転生者迷走録(仮) (ARUM)
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プロローグ

 タタタ、という軽い音に時折混じる鈍い音。

 常に同じ方へと流れていく、人工の風に混じり漂う紫煙。

 低い姿勢で兵士が駆け、その背後から133ミリ砲を搭載したマゼラ・アイン空挺戦車がじりじりと前進しその勢力圏を拡張していく。

 

 静謐と規律が支配するサイド3、ジオン公国軍士官学校。やがては国家の国防の中軸を担う人材を育成するための学舎は、窓のガラスが割れ、一部の壁には大穴が空けられて、本来そうあるべき姿とはかけ離れた状態にあった。

 

 国家の中枢にほど近い位置にありながら、確かな戦闘状態へと移行した塀の内側。学舎や寮の中には今も多くの候補生や教師である士官がいたが、大半が早い段階でシェルターに避難するか、手近な物陰に隠れるなどしていた。だが、中には完全武装で駆け回る兵士の中に知った顔を見つけ、問いただす強者もいた。

逃げ惑う者も、侵攻する側も。彼らの中に全体の情勢を完全に把握している者はおらず、なぜそれが始まったかを知る者もいない。

 

《――大丈夫? もう入ってる? Aー、マイクテスマイクテス。ん、入ってるね》

 

 そんな中、唐突にノイズ混じりの大音量で人の声が響いた。音源は構内各所に据え付けられているスピーカーだが、その大元はマゼラ・アインの砲塔の上に乗せられた軍用の無線機だった。こちらにも、外部スピーカーが有線で接続され、巨大な拡声器のようになっていた。

 

《――Aぁーあー、あー……、こちらは、フユヒコ・ヒダカ三号棟監督生である。繰り返す、こちらはフユヒコ・ヒダカ三号棟監督生である》

 

 声の主は、マゼラ・アインの砲塔上部、車長用キューポラから上半身を出した男だった。瓶底とも呼ばれるような黒縁の丸眼鏡を駆けた男で、髪はある程度まとめられているが、成人して間もないというのに年に似合わぬ若白髪がちょこちょこと混じっている。

そのせいか、眼鏡と合わせて老成というより単に枯れた、しなびたという言葉の似合う雰囲気を持っていた。名を、フユヒコ・ヒダカと言い、数名いる士官学校の最上級生であり、生徒でありながら生徒を取り仕切る監督生の一人である男だった。

 

 そんな男であるから、教官や一般座学を担当する教師もフユヒコのことをよく知っている。講義の補助やら何やら、ある程度の雑務を肩代わりするのも監督生の仕事であるから、一般の士官候補生よりもその立ち位置は近いところにある。

 

 そのフユヒコの声が、なぜこの非常時にスピーカーから流れてくるのか。彼らの疑問は尽きない。

 

《――構内の複数箇所に潜伏しているであろう特定の生徒に告ぐ。正面ゲート始め、外部への脱出経路は完全に封鎖した》

 

 放送の内容に、彼らの疑問は更に深まる。この日は休日であったが、外出には申請が必要となるし、不用意な外出があまり推奨されていないこともあり校内には多くの候補生が残っている。名家の子弟も多いため、緊急時に外部の人間を入れぬよう防衛線を構築するというならまだわかる。だが、口ぶりを聞いているとまるで士官学校の中に敵がいるようではないか。何より特定の生徒とは誰を指すのか?

 

《――既に君たちに協力していたリードマン五号棟監督生や仲間の一部も拘束した。君たちの目的の達成はもはや不可能である。……この期に及んで悪あがきをしたところで各所への迷惑を増やすだけだ。とっとと出てきて投降しなさい。さもなければ、警備部隊の人間が君たちがいるであろう場所に強行突入する。負けるとわかっていて怪我はしたくないだろう?》

 

 いよいよ、穏やかではない。そんな時、フユヒコの次の一言で極々一部の人間は、事情を察することになる。無論全てではなく、その一端であるが。

 

 

 

《――校長が飛んでくる前に、いい加減大人しくお縄に尽きなさい。そうすれば、多少怒られるのがましになるかもしれませんよ》

 

 

 

  ◆

 

 

 

 しばらく後、士官学校の校長室で直立不動の男がいた。フユヒコである。

 

 時に、この男。フユヒコ・ヒダカこと、飛鷹冬彦は転生者である。そのことに気づいたのは幼少期を過ぎ、年が二桁も半ばになろうかという時のこと。トラックに突っ込まれたわけでなく、さりとて神様にあったわけでもなく、夜布団に入り目を覚ますと見知らぬ部屋で炬燵に突っ伏していたわけだ。生まれは祖父の代からサイド3、つまり今世の彼はスペースノイドであった。

 そんな冬彦であるが、何と言っても男の子である。前世で見た多くのロボットアニメ。その中でも国民誰もが知る金字塔、機動戦士ガンダム。

そして、主人公機であるガンダムと双璧を成す、あるいはそれ以上の人気を持つモビルスーツ、ザク。

 乗ってみたいと思うのを、誰が責められるだろう。男の子だぞ?

 冬彦は、考えた。どうすればザクに乗れるか。

 

兵として志願する。これはモビルスーツに乗れるかどうかは賭けだ。何せジオンと言っても兵科が結構ある。

モビルスーツに乗りたいと志願したところで、何のスキルも無いのだ。他の兵科に配属される可能性が捨てきれない。

 戦争終盤まで待つ。これなら、モビルスーツにはほぼ確実に乗れる。何せ一年戦争終盤は人不足、最も不足した資源は人的な物だとする資料もあるくらいだ。

 ただし、これをすると高確率で死亡フラグが立つ。何せ物量チートの連邦が本気を出した時期だ。もしゲルググでも渡されたら、死亡フラグがほぼ確定する。

それは冬彦からしても流石に勘弁願いたい。そのフラグを立てた後で生き残った幸運な奴もいるが、そいつはその後デラーズフリート、そこから更にシャアに付いていきそれでも生き残ったという強運の持ち主だ。自分もきっとそうだと過信してはいけない。もっとも、ゲルググの代わりにザクを渡されたとしてもやはりフラグに代わりは無いのだけれども。

 

 ここで、冬彦に天恵が降りた。そうだ、士官学校にいけば良いのだと。

 

 士官学校にいけば、適正にも左右されるがそれでもある程度自分の意志で配属先を選択できる。それに、一年戦争初期は概ねジオンの勝ちが続く。生き残りさえすれば出世も出来る。下っ端の一兵士よりかはまだ下士官や将校の方が生き残る確率は高いはずだし、不完全ながら原作知識という一芸(?)もある。

 一芸あれば、意外と人間なんとかなるのだ。何せ落ち零れから提督になった偉人もいる。……あの方は、そういえば紅茶党だったか、それともコーヒー党だったか。

 

とにかく、これっきゃない。この時はそう思った。

 

 

 

 話を戻そう。冬彦は今、校長室で直立不動の体勢を取っている。何故かと言えば、部屋の主に事の説明を求められたからだ。

 件の人物は、専用の椅子に座ってしかめっ面をしている。おまけに青筋もたっている。

 

「……報告書は読ませて貰った。短い間によくもまあこれだけ問題を起こしてくれたものだな」

 

 その言葉に、冬彦は心の中でびびりっぱなしである。言い訳のしようもないが、敢えて許されたならしょうがなかったと答えただろう。

 

 目の前にいる偉丈夫。名をドズル・ザビ。士官学校の校長にして、ザビ家の一員である。

 

「校門や通用門の完全封鎖、校内各所への警備兵の投入。これはいい。だがな、機甲課に訓練の為に回されていたマゼラ・アインを投入するのはやり過ぎだ、このたわけっ!!」

「申し訳ありません!」

「貴様は一体どういうつもりだ!! 作戦を了承はしたが、幾ら何でも派手すぎるわっ!」

「中途半端が一番拙いと判断しました。どうせやるなら、ある程度派手でないと……」

「新型の空挺戦車を投入するのもか?」

「他に丁度良い物がありませんでした。正門の封鎖は、何としても必要だったので」

 

 なるべく怒りを買わぬよう静かに答える冬彦に、すましていると捉えたのかドズルが机の上に書類を叩きつけて更に畳みかける。

 

「で、どうなった? ええどうなった? これが何かわかるか? 連邦から騒ぎの子細を問いただす質問状だ!」

「し、しかし」

「しかし、なんだ!」

「ガルマ様が、連邦の駐留地へ突撃する事態は防げました! 何と言われようと、私にできる最善を尽くしたつもりですっ!!」

「ええい、わかった! もういい、下がれっ!!」

「……失礼します!」

 

 

 

 校長室を出て、後ろ手で扉を閉める。

 

 数歩歩いてから、冬彦は大きくため息をついた。ジオンに居る以上、上手く立ち回ろうと思えばドズルかガルマとコネをつくるのが最善なのに、それを大きく損ねてしまった。しかし、こうするしかなかったのだ。

 

 

 

 転生者であり、多少なりとも未来の欠片を知るフユヒコがドズルの不興を買うのを覚悟で士官学校の封鎖と一部制圧という暴挙を行った理由。

 

 それは、自身が監督生という責任を負う立場にいる時に起きそうになった、ガルマ・ザビとシャア・アズナブルによる士官候補生の連邦駐屯地襲撃事件を未然に鎮圧するためだった。

 

 

 

 




 とりあえず上げてみた。修正は随時やってきます。ガンダム難しい。うぼぁ。
 タイトルもそのうち正式なものに変えます。ええわかってます。迷走しているのは私です。
 どうもうまく書けないので、ご意見ご感想誤字脱字の指摘そのほか全てお待ちしております。

 またよろしくお願いします。

 ……モビルスーツいつ出せるかな。


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第一話 監督生たち

「俺はもう駄目なのかもしれん……」

 

 ジオン国公国軍士官学校の寮。五つ並ぶ寮舎の内、三号棟と書かれた棟の一室で男が一人うなだれていた。他でもない冬彦である。

 制服を脱ぐことすらせず、襟元だけをゆるめて、持ち込んだ私物の炬燵の天板にデコをつけて突っ伏している。ちなみに炬燵の他に畳が四畳と仕切もあるが、これは炬燵も含め一人部屋を与えられる監督生だからこそ許される特権である。

 

「もう駄目だ。ドズル校長にたてついたとかいよいよ駄目だ。ザクとか絶対乗れん」

 

 めそめそと己の行いを嘆く冬彦。ドズルの言っていたように、戦車はやり過ぎだったのか? それでは万が一が有りえる。何せシャアがいるのだ。警備兵を蹴り倒して士官学校の敷地から脱出など冗談では無い。

もし仮に連邦駐留地への強襲を許していたらどうなっていたかを考えると、やはりまずいことになっていそうな分、これで良かったのかもという思いもある。

 しかし、それでもやはり放っておくのが正解だったのではないか。その考えが捨てきれない。何せ、原作では彼らは怪我をすることもなく事を終えている。その後監督生や警備責任者がどうなったかの描写がないだけなのだ。となればやはり前者が……とネガティブな方へと思考が堂々巡りしている。

 

 冬彦は前世が日本人であるせいか、ちょっとしたことでも後々まで気にする傾向があり、それが若白髪の原因であると同期に言われている。

 

「うあー、うあー、うぁー……」

 

 もはや言葉もない。左右に揺れる頭と共に、上にずり上がった瓶底眼鏡のフレームが炬燵にあたりカツカツと音をたてるのみだ。

 

「今更気にしても始まらんぞ。少しはポジティブに考えたらどうだ」

「そうだよフユヒコ。これでも見て元気を出してくれ」

 

ぐすぐすと鼻をならす冬彦に、左右から声がかかった。実はこの時、冬彦以外にも部屋に人がいたのだ。

冬彦を挟んで炬燵の左右に陣取る男女。どちらも冬彦と同じ監督生である。監督生は各舎に一人ずついて計五名。今この場に居るのは、一号棟のドミニク・トニックと二号棟のアヤメ・イッシキである。

 共に名家の生まれで、協調性を評価されて監督生になった冬彦と違い同期の主席と次席。

そんなエリートであるにも関わらず国の中枢たる一族の末子にけちをつけ、士官学校の校長にも睨まれた冬彦との交流を切ることもなく、励ましをくれる。頼もしい仲間達。

 

 冬彦はそう思い顔を上げて。

 

『無いわー』

 

 と太字のマジックで書かれたアヤメのスケッチブックを目にして、再び炬燵の天板へ崩れ落ちた。ごつり、と鈍い音がした。

 

 もう言葉どころか声すら聞こえない。

 

 その様子に、冬彦から見て左に座るドミニクがアヤメのことを窘める。

 

「アヤメ、だから流石にそれは止めておけと言ったのに」

「いや、つい面白くて」

 

 心の中で評価を改めつつ、突っ伏したまま顔だけを前に向ける。その際、ずり上がったままの眼鏡をついと指で下に弾いてかけ直すのは忘れない。

 

「おのれー……一体何しに来やがったんだこんちくしょうめ」

「わざわざ励ましに来てあげたんじゃあないか。何が原因であんなことをやらかしたのか知らないけどさ。こんな旧世紀のネタでも、少なくともそうやって顔を上げることはできたろう?」

「全くだ。誇り高きジオン公国軍士官学校の監督生がいつまでもめそめそとしているのは褒められた物では無いからな」

「それにしたって荒療治がすぎやしませんかね」

「知らん」

「そうだよ。ほら、次は身体を起こすことだ。みかんが欲しいか? それとも僕のキス?」

「みかんで」

「……前から思ってたけど、時々出てくる容赦の無さはなんなのかな」

「“常識”って言うんだけど知らんか?」

 

 言いながら、冬彦の頭の上にアヤメがみかんを器用に乗せる。それを右手で回収してから、冬彦は一度炬燵から出て立ち上がり、のびをしてから座り直した。

 

「おい」

「何かな」

「何だ」

「……足が伸ばせんのだけれど」

 

 二人は顔を見合わせて

 

「そりゃあ」

「僕らが伸ばしたからね。今」

「出てけっ!」

 

 

 

 

 

 

「さて、フユヒコの背筋が伸びたところで、いい加減ことの詳細を話して貰おうか」

「猫背だけどね」

「茶化すな。ごまかそうとしても、今度ばかりは引き下がらんぞ。まっさか俺たちに隠し通せるとは思ってないだろうな?」

「本当だよ。外出先から戻ってきたら校舎が半壊してるじゃないか」

 

 足を伸ばせなくなったフユヒコがいっそのこととお茶を入れて戻ってから、監督生三人が頭をつき合わせる。

 ドミニクとアヤメ、両名とも数少ない外出組であり、フユヒコがシャア達の鎮圧に動いたときには校内におらず、詳細に何が起きたのかは把握していない。もちろん、箝口令はとっくの昔に出ているため他の生徒も口を割らない。というか、一般の生徒ではそもそも何も知らない。

 士官学校での異常事態。こんな爆ネタを、名家出身の二人が見逃すはずがないのだ。こういった誰かの醜聞に直結するような話は、使いどころを間違えなければ大きな力にもなる。それを誰より知るのは主席と次席であるこの二人に他ならない。

 自然、ずいと頭が前に出る。

 

「いや、まあ。問題が起きそうだったからそれを鎮圧するのに必要な措置をとっただけというか」

「新型の、マゼラ・アイン空挺戦車も?」

「マゼラ・アイン空挺戦車も」

「学校付き警備兵の逐次投入も?」

「逐次投入も」

「……結局何が起きたのさ」

「……暴動?」

「はあ!?」

 

 アヤメが急に立ち上がろうとして腿をしたたかに炬燵に打ち付け悶絶し、ドミニクは眉をしかめる。もちろん冬彦の口から出た言葉にではなく、お茶が湯飲みからこぼれた事に対してだ。

 

「暴動とは、穏やかじゃないぞ」

「穏やかじゃないさ。笑って済ませられるようなことなら、機甲課の連中に頭ごなしに戦車を出せ何て言えるわけがない」

「主犯は」

「……二期下の、中心にいる奴ら」

「あー、そういうことか。わかった。ほいほい言うわけにはいかないね」

 

 二人にはこう言えば通じると踏んで、わざとぼかして言ってみたところ、果たして二人はその意図を読み取った。

 ガルマ・ザビとシャア・アズナブル。二期下におり、おそらくこのまま行けば主席と次席を得るであろう二人。

 シャアの名前を出さなかったのは、二人が近しい位置にいるためシャアの名を出せば芋づる式にガルマの名前も出てくると判断したからだ。

 

「なるほど。その悲観っぷりも理解した。わからんではない。かといって見逃せば首が飛ぶか」

「それにしたってマゼラ・アインはやっぱりやり過ぎ何じゃないかな? 暴動と言っても何を目的にしていたのさ。彼らなりの主張は? そこも把握しているんだろう?」

「主張の方はよくわからん。けど、やろうとしてたのは連邦軍の駐留地強襲」

「は?」

「連邦軍の、駐留地強襲」

 

 アヤメは、脇においていたスケッチブックをもう一度机の上に置いた。

 開いたのは同じ頁。内容はもちろん同じ。『無いわー』である。

 

「だろう?」

「マゼラ・アインを出した気持ちはわからんでもない。いやでもやはり戦車は……」

「けどどっからそんな情報掴んだんだ? 僕らでも知らなかったのに」

「匿名でタレコミ。いやぁ、人望があるってスバラシイ」

「黙れ若白髪」

「なんだとこの野郎」

 

 お茶を拭き終わり、一息つく。多少の悪態はふざけ逢っているだけであって険悪になるような事もない。

冬彦もある程度抱えていた物を吐き出してすっきりしたのか、多少はマシな顔になっている。よくよく考えれば、多少出世が遅れるかも知れないが、ザクには乗れるかもしれない。冬彦としてはザクに乗れれば良いのだから、そう考えれば何とかなるような気がしてきたのだ。

 

 

 

「そういや二人は、もう配属先、決まったのか? 俺ドズル校長から一時的に先送りにされてるんだけど」

「うん? 総帥府だが」

「艦隊付き参謀見習いだよ」

 

 

 

 冬彦は三度、崩れ落ちた。

 

 

 

 




 ガンダムむつかしいよ。こんなでも大丈夫?寒いと思ったら迷うことなくブラウザバックをお願いします。

 前回のネタが何なのかという感想があったのでぼかしてお答えします。
 強運の人は結構マイナーです。あるガンダム漫画の登場人物なので、準公式?のキャラです。インタビューを受けてたり、ガンダムに友人の乗るザクを撃墜されたりしてます。
 もう一人、一芸の人、提督です。こちらはもうあれです。ガンダム関係ないですけど、某超有スペースオペラの主人公の片方です。歴史学者になりたかったのに何だかんだで提督になってしまった。あのお方です。紅茶党だった気がする。


 今回もご意見ご感想ご指摘その他ありましたらなんでもお願いします。


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第二話 自機との出会い

 冬彦は、パプア級輸送艦の格納庫にて、望外の幸運を噛みしめていた。

 身に纏った濃緑の制服に、襟元に輝く少尉の階級章。側に置かれた大きな背嚢。

 周りで慌ただしく働く格納庫付きの整備要員の視線も気にならない。

 

「本当に、良かった……何も起きなくて」

 

 そう、冬彦は犯人不明のひき逃げややたらと謎の付きまとう不審な事件事故に巻き込まれることもなく、無事士官学校を卒業することが出来たのだ。

 平穏無事に卒業までの残りの期間を過ごすことが出来、何も無いままに卒業し、そのまま任官と相成ったのだ。

 卒業式典で、ドズル直々に肩を叩かれたときには、涙が出そうになったのは良くも悪くも思い出だ。

 だが、やはりガルマとシャアの暴発を未然に防いだ件が尾を引いたのか、結局配属先が卒業間際まで決まらず、しかもやっと決まった配属先も物資の輸送隊という士官学校の監督生の配属先とは思えないものだったが……冬彦からすれば些事に過ぎなかった。

 ドミニクやアヤメの配属先と天と地ほどの差があろうと、行く先が出世の芽が余りない輸送隊だろうと何だろうと、配属先に“それ”が用意されていることを事前に教えられていたのだから。

 

「これが……俺の、機体か」

 

 シャトルから降りたってすぐに目に入った大きな影。今目の前に、“それ”がある。どうしても手にしたかった物があるのだ。それを魅入る余り、タラップの手すりを痛いくらいに握りしめていることにも気づかないほどに。

 

MS-05B、ザクⅠ。ジオンで初めての制式配備された量産型モビルスーツ。

濃緑と深青で塗装された、直線と曲線の入り交じる機械仕掛けの宇宙行く単眼の巨人。まだ、指揮官機の証したる角は無い。

 パプア級の右舷格納庫。全部で四機のザクが並ぶ中で、一番右端に固定された機体。目の前の、剝き出しの右肩部分に04とペイントの入った機体こそが、冬彦の為に用意された機体だ。

最初の一機が初めてロールアウトされてからはや数年。そろそろ新型のザクⅡ配備の動きもある中でいささか旧型機になりつつあるザクⅠ。推力やエンジン出力、機動性だってⅡには劣る。そこにいるだけでそうとわかるような派手さもない。後の時代に開発されるような、単機で無双ができるような特別な機体じゃない。

それでも、塗装はどこも禿げていない。バーニア噴出口の周りだって焦げ付きなど欠片も見あたらない。透明なカバーの掛かったままのモノアイレール。

 どこをどう見ても、ぴっかぴかの新品なのだ。これを喜ばずして何がモビルスーツパイロットか。

冬彦は知っている。本や媒体を通してのみの、只の原作知識としてだが、それでも知っているのだ。

ランバ・ラルや黒い三連星など、多くのエースパイロットがこの機体で初めて宇宙に飛び出していったことを。

そして、このザクⅠでガンダムを落とした凄腕さえいることを。

 だから、冬彦はこのザクⅠに乗ることに興奮し、高揚さえしている。練習機ではない、自分の為の機体。専用塗装もカスタムも無いが、ある意味では専用機だ。

無論、Ⅰ以外の機体だって素晴らしいことは冬彦は理解している。そちらが支給されたなら、惜しみながらもきっとそちらに移るだろう。

それでも、たとえそうなったとしても、この機体を型落ちなどと侮蔑混じりに呼ばせてなるものか。

 

「良い機体だろう?」

 

 突然、声のした方へ振り向くと、そこには冬彦が配属された輸送部隊の隊長である男が居た。襟に光るのは、冬彦より二つ上の大尉の階級章。鉄メットをかぶった、もみあげから鼻の下まで繋がった髭が特徴的なやや太り気味の大柄な男。MS格闘戦の草分けを自称する、ガデム大尉である。

 

「話を貰ってすぐ、工廠から引っ張って来てやったんだ。何か言うことはあるか?」

「ありがとうございます。大尉殿」

「ふん、陰気な奴だ」

「いえ……」

 

 言葉を濁した冬彦をまたふんと鼻で笑うと、歩み寄り、すぐ隣で手すりにもたれかかった。手すりに両手をついてザクを見上げる。

一方、冬彦はといえばガデムを確認した段階で、手すりにもたれかかってなど居られない。何せ二階級上の直接の上官になる相手だ。

 

「貴様がフユヒコ・ヒダカ新任少尉だな?」

「はっ」

「……この前、急にラコック大佐から連絡をいただいた時は、すわ何事かと驚いたわ。何せ、士官学校出のエリート様が、卒業早々こんな補給部隊に配属されるというのだからな。オマケに、ドズル閣下直々の推薦付きだと言うではないか」

「はっ……はっ?」

 

 その言葉に、冬彦はびくりと肩をすくませる。ラコック大佐と言えば、コンスコンなどと並ぶドズルの腹心の一人である。そのドズルからも推薦があるとは、一体何事なのか。むしろ今冬彦自身が聞きたいくらいだ。

 

「何か、派手にやらかしたらしいな?」

「あー、いえ。やらかしたというほどではありません。下級生に灸を据えるのを少しやり過ぎたと言いますか……」

「下級生と言い切ってしまって良いのか?」

「……事情をご存じで?」

「一応な。これで軍歴もそこそこ長い」

 

 かぶっていた鉄兜を外し、髪を直しているガデムは口元に笑みを浮かべている。冬彦には、その上機嫌の理由がわからない。

 ガデム大尉と言えば、一年戦争以前からの大ベテランである。初期にシャアの部隊へザクの補充の為に輸送隊として登場し、その後すぐガンダムに撃墜されたりと、出番自体は早かった物の多くは無い。

それでいて階級が上のシャアに皮肉を言うなど、中々食えない印象だったのだが、実際目の前にしてみると気むずかしそうではあるが、こう、嫌みな人物のようには見えない。

 これも、原作知識故の弊害なのか?と冬彦は思う。やはり、何もかもが同じというわけではないのだろう。

 

「頭でっかちな若造に、ちっと現場の厳しさをたたき込むのに寄越されたのかと思っておったよ」

 

 言葉と共に、にっと笑うガデム。

 

「だが、貴様は違うな。こいつに乗ってみたくてうずうずしてるだろう?」

「……はい」

「そうだろうな。見ればわかる」

「わかりますか」

「わかるとも。着任して、いつまでたっても隊長である儂に挨拶にも来ず、格納庫でザクを食い入るように見上げておればな。一発殴ってやろうかとも思ったが、やめておいた」

 

 そういえば、まだだったかと毒づくよりも、そんなにお長い時間ザクを見ていたことに驚いたのはご愛敬である。

 

「せっかくだ。早速乗せてやる。部屋にいってノーマルスーツに着替えてこい」

 

 は、と冬彦の思考が一瞬止まる。

 

「貴様には、艦長としての職責に付く儂の代わりに、モビルスーツ隊の指揮を任せることになる。その初任務だ」

 

 それは、つまりだ。

 

「二時間後、ジオン公国軍士官学校の要請によりザクを用いた実戦形式での模擬戦闘を行う。詳しい事は後になるが、概要は単純だ。貴様の可愛い後輩共にこの艦を撃墜ないし拿捕されたら負けだ。わかりやすくて良かろう? 貴様には第408輸送隊、つまりこの艦の儂の部下、ひいて貴様自身の部下となる者達を率いてこの艦を防衛して貰う。士官学校の監督生、その実力を見せて貰うぞ、新米。できるな?」

「はっ!」

 

 願ってもない、初出撃だ。

 

 ザクⅠ。どこまでやれるか。

 

「しかしこの演習。上の方からの鶴の一声で急に決まったわけだが、愛されておるな。ふん、流石はエリートと言うことか」

 

 

 

……あれ、死亡フラグか?

 

 

 

 




 旧ザクでガンダムを撃墜したパイロット。誰かわかるかな?登場の予定はあんまりないけど。

 ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他もろもろ、これからもよろしくお願いします。


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第三話 演習

 眼前のザクⅠ。自分に与えられた機体。この瞬間からの、自分の相棒。

 

 パイロットスーツに着替えてきた冬彦が機体に乗り込もうとすると、コクピットの側にいた整備員がハンドサインで挨拶を飛ばしてきたので、軽く返してから中へと潜り込んでくる。

 内容も簡単な物で、健闘を祈るとか、了解とか、そんな程度だ。

 

「よっ、と……」

 

 ザクⅠに乗り込むときに冬彦が気をつけていることは、冗談でも何でも無く、頭を打たないようにすることだ。ヘルメットを被っているから直接の痛みは無いに等しいが、逆に普段と違うヘルメットの分がコクピットハッチの淵に引っかかって、首を痛めることがあるのだ。それに何より、マヌケに見える。それは如何に冬彦とても嫌なのだ。

 

 何せ、一度やらかしているのだ。実際に。

そのことは冬彦のジオン公国軍士官学校時代の数少ない汚点の一つと言っても良い。

初めての実機演習での事だった。搭乗を命じられて勢い勇んで向かった物の、ヘルメットの天頂部分を引っ掛けて首をひねって痛い目を見たのは教訓も兼ねて良い思い出だ。

ただ、それを教官と同期に大笑いされたのは悪い思い出であるが。

 

 冬彦がそれ以来神経質な迄に気をつけているこの問題だが、実は新兵も一度や二度はこのミスをやらかしたりする。ザクⅠのコクピットハッチはそう大きくはない。横に広く、縦に短い。だから、上の部分に手をついてから入るように教導でも教えられるのだが、無重力空間の格納庫など、慣性のまま移動できる空間で横着し、そのまますっと入れると思って手をつかずに入ろうとすると、ハッチの小ささもあってヘルメット部分をぶつけてしまうのだ。

そんなコクピットの内部だが、元々機体の大きさが17メートル程度と比較的小型な方であるから、とれるスペースもそれなりだ。人一人乗れば窮屈、という事はないが、二人乗るのは流石に無理、と設計者は言うだろう。平均より多少上背がある程度の冬彦が乗り込んで丁度良いかな?と思うくらいだ。

 そこに各種計器や操縦桿、フットペダルなど、必要な機器を積んでいけば、自然と手狭になる。そのせいもあってザクⅠのメインモニターは、それこそパソコンのモニター画面とさして変わらない。強いて言うなら若干サイズが大きいくらいだ。メインモニター周りに配置されたサブモニターなどは更に小さい。

 コクピットに潜り込み、ベルトで身体をシートに固定し、主電源のスイッチを押す。

 それでもって、そう大きくも無いメインモニターにも電源が入り、光が灯って格納庫の様子が映し出されたのを確認してから、ようやく一息つける。

 ヘルメットのバイザーは上げたままだが、やはりどこか息苦しい。

 

 冬彦はずらりと並ぶスイッチの内の一つを指で押し上げた。問題無く電源が入っていることを示す、小さな赤いランプが灯る。

 

「こちらヒダカ少尉。フレッド伍長、ザイル軍曹、聞こえているか?」

《聞こえておりますよ、少尉殿》

《問題在りません》

 

 通信越しの返答に、二人の顔が脳裏に思い浮かんだ。ガデムに紹介された、二人の部下。フレッド・カーマインとザイル・ホーキンス。階級はそれぞれ伍長と軍曹。フレッドが金髪を刈り上げてすっきりした髪型なのに対し、ザイルの方は。同じ金髪とは言えそこそこ長く、後ろで結わえているのが対照的だった。

 二人とも、当然乗機は同じザクⅠ。ペイントはそれぞえ02と03。階級が上で隊長となるはずの冬彦が04なのには冬彦自身どこか違和感があるが、二人とも年上であるし、ガデムと共に暴動鎮圧などで何度も出撃しているベテランであるから、異存は無い。

 

「もう一度、確認も兼ねて状況をおさらいする。本戦闘は模擬戦闘であり、使用する弾頭もそれに準じた物を使用する。敗北条件は408輸送隊パプア級カラルドの拿捕、もしくは撃墜判定をとられること。勝利条件は一定時間パプアに寄せ付けず守りきるか、敵士官候補生の全滅。質問は?」

《制限時間というのは?》

「戦闘開始から十分で、近隣をたまたまパトロールしていた味方が駆けつけてくれる、という設定らしい」

《別にそんなもん待たずに、こっちでやっちまいましょーや》

「……向こう、こちらの倍居るんだがな。内、一機は新型のⅡ型なんだけども」

《まかして下さい。こちとらベテランですよ! 少尉殿の“作戦”が上手く嵌ればあっという間に片が付きます》

 

 軽いノリのフレッドに、頼もしさと共に不安がよぎる。敵方の戦力はムサイ二隻にザク六機。内、先行配備されたザクⅡが一機いる。ムサイは無視するにしても、倍というのはやはりキツイ。

 所詮模擬戦。負けても死ぬ訳じゃ無し、実は暗殺に間違って実弾積んできましたー、とかじゃなければ負けるのもいっそありだ。死なないし。しかし既に卒業した冬彦としては、むざむざ後輩の点数になってやるのも面白くない。

 

 勝てるなら、勝ちたい。

 

「……ブリーフィングで説明したとおりに頼む」

《了解しました》

《おっ、楽しくなりますね。了解です》

 

 話をしている内に、発進準備が整ったのか、格納庫内の人員が退避しつつあった。

 そして、ヘルメットのバイザーに通信が入る。両機からでなく、艦橋のオペレーターからだ。

 

《準備が完了しだい、順次発進して下さい。予定時間まで、もうまもなくです》

「……了解」

 

 なお、この時代のパプアやムサイ、チベすらも、まだカタパルトなど搭載されていない。

 そのため、発進するには外へ通じるハッチから、自機のバーニアで出る必要がある。

 よって、まずはパプアの外へ出て、加速するのはそれからになる。

 三機が揃ってから、パプアの周りを周遊するような機動を取る。

 

「宇宙、か」

《少尉殿は、まさか宇宙は初めてで?》

 

 ぽつりと言った一言に、通信が繋がったままだったのか、フレッドから返信が返ってきた。

 

「そんなわけはないさ。士官学校時代、教導機動大隊に一時的に所属して宇宙空間での模擬実習をさせられたこともある」

《今回のような、実戦形式で、ですか》

「いや、普段は機動訓練ばっかりだったよ。模擬戦闘も、基本は一対一。で、格闘戦は禁止。対艦戦はあんまりやらせてもらえなかったなぁ」

《そらまた面白くないですな。殴ってこそのⅠ型でしょうに》

「士官学校の候補生といっても、素人だからね。壊されちゃたまらないんだろう。対艦戦も、まぁ、ヘタにバズーカ撃つと肩壊れちゃうしね」

《ああ、なるほど。まあ道理ですな》

 

 くっくっと笑う声が通信機越しに聞こえて来るが、冬彦には特に咎める気もない。そういう“空気”だった。

 

《それで、この“作戦”も、士官学校で? それとも教導機動大隊で? どちらかといえば教導隊の奴らが好きそうな戦法ですが》

「いや、違う。一応元になったの物はあるけど、学校や教導隊で教わった物じゃない。それに教導隊でこんな戦法使ったら間違いなく修正食らうよ。……わかってて言ってない?」

《はっはっは! いやぁそのとおりで。少尉殿は勘が鋭いですな》

「あっはっは……はぁ」

 

 模擬戦とはいえ実戦とそう変わらない。だというのに、フレッドには緊張のカケラも無いらしくテンションが高く、冬彦は会話をしていただけなのに半ば気疲れしていた。

 

 ちらり、と持ち込んだ時計を見る。もうそろそろ、時間になる。

 

《少尉殿。レーダーで補足しました。もうすぐ見えます》

 

 それまで静かだったザイルの報告に、いよいよか、と操縦桿を握り直す。難しいことは何も織り込んでいない、簡単な策。やってやれないことはないはずだが、どこか落ち着かない。

 

 初めてモビルスーツに乗ったときからそうだ。問題はないはずなのに、不安感が消えない。どこか見落としはないか、どこか、どこか……計器の間を目で追って、正体の見えない何かを探すが、いつも結局見つからない。そして、終わってみれば何も無い。あるいは、これからもずっとそうなのかもしれない。

 

「よし。各機“投擲”準備」

《了解!》

《あいさぁ!》

 

 上手くいってくれよ……!

 

 心の中で願いつつ、機体をレーダーに反応がある方へと向ける。反応は全部で六機。どうやら全機でもって、真正面から潰すつもりのようだ。戦力差は二倍であるから、間違った判断ではない。

 

「行くぞ伍長、盾を前面に構えろ。突撃!」

 

 言葉と共に、冬彦自身も機体を一気に加速させ、それにフレッドが追従する。ザイルはパプアの側で待機だ。

 

相手も相当なスピードが出ているが、ザクⅠとザクⅡAの混合小隊であるため、速度はザクⅠに合わせてある。

 その動きは冬彦達が加速しても変わらず、あくまで一塊で、という形らしい。

 

「散開される前にやる! 合図に合わせて投げてくれ」

《向こうのタイミングがわかるんで!? 遠すぎると意味がありませんが?》

「これでも監督生だ。たたき込まれたよ!」

 

 通信を返しながら、“それ”をするタイミングを慎重に計る。勝敗条件が互いの全滅ではなく、こちらはパプアを守ることにある。ヘタに“抜かれる”と、その時点で失敗だ。

 それでも、冬彦は攻める戦法をとった。ガトルなどの護衛機がいればまた違う戦法もとったが、無い以上はしょうがない。戦力差は二倍。正攻法が使えない以上は、勝つために奇をてらう必要があるのだ。

 

《まだですかい!?》

「もう少し!」

 

 互いの距離が、じりじりと近づいていくのがレーダーでわかる。それと共に焦れてくるが、我慢するしかない。一発勝負だ。

 

 そして、互いの機体が見えた瞬間に、冬彦は叫んだ。

 

「今! メインカメラカット!」

 

 この瞬間。冬彦の一期下の候補生達は混乱していただろう。何せ、モニターに映る冬彦とフレッドの機体が、なぜか自分達からザクマシンガンの銃口を逸らしたのだから。

 

 そして、次の瞬間。

 

 宇宙空間で、白い閃光が爆発した。

 

《ハッハー! ばっちりだ!》

「笑っている暇は無い! カメラ復帰、反転! 潰せるだけ潰せ!」

《アイアイ!》

 

 冬彦が機体を反転させても、未だ士官候補生の側の機体は散開できずに団子になったままパプア方面に向かっている。しかし、動きに乱れがあり、接触しそうになっている機体も見て取れた。

 冬彦が用いたのは、悪名高きクラッカー、ではなく、よく似た形状を持つ閃光弾である。それを超至近距離で爆発させ、カメラに直接ダメージを与えたのだ。

 機体にダメージが出るのであまり褒められた戦法ではないが、違反ではない。それに、これは模擬戦。多少のことは勝てばよかろうで方が付いてしまうのだ。

 

《食い放題でありますなぁ!》

 

 通信越しに聞こえるフレッドの声に、若干引きつつ、ザクマシンガンを乱射する。反転したことで多少引き離されたがそれでもすぐに射程の範囲に入る。団子になっている以上撃てば大体あたるので、瞬く間に冬彦が二機、フレッドは一機撃墜判定にした。

 残る三機の内一機はフレッドが追い、残りを冬彦が追う。

 混乱から立ち直ったのか、散開しようとするがもう遅い。背後を取られた以上は逃げるしかないのだ。

 

 唯一、マークされなかったザクⅡAだが、待っていたのは待ち構えていたザイル機と、対空機銃の射線をザクⅡAの方へと固定したパプアだった。

 

 

 

 模擬戦闘は、十分を待つことなく、遠くのムサイで様子を見ていた士官学校の教官が唖然としている内に終わった。

 

 

 

 




 遅れてしまって申し訳ない。しかしこちらもとんでもないことが起きたのです。

 まさか、今時ブルースクリーンを見ることになるなんて……!!

 いやはや。心臓が止まるかと思った。


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第四話 着任報告

 ハッチが開かれたパプアの格納庫を目指し、機体を着艦させるべくゆっくりとスロットルを絞った。

 発進時と同様に、気を遣うのが着艦の時だ。特にパプアの様な、元々モビルスーツの運用を前提としていなかった艦であれば尚更だ。

もし何かの拍子に間違ってスロットルレバーを逆に倒してしまったとしよう。当然モビルスーツは一気に加速する。

 その結果、引き起こされるのは大惨事だ。ザクⅠですら装備抜きで50tほどあるのだ。もし仮に完全装備のザクⅡなどという数十トンの特殊鋼材の塊に突撃されては、格納庫で待機している整備班は一瞬で“すり身”になってしまうだろう。

 

 もちろんそうならないよう気をはらいつつ、行きには無かったガイドビーコンに従ってパプアの中に頭から機体を進める。周囲が艦内の照明で明るくなり、ガコンという鈍い音と共にザクⅠが止まった。

 壁から伸びる可動式の作業アームによって、機体が無事艦に固定されたのだろう。

 

 そのことをモニターで確認してから、ザクの胸部ハッチを開こうとして、止めた。

 

 ヘルメットを脱いで、上を向いて目を瞑る。

 

 模擬戦闘とはいえ、初めての実戦といっても良かった。少なくとも、冬彦はそのつもりでやった。

 今回は何の問題も無く、本当にただの模擬戦闘だった。だが、時と場合によっては“事故”は起きうるのだ。

 いつになったら安心できるのか。地上に降下すればいいのか。しかしそれこそ死亡フラグのような気もする。

 この後に及んでやはり心配性な冬彦だった。

 

《少尉、お疲れ様です。帰投してすぐで申し訳ないのですが、艦長がお呼びです。至急艦橋の方に……》

「ん……」

《少尉?》

「……わかった、行くよ。艦長にもすぐ行くと伝えてくれ」

《あの……なるべく早くお願いします》

「ん? 了解」

 

 ヘルメットを被り直して機体を出ると、既に多くの作業員が機体に取り付いていた。帰ってきたのは自分が一番最初で、二機の僚機もすぐに戻ってくるはずだ。これから格納庫は一気に忙しくなるだろう。

 自身の機体であるザクⅠには、まだ何の傷も無い。今回は不意を突けたからこそ無傷で済んだが、実戦に出続ければ何時までも無傷のままとはいかなくなる。

 

 ザクⅠは、くどいようだが悪い機体ではない。しかし、やはりいつまでも乗っていられる機体でもない。そのことを今回の模擬戦で感じさせられるところがあった。

完成してから既に数年が経ち、今回出てきたように後継機のザクⅡも配備され始めている。その内の一機であろう、士官学校側のザクⅡA。

教導用に回された機体であっても、既にザクⅠよりも高性能なのだ。

相手の半分を潰して、その後の事。残ったのはザクⅠ二機と、一機だけのザクⅡA。内ザクⅠの内の片方をフレッドが追い、目の前には二機。

その時、どうして冬彦はザクⅡAではなくザクⅠを追撃することを選んだか。

簡単だ。追いつけなかったからだ。正確には、引き離されつつあったのだ。ザクⅡAに。

 最初の機体と、後継機。どう足掻いても、今後正面からあたることがあれば、厳しくなる。それを実感させられたのだ。

 

というか、士官学校にすら教導用とはいえ新型が回されつつあるのに、補給部隊とはいえ曲がりなりにも現時点ではベテランの揃った一線級の部隊にザクⅡを回さないというのはどうなのか。

 

一体何時になったら自分にもⅡがもらえるのか。ザクⅡ欲しいなー、できれば専用機とか欲しいなー、けどザクⅠもやっぱり捨てがたいなー、などとたあいもない事を宙に浮かびながら考えていると、背後から機付き長がタラップを蹴って跳んできた。

 

「お疲れ様でした少尉殿! 大戦果ですね!」

 

 満面の笑みで言ってくる機付き長に嫌みは見えない。機付き長を任されるだけあって、腕も悪くないらしい。

 何せ堅物のガデム大尉の下で機付き長を任せられている人間だ。信用できるだろう。

 受け取ったボトルに口をつけつつ、つとめて笑顔で対応する。階級はずっと上だが、逢って間もない相手であるし、機体を預けるということは命を預けるのと同じ事。信頼関係が何より重要なのだ。

 

……本音を言えば、仲良くなっておけば、上から何か妙な細工をするような依頼が来たときに断ってくれるかな?という淡い期待もあったりする。

なんだかんだいってまだ油断はできないのだ。

 

「戦果といっても模擬戦だからね。実戦なら出世も期待できたんだろうけど……」

「そんなことはありません。これも立派な戦果です。ちゃんと記録に残りますから、積み重ねれば出世にも繋がりますよ」

「そうか……そうだね。まぁ気長にやるよ」

「そうしてください。出世なさってすぐ異動になられてはこちらも寂しいですから」

「へ?」

「整備するザクが居なくなるのが、ですよ」

 

 一瞬どきりとしたが、どうやら機付き長なりの冗句だったらしい。

 逢ったばかりの相手に何を期待していたのか。

 

 

 

 

 

 

《やり直しをお願いしたいのであります!》

「そう言われても困る」

《しかし、納得できません!》

「だからな……ええい」

 

 ブリッジの扉が開いてすぐ聞こえて来たのは、ガデムと誰かが通信越しに言い争う声だった。

 スピーカーがハウリングを起こしそうな音量に、ガデムが黙って手を振った。それを見たオペレーターが通信の音量を多少下げたようだが、それでも大して変わったようには聞こえなかった。

 

 艦の下部にあるブリッジについた冬彦を待っていたのは、ガデムからのお褒めの言葉では無く、通信相手の金切り声だった。

相手をしていたと思われるガデムが一人うんざりした顔をしている。

 この時点で嫌な予感がひしひしとするのだが、踵をかえすわけにもいかないのが悲しいところだ。

 

「あー、ガデム大尉。報告に上がったのですが、何ゴトでしょうか? お邪魔なようでしたら出直しますが」

「おお、遅かったなヒダカ少尉! 君に用があるようだぞ。どうも儂では話にならんらしい!」

「それは……」

 

 ガデムの言葉に、勘弁してくれと言う本音を隠しつつモニターを見る。

 明らかに相手をするのが面倒くさそうな相手だが、適当に理由をつけてブリッジを去ろうにもガデムの眼光がそれを許さない。

 余程苛立っているのか、なんとかしろと無言で命令しているように感じられた。

 他の副官以下のブリッジ要員も、冬彦の事を見ている。逃げ場は無かった。

 

「えー、と。どちら様でしょうか?」

《お忘れですか! レーゲンであります!》

「レーゲン……ああ、レーゲン候補生!」

 

 言われて見れば、モニターに映る男には見覚えがあった。向こうがヘルメットをかぶったままなのでわからなかったが、士官学校の一期下にいた後輩である。

 これで、大尉であるガデムが一介の候補生相手に微妙な対応をしているのかがわかった。レーゲンの実家はそれなりの名家であり、しかもザビ派である。

 それでザクⅡAがまわされたのか?と考えると、ありえそうな気もしてきた。それに、さらに一つ下にはガルマがいる。それも踏まえると、もはやそうとしか思えなくなった。

そのことに、すこしばかり何か黒い物が沸いてきたが、無視だ。

 

「……レーゲン候補生。それでどうした。何か問題があったか?」

《それであります! ヒダカ監督生は卑怯でありますっ!!》

「卑怯たって……レーゲン候補生。まずは何がどう卑怯なのか説明してくれないか」

《閃光弾の使用と、パプア級の援護についてです!》

「……ん?」

《自分は今回の模擬戦闘訓練はパプア級の襲撃・防衛と聞いておりました! しかし、ヒダカ監督生はこちらに不意打ちをかけて来たではありませんか! 閃光弾の使用も前もって予定されたものではありませんし、護衛対象たるパプアを動かして前に出すなど前提条件が破綻しています!》

「……それで、やりなおしを、と?」

《はい!》

「あほかい」

 

 噴出したのは、ブリッジの中の誰かだろうか。それとも、通信機越しの向こうのブリッジの誰かか。

 冬彦自身うっかりともいえる素が出た形だが、言ってしまった以上はしょうがない。言いくるめるしかないだろう。

 

「確かに閃光弾は今回の模擬戦闘用の装備一式には入っていない装備だが、機体に直接のダメージを与える物ではないし、通常のザクⅠの装備の中には入っているものだ。実際の護衛の小隊が装備していてもおかしくはない。そもそも模擬戦闘用の装備は機体に深刻なダメージを与えうる物を模擬用に取り換えただけで、それ以外の物は括りに入っていない。カメラのホワイトアウトもそう長くは続かなかっただろう? それに、迎え撃ったと言ってもパプアのレーダーの範囲内だったからだ。パプアの索敵範囲外にいたのにまっすぐにそちらへ向かっていったというならともかく、索敵範囲の中にいたのなら迎撃に出るというのも作戦の一つだ。第一、幾ら護衛対象だからといってパプアが動かないとでも思ったか。足が遅い分逃げ切れないなら前に出ることだってあるわ。これだけ言ってまだ何かあるなら士官学校を通して出直して来い」

 

 言い切ったタイミングで、通信が切れる。すっと目をやると、オペレーターがサムズアップしていたので彼女の判断で切ったのだろう。

 通常であれば問題だが、今回に限ってはガデムも何も言わない以上、何も問題は無いだろう。

 

「……士官学校はあんなのばかりなのか?」

 

 辟易したようなガデムの問いだが、言い返せないのが難しいところだ。大半は無害だが、中には冬彦やアヤメのように捻くれたのがいるのもまた事実。

 さらに二期下には、常時仮面装備の次席が控えている。後のエースパイロット、某彗星殿の事である。

 

「……あんなのはほとんどいませんよ」

「おらんとは言わんのだな」

「まぁ……」

「ふぅ……まったく。エリートのガキ共の鼻を明かしてやったと思ったらまたとんでもないじゃじゃ馬が出てきたな。せっかくの祝勝会にけちがついた」

「いやまったくです……祝勝会?」

「うむ。飯に一品ついて酒が出る程度だがな。貴様をクルーに紹介する意味も兼ねてな」

「ガデム大尉」

「ふん、いちいち仰々しい。隊長で構わん」

「はっ、ガデム隊長」

「んむ」

 

 

 それは、つい忘れていた一つ儀式。

 

 

 

「フユヒコ・ヒダカ少尉、着任しました!」

 

 

 

 




 ついに念願の設定資料集を手に入れたぞ!

 ……無限航路の。

 ランキング入りとお気に入り登録ありがとうございます!
 ご意見ご感想誤字脱字の指摘など、何かありましたらよろしくお願いします。


 ※国防軍を公国軍に修正しました。


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第五話 呼び出し

 冬彦が408輸送隊に着任して、数ヶ月の間は何の問題も無く過ぎていった。

 日夜物資の輸送に勤しみ、サイド間の長距離輸送任務が主だったが、時折かり出される治安維持のための暴徒鎮圧任務も問題無く遂行できていた。ザクⅡがぼちぼちと方々へ配備されつつある中、相変わらず乗機はザクⅠのままだったが、それでも比較的充実した日々を過ごせていた。

 

 そう、過ごせていた。過去形である。

 

 好事魔多し。今この瞬間、冬彦は今後の未来を大きく左右する分水嶺にあった。

 

 冬彦は珍しく、正装であった。普段の制服でも冬彦のように士官クラスになれば充分に正装としても使えるのだが、其れよりも一段上の黒い礼服を身に纏っていた。

 若白髪の混じる黒髪は後ろになでつけられて、おまけに、モビルスーツ搭乗時でもそのままだった瓶底眼鏡までも、レンズ周りにフレームが無く四角く細長いレンズのスリムなタイプに変わっていた。

 これらは皆、冬彦が自前で用意した物ではなく、某所より用意され、身に付けるようにと“命令書付き”で渡された物である。

 着慣れぬ衣装に身を強ばらせている間にも、事態は進んでいく。

 

 また一つ、目の前に見知らぬ料理が並べられた。肉の上に香味野菜が添えられた、見るからに高そうな料理である。

見る人が見ればまた違う感想を持つのだろうが、冬彦では“高そう”くらいである。

 

冬彦が居る部屋は、ともすればパプアのブリッジよりも広いかも知れない部屋だった。

 サイド3の某所にある、何重ものセキュリティの先にある一室。

 その中央に配置された、向こうの端が随分と遠い長机。白いクロスが敷かれ、その上に並べられた白磁の器に銀食器。

 幾らするのかもわからない壺やら絵画やら、絢爛豪華と言った造りの室内で、視界の端にちらつく黒いスーツの護衛官。

少尉である冬彦が着席しているにもかかわらず、室内の隅で立っている数名の佐官。

 

 一言で言えば、異常である。何もかもが、通常と異なる好待遇。過ぎたそれは、冬彦の胃に深刻なダメージを与え続ける。

 

 そして、その様子を観察する男。この男こそが、冬彦の胃にダメージを蓄積している張本人だった。

 

「どうした。かまわず手をつけてくれたまえ。この場は公式な物では無いのだ。そう緊張する必要も無い」

 

 冬彦の向かいに座る男。その名をギレン・ザビ。ジオン公国総帥の地位にいる男である

 

 怖れていた、“呼び出し”である。

 

「ふむ、まぁ、そうは言っても一介の少尉にこの場で緊張するなと言うのも酷な話か。だが手をつけてくれねば話が進まん。食べたまえ」

「はっ、はい! そ、それでは……」

 

 半ば命令口調になったのと、ギレン自身が食事を始めたことで、冬彦もおっかなびっくりといった調子で食器を取る。

 士官学校でも多少はマナーの講義も受けるが、それにしたってこんな場所で使うとは思わずそこまで真剣に受けていなかったためせいぜいナイフとフォークは外側から、くらいしかはっきりとは覚えていない。あとはうろ覚えだ。

 

 しかし、一体どうしてこんな状況を想定できただろうか。何せ、ギレン・ザビである。

 一応対外的には公王であるデギンが最高権力者であるが、実質的には実務を取り仕切るギレンがそうだ。

 そんな相手が、わざわざ一介の少尉を指名して何の用件があるのだろうか。

 そんなもの一つしかないに決まっている。

 数ヶ月前の、士官学校での下級生鎮圧の件だ。

 

「……今回呼び出した理由についてだが、少尉、君の士官学校在籍中のことだ」

 

 ぴたり、と冬彦の手がサラダにフォークを突き立てた形で氷付く。端から見れば滑稽だろうが、当人からすれば死刑宣告まで秒読み様な状況であるから、気が気ではない。

来るだろう来るだろうとは思っていたが、それでもどちらかといえば小心者な冬彦であるから、食器を取り落としていないだけを褒めるべきだろう。

 

「そ、それは……」

「ああ、勘違いしてくれるな。責めるつもりは無い。むしろ賞賛したくて君を呼んだのだよ。少尉」

 

 こともなげにギレンは食事の手も止めずに言うが、冬彦の方はいよいよ比喩表現抜きに心臓が止まりそうになっていた。

 室内にいるギレン以外の何人かが気の毒そうにしているほどだ。

 

「時に少尉。少尉は今のジオンの現状をどうとらえているかな? 忌憚なく言って良い」

「は、え、その……随分と、きな臭くなってきているかな、と」

「ふむ、きな臭く、か。確かにその通りだ」

 

 ここで、ギレンの食事の手が止まる。ナイフとフォークを皿の縁にかけ、胸の前で指を組みフユヒコの事を見定めるようにじっと見る。

 

「少尉も士官学校にいた身だ。今のサイド3の“空気”をよく知っているだろう。実際に“事”が起こるまでは、まだ数年の有余があろう。しかし、だからといって今問題を起こしていいわけではないのだ。その点で私は君のことを評価している。よくガルマの無謀を止めてくれた」

 

 ギレンが臭わせたそれは、当然ジオン独立戦争。後の人が言うところの一年戦争のことだ。

 

「連邦はモビルスーツの事をまだまだ宇宙の玩具だと侮っているようだが、確かにザクⅠからザクⅡへの更新、配備は軍全体から見てもそう進んでいるわけではない。たとえ侮られたままであろうとも、感情にまかせ突発的に戦端を開くわけにはいかん。未だ完成を見ぬ兵装もある。連邦にはむしろもうしばらく侮っていたままでいてもらわなくては困るのだ」

 

 この時代、ジオンがモビルスーツ、ザクを切り札、ある種の決戦兵器として開発に注力していたのに対し、連邦ではモビルスーツをそれほどの驚異としてはみなしてはいなかった。

 ジオンが余り露出させなかったことや、目立った戦果が無かったこと。そう多くない実戦もコロニー内部での暴動鎮圧などがほとんどだったことなどから、宇宙戦闘ではそう脅威にはならないと判断していたのだ。

 もちろんそれはギレンの想定した通りのことで、ジオン側は限度はあるだろうが、ある程度までなら数の優位をモビルスーツなら跳ね返せると踏んでいた。

 むしろ、跳ね返せねばジオンに勝つ道は無いのだ。大艦巨砲主義がいまだ蔓延る連邦であるが、それを裏付けるだけの艦船と、それに裏打ちされる火力が連邦宇宙艦隊には確かにある。

 ジオンにも艦隊はある。だが、その数倍の規模の艦隊を連邦は有している。ちまちまとやっていたのでは局地的に勝てようとも、大局的には磨り潰される。工業力の差の開きも時間と共に如実に表れてくることだろう。それは、ジオン首脳部も痛いほどわかっている。伊達や酔狂で公国を名乗ったりはしないのだ

勝つためには乾坤一擲の大勝負、総力戦に近いに決戦に勝ち、一度の戦闘で一気に連邦の戦力を根こそぎ削り取るしかないのだ。その為の準備にほころびがあっては、大事を成すことはできなくなる。

 だからこそ、その綻びとなりうる“芽”を潰した冬彦を、ギレンはこうして呼び出したのだ。

 

 本人が有り難がるかどうかは、また別の問題であるが。

 

「そっ、それは、過分な評価をば……自分は監督生として忠実にあろうとしただけでありまして……」

「卑下しなくとも良い。……まぁ、確かにドズルや父上はやりすぎだと怒っていたがな」

 

 その言葉に、少しほっとしていたのが一転して、冬彦の喉からうめきとも何とも言えない音が出た。それを見て、ギレンが笑う。小さく、短くであったが確かに笑ったのだ。

 よほど珍しいことであったのか、佐官の一人が持っていたファイルを取り落として慌てて拾い直した。

 

「クク、父上達も末っ子のガルマが可愛いのだろう。だが安心したまえ。少尉の行動には何ら罪にとわれるようなところは無かった。そのことははっきりさせておこう。

それにサスロなどは手放しに君のことを褒めていたぞ。私も同意見だ。先の理由から、大局的に見れば、君の行いは候補生でなければ昇進させたかったほどのものだ。まぁ、不当に貶めたりなどはさせんよ」

「あ、ありがとうございますぅ……」

 

 もう、泣き出しそうになっていた。無論、男である冬彦が泣いても誰の得にもならないので誰も助けようとはしない。

可愛くともなんとも無いし。仮に、彼が男の娘だったらまた違ったのかも知れないが、残念ながらそんな事実はない。

 

 

 

「さて、そろそろ本題に入ろう。実は、今日呼んだのは賞賛するためだけでは無いのだ。流石に、私もそれほど暇という訳ではないのでな」

 

 ギレンが、一つ指をパチンと鳴らすと、壁際にいた、先ほどファイルを取り落とした佐官がすっと冬彦の前に件のファイルを置いた。

 何の装飾もなされていない無機質な印象のファイル。色はある意味見慣れた濃緑で、特に題名などは書かれていない。

おなじみと言えばおなじみのジオンのマークと、禍々しい赤色で、英語でもって『極秘』と判が押されているだけだ。

 知らず、ごくりと唾を飲む。冬彦は逆にまだ唾が出たことに驚いた。

 

「先日の演習、見せて貰った」

「士官学校との、模擬戦闘のことでありましょうか」

「そう、それだ。少尉、君とその僚機はザクⅠ、それも特にカスタムが成されていない機体だった。にもかかわらず、士官学校の候補生相手とはいえ、ザクⅡAを含めた倍する敵を無傷で全滅させたわけだ。無論、僚機がベテランだったことを加味しても、これは充分評価するに値する。

……それを開いてくれ」

 

 言われて、ファイルを手に取る。薄いこともあり、重さはほとんど感じない。

 

 ――感じない、はずなのだが、どういうわけか手に重さを感じていた。これが、プレッシャーなのか、と一人変なところで納得していた。ある種の現実逃避かもしれなかった。

 

 しかし、ここまで来て冬彦にもやっと恐怖以外の何かが芽生え始めていた。それは興味、つまりは、好奇心である。

 何せ、なぜ小心な冬彦が若白髪をこさえてまでも士官学校に入りモビルスーツパイロットを目指したか言えば、ザクに乗りたいからである。

 このタイミングでの、新しい計画。きっと、ジオン驚異のメカニズムの一端に直に触れられる何かがあるはずなのだ。

 

 それは、冬彦の眼に再び光を灯すのに充分すぎる物であり、それを見たギレンの笑みに凄みを増させる物だった。

 

「その計画の、テストパイロットに貴官を任命する」

「――第一次ザクⅠ改修計画、でありますか」

「そうだ。便宜上第一次、と振っているが、結果によってはその限りではない。

おそらくそう遠く無い内に主力はザクⅡに移る手はずになっているが、ザクⅠを遊ばせておくわけにもいかん。かといってリソースをそう多く振ることも出来ん。資源は有限であるし、何より貴重だ。連邦の眼を欺きつつ付けるためにも、外観を大きく変えることも出来ん。

そこで、今の内に小規模な改修と仕様の変更、運用方法の刷新で、ザクⅡに勝らずとも、並びうる程度の戦果を得ることが出来るようにしたいのだ。

無論実戦投入される状況はザクⅡそのものよりは限られるだろうが、その分そこに配備されるはずだったザクⅡと人員を他に回すことができる。

……閃光弾を利用した強襲戦法を実践した貴官の手腕に期待してのことだ。できるか?」

「全力を尽くします」

 

 今までとは打って変わった、食いつかんばかりの獰猛な視線で冬彦は答える。その様子の変わりように、またも周りの佐官は眼を向くことになるのだが、一人ギレンだけは笑みを深くしていた。

 

「なら、任せる。一応、責任者が別にいるから、貴官は案を出す方に傾注してくれ。階級は据え置きのまま転任という形になるが、結果を出せば当然反映しよう。くれぐれも、期待している。

私はこれで席を外すが、貴官は食事を続けてくれたまえ。帰りの車は用意している。それではな」

 

 そう言い残し、ギレンは佐官を引き連れ退室した。

 

 残された冬彦は、今頃になって冷静になったのか若干顔が青くなっていた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「閣下、よろしかったのですか? あのような新米の少尉に任せて」

「別にかまわんよ」

 

 腹心である佐官の一人の問に、ギレンは歩みを止めることもなく答えた。

 

「ザクⅠの改修計画は、失敗したとしても問題は無い。ザクⅠのままでも使えるのだからな。成功すれば儲け物、といったところか」

 

 この時のギレンの頭の中には、ザクⅠの改修案の先があった。ザクⅠの改修案そのものも嘘では無い。ただ、ザクⅠへの小規模の改修でできることなら、当然、既存のザクⅡA、そこから先の制式機のコンセプト案として生かすことも容易なはずなのだ。

流石に今からMS06系統のザクⅡの基幹設計にまで影響を及ぼすことは難しいだろうが、バリエーションパックの一つを用意するという意味でなら、充分に期待がもてる。

 

「いえ、そうではなく」

「んむ?」

「人選の方です。彼でなくとも、ベテランは幾らでもいます」

「ああ、そちらか」

 

 数ヶ月前の演習で確かに冬彦はモビルスーツパイロットとしての力量の一端を発揮して見せた。しかし、もっと勤務歴が長く、実績あるパイロットなど幾らでもいるのも事実だ。

 408輸送隊でも、冬彦以外は皆ベテランと言っていい。艦長も兼ねるガデムなどその最たるものだ。

 

「だからこそ、だ」

「と、仰いますと?」

「ベテランは、あれで中々扱いづらい。軽々しく異動させるわけにもいかんし、大体皆いずこかの派閥にいるからな。ダイクンの信奉者も少なくない。ラル家など最たる物だ。

それに、派閥の眼を気にせず独自の判断で動ける人間もある程度必要なのだ。使い勝手のいい人間はできれば手駒として欲しいところだが、ドズルやサスロなども眼をつけている。ぶら下げておくのが良いだろう。ザビ家の末席に名を連ねるガルマ相手に物怖じせず動いた辺り、胆力はあるのだろう」

「それは……そうでしょうか」

「私の目を疑うか?」

「そういうわけでは。しかし、会食での様子を見ますと、どうしても」

「……確かにな。だがまあ、奴の出した結果に間違いは無いのだ。せいぜい期待して待っていよう」

 

 

 

 ギレンの言葉は、どこか楽しげであった。

 

 

 

 




というわけで魔がつかない程度の微改造フラグ。

あとそろそろ話数のナンバリングとタイトルちゃんとしようかなと思ってます。他所様とかぶりそうな気がするので。

ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他ありましたらよろしくお願いします。


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第六話 山積みファイル

 

「これだけの中から、選べと?」

「はい。そう聞いております」

 

 冬彦の目の前に積まれているのは、色とりどりのファイルである。

少なくとも、五十は下らないだろう数が、机の上に耳を揃えて三列に積まれている。

 

「……冗談だろう?」

 

日夜技術者が鎬を削るズムシティ工廠の一角。そこに冬彦の姿はあった。

 

 ギレンとの会食の後、すぐに着替えて元の瓶底眼鏡に戻った冬彦は、408輸送隊を離れて乗機と共に単身新たな職場に移り、着いたその日の内から早速仕事に取りかかろうとした。

だが、現地に到着してまず冬彦を出迎えたのが、割り振られた専用のデスクの上に鎮座していた、うずたかいファイルの山だったのだ。

 勘弁してくれと思う反面、大半が歴史の闇に埋もれた没案であることを考えると、かつての一ファンとしてはまさしく宝の山そのものである。

しかし、それにしたって薄くないファイルが山と積まれていてはどうしても辟易する面もある。

 

「これ、中に他所の陳情書とか混じってない? 後は全く関係ない奴とか」

「いえいえ、どれも草案の段階ではありますが、ちゃんとした改修案ですよ。似通った物が無いでは無いですが、一応全部別の物です」

「うおーぁ……」

 

 つぶやきに答えたのは、冬彦に新しくつけられた秘書代わりの部下である、エイミー・フラットだった。階級は伍長。

目に優しい緑の髪をバレッタでとめ、制服の上につなぎを羽織っている。冬彦のそれとは対照的なノンフレーム眼鏡が、知的な印象を醸し出している。

 

 冬彦はあくまでモビルスーツパイロットであり、技術士官ではない。

しかし、機械に明るくない人間がそのまま開発に携わっても、知識の差が意思疎通の障害として出てくるのは目に見えている。

それを解消するために、ズムシティ工廠の整備課から引っ張ってこられたのが彼女だ。フレッド、ザイル両名については408輸送隊のまま異動が無かったため、稼働試験の際には彼女がモビルスーツにのることもある、と聞かされていた。

 なお、彼女が副官ではなく単なる部下という形になっているのは、冬彦が尉官であるため当然の処置であり、現状はあくまで補佐という形に落ち着いている。

実質的に仕事内用は副官とそう変わらないのだが。

 

 目に付いた一つをとりあえず手に取って開いてみても、確かにちゃんとした改修案だった。急ごしらえの物をそのまま上げてきたのか、書き殴りのメモやイラストが添付されているが、それでも内容はある程度理解出来る。

ちなみに、たまたま開いた物の中身は脚部側面へ背部と同程度のサイズのスラスター増設による髙機動化プランだった。

 もうR型の青写真ができとるんかい!と戦慄したのは内緒である。

 

「……とりあえず、目を通すだけ通して行こうか。じゃないと終わる気がせん」

「この後は第六開発局あげての少尉殿の歓迎会が予定されていますが?」

「そんなに時間をかけるつもりは無いよ。けど、歓迎会でもどうせ話を聞かされるだろうし、それなら素人なりにも、どんな計画があるかくらいは把握しとかないと話すだけ無駄になる。資料も欲しい。酒を呑んで騒ぐだけなら良いけどさ、どうせ誰も彼もネジが一本外れたような奴らばっかりなんだろう?」

「それは、まあ……」

「なら、さっさと済まそう」

「でしたら、書き出す物を用意しましょう。系統ごとにまとめて持って行けば、話を聞くにも便利でしょう」

「うん、頼む」

 

 げに恐ろしきは、驚異のメカニズムを本当に机上の空論ではなく現実の物とした技術者達の実行力。冬彦の着任が決まってから、こうして足を運ぶまでほとんど間に日は無い。

にも関わらずこれだけの量の草案が来ているのだ。完全な門外漢と思われては、良いように言いくるめられたあげく気づいたらザクⅠとは似ても似つかぬ“何か”が出来ていました、など考えるのも恐ろしい。

 

 さて、席について山積みのファイルにざっと目を通して行くと、概ね計画が三系統に別れていることがわかった。仮に番号を振って順に、①背負い物系、②武装系、③本体改造系だ。

 

 背負い物系は、主に背部のランドセルをいじる案だ。用途に応じて換装可能なバックパックに置き換える案や、ランドセルそのものを大型化するなどの案が出ている。

 基本的にこれらの案はどれも機動力強化、航続距離と稼働時間の増加が主眼に置かれている。一年戦争機で代表的な物をあげるのであればゲルググがそうではないだろうか。

もちろんこの時代にはまだ実機は無いが、そもそもゲルググは背負い物が無い比較的珍しいモビルスーツである。

その分、改修される場合はまずスペース的にも余裕がある背部から手が加えられてきた。火力支援を目的としたキャノンタイプもあるが、他のゲルググタイプは大体が航続距離の増加を目的としたプロペラントタンク付きの海兵隊仕様や、主にエース機用で機体ごとに細かい差違も多い髙機動パックなどだ。

ある意味、“改修”案としては王道と言っても良いだろう。

 

 次に、武装系だが、これは現状の武装を改造、あるいはパーツを流用して新造しようというものだ。マゼラトップ砲などはこれにあてはまるのではないだろうか。

 ザクⅠ用に配備されている武装は、初期型の105ミリザクマシンガンや炸薬の強さで肩を壊してしまうことで有名な初期型バズーカ、あとは閃光弾やクラッカーなどだ。防御用の兵装もあげるなら、ショルダーアーマーとナックルシールドも一応そうだろう。

 これらを改造してなんとかザクⅡに付いていこうという考え方だが、そもそも武装の種類が多くは無いためどこまでできるかは疑問符が付く、しかし逆に、本体に手を加えるよりはまだ安上がりかつ手軽にできるため、計画にもっとも沿った案と言えなくもない。

 実際に提出された案はやはり欠陥のあるバズーカ関係が多く、バズーカ本体の新規設計、新弾頭の開発などが上がって来ているが、一部にはマゼラアインの主砲を流用したキャノン砲の案もある。

 

最後に、ザクⅠ本体の改造だ。最初に手に取ったファイルにあったような脚部へのスラスター追加のような、各所へのスラスター追加や、装甲の増加、カメラサイトの増設。さらには胴体部分を一回り大きくすることでザクⅡの動力を積み込もうという案さえある。

 計画の概要を聞いていたのかというような案が多いが、例えばコクピット前面、ハッチの左右にスラスターを追加しようという案は、後のR型系列(髙機動型)やザクフリッパー(偵察特化)などとどこか外観が似通っているなど、後の機体が計画書越しに透けて見えるのだ。一概に切って捨てるには、惜しい。

 

 順に、本命、対抗馬、大穴というところだろうか。

 

 それらにひとしきり目を通し終えた冬彦は、無言で天井を仰いだ。

 

「…………」

「どうなさいました」

「内容が、濃い……疲れた」

 

 どれもこれも、制約がなければ実現が充分に可能、おまけに後の歴史と照らし合わせると結構な戦果が期待できそうな辺りが判断を難しくしていた。

 しかし、エイミーは思ってもないことを言う。

 

「まだまだましな部類だと思いますが」

「うそだろ……」

「本当です」

 

 しばし、互いに無言になる。

 

「うん、歓迎会に行こう。そうしよう」

「了解しました。それではご案内します」

 

 そうして冬彦は、頭痛のタネになりかねないファイルの山を部屋に残したまま、後にした。

 

 

 

 歓迎会といっても、あくまで簡易なものに過ぎず、工廠内部の食堂で行われた。やっていることはガデムの時と同じだが、コロニー内の軍施設ということで料理の種類が多く、その分酒類が無かった。

 

 挨拶を終え、音頭を取り、一通りこれからプロジェクトを共に進めていく仲間となる者達と言葉を交わした冬彦は壁際に逃れてきていた。

 その理由は、手に持った新たなファイルの束である。計六つ。この場ですらも、火が付いた技術者に手渡された物だ。

 この場にいる技術者は皆軍属だが、白衣やつなぎのものも多い。そんな彼らが、どういうわけか皆新参であるはずの冬彦に笑顔で寄ってくるのだ。そして、ファイルの中身を見せ、その中身を語ってはそれを押しつけてくる。

 

「……ほとんどが初めて会うと思うんだけど、やたら親しくされるんだが、何でだろう。伍長、わかる?」

「同類に見えるのではないでしょうか」

「何ですとっ!?」

 

 冬彦が、エイミーにぐっと詰め寄るが、エイミーは特に慌てることもなく答えた。

 

「どういうことさ!?」

「私から見ても、結構親近感がありますよ。若白髪とか、後は……」

「何さ!」

「とくに、その瓶底眼鏡ですとか」

「こ、これが原因かっ……! あの新しい眼鏡のままにするべきだったか?」

 

 彼が震えていた理由は、きっと本人にしかわからない。

 

 

 

 

 

 

「それで、結局どうなさるので?」

「改修案のこと? 気になるか」

「もちろんですとも。私とて分野は違えど技術屋です」

 

 歓迎会が終わり、卓上ランプのみが照らされた暗い執務室。ファイルの山は崩れたが、無くなったわけではなく、机の上か、あるいは床に乱雑に散らばっている。文字通り積んでいたのを崩したせいだ。

 白熱電球では無いはずだが、黄色みがかったランプの灯り。その中で、男女が二人同じ部屋。何が起きるかと言えば、案外何も起きなかったりする。

 

「まぁ、隠すほどのことでもないんだけども」

「でしたら、ぜひ」

「……とりあえずは、これら四つ。あとは随時検討していくし、私からも案を出すから、それも検討して貰う。しばらくはつきっきりで頼む」

「まあ。熱いお誘いですね」

「……減らず口もたたけんようになるぞ。そのうちに」

「望む所です。鉄火場はなれていますから。楽しみにしていますね」

 

 話が終わり、エイミーが退室する。

 冬彦が落とした視線の先にある、四つのファイル。

 

 計画の要項を満たしつつも、機能向上を狙えると踏んだ四つの案。

 

 やがて来る地獄のような一年戦争を乗り切るための、彼が選んだ小さな小さな原作改変。

 

 

 

『要所への装甲追加。及び、既存の物を流用した大型シールド作成案概要』

 

 一番上のファイルには、そう書かれていた。

 

 

 

 




 やっぱり魔改造してやろうかしら。ザク1.5とか。ザクアイズとかではもちろんない。

 装甲追加とシールドは、予告編で出したのでネタ晴らし。あと三つは次回で。
 ジオン驚異のメカニズム。これで大体は片が付く。すばらしい。

 ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々、何かありましたらよろしくお願いします。それでは。


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第七話 第一次改修

「あー、エイミー伍長。アレは、何かな?」

 

 早朝。ズムシティ工廠の一角。ザクⅠの改修計画を担当する、第六開発局が占有するブロックでのこと。

 薄暗いハンガーの中で、天井から入る光が、一機のモビルスーツを照らし出していた。

 左肩のペイントは、04。これが他所から新しく運び込まれた機体でない限り、紛う事なき冬彦の愛機である。

 

「改修を終えた、少尉殿のザクⅠです」

「……赴任したのが、いつだっかな」

「二週間前です」

「要項と改修計画草案をすり合わせて、とりあえずの方向性を決めたのは?」

「十日前です」

 

 ハンガーにいるのは、早朝にたたき起こされた冬彦と、たたき起こしたエイミーと、あと隅の方の邪魔にならないところで雑魚寝しているプロジェクトチームである。

 

「……もう、出来たの?」

「できましたね。これが少尉殿の新しいザクⅠです。まあ、これならⅡA型となら張り合えるでしょう」

「早すぎるわっ! 俺も幾つか案を出したりしたけど普通十日で出来るのか!?」

「もちろん、普通はできません。しかしここは天下のズムシティ工廠ですよ。プロジェクトチームにローテーション三交代の体制をしいて不眠不休で仕上げました。所詮はバリエーション機、“ガワ”が同じならそう難しいことではありませんでしたね。まぁ、それで何人か倒れたので、残念ながら試験は明日になりますが」

 

 それでも明日やるんかいっ、という冬彦のツッコミも、エイミーはどこ吹く風で、雑魚寝しているメンバーも起きる気配はみじんもない。

 

 

 

 宇宙世紀0077、いよいよ年の暮れといった頃のことだ。ジオン驚異の技術力。あるいは枷を外された技術者の行動力。その一端を、冬彦はまざまざと見せつけられていた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「ちゃんと動いてるよ……爆発とかしないだろうな、コレ……」

 

 生まれ変わった?乗機との対面から、翌日。冬彦は早速機中の人となっていた。

 案を出した冬彦自身が言うのもあれなのだろうが、こんな早くに出来るとは思わなかった、というのが本音である。

 というか普通は二週間程度で改修が完了する方がおかしいのだが、そこら辺を担当したプロジェクトチームに言わせるならば、なんやかんやの部材さえ揃っていれば試作機の一機や二機はすぐにできるのだとか。その辺りはジオンが誇るズムシティ工廠だけあり、少し隣のブロックの知り合いや上司に頼めば割とすぐに回してもらえたそうだ。

むしろ難しいのは、そこから実際に動かしてみて本当に問題がないか、想定外のエラーが発生しないかをチェックする行程らしい。

 

《失礼な》

 

 通信機越しに、今回のテスト試験でモニターを務めるエイミーの憮然としたようすが伝わってきた。

 なお、彼女の担当箇所はセンサー系である。

 

《大丈夫ですよ。万が一の際はこちらからでも緊急停止ができるようにプログラミングしてあります。安心して噴かしてみて下さい》

「……わかった。MS―05先行改修試験型、ヒダカ機発進する」

 

 一抹の不安を残しつつ、冬彦は機体を試験隊用の観測機器が増設されたパプアから発進させた。

 

 ここで、先行改修試験型についての説明をしておこうと思う。

 

 冬彦が改修を請け負うに当たり、まず考えたのは任務ごとの仕様特化である。

ザクⅠ、ザクⅡともに、分類でいうならば汎用機。ザクⅠでザクⅡ並に全ての場面で活躍できるようにしようというのは、流石に外見の大きな変化無しには難しい。だからギレンも運用方法の刷新を前提に計画を振ってきたのだ。

そこで、冬彦が選んだ運用法は、一つは対艦戦用として特化させた雷撃仕様。もう一つは、艦隊直掩としての対空防御仕様だ。

それらの仕様を満たすための改修によって目指すところは大きく四つ。

 一つ、防御力の向上。

 一つ、機動力の向上。

 一つ、火力の向上。

一つ、コクピット内装の見直し。

 あくまで限られた用途でのことであるから、要求される数値もそう厳しい物では無い。もし仮にここでコンペに落ちたツィマッド社のヅダ並の最高速度を要求されたなら、冬彦は匙を投げ、技術者は新たな難題、その先の未知に狂喜乱舞するのだろうが、あくまで目的は先の二つである。

 

 まず、防御力の向上についてだが、これは要所への装甲の追加と新規の盾の追加でもって成されている。

 装甲の追加箇所はあくまで生存性の向上の為に胸部に。重量の関係があるため、特に正面装甲のみに限って改造が行われた。

 さらに盾についてだが、これは対空防御仕様のみの装備となった。既存のナックルシールドのナックル部分を切断。平面な鋼板にしてそれを三つ並べて、大きな防御専用の盾に。さらに重量を少しでも軽くすべく片側の表面を曲線を描く傾斜をつけるように削り、完成とした。

 この大盾の目的は懐に入ってきた敵戦闘機、セイバーフィッシュの攻撃から身を挺して艦船を守ることである。機銃よりも、どちらかといえばミサイルへの対抗措置だ。

 懐に入られる前に迎撃できれば良いが、一度ミサイルを発射されてしまってはなかなか迎撃するのは難しい。

かといってザクをそのたびに犠牲にしていてはすぐに数が足りなくなる。

なので、仮に数発であろうと正面から受けても耐えられる仕様にしたのだ。もちろん艦船に接近される前に迎撃し、攻撃を受けない方が良いのは言うまでも無いのだが。

 

 次に、機動力の向上だが、これは仕様の違いで大きくことなる。一応両者共通の改修としては主機が一部の部品交換でやや小型になったという点がある。

防空戦闘仕様の方が背部のランドセル上部に後のF2型のような小型バーニアを二つ追加して、最高速度よりも旋回能力、小回りを優先したのに対し、雷撃仕様は完全な最高速度を求めた形だ。

 最高速度の増加を目指し技術陣が行った事を簡潔にまとめると、小さなランドセルの中に諸々を納めることを諦め、ハードポイントの増設で外付けの使い捨てロケットブースターを設置できるようにしたのだ。当然、この方式なら本体出力を気にする必要も無い。

要は、一年戦争後半に出てくることになる水陸両用機用のロケットブースターを宇宙で使おうと言うのだ。ある意味ではヅダ並と取れなくもない。片道切符だが。

 

 そして、火力の向上だが、これはもう武器依存しかなかった。マシンガンはⅡと共通の物を使い、バズーカは雷撃用に弾種と炸薬の種類の変更、他閃光弾やクラッカーの携行量増加など。残念ながら、マゼラ・アイン空挺戦車の方を流用する案は没になった。

 

 最後に、コクピット内装の見直し。必要無いようにも思えるが、これは非常に重要で操作性に直結する。そして操作性は機体の防御力以上に生存性に直結する。

某彗星さんも言っていたように、当たらなければ良いのだ。しかし、これが案外くせ者だった。主機の若干の小型化でやや空きが出来たが、あくまで微々たる物。

そこでやるべきことは、機体内部の電装系のスリム化である。しかし、これに関してだけはプロジェクトチームをしても難しかった。

 ハードの方は部品の交換やら端末の統合やら、現状の見直しで何とかなるが、ソフト、特に操縦関係はヘタにいじれないのだ。

 ただでさえ、二足歩行だけでなく戦闘行動を可能にするために非情にデリケートなプログラムが組まれている。改良できれば革命的な何かが生まれるかもしれないが、ヘタにいじるとかえってバランスを損ねてしまう。

 

 この分野は某恋愛原子核が身を以てその重要性を証明してくれたため、冬彦としても多少なりともいじりたかったのだが、やはり難しかったらしく、今回は断念となった。

モビルファイターとまではいかずとも、レイバーのような細かな動作も実現はまだ先になるらしい。

 しかし、その分ハード分野を徹底していじった結果、それなりの物が出来ていた。サブモニターを幾つか統廃合し、その分メインモニターを薄く大型に。

 さらに、他でも無いエイミー伍長の発案で、センサー系を強化することになったのだが、これが冬彦も含めたプロジェクトチームの中で大論戦を巻き起こした。

 

 外観は、基本的に大きくいじれない。当然、外部センサーを装甲の上に増やすのは難しい。防弾性も落ちる。そこで、モノアイレール前の支柱を取り払った上で、同軸上にもう一つ、センサーカメラユニットを追加しようというのだ。

 

 ジオンのモビルスーツの象徴たるモノアイが、モノアイで無くなる。論戦が起こって当然である。死活問題と言って良い。

 

 確かに、機能的な面で言えばセンサーユニットは多い方が良いのは良いのだ。ミノフスキー粒子下で物を言うのはレーダーではなく光学機器類であるし、後に開発される偵察特化型のMS―06E―3、ザクフリッパーなどはその最たる物で頭部に三連カメラモジュールが搭載されている。シルエットそのものも大きくは変わらない。

 

 しかし、だからといってモノアイをそうそう簡単に捨てて良い訳では無い。ジオンといったらモノアイ。これが基本なのだ。そこには、ジオニックやツィマッドのような会社間の問題さえ置き去りにされるくらい大事な事なのだ。

 例外的に、偵察特化型や、アッグガイの複眼などがあるにはある。しかし、この時代はまだMSと言えばザクⅠ、ザクⅡ、ヅダ、クラブマンに至るまで、全てモノアイ。それを捨てるというのがどういう意味を持つか。

 今後のモビルスーツシリーズのセンサー系、その全てに影響を与えかねない事案なのだ。

 

 この論争をまとめるのに、三日かかった。よく三日でまとまったと見るべきだろう。これが完全な新型の開発だったら半年かけても絶対にまとまらなかっただろうから。

 

 結果、試験的な意味も兼ねて、例外的に、極めて例外的に対空防御仕様の冬彦機にのみ採用され、ツインカメラのザクⅠが生まれたのだった。

 

 

 

ちなみに冬彦は、意外や意外容認派である。後のジオンモビルスーツがツインカメラになりかねないこの事案になぜ冬彦が乗ったのかというと、提案が補佐であるエイミー伍長だったために人間関係を壊したくなかったこと、冬彦が決断しなければほとんど不採用で決まりそうだったことから、グフやドムなど後のモビルスーツではおそらく採用されないだろうという半ば確信があったこと。

そして、案外霊子甲冑みたいで格好良くなるかもしれないという期待があり、ちょっと見て見たくなったことがあげられる。

 

 

 

これで改修はひとまずの完成となるのだが、ここで一つ問題が出てくる。の二種の仕様はどちらも宇宙空間での戦闘しか想定していないのだ。

地上ではまず運用が難しい、というかおそらく何かしら不具合が出るだろう。地上においてこの大盾など持っていては、まともに動けず良い的になる。

 

 さらに、対空防御仕様は盾以外にはそう目を引く変化は無いため要項を概ね満たせているが、雷撃仕様は後部にブースターユニットをつけたせいで外観が結構な割合で変化してしまったためそうはいかない。

実際に対艦戦闘が起こるまでは実機を運用する機会がないため、問題無いと考えているが、実際に判断するのはギレンの総帥府だ。稟議書を提出しているため、その返答待ちにはなるが、おそらくは通るはずだ。

 

 

 

 とにかく、これで一応試作機は完成した訳である。今回の実証試験に当たり、用意されたのは対空防御仕様のみだ。雷撃仕様は稟議書の結果待ちであり、今回は試験を行わない。

 

 パプアのブリッジからは、試験機そのものは見えずとも、噴射光が白い尾を引いているのはよく見えた。

 そして、それ以上に彼らは増設されたモニターを食い入るように見つめていた。情熱が冷めぬ間に、出来ることは全て打ち込んだつもりであるが、やはり結果が出るまでは安心できないのだ。

 例えば、使用した部材に表面からではわからないような内部の損傷があったら。

 例えば、更新したプログラムにほんのわずかな打ち間違いがあったら。

 

 ほんの小さな一つの異常が、全てを失わせるのだ。一瞬で、全てを。

 

 それら異常と正常の境界を、モニター上のめまぐるしく変化する数値とグラフが、全て教えてくれるのだ。

 

「……少尉殿、どうでしょうか」

《――――》

 

 エイミーが、通信を送るが、返答は無い。しかし、異常が起きたようにも見えない。

 

 遠くに見える噴出口は左右に軌跡を振りながら、時に緩く、時に急な角度で持って旋回や加速を繰り返している。

 

「……少尉?」

《――ああ、うん、聞こえている》

 

 今度はちゃんと返答が返ってきたことに、エイミーのみならず、ブリッジにいる誰もが安堵する。

 少なくとも、故障では無かったらしい。

 

「少尉、先ほどの通信の返信が無かったのは、何か異常が起きたからですか?」

《――いや、そういうわけじゃないんだけっ、どっ……》

「何かあるなら、ちゃんと報告していただきたいのですが。情報の把握は必須ですので」

 

 多少、険のある言葉。だが、しょうがないことだ。先の理由から、些細な違和感も今は見過ごしてはいけないのだから。

 

 冬彦の返しは、そういったものではなかった

 

《――あー、その……これは、良いよ。これならきっと、今までのザクⅠよりずっと楽に戦える。これまで乗ってたのとは、かなり違う。小回りがきくし、予想した通りの機動ができてる。成功で、いいと思うよ》

 

 モニターの数値は、規定値をどれも超えていない。心配していた、腕部関節箇所の負担も、想定値内だ。

 

《――ヒダカ機。これより帰投する。胸を張って帰ろう》

 

 何人かが、無言のまま、ガッツポーズを取っていた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「……ふむ。対艦戦を目的とした爆装と、連邦の宇宙戦闘機に対抗する為の対空防御仕様、か」

「こちらが、さきほど届いた実証試験の結果です」

 

 つるりとそられた顎に手をあて、ギレンはあげられてきた稟議書を見る。既に試作機も完成している、とある。

 

「いかがなさいますか」

「対空防御仕様の方は良かろう。だが雷撃仕様は駄目だ。ザクⅡに戦意高揚のための華を持たせる必要がある。そのための新型だ」

「では、片方のみの採用と?」

「そうなるな。……しかし、うむ……」

「……何か、いたらぬところがありましたか」

「こう、目が二つあるザクというのも、思いの外違和感があるものだな」

 

 ギレンの言葉に、補佐官はなんとも言えない曖昧な相づちしか返せなかった。

 

 宇宙世紀0077、年の瀬の一幕である。

 

 

 

 




 疲れた。こういうのは楽しいけど疲れます。
 あとネタをぶっこみすぎた感がありますけど、気にしてはいけません。
 レイバー?霊子甲冑?わからなければ調べましょう。全部知ってた人はちょっと友達になれそうな気がする。

 それと、近々タイトルとサブタイトルを変える可能性があります。ご注意ください。

 ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々、何かありましたらよろしくお願いします。


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第八話 分岐点

 

 

 宇宙世紀0078、十月。

 

 一年戦争勃発まで残り二ヶ月ほどとなり、いよいよサイド3では戦争にむけての動きが活発になりつつあった。

 ザクⅡCの制式配備や、士官学校の繰り上げ卒業。街中には戦意高揚のためのプロパガンダが溢れている。

 そんな中、冬彦はどこかに出かけるでもなく、ズムシティにある自室にて、机の上に置いたある物を目の前にしてじっと考え込んでいた。

 

 一つは、ケースに入った“大尉”の階級章。

 

これは、年度明けにザクⅠ改修が評価され中尉に昇格した後も、ズムシティでそのまま固定となった第六開発局の面々とせっせと武装の改修や開発、他にツインカメラの運用データ報告などを続けた結果、さらなる昇進が決まったのだ。ただやはりというべきかツインアイは冬彦機のみの採用となってしまったが。それ以外は他の機体にも順次行われるらしい。

ザクⅠ改修以降の成果は細々とした物が多くそう目立つものはないが、ザクマシンガンの銃身を延長して集弾性と弾の初速をあげたロングバレルタイプの新型MGや、クラッカーに代わるグレネード。他に二ヶ月に及ぶツィマッドとの交渉の結果勝ち取ったヅダ用の対艦狙撃砲のライセンス生産と改造の許可などがそうだ。

 

ただ、前世でもって色々なアニメを見た冬彦としては、他にも造ってみたい兵器は幾らでもあるのだが、残念ながら彼は技術将校ではなく、技術将校みたいな見た目をした普通の将校(MSパイロット)である。

ズムシティに居着いて早数ヶ月、周りからも技術将校と勘違いされつつ在ろうと無理な物は無理。

案はあれどもそれを実現するための理屈や理論がいまいちわからず、概要を第六開発局の面々に伝える事しかできないのだ。

 もっと言えばたかだか一中尉の言うことでは、余り大きな計画は承認が降りない。艦船の新造計画などもってのほかである。

 

 とにかく大尉ともなれば、将校として実感がもてる階級である。いよいよ次は佐官であり、金属製の徽章を光にかざし、燦然と輝いているのを見るのはなかなか乙な物だ。

 

「……現実逃避はここまでにしておこう」

 

 徽章の下にある、『配属先希望書』と銘打たれた一枚の書類。

 

「どうしたものか……」

 

 十月に入り、公国軍にも大きな動きがあった。国家総動員が発令されたのにともなって、軍が分割され、新しく宇宙攻撃軍と突撃機動軍が設立されたのだ。

 

 それに合わせてアルベルト・シャハト技術少将からズムシティ内のオフィスに呼び出しを食らって直々に渡されたのがこの『配属先希望書』である。大尉への昇格通知と一緒に来たあたりたちが悪い。

 なるべく早く提出するように、とも言われたが、中学校のプリントでは無いのだからそんなことは言われずともわかっている。

 

 しかし、中々判断が難しい問題であるのもまた事実。

 ジオン公国軍が分割されたことにより、随分と冬彦もよく知るジオン軍の形になってきている。そんな中で、今書ける選択肢は四つ。宇宙攻撃軍、突撃機動軍、総帥府、技術本部だ。

 宇宙攻撃軍はドズル・ザビの麾下にあり、公国の中でも規模では最大を誇る。

 突撃機動軍はキシリア・ザビの麾下であり、後々出来るガルマ・ザビの地球方面軍も形の上ではここに属することになる。

 ギレン・ザビの総帥府は親衛隊、首都防衛隊を擁していて、新設された二軍の上位に位置する。さらには技術試験隊を運用する技術本部も直接の管轄下に置いている。

デギン・ザビ、及びサスロ・ザビ両名は直下の戦闘部隊を持っていないので、ここでは関係ない。 

 

 別に、冬彦個人としてはシャアのようにザビ家の面々に思うところは無いので、そういう意味ではどこでもいいとも言えるのだ。強いて言うなら、流石にガルマ麾下として設立される地球方面軍は居づらくなるような気がするので、避けたいという程度のこと。

 しかし、これがどこなら生き残れるか、という視点で考えると、とたんに話難しくなる。どこに所属しても、初期は問題は無い。戦争初期は勝ち戦が続く。問題は中盤以降、特にガンダムが開発されてからはいろいろと酷い。

 宇宙攻撃軍は最終的にソロモンで壊滅するし、生き残ってもさらにもう一回試練が残っている。

突撃機動軍は部隊の種類が多岐にわたるため所属先によっては生き残れる確率は充分に高いものの、部隊ごとのくせが強かったり、ニュータイプ研究機関であるフラナガン機関が属しているなど、どうも死亡フラグ以外にも嫌なフラグが付きまとう。

 さらに、キシリアその人がギレンといまいち仲が悪く、今から配属されたとして、どのような扱いになるかがわからない。

 ここで親衛隊に目をむけてみても、ギレンの親衛隊と言えばみんな大好きデラーズ・フリートである。配属先に希望するには中々勇気がいる。技術試験隊も死亡フラグの連続でありもしかすると一番キツイかも知れない。

 

 まぁ、結論を出してしまえばどこを選ぼうと一長一短。死ぬ確率が0の所など存在しない。

 何せ、戦争だ。テレビの向こうの事では済まされず、ザクに乗りたいというふざけた理由で自ら首を突っ込んだ。

 殺す覚悟なんてものは無いが、かといって死にたくもない。モビルスーツに載っている間は、モニターの向こうのことだと言い訳もできる。

 後は、冬彦がまだ覚えている範囲の原作知識と、僅かばかりに成し遂げられた少しのジオンサイドの強化で、スタートダッシュをどれだけ稼げるか。

 後は、なるようにしかならない。かといって、天に全てをまかせるなんて気もない。

 

 できることは限られている。思いつく限りはやったつもり。

 

 上手くいくかはわからない。だが、終わった後で、生きていたなら思いっきり笑って締めくくってやろう。

 

 願わくば、見知った仲間が多少なりとも一緒にいたなら、ついでに酒でも酌み交わそうか。

 

 そう考えた時、ふっと冬彦の頭にある考え浮かぶ。

 

 どうせ、自分には目の前の物事をまともに考えることはできない。どうしても、機動戦士ガンダムとしての色眼鏡を外せない。

 

 だから、どうせなら。どうせ現実を非現実としか見れないなら、一番楽しそうな所はどこだろうか。

 

 俗に生き残りフラグが最も高いと言われる、一本気の通ったドズル麾下の宇宙攻撃軍か。

 

ニュータイプ研究機関に強化人間、非正規部隊まで抱える、何が起きるか予想もできないキシリア配下の突撃機動軍か。

 

 はたまたギレン擁する親衛隊に入って、エリート街道とやらを目指してみるか。その場合は、せっかくのザクⅠ改は置いていかなくてはならないだろうが。

 

 いっそ、開発局に居座って、ザクⅠをどこまでいじれるか、探求の徒を真似してみるか。

 

 可能性だけは、幾らでもある。やはり、それに大小が付随するだけだ。結果を見ることができるのは一度だけ、死ぬのと同じで、目が出るまでは五分五分だ。

 

 

 

「――よし」

 

 

 

