迫真タイムスリッ部!過去改変の裏技! (ケツマン=コレット)
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迫真タイムスリッ部!過去改変の裏技!
「foo! あっつ~」
立教大学、空手部の部室。
脱衣所のドアがガラガラと開くと、全裸の三浦が体をタオルで拭きながら出てきた。「あー、早くビール飲もうぜ」
「ビール!ビール!」
後に続く後輩の田所が、幼稚園児のように名詞を連呼して後に続く。「アッツ~」
「お、冷えてるか~」
三浦がビールの冷え具合を田所に聞くと「大丈夫っすよ、バッチェ冷えてますよ」と陽気に返した。
二人の後ろで、一番の後輩である木村が、静かに続いて脱衣所を出た。
その後、特にビールを口にすることはなく、三人はふすまの部屋で座った。
「この辺にぃ、うまいラーメン屋の屋台、きてるらしいんっすよ」
上半身裸にズボンをはいた田所がそう言うと「あっ……そっかぁ」とシャツにブリーフの三浦は心のこもってない返事をする。
二人が適当な会話をしている間、木村は部屋の隅で一人、雑誌を読んでいた。
「じゃけん夜いきましょうね」
「お、そうだな」
二人が会話をひと段落させたところで「あ、そうだ。おい、木村ぁ」突然、三浦が木村の名前を呼んだ。
「あ、はい」
木村は雑誌から目線を上げる。
「お前、さっきオレらが着替えてるとき、チラチラ見てただろ」
身に覚えのない木村は、小首をかしげる。
「いや、見てないですよ」
「嘘つけ絶対に見てたぞ」
三浦が池沼特有の決めつけで言い張るが、
「なんで見る必要があるんですか」
木村から正論を叩きつけられ、固まってしまう。すると、
「あ、お前さ木村さ」
田所が話に割って入ってきて、三浦の援護にまわった。「さっきヌッ、脱ぎ終わった時にさ、中々風呂来なかったよな?」
一瞬、鈴木福を思わせる顔で、田所がそう言うと「そうだよ」と三浦は、ここぞとばかりに便乗し、追撃したが、
「いや、ですから見たというのであれば、その証拠を出してくださいよ。さっきから見た見たって、口でいってるだけじゃないですか」
至極もっともな反論で田所を黙らせると「そうだよ」と主体性のない三浦は、敵と味方の判別すら忘れて、木村に便乗した。
「ファ! ちょ、三浦さん。なんでそっちについてるんですか」
「だって木村のいってることが正しいからだゾ」
「話と違うじゃないですか……。まあいいや。それより木村さぁ、証拠証拠っていうけど、お前が見てなかったって証拠もどこにもないだろ」
苦し紛れに田所が屁理屈をぶつけると「そうだよ」お得意の便乗を三浦はかます。
無論、木村も黙ってはいない。
「何ですかそれは、悪魔の証明じゃないですか。見てない証拠がないからといって、見てたことにはならないでしょう」
「そうだよ」
「証拠ならありますよ~あるある。オレと三浦さんが見てたって、ハッキリ証言してんだね」
「そうだよ」
「それは第三者の意見じゃなくて、当事者である二人の意見でしょう! 勘違いかもしれないし、ボクを陥れる目的があるかもしれない。証拠能力は限りなく低いですよ!」
「そうだよ」
「いいや、絶対見てたね」
見てた見てないの水掛け論と便乗を一時間ほど続けたとき、ついに木村がぶち切れた。
「ああ、分かりましたよ。なら、ちゃんとその目で見せてあげますよ。ボクがチラチラ見てなかったってことを」
「なんだぁ木村ぁ。タイムマシンでも作るのか」
「ええ、そうです。作ってやりますよ」
木村がそういいきると、田所は腹を抱えて笑い出した。
「ハハハハ! できるわけないだろ、バカじゃねぇの」
「勝手にほざいててくださいよ。その代り、ボクが見てなかったのを証明できたら、先輩、土下座して謝ってくださいよ」
「あ、いいっすよ。土下座でもなんでもしてやるよ。何なら、ホモビ出演して脱糞してる所を世界中の人間に見せてやるよ」
「その言葉、忘れないでくださいよ」
木村は持っていた雑誌を床にたたきつけると、バックを背負って立った。「じゃあボク、タイムマシン作るために帰りますから」
「マジでいってるのかぁ、木村ぁ。まあいいや、三ヶ月待ってやるよ」
「一月で十分です! 泣いて謝っても遅いですからね! ちゃんと、部室は鍵しめて帰ってくださいよ。じゃあ!」
そう吐き捨てて部室を出て行く木村を見送ると、田所は口角を吊り上げて、三浦と顔を見合わせた。
