ラブライブ!月はいつもここにいる (スプリングスノー)
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序章『始まりの季節に座す者達』
配点(予感)
広い部屋の中にカウンターやテーブル、椅子が並んでいる。テーブルに置かれたカップからは湯気が立ち込めている。喫茶店だ。
そこそこ客のいる昼過ぎの店内だが、そんなことは気にせずカウンターに項垂れている少年がいた。
カウンターを挟んで父親と思しき男性はニコニコした顔で少年の肩を掴みを揺さぶる。
「久遠!さあ早く感想を聞かせておくれ!今日のマスターの気まぐれセットの味は!」
揺さぶられた久遠という少年は面倒くさそうに顔を上げ、無表情のままに口を開く。
「形容する言葉が見つからないほどに不味い。何でマスターやれてんの?それに気まぐれとか言いつつただの実験メニューだろ……何でこんなもん客に出せるんだ」
飛び出したのは言葉のナイフの数々であった。セットの内容はいたって普通の見た目をしているBLTサンド、そしてコーヒーだ。コーヒーは深みのある美味しさで大変良かった。しかしBLTサンドを口にした途端これである。
「コーヒーに関してはいつもと変わらず美味しいよ。けど料理だけはやめとけって言ったじゃんか」
「いやいや、練習しないことには上達しないだろう?いつまでも妻に任せっぱなしじゃいけないからね」
呆れた様子でぼやく久遠に対し、一般的には正論と考えられる理由を口にする
「その発言に理解は示すが肯定はしない。ランチタイムの母さんの負担が大きいのは認める」
「なら――」
「だからと言って父さんが料理をしていい理由にはならない。一万年後に出直せ」
冗談でもなく生涯料理をするなと口にした久遠。視界の端に映ったついでに、サンドイッチが好きな常連客の存在を思い出し釘を刺しておく。
「一応言わせてもらうがサンドイッチはもう作るな。間違って梨子ちゃんの口に入ったら一大事だ」
「……まさか息子がロリコンになっていたとは驚いた」
「純粋な心配で言ってんだふざけんなよ親父。もうすぐ小学6年生という若さでこの喫茶店の常連になった上、稀に店内設置のピアノで素敵な演奏をしてくれる子だぞ。来店しなくなったら多大な損失だぞ」
ロリコン扱いに青筋を立てつつ、店の状況を絡めながら再び言葉のナイフを投擲する。
痛いところを突かれたのか、呻き声をあげカウンターに突っ伏すマスター。少し前の状況とちょうど逆転した状態だ。
ザマァと言いそうな顔をしている久遠の背後からドアベルの音が響く。音の方に向き直ると、紫色の髪を二つ結びにした、おっとりとした印象を与える顔をした少女が入ってきた。
「マスターさんは相変わらずみたいやね」
と言いながら、俗に言うエセ関西弁を話す少女は久遠の隣の席に腰をかける。
「希か、
「うん、お願い。今日はサンドイッチ作ったん?」
マスターが使い物にならない為、席を立ちココアを作る久遠。それを待つ希と呼ばれた少女は久遠の座っていた席に置かれたサンドイッチに目をやる。
「BLTサンドの皮を被った何かだったよ、やっぱ父さんに料理作らせちゃダメだな」
「くーくんがそう言うって事は相当不味かったみたいやね」
「こういう料理が存在するのはそれこそアニメとか漫画とか……そういう創作の世界だけだと思ってた。ほい、ココアお待ち」
会話を続けながらもココアを淹れた久遠は元々座っていた席に戻る。
ありがとうと礼を言い一口飲んだ希はほっと息を吐き、
「もうすぐ新しい季節やね」
と、呟いた。ああと空返事した久遠はコーヒーを飲みぼうっと天井を見上げる。
「希も俺も高校3年か、そろそろ進路とか考えないとな」
「それもそうやけど、何か始まる気がするんよ、うち」
「何かって……お得意のタロットか?」
「違うよ……なんとなく、感じたんや」
そう返した希の顔は、期待と不安を織り交ぜたような顔をしていた――
お読みいただきありがとうございました。
大学院の入試勉強のストレス発散に書き始めた作品なので不定期更新になりますがそれでも良ければまた読んでいただけると嬉しいです。
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一章『教室内の相談者達』
配点(現状確認)
片側一車線の道路の両脇に、木々が立ち並ぶ。木は桃色の花を咲かせ、ひらひらと花弁を風に舞わせている。桜並木だ。
国立音ノ木坂学院高校へ続くその道を一人の少年が歩いていた。気だるげな表情をした少年、久遠はゆっくりと、しかし確実に学院への歩みを進めていた。
「くーくん、おはよう」
