生意気邪竜嫁がトホってワイプ顔オチする話 (おはようグッドモーニング朝田)
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前回までのあらすじ

 お注意事項です。トリセツともいう。
 これからもどうぞよろしくね。なんちゃって。


 

『ぼくからキミへ』より

 

 奇跡も魔法もない普通の世界に暮らす、普通の僕と普通の君。

 特別な何かがあるわけではないし、とことんありふれたおよそ77億分の1。

 それでも僕は、君とずっと一緒にいたいと思ったんだ。

 だから、結婚しよう。

 

 

 

 

 

 この物語は基本ヒロインがゲロを吐いたり、主人公がそれを浴びたりするような軽いノリで進行します。

 

 

 この物語は私の前二次創作作品である『ぼくからキミへ』の続編のようなものです。そちらを読んでいただいてから読み始めることをお勧めします。読まなくても特に問題はありませんが、2人の前日譚のような出来事がそこに書いてありますので、本作がよりわかりやすく読めると思います。

 

 ここにはコメディ色の強い話のみをアップします。ト○ジェリ系やこ○亀系ジャンヌです。

 灰が降り積もる終末の世界で小指だけを繋ぎながら果てを目指すような、傷を舐め合いながら愛か執着かわからない熱量を確かめ合うような、ドライだけれど暖かな繋がりを感じる系の話は別にまとめてあります。そちらもよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

藤丸立香(ぐだお)

 世界を巻き込む大恋愛の末(大嘘)、ジャンヌ・オルタと結婚した。

 小説家として生計を立てている。締め切りは守るタイプ。

 ジャンヌ・オルタとやっているサークル「シュヴァルツヴァルト・ファルケ」ではお話担当。

 

 

藤丸ジャンヌ・オルタ(旧姓ジャンヌ・ダルク・オルタ)

 彼氏にまとわりつく種々様々なオンナを蹴散らし(大嘘)、藤丸立香と結婚した。

 漫画家。締め切り過ぎてから本腰入れるタイプ。担当を泣かせる。そして前任の編集に泣かされる。

 サークル「シュヴァルツヴァルト・ファルケ」ではお絵かき担当。

 可愛い成分多め。時にトムであり、両津でもある。

 ジャンヌ3姉妹の次女。

 

 

ジャンヌ・ダルク

 自称姉から本物の姉にランクアップしたバーサーカー。

 友達である何処ぞのお嬢様とサークル活動をしている。

 基本姉ムーブが空回ってギャグキャラと化すが、たまに聖女っぽさを見せる時もある。たまにね。

 ジャンヌ3姉妹の長女。

 

 

ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ

 妹。冬が好き。基本リリィと呼ばれる。

 立香を「お兄さん」と慕っており、ロジカルな話や宿題などを見てもらう。本人曰く、他の姉たちは全然ダメらしい。しかし本人も割とポンコツ。だがそこがいい。

 ジャンヌ3姉妹の末っ子。

 

 

ジャンヌ母

 あらあらうふふ系。生け花教室に通っている。出ない。

 

 

ジャンヌ父

 仕事でフランスに出張中。驚き過ぎると目ん玉飛び出る。娘たちからは不評。出ない。

 

 

眼鏡さん

 同人活動仲間。黒髪ロングで眼鏡をかけている。大人っぽい。

 人を食ったような物言いをする。

 

 

チャッピー

 同人活動仲間。短めの茶髪で耳にピアスをしている。喫煙者。甘いお酒が好き。おっさんとJDのキメラだと言われている。

 立香の体(お話を書く右手)を狙う。

 

 

ファラオさん

 立香の担当編集の1人。真面目で仕事熱心なタイプだが実は中々のオタク、という2面性を持っている。

 濃紺の髪。シルバーアクセサリーが好き。千年パズルは持ってない。

 

 

藤丸父

 大人しいタイプで、妻の尻にしかれがち。髪がオレンジ色かもしれないし、瞳が黄色いかもしれない。

 

 

藤丸母

 強気なタイプで、夫を尻にしきがち。髪が黒いかもしれないし、瞳が青いかもしれない。

 

 

エンプレスグリーヴ

 炎妃龍の青き炎を封じ込めた脚用装備。その内には炎妃龍の青き炎が封じられている。

 

 

 

 




 短編集です。

 活動報告の弱火でふっくら告知のところに色々書いてあります。ぼんやりネタ募集とかもしてますので、なにとぞ……! 想像力貧民を助けると思って……!