「やりましたね、三浦さん。ちょっと予定は狂いましたけど、これを口実にあいつを3Pレイプしちゃいましょう」
「お、そうだな」
「一月後が楽しみっすね。じゃけんラーメン屋、行きましょうね」
「いいゾ~それ」
二人はにたにたと笑い合いながら、荷物をもって外に出た。
ドアが閉じられ、鍵の閉まる音と共に、しんと静まり返る部室。
誰もくる気配がなくなったところで、勢いよく押入れのふすまが開くと、木村が出てきた。
「ホラ、どうですか! チラチラ見てなかったでしょ!」
「いや~、どうだったかなぁ。チラチラ見てたようにも見えたんだけどなぁ~」
続いて田所も出てくると、後ろの三浦の方を向く。「三浦さんはどう思いますか」
「中が真っ暗だったから、よく見えなかったゾ」
「はぁ?」
二人の曖昧な発言に「なにを言い訳してるんですか! どう見ても見てませんでしたよ」と木村が声を荒げると、田所はなだめるように両手を前に出す。
「まあまあ、落ち着けよ木村ぁ。実際に、オレ達の方を何回か見てただろ」
「部室にはボクら以外いないんですから、そりゃ多少は見るでしょうよ」
「それはチラチラ見てたってことだろ?」
「いや、そのチラチラっていうのは、ボクが性的な目で二人を見てたって事でしょう? 先日の先輩の言い方は、そんな感じでしたよ」
「そうだったかなぁ?」
すっとぼける田所を、木村は睨みつけた。
「そうやって言い逃れする気ですか」
「言い逃れっていうか、あれでしょ、受け取り方の違いってやつでしょ。まあ、この話はなかったってことにしよう。木村も疑いが晴れたんだからさ、それでいいだろ」
これ以上いっても、また水掛け論になるだけだと、木村は不機嫌そうに舌打ちをして、しぶしぶ黙った。
「それにしても、木村はすごいゾ」
三浦はそう言いながら、手首にまかれた機械を触った。「本当にタイムマシンを作っちゃうなんて。しかも一週間で」
「死ぬ気で勉強しましたからね。まあ、まさかボクも一週間で、こんなものを作れたことには驚きでしたよ。それより、確かめるのも終わったんで、さっさと元の時間軸へと帰りましょう。下手に長居すると、見つかるかもしれません。そうなると面倒です」
三人は手首にまかれた機械を、木村のいう通りに操作すると、一瞬のうちに姿を消した。
終業時間となり、木村が空手部の部室へと向かる廊下の途中、
「おーい。木村ぁー」
後ろから声がして振り向くと、田所が足早に隣に並んだ。「空手部だろ、一緒に行こうぜ」
「はい」
本当は、田所なんかと一緒に歩きたくはないが、断る理由がないのでそう答えた。
「あ、そう言えばさ、お前さ木村さ、タイムマシンってどうなったの」
「部屋に置いてありますよ」
タイムスリップで、過去の部室を調べてたのは、一週間前の話だ。
特に身の回りにこれといった変化はなく、タイムパラドックスのような事故は起きなかった。
「そのマシンさ、明日ちょっと持ってきてくれないか」
田所のその提案に、嫌な予感を察知した木村は、疑りの目を向けた。
「……何に使う気ですか」
「そんな目すんなよ。ていうか、過去に戻りたいのは三浦さんの方だから」
「三浦先輩が?」
三浦は池沼だ。マシンを使って悪だくみをするような人――というよりも、考えれるような人じゃない。
「三浦さん、部室にいるみたいだからさ。詳しくはそこで話そう」
三浦さんの叔父、博之は有名な迫真空手家だったらしい。
その昔、日本が中国と戦争中だったころ、侵攻して統治した中国領で、博之は上官として兵士たちに空手を教えていたそうだ。
あるとき、博之はその領内で見つけた、中国武術家と試合をしたらしい。その際に――
「頭を強く打って、バカになってしまった……と」
木村がそう聞くと、畳の部屋で胡坐をかいた三浦は「そうだよ」とうなづいた。「あの時から、ジッチャマ(叔父さんのこと)は一人でトイレも行けなくなったらしいゾ」
「なるほど。それで、タイムマシンを使って、叔父さんを救いたいと」
「そうだゾ。ジッチャマが死んじゃう数日前に、見舞いに行ったけど、もう何を話してるのかすらわからなかった。めちゃくちゃかわいそうだったゾ~コレ。だから頼むゾ」
うーんと、木村は唸りながら首をかしげた。
過去の改変。それは安易に行ってはいけないことだ。下手にいじくりまわせば、自分たちの存在すら危うくなってしまう。それと――
「カアイソウニ……カアイソウニ……」
