが、シオン様にご報告致しましょう。おふた方、はいチーズ」

 

トコハ「ブイ!」

 

カシャっと岩倉の携帯のカメラが鳴る。

トコハはクロノの首に抱きつく形でブイサインを取り、クロノは照れてしまって特にポーズはとれてなかった。

 

トコハ「岩倉さん。良い感じに撮れました?」

 

岩倉「ええ。とても幸せそうな写真が撮れました。すでにシオン様にお送りしましたので、日本の皆様に伝わるのは時間の問題でしょう」

 

アカネ「えーっと、トコハちゃん? あたなクロノ君と付き合ってるの? 何時から?」

 

トコハ「さっき」

 

クロノ「つい先ほど、俺が告白して、返事をもらえたので付き合うことになりました。改めてよろしくお願いします、アカネさん」

 

笑顔で簡潔に説明するトコハともう少し詳しく経緯を伝えたクロノ。

2人の嬉しそうな顔を見て、アカネも嬉しそうに返事をする。

 

アカネ「そう、分かったわ。ずっと心配してたのよ。実はお互いにすれ違っているんじゃないかって。でも2人の思いは通じ合っていたのね。本当に良かった。クロノ君、トコハちゃんをよろしくお願いするわ。トコハちゃん、こんな良い男捕まえたんだから、絶対に幸せにならなくちゃ駄目よ」

 

トコハ「違うよアカネさん。私は幸せになるんじゃないよ。もう幸せなの。今もこれからもクロノと一緒にいられる。同じ時間を分かち合えることがとっても幸せなの。だから、心配しなくても大丈夫」

 

溢れんばかりの笑顔をアカネに向け、トコハは言った。

その笑顔には確かな確信に満ちた幸せそうなものだった。

そんな彼女をここにいる仲間たちも祝福する。

 

ガイヤール「おめでとう、安城さん。新導クロノだったね。始めまして」

 

クロノ「ど、どうも。お噂はかねがね聞いています」

 

ガイヤール「はっはっは。それは嬉しいな。機会があれば是非ファイトしよう。何も考えず、ただ純粋に」

 

クロノ「はい。是非お願いします」

 

ネーブ「そのときは俺も参加させてもらおう。初めて会うな新導クロノ。俺はネーブ。ユーロリーグの高嶺の花を奪っていくんだ。絶対に手を離すなよ」

 

クロノ「もちろんそのつもりです!」

 

シャーリーン「2人ともおめでとー!」

 

ジリアン「お幸せに!」

 

レオン「フッ。彼女に訪れた風は、春に満ちる恋の嵐だったか。新導クロノ、お前が起こした風だ。決して見誤るなよ」

 

クロノ「はい。俺はトコハと幸せになるって決めてますから」

 

櫂「ならば、俺の本当の料理でこの場を最高潮まで盛り上げてやる!」

 

そう言われてテーブルを見てみると、バースデイケーキを始めとして美味しそうな料理の数々が並んでいた。

トコハが歓声をあげ、料理を頂こうと思ったところに待ったをかける者がいた。

 

ハイメ「……めない」

 

ガイヤール「? ハイメ何か言ったか?」

 

ハイメ「認めなーい!」

 

その名はハイメ・アルカラス。

ずっと黙っていた彼が2人の関係を認めないと駄々こねる。

 

ハイメ「トコハ! 何でクロノを彼氏なんて言うんだ! 君はミゲルのことを忘れるって言うのかい?」

 

トコハ「はあ? 何言ってるのよハイメ。私が何時友達のミゲルのことを忘れるなんて言ったのよ」

 

アカネ「今友達って言ったわね」

 

クロノ「少なくともアンテロにとっては友達で終わった仲ですけどね」

 

ミゲル・トルレス。

彼はU-20初代チャンピオン、チームオーガの1人であり、鬼丸カズミのチームメイトだ。

しかしトコハが会った彼は自身の分身と言えるユニット《竜胆の銃士 アンテロ》に体を貸している状態であり、本来のミゲルは彼女との接点は一切ないのである。

そんなアンテロはトコハにプロファイターへの道を示してくれた大切な人であり、今では彼女のデッキにGガーディアン《絆の守護銃士 アンテロ》として宿り続けている。

 

トコハ「だいたい彼は純粋な目で私を見てくれて、プロの道を示してくれた優しいファイターだったけど、彼が私の心に残っていたのは会って2日で死んでしまったからよ」

 

ジリアン「まあ、友達になってから数日後に死亡報告を聞けばショックは大きいでしょうしね」

 

シャーリーン「しばらく心に釘が刺されたような痛みがあっても仕方ないか~」

 

トコハ「私、中2の時にはもうクロノのこと好きだったからね」

 

クロノ「えっ、なにそれ。初耳だけど?」

 

アカネ「ちなみにクロノ君は何時からトコハちゃんのことが好きだった?」

 

クロノ「たぶん中3の、ストライドゲート事件が終わった後ですね。一通り事件が終わったので余計なことを考えずにトコハを見たときの姿が可愛くて。気がついたら好きになってました。夢に向かって真直ぐなトコハが眩しくて、告白なんてできませんでしたが」

 

ネーブ「予想以上に純真だったか」

 

ハイメ「くぅ。たとえ、両片思いだったとしても、ミゲルの思いを無視することは許さない!」

 

トコハ「私とミゲルがくっつく可能性があったことを否定はしないけど、少なくとも今ここにいる私はクロノのことが大好きで、ミゲルとの絆を今でも忘れていないわよ。私は安城トコハ。ユニットと死してなお絆を結んだ乙女よ」

 

ちなみにドランは彼女のことを「ユニットと死して尚失われる事無き絆を結んだ稀有な先導者」と称しているため、少し違っていたりする。

 

アカネ「そもそも、惑星クレイの住人と関わること自体珍しいのに、その死を知るなんて稀なんてレベルじゃないわよね」

 

クロノ「ドランは稀有な先導者って言ってたけど、正直俺と同レベルで希少価値が高いですよね。トコハとアンテロの関係って」

 

自信満々なトコハに逆に呆れるアカネとクロノ。

確かにユニットの完全召喚を代償なしで行える「特異点」となりえた素質を持ったクロノも稀有な存在ではあるが、トコハとアンテロの関係はそれとは違う意味で稀有だろう。

 

トコハ「それにミゲルはずっと私のことを見守っていてくれる。私が自分の意思で選択したことならミゲルはそれを応援してくれるわ。このカードこそ、その証よ!」

 

そう言ってトコハが取り出したのは、アンテロの「有り得たかもしれない未来の可能性」を宿したカード《絆の守護銃士 アンテロ》だ。

このカードはユーロリーグでも度々トコハのピンチを救ってくれている。

まさに2人の絆が生んだ奇跡のカードだ。

 

ハイメ「でもそのカードはミゲルとトコハにある誰にも入り込めないほど確かな絆の証じゃないか! クロノはそこに入り込もうとしている。トコハはそれを許すの?」

 

しかし、ハイメが認めようとしない理由もこのカードにあった。

両者の考えはすれ違い、譲ろうとしない。

もはや衝突は避けれそうにない。

ハイメはカードを懐から取り出した。

 

ハイメ「クロノ! トコハを奪う気なら俺は絶対に許さない! ファイトだ! 俺が勝ったらトコハのことは忘れるんだ! ミゲルのために!」

 

トコハ「ちょっと待ちなさいよ。私の意思を無視して決めるなんて、幾らなんでも横暴よ」

 

ハイメ「うるさい! トコハは黙ってて! これは俺とクロノの戦いなんだ!」

 

トコハ「いいえ、黙らない! そんなにファイトしたいのなら私とファイトして!」

 

そう言ってトコハもデッキケースを取り出し、ファイトテーブルを展開した。

 

クロノ「なんで床からテーブルが上がってくるんですか?」

 

アカネ「あら、最近はたとえ道の真ん中でもファイトテーブルが展開されるじゃない。家の中ならあっても不思議じゃないわ」

 

クロノ「いや、幾らなんでも道の真ん中や普通の家の中にはありませんって」

 

トコハ「ハイメ、あなたが勝ったらさっきの条件でクロノとファイトして良いわ。でも私が勝ったら、これ以上ミゲルを言い訳にして駄々こねない。良いわね」

 

ハイメ「俺は駄々なんてこねてない! 全てはミゲルのためだ!」

 

ガイヤール「どう見てもただの言い訳にしかみえないな」

 

櫂「まったくだ」

 

他の全員もうなずくがハイメは無視してFVをテーブルに置く。

トコハも置いた後2人は手札をそろえ、準備が完了した。

 

2人「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」

 

ハイメ「士官候補生アンドレイ」

 

トコハ「クロノ・ドラン」

 

櫂「クロノ・ドランだと!?」

 

ハイメ「そのカードはアミーゴしか持っていないはず!?」

 

クロノ「俺がトコハにあげたんだよ。ギーゼとの戦いの後にな」

 

トコハ「ハイメ、あなたは私とミゲルに誰にも入り込めない絆があると言った。でもそれは、クロノとドランにもある。2人の友情に私の入り込める隙間なんてない。でもそれを広げることはできる。私も、クロノを通してドランとの絆を得た。その絆の力であなたを倒す!」

 

そう言ったトコハの言葉を聞いて、クロノは1枚のカードを取り出す。

そのカードは《竜胆の銃士 アンテロ》。

 

クロノ(俺も、このカードを持っていればトコハを通して、ミゲルの思いを受け継ぐことができると思ったからな。でも今は、俺は俺の意思でトコハと一緒にいたい。だから、アンテロ。このカードを通して俺を見てくれ。必ず、トコハを幸せにするから)

 

ハイメ「ライド!」

 

トコハ「ライド!」

 

ハイメ「ライド! 《嵐の覇者 サヴァス》」

 

トコハ「ライド。クロノの想いよ、私に力を! 《クロノジェット・ドラゴン》!」

 

レオン「ギアクロニクル、そしてクロノジェットも一般流通はされているが、あのイラストは新導クロノが持っていたもの以外で見たことが無いな」

 

クロノ「はい。あれも俺が持っていたものをトコハに渡したものです。ただ、あげたのはドラン1枚とクロノジェット4枚なので、残りカードはトコハ自身が集めてデッキを組んだことになりますね。俺も今日までトコハがあのデッキを組んでいることを知りませんでしたし」

 

ネーブ「もしやサプライズのつもりだったのでは?」

 

正解である。

トコハはクロノに告白した後に行うファイトで使うためにこのデッキを組んだのだ。

 

トコハ(最初の相手はクロノって決めてたのに、ハイメが酷い事言うから我慢できずに使うことにしたのよね)

 

トコハ「ストライドジェネレーション! 《時空竜 クロノスコマンド・ドラゴン》!」

 

レオン「あのデッキには安城トコハから新導クロノへの熱い想いで満ちている。風は吹き方によっては火を大きくする。此度新導クロノが起こした風によって彼女の闘志は最高潮の業火となって燃え盛る」

 

櫂「今のあいつを止められるやつなど誰もいない」

 

ハイメ「くそ、強い」

 

ハイメ(それでもミゲルのためにも……)

 

レオン「ハイメ・アルカラス!」

 

苦戦するハイメにレオンが怒りの声を掛けた。

困惑する表情でレオンに振り向くハイメ。

 

レオン「お前は何故、己の心に嘘を吐く。なぜミゲルと言う男を言い訳にする」

 

ハイメ「なっ!? 俺がミゲルのことを考えていないって言うのですか!?」

 

レオン「そう聞こえなかったか? 今までの自身の言葉を良く思い出してみろ!」

 

この言葉を聞いた者たちはここまでのハイメの台詞を思い出してみる。

クロノとトコハの関係に口を出すのは良いが、その理由は全てミゲルのことなのだ。

自分ではなく、ミゲルが反対しているように言うがつまりハイメは自分自身の言葉でトコハを説得していないのだ。

レオンはそこに憤りを感じている。

 

トコハ「ハイメ、あなたが私とクロノの関係を反対するのは勝手だけど、ミゲルの想いまで捻じ曲げないで。私を説得したのなら、あなた自身の言葉で、あなた自身の意思で言って。でなければ、このファイトにだって勝てないわよ!」

 

ハイメ「……俺は、ミゲルを言い訳に……。そうか、俺は自分に嘘を吐いていたんだ。アミーゴたちのことを祝福したい気持ちと反対したい気持ちが有って、自分じゃ説得できないからミゲルのことを利用した。ははは、これじゃミゲルに顔向けできないね」

 

自分の行動を悔やみながら、少し涙を溜めてハイメは笑った。

そんな様子を全員静かに見守る。

しばらくして、笑い終わったハイメは改めてトコハに向き合う。

 

ハイメ「トコハ。俺は自分にもミゲルにも嘘を吐いた。本当にごめん。だから、今からは君たち2人の気持ちが本物であるか確かめるためにファイトを続ける。俺に見せてくれ、トコハの想いを」

 

トコハ「うん。私はこのファイトで、今の私の全てをぶつける。来なさいハイメ、あなたのターンよ!」

 

ハイメ「俺のターンだ! スタンド&ドロー! ストライドジェネレーション、《嵐を統べる者 コマンダーサヴァス》! さあ、アクアフォースの連続攻撃防ぎきれるかな? サヴァスの効果で《戦場の歌姫 パンテア》をコールし、後列からアタック」

 

アクアフォース得意のウェーブによる連続攻撃。

だが、トコハはギアクロニクルの特長を生かしてハイメの思惑の上を行く。

 

トコハ「ジェネレーションガード、《時空竜 ヘテロラウンド・ドラゴン》その効果でパンテアの前のユニットをデッキに戻す。そして、相手はデッキの1番上を見て、そのカードをコールする」

 

ハイメ「くっ、《ケルピーライダー ヴァラス》だ。ならばサヴァスでアタック!」

 

トコハ「完全ガード」

 

ハイメ「トリガーを乗せて、アタック!」

 

トコハ「ガード」

 

ハイメ「届かなかったか。だけど、まだ終わってないよ。さあ、トコハ今度は君のストライドを見せてくれ!」

 

トコハ「クロノ力を貸して。今こそ示せ、われらの真に望む世界を! ストライド・ジェネレーション! 《クロノドラゴン・ネクステージ》! ストライドスキルでリアガード1体退却。そしてコールよ」

 

アカネ「トコハちゃんってば、ネクステージ買ってたのね。結構高いはずなのに」

 

ネーブ「クロノジェットの未来の可能性と最初に銘打たれたユニットだ。やはり使いたかったのだろう」

 

ガイヤール「運が良ければクロノ君がネクステージを出した次のターンに自分がネクステージを出せるからね。ミラーマッチのときに狙ってみるのも面白いんじゃないかな」

 

からかう様にガイヤールとネーブの言葉に頬を赤めるクロノだが、盤面を確認して声に出さずともトコハを応援する。

そんなエールに応えるようにトコハはリアから攻撃を開始する。

 

ハイメ「その攻撃は通せないな。ガード」

 

トコハ「次よ、ネクステージでアタック!」

 

ハイメ「完全ガード」

 

トコハ「トリプルドライブ。ゲットスタンドトリガー。効果は全てさっきのリアへ。さらにネクステージの効果でクロノジェットをスタンド。もう一度アタック!」

 

ハイメ「ジェネレーションガード」

 

トコハ「ツインドライブ。ゲットクリティカルトリガー。最後の攻撃、いっけーぇ」

 

ハイメ「ここまでか、なら最後はヒールトリガーに賭ける!」

 

しかし最後のダメージで出てきたのは、《嵐を越える者 サヴァス》だった。

これによりハイメの敗北は決定、トコハの勝利で幕が閉じた。

トコハは嬉しさを表すようにクロノに抱きつき、体全体をクロノに押し付けた。

 

トコハ「クロノ! 私勝ったよ! 褒めて、褒めて」

 

クロノ「分かった、分かった。だからあんまり体を押し付けるな(胸がー、胸がー。柔らかい!)」

 

岩倉「ほっほっほ。クロノ様もまだまだ初心ですな」

 

敗北したハイメは2人を見て、自分の中に現われた感情に向き合った。

 

ハイメ「そうか、俺は2人に嫉妬してたんだ。それを認めたくなかったんだ。でも、あんな関係見せられたら祝福するしかないじゃないか……」

 

そんなハイメの肩に手を置く人物がいた。

ハイメが振り向くとそこには櫂がコップを持った状態で立っており、コップをハイメに手渡した。

 

ハイメ「……よーし。アミーゴたちー! 今日はトコトン飲むぞー!」

 

 

その声が合図になったのか、全員が櫂の作った料理を食べ、用意されていた酒やジュースを飲み始めた。

悲しみのあまりハイメが盛大に酔っぱらってしまって大暴れするが、ガイヤールとネーブに取り押さえられ、クロノとトコハに被害が及ぶことは無かった。

料理もなくなったありで、気絶したハイメをガイヤールとネーブが連れて帰り、蒼龍の3人はシャーリーンが酔ったため彼女を引き連れて帰った。

クロノと共に皿洗いをした櫂が持ってきたお皿を回収した後帰ると、アカネがパリの夜で酒盛りの続きをすると言って出て行き、岩倉が付き添いした。

クロノとトコハは残ったゴミを袋に入れて片づけたが互いに会話は無かった。

ようやく訪れた2人だけの時間に双方とも気恥ずかしくなってしまったのだ。

 

トコハ「く、クロノ。お風呂入る? 日本のものほどしっかりしてないけどちゃんと入れるよ」

 

クロノ「あ、ああ。じゃあお先に使わせてもらうぜ」

 

トコハ(今のうちに部屋片づけないと)

 

クロノが風呂から出たあたりでトコハの片付けも終わり、入れ替わりでトコハもお風呂に入り、トコハが出たところでクロノが話しかけた。

 

クロノ「……じゃあ、俺ソファーで寝るから」

 

トコハ「ちょっ、ちょっとまってよ。なんでソファー?」

 

クロノ「だって余分な布団なんて無いだろ」

 

トコハ「無いけど、えーっと、クロノ。一緒に寝よ」

 

突然の爆発発言にクロノが噴出したあげく顔を真っ赤に染める。

 

クロノ「はあ!? お、お前何言って///」

 

トコハ「いっ、言っとくけどエッチなことは駄目よ。とにかく、クロノは私の彼氏なんだから私の部屋に来る」

 

その勢いに圧倒され、言われるがままにクロノはトコハの部屋に入ることになった。

既に片づけがされた部屋は綺麗で、トコハらしい可愛い部屋だった。

 

トコハ「さっ、クロノこっち入る」

 

クロノ「あっ、ああ。ん? ベッドの下のこれって?」

 

トコハ「あ、あああ/// クロノ、それはだめ!!」

 

ベッドの下からクロノが取り出したのは所謂抱き枕だった。

しかし注目するべきはそのカバー。

それはなんとクロノが描かれたものだったのだ。

 

クロノ「え、トコハこれって……」

 

トコハ「///」

 

顔どころか体全体をこれ以上ないぐらい真っ赤に染めたトコハが絶句。

クロノもなんとも言えない雰囲気になってしまった。

 

トコハ「ち、違うのよ! これがあればクロノが夢に出てきてくれるかもなんて思ってないからね! 一昨年のU-20で撮られた写真がカッコよかったから枕カバーにしてもらってなんかしてないからね!」

 

盛大に弁解と言う名の自爆をしたトコハ。

 

クロノ「ぶっくくく、あっははははは。お前ってホント面白いな」

 

そんな彼女を見てクロノは本気で笑ってしまう。

トコハはこんなクロノを見て、違う意味で顔を真っ赤に染めた。

 

トコハ「ちょっと笑わないでよ! デリカシー無いわね。クロノ馬鹿!」

 

クロノ「落ち着けよ。悪かったって。ほら、トコハ来いよ」

 

いつのまにかベッドの上に座っていたクロノが両手を広げてトコハを招く。

トコハの怒りはまだ収まっていないので、しばらくソッポを向いていたが、それでも招き続けるクロノに根負けしたのか、「えい」っとクロノに抱きついた。

そして少し安心したのか、トコハが話し出した。

 

トコハ「クロノ。私ね、今も今日のことが夢じゃないかって心配なの。朝起きたら、また独りぼっちに戻ってしまうんじゃないかって」

 

クロノ「夢じゃないさ。俺は此処にいるぞ、トコハ」

 

トコハ「うん。でもやっぱり心配。だからクロノ、起きても私が起きるまで傍にいて。朝1番にクロノにおはようって言わせて」

 

クロノ「いいぜ。俺も明日の朝はトコハの顔を見て、トコハにおはようって言いたいからな」

 

トコハ「ありがとう。クロノ大好き」

 

クロノ「俺も好きだよ。だから、おやすみトコハ」

 

トコハ「うん。おやすみクロノ」

 

そう言ってトコハは眠りに就いた。

クロノはそんなトコハの髪を撫で、彼女が疲れていたのだと実感した。

 

クロノ「トコハの体って、こんなにも小さかったんだな。いや、俺がでかくなったのか。小さくって、柔らかくて、良い匂いがする。こうしていると安心するな。ありがとなトコハ。俺を好きになってくれて。おやすみ、明日も明後日もその後もよろしくな」

 

クロノも眠り、お互いに体をより密着させた。

その寝顔はとても穏やかなものだったという。

 

余談だが、2人は部屋の電気を消さずに寝てしまった為、アカネが戻って来た時にも点いたままだった。

そのため、部屋を覗いたアカネが2人の姿を目撃し、写真を撮って仲間たちに拡散したのを2人が知ったのは日本に帰ってからだった。




とうとうクロノ君がトコハちゃんに告白。
しかし物語はまだまだ続きます。
次話もお楽しみください。


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洗礼

クロノくんとトコハちゃん、愛の物語第4段!
恋人になった彼らを待ち受けていたのは!


