悟空伝『異界放浪記』 (Wbook)
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序章
悟空伝説再び!
「んぐっ、あむっ……ゴクッ。異世界??」
たった今常人の数倍以上のカロリーを易々と胃袋に収めたのは、山吹色のド派手な道着と、特徴的な髪型が印象的な男であった。服の袖から露出した太く逞しい腕周りと、分厚くそれでいて機能的な胸板は彼の並ではない戦力を窺わせる。
そして彼は、事実その見た目以上の力を有していた。
名を、孫悟空という。
戦闘民族サイヤ人のカカロットとして生を受け、同時に地球人の孫悟空として育った武道家である。幾度も世界を危機から救い、平和に貢献した人物なのだが、その本質はバトルマニアそのもの。
強者との戦いに何よりの喜びを見出すという、戦闘民族の名に恥じない根っからの戦闘狂であり、人間のレベルを遥かに超越した戦士であった。
そんな悟空が、食事の手を一旦止めて問い返した。どうやらまだまだ食べるつもりらしく、特盛りの白飯が詰まった丼から手を離すそぶりはみられなかったが。
その様子に口元を押さえて若干顔をしかめるのは、ここ数年に渡って悟空に稽古をつけてきた、ウイスその人だ。
ウイスは“この宇宙”において最強の存在であり、宇宙そのものをも消滅させてしまえる力を持つ破壊神ビルスに仕える付き人……兼、彼の師でもある、天使という役割を持つ人物だ。
本来なら人間に稽古をつけるようなことは有り得ないが、孫悟空ともう一人。彼と同等の実力を誇るサイヤ人の王子であるベジータのことは目にかけており、美味しい料理と引き換えという条件付きながら、彼らを鍛え上げていた。
事の発端は、そのウイスが発した言葉であった。
「こほん。……ええ、異世界です、悟空さん」
「異世界っちゅうと……ほかの宇宙のことか?」
「いいえ、それとはまた別です。界王神界やあの世、暗黒魔界ともまた異なります。あぁ、未来のトランクスさんが居る世界が一番近いかもしれませんねぇ?」
この世界には宇宙が十二個存在しており、いま悟空とウイスのいるここは第七宇宙だ。しかし、これはあくまで同じ世界の中に存在する別の宇宙……という理解が正しく、多元宇宙と呼ばれる代物である。
もちろんウイスは、こんなややこしいことをわざわざ悟空に説明して時間を無駄にしたりはしない。
「トランクスの??」
「ええ。それよりも更に異質で、全王様の管理下に無い外の界。まったく別の歴史を歩み、まったく別の法則に従って動いている世界のことです」
「ウイスさん、もうちょっと簡単に言ってくれねぇとオラよく分かんねえぞ?」
悟空は理解力が欠けている訳ではないのだが、如何せん興味の薄いことに関しては、理解しようという気持ちが決定的に欠けていた。
「はぁ。まったくあなたという人は……。あなたにも分かりやすく言えば、まだ見ぬ強敵がいるかもしれない別の世界ということです」
「なんだよそういうことか! ウイスさんも人が悪りぃなぁ、はじめっからそう言ってくれりゃ良かったのに! で、その別の世界ってのにはどうやれば行けんだ??」
さっきまでとは打って変わってやる気十分。持っていた丼の中身を一瞬で空にした悟空は、ウイスに詰め寄った。
「話は最後まで聞くものですよ」
……のだが、ウイスの持つ杖で頭をポカリと叩かれた。
「いたた……なにすんだよウイスさん!?」
「いいから聞きなさい。これはあなたの修行に関わることなんですから」
「えっ? オラの、修行??」
そう聞いては、大人しくならざるを得ないのが孫悟空。貪欲に強さを求め続け、限界を極め続ける彼ならば当然そうするだろうことはウイスも分かっていたが、それにしたって顕著なもので。
思わず、溜め息を一つ吐いた。
「悟空さん。以前もあなたに忠告した通り、あなたの弱点は強さ故の油断……強すぎるが故の慢心です。ベジータさんほど張り詰める必要はありませんが、また光線銃なんかに遅れを取られては、教えているこちらとしても不愉快ですからねぇ」
「わ、わるかったよぉ。もうあんなことはねえって!」
「申し訳ありませんがぜーんぜん信用できません。これはあなたのそういう悪い癖を矯正するためのものでもあるんです。完全には治らなくても、せめて光線銃にはやられないくらいになっていただかないと。ええ、光線銃には」
「そ、そう何度も言わねえでくれよ、分かってるって!? オラが悪かったって言ってるじゃねえか?!」
流石の悟空も、これにはぐうの音も出なかった。
油断が過ぎたのは紛れも無い事実で、ベジータが居なければ悟空は殺されており、ウイスが居なければ地球はフリーザに破壊されていたのだから。
「はいこれ」
「?? ウイスさん、これなんだ?」
ウイスから手渡されたのは、文字のようなものが刻まれただけで他に装飾もないシンプルな銀色の腕輪であった。刻まれている文字は地球のものとは似ても似つかず、悟空には読めなかった。
何処と無く不思議な空気を漂わせる腕輪で、やはりこれも神の道具の一つなのだろうと思えるだけの威厳のようなものが感じ取れる。
「なんか、ザマスのやつが持ってた時の指輪みてえだな」
「おや、珍しく鋭いじゃないですか。たしかにこれは時の指輪と似たもので、
「空の腕輪?」
「ええ。もっとも、“この世界”には何の影響も与えない道具ですから、使用は界王神以外でも可能な代物ですが」
そう言いながらウイスは悟空の右手首に空の腕輪をはめた。悟空の手首と比べるとかなりサイズが大きかったのだが、彼の手首に収まった途端に縮み、ぴったりとフィットした。
「ん?? ウイスさん、オラこういうのあんま好きじゃねえんだけどなぁ」
「まあまあ。そう言わずに。使う時だけ付けてくれればいいんですよ。とりあえずほら、手を前に掲げて」
「こ、こうか?」
「ええ、お上手です。ではそのまま。開け……と、強く念じてください」
「……よぉし」
目を瞑り、意識を集中させる。……すると。
「はい、よく出来ました」
「こいつは……?」
目の前には、摩訶不思議な……いくつもの色が混ざり合い、解けたかのような煌びやかな色合いの“穴”が出現していた。
悟空はほとんど条件反射的に、穴の向こうの気を探ったのだが。
「な、なんだこりゃあ。この穴ん中からはまるっきりなんにも感じねぇ……」
「ふふっ。“中”というのは、正しくありませんね。正確には“外”です」
「外?」
「ええ、この世界の外。12の宇宙のいずれとも違う世界へ通じる亜空間です。空の腕輪の“そら”は“くう”。……時の指輪が時間を操るように、この空の腕輪は空間を操れるんですよ」
「ひぇ〜〜! よく分かんねえけどすげえんだな、これ! じゃあよ、要するにこの穴はやっぱり?」
「はい、あなたの思っている通りです」
外の世界。異世界へと繋がる道といったところ。それを理解した悟空の行動は実に素早かった。
「じゃ、ウイスさん。オラちょっくら行ってくる!」
「いけません」
「——ぐえっ!?」
首筋へ、手刀一発。
いつかにビルスからもらった手刀ほどの大ダメージは受けていないが、それで完全に動きを止めてしまう辺り、流石という他ないだろう。
「話は最後まで聞けと言ったでしょう。私はまだ終わったなんて一言も言ってませんよ?」
「いちち……だからって酷えよ、ウイスさん」
「それだけ、大事な話ということです」
首を押さえながら悟空が立ち上がる頃には穴も消えていた。
どうやら、使用者の意識が逸れると腕輪は効果を発揮してくれないらしい。
「いいですか。この腕輪には、訪れた先の世界へ与える影響を最小限に抑えるために、装着者のチカラをその世界の法則に準じたレベルまで封じてしまう効果もあるのです。早い話、弱くなってしまうんです」
「ええ、マジかよ!? って、もしかして……」
「強さに自信がありすぎるなら、弱くなってみるのもいいんじゃないかな〜、と思いまして! もちろんあなたがフルパワーを発揮できる世界も存在すると思いますが、そうそう有り得ないと思っていただいて結構ですよ。実際、あなたはそれだけ強いのですからね」
青天の霹靂という言葉を悟空本人は知らないだろうが、彼の精神に到来した衝撃はまさにそれ。強くなろう強くなろうと修行をしていたのに、まさか修行のために弱くならなければいけないとは露ほども思っていなかった。
「あなたの実力が制限されれば、そのぶん強敵も増えるんですから良いこと尽くめじゃないですか? この機会に技を磨くのもいいですし、未知の世界の武術体系を学ぶことだって出来ちゃうんですよ?」
「あー。そう聞いちまうと、ちょっとワクワクしてきたかもしれねえなぁ」
どうやらウイスは悟空を焚きつけることに成功したようだ。
「でもよぉ。これでオラが異世界に行ってる間も、ベジータの奴は修行してチカラつけてんだろぉ?」
それでもやはり、ライバルということもあってベジータのことが気になるらしく、不満も残っているようだ。
「あなたとベジータさんはもう既に別の道を歩んでいるんですから、同じ修行というわけにはいかないでしょう? あなたはあなたの、ベジータさんはベジータさんの修行をすればいいんですよ」
「そういうもんか?」
「そういうものです」
とりあえず、その件に関してはどうにか悟空も納得したらしく。
「わかったよ、ここまで強くなれたのだってウイスさんのおかげだしな」
「ちゃんと
「サンキュー! じゃ、もう話終わったかな??」
「まったくあなたは、せっかちでいけませんねぇ。まだいくつか注意事項があるんですから、ちゃんと聞いてください」
そうしてウイスは悟空が完璧に理解できるまでじっくりと言って聞かせた。それを要約すると、四項目ほどに分かれる。
・行き先はランダム。一度行った世界には任意に跳べて、元の世界にはいつでも戻れる。
・一つの異世界に居られる時間は五年。それが過ぎたら強制退去され、違う世界へ送られる。次に同じ世界に入れるようになるのがいつになるかは分からない。
・チカラの制限が肉体にまで影響を与え、現在よりも若い姿を取ってしまうこともあり得る。あるいはもっと大きな変化も。
・異世界に行っている間、元の世界では時間は緩やかに流れており、異世界で数年過ごしてもこちらでは数日程度。加齢もそれに準ずる。
「ここまでは解りましたね? では、最後にもう一つ」
「なんだよまだあんのかぁ……オラ疲れてきたぞぉ……」
「これで最後ですから、ちゃんと聞いてください。一番大事なところなんですよ?」
げんなりとした様子の悟空であったが、ウイスの神妙な表情に押されて、自身もそれを引き締めた。
「この腕輪は確かにあなたの実力を封じます。——けれど、それは完全ではありません」
「完全じゃない?」
「悟空さん。あなたのパワーはこの神具の能力を大きく超えているんですよ。だから完全には封じ込められず、あなたの意思一つで簡単に枷は外れてしまいます」
「え、そうなんか? でもオラ、そんなズルはしねえぞ。修行にならねえもんな?」
確かに悟空は、そんな真似をすることはないだろう。それはウイスにも分かっていた。
だから、ウイスが言いたいのはそんなことではない。
「いいですか? 封じるのは理由があるからなんです。タブーを破れば、待っているのは強烈なしっぺ返しです」
「しっぺ返しってえと……一体、なにが起きちまうんだ?」
「まず、その世界に居られる時間が引き出したパワーの分だけ加速度的に減少していきます。しかし、これは些細な問題です」
大事なのはもう一つ。
「大きすぎるあなたのチカラは、必ずその世界に歪みを生じさせてしまうでしょう。そしてそれはきっと、災いをもたらします。有り体に言って——世界の危機、というものです」
そしてウイスは言い含めるように人差し指を立て、ビシッと悟空の鼻先に突きつけた。
「この腕輪は我々の世界には至って無害。ですが、他の世界には大きな影響を与えかねない代物です。強敵に勝負を挑むのは構いませんが……いいですか? 決してその世界の重要な出来事には関わってはなりませんよ? あなただって世界を滅ぼしたくなんかないでしょう?」
「わ、分かったって。オラそこまで悪りぃヤツじゃねえよ」
「それはこちらも承知してますが、トラブルメーカーの自覚はお有りで?」
「そ、それを言われっちまうと、オラ弱えんだけど……」
今日だけで何度目になるか。ウイスは深く。深く溜息をついた。
「せめて何か起こしてしまったなら、解決してから次の世界に行きなさい。わかりましたね? それと、くれぐれも腕輪は……」
「大丈夫だって、無くしたりしねえよ!」
「私は別に無くなっちゃっても構わないんですけどね。あなた、帰ってこれなくなりますよ?」
如何に次元に風穴を開けられるほどのパワーを持っていても、開けた先の次元が今いる世界だとは限らないだろう。そもそも、何処かへ通じているのかすら分からない。
何もない、虚無の空間である可能性すらあるのだから。
「仮にも神の道具、そう簡単に壊せるものじゃありませんが、あなたのフルパワーと同等以上の何かの手にかかれば一溜まりもありません。くれぐれも注意してください」
「オッケーオッケー! そんなに心配しなくたって何とかなるさ! なあ! もうオラ行っていいんかな、ウイスさん?」
「やれやれ……」
もう待ちきれないとばかりにいい歳こいて地団駄を踏む悟空の様子に、呆れたようにウイスは肩を竦めた。
「ええ、もう行って構いませんよ」
「よっしゃあ!! いくぞ、開けーーー!!!」
飛び上がって喜びを表した悟空。若き日の、いつかの彼と同じように。
そして、その叫びに呼応した空の腕輪が無限に広がる異世界への道を生み出すと……万感の想いを馳せ、悟空は世界を飛び出した。
「一体どんな強えヤツがいんだろうなぁ! オラ、わくわくしてきたぞ!!」
——今再び、悟空の大冒険の幕が切って落とされるのであった!
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僕のヒーローアカデミア『ヤングエイジ』編
やって来たぞ、最初の異世界!