 意を決して冬彦は、己の意志を書き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただこの時冬彦は気づいていないが、『配属先希望書』はあくまで希望をとるためだけのもの。

 

人事部が参考にするだけであって、これを書いたからといって、それで決定するわけではないのだ。

 

 要は、悩み損である。

 

 

 

 




 レッツキンクリ回。今回は短いです。眠いんです。勘弁してください。

 次回あたりでいい加減戦闘もやってきます。0079だぁ。

 ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々ありましたらよろしくお願いします。


 追記。ほとんどの人は、サイコガンダムMk-3なんて知らんのでしょうね。私も昔に小さな絵を見たことがあるだけで詳しいことは何もしりませんけど。


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第九話 砲火

 

 ザクⅠのコクピットの中は、驚く程に静かだった。

 

 改修によって大きくなったメインモニターには外の様子、ムサイ級軽巡洋艦の格納庫の映っている。

慌ただしく作業員が動き回っているが、既に最終チェックが終わった冬彦機の周りに人は無く、やはり静かだ。

 

 冬彦が配属されたのは、ドズル麾下の宇宙攻撃軍だった。『配属先希望書』に書いたのは、突撃機動軍だった。

 人事部で、上でどんな判断で判断が下されたのかはわからない。だが、一度配属された以上は、もう気にする事もない。

 宇宙攻撃軍だろうと突撃機動軍だろうと、特にやることはそう変わらない。出撃して、帰ってくることだ。

 勝った負けたを考えるのは、生きて帰ってきてからで良い。結果を顧みる余裕があるのは、終わってからのことだから。

 勝ちを目指さなくても良いと言うことではない。しかし、それだけにこだわってはいては、大抵ろくでもないことになる。凡人は、一歩離れて物事を見ないと、あっという間に火球と消える。

 こればかりは、何に乗っていようと同じこと。ザクⅠだろうと、新型だろうと。

 

 それこそ、ニュータイプでも無い限りは。

 

 

 

《――大尉》

 

 通信は、ブリッジからの物だ。

 

《連邦のパトロール艦隊、補足しました。宣戦布告前と同じ、規定通りの航路です。本艦の射程まで十五分。発進準備お願いします》

「もう済んでいる。編成、わかるか?」

《マゼラン級一、サラミス級五。セイバーフィッシュの反応はありません》

「多いな。二隻増えたか?」

《連邦も、静観していられなくなったのでしょう。……格納庫の人員の退避完了。発進、お願いします》

「了解。ヒダカ機ザクⅠ改、発進する」

 

 僚機を横目に、武装を手に宇宙へ飛び出す。

 

 

 

宇宙世紀0079、一月三日。機内サブモニターの隅に映し出された時計のデジタル表示は、ジオン公国から連邦政府への宣戦布告が行われてから、ほんの少し後の時刻を指していた。

 

 

 

《パトロール艦隊、もう間もなくです》

「こちらでも捉えた。タイミングは?」

《そちらにお任せします。艦砲射撃にはまだ早いと艦長が》

「了解。モビルスーツ隊に任せて貰うよ、と」

 

 冬彦機他、ザクⅠザクⅡ混合六機の小隊は、それぞれデブリの影に隠れて連邦のパトロール艦隊を待ち受けていた。装備は全機、冬彦考案の対空防御仕様ではなく、新型のザクマシンガン、もしくは対艦狙撃砲が主兵装という火力重視の編成だ。

 小隊唯一のザクⅡには、士官学校を卒業したての新任少尉が乗っている。

下士官であり、冬彦の下で分隊を率いているが、彼女以外は全員が若いなりにもそれなりの軍歴があるので問題は起きないだろう。

 

 数時間の前の宣戦布告により、複数の作戦が同時に発動されている。その内の一つが、冬彦がMS隊の隊長として今従事している連邦パトロール艦隊への奇襲だ。

 本命は、俗に言う「コロニー落とし」。正式名称を「ブリティッシュ作戦」。

サイド2、8バンチコロニー「アイランド・イフィッシュ」に核パルスエンジンをつけ自力航行させ、質量兵器として南米ジャブローの連邦軍総司令部に落とし、その戦力を奪うことで一気に戦争にケリをつけようと言う作戦だ。

 

 当然、連邦も黙って手をこまねいているはずもなく、道中全力で阻止しようとしてくるだろう。

その足を引っ張るべく、陽動も兼ねて集結前の小艦隊を個々に削っていくための作戦がこのパトロール艦隊への奇襲であり、そんな任務を請け負う部隊の一つにかり出されたのが、冬彦だ。

 

 大尉である冬彦が「アイランド・イフィッシュ」の護衛ではなくパトロール艦隊奇襲に回されたのは、乗機が旧ザクであるというのが理由の一つだ。そう、“旧”ザクだ。

 いよいよ新型で核装備のザクⅡCが軍の大半を占めるようになり、ザクⅠの通称が旧ザクになってしまったのだ。

わかっていたことだが、“旧”とつけられるのは違和感がある。前々から、いずれそうなるとわかってはいたことだ。そもそも冬彦の乗るカスタム機とて、ギレンは最初から言っていたではないか。

 ザクⅠの改修と運用方法の刷新は、ザクⅡ並に戦えるようにして、その分ザクⅡを他所へ回すためだと。

 最新型という呼称は、モビルスーツの“華”だ。こればっかりは幾ら改修しようが専用のカスタム機になろうが、旧式ではかなわない。

 

かくして、冬彦はザクⅠから旧ザクになってしまった愛機と共に連邦を待ち受けているのであった。

僚機も一機以外は皆旧ザク。母艦こそ速力重視でパプアでは無くムサイが二隻回されてきたが、軍全体で見れば戦力としては二線級。花形ではなく裏方で、この戦争の始まりを迎えるのだ。

 

 とは言え、裏方だろうと何だろうと、やるべきことに変わりはない。

 

「――見えた」

 

 冬彦機は、現状ジオン軍で唯一のツインカメラのザクであり、戦闘用の機体の中ではおそらくは最も索敵能力が高い。

 そんな機体の望遠モードが捉えたのは、宇宙空間でもよく目立つ白みがかった灰色の船体。連邦の主力艦の一つであるサラミス級だ。後ろには、同じサラミス級に囲まれるようにして動くマゼランもいる。

 マゼランを守るような陣形だが、油断しているのか艦どうしがどうも離れすぎている。はっきり言って、隙だらけだ。

 

「各機、まだ出るな」

 

 飛び出す者がいないように、短く通信を送る。特に返信も求めない。実質、新任に対しての注意だ。

 

「まだ、まだ……」

 

 食らいつく、一瞬を待つ。

 

 そして、その瞬間が来た。サラミスの、無防備な横腹が見えた瞬間に、冬彦はフットペダルを蹴り飛ばしながら静かに声を発した。

 

「撃て」

 

 言葉と共に、狙撃砲持ちのザクⅠ改三機から大口径の砲弾がサラミスめがけて飛んでいく。デブリの影に隠れていたこともあり、狙いをつける時間は充分にあった。三発全弾が命中し、内二発が艦後部の動力部付近に着弾。内部で爆発が起き、やがてそれは艦全体へと波及する。先頭を進んでいたサラミスが爆散するまで時間はほとんどかからなかった。

 

 その間に、冬彦はザクⅠを最大加速で敵艦隊の下へ潜り込ませていた。二機の僚機が後に続く。

 二機はザクマシンガンであるが、冬彦機の装備は狙撃砲だ。艦底部に砲塔が少ないのを良いことに、至近距離から砲弾を撃ち込んでいく

 一方二機は散開し、艦隊を攪乱しながらサラミスの近接火砲やブリッジに銃弾を浴びせかける。そうこうしている内に最初にサラミスに撃ち浴びせた三機もデブリから機体を出し、随時砲撃を開始する。

 

 連邦艦隊が慌てて反撃の為に砲撃を開始するころには、既に半数のサラミスが失われて、残る二隻も火を噴き、無傷なのは艦隊中央にいたマゼランだけという有様だった。

 

 そのマゼランにも、終わりが近づいていた。冬彦機の持つ対艦狙撃砲。その砲口が、真正面からブリッジにぴたりと合わせられていた。ツインカメラは、マゼランのブリッジ要員の引きつった顔まで克明に映し出す。

 それを見て、冬彦はコクピット内のあるスイッチへ手を伸ばす。

 

「こちらはジオン公国宇宙攻撃軍、フユヒコ・ヒダカ大尉である」

 

 敵への通信。内容はもちろん、投降を促すための物。

 

「投降しろ。既に、貴艦に逃げ道は無い。投降の意志があるなら、今すぐに停船し武装を固定しろ。僚艦もだ」

 

 残っていた二隻の内、片方のサラミスの動力部付近が被弾し火を噴いたとき、マゼランはその動きを停止した。もう一隻のサラミスも、それに習う。

 

 連邦のパトロール艦隊は、降伏したのだ。

 

 

 

《大尉、お疲れ様でした。敵艦二隻を拿捕とは大戦果ですね!》

「ああ、そうだな」

 

 拿捕二隻というのは、火を噴いた方のサラミスをこの場で撃沈処分することに決定したからだ。

 降伏した二隻にも、それぞれザクⅠが張り付いている。この後はサラミス、マゼランの両艦に人員を送り込んで武装解除し、ムサイによって曳航していくことになる。

 よってムサイが到着するまで警戒するのも冬彦の仕事だ。

 

《そちらへアクイラ、ミールウス両艦が到着するまで、あと十分ほどです。それまで、くれぐれもよろしくお願いします。》

「ああ」

 

通信が切れ、再びザクⅠは出撃前と同じように静かになった。

 

 

 

 母艦の到着を待つにあたって、冬彦はふと時計を見た。日付は、四日に変わっていた。

 

 「アイランド・イフィッシュ」が落ちるまで。あと、八日。

 

 

 

 




 というわけで宇宙攻撃軍です。裏方だけどね。
 連邦も、まだコロニーが落ちてないから降伏する艦もいると思うのです。


 ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々何かありましたらよろしくお願いします。

 なお、明日は更新を休むかもしれません。できたら更新します。


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第十話  彼の紋章

 あとがきを見てね。



 

 

 「ブリティッシュ作戦」に合わせて、連邦の戦力を削るために複数組織されたジオンの小規模部隊。

その分艦隊旗艦であるムサイ級「アクイラ」と、僚艦である同じくムサイ級の「ミールウス」の背後には、拿捕されたマゼランとサラミスがそれぞれ曳航されていた。

 先の戦闘での取り分であり、二隻の乗員は武装解除された後、何カ所かに別れて拘留されている。万が一に備えて武装部隊が残され、さらには動力も生命維持など最低限必要な物以外は全て切られていた。

 

さて、そんな「アクイラ」のブリッジに、冬彦の姿はあった。

おなじみの緑のパイロットスーツから着替えて自室で楽にしていたところ、オペレーターから新たに命令が届いたと呼ばれたために、慌てて丈の短いマントがセットになった士官用の制服の上着を身につけ、駆けつけたのだ。

 

「“第六分艦所属、フユヒコ・ヒダカ大尉は艦隊に合流次第、旗艦ファルメルに出頭せよ”か。……作戦が終わってからでも、良いと思うんだけどねぇ」

 

 よくパイロットではなく技術将校と間違われる諸悪の根源足る瓶底眼鏡を押し上げて、しげしげとオペレーターから手渡された艦隊司令部からの文面を見直すが、簡潔極まりない一文が眺めるだけで変化するはずもない。

 

「『ブリティッシュ作戦』の後詰めでしょうか?」

「さて、今更向かったところで間に合わんような気もするが。まぁ、命令だし、行くしかないよ。シャトルを用意しておいてくれ」

「はっ」

 

 ジオン公国でも標準的な艦として多く建造されたムサイ級軽巡洋艦の中でも「ファルメル」と言えば、宇宙攻撃軍総司令ドズル・ザビの乗艦である。

 

この「ファルメル」、司令たるドズルの乗艦であるという性質上、艦隊においては当然旗艦となる艦である。

その為艤装が他の通常のムサイ級とはいささか異なり、通信系が強化されている他、内部にドズルの執務室や式典用の空間も備えられている。

さらに、通常艦との差別化のためか、艦橋部分が他のムサイ級のような箱形で側面から小型のウイングが飛び出た形状ではなく、曲線を用いた兜のような形状にカスタマイズされていて、一目でそうとわかる仕様になっていた。

 なお、この仕様は軍の士気を高揚させる効果を狙っているのだろうが、狙い撃ちにされる危険性であるとか、その辺りのことは一切謎である。

 ちなみに、ムサイにも実は微妙なバージョン違いがあり、「アクイラ」「ミールウス」は共に砲塔が三基ではなく二基のバージョンである。

 

「ヒダカ大尉、ファルメルです」

「見ればわかるよ」

 

「アクイラ」の艦橋からも、「ファルメル」の姿はよく見えた。

 何せ、艦隊の中央で同型艦である他のムサイ級やチベ級重巡洋艦に守られていながらも、先の理由から一目で判別ができる唯一のムサイ級だ。

 「アクイラ」の艦長が形式上の都合でそのことを冬彦にも伝えてくれるのだが、見ればわかるというのはブリッジにいる全員の意見だろう。

 ただ、思っていても口にしないのが普通なのだが、分艦隊の隊長が冬彦だったのと、更に考え事をしていたためにうっかり口にしてしまう辺りが冬彦だった。

 

「――まーた呼び出しかい……何を言われるやら」

 

 ブリッジから「ファルメル」の特徴的な艦橋を眺めてみる物の、どうも自身のセンスと合わないのか、冬彦は何の感慨も抱かなかった。

 むしろ、「ファルメル」はドズルがグワジン級に移った後はシャアに下げ渡されたことから、万が一自分に廻ってきたらどうしようか、などと失礼なことを考えていた。

 

 連邦パトロール艦隊への奇襲という任務を終えた冬彦は、ドズル艦隊へ合流しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「フユヒコ・ヒダカ大尉、入ります」

「おう、来たか」

 

 格納庫で待っていた兵士に案内されて到着した執務室は、艦船の内部とは思えない内装をしており、いつか呼び出された士官学校の校長室とその豪華さでは良い勝負だった。

 室内にはドズルの他に警備も兼ねた数名の士官がおり、傍らには腹心の一人であるラコック大佐の姿もある。

 

「報告は聞いている。四隻撃沈、二隻を拿捕とは大した戦果だ」

「はっ、ありがとうございます」

 

 室内で唯一着席しているドズルだが、その背丈と厳つい顔つきも相まって、座してなお見下ろされるような迫力がある。

 しかし冬彦も士官学校時代に一度酷い目にあったため、慣れてしまったとでも言うのか、それほど緊張はしていなかった。

 もちろん、何かヘマをしでかすと後が大変よろしくないので、だからといってだらけたりなどはしないのだが。直立不動は軍人の基本スキルの一つなのだ。

 

「貴様の部隊が拿捕したマゼランとサラミスだが、この後すぐに曳航の任をパプアへと引き継ぐ。そのことを確認しておいてくれ」

「了解しました」

「それと、今回貴様を呼んだ件についてだが」

「はっ」

 

 来たか、と冬彦が内心身構えるのをよそに、ドズルがラコックに手を挙げると、一冊のファイルを渡される。

 今回のはいつぞやの改修の時と違って、至極薄いファイルである。

 

「開け」

 

 にべもなく言われた一言に、黙って頁を開く。中にあるのは、命令書である。

 

「特別編成中隊、でありますか?」

「そうだ。『アイランド・イフィッシュ』につけていた護衛艦隊と連邦艦隊との間に戦端が開かれた。おそらくはティアンムの艦隊だろう。……ラコック」

「はい。……貴官には、『アイランド・イフィッシュ』を護衛するキリング中将の艦隊に後詰めとして護衛任務の一翼に加わって貰うことになる。

そのために、現時点で任務を終え本艦隊に合流している第二、第三、第八、それに貴官の第六分艦隊をそれぞれ再編、戦力を増強し、新たな四個分艦隊として本艦隊から先行させる。

貴官の隊は現状の『アクイラ』、『ミールウス』に加え、『パッセル』、『アルデア』が麾下に入り四隻編成になる。隊長は貴官のままだ」

「今の所は問題無く蹴散らせているようだが、阻止限界点に近づけば近づくほど、奴らも死にものぐるいになるだろう。『ブリティッシュ作戦』をより確実な物とするため、貴官らを派遣するのだ。奮戦に期待する」

「はっ……了解であります」

 

 ムサイが四隻ともなれば、分艦隊と言えど結構な部隊である。ムサイ一隻に大体三機のMSが積めるので、一気に倍の十二機の部隊となる。ここまで来ると、いっぱしの将校になったような気がして、少し嬉しかった。

 

 しかし、懸念もある。冬彦の知る限り、ブリティッシュ作戦途中でのキリング艦隊への増援などというのは、起こらなかったはずなのだ。

 ドズルなりの単なる保険なのか、それとも冬彦がいることによるバタフライエフェクトなのか……考えたくは無いが、最悪連邦にも自分と同じようなのがいるかもしれない。

 

 そんな内心ビクビクの冬彦を他所に、更にドズルがデスクからある物を取り出した。

 

「それと、こいつを持って行け」

「これは……?」

 

 受け取ったのは、何かしかの図案である。紙のサイズも先のファイルよりも二回りは大きく、二重円に、翼を畳んでいるのかふくふくとした丸っこい身体。くちばしと、左右に尖った頭。

 梟か、ミミズクだろうか。

 

「貴様のパーソナルマークだ。出発までに肩にでも塗装していけ」

「は……」

 

 パーソナルマーク。この一言に、今までの不安が一瞬、吹き飛んだ。

 

 パーソナルマークと言えば、パーソナルカラーと並んでエースに許される特権の一つである。有名どころはユニコーンに稲妻の意匠のジョニー・ライデンやシン・マツナガの白狼。他にもヘルベルト・フォン・カスペンの左を向いた有角の髑髏などが該当する。

 

 それが、自身の手に。若干かわいらしいともとれるイラストであろうとも、感無量である。

 

「今回の戦果での昇格は無いが、代わりにそれをくれてやる。貴様のザクの二つ目にちなんで、“梟”だそうだ。デザイナーの言うことはよくわからんが……だがパーソナルマークをつけて丸坊主のままでもしまらん。ブレードアンテナの予備も持って行け」

「あ、ありがとうございます!」

「くれてやった分は暴れて貰うぞ。今以上に蹴散らしてこい」

「はっ!」

 

 冬彦にとっては、何よりの贈り物だった。

 

 なお、この時の様子を見ていたラコック大佐は、「初めてヒダカ大尉が普通のMSパイロットらしく見えた」と後に同僚であるドズル麾下の幕僚に話したという。

 

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079、一月六日。

 

 「アイランド・イフィッシュ」が落ちるまで、あと四日。

 

 

 

 




 やぁ、こんばんは。ARUMです。

 実はオリジナルのムサイ級のアクイラとかは、ラテン語の鳥の名前から取ってっるんだ。ちなみにアクイラは鷲。



……本題に入ろう。アンケを取ろうと思う。重要事項だ。ヒロインについてなんだ。

アンケの内容はただ一つ。最近ヒロインどうなんの?という感想がちょいちょい来ている。そこで、あんまり遅いと話を組みづらいから、どうするか今のうちにアンケを取ります。参考にするので。

詳しくは活動報告に書くので、そちらを見てもらいたい。なお、アンケについては規約により活動報告かメッセージに誘導するように指導されているので、集計を助ける意味もかねて活動報告の方にお願いします。感想に書かれてもノーカンとします。


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第十一話 光を消して

遅ればせながら、ランキング入りありがとうございます。

ガンダムってすごい。




 

 最初に戦端が開かれてから、早二日。

 

 地球とコロニーの間に分け入るように背水の陣を敷く連邦艦隊と、そこに真正面から突っ込むコロニーを擁したジオンのキリング中将率いるジオン艦隊。

 

既に戦闘は始まっている。二つの艦隊の間で艦載砲が光の線を引き、到達点で火球となって花開く。それらの一つ一つが、数百からの人間が消えて行く死の証明に他ならない。

 

だが、ここは宇宙。この場においては、近かろうと、遠かろうと、怨嗟の声も断末魔も耳元までは届かない。

 

 あるのは、ただ、顔の知らない味方が死に、敵が消えたという機械的な感情だけだ。

 

 

 

宇宙世紀0079、一月八日。ドズル艦隊からの補給を早々と済ませた冬彦の第六分艦隊のMS部隊十二機は、連邦艦隊から見て右翼方向で息を潜めていた。

 キリング艦隊に隊伍を並べていないのは、冬彦が合流前に通信で作戦を立案し、それをキリング中将が了承したためだ。

 

 冬彦が立案したのは、例の如く奇襲作戦である。

 

なんだか任官してからこのかた不意打ちに奇襲強襲と真っ正面からの決戦を一度もしていないように思えるが、モビルスーツとはこの時期のジオンにおいて決戦兵器に位置づけられている。

 夜討ち朝駆け不意打ち上等。MS戦闘における完全な奇襲の成功による有利さは計り知れない。モビルスーツの攻撃は、装備によっては艦船相手に一撃必殺になりうるのだ。

 

そもそも連邦との戦力比が著しいジオンでは、生まれ出でてまだ数年というこの新しい兵器の最も効果的と思われる運用を常に思案試行し想定されうる最大限の戦果を出さなくてはならない。

 そのためには、階級が低い者が出した物であろうと、新たな運用案に対しては積極的に目を向け検討し、適切な評価が必要となる。

だからこそ、冬彦は士官学校出とはいえ相当なスピードで大尉まで出世することができたし、こうしてまた分艦隊の指揮をドズルから任せられ、キリングからも作戦の了承を得ることができているのである。

 

 第六分艦隊旗艦「アクイラ」以下「パッセル」「アルデア」の三隻は、既にモビルスーツの発進も終えキリング艦隊の方に合流している。

 これは、艦砲による砲撃は効果的だが、今回ばかりはその大きさで突撃前に連邦に発見される恐れがあったためだ。

 

 連邦、ジオンの両艦隊から離れたこの静かな宙域には、突撃命令を待つ十二機のモビルスーツ以外に動く物は存在しない。唯一、MS部隊のさらに後方で、キリングからの命令の中継のために残った「ミールウス」以外は。

 

 そして、ジオン艦隊の近くで一際大きな光が開いた時。

 

 待ち望んだ命令が、遂に伝達される。

 

《――隊長、ミールウスからの発光信号来ました。護衛艦隊司令キリング中将より入電、突撃命令です》

「わかった。返信、“艦隊に合流せよ”だ。送れ」

《はっ》

 

 副長からの通信に「ミールウス」への返信をまかせ、冬彦は手のしびれを払うように指を組んで手首を数回回し、それから僚機への通信を開いた。

 

「聞いていたかもしれんが、これよりうちの隊は正面に火砲を集中させ戦線を支えている連邦艦隊の中陣左翼を側面から強襲する」

 

 返信は、ごく短い了承の意を示す物のみ。それに、さらに冬彦は続ける。

 

「そう難しい事じゃない。この間パトロール艦隊にやったのと同じ事だ。横腹に一撃入れて、直ぐに底面方向へ逃げる。友軍の流れ弾や“雷撃”に巻き込まれるなんてマヌケはごめんだからな。敵のには当たっても良いが味方のにはあたるなよ」

 

 再び、返事はごく短い物だ。しかし、今度はドズル艦隊に合流した後新しく部隊に加わった部隊の小隊長から疑問を呈する通信が入る。

 

《大尉、規模が違いすぎませんか?》

「既に友軍のミノフスキー粒子散布も終わっている。後は見つからなければ大丈夫だ」

《見つかったら?》

「上手いこと火線を避けろ。腕に自信がなければ信じる神にでも祈れ。……まあ、あれだ。コロニーが連中の目の前にあるんだ。一撃いれるまでは大丈夫だろう」

《そんな……》

 

 どこか、不満げではある。しかし、上官からの命令に対する不服従は、よほどの軍紀違反が無い限り許される物では無い。さらに、独断ではなくもっと上の許可も出ているとなれば、抗うことの正当性もない。

 そのことは、冬彦も、新しい小隊長もよくわかっている。だからこそ、冬彦は重ねて言う。

 

「どちらにしろ作戦は認証され、既に突撃命令も出た。行くしかないぞ。諦めろ」

《はっ……》

 

 小隊長が不安を漏らす理由。それには、作戦の中身にも問題があった。

 

「わかっていると思うが、散開するぎりぎりまでバーニアを吹かすな。レーダーは潰れているだろうが、遠くに居る内に目視で気づかれたくは無い。熱源反応でいつかはバレるだろうが、なるべく遅い方が良い」

《しかし、慣性飛行で敵艦隊に強襲をかけるなど教本には……》

「載ってないな、確かに。だが、今はまだ載っていないだけかもしれん。MS戦闘が始まって数年。試行錯誤の余地はまだまだある。そのことを証明して見せろ。それとも、他に今更異論のある者がいるか? いるなら別に今から『ミールウス』に戻ってもかまわない。抗命罪にも問わん。その代わり、長いこと臆病者と呼ばれるかもしれないが」

 

 しばし、待つ。既に突撃命令が出ているので時間はほんの僅かな間だが、それでもザクを「ミールウス」へと向ける者も、異を唱える者もいない。通信機は、静かなノイズだけを吐き出している。

 

「……初期加速はきっかり三分間だ。その後は命令があるまで慣性飛行を続けろ。敵艦隊の大きな動きに際しては“AMBAC”でなんとかしろ。その為の“ヒトガタ”だ。良いな? では突撃を開始する。……突撃!」

 

 三度目の、短い了承を示す言葉。そして、これが最後の返事となった。

 

ザクⅡC二機、ザクⅠ改修型九機、そして冬彦のザクⅠ改を合わせ、十二機のモビルスーツが遠く背後に見える「ミールウス」を置き去りにどんどんと加速していく。

 

 そして、加速からきっかり三分後。十二機のモビルスーツは、「ミールウス」からはまったく見えなくなった。

 

 宇宙の闇に溶け込むように、飛翔したのだ。

 

 

 

 加速の為の時間を三分きっかりに区切ったのは、例えザクだろうと宇宙空間での加速にはそれ相応のリスクがあるからだ。

 ヅダほどではないが、加速の加減を間違えると空中分解や何かしらの不具合、それに急激なGによる搭乗者のブラックアウトの危険が付きまとう。

 

 それでも冬彦はこれを命令した。

 

作戦を練り、提起し、了承を得た。

一年戦争の山場の一つであり、宇宙世紀の転換点とも言うべきこの戦闘を乗り切るための、冬彦なりの苦悩の答えだ。

 冬彦は、まだ死ねない。ザクに乗りたいと志し、ここまでは望外の幸運もあってなんとかここまではたどり着いた。

 

 だが、ここからなのだ。

 

 モビルスーツという兵器が、分派し、進化し、それまでの兵器の流れを覆す。

 

 ザクに始まり、連邦にもやがてジムが生まれる。

 

 ザク一つとってどれほどのバリエーションが生まれるか。あるいは後に欠陥機と言われるグフ重装型のような機体も幾らでも出てくるのだろう。

 

 そんな中で、自身が何ができるか。不利な戦況を一変させる? 一年戦争を勝利に導く?

 

 そこまではできやしない。きっと限界まで伸びてもせいぜいが準エースにも届くかどうか。どう頑張っても精々地方の一戦線を維持するくらいが関の山だ。

 

 だが、決めてやったのだ。配属先希望書を書くときに。どこへ行こうと生きてやると。

 

「バーニア点火ぁっ! すり抜けながら撃ちまくれ! 外しても気にするなっ、振り返らずに一撃離脱っ! 散開!!」

 

 言葉と共に、それまで宇宙の闇に紛れていたモビルスーツの目に光が灯る。

 切られていた背部と脚底部のバーニアが息を吹き返し、それぞれが別々の獲物を目指して限界まで加速する。

 

 冬彦機の得物は変わらず、対艦狙撃砲のままだ。だが、獲物もまた同じように無防備に横腹を晒しているのなら、何ら問題はない。敵の注意も純然たる脅威であるコロニーや、友軍の雷撃が始まった左翼に向いている。こちらには向いていない。おまけに、ミノフスキー粒子が敵の目であるレーダーを無効化している。

 

 こちらを向いている砲は、ひとつとて無い。

 

「吶喊!!」

 

 言いがけに、サラミスの艦橋を狙って狙撃砲を撃つ。直撃したが、真横から撃ったために突き抜けてしまい爆沈はしないし、艦砲の沈黙もない。

 だが、僚機は初撃で相応の成果を上げたらしく、視界の端々を通り過ぎていく連邦の艦隊の動きに乱れがある。

それまで正面にしか注目していなかった艦隊右翼は、さぞ混乱していることだろう。

 

「次っ!」

 

 自身の言葉通り、最初のサラミスに追撃はしない。すぐに次の獲物を探す。艦隊に飛び込んだのだから、視界を埋め尽くすのは全て敵機。獲物は狙い放題だ。

 進行方向をやや左に修正し、真正面に見えたマゼランを狙う。後部にあるエンジン部に二発打ち込み、だめ押しにグレネードを投げ込んで通り過ぎる。

 爆散したかどうか確認する余裕は無いが、命中した以上ただでは済まない。

 

「さぁ次だ!」

 

 まだ、幾らでも敵はいる。弾もある。艦隊を突っ切るまで時間もある。

 

「各員、落とされるなよ! 生きて『アクイラ』へ!」

 

 

 

 まだ、序曲すら終わっていない。

 

 

 

 長い長い、一年戦争の始まりだ。

 

 

 

 




前回言い忘れましたが、アンケートの期限はルウムが終わるまでです。
③が最初ダントツだと思ってたら中盤以降そうでもなかった。①はハマーン様がダントツ、②も多いですね。
なおプロットなど現段階では存在しません。地上にも一度は降りようか?くらい。


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第十二話 大戦の小休止

 戦いの趨勢は、決しつつあった。

 

常に戦線はコロニーの地球への接近と共に移動し続け、宙域には力を失った艦船や戦闘機の残骸のみが残された。

サラミスやマゼランだけではない。ジオンのムサイやチベも混じっている。しかし、その数は断然連邦の物のほうが多い。

 

 連邦は情報を掴みながらも、実戦では役に立たない欠陥兵器と判断していたモビルスーツによって戦力をズタズタにされ、有効打を打てないままずるずると戦線を後退しつづけ、そして、ついに超えてしまったのだ。

 

 最終防衛ラインとも言うべき、阻止限界点を。

 

 連邦の艦隊は瓦解し、コロニーが落ちる。

 

 大気との摩擦で真っ赤に燃えながら、巨体故にゆっくりと。しかし確実に大地に向かって落ちていく。

 

《これが……コロニー落とし……》

 

 宇宙世紀、0079年一月十日。この日、初めてコロニーが地上へと落ちた。

 

長く歴史に刻まれる事になるコロニーの名は、サイド2、8バンチコロニー「アイランド・イフィッシュ」と言った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「いやー、しかし今思い返しても、ほんと無事に帰ってこれて良かった。何度死ぬかと思ったことか」

「全くだ。敵艦隊に突撃って聞いた時は流石にヤバイと思ったが、意外と当たらない物なんだな、艦砲ってのも」

 

 分艦隊旗艦の任を返上したムサイ級軽巡「アクイラ」の通路を、壁のレバーに掴まって二人の男が進んでいた。互いにパイロットスーツのままで、ヘルメットも背負ったままだ。

 二人は共に、艦隊への突撃後、無事艦隊に合流し、母艦へと帰還した第六分艦隊のMS隊の一員である。

 「ブリティッシュ作戦」は完了したが、艦隊は未だ帰還の途にあり、警戒体制が解かれていなかった。そのため彼らパイロットは常にパイロットスーツの着用を命じられていたのだ。

 しかし、一つの山場を超え一時の休息を取った彼らの表情にはもう緊張は見られない。艦隊へ突っ込むという危険な作戦だったが、終わってみれば口ではどうあれ何てことは無かったと思えてしまうのが不思議だ。迎撃も散発的な物で済んだし、損傷はあった物の十二機全機が無事に帰還することができた。

 開戦初期にあって艦砲射撃の応酬で轟沈した艦があったことも考えれば、機体に機銃弾を受けることもなく帰り着けた二人はやはり幸運なのだろう。

 

「それはあれだろ。ミノフスキー粒子ってのでレーダーを潰したから、向こうもマニュアルでやってたんだろう」

「操作を?」

「そう。自動迎撃システムってのは普通レーダーにも連動してる。で、レーダーが使えないと迎撃システムも照準ができない。砲塔を回すのから照準をつけるまで全部自分でやらないといけないのさ」

「面倒な」

「おかげで助かったけどな」

 

 彼らが向かっているのは、艦内の憩いの場であり生命線でもある食堂である。任務中に何が楽しみと言えば、やはり何時の時代のどの軍であっても食事である。規律が徹底されていないとそうでもないのだが……とにかく、ジオンにおいてはクルーの精神安定における重要なウェイトを占めているのが食事なのだ。

 味はそこまで良い物では無いが、それもまた軍の常だ。あたたかい物が取れるというだけでも、随分と人はほっとできる。

 

「そう言えば、大尉殿は今どうしているんだ? 帰ってきてから見かけないが……」

「ファルメルに呼ばれてるんじゃないのか?『ブリティッシュ作戦』に成功したから、勲功を称える場を設けるって事で結構な人数が呼ばれてるらしい」

「おま、どこで聞いたんだよ、そんなこと」

「同期にな。そいつの所の上官も呼ばれたんだと。あー、何て中尉だったっけかな」

 

 決戦の口火を切りそのまま主戦場となった左翼。モビルスーツで火線を切り抜け艦隊に突撃したのだから、きっと優秀な人物なのだろう。

 左翼方面は、敵味方の艦砲以外にもセイバーフィッシュのような連邦の航中戦闘機が相当数出てきていたと聞いている。それらの防空網を、くぐり抜けたのか。

 

「ふーん……なら、大尉もそっちか」

「だろうな。なんてったってMS部隊のみで奇襲をかけて、部隊は全機無事帰還だからな。大尉殿は結局一隻も沈められなかったって嘆いてたけどさ、何隻かは確実に中破以上だろ? 個人成績どうなってんだか」

「そういう意味じゃ俺らもだけどな。俺、前回のと合わせてサラミスの撃沈スコアが三隻になったんだ。大尉の隊にいられたおかげで、出世もできそうだ」

「……パトロール艦隊相手の時もそうだったけど、よくⅠ型でああも動けるよな、あの人」

「元々技術士官だったんじゃなかったか、あの人? そうでなけりゃあんな眼鏡してるかよ。Ⅰ型の改修にも関わったって聞いたし、それでだろ」

「そうなのか? 俺は士官学校出のエリートって聞いたけどなぁ」

「ふーん……まあいいや。それよか飯だ、飯」

 

 無駄口をたたき合う間にも、食堂室のドアが見えてくる。生きて居てこそできる会話だ。

 

「今頃大尉殿は良い物食ってんのかねー」

「さあなー。さて二人前頼んで、と……?」

「うわっ、入り口で止まるなよバカ! メットで鼻打ったじゃないか!」

「いや、だって、あれ」

「あれって何だよ! 食堂にそんな珍しいものがあるわ……け……」

 

 食堂の入り口で、足を止めた二人。

 

 二人の視線の先では、他でも無い冬彦が士官服の襟元を開けもっしもっしと出された食事を口に運んでいた。

 パイロットスーツの着用が義務づけられている警戒命令はどうした。

 

「たっ、大尉!?」

 

 片方の声で気づいたのか、冬彦は二人にフォークを持ったままの手を挙げて軽く答えた。それきり、また食事に戻ろうとするが二人が近づいてきたことで、やっと食事の手を止めた。

 

「席、詰めようか?」

「いえ結構です! どうぞそのまま」

「あ、そう。二人とも食べないのか?」

「は、食べるつもりで来たのですが」

「先に取ってきたら? そろそろ混み出すぞ」

「……それでは」

 

 言われた通り、トレイに配膳された食事をカウンターで受け取り、戻ってきた二人を待っていたのは、既に食べ終えて食後に水のパックをすすっている冬彦だった。

 しかし、何か話があるのはわかっているのか、席を立とうとはしない。

 そこで、二人の内の片方が、料理に手をつけることもなく訊ねた。

 

「大尉殿、大尉殿はてっきりファルメルにいると思っていたのですが……」

「え、何で?」

「それは、ファルメルにて『ブリティッシュ作戦』の勲功を称える場が設けられると聞いた物ですから、てっきりそちらに行っている物と」

「え、何それ」

「……聞いておられないのですか?」

「まったく」

 

 だからどうしたと言わんばかりの冬彦を、一度顔を見合わせた部下二人が信じられない物を見るような目で見ていた。

 

 

 

「いや、冷静に考えてみろ。そもそも艦を離れるならどっちかに何か一言残していくだろう。分艦隊が解隊されていて俺がいないなら、有事には指揮をどっちかに任せにゃならんのだから」

「確かに……」

「では大尉はこれまで何を? 余り見かけませんでしたが」

「上に上げる用の報告書書いてた。慣性飛行での奇襲に関するレポート込みでな」

「そうだったのですか……」

「しかし、なぜ大尉殿が呼ばれなかったのでしょうか。傷の浅かった右翼を混乱させた功績を考えれば、充分勲功に値する物だと思うのですが」

 

 冬彦は二人の言に、ふと眉をひそめる。だが、それも一瞬のこと。

 

「いやー、何というかもう既に前払いで貰ってたから」

「は?」

「パーソナルマークとブレードアンテナ」

「ああ!」

「まぁ、ドズル司令直々に頂いたからね。働きには充分応えていただいているよ」

 

 それに、と冬彦は言う。

 

「案外、まだまだ活躍する機会はあるかもしれないし」

「は? しかしコロニーは」

「落ちたな、確かに。だが、本当にジャブローに落ちたかどうかはまだわからん」

「つまり、大尉殿は……」

「ああ。続くかも知れないよ、戦争は。まだまだ、長いこと」

 

 宇宙でも、ティアンム艦隊は壊滅したがレビル艦隊は無傷であるし、地上に目を向けてみても、まだまだ戦力は残っている。

 もしもコロニーがジャブロー以外に落ちたら……というか、冬彦はジャブローに落ちないことを知っている。故に、それらを相手に戦争を続けなければいけないことも知っている。ジオンの最初の決定的な失敗であり、後々までずるずると尾を引くジオン敗北の決定打だ。

 そんな前世知識に裏打ちされた悲観的な予想を話す冬彦の顔がどんなものだったのか冬彦自身にはわからないが、部下二人との会話の内容が、さざなみのように部屋の中で広がっていくことだけは空気の変化でよくわかった。

いつの間にか、食堂室は静かになっていた。

 

 そして、その空気を壊すように、冬彦はあっけらかんと笑って見せた。

 

「ま、大局を見ることができない尉官風情の予想だよ。外れることを祈っててくれ」

「は、はは……そうですね……」

「戦争が続いても、勝ち続ければいいだけですしね!」

 

 勇ましいことをいう二人に、冬彦も笑顔で返し、食堂室を後にした。食事が済んだ以上、そうそう長居する理由もないからだ。

 

 

 

 食堂室を出て、与えられた個室に帰り着くと、すぐに一冊のファイルを取り出し、ペンを取って黙考する。

 

 次はルウムだ。そして、そこからは……

 

「いよいよ、わからんなぁ……」

 

 冬彦の記憶に残る原作知識とやらも、もう随分薄れてきている。とはいえ、そうそう何もかもを忘れるわけではない。

 だが、ルウムが終わるといよいよ展開の予想が困難になる。あるいは史実通りに進んだとしても、その全てを知るわけではない。

 生き残るにはどうすればいいか。ここから先は事を有利に運ぶのも難しくなっていく。

 

「ザクⅡ、配備してもらえんかなぁ……ルウムが終わるまでは無理か」

 

 開いたファイルは、白紙のままだ。ぐるぐると頭の中で知識のかけらはぽんぽん出てくるが、中々使えそうな知識が少ない。

 自分でも独り言をしているのに気づいていないのか、所々に兵器の名前が出てきているが、中々、それを書き込むことはできない。

 時折何かを書きかけるが、その殆どをすぐに二重線で消していく。

 

「んー……ヒマラ…級……しかしこれ以上技術士官と間違われるのは……かといって……眼鏡……別に……R型……んー……?」

 

 結局、しばらく悩んだ結果、ファイルを勢いよく閉じて、もとあった場所へと戻した。

 

「可能性が多すぎる、か。もうルウムが終わってから考えよう……」

 

 何かを振り払うように部屋を後にする冬彦。

 

 残されたのは、閉じられた、意味の成さない単語が列記された一冊のファイル。

 

 そこに書かれた数少ない黒の二重線で消されていない単語の一つには、「陸上戦艦」の四文字があった。

 

 

 

 




アンケ中間報告。②は多いがハマーン様も多い感じ。少数意見はケルゲレン娘やトップ隊長とか。他の候補もトータルするといらない派よりいる派が多いのかな? あとなんかメイ・カーウィンも増えて来てますね。わからない人は調べてみよう。



ところで、ハマーン様に票を入れた人に訊いてみたいんですが……いつから私が一年戦争後の話もやると錯覚していた?(小粋なジョーク)


 現時点ではプロットも何も無いのです。


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第十三話 射程の中

 

 

 宇宙世紀0079、一月十五日、ルウム宙域。

 

サイド5、11バンチコロニー「アイランド・ワトホート」付近で、連邦とジオンは再び対峙していた。

 戦場は「アイランド・ワトホート」に取り付き核パルスエンジンの設置とその護衛を行うドズル艦隊を、連邦側はティアンムに代わりヨハン・イブラヒム・レビル中将の艦隊が攻め立てるような構図になっていた。

 戦力比はおよそ1:3。ジオンが1である。先の「アイランド・イフィッシュ」は連邦軍本部のある南米ジャブロー、ではなく同じ南半球のオーストラリアに落ちた。

この結果オーストラリア大陸北東部には新たな湾ができ、軍本部こそ残った物の地球全土に甚大な被害を受けた連邦政府に後はなく、宇宙艦隊のほぼ全てを集結させた。それ故の戦力比でもある。

 無論、これはジオンにとっても余り良い事態では無い。初撃でジャブローを落とせなかった以上は、勝利のために再びコロニー落としを実行する必要がある。地上戦力や月の連邦基地も未だ健在であり、時間を与えれば必ず軍を再建してくる。そもそも二度目を連邦が見過ごすはずもない。

 

 ここルウム宙域において、二度目のコロニー落としが決まるか否かを巡り、決戦の幕が落とされたのである。

 

 そして、冬彦はジオン艦隊のおおよそ中央。最も激戦が予想される「ワトホート」後部の核パルスエンジン装着の作業現場付近に布陣させられていた。

 

 

 

「――連結式三連対弾防盾に、指向性グレネード……ザクⅠ対空防御兵装か。まさか自分で使うことになるとは」

 

 相も変わらずザクⅠの中で、冬彦は一人黄昏れていた。残念ながらザクⅡは冬彦個人どころか部隊にすら配備されず、代わりに自身で開発した装備を回されオマケに任されたのは激戦が予想される区域。泣きたいような状況だが、もうあきらめがついたのかどこか達観してモニターを眺めていた。

 

《大尉》

「どうした」

《中隊各機布陣完了しました。『アクイラ』以下『ミールウス』『パッセル』『アルデア』も同様です》

 

 作業部隊のすぐ側に配備されたのは、冬彦の乗艦だったアクイラだけではない。

二度目のコロニー落としに合わせて、特別編成中隊の解隊は取り消された。そのため、アクイラと同艦搭載の僚機二機に加え、元の第六分艦隊所属の三隻のムサイ級軽巡と九機のモビルスーツが、冬彦の道連れだった。

 中隊指揮権は冬彦のままで、装備も対空防御仕様に合わせた物が追加配備されている。

 

「……まっさか、解隊数日で再結集になるとはな」

《いやまったく。多少なりとも気心が知れている分、やりやすいと言えばやりやすいですが》

「違いない。ドズル閣下に感謝しないと。……艦首を連邦艦隊の方へ向けておけよ。被弾面が少しでも小さくなる。それと、中隊各位に通信を繋いでくれ」

《はっ》

 

 冬彦の中隊は艦隊全体で見れば中央付近。大分奥まった所に位置しているが、司令であるドズルのグワジン級がさらに後部に布陣していることを考えると、とてもではないが前に友軍がいるからと安易に考えることはできない。司令部もその事がわかっているから

 

「あー、中隊各員傾注。こちら、フユヒコ・ヒダカ大尉」

 

 通信越しに返事は無い。しかしおもしろいことに、中隊の何機かのモノアイが、冬彦機に向いている。

 

「この第六分艦隊が任せられたのは、連邦の殲滅ではなく、この場での作業部隊の護衛だ。扱いとしては予備兵力に近い。だが、間違えるな」

 

 確実に聞き取れるよう、一つ一つの文節を強調して言葉を紡ぐ。

 

「この任務に華は無い。今までのような対艦戦闘を仕掛けることもおそらくは。だが、コロニー落としが成らねばジオンの勝利は無い。そしてそのためにはまずコロニーへの核パルスエンジンの設置が必要で、そのためには我々が彼らを守りきらにゃならん」

 

 つまりは。

 

「たった十二機と四隻であろうと、ここはジオンの興亡を左右する最終防衛線くらいに思って任につけ」

 

 視線の先、ずっと遠く。最大望遠でやっと見えるような距離に、先日と同じ光が灯る。

 

「連邦も必死だ。必ずここまでたどり着ける奴も出てくる。敵は友軍の防御を抜けてきた手練れだ。たかが後方の護衛任務だと思っている奴は今の内に意識を切り替えろ。激戦区になるぞ」

《大尉、戦闘が始まりました》

「さあ、生きて帰るぞ! 帰ったら部隊分の休暇を上申してやるからな!」

 

 

 

 

 

 

《こちらゴドウィン伍長! 対空散弾が無くなりました。一度後退の許可を!》

「『アクイラ』は駄目だ!対空散弾は残りが少ない!『ミールウス』か『パッセル』へ行け! ピート! 伍長の掩護に!」

《はっ!》

「クレイマンは俺と穴を塞ぐぞ! セイバーフィッシュを通すな!」

《了解であります!》

 

 戦闘が始まって僅か一時間。作業部隊には、じりじりと被害が広がっていた。そして、それは直衛に当たっていた中隊にも。

 今はまだ決定的な損害は中隊には出ていない。だが、中破や小破は既に出ている。小破機は戦闘をそのまま継続している物の、中破したのがよりにもよって中隊で二機しかないザクⅡの片方だったのも痛い。

 

《ヒダカ隊長っ、作業部隊への被害が拡大しています!》

「わかってるがこっちも手一杯だ!セイバーフィッシュはともかく艦砲射撃には対処できん! 後方から援軍をもらえないか、司令部へ上申しろ! フランシェスカとゴドウィンはまだ戻せないのか!?」

《ゴドウィン機の補給は十分ほどで出来ますが、フランシェスカ少尉のザクⅡは被弾して下げたんですよ!? 予備パーツへの換装であと三十分はかかります!》

 

 対空散弾へ弾種を変え、対艦狙撃砲でセイバーフィッシュをたたき落としながら冬彦は叫ぶ。名前が挙がったのは、いずれも「アクイラ」と「ミールウス」のMSパイロットだ。

 

 通信をしている間にも、二条の光線がザクの間をすり抜けるように飛来し、作業中の部隊のど真ん中へ突き刺さり、爆発する。

 セイバーフィッシュやパブリクなら何とかでもできるが、艦船のビーム砲を受ければいかにモビルスーツでも一撃で吹き飛ぶ。そこに、盾のあるなしは関係ない。

 

《被害、さらに拡大! 原因は艦砲射撃です!》

「……前線のモビルスーツ隊は何をしている! こちらでは対処のしようが無いというのに!」

《おそらく、両艦隊が近すぎるのが原因かと……》

《大尉、二時上方からセイバーフィッシュの編隊! 数、六です!》

「ええい、暇がないなちくしょう!」

 

 サブモニターに移る〈Alert〉の文字とけたたましい警告音も、もういい加減聞き飽きたのだが、一度なり出してからこの方いまだに鳴り止むことがない。

 何度目かの敵機襲来にも機体を操作し、砲口をモニターの示す方へと向け、操縦桿を握り込む。

 砲口のマズルフラッシュが見えると、ほとんど間を置くことなく被弾したセイバーフィッシュが火を噴き、部品をまき散らしながら爆散する。

 弾種はあいも変わらず対空散弾。対艦狙撃砲で撃っている分砲身の長さでザクマシンガンよりも初速を稼げるが、その分、欠点もある。

 

 飛来したセイバーフィッシュが残り二機になったとき、冬彦の耳にその音が届いた。

 

この戦闘で何度目かの、残弾数ゼロを示す、警告音。

 

「ちぃ、換えを……っ!?」

 

 対艦狙撃砲の問題点。それは、装弾数の少なさ。口径が大きい分、威力や初速に優れる分だけ、マガジン一つ当たりの弾の搭載量がどうしても減ってしまうのだ。大口径の砲やバズーカなどで特に顕著に見られる問題だが、対艦狙撃砲もその範疇に入る。

 これに備えて冬彦もいわゆるバナナ型のマガジンを用意するなどしてきたが、それでも限界がある。

 この瞬間、その最後のマガジンが尽きた。総重量の都合上、冬彦機は手持ち武器の類は対艦狙撃砲のみ。矢継ぎ早に対応を迫られた末の失敗だった。

 

 咄嗟の判断で対艦狙撃砲をセイバーフィッシュめがけて勢いよく投げつけ、運良く一機には命中した。

 しかし、もう一機は。

 

「……まずったぁ!」

 

 この時、ヘタに抵抗せず回避すればまた違う展開もあったのかもしてない。しかし、この戦闘は護衛が任務。

後ろに行かれては自機の代わりに護衛対象に被害が及ぶし、防御の内側に入られては中隊全体に乱れが及ぶ。確実に潰さないといけないという思いがあった。

ただでさえ、二機が補修と補充の為に下がり、現状十機の最終防衛ライン。艦砲以外に殆ど被害が無かったのは友軍の掩護もあってのことだが、そこに乱れが生まれればどうなるか。

だから、迎撃するしか道は無く、結果手詰まりになった。

 

 武装はまだ盾裏にグレネードがあるが、取り出して投げつけるまでには、時間がない。

 応援を頼もうにも、誰も彼も余裕はそう無い。

 出来たのは、盾でコクピットのある胴体部分を庇うことだけだった。

 

「お、おおおおおおおおおっ!?」

 

 そして、冬彦を衝撃が襲う。基幹フレームが軋みをあげ、サブモニターから何から真っ赤になってこれまで以上に悲鳴の如く次々と〈Alert〉と警告音が鳴り響く。どれがどれの物だかわからないほどだ。

 

《くそっ、やらせるか!》

 

 直近で即席のコンビを組んでいた部下の掩護により、相手のセイバーフィッシュが撃墜されたのを確認し、揺れる機体に歯がみしながら冬彦は損害をチェックする。

 至近距離で真正面から受けてしまったため、忌々しいくらいの項目にチェックが付いてしまっていた。

 とりあえず目に付いた物の中でも特に重要そうな物に幾つかざっと目を通し、継戦が可能かを調べるが、動力系はともかくとして両椀がやらていた。右腕は握り手部分に直接の被弾。盾を持っていた左腕は衝撃によって各部関節系が深刻なようだ。脚部や頭部にも命中があったが、そちらはかすり傷のようなものだ。

 

《大尉、ご無事で!?》

「こちらヒダカ! 私は無事だが、機体が少し不味い。しばらく指揮を頼む……『アクイラ』聞こえるか! ヒダカだ!」

《はい、こちらアクイラ!》

「被弾した! 収容を頼みたい。準備してくれ。二人はまだかかるか?」

《被弾……っ、ご無事でなのですか!?》

「そんなこと気にせんでいいっ、無事だっ! それでっ、二人はまだかかるのか!?」

 

 焦るオペレーターに一喝し、現在後退している二機の進展具合を聞く。普段とまったく違う余裕が無くなり口調が荒くなった冬彦の様子に面食らった形のオペレーターも、喝が効いたのかどうなのか、ある程度冷静さを取り戻していた。

 

《今ゴドウィン機が発進しました! フランシェスカ機も急がせます!……いえ、少し待って下さい。今……》

「どうした!?」

 

 このタイミングでまさか艦隊にまで問題が起きたのか。嫌な想像がいろいろと冬彦の頭の中を駆け巡る。

 

《艦隊司令ドズル中将より作戦の変更が伝達されました! 核パルスエンジンの装着作業を中止、全艦隊で敵レビル艦隊の撃滅に注力するとのこと!》

「なっ……」

《第六分艦隊には撤収する作業部隊の護衛を継続するように命令が出ています。》

 

 どうせそれをやるならもっと早く、というか最初にやれ。とは口が裂けても直接は言えない。

 やはり、大局には逆らえなかったらしい。

 

「……くそ」

 

 苛立ち紛れに、操縦桿を殴りつける。それで何かが変わるはずもない、しかし、それでも何かに当たり散らさずにはいられない、そんな心境だった。

 

《大尉、どうしますか》

「どう……?」

《指示を願います。我々は、大尉の部隊ですので》

 

 未だ、戦闘は続いている。接近してくる敵もまだまだいる。その中にあって、冬彦はヘルメットのバイザーをあげ、ゆっくりと一度だけ。息を深く吸った。

 

「……命令に従い、護衛の任を継続する。作業部隊の撤収完了に合わせ、彼らの母艦である工作艦と共に一時後退する。

なお、私が後退している間のMS隊の指揮は一時的にクレイマンへと移行。フランシェスカ機の修理は継続しろ。後方のドズル閣下の艦隊も前に出てくるだろうから、そのうち敵の数は減ってくるはずだ。

だからといってくれぐれも油断しないように。ここまで来たら、戦死者無しで帰ろう。以上だ」

《了解しました。命令、伝達します》

「ああ、そうしてくれ」

 

 真っ赤なコクピット内で、通信中であることを示すランプのみが消える。それを確認してから、機体を「アクイラ」へ向かわせていた冬彦はこう吐き捨てた。

 

「……所詮俺じゃぁこんなもんなのか。ちっくしょうめ」

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079年、一月十六日未明。前日の深夜から始まった戦闘は、連邦艦隊の壊滅と旗艦アナンケの轟沈。さらには司令官レビルさえも捕虜にするという華々しいジオン勝利の形で終わることになる。

 

 しかし一方でコロニー落としは失敗し、連邦も残存部隊が三つに分かれて逃走するなどし、いまだジオン独立の決定打は打たれていなかった。

 

 

 

 




 はい、今回をもってアンケートを締めきります。前にも書きましたが、票数がどうあれ、最終的には書きやすいようにやります。
 こっから先はどうするか。わたしにもわかりません。プロットなんてありませんので。閃くままに打ち込むのです。

それと、次回投稿時に各話のサブタイを整理します。考えるのが大変になってきたので。

 それではみなさん、アンケートにご協力ありがとうございました。
 ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々、何かありましたら


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第十四話 ニアミス


アンケの集計とりました。結果は後書きにて。





 

 

 

 ルウム戦役は、ジオンの勝利で終わった。

凱旋した軍はパレードを行いサイド全体の士気高揚に勤める一方で、裏ではコロニー落としの二度の失敗から連邦との水面下での講和へと急いでいた。

 そんな裏の事情はどうあれ、勝利は勝利であり、三倍差の戦力比を覆したのは事実である。サイド3は熱に浮かされたように連日ジオンを称える声に溢れ、未来は明るい様に思われた。

 

 そんな世相に反し、冬彦がいる場所は酷く静かだった。ザクⅠのコクピットのように、狭い密閉空間で外界と遮断されているという訳では無い。

 むしろ開放的な場所で、手入れは行き届き、開放的で、緑もある。しかし、人の気配がまばらであり、人臭さが希薄さとでもいうべきか……人の営みの臭いが、余りに薄い場所だった。

 

「――中々難しいな、大尉」

 

 冬彦の目の前には、背の低い机を挟んで少佐の階級章を持った男が居る。右目に眼帯をしており、外気に触れる左目の眼光は実に鋭い。

 

「ヘタを打てば、あっという間に終わりか?」

「ええ、そうでしょうね」

 

 対する冬彦は、いささかさっぱりとした様相だった。気ままに茶をすすり、変わらぬ瓶底眼鏡が湯気で白くなったのに眉をひそめる。目の前に少佐がいるというのに、その態度はえらく砕けている。まるで、大尉である自分の方が優位にいるとでも言わんばかりに。

 それと対照的に、相手の少佐の顔色は厳しい。しかし、それまでは厳めしい表情だった少佐が、ふっと笑う。

 

「なら、こうすればどうだろうか」

「それはっ……!?」

 

 一瞬のことだ。少佐が示した“それ”に冬彦の顔色が変わる。それは、全く予想していなかった、否、見落としてしまっていたのだ。

 

「しまった……、これは……!」

「フフ。何、気づけてしまえば後は簡単なことだったよ。大尉」

「……演じていたと? 私は、嵌められたわけですか」

「人聞きが悪いな。もう少し言葉を選んでくれないか」

「よくもぬけぬけと仰いますな……!」

 

 二人の間に、ぴりっとした戦場を知る者同士の空気が流れる。ただ相対するだけでなく、互いに互いを探る、あるいは警戒するような、そんな空気だ。

 それにより、色味の薄い世界に緊張が生まれたのだが……そんな時に、部屋の外から第三者の声が入る。女性の声で、入室を求める物。特にどちらとも無く、ほとんど同時に許可を出した。

 

「大尉……と、少佐殿もこちらでしたか。面談を希望されるお客様がお見えになっているのですが……何をなさっておられるのです?」

 

 二人は顔を見合わせて、またほぼ同時に言った。

 

『挟み将棋だが?』

 

 

 

  ◆

 

 

 

 冬彦と相手の少佐が薄い将棋盤を挟んで座っていたのは、ジオン国立病院の一室だ。

 病院と言うくらいであるから誰かの見舞いに来たのかと言えば、そうではない。互いに入院患者である。少佐はルウムで目を負傷し、冬彦は最後のセイバーフィッシュからの機銃弾を防いだときの衝撃で肋骨の何本かにヒビが入っていた。

 アクイラに帰還してから痛み出し医務室送り、そのまま本国に帰ってからは病院に担ぎ込まれた。

 よく興奮していたり極限状態に陥るとアドレナリン過剰分泌されてそれが出ている内は……というのを聞くが、それを身を以て体験してしまったかたちになる。

 おかげで医務室に担ぎ込まれてから鎮痛剤が効き出すまでしばらく悶えることになってしまい、トレードマークの片割れである瓶底眼鏡にヒビを入れるという失態を演じてしまうなど、散々である。ちなみに、すでに二代目の同型を装着している。

 

「いやー、まさか一戦目で負けるとは思いませんでしたよ。前におやりになられたことが?」

「前々から旧世紀の東洋式のチェスということで興味はあったが、ルールが中々難しくてね。こういう簡易ルールもあったのか」

「マイナーな子ども向けですけどね。まあ、私も正式ルールでは打てませんので」

 

 先ほどとは打って変わって和やかなムードの中で、二人は互いに和気藹々と他愛ない話に興じている。

場所は娯楽室。両方パジャマであり、一見すると患者同士の世間話にしか見えないのだが、上着代わりに引っ掛けた士官服が自然と周囲を威圧していた。少佐と大尉の組み合わせに、一般患者は近づきたくはないだろう。

 この少佐と冬彦は本来縁もゆかりもないのだが、ふと見かけた病室の名札がかつての知識でよく知った名前だったために、半ば無意識で扉をノックしてしまっていた。

気づいた時には扉を四度叩いた後。返事も聞こえ、逃げるわけにもいかず、誰だこいつと警戒する相手に身分を明かし、MS黎明期からの先人と是非とも一度話をしてみたかった、とお願いし、快く了解の返事をもらい今にいたるのである。

 

 この少佐の名前を、ゲラート・シュマイザーと言う。

 

 そう、史実においてはザクⅠのカスタム機でガンダムを打ち倒すという偉業を成し遂げた、とんでもない人物である。

 カスタム機と言っても強化されたのは主にセンサー系で、相手はガンダム六号機マドロック。それでどうやって勝ったのかと言えばラケーテンバズなど比較的強い武装で頑張った、としか言いようが無いのが凄いところ。

 同じザクⅠ乗りとしては、もう尊敬するしか無いような人物である。

 

「そうだ大尉。せっかくだから君に見て貰いたいものがある」

 

 ゲラートがそう言ってパジャマの胸ポケットから取り出したのは、小型のデータメモリである。それを自前で持ち込んでいたコンピューター端末に接続して立ち上げると、入っていたのはどっかで見たモビルスーツの設計図……というか構想図である。

 標準装備のブレードアンテナに、左腕のフィンガーバルカン。ザクの面影を色濃く残しながらも、より攻撃的な印象を抱かせる機体。

 

 もうわかっているだろうが、グフである。

 

「こっ、これは……」

「ペーパープランだが、万が一に備えて知り合いと地上戦向けの機体を考えていてね。大尉はザクの改修にも関わったと聞いた。そんな君からの見地を聞きたい。何かあるかね」

 

 グフ。グフである。乗る人間によってはそれはもう大活躍できるが、頭の冷却が済んで冷静になった人間からは「ちょっと待て」とストップをかけられるような機体である。

 理由は幾つかあるのだが、大体この機体の価値に疑問を呈する人間がまず一番にあげるのは、ほぼ決まっている。

 

「指にバルカンを仕込むのは、まずくありませんか? また何で指に発射口を?」

 

 将棋盤を退け、端末をゲラートにも見えるようにする。そして、冬彦が指し示したのは椀部。何と言っても、フィンガーバルカン。この一点に尽きる。

 

「格闘戦に重点を置き、取り回しがいい物を考えたらそれに行き着いた。現行のザクマシンガンは昔の物に比べて長砲身で威力は上がったがその分取り回しが悪くなっただろう? それで近距離で直ぐに大量にばらまけるものを考えたんだが……他に何か案があるだろうか」

「それだったら、短砲身のザクマシンガン造った方が幾らかましだと思いますよ。バージョンチェンジで済みますし。近距離で使うことを考えれば多少初速が下がっても平気です。集弾性もそれほど気にせずにいいんでしょう」

「ああ。しかし、駄目か」

「止めておいた方が無難だと思います。それと、ブレードアンテナは標準装備にするんですか?」

「そうだな。それを想定している。格闘戦はある程度の実力を持つ物でないと中々難しい。それを最初から前提にするとなると、自然と配備される相手も相応の人物になるだろうからな。この機体を隊長機として、ザクと連携する構想も練っている」

「なるほど」

「他には何かあるか」

「……この、ヒートロッドですか。ワイヤータイプにできるならそうするべきでしょう。携行性にやや難があります」

「ふむ、ふむ……」

 

 冬彦の言に自身でも思うところがあったのか、しきりに頷きながらメモを取っている。

 

「それと、盾と近接用の大型実体ブレードについては問題無いと思われるのですが……」

「何か?」

「はっ。その、単純に盾のデザインが気に入らないというか……私はこうもっと無骨なシャープなラインの長方形の盾が好みですね。ザクシリーズのような」

「なるほどなるほど」

 

 端末のモニタをペンの尻で示しながら解説する姿はもう完全に技術士官のそれなのだが、そういう辺りに冬彦は気づかない。

 なんだかんだ言って、技術士官に間違われる理由の六割方は見た目も含めて冬彦自身のせいである。

 

 いつまでも続きそうな士官二人のやりとりに業を煮やしたのか、扉付近で話が終わるのを待っていた冬彦の部下が声をかける。

 

「大尉、もう入っていただいてもよろしいですか? それなりにお待たせしてしまっているのですが」

「おっと、済まないフランシェスカ少尉。そういえばお客がいるんだったか。どっちのお客? 少佐?」

「は、ゲラート少佐にです。……有名人ですよ」

「と、言うと?」

 

 問うたのは、ゲラート。

 

「“白狼”殿です」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「あの場におられなくて、良かったのですか?」

 

 データメモリをゲラートに返して娯楽室を辞し、自分の病室に帰る途中。背後を歩く部下から、不満げな声がかかる。

 

「何か問題があるか?」

「いえ……」

 

 冬彦は、足を止めない。当然、後ろにいるフランシェスカの顔もわからないはずである。

 

「少尉、わざわざ休暇中に副官代わりに働いてくれる代わりに、一つ良いことを教えよう」

「……どんなことでしょうか」

 

 声には、期待していない、という感じがにじみ出ている。平時の冬彦がどんな風に見られているかを如実に現すようである。

 

「ああいうのはね、むしろ避けた方が良いんだよ」

「え?」

「少尉は、白狼の事をどれだけ知ってる?」

「マツナガ家の、御曹司とは」

「そう。それに付け加えて、一等兵からあっという間に中尉まで駆け上がってきたドズル閣下のお気に入りだよ、彼は。士官学校で見なかったろう?」

「それは……そういえば、一度も」

 

 冬彦も一年二年で少尉から大尉へ二階級昇進を果たしたが、それと比べてもとんでもないスピード出世である。何せ開戦時に一等兵だったのだ。名家の生まれであるにしても、士官学校を出ていない人間の出世速度ではない。

 

「ゲラート少佐は優秀な御方だけど、この時期に彼が来るってのは少しおかしい。何かよくないことが起こってるのかも知れないな」

「止して下さい。ゴドウィンとピートに聞きましたが、大尉の予想は良く当たるそうなので」

「はっはっは。この瓶底には未来が映るのさ」

「……しかし、大尉も閣下には目をかけていただいていると思うのですが」

 

 露骨な話題変更である。小粋なジョークのつもりが滑ったらしい。

 

「そこらへんは、士官学校時代に色々やらかしたから。どちらかといえば、俺のは監視の意味も強いんじゃあないかな? まあ、期待してもらってるのも確かだろうけど」

「色々というと、それは大尉が監督生の時に戦車で暴れたとかいう……」

「フランシェスカ少尉」

 

 いつの間にか、冬彦の足は止まり、フランシェスカの方を向いていた。

 普段は髪と分厚いレンズに阻まれ直視することはまずない冬彦の目が、キッとフランシェスカの方を見ている。

 

「それは、“口にしない方がいい事”だ。わかるな?」

「は、はっ!」

「ん、よろしい」

 

 きびすを返し、再び歩き始める。

 

 パジャマにスリッパ。その上から士官服を羽織った威厳も何も無い姿。

 

 彼女の背筋をほんの一瞬だけひやりとさせた“何か”を、もう感じ取ることはできなかった。

 

 

 

 この数日後。

 

ジオン軍部を大きく揺るがす事件が発生したとき、彼女は冬彦の言葉を思い出すことになる。

 

 

 





 サブタイトルを変えました。タイトルも近々。

 それはそうと、アンケの集計をざっと取りました。

 結果。なんと総合的には①ヒロインがいる派の方が多いものの、最大派閥のハマーン(はにゃーん?)様を押すグループと②のヒロインなどいらぬぅ派が拮抗。数え間違えがなければ同数でした。
ちなみにその次がシーマ様の③で、その次が残りを引き離してのメイ・カーウィン。可愛いけどさ。ここの住人は紳士が多いとよくわかりました。ええよくわかりました。

 でもって、どうするかを考えてます。不要派も多いので、ラブラブちゅっちゅはなし(控え目)で救出、所属を重視して上司部下の関係を押していこうかな、と。ヒロイン無理にいれてプロット変えるのはって方もいましたが、元からプロットなんて無いのでそこも問題ないですし。

 まあ、皆様の反応を見つつぼちぼちやっていきます。ああキンクリしたいよ。

 それでは、ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々なにかありましたらよろしくお願いします。




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第十五話 再編

 

 

「昇進おめでとうございます。“少佐”殿」

「君もね、フランシェスカ“中尉”。しかし第六分艦隊MS隊全員の一階級昇進とは、思い切ったものだよ。閣下も」

 

 宇宙港へと向かう車の中。新しい制服に袖を通した冬彦は、分厚いファイルに目を通しながらこめかみをぐりぐりと揉んでいた。

 ジオンの士官服は襟章だけでなく、マントの模様も尉官と佐官では異なってくる。新たな少佐の制服のマントは襟章と同じような翼を象った模様になる。

 

「中々やりがいのある任務ですね、少佐」

「君は気楽で良いけどね、中尉。ネタを考えるのと選考作業をするのは俺一人なわけだよ?ラコック大佐も無茶を言ってくれる。いや、この場合は閣下か?」

 

 肋骨のヒビの治療もそこそこに、戦闘報告書を遅ればせながらも提出するため冬彦は病院を予定よりも二日早く退院していた。

 その後はパトロール艦隊襲撃の時からの部下であり、元は唯一のザクⅡ乗りだったフランシェスカ少尉に運転を任せ、本部が現在改造中のソロモンに置かれる予定であるためにいつまでたっても仮のままの宇宙攻撃軍の本部に顔を出した。

 冬彦の少し前までの階級は大尉であるが、分艦隊を任されていた都合上直接の上司はそのまま総司令のドズルということになる。そのため、報告書もドズル本人か、もしくは腹心にあたるラコック大佐の元に持って行かなくてはいけない。

 この時は、ドズルはどうも本部にはいなかったらしく、受付嬢を担当する女性士官からラコックのオフィスへと案内された。

 

 そこでラコックから渡されたのは少佐への昇進の書類も含め新たな任務の詳細が入った分厚いファイルだった。

 なんだかんだ言って、一部のデータは機密上の観点から未だに書類の形で用いられている。

 

「……少佐」

「何? 今このやたらめったら分厚いファイルに目を通すので忙しいんだけど」

「これも、先の反体制派の蜂起を受けての動きでしょうか?」

「さあねえ。そうかもしれんが、違うかもしれん」

 

 視線をファイルから上げ、窓から反対車線へと向ける。ちょうど、大型トレーラーとすれ違うところだった。

 乗せられていたのは、半ばスクラップとなったマゼラアイン空挺戦車。

反対派の蜂起とは、つい先日起きたザビ家による事実上の独裁体制を批判する、いわゆるダイクン派による武装蜂起のことである。

ジオン公国軍の中にもジオン・ズム・ダイクンの唱えた思想こそが正しいと信じるダイクン派は未だ多く存在しており、マゼラアインや一部モビルスーツ部隊までもが蜂起に加担し、コロニー内のモビルスーツハンガーを抑えるなど一時は優勢であったものの、結局はコロニー外からの政府側の援軍により失敗した事件である。

 結果としてこれまで潜在的存在していた多くの隠れダイクン派が一斉に処分されたかたちになったのだが、この件に関しては冬彦はどちら側にもノータッチである。

 何せ、事件発生時には未だ肋骨が完全に引っ付かず入院中であり、せいぜい病室の窓から双眼鏡で様子を伺っていた程度だ。

 

「……まあ、事が事だけにしばらくは荒れるかもしれないが……表には出てこないだろうさ。水面下での動きはしらん」

「怖いこと言わないで下さい」

「はっはっは!」

 

 こうしている間にも、ファイルをめくる手は止めない。何せ、ファイルの中身は随分と多岐にわたっている。珍しいほどの分量だ。

 MS隊の人数分の昇進を記した書類や、装備や資材の受領書等々。極めつけは、ある程度までは人事などを独自に判断する裁量を認める旨が記された書類なんてものまである。

冬彦のサインのみでも仮ではあるが効力を発揮し、その後ドズル、もしくはラコックが認めたあとで正式な効力を発揮する、という仕組みになっているようだが、とんでもない書類である。ようは他所から人を引っ張ってこいと言うのだろうが、よくもまあこんな横紙破りをラコックなどが認めたものである。

 そしてこれらの書類は皆、第六分艦隊の新たな任務に伴い、部隊の再編成を行うための書類なのだ。いささか、過剰な気もするが。

 

 ともすれば。多少の無茶をしてでも戦力を固めておきたい“何か”が起きたのかもしれないが……気にするだけ無駄だろう。

 

「はぁーー……また厄介な任務だよ、まったく」

「第六分艦隊の再編成と、正式な独立戦隊への昇格ですか。なんだか実感がわきませんね」

「おかげでその編成の為にこちとら脳がパンクしそうだよ。何でソロモンの工廠改築指揮まで俺がせにゃならんのだ。専門の技官を回せ技官を。技術士官ではないと何度言ったら……」

「へ?」

「ん?」

 

 運転中であるため、中尉の顔は直接には冬彦からは見えない。しかし、ミラー越しには、どこか唖然とした様子がよく見えた。

 

「部隊編成までが任務なのではないのですか?」

「違うぞ。部隊を再編した後、拡張中のソロモンに異動して、工廠の建設指揮と、それが終わったら開発計画を立案・実行し、その試験を受け持つまでが任務。

もちろん、別命があればそちらにも従事する。まあ、閣下直轄の便利屋だよ。独立戦隊っていうくらいだし」

「……少佐、工廠の建設指揮なんてできたんですか?」

「できん。だがやらにゃならん。そのためのこの書類の束なんだろうさ。人事の裁量権って言っても、足りない技官なんかも自分で見つけろってことなんだろうさ。見てみろ、紙の入れすぎでファイルがちょっとたわんでる」

「その……」

「ん?」

「お、お疲れ様です」

「なーに人ごとみたいにしてる。副官の君も道連れだ」

 

 そこからは特に会話もなく、延々とコロニーの端にある宇宙港を目指して車は進む。車内にいる間にも、部隊の人員に呼集をかけるなどしてできることをやっておく。

 

 やがてたどり着いたのは、宇宙港の中でも奥まった軍事用の機密性の高いエリア。

そして、そこには色々と見慣れない物が並んでいた。

元の第六分艦隊の四隻のムサイは元より、パプア級が数隻列び、影に隠れて見えないが更に奥のブロックにもまだ艦があるらしい。

 手近なパプアに次々と搬入されていく、大量のコンテナ物資にモビルスーツ。いずれもランドセルやバーニアなどから推察するに、新型のザクⅡFである。

その内一機に、酷く既視感があった。ブレードアンテナが付いてはいるが、カラーは他の機体と同じで、特別なペイントも無い。しかし、モノアイが二つあった。

 

 そんな光景に中尉と共に呆然としつつも、搬入作業に従事する人並みの中に見知った人間を見つけ一足先に我に返り、その相手の元へと歩み寄る。

 向こうも気づいたのか、さっと襟元を正し、敬礼した。

 

「お久しぶりです。少佐殿」

「世辞はいいよ、エイミー伍長。で、これは君の仕業と見ていいのかな?」

「ええ、まったくもってその通りです。ただし、私だけでなく第六開発局全体での仕事ですが」

「招集するまでもなかったか……」

「ええ、第六開発局のソロモン移転は上の方針ですから確定事項です」

 

やはり、ボロボロになってしまったザクⅠカスタムに変わる新たな乗機、ということらしい。

 ザクⅡF型。それも、ブレードアンテナのついた指揮官機仕様である。それは良い。問題は、既にモノアイが二連式の見慣れた物になっており、更には左肩のショルダーアーマーに“梟”のパーソナルマークが既にペイントされていることだ。

 

「やっぱり、ツインカメラからなのか……」

「当然ですね。そうでないと“梟”でなくなってしまいますから。パーソナルマークはまだ仮塗です。どこにつけるかレイアウトを相談しないといけませんからね。ちゃんと気をつかいましたよ。ああ、そうだ。受領書ありますか? ドックの責任者のところへ持って行かなくてはいけないのですが、後になっていまして。搬入リストはこちらでもまとめていますが、物は少佐が持っていると聞いています」

「どれのこと?」

 

 何せ、今も運び込んでいる物資の量は膨大だ。

 

「あるだけ全部です」

 

 冬彦は求められた分、ファイルから書類を外して伍長へ渡す。およそ指一本分の厚さがあったため、おかげで軽くなった。

 一方、件の伍長はというと書類を受け取り、目を通してすぐに持って行くのかと思いきや。そうはせず、書類の束を一纏めに仮止めし、脇に挟んで冬彦のすぐ隣に立った。

 そして、代わりに元々持っていた薄い端末の上で、ペンを持つ手をちょいちょいと動かした。顔を近くに、ということなのだろう。

顔を寄せ、小声でささやく内容は、作業の音もあるため周りには聞こえない。

 

「……何か、Ⅱ型の改修案がもうお有りですか?」

「訊いてどうする」

「道中、仲間内で検討します。向こうに着いてすぐにかかれるようにしたいので。方針だけでもお願いします」

 

 思いの外硬質な声音に、少しばかり困惑する。ザクⅠの改修の時は、こんな真剣な話し方をする相手では無かったと思うのだが……

 

「……何か、あったか?」

「どうも技術本部の方も騒がしいので、早めに結果を出して独立性を確保しておきたいのですよ。我々技術屋は横の繋がりが強いので、互いの研究を盗みでもしない限り縄張りにもそううるさくありませんが、上はそうでもないのでしょう?

第六開発局のソロモン移転も考えてみればおかしな話です。本来、技術本部はシャハト少将が責任者の独立した組織とはいえ、指揮系統上は総帥府直轄の組織です。しかし、我々第六開発局はソロモンへ。第四・第五はグラナダへ。一部の出向では無く、完全な移転、管轄も技術本部を離れ各司令部へ移ります。

おまけに、企業連中の方も新型の開発で色々騒がしいとか……」

 

 話の内容に、驚かされた。冬彦でも知らないことが、ぽんぽん飛び出してきたのだから。

 

「よく知ってるな、エイミー伍長。俺が知らないことも多かったが?」

「言ったでしょう。技術屋は横の繋がりが強いんですよ。周りがきな臭くなってくれば、たいした事はできなくても身を守るために手は打ちます」

「ん……そうか」

 

 言われて、少し頭の中の情報を整理する。基本的にここに来るまでは書類を一枚一枚処理していくことばかり考えていたので、そこまで纏まった考えがあるわけではない。それこそ本当に大まかな方針くらいしかないのだ。

 しかし、随分ときな臭い話ではある。ソロモンは宇宙攻撃軍の本拠地であるし、グラナダと言えば月の裏側にある突撃機動軍の本拠地だ。それぞれ、ドズルとキシリアの本拠地と言い換えても良い。

 ドズルはそれほど暗躍するタイプではないし、ガルマもまあ無視して良い。しかし、少将という地位にありグラナダのボスであるキシリアが何か動いているなら怖い。およそジオンで陰謀暗躍権謀術数蠢動といえばギレンかキシリアだ。今は講和の為にほとんど動けていないと思っていたのだが、そうでも無かったのか。

 だとするなら、ギレンが自身の勢力を切り取られるような動きに特に動かないとも考えられないので……なるほど、それは傍目に見ていても怖い。

 

「……とりあえずは、継戦能力の増加を推していきたい。胸部装甲の増加は当然として、バックパックを改造して、プロペラントタンクの脱着を簡単なようにしてくれ。そうすれば前もってタンクの換えを用意すれば補給時間を随分削れる。後は、ムサイのペイロードも増やしたい。これは、隊の内でだけなら文句は出ない、はずだ」

「了解」

 

 それだけ言って、伍長はぱっと顔を上げた。話は終わりとばかりに大仰な振りで身体を離し、敬礼をして去って行く。

 最初に言っていた通り、書類をドックの責任者に提出しにいくのだろう。

 

「ああ、そうだ!」

 

 去り際。離れた所から声がかかった。伍長は奥を指さしている。

 

「積み込みにはまだ時間がかかりますが、奥に面白い物がありますよ!」

 

 今度こそ、エイミー伍長は去って行った。残されたのは、慌ただしい搬入作業の現場にぽつんと佇む少佐と中尉の二人である。

 

 

 

 




◆冬彦の出世が遅い理由。

ドズル「兄貴」つ書類
ギレン「ふむ」つハンコ
デギン「待つのだ」<●><●>
ドズル・ギレン「!?」
ガルマ「ふふふ……」
概ねこんな感じ。

ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々何かありましたらよろしくお願いします。
面白いものの答えは次回。


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第十六話 鏃の先

 ラコック大佐のオフィスにそれが届けられたのは、一日の就業が終わろうとする時間だった。

 軍人である以上、世間一般と何もかも同じというわけには行かないがドズルの参謀として関係各所との調整をつけるのもラコックの仕事であり、その中には公的に記録できない類の物もある。

“そういったこと”に取りかかるためにも、この日は普段と変わらぬ仕事をそれなりに早い時間に切り上げるつもりであった。

 

「……ヒダカ少佐から?」

「はい。できれば今日中に、と」

 

 机の上を片付け、帰り支度を始めようかとちょうど席をたった時に聞こえたノックの音に、執務机の椅子へと座りなおす。

 許可を出して入ってきたのは、連絡士官として従事している女性士官だ。彼女から受け取ったファイルは、先日ラコックが渡した物に比べると極々薄い物。

とは言っても、一般的な基準で言えばそれなりの厚さではあるが。

 

 中身は、書類がクリップでもって二つに分けられていた。片方にはメモリーディスクが添付されている。

 まず、上になっていた方。内容は艦隊の編成と装備の受領が完了した旨が書かれている。更には、早速招聘したい人員も数名、書かれている。与えられた権限では叶うかどうかわからないため、と承認の要請も付いている。

 意外な名前もあるが、特に却下するような内容でもない。

 

「ふむ……ん? これは……」

 

 艦隊の編成の中に一隻。受領証を用意したラコックにも覚えの無い物が混じっていた。ムサイ級、パプア級に続き、艦船の項の最後の欄。そして、その欄には赤いインクで注意書きも書かれていた。

 それを見て、なぜそれが混じっていたのかをラコックは悟った。

 

「なるほど。工廠の方から自発的に寄越した艦か……ふむ」

 

 納得し、次へと進む。旧第六分艦隊の人員をほとんどそのまま移したために、人員の顔ぶれもそう変わらない。MS隊の中で小隊間の配置換えはあるようだが、人の面ではその程度だ。ただ、艦隊編成に関しては旗艦がムサイ級「アクイラ」から件の艦へと変更されていたりと、それなりに動きが出ている。

 そこに技術本部・第六開発局が加わり、ムサイ級軽巡洋艦四隻、パプア級輸送艦六隻、例の艦が一隻と計十一隻の大きな部隊となっている。もっとも、工作機械などを満載したパプア級を除いてしまえば、戦闘艦五隻の小規模艦隊に戻ってしまうが。

 

 ある程度で区切りをつけ、ラコックは次へと取りかかる。メモリーディスクが添付されていた方だ。

そちらをめくると、ラコックの顔に影が差す。慌ただしい手つきでメモリーディスクをカバーから出し、机に備え付けの端末に差し込むと、中に入っていたデータを次々とスクロールしていく。

 

「……グラナダに、第五開発局だけでなく、第四開発局も移転だと? 馬鹿な!」

 

 なぜ、日頃冷静なラコックが取り乱したか。

 

 それは、総帥府直轄、つまりは間接的にとはいえギレンの下にある技術本部から第六開発局を切り取る為に、キシリアの突撃機動軍と協力するように動いたのがラコックであったからだ。

 その際の取り決めは、ザクⅠ改修で縁がある第六開発局を宇宙攻撃軍が。第五開発局を突撃機動軍が互いに招致するというもの。互いに利があったし、ジオンの大きな拠点であるソロモンとグラナダにも兵器の開発、MSの整備の為にもそれぞれ工廠が必要、というお題目もあった。

 

 しかし、第四開発局も、というのは聞いていないし、取り決めの中にもない。

 

「ジオニックやツィマッド、技術本部でも動き……まさか、我々が踊らされていた?」

 

 しばしの黙考の後、ラコックは内線で車を回すように命令し部屋を後にした。この事態を報告すべく向かうのは、ドズルの所だ。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「あー……楽に」

 

 言葉と共に、室内にいた何人かがその様相を崩した。宇宙港の中でも軍部が使用するブロックの一室で、主に会議などで使用される比較的広々とした部屋だ。

 今この部屋に集められているのは、冬彦が隊長となる独立戦隊の幹部達と、ソロモンまで同道し道中護衛することになる第六開発局の代表者だ。

 戦隊からは各艦の艦長とMS部隊の小隊長達に他数名が参加し、開発局の技術陣からは繋ぎ役としてエイミー伍長他、責任者のササイという中年の大尉も参加していた。

 

「今回この場を設けたのは、まだ名前もないこの独立戦隊の初航海に向けての顔合わせの為だ。元の分艦隊の面々は互いに名前を知る相手も多いと思うので、先に開発局のお二人に自己紹介していただく」

 

 促され、開発局の二人が立ち上がる。どちらも流石に今回はつなぎではなく軍の制服をきちんと身につけている。

 

「エイミー・フラット伍長であります」

「ケンジ・ササイ大尉です。よろしくお願いします」

 

 彼らに続き、艦長達、小隊長達と続き、最後に冬彦の番が来た。

 

「あー、フユヒコ・ヒダカ少佐です。各員ご存じだろうが、これからもよろしく頼む。さて、それでは我が艦隊の編成を確認しておこう」

 

 リモコンのボタンを押すと、冬彦背後の大型モニターが点灯する。

 何度かモニターが切り替わり、やがて目的の画面にたどり着くと、各各が真剣な表情になる。楽に、と言われても、彼らもまた軍人なのだ。

 

 モニターの大部分は、艦隊の陣形が移されている。先頭に旗艦を配し、鏃型の陣形を書くように両脇をムサイが固める。その後ろにパプアが二列縦隊で続き、まあ遠目に見れば誰もが矢印のようと言うだろう。

 

「モビルスーツ隊は哨戒と護衛、それに慣熟訓練を兼ねて常に二個小隊六機を展開しておくこととする。何か質問があるか?」

 

 これに、艦長の一人が手を挙げる。

 

「艦隊の陣形なのですが、これで良いのでしょうか? 新たな旗艦は、まだ処女航海の済んでいない試作艦と聞いています」

「……そこら辺は、私だと説明しづらいな。ササイ大尉。お願いできますか」

「ええ、問題在りません。願ってもないですな」

 

 立ち上がり、冬彦からリモコンを受け取ると、ササイはデータディスクを壁の端末に差し込み、手早く操作する。

 すると、画面が切り替わりそこには大写しになった艦船の写真と、三面図が映し出された。

 動力部が外部に突き出したムサイや、双胴式であるパプアとは違う、流線型を多用した、見た目は随分とスリムな船だ。

 

「それでは、ご説明します。このチベ級ティベ型試作艦についてですが――」

 

 冬彦は説明をササイに譲り、モニターに映る艦をじっと眺めていた。随分と珍しい艦が出てきたな、と思う。

 チベ級ティベ型。その試作艦の一隻。エイミーが言った面白い物の正体だ。

 

 元々チベ級というのはムサイよりも古い艦であり、それが改修を経て重巡洋艦としてのチベになった。このティベ型というのは、その重巡洋艦としてのチベから再設計を経たさらなる改修型である。

 ムサイの様な外部に推進機関が張り出してはおらず、さらにチベのようなずんぐりとしたどこか丸い印象も再設計で無くなり、シャープなラインを持つ見た目も優雅な艦と言っても良いだろう。

 武装もチベから引き継いだ三連装メガ粒子砲が二基あり火力にも問題は無い。側面の対空機銃や艦首のミサイル発射管が取り払われたせいで単純火力は実は下がってしまっているのだが、その分モビルスーツの運用能力は上がっている。

 ただし、冬彦に旗艦として開発局から賄賂……もとい配備されたこの艦は名にある通り試作型であり本来目指す所の性能にはまだ届かない。

とは言っても、ムサイや現行のチベよりはずっと速力やMSの運用力においては優れているのだが。

 

 ちなみに冬彦の私見では、ザンジバルにはやや劣る物の、充分な高性能艦といったところだ。そして何より評価すべき所だが、ティベ型は中々にカッコイイのである。

 

「――以上の点から、この艦は本来目指す性能には及ばない物の、現行のチベ以上の性能は持っていると言えるでしょう。開発に関わった私が保証しますよ」

 

 ティベ型に魅入っている内に、ササイ大尉によるティベ型の説明が終わっていたらしい。冬彦は聞き流していたが、真面目に聞いていた艦長も感じ入るとことがあったのか、特に不満はなさそうだ。

 

「なるほど。そういう事でしたら私からはもう何も……あ、いえ、もう一つだけありました」

 

 艦長が向いたのは、冬彦の方だ。

 

「少佐、艦の名前をまだ聞いていなかったのですが、もう決まっているのでしょうか?」

「ん、そりゃあ……? ササイ大尉」

「試作艦ですので、名前はまだです。少佐が決めて下さって結構ですよ」

「……いいんですか? 私が決めても」

「開発局の中で決めようとすると、かえって揉めますからね。お願いします」

 

 旗艦の名前を決める。……降って湧いた幸運であるが、余りに急だったためにこの時は思い浮かばず、また後日考える、ということになった。

 

 あーでもないこーでもないと悩んだあげく、艦隊の出発日の前日に、ようやく名前が決まった。

 

 独立戦隊旗艦、チベ級ティベ型試作重巡洋艦。名を「ウルラ」。

 

 古い言葉で、“梟”を意味する。

 

 

 

 




ティベ型は宇宙世紀だと一番好きな船かもしれない。今回のは試作艦で完成版よりやや性能が劣ります。

ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々何かありましたらよろしくお願いします。


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第十七話 掘削

 感想でオリキャラのイメージがつかみづらいとうのがありました。
 艦隊の編成とかと合わせて、設定だしましょうかね。
 改修点とかもまとめて。でもそういうのは鬼門なんですよねぇ……


 

 

 目の前のモニターに映るのは、立ち塞がる困難そのもの。そり立つ緑の岩壁は、モビルスーツで押してみても、ほんの僅かも動きはしない。

 

 道は後ろにしかなく、逃げ道は無い。それに後ろもつかえている。前へ進むしかないのだ。

 

 斬り開く力はある。だが、同時に少しばかりのやるせなさも。

 

 操縦桿を動かして、“それ”を前へと向ける。対艦狙撃砲にも匹敵するような重装備。

 両手で保持せねばならない巨体、そこから伸びる砲身は無骨に角張っており、パイプ状の銃身を四角い支柱が上下から支えている。対艦狙撃砲に匹敵するというよりも、上まわる、と言った方が正しいかも知れないような巨砲である。

当然、それだけの装備を単機では運用することは難しく、ジェネレーターを他から引っ張ってきてまで出力確保が要求された程の髙火力も併せ持っている。

 

冬彦機他、ザクⅡ各機へ配備された坑道掘削用の“新兵器”。

 

その名も、“ジェネレーター直結高出力大口径レーザートーチ”。

 

 ちょっとしたメガ粒子固定砲台並の出力を誇る、工廠設置の為の強い味方である。

 

 背後から冬彦と対象を照らす大型の投光器。剝き出しになったそれらの周りでは、多くの人員が足を止め、じっと冬彦機と、鈍く光るトーチの先を見つめている。

 

 更に言えば、冬彦機の左右にも、同じ装備をしたザクⅡが同じように砲口を前へ向けて、片膝を付いた体勢で静止している。

 

《……少佐。準備はよろしいですか?》

 

 通信機越しに聞こえるのは、エイミー伍長の声である。ジェネレーターは予備機としてパプアに積んできた乗り換え前のザクⅠからであり、エネルギーパイプでもって冬彦機が構えるトーチ後部に直に接続されている。

 

「こちらは問題無い。それより、位置はここで本当にあっているんだな?」

《はい、各種測定値から計算した上では間違い在りません。出力の推移はこちらでモニターして制御しますので、思いっきり開けて貰っても問題在りませんが、場所だけは間違えないようお願いします。

レティクルが表示されるように補正プログラムを組み込んで起きましたので、そちらも確認を。“RTOSS”と銘打っておきましたので、すぐにわかるはずです》

「了解……」

 

 言われた通りのファイルを探し、サブモニターをタッチする。メインモニターに展開されたのは三重円に十字というシンプルなレティクルに、その後描くべき理想の軌跡を示したライン。照射可能時間も、計算してくれるらしい。

 少しばかりずれていた照準をレティクルに従って合わせ直し、親指をボタンの上にそっと重ねた。

 

《――冷却装置、正常。緊急放熱装置、異常ナシ。エネルギーラインオールグリーン。出力上昇想定内。リミッター稼働中。臨界まで百二十秒》

「……あと二分あるのか」

 

 一旦、操縦桿から手を離した。緊張をほぐすために、握ったり開いたりを何度か繰り返したり、首を揉んだりして少しばかりの休息を取る。

 

 今は、誰も彼もが動き続けている。MS隊で言えば、隊を二分し、それぞれ三交代制で動いており、記憶が確かなら“事”を始めて三日目に入ってすぐくらいか。

 当たり前だが、満足な休息も無しに三日も続けて任務を続けるなど無茶も良いところだ。しかし、それでも急がねばならない事情があるのだ。

 

 サイド3を離れ、ソロモンへ向かう途中で聞いた、“捕虜であったはずのレビル”による演説。これにより、締結寸前だった連邦との講和が無くなり、戦争の長期化が避けられなくなった。

 で、あるならば、だ。今はジオンが押しているから良い物の、逆に連邦が押し返し始めた場合、真っ先に狙われるのは月の裏側にあるグラナダか、ここソロモンのどちらかだ。

 地上で勝てればそれにこしたことは無いのだろうが、余り期待してばかりもいられないのが実情だ。

 

《臨界まで、六十秒》

 

 資源衛星を利用した、巨大な宇宙要塞であるソロモン。宇宙攻撃軍の本拠地であり、ジオン公国全体で見ても有数の拠点である。しかし、何であろうと負けるときは驚く程簡単に負けるのだ。

 ソーラ・システム。ジオンのコロニーレーザーと比肩する、連邦側の決戦兵器。史実においてはたった二回の照射で、どれほどの被害をジオンが被ったことか。

 

 しかし、今ならまだ、手が打てる。数ヶ月の準備期間があれば、多少なりとも対抗策を用意しておくことができる。

 要塞が要塞であるために捨てきれない弱点もあるが、それもある程度は緩和できる。歴史に学べばいいのだ。どんなに兵士の数が増えようが兵器の質が、戦術戦法が刷新され戦争の形そのものまでもが変わったとして。

条件を設定し行動を制限し一つ一つを突き詰めていけば、要塞の攻略戦で攻め手が取れる手段などほんの僅かしか残らない。

 

ならば、それを一つ一つ潰していけばいいだけのこと。

 

 ただしソーラ・システムは桁違いなので完全に別枠であり、また何か案を絞り出す必要があるのだが。

 

《臨界まで、あと十秒。カウントダウン開始》

 

 意識を戻し、再び操縦桿へと手をかける。位置は問題無いため、動かしはしない。ただ、親指をボタンの上に重ねるのは、忘れない。

 

《5、4……》

 

 緊張はない。疲労のピークということもあって、表には出さないが若干ハイになりつつあり、そのせいでもある。

 

《3、2、1……出力臨界! 今です》

 

「っ!」

 

 エイミー伍長の声と共に、親指でボタンをぐっと押し込んだ。

 同時に、モニターが白く染まる。新装備の砲口から打ち出された光が、至近距離から対象に突き刺さり、白熱し、赤く溶かしながら突き進む。

 

《出力良好。廃熱に問題もありません。そのままの体勢を維持して下さい》

 

 白く染まっていたモニターがある程度回復し、視界が戻ってくる。目に付くのは、焼け焦げた表面と、未だ放出され続ける高出力エネルギーの束である。

 

《もう、少し、もう少し。あと……今です。スイッチを切って!》

 

 指を離すのと同時に、放出が止まる。それと共に、周囲が静寂に包まれた。

 

「上手く、いったか?」

《はい。向こう側で貫通を確認したようです。これで、最後の通路が繋がりました。お疲れ様です。後は我々がプチモビでなんとかしましょう。》

「やっと休める……丸三日かかったか」

《いえ、三日で済んで良かったと思うべきでしょうね》

「そうかい……」

 