トコハの誕生日の翌朝。

いつもとは違う圧迫感を感じながらトコハは目を覚ました。

いつもなら目を覚ましたトコハが最初に見るのは自分の机の筈だった。

しかし今日は見えない。

代わりに見えるのは赤。

少し混乱し、恐る恐る顔を上げるとそこにはチームメイトのクロノがいた。

自分の状況を改めて確認してみるといつものベッドでクロノの胸板に押し付けられる体勢になっていた。

自分もまたクロノの背中に手を回し、抱きついて寝ていたのだ。

 

トコハ「そっか。私クロノと恋人になったんだった」

 

クロノ「そう言うことだ」

 

クロノの声がしたので顔を見てみると、既にクロノが目を覚ましており、トコハの髪を撫でて、その優しい瞳でトコハを見ていた。

 

トコハ「クロノ。起きてたんだ」

 

クロノ「ああ。お前がぐっすり寝てたからな。腕に力が入って動けないし、折角だからお前の可愛い寝顔を観察してたんだよ」

 

トコハ「かわっ/// もう、すぐそうやって恥ずかしい事言う」

 

赤くなりながら文句を言うトコハをクロノは笑ってかえした。

そんなクロノの笑顔にトコハ自身も笑ってしまう。

恋人となって初めての朝は2人の笑い声から始まった。

 

クロノ「さてと、おはようトコハ」

 

トコハ「うん。おはようクロノ。ねえ折角だからおはようのキスしてよ」

 

そんなトコハの注文にクロノは少し困ったが、半目で睨みつけるトコハに根負けしたのか承諾した。

互いに起き上がり、トコハが目を閉じたので、クロノが顔を近づけてそのままキスをした。

軽く短いキスだったが、お互いに嬉しくなり、また笑いあった。

着替えるためにクロノは部屋から出て行ったが、トコハは自身の唇を指で撫でてまだ笑っていた。

 

トコハ(夢じゃない。本当にクロノの彼女になれたんだ。やばいなあ、顔が緩むのを止めれそうに無いや)

 

着替えた2人はリビングで待っていたアカネと朝食をとった。

アカネは終始顔を歪めていたのを見て、2人は顔を赤めてしまう。

食事が済んだら2人は荷造りを行い日本へ帰る準備を進めた。

 

アカネ「トコハちゃん、今度は何時戻ってくるの?」

 

トコハ「しばらくは日本にいるわ。戻ってくるのは来期のリーグが始まる前かな。それまではドラエンやキャピタルで働かせてもらう。クロノの受験勉強も手伝わなくっちゃ」

 

クロノ「はっはっは。よろしく頼むぜ、トコハ」

 

笑顔のトコハに苦笑して頼むクロノ。

そんな2人を安心して見守ることにしたアカネ。

 

アカネ(1年も経たないうちに離れて暮らすことになるけど、2人なら大丈夫ね。来期は忙しくなりそうだわ。ユーロ以外のリーグもチェックしとかないと)

 

2人は昨日届けられたプレゼントをどうするか話し合っていた。

結局日本でも使えるものは持って帰り、フランスの家に置いておく物は置いていくらしい。

 

アカネ「2人とも、準備が整ったら手持ちの荷物だけでパリの街でデートして来なさい。クロノ君は滅多に来れないんだから楽しんで往ってね」

 

トコハ「うん。折角だから空港で飛行機に乗るまで英語で会話しましょ。その方がクロノにとって勉強になるし」

 

クロノ「マジかよ。でもまあ、こんな機会そんなにないか」

 

トコハ「じゃあ早速始めるわよ」

 

クロノが止める間もなくトコハとアカネは英語で話し出す。

こうなったらもう止められない。

クロノも意を決して英語を話し出すがすぐにダメだしされてしまうあたりはクロノらしい。

どうにか荷造りが終わり、大半をアカネに任せて2人はパリの街を歩いた。

英語での会話は難しいが、好きな人との初デートなのだ。

心が弾まないわけがない。

クロノはもともと1年以上トコハの通信教育で英語での会話を行っていたのだ。

問題は多いがそれでも最低限の会話はできるようになっていた。

途中遭遇したパリ支部の子どもたちに自分がトコハのボーイフレンドであるとこを教えたり、ファイトを全て英語で行うなどして、少しずつ英語にも慣れていった。

デートはトコハの思い出の場所を中心に回り、お昼ご飯を食べて空港に向かうことをクロノが提案するが、トコハが行きたい場所があると言い、そこに行ってから空港へと行くことに決めた。

トコハが最後に求めた場所、それはミゲルの墓がある墓地だった。

事前に勝った花を添え、トコハはミゲルに報告するために手を合わす。

 

トコハ(ミゲル、私ね、恋人ができたの。見えるかな。私の隣にいる人。新導クロノって言うの。ぶっきらぼうだけどとても優しい、私の1番好きな人。私はこの人と結婚する。何時の日か結婚式を挙げた時や子どもができたらまた報告に来るね。これからも私たちのこと見守っていて)

 

彼女の姿を見てからクロノも同じように手を合わす。

 

クロノ(初めましてだな、ミゲル、アンテロ。まずは礼を言うぜ。お前にあったからトコハはまた一つ成長した。ギーゼの時もお前と出会ってなかったらトコハは死んでいたかもしれない。本当にありがとう。これから俺はトコハと一緒に歩んでいく。今ここで、改めて誓うよ。必ずトコハを幸せにするってな)

 

それぞれの挨拶が終わったため2人は立ち上がり、ミゲルの墓に背を向けて去っていく。

そんな時に風が吹き、トコハが押されてしまったため、クロノが支える。

 

ミゲル(おめでとうトコハ、クロノ。僕はこれからも君を、君たちを見守っているよ)

 

一瞬、2人はミゲルの声を聞いた気がした。

2人同時に墓地へと振り向いたため、双方が聞こえたと察した。

クロノもトコハもお互いに笑いあい、手をつないで歩いて行った。

 

その頃、惑星クレイではラナンキュラスの花乙女アーシャが銃士アンテロの墓参りに来ていたが、一瞬だけ彼の墓が光ったように見えたらしい。

そのことをドランに伝えたが、ドランはただ笑っただけだった。

大切な友達とその想い人のことを思い出しながら。

 

 

空港で岩倉と合流したことでクロノの日本語はようやく解禁された。

すでに昨日集まった仲間たちやパリ支部のアカネの同僚たちや生徒たちがトコハの見送りに集まっていた。

 

レオン「新導クロノ。お前は新たな風を起こしたことで求める結果を得た。次は逆風が吹くかもしれないが、お前の願いのために求め続けることを忘れるな。次に会ったときはお前の想いを俺に見せてみろ」

 

ジリアン「ようするに、次会ったらファイトしましょうってことだから。お幸せにね。トコハ、今度はアジアリーグに来なさい。存分にしごいてあ・げ・る」

 

シャーリーン「2人ともお幸せにね~。そろそろジリアンも覚悟決めたらいいのに~」

 

ジリアン「ちょっとシャーリーン、何言ってるのよ。私はレオン様との進展なんて――」

 

レオン「ん? ジリアン呼んだか?」

 

ジリアン「なんでもありません! それじゃあ、私たちは別の飛行機だから。い、行きましょ、レオン様。シャーリーン」

 

チームドレッドノートの3人の仲の良さにトコハは笑い、クロノはレオンとの再戦に思いを馳せた。

次に声をかけたのはガイヤールとネーブだった。

 

ガイヤール「トコハさん。あなたがいなくなるのは、ユーロリーグにとって寂しいけど、今は想い人との時間を大切にしてください。あなたなら強くなって戻ってくると信じています。新導君、トコハさんを君が選び、選ばれたんだ。必ず守りたまえ。次に会ったら僕ともファイトしよう」

 

ネーブ「俺も忘れてもらっては困るぞ。安城、お前の慈愛は多くのものを救ってきたと聞いた。しかし、彼が求めているのは慈愛だけでは無いはずだ。お前たちが互いに向け、互いを癒し合う愛を忘れるな。お前たちの人生はここからだ。頑張れよ」

 

クロノ・トコハ「「はい! ありがとうございます!」」

 

ハイメ「えーっと。トコハ、クロノ」

 

クロノ・トコハ「「ハイメ!!」」

 

次に話しかけてきたのは昨日の騒動の原因ハイメだった。

 

ハイメ「2人とも昨日はソーリィだよ。俺、冷静じゃなかったね。でも今は君たちの間にあるラブがすごくきれいに見える。ううう、ハートにキター!」

 

いつものセリフを大声で叫び、再び顔を見せたハイメはどこか吹っ切れたように見えた。

 

ハイメ「クロノ、次は何も考えずに、どーうとーうとファイトしようね~! トコハも帰ってきたら連絡頂戴よ~。じゃ、俺はこれで、アディオス!」

 

そういって走って行ったハイメにクロノは呆れてしまった。

 

クロノ「……ははは。ハイメの奴、すっかり調子取り戻しやがって。てか途中、堂々とファイトしようって言ったのか?」

 

トコハ「でも、元気なってよかった。あのままだったらちょっと心配だったもの。次に会うときはハイメももっと強くなってる。私も負けていられないな」

 

次からはクロノにとっては初顔の者たちからのトコハへのエールや祝福だった。

その多さに圧倒されるも、トコハが嬉しそうなのがクロノにとってはうれしかった。

ただし、あまりにも多いので切り上げることにした。

 

クロノ「よし、お前ら。トコハは俺が貰っていく。手ぇ出すなよ。いくぞ、トコハ」

 

トコハ「え? クロノこの格好」

 

なんとクロノはトコハを所謂お姫様抱っこで抱き上げた。

当然ながらトコハは驚きと羞恥心が同時に来てしまったため顔が真っ赤に染まる。

 

クロノ「それじゃあ、俺たちは行くぜ。岩倉さん、お願いします」

 

トコハ「ああ、クロノ待って。アカネさん、みんな行ってきます」

 

アカネ「ええ、いってらっしゃい。トコハちゃん、今の幸せを噛みしめてきなさい」

 

笑顔のアカネの言葉にトコハも笑顔で返す。

そうこう言っている間にクロノは歩を進めて飛行機に向かう。

その姿は少し急かしているようにアカネには見えた。

見送りの人たちは2人が見えなくなるまでエールを送り続け、アカネはただ想いを乗せて見守るだけだった。

 

アカネ(あの小さかったトコハちゃんに恋人ができて、本当に幸せそうにしてる。クロノ君、大変なこと沢山あると思う。でも、貴方たち2人なら大丈夫。だって、貴方たちの周りには、2人のことが大好きな人がたっくさんいるのだから)

 

トコハ「もう、クロノったら何そんなに急がなくても良いじゃない。私は何処にも逃げないよ」

 

クロノ「時間は逃げるだろ。俺は一刻も早く宇宙に行きたい。だから今は日本に帰る。トコハと1秒でも長く同じ時間を過ごして、夢を叶えるために。お前が居る場所に帰る時のために」

 

トコハには、この言葉を言ったクロノの頬が赤く見えた。

恋人同士になり、カッコいい姿を見せられ続ける中で、無意識だったとしても、昔のクロノらしさが見えるのが嬉しく感じてしまい、トコハの頬が緩み、腕をクロノの首に回して飛行機登場口まで抱きついていた。

 

櫂「遅かったな」

 

クロノ「……なんでいるんですか? 櫂さん」

 

飛行機に入ると何故か櫂が居た。

クロノ達の間では神出鬼没で有名な彼だがまさか個人ジェットにまで現れるとは予想していなかった。

 

櫂「今日日本に帰るとあの男に口走ったら、お前たちと同じ飛行機に乗るように言われてな。チケット代が浮くから利用させてもらった」

 

クロノ「岩倉さん……」

 

呆れるクロノと乾いた笑いをするトコハ。

そんな2人を他所に岩倉が飛行機発進の放送を送った。

空港を飛行機が発ち、約12時間後に日本に到着する。

前回は1人だったため、その時間を主に寝て過ごしたクロノだったが、今回は2人の追加がいるので、その間をファイトしたり、ユーロリーグの話をして過ごした。

しばらくするとトコハが眠ってしまったので、クロノは肩を貸して自分も寝ることした。

 

櫂「2人は寝てしまったな」

 

岩倉「おふた方は恋人に成ったばかり。興奮が収まらないことも多いでしょう。少しでも休めるのでしたら休ませてあげましょう」

 

櫂「……日本に着いたら俺が車を運転する。あんただって休みが必要だろ」

 

岩倉「いえいえ。櫂様のお気遣い嬉しく感じますが、本日の午前中はお暇を頂きましたし、今とて本機は自動運転です。休めるときに休ませて頂いてますので、心配は無用です。それに私の車は普通免許では運転できません。櫂様はご自身の休憩をおとりください」

 

そう言われては仕方が無いので、櫂も寝ることにした。

パリでは昼過ぎに出発したが、日本時間で夕方に到着する飛行機の旅。

その後半はただ静かに過ぎていった。

 

 

トコハ「帰ってきたね」

 

クロノ「ああ。でも変な気分だ。見えている世界が今までと違う」

 

トコハ「うん、私も。きっとクロノと同じ世界を見てるって確信があるからかな」

 

櫂「その台詞、アイチたちも同じようなことを言っていたな。戸倉にでも聞いたか?」

 

トコハ「えっ!? そうなんですか? 初めて聞きました」

 

櫂は無言だが驚いた。

トコハがミサキを慕っていることを知っているため、同じ言葉を言ったことが偶然だとは考え付かなかったのだ。

 

クロノ「アイチさんもロマンティストなんですね。それはそれとしてトコハ、ご両親に帰国時間とか知らせてたか?」

 

トコハ「うん。これから帰るってもう連絡した。兄さんにはクロノも連れて行くけど両親には内緒にしてって言ってあるから、2人にはサプライズになるわね」

 

クロノ「おいおい」

 

トコハの悪戯を知ったクロノは笑った。

しばらく岩倉が車を止め、クロノとトコハは乗せてもらって安城家に行くことになった。

櫂は1人で行動すると言ったので、2人はお礼を言い、この場で別れた。

安城家に向かう間にクロノはミクルとライブに予定を伝え、2人も安城家に向かうことを連絡しあった。

安城家に到着し荷物を下ろしたところで、岩倉も役目は此処までと帰ることになった。

 

クロノ「岩倉さん。本当にありがとうございます。シオンにもよろしく伝えてください」

 

岩倉「わたくしはシオン様から承った役目を果たしたまで、お二人の成功はクロノ様ご自身の力です。わたくしが望むのは、シオン様の大切なご友人との関係がいつまでも続くことです。どうか、これからもシオン様のことをよろしくお願いいたします」

 

トコハ「はい。シオンは私たちの親友ですから。岩倉さん、私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」

 

その言葉に岩倉は笑顔で応え、去って行った。

シオンにもフランスでのことを伝えてくれるだろう。

車が見えなくなるまで見送った後、2人は安城家に入った。

 

トコハ「ただいま!」

 

勢い良く扉を開けると兄マモルと母ミサエが笑顔で待っていた。

 

マモル「お帰り、トコハ。今日は一段と元気だね」

 

ミサエ「お帰りなさいトコハ。さあさあ、お腹空いたでしょう。今日の夕飯は貴方の好きなコロッケよ。沢山作ったからいっぱい食べてね」

 

トコハ「うん! あ、お父さん居る?」

 

ヨシアキ「呼んだか? トコハお帰り」

 

トコハ「ただいま」

 

久しぶりの家族との会話は終始笑顔で進んだところで、ミサエがクロノの存在に気づいた。

 

ミサエ「あら、あなたはクロノ君。あなたも来ていたのね。今日はどうしたの?」

 

クロノ「どうも。お久しぶりです」

 

トコハ「ねえねえ、お父さん、お母さん。クロノのこと改めて紹介するね」

 

クロノ「待て、トコハ。俺が言うから。あの、トコハのお父さん、お母さん。今日は俺、トコハと結婚を前提でお付き合いさせてもらえるようお願いに参りました」

 

そう言ってクロノは頭を大きく下げる。

安城両親はそろって驚き、逆に兄妹は笑ってクロノの援護に回った。

 

ミサエ「えっ? お付き合いって、トコハ貴方たちつき合ってたの?」

 

マモル「正確にはクロノ君がパリに告白しに行って、2人で帰ってきたんだよ。だから、2人は恋人になってまだ1日しか経ってない新人さんさ」

 

トコハ「クロノはね、パリに飛ぶ前にいろんな人とファイトして合計5連勝して、皆に私に告白してくるって宣言してから来てくれたんだよ」

 

ミサエ「あらそうなの。うふふ、トコハ嬉しそうね。この前の不調が嘘みたい」

 

トコハ「クロノがね、来てくれたから。私を好きだって言ってくれたから。私また挑戦しようって思えたの。クロノが私を大空に飛び立たせてくれたの。だから私はクロノと一緒に居たい。だから私たち付き合うことにしたんだよ」

 

クロノ「あの、俺、まだ学生で、未熟で、自分の夢も叶えていない者ですが、お嬢さんが好きだって気持ちは誰にも負けません。必ずお嬢さんを幸せにしてみせますから、お願いします。俺にトコハをください! これ、詰まらないものですが、お納めください」

 

また大きく頭を下げて、お土産のお菓子を渡してクロノは願う。

その誠意ある行動に母ミサエは嬉しそうである。

しかし、父ヨシアキは先ほどから顔を下げて震えているように見える。

 

ミサエ「それなr「許さん」あら?」

 

マモル「とう、さん?」

 

ヨシアキ「トコハは、渡さん!」

 

その瞬間、クロノにこぶしが突き刺さった。

ヨシアキが正拳突きでクロノの頬を殴ったのだ。

不意打ちでまともに受けてしまったため、クロノは大きく吹き飛ばされる。

 

トコハ「クロノ!」

 

マモル「クロノ君! 父さん、これはどういうことだい!? つぅ!?」

 

マモルは父親の突然の暴力に抗議を行おうと振り返るが、そこで見えたヨシアキの目に怯えてしまう。

そのままヨシアキは倒れているクロノに近づいた。

 

ヨシアキ「貴様などにぃ! トコハはやらん!」

 

そしてマウントポジションをとり、再びクロノの顔を殴った。

何回も何回も。

 

トコハ「お父さん! なにするの、やめてよ!」

 

ヨシアキ「黙れ! こんな何所の馬の骨とも知らん奴にお前をやるわけにはいかん!」

 

トコハ「う、馬の骨って。クロノは私の元クラスメイトでチームメイトよ! 一緒にジェネレーションマスターになった、チームトライスリーのリーダーよ! お父さんもよく知ってるでしょ!」

 

ヨシアキ「つぅ、もういい! トコハ、家に入るぞ! 貴様は帰れ! トコハはやらん!」

 

倒れたクロノを放置してヨシアキはトコハの腕をつかんで歩き出した。

そんな父を見てトコハは俯いてしまう。

 

トコハ「お父さん! ……いやよ!」

 

ヨシアキ「トコハ?」

 

トコハは拒絶と同時に腕の拘束を解くとクロノの下に走り、抱きかかえる。

そして父に向き合った。

 

トコハ「お父さんがここまで頑固だなんて思わなかった。お父さんが認めなくても私はクロノと一緒に生きるって決めたの! だから私この家出て行く!」

 

ヨシアキ「なっ!?」

 

突然のトコハ家出宣言はこの場を戦慄させた。

 

トコハ「私、クロノの家に住むから! お父さんが認めてくれるまで家に帰らない!」

 

マモル「おいトコハ。クロノ君の家に住むって、服とかどうするんだい?」

 

トコハ「お母さんに後で届けてもらう。もう決めたから。行こうクロノ」

 

新導家での同居を決め、父の言う通り帰ろうとするトコハだが、それを止めたのは他でもないクロノ自身だった。

 

クロノ「ま、て、トコ、ハ。と、トコハのお父さん。構いません。幾らでも殴ってください」

 

トコハ「ちょっとクロノ!?」

 

クロノ「俺は貴方の大切な娘さんを奪っていく悪い男です。そんな奴なら殴られても文句はありません」

 

ヨシアキ「き、貴様っ」

 

クロノの態度と言葉にヨシアキは動揺してしまう。

それでも再びクロノの顔を殴りつけた。

今度は倒れなかったが、代わりに何度も殴り続ける。

 

クロノ「20年、近く、大事に、育て続けた、娘、さんなん、です。大切、なのは、当然、ですよね。俺みたいな男にトコハを渡したくない、そう言われて仕方がありません」

 

でも、とクロノは強くヨシアキに向き合う。

 

クロノ「彼女が、トコハが俺を選んでくれた。俺を受け入れてくれたんです。だから、彼女を悲しませるようなまねは止めてあげてください。彼女を信じてあげてください。俺も全力でトコハを守りぬくと誓いますから!」

 

顔が腫れ、目も上手く開けられない、瞳も霞んでいるにも関わらず衰えていない強い意志にヨシアキもたじろんでしまう。

それでも拒絶しようとクロノから離れ、足を上げた。

 

ヨシアキ「お、お前などにぃ!」

 

マモル「父さん! それはやり過ぎだ! 足を下ろして!」

 

ヨシアキ「トコハはやらーん!」

 

トコハ「ダメーーー!」

 

父の暴走と恋人のボロボロな姿を見ていられなくなったトコハは目から大量の涙を流しながら父のもとに走る。

しかしその間にもヨシアキは上げた足でクロノを蹴ろうと振り下ろす。

もはや誰にも止められないと思われたその時――

 

ヨシアキ「なっ! だ、誰だ貴様!」

 

ライブ「この子の父親だ!」

 

新導ライブがその足を受け止めた。

突然の登場に誰もが驚くが、すぐに正気を取り戻し、クロノの下へ走った。

クロノは既にミクルが2人の父親から引き離しており、水を飲まされていた。

 

ミクル「クロノ、お水飲める? 酷い腫れね。すぐに冷やさないと」

 

トコハ「クロノ! 大丈夫? なんであんな無茶を!」

 

クロノ「だから言っただろ。あの人には俺を殴る権利があるって」

 

ミクル「それでもやり過ぎよ。殴り返さなかったのは立派だけど、いつまでも無抵抗で大切な人を泣かせるのも違うわよ!」

 

クロノ「ごめん、ミクルさん。ごめんなトコハ」

 

クロノは泣いているトコハの頬に手を出した。

トコハはそのまま手をとり、自身の頬を押し付けて泣き続けた。

 

トコハ「馬鹿。クロノの馬鹿」

 

マモル「トコハ。言いたいのは分かるけど、クロノ君の傷を癒さないと。ミクルさん、クロノ君の腫れた場所をこのタオルで冷やしてください。クロノ君、頭の下に布を引くから少し顔を上げられるかい?」

 

黙ってクロノは首を上げ、タオルを敷いてもらい、ミクルはぬれたタオルでクロノの顔を拭いた。

その間にもライブとヨシアキの攻防は続いていた。

 

ヨシアキ「そこを退け、俺はあの男を殴らねばならん!」

 

ライブ「俺はあなたと違い父親失格の駄目人間だが、それでも意地と言うものはある! 残された父としての意地に賭けて、俺がクロノを守る!」

 

ミサエが用意した桶の水で複数回傷を拭かれたクロノは再び立ち上がる。

 

トコハ「駄目だよクロノ。安静にしてなくちゃ」

 

クロノ「俺が説得しなくちゃいけないんだ。後で幾らでも怒って良いから、行かせてくれトコハ」

 

その決意に満ちた目はトコハでは止められない。

トコハの手を振りほどき、クロノはもう1度ヨシアキの話しかけるのだった。

 

クロノ「トコハのお父さん! これ以上はあなたの娘さんが悲しみますから止めてください! でも、それではあなたの気が晴れないでしょうから、もう1度俺を殴って構いません! これで最後にしましょう!」

 

その宣言にライブもヨシアキも驚き、動きを止めた。

マモルやミクルは止めるように説得するが、もうクロノは止まらない。

そして――

 

ヨシアキ「良いだろう。トコハを奪おうとするなら俺のこぶしを受けてからにしろ!」

 

再びヨシアキの右ストレートがクロノの顔に突き刺さる。

しかし今度は初めから受けることを前提としていたため、クロノは踏ん張り、耐え切った。

 

ヨシアキ「……なぜだ。なぜここまでやられてお前は反撃しない。反撃でも何でもして無理やりトコハを奪うこともできたはずだ」

 

クロノ「はあ、はあ。言ったはずです。俺はトコハを幸せにすると。そんな方法で彼女を手に入れても、後悔が残るだけです。それじゃあ、アイツは心の底から笑えない。トコハは自分の幸せを誰よりも貴方たちお2人に祝福して貰いたいはずです。だから、アイツの選択を認めてください! お願いします!」

 

トコハ「く、クロノ」

 

トコハは涙でぐちゃぐちゃな顔でクロノの土下座を見続けた。

それはヨシアキも同じだった。

 

ヨシアキ「み、認めん。認めんぞ。今日はもう帰れ!」

 

マモル「父さん、いい加減に……母さん?」

 

ミサエ「いいのよ。維持張ってるだけだから。クロノ君とそのご家族の皆さん。今日はもう遅いですし、この話は後日改めてとさせてください」

 

ライブ「……分かりました。では今日はこれで失礼します」

 

ライブとミクルは頭を下げて門へと向かっていった。

クロノを支えるトコハもそれについていく。

 

クロノ「おい、トコハ。本当についてくる気か? 親父さんと話さなくていいのかよ」

 

トコハ「いいの。お母さんの言う通り、私もお父さんも維持張ってまともに話せそうにないから。お父さんが認めてくれるまでこの家には帰らない」

 

ミクル「トコハちゃん。……分かったわ。クロノのことお願いね」

 

そうこう言っている間に、マモルが家の中からパックに包まれた物を持ってきた。

 

マモル「トコハ。せめてこれを持っていくんだ。母さんのコロッケ。お前の大好物だろ」

 

トコハ「兄さん。ありがとう。それにごめんね、迷惑かけて」

 

申し訳なさそうなトコハにマモルは笑いかける。

 

マモル「本当に迷惑だと思うのなら、落ち着いてから父さんとちゃんと話し合うんだ。クロノ君は想いを伝えた。あとはお前の説得次第だよ」

 

トコハ「うん。お母さん、兄さん、安城トコハは新導家に花嫁修業に行ってきます!」

 

マモル「はっはっは。花嫁修業ときたか。そうだね、頑張るんだよトコハ。兄さんはいつでもトコハの味方だから」

 

その言葉に笑顔で返事をした後、クロノがライブの車に乗せられたので、トコハはその隣に乗った。

ミクルがもう1度ミサエとヨシアキに挨拶してから助手席に座り、車は新導家に向かった。

その間もヨシアキはソッポを向いたままだったのが、トコハには悲しかった。

 

ミクル「さて、トコハちゃん。ようこそ新導家に。でもその前に、クロノ、アンタもう寝ちゃいなさい。トコハちゃんの荷物は兄さんが運ぶし、それ以外は私がなんとかするから」

 

反論の余地も無く、クロノは着替えて顔を拭いてからベッドに押し込まれた。

車の中でコロッケを食べていたので特に小腹も空いていない。

今クロノの頭を占めるのは、ヨシアキの返事が事実上保留となってしまったことへの後悔だ。

 

クロノ(……次は、ちゃんと聞きかせてあげたい。トコハへのおめでとうを)

 

考えているとドアが開く音が聞こえた。

少し顔をあげるとトコハが部屋に入っていた。

 

クロノ「どうしたんだ、トコハ。こんな夜遅くに」

 

トコハ「どうしたじゃないわよ。私、この部屋で寝ることになったから。ほらもっと奥つめて」

 

強気で言われたので仕方が無くベッドの半分ぐらいを開け、トコハが入ってきた。

そのまま寝ようとしたところで突然クロノの顔が何かに挟まれた。

 

クロノ(な、なんだ。この柔らかくて暖かいのは!? これってまさか!?)