「へぇ、中はこうなってんのかぁ。いや、外なんだったか? まあどっちでもいいや。ところで……」
穴の向こうは、以前に全王が未来の世界を消してしまった時に漂っていた空間と似ていた。よくよく考えてみれば、何もない空間という意味では同じなのかもしれない。
辺りを見渡すと、すぐ近くからものすごく遠くまで、大小さまざまな球体が浮かんでいるのが見える。きっとアレ一つ一つが世界なのだろう。
「ところで……オラ、何処に向かってんだ??」
世界の外側に飛び出した悟空は、現在謎の引力にひかれて超スピードで何処かへ向かっていた。そこに彼の意思は介在しておらず、もちろん舞空術も使用できない。
普通の人類の動体視力であったなら、おそらく周囲を確認するような余裕すら無かっただろう。
「うーん、何処の世界に行くかはランダムって話だしなぁ——っと、おおおぉ?」
突然のL字カーブ。特段身体に負担が掛かるような感じもないが、やはり減速なしで突然視界が90度変化を起こすというのは妙な感覚で。
それでも自分で動く分にはなんちゃないのだが、これを他の何かにやられてしまうと、正直ちょっと気持ちが悪い。
「ちょ、ちょっと酔っちまったぞ……うえぇ」
そうこうと、悟空が一人で騒いでいると。
「おっ?」
目の前に、一つの球体が見えてきた。
途中に見えたそれ等に関しても同じだが、とても世界が丸々一つ入っているような大きさには見えない。
悟空はそんなこと、特に気にはしなかったが。
「どうやら、最初はこの世界っちゅうことらしいな! よぉし、それいけー!!」
指示が通じたのかは定かではないが、悟空を動かす不思議な引力は強さを増し、彼はこれまで以上のスピードで球体の中へと飛び込んでいった。
*****
「んん??」
「な、なんだこのガキ! 突然現れやがったぞ!?」
気づけば街中。悟空の知るそれとは少しばかり違うが、都で見る風景と似た部分が見受けられる。
辺りを見渡すと、一般市民のひとだかり。警察にパトカー。コスチュームに身を包んだ何者か。それに……。
「そこのキミ! すぐにこちらに来るんだ!!」
すぐ後ろには、覆面を被った数人の男達。岩の身体を持つ者に多腕の者、様々だが……共通するのはその手に持った銃器。顔を厳しく歪めながら、悟空を“見下ろしている”。
人類とはかけ離れた外見であったが、喋る豚や猫、果ては宇宙人とまで交友を持ち、自身も地球人ではない悟空からしてみれば人間の範疇でしかなかった。
「なんだ、でっけえ奴らだなぁ〜」
「このチビ、一体なにもんだ?……へっ、まあこっちに取っちゃ都合がいい」
その中の一人、常人離れして腕の筋肉が発達した男が悟空を掴みあげた。
「うわっ!? なにすんだ、おめぇ!?」
「黙ってろクソガキ! おいテメェら、なんか妙な真似しやがったらこのガキがどうなるか……わかってんだろうな、ああっ!?」
「卑劣な……! その子を解放しろ、お前たちに逃げ場はない!」
警察とともに男達を包囲していた、妙なコスチュームの者達が前に出る。
「そこのヒーローどもも近づくんじゃねえぞ、俺たちを見逃さねえとガキは殺す!!」
「チッ……悪足掻きを……!」
どうやら彼らにとっても当然悟空は想定外であったようで、状況は悪くなったらしい。
「なあ?」
「黙れ、ガキ! 命が惜しかったらな!」
「なあってば?」
当の悟空は何処吹く風かと言わんばかり。
余裕綽々といった風情なのだが、逆にそれが状況をよく理解できていない子供のように見えたため、“現在の彼の外見”と相まって、警察やヒーローと呼ばれた面々からすれば、ますます手が出しにくくなっていた。
「うるせえな、殺されてぇのか!?」
「ガキってオラの事か?」
「テメェ以外に誰がいるってんだ、鏡でも見てろ!!」
ぐいっと突きつけられた先は車の窓。そこに反射して写っているのは、特徴的な髪型をした山吹色の道着を着た少年。悟空視点で有り体を言えば、次男である孫悟天そのもの。彼よりも多少ヤンチャで野性味があることを踏まえても、瓜二つであった。
「ははっ。なんだ、オラ、ガキになっちまってらぁ……い゛い゛い゛ぃッ!?」
不思議なことに、服まで一緒に縮んでしまっているのだが、それ以上に身体の変化が衝撃的であった。
「何言ってやがんだ、このガキ……頭おかしいんじゃねえか?」
「ほっとけほっとけ。そいつの頭がどうだろうと人質に使えるのには変わらねえんだからな」
「そういやウイスさんも言ってたしなぁ……。まいったなぁ、こりゃあ……えっと、こりゃオラが14、5くれえの時か? いや、もっと小せぇかもしんねぇなぁ」
男達のことなど気にも止めずに、首根っこを捕まえられた猫のような体勢のまま考え込む悟空。ハラハラとした様子で見守る周囲の者達からすれば、気が気でない行動だ。
もちろんその心配は正しいものなのだが——それは、相手が孫悟空で無ければの話。
「とりあえずよぉ、おめぇ達悪い奴らだろ?」
「はっ、それがどうした? 今更ビビりだしたのかよ!」
背後には銀行。複数のアタッシュケース。覆面に銃を持った男達。紛れもなく、テンプレートなまでの銀行強盗であった。
状況を把握するのが少々遅すぎるが、それも仕方がない。悟空に、この程度の事態で危機感を持てという方が酷だろう。
「いや? それよりおめぇ達、今すぐ悪いことやめてとっ捕まれば痛え目に合わねえですむぞ?」
「ああ? このガキ、いっぺんぶん殴ってやろうか……!」
「おい、そんなガキほっとけよ、相手にすんな」
「……おめぇ達、降参はしねえんだな?」
男達は、悟空の言葉を笑い飛ばし、口々に罵った。
それが彼からの最後通告だとも知らずに。
「しょうがねえ奴らだなぁ——よっ、と」
次の瞬間。ズガンッ、と地鳴りのような音が響いた。
「うっ、ごぉぉお……!?」
「おめえ、ちょっと寝てろ」
一体いつのまに動いたのか。この場に居た誰一人として目撃することが出来なかった。男の手に捕まえられていたはずの悟空の姿が搔き消え、気づけば男の懐にその姿が。
「こ、このガキ、何しやがった!?」
「なにって、パンチに決まってんだろ? それより次はおめぇの番だぞ?」
「ひぃっ!——おぐぉっ!?」
たった今昏倒させて男の前から再び悟空の姿が消え去り、気づけばもう一人の目の前に。
強烈な蹴りを顎に叩き込まれて建物の壁まで吹き飛ばされてしまった。息はあるようだが、ピクピクと痙攣を繰り返しており、しばらくは立ち上がれないだろう。
「あとは二人だけみてぇだな。じゃ、さっさと行くぞ!」
フッと強盗達の視界から悟空の姿が消える。無論、市民達や警察にもその過程を見ることは出来なかった。
ただ、突然二人の強盗が倒れ、その背後に悟空の姿が現れた。それだけのことしか分からない。
「いえーい、ブイー!」
ただただ、はしゃぐお子様の姿に圧倒されるばかり。
悟空の本来の年齢を考えると子供っぽすぎる行動だが、どうやら肉体の方に精神が引っ張られて、少しばかり幼児化しているらしい。
誰もが呆気に取られているなか、ヒーローの一人が悟空に近づいてきた。
「き、キミ……大丈夫なのかい?」
「そんなの見りゃわかんだろ? オラへっちゃらだ」
バシバシと自分の胸を叩いて頑丈さ、健康さをアピールする悟空の姿にこの場のみんなが、思わず和んでしまう。
先ほどまでの緊迫した空気はなんだったのか……と。
しかし、大方の予想を裏切り……この事件はまだ終わってはいなかった。
「こ、の……モンスターが。——死ねぇぇぇえええ!!!」
殺さないように、壊さないようにという手加減のもと悟空は気絶させたのだが、どうやら一人だけ彼が思ったよりも頑丈な者が居たようだ。
彼は背後から悟空に狙いを定め、ピストルを発砲した。
「う、撃ちやがったぞっ!?」
「きゃあああああっ!?」
「あ、あんな子供を、なんてことだ……!」
と、悲鳴が響き渡り、発砲した男が勝ち誇ったような笑みを浮かべる中で。
「いてえなぁ、何すんだよ! 服に穴が空いちまったじゃねえか!」
などと宣うものだから、空いた口が塞がらなかった。
「このやろうっ!」
「ぐあっ!?」
軽く男を蹴り飛ばし、今度こそ悟空は男の意識を断ち切った。
「あちゃ〜。まいったなぁ、ウイスさんに注意されたばっかりだってのに……」
拳銃の弾丸くらい、身体が小さくなってパワーが制限されているとはいえ、悟空なら対処できて当然なもので、それはたとえ後ろからの不意打ちでも変わらない。
これも、悟空の油断が招いてしまったことだ。
「オラ着替えなんかもってきてねえってのによぉ……」
「き、キミ……平気、なのか?」
「ん? ああ、服に穴は空いちまったけどな。あんなもんオラにゃあ効かねえぞ。鍛えてっからな」
「な、なるほど。鍛えてるから、ね……」
当然、普通は鍛えたくらいでどうにかなるものじゃない。ましてや、推定年齢十歳前後の少年には。
本来ならすごい少年だ、と感心するか、何かトリックがあるのだろうと疑うところなのだが……。
——この世界では違う。
「ところで……キミ?」
「ん? なんだ、おっちゃん?」
「お、おっちゃ……。いや、それはともかく」
警察官と、そしてコスチュームの男が悟空の前に立つ。
ほかの者達は強盗をパトカーに乗せている最中だ。
「キミのおかげで犯人を逮捕することが出来た。そのことには感謝する。ありがとう」
「はははっ、気にすることねえよ。あんな奴らやっつけるくらい大したことじゃねえさ」
「ただし!」
男は子供を叱りつけるような顔で——事実そのような気分であり、悟空が本当は四十ほどの中年とは夢にも思っていない——悟空に詰め寄った。
「“個性”の無断使用は犯罪だよ、一度警察に来なさい! 親御さんに叱ってもらうからね!」
「えっ、個性???」
ここは、総人口の八割が異能力とも取れる身体機能——“個性”を発現させた、超人たちの住まう世界。“個性”を悪用するヴィランと、“個性”を正義のために使うヒーローが日夜戦いを続ける、そんな場所。
それが故に、悟空のパワーもまた、“個性”だと判断されてしまったのだろう。パトカーに乗せられた彼は、そのまま何処かへ連れていかれてしまう。
孫悟空の新たな冒険譚は、やはり波乱の幕開けであった。
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ついに邂逅! ぶっちぎりのヤングヒーロー!
「で、名前は?」
「だから! オラ孫悟空だって言ってんじゃねえか!」
「それはJourney to the West……チャイニーズヒーローのお話だったかな、あれの登場人物だろう? ちゃんと本名言ってくれなきゃダメだよ、好きなのかい、あれ?」
「別にオラ嘘なんてついてねえぞ。生まれた時はカカロットって名前だったけどよ」
「やれやれ……ようやく名前が聞けたか。はいはい、カカロット君ね。変わった名前だな、日系? 中国系?」
「オラそんなんじゃねえぞ、サイヤ人だ」
悟空が連れてこられた場所、それは当然警察署であった。とはいえ、別に取り調べ室なんかに連れてこられた訳ではなく、応接間で質問を受けているところだ。それ以前に耳にタコが出来るほど説教を食らったせいか、悟空の機嫌はあまり良くなかった。
常識の違いのためか、はたまた悟空の見た目のためか。会話が酷く難航していたのも相まって、内心ではかなりのストレスを感じている。
「サイヤ? そんな国あったかなぁ……。それでファミリーネームは?」
「孫だ」
「それはもう良いって、全く。じゃあ、もうそれで良いからご両親の連絡先を教えてくれるかな?」
「オラ親はいねえぞ?」
「えっ?」
「オラ、山でじいちゃんに拾われて育てられたんだ。だから親っちゅうのには会ったことねえぞ」
「そ、そんな……ご、ごめんよ。そうとは知らずになんて無神経なことを……!」
「別にいいって、ずっと昔のことだしよぉ。なんでどいつもこれ聞かせっと同じような顔すんだ?」
「ずっと、昔……き、キミ、もしかして……今まで一人で?」
「ん? おう、それからずっとオラ一人で山ん中で暮らしてたんだ。でも今は——って、おい? 何処行くんだ??」
取り調べをしていた警察官は目頭を押さえながら部屋の外に出て行ってしまった。
「なんなんだよ、まったく〜」
むすっとした顔でソファーに深々と座り込む悟空。彼からすれば不服も不服。何一つとして嘘は言っていないのに信じてはもらえず、そもそもここに連れてこられたのも誤解以外の何物でもないのだから。
あの警察官も善い人間ではあったのが、些か頑迷なところがあったせいで、悟空の話に耳を傾けてやることが中々出来ず、その結果がこれだ。
悟空自身、何度か脱走してやろうかと思ったのだが、幸い行動には移さず踏み止まった。これがベジータなら、とっくの昔に警察署に風穴を開けて外に出てしまっていただろう。そもそも付いてくるかすら怪しい。
「しっかしあのおっちゃんどこ行ったんだろうなぁ」
気を探ることでそれも把握出来るのだが、あの警察官の気は小さ過ぎて、近くに居ることは分かっても詳しい居場所までは見つけられなかった。それでも普段の悟空であれば問題なかったのだが、今の彼はどうやら気の扱いについても普段と同等というわけにはいかないようで。
「はやくしてくんねぇかなぁ、オラ腹へっちまったぞ……」
*****
「……なるほどな」
「はい。どうやら身寄りは無いようで……聞いた限りでは本当に基本的な教育しか受けていないみたいです。一般常識にも欠けていて学校にも通ったことがいないと」
「そうか。……よわったな」
悟空の取り調べをしていた警察官は、彼の話を聞くうちに自分では手に負えないものと判断し、上司に相談。若干、自身の主観も踏まえながら事情を説明した。
だが、当然というべきか業務内容は件の警察官の延長でしかない上司にとっても手に余るもので。
「やれやれ参ったな……こいつは俺たちポリスではなく、ティーチャー向けの案件だ。ともかく署長に報告してくるから、あの子から目を離さないように……」
「なあ?」
「ん、どうしたんだい、ボウヤ?」
「オラ腹へったしもう行くよ、じゃあな」
「おっと、そいつは悪かったな。気をつけて——って、おい!?」
どうしたことか。応接間にいるはずの少年の姿が何故だかここにある。
「カカロット君、どうしてここに!」
「オラもうここに居んの飽きちまったし、腹もへっちまったからな。もうそろそろ行こうかと思ってよぉ?」
つまり。最後に声くらいはかけて出て行くか……という次第らしい。
「ちょ。ちょっと待ちなさい!」
「なんだよ、まだなんかあんのか?」
躊躇なく出口へと向かっていく悟空を、警官二人は慌てて呼び止めた。
「キミ、一人なんだろう? だったらもう少しここに居てくれれば、何処か紹介して……」
「別にオラもう一人じゃねえさ。嫁もいるし子供も二人いるぞ?」
「「……えっ」」
「あ、こないだなんかよぉ、上の息子がガキこさえたんだ。オラじいちゃんになっちまっただぁ、ははっ!」
「……あ、あの。カカロットくん……いえ、カカロットさん。あなた、いま……おいくつで?」
「いくつ?」
「は、はい。年齢は……?」
「トシか? オラいま四十くれえだ、細かいのは忘れっちまったけど。それがどうしたんだ?」
あんぐりと、それはもう見事なまでに口を開き、呆然とした顔で二人の警察官は悟空を見据える。
「い、いやしかし……そんなまさか……」
「で、ですよね。そんな訳……」
二人は一度目元をこすり、改めて悟空を見る。キョトンとして少々間抜けにも見えるが、純朴という他ない相貌なのだが……人間不思議なもので、だんだんとこの小さな少年が何処と無く大人のように見えてきて……。
どうにも、酷い勘違いをしていたのではないかという、漠然とした不安が押し寄せてきていた。
「いやいやいやいやいや! 違うだろ、そんな馬鹿な! 俺より年上だなんて……!」
「本当だぞ? オラ本当はこんなにチビじゃねえんだけどよ、今はちょっと縮んでんだ?」
「え、今は……?」
「……おい。もしかして、彼はそういう“個性”なんじゃ……?」
“個性”とは、多種多様にして千差万別。あるいは、そういう“個性”もあるのでは……ふとした疑念が、漠然とした不安を確かなものとしていく。
身体の成長に作用する“個性”も存在するという話を、彼らも聞いたことがあった。で、あるならば、目の前の少年……いや、人物がそれに該当するという可能性も……。
「し、しかし、この子は銀行強盗を苦もなく撃退したと聞いた。それが“個性”でないなら……」
「…………」
「お、おい?」
「そ、そそそ……その、カカロットさんは終始“個性”の使用を否定しておりましたっ!」
「…………」
「…………」
「お前、始末書の一枚や二枚で済むと思うなよ?」
実際、“個性”無しでも“個性”持ちを倒してしまうような人物は少数ながら存在しているので、それ自体はあり得ない事でもない。
ともかく。こうして悟空は、めでたく解放されることとなった。
「ふぅ〜、くったくった〜!」
現在悟空が居るのは、何処かの山の中。正確な場所は彼自身も分かっていないのだが、それは小さくなってもどうにか使うことが出来た舞空術で周辺の緑の深い場所を目指して飛んできたからであり、そもそもこの世界の地理を全く知らないからだ。
今は、襲いかかってきた大猪を仕留め、その丸焼きを完食したところである。
「さあて、強いやつ探すぞー!!」
願望・思考イコール発言・行動と言わんばかりの即断即決。
強さの秘訣であり、同時に弱点でもあるそれは異世界でも健在であった。
「……あっちの方に幾つか強い気があるな」
付け加えるなら、それらはいま戦闘中だ。だからこそ、今の悟空でも容易に見つけることが出来た。
「よし。いってみっかぁ!」
平時には遠く及ばない速度の舞空術。
おそらくは筋斗雲よりも遅い……しかしそれでも、この世界の飛行機より高速で、悟空は空に飛び去った。
*****
「——なんだっ!?」
戦いの気を感知した場所へ辿り着いた悟空を出迎えたのは、大きな爆発。ついで響き渡る轟音、金を切るような悲鳴が上がる。
舞い上がる炎が、昼間だというのに夕刻のように周辺を赤々と照らしており、二次災害的に火災が発生していることが見て取れた。
逃げ惑う人々の姿。そして、近くではまだ大きな気が暴れ回っている。
「ったくよお。強え奴を見つけたと思ったら悪者かよ……」
悟空が望むのは、強敵との勝負だけだ。たまたま悪党と戦う機会が多かったというだけで、彼は決して“ヒーロー”ではない。
だが、それでも……それでも、目の前で起こる悪事を見過ごすような人物ではない。
「しかたねえ、オラがぶっ飛ばしてやるっ!!」
“個性”を悪用した犯罪は後を絶たない。程度の差はあれど、それは何処の国でも同じこと。強盗、殺人、詐欺、ハイジャック、果てはテロイズム……“個性”の数だけ犯罪が存在するが、どんな系統の“個性”にも共通するものが一つ。
ただただ、チカラを振るいたい。
そんな衝動に突き動かされただけのもの。何の理由もなく暴れ回り、一般人の生活を引っ掻き回す、とてもタチの悪い行為。
今回は、まさにそれであった。
「ハハハハハッ!! 出てこいヒーロー、ゴミみてえなポリスどもじゃ相手にもならねえぞ!!」
まず目立つのは、巨大な身体を持つヴィラン。道端に転がる自動車を片手で掴み上げる様は、まさしく巨人。しかしそれだけならば、まだ話は早かった。
ヴィランは手に持った自動車を口元に運び、“食いちぎった”。
「ハ、ハハハ……すげぇ、すげぇ! こんなにデカくなれるなんて……俺は無敵だ! ハハハハハハ!!」
食った分だけ、ヴィランの身体は大きくなる。しかしそれは人の姿を保ってのものではなかった。
金属、ガラス、コンクリート等……ありとあらゆる物質により、ヴィランの身体は形成されている。身体の所々に、車のパーツや消火栓といったまだ原型を留めたものがある事からヴィランの“個性”は推測出来る。
食べたものの質量を、そして性質をそのまま吸収し、どんどん大きく、強くなっていく極めて強力な“個性”。名付けるなら、食膨とでも言うべきか。
この手の“個性”は容量に限界があるものだが……このヴィランのそれには、まだまだ届かない様子。
時折気まぐれのように街を破壊しては食事を繰り返し、今ではもう銃器の類などまるで寄せ付けない動く要塞と化していた。
「まだだ、まだ俺は食えるぞ……このまま街ごと食い散らかしてやるよっ……!!」
「——そうはいかねえぞ!」
「? 何処だ! ヒーローか?!」
「どこ見てる、オラはここだぞ!」
左右を見渡しても見つからず。背後にも居ない。そうしてやっと、下を見下ろしたヴィランは。
「……ハハハハ! なんだ、ただのガキじゃねえか! お前なんぞに用はねえんだよ、殺されたくなけりゃ家に帰ってママのお乳でもしゃぶってやがれ!」
「おめぇになくても、オラにはある! 今すぐ悪さをやめねえと、オラがおめえをぶっ倒すからだ!」
「お前が、俺をか? ハハハハハハ!! ああ、そうだな、笑いすぎて腹がよじれて死んじまいそうだぜ! やれるもんなら、やってみやがれ!!」
遊び半分に、ヴィランは拳を振り下ろした。本気ではなくとも、確実に命を奪うつもりの凶打。
それを、悟空が迎え撃とうとした——その時。
「
悟空の背後から伸びた凄まじい一撃が、周囲の大気ごとヴィランの拳を吹き飛ばした。
「おめぇは……?」
「もう大丈夫だ、少年。……何故かって?」
後ろを見れば。
鍛え上げられた肉体に纏ったコスチュームに、硬質的な金色の髪が目に移る。そこには、風にマントをたなびかせ、威風堂々とそびえ立ち……豪快な笑顔で胸を張る若き戦士の姿があった。
「——私が来た!」
ヤングエイジ編です
そのうちに現代にも登場するので安心してください!