 やれやれといったふうに、ヘルメットのバイザーを上げ備え付けの水のパックに口をつける。

 

 レーザートーチでの掘削作業は工廠移転のための、第一歩にすぎない。

まずは開発局の人員のためのブロック化されたコンテナ居住区を積むところ始めるのだが、その為にはまず空間を作ること。そのためには通路を掘ること。更に先を見越して通路を何カ所かと繋ぐ必要があった為に、戦隊のザクを全機かり出してまで突貫工事を行ったのだ。

 ソロモンまでの艦隊警護に続きザクⅡの“慣らし”も兼ねているが、それでも始めてからわずか三日ではまだまだ進んではいない。やっと通路予定の場所に穴が三つが貫通し、これから発破をかけてMSが通れるようにする作業も待っている。

やるべきことは幾らでもあり、掘削は資源の切り出しも兼ねるため余り無茶もできない。当然、居住ブロックを置くのもまだ先になる。もうしばらくはパプア級の中で生活する必要があるだろう。

 ソロモンにも居住区はある。しかし、開発局という機密が優先される部署であるという点や、まだソロモンも開発途中であり急に多くの人員を受け入れるのが難しい、というのもある。

 しばらくは前からあったソロモンの宇宙港の一区画を間借りして、できる範囲で改修から何からを済ませる必要があるだろう。戦隊と第六開発局の本拠地が出来るには、まだまだ時間がかかるらしい。

 

 だが、何にしても、とりあえずすることが一つ。

 

「……戦隊各員に、通達。これより各員に順次二日の休息と臨時休暇を許可する」

 

冬彦の言葉に、通信機の向こうからうめき声にも似た歓声が聞こえた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「休めん! どういうこったい!」

 

 新旗艦“ウルラ”内部に用意された自室で、冬彦は怪気炎を上げていた。

 

 実に、不思議なことが起きたのだ。

 

戦隊の人員になるべく不満が出ないように休暇を取れるように、そうでない者にも休暇を待つ間も休息がとれるように時間を割り振っていたのだが、その結果どういうわけか冬彦が休暇を取る時間が無くなってしまったのだ。

 休息は数時間取れる物の、そんなものシャワーを浴びて寝れば終わりだ。

 

 おかしい。しかし自分で組んだ時間配分には一部の隙も無い。

 

「ぬあー……ぬぅおー……」

 

 無念さから机に突っ伏し、脱力する。部下に見られたら威厳もへったくれもない姿だが、それにしたって無理もない。冬彦だって三日間、ザクに乗って働いていたのだ。

 

 しかし、だからといって休みは増えない。仕事も減らない。時間だけが減っていく。

 まだするべきことはあるし、考えておかないといけないこともある。早速上がって来たムサイのペイロード増加についての案を検討したり、ザクⅡへのプロペラントタンクの増設方法の選考もある。

 

だから技術士官じゃないと何度言わせれば……もう何度目かもわからないいつもと同じ愚痴を言おうとしたとき、不意に来客を告げるチャイムが鳴った。慌てて身体を起こして襟を直す。

 

 机の上の端末を操作すると、聞こえて来たのは正式に副官として配属したフランシェスカ中尉の声だ。

 

《少佐、ササイ大尉がお越しです。何でも話したいことがあるとか》

「入ってくれ」

「……失礼します」

 

 フランシェスカ中尉に続くように、ササイ大尉が室内へと入ってくる。ササイはガデムのように恰幅の良い体格をした男だが、髭や顎は剃ってあり、日系人らしい黒髪もきちんと整えられている。

 金髪碧眼。髪の長さを肩で切り揃え、軍人らしい均整の取れながらもグラマラスな身体付きをしたフランシェスカ中尉とは、対照的とも言えるだろう。

手には、ちょっとした荷物も抱えている。

 

「いや、申し訳ありません、少佐。しかし是非とも今の内に話しておきたいことがありまして。少々お時間を取っていただいてもよろしいですかな」

「ええ、かまいませんよ、大尉。モビルスーツ関連のことですか?」

「そんなところです」

 

 冬彦の部屋は、指揮官の部屋ということで広くないなりに艦長室並に良い部屋があてがわれている。応接用の席をササイに勧め、自身は飲み物を取りに行く。

 

「あ、ヒダカ少佐。少し待っていただけますか」

「はい?」

「実は、ソロモンに来る前にある方から良い茶葉をいただきまして。せっかくなので部屋でいれて持ってきたのですよ。よろしければ、いかがでしょうか。」

「はあ……」

 

 中尉も、と言われ三人が席につく。

 荷物の中にあったポットからカップに、茶が注がれ、湯気とともにふっと茶の香りが無機質な室内に広がり、冬彦、フランシェスカ共に相好を崩した。

 ポットに入っていたため紅茶だと思い込んでいたのだが、冬彦にも覚えのあるこの香りは、懐かしい緑茶の物だ。

 

「……おいしい」

 

 先に口にしたフランシェスカは好みだったのかにこやかにしているが、冬彦は逆に一瞬にして真顔になっていた。

 確かに、とても美味しいのだ。味、香り、いずれもが普段口にしているようなチューブ入りの物とはまるで違う。おそらくは余程の茶葉を使ったのだろう。

 

 一介の大尉が、この宇宙ではそうそう手に入れられないような、相当高級な茶葉を。

 

「大尉。茶葉を頂いた、と言いましたね」

「ええ。そうですよ」

「誰からか、お聞きしても?」

 

 ササイ大尉が、口の端に笑みを浮かべたのを見て、冬彦は確信した。

 

 また、厄介事だ。

 

 

 

「タキグチ老から頂きました。少佐の所に厄介になると話しましたら、餞別に、と」

 

 

 

 明るい室内に、すっと何かが入り込んだ気がした。

 

 

 

 




 誤字を指摘していただいたのに、どこかわからなかった……もうしわけないのですが、見つけられた方は面倒だとは思いますが何話かもお願いします。あとは何とか自分で探しますので。

ご意見ご感想誤字脱字の指摘そのほか諸々何かありましたらよろしくお願いします。

ちなみに、最後名前がちらっと出た人はオリキャラでは無いのです。


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第十八話 魔眼の作り手

「えらく不機嫌そうだな。少佐。何かあったかね」

 

 ウルラ内の、「アクイラ」の私室。冬彦はササイの置き土産の緑茶を、来客に対して惜しみなく出していた。

 惜しみなく、と言うか、本質的にはさっさと使い切ってしまいたいという本音があってのことではあるが、とにかく来る客来る客に振る舞っていた。

 

「たいした事ではありませんよ」

「その割には、随分と悩まされておるのではないかね。例えば、この緑茶。随分良い茶葉のようだが、高級品なのだろう?」

 

 冬彦の対面に座るスーツを着込んだ老人は、手に持ったカップを手の中でゆらりと回す。

 湯気と共に香りが広がるが、老人の眼鏡が白くなるほどではない。

 冬彦は頭を掻きながら、老人の言を認めるしかなかった。

 

「……そうなんでしょうね」

「そうだろうな! こんなもの、余程の茶道楽でもなかなか手に入れられるような物では無いだろうさ。知り合いがかなりの趣味人だったが、これほどの物を出されたのは一度きりだ。さて、もう一度聞いておこう。何があったのかね」

「……くだらん話ですよ。できれば『巻き込んでくれるな』という類の、です」

 

 冬彦は自分のカップを手に取ると、まだ熱い中身を口から出かけていた“話の内容”といっしょに飲み干した。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「タキグチ老から、ですか」

 

 話は、ササイが部屋にいた頃まで遡る。ササイが口にした名を、吟味するように冬彦は繰り返す。

 もし思った通りの人物であるなら、相当なビッグネームだ。

 

「それは、それは。またえらくおかしな話ですね、大尉」

 

 冬彦が、ぐっと眉根が動きそうなのを堪えて言うと、ササイは“ほう”、と口にしカップを置く。

 どちらも、余裕があるポーズは崩していない。崩せない。

 

「それはまた、どうしてですか? 長旅に出る者に餞別を贈るのに、何かおかしな点が?」

「いえ、そこではないのですよ、大尉。大尉は技術本部の人間でしょう? またどうして名誉参謀顧問殿に気軽に挨拶など行けたのか……私ではそんな勇気はとてもとても」

「いやいや、そんな不思議なことでも無いでしょう。少佐くらいのお年では面識も無いのでしょうが、私くらいの世代は同じ日系人のコミュニティで随分よくしていただきまして、そのよしみで。少佐のお父上とも、面識はあるはずですよ」

「だからといって、任務のことを軽々しく外に話して欲しくはないのですけどね、大尉」

「老は、元からご存じでしたよ。少佐」

 

 室内に、いつの間にか余計な音は消えていた。ちびりちびりと茶をすすっていたフランシェスカも、互いににこやかな冬彦とササイの間の空気がどうもおかしいことを悟ったのか、目立たぬようにしながらいつでも立ち上がれるように居住まいを直している。

 

「……さて、お話を伺いましょうか、大尉。互いに暇ではないでしょうし」

「おや、もう少し世間話に興じていてもいいのではないのですかな、例えば本国のうわさ話であるとか」

「余り興味はありませんねえ。どうせしばらくは本国には帰れないでしょうし。それならまだ先日のコンスコン少将のゴシップの方が面白みがある」

「ああ、少将が幼い少女の写真を眺めてにこやかにしていたとかいう……」

「それです、それです。まあ実際は少将が寄付をなされている孤児院の子共達なんだそうですが。良いお人ですよ」

「……お詳しいようですが、どこでお知りになったので?」

「さあて、どこでしたかね。少し小耳に挟んだだけですから、忘れてしまいました」

 

 ササイの笑みは、変わらない。大した面の皮だ。一方の冬彦も普段であれば嫌な顔をしつつも何だかんだ事態を受け入れて話を聞くくらいはしていたのだろうが、今の冬彦は休みたくとも休めない苛立ちから攻撃的になっていた。

 

「大尉、さっきも言いましたけど、私も暇じゃないんですけどね。こうしている間にもただでさえ貴重な休息時間ががりがりと削られていくわけでして、用が無いならさっさと帰っていただけませんか」

 

 それが、決定的な一言になった。眼鏡の奥で睡眠不足から常になく眼光鋭い冬彦を前にして、ササイの笑顔が氷ついた。

髪と眼鏡に遮られて滅多に見えないが、冬彦は中々に目つきが悪い。元からではなく眼鏡にするまでに、じっと目を細くして物を見ようとしていたためにそうなったのだが、ササイは初めて見たのだろう。一瞬、ひるんだようにも見えた。

 フランシェスカなどは病院に続き二度目であるため慣れていたのかひるむことは無かったが、普段と余りに違う言葉遣いには面食らっていた。

 

 のらりくらりと躱しあう時間が唐突に終わり、ササイの頬をつぅと一筋の汗が流れた。

 

「……有り体にお聞きしますが、よろしいですか」

「ええ、どうぞ」

「少佐は、誰を仰ぐか。はっきりとお決めに成られているのですか」

 

 やはり、それか。

 当たって欲しく無い想像が当たるのは何時だって嬉しくないのだが、今回のはとびきりだった。

 個人的に明言することは極力避けてきたが、戦争の継続が確定となった今、いい加減旗幟を鮮明にしろ、ということなのだろう。

 

 つまり、冬彦が誰の派閥に属しているのか、ということだ。

 

 端から見れば、冬彦は完全にドズル派だ。戦争当初から重用(?)されて分艦隊を任され、さらにはその後昇進。少佐として重巡洋艦を旗艦とし軽巡洋艦四隻とMS十二機を擁する独立戦隊まで預けられたジオン全体で見ても紛う事なき出世頭の一人だろう。

 だが、ここで裏の事情を知る人間が見ると、少し話がややこしくなってくる。冬彦が『配属先希望書』に書いたのは突撃機動軍、つまりキシリアの下に付くことを最初は希望していたし、出世の足がけになったザクⅠの改修も話を振ったのはギレンその人だ。

 さらに士官学校時代まで遡れば、連邦の駐留部隊に襲撃をかけようとしたガルマを戦車まで投入して事前に鎮圧するというある意味偉業も成し遂げた。

 さらに、未だ本人は派閥工作そのものには一切動いていない。唯一冬彦が自分から接触した相手と言えば、病院でのゲラート・シュマイザー少佐だが、彼はダイクン派であるランバ・ラルの盟友と言っても過言では無い。

 ダイクン派というのは故ジオン・ズム・ダイクンの思想を信奉する者達であり、ザビ家の打倒を掲げている。ともすれば、冬彦もダイクン派であるのかも……という斜めの見方もあるのかもしれない。

 

 これでもし冬彦の配属先がギレンやキシリアの所だったならもっと早くに真正面からどうなのか聞かれていたのだろうが、そういった細かいことは気にしないドズルの所に配属されたが故に、これまで本人が公言しないまま、ドズル派と見られたままここまで来たのだ。そしてそれを今、はっきりさせろ、ということなのだろう。

 ササイの言うタキグチ老とは、ケイ・タキグチ公国軍名誉参謀顧問の事であり、日系人の中ではおそらく最も公国の中で高位にいる人間だ。さらに言えば、ザビ派の重鎮の一人でもある。

 彼がザビ家の誰に頼まれて、コミュニティの人脈を使ってまで動いたのかはしらない、だが目的ははっきりしている。

 冬彦が誰を仰ぐのか。小康状態にある中で、どう立ち回るか。誰のために旗幟を掲げて戦うのか。

 

 宙ぶらりんにするには、いささか大きくなりすぎたのだ。冬彦と、彼の部隊は。

 

「私は一軍人でありまして、特に誰、というのは無いのですけどね。強いて言うなら、ジオンという国家でしょうか」

「そんな通り一辺倒の答えが、何時までも通ると?」

「思っちゃいませんよ。いませんが、それが事実です。現状で特に不満もありませんし、陰謀で動かされるのも好きじゃないので。まあ、どうしても誰かを、というのなら、ドズル閣下を……と答えておきましょうか?」

「……信じても?」

「これ以上はどうもこうも言いようが無い」

 

 ふぅ、とため息を一つついて、ササイは眼鏡の位置を直した。随分と、冬彦とのやりとりでくたびれたらしい。

 

「……わかりました。そのように老には伝えておきましょう。茶葉は、持ってきた分は置いていきますので、好きにお使い下さい」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「とまあ、そういうわけでして」

「馬鹿馬鹿しい。好きこのんで軍人になぞなるからそうなるのだ」

「ごもっともで……」

 

 話は戻り、冬彦はこの気むずかしい老人に説教をくらっていた。

 その流れを振り払うように、冬彦は話題を変える。この老人にしても、本来の目的があるのだ。

 

「それで、ヴィーゼ教授。例の件、どうでしょうか」

 

 老人の名は、リヒャルト・ヴィーゼ。冬彦が与えられた権限の中で招聘した、技術大学の教授で、光学機器の権威でもある。

 

「どうもこうもないわ。まだ荷ほどきもできんというのに、新型観測ポッドの基幹設計などできるか。息子は旅行気分で喜んでおるが、妻はよくもまあ子供を危険なところにとカンカンだしな。せいぜいが、浮かんだ構想をメモに書き留める程度だな」

「やはり、現行機の改修では駄目ですか?」

「駄目だな。OP-02cに自己移動能力を持たせるというのは、できても“毛”が生えた程度だろう。それならいっそ、一から新しい物を造った方が良い」

 

 OP―02c。ジオンの宇宙空間における定点観測用のポッドである。300キロ程度の観測性能を持つが、冬彦はそれでは足りないと考えた。宇宙空間での戦闘において、一番致命的なのは不意打ちである。

 戦闘艦であろうとも、当たり所によっては一撃で沈むこともある。対艦狙撃砲を好んで用い、奇襲が常套手段の冬彦であるから、そのことはよくよくわかっている。やる側であれば良いが、やられるのはまっぴらごめん被るのだ。

 そこで、それを防止するにはどうすれば良いか。事前に察知できれば、問題は無い。レーダーを無効化するミノフスキー粒子も、光学機器であれば関係ない。

冬彦は、この教授に新しい観測ポッドの設計を依頼したのだ。

 

「そうですか……では、やはり無人哨戒機は難しいですか?」

 

 従来通り、ザクⅡでの哨戒を続けるしかないか。そう考えた冬彦に、ヴィーゼは緩やかな否定を示した。

 

「だが、まあ……不可能ではない」

「できるのですか!?」

「任せたまえよ。話を聞く限り、思いの外面白そうだ」

 

 ヴィーゼは、懐から一枚のメモリーディスクを取り出し、手持ちの端末に突き刺して、冬彦へと手渡した。

 

 

 

「元は技術本部からの依頼で手を付けかけていたネタでね。YOP―04・Balor……便宜上“バロール計画”とでも呼ぼうか。そのまま使うわけにはいかんが……基本構想として流用するには充分だろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の二連式同軸ツイン・モノアイモジュールに手を加えるのも、面白そうなのだがなぁ」

「今は勘弁して下さい」

 

 

 

 




コンスコンは有能だと何回言えば(ry

ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々なにかありましたらよろしくお願いします。

某漫画の影響でバロール=魔眼になってしまった。ごめんよ教授。


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第十九話  先を知るから

 冬彦がそれを聞いたのは、二月も半ばを過ぎた頃だった。

 

「統合整備計画?」

「はい。本国、グラナダ共に動きがあるようです」

 

 ぼちぼちと工廠の為のスペースが拡張し終わり、開発局の面々が機材などを設営していく中で、優先度が低いために未だアクイラの中に固定された冬彦の執務室(仮)にて上げられてきた改修案に目を通していた時のことだ。

 

 何度となく繰り返すが、冬彦は普通の士官である。頭に“特務”も“技術”もつかない。普通の将校である。

 独立戦隊の指揮官であり、MS隊の隊長である。あくまで開発局はソロモンに移転したのであり、彼らのトップは局長であるササイ大尉であり、その上に宇宙攻撃軍司令ドズルがいるのだ。

今はドズルが本国に居るため代理で艦隊司令コンスコン少将がソロモンの責任者だが、とにかく冬彦とは指揮系統が別れている。現状、彼らの報告はコンスコンに行ってしかるべきなのだ。

 しかし、コンスコンの方にも今なお拡張を続けるソロモン全体の案件や、宇宙攻撃軍の艦隊の運営など、仕事の種類は幅広く、また量も多い。

 そのために、本人の望む望まざるに関わらず、やはり技術士官のように冬彦は扱われ、開発局関係の書類は共にソロモンにやって来た彼の所に上がってくるのだった。

 

「今教授の“菫計画〈プロジェクト・バイオレット〉”の書類に眼を通すのに忙しいんだけど、どういう動き?」

 

 フランシェスカ中尉が持ってきたのは、また例の如くそれなりに厚みのあるファイルである。読み流すにしても、データメモリのようにスクロールしてツー……というわけにもいかず、一枚一枚精査するのが実に面倒くさい。

 そこで、冬彦は“菫計画”の方のファイルを開く手を止めず、持ち込んだフランシェスカに口頭で概要の説明を求めた。

 

「あー、うん。とりあえず概要だけ言ってみてくれるかな。後で見るから」

「あの、私が中身を見てもよろしいので?」

「いいよいいよ。どうせ俺にお鉢が回ってきた時点で君も半分巻き添えだから」

「……やはりご自身の目で確かめて見て下さい」

「いつか抗命罪で憲兵隊に引き渡してやるからな!絶対だからな!」

「前から思っていましたが、少佐は人の目がないと結構変なテンションですね」

「こうでもしないとフラストレーションが散らないんだよ。そのうち公文書でも技術士官て書かれやしないかとひやひやしてる」

 

 やむを得ず、“菫計画”のファイルを一旦閉じて机の上に置く。これも中々難航しているのだが、艦隊の損害に直轄するだけにそうそう妥協も許されない。

 新型の無人哨戒観測ポッドの開発。艦隊に先行して敵の発見に努めることを目的としているが、戦闘艦に先行できるだけの推力の確保とダウンサイジングの両立などを筆頭に、まだ解決していない問題が多い。

 

「さて、統合整備計画ね」

 

 受け取ったファイルを開き、一枚目から順に頁を捲っていく。ざっと目を通す。提唱者は、色々と有名なマ・クベ大佐である。ちなみに、彼はキシリア派だ。

 

「んー……」

「どんな内容でしたか?」

「ようは、部品や武装の規格や、操作におけるフォーマットの統一をして生産ラインを効率化しようということ、らしい」

 

 一見すると、何ら問題が無いように見える内容である。言っていることも尤もであるし、生産ラインが統一化されれば、その分空いたラインで新しい物も造れる。だが、冬彦の表情はいまいち優れない。

 

「まぁ、名目倒れにならなきゃいいけどね」

「え、なぜです?」

「わからんか?」

「はい」

 

 きょとんとした表情は目尻の下がった“たれ目”も相まって愛嬌があるが、これで冬彦の副官、MS隊次席の実力者である。何せ、初期の第六分艦隊で唯一ザクⅡが回されていたのがフランシェスカだ。

 これでもう少し開発関係の書類を捌いてくれれば嬉しいのだが、冬彦は彼女がグフに好意的な意見を示してからはそういった方面は諦めている。

 

「今から旗を振っても、ジオン、ツィマッドの次の新型にはまず間に合わん。両社独自の規格で造った奴を出してくだろうさ。規格の統一は新型も含めて現行機を順次改修していくのか、いっそ諦めて“次”からか」

「グフもですか?」

「グフもだろうな。……先に言っておくがアレの配備は絶対に認めんからな。あれは陸戦機であるからウチの隊にはいらん」

 

 フランシェスカがまるでショックを受けたかのように若干上体を後ろにそらしたが、事実である以上グフが配備される可能性は無い。というか地上に降下命令が来てもグフは断固として断るつもりの冬彦である。

 

「……もう一つ」

「あ、はい」

「武器の統一は今からでもできなくは無いと思う。部品の規格も、ある程度は。けど、はっきり言ってフォーマット関係は無理だろう、まだ」

 

 フランシェスカから、質問は上がらない。しかし、理解しているようにも見えない。しばらく見ていると、首がこてんと横に倒れた。もう少し説明する必要があるらしい。

 

「中尉、今我々が乗っている機体名を言ってみてくれ」

「ザクⅡです」

「型番まで含めて」

「MS06、ザクⅡです」

「Fが抜けてるぞ」

「そこもですか?」

「当然。そこが肝だよ」

 

 用は済んだと言わんばかりに、ファイルを片手で勢いよく閉じ、机の隅に立てかける。

 代わりに卓上本棚から取り出したのは、また別のファイル。主にザクⅡではなくザクⅠの改修案をまとめてある、とびきり分厚い辞書並みの厚さのファイルだ

 

「中尉はさ、ザクⅠの改修案、最初どれだけ数があったか知ってるかい?」

「いえ……」

「草案の頃も入れると、五十近くあったのさ。内、実際にザクⅠに採用されたのは四つ。正面装甲と防盾の大型化、背部バーニアの追加、他機種用の武装配備、そして電装関係。俺の機体にはモノアイも一個追加されたけどね」

 

 ファイルの頁を、一枚一枚捲っていく。頁の中央には、オリジナルではないがデータの入ったメモリーディスクも納められている。他にも走り書きや、細々としたメモ、付箋、書類の一部なども。この一冊は、ザクⅠ黎明期のある時期を内包していると言っても良いだろう。

 懐かしさと共に、五十以上のファイルを精査した苦しみの記憶でもあるのがたまに傷だが。

 

「ザクだろうとグフだろうと、モビルスーツはまだ黎明期から脱していない。まだ縛りつける時期ではないと思うね。

軍として生産性や諸々の効率向上を目指すなら正しいんだろうけど……下手な矯正はない方が良い。というか矯正できないだろう。

ジオニックはジオニックでザクの後継機をいずれ出すだろうし、ツィマッドもその対抗馬を出してくる。

MIPは……わからないけど、モビルスーツには多様性がまだ足りなすぎる。創意工夫をこらす余地が幾らでもある。まだまだ多用な進化を模索する時期だと思うよ。

……まあ、後々一つの新フォーマットに統一できるよう、今からある程度の互換性を持たせる位で丁度良いよ。まだ」

「なんだか、私には難しくてよくわからないのですが……流石少佐ですね」

「……ま、いいさ。これはササイ大尉にでも渡しておくよ」

 

 “菫計画”と旧ザク改修没案のファイルを戻して、立ち上がる。背を伸ばし左右に振るとごきごきと音がした。時計を確認すると、随分と長く座りっぱなしだったようだ。

 

「さて、中尉。少し出るから付いてきてくれ」

「は。どちらへ」

 

 それまでの様子と打って変わり、すっと背筋を伸ばし、凛とした顔つきに戻ったフランシェスカ中尉に、行き先を告げる。

 手荷物は、卓上から取り出した、また別のファイル一冊で良い。

 

「司令部へ。コンスコン少将のお呼びだよ」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ソロモン要塞司令部、会議室。広々とした室内の中央に配された長机。

 着席している者達は皆佐官以上であり、その中には冬彦の姿もある。連れられてきたフランシェスカなど、各各の副官である尉官達はそれぞれの上司の背後で佇んでいる。

 

 上座に座るのは、この場での最高位であり、ソロモン要塞司令代理、コンスコン少将である。

 

「それでは、会議を始める。……オイ」

「はっ」

 

 一人の佐官が端末を操作すると、長机の中に埋め込まれた大型モニターに光が灯り、地球を中心とした宙域図が映し出される。それと、地球上の世界地図も。

 

「さて、諸君らも聞いておるかもしれんが、先日、月のマスドライバー基地が連邦の残存部隊に破壊された。これを受け、いよいよ地球降下作戦の決行が決定された」

 

 おお、とどよめきに似た声が室内のそこらじゅうで漏れた。中には、何も口にせず、じっとしている者もいる。冬彦は、後者だ。

 

「降下部隊はグラナダの突撃機動軍の部隊で構成される。我々宇宙攻撃軍はその護衛を務めろ、というのが本国からの通達だ。今日来て貰ったのは、その編成の確認だ」

 

 ピッ、という軽い電子音と共に、何本かの光のラインが生まれる。ラインはソロモン、月のグラナダ、更に地球へと伸びていく。

 

「出発は六日後。編成が完了した後、グラナダで降下部隊を擁した突撃機動軍と合流。その後、地球へと向かう」

「コンスコン司令、ドズル閣下はどうなさるのですか?」

「ああ、閣下は……少し本国で片付けねば成らない案件があって、まだ戻られん」

 

 この時コンスコンが少し言葉を濁したのだが、この場に居る者の多くは佐官級であり、何かしらの問題が起きているのを察した。

そして、それを口にする者はいない。

 

「それと艦隊をグラナダで三つに分ける。本隊は降下部隊の護衛をそのまま務めるが、残りの二つにはそれぞれ別任務に就いて貰う。

この二つの部隊は別働隊であり、多くは裂けん。そこで、小規模艦隊を元から率いている貴官らにそれぞれ担当して貰う。ヒダカ少佐、それと――アズナブル少佐」

 

 

 

 




 どうも感想を見ていて、思っていたよりも私と感想をくださる読者諸兄で冬彦像に差があるなと思っていたら、その原因がわかりました。
 冬彦のガンオタレベルの認識がわたしと皆さんで違うんだと思います。結構ガンオタもわたしみたいなアニメよりも漫画主体な人間がいるみたいに、知識に差があると思うのさ。

 それはそうと、どうも風邪ひきかけっぽいので多分明日は更新無いかもです。


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閑話・第一次ムサイ改修計画

 今回短いのは堪忍ね。



「間に合いそうかー! 伍長―!」

 

 会議が終わり、それそれが各々の職場へと戻っていく中で、冬彦の姿はアクイラ内の自室ではなく、第六開発局ソロモン工廠と銘打たれた一角にあった。

 居住区よりも工廠としての機能を先に稼働させたこの区画では、MSや艦船向けの部材である特殊金属を加工する音や、クレーンアームの動き回る音がそこかしこで聞こえていた。

 その中で、冬彦が足を運んだのは特に艦船についての部品を加工・生産するセクションであり、可動式のタラップの上にいるエイミー伍長へと声を張り上げた。

 そうでもしないと、聞こえないのだ。まだまだ周りが剝き出しの岩盤であったりと完成はしておらず、最低限の機能を確保して稼働させたために防音設備がまだないことの弊害でもある。

 

「あー、少佐―! 現物を見せつつ詳しくご説明しますのでー、ちょっと待っててくださーい! 今タラップを下ろしますんでー!」

 

 タラップの柵からエイミーが身を乗り出し、ヘルメットの下の緑の髪が揺れる。ツナギを襟元まできちんと着込み、安全ブーツに首から吊した顔前面を覆う防塵マスク。ヘルメットも合わせ完全装備だが、眼鏡はいつものスリムなものだ。

 冬彦がエイミーを観察している内にタラップが降りてきて、エイミー自身の手で転落防止の安全バーが外された。

 

「どうぞ。多少狭いですが、中尉も乗れますよ」

「あ、どうも……」

 

 エイミーが固定式のパネルの、上を向いた三角というシンプルなボタンを押すと、タラップが上昇していく。

 完全装備のエイミーとは対照的に、冬彦とフランシェスカの二人は士官服にマントのままだ。

 やがて、高い視点から見下ろすと、冬彦が早い段階で許可を下していた新装備の全貌が見えてくる。

 

「進展状況はどうなってる?」

「とりあえず、カーゴ増設とブースターの設置は済んでいます」

 

 大型のアームで固定されたムサイ。冬彦隊所属の艦であり、四隻がずらりと横並びになっているのを上から見るのは中々に壮観である。

 

 冬彦が何よりも先にGOサインを出したのが、ムサイの改修である。

 

 MS母艦が落とされると、当然ながらMSには帰る処が無くなる。

特に冬彦の独立戦隊はその性質上小艦隊での運用が前提であり、もし万が一何かあったとして、他の友軍の部隊に拾って貰う、というのは難しい。

地表の戦闘機のように燃料が無くなれば墜落まで秒読み、ということは無いが、酸素が尽きれば窒息するし、推進剤が空になれば友軍に拾って貰えるのを信じて宇宙をさまようしか無いのが実情だ。

 そこで、カーゴを増設することにより一隻ごとのペイロードを増加させることで、各艦のMS運用能力と資材などの搭載能力に余裕を持たせた。

艦隊を構成するいずれかの艦に損害が出た場合でも、他の艦でそれを補い艦隊運用の継続を可能とすることを目指したのだ。

 

 カーゴを増設したのは、艦体から突き出た左右の推進器の間である。後部の発進ハッチを塞いでしまう形になるため、カーゴの最後部と、底部の一部に新たにハッチを設けた。

更に機動力も維持するために、カーゴと艦橋下のスペースにタンクと推進器を二基増設。これはタンク一基につき大型の推進器が一つと小型の物が二つでワンセットで、都合大小六基の推進器が増設されたことになる。

 さらにオマケで、カーゴの下部を基点として、元からあった左右の推進器がウイング状の部材で繋がれ、強度を上げる試みもなされている。

 

「主機の方は?」

「そちらは、まだ。一応、案にあった単装砲は完成しましたが……流石に主機を造るとなると一仕事ですから」

 

 一方で、問題点も出てくる。艦全体で見たエネルギーである。現在新型の主機を開発中であるが、流石にそうすぐには行かない。MS運用能力を上げようと思えば、その分をどこかから持ってこないといけない。

 もともとムサイのMS運用能力はそう高い物では無い。追加タンクはあくまで推進器の燃料を増やす物であり、出力自体が上がるわけではない。

 

 そこで、根本的な解決ではないが、ムサイの連装砲を単装砲に変更する、という案が冬彦隊では採用された。

 砲身の数を減らした分、今度は対艦戦闘能力が下がる。確かに下がるが、単に砲を減らしたのではなく、減らした分の半分ほどを残りに集中させているため、一門あたりの威力や射程は上昇している。あと必要なのは新型主機とカタパルトくらいで、これらは時間が解決してくれる。

 

ここまでで冬彦の独立戦隊所属のムサイの現状を評するなら、いよいよ待ち伏せによる奇襲に特化しつつある、と言って良いだろう。

 光学機器でも見つけづらいよう、黒系統の明度・彩度共に低い色で艦体を統一する案も出ており、上にはかっている途中だ。

 

 なお、旗艦のティベ型試作艦までは手が回っておらずノータッチであり、運航もまだ開発局からの人員が行っているため、そちらも引っ張ってこないといけない。

 

「単装砲への換装が済んでいるのは?」

「換装はどれもまだです。既存の砲塔から一本砲身を取っ払っただけ、というのではありませんからね。物はできていますから後は時間さえあれば順次……といったところですか。出発は何時になるんです?」

「六日後に出発する。カタパルトは……間に合わないか」

「流石に難しいですね。艦体そのものにも手を加える必要がありますし、実験無しに投入するのは抵抗があります」

「モビルスーツはF型だから改造無しでも戦えないことは無いが……そっちも駄目か?」

「はい。こちらにかかり切りだったので……」

 

 一つ隣のセクションはモビルスーツの開発・整備用のセクションであり、後々には生産ラインも造る予定であるが、現状では整備のみが行える規模に留まっている。

 そもそも短期間で艦船用のセクションを稼働できるまでに整えられたのも、本国からパプアで輸送した機器があってこそ。MSセクションの本格的な稼働は、まだまだ時間がかかるだろう。

 

「あのー」

「ん?」

「どうかしましたか?」

 

 それまでは一歩下がって話を聞いていたフランシェスカが、突然二人の話に加わった。

 

「『アクイラ』と『ミールウス』は、二砲塔型のままなんですか?」

 

 これに、話を振られた二人は顔を見合わせる。

 艦隊のムサイは全部で四隻。内、ブリティッシュ作戦時に加わった「パッセル」と「アルデア」はいわゆる一番普通のムサイで、三砲塔型。

しかし、元々「アイランド・イフィッシュ」の護衛を務める本隊ではなく、敵勢力の減衰を目的とした分艦隊用に回されてきた「アクイラ」と「ミールウス」は二砲塔型である。

 もちろん、砲塔が二基よりも三基の砲が火力は高い。元々基本は三砲塔型であるため、特に三砲塔になるとデメリットが出るとか、そういうのも無い。

 

 なら、何故三砲塔型にしないのか、という話になるのだが……

 

「なぜ、と言われても……なぁ?」

「二砲塔型でも戦えないことも無いですし……砲塔の位置を全部ずらさないといけないので、結構な手間なんです」

「他の場所に新しく砲塔つける方が楽だしなあ。それに、今急に言っても火器担当の砲雷班増やせないし」

 

 ささやかな疑問に、今まで敢えて言わなかった理由が明かされた瞬間だった。

 

 

 

 




 うん、くしゃみで体の節々がびきびきと痛む。寝る。うあー……
 熱ないのがせめてもの救い。上げ下げもない。

 シャアの出番は次回。なお、次は週末までを予定。

 感想の返信も少し遅れますが、何かありましたらお気軽にお願いします。


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第二十話 茶葉はこのための仕込みでもあった。

「来客?」

 

 ムサイの改修に対する進展状況を確認し、アクイラへと戻ってきた冬彦。出発迄にできる事はやっておくよう指示を出し、フランシェスカを対面に座らせて、例の茶葉をとっとと使い切るべくポットの湯が沸くのを待っていた。

 その間にも、六日後の出発に向けて下から上がって来た物資の積み込み状況の書類などを確認したり、グフに未だ未練のあるフランシェスカからザクの改修案を聞いてみたりなどしていた。

 フランシェスカはせめてショルダーアーマーをグフのようなスパイクが長く反り返った物にしたいらしい。無論却下である。スパイクなど宇宙戦ではまず使わない。デッドウェイト筆頭である。

 そもそもザクⅡになぜスパイクを付けたのか。ザクⅠには無かったのに。どうせなら盾の装甲を増やす方が良いと思っている冬彦である。

 

 そんな折、艦内通信で艦長、開発局の人間であるが、彼からもたらされたのが冬彦と面会を希望している来客がいるというものだ。

 誰が来たのか。エイミーが何か伝え忘れでも思い出したのか。それともササイ大尉がまた何か厄介ごとを持ち込んだのか。

 

「来客ったって……どちら様?」

《特務隊の、アズナブル少佐です》

 

 この瞬間、冬彦がもの凄く嫌そうな顔をしたことは、向かいにいたフランシェスカだけが知っている。

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです。ヒダカ少佐。随分と長く無沙汰をしてしまって、申し訳ありません」

「いや、そんなに気にしないでくださいアズナブル少佐。士官学校で先輩だったからとはいえ、階級はもう並ばれてしまいましたから」

「しかし……」

「ま、とりあえずは席へ。飲み物も用意しています」

 

 室内にいるのは、現在四人。冬彦とフランシェスカ。それに、来客であるシャア・アズナブル少佐と、その副官のドレン少尉である。

 席に着いているのは冬彦とシャアの二人だけであり、フランシェスカ、ドレン両名ともそれぞれの上官の斜め後ろに控えている。

 

 話は変わるが、ジオンの制服は階級が佐官以上になるとある程度個人の裁量で改造が許されるため、連邦と比べると恐ろしくバリエーションが多い。

 制服の色であるとか、襟や袖、上に着るコートなど細かな所もいじれるし、MS乗りについてはパイロットスーツやヘルメットも改造が可能である。

 例えばこのシャアなどは制服の色が赤い物になっているし、鉄メットもドレンの制式の物と違い白く塗装された物を身に付けている他、腰に火器も携行している。

 一方の冬彦は特に弄っていない。支給された制服を弄ることもなく、そのままだ。将校のたしなみということで、一応腰に銃を提げてはいるものの、その程度だ。

 

 しかし、一部の改造ではなく制服の布地を赤くするという派手な者はそうそう居ない。例外的に白い制服の“白狼”がいるが……赤と言ったらまず頭にうかぶのはこの男だろう。

 

 シャア・アズナブル。“赤い彗星”の異名を持つジオンが誇る押しも押されぬトップエースの一人。現在の階級は少佐。

ジオン側のニュータイプの代表格であり、アムロの宿命のライバルでもある。時に一部ではロ○コンなどと呼ばれることもあるが……そこは、まあ、あれだ。

 

「さて、話を伺いましょう。宇宙攻撃軍のトップエースがまた何のご用で?」

 

 ササイの時のように様子を伺いつつではなく、すっぱりと用件を聞きに行く。冬彦の腹の内では既にシャアは敵である。ザビ家に対する恨み云々はわからないではないが、前世持ちの人間としては内部から蚕食していくやり方とてあっただろう、というのもある。

 ダイクンが死んで十数年。未だザビ家が注視しなくてはならないほどに、ダイクン派の残党はまだまだ多い。軍に然り、それでも結局のところ、シャアが選んだのはジオンという国家ではなく自己の復讐なのだから。

 

無論、本音はいつぞやの士官学校の件が尾を引いているのだが。

 

「実は、少佐に折り入って頼みがありまして」

「ほう、頼み」

「ええ。少佐のところで開発されていると言うザク用の新型バックパック。アレを是非こちらにも回していただきたいのですよ」

 

 これを聞き、まず最初に思い浮かんだのは、誰から聞いたのか?という疑問だった。モビルスーツ自体が結構な機密の塊であるから、その新装備など言わずもがな、である。

 それをどこから聞きつけたか……と、表情に出さずしばらく悩むが、冷静になれば、シャアは特務隊の人間であり、機密に触れる権限は相当に高い。

 開発プランは採用が決まった物から順に上に上げているため、そこから伝わったのかもしれない。

 

「新型バックパック、か」

「ええ、何でも、継戦能力の増強を目的にしているとか。私の特務隊は単艦での威力偵察なども行うのでね。優先的に回していただきたいのですよ」

「まだ手も付けていないのだけどね」

「ですから、できてからで結構。三機分もあればいい」

「ほう?」

 

 この野郎……というのは呑み込んだ。開発を実際に行っている独立戦隊よりも特務隊に先に寄越せというのだろうが、特務隊の方が宇宙攻撃軍の中での優先度は高い。拒むのは難しいし、それをわかってシャアも言ってきているのだろう。

 悪くはないのだ。シャアも。与えられた権限の行使であるし、正当性もある。

 

 しかし、面白くないのも事実だ。シャアは不敵な笑みを絶やさずにいるが、後ろのドレンは少し引いている。冬彦も、後ろにいるフランシェスカも結構良い表情をしているのだろう。

 

 一度自分の湯飲みを取って一口含み、足を組んで、シャアを見据える。階級は同じ。年は上。権限は向こう。

 マスクの向こうには、何も見えない。しかしその正体を冬彦は知っている。

 

「……結構」

「少佐!?」

「控えろ。……完成したら、連絡をいれよう。三機分で良いのか?」

「予備も欲しいところですが、そちらは急ぎません」

 

 余裕たっぷりに、シャアは湯飲みを手に取る。未だ湯気の立つ、深い緑をした熱い日本茶である。迷うことなく、それに口を付けた。

 

 そして、その瞬間。表情が一変した。

 

 シャアの湯飲みに入れられた茶は、実はとびきり渋く出してあった。どうせろくなこったないだろうと予想していたし、士官学校を卒業以来会うことも無かったので、ささやかな意趣返しである。

 

「こ、れは……」

「ああ、気づかれたかな? 実は良い茶葉を頂いてね。下手の横好きだが、良い機会だと私も趣味を始めようかと思いってね。こう、神経を使う職だから」

「は、は。なるほど。なるほど……」

 

 両者共に少佐であり、独立戦隊と特務隊という独立性を持った部隊の長どうし。端から見れば狐と狸の化かし合いだが、少なくとも冬彦からすれば意趣返しに成功し概ね満足だった。

 バックパックの件は、本音を言えばどうせ数を造るのだから、幾らか回したところで問題は無いのだ。最終的にはソロモンの各隊へも普及させるつもりであるのだし。横入りに多少腹が立っただけだ。……少しだけだ。

 

 それでも、流石はシャアというべきか、一瞬笑みが消えただけで、また元の笑顔へと戻った。口を付けたのは、最初の一口だけのようだが。

 

「……ふむ、せっかくだ。概要だけでも見ていってくれ。中尉、デスクの上の青のファイルを」

「はっ」

 

 席に座ったまま、フランシェスカに頼んでファイルを運んできて貰う。

 何枚か頁を捲り、目当ての頁を見つけると、開いたまま机へ起き、シャアの方へとすっと押し出す。

 

「これが?」

「そう。今の所構想段階だが、部品の多くを既存の流用品でまかなえる分、そうコストもかからないとは思う。まあ、テストをしないと何とも言えないが」

 

 ザクⅡ用の背負い物、バックパックの青写真は既に構想・設計の段階ではできている。パージ可能なプロペラントタンクを二本搭載したタイプで、後のゲルググMの物に外観が近いが、推進器の数とサイズが多少異なる。

 こういった物を見せると、命が関わる物であるため流石にシャアも真面目な顔になった。

 

「なるほど……プロペラントタンクを追加しているのと、多方向へのバーニア……ふむ」

「ところで、アズナブル少佐」

「何か?」

「余り口を付けていないようだが……冷めてしまったかな。入れ直そう」

 

 

 

 ファイルを返し、茶の御代わりを辞去して、シャアは部屋を出て行った。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「やれやれ……相変わらずだ。あの方も」

 

 アクイラの廊下。ドレンを付き従えたシャアは、そう独りごちていた。

 香りに騙され含んだお茶は、むせそうになるほど渋い物で、毒でも盛られたかと錯覚しそうになったほどだ。

 口にしてしまった分を飲み下した後で、やっと意趣返しと気づいたが、お代わりまで勧められるとは思っても見なかった。

 

「前に、どこかでお会いになられたことが?」

「ああ、士官学校の二期先輩にあたる。在学中にやんちゃをして、手ひどい折檻を食らったよ」

 

 シャアの言葉に、ドレンは先ほど見た冬彦のことを振り返る。

 シャアほどは話題に上がらないが、時折名前を聞くMSパイロット。野放図とは言わずとも伸びた白髪交じりの黒髪は無造作で、時代遅れの分厚い眼鏡。華々しさはまったくなく地味と言っていいだろう。

 しかしその奥の視線は鋭く、いまいち人物像をつかめなかった。

 

「少佐にもそんな時期がお有りになったのですな」

「そうなるな。……躊躇無くマゼラ・アインを投入してくるとは思わなかったが」

「は?」

「……戯れ言だ。忘れてくれ」

「はぁ……」

 

 シャアからしても、中々掴みづらい相手ではあった。

 士官学校時代に同期であったガルマをたきつけて連邦軍の駐留部隊への襲撃を企てたが、失敗した。成功させるつもりではいたが、失敗もある程度織り込んでいたためにそのこと自体には驚きは無い。しかし、やはり戦車を士官学校の中に投入してきたのは強く印象に残っていた。

 最初はどさくさに紛れてガルマを亡き物にしようとするダイクン派の人間かと思ったが、けしてそういうわけではなく。

 かといってザビ家の信奉者で、ガルマを保護するためのドズルの腰巾着かと言えば、そういうわけでもなく。

 

 シャアが軍に入って時折見かける、どちらでも無いあくまで公国軍の軍人としての立場を貫く……良く言えば中道、悪く言えば日和見な立場に思えた。

 しばらくは静観と考えていたのだが、MS用の新装備の話を聞き考えを変え、ついでで足を運んでみれば、渋い茶を飲まされた。

 

「まったく……」

 

 油断すれば、また何か失敗しかねない。だが、そういう人間ほど周りを囲んでしまえば、選択肢が限られ、行動が読みやすい。

 

 ――上手く踊らせるには、こちらも立ち回りを考える必要がある。

 

 シャアの漏らした微笑の意味を、ドレンがうかがい知ることは無かった。

 

 

 




シャア動かしづらいよー。
階級同じだと冬彦の口調がぶれるよー……

時に、ジオンの制服。
シャアは赤。ジョニーは多分紅。シーマ様何色なんだろうあれ。緋色?

なにかありましたら感想にお願いします。


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第二十一話 大地に向かい

 私は帰ってきたー!

 その日のうちに帰ってこれるとは……後書きにて説明もします。

 しかしそのまえに、ただただありがとうございます。なんとかなりました。


眼下に広がるのは、誰かが“水の星”と評した、地球。

 

人が造った偽りの大地、コロニーを落としてなお水と雲を纏い、何ら変わることなく今もそこにある惑星。

 

そんな地球へ向けて、赤く灼熱した礫が落ちていく。

 

一つではない。十よりも、百よりも多く。

 

第一次地球降下作戦。多くの将兵、そしてモビルスーツを乗せたHLVが、地表めがけて落ちていく。

 

人の魂を縛り付ける重力の井戸。後の人間はそう言った。

 

モニター越しにぼんやりと地球を見ていると、埒もない考えが浮かぶ。

 

〈ニュータイプ〉とは、何か。

 

シンプルにして、宇宙世紀の多くの指導者を後々まで悩ませた、至高にして最悪の難題。

 

 ある者は、宇宙へ上がった人類の新たな可能性だと言った。

 

 ある者は、あくまで単なる適応の結果であり、人という種の誤差の範疇だと言った。

 

 ある者は、人とは異なる新たな種、恐れるべき突然変異だと言った。

 

 いずれも言葉にするのは簡単で、余りに無責任で、しかしどれもがそれを裏付ける事実と矛盾を常に抱えていた。

 

 人類の新たな可能性とするには、余りに星に縛られて。

 

 適応の結果というには、余りに人からかけ離れ。

 

 新たな種であると言うには、余りに人と似通って。

 

 どこまで行っても、人は人でしか無かった。

 

 それは、いずれ歴史が証明する。

 

 どんなに大層なお題目を用意しようが。どれほど可能性が分岐しようが。誰かが変わらず馬鹿をやるのは変わらない。

 

 旧世紀からの伝統を、規模を大きくして続けているのだ。いつまでも、星の彼方にたどり着いても。

 

 しかし、ニュータイプとは結局なんなのか。

 

 見えぬはずのビームを除け、空想じみた殺気を真空の宇宙で感じとる者達。

 

 人を超えながら、人と変わらず、人より弱い。

 

 彼らを一つのカテゴライズにするには、余りに多用であり、広範でありすぎる。

 

 で、あるならば……

 

《――少佐?》

 

 突然に、聞こえた人の声。

 

 半ば微睡みを帯びていた思考は、断ち切られた。

 

 

 

《少佐、どうかなさいましたか。……少佐?》

 

 意識が現実に引き戻され、自分がどこに居るのかを知覚する。

 ザクⅠよりも多少広くなったコクピット内。

 通信の相手はフランシェスカ中尉だ。側には、ゴドウィン機の反応もある。

 ここは宇宙であり、地球の静止軌道上。今は地球降下の為にHLV(大量離昇機)を遙々グラナダから運び、順次切り離し、及び降下中の友軍の、護衛任務の最中。

 自機の周りを囲む独立戦隊のモビルスーツも、ザクⅠが大半を占めていたのが今は全てがザクⅡに置き換わった。それは自機もしかり。

 

 艦隊の周囲に、敵はいない。連邦はまだジオンの大艦隊に打って出るほどの戦力を再編できていない。

 精々が航路に機雷を撒く程度……その程度だ。

 

「あっ……あ、すまん。少し気が他を向いていた」

《はぁ……何か急な事態が起きたわけではないのですね》

「ああ」

 

 独立戦隊は全十二機が既に発進済み。ウルラ以下戦隊各艦も含め、艦隊外縁に布陣している。

 中央にはHLVを運搬してきた突撃機動軍。その護衛をするために周囲を宇宙攻撃軍が囲み、その特に外側に戦隊がいる。

 塗装が間に合わなかった為に、ムサイ級各艦は通常色の緑で、ウルラも引き渡し時と同じ赤色だ。ただし、艦体側面に冬彦機のパーソナルマークにちなんだデフォルメされた梟が、目立たぬよう艦体色と同系統の暗色で描かれている。

 ……そのうち塗り替えるときに消えるんじゃないか?というツッコミは野暮である。

 

 現状、問題は起きていない。思索にふけり、睡魔が訪れるほどに宙域は平穏だ。

 あるいは嵐の前の静けさともとれるが、宇宙攻撃軍と突撃機動軍の合同艦隊にケンカを売れるだけの戦力があるとは考えづらい。質量兵器を軌道に乗せて送って来られると怖いが、それについても手はうってある。

 

 少し離れた所にいる、クレイマン機が装備している、対艦狙撃砲にも似たシルエットの、それ。

 元からあった軍の定点観測用ポッド、OP-02c。それに持ち手を付けた物である。ザクⅡ用の新型バックパックもできていないのに、多くの部材が新造となる新型の観測ポッドが間にあうはずもない。

 そこで、急遽現行の物に持ち手を付けてザクに持たせ、機動力を兼ね備えた観測機を仕立て上げたわけなのだが、幸いなことに今の所怖れていた質量弾攻撃は無い。

 上から新しい指令も来ていない。定期的に「ウルラ」や「アクイラ」から観測データや降下作戦の進展状況が送られてくるので暇という訳ではないのだが、はっきり言って手持ちぶさたではあった。

 

「……中尉、少しいいかな」

《は、何でしょうか》

「君は、“ニュータイプ”という物を知っているか?」

《ニュータイプ、ですか?》

「そう……ニュータイプ。HLVの降下を見ていて、随分と昔に雑誌か何かで見たのを思い出した」

《いえ、知りませんが……いえ、どこかで……?》

「昔、建国の父ジオン・ズム・ダイクンが提唱していた……らしい」

《それは……!》

 

 声に、緊張が混じる。些細な井戸端会議のような物とはいえ、将校がダイクンの名を出すというのは、中々にスリリングなことだ。

 

「いや、俺ももうそんなにちゃんと覚えては居ないんだがね。ようは、宇宙に進出した人類は、宇宙に適応して進化するんじゃあないかって話なんだよ。SFにあるようなテレパシーのような、ある種の感応的なこともできるんじゃないかってね」

《……本当に、SFの中の話ですね。それで、その適応した先というのが……》

「そう、ニュータイプ。まぁ、俺も今の今まで忘れていたんだから、そう大したものではないんだろうけどね」

《はぁ……?》

 

 今もまだ、HLVの降下は続いている。ムサイと同じ濃緑の塗装が、大気圏へと進入する過程で真っ赤になって、流星のように落ちていく。

 

《少佐は、どうして急にそんな話を?》

「さて、どうしてと聞くか」

《……不味いことですか》

「いや、深い意味は無くてな。もし、ダイクンが提唱したとおりなら、こうして再び地上へ降りようとしている我々は、どうなるのかな」

《……SFですね、本当に。私には現実にそんな存在がいるとは思えません》

「そうだな。荒唐無稽なSFだ。人が人と言葉を交わさずにわかり合うなんて、まずあり得ない。だが……」

《?》

「いつまでニュータイプなんてのがSFの中にいるかはわからないぞ。旧世紀、歩くロボットというのはサブカルチャーの中の存在でしかなかった。ましてや、人が乗れる物など旧世紀の人間からすれば、信じられないだろうな」

《あー……それは少しわかるような気も》

「なら、あながちニュータイプというのもSFの中だけの産物ではないかもしれないだろう?」

《……そうですね》

 

 コクピット内に、アラーム音が響いた。何かの警報ではない。あらかじめセットしておいたタイマーが、時間になったのを知らせただけだ。

 

《時間ですか》

「ああ、そうだ」

 

 通信越しに、フランシェスカにも聞こえたらしい。

時間というのは、独立戦隊にたいしての護衛の任務がとかれる時間のことをいう。元々グラナダで別れるはずだった戦隊だが、途中までの航路が同じということもあり、一時的に本隊と共に降下予定ポイントまで同道していた。

ここからは、本来の目的に従って別行動となる。

 サブモニターをタッチし、それまでフランシェスカ機のみとの秘匿モードだった通信を戦隊の各機へと通じるようにモードを変更する。

 

「各機、これより本来の任務に移る。フランシェスカとクレイマンは私に続け。しばらくは艦隊に先行し、哨戒する。他の機体は一度各母艦に帰投しろ」

 

 命令が飛び、この外縁だけが慌ただしくなる。各艦がゆっくりと回頭し、「ウルラ」が先頭に出るように陣形を整えるため、動き始める。

 

「戦隊各員へ。戦隊は今から本隊を離れ、別任務を開始する」

 

 作戦開始の予定時間になったために、本隊へと通信が送られる。

 

「機雷の有無を確認したのち、全機帰投後スイングバイを実施。L3を経由し、目標は、連邦宇宙軍拠点、ルナツー。敵の機雷敷設部隊を待ち伏せし……叩く。まさかとは思うが、MS乗りが機雷に引っかかるなよ?」

《もちろんです》

「よろしい。それでは出発する」

 

 

 

 宇宙攻撃軍、ヒダカ独立戦隊としての初任務だ。

 

 

 

 




 珍しくネタ抜きで真面目な話ししようとしたらコンピュータートラブルですよ。
 しかし皆様の助言でなんとかなりました。ただ原因は不明のままです。どうも前回本体のアップデートの時に何か起きてたような感じですが、詳しくはわかりません。
 いやしかし本当にありがとうございました。

 さてニュータイプってなんでしょうね。ダイクンの言ったのが正しいのか。主人公やそのライバルが叫んできたのが正しいのか。あるいは御大のいうことが正しいのか。

 私にもわかりゃしませんよ。わかりゃしませんけど、個人的にはカミーユとバイオセンサーとかあの辺の存在がニュータイプ論を混乱させたんだと思ってます。

 


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第二十二話 定点観測

 その日、地球軌道上への機雷の散布を任務としていたある連邦軍哨戒艦隊では常ならぬ混乱が発生していた。ジオンのパトロール艦隊を標的にした機雷の散布中に、突然ボールの母艦であるコロンブス級にどこからともなく飛来した実体弾が命中し、爆発、轟沈。

次いで二隻いたサラミス級の内の一隻が被弾し、運悪く機関部に直撃。航行能力を完全に喪失。ボールにも被害が出始め、最初のコロンブス級の爆沈から三分。

既に哨戒艦隊は数機のボールとサラミス級一隻除いて自立航行すらできず、唯一残ったサラミス級も無事というわけではなく、側面に数発もらい現在ダメコンの真っ最中だ。

 

「艦長、ダメコン班から報告来ました。左舷の副砲台付近に直撃弾二発です。当たり所が良かったらしく航行には問題ありませんが、今ヘタに砲に火を入れるとどこかで爆発するかも知れないので、しばらくは前部の砲への動力をカットしたままにしておいて欲しいとのことです」

「そうか……わかった。ボールの搭乗員の収容急げ。遺憾だが、無事な機体であってもボールは破棄。それとコロンブス級の人員の救助と継続して、曳航の準備をしろ。向こうは機関部以外は何とか健在らしいからな。本艦一隻では『オスカー』の分までは人員を収容しきれんし……『オスカー』を曳航しつつルナツーへ撤退する」

「はっ、了解しました」

 

 副長が曳航作業の為に離れていくのを眺めながら、艦長はこめかみの辺りをがりがりとかきむしり、予期していなかった被害に嘆息する。艦隊としては、はっきりいって壊滅と言って良い。ただでさえ先の二度の会戦に共に敗れ戦力がずたずただというのに、泣きっ面に蜂とはこのことか

 

「よもやこうも易々と奇襲を受けるとは。遮蔽物の少ない地球軌道上だからと油断していたか……しかし、一体何が起きたというのだ」

 

 僚艦であるコロンブス級が爆発したのは、本当に突然だった。何の前触れも無く、彼方より飛来した実体弾が直撃。レーダーに反応はあったが、索敵範囲にジオンのモビルスーツが居なかったため脅威の無いただのデブリだと判断したのが不味かったのか。

 

「おそらくはジオンの攻撃かと……」

「それはわかっている。艦体に突き刺さった後で爆発するデブリなどあってたまるか。……そうだ、索敵班は何をしていた。あれほど警戒を厳にしろと言っておいたはずだ!」

 

 レーダー管制を行っていたブリッジ要員の士官に、艦長からの叱咤が飛ぶ。機雷の散布中、ミノフスキー粒子の散布は確認されていない。ならば、当然この奇襲はレーダーの見落としのせいであり、叱咤されて然るべきだ。叱咤だけでは足りないほどに。

しかし、艦長の怒声にすくみ上がりながらも、レーダーを担当していた当直士官は反論する。

 

「……艦長、お言葉ですが、今だってレーダーには敵のMSらしき影は映っていません。最初に被弾した後も、今までずっと、そうでした。……おそらく、索敵範囲外からの攻撃です」

「何だと!? 馬鹿な、巡洋艦の索敵範囲がどれだけあると……ミノフスキー粒子か!?」

「いえ、レーダー波に乱れはありませんでした。索敵範囲外からの超長距離攻撃、おそらくは、実体弾による、狙撃かと……」

「馬鹿な……レーダーの外だと言うなら、一体何キロ……奴らのMSとやらは、それほどの性能なのか!?」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「さて、連邦の奴らも相当混乱しているんだろうが、早く巣に帰ってくれんかな」

 

未だザクⅡの機内ではあるものの、冬彦に緊張の色は無い。狙撃体勢を解除して、リラックスモードだ。

攻撃は既に終了し、現在は観測班に任せて帰還の準備中であり、特にするべき事もない。

 

 連邦の機雷敷設部隊への攻撃。その正体はサラミスのオペレーターが予想したとおり、サラミスはもとより、ムサイや試作艦でもあるティベの索敵能力を超える距離からの狙撃である。

 モビルスーツの狙撃能力というか、索敵能力はけして低くはないがそう高い物でも無い。特にこの宇宙においては顕著で、レーダーもしくは光学機器などのセンサーが頼りで、その性能は数キロ、ザクⅡであれば仕様にもよるがせいぜいが五キロ前後だ。

 

 ならば如何にして狙撃を成功させたか。冬彦が魔眼を持っていたり、超人じみた勘を持っていたというわけでもない。

 

タネは、本隊と離れる前に、独立戦隊所属のクレイマンの機体が装備していた観測ポッドに持ち手をつけた急造装備だが、モビルスーツ単体での観測能力は遙かに超える光学センサーを備えた機器だ。

 これを、クレイマン機以外にもピート機、ゴドウィン機に持たせ、本隊と数キロ離れた地点に護衛と共に配置。戦隊の本隊にいるクレイマン機と共に、定点観測を行っている。

 ようは天体観測で用いられる方法の応用で、複数点から同一の対象を観測することで、対象との距離や位置を把握する技術。それを狙撃に用いた。

ただ、これは互いが地球軌道上にあり、向こうが完全に停止していたためにできた芸当だ。動いていたなら、おそらくは外していただろう。実際、狙撃を行ったのは九機で斉射四回の三十六発。この内、半分以上どころか殆どを外している。

当たったのは僅か数発。コロンブス級を撃墜できたのは運が良かった。ボールに至っては、まぐれ当たりの域だろう。

 なんにせよ、とにかく目的は果たしたわけで、ここらは第二段階だ。

 

《少佐、敵艦隊動きます。追いますか》

「まだだ、中尉。ゴドウィンとピートが戻ってくるまで待ってやれ」

《しかし、それでは追いつく前にルナツーに入られる可能性があります。ゲートの位置の調査が目的ですから、支障が出るのでは》

「向こうもそう速度を出せるとは思えんが?」

《ですが、何せ距離があります。つかず離れずを維持するなら、急いだ方が良いかと》

「……そうだな、わかった」

 

 意見具申は、副官であるフランシェスカによる物だ。

 

「――各艦、聞こえるか? 艦隊を二つに分ける。『アクイラ』と『パッセル』は現在地で待機。セルジュの小隊は護衛に残れ。ゴドウィンとピートを拾ってから追いついてこい」

《了解しました》

「今から戻る。着艦準備を頼む」

 

 言って、モビルスーツの進路を「ウルラ」の艦首へ向ける。「ウルラ」に限らず、伝統的にチベ型のMSハッチは艦首側、船体正面にある。

 ここで少し脇道にそれるが、ジオンの艦船は艦種によってハッチの位置が様々で、MS用のカタパルトが連邦に比べて余り発展しなかったのはこのあたりに問題があるのではないか、と考えている。

 パプアは前面。ムサイは基本的にカタパルトは無しで船体後部。チベ型は船体正面の艦首にあり、グワジン級は船体下部の前と後ろの両面に。

ザンジバルは側面だが改造型は下部の増設部分だったりと艦によって仕様が違いすぎまちまちで余り当てにならない。

 

 後の時代まで使える、基本となる基幹設計というか設計思想がまだ無いのだ。

 このことに思い当たったときに冬彦は統合整備計画でむしろMSよりこちらを弄るべきではないのかとも思ったのだが、未だ構想途中である。

 

 着艦し、ザクⅡのコクピットから出て整備班に後を託し、格納庫近くにある休憩室でしばしの休息を取る。

 ヘルメットを外し、ノーマルスーツの襟元を開け、備え付けの水のパックと固形食料を壁の収納から取り出して囓る。

 

 独立戦隊としての初めての任務であるが、中々の長丁場だ。この後は連邦のサラミスを追いつつ、ルナツーを目指す。

 任務は、ルナツーの艦船ドックの入り口の位置の把握であり、可能ならば数発打ち込んで出方を見てみても良い。

 ルナツーを攻略しろ、と言われているわけではないので、「ウルラ」「ミールウス」「アルデア」の三隻でもなんとかなる。

 MS数はゴドウィン機とピート機の他に、護衛に残したセルジュ小隊三機を除いて七機になり、クレイマン機はポッドの運搬に必要であるため、戦闘に出せるのは六機。半減である。

 連邦の宇宙艦隊の大半は、「アイランド・イフィッシュ」と、続く「ワトホート」を巡る戦いで殲滅されたが、逆に言えば残りの大半がルナツーに閉じこもっており、そしてルナツーこそ連邦最後の宇宙拠点でもある。

 蜂の巣をつつくような事はしたくないが、手を伸ばさなくては樹上のリンゴはもぎ取れない。難題である。

 

「あ。少佐、お疲れ様です」

「ん」

 

 汗が引いた頃に、フランシェスカが部屋に入ってきた。既にヘルメットは外しており、肩までの金髪が方向転換の勢いで無重力の室内にふわりと広がった。

 

「ほれ」

 

 自分がそれまで食べていたのと同じ固形食料と水のパックをそれぞれ軽いスローで投げ渡し、自身は再び囓る作業に戻る。

 

 一方で受け取ったフランシェスカはそれを眺めた、あと、冬彦からそう遠く無い場所へ腰掛け、同じように箱から出した固形食料をがじがじと囓り始める。

 

「少佐は……」

「うん?」

 

 声に、囓っていたのを止めてフランシェスカの方を見る。

 

「少佐は、なぜ軍に入ったのですか?」

「はあ?」

「あ、いえ。前から気になってはいたんですが、こう聞く機会が無くて……」

「ああ、そう」

 

 フランシェスカはゴドウィン、ピート、クレイマンなどともに、分艦隊の頃からの部下ではあるが、こういうことを聞かれたのは初めてだ。

 

「もし、差し支えがないようであれば……」

「軍に入った理由なあ……」

 

 正直に言うべきか。それともそれらしい理由をこの場でぱっとねつ造するべきか。

 

 冬彦が選んだのは……

 

「俺な、モビルスーツに乗りたかったんだよ」

「モビルスーツ、ですか?」

「カッコイイだろう?」

「ええ、まあ」

「…………」

「……え、それだけですか?」

「そうだけど?」

 

 目をぱちくりとさせているが、紛う事なき事実であるのだからしょうがない。

 正直に話すことを選んだのは、どちらもMS乗りであり、戦況が悪化すればあっさりと死ぬ可能性もあるからだ。

 流れ弾が直撃したら。艦砲射撃に巻き込まれたら。敵に囲まれたら。白い悪魔と遭遇したら。想定しうる状況など幾らでもある。なら、後のつかえになるようなことは残すべきではないと考えたのだ。

 

「本当にそれだけなんですか!?」

「そうだよ。これだけ。で、士官学校三席」

「なんで……」

「ん?」

「いえ……すいません。ザクで待機してます」

 

 部屋から退室していくフランシェスカの背中を無言で見送り、再び水を口にする。

 

「さて……仕事するかな」

 

 ゴミを投げると同時に、少し揺れたように感じた。「ウルラ」が動き始めたのだ。

 

 ルナツーへ、向けて。

 

 

 

 





 前回はお騒がせしました。まだ完全に前に戻ったわけではありませんが更新は続けられそうです。

 どうも今一つわかりませんが、シャットダウン時のPCの自動更新で設定か何かが変わったらしく、そのせいでネットの接続を手動でやらないといけなくなっていたような感じです。詳しくはわかりません。
 知恵袋にまったく同じ状況の人からの質問と回答があったので、それも参考になりました。

 今もその変更のせいで不便な点がいくらかありますが、なんとかやってます。みなさんありがとう。


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第二十三話 其は誰の考えか





 

 

「……それは、また、どういうことなのでしょうか?」

 

 独立戦隊旗艦「ウルラ」の艦橋にて、冬彦は珍しく硬質な表情で応対していた。

 艦橋の大型モニターに映し出されているのは、本隊の指揮をとるコンスコンである。

 

《どうもこうも無い。任務は中止だ。直ちにソロモンへ帰還しろ》

 

 告げられたのは、突然の任務の中断である。それもコンスコン直々に、だ。

 

 艦橋の雰囲気は、余り穏やかでは無い。戦隊の現在地はL3の目と鼻の先。逃げる連邦の部隊をつかず離れず捉え続け、もうしばらくすればルナツーの補足も可能となる位置にいるのだ。

 幾ら大打撃を与えたとは言え、連邦宇宙軍のことごとくを討ち倒したわけではない。

地上へ質量弾攻撃を続けていた月のマスドライバー基地が破壊されているし、軌道上に機雷敷設を続けている部隊も居る。

 幾ら命令とはいえ、そんな中をそろりそろりと神経を尖らせて尾行を続け、目的地まであと一歩、というところで「やっぱり辞めた」というのは現場の人間としては看過できるものではない。

 

「命令であるというなら嫌はありません。しかし、理由をお聞かせ願いたい」

 

 故に、冬彦の言葉は当然の物である。この場における最高位の責任者は他ならぬ冬彦であり、自身が言わねば他の誰もコンスコンに対し疑問を呈することなどできないのだから。

 

《……わからん》

「……は?」

《だから、わからんと言った。儂も要塞に到着されたドズル閣下からの命令を貴様に伝達しているに過ぎんのだ》

 

モニターに映るコンスコンをしげしげと眺めて気づいたが、作戦の中止を告げるその表情は、いささか憮然としているようにも見えた。

 ルナツーへの強行偵察。その重要性を、ソロモン要塞司令代理であり、艦隊司令として宇宙攻撃軍を預かるコンスコンがわからぬはずがないのだ。

 連邦宇宙軍最後の拠点であるルナツー。ここさえ潰せば、宇宙における連邦の命脈を絶ち、制宙権をほぼ完全な物にできるのだから。

 それでも、ドズルからの命令であるが故に、渋々、ということなのかもしれない。

 

《儂からも既に作戦続行を具申したが却下された。諦めてとっとと戻ってくることだ》

「……了解しました」

《それとな、少佐》

「何でありましょうか、少将殿」

《どうしても理由が気になるというのなら、閣下本人に尋ねてみるといい。だがな、閣下が理由を仰らぬということの意味をよくよく吟味してからにしろ。……閣下なりにお考えがあってのことだろう。それでもというのなら、場は整えてやる》

「はっ……ありがとうございます」

《……以上だ。貴官の速やかな帰投を期待する》

 

 それっきり、通信は切れた。艦橋に沈黙が流れ、艦橋に詰めていた者達の視線が自然と冬彦へと集まる。

 ある者は盗み見たり、またある者は身体を冬彦の方へとしっかりと向けていたりと様々だが、待っている物は同じだ。通信が切れても直立不動のままの冬彦の命令を、待っているのだ。

 上からの命令がどうであれ、彼らの直接の上官は冬彦である。だからこそ、冬彦が命令を実行するのか。それとも、“逆らう”のか。その決断を、待っている。

 

「――艦長」

「はっ!」

 

 開発局からの出向組である、五十がらみの艦長がきびきびと答えた。

 

「……戦隊各艦へ通信。司令部からの命令により、現行の任務を放棄。敵部隊の追跡を中断。『アクイラ』と『パッセル』の合流を待って、ソロモンへ帰還する」

 

 絞り出すような、声だった。

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょー、やってられるか畜生め」

 

冬彦はザクの中にいた。

 

足を前に投げ出し、毒づくばかりだが、することが無いので問題は無い。忙しくなるのはこれからだったはずなのに、それが無くなったために暇になった。

 

 特に何かを持ち込むわけでもなく、コクピットの中で愚痴をたれる。誰かがいては言えない事を、言わずには居られないから一人になった。

 

 軍人である以上、命令は絶対。独立戦隊であろうとなかろうと、直接命令を伝えられては突っぱねるのは難しい。

 いや、突っぱねたところでどうなったか。ルナツーの艦船用ドックの位置を確認して情報を持ち帰っても、待っているのは命令違反に対する処罰だ。

 部隊もバラバラになるかもしれない。連携の取れた、気心の知れた部下を失うのはよろしくない。

戦争序盤の二つの会戦をせっかく部隊全員無傷で生き延びたというのに、自分の自棄でそれを失うというのも耐えられない。

 

 ならば、今は機を待つしかない。例え今はルナツーに手を出すことができなくても、そのうち機会は巡ってくる。

 それに、命令違反を犯してルナツーへ向かったとして、隔壁の位置の確認以外でどれだけのことができていたか。重巡洋艦一隻。軽巡洋艦四隻。モビルスーツ十二機。それで要塞を無力化できるのか。とてもじゃないができやしない。

 できるのは、せいぜいが要塞表面の砲台を破壊するか、最高に上手くいってドックの入り口の隔壁の破壊できるかどうかだろう。

 それにしたって無駄と捨て去るには余りに大きいようにも思えるが、今は捨てるしかない。

 

今は、待ちだ。それはしょうがない。だが、待ちすぎても手遅れになる。放置して、ジャブローに並ぶ工廠として機能されてからでは遅いのだ。おまけに、ルナツーにはジャブローのような打ち上げの手間も必要無い。

 

「……くそ。あんな有名負けフラグ放っとくわけにもいかんのに……」

 

 ソロモンへ戻ったら、宇宙攻撃軍主体によるルナツー攻略戦でも立案できないか考えてみる。

 地球降下作戦は護衛に宇宙攻撃軍もかり出されたが、降下部隊そのものの大半は突撃機動軍で構成されている。

 その間、宇宙攻撃軍は半ばフリーとなる。兵站さえ確保できれば、ルナツー攻略戦も不可能では無いように思える。

 全体での戦力差があろうと、ルナツー単体で見れば叩くことも不可能ではないはずだ。だが、失敗すればどうなるか。それ以前に地球侵攻が何より優先されている中で、宇宙攻撃軍の大部隊を動かすだけの兵站を、果たして確保できるかどうか。

 要塞の機能全てを破壊し尽くす訳にもいかないので、陸戦隊を手配する必要もある。それも、要塞の要所各部を制圧できるだけの数を。何部隊必要になるのだろうか……そもそも陸戦隊に相当するような部隊が宇宙攻撃軍にいたかどうか……

 

「なんにせよ、一度ドズル閣下に会わんとどうにもならんか」

 

 ぐっと身体を起こして、ザクのコクピットハッチをオープンにする。そうと決まれば、用意すべき事は幾らでもある。ソロモンへ帰還するまで時間もたっぷりとある。

 C型兵装が南極条約で使えなくなった今、継戦能力の強化ではなく火力を重視した拠点侵攻用の装備も必要になる。

陸戦隊のような部隊がいないなら、設立の為に上申書を用意する必要もある。

 

 ルナツー攻略作戦。どの程度進められるかはわからないが、やらねばジオンに先はない。降下させられることはないだろうから、宇宙を戦場にする自分にとってはこれができうる最大限だ。

尉官から佐官になっても、配置が換わったわけではないので対外的にできることはそう変わらない。だが、佐官ともなれば影響力も馬鹿にはできない。コンスコンが用意すると言った場、精々有効に利用させて貰おう。

 

「と……あれ。どうした」

 

 外に出ると、整備員の他にフランシェスカが待っていた。表情は、フランシェスカにしては珍しく厳めしい物だ。

 

「ルナツー行きの任務が中止になったと聞きました」

「ああ、そうだ。司令部の判断だ」

「……折り入って、お話があります」

「ここではできない話か?」

「はい」

 

 ヘルメットのバイザー越しには、フランシェスカの考えは読み取れない。

 周囲の作業員の視線も、先の命令の中止を受けて二人に集まっている。

 

「――わかった。場所を変えよう。部屋で良いか?」

「お願いします」

 

 連れだって、格納庫を後にする。冬彦の私室兼執務室へ向かう間も、特にこれといった会話は無い。

 ただただ、沈黙が続く。時折すれ違うクルーも、普段とは雰囲気の違う二人に黙って道を空けるのみだ。

 

 部屋に着き、扉をロックした上で、着席を促し、自身はフランシェスカの向かいに座る。

 

 いつものように飲み物を出すこともせず、ただフランシェスカが口を開くのを待った。

 

「実は……」

「うん」

 

 

 

「MSパイロットを辞めようか、と考えています」

 

 

 

 




 辞めないんだけどね(酷いネタバレ)

 前回の投稿の後、むつかしい物理の解説を感想でくださった方がお二方ほどいらっしゃいました。
 私は物理はさっぱりなのですが参考になりました。
 それと、毎度減らない誤字脱字に指摘をくれる方もいらっしゃいます。
 皆様、ありがとうございます。



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第二十四話 暗闘の始まり

 

 宇宙要塞、ソロモン。

 

 冬彦の戦隊が帰還したときには既に本隊は帰還しており、艦船の整備や補給の為に、そこかしこでノーマルスーツを着込んだ整備員が飛び回っていた。

 

 その一角に、戦隊の船も並んでいた。同型艦でありながら他とは異なる装備とシルエットに整備員達の目も向きがちだが、そこはプロである彼らだ。休憩中や手の空いたときに視線を送ることはあっても、作業をしているときによそ見をして手元を狂わせたりはしない。

 戦隊の艦を整備する開発局所属の整備員も同様であり、時折遠くのグワジン級やザンジバル級を眺めたりしているが、いずれも手が止まっているときのみだ。

 

 そんな彼らも、常に働き続けることができるわけではない。緊急時であればドリンクや固形食料片手に二徹だろうと三徹だろうと平気な人間が多いが、通常時のシフトであれば普通に仕事の合間に休憩だってちゃんととる。

 

 気密が確保された室内で壁にもたれかかったり、あるいは宙を漂う彼らの姿は、ヘルメットを外し、ツナギの前を空けた楽な物。室内には、十人からの人間がいて、いずれもが開発局に属する者達だ。

 その中で、煙草が似合いそうながたいの良い男が、隣で窓硝子越しの「ウルラ」を眺めていた男に声をかけた。こちらは、どちらかといえばパイプや細巻たばこの方がよく似合いそうな、線の細い男だ。

 

「――そういや、お前。あれ聞いたか?」

「あれって……何を?」

 

 どちらもタバコが似合いそうな枯れた面構えであるのだが、生憎とこの場に限らず要塞の大半は火気厳禁。喫煙などもってのほかであるため、どちらも非常に口寂しい。

 

「中尉だよ。パイロット辞めるかもしれないんだってな」

「どこの中尉だよ。一杯居るだろ、中尉と言っても」

「どこも何も独立戦隊のMS部隊で中尉と言ったら一人しかいねえだろうが」

「……まさかフランシェスカ・シュトロエン中尉か!?」

「詳しくはしらねえが、しばらくは副官としての任務が主になるんだと。一応、パイロットとしての席は残すそうだが、予備パイロット扱いになるって『ウルラ』のブリッジ勤めの奴が言ってた」

 

 話のネタに食いついたのか、線の細い男は隣にいるガタイの良い男の方を見る。表情は懐疑的で、余り信じていないようにも見える。

 

「……信頼できる筋か?」

「おう。間違いない」

 

 言い切ったことで、男の方も思案顔になる。第六開発局は半ば戦隊に付ききりであるから、あまりごたごたされて被害が出ると、影響は開発局にも及びかねない。

 

「となると……どうなるのかね。あの人、部隊の次席だろう? 指揮はともかく、MS隊が艦隊をカバーしきれなくなるぞ」

「さあなぁ。また外から誰か招聘するのかもな。少佐、ドズル閣下に何かプレゼンするっつって、局のアーカイブでファイル山のように積んでたし。それに合わせてよ」

「あー、ヴィーゼ教授みたいにか? あの人技術大学の教授だったのに、よく引っ張ってこれたよな」

「いやまったく。技大の名物教授だろうに」

 

 二人の話を遮るように、室内に電子音が響き渡った。セットしてあったタイマーの音だ。

 

「さって、それじゃあ働きますかね」

「おう。今日も安全第一な」

「当然。忙しいが、まぁぼちぼちな」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 一方その頃、ソロモンの奥まったところにある、ドズルの執務室。本国のサイド3にある公邸にあるものと同規模の広さと権力者らしい豪奢な内装が施された室内には、数人の人影があった。

 上座に座るのはもちろんドズルである。その両脇をラコックやコンスコンと言った腹心と数人の幕僚が固める形で、プレゼンを行う冬彦は一番の下座だ。年齢、階級共にこの場にいる人間としては最も低いため、それ自体は何らおかしいことではない。

 そう、この場で最も階級が低いのは冬彦である。フランシェスカでは、無い。

 というのも、副官とはいえ尉官が触れるにはまずい話もするということで、隣の部屋で他の将官や佐官の副官と共に待機している。

 

 フランシェスカがMSパイロットを辞めるかどうかについては、冬彦預かりと言うことで一時保留になった。

 しばらくは戦闘には出ないですむようにしつつ、いつでも復帰できるよう予備パイロットとして席を残すという形に落ち着いている。本人の意向も“辞めたい”ではなく“辞めようか悩んでいる”だっために可能となった措置でもある。

 話を聞けば、コロニー落としの被害と、その後も続く戦争に、正しさを見いだせなくなりつつあるらしい。

 フランシェスカに限らず多くの軍人が今なお悩ませられる問題であるが、その迷いが特にここ最近はふとした時にも考えるようになってしまい、そのため一瞬の油断が大事故につながるMSを、実際に何かやらかす前に降りようか、というのが本人の談だ。

 

 この問題については、流石に朧気な原作知識を持っているとはいえ冬彦が答えを出すわけにもいかなかった。

 こればっかりは、どこまで行っても本人が納得しない限りはどうにもならない、自分で答えを出すしかない問題だからだ。一応それっぽい事は言えないでもないが、本人がまだ悩んでいるうちに妙な事を言って下手にこじれると目も当てられない。

 

 結局、冬彦の答えは、気が済むまで悩めと言った後、判断として保留を言い渡したのみだ。

 

「ヒダカ……俺はコンスコンから貴様が命令中断の理由を聞きたいと聞いたのだが……何だそれは」

「上申書です。閣下。立案書とも言いかえることができますが」

「全てか?」

「はい。全てです」

 

 机の上に並べられたファイル。数は、僅かに三冊。そう厚い物でもない。

 

「……良いのか?」

「はい。それよりもこちらをお願いしたく」

「ルナツーの攻略か」

 

 ファイルにそれぞれ同封されていたメモリーディスクは、既に端末に差し込まれている。

 机に埋め込まれたモニターに映るのは、航宙図である。

 地球を中心にして、設けられた基準点は五つ。月と地球の間にあるL1。その延長線上であり月の向こうのL2。L1、L2とは地球を挟んで反対側にあるL3。L3を北に置く、やや位置がずれるが東に来るのがL4。西がL5だ。

 この内、ソロモンはL5方面にあり、L3方面のルナツーまでは少し距離がある。

 

「ルナツーを攻略できれば、制宙権をより強固な物に出来ます。地球への資源の流れも断つことができ、地上の戦線への間接的な掩護にも繋がる物と考えます」

「閣下。ティアンムも無能ではありません。何か妙なことをされる前に、叩ける内に叩くべきです」

 

 同席しているコンスコンからも掩護が飛ぶ。コンスコンに対しては、冬彦は前もってこの場でルナツー攻略の為の立案を行う事を伝えてあった。

もし案が採用された場合は、攻略対象とそれに動員される自軍の数、作戦全体の規模から考えてコンスコンが艦隊指揮を執ることになる線が濃厚であるし、ルナツー攻略の重要性も理解している。

 

 だが、ドズルの表情はいま一つ優れない。ザビ家の中にあっては軍事には強いはずだが、どうもルナツー偵察任務の中断と中央との動きに乱れがあるように思えてならない。

 

「……編成を急いだとして、どれほどかかる?」

「はっ。動員する艦隊の規模にもよりますが、どれほどかかっても四月中には作戦を発動できるかと」

「ぬぅ、四月か……」

「閣下、本国で何か動きがあったのでしょうか?」

「……本国では、近日中にも第二次、第三次の降下作戦を予定している。主力は変わらず突撃機動軍だ。しばらくは地上での勢力圏拡大を主とするというのが本国の決定だ」

 

 腕を組み、鼻息とともに言葉を吐きだしたドズルに対し、室内にいる誰もが思案顔になる。

 あわせて、脳裏で物資の流れを大まかに逆算する。本国やグラナダでは地上用の改修が行われたJ型の開発も進んでいるというし、第一次降下作戦が行われたオデッサの基地、及び資源採掘能力の拡張のために、特殊機材などもそちらに優先されるだろう。

 

「しかし、その件だけでルナツー攻略に戦力を回せないというのは早計ではないでしょうか。降下を済ませてしまえば突撃機動軍も自衛はできるでしょう。ならば、そこからはこちらが独自に動くこともできます。前回は弾薬の消費も機雷の除去に用いる程度でほとんどありませんでしたし、降下作戦と並行してソロモンから直接ルナツーへ部隊を動かせば二方向からの挟撃も可能です」

「それに、制圧が不可能だとして、要塞の機能へダメージを与えるだけでも、十分な効果があります」

「それは俺とてわかっている。だがな……」

 

 話を持ってきた冬彦は当然として、この場にいる多くの人間はルナツー侵攻に前向きなようだ。だが、肝心のドズルが言葉を濁した。

 

 やはり、何かおかしい。豪放磊落を体現したような男が、どうにもこうにも指針を明確にしたがらないように見えてしかたがない。

 もし何らかの理由があり駄目だと言うなら、それならそれではっきり駄目だというのがこのドズルであったはずなのだが。

 

「……閣下、本国で、何が起きているのでしょうか?」

 

 口にしたのは冬彦だが、皆同じことを聞きたげな顔をしている。事実、片方だけ目を剥くという器用なことをしてぎょっとした表情を見せたのは、この場においてドズルだけだ。

 幕僚も皆、ドズルの態度に何か起きている、というのはわかっているのだ。何せ、兄弟と違い腹芸ができないのがこの男なのだから。

 

「……絶対に口外するなよ。この場にいる者の胸の内にだけ納めておいてくれ」

 

 やがて、腹を決めたのか、ドズルの表情がきりとしたものに変わる。普段通り、迫力満点である。静かな分、士官学校時代にガルマの件で呼び出された時でも感じなかった迫力がある。

 

「これは最悪の想定だが、そう遠くないうちに――」

 

 誰もが、ドズルの言葉に耳をすませる。

 

そして、歴戦の将校達が、表情を凍りつかせた。

 

 

 

 

 

 

「――姉貴。否、キシリアと、事を構えることになるかもしれん」

 

 

 

 

 

 

 





 おそらく今年最後の投稿です。くりすます? いヴ? ハァ? なんのことだか、わからないよ。

 それはそうと皆様にお願いがあります。感想での先の展開予想、今回については勘弁してくださいませんかね。感想にはかならず返信する主義ですが、先読みがどんぴしゃだと返信に困るのです。

 ちなみにフランシェスカ中尉の家名のシュトロエンは“無限航路”の空母からとりました。この空母は下手するとバグで一つのカセットから二度ととれなくなることがあります。わたしのことです。セーブスロットなぞとうの昔に全部埋まってました。ふふ……

 それでは来年も、願わくばお会いできることを祈って。よいお年を。


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第二十五話 暗闘の準備

 あけましておめでとうございます。
 新年一発目なので文章量もちょいと増しました。



 三月、某日。

 

第二次降下作戦の警護を目的にソロモンを離れる宇宙攻撃軍主力艦隊。その中に「ウルラ」を旗艦とする独立戦隊の姿は“無かった”。

 「ルナツー攻略作戦」がドズルによって承認されたことを受け、ソロモンに残って戦隊の艦船や装備の更新。あるいは任務により一時中断していた開発局と合同での改修作業が再開されるなどし、前にもまして急ピッチで作業が進められていた。

 

戦隊は指揮官である冬彦が作戦を立案した手前、最も危険な“一番槍”を受け持つことになり、そのかわり新装備も優先的に回してもらえることになった。

だが、その新装備というのも元は戦隊が改修・開発した物を正式採用として扱い、それをそのまま運用していい、という形式上の物であるから、現場にしてみれば余り目新しさはない。

とは言っても。中には本国から遙々ソロモンまで運び込まれた正真正銘の“新型”の姿もある。ザクⅡのS型。いわゆるMS隊の指揮官用、エース仕様と言っても良い高性能機である。

主機の出力の三割向上など公国技術陣の努力により機能の底上げが達成されている。

その分見た目はほとんど従来のザクと変わらぬ形でありながらも調達価格まで上昇してしまい、F型ほど多く配備できないという問題も起きている。

これが上記の理由から多いとは言えない数だがソロモンにも配備され、その内の数機が戦隊に回されている。

 

 S型の配備以上に、戦隊の人間のみならず要塞の関係者を驚かせたのが、ソロモンの一角に専用のドックが与えられたことだ。

戦隊としての運用の独自性、開発局との関係の深さや新装備の開発、試作品のテストなど機密上の配慮もあってのことだが、それを踏まえても今回のルナツー攻略戦にむけてドズルがどれだけ本気か伺えるというものだ。

 ルナツー攻略作戦は本国からも既に承認は取り付けている。しかし、その殆どが宇宙攻撃軍独力での作戦という問題もある。運用できる物資、戦力は当然限られてくる

 

 そんな中でこれだけの資材を回された以上、冬彦とて楽はしていられない。ただ少佐の地位に漫然とあぐらをかいていたのでは、要らぬやっかみを受けることにも成りかねないし、何より時間が無いことを誰よりも知っているのは冬彦自身だ。さぼってなどいられるはずもない。

冬彦なりに、日々の訓練に加えて精力的に攻略戦に役立ちそう新装備の案を出したり、試作品の試験運用のテストパイロットを進んで買って出るなど、欲して止まない休みを削ってまで働き続けた。それらから得たデータを元にした連携訓練なども行った。

フランシェスカも緊急時に備え訓練に参加させたが、大きな問題は無かった。心理的圧迫のない訓練であるということを鑑み、実戦でも問題無く動けるかどうかはまた別だがとりあえずは、というところか。

 また、これらに加えて、最後に打った手がもう一つ。

 

「これが噂のティベ型か。チベとは大分違うけど……見た感じ、良い船だね」

「そう言ってもらえると開発局の面々も喜ぶだろうな」

 

 冬彦の隣には、一人の女性士官がいた。普段付き従うフランシェスカではない。襟には彼女よりも一階級上の大尉の階級章を付けている。

黒々とした髪を無重力でなびかぬよう結い上げ、赤銅縁の小さな丸眼鏡をかけた女だ。

小柄ではあるが、将校用制服への改造を一切施す事無くそのままの形で着こなした姿には、服装は同じ冬彦には無い素の状態での威圧感じみた物がある。

周囲にいる下士官や兵に、恐怖ではなく自らの意志で背筋を正させるような、凛とした空気を纏わせている、とでも言うのだろうか。

 

この女性士官。誰かと言えば、士官学校の同期であるアヤメ・イッシキである。

 

ルナツー攻略戦を控え開発局からの人員をそのまま起用していた「ウルラ」人員を開発局へ戻し、代わりに宇宙攻撃軍を入れることにしたのだが、これに合わせて艦長として招聘されたのが彼女だ。

士官学校の同期であり、人となりを知っているというのが一つ。それに加えて彼女は士官学校の卒業時の成績は学年次席。冬彦の既知の中で艦の運航に携わる人間で優秀な人物を考えた結果、浮かんだのが彼女だったのだ。

 これがもし突撃機動軍に配属されていたらアウトだったが、同じ宇宙攻撃軍にいたために前にラコックに与えられた権限で引っ張ってくることが出来たのだ。

 ただ、元いた所の上司であるコンスコンからは渋い顔をされてしまい、この権限もいいかげん失効してしまった。

実のところを言うと、正確には冬彦の一部職権停止という形をとったため、ドズルやラコックの胸先三寸でいつでも復活できる状態にあり実質的に失った物は何も無い。

最初の部隊編成のためというお題目から、独立戦隊という特異な動きをする部隊の緊急時における“他の指揮系統”からの備えへと変わってしまったがしばらく大人しくしていろと言うことであって、充分に得る物はあった。

 とにもかくにも、士官学校を次席で卒業した優秀な艦長を獲得できたのだ。笠に着た物とはいえ、権力はかくも偉大であり、横紙破りもある程度までならなんのその、だ。

 

「……十年は無理でも、とりあえず向こう三ヶ月くらいは戦えそうだ」

「何の話?」

「なんでもない」

 

 階級は少佐と大尉で差があるが、公的な場ではないため二人とも口調は割かし砕けたものだ。元々士官学校時代に親交があるし、それなりに仲も良い。

 アヤメの手には戦隊に配備されている各装備のデータが載ったファイルがあり、頁上に記載された文字と眼下の実物とで視線がいったりきたりしている。独立戦隊の装備関連の情報が列記されたこのファイルには、当然第六開発局が開発し現状戦隊にのみ投入された最新技術のデータも載っているわけで、当然の如く戦隊のなかでも特級機密だ。

 

「ふーん、チベの改修型じゃなくて完全な再設計型になるんだ。艦首のミサイル発射管は全廃ね……資料には船体色は赤色系統とあるけど、塗り替えさせたのかい」

「ああ。赤だと目立つからな。ムサイと同じグリーンに塗り替えさせた」

「なるほどなるほど」

「ザクの方の説明もしておこうか?」

「お願いするよ。けど、また随分奇特な背負い物をあつらえたね。門外漢だから何とも言えないけど、あんなに大きい物が本当に役に立つのか」

「そう言わないでくれ。物としてはあれをつけただけで性能的にはS型を超えられる特注品なんだから」

 

 振り返った二人のちょうど正面に鎮座しているのは、配備されたばかりのザクⅡS・冬彦機だ。悲しいことに、頭部だけはF型からパーツを移してやはり同軸のレールにモノアイが二つの仕様になっている。

 だが、今回は前回のF型や前のザクⅠの時とは違い、外観の多くに通常型との差違が見られた。

 目を引くのは、アヤメの言う背負い物、ザクⅡの背部に取り付けられた、大型の装備。それが、ザクのシルエットを見慣れぬ物へと変えていた。

 元からあったランドセルは取っ払われ、代わりに付けられたのが継戦を主眼にして造られた新造ユニット。ヴィーゼ教授のもたらしたデータを基に造られたそれは、バロールという名を冠するはずだった観測ポッドに良く似ている。

 背中に接した中央ユニット。その左右から伸びる二本のプロペラントタンクを兼ねた稼働部位。小型スラスターは全部で八基あり、中央部分の上下に二つずつと、左右それぞれの先にも二つずつ。翼のようと言えれば格好もつくが、それを言うにはあまりに無骨な仕上がりで、こけないように背中につっかえ棒を取り付けた、もしくは重工業用の作業アームと言うほうがよほどしっくりくる始末。

 こんなものでもAMBACも考慮した新機軸であるから開発陣は教授を始めご満悦で、元々専門である機動観測ポッドの方も完成間近。

乗る側からすると、まだまだおっかなびっくりだ。

 ザクと同じとは言わないまでも、かなり近い費用がかかっている。これでルナツー攻略に失敗したら、何を言われるかわかった物では無い。

 

「背負い物は、新造したのか?」

「ああ。設計自体は他所から引っ張ってきた物をかなり流用してる。継戦能力が主眼だが、機動性も期待できる」

「まともに動けばいいけど。連邦のMSの評価を高い玩具に戻さないだろうね」

「縁起でもないこと言うな。度肝を抜いてやるさ」

「それはそれとして、部隊で機体色を統一か、よくやるね。まるで違うモビルスーツみたいだ。君のは特に」

「言わないでくれ。それにパーソナルカラーは俺が言ったんじゃない。正直目立つから塗り替えたい」

「いいじゃあないか。武人の誉れと言う奴だろうさ。しかし直接とはよくやるよ、本当に。戦隊長殿は勇ましい」

「ほんと勘弁してくれ」

 

 見下ろす先に、佇むザクⅡS。相も変わらずモノアイ二つ。

色もいよいよ塗り直されて、肘から先と膝から下が胴と同じ濃緑で統一されていた。しかしそれは戦隊の、一般機での話であって、冬彦のザクはまた別だ。

ドズル曰く梟に合わせたという茶と白というカラーリングの機体は酷く目立っていた。一応直線を多用した幾何学形の迷彩柄になってはいるが、役に立つかどうかは疑問だ。

白狼もそうだったが、白に何か思い入れでもあるのだろうかと考えるが、無駄と思って直ぐにやめた。正解かどうかなど本人に聞けるはずもなく、どうせ大した意味もきっと無い。

シールドの方もパーソナルマークを塗装済み。部隊各機にも黒抜きで同じ物を。武装こそ変わらずメインは対艦兵装だが、今は盾も合わせて装備できて、それでいて機動力も背負い物のおかげで前ほど落ちない。

ザクⅠに乗っていたのがたった一、二ヶ月の前のことで、どこか空恐ろしい物も感じる今日この頃。

 もう、ここから先は自分の考えに従って進むしかないのだと、ひしひしと感じるようになってきた。それが決定的になったのは、先日ドズルが明かしたジオン上層部のごたごただ。少なからぬ数の高官が関わり、利害関係も絡んだややこしい話を、冬彦も聞いてしまった。

ドズルとキシリアの衝突など、本来であれば考えられなかったことだというのに、それが現実に近づきつつあるのだ。

 後に長く語り継がれる、ジオンに数居るエース達が、ジオンの中で相争う。そんなことすらあるかもしれない。

 興奮する自分が居る中で、戦々恐々としている自分もまた同時に存在することを、冬彦はわかっている。

 だからなにができるのかといえば、それを考えないようにすることくらいだが。

 

「一般配備は?」

「まあ無理だろうな。データが本国にも送ったら、どうも親衛隊でも採用を検討する動きがあるらしい。様子を見つつ、工廠や上と相談しながらになる。ヘタに連邦に情報が漏れても困るし……一応、シャア少佐の特務隊や、グラナダへ行った白狼殿には送る予定になってるが、」

「白狼というと、マツナガ家の?」

「そう。マツナガ家の」

「わざわざグラナダまで?」

「遠路遙々、グラナダまで」

 

 ドック上部に位置する通路。いるのは冬彦とアヤメの二人のみ。周りに人がいないではないが遠巻きで、普段は副官として側に居るフランシェスカもこの時に限っては居ない。

 この場に二人が居るのは、戦闘時に指揮を取る冬彦と、実際に艦隊の運用を取り仕切ることになるアヤメが他とは大きく異なる戦隊の装備をその目で確認する、という目的のためだ。

 だがそんな物は所詮お題目にすぎない。方便であり、おべんちゃらだ。余り周りに聞かせられないような話をするのに、人を遠ざけるのに良さそうな場所と、密談したと悟られない時間を探して、ちょうど空きがあったのがここに過ぎない。

 さて、と前置きして、アヤメがこっくり首をかしげた。

 

「そろそろ聞かせてもらえないかな」

「……何を?」

「言わなきゃ駄目かい? 末席とはいえ参謀本部にいた未来の幕僚を引っこ抜いたんだ。腹を晒してくれないと、自分勝手な隊長殿への不満から満足な指揮は出来ないかも知れないな」

「……おい、おい。同期を脅すのか?」

「そんなつもりはないんだけど、そう聞こえるならそうかもしれない」

 

 嘯くアヤメに、冬彦は頭を抱えそうになった。思い出して見れば、同期の中でも人の機微を探るのが上手く、ネタの臭いをかぎつけるのがうまいのがこの女だ。名家の生まれで、嘘も欺瞞も見破って、けれど目の前につきつけたりせず本人の口から聞きたがる。ここに主席だったドミニクが絡むと、動きが行動に移ってさらにあくどいことになるのだが……その後始末というか、落としどころというか、いざというときの逃げ道を用意しておくのが、思い起こせば士官学校時代の冬彦の役目だった。

 階級はこちらが上だからと、大人しくしてくれるような相手では無い。やりようは幾らでもある。味方が言えば頼もしいが、意味合いが変わってくると厄介極まりない。

 こうなると、観念して話すしかないだろう。どうせ、そう遠く無い内に話さなくてはならないことだ。

 

「ルナツー攻略戦の後に、もう一つ。作戦が準備されてる」

「へぇ?」

「極秘作戦だ。絶対に漏らすなよ」

「詳細は今聞いて良いのかな?」

「駄目だ。漏れたら首が飛ぶ」

 

 あくまで平静としているが、声のトーンは随分低い。どちらもだ。冬彦は作戦の詳細もある程度知っている。知っているからこそ、まだ多くは語れない。

 アヤメは殆ど何も知らない。だが、無知という名の、知らないからこその恐怖というのもあれば、知りすぎる恐怖というのもある。アヤメは前者を怖れる質で、そこからの困難をどう切り抜けるかに価値を見いだすタイプだ。

 

「話せる範囲で良いよ?」

「……駄目だ」

「私でも?」

 

 すっと、アヤメが身体の向きを変え、冬彦を斜め下から見上げるような体勢になった。

 見下ろす冬彦は目をあわせようとはせず、反対方向へ視線を流し、アヤメの目線を受け流す。

 そして、繰り返すのは拒絶の言葉。

 

「駄目だ」

「……腹心として呼ばれたと思ったんだけどね、僕は。ガルマ様相手に戦車を持ち出した三席殿も、臆病になったのかなぁ」

 

 駄目だ、と思った。挑発に耐えられないというわけではない。この程度の言はどうということはない日々の掛け合いの範囲だ。士官学校時代に散々味わい、のらりくらりと躱す技術は嫌になるほど培った。

 駄目というのは、アヤメに引き下がる気がないことがはっきりしたことだ。

 こうなると、冬彦としては勝ち目が薄い。職権に物を言わせても、その後アヤメがどうでるか。

 

「……わかった。今概要だけ話す。詳細はまた今度ってことで、いい加減勘弁してくれ」

「さっすがフユヒコ! 話がわかる!」

 

 破顔一笑とでも言うのか、敢えて周りどころか遠くの作業員にも聞こえそうな大声で快活に笑うアヤメ。フユヒコの表情は苦々しげだ。

なにをしたって、やはり情報漏洩の危険は伴う。言葉だけでなく、伝え方も選ばなくてはいけない。

 そのまま何気なく話す? 紙に書く?