久遠をくーくんと呼ぶのは一人しかいない。声のした背後に振り向くとそこには常連の見慣れた少女が立っていた。
「おはよう、希。生徒会副会長がこんなのんびりでいいのか?」
「入学式のゴタゴタで溜まった仕事も昨日で全部終わったんよ、だから今日はのんびり登校」
「昨日?入学式って大体一週間前だろ、随分溜め込んでたな」
「春はイベントも多いし仕方ないよ」
言葉を切った希は、とことこと小走りで久遠に並び、表情で歩くことを促す。それに従い、久遠は再び歩を進め、希はそれに続く。
「くーくんのクラスはどんな感じ?」
「あやふやだな、もっと具体的に」
「うーん……仲の良い友達は出来た?」
「高校三年に聞く内容がそれか。結論を言うなら新しい友達は出来てはいない。が、去年から仲の良いやつらとは同じクラスだ、問題は無い」
そっかーと呟く希。前を向きながら会話をしている為、表情は伺えないが希のことだ、穏やかな、そして安心したような表情をしているだろう。
「飼育委員の方も変わりはない。新入生が入ってくるのは新入生歓迎会が終わった後だから、それまで大きな変わりはないだろう」
「アルパカ達は元気?」
「ああ、何故か知らんが指笛を吹くと校舎内何処にでも出没するレベルで元気だ」
「ほんと、どうして何処にでも来るんやろうね……」
「理屈は俺にもわからんが、顧問の話ではここまで懐かれた委員を初めて見たそうだ」
あいつらにも落ち着きが欲しいよ……とボヤく久遠を見て微笑む希。ここには穏やかな空気が流れていた。
●
「音ノ木坂学院は本年度をもって生徒の募集を中止、三年後に廃校となります」
「……は?」
――その日の緊急集会で、理事長から廃校の言葉を聞くまでは
●
机と椅子が等間隔に置かれ、前方の壁面には黒板が打ち込まれている。室内にはザワザワと人々の声が響き渡る。教室だ。
始業時間を過ぎてなお、ザワつきが収まらないのは、朝の集会の影響だろう。一時間目の担当教員が現れないことも、一役買っている可能性もある。
「すまない、遅れた」
と、男性の教員が教室に入ってくる。年は20代後半だろうか?若さを感じさせる顔は困った表情をしていた。
「これから授業を始める。――と言いたいところだったが、これじゃ授業にならねえな……お前らの優秀さは理解してる。代替課題を出すからそれを今日の授業の代わりとする。んで、何が聞きたい?」
教師は早々に授業を放棄、生徒に事情を説明し、静めることを選んだようだ。
教師の言葉に顔を見合わせる生徒達だったが、意を決した一人の女子生徒が手を上げる。
「ハル先生、本当に廃校になるんですか……?」
「残念ながら事実だ、国立音ノ木坂学院高校は三年後に廃校となる」
ハル先生と呼ばれた教師の言葉にやっぱりやどうしようもないのかと言った声を生徒達が上げる。
その様子を見てため息をついた久遠は教師を見つめ、口を開く。
「ハル先生、大事なことははっきりと口にした方がいい。
「あ?お前らなら気づくだろ」
「だとしても、朝の集会で精神を揺さぶられた状態だ、普段通りの洞察力を発揮するのは難しい。俺だって冷静になる時間が足りなければ言葉通りに受け取っていた」
「あー、そうだな、悪かった」
素直に頭を下げるハル、それを見て生徒達はいやいやいやと反応を示す。
――新居晴輝先生、普段はハル先生と呼ばれる彼は、現代文の担当教員だ。普段はぶっきらぼうな言葉のせいか、勘違いされやすいが、生徒の事を第一に考え、自らに責があると感じると謝ることが出来る、現代では珍しいタイプの教師だ。故に、生徒からの信頼も厚い。今回のケースはその一例となるだろう。
「職員会議では前に決まったことでな、初めて聞いた時はお前らみたいに驚いたもんだが次第に慣れちまった」
「前に決まったって……どれくらい前ですか?」
ハルの言葉に先程とは別の女子生徒が口を開く。
「そうだな……春休みが始まった直後くらいだな」
「そんなに前から決まってたのか……」
「けど、水瀬はこのままではって言ってたよな?」
「もしかして何か方法があるとか!?」
ハルの回答にクラスメイトは驚きの声をあげるが、質問の矛先を久遠に変える。
こっちに回ってくんのか、とボヤいた久遠は席を立ち黒板の前に立つ。
「ハル先生、黒板を借ります」
「構わない、存分にやれ」
「了解、んじゃ始める。先に注意しておくが、これはさっきの集会の後に調べたり考えたことだ。全て合っているとは限らない。そこはよろしく頼む。まずは現状の確認だ。この学校は全学年合計で何クラスある?」
ハルに許可を取った久遠は黒板に『現状確認~音ノ木坂学院が直面しているモノ~』と書き、クラスメイトに問を投げる。
「三年が三クラスで、二年が二クラスだったよな?」