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見よ異世界、これが孫悟空だ!
「少年、下がってるんだ。私が来たからには、もう何も心配はいらない!」
颯爽と駆けつけた青年、八木俊典。アメリカ留学とともにこちらに活動拠点を置いたばかりの、駆け出しヒーローだ。
事件と聞いて、彼は大学の授業をすっぽかしてここに来た。
ヒーローネームは——オールマイト。
「だれだ、おめぇ?」
「HAHAHA! そっかぁ、知らないかぁ、悲しい〜!」
トホホと肩を竦めるオールマイトは、少年の前へと進み出る。
「私はヒーローさ、名前はオールマイト! よろしくな、少年!」
「そりゃあいいんだけどよ、あいつとはオラが戦うんだ。邪魔すんなよ」
「HAHAHA、気持ちは嬉しいが……少年、私は大丈夫だ! ここは任せてくれ!」
どうやらオールマイトは悟空が自分のことを心配していったのだと判断したようだ。もしくは、悟空が子供特有の蛮勇を述べているのだと思い、敢えてそう口にしたのかもしれない。
悟空の今の見た目がせいぜい十歳前後——実際には十五歳前後だが——なことを考えれば、十分にあり得る結論であったが、この時ばかりは話が違う。
「おめぇ、強えな。気で分かる。あいつなんかにゃ負けねえよ」
「キ?」
「でもよぉ。あいつばっかに構ってると、“もう一人”の方にやられっちまうぞ」
「えっ、もう一人——って、うおっとぉ!?」
食膨のヴィランが振るう拳を躱したオールマイトは、そのまま悟空に聞き返す。
「待ってくれ、ヴィランはもう一人いるのか?」
「ゔぃらん? そいつはしらねえけど、悪い気を持ってるやつならもう一人、そっちの建物ん中にいるぞ」
直後に、爆発。悟空がここに訪れてすぐに遭遇したものとよく似たものだ。
「へっ……気味の悪いガキめ。せっかく後ろからBAN!って吹き飛ばしてやろうと思ってたのによぉ」
瘦せぎすの、充血した瞳が印象深い男だ。
明らかに正気とは思えない表情、そして凶悪な言動……そして、この街の惨状から察するに、破壊活動としてみればこの男の方が主犯なのかもしれない。
「まったく、2対1か。ちょっとばかし面倒だが仕方ない、まとめて……」
「おめぇ算数間違ってるぞ。2対1じゃなくて——2対2だ!!」
ドンッと。アスファルトの大地を砕きながら跳び上がった悟空の身体は、一瞬のうちに食膨のヴィランの眼前へと届き。
「でえりゃぁああーっ!!!!」
放たれた一撃は、ヴィランの顎先を強かに打ち付け、その身を数メートルに渡り後退させた。
「しょ、少年。キミは……」
驚愕とともに、着地した悟空を見るオールマイト。
そんな彼に、悟空はいつもの明るい笑顔のまま、言い放つ。
「オラ悟空、孫悟空だ!」
中華にその名を轟かせる、斉天大聖……その名はオールマイトも知っていた。
だが、目の前の少年がそうだとは思えない。
しかし、しかしなんだ。オールマイトの胸中を揺さぶり、彼自身肌で感じているこの……否定し切れないほどの力強さは!
「こっちのでけえ奴はオラがやる。おめぇはそっちのヒョロヒョロしたやつをさっさと捕まえちまえ!」
「……わかった。無理はするなよ、少年!」
オールマイト自身も、自分が言ったことがどれほど異常かは自覚していた。“個性”の使用が許されない民間人、それも子供の提案に自分は乗ったのだ。
ただ、己の直感に従い、身を任せてしまったのだ。
そして何より……それを自分は、間違いだとは思っていなかった。
「そういうわけだ。お前は私が捕らえる。抵抗はしないのが身のためだぞ」
「くっ、ははは、やってみろよ! ガキなんか頼りにする情けないヒーローのくせによぉ!」
*****
「こ、このクソガキがぁ……!」
「おめぇ頑丈なやつだな? オラあんまし手は抜かなかったってのに、てんで堪えてねぇみてぇだ」
「踏み潰してやるっ!!!」
起き上がったヴィランは悟空の方へ真っ直ぐに走り出し、スタンピングを放つ。何度も何度も、怒りのままに踏み散らし、地面が陥没し、砕け、原型を保てないほどに。
「はあ……はあ……ど、どうだ! ガキが生意気なことしやがって、ちょっと強い“個性”があるからって調子に……」
「やっほー!」
「なっ!? お、お前、なんで生きてるんだっ!?」
健在な姿で自分の肩に座り込む悟空の姿が、ヴィランの視界いっぱいに収まっていた。
その身体には傷一つなく、土煙やアスファルト片による汚れすら見当たらない。
「オラおめぇが近づいてきた時にはもうここに居たぞ。おめぇ、パワーとタフネスは大したもんだけどスピードがまるでねえや。食いすぎなんじゃねえかぁ?」
お前が言うなという話だが、そんなことヴィランには知る由もない。
「こ、こいつ……!!」
肩をはたき、再び悟空を潰そうとしたものの。
「へへ〜、こっちだよぉ〜。べろべろばー!」
「く、クソガキがぁぁぁぁ!!!」
反対の肩に移って事なきを得て、見た目同様の子供っぽい仕草で自分をコケにする悟空の姿に、ヴィランの血管はブチ切れた。
暴れ回り、無茶苦茶に自分の身体を叩きつけ、悟空を引き離そうとしたものの……。
「はあ……はあ……はあ……! こ、これでどうだ……!!」
「オッス!」
「ひいっ!?!」
「ハハハ! そんなんじゃ、オラは倒せねえぞぉ?」
だんだんと。少しずつではあるが、ヴィランの頭に一抹の不安が生まれようとしていた。
自分が完全に遊ばれている……それは理解できた。だがそれでも、当たれば間違いなく自分が勝つ。
その自信が、ヴィランの心をしっかりと支えていた。
「じゃあ、オラそろそろ決めちまうけどいいかなぁ?」
ヒョイっとヴィランの身体から降りた悟空は宣言する。どうやら遊ぶのは飽きたらしい。
「ちょ、調子に乗るのもいい加減にしろぉおお!!!!」
ハンマーナックル。両手を強く組んで振り下ろす……巨体を最大限に利用したヴィランにとっての最高威力の攻撃。
それが孫悟空へ向けて——直撃する。
度重なる破壊に耐えきれず、そうしてついに地面は崩落。深い風穴を作り上げた。
「……ハ、ハハハ。ハハハハハハハハハ!! 勝った、勝ったぞ、クソガキめ、調子に乗るからこんな間に遭うんだ!!!」
「よい、しょっと。……なあ、何がそんなに面白えんだ?」
「これが笑わずにいられるか、俺を小馬鹿にしやがったあのガキが死んだんだからな。……そう、あの、ガキが、死ん……死、死ん……? あ、あれぇ?」
そこには、ヴィランが空けた穴から事も無さげに這い出てくる悟空が。
服は埃まみれのうえ、流石に無傷とはいかなかったようで、ところどころに負傷の後は見受けられる。唾をつけてれば治りそうな、申し訳程度の切り傷とか擦り傷とか。
「な、なんで生きて……!?」
「あんなもんでオラが死ぬか! 今度はオラの番だ!」
ニヤリと笑い、拳を構える孫悟空の姿に……。
「次は本気で行くけどよぉ。おめぇ頑丈みたいだし……」
「頑丈、みたいだし……?」
「——たぶん、死にゃあしねえだろ!」
ヴィランの心の支柱は。
「……ふっ」
悟空と同じく笑みを浮かべたヴィランは、何故か彼に背を向けて周辺を閉鎖するべく遠くで動いてる警官たちの方へ走り出すと。
「——降参です、自首します!!」
「って、ありゃりゃ!?」
心の支柱はぽっきりと、呆気なくへし折れた。
*****
「やぁ、孫少年! そっちも終わったようだね!」
「まあな。ちょっと拍子抜けしちまったけど」
「こちらも捕縛に成功したよ。協力に感謝する……が、“個性”は無闇に使うもんじゃないぞ! 法律で禁止されているんだからね!」
「だからよぉ、その“個性”っちゅうのオラ使ってねえぞ。オラさっきのヤツ蹴っぽった以外は何もしてねえ」
「え、いやぁ。しかしなあ。あれは“個性”による身体強化だろう? 嘘はいけないぞ、孫少年?」
「オラ嘘なんかついてねえって。それにオラ少年でもねえ、たぶんおめぇより歳食ってるぞ?」
「……ワッツ?」
そうして悟空は、警察署で言ったような会話を再びオールマイトを相手に繰り返した。するとまたもや良い方へオールマイトが勘違いを起こしてくれて、事無きを得る。
「いや……なるほど。孫少年……じゃなかった孫さん、これはとんだ失礼をしてしまったようだ」
「気にしてねえからいいよ、別に。それよりおめぇよ、オラと——」
「た、大変です、オールマイト!!」
「ん? どうしたんですか、そんなに慌てて?」
悟空の言葉を遮り、駆け寄ってきたのはヴィラン達を護送すべく集まっていた警官のうちの一人だ。
慌てふためくその様子から、緊急じたいというのはすぐに見て取れた。
「あ、あなたが捕らえたヴィランが……」
オールマイトが捕まえたヴィランは、触れた無機物を爆発物に変える“個性”を持っていた。
「あいつ、この周囲に時間をかけて完成させた大規模な時限爆弾をセットしていると供述していて……苦し紛れにしても、真に迫っていて、それで……!」
「落ち着いてください! それで、場所については何か言ってなかったんですか?」
「いえ、何も……」
「そいつはなんとも、面倒な置き土産を残してくれたもんだ……!」
「……たぶん、あのクルマがそうだぞ」
「えっ……?」
悟空が指差す先には、これほどでたらめに破壊されていたにも関わらず、不自然なほど損傷の少ない大型車が一台止まっている。
「……分かるんですか、悟空さん?」
「ああ。あのクルマからおかしな気が感じられる。……でも、時間はあんまりねえかもしれねえな、ドンドン気が高まってるぞ!」
「お、オールマイト、この子供は……?」
「いいんです、どちらにしろ時間は無い。賭けてみましょう……!」
警官を静止し、オールマイトはその自動車を掴み上げると。
「
その剛腕を惜しげもなく振るい。はるか……はるか真上、どの建物よりも高い上空にまで投げ捨てた。
「——ばぁかが!!!」
「!?」
「あの程度の高度で爆発の被害が抑えられると思ったのかよ、新米ヒーローが!! 俺がどれだけの期間注ぎ込んでアレを作ったとおもってやがる!!!」
声が上がったのは、悟空とオールマイトが立つその場ではなく。先ほど警官が走ってきたその方向。
その声の主は、当然爆弾魔のヴィランだ。
「街ごと吹き飛ばすのには失敗したが、それでも半分はぶっ飛ぶ……! は、はははは!! これで俺のことを誰も無視できねえ!! ざまあみろ!!!」
「く、クレイジー野郎め……!!」
もしも男の言うことが本当ならば、この場にいる誰一人として……いや、この周辺に住む住民も含めて、全員が射程圏に入る。オールマイトとて、何も考えずにあの高度に投げた訳では無い。
自動車の破片などによる被害が広範囲で事故を起こさないように抑えたのだが……それが今回は裏目に出た。
「——大丈夫だ」
たしかにこのままでは、大きな被害は免れなかった。——しかしそれは、この男が居なければの話。
「オラが居る!」
そして悟空は、腰だめへと両手を添える。
「かぁぁぁあああああ!!! めぇぇぇえええええ!!!」
幾度となく、それは悟空のピンチを打ち破ってきた。
「はぁぁぁあああああ!!! めぇぇぇえええええ!!!」
いつの日も、彼を支えてきたこの技は……異世界においても、なお健在。
見るがいい、異世界。これぞ亀仙流が誇る必殺の奥義!
——孫悟空伝説における、最初の1ページだ!
「波ぁぁぁぁあああああああああああああ——ッ!!!!!」
突き出した両手から放たれる極大の光柱。まばゆい輝きとともに放たれたそれは、上空の目標を的確に射抜き、爆風ごと全てを消滅させた。
「孫さん……あなたは、本当に一体……!」
オールマイト、八木俊典と孫悟空。
二人がこの日、この場所で出会った意味とは、果たして……。
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思わぬ強敵?