 隣のアヤメに手を伸ばし、肩を抱く。怪訝そうな顔をしたアヤメも意図に気づいたのか、冬彦の首へと手を伸ばし、背を伸ばしてぐっと顔を近づける。

 周りからは、ともすれば恋人に見えるかも知れない。大したゴシップのネタだ。

 貧弱な知性が急場しのぎにひねり出した伝え方が禄でもないが、中身はそこらのゴシップなどよりも、一等黒い物が蠢いている。どちらが酷いかと言えば、話のネタの方がもっと酷い。

 いつまでもこんなことをしているわけにもいかないので、手っ取り早く事を済ませる。

 伝える事も、そう多くない。

 

「俺達は、主要であるが、主役じゃあ無い」

「ほう。というと?」

「要人奪還作戦だよ。ただし、友軍相手のな」

「……ザビ家が絡むの?」

「ああ、諸にな。ヘタを打つと、グラナダとソロモンでガチンコになる」

 

 余り楽しくない想像だ。宇宙世紀で初めてのモビルスーツ同士の戦闘が、よりにもよって内輪もめ、ザクとザクの戦いになるかも知れないと言うのだ。

 ただでさえ、人が足りない。資源も足りない。あれもないこれもない、時間だってそんなに無いとどこもかしこも悲鳴を上げている中で、それでも避けられないかもしれないというのだ。

 まあ、ヘタを打つとそうなるというのなら、上手く踊ればいいだけのこと。しかし舞台に立つのが顔もしらないどこぞの誰ぞでなく、当の自分がというのだから、笑ってもいられない。

 冬彦しかり、アヤメもしかり、ステップを踏み外せばヤジの代わりに何が飛び込んでくるやら、考えたくもない。

 

「要人が誰かはまだ言えない……で、聞いてみて良かったか?」

「……もちろん。中々やりがいがありそうじゃないか。主力を地球へ下ろした突撃機動軍がどこまでやれるか見物だね」

「相手をするのは俺達だ。高みの見物などできんぞ」

「最前線なんだろう? 特等席じゃない」

 

 にたりと笑い、アヤメが首から手を離して通路のタラップを蹴った。地球なら、あるいは重力区画であったなら真っ逆さまに落ちていくところだが、この場は宇宙の片隅で、アヤメはついっと中を行く。向かう先にはウルラがその身を横たえている。

 

「それじゃあ次はその“席”を確認しに行くとしよう! 僕としては新造艦のシートの座り心地にも興味があってね。早く着いてきてくれたまえよ、戦隊長」

 

 他に丁度良い知己がいなかったことを、少しだけ悔やんだ。

 

 

 

 




 なお、漢字だと一色彩芽になります。恋愛にはならんと思うよ。
 「ないわー」のネタをやってたこの人ですが、初期プロットだと転生者の予定だったけど思い直して普通の人に。戦隊の艦隊指揮を担当します。冬彦のブレインです。というか三席だった冬彦よりもよっぽど優秀です。次席ですもん。
 ちなみに、文字だけで登場したリードマンですが、メガネをかけた黒髪ロングと言えば元ネタはわかる人はわかるはず。登場予定はないけれど。


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第二十六話 ルナツー攻略作戦


 戦闘ってほどでもないけど難しいよぅ……。



 

第二次降下作戦に続き、第三次降下作戦も終了した三月も末。

 

 地球を挟み月の対極にあるルナツーに、ジオンの艦隊が近づきつつあった。

かつてはユノーと呼ばれていたこの小惑星も、遙々アステロイドベルトから運び込まれて数十年が経ち、時代に応じて繰り返されてきた拡張によって、元の資源採掘基地から軍事要塞として足るだけの規模と能力を獲得している。

 言わずと知れた、連邦軍最後の宇宙拠点。

攻め落とせたなら、ジオンにとっては大きなプラスになる。連邦をいよいよ宇宙からたたき出すことになるし、警戒対象が一つ減る分戦力をより地球での各戦線へ傾注できる。

更に、ソロモン、グラナダ、ア・バオア・クーに次ぐ四つ目の宇宙での一大拠点を得ることにもなる。

 

これまではもはや力の無い連邦宇宙軍の拠点をわざわざ叩きに行くよりも、地球の攻略を急ぐべきという論調が多かったし、今もまたそれが多勢ではあるのだが、劣勢を覆し作戦を本国に正式に決定させたのはひとえにドズルの努力による物だ。

ギレンやデギンの説得に始まり、ルナツーのジオンの警戒が及びづらいという位置的な問題や、獲得できた場合の有用性、後々拠点として使えるということはもとより、資源の獲得ルートとして地球から打ち上げるよりも遙かに輸送の手間が楽であることなどを説き、ついには宇宙攻撃軍独力で行うという条件の下での了承を取り付けた。

ラコックや冬彦他幕僚が総出でまとめたファイル片手にルナツー攻略の必要性を理路整然と延々述べるその様子は、ギレンをして後に「あれは本当にドズルか?」と言わしめたほどだ。確認をとらされたセシリア・アイリーンも困惑したに違いない。

 

 この他関係者各位の努力と奮闘を経て正式に決定された旧ユノー、もとい現ルナツー攻略作戦。動員されるのは、コンスコンの指揮する宇宙攻撃軍主力、シャアの率いる特務隊、冬彦の独立戦隊、さらに普段あればこういった大きな作戦には中々声がかからないランバ・ラル隊までもがその戦列に加わっている。

 彼らはドズルからシャアに下げ渡されたファルメルに同乗しており、メインゲートの制圧後に内部へ突入する陸戦隊としての任務だ。

要塞の制圧と言う大仕事ということもあって、制圧部隊はランバ・ラル隊だけではないが、一番槍は彼らになる。

 与えられた役割をそれぞれ確認すると、

 コンスコン率いる攻撃軍主力は敵艦隊の排除。

 シャアの特務隊はランバラル隊と共に今なお稼働しているメインゲートの確保。

 そして冬彦の独立戦隊は、陽動がてら要塞に張り付いて防御砲台をしらみつぶしにしていく手はずだ。

 順序としては、冬彦隊による奇襲からの陽動、コンスコンの主力による正面戦闘、シャアによるゲートの確保という予定で、要塞制圧はその後になる。

 以前に急に呼び戻されたりしなければ、いきなりシャアをゲートに突っ込ませた後、防御砲台を主力と共に片付ける、という戦法が取れたのだが、肝心のメインゲートの位置がわからない為に、冬彦が囮役を買わざるを得なくなった。

 

ミノフスキー粒子でルナツーの目は潰せるが、それでも対空砲火の中で捜し物、というのは中々に厳しい任務である。

だが、任務は任務であるし、言い出しっぺは他ならぬ自分であるから、冬彦は作戦概要を聞いた時も逡巡せずに頷いた。

まだ連邦ではモビルスーツの配備など影も形も見えていない今だからこそ、幾らか心持ちは楽なもので、ザクのコクピットに乗り込んでなお、幾らかの心の余裕を持ってその時を待っていた。

 

《――ミノフスキー粒子の散布が完了した。もう間もなく始まるよ》

 

見上げた先のモニターには、アヤメの姿が映っている。足を組んで座る姿はどうに入った物で、赴任してからの初任務だというのにもうブリッジの面々をこき使っているらしい。

 

「ああ……」

《おいおい、何時までも寝ぼけていないでくれよ。幾らこのウルラの足回りがいいからって、火線を集中されると厳しいんだから》

「わかってる」

 

 既にザクは全機発進し、艦隊の周りで待機している。冬彦は、その先頭にいる。

 

《それじゃあもう一度だけ確認しとこう。まず艦隊がばらまける物を撒くだけ撒く。次に君らMS隊が突っ込む。僕ら艦隊は観測ポッドの存在を悟られないよう動きつつ戦闘を継続して本隊を待つ。良いね?》

「間違いない。その通りだ」

《そうか。それじゃあ健闘を祈るよ戦隊長。本隊の到着はミサイル着弾から三十分前後としてるけど、それほど当てにしないようにね。言われなくてもわかってるだろうけど》

「まったくだ」

 

 S型の真新しいコクピット。数ヶ月の内に二度目の乗り換えであるから、贅沢な事だ。

 見回してみて、スイッチや電子制御系の項目が幾つか増えたが、基本的な配置はそう換わってはいない。

 その中で、新しく追加された物がある。フットペダル脇に追加された、新しいペダル。元からあった二本の外側に一つずつ追加されたそれは、背部の追加ユニットを操作するための物だ。

 先日お披露目されたユニット。左右のスラスターアームを後方へと向ける。

 

「それじゃあ、そろそろ行こうか」

《グッドラック》

 

 サムズアップを最後に、通信が切れる。

 最終チェック。

 出力異常ナシ。諸々も計器類に問題無し。

 乗機である茶に白のザクを先頭に、左右に五機ずつザクが並び、命令を待つ。

 

「――各員、続け!」

 

 あるいは、言葉よりも先に。冬彦のザクは加速していた。

 進路はやや下寄りに、艦隊のミサイルと航路が被さらぬようずらして、ルナツーの地表を目指す。

 その間にも、一足先にとミサイルがザクの頭をかすめるようにして飛んで行く。

 ミノフスキー粒子の散布に加えてミサイルまで撃ち込めば、ルナツーの連邦も艦隊を出してくるだろう。これは威力偵察などでは無いと、ようやく本格的にその危機に気づくだろう。

 それまでに、どれだけ対空砲を潰して戦力の空白と呼べる死角を作り出せるかが勝負だ。

 数の暴力には、余程の物が無いと勝てない。だからこそ目を潰し、手を潰し、死角から死角を飛び回る必要がある。

そしてその為の死角は、今からこの手で創り出すのだ。

 

 加速していくにつれ増していくGに耐えながら、遠くに見えるモニター越しのルナツーを睨みつけた。

 

 いつくるか、それともこないのか。対空砲火は、まだ一発も届かない。

 

 ミサイルが効果を発揮したのか?

 それとも、引きつけられているのか?

 

 減速を開始する為のアラームが鳴っても、まだこない。ルナツーの地表が判別できるようになっても、まだ。

 

 いよいよ、地表に取り付くか、という時になって、初めて一条の光が掠めていった。真正面にルナツーを見据えていた冬彦の、斜め上方に位置していた砲台からの、メガ粒子砲だった。

 

「危ないなぁ!」

 

 叫びながら、左右のペダルを蹴り飛ばす。合わせて、操縦桿を大きく引く。

 急旋回で身体と機体が悲鳴を上げるが、バックパックの効果もあって旋回速度自体は上がっている。対艦狙撃砲の砲口をメガ粒子砲が飛んできた方へと向け、発射する。

 一発目は外したが、二発目、三発目は命中した。砲台が吹き飛ぶのを確認するよりも、目を向けるのは周囲の様子。ミサイルで大分被害が出ているようだが、あくまで狭い範囲でのこと。そういつまでも居られない。

 

「各員、被害は!」

《こちらベン! “背負い物”の右腕が掠ったのでパージしました! 中央ユニットと左腕は動きます》

 

 被害を受けた部下からの返事に、その運の悪さに舌打ちしそうになって、思っていたより酷くないと考え直す。取り付くまでは死傷ゼロで来たと思えば、悪くは無い。

 多少移動速度が落ちるが、一機全損よりは幾らもマシか。ベテランを失わずに済んだことも考えれば何だかんだここまでは僥倖と言っても良い事の運びだと思えないでもない。

 

「クレイマン、サポートしろ。ピートもそっちに付け。遅れて良いが囲まれるなよ! ゴドウィンは私の所へ廻れ。セルジュ、ケリーの小隊はそのままで良い」

《はっ!》

 

 返事を聞きながら、サブモニターに指でラインを引き、それを各機に向けて一斉に送信した。

 進むべき道筋を、この瞬間に決めている。後は出方を窺いつつ、誰もが言うように柔軟に、だ。

 

「このラインにそって天頂方向を目指して移動する。私が前に出る。セルジュ、ケリー、両脇を固めろ。セイバーフィッシュが来る前になるべく広いエリアをクリアするぞ!」

 

 一発、砲を発射する。狙った先は、丁度隔壁を開きつつあった格納庫だ。大きさからして、艦船ではなくセイバーフィッシュなどの小型機用だろう。

 隔壁に角度を付けて建設されていたために、岩盤によって守られミサイルからも無事だったらしい。

 もっとも、たった今隔壁の隙間から飛び込んだ砲弾によって、爆煙と火炎を噴き出す無事とは到底言えない状況になったのだが。

この分だと、他にもまだ“こういった”施設があるはずだ。

 

「さあ、暴れてやろうか!」

 

 冬彦の駆るザクⅡSの、二つのメインカメラが光る。

 

次の獲物を見つけるために。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「閣下、始まったようです」

「うむ」

 

 同刻、ソロモンからルナツーを目指す航路で、コンスコンは斥候として先行したムサイから中継で送られた映像でもって、ルナツーの中程で小さな光が瞬くのを眺めていた。

 地球方面を経由してルナツーを今も攻撃している「ウルラ」からも、情報は来ている。

 

「艦隊を全て前に出せ。ザクも発進準備だ」

「よろしいので?」

「このグワザンを預かった以上、儂も無様は許されん。元より、許されている訳では無いがな」

 

 コンスコンの本来の乗艦は、チベ級重巡洋艦である。

ソロモンでも「ウルラ」のデータを基にぼちぼちとティベ型が建造されてはいるが未だ完成しておらず、それもあって今もチベに乗り続けていた。

そんなコンスコンは、今回はジオンでも数隻しか存在しないグワジン級戦艦を旗艦として、艦隊の指揮に臨んでいた。

 ドズルはドズルで、新しくザンジバル級機動巡洋艦の一隻を自分用に改造してはいるのだが……それであっても、ザビ家の乗用艦として用いているグワジンを配下へ回すというのは珍しい。

 数隻が要人の長距離移動用にローテーションしているが、それ以外は基本的にグワジン級というのはザビ家それぞれの専用艦であるのだ。

 グワリブなどはキシリアの専用艦であるし、ギレンの親衛隊のエギーユ・デラーズなどもあくまで親衛隊の長として艦を運営するのであって、その動きはギレンと共にある。

 これには新参の冬彦ばかりを優遇する訳ではない、というのを示す役割もあるが、単になるべく良いものを順当に配備して万全を期すというドズルの意気込みから来るものでもある。

 チベのままであっても艦隊指揮に問題は無かった。それでも、グワジンを回したのだ。

 コンスコンもいつも以上に気合いが入る。グワジンを常時任されるというのは、ある意味で少将という階級以上に意味のある事なのだ。

 

「どうも連中、動きが鈍い。思いの外、奴らも手が足りんのかもしれん。この分なら一度に押しつぶした方が良いだろう。シャアにも先行するように伝えろ」

「では、そのように」

「うむ……」

 

 コンスコンの主力艦隊がルナツーに到着するまで、あと少し――

 

 

 





 今日のトピック。

 ◆グワジンのどの船に誰が乗ってるかあんまりよくわからん。

 ◆実はハーメルンではスチームパンクで検索すると一件もヒットしない。

 ◆無限航路の新作を今もずっと待ってる。出ないかな。

 ◆以上。


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第二十七話 続・ルナツー攻略作戦

 

「ジオンの襲撃だと!?」

 

 ルナツーの責任者であるワッケインは、その報を聞いて飛び起きた。

夜中であったが、起こしに来た当直士官を咎めることもなく、慌ただしく軍服に袖を通して司令部を目指して長い廊下を駆けていく。

 ワッケインは、ルナツーの代理司令官であった。階級は大佐であるが、ティアンムがジャブローでの会議のためルナツーを離れ、地球へ降りたのを受けて、その代理として抜擢されたのだ。

 良く言えば手堅く、悪く言えば融通が利かず考えが硬い。どうあれ階級は指令であるティアンムに次ぐ物であるから、異論はどこからもなかった。

 日夜続いているジオンとの戦争。宇宙では小康状態にあったとは言え、それでも小規模なりにパトロール艦隊や機雷敷設部隊を繰り出すなど、直接戦闘を避けつつジオンの戦力を削る方針で動いていたのだが……あるいはそれが裏目に出たか。

 司令所へ駆け込むと、既に多くの人員が慌ただしく動いていた。モニターに映し出されたルナツーの略図の内、外縁部の中でも一番端の部分が赤くなっている。

 傷は浅いが、既に取り付かれているということなのだろう。

 入ってきたワッケインに気づいたのか、数人の士官が駆け寄ってきた。

 

「規模は?」

「例のモビルスーツとやらが少なくとも一個中隊。既に取り付かれています」

「L5方面からも、大規模な艦隊が接近中です。ルウムで確認された例の大型戦艦の姿もあります」

「L5……ソロモンの艦隊か!」

 

 驚きを隠そうともせず、ワッケインは部下から資料を受け取ってまた目を剥いた。

 

「……多いな」

 

 ワッケインは知らぬ事だが、ドズルが現状動かせる全部隊、ソロモンに駐留している部隊の大半である。

 流石に連邦が大打撃を被って以来、その損害からまだ立ち直っていないこの時期に少ないと言われては立つ瀬が無い。

 

「はっ。ルウムよりはまだ少ないですが……」

「我々の保有艦艇よりは多いか」

 

 アイランド・イフィッシュと、ワトホート。

 二度のコロニーを巡る会戦のいずれにも、連邦は敗北し、その戦力の多くを失った。

 その後も徐々に戦力をすり減らし、今となってはジオンに逆転されてしまう有様だ。

 だが、だからといってそうそう負けるわけにも行かないのだ。

 

「閣下がおらんからといって、そうそうこのルナツーを明け渡すわけにもいかん」

 

 ルナツー一帯の俯瞰図を眺め、頭をひねる。

 艦艇数で言えば、およそ戦力差は二倍ほど。

 こちらにはルナツー要塞があり、向こうにはモビルスーツがある。

 詰め将棋にしても、中々難しい状況だ。既に一部に取り付かれている以上、あまり悠長なことも言っていられない。

 機能を失ったことを示す赤いエリアは、表面上だけとはいえ徐々に広がっているのだから。

 

「……艦隊を出すしかないな。艦隊の直接指揮は中佐に任せる。セイバーフィッシュ隊も出し惜しみするなよ! 私はここで要塞全体の指揮を取る。上陸に備え、陸戦隊に出動をかけろ。万が一上陸された際にはMPからも人を持って行って良いと伝えておけ。総力戦だ」

「はっ!」

 

 ワッケインの命令を伝えるべく、士官が再び駆けていく。

 彼らを見送り、ふとモニターを見上げて、その中の一つに目が行った。

 そこに映っていたのは、ルナツー地表で戦闘を行う敵モビルスーツの映像だ。

 未だ抵抗を続けている防御砲台の一つからの映像だったが、茶と白のその機体が砲台の方へ機体と砲口を向けた次の瞬間に、黒いノイズへと変わってしまった。

 だが、消える前の一瞬、確かに見たのだ。

 肩のシールドにペイントされた、梟を。

 

「梟……梟か」

 

 ワッケインは下士官を呼び、命令を二つ、追加した。

 

 

 

  ◆

 

 

 

一方その頃、冬彦はと言うと。

 

「あっ、危なっ!」

 

 コクピットの中で、額に脂汗を浮かべて苦悶していた。

 それはもう、脂汗が今にも冷や汗に変わってしまえそうな狼狽ぶりであり、アラートを解除していく手は汗でずるずるであった。

ざっくり言うと装備していた対艦狙撃砲が吹き飛んだからである。

 迂回して直上から急降下をかけてきたセイバーフィッシュの攻撃を、躱そうとするまでは良かったのだ。

 だが、少しばかり予測が狂ったために完全には躱しきれず、機銃弾が対艦狙撃砲の弾倉に直撃。そして爆発。

交換間近で残っていたのが二発だけだったというのもあって、右腕の肘から先が吹き飛んだだけで済んだ。

中破で済んだと笑うべきか、戦隊最初の被害が自分であるのを嘆くべきかで、冬彦は苦笑した。

なかなか心臓に悪い体験であるため、多少変でも気を落ち着かせようとしているのだが、傍目に見るとちょっと変になっていた。

 

「口切ったか、痛いな畜生」

 

 残されたザクの左腕で、腰にマウントされたマシンガンを取る。サブウェポンのつもりであったから、マシンガン用の予備弾倉は無い。対艦狙撃砲用のそれらは二つ残っていたが、たった今無用の長物に成りはてた。

 

《し、少佐、ご無事で!?》

「ゴドウィンか。右腕が吹き飛んだ。俺はもう要らんから残りの弾倉を渡しておくぞ」

《は、いえ、少佐殿は》

「口を切っただけだ。……なんだか毎回被弾しているような気がするよ」

《それだけ最前線に立っておられると言うことでしょう》

「当たらなければなおのこと良いんだがな。さっきのセイバーフィッシュは?」

《撃墜しました。逃がしませんよ、流石に》

「ナイスだ! 手当期待してろよ」

《ありがとうございます!》

 

 さて、とようやく胸の鼓動が収まってきたところで、手元に集まってきデータを見つつ今後の動きを考える。

 とりあえず近場でわかる範囲の砲台と格納庫を潰し、一定の安全圏を確保した形だ。

 さっきのようにセイバーフィッシュが来ることもあるが、少なくとも横からメガ粒子砲を食らって一撃必殺というのは無くなったと見ていいだろう。

 

「小休止だな」

 

 備え付けの水と固形糧食、例の如く硬い奴をぼりぼりと囓り、その旨を信号で僚機にも伝える。

 戦闘を開始してから今まで一度も止まること無く動き続けてきたのだ。休息もそれなりに必要だ。

 あわせて、一度出方を見るタイミングかも知れないと思い、隣の機体へ通信を繋ぐ。

 

「ゴドウィン、艦隊と連絡がつくか試してみてくれ。“敵艦隊の動きは有りや”」

《はっ》

 

 油断していた、のだと冬彦は悔やむ。

 ルナツーには地表がある。地球ほどでないにせよ、重力もある。

 だから、モニターに映る範囲にのみ集中し、この場が宇宙であるにもかかわらず直上の警戒が緩んだ。その結果持って行かれたのがザクの右腕だ。

 もう少し、敵機の狙いが左にずれていたら。間違いなく、撃墜されていた。

 それを思うと、激しい加速と急停止の負担から熱くなっていたからだが、急速に冷めていく。

 

改めて、一から機体に異常が無いかを確認する。

 推進剤はそれなりに減っている。爆発の影響か機体の各部にはそれなりに危険項目も出ている。

 大分酷いが、ルウムで被弾したときほどは悪くない。身体で痛みを感じる箇所も無い。機体の継戦能力自体は思ったほどは落ちていない。

 あとどれだけ戦えるかは、気力次第と言えるだろう。

 

「もう少し頑張るか……」

 

 そう独りごちた時だった。

 冬彦のザクに、通信が入る。ただしそれは直ぐ側のゴドウィン機からではなく、少し離れた地点で様子を伺いつつやはり小休止に入っていた、ケリー小隊からだった。

 

《少佐、こちらケリー。“敵”が穴蔵から出てきたようです》

《ゴドウィンです。艦隊の方でも動きを確認したと……》

「――ん」

 

 残っていた糧食を水で飲み下し、もう一度操縦桿を握る。

 パイロットスーツの下の汗が冷たいが、拭いている時間もない。

 

「敵艦隊の動きは?」

《艦隊を二つに分けましたが、要塞から離れようとはしません。あと小規模艦隊が幾つか》

「こちらに向かってくるのは?」

《小規模艦隊の一つが。二つに分かれた艦隊の片方も方向如何によっては掠めます。

セイバーフィッシュもそれなりの数がいるかと》

「ゲートの位置は、今度こそ確認しているな?」

 

 薄い笑みを浮かべて、冬彦が問うた。

 

《はい。敵艦隊が出現した地点は、観測ポッドで正確に把握しています。コンスコン少将の本隊にも伝達済みです》

「終わりが見えてきたな」

 

 一度、ヘルメットのバイザーを上げた。

 汗で少し曇った眼鏡のレンズを拭うためだ。

 

「戦隊各員傾注。これより小規模艦隊と一戦交える。可能ならば殲滅するが、駆け抜けるつもりで行く。足は止めるな。その後は――」

《敵主力の片方へ、ですな》

「……その通り」

 

 通信は、小隊長の一人セルジュからの物だ。MS隊の中では唯一冬彦よりも年嵩で、元々はパッセルのMS隊の隊長だった。

 おそらくはガデム辺りと同世代と睨んでいるのだが、それでもまだまだこうして最前線で活躍している辺り、案外若いのかも知れない。

 何だかんだでストレスから来ているのか、失礼な話結構宇宙には老け顔の者も多いのだ。

 とにかく、やるべき事は定まった。ならば後は動き出すだけだ。コンスコンの率いる主力も、いい加減戦域に到着する頃だろう。

 

「ゴドウィン、ウルラへ通信を送れ、ミサイルによる斉射を二度だ。タイミングは任せるが、撃った後こちらに知らせるように伝えてくれ」

《はっ》

 

 吶喊をかける前に、もう一度だけ、最後のチェック。

 戦場に出てきている戦隊のMS十一機の内、中破以上は自機のみ。

 十二機目、戦隊次席のフランシェスカはウルラで待機中。

 友軍も近づいて来てはいるが、それ以上に敵が沸いて出てきているのが現状だ。

 どうするか?

 どうするべきか?

 

 決まっている。多少の無理を通してでも、今は無茶をする時だ。

 

 死ぬ気は無いが、それでも死にそうな場所へ突っ込まなくてはいけない。

 細々とした改修や戦力の底上げでは無い。

 もっと大きな、歴史の修正力とやらでもきっと覆せないような、これ以上ない基点がきっとここにあるのだ。

 居るはずの無かった人間が、あるはずの無かった戦場で機動兵器を駆っている。

 

「……やってやるとも」

 

 有りえざるべき、ルナツー攻略戦。

 

 だが、この場における戦い以上の基点が待っていることを、冬彦は知っている。

 

 カウントダウンは、既に始まっているのだと。

 

 

 

 





 ◆今日のトピック

◆最近、飛行〇姫の左右の滑走路がゼル〇ルの腕みたいに伸びて来やしないかとちょっとドキドキしてる。

◆久々に新しいプロットを組んでみた。

◆人間、たまに笑わないと変になると思う。


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第二十八話 続々・ルナツー攻略作戦

短くってすいません。


 

「『マダガスカル』轟沈! 『レディ・ローラ』着底!」

「第六小戦隊全滅! ジオンのMS隊を抑えられません!」

 

 階級の高い低いに関係なく、慌ただしく人が駆け回る司令部。

 要塞の俯瞰図は赤く塗りつぶされた部分の面積が広がり、×印が所々につき始めていた。

 赤で塗りつぶされた、というのはそのエリアの戦闘能力を喪失したということであって、×印というのは艦船が撃沈、ないし大破したことを示す。

 もとからあった戦力差が、さらに広がりつつあるのが現状だ。

 ワッケインがいくら厳しい視線をモニターに投げかけたところで、それが改善する訳もない。

 

「大佐、このままでは……」

「わかっている」

 

 打つ手がもう無い、と言いかけたのを、ワッケインは呑み込んだ。間違っても、戦闘の途中で最高司令官が言って良い言葉ではないからだ。

ルナツー。監視の目が完全で無かったとはいえども、こうも一方的にやられる物なのか。

 戦端が開かれてから、まだ一時間も経っていない。

 その間に、マゼランを旗艦としたサラミスによる小戦隊が二つ壊滅。要塞防御砲台の数%が沈黙。たかが数%に見えるかもしれないが、最大直径180㎞あるルナツーでの数%だ。

 それも被害が一定の方向に限られてくるとなると、防御網にぽっかり穴が空いてしまったことになる。

 一方で、向こうはまだ大した被害も出ていないようにも思える。

戦力で負け、初動で出遅れ、巻き返す手段も無い。八方手詰まりである。

 

「モビルスーツ、か」

 

 ルナツーを離れる際にティアンムが発した命令は、極力直接戦闘を避け、軍事的価値を出来る限り低く見せておくという物だった。

 つまり、いつでも攻略できると思わせて、生き残りを図ろうという物だったのだ。

 それが、どうだ。

 こちらの意図をあざ笑うかのように、ジオンは大軍でもって早期攻略に打って出てきたではないか。

 

「メインゲートに取り付かれましたぁ!」

 

 オペレーターが悲鳴の如き叫びに、司令部の視線が一つのモニターに集中する。

 ルナツー所属の艦船が出入りするメインゲート。画面の端々に爆発による炎がちらつき、瓦礫と人があらぬ方向へと流れていく。

 その流れに逆らうように、ジオンのノーマルスーツを着けた兵士が続々とルナツー内部へと進入していく。

 

「駄目です! メインゲート、押さえられます!」

「サブゲートA、B、共にザクが!!」

「落ち着け!」

 

 司令部に静かに絶望がその存在感を増していく中で、ワッケインだけは、その限りは無かった。

 一喝し、動きを止めていた者達に活をいれ、手早く私事を飛ばして再び大局を見据える。

 

「陸戦隊の各隊に通信を送れ! バリケードを構築して戦線を構築しろ! いざとなれば、ブロックごと破棄しても良い!」

「ティップ中尉がドックの放棄を求めていますが……」

「許可しろ」

「閣下」

 

 ワッケインに、声がかかった。

 今まで席を外していた士官の一人が、そっと耳打ちをする。それに、ワッケインはにやりと笑った。

 

「よろしい。タイミングは任せると伝えてくれ」

「はっ……しかし、大佐は」

「私はここで良い」

「……はっ」

 

 只でさえ騒がしい司令部にあってなお声を潜めて話す内容は、当然余人には聞かれてはこまること。

 

「さて、これで最低限の備えは済んだか」

 

 モニターでは、グワジン級が攻撃を開始していた。

 陥落は免れず、時間の問題。

 それでも、ワッケインは。

 

「後はどれだけ陸戦隊が粘ってくれるか……さて」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 冬彦が重力の小さい地表をかけずり回り、コンスコンがじりじりと戦線をルナツー側に押し込んでいた頃。

 戦場の片隅で、ちょっとした動きがあった。

 遠巻きにミサイルをばらまいていた独立戦隊。旗艦ウルラのブリッジにて。

 

 ブリッジクルーが気まずい物を感じる中で、二人の女性士官が相対する。

 片や戦隊次席、MS隊の副長であるフランシェスカ。

 もう一方は艦長席にて足を組んで艦隊の指揮を取るアヤメ。

 

「出撃、ですか?」

「その通り。頼むよ中尉」

 

 さも当たり前のように、アヤメは言う。だが彼女も、フランシェスカがMSで戦闘に出ることに抵抗を持ち始めていることを知っている。

 知っていて、戦場に出ることを要求しているのだ。

 冬彦のと違い、小ぶりな丸眼鏡は視線を隠すこともなくフランシェスカをじっと見ている。

 

「どうも弾薬が少し足りないようなんだ。ちょっと持って行ってあげてよ」

「……了解しました」

「もう一押しで落ちると思うけど、孤立すると不味いから。よろしく」

 

 笑みを絶やすことなく、ひらひらと手を振って、アヤメはフランシェスカを送り出す。

 言いたいこともあるのだろうが、特に何も言うことはなく、一度敬礼してブリッジを後にした。

 ブリッジの空気は、自然と、アヤメを非難するようなものになる。

 彼らとしても、今回初めて戦闘を共にするアヤメよりも、フランシェスカの方が付き合いは長いのだ。

 

 そんな彼らの願いが通じたのか、唐突に宙域全体に、低い男の声で通信が流れた。

 それを傍受したオペレーターが、声を上げる。

 

「艦長! 敵司令部が降伏しました」

「そう」

「はい」

「…………」

「え、あの、艦長」

「どうかした」

「中尉に出撃中止を伝えなくて良いのですか?」

「え、何で?」

 

 心底驚いた、という風に、アヤメは目をぱちくりとさせる。

 

「戦闘が終了した以上、無理に中尉を出す必要もないと思うのですが……」

「何を言うかと思えば……補給は必要だよ。降伏してすぐは多少跳ねっ返りがいたりするし、まだ油断はできない」

「しかし……」

 

 アヤメは、さらに言いつのろうとした士官を切って捨てる。

 

「言いたいことはわかるよ。中尉が、戦闘に忌避感を持ってると言うんだろう?」

「わかっているなら……!」

「だからだよ。いつまでも戦えるかどうかもわからない人間にいられると、土壇場で戦略がひっくり返りかねない。そうなったら何が起きると思う? ザクが落とされる? 艦が沈む? 多少無茶でも戦場に出てもらわないと」

 

わかるか? と、小柄な体躯からは考えられないような凄みを出して相手を黙らせた。

 

「僕は、誰かの巻き添えで死ぬのはごめんなんだ」

 

 

 

 




今日のトピック

スパ〇ボでわかってると思うけれども、終わったかな?って思った瞬間からが本番。

個人的には陸奥長門はMCあ〇しずの方が好きなのでコラボしないか期待してたり。

UCのep7、マリーダさんの運命は……うん、駄目だったら異伝でもやろうか。


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第二十九話・ルナツー攻略後

間が空くと書き方を忘れてぐだぐだになる。申し訳ない。






 

「失敗した」

「また言ってるのかい?」

 

ウルラ内部の冬彦私室に、冬彦とアヤメの姿があった。

士官学校時代から愛用している炬燵に差し向かいに座り、二人して難しい顔をして、天板の上に散らされた資料を睨んでいた。

 資料には、小難しい目にするだけでくらくら来そうな図やら数字やらが並んでいるが、二人にすれば特に問題は無いようだ。

ルナツー司令官代理、ワッケイン大佐の降伏から一週間。捕虜の処遇やら要塞基幹システムの書き換えやら、関係各所で担当者達は今なお煩雑な業務に忙殺されていることだろう。

一方で、一見すると二人には余裕がある用にも見えた。何せ炬燵に入っている位である。

冬彦が持ち込んだ私物の一つである炬燵だが、航行時の無重力状態でも仕えるよう、布団の端に磁石を仕込んで床から離れないようにしてある改造炬燵だ。

炬燵の脇には温水を入れたポットも置き、急須とお茶請けもその隣に一纏めにしてあって、しばらくは席を立たないことを想定したぬくぬく状態である。

更に二人ともが襟元が詰まって息苦しい上着を脱いで、代わりに軽く開放的な綿入れを羽織っている。

 それで良いのかと言われれば、連邦ならアウトだろう。

しかしジオンは服装に関してはやはり個人の裁量により認められる範囲が広い。

場所さえわきまえていれば、そしてそれが許される階級にあれば、何ら問題は無い。

そしてこの場は冬彦の私室である。

 作業効率も上がる。公的な場でもない。文句はどこからも出ないだろう。

 

もう完全に休憩室か何かのような状況だが、先に述べたように二人の表情は優れない。

 そんなリラックス全開な空間で何を悩むことがある、と言えば、それは冬彦の「失敗した」という言にある通り、ルナツー攻略戦時におけるある失敗に起因していた。

 

「結局、逃げたのはどの程度?」

「おそらくは、全体の五割方。六割に届くかも知れないね」

 

 普段なら冗談の一つ二つ嘯くアヤメにしても、珍しいほどに真剣だった。

書類から文字を拾う視線は忙しくあちらこちらを巡り、限られた情報から答えを見つけようと必死だ。

 冬彦にしても、口に出すことなく脳裏でぐーるぐると思考が巡る。

 ルナツー代理司令官、ワッケイン。彼の要塞の降伏宣言までは良かったのだ。

 冬彦隊にしても死傷者はおらず、コンスコンの主力もほとんど無傷で済んだ。要塞内に突入していたラル隊など、陸戦隊も多くが生還。悪いところなどなかった。

 しかし、ここで攻略軍に楽観的な思考が入ったというか、ワッケインに上手いこと騙されたというのか、けちがついた。

 

 防衛の為にルナツーから出てきた艦船の内、無事だった物の殆どが、逃げた。

 それはもう脱兎の如くと言わんばかりに、ジオン側の主力が到着する前に脇目もふらずに逃げ出したのだ。

 冬彦隊は降伏の報を受け戦闘を中止して母艦を待っていたため、逃げに入った戦闘艦に追いつけるほどの速力を稼げる段階にはなく、シャアの特務隊はゲート付近にいたため遠すぎ、結果殆どを逃がしてしまった。

 当然、コンスコンは怒った。冬彦は唖然としてこの時思考が廻っていなかったが、ことが起きたのは降伏が受諾され、戦闘が停止された後だ。

一部が命令に従わず逃げ出すというのはまあ戦場では良くある話だが、流石に降伏後に謀ったようにして組織だって逃げ出されてはお咎め無しとはいかない。

 被害こそ出なかったが、質の悪いだまし討ちを食らったようなものだ。

 

 艦隊が逃げた後、目が向けられたのは要塞の司令代理であり、降伏を宣言したワッケインその人だ。

 コンスコンの通信越しの詰問に対して、ワッケインは銃を突きつけられながらも飄々と返したという。その内容というのが、ざっくり要約すると以下のような物だ。

「ルナツーに属する要塞と艦隊、将兵は私の命令によって降伏した」

「ならばなぜあれら多くの艦隊は命に従わず逃げ出したのか」

「私の職責が及ぶところは、先に述べたルナツーに属する将兵と、その艦隊である。これらは連邦の第一連合艦隊であって、命に従わず逃げ出したのは第二連合艦隊の部隊である。私は第一連合艦隊の司令長官であり、ルナツー本来の司令であるティアンム少将閣下の代理であって、第二連合艦隊の彼らとは指揮系統が異なり、残念ながら命令権が及ぶところではない。彼らは彼らの指揮系統に従い出撃し、また撤退したのだろう」

 ……要は、逃げた奴らはルナツーに間借りしていただけであって、指揮下に無い部隊なので降伏も彼らは含みませんというそれはもう酷い屁理屈をぶち上げたのだ。

 誰が聞いても八割方嘘だとわかるが、残されたルナツーのデータは大半が破棄されており、ワッケインの言葉が嘘だという証拠もない。既に逃走も完了している。逃げた者勝ちである。

 

 この結果、ルナツー要塞を得たものの、連邦の残存艦隊のおよそ半数の行方がわからなくなると言う面倒極まりない問題を抱える嵌めになったのだ。

方々へ散っていったが、向かった先は中立宣言をしたL4方面か、ほとんど完成していないサイド7か、それともどこぞの秘密基地か……行方はようとして知れない。

 

「まあ、しょうがないんじゃない? ルナツーは手に入ったんだし、まるきり目的を達せなかったっていう訳でもない。良かったと考えよう」

「どうしてこう最後にいつも何か決め手にかくのかね。もう勘弁してくれ」

「どうこう言ってもしょうがないものはしょうがないよ。事実を覆せるわけでもない」

「ぐむむ」

「それよりも、これはどういうことか説明して貰おうか」

 

 ぴっと散らばる書類の中から一枚を抜き出し、冬彦へと突きつけた。

 それは、二人が何度か目にしたことのある物で、人事の異動や昇進などの書類だ。

 内容は、まあ目出度い物だ。

 冬彦の昇進について書かれている。けちがついたとはいえ、ルナツー攻略は成功を見たのだ。その功によるもので、いよいよ中佐である。

 だが、後半がよろしくない。こちらはある種の任命書だ。

 

「独立戦隊が、いつのまにやらドズル閣下直属の独立試験隊に変更されてる。どういうことかな? え? どういうことかな?」

 

 とっとっと天板を叩くアヤメ。事前に情報を知らされなかったことが不満らしい。

冬彦のほうを見てくる。

 

「いつの間にやら肩書きが中佐になってるし、目出度うございますなあ」

「目出度かない……面倒が増える」

「何言ってるのさ。出世は出世だろう?」

 

 中身を飲み干し、底を晒した湯飲みを見つめ力なく返答する冬彦。

 

「で、説明は?」

「もう少し待て、あと二人呼んでるから」

 

 不機嫌なアヤメに対して、消沈気味の冬彦。

 自身の湯飲みに茶を入れて視線を炬燵の上に戻せば、目の前にはアヤメの湯飲みが置かれていた。

 もちろん中身は空で、入れろという事なのだろう。

 同じようなやりとりを二度ほど繰り返し、十五分ほどが過ぎた頃。

 

《少佐、フランシェスカです。ササイ大尉もいらっしゃいます》

 

 扉をノックする音と共に、スピーカーから聞こえてきたのは来訪者の声。

 フランシェスカと、ササイ大尉。

 およそ戦隊の首脳部が集まったことになる。

 

「失礼します、少佐。……ええと」

「細かいことは気にしないで良いから、空いているところに座って。ああ、靴は脱ぐように」

 

 きびきびと入室したフランシェスカだが、見慣れぬ炬燵に面食らって戸惑っていた。

 一方のササイはというと、珍しい物を見たという風だが、特に戸惑うと言うこともなくさっさと腰を下ろして背を丸めた。

 その間に、冬彦も新しい湯飲みを取り出して、湯気の立つ茶を入れていく。

 

「さて、それじゃあ……話を始めようか」

「やっとか」

 

 こほん、と咳払いを一つ。

 

「近日中に、要人奪還作戦が発動される」

「それは聞いた」

「話の腰を折らないでくれ。……場所は、グラナダだ」

「奪還対象は?」

「マハラジャ・カーン閣下の第二息女、ハマーン・カーン様。グラナダのNT研究所から強奪する形になる」

「……正気?」

「閣下直々の命令だよ」

 

 室内が、静かになった。

 グラナダは突撃機動軍の本拠地であり、宇宙攻撃軍に所属する面々が何の用も無しに近づくような場所でもない。

 もちろん正規の作戦などではなく、完全に非正規な作戦だ。

 

「またどうして」

 

 最初に口を開いた……開かざるを得なかったのは、ササイだ。

 中央と深い繋がりがあると思われるこの男は、ザビ家の内紛ともとれるこの作戦に黙ってはいられないだろう。

 

「ドズル閣下、“やもめ”だったろう?」

「ええ」

「内密だったマレーネ・カーン様との関係を表に出すお心づもりのようだ。既にご懐妊されているとも」

 

こんどこそ、ササイの顎がかくんと落ちた。言葉も無い。

 

 事の発端は、ドズルの私的な事情である。

長らく“やもめ”であったのだが、ある夜会で出会った女性に一目惚れしたのだ。

口説いて口説いて口説き落としたその女性というのがある高官の娘であり、そこから話がややこしくなってきたらしい。

 最初はさして問題も無く、数年の交際を経て正式な婚姻に向けても話はほとんど纏まっていたのだという。しかし、あるとき綻びが起きた。

 戦争の最中にあってめでたい行事と言うことで、相手の家族も全員出席するかと思いきや、件の高官の次女が都合によってどうしても来られず、連絡もまともにつかないという。

 

 時に、ドズルが見初めた娘の名をマレーネ・カーンと言い、その父の名がマハラジャ・カーンと言う。

そして、要人奪還作戦の対象というのが、マハラジャの娘で、マレーネの妹。

ドズルがマハラジャに事の次第を問いただし、初めてその存在を知った、半ば強引にキシリアによってグラナダのNT(ニュータイプ)研究所に連れて行かれたその娘こそが、みんな大好き、未来の宰相、ハマーン・カーンである。

 

 これを聞かされたときの幕僚の表情がどのような物だったか、想像が付くだろうか?

 コンスコンやラコックを始め、普段は厳めしいドズルの何とも言えない困った顔に二の句が継げず、冬彦もまた同じ。何がどうなっているのやら。

これをドズルの私事と見るか、ジオン上層、中枢部の利害対立と見るかもまた難しい。

 

 そもそもマハラジャ・カーンというこの人物も難しい立ち位置にいるもので、本人は至って無害な温厚な人物なのだが、ジオン・ダイクンが健在であった頃からデギンと共にジオンの政治中枢にいた古参も古参。

二人の間で調整役に徹し、ダイクンが亡くなった後も政治の場に留まり、人となりから消されることもなく、デギンへ体制が移ってなお高官の地位に留まったというそれはまあ珍しい人物だ。

 ダイクン派の殆どが追放・排除される中で、表向きは中立だったことからデギンその人とも仲は悪くない。

 一方でギレンとの仲は険悪で、キシリアもそれに近い。

だが、現ジオン首相ダルシア・バハロやアンリ・シュレッサー准将などと違い、マハラジャ・カーンはデギンに近く、ギレンでも不用意には潰せないという大物だ。

 ここにドズルとマレーネとの関係が公式な物になった場合、カーン家はザビ家の外戚になる。

 それを嫌って表沙汰にならなかったのだが、懐妊に当たってドズルも腹を決めたのだ。

 ザビ家の枠に限らず、ジオン中枢の派閥争いに、大きな一石を投じることになるだろう。

 

「キシリア閣下は、ハマーン様の返還を求めるドズル閣下の要請を拒否なされた。作戦の決行は揺るぎようがない」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆オマケ

 

 

 

「まったく……酷い任務だけど、まあ“梟騎”殿のお手並みに期待しよう」

「なにそれ」

「俗称だってさ。連邦のワッケイン大佐が言ってたらしい。やったね冬彦、異名持ちだよ」

 

 冬彦、絶句。

 

 

 

 




◆今日のトピック

・大丈夫、ミネバだよ。
・冬彦の二つ名を読めなかったアナタは、読み方を調べなくてもいいし、調べてもいい。(次回の後書きで一応答え書きます)
・C.D.A.買えたので資料がちょっと充実した。


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第三十話 


多数のご指摘により技術中佐から中佐に修正しました。やったね冬彦!


 

 殺風景な部屋であった。

 

 部屋の主の私物と言えるような物もなく、家具もベッドと、机と、物の無い棚だけだ。

 光をよく反射する白い壁と床は無機質で、かえって物がないというのを印象づけた。

 彩りと言える物は、ベッドの枕元に飾られた数枚の写真のみ。

 少女が一人で映った物や、少女と家族と思しき数人で撮った物もある。

 だが、それもほんの数枚だけだっだ。

 

 部屋の主足る少女が部屋に帰還したのは、この日部屋を出てから丁度八時間後の事だった。

 時計を見れば、いつもと変わらぬ時間だった。

 それもそうだろう。いつも同じ時間におきて、同じ場所へ行って、同じ事をして、同じ時間に帰ってくる。

 寄り道をすることは無い。変化と言えるようなこともない。

 自由も何も無く、全てを制限されている中で、できることは何もしないことだけだった。

 

 だから、この日もまた少女は同じように自室へと帰還した。

 ただ眠るための場所。何かをするでなく、ただ思索にふけるしかできない場所。

 夢に逃げるか、過去を求めるか。いずれもやはり得る物は何も無い。

 

 だが、この日だけは違った。

 

 目に付いたのは、デスクに置かれた一通の封筒。

 見覚えなどあるはずもなく、少女はとりあえずそれを手に取った。

 そして、少女は目を見張る。

 封筒の裏に成された署名は、いつか見た父の物。

 この部屋を宛がわれてから定期的に手紙は届いていたが、今日はそれが届く日では無い。

 初めての、イレギュラーだった。

 

 焦るように、封を切った。封蝋を外すためのペーパーナイフを探すのももどかしく、多少はしたないと思いつつ指を差し込んで。

 折りたたまれていた数枚の便せんを拡げ、文字を端から端へ追っていく。

 記されていたのは、家族の近況や、世間での出来事。身体を気遣う文言。そして、姉が結婚するということ。

 

 嬉しくあり、そして、自分が姉の結婚式に出席できないことが悲しかった。

 頼んでみようか。そう思い、すぐに辞めた。

 どうせ許されるはずがない。今まで、この部屋に来てから一度として自由を謳歌したことなど無い。

 最初は多少なりとも外出しようとしたが、どこへ行くにも監視付き。

 動ける場所をエリアで区切られ、行くことが許されない場所が殆ど。

 すぐに今のような一日を繰り返すようになった。

 だから、今度もきっと駄目なのだ。

 

 こうして、少女は手紙を片付け、ベットに入った。

 

 手紙の末尾に記された、父らしからぬ楽観的な一文。

 “信じていれば、きっと良いことが起きる”。

 この意味を、特に考えることもなく。

 そして、便せんに薄いセピア色で描かれた、ふくろうのイラストに気づくこともまたなく。

 

 少女はまだ夢を見ない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ところ変わって戦隊旗艦を勤めるティベ級ウルラ。

 ルナツーを落としたことで制宙権はほとんどジオンの物になり、もとからジオンの勢力圏だったソロモン~グラナダ間を行くにあっては、主機の調子も心なしか普段以上に良いようだった。

 言い方は悪いがこの任務、蓋を開ければ内ゲバであるから、戦隊首脳部のやる気は今ひとつ。

 しかし彼らの部下達がどうかというとそうでもない。

 仰ぎ見る司令官の恥を末端にまで知らせることなどできるはずもなく、今回の任務は表向き新型兵器の輸送任務と言うことになっているからだ。

 

 開戦以来の勝ち続き。危ないことは何度かあったが、今のところ戦隊からの殉職者も居ない。軍人と言えど、若い者が多いジオンではいつのまにやら気がゆるみ、余裕が生まれ、自然空気も明るくなる。

 それもこれも、モビルスーツという新たな兵器のおかげである。ザク様々とでも言えばいいのか。

 

 しかし、誰も彼もが浮かれていられる訳では無い。

 冬彦は、私室で一人、思索にふける。

 ドズル曰く、この作戦にあってはグラナダに協力者が居るらしい。

 グラナダ基地の中でも、特に警備の厳重なNT研究所。

 協力者によって一時的にではあるがグラナダの警備体制に穴を開けるので、その隙に助け出せというのだが、そうも上手くいくのだろうか。と疑問も残る。

 そもそも、協力者とは誰なのか。

 作戦に関わっていて直接現地に赴く中では最高位である冬彦も、それが誰かまでは聞かされていない。

 ドズル直属の工作員か、それとも誰かグラナダの高官に造反者……と言って良いのかどうかわからないが、とにかくドズルに味方する者が居るのか。

 情報の開示が一切無いのだ。

 奪還作戦と銘打つものの、これではまるきり強奪作戦ではないか、と言ってみたくもある。無論、実現はしない。

 今回に限って言えば、冬彦はMSに乗って楽しくどんぱちする予定はない。

 グラナダ基地に到着したら荷である改造バックパック付きのザクを引き渡して、グラナダのお偉い御方とうふふあははと顔に笑顔を貼り付けて神経をすり減らすだけの仕事。

 死にはしない。

 死にはしないが、代わりに何かを失いそうな気もしないでもない。

 

「ふう」

 

 湯飲みの中身を飲み干して、次をいれようとしたところ、ポットの方も中身がない。

 立つことも億劫で、そのまま冬彦は横になった。

 腕で視界を遮れば、宇宙と同じ暗闇が広がる。

 

 難しい時期が来ているのだろう。

 単に、連邦、ジオンという大きな枠だけでなく、そろそろ同じジオンの中でどう立ち回るのかを決めなくてはいけない。

 誰に味方をするのかではない。

 誰を敵にするのかだ。

 

 派閥で言えば、冬彦はドズル派だ。

 もう今更訂正する気はないし、居場所がすっかり出来てしまった。

 敵対する可能性があるのは、まずキシリアの派閥は間違いない。

 ドズル派、キシリア派というのはそのまま宇宙攻撃軍と突撃機動軍がそのまま当てはまるから、宇宙攻撃軍、つまりドズル派の独力で行われた先日のルナツー攻略作戦の成功は面白くないはずだ。

 おまけに、これから行うハマーン・カーン奪還作戦も、はっきりいってだまし討ちと変わらない。両軍の関係に決定的な亀裂が走ることになるだろう。

 キシリアの対応如何によってはそのまま内戦まっしぐらだが、そうなると連邦との戦争がたちいかなくなる。

 地球の各戦線はほとんどが突撃機動軍から抽出した部隊であるから、それを宇宙に戻すとなれば、今度はギレン達ジオン中枢、サイド3が黙っていない。

 キシリアを押さえるか、それともいっそドズルを潰しに来るか。

 息を潜めたままのダイクン派も、そうなればドズルに組みするということもあるのかもしれない。

 ガルマは……まあ、とりあえず気にしなくてもいい。ザビ家の一員として見れば旗頭ともなり得るが、現状では一方面の頭にすぎない。

 現状ではやや割を食っている感のある、中立的な立場の者達はどう動くか。

 例えば、マハラジャ・カーン。作戦が成功すれば、少なくとも彼の立ち位置はドズルに対して好意的なものになるはずだ。

 だが一方で形だけとはいえ存在する議会はどうだ?

 おそらくは、本国を掌握するギレンに追従するだろう。ジオンの議会は、そういう物だ。

 サハリン家やカーウィン家のような名家とよばれる連中は?

 これもわからない。軍人である冬彦には、そちらのほうの伝手がない。

 それに、ヘタに手を出すと暗闘の得意な古参が出てくる。そうなるともう手に負えない。

 

「ぬっ」

 

 手をついて、反動をつけてぐっと身体を起こした。

 しばらくぶりの光に目がすこしばかりついていけず、収まるのを待つ。

 

 何を考えたところで、これまでのように答えは決まっている。

 情報の絶対量が足りないし、何もかもを十全に動かせるわけでもない。

 これまでと同じように場当たり的にでも良いように対応していくしかない。

 

 ザクに乗るという夢も果たしたのだし、いっそ何かをしくじって死ぬようなことがあればこれまで諦めるのも手か。

 

(話にならんなぁ)

 

 下らない思考を切って捨てて、ちっとばかり頭を真面目に切り換える。

 何か、見落としている気がするのだ。

 それさえ思い出すことが出来れば、何か道が開けるようなきもするのだが……

 

 そんな考えは邪魔してやろうと言わんばかりに、何かが閃きそうになった瞬間に通信が入った。

 苛立ち紛れに相手の確認もせずに、キーを押す。艦橋からだ。

 

《中佐、グラナダのムサイを発見しました。合流します》

 

 アヤメ、ではなく、オペレーターの一人だった。

 

 何にせよ、今回もまた時間切れらしい。

 

 続きは、月の裏側の伏魔殿についてからにしよう。

 

そう思い、冬彦は軽い返事をして通信を切った。

 

 

 

 





 読者の皆さんも、思い出してみよう。

 でもネタバレは勘弁してつかーさい。


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第三十一話 下拵え

冬彦を中佐にしたのを少し後悔。少佐でも良かったような……

あと、ラルさんとか黒い三連彗星とかより階級高いんですけど、そちらは気にしません。
政治的に対立してたり、スタート地点がそもそも低かったんだと思います。ちなみに白狼は後者。


 

 

 突然だが、実はグラナダの基地司令はキシリアではない。

 

 意外に思われるかも知れないが、キシリアの立場は突撃機動軍のトップであって、グラナダの司令は別にいる。

 というのも、キシリアにもザビ家の一員として、あるいはそれ以上の野心がある。

その為に、日夜謀略を練っている。

ジオンも一枚岩ではなく、兵を都合したり、資源を回したり、利権を分捕ったりと政治的な根回しの為にはどうしてもグラナダから離れる必要も出てくる。

ジオン本国のあるサイド3と、月の裏側に位置するグラナダ。それなりに距離もある。

長く留守にしている間に、敵対派閥に基地の有力者をすげ替えられた……などということにでもなれば目も当てられない。

実際にそういうことが起きるとは誰も思っていない。しかし、幹部の一人二人を暗殺するという程度のことなら充分起こりうる。

繰り返すが、今はまだ表面化していないとは言えジオンは一枚岩ではない。

 グラナダが突撃機動軍の本拠地とはいえ、例えば突撃機動軍の中にもギレン派はいる。それどころか、どこの派閥であっても、十中八九別の派閥の人間が混ざっている。確かなのは、それぞれの本拠地においてはその派閥が絶対的多数であるということだけ。

 そして、暗殺などと言う物は、手間暇を惜しみさえしなければ少数であっても充分に可能なことである。

 キシリアの留守中それを防ぐのが、グラナダの基地司令の仕事というわけだ。

 

 ちなみに、宇宙攻撃軍の場合で言うと、今のソロモン基地司令はラコックである。

 

 とにかく、キシリアがいない間、ジオンの一大拠点の一つ。グラナダを取り仕切る基地司令はルーゲンスという男だ。

 さて、このルーゲンス。今何をしているのかと言えば、冬彦にたいする“歓迎会の様なもの”の準備をしていた。

 ドズル派の中核の一人と目される冬彦が、キシリアのいないタイミングで来たという報告。様子見ともとれるが、ルーゲンスには何らかのアクションがあるように思えた。

それに対処するために、ある程度動きを封じ込めるのと、情報収集、さらには勧誘と多くの目的を兼ね備えた立食形式のパーティーを用意した。

ルーゲンス自身が出席すると成れば、中佐の冬彦では断りづらい。

 冬彦自身をスカウトするのは難しくとも、あるいは引き連れているMSパイロットの下士官なら一人二人引き抜けるかも知れない。そんな思惑もあってのことだ。

 危険も付きまとうが、確実に状況に対する一石にはなる。

 

 キシリアの幕僚にあって本拠地グラナダの基地司令と高い位置にいるルーゲンスが無能なはずもなく、粛々と参加者のリストを造る間、知らず微笑が浮かんでいた。

 本来であれば部下に投げる仕事だが、先のルナツー攻略の成功もあって情勢は微妙。

 端末の画面をスクロールするのももどかしい。

 しかし面倒だと階級の高い準から選んでもそれでは立ち行かなくなる。

 間に入り、自身を“つなぎ”としてでも物事を思ったとおりに“上手く回すの”が何よりも楽しいのだ。

 そのための手間などどうということはないのだ。

 

「閣下」

「どうしたかね」

「先ほど、宇宙攻撃軍のチベとムサイがグラナダに入港しました」

「おや、もう着いたのか。存外早かったな。迎えはやったが」

 

 部下からの報告に、ルーゲンスは一度手を止めた。ペンを持つ手を顎に当て、ふむ、と一言呟いた。

 

「そういえば、彼らの船は随分と手が入っているらしいな?」

「はっ。その様に聞いております。特にチベは再設計型の試作艦とか」

「可能な限りデータを取っておいてくれたまえ。それとなくな。艦船については、当分マイナーチェンジが主となる。あの船のデータがあれば、助けになる」

「では、そのように」

 

 ルーゲンスは、去りゆく部下の背を満足げに眺めていた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「あの……中佐、イッシキ大尉を置いてきてよろしかったのですか?」

「かまわんのだよ中尉。誰も彼も居なくなっては、留守の時に何かあったら困るだろう。土産は用意するつもりだから問題は無い」

「あのー、我々は……」

「荷物持ちだな、悪いが。一食奢るから勘弁してくれ」

 

 冬彦達は、既にウルラを脱してグラナダの市街に入っていた。

 グラナダというのは月面に造られた基地であると同時に、地下には拠点としての機能を支えるだけの経済活動を行える広大な都市が広がっている。

 無論そこに住むのは軍属だけということはなく、一般人も多い。だが、やはり宇宙突撃軍のお膝元とあって軍人も多く目に付いた。

 そんなグラナダ市内の雑踏に紛れるようにして、冬彦達はいる。

 冬彦を先頭に、フランシェスカ、クレイマン、ピートと続く。先にあったように、アヤメの姿は無い。

 服装はジオンの制服で、流石にパイロットスーツではないが、一様に上に一枚コートを引っ掛けている。

 制服のまま歩き回ることも多いのだが、今船を出ているのは私用であることを考慮してのことだ。

 

 今回、任務の表の顔は新型装備を持ったMSの輸送である。既に作業は始まっているし、手続きも済ませてある。

 よって、空き時間をどう利用するかも自由である。本来は自由では無いし、佐官ともなれば現地司令部に顔を出すのが普通なのだが……今回は任務の性質もあって、無視を決め込むことにしていた。

 冬彦も、そうと決まれば動くのは早い。

 普段から外出時に連れて行く副官としてのフランシェスカ以外にもパイロットの下士官二人、クレイマンとピートも連れて、早速街に繰り出したのだ。

 初めての呼び出しとあって、二人はすわ何ゴトかと慌てたのだが、冬彦曰く荷物持ちらしい。肩すかしではあるが、一食奢るという冬彦の言で、とりあえずは文句も言わずについていく。

 

「さて、色々回る予定ではあるけど、もう一人と合流しよう」

「このグラナダで、合流する方が……?」

「そうだよ」

 

 冬彦が、地図を片手に先頭を行く。

 そして、軍人の多いこの街でそれなりに視線を集めていた。

 何故かというと、いつかのギレンとの会食から手を入れていない白髪交じりの髪は野放図に伸び、今は束ねてさえいないため、今の冬彦の風体は眼鏡と合わせてそうとう怪しい。

 そのため、時折街角に立つ警邏の兵士が声をかけようかとこちらを向くのだが、決まって襟の中佐の徽章を見てはぎょっとした表情になり、黙って元の姿勢に戻っていった。

 何せ中佐である。変に言いがかりを付けて問題になったらどうなるか。

 彼らからすれば職務に忠実にあろうとしたらまさかの将校だったということで、将校なら将校らしくもうちっとマシな格好をしろ!と言いたいところだろう。

 しかし冬彦からしても、ちゃんと徽章は中佐の物を付けているのだし、制服も正規の物。改造もしていない。なるべく楽な格好をしたいのが本音であるから髪型くらいは……と、特に改めるつもりもない。

 

 最初に兵士を悪質なトラップに引っ掛けそうになってから、一時間ばかり。

 地図を頼りに歩いた結果、一行は一件の店の前までたどり着いた。

 その店は、赤い煉瓦の壁でできた古風な外観をしていた。

 看板などは無いが、緑の塗料で塗られた窓の無い扉には確かにOPENと書かれた札がかかっている。

 

「中佐、ここは?」

「偉い人御用達の、隠れた名店っていう奴だ。まあ、中へ」

 

扉を開けると、からんからんとベルが鳴る。

 足を踏み入れた先は、そう広くはなかった。しかし棚が天井近くまで伸びており、商品が隙間無く埋められている。

 並ぶのは、茶である。様々な銘柄の物が、安い物から高い物まで、種類を選ばず並べられているのだ。中には、地球産の銘柄も見て取れる。

 いつぞやササイが持ってきたように、茶葉というのは運送の手間もあってそれなりに高級な嗜好品で、地球産の、しかも名の知れた銘柄ともなればその価格は地球では信じられないような物になる。

 嗜好品と言うことで地球に比べてそもそもの絶対量の少なさもあってのことだが、こうなっては天然物のブランド品など庶民では手が届かない。

 しかし、このグラナダにも、そういった高級な嗜好品を好む権力者は居る。

 彼らは軍のまずいコーヒーで妥協などできるはずもなく、大枚をはたいてでも自らの欲求を満たそうとする。

 そんな彼らが贔屓にするのが、この店なのだ。

 

「いらっしゃい」

 

 かけられた言葉に身振りで返し、店の中を見回した。

店内にいたのは、カウンターの向こうに座した店主と思しき老人と、棚の向こうから顔を覗かせた軍人が一人。

 はねっけのある黒髪に無精髭。珍しい白い制服に身を包んだこの男こそが、冬彦の尋ね人であった。

 

「やあ、初めましてマツナガ中尉。待たせたかな」

 

 後にソロモンの白狼と呼ばれるシン・マツナガである。

 

 

 

 

 

「私はこういうものの善し悪しはわからないのでね。助かったよ」

 

向かいに座るシンに対し、冬彦は礼を言う。その傍らには大きな紙袋があった。中身は新しい茶葉である。

一行にシンを加えた後、やって来たのはグラナダのとあるレストラン。予約を必要とし、プライバシーに配慮した……盗聴や尾行を防ぎ、ちょいとした内緒話ができる、そういう高官御用達のお店だ。

先の茶葉の専門店といい、薄給ではまず来れないような場所だが、今回は上から予算が出ているので気後れすることもない。

人工光の照らすテラスに用意されたテーブルは二つ。片方は冬彦とシンが対面で座り、もう一方にフランシェスカ達部下組が。

既に料理も届いており、クレイマンとピートがそれぞれピザと肉料理を切り分けている。

 

「……なんのご用でしょうか」

「うん。ドズル閣下からの伝言があってね」

 

 余裕のない目で、シンが問う。

 その返答は、一通の手紙。懐から封筒を取り出し、机においてすっとシンの方へと押し出す。

 

「これは……」

「中身は私も知らない。メッセンジャーに過ぎないからね」

 

 事実である。冬彦は手紙の中身に関してはドズルから一切知らされていない。おそらくは、私信である。

 シンが手紙の封を解いて読み進める間に、冬彦は出されたオレンジジュースで口をしめらせる。

 伝えるべき事は、まだあるのだ。

 

「それと、中尉にもう一つ。中尉に極々近いうちにソロモンへの帰還命令が出る……既に上で話が通っている」

「な……馬鹿な!」

「色々と、動いているんだよ。中尉がくすぶっている間にも」

 

 シン・マツナガ。白狼の異名を持つ、一年戦争におけるジオン側の名の通ったエースの一人。

階級こそ中尉だがドズル個人の友人ということもあって、宇宙攻撃軍の中ではある意味一番の有望株と目されていた人物で、ラコック大佐から特務を任せられる辺り期待の表れが見て取れる。

それに中尉と言っても、このシン・マツナガの場合開戦時に一等兵だったのが中尉まで駆け上がったというのを知れば、その凄さがわかるだろう。

 

しかし先日。大失態を犯した結果、突撃機動軍に軍籍が移された。

 その失態というのは、数ヶ月で戻れるような物では到底無い。あるいは戦局そのものを左右するような、首が飛んでもおかしくないような失態であったのだ。

 本人もそのことをわかっているからこそ、急な話に不審を抱いたのだろう。

 

「私が帰るのと合わせて、ソロモンへ移動になるだろうね。私物はまとめておいてくれよ」

 

 この後、事の次第を問いただそうとするシンに、既に食事を始めた冬彦は何も答えなかった。答えるだけの情報を、持ち合わせていなかったから。

 

 部下の手前、不敵に微笑むのが精一杯だった。

 

 

 

 




シン・マツナガのことシンって書くとすごい違和感があります。種死のせいですね。
なんていっても主人公でしたからね、シン・アスカ。

……主人公でしたからね(意味深)


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三十二話 サイレン


本編の前に謝罪を一つさせてください。操作ミスで感想を一つ消してしまったかもしれないのです。
宇宙空間で戦闘中とか邪魔になるのに髪が野放図に伸びてるのはおかしい、という旨の感想でした。
私は基本的にどんな感想であれ頂ければ嬉しいので批判的な内容だったからと消すことはないのですが、気付いたら消えていました。どこかのボタンを間違えてクリックしていたのかもしれません。
ここに謝罪いたします。感想をくれた方、すいませんでした。

それとは別に、アンケートをこそっと行っていたのですが、期間を延長します。本当はアンケートともにこの話で告知するつもりだったのですが、大幅にずれ込んでしまったためです。
上記に重ねてお詫びします。申し訳ありません。
詳しくは活動報告にあります。ガイドラインに従い、ご協力いただける場合は活動報告の方へお願いします。よろしくお願いいたします。


 

 

 

「本当にやるんですかい?」

 

「それが命令だ。例え、味方に銃を向けるものであったとしても」

 

 

 

――ある将校と下士官の会話

 

 

 

  ◆

 

 

 

「草臥れた。もう帰りたい」

 

 目に付くところの、誰も彼もが敵ではない。世界もそれほど酷くはない。

 

だからといって、誰も彼もが味方でもない。世間は言うほど優しくない。

 

表面的には味方で、しかし潜在的には敵でもある。そんな連中はごまんといる。

 どこか遠く。地球の、古いアニメにあったような、山岳地帯でヤギを追って暮らしているような狭い世間であれば、周りにいる多くはきっと優しい人間だろう。

 しかし、この場は光届かぬ月の裏側を抉って造られた地下都市グラナダ。

 権謀術数が張り巡らされたキシリア・ザビのお膝元。

 

彼らがそうなった理由もまた多様であろう。

 些細な権益を欲してか。はたまた私怨によるところか。

何にせよ、“そういった連中”は事の貴賤にかかわらず目標のためならそれはもう精力的に動ける人種だ。

何を斬り捨てても、前に進み続ける。客観的に見た事の善悪など、彼らには何の枷にもならない。

 そして、“そういった連中”を“そうでない者達”が相手をするのは、酷く疲れるものなのだ。

 

 そのことを、冬彦はつい先ほどまで身を以て体験した。

 

 ルーゲンスが集めたグラナダの有力者達。スーツを纏った官僚らしき者。なじみ深い軍服を着込んだ者。わずかだが白衣を着た者も居た。

多くはキシリア閥の人間だが、中にはギレンの閥であることをそれとなく臭わせたり、その上で中立を標榜する者もいる。

そんな相手に言質を与えぬよう、うふふあははと笑みを貼り付けのらりくらりと躱して過ごすのだが、そのうち誰も彼もが悪意を持っているように見えてくるのだ。

 そもそも本当に中立であるという者は余り冬彦には積極的に近寄ろうとはしないし、そう言う意味ではこの場で本当に中立な者などどれだけいただろうか?

 

「そんな奴誰もいねーってんだ畜生め」

「地が出てるよ、中佐殿」

「ご助言ありがとう。大尉」

 

 とりあえずは人の波をば切り抜けて、将校として共に出席していたアヤメと二人壁の華。迎賓館としても使われる豪華な建物のこれまた豪華な一室で、視線はそれぞれ手に持った皿の上に落としている。

 皿を持つのと反対側の手には使い手を選ぶ万能器具“ハシ”を持ち、ひょいぱくひょいぱくとどんどん皿の上の物を片付けていく。

 こうしている間は、少なくとも話しかけられることもないだろうとの打算もあるが、MSに乗っている間や戦闘時はおなじみの四角い棒状の固形糧食しか食べられないので、せめて今くらいはという切実な思いもある。

 そのため、二人が皿の上の肉やら魚介やらを見る目は真剣そのもの。ハシを動かす手にもどこかキレがあった。

 

「それで、どうなってるのかな」

「何が」

「わかっているだろう?」

「……ここでするような話じゃないんだが」

 

 そうは言う物の、冬彦のハシが止まることはなく、皿の上の料理も順調に減っていく。

 皿の上を平らげてしまうと、好機と見た誰かが寄って来かねないので、その前に近場のテーブルから料理を補充しておくことも忘れない。ちなみに白身魚のフライである。

 

「今することは何も無いよ。強いて言うなら」

「精一杯舌鼓を打つくらい?」

「その通り」

「今食べてるのは?」

「白身のフライ。そっちは?」

「鴨肉」

 

普段と異なるスリムなシルエット。いつぞや用意された件の眼鏡のレンズ越しに、並べられた料理を品定めする。

煮込み、照り焼き、蒸し物まで、肉料理一つとっても種類は豊富だ。

アヤメがやや酸味の効いたソースがかけられたた薄切りの鴨肉を一枚一枚すっすっと口に運ぶ間にも、冬彦は次の料理を取りに動く。

 今度の狙い目もまた魚。宇宙においては肉よりも魚介の方が貴重である。

 

「……取り込みは、思ったほど本気じゃないみたいだね。今は」

 

 皿の上に幾らか料理を残したまま、ふとアヤメのハシが動きを止めた。

 

「向こうも、そう簡単には将校を引っこ抜けるとは思ってないってことだろう」

「探られて痛い腹もないしねぇ。僕らは」

 

 士官学校時代の一件は、冬彦のみならず余りに多くの人間を巻き込むので脅し文句には使えない。

 

「ところでアヤメ大尉。現在時刻を教えてくれないか」

「なんだい、やぶからぼうに。……二十時を回ったところだよ」

「となると、そろそろか」

 

 何が、と聞き返そうとした瞬間のこと。広々とした一室が、ずん、ずずんと二度三度揺れる。

 グラナダの高官や要人が多く集まっているが為に、入念な警備が成されているにもかかわらず、さらにもう一度。

 俄に、室内が騒がしくなった。

 ここで、ふっと冬彦が口の端をつり上げたのを、アヤメは見逃さなかった。

 

「君の差し金か」

「いいや」

「嘘」

「本当だ。詳しくは後で話す。今はとっとと退散しよう」

 

 元より壁際にいた二人。皿の上を片付けて手近なテーブルの上に置くと、誰かに見咎められぬうちにさっさと扉から退散する。時折通路で呼び止められたが、そこは中佐と大尉の階級章が力を発揮するところ。

 事の情報収集に動いていると言えば、余程階級が上の者と出会いでもしない限りは押し通れる。

 建物を出て、昼間と同じ三人の部下が待つエレカへ走る。

慌ただしく飛び乗ったことで、だらりとまでは言わずとも、多少くつろいでいた感のある三人はぎょっとして身を起こした。

 

彼らが何かを言う前に、声を発したのは冬彦だった。

 

「出せ! 船(ウルラ)へ!」

「は……いえ、了解であります!」

 

 エレカが、静かに前へと進む。ここまで来て、やっと一息ついたのか襟元を緩め、“偉い人”もいるとのことで普段であれば野放図な髪を束ねる紐を外して、ざりざりと頭を掻いた。

 遠くでは、今もサイレンが鳴り続いている。止む気配は無い。

 

「中佐、この揺れは一体……っ!」

「攻撃だ」

 

 まるで、たいした事ではない。とでも言うように、あっさりと。

 冬彦は、自身の知る事の真実を話し始めた。

 

「どこから?」

 

 食いついたのは、当然アヤメ。冬彦の右肩を掴み、顔を無理矢理向けさせて詰め寄った。

 

「月の影から。以前に拿捕したサラミスとマゼランを回してきているそうだ」

「連邦の船が月に出るか? 怪しまれるよ」

「この間のルナツーの残党だと判断するだろうさ」

「ドズル閣下の策か? 本当に?」

「俺は閣下から直接聞いた。それ以上はわからん」

「……そうか」

 

 アヤメが肩を離し、居住まいを直して口を噤んだ。

 それきり、冬彦も、アヤメも、三人の部下達も。

 無事「ウルラ」にたどり着くまで、誰一人、何も話そうとはしなかった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 それは、男には聞き慣れぬ音であった。

 男が普段よく耳にする音は決まっている。

電子制御の扉が開閉する音。

 お気に入りのフレーバーの入ったコーヒーメーカーの蒸気の音。

 そして、己が心血を注ぐデータの集大成が詰まった、コンピューター端末の静音ファンの回る音。

 男は音楽の類は好まなかったために、耳に入る音などはこれ以外には計器の類が発する電子音のみ。

 研究のために用意された、研究のためだけの区画。

 

 だから男は、鳴り響くサイレンと怒号を何かの事故による物だと思い込んでいた。

 事故であれば、その内対処が済んで、サイレンも止む。

 月に築かれたグラナダは、否グラナダに限らず、宇宙であればどこであっても危機管理にはできる限りの手が打たれてある。

 なればこそこのグラナダの、中枢近いNT研究所ともなれば最上級のシステムが敷かれている。

 しかし、いつになってもサイレンは鳴り止まない。

 酷く耳につく、長く甲高い音。その中で何か一つごとに手が着くはずもなく、苛立ち紛れに男は立ち上がった。時計を見れば、まだほんの数分も経っていなかったが、男には我慢ならなかった。

 警備は何をしているのか。文句の一つでも入れてやろうと入り口近くの通信端末の受話器を取り、しかし普通であることにさらなる苛立ちを覚え、男は外への扉を開いた。

 

 通路へ出て、視線を右へ向けたところで、目の前で何かが光り……

 

 

 

「――クリア」

 

 

 

 男の世界は、静かになった。

 

 

 

 





 それはそうと、みなさんどれくらいUCのep7の情報見てるんですかね。

 ネ オ ジ オ ン グ で す っ て ? 

 しかもプラモ化決定してるらしいじゃないですか。シンジラレナ~イ!(某道化風に)


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第三十三話 姿は見えぬ

「――クリア」

 

 サイレンの鳴り止まぬグラナダ。その中でも特に警備の厳重な区画の一つであるNT研究所を、不審な一団が廊下を駆けていた。

 黒いボディアーマーにヘルメット。バイザーには顔が見えぬよう上からフルフェイスタイプのガスマスクが装着されており、完全な機械式であるのか、目元すらもうかがい知ることはできない。完全な黒ずくめである。

 そんな一団であるから、手に持つ物もまた不審な、物騒なシロモノであった。

 

「――クリア」

 

 取り回しがしやすい、小型の短機関銃である。小型と言っても制式の物に比べてであって、拳銃の類よりかはずっと大きい。

 それを、一団が皆持っている。そして、必要に応じて、使用している。“何に”対してかは言うまでも無いだろう。

 

「――クリア」

 

 一団は、ある物を探していた。上司からの命令により、グラナダの内通者の手引きによって侵入を果たした一団。彼らの目的は、そのある物を見つけ、連れ出すこと。

 前もって与えられた情報に従い、十字路や部屋など、該当する区画を一つ一つ見て回る。途中、障害となる物や、“運のない奴”を処理しながら。音は、静かだ。

 

 やがて彼らは、目当ての物を見つける。

 五つ目の部屋に、彼女はいた。

 情報よりも幾らか成長した姿であったが、その容姿から一目でわかった。

 ベッドから半身を起こし、恐怖の混じった目で彼らのことを見つめる少女。

 恐怖だけではないのだろう。畏怖か、嫌悪か。

 それは一団の者に対してか、それとも彼らの持つ鉄の塊についてか。

 

「……何者です」

 

 少女が、一団に問う。幼いながらに取り乱すこともなく、気丈に。

しかし、彼らは答えない。

 答えたのは、遅れて部屋に入った、おそらく男。

 見た目の上では他と変わらぬその男。男は、少女の予期せぬ行動を取る。

 跪き、目の前に銃を置いたのだ。そして、異形のマスクの向こうから、少女への言葉が紡がれる。

 

「ハマーン・カーン様ですね? 救出に参りました」

 

 少女の、ハマーンの目が、それまでとは違う理由で、揺らいだ。

 

 

 

 

 

 

「中佐、何ごとですか!?」

「わからん! 事故ならばそれでいいが、連邦の残党による襲撃かもしれん! いつでも出られるようにしておいてくれ! 俺のザクもだ!」

「はっ!」

「……大した面の皮だね」

「……褒め言葉?」

「だと思う?」

「いいや」

 

 ウルラへと到着した冬彦は、いけしゃあしゃあと嘘をつく。

 戦隊の中で、事の次第を知っているのは冬彦とアヤメ。それに車に同乗していた三人のみ。それ以上は広めるつもりは無い。

 秘密作戦など、必要に応じて、極々少数の人間だけが知っておけばいいことなのだから。

 

「駄目だ駄目だと、明日にも死にそうだった君はどこへ行ってしまったんだろうね」

「今もちゃんとここにいるさ。それに、そう言ったことは最初に閣下から計画を伝えられたときに他のお歴々と散々言い尽くした」

「あー、何となくわかる気がするよ」

 

 ちなみに、特に胃に深刻なダメージを食らったのは実際にグラナダまで出向く冬彦と、幕僚の仲でも参謀役として広い分野に対応しているラコックである。

 

「……冬彦。少し、いい?」

「何」

「僕が言ったこと、覚えているかい?」

「多すぎてどれのことだか……」

「さっきのことだよ。この作戦が本当にドズル閣下による物か、って言ったろう?」

 

 二人がいるのは、MS格納庫である。艦首ハッチは開いていて、MSの発進準備が行われているが人はMSにかかり切りで隅にいる二人を気にもとめない。

まだ外との隔壁が開いておらず、エアロックが解除されていないため二人は軍服のままだが、周りは既にノーマルスーツを着ているために多少浮いている。

気づいていないことはないのだろうが、誰も彼も声をかけられた訳でもないのに偉い人の相手はしたくないのだろう。

気心の知れた上司と言えど、将校が二人陰気な顔をして格納庫の隅で話しているのに加わりたい者など、そうもいないであろうが。

 それでもなお、盗み聞きを警戒して、小声でアヤメは問いかける。

 

「この計画、一見派手だが内通者がいないと絶対に成功しない。それだけの仕込みをドズル閣下ができるとは思えない」

「それは……余りに閣下を下に見過ぎじゃないか?」

「無論、幕僚の誰かが主導してパイプはつくってるだろうさ。だが、グラナダで事を起こせるほどの人員となると、流石にね」

「……何が言いたい」

「誰かに踊らされてるんじゃないかってことだよ」

「例えば?」

「ギレン総帥」

 

 出した名に、流石に冬彦も表情が真面目な物になった。馬鹿な、と一笑にふせないのが辛いところ。

 本国は総帥府に座すジオンの実質的トップ。むしろ総帥なら有りえるか……と思えてしまう不敵な人物。敵も多いが、味方も多い。

 ジオン内部の勢力圏で言うと他のザビ家の面々とは規模が段違いの親衛隊を擁するのに加え、本拠地がサイド3であるという点から見てもその地位は高い。

 

「無いな」

 

 しかし、冬彦はそれを無いと言い切った。

 

「なぜ言い切れる?」

「総帥だったら、いっそキシリア閣下を直接狙うくらいはするはずだ」

 

 厄介なことだ、と嘆息したのはどちらだったか。どちらとも言わず、視線が泳ぐ。

 壁際に固定されたザクは、茶と白で塗装されている。肩には、梟のエンブレム。

 パーソナルカラーにマーク。贅沢な事だ。最初はザクⅠのシートに腰掛けただけでも充分だったのに。

 ザクⅡの、専用機。背中に大きな可動部位を二つ背負った相棒は、何も答えてくれないし、助けてもくれない。

 ふと、埒もないことを考える。もしもザクが“ロボット”だったら、この世界はどのように動いていくのだろう。

 ロボット三原則を遵守するザク。どんなものだろう? ALICEを搭載した全自動工業用ワーカー? コロニー落としなど命令した日には一斉にボイコットでもされてしまうのか。

 余りに下らない。下らなすぎて、声が漏れそうになった。

 

「それもそうか。わかった、この話はもういい。それで、件の“お姫様”はいつ到着するのかな?」

「ん?」

「……君は時々、人の話を聞かなくなるな。しっかりしてくれ」

 

 すまない、と一言断って時計を確認する。

 

「ああ……、うん。事が始まって三十分以内には到着する手はずなんだが」

「過ぎてるけど。どうする」

「やるべき事は変わらない。時間を待って、それ以上は一度グラナダから船を出さないとっ……?」

 

 言いかけた言葉が途切れた。原因は、身体が中に浮かぶほどの大きな揺れ。揺れ自体はすぐに収まったが、代わりに格納庫の明かりが落ちた。

 

「派手にやっているな。まさか動力を叩いたのか?」

「流石にそれはないだろう。それをやったらグラナダが死体で溢れる。多分、システム系か、送電ラインの途中をやったんだろう」

「それにしたってやりすぎだろう……」

 

 外の闇に目をこらす。ウルラの開かれた艦首ハッチから漏れ出た光が、暗くなった格納庫の中の限られた範囲を道のように照らしている。

 

「……お出でなすった」

 

 やがて影から現れたのは、一人の少女。

 赤と言うには紫に近い髪を持ち、幼いながらも将来を期待させる優れた容姿。時間がなかったのか、格好は寝間着であろうパジャマに髪もまとめられてはいない。

そんな格好の少女が突然現れたのには周りの作業員達も驚いたのか、慌てて駆け寄っていく。

 

「彼女だけか?」

「そのようだ。エスコートが何人かいるかと思ったが……」

「いよいよ怪しくなってきたな。こちらには顔どころか姿も出さないか」

「しょうがないだろう。それより、行こう」

「はいはい」

 

 言葉と共に、トンと床を蹴って前へ行く。

 少女の前に降り立つと、さっと指先をこめかみの辺りに当てて敬礼を一つ。

 今は民間人である少女だが、礼を失すると後が怖いことを冬彦は知っている。

 

「ハマーン・カーン様ですね。宇宙攻撃軍独立戦隊長、フユヒコ・ヒダカ中佐であります」

「同じく、アヤメ・イッシキ大尉であります」

「……ハマーン・カーンです」

 

 冬彦が見たハマーンは、驚く程に覇気が無かった。

 この少女を見て、誰が後のネオジオンの宰相と思うだろう。それほどに、ハマーンは幼く見えた。

 

「直ぐに一室用意いたします。まずはそこでお召し替えを。よろしいですね、中佐」

「ああ。頼む、大尉」

 

 アヤメが珍しく(?)品のある口調でそう言い、追従してそれを認める。

 ハマーン・カーン。

 冬彦が彼女を見ている間、ハマーンは珍しい茶と白のザクを見上げていた。

 

 

 

「グラナダ司令部は何と言ってる?」

「待機せよの一点張りです。どうも情報が錯綜しているらしく、司令部も混乱しているようで……」

 

 ウルラの艦橋にて、アヤメは艦長席に腰を下ろしクルーからの報告に耳を傾けていた。

 冬彦は居ない。既にザクの中で待機している。

 

「……どうする冬彦?」

 

 ここでヘタに時間を食って、NT研究所の襲撃とこちらの離脱を関連づけられると拙いのだ。既に出航した後ならともかく、その前に足止めを食らって臨検されると非情に拙い。

 

《多少の無茶はかまわん。むしろ混乱しているならやりやすい。こちらはこちらの流儀でやらせて貰おう。説得は任せていいか?》

「当然」

「艦長……?」

 

「通信手、管制室に繋げ。何時までも手間取ってるようなら、艦砲で隔壁を吹き飛ばして無理矢理出て行くとな」

 

 

 

 




最近ラジオ聞いてないなあ。最後に聞いたのははいつだったか……


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第三十四話 普通のザクの三倍速=ビグロくらいの速さ?

某所で見たところによると、ガンダムBFは全てのガンダムキャラが幸せに暮らしている世界だそうですね。
これが何を表すのかというと、シンがマユ(妹)、ルナマリア(級友)、ステラ(転校生?)とラノベが如き青春ハーレムを構築してる可能性があるわけです!