 

クロノ「おいトコh「黙って」……はい」

 

トコハ「クロノごめんね、痛い思いさせて。私、事前にお父さんを説得しておけば良かった。クロノが好きだって家族に伝えておくべきだった。ごめんね、ごめんね」

 

クロノの頭の後ろを腕で抱きかかえて、自分の胸に強く押し当ててトコハ泣いた。

そんなトコハにクロノは何も言わず、両手を背中に回して優しく叩いてあげたのだった。

しばらくすると涙の音も聞こえなくなり、2人の寝息が部屋に響くだけになった。

そして、夜が明けた。

 

クロノ「ううん。朝か。トコハ、まったくなんて格好してるんだか。ここまで無防備だと襲うぞ。まっ、お父さんに認めてもらうまでしないけどな」

 

そう言って寝ているトコハの腕を離れて掛け布団を敷いた。

まだ少し腫れている頬に痛みが走るが、我慢してリビングにいくと既にミクルが朝食を作って食べていた。

 

ミクル「おはようクロノ。早かったわね。今日も休んで良いじゃない?」

 

クロノ「おはよう。さすがに3日も休むのは不味いだろ。今日からまた学校に行くよ」

 

ミクル「そう、あの後兄さんがシオン君に連絡してね。あなた達の帰国パーティー、私とシンくんのことも含めて盛大にやろうってことになって、今週末にドラエン支部で行うことになったわ。当然、そこにはトコハちゃんのご両親も出席する。これが何言っているか分かってるわね」

 

ミクルがコーヒーを飲みながら視線を合わせてくる。

 

クロノ「そこで皆の前で交際を認めてもらえってことだろ。援軍はパーティーに集まる仲間たち。何回殴られても説得してみせるさ」

 

ミクル「そうやって殴られ続けるとまたトコハちゃんを泣かしちゃうわよ。マモル君も言っていたけど、泣かし続けると怒られるのはあなたよ、クロノ。もう少し頭を使って説得しなさい」

 

そう言ってミクルはクロノの頭をはたいた。

少し痛かったがミクルの言葉で自分には大勢の大切な仲間たちがいることを思い出し、協力を仰ぐことに遠慮していたことを思い知らされた。

 

クロノ「分かった。とりあえずシオンやカズマに相談するよ。ありがとなミクルさん」

 

ミクル「うん。良い顔になった。それじゃあ私は出かけるわね。頑張りなさいよ、クロノ」

 

少し笑ったクロノを嬉しそうな笑顔で激励したミクルは出勤した。

学校に行く準備を進めているとトコハもパジャマから着替えて出てきた。

 

トコハ「クロノ、おはよう。今日学校行くの?」

 

クロノ「おはよう。ああ、痛みも引いてきたし、出席日数も大切だからな。心配しなくても勝手にお父さんに会いに行ったりはしないぜ。だから心配するな」

 

顔を伏せてしまったトコハの髪を撫で、クロノは笑う。

心配だったが、逆にクロノに心配をかける訳にはいかないので、トコハも顔を上げる。

 

トコハ「うん。じゃあ私はシンさんにお願いしてキャピタルでバイトさせてもらう。私も頑張るからクロノも勉強頑張って」

 

クロノ「ああ。じゃあ行ってくるな」

 

そう言って鞄を持って玄関に向かうとトコハが呼び止めた。

 

トコハ「まってクロノ。いってらっしゃい。えい!」

 

チュッ、とトコハがクロノの頬にキスをした。

その大胆な行動に頬に手を置いて、真っ赤に染まりながら登校した。

学校ではカズマやクミが帰国を祝ってくれたが、顔の腫れと挙動不審な行動を心配しながら勉強の遅れを手伝ってくれた。

トコハもキャピタルに向かうまでの間、ずっと頬を赤く染め、面接中でも顔が緩みっぱなしだったと新田シンは語った。

 

 

そして、週末の日。

ドラゴンエンパイア支部にはクロノの仲間たちが多く集まり、パーティーが開催された。

 

大山「それではこれより、トコハちゃんお帰り、クロノ君との交際おめでとうパーティーと新田新右ェ門さん、新導ミクルさんの婚約おめでとうパーティーを始めま~す。えー本日の司会進行を勤めさせていただくのは私、ドラゴンエンパイア支部支部長、大山リュウタロウと」

 

伊吹「ヴァンガード普及協会会長、伊吹コウジだ。よろしく頼む」

 

2人の開催宣言を終わったところで参加者が歓声を上げたり、口笛を吹いたりして会場が大きく震えた。

その歓声を、手を挙げて止めたところで伊吹が言葉を続ける。

 

伊吹「ではまず、近いうちに結婚式を挙げる新田シン氏と新導ミクル嬢の言葉からいただこう。両名とも前へ」

 

2人がステージに上がると同時に拍手が巻き起こり、両名とも恥ずかしそうにマイクを取った。

 

シン「改めまして、この度、結婚を決めました新田新右ェ門です。実はもう僕35歳なんですよね。月日が経つのは早いものです」

 

この言葉に会場中の人が笑ってしまった。

なかには「おっさん」とか言って茶化す人もいるほどである。

声が納まるとシンが真剣で少し悲しそうな表情で言葉を続けた。

 

シン「僕もミクルさんも実の両親を失った姪や甥のためにこれまで頑張ってきました。僕は高校生の身でありながら、兄の残した店の店長として。ミクルさんは大学に行きながら会社を設立し、その社長として。ミサキもクロノ君もそんな僕たちを見てきたため、とてもしっかりとした人間に育ってくれました。でも、同時に2人に孤独をあじあわせてしまったのも事実です。だからこそ、僕たちは結婚することを決めました。もう2人に迷惑なんて考えなくていいと、僕たちは今も昔も自分たちの幸せを掴むために歩んでこれたのだと証明するために」

 

そこでシンがミクルに合図を送り、ミクルはうなずいてマイクを取った。

 

ミクル「クロノ。ミサキちゃん。前に言ったわよね。私たち幸せだって。2人とも私たちに遠慮しがちなところがあるけど。でも、もう大丈夫だから。私たちに見向きしないで2人とも自分の大好きな人との人生を考えて。他の誰でもないあなたが選んだ道を」

 

シン「今日はそんな私たちを祝福してくださってありがとうございます。そして、私たちの大切な子らとこれからも友として、仲間として一緒に居てあげてください」

 

両名がそろってお辞儀をして、再び会場中に拍手が巻き起こる。

ミサキとクロノは少し涙を流し、それぞれの恋人に慰められた。

そして、トコハの父、ヨシアキはそんなクロノとミクルを見て何かを考えていた。

拍手が止まらない中、伊吹は再びマイクを取った。

 

伊吹「両名ともありがとうございます。それでは続いて、「ちょっと待った!」」

 

伊吹の進行を妨害した声が発せられたほうを全員が振り向く。

そこには安城ヨシアキが堂々と立っていた。

 

トコハ「お父さん!?」

 

クロノ「どうして?」

 

皆の疑問が飛び交う中、ヨシアキはステージに歩いていき、伊吹に向き合った。

 

ヨシアキ「少し時間をくれないか」

 

伊吹「……それが今のあなたに必要なことでしたら」

 

マイクを渡し、伊吹はステージから下がった。

 

ヨシアキ「新導クロノ!」

 

ステージに上がったヨシアキは大きな声でクロノに呼びかける。

クロノはその声と顔に正面から向き合う。

 

ヨシアキ「ステージに上がれ! お前がトコハを奪うと言うなら俺と戦え!」

 

マモル「父さん、また!」

 

ミサエ「マモル!」

 

父の行動に再び異を唱えようとしたマモルを母ミサエは止める。

 

ミサエ「今はお父さんの思うようにさせてあげて」

 

その真剣な目にマモルは何も言えなかった。

 

クロノ「……戦うってどうするんですか?」

 

クロノがステージに上がり、ヨシアキと向き合う。

互いにすでに覚悟が決まっている目だ。

 

ヨシアキ「そうだな。ファイトは私ができないし、飲み比べは君が無理だ。だから」

 

服を脱ぎ、こぶしを構える。

 

ヨシアキ「コレしかないだろ」

 

その姿にクロノは目をそむけ、下を向いてしまう。

 

クロノ「……俺、あなたを殴る事なんてできません」

 

ヨシアキ「甘えるな! 小僧!」

 

その言葉と同時にヨシアキが正拳突きでクロノを殴る。

なんとか踏ん張るが大きく下がってしまう。

その様子に仲間たちも息を詰まらせてしまう。

 

ヨシアキ「トコハを悲しませたくないから殴れない。その誠意は素晴らしいだろう。だが、時には力をもってしてでも押し通らなければならない事もある。その時、君は今のように無抵抗を貫くのか? それでは何も守れはしない!」

 

左フック、右ジャブ、さらにボディブローと続き、ニー・キック、ロー・キックとクロノを攻撃し続けた。

 

クロノ「ぐあっ! はぁはぁ、ヨシアキさん、格闘術の経験でもお有りですか?」

 

ヨシアキ「ああ、昔少しだけな」

 

再び右ストレートでクロノを殴る。

 

ヨシアキ「お前は私を殴ることで、力尽くでトコハを奪うことでトコハは笑えないと言った。だがよく見ろ! お前が殴られ、傷つくことで誰が泣いている!」

 

クロノ「あっ!」

 

クロノが後ろを振り返るとそこには今にも泣きそうなトコハがいた。

その涙はクロノが傷ついてために流しているのだ。

 

ヨシアキ「自分の行動で愛する人がどんな思いするのか分からないやつに誰かを愛する資格など、ない! これで終わりだ!」

 

ヨシアキの右ハイキックが降りかかる。

それをクロノは――

 

クロノ「……ごめん、トコハ」

 

右腕で受けとめた。

 

ヨシアキ「なあっ!」

 

クロノ「すみません、ヨシアキさん。でも、俺にだって掴みたい未来があるんだぁ!」

 

クロノはその右腕を軸に回転し、左裏拳でヨシアキを吹き飛ばした。

 

シオン「クロノ、何時の間にあんな技を!」

 

ヨシアキ「くぅ、まだまだ!」

 

今度は左ストレートを放つヨシアキだが、腕を下からはたかれて逸らされ、クロノの反撃の右ストレートを食らってしまった。

 

三和「あれ、お前の技だな」

 

伊吹「……」

 

伊吹はクロノを鍛えた時のことを思い出す。

 

伊吹『お前は何度誘拐されれば気が済む。ちょうどいい、ここでお前を鍛え直してやる。覚悟しろ。俺の特訓は荒っぽいぞ』

 

ヨシアキの連続ジャブが繰り出される。

 

伊吹『相手の連続攻撃を全て受けきる必要はない。受ける瞬間に少し体や足を下げたり、ジャンプして衝撃を受け流すだけでもダメージが少なくなる』

 

クロノはジャブの何発かを受けながら大きく下がった。

 

サヤ「みゅ! クロノお兄ちゃん!」

 

カズマ「大丈夫だ。直撃はしていない!」

 

ヨシアキが再び攻撃を決めようと突撃してくる。

 

伊吹『大振りの攻撃は、反撃のチャンスと思え』

 

クロノは振りかぶった右腕を躱し、そのまま回転して腕を掴んだ。

 

伊吹『攻撃方法によっては、相手の勢いをこちらの攻撃の威力に変えれるよう、様々な技を習得しておけ』

 

そのまま腕を肩と腕で固定して一本背負いでヨシアキを投げ飛ばした。

ヨシアキは大勢を整えるために立ち上がる。

 

タイヨウ「一本背負い!? クロノさんはあんな技も」

 

ヒロキ「でも、あのおっさんも受け身でダメージを抑えたぜ」

 

アンリ「新導君は、あの人に向かってる!?」

 

伊吹『こちらから攻撃する際は、相手が大きな隙を見せた時のみ行え。そして、その一撃に想いを込めろ』

 

クロノ「うおおおおお!!」

 

伊吹『軸足に力を込め、腰を緩ませることなく、こぶしを握り締めろ』

 

アイチ「クロノ君、無茶だ!」

 

櫂「いや、そのまま行け!」

 

伊吹『己が信念を撃ちこめ。たとえそれが、何度防がれようとも。最後まで貫き通せ』

 

クロノのこぶしが放たれる。

 

ヨシアキ「小僧が、調子に乗るなー!」

 

体勢を立て直したヨシアキもこぶしを構えて鉄拳を撃つ。

クロノの左腕とクロスするように。

 

シオン「クロノ!」

 

カムイ「負けんなー!!」

 

皆『(新導)クロノ(くん)(さん)!!!』

 

だが、クロノはその右腕を掴んだ。

 

伊吹『決して諦めるな。それがきっとお前とお前の守りたいものを守ってくれる』

 

伊吹「だから。進め! クロノ!!」

 

クロノの本命の右の拳がヨシアキに向かう。

その一撃を止められるものは誰もいない。

 

トコハ「いっ! けぇー!」

 

クロノ「これが! 俺の力、だぁー!!!」

 

ヨシアキの左頬にクロノの拳が突き刺さると同時にクロノが左手を離した。

抵抗する力を持たないヨシアキは吹き飛ばされ、転げ落ちた。

一瞬、沈黙が場を支配した。

しかし、誰か1人が拍手を行い、それに釣られるように他の人も拍手を行い、会場が歓声に包まれた。

 

トコハ「クロノォー!」

 

クロノ「トコハ!? うおおっと」

 

歓喜でトコハがステージに上がり、クロノに飛び着いた。

疲れていたクロノは驚いて支えきれずに押し倒されてしまった。

 

トコハ「よかった。クロノ、ありがとう。クロノが勝ってよかったよおお。うええん」

 

トコハは歓喜のあまり泣いてしまった。

クロノは、そんな彼女の頭をただ撫でた。

倒れていたヨシアキはそのままの体勢で上を見ていた。

 

ヨシアキ「負けた、か」

 

ミサエ「あなた、お疲れ様です。手加減なさった?」

 

ヨシアキ「まさか、本気で倒すつもりだった。ただ、彼の。クロノ君の想いの方が強かっただけだ」

 

起き上がり、ヨシアキはクロノとトコハを改めて見た。

泣いてはいるものの、とても嬉しそうなトコハと、そんなトコハを本気で愛しむクロノの姿が今は美しく見えた。

 

ヨシアキ「私は、自分の感情に捕われ、何も見えなくなってしまっていたのだな。あんなにもトコハは嬉しそうで、綺麗になったのに」

 

ミサエ「良いじゃないですか。トコハの相手を見極めるのもあなたの役目です。それに、今のあなたは違うでしょ」

 

ミサエは微笑んでヨシアキを支え、背中を押した。

ヨシアキは19年間のトコハとの日々を思い出していた。

 

ヨシアキ(マモルが生まれてから10年。やっと生まれた念願の娘。本当にいい子に育ってくれた。明るく、優しく、少し頑固なところがあるが、自分の間違いをすぐに認め、謝ることができる。そんな可愛い娘に)

 

見てみるとクロノは仲間たちから胴上げをされていた。

トコハはすでに泣き止み、そんなクロノを見て笑っていた。

今のトコハの笑顔を生みだしたのは、間違いなく新導クロノだ。

 

ヨシアキ(育て上げたのは確かに私たち家族だ。でも、今のあの子は新導クロノと共にいることで成長した。他の多くの人々の影響も大きいだろうが、キッカケは間違いなく彼だ。逃げていたヴァンガードに向き合う決意、留学、プロ、そのすべてに関わっている。その彼が今度はトコハそのものを欲しいと言ったことが恐ろしく感じてしまった)

 

喜ばしくも悲しい娘の自立。

その始まりである新導クロノ。

トコハが彼に惹かれるのはある意味当然なのかもしれない。

それを思い知らされ、認めるのがヨシアキは怖かったのだ。

だから必要以上に拒絶した。

誰よりも自分自身を守るために。

 

ヨシアキ(俺は、なんて弱いんだ)

 

ヨシアキはまた顔を伏せてしまった。

そんな夫を見て、ミサエは頭をなでる。

 

ヨシアキ「今の俺はトコハの父親失格だな」

 

ミサエ「なら、父親らしいことをしなくちゃね」

 

妻の笑顔に背中を押されたのか、ヨシアキは立ち上がり、歩いた。

 

トコハ「もう、クロノのバカ。ぐすん」

 

クロノ「悪かったって」

 

少し泣いているトコハとそれを慰めるクロノの下へと。

 

ヨシアキ「新導クロノ、くん」

 

穏やかに話しかけられ、少し驚かれるが、ヨシアキは言葉を紡ぐ。

 

ヨシアキ「今回や前回の件、私は謝らないよ。少なくとも今は」

 

トコハ「ちょっとおとう「トコハ」クロノ……」

 

クロノ「……俺も、貴方の怒りは当然だと思っています。だから、謝罪の言葉は必要ありません。そして、俺も謝りません」

 

クロノの誠実な態度にヨシアキは笑ってしまう。

 

ヨシアキ「私が言うべき言葉はたった1つだ。クロノ君」

 

クロノ「はい」

 

ヨシアキ「これからも、トコハをよろしく頼む」

 

小さく会釈して言われた言葉。

それはトコハが、クロノが、ずっと欲しかった言葉だ。

 

クロノ「はい!」

 

だからこそ、クロノは大きくうなずく。

その言葉を聞いたヨシアキは黙って後ろを振り向き、去っていった。

そんな父を見て――

 

トコハ「お父さん。ありがとう」

 

トコハは笑顔で感謝し、ヨシアキの姿が見えなくなるまで、父の背中を見届けた。

 

 

ヨシアキはトコハの言葉を聞いて、少しだけ立ち止まったが、振りかえることなく会場から去っていき、往きつけの居酒屋に入った。

 

ヨシアキ「親父さん。開いてますか?」

 

居酒屋店長「まだ準備の途中だが、どうしたんだい今日は?」

 

ヨシアキ「早めに飲みたい気分なんです。生1杯で良いので出してもらえませんか?」

 

そのヨシアキの顔を見て、店長は何も言わずにビールを出してくれた。

それを受け取ったあたりで声をかけた。

 

店長「それで、今日は何があったんだい?」

 

ヨシアキ「嬉しいことがあったんですよ。とても、とても嬉しいことが。だから、乾杯したくなったんです」

 

マモル「付き合いますよ、お父さん」

 

振り返るとそこには息子のマモルが居た。

お互いに声には出さなかったが、笑顔になる。

そんな親子を見て、店長は笑ってビールを1杯ずつだしてくれた。

 

店長「俺の奢りだ。その代わり、聞かせてくれ。あんたら家族に有った嬉しいことってやつを」

 

本日、この店には大きな笑い声とほんの少しの泣き声が響いたと言う。

 

 

大山「ええ、大きな騒ぎもありましたが、改めてクロノ君、トコハちゃんのこれからを祝してパーティーの続きといこうじゃないか。でわでわ、カムイ君。よろしく!」

 

カムイ「では改めて俺の後輩、クロノの奴がついにトコハちゃんと恋人同士になったわけですが、皆さん、馬券もとい恋券持ってますか~?」

 

クロトコ「「……ん?」」

 

『うおおおおお!!!』

 

カムイの発言に疑問を感じた直後、他の人から発せられた歓声に驚いてしまい、クロノもトコハも疑問を解決する時間がなくなってしまった。

 

カムイ「えー、混乱しているであろう当のお2人に説明すると。実はわれわれ、結構前からどちらが告白するか賭けをしてまして。その最終結果を今此処で発表しようと言うながれです。ご理解いただけましたか?」

 

クロトコ「「してません!!」」

 

さらに混乱させる爆発発言を聞いてしまい、クロノもトコハもいろんな意味で顔を真っ赤に染めてしまう。

 

クロノ「そもそも、結構前って具体的に何時からですか!?」

 

カムイ「俺とシンさんは、お前たち3人がチームを組んだあたりで、笑い話としてクロノとシオンどっちが先にトコハちゃんに告るか賭けやってたぜ。そこからシオンやトリドラが参戦して、いつのまにかかなり大きな掛け金に」

 

トコハ「本当にお金賭けてたんですか!?」

 

自分たちの知らないところで賭けの対象になっていたなど信じられるわけが無い。

特にこういう事に興味なさそうなシオンまで参加していたのは驚愕を通り越して呆れてしまうほどであった。

 

シオン「偶然カムイさんたちの話を聞いてしまってね。折角だから参加したんだよ。何回外したか数えてないけど」

 

クロノ「賭け直せるのかよ!」

 

シオンは完全に遊んでいたらしい。

1回に幾らつぎ込んだのだろうか?

 

カムイ「えー、おかげさまで皆さんの掛け金の合計がこの度100万円を超えました。このお金はクロノ君とトコハちゃんへの礼金として寄付させてもらいます」

 

クロトコ「「高!!」」

 

カードパックを10カートンぐらい買えそうな値段である。

 

カムイ「それでは皆様、結果発表を行います。最もこの結果に近い人はステージに上がってください。ちなみにクロノが告白を決意した段階で券の販売は終了しておりますので、ご理解ください。まず、告白した日付は~、『今年の4月17日』!」

 

この言葉に回りは「外した」とか「賭け直せば」とか悲惨な声が多く上がった。

この盛り上がりにクロノもトコハもさらに混乱してしまう。

 

カムイ「続きまして、告白した場所は~、『パリ』! そして~、告白した側は、『クロノ』です! さあ、皆さんの結果はどうでしたか~?」

 

歓声と悲鳴、両方が同時に上がり会場中を沸きたてる。

その様子をクロノもトコハも何とも言えない雰囲気で見ていた。

そんな2人に話しかける者も居た。

 

リン「黄昏んのは理解できるが、もう少しシャンとしろよ、お前ら」

 

トコハ「リン、さん。来ていたのですね。まさかリンさんもこの賭け、やってたりしませんよね?」

 

親しい人がこぞって参加していたので、彼女も参加者なのか疑ってしまう。

 

リン「はっ、そんな馬鹿なことするかよ。金が勿体ねーだろうが。大体お前らがくっついたって、あたしには関係ねーんだよ」

 

クロノ「でもその紙……」

 

そう、リンが手に持っているのは例の恋券だ。

紙には「来年の3月、トコハがスカイツリーでクロノ君に告白する」と書かれていた。

参加していないのなら何故彼女が持っているのだろう。

 

リン「うっ……こ、これはな、さっき安城マモルがあたしに渡してきたんだよ。なんでもアイツ、父親追うからこれの結果見て賞金を貰っておいてくれってな。なんのことかわかんなかったが、これのことだったんだな」

 

最初少しだけ頬が赤くなったが、しだいに2人同様呆れた顔に変わった。

 

トコハ「兄さんまで参加してたの」

 

まさかの最愛の兄まで参加していた事実にトコハは完全に落ち込んでしまった。

これを見てクロノには最悪の可能性を考えてしまい、頭から振り払おうと大きく首を振った。

 

シオン「ふっふっふ。おのれクロノ! 完全にはずれだったじゃないか! 僕の合計パックボックス3ダース分のお金返せ!」

 

クロノ「知らねえよ! しかも高いなお前。まさかこの間のファイトで怒りが見えたのはこの事だったのか!?」

 

振り払おうとした可能性が再び浮上してきてクロノの頭を悩ませたのは余談だ。

ちなみに1番近かったのはタイヨウであり、2人の迷惑金ほどではないが、大量の賞金を手に入れてとても良い笑顔でステージに立っていた。

 

 

でかすぎる衝撃の後は比較的おとなしいものだった。

レンの合図で始まったかくし芸大会では意外な特技をいろんな人が見せてくれた。

特に酔わされて無理やり参加させられた伊吹の歌が、この場で1番上手だったのは皆驚いたことだった。

衝撃の展開とは続くようで次はシオンが爆弾を投入してきた。

 

シオン「皆さん。この場をお借りして僕は発表したいことがあります。それは、僕にも好きな人がいるということです。今日はその彼女をご紹介します。それは、蝶野アムです。ではステージに上がってください」

 

そう言われてラミーラビリンスの蝶野アムはステージに上がり挨拶をした。

皆、本当に驚愕してしまった。

特にラミラビのファンであるトリニティドラゴンはショックの余り気絶してしまうほどであった。

ルーナも知らなかったため、慌ててステージに上がり事情を聞くほど驚いている。

 

クロノ「……シオン。お前ってやつは。俺らのこと出汁に使うつもりだったのか?」

 

ステージから降りたシオンに真っ先に声をかけたのは、怒り模様のクロノだった。

結果はどうあれ、今回は自分たちのための企画なのだ。

そこで会場中を一色に染めるようなことをしたシオンに怒るのは当然のことだろう。

そんなクロノにシオンは笑いながら謝罪する。

 