「なぁ、オールマイト〜!」
「駄目ですって、孫さん!」
オールマイトと悟空はいま、ストリートを一緒に歩いていた。行く先はオールマイトの通う大学である。
悟空は当然のようにいつも通りの派手な道着のままだが、オールマイトの方はヒーローコスチュームではなく私服姿だ。とはいえ、いつでも事件現場に赴けるように、その下にはやはりコスチュームを着込んでいた。
「だいたいアレ、本当に“個性”じゃないんですか? もう警察じゃ、ほんとゴリ押しだったんですからね?」
悟空の放ったかめはめ波のことを誤魔化すのに、オールマイトはえらく苦労した。なんとしても“個性”ではないと言い張る悟空であったが、実際問題あの破壊光線を“個性”以外の理由で説明することは、今の科学では不可能であった。
それでも、オールマイトはこの子供か大人か分からない男を見捨てられず、あれは爆発がそう見えただけであるとか、自分にはただの閃光にしか見えなかったので気のせいではないのかとか、口八丁というにも乱暴すぎる言い訳でなんとか悟空を連れ出す事に成功したのだ。
悟空の正体を調べるためにも、授業に戻るためにもとりあえずオールマイトは大学へ向かうことにしたのだが……。
「おめぇ、オラと戦ってくれねえか?」
なんてことを悟空が言い出したのだ。
聞けば、彼は武道家で、そのために旅をしているのだと言う。異世界がどうのとも言っていたが……正直この辺りはオールマイトには測りかねた。
オールマイト自身、そういう考え方をする人……所謂バトルマニアという者達の存在は知識としては知っている。戦うことを目的にヒーロー、あるいはヴィランになる者がいるという話も聞いたことがある。
しかしそれは、知っている……というだけで、理解できるということではない。
「なあなあ、戦ってくれよぉ〜。ちょっと、ちょっとでいいからさぁ!」
「駄・目です。いまは急いでいるし、そもそもあなたと戦う理由がない」
オールマイトは、誰に憚ることもない平和主義者だ。出来るなら、戦いなどしたくはないと常々考えている。
それでもオールマイトが戦っているのは、力を磨いているのは、力がなければ平和は実現できないということをよく分かっているからだ。反戦主義、暴力抑止、大いに結構。しかし、それを押し通すのに不可欠なのが、他ならぬ“力”であるというのを、彼は“身を以って”思い知っている。
だからこそ、オールマイトはこのアメリカに渡ったのだ。
「孫さん。とりあえず私の通っている大学に来てくれ。あなたの話はそこで詳しく聞かせてもらいますから」
「そこに行ったらよ、オラと戦ってくれんのかな?」
「場合によっては、それも。“考えておきます”とも」
もちろん、オールマイトにその気は無かった。——この時は、まだ。
*****
「トシ。結論から言おう」
「デイヴ……?」
時刻は夕刻。ここは、大学校舎の西側に建てられた研究棟の一角。陽の光にあまり当てられない資料も多くあるその場所は、多くの場合分厚いカーテンに仕切られており、陰気な雰囲気が漂っている。
いつもは人気とは無縁のそこにはいま、三人の男が居た。悟空、オールマイトともう一人。
白衣を着た、オールマイトと同じくらいの年頃の青年だ。
彼の名はデイヴィット・シールド。戦闘に適した“個性”こそ持ってはいないが、オールマイトを技術的な面からサポートする
オールマイトは悟空のことを知るためにデイヴィットに協力を要請した。日が落ち始める前に彼に合流したオールマイトは、悟空の遺伝子を調査するために、サンプル——注射による採血は悟空が酷く嫌がったので、髪の毛と口内粘膜を拝借した——を渡したのだ。
デイヴィットにとって、それは専門分野ではなかったのが、それくらいのことならばと快く引き受けてくれた。調査結果はすぐ出るということで、彼はオールマイトと悟空にここで待つように指示し……今に至る。
数時間後、戻ってきたデイヴィットの顔は何とも言えないものであった。青ざめているのに気分は踊っているような、その綯い交ぜの感情を抑え込もうとしてかえって不自然になっている……そんな感じだ。
「彼は、そのソンゴクウと名乗る人物は“無個性”だ。——と、いう以前に、人間ではない」
「それは、どういう……?」
「そのままの意味だよ、トシ! 彼はホモ・サピエンスではない、人類ではないんだよ!!」
デイヴィットは興奮を隠し切れないといった様子で、大きな身振り手振りとともに感情を露わにした。
「たしかにソン氏には我々と近しい部分も存在していて、子孫を残せる程度にはかけ離れていない生命体だ。だが、やはり我々とは明らかに異なる点も見受けられる!」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着くんだ、デイヴ!」
「これが落ち着いていられるか!! いいか、トシ!? これはファーストコンタクトなんだぞ!? 彼がどういった存在であるにしろ、我々以外の知的生命がいずれかの世で繁栄しているという証左なんだ! 私の専門は遺伝学じゃないが、それにしたってこれには驚かずにいられない! はっきり言ってキミが冷静で居られる理由が私には一切理解できないよ! まったく今日はなんて日だ!?」
誤解を正せば、もちろんオールマイトとて驚いた。それはもう、とても。
驚いたのだが……大興奮の親友のあまりの有り様に、それを露わにし損ねてしまったのだ。
「か、彼と話をさせてもらっても!?」
「そ、そいつはもちろん構わな……」
「Yes!! じゃあトシ、キミはちょっと待っててくれ! 私は彼と語り合い、生命の神秘に触れなければならないからな!」
ガッツポーズを決めた後悟空に駆け寄り、質問攻めの目に合わせているデイヴィットに苦笑しながらオールマイトは。
「やれやれ。本当に嘘じゃなかったんだな、孫さん」
オールマイトの目から見ても悟空は嘘をついているようには見えなかったが、自覚のない嘘というのは多々あるものだ。もしかしたらそういうことではないのか、とも思ったのだが、どうやら違うらしい。
自分の見る目の正しさを誇るべきなのか、まさかこんな大ごとになるとはと溜息をつけばいいのか、オールマイトには分からなかった。
「この分だと、異世界云々も真実なのかもしれないな」
*****
「ほう! じゃああなたは異世界人な上に宇宙人なんだな? ははっ、実にアンビリーバブルだ! この腕輪で? なるほど確かにこの質感はこの世界にあるどの金属とも違うような……なに、パワーを封じる能力だって!? 知れば知るほど興味深い……!!」
悟空は既に虫の息であった。
言われるがままに答えているうちに、既に外は真っ暗になってしまっている。
小一時間などというレベルではない。なんなら調査結果が出るまで待たされていた時間とさして変わらないくらいの時間が経過しているのだから。
一つ言えば二つ聞かれ、二つ言えば八つ聞かれる。悟空にとっては地獄も良いところで、今ではデイヴィットの成すがままにされている。
ジレンの拳を食らった時よりも効いているかも知れない。なんせ、あの時よりずっとぐったりしているほどで、もうオールマイトに試合を申し込む元気も残っていない。
いくら身体は頑丈でも、慣れないこと+苦手な分野という条件は悟空のメンタルをガリガリと容赦なく削り取ってしまった。
「っと、今日はもう良い時間だな。そろそろやめにしようか」
「や、やっと終わりかぁ。オラ死ぬかと思ったぞぉ……一瞬閻魔のおっちゃんの顔が見えちまったもんな……」
「続きは明日にしよう」
などと言い出したものだから。
「い゛い゛い゛いっ!? も、もう勘弁してくれよぉ!?」
「HAHAHA! 冗談だよ、ソン氏。随分と参考になった、感謝しますよ!」
「ほっ……オラこれ以上質問攻めにされてたら本当に命が危なかったぞ……」
「ちょっと大袈裟なんじゃないですか、それは?」
悟空と違い肌ツヤも出会った時より良く、上機嫌のデイヴィット。同じだけの時間を、同じ内容の会話に当てているのにこれでもかというくらい両者の状態には差があった。
「大袈裟じゃねえぞ、オラこういうのは本当に苦手なんだからよぉ。しっかしおめぇ、変わってるよなぁ。オラがいくら話しても他の奴は信じてくれなかったんだぜ? それなのにおめぇ、オラのことすぐ信じてくれたもんなぁ?」
「確かにあなたの話はあまりにSFチックで、尚且つファンタジーだ」
「??」
「ああ、いや……要するに信じがたいことだったんだよ。私達にとっては。でも、遺伝子までは嘘はつかない。あなたが言っていることが真実だと、他ならないあなた自身が証明してくれた。それだけのことです」
「ふーん? ま、オラ難しいことはよく分からねえけどよ。おめぇが面白えやつなのはよく分かったぞ」
すると、横で会話を聞いていたオールマイトも悟空に同意した。
「そう! デイヴは実に面白く、エキサイティングなやつなんだ! 孫さんは見る目がある!」
「ハハハ! オラの子供もよぉ、学者やってんだけど、アイツとちょっと似てるかもな! アイツもすげえ頭いいんだぜ? オラはこんなだけんど!」
そうして雑談もそこそこに、三人は大学の門を出ると。
「今夜は良い話を聞かせてもらった、ディナーは私が奢ろう!」
——デイヴィット・シールドは、言ってはならない台詞を口にしてしまった。
「ほんとかぁ! オラこの世界の金なんか持ってねえし、助かるぞ!」
「おっと、そいつは私もご相伴にあずかっていいのかな、デイヴ?」
「もちろんさ、トシ。キミはソン氏と私を巡り合わせてくれた、キューピッドなんだからな、遠慮はいらないとも!」
デイヴィットは胸をドンと叩くという、科学者っぽくないマッチョな表現で自分の頼り甲斐をアピールし、二人を夕食に誘った。行きつけのバーガーショップで、自分の好きなメニューを勧めながら、談笑でもしようと……そんな軽い気持ちで、“誘ってしまった”のだ。
……その後に起きた惨劇は、語るまでもないことだろう。
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懐かしの修行、オールマイトの挑戦!
「孫さん、その服の着心地はどうだい?」
「ああ、悪くねえな。動きやすいしよ、オラ嫌いじゃねえぞ。こういうの前にも着たことあるしな」
翌朝。悟空はオールマイトが着ているヒーロースーツと似たような素材のアンダースーツに身を包んでいた。
オールマイトのそれには、悟空の着ている物の上に幾らかのアーマーとマントが付いている。
伸縮性の高い素材であったためスーツの方は悟空が着られるものもあったのだが、流石に彼のサイズに合うアーマーまでは見当たらず。どちらにしても悟空は付けなかったと思うが。
「それは私が着ているものの試作品なんだが、デイヴの研究室に転がっているのを持ってきたんだ。孫さんの道着は随分汚れていたしね!」
「オラ着替えとか持ってきて無かったからな。どうしようかって思ってたんだ」
「道着の方は洗っておきますよ、ほつれとか穴も空いてるし。任せてくれ、私は家事が得意なのさ!」
オールマイトの女子力は高かった。
「ところでよぉ、デイヴのやつはいねえのか?」
「デイヴは……その、朝から金策に走っているが……。ま、まあ、今日は休日だし、ヒーローとしてもオフだ。悟空さんの修行には私が付き合いますよ」
デイヴはその後しばらく悟空の前に顔を出すことはなかった。言わずもがな、バイトが忙しかったのだ。昨晩の彼の青ざめた顔と言ったら、天下一武道会の賞金を一食で悟空に喰らい尽くされた亀仙人を彷彿とさせるもので、筆舌に尽くしがたい気の毒さを纏っていた。
「私はデイヴと違って、あなたの生態より肉体面の強さに興味がある! なんせ、体育会系でね!」
「よく分かんねえけど、オラと修行してえってことだろ?」
「ザッツライト! “個性”抜きの生身でそれだけの強さなんだ、宇宙人というのは別にしても、きっと凄いトレーニングを積んだんでしょう?」
オールマイトは自分の“個性”の詳細を悟空には明かしていない。彼にとっては有り難いことに、悟空もそれを追求しなかった。
ただ強くなりたい、なる必要があるというオールマイトの言葉を聞いて、それに同調しただけだ。
ただ、悟空もちゃっかりしたもので。
「約束通り、修行中の手合わせはもちろんですが、あなたがこの世界を去る前に……必ず、全力でお相手します」
実に悟空らしい条件を突きつけてきた。
ほんの一日足らずの付き合いではあったが、既にオールマイトにも嫌というほど伝わっているバトル馬鹿っぷりだ。
「これなら、おめぇが戦う理由になんだろ?」
そう言われたときなど、オールマイトは思わず吹き出してしまった。
「でもオラよぉ、いまは弱っちくなっちまってるからな。見た目もだけんど、力もガキの頃と同じくれぇになっちまってる」
「……今更ですが、その状態で修行して意味があるんですか?」
「さあな、それはオラも分かんねえ。でも、やらねえ理由にはなんねえかんな。一からやり直してみようと思ってる」
「なるほど。——では、私もそれに付き合いましょう!」
悟空とオールマイトは拳を合わせ、ニッと笑い合った。
*****
「これはよぉ、オラが亀仙人のじっちゃんに初めてつけてもらった修行なんだ」
「亀仙人、とは?」
「オラの師匠だ。かめはめ波も、じっちゃんが編み出した技なんだぜ?」
「それでかめはめ波なんですか、私はてっきりカメハメハ大王のことだとばかり……」
「なんだそいつ、強えんか?」
「うーん、強くはないですかね……」
悟空のパワーは、言うまでもなく本来のそれよりずっと劣っている。だからこその幼児形態だ。当然修行もその辺りに合わせる必要があるのだが……。
「何しろ大昔のことだしなぁ。オラ、確かこの頃は修行しながら足で世界を回ってたはずなんだけど、流石にそれやるとオールマイトは困っちまうだろ?」
「まあ、流石に活動地域から離れるのは……」
「だからよ、まずは最初の修行からやっていこうと思うんだ」
亀仙流修行といえば。
「『よく動き よく学び よく遊び よく食べて よく休む』っちゅうんが、亀仙流のモットーってやつでよ。オラ、これはずっと守ってきたつもりだ。修行は厳しくねえと力はつかねえ、けどちゃんと休まねえとその力だってちゃんと出せねえからな!」
「……確かに。シンプルですが、的を射ていますね」
「それによ、この修行は技とかは別に教えねえんだ。じっちゃんにも拳法は自分で考えて自分で学べって言われてよ。かめはめ波だって、オラ別にじっちゃんに稽古をつけてもらって覚えたわけじゃねえしな」
基礎能力をひたすらに磨き上げ、独自の拳法を編み出していくのが亀仙流だ。
修行の過程や根底にある教えから、使い手の動作に似通う部分が出てくることもしばしばあるが、それでも誰一人として同じでは無い。
オールマイトにしても、若さとは裏腹に既に戦いの根底が仕上げられている。余計なことを付け足すより、今以上に力を磨くのがいいだろう。
さらに。
「こっちじゃ出来ねえ修行もあるから全く同じって訳にゃいかねえし、その分オラと組手しようぜ。そうすりゃあ、おめぇも足りねえもん身につけられっかもしれねえしな」
「……お気づきでしたか」
オールマイトに絶対的に足りないもの……それは、パワーでもスピードでもテクニックでもない。もちろんそれらを今以上に磨くのは当然だが、それ以上に必要なのは。
——経験値。それに尽きる。
「……孫さん。全てをお話しすることは出来ないが、礼儀としてこれだけは言っておきたい。——私には、倒さなければならない相手がいる」
「ああ、おめぇは心のどっかでいつも何かを気にしてるみてえだった。ただ平和を守るってのとはなんか違うって思ってたんだ」
「ええ……。奴はここから遠く離れた国に根城を置き、裏からその国を手中に収めている。百年以上も……! 私の師……母親とまで思っていた人物も、奴に敗れ、命を落とした……!」
噛みしめる。奥歯が砕けそうなほどに。そうして湧き上がる怒りを抑え込むと、オールマイトは。
「孫さん。あなたは不思議な人ですね。出会ったばかりなのに……あなたにはどうも口が滑ってしまう」
それは悟空が異世界の人間。つまり、いずれこの世界から離れてしまう存在だからというのもあるのだろう。
「私は奴を倒したい。“平和の象徴”となり、祖国を救いたい……!」
「おめぇなら出来るさ。いまは無理かもしれねえ、だけどおめぇは諦めちゃいねえんだろ? だからここに居るんだ」
「……ふふ。見た目は子供でも、やはり年の功はあなたにあるようだ」
「ハハハ! オラよくいい歳なんだから、ってみんなに叱られっけどな!」
「それはそれで、分かりますけどね」
孫悟空の不思議なキャラクターは、色んな人を巻き込んで、色んな人を惹きつけてしまう。彼はその昔、自分が悪人を呼び寄せてしまうとして蘇りを拒んだことがあったが、彼が呼ぶのは悪人だけではない。
彼の関わったストーリーには、必ず善人も現れていたのだから。
サイヤ人が来た時には皆が一致団結し、ピッコロはあろうことか悟空の息子である悟飯を庇って命を落とすという望外の変化を見せた。ナメック星では、デンデやネイル、最長老といった数々の人物に助力を受けた。未来の世界からはトランクスが現れた。魔人ブウの出現も、界王神達が来なければ知る由もなかった。
オールマイトもまた、そこに加わる新たなヒーローの一人なのだろう。無論、それは彼にとっても同じで、悟空は彼の歴史に現れたヒーローと言える。
「よし、お喋りはこの辺にして、修行すっぞー!」
「HAHAHA、望むところです!」
こうして二人の修行はスタートした。
「おめぇ、あの“個性”っちゅうの使ったらダメだからな?」
「当然です、修行になりませんからね!」
悟空の方もパワーを抑えて負荷を増やすというので、オールマイトも二つ返事で引き受けたのだが。
オールマイトは後——それも割りと近い将来——に、その安請け合いを後悔した。
「まずは走るぞ、スキップしながらだかんな?」
「イエッサー!」
「スキップスキップランランラン〜! スキップスキップランランラン〜!」
「す、スキップスキップランランラン〜、スキップスキップランランラン〜」
牛乳配達のバイトなど悟空には探せなかったので、彼は早朝のうちに舞空術で代わりのコースを見つけておき、ついでに元のそれより距離も増やした。街中では負荷が不十分だと思い、近くの荒野をスタートし、山に入ってジグザグ走行。
バランス感覚の修行のためにわざわざ崖っぷちに丸太をスタンバイしておき、それを越えたのちは激流を渡るのではなく登るように変えた。もちろんどちらも、一歩間違えば死の危険がある。
「それそれー! 逃げねえと踏み殺されちまうぞー!」
「ちょ、置いていかないでくださいよ孫さん!?」
なお、恐竜は見つからなかったので、山を越え降りた先にある草原のバイソンの群れに突っ込んだ。
言葉では伝わりにくいが、アメリカバイソンの体重は500キロを優に超える。その群れが暴れ出したならどうなるか……想像に難くないだろう。
「オッス!」
「おー、坊主。さっきぶりだな。そっちの兄ちゃんか、畑手伝ってくれるってのは?」
「オラも手伝うぞ、よろしくな!」
「こっちこそ頼むぞ、坊主。……おい、坊主? トラクターとか使わねえのか?」
「ああ、修行になんねえからな。オールマイト、ここを手で耕すんだ」
「……テ?」
「ああ、素手でな! 早くやんねえとおっちゃんの仕事の邪魔んなっちまうから急ぐぞ!」
アメリカの畑はハンパじゃなかった。流石に国土が違う。
悟空が昔耕したものより広いかもしれない。
「朝飯が遅くなっちまったな。オラそこで魚とってくるからよ、火ぃ起こしといてくれ」
食事は自給自足だ。ここにランチさんは居ない。
「次は本当は勉強なんだけどよ、オラここの住人じゃねえし勉強ってのも……」
「いやいや、悟空さんもしばらくこの世界に住むんですから、一般常識くらいは学びましょう」
「ええ〜!! お、オラそんなのいいよぉ!?」
ウルトラハードな修行の最中、ちょっとしたオールマイトの反撃も踏まえつつ。
「もう昼だしな。飯食ったら休憩だ、しっかり休んどけよ、これも修行だかんな?」
「HAHAHA、ノープロブレムです! 私は寝つきはいい方Zzzz……」
そして午後からは。
「ここから向こうの小島まで泳いで、それを10往復すんだ」
「あそこですか。なかなかの距離ですが、それくらいなら……」
ちなみにその辺りの海域は、サメが生息していることで有名だ。オールマイトは見落としていたが、遊泳禁止サメ注意の看板が近所に建てられていた。
「ちゃんとロープくくっとけよ? 簡単に解けちまったら意味ねえかんな?」
「はい、ですが……何をするんですか?」
余談だが、スズメバチは地球上で最も人間を殺している非常に危険な生き物だ。決して修行に利用するような真似をしてはいけない。
「ふぅ〜、今日はこれくらいにしとくかな」
「あ、ありがとう……ございました……」
「明日はこの岩を背負ってやるからな? それに、もっと早くやんねえと組手の時間も取れねえし、ペースも上げてくぞ?」
悟空がドスン、と岩を地面に置くとともに、オールマイトは地面に突っ伏した。
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激突、悟空とオールマイト!