 

 

「……ここは」

 

 ウルラの一室で眠っていたハマーンの目覚めは、健やかなものとは行かなかった。

 グラナダを連れ出されたときと同じか、それ以上にけたたましいサイレン。

 慌てて起きて、目に入るのは見慣れぬ部屋。見慣れぬ家具も置かれた部屋は、そう言えばヒダカという戦隊長の私室であったかと思いだした。

出会って直ぐの人間を信用できるほどハマーンはまだ人間ができていない。親から離され、人の暖かみを忘れかけていた十代の少女にそれを求めるのは酷だろう。それでも部屋を譲られて、譲った本人がザクで寝ているとあっては流石にすこしばかり申し訳ない気持ちが湧く。

 

「今度は、何?」

 

 ハマーンはアヤメという大尉から、できれば余り出歩かないように言われている。しかしそれは絶対ではなく、一声かけてくれれば別に艦を見て回るくらいはかまわないとも。

 現状はどう考えても緊急事態だと思われて、ハマーンは外へと出ると決めた。

 急遽用意された服に着替え、扉からひょいと顔だけを出して外の様子を伺う。

 

 外には、誰もいない。しかし、遠くの廊下では慌ただしく兵が駆けていくのが見えた。

 しばらくその様子を眺めた後、ハマーンは部屋を出た。

 まずは人の多い方を目指して、駆けていく。

 

 

 

 

 

 

「な……」

 

 視界の端が光った瞬間、アヤメは艦長席で任務がほぼ終わったものと思っていた。未だ月からは離れては居ないもののグラナダを脱出し、後はソロモンへと帰るのみ。特に有力な敵もいない。

 当直の兵に頼み、ドリンクに口を付ける余裕もあった。そう、余裕という名の油断があった。

 何時の時代でも、油断に対するしっぺ返しは手痛い反撃と相場が決まっている。それはどこの誰であろうと、どんな形であろうと変わることは無い。人が宇宙へ進出し、そしてまた戦争を始めた今においても。

 油断をしていたのは、戦隊の首脳部。この場合は、事情を知っていた冬彦とアヤメの二人。アヤメに事を教えたのが冬彦であることを鑑みれば、冬彦一人のせいと言えるかも知れない。グラナダの不手際であるとゲートを押し通り、しかし真実連邦の艦隊などは存在しないと知っていた二人。

 因果応報、天罰覿面、人を呪わば穴二つ。果たしてどれが適切か。

 余りにも早く訪れた“其れ”は遠く離れた月の山陰から、幾条ものメガ粒子砲の軌跡という形で、罰を下しにやって来た。

 

 グラナダへの工作の為の偽連邦艦隊とは別に、“本物の”ルナツー残党。その一部がこの月にいたのだ。

この一党は月の中立都市を頼ったものの多少の物資の支援に留まり、港への入港は拒否された。これにより半ば破れかぶれでジオンに対して一矢報ようと決めたのだが、彼らもまた軍人だった。機を窺い、レーダー波の届かぬ影に隠れて時を待っていたのだ。

 

 艦隊中央にいた「ウルラ」を掠めて、右前方の「ミールウス」に着弾するまでの間。

 ウルラのブリッジに居た者達の中で、意味のある言葉を発することが出来た者は誰も居なかった。

 この瞬間、後は良家のお嬢様を連れ帰るだけという消化試合の体は消え失せ、生き残りを賭けた戦闘が始まった。

 

「艦長ォ! ミールウスが左舷エンジンに被弾!!」

「左舷方向に敵影あり! 数六、距離12000!」

「……話が違うんじゃあないか。冬彦?」

「艦長、指示を!」

「下げ舵三十! 月の表面ギリギリまで艦を下げて手近な山かクレーターの影に艦を隠せ。多少時間が稼げる! その間にミノフスキー粒子散布とMSの発進急げ! 戦闘配備!!」

 

 毒づきながらも、アヤメは指示を飛ばす。指示に従い操舵手が舵を切り、急激な進路変更に艦が大きく揺れるが、ここで下手な動きを取ろうものなら立ち所に沈められる。ヘタをすれば、最初の一発がウルラに当たっていた可能性も充分にあった。当たらなかったのは、それこそ奇跡か偶然か。

 アヤメは、ふと手に持っていたドリンクに気づいた。軍服とセットになっている白い手袋越しに熱が未だ伝わるホットティー。未だ振動の収まらなぬ中ではどこかに放る訳にもいかず、半分ほど残っていたそれを一度に口に含んだ。

 

「カァ~~っ……!」

 

 飲み干した後、熱と共に声にならないうめきが漏れた。喉の奥がひりひりとしたが、気合いが入ったと紙のカップを握り潰す。

 一度スイッチが入れば、アヤメも負けるつもりは無い。戦隊にはモビルスーツがある。不意討ちから立て直す事さえ出来れば、負けは無い。多少の戦力差などひっくり返せる。そしてそのために必要な時間を、自分の指揮で創り出せば良いのだ。

 

《アヤメ! 何が起きている!?》

 

 艦橋と同じように酷く揺れるモニターに冬彦の顔が映る。ザクで寝泊まりする予定であった為、万が一に備えてパイロットスーツを着ているが、気づかずに階級も付けず下の名前で呼んでいる辺り慌てているらしい。寝ていたのかもしれないが。

 

「奇襲だ! ルナツーの残党から襲撃を受けている!」

《なっ、んだっ……と……!?》

「あとどれくらいで出られる!?」

 

 冬彦も状況がわかったのか、直ぐに周辺の計器に目をやり、機体の状況をチェックする。手早く終えると、ヘルメットを被りながら報告する。

 

《後は武装を装備すればいつでも出られる! 出られるが、揺れが酷くて装備を受け取れん!》

「あと数秒で揺れは収まる。頼むよ」

《何とかする。それより、状況は?》

「艦長! ミールウスより打電! 左エンジンの誘爆により拡張ブロックに被害! MS隊発進不能! また、さらなる誘爆を防ぐ為に増槽をパージ。しかし自律航行は可能とのことです」

《まさか……》

「まだ沈んじゃいない」

《……わかった》

 

 しばしの沈黙を挟んで、通信が切れた。切ったのは、冬彦の側で、モニターは暗転する。再び、光りが灯ることはない。

 その内、揺れが収まった。それまでの間、アヤメは握り潰されたカップを手放すことを忘れていた。

 

「……緊張するなんて、柄でもない」

 

 手に持つそれを、ポケットへとねじ込んで。

 眼鏡を外して、レンズについた僅かばかりのゴミを拭う。そして、再びかけ直した時、そこに居たのは若いながらも開戦からこれまでを生き抜いた、一人の艦長だった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「急げ! 装備は対艦砲と弾の替えだけで良い! 盾は要らん!」

《中佐ァ! クラッカーはどうします! 時間はかかりません》

「頼む! マウントは右側にしてくれ」

《了解!》

 

 持つ物を持ったら、すぐにカタパルトへとザクを進める。脚部がロックされ、オペレーターの許可と共に射出。艦首ハッチを出れば、そこは宇宙だ。艦を下げていたこともあって、月面が近い。しかし地表には降りず、勢いを殺さぬようそのまま前へ前へと加速する。

 白く輝く月面での戦闘というのは、よく考えれば初めてのこと。軽いとはいえ重力がある。普段であれば、月面に降りて待ち一択である。しかし、今回に限って言えば時間がない。そう時間がないのだ。

 ミールウスの被害がどの程度深刻かは正確にはわからない。しかし片方とは言え主機関に直撃して死傷者が無いなんて事はありえない。誘爆も起き、拡張ブロックにも被害が出たという。拡張ブロックといえば、それはすなわちMS格納庫だ。

 

「戦争だからな。そりゃあ、人も死ぬか」

 

 誰が死んだか。何人死んだか。今はまだわからない。しかし、間違いなく誰かが死んだ。MS隊に被害が出ていたとしたら、クレイマンか、それともベンか。どちらも、最初の部下だった。

 

「……戦争だから、か」

 

 機体を左へ向け、それから上へと向けて、機体を陰から出した。機体の正面の延長に、敵艦隊が来るように。

 冬彦は、操縦桿を前へと押し出す。それに合わせて、機体は加速していく。ジオン唯一の二つの眼を持つMS-06が。

 ゆうるりと。しかし衰えることなく。前へ前へ。操縦桿を更に前へ。

 スラスターからの噴出光が月面の上に尾を引いていく。堆積物を巻き上げ、吹き飛ばし、前へ、前へ。

 

「戦隊長より各機。食い荒らすぞ。続け」

《ちょ、中佐! 追いつけませんって!》

《危険です! 中佐!》

 

 僚機からの悲鳴じみた通信が届くが、冬彦は黙殺した。

 計器に眼をやれば、まだ危険域には入っていない。

 普通のザクなら、既にオーバーヒートを起こすか、機体の不具合を知らせるアラートが合唱を始める頃合いだが、バックパックを換装し、更にS型のカスタム機であるこの機体は、まだ余裕がある。

こればっかりは、特に技術も必要無い。ただ頑健な身体と、遠のく意識に耐える意志があればいい。

およそ、通常のザクの二倍の速度。あの赤い彗星シャアが三倍と言いつつ実際には一・五倍だったことを考えると、随分な無茶だ。

だから、身体が軋み、機体が軋み、それでも加速を止めることはない。

前へ。

ただ、今は前へ。

 二つ目の残光が、涙の様に尾を引いた。

 

 やがて、敵が見えてくる。

 

 優秀な“眼”が、敵を見逃すということは無い。障害物もない月面、敵の陣容は容易に知れる。マゼランが三、サラミスが八。戦闘艦ばかりで、方々へ逃げて行った残党にしては思いの外数も多い。戦隊が隠れたからか、今は砲撃も止んでいた。

 

砲口を、一番前にいるマゼランへと向ける。スタンダードな濃緑の船体で、狙うは艦橋。ミールウスの二機と、加えてフランシェスカが今回も出撃出来ていない為、九機での出撃。基本的に一人一隻がノルマで、二隻潰せば余裕が出てくる。

 だが、無茶な加速で味方を置いてきた為に、今は一人。戦力比は逆転どころか一対十一と酷いことになっている。

 しかし、負けてやるつもりはない。

 名ばかりで、本当の意味でエースになったなど思っていない。

 それでも、相手がMSでなく、のろまな艦船が相手なら――

 

「多少の無茶は、通すぞ……!」

 

 艦橋の真正面から一発。撃ち出された砲弾は吸い込まれる様にマゼランの艦橋に命中し、爆炎を上げる。崩壊した艦橋の横をすり抜け、狙いを付けるのはまたマゼラン。戦艦と言うだけあって、サラミスよりも火力があり、弾幕の密度も高い。

軌道を上向きに修正して弾幕を躱し、今度は艦の上方から艦橋を狙う。味方がやられたことで、他の艦も砲を向けつつあるが、止まりさえしなければ充分に抜けられる。

 また、一発。外すことなく撃ち込む。

 

「二ァつ!」

 

 三隻目のマゼランへ照準を合わせようとしたところで、機体を右へ滑らせる。一瞬前にザクがいたところを通り過ぎていった。

 

「さっ、すがにぃ……!」

 

 急制動から来る高いGで、言葉を出すにも歪んで出てくる。敵艦隊の後ろに抜けて転回れば、サラミスやマゼランのエンジンの噴出口がよく見える。そして、ザクの砲口はその噴出口を向いている。

 

「キッツイなあっ!!」

 

 一隻目と二隻目が艦橋だったのに対し、三隻目は機関部に直接叩き込んだために、すぐに大爆発を起こし船体が“くの字”に折れ曲がった。

 

《すげぇ……》

 

 部下達が追いついた時に見たのは、たった一機のザクに戦闘能力の半ばを喪失した三隻の戦艦と統制を失いつつあるその僚艦の姿だった。

 

 

 

 




 これも某所で見たことですが、FFT獅子戦争、あれ最後結局全員生存してるってのが公式見解になるんですってね。やったぜ。

 ……長くFFTの新作が来てませんが、どうせならFF12の世界に獅子戦争後のラムザ達がINして冒険みたいな話で出ないだろうか。
 IFの世界線ってことにして、FF12の面子+FFTの面子でFF12の物語をプレイしていくゲーム。で、途中から独自のストーリーに分岐していく話。もちろんグラとシステムはFFT式で。出ないかな?……でないか。



……FFTAとFFTA2? プレイ済みです。


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第三十五話 間に合ってます

ハマーン様がこの作品のヒロインだと?

本当にそうかな?




 

 

「冬彦め、無茶をする」

 

 モニターを見つめながら、苦々しい口調でそれを口にしたのはアヤメであった。口調とは裏腹に笑みが浮かんでいるのは、忌々しい敵艦が火を噴いているのを観測ポッドが捉えたからに他ならない。残りと同数のザクが向かっている以上、これでおそらく“カタ”が付く。

 同じヘマを二度踏むつもりはアヤメにはなく、観測ポッドを四方に向けて配してある。警戒を厳にするように伝えてあるし、まだ他に残党がいたとしても、今度はこちらが先に砲撃を行う事ができるだろう。

 

「……高くついたな」

 

 「ミールウス」の火災は、今も続いている。左舷エンジンに付いてはもう手の施しようが無く、あとはどれだけ被害を食い止められるか、という状況になりつつある。先にパージした増槽に加え、拡張ブロックの爆破による強制パージも検討されている。艦橋が無事であった為に、艦内の指揮を維持できたことが不幸中の幸いか。フユヒコの割かし珍しい派手な奮闘で思いの外士気も保っている。

 

「それで。やはり自力では難しいか?」

《はっ。もう間もなくの鎮火とダメコン班の報告を待って最終判断を下しますが、おそらく左舷エンジンの復旧は絶望的かと》

「となると、曳航しかないか」

《でしょうな》

「ミールウスの曳航はパッセルで行う。中尉のザクに出撃命令。曳航の準備作業中の護衛が任務だが、作業の手伝いもできる装備にしておくよう整備班に伝達。あと警戒は怠るな」

「はっ」

《大尉。それともう一件報告が》

「何だ」

《クレイマン・カウス少尉、及びベン・クランコート准尉両名とも、格納庫にて発見しました。両名とも重傷です》

「復帰は?」

《……少なくとも、しばらくは不可能でしょう》

「そうか……わかった。作業を継続してくれ」

《了解しました》

 

 指示を出し終え、一息ついたアヤメは背もたれに身体を預け瞑目し、思案にふける。

 「ミールウス」の被害は甚大で機動戦などできようもないが、火砲自体は生きているので砲台としてはまだ戦える。残りは「ウルラ」を筆頭に「アクイラ」「パッセル」「アルデア」といずれも無傷。

 一方MSだが、戦隊にはフランシェスカのザク一機が残されており、ウルラに待機している。この緊急時においても戦闘に参加出来ないのは流石にアヤメにも看過しがたいが、戦隊における最高指揮官はドズルであり、現場においては冬彦がそれである。アヤメではない。

 彼女なりに思うところがあるのか、一応既にザクに搭乗しての待機だが……曳航の準備とはいえ、一応は役に立った、ということか。

 

「えっ……!」

「ん?」

 

ふと耳に届いた声に目を開き、身体を回して、背後を見る。

 声を上げたのは、どうやらブリッジクルーの中でも雑務を担当する下士官で、外の廊下と繋がる扉の前に立つ彼女はうろたえているようにも見える。

 

「どうした?」

「いえ、それが……」

 

 彼女がそれを告げる前に、ぱしゅん、という音と共にブリッジの扉が開く。

 入室した何者かは、下士官の背中にぶつかったのか「きゃあ」とかわいらしい声を上げた。下士官越しに、宙に広がる赤紫の髪が見える。随分と、見える位置が低い。下士官の胸の辺りか。

 

「し、失礼します……」

 

 アヤメのまさかという思いをよそに、下士官の背後から顔を覗かせたのは鼻を押さえるハマーンだった。

 

「……これはこれはハマーン様、このような所に、何のご用でしょうか?」

「イッシキ大尉、あの、戦闘、なのですね?」

「ええそうです。しかしご安心下さい。既にヒダカ中佐が部隊を率い敵を撃滅しに出向いております」

 

 手で指し示したモニターには簡略化された戦場の俯瞰図が移されていて、敵を示す赤い長細の三角形の幾つかには×が付けられている。一方で味方を示す青い長細の三角は一つを除いて×はついておらず、これが示すところは味方の優勢である。

 

「私に、何かできることが無いかと思って」

 

 それだったらせめてノーマルスーツとヘルメットを着用してから来い、と毒づきそうになったが、そこは鉄面皮で押し隠す。ジオン士官の出世の為の必須スキルである。

 

「あ、でも……」

「はい」

「まだ、何か嫌な予感がするんです。誰かに、見られているような」

「はい……?」

 

 ハマーンが救出されるまでNT研究所にいたことは知っている。NTというものがどういうものかも、噂程度には聞いている。

 何でも、見えていないはずの攻撃を避けたり、まるで未来が見えているかのように敵機の機動を先読みして弾幕を撃ち込んだりするMSパイロットがいるとかいないとかいう話だ。

 しかし、どれもこれもが非科学的な戦場の噂だ。戦場で死に神を見たという類の妄言とそれほど変わらない物、とアヤメは見ていた。

 彼女の身近にいるフユヒコが彼女に理解出来る範囲の行動で戦果を上げていることも判断に影響しているのだが、それ以前に余りに荒唐無稽な話が多すぎるのだ。

 

 だがしかし、目の前にいる少女は相手が相手だ。

 

 重鎮の娘であり、ザビ家の面々が鞘当てをしてでも身柄を欲した少女。一言にありえないと切って捨てて良いものか。

 

 そんな時――

 

「艦長! 新たに敵影三! 高速でこちらに向かってきます!」

「艦種、マゼラン一、サラミス二! 一時の方向! 加えて更にサラミス二。四時方向! 距離13000!」

「まだいたのか!? 回頭急げ、右回りだ! ミールウスも回頭は出来るな!?」

「はい! 問題無いはずです!」

 

 現れた敵の増援に、艦橋がまた慌ただしくなる。

 その一方で、あるところに視線が集まる。アヤメの視線も、そちらの方へ。

 ハマーン・カーンと、アヤメの視線が交錯する。

 しばし、両者とも言葉を発する事はなく、しかし目を逸らすこともない。

 小柄とは言え、相手は十代の少女、指揮座にいたこともあって、アヤメがハマーンを見下ろす形になった。

 

「大尉。私にもできることがあります」

「駄目です」

「予備のモビルスーツがあれば、お貸し下さい。武器を構えて撃つくらいのことは出来ます」

「……ありません」

「嘘です」

「そんなことはありません」

「いいえ、嘘です」

 

 ハマーンは、一歩も譲らない。それは何を思ってのことか。幼いなりに、責任でも感じたか。

 

「……だれか、この方を戦隊長室まで送っていってくれ。戦闘が終わるまで決して部屋から出すな」

「大尉っ!」

 

 踵を返し、席へと着く。視線は前へ。振り返る事は無い。最初にハマーンにぶつかった下士官が食い下がるハマーンを無理矢理ブリッジから連れ出すと、航行担当の下士官がハマーンに問いかけた。

 

「あのぉ……あれで、良かったんでしょうか?」

「救命艇にしておくべきだったかもしれないな」

 

 確かに、嘘だった。ウルラにだけは、戦隊で以前使用していたザクⅠの改修機が予備機として積んである。

 だからといって、そんな機体で任務の対象を出して何かあれば、本末転倒も良いところだ。笑い話になった後、アヤメやフユヒコの首が飛んでいくだろう。冗談では無い。

 もし自分ではなかったら、どうしただろか。

 厳格な、軍人気質の強い者であれば「ふざけるな小娘!」とでも怒鳴りつけたか。

 それとも野心的な者であったなら、「おもしろい」と少女の可能性を試しにかかったか。

 自分は、どちらでもなかった。おそらくは普通の、小心な軍人としての答えか。

 

「中尉のザクを一旦戻せ。武装して再出撃させろ」

「はっ」

「それと中佐にも何機か戻すように通信を……届かないか。信号弾を上げろ。敵の増援を伝えられればいい」

「はっ!」

「さぁて考えろ。状況はそこまで悪くない」

 

 艦橋に、一時乱れて消えていた規律が戻ってくる。ハードな物になると予想される艦隊戦にあって、高い練度は強い味方だ。

 現状の戦力を整理すると、頭数こそ同じであるが艦隊戦を行うには不利であるといえるだろう。もともと、ジオンの艦艇は根底にあるMS運用が前提という設計思想の違いから、連邦の物に比べていささか火力に劣るのだ。加えて、そのMSは出払っていて不足している。

 ジオンの標準的な艦であるムサイ級軽巡洋艦。武装はメガ粒子連装砲で、それが三基で計六門。全て前を向いていて、左右に振ることはできるが背後は狙えない。

旗艦である試作ティベ型、そしてその元になったチベ型重巡洋艦はメガ粒子三連装砲が二基六門。ただしこちらは間に艦橋を挟む為、艦が進行方向X軸にそって正面を向いている場合、後部の砲は艦橋が邪魔で正面へ向けて撃つことが出来ない。なお、これに加えて両者共にミサイルがある。

 ただ、戦隊のムサイが改装により全て単装砲へ切り替えられているので、全艦合わせてもメガ粒子砲は十二基十六門しかない。

 一方の連邦側はと言うと、未だに大艦巨砲主義が色濃く反映され対艦戦用の装備が充実しており、砲門の数も多い。

 砲塔の位置関係の都合で全ての砲を一度に同一の対象に向けることはでき無いとは言え、マゼラン一隻だけでメガ粒子砲の数は七基十四門もある。当然、ミサイルや対空銃座も装備されている。

単純火力で普通のムサイの倍以上。ミノフスキー粒子によってレーダーとそれに連動する火器管制が役立たずになったため開戦初期の二度の会戦では殆ど活躍できず、その火力を生かせぬまま多くが沈んでいったが、それもMSあってのこと、本来の火力は充分過ぎるほどだ。

 そして今、繰り返すが劣勢を覆す為のMSは絶対的に足りない。

 

「艦長。中尉のザクが着艦しました」

「……通信を繋いでくれ」

「はっ」

 

 通信はすぐに繋がった。画面の向こうには、少し表情の硬いフランシェスカがいる。バイザー越しである為、アヤメの気のせいかもしれないが。

 

《こちらシュトロエン中尉》

「中尉。早速だが、君一人で何隻やれる?」

《一度に相手をするのなら、二隻が限度です》

「なら四時方向のサラミスを頼む。丁度二隻だ」

《了解しました》

 

 やれるのか?というアヤメの視線に対して、フランシェスカは至極あっさりと答えた。

 

「……僕が言うのもおかしいけど、大丈夫なの?」

《問題ありません。進退についてのことは私の一身上のことであって、MSが操縦できなくなったという訳ではありませんから。

それに、私も軍人です。本来は、中佐と共に行くべきだったんです。戦う機会を得られた事を幸運に思います》

「やめてよ。戦隊全体のピンチなんだから」

《申し訳ありません》

「期待してるよ、中尉。MS隊ナンバーツーの実力、見せてくれ」

《了解しました》

 

 

 

「……頑張れ、私。やれるぞ、私」

 

 装備を換装している最中のザクの中で、フランシェスカは己の手を見る。

久しぶりの実戦で少しばかりの不安もあるが、それでも手が震えるというわけではない。死の恐怖に幻覚を視るでもない。

あの日。フユヒコにパイロットを辞めるか迷っていることを打ち明けて以来、言われたとおり考えることを続けてきた。

 

《中尉殿! 準備完了しましたァ!》

「周囲の作業員は退避してください。フランシェスカ・シュトロエン。発進します!」

 

 答えは、今も出ないまま。

 

 




※突然の重大告知。







次々回から地上編、始まります(どの方面かは未定)。



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第三十六話 生きている

一年戦争期において、日本エリアはジオンと連邦の勢力が混在していたようですが、どっちが有利だったのかまでははっきりしませんでした。どうも連邦っぽいですが。


「離してください! 私だって、私だって!」

「良いから大人しくなさって下さい!」

 

女性士官に手首を掴まれて、ハマーンは廊下を引きずられるように進んでいた。

固く握られた手をふりほどこうとはする物の、女性とは言え本職の軍人が相手では分が悪く、抵抗はさしたる障害にもならなかった。踏ん張ろうにも無重力。どんどん最初の部屋へと近づいていく。

 

「味方が一機しかいないのでは、死にに行くようなものではないですか!」

「だったら貴女が行っても同じでしょう! そもそも出撃出来るMSがありません」

「いいえ、きっとあるはずです!」

「あーりーまーせーんっ!」

 

 下士官は言い切ったが、ハマーンはそれでも食い下がる。この軍人達が戦闘に巻き込まれたのは、自分の救出の為に来たせいではないのかという自責の念にかられていたからだ。

 一方の下士官も、軍人としての自負がある。開戦から勝ち抜いてきたMS隊への信頼も。そのいずれもが、少女を戦場へ送り出すと言うことを許容しなかった。

 

「もういい加減にしてください! いいですか? 大丈夫です! 中尉は優秀なMSパイロット、連邦などに落とされやしません! 戦隊で最初にザクⅡに乗っていたのも中尉なんですから! わかったら大人しく部屋に戻ってください。今貴女にできることなど何も無い!」

 

 しびれを切らしたのか、下士官はそう言い切った。彼女が信頼し、尊敬する者達は、こんな少女に頼らねばならないような弱い人間ではないのだと、少女に言い聞かせようと。

 そんな思いが通じたのかどうなのかはわからないが、ハマーンは抵抗をやめた。

 俯いてしまったが、それでも先ほどまでのような頑強な抵抗はなく、手を引けばそのまま身体は引いた方へと素直に動いた。

 やっと諦めてくれたかと下士官は握りしめていた手を緩め、先ほどとは違い軽く促すように手を引いていく。

 

「祈ることしか、できないなんて……」

 

 自分の為に戦う誰かの為に、自分は何もできないという無力さに打ちひしがれるハマーン。彼女がこの時抱いた無念さが、後々どのような影響をもたらすのか。

 

 この時においてはまだ、誰にもわからない。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 それは、士官学校に在籍した、最後の年。

 教授に呼び出されて、自分の将来が決まった時の、ちょっとした小話。

 

『シュトロエン候補生、君の卒業後の配属先が決まった。宇宙攻撃軍だ。おめでとう』

『ありがとうございます!』

『うむ……。いや、だがな……』

『なにか?』

『……ああ。君が配属される部隊の隊長について、少しな。彼のことは、我々としても強く印象に残っていてな』

『優秀な方だったのですか』

『三席だった。それなりに優秀ではあった』

『どんな方だったのですか』

『問題の多い期の中にあって、大人しい方だった。むしろ騒ぎが起こるとそれを収めよう、もみ消そうと動く気質があったな。そういう面では重宝した』

『はぁ』

『それなのに……いや……』

『何でしょうか?』

『……何でも無い。ただ、間違いなく苦労はするだろうから頑張ってくれたまえ』

『ええ!?』

 

 担当教官であった老人がため息混じりに口ごもったその先に、何があるのかフランシェスカは今も知らない。しかし、言われたことの意味はよくよくわかった。

 配属された部隊はあれよあれよと言う間に新たな装備が与えられ、規模が拡充し、戦場を転々とする宇宙ではそれなりに忙しい部隊の一つになった。階級も上がった。副官に抜擢され、名の知れた高官と会う機会もあった。

 そして、敵も味方もなく、被弾し、爆沈するさまを目にする機会も、いやという程に増えた。己が行く道を見失い、惑うほどに。

 

(貴方の部隊でなかったら、こんなに悩みはしなかったのかも知れない。けど……)

 

 ジオンは二度の会戦に勝利した。宇宙攻撃軍は、ルナツー攻略戦も含めれば三度。その中で、勝利したジオン側にも当然犠牲が出たのだ。戦闘が終わってから、リタイアした者もいる。

 しかしフランシェスカは、変わることなくザクを駆る。

 戦隊と、それ以外にはそれこそエースと呼ばれるごく一部にのみ回された、バックパックを背負った少々値の張る特別なザク。

迷いは未だ断ち切れず、しかし立ち止まる暇も無い。

あるいは惰性なのかもしれないが、それでもザクの目に灯った光は消えることなく、こうして今も宇宙を飛んでいる。

 

 時に、人は宇宙を静かだと感じるらしい。真空では振動の波である音は伝わらないのだから当然だとか、そういった科学的な話ではなく、目について動く物がほとんどない黒い背景の宇宙を見て感じる感覚的な話だ。

 広々とした宇宙。白い大地と、覆い尽くすような黒。星々は遠く、砲火が掠める。

 今この時。敵の視線は、敵意は、全てが彼らの眼前へと向かうフランシェスカに向いている。角を戴き、梟の陰を翳す緑の影に。

 静かな宇宙は、騒々しくなりつつあるか。

 

「この苦悩の答えは、いつか……!」

 

 一方的にがなり立てられてはかなわない。誰かの声に埋もれては、自分の答えなど探せない。不愉快極まる。

 心の内で思っていようと、上げられなかった声は、無いのと同じ。そして、騒音に紛れて伝えられなかった声も、また同じ。

 自分が発した問いの答えを、自分で見つけて、問いかけたその人に見つけましたと伝えるまでは、死ぬつもりはさらさら無い。

 

「くそ……思ってたより忙しいな」

 

 ぼやきながら、フランシェスカはザクを操作しロールさせてサラミスからの砲撃を回避する。

メガ粒子砲の黄色い残光が通り過ぎたのはまだ機体から遠い位置だが、いつまでも外れる訳では無い。こまめに機動を変更し、位置を変えながら敵艦へと近づいていく。

 ミノフスキー粒子様々と言うべきか、レーダー頼りだった連邦の火器管制はまだ隙があり、遠距離にいる内は母艦からの支援があるザクの方が分がある。

もちろん近づけば近づいただけその優位性は失われ、敵の弾幕の密度も上がっていくが……それでもまだ隙はある。

 

「でも……!」

 

 腰にマウントされていた、グレネードのロックを外し、投擲。加速はそのままに先頭のサラミスへと回転しながら飛んで行く。

たかがグレネードと言えど、それがMSの扱う物となればその大きさは人の背丈と比べても遜色ない。物によっては人より大きく、当たり所によってはMSも行動不能に陥る。

そんなシロモノを二個も投げれば、迎撃も幾らかそちらを向く。四方へ飛び回るザクの機動を予測するのは難しいが、推進装置の無いグレネードであれば話は早い。

大きさはデブリとそう変わらず、オマケに“確実”に一方向に、自分達の方へ飛んでくるのだから、さぞミノフスキー粒子の中といえど観測しやすかろう。

 

その間にフランシェスカのザクはサラミスの右側面へと回り込んだ。普通の機動ではない。ザクの正面をサラミスに向けたまま、サラミスを中心にして振り子の如く円の機動を描いて、船体の側面を正面に捉えることの出来る位置に移動したのだ。

 戦隊のザクは、バックパック最大の目玉である可動アーム型スラスターによって、通常のザクではできない動きが幾つか出来る。

この機動もその一つで、早い話が加速を維持したまま行える横っ飛びなのだが……簡単そうで、その実なかなか難しい技術なのだ。

 そんな技術を駆使してまで側面へと回り込んだザクの目の前には、サラミスの横っ腹が晒されている。

 砲塔も旋回を始めているが、この瞬間にもそのまま駆け抜けようとしているザクへと照準を合わせるには間に合わない。そして、フランシェスカのザクはサラミスの方を向いている。

 この機動の最大の利点。それは、敵とすれ違う際に減速して旋回する必要が無いということ。駆け抜けザマに、対艦狙撃砲などと言う長物を側面から撃ち込むことができ、そのままパスすることができるのだ。

 

「次……!」

 

 一隻目に都合三発撃ち込んで、そのまま横滑りさせて次へと向かう。

去り際に着弾したグレネードが駄目押しとなり、サラミスの船速と抵抗が目に見えて落ちた。止めをさしたいところだが、後に続く後続が今は居ない為に、この場は通り過ぎる。

 とりあえずは、これでいい。

相手をしなければならないサラミスはもう一隻。のこりは艦隊の方が受け持つことになっているし、時間を稼げばMS隊も戻ってくる。今を耐えれば、状況は有利に転ずる。一隻を無力化し、数の上では一対一。

 

《――~尉、こちらヒダカ! 無事か!?》

「……中佐!?」

《本隊に帰還した際に状況は聞いてある! 現状報告を》

 

 二隻目を視界に捕らえ、さぁどこを攻めたものかと思案を始めたその時に、しばらく沈黙していた通信機が復活した。

 相手は、先の主力を叩きに出ていたフユヒコである。

 

「はっ、サラミス一隻に打撃を与え、これから二隻目にかかるところです!」

《損害はっ》

「ありません!」

《……わかった。今向かっているが、くれぐれも落とされるな!》

「はっ!」

《……中尉》

「何でしょうか」

《……大丈夫なのか》

 

 問いかけの意味するところはわかりきっている。答えは、まだ変わらない。

 

けれど。

 

「――大丈夫です。今は、問題ありません」

 

 

 

 また、戦うことはできる。

 

 

 

  ◆

 

 

 

《ほう、そんなことがあったか》

 

 時間は少しだけ後に移り、ソロモン要塞の一室。

 秘匿回線を用いて通信を行っているのは、他ならぬドズルである。

 

「ああ、何とかソロモンに帰還した。よくやってくれたよ。これでやっと式もあげられるし、マハラジャ殿も安心していただけるだろう」

《これから荒れるだろうが、おめでとう。それで、これからどうする?》

「奴には悪いが、地上へ降りて貰う。ソロモンに置いては何か理由を付けて他所へやられかねんし、ヘタに本国に送っても姉貴のシンパに動かれてはかえって手がだせなくなるからな」

《なるほど、悪くは無い》

 

 私室であり、その格好は随分とくつろいだ物である。ガウンを羽織り、傍らには名の知られた高級酒の入ったグラスが置かれている。

 しかし表情はと言えば不釣り合いなまでに真剣で、よく見ればグラスに酒を注いではいるものの、まったく減っていないのがわかるだろう。まだ口につけていないのだ。

 

《悪くはないが、どこへやる気だ。場所によってはそれこそ元の木阿弥だろう。悪手を打って強力な駒を失ってはもったいないぞ》

「できれば、ガルマにつけてやりたかったが……」

《まぁ、やめておくのが無難だろうな》

 

 後を引くのは、件の士官学校時代の因縁である。あれから数年になるが、志し高くプライドもまた高いガルマにすれば、未だ忘れられない事件なのだろう。シャアの様に、終わったことだと済ませてくれれば良いのだが、本人も半ば忘れつつ、それでも引っかかる物があるようだ。

 

《となれば、どこだ? 北米を除けば、アジア、アフリカ、ヨーロッパ……どこもキシリアのシンパは多いぞ》

「そのことについては腹案がある。また今度、もう少しまとめてから話す」

《ほう、あのドズルが腹案ときたか。まあ良い。それでは今度の時まで期待してまつとしよう》

 

 

 

「ああ。それじゃあな……サスロの兄貴」

 

 

 

 




ちなみに、08のコジマ大隊長も中佐だったそうな。


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地上編
第三十七話 湿獄の淵


好きなジャンルの作品が立て続けに更新されてて嬉しい今日この頃。


 

 

かつん、と音がした。樹脂製の組み立て式の机の上に、陶器のカップ、もとい、中身の尽きた湯飲みを置いた音だ。

卓上に据えられたタンクには、まだ充分に中身が残されている。

中身はキンキンに……とまでは言わずとも、口にすれば冷たいと言える程度には冷えた茶。傍らには、大きく二字で「麦茶」と書かれた大きなパックが置かれている。

 

周囲は薄暗い。当然である。頭上には、日を遮る布張りの屋根があった。

仮設テントの中は蒸し暑い。外とテントの中と、どちらがましだろうか。

中は日差しこそ遮られているが、風が入らず酷く蒸す。扇風機などというモーター駆動の骨董品が延々働いているが、余り効果は無いらしい。しかしそれでも無いよりはましと止める者は誰もいない。

この扇風機を据え付けて最初の頃は人がまいるのとモーターが焼き付くのどちらが早いかなどという埒もない冗談を言う物もいたが、今や冗談では済まなくなってきている。

 では外なら? 日差しはきつかろうが、自然の風がある。汗をかくのは同じだろうが、幾ら何でも服が汗でバケツに突っ込んだ雑巾みたいになるこのテントの中にいるよりかはマシなはずだ。。

 

 全ての原因は、壁だ。視界を遮り機密性を確保する為に地上を知らぬお偉方が用意した、無意味なまでに透過性の低い素材でできた、屋根と同じ素材の仮設テントの壁だ。

 しょうがないと言えばしょうがないので済む話だが、それでもこのテントの中に居る者はテントを寒冷地と間違えて寄越した奴に恨み言の一つ二つを言う権利はあるはずだ。

 雨にはめっぽう強いので全く役に立たない訳では無い。しかし長所を打ち消すほどに短所がこの場に置いては無双している。暑さの前に長所などどこかへ消し飛んだ。

 

「暑い…」

 

 男……冬彦は、緩慢な動作で湯飲みをタンクの下へと持っていく。だばーっと麦茶が湯飲みに注がれ、丁度良い加減のところで手を引けば、かこんっという音と共に止まる。

 滴の付いた湯飲みをそのまま口元へ持っていき、麦茶を一口含んで机へ置いた。

水にも茶葉にも限りはあり、むやみやたらと飲むわけにはいかない。

 とうの昔に意地を捨て、軍の制服の上を脱ぎ捨て上はシャツ一枚だが、それにしたって襟元のボタンを二つ三つ外しているが汗は今も止まらない。

 

 それでも幾らか暑さはマシになったと頭を切り換え、卓上の地図へと目を移す。

 

 全ては、グラナダからソロモンへ帰還してしばらく経ち、宇宙要塞ソロモンが完成したその日に始まったのだ。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「地上、でありますか……」

「おう、そうだ」

 

 例の如く、呼び出されたのはドズルの執務室。

 おそらくは冬彦でも耳にしたことがあるようなブランド材で造られたであろう木目の美しい机の前に立たされ、新たな命令を告げられた。

 その内容は、ざっくりまとめると戦隊の解隊と、再編。それから地上行きである。

 

 ドズルの顔を見れば、至極真面目に言っているのは冬彦にもわかる。場を和ませる為の小粋なジョークというわけでもないのだろう。

 しかし、余りにも唐突な命令である。

 地上。つまりは地球。宇宙空間とは勝手がまるで違う戦場。

地上。多くのジオンのエースを呑み込んでいった激戦区が、オデッサを筆頭にそこかしこに存在する超広域死亡フラグ。

なぜまた唐突にそんなところへ行かねばならないのか。

 

 オマケに、解隊と再編とは、これまたどういうことか。

 中将であるドズルを前にして、堪えようもなく口元が引きつった。

 

「特務になる。シャアやシンよりも、部隊規模の大きい貴様が適任だと判断した」

「はっ……」

 

 珍しく、ラコック他幕僚は誰もいない。よもや昨日のハマーン・カーン奪還作戦に続きまたドズルの一存によるものではなかろうな、と嫌な考えが浮かぶが、それが真実だったとして、嫌な顔をできるわけもない。

 無論本音としては、特務ならシャアにしろよ、という思いはある。冬彦の部隊は独立戦隊だが、シャアの部隊は特務隊である。

 

「貴様には、地上で将来有望な部隊、士官・下士官の取り込みを任せたい」

「それはっ……つまり、キシリア少将の派閥から?」

「厳密にはそうではない。地上の部隊は殆どがキシリアの部隊だ。そちらは繋ぎをつくる程度で良い。それよりも、それ以外の奴らを取り込みたい」

「と、申しますと……ガルマ様の?」

「違う。あれも実質キシリアの部隊とかわらん。本命は、いわゆる外人部隊などと呼ばれている者ども。あとダイクン派だ」

「は……」

 

 了承を示す、キレのある返答ではない。ただ、口を通して空気が外へ出ただけの音だ。

 

「そ、それは……」

「わかっている。反ザビ派などとも呼ばれている奴らだ。だが実力ある者らも多くいるのもまた事実」

「本気、なのですね」

「そうだ。このままジオンが勝てれば良い。だが連邦もただ黙っているはずもない。ルナツーを失って後がないからな。落としどころを探さねばならん時が来るかもしれん。その時に備え、有能な人材を地上で磨り潰されるわけにはいかんのだ」

 

 おかしい。神妙な顔のドズルを見て、そう思った。

 ドズルは将としては一流だ。それは間違い無い。だが、これは幾ら何でもおかしい。

 将としての知見は、こんな広範なものではなかったはずなのだ。局地戦しか出来ないというわけではない。だが、戦後のことまで含めて、それも本来敵対どころか仇敵と言えるような相手を取り込もうとするなどというのは、絶対に無い。

 冬彦の知るドズルというのは、あくまで将に徹しようとしていたふしがある。だからこそ難しいことは任せるなどと嘯いていたし、ガルマがいずれ己を超えるなどと公言し、誰かを支える位置にいようとしていた。

ギレンやキシリアとも積極的に鉾を交えようともしなかった。意見を述べることこそあれど、噛みついたとまで言えるのは、ソロモン決戦前に援軍をせかせた時くらいだ。

 しかしこれは違う。本来ドズルが他人に任せていた部分に間違い無く首を突っ込んでいる。

よくよく考えてみれば、ハマーンの奪還の件からしておかしいのだ。ドズルが謀略を使うという点では無く、一族であるキシリアと対立するような動きを自ら行うという点で見るべきだった。そうすればまずあり得ない行動だということがわかったはずなのに。

 

よもや本国からの独立などは考えてもおるまいに。

 

 何が、起きているのか。

 

「所属は宇宙攻撃軍のままとする。つまり、地球のほぼ全ての部隊とは指揮系統を異とするわけだ。建前はMS用新兵器の実戦試験であるとし、独立行動の許可と多くの裁量を貴様に預ける。頼むぞ」

「……任務、了解しました」

「うむ。人員はそのまま引き継いで良い。今の部隊に増員も送る。何なら以前のように、貴様が他所から引っ張って来ても良い。だが艦船は一度引き取るぞ」

 

 これは当然の話である。ムサイ、チベ共に、宇宙専用の艦艇であり、地上では使えない。

 

「すまんがコムサイで地球へ降りてくれ。MSの運用に支障が出るだろうが、代わりの艦は完成し次第地上へ送る。追加の指令も追って送る」

「任地はどこになるのでしょうか」

「わからん。まだ選定している最中だ。だが遠からずそれも伝える。身辺整理だけしておいてくれ」

「はっ!」

「繰り返すようだが、くれぐれも頼む。わかっているだろうが、あのマ・クベなどには悟られぬようにな」

「……はっ!」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 そして、冬彦は地上へ降りた。コムサイ四機に分乗し、地上ではデッドウェイトとなるバックパックを外し背中が寂しくなったザクを積んで、懐かしき風と重力の坩堝に降り立った。

 

「だからって、いきなり夏にアジア戦線って酷かぁないですかねえ、閣下……」

 

 言って、誰かに聞かれるとまずいか、と一瞬ひやっとするが、それもすぐに忘れた。

 そうだ、これもきっと暑さが悪いのだ、と決めつけた。

 誰も彼も、うだって元気がない。周りには通信担当の下士官などが数人いるが、彼らも無線機の前でぐったりしている。

 お偉い人に告げ口するような根性はないだろう。

 時計を見れば、もう日も暮れ始める頃。仕事を終えても言い頃だ。

 

「……各員、時間だ。交代要員に声をかけてこい」

 

 ゆらりと起き上がったのは、先ほどまでぐったりしていた周囲の下士官達。

 無言で冬彦の方へ敬礼をした後、ふらつきながらテントの出口を目指す。

 本当の事を言えば向こうが来るまで待たねばならないのだが、どうも遅れがちであるのでこちらからせっつかねばならないのだ。

 

 冬彦も彼らが出て行くのを眺めた後、自身もテントを脱出すべく立ち上がった。いつものように、頭をがりがりと掻きながら。

余りに暑いのでそれまでほったらかしていた髪。それをかなり切り落とした為、多少は快適になった。

しかしその代わりに周囲からは「隊長意外に目つき悪いッスね」などと言われる始末。中佐への敬意はどこへいったのか。

 

 空を見上げれば、遠く東の空に何かが赤い尾を引いていた。

 軌道を見る限り、宇宙からの投下物らしい。制宙権をジオンが取っている以上、友軍からの物ではあるだろうが……

 

「補給物資か?」

 

 少なくとも、ドズルが約束していたような戦闘艦の影ではない。もっと小さく、おそらくはHLVだろう。

 

「……さて」

 

 冬彦は、この時間にHLVが投下されるなど聞いては居ない。友軍の誤認による迎撃を避ける為に、降下予定地点近隣の部隊には中身こそ知らせずとも、それが降りるというのは伝達されるのが慣例。しかし冬彦は何も聞いておらず、近隣には大規模な友軍はいない。基地も、無い。

 実は伝達のミスがあって、中身はただの輸送物資である。というのなら良い。

 しかし、もしも未だ冬彦につきまとう厄介ごとの新たなタネであったなら、今度はどんな難事か。

 冬彦は思考を巡らせる。だが、考えは上手く纏まらない。

 情報が足りないからではない。

 

「…………暑い。いいや、もう」

 

 どうせ避けようもないのだから、考えるのを辞めよう。そう思った。

 

 それほどまでに、この日は暑かったのだ。

 

 

 

 




私のスコップは、半ば折れてしまった。
もはやありし日のように延々なろうの頁を進める力はない。
疲れちまったよ、もう。




とか後書きで書くことが何もないから適当なことを言ってみた。すまない。深い意味は無いんだ。うん。


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第三十八話 立っても気づけない

時系列的には前話の少し前になるかな?


 地球のどこであろうとも、昼が通り過ぎれば夜が来る。

 冬彦が降り立ったこの地においては、人をうだらせる湿気と熱波がその威を減衰させ、わずかなりとも涼やかな風をもって快適さを得ることが出来る時間。

 日のある内は頭の内が湯立ちろくに脳が働かなかった者達も、この時ならばようやっと、冷えて思考が巡り始める。

 

 やたらめったら評判が悪く、またその実体も劣悪なテントの中ではなく、地上に降りるときに使ったコムサイの格納庫の一部を間切りして。

 冬彦の他、数名が雁首揃えて話すのは、隊の深刻な問題についてである。

 この場においては最も階級が高く、招集をかけた張本人である冬彦はしばらく口を開くこともなく腕を組んで瞑目していた。

誰も彼もむっつり黙り込んでいるのを見て、やがて一口茶を含んで舌を湿らせてから、面白くなさそうに言った。

 

「どうしても無理かな」

「無理だと思います。陳情書も相当数が上がってきています」

 

 冬彦の問いかけに、フランシェスカが手に持つ書類に眼を落としつつ答えた。

 彼女もまた暑さには参っているのか、顔には薄く疲労の色が浮いている。それでも挙動においてはいささかも精彩を欠くことが無いのは、彼女がMSパイロットであるからこそだ。

 一方で、大丈夫では無さそうな者もいる。アヤメである。軍服の襟元を開けてはいるが、上着を着ているせいで暑いのだろう。少し頬が上気しているように冬彦には見て取れた。

 

「この件に関しては僕も同感だよ。むしろ一刻も早く手を打つべきだ」

 

 言う彼女の眼差しは何時になく真剣である。

 それは周りも同様で、特に階級が上にある者ほど、その傾向が強いようだ。

 

 部隊の首脳部が集まって、額を付き合わして話し合う問題。

それは――

 

「はっきり言うよ、中佐。このままでは僕らは、この酷暑の前に敗北する」

 

 はっはっは、と快活に笑い飛ばせればどれだけ良かったことだろう。残念なことに冬彦自身が半ばグロッキーである。

湿気で無線機の調子が悪くなるような、簡易サウナのようなテントの中で半日過ごすと言う苦行を毎日強いられる今の冬彦には、笑うどころか頬をつり上げることさえできやしないのだ。

 

そう。問題とは。

他ならぬ、人を容易くうだらせる高温多湿の気候にどう対処するか、であった。

 たかが暑さ、気合いでどうにか……と言う者もいるだろう。実際にそれで通す者もいるだろう。冬彦も、それを言いそうな人間を何人か思い当たるだけに、最初はそれで通そうかとも考えた。

 

 しかし、それができない理由が大きく二つあった。

 一つは、士気の問題である。

 元々冬彦以下、独立戦隊の人員はこれまで宇宙空間での戦闘ばかりで、地上に降下した経験などあるはずも無かった。

 宇宙から地上という、激しい環境の変化に、多くの者がまだ順応できていなかったのだ。ましてや、アジアの高温多湿という戦場。

 既に体調を崩しかけている者も出ているのが現状であるし、季節的に見てこれから更に暑くなる。

降下地点が前線から離れていたから今はまだ良いが、このまま戦闘に突入していけば、はっきり言って部隊の何割かは戦闘を繰り返す内に“潰れて”しまうだろう。

 

 もう一つの問題は、フランシェスカとアヤメの存在である。

 彼女らのような女性士官に、暑いなら脱げば良いじゃない、とは言えないのである。

 ジオンは連邦以上に、軍部に在籍する女性士官の地位が高い傾向がある。例を挙げれば、総帥府のセシリア・アイリーン辺りが筆頭で、総帥ギレンの右腕であり、そこらの将官よりも偉かったりする。佐官程度なら“あご”で使うことだってできるだろう。

 

 本人達が気にしないなら良いような気もする(そういう部隊もある)が、仮にそうだったとしてもフランシェスカなどにそんな格好をされては今度は男性士官の精神衛生上よくないし、アヤメも良いところの出で、本国の実家に情報が漏れるとよろしくない。何がとは言わない。ただ、どちらも日の照る昼間はそのシルエットがややはっきりするとだけ。

 

それに、本人達もまた別の解決策を求めている。

 

「どうする。先に言っておくが、無い袖は振れないぞ」

「一日辺りの水の配給量を増やしては?」

「それよりも扇風機の方が良い。あれを兵が詰めている場所事に設置して、風通しを改善すればかなり違うはずだ」

 

 前者がフランシェスカで、後者がアヤメだ。

 だがどちらの意見も、とうの昔に没案になっている。

 時は、夜。肌に張り付いた汗はとうに冷え切り、彼女らの頭も大いに働いているが、大した案は出はしない。

 単純であればあるほど事物事象を切り崩すのは酷く難しい。それを体現するような状況である。

 

「駄目だ。水は生命線だぞ。今は余裕があるが、備蓄が過剰なわけじゃない。あと扇風機は私物だからあれ一機しかない。やらん」

「あの骨董品、君の私物だったのか……」

 

 宇宙においては、基本的に空調は完璧であるため、扇風機の出番などまず無い。よって骨董品扱いである。

 とにかく、二人からそれぞれの意見を聞き、いずれも却下した以上、また別の意見が求められる。

 普段なら、苛立ち紛れにがりがりと頭を掻くところ。気まぐれに米神に中指を押し当てれば、しゃり、と懐かしい音がする。

 

「あのー」

 

 手を挙げつつ、軽い口調で切り出したのはピートである。MSパイロットで、アクイラ所属だった男だ。

 

「軍服、いじれませんかね。半袖にして袖口広くするだけでもかなり違うと思うんですが……」

 

 その問に対する答えは、沈黙だった。

 おまけに、冬彦とアヤメの表情は渋い。

 何か気に障ったかと、ピートもまた慌て始める。

 

「あ、あれ? 結構良い案だと思ったんですけど……」

 

 二人が顔を見合わせるのにも、理由がある。

 軍服の改造というのは、一定以上の士官に許される特権の一つであり、大規模にやるとなるとカテゴリがいわゆるカスタム品から制式品に変わってくる。

 それを裁量が大きいとは言え、勝手にやって良いものか、少々難しい判断になるのだ。

 ソーイングセットで一人二人のを弄るのとは話がまるで違ってくる。一部隊とはいえ、MS十機を擁し、規模はおよそ中隊から大隊に匹敵する。

 それだけの人数の軍服を一挙に弄るとなれば、動く“金”も、それ相応の物になる。

 

「どうかな?」

「正直、微妙な所だな……」

 

 しかし、躊躇ったところで他に案がないことはどちらもわかっている。

 もはや暑さにはそう長いこと耐えられない。そして、他に道は無い。

 どうせやるなら、ちょっと良いものにしようとか、通気性の良い生地を使おうとか、既に二人の頭の中ではそういった事が動き始めている。

 

「士官があまり砕けた格好をするのはまずいんだがなぁ……しょうがないか」

「いや、士官の方は問題無いだろう。中尉以上なら前例がある。問題は下士官以下のほうだね。どうする」

「オデッサに連絡して、向こうの地上用軍装の型紙のコピーだけ送ってもらってこっちで造ろう。それなら早い」

「わかった。そっちは僕が手配しよう。何、いざとなれば僕が型紙を書くさ」

「できるのか?」

「できないことはない」

 

 レンズ越しに行き交う視線が、その活動の度合いを早めていく。他の面々は話は済んだ、方がついたと言わんばかりに、上官である二人に一言二言断って敬礼一つ、コムサイを後にする。言い出しっぺのピートなども、足早に去って行く。

残されたのはフランシェスカで、副官としての義務感か、手持ちぶさたになりつつあるが、それでも動くことなく発言の機会を、もしくは用件を言いつけられるのを待っている。

 

「製作は……というか、発注をどうする」

「本国やソロモンでも遠すぎる。近隣のどこか適当な所に発注しよう。支払いは金と物資、半々で」

「その辺が妥当か……フランシェスカ」

「はっ」

 

 先ほどまでは他の者と同じく着席していたのだが、冬彦の言に合わせて勢いよく立つ様は、今すぐにでも外へ駆け出せますと身体で表しているようだ。

 月での一件以来、精彩も戻ってきている。この暑さでまた隠れつつあるが。

 その静かだが活力のある気勢に、冬彦の方が半ば気圧されたようになり、僅かながらに言葉がどもる。

 

「近隣都市のデータをまとめておいてくれ。大まかな物で良い」

「了解しました!」

 

 敬礼一つを残し、今度こそフランシェスカもコムサイを後にした。

 コムサイの一角に、冬彦とアヤメ。二人きりだ。

 立ち去る機を逸し、しかしこの場で始めるような新しい話題も特に無く。

 

「……ああ、そうだ」

「うん?」

 

 どちらか口を開くことも無く、時間だけが過ぎていくのかと思いきや、アヤメが早々に口火を切った。

 まだ何かこの場で話すことがあったろうかと疑問に思う暇も無く、アヤメは席を立ち、冬彦の横に立つ。

 

「向こうとこちらで季候が違うから、少し手を加えたいんだが、良いかな」

「……いいんじゃないか?」

「そう。ありがと」

「…………?」

 

 

 

 敬礼の代わりに軽く手を振り、背を向けて去るアヤメの姿に、一瞬何か引っかかるような物を感じたが、何せこの日も暑かった。特に呼び止めることもせず、冬彦もまた己のテントへと引っ込むべく立ち上がった。

 ぐっと背を伸ばすと、昼間の汗で張り付いていたシャツがぺりぺりと肌から剥がれるのが心地よく、今日も終わりだと歩みを進めた。

 

 

 

 




お気に入り4,000件突破ありがとうございます!!(言うの結構ながいこと忘れててすいません)


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第三十九話 新衣を纏い


いつから更新は夜にしか無いと錯覚していた?


 

 早朝。

空の色がそれまでの黒一色から、より淡いものへと塗り替えられる頃。

 常であれば起きている者などそうはいないこの時間に、とあるジオン軍の野営地では主に当直の警戒担当であった兵達を中心に慌ただしい動きを見せていた。

 朝霞もまだ晴れぬと言うのに、時間など関係ないとばかりに四方へ走り回っている。

 

 そんな中、無線機の前を独占するオペレーター担当の士官の元へ駆け寄ったのは、丸い眼鏡をかけた将校……中佐という階級にある男。そう、冬彦である。

 その顔にあるのは相も変わらぬ丸眼鏡、しかし先日仕上がったばかりの新しい軍服に袖を通していた。

 上下共に長袖であるが、袖と裾が広く造られているのと通気性の良い素材で造られている為に今までの物とは暑さにたいしての適応性は雲泥の差だ。なお、色はジオン制式の暗緑色。

欧州方面の部隊の物をそのまま流用できた下士官以下の者とは違い、結局アヤメが型紙を引いた戦隊独自の物である。

 更に言うと、ここまでは襟の階級章などを除けば他の士官も同様なのだが、冬彦の物や、戦隊要職につく物はさらにもう一つオマケがつく。アヤメが言った、手を加えた部分。

 マントの代わりに、羽織が用意されたのだ。色は黒で、膝の辺りまで丈のあるそれ。

 本人は此処より寒い地域に行ったときや、式典などの時に見栄えがするようにと言ってはいたが、どう考えても洒落っ気だろう。

 重ね着などできるかと、ほとんど全員が丁寧に畳んで、それをしまってある。

 

「MSだと?」

「はい、間違いありません」

 

 さて、先日までとは打って変わって、きびきびとあっちへ行きこっちへ行きと仕事をする下士官達の間で、冬彦は確認の為の言葉を口にする。

 それに答えるオペレーターも、どこか信じられない面持ちである。

 

「スカウトからデータが来ました。ザクが二、それと新型と思しき青い機体が一」

「新型……それが、こちらに向かってきていると」

「そのようです」

「……この間のHLVかもしれんが……通信は?」

「ありません。こちらからの通信にも応じません。該当するスカウトが未確認部隊の進路と重なるとのことで一度引かせましたが、戻しましょうか?」

「いや、いい。正しい判断だ」

 

 どう判断するべきか、迷うところだ。

 友軍であることは間違い無いとは言う物の、もし万が一MSが連邦に拿捕されたものであったとしたらどうか。

 部隊には被害が出るだろう。それも、かなり深刻なレベルで。

 先日の月軌道での事もある。何か薄ら寒い物を感じたのはきっと軍服が替わったせいだと言い聞かせ、向けて早口で命令を告げる。

 

「MS隊は全機発進準備にかかれ! 未確認部隊の正面を塞ぐ。防盾を忘れるなよ。偵察ヘリも出すぞ。できるな?」

「既に待機命令を出しております。すぐに飛べますよ」

 

 オペレーターが通信機に取り付き、各所へと命令を飛ばす。通信に応じない以上は、仮に友軍であったとしても未確認部隊であり、相応の対処が必要になる。

 

 この偵察ヘリと言うのは、元からあった攻撃ヘリを改造した物だ。MSとの連携を前提として武装を最低限に抑えた為に火力は著しく下がったが、代わりに稼働時間を伸ばしている。もちろん、改造を担当したのは第六開発局である。

偵察ヘリそのものはあくまで例の如く試験的に造られた物であり、今の所制式採用される予定もない。しかし原型である攻撃ヘリは既に地上軍で制式採用された物である為パーツを取ってくることもでき、整備制は悪くない。人員輸送ヘリとしても、まあ使えないことはないだろう。

 

「……しかし、本当に味方なのでしょうか」

 

 オペレーターの、不安げな声がぽつりと漏れる。

 気持ちは冬彦にもわかるが、情報が集積され、命令が伝達される指揮所にいる人間がそれを言ってはいけない。下手なことを言って、それが広まれば士気に直に影響してくるのだから。

 

「敵でなければ銃は下ろすさ。味方だったら撃たなきゃ良い。何か言われれば適当に茶を濁すさ。通信に出ないのは、気になるが」

「……それは」

「俺も出る。インカム借りていくぞ」

「はっ! ……ご武運を」

「だからまだ敵と決まった訳じゃあ無いと言ってるだろう!」

 

 笑ってごまかす位には、まだ余裕があった。

 ヘッドホン型のインカムを付け、位置を微調整しながらMSを目指して歩く。

 ノーマルスーツとヘルメットの装備一式はあれで地上でも充分に着られる万能装備だが、流石にどこでも着られるという訳では無い。

欧州戦線ならばいざしらず、軍服で息も絶え絶えになるような季候で、宇宙で使える密閉性を持ったあれを着るのは自殺行為だ。

 他に暑さに耐える方法があるのに、快適さを求めてわざわざヘルメットを被り息苦しい中でエアーと電力を浪費するのは流石にいかがな物か。それが冬彦の考えだ。

 

《中佐、今指揮所についたよ》

「やあ、大尉。入れ違いだったな」

 

 付けたばかりのインカムから、聞き馴染んだ声がした。

 階級で呼び合ってはいるが、アヤメであることは冬彦にはすぐにわかった。声で相手がわかるくらいには、長い付き合いだ。

 ちらと後ろを振り返れば、遠目に手を挙げる女性士官が見えた。普段と違い髪が結われておらず、腰の辺りで揺らいでいるのはおっとり刀で駆けつけたせいか。

 

「聞いたか?」

《うん》

「一仕事することになるかはわからんが、そうなったら全体の指揮は任せる。俺は出る」

《任せてくれ》

「頼む」

 

 指揮所からそう遠く無い場所に、ザクが膝立ちの姿勢で並べられている。搭乗した者から順時発進しており、既に幾つか空白になった場所がある。

 丁度立ちが上がったばかりの機体と、目があった。光学機器であるモノアイが、ある人に言わせればぐぽーんという擬音をもって、光る。

 右肩のマーキングは04。乗っているのはゴドウィンだ。

 

《お先に失礼します、中佐》

「ああ、俺もすぐにいく。地上だからと足を取られて無様を晒すなよ! もしそうなったらお前だけ元の軍服にしてやるからな!」

《了解っ、であります》

 

 ザクマシンガンを装備した右手を掲げて、ゴドウィン機は先に行く。

丁度それまでゴドウィン機がいた場所の隣に置いてあった冬彦の自機であるS型は、地上へ移るに辺りバックパックが撤去されている。他機も同様だ。

 一時的に元のランドセルに戻された姿は、えらくすっきりして物足りない印象を受ける。たかが背負い物一つでこうも変わるかと拍子抜けと言っても良い。

 

 それでも、やはり軍人一人に与えられる兵器としては破格の物だと思い、自分を戒めた。

古の騎兵にとっての馬、そして、近代の戦車を掃き散らすことのできる存在。MS。

 宇宙とは、また違う戦場。地上でのモビルスーツというものの在り方に思いをはせながら、冬彦は頭上から垂れ下がったウインチに足をかける。

それが巻き上げられていき、やがてはコクピットにたどり着く。ハッチを閉め、いくつかのチェックを済ませれば、それでザクの目に火が灯り動き出す。まずは、立ち上がるところから。

 銃を持ち上げ、盾を据え付ければ、これでもう戦える。

 

「ヒダカ機、発進する」

《ご武運を!》

 

 ――そう、戦えるのだ。

 

 MSを動かしたことがあるのは、何も宇宙だけでは無い。サイド3のコロニーの一つで、重力下における訓練をしたこともある。月とて、弱いなりに重力はあった。

 大きく異なるのは、一歩一歩に付きまとう突き上げるような揺れだけか。

 

「先行している各機。相手を視認できたか」

《いえ、まだです。中佐》

《偵察ヘリからの位置情報で、狙撃できますが……》

「逸るな。友軍だったら事だ」

《はっ》

 

 予定ポイントに着くと、冬彦は防盾を前に掲げ、コクピットを守る姿勢を取った。

 これで、しばらくは待ちだ。ザクマシンガンの砲口を前に向けておく。彼我の距離はおよそ十㎞前後。

野営地の周囲にスカウト隊による早期警戒ラインを引いていたこともあって、相手が仮に敵に拿捕された機体であったとしても、先手を取ることができるだろう。

まあ、スカウト隊の編成はアヤメの言い出したことであって、冬彦の手柄ではないが。

 

「アヤメに感謝しないとなぁ」

《は。大尉が何か?》

「なんでもない。それよりも、偵察ヘリから映像を回せないか。向こうさんの姿を確認しておきたい」

《……まだ距離があるので、映像は難しいかもしれません。静止画ならいけるはずです》

「それでいい。頼む」

《わかりました。中継します》

 

 しばらく、その画像が届くのを待つ。

 

「おっ」

 

 モニタに反応があったのは、比較的すぐのこと。

 それを選択して表示してみれば、なるほど確かにザクとグフである。

 内訳は、報告通りザクが二機と、ロールアウトして間もない新型、グフが一機。装備は標準的な物。背後には車両を含む隊列も見える。どうやら、旧世紀のハイウェイを利用しているらしい。隠蔽性よりも、移動力を重視しているようだ。

 新型であるグフがいる以上、これで敵ということは無い。なら、なぜ通信に応じないのかという疑問が出てくる。

 

「見た限りでは、友軍だが……」

《そのようで。もう二、三枚送らせますか》

「いや、良い。ヘリを落としにこない辺り、敵対意志はないんだろう。……偵察ヘリ、聞こえるか」

 

 少しばかりのノイズと沈黙の後に、返事がくる。ヘリのローター音がやかましいため、相手の声は大きい。

 

《…、……はっ、聞こえております!》

「信号弾で停止命令を出した後、再度通信を試みる。中継を頼む」

《了解しました!》

 

 ザクの肩から打ち上げられた、三発の発煙信号弾。こちらが向こうの進路を塞ぐようにして位置取っている以上、これでなお知らぬ存ぜぬは通らない。

 通信機の設定を広域の物に。周波数を、より広くして言葉を発した。

 

「こちらは宇宙攻撃軍第二十二独立戦隊、フユヒコ・ヒダカ中佐である。前方の部隊に告げる。貴隊の進軍を一時停止し、所属と目的を明かされたし。繰り返す。所属と目的を明かされたし。従わぬ場合は、こちらには貴隊を制圧する用意がある」

 

 さて、これでどうでるか。結局ドズルの言った補充パイロットが来なかった今、戦隊のザクは十機。内、配置についているのは六機。対艦狙撃砲持ちは二機のみ。後続四機も、そう遠からず到着する。相手はグフがいるとはいえ三機。余程のエースでも無い限り、負けるとは思えない。その程度には戦線を超えてきた。

 

(……ん。あれ、これフラグじゃ……)

 

 そんな思考が、ぴたりと止まる。この状況が、どうも禄でもない状況のテンプレートに結構当てはまっているような気がしたのだ。

 例えば、三機という数。某白い悪魔の部隊がそうであった。

 例えば、戦隊の定数である十二機という数。正史のコンスコンが率いてその結果に絶句した数がそうであった。

 

(まさか、な。いや、まさか……)

 

 嫌な考えを打ち払うように、両手で己の頬を打つ。こう言うとき、ヘルメットが無いと良い。思ったときに、すぐに行動できる。

 

 そして気合いを入れたのが功を奏したのかどうなのか、ハイウェイを行く部隊はMS、車列ともに停止した。

 

《――前方の部隊。攻撃の用意を解かれたし。友軍である》

 

 驚くべき事に、聞こえて来たのは女性の声だった。

 

 そして続く言葉に、冬彦は絶句する。

 

 

 

《こちらはジオン公国親衛隊アジア方面派遣団、ミレイア・セブンフォード特務中尉である。事情は直接あって話そう。受け入れの用意を要請する》

 

 

 

 





ユーリ・ケラーネ少将の秘書さんの制服が青だった調べれど調べれど理由がさっぱりわからん。
まっさか実は凄腕パイロットで護衛兼任なんてことはないだろうし……orz……


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第四十話 親衛隊到来

いつから一日一話しか更新しないと錯覚していた……?

ストックなどしやぬ! 一話一話完成し次第投稿してやるともさ!



 ジオン公国親衛隊と言えば、公国軍の中でも相当なエリートである。

 サイド3の総帥府に属する部隊で、わかりやすく言ってしまえばギレンの閥。

 本国に居る為、実戦は他の二軍と比べて少ないが、一方で優秀な者が集められ、更には装備も質の善い物が集められ、その更新も早い。

 よって、規模は他の二軍に劣りこそすれ、その戦闘能力においては決して劣らない。そういう軍なのだ。

 中央の軍であり、本国の駐留部隊であるというのが基本である為、戦場に出向くことは通常であればまず無い。だが、時にはギレンの命により少数が他所に出向することもあるのだが、その場合は一部に特権が与えられる。

親衛隊において階級の前に特務がつく場合、現地においては更に二階級上乗せした階級の扱いになるのだ。

 例えば、目の前のミレイア・セブンフォードと名乗る特務中尉の場合であれば、少佐相当として扱われるのだ。

 

「受け入れ感謝する。お会いできて光栄だ。ヒダカ中佐殿」

「……いいえ、こちらこそ。名高い親衛隊の方とこうして対面できるとは、望外の喜びであります」

 

 赤い彗星や深紅の稲妻とも違う、すこし褪せた赤い軍服に、同色の制帽。冬彦の知る知識に相違なければ、親衛隊で間違い無いだろう。

 おそらくは、アヤメと同じような指揮官タイプであろうが、飄々としているアヤメに対して、こちらは割かしかっちりとした印象をうける。

 奇しくも、性別もまた同じく女性。軍服を押し上げる胸はフランシェスカにも匹敵するだろう。軍服よりもなお鮮やかな赤い髪は後ろでまとめられており、笑みを浮かべながらも灰色の瞳はこちらを観察するようで、獲物を見定めているようでもある。

 不敵。一言で表すならこれであろう。

 

 色々と、一度目にしたならば中々忘れられそうに無い相手である。見た目などは、選考基準ではないはずなのだが。

 

「まずは謝罪させて欲しい。できればすぐに通信に答えるべきところを、こちらにも都合があったために答えることができなかった。申し訳ない」

「その件については、もうお気になさらぬようお願いします。誤解も解けたのですから」

 

 軽く腰を折るミレイアに対し、冬彦ができるのはそれを受け、余り深く追求しないことだけだ。

 階級では冬彦が上だが、親衛隊とことを構えるというのは間接的にギレンと事を構えるということであり、対応としては間違っては居ない。

 四輪駆動の装甲車で野営地に赴いた彼女らに、何か理不尽な要求をされたわけでもないのだし。少なくとも、今はまだ。

 

「そう言ってもらえると助かる。本当のことを言えば、このようなところに降りる予定では無かったのが、計算が狂っていたようでね。随分と流されてしまった」

「本来は、別の場所に降りるはずであった、と?」

「その通り。我々の本来の目的地は、ラサ基地だ」

 

 なんとまあ、と呆れてしまったのも無理はないだろう。何せ、緯度、経度ともに二十度以上離れている。連邦の妨害にあったというのならともかく、そうでないのなら軌道計算を行った人間を首にするべきだろう。

 

「では、すぐにお発ちになられるか」

 

 表向きは、残念極まりないような表情を作っておくのを冬彦は忘れない。その辺りも処世術である。無論本心は、このままとっとと他所へ行け、というのが本音だ。

 何せ、ラサ基地。責任者はギニアス・サハリン技術少将であり、技術者として優秀ではあるが、“黒い”、もとい“怖い”人物。

その下にいるノリス大佐にはMS乗りとして一度会ってみたくもあるのだが、ヘタに藪をつつきたくないというのもまた本心である。

 どうせ今の時期に行ったところで、アプサラス計画は殆ど進んではいないだろうし、行って見るほどの物は無い。同道を願い出る必要も無いだろう。

 

「そのことなのだが、中佐殿。お願いがある」

 

 机越しに、ミレイアがずいと身を乗り出し、切り出した。

 胸が机に押しつけられて、形を変えている。眼福。

 

「幾らか、戦力をお貸し願えないだろうか。ラサ基地までは距離がある。なんとしてもたどり着かないといけないのだが、手持ちの戦力では、少々不安が残る」

「それは……」

 

 嫌な予感は、これか! と今更ながらに、冬彦は納得する。どうせ親衛隊が来た時点で良い予感はしなかった。しかしこういう形で、というのは予想外である。

 ともあれ、沈黙を続けるわけにはいかない。

 

「ザク二機と、新型一機。我々の勢力圏内において、それで不足と仰るか」

「途中、反ジオンの民兵やゲリラが出没すると聞くエリアも通る。万が一があっては困る」

「……親衛隊が、民兵やゲリラに不覚を取ると?」

 

 この冬彦の言葉に、ミレイアのみならず、同席していた他の者も目を剥く。

 親衛隊を揶揄するような、中々に怖いセリフだ。冬彦も、本国にいたなら絶対に言わなかっただろう。あるいは、ソロモンであっても。

 

 しかし戦力を寄越せと言われれば、その時点で冬彦の腹は決まる。受け持った以上は、どうあろうと冬彦の部下であり、その責任は冬彦が負わねばならないし、負うべきだ。

 つい先日も、直属のMS隊からクレイマンとベンの二人が退職したばかり。殉職で無かったのがせめてもの救いである。

 そんな中で、他所の部隊にほいほい部下を渡すわけにはいかないのだ。

 それが、例え親衛隊であろうと、だ。

 

 不遜ともとれるセリフは、この件に関しては譲らない、という意思の表明であり、例え表向き諂おうとも、親衛隊といえど一線は引かせてもらうという立ち位置を示す冬彦なりのジャブでもある。

 

「聞けば、中佐殿の隊にはザクが十機あると聞く。半分も、とは言わない。一機か二機でも良い。それでも駄目だろうか」

「それでも、です。生憎と、出せるような戦力はない」

 

 譲歩し、言いつのるミレイアに対して、掩護は冬彦の隣から飛んできた。アヤメである。この場には、戦隊のナンバーツーとして臨席している。

 冬彦のはっきりとした拒絶の意志を読み取ったのか、親衛隊が野営地に来てから今まで一度も口を開くことが無かったのが、頑とした態度で舞台へと上がってきた。

 

「貴様には聞いていない。特務中尉殿が中佐殿に聞いておられるのだ」

 

 味方が増えれば、敵も増える。ミレイアの側にも同席者がおり、グフのパイロットだと言う中尉である。

 茶髪にパーマを当てた男で、背は冬彦よりもなお高い。一見すると軽薄そうだが、纏う空気は随分と静かだ。

 しかし、そんな相手であろうとも、アヤメは引き下がることはない。

 むしろ本領発揮とばかりに、眼鏡の奥の瞳が怪しく光る。こういう時のアヤメは、彼女を知る者をして敵で無くてて良かったと常々思わせる。無論、冬彦もだ。

 

 ミレイアのように身を乗り出してくるのではなく、逆に椅子の背もたれに身体を預けるようにして身を引き、件の中尉に視線を送る。

 

「貴様と言ったか、中尉。貴様パイロットのくせに机一つ挟んだ相手の襟の階級章すら見えぬほど目が悪いのか? 私も中佐も眼鏡を掛けているが貴様の中尉の階級章はよく見えるぞ。それとも悪いのは頭か? 親衛隊だからと、中尉が大尉より偉いとでも? 貴様の階級の頭になぜ特務がついていないのか察するのは容易いな、中尉。黙っていろ」

「なっ……!」

 

(ああ、言いよった……!)

 

 親衛隊が相手でもその弁舌は矛先を鈍らせることはないのかと、違う意味で冬彦は背筋が寒くなる。

 喉がひりついたのも、暑さのせいばかりではないだろう。

 

 彼女が吐いたのは毒だ。後々になって人を殺すようなおぞましい毒ではない。

 しかし今この時に、肌に叩きつけるような痛みを与える酸の如き熾烈な毒だ。それもとびきりの。そういった直接的な刺激のある言葉に慣れていないようなら、特に良く効く事だろう。

案の定、目の前の男は目をいからせ、それまでの静かな空気はどこへやら。射殺さんばかりの目でアヤメを見ている。対するアヤメはどこ吹く風で、やるなら受けて立つと言わんばかり。

 頼もしくもあるし、痛快でもあるが、後始末をするのが自身となると気疲れしてしまう。

 

「大尉。それ以上は親衛隊にたいする侮辱と取る。止めて貰いたい」

「これは失礼」

 

 居住まいを直してそう言うが、悪びれた風はカケラも無い。さも当然と言わんばかりだ。

 この態度は親衛隊を相手にしては間違ってはいるが、軍人としては間違ってはいない。

 

 言い換えれば、親衛隊としての側面を崩せれば、間違いでは無くなる。

 

「中佐殿、どうにかならないだろうか」

「申し訳ないが、我々にも任務がある。無闇に兵を分散させられない」

「……被害が出た場合に、もし援軍を得られていれば、と報告することになってしまうのだが」

 

 今度はミレイアが毒を吐く。人を誘惑するような、うっとりするような甘ったるい笑顔だ。残念ながら、似たようなのが隣にいるため効果は無いに等しいが。

 それにしても緩急とも言うが、いやに直球な脅しに出たものだ。

だが、これも空振りに終わる。

 それどころか、真正面から打ち返されることになる。

 

「自分の無能を人が助力しなかったせいにしないでいただきたい。そもそも今の戦力に問題があるなら、前もってもっと連れてくればよろしい。他所頼みの現地調達など、もっての他でしょうに」

 

 また、アヤメだ。今日は絶好調である。

 

「……特務中尉。結論を言おう。悪いが、貴官の隊に部下は割けない。自前の兵で対処してくれ」

「……そうか。無理を言って申し訳なかった。中佐殿。では、これで失礼する」

 

 話は終わった、と言わんばかりに、ミレイアは食い下がる席を立ってテントを後にする。着いてきていた中尉は、去り際にこちらを睨みつけてはいたが、何も言わなかった。

 

「ふん。口ほどにもないね」

 

 アヤメはどこか満足げだ。一方冬彦は悩みのタネが増えてしまったと、また今後について頭をひねらなければならないことに嘆かずにはいられなかった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「特務中尉殿! ああも言われおめおめ引き下がるのですか!」

「やむを得ないだろう。はっきりとNoと言われた以上は」

 

 リクライニングの効かない、そもそも存在しない無骨な四輪駆動の装甲車。

 その後部座席にて、中尉、もとい男の方がミレイアに詰め寄っていた。

 話の内容はもちろん、つい先ほどまでいた戦隊の対応についてだ。

 

「しかし、あれでは親衛隊の名折れです!」

「くどいな。中尉」

 

 ミレイアの目が、男を見る。妙齢の美女の流し目であるから、どきりとしてもいいはずだ。しかし男の心胆は氷付く。

 男を見る目は、細く、鋭く、灰色の目はさながら刃のようで。

 

「今回は、強制できるような命令が無い以上は打つ手がない。武器はこちらの心証だけ。Noと言われたなら、大人しく引き下がる以外には無い」

 

 男が黙って、こくりと一つ頷くと、気を良くしたわけではないのだろうが、更に言葉を続けた。

 

「今は、さわり程度で良い。どういう手合いかはわかった。なるほど、ドズル閣下の所の士官らしく強情で扱いづらい。理屈よりも、道理を見るタイプだろう」

「いかが、なさるので」

「どうもしない。総帥からの命令には、どうしろとも無い。見に来たのもついでだ」

「は……」

 

 男は、反問する。

 では、目の前の赤い軍服を纏う女は、そのためだけに“わざと遠くに降りた”というのか……?

 

「まあ、総帥が直々にお会いになった数少ない人間の一人にしては平々凡々としていたが……良いだろう。早い内に、ラサ基地へ行こう」

 

 

 

 ジオンの闇は、未だ深い。

 

 

 

 




スチームパンクシリーズで一発ネタが浮かんだ。
投稿は多分しない。
眠い……


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第四十一話 機動巡洋艦


プロオオオォォォォォジット!!



うん、深い意味は無いんだ。けどできれば後書きは見て頂きたい。


 

 

 

 七月、初旬。

 

 いよいよ熱波が本気を出し始めるこの時期に、それはやって来た。

 雲の向こう。宇宙から。二つ連なってやって来た。

 大気との摩擦で真っ赤になりながら、しかし空中分解することもなく、悠々と空を飛ぶ。

 親衛隊が使用したのと同じ、旧世紀のハイウェイ跡を利用して着陸した巨大な“それ”。

 

 冬彦はそれが何かは知っている。艦長職にあったアヤメや、宇宙艦艇の好きな者や耳ざとい者なども、その名を知っているだろう。

 

 ザンジバル級機動巡洋艦。

ジオンの保持するムサイ級軽巡、チベ級重巡と並ぶMS運用の軸の一つ。地上でも運用でき、ブースターを付ければ大気圏離脱も行える優れもの。MS搭載数も多く、一部MAを搭載することさえできる。

その分コストはかかり、ムサイやチベに比べると数が少なく、一部特殊部隊などで旗艦として運用されるのが多いのだが……それが、二隻。

カラーリングは二隻とも同じで、ザクの物より幾らかくすんだグレー混じりのグリーン。

時にこのザンジバル、同型艦であっても姿形が異なる場合が多い。カラーリングだけでなく、砲塔の数や格納庫の広さ、武装の有無など、全体的なシルエットさえ大きく異なる場合があるのだ。今この目の前にある二隻さえ、どちらも武装は控えめであるという点は共通している物の、片方はもう一方よりも明らかに幾らか全長が大きい様に見える。

 

通信によると、どうやらこの二隻がドズルが言っていた代わりの艦であるらしいのだが、少しやりすぎではないかと思えるような優遇っぷりである。

コンスコン少将辺りに恨まれやしないか不安になりそうな程だ。

 

 とにもかくにも、補給が来たと言うことで足の速い偵察ヘリ二機に分乗して様子を見に来たのだが……上空から見下ろしても、全長三百メートルを超える艦が二隻縦に並んでいるというのは威圧感があった。

 上部ハッチから着艦し、補給部隊としてザンジバルを運んできた部隊の責任者がいるという艦橋へと通されて。そこで待っていた人物も、冬彦を驚かせた。

 

「よう」

 

 待っていた男の階級は、大尉。しかし気軽なその態度は、中佐にする物では無い。

 しかし冬彦はそれを咎めることはしない。

 目の前の人物であれば、咎めたところで気にもとめないだろうし、決してこちらを下に見た物ではないとわかっているから。

 

 鉄メットをかぶった、もみあげから鼻の下まで繋がった髭が特徴的なやや太り気味の大柄な男。

 冬彦が、初めて配属された部隊の隊長であった男。ざっくばらんな態度もそのままだ。

 

「ガデム、大尉……?」

「おう。中佐になったんだとな。偉くなったもんだ」

「はっ、ありがとうございます」

 

 ガデムは、冬彦が新任少尉で会った頃と変わらず、不敵に笑う。冬彦は、少し困ったように。まるで変わっていない。

それとは別に、冬彦が大尉であるガデムに対してまるで上官であるかのように対応していることに驚いたのか、フランシェスカなどはガデムではなく冬彦の方を凝視している。

 そんな視線にも気づいているのだろう、ふんと鼻を鳴らしてガデムは指揮座から立ち上がり、冬彦の方へと歩み寄る。手にはファイルがあり、そう厚くはない。

 

「ほれ、受領証だ。とっとサインしてくれ。……それとそこの中尉」

「はっ」

 

 声を掛けられるとは思っていなかったのか、フランシェスカの声は少しうわずっていた。

 

「こいつは新任だった頃に儂の部下だったのさ。そのおかげでこうして中佐殿にも気をつかわんで済むわけだ」

「無礼ではないですか」

「嫌なら本人が言うさ。なあ中佐殿」

「……公式の場では、お願いしますね」

「ふん。それくらいはわきまえとるとも」

 

 気を悪くしたのか、そうでないのか。その辺りを見極めるのが難しい御仁だが、冬彦はガデムの事は嫌いではない。少なくとも陰険なことをするような人物では無いし、何だかんだ言って気を遣ってくれていることを知っているから。

 フランシェスカの視線に気づいた辺り、周りの機を見るのも不得手というわけではないのだろうし。

 

「しかし、ザンジバル二隻とは豪勢なことで」

「そうでもないぞ。少しずつだが方々に回されておるようだ。ルナツーで得た資材がある内に、ザンジバルの数を増やしておきたいんだろうな。おかげで儂はパプアと離ればなれになっちまったが」

「……? すぐに宇宙に戻られるのではないのですか?」

「その受領証を読んで見ろ。補充パイロットの項だ」

 

 言われて、ファイルを開き、頁を捲る。

 フレッド・カーマイン伍長、ザイル・ホーキンス軍曹と懐かしい名前の上に、ガデムの名が記載されている。

 視線は、自然とガデムの方を向いていた。

 

「わかったか? お前のおかげで気楽な補給部隊ともおさらばだ。何やら新型も回されてきたが……あれはいかんな。儂はしばらくはザクでやらせてもらうぞ」

 

 ラコック大佐も、もう少し下のことを考えてくれんと。とガデムがぼやいているが、想像通りならそう悪い物では無いはずだ。グフ、回されたんですか。

 

「それとザンジバルと言っても後ろの艦は工作艦だ。戦力としては数えん方が良い。この艦にしても地上運用を念頭に大分武装を絞っている」

「なぜ?」

「数だけで言えば、MSは大隊規模の十三機。パーツ取り用だろうが予備機もある。それだけの数を腹に抱えて移動せにゃならんのだぞ? 多少削らねば自重で落ちるわ」

「なるほど」

「本当にわかっているのか? まあいいさ。これから隊長はお前だ。この船の艦長はそっちの眼鏡のお嬢ちゃん。儂は向こうの工作艦の艦長ということになる」

「指揮権は貴方? それとも僕?」

 

 声を上げたのはアヤメである。ザンジバルに入ってからは興味深げにそこら中を見回していたが、艦橋に入ってからは大人しかった。ガデムの人となりを見定めていたのかもしれない。

 

「艦隊の運用は基本的にそちらだ。儂は状況によってはザクで出撃せねばならんからな。全体の指揮はできん。それに、ここのクルーは元々お前さんの部下だ。その方がやりやすいだろう」

「それはありがとうございます。ガデム大尉」

「礼を言うようなことでもなかろう。それに、早速仕事が待っているぞ」

「は?」

 

 ガデムは、人の悪い笑みを浮かべてアヤメを見た。この姿をして悪役と言われれば、きっと誰もが信じるだろう。

 

「コムサイだよ。ザンジバルを寄越したんだから、貴重な大気圏往還船をとっと返せとのお達しだ。それ用のブースターも積んできてある」

 

 先にそれを下ろさねば、お前達のザクは積み込めんからな、とガデムは続ける。

 今現在野営地の一部として使われているコムサイは、大気圏突入が可能であるというだけでなく、ブースターを装備すればのザンジバルのように大気圏を離脱することができるし、ある程度自力航行もできる。HLVよりもコストはかかるが、手間はかからないのだ。

 

 でもって、ガデムはその作業の指揮をアヤメにやれと言っているのだ。

 アヤメは、意外なことに笑顔だった。しかし付き合いの長い冬彦にはわかる。

 きっと、内心でこの爺とか思っているに違いないと。

 階級は同じ大尉でも、軍歴はガデムの方が長いし、特に文句を言う理由もない為に黙っているのだろうが、本心では面白くはないはずだ。

 何せ新造艦のザンジバル。それも自分が任される艦。気になることは多いだろう。

 

「儂は中佐殿に、工作艦について話があるんでな」

「……いいでしょう。話は既に通っているんですね」

「もちろん」

 

 大尉二人の間で、微妙な空気が渦を巻く。フランシェスカは冬彦の背後へとすっと移動した。冬彦を盾にする構図。

 

 くわばらくわばら、と内心でアヤメに手を合わせていると、キッと睨まれた。

 

 

 

「ふー……偉くなった分、随分面倒な事に巻き込まれているようだな」

「面目ありません」

 

 ザンジバルの廊下は、新造艦というだけあってどこもかしこもぴかぴかである。実戦を経験していけばそのうちに生活感も出てくるのだろうが、今はまだそういった匂いは何処にもない。

 そんな中であるというのに、三人の周囲だけはどこか暗く見える。実際にそうではなく、雰囲気が、である。

 今はブースターを下ろす作業で忙しいはずなのだが、誰とすれ違うこともない。

 誰もいないはずはないから、たまたま誰とも出会わないだけだ。数百人はいるクルーの誰とも。

かつりこつりと軍靴の音が響いて消える。

 

「……できれば、そっちのお嬢さんには聞かせたくないんだがな」

「彼女は副官ですので、お気になさらず」

「そうか」

「ええ」

 

 フランシェスカは今も静かに冬彦の背後に控えている。お嬢さん呼ばわりされても、特に何かを反論することもない。

 グラナダからの撤退戦以降吹っ切れたのかなんなのか、MSに乗ることに対する忌避感は薄れたようなのだが、前にもまして副官の職務に打ち込むようになった。なぜだろうか。

 

「ほれ」

「それは?」

 

 ガデムが何でも無い風に取り出したのは、ケースに入った小さなメモリーディスク。ケースには赤いテープで封までされている。

 直接手渡す辺り、例の如く機密レベルの高い物なのだろう。おそらくは、ドズルからの命令が入った物か。

 

「ラコック大佐から預かってきた。中身は儂も知らんが碌なもんじゃないだろう。精々扱いに気をつけろ」

 

 受け取った“それ”を、ポケットへとしまい込む。その様子を見もせずに、ガデムは前を向いたままぽつぽつと話しはじめた。独り言のように。

 自分が話したいから勝手に話している、という風にしておきたいのだろう。

 

「工作艦の方にも幾つか機密の高いコンテナがある。そのチップと同じで中身は知らん」

「それを今から?」

「そうだ。中身が何であろうと何時使うかはお前次第だ。だが中を改めるのは早いほうが良い。何が入っているにせよな」

「どの程度の物なのでしょう」

「だから知らんと言っている。ああ、人の背丈よりは大きいぞ」

「はあ」

「それとな」

 

 かつり、こつり。かつり、こつり。

 歩みは止めず、ガデムは言う。

 

「ソロモンはそれほどでも無かったがな。どうも本国がきな臭いらしい。地上もいつまでも無関係ではおられんだろう」

「そこまでですか?」

「何せ儂のような老兵がメッセンジャー代わりにかり出されるくらいだからなぁ」

 

 誰も彼も、どこもかしこも、不穏であると。

 

「言ってもわからんだろうがな。ダイクンが死んですぐの頃のようだ」

 

 

 

 まあ静かではあるがな、と、一言だけ付け足した。

 

 

 

 






前からちょいちょい感想でご指摘を受けていたのですが、キシリアってドズルの妹なんじゃね?っていう問題について。
どうもご指摘によると、作品によって扱いが違うらしいです。そこでここではキシリアを姉として扱うものとします。長らく読者の皆様を混乱させてしまいました。申し訳ありませんでした。



追記。ここ最近ガンダム関係で一番衝撃を受けたこと。



∀ガンダムって、本体重量28.6tでアッガイの四分の一の重さしかないそうな。グフの半分程度。
驚きの軽さですね。






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第四十二話 輝く

この間の日刊一位ありがとうございます!!