 感想なども、気軽にお願いします。


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良い夫婦の日らしいので


 現在、11月22日の119時30分です。良い夫婦の日らしいので、短いですがよろしくお願いします。
 脳ミソ無回転で書きました。


 

良い夫婦の日らしいので

 

 

「今日って良い夫婦の日らしいね」

「へぇ~」

 

 ジャンヌ・オルタは心底興味無いと言いたげに、スマホを見ながら耳を掻く。

 

 

ホジホジ(耳をほじっている)

 

フッ!(ほじった指をこちらに向けて息を吹きかけている)

 

 

 一瞬その指をへし折りたくなる衝動に駆られたが、俺は我慢強く心の広い漢なので脳内でオルタの痴態を想像することによってその熱情を抑える。命拾いしたな、オルタ。俺が関東平野より広い心の持ち主で。まぁ脳内で近所の子犬に泣かされて俺にしがみついて許しを請うているけど。

 冷静になり、好きな女の子に意地悪しちゃう小学4年生男子を間近で見る新人小学校教師(23歳、女性)のような気持ちで肩をすくめる。やれやれ、困った子猫ちゃんだ。みたいな。

 

「やれやれ。困った子猫ちゃんだ」

 

 

プッ!(こちらに唾を吐く)

 

 

 ふぅ、と息を1つ落としてティッシュで顔を拭う。ゴミ箱に後ろ手でシュート。スタイリッシュ。もちろん外れたが。

 スマホを操作し、SNSを開く。オルタのユーザープロフィール画面に移動して、目当てのものを探す。ミーハーな彼女のことだ。きっとあるはず。……ビンゴ。

 俺が何を探していたか。今目の前の画面に映っているそれは。

 

『良い夫婦の日ということで日頃の感謝を伝えようとするが普段ツンツンした態度を取っているせいでいざ言おうとしてもつまらない見栄が邪魔して上手く言葉にできない漫画』

 

 これだ。2時間前。画像2枚。4万いいね。ふざけんな。

 なんじゃこれこんなモンSNSにアップしといて何が「へぇ~」だよ。バリバリあやかってんじゃないか。それがなんだ?さも興味ありませんよ、みたいなすまし顔!美人!そして「そんなの今知ったわ。11月って可哀そうね。すぐ良い〇〇の日、なんて言われてしまって」とでも言いたげな態度!はぁぁ~!

 

「そんなの今知ったわ。11月って可哀そうね。すぐ良い〇〇の日、なんて言われてしまって」

 

 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

 しょうがない。これだけはやりたくなかったが、ここまで強情なら奥の手を解放せざるを得ない。たぶん5発くらいビンタを貰うだろうが、やるしかない。5……5発かぁ。しかも左右5発。計10発。結構厳しいな、ウチの嫁。

 ……それでもやると決めたらやるんだ。漢は退かない。媚びない。顧みない。今がその時だ。脈をたたせろ。魂を燃やせ。さぁ、切札召喚!

 

 

「い、言えない!たった一言だけなのに!それすら言えないなんて……!」

 

 

 オルタは未だ無表情で雑誌を眺めている。だが俺にはわかってしまう。その手が完全に停止したことが。目が一瞬泳いだことが。ページを握るその指に余計な力が入っていることが!

 効いているようなので続行する。

 

「こんなに難しいこと?自分からありがとうって言うなんて、そこら辺のガキンチョでも出来るでしょ!」

 

 

ビリィ!