「さあて、いっちょはじめっか!」
「HAHAHAHAHA! 望むところですよ、孫さん!」
修行開始から二ヶ月後。
オールマイトはようやく亀仙流修行を規定の早さでこなすことに成功した。
普段はヒーロー活動や大学の授業があるため、早朝のメニューしか出来ない日も多いなかで、たった二月足らず……これはひとえに、オールマイトの努力の賜物だろう。
全メニューをこなせない日は悟空と同じ量の重りを背負った。途中からはデイヴィットの協力も取り付け、岩よりもずっと重いウエイトに変えていたというのに……だ。
“個性”も使わない条件下では、まだ無茶だと悟空もデイヴィットも忠告をしたがオールマイトはそれを覆し、反芻し、確実に血肉に変えていった。
そして今日……ついに、悟空との組手が始まる。
「組手じゃあ“個性”も使えよ、オラも全力で行くかんな!」
「当然!! では——早速行きますよ!!」
構え、そして向かい合う。
武道家である悟空に対して、オールマイトはヒーローだ。目的の違いは、構えに表れた。
あらゆる危機に備える……それが構えであり、両者ともその点においては一致する。ただし、対象が違う。
悟空の構えが自身への危険を退けるためのものであるのに対して。オールマイトのそれは、本来なら自身以上に他者を危険から遠ざけるためのものだ。
自ずと得意とする状況も分かれてきて。
「
とりわけ、突発的な事象。速攻においてはオールマイトに分があった。
突撃とともにクロスチョップを放つオールマイトの技の一つであり、かつてナムから受けた天空ペケ字拳を、パワー、スピードの両面において上回っていた。
あるいは、悟空が“本当に少年期”であったなら、スロースターターである彼はこの技を受け、ダメージを負っていたかもしれない。
しかし悟空もまた、成長している。
悟空は小さくなった身体を活かしてバク転の要領でクロスチョップを躱すと、そのまま両手を地面に付き、オールマイトの顎に目掛けて両足を伸ばした。
無論オールマイトも、悟空が回避する可能性は視野に入れている。
「
今の悟空はリーチが短いが、それは弱点であると同時に長所だ。パンチにしてもキックにしても伸び切った瞬間こそが最大威力を発揮する。リーチが短ければ、その分パワーを発揮できる地点が近くなる。要は超近距離戦に強くなるのだ。
その土俵で無理に戦おうとすれば、巨漢のオールマイトは不利となるだろう。
だからこそのOKLAHOMA SMASH。この技は本来身体を拘束された際などに遠心力でそれを振り解くために使用することが多いが、その際に発生する風圧は馬鹿にならない。
悟空の体重では、その場に踏み止まるのも難しいほどに。
「うわわっ!!?」
「隙あり!」
体勢を崩した悟空へ、オールマイトのライトストレートが打ち込まれ——しかし、失敗する。
「へへー、舞空術ー!」
「しまった、これがあったか……!?」
「お返しだぁ!!」
舞空術でオールマイトの拳をすり抜けた悟空は、カウンターでオールマイトの顔面に逆にパンチを叩き込んだ。自身の力も利用された形でまともに食らったオールマイトは身体を大きく吹き飛ばされてしまう。
「ぐぉっ……さ、流石に効く……!」
悟空の拳は岩石どころか鉄をも容易に砕く。プラス、自身の突進力だ。効かないわけがないのだが……オールマイトもまた並ではない。
ダメージはあれど、決定的ではなく。それどころか即座に反撃に移るだけの余裕を見せた。
しかし、悟空とてそれを待つばかりではない。
「今度はオラから行くぞ!」
単純に身体的パワーを比べたなら、オールマイトは悟空を上回っていた。しかしスピードにおいては別。突撃しようとしたオールマイトの出鼻を挫くその速さは、常人なら肉眼に収めることすら不可能なほどのものだ。
もはや、視野から外れる、目で追えない……などといったレベルを超えている。
再び懐への侵入を許してしまうが、オールマイトも同じ轍は踏まない。ガッシリと守りを固め、悟空の連打をガードする。
(なんと恐ろしいスピード! まるで、腕が幾本もあるかのようだ……!)
実際、悟空の連打は腕を物理的に倍にしてしまう怪人・天津飯を相手にしてすら遅れを取らなかった。
一つ一つの一撃が軽いというわけでもない。
重さこそオールマイトに譲るが、腕ごと貫かんばかりの抉りこむように放たれる拳は、今まで体験したことのない打撃だ。
「だが!!」
——だからこそ、乗り超える甲斐がある!
守るばかりでは話にならない。少しずつ、少しずつ防御を手放していく。
当然そうすれば防ぎきれなかった悟空の打撃は身体を打ち据えることとなり、オールマイトの口から苦悶の声が漏れる。しかし、確実に余裕が生まれ始める。
そうして作ったリソースは、反攻のために消費される。
「ここだぁ!!」
「ぐあっ!?」
溜めに溜めた一撃。
ラッシュの合間合間のほんの一瞬に向けて放たれた
地面を削りながら転げ回る悟空の有り様は、人身事故どころではない。
他者に死すら予感させるもの。
「……し、しまった、やりすぎたか!?」
「いちち……効いたぞぉ、今のは。やるなぁ、オールマイト!」
だが、悟空のタフネスは見た目不相応もいいところ。常識外れに尋常ではない。
一瞬心配になったが、“やはり”杞憂だったようだ。
「私のベストヒットを受けておいて、軽く立ち上がってくれるものだ……!」
「軽くじゃねえよ、結構痛かったんだからな? おめぇだってオラのパンチ食らってもピンピンしてたじゃねえか」
二人とも、理由は違えど戦いの中で笑顔を浮かべる者同士。
両者の戦いを第三者が見ていたなら、奇妙に思ったことだろう。
「よっしゃ、続き続き〜!」
「HAHA! あなたは本当に楽しそうに戦いますね」
闘争を望みつつも、決して悪ではない。むしろ無邪気といってもいい悟空に対して、オールマイトは苦笑する。
「ハハッ、まあな! オラ変わってるってよく言われっけどベジータはサイヤ人なら当然って開き直ってたぜ?」
「ベジータさんというと……もう一人のサイヤ人でしたか。息子さん達は違うんですか?」
「うーん、悟飯のやつは勉強の方が楽しいみてぇだし、悟天は遊びたい盛りだしなぁ」
とはいえ、ベジータの息子のトランクスも含めて三人ともここぞというところで好戦的なところを表に出す時がある。
ハーフとはいえ、戦闘種族は戦闘種族なのだろう。
「悟飯はそれでも最近は鍛え直したんだけどよぉ、悟天の方は修行嫌えだからな。オラ達が現役で居られんのもあと四十年くれぇだし、たまにゃあ鍛えてくれねぇかと思ってんだけどなぁ」
「よ、四十年も現役で居られるなら急がなくてもいいと思いますが……」
もっとも、そうそうサイヤ人に勝てる者など現れることはないし、孫のパンも生まれたばかりだというのに舞空術で飛び回るほどの将来有望っぷりだ。
「それよか、さっさと再開しようぜ、時間なくなっちまう!」
「HAHAHA、ブレませんねあなた!」
再び悟空とオールマイトは激突する。悟空の手刀に対して、オールマイトは初志貫徹、拳を叩きつける
衝撃波を無作為に撒き散らしながら両者は互いの裏をかこうと打撃を重ねて続けるが、ここでオールマイトは。
「孫さん!」
「どうした、タンマか?」
「いいえ! ただ——今度は本当の本気でお願いします!」
「! ハハ、バレちまったか……」
乱打戦を続けながら、二人は言葉を交わす。
オールマイトは最初から気づいていた。
今の自分では、悟空に及ばないだろうということを……。
パワーやスピードといった単純な話ではない。技と……そして何より、戦いの年季が違いすぎる。
オールマイトは日本にいる間、常に師・志村菜奈や彼を鍛えるために教師となったグラントリノといった格上を相手に訓練してきた。
その経験から来る洞察力が、悟空の秘めた力を見抜いたのだ。
「あなたはきっと、単純な戦闘能力でいえば私の恩師達より上だ」
オールマイトの現在の実力は、その“個性”——ワン・フォー・オールを以ってすら、グラントリノに及ばない。技量、そして何より経験値の差が師を超えさせてはくれなかった。
実際、師を殺めた怨敵に挑みかかろうと意気込んでるところを完膚なきまでに叩きのめされ、諌められたくらいだ。
「きっとあなたは私を圧倒したくないんだ。そうでしょう?」
「……」
圧倒的な戦いとは、もはや戦いとは呼ばない。蹂躙だ。それを孫悟空という男が好むとはオールマイトには思えなかった。
「けれど、それではダメなんです!」
アメリカに来たのは、武者修行というだけではない。……日本に居たのでは、きっとオールマイトは我慢ができなかったからだ。
力も磨かないまま敵に——オール・フォー・ワンに挑み、無様に犬死するとグラントリノに見抜かれたからだ。
苦渋の決断だった。
師の守ろうとした国を離れ、力を高めるためという名目でオールマイトはここに居る。
しかし、いつまでもこのままで居るつもりは毛頭なかった。
「私の戦う相手は、そういう相手なんです! だが……孫さん、あなたとの約束は守る! 反故にしようというわけじゃない!」
孫悟空という存在は、オールマイトにとって渡りに船であった。
この世界にとっては全く異質な強者であり、尚且つ善に属する人。その強さは“個性”によるものではない。
——一部でも、その実力を自分に取り込めたなら。
「だがまず! あなたに私を鍛えていただきたい!」
オールマイトの言葉はどこまでも真っ直ぐで、それは悟空にも伝わった。
「おめぇの気持ちはよく分かった。……けどオラ、あんまり人に修行つけんのは得意じゃねえんだ。正直向いてねえって自分でも思う」
その昔ピッコロが言ったように、悟空は誰かに修行をつけるのには向いていない。自分の身体であれば幾らでもいじめ抜けるが、他人が相手だとどうしても情けをかけてしまう。
亀仙流の修行は信頼する師匠である亀仙人が考えついたものであるという自信が、その遠慮を減らしてくれていただけのことで、それ以上にオールマイト自身の意思でついてきたというところも大きかった。
「だからオラ……」
「——いいんですか?」
「へっ?」
「いいんですか? あなたが本気で私を鍛えたなら——私は、あなたの強敵になると思いますよ?」
「!」
約束は守る。その言葉が意味したのは、これだ。
「どうですか、戦いたくないですか? 強くなった、この私と!」
……その提案に。
「——分かった、そこまで言われちゃ仕方ねえな。それに正直……オラ、戦ってみてえと思うしよ」
悟空の胸中は、たしかに疼いていた。
「……っ!! ありがとうございます!!!」
「けどオラ、本当に誰かに教えるなんて久々だかんな。どうなってもしんねえぞ?」
「もちろん、覚悟は出来てますよ!」
そう答えた瞬間。悟空は拳の雨を掻い潜り、オールマイトの鳩尾へ肘を入れた。
一撃ではなく、タフなオールマイトでも絶対に耐えられないように三発を重ねて。
「う……ぐ、おおお……!?」
「だったらオラも、こっからはパワー全開でおめぇの相手をするからな」
こうして悟空とオールマイトの修行は真のスタートを切るのであった。
ちなみにオールマイトの渡米理由、現在の実力は劇場版特典の描き下ろし漫画を参考にしています。
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オールマイトの試み
「……出ねぇなぁ?」
「……出ません、ねぇ?」
両手の平を胸の前で向かい合わせ、意識を集中しているオールマイトと、それをじーっと観察する悟空。
「なあ……キミたち?」
「邪魔すんなよ、デイヴ。オラ達いま真剣なんだ」
「いや、ゴクウさん。それはなんとなく見れば分かるんですが……」
修行が始まってから既に一年以上が経つ。あれ以来、悟空はオールマイトの家に住んでいた。逆内弟子といったところか。
とはいえ、悟空も家でじっとしているような性格でもなく、オールマイトもまた休日は修行、平日はヒーロー活動と学業という二足の草鞋で、寝る以外ではほぼほぼ家に寄り付かなかったが。
最近はデイヴィットの研究室を溜まり場扱いしていて、よく三人で集まってる光景が目撃されている。今もそうだ。
オールマイトもデイヴィットも悟空とかなり打ち解けてきて、今では苗字ではなく気軽な名前呼びとなっている。
正体不明の十歳前後の子供がオールマイトの周りでウロチョロしていることも噂になっており、その愛らしい容姿——実際のところは四十のいい歳したおっさんなのだが——も相まって、ちょっとした人気も出ている。
が、それは今どうでもいい。
「真剣なのは分かるんですが……何に真剣になってるんですか?」
「悟空さんに気のコントロールを教わっているんだよ」
「キ……とは?」
「こういうやつのことだよ?」
悟空はハテナマークを浮かべたデイヴィットの前に手を出し、気弾を浮かべてみせた。室内で何処かに飛ばすのは危険なので、手の平に待機させたままだ。
「こ、これは……あなた達特有の能力なのでは……?」
「そんなことねえよ、気は誰にだってあるんだから」
「悟空さんはそれを感じ取ることが出来るらしく、我々のこともその気というもので気配以上に正確に認識出来るのさ」
つまり。
「我々にも気があるということだ。おそらくこれは我々にとっての気功、オーラ、魔力といった概念なんだろう。あると言われつつも、科学的な証明は出来ていない生体エネルギーということさ」
「なる、ほど……いやしかし、科学者として目の前に実際にあるものを否定は出来ない……」
純粋な科学畑の人間であるデイヴィットには受け入れがたいものであったが、自分の目で見てしまったなら信じる他ない。
「それは分かったが……どう見てもトシの手の平から光の玉が出ているようには見えないぞ?」
「そこだよ問題は!」
「問題、というと? 正直出ないのが普通だと思うが?」
「悟空さん! ご説明を!」
話を振られた今でも、悟空は首を傾げたままであった。デイヴィットにも、悟空が珍しくかなり悩んでいるのが見て取れた。
「こんだけ気が集まってたらよぉ。普通小せえ気の玉くれえ出るもんなんだ。オラの子の嫁も……ありゃ? あいつもオラの子になんのか? まあいいや、ともかくそいつもよぉ。オールマイトに比べたら強さは大したことねえんだけど、ちょっとくらいなら気も出せるし、舞空術だって使えんだぜ?」
途中で話が脱線しているが、悟空が言いたいのはオールマイトはそれなりに気を集められているのに、何も反応がないのはおかしいということだ。
「トシに自覚はあるのか?」
「ああ、なんとなくだが理解はできているよ」
それも含めて、オールマイトならもうとっくに気弾を放ててもおかしくないレベルに達しているという事実が悟空を困らせていた。
悟空はオールマイトの修行をつけるという約束を生真面目に守っていた。戦いに関することというのもあって、こうして“新たな戦法”に対してまで相談に乗るほどだ。
「そもそも、どういう話の経緯なんだ?」
「いやね、悟空さんが組手のときによく舞空術を戦術に組み込むんだが、それがとても厄介なんだ! だから私にも使えたらな〜と!」
雄英高校時代にグラントリノにひたすらボコボコに……いや、しごかれたのと同じく、悟空もまた可能な限り厳しく指導して欲しいというオールマイトの頼みに応え、組手のたびに彼を痣だらけにしていた。傍目にみればボロ雑巾といっても良い。
組手の頻度はグラントリノとの実戦訓練に比べれば少ないが、初めに受けた鳩尾への肘打ち連打はオールマイトの新たなトラウマとして心に刻み付けられている。
それでもオールマイトは悟空との戦いから、様々なことを学び取っていた。舞空術に興味を持ったのも、その延長である。
舞空術は空を飛べるというだけの技ではないということにオールマイトは気づいたのだ。
「飛行能力というだけでも有用だが、この舞空術というのはそれだけじゃないんだ。空中においても推力をいつでも確保できる……つまり、地上で地面を踏みしめている時と同等の格闘戦が可能になるんだ! 三次元的な空間把握は必要になってくるが、このアドバンテージはかなり大きい!」