「どうもお久しぶりです、中佐殿。一日千秋の思いでお待ちしておりました。ええ、お待ちしておりましたとも」

「お、おおぅ」

「ささ、どうぞどうぞ。お好きな物を手に取ってご覧になってください。地上と言うことで幾らか絞り込みましたが、ザクⅠ初期改修の時と同じ程度の量は揃えました」

「なんたるデジャビュ。というか余計なことを」

 

無事の再会は喜ばしいことであるはずなのだが、それを阻むのもまた彼女だ。

 眼前の台車に山と積まれたファイルに辟易してしまう。顔も引きつっているだろう。

 せめて少し間を開けてくれたなら、素直に喜べた物をどうしてこう……いや言うまい。

 

 工作艦であるという方のザンジバルの格納庫で冬彦とフランシェスカを待っていたのは、かつて仕事を共にしたエイミー・フラット伍長だった。

例の如く、見てくれはさして変わっていない。ノンフレームの眼鏡に、緑の髪を後頭部でまとめるバレッタもそのままで、強いて言うなら、以前は軍服の上に羽織っていたつなぎをきっちり襟の所まで止めていることくらいか。

初めての乗機であったザクⅠに改装を行ったのがもう数年から前のこととは、時の流れは早い物だと実感させられる。

 このまま、何ごとも無く終戦まであと数ヶ月、辿り着ければ良いのだが。

 

「ご心配なく。そのための台車ですので。ヘリに積んでおきますから後でゆっくりとご覧になってください。ちなみに新型のザクヘッドも持ってきていますよ」

 

 ああ、そうですか。きっと知らない内に換装は済んでいるんでしょうね。

 

「見ますか? すぐに出せますよ。今回のはメインカメラにヴィーゼ教授が手を入れた傑作です」

「……元気そうで何より。伍長。あと今はいい」

「それは残念。あ、私、生憎昇進しまして。今は曹長です」

「そいつはおめでとう」

 

曹長と言うと、二つ階級が上がったらしい。

そういや自分も出世したなぁ、と何となく感慨にふけっていると、ガデムが咳払いを一つ。

 

「曹長。それよりもとっとと例のコンテナの所へ案内してくれ。旧交を温めるならその後でもできる」

「おっと、失礼しました。何せ中佐殿と離れて以来、心躍るような派手な仕事が中々無い物で」

「それは、喜ぶべきなのかな?」

「中佐……」

 

それではと、エイミーは眼鏡の位置を直して、身振り手振りでついてくるよう促した。安全靴を履いているのか、後に続く三人よりも重い足音がする。

 

 件のコンテナとやらは、どうやら工作艦の奥まった所に置いてあるらしい。

 遠目には既に見えてはいるのだ。おそらくは“それこそ”がそうなのであろう、緑のシートがかぶせられた、見た限りは立方体の大きなコンテナ。それが横に三つ、並べられている。

 しかし、見えているとは言ってもこのザンジバル級を改装したと思われる工作艦は通常の物より胴が幾らか長い。更に工作艦という性質からか、格納庫が随分と広い。ちなみに、ザンジバルの全長は三百メートルを超える。

 おかげで、格納庫の端にあるそのコンテナまで歩くだけでも、重力下においてはちょっとした運動になる。

 

「おっ」

「どうしました? ……ああ、それですか」

 

 格納庫の端を目指して歩く冬彦だが珍しい物を見つけて立ち止まる。

 ザクに比べると、ショルダーアーマーのスパイクやら脚部やら、鋭角的なデザインが目に付くMS。いわゆる新型である、グフ。

 いつだったか正確には覚えていないが、ルウム会戦後に病院であったゲラート少佐との会話が反映されたのかどうなのか手に持つ武装としてのヒートロッドは無くなり、ワイヤータイプの物が右腕に装備されている。

 しかし残念というか、結局左手はフィンガーバルカンになっている。残念。

 

「これ、技術屋としてはどうなのかね。実際」

「悪くは無いですよ。事実、スペック上はザクより強いです。出力がある分、機動力もありますし装甲も厚い。ただ……」

「ただ、何だ」

「私見ですが、ごく少数の生産に留め置くべきでした。少なくとも、わざわざザクと並行して生産ラインを確保しないといけないようなスペックはないです」

 

 冬彦の隣に立ち同じように見上げるエイミーの答えは、少し意外な物だった。

グフは人にもよるのだが、余り評判が良くない。史実において一部のエースパイロットがカスタム機を駆ってそれこそ化け物じみた活躍を見せた一方で、それ以前の初期のグフが装備面で問題があったり、そもそも重力下における格闘戦用というコンセプトに疑問が投げかけられることも少なくないのだ。

 奇襲戦や乱戦ではその強さを発揮するだろうが、少なくともグフに置いてはその分射撃武器が犠牲になっている。それなりの数が造られる予定のグフだが、全てがそういった想定したとおりのある意味恵まれた環境で戦える訳ではないだろう。

 遠巻きに砲撃されたらどうするのか? 黙って耐えて近づいてくるのを待つのか、一気に急接近して行くか、それとも貧弱なフィンガーバルカンで対応するか。

 

 詰まるところ、格闘戦のできるMSは必要ではあったのだろうが、グフである必要があったのか、格闘専用機ではなく格闘のできる汎用機の方が良いのじゃないか、という問題なのだ。

ザクのガワをそのままにアップバージョンするか、そうでないなら極々一部への、それこそイフリートやケンプファーのような少数生産と供給ではいけなかったのか、という問題でもある。

ガデムにしても、つい先ほど冬彦にしばらくはザク(Ⅰ)に乗ると言っていたくらいであるし。

 

 後々にも、グフの直系と言えるような格闘戦用というコンセプトを持つMSは結構な数が開発される。宇宙で戦える物も現れる。

しかし結局、そういったMSの中に大々的に量産された物が存在しないというのが、きっとこの問題の答えだろう。

 やはりワンオフ機でもない限りは、格闘戦用機を造るより格闘もできる汎用機を目指すほうが大局的には安上がりになるはずなのだ。

 

「そうか……この機体、どうなるんだ? ガデム大尉は乗らんのだろう?」

「予備機扱いですね。中佐殿が乗りますか? 頭部パーツつけますよ」

「いらんし乗らん」

「あの、じゃあ私が」

 

「フランシェスカ中尉、本気か?」

「え?」

 

 

 

 

 

「で、これがそうか」

「ええ、そうです。我々開発局の者は元より、艦内の誰も中身を知りません。もし爆発物だったりしたら一蓮托生になります」

「縁起でも無いことを言ってないで、良いから早く開けてくれ」

 

 間近まで来ると、見上げるような大きさになる。人の背丈は軽く超え、いや四メートル以上はあるか。なお近づいてわかったが、立方体ではなくトラックの荷台にあるような大型のコンテナだ。

 

「あ、それはできません」

「ん? え、これまさか開けられないのか?」

「はい。私には開ける権限がないので出来るのはシートを捲るとこまでです」

「……紛らわしいこと言わんでくれ。で、どうすれば開くんだ?」

「ナンバーロックがあるので、そこに中佐殿のパスを打ち込めば開きます。少し待ってください、シートを上まで捲るのに脚立が……」

 

 エイミーが目当ての物を探してきょろきょろと周りを見渡す。まだ、勝手知ったるとはいかないらしい。

 だがそれよりも、冬彦には気になることがあった。

 

「……俺のパスって?」

「え」

 

 

 

「×××―×××―××××……と、これでどうだ?」

「……当たりのようです」

 

 かこかこかこ、と、端末にずらりと表示された数字の最後の一字を打ち込んでエンターを押すと、電子音が響いた。

 パスは、ガデムから渡されたのメモリーディスクの中身であるファイルの一つに入っていた。

 最初は気まずい沈黙が流れたが、フランシェスカがディスクのことを思い出し、端末に入れてみたところ、ビンゴだった。

ファイルの一つが、その名もずばりロックナンバー。中身の文章データは、0から9までの数字が数十連なった数列で、貨物コンテナの電子ロックにしては随分長い。

 それだけ重要なものが入っているのだろうが、中身を知らずに開ける側としては戦々恐々である。世の中に、知らない方が良い知識というのは山ほどある。コンテナの中身がそれでない、というのは、楽観すぎるだろうか。

 

「さて、ご開帳だ」

 

 壁の一面が少しせり出した後、上の方へと開いていく。中は、意外なことに何かが詰め込まれていると言うわけでは無く、まるで部屋のようだった。

光が差し込み照らし出されたコンテナの中は、銀行の金庫室のようなしつらえで、横から見ても奥行きのある巨大な棚には一面引き出しがついている。

 

「……これは、一体何でしょうか?」

「さて、とりあえず爆弾の類では無さそうだが」

「気をつけてください。何でしたら、私が引き出しを」

「いい。もしかすると、機密書類の類かもしれないし」

 

 コンテナの中に入り引き出しに手をかける間もフランシェスカは冬彦の後に続くが、エイミーはコンテナの外にいる。

冬彦は知らないことだが、開発局の人間は常に前へ出てくるようで、本当はいつもどこか一歩引いている。彼らなりに、自分達の立ち位置には思うところがあるのだ。

 

 そんなことは露知らず、冬彦は手近な引き出しの一つを開けた。横が三十センチ、縦が十五センチほどの、奥行きのある引き出し。それが何の抵抗もなく、すっと手前へと引き出され、その中身が冬彦の前に現れる。

 

 だが冬彦は、すぐに引き出しを黙って閉めた。

 

「中佐殿、中身は何でしたか?」

「…………」

「中佐殿?」

 

 冬彦はエイミーには答えず、後ろにいて、同じ物を見たであろうフランシェスカと視線を交わす。

 視線が何を意味するか察するのはそう難しくない。見たか、と。フランシェスカは、目を丸くしながらも、確かに頷いた。

 

 もう一度、今度は違う引き出しを開ける。まずは隣を、次にその下を。遠くの物を開けたり、反対側の棚物も開けてみたり。

 どの引き出しを開けても、やはり――

 

「……同じだ」

「まさか、これが全部ですか……!?」

「すいません中佐殿。放っておかないでもらえるとありがたいのですが」

 

 自分をほったらかして真剣な表情になっている二人に、エイミーは声をかける。

 二人はしばし見つめ合い、それから少しして冬彦が黙って手招きした。入ってこいということなのだろう。

 

「……大きな声を上げないように」

 

 エイミーが入ってくると、冬彦は引き出しの一つを開ける。

 それまで開けた物に例外が無かったように、この引き出しにも同じ物が入っていた。

 

「……これは!」

 

 黒いクッション材の間に収まった、四角い棒状の金属。

 黒に引き立てられ、輝く金。

黄金の、インゴット。

 

 

 

 

 

 

◆オマケ:ギリギリまでやろうかやるまいか悩んで結局やめた没ネタ◆

 

「さて、ご開帳だ」

 

 壁の一面が少しせり出した後、上の方へと開いていく。中は、意外なことに何かが詰め込まれていると言うわけでは無く、まるで部屋のようだった。

 

 目を引くのは、コンテナの中を埋め尽くす機械群とその中央に安置されたカプセル。

 その蓋が、コンテナが開放されたのと連動して、誰が触れたわけでもないのに勝手に開いていく。

 

 少女、少女だ。白い髪、白い肌。未成熟の肢体。人によっては幼女とも言えるような幼い少女が、カプセルに身を預けたまま、黒の瞳でじっと冬彦の方を見ている。

 

「フユヒコ・ヒダカ中佐ですか」

「あ、はい」

「ソロモンNT研究所より派遣されました、検体№5です。よしなに、マスター」

 

 

 

 




オマケについては、そういやロリわくいないなと思って突発的に書きました。
グフについては、某所のSSでガルマ様が言ってたことが大体当てはまります。ただ、私はあれに完全に同意するわけではありませんが。

……重装型? ノーコメントです。


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第四十三話 とりあえず取っ払うところから

今回ちょっとメタいのですがご勘弁ください。

あと前作の時もそうだったけど、ロリを出した後の感想の数はなんなのか。
紳士ばっかりか。


 ザンジバル級機動巡洋艦内のラウンジにて、野営していたときよりも少しばかり豪華になったランチを、二人の男が突っついていた。

 

二人は共にMSパイロットで、それぞれピートとゴドウィンと言う。

 

当時、と言っても半年ほど前、まだ大尉であった冬彦を筆頭に、士官学校を出たばかりの新任少尉だったフランシェスカ・シュトロエン。クレイマン・カウス。ベン・コンクラート。そしてこの二人。この六人が、最初の部隊だ。

 

 月での戦闘でもって二人減ってしまったが、冬彦の隊の最初期の面子である。

 そんな二人が何をしているのかと言えば、休息と食事を取っているのである。

 

 現在、ザンジバル二隻はやや進路を東へずらしつつ北へ向かって移動している。

 

 ここ二ヶ月ほど沈黙していた戦隊だが、冬彦が指針を示したことでついにその活動を本格的にしつつあったのだ。

 

 とは言っても、ここは宇宙ではない。宇宙での戦闘に慣れ油断した馬鹿を重力という名の怪物が手ぐすねを引いて待つ地上という名の千変万化の難所である。ザクⅡFで、移動する艦隊に先行して偵察を、とはいかない。

 

 まして、足が自慢のザンジバル。ザクでは、機動力の問題や降下装備やらの問題で移動中は偵察や哨戒が行えない。出来ることをあげるにしても、上部ハッチから顔を出し、航空機の襲来に備えるくらいか。

 

 つまるところ、移動中はMSパイロットは割かし暇なのである。

 

「中佐殿、最近何かいやに元気だな」

「開発局の奴らとまた何かやってるらしいが、空元気じゃないのかね。偉くなってから白髪がぽつぽつ増えてたし」

「まあ、ちっと無理してるようには見えるわな。俺らと年はそう変わらんのに」

 

 二人が話題にするのは、彼らの上司である冬彦の事だ。

 

「中佐だもんなー。雲の上の人になっちまったなー」

「俺らも出世したけどな」

「つってもたかだか少尉と准尉だけどな」

「偉い人らが何考えてんのかはさっぱりだ」

「違ぇねえや。良い装備回してもらえるのはありがたいが、後が怖いよ」

 

 もっしもっしと料理を口に詰め込みながら、二人はそれぞれに思うとりとめもないことを口にする。

 やがて先に料理を平らげ、水で口の中に残った物を流し込んだピートが、まだ食事を続けていたゴドウィンに言う。

 

「そういや、中佐が言ったとおりになったな」

「何が」

「ほら、お前もいただろ。アイランド・イフィッシュが落ちた後帰投して、艦の食堂でさ」

「ああ……戦争が長引くかもしれないとか言ってた、あれか」

「おお、それだ。どれだけ続くんだろうなぁ」

「まだ長引くって決まった訳じゃあないだろう。北米じゃ優勢だって聞くし」

「欧州は一進一退らしいじゃないか。制宙権はこっちにあるってのに、連中地上じゃ随分しぶといぞ」

「まあ、そりゃあそうだが……」

 

 ここでゴドウィンもトレーの上の物が全てなくなった。

 休息時間はまだあるが、待機部屋への移動を考えれば今から出るべきだろう。

 と、ふとゴドウィンが片付ける為にトレーを持ち上げたまま、辺りをきょろきょろし始めた。

 

「どうした」

「いや、中佐突然出てきたりするからさ。今日も案外近くにいるんじゃないかと思って」

「流石にない。今はこっちじゃなくて、あっちだ」

 

 ピートの言うこっちとはザンジバルの工作艦でないほうの事で、艦名は「ウルラ」の次の旗艦ということで「ウルラⅡ」である。もう一方の工作艦の方だが、こちらは普通より胴が長いということで「ルートラ」という名前になっている。

 

「執務室こっちにあるんじゃなかったのか?」

「知らん。シュトロエン中尉の機体を弄るとかどうとか」

「またかい」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「へぇっくし!」

「おや、どうしました?」

「……いや、誰かが噂をしているような気がする。気のせいかもしれんが」

「有名人ですからなあ中佐殿は」

 

 やめい、とエイミーに一言突っ込んで、冬彦はインカムに向かって話しかける。

 

「あー、どうだ、フランシェスカ中尉」

《良好です》

 

 聞こえる声は、弾んでいるように冬彦には思えた。

 与えられたは良い物の、本人は乗らないというガデムのグフ。ザクより優れたところもある新型機。放っておくにはもったいない。

だが乗る者がいないので、新型機なのに予備機という妙な扱いになる予定だった。

 

しかし、ここで待ったをかけたのが今グフのコクピットの中にいるフランシェスカだ。

 元々ゲラート少佐にちょろっと情報を見せて貰った時から興味を示しており、どうせ予備機にするのなら乗せて貰えないかと冬彦に頼みに来たのだ。

 元々、フランシェスカは格闘戦においては適正があり、周りもそれは知るところ。頼みを聞いても、身内びいきとは言われない。

そこで、ガデムの了承を取った上で乗機の配置換えを行い、グフをフランシェスカの乗機としたのだ。

 

無論、予備機にしておくならそのままでも良かったのだが、主力の一人が乗るとなれば問題があるのをわかっていてそのまま、というわけにいかない。弄るべきところは弄らないといけない。ザクのバックパックの時はヴィーゼ教授などがメインにいたが、久々に冬彦もやる気である。

 

嫌だろうが気が乗らなかろうが、やるとなったらやらねばならんのだ。手抜きのしっぺ返しがどんな形で来るかわからず、しかも賭けるのが他人の命とあっては、手を抜く方がどうかしている。ましてや、親しい人間だというのに。

 

「左手あげろー」

《はい》

「次、肘――」

 

 まずは、とにかくフィンガーバルカンである。

 

こればっかりは、もうどうしようもない。即納性が高い、一度に五発撃てるなどの利点もあるが、冷静になるととんでもない欠陥に気づく。

 整備性が悪いとか、装填数が少ないとかの問題もあるが、最大の問題は威力である。

 そう威力である。

大事な事だ。

 その大事な威力が、決定的に足りないのだ。

 

冬彦がザクⅠを改修するに辺り、一番最初に立ち上げたお題目の一つに、ザクマシンガンの改修があった。砲身を延長して、それに応じて補強しただけの簡易な物だが、確実に効果はあった。

 

 そもそもこれをなぜやろうとしたのかと言えば、元を辿ればミノフスキー粒子問題やガンダムの装甲問題などには一段劣る物の、意見が割れやすいザクマシンガンの威力がおかしいのではないか?という現実世界の考証があるからで、ややこしい話なので詳しい事は省くが、ようはザクマシンガンの威力が弱すぎないか?という問題である。

 一般的なザクマシンガンは百二十ミリ、初期型は百五ミリである。これがまるでガンダムに歯が立たなかったりジムスナイパー(Ⅰ?)の装甲を正面から抜いたりしてジムの装甲問題なども絡んでごちゃごちゃするのだが、とりあえず何ミリかだけ覚えていただければ問題無い。

さて、ここで格闘戦に主体を置き、グフの五連装フィンガーバルカンが何ミリか。答えは七十五ミリである。それが五つ。フィンガーバルカンという位であるから、砲身もザクマシンガンに比べると非常に短い。反動のことを考えると、強装弾ということも考えられない。つまりフィンガーバルカンとザクマシンガンを比較した場合、前者が優れると思われることは精々取り回しくらいなのだ。

よって、来るべきMS同士の格闘戦に向けてつくられておきながら、フィンガーバルカンでMSそのものを破壊することは極めて難しいと考えられる。至近距離であれば可能性が絶対に無いとはいわないが、そんな距離ならそれこそ格闘戦を行うべきだ。

 

 つまり、誰が何と言おうと役に立たないのである。グフの存在そのものと同じかそれ以上に、他の物で代替が効き、存在の必要性が薄いのだ。

 反論もあるかもしれないが、グフカスタムにおいて撤去されたことを考えれば、やはり余り役に立たなかったと思われる。

 後に何を思ったのかガルスJというMSが出てくるのだが……ここでは敢えて語らない。

 

 とにかく、冬彦は自分の部隊にそんな物の存在を許すつもりはない。よって撤去である。代わりにザクの腕を取り付けたが、それだけでも手持ち武器が装備でき、グレネード類を投げられるということで充分過ぎるように思えてしまうのだから恐ろしい。

 

 次に、両肩のショルダーアーマーのスパイク。これも撤去。

フランシェスカ以外にも開発局の中から何人か残すべきという意見もあったが、この戦隊において一番偉いのは冬彦である。よって正義は冬彦にあり、つまりは誰が何を言おうが冬彦こそが正義である。ようは頑として譲らずそのまま押し通した。

 そもそもショルダーアーマーのスパイクもまた本当に必要なのか疑われているシロモノの一つなのだ。某中佐がザクⅡF2を“掬い上げる”という絶技をかましたが……一般パイロットにはおそらくは出来ないだろう。よって撤去。

 他は特に今は弄る必要は無い。コックピットハッチが冬彦にすると気に入らないのだが、これには加工が必要なのでまた今度、である。

後は目立つ青を戦隊の緑に塗り替えて、これにて終了である。

 

 今は実際にフランシェスカが搭乗し、異常が出ないか稼働試験を行っているが、問題はなさそうだ。

 

「何か気になるところはあるか」

《いえ、完璧です。これならきっと今まで以上に戦えます》

「期待してるが、まずは慣らしだぞ。慢心して特技兵に不意を突かれてもつまらん」

《わかっています。中佐》

「ならいい」

 

 手に持つ書類に並ぶ検査項目のチェック欄を上から順に潰していく。

 基幹部分に手を入れていないのでグフカスタムにはおよばないが、それでもかなり汎用性は上がっている。

 後は実戦だがこればっかりはやってみないとわからない。サポートも必要になるだろう。

 

「ん、よしと」

 

片手でパタンとファイルを閉じ、間にペンを挟みこむ。そのせいで少しファイルの形が歪むが、気にするほどではない。

 頭の中で地上での運用を考えながら、冬彦はフランシェスカがグフのコクピットから降りてくるのを待っていた。

 その間に、ふっとため息が漏れたのを、エイミーは見逃さなかった。

 

「どうしました」

「いや……」

 

 冬彦なりに、葛藤がある。

 手の届く範囲で好き勝手できるようになって、前にも増して思うようになったこと。

 これで良いのか、という思いが、いつも付きまとう。

 

たとえば、もっと優先して参考にするべき物を忘れていないかとか。

 たとえば、もっと他に弄るべき所かあるのではないかとか。

 

 ああすればよかったのにと。

 こうすればよかったのにと。

 

 いつかそう思うことになりやしないかと、不安になるのだ。

 

「これでいいのかと思ってなぁ」

 

 MS―07、グフ。

ザクよりも、いささか角張りごつい印象のシルエット。

自分が乗る機体ではない。

 しかしフランシェスカが命を賭ける機体だ。

 

「ああ、なるほど。そういうのわかりますよ」

「たまに思いますからね。我々も」

「へえ」

 

 エイミーも、同じようにグフを見上げている。

 大雑把なことしかわからない冬彦でも知っているようなことだ。

 ザクの実戦データが上がって来ている以上、きっとフィンガーバルカンの問題にきづいた技術者もいたはずなのだ。しかし、こうして手を加えるまで、制式装備としてとりつけられている。

 取り付けるべきだと主張した技術者は、何を思ってこれを造ろうと思ったのか。

 

「結構そういうことはありますよ。正しいと思っていたことが、違うと言われる。妥協して、形にして、しかし納得はできていない。後になって、確かにそれが正しいのだとはっと気づいたり。怖くなりますよね」

 

 冬彦は、続きを待つ。エイミー・フラットが開発に関することと、ちょっとしたジョーク以外で饒舌になるのは、少し珍しい。

 

 だが、彼女がそれ以上続きを語ることはなく、いつものように、草案のかかれたファイルを前にした時のような目で冬彦を見た。

 

「中佐殿」

「何だ」

「いよいよ思考まで技術士官らしくなってきましたね」

「やかましい!」

 

 

 

 




これだけ書きましたが、私は必ずしもグフが嫌いってわけじゃありません。

個人的な意見ですが、ジオンの開発部が開発されるであろう連邦のMSの装甲の予想が甘かったのが原因じゃあないかと思います。慢心があったのではないでしょうかね。テムさえいなければ……

ただ、もし仮にフィンガーバルカンが強かったとしても、私はフィンガーバルカン好きにはなれません。素直にMG持てという話です。


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第四十四話 仮宿


恋姫の新作、出るらしいですね。

恋姫二次再ブーム来るか!?






 

「なに?」

 

 ジオン公国において、おそらくはもっともセキュリティが厳しい場所と言ったら、多くの者が候補に挙げるであろう場所の一つ。総帥府。

 総帥府と言っても、サイド3には関連施設が数多く存在する。それが首都コロニーであるズムシティであれば、なおのこと。そしてその中で更に警備が厳しいとなると、元からコロニーという閉鎖空間であることを鑑みても、数は限られてくる。

 議会、ザビ家邸、そしておそらく、総帥府本部。

 

 宇宙に浮かぶコロニーで無ければ、きっと誰もが明日は雨だと言うだろう。総帥府本部に執務室を構える、ジオンの実質的トップ、ギレン・ザビが、人の目にわかる形で驚きを露わにしたというのだから。

 

「間違い無いのか?」

 

 確認を取る相手は秘書である、セシリア・アイリーン。女性的な恵まれた身体付きをしている、総帥府でもファンの多い女性である。金髪を上向きにまとめた独創的な髪型をしている。

 ギレンの秘書官長ということもあり、触れることのできる機密のレベルは高い。その彼女が、直接伝えに来た内容に、

 

「はい。定時連絡が途絶えた為部下を向かわせたところ、もぬけの殻でした」

「その部下というのは?」

「行方不明です。現場に血痕など争った形跡はありませんでした」

「彼処にはそれなりの人数がいたはずだ。それが全員いなくなったと?」

「はい」

「……手落ちだな」

「申し訳ありません」

「ふむ……」

 

 ギレンは目を閉じ、黙考に入る。椅子に深く座って机の上で手を組んだその姿勢は、答えを探しているというより、答えを出し渋っているようにも見えた。

 

「……ズムシティを出る船は全て監視していたな?」

「はい。行き先のサイド内外問わず、全ての便に目は付けています」

「ソロモン、グラナダ方面を強めろ。軍民問わずだ。発見次第身柄を押さえろ。親衛隊のMS隊を動かしてもかまわん」

「了解しました。直ちに手配します」

「うむ……」

 

 セシリアがギレンの署名の入った書類をファイルに収め、部屋から退室していく。残されたのは、ギレン一人。

 しばらく椅子に腰掛けたままであったが、やおら立ち上がり、窓の方へと歩いて行く。

 壁の端末に手を触れ、降りていたブラインドを上げれば、そこには円筒形の大地がある。空の無い、天地に繋がる丸い大地。

 

「この期に及んで国を割る気か、サスロ……」

 

 ギレンの呟きは、誰に聞かれることもなく消えて行った。

 

 

 

  ◆

 

 

 

ザンジバルに乗り、降下地点から北に向けて移動すること数日。辿り着いたのは中央アジアはヒマラヤ山脈の麓の一つのとある街。

正確には、ザンジバルが二隻着陸できる場所となると限られる為、街からは離れた場所に一度艦を下ろしてヘリを乗り継いだ訳だが……偵察ヘリ様々である。

 

 さて、ドズルから言い渡された任務は、地上にいる優秀な人材と人脈をつくることであるから、一地方都市を訪れたのにも理由がある。ある人物に会う為に、厳密にはさらにその上の人物と繋ぎを作る為だ。

現地の部隊を中継してその人物にアポを取ったが、その人物がいないということで現地に宿を借り更に待つこと数日。土地の風土とはいささか様相を事にする欧風の屋敷の応接間に通されていた。

所属も違う冬彦であるが、対応はしっかりとしたものだった。とはいえ、突然の来訪者であるから、好奇の目で見る者もどうしても出てくる。

そんな手合いを気にすることなく、出された紅茶を茶請けのビスケットを食いつぶした頃に、その人物がやって来た。

 立ち上がり、敬礼して出迎える。

 

「ヒダカ中佐、お待たせした」

「いえいえ、突然やって来て会いたいなどと無理を言って申し訳ない。お会いいただけて光栄です。パッカード大佐殿」

 

 ノリス・パッカード。階級は大佐。ギニアス・サハリン少将の懐刀であり、おそらく戦力という意味では最強のカード。がっしりとした身体付きと、頭頂部以外の髪を刈り上げた髪型が特徴的である

 ギニアスへの忠義は厚く、ジオンのMSパイロットの中でもベテランに多い武人のような考え方をする人物で、ノリスも例に漏れずその有り様はどこかの自称よりも余程騎士らしい。

 そんなノリスに、冬彦は会いに来たのだ。

 

「しかし、わざわざこんな辺境に噂の梟が訪ねてくるとはな」

「噂ばかりが一人歩きしてしまいまして。私自身はたいした事はありません」

「謙遜するな。戦果は聞いている。私も会戦には参加していた」

「は、ありがとうございます」

 

 挨拶ともそこそこに、差し向かいに座り“交渉”を始める。

 

「さて、用件については直接話すということだったが?」

「ええ、幾つかお願いしたいことがありまして」

 

 まだ、雰囲気はそれほど悪くは無い。どちらもMSパイロット、同じ戦場にいたこともあるとなれば、シンパシーもある。

 

「まず、ラサ基地か、もしくはギニアス少将閣下の影響圏にある基地の一つを間借りさせていただきたい。」

「ほう?」

「私の部隊は規模としてはそれなりですが、地上での拠点と呼べるような場所がありません。基地を作るにしても、母艦を整備するほどの施設を仮に設えるだけでも相当かかる」

「それで、こちらの基地の設備を借りたいというわけか。だが、補給物資はどうする。そう多くは融通できんぞ」

 

 ジオンを悩ませた多くの問題の内、大きな割合を占めるのが資源についての問題がある。オデッサに代表されるように、ジオンが重点を置いた制圧拠点には資源確保の意味合いを持つ場合が多いのだ。

 冬彦の部隊の場合、冬彦自身が部隊規模をそれなり、母艦もあると言っている以上、必要とされる物資も相応の物になるとノリスには伝わっている。いきなりポンとそんな部隊が出てきても、それを養うだけの物資を急に用意することは難しいのだ。

 だが、その事に対しては既に手が打ってある。

 

「それについてはご心配なく。腰を据える場所さえ出来れば、軌道上から投下してもらえる手はずになっています」

 

 何せ、準備期間は相当あったし、今はバックについているドズルの存在が強い。現状、バックアップを十全に受け入れる為に必要なのは、後は受け皿だけなのだ。

 ノリスは、得心したとばかりに一つ頷いた。

 

「なるほど、そういうことならそちらの面で問題はないだろう。ではもう一つ質問したい。仮に基地設備を貸し出したとして、指揮権はどうなるのか。中佐の部隊は、そのままこちらの指示に従うのか」

 

 指揮権の確立。これも、避けては通れない問題であるが、これも答えというか、落としどころは考えている。

 

「いえ、そうなるとドズル閣下からの特務に支障が出ます。私も欧州方面に一度回らねばなりません。ですが、基地の防衛や物資の管理のために部隊の半数以上を基地に残します。

そちらに要請を回していただければ、可能な範囲である程度戦力を回せるかと。機密性の高いコンテナもあるので、基地を空にすることはできませんし、あくまで要請に応じるという形になるので、指揮権自体はこちらのままですが」

「戦力とは、具体的には?」

「MSを少なくとも六機以上。ザンジバルも一隻残します」

 

 ここで、ノリスはしばし長考に入る。フユヒコ・ヒダカと言えば、ドズル麾下のパイロットとして、赤い彗星や青い巨星ほどでないにしろ、比較的知られた名である。

 スピード出世に対するやっかみもあるが……その戦果は確かに華々しい物がある。大物食いと言わんばかりの艦船狙いの戦法に、それに追いついていくことができる練度の部隊。一時噂を聞かなくなったが、地上にいたというのなら納得も行く。しかし、宇宙攻撃軍の人間が部隊ごと出張るほど特務とは一体何なのか。

 練度の高い部隊を一時的とはいえ組み込めるというのは、利点になる。使いどころもないではないだろうし、特異な装備を運用しているという噂もあるため、そちらも気にはなっていた。

 外縁にある基地の一つであればどうかと検討し始めたあたりで、ノリスは自身の思考が前向きな物であることに気づき、結論を出した。

 

「よかろう。ギニアス閣下に申しあげておこう。おそらくは通るはずだ。他にまだ何かあるか」

「はい。どちらかと言えば、こちらが本題になります」

「む?」

「何でも、ラサ基地で極秘裏にMAを開発しているとか」

「……誰から聞いた?」

 

 一転、ノリスの気配が剣呑な物になる。完全に敵対者を見る目で、凄む。歴戦の兵であるノリスからの圧迫感はかなりの物。しかし、冬彦も内心はどうあれ、表面上は動じない。割と短いスパンで、偉い人を相手にしてきたりやってられない任務をこなしてきた成果である。

 厳しい視線をするりと受け流し、余裕ありげに右手を上げて、後ろに立つフランシェスカの方を見る。

 

「フランシェスカ、アレを」

「はい」

 

 フランシェスカが、黒いトランクケースをテーブルの上に置いた。

 旅行鞄と言っても差し支えない大きさで、材質は硬化プラスチック。

 中身は、先日ドズルが寄越した、機密コンテナの中身の一部。

 つまりは、黄金のインゴットである。

 キーを打ち込み鍵を外し、開いて向こうへズッと押しやったなら、さしものノリスを目を剥いた。

 

「宇宙攻撃軍には、それを支援する用意があるとご理解いただきたい」

「ぬっ……」

 

 言外、下手な質問はするなと言っているようにとれなくもない。言葉にしない、しかし察しろという手法はずっと昔の旧世紀から存在する手法だ。

 だがしかし、アプサラス計画。どこから漏れたのか。出所をはっきりさせるべきだと戦士の勘が告げている。だが、それをすればどうなるか。

 支援と言うが、手付けで金塊を寄越した辺り、本気であるのは間違い無い。ブラフに使い捨てるには額が額であるし、余りに性急にすぎる。

 

「……話は伝えよう。だが、判断を下すのはあくまでギニアス様だ。それは……持ち帰り願おう」

「わかりました。私の部隊は当面北の峡谷にいます。通信周波数はこちらに」

「確かに受け取った」

 

 メモカードを一枚差し出し、代わりにフランシェスカが引き戻したトランクケースを閉じる。元あったように蓋を閉じ、両手で持ち上げる。相当な重さだからか、すぐに足下に置いているが。

 

 冬彦とフランシェスカが退室した後、ノリスの部下が入れ替わるように部屋に入った。

 

「大佐、監視をつけますか」

「いらん。つけて何かえられるわけでもなかろう」

「はっ」

「……狗と鷹、王に先に殺されたのはどちらであったか」

「はっ?」

「何でも無い。それより、ヘリの準備をしろ。ラサ基地へ行く」

「了解しました」

 

 

 

 

 

 

  ◆蛇足

 

 

 

~~マーケットにて~~

 

「米だ! 米を買わねば!」

「中佐!? 突然何を!?」

 

 

 

 




蛇足にはあんまり意味はない。

あと最近新しい一次の構想を練ってます。
練るだけなら楽しいです。


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第四十五話 西、いや北へ?

二週間ぶりなんですが、恐ろしいことに気づきました。

もしかして、これ転生じゃなくて憑依なんじゃ……


 

「うぬぅ」

 

 小難しい顔をして、冬彦は目の前に置かれた物を見る。

 白い幅広の皿に盛られた、米と、細切れにされた肉と野菜の炒め物。鍋の形のままに半球状に盛られた米わずかばかりに黄色く色づき、肉の脂を纏って食欲を刺激する。

 半球はその一角を銀のスプーンでもって崩されてなお、湯気を放ちながらその形を保っている。

己が手で崩したそれを見つめる冬彦は、何を思うか。

 

「美味しくなかったのかい」

「そんなことはない。充分美味い」

 

 向かいに座るアヤメからの問いかけを、冬彦は否定する。士気に直結している食事を任された炊事担当者の腕は確かだ。

 オーソドックスなレシピに従い作られたそれ。元は缶詰の中身であり、細かく刻まれてなお元々の濃い味付けからその存在感を失わうことの無い肉。彩りを添えるためにマーケットでもって調達されたばかりの各種野菜も、問題とはなり得ない。そう、問題は米。絶対唯一の主役たる米なのだ。

 確かに追い求めた物であるのに、違う。偽物を掴まされたというわけではない。間違い無く米だ。他ならぬ米なのだ。しかし求めた物では無い。

 己が記憶にある物よりも、幾らか細く、長いそれ。

未練。そう、未練だ。

 茶碗に盛りつけられた、少々歪な、しとりとして柔らかな白米への、未練――

 

「だったらその眉間の皺をなんとかしなよ。炊事班が怯えてる」

「おうっ?」

 

 冬彦やアヤメ、他数名がいるのは通常の食堂ではない。

ザンジバル級機動巡洋艦「ウルラ2」内部の高級士官用の食堂室である。

会議室や応接室としても使えるつくりであり、多少なりとも調度品が置かれた室内は時代遅れどころか過去の遺物としか言いようの無いような冬彦の私物が置かれた私室よりもよほど高級感がある。

 宇宙にいた頃にはムサイやティベ、そのどちらにも無かった設備ということで初めて使ってみたのだが、普段はいつもの食堂室でよさそうだ。

 

「ほら、早く片付けなよ。午後からは稼働試験があるんだから」

「そう急かさんでくれ。飯くらいゆっくり食いたい」

「誰の機体だと思ってるのかな?」

「……俺のですよぅ」

 

 けして自分が頼んだ改造ではないのだが。

そう思いつつも、口に出すことはなく目の前の料理を掻き込んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

《テス。中佐殿、聞こえていますか?》

「聞こえているよ。エイミー曹長」

《それでは、今回のテストについての説明を行います。よろしいですね?》

「それは、この1ダース位スイッチが増えてることに関係しているのかな?」

 

 ザクのコクピットの中で、冬彦は自身の右手に見える見慣れない長方形の機器を見ていた。丁度羊羹やカステラの箱のような大きさで、側面に上下二段組み各七つ、十四の四角いスイッチがついている。

 えらくシンプルで、わざわざ白く塗られている。一応それぞれのスイッチの傍らには細かい字が貼り付けられているが、それでも電気ケーブルのタップとでも言われれば信じてしまいそうだ。

 

「何これ」

《スイッチです》

 

 エイミーから答えとも言えないような応答が返ってくる。最近無気力気味な冬彦か、余程気の良い物でなければ激怒されるだろう。

 

「それは見ればわかる。何のスイッチか聞いているんだが?」

《でしょうね。順を追って説明します。基本的に頭部増加装備の各機能のオンオフの切り替えをする為だけの物です。オンにするとスイッチが点灯します。試しに下の段の、一番手前のスイッチを押してみてください》

 

 手を伸ばし、言われた通りのスイッチを押す。半透明のスイッチの奥で橙色の光が灯る。

 それに伴って、中央メインモニターに四角い枠が現れる。

 その枠に映るのは、MSデッキの管制室にいるエイミー曹長だ。

 

《どうも、中佐殿。そのスイッチを押すと、このように画像付きで会話ができるようになっています》

「それって前から無かったっけ?」

《ええ、ありました。ありましたが、アレはサブモニターのみで二人までしか映せないプログラム組みでしたから。今度のは通信回線を増強して、指揮管制機としても使えるようになっています》

 

 冬彦は、機体に取り付けられた新しい頭部を思い出す。そういえば、確かにアンテナの形状が先端の鋭いブレード状の物から四角い板状の物に代わり前後の幅も大きくなっていたが、そんな機能を付けたのか。

 

《宇宙にいる間ならそれでも問題無いのですが、地上は宇宙と比べると通信事情があまりよくありませんからね。それに対応するのが目的です。映像を出せる数を増やしたのはついでで、本命は一度に繋げる数を増やすことですね》

「今までみたいに部隊間の短距離通信か、母艦を中継しての通信じゃ駄目なのか」

《駄目ではありませんが、地上の通信事情がそれだけ悪いと言うことです。障害物の多さ、雨、雲、その他諸々の気象条件。部隊単位で孤立するようなことがあれば、きっとその時が真価を発揮するときです》

「前々から言ってるが、そういうフラグじみたことを言わないでくれないか伍長」

《曹長です》

「……曹長」

《了解です。中佐殿。フラグというのがなんのことやらよくわかりませんが》

「もういい。とっとと試験を始めるぞ」

《残りについては、コクピット内に紙の説明書を突っ込んでおいたので、そちらをどうぞ》

 

 先ほど押したスイッチをもう一度押す。メインモニターからエイミーの姿が消え、格納庫の壁面が全面に映し出された。

 今度は、使い慣れた通信用のカムのスイッチを押す。周波数は既に合わせてある為、すぐに繋がった。

 

「これより高空からのMS降下試験を始める。各員所定の位置に付け。遅れている場合は直ちに申告」

 

 これまで戦場を共にし、酷暑を耐えた部下達は誰も彼も優秀であり、聞こえて来るのは静かなノイズだけ。問題は無いようだ。

 

 高空からのMS降下試験。今回行われるこの試験はジオンのMS運用としては異例ともとれる物である。そもそも高空からのMS降下自体が、それほど事例が存在しない。

 一般的に、そもそもMSというのは余り降下というものを想定していない。宇宙からの降下もHLVを用いるし、常に重力の影響を受け続ける地上では着陸時の脚部への負荷もばかにならない。やるとしても地表に近い低空から行うのが普通であり、高高度からとなると対空迎撃を受ける時間も長くなる為危険度も増す。

 地表付近からならジオン、連邦共に時折行っている。ジオンはジャブロー攻略において飛行するガウからMSを降下させたし、連邦も飛行中のミデアやガンペリーなどからのMS降下を実行している。前者は特に増加装備無しで、後者は地表でパージする必要があるが、ブースターとパラシュートの増加装備を用いて。

しかし高空からとなるとそれ以上に専用の装備も必要となる為、一年戦争期で言えば、連邦の高級特殊戦機ジム・ナイトシーカーなどが敵拠点の後方に降下する為に行ったのと、それこそギニアス・サハリン謹製MAアプサラスの試作機による稼働試験くらいだ。

 

 後に連邦のガルバルディβなどは追加装備によって大気圏からの単独突入も可能としたがやはり危険は伴うし、結局高空から出撃する場合はMS単機による降下ではなく、その展開力もあわさってSFS(サブフライトシステム)を用いた移動が主流になってゆく。

 

 先に述べたように、MSの降下というのはMSの消費の面から見ると余り財政に優しくない……運用方法としてそれほど適した物では無い。

それでも、降下は実際に行われている。

その理由は、降下が地上において数少ないMSによる奇襲を可能とする手段の一つであるというのと、まだSFSの配備数が多くない状況で、前線に高速で、尚かつ一度である程度まとまった戦力を一度に送り込むことができる手段であるということ。

なお、上手い具合にはまれば効果は絶大だが、これを何に対しても有効な手段だと勘違いしてやたら目ったら行うと敵による包囲殲滅による部隊の全滅など手ひどいしっぺ返しを食らう。そのため実行にはよくよく検討が必要だが、やはりリスクを前にしても効果は高い。

 

 今回の試験は、低空からしか降下ができないために母艦であるガウなどを対空砲火のリスクに晒している現状を改善する為の物とされている。

その為の装備もある。降下してから回収地点までの移動ルートもジオン勢力圏の内。降下してからの道程もせいぜい一週間ほど。

不気味なのは、この一連の指令がドズルが前もって開発局に対して命令書という形で送り渡してきていたものだということだ。

しかし不気味だろうと何だろうと正規の命令であるからやらないわけにはいかない。

冬彦とアヤメが額を付き合わせて考えた結果、降下するのは冬彦機とフランシェスカ機の二機。ピート、ゴドウィン両機は「ウルラⅡ」に居残りで、作戦中の全権はアヤメに移行。万が一に備えて、通信中継と哨戒用に偵察ヘリがローテーションする手はずにはなっている。

後は、何も起きないことを祈るのみだ。

 

「ピート。ゴドウィン。そちらはどうだ」

《問題ありません。視界良好。周囲に敵影なし》

《平和なもんです》

「フランシェスカ」

《いつでもいけます》

 

 今この船に乗っている、自分を含めた四人のMSパイロット。既に全員が機乗済みで、それぞれ所定の位置についている。

 ピートとゴドウィンは艦の外、上部甲板にて警戒中。冬彦とフランシェスカの両機は、左右のMSハッチの側にわかれて待機している。

 

「イッシキ大尉、留守はまかせた」

《一応通信が繋がる範囲なんだけどね。任された以上は何か起きても僕が何とかしておくよ、中佐殿。できる範囲でね》

「頼んだ。エイミー曹長、やってくれ」

《了解しました。それでは各種最終チェックの後、カウントダウンに入ります。衝撃が予想されますが、舌を噛まないようにお願いしますね》

 

 流石に冬彦も少しいらっとしたが、もう小言を言うようなタイミングでは無い。

 

《両舷カタパルトロック確認。隔壁開放。カウント開始します。9、8、7、6……》

 

 側面の隔壁が開かれて、外から差し込む日によってカスタムされたザクの茶と白の機体が照らし出される。

 胴体部の前面と背面に取り付けられた円筒状の増加装備は減速用のブースターで、前と後ろにそれぞれ二基ずつ。ガトルのエンジンを分解して改造した物だが、面影はほとんどない。さらに、背中にはランドセルの上からパラシュートの入ったコンテナも据え付けられている。

フランシェスカのグフにも同様の物が装備されており、ジオニックの規格に合わせた物らしい。

 

《3、2、1……射出します》

 

 言葉と共に、衝撃が来た。

 「ウルラⅡ」にはカタパルトが無い為、今回用いられたのは格納庫の床に敷かれた簡易カタパルトである。低空かつ低速であればそのまま飛び出ても良いのだが、現在は高速かつ高空であるため、下手なことをすると主翼に直撃し最悪ザンジバルが墜落する。MSも只ではすまない。それを防ぐ為の処置である。

 

(お、おお!? これは思ってたよりか振動が……っ!)

 

 冬彦が意外に思ったのはカタパルトによる衝撃よりも、空気抵抗による揺れの方。

 射出されて直ぐにパラシュートがオートで展開する。減速よりも、姿勢制御に重点をおいた小型のものだ。

 コクピット内は激しく揺れる。不安にもなるが、想定の範囲であるのか警報の類はついていない。

 

《高度九千……八千五百……八千……七千五百……七千。メインパラシュート展開してください》

「メインパラシュート、展開!」

 

 管制は「ウルラⅡ」のエイミーが各種情報を見つつ行う為、冬彦の仕事はそれに従ってMSを操作することだ。

 メインパラシュートを展開すると、降下速度の減少は雀の涙だが、揺れは随分と収まった。だが、まだ気は抜けない。一瞬の油断が命取りになる。

 ただでさえ冬彦は、色々微妙な立ち位置にいるのだから。

 

《確認しました。そのまま……いえ、ちょっと待ってください》

「……どうした」

 

 通信の向こうの管制室が慌ただしくなったのを、冬彦は耳から聞こえる音声から感じ取った。

 先人達の例に漏れず、嫌な予感というのは冬彦の場合も割と当たってしまうのだ。

 

《中佐殿》

「何だ曹長」

《機体が北に流されています。修正できませんか?》

「できるかっ」

 

 今回の試験は“降下”であり、装備もそれに類した物しかない。姿勢の制御なら何とかできなくもないが、気流に逆らって移動というのは最終減速用のブースターを使うかメインサブ両方のパラシュートを切り離しでもしないかぎり不可能である。

 

《……中佐殿、フランシェスカ中尉のグフも北に流されています。見失わないようにお願いします。ルートが変更になりますが、回収地点はそのままで試験を続行します》

「試験の中止はっ、できないか!?」

《不可能です。ですができるかぎり通信によるサポートは行います。着地に成功したらなるべくすぐに西に向かうか、南下してから西進するかして下さい。北に流がされすぎると、連邦との混在地帯に落ちかねません。……健闘を祈ります》

 

 それを最後に、通信が切られた。高度は、ブースターの点火ラインを微妙に過ぎていた。

 

「ええぃこんなんばっかりだな畜生め! フランシェスカ、こちらを見失うなよ!」

 

 ペダルを蹴り飛ばしながら、怒鳴りつけるようにカムに言い放った。

 

 冬彦のザクとフランシェスカのグフは、ブースターによる激しい揺れに襲われながらこうして中央アジアの森の中へと落ちていった。

 

 

 

 





 MS降下作戦。なおオリジンではガウでアッザムを運んだ模様……


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第四十六話 さらば二代目

 最近油断してると自分が前に何書いたか忘れそうになって困る。




 凄まじい勢いで、モニタに表示された数値が減っていく。

 最初、その数字は五桁あった。しかし瞬く間に四桁になり、半分になり、四桁を割った。

 

「待て待て待て待て……それは無いだろう!」

 

 冬彦は焦燥から独り言を、あるいは誰かへの恨み言を漏らしながら、揺れの中でサブモニタを操作していた。

 現在、ザクは絶賛落下中である。

 “落下”中である。“降下”ではない。

 

「ブースターの故障なんぞ洒落になってないぞ!」

 

 四本ある最終減速ブースターの内の一本が、反応しなかったのだ。

 ブースターはそれぞれ前に二本、後ろに二本あり、MSを中心に四方に向けて装備することで水平になるよう設計されている。旧世紀のロケットの打ち上げに使われたサブロケットのような形だ。

 ところが、その内の一つが反応しないとなれば、どうなるか。考慮されていたはずのバランスは崩れてしまう。

 反応が無いのは右後方のブースターで、ザクも同じ方向に飛んでいる。

 高度を下げながら斜めに飛んでいると言うのが正しいから。

 姿勢制御不能。MSに限らず、パイロットという職種にあっては最悪の状況の一つか。

 

「ブースター再起動……他のブースターからの割り込み……ええい全部駄目か!」

 

焦りの中で、冷静に事態に対処しようとするが、アラームが鳴り止まない。

 機体の姿勢がやや仰向けになているため、身を起こしての不自然な体勢での作業のだが、身を結ぶことは無かった。

 ザクは斜めに落ちながら、高度を下げ続けている。

 モニタの一つに映るその数値は、200を切っていた。

少しの逡巡の内に、冬彦は決断した。

 モニタを操作し、赤い枠で囲まれた項目を注意書きを読み飛ばして連打する。

 

「パージ!」

 

 最終減速の為のブースターとパラシュートの切り離し。

 これで元からあったスラスターで姿勢制御はできるはずだし、重量のあるブースターを切り離したことで重量も軽くなる。

 しかし、誤算も一つ起きていた。

 機体を起こした時点で、もうこれ以上減速出来るほどの高度が残されていなかったのだ。

 

「な、南無三っ……!」

《ちゅっ、中佐―!?》

 

 速度を落としきれぬままに、接地。

突き上げるような衝撃と共に、冬彦は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

耳鳴りが酷い。〈Alert〉の音が遠い。頭痛もする。

 視界は霞んでいる上、赤い。

 火花の散る音も聞こえて不安を掻きたれられたが、生きていることは確からしい。

 

「……今度から不精せずにヘルメット被ろう」

 

 冬彦は、生きていた。どうやら機体は仰向けになっているらしい。

体中が痛んだが、状況把握の為に首だけでもと必死に動かした。

 そして、気づいた。

 世界に、ヒビが入っている。

 

「……ああ、何てこった。最悪だ。あーもう畜生、最悪だ」

 

 最初は、メインモニタが割れているのかと冬彦は思った。それも間違いではないが、そのヒビは冬彦の視線についてきた。それでわかった。

 トレードマークである瓶底のレンズにメインモニタの破片が直撃してヒビが入ったのだ。

眼鏡を外し、空いている手で顔を覆う。血で、酷く滑った。

 

「生きてる。そのうえ五体満足、万々歳だ」

 

 冬彦は顔を上げ、ザクからの脱出を開始した。メインモニタは粉々だが、サブモニタが幾つか生きている為暗いながらも灯りはある。

一応機体状況も確認したが、〈Alert〉が鳴っている以上確認するまでもなく損傷は致命的だった。

 

どこもかしこも真っ赤である。機体の異常を示す赤い警告灯と、飛び散った冬彦の血とで。状況は「アイランド・ワトホート」防衛線で被弾した時よりも酷い。

こうなっては機体を諦めるしかないのはしょうがないが……ランドセルが吹き飛んでいながら、機体そのものが爆散していないのが不思議に思えた。

 

 とにかく、機体から出なければ話にならない。まず、身体を固定していたベルトを外し、次に上になっている足を体勢を変えて下ろし、背もたれに立ち上がれる状況を作る。

 それから、MSに積まれている緊急時用の生存必需品が入ったエマージェンシーパックを引きずり出した。他に機密情報の入った小型の端末と水と食べ慣れた糧食のパックを加えれば、準備は完了である。

 痛みに耐えながらであるから随分と時間はかかったが、とりあえずは大丈夫そうだ。

 

「よし」

 

 ザクⅡというMSはある意味でジオンのMSの中でも特殊で同じように見えても型番が異なると大きな差違が現れるという特徴がある。

 その一つがコクピットハッチの形式で、F型であれば胸部装甲の左側が開く。しかし、地上改修型のJ型などは、胸部装甲全面が開くようになっているのだ。

 冬彦のS型はF型の上位互換機であるから、左側が開く。

 

「いっつつ……」

 

ハッチの淵に手を掛けて。

身体を機体の装甲の上に引き上げただけで、冬彦の全身の筋肉は悲鳴を上げていた。

 荷がずり落ちぬよう装甲のくぼみに引っ掛けて、大の字に寝転がる。

 深くゆっくりと息を吸えば、冷たい空気が肺に染み渡る。吸ったときと同じようにゆっくりと吐き出しても、痛みはこない。肺を痛めてはいないなと、素人判断で検討をつけた。 

 

「森の中か」

 

 身を起こして辺りを見回してみれば、低木が視界を塞いでいる。

 唯一方向、ザクが落ちてきた方向だけが木々がなぎ倒され、視界がまっすぐに開けている。おそらくは、低木がクッション材として働いたのだろう。

 

「はー……新しくMSを回して貰わないといけないな。これは。ドズル閣下に何を言われるか」

 

 袖で顔を拭いながら、改めて愛機であるザクを見る。

 拭った血でどす黒い赤に染まった袖と同じくらい酷い有様である。

 どこもかしこも傷だらけ。脚部は両方とも膝から下が破損。左腕部は肩から行方不明。

 頭部ももちろん破損している。新しいアンテナが、横に歪んでしまっていた。

 取り繕いようもなく、全損である。

 

【中佐、ご無事ですか!?】

 

 突如響いた大音声に、びくりと肩を震わせた。しかし、冷静になればそれは聞き馴染んだ声だった。

 どうやらフランシェスカが外部スピーカーまで使ってこちらに呼びかけているらしい。

 耳に付けたままの通信機が生きていることに淡い期待を持ちながら、

 

「どうにかこうにか生きてるよ」

【中佐っ!】

 

 木々を飛び越え、掘り返された土の地面の上に降り立つグフに、冬彦は座ったまま右手を掲げる。立つことも、酷く億劫だった。

 

「中佐、お怪我は!」

「深刻なのは無さそうだ。身体の節々が痛いし、顔はそこらじゅう切るし、眼鏡は割れて散々だけどな」

「命に関わるような怪我は」

「ないない。多分な」

「多分って……」

 

 グフから飛び降り駆け寄ってきたフランシェスカは冬彦とザクの惨状に絶句しつつも、冬彦が普段とそう変わらぬ調子でとぼけるのを見て、安心したようだった。

 

「わかりました。とりあえず、今できる顔の傷だけでも治療をしましょう。エマージェンシーパックを貸して下さい」

「これくらいかまわん。その内乾いて止まるだろう」

「駄目です。ガラスが傷に入ってたらどうするんですか。しばらく動かないで下さい」

 

 言って、エマージェンシーパックから包帯と水、応急処置用のテープを取り出すと、包帯を短く切って水を掛け、それで冬彦の顔を拭い始めた。

 他人に顔を拭われるという体験はむずかゆくもあり、心地よくもあった。その内血を拭い終わり、ガラスが入っていないか傷を一つ一つ見て、テープを貼って応急処置は終了した。離れていくフランシェスカの手が、名残惜しく感じた。

 

「とりあえず、大丈夫そうです」

「……」

「中佐?」

「いや、なんでもない。ありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

 冬彦の視線がどこを向いていたかは内緒である。

 

 

 

「さて、どうするか」

 

 顔に縦横にテープが走る冬彦が、フランシェスカと共にザクの胸部装甲板の上に敷かれた地図を睨む。

 

「ザクも何時までもほったらかす訳にもいかん。とりあえず今の所爆発しそうな気配はないが、最悪自爆させにゃならんかもしれん」

「回収しないのですか?」

「機密を残さないようにできればそうしたいがな。してもどうせスクラップだ」

 

 さて、と一つ膝を打つ。

 

「フランシェスカ、現在地点がどの辺りかわかるか」

「はい。この辺りです」

 

 フランシェスカが指さした所は、やはり降下予定地点よりも北東にずれている。

 

「思ったよりも前線に近いな」

 

 冬彦の言葉に、フランシェスカは、え、と声を上げた。

 

「この一帯はジオンの勢力圏内では?」

「正確には混在地域だ。連邦が潜んでいるかも知れないような地域は勢力圏内とは言えん。前線はあやふやだろう。

……早く離れた方がいいな。フランシェスカ、ウルラⅡに通信を取ってくれ。試験は中止、いや失敗と結論づける。だからとっとと迎えを寄越せと」

「いいんですか?」

「いい。何か言われるようなら俺が対応に出る。今の精度じゃ次は死人が出る」

「……わかりました」

 

 フランシェスカはさっと立ち上がった。

 そして、ザクの人間で言う腿の辺りから颯爽と飛び降りて、グフの方へと向かうのかと思いきや、いつまで経っても姿を現さない。

 心配になって端の方へ寄って下を見ると、フランシェスカは逆に上を見上げていた。

 

「何してるんだ」

「中佐が降りてこられないので待っているのです」

「今の俺に飛び降りろってのか」

「グフにいた方が安全だと思うのですが」

「わかった。腕の方から降りていく。先に行ってくれ」

「了解しました」

 

 今度こそ、フランシェスカはグフに向かっていった。

 ザクがこうなった一方で、フランシェスカのグフは脚部こそ汚れているものの破損している箇所はない。

 

「……日暮れか」

 

 日は傾きつつあった。

 

 

 

 





さよなら、ザク


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第四十七話・永遠の問

エア提督の私ですが、艦娘型録を本屋にてゲットしました。
こういうのがあるから本屋巡りは辞められんのですよ。

……食費がちょっと飛びましたけどね。


 

 

 

 暗い森の中で、小さな灯りが周りを照らしていた。

 灯りは、小型のガスランプだった。

周りを石で組んだ簡易なコンロで風を遮断し、揺らぐことなく火を灯し続けている。

コンロの上には、これまた簡素な造りの薬缶が載せられている。

円筒型の物で、注ぎ口も僅かに尖っているだけの物。

持ち手も、収納する際邪魔にならぬよう折りたためるようになっている優れもの。

そんな物でも、容量は一リットルは入る。今は水が満たされ、静かに火に炙られ続けていた。

 

 少し離れれば、辺りは闇だ。周りには自然人工を問わず他に光源など無い。仄暗く赤い灯りの中だけが、光りと熱で守られている。

 僅かばかりの空間。

 その中に、冬彦はいた。

大破したザクの腿の部分との間に置いたエマージェンシーパックを断熱材代わりにして金属の冷たさから身を守りながら、ぼうっと火を見ていた。

 眼鏡は今、外している。視界の中のヒビが煩わしかったから、投げ捨ててしまった。

 少しの後悔を忘れる為に、ブランケットの端を弄ぶ。

 

にじみ、ぼやけた視界の中で灯る火は、不思議な色をしている。

 赤く、黄色く、橙で、白くて、透明。

 不定形でありながら、安定していてぼんやりとした形を常に保っている。

 ただじっと見ている分には、不思議と退屈しなかった。

 

「どうだった」

 

 ふと、冬彦が口を開いた。

視線は、火から外していない。言葉はそのまま辺りの闇と小さな声に吸い込まれて消えて行ったが、それでも答えは返ってきた。

 

「何とか連絡がつきました」

 

 言葉は、上から。

 火から視線を上げ、声のした方を見上げてみれば、フランシェスカがグフのコクピットから顔を覗かせていた。

 グフは膝立ちの状態で、さらに上半身を大きくかがめている。人気の無い森の、それも夜ということもあって、辺りは静かだ。地面からでも充分に声が届く。

 ウィンチを下ろし、火のすぐ側に降り立ったフランシェスカの表情は明るい。

 彼女もまた、火の側にきて自分の分のブランケットを身体に巻き付けた。

 

「ヘリが来ます。ウルラⅡもここから五日の地点までは来れるそうです。それと、近くのパトロール部隊とも通信ができました。こちらは明日にでも合流できる位置にいるそうです」

「そうか……」

「嬉しくないのですか?」

「いいや、そう言う訳じゃ無い。俺のザクも自爆させずに済むかも知れないのだし」

「では、何か懸念が?」

「ん、む……」

 

 鎮痛剤を打っている為、冬彦の思考はこの時少し鈍っていた。痛みが完全に引いたわけではないため、こころここにあらずというほではないが……微睡みつつある、というのが正しいか。

 少しだけ、理性の“たが”が外れかけていたのだ。

 普段であれば、自問自答の後腹の内に沈めてしまう心の内。

 それが、フランシェスカの何気ない問で、少しだけ漏れ出した。

 黙っておくべきこと。

 しかし、誰にも語らずにいては、答えのみつからない問。

 誰に話すか。問いかけるか。

 今なら。フランシェスカなら?

 森の中。盗聴の心配などするほうがばからしい。

 ならいいのではないか、と。

 

「少し、この戦争について、な」

「ええと、聞いても大丈夫な話でしょうか?」

「機密ではないから、大丈夫だろう。他所で話したらどうかしらんが」

 

 冬彦が、くっと笑う。いつもの自嘲気味な下手な演技ではなく、苦笑混じりではある物の、素の笑顔。随分珍しいことだ。アヤメ辺りが見たなら、何か起きるんじゃあないかと辺りを警戒するだろう。

 

「中尉は、ジオンが連邦に勝てると思うか」

「思います」

 

 即答だった。内容が内容だけに、フランシェスカは真顔だ。未だ口の端を持ち上げたままの冬彦を、不審げに見るほどに。

 

「ジオンにはMSの優勢があります。このままなら、押し切れるのではないでしょうか」

「中尉」

「はい」

「MSの優位性なんぞ、すぐにでも無くなるぞ」

「……中佐」

「なんだ」

「正気ですか?」

 

 フランシェスカの本心だった。

 何せ冬彦は本人がどうあれ、客観的に見ればドズルという国の中枢にいる者に近く、MSでもって戦果を上げ中佐まで駆け上がってきた人間である。

 そんな男の言葉が、MSのことを否定するような物であったなら、人はどう思うか。

 頭でも打ったのではないか?そう思うだろう。事実、冬彦はフランシェスカが見つけた時顔が傷だらけであったのだし。

 冬彦は、それを咎めるでなく否定した。

 

「正気だとも! 中尉は、前にした話を、覚えているか」

「……申し訳ありませんいつの話でしょうか」

「第一次降下作戦の時、秘匿回線で」

「ああ、ニュータイプがどうとか……」

「そう。あの話」

 

 冬彦は背中の後ろからエマージェンシーパックを引きずり出した。中に入っているはずの紅茶のパックとカップを探しながら、鈍な思考が知識の糸を縒って言葉を紡いでいく。

 

「人が宇宙に進出し、適応し進化した存在がニュータイプであるという。サイド3や月では研究も行われている。あるいは、俺達がこの地球に降りてきている間にソロモンでも始まっているかも知れない」

「まさか、ドズル閣下がそんな眉唾な物を」

「眉唾か。だが研究が行われているのは事実だ。ジオン・ズム・ダイクンが提唱したとおりの存在なのかどうか、それとも総帥が人類の優良種とする根拠なのか。

どんなものかもわからない物に対して、今なおそれなりの研究者がこの戦時下で国の援助取り付けて軍の中で研究している。どんなものであるにしろ、“何か”あると考えるのが自然だろう。

さて、もし本当にニュータイプなんてものがスペースノイドであるとしよう。

問題になるのは、果たして、一度宇宙という空間に対して適応し、進化したスペースノイドは、再び地球という余りに多様な環境に再び適応できるか、さらなる進化、あるいは退化できるのか。

MSという、宇宙で生きるスペースノイドにとっての切り札は、地上においても切り札のままでいられるか」

 

 やっと見つけた紅茶の缶の縁を、つうと撫でて。

 

 その瞬間の冬彦に、フランシェスカは何を見たのか。

 ひっ、と息を詰まらせた。

 彼女も、二度の会戦をくぐり抜けたベテランであるというのに。

 顔面に白いテープを貼りたくった、いっそ滑稽な冬彦に、何を。

 

「中佐は」

 

 フランシェスカが、ブランケットをきつく身体に巻き直し、冬彦に問う。

 

「中佐は、ジオンが負けると仰るのですか」

「さて、どうだろうな。今のところは押しているらしいし、このまま押し切れればあるいは独立は勝ち取れるかもしれない」

「では、優位性が失われるというのは」

「まあ、連邦もそのうちMSを出してきてつぶし合いになるだろうっていうのもある。量で攻めてくるだろうしなあ。物量作戦は怖いぞ」

「質は……質はジオンの方が、上のはずでは」

「それこそさっきの話だ。スペースノイドが宇宙に適応し進化したというのなら、地上でなら彼ら連邦の方が強くて然るべきだ。ザクは万能だが、最初から地上運用を考えて作られたMSに対しても優位でいられるか? 幾らかサンプルももう取られているだろうし、仮想敵として確実に上まわる物を出してくるだろう」

 

 ここまで言った時、水が沸騰し始めた。小さな気泡の音に、一旦冬彦の言葉が止まる。

 紅茶のパックを薬缶に落とし、自分のカップにふっと息を吹き込んで、ほこりを吹き飛ばした。

 

「よし沸いたな。どら、フランシェスカ、君のカップを出せ。注ぐくらいは俺がやる」

「……お願いします」

 

 思い当たることがないではないのだろう。フランシェスカの顔色は悪い。それを見て、饒舌だった冬彦も自分が言ったことのまずさを今頃になってわかり始めた。

 

 白く煙る湯気は、微妙に気まずい誤魔化してはくれなかった。

 しばらくの間、互いに紅茶をすする音だけが聞こえる沈黙が続く。

 何かフォローしようにも後の祭り。ジオンが勝つと言えるだけのことを言えれば別だが、正史では敗北しているし、現状でも随分と宇宙の方がきな臭い。

 

「――中佐」

「ん」

 

 意外なことに、フランシェスカの方が冬彦よりも先に口を開いた。

 紅茶のおかげで少し暖まったのか、呼気が湯気よりなお白い。

 

「中佐は、どうすれば勝てる思いますか。中佐なら、どうしますか」

 

 どうすれば、ジオンが勝てるか。どうしようもない難問である。

 

「……わからん」

「中佐」

「わからんよ。宇宙にいればまた何か違ったのかもしれないが、地上にいては宇宙にいるドズル閣下に働きかけることもできん。今こうして茶をすするのが精一杯だ」

「中佐でも、駄目なのですか」

「駄目も何も、フランシェスカ。君が何より見ていたはずだろう。俺が中佐の地位にいるのは、ドズル閣下にとって使い勝手がいいと思われたからだ。MSに乗っていればそれなりに戦いはするが、それにしたって被弾もするし、運が悪ければ今回のような目にも会う」

「でも、こうして生きています。月でも、ルウムでも貴方の指揮で戦って、私も今ここにいます」

「それで?」

「これまでのように、これからも私を導いて下さい。貴方の目指すところに、私達もついていきます」

「……しばらく考える時間をくれ」

「どうぞ。何時までも待ってます」

 

 

 

 





次回、ついに待ち望んだ展開が……!




来るかもしれないし来ないかもしれない。


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第四十八話 ノット・ザニー

お久しぶりです。


《出やがった。一つ目野郎だ!》

 

 ユーラシア大陸南東部沿岸。

 生い茂る木々や藪に紛れるようにして、何人もの人影が息を潜めて獲物を待ち受けていた。

彼らが獲物と定めたのは、機械式の双眼鏡でもって彼方に見える、トラックの車列とその周囲を護衛する巨人の影。モビルスーツ。

誰もが元は薄いベージュであった制服を泥でよごし、頭から草を被って耐えていた。

 彼らの多くは対戦車戦を想定していたロケット弾を装備していたが、中には強力な発射台から打ち出す有線式の物を装備した者も居る。

 

「情報より、数が多いな。何機だ?」

《五、いや六。まだいるかもしれません》

「……少し待て、中隊長に判断を仰ぐ」

 

 大木の影に隠れた男から、道沿いのくぼみに隠れている男へと通信が飛ぶ。

 彼らの正体は、連邦のアジア方面軍の生き残りだった。より正確には、南北に分断されたアジア方面軍の内、より被害の大きかった東南アジアの部隊から抽出された、対MS特技兵。

アジア方面の部隊はジオンの降下作戦で大きな被害を受けた。だがけして全滅したわけでは無く、組織的な戦闘を行うことができるだけの規模は確保していたのだ。

ただ、それでも被害は大きかった。戦線の後退、連邦の勢力圏にある北部部隊の南下など立て直しが急がれているものの未だ完全ではなく、その戦力には穴がある。

 とは言え欧州や北米もジオンの攻勢にさらされている今、東南アジアの部隊だけが息を潜めているわけにはいかなかった。軍である以上は戦力が少ないなら少ないなりに、戦うことを求められるのだ。

そこで、南下してくる援軍を待つ間、反攻作戦の前に司令部が実行に移したのが、陸路で移動するジオンの補給部隊への攻撃だ。

 正面切ってMSを相手にするのは難しい上、少なくない犠牲を強いられる。それに比べれば、一撃離脱での夜間の奇襲戦は消耗も少ない。今の連邦東南アジア方面軍にすれば、他にとりようがないほど適した戦法だった。

 

《……作戦続行。ただし、先にMSをやる。関節や頭を》

「了解」

 

 道路を通る物から見えぬよう隠れて吸っていた煙草を握り潰し、小隊長は影から顔を出した。すぐ傍では、部下がリジーナと呼ばれる有線式誘導弾の照準にかかりっきりだ。

 中隊長の通信と共に、潜んでいた兵士達が改めて照準を合わせながら、その時を待つ。

 前もって設定しておいたキルゾーンに、ジオンの補給部隊が進みきった、その時を。

 

「止まった……?」

 

 しかし車列とMSは、あと少しというところで停止した。

 丁度、攻撃予定エリアの境として設定していた橋の手前で、急に立ち止まったのだ。

 

《ばれましたかね》

「いや、その割には動きがないが……」

 

 先頭のザクは、銃を前に向けたまま、棒立ちしている。

 そこで、小隊長は気づいた。先頭のザクのメインカメラが二つあり、やたら輝くそれがしきりに動いていることに。

だから、小隊長は気づけなかった。先頭の角のついた旧式のザクこそ動いていないが、後方のザクの持つ大砲が、自分の方に向けられつつあることに。

 それに気づくことができたのは、砲口が火を噴いてから――

 

「……総員、てっ――!」

 

 撤退と。小隊長は、命令を最後まで伝える事はできなかった。マゼラ・トップ砲から掃き出された砲弾が直撃した後には、小さなクレーターができていた。

 兵士達が見たのは、それまで小隊長がいた所から土煙と炎が上がった瞬間だった。夜間でもよく見える暗視装備は、痛いぐらいに炎を捉えた。

 

《隊長がやられた!くそったれ!》

 

 潜んでいた連邦の兵士達も敵がこちらに気づいていることに気づき、仲間の仇とばかりに構えていた武器を発射するが、大きな成果を出すことはできなかった。

 

《ちっ、外した! 妙に動きが良い!》

《盾持ちが仕事をしてやがる! リジーナを盾で逸らしやがった!》

 

 もしも狙いがトラックなどに向けられていたのなら、多少なりとも成果を得ることもできたのだろう。しかし先の命令もあって、狙いは多くがMSに向けられていた。

 更には、キルゾーンの手前で立ち止まっていた為に射点の多くから目標が遠く、近くからのものも事前に察知していたかのように盾で防がれた。

如何にMSとて流石に無傷ではないが、最初想定していた被害にはほど遠い。

 奇襲は、完全に失敗だった。

 

《中隊長から各員! 反撃が来る前に撤収する! 繰り返す、撤収!》

《アイ・サー!》

 

 中隊長命令を受け、慌ただしく連邦の兵達は前もって決められた合流ポイントを目指し、ジープやら小型のボートやらで散り散りに撤収していく。

 ジオンのMSは部隊の護衛に徹しているらしく、散発的に砲撃を打ち込んでは来ているが、追撃はしかけてこない。それでも、数発に一度の割合で、味方の悲鳴が無線機越しに飛び回っていた。やはり、どうやっているのか相当な確度で位置を補足されているのだ。

 

「くそったれが……!」

 

 悪態に答える者は、誰もいない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

《お帰りなさい、中佐》

「ただいま、中尉」

 

 基地まで辿り着いた補給部隊と、その護衛部隊。先頭には、連邦の奇襲部隊を察知したザクがいた。

 茶と白のパーソナルカラーで迷彩が施された、通常一つのメインカメラを二つ積んだ奇っ怪なザク。ショルダーアーマーには、梟のマーク。

 言うまでも無く、冬彦のザクだ。

 ただし、ザクはザクでも、ルウムの後一度はお役ご免になり、修理した後予備機の枠に入れられていたザクⅠである。頭部だけは最新のものになっているが他はかつてのまま。増設していたスラスターも地上においては余り役に立ちそうにないが、そのままだ。

 

《いかがでしたか、久しぶりのⅠ型は》

「悪くない。ザクⅡに比べて動きが重いかと思ったが、地上では思ってたほど気にならないな。それに待ち伏せをくらったが、この頭部のおかげで助かった。初めてこの二つ目に感謝した気がするよ」

《それは良かったですね》

 

 一度は懲りたはずなのだが、冬彦の頭に息苦しいヘルメットは乗っていない。相も変わらず、ヘッドセットとインカムが一体になったタイプの通信機だ。変わったところはと言えば、少々若白髪が増えたのと、また髪が伸びたこと。それと、瓶底眼鏡が新しくなった位か。はや三代目である。

 

「外に出るとやはり蒸すな」

 

 ザクⅠのコクピットの縁から身を乗り出すと、熱帯特有の周囲を見渡せばここまで護衛してきた車列が続々と塀の内側へと入ってくる所だった。

 この基地はラサ基地から見て東南東の方角に位置し、ギニアス・サハリン少将のラサ基地からは随分と離れている。

 ノリス大佐との会談の結果引き渡されたのがこの基地で、元は連邦の航空基地を接収したものらしい。航空基地と言うだけあってザンジバルの離着陸が可能な滑走路が二本あり、設備の面でも問題は無い。本国からの補給物資も、ザンジバルが離着陸できる規模ならコムサイでも充分に着陸できるため、直接受け取ることが出来る。往還用のブースターがネックだが、ルークスで生産できないか検討中だ。

 現在は監視網や防御・管制設備を始めとした各種設備の拡充に加え、連邦の航空機による偵察対策としてザンジバル用の半地下の格納庫の建造も行われている。

 

 使い勝手は良いが、前線からも遠くは無い。戦線の後退次第では、最前線にもなり得る立地である。

殆ど見ず知らずの部隊に基地一つ預ける。ノリスからすれば賭の一面もあるだろうが、実力のある部隊であれば自軍の勢力を削らずに戦線の一角を構築できるという“うまみ”もあるのだ。

 東南アジア地域は、太平洋方面と東南アジア島嶼部に加え、ジオンが押し切れていないユーラシア北東部からの侵攻もありえる難しい地域だ。

北にヒマラヤ山脈を望む形でジオンが布陣している以上、北側から連邦は大部隊を動かすことは出来ない。となれば、当然アジアのジオンを駆逐する為には、連邦は西か東のどちらかからか回り込む必要がある。この基地は、先に述べたように東側での最前線に化けるかもしれない。

 できることは何もかも、逃げ支度さえできる内にやっておくべきと、冬彦は思っている。気が早すぎると、ガデムなどには怒られもしたが。

 

「よーう、中佐。やはりザクⅠの方が似合っとるぞ」

「ガデム大尉。留守中に何かありましたか」

「何もないわい。全くもって退屈だ」

 

 噂をすれば影が差すと言うが、ザクの下で待っていたのはガデムだった。ガデムとて暑いはずなのだが、服装はジオン制式の通常の長袖の軍服。本人は襟口を開いただけで平気な顔をして手を振っている。

 

「もう本調子か?」

「ええ。どうにかこうにか」

「まあ生きていただけ、褒めてやろう。それが一番必要なものだからな」

 

 墜落から、一ヶ月。

冬彦もフランシェスカも、あの夜の話は他の誰にも話していない。

 パトロール部隊のヴィーゼルに回収された後、ヘリに乗り換えてザンジバルに合流してからは即行で艦内の病室へとたたき込まれ、診察と治療が済むまでは何もさせてもらえなかった。

 その間も、フランシェスカはベッドの横でつきっきりだった。

答えが出ないままに二人以外を巻き込みながら、二人だけの秘密になった問答を、二人っきりで話したこともあったが、まだ答えは出ていない。

復帰に向けて動く冬彦を副官の仕事と言っていつも傍に控えるフランシェスカと冬彦の態度を見て、二人に近く付き合いが長い何人かは何かあったかと勘ぐりもしているようだが、よくわかってはいないようだ。

 

「それはそうと中佐。何も起きては居ないが、面白い情報が宇宙から回ってきたぞ。ついに出たそうだ」

 

 冬彦がワイヤー伝いに地面に降りると、ガデムが近寄り、耳打ちした。

 

「何がです」

「連邦製のモビルスーツ」

「ほう」

 

 ついにきたか、と思いつつ、何が来たのかという疑問もある。

 悪名高き白い悪魔は、サイド7で開発中のはず。資源や物資を運ぼうにも制宙権がほぼジオンにある以上、南極条約があるとはいえ輸送できる物資の量は限られる。

 ジムが出てきたか、それともガンキャノンかガンタンクか。

 

「映像か何か、ありますか?」

「写真があるぞ。軍に長くいると、こう言うときに顔が利くのでな」

 

 ガデムが取り出した、つるりとした一枚の紙。極々平均的なサイズの写真。裏面の指触りからは軍で使っている物では無く、民生品のようにも感じる。

 

「しまった……そうきたか」

 

 冬彦は正面から望遠で取ったらしい、一部ぼやけた写真を見て目を剥いた。

 ショルダーアーマーの形や、頭部や胸部など形状に差違はあるものの。

 連邦のマークが塗装された、クリームがかった白とオレンジの巨人の姿は。

 

「ガデム大尉」

「おう」

「何に見えます?」

「ザクだ。白いがな」

「……まずは、数を揃えるところから始めるつもりか。連邦め」

「そういうこったろうさ。ま、MS同士ならやりがいもある」

 

 ザクのコピー生産。それが、MSの独自開発が遅れている連邦の苦肉の策らしい。

 頭部のモノアイの代わりに固定式のカメラが頭部のバイザー越しに見て取れる辺り、内部でもザクと違う部分は多いのだろうが、全体的なシルエット、特に腰のスカートアーマーから下はザクと違う所を見つけるほうが難しい。

 ジムの姿はまだ無いし、ザニーとも違いほとんど色の違うザクといった様相だ。写真には、三機が映っている。

 

「これ、どこの写真ですか」

「北米戦線だ。南米との境目だけじゃなく、東側沿岸部でも何度か見かけた部隊がいるらしい。他に巨大な戦車もいるんだと。ガルマ様はてんやわんやだろうな。北米以外はどうかしらんが……こちらにもくると思うか」

「来るでしょうね」

「だな。おそらくは海からだ。儂とお前でⅠ型でも相手できるか試してみねば」

「勘弁して下さい……」

「貴様がどう思っていようと、周りはエースと見るぞ。やらんわけにはいくまいよ」

「はあ」

「気張れ、中佐」

「……気を引き締めないと」

 

 連邦製の、ザク。その脅威は、いかほどか。

 

 

 

 




この間、艦娘型録見てて唐突に前に言ったのとは違う艦これネタが降ってきたので書こうとしたら、メインのPCで龍驤の驤が出せなかったので断念。

これが所詮エア提督に過ぎない私にとっての罰だというのか!


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第四十九話 梟の巣

先日、劇場版∀の地球光と月光蝶両方を手に入れたので早速見ていたんです。
賛否両論わかれますが、∀大好きです。一年戦争期の機体だってでてきます。
ああ、こんなシーンもあったなあ。懐かしいなあと思いつつ、見てたのです。
そしたら、ん?ってなるシーンがありましてね?
地球光の、ギャバンがやらかして敵も味方も急いで撤収してるシーン。起爆のすぐ前のところ。

スエサイド部隊のボルジャーノンが、どう見ても【ホバー移動】してるじゃないですか。

ハッチの開閉からして、おそらくJ型。どういうことなの。


 

 独立戦隊の名前にちなみ、二十二番基地とよばれる東南アジアのとある基地。

 この基地の格納庫は、アーチ状の天井をして細長い長方形といういたってシンプルな造りをしている。

数は四つ。長い方の辺を合わせるようにして四つが綺麗に並んでおり、更に艦船用の半地下式の物が二つ建設中だ。

内側は柱と梁は鉄骨が剝き出しになっているあたり造りに凝ったところは無いが、建築を急いだ分だけ広さだけはある。

天井に取り付けられたクレーンのおかげでMSのパーツの付け替えなどの整備もできるし、広さがあるので組み立てだってできる。

 とかくMS運用には便利なこの格納庫は今の所、管制塔から近い順に一番から三番までがMS用として使用されており、四番の格納庫はヘリなどのMS以外の機体が格納されてはいるが、こちらはまだ随分と空きがある為に武器弾薬の一時保管場所としてもつかわれている。

 

「――ほー。連邦製のザクですか」

 

 そんな四番格納庫の休憩室のローテーブルの上に拡げられた写真を目の前にして、エイミー・フラットは難しい顔をしていた。

あっちの写真をみては首を傾げ、こっちの写真を見ては不機嫌そうにこめかみを指で押さえたりしている。

 彼女の眼の下には、くまがあった。

つい先日まで怪気炎を上げながらザクⅡの墜落原因をあれやこれやと調べていたせいなのだが、結局答えはわからずじまい。

 降格こそ無かった物の、本人も納得のいった結果ではないらしく、さらなる詳細な調査の為に残骸を本国に送る案も検討しているという。

 

 テーブルを挟み対面に座る冬彦は、その様子を見ながらコーヒーを啜る。金属のカップに入れられた、機械油のように黒い珈琲。

代表的な嗜好品の一つではあるが、漆黒のそれは安上がり大量生産こそを正義とする軍からの支給品でありまかり間違っても美味いなどと言って良い物では無い。

 ましてや冬彦は緑茶党である。強いて言うなら……と言う程度で有り、紅茶党と珈琲党の仁義なき争いに首を突っ込むつもりは毛頭無いが、緑茶が切れれば水か紅茶で、珈琲を飲むことはほとんどない。

 どんな飲み物であっても飲み慣れていないと本当のおいしさはわからないというが、その対極は万人が理解することができる。まずい物はまずいのだ。

 二口、三口。飲み頃のそれを少しずつ、ほんの少しずつ口に含んでいく。もちろん、そんな飲み方をしていてはそうそう珈琲が減るはずもなく、ついには冬彦はしかめっ面でテーブルへとカップを置いた。

 

「どう思う?」

「そーですね……性能に関しては実物をあけてみないと、なんとも。コピー生産に関しては、多分どこかから情報が流れているんでしょうね」

 

 散らばっていた写真をまとめて、とんとんと端を揃えながらエイミーが答えた。

 

「なぜわかる」

「それなりに数がいるんですよね」

「らしいぞ」

「“物”が手に入ったからって、そんなにすぐに解析して、ましてや数を出せるはずがないです。どっかから機密情報が漏れたんでしょう。どこかの部隊から奪ったにしても、数を揃えるのは困難です。ましてや新品同然なんて不可能でしょう」

「北米はガルマ大佐が居る分、本国からの補給線もしっかりしているからな。降下したHLVをジオンよりも先に確保、なんてのは無理だろうな」

「それと、気になる点もあります」

 

 すっと、端を整えた写真の束から取り出したのは一枚の写真。

 

「この、一番後ろのザクなんですけど、他のザクと比較して肘の関節部分に差違が見られます。もしかすると、実験的に連邦の技術で手を入れているのかも知れません」

「連邦の独自技術か」

 

 見れば、先日ガデムから受け取った写真を更に引き伸ばした写真だった。一番後ろで二機目の影になって少し見にくいが、大砲を持ったその機体は確かに肘の内側がザクの物とは違っていた。平面で、後に来るはずの連邦の物と近い。

 

「関節に手を入れていると言うことは、反応速度が上がっている可能性があります」

「ふーん」

 

 写真を束に戻し、茶封筒に入れる。そして、すっと冬彦の方へと押し出した。

 

「どうぞ」

「ん、確かに」

 

 連邦側がMSを戦場に出してきたというのは、まだ機密情報だ。

ガデムの伝手で北米から冬彦にもネタが回ってきたから知る事ができたが、北米以外ではまだ噂の段階。噂に流れている辺り、隠しきるのは難しそうだが。

ドズルへの報告も済ませた為、おって情報も降りてくるだろうが、だからといって今、これ以上迂闊に広めたり、証拠となる物を散らばらせるのは、余り賢いとは言えないだろう。

 エイミーから返還された写真の束も、この後焼き捨てるか、「ウルラⅡ」の私室の金庫に死蔵することになるだろう。いっそ「ルークス」の方の金塊のコンテナに紛れ込ませてしまっても良い。

 

「それじゃあ、次の出撃までにザクの整備は任せる」

「はっ。任せて下さい」

 

 くまをつくったままの笑顔は少し怖くも感じたが、気にしないことにした。

 茶封筒を小脇に抱え、立ち上がる。

残っていたコーヒーを一気に飲み干そうと、一気に煽る。

しかし、やはりどうしても口に合わない。苦みと酸味の悪いところだけを抽出したような珈琲を前にして、半分ほどで諦めた。

 

「エイミー曹長、すまんがそれ捨てておいてくれ」

 

 冬彦は空いた右手をぴっと頭の横まで挙げて、エイミーに軽く挨拶をして、部屋を出た。

 口直しに、何か甘い物でも食べようか。

 私物の中に、そういえばまだ日持ちのする羊羹があったなあ、そういえば食堂にも、甘い飲み物が何かあったはず、などと考えながら、階段を下り、格納庫を出てふらふらと歩いて行く。

 明確な目的地は無い。

 出撃の予定は無く、書類仕事は午前の内に終えた。実質的な、半休である。

 とりあえずは、食堂へ行こう。そう決めて、冬彦は歩く。

 時折出くわす兵と軽く敬礼を交わしつつ食堂につくと、早速甘味を注文する。

 頼んだのは、バニラのアイスクリーム。

 紙の器に入れられたアイスを持って席に着き、味気ない水色のプラスチックのスプーンで半球の白い塊を大きく削り、口へと運ぶ。

 運びながら、考える。

 ただ、アイスが甘いなーなどと、いつまでも現実逃避していられれば楽だろうが、生憎とザクのコピーの出現という凶報を前にしては、それも許されない。

 食堂はクーラーが付いているので、暑さに思考を邪魔されることもない。

 逆に言えば、無意識への逃避もできなくなった。

 

 連邦製のザク。ジムとどちらが相手をするのが楽だろうか。

 ジムの登場が遅れているならその分今の内に盤面を有利に進められれば良いのだが、生憎と大局を指揮できる立場にはない。

 つまりいつものように、しばらく受け身にまわらないと行けない。

もういっそドズルに働きかけて、早めに宇宙へ戻るというのも手だ。それとも、ジオン敗北を前提に戦後を見越して東南アジア地域にジオンの勢力を多く残せるよう動くべきか。

地上のダイクン派などとも、未だにほとんど接触できていない。部隊を分けて、欧州か北米へ移動するという選択肢も、考えないと行けないのか。

 しかしそうすると、この東南アジアをどうするかが問題になる。アプサラスは、Ⅲまでいけばこの時代ではオーパーツになりうる。

 山を撃ち抜く威力を誇るメガ粒子砲もそうだが、注目するべきはギニアス・サハリンが心血をそそいで組み上げたプログラムだ。

 何が凄いかと言えば、マルチロックを可能にしているのだ。射線と散布界に敵を入れて当たることを祈りつつ拡散ビームを撃つのとはわけが違う。

敵機を個別に識別して、拡散ビームで狙撃することを可能としたのが、アプサラスⅢ。

ギニアス本人はあくまでジャブロー攻略用と言っていたが、運用次第では数の暴力すらひっくり返す強力な防御兵器になりうる。

 死角も多いので、本当の運用には護衛機を多く用意して死角を潰していくなど、色々考えていく必要もあるだろうが……。

 

「冬彦。空のカップを見て何か思いつくのか?」

「うん……おっ!?」

 

気がつけば、いつの間にやら対面にアヤメが座っていた。

 手元には、コーンに載った三段積みのアイスがある。

 

「驚かさんでくれ。仕事はどうした」

「中佐殿と同じく半休だ。それに声はかけた」

「ああそうかい」

 

 既に、冬彦は自分のアイスを食べ終わっているから、アヤメが三段アイスを食べる様を眺めているだけである。

 特にすることがあるでなし、顎に手を置き片肘ついて、ぼーっと。

 

「……余り見ないでくれ。気になる」

「すまん」

 

 言葉にはするが、姿勢にも視線にも変化はない。

 

「冬彦」

「うん?」

「大丈夫なのか」

「何が」

 

 アヤメの問に、そう答えた。

 大丈夫かと聞かれても、今時分には思い当たることが多すぎる。

 

「無論、君がだ。身体は大丈夫だろうが……出撃するのが怖くなったりしないのか?」

「怖い?」

「そう。乗機が壊れたの、二度目だろう」

「……特に無いな。今の所は」

 

 少し考えて、答えた。

 するとアヤメはそれまでの神妙な顔を崩して。

 

「なら問題ないな。そんな冬彦に仕事が来てるぞ」

「なぬ?」

「ギニアス・サハリン少将からのご依頼だ。MA実験の前に、“万が一の事故”を防ぐ為にゲリラをなんとかしてこいとさ」

 

 

 

 




模型屋さんでネオジオングの現物を見る。
戦慄。手が出せんよあんなもの。


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第五十話 来るものども


キキの出番は次回以降。


 

 とれかかった車輪がくるくると回っていた。

 ヴィーゼルと呼ばれるジオン製の装輪装甲車の物だ。

 兵員輸送以外にも偵察における斥候の足として多目的に使われる頑丈な車体が今は横転し、腹を晒して煙を噴いている。

 側面には、大きな凹み。貫通こそしていないが、その大きさはバスケットボールほどもある。

 乗員は、いない。車体後部のハッチから全員が既に脱出している。だが、無事というわけではない。

 

「動くな! 両手を頭の後ろで組んでじっとしてろ!」

 

 彼らに突きつけられたのは、銃口。ヴィーゼルを横転させた襲撃者達の物だ。それも一つ二つではなく、ぐるりと乗員を囲んでいる。

 よく日に焼けた肌が袖の無いシャツから覗く、農作業に従事していても何らおかしくない格好で、彼らは銃を持ち、それをヴィーゼルから這い出たジオン兵達に向けているのだ。

 

「おのれ貴様ら、我々を誰だと……!」

「黙ってろよ」

「ぐっ」

 

 にやついた男にマシンガンの銃口を間近に突きつけられて、一度は気勢を上げた下士官らしき兵士も引き下がり、俯いてしまう。

 その間に何人かが縄で兵達を拘束し、一列に繋いで歩かせていく。

藪を分け入った先には、荷台が幌のトラックが二台止まっていて、片方には鉄板が貼られている。

ジオン兵は鉄板がない方のトラックに一纏めにして乗せられた。暴れたり逃げたりしないように、銃身を短く切ったマシンガンを持った男が監視として最後に乗っている。

 

「さーてっと、もう一発試しておこうか」

「おい、遊ぶな」

「すぐにすますよ。見てろって」

 

 男と兵士達が全員トラックに乗り込んだ後に、先ほどマシンガンを突きつけたゲリラだけは、何を思ったかまたトラックから降りてきた。

 その手にあったのは、マシンガンではなく、対戦車ロケット弾。

そう古い物では無く、連邦の制式の物とかわらないもの。これこそが、ジオンのヴィーゼルを吹き飛ばした正体だった。

 

「へへっ、良いモン手に入れたぜ」

 

 照準もそこそこに、男は引き金を引く。

 打ち出されたロケット弾は装甲を貫通し、ヴィーゼルを今度こそ爆発させた。

 

 残されたのは、残骸と轍だけだった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ゲリラの対処を任されたと言っても、その範囲は広大だ。指定エリアは島嶼部を除いた東南アジアほぼ全域がその範囲で、現地の軍の協力を得ることは許可されたが、大きく動かすことは許されなかった。

 東南アジア地域で反ジオンを掲げるゲリラは、連邦兵の残党であることもあるが現地の住民であることの方が多い。よって、その組織は村ぐるみ、地域ぐるみであることも少なくなく、規模も大小様々。

装備は対戦車ロケット弾がせいぜいだろうが、その数と、地形をよくしる現地民だからこそ密林に紛れて動ける強みがある。

手元の戦力は戦隊のザクと地上に降りてから用意した航空機が少々。とてもではないが、全てのゲリラを狩り出すなど不可能だ。

 

ならばどうすると頭を捻り、冬彦が取った方針は物資による懐柔である。

 

 現地民によるゲリラ行為はジオンの侵略に対しての反抗であり、必ずしも連邦に味方し、連邦の為に戦っているわけではない。

 連邦から物資の支援を受けジオンに敵対している村もあれば、ジオン連邦双方と距離を置いている独立心の強い村もある。どちらともほどよく距離を置き、仮初めの平和を享受している村もある。

その辺りの舵取りはそれこそ地域単位でばらつきがあり、横の繋がりはあっても縦の繋がりと言う意識は希薄でそれぞれが物資を融通しながら自分達の拠点を中心にその周辺で活動しているのだ。財布事情にも、ばらつきがある。

 そこに物資をばらまくことで、まずは交渉の席を作る。あとは、そこでさらなる物資供与の提示を行い、寝返るとまではいかなくとも連邦寄りから中立へ。できればジオン寄りに舵を切ってもらい、最悪ギニアスがMAアプサラスの降下・飛行実験をする間だけでも大人しくしてもらえれば任務は成功だ。

 このための資金源は、ドズルが冬彦に寄越した金塊から。勢力圏を拡げ後々の繋ぎをつくることにも繋がるので、全体から見れば微々たる物とはいえ冬彦は使用に踏み切った。

 時間と労力、金はかかるが、その分武器弾薬の消費と、何より人員の損害は抑えられることを見込んで、結果的にこの方策は概ね上手くいっていた。

 

 上手くいっていた……のだが、それも冬彦が一本の凶報を受け取るまでになってしまった。

 

「なんだと?」

 

 その報告を受けたとき、冬彦の眉間にきゅっと皺が寄った。眼鏡のおかげで幾らか増しとは言え、キツイ目つきの冬彦が眉根を寄せて相手を見れば、それはもう本人の意志にかかわらず睨んでいるのと変わらない威圧を相手に与えてしまう。

 哀れなことに、この日冬彦に通信指揮所からのメッセージを伝えに来た当番兵は元から基地にいたギニアス麾下の若い通信兵。

 戦隊の所属であればもう慣れた物で例え一等兵でも特別怯えることはないが、他所のとなるとまた別だ。

所属も微妙に違う上、何だかんだで武勇伝もある見た目の怖い中佐にきっと睨まれれば、それは肝の縮む思いがするだろう。

 

「え、ええっとですね、その」

 

 まどろこっしい。そう思った。

冬彦は椅子から立ち上がりつかつかと歩み寄ると持っていたバインダーを奪い取る。

 

「ひっ」

「これは、確かか?」

「はっ、はい!」

「……戦隊首脳部を会議室に集めてくれ。通信指揮所にいる士官の誰かに聞けばわかる。それと、MS隊にも呼集をかけろ」

「了解しました!」

 

 厄介なことになった、と冬彦はいつも以上に表情を険しくする。MSを駆って出撃している時でもそうそう見せない、鋭い眼をしていることは、本人は気づかない。

 

 

 

 会議室に人が揃ったのは、通信兵が冬彦のいた格納庫の一室から飛び出て十五分ほど経った頃だった。冬彦をトップに、フランシェスカやアヤメにガデムと戦隊に馴染み深い面々が揃っている。

 彼らは誰も彼も入室すると、冬彦がいつにもまして怖い顔をしているのを見ては足を止め、また何か起きたなとあたりをつけて怖々としていた。

 しかし、席に用意されていた詳細な資料に眼を通すと、皆似たような顔をした。

 

「被害が出た? ゲリラ相手に?」

 

 人が揃って最初に発現したのは、ガデムだった。

 室内ということもあって、鉄メットは脱いでいる。

 

「儂は交渉する為に方々へ人をやっていると聞いていたが、違ったのか」

「違わない。全く持ってそのとおり」

「で、失敗したのか」

「交渉に出向いてそこで何か、ということじゃないらしい。どうも帰りがけに襲われたようで、急いで別の部隊を向かわせたらヴィーゼルが二両黒こげだったそうだ」

 

 ちなみに冬彦からガデムへの敬語が無くなっているが、これは療養中に見舞いに訪れたガデムに良い加減周りと合わせろと怒られた為である。

 中佐の冬彦が大尉のガデムに上官に対応するような言葉遣いをしていたのは配属されたての頃の印象が強かったからで、半ば身内のような戦隊の中だけならともかく、基地にはもとからいたギニアス麾下のアジア方面軍の兵もいる。

 ようはけじめをつけろ、ということだ。なお、この変化は好意的に受け入れられているようだ。

 

「どうするんだ?」

「無論、奪還する。ここで甘い対応をすると他との交渉も上手くいかなくなる」

 

 冬彦が描いていたのは、とりあえず交渉と取引ができるだけの関係だ。

 舐められては、それに支障をきたしてしまう。

 

「そうは言うが、簡単じゃあないぞ。MSで制圧となるとヘタすると兵も巻き込む」

 

 一番軍歴の長いガデムがそう言うと、誰もが難しい顔をした。

単に軍歴が長いと言うだけでなく、ジオンが公国に変わる前後のごたごたとしていた時期に、実際に反ザビ家の活動家やデモに対してザクⅠで鎮圧に出ていたこともあるガデムだ。専門では無いにせよ、どの方面のことにもにもある程度の見識がある。

 他の面子は冬彦のようにMSパイロットであったり、アヤメのような艦隊の指揮官であったりとMS運用に関わる人員が多い。そのため、安易にガデムの言葉をひっくり返せない。

 

「戦隊の人員を割いて陸戦隊でも組むか? ヘリがあるから降下急襲作戦できなくもないぞ」

「野戦経験の無い隊員にヘリボーンなんてできるか」

「なら、付近の部隊を動かすか。陸戦用の装備も豊富だろうからな」

「それも考えたが……フランシェスカ、あれを」

「はい」

 

 机の上に地図が拡げられる。彩色の入った紙の地図だ。所々に赤や黒のインクで書き込みがされていた。そしてその書き込みは、海岸線付近に集中している。

 フランシェスカは更に凸型の駒を幾つも地図上に並べていく。プラスチック製で、色は赤と青。青がジオンで、連邦が赤だ。

 

「先日、東の旧日本列島にいる友軍が太平洋を渡ってきた連邦の輸送艦隊を補足した。艦隊は列島東部で部隊を幾らか下ろしたあと、更に西進してこの東南アジアで大陸北東アジアの部隊と合流を目指しているらしい」

「ほう、規模は?」

「護衛も含めた艦船が一昨日までに二十七、加えて潜水艦が八。こちらに向かう艦隊を列島の友軍が撃破できたのはこのうち輸送艦が六で潜水艦が一。ミデアやガンペリーの動きも慌ただしいらしいから、まだ追加が来るかもしれない」

「ここしばらくで一番の規模か。となると、反攻作戦だな。押さえがいる」

「ザンジバル、発進準備はしておくよ」

 

 冬彦がもたらした情報に、ガデムは顎髭をかきながら、アヤメは眼鏡の位置を直しながらそれぞれに答えた。

 

「ギニアス・サハリン少将への報告もノリス大佐を通して行った。兵の奪還と連邦の反攻作戦の対応を一度にやる必要がある。更に……」

 

 赤ペンを持って、海岸線から内陸へ向けてきゅっと線を引く。

 

「これが、連邦の予想されるメインの侵攻ルート。でもって……」

 

 もう一度、今度は丸を書く。丁度、線の先だ。

 

「ここが兵がいると思われるゲリラのねぐらだ。どう思う?」

 

 背もたれに身をまかせ、出席者の顔を見回して、冬彦はそういった。

 最初に発言したのは、やはりというか、アヤメだった。

 

「連邦が他のルートをとる可能性は?」

「海岸線からだと他は十中八九、無い。海側からの攻勢正面だ。もたもたしてると北から南進してくる部隊と挟撃される」

「見捨てるわけにもいかんしなあ。結局どうするのだ」

「どうもこうも無い。まず兵を奪還する。後は防衛線を構築して、少将からの援軍を待つ。ついでに防衛戦を下げすぎると少将からの指定エリアに接触しかねないから、なるべく押し込む必要もある」

 

 赤いペンが忙しく動き回り、円やら弧やらをどんどん書き込んでいく。

 それを見た出席者達はげんなりとした顔をした。思いの外、状況が悪い。

 

「補給線がゲリラの勢力範囲を突っ切るのか……」

「しかも、二方面作戦じゃないか」

「なんであれ、やるしかない。話を通せればなんとかなるさ」

 

 冬彦が席から立ち上がった。地図へと落ちていた視線が集中する。

 

「作戦名は“グレイッシュ”とする。詳細は追って連絡するが、先発隊の出発は今夜だ。各員、準備を急いでくれ」

 

 

 

 





もうちょっとザクⅠで頑張ってもらうんじゃよ。


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第五十一話 無理に高空から降下しようとするから失敗する。

 予定を変更してキンクリ。申し訳ない。

 キキはそのうち出てきますが、出会い編はグレイッシュ作戦とあわせていつか番外編でやります。

 次回はちゃんと戦闘やります!