シオン「ごめん、ごめん。彼女のことを話すのは、大きな舞台で大々的に行うのが1番だからね。この間の見送りが予想以上に盛り上がったから、此処で行えば、彼女のことも守りやすくなると思ってね。つい」

 

クロノ「ったく、お前の大胆さには驚かされてばっかだぜ。でも、アムと生きると決めたのならちゃんとやりとげろよ」

 

頭をかいて苦笑するクロノは、一呼吸置いて真剣な顔でこぶしを突き出した。

 

シオン「もちろん、そのつもりだ。そうそう、僕も君に言うべき言葉があったんだ。聞いてくれ」

 

自身のこぶしをクロノのこぶしに合わせてシオンは続ける。

 

シオン「トコハとの交際おめでとう。幸せにね」

 

クロノ「……ああ。お前もな」

 

合わせたこぶしを離した後、今度は握手をおこなった。

男たちの友情に少し嫉妬しながら黙ってトコハはこの光景を見続けるのだった。

 

 

いくつもの騒動が巻き起こったパーティーだったが、漸く落ち着き、食事やファイトを行って疲れた者や用事がある者から解散していった。

祝われる側であるクロノとトコハも比較的早めに帰されることになった。

なお、片付け中にまた別の騒動が起こるのだが、それはまた別の話。

帰った2人は風呂に入り、部屋のベッドに座って今日のことを思い出した。

 

クロノ「いてて、今日も疲れたな」

 

トコハ「まだ痛むのね。ごめんね。家のお父さんがまた殴って」

 

そう言ってトコハはクロノの頬に手を当てた。

1番多く殴られた箇所はまだ少し赤かった。

 

クロノ「大丈夫だ。トコハのお父さんに認めてもらえたからかな。痛みよりも嬉しさの方が大きいんだ」

 

クロノはトコハの手に自分の手を重ねて頬から外して、2人の間に持っていき、手のひらを重ねる状態に変えた。

そして、トコハのおでこに自分の頭を置いた。

まるでトコハがここにいることを感じているように。

 

クロノ「ありがとう、トコハ。こんな俺のことを好きなってくれて。俺、お前のこと絶対に幸せにするから。俺、頑張るから。だから、ずっと俺の傍にいてくれ」

 

トコハはクロノが震えているのが分かった。

彼の内に秘められた寂しさを感じ取ることができたから、クロノの背中に手を回した。

 

トコハ「クロノ。私はここにいるよ。これはあなた自身が選び、掴み取った今。私はずっとあなたの傍にいます。あなたを支え、帰りを待って、子どもを産む。そんな未来を2人で築いていこう」

 

トコハの言葉を聞いてクロノは完全にトコハを抱きしめて押し倒した。

そのままクロノは泣いた。

物心つく前に母を亡くし、父が失踪する原因を己が造ってしまい、残された叔母に迷惑をかけ続けたと感じていた少年が初めて内に秘めていたものを吐き出したのだ。

そんな彼をトコハは優しく包み込んだ。

 

トコハ「クロノ。今は泣いて。自分に嘘をつかないで、私はちゃんと受け止めるから。明日、あなたの笑顔を見せてくれれば良いから。一緒に生きよう。私たちの求める未来に向かって」

 

この日、2人は本当の意味で恋人になった。

今日、涙を流した分、明日は笑顔になるだろう。

その笑顔は2人の望む輝ける未来への懸け橋となる。

 

クロノは夢を見た。

以前にも見た自分が宇宙飛行士として出発するときの夢だ。

内容は大きく変わらないが、1つだけ違うところがあった。

トコハがスーツではなく、もっとゆったりとしたドレスを着て、その腕の中には自分と同じような渦巻きの髪がある子供が笑顔でクロノに手を伸ばしていた。

クロノもその子供ごとトコハを抱きしめ、必ず帰ると誓う。

そんな優しい夢を。

 

互いの弱さを知ったクロノとトコハの未来はこの夢のように明るい。

それを表すように2人の寝顔はとても穏やかなものだった。

 

 

その日の安城家。

ヨシアキが家に帰ってきたのは日付が変わる直前だった。

 

ヨシアキ「ただいま」

 

ミサエ「おかえりなさい。少しすっきりしたみたいね」

 

ヨシアキ「ああ。ところでトコハは?」

 

ミサエ「あの子ならクロノ君のお宅よ」

 

ミサエはヨシアキが去った後、トコハに声をかけたのだ。

 

ミサエ『トコハ、おめでとう。今日はうちに帰ってくる?』

 

トコハ『う~ん。いや。私はクロノと1秒でも長く一緒に居るの。あ、でも時々はお母さんのご飯食べたいから帰るね』

 

その言葉を言った顔はとても清々しい笑顔だったらしい。

 

ヨシアキ「ええぇ! トコハ!」

 

ミサエ「はいはい、あなた落ち着いて。良いじゃないですか。帰ってくるって言っているのですから」

 

ヨシアキ「いや、でもあの子たちはまだ学生で……何が起きてからじゃ遅いんだぞ」

 

ミサエ「大丈夫。何が起きても、あの子達なら乗り越えれる。クロノ君も言っていたでしょ。自分の娘を信じてくれって」

 

笑顔の妻の言葉に詰まってしまった後、ヨシアキも笑った。

 

ヨシアキ(そう遠くない未来にあの子は結婚して、子供を産むだろう。そしたら、あの子の頭を撫でてやろう。昔と同じように)

 

変化を止めることはできなくとも、受け止め、受け入れ、新たな日常でまた笑顔に戻る。

次の変化を夢見て、ヨシアキはまた前を向くのだった。




次は番外編です。


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番外編:クロノとクラスメイト

クロノくんとトコハちゃん、愛の物語の番外編
数話続きます。


帰国した翌日、腫れた頬の痛みに耐えながらクロノは登校した。

教室に行く前に職員室で担任の先生にあいさつしに行った。

 

クロノ「おはようございます。2日も休んですみませんでした」

 

担当「おはよう、新導。報告では普及協会の仕事を手伝ったらしいが、何があったのかは聞かん。授業の内容は友人たちから聞くんだな。それと、もうこんなことはやるなよ。内定に関わるからな」

 

クロノ「はい。以後気をつけます。失礼します」

 

頭を下げて職員室から出て行ったクロノは、教室に向かい、カズマと合流した。

 

カズマ「おお、クロノ。お帰り。どうしたんだ、その顔。湿布まで貼って」

 

クロノ「おはよう。ちょっと昨日いろいろあってな。少し腫れてるだけだから大丈夫だ」

 

カズマ「ふ~ん。でもそんな顔じゃバイトは無理だろ。店長には俺から言っておくから勉強に集中しろよ」

 

そう言って、カズマはクロノ用と書かれたノートを置いて自分の席に戻っていった。

 

クロノ「……ありがとな、カズマ」

 

クミ「クロノ君、おはよう! 今日のぐるぐるは少し萎んでますな~。顔の湿布はどうしたの? 怪我なら心配だぞい」

 

クロノ「おはよう、岡崎。さっきカズマにも言ったが大丈夫だよ」

 

クミ「そうですかい。クロノ君が帰ってきたのならトコハちゃんも居るよね。今日は久しぶりに2人でコロッケパン食べるぞ~!」

 

元気なクミに少しだけ苦笑しながらクロノは安心した。

先日の件を引きずってはいない様だ。

 

クロノ「……岡崎、昼休みに少しだけ話そうぜ。いろいろと」

 

クミ「およ。分かったぞい」

 

手でグッドマークを作って、岡崎も席に戻っていった。

2日ぶりの授業はいつもよりも集中できた気がしたクロノだった。

そして、昼休み。

ヴァンガード好きーズの3人は購買でパンを買い、食べていた。

 

カズマ「お前、今日はパンなんだな」

 

クロノ「昨日いろいろとあって、買い物する暇なかったからな。岡崎今良いか?」

 

クミ「なんだぞい?」

 

クロノ「この間は悪かったな。いや、それだけじゃない。お前の気持ちにあの時まで気がつかずに無意識でお前を傷つけた。ホント、ごめん」

 

クロノは立ってクミに頭を下げて謝る。

そんなクロノにクミは――

 

クミ「みんなー。聞いて欲しいぞ~」

 

突然教壇に立ち、クラスにいる人たちに語りかけた。

クラスメイトやその友達たちは何か分からず、それぞれささやきあっている。

 

クミ「あそこにいる新導クロノ君は、昨日まで学校サボって、好きな人に告白してきたんだぞ~。凄いよね~」

 

クロノ「岡崎!?」

 

クラスメイトたち『なにーー!!!???』

 

クミ突然の爆弾投入にクロノは驚き、クラスメイトたちは嫉妬や激怒、絶望を味わった。

実際に「新導やつ彼女ができただと!?」、「私狙ってたのに!」、「新導め、なんて羨ましいんだ!」などと言った声が教室中に広がっている。

 

クミ「ふっふっふ。さ~て、クロノく~ん。向こうで何があったのか、く・わ・し・く聞かせてもらおうか~」

 

そのクミの言葉を合図にクラスメイトたちが立ち上がり、クロノに迫っていく。

クロノは後退り、教室から出て行こうとする。

 

カズマ「どこ行くんだよ、クロノさんよ。逃げるなんて男らしくないぜ」

 

クロノ「カズマ。てめぇ」

 

しかし、それを読んでいたカズマによって阻まれ、羽交い絞めにされてしまう。

その間にもクミと級友たちは目を光らせてクロノに迫る。

もはや絶体絶命のその時、救世主が舞い降りた。

 

教師「授業を始めるぞ。……君たち、何をしているんだい? 昼休みは終わったぞ。席に着きなさい。」

 

級友たち『はーい』

 

クロノ「た、助かった」

 

カズマ「ふっ、逃げられると思うなよ。クロノ」

 

クミ「逃がさないぞい。クロノ君」

 

いまだに威圧感のあるオーラを、肩を掴む友人たちから感じ取り、クロノは冷や汗を大量にかいてしまう。

他のクラスメイトたちも横目でクロノを見ることが多く、その視線が恐ろしくてクロノはろくに授業に集中できなかった。

そして、全ての授業が終了し、下校可能になった時、クロノは大急ぎで帰ろうとした。

 

カズマ「言っただろ、逃がさねえって」

 

しかし、ドアから遠い席だったのが運のつき。

カズマを始め、全クラスメイトに囲まれ、クロノの逃げ道は無くなった。

首を振って逃げ道を探していると、後ろから指でつつかれたので、振り返ってみると。

 

クミ「クロノ君。は・な・し・て・く・れ・る・よ、ね?」

 

そこには般若の面を被ったバトルシスターがクロノに機関銃を向けていた。

正確にはそんなイメージが見えるほど恐ろしい笑顔をしたクミがいるだけなのだが、クロノは恐ろしくて本気でおびえてしまう。

 

クロノ「や、やめろ。岡崎」

 

カズマ・クミ「「ふふふ」」

 

級友一同『しんど~』

 

クロノ「あ、あああ」

 

うわああああ!!!!

その日、春見高校3年A組は1人を除いて、1つになった。

 

クミ「じゃあ今、クロノ君はトコハちゃんと一緒に住んでいるんだね」

 

クロノ「はい。その通りです」

 

対してクロノの目は死んでいた。

級友たちの拷問がよっぽど恐ろしかったらしい。

 

カズマ「いきなり、殴られるとか。クロノも大変だったんだな」

 

級友男A「だが、美人の彼女と同棲だと! 羨ましいぞ、新導!」

 

級友女C「新導君って、料理得意なんでしょ。そんなもの毎日でも食べられるなんて、安城さんが妬ましい!」

 

級友男B「それよりもさ、新導君。もうその彼女さんとは寝たの?」

 

ぶううーーー!!!

クラスでも彼女持ちとして有名なBが突然のとんでも発言に全員が言葉を失った。

それに反応したのはクロノも同様だった。

 

級友男D「B、おま、なんてことを」

 

級友男B「いや、だって、両思いでしかも同棲中でしょ。手を出さないほうが不健全だと思うけど」

 

級友男A「いや、お前と一緒にするなよ」

 

そうだ、そうだとクラス中がうなずく中、クロノは別のことを考えていた。

 

クロノ(寝る? 寝るって。あ、あああ///)

 

思い出すのは昨晩の暖かさと今朝のこと。

 

クロノ『トコハ、まったくなんて格好してるんだか。ここまで無防備だと襲うぞ』

 

クロノ「う、うわあああーーー!!」

 

クロノの顔がこれ以上ないぐらい真っ赤に染まりながら、荷物を抱えて走り出した。

突然のことだったので、誰も止める間もなくクロノは去っていった。

 

級友男B「……ふむ。新導君は予想以上に初心だったね」

 

カズマ「いや、お前。明日クロノに謝れよ」

 

他の全員も頷き、Bは少しだけ困ったような声を出して誤魔化した。

その日以降、Bの人気はガタ落ちしたらしい。

そのころ、クロノは家にたどり着いていた。

 

クロノ「た、ただいま」

 

トコハ「お帰りなさい、クロノ。今日もお疲れ様」

 

エプロン姿のトコハが出迎えてくれた。

良く似合うエプロンをつけたその姿は、これまでクロノがほとんどあじわった事のないシチュエーションだったこともあり、輝いて見えた。

 

トコハ「クロノ? 何か疲れてるように見えるけど、どうしたの?」

 

トコハがクロノを覗き込んだ瞬間、クロノは彼女を抱きしめた。

 

トコハ「く、クロノ!? ど、どうしたの? 恥ずかしいよ///」

 

クロノ「トコハ。ただいま」

 

しかもトコハの身体中を撫で回している。

 

クロノ「ゴメン、トコハ」

 

トコハ「な、何が?」

 

クロノ「たぶん俺、今のままじゃ、お前をまともに見えない」

 

トコハ「はい?」

 

クロノ「今日さ、岡崎のせいでクラスの連中から俺らのこと尋問されたんだけどさ」

 

トコハ「クミちゃん……何やってんの」

 

バカ騒ぎです。

 

クロノ「そこでさ、お前と寝たって聞かれて。恥ずかしくて逃げたんだ」

 

トコハ「いやいや、何聞かれてんのよ。あと、昨日も一昨日も一緒に寝たじゃん」

 

クロノ「でもあくまでも同じベッドで寝ただけじゃん。そして気づいたんだ。あ、俺今のままだと、これ以上進むの無理だって。今だってお前がまともに見えない」

 

新導クロノ、超純真。

 

クロノ「だから少しずつお前の体に慣れていこうかなって」

 

トコハ(……クミちゃん、今度コロッケパン奢らせる)

 

トコハは親友への殺気に目覚めた!

しかし、クロノの撫で回しはまだ続いている。

 

トコハ「クロノ落ち着いて。うぅん。い、いや。私は、クロノの彼女だけど、これなんか違う。や、やるなら、ベッドの上で」

 

クロノ「せめてもうちょっと」

 

トコハ「く、クロノのバカーー!」

 

その日とてもスナップのきいた、いい音が新導家に響いた。

次の日、クロノの左頬にとてもきれいな紅葉があったという。



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番外編:トコハとリン

番外編の2話目です。


トコハが新導家に来て、最初の朝。

他の人たちが仕事や学校に向かった後、安城トコハはミクルの用意した服に着替え、新導家で頼まれた洗濯物干しをしていた。

しばらくして、チャイムが鳴ったので、出てみた。

 

トコハ「はーい。あれ? リンさん? どうして? リンさん今、アメリカのプロリーグに参加しているはずじゃあ?」

 

そこにいたのは羽島リン。

シオンの高校の先輩であり、かつてトコハと大会で幾度も激闘を広げた、日本ヴァンガード女王だ。

高校卒業後、彼女はプロとして日本を離れ、北米リーグに加入したのだ。

 

リン「今はオフシーズン。暇だったから帰国してたんだよ。ところで、このあたしを何時まで此処に立たせて置く気だ。安城トコハ」

 

トコハ「あ、すみません。どうぞ、上がってください」

 

リンを家に上げ、リビングでお茶とお菓子を出して、自信は彼女の反対の席に座った。

 

トコハ「まだこの家のこと、把握しきってないので、こんなものしか出せませんが。どうですか?」

 

リン「ふん。まあ悪くないんじゃない。それにしても、リーグでボロボロになったって聞いてたけど、思ってたよりも元気そうね」

 

トコハ「クロノが……」

 

リン「ん?」

 

トコハ「クロノが迎えに来てくれたから。私、元気になったんです。告白されて、応えたから、今は凄く幸せです」

 

リン「ふーん。ま、落ち込んでるよりは元気なほうが叩き潰すかいがあるか」

 

頬を赤め、嬉しそうに語るトコハを、リンはお菓子やお茶を飲み、少し呆れながらも笑って見た。

 

トコハ「ところでリンさん。さっきから気になっていたのですが、その荷物は?」

 

トコハはリンの足元に置かれた鞄を指差す。

 

リン「ああ、これ? あんたのもんだよ」

 

トコハ「え? わたしの?」

 

鞄を渡されたので開けてみると、そこには家に置いてあったトコハの服が入っていた。

昨晩、母ミサエに頼んだ荷物だ。

 

トコハ「どうしてリンさんがこれを?」

 

リン「安城マモルに頼まれたんだよ」

 

トコハ「兄さんに?」

 

ミサエがマモルに頼むのは理解できるが、それが何故リンに頼むことになったのか、トコハには分からなかった。

 

リン「今日は適当にブラブラ過ごそうかと思ったんだが、たまたま安城マモルがいたんで、声をかけてみたんだけどよ。また支部長が失踪したらしくて、しかもユナサンの支部長も行方不明だから、大急ぎで戻る話になって、そしたらこの鞄をあたしに押し付けて行きやがったんだよ」

 

トコハ「大山支部長に雀ヶ森支部長まで」

 

トコハはサボり癖で有名な支部長2名に額に手を当てて呆れてしまう。

 

トコハ「でも、ありがとうございます。リンさん」

 

リン「あん。このあたしをお使いに使ったんだ。この程度じゃ礼には足りねえよ」

 

そう言ってリンはデッキを取り出す。

その意図を察したトコハも自信のデッキを部屋から持ってくる。

 

リン「あんたさっき、新導クロノが自分を元気にしたって言ったな。だったらその元気で何処まで強くなったか試してやる」

 

トコハ「望むところです。今の私の実力教えてあげます」

 

リン・トコハ「「スタンドアップ・ヴァンガード」」

 

その後、2人はファイトを数回行い、昼前ぐらいにトコハが昼食を誘ったが、リンが断って帰ることになった。

 

トコハ「今日は本当にありがとうございます。また来てくださいね、リンさん」

 

リン「誰が来るか。あんたこそ、とっととリーグに戻ってこい。アメリカでぶっ潰してやるよ。……またな」

 

リンとのファイトはトコハにとって良い気分転換になった。

その後、トコハはカードキャピタルのミサキに電話をかけ、翌日に2号店でバイトの面接をしてもらう約束を取り付けてから、クロノ帰りを待ったのだ。



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番外編:トコハとシン

今回から独自解釈が大きく出てきます。
読んでみて違和感を感じてしまうのなら申し訳ないです。
ですが、この小説ではこの設定で行きます。
そのことを頭に置いた上で読んでください。


トコハ「こんにちは」

 

シン「いらっしゃい。お帰りなさい、トコハちゃん」

 

リンが家に来た翌日の昼前、トコハは昨日約束したバイトの面接を行うためにキャピタル2号店を訪れていた。

トコハの来店を見て、他の店員に店を任せて、シンとトコハは店の奥の店員専用室に下がっていった。

 

トコハ「今日はよろしくお願いします」

 

シン「はい。お願いします。履歴書も受け取りましたし、書類は大丈夫ですね。それではトコハちゃん。何故この店で働いたいと考えたのですか?」

 

トコハ「ここが私のヴァンガードの原点だからです。ここで働くことで、私のこれからの人生を考えて、決めることができる。今私がするべきことを行える。だから私はこのお店で働きたいです」

 

シン「今あなたのするべきこと。それは、なんですか?」

 

トコハは、少し目を閉じて考えてから、言葉を紡いだ。

 

トコハ「私を選んでくれた恋人のクロノは、とても不器用で、目の前のことに集中しないと不安で押しつぶされてしまう心の病を未だに持ち続けています。そんな彼を私は支えたい。だから私は日本に帰ってきたんです」

 

強い意志を持ったトコハの目がシンに見えた。

 

トコハ「彼は私への想いにこれまで気づかなかったのもその病のせいです。長い時間の中でやっと整理できた彼の想い。私は全力で応えたい。今もこの先の未来も。そして今必要なのは1秒でも長く彼のそばに居ること。学校は無理でもバイト先、家、自由な時間。持てる全てで私は彼を受けとめたい。だから」

 

トコハ立ち上がり、大きく頭を下げた。

 

トコハ「お願いします。私を此処で雇ってください。お店のために、クロノのために精一杯働きます」

 

シン「……それが、あなたの気持ちですか」

 

シンは思い出す。

父と離ればなれになり、叔母に迷惑をかけまいと強がっていた少年を。

その彼は目標を持つとそれに向かって一直線になり、見失うと無気力になってしまう症状があったが、それが彼女の言うとおり心の病だとしたら本当は支えが必要だったのだろう。

しかし誰1人、ミクルでさえそれに気づかず、未熟な子どもと未熟な大人はずっと彼を1人にして、その悲しみを彼の内に閉じ込めてしまったのだ。

そんな彼が自身の恋心に気づけたのは一時の目標ではなく、将来の夢に挑戦し続ける中で少しだけ心に余裕ができたからだろう。

 

シン(ほんの数日で彼の本質を感じ取れたのは、彼女が彼の想いに全力で応えようとしているからであり、クロノ君が心を開きかけているからでしょうね)

 

情熱的でありながら寂しがり屋なクロノと直線的でありながらも包容力に満ちたトコハ。

似た者同士であり、対照的な2人の相性は本当によかったのだろう。

きっと、このまま進めば彼女はクロノの心の傷を完全に癒すことができるだろう。

 

シン(ならば、私にできることは)

 

シン「トコハちゃん。あなたの決意は分かりました。私もクロノ君の笑顔が絶えない日々を望みます。だから、あなたを全力でサポートしましょう」

 

トコハ「じゃあ」

 

その言葉を聞いて、嬉しそうな顔になったトコハにシンは頷いた。

 

シン「はい。私たちと一緒に働きましょう。ようこそ、カードキャピタルへ」

 

そう言ってシンは右手を差し出した。

トコハは迷わずその手を取って、強く握手をした。

 

トコハ「ありがとうございます。シンさん。いえ、店長」

 

珍しく店長と言われたシンは照れながらも、トコハの目に貯まっていた涙を見過ごさなかった。

 

シン(トコハちゃんと同じですね。私も今できる全てを行いましょう。彼らの笑顔のために)

 

その後、さっそくシンはトコハにエプロンを与え、バイトの内容を教えていった。

トコハは飲み込みが早かったので、クロノたちがバイトでキャピタルに辿り着くまでに全ての内容を覚えたのだった。



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番外編:トコハとクミ

クミ「トコハちゃ~ん」

 

トコハ「クミちゃん! 久しぶり」

 

放課後、クロノとカズマがバイトでキャピタルに来るのと同時にクミもやってきた。

バイト中だったトコハと久しぶりの再会に喜んだ。

 

クロノ「トコハ。そのエプロンしているってことはバイト受かったのか」

 

トコハ「えっへん。その通り。どう、似合う?」

 

クロノ「その姿。中学の時にも見たことあるけどな。でもまあ」

 

胸を張ってエプロン姿を見せるトコハに呆れつつも、クロノはトコハの耳元に近づき、小さくささやいた。

 

クロノ「似合ってるぞ」

 

その言葉に顔を真っ赤に染めて固まったトコハを放置してクロノはカズマと共に店の奥に向かった。

 

クミ「トコハちゃん、大丈夫?」

 

トコハ「ハッ! 今何か奇蹟のようで慣れなきゃいけない言葉を言われたような」

 

目が覚めたトコハは慌てふためて可笑しなことを言ってしまう。

そんなトコハを見て、クミは思わず笑ってしまう。

 

クミ「ふふふ、トコハちゃん可愛くなりましたなぁ。これも恋の力と言うやつですかねぇ」

 

トコハ「く、クミちゃん。恥ずかしいこと言わないでよ。もう///」

 

クミ「いやいや、トコハちゃんが幸せそうで私も嬉しいのですよ。だから、クロノ君や私にどんどん甘えてね。歓迎するぞい」

 

トコハ「そ、そう? じゃあ」

 

嬉しそうに両手を広げるクミに対し、トコハは笑顔になり、両手を肩に置いた。

 

トコハ「昨日のクロノに対してしでかしたことの言い訳を聞かせてよ、クミちゃん」

 

そしてとても良い笑顔になり両手に力を込めた。

その笑顔にクミは怯えてしまう。

 