オールマイトとて空中にいる相手と戦う術は持っている。それは、空中への大跳躍に加えて、拳圧等による迎撃・方向転換など多岐に渡るが、やはり地上に比べれば不自由と言わざるを得ない。
それほど“地面”というのは重要なのだ。
格闘戦において、地面を如何にして踏みしめるかは戦況を容易に左右する。力量が伯仲するほどに重要度を増していき、相手に理想の足運びをさせないための小技なども実力者は備えているほどだ。
だが、舞空術を用いていつでも推進力を確保できる戦士達にはその理屈が通用しない。
「あり得ない体勢から突如として放たれる強打……あれは効く」
グラントリノとの長きに渡る実戦訓練もまた、その理論をオールマイトの中で確かなものとして受け入れる下地を作っていた。彼は足裏から放たれるジェットで、空中だろうと何処であろうと縦横無尽に飛び回り、予想外の一撃を叩き込んでくる。
「だから私も!……と、思ったんだ」
「が、上手くいかないわけだ」
「その通り!!」
胸を張って言うことでもないが。
「……しかし、ゴクウさんの言う通りなら出来てて当然なくらいなんだろう?」
「ああ、それで二人して頭を悩ませていたのさ」
「気を完全にコントロールすんのは、ハッキリ言ってめちゃくちゃ難しい。オラだって、ここまで来るのに何十年もかかってる。けど舞空術や気功波くれえならコツさえ掴めりゃ出来ないってほどのもんじゃねえんだ」
「ふむ……。これはもう、生物としての違いとしか私には思えないんだがな」
デイヴィットの出した結論。それは悟空やオールマイトには辿り着けないものであった。
「というと?」
「いや、本当に正解かは私にも分からない。私は科学者だ、キミ達とは視点が異なる」
「とりあえず話してみろよ、オラ達の方はもうお手上げだしな」
「……わかりました。そういうことなら、渋る理由はありません」
二人に促されたデイヴィットは、自分の考えを整理しながら口を開いた。
「まず、ゴクウさんが気と呼称するエネルギー……これはトシの言うように生体エネルギーの総称と考えてまず間違いないだろう。故に私たち、この世界の人間もまたそれを保持している。トシがそれを感覚的に理解できたことも踏まえれば、コントロールも可能と考えていいだろう」
ここまでは悟空とオールマイトの話を元に組み立てた答えで、おそらくそれは間違いではないだろう。気を操作できる戦士達にとっても知らない者へ説明するのが難しい概念なので、答え合わせは出来ないが。
あるいは、スカウターを開発したツフル人やその技術を吸収した科学者達であれば科学的に説明も出来たのかもしれない。
「だが、体外へは放出できない。ここが難点だ。ゴクウさん、気の使用に種族的な差はなかったのですか?」
「差、かぁ。そりゃ変な技使うやつとかは居たけどよぉ?」
「些細なことで構いませんよ」
「うーん……。あっ! そういやよ、昔戦った宇宙人達のなかにオラ達が気をコントロールしてんのを珍しがってる連中が居たぞ!」
「ということは、コントロール出来ない種族も居るということですね?」
「ああ。どいつも多少は変わるもんだけど、大きく変化させられないやつは確かに居た」
「つまり、そういうことだと思うぞ、トシ」
その意味はオールマイトにもすぐに理解できた。
「……我々も、それが出来ない種族ということか」
「その通り。ゴクウさんの話を聞く限り、同じ地球人でもこちらとあちらでは違いがある」
悟空のいた地球には、怪物型や動物型の地球人も存在しているらしく、なんなら彼の親友は鼻と髪の毛が無いそうだ。体格一つとっても、巨人のような者も居るらしい。
“個性”のない世界から来たというのに悟空がやたらと早く順応したのをデイヴィットは不思議に思っていたが、それは細かいことを気にしない彼の性格の問題だと初めは思っていた。
しかし、悟空の話を聞くうちにその予想が間違いであったことに気づき、ひいては今回の結論に至るファクターとなったのだ。
「ゴクウさんのDNA情報から想像した限りでは、あちらの地球人もそこ以外は然程違わないのかもしれないが……気を体外に向けて作用させる類の技は諦めた方がいいかもしれない。不可能ではないかもしれないが、難度は高いだろう」
オールマイトの希望をバッサリと断ち切る形とはなったが、デイヴィットの結論は的を射ているように思えた。
「となると、コントロールを学んだのは無駄に終わるか……」
「んなことねえ。続けりゃいいさ」
「悟空さん?」
「別によぉ、舞空術や気功波だけが気の使い方じゃねえんだぜ?」
気を利用した闘法は、目に見えるものばかりではない。
「気を探れるようになれば、目に見えねえ動きだって捉えることが出来るし、隠れてるやつだって見つけられるんだ」
「あっ……だ、だから後ろからの攻撃でもまるで見えているかのように……!」
心当たりがあったオールマイトは、腑に落ちたといった様子だ。
「まさか、そんなことまで……」
「気の操作に慣れてくりゃあ、それを大きく高めてパワーを爆発させることだって出来んだ。無駄なもんかよ」
「瞬間的なパワーの増強……か。トシの“個性”との相性もいい」
悟空の修行の基本方針は亀仙人と同じで、基礎能力の強化がメイン。加えて、オールマイトの経験不足を補うための組手を中心とした内容であった。
技の習熟は本人の創意工夫に任せるのが亀仙流だ。
しかし、これぐらいのアドバイスは許されるだろう。
「では、このまま気の扱いに慣れていけばいずれは!」
「ああ、きっとな!」
「Yes!!!」
と、ガッツポーズを浮かべるオールマイト。努力が無駄ではないと分かれば、あとは突き進むだけでいい。
「そうと決まれば修行……と、言ってもこれは焦って習得出来るものでもないか」
「ハハハ、そりゃ楽じゃねえさ」
「というか、これは精神集中以外に鍛錬の方法はあるんですか?」
「あるぞ。悟飯のやつもガキの頃ピッコロに教わってたんだ」
「おお! では早速お願いします!」
なお……オールマイトはその日、新たなトラウマを更新することとなった。
悟飯とピッコロの修行=オールマイトとグラントリノの訓練
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不穏な気配
デイヴィットの地元、カリフォルニア州には、とある都市伝説が流れていた。数ある都市伝説の中でも、これに関しては異例中の異例で、幾人もの人々が実在を訴えている。
決して少なくない人数の彼らが、口を揃えてこう言うのだ。
警官隊が蹴散らされ、ヒーローが力尽き、ヴィラン達の魔の手が守る者の居なくなった我々を脅かそうとしたその時。
——
*****
「ふわぁぁぁ……」
心地の良い陽気。清々しい風が、辺り一面の豊かな緑が放つ香りを一杯に運び、鼻をくすぐる。
流れる川のせせらぎもまた、のどかさに拍車をかけて、一層眠気を誘う。
「……なかなか釣れねぇなぁ」
釣り糸を垂らして川縁に寝転んだ悟空が、口を開く。
そうは言うものの、悟空は別に不満には思っておらず、この時間を楽しんでいた。腹を満たすだけでいいなら、今頃手っ取り早く手掴みで獲っているところだろう。
今日の修行は休みだ。否、悟空にとってはこれもまた修行かもしれない。根を詰めるばかりが修行ではないということを、彼は頭以上に経験則で理解していた。
これは何も、今日が初めてではない。
さらに二年……合計三年に渡り、オールマイトに修行をつけ続けてきたが、こうしてのんびりと一日を過ごした日も少なくはなかった。
まあ、今日は少々事情が異なるのだが。
いつもならオールマイトもまた身体を休めて、今後に備えているところ。
しかし彼は、今日この場には居なかった。
普段からヒーロー活動に修行にと忙しなく動き回っているオールマイトにはどうしても足りなくなるものがある。
もちろん全てが満ち足りた人間など存在しないので、一般論的なものは除くとしても、どうしても必要なある物がオールマイト……いや、八木俊典には不足しがちだ。
——大学の単位である。
オールマイトの本分はヒーロー活動だが、八木俊典の本分は勉学だ。単位を落とすわけにはいかない。
真の目的は別にあるとしても、オールマイトは表向き留学生としてアメリカを訪れたのだ。それを蔑ろにして良いわけはなかった。なお、
本来今日も修行の予定だった。しかし、どうしても大学に行かなければ非常に不味い状況になったので、急遽休みとしたのだ。今頃は机に張り付いていることだろう。
悟空の方もなんとなくそれに倣うように、こうして余暇に浸っている。
「悟飯のやつも苦労してたからなぁ」
オールマイトにこの世界での一般常識を教わった以外の勉強は、チチに運転免許を無理矢理取らされた時にやったのが最後だろう。当時は空も飛べるし筋斗雲もあるのに必要なのか……という釈然としない気持ちもあったが、家族をドライブに連れていったり野菜を納品するときに使ったりとなんだかんだで役には立っていた。
ちなみに、最近はある程度一般常識も学べてきたので、亀仙流修行における勉強の時間は主にオールマイトの自習に当てられている。
「にしても平和——じゃ、ないみてえだなぁ」
あと一歩で寝こけてしまおうかという時に、ふと感じ取れたのは戦闘の気とその周囲のざわめき。悟空もこの世界の事情に明るくなってきてからは、これが何を表すのかは予想が付くようになった。
なにせ、“毎度”のことなのだから。
「まったく。しょうがねえなぁ、ここの奴等は」
いつか息子が口にしたような文句を言いながら。
次の瞬間には、そこに悟空の姿はなかった。
*****
カリフォルニアでもこの周辺の区画は、カジノ街ということに加えて、家族連れや観光客向けのアミューズメントも多いため、人と金とが集まりやすい。
どこの国にも付き物だが、そういう場所ではトラブルも起こりやすく——また、進んでトラブルを持ち込む者も後を絶たない。
「エクトプラントッ!」
「ぐっ……ごほっ……構うな、カウレディ!?」
二人のヒーロー、体内で発電した強力な電撃を武器に戦うエクトプラントと、牛になる“個性”を持つカウレディがそこには居た。
両者ともに満身創痍。エクトプラントに至っては鉄筋コンクリート製の建造物を突き破るほどの勢いで弾き飛ばされ、もはや戦闘不能に近い。カウレディも致命打は受けていないが、足をやられており、満足に戦える状態ではなかった。
当然、この場にいるのは彼らだけでは無い。
遠巻きに成り行きを眺めながら怯え、あるいは湧き、叫び、三者三様に喧騒を作り出す市民達の輪。建物の屋上などにもその姿は見られ、余すことなく周囲を取り囲んでいる。
中心には——もちろんヴィラン。真っ黒い肌で、表情は無一色。まるで感情というものを感じさせない不気味な巨漢であった。
本来なら危険を避けるために警官達が市民を遠ざけているところだが、ヒーローの到着が遅れたため、先にヴィランに蹴散らされてしまい、その余裕がない。市民の数に比べて余りにも警官の数が不足していた。
ヴィランが暴れたのはここだけではない。短時間でいくつもの地域を襲撃し、破壊した。そちらにも人員を割いているため、全てをカバーすることは出来なかったのだ。
そしてこの状況は、ヒーローや警察に非があるというより、ヴィランが上手だったというべきものだろう。
ヴィラン出現から五分。ヒーロー到着から僅か十分。到着までの時間は決して遅かった訳ではない。仮にも活躍中のプロヒーロー、実力は折り紙付きだ。
二人の実力派プロヒーローを以ってして、なお圧倒されている。
「こいつ、普通じゃない……!」
「複数の“個性”……ジョークにしては面白くないわね……!」
初めは単純なパワーとスピードを増強するタイプの“個性”だと思っていた。しかし違った。
硬化に、再生……それに筋骨のバネ化。確認できる限りそれだけの“個性”は持っている。
パワーとスピードでバネ化した筋骨を限界以上の威力で打ち出し、打撃がインパクトする瞬間に硬化。無理な動きに耐えかねて自壊した肉体も再生で補える。そして防御に関しても、硬化と再生を突破出来ず、カウレディとエクトプラントが成す術無く敗れたほどにハイレベルだ。
「あなた……目的はなんなの、答えなさい!!」
もちろん複数の“個性”というのは大きな謎だ。だが、それ以上に不可解なのは目的だ。
このヴィランは何をするでも無く暴れ回り、敵対する者は迷わず破壊する。だが、言ってしまえばそれだけでしかない。
“個性”の使用を楽しむヴィランというのも居るが、その手の輩はその誰もが感情を爆発させるものだ。このヴィランにはそれが全くない。
「やはり、答えんか……うぐっ!?」
「喋らないで、傷に響くわ!」
応援に来たヒーローも居るが、戦闘向きの“個性”ではなかったため、警察や消防とともにヴィランの被害に遭った市民の救助や火災の消火に当たっている。あちらも放っておけるほど小さな被害では無く、応援も期待できない。
「いつもなら、オールマイト辺りが駆けつけてきそうなものだが……」
「無いものねだりね……私たちでなんとかするしかないわ」
とはいえ、エクトプラントもカウレディも満足に戦闘が出来る身体ではない。
「カウレディ、前に出ろ。後方から援護する……!」
「無茶……なんて言ってられないか! せめて時間くらいは稼がないとね……!」
ヴィランは健在。どころか、無傷に近い。ここで引くことは出来なかった。
市民が不安そうに見つめる中で、再びヒーローの戦いが始まろうとした……その時。
そう——
*****
「こいつはひでえな……」
あちこちから煙や火の手が上がり、救急車両のサイレンがそこかしこから響いてくる。
「……あそこだな」
普通の人々より明らかに強い気が三つ。気の昂りから、戦闘中なのが分かる。取り分け大きい悪の気が一つ、それより小さいのが一つ。そして、もう一つは……。
「気が小さくなっていく……やべえな、早く行った方が良さそうだ!」
人類の動体視力を置き去りにする速度でその場から搔き消え、現場へと向かう。しかし、ただ戦闘に混ざるという訳にはいかなかった。
悟空はこれまでも何度か悪人を退治してきたが、デイヴィットの忠告もあって、派手には動いていない。
「ゴクウさん、あなたの力はこの世界では“個性”以外の理由で説明することができません。少なくとも、一眼見ただけでは。目立ち過ぎれば、世間はきっとあなたを放っておいてはくれないはずだ。……しかしあなたは、悪人を前に見て見ぬ振りは出来ないでしょう? だから、これだけは必ず守ってください」
——誰にも見られてはいけない。
どんな無茶だという話だが、それは透明人間と孫悟空以外に向けた台詞。デイヴィットにはそれが分かっていたからこその忠告だ。
オールマイトの鍛え抜かれた動体視力でも捉えられない超スピードは、一般人や並のヒーローから見れば消えているのと変わらない。
だが今回はそう簡単にいきそうもなかった。
とても一瞬で決着をつけられそうな相手とは思えない。尋常ではないヴィランの気が、それを予感させた。
歪……その一言に尽きるのに、不自然なほど無機質な気配。
有り体に言えば、不気味極まりない。
「まるでセルみてえだ……。けど、あいつとは全然違う」
気の大きさは当然雲泥の差だが、いくつも混じり合ったような気はセルと似ている。
とはいえ、セルに比べればあまりに不安定すぎた。似ているといえば似ているのに、根底では全く違っている。
「あいつだな、よぉし! かめはめ……」
舞空術で空から接近していた悟空は、ヴィランの真上に到着した。市民やヒーローの目はヴィランに集中しており、誰も上空には注目していない。
「波ぁっ!!」
真上に向けて放ったかめはめ波を推進力に、悟空はヴィラン目掛けて目にも留まらぬ速度で急降下していき。
「ッ!!?!」
ヴィランの頭頂に、強かな一撃を叩き込んだ。
同時に騒めきが起こる。目の前で見ていたヒーローですら、何かが落下してきたという以外、捉えることは叶わなかった。
「今度はなにっ!?」