田所がそう呟きながら、三浦の肩に手を置いた。「おい木村ぁ。こんな先輩を見捨てるっていうのかぁ?」
問題はこの人だ。
一見、三浦に同情し悲しんでいるようにも見えるが、木村の目には何かを企んでいるようにしか見えなかった。
とはいえ、確かに三浦の叔父さんはかわいそうだし、その時代の、その場所にタイムスリップしたとしても、田所に直接、結びつくような縁がなければ、田所も自分の利益になるような悪だくみはできないだろう。
木村は、数秒の思案の末「分かりました」と顔を上げた。「その代り、ちゃんとボクのいうことを聞くこと。決して大きく過去が変わるようなことは慎むこと。この二つを絶対に守ってください」
「当たり前だよなぁ?」
「守りますよ~守る守る」
なんとも引っかかる二人の適当な返答を聞き、本当に大丈夫かな、と木村は心配しながらも、翌日、木村はマシンをもって部室にやってきた。
「すでに機械には、三浦先輩の叔父さんがいる、中国の沼池という町に飛ぶように設定してあります」
「じゃけんすぐ行きましょうね~」
そう言って、すぐに手首にそれを取り付けた田所に、
「ちょと待ってください!」
と木村は制止し、田所の周りをグルグルと周り、観察する。「変なものは持ってきてないでしょうね」
「疑り深すぎる……疑り深過ぎない?」
「田所先輩のことですから、信用できませんよ」
木村は田所が特に何も持っていなさそうなのを確認すると「現代の物は、なんだって持ち込み禁止ですよ」と顔を上げた。
「分かってるって」
そう返す田所の顔は、どうも何を隠している気配がした。
本当に大丈夫だろうか。どうも悪い予感がする。
「ポッチャマは持って行っていいか?」
突然、三浦がポッチャマのぬいぐるみを見せたが、即座に「ダメに決まってるでしょ」と木村に一蹴された。
「ポッチャマ……」
「人形だろうが何だろうが、持っていくのは禁止です。本当なら、服だって脱いでいった方いいんですからね」
「分かったゾ」
「よし。じゃあ機械のスイッチを押してください」
木村の号令と同時に、三人がスイッチを押すと、周辺の景色が一気に変化した。
色あせている石造りの建物が立ち並び、薄汚れた布服を着た中国人らしき人たちが、右へ左へと歩いている。
「お~、ここかぁ」
田所が物珍しそうに、周りを見渡すと「先輩先輩」と木村が肩を叩く。「あまり住民を刺激しないでください。ここは日本軍が侵攻した場所です。彼らは日本人を憎んでいます。下手したら、襲われるかもしれませんよ」
「大丈夫でしょ。まあ、多少のいざこざはね?」
「多少で済んだらラッキーですよ。殺される可能性だってなくはないんですから。ともかく、目的は三浦先輩の叔父さんを助けることです。さっさと用事を済ませて帰りましょう」
「記録によれば、ここが日本軍の司令部です」
三人は周りの建物と比べ、ひときわ横に大きく、高い塀に囲まれた豪華な建物を見上げる。
「司令部ってよりも、金持ちの家っぽいな」
ぼそりと、田所が言うと、
「まあ、日本軍が占拠した一般人の家でしょうから」
平然と木村がそう返した。
「えぇ……ちょっとひどい……ひどくない?」
「戦争なんてそんなもんですよ。人口密集地に核を撃ったり、民間人に竹ヤリ持たせてまで戦いを続けようとしたり。例を上げればきりがありません。まあ、いまそんなこと言ったところで、どうにもなりませんからね。僕らができることは、ここより未来に生まれたことを感謝することぐらいですよ」
「お、そうだな」
三浦は便乗すると「よーし。じゃあジッチャマに会いに行くゾ」
「あ、ちょっと待――」
「何だ貴様ら!」
ずけずけと、まるで自分の家に入るかのように門に向かう三浦を、木村は止めようとしたが、その前に門の前に立つ日本兵に阻まれた。
木村は頭を抱えた。
やってしまった。これじゃ、不審者だと思われてしまう。
この町では統治者である日本軍が法。流れによっては、三人とも牢屋へと留置。最悪の場合は死刑だ。
「ジッチャマに会いに来たゾ」
「ジ……何をいっている貴様! 知恵遅れなのか!」
何一つ物事を理解していない三浦は、日本兵と口論している。
「ちょ! ちょっと待ってください!」
焦った木村は、二人の間に割って入る。「あの、あのですね。実は彼は、ここにいる、あなたの上司である三浦さんのご子息でして――」