クミ「えーっと、な、何のことかな~?」

 

誤魔化してみたが、そのセリフを聞いた瞬間トコハの手の力が増した。

 

トコハ「誤魔化さないでよ、クミちゃん。知ってるんだよ。クラス全員でクロノを拷問したこと。あの後クロノが暴走して私大変だったんだからね」

 

もはやトコハの笑顔は消えてクミを睨みつけている。

 

クミ「えーっと、おめでとう?」

 

トコハ「ク~ミ~ちゃ~ん?」

 

クミ「は、はい」

 

トコハ「コロッケパン。私とクロノの分、奢ってね♪」

 

クミ「はい」

 

トコハの威圧に耐えきれず、クミはコロッケパンを奢ることになってしまった。

自業自得ではあるが、2人分、しかも1個以上は必ず食べるトコハに奢ることになると最悪お小遣いが飛んでしまう可能性があり、クミは少し泣いてしまう。

 

トコハ(虐めすぎたかなぁ? 食べるのは1個にしよ)

 

そんな様子のクミを見て、トコハも少し自重することにした。

 

トコハ「でもクミちゃん。自業自得だよ」

 

クミ「うう。だって、トコハちゃんのことクロノ君がちゃんと考えているか親友として知りたかったんだもん」

 

トコハ「だからって、無理矢理聞き出さなくても直接聞けば良いじゃない。どうしてそんな行動になったの?」

 

カズマ「ああ、それなんだがな、安城」

 

改めて理由を聞き出すことにしたトコハに着替え終わったカズマが助け船を出す。

 

トコハ「東海林君」

 

カズマ「その様子だと、クロノのやつからは聞いてないな。実はな、岡崎はクロノのことが好きだったんだよ」

 

トコハ「えっ!?」

 

クミ「ちょ、東海林君!? な、何を言っているのですかなぁ!?」

 

トコハ「クミちゃん、それ本当?」

 

再びトコハがクミの肩を掴んで問いただす。

顔は伏せていて見えないが、クミには怒っているように見えたため、また怯える。

 

クミ「う、うう。はい、私クロノ君が好きでした」

 

クミは観念してテンション低めにトコハに自身の想いを告白する。

そんなクミに対し、トコハは――

 

トコハ「クミちゃん!」

 

なんと抱きついた。

 

トコハ「ごめんね、クミちゃん。私、知らなくて。結果的にクミちゃんからクロノを奪う形になっちゃって」

 

知らなかった親友の気持ちを知ってしまったためか、トコハは泣いてしまう。

 

クミ「トコハ、ちゃん。ううん。良いの。私、もう告白して、振られたから。ただ、ちょっとクロノ君も、トコハちゃんも羨ましくて。それで、イタズラを」

 

クミもトコハの涙につられて、本音を吐き出しながら泣いてしまう。

カズマや客たちの視線を他所に、2人の親友は小さく泣きながら互いを強く抱きしめ続けたのだった。

 

カズマ(雨降って地固まるってやつか。よかったな、岡崎。これで大丈夫だろ)

 

親友との仲違いを危惧していたカズマは、2人の様子を見て、ホッとすると、ここでトコハが離れて笑顔で喋り出す。

 

トコハ「クミちゃん。理由は分かったよ。でも、やりすぎなのは変わらないから、パンは奢ってね。あ、クロノの分は東海林君が買ってくれればいいから」

 

カズマ「なに!?」

 

トコハ「あ、買いに行ったら売り切れだったからって、逃げるのは無しね。奢るまで言い続けるから覚悟してね」

 

カズマ(この女。なんて切り替えが早いんだ。こええよ。ホント)

 

再びとても良い笑顔になったトコハにカズマは恐怖を感じてしまう。

戻ってきたクロノは、何があったのか分からず首をかしげている。

今此処に、新たなヒエラルキーが誕生した。

恐怖におびえるカズマとクミをよそに、クロノに突撃し、ハートを撒き散らしながら抱きついたトコハを見て、シンは苦笑するしかなかったと言う。

カードキャピタルは今日も平和だ。



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番外編:クロノとカムイ

カムイ「いらっしゃい。お、来たなクロノ」

 

クロノ「どうも、お久しぶりです。カムイさん」

 

クロノはバイトの一環でカードキャピタル1号店に訪れていた。

今回は1号店に置いてあるパックなどの物資を2号店に届けるために訪れたのだ。

 

クロノ「三和さん、お願いします」

 

三和「あいよ。じゃあ、持ってくるから、しばらく待ってろよ」

 

そう言って、バイト店長の三和が店の奥に向かった。

その間、クロノはカムイと話すことになった。

 

カムイ「クロノ。トコハちゃんとの交際おめでとう。よかったな。気持ちが通じて」

 

クロノ「ありがとうございます。でも、これは始まりですから。まだ受験は終わってませんし、大変ですけど、頑張ります」

 

カムイ「おう。頑張れよ」

 

カムイはクロノに組み付いたり、背中を数回叩いたりしながら激励する。

変わらない先輩の姿にクロノはホッとする。

 

カムイ「この間は、ファイトしてやれなくて悪かったな。恋愛面でのお前の覚悟を見極めるってのは、俺には無理そうだったからな」

 

クロノ「カムイさん、出発前にエール送ってくれたじゃないですか。それだけでも十分です」

 

カムイ「そうか。で、トコハちゃんにはクロノ、お前から告ったのか?」

 

クロノ「は、はい。そうですけど」

 

カムイ「場所はやっぱりパリか」

 

クロノ「え、ええ。でも、そんなこと聞いてどうするんです?」

 

カムイ「何言ってんだ。後輩が一世一代の告白をしたんだぞ。気になるに決まってんだろ」

 

クロノ「は、はあ」

 

テンションの高いカムイに若干引いてしまうクロノだった。

 

カムイ「あんな可愛い彼女ができたんだ。お前、絶対に幸せになれよ!」

 

クロノ「俺が、幸せに……」

 

カムイにはほんの一瞬、クロノに影が見えたような気がした。

その理由は分かっているからこそ、言葉を続けた。

 

カムイ「そうだ。トコハちゃんと一緒にお前の幸せを掴め。お前が分からなくても、あの子なら必ずお前を支えて、お前を幸せにしてくれる。だからお前もトコハちゃんを幸せにするとこを考えろ。好きなんだろトコハちゃんのこと」

 

クロノ「そう、ですね。カムイさんの言うとおりです。トコハが喜んでくれるのが俺の幸せですから。必ず夢を叶えてトコハの待つ家に帰りますよ。俺、アイツが……大好きですから」

 

カムイ「ああ! 宇宙飛行士だったな。ホント大変だけど頑張れよ」

 

クロノ「はい! あ、三和さんが呼んでる。それじゃあまた」

 

カムイ「おう。またな」

 

後輩の成長に喜びながら、カムイも仕事を再開した。

彼らの幸せを信じて。



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番外編:騒動の後で

パーティー終了後、シンとミクル、クロノとトコハを家に帰し、予定のある者、遠くから来た者たちが帰った後、会場内の清掃が、残った者たちによって行われていた。

 

カムイ「それにしても、クロノの奴。まさか格闘術が使えるようになってるとはな」

 

タイヨウ「あれは驚きました。いったい何時覚えたんでしょうね?」

 

カムイとタイヨウがテーブルの上のゴミを捨てながら興奮して話をしていた。

そこに三和も加わる。

 

三和「あれ、伊吹の技だからな。アイツが教えたんだろうな」

 

その視線の先には櫂と共に床を掃除する伊吹の姿があった。

 

シオン「しかし、タイヨウくん。例の賭けでよく1番倍率が高いのを当てることができたね。僕なんて、大はずれで損しかしなかったよ」

 

サオリと共に別のテーブルを片付けたシオンがタイヨウに声をかける。

その顔はかなり悔しそうだ。

 

タイヨウ「さすがに日付は違いましたよ。僕はGWに告白すると思ってましたから。パリでの告白は大正解でしたけど」

 

シオン「そこか、君が当たったのは。そもそもクロノは鈍感だから、自分の恋心に気づいていないと思ったのが失敗だったかな」

 

親友の行動を読みきれなかったのが悔しかったのか、シオンは落ち込んでしまう。

タイヨウ達は苦笑してその姿を見るしかなかった。

 

カムイ「まっ、気にするなよ。トコハちゃんのほうから告白するって意見のほうが多かったのは事実なんだから。大はずれ仲間はいっぱいいるし、クロノの目の前のこと以外への鈍感さは有名なんだ。気にしすぎると体に毒だぞ」

 

シオン「そう、ですか。すみません。賭け事なんてエースを追っていた時にもやったことなかったので、楽しみだったんですよ。結果は惨敗ですけど」

 

三和(カジノってどちらかと言うと貴族がやるものだよな)

 

カムイ(まあ、日本だとどれくらいあるのか分かりませんし。シオンは中学生でしたから)

 

※未成年の公式の賭け事(競馬など)は法律で禁止されています。

 

カズマ「まったく、お坊ちゃまはこんな小さなことを何時まで引きずってんのだか。お、このコップの中身まだ残ってるじゃねえか。勿体ねえから飲むか」

 

カズミ「ん? まて、カズマ。中身を確認してから。 ……カズマ?」

 

カズマ「…………」

 

クミ「あれ~? 東海林くん、どうしたの?」

 

急に黙ったカズマを兄カズミとクミは心配して、彼の顔を覗き込む。

 

カズマ「ひっく」

 

クミ「ふにゃああああああ!!!」

 

カズミ「カズマああーーーーーー!!」

 

なんといきなりカズマがクミに抱きついたので、クミもカズミも驚いて大声を出してしまった。

この声に反応して、その場にいた全員がその姿を目撃してしまう。

 

タイヨウ「か、カズマさん! いったいどうしたんですか!?」

 

アンリ「彼、こんなキャラだった?」

 

伊吹「おい鬼丸。何が起きた?」

 

カズミ「じ、実は。カズマが今足元に落ちているコップの中身を飲んでしまって。おそらくですが、飲み残しのお酒だったのではないでしょうか」

 

石田「おいおい。誰だよ。酒を残したのは。まあ、確認しなかったアイツも悪いけどよ」

 

小茂井「しかし、たった1杯であんなにも酔ってしまうとは。彼はアルコール耐性が低かったのですね」

 

クミ「そ、そんな冷静な分析は、ああ、後に、して。た、助けてくださ~い!」

 

そんな叫びをよそにカズマはクミを完全にホールドして逃がさなかった。

良く見ると顔を胸元にこすり付けているようにも見える。

 

カル「……もしかして、カズマはクミさんのことが好きなのでは? だから抱きついたんですよ」

 

ツネト「マジか~! トコハちゃん、アムちゃんに続きクミちゃんまで彼氏ができちゃうなんて、男どもが羨ましいぜ~!」

 

ケイ「うん。うん」

 

彼女のいないトリドラが嘆き悲しむ。

 

クミ「えっ、私、東海林君の彼女になるって決定なのですかぁ? ひゅん! しょ、東海林君。ど、何所触ってるの!? は、恥ずかしい///」

 

一瞬だけいつもの口調を取り戻したクミだが、カズマの手が体中を行き来しているため触って欲しく無いところまで触れられてしまうため、より顔が赤くなってしまう。

心なしかちょっとずつクミを押し倒そうとしているように見える。

 

カズミ「ま、待て、カズマ。それ以上は流石に拙い」

 

ここで兄としてカズミが止めた。

 

カズミ「カズマ、岡崎さんを連れて行って良いから、続きは家でな」

 

クミ「ふえっ!?」

 

カズミの言葉にカズマは少しだけうなずき、クミは驚いてまた固まってしまった。

 

カズミ「すみません、皆さん。うちの弟がとんだ騒ぎを起こしてしまって。これからカズマの家に送っていきます」

 

伊吹「構わない。あのコップは俺の部下たちの責任だ。それよりも、彼女のフォローをよろしく頼む」

 

はい、と返事をしてカズミは抱きついたままのカズマとクミとなんとか車まで連れて帰った。

この後、カズマの酔いが醒めるまで、クミはこのままカズマの家で過ごしたという。

 

カムイ「しっかし。まさかカズマがあんな行動するとはな」

 

タイヨウ「カズマさん。女性に弱いのは知っていましたが、お酒にも弱いとは思いませんでした」

 

サオリ「カズミさんも驚いてましたし、家族の体質で無いのは確かでしょうね」

 

当の本人がいないからか、会場に残った人の何名かが先ほどの行動を思い出して、少し呆れながら笑う。

そして、片づけがほぼ終了したタイミングで。

 

シオン「よし。終わったね。じゃあ、そろそろお開きにしますか?」

 

カムイ「待てよ、シオン。折角こんなにも人が集まってるんだ。ファイトしないで帰るなんて勿体無いだろ」

 

タイヨウ「いや、でももう遅いですし」

 

三和「ご家族には俺たちから電話してやるよ」

 

伊吹「ふっ。どうせなら、クロノたちの幸せへの嫉妬の感情をこのファイトで洗い流そう。本部長として、今より朝まで徹夜ファイトの開催を宣言する!」

 

『おおっ!』

 

タイヨウは少しだけ戸惑ったが、もはやこの空気を止める術を持たない。

ならば、と自身も内に秘めていた感情をさらけ出すことを決めた。

 

シオン「クロノとトコハめっ! 僕を置いて勝手に幸せになりやがって!」

 

ツネト「それはシオン! お前もだ!」

 

カル「われらのアイドル、アムちゃんを奪って! 絶対許しません!」

 

ケイ「成敗する!」

 

トリドラ『我ら、トリニティ・ドラゴンが!』

 

タイヨウ「カズマさん! クミさんにあんなことして、責任取らなかったら許しませんよ!」

 

ヒロキ「おうおう、タイヨウ。今日はやけに感情的だな。だけど、女を泣かせるやつに正義は無い! そんなやつはこのヒロキ様が正義の1撃を与えてやるぜ!」

 

サオリ「ヒ、ヒロキくん。やりすぎは駄目だからね!」

 

石田「ちくしょー! 俺だって~、彼女欲しい!! アイチが羨ましいぜ!!」

 

小茂井「無駄にもてるツッパリモドキが何を言っているのです! そんな奴はこうしてやるのです!」

 

三和「お前ら、酒飲んでないよな。騒ぎすぎるやつらは、俺様が封印してやるぜ!」

 

櫂「その程度の炎で、オレの紅蓮の炎を止められると思うなよ、三和!」

 

伊吹「そろそろ本気で婚活するか」

 

カムイ「あ? 伊吹、お前今何て言った?」

 

伊吹「な、なんでもないぞ! それよりも葛木。お前もいい加減、大文字からのアピールに折れたらどうだ? 楽になるぞ」

 

カムイ「それを言うんじゃねー!」

 

アンリ「み、みんな落ち着いて!!」

 

シオンが、ツネトが、カルが、ケイがそれぞれの感情を爆発させ、心配性なタイヨウに便乗して相変わらずのノリのヒロキをサオリが止める。

石田や小茂井がそれぞれの恋愛事項で涙を流し、三和が暴走させないようにするが、櫂がさらにそれを阻止する。

伊吹とカムイは互いの恋愛事項を指摘し合って自爆している。

そんな様々な感情が飛び回るフィールドでアンリの叫びがむなしく響き渡る。

ファイトがある程度終了したところで、伊吹が単身抜けようとするのを、またしてもカムイが酒を持って阻止し、櫂を含めて全員が酔っ払ってしまってドラエン支部は地獄絵図のようになってしまった。

翌朝、たちかぜのクランリーダーは自身が見つけるまで、散らかったドラエン支部内で大勢の大人と子どもが寝ていたと語っている。

本部長伊吹コウジと友人櫂トシキ、三和タイシ、葛木カムイは安城マモルにこっぴどく叱られ、数日間酒が飲めなかったらしい。

この騒動は後に本部長暴走の夜として語られることになる。

余談だが、この話を聞いたドラエン支部長、大山リュウタロウは――

 

大山「僕も参加したかった」

 

と、つぶやいていたところが目撃されたらしい。




次はこの話の直後の話です。


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もう1つの始まり

前の話の続きです。


ピンポーン

夜の東海林家にドアのベルが鳴り響く。

 

カズマ母「はーい。あら、カズミくん。こんばんは」

 

カズミ「こんばんは。東海林さん。カズマを連れて来たのですが、少々困ったことになってしまっているんです。部屋に上がらせるの手伝ってもらえませんか?」

 

カズマの母親はその言葉に首をかしげながら、カズミと共に下に止めてある車に向かった。

中には息子であるカズマが1人の女の子を抱きしめて寝てしまった光景が見えた。

これには母親である彼女も困ってしまう。

 

カズマ母「えーっと。これはいったい?」

 

クミ「あっ/// こ、こんばんは。私、東海林君のクラスメイトの岡崎クミと言います。あ、あの/// 東海林君をお家まで連れて行くの、手伝ってください」

 

涙目になりながら必死に訴えるクミを見て、カズマの母は少しだけ笑いながらカズミと協力してカズマとクミを家の中に連れて行き、ベッドに寝かせた。

クミも一緒に。

 

カズミ「すまない、岡崎さん。僕も一刻も早くカズマを君から引き剥がしたいのだけど、何故か全く離れなくてね。申し訳ないけど、このまましばらくカズマと一緒のベッドで過ごしてくれないか。責任は必ず取らせるから」

 

クミ「うう/// こ、これも試練と言うやつなのですかなぁ。心頭滅却すればみたいな。で、でも恥ずかしい///」

 

カズマ「Zzzz」

 

寝ているカズマに抱きしめられているクミに謝った後、カズミはカズマの母と今回のカズマの一件の顛末を話した。

 

カズミ「と、言う事でカズマはあんな状態になってしまいました。申し訳ありません。俺の管理ミスです」

 

カズマ母「仕方が無いわよ。カズマがお酒に弱いなんて私も知らなかったわ。あまり気負わないで。それよりも、カズマが抱きついてたあの娘。もしかして、カズマの好きな子?」

 

カズマの母は謝るカズミを咎めず、落ち着くよう言ったが、同時にクミのことが気になり、問いただした。

 

カズミ「彼女はカズマのクラスメイトで、チームメイトの新導クロノ君やその彼女、安城トコハさんのお友達。俺が知っているのはそのぐらいです」

 

カズマ母「あらあら。それは残念ね。本人に直接聞きに行こうかしら。カズマの様子も確認しなくちゃいけないし」

 

クミ「だ、大丈夫です」

 

カズミ「おや。脱出できたのかい。良かった」

 

脱出にかなりの体力を使ったのか、髪も服も乱れているが、クミの登場にホッとするカズミとカズマ母は彼女をテーブルに招いた。

 

カズマ母「ごめんなさいね。家の息子が迷惑をかけちゃって。あ、飲み物はミルクで良かったかしら」

 

クミ「はい。いただきます。……ふう。美味しいです」

 

カズマ母「お口に合って良かったわ。それにしても知らなかったわ。あなたみたいな可愛いお友達がカズマにいたなんて」

 

クミ「いえ、私は東海林君のクラスメイトでしかなくて、どちらかと言うとクロノ君経緯の知り合いと言える仲でしかありません。ただ、最近東海林君、私に優しくしてくれることが多くなったなと思うぐらいです」

 

その言葉を聞いたカズマの母は嬉しそうに笑った。

クミは笑った理由が分からずに混乱してしまう。

 

カズマ母「ごめんなさい。笑ったのはカズマのことよ。あの子が分かりやすいのは知ってたけど、ここまでとわね。うふふ」

 

クミ「え? どう言うことですか?」

 

カズマ母「あら分からない? 言っちゃって良いのか分からないけど、カズマに責任取らせるためにも、言っちゃいましょう」

 

カズミ「言うんですね」

 

カズマの母の天然が入った言葉に呆れながら、弟カズマの天然なところが自分だけで無く、母親に似たところでもあったことにカズミは気づいた。

 

カズミ(実は、父上も天然だったりしないよな)

 

カズマ母「カズマはね。クミちゃん、あなたのことが好きなのよ」

 

クミ「…………え? えっ!?///」

 

カズマの母から放たれた言葉にクミは思わず頬を赤めてしまう。

そんな様子を見て、カズマの母とカズミは笑ってしまう。

 

クミ「しょ、東海林君が/// わ、私のこと/// す、好き!?///」

 

カズマ母「うふふ。気がつかなかった?」

 

クミ「た、確かに東海林君、私がクロノ君に振られたときに慰めてくれたけど。あ、あれって、そ、そういうことだったんですか?///」

 

もはや頬だけで無く、顔全体が真っ赤に染まったクミが、かつて優しくして貰った時の理由に気づく。

 

カズミ「ああ、あの時か。そう言えば、クミちゃん、カズマの胸で泣いていたね。カズマは遅くてもその前には君のことが好きになっていたんだね」

 

カズマ母「そうね。あの子も不器用だから、こっぱずかしくて、自分から伝える勇気が無かったのね。言っちゃった私を言うのもなんだけど」

 

ほのぼのとした雰囲気で家族からカズマの気持ちを伝えられて、クミは耳どころか、体全体が熱くなってしまい、恥ずかしくて顔を隠してしまう。

そんな様子すらカズミ達は嬉しくて、つい笑ってしまう。

そんな時、カズミは時計の時間に気がついた。

 

カズミ「さて、クミちゃん。もう遅いから送っていくよ。今日は本当に迷惑をかけてしまったね。改めて謝らせてくれ。でも、同時に感謝もしているんだ。ありがとう。君みたいなとても元気な娘がいてくれたから、カズマも元気なのかもしれないね」

 

クミ「い、いえ。そんなことないですよ。東海林君の力になったのは、クロノ君やタイヨウ君ですし」

 

カズマ母「そんなことあるある。最近カズマが優しそうな顔になることが多くなったけど、きっとあなたのことを考えてそうなったのよ。次にカズマに聞いてみて。なんだったらそのままカズマの彼女になってくれても良いのよ」

 

カズミ「はっはっは。それは良いですね」

 

カズマ母「クミちゃん、是非また来てね。今度はカズマと2人で」

 

クミ「う、うう///」

 

またしてもクミは赤くなってしまい、カズミの運転する車で家に帰った後でも、それは変わらなかった。

カズミにお礼を言ってから家に入ったクミは、簡単にシャワーを浴びてから、ベッドに飛び込んだ。

 

クミ「ううう/// まだ顔が熱いよ。これも全部東海林君のせいですな。で、でも、暖かかったな///」

 

猫「にゃ~?」

 

カズマの温もりを思い出し、クミの頬は赤くなりながらも緩んで笑ってしまう。

そんな様子を岡崎家の猫は不思議そうに見ていた。

 

 

そして、翌日。

カズマはカードキャピタルでバイトをしていた。

 

クロノ「カズマ、今日は何か嬉しそうだな。良いことでもあったか?」

 

カズマ「いや、何も無かったはずだ。ただ、なんか分かんねえが、朝から気分が良いんだよなぁ。お袋もなんかニヤニヤしてたし、昨日なんか有ったのか?」

 

クロノ「俺らが帰ってからか? もうすぐシオンたち来るし、聞いてみたらどうだ?」

 

カズマ「そうだな。お、来たみたいだな。いらっしゃいませ」

 

そう言って2人で店の入り口を見てみると、そこには鬼丸カズミが来ていた。

 

カズマ「……何で兄さんが来るんだよ。仕事は如何した?」

 

カズミ「今日は少しだけ報告に来てね。すぐに戻るから安心しなよ、カズマ」

 

はあ、とクロノもカズマも反応に困ってしまう。

 

トコハ「あ、 鬼丸さん、いらっしゃいませ。今日は如何したんですか? それにクロノも東海林君もどうしたの?」

 

困っていると、掃除を終えたトコハがカズミに気づいて挨拶に来た。

 

カズミ「やあ、安城さん。折角だから、君も聞いてくれ。実はね、伊吹本部長が先ほどドラエン支部で、2日酔いで倒れているのが見つかったんだ」

 

クロノ「えっ?」

 

カズミ「それだけじゃない。他にも櫂トシキ、三和タイシや葛木カムイと、綺場シオン君を始めとした数名も同じ状態で発見された。メンバーを聞くと、どうも俺がカズマと岡崎さんを家に送った後に残った面々らしいね」

 

トコハ「ええっ!?」

 

カズミ「そして、その全員が現在各人の実家で謹慎中だ。さらに言えば、大人組は全員安城マモルさんに説教を受けて、それ相応の罰を与えるそうだ」

 

カズマ「えええっ!?」

 

カズミ「それと、シオン君は御両親からこっぴどく叱られたらしくてね、しばらくの間は、学校以外は綺場の仕事に集中して、ヴァンガードは、1週間は禁止されるそうだ。だからその間はこの店には来れないと岩倉さんから連絡があったから、承知してくれ」

 

クロノ「ま、マジかよ」

 