発動型の“個性”である硬化を使うことも出来ず、ヴィランはアスファルトに打ち付けられる。だが、頭部が埋まるほどの一撃をもらいながらも、ヴィランは何事もなかったかのように立ち上がり、ダメージも再生の“個性”で回復してしまう。
悟空はといえば拳を叩きつけた勢いで壁に張り付き、再度ヴィランに飛び掛かる。
懐へ潜った悟空は腕に渾身の力を込めて。
「はぁぁっ!!」
鳩尾に渾身のボディブローをねじ込み、周囲に衝撃を伝え、突風とともに舞空術でヴィランを上空へと連れて行く。
そうして、誰の目にも届かない高度まで達すると。
「おめぇ、やっぱ強えな。オラでもすぐには倒せそうにねえ。だからよぉ」
「??!」
「——ちょっと場所を変えさせてもらうぞ!」
空中で身体の自由が効かないヴィランを他所に、悟空はその身を翻すと。
「でぇやぁぁぁああああああっ!!!!」
ヴィランの腕を掴み取り、思い切り遠くへと投げ飛ばした。
目標は誰もいない荒野。そこなら誰も巻き込むことなく、誰かに姿を見られる心配もない。
ヴィランを投げ飛ばした悟空もまた、それを追いかけてその場から離れた。
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巨悪との接触
「思いっきり投げ飛ばしたってのにまるで堪えちゃいねぇ。本当にタフなやつだな」
悟空によって荒野まで投げ飛ばされた黒肌のヴィランは大地を何度も勢いよく跳ねながら、着弾地点から更に飛距離を伸ばし、巨大な岩石にぶつかる形でようやく停止した。
しかしそれでいて、なお健在。
何事も無かったかのように立ち上がる。
既に傷も回復し始めており、程なくして真実何もなかったことになるだろう。
「やっぱりピッコロみてえに治っちまうのか……どうすっかなぁ」
考え込む悟空を他所にヴィランは身体を斜に構えると……。
「おい、おめぇ何処に行く気だ!」
ヴィランはどういうわけか、悟空を無視して走り出した。行く手にはさっきまでヴィランが暴れていた街が見える。
もちろん悟空もそれを黙って見ている訳はない。脇を通り抜けようとしたヴィランの前に立つと、顎を蹴飛ばして再び元居た場所に叩きつけた。
「オラを倒さねえと、街には戻れねえぞ」
「……」
悟空の言葉がヴィランに通じたとは思えない。
だが、少なくとも敵だということは伝わったようだ。右拳を振りかぶり、悟空に襲いかかってきた。
先ほどとは打って変わって攻撃的だ。
ヒーロー達を降したのと同様の“個性”を複数組み合わせて放つ打撃。とはいえ、スピードとパワーはあっても軌道が読みやすいテレフォンパンチでしかなく、悟空にとってみれば避けるのはそう難しくない。
しかしそれだけならば、ヒーロー達も敗れることはなかっただろう。
「何っ!?」
躱しざまに一撃お見舞いしてやろうと構えたその時には、既にヴィランの腕は彼の懐近くまで引き戻されていた。ヒーロー達がヴィランの打撃の秘密を、他の何でもなく筋骨のバネ化と予想したのはこのためだ。
例えばゴム化であったなら、もっと射程は広がっており、尚且つ反動も大きかっただろう。が、自らの挙動によって傷つくこともなかったはず。故に、バネ。詳細はどうあれ、それに近い性質だと判断した。
——バネならば、伸縮したのち元に戻るのは必然。
戦い始めたばかりの悟空にはそんな情報を知る由もなく、判断の遅れは明確な隙を生むことになる。
ヒーロー達もまた、そのために敗れた。
「…………」
ラッシュパンチ。
マシンガンの如き……という形容が存在するが、これほど似合うものも他にない。間断なく響き渡るズドドドッという破砕音がその凄まじさを物語っていた。実体は弾丸ではなく、砲弾を一斉掃射するかのような有様であったが。
あまりの威力、あまりの手数に地面はことごとく砕け散り、既に地形すら元のままではない。
巻き上がった砂けむりで視界もままならず、遠目に見たならハリケーンか何かが通った後のように映ったことだろう。
もし仮にヒーロー達を相手にこれほどの攻撃行動を取っていたなら、悟空の到着前に彼らは血肉溜まりへと変わっていたかもしれない。
そう思えても不思議ではないほどのヴィランは徹底していた。
一体、何がヴィランをそうさせるのか……一体、“ヒーロー達と悟空では何が違うのか”。
ようやく止まったかと思えば、どうやら腕へのダメージが限界に達したらしく、再生に集中している。
「おめぇあんまり頭は良くねぇみてぇだな」
「……」
後ろから聞こえてきたその声にも、ヴィランは振り返るだけでやはり感情に変化は見られなかった。
「ちぇっ……ちょっとは驚いてくれてもいいんだぜ?」
悟空は最初のパンチを躱した後、すぐに砂けむりに紛れてヴィランの背後に回り込んでいた。ヴィランはそれに気づかず地面を殴り続けていたのだが、まるで動揺している様子はない。
再生が終わったようで、ヴィランはまたも悟空に殴りかかる。
「動きを見せすぎたな、もうオラには通用しねえぞ!!」
腕が戻る前に手首を掴み、悟空は地面に片足を突き刺し、全力で踏ん張った。それでも腕が引き戻されることに変わりはないが、その腕が固定されているなら、動くのは当然ヴィランの身体の方。
近づいてくるヴィランの顔面に向けて、渾身の拳を捻り込んだ。
しかし一打では足りない。弾かれ、文字通りバネのように戻ってくるヴィランを何度も何度も殴り続ける。
それこそ、再生が間に合わないほど執拗に。硬化でも防げないほど痛烈に。
このまま攻撃を続ければ、程なくしてヴィランは力尽きるだろう。……しかし。
「降参しろ、おめぇに勝ち目はねえぞ」
悟空はそれをしない。ヴィランの手を離し、三度同じ岩山へ吹き飛ばす形で拳を収めた。
相手に勝機がなくなれば追撃はせず、手を止めて降伏を促す。悪癖とも美点とも取れるその行いを、彼は何十年も変わらず続けてきた。
さしものヴィランもダメージと脳震盪によりフラついている。地道に打撃で仕留めずとも、トドメを刺そうと思えば簡単だ。気円斬で真っ二つにするか、再生など二度と出来ないようにかめはめ波で消し飛ばすだけでいい。
「こう言っちゃ悪りぃけど、ヒーロー達は油断したな。おめぇは強えけど、それだけだ」
能力はあっても、行動は単純明快で技も皆無。力の大きさと実力が比例しないという典型的な例とも言える。
再生と硬化に阻まれて勝てなかったとしても、まともにやり合って負けることはなかったはずだ。もちろんヒーロー達には、市民への被害を防ぐためという理由もあったのだろうが。
ヴィランは未だ動けずにいる。当然だ、オールマイトでも悶絶したほどの威力の拳を何度も打ち込まれたのだから。
再生能力と硬化が無かったならとっくに死んでいるところだ。
「——まったく、酷いことをする子だ」
悟空にも算段はあった。降伏しないならしないで、こうしてダメージを回復している最中にでも拘束してしまえばいい……と。
確かにそれはデイヴィットやオールマイトに相談すれば叶うことだ。彼らの元になら“すぐに行ける”。
だが、この展開は完全に予想の外にあった。
「おめぇ、誰だ。そいつの仲間か?」
虚空から現れたのは、黒のビジネススーツに身を包んだ……突如現れたという以外には何の変哲もない成人男性だ。
しかしその、普通の相貌とは裏腹に放たれるオーラ。それは今まで感じた何とも違っていた。
「仲間……それは正しくないね。僕は、彼の
——巨悪。その言葉がよく似合う。
ピッコロ大魔王、フリーザ、セル、魔人ブウ、ザマス……誰とも似つかない。邪悪という一点では同じでも、性質はまるで異なっている。
単に力の大小によるものではない。それだけなら、いま挙げた誰もが目の前の男を上回っているだろう。
「キミと彼との戦いは見させてもらった。ありがとう、参考になったよ。彼はまだ試作品でね、キミが言ったように力はあるがシンプルな行動しか出来ないんだ。順応性にも酷く欠ける。『街で暴れろ』という僕の命令を守るために、邪魔者のキミを無視して戻ろうとするほどにね」
だがそれでも、目の前の男はすぐさま悟空を戦闘態勢へと移行させる迫力を持っていた。
「オラ、悪りぃやつとはたくさん戦ってきたけどよぉ。おめぇみてぇなのは初めてだ……」
「光栄とでも言っておくべきかな。どうやら見た目通りの年齢じゃないようだ。僕が言えた義理でもないけどね」
「なんでそいつを暴れされたんだ?」
「テストさ、彼がどれほどやれるか試したかった。本当は“別の男”で試したかったんだが……キミが来た。予定外だったが、嬉しい誤算だよ」
本当に何でもない……それだけなら、単なる微笑みでしかない表情でも、この男は悪意の発露に変えてしまう。
「“個性”の関係かな……僕には分かる。キミは“無個性”だ。けれど、その力はとてもそうは見えない。驚いたよ」
「おめぇの気配は感じなかった、そいつなんかよりずっと強えくせに何処に隠れてた。オラわからなかったぞ」
「遠視さ。そういう“個性”も持ってるんだ。なかなか役に立つ“個性”でね、マイブームなんだ」
「そうかよ。で、どうするつもりだ、オラと戦うのか?」
既に悟空は臨戦態勢だ。オールマイトとの組手で使う以上に気を高めて、男との戦闘に備えている。
「やめておくよ。僕が来たのは彼の回収のためだ。どうやら今の技術力では彼を完璧には仕上げられないようだけど、みすみす手放すのは惜しい。だから出来れば、このまま退散したいんだ。あまり長く国を留守にしたくはないしね」
ヴィランは男が現れてから活動を停止している。命令に忠実というだけあって、男の邪魔はしないようだ。
「どうかな、見逃してくれないか?」
「……オラよぉ。あんまこういうことはしねえんだ、別にヒーローってわけでもねえし」
「じゃあ、帰らせてもらえるのかな?」
「——いや」
言い知れぬ不信感が、悟空にそれを許さなかった。
「おめぇはここで倒す!!」
初手。反応する暇も与えず手刀を食らわせるべく飛びかかった。だが……。
「——衝撃反転×5」
「ッ!? うわぁぁぁぁぁぁあああっ!?!」
「悪いね、気分が乗らないんだ」
男はヴィランを盾にして悟空の手刀を受けた。しかし一撃を与えた手応えとは裏腹に悟空の身体は弾かれるように後方へと吹き飛ばされた。
盾にされたヴィランが吐血しているところを見ると、ダメージは通るようだが、男は当然無傷。
自分を吹き飛ばす衝撃を舞空術で堪え、すぐさま反撃に転じようと悟空は体勢を立て直し、男の方を見るが。
「おめぇ仲間を盾にしやがったなっ!!」
「何を言うんだ、殴ったのはキミだろう?」
悪びれもせず、男は笑う。
「僕はいくよ。また、機会があれば会おう。その時は相手をしてあげるよ」
「逃がすかっ!!」
次の瞬間には悟空は男の目前に迫っていたが。
「惜しい、タッチの差だ」
今一歩届かず。男はヴィランとともに虚空へと消え去っていた。
「くそ、あんにゃろぉ……妙な技使いやがって」
既にいまの悟空が気を感じられる位置には居ないようだ。
どうやらあれは何処かへ転移する能力らしく、痕跡一つ見当たらなかった。
「……オラも長居はしねえ方が良さそうだな」
遠くからいくつかの気が近づいてきているのが分かる。
どうやらヴィランを追ってきたヒーロー達のようだ。誰かが見ていたのか、それともそういう“個性”持ちがいたのかは分からないが、どちらにせよ時間の問題だったろう。
もうヴィランは居ないが、ここに居ては悟空も怪しまれるかもしれない。
消えた男の正体。そして何処へと消え去ったのか。気になることはいくつもあるが、ここで考えていても仕方がない。
心の中にしこりを残しつつ、悟空もまたヒーロー達に見つからないよう現場を去っていった。
活動報告にアンケートを置いているので良ければどうぞ。
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未来への選択
「ふぅ……よし、今日はここまでにしとくか」
「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう、ございます……」
組手を終えると、オールマイトは荒野に敷かれた砂や小石が汗にへばりつくのも構わず、背中から地面に倒れた。しかし、激しい疲労こそ窺わせるものの、以前に比べて打撲痕は格段に少ない。
実際、組手で意識を無くすのも最近では稀なことで、ほとんどの場合終了の合図まで持ちこたえている。
オールマイトの実力が伸びているのは明白であった。
本人にもその自覚はあり、ヒーロー活動の成功と合わせて、手応えのある充実した毎日を送っている。
「おめぇも随分腕あげたなぁ」
「はぁ、はぁ……いえ、それもこれも悟空さんのおかげですよ」
「そんなことねえよ、おめぇは基本がしっかりしてたしな。オラじゃなくて前の師匠達のおかげだ。オラはただ、おめぇがまだ破れてねえ壁を越えんのを手伝ってるだけさ」
悟空の方もかなり疲労していて、息こそ上がってないが、汗だくなのはオールマイトと同じであった。
「けど、おめぇならまだまだ上を目指せるはずだ。前にも言ったろ、おめぇはパワーを活かしきれてねぇって」
「はい、覚えています」
「おめぇが本気でパンチを打つ時、拳圧で周りをめちゃくちゃにしちまうのは、力が逃げちまってるせいだ。あれはあれで技として使えるけどよ、肝心の拳そのものの威力は落ちちまう」
派手なフルスイングは一見するとパワーに満ち満ちていて強そうにも思えるが、事実は違う。エネルギーを外部にまき散らし、分散しているということに他ならない。必要な力を必要な地点に全て集約させた方が強いに決まっているのだから。
実際、悟空達超戦士の戦闘でも拳圧を意図して飛ばすことはあっても普段は放った相手にしか作用していない。打撃の応酬でも周囲に漏れ出すのは純粋な衝撃波だけであった。
オールマイトのそれは規模こそ違うものの、悟空が超サイヤ人ゴッドになった際に戦いの余波で宇宙を破壊しかけた時と同じだ。あの時の悟空はゴッドのパワーを持て余していたため、無駄なエネルギーを撒き散らしてしまっていたのだ。
実際それではビルスに通用せず、むしろ破壊を収めた後の戦いの方が白熱していたことを考えれば、その重要さは計り知れる。さらにレベルの上がっていく戦いの中で宇宙が壊れなかったのもそれが理由だろう。
もっとも宇宙崩壊の騒ぎに関しては、自力で後始末が出来るからといって悪ノリしたビルスにも責任がある。
「別に悪いってわけじゃねえんだぜ? オラ自身、拳圧を飛ばす技は使ったことあるしな。けどまあ、直接打ち込むのには向いてねえ」
「理屈は分かりますが……そう簡単には……」
オールマイト自身、悟空の言葉に感じ入ることはある。
自身持つパワー全てを……天候すら左右するパワーを、たった数十センチほどの拳一点に集中させて叩き込めたなら、それは一体どれほどの威力を秘めるのか。
それを考えると、思わず震えが走るほどだ。
「おめぇはいま次のレベルに進むための壁にぶち当たってるとこだ。オラはキッカケに過ぎねえ。進めるかはおめぇ次第だ」
「……いえ、進む他ないのです。私の目的のためにも」
「その意気だ。おめぇが倒してえ何とかって悪者は、おめぇとおめぇの師匠達の三人がかりでも敵わなかったんだろ?」
「はい。強く……そして、何より酷く邪悪な男です。必ず倒さなければならない……!」
「オラも悪りぃやつとはたくさん戦ってきたけど、おめぇの話を聞いてっとそのどいつとも違うみてえだしな。……あれ、そういやこの前そんな奴とちょっと戦ったなぁ? あいつもめちゃくちゃ悪い気を放ってたぞ」
ふと思い出したように口にした悟空。
「えっ、初耳ですよ悟空さん?!」
「ん? オラ言ってなかったか??」
「言ってませんよ!!」
*****
「悟空さん、なんで黙ってたんですか!?」
「わ、悪かったってデイヴ! もうオールマイトにも十分怒られたって! 仕方ねえじゃねえか、まさかオールマイトが倒そうとしてる悪者だなんて思わねえもんよぉ?」