説明の途中「何だと!」と日本兵は怒りをあらわにした。「私たちをバカにしているのか! あの三浦閣下の息子が、こんな知恵遅れのような顔をしているわけがないだろう!」
「いえ、彼は日本からここまで来るまでの間の、長旅で疲れていまして」
そっと木村は、三浦の耳元に口を近づけると「三浦さん、左の方にTNPのデカそうなイケメンがいます」とつぶやいた。
「え?」
一瞬にして、キリっと引き上がる三浦の顔。それを見るや、
「おお! その凛々しいお顔はまさしく三浦閣下のもの!」
確信した様子で、日本兵は言った。「疑ってしまて申し訳ない。すぐに閣下の元へと案内させていただく」
「いえ、わかっていただけたのならよかったです」
「では、こちらへどうぞ」
日本兵を先頭に門の中に入っていくと、
「おい、木村ぁ。イケメンってどこに居たんだ」
「そうだよ」
キメ顔をしながら、周りをきょろきょろと見る、後ろの頭の悪い二人がそう聞いてきたが「さあ」と適当に木村は返した。
「閣下、ご子息が参られました」
最奥の部屋に、日本兵がノックしてそう言うと、
「入れ」
と低く重みのある声が、扉越しから聞こえてきた。
日本兵が扉を開けると、三人は中に入る。
そこにはいくつかの書類が置かれた、高級感のある机の向こうで、日本兵の言った通り、凛々しい顔をした三浦の叔父、博之らしき人物が、空手着姿で座っていた。
確かにその顔には、どことなく三浦の面影を感じられる。
「どういうことだ」
博之は三人をゆっくりと往復して見ると、敵意を含んだ声でそう言った。「私の息子というが、どこにもいないじゃないか。中国の回し者か」
「違うゾ。オレはジッチャマの孫だゾ」
「三浦先輩、ちょっと黙っててください。話は僕がします」
池沼の三浦に変わり、木村が事の顛末を説明する。
「未来から来た……か。信じられん話だが……」
博之は三浦の顔をじっと見る。「その顔は、確かに我々の家系のもの。息子とうり二つだ。だが、私に似た中国人を探してきたとも考えられる」
「三浦先輩」
その様子を見て、木村は聞いた。「なにか孫である、三浦さんでしか知り得ないような情報はないんですか」
「尻アナなら、ちゃんとあるゾ」
「尻アナじゃなくて、知り得ないこと。例えば、叔父さんが誰にも言ってない秘密とか」
「ああ、それなら一つあるゾ。ジッチャマは女ものの下着をつけながら、うんこを漏らすのが好きだったゾ」
うわ、きっつ。
木村はかなり引きながら、博之の顔を見てみると、いまにも殴り掛かりそうなほどに、手を顔の前に組みながら、こちらを睨みつける目があった。
ヤバイ。三浦先輩が適当なことをいうから、怒らせたのかもしれない。
そもそも、女装しながら脱糞して性的興奮を覚えるなんて、トチ狂った性癖を持ってるなんて思えない。
そう思っていると、
「信じよう」
「……え」
博之からの返答に、木村は耳を疑った。
「信じようと言ったのだ……キミらは未来から来たもので、そいつは私の孫だ」
考えたくはなかったが、どうやら三浦のいっていることは本当のようだ。
すると、どうしてだろうか、来たときからあった博之の威厳や、威圧感といったものが一気に薄まった気がした。
「わ、わかっていただけたのなら良かったです」
木村は衝撃の事実に、たどたどしくもそう言った。「なら、近々ある中国人拳法家との試合を、辞退していただけますか」
「……それは、難しい問題だ」
博之は立ち上がると、腕を後ろに組み、なにかを考えるようにこちらに背を向けた。「明日の試合は、私から申し込んだものだ。すでに、我が軍だけではなく、町全体がそれを知っている。もし、この試合を取り辞めるとなれば、当然、私が怖気づいたものだと言われるだろう。それは私自身のみならず、日本軍……いや、日本全体の恥だ」
「そうですか」
「ポッチャマ……」
博之の反応を見て、意思が固いことを察した木村と三浦は、残念そうに肩を落としたが、
「だが……それと引き換えにしても、やらねばならぬことがある」
博之は振り返り、決意を持った目で二人を見た。「これが我々、三浦一族の子孫だというのであるというのなら、ほおってはおけん」
博之は険しい表情で三浦のことを見たが、三浦は池沼なので、なにもわからず首をかしげた。
「どういうことだゾ?」
「説明は、ちゃんと僕が後でしますから」
木村は三浦にそう言って「では博之さん、よろしくお願いします」と頭を下げた。
「分かっていただけて良かったですね」
「お、そうだな」