衝撃の事実にクロノだけで無く、カズマもトコハも言葉を無くしてしまう。

傍らで聞いていたシンは――

 

シン(カムイ君、三和君。ミサキからの説教と給料抜き確定ですね)

 

と、これから起こるであろうことを想像していた。

 

トコハ「あれ? さっき鬼丸さんがクミちゃんと東海林君を連れて帰ったって言ったけど、なんで2人は一緒に帰ることになったんですか?」

 

ここでトコハがカズミの発言の中身に気づき、疑問をぶつける。

その発言にクロノも同意し、カズミでは無く、カズマに聞くことにした。

 

クロノ「カズマ。どうしてだ?」

 

カズマ「いや、俺は知らねえよ。俺、昨日は片付けの途中で寝ちまったからな」

 

トコハ「そうなの? じゃあ、鬼丸さん」

 

カズミ「あー、そうだね。実は、カズマが寝ちゃったのは、飲み残しのお酒を飲んじゃったからなんだ」

 

クロトコ「「えっー!?」」

 

カズミの発言にクロノとトコハが大きく驚くなかで、カズマは目を丸くして絶句した。

 

クロノ「カズマ! お前大丈夫なのかよ!」

 

カズマ「えっ? だって、特に頭痛とかもしないし、そもそも機能の記憶が曖昧なんだが……何かあったのか?」

 

カズミ「カズマはコップに残った少ないお酒で酔って寝てしまったからね。単純に2日酔いになるほど飲んだ訳ではないのが、元気な理由だろう。ただ、酔って何も無かったと言えば嘘になるかな」

 

クロトコ・カズマ『えっ!?』

 

カズミの意味深な言葉に3人は再び絶句してしまう。

その意味を問う前に客人が来た。

 

クミ「お邪魔しますぞ~。あっ/// と、トコハちゃん、おはよう」

 

トコハ「あ、クミちゃん。おはよう。あれ? 顔赤いよ。風邪でも引いた?」

 

クミ「えっ/// な、なんでm「なんでも無くない」えー!?」

 

クロノ「トコハ、お前なんで岡崎の言葉を先読みできたんだ?」

 

トコハ「私が何年クミちゃんの親友やってると思ってんのよ。こう言う時は強引にでも聞き出すのが1番よ! さあ、クミちゃん。何を悩んでるの!?」

 

トコハはドヤ顔で胸を張りながら、クロノの疑問を答え、クミに迫る。

迫真の笑顔にクミは困ってしまい、何も答えられない。

そんなクミをフォローする者が横やりを入れてきた。

 

カズミ「安城さん。落ち着いて。昨晩の一件を彼女に説明させるのは酷だ。俺が代わりに説明しよう。実はね」

 

カズミがそう言って、一呼吸おいてから説明を始めようとしたところで、突然、それぞれの携帯が鳴り響いた。

 

クロノ「な、なんだ!?」

 

トコハ「これ、タイヨウ君からのLINEメッセージ?」

 

カズマ「なんか写真が送信されましたって出てるな」

 

クミ「いったいなんの写真がって――//// ふ、ふええええ///」

 

その写真を見た瞬間、クミは顔を真っ赤に染めて周りへの迷惑など考えられずに叫んでしまった。

 

トコハ「く、クミちゃん! 落ち着いて!」

 

トコハは写真を見る前に親友を落ち着けようとするが、クロノとカズマはそのまま写真を見てしまった。

 

カズマ「」

 

クロノ「ああー。なるほどな。これは恥ずかしい///」

 

カズマは写真を見たまま固まってしまい、クロノは少しだけ頬を染めて2人に同情した。

トコハもクミを落ち着けようとする中で写真を見る。

そして――

 

トコハ「はわわ/// し、東海林君にクミちゃんが抱きつかれてる!!」

 

やはり周りを気にせず思ったことを叫んでしまう。

これにはシンも青い顔をして注意するほどである。

しかし、そんなシンの注意を無視して話は進む。

 

トコハ「ど、どう言うことなんですか! 鬼丸さん!」

 

トコハは先ほどよりも勢いよくカズミに迫って理由を問う。

 

カズミ「お、落ち着くんだ安城さん。詳しく説明するから。ね?」

 

クロノ「トコハ。気持ちは分かるが落ち着けって」

 

なんとかトコハを落ち着けて、カズミは今度こそ説明する。

 

カズミ「写真のおかげである程度は察していると思うけど。まあ、簡単に言うと、カズマが酔っ払って岡崎さんに抱きついてしまったから、俺が2人を連れて帰ったんだよ。そのままカズマは寝てしまってね。だから、昨日ことは何も覚えていないんだ」

 

クロトコ・カズマ『な、なるほどぉ』

 

クミ「ううう///」

 

クロノ「カズマが岡崎を離したのは車の中ってことですか?」

 

カズミ「いや、全然離さなくてね。仕方が無いから、カズマの家の中までご同行願ったんだよ」

 

トコハ「えっ? じゃあクミちゃんは、東海林君の家の中でもしばらくの間抱きつかれたままだったんですか?」

 

クミ「う、うん。脱出するまで、ベッドの上で抱きつかれたり、体中を撫で回されたりしたの///」

 

カズマ「」

 

クロノ「おーい、カズマ~。生きてるか~?」

 

あまりの衝撃の事実にカズマは再び固まってしまい、クロノが肩を叩いても反応しなくなってしまった。

そんな様子にトコハは――とても良い笑顔になった。

 

トコハ「しょ・う・じ・くん♪ ちょっとお話があるの♪ だ・か・ら、起きなさい」

 

最初は軽い口調だったが、だんだんとトーンが下がり、最後は強かに命令口調で話しかけた。

これにはカズマも「はい!」と、返事をして起き上がるしかなかった。

 

トコハ「さて、東海林カズマ君。言いたい事や聞きたいことはいいっーぱいありますが、まずはクミちゃんに言うことがあるのではないでしょうか?」

 

カズマ「はい。お、岡崎。その、き、昨日はすまなかったな。迷惑かけちまって」

 

大きく頭を下げてカズマは謝る。

 

カズミ「俺からも、もう1度言わせてくれ。岡崎さん、うちのカズマが大変なことをしてしまったね。本当にすみません」

 

一緒になってカズミも謝る。

 

クミ「えっ!? あ、その、東海林君。謝罪は昨日お母様からも貰ったから良いんだけど、それよりも聞かせて。どうして、ここ最近私に優しくしてくれるの?」

 

改めた謝罪に少しだけ戸惑ったものの、クミは冷静にずっと聞きたかったことを聞いた。

この質問に対してカズマは少しだけ言葉に詰まった後、頬を赤く染めながら言葉を紡いだ。

 

カズマ「そ、その/// お、お前はさ。クラスでも、ファイト中でも、いつも笑ってるだろ。それが、クロノや安城のことで曇るのは見たく、なかったんだ。お、俺は///! お、お前の笑ってる顔/// す、好き、なんだよ///」

 

その言葉にクミは耳まで真っ赤に染まった。

 

カズマ「だ、だからさ/// 昨日の責任ってわけじゃねえけど、さ/// お、お前の笑顔、も、もっと見せてくれ。お、俺のすぐ傍で///!」

 

クミ「そ、それって/// わ、私に告白、してる///?」

 

カズマ「つ/// あ、ああ///! そうだ! お、岡崎クミ。お、俺と付き合ってくれ///!」

 

互いに顔どころか周りの空気まで赤く染め上げてカズマはクミに告白する。

 

クミ「そ、そう、なんだ///」

 

クミは少し顔を伏せてしまう。

 

クミ「あ、あのね、東海林君。わ、私ね。クロノ君に告白するよう言ってくれた時や、振られた直後に駆けつけてくれたこと、凄く嬉しかった。で、でもまだ。東海林君が私のこと好きだってことは、わ、分からなかった。だから、い、今も混乱してるの」

 

クミの言葉をカズマは無言でうなずいて彼女の言葉を聞いていた。

 

クミ「だからね。すぐに答えを出して、東海林君の告白に応えることはできない。待っていて欲しいとしか言えないのは、ごめんなさい」

 

カズマ「いや、俺も突然すぎた。ホント、悪かったな」

 

カズマは照れくさそうに頬をかきながら、答えた。

しかし、そんな彼に「でもね」とクミが続ける。

 

クミ「あんなに強く抱きしめられちゃったら、もうこれまでの関係としても居られないと思うの。だ、だから。今度から名前で……カズマ君って呼んでも良いですか///?」

 

何度目か分からないが、クミは頬を赤く染めて、カズマに聞いた。

 

カズマ「えっ、あ、そうやって呼ばれるのは2度目だな///」

 

名前で呼ばれることは、前回の空港でもあったことだが、あの時はクミも必死だったため意識していなかった。

改めて言われるとお互いに照れくさくなってしまう。

そんな空気に耐えかねて。

 

カズマ「分かったよ/// じゃあ俺もお前のこと、名前で呼ぶからな、クミ///」

 

カズマも彼女のことを名前で呼んだ。

 

クミ「はい/// これからよろしくね、カズマ君///」

 

クミは、今日1番の笑顔で返したのだった。

 

 

直後、大きな拍手が店中に響いたので、カズマとクミは驚いてそちらに顔を向けてしまった。

 

トコハ「クミちゃん。東海林君。おめでとう」

 

その中で、最も大きく拍手をしていたトコハが祝福の言葉と同時にクミに抱きついた。

 

クミ「と、トコハちゃん。私たち、まだ付き合ってるわけじゃないよ~///」

 

トコハ「いやいや、もう確定でしょ。このまま正式にお付き合いしちゃいなさい。トコハさんが許す! そう言う訳で、東海林君、クミちゃんをよろしくね。簡単に泣かせたら怒るから」

 

カズマ「は、はい!」

 

クロノ「……こういうところを見るとトコハとマモルさんが兄妹なんだなと実感するな」

 

クロノは祝福しながらも強かな目でカズマを脅すトコハに、以前自分がマモルに同じような目で言われたことを思い出して、少しだけ遠い目をむけてしまった。

そんなクロノをカズミは渇いた笑みで見ることしかできなかった。

 

カズミ「カズマ、よかったな。さて、折角だから俺もこれからは岡崎さんのことをクミちゃんと呼ばせてもらおうかな。改めて、クミちゃん。こんな弟だけど、これからもよろしく頼むよ。正式に付き合うことになったらカズマのお母さんに報告してあげて欲しい。絶対に喜んでくれるからね」

 

カズマ「ちょ、兄さん何言ってんだよ!」

 

カズミ「さぁ~て、俺はドラエン支部に戻らなくちゃな~。仕事溜まってるだろし、今日はマモルさんが本部に向かってるだろうから数日は忙しくなりそうだ。それじゃあ、俺はここで失礼させてもらうよ」

 

カズマの言葉を華麗にスルーして、カズミは手を振りながら去って行った。

残されたカズマはこぶしを握りながら兄への憤りを溜めることしかできず、クミは顔を真っ赤に染めて手で覆い隠すことしかできなかった。

 

カズマ「くそっ、あの天然兄さんめ! って、クロノ! その携帯はなんだ!?」

 

クロノ「ん? 今更気がついたのか? 今し方拡散が終わったところだぞ」

 

カズクミ「「!?」」

 

クロノの爆発発言によってカズマもクミも現実に引き戻される。

 

カズマ「か、拡散だと!?」

 

クロノ「ああ」

 

つまり、カズマがクミに告白したことが仲間達全員に伝わったことになる。

携帯電話を取り上げられている可能性がある1部の謹慎組は分からないが、返却と共に見るのでどのみち知ることになるのは確定だ。

 

クミ「えっ? い、いつから?」

 

トコハ「最初から♪」

 

カズマ「待て! まさかクロノお前、俺が安城に説教されているところから撮ってたか?」

 

クロノが携帯で写真を撮るのなら、そこ以降しかない。

しかし、現実は非常である。

 

クロノ「俺が撮ってたのは、写真じゃなくて動画だぞ」

 

カズクミ「「」」

 

クロノが動画を撮っていたとは思って無く、再び2人は絶句した。

 

トコハ「いいじゃない。どうせタイヨウ君が写真を拡散されてるんだから、このまま放置してたら誤解されちゃうよ。クロノが動画撮ってたから、一定の決着が着いたって報告を兼ねて動画拡散させたのよ」

 

言っていることは正しいのだが、2人は納得しないと言わんばかりに頭を抱える。

そんな2人に元凶のクロノとトコハは、それぞれ手を肩に置いた。

 

クロノ「まっ、クラスの連中には流してないから、そこは安心しろよ。トリドラとかいじってくるだろうが、頑張れカズマ」

 

トコハ「もう後戻りなんてできないんだから、告白頑張ってクミちゃん♪」

 

両者共に凄く良い笑顔で語りかけるのが、当人たちのプライドを傷つけた。

 

カズマ「クロノ、てめぇー!」

 

クミ「トコハちゃ~ん! 反省せいや~!」

 

カズクミ「「ファイトだ(ぞい)!!」」

 

クロトコ「「望むところ、タッグファイトで勝負!」」

 

シン「仕事……してくださいよぉ」

 

シンの声が空しく響き、カズマとクミ、クロノとトコハのタッグファイトは始まった。

しかし余りにも急なペアだったためか、相手の関係が良好過ぎたためか、カズマとクミのタッグは一方的に敗北してしまい、大いに落ち込んだ。

落ち込む2人を放置して、クロノもトコハも仕事に戻ったため、シンも安心して1日が過ごせた。

そして、夕方まで時間が過ぎた。

 

カズマ「お先に失礼します」

 

シン「お疲れ様です。そうそう、カズマ君。これを貴方に渡して欲しいと頼まれました。店を出てすぐ、1人の時に開けて欲しいと」

 

そう言ってシンは折り畳まれた紙をカズマに渡す。

受け取ったカズマは、一言だけ礼を言って去っていった。

 

クロノ「シンさん。あれ、何なんですか?」

 

シン「クロノ君。トコハちゃん。野次馬は、今は必要ありませんよ。これ以上彼に首を突っ込むのなら、ミサキに報告して給料減らしてもらいます」

 

クロトコ「「うっ」」

 

さすがに堪えたのか、クロノもトコハも素直に仕事に戻った。

シンはカズマの恋が上手くいくよう願い、空を見上げたのだった。

その頃、カズマは。

 

カズマ「この公園で良いんだよな」

 

渡された紙を開いて、そこに書かれていた場所であるキャピタルの近くの公園(トライスリーがカムイにチームワークを試された所)に来ていた。

 

クミ「あ、カズマ君。来てくれたんだね。嬉しいですな~」

 

カズマ「お前からの呼び出しは応じない訳にはいかんだろ。まさか、告白した初日に呼び出されるとは、思ってなかったけどよ」

 

クミ「うん。私も、待っててって言ったときは、この時間に呼び出すつもり、無かったから。自分でも、ちょっとビックリ。でもね。クロノ君とトコハちゃんとのタッグファイトをした時にね。私も、クロノ君とトコハちゃんみたいにお互いのことを理解して、支え合う。そんな関係にカズマ君となりたくなったの。だからね」

 

ここでクミが一呼吸置いた。

 

クミ「わ、私と。こ、恋人同士になってくだしゃい///!」

 

カズマ「」

 

クミ「……か、噛んじゃった/// うう、恥ずかしい///」

 

自分でも予想外のことだったためか、クミは顔を手で隠してしゃがみ込んでしまった。

 

カズマ「ぶっ、あははは」

 

これにはカズマも思わず笑ってしまう。

 

クミ「ちょっ、わ、笑わないでよ///!」

 

カズマ「わ、悪い、悪い。くくくっ。ホント、お前って面白いわ」

 

その後もしばらくカズマは笑い続け、クミの機嫌を損ねるのだった。

 

カズマ「あー笑った、笑った。こんなに笑ったのは何時ぶりだ? クミと一緒に居たら、こんなにも笑い合える日常が続くと思うと楽しみだな」

 

クミ「つ/// か、カズマ君ズルイ。そんなこと言われちゃうと、怒れないぞ~」

 

カズマ「だから悪かったって。それじゃ、改めて聞くぞ。岡崎クミ。俺の恋人になってくれ」

 

クミ「……はい。喜んで」

 

次の瞬間、暗い夜の公園に僅かに残る2つの影が1つになった。

この夜、また1つ、カップルが生まれたことは、夜空の星星だけが知っていた。




次で番外編はラストです。


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番外編:トコハとシオン

番外短編集最後の話です。
順番を変えたため、少しだけ編集しています。


パーティーから数日後、キャピタルでのバイト中、シオンはトコハと話すことにした。

謹慎が解けた後、店が空いている時間を見計らって2号店があるビルの屋上にトコハを呼び出した。

 

シオン「ごめんね、トコハ。忙しいのに無理言って」

 

トコハ「そう思うのなら、さっさと終わらせましょう。それで、何が聞きたいの?」

 

シオン「前から気になっていてね。君がクロノのことが好きな理由。そして、今君がここに居る理由がね」

 

シオンの真剣な眼差しを見て、トコハは考えるように目を閉じて言葉と紡いだ。

 

トコハ「……最初はね、クロノが私を私として見てくれたのが嬉しかったの。不器用な優しさと見たことのない笑顔。私の知らないクロノの顔。それをもっと見たくて興味を持った。イカサマ事件の時のクロノの悲しそうな顔を見たときは、そんな顔見たくないって思った。チームとして行動する中でもいろんな表情を見せてくれる、新導クロノがいつの間にか私の中でとても大きくなっていた。それが、私の恋の始まり」

 

シオンもそれは知っていた。

トコハが誰よりもクロノを見続けていたから、トコハに恋心が芽生えていると。

そんなことを考えていると、でもね、とトコハが続ける。

 

トコハ「恋人になって、一緒に暮らして行く中で気づいたんだ」

 

シオン「何を?」

 

トコハ「クロノは、まだ救われていない」

 

真剣で、とても悲しそうな顔でトコハは言った。

その言葉はシオンにとっても見過ごせるものではなかった。

 

シオン「どうしてそんなことが言えるんだい? 彼は今、幸せ最高潮だろ? ライブさんは帰ってきたし、ミクルさんは結婚するし、なによりも、君と言う恋人ができたんだから」

 

トコハ「うん。今はね」

 

シオン「今は? まさか未来にまた不幸が訪れる可能性の話をするのかい? それこそナンセンスだろ」

 

彼の恋人、蝶野アムのような悲劇が起こらないとは言わないが、あくまでも可能性の話だ。

そんな未確定なことを吟味してもしょうがない。

 

トコハ「違うわよ。もっと単純な話。クロノはまだ心の病が完治してないのよ」

 

シオン(心の病。またの名をトラウマ。確かにクロノの幼少の頃からの生活を考えると持っているとみて間違いないね)

 

トコハ「また再発して自分を卑下して幸せの拒絶をされたり、余裕のない生活をされると困るのよ。特に私と子どもたちが!」

 

シオン「まって、トコハ。子どもたちって、まさか君たちもう?」

 

さっきまでシリアスな雰囲気のはずだったのに突然の爆発発言にシオンはうろたえてしまう。

 

トコハ「そんなわけないでしょ。将来の話よ。絶対生むから!」

 

シオン「そんな、恥ずかしげもなく……」

 

強気にとんでもないことを言うトコハにシオンは項垂れて何とも言えなくなってしまう。

 

トコハ「私がクロノを幸せにしちゃうんだから。そのためには私と離れて暮らしても問題ないようになるところからスタートね。パリで生活しても1月に数日はクロノと会わないと。結婚後はプロやめるから何か別の仕事考えなくちゃいけないし、やることはいっぱいね」

 

シオン「やれやれ。君、計算高くなったね。これも愛の力かな。ところで、プロ止めて良いのかい? リーグ優勝が君の目標だろ?」

 

トコハ「もちろん優勝するわよ。来期以降の安城もとい新導トコハは無敵なんだから! ささっと第2リーグ全勝して、クロノが大学を卒業するまでには第1リーグで優勝してやるわ。アイチさんたちに沢山ファイト申し込んで、櫂さんやガイヤールさんとの勝率も上げることが出来れば、優勝は目の前よ。そうすれば何の心残りもなく引退できる。後はクロノとの結婚生活が満喫できる~♪ あははは~♪」

 

当然のように新導性を名乗り、魔境で有名なユーロ第1リーグの優勝を簡単に言ってしまうトコハにシオンは呆れを通り越して笑ってしまう。

 

シオン(これはもう、2人を無理に切り離したら両方駄目になるやつだね。絶対に死なせないようにしないと)

 

この後、シオンは綺場財閥に籍を置く警備会社にクロノとトコハの護衛を任せることを決めた。

親友2人を必ず守るために。

 

クロノ「おーい、トコハー。そろそろ戻ってくれよー」

 

トコハ「分かった~。えへへ。ク~ロ~ノッ♡」

 

シオンがそんな決意をしているとクロノが屋上まで上がってきた。

トコハを呼びに来たのだが、返事と同時にトコハはクロノに飛びついた。

 

クロノ「また抱きつくな~///! シオン居るだろ!」

 

トコハ「良いのよ。見せつけてやれば♪ 私がクロノの物だってシオンが高らかに証明してくれるわ」

 

クロノ「お前この間抱きついたり、体触るの拒否ってただろ。どうしたんだいったい?」

 

トコハ「だってあの時は、せっかく食事作って待ってたのに、クロノ動こうとしなかったし、雰囲気的にも叩いてでも落ち着かせなきゃいけないと思ったんだもん。でも今は触って良いの♡ クロノに私の匂い擦りつけてあ・げ・る♡」

 

この時、シオンの目にはトコハから際限なく飛び出てくるハートマークが見えたらしい。

心なしか周りの空気もピンク色に見える。

 

クロノ「おい、シオン! 助けろよ!」

 

シオン「いやいや。無茶言うなよ、クロノ。この開花でパワー10万超え且つ完全ガード封じを3列全てに与えたトコハの攻撃を僕如きが止めれるわけないだろ。もう存分にイチャついてくれ」

 

クロノ「せ、せめて仕事が終わってからでお願いします」

 

トコハ「ぶー」

 

仕方がないので渋々トコハは離れてクロノと共に店内に戻るために階段を降りていく。

 

シオン「やれやれ。僕の親友達はとんだバカップルだね」

 

そんな2人を見てシオンは苦笑してしまう。

 

シオン「でも、やっとクロノが掴んだ望む未来なんだ。僕も僕にやれることを全力で行って、この未来を守ろう。クロノとトコハ。2人は僕のチームメイトで、最高の親友なんだから」

 

新導クロノと安城トコハ。

2人の恋人は多くの人からその幸せを願われている。

それは、ヴァンガードが築いた絆。

遥かなる未来への可能性そのものだから。




今回で短編集は終わりですが、番外編は続きます。
続きもお楽しみください。


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願われる幸せ、共に歩む幸せ

4月の終盤、ジューンブライドには早いけど、結婚式が行われた。

新郎の名は新田新右ェ門、新婦の名は新導ミクル。

私、戸倉ミサキの叔父の結婚式だ。

今私は、その披露宴で、親族代表として、新婚夫婦にメッセージを呼んでいる。

幼いころ、両親を失った私を育てるために、シンさんは自分の青春をなげうって暮らしてきた。

一応、ヴァンガードの全国大会に出場して、優勝までしたけど、その世界大会の出場が叶う事はなく、シンさんは表舞台から姿を消した。

以降は、好きだったミクルさんとも連絡を取らず、両親が残したカードキャピタルの店長として一所懸命働いて、私を育ててくれた。

幼い私には想像もつかないほど、苦しんで選んだ道だと思う。

そんなシンさんが、やっと、自分の幸せを掴んでくれた。

それがとても嬉しい。

その想いを私は今、大勢の人の前で、2人に伝えている。

 

ミサキ「シンさん。こんなにも生意気で、シンさんにも辛く当たった私を、ここまで育ててくれて本当にありがとう。ミクルさん。シンさんは、ちょっと冴えないところがあるけど、本当に立派な人だよ。私やクロノとは、また違う辛い経験をしてきた2人なら、お互いを支え合っていける。だから、結婚おめでとう。絶対に幸せになってね」

 

自分の顔が見えないのが、こんなにも辛いことなんて始めて知ったなぁ。

私今、どんな顔して居るんだろう。

メッセージを読み終えた私は、新郎親族の席に戻った。

 

アイチ「ミサキさん。お疲れ様。凄く良いメッセージでしたよ」

 

戻った先で、アイチが声をかけてくれた。

アイチは私の恋人なんだから、この席に座って良いのでは、と言ってくれた三和に感謝しないとね。

 

ミサキ「アイチ。私、ちゃんと笑顔のまま言えてた?」

 

私は、今1番の不安をアイチにぶつけた。

そしたらアイチは笑って――

 

アイチ「はい。ミサキさん、ずっと笑顔のままですよ。だから、安心して泣いてください」

 