 

 

 哀れなページが1枚、本体から切り離されてしまった。鼻をかんだティッシュもかくや。無残にもよれよれのよれにされてしまった雑誌の断章は、俺の命を狙う1発の銃弾に生まれ変わった。しかし残念。当たったところで痛くも痒くもない。

 もちろん作戦は続行。「自分の書いた(恥ずかしい)漫画のセリフを読み上げる作戦」。意地とプライドで塗装した虚勢と見栄の集合体のような人間であるオルタにはさぞかし応えるだろう。なんて恐ろしい精神攻撃。マインドブレイクしてしまい「金だらけだー!嬉しい!」みたいな状態になってしまっても、誰にも責められない。許せ、オルタよ。それもこれも普段からツンケンした態度で俺の誕生日にすら「愛しているわよ、チュッ!」ってしてくれない君が悪いんだ。せめて今日この日くらい、良い夢見せてくれたっていいじゃあないか!頬を赤らめてもじもじと手足を擦り合わせて「いい?1度しか言わないから。あの……いつもありがと。愛しているわよ、チュッ!」ってしてくれよ!頼むから!

 俺は心を鬼にして作戦を続行する。全てはオルタに恥じらいながら「いい?1度しか言わないから。あの……いつもありがと。私ってご覧の性格だから、こういう機会じゃないと言えないけど……毎日、いつだって、感謝してるわ。もうアナタがいないと生きていけない。愛しているわよ、チュッ!」ってしてもらうため!

 

「あぁ、これはきっと罰なんだわ。これくらい察してほしいなんて、優しい貴方に背負わせて甘えてしまった、私への罰。いずれ声が出なくなり、四肢の先から凍るようにその動きを止め、天は裂け海が干上がり、草木は枯れ果て大地が叫び、私は翼をもがれて泡となって消えてしまうのね……」

 

 え、どういう漫画なのこれ。

 

 続きが気になって画面をスワイプする。そこに差し込む不穏な影。どうやらついにオルタが動いたらしい。あぁ、来てしまったか。これで俺は、彼女の羞恥に震える表情と引き換えに厳しい折檻を食らうのだろう。せめてもの抵抗として歯を食いしばり、痛みに耐えようと全身に力をこめる。右からくるか?左からくるか?どちらからでもかかってこい。準備は出来ているぞ。

 

 しかし、予想していた衝撃は未だ訪れず。はて、どうしたものかと目の前の彼女を見遣ると、そこには恥じらいの赤を顔いっぱいに張り付けるオルタの表情……ではなく。今まさに罪人を裁こうと言わんばかりの無表情なオルタが、拳を振り上げ腰を捻り、パワーを溜めに溜めていた。あぁ、これが裁きの鉄槌か。平手ですら無いのね。

 

 良い夫婦の日。俺はテーブルと熱烈なキッスをかました。

 

 

 

 俺が何をしたというのだろうか。何が悲しくて机と接吻なんてしなければいけないのだろう。俺が泣きながら号泣してテーブルをペロリペロリと舐めていると、「ざまぁないわね」とオルタが鼻を鳴らした。

 この野郎……!(野郎ではない)

 絶対泣かせてやる……!脳内でオルタがどんどん辱められていく。子犬でベソかくなんてレベルじゃないぞ。盛大にちびらせてやるぞ!まずは遊園地にサプライズで連れて行ってやろう。オルタ、好きだからなこういうの。そしたら目隠ししてヘッドホンつけて、楽し気な音楽で気を逸らせてからどぎついホラーハウスのど真ん中に放置してやろう。俺はそれを後方から眺める。くく、次の休みが楽しみだなぁオルタ。

 

 俺がテーブルに頭を打ち付けながら「計画通り……」みたいな顔をしていると、オルタが「いつまでやってんのよ」と呆れながら、俺の肩をつかんでその身を引き起こした。

 

「うわキモ。……ったく、風呂入るから」

「……?おう、ほかってら?」

 

 風呂入る宣言?なんぜ?あ、風呂入るついでに洗濯物回収するから出しときなさいよってこと?