二人は司令部を出て、少し歩いたところで止まった。
「それじゃあ、やることもやったので、現代に戻りに――」
その瞬間、木村は気づいた。「あ、あれ、田所先輩は」
周りを見渡すが、田所の姿がない。
「そういえば、いつの間にかどっかにいっていたゾ」
「司令部の中ではぐれたんでしょうか」
木村はそう言いながらも、不穏な予感を察知していた。
あの人のことだから、きっとろくなことはしない。だが、なんの身寄りもないこの地で何ができるのだろう。
「おーい。木村ぁ、三浦さーん」
考えていると、不意に田所が手を振ってやってきた。
「先輩、どこいってたんですか」
第一声に木村がきいたが、
「いやぁ、ちょっと迷っちゃってさぁ」
田所は目線をそらしながらそう答えた。
怪しい。なにかを隠している。そう確信したとき、
「田所も、ジッチャマに会いにいってたのか?」
三浦が意味深なことを聞いた。
「え?」
木村はその言葉を聞き逃さず、三浦に聞く。「ジッチャマって……もしかして、田所先輩の叔父さんも日本軍にいたんですか! どうしてそんなことを隠していたんですか!」
「ちょ、三浦さん。黙っててくださいって言ったじゃないですか」
田所が焦りながらそう言うと「あっそっかぁ」三浦は呆けながらそう答えた。
「先輩、いったいなにをしたんですか!」
木村は声を荒げ、田所に迫る。「今すぐ答えてください! ことによっては、過去に戻って先輩が生まれないように過去を改変しますよ!」
「そんなあせんなって木村ぁ~。ちょっと昔の新聞を渡しただけだって。宝くじが当たるようにさ」
「宝くじって」
木村は口に手を添えて考えた。
宝くじが発売されたのは、確か戦時中、昭和20年あたり。
最初に発売された宝くじの一等は10万円。10円で食事を賄えた時代だ。相当な額になるだろう。
この時代の物だから、十分な大金だ。だが、田所がその程度の金額を狙うとは思えない。
戦後、日本は爆発的なインフレが起こり、紙幣価値が一気に下がる。
そして、その後の好景気によって、一等が400万、500万円ほどになった時の新聞を渡しているだろう。つまり、渡した新聞は大体、この時代から20年後程度の新聞。だとすれば――。
「まずいですよ!」
木村は思わず声を上げた。「そんなことしたら、一気に未来が崩れます!」
「数百万ぐらい、たいしたことないでしょ。心配し過ぎだって。それとも、金持ちになるオレがうらやましいのかぁ~木村ぁ。だったらお前もやったらいいじゃん」
まるで事の重大性を理解していない田所に「そのステロイドにあふれた脳みそで、少しは考えてみてください!」と木村は怒りをあらわにした。「いいですか。これから先、日本は戦争に負け、強烈なインフレとなる代わりに、隣国で起きる朝鮮戦争によって大量の物資が売れることになり、一気に好景気になります。その後、すぐに高度経済成長期に突入するんです。いろんなものの価値が一気に上がり、逆に下がりもします。未来の新聞を手にしたら、それらの大体を把握できることになるんですよ! これによって発生する富は、はかり知れません。田所の叔父さんは、一気に大富豪になっちゃいます。過去の大幅な改変ですよ!」
「つまり未来に帰ったら、オレは大富豪ってことか~。三浦さん、今度ラーメン行くときは、オレがおごりますよ」
「よろしく頼む」
「なにをのんきにしてるんですか!」
普通に会話をしている二人に、木村は叫ぶ。「このままじゃ、本来行くべき場所に行くお金が、田所先輩のところに行ってしまいます。それによって、人が死ぬかもしれませんよ」
「ちょっと考えすぎだって木村ぁ。オレの叔父さんが金持ちになったぐらいで人が死」
瞬間、目の前から消え去る田所。
「……え?」
あまりにも唐突なことに、木村は数秒間、放心した後、そう口に出した。「田所先輩?」
名前を呼び、周囲を探るもその姿はない。
後ろを振り向くも、三浦も訳が分からないといった様子で、首を横に振る。
それもそのはずだ。木村の目の前にいた田所は、移動したという感じは全くなかった。ダトすれば……。
「三浦さん……あの、一つ聞きたいんですが。田所先輩の叔父さんって、ホモですか」
「田所の叔父がホモかは知らないけど、父親はホモだ。前、家に行ったときに掘られかけた」
「やっぱりかぁ」
木村は困ったように頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