 八月中旬。他の地域に先駆けて、アジア地域で連邦軍による反攻作戦が始まった。

 

 まず先陣を切ったのが、戦力の再編を終わらせた連邦アジア方面軍残存部隊。

ビッグトレー級陸上戦艦を中核に、戦車隊を前に出してシベリア方面から重要拠点である北京を目指し進軍を開始。

 MSに対して被害を出しながらも極力遮蔽物の少ない平原地域を戦場に選び、航空機との連携した面単位での砲撃で確実にジオンの戦力を減らしていった。

この動きに呼応して、南米から日本列島まで太平洋を越えた部隊も動きを見せる。

未だジオンの勢力圏に入っていなかった関東地方に一時寄港し休息を取った連邦艦隊が東南アジア島嶼部の軍港を目指し南進し、随伴していた航空機による輸送部隊の多くはアジア方面軍の援軍として海を越えて北京へ。

 

航空輸送機の部隊が運んだ連邦制のコピーザクは本家ジオンのザクともまともに戦い、部分的にザクⅡにおとる性能差とパイロットの熟練度の差から苦戦はしたものの善戦。

連邦初のMSを投入した機械化混成大隊二四機はその半数近くを失いながらもジオンのMS隊相手に出血を強い、失った数以上の大破、損害を与え連邦が戦えることを示した。

 

このことが負け続きだった連邦軍に追い風となる一方、後に連邦のMS開発に対立と混沌の嵐を巻き起こすことになるのだが……これはまた別のお話。

 

とにかく、連邦のMS投入によるジオン軍北京司令部の混乱と、連邦製が何する物ぞと甘く見たパイロットの驕りにより北京は陥落。部隊は西へと撤退した。

 

 一方の連邦艦隊の方も好調だった。ジオンの潜水艦隊に何隻か沈められはした物の、ジオンにまだ本格的な海戦のできるMSが無いのに対し、無いよりましと水中戦用に改修したボールを投入。

これが予想以上の戦果を上げ潜水艦隊を突破し東南アジア島嶼部に到達。グアム、マニラ、シンガポールなどへ侵攻しこれを奪還、橋頭堡とした。

 

 この攻勢に対し、ジオン公国アジア方面軍は全体的に対応のまずさが目立った。初動の遅さ、相手の戦力の過小評価など本来避けるべき要素ばかりである。幾ら勝ち続けていたからといって、慢心の一言で片付けていい事態では無い。

 北京一帯に布陣していた部隊は西へ敗走。南でも、島嶼部の北側が連邦に落とされたことでオーストラリアとの連絡が脅かされている。

 連邦の反攻は一旦動きを止めたが、勢いに乗るようにそう間をおかず動き出すことは眼に見えていた。

 ラサ基地のギニアス・サハリン少将はこの事態に友軍の無能を呪いながらもMA実験については続行することを関係各所に通達し、南北からの攻勢に対して防衛線の構築を麾下のノリス大佐に指示。MAの準備もあって、動きを慌ただしくしていた。

 ギニアスの悲願の為には、まだまだ時間が必要で、ここで連邦に勢いづかれるわけにはいかなかったのだ。

 

 そして、月がかわって九月。

 

欧州などでも連邦が反攻の動きを見せ始めた頃、北京の陥落を受け気を引き締めたジオンと、勢いに乗る連邦の、激戦の幕が上がろうとしていた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 それは、地上から見上げる人々に星のように見えたかも知れない。けれど、少しよく見ればすぐに違うとわかったはずだ。

 赤と緑の二色の光は、短い周期で点滅を繰り返しており、ましてや高速で移動していた。

 まかり間違っても流れ星であるはずもなく、その正体は識別灯だった。

 夜に紛れて低空を飛ぶ、ザンジバルの両翼の端の、識別灯だった。

 

 

 

「装備、言われた通り一番強いの乗せておきましたよ」

「ああ、ありがとう。スペックは」

「長砲身百八十ミリカノン砲。装弾数五、予備弾倉は一つだけ最大射程は二万。スコープが無いのと、反動が大きいのとでこいつで撃つなら一万がせいぜいだと思って下さい」

「わかった」

「わかってるでしょうが、あくまでまともに飛ばせる範囲ですからね。狙撃狙いなら、こいつのセンサー範囲の内でも怪しいです」

「そこは腕でなんとかするよ」

「……くれぐれも残弾に気を付けて。予備を入れても十発こっきりです。使い切ったら、後はデポのヒートソードでなんとかしてください」

「わかっている」

 

 戦隊の中にはいい加減出撃ばかりでは無く、ザンジバルから落ち着いて指揮するのに専念すれば良いと思う者もいるのだが、冬彦の姿はやはりザクのコクピットの中にあった。

 本人からすると、十二機でも手が足りないのに装備に恵まれたカスタム機の自分が抜けるわけにはいかないという意識がある。

 だから、今日も冬彦はザクに乗って、出撃するのだ。

 

冬彦は笑って、キャットウォークからザクのコクピットへ顔を覗かせる髭の整備員に武装の仕様書を突き返した。

 コクピットの中はいつにもまして色鮮やかで、両脇のスイッチ周りが賑やかになっていた。重量超過の警告灯だけが、注意を促す黄色でもって発光している。

 原因は、無理を言って装備させた百八十ミリのカノン砲。本来であれば対空砲であり、ザクキャノンやザクタンクに乗せて砲撃支援に使われることになる大物だが、急ごしらえで取っ手を付けてザクでも使えるようにした物だ。

 加えて砲身を伸ばした為に更に重量が増し、ザクⅠでは武装の殆どを下ろしてやっと扱える重量になってしまった。

 

「他に何か注意点は」

「絶対に両腕で保持して下さい。移動時でもです」

「それほど重いか」

「ええ。Ⅰ型では最悪肩から先がいかれます。必ずマニュアルの射撃体勢を取ってから砲撃して下さい」

「了解。ハッチ閉めるぞ、下がれ」

「ご武運を」

「まかせろ」

 

 綺麗とは言えない髭の敬礼を見送り、ハッチを閉める。暗いのは一瞬で、眼はすぐになれて灯りが浮かぶ。

 両手の操縦桿とフットペダルの具合を確かめると心なしか少し固く、モニター越しに見える動作もやや鈍い。これも、地上の重さゆえ。宇宙であれば慣性で振り回されることはあっても、鈍重さに難儀することは無いと言うのに。

 

『中佐、右舷ハッチから発進お願いします。現在高度八十、いつでも出られますが、よろしいですか?』

「一番乗りか、了解。ハッチ開け」

『ハッチ開きます』

 

 戦隊旗艦ウルラの右舷ハッチが音を立てて開いていく。扉の向こうは、暗い闇。艦の中が明るい分、光りを見いだすことができず暗く見えるのだ。

 

「ヒダカ機、発進する」

 

 カタパルトが加速し、衝撃でシートへ身体が押しつけられる。

 飛び出せば、次に待つのは重力に引かれての自然落下。ブースターでの抵抗で、落下速度は緩やかになっていく。

 夜間の降下だ。頼りになるのは計器だけ……と言いたいところだが、冬彦のザクには二つの眼がある。

 

 今日は偶々月がない。雲のせいで星もない。光の乏しい、暗がりの夜。

 

輝く眼を持つ梟は、熱帯の樹林に降り立ったのだ。

 

 

 

「よし、後は待つか」

 

 降下地点から少しばかり東へ移動したところで、冬彦はたまたま見つけた窪地にザクを入れ射撃体勢で待機していた。

 射撃体勢と言っても、膝立ちでカノン砲を抱え込むように持ち、やや砲口を上向きに向けて保持しているという状態で、動こうと思えばいつでもポイントを変えられる。

 だが、一度腰を据えたらしばらく動くつもりは無かった。連邦がいつ来るかはわからない長丁場、腰を据えて待つつもりだ。

水ばかりでは味気ないと持ち込んだ魔法瓶を開けば、湯気と共に緑茶の臭いがふっと広がる。しばしのくつろぎタイムだ。

 

「あー……」

 

 蓋をカップ代わりに一服付いて、冬彦はサブモニターの一つに映った周辺のマップを見た。近くのつまみを左に回してより広範囲の物にすると、マップ上を幾つもの光点が動いている。

 光点の数は全部で十。自機のすぐ後ろから来るのが三つ。南で停止しているのが三つ。北を目指して移動しているのが三つ。

冬彦はインカムのスイッチを入れた。

 

「各員、位置知らせ」

『A小隊フランシェスカ中尉、中佐の後ろです。すぐに合流します。盾の配置は少し待って下さい』

『B小隊セルジュ少尉。配置完了』

『C小隊ケリー曹長、足場が悪くて少し手間取っています。予定より時間がかかるかもしれません』

「B小隊は少し早いが主機を落としておけ。探知されたくない。C小隊は多少時間がかかってもいい。間違ってもすっ転んだりするなよ」

『了解しました』

 

冬彦を先頭に戦隊のMSが陣取っているのは、ノリス大佐によって計画された半円状の防衛線の一番外側、その東端だった。

 連邦の攻勢に一番最初にぶつかるとんでもない場所である。

 本来であれば交渉してもう少しましな場所につけてもらうところなのだが、兵の奪還作戦に結局周りの部隊を動かしたり少々を無茶をしたために、その対価として最前線を仰せつかってしまったのだ。

 オマケにノリス大佐だけでなく、ゲリラの重鎮にも周辺の押さえの為に力を借りた為に、そちらにも借りができている。

 物資を渡そうとしたが、今はいいと突き返されてしまった。

 物資で済ますことができていれば後腐れ無かったのが、借りを残したことになる。後で何を要求されるか今から憂鬱だ。

 おまけに、今は前線にいて煩わされることはないが、件のゲリラの村にいるオレンジ頭のやかましいのにつきまとわれそうになっている。

その事を思い出していると、また自然と頭が重くなった。

 

「ああ、いやだいやだ……。はー……」

 

 もう一杯茶をいれて、半分ほどを一度で飲んでしまった。

 幾らいやだいやだと言っていても、来てしまっては逃げられないのに。

 第二十二戦隊が得意とするのは、待ち伏せからの奇襲、そして一撃離脱だ。

 しかし今回のは、完全に待ちの戦法。

待ち伏せまでは良いとして、そこから突撃せずに撃ちっぱなしで相手に合わせてじりじり後退、焦れてきたところに別部隊が突撃という戦術。

 どうも今回の連邦の攻勢には北京でいなかったガンタンクもいるらしいので撃ち合いをするには分が悪く、できれば冬彦も突撃側が良かった。

しかし残念ながら冬彦機にはジオンでも有数の光学機器の権威が手を入れたそれはもうすばらしい光学センサーがついている。

おかげで敵攻勢の“目取り”も兼ねて最前線の更に先頭に布陣させられたのだ。

戦隊で見ても対艦狙撃砲を多くした布陣で、各小隊を構成する三機の内二機は狙撃砲を持ち出している。“やられる前にやる”と“アウトレンジから一方的に”を地でいく偏りすぎた編成だ。

 いったい誰が考えたかと言えば、冬彦自身であるから笑えない。

 

「さて」

 

 戦場にあって、戦闘以外のことに悩まされる。ある意味実戦指揮官が一番嫌がる状況だろう。

 だがいつまでもぐちぐち言っていられないのが指揮官だ。

 ましてや乗機はカスタム機。うっかり落とされようものなら全体の士気が下がりかねない。となると、気合いを入れなくてはいけない。

 

 これまた新装備の狙撃用のスコープを上から下ろし、目線の高さで調整する。

 

「狙撃は得意じゃないんだけどなあ」

 

 魔法瓶は三本持ち込んでいる。

 

無くなるのと、敵が来るのとどちらがはやいか。

 

 

 

 




無限航路で浮かんだ一発ネタ。

どちくしょおルートのキャロが逆行して、トラッパをぶちのめすことを目標に家を飛び出して名をはせていく名付けて女傑ルート。

なお書くかどうかは(


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第五十二話 味方が失敗したことに限って敵は成功する。

主にFFTとかFEとかね。




 

 

 丁度一本目の魔法瓶を空にし、二本目に手を伸ばそうかと言うときに、それは来た。

 ぽーんという何時にもまして軽い電子音。知らぬ者が聞けば時報か、はたまた眠気覚ましのタイマーかと思うだろう。

 だが、それは敵の察知を示す音。長丁場のはずが、思いの外早く始まってしまうようだ。

 冬彦はさっと横へどけていたスコープを戻した。

高さは前もって合わせていたからまた調整しなおす必要はなく、スコープを覗いてすぐに倍率を上げる操作を始める。

 

 そして、見た。暗視補正を入れた緑の視界。距離があるため多少荒い映像ではあるが、見紛うはずもない丸い頭。前へ突き出た口のようノズルに、横へ伸びたパイプ。

 ザクだ。己の眼で見ても、友軍のカスタム機ではないかと逡巡しそうになる。

 けれど、装備している銃身の短いマシンガンと前へ突き出した小型の盾が、それが連邦の機体であると教えてくれる。

 周りには、連邦の戦車の姿も見える。ガンタンクらしき影は、まだ見えない。

 

(まさかこのミノフスキー濃度と距離で位置を把握されているとは思わんだろうな)

 

 ウルラが帰投前に散布していったミノフスキー粒子で敵味方ともレーダーは効かない。しかし、ツインカメラに搭載された高感度センサーは確かにその姿を捉えている。

 得られたデータをマップに反映させれば、敵の陣形が手に取るように見えてくる。

 最初に見えた一機を先頭に左右を固めた三機小隊が全部で四つ。等間隔で前後左右に展開した陣形だ。

 彼我の距離は八千。速度はそう速くない。敵もミノフスキー濃度からこちらがどこかにひそんでいることはわかっていても、そのどこかをつかめては居ないのだろう。

 ザクⅡのセンサー範囲は最大でも四千にも届かない。ましてやここは遮蔽物を始めとした悪条件の多い地上。連邦がどれだけ手を入れたかはわからないが、ことさら光学機器の分野では元よりジオンに分がある。それほど劇的な伸びは期待できない。

ようは向こうはこちらが見えていない状況で、こちらが一方的に補足している状況だ。

 多少は楽ができるかと、冬彦は一人ほくそ笑む。

 

「さて。もう少し引き込むべきか、叩ける内に叩くべきか」

 

 距離はまだ充分にある。しばし悩むうちに、先日のフランシェスカに言われた言葉を思い出した。

 

 ――導いて下さい。

 

 某大佐(今は少佐)が後に口にする言葉と大差ないが、野郎と美女が言うのでは偉い違いである。

 導く。行う以前に、意味を解することすら難しい言葉だ。

 人生はよく道やレールに例えられるが、自分は、何だろうか。

 スコープに映るコピーザクを見ながら、考える。

 貨車を引っ張る動力車、ではないだろう。自分が居なくとも、部下達は既に一流どころのパイロットであるからどこかしらで相応に戦えるだろう。動力車ばかりを引っ張る動力車など聞いたことも無い。

 

「……あー、なんつったかな、あれ」

 

 考えて考えて、ふと浮かんだのはどこかで見たレールを敷く為の特殊車両。あの辺りなら妥当だろうか。

 不確実な道筋を辿りながら、自分一人で敷く細いレール。

 誰かを引っ張ることはしたくなくて、それでも誰かの先をいかなくてはいけなくて。

 そして、歴史の分岐で途切れた道を、繋ぎ直すと願も掛けて。

 今もまだ答えは出てはいないけれど、何もしないままでは何も変わらない。

 一手。さらなる一手が必要なのだ。

 それをすることによって何が動くのか。何が変化するのか。

 まだ、選択の幅がある。見極める時間も、悩む時間も、ある。

 

「総員、傾注」

 

データリンクを行って、それから先頭のコピーザクへ照準を合わせる。

 

「距離……六千で斉射をかける。後は手はず通りに」

 

 短い返答が返ってきた。

まだ、まだとゆっくりと減っていく距離を示した値を睨む。

 じりじりと思考を削るこの時間は、嫌になるほど頭が冴える。

 好ましくもあり忌々しくもある。憎むべきは尻に火が付かねば頭もまわらぬ怠惰な自分か。

そして、一手。

 

 三重のレティクルが重なって、胸部装甲の中心を捕らえたその瞬間に操縦桿のスイッチを押し込んだ。それは、他の誰より一瞬早く。けれど、言葉に嘘は無く。

 

 不思議と、当たるような気がしていた。

 重力や風の影響を受ける地上では、実弾での狙撃は宇宙よりもずっと難しい。

 それでも――

 

 撃ち出された砲弾は弧を描いて、吸い込まれる様に正面装甲へ飛んで行き、撃ち貫いた。

 息を潜めていた味方は静かに歓声を上げ、敵は驚きと恐怖から一瞬動きが止まって見えた。

 衝撃に耐えかねるように後ろへ倒れたコピーザクは、一瞬の間を置いて爆発した。

 それが、砲火の合図となった。

 

「おお、凄いな」

 

 驚嘆するのは自身の腕などではない。驚嘆すべきは急造品でありながらその精度を見せたカノン砲と、一連の光学システム。そして、ノーマルの一三五ミリ対艦狙撃砲で同じように結果をみせた戦隊員達。

 各小隊に二機ずつ。冬彦を入れて計七機の砲撃要員で狙撃を行って撃破した敵機が二機。どこかしらに命中したらしいのが更に三機。充分な戦果と言えるだろう。

 むしろ敵を引き込むには、やり過ぎたくらいだ。

 これならば、と冬彦は早々に決断を下した。

 

「よし、それじゃあ始めるぞ。B地点まで、ゆっくりとだ。それと各小隊射手を一人に絞れ」

 

 冬彦も少し射線をズラしてから一発撃ち込んで、後ろへ下がる。変わって前に出たのは、フランシェスカだ。

 盾を構えており、冬彦に代わって殿に出るつもりのようだ。

 そんな命令は、出していない

 

「フランシェスカ」

『いえ、やらせてください』

 

 言いたいことは、わかっているらしい。

 

「……わかった。その代わり、少し左に寄れ。視界が取れん」

『了解しました』

 

 言われた通りにグフが左に寄って、冬彦のザクに合わせて後退を始める。

スコープを外すと、広いメインモニターには黒々とした夜の森が。

サブモニターには、増えつづける光点が。

 まだまだ、先は長そうだ。

 

 

 

 

 

「さて、MSは残り七機。この分なら……」

 

 冬彦はスコープで前方を警戒しながら、この後どう動くか思案していた。

 戦隊で戦端が開かれてから、他の場所でも連邦の侵攻が始まったために、作戦の変更を余儀なくされたからだ。

 

 中央から少し遅れて戦端が開かれたのは、防衛線の南側。侵攻は南東方向から。

 冬彦機の“眼”がない南の方は先手を取っての迎撃とはいかず、暗闇の中でかなり近い距離から戦闘が始まった。

不幸中の幸いというか、奇襲を受ける前に発見できたので迎撃はできたが、近距離であったために両軍に被害が広がり、双方が一度距離を取って様子を伺う膠着状態に陥った。

 

一方で中央では冬彦の指揮のもとじりじりと後退し被害を抑えつつ、ちびちびと連邦軍のMSを削っていた。

途中、戦車の増加に合わせてMG持ちを前に出して陣形を変えたり、ジグザグに移動することで砲火をくぐり抜けようとするMSに対し、半数以上が一機へと集中して狙いを絞るなどして、連邦の鉾を鈍らせながらの仕事だ。

 もちろん、戦隊のMS以外の戦力も中央には配置されており、戦況が優勢なのは彼らが活躍した成果でもあった。

 

 だが、そんな冬彦のいる中央でも問題が起きる。増援としてその姿を現した、RX-75……ガンタンクの出現である。

 ガンタンク。両肩の砲の射程と威力は勿論だが、その存在はもっと恐ろしい事実の裏付けとなる。型番のRX。

これだ。これなのだ。未だジオンでは冬彦以外に誰も知る者はおるまいが、かの白い悪魔RX-78ガンダムと同じ型番であるのだ。

つまりは、ザクのコピー生産計画と並行して、V計画も進められていることがはっきりしたのである。

 最悪である。繰り返すが、最悪である。できればガンタンクではなく戦車の範疇であるRTX-44あたりであってくれという願いはもろくも崩れ去った。

いろいろと訳がわからないとしか言いようが無いあのMSが、今この時も着々と開発されているかもしれないのだ。あるいは、既に試験稼働が済んでいるかも知れない。

 万が一アムロが乗り込もうものなら、凄まじい数のフラグが一気に立つ。ガンダムと共にフラグが大地に乱立するのだ。悪夢である。冬彦一人士気が急降下である。

 

ただ、始まったばかりとはいえ現状の戦況は中央に限れば冬彦の将来への不安とは真逆で、南を入れて見てもジオンが優勢だ。

最初に姿を見せたコピーザク十二機は狙いをMSに集中した戦隊の引き撃ちと、マゼラアタックなどからなるジオン側戦車隊の支援砲撃により磨り潰すように一機、また一機と数を減らしついには全滅。

この間に戦隊でもB、C小隊で中破を三、小破を一出したが、ど真ん中にいるA小隊は未だに無傷。

 増援として新たに戦車隊と少数の航空機を引き連れたMS隊十二機も、残すところ七機。ガンタンクは全て潰して、後はコピーザクばかり。

 新たな増援は確認されず、とりあえずのところ今回は防ぎきれそうであった。

 

『中佐。そろそろ儂らが仕掛けるか? 今なら一息に側面を突けるぞ』

 

 暇をしていたガデムから、通信が入った。

 もっと早くに投入されるはずだったのが、辿り着くまでに敵戦力を削った為に投入せずとも勝てそうなところまで来てしまった。

 

「敵が後退の動きを見せた。」

『やれやれ、出番はなしか』

「D小隊は後退して、C小隊と合流しろ」

『了解した』

「お願いする。……ん?」

 

 聞こえたのは、ロックオンアラート。機体を動かしながらどこからだと慌ててレーダーを見ると、唐突にレーダー上に新たに光点が三つ現れていた。その内二つから戦車よりも小さな光点が溢れるように広がっている。

ミサイルだ。

 

「……はぁ!? あ、A小隊散開! ミサイルが来る!!」

 

 慌てて逃げたところに、ミサイルが立て続けに降りそそぐ。ミノフスキー粒子の影響で殆ど役立たずになったミサイルだが、光学機器との連動などで射程を大きく減じたものの多少活躍の場を取り戻しつつある。

 それよりも、どうやってセンサーの索敵をかいくぐってきたかが問題だ。

 モニターは常に行っていた。それが、突然索敵範囲の内側に降って湧いたように現れた。

 他の機体ならいざ知らず、この機体で感知できなかったというのはかなりまずい。原因は究明しなければならない。

 答えは、すぐにわかった。

 友軍のルッグンが、高空を飛ぶミデアを発見したのだ。

 

「まさか、髙高度からの奇襲か!?」

 

 冬彦が九死に一生を体験した“例のあれ”を、連邦はこの土壇場でやってきたらしい。

わかったところで余裕は無い。

 ミサイルから逃げている内に、敵は降下を完了させてしまっている。距離は至近。長物を持った今の冬彦では少々厳しい。

 

『中佐、どうした!』

「敵の急襲、空からだ! 各員警戒を厳に!」

 

 言っている内に、敵が姿を現した。

 正面からでも見える大きな四角いユニットを背負った連邦製のコピーザク。

ミサイルの爆発から延焼した炎でもって照らし出された白とグレーのデジタル迷彩は、おそらく特殊部隊のもの。

至近と言って良い距離で、モノアイレールがあるべき場所に張り付いた緑の硝子が見えた。その奥で輝くのは、上下二段で左右に走る、二条の青い線。

 

人を惑わす沼地の鬼火は。幽霊が引き連れるという人魂は、いずれも燐の如く青く輝きながら夜の暗がりに浮かんでいるという。

迷信だ。昔の人間が言ったことだ。

 

だが目の前の存在は現実の物だ。

淡く緑に濃く青く。伝承の如く、厄介極まりない、ろくでもない存在。

 

 きっと“そう”なのだと、冬彦は直感的に理解した。

 ニュータイプ。今なら本気で信じてみたくなる。

ザクとうり二つのシルエットで有りながら、白く塗られたその姿。

 さながら幽霊のように現れて、砲火を飛び越えて目の前にまで辿り着いた敵機。

 

 その機体が、ぐっと機体の姿勢を低くして飛び込んで来る。

 周りに味方はいるが、それぞれ新たな敵の相手をしている。

ザクを下げようとするが、相手の動きの方が速い。

暗い森林に光が灯る。赤よりもずっと明るい、ピンクの光。ビームサーベル。

 

「なんでザクでビームサーベルが使えるんだよっ!!」

 

 罵倒しながら、カノン砲に残されていた最後の一発を撃ち込んだ。

 敵を滅ぼせと託した弾は、無情にも盾によって弾かれる。

 コピーザクの左腕は盾ごと吹き飛んだが、胴体も、ビームサーベルを持った右腕も無事。

 ビームサーベルを振りかぶる姿が、モニターを埋め尽くした。

 残弾、0。何をするにも間に合わない。

 

(あ。これは、死んだか)

 

 

 

 

 

 

――導いてください

 

 

 

 

 

 

 刹那、弾切れになった百八十ミリカノン砲を槍のように前へと突き出していた。

 

 同時に、急制動をかける。

モニターと視界が同時に揺れた。視界の端が黒くなる。

脚部が地面を抉ってなお止まらず、泳ぐ上体を腰の稼働で制御して砲の先端を敵機の胸へ。

操縦桿をどれほど握りしめても機体そのものを動かす程の衝撃を殺しきることなどできるはずもない。

MS同士の正面衝突。良い加減限界だろうが、今だけは耐えてくれとペダルを踏み抜いた。機体が酷く軋んでいる。無理をさせるのも何度目か。

スラスターが、限界(リミッター)を超えて咆吼する。

 

「らああああああっ!」

 

 気を失わぬよう、活を入れるべく声を張る。通信越しに聞こえていたならやかましかろうが、必死だ。

 

 馬上槍の如く、カノン砲は確かにコピーザクの胸部装甲を突き、貫けぬまでもつっかえ棒として機能し衝撃でもって数十トンからある機体を吹き飛ばした。

 しかしコピーザクはそれでもビームサーベルを手放さず振り下ろし、歪んでしまったカノン砲は斬り捨てられてしまった。

 おまけに右腕は肘が衝撃でお釈迦になり千切れかけている。

武器もヒートソード一本になってしまった。

 

 剣一本で格闘戦。MSに乗っている意味が無い。

 

 向こうとて、無事ではない。

盾を装備していた左腕は肘から先が吹き飛び、肩が外れかかっている。

それでもいまだ闘志は衰えていないようでビームサーベルもその光を失っていない。

揺らめく切っ先は高熱で地面を焦がしている。

 

 少し下がって、味方と合流すべきと経験が言う。

 

「流石に死ぬかと思った……が」

 

 危機はまだ去っていない。

 後退などさせるものかと言わんばかりに、コピーザクが一歩前に出た。

 冬彦でも、そうする。今しかない。

 のど笛に食いつき、獲物を狩った後で後ゆうゆう逃げようという腹なのだ。こいつは。

 自分がやられれば、次は戦隊の誰だ。

 ピートか、ガデムか、フランシェスカか。

 

「……させるものかよ」

 

 機関部の三分の二より後ろを残したカノン砲を投げ捨て、腰にマウントしていたヒートソードを左手でもって装備する。

 赤熱した刃が、空気を焦がしながら敵を屠れと囁いている。

 

「来いっ!!」

 

 聞こえたはずはない。敵機との間に通信を開いてなどいないのだから。

 だがコピーザクはそれに答えるかのように、それまで下げていた切っ先を跳ね上げ躍りかかってきた。

 

 決着は、一瞬だった。

 

 二度目の衝突。

 

 コピーザクが上段から振り下ろしたビームサーベルは、ザクⅠの頭部を割り、右腕を肩と胴体の一部ごともぎ取って。

ショルダータックルの態勢から居合いのごとく振り抜いた冬彦のヒートソードは、胴の半ばを断ち切っていた。

 

 

 

 




詰め込んだ感がありますが、勘弁してください。


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第五十三話 夜の明ける前に

 忙しいのもありましたが、難産でした。後日加筆修正があるかも。


 ネオンのような点滅が、冬彦には足掻いているように見えた。

 まるで、消えまいとするように。

 長く続く戦乱の、開戦間もないこんなところで。

胴の半ばまでを斬られても、いまだ死ぬまいとするように。

精度のそう高く無い左胸部のサブカメラでも、ネジの一本すらも確認出来るような距離。

 連邦製のコピーザクの、青い光りが消えるのを、冬彦は見ていた。

 

「つ~~~!」

 

敵の息の根を止めた安堵からか、それとも強敵との勝利に酔ったのか。酩酊感のようなものが冬彦を襲う。

 敵はまだいる。しっかりしなければと活をいれるべく、急な機動で足下に転がってきていた魔法瓶を拾い上げ、コップに入れる手間も惜しく直接口を付けて飲み下した。

 まだ並々と残っていた、しっかりと保温されていた緑茶である。

そんな物を一気に飲んでは当然火傷で口内と喉が焼けるように痛んだが、生きていることを実感できる気がした。

 

「がはっ、かっ、あ、はっ、はああ……」

 

 自らを傷つけるほどの熱を得て、冬彦はやっと息を吹き返す。

 口元から零れた分が染みをつくり、肌に張り付いて煩わしく、襟元を大きく開けた。

 そこでやっと、インカムのスイッチを入れた。

 

「――こちらヒダカ。降下してきた敵MSの一機を仕留めたが、頭と右腕部をやられた。現状がわからん。詳細を知らせろ」

 

 力を失ったコピーザクから、刺さったままだったヒートソードを引き抜く。

 右腕が失われた為にバランスが悪くなっており、操縦には普段以上に気をはらわなくてはいけなくなった。それに、頭部が失われたのが致命的だ。戦場全体で得られる情報が激減している。

 戦隊の目取り役と司令塔がその役目を果たせなくなった現状をいつまでもそのままにしておくというのはあり得ない。

 至急、何らかの手段を講じなくてはいけない。

 

『ひどい“なり”だな。中佐』

「ガデム大尉」

『だがまあ、きっちり仕事はしたか』

 

 木の陰から、角をつけたザクⅠがぬっと姿を現す。ザクⅠ本来の暗緑色と濃青の二色。手にはヒートソードを持つその姿は、損傷が無いことを除けば冬彦機と変わらない。

 背後には、同じく二機のザクⅠが続く。伏せたまま結局突撃に使わずじまいになった、二十二戦隊のD小隊である。

 

「不意を突かれてこのザマですがね」

『いっそ前に出るのは副官にまかせたらどうだ?

フランシェスカと言ったか、あの中尉は。大した機動だ。あっという間に一機片付けてしまいおった。格闘戦なら中佐より余程センスがある』

「それはどうも。で、現状は」

 

 顎髭をたたえた老人は、ふんと鼻を鳴らして答えた。

 

『うちが一番酷い。先端だったからな、当然だろう』

「友軍は幾らか余裕があると?」

『そのようだ。ルッグンを何機かこちらに回すくらいには、余裕があるらしい。さっきから煩わしくてかなわん』

「へえ」

 

 レドームを二基備えた高性能な哨戒機であるルッグンだが、これを単に友軍からの支援と考えるか、それとも別派閥による戦隊の情報収集部隊と判断するべきか。悩みどころだ。

 できればもっと先にいて欲しいというのが本音であるし、そもそも凹陣形の一番くぼんだ部分で偵察機に何が出来るのか。

 前線から戻ってきたか、敵機の急襲の被害を確認しに来たか、それとも……

 

「戦場の動きは?」

『降下してきた敵は片付いたぞ。副官殿が一機。儂が一機。最後が“そこ”のやつだ。

被害は新たに大破一。小癪にもビームの格闘武器など使ってきおったから分捕ってやったわ』

 

 言って、ザクⅠが掲げた物を見る。ヒートソードとは逆の左手にあるそれは、確かにビームサーベルに見える。残念ながらザクⅠでは出力の都合で使えないのだが。

 これもまた、新たな懸念事項の一つだろう。

ザクⅡは元より、ジオニック、ツィマッド両社でも未だ実用化に至っていないビーム兵器。それがなぜザクⅡ未満ザクⅠ以上の性能と見られていた連邦製のコピーザクが使用できたのか。この戦闘が終わったら、入念に調べなくてはいけない。

 

 なお、新たな大破一というのが冬彦自身のことであるというのが悲しいところだ。

 

「戦線全体ではどうだろうか」

『南側が例の戦車型のせいでMSにも多少被害が出ておるようだな。川沿いで視界が開かれておるから、止むをえんとも言えるが』

「支援要請は?」

『出ておらん。それよりも防衛司令のノリス大佐から要請が来ている。敵の頭を叩くのに協力して欲しいと』

「頭?」

『後方にビッグトレーがいるらしい。司令部のノリス大佐はこれを連邦の戦闘指揮艦だと判断したそうだ』

「……このザマなんだが」

『だなあ』

 

 冬彦のザクⅠの損傷度は、はっきり言って酷い。

 腕、頭部もそうだが、右胸部からは抉られた部分から火花も散っている。戦闘は無理と脱出していてもおかしくないレベルだ。

 そうしないのは流れ弾がまだ飛んでくる可能性があるのと、誰かと合流せずに脱出すると自陣まで帰参するための足が無くなってしまうのを嫌ったからだ。

 

「はっきり言って戦えんぞ、もう」

『司令部にはなんと返す?』

「“戦隊の消耗激しく一時後方にて補給と一時的な部隊の再編を行う”……こんなところか。どうせ無理に出張っても足を引っ張るだけだ。武器ももうこれしかない。視界も悪い。どうしようもない。もともと受け持ちの分は達成したんだ。文句は言わせん」

『中佐が言うなら、従うさ。戦隊に集合をかけるか?』

「頼む。集合位置は少し下がったところで良いだろう」

『了解』

 

 重くなったペダルと、軽くなった操縦桿を操作して冬彦は後方へと下がった。

 撃破したコピーザクの回収も、しっかりと命じて。

 

「ちなみに、作戦は?」

『ビッグトレーか?』

「ああ」

『爆撃だ。ルッグンで位置を押さえてから、近隣のガウを集めて二時間後にやるつもりらしい。のっけから本気だな』

「……五分五分だな。うまく行けばいいが」

 

 冬彦の呟きは、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

この後、夜が明け日が昇る頃まで連邦は攻撃を継続するも防衛戦の突破することができず、更にはジオン側の反撃もあってホンコンまで撤退することになる。

 当該地域のジオンを上まわるだけの充分な物量が確保できなかったこと。

MSを含めた兵器の質の差。

原因は多くあれど、多くの兵士と兵器を失った事実には変わりない。

 

 連邦アジア方面軍はこの反攻作戦にジャブローからの援軍の第一陣である四個の機械化混成大隊と一部の特殊部隊まで投入していたが、その結果は損害が所属MSの半分弱というもの。

一個機械化大隊の所属MSの定数が二四であるから、五十近いMSを失った大敗北だ。

大破や中破判定で後方に下げられた機体もないではないが、そういった機体は少数で、機体を回収し修理を完了させても元の数の三分の二ほどまでにしか回復しないという予想に連邦アジア方面軍の首脳部は頭を抱えることになる。

 

 もう一点。連邦側の頭を悩ませたのが、ビッグトレーの撃沈と指揮官であったイーサン・ライアー大佐の戦死である。

 ノリス大佐の主導で夜陰と雲に乗じて行われたガウ級攻撃空母三機による爆撃は、後方で補給と指示を出していた三隻のビッグトレー直撃した。

撃沈したのはこの内の一隻のみで、のこりの二隻はどちらも損害は軽微な物ですんだ。しかし、この撃沈された一隻にこそ、イーサン・ライアー大佐が乗艦して指揮をとっていたのだ。

 連邦にしても、勝つ気で来ていたのだ。だからこそ出し惜しみはせずに最初から虎の子であるMSを投入していったし、ビッグトレーも比較的前まで出して艦砲射撃による援護も行った。失敗だったのは、ミノフスキー粒子をこの期に及んで甘く見ていたこと。それと、北京の奪還でコピーザクの性能を過信したこと。

 

主戦派であり反攻作戦の音頭を取っていた大佐の死、そして戦力の半減。最終的に残存部隊の指揮は第一機械化混成大隊のコジマ中佐が引き継ぎ、以降連邦アジア方面軍はジャブローからのさらなる補給を待つべく、一転して防御を固めることになる。

 

 これ以後、しばらくの間アジア方面には凪が訪れるのだった。

 

 

 

 




次回の投稿は九月の中旬になると思います。


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第五十四話 彼女は

久しぶり過ぎて書きづらいッたらない。





 ジオン公国の航空機、ドーラ。ドップに似た形状をした中型機で、中小規模の兵員や物資の輸送などに使われる機体だ。

張り出したコクピットの下に位置するキャビンは軍用機の割に意外な程快適だった。

 幾ら何でも航空機の中ということでそう広くはないが、ほんの数人でその一室を占有するとなれば、足ものばせるし、やろうと思えば寝転がることだってできる。

 贅沢だ。文句を付けるとするならば、少々エンジンの音がやかましいことと、それこそ外の景色を見る為の窓が無いことくらい。

 備え付けの椅子に座る私の目の前には、壁から引き出されたテーブルの上に置かれたカップと大きな缶。中には焼き菓子が色々と詰まっている。

ひょいと焼き菓子の中から一つをつまみ上げて、口の中へと放り込む。

もとから小さな菓子をちまちまと食べるのは、趣味ではない。

 

「おいしい……」

 

丸い形をした薄い焼き菓子は、しっとりとしていて、口の中ですぐに形を崩す。

甘みはあるがくどくない。バターの香りも申し分ない。形を崩す間も、舌の上に焼き固められて硬くなった小麦の塊が残るようなこともなく、均等に溶けて消えて行く。

せいぜい指の第二関節から指先程度の直径しか持たぬ偏平な焼き菓子を、確かに美味と感じた。

軍人ではあるが、当たり前の婦女子でもある。

目の前に甘味が、それも普段であれば手が出ないどころか、目にする機会もないような上質な品があれば、もう一つ、あと一つとつい手が伸びてしまいそうになる。

ギョクロという名前のグリーンティーの茶請けにと出された何種類かの焼き菓子は、相手が自慢するだけの味を、いっそ気品を備えていて。

 つい、引き締めていた口元が綻んだ。

 

「コホン」

 

 わざとらしい咳払いが一つ。

口元が緩んでいたことにはたと気づき、さっと右手で口元を隠す。

頬が赤くなっていやしないだろうか。

 

「……失礼しました」

「気にしなくてもいい。私の分も食べてくれてもかまわない」

 

 目線を焼き菓子の缶から上げれば、じっとこちらを見る目がある。

 黒に混じった若白髪。時代錯誤な瓶底眼鏡。しかし鋭い目をした男。

フユヒコ・ヒダカ。

 余り表に立たない為に一般兵には余り知られていないと言うが、耳ざとい者や同じMSパイロットなどは“梟”の名と共にその戦歴を噂するという直属の上官だ。

 開戦前からのMSパイロットで、二度のコロニー落としを巡る会戦や宇宙攻撃軍の威信をかけたルナツー攻略戦で頭角を現した人物。ソロモン宇宙攻撃軍司令官ドズル・ザビに見いだされ、出世の階段を駆け上がった一方で、シン・マツナガなどとは違い余り表での露出がないために、白狼のようにドズル閣下の“懐刀”ではなく“匕首”などと揶揄されることもある男。

連邦でも知られたエースの一人と言えるはずだが、本人は有名どころには勝てん、と否定する。けれど私の様な普通のパイロットと比べれば、やはりその差は戦績に現れている。

特に顕著なのが対艦成績だ。いつも一人で一小隊分くらいはマゼランやサラミスを落としては当たり前のような顔をして帰ってくる。カスタム機に乗っていたと言っても、最初はザクⅠのカスタム機。ザクⅡと比べてもどっこいの性能で出した戦果だ。文句は言わせない。

 

そんな中佐は、今一人称で私と言った。

普段は気の知れた部下の前では大抵俺と言う。

 士官学校の、三年先輩。まだ三十代には届かず、二十代の半ばであるから、俺と言う一人称を用いていてもそれほど違和感はない。

でも、今は私、と外向きの言葉を使った。

口元を上向きに歪めて私を見ている。

吊り目がちな細い目を伏せ、珈琲のカップを両手で持って。

 笑っている。

 けれど、笑っていない。

 それくらいは、わかる。

私で無くても、戦隊のMS隊や整備員くらいに、日頃から話をする機会のある人間であれば、誰でも。

 不機嫌、ではないと思う。何か警戒しているのかも知れない。笑いながら。

 

 原因は、女。

 変な話、浮気とかではない。

 中佐には、いわゆるいい人はいないらしいから。

 

 ミレイア・セブンフォード。親衛隊の特務中尉。少佐相当の権限を持つ女。

 前に一度だけ戦隊を訪問したこの特務中尉は、どういうわけかサハリン少将からの要請書を持って戦隊のいる基地にこのドーラでやって来たのだ。

 

 平の中尉にすぎない私は、機密に触れることが出来ない。

求める情報に触れる術も、コネも持っていない。

 だから、どうして私と中佐が、ギニアス・サハリン少将閣下に呼び出されて、その道中を親衛隊と共に移動しているのかもわからない。

 戦隊各員は、MS共々基地に居残っている。

 私と中佐だけが引き離された。後の指揮は、イッシキ大尉が引き継いでいる。

 気さくな方だ。そちらに不安はない。

 

今この場に特務中尉殿はいない。けれど、盗聴機の類がないとは限らない。だから、中佐も外向きを取り繕っている。

 

「中佐」

「何かな」

「今度の要請は、いったい何が目的なんでしょうか」

 

 はぐらかされるとわかっていても、向き合う形でずっと座っていたのでは間がもたない。

 だからそれらしい問をして、少しくらいは会話をしたい。

 そう思って問いかけると、意外な事にすぐに答えが返ってきた。

 

「そりゃ決まってる。うちの持ってるデータだろう」

「データ……」

 

 何のデータだろう、と記憶を探る。

 思い当たることは幾らでもある。ソロモンから送られた金塊。独自運用のカスタムMS。積み重ねた戦闘データ。情報の端々でも、欲しがるところは多いはずだ。

 

「そう。データだ。連邦製のザク。コピーザクと言おう。うちの部隊は最前線にいて、格闘戦もやってる。ヴィーゼ教授のツインアイもあって、データの質、量共にうちが一番だ。それに、特務仕様っぽい奴とも戦ったから、それもあるだろう」

 

 コピーザク。防衛線で連邦が繰り出してきたMS。おそらくは情報が流出した物だと言っていた。勿論そっくりそのまま同じ物ではないから、今後の対MS戦に向けてそのデータは必須だ。

 しかし、と一つ前置きをした上で彼は言った。

 声を潜めることも、身を乗り出すことも無く、山勘で当たりをつけるように、気軽に。

 

「一番欲しいのは、“アレ”なんだろうな」

 

 何を示しているのかは、わかる。基地の中でも一段セキュリティレベルが高いところで保管、研究が行われている、戦隊がたまたま入手した戦利品。

ザクでも使えるビームサーベル。

その存在がもたらす衝撃は、どれだけこの武装の持つ重要性に気づけるかに比例するだろう。強力な火力。優秀な携行性。なにより、ビームを収束し一定の形で維持できるという技術力。その本質は、いよいよジオンのアドバンテージが消えつつあるのではないか、という疑念だ。戦争そのものの優位性に罅を入れかねない問題。

情報は、嫌が応にも広がっている。広がって、呼び出されたのだろうから。

 

「……どうするのですか」

「まだアレのことまでは嗅ぎつけていない可能性も高いが、欲を出すのは良くないな。独り占めはできないだろうさ。だがタダで何もかもくれてやるつもりはない。我々はソロモンのドズル閣下の麾下にいる人間だ。精々“綱引き”に使わせて貰おう」

 

 地球全土に根を張る連邦もそうだが、コロニーや資源衛星の幾つかを領土とするジオンでさえも、一枚岩ではなく幾つもの派閥にわかれている。

 ドズル閣下の麾下にいる、と彼は言った。

 その通りだ。地上に降ろされてなお、私達の所属は宇宙攻撃軍のままであり、地上に根を張るキシリア様やガルマ様の突撃機動軍や地球方面軍に編入されたわけではない。サハリン少将とも、協力関係にあっても指揮系統まで一元化されたわけではない。だからこそ今回も命令書ではなく要請書だった。

 

 けれど、中佐は気づいているのだろうか。

 

 私だけではない。ヒダカ独立戦隊と呼ばれる者達の多くは。

もしも中佐が旗幟を変えたなら、そのままついていく気でいることに。

私達が仰ぐのは、ドズル閣下やギレン総帥ではなく、貴方であるということに。

 少なくとも、MS隊は着いていく。艦隊は割れるかも知れないが、イッシキ大尉はそこに理があれば中佐につくはずだ。イッシキ大尉がつけば、他の艦長達も。そうすれば、小規模でも艦隊が組める。

 艦隊を組んで、そこからどうなるかは私にはわからない。

 貴方の判断に、私達は導かれるままついていく。

 

「――お気に召したか? 中佐殿」

 

 キャビンの扉が開き、人が中に入ってくる。

 件の、ミレイア・セブンフォード特務中尉。赤い軍服の上からなお鮮やかな赤髪を後ろに流した姿は、親衛隊におらずとも目を引くだろう。付き人のように佇む背の高い茶髪の中尉の姿もある。

 所属が違うとは言え、階級は相手が上になる。立ち上がり、敬礼をする。

 中佐はそのままだ。ドーラに乗り込むときに一連の応答は一度済ませてある。二度目は不要と判断したのだろうか。

 

「ああ、堪能させて貰っているよ。セブンフォード特務中尉。よくもまあ玉露なんて用意できたものだ。私などでは目にする機会も無いのだが」

「それは良かった。本国から持ち込んだ嗜好品の一つで、私の私物だ」

 

 特務中尉は、壁の前の開いていた三つ目の席に座った。私は立ったままだ。

 

「何かご用かな」

「少々伺いたいことがある。何でも、中佐の隊が敵性技術の一端を手に入れたとか」

「ええ、確かに。先日の戦闘で、敵機の残骸は回収した。それが何か」

「それは、例の連邦製のMSだろうか?」

「その通り」

「具体的に、どんな物か教えていただきたい。回収した残骸の状態も、詳しく」

 

 どちらも口に笑みが浮かんでいるが、目は冷たい。

やはり壁越しに話を聞いていたのか、防衛線には出ていなかったはずなのに、斬り込んでくるのが素早い。特務中尉の交渉術は、牽制ではなく最初から正面から殴り合うスタイルのようだ。

 コピーザク。その存在は早々と本国にも知れ渡っているらしい。

 

「……完品は無いな。パーツを寄せ集めれば、連邦の武装込みで一機分位は形になるかもしれない。今も開発局から出向している第六局が調査している所だ。終わり次第、データとしてお送りする形でよろしいか?」

「いや、できれば物が欲しい」

 

彼女は机に両肘をついて、身体を中佐の方に乗り出している。

 顔が近い。それと、机で胸が潰れて形を変えている。あからさまな色仕掛けだが、中佐に効果は薄いはず。自慢ではないが、綺麗どころが傍にいるのだし。

 

「どの程度」

「出来うる限り、何もかも」

「欲張ったところで宇宙へは打ち上げられないだろう」

「本国からザンジバルが来る。打ち上げもラサ基地のカタパルトを使わせてもらえるよう交渉済みだ。凄いだろう。地上の一地域にザンジバルが四隻も揃う」

「それは、親衛隊から宇宙攻撃軍所属の我々に対する命令か?」

 

 中佐の目が、硝子のレンズの向こうで輝いた。特務中尉はその輝きを呑み込んで、なおも深く斬り込んでいく。特務の肩書きは伊達ではないのか。

 けれど、中佐が言ったのを聞いていたはずだ。根こそぎにはさせないと。

 

「要請だ。今はまだ。すぐにでも供出命令にできる」

「物があれば、それも有効だろうが……物が無ければどうする」

「私が聞いた。しかとこの耳で。それがないとなれば、手を入れるのもやむを得ないだろう。なにせ、戦時下にあるのだから」

「そうだな。戦時下というのは、厄介だ」

 

 その瞬間に、中佐と特務中尉の間の不穏な物が決定的になった。

 怒声が響く。声の主は特務中尉と共に来た中尉の物。

 けれど、彼が二人の空気に呑まれていた分、私の方が一瞬速い。

私は、いつだって中佐の傍にいたのだから。

 

「親衛隊に、銃を向けるのか。中佐」

「お互い様だよ。特務中尉」

 

 そう、お互い様だ。現に私の方が速かったが、相手の中尉も、手がホルスターに伸びている。

 このアジアという地域は前線だ。やろうと思えば、どうにでもできる。

 

「悪いな特務中尉。うちのが優秀なようだ。続きはギニアス少将を交えて、フェアにいこうか」

 

 そして中佐は、いつものように笑うのだ。

 

 

 

 




内容にまったく関係ないけど、レコンギスタ?のHGの出来が気になる。
関節とかいじりやすいと塗装が楽だから嬉しいのだけれど。


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第五十五話

思った以上に親衛隊の評判が悪かった。
だが待ってほしい。
ギレンの野望で、部下が情報の出し惜しみをしたらどうなるか。


 ラサにあるジオン軍秘密基地の会議室で、冬彦は細くした目の隙間からちらと視線をやり場全体の空気を伺っていた。

 

 ドーラでフランシェスカが銃を抜いた後、密談はすぐに打ち切られた。打ち切ったのは冬彦だが、ミレイアも続けようとはしなかった。ドーラでの密談は前哨戦にもならないような“さわり”にすぎない。本番はこれから臨むギニアスを交えた会談だ。

 

会議室は一触即発、という程物騒な空気ではない。けれど、和気藹々というにはほど遠い。味方ではあるが、互いに寝首を掻き斬りかねない三者が揃った、というところだろう。

 冬彦含め、着席している三人は笑みを崩さず、控える三人は互いを牽制し、最後の一人は状況を理解しきれていない。

不穏。一言で表すならこれにつきる。

 ある意味でいつも傍にあった慣れ親しんだ空気というか気配なのだが、ややこしい面子であるだけにいつも以上に気は抜けない。

 

 数十の椅子が並ぶ部屋に、顔を揃えたのはたったの七人。

 情報の機密を何よりも重視し、余人を一切交えず極力人を削った結果、そうなった。

幾つも空席を空けて、三方に別れている。入り口から見て、左右に二人ずつ。そして奥に三人。男女の別で見れば、男が四で、女が三。

 

 右側には冬彦とフランシェスカ。左側にはミレイア達親衛隊。となれば残る奥に控えるのは、ラサ基地の主であるギニアス・サハリン技術少将の一行だ。

 右の背後には軍服姿のノリス・パッカード大佐。左の背後には少尉の階級章を襟に付けた女性が立っている。アイナ・サハリンだ。

 ギニアスの妹でMAアプサラスシリーズのテストパイロットを勤める女性だが、はっきり言ってこの場にいるとは思っていなかった人物だ。

 階級も一番低く、ノリスと一緒にこの場に連れてくるには相応しい人選とは思えない。ギニアスの実妹であるから問題無いと言えば無いのだが、紹介するにしてももっと相応しい場は幾らでもある。

 何か仕掛けてくるのに連れてきた。そう見るべきなのだろう。

 

 一方で、親衛隊。こちらはこちらで、何ともやりづらい。

 ドーラの中で銃を向けたのは、どう取り繕ってもマイナスにしかならない。失態である。先に抜こうとしたのが親衛隊の側であったとしても、だ。

 親衛隊の中尉、コリンズという名前らしいが、彼の激発はミレイアとしても想定外だったのだろう。あれでMS乗りとしての腕は良いと言う。腕一本で親衛隊への入隊を勝ち取ったのなら大した物だが、それにしても沸点が低い。おかげでミレイアはフランシェスカの行動を咎めづらいはずであるから、冬彦としてはかえって助かっているので良い皮肉だ。

 ミレイアの行動と、親衛隊の思惑も気になる。親衛隊の思惑は、即ち総帥ギレンの思惑そのものだ。コリンズの暴発などは些事であって、見極めなくてはいけない本質はそこだ。ギニアスに対しても同様である。

 

(さて、ギニアス閣下はいったい“どこまで”がお望みなのかね)

 

 切り抜けるための手札は三枚。

 

 一つは、おそらくは宇宙攻撃軍唯一の地上部隊の指揮官であり、ドズルから大権を任された地上における宇宙攻撃軍の窓口としての立場。

 

 一つは、ザンジバル級機動巡洋艦「ウルラⅡ」とザンジバル改級工作艦「ルートラ」。そしてMS一個大隊によって構成された戦隊という大隊規模の戦力。

 

 そして、先日の戦闘で得た特務仕様らしきものを含めた連邦製のザクの残骸と、連邦製とは言えザクが使用できたビームサーベル。

 

(……思いの外、ばば札だったのかもしれない)

 

 存在自体は既に幾つものルートでもって上層部には知られているのだろうが、実際に物を確保した冬彦には一つの優位性がある。

物を幾つ確保したのか。その気になれば、これを誤魔化すことができる。

 ただブラフを張りすぎると各所との連携に支障が出るし、これまで以上に派閥間で敵対視されかねない。さらに、それぞれが後生大事に抱え込んでビームサーベルのようなビーム兵器全般の開発と配備が遅れれば、結果としてジオンが不利になり戦局にマイナスに働いてしまう。

 もっと言えば、他所の戦場で確保された物が上に送られ、手札の価値そのものが無くなることすら充分ありえる。

 せっかく手に入った現品込みの敵性技術。こそこそと調べてちまちまと生産していたのでは間に合わない。

 もっと、ばーっと一気になにもかもを出来るところに、最低一つは渡さないといけないのだ。手元にあるのは連邦の特務部隊と同じ三本。これを尻込みせずとっとと切らねばならない。

 

(とりあえず、本国に一本。それとギニアス閣下に一本。これは確定でいいだろう。代金は幾らか便宜を……貸しにしてドズル閣下に丸投げするのもありか)

 

 親衛隊ではなく、彼らを通してギレンの手元に渡るようにすることで本国サイド3に一本。近隣一帯の責任者で義理もあるギニアスに一本をそれぞれ送れば、少なくとも派閥の上で敵対することは無くなるはず。貸しになるかと言われれば難しいが、本拠地に居ない分立場が悪いし、一応三方全てにとりあえず面目が立つ以上はこれでいくのが上策だろう、と考える。

 問題は残る一本。宇宙攻撃軍で確保しておくのが安牌だが、他所へ回すのも有りといえば有りなのだ。

 

(とりあえず、一本はしばらく手元に残すべきか……いや)

 

 先に述べたように、切り札として切れる内に切っておかねば、無価値になってしまう。ならその前に、価値のある内に高く売り払ってしまおうという選択肢。無論対価は必ずしも金ではない。物資でも良いし、情報でも良い。

 候補で言えば、例えば月の突撃機動軍。キシリアはギレンと何処かしらそりが合わない所があるから、戦力や技術の獲得に貪欲だ。オデッサに腹心であるマ・クベが居るために間をおかず早い内に交渉と物資の交換ができるのも利点だ。

 他に、となるとサイド3のジオニックなどの重工業各社も候補になる。何せ、敵性技術の塊である。他所を出し抜くためにも、特にツィマッドあたりは喉から手が出るほどに欲しいだろう。

 

(……ドズル閣下と相談してからだな)

 

 冬彦がとりあえずの結論を出したところで、部屋の隅の時計が鳴った。

 

「それでは、始めようか」

 

 ちょうど切りの良い時間になるのを待っていたギニアスの言葉で、このラサでの密談が始まった。

 少々待ちくたびれた感もあるが、外交にはそういう戦略もあると聞く。

 冬彦、ミレイア共にノーリアクションのまま、ギニアスの言葉を待つ。

 

「単刀直入に言う。今必要なのは、情報の共有だ」

 

 ギニアスが手元のパネルを操作すると、部屋が暗くなり、天井からスクリーンと映写機が降りてきた。出席者の目は皆そちらへ向く。映し出されるのは、連邦製の白いザクと、地上用の暗緑・濃緑を用いた迷彩が施されたアジア方面軍のJ型が戦闘しているシーンだ。

 

「北米方面から情報が来ていた例の連邦製のザクと思われるMSについてだが、この機体が先日の戦闘で確認されたのは諸君らも知っての通り」

 

 見上げるようなアングルで固定されていることから、おそらくは歩兵で構成されるスカウト部隊の定点観測によるものだろう。随分と近いような気もするが、とにかく映像はJ型の後方から撮られているらしい。戦闘は夜に行われていたが、照明弾が打ち上げられていたのか明るく、ちゃんと撮れている。

 行われているのは、格闘戦だ。J型がヒートホークを振りかぶり、頭部めがけて振り下ろしたのを、連邦のザクは小型の盾で受け止めた。

 盾には大きな亀裂が入ったが、連邦のザクに致命的な損傷はない。後退もしていない。

 結局は別のJ型の射撃でこの連邦のザクは撃破されたが、一対一のままであれば反撃によって返り討ちも有りえた展開だ。もっと言えば、J型が撃破できなかったということでもある。

 

「これを見てわかる通り、この連邦製のザクの性能は現行のザクⅡに劣っているわけではない。少なくとも我が方のMSとまともに格闘戦が行える程度の力があり、残骸を解析したところによると優っている部分もある。ゆゆしき事態だ」

 

 ミレイア達親衛隊も現場には出てこそいないが、ラサ基地で情報を得ることはできていたらしく、ギニアスの言葉に驚いている様子は無い。

 

「まだ解析は途中だが、関節のエネルギー伝達系や光学センサーなどでは我が方のザクとの差違が顕著だ。光学センサーではこちらが優位にあるが、関節部については確実に連邦の物の方が性能が上だという試算が出ている。ヒダカ中佐もそちらで残骸を回収したと聞いているが、同様だろうか」

「はっ、その通りであります」

 

 隠すところではないので、この点についてはさっさと認めてしまう。

 

「この連邦製のザクについての今後の対応を考えたい。そのためには何より情報が欲しい。セブンフォード特務中尉。不躾だが、親衛隊でこのザクについての情報で把握しているところがあるなら教えてもらえないだろうか。ヒダカ中佐も、そちらで回収した残骸から得たデータを提出してもらいたい」

 

 出番が来たか、と冬彦は顔をギニアスの方へと向けた。

 

「閣下。その点について報告しておきたいことがあります。発言の許可を」

「もちろんだ。少しでも情報が欲しい。何でも言ってくれたまえ」

「それでは……。我が隊は先日の戦闘中に他とは違う仕様の機体と交戦しました。これらについては先の戦闘でが取りこぼし無く撃破しており、問題はありませんが、問題なのはこの機体らが装備していた武装です。現在残骸を検分中ですが、一般機には無いビームサーベルを装備していました。このことから特務仕様ではないかと推察しております」

「ビームサーベルだと?」

 

 反応を示したのはノリスだ。知っていてもおかしくはないのだが、戦場での巡り合わせが悪かったか、それとも演技か。忠臣の心を読むのは、まだ冬彦には難しいらしい。

 

「はっ。その通りであります。おかげで不意を突かれ、危ういところでした」

「ヒダカ中佐でも危うい……ビームサーベルとはそれほどの物か」

「火力は充分過ぎるものでした。乗機をまたお釈迦にされましたよ。そう遠く無い内にMS用のビームによる携行火器が出てくるでしょう」

「中佐。残骸を回収したと言ったが、ビームサーベルはその中に?」

「あります」

 

 ノリスはその脅威について考えているようだが、ギニアスの方はやはり技術屋としての方が優先されるらしく、そちらについて突っ込んでくる。

 

「データ取りの途中ですが、終わり次第データとまとめてこちらに運び入れましょう」

「何なら、ラサ基地の設備を使ってくれてもかまわないが」

「ありがたいことです。早速部下に検討させましょう」

 

 ギニアスは終始にこやかだ。にこやかだが、水面下では何を考えているのかわからない。追い詰められた人間は怖い。

それに、他所からも殺気じみたものが飛んでいる。

 ちら、と見るのはミレイアの方。ギニアスでは無くこちらを見ており、背後のコリンズは視線からして猛々しくこちらを睨みつけている。

 

「ヒダカ中佐。親衛隊としても、そのデータには興味があるのだが」

「もちろん。本国の方にも回させていただきますとも。足はそちらで用意していただきますが、一応サンプルはお付けします」

 

 これにコリンズは呆気にとられたように視線が珍妙な物をみるような物に変わったのだが、逆にミレイアの方は完全に視線がこちらに固定された。

 彼女は譲歩されたと思っているのだろうし、冬彦としてもそのつもりでいる。交渉はこれからだ。

 ドーラでのやりとりは何だったのかと言いたくなるような話だが、時には釘を刺す意味で茶番も必要になるのだ。もっとも、その後の中尉二人の行動は冬彦の予想の範疇には無かったことだが。

 

「セブンフォード特務中尉は、何かあるだろうか」

「は。本国と連絡を取り合っておりますが、芳しい報告はありません。ただ、欧州戦線でも目撃があったとか」

「欧州……北米、アジアと続いてか。どう思う、ノリス」

 

 ギニアスが後ろにいるノリスを見て訪ねる。ノリスは直立不動のまま、迷う素振りも見せずすぐに答えた。

 

「連邦も本腰をいれて反攻作戦に出てきていると言うことでしょう。大敗を喫したこのアジアではしばらく動けないでしょうが、北米、欧州はこれから……ということも考えられますな」

「そうか……今しばらく、時間があるか」

「おそらく、ではありますが」

 

 ノリスの言葉にギニアスは納得した素振りを見せ、前へ向き直った。

 

「中佐。特務中尉。情報に感謝する。今回はこれまでにしよう。今後も動きが在りしだい、すぐに伝える事を約束する」

 

 どうやら、これでお開きと言うことらしい。アイナを伴って、ギニアスが退出する。続いて、親衛隊の二人が。残されたのは、ノリスと、冬彦達。

 

「……何か、ご用がお有りでしょうか。大佐殿」

「ヒダカ中佐。少し付き合って貰うが、かまわんな」

「もちろんでありますが……御用向きをお聞きしてもかまいませんか?」

「うむ。ギニアス閣下が、もう一度お会いになる」

 

(……第二ラウンドか)

 

 どうやら冬彦が戦隊に帰還するのは、もう少し先になるらしい。

 

 

 

 




本編に関係ない私の近況。

天極姫を買った。
帰ってさっそくプレイした。驚いた。
言いたいことは山ほどある。ここでは書かない。

ただ一つ言っておくが、歴代極姫シリーズをやってきた猛者たちには忠告しておきたい。
久しぶりに極姫シリーズで悪い意味でやりがいのあるのが来たと。

これで長慶様ルートでなかったら泣く。


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第五十六話 「×2」

アイナちゃんの出番は、もうちっと先なんじゃよ。次回かな?

それと今回の後書きは痛くなかったけどちょっと痛い話(微グロ?)なので見ない方がいいかも。


 

 第二十二番基地格納庫側、休憩所。

 天井の蛍光灯の明かりにつられて窓に蛾やら羽虫の集る夜も更けた頃。

 丸い椅子を机代わりに、四人の男達がカードゲームに興じていた。

警備兵が一人に、MS付きの整備兵が二人。それと、開発局の人間が一人。

 彼らは元から基地にいた人員ではなく、二十二戦隊に所属していて、冬彦と共にこの基地にやってきた者達である。

 

 前線に近いところで働いているだけあって普段は皆真面目にそれぞれの職務についてるのだが、四六時中気を張っているわけにもいかない。休憩時間は休むのが仕事だが、何もすることがないとかえってストレスが溜まることもある。基地の中で違う持ち場をふらふらうろつくこともできず、そういった手持ちぶさたな者達が集まった結果、ちょっとした運を試しているのだった。

 

……けしてさぼっているわけではない。

 

「ツーペア」

 

 警備兵が椅子の上に札を晒して、周りの顔色を窺う。出した札は、二枚の「7」と「8」、それと「A」。

 

「ツーペア」

「スリーカード」

 

 整備兵の一方が「ジャック」と「キング」を二枚、それと「6」を出したのを見て、もう一人が重ねるように「4」を三枚と「7」「2」を出す。

 

 この時点で最初の二人は顔をしかめるか天を仰ぐかしているのだが、まだ開発局の男が残っている。「7」「8」「ジャック」「クイーン」は既に出ているので、彼が「9」以上の数字でのスリーカードかそれ以上の役で上がらないかしない限り、勝利は整備兵のものだ。

 

「……スリーカード」

 

 男が出したのは、スリーカード。ただし、数字は「3」。彼はがっくりとうなだれて、代わりにやっと整備兵の顔に笑みが浮かぶ。

 

「んっふっふ。調子が良いね」

「うるさい。次いけ次」

「そうだ。速くシャッフルしろ」

「畜生め。次は負けん」

 

 勝った整備兵こそ喜色満面のしたり顔だが、他の三人はやさぐれモードだ。

 彼らは金銭こそ賭けていないが、それぞれの通算成績を記録していて、負けがある程度かさむと一杯奢る約束をしている。

 この日の勝敗は今勝った整備兵のみが勝ち越しで、残りの三人がどっこいだ。

 常道で言えば三人の中から一歩抜け出すことが第一目標なのだが、開発局の男の笑顔を見て何とかトップから引きずり降ろして団子に持っていきたい。

 そんなことを考えながら彼らはトランプをシャッフルして、配り直す。

 

「さてと、仕切り直しだな」

「おう。トップから引きずり降ろしてやる」

「やれるものなら」

「お前らな。チェンジするなら速くしろ。順番が回ってこん」

「考えてるんだよ」

 

 ちゃっちゃっと手札を変えながら、彼らは口々に思ったことを言いながら勝負を繰り返しいく。

 誰かが勝てば、誰かが負けて、時々凄い手が出て、それを何度も繰り返す。

 

「そういえば」

 

 その内に、整備兵の片方が思い出したようにそう言った。

 

「そういえば、あれどうなった。統合整備計画」

「統合整備計画ぅ?」

 

 疑問符を浮かべるのは警備兵だけだ。後の二人は、仕事上ことの存在は知っている。

 ざっくりと言ってしまえば、現在はバラバラの各MSの内装やパーツ、兵装の弾種などを規格化して生産効率を上げようというものだ。

 

「あれなあ。話はぽつぽつ聞くが……ウチの中佐も一枚噛んでるんだろ?」

「そうなのか?」

「噂だけどな。月に行ったのがそれだったんじゃないかって。でもまあ、どうなんだろうなあ。あ、お前俺達より詳しいだろ? 本国からの出向組だし。どうなのさ?」

 

 話を振られた開発局の男は、露骨に嫌な顔をする。男は確かに話の存在や、中身についても他の者よりは“つて”で聞いた分幾らか詳しくは知っている。

ただ、派閥の関係や重工業各社の思惑など、余り楽しい話ではないし、自分から話が漏れたとなると非常によろしくない。できれば触りたくはない。

 しかしかといって何も話さなかったり、知らぬ存ぜぬを通すのも、付き合いのある整備兵達がいるのですぐにバレる。

 結局、男はかいつまんでネタを小出しにすることにした。

 

「今も動いている……とは聞くが、全軍でやるのは難しいだろうし、時間もかかるだろうな」

「なんでだよ」

「既存の機体の更新にどれだけの手間と金がかかるかって話だ。宇宙ならやれなくもないだろうが、地上でドンパチやりながらとなるとな」

「あー、なるほど」

「ツィマッド社の新型で試験的にこの規格を導入するらしいが、完全に定まっていない規格だから、使うことを想定はしましたってレベルだ。不具合は出るだろうな」

「よくわからん話だな」

「お前の相棒じゃ、同じライフルでも口径が違うと使えないだろうって話だ」

「それならわかる。あ、ストレートフラッシュな」

「なにい!?」

 

 話について行けなかった警備兵の役に、残りの三人が思わず身を乗り出した。

 が、どんなに見ても役はかわらない。

 

「畜生。盛り返してきやがったな」

「一人勝ち何ぞさせんということだ。ちょっと外すぞ」

「止めるのか?」

「いいや、珈琲が尽きた。食堂でもらってくる」

 

 それぞれの出していた札を回収し、切り直している間に警備兵が席を立つ。手にはカップがあり、外で補給してくるつもりのようだ。

 

「俺達の分も頼むぞ」

「おーう。全員一緒でいいんだろ」

「ホットだぞ」

「わかってるって」

 

 四つのカップを両手で持って、警備兵が部屋を出て行く。

 

「で、実のところは?」

「遅れるだろうな」

 

 カードの山を囲んで、技術畑の男が三人頭を付き合わせている。

 表情が特に優れないのは、やはり語り手である開発局の男。

 

「本局の意向としてはGOだ。そもそも統合整備計画の方向性自体には問題が無いからな」

「となると、お偉方の派閥争いか」

「違う。いや違わないんだが……どちらかというとジオニック以外の重工業各社が抵抗している」

「ツィマッドやMIPが?……どういうことだ?」

「打ち出したタイミングが悪かったのさ。新型機の完成間近に、新しい規格を作るからってあれやそれやを取っ替えろって言われてもそりゃあ無理だ。まして、現行の機体との兼ね合いでどうしてもジオニックに比重を置いた物になる」

 

 ザク、グフ、それに数の少なさから知名度はないがイフリートと、どれもジオニックで設計開発が行われた物だ。

 同じ重工業の中でもツィマッド社はMS開発がメインであり、かつて性能でザクⅠを上まわるヅダを開発しながら、試験で空中分解を起こし、採用でザクⅠに敗れた歴史がある。その後もザクⅠの発展型であるザクⅡが軍の主力として量産され、続く機体として開発されたグフもまたジオニックの手による物。

ここに来て、やっと採用された新型機のロールアウトを前にしての大規模な規格の変更の要請。配備は大きく遅れるだろう。ツィマッドとしては当然横やりを入れられたと見るし、堪えられるものではないのだ。

 

「だが、ツィマッドは新型に規格を適応させたんだろう?」

「随分と揉めたそうだがな。聞いた話だから何とも言えないが、マニピュレータと兵装火器はとりあえず規格内に収めたらしい。それでもやはりまだ独自規格の部分も多いし、何か条件を呑ませたとも聞く」

「MIPは?」

「あそこは水陸両用機の研究をしていたらしいからな。それこそ、はいそうですかとはいかんだろう」

「ふーん。水陸両用機ねえ。しかしよくそんなこと知ってるな」

「横の繋がりは大事ってことだ。それこそお前達も何かネタはないのか」

「ないな」

「ないね。平の整備兵に何を期待してるんだか」

「こいつらときたらっ……!」

 

 整備兵二人の言い方に、開発局の男が額に青筋を浮かべた時。男が休憩室に慌ただしく駆け込んできた。珈琲を取りにいったはずの警備兵であるが、その手にはカップが無い。

 いったい何ごとか。そう問いかけるよりも速く、警備兵が叫んだ。

 

「聞いたか!」

「何をだよ」

「俺達、宇宙へ帰るんだと!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ギニアス・サハリンとの二度目の会合ということで、ノリスに案内されて冬彦とフランシェスカが連れてこられた場所は、不思議な事に会議室や執務室ではなく広々とした格納庫だった。

 親衛隊も交えての会談が行われた会議室からは随分と離れた場所である。それに、エレベーターを二度乗り継いだことを考えると、随分と奥まった、秘匿性の高さを伺わせる場所だ。

 

「何なんですか、これは……」

 

 背後でぽつりと呟いたフランシェスカの気持ちも、わからないではない。

 冬彦の心中もまた、似たようなものだ。

 知識としてはしっていた。けれど、目にする機会があるかは半々程度に考えていた。

 

(――おかしいだろうよ。それは)

 

 天井の照明によって暗闇から浮かび上がる深緑の巨影。

 横に伸びるその姿は余りにも巨大だ。余りの巨大さ故に、一度にその全容を視界に収めることは格納庫の中に居てはかなわぬほどに。おおよそ二十メートルというザクを駆る冬彦やフランシェスカのようなMS乗りが見ても、その威容には言葉を失うほどに。

 まして、曲面を帯びた装甲の狭間にザクⅡの頭部という日頃見慣れた比較対象があるせいで、余計にその大きさを認識させられる。異形の中に取り込まれたようにも見えるてしまうのだ。

 

「ところで、中佐。君はこれを見て何か思う所はあるかね」

「……どこか、恐ろしい物を感じます。少将閣下」

「そうか。恐ろしいと感じるかね、中佐。君は」

 

 うつむき加減で顔に影のかかったギニアスが笑う。

あるいは死相のようにも見えて。

 

「中佐、君にも感謝している。二度にわたる実験は、いずれも成功だった。つつがなく情報の蓄積が完了し、予定よりも早くこうして完成型までこぎ着けることができた」

 

 彼が見上げて、笑みを見せるのは未だ火の入らぬ鉄の塊。

これこそは、このラサ基地が内包するおよそ全ての機密の行き着く先。総帥ギレン・ザビではなく、公王デギン・ソド・ザビの名を以て承認が行われた一つの計画が行き着いた果て。そしてギニアス・サハリンの夢と執念の産物。

 

「だが、残念ながら問題が起きてね。中佐の手を借りたい」

「閣下。残念ながら、小官にもできることとできないことがあります」

「問題無い。何ら軍機を犯すところではない。ただ、少々貴官のつてを使いたいのだよ。ミノフスキークラフトの起動に必要な電力の不足。これを補うためには、既存の物よりも強力なジェネレーターが必要だ。流石に、このラサ基地を支えるケルゲレンの物を移植するわけにはいかないのでな」

「……戦隊のザンジバル。お貸しするとは言いましたが、渡せませんよ」

「それはわかっているとも」

 

 ギニアスの笑い声が、低く響いて消えて行く。

 

「ツィマッドの新型機。知っているかね?」

「……ドム、でしたか」

「それだよ中佐。ドムのジェネレーター重装甲MSのホバー移動を可能にするだけの出力を持っている。資料を取り寄せたが、流石ツィマッドはこの分野では強いな。一基では駄目でも複数基搭載すれば、この“アプサラスⅢ”を飛び立たせることが出来る」

「それを、私に?」

「ジェネレーターさえあればいい。最低六基。八基もあれば充分だろう。

……変事には、ドズル閣下に味方することを確約しよう」

 

 ――アプサラスⅢ。

 その脅威は、冬彦だけが知っている。搭載されている兵装の数は、僅かに一つ。たった一門のメガ粒子砲。けれど、それだけで必要とされる全てを満たしている。

 収束すれば山を貫き、拡散すればMSを焼き払う。

 

「アプサラスさえ……このアプサラスさえ完成すれば、連邦なぞ焼き払ってくれる」

 

 

 

 向かい合う“二機”のMAは、未だ静かに、時を待つ。

 

 

 

 




ガンプラビルダーズやガンダムビルドファイターズの活躍が目覚ましい昨今。
ガルパンやら艦これやらで、プラモ界隈がにぎわっていて嬉しいです。
お店の棚が充実しているだけでも、見ていて楽しいですからね。

ところで、知っている人は知っているでしょうが、エッチング鋸と呼ばれる道具があります。
薄刃の小さな鋸で、主にデティールアップの筋彫りや、パーツ分割や切り出しにも使います。

で、前書きにも書きましたが、今回は痛くなかったけどちょっと痛い話。

勘の鋭い方なら、もうわかりましたよね?





ざっくり言うと、パーツ分割してたら何時の間にかパーツ貫通して指に溝掘ってました(横幅一センチくらい?)。人差し指の爪の上、ささくれができやすいあたりです。

もう治りましたが、血が滲んでもまったく気づきませんでした。切り出しの具合を見ようと視点を替えたら「あれ……あれ指切れてる!?」って感じです。おまけに傷口の周りはプラ粉まみれ。速攻で手を洗いに行きました。
皆さんもプラモをいじるときは、うっかりミスに気を付けてくださいね。


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宇宙・動乱のジオン編
第五十七話 秒読み?


 投稿が遅れて申し訳ありません。一月ぶりです。
 色々ごたついていて、書けませんでした。



 

 

 

「どうしてお兄様は、あんなものを造ったのかしら」

 

 白磁のカップに目を落として、自室に戻っていたアイナ・サハリンはそう呟いた。

 あんなものと言い表したのは、ギニアスが心血注ぐアプサラス。アイナにもその価値はわかるのだが、狂気じみた熱意を注いでいることは理解出来ない。

実を言えば、思い当たる節がないではない。しかし、そうだとは思いたくなくて。

 紅茶の水面は平静そのものであり、問の答えは返ってこない。

 それどころか、紅茶を入れるために側に控えていた侍女兼任の女性士官に窘められる。

 

「アイナ様。少将のことをそう仰っては」

「わかっています」

 

 そうは言う物の、アイナの視線はカップの中に落とされたままだ。

 軍服の襟も少し緩められており、ちびりちびりと紅茶を口元に運ぶその姿は、残念ながら名家の令嬢の、あるべき姿とは言えない。

 いつもであれば、側に控えるノリスに窘められて襟を正すのだが、今は席を外しているために気にする相手もいないため、羽を伸ばしている。

 そもそも、アイナは軍服を着ること自体稀なのだ。普段は大抵私服であるし、アプサラスのテストパイロットとして搭乗時にパイロットスーツを着るくらいだ。

 それを珍しく兄のギニアスが軍服を用意し、その着用を命じられたかと思えば発言を許されることもないような重苦しい場に連れて行かれ、結局そのまま終わってしまった。いったい何だったのか。

 息苦しいのを我慢したのだから、他人の目の無いところで襟を開ける位は当然の権利なのだと自己弁護し、茶請けにと持ち出してきた菓子を摘む。

 

「それほどお嫌になるようなことがお有りになったのですか?」

「そういうわけではないのです。無いのですが、何の説明もなく、何をするでもなく……堅苦しい格好をさせられるだけさせられて徒労だったというのは……」

「……紅茶、お入れいたしましょうか」

「お願いします」

 

 手空きになったアイナは、何と無しに時計を取り出した。本体の左右に羽を象った装飾を付けた、凝った造りの時計である。

 文字盤に示された時刻は、アイナがギニアスと別れてから半時間ほど経過したことを示していた。時計を元あった所へと戻し、新しく入った紅茶に口を付ける。ふっと、少しきつめの柑橘の香りが鼻から抜けていった。

 

「お兄様たちは、まだ会議をしていらっしゃるのかしら……」

「今日はどちらの方がいらしてたんですか」

「そうね、親衛隊の方もいらっしゃったわ。セブンフォードという特務中尉よ。あとは、何と言ったかしら。中佐の階級章をつけていたけれど……そう、ヒダカ中佐、だったかしら。眼鏡を掛けた方」

 

 今のアイナは籠の鳥。戦場にほど近い場所にいるというだけであって、行動を制限されるという点では本国にいる良家の令嬢となんらかわらない。それどころか軍事基地の中に居て、軍の極秘計画の一つにかかわっているということを考えれば散歩もそう気軽にはできない。どこへ行くにも誰か付き人がつく。菓子も紅茶も所詮気休め。無聊を慰めるには味気ない。そんなアイナの楽しみと言える数少ないことの一つがおしゃべりである。大抵はノリスが相手で話の中身も堅い物が多いが、同じ女同士だと自然と華やぐ。

 

「ヒダカ中佐、ですか?」

 

 茶請けの菓子を取り替えていた士官が聞き返すが、アイナはそれにそうよ、とだけ返して話を続ける。手にはカップを持ったままだ。

 

「なんだか気むずかしそうな方だったわ。まだお若いようだけど、ノリスみたいな雰囲気ね。なんだか口うるさそう。貴女はどう思う?」

「ええと、その何とも。ただ、ノリス大佐と似ているなら、悪い方ではないのではないでしょうか」

「……そうかもしれないわね」

 

 しばし、顔を見合わせる二人。アイナは不満顔で、士官の方は困り顔だ。

 もしかすると、自分の意見に賛成して欲しかったのかも知れない。

 そう士官が思ったときには手遅れだったらしく、アイナは空になったカップを置き、ソーサーごとつぃと士官の方へと押し出した。

 また新しく紅茶を注ぐと、今度は先ほどとは違いすぐに口を付けず、普段はあまり使わないシュガーポッドから角砂糖をひとつ落としては、ティースプーンでかき混ぜる出なく沈んだ砂糖をつついて形を崩す。一つ溶け終わったら次を。それが無くなったらもう一つ、もう一つと。

 

「アイナ様、余り砂糖を入れすぎては。それに、行儀が悪うございます」

「砂糖をとかしているだけよ」

「行儀が、悪うございます」

 

 子供じみたアイナの拗ね方に、士官はきりと窘める。彼女もノリスに留守を任されているのであり、その間に起きたことに関しては彼女の責任の範疇になる。

 侍女扱いとはいえ、現役の軍人に凄まれては、アイナでは分が悪い。

 結局半壊していた物を最後に、砂糖を入れるのを止めた。

 

 ところで、紅茶に限らず珈琲など、多少なりとも手間のかかる類の“飲み物”を愛飲する人間には好みがあり、飲み方からして“これじゃないと嫌”という強い拘りを持つ者も少なくない。

中には珈琲に角砂糖が沈まぬ程に山盛りをする強者もいるが、一般的に紅茶珈琲共に二つ三つがせいぜいである。にもかかわらず角砂糖を七つ八つとしこたまいれてはどうなるか。大きめのマグカップであればまだしも、それを薄く透けるようなティーカップでやればどうなるか

 

「甘い……」

「それだけ砂糖を入れては、そうなるでしょう」

 

 答えは、眉目を歪めざるを得ないようなただただ甘い紅茶のできあがりである。

 アイナにすればできれば替えをと言いたいところだが、それは士官が許さない。

 

「んぅ……」

 

 一息に飲み干して、背筋を駆け上がる掻痒に耐えるのみだ。

 

「茶葉を、変えてもらえますか」

「苦みのある物にしますか」

「それでお願いします」

 

 今のアイナには、そう返すのがせめてものつよがりだった。

 

 

 

「……ふぅ。疲れるね。お嬢様の相手は」

 

 ワゴンを下げて部屋を出た士官は、軽く肩を回しながらそう言った。

 お嬢様とは、当然アイナのことである。

 気むずかしいギニアスや厳格なノリス、神経質な技術士官達の相手をすることを考えれば余程楽だが、時折見せる子供っぽい仕草をたしなめることには気疲れを感じていたのだ。

 彼女はワゴンを押し、とある一室に入って扉を閉める。今までの貴族然とした旧世紀の遺物の如き装飾から一転し、白単色のつるりとした壁に背を預ける。ここはアイナの部屋の側にある、所謂貴人の給仕のため給湯室である。

 

「さあてどうしようか。親衛隊が同席していたのなら、私が報告する必要も無いのだろうがヒダカ中佐か。一応入れておくべきか。うん、そうだな。そうしよう」

 

 彼女は懐から端末を取り出すと、給湯室の一角に接続し通信を始める。この回線は表沙汰にされるわけにはいかない通信の為の、しかも味方の目をはばかる為の“秘匿回線”である。

 彼女が認証の為に打ち込んだパス。それに用いられているコード。それは、親衛隊が使用する物であった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「また随分と性急にことを運んだ物だね。フユヒコ。おかげで私は大好きな睡眠の為の時間を削って部隊をザンジバルに詰め込む計画を組まないと行けなくなった」

「悪いとは思っている」

「反省は?」

「もちろんしている」

「――は?」

「……しています」

「よろしい」

 

 ローテーブルの上に書類を拡げたアヤメの前に、冬彦は座っていた。

 珍しく冬彦の私室ではなく、艦長室を兼ねたアヤメの部屋にいるわけだが、部屋の主は随分とお怒りだった。

 

 原因は決まっている。冬彦が打ち出した方針である。

 冬彦は、ギニアスとの密談を受けた。

 理由は幾つか在るのだが、ここが所謂“賭け時”だと判断し、勝負に出たのだ。

 戦術級、運用計画においては戦略級にも手を届かせたアプサラスⅢ。それが二機あり、現実的に運用可能な段階が目前であるという。この機を有効活用するべきだという判断を下したのだ。

 だが、アヤメが怒るのは、それが原因ではない。問題にしているのは、ギニアスが必要とし、後々の有事の際の協力の代価として提示した物品の受け取り。

これに、冬彦は“戦隊”を宇宙に上げると、アヤメに言ったのだ。ザンジバル一隻に戦闘部隊を乗せるだとかそういう話ではなく、MS隊、開発局分室なども含んだ全てをだ。

 最初、規模としては隊を半分に分け、ザンジバルの片方を宇宙に上げるのだろうと考えていたアヤメにすれば、この話は明らかに過剰に思えた。

 オマケに、アヤメには艦隊の運航計画の仕事もある。ザンジバル級はカタパルトと追加ブースターが無くては宇宙へ上がれない。

 そのためには近場であるラサ基地に移動する必要があるのだが、ラサ基地は秘匿基地であり、移動には気を遣う必要があるし、更に言うと戦隊が留守をすることになると、有力部隊の一つが消えることになる。もし移動がばれると、散々叩きはしたとはいえ連邦に隙を見せることになる。勿論その隙を塞ぐためにノリスが代わりの部隊を動かす予定だが、隙は隙である。その隙を潰すために、基地から出るのにも一苦労なのだ。

 

 だが、冬彦も譲れなかったのだ。何せ、一時的とはいえ地上からの戦隊全ての引き上げは、ジェネレータの件で話を通すために通信したドズルからの命令でもあるのだから。

 

「それで? 私達独立戦隊がソロモンではなく本国(サイド3)に直行する理由を、良い加減聞かせて貰おうか」

「それな」

 

 アヤメが不機嫌な最後の理由。それが、目的地がソロモンではなく本国のサイド3であるということだ。

 先の二点に加え、直行するには補給などの面でも悩まねばならず、味方の勢力圏を行くのに敵地を突っ切るのと同じレベルの難詰めをするはめになったのである。そして、冬彦はあろうことかその理由をすぐには言わず、今やっと話そうとしているのだ。

 

「こんな強行軍を強いるんだ。余程の理由なんだろうね」

 

 変わらず不機嫌なままのアヤメと、しゅんとした様子の冬彦である。

 副官のフランシェスカも外しており、この場の空気はある意味士官学校時代に近いものがあった。悪く言えば、信頼以上に身内同士のなれ合いに近く、だからこそ、話せることもあるのだが。

 

「……最悪に備える、必要があるみたいだ。事と次第に寄るが、最悪艦隊戦もあり得る。「ミールウス」以外の戦隊所属艦も再結集されるらしい。悪いが、そのつもりでいてくれ」

「待て、最悪というと……」

「どうなるかはまだわからない。動くかも知れないし、動かないかも知れない。ただ、最悪。本当に最悪、事が何もかも悪く運んだら――」

 

 

 

 

 

 ――ジオンが、割れる。

 

 

 

 

 

 





久しぶりに無限航路スレを覗きに行ったら、最後の書き込みが2014/11/08ですって。
すさまじくゆっくりとはいえ、まだ伸びてるとは……
もう5年くらい前のゲームになるんですね。誰か新しくSS書いてくれないかな……



……言い出しっぺの法則? 知りませんねぇ……


あと活動報告で久しぶりにアンケート取ります。本編には関係ないので、お暇な方だけ規約に則った上でご協力いただけるとありがたいです。


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第五十八話 秒読み!