 俺が頭にクエスチョンマークを浮かべていると、扉を開けて立ち止まった彼女が振り向きもせずにぼそりと言葉を足元に落とす。

 

 

「アンタも一緒に入るわよ。ぼさっとしてないで、準備をなさい」

 

 

 俺は人類の限界を超え、光になった。

 

 

 

 

 

 

<おまけ>

 光の速さで風呂場に突入したらオルタが水着姿でドヤ顔していたことでまたも号泣するはめになった。

しかしこれはこれでアリと思った結果、その後は彼女が盛大に鳴きまくるハメになった。

 

                 <おしり>

 




 ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。


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オルタのバレンタイン特別クエスト

 

オルタのバレンタイン特別クエスト

 

 

 

 

 藤丸・ジャンヌ・オルタのバレンタインといえば、それ即ち敗北の歴史である。薄明かりに照らされた台所でぐぬぬと唸るオルタ。本日は2月13日。時刻は25時15分。正確にはもう勝負の日に体半分入っている。

 

「どうすれば……どうすればアイツにギャフンと言わせられる……?」

 

 流し台に肘を着き、くしゃりと前髪を掴んで考え込む。指先がトントンとシンクを叩き、響いた音が薄暗いダイニングキッチンに溶けて消える。

 これはまったく関係ない話だが、彼女が最小限の光量でキッチンに立っているのは光が漏れ出て現在睡眠中であろう男に迷惑をかけない、もとい計画を悟られないようにするためである。まったく関係ない話であるが。

 さて、彼女が実は気配りのできる他人思いの良い子ちゃんなのではないかという疑惑はさておき、現状にもどる。オルタは、藤丸立香にバレンタインチョコで目にもの見せてやりたいのである。そして、「それはバレンタインチョコ!?オ、オルタのチョコ欲しい!欲しすぎる!え!くれるの!?ギャフン!」と言わせたいのである。

 

 前述したように、オルタのバレンタインは敗北の歴史そのものであった。自分の顔がプリントされたチョコを渡せば普通に食われ、挙げ句「普通に美味い」と感想を言われ。

 

「食べるのためらいなさいよ!普通に美味いってなに!」

 

 シンクを叩く。しかしなるべく音が立たないように。

 

 ハートがバラバラにされた「ハートブレイクチョコ」を渡せば「めっちゃ美味い。来年もこれがいい」と言われ。

 

「形状への頓着の無さ!感想下手くそか!」

 

 冷蔵庫を殴る。もちろんサイレントで。

 

 渡し方を工夫しようとチョコレートの隠し場所を記した地図を渡すと、大量にコピー&配布され、全校生徒総出でトレジャーハントさながらの大捜索をされた。

 

「公開処刑が過ぎる!魔女裁判か!」

 

 特に意味もなくオーブントースターをチーンと鳴らす。

 

 流石にこれは戸惑うだろうとチョコで自分のフィギュアを作って渡したら、大仰な装置でケースに入れられ神棚に飾られた。かまど神も隣にチョコでできた美少女フィギュアを置かれてさぞびっくりしたことだろう。「縁起悪いわ!」と再度手渡したら舐め回すように観察された挙げ句、足先からぱっくりいかれた。そして感想。「スカートの中の再現度が甘いね。チョコは美味い」

 

「シンプルに気持ち悪い!」

 

 頭を抱えて悶える。頭を台に打ち付け、誰もいない静まり返った台所に鈍い音が響く。そのまま動くことなく何かを考えるように頭をさすると。

 

「……あいつ脚好きよね」

 

 何を思ったのか、おもむろに己の風呂上がりの(比較的)キレイな脚をツツツと撫でる。静止。

 数秒後、爆発したかのようにボカンと赤面し、ちぎれんばかりに頭を揺すると、最初の体勢に戻る。前髪をクシャッと握り、荒い息を整える。

 

「とにかく!」

 

 自分以外誰もいないのに何かを弁明するように顔を上げる。その顔は依然真っ赤なままであった。

 

「これ以上の敗北は私の栄光の人生において不要!今回こそ、アイツに……!立香に!」

 

はぁ……はぁ……!オルタ、チョコ!チョコ頂戴!早くぅ!……え!これ!す、すっごい!すごいチョコ!あっ、す、すー……すご、すごい!あー!ギャフン!って言わせてやる!