「やっぱりって、どういうことだ。何があったんだ木村」
「形式だけの結婚だったんですよ。先輩が変える前の過去は、先輩のお父さんも叔父さんも、女性と結婚して子供を産んでいます。だから、田所先輩がこの世に生まれました。だが、お父さんか、もしくはどちらも、その結婚は世間体や周りの目を気にしたことによる、女性の同性愛者か、無性愛者との形式結婚だったんです。僕らの世代では、パートナーシップだとか、LGBTだとか、そういう人間たち、つまり先輩のような人たちに対する理解が深まっていますが、昔はそうじゃない。変な目で見られるならまだしも、攻撃の対象になったりします。でも、世界を動かせるほどの富豪ならそうじゃない。世間体や周りの目なんて気にしなくていいし、金があるから男だってあさり放題です」
「そこで田所の血が途絶えたということか」
「いえ、もしかしたら途絶えてはいないかもしれません。ですが、金のある場合とない場合とで、出会う人間や、選ぶ人間だって変わってきます。なにはともあれ、田所先輩は生まれては来ませんでいた。先輩が消えたのが、その証拠です」
「なるほど。なににせよ、田所は自らの業に焼かれたのだな」
「そうですね、まあ簡単にいうなら自業じと――」
自らの業?
謎の言い回し。ましてや、IQのとんでもなく低い三浦からは出ないような、変な言葉。
不思議に思った木村は振り向くと、見えたのはいつもの池沼顔の三浦ではなく、博之を思わせるような凛々し顔勃ちだった。
「先輩……あの、なんですかその顔」
「顔?」
三浦は自らの顔を触る。「……別に、なんともないが。だが、なんだかすがすがしい気分だ。頭の中がすっきりしている。まるで別人になったみたいだ」
いや、そのまんま別人だ。どう見ても、いままでの三浦先輩ではない。
博之を助けたことにより、博之から三浦の父へと、そして父から三浦本人へと施されていた池沼教育が、まともな迫真空手教育となってしまい、一気に人が変わってしまったのだ。
「ああああ! ど、どうしよう。また未来を変えてしまった!」
「焦るな木村よ。この世は流れるままになる。過去を思っても何も変わらない。先のことを考えていこう」
「深いようでよくわからないこと言わないでくださいよ……。しかし、どうしましょうか。とりあえず未来に帰りますか」
「いや、オレここに残る」
「へぇ!?」
思わぬ言葉に、木村はぎょっとして三浦の方を向く。「なんで急にそんなこと言いだすんですか」
「オレ達のいた時代では、武道は衰退の一途をたどっている。本来の武術を極めることは難しい。だが、ここには叔父様がいる。あの方とならば、オレはもっと高みに行ける気がする」
「やめてくれよ」
震えた声で木村は止める。「そんなことしたら、未来の先輩は消えることになるし、なにより過去がさらに変わってしまいます」
「これはオレの人生だ。止めてくれるな」
木村を背にし、三浦は走り出した。
「待ってください! 三浦さん、お願いします。少し話を……」
鋼の意思を持った新三浦は、振り向くことなく木村の視界から消えた。
「あぁ、どうしよう」
木村はその場で地面に手をついた。「どうにかして三浦さんを戻して、未来に帰らないと。僕にできるか……いや、やるしかない。それと……田所先輩は……うーん」
三浦がここに残ることになってしまうと、それは未来の三浦が行方不明になるということ。
だが、田所はそもそも未来の存在自体が消えてしまったので、このまま帰っても別に困ることはない。
田所は人間の屑な部分を煮詰めた、超ゴミクソ人間だ。助ける必要はないのだが……。
木村はぐっと眉間にしわを寄せた。
脳裏によぎるのは、あの日、タイムマシンを作るといって帰った、その晩のこと。
……仕方ない、助けるか。
「フン! フン!」
夜も更けたころ。司令部の一室。広い武道所で、博之は一人、空手の型を行っていた。
「失礼します」
声とともに重厚な扉が開くと、木村が入ってきた。
「君は、確か孫の友人の」
「どうも、木村です。三浦さんはどうなりましたか」
「ああ、私と共に武道を歩むと言ってくれたよ。不思議な感覚だが、悪い気はしない。あいつと共に、私は迫真空手を極めようと思う」
「そうですか。それより、向こうにあるフリルのついたピンク色の下着は何ですか」
「なに!?」