悟空の話を聞き出したオールマイトはデイヴィットの研究室に戻り、彼にもその話を聞かせた。悟空から聞き出した相手の特徴、そして“個性”を与えられたと思わしき怪物の存在。
邪悪だと断言されるほどの気配も含め、オールマイトとデイヴィットは、悟空が戦った相手は間違いなくオールマイトが狙う目標——オール・フォー・ワンであると断定した。
オールマイトとデイヴィットは、何故黙っていたのかと悟空を酷く追及したが、彼にも言い分はある。
オール・フォー・ワンの特徴など悟空は聞かされていなかったし、“個性”という特殊能力を沢山の人間が持っているのは知っていても、それを複数持つ者は原則として存在しないことなど知らなかった。
悟空には先日対峙した相手がオール・フォー・ワンとその尖兵であることなど思いもよらなかったのだ。
「だからって普通は喋りますよ! 報告・連絡・相談は基本でしょう?!」
「オラそんなの知らねえよぉ……」
「ま、まあ……過ぎたことを言っても仕方ないさ、トシ。聞けばもうこの国には居そうにない。少なくともカリフォルニア周辺には」
今の悟空に感知できるのはせいぜいアメリカ全土とカナダ、メキシコを巻き込む程度。それも国土の中心地点から感知した場合で、ここカリフォルニアからでは感じ取れるのは国土の三分の二と太平洋をちょっとといったところ。それも大きな気やよく知っている気に限られ、意識しなくても認識できるのは戦闘中のものくらいだ。
それでも十二分に広大と言えるが、宇宙規模で探れる本来のポテンシャルと比べると心許ないものであった。
悟空の感知範囲から逃れて数日。国に戻るという趣旨の発言も踏まえれば、既にアメリカには居ないと考えるのが自然だろう。
「瞬間移動で追うことはできなかったんですか?」
「無理だ、オラの瞬間移動は気を感じられないとどうしようもねえからな。たぶん、あいつの瞬間移動みてえな技はオラが探れる範囲より遠くまで跳べるんだ」
「あの男、そんなことまで出来たのか……!」
悟空はいまの状態でもなんとか瞬間移動が可能だった。
だが、瞬間移動自体は出来ても、気の感知力が落ちているため、結果としてそれも弱体化している。以前のように他の星に跳べるほどならば、あるいはオール・フォー・ワンの転移がもっと近距離のものであったならば話は違っていたかもしれない。
「それによぉ、おめぇが倒す敵なんだろ? オラが倒さなくてよかったじゃねえか?」
「ゴ、ゴクウさん……そういう問題では……」
「そうですよ、倒せていたなら、私でなくともよかった……! 日々を安穏と過ごす人々を、悪が嗤い、戯れに踏み躙る……そんな悲劇が一日でも早く終わってくれるならば……!」
「トシ……」
オールマイトは悟空とは根本から異なる。
悟空にとっては戦闘こそが目的だが、オールマイトにとっては戦闘は手段でしかないのだから。
「……おめぇの言いてえことも分かるけどよ。オラは本来、ここにいる人間じゃねえ。この世界のことはこの世界に住むやつらにどうにかして欲しい」
未来を見据えての言葉なのは、オールマイトにもデイヴィットにも分かった。
普段の陽気さが嘘のように真剣な悟空の物言いにも、感じ入るものがあった。
しかし。
「あなたなら、すぐにでもオール・フォー・ワンを打倒できるかもしれない!! 理屈は分かる、しかしどうしてもそれが頭をよぎってしまう!!」
ずっと思っていたことだ。
心の片隅に追いやってはいたが、何度も口から出そうになった言葉だ。
「あなたはそれほどまでに強い! もしかしたらオール・フォー・ワンよりも! あなたの目的が強者との戦いであるなら、善悪は関係ないはずだ!」
「オールマイト、おめぇ……」
オールマイトにも、師・志村菜奈の仇を自分で討ちたいという気持ちはある。
そして、それは自分にしか出来ないことだとも思っていた。
——だが、世界には孫悟空が現れた。
オールマイトはもちろん、ワン・フォー・オールを手放す前の志村菜奈や高校時代に散々彼を打ちのめしたグラントリノですらも悟空には敵わないだろう。
オール・フォー・ワンと対峙した時と同様に、三人がかりであったとしても勝てる保証はないほどだ。
その点では悟空もオール・フォー・ワンと変わりない。
気の感知に精通してきたオールマイトは、悟空と自分の力量差をそのままオール・フォー・ワンとの力の差に当て嵌めて考えていた。
だからこそ、今の自分ではオール・フォー・ワンには絶対に勝てないのが理解できてしまった。
「悟空さん……あなたなら、きっと……!」
「……オラが居ねえと」
「えっ……」
「——オラが居ねえと、守れねえんか?」
ふと、オールマイトは我に返った。
悟空の見せた表情は今までのどれとも違う。
いつも朗らかで、こんな厳しい顔を見せるのは初めてのこと。戦う時に時折浮かべるような険しさとはまた別の……まるで突き放すかのようなそれ。
「おめぇ達の世界だ、おめぇ達が守らねえでどうするんだ」
思わずハッとさせられる程度には、衝撃的だった。
「私は……」
「おめぇが焦ってんのは分かる。けど今はその時じゃねえ、おめぇが国を離れたのだってそのためだろう?」
「トシ、少し落ち着け。ゴクウさんの言うことはもっともだ」
「分かってはいる……だが……」
「オールマイト。おめぇなら絶対あいつを超えられる。おめぇにはまだまだ先があんだからな」
そして悟空は、オールマイトに分かるようにハッキリと笑顔を浮かべてみせた。
「“世の中笑ってる奴が一番強い”……オラもそう思う。おめぇの師匠の言葉だろ?」
志村菜奈の言葉……以前、たしかに悟空に教えた。彼は受け答えこそ淡白だったが、それでも覚えてくれていたようだ。
オールマイトは近くに置いてあった実験器具のミラーを手鏡代わりに覗き込んでみるが……そこに居たのは、辛気臭い顔をした、師匠の教えをまるで守れていない自分だった。
「……トシ、焦るな。まだ日本では、キミと志を同じくするヒーローが戦ってくれている。猶予はあるんだ、ヒーロー達が作ってくれている」
「デイヴ……」
「悪党のために沈んでやるなんて、それこそナンセンスってものだろう?」
デイヴィットもまた、少しばかりぎこちなくはあったが、笑顔でオールマイトの肩を叩いた。
「そうだな。……いやぁ、私としたことが取り乱してしまったな! 悟空さんもすみませんでした、おかげでカツが入った気分ですよHAHAHA!」
無理している節は多少あるが、それでもオールマイトは笑うことを選んだ。
デイヴィットの言う通りで、オール・フォー・ワンの喜ぶような顔を浮かべてやるのは、たしかに癪だ。おかげで、どうせなら笑い飛ばしてやろうという気にもなれたのだ。
「ハハッ、オラ別に何もしてねえさ」
「いや、筋違いなお願いをしてしまいましたからね」
「仕方ねえさ、オラだってあんまりいい気はしねえ。それでもオラ、ここに来る前に言われてんだ、その世界の事情にオラがあんまり関わり過ぎるとロクなことが起きねえって」
ウイスの言ったことが本当なら、あるいはこの世界でもっとも強いヴィランかもしれないオール・フォー・ワンを悟空が倒してしまうと、あまり良い結果は生まれないかもしれない。
「そんな事情があったとは……」
「別にそんなの無くったって、オラの答えは一緒さ。オラこの世界にゃあ五年しか居られねえからな。極力この世界の人間でなんとかした方がいい」
「異邦人に頼り過ぎること自体があらゆる意味で危機を招く、ということか……」
「デイヴ……こんな時までメモを取るのかい? キミも筋金入りだな?」
「筋金入りの正義バカのキミには言われたくないな、トシ?」
悟空がこの世界に居られるのはあと二年。その間にどこまで強くなれるかはオールマイトに分からない。
だがそれでもオールマイトは笑うことを選択した。
師の意思を継ぎ、自らの力で平和を守るために。
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無謀! デイヴィット、決死の相談!
「ん? デイヴじゃねえか、あいつ何やってんだ?」
オール・フォー・ワンとの接触から一年が過ぎた頃。
いま、悟空とオールマイトは共に修行をしていなかった。もちろんお互いに修行をやめたわけではない。
オールマイトは当然だが、悟空も本来のものからすれば微々たる変化だが、少なくともこの世界で鍛えた分は自身の力量が上がることを理解し、より一層厳しい修行に励んでいるほどである。
全ては、約束のため。オールマイトから言い出したことだ。
これまで通りに一緒に修行をして、組手をやっていたのではお互いに手の内は知れてしまう。かといって、一月や二月離れた程度では変わるものではない。
だから、一年。
悟空が去るその時まで、残りの時間は別々に鍛えることにしたのだ。
オールマイトは修行をつけてもらう条件として、悟空と約束した。——必ずや強敵足り得てみせる……と。
一年とは、そのために必要な時間。最近では住むところこそ同じだが、顔を合わせることも少なくなっている。
悟空との組手を当てていた時間も全てヒーロー活動に回したオールマイトは、カリフォルニアだけでなく周辺の州にまで足を運んでいる。実戦経験をさらに磨くためだろう。戦闘力だけに依らない強さを磨くには、やはり実戦が一番だ。
悟空も当然修行を続けているが、彼とて休むときは休む。
今日は丁度そのタイミングで、腹ごしらえを終えた後、悟空は街を散歩していた。
そこでふと見かけたのは、物陰から何かを見つめているデイヴィットの姿であった。
何事かと思い近づいてみても、デイヴィットは悟空に気づく様子はない。
当然ながら足音を消したりしていたわけでもなく、むしろスタスタと軽快な音を立てていたほどなのだが、余程集中しているのかまるで反応がなかった。
「なあ?」
「……」
「なあ、デイヴ。おめぇ何してんだ?」
「……」
「おい?」
「……」
「……ていっ」
「うごっ!?」
あまりにも反応が無いことに痺れを切らした悟空は、デイヴィットの脇腹に軽く突きを入れた。もちろん本気でやれば死んでしまうどころか上半身と下半身が泣き別れとなってしまうので、目一杯手加減はしている。
それでも、結構効いていたみたいで腹を抑えて蹲っているが。
「な、なにを……!?」
「おめぇこそ何やってんだ、オラさっきからずっと呼んでたのに?」
「ご、ゴクウさん? 一体どうしてここに?」
「オラ散歩してただけだ。おめぇこそどうした?」
「い、いや……私は別に……」
「ん?」
チラッとデイヴィットが見た先には、幾人かの男女。悟空の類稀な洞察を以ってすればその中の誰を見ているのかを特定するのは、然程難しい事ではなかった。
無駄遣いとしか思えない能力の利用法だが、そんなものは本人の自由である。
「おめぇ、あの女の子になんか用があんのか?」
悟空が指差したのは、金髪の女性だ。
容姿は十分に美人と呼べるもので、年の頃はデイヴィットと変わらないくらいだろう。
「えっ」
「だったらさっさと声かけりゃいいじゃねえか、オラが呼んできてやろうか?」
「ちょ、やめてくださいよ!? と、とにかくこっちに来てください……」
「わっ、なにすんだよ!?」
デイヴィットは悟空を担ぎ上げてその場から逃げ出した。
流石に不味いと考えたのだろう。科学畑のインテリとは思えない力強さと、熟練の誘拐犯の如き流れるような手並みであった。
悟空を連れて近くの公園まで走ったデイヴィットは、彼にホットドッグを買い与えて一先ず事なきを得ていた。
「んぐっ、もぐ……」
「その……ゴクウさん」
「んっ? ごくっ……なんだ?」
「ゴクウさんって既婚者なんですよね。いや、お子さんもいらっしゃるという事ですし、当たり前ですけど……」
「キコンシャってなんだ?」
「え。あ、ああ、結婚してる人のことです」
「なんだよ、ならそう言えばいいのに。たしかにオラ結婚してるぞ」
もじもじと要領を得ないデイヴィットを訝しみつつも、悟空は聞かれたことに答え続ける。
「いえ、その……奥さんとはどういう風に出会ったんですか?」
「チチとか? なんでそんなこと聞くんだ?」
「そ、それは……その……」
「さっきの女の子と関係あんのか?」
デイヴィットにとっては残念なことに、悟空はそのことを忘れてはいなかった。
「おめぇの彼女か?」
「い、いや、彼女だなんてそんな……!?」
「なんだよはっきりしねえなぁ、違うのか?」
「……その、彼女になってもらえたらなぁ……とは」
「だったら……えっと、告白っちゅうんだったか? さっさとすりゃあいいじゃねえか?」
「それが出来たら苦労しませんよ!? ゴクウさん、何かアドバイスとか無いですかね……結婚してるんでしょう……?」
なんとデイヴィットは、成り行きとはいえ悟空に恋愛相談をしようなどという無謀な賭けに出た。
まずもって、間違いなく人選ミスという他ない。動揺して冷静な判断が出来なくなっているのだろう。まだオールマイトにでも相談した方がいくらかマシだ。
デイヴィット・シールドの人生における黒歴史の一つが決まってしまったようなものである。
「おめぇなぁ……オラが言うことじゃねえかもしれねぇけど、オラにそんなもん分かると思ってんのか?」
この時ばっかりは悟空が全面的に正しかった。
「そんなこと言わずに、なんでもいいんです!」
だがしかし、どうにも正気とは思えないデイヴィットは何故か食い下がってしまう。
“個性”研究の期待の星、超新星であるデイヴィットでも、流石に恋愛には弱かったらしい。
「んなこと言われたってなぁ……」
「何かあるでしょう、結婚するまでに色々……!」
「ねえよ、そんなもん」
「なくはないでしょう、奥さんのことは愛してるんでしょう?!」
「ああ、チチのことは好きだぞ。当たり前じゃねえか」
確かに、愛はあるのだろう。お世辞にも家庭的とは言い難い悟空が、曲がりなりにも一つところに居着いているのだから。
ただ、それは時間に育まれたところが大きそうだ。
「オラ、ガキの頃にチチから嫁に来るって言われたんだけどよ。オラ嫁っちゅうのが何かを分からなくて、貰えるもんなら貰っとくくれぇにしか思ってなかったんだ」
「え、それで本当に貰っちゃったんですか!?」
「ああ。オラ、若え頃はよく天下一武道会って世界一を決める武道大会に出ててよぉ。三度目に出場した時に、約束なんてすっかり忘れちまってたオラを追いかけてきたチチと本戦で当たったんだ。六年か七年か……とにかく久しぶりで、オラそん時はチチだって気づかなかったぞ」
「つまり、その時の縁で……?」
「ああ。オラが勝った後その場で結婚した」
「その場で!?!!」
——激震。
この時デイヴィットの胸中に走った震度は七。マグニチュードにして七.三といったところか。
デイヴィットも思わず正気に引き戻された。
「あ、ありなんですか、それ……?」
「ありもなしもねえだろ、実際結婚しちまったんだから?」
結婚式を上げ、子宝にも恵まれ、あまつさえ初孫も生まれているほどだ。
婚姻届など出しているのかどうか分からないが、少なくとも形としては間違いなく夫婦としか言いようがない。
「よく分からねえけど、おめぇもグズグズしてっとヤムチャのやつみてえにフラれっちまうかもしれねえぞ。オラ、絶対ブルマとくっつくと思ってたのに、結局あいつはベジータと結婚しちまったしな」
デイヴィットにはヤムチャが誰なのか知らなかったので、なんのことだか分からなかったが……ゾッとしない話なのは確かであった。
「まあヤムチャのやつは浮気してフラれたって話だから、どうか知らねえけどな、ハハッ」
無邪気な顔をして酷く世知辛いことをあっけらかんと口にする悟空に若干の戦慄を覚えつつ、デイヴィットは。
「あの……全然参考にはなりませんでしたけど、なんだか緊張は取れました。ありがとうございます」
「ん? なんだか分かんねえけど、よかったな?」
デイヴィットは心の中で、ヤムチャに向けて祈った。
あなたの人生に幸あれ……と。
ヤムチャ好きですよ、私。
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