あっ……私の目から涙が零れてしまった。

アイチは優しいから、つい甘えてしまう。

新婦親族代表であるライブさんのメッセージを聞き流して、私は少しだけ泣いた。

 

披露宴も滞りなく進み、新郎新婦は、それぞれ離れて親しい仲の人と話している。

私は席を離れて、トイレで化粧を直してきた。

会場に戻ってきた私を迎えたのは、他でもない、シンさんだった。

 

シン「ミサキ、今日はありがとう。ミサキのメッセージ、嬉しかったですよ。思わず、泣きそうになってしまいました」

 

ミサキ「もう、シンさんは相変わらずだね。でも良いの? 奥さんの傍にいなくて」

 

シン「ミクルさんは社長ですから、社員たちや契約会社の人たちとの挨拶があるのですよ。僕はミサキと話したくて、抜けてきました」

 

良いのかな、それで。

でもシンさんはこれからもキャピタルで店長を続けると聞いてるし、社長の夫ってだけでミクルさんの会社には関わらないらしいから、これで良いのか。

 

シン「先ほどのブーケトス、すみませんでした。僕としては、ミサキに渡したかったのですが、ミクルさんが」

 

ミサキ「分かってるから良いよ。ミクルさんは誰よりもクロノの幸せを願ってるから」

 

結婚式の直後、恒例のブーケトスが行われた。

来ていた彼氏持ちの女性たちがこぞって参加するために階段の下に集まったけど、投げるよう支持があった瞬間にミルクさんがブーケを持ったまま階段を下り始めたのだ。

皆驚く中、ミルクさんは1人の女性に直接ブーケを渡した。

その子こそ、彼女の甥、クロノの彼女である安城トコハちゃんだった。

ブーケを手に入れる気が満々だったトコハちゃんも驚いた表情でミクルさんを見ていた。

そんなトコハちゃんにミクルさんは笑顔で言った。

 

ミクル「これからもクロノをよろしくね。2人の結婚式楽しみに待ってるから」

 

その言葉を聞いた瞬間にトコハちゃんは顔が真っ赤に染まってミクルさんに抱きついてお礼を言い続けたため、披露宴が少し押してしまうことになってしまった。

現在トコハちゃんは、渡されたブーケを大事そうに持ちながら、クロノやシオン、仲間たちと楽しそうに食事をしている。

 

シン「はい。でも、僕がミサキの幸せを願っていると言う事もミクルさんは知っています。だから――」

 

そう言って、シンさんは胸元もバッチを取って、私に差し出した。

 

ミサキ「シンさん? これ、どういうこと?」

 

シン「知ってますか、ミサキ。ブーケトスには男性が行うパターンもあるのですよ。本来は、ブロッコリートスやガータートスが主流ですけど」

 

ミサキ「それは、知ってるけど。関係有るの?」

 

シン「もちろん。最初の予定では、僕はこれを投げるつもりだったのですよ。でも、ミクルさんがブーケを手渡しすると聞いて、キャンセルしたのです。ミサキ、貴方に直接渡したくて」

 

シンさんからの贈り物、すっごく久しぶりで、嬉しいけど。

 

ミサキ「渡されても、私これつける意味無いよ」

 

シン「誰もミサキに着けて欲しいと頼んでいませんよ。ミサキ、ブーケは通常、花嫁から別の女性に受け継がれます。でも、男性も持つ意味があるのですよ。それはですね」

 

シンさんが私の耳元に顔を持ってきて小さくささやいた。

その言葉を聞いた私は顔が熱くなるのを感じてしまった。

 

シン「後は、分かりますね。全てはミサキ次第です。応援してますよ」

 

そう言われた時、もう私は止まれなくなった。

シンさんにお礼を言って、すぐに足を翻して走り出した。

向かう先は、私の1番好きな人。

 

ミサキ「アイチ!」

 

彼は石田と小茂井と一緒に居た。

私の声に気づいて、振り返ってくれた。

私は乱れた息を整えながら、緊張を振り払いながら。

 

ミサキ「アイチ、あのね、これを」

 

そう言って、私はシンさんから渡されたバッチを差し出した。

それを見て、アイチは唯微笑んで、受け取ってくれた。

 

 

半年後

 

今日、私はアイチと結婚する。

 

アカリ「ミサキ綺麗だよ。もうあの頃のミサキは何処にも居ないね。アイチ君、手放しちゃダメだよ」

 

ミサキ「ありがとうアカリ。こんな私と親友で居てくれて」

 

本当に感謝してる。

その名の通り、明るい性格のアカリが傍に居てくれたから、私は私でいられたんだ。

アカリは私の、再興の親友だよ。

 

シン「ミサキ。おめでとう。これで本当の意味で、保護者としての役割は終わりですね」

 

ミサキ「シンさん。もう、早速泣かせないでよ。後で言うつもりだったけど、今言うね」

 

そう言って、私はアカリに抱きついた。

 

ミサキ「私、シンさんとアカリには、本当に、これ以上無いぐらい感謝してる。2人が居なかったら、私は今、此処に居ない。きっと、アイチと、ヴァンガードと出会う前にダメになってた。本当にありがとう」

 

感謝してたら、シンさんが私の肩に手を置いていた。

 

シン「ミサキ。貴方は本当に綺麗になりました。兄さんと義姉さんも喜んでます。でもね、今あなたが1番綺麗なところを見せたいのは、僕たちじゃ無いですよね」

 

あっ、そうだ。

私がこの姿を見せたいのは。

 

シン「だから、泣いてはいけません。前を向いて、貴方の愛する人の前に堂々と立ちなさい。それが僕たちの望みですし、兄さんと義姉さんも、その方が喜びます」

 

ミサキ「シンさん。うん。分かった。じゃあ、行ってきます」

 

そう言って私は式場に向かった。

 

アカリ「シンさんって、普段は抜けてて、情けないように見えたけど、やっぱり大人だね。今日のシンさんは、前の結婚式よりもカッコ良く見えるよ」

 

シン「アカリちゃんは手厳しいですね。僕だって、ミサキの保護者ですから。それに、もうすぐ父親になるのですから、責任を持つ者として覚悟は決めてますよ」

 

アカリとシンさんが話しているのを聞き流して、私は歩く。

式が行われる礼拝堂に向かう道は、花嫁用に長く作ってある。

ここで思いを馳せて、扉の前に立つ、保護者に迎えて貰うために。

でも、私は可能な限り急ぎ足で歩く。

少しでも早く、あの人に会いたいから。

扉の前に着いた時には、シンさんとアカリが先回りして迎えてくれた。

そして、扉が開かれた。

その向こうには、私が今1番会いたい人が、私の愛する人、これから夫となる人。

先導アイチが立っている。

お父さん。

お母さん。

私、今日この人と結婚します。

 

アイチ「ミサキさん。綺麗ですよ。ありがとうございます。こんな僕と結婚してくれて」

 

ミサキ「ううん。私こそ、ありがとう。私を愛してくれて。私の愛に応えてくれて」

 

シン(兄さん、義姉さん。あの小さかったミサキがこんなにも綺麗になりましたよ。今から家族となる2人を、これからも見守っていてあげてください)

 

ミクルさんがシンさんの子どもを授かったように、私もアイチの子どもを産むだろう。

そしたら、目一杯愛をあげよう。

私を愛して、育ててくれた、両親と叔父さんの愛に応えるために。

 

ミサキ「アイチ」

 

アイチ「はい?」

 

ミサキ「私は、貴方を、愛してます」




今回で本当に番外編が終了です。
続く5話をお楽しみください。


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クロノの闇

クロノくんとトコハちゃん、愛の物語第5段!
Pixiv版からタイトルと内容を大きく変えました。


クロノとトコハの交際が双方の親族の許可が下りてから3ヶ月。

2人はあるバイトの無い土曜日に何度目かのデートを楽しんでいた。

少し遠出して大きなデパートで買い物をし、こちらにあるカードショップでファイトを楽しみ、食事を取る。

ありきたりのことだが、十分に楽しんでから家に帰った。

 

「「ただいま」」

 

家には誰もいないので返事はなかった。

2人はそのままリビングに向かった。

 

「あれ? メモが置いてある」

 

「あ、ライブお義父さん。今日は帰らないって」

 

「シンさんとミクルさんが結婚して初めてのチームニッポンの飲み会を新田家で行うのか。ミクルさんとミサキさん、フォローが大変だな。あれ?」

 

つまり、今宵新導家はクロノとトコハの2人きりと言うことだ。

 

「「……」」

 

その事実に気づいた2人は気まずくなってしまう。

 

「とりあえず、夕飯食べるか」

 

「うん」

 

同棲を始めて3ヶ月の月日が経ったが、一晩中2人だけというのは始めてのことになる。

その事実から目を背けるために2人は夕飯の準備を進めた。

用意するのは2人分と急に帰ってくるライブのための予備。

それは、以前から何度もあったことだが、ミルクが帰ってこないため、計4人分を作る必要が無くなったのは大きい。

 

「「いただきます」」

 

普段なら、準備中も食事中も笑いあって食べる2人だが、今日は無言が多かった。

ミクルがシンと結婚して約1ヶ月。

ミクルが全く帰ってこない日々にも慣れてきた2人だが、気まずさと相まって寂しく感じてしまったらしい。

食事が終わり、トコハが後片付けをしている間に、クロノがお風呂にお湯を入れる。

クロノが先に入り、トコハと入れ替わりで出た後、各種戸締りの確認をしてから部屋で勉強をしながらトコハが出てくるのを待った。

 

(この家って、こんなに広かったっけ?)

 

「クロノ。お待たせ。……なんで手が止まってるの?」

 

「えっ? いや、何か静かだなって」

 

「……」

 

クロノとお揃いのパジャマを着たトコハは、目を見開いてクロノの手を取った。

 

「クロノ、アンタ集中できてないよ。それじゃあ駄目」

 

そう言って、クロノをベッドに連行し、部屋の電気を消した。

既に他の電気も消され、新導家は真っ暗になった。

 

「おい、トコハ。まだ眠くねえって」

 

「駄目」

 

強気で言って来るトコハにクロノはたじろんでしまう。

 

「ねえ、クロノ。私には嘘つかないで。寂しいって言って。逃げないから。支え続けるから。本当の気持ちを教えて」

 

そんなクロノを押し倒すようにベッドに入ったトコハは、泣きそうな顔でクロノに迫った。

クロノは暗くてよく見えないが、トコハの声が震えていることに気がついた。

 

「……ごめん、トコハ。またお前に心配かけた。少しだけ騒がしくて、温かい日々が続いたからさ、それが無くなるのがさ」

 

「寂しくなった?」

 

「うん。やっぱ俺駄目だな。こんなんじゃトコハを海外に送り出せない」

 

「寂しさは変化の中で誰もが感じる正しい感性だよ。大事なのは、その感情に押し潰されずに居られるかって事。クロノは、押し潰されないように見栄張って、強がって生きてきたから、受け入れかたが分からないだけ。私だって、アカネさんが居るとはいえ、フランスでの生活は辛かったんだよ。でも、家族が、友達が、仲間が、そしてクロノが応援してくれているって実感していたから、乗り越えることができたの」

 

少し泣きそうになった時、トコハがクロノを強く抱きしめた。

 

「……でも……それだけじゃないでしょ」

 

「えっ?」

 

「貴方の内にある恐怖は、それだけじゃないでしょ。クロノ、教えてよ」

 

クロノはトコハの真剣な表情に目を背けてしまう。

それが、トコハには悔しかった。

 

「どうして教えてくれないの? 私、頼りない? クロノを支えられてない?」

 

「…………やだ」

 

「えっ?」

 

「こんなにも幸せなのに、また俺のせいで壊れちまう。そんなのはもう……嫌だ!」

 

ハッとトコハは目を見開く。

 

「親父が居なくなったのも、ミクルさんが苦しんだのも、リューズが暴走したのも、全部俺のせいだ」

 

クロノは腕で顔を覆いながら泣いていた。

そして、これまで自分の中で押さえていた感情が、吐き出されていく。

 

「俺が、あの時、ドランを呼ばなければ、シオンやマモルさん、伊吹、ルーナやアムに迷惑かけることなんてなかったのに。ディフライドなんて起こらなかったのに。ギーゼだって復活しなかったんだ。……俺が……俺が悪いんだ」

 

「クロノ! 違う、違うよ!」

 

その言葉をトコハは強く否定する。

しかし、決壊したダムの水のようにクロノの自虐の言葉は止まらない。

 

「……また、俺が壊しちまうんだ。俺は、やっぱ消えた方が良いんだ。幸福なんて……むぐっ」

 

止まらないはずだったその言葉は、トコハのキスによって止められた。

 

「ぷっは。ごめんね、クロノ。私、無神経すぎた」

 

その瞳からは、止めきれないほどの涙が流れている。

 

「クロノ。ずっと苦しんでいたよね。誰にも吐き出せないで、自分の中で押さえ込んで。でも、消えたいなんて、幸せを掴んじゃ駄目なんて言っちゃ駄目だよ!」

 

全身を使ってクロノを抱きしめながらトコハは続ける。

 

「私、クロノが大好きだよ。だから、私にだけは貴方の弱さを、悲しみを分けて。2人なら乗り越えれるから」

 

「でも……」

 

「クロノ。貴方はもう独りじゃ無いんだよ。私はずっと傍に居るよ。だからね、クロノ」

 

トコハは徐に顔を耳に近づけて微笑みながらボソッとつぶやいた。

 

「私の胸の中で泣いて。私は何所にも逃げないから」

 

次の瞬間。

クロノは我慢が途切れ、これまで以上に大きく泣いた。

10数年分の悲しみを吐き出すように。

そのあいだ、トコハはずっとクロノのそばを離れずに抱きしめていた。

そして――

 

「もういいの?」

 

「ああ。ありがとう、トコハ。さすがに泣き疲れたな」

 

「もう、クロノったら。明日、ちゃんと起きなきゃ駄目だからね。でも、ふわ~あ。私も疲れた~」

 

「もう寝るか」

 

「うん」

 

お互いに軽口を叩きあい、そのままベッドに倒れた。

 

「ねえ、クロノ」

 

「ん?」

 

「抱きしめて」

 

「好きにしろよ。俺はもう寝るからな」

 

「うん。好きにする」

 

トコハがクロノ腕の中に入り込み、クロノの胸板を枕にして、ぐっすりと眠った。

 

「トコハ、ありがとう。俺、お前となら幸福な未来を願っても良いのかもしれない。この温もりがあれば、この幸せな日々を思い出せば、もう、寂しく無いから」

 

クロノもまた、トコハの背中に手を回して眠りだした。

その寝顔は、これまで以上に穏やかで、幸せに満ちたものだった。

 

 

「あれ? 此処は?」

 

トコハが目を覚ますと、そこは不思議な空間だった。

地面が無く、周りはずっと光っているだけ。

他に誰もいないのに、不思議と不安はない。

 

「やっとつながった」

 

声がしたので振り返ってみると、そこには。

 

「ずっと君と話したかったんだよ」

 

「あなたはドラン?」

 

「久しぶり、トコハ」

 

クロノ・ドラン。

クロノの友だちであり、今も共に戦い続ける仲間だ。

彼は惑星クレイの住人であるため、本来はイメージの中でしか会えないはずである。

 

「どうして、あなたが居るの? それに此処は?」

 

「此処は僕と君を繋ぐイメージの中、所謂夢さ。此処でなら、君と話せる」

 

「夢?」

 

「そう。君自身は、今も自分の部屋の中で眠っている。君が不安を感じないのも当たり前さ」

 

此処が夢であり、自分は今も愛する人の腕の中で眠っている。

無意識にそう確信に満ちているのなら、確かに不安など無いだろう。

 

「そっか、夢か。よかった」

 

「何が良かったんだい?」

 

ドランは笑顔で聞いてみた。

 

「またクロノを独りにさせるわけにはいかないもの。これで私が誘拐でもされてたら洒落にならないわ」

 

「そうだね。僕が君と話したかったのも、そのクロノのことなんだ」

 

「えっ?」

 

ドランはトコハに近づいて、その手を取った。

 

「君のおかげで、やっとクロノは本当の意味で救われた。本当にありがとう」

 

「……どういうこと?」

 

トコハの問いにドランは目を閉じた。

 

「僕は、ストライドゲート事件の後、クレイに帰ってからもずっとクロノを見守っていた。だから、分かっていた。クロノは10年間ずっと、罪悪感の中で生きてきたことを」

 

その顔は、とても哀しそうだった。

 

「あの時、僕が呼ばなければ、クロノに罪の一端を背負わすことはなかった。ライブが失踪することも、リューズがあの姿になることもなかった。その後に続く、ディフライド事件も起こらなかった。全ては僕の責任だ。にも関わらず、クロノにばかり重い責任を負わせてしまったんだ。それがとても悔しくて、悲しかった」

 

唇を噛みしめ、ぶつけられない悔しさを表すように手を握りしめる。

そんなドランを見て、トコハも泣きそうになってしまう。

 

「だから、少しでもクロノを支えられるように、クロノジェットの姿で僕は彼の傍に行った。クロノにまつわる全ての因縁に決着をつけるために。そして、多くの仲間達と共にその因縁は終わった。特異点も閉じて、僕たちの罪の証はなくなり、解放されたはずだったんだ。でもクロノは、自らが救われることをよしとしなかったんだ」

 

ハッとトコハは目を見開く。

 

「未来永劫、自分の罪を背負って生きていく。寂しくても、辛くても、その本音を誰にも伝えずに自分の中に押しとどめて生きていく道をクロノは選んでしまったんだ」

 

ドランは悲しそうな顔で語る。

それは、トコハがかつてシオンに語った「幸せの拒絶」そのものだった。

 

(ドランも私と同じことを感じていたんだ)

 

「でもね」

 

目に溜まっていた涙を拭い、ドランは目を開いた。

 

「最近になってやっとクロノは、自分自身の幸せを掴もうとし始めたんだ」

 

「えっ、それって……」

 

「そう、君を人生のパートナーとして選んだあの日から。そして今日、クロノは君に、本音をぶつけて、君との幸せを本気で願った。だから、クロノの残っていた特異点の力で僕と君の意志を繋げることができたんだ」

 

「どうして、私と?」

 

「言ったはずだよ。クロノを救ってくれてありがとうって。君がクロノのことを好きになってくれたから、2人の気持ちが通じ合ったから、クロノは君に本当の気持ちを言えるようになって、自分の幸福を素直に受けとめることができるようになったんだ。君が僕の友だちを救ってくれた。本当にありがとう」

 

「ドラン……」

 

ドランが頭を下げて礼をしていると、トコハが突然泣き出した。

 

「わ、私、クロノを救えた?」

 

「うん」

 

ドランから、自分の行動が最愛の人を救ったと言われたことは、トコハにとっても救いだった。

自らが正しい行動をできていたのだと、証明されたのだから。

 

「クロノもう、大丈夫?」

 

「それは、君たち次第だ。だから、クレイで祈ってるよ。君たち2人のこれからを」

 

「うん……うん! 私……これから……クロノと幸せに……なる! 見守っていて……ね」

 

2人は握手し合ったところで、トコハの意識が途切れ、この空間から去って行った。

残されたドランは今一度思いを馳せた。

 

「ありがとう。トコハ。ありがとう、クロノ。君たちとの出会いこそ、僕にとって最高の幸福だ。ずっとずっと、君たちと、君たちの子どもたちを見守っていくよ。だから……」

 

どうか、お幸せに。

 

 

「うう~ん。朝か」

 

翌朝、クロノが目を覚ました。

 

「あれ? トコハ?」

 

眠気が残る目で見渡してみると、昨晩も一緒に寝ていたはずのトコハが見当たらない。

何処に行ったのか分からないので、クロノはとりあえず着替えて、リビングに出てみた。

そこには、長い髪をクロノが買ってあげたクリップでまとめ、エプロンで身を包んで料理を作る最愛の人が居た。

その姿を見たクロノは無意識に彼女に抱きついていた。

 

「きゃっ。えっ? あっ、クロノ。おはよう。今日は甘えたがりだね」

 

トコハは後ろから突然抱きつかれて驚いたが、すぐに笑顔でクロノに対応した。

 

「ん。ダメ、か?」

 

「ううん。ダメじゃ無いよ。むしろ嬉しい。でも、もう少しでできるから、邪魔はしないでね」

 

「……もっとこうしてたい」

 

クロノの我が儘にトコハはクスクスと笑ってしまう。

その間にも料理は進み、なんとか完成した。

 

「ほら、クロノ。一緒に食べよ。準備して」

 

「ご飯より、トコハが食べたい」

 

「/// う、嬉しいけど、ダメ! 今日はバイト有るんだから。勉強もしなきゃダメでしょ」

 

トコハに叱られて、クロノは残念そうにうなだれて、離れる。

そんなクロノに向き合って、トコハは抱きついた。

 

「……でも、終わったら、また甘えて良いよ。私もこうしてクロノに抱きつかれるの大好きだから。ねっ。今日も1日頑張ろう」

 

「トコハ……。おう、分かった」

 

クロノもトコハの背中に腕を回して、お互いに抱き合った後、2人はキスをした。

クロノの目には、愛おしい相手と共に歩む世界が、輝いて見えた。

これまで見えてなかった風景に心躍らせ、彼の心に決意が生まれた。

 

「トコハ」

 

「なあに?」

 

「俺を好きになってくれて、ありがとう」

 

「私もありがとう。クロノが私のこと愛してくれて、嬉しいよ」

 

「俺、頑張るな。お前を護るために。一緒に暮らしていくために。勉強も仕事も全部。だから、これからも」

 

「うん」

 

「俺と一緒にいてください」

 

クロノはまたトコハに力いっぱいトコハを抱きしめた。

その想いに応えるようにトコハもクロノの背中に手を回す。

 

「大丈夫。私もクロノと一緒に幸せなるよ。クロノ、私を護って。私もクロノを護るから。2人で歩んでいこう。私たちの望む、輝ける未来を」

 

おわり




Pixiv版も是非見てください。
次回最終話です。


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結婚 新しい明日

クロノくんとトコハちゃん、愛の物語第6段にして、本シリーズ最終回!
どうぞ、お楽しみください。


クロノ「……」

 

俺、新導クロノは椅子に座って頭を抱えていた。

そんな俺に声を掛けるやつが居た。

 

シオン「どうしたんだい、クロノ。まさかこの期に及んで後悔してるなんて言うつもりは無いよね?」

 

親友シオンがまた辛辣な言葉を俺にぶつけてくる。

 

クロノ「いや、そんなつもりはないけど……」

 

シオン「じゃあ、なんだい?」

 

クロノ「俺……ちゃんと家族としてアイツを支えることできるのかなって」

 

素直に聞いてくれるから、抱えていた不安をシオンにぶつける。

 

シオン「……本当に今更だね。これからトコハの夫になって、その子供の父親になる人間の台詞とは思えないよ」

 

クロノ「うるせーよ」

 

そう、俺は今、結婚式場の新郎控え室に居る。

これから行われるのは、俺とトコハの結婚式。

俺たちは、恋人になってから3年の月日が経って、現在大学3回生で結婚することになったのだ。

 

カズマ「しっかし、驚いたぜ。安城……もう新導って呼んだほうがいいか。とにかく、アイツがお前の子供を妊娠しているなんてな……」

 

クロノ「俺だって驚いてるよ」

 

クミ「避妊しなかったの?」

 

そんな直球に言うなよ、岡崎~。

 

クロノ「ゴム着けない行為はしてたけど、トコハはピル飲んでたんだぜ」

 

シオン「まあ、ピルだって完璧じゃないってだけだよ。責任とって結婚するんだから、良いけど、これからは気をつけるんだね」

 

クロノ「ううう……」

 

正論だから、なにも言い返せなくて辛い。

 

カズマ「しかしよ~。あのクロノさんが立派になったよな~。なんせ東大生だぜ。高1のころのペン回ししてたころからは想像できないよな。さすがに入試で選んだのは理科1類だったけどな」

 

うるせえな!

何時まであの時のこと言ってんだよお前は!

 

クミ「しかも成績はトップクラス。下手な理科3類の人よりも成績上なんじゃないかって言われてるみたいだしね~」

 

まあ、教員から褒められてるけど、そこまでか?