博之が驚愕しながらも振り向き、目を見開いて下着を探した。「なっ、ど、どこに下着が――」
「えい!」
「うっ」
その隙をつき、木村は鉄の棒を博之の後頭部に思い切り振り下ろした。
「おっ……い、いったい……何を」
意識が朦朧としながらも、木村に問うたが「おりゃ!」棒は再度振り下ろされ、博之は頭から床に落ち、気を失た。
「もう一発ぐらい、いっとこうか」
完全に動けない博之の後頭部に、もう一度、棒を振り下ろした後、
「良し……せんぱーい! 三浦せんぱーい!」
三浦を呼ぶと、
「お、どうした」
木村が入ってきた扉とは違う場所から、眠っていたのか目をこすりながら三浦が出てきた。
「あ、先輩。叔父さんと一緒にいるといっていましたが、やっぱり帰りませんか」
「そんなこと急に言われても……どーっすっかなぁ」
「ほら、好物のお母さんのおにぎりが食べれなくなっちゃいますよ」
「あっそっかぁ。じゃあやっぱり帰ろうかな」
そばまで歩いてくる三浦。その様子を、木村はじっと観察した。
「三浦先輩、19たす19って分かりますか?」
「なにいってるんだ。38だろ」
「えい! えい!」
三浦が答えた瞬間、木村は博之の後頭部に二発、拳を打ち込んだ。
「木村ぁ、なにをしているんだゾ? というか、その倒れてるのはだれだゾ?」
「ああ、これは人形ですよ。それより先輩、8たす10って分かりますか」
「364だろ。バカにすんなよ木村ぁ~」
「よし、戻ってますね」
「なにが戻ってるんだゾ?」
「いえ、こっちの話です。後は、コレをここに置けば、すべて解決です」
「お、オレじゃありませんよぉ」
「黙れ! 三浦閣下の襲われた場所に、貴様のパンツが置いてあったんだ! 早くこちらへ来い!」
街中で日本兵に連行されていく、田所とうり二つの軍人。
木村と三浦の二人は、それを遠くの物陰から見ていた。
「よし、うまくいきました」
木村が胸の前でぐっと拳を握ると、
「あれ、ここは」
二人の後ろに突然、田所が現れた。
田所は寝不足のように、ぼおっとしながら、木村と三浦の顔を往復する。
「なんだ……なんか、ながい間、眠っていたみたいだ」
「おお、田所が生き返ったゾ」
「生き返った?」
三浦の言葉に困惑する田所に、木村が説明する。
「ええ、先輩が叔父さんを大富豪にしちゃったから、先輩の存在が消えてしまったんですよ。ですけど、叔父さんを逮捕させることによって、それを未然に防ぎました」
「なるほど」
田所はずいぶんと疲れた様子で、肩を落とした。「すまん、木村ぁ。危うく死ぬところだった」
「いいですよ。でも、これで懲りたでしょう」
「そうだな。じゃあ、さっさと未来に帰りましょうか、三浦さん」
「お、そうだな」
木村が装置を操作し、ボタンを押すと、三人はいつもの部室に帰ってきた。
「あぁ、やっぱりここは安心感があるなあ」
田所は両手を上げて、背筋を伸ばした。「長い間、旅行にでもいった気分だ。なんかどっと疲れたぜ」
「先輩は新聞渡して、少しの間、消えてただけじゃないですか」
不満そうな表情で、木村はそう返す。「一番、大変だったのは僕ですよ、もう」
「いや、そうだけどさ……なんでかな……す、すごいしんどい」
「確かに、田所ちょっと痩せたゾ」
「痩せた?」
三浦の言葉を不思議に思い、木村はつぶやいて田所の体を見る。
すると、確かに体がやせ細っていた。田所の唯一といっていい長所の部分、筋肉が見る影もない。
「おかしいですね。存在が消えたとしても、筋肉が減るなんて……あ、分かりました」
「何がわかったんだぁ、木村ぁ」
やつれ、頬に影を作った田所は聞いた。
「先輩の叔父さん、捕まっちゃいましたから、軍人を解雇になったんですよ。一気に収入減がなくなって、貧乏になった、というわけです。それに引きずられる形で、先輩の家も貧乏になってしまったんでしょう」
「というわけです、じゃねぇよ。これどうすんだよ木村ぁ」
「さあ、知りませんよ。自業自得でしょ。なんだったら、もう一回、存在を消してあげましょうか」
「く……こ、この悪魔め」
「歴史を自分勝手に改変しようとした人に、言われたくありません。じゃあ、僕はもう帰りますね」
「お、そうだな。オレも帰るゾ」
「ちょ、ちょっとまって」
部室を出る二人を追おうとしたが、すぐに力が抜けてその場で倒れ込んだ。「ハァ、ハァ、ち、力が出ない」
息を切らしていると、携帯が鳴った。
――おいゴラぁ! お前いいかげん顔みせろ!