 

 決意は硬いがこれももちろん小声である。配慮深い。

 

 むん!と気合を入れて腕まくりをするオルタ。怨敵をぶっ飛ばしてやろうという気概がありありと見て取れる。しかし悲しきかな。暖房のついていない2月のキッチンは寒かった。まくっていた袖を丁寧に戻し、両手を合わせてサスりサスりと暖める。どうにも締まらない開戦の合図であった。

 

 

 

 

 さて、戦の始まりであると意気込んだはいいものの。今年はどう攻めるべきだろうと考える。どうすればあの朴念仁をぶっ飛ばせる?どうすればあの男に「ハァハァ……オルタ様チョコ欲しいですぅ……じ、焦らさないで早くチョコちょうだいよぉ!……食べていいんですか!やったぁぁぁ!……ん!?こ、こりは……!ウマい!ウマいぞぉぉぉ!筋肉肥大!目からビームどぉん!口からも光線ズババァ!東京都壊滅!締切延長!ギャフン!」と言わせることができるだろう。勝利条件は……

 

「……そういえば結局何がしたいのかよく考えてなかったわ」

 

 今までひたすら自分が辱められるだけだったこともあり、何を以って自分の勝利であるのか、よくわからなくなっていた。チョコを湯煎しながら考える。今までの自分の姿を。敗北にまみれた、我がバレンタインの歴史を。

 

 赤面、赤面、赤面……。

 

 思い至った。我がバレンタインの軌跡は、敗北とともにあり、その敗北には必ず恥辱にまみれた赤面があったと。

 そう、つまり、彼女は辱められることで敗北したのだ。

 

「なるほど……そういうことね」

 

 これがわかれば話は早いわ、といやらしく口角をつり上げるオルタ。今までは自分が恥辱に濡れ、赤面することで敗北感を味わった。ならば勝つための、かの藤丸立香に辛酸を舐めさせる条件はただ1つ。

 カッと目を見開く。

 

「アイツの顔を馬鹿みたいに赤くさせてやるわ!」

 

 甘いチョコレートで辛酸を舐めさせるってなんか面白いわね、と楽しそうにヘラを振るうオルタ。フフフ、アハハハと悪意を多分に孕んだ笑い声が部屋に広がりゆく。相変わらず寝ている誰かさんに気を使ってボリューム小であるが。バレンタインは乙女の戦場であるという。世間のきらびやかな戦場とは少し違った陰気な戦場が、ここでも繰り広げられているのだった。

 ちなみにここまで全て薄暗いキッチンでの出来事である。控えめに言って情緒不安定だ。

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、2月14日、バレンタイン本番。ジャンヌ・オルタは勝利を確信していた。今手元にあるこの箱の中身のことを考えるだけで口元が歪む。いけないいけないと思いつつも、この後訪れるターゲットの羞恥にまみれた表情を想うとどうにも我慢できないようだ。

 春がそう遠くないことを予感させる、比較的暖かな昼下がり。藤丸立香はリビングでのんびりとタブレットを眺めている。

 

(フフフ……マヌケそうな顔して。これからどんなことが自分に起こるかわかっていないようねぇ)

 

 ジャンヌ・オルタはそれを不敵に見つめ、これから訪れる大勝利へと思いを馳せているのであった。最早彼女には栄光の未来しか見えていない。これまでの敗北は今回で勝利へと変わるのだ、決して無駄ではなかったのだ、と。

 日差しの差し込むリビング。個人の思惑がなんであれ、時計の針はチクタクと進んでいく。世間様とはズレた職に就いているためにこんなのんびりとした平日が許されているが、それも無限ではない。そろそろ立香の痴態でも見ようかしら、と椅子から立ち上がる。机に手を置き、よっこいせと体を持ち上げたその瞬間、彼女の脳裏に閃光がほとばしる。

 

(どうせなら……公衆の面前で赤っ恥晒させてやろうかしら?)