 

シオン「おまけにヴァンガードの腕もアイチさんに順調に勝てるほど上がってるからね。本当に立派になったよ、クロノは。このまま行けば、クリスさんの会社にも問題なく入れるだろうね」

 

クロノ「まあ、推薦状はもう貰ってるからな。それ抜きでも入れるようにしないと宇宙飛行士部門への転勤は認められないって脅しも貰ってるから」

 

そう、俺は卒業後、クリストファー・ロウさんの会社である「ジニアスコミュニケーションテクノロジー」のアメリカ支部に入社する予定なのだ。

NASAとの連携を目的としたその支部なら、宇宙飛行士への道に最も近いとクリスさん自身が押してくれたのは、すごく感謝しているから、期待に応えたい。

なんて考えていた矢先に、トコハの妊娠発覚からの結婚だったんだよな。

 

シオン「でもよかったね、クロノ。学生で結婚&妊娠なんて、いろいろ言われても仕方がない案件なのに、何も言わないどころか今回の結婚式に出席してくれるなんてよっぽど信頼してくれている証だよ」

 

カズマ「そうだな。まっ、その信頼に応えるように頑張れよ」

 

クロノ「……分かってるよ」

 

そうこう言っているとドアが開き、タイヨウが入ってきた。

 

タイヨウ「わあ、クロノさんかっこいいです」

 

クロノ「ありがとな、タイヨウ。お前も受験で忙しいのに来てくれてサンキューな」

 

タイヨウ「クロノさんとトコハさんの結婚式ですよ。参加しないわけないじゃないですか!」

 

カズマ「しかしよ。タイヨウがもう高校3年生なんてな。月日が経つのは早いぜ。あっ、身長はあんま伸びてないけどな」

 

『!?』

 

クロノ「ば……バカ、カズマ。何言って……」

 

タイヨウ「……そうですね……。どうせ僕はヒロキ君やサオリ君、ノア君のように背が高くなりませんでしたよ……。この間のファンレターもヒロキ君もサオリ君もかっこいいって内容だったのに、僕だけ可愛いってコメントばかりなんですよ! 学校でも2人はラブレターや告白を良く受けているのに僕だけ無いんですからね! 僕の何が悪いんだ-! 身長か!? 世の中やっぱり身長なのか!?」

 

『……』

 

タイヨウェ……。

そんなに思い詰めていたのか……。

もうなんて言ったら良いのか分かんねえよ。

 

クロノ「カズマ……。この話題はタイヨウの前じゃ禁句だって前言っただろ」

 

カズマ「わ……悪い。忘れてた」

 

クミ「とりあえず、カズマ君。今夜はお仕置き確定ですな~」

 

カズマ「!?」

 

岡崎のお仕置きか。

カズマから恐ろしいと聞いてるけど、そこまでビビることなのか。

まあ、どうでも良いけど。

 

タイヨウ「そもそも! この部屋に居るの、僕以外全員彼女持ちじゃないですか! 何なんですかこれ! いじめ!? いじめですか!? 僕だって……僕だって! 彼女欲しいーーーー!!」

 

シオン「……あははは。こ……この件に関しては僕からは何も言えないよ。それよりも、今年のVF世界大会は、トライスリー不参加決定だね」

 

シオン……。

露骨に話変えてきたな。

でも、乗っかるか。

 

クロノ「まあな。あれ9月ぐらいからだから、ちょうどトコハは臨月あたりだしな」

 

カズマ「臨月の母親を出場させるわけにはなあ。体力使うし。クロノ、全力で止めろよ」

 

クロノ「分かってるよ。トライスリーで参加できないとなると、俺も不参加かな」

 

カズマ「うちのチームは、ベルノ次第では、1人余るな。よかったら、どっちかくるか?」

 

シオン「僕は、予定が合えば参加するから、候補には入れておくよ」

 

クミ「VF世界大会優勝チームが揃って参加できないとなると、盛り上がりにも欠けますなぁ。シオン君だけでも参加して欲しいところだねぇ」

 

シオン「本音を言うとクロノには参加して欲しいけどね。大会でクロノを破って、トコハを倒して、僕がトライスリーNo.1だと証明したいからね」

 

クロノ「相変わらず拘るな~。それ」

 

ホント、シオンは変わらないな。

まっ、今更変わっても、こっちが対応に困るから、別に良いけど。

 

タイヨウ「僕だって、いい加減公式大会でクロノさんに勝ちたいです。来年は参加してください。勝ち逃げなんて許しませんよ」

 

クロノ「大丈夫だよ。俺も日本にいる内に、1回は子どもの前で優勝した姿を見せたいからな。何時になるかは分からんねえけど、必ず出るからな」

 

タイヨウ「お待ちしてます」

 

タイヨウとは、もう何回もファイトしてるからな。

こいつとのファイトも俺の楽しみの1つだ。

 

シオン「おや? どうしたんだい、クロノ?」

 

クロノ「いやただ、俺はヴァンガードと出会えてよかったなと思ってな」

 

ずっと、俺の世界は変わらないと思ってた。

自立したいとは思っても、具体的にやりたいことはなくて、ただ時間だけが過ぎていた。

俺には世界がモノクロに見えていた。

でも、ヴァンガードと出会って、世界がカラーになった。

止まっていた俺の時間が動き出したんだ。

 

クロノ「ヴァンガードがなければ、今の俺はなかった。多くの仲間を得ることも、具体的な夢を掴むこともなく、たった独りで立ち止まっていただけだった」

 

暗い、自分だけの部屋でふさぎ込んでいたあの頃の俺は、明日に呼ばれても振り向けなかった。

シオンとも、トコハとも、ただのクラスメイトで終わっていた。

そんな有り得た未来を想像しながら、俺は部屋のドアを見た。

知っている気配を感じながら。

 

クロノ「だから、伊吹には本当に感謝してるんだ。アイツが俺にカードを届けてくれたから、ギアクロニクルと出会わせてくれたから、狭い世界から飛び出すことができたんだって」

 

披露宴じゃ言わないからな。

今聞いとけ、この野郎。

 

クロノ「そして、トコハを愛することができた」

 

みんなが笑っている。

俺の過去を知っているから。

苦しみの中でやっと掴んだ、俺の、本当の気持ちを理解してくれているから。

 

クロノ「アイツの気持ちを理解して、一緒にチームで戦って、アイツが俺の瞳に居ることに気がついた時、世界はさらに輝いた。居なくなって、アイツの大切さに気がついた。トコハが居たから俺は強くなれたんだ」

 

俺は必ず、宇宙に行く。

その夢を掴んだ時にも、帰ってきた後にも、トコハには、ずっと俺のとなりで笑っていて欲しい。

だから……

 

クロノ「もう絶対に手放さない。トコハも生まれてくる子供も絶対に守ってみせる」

 

シオン「だったら、その想いをみんなの前で誓おう。ちょうど、時間だ」

 

もうそんな時間か。

 

クロノ「ごめんな、みんな。俺だけ一方的に話して」

 

カズマ「いや、お前の素直な気持ちも分かったしな。その想い捨てるなよ」

 

クロノ「お前もな。カズマ」

 

クミ「クロノ君。お幸せにね。今日も司会は任せるんだぞい」

 

カズマ「俺もフォローするから、心配するな」

 

クロノ「任せたぜ。岡崎」

 

タイヨウ「クロノさん。クロノさんなら、大丈夫です。貴方の強さと優しさを誰よりも理解してくれている人が傍にいるのですから。互いに支え合えば大丈夫です」

 

クロノ「ああ。そうだな。ありがとう、タイヨウ。さて、行くか」

 

シオン「クロノ、待った」

 

クロノ「シオン?」

 

どうしたんだ?

 

シオン「もう少しだけ、君は残れ。大丈夫、時間稼ぎはするから」

 

そう言って、シオンたちは出て行った。

直後、部屋に入ってくる人がいた。

 

ミクル「クロノ……」

 

クロノ「ミクルさん……」

 

母を知らずに育った俺にとって、最も近くに居てくれた人。

親父が失踪した後、俺のためにその身を削って働いて、俺をここまで育ててくれた、大切な家族がそこに居た。

 

クロノ「ミクルさん。お子さんは、ミツルくんはどうしたんだよ」

 

ミクル「今は、シン君と兄さんに任せてる。あなたの元に行きなさいって、ね」

 

そう言いながら、ミクルさんは俺に近づいて、俺を抱きしめた。

 

ミクル「やっぱり、クロノ大きくなったね。4歳のクロノを引き取る事が出来なくて、寂しい想いをさせてしまった。遠慮しがちな性格に育ててしまった。自分の中の闇を抱え込む癖を身に付けさせてしまったのは、私のせい。そのことをずっと後悔してたの」

 

ミクルさんが震えている。

前にトコハに吐き出した想いを知った時も、ミクルさんは泣いていた。

気づかなくてごめんなさい、と俺に謝り。

話してくれてありがとう、とトコハに感謝した、あの時と同じように。

 

ミクル「でも、もう安心ね。トコハちゃんに全てを吐き出したあの日から、クロノは本当に成長した。弱さを隠す必要が無くなったからかな。トコハちゃんとお互いを支えあう関係を、本当の意味で築くことができたから、勉強も、スポーツも、ヴァンガードも全部成長した。まさかもう子供が出来ちゃうとは思わなかったけど……心配なんて必要ないわね」

 

泣き止んだミクルさんは、俺の成長を喜んで笑ってくれた。

子供の件は呆れてるけど、本当に信頼した声で話してくれる。

 

クロノ「ミクルさん。成人式の時にも言ったけど……俺のこと、育ててくれて。愛してくれてありがとう」

 

少しだけ離れて、頭を下げて感謝の言葉を送った。

ミクルさんは、何も言わずに、俺の頭を撫でてくれた。

しばらくして、俺が頭を上げると、ミクルさんはまた笑って言葉をくれた。

俺のことをずっと見守ってくれていた笑顔で。

 

ミクル「行きましょう、クロノ。貴方の愛する人のもとへ」

 

少しだけ、俺は目を瞑った。

 

クロノ「……うん」

 

もう1度、目をあけた時の俺の顔はとてもいい顔だったと、後にミクルさんは語った。

 

 

ミクルさんと並んで歩いて、俺は礼拝堂の祭壇の前まで歩いた。

会場には本当に多くの人が集まってくれた。

でも、その中でも目を引くのが――

 

クロノ「なんでお前が牧師役なんだよ、ツネト」

 

なぜか牧師として俺の前に立っているが、トリドラの多度ツネトだった。

 

ツネト「ウェディング牧師のバイトがたまたま合格してな。折角だからお前たちの結婚式の牧師として立候補したんだ。運命を統べる者と自称してたが、こんな大役を引き受けることができるなんて……俺、ついてる!」

 

テンションたけーなぁ……。

主役は俺とトコハなんだから目立ちすぎるなよ。

ツネトを無視して俺は礼拝堂を見渡す。

 

新郎親族席には、親父にミクルさん。

ミクルさんの夫のシンさんに、2人の子どもである2歳のミツル君が座っている。

後ろに有る友人席にはシオン、タイヨウが。

トコハの親族席にはミサエさんとマモルさんがいる。

新婦友人席には、司会で座れない岡崎の代わりに、ハイメがいた。

その腕には、友人……ミゲルの遺影が抱えられている。

大丈夫、ミゲルにも誓うさ。

トコハと共に生きることを。

 

他にも、アイチさんとミサキさんが生まれたばかりのお子さんと共に来てくれた。

ミツル君同様、俺たちの子どもと友達になってくれると嬉しいな。

 

普及協会からは、伊吹と江西が代表で来た。

他の人は、仕事で来れないらしいが、大山支部長と雀ヶ森支部長をよく引き留めることができたよな。

伊吹曰く、江西はトコハの友人としての参加も兼ねているらしい。

 

先ほど話があがったクリスさんは単独で来てくれたけど、その隣にはレオンさんがいつもの双子のお2人と一緒に座っていた。

クリスさんにも、レオンさんにも、俺……感謝しています。

恥ずかしいところは見せられませんね。

 

櫂さんやガイヤールさん、ネーブさんまで、わざわざヨーロッパから来てくれた。

ユーロリーグでトコハと全力でファイトしてくださって、ありがとうございます。

 

ルーナとアムは、サーヤと一緒に座って、俺に手を振ってくれた。

あの席は、アイドル用の席らしいけど、なんでDAIGOさんが居るんだ?

あの人……アイドル?

 

新ニッポンやニューオーガのメンバーみたいに遠くからわざわざ来てくれた人もたくさんいる。

 

そして、カムイさんを見つけた。

俺の視線に気がついたカムイさんは、ただ笑ってくれただけだったけど、その笑顔がとても嬉しかった。

その後と、隣にいるナギサさんに、どこか吹っ切れた顔で話しかけていた。

 

トコハに告白しに行った時や、帰ってきた時も思ったけど、来られなかった人も含めて、多くの人から祝福されていることが身に染みて分かる。

だから、この後の披露宴も含めて、みんなに伝えよう。

俺はもう大丈夫だって。

 

クミ『それでは、新婦入場です。みなさま、大きな拍手でお迎えください』

 

岡崎の声が聞こえ、会場内に音楽が鳴り響く。

ドアが開く音が聞こえたので、俺はドアに背を向けて、ジッと待つ。

コツッ、コツッと聞こえる足音が何よりも大きく聞こえた。

 

ヨシアキ「クロノ君」

 

ヨシアキさんの呼ぶ声が耳に入ったので、俺はあの人に振り向いた。

ヨシアキさんは、嬉しそうに、だけど、もう泣いてしまったのか、目元が赤くなった顔で俺に向き合った。

 

ヨシアキ「もう、君に言うことは1つだけだ。トコハをよろしく頼むよ」

 

ヨシアキさん。

 

クロノ「……必ず、トコハを幸せにすると約束します。お義父さん」

 

俺のその一言に満足したのか、ヨシアキさんは笑って自分の影に隠れていた人を俺の前に差し出す。

 

トコハ「……クロノ///」

 

そこには、純白のウェディングドレスを身に纏い、頬を赤く染めているトコハが居た。

 

トコハ「に……似合う?///」

 

そんなことを聞いてくるので、トコハの格好をもう1度見直すことにした。

髪型はいつもと変わらずに頭に白いヴェールを着けてる。

肩を出したドレスで、豊満な胸を強調し、まだ目立たないが確かに俺の子がいる細い腰が良く見えるのに、その姿はとても清楚に見えた。

スカートは良く穿いているが、その純白さがトコハにとても相応しく思えた。

 

クロノ「ああ。とても良く似合ってる。トコハが世界1番綺麗だ。俺の美人なお嫁さんだよ」

 

トコハ「ありがとう///」

 

俺の言葉にトコハの頬はさらに赤くなり、照れながらお礼を言う姿がとても可愛かった。

 

トコハ「クロノもすごくかっこいいよ///」

 

互いに褒めあいながら見詰め合っていると、ツネトが咳払いをしたので、そちらを向くことにした。

 

ツネト「それでは、これより、新導クロノと安城トコハの結婚式を行います。新郎、新導クロノ!」

 

クロノ「はい」

 

ツネト「貴方は、安城トコハを生涯の妻とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を神とメサイア神に誓いますか?」

 

えーっ!?

 

クロノ「ぶっ、はははっ。おい、笑わせんなよ。ちゃんと言えよ」

 

ツネト「うるせぇ。こっちの方が俺たちらしいだろ? それで、誓うのか? 誓わないのか?」

 

まったく、こいつは。

ちゃんと練習してきたのに台無しだな。

でも、確かに、俺たちらしいか。

 

クロノ「もちろん。誓います」

 

ツネト「うぬ。では、新婦、安城トコハ」

 

トコハ「はい」

 

ツネト「貴方は、新導クロノを生涯の夫とし、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を神とメサイア神に誓いますか?」

 

トコハ「はい、誓います」

 

既に1回前振りがあったからか、トコハは落ち着いて言った。

 

ツネト「では、指輪の交換を」

 

ツネトの言葉を聞いて、奥からトリドラの1人、ケイが出てきてトコハの隣に立った。

俺の隣にはカルが来た。

トリドラの残りの2人の役割はこれだったんだな。

俺はトコハの左腕の手袋を外し、ケイが持っている台の上にある指輪を取った。

 

クロノ「トコハ。着けるぞ///」

 

トコハ「どうぞ///」

 

左手でトコハの左腕を押さえ、その左手の薬指に指輪を嵌める。

たったそれだけのことなのにとても緊張した。

 

トコハ「わあぁ///」

 

嵌め終わった指輪をトコハはしばらく見つめた後、トコハが右手でカルから指輪を受け取った。

そして俺と同じように俺の左手をとり、その薬指に指輪を嵌めた。

 

トコハ「うふふっ/// お揃いだね///」

 

そのままトコハが自分の左手を俺の左手と重ね、指を絡めて言った。

その笑顔は可愛く、俺も嬉しくなった。

 

ツネト「それでは、誓いのキスを」

 

俺は左手を離してトコハに近づいた。

しばらくトコハと見つめあった後、トコハが目を瞑って俺を待った。

礼拝堂中が息を呑むように静かになった。

俺は、トコハの頬を手に沿え、キスをしながら目を閉じた。

普通のキスなのに甘く、長い時間が過ぎたように感じた。

 

ツネト「今、ここに新たなる夫婦が誕生しました! みなさま、大きな拍手でご祝福ください!」

 

ツネトの一言から会場中が大きな声援で湧き上がり、拍手が鳴り響いた。

キスを終えた俺たちは、その大きな音と会場中の笑顔を2人で見届けた。

 

トコハ「クロノ」

 

クロノ「ん?」

 

トコハ「私は貴方を愛しています。だから、ずっと一緒だよ♡」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になり、気がついたらトコハをお姫様抱っこで抱き上げていた。

トコハも驚いたようだが、すぐに俺の首に腕を回してくっついて来た。

その体勢のまま、もう1度キスをして愛を確かめた。

みんなもより大きな拍手や指笛で祝福してくれる。

ああ……本当に幸せだ。

 

 

 

そして、半年以上のときが過ぎた。

 

クロノ「はぁ……はぁ。みんな! トコハは!?」

 

俺は走って、ある一室の前に集まっている仲間たちに話しかけた。

 

シオン「静かに。ここは病院だよ、クロノ。トコハなら落ち着いたよ」

 

クミ「会ってあげて、誰よりも早く」

 

クロノ「はぁはぁ。ああ」

 

シオンや岡崎に勧められ、俺は病室に入ることにした。

他にも、カズマやトリドラの3人に見守られながら、息を整えて、俺は病室のドアを開ける。

少し歩いて、ベッドが見えてくると……穏やかで、慈愛に満ちた笑顔で自分の腕の中で眠る赤ん坊を見つめていたトコハがいた。

その姿に魅入ってしまい、俺の思考は停止してしまった。

 

トコハ「あっ、クロノ。テスト終わったんだね。お疲れ様」

 

俺に気づいたトコハは、その笑顔のまま俺に声を掛けた。

 

トコハ「クロノ? どうしたの? ほら、こっち来て」

 

クロノ「あっ、ああ」

 

トコハに呼ばれたので、重い足取りで彼女の元に近づく。

我ながら緊張してるのが分かった。

 

クロノ「う、生まれたんだ、な」

 

トコハ「うん。母子共に健康だって。さっきお乳をあげて寝ちゃった。ほら、お父さんですよ」

 

トコハが赤ん坊に俺のことを父と呼ぶのがこそばゆく感じてしまうのと同時に不安を感じてしまう。

俺は……この子の父として、ちゃんとやっていけるのだろうか?

 

トコハ「ほら、クロノ。抱いてあげて。貴方の子よ」

 

クロノ「あ……ああ」

 

進められたので、トコハから赤ん坊を受け取る。

 

クロノ「……重たいな」

 

少し力を込めれば簡単に壊れてしまいそうなのに……これが……生命の重さってやつなのかな。

 

クロノ「……お……俺の……子ども……」

 

トコハ「うん。私たちが互いを愛したから、生まれた新しい命だよ。だから、泣かないでクロノ。笑い合って喜びましょう」

 

トコハに言われるまで、俺は自分が泣いていることに気がつかなかった。

俺の頬にトコハの左手が触れている。

 

トコハ「クロノが私とこの子を愛してくれたから、私は無事にこの子を産めたんだよ」

 

クロノ「お……俺は、なにも……」

 

俺は、何も出来なかったばかりか、トコハのお産と自分の試験が重なって、傍に居て見守ることも出来なかったのに。

 

トコハ「何言ってるの? クロノ、私の妊娠発覚からずっと気遣ってくれたじゃない。バイトも勉強もあるのに、私のこと心配して身の回りのこと手伝ってくれて、不安な時には抱きしめてくれて、私、すごくクロノから愛されてるって感じてたよ」

 

クロノ「だって……俺に出来ること……なんて……それ……ぐらいで……トコハ……辛そう……なのに……何も……出来なくて……俺……俺」

 

トコハ「それで良いのよ。クロノが全部出来るわけじゃない。クロノにしか出来ないことがあるように、私にしか出来ないこともある。だから、支え合うの。何度でも言うよ、クロノ。独りで抱え込まないで」

 

トコハが空いている手を子どもに添えて続けた。

 

トコハ「クロノがこれまでしてきたように、クロノなりの方法で私たちに愛情を与えて。私も私なりの方法で2人のことを愛していく。この子は、そんな私たちの想いに応えてくれるよ。2人で育てていこう。私たちは家族なんだから」

 

トコハ……

 

クロノ「お……俺。頑張るから」

 

トコハ「うん」

 

クロノ「トコハも……この子も……護って……自慢の父親になれるよう……頑張る……」

 

トコハ「うん。私も母親として、妻として、家族を守れるように努力する」

 

クロノ「ありがとう、トコハ。俺の子を産んでくれて。俺を父親にしてくれて。俺の妻になってくれて……本当に……ありがとう」

 

トコハ「私こそ、この子の母にしてくれて、私の夫になってくれて、ありがとう」

 

気がついたら、俺は泣きながら、トコハ飛びついていた。

我が子を胸に抱きながら……

しばらく泣いて、落ち着いたところで、トコハが声をかけてくれた。

 

トコハ「ねえ、クロノ。聞かせて……この子の名前を」

 

シオン「僕たちも聞きたいな」

 

いつの間にか、シオンたちも部屋に入っていた。

マモルさんとタイヨウも到着していたのか、一緒に居た。

俺は、赤ん坊を片手で支え、もう片方の腕で顔の涙を拭った。

 

シオン「聞かせてくれないか。君たち2人の子どもの名を」

 

クロノ「あ……ああ。えーっと、この子は……どっちだ?」

 

そういえばトコハから子どもの性別を聞いてなかったな。

 

トコハ「あっ、言ってなかったね。ゴメン、ゴメン。この子は女の子だよ」

 

トコハが少しだけ舌を出して、ウィンクしながらテヘペロとか言いながら教えてくれた。

たっく、後でお仕置きだな。

 

クロノ「分かった。この子は、俺たちが望んだ世界に芽吹いた新しい命そのものだ。だから……この子の名は、フタバだ」

 

俺は自分の娘、フタバを高く抱き上げて、その名を与えた。

 

トコハ「フタバ……良い名前だね」

 

トコハも笑って承認してくれた。

そんなトコハの笑顔を見ていると、マモルさんが近づいてきて、フタバの頭を優しく撫でた。

 

マモル「新導フタバ……か。おめでとう、クロノ君、トコハ」

 

シオン「おめでとう」

 

クミ「おめでとう」

 

皆『おめでとう』

 

クロトコ「「……ありがとう」」

 

仲間たちが笑って祝福してくれる。

俺とトコハは、そんな皆に心からの笑顔でお礼を言った。

そんな時、開けていた窓から、風が吹いた。

 

――クロノ……本当におめでとう――

 

えっ……!?

俺は勢い良く振り向いて窓を見た。

 

タイヨウ「クロノさん? どうしたんですか?」

 

クロノ「いや……誰か、居た様な気がして……気のせいだよな」

 

一瞬、トコハともミクルさんとも違う、優しさに満ち溢れた声が聞こえた気がした。

あの声は、続けてこう言った気がした。

 

――これからもずっと、ずっと見守ってるね。愛しているわ……クロノ――

 

もしかして……母さん?

……だったら、見ていて欲しい。

俺の愛する人と、その人との子ども。

俺が手に入れた、愛する家族を。

 

トコハ「ク~ロ~ノッ♪ どうしたの、こっち来てよ」

 

トコハが笑顔で俺を呼んだ。

皆も笑って、俺を待ってる。

 

クロノ「トコハ。みんなも」

 

トコハ「ん?」

 

クロノ「ありがとう」

 

全員が目を大きく開けた後、また笑った。

母さん、見て。

これが俺の掴んだ世界だよ。

こんなにも多くの人と、繋がったんだ。

親父を愛してくれて、俺を生んでくれて、愛してくれて、ありがとう。

歩んでいくよ。

守り抜いたこの世界で、愛する人たちと。

 

決意を新たに、俺は1歩踏み出した。

不確定でも、温かく、希望に満ちた世界を。

 

 




本小説を読んでいただき、ありがとうございます。
本シリーズはこれにて完結ですが、続編を現在作成中です。
Pixivには他にも短編をいくつか投稿しています。
どちらも読んでみてください。
それでは、次の小説でお会いしましょう。
さようなら。


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