借金の催促の電話だった。それも、何件も。
――いつ払うんだよお前よぉ。学校にいうぞお前。
――今月中に5万も払えないの? そんなんじゃ甘いよ。
――(一月で)36(%の利子)……普通だろ?
「く、くそう」
まだ電話は鳴り続いているが、もう田所には出る気力もなくなっていた。
このままじゃ、借金地獄でまともな人生も歩めない。
こうなったら……。
ガン掘リア宮殿の一室。黒ソファーに座る、見るからに栄養失調気味の田所に、バッドマンはインタビューを始めた。
「じゃあ、まず年齢を教えてくれるかな」
「24歳です」
「24歳? もう働いてるの」
「学生です」
「学生、あっ……ふーん。え、身長体重はどれぐらいあるの」
「身長が167㎝で」
「うん」
「体重が19キロです」
「19キロ……今なんか、食べてるの? すごい、ゲッソリしてるけど」
「特には食べてないんですけど、水はいっぱい、飲んでます」
「風俗とかは行くの」
「行けるわけないでしょ」(半ギレ)
「あ、そうか、そうだよね、行くぐらいなら」
「ご飯を買いますよね、ハァイ」
「じゃあ、オナニーってのは」
「やりますねぇ!」
「……やるんだ」
「やりますやります」
「週、どのぐらい」
「シュー……三日か四日ぐらい」
「はあああ、どどど、どうしよう」
木村は自室に入るや、ベッドに腰掛けて頭を抱えた。
一月以内にタイムマシンを作ると、啖呵を切って帰ってきたが、そんな物、作れるはずがない。
しつこいステロイドハゲのせいで、らしくもなく感情的になってしまった。
「このままじゃ、適当なこと言われて、絶対に3Pレイプされてしまう! いったい、どうすればいいんだ」
「ちょっといいかな」
不意に聞こえてきた声。顔をそちらに向けると、部屋の真ん中に40代の男が立っていた。
「え! だ、誰ですかあなたは!」
「落ち着いて」
謎の男は両手を前に出し、木村をなだめるようにそう言った。「僕は未来の君だよ」
「未来の僕?」
言われてみれば、どことなく自分に似ている気がする。
「そうさ。キミは感情的になり、できもしない約束をしてしまったんだろう。そのせいで、僕は3Pレイプされて、心に深い傷を負ってしまったんだ。それが今でも残っていてね、何とか過去を変えようと、執念でタイムマシンを完成させたんだ」
「すごいですね、世紀の発明じゃないですか。人類の英雄ですよ」
「そのとおりだね。だけど、これを公表する気はないよ。僕は、自分のレイプされた過去を変えたいだけだから」
「なんか、すごくもったいないことしてる気がするんですけど」
「そうだね。でも、悪用された場合、取り返しのつかないことになりかねないから」
「まあ、そうですね」
「じゃあ、キミにマシンを三つと、その取扱いを教えるよ……それと、その前に先に一つ聞いておきたいんだけど、もし田所先輩の身に命の危険があったら、どうする?」
「え? 無視しますよ。死んだっていいし」
当たり前のように、木村は答えた。
「うーん、過去の僕ながら、なかなか思いやりのない答えだ。まあ、あの人がそう思われても仕方ないクソ人間だってことは、わかってはいるんだけどさ……あの人はあの人で、凄まじいことが起きるから、まあ命ぐらいは助けてあげてよ」
「未来の僕の頼みといえど、それは難しいお願いですね。その凄まじいことって、なんなんですか」
「あの人が出演したホモビデオが、ネットの一大ブームになって、日本でかなりの人数が知ることになるんだ。そのせいで、喘ぎ声で曲を作られたり、イキ顔を晒されたりして、一生ネットのおもちゃになるんだ」
うん……まあ、命ぐらいは助けてあげよう。
木村は心の底からそう思った。
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