 

 まさに悪魔のごとき閃き!天才的発想!どうせ勝つのならば徹底的に、完全に、完膚なきまでに勝利してやろう。第三者のギャラリーにもその瞬間を目撃してもらおう。そんな邪な感情が己の野望を更に強く燃え上がらせた。ククク、と捻くれた笑いが漏れるのを自覚する。コホン、と咳払いを一つ。これから怨敵を狩場に誘い出すというのにそんな笑い声を聞かせてしまったら、相手に無用な警戒をさせてしまう。相手の姿を確認。こちらに気づいた様子はない。タブレットと必死ににらめっこをして、何やら指でタンタンとリズミカルに画面をタップしている。最近ご執心なアイドルのプロデュース業務だろうか。浮気の可能性あり。後で尋問ね、と額に浮かぶ青筋を隠す。ンッ、と喉を鳴らし声の質に違和感がないか確認する。大丈夫。

 臨戦態勢に入ったオルタは、平静を装ってターゲットの背後に近づく。立香は自分が陰謀の只中にいることも知らず、呑気に「お料理得意なんです!お料理得意なんです!」と狂ったように繰り返している。

 

「ちょっとアンタ」

「いったぁ!」

 

 なんとなくムカついたので脳天にグーを落とすオルタ。ゴッという野太い音。窓の外でピチチと鳥が鳴いた。彼女の目の前にはのほほんとした男の顔。なんとも平和である。復讐の炎がすぐ間近まで迫っていることも知らずに、とオルタは内心ほくそ笑む。そんな腹の中を見透かされないように、平常運転を心がけて、こちらを見上げる立香を罠が待ち構えるランデヴー・ポイントへと誘う。

 

「今日は夕飯、外で食べましょう?」

 

 

 

 

 

 

 さぁ、勝負の時間がやってきたぞと己を鼓舞するオルタ。少し汗ばむ手のひらをギュッと抑え込む。暖色の淡いライトが店内を照らし、周囲のささやかな喧騒が動悸を強調する。ニコニコと笑いかけながら食後のブレイクタイムを談笑と共に花咲かせる男、藤丸立香。ここまでは順調だとプランの完成度を称賛し、自分の勝利を疑わないジャンヌ・オルタ。

 

(あとはこのチョコレートを渡すだけ……!それで、勝ち!)

 

 なんてスマートな罠への誘い方!したたか!あまりにしたたか過ぎる!デキる女だわ、私!

 オルタの自画自賛が止まることを知らない。実際はさりげなく繋がれた手に滅茶苦茶どぎまぎしたり、コートを脱いだときにチラリと見えたシャツの隙間から覗く鎖骨にドキリとしたり、緊張で今流行りのジビエ料理の味がわからなかったりとそこまでスマートではなかったが、その辺は彼女にとってあまり重要ではないらしい。なんにせよ、勝利は揺るがないものだと思っているのだ。

 

「いやー、昼間暖かかったから油断したけど、やっぱり夜は冷えるね」

「そうね」

「いつもみたいにお腹出して寝てたら風邪ひいちゃうよ?」

「そうね」

「オルタが楽しみにしてたプリン食べちゃったんだけど、許してくれる?」

「そうね」

「新しいノートパソコン欲しいんだけど、買ってもいい?」

「そうね」

 

 勝利は揺るがないのだ!

 

 ここぞとばかりに都合がいいように利用されていることなどつゆ知らず、オルタはタイミングを図っていた。

 

(洒落た店内、明るすぎない照明、周囲の目、食後の休憩……こいつは今油断しきっているに違いない……。ここだ。ここしかないわ!)