感想で指摘を受けましたのでこの場で書いておきます。
梟騎→キョウキと読みます。意味は分厚い本で調べてみましょう。

それとアンケートご協力いただきありがとうございました。
集計取るまでもなく①ですね。よってIFストーリーBF編を来年一月あたりをめどに書いていきます。




 

 

 

数ヶ月ぶりの宇宙は、相も変わらず静かであった。

連邦が宇宙でその勢力が減じて数ヶ月。或いは連邦の反攻ではなくジオン内部の政治的問題によりその静寂は破られつつあったが、少なくとも冬彦が地上より帰還を果たしたこの時においては未だ静かなままである。

 

「帰ってきたか」

 

 大気圏突破を無事果たしたウルラⅡのブリッジで、身を沈めていたシートから浮かび上がり冬彦はそう呟いた。

 兵士達も宇宙に帰ってきたことで気が楽になっているだろう。アジア故の湿気と暑気。打ち付ける雨とやかましい風。そして何より逃げようのない重力。それら全てから開放されて、一寸たりとも気を抜くなと言うのは無茶の話だ。きっとウルラⅡ、後ろに続いたルートラの乗員も同じだろう。

 けれど、冬彦は違う。視線の先は暗い宇宙。ああ帰ってきた、というのではなく、帰ってきてしまった、というのが正直な所。

 汗の臭いと羽虫の飛び回る音。泥にまみれての戦場よりも、無音のまま無音のままに死が迫るこの宇宙の方が冬彦には恐ろしい。

 生きるも、死ぬも、この場所で。ただの漠然とした予感にすぎないが。

 

「中佐、進路は予定通りでいいのかな?」

 

冬彦が一人戦慄していることに気づくはずもなく、斜め後方、一段高い所の艦長席にいるアヤメが問う。冬彦の咄嗟の返しは、肩をすくめるというものだ。

 

「――ああ、予定通りだ。そこで戦隊を合流させる手筈になっている。久しぶりに艦隊が組めるぞ。提督と呼ぼうか?」

「冗談じゃない。私は元々参謀志望だよ? ナンバーツーが適任さ」

 

 そう言いながらも、アヤメも満更ではないらしい。口の端がくっとつり上がっていた。

 ウルラⅠ、アクイラ、パッセル、アルデア……そして月軌道で大きな被害を被ったミールウス。地上に降りなかった乗員もそのままに、戦隊を構成していた艦が勢揃いするのだ。

冬彦がMSで出撃する機会が多い為に、戦隊のナンバーツーとして、艦隊を運用するトップとして動くことの多いアヤメには、やっとあるべき所に収まった感があるのだろう。

 そもそも地上では満足に艦を移動させることすら普段はできなかったのだ。それに比べれば、如何に困難な状況であろうとも、新鋭巡洋艦二隻、重巡一隻、軽巡四隻という艦隊を手足の如く動かせるこれからの状況は天国のような物だろう。

 

 さて、その新鋭艦であるウルラとルートラ、二隻の現在地は、地球の衛星軌道上である。ここからウルラ……一つ前の旗艦であり、区別の為に名称の後ろにⅠが付けられたティベ級重巡ウルラの率いる艦隊と合流するべく移動しなくてはいけないのだが、そのルートは少し歪な物だ。

 最終的な目的地はサイド3のジオン本国である。これを目指すにはサイド3の軌道にもよるが、一つにはL1方面に進路を向け月を経由していくルートがある。しかし、月にはグラナダが存在し、これは避けるようにドズルから指令が下っている。

 となるとL1ではなくL5、宇宙攻撃軍の本拠地であるソロモンを経由するルートになるのだが、今回はこちらも用いることはない。これもドズルの指示によるものである。

ではどうするのかというと、途中まではL5方面まで向かい、諸々の補給物資を積んだ戦隊の構成艦と合流し、それらの物資によって補給を済ませた後L1とL5の間をサイド3まで突っ切る、という物だ。ちなみに道中の補給はこの合流時の補給が最初で最後の予定であり、今回もまた例の如く強行軍である。

 

なお、強行軍というのは負担が大きいはずなのだが、ここしばらくずっと強行軍ばかりで戦隊員も慣れてきている。

 

「流石に、今回の事は予想外だった」

「正直、私は今でも反対なんだけどね」

 

 床を蹴り、アヤメの隣に移動した冬彦が周りには聞こえない程度に声を抑えて言う。

 周りに聞かれてはまずい話だ。だが、聞かれたとしても誰もが口にしようとはしないだろうと辺りを付けて、いっそ聞かれてもいいやと開き直ってしまえる程度に、まずい話。

 彼らが知る、恐怖と焦燥の根源の話。

 

「お偉い方々の思惑もあるんだろう? 冬彦、なんとかならないのか」

「生憎と、ドズル閣下の腹はもう決まってしまっているらしい。一度決めた以上は、やる前からやっぱり止める、ってことは無いだろう。今までだってそうだったし、俺が言ってどうにかなるならラコック大佐辺りが止めてくれてるさ。

それに、中佐の肩書きってのはそれほど便利な物じゃない。政治の事はわからんし、手も回せない。裏のことは尚更だ」

「回避はまず不可能か……怖いねぇ」

「良く言うよ」

「本音だよ。一進一退の戦況での内乱なんて冗談じゃない」

 

ドズルが寄越した話。詳細は語られなかったが、それは結果としてジオンの分裂を招くと冬彦は思った。事の概要は、士気の高揚を謀るためにこのタイミングでドズルとマレーネ・カーンとの正式な結婚式を本国で行い、彼女の父であるマハラジャ・カーン、また彼と繋がりを持つダイクン派や中立派との仲を縮めて権勢を拡大。それを以てギレンに何かしらの譲歩をはかるというものらしい。

 

思い起こせばグラナダから月軌道での一件でもしばらくの間随分ときな臭いことになったが、これはキシリアとドズルの間の鍔迫り合いであり、言うなれば暗闘。互いに探られると痛い腹もあって全面的な対立にまでは発展しなかった。

 その後は互いに牽制し合いながら、なあなあの気配で次第に沈静化していったのだが、降って湧いた今回の話は最初の一撃がそのまま内乱の狼煙になりかねない。

 今までも失敗すればただでは済まないという話ではあったのだが、今度のは失敗が決定的になった時点で亡命するか死んだことにして身を隠すかの選択を強いられるレベルだ。

ただせめてもの救いは、まだ内乱というのは“事”が上手く運ばなかった際に起こりうる可能性の話しかないということだ。その可能性が十中八九であるとしても、可能性は可能性。無きに等しくとも、希望はある。

 冬彦も、通信が切れてしばらくは呆然としていたし、それから少しの間真剣にそのことについて検討もした。それでも勿論こうして宇宙に上がって来たのは、僅かなその可能性を信じたから。

 

「せめて暗闘で収まってくれ、なんて風に祈る日が来るとは思わなかった」

「まったくだ」

 

 奇しくも。アヤメの言葉は冬彦の内心とまったく同じ物であった。

 

「……動かんといかんかねぇ」

 

 幾らかの諦念と共に吐きだした言葉は、暗い語調に反して決意に満ちた物。

 冬彦なりに、いざとなったら思う存分かき回してやろうという思いからの物だ。

 言葉には意志が宿る。冬彦が臭わせたそれに、アヤメは静かに食いついた。

 

「手は、回せないんじゃなかったの?」

「今は、な。できることもないし、静観するしかない。けど、事が始まって、悪い方に動いて、それでも何もやりませんってわけにはいかないだろう?」

「その段階で打てる手があったとして、その頃は僕らは死ぬほど忙しいはずだよ。

もちろん比喩抜きでね」

「それでも、だ。まあ、人に頼むだけだからできなくは無いさ。足下見られて、また無茶をふっかけられるかも知れんが、切れるカードは切っていかないと」

「わざわざ面倒を重ねて背負い込むとは呆れるね。どうする?」

 

 周りが如何に聞かぬ振りをして、副艦長が勘弁してくれて目で語りかけても、二人は気にしない。気にせずに、黒い話を練り込んでいく。

二人だけでなく、皆が、“なるべく多く”が最後に生き残っているために。

 

「事が起き、尚かつ開戦が不可避になった場合。開発局のササイ大尉の伝手でタキグチ名誉参謀顧問に渡りをつける。巻き込めるだけ、なるべく多くを巻き込んでやろう。

そうすれば新しい手も見えてくるだろうさ」

「はっは、行き当たりばったりも良いところじゃあないか。この中佐殿は」

 

 言い返すことはできない冬彦であった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ところ変わって、ソロモン。数多ある艦船用のドックの一つ。

このドックでは、丁度係留されている艦に荷の積み込み作業が行われていた。糧食、推進剤、弾薬。およそ戦争で必要とされる殆ど全てがコンテナに収められ、艦の腹の内に詰め込まれていく。誰かがどこかしらでせわしなく動き続けており、止まることのないその流れは間に人を入れながらも規格化された製造ラインの様にも見えた。

 その一角。MSを積み込んでいた艦首付近で、ちょっとしたトラブルが発生していた。

 積み込まれるはずのMS。一般にドムと呼ばれるその機体に問題があった。

 ツィマッドから宇宙攻撃軍に納入された新型機体の第一陣はおよそ六十機。その内六機がヒダカ独立戦隊に回されることになり、ソロモンでリヒャルト・ヴィーゼ監修の下小規模の改修を施した後、積み込み作業が行っていたのだがどうにも機体数が一機多い。明らかに見てくれからして他の機体と違う上、書類にも載っていない。

 これはおかしいと言うことで一旦作業を中止し、もしかすると別の部隊の所に行くはずの物が間違って来たのではないかと責任者に事の次第を確認していたのだが……

 

「問題無い?」

『そうだ』

 

 現場の責任者である大尉は、直接の上官である中佐ではなく、留守居役として基地を預かるラコックから謎の機体を積み込むことが間違いでは無いと聞かされていた。

 

『その機体は実験機だ。試験を行う為にパイロット込みで戦隊に送る。間違いは無い』

「は、しかしこの機体は……」

『機密性の高さから公式には伏せている。速やかに積み込みを完了させたまえ』

「……了解しました」

 

 大尉が通信に用いていた内線の受話器を壁の端末に戻したのを見計らい、待機していた部下達が彼の元へと集まり始める。

 

「大尉ー。結局こいつどうするんですー?」

「間違いでは無いそうだ。積み込みを再開しろ」

「へーい」

 

 大尉自身も釈然とはしなかったが、命令は命令である。彼は部下に作業を再開するように言い、自身も書類の決裁と現場の監視に戻るのだった。

 

 しばらく後で、大尉は自身が釈然としなかった理由に気づく。

 そう、ラコックはパイロットも送ると言ったのだ。

 機体色が、冬彦のパーソナルカラーである茶と白であったのに。

 

 

 

 





ちなみに、王様だらけの聖杯戦争だった場合、セイバー、アーチャー、ライダーは残留。追加キャラは赤バラ、ゆぐゆぐ、ハクオロ、眼鏡女子高生の四人の予定でした。

多分四番目はこの書き方ではわかる人いないはず。


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第五十九話 何ルートか思い出してもらおうか。

多分今年最後の投稿。よいお年を。


 

 

 

「やぁこれは、ベイルセン艦長。宇宙は退屈ではありませんでしたか?」

《実に退屈でしたな。何せ演習ばかりで碌な任務がない。艦隊演習にソロモン近海の哨戒任務。たまに士官学校を出たばかりのひよっこ共の面倒も見ておりましたが、なんとまあ着艦の荒いこと。MSの操縦は若い者の方が上手いのだと思っていましたが、そんなことはないようですな》

「何かやらかしましたか」

《着艦でとちって警戒灯を割りました。まったく、私の艦は演習場ではないというのに》

「それはそれは……まあ、誰もがウチのMS隊のように腕が立つというわけにはいかないのでしょう。それで、私の後輩は“モノ”になりましたか」

《及第点をやれないまま、他所に配属になりました。警戒灯を割った馬鹿はガルマ様のおられる北米です。あれでは配属先でもうしばらくどやされるでしょうなあ》

「まあ、その方が物になるのが速くて良いでしょう」

《いや、まったく。ははは……》

 

 ザンジバル級「ウルラⅡ」のブリッジで、通信越しにアヤメと「パッセル」の艦長であるベイルセンが会話していた。天井付近に位置するモニターを使用した、互いの顔を見ながらの通信である。

 パッセルの艦長であるベイルセンの方が年齢群歴共に上であるが、アヤメの家は彼が所属する小派閥の同士であり、また見知った仲であるため、会話の仲にそこまでの堅苦しさはない。

 

《荷の積み替えが終われば次は本国ですか。久しぶりですな》

「宇宙に帰ってきたことですし、家に顔を出さねばならないのでしょうが……憂鬱でなりません」

《お父上は喜ぶでしょう》

「ええ。山ほどの見合い写真を背に隠して、にこやかに迎えてくれるでしょうよ」

《はっはっは!》

 

 ベイルセンが大いに笑い、ブリッジの端の方でも噛み殺した声が聞こえた。

 二人の艦長の会話は、別に秘匿通信の類ではなく、タイムスケジュールの合間を潰して行われる情報交換という名の雑談だ。当然、互いのブリッジ要員の耳にも入る。

 

「補給と再編成はあと五時間もあれば充分でしょうか」

《四時間でいけるでしょう。工作艦がある分MSの換装作業は捗ります。しかしまあ余裕を見て、出航予定は五時間後のままにしておきましょう》

「わかりました。それではベイルセン艦長。また」

《ええ、イッシキ艦長。それでは》

 

 

 

 九月初旬。

第二十二独立戦隊こと、ヒダカ独立戦隊はL5寄りの宙域において無事艦隊の再結集を成功させた。これにより戦隊に所属する艦は全部で七隻となり、戦隊の戦歴の仲でも最大の規模と成った。

また、戦隊に先代の旗艦であるウルラと現旗艦のウルラⅡが揃ったわけであるがウルラⅡからウルラへの旗艦の委譲はなく、ウルラⅡのまま指揮権も据え置きのままだ。

 合流後、まず行われたのは地上から宇宙へと帰還した二隻のザンジバルへの補給であり、同時にMS部隊の割り振り、再配置であった。

 元々宇宙にいた頃は、整備の効率や被弾時の戦力低下の危険性、緊急発進時の時間短縮などの為に、MS隊をおよそ小隊単位で分散して各艦に割り振っていた。

 現在は前以上に余裕がある為全艦に割り振るのではなく、艦隊の方針としてはウルラⅡに三機、ウルラに三機、ムサイ級のいずれか二隻に三機ずつ。工作艦のルートラと残りの二隻にはMSを乗せず、代わりに推進剤や弾薬の補給を速やかに出来るようにした。

 

「専用機? 中佐の?」

「そう書いてはあるんですけど……」

 

 その工作艦ルートラの格納庫で、二人の人間が視線を上げ下げしながら頭を捻っていた。

見上げる物は、一機のMS。補給として送り込まれたコンテナの中から、引っ張り出したばかりの新品だ。

目線を降ろしたときに見えるのは、その仕様書である。そこに記載された内容を見るにはのは、本来の予定には無いこの七機目のドムらしき機体が戦隊に配備される新型機であり、度々乗機を失うフユヒコの為に用意された機体であるという。

遙々運ばれてきた新型機。他の六機のドムは戦隊の装備の更新の為の物では無く、ギニアス・サハリン技術少将の所に送るための物であり、武装も最低限の物のみで良いということで、在庫処分のように随分と古い型のザクマシンガンが付属している。

何せ丸い弾倉を銃身の上部ではなく右側に装着するような型の物。これは正式の物としては最古の部類に位置するものであるから、本当にあり合わせである。

 

 しかし、フユヒコを乗せるように指示されているこの七機目のドムは明らかに他の量産期とは異なり、いろいろとおかしな点が目立つ。

 まず見てくれからして大きく異なる。本来のドムは対実体弾を想定した重装甲であり、重量との兼ね合いで全体を構成する線はザクなどと比べて全体的に直線が多く角張って見える。宇宙仕様のリックドムも、見た目は殆ど変わらず、この特徴はそのままである。

しかしこの機体は平らであるはずの胸部装甲が増加装甲にしても限度を超えて大きく前にせり出しているし、他にも脚部や胴体にも手が加えられてそのシルエットを変えている。

 機体名は一応「リックドムⅡ(ツヴァイ)」と成っているが、それは統合整備計画による燃費の効率化と機体のスリム化を目的とした改修が行われた機体のはずで、こんなMSが鎧を着込んだような物々しい機体ではないはずだ。

茶と白の幾何学迷彩。見慣れたはずの機体色にも変化は生じており、左肩の梟のマークの下。ショルダーアーマーをぐるりと縦に一周する形で鮮烈なピンクのラインが走っていた。これもこれまでの仕様にはないものだ。

改級を示す為の塗装でもない。そういった塗装は無いでは無いが、大抵白抜きか黒抜きで、ピンクというのはまずありえない。

 

 武装もまた見覚えの無い物である。

半ば欠陥兵器として改良の必要性が叫ばれる胸部のメガ粒子砲があるはずの所は装甲に塞がれ、おそらくは取り払われている。実体弾を発射する新型のバズーカもない。

代わりに用意されたのは大型のビームキャノンと、その出力を捻出するためのモジュール化されたジェネレーターを積んだバックパック。

 

 かなり大型であるとは言え、ビームキャノンが配備されたことそのものにはそこまで大きな驚愕は無い。

そもそもビーム自体は艦船の火砲として用いられ、技術としては既に確立されており、MSでビーム兵器を使用するのに立ち塞がっていた問題は小型化についての問題。解決は時間の問題でありいつかは実用にこぎ着けられると検討がついていた。

現に冷却に大きなアドバンテージを取れる水陸両用機では早い段階から内蔵式の物が実現し、地上においてもザクⅠの狙撃型としてビームライフルを装備した機体がいるとかいないとか。

そういう点で見るば、このビーム砲が機関部から先の砲身だけで機体全長に等しい長さを誇るほど大型であったり、ジェネレーター側の冷却器が剝き出しであったりするのは未だ小型化が不完全であることの証左であるとも言えるのだ。

 大きければ大きい分威力は出るが、出力を喰うし取り回しも悪い。どんなものにも一長一短があるとはいえ、余りにも偏ればそれは大きなデメリットとして実用たり得ない。

 ただ一点、驚くことがあるとすれば。製造元がソロモンであるにもかかわらず、そのソロモンを塒にするエイミーの耳に入らなかったということだ。

 

「……なんじゃこりゃ」

「何かのテスト機でしょうか」

「データ取り用の機材と人材も送らずに?」

「いや、それも私らにやれってことじゃあないんですか」

「それもそう、なのでしょうか。いやそんなことは……」

 

見れば見るほどに興味深く、不審な機体だ。当たり前のように閲覧できる情報に制限がかけられており、仕様書からは整備に必要な最低限しか読み取れない。ソフト面の項を見れば、システム系が専門のエイミーでさえ何の為にあるのか推測すら出来ないブラックボックスじみた黒抜きがあるほどだ。

 

「……曹長、どうします?」

 

 ルートラの設備で徹底的にばらしてやろうか。悪魔のささやきに理性を削り取られていたエイミーに、整備員が尋ねた。

 はたと我に返り、機体を見る。エイミー達の仕事は、とにもかくにもこの得たいの知れないMSを乗れるようにすることだ。

 

「出来る範囲で点検をすませて、まず火を入れましょう。それから本格的な点検と整備にかかります。とりあえず、空いているところに固定しましょう。空いている四番のハンガーへ」

「了解!」

 

 言うが速いか、整備員は床を蹴って仲間の下へ向かう。それからすぐに黄色いランプが灯り、天井のクレーンや折りたたまれていたキャットウォークが動き出す。戦隊長機を扱うスタッフだけあって、やるとなればその動きに無駄は無い。

 エイミーも、同じように床を蹴る。ただし向かう先は彼らの下ではなく、機体の腹部。装甲のくぼみに取り付き、外部からハッチを開くためのパネルを探す。

 捜し物はすぐに見つかり、装甲そのままの外蓋を開けキーロックを打ち込む。

 すると、すぐに胸部と腹部の装甲が動き、コクピットハッチが見えてくる。

 

「あら。これは珍しい仕様。しかも二重ロック? 思いの外無理しているのか……」

 

 この、リックドムⅡ(?)のコクピットハッチは前へせり出した腹部装甲の下。その側面についていた。MAであれば話はまた変わってくるのだが、MSであれば胸部や腹部の違いはあれど大抵前面にコクピットハッチがついている。連邦におけるガンダムやジムなどでも同様で、陸戦型の一部などが胸部上面に位置するくらいだ。なお、史実においては例外的に可変機のアッシマーが頭部側面に搭乗用のハッチを有しているが、これも例外として扱うべきだろう。

 とにもかくにも、ハッチは見つかった。同じようにパネルを見つけ、外蓋を開けてパスを打ち込む。

 

「さて。中身を拝見」

 

 電源の入っていないコクピット内部は薄暗いであろうと取り出していたペンライト。

 しかし意外な事に、補助電源がついており、計器の幾つかは動いていた。

 当然の如く、無人。エイミーはそう思った。そう広くはないハッチに上半身を突っ込んで顔を覗かせても、誰もいない。やはり座席は空だ。

 

ん……

 

「んっ!?」

 

 ぎくり、と内部に潜り込もうとしたエイミーの動きが凍り付いた。誰もいないはずの機体で、聞き間違いでなければ聞こえてはいけないはずの人の声がしたのだ。

 コクピットは空。機体は新品のはずで、回収機にありがちな怪談話の類も無い。

 身体を引っ込めて、整備に精魂は込めれども使うことは無かろうと高をくくっていたピストルを怖々とした手つきで抜く。

 安全装置を、目視しつつ解除。エイミーが銃を抜いたことに気づいてすわ何ごとかと近づこうとする整備員達をハンドサインで止め、下がらせる。

 

《曹長、何ごとです》

「人の声がしました」

《へっ!? 聞き間違いじゃあ》

「ない。今からしっかりと確認します。念のため、保安部から人を呼んでおいて下さい」

 

仕様書の挟まったバインダーで気持ち急所を隠しつつ、まず外から見える範囲でコクピット内を探る。

 そして、いよいよもう一度身体を中に入れ、今一度注意深く観察し、気づいた。

 コクピットの奥、座席の裏の壁が思いの外遠い。つまり、座席の裏に幾らかスペースがあるのだ。

 ペンライトの光を頼りに、足の踏み場に気を付けつつ中へと踏み込んだ。周りでは整備員達も遠巻きにそれをじっと見つめている。

 

 そして、エイミーは見つけた。

 座席の裏のスペースに据えられた、“もう一つの席”に座る少女を。

 小型でありながら強力なペンライトの光を寝ていたところに当てられ、目をしばたたかせる“もう一人”のこの機体の主を。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――それで?」

「は、指令書は正規のモノです。ただ本人であるかは我々下っ端では判断がつきませんので、中佐をお呼びしました」

「……ドズル閣下の考えじゃあないな。誰だこんな馬鹿な事を考えついた奴は! ラコック大佐……でもないな。ああくそくっそ誰だ畜生」

「……小官は何も聞いておりません」

 

 ウルラⅡからルートラに移動するランチ(小型のシャトル)の中に、見るからにご機嫌斜めな冬彦の姿があった。怒りに染まった様相は艦内の治安を守り、時に陸戦隊として前線に立つ保安隊をして尻込みするようなモノであった。

 

 ルートラの側に停泊していたウルラⅡの食堂に小銃片手の保安隊が駆け込んできたその時、フユヒコは運び込まれたばかりの冷凍カツレツの試食という名の昼食の最中であり、丁度カツを咀嚼している所だった。

 尋常ではない様子に慌てて肉と衣の油とソースと旨みを口の中で米と混ぜ合わせる口内調味を中断し、茶で流し込んでいる間に、駆け込んできた保安隊員は冬彦の側まで駆け寄り、その耳元に顔を寄せ囁いた話の内容に試食はそこで中断となった。

 

「上部ハッチからですので、少し歩きますが……」

「いい」

 

 ザンジバル級にはMSの発着の行えるハッチが三箇所有り、左右両舷と艦上部である。その内、両舷側の物は既に封鎖されており、冬彦の乗ったランチは残る上部のハッチからウルラに着艦した。エアロックの完了を待ってランチから降り、エレベーターで格納庫へと降りていく。

 

 少女は、機体のすぐ側に居た。

 冬彦の記憶にある物のいずれとも違う型の、少女の細い身体に合わせたのであろう緋色のパイロットスーツが、茶けた緑のつなぎの整備員達の中で一際目立っている。

 手には、着けていたのであろうヘルメット。側にはエイミー曹長も居る。

 

 エレベーターが格納庫の床に付く前に、冬彦は手すりから身を乗り出し、そのままMS目指して床を蹴った。長く跳んで、一息に少女の側へと降り立つ。

 

 周りにいた者達は、誰もが冬彦の不機嫌そうな顔に一歩後ずさる。

 けれど少女だけは、冬彦の姿を認めて、微笑んだ。

 勝ち気に。冬彦に挑戦するように。

 

「どういう御つもりですか」

「どうもこうも。私がこの機体のパイロットです。これからよろしくお願いします。中佐」

「誰がお許しになられたことか」

「父と、義兄様になる方々が」

「方々……はっは、ああそうか! そういうことかっ!」

「はい。きっとそういうことです」

 

 怪気炎を上げる冬彦と、涼やかに返す少女。一括りにした少女の菫色の髪が揺れる。

見守る者達の中の幾人が、不条理に怒る冬彦ではなく、不条理に飛び込んだ少女の方こそが真の“怪物”と気づくだろう。

 

「……ウチにいると、碌な目にはあいませんよ。“お嬢さん”」

「望む所です」

 

 

 

 この日。ヒダカ独立戦隊の隊員名簿に、一人の少女が名を連ねた。

 

 

 

 少女の名は、“ハマーン・カーン”。

 

 

 

 





アンケートは可能な限り反映する主義なんだ。すまんね。

あとリックドムⅡ(仮)のスペックはそのうち後書きで書きます。
余裕があればセミスクラッチしてみようかな。


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第六十話 ハマーン様も昔は最近流行りのツインテールだった。

あけましておめでとうございます。

遅れて申し訳ないです。短いです。ご勘弁ください。
あと、昨年お約束したBF編は休み中に円盤を買い忘れるというミスを犯したためしばらく待っててください。忘れたころに投下します。


 

 

 冬彦の姿を探してフランシェスカが食堂室を訪れたのは、艦内時間で昼を少し回ったところだった。

 ちょうど昼食をとるシフトと重なり、それなりに混み合った食堂を見渡すが、冬彦の姿はない。普段から副官として冬彦に付き従うフランシェスカにとって、どこを探しても冬彦の姿が見えないというのは珍しい事態だ。

 

「……困りました」

 

 思いつくところは一通り、既に回っている。

 冬彦の私室、艦橋、会議室。行き違いにならぬよう、メモや当直の兵に言づてを残しつつの捜索であるが、結局こうして出会うこともなく、食堂までついてしまった。

 そしてやはり。この食堂室にも見知った仲間の姿はあれど、冬彦の姿はない。

 フランシェスカの仕事はMSパイロットでもあるが、主としては副官としての方に重きが置かれている。現状、冬彦からの指示もなく、手持ち無沙汰のまま艦内をぐるぐると回っているだけ。問題である。

 もっとも、目つきと眼鏡以外は若白髪くらいしか特徴のない冬彦である。軍服も特別あつらえた物では無いし、案外人の影に隠れているだけではないかと、フランシェスカはなお入念に食堂で冬彦の姿を探す。が、やはりどれほど探しても、探し求める姿はない。

 

「やや、中尉殿。中尉殿も昼食ですか」

 

 そんなフランシェスカに、背後から声がかかった。

 

「え? ああ、貴方たちですか」

 

 声のした方を見れば、男が二人。MS隊の中でも、冬彦に付き従うことの多い二人。つまりはフランシェスカとも戦列を並べる機会の多い二人である。ピートとゴドウィン。階級は少尉と准尉で、食堂で見かけることの多い二人だ。

 彼らの手には、適度な環境に保たれた艦内においてまだ湯気の立つできたての料理が載ったトレーがあった。彼らも、これから昼食なのだろう

 

「中佐を捜しているのです。朝はいらしたのですが、それからさっぱりで……どちらか、見ていませんか」

「中佐ですか?」

「ええ」

「……もしかして、聞いておられないのですか?」

「何のことです」

 

 フランシェスカの言葉に、二人は顔を見合わせた。

 

「中佐なら、新型のMSと新任のパイロットの試験をすると聞いていますが……」

「……知りません。艦橋にも行ったのですが、そんな話は聞いていない」

「伝達ミスでしょうか?」

 

 思わず天を仰ぐが、見えるのは無機質な天井とカバー越しの照明の光だけである。

 仮にただの伝達ミスであったとしても、余りに酷い。ティベ型は、三百メートル近い全長を誇る。それをただの伝達ミス一つであっちへ行きこっちへ行きと彷徨わさせられたのだから、誰の不手際かはっきりさせねばフランシェスカも気が済まない。

 だが仮にただの伝達ミスであったなら、腹立たしいことにかわりはないし、中尉にすぎないフランシェスカがいうにはおこがましいことではあるが、まだ許せるのだ。

人のすることである以上どんなことでもミスは起こりえる。

 ただ、仮にこれが誰かの作為によるものであったとしたら……一抹の不安が残るが、それよりも今は冬彦の居場所を特定する方が大事だ。

 

「それで、今中佐は?」

「MSの試験ですから、格納庫では? 確か専用のモニター機材があるとかで、艦橋ではなくあちらでモニターするとか」

「中尉、本当にご存じないので?」

「ええ、まったく。ではそちらへ向かいます。教えてくれてありがとうございました。それでは」

 

 言うが速いか、フランシェスカは踵を返した。

 この頃になると、花形とも言うべきMS隊の人間が三人も集まっていると言うことで周囲の注目も集まっていたが、三人の中では一番階級が上のフランシェスカが動くと見えて、皆そそくさと彼女に道を開けた。

 やがてフランシェスカの背が自動ドアの向こうへ消えたあと、同じ方向を見ていた二人は顔を見合わせた。

 

「なあおい、ゴドウィン」

「なんだ」

「どう思う」

「さてなァ」

 

 彼らもまた、名は知られずとも一角のMS乗りである。多少なりとも勘の鋭い所があり、フランシェスカが冬彦の居場所をしらないという事態に当然違和感を覚えたのだ。

 

「他の連中にも知らせておくか」

「そうした方がいいだろう。流石におかしい……まあ、それはそれとして」

「うん?」

「席が……」

「……ああ!」

 

 昼飯時の食堂室で、いつまでもまごまごしていたらどうなるか。

 いつまでも空いている席などあるはずもなく、尉官が二人、トレー両手に立ちぼうけである。

 

 

 

  ◆

 

 

 

《加速しろ》

 

 ヘルメットに内蔵されたスピーカーから、その人の声がする。

 低い声。至近距離での通信だからノイズなんてないはずなのに、不思議と少しどもって聞こえる。彼は私に、極々短く命令を伝える。

 命令を果たすために、スイッチをいくつか押して、操縦桿を前へ。

 鈍く固い感触。思うように前へと進まない。

 

《立ち上がりが遅い。加速だ加速。暖機しているんじゃ無いんだ。これじゃあビームどころか単発のミサイルにだって当たってしまうぞ。勢いを付けろ。

……手が届かないなら身体を前に出して肩も使って操縦桿を押せ。それでも駄目なら、“お嬢さん”はずっと“後ろ”だ》

 

 言われた通りに身体を少し前へ倒し、肩を意識して力を込める。

 なるほど確かに操縦桿は前より楽に奥へとすべった。

 機体も、前へ。広いディスプレイに映る星々が筋になって、端へと消えて行く。

けれど、私を背後へと押しつける力も強くなる。前へ出した身体が押し戻されそうになり、加速が弱くなった。

 また、耳元から声がする。

 

《腰で支えろ。身体を前に出しても、腰をちゃんとシートの背につけておけば押し戻されることは無い。Gに負けるな。つっぱれ》

 

 返事を返して、シートの奥に身体をずらし、今度こそ思い切り操縦桿を前へ。

 丸いサブモニターに表示された数値が、ぐんぐんと上がっていく。

 前へ。前へ。機動はただ真っ直ぐ。ペダルには触らずに、ひたすら機体を加速させる。

 突っ張っている腰から背中に負担がかかり、声が漏れそうになる。

噛み殺して、我慢。

 

《意識はあるな》

「はい!」

《よし。楽にして良い。スロットルを戻して逆噴射。速度を百まで落とせ。まさかAMBACでとちるなよ》

 

 待ち望んだ言葉。随分な速度が出ているが、機体はまだ揺れもしない。

 操縦桿を前に出すのは止めて、ゆっくりと引いてゆく。

 全身をぐっと締め付けていた圧迫感がなくなり、楽になる。

 背をシートに預け、ふっと息を吐いた。

 熱の籠もった吐息でも、ヘルメットのバイザーは曇らない。

 

《とりあえずは合格にしておく。この速度を出せないと、少なくとも宇宙ではウチの部隊でやっていけない。まあ、立ち上がりの遅さはこれから直していってもらうが》

 

 少し手厳しい。そう感じた。

 事前に資料で調べた軍の教本の速度よりもずっと速いのに、これで最低限だと私の後ろで私を品定めするこの男は言う。

 戦えるのか、と。

 そもそも、戦場に立つことができるのか、と。

 ヒダカ。この戦隊の指揮官。随分と若い中佐。私の近くにいる若い士官では一番階級が上の人。

遠目に眺めていたソロモンの練兵教官のように怒鳴ったりはしないけれど、代わりにどこか。余り表にはしないけれど、私のことを、“お嬢さん”と呼んだり……会話の中に棘がある。

 

《それじゃあこれからもう少し自由に動かして貰う。今日中にお嬢さんがどの程度動かせるのか、それと癖をできるだけ把握したい。艦から離れない程度に好きに動かせ。まずいと思えば言うし、操縦もこちらで預かる》

「わかりました。好きに動かして良いのですね」

《かまわん。楽に行け》

「はい」

 

 基本的な動作は、ソロモンで既に学習している。このドムに比べれば鈍足のザクⅠでだが実機を動かした経験もある。

 彼は、最初からできるかどうか確認しなかった。

 自ら踏み込んできたのだから、出来て当然だと考えているのか。

 それとも、操縦できることを知っているのか。

 

「行きます」

 

 緩めていたスロットルを、操縦桿を前に突き出すことで一気に上げる。百を少し下回っていた速度計が、ぐんぐんとその値を上げていく。

 ペダルを蹴れば、脚部が反応して機体の向きを変える。Gが横方向にかかり、大きく揺さぶられる。

 ヒダカの声は、まだかからない。だから、好きに動かす。AMBACを使った角度の急なターン。仮想軸を据えての連続ロール。通常機にまして重装甲のこの“ドム”が、その重量を補ってなお有り余るツィマッド製の大出力エンジンが繰り出す桁外れの推進力に押されて、宇宙を飛びまわる。

 負荷が強くなっても、止めない。身体に痛みが走っても、まだ。

 ついさっきの速度をふりきっても、もっと先を目指して、スロットルを開き続ける。

 

 この閉じられたコクピットの中でさえ、私は私を縛り囲う柵から逃げられない。

 一つの柵を振り切っても、十重二十重に私を絡め取るそれらの全てから逃れられるわけじゃない。そのたった一つの柵さえ自分の力で取り払ったわけじゃない。

でも、柵が外れた分だけ、道が開ける。

道が開けなくても、進む方向くらいは決められる。遠くを見通すことだってできる。

 今感じている痛みは、きっとあの臨床試験場での痛みとは別のもの。

 自分で道を切り開く為の小さな傷。プラスになるかはわからないけど、ただ与えられるだけの無意味なものにはならないはず。

 お父様と、新しい義兄様となるドズル閣下にも無理を言って。

 だから、この痛みを耐えた先へ。

 このまま、彼らのいる場所まで。

 全ての柵を引き裂いて、星のように突き抜けることが出来たなら。

 

 

 

 




実は新しい一次創作のプロローグだけ完成したんですが、かつての失敗からきりのいいとこまで完成するまではうpしまいと決めてます。
しかし、例の如くプロットは適当なうえ、なかなか時間が取れず筆が進まず、むらむらします。
……うpしちゃおうかな。


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第六十一話 サブシナリオの可能性

不安を煽っていくスタイル。



 

地球から最も離れたサイド3。

 途中寄港を行わないという強行軍でもって通常の四分の三程度まで道程を短縮し、ついに辿り着いたジオン本国。艦橋の複層強化特殊ガラス越しに見える輝く物は星ではない。

規則正しく一定の間隔に並ぶ光の列。太陽の光を受けて輝く三枚のコロニーの“羽”を目視できる所まで、冬彦達は辿り着いたのだ。

 

 思えば、ウルラⅡのクルー、そして戦隊の人員が最後にこのサイド3を見たのは何時の頃であっただろうか。

年明けすぐの開戦。二度のコロニー落としの後ソロモンに移り、ルナツー攻略戦、月軌道の攻防戦を経て、それから地球降下。

 湿気を伴う熱波。したたる汗。唸る扇風機と呻く人々。戦闘に及んでいないのに、戦闘以上に消耗していく日々。密閉性に優れたテントに参謀部への恨み言を堪え、降下試験に失敗し、暗闇の中で戦った数ヶ月。

 一年に満たないとは言え、密度の高い時間だった。階級を問わず、郷愁の念を覚える者も、少なからず出てくる。地球に降りてからは特にそれが強くなり、楽観的な者は、この帰国で多少なりとも特別休暇がもらえるのではないかと期待したりと、全体的に明るい見通しを持っていた。

 

 しかしである。こと一部の将校、特に上級士官においては、この本国への帰還に対して悲観的な者が多かった。

 戦隊首脳部は冬彦から政治事情が混沌としていることを聞かされているし、それぞれにつてのある士官達は明らかにジオンの技術が流出したとしか考えられない外観の連邦製MSの出現や度々臭わされる複数地域での大規模反攻作戦について当然耳にしている。何より、彼らはアジアでのその当事者であるし。

 そんなわけで、彼ら将校は明らかにきな臭い時勢での本国の引き上げには何かあるのだろうと薄々察しており、休みは望み薄だろうと検討を着けていた。

 

 果たしてその予想は的中する。ジオン本国サイド3に辿り着いた第二十二独立戦隊を待ち受けていたのは休暇などではなかったのである。

 

 待っていたのは、国の行く末を左右する鉄火場だ。

 

「ほっ、ほげっ……」

 

 驚いたことに、この奇妙なうめき声を漏らしたのは他ならぬ冬彦である。ノリが完全に学生時代のもので、口がぽかんと開いたままになっている。

 その隣では、アヤメが紅茶を気管に入れて盛大にむせていた。

 それでも彼女は冬彦寄りかはまだ幾分かまだましであり、むせながらもブリッジ要員にすぐさま望遠による分析、それと“認識番号”と“艦名”を確認するよう指示を出していた。

そして、戦隊旗艦にその席を持つ優秀なオペレーターはそう間を置かずその答えを上司、つまりアヤメに報告した。

 彼らのアイデンティティと威厳を木っ端微塵に破壊した、コロニー群の側に浮ぶ赤い艦の正体を。

 

「ほ、本国警備隊に確認しました。サイド3付近に駐留しているグワジン級は、グワラン、グワザン、グワデン、グワジン、アサルムの五隻、です」

「……五隻?」

「……いいや、本国にはグレート・デギンが常駐されているはず。だから六隻、だね。それもここしばらくで新造艦が就役していなければ、だけど」

「六隻かー。そうかー……グワジン級って全部で何隻だっけ」

「さあ? 正確な数は軍機だよ。僕も知らない。ま、二十を越えるってことは無いんじゃないかな。どんなに多くて十四、五ってところだろう」

 

 グワジン級戦艦。ジオン公国、共和国時代を通して現状唯一の戦艦であるこの艦が、サイド3宙域に六隻も揃っていた。尋常ならざる事である。

 以前(二十六話参照)に説明したことだが、このグワジンは数が少ない。一般的に認識されているのは数隻、正確な数は参謀本部か、ザビ家とその近辺にいる者だけだろう。

 フラグシップである一番艦「グレート・デギン」の艦名からもわかるように象徴的な意味も強いが、既存の艦船の大半を上まわるMSの運用能力、戦艦の由縁たる強力な主砲による打撃力、そして旗艦運用を前提とし司令部として機能するだけの艦隊指揮能力を併せ持つ持つ非常に高性能な艦である。

 ただし、その分非常にコストがかかる。特に資源の面ではその点が顕著であり、強力ではあるものの開戦までに一定のMSと取り回しのよい運用母艦を必要とした為、ムサイなどの建造が優先され、その数は抑えられてきた。

 運用としてはザビ家かそれに連なる要人、もしくは要所要所に配置されている。

 連邦のルナツー、旧ユノーを抑えたことで広く見れば資源事情は良くなったのだが、それでも象徴的な意味を維持したいという思惑と、ルナツーが落ちた以上はグワジン級を増やさずとも現状の規模で充分ではないのか、という判断によりやはり追加での建造には慎重であった。

 それが五隻、姿の見えないグレート・デギンも含めて六隻、一つの宙域に揃っている。

 グレート・デギンは公王デギン・ソド・ザビの専用艦であるからこれについては本国にいることはおかしくない。グワデンも親衛隊の旗艦であるから同様である。

 しかし、残りの四隻。

 グワランとグワザン、それにグワジン、アサルムはそれぞれ宇宙攻撃軍と突撃機動軍の所属である。冬彦が聞かされた話には、こんな事態は含まれていない。

 ついでに言うと、宇宙にはもう連邦の目立った拠点は残されては居ないが、未だ残存勢力はコロニーの残骸や月の中立都市に潜んでいる可能性があるため完全に安全が保証されたわけではない。

 そのため、それぞれが随伴する護衛艦隊を引き連れている。ムサイが主だが、中には数隻のチベやザンジバル、突撃機動軍にはウルラⅡと同型のティベ型の姿も見える。

 

 切っ掛けさえあれば、内戦待った無しである。

 

「艦長! 親衛隊からこちらの目的と所属を誰何する通信が入っています!」

「間違っても通信には出るな!」

「は、え、しかしそれでは」

「返信を電文で行え。定型文で良い。操舵手、グワザンかグワランか、どちらでも良い、近い方へ寄せろ。急激な進路変更はするな。それとなくだ!」

「了解しました!」

「……で、どうする冬彦」

 

 通信手に指示を出し、アヤメが冬彦に対して訊ねる。

 ズムシティ宇宙港の管制ではなく、親衛隊からの通信である。相当ぴりぴりしている所に新たに現れた部隊であるから、相当警戒している様子である。

 親衛隊のグワデンが構える宇宙港へ進路を取る訳にもいかず、さりとて立ち往生するわけにもいかず……とりあえずは安全であろう方へ舵を切らせたが、最終的な決定権は冬彦にある。

 しかし、返事は無かった。冬彦は凍り付いたように、動かない。唇を引き結び、血管が浮くほどに椅子の背もたれを握りしめて。それは倒れるまいと身体を支えているようにも見えた。

 ウルラⅡの艦橋が静かになっていく。非常事態を示すアラームがなっている訳でもなく、人の姿が消えたわけでもなく……毒づきながらも泰然としていた冬彦が、初めて毒づくことすらしなくなったことに驚いているのだ。

 

「冬彦……ええいしっかりしろ!」

「ぶっ、熱っ!!」

 

 そんな状況を打破したのは、アヤメだった。

 まだ熱い紅茶の飲み口を無理矢理冬彦の口にあて、カップを潰したのだ。

 溢れた紅茶は、当然冬彦の顔にかかり痛みを与える。

 荒療治。階級が絶対の軍においては許されることではない。

 だが冬彦は――

 

「アヤメ……」

「よし、しっかりしたね。さあ指示をくれ戦隊長。どうするの。まだ駄目なようなら、しばらく僕が代理で動かすよ」

「……あいわかった」

 

 アヤメを叱責するでなく、己が不明を詫びるでなく、顔に手をやり、そのまま髪を掻き上げて。

 

「グワザンへ通信を。まずコンスコン少将と連絡を取りたい」

 

 

 

 




Wikiでグワジン級について調べなおしましたが混沌としてました。
なので独自解釈とねつ造も入ってます。ご了承ください。


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第六十二話 


戦極姫6……嫌な予感がする。
大正義島津ルートがなんか無いクサイし……
おなじみのキャラも結構グラが大幅変更されてるし……

新キャラも悪くはないんだけれど……あとは開けてみないとわからん。

なんなんだろう……この……この……何?





 

 

 

「即刻、ドズル閣下を拘束するべきです」

 

 口周りに髭を蓄えた禿頭の将校、エギーユ・デラーズは躊躇うことなくそう言い切った。

 大佐の階級にあり、ギレンの乗艦であるグワデンを任されている男だが、ザビ家の一員であるドズルを拘束すべしと言うその言葉は余人に聞かれれば幾ら彼であっても批難は免れない。それどころか、逆にデラーズが拘束されることさえ充分に考えられる。

 

「随分と率直な物言いだな。デラーズ」

「はっ。本心でありますれば」

 

 だが、進言を受けたギレンはそれを咎めることもせず、不敵に微笑む。ジオン本国サイド3はズムシティ。親衛隊本部の執務室で、ギレンは外の緊張感など素知らぬ風に悠々と構えていた。

 一方で、デラーズは真剣である。彼が問題視しているのは、当然のことながらドズルが本国への帰還には過剰すぎる艦隊を引き連れてきたことだ。それも、どの艦も戦歴を重ねた一線級の部隊ばかり。当然各艦にはそれに付随するMS部隊も存在し、無視することなどできようはずもない。戦力を引き連れてきた以上、ドズルが何かしら自分の意を通そうとしていることは明白だ。

 月の艦隊も出張ってきているが、これはドズルの結婚式に合わせて訪れていたキシリアの護衛艦隊である。もともとはキシリアの移動に妥当な数であったのが、こちらも増派されており、グワジン級のアサルムなどもこの増援組である。

 キシリアも大きな動きがあると見て、相応の手駒を呼び寄せたということなのだろう。

 まず無いことだと予想されているが、仮に短絡的にドズルとキシリアが手を結び、ギレンを総帥の座から降ろそうというのなら、単純に今本国に居る戦力を比較すると馬鹿にできなくなっている。

 デラーズもあり得ないとは思いつつ、最悪への備えとしてグワデンを筆頭に親衛隊を展開させてから、こうしてそもそもの原因であるドズルを拘束するべきだと進言しに来たのである。

 

「今すぐにそれをするのは不可能だと、わかって言っているのだな?」

「は、もちろんです。タイミングとしては式のあと、ということになりますな」

 

 既に、士気高揚の為の一大イベントとして、式のことは布告済み。パレードも予定されており、今更中止することは難しいし、マイナス面での影響が大きい。

 

「戦力は足りそうか」

「元より備えはあります。駐留している控えの軍と親衛隊を足せば、戦力で宇宙攻撃軍を上まわります。仮に突撃機動軍を相手にしたとしても、五分に戦えましょう」

「ふむ。数の上では劣っているが?」

「親衛隊にはR型以外に新型のMAも配備されています。装備の面ではこちらが上です」

「……まあいい。ドズルと周辺に監視を付ける。連絡を密に。奴に国を割るだけの度量も目的も無いとは思うが、いざとなればその時は期待している。ペズンの部隊も呼び戻しておいた。どう使うかの判断はまかせる」

「はっ」

 

 ギレンは自らのサインをしたためた書類をバインダーに挟み、デラーズへと差し出す。

 デラーズはそれを恭しく両手で受け取り、小脇に挟んで退室していった。

この時の執務室には、この時秘書官長であるシンシアもおらず、ギレン一人。

 視線を宙空に彷徨わせ、ギレンは開戦を決めたときのように、その頭脳を回転させる。ドズルの動く、その理由を。

 

「さて……面倒なことをしてくれたな、ドズルめ。何が奴を駆り立てる」

 

 元々ドズルは前線に立つ将として血気盛んな所がある一方で、情に厚いことは彼を知る誰もが認めるところでもあった。決して重用の序を破るようなこともなく、ギレンや他の家族を立ててきた。

 それがここに来て、まるで中世の砲艦外交、それこそジオン独立以前、宇宙世紀初頭の連邦のようなマネを、突然行った。

 しばしの瞑目。そして長考。ギレンをして、その答えを導き出すことはできずただ執務机を指で打つ音が一定のリズムで響いていた。

 

 しばらくして、指を打つ音が止まる。そして――

 

「……しまった」

 

 くわと目を見開き、手を伸ばした先にあるのは内線電話の受話器である。

 導き出された最悪の仮定に手を打つべく、ギレンはグワデンへ戻る途中だったデラーズを呼び戻すのだった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「つまりは――」

 

 米神を押しながら、冬彦は対面で腕を組むコンスコンを見た。

相も変わらずふてぶてしい印象を受ける男だが、この時ばかりは神妙なようにも見えた。

 

「このタイミングで、連邦と和平を結ぶ、と?」

「ドズル閣下は、そのつもりだ」

 

 流石グワジン級と言うような広々としたグワザンの会議室は、僅か数人によって占有されていた。冬彦とコンスコン。それ以外には、冬彦側にはフランシェスカ。コンスコンの側には腹心が数名といったところ。

 

 冬彦が前後不覚に陥りかけたあの後。

 グワザンと通信をとった冬彦は、コロニーの中ではなくグワザンへと呼び出された。

 通信でできない話があるというのはわかっていたが、戦艦の並ぶ中で出たのが権威の簒奪ではなく敵との和平だというのが驚きだった。

 

 さて、連邦と和平。それがなれば戦争は終わる。しかし現状停戦すら実現しておらず、目下戦闘は各地で継続中である。

 まして、今は連邦もとりあえずのMS量産が可能となり攻勢に出つつある情勢。ジオンとしても広大な占領地域を有し、はっきり言って士気が高く和平というような雰囲気は無い。ジャブローを落として戦争に勝利することを目標とするだろう。

いずれは必要になるだろうが、ギレンの考えも今ではないはず。せめて、これが一時の停戦や休戦なら話も違うのだろうが……ドズルの話を奇貨として採用することもないだろう。

コロニー落とし直後に結ばれた南極条約。これさえ本来は休戦条約を目指した物であった。しかし現実にそれは叶わず、結ばれたのは大量破壊兵器の不使用などといった、互いに致命傷を負わせるのを防ぐ物のみ。そして地上降下作戦が始まった。

 

 ドズルは、世論やギレンの意向を無視してでも、このタイミングで和平を通そうと言うのだ。そのために艦隊を率いてサイド3に戻り、冬彦を呼び戻した。

これだけのことをして肝心の交渉がこれから……ということもないだろう。既に、連邦にもある程度の根回しは済ませているはず。

 

「ドズル閣下は、それを総帥に?」

「今頃は、丁度話しているところかもしれんな」

「閣下は、この話が通るとお思いですか」

「難しいだろう」

「通らなければ?」

「……袂を分かつ。それだけの価値はあるはずだ」

 

 ため息を漏らしたのは、冬彦。他は誰もが息を呑んだ。

 例外は、その情報を明らかにしたコンスコンだけ。良くも悪くも、思う所はあるのだろうが、それが表情に出ているのか。

 袂を分かつ。ジオンを割るということ。

 それで喜ぶのはルナリアンか連邦か、それともダイクン派か。

 

「今しかない。今しかないのだ。今停戦を結ばねば、後は勝つまで続けるしかない」

「今更言うことでもないでしょうよ」

「貴官にも、仕事を任せたい」

「戦うことしかできませんよ。私は」

 

 冬彦のあからさまに予防線を張るような言葉に、コンスコンはくすりともしない。

 流石に無いとは思うが、ここで仮に冬彦に連邦に特使として向かえと言われても困るのだ。むしろ、特使を護衛しろと言われる可能性が非常に高い。そう言うことに使うには、都合が良すぎるくらいに冬彦の隊は装備と規模が充実しているのだから。

 

「……まあ貴官にサイド6へ特使を迎えに言って貰うという案もあったが、それは別の者に任すことになっている。例え交渉が決裂したとして、そうすぐに戦闘に発展することはないだろうしな」

「敵を削れば削るだけ、ジオン全体の戦力が減るだけですからね」

「その通りだ。そしてそうなるまえに、貴官に説得して貰いたい相手がいる」

「それは?」

「高官や知識人は、ドズル閣下やマハラジャ閣下が何とかしてくださる。そこで、貴官にはもっと下の、実際に現場で戦う人間をまとめてもらう」

「……はい?」

「実際に指揮をとれとまでは言わん。だが、敵に回られるのは困る。ドズル閣下の式までに、有力なパイロットを取り込んでおいてくれ」

 

 




 
スランプ気味。
エタりたいわけじゃないんだけど、こういう時に限って違うネタが浮かんでくる。

エマと漆黒のシャルノスのクロスとか俺何が書きたいんだろう。



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第六十三話

お ま た せ し ま し た

研修やら何やらで立て込んでて投稿できませんでした。
感想返しも滞ってしまって申し訳ない。



 サイド3某コロニーの軍事演習場に、その光景はあった。

 遠巻きに様子をモニターしていた誰もが、うっすらと額に汗をかいている。それほどに、それらの機動は常軌を逸しているように見えたからだ。

 

 元々は、地上侵攻における市街戦を想定して組まれた築かれた仮初めの街。コンクリートと鉄骨で、“ガワ”だけを構築したビルの模型の群の中を、五機のモビルスーツが疾駆し、組合い、互いを牽制しながら鎬を散らしている。

 ザクが三機と、ドムが二機。どれもノーマルの濃緑色ではなく、ザクは赤、白、群青の三色。ドムは青と、茶と白の混じり。

 色取り取りの五機が、バーニアを吹かしながら上に下にと飛びまわる。

 

 動きをモニターする為にお観測所では二十からのディスプレイが起動されていたが、MS戦闘の常識を無視するかのような長時間の戦闘機動を続ける彼らを前にして、映像の送信元であるカメラの操作をするオペレーターが動きを追えなくなってきていた。

 

「すげぇ……」

 

 観測所の指揮を任されていた中尉が、我知らず喉を鳴らす。

 そも、始まりからおかしかったのだ。地上侵攻で人が出払い、使われることの少なくなっていた都市戦用演習区画の突然の使用申請。それも、上層部からの命令書付き。

 最初はきな臭いと感じた。特殊部隊あたりが極秘作戦の前に演習をするのだろうとあたりをつけ、極力人を絞るなどの配慮もした。

 

だが蓋を開けてみればどうか。

特殊部隊? とんでもない。思っても見なかったドリームマッチだ。

中尉はMSパイロットの名簿を与えられていないが、それでもパーソナルカラーから中に乗っている者の名前は簡単に推測できる。

“青き巨星”ランバ・ラル。“白狼”シン・マツナガ。そして“赤い彗星”シャア・アズナブル。いずれもジオンのエースだ。

 残りの二機、群青と、茶と白の混じりについては思いあたるところが無かったが、どちらも並の技量では無いように見える。

直近では、ビルの上から奇襲をかけた白いザクが勢いを殺さぬままにヒートホークを叩き込もうとした瞬間、狙われた側の青いドムがナックルシールドを横に振り抜きいなし、逆にヒートサーベルでカウンターをかけ、マシンガンを持っていたザクの左腕を機能停止に追いやっていた。

 これが、呼吸一つ分の間に起きたこと。次の間には、既にどちら共が距離を取り、ビルの影へと姿を消している。

 

 ちらり、と時計を見る。戦闘が始まってから、およそ十五分。この間、ほぼずっと相手を替えながら戦い続けている。

 

「すげぇや……」

 

 現在の状況は、赤いザクと青のドムが大きな損傷もなくほぼ完全な状態。

 白いザクは左腕が判定により機能停止。群青のザクは機体は無事だがマシンガンを失っている。

 そして、茶と白の“混じり”のドムは。

 

 ヒートサーベル、ビームカノン、グレネード各種。武装と呼べるおおよそ全てを、失っていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 時間を二日ほど戻して、サイド3の某コロニー某所にて。

 表層から少し潜った所に、とあるバーがある。

 薄暗い店内。カウンターの一席に腰掛けて、ランバ・ラルはウィスキーを煽った。

 この店は、元々ラルの行きつけであった。マスターであるクランプという男も、元々ラルの部下で、縁が深い。

 気心の知れた部下に、情の深い相手もいる店。常ならば、上手い酒をほどよく引っ掛けて……といくところだが、この日ばかりはそうもいかない。

 原因は、肩を並べる男達のせい。

 

 一人は赤い軍服を着た男。シャア・アズナブル。普段身に付けている鉄メットこそ外しているが、その白い仮面は着用したまま。

不敵な笑みを浮かべてラルの手の中にあるものと同じ銘柄のウィスキーにちびりちびりと口を付けている。

 

一人は白い軍服を着た男。シン・マツナガ。ラルも面識のある相手で、名家の生まれもあって見栄えがするためパレードなどでもよく見かける有力株だ。最近は髭を伸ばし始めたこともあって、貫禄が出てきている。こちらは口を付ける回数こそ少ないが、一度に全部飲み干してしまうので、回転が速い。

 

 一人はむっつりと腕を組んで瞑目している男。アナベル・ガトー。髪をオールバックできっちりまとめて後ろで縛り、眉間には何が不満なのか深い皺が寄り、出された酒のグラスに触れることもなく、ただただ口を開くことなく沈黙している。

 

 そして最後に、フユヒコ・ヒダカ。地上に降りて何かしらの工作をしていたらしい、とラルは伝手で聞いていた。

 これだけの面子を集めたのも、この男だ。以前に見かけたときよりも随分こざっぱりとした格好になったが、一人薄い水割りを頼んでいる。

 

 バーの中に居る客は、この五人だけ。完全な貸し切りで、従業員も今日に限ってはクランプ一人。

 

「それで」

 

 誰も喋ることなく、店の主であるはずのクランプでさえ居心地の悪そうな顔をするなかで、これでは何も始まらない。

 故に、ラル自身が口火を切った。

 

「何の為に儂らを集めた。暇ではないのだろう。ただでさえ、きな臭いこの時に」

 

 この言葉に反応し、横並びにカウンターに座っていた男達の意識が、左端のフユヒコ一人へと集中する。

 話を振られた冬彦は、水割りで舌を湿らせてから口を開く。

 

「まあ、各各きな臭いというのはわかっているようなのでそのあたりの説明は省くが……端的に言うと、ドズル閣下は無理を押してでも大きな方針転換を図る御積もりのようだ。ともすると、一戦やることになるやもしれん。その腹づもりをしておいて欲しい」

「ほう。大きな方針転換か」

「講和。それに向けて……だそうだ」

 

 また、沈黙。

 冬彦の言葉をそれぞれが吟味する中、一番始めに発言したのはガトーだった。

 

「気に入らん」

 

 切って捨てる言葉に澱みは無い。

 姿勢はそのまま、流し目で左隣にいる冬彦を睨みつける。

 階級差もあるのだが、そんなことは関係ないと言わんばかりだ。

 

「気に入らんな。それはドズル閣下の職分を逸脱している。如何にザビ家の一員と言えど、その職は一軍の長。国家の方針はあくまで総帥府、ひいてはギレン総帥かデギン公王が最終的に決定するはずの物。それを己が意見を押し通そうと武力を用いるならば、それは――」

「クーデター、と言うのだろうな。それは」

 

 ガトーの言葉を継いだのは、シャア。この場において唯一笑みを崩さぬ男は、あっけらかんとそう言った。

 

「なるほど。確かに講和……停戦でも良いが、それが成ったなら素晴らしいことだ。だが、クーデターとなると穏やかでは無い。私は、総帥府にでも駆け込まねばならないのかな」

 

 そう嘯くと同時に、シャアは笑みを深くする。それを見ていたクランプが、一歩後ずさった。シャアからではない。シャアを含めた、カウンター席の全員からだ。

 ことジオンは実質上の独裁体制にあるだけあって、国内の不穏分子に対する締め付けは入念に行われている。さわりだけとは言え、今の話の内容が漏れれば即座に総帥府は即座に身柄の確保に動くだろう。

 

「物騒なことを言うのは、止めて貰おうか」

「無理を押し通そうと言うのだろう。綺麗事はやめて貰おうか」

「そうは言うが。俺はどこの誰と一戦交えるかは言っていないぞ。どうしてすぐに総帥府などと出てくるのか。連邦の強硬派あたりを想定していたのだが? それとも少佐は他に思う所がお有りなのかな」

「ほう」

「まあ、実際の所仮想敵は親衛隊辺りを想定しているわけだが」

「……!」

 

 この一言に、また一層室内の重圧が増す。

 今集まった面々は軍の所属こそ同じものの、それは相当に幅広い視野で見た時の話である。実際には寄る派閥も大きく異なるし、思想信条もバラバラだ。

 ラル家の先代当主ジンバ・ラルはダイクン派であり、ザビ家から排斥を受けた。ランバ・ラルも同様だが、ザビ家の中でもドズルに関して言えば比較的近い所にいる。

 シン・マツナガもドズルに近い。これは上流階級の内での繋がりがあったためであるが、個人的な友人と言うこともありラルよりもその距離感はずっと密な物だ。

 

打って変わって、シャアに関してはややこしい。

 エースと言えば外せないのがこの男だが、その実はジオン・ズム・ダイクンの息子キャスバルその人。宇宙攻撃軍に所属し、ドズルから一時は艦隊旗艦として使われていたファルメルを与えられるなど覚えが目出度い一方で、本人に忠誠心があるかと言えばそんなこともない。

何せその目的がザビ家の打倒。今それをするつもりはないだろうが、後の歴史を鑑みればダイクン派を纏めてクーデターを起こすことも容易だろう。

 この話にも、目がないと思えばすぐに冬彦を売りにかかるだろう。自分は関係ないという顔をして、自分は国家に忠実な軍人であるからと。そしてそれが間違いではないところが実に手強い。

 ガトーは良くも悪くも理想と職務に殉じる気質であるから、憤りながらも自分から情報を売るようなことはしない。ドズルを知るシンは沈黙するだろうし、味方になること充分有る。ラルは軽々しくは動かない。機を見るはず。故に、問題は動きの読みづらいシャアである。

 冬彦の仕事は、他の三人はともかくシャアに“目がない”と思わせないことになる。

 

「それで。結局の所貴様は何の為に儂らを集めた。情報を垂れ流しにしたいわけではないのだろう」

 

 話が進まないと思ったのか、ラルがそう言った。

 腹の据わり具合は、ジオン建国前後の混乱時に最前線にいた人間だけ会ったこの中の誰よりも一等だろう。

 

「万が一のその時に、敵に付かなければそれで結構」

「それだけか?」

 

 間に人を三人挟み、視線が交錯する。

 

「……わかった。好きにさせて貰う。が、敵にはならん。これでいいな」

「ええ。あ、一つだけ別件でお願いが――」

 

 

 

 ――暗がりの店内での密談を経て、時間は進む。

 

 

 

 





レア博士がたゆんたゆんだったのが悪い。



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第六十四話


 最近、昔は時々見かけた気合の入った不遇キャラの救済ものや、こう、前書きやプロローグだけでも「あれの二次をやるのか!」って具合にカッと笑わせてくれるものをあまり見なくなったような気がします。
 たまに見かけても、昔から活動されている、見覚えのある方だったり。新しい方ってのは中々ないです。寂しい限りです。

 にじファン閉鎖からもうすぐ三年。

 悪い方に偏った玉石混交の時代でしたが、スコッパーとしては、まあ楽しい時代でしたねぇ(懐古)



 

「演習ぅ? 何でこのぴりぴりした時期にまたそんな……」

 

 ウルラⅡに帰還し、次の予定を伝えた冬彦に、彼がいない間気を揉んでいたアヤメは責めるような口調でそう言った。

 

「しょうがないだろう。他に何も思いつかなかったんだから」

「だからって、ね。……うわ凄い。何この面子」

「副官級以下部隊員はどこも出さない。“がちんこ”だ」

「ふーん……これでうまく行けば良いけど」

「いかないなら、いかないなりにも得る物はあるさ」

 

 許可申請の為に用意した、関連する人員の名前がずらりと載った書類を受け取り、冬彦は頭を掻く。

 目論む所は、演習を通してとりあえず『顔は知っている』程度の仲になっておくこと。ジオン軍人は良くも悪くも軍人と言うより武人然としたところがあり、武闘派として知られるドズル麾下においては他所よりもその傾向が顕著だ。

 軍人と武人。良く似ているようで微妙に違う。

 命令を第一とするか、命令の中でも己の信条を全うするか。

 今回の面子で言うなら、シャアなどは普段から飄々としたものだが、あれで任務は確実にこなすし、深入りを嫌う用心深さもあって軍人寄り。

 ラルなどは自由裁量の及ぶ範囲における行動を見る限りは武人寄り。

 ガトーも、終戦以後も戦い続けた辺りを見るに武人よりとしてしまって良いだろう。

 武人よりの者の中には、情に厚い者が多い。

 この面々がどうかはわからないが、少なくとも、見ず知らずよりはいざという時に何かしらの動きが期待できるはず。

 それ故の、MSパイロット同士による本当の意味での面通しの為の演習だ。

 

「ところでさ」

「うん?」

「冬彦、勝てるの? この面子。凄いよ、ランバ・ラルが表に出るなんて何時ぶりだ?」

「無理。勝てん」

「……あっけらかんと、よくもまあ」

 

 アヤメの言うとおり、悔しげな表情一つ見せず冬彦は言う。

 例えば、話の口に出ていたのが士官学校の同期であるとか、同時期に着任した同僚であるとかならば、冬彦も敢えて口にはせずとも、心の内では勝つ気でいられたのだ。

 しかし相手が悪い。勝てる気がしない相手というのは、どうしてもいる。

 筆頭はシャアだ。シャア・アズナブル。階級は少佐。言わずと知れたニュータイプ。

 一部界隈で散々アムロを倒せなかったとなじられているが、裏を返せばアムロをして撃破出来なかったパイロットがどれだけいるか。

 撃破出来るとは思えない。相打ちの絵すら思い浮かべるのは難しい。そういう手合いばかりが揃ってしまった。

 

あるいは、冬彦自身が揃えてしまった。

 

「誰も彼も勘が良い奴らばっかりだ。いったい誰を狙えば良い? マツナガ家の坊ちゃんか、若手のホープと名高いアナベル・ガトーか? どっちも正面からだと手強そうだ。

アンブッシュは好きだが、そういうのはランバ・ラル大尉のが幾らも上手だし、シャアは何をするかわからん。ついでに、コロニー内の演習場なのに新しい機体は狙撃型。慣らし運転にもなるかわからないな」

「出たとこ勝負じゃ無理そう?」

「厳しい。意表を突ければ何とかなるかもしれないが、むしろ向こうが専門家」

「意表を突ければ、どうにかなるの?」

「少なくともワンチャンスできる。ものにできるかどうかは別だけど」

「……冬彦。“とっとき”の手があるよ」

 

 気怠い、と言うかいっそ無気力に見える冬彦に、アヤメはにたりと笑って耳打ちする。

 二三言呟くと、冬彦の目がかっと見開かれ、

 

「正気?」

 

 割と真顔で、そう言った。

 

「そりゃ、褒められた作戦じゃないってのはわかってる。で、やるの? やらないの?」

「……やってみようか。荷が重いような気もするけど」

 

 そう言うと、アヤメはかっと笑い、内線電話へと手を伸ばすのだった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 アナベル・ガトーは軍人である。

 ルウム会戦など主立った連邦との大規模戦闘を一通り経験し、MSパイロットとして一角であるという自負もある。

 そのガトーをして、気に入らぬ相手が居る。

 フユヒコ・ヒダカという男。

 ドズルに気に入られながら、その活躍を今ひとつ聞かぬ男。

 それでいて、中佐という高位にいる男。

 風の噂で地上に降りたと聞いてはいたがいつの間にやら宇宙に帰還し、素知らぬ顔でまたぞろ日陰で動き回っている。

 

 そんな男が、突然直接会ったこともないガトーを呼び出した。

指定された場所に行ってみれば、そこにるのは名の知れたMSパイロットばかり。

何事かと話を聞いてみれば、酷く陰謀の臭いのする話。否、むしろ陰謀そのもので。

軍人にとって、命令は絶対だ。

事の善悪。事の好悪。その判断すらも命令を下す者が判断する。

しかれば、今回の事はどうだ。

ドズルは間違い無く一軍の長。その有様は、ガトーの信奉するところ。

しかし、彼が弓を引こうとするギレンは、今の戦時下にあっては国家の長である。

 

ガトーは悩む。

一度認めた以上、それを覆す気は無い。

しかし、かといってそれが正しいものなのか。

 

これがランバ・ラルやシン・マツナガであれば、状況を見てその場においての最善であろう行動を取るだろう。

シャアであるならば、名分の立つ範囲で、自分にとって都合の良いように動くだろう。

 

ガトーは、軍人である。

判断すべき基準は、平文による命令の中にしかない。

命令であって命令でない、陰謀の中の何処に事の正しきが存在するのか。

 

答えを得ぬまま、苛立ちと焦燥は茶と白のドムへと。

その中にいるであろう男へと向かう。

アナベル・ガトーは軍人であり、前であれ、後ろであれ、進むことしかできないのだ。

「まずは小手調べといこうか」

 

 演習は五機ともが別の場所から開始される。

 示し合わせていた時刻に合わせて活動を始めたガトーが最初に発見したのは、茶と白の機体色を持つ、フユヒコ機であった。

 直前に垣間見たランバ・ラルの機体よりもずんぐりとして、一回り大きい様にも見える機体。それでいて頭頂高はほとんどおなじだというのだから不思議に思う。

 馬鹿みたいに大きな砲を提げ、ジェネレータまで担いだ姿はいかにも鈍重そうだ。

 モノアイが捉えるドムに照準を合わせ、トリガーを引く。

 マシンガンから発射された弾が光を引いて飛翔するが、ドムはビルを模した立方体の陰に姿を隠し見えなくなる。

 目標を失った訓練用の弾丸は進路上にあった物を破壊し煙を上げるが、ドムには当たらなかった。

 

「躱すか。だが、やはり思ったほどの反応速度ではない。新型と言うには鈍重にすぎる」

 

 移動しながら、そう独りごちた。

 マシンガンの弾を躱したドムの動きは、予想した物と同じか、それより少し遅い程度。

 装備からしても宇宙戦をメインに想定した機体だとあたりはつけていたが、このコロニー内では人工重力が存在する。地に縛られては、思った通りの動きはできない。

 

「早速だが、決めさせて貰おうか」

 

 相手が鈍足で、得物も取り回しの悪い長物と来れば、ここで仕留めておくにこしたことはない。

 バーニアを吹かし、百二十ミリの銃口を正面に向けたまま障害物を回り込む。

 

 ガトーの推測では、角を抜けたタイミングでドムの持つ長物の砲身の先が見えるはずだった。

 そこからマシンガンを撃てば、丁度出がけのドムのコクピットに弾丸が吸い込まれる様に命中する。

 ――そのはずだった。

 

 だが、角を抜けたときにモニターに映ったのは、迫り来る大きな影だった。

 

「ぬおおっ!?」

 

 衝撃。ただでさえ重MSであるドム。その装甲を増したカスタム機に正面からタックルを叩き込まれては、その衝撃はいかほどか。

 ガトーも、機動を横に抜ける物から背後への跳躍へと変更しタックルの威力を殺そうとする。

 しかし充分に加速しきったドムの威力を殺しきることなどできるはずもなく、機体同士の間に挟まれたガトーのザクのマシンガンが破損し、破片が飛び散った。

地面に跡を引きながら着地し、マシンガンの代わりの武装にヒートホークを選択する。

 

「どうやって!」

 

 間合いがどうのという話ではない。

 距離にして百メートル近く計算を外したことになる。

 その答えを、ガトーは見た。

 

「――得物を捨てたか!」

 

 両手で提げていた砲と、バックパックのジェネレーターが無い。

 

「だが、武装も無しに何が出来る!」

 

 ドムは無手、一方でガトーはマシンガンを失ったが、まだヒートホークがある。

 今回の演習では、弾薬などを補給できるデポジットも用意されていない。

 ドムがパージした武装を再度装備するには、砲はともかくジェネレータは設備が必要になるはずだ。

 

「取った!」

 

 必殺を期し、振り下ろしたヒートホーク。

 演習用に出力を落として居た刃は、胸部装甲の先を掠めるに留まった。

 外した原因は、ドムがその場で行った旋回機動。

 ホバー機だからこそできる動きだ。

 そして、更にスピーカーから聞こえて来た声が、ガトーを硬直させる

 

《はああああああ!》

 

 覇気を纏った、気勢のある声。

 だが、それは決して冬彦の物では無い。

 甲高く伸びのあるそれは……

 

「女だと!?」

 

 一瞬呆け、またすぐに我に返ったガトーがヒートホークを戻そうとした瞬間。

 ドムの拳が、ザクの頭部に叩き込まれた。

 

 

 

「くっくっく……」

 

 数秒間だけ入れていた無線のスイッチを切り、冬彦は後部座席で不敵に微笑む。

 アヤメの策にのり、あえてハマーンに操縦を任せたままにする。

 ハマーンの操縦技術がエースにどれだけ通用するかが問題だったが、不意をつけたことでガトーのザクにダメージを与えた。

 

 ここまでは、予定通り。

 

「これから、どうすればよいのですか」

 

 いつものような無線ではなく、肉声でもってそう問われた。

 問うたのは、前の席に座るハマーンだ。

 バイザーが上がっているために、無線ではなかったのだ。

 

「どうすればいいと思う?」

 

 問題は山積みだ。先ほど補足したシン・マツナガはランバ・ラルの方へと移動したのを確認しているが、シャアはまだ姿を見せていない。

ガトーもすぐにでも立て直してくるだろう。

 おそらくは、ハマーンが冬彦に操縦を明け渡すのが正解だ。

 

 だが、ハマーンは答えない。

 

「お嬢さん。どうしたい?」

 

「私は――」

 

 

 

 





にじふぁんから継続して今も活動してる方ってどれくらいいるんでしょうね。


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第六十五話

と、投稿だー(小声)
え、えたりはせんぞー?(小声)


 

 

 

「――私は。私はまだ、戦います」

 

 どうして、と彼は問う。

 問われて、振り返る。操縦桿から手を離し、両手を膝の上で組んでいる。

 その様は、まるで教師のようだ。

 

「はっきりいって、残りの連中はお嬢さんが相手にするには荷が勝ちすぎるぞ。俺のやったことだが、武器がないからだいぶ分も悪い」

 

 奇襲だからこそ、ドムでザクを殴り倒すという格闘戦ができた。

 けれど、次はもう同じ手は通用しない。

 懐に入り込んでも、決め手と成る“武器”が無い。

 それに、近づくにしても、そうやすやすとはいかないであろうことは、残りの面子を見れば明白である。

 

 某老パイロットの如く、武器が無くとも拳とショルダーで格闘戦を挑む訳にもいかないのだし。

 

「それでも、やるか」

「彼らは、皆エースと呼ばれる者達なのでしょう?」

「その通りだ。俺なんぞとは違う、優秀なパイロットだ」

「なればこそ、戦うのです。名の知れた者達と刃を交えたなら、それはきっと、得難い経験になるはずです。貴重な機会を、逃したくありません」

 

 ――ハマーンの視線を真っ向から受けて、冬彦はついと目を反らしたくなった。

 

 瞳の奥で揺れる、緋色の炎。

 或いはそれは、本物のニュータイプだけが持つ答えのない“何か”の片鱗か。

 

 数ヶ月前の月軌道で初めて会った少女は、年相応に恐怖に怯えていたというのに。

 

 埒もない。少女の目を見返して、冬彦は笑う。

 強がりである。けれど同時に余裕の現れだ。

 

 何の為に戦うか。誰の為に戦うか。

 少女の答えはどちらでもない。

 よって、少女の答えは答えにはなり得ない。

 

「それで経験を得て、どうする?」

「それは……もちろん、戦います」

「戦うか。そうだな、そのための専用機だ。遠からず、お嬢さんもこの機体で戦場に出るだろうな。けど、それは何の為だか、わかっているのか?」

 

 光が翳り、揺らぐ。

 映るのは、きっと迷いだ。

 

「MSの操縦だけなら、俺一人で事足りる。元々操縦と火器管制を一人でこなせるMSを複座にする旨みはさして無いにもかかわらず、こいつは複座だ。

そもそもお嬢さんに回すべき仕事は無く、ただ座っているだけでも大きな問題は無い。

それをコクピットを拡張して装甲を増してまで、席を増やしてお嬢さんを乗せたのは何でだと思う。何を期待してのことだか、わかるか?」

 

 本当は、きっと言うべきでは無い言葉。

 けれど、敢えて口にする。

 

 言葉にしなくても伝わる物もあるとは言うが、言葉にしてもなおすれ違うことのどれほど多いことか。

 だからこそ、冬彦は彼らエースと対峙するよりもなお強い恐怖を抱きながら、それを言葉に紡ぐのだ。

 

「ニュータイプ。それを期待されている。それでもMSに乗り続けるか?」

 

 ハマーンの顔が歪み、その目には明らかな怯えが浮かぶ。

 思い出しているのだろう。

 月のグラナダの無機質な研究室。人としてではなく、まるで物として扱われた二年間を。

 

「……それじゃあここらで交代だ」

 

 手元のスイッチを切り替え、操縦系を掌握する。

 ハマーンの目が少し見開かれるが、ここからは冬彦自身の挑戦だ。

 

「戦場に出てまで欲しい物が何なのか。わからないなら考えておくように」

 

 

 

 

 

 

「おのれ……謀ったか!」 

 

 ガトーが一瞬の意識の空白から立ち直った時、胸の内から沸き上がったのは怒りだった。

 互いに余人を交えず、実力を知るための演習であったはずが、通信越しに聞こえたのは少女の声。

 モニターに映る、こちらを見下ろす白と茶のドムに乗っているのは、ヒダカでは無かったのか。

だとするなら、声の主は、いったい誰なのか。

実際に剣を交えてこそ見えてくる物もあるであろうと演習に応じたというのに、手ひどい裏切り。これではまるで道化でないか。

 

《人聞きの悪いことを言わないでくれ。私は確かにここにいる》

 

 心中の問に答えるように、通信が入る。

 どこかで聞いた男の声は、紛れもなく冬彦の物だ。

 

「貴様……ヒダカ! これはいったいどういう事だ」

《どうとは?》

「とぼけるな! 先ほど聞こえた声は女の物だ。貴様が操縦するのではなかったのか!」

《だから、ちゃんと俺はここにいるよ。確かに操縦しているのは俺ではないけどね。この機体は複座仕様。操縦はもう一人がしてくれていたよ。

ドズル閣下の秘蔵っ子でね。他所に見せるのは初めてだ》

「詭弁を並べるな! 外道めが!」

 

ドズル麾下においては、武断の風潮が強い。

 気っぷの良い者がいれば、そうでない者も居る。

 しかしそのどちらであろうとも、奸計を用いるような者をガトーは知らない。

 

 カメラを動かして見れば、ドムがヒートホークを拾っているところ。ガトー機が装備していたものだ。

 つまり、武装を捨てた後、相手の武器を回収することを最初から計算にいれていたのだ。

 くみしやすい。そう思われたというのなら。

 

「何たる屈辱……!」

 

《それよりも、いつまでも倒れたままで良いのか?》

 

 ドムのモノアイが一際強く発光し、はっとする。

 ガトーのザクは、仰向けに押し倒されている。

 射撃武器は無く、悪いことに頭の側にビルの模型があり、スラスターによる緊急回避もできない。

今更歯がみしたところで、手遅れだ。

 

「貴様……!」

 

 重装甲MSであるドムの足がザクのコクピットに振り下ろされ、衝撃がガトーを襲う。

 衝撃は一瞬だったが、コクピット内の照明が落ち、メインモニターに大破判定を示す文字列が流れる。

 

 それを見て、ガトーはコクピットに拳を叩きつけた。

 これが実戦であったとして、この一回でコクピットが踏み抜かれたとは考えづらい。

 しかしこれは模擬戦であり、システムはその衝撃から大破判定を出したのだ。

 

「これが貴様のやり方か!」

 

 後のソロモンの悪夢アナベル・ガトーが、冬彦を明確な敵と見なした瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「さて、これで武器は手に入った」

 

 ガトー機が行動不能になったことを示すログを確認し、冬彦はやっと一息ついた。

 ヒートホークを手に入れたことで、とりあえずは戦える道筋はついた。

 後ろの座席にいるままであるため、少々モニターが見づらいが戦闘ができないほどではない。

 むしろ問題は、見えなくなってしまった少女の方。

 

 どうもハマーンはコクピットシートの上で膝を抱えこんでいるらしく、声をかけても返事もない。

 悩んでいるのか、怯えているのか。

 いずれにしろ過去に囚われているらしい。

 

 どうしたものかと悩んでも、原因は冬彦であるから自己解決は難しそうであるし、演習中であるから誰かに投げることも難しい。

 

「おっと?」

 

 悩んでいるウチに、アラームが鳴る。

 振動センサーと熱源反応によるそれが示すのは、ひどく見慣れたシルエット。

 先ほどコクピットを踏みならしたのと同じ、ザク。

 

 けれどその色は赤。

 ピンクのような薄赤と彩度の低い褐色の赤の二色で塗装されたザク。

 

《なるほど、直感には従ってみるものだな》

 

 わざわざ通信を入れてから、姿を晒して位置を知らせる酔狂さは、絶対の自信から来るものだろう。

 

《一度直接まみえる必要があると思っていたところだ。ここは一つお相手願おう》

 

「……シャアが、来ちゃったか」

 

 赤い彗星、シャア・アズナブル。

 彼の駆るザクがその砲口を向けた瞬間、冬彦はフットペダルを蹴り飛ばした。

 

 

 

 




負のスパイラルに陥ってる気がする。
どうすればいい?
景気づけに短編か!?
それとも無謀にも新連載か!?

わかった!
ダンまちにイセリア・クイーンを突っ込もう!(錯乱)


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第六十六話

こそっと投稿、しときますね。


 

 

 

 ――モニターに映る光が乱反射して、高解像度であるの筈のそれがモザイク画のように崩れていく。機械工学の結晶としてある種完成されたシルエットを持つザクの姿が、まるで不細工な泥人形のようだ。

 

 震える手を顔にやって、ヘルメットのバイザーに阻まれた。

 指に伝わる硬い感触。見ればこれもぼやけて、震えている。

 縁にそわせて米神の方へと動かし、開閉の為のスイッチを探る。

 バイザーを上げて、今度こそ触ってみれば、手には黒い跡が残った。

濡れている。涙だ。

 

 滲む視界が涙のせいだとわかって、呆然とした。

 

いつの間にか、広く見えていたはずの視界に抱きしめた膝だけが映っている。

 自由なはずの手足を自分で縛って、動けないでいる。

 

 怖い。

 自分の足で踏み出したはずなのに。

 自分の手で道を斬り開いたはずなのに。

 MSという鋼の箱の中で、うずくまることしかできないのか。私は。

 望んで来たはずの場所で。

 

――私は。

 

静かに世界が閉じていく。

 

 頭を膝におしつけて。

 

 固く、目を瞑って。

 

 全部、外へ押し出して。

 

 ひとり、からに閉じこもる。

 何も聞こえない。何も見えない。

 聞きたくないし、見たくない。

 だから、暗い世界へ。

 ひとりの世界へ。

 

 それでも見えてくるものはある。

 

嫌な物。

 

 硝子細工の万華鏡のように、端々で現れては消えて行く、私。

 

 過去の、私。

 月にいた頃の私だ。

 思い出したくもない。

 けれど記憶は。思い出は消えてはくれない。

 

 体中に電極をつけられた私がいる。

 針を打たれて、薬剤を投与される私もいる。

 過剰な光の反射と点滅で、嘔吐する私までいる。

 

 他にもいる。

 怖い顔をした軍人達。

 表情をまるで変えない、機械よりも機械らしい白衣の科学者達。

 彼らは皆、私を見ていない。

 私の中にあるという可能性を見いだそうとしている。

 

 ニュータイプ。

人の可能性の行き着く先、あるいはその過渡にあるもの。

 私を閉じ込めた物。

 私を研究してでも誰かが知ろうとした何か。

 

 

 

 ――嫌い。

 

 

 

――嫌い、嫌い!

 

 

 

 暗い火が灯る。

 燃やすのは、忌々しい記憶達。溶け落ちて消えて行く様を見るために顔を上げれば、見えたのは光輝くモニター。

 映るのは、当然ザクだ。赤い彗星と呼ばれる彼の、パーソナルカラーに塗られたザク。

 

 溶け落ちたはずの記憶が、重なって見えて。

 

 

 

 両手は、自然と操縦桿に伸びていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 見上げた先で砲口が光り、ほんの一瞬前までいた場所へ模擬弾頭が殺到する。

 シャアが居たのは、ビルの屋上。

 およそ四十メートルほどの高さで、丁度MSが二機分くらいの高さになるだろうか。

 通信がなければ、そのまま大破撃墜判定を貰っていただろう。

 

 粉塵を巻き上げて後退するドムの軌跡をなぞるように、ピンクの塗料が演習場を染めていく。シャアの狙いは正確で、確実にドムに迫っている。

 現に、モニターに映る半透明のドムのシルエットには微細なダメージとして爪先のあたりに赤い影が見て取れた。

 

「あっ、んのロリコンめッ!」

 

毒づいた瞬間、模擬弾が頭部のすぐ側、きわどいところを掠めていく。

当たらなかったのは冬彦の腕ではなく、まぐれにすぎない。

 

《謂われのない誹謗中傷はやめていただきたい!》

 

 シャアの声が、通信機越しに響く。

そういえば、通信を切る余裕も無かったかと思い出す。

歯を剝き出しにして浮かべる笑みは、苦しい心中を誤魔化すための物。

エースパイロットと聞いて誰を思い浮かべるかと問えば、彼を知る者は皆そう答えるであろう、正真正銘のトップエース。

 

某連邦の白い悪魔を散々取り逃がしただの、生涯そのパイロットに勝てず負けっ放しだったとか一部(?)での評判はよろしくないが、

それが、シャア・アズナブル。

分が悪いというか、そもそも相手が悪い。

 

《貴方の真価、見せて貰おう!!》

 

 向こうはマシンガンを持ち、こちらはヒートホーク一本。

 高所に陣取られ、追跡され、逃げるのも精一杯。

 反転しようにも、弾幕に突っ込むのは無謀である。

 せめてシールドを装備していれば、まだ重装甲任せに突っ込むなりシールド裏に常にマウントしているグレネードやらで仕切り直すなりできたのだが、そこは重力下における重量制限の兼ね合いであるから今文句を言っても仕方がない。

 

「たいしたことはないぞ! 赤い彗星!」

 

 モニターから少しばかり視線を下に。

 シートの向こうでは、今も少女が膝を抱えているはずだ。

 

 くどいようだが冬彦はニュータイプではない。

そのことは他の誰よりも冬彦自身がわかっている。

 

MSに乗っていて、何となく感覚で砲弾の通るところがわかったりしたことなどない。

 センサーの有効範囲のずっと外から来る敵を察することができるわけでもない。

 

 少女であれば、それができたかもしれない。

 しかし、今のハマーンにそれを求めることが出来ない。

 選ばなかったのは彼女自身。選択を強いたのは冬彦だ。

 

「……隙が無いな」

 

 冬彦にも考えはある。

 いつも通り作戦と言うには大概な無茶なものだが、じり貧のまま逃げ続けるよりかは目はある。

 だが、それを実行に移すだけの隙がない。

 弾切れを待って弾倉交換のタイミングを狙っても良いがシャアをしてそれが隙になるかどうか。

 

 ――考えろ。何でもいい。

 

 そう言い聞かせて、記憶をたぐる。

 シャアの弱点と言えば、何がある?

 

 強者の驕りか? 敵を見逃す酔狂さか?

 それだけでは駄目だ。足りない。

 付けいる隙にはなり得るが、まだ足りない。

 

 既に、シャアはこちらを敵と見定めている。

 戦域を定められた模擬演習場では逃げるにも限度がある。

 

 シャアと言えば――

 

「あ」

 

 脳裏に閃いたものは、シャアのシャアたる何かを決定づけたとあること。

 “いける”かどうかの検討と、やっていいのかという逡巡は一瞬のこと。

 通信が生きていることを確認して、声を発する。

 

「時に少佐」

《何かな》

「ここ何ヶ月かで、地上に降下することはなかったか」

《……それが何か?》

「風の噂だが、現地の美人を連れかえったとか。いや、年端のいかない少女だったかな?」

 

 見当違いな方向に、模擬弾が流れていった。

 それを見て、冬彦は逃げを打ちつつも笑う。

 先ほどまでの物とはちがう、こう、ニターっという感じのいやな笑みだ。

 人相の余り良くない冬彦をして、余り人に見せない表情だ。

 

 ついさっき、ガトー相手に通信していた時にも、そんな顔をしていたような気がしないでもないが。

 

「ほうほう。ほうほうほう?」

《っ! 下衆な勘繰りは止めてもらおう!》

「まだ何かしたかまでは聞いていないが?」

《何もしてはいないさ! 魅力的であることは否定しないがね!》

 

 シャアを弾幕が苛烈になったが、ペースに乗せることができた。

 この一瞬の隙にMSの体勢を変える。

 今までが距離を取るために最も速度を出せる体勢、即ちシャアに背を向け前傾姿勢を取っていたのを反転させ、のけぞるような体勢にする。

 そのまま背部のバーニアで機体を支えながら、滑るようにしてジグザグに後退していくのだ。狙いを付けづらくするための物であり、また回避しやすくするためのものだが、ホバー機だからできる芸当だ。

 実際には、ホバー機でなくても機体によっては大推進力に任せてこれを行うパイロットもいるのだが……それはまた別の話。

 

ともかく、今冬彦が取れる選択肢は二つ。距離を詰めるか離すかだが、冬彦の頭にあるのは距離を取ること。演習だからといって、何時までも区画を占有して切った張ったをできるわけではない。

 であるなら、時間ギリギリまで粘ってシャアのアクションを待つ。それが冬彦の判断だ。

 マシンガンの弾倉はザクであれば多くても装備している予備は二つ。

 今までのペースで言えばそう遠く無い内に温存に切り替えてくるはず。

 背を向けたままでは辛いところだったが、そこは正面を向けられたことが大きい。

 機動力は若干落ちるが、装甲は正面の方が当然厚いのだ。

 

《ちぃっ!》

「はっは、もうしばらく付き合ってもらうぞっ……!?」

 

 一度機体を振ってから、建物の影に逃げようとしたその時にハマーンが頭を起こして、操縦桿へと手を伸ばした。同時に、冬彦からは影になって見えない位置で何かしらの操作が行われたのが、その動きで理解出来た。

 

 そして世界は逆転する。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その時何が起きたのかは、機体に乗っていた冬彦も、相対していたシャアも、戦場にいた他のパイロット達もわからなかった。

 

 けれど、指揮所でもってデータ収集を行っていた何人かだけは、それを理解することができた。

 起きたことを言葉にするなら、重MSであるはずのリックドムⅡが後退から一転、Gをまるで感じさせない動きでもって、横にあった壁を駆け上がり、ロールしながら向かってきていたシャアのザクの頭部を蹴り潰した、というだけの話。

 

 

 

 

 






ところで、某けもみみ万歳なゲームの続編が出るそうですね。

まさか本当に発売される日が来るとは……



え?私?予約しましたが何か?


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第六十七話

つ最新話&更新再開&腰痛

お待たせしましたぁ!!


 鎮座するリックドムⅡを前に、エイミー・フラットは難しい顔をして端末を叩いていた。

 小型の液晶モニタに並ぶ情報群は、今も機体に取り付く彼女の同僚によってリアルタイムで更新されていっている。

 並ぶ数値は、軒並みグリーン。消耗はもちろんあるが、取り替えが必要な部品は殆ど見あたらない。

 

「…どういうことなの?」

 

モニタの明かりを反射するレンズの向こうで、エイミーの目が訝しげに歪む。

与えられた情報が、彼女の予想と大きく異なったものだからだ。

 

数値に間違いは無い。

同僚達の技術は確かであるし、使用している機材も相応の物。加えて言うならここは前線である地球でなく本国サイド3であり、機材が足りないと言えばすぐに取り寄せることもできる。

 

で、あるならば。

 

 最新鋭の機材と、およそ一流であろう彼女の同僚達の仕事の成果は、正しい数値であるはずだ。

 

 しかし、どういうわけか導き出されたその数値は、彼女らの経験からすればどう考えてもおかしい物だ。

 

 曰く、機動と各部位の消耗が会わない。消耗した分から逆算するに、かかった負荷が軽すぎる。

 

 そこに当てるべき正しい機材を、そうするべく正しい所定でもって操作して、そうして導き出された数字だけが、経験から導き出される、そうあるべき予想と異なっている。

 

 最新鋭の機体であるからザクとは勝手が違うとか、そういう話ではないのだ。

 機体の重量、強度、構成などから、およそ負荷というものは察しがつくし、そもそもアンバックを最大限利用するMSと言う兵器の特性上、機体強度の計算というのは絶対にミスなどあってはならないものだ。

 例えある部位に想定以上の強度があったとしても、そのせいで他所に負荷がかかってはまるで意味がないのだから。

 

 何か致命的な物を見逃しているのか、それともそうあるべき前提が間違っているのか。

 おそらくはそのどちらかなのだろうが、どちらであるにしろ、必要とされるのはその数値が正しい事の証明であり、そのためには、情報が必要だ。

 

「曹長、スキャン更新しまーす」

「はーい、お願いしまーす」

 

リックドムⅡの足首部分の関節周りに取り付いていた整備部員から声がかかり、同時に、端末にはNow Lordingの文字が浮かぶ。

ほんの数秒だけ待って、反映された情報はやはり思っていたのと違う物。

 

「どうしてこんなに消耗が少ないのかしら?」

 

 米神の辺りをペンの頭をかいてみても、答えは出ない。

 

 予想と合わない数値というのは、技術の領分にいる人間にとってはどうしても無視できないのだ。

 

「中佐の機動はアレとしても、最後だけはそこらじゅう壊れていてもおかしくない。それなのに各部位の消耗が軽すぎる。関節部の摩耗係数は、そう計算しても…」

「曹長―、やっぱりスキャンデータはこれ以上やっても変動なさそうでーす」

「はいはーい」

 

 さて、さてと端末の縁を指で叩いて、思案する。

 答えを導き出すために必要になるのは新たな情報。

 そのために必要なのは、新しいアプローチ。

 

「…“バラす”しか、ないかしら?」

 

 他の誰かに聞かれないように口の中で噛みつぶした言葉は、他に手がない状況でなくても、彼ら彼女ら、そしてエイミーにも馴染みのあるやり方だ。

 そう、一旦全部ばらして、通常のスキャンではわからないところまで徹底的に調査のメスを入れるのだ。

 MS開発の黎明期から今に至るまで、事故が起きる度、あるいは何かしらの試験が行われた後には当たり前に行われてきたこと。

 ジオニックやツィマッド、ジオン公国軍造兵廠など、官民問わず当たり前に行われてきた“それ”だ。

 

「曹長、とっととバラしませんか? 埒があきません」

「んー、それが速いんだけどね…」

 

 近くにいた馴染みのメカニックが彼女に言う。

 一等兵の階級章を付けた彼は、ジオニックの下請けから出向して、そのまま軍へ移った変わり種だ。

 そんな彼の言葉は現状では最適解に近い。近い、のだが…

 

「ヘタにバラすと、機密がね…」

「ああ…そういえばそうでしたか」

 

 実は一度、この機体リックドムⅡが納入されてすぐに確認のために一度バラしている。

 しかし、その時は何カ所か機密指定のシールが施された箇所があり、いじれなかった部分があるのだ。

 仕様書では何か会った場合、該当箇所を開かずそのままパーツごと交換するように指定されており、予備パーツも多めに運び込まれてきてはいた。

 関節部というのは相当な重量を持つMSを支える箇所であるから消耗が激しくこまめな整備が必須であり、補給のしづらい地上などにおいては特にこまめに清掃整備が行われていた箇所でもある。

 今回の数値の異常箇所はまさしくそこで、シールはそのままに外側からスキャンで何かしら探れないかと試しては見た物のやはり駄目。

 これ以上は、このシールを剥がす必要があるのだ。

 

「まずいですかね、やはり」

「造兵廠の管轄なら伝手があるけど、これは駄目ね。技術廠の相当機密レベルの高いやつだから、どうしても開けるなら実戦の後で損失扱いにして完全に抹消してからじゃないと危険すぎる」

「しかし、この数値はどう考えても異常です。何かしらの技術革新でも無い限りはこんな数値は有りえません」

「わかってる。それは私もわかってるの。けど、やっぱり…」

「そうですか…」

 

 難しい顔をして、スキャンを駆け続ける整備員達を見る。

 彼らはこの、答えがすぐそこにあるのに見ることが許されない状況下でも、自分の職務に忠実に勤めている。

 彼らの多くは彼女と同じ技術屋だ。

 中には、その技術を見込んで民間から徴用された者もいる。

 思う所も、あるだろうに。

 

「……わかりました」

 

 たん、と端末を叩き、画面を切る。

 明かりが消え、黒くなった端末を小脇に抱えて彼女は言った。

 

「機付き長として中佐に伺いは立ててみます。多分、中佐も上に掛け合うだけ掛け合ってはくれるはず」

「すいません、よろしくお願いします」

 

 そういって、彼は頭を下げた。

 民間に居たときの癖なのだろうが、敬礼に慣れたエイミーには少しおかしくも見えて、ふっと口元が緩んだ。 

 

「ええ、それでは一旦戻ります。皆さんは現状のスキャンデータを纏めた後、規定に従って整備を行って下さい!」

「はい!」

 

 そこらじゅうからかえってきた返答に頼もしさを覚えつつ、エイミーは冬彦に出す稟議書の内容を考え始めるのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

エイミーが機密開示申請の稟議書に手を付け始めている頃、冬彦は一足先に自室に戻っていた。

上着とシャツを脱ぎ捨てて、肩と背中に湿布を貼って布団に転がる姿から誰がこの男を宇宙攻撃軍でも名うてのMSパイロットの想像できるだろうか。

 

「うあー」

「情けないなぁ冬彦。A型ですっ転んだ時だってそんなザマにはならなかっただろうに」

「うるさい。心構えのあるなしがどれだけ重要かわかるだろう」

 

 勝手知ったる他人の部屋とはよく言った物で、起き上がれない冬彦を尻目にアヤメは急須で茶を入れて、羊羹を茶請けにくつろいでいる。

 彼女にも一応冬彦の面倒を見る為に付いてきたという大義名分があるのだが、その割に湿布を貼り付けた後ものんびりとしている。

 ちなみに、急須と茶は冬彦の持ち物だが、羊羹はアヤメが買ってきた物だ。

 戦時中であり、嗜好品の類の中でも非常に高価なシロモノだが、そこは佐官が二人もいれば話は別だ。

 

 話は戻るが、冬彦がこうして潰れているのは、先の模擬戦のせいである。

 

 リックドムⅡがシャアの駆るザクの頭を蹴り飛ばした際、どれだけのGがかかったか。

 急反転からの三角飛びもどき、そしてローリングソバット。はっきり言って、何の訓練もしていない常人であれば、死んでいてもおかしくはないGがかかったのだ。

 冬彦をして、ムチウチで済んだが、MS乗りとして軍に属してから初めての経験である。

 その割にハマーンはけろっとしていたのだから理不尽な話だ。

 

「ほら、君の分も入れたから呑みなよ」

「……ありがとう」

 

 ぐったりと倒れ伏す冬彦の目前に、ストローの刺さった湯飲みが置かれた。

 

 パイロット同士の確執やら、軍内部の軋轢やら……何も解決していない。

 

けれどまだ、問題が表に顔を覗かせる前の、少しばかりの休息だった。

 

 

 

 




深夜の120分一発書き一本勝負

次からは180分で4000字くらいをめどにしたいです
余裕があったら明日も投稿します(望み薄)

何かありましたらメッセージか感想まで
宜しくお願いします


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第六十八話


|Д゚)<…この時間なら人もおるまい…



 

 

「よう、久しいな」

「はっ、お久しぶりです」

 

 節々の痛む体を伸ばし、腕を上げ肘をきっと折り畳み、指先を米神にあてる。

 鷹揚にうなずくのは宇宙攻撃軍の首魁、他ならぬドズル・ザビその人だ。

 

 地上に降りて以来、数か月振りにドズルを前にして冬彦は報告を行っていた。

 前もって電子媒体であったり、紙の書類であったりと何かしらの手段でもって報告はその都度行ってはいたが、文面の上では伝えきれない事もあるし、何より文字に残すとまずいこともある。いかに機密に気をつかおうとも、だ。

 連邦のMSとの戦闘に関してや、戦場の空気。ドズルだからこそ気にすることもある。必要と思われるとは書いているが、時に思ってもいないことを聞かれることも、やはりあるものなのだ。

 

「随分と無茶をしているらしいじゃないか、ええ?」

「……はっ」

 

 いわんとするところは、地上においての親衛隊との鞘当てのことか。それとも、ギニアスからの要請に従って新型機が地上に欲しいと強請ったことか。はたまた一昨日の模擬戦のことか。あるいはそれら全てであるかもしれないが、迂闊なことを言うべくもなく、冬彦は曖昧に相槌をうつ。

 

「あまり上手くはことが運ばなかったようだが…ま、いい。サハリン家を取り込めたのは幸いだ。それより、コンスコンから今の粗方のことは聞いているな?」

「はい。連邦との和平を進めているとか」

「そうだ。その通りだ」

 

 ドズルは神妙にうなずいた。顔の前で指を組み、前のめりになられると、広々としたデスクが小さく見えた。

 

「連邦の動きが思ったよりも早い。MSが、たった数か月でロールアウトされるとは思わなかった」

「閣下、お言葉ですが、あれは…」

「わかっている。ザクのコピーだ。どこから漏れたか考えたくもないが……なんにせよ連邦のもとにMSがあるのは事実だ。ジオンが何年もかけて作り出した優位が、わずか数か月で覆されつつある。

ヒダカ、仮にあれが量産されればどうなるか…、貴様はどう見る」

 

 地上で相対した、連邦製のザク。およそジオンのザクⅡともほぼ劣らぬと見えぬアレは、すでに反攻作戦に出るだけの数が量産され、広域に配備されて運用する段階にある。

 まして、部分的には追い抜かれている面すらある。空挺してきた機体の持っていたビームサーベルなどは、今後の技官の働きに期待するしかない。

 

「今後、こちらも順次アップデートは行われていくのでしょうが……工業力の差から考えるに、数、質ともに、いずれ逆転されることも考慮にいれるべきでしょう」

「やはり貴様もそう見るか……詳報が上がってきたときの情報部の混乱がどのようなものだったか、想像もつかんだろうな。最重要機密がまんま抜かれたのだ。どれだけの関係者が一時的にとはいえ拘束されたことか……」

「そこまでですか?」

「多くはまだ拘束されたままだ。下手人が確保できていないせいでな」

「それは」

 

 いくら何でも、まずいのではなかろうか。口にすることは自制したが、すっと冷たいものが背に走る。

 

「今しかない。今であればまだ話をまとめられる。たとえ恒久和平でなくとも数年の停戦がなれば、地上に確保した領土でもって国力を増強できる。そうなれば今度こそ恒久和平への道が開ける…!」

 

前のめりになっていた体を背もたれに倒し、ため息をつく。

 

「とりあえず、兄貴からも短期間ではあるが一時的に戦闘を止める言質をもらった。親父も乗り気で古い伝手で話をつけてもらった。あとは乗るか反るかだ」

 

 最初は気づかなかったが、よくよく見るとドズルの目にはうっすらとクマが見て取れた。人並外れた体力を持つこの男でも、やはり相当な難事にあたって消耗しているらしかった。

 

「それはそれとして、閣下」

「うん?」

「式はいつ頃なさるので?」

「おお、それか!」

 

 一転して、喜色満面の様子に逆に話をふった冬彦が面を食らう。

 心なしかクマも薄くなったような気がする。

 式というのは、ドズルとカーン家の長女、ハマーンの姉マレーネとの結婚の件である。ずっと停滞していたのが、ハマーンの帰還によって

 

「二週間後を予定している。もっと早くにやりたかったのだが、ずいぶんと遅くなってしまった。貴様も無論招待するぞ」

「ありがとうございます」

 

 堅苦しい場であるし、情勢を鑑みるに高官どうしの腹の探り合いも相当行われるだろう。

 まあ、タダ飯が食えると思って耐えるしかないだろう。

 そんな内心を隠す冬彦に、ドズルから更なる命令が下る。

 

「そこで、一つ貴様に頼みたいことがある」

「はっ、なんなりと」

「姉であるマレーネとの式だ。ハマーンにも是非出てほしい。が、キシリアの目もある。そこを、うまいこと貴様の知恵でごまかしてくれ」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「それは中々に難題だねぇ」

 

 ドズルに報告を終えて官舎に戻った冬彦は、隊の首脳部を集めて知恵を絞っていた。炬燵から布団をとった四角い机を囲み、フローリングに敷いた畳の上にそれぞれ思い思いに座っている。

 冬彦の右隣にアヤメ、向かいにハマーン。左手側は空席だが、フランシェスカが買い出しに向かっている。

 

「難しいかね」

「カーン家の令嬢といえば、いいとこの人間なら誰だって知ってるさ。子供は成長が早いから、よほど親しくなければごまかせるかもしれないけど、キシリア閣下は顔を知ってるんだよね?」

「はい、何度か視察で顔を合わせたことがあります」

「さーて、どうしようか」

 

天板を指でたたきつつ、アヤメは斜めに座るハマーンを見る。冬彦はネタが思い浮かばないので、アヤメ頼りだ。

 

「やはり、私がお姉様の結婚式に出るのは、難しいのでしょうか」

 

 小さな背を丸めて、ハマーンがうつむきがちにつぶやいた。

 冬彦は、アヤメを見る。彼女のほうも、思案顔だ。

 

「……まあ、予算次第だけど、なんとかしてみようか」

 

 

 



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