「ええ、それで今年入学の一年生が一クラスだったと思うけど……」
二人のクラスメイトがパスを繋いで回答を出す。満足気な顔をして頷いた久遠は、
「正解だ、今のクラス数は計六クラス。全校生徒数は一クラス40人だとして240人だ」
そう答え、総生徒数240人と書く。数字にすると他の高校より少ないかもなといった声が飛び交う。
「さて、そんな音ノ木坂学院だが、共学化した十年ほど前から生徒数の減少は始まっていた。何故だと思う?」
「……女子高という、女子生徒を集めるアドバンテージを失ったから?」
新たな問いに、周りの男子生徒に気遣いながら答える女子生徒。その発言を聞いた男子は本当なのかと確認するような視線を久遠に向ける。
「確かにそれは要因の一つとなりうる。が、今回の問題の根本的原因ではない。男子諸君は俺が悪いのかと思ったかもしれないがそれは筋違いだと先に訂正しておく」
「けどよ……俺たち男子が原因じゃないなら一体何が原因なんだ?」
自らを含めた男子生徒を擁護する発言をした久遠だが、困惑した表情をしながら男子生徒が問いかける。
「これは、先生方が詳しいのでは?」
「そうだな、俺の専門分野じゃないが、根本的原因として考えられているのはドーナツ化現象と呼ばれるものだ。授業で聞いたことはないか?」
ハルの言葉にそう言えば……と考え込む生徒達。
ドーナツ化現象、それは中心市街地の人口が減少し、郊外の人口が増加する人口移動現象だ。人工分布図で見た時、中心部が空洞化する事からドーナツを例えに表現されたものだ。
「ここで一度整理する。総生徒数は240人、十年ほど前から生徒数の減少が始まっていたが、原因はドーナツ化現象と考えられる。ここまでは大丈夫か?」
クラスメイト全員の頷きを確認し、久遠の話は新たな話題に変わる。
「んじゃ続きだ。ドーナツ化現象によって生徒数の減少は始まっていた。しかし、ここ数年の減少ペースは早いものとなっている」
「ペースが早まった理由は何かあったと考えていいのか?」
「その認識で間違いない。教師陣でも目星はついてる」
久遠の話に確認を取る男子生徒。その問いに答えたのはハルであった。
「減少ペースが早まった年、秋葉原の駅前にUTX高校が開校した。関係あるか判断しきれないが、同時期に臨海部では東京ビッグサイトを一部改築して虹ヶ咲学園が開校している」
ハルの言葉に再びざわめきが起こる。久遠も驚きの表情をしている。久遠の様子を見て、ハルは驚きながら口を開く。
「おいおい、なんでお前さんまで驚いてんだよ」
「UTX高校については実家の関係で知っていた。しかし、臨海部に虹ヶ咲学園か……判断しきれないと言っていたが、口にしたという事は多少の影響は有り得るという事でいいか?」
「恐らくな。
ハルと久遠の問答にざわめきが増す。そんな中でも、久遠を見つめる視線が複数あった。
その視線は、まだ本題を話していない、悲観するのはまだ早いと言外に告げていた。
「さて、長々と話しちまったが最後の話題、廃校回避の件だが」
久遠は重々しく口を開く。クラスメイトのざわめきは一瞬で静まったが、今度は静寂が支配する。
「回避する方法自体は存在する。だが、俺にはやり方が思いつかないんだ」
皆が呆然と久遠を見つめる。久遠の傍らに立つハルはやはりそうなるかと言いたそうな顔でやれやれと首を振る。久遠は申し訳なさそうに続きを口にした。
「廃校を回避するには、廃校が本決まりになる、恐らく9月頃までにより多くの中学三年生にここを受験したいと思わせることだ。方法としては、オープンスクールのアンケート等が考えられるが、それまでに如何にしてこの学校に注目を集めるか。この方法が思いつかない限り……いや、思いついたとしても失敗したらこの学校に未来はない」
――授業終了の鐘が鳴る。それは彼らにとって希望か、それとも絶望か――
お読みいただきありがとうございました。
実を言うと昨日の夜に完成していましたが、手直し等をした結果こんな時間になりました。
今回は想定していたよりも早い完成となりましたが、正直感想が来た影響がとても大きかったです。感想のために書く訳ではないのですが、読んでくださる方がいるのはとても励みになります。実は投稿段階で二章は既に2000文字近く書けています。次も気持早めかもしれません。気長に待っていただけると幸いです。
さて、今回クラスの会話でまとめ役をしていた久遠くんですが、完璧な人間なんていないしつまらないので、しっかりと欠点も用意してあるのでそのうち表出すると思います。
もし良ければまた読んでいただけると嬉しいです。それではまた……
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