 

 いざ、勝負の刻。まぁ勝利の方程式は見えているのですけど!とはオルタの主観。旦那の浪費を見逃している事実は見えていない。

 

「ねぇ」

 

 しおらしげな演技も交えて立香に話しかけるオルタ。食後のコーヒーに口をつける目の前の怨敵はやけにニコニコしながらそれに応じる。

 

「なに、オルタ」

 

(なぁにヘラヘラしてんのよコイツは!今から衆人環視の前で大恥晒すっていうのに!)

 

 新しいパソコンが買えるからである。

 

「ほら、今日バレンタインでしょう?今年もチョコ作ってあげたわよ。ありがたく受け取りなさい」

 

 上品で丁寧なラッピングが施されているそれをカバンから取り出し、渡す。罠だとは知らずに、嬉しそうに受け取るアホ(オルタ目線)。

 

「わ、ありがとう。オルタのチョコ、毎年手が込んでて美味しいから楽しみなんだよ」

「馬鹿ね。そんなことどうだっていいじゃない。今回のはシンプルだから、あまり期待しないでちょうだい」

 

 危ないわねこの天然野郎……ナチュラルに照れさせようったってそうはいかないわよ。

 

 たぶん立香が意図していないであろう弱パンチで赤面させられそうになるオルタ。平静を装う。視界の中心に天然馬鹿(オルタ目線)を置きつつ、端で周囲を確認する。堂々とバレンタインがなんだかんだとバカップル(死語)のようなことをしているのだ。ある程度の関心を集めていることがわかる。

 

(キテる!見てる!これは勝てる!)

 

 栄光の瞬間まで秒読みであると確信する。近づいてくるゴールに興奮しつつ、ほら開けてみなさいよ、と催促する。いいの、やったーなどと呑気にする眼前の男。もうニヤニヤと崩れる顔を抑えることなどできない。

 これまでは、凝りすぎていたのだ。どのように立香に、こう、形容しがたい気分を味わわせてやろうか、と工夫に工夫を重ね、趣向を凝らした。その結果、こっちが辱められていたのだ。こちらの戦略が高度すぎたため、あの馬鹿には伝わらなかったのだ。それが敗北の要因だ。ならば、と今回は先程も言ったようにシンプルに攻めることにした。馬鹿でもわかる恥辱を、ヤツに与えてやることにしたのだ。このチョコは原始的な嫌悪感を目の前の男に抱かせるだろう。それを食わせるのだ。周囲の目がある中で。きっと恥ずかしさから真っ赤になって震えて許しを請うてくるに違いない。あぁ、なんていい気分なのだろう。これまでの恥辱に濡れた歴史が、今報われる。藤丸立香にさんざん泣かされてきたジャンヌ・オルタたちよ。私はやったぞ。この男に復讐してやったぞ。さぁ、その箱を開けろ。そしてその普段はボヤッとしてるけどスイッチが入ったら結構、いや少しだけ凛々しくなる私的にはそこそこ好みの顔面を歪めて真っ赤にするのよ。

 

 邪悪な思惑をその表情に隠すこともしなくなったオルタ。歓喜に思わずコロンビアする。

そしてその目の前で包装を解き、箱を開ける立香。そしてその中身を視認し、驚きをその双眸に露わにする。

その中身とは……!

 

 

 

 

数秒後

 

 

 

 

「うわっオルタのうんこ美味ぁぁぁぁ!!すごっ!漫画うんこもリアルうんこもどっちも美味いよ!ねぇほら見てオルタ!すごく美味しいよオルタのうんこ!」

「や、やめなさい!そんな大声で言わないで!私が悪かったから!ねぇ、ホントやめて!お願いだからぁぁぁ!」

 

 盛大に赤面し、涙さえ溢しながら慌てふためくジャンヌ・オルタ。彼女のバレンタインの歴史は、やはり敗北と共にある。

 

 

 

 

オルタのバレンタイン特別クエスト  失敗

 

 

 





盛大な前振り。約束された勝利のオチ。飲食店では騒いではいけません。持ち込んだチョコを食べるのも控えましょう。


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